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暗闇光の建築的構成による空間イメージ

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暗闇光の建築的構成による空間イメージ
暗闇光の建築的構成による空間イメージ
出典:日本照明学会誌 2003.3
鈴木信宏
東京理科大学 建築学科 教授
Spatial Images Created by the Architectural Composition of Shadowy Sunlight
キーワード:室内太陽光、暗闇、空間イメージ、建築構成、輝度、テクスチャー
いずれも、伝統的な建築であり、優れた建築であると思われる。
1.序
はじめに
視点
日本の伝統的民家には、覆いかぶさる大屋根の下の小屋組み
心理効果として、次の空間イメージ(i)に着目した。
の中の暗闇がいろりを中心とした生活空間をすっぽりと包み込
1.包み込み、深み、水平、上昇といった空間秩序イメージ
み、落ち着きのある雰囲気をつくり出しているものがある。そ
2.落ち着いた、生き生きした、緊張あるといった雰囲気イメー
こでは、窓格子や光沢のある板床の上に陽光がきらめいて室内
ジ
を息づかせ、生き生きした表情をつくり出している。
3.美しい、心地よいといった評価イメージ
注意して観察すると、そこには暗闇と共にほの明るさがあ
また、これらのイメージ要因として、建築的構成に関する次
る。包み込みや落ち着きの他にも深みや緊張感がある。そして、
の要素に着目した。
これらのイメージは暗闇の配置を中心とした建築的構成によっ
1.採光開口の壁面上の位置と大きさ:
(1)壁下部 (2)壁中
てもたらされると思われる。
部 (3)壁上部 ; (4)開口面積
そこで、暗闇や、輝度は低いがほの明るく見える光を「暗闇
2.空間全体への輝度とその分布
光」と呼び、暗闇光と物の建築的構成がつくり出す心理効果を、
(1)輝度:1)闇のように低い 2)物が見える
効果的な実例を通して知りたいと考えた。
(2)分布:1)下方 2)側方 3)上方
3 . 部位の光性能
3 つの暗闇光空間
(1)テクスチャー:1)光沢 2)粗さ
ここでは、採光開口の壁面への位置が異なる、3 つの実例を
(2)輝度対比:1)強い 2)弱(徐々変化)
選んだ。
更に空間に適した行為として
1 壁下部採光の作田家のいろりの間
1.お茶飲み
2 壁中部採光のル・トロネ修道院の回廊
2.集中思考 に着目した。
3 壁上部採光のロトフォッラー・モスク
1.作田家
所在地 川崎市中原区川崎市立日本民家園
元の所在地 千葉県九十九里浜。網元の家
北緯 35 度
建設 17C 後半
2.ル・トロネ修道院(Le Thoronet)
所在地 フランス、コートダジュール。
北緯 44 度
中庭部分の建設 1250 から 1300 年
3.ロトフォッラーのモスク(Lotoffollah)
所在地 イラン・エスファハン。
北緯 32 度
建設 1602 ∼ 1618 年
設計 Ustad Mohammad Reza
2.実例における暗闇光と物の建築的構成による空間イメージ
1
作田家
いろりの間
暗闇で包み込まれた
そして、明るい光沢のある板床の、
落ち着きのある空間
水平基盤と映り込み深さのある空間
5. 斜めに見る窓格子。4cm 角の格子のため空隙が小さく見える
6. 南の格子窓。開口面積と棟部分の断面積の比は 1/9 で最小
東の土間方向に向かって
4. 作田家いろりの間
南面下部の開口 床が一番明るく、壁隅部が暗く、屋根裏に闇のある空間
イメージと要因
作田家いろりの間を私が体験した時の印象的な空間イメージ
(i)は、
i1 暗闇で包み込まれた空間であった。それはまた、
i2 落ち着きある、安心な、そして心地よい空間であった。
その要因は何か。
1.いろりの間は南面しているが、9 月の太陽は深い軒にさえ
ぎられるので、室内は間接光が入射する。北と東は閉ざされ、
西は畳間への引戸と板の壁で囲われている。
2.開口面積は約 5.3 ㎡であるが、出入口を除く 3 つの窓には
7. 作田家 平面図 1
空隙率 7 割の格子が入っているので、有効開口面積は約 4.2 ㎡
になる。棟部分の断面積は49 ㎡。開口面積は、これに対して 1/
8.5。いろりの間の床面積 44 ㎡(W7.58 × D5.76m)に対しては
1/9.5。
3.開口は空間の下部にある。開口上端は 1.84m。一番高い屋
根裏棟部の高さは8.23m*。したがって、開口上端は1.84m/8.23、
つまり 1/4.5 の位置にある。
4.屋根裏は開口から遠く離れた位置にあり、開口方向への片
流れ勾配であるために、開口近くの床で 200cd の陽光は、たく
さん減って屋根裏へ到達し、しかも棟に向かって暗くなる闇を
8. 南北A断面図 1
見せた(0.01cd)。
5.平面的に開口部は部屋隅から90cm離れていて、南面隅部に
暗闇が生じていた(0.1cd)。
6.2000cdの明るい南庭から、この空間に直接入ると大きな輝
度差のために暗闇が印象づけられる。
これらのつくりが、
暗闇に包み込まれたいろり空間のイメー
ジを想起させたと考えられる。
一方、落ち着きある空間の要因は何か。
7.格子窓によって入射光が制御されている。南面には幅 900
の開口が 4 つあるが、その 3 つに見付 4cm、見込 4cm、あき 9cm
の格子がつけられている。正面から見た空隙率は7割であるが、
45 度方向から見た空隙率は約 4 割に減少する。
8.光沢ある床面に開口とその横にある板戸の反映像が映し出
されるが、格子がそれらの輝度差を小さくしている。正面から
よりも側面から見る時の方が、この現象がはっきりと現れてい
る。そして、空間全体が輝度差の小さい面で構成されている印
象を伝えた。
9.力強く見えるがっしりとした小屋組と50cmの分厚い茅葺屋
根がこの空間を深々と覆っている。
これらのつくりと、空間を包み込む暗闇(i1)とが合わさっ
て、落ち着きある空間(i2)を想起させたと考えられる。初
めて体験する人には暗闇は不気味な、
恐ろしいものかもしれ
ないが、
そのつくりをよく知っている人には暗闇は安心な落
ちつきをもたらしてくれる実体に思われそうである。
i3 生き生きした空間
10. 室内に到達する太陽光は雲やゆらぐ木の葉で変化する。ま
た、刻々とその位置を変える。
11. 陽光を受ける格子側面と裏面との明暗対比、光沢ある板床
上の格子開口の明暗対比、そして、明るい梁下部と暗い内側面
の明暗対比、すなわち輝度対比。
これらが、
暗闇に包み込まれたこのいろり空間に生き生きと
した雰囲気をつくり出していたと考えられる。
12. 他の部位よりも明るい板床の水平広がりと
13. 光沢ある床の上を徐々に輝度変化する反射光が
2
ル・トロネ
回廊空間
その場に適した行為:お茶と集中思考
いろりの間に座って正面に格子を見る時、格子の存在と共に
あきをとおして多様な刺激を知覚できる。そこには、格子に
よって限定された場所と共に、あきによってつくられた様々な
自然要素との連結感がある。
限定され、保護された場所でありながら、刺激的な、生き生
きとした自然要素が感じられる場所は、お茶を飲むのに適した
場所に思えた。
これに比べて、45度前方に格子を見る時、格子の存在感は増
し、9cm あった格子のあきが、縮まって外部の刺激は制御され
ていた(空隙率は正面の7割から4割に減)
。これは、見込み4cm
の格子を斜めから見るために起きた効果である。このために外
の要素との連結感は減ったが、格子面側面の柔らかい明るさ
と、その裏面暗さとのシャープな輝度対比が現れ、生き生きと
した雰囲気を与えてくれた。木格子の見えによって更に限定さ
れ、外部要素の刺激から守られ、外との連結感が少なくなった
場所、すなわち外との分離感がある場所、中でも高輝度のまぶ
しい光刺激から守られ、ほの明るさが感じられる場所、それで
いて緊張感のある輝度対比を見せてくれる場所は、集中して思
考するのに適した場所に思えた。
ほの明るい光で
すっぽりと包み込まれた
落ち着きある空間
イメージと要因
i1 ル・トロネ回廊空間の際立った空間イメージは、ほの明
9. ル・トロネ修道院 平面図 3
i4 水平基盤面をつくる。
14. また、床に近い南面開口部に向かって輝度が徐々に高まる
水平床と、
15. その先の極めて明るい南庭の輝きが、
i5 南へ向かう水平方向性と開放感をつくると思われる。
16. 床面への鉛直な開口部の映りが、
i6 空間の深さをつくる。
17.棟の暗闇とそこに向かって暗くなっていく茅葺竹支えの屋
根裏表情、
18. 開口部や柱壁の鉛直像、及び
19. 反射陽光に際立つ鉛直な自在駒の竹が、
i7 上昇感のある空間をつくると思われる。
10. 東西B断面図 3
そして、アーチ列柱の
生き生きしたリズム感のある
美しい空間
るい光ですっぽりと包み込まれた空間であった。
i2 それはまた、落ち着きのある、安心な空間でもあった。
11. 午後の回廊
13. 石壁柱の厚さは約 1.5m
12. ル・トロネ修道院の回廊空間 朝。西中庭からの間接陽光
14. 開口面積とヴォールト頂部断面積の比は 1/4.5
西面中部の開口 床、壁、ヴォールト天井のすべての面が、類似した明るさの空間
その要因は何か。
1.開口部は回廊の西側面中部にある:傾斜する中庭のために
腰高は南で低く北が高いが中央部分で約 1.3m。これに対して、
開口の大アーチ頂部からヴォールト天井最高部までが約 2m。
2.柱間 1 スパン当たりの開口面積は 3.2 ㎡。ヴォールト頂部
で切った断面積は約 14 ㎡(W2.4m × H5.8m)
。開口面積はこれに
対して 1/4.5。また回廊のスパン当たりの床面積は 9 ㎡(W2.4m
× H3.6m)に対しては 1/2.7 で、作田家よりかなり大きく、輝
度が高い。
3.厚 1.5m の壁柱であるために、45 度方向に見た開口は閉ざ
され、庭への視線は遮断される。
4.故に、開口側面輝度と回廊空間の各面輝度の差は小さく、
目に優しい。
5.朝の光は西の白茶糸、粗石壁と近くの緑潅木からの間接光。
午後の光は、北緯 44 度の太陽の直射光。
6.朝の光は床、壁、天井各面が類似ほの明るさの低輝度空間。
そこに、ほの明るい光で、すっぽりと包み込まれた空間
(i1)が見えた。それはまた、落ち着きのある、がっしりと
して安心な空間(i2)であった。
i3 45度方向に見た朝の回廊は、
生き生きしたリズムのある
美しい空間であった。
7.柱内面影と明るい側面のシャープな輝度対比、
8.直線柱と円形アーチの繰り返し。
これらが、このイメージを想起させたと考えられる。
9.列柱上の粗い石の表情を変える動く陽光
i4 これら(7.8.9)が生き生きした緊張感を与えたと思われ
る。
10.床・壁・天井のすべてが粗石でできていて、各面が類似の
低輝度であること(4)が、
i5 質素で、静かな、統一感をこの空間に与えたと思われ
る。
その場に適した行為
正面から中庭方向を見る時、アーチ列柱上のシャープな影と
光(7 と 8)と、刻々と変化する粗石表情(9)に加えて、直射光を
受ける中庭の緑と対面回廊の多様で強い刺激が目に飛び込んで
くる。そこには外部との連結感がある。午後にはこの回廊に直
射光が差し込む(写真 11)
。その時空間はシャープな影と光の
表情を帯び、燃えるような明るさに輝く。
この時、この回廊空間で味わう一杯のお茶はさぞおいしいこ
とだろう。
だが、集中して考えにふける空間は、45度方向に見た朝の回
廊空間である。庭への視線が閉ざされた(3)、開口部と回廊の
各面輝度差の小さい目に優しい陽光(4)によってすっぽりと包
み込まれた、落ち着きのあるこの回廊空間では、集中思考が適
しているように思われる。
16. ペルシャ形ドーム頂部に反射して輝く太陽の光線
開口面積とドーム頂部断面積の比は 1/3.3 で 3 例中最大
彩陶タイル仕上げ
17. 二重のアラベスク模様グリルはめ込み開口
ミフラーブ方向
15. ロトフォッラー・モスク
側面上部円周上の全方向開口 ドームが一番明るく、壁下部に向かって徐々に落ち、床が一番暗い空間
3
ロトフォッラー
モスク
ほの明るい光の面と
満ちて漂う光で
柔らかく包み込まれた
落ちつきのある空間
そして、ドーム頂部から
下に向かって輝く
太陽光線の空間
イメージと要因
i1 ロトフォッラー、・モスクの際立った空間イメージはほ
の明るい、柔らかい、穏やかな光面で包み込まれた空間で
あった。
i2 それはまた、落ち着きのある、安心な空間でもあった。
その要因は何か。
1.開口は壁上部の、円周上に全方位に向かって16個点在して
いる。ドーム天頂までの高さ 18m に対して、開口は 2/3 の高さ
にある。出入口は北側の一ヶ所だけで正方形の全面が閉ざされ
ている。
2.幅 1.25m、高さ 2.5m の上部アーチ型開口の面積は 3.6 ㎡。
16 個で 57 ㎡。ミフラーブの開口は 5.7 ㎡。これらの開口には
空隙率50%の二重のグリルが入っているので空隙面積は半分の
31 ㎡。北側出入口上は 33 ㎡。よって有効開口面積の合計は 64
㎡。ドーム頂部を切る最大断面積 214 ㎡に対してこれは1/3.3、
礼拝室の床面積 164㎡(12.8 ×12.8)に対しては 1/2.6である。
これらの値は 3 例中一番大きく、明るい空間である。
3.厚壁の中の小開口による直射陽光の制御。壁厚1.7mに対し
て 4W1.25m と H2.5m の上部アーチ形の開口で、アーチ上端は床
上 11m にあり、陽光の入射を制御している。
4.開口内の二重グリルによる光拡散:空隙率50%のアラベス
ク模様のグリル 4。
5.天突起ペルシャ形ドームの覆い。直径 12.8m。高さ 18.1m。
6.光沢ある彩陶モザイクタイル仕上げのドームと壁上の繰り
返し反射。
7.暗いアプローチ後の礼拝室入室。
8.ミフラーブ上部の全面のほぼ等しい輝度の反射光。
これらのつくりが、ほの明るい、柔らかい、穏やかな光の面
で包み込まれた空間のイメージを与えたと思われる。
i3 空間に浮遊し、
満ちる光でそっと柔らかく包み込まれた
空間
壁上部の全方位に向かった開口(1)、厚壁の中の小開口(3)、開
口内の二重グリル(4)、光沢あるタイル上の繰り返し反射(6)に
加えて、
9.ドーム全面の影なし光反射面と、
18. ロトフォッラー・モスク 平面図 5
19. ミフラーブ
10.ミフラーブ対面の出入り口上部の点状開口から射し込む陽
光のミフラーブ付近における乱反射が、
空間の方向性を奪い、空間に浮遊して満ちる光によって、
そっと柔らかく包み込まれた空間のイメージを与えたと思わ
れる。
i4 ドーム頂部から真下に向かって輝く光線と
i5 生き生きした緊張感
天突起ペルシャ形ドーム覆い(5)と、そのタイル上の光繰返し
反射(6)に加えて
11.頂部へ向かったドーム面上集中反射によって生じる鉛直線
光が、これらのイメージを与えたと思われる。
i6 上昇感
12.天頂部、壁下部、床へ向けて輝度は徐々に減少している。
13. 天頂部明暖色から側壁下部暗寒色への徐々移行。
14. 下部の正方形角部の影と上部の輝度対比。
15. 細いはっきりした影を落とす 8 本の鉛直な柱形。
これらと、
ドーム頂部から真下に向かって輝く際立ち光線の
20. 出入口上の開口
イメージ(i4)が上昇感をつくり出すと思われる。
i7 空間の深み
16. 暗い石床への柱やミフラーブの映りこみが、空間の深みを
想起させると思われる。
i8 メッカの方向という認識的なイメージ
17. 入口正面中部の輝度の高い点状天空光のすぐ下にある、小
さな壁押し出しの、シャープな影によって際立つミフラーブの
知覚と意味認識がメッカの方向を想起させると思われる。
その場に適した行為
高い点状開口が分厚い壁の中につくられていて、モスクのど
の位置に行っても、そこは刺激ある外部との分離感が強い空間
であった。ほの明るい陽光によって包み込まれた、落ち着きと、
生き生きした雰囲気を持ち、外部との分離感のあるこの場所
は、集中思考の場所に思える。
信者には、ここはミフラーブが示すメッカの方向に向かって
祈る空間である。
3.結び
3.1
3実例の共通点と個性
屋根裏の暗闇や、対比的にほの明るく見える低輝度の室内陽
光をここでは「暗闇光」と呼び、作田家とル・トロネとロト
フォッラーを、設定視点から観察した。
1.その結果、暗闇光によって包み込まれた、落ち着きのある、
そして生き生きした空間が 3 つの実例に共通したイメージで
あった。しかし、包み込み主体は全く異なっていた。作田家で
は、小屋組にたたずむ暗闇が包み込みの主体であったのに対
し、ル・トロネとロトフォッラーでは、ほの明るく見える低輝
度の間接光がその主体であった。
2.暗闇光包み込みイメージの主要因は空間側面に対する開口
の位置であった。
作田家では南壁面の下部採光であった。屋根裏小屋組は開口
部に対して高いところにあって、陽光が届き難い空間であっ
た。
ル・トロネでは、西壁面の中部採光であった。開口部からほ
ぼ等距離にある床・壁・天井の輝度は似ていて、ほの明るい光
を見せていた。
ロトフォッラーでは、円周壁の全方位における上部採光で
あった。開口のすぐ上部にドーム天井があって、ほの明るい光
を見せていた。だが、下方部に到達する光は減衰して、ほの暗
い床を見せていた。
3.3 例共に落ち着いた空間であった。その主要因はしっかり
したつくりによる包み込みと、各面の輝度差を小さくする繰り
返し反射光であった。まず、作田家は約50cmの厚い茅葺屋根と
暗闇によってすっぽりと包み込まれていた。ル・トロネは約
1.5mの厚い石とほの明るい光によって、ロトフォッラーは1.7m
の厚い石壁とドーム及びほの明るい光によって、すっぽりと包
み込まれていた。
作田家の木格子もル・トロネやロトフォッラーの厚い石壁も
輝度の高い外部光の入射を制御していた。更に、作田家の室内
21. 作田家いろりの間
22. ル・トロネ修道院の回廊
陽光は、格子・床・壁面を、ル・トロネとロトフォッラーの陽
光は厚い開口の側面や、アーチ状天井面を幾重にも反射する間
接光であった。
これらのつくりが各面の輝度差を小さくしていた。
3.2 課題と展望
4.落ち着きと共に 3 例は生き生きとした雰囲気を感じさせる
空間であった。その主要因は部位におけるシャープな輝度対比
であった。この部位の違いが各事例に個性を与えていた:
作田家では木格子と、光沢ある床面と、波打つ梁の上に、
シャープな輝度対比があった。ル・トロネでは、リズム感を見
せる石柱アーチ列柱に。そして、ロトフォッラーでは、滑らか
な彩色タイル面の凹凸部分と、輝く光線が見えるドームの頂部
にシャープな輝度対比があって、それぞれが独特の生き生きし
た雰囲気を与えていた。
5.上昇感
作田家では、明るい水平基盤の床面から暗闇の小屋組空間に
向けての上昇感が特徴的だった。これに対して、ロトフォッ
ラーでは、暗い床面からほの明るいドーム天井と頂点の輝く光
線に向けての上昇感が特徴的であった。共に空間の高さは幅や
奥行きよりも少し大きいが、上方向性の主要因は暗闇光の分布
にある。上部の暗闇に向かって上昇する作田家のイメージが新
鮮に思えた。これは張り天井によって失われてしまう心理効果
であろう。
6.お茶と集中思考
暗闇光による包み込みと、落ち着きや生き生きした雰囲気は
お茶を楽しむためにも、集中思考をするためにも必要に思われ
る。だが、お茶を楽しむためには、外部自然要素との連結感が
好ましく、集中思考のためには刺激的な外部との分離感が好ま
しいように思える。
作田家の窓格子を正面に見て座る時には、外部との連結感が
高く、お茶を楽しむことがその場に適した行為に思えたが、45
度方向に見て座るときには、外部との分離感が増し、集中思考
が適しているように思えた。
ル・トロネの太いアーチ列柱においても作田家の格子と同様
の現象と、それぞれの場に適した行為があると思われた。
ロトフォッラーでは、高い点状開口が厚い壁の中につくられ
ていて、モスクのどの位置に行っても、そこは刺激ある外部と
の分離感が強く、お茶ではなく、集中思考がそこに敵した行為
のように思われた。
23. ロトフォッラー・モスク
1.天井採光空間との比較検討を
今回は空間側面に開口がある暗闇光空間を対象にしたが、開
口が天井全面にあるウィーン郵便貯金局出納ホールのような極
めて明るく、浮遊感がある実例 7 や、ここで取り上げた実例の
ように側方開口でありながら小さな開口を屋根面に追加した奈
良井の旅籠徳利屋のような点在する光の効果が際立っている例
8
もある。今後、これらを含めた多様な採光実例の比較検討が
欲しいと考えている。
2.一般性の確かめを
このペーパーの暗闇光分布による効果的なイメージとそのつ
くりに関する要因の関係は、設定視点から見た論理的考察によ
るものであるが、それはまだ、著者一人の主観である。したがっ
て、複数の観察者の判断による一般性の確かめが欲しい。また、
類似実例との変数を特定した比較検討も欲しい。
3.暗闇光の空間分布効果も理解した上での人工照明計画を
人工照明によって、陽光とは違う暗闇光分布をつくり出すこ
とも、また空間全体を明るく照らし出し、暗闇を取り去ること
もできる。だが、人工照明計画に当たっては、太陽光がつくっ
てくれる暗闇光の空間分布の美しく、心地よい効果も理解した
上での計画が大切に思われる。
注と文献
1. 川崎市「旧作田家住宅移築修理工事報告書」
(1971)から。
2. 大河直躬「旧作田家住宅のしおり」(川崎市立日本民家園、1971)
3. 磯崎、篠山、三宅『中世の光と石:ル・トロネ修道院』
(六燿社、1980)p.38
と 116 から。
4.A.U. ホープ著/石井昭訳『ペルシャ建築』(鹿島出版会、1981)pp.158-161
5. アンリ・スチールラン著 / 神谷武夫訳『イスラムの建築文化』
(原書房、1990)
p.119 から。
6. 石元、吉田、磯崎、石井『イスラーム:空間と文様』
(駸々堂、1980)
7. 鈴木、明田川「ウイーン郵便貯金局出納ホールの空間構造と光 :光の見える
建築空間の構造、その 2」『日本建築学会計画系論文報告集』、444 号、1993.2
8. 鈴木、明田川「徳利屋いろりの間の空間構造と光」
『日本建築学会計画系論文
報告集』、421 号、1991.3
9. 写真撮影 鈴木信宏。5 と 6 は鈴木研究室
10.「太陽と雨の家」『新建築 住宅特集』(2003.3)
11.『雨の建築学』(北斗出版、2000.6)
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