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地域の変化と感染症予測 - R-Cube

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地域の変化と感染症予測 - R-Cube
地域の変化と感染症予測(福士)
論 文
地域の変化と感染症予測
福 士 謙 介
1.変化する地域環境
2.気候変動と都市環境
3.気候変動と水系感染症
4.健康と都市計画
1.変化する地域環境
IPCC の第 5 次評価報告書もすでに一部公開され、社会的にも大きな話題となっている。気
候が変化する原因は多くあるが、IPCC の報告書等で明らかとされているのは、温室効果ガス
の大気中濃度の増加による地球温暖化が大きな原因のひとつであることはほぼ確実である。地
球温暖化による気候変動は地球全体の降雨量を増すが、アジアモンスーン地域に目を向ける
と、豪雨などの極端現象が多く見られるようになり、それに伴う水災害のリスクは増すことが
予想される。全体的には雨量は増すと予想されるが、大量の雨が一時期に降るため、その雨を
ダムなどに貯留しなければ適切にその資源は利用できない。たとえば、田植えの時期に必要な
水は従来は田植えの時期に降るようになっていたが、気候変動によりその時期がずれたり、必
要な時期の降雨量が減少したりする場合がある。その影響を緩衝する作用があるのがダムであ
るが、アジアのほとんどの地域は水資源の管理インフラの整備が十分ではなく、変動して降る
雨の効率的な利用は難しい。また、アジア地域のダムは多くは多目的ダムで有り、発電、灌
漑・水資源確保、水害管理等の多くの目的がある。このような設計と制御のダムはそれぞれの
目的の達成率は低く、変動する豪雨の効率的利用には対応ができない。
アジアの都市域では一部の国を除き、都市化が急速に進んでいる。これは、多くの要因があ
るが、都市農村の経済格差、農業の近代化による就労機会の減少、人口増加と幼児死亡率の減
少、移動の自由化等により主に就労可能年齢の人間とその家族が都市やその周辺地域へ移動す
る。都市とその周辺地域は製造業や商業の急速な発展により多くの労働力を必要とし、非都市
部からの労働力を貪欲に受け入れている。また、人口が増えることにより種々のサービス業が
生まれている。また、高い経済格差から仕事のバラエティも豊富で有り、ルームメイド、運転
手、掃除人のような低賃金で技術力・特殊技能の必要が無い職種への就労機会が多いことも一
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般に教育のレベルの低い非都市部からの労働力を受け入れる事を可能としている。都市化に
よって急速に増えた都市人口への対応するため、行政や企業は住居、食料、流通、交通、エネ
ルギー、水、廃棄物管理などの社会サービス・インフラを急速に整えなくてはならないし、多
くの人間や産業が集まることによって生じる都市域の環境破壊は多くのアジアの都市の喫緊の
課題である。製造業、商業、住居等がきちんとゾーン分けされず入り交じって存在するアジア
の都市では汚染の形態は大変複雑であり、水中の溶存酸素を消費する有機物、富栄養化の原因
となる窒素やリン、オイルボール等の問題を引き起こす油脂は主に人間やその活動から排出さ
れる。一方、小規模な製造業などから排出される可能性のある重金属や毒性のある有機化学物
質は途上国においては都市環境水中から検出されることは珍しくない。これは、法整備とその
監視体制・法の遵守に問題があったり、有害物質の認識が企業主になかったり、その理由は
様々なであるが、有害物質による環境汚染は時として不可逆的な結末を招くことがあり、憂慮
すべき問題である。このように都市化により都市内の水環境は悪化する。この傾向は大気環境
でも同様に見られ、途上国都市の環境は全般的に悪化する傾向にある。
先進国都市はこのような状況に対応するために雨水排除設備や下水道を配備して都市の水環
境を改善してきた。コンクリートや樹脂の配管を都市中に巡らせ、排水ポンプを多数設置し、
下水処理場をつくって洪水がない良好な水環境を保全してきた。しかし、このようなやり方は
多くの資源、資金、時間を要するので、そのままの形で途上国に適用することを疑問視する意
見もある。現在の技術力では低コストで低エネルギー消費型の下水処理システムは構築するこ
とができない。
2.気候変動と都市環境
前述の様に地球温暖化によって引き起こされる気候変動はいずれも都市に大きなダメージを
与える。たとえば、干ばつは都市に供給する食糧の生産を不安定なものとするし、水資源の安
定的な確保も難しくなる。また、水力発電や河川流域(冷却水)で原子力発電を行っている地
域では都市に供給するエネルギーも不安定なものとなることが予測される。
とくに都市においては、コンクリートやアスファルトによる舗装により、表流水がきわめて
短時間で移動するようになるとともに、地下水への浸透が妨げられ、また、不十分な排水設備
から低地に水が集まるようになる。また、気候変動の影響により、今後アジアモンスーン地域
では高い強度の雨が降りやすくなり、都市においては洪水となる確率が増える。前述の様に急
速な都市化が進む中、途上国では都市における雨水管理や下水道の整備は常に遅れ気味であ
り、この状況が改善されるまでには長期を要する。
気候変動の影響を受けない現在でも、ホーチミン市、ジャカルタ市、フエ市、バンコク市、
ダッカ市などのアジアの都市は比較的頻繁に洪水が起こり市民の生活に影響を与える。東南ア
ジア・南アジアにおける洪水は我が国のそれとは若干様相が異なり、溢水は緩やかにきて緩や
かに去って行く。しかし、洪水中は交通が不便になるし、また、観光には大きな影響を与え
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る。後述するが、都市における溢水は病原微生物が多く存在し、衛生的にも問題である。
ベトナムのフエ市は 9 月から 12 月までの間、頻繁に洪水になる場合が多く、その間、ひど
い場合は空港の閉鎖、車や家屋の水没、宮殿等の観光資源の閉鎖等多くの問題が生じ、その経
済的な影響ははかり知れない。地形的にフエは背後に急峻な山地を持ち、海岸線へも近い。日
本に似た地形である。現在、下水処理場はなく、都市内の雨水排除設備も十分ではない。その
ような状況で都市はしばしば水没する。フエはベトナム中部に位置するベトナムでは中規模の
都市であり、ハノイ、ホーチミンに次ぐ地位を占めるベトナムにとって重要な都市のひとつで
ある。フエは人口が約 30 万人であり、主要な産業としては観光業が大きな割合を占める。こ
れは、フエ市内の一連の建造物がユネスコの世界遺産として登録されていることが、多くの観
光客を世界中から呼ぶこととなっている。気候は高温多雨でありながら、冬は肌寒い日も多い
というように、年間を通じて寒暖の差が大きく、特に夏期は湿った暑い日が続き快適ではな
い。また、9 月から 12 月にかけての降水量は特に多く、この地域は洪水をしばしば経験する。
地理的には背後に山岳地帯を持ち、Huong 川が都市の中央を流れる。海岸へも約 20 キロで到
達する。現在、Huong 川には建設中も含め、二つのダムが発電、河川流量調整、灌漑等のな
どのために設けられており、特に洪水の制御には将来的に大きく貢献すると思われる。
フエは歴史の街と言われる。フエ(当時は富春)は 1802 年にグエン朝の首都と定められ、
それから 1945 年まで王朝が続き、多くがベトナム戦争時に破壊されたとはいえ、歴史的建造
物がまだ多く残っている。グエン朝は約 150 年続き、その間、フランスの植民地時代を経験し
ている。観光拠点の中心でもある王宮には広い城郭の中に多くの歴史的な建造物があるが、草
原だけの箇所も多く見られる。フエはベトナム戦争中に激戦地となり、城郭内の多くの建物が
破壊された。現在、政府機関や早稲田大学のチームなどがその修復を行っている。フエを訪れ
た人々は必ず一度は王宮を訪れる。修復中の建物もあるが、多くの歴史的な建造物を見ること
ができる。大変印象的であったのは金属製の大きな鼎のような物に戦争時についたと思われる
弾痕を見た事であった。今では、その時が想像もできないほど、王宮内はゆっくりと時間が流
れている。
フエはその自然条件を考えると洪水に対して脆弱ではあるが、その洪水が頻繁に起こってい
る状況ではそれに相応した富の蓄積しか起こらず、それが逆に洪水からの回復を容易にし、結
果的に、柔軟性・頑健性となっている。今、Huong 川の上流ではダムの建設が進んでいる。
また、下水処理場の新設と共に下水管路の整備も進んでいる。このような状況では洪水は今よ
りはずっと少なくなることが予想される。そうすると、今までは建造物が建てられなかったよ
うな低地や氾濫地の利用が始まるであろう。つまり、この地域で富の蓄積が行われる。
このような状況で、たとえば、1999 年の大洪水レベルの洪水が将来起こった場合、失われ
る物は大きい。多くのアジアの都市の場合、都市の雨水排除システムの整備は先進国のそれに
倣って進められており、多くのコストとエネルギーを消費する。今まで水とうまい具合につき
あってきた経験と近代的な治水技術の融合がこのフエで実現することはできないかと考えてい
る。
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3.気候変動と水系感染症
前述の IPCC の評価報告書で取り上げられている研究例の多くは疫学のような統計学的なア
プローチをしているものが多く、感染メカニズムを考えた予測モデルはきわめて限定的にしか
開発されていない。都市を設計する場合や、未来の状況変化(たとえば気候変動)に基づき感
染症の予測を行う場合、感染メカニズムを知ることは重要である。残念なことに、現在のとこ
ろ、そのような要求に応えられる予測モデルは開発されていない。
筆者の研究グループは気候変動と洪水、そして、それに伴う感染症を予測するモデルの構築
に取り組んできた。前述の様に、途上国の都市では、ちょっとした豪雨が降っただけで町に水
が溢れます。その水が誰にも触れず、そのまま川や海に流れてしまうと、たいした問題も無い
が、前述の様に排水設備の完備が遅れていることから、その水は数日から数ヶ月都市内に存在
し、それは多くの場合市民に直接触れることとなる。東南アジアの平地における洪水は、日本
のそれとは異なり、平坦な場所における溢水は緩やかに来て、緩やかに去っていく。このよう
な状況では家の周りに溢れた水は子供にとっては遊びの対象でしかなく、そこで、無邪気に水
遊びをしている姿をよく見かける。水遊びや水泳をする場合、無意識にその水を経口で摂取し
ており、高い感染リスクが見込まれる(一次感染)。この一次感染に関する定量的なモデルは
多くの研究者が取り組んできた。
また、子供が感染した場合、下痢や嘔吐の始末などの子供の世話をする母親が感染し、そし
て、その母親が準備する食物を介して他の家族が感染するという二次感染の影響も考えられ
る。この二次感染を予測する定量的なモデルも開発の必要がある。筆者の最近の研究では人と
人、人からドアノブのような物、物から人などの様々な接触のパターンでどのように病原微生
物が移動するかが明らかになってきており、二次感染症の正確な把握も時間の問題で開発して
いる。
このようなアプローチのリスク解析にも大きな弱点がある。それは、計算された結果の不確
実性が大変高いと言うことです。詳細な疫学調査データがあるのであれば、それを利用して、
モデルを調整することも可能であるが、モデルの調整に利用できるようなデータはとくに途上
国では得ることが困難である。ただ、一次感染と二次感染を統合したリスク解析モデルの確立
により、はじめて疫学データとの比較を行える土俵ができたとも言え、今後さらなる研究が必
要になる。
筆者のグループはマニラ市、ジャカルタ市、ハノイ市、フエ市において洪水による感染症
(下痢症)の影響と一部の都市では気候変動の影響を考えた将来予測に関する研究を進めてき
た。この研究では気候変動の予測モデル、雨水の表面流出モデル、人間の行動に関するモデ
ル、そして用量感染モデル、経済評価モデルを組み合わせた統合型のモデルを新しく構築し
た。このモデルを構築するにあたっては、異なる専門の研究者を集めてチームをつくり(筆者
はとりまとめと行動と経済評価に関する部分を担当)、各研究者にモデルの仕様を伝え、最終
的なアウトプットを見据えてモデルの解像度やそれぞれのモデル間のカップリングの方法(仕
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様)を調整する必要がある。
図 1 と図 2 はそれぞれジャカルタ市における洪水予測と下痢症のリスクの予測である。洪水
に関しては気候変動による降雨変化と海面の上昇を考慮し、さらに、地下水揚水による影響を
考慮している。図を見ても明らかであるが、地下水の無計画な利用が洪水においては最も重要
A
B
C
図 1 ジャカルタにおける洪水予測(A:現在、B:気候変動のみを考慮した 2050 年の洪水予測、C:
気候変動と経済活動を考慮した 2050 年の洪水予測)
図 2 ジャカルタにおける下痢症のリスク予測
(家庭内における二次感染の影響を含まない。図 1C の場合を計算)
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なファクターとなっている。ジャカルタ市においては地下水の取水規制が制定されたときいて
いるが、途上国の常として規制の遵守は大変難しい。とくに、地下水の利用は経済的な理由か
ら行っている場合が多く(地下水は無料で利用できる)監視と規制は困難である場合が多い。
また、健康リスク(下痢症)は下水道が十分に整備されない場合、将来的には増加する傾向に
あることがわかる。(図 2)
4.健康と都市計画
一般市民の環境に関連する関心事としてのトップ 3 は健康、水、食料(または食糧)である
と思う。都市における変動に関わる健康リスクの予測は前述の様に疫学的なアプローチと行動
等に基づく環境工学的な計算方法がある。このふたつのアプローチはそれぞれよい点を持って
いるので、その結果の両方を活用し、よりよい保健対策をすべきである。このふたつの健康リ
スクの計算方法は全く異なる分野に生息する研究者によって行われており、このふたつの分野
の連携が必要である。疫学と環境工学の連携により正確で感染の経路も明らかになるような
まったく次元の異なるリスク解析モデルの開発が可能となるはずである。このようなモデルの
開発により、健康に考慮した都市計画も可能となり、都市の平和と繁栄、そしてサステイナビ
リティが達成されるのである。
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