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原型から原初へ j07013 糸長大佑
る建築の構造形態である。これにより壁は構造面に 原型から原初へ j07013 糸長 大佑 おいて完全に解放され、建築家が内外問わず、思い 通りの空間を生み出すことを可能にした。近代以後 の建築の“原型”ともいえるものである。 ■はじめに 今日、私たちが生活していく中で、毎日のように 新しいものを目にする。携帯は常に新しい機能が追 加され、パソコンはどんどん薄く軽く高性能になる。 あらゆるものは常に進化していく。 そんな時代において、建築家たちはいかに建築を つくってきたのか、また、建築はいかに進化を遂げ てきたのか、時代をおって考察する。 前世紀にイギリスを筆頭に世界各国で産業革命が ■分析方法 起こった。これによって人々の生活は激変した。そ れまで郊外で第一次産業を中心に暮らしていた多く 建築がいかなる進化を遂げてきたのか。それを考 の人々が、仕事を求め都市に集中し、急激な人口密 える上で今回は、近代建築3巨匠の1人であるル・ 度の増加が起きた。それに比例するように人々の生 コルビュジェが提唱した「計画案ドミノ」に注目す 活の中心である住宅環境は悪化の一途をたどる。そ る。 れまで住宅は煉瓦造りを中心とし、内部はとても狭 コルビュジェの計画案ドミノに注目する理由は、 く、小さな窓から入ってくる光はわずかなものでし 近代社会の発展を、建築そのもので表現したもので かなかった。もっと広く明るい住宅をつくることは、 あり、なおかつそれは建築の一形式と位置付けるこ 建築家に求められている最大の使命であった。 とができるからである。また現代において、それを そのような時代に、ル・コルビュジェが計画案ド 言い換えた=進化させたとされるものが生み出され ミノを発表した。組積造が中心であった欧米におい ているからである。一つは伊東豊雄による「仙台メ て、この計画案のスケッチは、当時の人々にとって ディアテーク」。もう一つは藤本壮介による 大きな印象を植え付けたに違いない。この計画案を 「Primitive Future House」である。 実現可能にしたのも、やはり産業革命によって生み それぞれの時代の建築界に多大なる影響を与えた 出された技術である。 3つの“ドミノ・システム”を分析し、建築がいか なる展開を図ってきたのか、また現代建築の傾向は どういったものなのかを探る。 ▽仙台メディアテーク (1995 伊東豊雄) 1995 年に開かれたコンペで伊東が提案し、2000 年に竣工したもの。基本的な点ではコルビュジェの ■分析 それと変わらず、水平スラブと柱、階段からなる。 しかし、大きな違いがそこにはある。いくつかの細 ▽計画案ドミノ(1914 ル・コルビュジェ) いチューブ状のものからなる柱で、それは斜めに捻 計画案ドミノとは水平スラブとそれを支える垂直 じれながら水平スラブを支える。また、上下間の繋 な柱、各階を繋ぐ階段という最少の構成要素からな がりが階段だけでなく、空洞になっているチューブ とチューブの間にも生まれている。 境を構造体そのもので表現した。 人々はそこに、それまでの建築にはなかった透明性 1991 年にバブルが崩壊し、人々は様々な不安を抱 と可能性を感じたであろう。仙台メディアテークに え生活していた。また建築界においては、バブルの よって、建築の原型は新たなる建築像への一歩を踏 頃に競うように建てられた高層ビルなどの高機能の み出した。 建築群や、ハコモノと呼ばれる国が造った建築は、 バブル景気の遺恨として人々の批判の対象となった。 そのような中、新たなる建築像として、伊東は仙 ▽Primitive Future House(2004 藤本壮介) 台メディアテークのコンペ案を発表し、この案で「徹 藤本による住宅の計画案。幾重にも重なったスラ 底的にフラットスラブ、海草のような柱、ファサー ブと、それらを繋ぎ、支える小さな柱(のようなもの) ドのスクリーンの3要素だけをピュアに表現する」 からなる。それ自体が床にも階段にもなるスラブに ことを目的として設計を行っている。 よって、コルビュジェのものと比較すると水平・垂 直の概念はもはや存在しない。上下左右が途切れる ことなく連続的に繋がっている。 この言葉にあるように、斜めに伸びている柱とどこ までも透明なファサードは、海底にある海藻を思わ 21 世紀に入り情報化社会が急速に進み、人々はイ せる。その透明性は、ファサードのみならず内部空 ンターネットや携帯電話の普及でいつでも・どこで 間の繋がりを生み出すことにも表れている。建築と も、遠く離れた場所の人や物との連絡が可能になっ いう人工物の中に、海底に揺れる海藻という自然環 た。そこには視覚・聴覚による情報しか存在せず、 それまで人々が持っていた距離感は、いつのまにか ■考察 姿を変えていった。 2004 年、藤本は Primitive Future House を発表 する。藤本はこの計画案を含む自らの作品を「原初 上記で建築は、体験されるものへと向かっている と述べた。なぜそのようなことが起きたのか。 的な未来の建築」と表現している。そこでは視覚だ 既に述べたとおり、情報化社会の発展によって、 けではなく、五感を駆使し空間を感じ、自らがそこ それまでの環境は失われつつある。そしてその環境 に何らかの質を見つけ出し、誰もが自分だけの認識 とは、様々な人やものとの距離感である。友人とい からなる部屋のような居場所を見つけ出す。ある人 ながら、別の友人にメールを打つ人。周囲の乗客を はそこに座り本を読み、ある人はそこで横になり、 気にせず電話をする人。面と向かって自分の意見を ある人はそこを棚に見立て何かを置いておく―――。 言えず、掲示板に書き込みをする人。これらは近く それは、猿が初めて二本の足で立ち、雨風を凌ぐた にいる人がトオクの存在に、遠くにいる人がチカク めに入った、洞窟のような居場所である。 の存在へと変わっている現代を一つの例である。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ このように失われつつある距離感を、人々の意識 の中に思い起こさせることが、現代建築の大きな役 割だと言える。それは、すべてのモノが、それ一つ では成り立たないということ。そして、お互いがお 互いに何かしらの影響を与えながら存在していると いうことを、人々へ訴えかけることと同義である。 そして、その傾向は 40 歳前後の若手建築家たちの 作品により強く表れている。それは 1990 年から現代 にかけてという、もっとも激しく・早く変化してき た時代を、建築を学び始めた時期と同じくして(20 歳から現在)、直に目の当たりにしてきたからである。 以下に、具体例として若手建築家たちによる、い くつかの作品を紹介する。 ▽T-house/藤本壮介 特徴的なプランからなるこの住宅は、近くてトオ ク、遠くてチカイという現代の状況を、実際の内部 ■まとめ これら3つのドミノ・システムを分析することに よってわかることは何か。それは建築が“建築の原 型=人工物”から“建築の原初=自然環境そのもの” へと向かっていることである。そして、その自然環 境自体も、姿・形といった形態的なものから、そこ で体験されるものへと向かっている。 空間で生み出している。 ▽イエノイエ/平田晃久 いくつもの三角屋根を持つこの住宅。内部には視 覚ではなく音で繋がる個室のようなワンルームが広 がる。 ▽神奈川工科大学 kait 工房/石上純也 いくつもの細い柱からなるワンフロアの空間。そ こでは、森の中のように、自分だけの居心地のいい 場所を見つける。 ▽Dancing trees. Singing birds./中村拓志 ▽十和田市現代美術館/西沢立衛 凸凹のファサードをもつ集合住宅。そこにしかな 無造作に置かれたいくつかのキューブ。それらは い木の距離感が作り出すそれは、偶然的に生まれた 少しずつ傾きを変えながら、微妙な距離感を保ち、 必然のかたちとなる。 通路で緩やかにつながれる。 ▽アパートメント I/乾久美子 けているものであり、同時にその時代の何らかへと 四方をガラスで囲まれた極小集合住宅。他人(=都 影響を与えている、または与えていかなければなら 市)と自分(=自室)が限りなく近づき、自室自体が都 ないものということである。それこそが、建築の存 市のインテリアとなる。 在意義と言っても過言ではないのではないか。 ※参考資料 ■おわりに ・テキスト建築意匠 平尾和洋+末包伸吾編著/学芸出版社 今回、課題テーマの「1990 年以降から現在に至る 建築の傾向を論じる」ということに対して、3つの ・原初的な未来の建築 藤本壮介著/INAX 出版 ドミノ・システムを手掛かりとして、分析・考察を 行った。 現代の建築は“距離感の建築”である。それは、 ・仙台メディアテーク HP http://www1.linkclub.or.jp/~ida-10/miyagi01.ht 失われつつある様々な距離感を、私たちにもう一度、 思い起こさせてくれるものだ。 ml ・藤本壮介設計事務所 今回取り上げた点以外にも、気になる点がいくつ かあり、建築のスケール感もその一つである。現代 http://www.sou-fujimoto.com ・中村拓志&NAP 建築設計事務所 の建築は、一つ一つのスケール感が小さいいくつも のユニットが、一つの建築をつくるというものが増 http://www.nakam.info ・イエノイエ HP えてきた。それは、人々の意識が集団から個へと向 かっていることが、大きな要因かもしれない。 http://www.ienoie.net ・各種画像 しかし、一つだけ確かなことは、建築というもの http://images.google.co.jp は常にその時代(=人々・社会)の何らかに影響を受 http://img.blogs.yahoo.co.jp