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生命保険と人的資産 - 生命保険文化センター
生命保険と人的資産
一人的資産に関するリスク・マネジメント的思考−
石名 坂邦昭
(駒沢大学助教授)
目 次
1.はじめに
2.人的資産の範囲と定義
3.わが国企業における人的資産の特質
4.人的資産管理と生命保険
5.むすぴ
1.はじめに
今日、各企業において、生産性を向上し、大量生産を行ない、大量販
売による収益の極大化をはかろうとする従来の経営思想はゼロサム社
会に示されているよう仁二、もはや不可能なこととなり、世界経済におい
てロスを重視した企業の安定成長、ゼロ成長がさけばれる時代をむか
えるにいたった。すなわち、収益性の極大化をはかろうとするプラス経
営学、プロフイト理論をくわえ、企業ロスに重点をおいた、企業損失
極小化をはかろうとするリスク・マネジメント理論を併用した近代的
企業経営時代への移行期をむかえるにいたったのである。企業利潤の
源泉が、企業の三大資本の一つである人の手により成生されているこ
とはすでに多くの人々の認識していることである。さらに企業損失の
−157−
生命保険と人的資産
源泉もまた同様に企業の人の手により成生されていることも明白であ
る。しかしながら、企業の三大資産たる人的資産について明確な資産
評価がなされておらず放置されていることも事実である。企業におけ
る人的資産は企業資産として価値のないものであるのか?取あげる意
味のないものであるのか?筆者にとって大いに興味のある問題であっ
た。さらに今日、日本的経営といってもてはやされている日本的経営
の特質は何であるのか?物的資源をもたないわが国において、最大の
資源は人的資源であり、国際競争にうちかつ最大の武器は各企業が保
有している人的資産であろうと推察することはさほどあやまちのない
ものと思われる。そこで本論において人的資産の範囲を明確にし、定
義ずけるとともに日本的人的資産の特質を明確にし、企業における人
的資産のリスク・マネジメント的手法をさぐり出すことを目的として
その入口を兄い出すために筆者の一試論としてこころみたのである。
2.人的資産の範囲と定義
企業における資産は物的資産、人的資産、財務資産に大別される。
これらのうち、物的資産、財務資産については明確に資産評価がなさ
れているが、人的資産についてはその価値を十分に把握、評価されて
いるとはいえず、その用語すら統一されていないのが現況である。企
業における人的な価値を表わすものとして、人的資源、人的資産、人
的財産という用語が用いられている。
ところで、資源とは多種多様であるが、一般的に人間の作業、原材
料、設備という三つの要素に区別することができる。広義では技術の
(注1)
発展に伴なって生産に役立つものをさし、狭義では特に自然によって
与えられるものだけをさす。これらの定義からきっするに、資源とは
(注21
−158−
生命保険と人的資産
自然的なもの原材料的な意味あいが強く、人間の手の加えられていな
い、価値の原泉的意味に用いられているといえよう。これに対し、資
産とは、①個人または法人の所有する土地、建物、機械、器具、金銭
など、財産、しんだい。⑧所得を蓄積したもの、③金銭に見積り得る
積極的財産、或一定の主体が有する積極財産をその消極財産、すなわ
ち債務に対する担保と腎打0また、企業資本がその循環の過程で
特定の形態において保有され、もしくは停滞して投資残高を構成する
場合これを資産と呼ぶ。資産は有形物に限定されず、無形の投資価値
もこれを資産とよんで差し支えないが、将来に対し、業務的効果をも
はや期待しえない投資価値を失った支出を資産と呼んで資本的意義を
もつかのように取り扱うことは許されない。どのような範囲のものが
資産として認められるかは資産が費用、あるいは損失の計算と密接な
関連を有すること、および原則的には現金、預金などからの投資支出
にもとづいて認識されることに関連して企業会計の基準および法令(
企業会計原則、商法、税法など)において明らか覧誹る0しかし企
業会計上の資産は上記のような一般の考え方よりもかなり広い。すな
わち、会計上の資産は企業の所有に属し、金銭または金銭的価値をも
つ有形、無形の財貨または権利のほかに期間損益計算の必要から経過
的に資産化される計算上の資産をも含めたものとなる。ところで資産
(注5)
の類語に財産という言葉がある。両者の関係については、無差別に用
いうるとする考えや、その一つだけを会計における専門用語とし、他
は一般的用語あるいは別の科学の専門用語であるとする考えや、両者
とも異なる意味をもった会計の専門用語であるとする考えがある。一
般的には第三の考え方が多くの支持をうけている。貨幣、動産、不動
産、債権、有価証券などを特定の所有者について、その人の資産ある
いは財産であるということは一般的用語として聞くところである。そ
一159一
生命保険と人的資産
れらの経済的価値の具現対象を、その全体として認識したものを会計
専門用語において財産(Vermbgen)といい、その本来の個々の対象
を資産(assets)という。従って資源(resources),資産(assets)
(注6)
財産(property)の関係は、たれわれの社会経済において経済的価値を
認識された捻合体を財産といい、その個々の対象が資産であり、その
資産を形成する源泉が資源であるということができよう。ゆえに企業
に属する人的価値は人的資産として把握することがもっとも妥当なも
のと考える。企業における人的資産とは、企業の経営者、管理者、従
業員等、企業活動の計画、執行、統制に必要な要員およびこれを構成
員とする人的組織であり、企業内部および企業と外部との関係におい
て、その企業に有益をもたらす企業組織構成員の能力、信用の価値と
定義することができるであろう。
企業における人的資産の測定については、個人価値を測定の対象に
するか、人的組織価値を測定の対象にするかにより個人価値説と人的
組織価値説の二つに分かれている。
個人価値説は、1)企業の意思決定にあたり、多くの場合個人がその
(注7)
焦点になっており、それ故、個人価値の測定はこのような意思決定の
効率を高めるのに役立つことが仮定されるため、個人が第一の焦点と
される。2)個人価値の測定が原則として、より大きな人間集団の評価
を行なうために総計可能なこと。逆に人的組織の総体としての企業、
事業部、工場、部内あるいは作業グループなどのような人間集団の価
値を基本的な人的要素である個人に分割することは不可能である。と
(注8)
いったことをもとにこの説をとることの正当性を主張する。すなわち
個人価値説は、個人をもって人的資産とみなし、人的資産の測定にあ
たっては個人を第一次的な測定の対象とするものである。すなわち企
業に対する個人の価値を何らかの方法により測定し、さらに必要に応
−160−
生命保険と人的資産
じて作業区分、部門、事業部、企業全体などについて統計し、第2次
的に作業区分、部門等々の評価を算定しようとするのである。これに
(注9)
対し、人的組織価値説は個人の技量や能力というものはその個人が他
の要因に左右されることなく、まったく自由意思に従って、主体的に
発揮されるものではないという認識が基礎にある。個人そのものがも
つ技量や能力は組織の性格や質によって十二分に発揮することもでき
れば、あるいは逆に不十分にしか発揮しえないこともある。従って個
人の所属する組織そのものが個人の企業への貢献の度合や業績を決定
する要因となっているという前提のもとに企業における人的資産の測
定を行なおうとするのである。しかし企業における人的資産に対する
リスク・マネジメントを展開しようとする場合、その価値測定にあた
り、個人価値説、人的組織価値説いずれがより合理的であるかを結論
ずけることはあまり意味のないことである。両者の見解の合理性を論
ずるよりもいかに人的資産を正しく把握し、資産評価するかがむ
しろ重要なこととなる。企業の人的資産に対する支出を費用ではな
く資産として認識すべきであるということは、第一に従業員を費用と
してではなく資産として認識するということである。すなわち従業員
の獲得、開発のための支出を当期の費用として処理しないで資産とし
て将来の期間に繰延べるべきであるということである。さらに、資産化
さるべき対象は、上級経営者、管理者の技量や能力、従業員のもつ商
業的、工業的技量や能力等があげられる。企業の人的資産に対する支
出としては、人的資産の獲得にあたっての募集費、採用費。人的資産
の同化のための正規の訓練費、指導費、現場訓練費、馴化費、その他
の開発費。組織の一員として機能するための組織形成費。協労的機能
化のための組織開発費。人的資産の利用のための賃金給料、雑給、賞
与手当、退職給与引当金、福利費、厚生費、福利施設負担費等があげ
−161−
生命保険と人的資産
れる。通常企業はこれらの支出の大部分を当該支出のあった期に費用
として処理しており、資産化は研究開発費、買入れ、暖簾などごくわ
ずか例外的にしかみられない。しかし、リスク・マネジメント的思考
からするならばこれら人的資産を明確にし、資産とし位置づけること
が重要なことと考える。その場合、個々の企業の特質を明確にするこ
とはもちろんのこと、その特質の母体となるその国の文化、文明にも
とづいて成生された経営特質を明確にし、人的資産の特質をまず第一
に把握しなければならない。
(注1)新版・体系経営学辞典、高宮晋編、ダイヤモンド社 昭和50年、p1279
(注2)広辞苑
(注3)広辞苑
(注4)新版・体系経営学辞典、高宮晋編 plO20
(注5)会計学辞典 オ三版、神戸大学会計研究室、昭和51年、P531
(注6)体系会計学辞典、木村重義編、ダイヤモンド社、昭和45年、pp.24∼
25
(注7)個人価値説をとなえた代表的なものとして次のものがあげられる。
CF.EsicFlamholtz:AModelforHumanResourceValuation,A Stoc−
hasticProcesswithServiceRewards,AccollntingReview,1971Jam−
s S.HekimianandCurtisH.Jones;Put Peopleonyour BalanceShe−
et,HarvardBusiness Rerie叫1967
(注8)cF.EsicFlamholtz;Op.cit.,p.225.
(注9)若杉明著、人的資源会計論、森山書店、1973年、p.49
−162−
生命保険と人的資産
3.わが国企業における人的資産の特質
わが国企業の人的資産は欧米諸国に比してかなりの相違がみられる。
その要因として、
(注1)
1) 日本人が集団とかかわる場合、自分がその集団内で果す機能よ
りも、その特定の集団に所属するという事実をよりいっそう重視す
る。
2) このため特定の集団に対して職務の範囲を越えて多面的、ない
しは全人格的にかかわろうとする。
3) その結果、日本の社会は、個人→特定集団一→社会、の図式に表
現することのできる近代国家としては特異な構造をもっている。
4) このような杜全構造を反映して、日本の社会では自己あ所属す
る集団への異常に強い関心と社会への無関心がかなり一般的な現象
として認められる。
5) このような日本人の集団意識を映して、ウチとソトの意識や集
団への定着志向、特徴的な地位の意識や特異な権限、責任意識が日
本人の顕著な心理特性として認められる。といった事柄が挙げられる。
そしてこれらは企業内にあっても、従業員個々に、自分が組織
のなかで果す機能よりも、その集団への所属を重視するといった傾
向に走らせる。企業が従業員を採用するにあたっては、彼らの特定
の能力にとどまらず、その人物や性格、さらには彼らの家族関係ま
でも含めて慎重な検討を行ない“全人格的’’にみて採用するにふさ
わしいかどうかを考慮し決定を下す。さらに採用予定者の能力につ
いては(丑ある漠然とした一般的な性格を意味することが多く、②能
力は訓練や経験によってさらに開発されるべきある潜在的な力であ
り、従ってただちに実用に役立つ力、すなわち実力とは考えていな
−163−
生命保険と人的資産
いのである。このような背景のもとに採用されている終身雇用制度お
よび年功序列制度といった日本的経営として特徴づけられる制度のメ
リットは組織の中での人的資産が専門職制にくらべ格段にうまく活用
されること、特遇や地位が年功に応じて序列化され、役職などへの昇
進に際し、手当額を少しづつ違えたり、ポスト間に微妙な格差をもう
けることはそれ自体有効なインセンティブとなり、成員間の出世競争
をあをり、組織をより活性化させる。組織の人的資産が全人格的に評
価され、ユーティリティ・プレーヤーのよう、に活用され、きわめて機
能的なシステムを構成することが可能となるのである。
日本的経営の特質としての終身雇用慣行および年功序列制度を支え
てきたもっとも重要な条件として“義務の無限定性’’と“責任の非限
定性’’が挙げ競号0そしてこれは・わが国企業の人的資産の特質を
生みだすもっとも重要な要素となっているのである。
義務の無限定性とはある組織の成員達が明確にその義務として規定
されていないような責任であっても、あるいは当初予測不可能であっ
た責任であっても、もし組織がそれを必要とするならばこれを引き受
ける義務を負っていると強く感じており、また他の組織成員に対して
もこれを強く期待しているような事態をいう 0すなわち、ある組織の
成員が将来引き受けることを強く期待される責任ないし職務が明確に
限定されておらず、予測困難な状況を意味する。
責任の非限定性とは個人の責任範囲の不明確さや集団構成員の間の
責任の連帯性に照応するのであって、組織の成員がひとたび一定の職
務を引き受けたのちも、この職務にかかわる責任の範囲が明確に規定
されておらず組織内の状況によってさまざまに変化し、伸縮する現象
をさす。以下日本企業の人的資産の特徴をあげると次のとおりである。
−164−
生命保険と人的資産
各国の欠勤
日 本 0.9%
アメリカ 3.5%
西 独 1.8%
イギリス 6.7%
(資料、日本経済新聞、昭和56年7月26日)
日本から進出した企業のみた米国労働者の閏窟
イ) 親会社の労働生産性との比較
かなり低い 18.4%
やや低い 46.9%
ほぼ同じ 28.6%
やや高い 4.1%
無回答 2.1%
ロ) 労働者の問題
1位 転 職
2Jl 狭い職務観念
3〝 技術水準
4〝 企業帰属意識の薄さ
5〝 従業員の教育水準
61/ グループ意識の欠如
(資料、日本経済新聞 昭和56年7月26日)
わが国企業の人的資産の特質は、組織帰属志向の日本人独特の思考、
企業組織内での責任の非限定性、義務の無限定性さらにはこれらに支
えられている雇用に関する長期安定雇用制度(終身雇用制度)および
(注3)
−165一
生命保険と人的資産
年功序列制度(年功序列昇進、年功序列賃金)による定着率の高さ、
ユーティリティ・プレーヤーとしての活用の可能、組織帰属意識の高
さ、技術水準の高さ、知的水準の高さ、組織に対する忠誠心の高さ等
々があげられる。
以上のような特質をもつわが国企業の人的資産の管理について生命
保険のはたす役割は非常に重いといえよう。しかし、一方において、
今日わが国生命保険に、企業生命保険として確立することが望まれて
いることも事実である。
(注1)岩田龍子著、日本的経営の編成原理、文責堂、昭和55年、p33
(注2)岩田龍子著 前掲書 pp.193−208
(注3)浜口恵俊稿 文化の時代の日本的組織、中央公論、昭和56年、春季
特別号 ppl18∼119
4. 人的資産管理と生命保険
人的資産の無駄を企業からとり除くことはもっとも有効的な企業活
動を遂行する上でみのり豊かな仕事の一つとなっている。人的資産の
管理の重要性は企業収益が人間の手により生み出されると同様に、企
業損失もまた人間の手により生み出されている点にある。
企業の人的資産の主体は従業員、管理者等個人であり個人のもって
いる能力、信用、情報が企業の人的資産の源泉となる、そして個々の
価値が測定されそれの統計として人的組織価値を創造する。人的資産
−166−
生命保険と人的資産
価値の喪失は、疾病、傷害、廃疾、死亡、退職によって生じる。企業
における人的資産の損失は、不正、サボタージュ、無気力、欠勤、遅
刻、早退、職場不適正、能力不足、退職者による企業秘密の持ち出し、
信用、過失等があげられる。
企業における人的資産に発生する損失の管理にはロス・コントロー
ルとロス・ファイナンスイングがある。ロス・コントロールはハザード
の管理として理解されている。すなわちハザードとは損失事故を増加
あるいは増強させる危険状況であり、この危険状況を減少・除去する
ことにより損失を予防・軽減させようとするものである。したがって
ロス・コントロールは損失の予防(損失頻度の減少又は除去)と損失
の軽減(損失強度の減少又は除去)という技法を用いることにより、
企業の人的資産の危険を管理しようとするのである。
(往1)
人的資産管理の内容は以下のとおりである。
1) 応募者を評価する組織
2) 背景を構成する要素
3) 新しい従業員の訓練とモチベーション
4) 現在いる従業員の再教育
5) 従業員の考え方に対するインタビュー
6) 非常時の行動
7) その他
経営者は誠実にして正直な従業員を選択し、従業員の質を向上させ
るように努力しなければならない。終局的に質の良い従業員を採用し、
管理するとき、すべてのことが成功に導かれるであろう。それ故、雇
入れの前の十分なチェ、ソクは雇用計画のもっとも基本的な問題となる。
雇入れようとする従業員がどのような背景をもっているかといった問
題は非常に重要なことである。特に先にあげたような、.日本的経営に
−167−
生命保険と人的資産
あっては何よりも優先されるべき問題となるであろう。
一般に、従業員は自分を雇用している企業の財政的繁栄に対しあま
り関心を示さない。彼らは自社が多年にわたり営業されてきており、
これからも破産することなく永続すると考えている。経営者は従業員
に対して、企業は利益を得る権利を有しているということだけではな
く、彼らに仕事を与え、企業を存続させるために利益を得ることが必
要であることを理解させる必要がある。一般従業員と経営の接触は現
場の監督者を通して行なわれている。それ故、現場の監督者のロス・
コントロールについての能力を向上させる訓練が必要となる。現場の
監督者は、オーに誠実で従業員がよい仕事をする気になるような環境
を作ってやると同時に監督者自身、従業員の誠実性に責任をもつこと
である。さらにすべての従業員に対し、より高い地位とはいかなるも
のであるかを理解させ、彼らにその地位を得ることが可能であること
を知らせることが大切である。そうすることが従業員にロス・コント
ロールを理解させ徹底させる近道となるのである。また一方において、
企業は安全のためのルールと罰則について明示する必要がある。そし
て従業員個々について彼らがだれに対し責任を負うかを明確に示すこ
とである。しかし従業員は一般に企業の規則に対してあまり注意を向
けない。そこで規則を社内に徹底させるためにはその作成の段階から
広く従業員を参加させたり、定期的に多くの者の目にとまる場所に掲
示したり、個人に配布することが望ましい。
ロス・ファイナンスイングは現実的に発生する損失に対し、でき.る
だけ経済的に資金手当を実施しようとするものであって、その手法と
しては損失の保有と損失の移転がある。損失の保有には自己資金によ
る保有と借入金による方法があり、また自己資金による方法の中には
基金による方法、経常費による方法などが含まれる。損失の移転には
−168−
生命保険と人的資産
保険による方法と保険外移転があるが主として保険の利用が一般に行
なわれている。人的資産管理に用いられる保険は人保険である。人保
険は人に関する偶然の事件に対処し、その結果たる経済的不安定を合
理的に処理・保障する経済制度であり、人の生死に関して発生する生
命保険と人の災害に関して発生する災害保険とに分類満子0また被
保険者の数により個別保険と団体保険に分類される。保険は私経済単
位上の効果の観点からみて、家計経済の安定確保を目的とする家計保
険と企業経済の安定発展の確保を図る目的からみての企業保険とに分
類される。人保険はわれわれの社会文化的生活に必要不可欠の制度と
して発達して来たものであり、成立の当初は家計保険であったが、そ
の後、社会経済の変化にともない、企業の存続を目的として、さらに
は企業構成員の福祉厚生を図るものとして利用されるに至った。とこ
(注3)
ろで企業の人的資産管理に用いられる保険は企業生命保険ということ
になるが、今日、企業生命保険という特殊の保険が存在しているわけ
ではなく、保険が事業目的に利用された場合における総称である。人
保険が事業目的に利用される場合は、企業の存続・発展を直接的な目
的とする場合と間接的に企業の維持・発展を目的とする場合がある。
前者は保険に加入した者の関係している事業の安定をはかることを日
的とし、その人の生命を保険に付し、その死亡および生存により惹起
する事業の衰退を防止しまたはこれを発展させることを目的とするも
のである。たとえば、経営者の死亡により彼の持っている能力、信用
の喪失により企業が経済的に打撃をこうむる場合にそなえて経営者を
被保険者とした生命保険契約を結ぶような場合である。後者は従業員
およびその家族の者に対する福利厚生を図り、ひいては企業の生産性
向上への貢献を期待するために保険を利用する場合などである。すな
わち、経営者が従業員の福利厚生をはかるため、目から契約者となっ
−169−
生命保険と人的資産
て保険料の全額または一部を負担し、従業員を被保険者とし、従業員
またはその家族を受取人とする生命保険に加入する場合であり、これ
は一面従業員にとっては家計経済の安定確保を図ることになり、また
経営者側にとっても、間接的ではあるが企業の発展に寄与せしめるこ
とになり企業経営上きわめて有利な万策といえよう。従業員の福利厚
生の充実のために用いられる保険として団体生命保険がある。
団体生命保険は1912年7月1日、モントゴメリー・ウォードとエタ
イタブル・ライフの間で、モントゴメリー・ウォードの従業員2,912
人を保険金統領5,946,564ドルで一括して担保する一年更新付定期保
険契約を結んだのにはじまる。その後、時代の要請により、団体傷害
(注4)
保険、団体終身保険、団体養老保険、団体健康保険、団体年金保険が発
売されるようになり、それとともに加入対象団体の範囲も拡大され契
約条件も改善され、内容も充実し、利用範囲も拡大し、今日、団体生
命保険は企業生命保険の重要な一分野を構成するにいたっている。
わが国における団体生命保険は昭和9年6月日本団体生命保険株式
会社によって初めて営なまれた。そしてその営業は昭和22年独占禁止
法が公布されるまで独占事業として営まれていたのである。戦後独占
がとかれ各社によって団体生命保険はとりあつかわれるようになった
がわが国の団体保険はアメリカを模範として作られたものでありその
内答はほとんどかわらない。
ところで、企業の人的資産管理のために今日多くの生命保険が利用
されており、それは保険を利用する企業側からはロス・ファイナンス
イングの移転策として用いられ、一方保険企業側はそれにこたえるべ
く企業生命保険として供給している。これは一見需給のバランスがと
れており双方の努力により非常にうまく行っているように見えるがは
たしてそうであろうか、生命保険は人的資産管理技法の一手段にすぎ
−170−
生命保険と人的資産
ず、かつ純粋危険を管理するlためのものでしかない。日本的経営の特
質として長期安定雇用制度(終身雇用)年功序列制度(年功序列昇進、
年功序列賃金)および企業別労働組合(協調的労使関係)が三大特質
としてあげられ、それに付随するものとして、包括的福利厚生制度、
経営者の長期視野に立った経営姿勢、労働者の企業への忠誠心や企業
一家意識、加えて従業員の高学歴、勤勉さ、高生産性、驚異的QC等
々これらすべてがわが国企業の人的資産の特質といえるものばかりで
あった。そしてこれらの人的資産の管理を支えるものとして企業生命
保険が開発され、供給を続けて来た。しかしこれら企業生命保険をみ
るに家計生命保険となんら変わることなくなんらの特性も存在しない。
企業生命保険として存在するためには、それを利用する側のニーズを
くみあげ、ニーズに合った保険種類の開発がなされるべきである。た
とえば西川先生も指摘されておられるように、人間の生命価値をもっ
て保険価額と生命保険金額とする方法は家計保険のみならず企業生命
(注5)
保険においても誤りである。たしかにヒューブナーのいう‘\生命価値を
構成する因子こそ結局他の経済価値の源泉ともなるもので、かかるも
のが存在しないところは財産価値が存在しない”とすることはまさに
(注6)
その通りであり、‘‘私達は経済的見地より財産価値を与える原動力と
もなるべき生命の価値を無視している。すなわち、我々は原因よりも
結果を、用益の源泉となるものより用益されたものを、永久的な生産
者より一時的な生産物を、換言すれば原動力たる生命の価値よりもそ
れから派生するところの財産価値を重要視しすぎている。’’といった
(注7)
指摘はリスク・マネジメント的思考に立った場合まことにその通りで
あり賛成を示すにやぶさかではない。しかし、ヒューブナーのいういわ
ば replace fund の考え方を生命保険に持ち込むことには疑問が残
る。さらに(》子供達が自力できる年頃になるまで彼等の生活を保護す
−171−
生命保険と人的資産
るに充分な年金給付を行うに足りる保険金額。⑧寡婦に対し、終身所
得を保証するに足りる保険金額、を保険価額とし、その根拠に人間の
(注8)
生命価値を適用することは、企業生命保険の保険金額を決定する資料
としてはあてはまらない。なぜならば、企業生命保険価額は、純粋に
企業人的資産を構成する個々の従業月の価値を正確に測定されたうえ
で決定されるべきものであり、さらにそれは常に変動するものである
ことから単純に逓減保険の導入によって解決されるものでもない。
以上、.みてきたように人的資産管理の一枝法として用いられる生命
保険は、企業における人的資産危険の純粋危険の管理としてしか用い
ることが出来ずその他の多くの投機的危険の管理には有効な働きをな
すことはできなかった。さらに企業における人的資産管理においても、
従釆の家計保険価額の決定手法に従うかぎり、企業生命保険としての
役割を十分に発揮することに疑問が残る。ここに企業生命保険として
の、リスク・マネジメント・プロセスの危険処理技法として企業生命保
険として新しい価値観をもつことの必要性のあることを強調したい。
(注1)リスク・マネジメント 石名坂邦昭著 白桃書房 昭和55年、p.62
(注2)新保険の本質と経済 森凱堆著 風間書房 昭和51年、p.226
(注3)森凱雄著、前掲書 p.327
(注4)実際的には1911年にすでにこの保険は存在しているのであるが、エ
タイタプル・ライフとモントゴメリー・ウォードの努力により計画さ
れたことから1912年7月1日を最初としているのである。くわしく
は筆者稿、団体保険制度に関する若干の考察、駒沢大学研究紀要、
オ3号を参照されたい。
(注5)生命保険とHuman Life Value 西川幹入稿 所報 No.56参照のこと
−172−
生命保険と人的資産
(注6)S.S.Huebner.,The Human Valuein Business Compared
With the Propertyl愉lue,博24
生命保険経済論稿、日本生命保険株式会社、昭和9年、p.5.
(注7)S.S.Huebner.,Op.Cit.,邦訳、p.&
(注8)西川幹入稿 前掲書 p.149
5. むすび
人的資産はわが国企業の最大の武器であり、企業収益の源泉である。
人的資産の充実はわが国企業の躍進を可能とし、国際競争における成
功を意味する。これまで、人的資産の管理は各企業において個々パラ
バラに行なわれており、体系的管理がなされていなかった。日本的経
営の特質が、長期安定雇用(終身雇用制度)、年功序列制(年功序列賃
金、年功序列昇進)企業別労働組合(友好的労使関係)として特徴ず
けられ各国の興味を引くにいたったことは周知の事実である。そして
それらはわが国企業の人的資産の一つの特質ともいえる。しかしこの
事実はわが国企業内部においてさほど重要視されていない。このこと
はわが国企業の従業員管理に対しY理論を適用しており欧米諸国がⅩ
理論を適用していることと関連していることにその原因をみいだせる。
しかしチャンドラーも指摘しているように従業員2万人以上の大企業
が全世界で401杜あるうち日本は28社でアメリカ、イギリス、西ドイ
ッについで世界でオ4位を占めるにいたっているのである。わが国企
業の影響はもはや一国内にとどまることなく全世界の経済に影響をあ
ー173−
生命保険と人的資産
たえるにいたっている。そしてわが国企業の経営の特質が人的資産の
特質によって成り立っていることはまた周知の事実である。しかしな
がら人的資産の管理についてその正確なる資産評価すらなされていな
いこともまた事実である。今後一日もはやく、生命保険各社が企業生
命保険の確立をなし、わが国企業の人的資産管理に有効な企業生命保
険商品の発売をそのマニュアルとともにうり出すことを切望する。リ
スク・マネジメント技法としての企業生命保険にあっては企業内人的
資産の時間的場所的変動はさけられない問題であり、そのことに対応
する意味においても、新しい保険商品の開発が望まれる。
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