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改訂版成長戦略の雇用改革を どう見るか

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改訂版成長戦略の雇用改革を どう見るか
 雇用
改訂版成長戦略の雇用改革を
どう見るか
─ 成長力強化に向けて具体策の再検討が必要 ─
2014年6月24日に閣議決定された政府の成長戦略「
『日本再興戦略』改訂2014−未
来への挑戦−」では、昨年の日本再興戦略に引き続き雇用改革が柱の一つとなった。日本
経済の成長力強化という観点から、今般の雇用改革はどのように評価でき、どのような
課題があるのか。
最大のポイントは、労働時間の長さと賃金のリン
クを切り離した新たな労働時間制度である。現行
ルールでは1日8時間、週40時間の法定労働時間を定
「『日本再興戦略』改訂 2014 −未来への挑戦−」に
め、これを超える時間外労働について、
時間に比例し
た割増賃金(通常の賃金の2割5分増し)の支払いが、
盛り込まれた雇用改革(以下、改訂版雇用改革)の中
でも、目玉となったのは労働時間制度改革と労働移
休日労働や深夜労働に対してもそれぞれ 3 割 5 分、2
動促進策の 2 つである(図表 1)。まず、労働時間制度
割 5 分の割増賃金の支払いが企業に義務付けられて
いる。新たな労働時間制度は、時間外労働や休日労
改革では、長時間労働是正に向けた労働基準監督署
の監督指導の強化や、労働時間の長さと賃金のリン
働、深夜労働の「長さ」に関わりなく、報酬が支払われ
(注)
クを切り離した新たな労働時間制度の創設が盛り込
る働き方の創設を目指すものといえる 。
まれた。
次に、労働移動促進策では、転職市場の活性化(ハ
ローワークの機能強化や民間人材ビジ
ネスの育成)に向けた取り組みに加え、
●図表1 改訂版雇用改革のポイント
解雇の金銭的解決制度導入に向けた検
項目
改訂版雇用改革のポイント
討開始の方針が示された。
・働き過ぎ防止(労働基準監督署の監督指導強化)
このうち、解雇の金銭的解決制度は、
正社員の働き方の見直し
・労働時間の長さと賃金のリンクを切り離した働き方の導入
(労働時間制度改革)
・裁量労働制、フレックスタイム制の見直し
裁判所が解雇を無効と判断した際に
解決金の支払いによる雇用契約の解
・解雇の金銭的解決制度導入に向けた検討開始
・転職市場の活性化(ハローワークの機能強化や民間人材ビジネ
労働移動促進
消を認める制度である。現行ルールで
スの育成)
・職業能力評価制度の見直し
は、
「解雇は、客観的に合理的な理由を
女性の活躍推進
・企業による女性の登用推進
欠き、社会通念上相当であると認めら
れない場合は、その権利を濫用したも
・キャリア教育の充実
若者、高齢人材の活躍促進
・65歳以降の就業促進
のとして、無効とする」
(労働契約法 16
・外国人技能実習制度の見直し
条)とされ、裁判所が解雇を無効と判断
外国人材の受け入れ拡大
・外国人留学生の国内就職促進
した場合の労使の選択肢は「原職復帰」
(資料)
「『日本再興戦略』改訂2014−未来への挑戦−」
(2014年6月24日閣議決定)より、みずほ総合研究
しかない。しかし、解雇を巡って人間関
所作成
改訂版雇用改革の目玉
(注)管理監督者等については、
労働時間、休憩、休日に関する規制の対象外であるが、
深夜労働に対する割増賃金規制は適用される。
3
雇用
係が悪化した場合など、原職復帰が難しい場合も多
く、解雇を巡る紛争の現場では、金銭による解決が数
多く行われている実態がある。
解雇の金銭的解決制度は、解雇無効と裁判所が判
断した際の労使の選択肢を増やすだけでなく、解雇
に際して労働者にどのような補償がなされるべきか
の目安を提供し、解雇を巡る紛争の予防や早期解決
を促す効果があると期待されている。
昨年の雇用改革を更に推進
改訂版雇用改革は、昨年の日本再興戦略(2013年6
月14日閣議決定)に盛り込まれた雇用改革(以下、旧
雇用改革)を一層進める内容となった。
例えば、旧雇用改革では限定正社員(職務や勤務地
等を限定した上で、企業と無期雇用契約を結ぶ働き
方)の普及・促進が目玉の一つとなった。これには、残
業や異動・転勤を前提とするこれまでの正社員以外
にも、良質な雇用機会を増やす目的がある。一方、改
訂版雇用改革は、労働時間制度改革により、正社員の
働き方そのものの見直しに踏み込んだ。
また旧雇用改革では、労働移動支援助成金(事業規
模の縮小等で離職する労働者の転職支援に取り組む
企業への支援)の拡充によって、失業なき労働移動の
促進が目指された。改訂版雇用改革は、転職市場の活
性化や解雇の金銭的解決制度の検討を通じて、労働
移動を一層推進する姿勢を見せた。
協定の範囲内であれば、厚生労働省が定める時間外
労働の基準(1カ月に45時間等)や労災保険で過労死
との関連性が高いと認定される時間外労働の基準
(発症前 1 カ月に 100 時間等)を超えて従業員を働か
せても違法とはならない。
近年、精神障害を理由とする労災補償の請求件数
が急増しており(図表 2)、その一因として長時間労
働による精神的疲労の問題が指摘されている。過重
労働による労働者の疲弊やメンタルヘルス上の問題
を抱える労働者の増加は、労働力の確保や労働生産
性の向上を実現する上での障壁となりかねない。ま
た、男性の長時間労働は、男性が家事育児に投入でき
る時間を少なくし、配偶者のいる女性が社会で活躍
する上での大きな障壁となっている。
以上を踏まえれば、成長戦略として、長時間労働を
是正し、ワークライフバランスに資する実効性のあ
る手段を講じることが必要である。医学的な根拠に
基づいて労働時間の量的な上限規制を導入すること
はその第一歩となろう。また、1 日の勤務終了時間と
翌日の勤務開始時間の間に一定以上の休息時間を確
保する企業への優遇措置や、残業時間を仮想の口座
に貯蓄し、後日、時間単位の休暇として引き出せる労
働時間貯蓄制度の導入も検討課題となろう。
新たな労働時間制度も見直しが必要
改訂版雇用改革に盛り込まれた新たな労働時間
課題が多い労働時間制度改革
●図表2 精神障害を理由とする労災補償の請求件数
ただし、日本経済の成長力の維持・強化という観点
から見れば、改訂版雇用改革には課題が多い。特に、
労働時間制度改革は実効性が疑われる内容となっ
た。例えば、長時間労働是正策として挙げられた「労
働基準監督署による監督指導の強化」は、効果が期待
しにくい。現行ルールでは、労働時間の絶対的な上限
が存在せず、労働基準監督署が長時間労働そのもの
を是正させる法的な根拠に欠けるためである。
この点についてやや詳しく見ていくと、労働基準
法は1日8時間、週40時間を超える労働時間を違法と
定めている(労働基準法 32 条)。しかし、企業が労使
協定(いわゆる「36 協定」)や特別協定を労働者代表
と結んで労働基準監督署に提出すれば、労働時間の
延長が可能である(同法 36 条)。時間外労働に対する
割増賃金を支払っている場合、時間外労働に関する
4
(件)
1,600
1,400
1,200
1,000
800
600
400
200
0
1999 2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13
(年)
(資料)厚生労働省
「脳・心臓疾患と精神障害の労災補償状況」より、みずほ総合研
究所作成
制度にも問題がある。制度の対象が年収1,000万円以
上、仕事の範囲が明確で高度な職業能力を有する労
働者に限定され、これがどのように成長力に寄与す
るのか見えにくい内容となった。
新たな労働時間制度は適切な制度設計がなされれ
ば、時間当たり生産性の向上にプラスに働く可能性
がある。この制度では、効率的に働いて残業時間の短
縮を図る人が有利になる。
一方、この制度が導入された場合、そのままでは過
重労働が引き起こされる可能性がある。前述したよ
うに、日本では労働時間の量的上限規制がない上に、
労働市場の流動性が低いため、企業が労働者に過重
労働を求めた場合にも、労働者が転職によって対抗
することが難しいためである。
この問題を解くためには、制度のプラスの面を引
き出すと同時に、労働者の懸念を払 拭 する手段が必
要である。具体的には、国が年収等について最低限の
基準を示した上で、どのような労働者が労働時間や
時間帯と賃金を切り離すことが適当か、労使が決定
できる柔軟な仕組みとすることが考えられる。また、
この制度の対象者が、労働時間や時間帯、場所を決定
できるという原則も明確にするべきであろう。
さらに、労働者の懸念を払拭するために労働時間
の量的上限規制を導入するほか、制度の対象者の選
定が労使双方にとって納得のいくものとなるよう、
対象者は当面、企業と過半数組合との協約に基づい
て決定できるものとすることが考えられる。
今後は、厚生労働大臣の諮問機関である労働政策
審議会で新たな労働時間制度の具体的な検討が進む
ことになる。その際には、健康確保、生産性向上を実
現するための、実効性のある制度が提示されること
が望まれる。
な位置にある。ここからは、日本で「解雇規制以外の
何らかの要因」が、労働者に現在の職場にとどまるよ
う促している可能性がうかがえる。
そうした要因とみられるのが、転職コストの高さ
や失業に伴うリスクの大きさである。日本には転職
が生涯賃金の低下につながりやすい構造がある。賃
金等に年功的要素が考慮される場合が多い他、退職
金税制も勤続年数が長いほど有利である。また、企業
規模間の賃金格差が大きく、大企業から中小企業に
転職すると賃金が低下する場合が少なくない。
さらに、日本では国全体でみた教育支出のうち家
計の負担が重いために、親の失業がその子どもの教
育に大きな影響を及ぼしかねない。また、失業時の給
付や就労支援に対する公的支出は 2011 年に GDP 比
0.6%と、OECD 平均(同 1.4%)の半分以下にとどま
る。1990年代以降、失業者のうち1年以上の長期失業
者の割合が急上昇しているが、失業時の負担を軽減
する政策は脆 弱 なままである。
労働移動促進の観点からは、退職金税制の見直し、
失業時の給付や就労支援の強化、失業時の子どもの
教育費への支援制度の導入などを通じ、自発的な転
職を広く支えていくことも重要である。
みずほ総合研究所 政策調査部
主任研究員 大嶋寧子
[email protected]
●図表3 解雇規制の厳しさと平均勤続年数の関係
(平均勤続年数)
12
11
その他の課題
冒頭で述べたように、改訂版雇用改革には、転職市
場の活性化策や解雇の金銭的解決制度の具体化に向
けた検討が盛り込まれた。しかし、これらは労働移動
を促進する上で必要な取り組みの一角に過ぎない。
今後の課題となるのは、自発的な労働移動を支え
る制度の充実だ。先進諸国の解雇規制(正社員)の厳
しさと平均勤続年数の関係を見ると、おおむね解雇
規制が厳しい国ほど、平均勤続年数が長い傾向にあ
る(図表 3)
。こうしたなかで日本は、解雇規制の厳し
さは中程度である反面、勤続年数は長いという特殊
フランス
日本
イタリア
オーストラリア
10
フィンランド スウェーデン
英
9
ベルギー
ドイツ
オランダ
デンマーク
8
ノルウェー
7
6
5
1.0
解雇規制が厳しい
米
1.5
2.0
2.5
3.0
(OECD雇用保護指数)
(注)
1. OECD雇用保護指数は正社員
(2013年)
。
2. 平均勤続年数は25 ∼ 54歳のデータ。
3. 実線は近似曲線。
(資料)労 働政策研究・研 修機 構「データブック国際労 働比較2013」
及びOECD
Staticticsより、
みずほ総合研究所作成
5
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