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郷土文化教育を取り入れた学校教育のすすめ ~ねぶた教育は郷土文化
郷土文化教育を取り入れた学校教育のすすめ ~ねぶた教育は郷土文化の継承と地域活性化につながる~ 工藤 正之 はじめに 青森県内には津軽塗をはじめ多くの伝統工芸や、ねぶた・ねぷた・立佞武多・八戸三社 大祭など全国に誇れる祭り文化がある。えんぶり、獅子舞、荒馬などの郷土芸能も多種多 様に存在している。これは南部、津軽といった地域の特異性によって生まれた文化ともい える。2013 年 12 月に「和食」がユネスコの無形文化遺産に登録された。日本人の伝統的 な食文化が、人類の無形文化遺産を代表するものの一つとして世界的に認められたという ことだ。 青森県は、三方を海に囲まれ、豊富な自然と水に恵まれた土地をもつことから、色々な 魚介類・野菜がとれ、同時に食文化も発展してきた。しかし多種多様な文化が根付いてい る青森県はその文化を市民がしっかりと理解し、継承していると言えるだろうか。 現代は科学技術の進歩、情報化、国際化、少子高齢化、コミュニティーや家族の過ごし 方などの変化に伴い、大人だけではなく子どもたちも伝統や文化について理解したり経験 したりする機会が減少している。このような状況の中で、日本人としての自覚、アイデン ティティを持って、国際社会で活躍する日本人の育成を図るため、我が国や郷土の伝統や 文化を受け止め、そのよさを継承・発展させるための教育、すなわち伝統文化理解教育を すすめなければならない。 1953 年には日本もユネスコが「国際理解のための教育」を世界的に推進する目的で始め たユネスコ・スクール(UNESCO’s Associated Schools Project Network)事業に参加し、 日本のユネスコ・スクール活動が開始されている。 伝統文化理解教育をすすめる方法として、学校教育に郷土文化教育を取り入れることを 考え、ねぶた教育について考えてみた。(郷土文化教育=ねぶた教育) 青森市を代表する郷土文化といえばねぶた祭である。ねぶた教育を学校教育の各教科や 総合学習に取り入れたとした場合、ねぶたの制作は技術・美術科、囃子は音楽科、ハネト は体育科に取り入れることが可能だと考える。 ねぶた教育を取り入れることは、国際社会に生きる日本人としての自覚と誇りを養うと ともに、多様な文化を尊重できる態度や資質を育むことができる。また、ねぶた後継者育 成の重要な役目を担うこともできる。 現在、子どもを取り巻くねぶた祭環境は、約 30 年以上前の子どもたちと違い、ねぶた祭 との接点が非常に少なくなっている。そのためか地元のハネトはここ数年減少し、囃子方 の後継者も不足している状況にある。ねぶた祭主催者は後継者育成の効果的な取り組みが なく頭をかかえている。 ねぶた教育は、ねぶたに興味を持つ子どもたちを確実に増やす。ねぶた好きな子どもた ちが増えると地域ねぶたの再生に大きな力となる。地域ねぶたが増えることは地域コミュ ニティーの再生にも繋がる。 ねぶた祭は多くの関係者によって支えられている。ねぶた教育をすすめるにあたり、容 易にねぶた祭関係者からの協力は得られると考える。 ねぶた教育は自治体と市民が一緒になって取り組むものであり、 ねぶた祭が市民の誇り、 宝であるということを未来永劫変わらぬ「ねぶた魂」を後世へ継承するものだ。 この取り組みは教育分野に関わるため、 学校現場の理解には時間がかかると思いますが、 市役所と教育委員会が一緒の方向を向くことができれば可能だ。 郷土文化を取り入れる教育は、青森市だけではなく県内の郷土文化継承のため、全県で 取り組むべきものと考える。 郷土教育を学んだ市民は、郷土愛が大きく、郷土に誇りを持ちつづけることだろう。 郷土文化教育は子どもたちの人間形成と郷土文化継承に役立つすばらしい教育であり、成 長する過程で大きな効果をもたらすものと確信している。 郷土文化教育は国際理解教育のすすめ 1.国際社会に生きる日本人を育成する観点から 国際化がますます進展する中、子どもたちが国際社会に貢献し、世界の人々から信頼さ れる日本人となるためには、異文化に対する理解を深め、異なる文化を持つ人々と協調し ていく態度を育てる必要がある。 異文化を理解し大切にしようとする心は、自国の文化理解が基盤となって育まれるもの だ。そのために、学校は子どもたちが郷土や自国に誇りと愛着を持ち、自分は日本人であ るという人が時や場面を越えて一個の人格として存在し,自己を自己として確信する自我 の統一(アイデンティティ)をもてる教育を進めることが必要である。 国際理解のための教育とは 文部科学省ホームページより 青森県立青森南高等学校では国際理解講演会を開催 国際理解教育を身近に置き換えて考えると日本は青森県、他国は他県となる。 就職先が県外だとすれば、必ず出身地を聞かれ、地元のお祭りや食べ物を聞かれることが ある。 特に青森市であればねぶた祭のことを聞かれるが、最近ではねぶた祭に参加することなく 大人になる人も少なくない。社会人になって自分がいかにねぶた祭に関わっていなかった ことを自覚する人も多いと聞いている。 郷土文化に触れながら育った子は、コミュニケーション力がつき他県の人とも上手に付 き合うことができる。郷土文化教育は国際理解教育と共通点があり、人間形成に大きく役 立つことが分かる。 2.青森ねぶた祭保存伝承の実態 ねぶた制作の伝承について町内・地域ねぶた運行をしている団体を対象に、実際にねぶ たの自主制作をおこなっているのは何団体あるか調べた。(運行助成金団体対象) 平成年 団体数 ねぶた自主制作 割合 23 60 19 31.6 % 24 62 21 33.8 % 25 22 22 36 % 26 61 21 34.4 % 27 60 20 33.3 % ねぶた祭実行委員会資料より ねぶた祭実行委員会より運行助成を受けている町内・地域ねぶた団体を対象に過去 4 年 間を調べたところ、約 3 割がねぶたの自主制作をし、その他の団体は購入または借用して いることが分かった。制作できない理由として数団体から聞き取り調査したところ、作り 方が分からない、ねぶたの台車がない、保管ができないなどの理由をあげていた。 技術面よりも物理的な課題が大きいように思われた。 3.児童・生徒とねぶた祭との関わり ねぶた祭を理解し大切にする教育は、従来、町内・地域ねぶたが担ってきたものである。 しかし時代の変化とともに、地域社会において町内・地域ねぶた運行の減少、ねぶた離れ により子どもたちがねぶた祭について理解したり、経験したりする機会が減っている。 以前、ねぶた文化は受動的に伝承されていた。(図 1)町内ねふたが盛んであったころは 子どもたちとねぶたの接点が多かった。 図1 ねぶた教育は学校から子どもたちへ伝えるため、学校と地域社会と連携を図りながら計 画的な指導を展開することが必要である。ねぶた教育を学校に取り入れることは受動的な 伝承から能動的な伝承システムの構築となる。(図 2) 図2 図3 4.推進するための基本的視点 (1)教員自身がねぶたの郷土文化に興味・関心を持ち、その価値を理解する。 子どもたちにねぶたの郷土文化を理解させ、大切にする心を育ませるためには、何よ り教員自身がねぶたの郷土文化に興味関心をもち、その価値を理解することが大切であ る。 (2)学校・地域全体で取り組む(図 2・3) 図 2 のようにねぶた教育を学校教科・総合学習で取り入れることは、どんな子どもで もねぶたを学ぶことができる。 ねぶた教育の進め方についても先生の指導だけではなく、 地域によるコミュニティ・スクールでの教えも可能となり、学校と地域との連携も更に 深まりコミュニケーションがよくなる。(図 3) ねぶた教育の最終目標をねぶた運行とした場合、学区内で行われている町内・地域ね ぶた運行の後継者育成に繋がり、祭りの伝承が円滑に進む。 学区内で町内・地域ねぶた運行がされていない場合でも、町内・地域ねぶたの復活・ 再生に繋がる可能性が高くなる。 ねぶた教育が広く浸透できれば、青森市内は学区単位ごとの町内・地域ねぶたが根付 き、広域的に運行されるようになれば、本番のねぶた祭の機運醸成にも繋がる。 (3)ねぶた教育の授業 座学によるねぶた授業 ①ねぶたテキスト 青森市は平成 12 年 3 月に「青森ねぶた誌」を発行しており、この本はねぶた祭の憲 法とも言える。この本からねぶたの基本的な内容を分かりやすく表現した「ねぶたテ キスト」を作成する。 ②教科内ねぶた授業 ■音楽科・・・ねぶた囃子(手振鉦・篠笛・太鼓) ⇒ねぶた囃子を楽譜にし、各楽器で演奏 (笛はリコーダー、手振金は灰皿で製作、太鼓はドラムを代用) ■技術・美術科・・・金魚ねぶた・ねぶた制作・灯ろう制作 ⇒工作キットやねぶた制作者の指導により実施 ■総合学習・・・ねぶた全般の授業 ハネト衣装の着付け、跳ね方 ⇒着付けビデオを参考 ■夏祭り・・・PTA 主催の夏祭りで、ねぶた運行、灯ろう行列 (4)学区でのねぶた運行(学校と地域との連携によるねぶた運行) ねぶた教育の最終目標をねぶた運行とする。学校と地域が連携してねぶた運行する ことができれば、地域ねぶたの再生に繋がる。ねぶた運行を通じて学校・保護者・地 域住民との連携が図れる。 ねぶた運行の役割分担 ■ねぶた制作・囃子・・・学校児童が中心 (制作レベル 箱とうろう→扇ねぶた→人形ねぶた) ■ねぶた運行プロデュース・・・PTA、地域住民が中心 ■ねぶた教育のイメージ(先生→小人→保護者) (5)小学生から大人までのねぶた教育との関わり 小学校 □低学年・・・ねぶたに対する興味を高める ①ねぶたの家ワ・ラッセ見学、囃子・ハネト体験 □中学年・・・①ねぶた座学 ②ねぶた囃子の習得 ③金魚ねぶた制作 □高学年・・・①ねぶたの制作(箱とうろう→扇ねぶた→人形ねぶた) ②○○○小ねぶた囃子方を結成 中学生 ①ねぶた祭の理解を深める(座学、ハネト、ねぶた制作等) ②文化祭でのねぶた運行(ねぶた制作・囃子・運行プロデュース) 高校生・大学 ■ねぶた委員会を設置しねぶた祭へ参加 参加の仕方 ①ねぶたを制作し大型ねぶたと連携(前ねぶたの制作等) ②囃子方を編成し大型ねぶたと連携 ③文化祭でのねぶた運行を実施 ④町内・地域ねぶたとの連携 ⑤ハネトとして祭りへ参加 大 人 ○青森市民として生活する人 ①青森ねぶた祭へ参加 ②地域・町内ねぶたへ参加 ③ねぶた祭ボランティアガイドへ参加 ④青森ねぶたの広報宣伝に参加 ○県外へ移住する人 ①青森市民としてねぶた祭、青森の魅力を発信 ②青森ねぶた祭へ参加 ■学校と町内ねぶたとの成功事例 青森工業高等学校と青森市立野内小学校が地域ねぶた運行を実施 [総括] 地域活性化の定義の参考となったものは、塩見譲氏の「地域活性化と地域経営」に記載 されていた以下の文書である。 「地域活性化とはそこに住む人々が地域の資源を活用し、生き生きとした創造的な生活を 営んでいる状態、またそうした目標に向かって努力している状態を指すのであろう。」 この言葉から地域活性化は一過性のものではなく、農業生産者のように繰り返し、育てる ことに似ていると考えた。 育てるとは、育てる者と育てられる者が存在し、育てる側も様々な面で成長する。人は 成長に喜びを覚え、成長する過程、成長した姿を披露することで成長を実感する。 自分の成長を披露することで人を喜ばせ、人を幸せにすることができれば、同様に自分 も幸せを感じる。この喜びこそが継続の力となり一過性と違い継続性をもたらす。 以下の図 4 は地域と市場との相関図を表したものだが、市場が求めるものは一過性のも のではなく、継続的なもの、即ちその土地に根付いているものに魅力を感じると考える。 地域に根付いているものは昔から受け継がれている郷土の伝承文化であり、その郷土文 化はその土地の魅力であり、市場から注目されるものだ。 市場から注目されるものは十分に商品価値があり、市場へ売り込むことができる。とか く郷土文化は保存団体等により伝承されており、後継者の育成が思うように進まず苦慮し ているのが現状である。そこで郷土文化を教育と位置付け、その地域に根付かせるための 教育システムを確立させることで、保存団体だけの伝承ではではない伝承システムが確立 される。また郷土文化は観光素材であり、日本文化として国際観光振興にも繋がる。 人を育てる教育がその土地の魅力をつくり、郷土文化の継承となり、育った郷土文化は 観光素材となる。県内外から観光で来る人が増え、ねぶた観覧・体験だけに留まらず、そ の土地に住み、郷土文化の継承者になりたいと移住まで考える人もいるかもしれない。 郷土文化であるねぶた教育を取り入れた学校教育のすすめは、人を育て、地域を育て、 文化の保存伝承、国際観光振興、更には移住者を増やすきっかけにも繋がる。 地域活性化を進めるために大切なことは、具体的な地域活性化の定義を共有し、事業展 開していかなければなりません。海洋資源を守るためには植林からという具合に大きな視 野で、総合的な事業を考えることが必要である。 木下斉氏が提唱している「稼ぐまちづくり」を推奨する。稼ぐというフィルターを通し て物事を見ていくと今までとは違うものが見えてくる。稼ぐまちには元気があり人口増加 も可能である。郷土教育を取り入れた学校教育システムが確立できれば、郷土文化はしっ かりと継承され、一過性ではない継続的な地域活性化となることは間違いない。 図4 図4の田舎留学とは、青森市の人口を増やす政策として考えた。 留学時期は主に中学生~大学生までを指し、青森市のすばらしい私立中学・高校等に入 学してもらう。留学生は学業だけではなく海、山、川などの大自然豊かな環境、多様な 食文化、郷土芸能文化なども体験できる。 青森市は人間形成に役立つ環境を備えた街だと言える。田舎留学を体験した子どもた ちは、青森市が心のふる里となり将来は青森市へ永住する可能性が高まる。 [参考資料] 参考資料] 先進地事例 ■東京都教育委員会の取り組み 東京都教育委員会では、平成 17 年度に東京都の重点事業として「日本の伝統・文化理解 教育推進事業」を立ち上げた。日本の伝統・文化理解教育のねらい及び目指す子供像は次 のとおりである。 ねらい 国際社会に生きる日本人としての自覚と誇りを養うとともに、多様な文化を尊重できる 態度や資質をはぐくむ教育を推進する。 目指す子供像 •自分の身近な地域や自国の伝統・文化の価値を理解し、誇りに思える子供 •自国の伝統や文化を世界に発信できる資質や能力をもった子供 •他国の伝統や文化を理解し尊重するとともに、互いに文化交流ができる子供 1974 年よりユネスコが推進している「国際理解教育」 ①異文化と共生できる資質や能力 ②自己の確立 ③コミュニケーション能力 を国際化対応の 3 つの視点として謳っている。 東京都教育委員会ホームページより [参考文献] ■地域再生の罠 著者 久繁哲之介 ちくま新書 ■受け継ぎ創造する「和」の心―これからの伝統・文化理解教育 著者 緑川哲夫 日本文教出版 ■稼ぐ街が地方を変える 著者 木下 斉 NHK 出版新書 ■コミュニティデザイン 人がつながるしくみをつくる 著者 山崎 亮 学芸出版社 ■地域活性化と地域経営 著者 塩見 譲 学陽書房