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博士論文 成長抑制剤を使用した反応晶析法による 硫酸鉛結晶の単分散

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博士論文 成長抑制剤を使用した反応晶析法による 硫酸鉛結晶の単分散
博士論文
成長抑制剤を使用した反応晶析法による
硫酸鉛結晶の単分散微粒子生成手法の研究
Precipitation of monodispersed lead sulfate crystal with a growth modifier
2004 年 2 月
早稲田大学大学院理工学研究科
応用化学専攻 化学工学研究
片山 晃男
論文構成
第一章
1.1
1.2
1.3
1.4
単分散微粒子生成技術に関する理論および既往研究
緒言
反応晶析理論および既往研究
1.2.1 結晶核発生の制御に関する理論
1.2.2 結晶成長の制御に関する理論
1.2.3 生成結晶の分散に関する理論
晶析現象制御のための不純物添加に関する既往研究
1.3.1 炭酸カルシウム系での添加剤使用例
1.3.2 アパタイト化合物系での添加剤使用例
1.3.3 硫酸バリウム系での添加剤使用例
1.3.4 硫酸カルシウム系における添加剤の使用例
1.3.5 ハロゲン化銀系における添加剤の使用例
本研究の位置づけと意義
Nomenclature
References
第二章
2.1
2.2
2.3
2.4
2.5
1
2
2
5
6
7
8
9
9
10
10
12
13
13
硫酸鉛系における添加剤の成長抑制効果の比較および適した添加剤の
選定
緒言
実験装置および操作
ゼラチンを添加剤として使用した場合の成長抑制効果
2.3.1 実験条件および操作
2.3.2 結果および考察
アミノ酸を添加剤とした場合の成長抑制効果
2.4.1 実験条件および操作
2.4.2 結果および考察
合成高分子電解質を添加剤とした場合の成長抑制効果
2.5.1 実験条件および操作
2.5.2 PAA 使用時の実験結果および考察
2.5.3 PVA 使用時の実験結果および考察
2.5.4 PAM 使用時の実験結果および考察
15
16
18
18
19
23
23
23
25
25
26
34
35
2.6
2.7
2.5.5 PEI 使用時の実験結果および考察
成長抑制剤としての添加剤の評価
結言
37
42
43
References
第三章
3.1
3.2
3.3
3.4
3.5
44
操作条件の変化による製品結晶の単分散性変動に対する検討
緒言
実験装置および操作
実験結果および考察(series-A)
3.3.1 原料モル供給速度が製品結晶に与える影響の検討
3.3.2 初期 PEI 濃度が製品結晶に与える影響の検討
3.3.3 PEI 分子量が製品結晶に与える影響の検討
3.3.4 結晶粒径の経時変化に対する検討
3.3.5 操作条件が結晶の単分散性に与える影響の総括
実験結果および考察(series-B)
結言
45
46
47
47
53
55
58
60
61
69
References
第四章
4.1
4.2
4.3
4.4
4.5
70
ポリエチレンイミンによる硫酸鉛結晶の結晶核生成および成長抑制
機構に対する検討
緒言
実験装置および操作
実験結果および考察
4.3.1 晶析操作中の鉛イオン濃度変化に対する検討
4.3.2 晶析操作中の PH 変化に対する検討
4.3.3 PEI―鉛イオン間の相互作用に関する検討
PEI を用いた晶析操作における反応機構の検討
結言
Nomenclature
References
71
72
73
73
83
88
94
101
102
102
第五章
総括
博士論文概要
研究業績
謝辞
103
第一章
単分散微粒子生成技術に関する理論
および既往研究
第一章
1.1 緒言
本研究の目的は、液相系での反応晶析法による難溶性無機塩の単分散微粒子
(monodispersed fine particles)生成に関し、高分子電解質を添加剤として用いた
操作の有用性を提案することにある。
単分散微粒子とは、1サンプル中での粒径及び形状の均一性が高い微粒子群
を指す呼び方であり、統一された基準値はないものの、変動係数(coefficient of
variation, C.V.)が 0.1 以下の値を示すサンプルに対して特にこう呼ばれる事が多
い1。この高い均一性のため、個々の微粒子特性からの微粒子群全体の性質の把
握が行いやすく、したがって理論解析や先端科学のモデル物質として用いられ
る。また粉体製品としてみた場合でのハンドリング及び管理の容易さに優れる
ので、粗原料よりもむしろ工業材料としての場合に、単分散性の高い粉体は重
要となる。
加えて近年の材料科学のめざましい発達から、より高機能かつ高精度な製品
を生み出すべく、粉体材料については更なる粒径の微細化が求められている。
いわゆる超微粒子と呼ばれるこれらの粉体についても、単分散性の評価値同様
大きさの標準値のようなものはなく、分野あるいは材料によって主に製造の困
難さから基準は大きく異なるのが現状であるが、主としてミクロンサイズ以下
のものがそう呼ばれる事が多い2。このレベルの微粒子は粉砕法で製造すること
は一般的に困難であり、凝縮法にて粒子を成長させて生成する必要があるが、
製法に関しては生成する微粒子の構成物質に大きく左右される。このため、単
分散微粒子の生成プロセスは膨大な試行錯誤の末に経験的に確立されたものが
ほとんどであると言える。
本章では、本研究のよる立場を明確にするため、まず極めて多岐にわたるこ
れらの単分散微粒子生成技術の中で、研究目的である難溶性無機塩(sparingly
soluble salts あるいは insoluble salts)の反応晶析による生成法に関して、微粒子
生成に関する理論および研究と、本研究の重要な骨子をなす添加剤による粒
径・結晶形操作に関する既往研究を概観し、それらの中での本研究の位置づけ
及び意義について整理を行う。
1
第一章
1.2 反応晶析理論および既往研究
晶析による単分散微粒子生成を行うためには、(1)結晶の核生成、(2)生
成した結晶核の成長、および(3)成長した結晶の分散、の各段階についてそ
れぞれ異なった目的での制御を行う 1 必要がある。本項では単分散微粒子生成と
いう観点から、基礎現象および現在までに提出された理論、加えて既往研究の
整理を行う。
1.2.1 結晶核発生の制御に関する理論
晶析装置として、装置内溶液へ溶質を含む原料溶液を外部から連続的に供給
し、反応させるような装置を用いる開放系を想定する。溶質の供給により装置
内で溶質の過飽和状態が形成されると、溶質分子の衝突により幼核(embryo)
が生成する。幼核は不安定で、一部は溶解して溶質分子あるいはクラスターの
状態に戻るが、残りは更に成長し、臨界径と呼ばれるある粒径以上に成長する
と熱力学的に安定な状態となり、再溶解しなくなる。更に結晶が成長し、溶質
が核として固相と見なせる様になった状態が一般的に核発生と呼ばれる3。発生
した核は続いて溶質を消費することで成長し、その一方で新たな核生成も起こ
るため、この核生成期では溶液中で核生成と結晶成長とが同時に進行している
ことになる。この核生成と結晶成長による溶質消費量が溶質供給量を上回るよ
うになった時点で装置内の溶質濃度は減少し始め、過飽和域を脱すると核生成
は事実上停止して、既存核の成長が主として起こる成長期に入る。この様子を
図式化したものが Fig. 1.1.1 であり、LaMer diagram と呼ばれる4。Fig. 1.1.1 で Cs
は溶質のバルク濃度または固体の溶解度であり、C*max および C*min は不安定域
の最大濃度および最小濃度を表す。領域Ⅰは不安定核の生成期、領域Ⅱは核生
成期、領域Ⅲは核の成長期である。
2
第一章
C*max
Labile zone
*
C min
Metastable zone
Rapid spontaneous
nucleation
Cs
Crystal growth by
diffusion
Formation of complex
and unstable nuclei
Ⅰ
Ⅲ
Ⅱ
Figure 1.1.1 LaMer model diagram
核生成期において既に結晶の成長が起こっており、装置内では常にこれら二
つの過程が並列して進行することを考えた場合、次のことが結論される。単分
散微粒子生成を行う場合、核生成期をなるべく早期に終了させ、その後の反応
を溶質消費による結晶成長のみを行わせるようにしなければならない。これが
達成されず、連続的な核発生が起こるような系では、不可避的に製品粒径が多
分散化することになる。この条件を達成するために Berry5や Moisar と Klein6な
どが提案した Controlled double jet 反応晶析法は、あらかじめ装置内に張り込ん
だ溶液中へ原料溶液を別々の供給管から連続的に供給し、撹拌しつつ反応させ
ることで制御を行う。供給された原料は撹拌翼周辺で直ちに反応して一次核を
形成し、その後撹拌によって装置内のバルク領域へと移動する。バルク領域で
は、Ostwald-ripening 現象によって比較的小さな粒径の核が再溶解して溶質とな
り、比較的大きな核がそれらを消費して成長することで、粒径分布の単分散化
が起こる7。これにより、核生成が主として起こる領域と結晶成長が主として起
こる領域とを装置内で分離することが出来るため、より一層の粒径の単分散化
が可能となる。
さて、核生成と結晶成長の分離を達成する最も基本的な手段としては、溶質
の供給速度を調節することで核生成速度を抑制することが挙げられる。結晶表
面への溶質の拡散過程と表面反応過程が連続して起こり、各々が過飽和度差に
比例するという最も単純なモデルにおいては、拡散律速状態および表面反応律
速状態での結晶の線成長速度は、それぞれ次式 Eq. 1.1 および 1.2 で表される。
3
第一章
dr DVm
=
∆C
dt
r
(1.1)
dr
= kVm ∆C
dt
(1.2)
ただし、r は結晶粒径、D は拡散係数、Vm は固相のモル体積、∆C は過飽和度差、
k は反応速度定数である。過飽和度一定で成長させたときの結晶粒径は、t=0 で
r≅0 とすると、拡散律速と反応律速の場合でそれぞれ
r = 2DVm ∆Ct
(1.3)
r = kVm ∆Ct
(1.4)
となる。したがって、単位時間当たりの溶質の消費速度-dc/dt は、球形粒子を仮
定すると拡散律速と反応律速(一次反応)の場合でそれぞれ
−
dc
12
32
= 4 2πNVm (D∆C ) t 1 2
dt
(1.5)
−
dc
2
3
= 4πNVm (k∆C ) t 2
dt
(1.6)
ただし、N は系内の安定核の個数である。
上式から、特に拡散律速の系においては、新たな核発生を起こさないために
は反応が進行するにしたがって溶質供給速度を減少させればよいことが理解さ
れる。反応律速の系であれば、溶質消費速度は時間と共に増加するので、一定
速度での溶質供給でも溶液内過飽和が増加することはない。しかしながら、実
操作においてこの供給速度の調節を厳密に行うのは、本研究で扱うような溶質
を連続供給する開放系でのみ達成可能である。前述した Controlled double jet 法
の場合でも、律速過程が実際には結晶の粒径に依存すること、生成した結晶の
凝集が起こること、また難溶性塩系においては反応速度が極めて速いことなど
の理由から、系に応じた溶質添加様式を予めプログラムしておくか、オンライ
ンでの濃度測定などによって供給流量をダイナミックに変化させる必要が生じ
る。ただし、前者は系内での反応およびその速度が十分に知られている必要が
あり、後者はその系において信頼性のあるデータを得られるセンサ類が利用可
能な場合に限られ、上記の条件を満足することは難しい。原料を連続的に供給
しない閉鎖系や、供給速度の動的変化が困難な系では温度、出発塩濃度、pH を
4
第一章
調節する事に加え、不純物の系内への添加などによって成長期における幼核生
成を抑制する8ことにより、単分散微粒子を得る方法がしばしば採られる。この
手法は次に述べる結晶の成長抑制をも同時に達成できるため、単分散微粒子生
成については効率よい方法であるが、操作条件や添加剤の選定に困難を伴う。
本研究でとられた高分子電解質水溶液中での操作も、一つには結晶成長の抑
制を目的としたものであり、高分子電解質の効果により核生成速度および成長
速度を減少させることが最も大きな要点となる。
1.2.2 結晶成長の制御に関する理論
前項で述べたとおり、単分散微粒子生成の観点から見た場合、核生成と結晶
成長は互いに関連させて考える必要がある。生成した核が過度の成長を行わな
いように制御された条件下で操作することは、すなわち粒径の多分散化につな
がる連続的な核生成を抑制することと同時に達成されるからである。
杉本9は、ヨウ化銀の単分散微粒子をゼラチン水溶液内で生成する系において、
1.2.1 で述べたような結晶の核生成と成長が同時進行するモデルを実験的に確認
したとし、最終的に生成される核の個数 N+∞を次式で得られるとした。
N+∞ =
1.567QRT
8πDσ Vm C ∞
(1.7)
ただし、Q は溶質のモル供給速度、R は気体定数、T は絶対温度、σは比表面自
由エネルギー、C∞は溶質のバルク濃度、または固体の溶解度である。1.2.1 で述
べたように成長期に新たな核化が行われないと仮定すると、操作の全期を通じ
て N+∞は不変である。したがって線成長速度 dr/dt、粒子表面積 A とすると、溶
質消費速度と供給速度が均衡したときの核個数が N+∞であるので、
∞
QVm = N + A
dr
dt
(1.8)
これより、
∞
N+ =
QVm
A(dr dt )
(1.9)
すなわち、核個数は溶質の供給速度に比例し、成長速度に反比例する。よって
5
第一章
N+∞の増加によって原料当たりの最終サイズは減少するから、製品結晶の微細化
を図るためには、溶質の供給速度を増加させると共に結晶の成長速度を減少さ
せてやればよい。
本研究で用いた装置は、原料供給速度の精密な調節こそ行っていないものの
杉本の使用したものと同様の Double jet 形式10であり、操作法に関しても類似点
は多いことから、上記の理論は非常に示唆的であると考えられる。一次核発生
現象における核化は三次元核化であり、結晶成長においては主として二次元核
化であるため、これらに要求される過飽和度は異なるものの、核生成速度が過
飽和度に依存することを考えると、一般的には溶質供給速度と成長速度は相関
関係にあると言える。このため、これらを個別に変化させることは困難ではあ
るが、ここで結晶内に取り込まれることなく結晶表面に吸着するような不純物
や、溶液内の溶質と前駆体を形成して反応を抑制するような物質を系内に溶解
させておけば、この操作は達成できることになる。したがって、前述のように
本研究で用いた高分子電解質による核化・成長の抑制のような手法は、単分散
微粒子の生成法として一つの選択肢となると言える。
また、1.2.1 で述べた律速過程の違いによって、結晶成長の単分散化への寄与
の度合が異なることも重要である。拡散律速成長の場合、Eq. 1.1 で表されるよ
うに線成長速度は粒径に反比例するので、成長につれて微粒子群の標準偏差は
減少する。したがって単分散微粒子生成の観点から見れば拡散律速での成長が
望ましいことになる。ただし難溶性塩での拡散律速成長の例は余り報告されて
おらず、塩化銀微粒子11などの一部の物質にとどまっている。
1.2.3 生成結晶の分散に関する理論
単分散微粒子生成を行う場合、粒径および形状の均一な結晶を生成するだけ
でなく、それらが凝集して粗大な凝集晶を形成しないように制御する必要があ
る。DLVO 理論によれば、同種コロイド粒子の凝集に際しては、粒子間の凝集
におけるエネルギー障壁は粒子径が小さいほど低くなる12ため、サブミクロンサ
イズ以下の超微粒子群に対しては、凝集の抑止は単分散な製品を得るためには
不可欠となる。
最も普遍的な手段としては、粒子間の電気二重層による反発力を利用するも
のがある。これは水系では幅広い系に適用可能な手法であり、実操作への適用
も容易であるが、実際には採られることはあまりない。この理由としては、電
気二重層厚み 1/κを増して粒子間の反発力を上げるためには溶液中の電解質濃
度を薄くする必要があり、これはすなわち収量の低下を意味する事が挙げられ
る。電解質濃度を薄くすることで先に述べた核化・成長の抑制もある程度達成
6
第一章
できるものの、収量の低さから実操作への適用は考えにくい。
次いで、粒子表面に吸着する高分子や界面活性剤の使用、いわゆる保護コロ
イドによる凝集の抑止が挙げられる。この場合は電解質濃度の制約は無くなる
が、別の問題点が生じる。すなわち、対象結晶に適した吸着物質および反応条
件の選択と、吸着物質の脱着である。反応条件選定の困難さの一例として、粒
子表面に吸着する物質の濃度に関して、濃度によって凝集状態が変化すること
は広く知られており、適切な濃度よりも低濃度の領域ではいわゆる橋かけ凝集
が、高濃度領域では枯渇効果13による凝集が起こる可能性がある。また高分子電
解質や界面活性剤の効果は溶液の pH やイオン強度にも左右されるため、これら
の調節も難しい課題である。
保護コロイドとしての高分子の使用例としておそらく最も有名なのは、写真
用ハロゲン化銀微粒子の生成系におけるゼラチンの使用例であると思われる。
現在、ハロゲン化銀微粒子の生成はその高機能化への要求から核生成と結晶成
長を別の装置内で行い、それぞれに異なる組成のゼラチン溶液が用いられてい
ることが多いが、いずれの場合でもゼラチンは粒子の成長を必要以上に妨げる
ことのなくほぼ完全に粒子の凝集、二次核発生を抑制している。しかしながら、
主として前述の操作条件の選定の問題などから、他の無機塩の単分散微粒子生
成に保護コロイドとしてのゼラチンを適用した研究はほとんどない。本研究で
も添加剤の選択肢の一つとしてゼラチンを使用した研究を行ったが、その結果
に関しては後の高分子電解質の選定結果に関する章で詳細に述べる。
1.3 晶析現象制御のための不純物添加に関する既往研究
1.2.1 および 1.2.2 において述べたとおり、反応晶析系において系内への不純物
の添加は、核生成・結晶成長の速度を調節し、粒径の単分散化を促す効果が期
待できるため、有効な手段の一つと考えられる。その他にも、1.2.3 に挙げたよ
うに、高分子電解質を添加することで生成結晶の凝集抑制を行う目的で用いる
ことも可能である。また、これら添加剤は結晶の形状・晶癖の制御、更には多
形制御を行うために用いられることもあり、近年の研究ではむしろこの目的で
高分子電解質が使用されることが多い。
本研究で採った実験方法も、高分子電解質水溶液内で反応晶析を行うという
点でこれらの手法に類するものである。したがって添加剤を用いた反応晶析法
に関する既往研究を概観し整理することは、現在での本手法における課題を明
確にし、併せて本研究の位置づけと意義を明確にする上で必要なことであろう
と考えられる。
添加剤を使用した反応晶析に関する研究例は膨大な数に上るため、本項では
7
第一章
比較的最近の研究を中心に、結晶の形状・晶癖や結晶多形、粒径を制御するた
めに添加剤を使用した既往研究に限って整理する。また、結晶格子への取り込
みや結晶への包含を伴うような無機添加剤の例も除外し、主として有機物の添
加剤に関するいくつかの研究例を、対象となる無機金属塩の種類別に分類した。
1.3.1 炭酸カルシウム系での添加剤使用例
バイオミネラリゼーションとは、本来生物が鉱物を作る作用を指すが、これ
を利用して生体内で行われる無機化合物の特殊な形成機構を模倣、あるいは類
似の機構を応用することで、高機能・高付加価値な無機/有機複合材料を合成
する操作をもバイオミネラリゼーションの名で呼ぶことが多く、これに関する
研究が近年盛んに行われている。よく知られている例では、真珠貝の貝殻を構
成する炭酸カルシウムの結晶形がある。通常、液中で炭酸カルシウム結晶を晶
析させた場合、三つの多形の内で熱力学的に安定なカルサイト、あるいはバテ
ライトが支配的に析出することが多い。アラゴナイトの選択的な生成は高温・
高圧を要するか、マグネシウム、ナトリウムなどの不純物を添加した系でのみ
見られる14が、貝殻の接合部分にはアラゴナイトが選択的に見られ、強固な構造
を構成している。この現象は、接合部分を支える筋肉組織のタンパク質が、ア
ラゴナイト析出のためのテンプレートとして機能しているためと考えられてい
る。基質タンパク質を構成するアミノ酸のカルボキシル基の間隔が、アラゴナ
イト表面のカルシウム原子間隔と一致しており、常温・常圧下においてもアラ
ゴナイトの生成が起こりやすくなっている15,16というものである。
晶析分野においては、炭酸カルシウムの液中での生成に際して有機添加剤を
使用する研究では、カルボキシル基を有する酸性ポリマー17,18,19の使用例が非常
に多い。Reddy と Hoch20は、カルボキシル基を有する数種の環状および鎖状の
ポリマーについて炭酸カルシウムの晶析現象への影響を検討し、その結果特に
環状のポリマーは 10-2 - 10-3 [ppm]オーダーの濃度でも結晶の成長を抑制し、1
[ppm]の濃度でほぼ完全に反応を抑止したと報告している。この理由として
Reddy らは、環状分子内に近接して存在する複数のカルボキシル基が、効果的に
結晶表面での反応を阻害したためであるとしている。
また多種のアミノ酸やリンゴ酸、クエン酸などの有機酸21を使用した研究例も
多い。Manoli ら22は、アラニンなどのアミノ酸モノマーやポリグリシンなどのポ
リアミノ酸はカルサイト種晶上にバテライトの生成を促進させ、これは解離し
たカルボキシル基上の負極性を帯びた酸素原子がカルシウム原子を引きつけ、
バテライトのテンプレートとなっていたためであるとした。
これらの研究例に見られるように、添加剤の使用目的については主として炭
8
第一章
酸カルシウムの多形制御、あるいは結晶形状の制御であり、単分散微粒子の生
成を指向した成長制御や凝集抑制の例は余り見られない。この理由としては以
下のようなものが考えられる。これらカルボキシル基を有するモノマーやポリ
マーは、特にカルサイト生成が支配的となるアルカリ性領域において強く結晶
表面に吸着するか、溶液中でカルシウムイオンと錯体を形成する。このため、
ppm オーダーの低濃度の使用でもこれら添加剤は結晶の核生成・成長の速度を
大幅に遅らせる効果を持ち、条件によってはほぼ完全に核化を抑止してしまう
ケースも見られる。このことから、単分散微粒子生成という観点からは成長抑
制効果が強すぎる上、微粒子生成が行われたとしても脱着操作が必要であるの
で使いづらいため、粒径制御に用いられることがないものと考えられる。
Wei ら23はノニオン性高分子であるポリビニルピロリドン(PVP)を使用し、
炭酸カルシウムの晶析現象への影響を検討した結果、PVP は中間体として生じ
るアモルファス状態の粒子に非常に弱く吸着し、バテライトからカルサイトへ
の転移を促進したこと、また特に高濃度(100 [g/L])の PVP 存在下ではカルサ
イトの粒径は数µm のオーダーとなるが、高濃度の PVP の影響で強く凝集し、
結果として 50 - 100 [µm]程度の粗大な凝集晶が得られたことを報告している。
1.3.2 アパタイト化合物系での添加剤使用例
M5(ZO4)3X の構造をとるアパタイト化合物の中でも、カルシウムハイロドキシ
アパタイト(HAP)は骨や歯の主成分として知られているが、骨形成プロセス、
特に筋組織との相互作用や骨形成の開始機構に関しては未だに不明な点が多い。
したがってバイオミネラリゼーションの観点から多くの研究が行われており、
晶析分野においても有機添加剤と核化現象との関連を中心に、研究事例は炭酸
カルシウム系と同様に数多い。
van der Houwen ら24はクエン酸および酢酸が HAP 結晶の生成過程に及ぼす影
響を検討し、特にクエン酸存在下において、クエン酸の HAP の核上への吸着に
より核化および成長が阻害され、粒径の減少、結晶化度の低下および不純物包
含の増大を招くことを見出した。また Koutsopoulos と Dalas25は弱アルカリ性条
件下で、リシン存在下での HAP 結晶の生成を行い、同様に結晶表面への吸着に
よって表面核化が阻害された結果、HAP の成長速度が大きく減少したが、影響
したのは成長速度のみであり結晶形状および晶癖に大きな変化はなかったと述
べている。
1.3.3 硫酸バリウム系での添加剤使用例
9
第一章
Jones ら26は亜リン酸基を含む数種の低分子化合物が存在する環境下での硫酸
バリウム結晶の晶析操作について検討し、これらの化合物の存在下では結晶は
丸みを帯びた形となり粒径は不均一であったとし、また成長抑制効果は pH 依存
であり、分子内の亜リン酸基の数および解離度に依存したと報告している。pH
が非常に高い条件下では、逆に抑制効果は低下し、Jones らはこれを負に帯電し
た抑制剤と結晶表面との静電反発により、吸着が阻害されたためとしている。
また Thompson27は油田プラントの配管内での硫酸バリウムスケーリング防止
のため、ポリアクリル酸(PAA)およびポリビニルスルホン酸(PVS)を使用し
たところ、PVS の方が低 pH、高イオン強度条件下においてより解離度が高いた
め、種晶表面に強く吸着してより高い成長抑制効果を発揮したとしている。
1.3.4 硫酸カルシウム系における添加剤の使用例
Boisvert ら28は、ポリアクリル酸ナトリウム存在下での硫酸カルシウム半水塩
から二水塩への水和による転移反応の速度について研究を行った。添加剤は半
水塩の溶解には何ら影響を与えないものの、半水塩の表面に吸着することで二
水塩の表面核化速度を減少させ、結果として転移速度を遅らせること、また反
応速度に影響を与えるのは結晶表面の吸着密度であり、高分子のバルク濃度は
影響しないことを報告している。更に添加剤の分子量が大きいほど、カルシウ
ム塩の生成量の増加とポリマーの脱着の起こりにくさから反応抑制効果が大き
いとしている。
また Öner ら29はカルボキシル基を持つ数種のホモポリマーおよびコポリマー
の存在下で硫酸カルシウムの核化現象について検討を行っている。反応溶液の
導電率をオンラインで測定することにより核化現象を観察し、ポリマー間での
反応抑制効果の比較を行った結果、いくつかのポリマー使用時には導電率が全
く下がらず、核生成が完全に抑止されていたと報告している。一方、比較的か
さ高いアクリル基を持ったコポリマーを使用した場合、1∼2 時間ほど一定値を
保った後に導電率が急激に減少するという現象が観察されたしており、硫酸カ
ルシウムの核生成の抑制効果は、添加剤の分子構造および分子量に大きく依存
すると述べている。
1.3.5 ハロゲン化銀系における添加剤の使用例
1.2.3 で述べたとおり、写真用乳剤の生成プロセスにおいては、ハロゲン化銀
微粒子の保護コロイドとしてゼラチンが古くから用いられており30、有機添加剤
を積極的に単分散微粒子の生成に利用した数少ない工業的利用例である。通常、
10
第一章
この用途にはアルカリ処理した等電点分布の狭いゼラチンが用いられる。ゼラ
チン分子はハロゲン化銀結晶の表面に吸着することで凝集をほぼ完全に抑制し、
また反応速度を適度な値にまで低下させることで、極めて単分散性の高い結晶
を得ることを可能にしている。生成した結晶を含む懸濁液は、ほぼそのままフ
ィルム上に塗布されるので脱着の問題も考える必要がなく、理想的な添加剤で
あると言える。ただし、操作条件によってゼラチンの吸着度や成長抑制効果は
大きく変化するため、最適な効果を得るために非常に多くの研究が行われてき
た31,32。
現在では、ゼラチン以外にも数種のアミノ酸や電解質を加えることでより結
晶の微細化を図り、併せて晶癖の制御も行っており、極めて高い単分散性を持
った平板上のサブミクロン微粒子を生成している。このため、ゼラチン以外の
物質を用いた研究もまた数多い。
Maskasky33は、弱酸性条件下で臭化銀結晶の微粒子を生成する際に、臭化銀の
特定面に吸着する 10 種類以上の物質を用いて、その溶液内で種晶の成長を行わ
せることにより、臭化銀結晶で実現可能な全ての晶癖を持たせることに成功し
たと報告している。さらに Maskasky は添加剤が吸着する結晶面と添加剤の分子
構造との関連についても半経験的な面から言及しており、一例としてチオアミ
ド基の硫黄原子と窒素原子の間隔が、{110}面の銀原子間隔とほぼ等しいことか
ら、この官能基を有する物質は、二つの銀原子にまたがるように吸着し{110}面
の成長を抑制するので、その結果として斜方晶系の 12 面体結晶に成長している
可能性があると論じている。
Leubner34は Double jet 反応晶析装置を用いた塩化銀結晶の生成実験で、成長抑
制剤として分子内に窒素を多数含有するメルカプト化合物をゼラチンと併せて
使用することにより、生成結晶の粒径を操作する試みを行った。抑制剤濃度 100
[ppm]では結晶粒径は約 30%に減少し、それに伴い結晶個数は約 90 倍に増加し
たが、この理由として、抑制剤の存在が過飽和領域を拡大し、核化時間が長く
なることで結晶個数が増加したため粒径が減少したと論じている。更に、100
[ppm]以上の濃度では晶癖の変化が著しいが、結晶形に関わらず抑制剤濃度と結
晶個数との間には良好な相関が見られたと報告している。
また、木村35はチオール類を成長抑制剤として使用し、バッチ法で原料溶液と
抑制剤とを直接混合することで、数 nm レベルのヨウ化銀超微粒子の生成に成功
したとしている。
11
第一章
1.4 本研究の位置づけと意義
以上、添加剤を使用した難溶性塩の反応晶析法に関する既往研究についてそ
のごく一部を概観したが、本研究の目的である単分散微粒子の生成およびその
操作法の提案という観点から見ると、余り研究例が多くないことが見て取れる。
工業製品として長い歴史を持つハロゲン化銀系に関しては、成長抑制と単分散
微粒子生成に成功している例は先に挙げたものを含め数多いが、それ以外の炭
酸塩、硫酸塩などの難溶性塩系に対しては、工業的応用例のみならずラボスケ
ールの操作においても、効率の良い単分散微粒子生成法は非常に数が少ない。
この原因は先に述べたように、単分散性を向上させる目的のため、初期塩濃度
を低くしたことによる生産性の低下に起因しているものと思われる。
また、研究例の多い炭酸カルシウムやアパタイトでは共沈を避けるためにア
ルカリ性条件下での晶析が行われるが、この条件下では添加剤として用いられ
るカルボキシルポリマーや有機酸は解離して強く結晶表面に吸着し、成長を必
要以上に妨げてしまうことがしばしばある。これも生産性を下げる原因となっ
ていると言える。
本研究でモデル物質として取り上げる硫酸鉛は、反応速度が速く、常温で安
定な化合物であり、結晶多形を持たないなど、モデル物質として扱いやすい性
質を持つが、アルカリ性条件下では水酸化鉛結晶の共沈が起こるため、炭酸カ
ルシウムなどとは逆に酸性条件下での晶析操作を前提とする。この条件下で、
既往研究で用いられているような様々な抑制剤が有効に結晶成長を抑制できる
かを検討するのが、本研究の骨子の一つとなる。また、他の研究例では塩基性
高分子電解質はほとんど用いられていない。この理由としては塩基性高分子電
解質の選択肢が酸性のそれに比べて少ないことに加え、アルカリ性条件下では
電荷をほとんど持たないので結晶に吸着しないことが容易に予測されることか
ら、使用するメリットがないと判断されたものと考えられる。しかしながら、
本研究の酸性領域では塩基性高分子電解質の使用も視野に入れる事ができるの
で、興味あるデータが得られるものと期待される。
以上のことから、本研究では酸性条件下での有機系添加剤、特に塩基性高分
子電解質による硫酸鉛結晶の核化・成長抑制効果の検討と、それを利用した単
分散微粒子生成プロセスの提案を目的とした。これに加えて鉛イオン濃度や pH
のオンライン測定のデータなどから、高分子電解質を用いた晶析操作で効率の
良い操作法を提案し、他物質への本法の適用を容易にするための反応モデルの
検討を行った。
12
第一章
Nomenclature
A:粒子表面積
C∞:溶質のバルク濃度、または固体の溶解度
c:溶液濃度
∆C:過飽和度差
D:拡散係数
k:反応速度定数
N:核個数
N+∞:最終結晶個数
Q:溶質のモル供給速度
R:気体定数
r:結晶粒径
T:絶対温度
t:操作時間
Vm:固相のモル体積
σ:比表面自由エネルギー
[m2]
[mol⋅m-3]
[mol⋅m-3]
[mol⋅m-3]
[m2⋅s-1]
[m⋅s-1]
[-]
[-]
[mol⋅s-1]
[J⋅mol-1 ⋅K-1]
[m]
[K]
[s]
[m3⋅mol-1]
[J⋅m-2]
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14 渡久山章, 石膏と石灰, 155 (1978) 147
15 加藤隆史, 化学と工業, 54 (2001) 670
13
第一章
16 渡部哲光, バイオミネラリゼーション, 第 1 判, 東海大学出版会, 1997,
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Growth, 249 (2003) 572
25 S. Koutsopoulos and E. Dalas, J. Colloid Interface Sci., 231 (2000) 207
26 F. Jones, A. Stanley, A. Oliveria, A.L. Rohl, M.M. Reyhani, G.M. Parkinson and
M.I. Odgen, J. Crystal Growth, 249 (2003) 584
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ACS Symposium Series 532, American Chemical Society, Washington DC, 1993,
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Growth, 220 (2000) 579
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Macmillan Publishing Co., New York, 1977, pp.88-104
31 A. Hirata and S. Hounishi, J. Soc. Photog. Sci. Tech. Japan, 36 (1973) 359
32 M.G. Antoniades and J.S. Wey, J. Imaging Sci. Tech., 36 (1992) 517; J. Imaging Sci.
Tech., 37 (1992) 272
33 J.E. Maskasky, J. Imaging Sci., 30 (1986) 247
34 I.H. Leubner, J. Crystal Growth, 84 (1987) 496
35 K. Kimura, in; T. Sugimoto ed., Fine Particles, Surfactant Science Series 92, Marcel
Dekker, Inc., New York, 2000, pp.308-323
14
第二章
硫酸鉛系における添加剤の成長抑制効果の比較
および適した添加剤の選定
第二章
2.1 緒言
前章で述べたように、反応晶析法にて硫酸鉛結晶の単分散微粒子を作成する
にあたっては、添加剤の使用により結晶の核化速度および成長速度を制御し、
かつ成長した結晶の凝集をも抑制する手法が有効であるが、対象物質、対象系
に即した添加剤の使用が重要となる。したがって本章では、硫酸鉛系において
最も核化・成長速度抑制効果の高い添加剤を選定するための検討を行った。
検討対象となる添加物質は、他の研究例での結果との比較を容易にするため、
前章で挙げた例を含む多くの既往研究で使用されている物質を中心に選択し、
更に 1.4 において述べたように既往研究ではほとんど使用されていない塩基性
高分子電解質も検討対象とした。
本研究で検討対象とした添加剤は以下の通りである。
アミノ酸:L-グルタミン酸、グリシン、L-アルギニン
ポリアミノ酸:ゼラチン
酸性高分子:ポリアクリル酸(PAA)、ポリビニルアルコール(PVA)
中性高分子:ポリアクリルアミド(PAM)
塩基性高分子:ポリエチレンイミン(PEI)
これらの添加剤を溶解した水溶液内で硫酸鉛結晶を核生成、成長させ、生成
した結晶の結晶写真や粒径および形状の単分散性、また実験結果の再現性など
から各物質の抑制効果と添加剤としての有効性を比較した。なお、結晶写真な
どから明らかに単分散性が低く、成長抑制剤として適さないと思われるような
場合は、その物質に関する詳細な検討は省略した。
15
第二章
2.2 実験装置および操作
本研究では、Stavek ら1が使用したものと同様の形式の装置を使用し、Double jet
法による晶析操作を行った。あらかじめ所定の組成に調整した有機添加剤水溶
液(以下初期溶液と呼称)を晶析槽(7)に張り込み、恒温槽(8)内にセット
した。更に晶析槽内にアクリル製邪魔板(6)を設置し、これをガイドとして原
料供給管(4,4’)およびガラス製撹拌翼(5)を固定した。ここに、原料となる
硝酸鉛(Ⅱ)および硫酸ナトリウムの水溶液をそれぞれ原料タンク(1,1’)から
ローラーポンプ(2,2’、古江サイエンス製 RP-NE)を用いて液溜め部(3,3’)に
送り、供給管から等モル反応となるように初期溶液内へ供給した。その後原料
溶液を一定流量で供給し続け、撹拌しつつ反応させた。
実験装置の模式図を Fig. 2.2.1 に、邪魔板付き晶析槽とガラス製撹拌翼の寸法
を Fig. 2.2.2 と 2.2.3 にそれぞれ示す。
5
2
3
4’
4
2’
3’
6
Pb2+
SO42-
1
1’
7
Growth restrainer
solution
8
1. Feed tank
3. Buffer tank
5. Impeller
7. Crystallizer
2. Roller pump
4. Inlet tube
6. Baffle
8. Thermostat bath
Figure 2.2.1 Schematic diagram of double jet crystallization
16
第二章
10mm
10mm
147mm
190mm
14mm
29mm
14mm
50mm
5mm
5mm
134mm
Figure 2.2.2 Geometrical parameters of baffled crystallizer
14mm
45°
14mm
50mm
Figure 2.2.3 Geometrical parameters of 4-pitched impeller
17
第二章
原料供給開始時をもって操作時間 0 [min.]とし、所定の操作時間において懸濁
液 10 [mL]を採取し、以下に述べる洗浄操作を行って結晶サンプルとした。採取
した懸濁液をイオン交換水で希釈し、遠心分離器(国産遠心器製 H-103N)にて
3500 [rpm]で 40 分間、遠心分離操作を行った。その後、上澄み溶液を取り除き、
再びイオン交換水を加え、超音波洗浄機を用いて再分散させた。この操作を 3
回繰り返すことでサンプルから添加剤成分を除去し、40 [℃]で温熱乾燥させて顕
微鏡観察可能な状態とした。サンプルの観察は結晶粒径に応じて光学顕微鏡(オ
リンパス製 BH-2)または SEM(日立製 S-2500CX)を用いて行い、撮影した顕
微鏡写真から結晶粒径の測定を行った。
原料には前述の通り硝酸鉛(Ⅱ)および硫酸ナトリウムの特級試薬を関東化
学(株)より購入して使用した。また、初期溶液の pH 調整には酢酸を用い、同
じく特級のものを関東化学(株)より購入し使用した。
2.3 ゼラチンを添加剤として使用した場合の成長抑制効果
ゼラチンは 1.3.5 において述べた通り、ハロゲン化銀微粒子の生成プロセスに
おいて極めて高い凝集抑制効果を示し、かつ粒子の成長を過剰に抑制しないこ
とから、単分散微粒子生成のための添加剤としては理想的な性能を持つと言え
る。本実験では、実プロセスで用いられているものと同種のゼラチンを使用し、
硫酸鉛系における有用性の検討を行った。
2.3.1 実験条件および操作
実験条件を Table 2.3.1 に示した。酢酸 200 [mL]、イオン交換水 800 [mL]を混
合した溶液(酢酸濃度 3.48 [mol/L])に硝酸鉛(Ⅱ)0.01 [mol]を溶解した。この
溶液にゼラチン 40 [g]を加え、60 [℃]に保って撹拌し完全に溶解させ、これを初
期溶液とした。ゼラチン溶解後の溶液 pH は、約 2.1 であった。原料溶液濃度は
0.3 [mol/L]、原料供給流量は 0.02 [L/min.]とし、撹拌速度 300 [rpm]の条件下で
反応させた。操作温度は、ゼラチン溶解時と同じ 333 [K](=60 [℃])とした。
初期溶液内にあらかじめ硝酸鉛(Ⅱ)を添加する操作は、後に述べる他の成
長抑制剤を使用した実験でも行っており、溶解させた鉛イオンを本論文を通じ
て過剰イオンと呼称する。過剰イオンに関しては、誘導期間を安定化させる効
果があるほか、Stavek ら 1 は 0.01 [mol]の過剰イオン存在下では硫酸鉛結晶は整
った形状を有する菱面体板状晶になるとしている。この過剰イオンによる晶癖
制御効果はハロゲン化銀系においても同様の現象が報告されている2。
使用したゼラチンは写真用アルカリ処理ゼラチンであり、
(株)新田ゼラチン
18
第二章
より供与いただいたものである。本実験ではゼラチンが天然物由来の高分子電
解質であることを考慮し、同製品で異なる複数のロットサンプルを使用するこ
とで、ゼラチンのロット差に基づく実験結果の再現性についても検討を行った。
Table2.3.1 Operation conditions (using gelatin)
Concentration of reactant solution [mol/L]
0.3
Feed rate [L/min]
0.02
Agitation rate [rpm]
300
Operation temperature [K]
333
Growth restrainer
Gelatin
Concentration of restrainer [g/L]
40
Concentration of AcOH [mol/L]
3.48
Concentration of excess Pb ion [mol/L]
0.01
2.3.2 結果および考察
Fig. 2.3.1(a)∼(c)にゼラチン水溶液内で成長させた結晶の顕微鏡写真を示す。
写真に示されるように、製品粒径は均一な形状を持つ斜方晶系板状晶であった。
一例として、粒径分布測定の結果 Fig. 2.3.1(b)のサンプルの平均粒径は 23 [µm]、
変動係数は 0.065 [-]であり、ゼラチンを成長抑制剤として使用することで、良い
単分散性を持つ微粒子が得られることが示された。
10 µm
Figure 2.3.1(a) Crystals precipitated in a solution of gelatin; sampled at 1 [min.]
19
第二章
10 µm
Figure 2.3.1(b) Crystals precipitated in a solution of gelatin; sampled at 5 [min.]
10 µm
Figure 2.3.1(c) Crystals precipitated in a solution of gelatin; sampled at 20 [min.]
しかしながら、異なるロットサンプルのゼラチンを用いて全く同じ条件で実
験を行った結果、製品結晶の形状、粒径、単分散性に大きな相違が見られた。
他の三つのゼラチン溶液内で生成させた結晶の写真を Fig. 2.3.2(a)∼(b)に示した。
使用した3つのロットサンプルの内、Fig. 2.3.1 に示した結晶生成に用いたゼラ
チン(ゼラチン A とする)のみが良好な単分散性を持つ微粒子を生成させる結
20
第二章
果となり、他のゼラチン(ゼラチン B および C とする)を使用した際は、結晶
の成長が不良である、単分散性が低いなどの問題点が生じた。3つのロットサ
ンプルは、全て製品区分上同一と見なされるものであるにも関わらず結果が安
定しないことから、ゼラチンにはロット間に原料の性状の季節差などに起因す
る物性値のばらつきがあり、これが結晶の成長現象に与える影響を異ならせる
原因となっているものと考えられる。
新田ゼラチン(株)の協力を得て各ゼラチンの組成を分析した結果、ゼラチ
ン A と B および C との間には、アミノ酸組成にほとんど相違はないが、分子量
分布において有意と認められるほどの分布差が存在した。Fig. 2.3.3 に、ゼラチ
ン A と B の GPC 測定による分子量分布を示す。保持時間 25 [min.]付近のピーク
が分子量約 1×105 のα鎖フラクションに対応するが、10 [%]程度の差が出ており、
これが成長抑止効果の相違の原因になっていると考えられる。なお、ゼラチン B
と C の分子量分布にはほとんど差が認められなかった。
10 µm
Figure 2.3.2(a) Crystals precipitated in a solution of gelatin B; 5 [min.] elapsed
21
第二章
10 µm
Figure 2.3.2(b) Crystals precipitated in a solution of gelatin C; 5 [min.] elapsed
0.5
Relative frequency [-]
0.45
0.4
0.35
gelatin A
gelatin B
0.3
0.25
0.2
0.15
0.1
0.05
0
0
10
20
30
40
Retention time [min.]
Figure 2.3.3 Molecular weight distribution of gelatin A and B
22
50
第二章
2.4 アミノ酸を添加剤とした場合の成長抑制効果
本実験では、ゼラチン分子を構成する約 20 種のアミノ酸の中から、酸性の Lグルタミン酸、塩基性の L-アルギニン、中性のグリシンを選択し、それらを成
長抑制剤として使用した。2.3 で述べたようにゼラチンの実験結果の不均一さが
分子量分布に起因すると考えられることから、モノマーの使用により良好な結
果が得られる可能性があると考えた。
2.4.1 実験条件および操作
実験条件を Table 2.4.1 に示す。使用したアミノ酸は L-グルタミン酸および Lアルギニンは関東化学製の特級のもので、グリシンは Acros Organics から純度
98%のものを購入した。
Table2.4.1 Operation conditions (using amino acids)
Concentration of reactant solution [mol/L]
0.1
Feed rate [L/min]
0.02
Agitation rate [rpm]
300
Operation temperature [K]
333
Growth restrainer
(L-)Glutamic acid
(L-)Arginine
Glycine
Concentration of restrainer [ppm]
30
Concentration of AcOH [mol/L]
3.48
Concentration of excess Pb ion [mol/L]
0.01
2.4.2 結果および考察
グルタミン酸、アルギニンおよびグリシン溶液中で生成させた結晶の写真を
Fig. 2.4.1(a)∼(c)にそれぞれ示す。結晶写真に見られるように、生成する結晶は
不定型な凝集晶であり、粒径の均一性もほとんどなく、単分散微粒子生成の観
点からして不適であった。なお、本論文にはアミノ酸を用いた実験に関してこ
れ以上の結果は掲載しないが、アミノ酸濃度などの操作条件を変化させても、
不定型な粗大結晶、あるいは凝集晶のみが得られ、単分散性の向上は全く認め
られなかった。
23
第二章
10 µm
Figure 2.4.1(a) Crystals precipitated in a solution of (L-)glutamic acid; sampled at 3 [min.]
10 µm
Figure 2.4.1(b) Crystals precipitated in a solution of (L-)arginine; sampled at 3 [min.]
24
第二章
10 µm
Figure 2.4.1(c) Crystals precipitated in a solution of glycine; sampled at 3 [min.]
2.5 合成高分子電解質を添加剤とした場合の成長抑制効果
本実験では、試薬として市販されている高分子電解質を成長抑制剤として使
用した。ゼラチンと異なり分子量分布にロット差が少なく、かつ溶液の粘度を
上昇させることでアミノ酸よりも高い凝集抑制効果を示す事が期待できる。市
販の高分子電解質の中から、成長抑制効果を考えやすくするため分子構造の比
較的簡単なものを中心として、酸性、中性、塩基性の高分子電解質それぞれ1
∼2種類について検討を行った。
2.5.1 実験条件および操作
実験条件を Table 2.5.1 に示す。使用した高分子電解質は、PAA は(株)和光
純薬より 1 級試薬を購入、PVA、PAM は Aldrich より購入した。また PEI につい
ては、日本触媒(株)より供与いただいた製品(エポミン®、P-1050)のサンプ
ルを使用した。Table 2.5.2 に高分子電解質の分子量などのデータを示す。分子量
に関してはカタログデータを使用している。PEI 使用時のみ実験条件における原
料溶液濃度、高分子電解質濃度が異なる理由に関しては 2.5.5 で詳述する。
25
第二章
Table 2.5.1 Operation conditions (using polyelectrolytes)
0.05, 0.1, 0.2
Conc. of reactant solution [mol/L]
0.005, 0.01
Feed rate [L/min]
Agitation rate [rpm]
300
298
Operation temperature [K]
PAA,
PVA,
PAM
Growth restrainer
10, 50, 100 [ppm]
Conc. of restrainer
Conc. of AcOH [mol/L]
3.48
Conc. of excess Pb ion [mol/L]
0.01
0.5
0.01
300
298
PEI
50 [g/L]
3.48
0.01
Table2.5.2 Examined polyelectrolytes and their properties
Acidity and charge
Mw or Mn
note
PAA
acidic, anionic
5000, 25000, 250000 (ave. Mw)
PVA
acidic, anionic
89000∼98000 (Mw)
99+% hydrolyzed
PAM
neutral, nonionic
10000 (ave. Mw) 50wt% aq. Solution
PEI
basic, cationic 320000 (ave. Mw), 14000 (ave. Mn) 50wt% aq. Solution
2.5.2
PAA の結晶成長および凝集抑制効果に対する検討
本実験では水溶液中での電気的性質が異なる数種の高分子電解質水溶液中で
晶析操作を行い、成長抑制効果の比較を行った。1.3 で述べたように PAA は成長
抑制効果に関する既往研究例、実験データが多く、本系における高分子の影響
を判断する基準として有用と思われる。
Fig. 2.5.1(a)∼(c)に、初期 PAA 濃度 10、50、100 [ppm]の初期溶液中で晶析さ
せた結晶の写真を示す。原料濃度 0.1[mol/L]、供給流量 0.01[L/min.]で実験を行
い、PAA は平均分子量 250000 のものを用いた。これらの写真に見られるように、
PAA 濃度 10 [ppm](Fig. 2.5.1(a))ではデンドライト状の粗大な結晶が生じてお
り、単分散微粒子としては不適であった。また PAA 濃度 100 [ppm](Fig. 2.5.1(c))
の場合、逆に結晶の成長が大幅に阻害され、極めて微細な結晶が生成する一方、
一部粗大な粒子が混在していた。これに対し PAA 濃度 50 [ppm] (Fig. 2.5.1(b))
の場合、比較的単分散性の高い菱面体結晶が得られた。このことから成長抑制
剤としての PAA の濃度には最適値が存在し、それより高濃度、低濃度いずれの
条件下においても単分散性の高い結晶は生成しないと思われる。既往研究にお
いては PAA は 0.1 - 1 [ppm]の低い濃度においても十分な抑制効果を発揮し、そ
れ以上の濃度では効果は変わらない例が多い3。したがって以上の結果は、本系
における PAA の成長抑制効果が他の研究例、特にアルカリ性条件下でのそれと
異なるものであることを示唆している。本研究の pH≈2 という条件下では PAA
はほとんど解離していない4ため、結晶表面への吸着は極めて弱い5ものと考えら
26
第二章
れる。また、結晶の過度の成長を充分に抑制するのに必要な PAA 濃度が既往研
究例におけるそれの約 50 倍という値であることからも、PAA は結晶への吸着に
よってではなく、溶液中に存在する鉛イオンと錯体を形成することによって反
応速度を下げているものと推察される。
10 µm
Figure 2.5.1(a) Crystals precipitated in a solution of PAA;
PAA conc. = 10 [ppm], sampled at 3 [min.]
10 µm
Figure 2.5.1(b) Crystals precipitated in a solution of PAA;
PAA conc. = 50 [ppm], sampled at 3 [min.]
27
第二章
10 µm
Figure 2.5.1(c) Crystals precipitated in a solution of PAA;
PAA conc. = 10 [ppm], sampled at 3 [min.]
つづいて、PAA 水溶液中で結晶の成長を継続した場合の単分散性の変化につ
いて検討した。PAA 濃度 50 [ppm]での結晶成長の様子を Fig.2.5.2(a)∼(c)に示す。
使用した PAA は Fig. 2.5.1 のサンプルと同様、平均分子量 250000 のものである。
この条件下では、操作開始後 5 [min.]程度までに回収された結晶は、先にも述べ
たように比較的良好な単分散性を有していた。しかし更に原料供給を続けた場
合、10 [min.]以降にサンプリングされた結晶では凝集や不定形晶の析出が目立っ
た。この結果から、PAA 水溶液中での晶析操作にて単分散微粒子を生成する場
合、装置内白濁による結晶発生の確認後、出来る限り早く結晶を回収するのが
望ましいと言える。また、PAA の濃度が比較的低く溶液粘度の増加があまりな
いこと、先に述べたように結晶への PAA の吸着がほとんどないと考えられるこ
とから、本実験の条件下では PAA による成長・凝集抑制効果は、既往研究で報
告されている例と比較すると弱く、PAA の濃度増加によってより成長を協力に
抑制することは難しいと考えられる。
28
第二章
10 µm
Figure 2.5.2(a) Crystals precipitated in a solution of PAA;
PAA conc. = 50 [ppm], sampled at 3 [min.]
10 µm
Figure 2.5.2(b) Crystals precipitated in a solution of PAA;
PAA conc. = 50 [ppm], sampled at 10 [min.]
29
第二章
10 µm
Figure 2.5.2(c) Crystals precipitated in a solution of PAA;
PAA conc. = 50 [ppm], sampled at 15 [min.]
次に、PAA の分子量の相違が成長抑制効果に及ぼす影響について検討した。
ゼラチンを成長抑制剤として使用した実験で確認されたように、抑制剤の分子
量の違いは結晶への吸着度に大きく関わると考えられる。高分子の分子量およ
び水溶液中での分子鎖の広がりが小さいほど結晶の単位表面積あたりの吸着量
は多くなるが、一方で分子量が大きいほど溶存イオン種と錯体を形成しやすく、
かつ吸着後の脱着が起こりにくいため、高い抑制効果を示す場合 3 もある。した
がって異なる分子量の PAA を使用することで、製品結晶の単分散性に何らかの
改善が見られる可能性があると考えた。Fig. 2.5.3 (a)および(b)に、分子量 5000
および 25000 の PAA 水溶液中で生成させた結晶の写真を示す。分子量 5000 の
PAA を使用した場合では粒径、単分散性共に分子量 250000 の PAA 使用時とさ
ほど変化がなかった。一方分子量 25000 の場合には微細な結晶が多く混じった
サンプルが得られた。ただし、どちらの高分子を使用した実験でも結果(本論
文では省略)の再現性に乏しく、操作条件と結果のばらつきの関連を見出すこ
ともできなかったため、本系において分子量の小さい PAA を使用する利点はな
いと思われる。
30
第二章
10 µm
Figure 2.5.3(a) Crystals precipitated in a solution of PAA, Mw of PAA = 5000;
Reactant conc. = 0.1 [mol/L], Feed rate = 0.01 [L/min.] PAA conc. = 50 [ppm], sampled at 3 [min.]
10 µm
Figure 2.5.3(b) Crystals precipitated in a solution of PAA, Mw of PAA = 25000;
Reactant conc. = 0.1 [mol/L], Feed rate = 0.01 [L/min.] PAA conc. = 50 [ppm], sampled at 3 [min.]
次に、PAA 使用時に特に結晶が成長してからの過成長や凝集が目立つことか
ら、原料モル供給速度を低くしての単分散性の改善を試みた。Fig. 2.5.4(a)∼(b)
に原料溶液濃度 0.05[mol/L]の場合、Fig. 2.5.5(a)∼(b)に供給流量 0.005[L/min]の
場合の製品結晶の経時変化を示す。どちらの条件でも、Fig. 2.5.2 に示したサン
31
第二章
プルと同様に、操作初期での結晶の単分散性は高いものの、成長するにつれて
微結晶が発生するなどにより単分散性が低下した。また、逆に原料供給モル速
度を大きくしての実験では、かなり早い段階から微結晶の発生や結晶の過成長
が起こり、単分散性は明らかに低下していたため、ここでは結果を省略する。
10 µm
Figure 2.5.4(a) Crystals precipitated in a solution of PAA, low reactant concentration
Reactant concentration = 0.05 [mol/L], sampled at 5 [min.]
10 µm
Figure 2.5.4(b) Crystals precipitated in a solution of PAA, low reactant concentration
Reactant concentration = 0.05 [mol/L], sampled at 10 [min.]
32
第二章
10 µm
Figure 2.5.5(a) Crystals precipitated in a solution of PAA, low feed rate
Feed rate = 0.005 [L/min.], sampled at 5 [min.]
10 µm
Figure 2.5.5(b) Crystals precipitated in a solution of PAA, low feed rate
Feed rate = 0.005 [L/min.], sampled at 10 [min.]
以上の結果から、PAA の使用によりある程度の単分散性を持つ結晶を得るこ
とは可能であるものの、生成結晶の凝集抑制作用が低く、操作条件の変化によ
り製品結晶の単分散性を改善することは困難であると考えられる。
33
第二章
2.5.3
PVA の結晶成長抑制効果に対する検討
本実験では、PAA に付いての実験と同様に PVA による成長抑制効果の検討を
行った。PVA はアルコールであるので、PAA と同様酸性条件下ではほとんど電
離しないだけでなく、官能基の極性もはるかに弱い。したがって結晶への吸着
だけでなく鉛イオンとの錯体形成も非常に起こりにくいと考えられるので、PAA
との効果の比較により成長抑制効果の機構に関して何らかの知見が得られるも
のと考えた。
Fig. 2.5.6(a)∼(b)に PVA 溶液中で生成させた結晶の写真を示す。Fig. 2.5.6 に見
られるように、初期の段階から非常に微細な結晶が多数生成しているが、凝集
やデンドライト状の粗大結晶が既に見られ、結晶成長と共に粗大結晶のみが成
長するように粒径が変化した。操作開始後早い段階での粒径は小さいことから、
PAA および PVA の成長抑制効果は低 pH で電離がほとんどない状態でも現れて
おり、PVA の成長抑制効果も PAA 同様、表面への吸着によるものでは無いと考
えられる。PVA は水への溶解度が PAA に比べて低いため本実験では濃度 10
[ppm]で使用しており、使用濃度差を考慮すれば PVA の方が PAA よりも抑制効
果は強いと言える。しかしながら、PVA においても操作条件を変化させること
で粗大結晶の発生を抑制することは出来ず、本系における成長抑制剤としての
有用性は PAA と比較して優位であるとは言えないと結論された。
10 µm
Figure 2.5.6(a) Crystals precipitated in a solution of PVA;
Reactant conc. = 0.1 [mol/L], Feed rate = 0.01 [L/min.] PVA conc. = 10 [ppm], sampled at 3 [min.]
34
第二章
10 µm
Figure 2.5.6(b) Crystals precipitated in a solution of PVA;
Reactant conc. = 0.1 [mol/L], Feed rate = 0.01 [L/min.] PVA conc. = 10 [ppm], sampled at 5 [min.]
2.5.4
PAM の結晶成長抑制効果に対する検討
PAM はアミド基の存在により水中では電離せず、その水溶液の pH は 6.5 - 7.0
とほぼ中性に近い。したがって、結晶に対する成長抑制効果の点から見て、静
電引力による結晶表面への吸着および錯化反応は PAA および PVA よりさらに起
こりにくくなると考えられる。よって PAM の成長抑制効果が充分弱ければ、本
系におけるこれらの高分子電解質の抑制効果は主として装置内バルクで起こる
現象であるという前述の仮定を補強するものになると言える。
Fig. 2.5.7(a)∼(b)に PAM 水溶液中で晶析させた硫酸鉛結晶の結晶写真を示す。
写真に見られるように結晶は成長初期の段階から不定形で、非常に粗大なデン
ドライトが生成した。生成結晶に対する成長抑制効果はほとんど無いものと考
えられ、前述の仮定がある程度支持されたものと言えるが、PAM 自身の成長抑
制剤としての有用性はほぼ無いと言える。また、前に挙げた二つの合成高分子
電解質と同様、操作条件の変化による製品結晶の単分散性の改善は見られなか
った。
35
第二章
10 µm
Figure 2.5.7(a) Crystals precipitated in a solution of PAM;
Reactant conc.=0.1 [mol/L], Feed rate=0.01 [L/min.] PAM conc.=10 [ppm], sampled at 5 [min.]
10 µm
Figure 2.5.7(b) Crystals precipitated in a solution of PAM;
Reactant conc.=0.1 [mol/L], Feed rate=0.01 [L/min.] PAM conc.=10 [ppm], sampled at 10 [min.]
36
第二章
2.5.5
PEI の結晶成長抑制効果に対する検討および製品結晶の評価
PEI は1級から3級のアミノ基を含有するアルキルイミンポリマーであり、水
中ではプロトン化を受けるため水溶液は塩基性を示す。したがって電子供与能
力が高く錯体を形成しやすいため、本系において必要とされる結晶成長抑制効
果に対して有効に寄与することが期待された。PEI は非常に水への溶解度が高く、
本実験で扱った他の高分子電解質と比べてとり得る操作条件の範囲が広い。検
討の結果、PEI 濃度が ppm のオーダーでは成長抑制効果は非常に弱く、粗大な
凝集晶しか得られなかったため、本論文では詳細な結果は省略する。しかしな
がら、ゼラチン使用時の操作条件と同程度の数十[g/L]という高い濃度では、興
味ある現象が観察された。
Fig. 2.5.8 に、PEI 水溶液中で晶析させた硫酸鉛結晶の SEM 写真を示す。
1 µm
Figure 2.5.8 Crystals precipitated in a solution of PEI;
Reactant conc.=0.5 [mol/L], Feed rate=0.01 [L/min.], PEI conc.=50 [g/L], sampled at 25 [min.]
結晶の単分散性は比較的高く、また粒径が他の高分子電解質使用時と比べて
微細であった。生成結晶は斜方晶系であるもののゼラチンや PAA 使用時に見ら
れたような板状晶ではなく、ほぼ立方晶に近い形となった。また成長現象にも
特徴が見られ、他の高分子電解質を用いた晶析操作では装置内溶液の白濁確認
後すぐに(操作開始後、1 - 3 [min.])回収しても、結晶粒径は 1 [µm]より大であ
37
第二章
ったのに対して、Fig 2.5.8 に示したサンプルは、操作時間 25 [min.]で回収したも
のであるにもかかわらず平均径が 0.9 [µm]という微細な粒径を有しており、PEI
の結晶成長抑制効果が非常に高いことが示された。
Fig. 2.5.9 に、上述のサンプルの粒径分布図を示す。粒径分布の変動係数は 0.2
[-]であり、単分散性はゼラチン使用時に得られた結晶と比較すると低いものの、
それ以外の添加剤を用いた実験結果よりも良好な結晶が得られた。
0.3
Relative frequency [-]
0.25
0.2
0.15
0.1
0.05
0
0
0.5
1
1.5
2
2.5
Crystal Size [µm]
Figure 2.5.9 Size distribution of crystals precipitated in PEI solution
先に述べたように PEI 使用時には他の高分子電解質使用時よりも目視で確認
される核発生時間が長く、かつ結晶粒径が小さくなるが、実験条件としては原
料溶液濃度を 0.5 [mol/L]と、他の高分子電解質での実験よりも高く設定してい
る。装置内過飽和度が高いにも関わらず粒径が減少していることから、結晶個
数が非常に多いことが推察される。また、Table 2.5.1 に示した実験条件下では、
装置内の白濁によって確認される核化時間が約 20 [min.]と、他の高分子電解質
使用時に比べると 10 倍程度長かった。これらのことから、PEI は結晶の核生成
段階から反応を強力に抑制していると考えられる。PEI の成長抑制作用が結晶表
面への吸着によるものなのか、溶液内の鉛イオンとの錯化反応によるものなの
かに関しては4章で詳述する。
次に、他の添加剤使用時に問題であった実験結果の再現性について検討した。
38
第二章
Fig. 2.5.10(a)∼(b)に、Fig 2.5.8 に示したサンプルと同条件で晶析させた結晶の写
真を示す。Fig. 2.5.10(a)に示したサンプルでは、Fig 2.5.8 に示した結晶に比べて
若干小粒径の結晶が混在しており、やや単分散性の低いサンプルとなった。そ
れに対し Fig. 2.5.10(b)に示した結晶は変動係数 0.19 [-]と Fig. 2.5.10(a)に示したサ
ンプルよりも若干高い単分散性を持っていた。この事から、PEI 使用時の実験の
再現性は PAA などの酸性、中性の高分子よりも良いものの、ゼラチンの最も良
い結果と比べると劣ると言える。原因としては、PEI の分子量分布が非常に広い
ためだと考えられる。ただし、ゼラチンと異なりロット差による結果のばらつ
きは見られず、この点に置いてゼラチンよりも有用であると言える。
1 µm
Figure 2.5.10(a) Crystals precipitated in a solution of PEI;
Reactant conc.=0.5 [mol/L], Feed rate=0.01 [L/min.], PEI conc.=50 [g/L], sampled at 25 [min.]
39
第二章
1 µm
Figure 2.5.10(b) Crystals precipitated in a solution of PEI;
Reactant conc.=0.5 [mol/L], Feed rate=0.01 [L/min.], PEI conc.=50 [g/L], sampled at 25 [min.]
他の高分子電解質使用時とは製品結晶の形状や観察される現象に異なる点が
多かったため、XRD で製品結晶を分析した。Fig. 2.5.11 は PEI 水溶液中にて晶析
させた硫酸鉛結晶の XRD パターンであるが、硫酸鉛の標準物質(スペクトル下
段)とピークはよく一致しており、添加した PEI の結晶への包含や他物質の共
沈は起こっていないと考えられた。
40
Figure 2.5.11 XRD pattern of the crystal precipitated in PEI solution
第二章
41
第二章
2.6 成長抑制剤としての添加剤の評価
以上、数種類の添加剤について、硫酸鉛系での成長・凝集抑制効果に対する
検討を行ったが、本項ではそれらの結果を総括して、適切な凝集抑制剤の選定
について考察する。前章で述べたように、本系で用いられる添加剤は単分散微
粒子生成を目的とするため、核生成および成長の抑制効果と凝集抑制効果を併
せ持つことが要求される。また、それらに加えて実験の再現性や、使用や入手
のしやすさといった性質もあれば望ましいと言える。これらのことから考えて、
検討した物質の中では、本系において添加剤として最も適しているのはポリエ
チレンイミンであるとして良いと思われる。
アミノ酸は全く成長抑制効果を示しておらず、本系においての使用には適さ
ないと言える。ポリアクリルアミドについても同様であり、また実験結果から
他のノニオン性高分子についても、高い抑制効果は期待できないものと考えら
れる。この理由としては 2.5.2 で述べたように、高分子電解質による成長抑制効
果には結晶表面への強い吸着か、装置内バルク領域での鉛イオンとの錯体形成
の少なくとも一方が必要と考えられるが、ノニオン性の高分子がこれらの効果
を持つのは本研究の実験条件下では非常に困難なためである。同様の理由で、
酸性高分子ではあるがほとんど電離を起こさないポリビニルアルコールも除外
できる。
ポリアクリル酸については少し判断が難しいが、成長抑制効果があまり強く
無くゼラチンと同程度、またはそれよりも劣るものであり、積極的にポリアク
リル酸を用いての晶析を行う必要は無いと考えられる。また単分散性の高い結
晶を得られる操作条件範囲が狭いため生産性を上げにくいこと、再現性にやや
欠けること、凝集抑制効果が弱いため懸濁液の安定化を図るのが難しいことも
問題と言える。本研究での条件よりも更に高濃度領域で十分な効果が得られる
可能性はあるものの、条件の選定には困難を伴うと考えられる。
ゼラチンについては、非常に高い単分散性を持つ微粒子が得られるため、成
長抑制剤としては極めて有効であると言える。しかしながら、2.3.2 で述べたよ
うに、ロット差に基づく結晶の性状のばらつきが深刻な問題となりうる。ロッ
ト差の問題はゼラチンが天然コラーゲンを原料とすることから不可避的に出て
くるため、これを製造段階で解消することはほぼ不可能と言える。製造後に分
子量分布を調節する手法6,7も存在するが、効率が悪く大量の処理には向いていな
い。そのため、現時点ではゼラチンのロット差を解消し再現性を向上させるこ
とは非常に困難と考えられた。
これらの物質と比較してポリエチレンイミンは、本研究においては成長抑制
効果、凝集抑制効果ともに、ゼラチンを除く添加剤の中では最も高い効果を示
42
第二章
し、良好な単分散性を持つ結晶を得ることが出来た。また合成高分子電解質で
あることから、ゼラチンに比べ再現性がよいことも利点として挙げられる。更
に最も注目すべき点として、他の高分子電解質使用時に得られた結晶と比較し
て10分の1以下と、生成結晶の粒径が小さいことが挙げられる。これにより、
操作条件を適切に選定することで、ゼラチンでは困難であったサブミクロン以
下の粒径を持つ微粒子が生成できる可能性がある。PEI を用いることの問題点と
しては、十分な成長抑制効果を得るために数十[g/L]という高い濃度が必要なこ
と、結晶の単分散性が先に述べたようにゼラチン使用時の最も良いサンプルに
比べ低いことが挙げられ、これらに関しては改善の必要があると考えられた。
2.7 結言
ダブルジェット反応晶析法による硫酸鉛結晶の微粒子生成プロセスにおいて、
装置内初期溶液に有機系添加剤を溶解させることで、製品結晶の単分散性を向
上させることを試みた。数種類のモノマーおよび写真用ゼラチンを含む高分子
電解質を対象に、それぞれの成長抑制効果を比較し、硫酸鉛系において適した
添加剤を検討した。実験の結果、塩基性高分子であるポリエチレンイミン水溶
液中で生成させた結晶が最も粒径が小さく、また結晶は比較的高い単分散性を
有し、実験結果の再現性にも優れていたため、ポリエチレンイミンを本系にお
ける成長抑制剤として使用することとした。
43
第二章
References
1 J. Stavek, M. Sipek, I. Hirasawa, K. Toyokura, Chem. Mater. 4 (1992) 545
2 T. Sugimoto, J. Colloid Interface Sci., 93 (1983) 461
3 J-P. Boisvert, M. Domenech, A. Foissy, J. Persello and J.C. Mutin, J. Crystal
Growth, 220 (2000) 579
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Symposium Series 532, American Chemical Society, Washington DC, 1993, pp.
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5 M. Balastre, J. Persello, A. Foissy and J-F. Argillier, J. Colloid Interface Sci., 219
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真学会誌,52 (1996) 408
7 H. Irie and K. Koseki, in; R.J. Cox ed., Photographic Gelatin Ⅱ, Academic Press,
London and New York, 1976, pp. 215
44
第三章
操作条件の変化による製品結晶の単分散性変動
に対する検討
第三章
3.1 緒言
前章において、PEI 水溶液中で反応晶析操作を行うことで、本研究における晶
析条件、すなわち酢酸酸性での硫酸鉛結晶の晶析操作において結晶成長速度を
大きく抑制し、比較的単分散性の高い微粒子を生成し得ることを示した。本研
究の最終的な目的は、硫酸鉛系に適した成長抑制剤としての有機物添加剤を見
出すだけでなく、それを用いた単分散微粒子生成プロセスの提案にある。した
がって、操作条件が製品結晶の単分散性に与える影響を考察することは非常に
重要であると言える。特に本研究の目的においては、単分散性を犠牲にするこ
となく製品結晶の粒径をどの程度まで微細化できるか、あるいは増加させられ
るかも求められるため、操作条件の影響を検討することが必要となる。また、
PEI による結晶の核生成および結晶成長速度の抑制機構に関しては、既往研究に
述べられているものと異なる部分が多いため、前章までの結果では不明確な部
分が非常に多い。操作条件が及ぼす影響を検討することは、抑制機構の理解に
もつながると考えられる。
本章では、操作条件を変化させての一連の実験結果から、単分散微粒子を安
定して生成するための操作上の指針を提案することを目的とした。原料溶液濃
度、供給流量、初期 PEI 濃度等を変化させ、製品結晶の粒径分布、結晶写真か
ら操作条件の与える影響についての検討を行った。また、単分散性の高い結晶
を得るための操作として、装置内白濁前に原料供給を止めて結晶を熟成させる
などの操作を行い、製品結晶の単分散性に与える影響を考察した。
45
第三章
3.2 実験装置および操作
本実験では、実験装置として 2.2 で述べたものと同じダブルジェット反応晶析
装置を使用し、手法の異なる 2 種類の実験を行った。まず、操作条件の影響を
検討するため、第二章で述べた方法と同様の実験手法で晶析操作、およびサン
プルの評価を行った。この実験を Series A とする。これとは別に、Series A で実
験的に得た目視による核生成時間(=装置内白濁が起こる操作時間)を参考に、
白濁が起こる直前に原料供給を止め、そのまま撹拌を続けるという実験を行っ
た。サンプルの評価法は Series A と同一である。この実験を Series B とする。
PEI 水溶液内で生成させた結晶は粒径が 1 [µm]以下のものが多いため、製品結
晶の写真撮影には全て SEM(日立製 S-2500CX)を使用した。撮影した SEM 写
真から、電子ノギスを用いて粒径分布を測定した。粒径分布のサンプル数は 300
個とした。
Table 3.2.1 および 3.2.2 に Series A、B の操作条件をそれぞれ示す。Fig. 2.2.1∼
2.2.3 に示した装置を用い、Table 3.2.1 に示した操作条件で実験を行った場合、
槽内レイノルズ数は最小で 1.8×103 [-]、撹拌翼の吐出流量は最低で 5×102
[mL/s]と計算された1。したがって、流量および撹拌速度の選定は完全混合を仮
定するに妥当な範囲であると考えられる。
PEI は水溶液中で塩基として作用するため、添加量により溶液の pH は異なる。
そのため、酢酸を用いて全ての実験で初期溶液の pH を約 2.7 となるように調整
して実験を行った。pH により PEI のプロトン化度は変化するが、本実験におい
ては PEI がほぼ最大までプロトン化するような条件下2で晶析操作を行っている。
なお、PEI は常温で水にほぼ任意の割合で溶解するため、ゼラチン使用時と異な
り操作温度は 298[K]とした。
Table 3.2.1 Operation conditions (series A)
Concentration of reactant solution [mol/L]
Feed rate [L/min]
Agitation rate [rpm]
Operation temperature [K]
Concentration of PEI [g/L]
pH of ground solution (adjusted by AcOH)
Concentration of excess Pb ion [mol/L]
46
0.25, 0.5, 0.75, 1.0
0.005, 0.01, 0.02
300
298
5, 10, 15, 20
2.7
0.01
第三章
Table 3.2.2 Operation conditions (series B)
Concentration of reactant solution [mol/L]
Feed rate [L/min]
Agitation rate [rpm]
Operation temperature [K]
Concentration of PEI [g/L]
pH of ground solution
Concentration of excess Pb ion [mol/L]
Feed supplying duration [min.]
0.5
0.01
300
298
10
2.7
0, 0.01
5,5.5,6,6.5
また、本研究で用いる PEI はそのほとんどが(株)日本触媒のエポミン®P-1050
であるが、Series A の一部の実験において、P-1050 とは異なる分子量をもつサン
プルを使用した。これらのサンプルの P-1050 との物性の違いを把握するため、
初期溶液の粘度測定および各 PEI サンプルのアミン価測定を行った。
粘度測定には回転粘度計(東機産業製 BL 型粘度計)を使用し、回転数 6, 12, 30,
60[rpm]での値から粘性係数を求めた。本実験における濃度範囲ではずり速度は
ほぼ応力に比例しており、ニュートン流体と見なして初期溶液の粘性係数を求
めた。アミン価の測定については、PEI として約 1 [mg]を 50 [mL]のイオン交換
水に溶解し、0.1N 塩酸にて pH を 1 - 2 とした後、1/400N ポリビニル硫酸カリウ
ム(PVSK)溶液を滴定剤とし、トルイジンブルーを指示剤としてコロイド滴定
3
を行った。PVSK 溶液およびトルイジンブルーは、共に和光純薬工業よりコロ
イド滴定用の試薬を購入して使用した。
Table 3.2.3 に分子量の影響を比較するために使用した PEI サンプルの型番と、
おおよその数平均分子量を示す。サンプルは全て(株)日本触媒より供与いた
だいたものを使用した。
Table 3.2.3 PEI samples and their molecular weight
SP-003
SP-030
Sam ple N o.
SP -200
300
3000
A verage M n
10000
P -1050
14000
3.3 実験結果および考察(Series-A)
3.3.1 原料モル供給速度が製品結晶に与える影響の検討
原料溶液濃度、供給流量のいずれか一方を変化させ、原料供給モル速度の変
化が製品結晶の単分散性に与える影響の評価を行った。初期溶液の組成は、PEI
濃度 10 [g/L]、酢酸濃度 3.5 [mol/L]、過剰イオン濃度 0.01 [mol/L]で一定とした。
実験方法は Series A の手法に従った。
47
第三章
原料溶液濃度を 0.25、0.5、0.75、1.0 [mol/L]と変化させ、流量を 0.01 [L/min.]
で一定としたときの結晶写真を Fig. 3.3.1(a)∼(d)に、Fig. 3.3.2(a)∼(d)に対応する
サンプルの粒径分布を示す。サンプルの採取時間は操作条件によって異なり、
晶析槽内に白濁による核生成が目視で確認できた 1 [min.]後に採取した。
(a)
(b)
1 µm
100 nm
(c)
(d)
100 nm
100 nm
Figure 3.3.1 Effect of reactant concentration on the monodispersity of crystals;
(a) Reactant conc. = 0.25 [mol/L], sampled at 16.5 [min.] (b) 0.5 [mol/L], at 6.5 [min.]
(c) 0.75 [mol/L], at 5 [min.] (d) 1.0 [mol/L], at 4 [min.]
48
第三章
(b)
0.2
0.16
Relative requency [-]
Relative requency [-]
(a)
0.12
0.08
0.04
0
0.2
0.16
0.12
0.08
0.04
0
0
100
200
300
400
0
Crystal size [nm]
200
300
400
Crystal size [nm]
(d)
0.2
0.16
Relative requency [-]
Relative requency [-]
(c)
100
0.12
0.08
0.04
0
0.2
0.16
0.12
0.08
0.04
0
0
100
200
300
400
Crystal size [nm]
0
100
200
300
400
Crystal size [nm]
Figure 3.3.2 Variation in the size distribution of crystals with reactant concentration;
(a) Reactant conc. = 0.25 [mol/L] (b) 0.5 [mol/L] (c) 0.75 [mol/L] (d) 1.0 [mol/L]
Fig. 3.3.2 より、原料溶液濃度が高い場合、小粒径側の結晶個数が増加してい
ることがわかる。原料溶液濃度の増加に伴い小粒径側の結晶個数が増加するこ
とで平均粒径が低下する傾向にあるが、結晶の成長により大粒径側の結晶も増
加するため、結果として粒径分布幅が拡大している。単分散性が最も高いのは
原料溶液濃度 0.5 [mol/L]の場合であり、このサンプルの平均粒径は 190 [nm]、
変動係数は 0.11 [-]であった。これに対し、原料溶液濃度 1.0 [mol/L]の実験では、
サンプルの平均粒径は 180 [nm]、変動係数は 0.22 [-]であった。
1.2.2 において述べたように、反応晶析プロセスにおいて核生成期と成長期の
明確な分離が達成されれば、原料供給モル速度の増加、すなわち原料溶液濃度
49
第三章
の増加に対して最終結晶個数も増加するため、粒径は減少する。本系における
粒径分布と原料溶液濃度の関係はこれに近いものであり、したがって、PEI の存
在は難溶性塩である硫酸鉛の連続的な核生成を抑制し、供給原料を結晶成長に
消費させることで単分散性の向上に寄与していると言える。しかしながら、原
料溶液濃度が非常に高い場合には大きな過飽和度が生成し、核生成期と成長期
の分離が不十分となるために、粒径分布幅が拡大するものと推察される。
また、Fig. 3.3.1 に見られるように、原料溶液濃度 0.25 [mol/L]の実験で得られ
た結晶は他のサンプルと比べて形状にばらつきが大きく、また結晶面の一部が
成長不良な骸晶が生成していた。この結晶形状、粒径のばらつきに関しては次
に述べる流量の影響に関しても見られた。原因としては生成結晶個数が少なく、
かつ原料溶液濃度が薄いために個々の結晶が成長する環境に偏りが出来たため
と考えられる。
次に、原料溶液濃度と同様に原料供給モル速度に寄与する供給流量の影響に
ついて検討した。原料溶液濃度を 0.5 [mol/L]で一定とし、供給流量を 0.005、0.01、
0.02 [L/min.]と変化させた。初期溶液の組成は原料溶液濃度の影響を検討した実
験と同じ、PEI 濃度 10 [g/L]、酢酸濃度 3.5 [mol/L]、過剰イオン濃度 0.01 [mol/L]
とした。Fig. 3.3.3(a)∼(b)に流量 0.005 および 0.02 [L/min.]の結晶写真を、Fig.
3.3.4(a)∼(b)に粒径分布図を示す。
(a)
(b)
1 µm
500 nm
Figure 3.3.3 Effect of feed rate on the monodispersity of crystals;
(a) Feed rate = 0.005 [L/min.], sampled at 15 [min.] (b) 0.02 [L/min.], at 4 [min.]
50
第三章
(b)
0.2
0.16
Relative requency [-]
Relative requency [-]
(a)
0.12
0.08
0.04
0.24
0.2
0.16
0.12
0.08
0.04
0
0
0
0.5
1
1.5
2
2.5
Crystal size [µ m]
0
0.2
0.4
0.6
0.8
1
Crystal size [µ m]
Figure 3.3.4 Variation in the size distribution of crystals with feed rate
(a) Feed rate = 0.005 [L/min.] (b) 0.02 [L/min.]
原料溶液濃度を変化させた実験と同様、Fig. 3.3.4(a)に見られるように、低流
量の条件において粗大な結晶が生成し、また粒子表面に微結晶が多く発生して
おり、良好な結晶を得ることが出来なかった。また高流量の条件においても原
料溶液濃度を変化させた場合と同様の傾向が見られ、180 - 200 [nm]前後の小粒
径側の粒子数が占める割合が増加したが、0.01 [L/min.]のサンプルと比較すると
平均粒径が大きく、単分散性も低いという結果となった。粒径分布から原料溶
液濃度の高い場合と同様、結晶の成長と小粒径の結晶の連続的な生成が並行し
て起こることで粒径分布幅が拡大したと考えられる。
また、原料供給モル速度 5 [mmol/min.]の条件に対して、これよりも供給モル
速度が小さい場合と大きい場合の双方において、実験結果の再現性に問題を生
じやすいという結果が得られている。供給流量を 0.01 [L/min.]で一定とし、原料
溶液濃度を変化させた実験を各条件にて数回行い、得られた結晶の平均粒径お
よび変動係数を原料供給モル速度に対してプロットしたのが Fig. 3.3.5 および
3.3.6 である。これらの結果から、原料供給モル速度が小さい場合には結晶成長
に偏りが出やすいために平均粒径の誤差が大きくなり、大きい場合には粒径分
布幅の拡大が起こりやすいため変動係数の誤差が大きいと考えられる。また原
料供給モル速度が大きい場合には平均粒径が小さくなるため、より変動係数の
誤差が大きくなりやすい。なお、他の原料供給速度でも再現性には同様の傾向
が見られた。
51
第三章
Average crystal size [ µ m]
3
2 .5
2
1 .5
1
0 .5
0
0
2
4
6
8
10
12
M o la r feed ra te [mmo l/m in.]
Figure 3.3.5 Repeatability of average crystal size against molar feed rate
Coe fficient of variation [-]
0.25
0.2
0.15
0.1
0.05
0
2
4
6
8
10
12
M olar fe ed rate [mm ol/min.]
Figure 3.3.6 Repeatability of coefficient of variation against molar feed rate
52
第三章
以上の結果から、本系において原料供給モル速度には操作上の最適な範囲が
存在すると考えられる。原料供給モル速度が小さ過ぎると結晶の成長不良や微
結晶の発生などにより、単分散性の低い製品結晶が生成しやすい。一方、原料
供給モル速度が大きい領域では、小粒径の結晶が生成しやすくなるものの、先
に述べたように粒径分布幅の拡大が起こりやすい。したがって、この中間の 5 –
7.5 [mmol/min.]程度の原料モル供給速度で操作を行うのが望ましいと言える。
3.3.2 初期 PEI 濃度が製品結晶に与える影響の検討
pH を一定とした上で初期溶液中の PEI 濃度を変化させ、製品結晶の単分散性
に与える影響を検討した。各実験において、原料溶液濃度および供給流量はそ
れぞれ 0.5 [mol/L]、0.01 [L/min.]とし、過剰鉛イオン濃度は 0.01 [mol/L]で一定
とした。実験方法は Series A である。PEI 濃度 10 [g/L]の場合の結果に関しては
既に前項で述べているので、本項では 5、15、20 [g/L]での実験結果について検
討する。Fig. 3.3.7(a)∼(c)に装置内白濁確認後 1 [min.]での結晶写真を、Fig.
3.3.8(a)∼(c)に粒径分布を示す。
(a)
(b)
100 nm
1 µm
53
第三章
(c)
100 nm
Figure 3.3.7 Effect of initial PEI concentration on the monodispersity of crystals;
(a) Initial PEI conc. = 5 [g/L] (b) 15 [g/L] (c) 20 [g/L]
(b)
0.2
0.16
Relative requency [-]
Relative requency [-]
(a)
0.12
0.08
0.04
0
0.2
0.16
0.12
0.08
0.04
0
0
0.5
1
1.5
2
Crystal size [nm]
0
100
200
300
Crystal size [nm]
54
400
第三章
Relative requency [-]
(c)
0.2
0.16
0.12
0.08
0.04
0
0
100
200
300
400
Crystal size [nm]
Figure 3.3.8 Variation in the size distribution of crystals with initial PEI concentration
(a) Initial PEI conc. = 5 [g/L] (b) 15 [g/L] (c) 20 [g/L]
PEI 濃度が低い場合、結晶粒径が濃度 10 [g/L]の場合と比べて非常に大きいだ
けでなく、Fig. 3.3.8(a)に見られるように粒径分布が多峰化していた。PEI の量が
少なく核化・成長抑制効果が十分でないため、連続的な核発生が起こり分布が
多分散化したと考えられる。濃度を増加させていくと、PEI 濃度 15 [g/L]の初期
溶液中で生成した結晶は粒径、形状共に PEI 濃度 10 [g/L]の初期溶液を用いた場
合(Fig. 3.3.1(b) および 3.3.2(b))とほぼ同じで、平均粒径 200 [nm]、変動係数
0.17 [-]であったが、PEI 濃度が 20 [g/L]まで増加すると、粒径 100 [nm]前後の非
常に微細な結晶が生成するものの、Fig. 3.3.7(c)に見られるように生成結晶の凝
集が起こり、単分散性が低下することが確認された。この条件での平均粒径は
160 [nm]、変動係数は 0.19 [-]であった(ただし、凝集晶はカウントしていない)
。
本項では省略するが、他の原料溶液濃度、供給流量での実験においても、PEI
濃度が高い場合に結晶の凝集が促進されるという結果が得られている。この理
由としては、高濃度の高分子電解質が存在することによる枯渇効果4によると考
えられるが、詳細な機構に関しては更に検討が必要である。
以上の結果より、本系においては成長抑制剤濃度についても最適な範囲(10 –
15 [g/L])が存在し、低濃度領域では成長抑制効果が十分でないため粒径が多分
散化しやすく、高濃度領域では結晶の凝集が起こりやすいと言える。
3.3.3
PEI 分子量が製品結晶に与える影響の検討
これまでの実験では、全て平均分子量 Mn ≈ 14000(Mw ≈ 320000)の PEI(日
本触媒(株)、エポミン P-1050)を成長抑制剤とした初期溶液を使用していた。
55
第三章
PEI の分子量は主として溶液の粘度に影響し、したがって PEI の凝集抑制作用に
影響すると考えられる。その他、低分子量の PEI に関しては、立体阻害作用の
少なさから表面吸着密度が大きくなるため、成長抑制作用に吸着現象が関与し
ている場合に影響が大きいと考えられる。
本実験では、P-1050 とは平均分子量の異なる PEI サンプルを使用した初期溶
液中で Series A の手法で結晶を生成させ、生成した結晶の性状を観察した。その
際、初期溶液中におけるそれぞれの PEI 濃度を決定するにあたり、測定された
各 PEI サンプルのアミン価を用いて、初期溶液中のアミノ基濃度が P-1050 濃度
10 [g/L]の初期溶液における値と同濃度になるように設定した。Table 3.3.1 に各
サンプルのアミン価を、Table 3.3.2 にアミン価から求めた実験における初期溶液
中の PEI 濃度、および 298 [K]での初期溶液の粘度を示す。
Table 3.3.1 Amine value of PEI samples
SP-003
S am ple N o.
21
A m ine value [m -eq/g-solid]
SP-030
22.9
SP -200
23.7
Table 3.3.2 PEI concentration and viscosity of ground solution
Sample No.
SP-003
SP-030
SP-200
PEI conc. [g/L]
10.3
9.4
9
Viscosity [mPa・s]
2.12
1.90
1.84
P -1050
21.6
P-1050
10
5.34
各 PEI サンプルのアミン価に大きな差はないため PEI 濃度にも差はないが、
分子量の相違のために溶液の粘度は著しく異なる結果となった。SP-003、SP-030、
SP-200 の初期溶液内で生成した硫酸鉛結晶の結晶写真を Fig. 3.3.9(a)∼(c)に示す。
サンプルは全て装置内白濁確認 1 [min.]後に採取した結晶である。
低分子量の PEI を使用した場合、粗大な凝集晶が生成した。この凝集晶は粒
径 400 - 500 [nm]程度の結晶からなっており、このことから、PEI の核化・成長
抑制効果は低分子量のものでもある程度発揮されるが、凝集を抑制する効果が
弱いために単分散微粒子を生成することが出来なかったと考えられる。これに
対し平均分子量が 3000 および 10000 の PEI では P-1050 と同程度に凝集が抑制さ
れていた。Table 3.3.2 に見られるように、SP-003、SP-030、SP-200 のいずれを用
いた場合でも初期溶液の粘度はほぼ同じである事から、PEI の凝集抑制効果は濃
度や溶液の粘性だけにではなく、水溶液中での分子半径など PEI の物性によっ
て影響されるものと考えられる。実験結果は、本系における PEI の凝集抑制効
果を得るために、分子量の高いサンプルを用いることが望ましいことを示して
いる。また、高分子の粒子表面への吸着密度は多くの場合分子量、分子全体や
枝部分の水力学的半径が重要となる5が、分子量によらず核化・成長の抑制作用
56
第三章
が見られることから、PEI の成長抑制作用は粒子表面への吸着によるものでない
可能性が示唆された。
(b)
(a)
100 nm
5 µm
(c)
100 nm
Figure 3.3.9 Effect of the molecular weight of PEI on the monodispersity of crystals;
(a) SP-003 (Mn ≈ 300) (b) SP-030 (Mn ≈ 3000) (c) SP-200 (Mn ≈ 10000)
3.3.4 結晶粒径の経時変化に対する検討
以上述べてきた結果より、PEI 水溶液中での硫酸鉛結晶の微粒子生成プロセス
には、単分散性の高い結晶を得るために最適な操作条件の範囲が存在すると考
えられる。3.3.1 から 3.3.3 において述べてきた実験の評価は、装置内の白濁を目
57
第三章
視で確認できた 1 [min.]後に採取したサンプルにて行ったが、本実験では原料の
供給を継続した場合に結晶の単分散性がどのように変化するかについての検討
を行った。原料溶液濃度 0.5 [mol/L]、供給流量を 0.01 [mol/L]とし、初期 PEI 濃
度 10 [g/L]の初期溶液中で晶析させた結晶の写真を Fig. 3.3.10(a)∼(c)に、粒径分
布を Fig. 3.3.11(a)∼(c)に示す。
結晶写真および粒径分布から、白濁直後の段階 7 [min.](Fig. 3.3.10(a))では
比較的単分散性の高い(C.V. = 0.12 [-])結晶が存在しているものの、その後結晶
成長にしたがって粒径の多分散化(C.V. = 0.21 [-], at 20 [min.])が進行すること
が確認された。粒径の多分散化においては小粒径側に長く分布が広がっている
ことから、既存結晶の成長だけでなく、新たな結晶の発生が起こることで分布
幅の拡大が進行していると考えられる。15 [min.]と 20 [min.]のサンプルの粒径分
布を比較した場合、20 [min.]のサンプルの方がより大粒径の結晶が多くなってい
るものの、小粒径側の結晶が 15 [min.]のサンプルと同程度に存在していること
からも、既存結晶の成長と並行して連続的な核の生成と微結晶の成長が起こっ
ていると結論できる。
(a)
(b)
100 nm
100 nm
58
第三章
(c)
100 nm
Figure 3.3.10 Growth of crystals precipitated in PEI solution
(a) sampled at 7 [min.] (b) 15 [min.] (c) 20 [min.]
(b)
0.2
0.16
Relative requency [-]
Relative requency [-]
(a)
0.12
0.08
0.04
0
0.2
0.16
0.12
0.08
0.04
0
0
100
200
300
400
500
Crystal size [nm]
0
100
200
300
Crystal size [nm]
59
400
500
第三章
Relative requency [-]
(c)
0.2
0.16
0.12
0.08
0.04
0
0
100
200
300
400
500
Crystal size [nm]
Figure 3.3.11 Variation of CSD with the progress of precipitation
(a) 7 [min.] (b) 15 [min.] (c) 20 [min.]
白濁直後の段階では比較的単分散性が高いにもかかわらず、その後結晶成長
の不均一化だけでなく微結晶の発生による単分散性の低下が見られることから、
PEI の結晶成長抑制効果にはある限界が存在し、それ以降の晶析操作においては
連続的な核生成を十分に抑制できない状態になっていると考えられる。よって、
より単分散性の高い結晶を得るためには、その前に原料供給を停止し、速やか
に結晶を回収・洗浄することが望ましいと結論される。
3.3.5 操作条件が結晶の単分散性に与える影響の総括
3.3.1 から 3.3.4 における検討結果を概括する。原料供給モル速度に関しては最
適な範囲が存在し、それ以上および以下の条件では単分散性の低い結晶が生成
されやすいと考えられる。小さい供給速度では結晶成長の不均一化および大粒
径化が起こりやすく、大きい場合は微結晶の発生による単分散性の低下が起こ
りやすい。本研究においては、原料供給モル速度 5 - 7.5 [mmol/min.]の条件が最
も単分散性の高い結晶を得ることが出来た。
初期 PEI 濃度にも操作上での最適範囲が存在し、それよりも低濃度では成長
抑制効果の不足から粒径が多分散化し、高濃度では成長抑制効果は十分である
ものの、凝集が促進されやすく結果として単分散性の低下を招きやすい。本研
究では、初期 PEI 濃度 10 - 15 [g/L]の条件が最も単分散性の高い結晶を得られた。
使用する PEI の分子量は、少なくとも 2000 - 3000 以上の平均数分子量を持つ
サンプルが望ましいと言える。それ以下の低分子量の PEI を使用した場合、成
長抑制効果はある程度見られるものの、凝集抑制が不十分であるため結果とし
60
第三章
て単分散性の高い結晶を得にくいためである。他の操作条件と異なり、使用し
たサンプルの範囲内では分子量が大きいほど単分散性は良好であった。
操作時間については、ある程度以上原料供給を続けると微結晶の発生により
単分散性が低下するため、装置内白濁により結晶発生を確認した後、出来る限
り早い段階で供給を止めることが望ましいと言える。
3.4 実験結果および考察(Series-B)
3.3 で示した実験結果から、単分散性の高い結晶を得るためには早い段階で原
料供給を停止し、結晶を回収するべきであることが示唆された。しかしながら
この操作法は生産性が減少するばかりでなく、生成する結晶が小粒径に制限さ
れるため、操作上の制約を生じるという問題点がある。よってこれを解決する
ことは、本研究の目的である単分散性の高い微粒子生成プロセスの提案にとっ
て必要なことと考えられる。
本項では原料供給を早い段階で停止し、すぐに結晶を回収せずに所定時間撹
拌を続ける操作を行った場合に、製品結晶の性状がどのように変化するかにつ
いての検討結果を述べる。
Table 3.2.2 に示す原料供給モル速度、初期溶液条件において数回実験を行って
再現性を調査したところ、目視により装置内白濁が確認されたのは原料供給開
始から 6.4±0.1 [min.]であった。この値を参考に設定したのが Table 3.2.2 および
Table3.4.1 に表記した原料供給時間である。
原料供給を 5 [min.]で止めた場合(下表 B-1)、供給停止後2時間以上撹拌を続
けても装置内白濁は観察されなかった。PEI を溶解しない初期溶液中で反応を行
った場合は数十秒で結晶の発生が観察されることから、PEI は溶液内で原料イオ
ンと相互作用することで結晶の核化を抑制していると考えられる。PEI がアミノ
基を持つことから鉛イオンと錯体を形成して反応を抑制している可能性が最も
妥当である。この仮説に関しては次章で詳細に述べる。
その他の条件では、供給停止後、何分か撹拌を継続していると装置内白濁が
観察された。Table 3.4.1 に、操作条件と供給された鉛イオンのモル量、白濁が観
察された時間の対応を示す。
Table 3.4.1 Relationship between supplied amount of reactant and induction time
Experiment No.
B-1
B-2
B-3
B-4
B-5
Duration of supplying [min.]
5.0
5.5
6.0
6.5
6.5
Amount of excess Pb ion [mol]
0.01
0.01
0.01
0.01
0
Supplied reactant [mol]
0.025 0.0275
0.03 0.0325 0.0325
Induction time [min.]
not observed
12.0
7.75
6.5
20
61
第三章
Table 3.4.1 に示した結果から、本実験の条件では目視で確認できる結晶発生が起
こるには約 0.03[mol]以上の原料イオンが供給される必要があり、また初期溶液
中の過剰イオンと合計して約 0.043 [mol]の鉛イオンが供給されると、即座に装
置内白濁が起きると考えられる。この点に関しても次章で詳細な考察を行う。
Fig. 3.4.1(a)∼(c)に、B-2∼B-4 の実験で得られたサンプルを示す。
(a)
(b)
1 µm
500 nm
(c)
100 nm
Figure 3.4.1 Relationship between supplied amount of reactant and crystal size;
(a) B-2: 5.5 [min.] supplied, sampled at 30 [min.] (b) B-3: 6.0 [min.] supplied, at 9 [min.]
(b) B-4: 6.5 [min.] supplied, at 7.5 [min.]
実験 B-2 と B-3、すなわち装置内白濁前に原料供給を停止した場合、生成した
62
第三章
結晶は斜方晶系立方晶であり、高い単分散性を有していた。各サンプルの平均
粒径と変動係数を Table 3.4.2 に示す。
Table 3.4.2 Average size and C.V. of precipitated crystals
Experiment No.
B-1
B-2
B-3
Average size [µm]
N/A
0.71
0.41
Coefficient of variation [-]
N/A
0.11
0.16
B-4
0.30
0.17
B-4 は装置内白濁直後に原料供給を停止した実験であり、したがって Series-A
の実験結果と余り変化がない。これに対し、B-2 と B-3 では粒径、形状とも単分
散性が高い結晶が得られたが、一方で B-4 のサンプルに比べて平均粒径が大で
あった。この事から、白濁前に原料供給を停止した場合でも装置内には目視で
きない程度の微細な結晶が存在しており、それらが成長して大粒径の結晶が生
成したと考えられる。原料供給は停止していること、および原料供給量が少な
いにも関わらず平均粒径が B-4 のサンプルに比べて大きく、単分散性が高いこ
とから、この結晶成長は Ostwald ripening6,7によるものと考えられる。したがっ
て連続的に原料を供給した場合に見られる装置内白濁は、B-4 のサンプルの粒径
が B-2 および B-3 のそれよりも小さいことを考慮すると、装置内に既に存在し
ている結晶の成長によるものではなく、新たに大量の結晶が生成したために起
こるものだと推察される。
続いて、B-4 の実験条件においてさらに撹拌を続け、結晶の粒径分布変化を検
討した。Fig. 3.4.2(a)∼(c)に結晶写真を、Fig. 3.4.3(a)∼(c)に粒径分布図を示す。
(a)
(b)
(c)
100 nm
100 nm
63
第三章
(c)
100 nm
Figure 3.4.2 Effect of ripening operation on crystals in experiment B-4;
(a) 1 [min.] ripening (b) 8.5 [min.] (c) 13.5 [min.]
(b)
0.2
0.16
Relative requency [-]
Relative requency [-]
(a)
0.12
0.08
0.04
0
0.2
0.16
0.12
0.08
0.04
0
0
100 200
300 400
500 600
Crystal size [nm]
0
100 200
300 400
Crystal size [nm]
64
500 600
第三章
Relative requency [-]
(c)
0.4
0.32
0.24
0.16
0.08
0
0
100 200
300 400
500 600
Crystal size [nm]
Figure 3.4.3 Effect of ripening operation on CSD in experiment B-4;
(a) 1 [min.] ripening (b) 8.5 [min.] (c) 13.5 [min.]
Fig. 3.4.2 および 3.4.3 に見られるように、装置内白濁の確認直後に原料供給を
止めた場合であっても、熟成操作を行うことで結晶の単分散性を向上させるこ
とが可能であった。Table 3.4.3 に、各サンプルの平均粒径および変動係数を示す。
13.5 [min.]の熟成後には最初のサンプルと比較して平均粒径はあまり変化して
おらず、単分散性が大幅に向上している事がわかる。この事から製品結晶の単
分散性の向上のためには、原料供給を停止する以外に、結晶生成後に撹拌を継
続して熟成操作をすることも有効であると言える。しかしながら、8.5 [min.]の
サンプルの平均粒径が 13.5 [min.]のサンプルのそれよりも大きくなっており、こ
れについては明確な理由が見いだせなかった。
Table 3.4.3 Variation in average size and C.V. (B-4)
Ripening duration [min.]
1
8.5
Average size [µm]
0.30
0.43
Coefficient of variation [-]
0.17
0.09
13.5
0.32
0.05
B-5 の実験では初期溶液中に過剰イオンを添加せずに実験を行った。このため、
添加した場合と比べて白濁が見られる時間はさらに遅くなった。B-2 および B-3
の実験結果から考えて、初期溶液中にイオンを添加しないことでより最終結晶
個数が少なくなり、粒径が大きくなると期待される。Fig. 3.4.4(a)∼(c)に結晶写
真を、Fig. 3.4.5(a)∼(c)に粒径分布を示す。
65
第三章
(a)
(b)
1 µm
1 µm
(c)
1 µm
Figure 3.4.4 Effect of ripening on crystals precipitated without excess lead ion;
(a) 10 [min.] ripening (b) 15 [min.] ripening (c) 25 [min.] ripening
66
第三章
(a)
(b)
0.32
Relative requency [-]
Relative requency [-]
0.4
0.24
0.16
0.08
0
1
2
3
0.24
0.16
0.08
0
1
2
3
Crystal size [µ m]
Crystal size [µ m]
Relative requency [-]
0.32
0
0
(c)
0.4
0.4
0.32
0.24
0.16
0.08
0
0
1
2
3
Crystal size [µ m]
Figure 3.4.5 Effect of ripening operation on CSD in experiment B-5;
(a) 10 [min.] ripening (b) 15 [min.] ripening (c) 25 [min.] ripening
Fig. 3.4.5 から、B-4 で得られたサンプルと同様、熟成操作により単分散性が向
上しているのが確認される。白濁前に供給を停止しており、かつ過剰イオンを
添加していないことから結晶粒径は B-2 のサンプルよりもさらに大であった。
Table 3.4.4 にサンプルの平均粒径と変動係数の熟成操作による変化を示す。平均
粒径は約 1.6 [µm]と本実験で得られたサンプルの中では最も大きく、過剰イオン
を添加しないことで核発生個数を抑え、それによって製品結晶粒径を大きくす
ることが可能であることが示された。またこの結果より、本研究でとられた手
法において、比較的粒径の大きな結晶を生成できることが示されたと言える。
67
第三章
Table 3.4.3 Variation in average size and C.V. (B-5)
Ripening duration [min.]
10
15
Average size [µm]
1.79
1.87
Coefficient of variation [-]
0.11
0.10
25
1.61
0.06
B-4 および B-5 の結果から、熟成による粒径分布操作の結果として単分散性の
向上は見られるが、平均粒径はほとんど変化しないか、または減少する傾向に
ある。これは原料供給を停止して撹拌のみで熟成操作を行っているためと考え
られ、仮に熟成操作によって結晶のさらなる大粒径化を試みる場合、再び小さ
い原料供給モル速度での原料供給を開始するか、あるいは原料を添加した別バ
ッチにての熟成を行うことが推薦される。
68
第三章
3.5 結言
ポリエチレンイミン水溶液を初期溶液として硫酸鉛結晶の反応晶析操作をダ
ブルジェット反応晶析法にて行うにあたり、操作条件および操作法が製品結晶
の粒径および形状の単分散性に与える影響について検討を行った。原料溶液濃
度、供給流量を変化させた場合、共に原料供給モル速度が大きくなる操作条件
では、小粒径の結晶が生成するものの連続的な核発生により粒径分布幅が拡大
し、単分散性が低下した。また原料供給モル速度が小さくなる条件では、個々
の結晶の成長にばらつきが見られ、やはり単分散性が低下した。したがって本
研究における原料供給モル速度には最適な範囲が存在すると考えられ、その値
は初期ポリエチレンイミン濃度 10 [g/L]の場合で 5 - 7.5 [mmol/min.]であった。
同様に、初期溶液中のポリエチレンイミン濃度についても最適な範囲が存在
するという結果を得た。濃度が低い場合、成長抑制作用が不十分なため粒径分
布が多峰性になり、濃度が高い場合、非常に粒径の小さい結晶が生成されるも
のの、凝集が促進され結果として単分散性が低下した。本研究では、ポリエチ
レンイミン濃度 10 - 15 [g/L]の初期溶液を用いることで最も高い単分散性を持つ
結晶を得ることが出来た。
使用するポリエチレンイミンの分子量に関しては、ある程度以上の値であれ
ば成長抑制作用、凝集抑制作用共に十分な効果が得られると考えられる。本研
究では、平均分子量 2000 - 3000 が単分散微粒子生成に有効なポリエチレンイミ
ン分子量の下限と結論された。分子量の影響は主に凝集抑制作用に対して大き
く、成長抑制作用は分子量に関わらずある程度の効果が見られたため、結晶表
面への吸着ではなく原料との相互作用により結晶成長速度を減少させているこ
とが示唆された。
ポリエチレンイミン水溶液中での晶析操作では、装置内白濁後に原料供給を
継続すると微細な結晶の連続的な生成により製品結晶の単分散性が低下するた
め、早い段階で供給を止め、製品を回収するのがよいと考えられる。さらに原
料供給を止めた後に撹拌のみを継続することで生成した結晶の熟成がおき、粒
径分布の単分散化に大きく寄与することが確認された。原料供給を早く停止す
る、または初期溶液中に添加する過剰イオンを減らすなどして核発生個数を抑
えることで、平均粒径 1 [µm]前後の比較的大きな結晶も生成できることが示さ
れた。したがって、本研究の手法では結晶成長のための原料供給は行わず、熟
成と供給原料の調節によって粒径を制御するのが望ましいと考えられる。
69
第三章
References
1 化学工学協会編,化学工学便覧,第5版,丸善,1988,pp.898-896
2 D. Horn, in: E.J. Goethals (Eds.), Polymeric Amines and Ammonium Salts, 1st ed.,
Pregamon Press, Oxford, 1979, pp. 333-355
3 E. Kokufuta, Macromolecules, 12 (1979) 350
4 S. Asakura and F. Osaka, J. Chem. Phys., 22 (1954) 1255
5 M. Öner, Ö. Doğan, G. Öner, J. Crystal Growth, 186 (1998) 427
6 J.W. Mullin 著, Crystallization, 4th edition, Butterworth-Heinemann, Oxford, 2001,
pp.320-322
7 T. Sugimoto, J. Colloid Interface Sci., 150 (1992) 208
70
第四章
ポリエチレンイミンによる硫酸鉛結晶の
結晶核生成および成長抑制機構に対する検討
第四章
4.1 緒言
前章において、PEI 水溶液中での晶析操作に関して、操作条件や操作法が製品
結晶の単分散性に与える影響を検討した。その過程で PEI が結晶の核化・成長
を抑制する機構に関して、いくつかの知見が得られた。原料供給を途中で停止
し攪拌のみを続けることで熟成を行った場合は、共有された原料のモル量が一
定値以下であると、撹拌を続けても装置内に結晶の生成を示す白濁は見られず、
逆にある程度以上の原料を供給すると即座に白濁が見られた。さらに白濁後も
原料供給を継続した操作では、既存結晶の成長と共に微結晶が発生して単分散
性が低下する現象が見られた。これらの現象から、装置内白濁の前後で PEI の
作用が変化しており、特に白濁後は微結晶の発生を抑制できていないことが示
唆された。また、分子量が数百と数千以上の PEI では初期溶液の粘度がほぼ同
一であるにも関わらず成長や凝集の抑制作用が異なることから、PEI が結晶成長
を抑制する機構は、溶質の拡散速度の低下、あるいは生成結晶の表面への吸着
よりも、溶質との錯体形成によるものであることが示唆された。しかしながら、
これらの仮説は装置内の目視での観察や、測定された製品結晶の粒径分布に基
づいており、これだけでは本系における結晶の成長機構、およびそれに及ぼす
PEI の影響を詳細に論ずるには不十分であると考えられる。
本章では、晶析操作中の鉛イオン濃度をオンライン測定し、その経時変化の
挙動から PEI の成長抑制機構に対する検討を行った。前述の通り、PEI は鉛イオ
ンと錯体を形成することにより結晶の析出を抑制していると考えられるので、
濃度変化をモニタリングすることは PEI の作用について有用な知見をもたらす
と期待される。さらに PEI は本研究の操作範囲である酸性条件下ではプロトン
化を受けており、溶液の pH もまた鉛イオンと PEI の相互作用に大きな影響を与
えると考えられる。従って鉛イオンと同様に装置内 pH の晶析操作中の変化を追
跡し、また PEI と鉛イオンとの錯体形成に関して NMR などを用いて検討を加え
た。これらの実験で得た結果から、PEI による硫酸鉛結晶の成長抑制作用の機構
を提出することを目的とした。これによって、第三章で述べた原料供給停止操
作をより効率よく行う操作法の改善が図れるだけでなく、本研究の目的である
成長抑制剤を使用した反応晶析法の操作法の提出、および操作法の他物質への
適用を議論できると考えられる。
71
第四章
4.2 実験装置および操作
本章の研究では、晶析装置として第二章および第三章で述べたものと同じダ
ブルジェット反応晶析装置を使用した。さらに、初期溶液内に鉛イオン電極
(ThermoElectron 製 ionplus 9682BN)または pH 電極(Mettler Toledo 製 InLab
413/IP67)を挿入し、晶析操作中の鉛イオン濃度または pH の変化をオンライン
で測定した。電極は各実験の前後に清掃し、実験ごとにキャリブレーションを
行った。原料溶液の供給と同時に測定を開始し、以後 10 [s]ごとに測定値を自動
的に取得、記録を行った。測定値の分析および記録には、専用のソフトウェア
およびインターフェース(ThermoElectron 製 SensorLink™PCM700 システム)と
ラップトップ型パーソナルコンピュータを使用した。
使用した薬品は第二章および第三章で用いたものと同じであり、また PEI に
ついては第三章の研究結果から、他のサンプルを用いる積極的な理由が見いだ
せなかったため引き続きエポミン®P-1050 を用いることとした。Table 4.2.1 に晶
析実験の実験条件を示す。本章で述べる実験は、主として前章で多分散微粒子
生成に最も適しているとされた操作条件にて行い、初期溶液の pH は酢酸を用い
て調整した。
Table 4.2.1 Operation conditions
Concentration of reactant solution [mol/L]
Feed rate [L/min]
Agitation rate [rpm]
Operation temperature [K]
Concentration of PEI [g/L]
pH of ground solution
Amount of excess Pb ion [mol]
0.25, 0.5, 0.75, 1.0
0.01, 0.015, 0.02
300
298
5, 10, 15, 20
2.1 - 6.3
0, 0.01, 0.03, 0.05
また、PEI と鉛イオンとの相互作用を検討するため、PEI 水溶液の 13C-NMR
スペクトル測定を行った。Table 4.2.2 に測定を行った PEI 水溶液の組成を示す。
まず、PEI の 30 [g/v%]重水溶液の NMR スペクトルを測定し、これを参照(Sample
Ref.)として、初期溶液に近い組成に調整した PEI 水溶液(Sample No. 1∼4)のス
ペクトルの評価を行った。Sample1∼4 の PEI、重水、酢酸の濃度は全て同一で
あり、鉛イオンの濃度のみが異なる。ただし、Sample4 は Sample3 の一部を採取
し Sample1 で希釈することで作成した。この操作の理由については結果の項で
述べる。溶媒としては重水を使用し、PEI 濃度は晶析実験のそれに近い値とした。
標準物質には 1,4-ジオキサン-d8(δC=67.4)を微量添加して内部標準とした。重
水および 1,4-ジオキサンについては和光純薬(株)より、それぞれ NMR 用 99.9
[%]の試薬と NMR 用 99.5 [%]の試薬を購入した。
72
第四章
FT-NMR 装置は Bruker 製 AVANCE600 を使用し、測定周波数 600 [MHz]で、
Reference sample についてはプロトンデカップリング定量モード、Sample1∼4 で
は積算に時間がかかるためプロトンデカップリング定性モードでの測定を行っ
た。測定温度は 90 [℃]とし、Sample 1∼4 については試料濃度が非常に低いこと
から 3000∼7000 回の積算によりデータを得た。
Table 4.2.2 Composition of PEI solutions for NMR spectroscopy
2
3
4
Sample No.
Ref.
1
2+
0.01 0.27 0.015
Concentration of Pb [mol/L]
0
0
PEI [g/v %]
Ion-exchanged water [vol%]
Deuterium oxide [vol%]
Acetic acid [vol%]
30
0
70
0
1.0
53
25
20
さらに、PEI の反応抑制機構の検討のため、PEI 以外の成長抑制剤を使用した
操作を参照実験として行った。使用したのは平均分子量 250000 の PAA(2.5.2
参照)またはポリ(ジアリルジメチルアンモニウム)塩化物塩(以下 PDDA と
略す)である。PDDA は Aldrich より購入した。Table 4.2.3 に実験条件を示す。
Table 4.2.3 Operation conditions with other polyelectrolytes
Concentration of reactant solution [mol/L]
0.5
Feed rate [L/min]
0.01
Agitation rate [rpm]
300
Operation temperature [K]
298
Concentration of PAA [g/L]
250
Concentration of PDDA [g/L]
150
Amount of excess Pb ion [mol]
0.01
4.3 実験結果および考察
4.3.1
晶析操作中の鉛イオン濃度変化に対する検討
Fig. 4.3.1 に原料溶液濃度 0.5 [mol/L]、供給流量 0.01 [L/min.]、初期 PEI 濃度
10 [g/L]、過剰イオン濃度 0.01 [mol/L]、pH=2.7 の条件において、開始から 20
[min.]後までの鉛イオン濃度変化を示す。鉛イオン濃度は過剰イオンの存在のた
めある程度の値からスタートし、操作初期の段階においては増加し続けた。そ
の後ある段階でイオン濃度の増加は停止し、急速に減少を始めた。その後は速
度を時間経過と共にやや減少させながら濃度低下は継続した。
原料濃度が増加するという現象は、難溶性塩の反応晶析では通常見られない
73
第四章
ものである。一章において述べたように、難溶性塩の極めて低い溶解度のため、
通常は原料供給開始直後から核生成が開始され、その後も供給された原料はほ
ぼ瞬時に消費されて核生成と既存核の成長が並行して続くためである。したが
って、この現象は明らかに PEI が硫酸鉛結晶の核生成速度を遅らせているため
と考えられる。検証のため、Fig. 4.3.2 に初期溶液中に PEI を添加しないで晶析
操作を行った場合の鉛イオン濃度変化を示す。鉛イオン濃度は操作開始直後か
ら連続して減少し続け、理論的に推測されるとおりの結果となった。したがっ
て PEI の効果が装置内の鉛イオンに影響を及ぼすことで核化・成長を妨げてお
り、Fig. 4.3.1 に示されるような濃度変化の挙動は PEI の成長抑制作用によるも
のであるという理論が支持されたと言える。
Lead ion concentration [mV]
-240
-245
-250
-255
-260
0
5
10
15
20
Elapsed time [min.]
Figure 4.3.1 Variation in lead ion concentration during a precipitation;
Reactant conc. = 0.5 [mol/L], Feed rate = 0.01 [L/min.],
Excess lead ion = 0.01 [mol], PEI conc. = 10[g/L], Initial pH = 2.7
74
第四章
Lead ion concentration [mV]
-240
-245
-250
-255
-260
-265
0
5
10
15
20
Elapsed time [min.]
Figure 4.3.2 Variation in lead ion concentration during a precipitation without PEI;
Reactant conc. = 0.5 [mol/L], Feed rate = 0.01 [L/min.],
Excess lead ion = 0.01 [mol], Initial pH = 2.7
また、濃度がある程度まで上昇し続けた後に、急に減少に転じる現象につい
ても本研究に特異的な現象と言える。この濃度変化挙動は、イオン電極を用い
て濃度測定を行ったほぼ全ての実験で確認することができた。ただし、減少に
転じる前の挙動は操作条件によって若干異なり、原料供給モル速度が小さい場
合、いったん減少してから増加し、その後また減少するという変化をするが、
原料供給モル速度が大きい場合は、減少前の勾配が急激になりほぼ直線的に増
加した。それぞれの場合の鉛イオン濃度変化を、Fig. 4.3.3(a)∼(b)に一例として
示す。初期溶液の組成は、Fig. 4.3.1 に示した実験で用いたものと同一で、原料
供給モル速度のみを変化させた。本研究では、この濃度の急激な減少が見られ
る操作時間を屈曲点と呼称し、装置内で観察される晶析現象と関連させてさら
に検討を行った。
75
第四章
(a)
(b)
-245
Lead ion concentration [mV]
Lead ion concentration [mV]
-250
-252
-254
-256
-258
-250
-255
-260
-265
-270
-260
0
5
10
15
0
20
5
10
15
20
Elapsed time [min.]
Elapsed time [min.]
Figure 4.3.3 Variation in lead ion concentration during a precipitation;
(a) Molar feed rate = 2.5 [mmol/min.], (b) 10.0 [mmol/min.]
晶析操作との関連においては、屈曲点前後で興味深い現象が見られた。第二
章および第三章でも触れたが、高分子水溶液中での晶析操作では、操作開始後
ある程度の時間が経過すると装置内溶液が急速に白濁し、第三章ではこれをも
って結晶の発生と見なしていた。PEI を使用した場合はこの装置内白濁が他の成
長抑制剤と比べて非常に遅いことは前章までに述べたが、鉛イオン濃度変化の
挙動との対比の結果、装置内白濁と屈曲点との間に関連性が見出された。
初期溶液内に原料溶液を連続的に供給していくと、装置内の溶液は初めはほ
とんど無色のままで、徐々に非常に薄い白色に変化していくのが観察される。
さらに供給を継続すると、ある時点で装置内が急速に白濁を始め、10∼20
秒(供給速度による)で完全に装置内が白濁する。これを鉛イオンの濃度変化
と対比して見た場合、全ての実験において装置内白濁が起こるのとほぼ同時か
その少し前(約20秒以内)に濃度の急激な減少、すなわち屈曲点が位置して
いた。
観察された濃度変化の挙動は第一章において触れた LaMer 図1に酷似している
が、本研究における反応の機構はこれとは異なるものであると考えられる。三
章において白濁前に原料供給を停止しても結晶は生成していることを示したが、
このことから本系において PEI の作用は結晶成長を完全に抑制するのではなく
成長速度を減少させる作用を及ぼすものであり、したがって白濁前にも装置内
に微細な結晶は存在しているものの、粒径が小さいために目視するのが困難な
状態になっていると考えられる。LaMer の理論では、核生成と生成した安定核
の成長により溶質消費量が供給量を上回ったときに溶質濃度が減少し始めるが、
目視できない程度の粒径と個数しかない結晶群が屈曲点において急速に成長速
76
第四章
度が増大し、結晶が目視可能な大きさにまで成長するために白濁が起きるとは
考えにくい。三章において確認されたように、白濁後も原料供給を継続した場
合に既存結晶の成長と並行して微結晶の発生が見られ、単分散性の低下が起こ
ることを考慮すると、多数の微結晶が急速に発生するために装置内白濁が起こ
るものと考える方がより妥当である。よって、PEI は操作初期においては結晶の
核化・成長を抑制し単分散性を保つことに寄与しているが、屈曲点において何
らかの理由でその効果が失われ、それによって急激な核発生が起こるものであ
ると考えられる。溶質濃度が低下する理由を核生成とその成長による溶質消費
量の増加に帰するという点では LaMer 図の示すところと同じであるが、本系に
おいては、ある時点で PEI の効果が無くなり連続的な核発生を抑制できなくな
るために、核生成速度が増大するためである点が異なると言える。このため、
本系における屈曲点は通常の晶析理論における一次核発生の誘導期間あるいは
潜伏期間に相当するものとは異なり、あくまで PEI の核化・成長抑制作用が持
続する限界点と考えるべきである。この濃度変化と PEI の成長抑制機構の限界
点に対する考察は 4.3.3 で詳細に行う。
続いて、操作条件と屈曲点との関係について検討を行った。第三章において
述べたように、PEI 水溶液中での晶析操作では、ある一定量の原料を供給すると
その時点で即座に装置内白濁が起こる。よって屈曲点と供給した原料のモル量
との間に相関があるものと考えられるため、原料溶液濃度、または供給流量を
変化させ、鉛イオン濃度変化のグラフから各条件における屈曲点を求めた。供
給した原料のモル量は次式で計算される。
(4.1)
N sup = C R × FR × t b = Q × t b
ただし、Nsup は屈曲点までに供給された原料のモル量、CR は原料溶液濃度、
FR は供給流量、tb は濃度変化のグラフから求めた屈曲点、Q は原料供給モル速度
である。Fig. 4.3.4 に、初期 PEI 濃度 10 [g/L]、過剰イオン濃度 0.01 [mol/L]、pH
=2.7 の条件における Q に対する Nsup のプロットを示す。図に見られるように、
Q の値に関わらず Nsup はほぼ一定であり、屈曲点および装置内白濁と供給され
た原料のモル量が関連していることが示唆された。
77
第四章
5 10
3 10
N
sup
[m ol]
4 10
2 10
1 10
-2
-2
-2
-2
-2
0 10
0
0
2
4
6
8
10
12
Q [m mo l/m in. ]
Figure 4.3.4 Relationship between the amount of supplied lead ion at the bend point
and molar feed rate;
PEI conc. = 10 [g/L], Excess lead ion = 0.01 [mol], Initial pH = 2.7
次に、初期溶液内中の過剰鉛イオン量と屈曲点との関連について検討を行っ
た。原料供給量が屈曲点と関連を持つことは示されたが、本研究において鉛イ
オンと硫酸イオンは反応開始後は等モル量で供給されているため、Nsup の値のみ
では屈曲点の存在に関連するのが鉛イオンだとは決定できないためである。PEI
が鉛イオンでなく硫酸イオンと相互作用することで反応を抑制している可能性
の有無を確認するため、過剰鉛イオン濃度を変化させての実験を行った。Fig.
4.3.5 に、原料供給モル速度 5 [mmol/min.]、初期 PEI 濃度 10 [g/L]、pH=2.7 の
条件下での、過剰イオン量に対する Nsup のプロットを示す。図に見られるよう
に、添加する過剰イオンの量を増すと、屈曲点までに供給する原料の量が直線
的に減少した。これらの実験において硫酸イオンの供給速度は共通であるので、
急激な濃度低下に関連しているのは鉛イオンの供給量であり、硫酸イオンの量
は直接関与していないと考えられる。
78
第四章
0 .0 5
[m ol]
0 .0 4
N
sup
0 .0 3
0 .0 2
0 .0 1
0
0
0. 00 5
0 .0 1 0. 01 5 0 .0 2
0. 02 5 0 .0 3
0.03 5
Ex cess lea d ion [m ol]
Figure 4.3.5 Relationship between the amount of supplied lead ion at the bend point
and the amount of excess lead ion;
Molar feed rate = 5 [mmol/min.], PEI conc. = 10 [g/L], Initial pH = 2.7
過剰鉛イオン量を 0.05 [mol]とした場合、原料供給開始直後から鉛イオン濃度
は減少し続け、屈曲点は観測されず、装置内白濁は原料供給開始後約 1 [min]で
観察された。過剰イオン量がより少ない条件では過剰イオン量を増やすほど Nsup
が減少したことから、屈曲点に関連するのは操作開始後に供給した鉛イオン量
と、操作開始前に初期溶液に添加した過剰鉛イオンを合計した総量であると考
えられる。よって屈曲点までの原料供給量 Nsup に代えて屈曲点における装置内
総鉛イオン量を以下の式で計算し、操作条件との関連を検討した。
N tot = Q × t b + N ex = N sup + N ex
(4.2)
ただし、Ntot は屈曲点における装置内に供給された総鉛イオン量、Nex は初期
溶液中の過剰鉛イオン量である。
Fig. 4.3.6 に示されるように初期 PEI 濃度 10 [g/L]、pH=2.7 の条件下では、原
料供給モル速度、過剰イオン量に関わらず Ntot は約 4.8×10-2 [mol]の値をとった。
Eq. 4.2 に見られるように Ntot は供給された鉛イオンのモル量の単純な総和であ
り、核化または成長によって消費された量などは考慮していないため、屈曲点
79
第四章
において実際に装置内に溶質として存在している鉛イオンの濃度、または過飽
和度は計算することはできない。Ntot は、ポリマー量および pH が一定ならばそ
の他の条件に関わらず一定であり、したがって屈曲点および濃度低下に関連し
ているのは鉛イオンのその時点での装置内濃度あるいは過飽和度ではなく、モ
ル量であると考えられる。
6 10
5 10
3 10
-2
-2
-2
N
to t
[m ol]
4 10
-2
2 10
1 10
-2
-2
0 10
0
0
2
4
6
8
10
12
Q [m mo l/m in. ]
Figure 4.3.6 Relationship between the total amount of lead ion at the bend point
and molar feed rate; PEI conc. = 10 [g/L], Initial pH = 2.7
これまでの実験における操作条件で共通するのは初期 PEI 濃度および pH であ
るので、Ntot、更には屈曲点を決定する因子を知るため、続いて PEI の重量と Ntot
の関係に関して検討を行った。PEI の濃度でなく重量を考慮するのは、これまで
の結果において、初期 PEI は全て 10 [g/L]として晶析操作を行ったが、屈曲点に
関連していたのが装置内の鉛イオン濃度ではなくモル量であったためである。
Q=10.0 [mmol/min.]の場合と 2.5 [mmol/min.]の場合では、屈曲点における装置内
溶液の体積は前者が後者の約 80%であり、したがってこの時点での PEI 濃度は
かなり異なるが、Ntot の値に差はない。よって鉛イオンの場合と同様、重要にな
るのは PEI の濃度ではなく重量であると考えた。
Fig. 4.3.7 に、PEI の重量を 5、10,15、20 [g]と変化させた実験における各条
件ごとの Ntot を PEI の重量に対してプロットした図を示す。
80
第四章
7 10
6 10
N
tot
[m ol]
5 10
4 10
3 10
2 10
1 10
-2
-2
-2
-2
-2
-2
-2
0 10
0
0
5
10
15
20
25
A mo unt of PEI in the g ro und solution [g ]
Figure 4.3.7 Relationship between the total amount of lead ion at the bend point
and the amount of PEI in the ground solution
Ntot は PEI の重量に対して比較的良好な相関関係を持っており、以下の実験式
が得られた。相関係数は 0.975 であった。
N tot = kW α
(4.3)
ただし、k およびαは実験によって定められる係数で、本研究では k=1.43×10-2
[mol/g]、α=0.5 であった。また、W は初期溶液に溶解させた PEI のグラム重量
である。
続いて、PEI の使用量と共に各実験における共通の操作条件であった初期溶液
の pH について、屈曲点に及ぼす影響の検討を行った。PEI は水溶液中では塩基
として振る舞うため、溶液の pH によって受けるプロトン化の度合が異なる。PEI
はポリ塩基であるため、特に分子量の大きいサンプルでは完全にプロトン化す
ることは非常に困難となる。PEI の分子量および共存塩濃度により変化するが、
pH=2 - 3 で約 75 [%]のプロトン化度2,3で、それ以上 pH を減少させても静電反発
および分子内の立体阻害によりほとんどプロトン化度は変化しない。Fig. 4.3.8
に、操作開始時の初期溶液の pH=2.7、4.8、6.1 とした場合の Ntot を示す。水酸化
鉛の共沈を避けるため、pH を 7 以上とした実験は行っていない。
81
第四章
6 10
5 10
3 10
-2
-2
-2
N
tot
[m ol]
4 10
-2
2 10
1 10
-2
-2
0 10
0
2
3
4
5
6
7
I nit ia l pH [- ]
Figure 4.3.8 Relationship between the total amount of lead ion at the bend point
and the initial pH of the ground solution; Molar feed rate = 5 [mmol/min.], PEI conc. = 10 [g/L]
Fig. 4.3.8 に見られるように、初期溶液の pH の変化に対して Ntot は初期 pH=6.1
で若干低下するものの、大きな変化は見られなかった。前述の通り PEI のプロ
トン化度は、共存塩がないとして pH=2.7 で約 75 [%]、pH=4.8 で約 50 [%]、pH=6.1
で約 40 [%]と大幅に異なるため 2、錯体形成の容易さや形成され得る錯体のモル
数も pH によって変化すると期待されたが、本研究においては大きな差違は見ら
れなかった。初期ポリマー濃度 10 [g/L]以外の条件においても、pH の変化によ
る屈曲点および Ntot の差はほとんど見られず、したがって、Eq. 4.3 はパラメー
タとして pH または PEI のプロトン化度の数値を導入することなく、酢酸酸性条
件下であれば Ntot の計算式として有効であると考えられる。
ただし、pH が上昇することで PEI の分子半径が狭まり、初期溶液の粘度が
pH=2.7 で 5.3 [mPa・s]、pH=4.8 で 3.5 [mPa・s]、pH=6.1 で 2.3 [mPa・s]と低下する。
このため、分子量の低い PEI で生成結晶の凝集抑制作用が不十分であったこと
と同様に結晶が凝集しやすくなると考えられるので、高い pH での晶析操作は実
際には不適当であると言える。
Eq. 4.3 によって操作条件から Ntot が計算され、モル供給速度は操作条件にお
いて既知であるので、Eq. 4.2 から屈曲点を計算することができる。第三章にお
いて述べたように、PEI 水溶液中で晶析を行う際に単分散性の高い結晶を得るた
82
第四章
めには、白濁前か直後に原料供給を停止して結晶を回収することが望ましい。
屈曲点とほぼ同時かその少し前に白濁が起こることを考慮すると、Eq. 4.2 と 4.3
は原料供給を停止するべき点を予測するために用いることができ、単分散微粒
子生成を目的とする晶析操作においては有用な実験式と言える。さらに粒径分
布の単分散化や成長を行わせたい場合は、三章で触れた Ostwald ripening を利用
した熟成操作を続ければよい。また、他の物質に対して PEI 水溶液中での反応
晶析操作を適用する場合においても、Eq. 4.3 における実験定数 k とαを求めるこ
とで、同様に操作を停止すべき点を予測できると期待される。
以上の結果から、屈曲点において PEI の抑制作用が失われ、急激な核発生に
より鉛イオンの濃度低下および装置内白濁が起きると考えられるが、その原因
となるのは装置内に供給された鉛イオンの総モル量であり、この値を決定する
のが PEI の量であると結論される。ここで、PEI に含まれるアミノ基のモル数は
PEI の量に比例することを考えると、濃度低下が起こるのは供給原料のモル量と、
溶液中のアミノ基の比がある特定の値になった場合であるという理論が提案で
きる。すなわち PEI の抑制作用が鉛イオンとの錯化作用であるとすると、錯体
形成を起こしうる有効なアミノ基が反応によって全て消費された時点で PEI の
成長抑制効果が失われ、急激な核発生とそれに伴う濃度低下、装置内白濁が起
きると考えることができる。
Fig. 4.3.7 および Eq. 4.3 に見られるように Ntot と W の相関関係は一次ではなく、
PEI の使用量が増加するほど単位ポリマー量あたりの許容される鉛イオン量が
低下している。上記と同様に PEI と鉛イオンとの錯体形成によって反応が抑制
されると仮定すると、高濃度の PEI 存在下ではプロトン化している PEI 分子間
での立体障害および静電反発のために、同じ正電荷を持つ鉛イオンとの錯体形
成がより困難になると考えられる。このため、有効に錯体を形成できるアミノ
基の全体に占める比率は、PEI 濃度が増加するほど減少すると推論できる。
上記の理論は PEI の成長抑制効果と晶析現象の特徴を説明する上で有効な仮
説であると思われるが、4.3.2 で述べる実験結果を加味して 4.3.3 でさらに詳細に
検討を行う。
4.3.2 晶析操作中の pH 変化に対する検討
Fig. 4.3.9 に原料溶液濃度 0.5 [mol/L]、供給流量 0.01 [L/min.]、初期 PEI 濃度
10 [g/L]、過剰イオン濃度 0.01 [mol/L]、pH=2.7 の条件において、操作開始から
20 [min.]までの pH 変化を示す。溶液の pH は原料供給開始直後から増加を始め、
徐々に増加速度を減少させながら増加し続けた。その後約 6.5 [min.]でいったん
増加が停止し、約 1 [min.]後に再び増加を開始した。pH 増加再開後の速度は停
83
第四章
止前と比べて緩やかであった。
3.10
pH [-]
3.00
2.90
2.80
2.70
2.60
0
5
10
15
20
Elapsed time [min.]
Figure 4.3.9 Variation in pH during a precipitation (initial pH = 2.7);
Reactant conc. = 0.5 [mol/L], Feed rate = 0.01 [L/min.], PEI conc. = 10 [g/L]
pH の変化から、本系における反応機構にはプロトン数の減少が関与している
ことが示唆される。本研究で用いた初期溶液は弱酸である酢酸と弱塩基である
ポリエチレンイミンを含んでおり、これらの緩衝作用により溶液の pH は本来な
らば極めて変化しにくい。事前実験にて確認したところ、溶液体積を 1.5 倍まで
希釈しても pH は 0.01 増加したのみであった。したがって Fig. 4.3.9 に見られる
ような pH の急速な上昇は、PEI 水溶液内での核生成および結晶成長に伴ってプ
ロトン濃度が減少し、PEI のプロトン化が晶析反応に並行して起こっていること
で PEI の緩衝能が働いていないためと考えられる。
pH の変動が反応に関与していることを確認するため、前項で述べた濃度変化
と対比させて検討を行った。Fig. 4.3.10 に、Fig. 4.3.1 の濃度変化のデータと Fig.
4.3.9 の pH 変化のデータを重ねて示す。明らかに濃度変化における屈曲点と pH
変化の傾きが変化する点が対応しており、pH の変動が晶析現象に付随するもの
であることを示している。濃度変化の屈曲点と pH 変化の屈曲点は、他の全ての
実験条件においても対応していることが確認されたので、以後の議論では屈曲
点として同一に取り扱うが、区別の必要がある場合はそれぞれ pH 屈曲点、濃度
屈曲点と呼称することとする。
84
第四章
3.10
3.00
-245
2.90
-250
pH [-]
Lead ion concentration [mV]
-240
2.80
-255
2.70
-260
2.60
0
5
10
15
20
Elapsed time [-]
Figure 4.3.10 Variation in lead ion concentration and pH (initial pH = 2.7);
Reactant conc. = 0.5 [mol/L], Feed rate = 0.01 [L/min.], PEI conc. = 10 [g/L]
4.3.1 で、濃度屈曲点において PEI の結晶核生成および成長の抑制効果が失わ
れ、連続的な核化が急速に起きるために濃度低下が起こるという考察を述べた。
Fig.4.3.10 に示される濃度変化と pH 変化の対応から、pH 変化においても同様に
PEI の作用が反応中に変化するため、同じ操作時間(屈曲点)において pH 増加
の挙動が変化すると考えられる。先に述べたように pH の変化は PEI のプロトン
化に関連すると考えられるため、プロトンのモル量の変化を pH から算出し、pH
変化と共に Fig. 4.3.11 に示す。プロトン量は反応開始直後から減少を始め、次第
に勾配をゆるめつつ減少を続けた。その後、pH 屈曲点においていったん停止し、
約 1 [min.]後に再度プロトンのモル量は減少を再開するが、停止前と異なり変化
量は非常に小さいもので、振動しながら定常に近付くような挙動を示した。し
たがって、濃度変化に見られた挙動と同様、屈曲点後前後で pH 上昇の機構が変
化していると考えられる。すなわち、反応初期(屈曲点前)においては主とし
て PEI のプロトン化によるプロトン数の減少によって pH が上昇しているが、屈
曲点後においてはプロトン数の減少による寄与はあまり大きくなく、溶液体積
の上昇と PEI 水溶液の緩衝能の消失によって pH が上昇していると考えられる。
85
3.10
2.50E-03
3.00
2.00E-03
2.90
1.50E-03
2.80
1.00E-03
2.70
5.00E-04
2.60
0.00E+00
0
5
10
15
Amount of proton [mol]
pH [-]
第四章
20
Elapsed time [min.]
Figure 4.3.11 Variation in pH and the molar amount of proton (initial pH=2.7);
Reactant conc. = 0.5 [mol/L], Feed rate = 0.01 [L/min.], PEI conc. = 10 [g/L]
次に、初期溶液の pH が操作中の pH 変化に及ぼす影響について検討した。Fig.
4.3.12 および 4.3.13 にそれぞれ初期 pH4.8 および 6.3 での pH 変化とプロトン数
変化をあわせて示す。鉛イオン濃度変化の場合は初期 pH の相違による挙動の変
化はほとんど見られず、屈曲点の現れる位置もほぼ同じであったため、pH 変化
の挙動が受ける影響を併せて検討することで、PEI の成長抑制作用、特に屈曲点
前後における抑制作用の変化に対する考察が可能となると考えた。
初期 pH4.8 の場合では、Fig. 4.3.11 に示される初期 pH2.7 の場合とほぼ挙動に
変化はなく、屈曲点の現れる位置はほぼ同じであった。屈曲点後の挙動につい
ても、プロトン数がほぼ一定の値のままで推移しており、pH2.7 の場合と大きな
相違点は見られなかった。これに対し、初期 pH6.3 の場合には全く異なる挙動
が観察された。Fig. 4.3.13 に示されるように、pH は操作開始直後から急激に減
少し、屈曲点付近でいったん停止し、その後上昇に転じた。しかしながら、pH
屈曲点が濃度屈曲点と対応している点は他の条件での実験と同じであり、また
pH 屈曲点後、プロトン数が徐々に定常に近付く挙動は初期 pH2.7 の場合と同じ
であった。したがって、初期 pH によって屈曲点前のプロトン数変化の挙動は大
きく異なり、PEI の成長抑制作用が pH によって若干異なることを示唆するが、
屈曲点に達した後は初期 pH に関わらず、プロトン数が一定に保たれ溶液の体積
上昇に伴って pH が緩やかに増加していく現象が起きていると言える。
86
第四章
5.10
2.00E-05
pH [-]
1.20E-05
4.90
8.00E-06
4.80
4.00E-06
4.70
Amount of proton [mol]
1.60E-05
5.00
0.00E+00
0
5
10
15
20
Elapsed time [min.]
Figure 4.3.12 Variation in pH and the molar amount of proton (initial pH = 4.8);
Reactant conc. = 0.5 [mol/L], Feed rate = 0.01 [L/min.], PEI conc. = 10 [g/L]
1.40E-06
6.30
1.20E-06
pH [-]
1.00E-06
8.00E-07
6.10
6.00E-07
4.00E-07
6.00
Amount of proton [mol]
6.20
2.00E-07
5.90
0.00E+00
0
5
10
15
20
Elapsed time [min.]
Figure 4.3.13 Variation in pH and the molar amount of proton (initial pH = 6.3);
Reactant conc. = 0.5 [mol/L], Feed rate = 0.01 [L/min.], PEI conc. = 10 [g/L]
87
第四章
初期 pH によらず屈曲点後はプロトン数がほぼ定常値に達していることから、
初期 pH が低い場合、屈曲点前においては PEI のプロトン化によってプロトン数
の減少が引き起こされているとすると、屈曲点において PEI がそれ以上のプロ
トン化を受けられない状態になったため、溶液中のプロトン数の変化が起こら
なくなったと考えられる。さらに濃度変化と pH 変化における屈曲点は全ての実
験で対応していたことから、PEI の反応抑制作用が失われる現象と、PEI がプロ
トン化を受けられなくなる現象との間にも何らかの関連があるものと考えられ
る。4.3.1 において、PEI のアミノ基が鉛イオンとの錯体形成によって消費され、
それ以上の錯体が形成できなくなった点が屈曲点であるという理論を述べたが、
本項で述べた結果から、PEI のそれ以上のプロトン化が不可能になるか、あるい
は平衡に達してプロトン数のそれ以上の増減が無くなったため、pH 変化の機構
が変化したという考察も可能であると言える。
4.3.3
PEI ―鉛イオン間の相互作用に関する検討
4.3.1 の検討結果から、PEI の結晶核生成および結晶成長に対する抑制効果が
PEI と鉛イオンの錯体形成反応に関与している事が示唆された。また濃度変化の
挙動から、屈曲点において PEI の成長抑制効果が失われ、それによって急激な
核発生が起こるために装置内白濁が起こると考えられる。したがって屈曲点、
すなわち PEI の成長抑制作用の限界点は、錯体形成によって成長抑制が行われ
るとすると、どの程度の錯体形成が起こり得るかによって決定されると言える。
4.3.1 ではこれがポリマーの重量および供給された鉛イオンのモル量によって関
係付けられると結論した。
一方、4.3.2 で確認されたように、操作中の pH は晶析反応の進行に伴って変
化していた。さらに初期 pH2.7 および 4.8 の条件下では装置内プロトン数は屈曲
点までに減少しており、PEI のプロトン化が起こっていると推察される。濃度変
化の挙動が変化する時間と pH 変化の挙動が変化する時間は常に一致しており、
鉛イオンとの錯体形成反応と PEI のプロトン化反応の両方が PEI の成長抑制作
用の限界、および濃度低下のトリガーして考えられる。
しかしながら、PEI の成長抑制作用にとってより重要であるのは、錯体形成反
応であると考えられる。初期 pH が高い場合、鉛イオン濃度変化の挙動に変化は
ないが、pH 変化は初期 pH2.7 および 4.8 の場合と異なり、プロトン数の増加を
示しているためである。4.3.1 で述べたように屈曲点はほぼ pH によらない値を
示すため、屈曲点を決定している主な要因は鉛イオンの供給と錯体形成反応で
あると考えるのが妥当である。また、PEI が他の添加剤に対して高い抑制効果を
示す原因としてアミノ基との錯体形成以外に考えられるのは、水への高い溶解
88
第四章
度から許される粘度の高さと、PEI が酸性溶液中でポリカチオンとして振る舞う
ことの二つであるが、他の添加剤でこれらの条件を満たす場合でも PEI のよう
に単分散性の高い粒子を生成することはできない。Fig. 4.3.14(a)に、PAA 水溶液
を初期溶液として使用した場合の、Fig. 4.3.14(b)に PDDA 水溶液を初期溶液とし
て使用した場合の結晶写真をそれぞれ示す。前者は PEI 濃度 10 [g/L]の初期溶液
と粘度が同程度になるように調整し、後者は初期溶液中のアミノ基濃度が同程
度になるように調整した。Fig. 4.3.14(a)に見られるように、粘度を同程度に調整
した場合でも大粒径のデンドライトが生成するのみであり、PEI 使用時のような
微粒子を得ることはできず、溶液の粘度増加による拡散速度の低下だけでは成
長抑制効果は十分ではないことが示された。また、Fig. 4.3.14(b)に示されるよう
に PDDA 水溶液中では粗大な凝集晶が生成するのみであった。PDDA は PEI と
同じポリアミン(アミン価約 7.0 [m eq./g-solid])であるが、4級アミンのみを含
んでおり、したがって非共有電子対は持っていない。このことから、アミン基
を含むポリカチオンであるばかりでなく、電子供与による錯体形成が、本系に
おける単分散微粒子を得るために成長抑制剤に必要な性質であると結論できる。
(a)
(b)
10 µm
1 µm
Figure 4.3.14 Lead sulfate crystals precipitated in a solution of various polyelectrolytes;
(a) PAA was used. Initial viscosity of the ground solution was 5.3 [mPa⋅s]
(b) PDDA was used. Initial concentration of PDDA as amino groups was 1.0 [eq./L-solution]
よって、PEI の成長抑制効果には鉛イオンとの錯体形成反応が必要と考えられ
るが、その一方で PEI のプロトン化が晶析操作中に進行していることを示す実
験結果が得られている。本系においては初期 pH が低く、既に PEI のプロトン化
がかなりの程度進行しているため静電的な反発から錯体形成は困難と考えられ、
89
第四章
かつ反応中にプロトン化が進行することによって、さらに錯体形成が起こりに
くくなることが容易に予想される。また錯体形成が起こる場合、既往研究で解
説されている現象4,5,6から錯体形成に参加している鉛イオンが硫酸イオンと反応
することは考えにくい。これは PEI が排水中からの重金属イオンの回収にしば
しば利用されている7,8,9ことからも支持される。
そこで酢酸酸性条件下に置いて PEI と鉛イオンとの錯体形成が起こりうるか
についての検証を行った。錯体の有無を確認するにあたり、初期溶液に近い組
成に調整した PEI 水溶液の NMR スペクトルを測定した。Lukovkin ら10によれば、
PEI 分子中の炭素はα位およびβ位に存在するアミノ基の影響を受け、異なるケミ
カルシフトを示す。これにより 13C-NMR での1級、2級、3級アミンの存在比
を求めることが可能となるが、アミノ基がプロトン化を受けた場合、あるいは
鉛イオンと錯体を形成した場合にα、β位の炭素が受ける遮蔽が変化し、ケミカ
ルシフトの移動が起こるため、錯体形成の有無を判断できると考えられる。
Fig. 4.3.15 に、標準となる PEI の 30 [g/v%]重水溶液の NMR スペクトルを示す。
日本触媒(株)から頂いたエポミンのスペックデータより、39.4 および 41.2
[ppm]のピークが1級アミン、47.2、49.0、52.0 [ppm]のピークが2級アミン、52.8、
54.6、57.8 [ppm]のピークが3級アミンに対応する事が決定された。
Figure 4.3.15 C-NMR spectrum of PEI; Reference sample
続いて、酸性溶液中で PEI の分子構造にどのような変化が起こるかを見るた
め、初期溶液に近い組成(Table 4.2.2 参照)の PEI 水溶液の NMR スペクトルを
測定した。4.3.1 での結果から、PEI 濃度によってプロトン化や錯体形成の状態
が変わると考えられるため、初期溶液に近い低濃度での測定を行った。Fig. 4.3.16
に Sample 1 の NMR スペクトルを示す。サンプルの PEI 濃度が低いためノイズ
が多く、ピーク部分のみを拡大して示した。
90
第四章
Figure 4.3.16 C-NMR spectrum of PEI under the acidic condition; Sample 1 (no lead ion added)
上図に見られるように、低濃度であるためのノイズばかりでなく、参照スペ
クトルと比較して明らかにピークの移動および分裂が起こっている。39.4 およ
び 41.2 [ppm]の1級アミンのピークは、37.4、38.5、38.8、39.6 [ppm]に見られる
ピーク群に分裂しているものと考えられる。モノマーのアルカン炭素にアミノ
基が隣接している場合、アミノ基がプロトン化することでケミカルシフトは低
波長側にずれる。したがって、PEI の場合でもプロトン化によって低周波数側へ
の移動が起こっているものと考えられる。PEI の場合はピークが複雑に分裂して
おり帰属は非常に困難であるが、これは PEI がポリカチオンであり個々のアミ
ノ基周辺の雰囲気が少しずつ異なるためと、一部プロトン化していないアミノ
基があるためと考えられる。
2級および3級アミンについては、より複雑である。明らかに2つのピーク
群が識別されるが、Fig. 4.3.15 に見られるように2級アミンに帰属される 52.0
[ppm]のピークと3級アミンに帰属される 52.8 [ppm]のピークは非常に接近して
おり、そのためこれらのピークがプロトン化された PEI のスペクトルにおいて
どちらのピーク群に入っているかを判定するのは、ノイズの多さもあってほと
んど不可能と言える。しかしながら、1級アミンと考えられるピークが三章ス
ペクトルのそれと比較して約 2 [ppm]低波長側に移動したことから考えて、二つ
のピーク群を 45 - 48 [ppm]の部分が2級アミンの、50 - 53 [ppm]の部分が3級ア
ミンのピーク群と帰属するのが妥当であると考えられる。以後の議論ではこの
91
第四章
帰属を前提にスペクトルを取り扱う。
次に、Sample 1 と同濃度の PEI 水溶液に 0.01 [mol/L]の鉛イオンを添加した、
Sample 2 の NMR スペクトルを示す。組成から明らかであるように、Sample 2 の
スペクトルは初期溶液に過剰イオンを添加した場合の PEI の状態を再現するこ
とを目的としている。Fig. 4.3.17 に Sample 2 のスペクトルを示す。
Figure 4.3.17 C-NMR spectrum of PEI under the acidic condition;
Sample 2 (with the excess lead ion, low conc.)
測定が C-NMR の定性モードであるためピーク高さの比較は意味をなさない
が、Fig. 4.3.16 と比較してスペクトルの形状の変化はほとんど見られない。先に
述べたようにプロトン化した PEI と鉛イオンとの錯体形成は静電反発力により
非常に進行しにくくなると考えられる。このことから、10-2 [mol/L]オーダーの
濃度では、PEI と鉛イオンとの錯体形成がほぼ行われないと言え、前述のように、
PEI の核化・成長抑制反応を単純な錯体形成反応のみによると考えることはでき
ないことが支持された。これに対し、0.25 [mol/L]と20倍以上の高濃度の鉛イ
オンを添加した、Sample 3 のスペクトルを Fig. 4.3.18 に示す。
92
第四章
Figure 4.3.18 C-NMR spectrum of PEI under the acidic condition;
Sample 3 (with the excess lead ion, high conc.)
Sample 2 の場合と異なり、明らかに Fig. 4.3.16 と比較してスペクトルに変化が
現れているのが確認できる。最も明確に変化が見て取れるのが 37 - 40 [ppm]に
あった1級アミンのピーク群である。37.4、38.5、38.8、39.6 [ppm]に存在した4
本のピークは、最も高周波数側の 39.6 [ppm]のピークが消失し、38.8 と 38.5[ppm]
のピーク強度が増大した。また 37.4 [ppm]に鋭いピークが現れるなど、全体的に
低周波数側へケミカルシフトが移動しており、結果として4本のピークが2本
づつに分かれた形となった。2級および3級アミンと思われる 45 - 48 [ppm]と
50 - 53 [ppm]のピーク群はいずれもブロード化しており、鉛イオンを添加してい
ない Fig. 4.3.16 のスペクトルと同様に複雑な形状を示したが、50 - 53 [ppm]のピ
ーク群は Fig. 4.3.16 と比較してピーク強度が上がり、かつ形状が変化して個々の
ピークの分裂がやや明瞭に認められた。
Fig. 4.3.16 および 4.3.17 と同様にケミカルシフトの帰属や各炭素数の定量は困
難であるが、定性的な考察として、プロトン化によってアミノ基に隣接する炭
素のケミカルシフトの移動および分裂が起こったのと同様、鉛イオンとの錯体
形成により低周波数側への、ただしプロトンの場合より大きいピークシフトを
起こしたと考えられる。したがって、この NMR スペクトルから、10-1 [mol/L]
オーダーの比較的高い濃度においては、非常に高い濃度で鉛イオンが存在する
ために鉛イオンと PEI が錯体形成を行うことが確認された。
93
第四章
次に、Fig. 4.3.19 に Sample 4 の NMR スペクトルを示す。4.2 で述べたように、
Sample 4 は Sample 3 の鉛イオン濃度の高い PEI 水溶液を Sample 1 と同組成の PEI
水溶液で約 18 倍に希釈し、Sample 2 よりもわずかに高い鉛イオン濃度になるよ
うに調整した。すなわち、ポリマー濃度、酢酸濃度および pH はほぼ変化せずに
鉛イオン濃度のみを減少させた。この操作は、Sample 3 が晶析装置の原料供給
口近傍で大きな鉛イオン濃度が生じることを想定して調整されたのと同様、い
ったん大きな鉛イオン濃度下におかれたポリマーが、再び低濃度の環境下にお
かれた場合を想定してのものである。
Figure 4.3.19 C-NMR spectrum of PEI under the acidic condition;
Sample 4 (Dilution of Sample 3)
Fig. 4.3.17 および 4.3.18 と比較すると、Sample 4 のピークは希釈前の Sample 3
とは明らかに異なり、Sample 2 とほぼ同じ形状となった。鉛イオン濃度が非常
に高い条件下では PEI と鉛イオンとの錯体形成反応が起こるが、希釈されるこ
とで再び PEI のプロトン化の方に平衡が移動したため、Sample 2 とほぼ同じ状
態に再び移行したと考えられる。
4.4
PEI を用いた晶析操作における反応機構の検討
4.3 に述べた結果から、PEI の結晶成長抑制作用についてその機構を提出でき
ると考えられる。進行する反応は比較的簡単なものであり、主要なものは以下
94
第四章
の2つである。
PEI − 2nH + + nPb 2 + ↔ PEI − nPb 2 + + 2nH +
Pb
2+
+ SO 4
2−
→ PbSO 4 ↓
(4.4)
(4.5)
ただし、左辺第一項はプロトン化された PEI を指しており、右辺第一項はプロ
トンが鉛イオンと置き換わって錯体を形成した PEI を指すが、プロトン化して
いるアミノ基でもその全てが鉛イオンと反応するのではなく、実際には常に一
部分がプロトン化され、残りのアミノ基が錯体形成に参加していると考えるべ
きである。上記の関係を前提とすると、以下のような段階を踏んで反応が進行
すると考えることができる。
1:PEI と鉛イオンとの錯体形成
4.3.3 において確認されたように、Eq. 4.4 の平衡はほとんどの条件下において
左辺の方向、つまり PEI のプロトン化に大きく傾いており、鉛イオンの錯体形
成は極めて起こりにくいと考えられる。これは、酸性条件下においてプロトン
化された PEI と鉛イオンとの間に生じる大きな静電反発力を考慮すれば容易に
結論される。しかしながら、Fig. 4.3.18 に見られるように、非常に鉛イオン濃度
の高い状態、すなわちダブルジェット反応晶析装置における溶液供給口近傍の
ような状態では錯体形成が起こり、Eq. 4.4 の平衡は右辺の方向に傾く。この原
因は、添加された高濃度の鉛イオンによる溶液中の正電荷の増加を緩和する方
向に反応が進むためと考えられる。したがって、鉛イオンは錯体を形成してい
るため硫酸イオンと反応して結晶を生成することはない。また、錯体形成によ
りプロトンがリリースされるため、この段階では基本的に溶液の pH は減少する。
なお、硫酸イオンの挙動に関しては直接の観察が不可能であるため推論によ
るしかないが、ポリカチオンである PEI の周囲で電気二重層を形成するのに参
加しているものと思われる。
2:生成した錯体の分解および再プロトン化
鉛イオンと錯体を形成した PEI は、原料溶液供給口近傍に設置された撹拌に
よりすぐに拡散し、装置内バルクへと運ばれる。バルク領域においては完全混
合を仮定した場合、錯体形成に参加していない遊離の鉛イオン濃度は、供給口
近傍と比較して最大でも 10%程度であると見なせる。4.3.3 において、Sample 3
と 4 の NMR スペクトルから、いったん PEI と鉛イオンが錯体を形成した後、再
び低鉛イオン条件下におかれると、錯体形成を示すピークが消失することが確
認された。したがって、晶析操作においても錯体形成した PEI がバルクに運ば
95
第四章
れたときに周囲の鉛イオン濃度が下がるため Eq. 4.4 の平衡が再び右辺に移動し、
鉛イオンがリリースされると考えられる。このとき、配位結合を解いたアミノ
基が再びプロトン化されるため溶液の pH は増加する。
3:硫酸鉛結晶の生成
リリースされた鉛イオンは、近傍に存在する硫酸イオンと反応し、硫酸鉛結
晶の幼核を生成する。生成した幼核は成長して固体核となるか、あるいは再溶
解して他の核の成長に消費される。
以上の理論を基に、操作中の鉛イオン濃度変化および pH 変化の挙動を考察す
る。まず、実験において確認された挙動変化の特徴を下表にまとめる。濃度変
化については、初期 pH によらず Fig. 4.3.1 の様な挙動が見られたが、pH 変化は
初期 pH によって挙動がかなり異なる(Fig. 4.3.9 および 4.3.13 参照)。
Table 4.4.1 Summary of lead ion concentration and pH during an operation
pH
Pb2+ Concentration
Initial pH=2.7, 4.8
Before the bend point
increase
increase
After the bend point
rapid decrease
gradual increase
Initial pH=6.3
Before the bend point
increase
decrease
After the bend point
rapid decrease
gradual increase
反応理論と実験結果を比較して、鉛イオン濃度の反応初期における増加現象、
および屈曲点の理論的考察について補足が必要と思われる。本研究において鉛
イオン濃度は、装置外周近くに設置されたイオン電極を用いて測定を行ったの
で、観測しているのはバルクの鉛イオン濃度変化となる。反応理論から、バル
クでは鉛イオンが PEI からリリースされているため鉛イオン濃度は上昇すると
考えられるが、リリースされた鉛イオンが硫酸イオンの近傍に存在した場合反
応して硫酸鉛結晶を生成するため、濃度は上昇しないことになる。この点につ
いては硫酸イオンの装置内での分布が PEI 分子の周りに偏っており、反応の機
会が少ないためと考えられるが、さらに検討が必要である。
次に屈曲点の存在であるが、4.3.1 および 4.3.2 で述べた実験結果から PEI と鉛
イオンとの錯体形成および PEI のプロトン化に関連があると言える。ここで pH
変化に着目すると、屈曲点後は初期 pH に関わらず同様の挙動を示し、また屈曲
点後は溶液中のプロトン数がほぼ一定のまま推移していた。また屈曲点後の濃
度の急激な減少および装置内白濁は、PEI が核化・成長抑制作用を失った事によ
り多数の結晶核が発生したためであると考えられる。したがって、前述の反応
96
第四章
理論から、第1段階において PEI と鉛イオンとの錯体形成が行われなくなり、
かつ第2段階において PEI のプロトン化が行われなくなるか、あるいは平衡に
達した時点が屈曲点であると考えられる。初期 pH2.7 の条件では、PEI はほぼこ
れ以上のプロトン化が行われない状態 2,3 であるが、硝酸鉛が存在する場合はこ
の限りではないと考えられる。すなわち、鉛イオンの供給により増加した過剰
の正電荷を緩和するためプロトンが PEI のアミノ基と結合することによって、
さらに硝酸イオンの存在により電気二重層が圧縮されることで、PEI のプロトン
化が通常以上に進むと推察される。しかしながら、プロトン化が進むほど静電
反発力によりさらなるプロトン化は困難になるため、ある時点で装置内鉛イオ
ン濃度の増加によってもそれ以上のプロトン化が起こらなくなることが容易に
予想される。この状態ではそれ以上の鉛イオンの錯化も起こり得ないと考えら
れ、したがってこの段階において PEI は核化・成長抑制効果を失い、原料供給
口近傍での連続的な核発生が開始される(反応理論における第1段階が消失す
る)。これが屈曲点が存在する理由であると結論できる。
なお、事前実験において、酸性 PEI 水溶液に高濃度の鉛イオン溶液を添加し
た場合に pH が一度上昇した後に減少することを確認しており、鉛イオンの PEI
プロトン化に対する効果はその濃度によって異なると言える。すなわち、比較
的低い濃度では先に述べたようにプロトンが PEI と結合して pH を上げる効果を
もたらし、一方高い濃度では 4.3.3 および反応理論の1段階目で述べたように、
鉛イオン濃度そのものの増加を抑えるために PEI と鉛イオンの錯体形成が起こ
り、これに伴って pH が減少すると考えられる。よって、バルクの鉛イオン濃度
が低い領域では pH の上昇が主として観察されると結論される。
ただし、初期 pH が 6.3 の場合は、屈曲点前において pH の減少が見られるの
で上記とは異なる現象が起こっていると考えられる。この条件下では PEI のプ
ロトン化度が比較的低く、鉛イオンと PEI の錯体が形成しやすい(Eq. 4.4 の平
衡が反応開始時点から右辺に傾いている)
。反応理論の第1段階において、錯体
形成のためにプロトンが放出されて pH が減少するが、バルク領域に PEI−鉛錯
体が移動したとき、錯体が前述の理由で比較的安定であることと周囲のプロト
ン濃度が低いために、鉛イオンの放出が行われにくいと考えられる。したがっ
て PEI の再プロトン化が起こらず、pH は結果としてバルク領域でも減少が観察
される。またこの場合の屈曲点は、PEI のプロトン化よりも、主として鉛イオン
との錯体形成の限界によってもたらされると考えるべきである。
以上の議論で述べてきたように、屈曲点を決定する要因は PEI のプロトン化、
または鉛イオンとの錯体形成の進行によると考えられ、どちらが支配的要因か
は溶液の pH によって、すなわち Eq. 4.4 の平衡がどれだけ錯体形成に傾いてい
るかによって決定されると言える。ただし pH が低い場合では前述の通りプロト
97
第四章
ン化による影響が大きくなるが、錯体形成による影響が全く無いわけではなく、
両者が競合して起こっていると考えるのが妥当である。どちらの反応が支配的
であっても、屈曲点が存在するのはプロトン化または錯体形成によって PEI の
アミノ基が占有されることが原因である。したがって、屈曲点および濃度低下
や連続的な核発生の起こる条件は装置内に存在するアミノ基のモル数に関連す
ると考えられ、それゆえ、4.3.1 で述べたように、PEI の重量によって相関が可
能(Eq. 4.3 参照)であると結論される。また、初期 pH が低い場合に成長抑制効
果を失わせる主要因は PEI のプロトン化であるが、トリガーとなるのは原料イ
オンの供給であるので、従って鉛イオン供給量と PEI 重要の相関から屈曲点を
予測することは妥当であると言える。
Fig. 4.3.20 は、操作中の pH 変化を過剰イオンの有無で比較したものである。
過剰イオンが存在しない場合、Eq. 4.2 および 4.3 から屈曲点は若干遅くなること
が予測されるが、Fig. 4.3.20 および実験データから正しいことが確認された。さ
らに過剰イオンが存在しない場合、pH の上昇速度が過剰イオンを添加した場合
と比較して大きいことが観察された。前述の理論から、過剰イオンが存在しな
い場合はアミノ基を占有できるプロトンの数がより多くなり、したがって溶液
中のプロトンは少なくなるため、結果として pH がより上昇すると考えられる。
3.10
pH [-]
3.00
2.90
2.80
no excess ion
0.01[mol] excesss ion
2.70
2.60
0
5
10
15
20
Elapsed time [min.]
Figure 4.3.20 Influence of excess lead ion on the variation of pH
Reactant conc. = 0.5 [mol/L], Feed rate = 0.01 [L/min.], PEI conc. = 10 [g/L]
提案した反応理論の要点は、いったん PEI と鉛イオンが錯体を形成し、その
98
第四章
後鉛イオンがリリースされて反応することにある。反応晶析法において、連続
的な核生成による粒径の多分散化が最大の問題の一つである事は既に述べた。
初期溶液中で原料混合を行うダブルジェット反応晶析法であっても、供給口近
傍には大きな過飽和度が生じざるを得ず、結果として連続的な核生成を十分に
抑制することは難しい。原料溶液濃度を下げることで対処できる場合もあるが、
この場合は生産性の低下が問題となる。これに対し本系における PEI の作用は、
本来連続的な核生成が起こる比較的高い原料溶液濃度であっても、鉛イオンと
の錯体形成によって原料供給口近傍の過飽和度を緩和し、さらに装置内全体に
溶質を分散させることで連続的な核発生を抑制できる点において、非常に効果
的に作用していると言える。
また、PEI は鉛イオンと錯体を形成して反応を抑制していると考えられるが、
成長抑制によって過度に修了を下げないことも、本系における PEI の作用の特
徴として挙げられる。McNevin と Dunton11や滝山12は EDTA と金属イオンの錯体
を形成させた状態で対イオンを共存させ、その後に過酸化水素で錯体を分解し
反応させることで単分散微粒子を生成させる手法について報告しており、提案
した反応機構はこれらの研究におけるものと類似している。しかしながら、滝
山の研究における実験条件は原料濃度にして最大で約 9×10-3 [mol/L]であり、収
量が非常に低いのが問題であると言える。本研究では原料溶液濃度約 0.5 [mol/L]
の条件でも単分散微粒子生成に成功しており、生産性に関しては大幅に改善さ
れている。さらに、反応理論に従えば PEI−鉛イオン錯体を分解するのに新たに
試薬を加える必要はなく、ダブルジェット反応晶析法の操作過程において自発
的に錯体が分解し反応するため、操作が単純化される点においても有利である
と言える。
加えて、PEI は他の高分子電解質による抑制効果と異なり、生成した結晶の表
面に吸着することで反応を抑制していないと考えられる。このため第二章で述
べたような、添加剤の使用においてしばしば問題となる脱着操作を行う必要が
ない。これは製品結晶を懸濁液でなく粉体として利用する場合に、非常に有用
な特徴であると考えられる。また結晶表面に吸着しないことから、対象物質の
変化による反応機構の相違は比較的小さいと予想される。この事から、硫酸鉛
系にとどまらず、PEI と錯体を形成できる金属イオンを持つ難溶性無機塩であれ
ば、プロトンとの選択係数の差異によって成長抑制効果に差が現れることを考
慮しても、PEI を用いた反応晶析操作を適用する価値があると期待される。
最後に、本研究においては屈曲点の観察に鉛イオン電極を用いたが、他の難
溶性塩系への適用を考慮した場合、必ずしもイオン電極が使用できるとは限ら
ない。しかしながら 4.3.2 において述べたように、濃度変化ほど明瞭ではないも
のの pH 屈曲点と濃度屈曲点とは対応しているため、イオン電極の代用として
99
第四章
pH センサを用いることで屈曲点を知ることは可能である。したがって、Eq. 4.3
の実験定数 k およびαを求め、硫酸鉛系における場合と同様に、晶析操作の指針
とすることができると考えられ、この点においても他物質への適用可能性が示
されたと言える。
100
第四章
4.5 結言
ポリエチレンイミンを結晶核生成および成長の抑制剤として用いた晶析操作
において、ポリエチレンイミンが反応に及ぼす影響をより詳細に検討した。晶
析操作中の鉛イオン濃度変化の測定において、鉛イオン濃度は操作初期に増加
し、ある時点から急激に減少を始めるという現象が観察された。また、この濃
度低下と装置内白濁の起こる時間が非常に近接していることから、操作中に急
速な核生成が起こり、それが濃度低下につながってるものと推定された。急激
な濃度減少を開始する時間(屈曲点)は、原料溶液濃度や供給流量によらず、
初期溶液に溶解した量も含めたある一定のモル量(Ntot)の原料イオンを供給し
たときであることが見出され、かつ Ntot は初期溶液に溶解させたポリエチレンイ
ミンの重量と良好な相関関係を持つことがわかった。このため、操作条件から
屈曲点を予測することが可能であり、第三章において述べたような白濁直前で
の原料供給停止操作を容易にすると考えられた。
次いで晶析操作中の pH 変化を測定したところ、初期 pH が低い場合、操作開
始直後から pH は増加し続けるが、ある時間を過ぎると増加速度が緩やかになる
現象が観察された。増加速度が変化する操作時間は濃度変化における屈曲点と
一致していた。また、鉛イオン濃度変化においては初期 pH に関わらず類似した
挙動を示したのに対し、pH 変化は初期 pH が高い場合には最初減少し、その後
屈曲点を経て増加に転じることが確認された。これらの事からポリエチレンイ
ミンの成長抑制作用には、供給した原料だけでなく溶液内のプロトン数の変化
およびポリエチレンイミンのプロトン化度が関係していることが示唆された。
NMR を用いてポリエチレンイミンと鉛イオンの錯体形成反応を検討したとこ
ろ、10-1 [mol/L]オーダーの高い濃度の鉛イオンが共存する場合に明瞭なピーク
シフトが観測され、かつ希釈して鉛イオン濃度を減少させた場合には最初から
鉛イオン濃度が低かった場合と同様のスペクトルが見られることから、酸性領
域では鉛イオン濃度の高低によって可逆的に錯体が形成されることが示唆され
た。したがって、ポリエチレンイミンは原料供給口近傍の鉛イオン濃度が高い
領域でいったん錯体を形成し、その後装置内バルクに移動したときに鉛イオン
をリリースする事によって、供給口近傍の過飽和を緩和し反応を抑制している
と考えられた。またこの過程でポリエチレンイミンのアミノ基のプロトン化が
進行し、さらなる錯体形成が困難になるため、ある点でポリエチレンイミンの
反応抑制作用が失われる。これが屈曲点および濃度の急激な現象、それに伴う
装置内白濁の原因であると結論された。
101
第四章
Nomenclature
CR:原料溶液濃度
FR:供給流量
k:実験係数
Nex:初期溶液中の過剰鉛イオン量
Nsup:屈曲点までに供給された原料のモル量
Ntot:屈曲点における装置内総鉛イオン量
Q:原料供給モル速度
tb:屈曲点の実測値
W:初期溶液中の PEI の重量
α:実験係数
[mol⋅L-1]
[L⋅min.-1]
[mol⋅g-1]
[mol]
[mol]
[mol]
[mol⋅min.-1]
[min.]
[g]
[-]
References
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Growth, 249 (2003) 572
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27, 1999)
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Journal, 9 (1973) 559
11 W.M. McNevin and M.L.Dunton, ibid., 26 (1954) 1246
12 K. Takiyama, Bull. Chem. Soc. Japan, 31 (1958) 950
102
第五章
総括
第五章
本論文において紹介されてきた一連の研究は、難溶性塩の単分散微粒子を効
率よく生成するための一手法としての反応晶析法において、有機物添加剤によ
って製品結晶の単分散性を向上させる方法についての検討を行い、モデル物質
として使用した硫酸鉛系における最適な操作法、および反応理論を提出するこ
とを目的とする。この最適な操作法には、本系において適した添加剤の選定、
およびその選定理由も含まれる。この目的に基づきいくつかの理論を展開した
が、本章ではそれら全体の概括および補足を行う。
第一章では、反応晶析法による単分散微粒子生成のために重要ないくつかの
理論を取り上げた。製品結晶の単分散性を向上させるためには、
(1)核生成期
と成長期の明確な分離、すなわち連続的な核生成の防止と、
(2)生成結晶の凝
集抑止、の2つが達成される必要があることを述べ、生産性を確保しつつこれ
らの要件を満たす手段として、添加剤の使用を挙げた。さらに、既往研究の中
で難溶性無機塩系における様々な添加剤の使用例およびその効果を紹介し、こ
れらに対する本研究の位置づけを行った。既往研究例では炭酸カルシウム系、
アパタイト系での添加剤使用例が特に多いが、これらの結晶はほとんどの場合
アルカリ性条件下で反応を行う。そのため、使用する添加剤はポリアクリル酸、
アミノ酸などアルカリ性条件下でアニオンとして作用する物質にほぼ限られて
いる。また、多くの研究例が晶癖制御やスケーリング防止を目的としており、
単分散性の高い微粒子生成を指向したものはほとんどない。したがって本研究
のオリジナリティとして以下の二つを挙げた。
(1)本研究で取り扱う硫酸鉛は
酸性条件下での晶析操作が必要であることから、アルカリ性条件下では使用さ
れなかった塩基性高分子電解質などのカチオン性の添加剤の使用が可能であり、
興味ある知見が期待できる。
(2)本研究では、単分散微粒子生成のための操作
法の提出を目的としており、これに添った添加剤の選定、操作条件の検討を行
うことで、より実際の単分散微粒子生成プロセス構築の際に役立つ知見が得ら
れる。
第二章では、硫酸鉛結晶の単分散微粒子生成に適した、結晶核生成および成
長の抑制剤としての添加剤の検討および選定を行った。添加剤を溶解した水溶
液中で反応晶析操作を行い、製品結晶の粒径および形状の単分散性、結果の再
現性などから添加剤の効果に関する検討を行った。ハロゲン化銀微粒子生成系
において用いられているゼラチンでは、本研究においても単分散性の高い微粒
子が生成可能であったが、実験の再現性に問題を残した。その他、モノマーの
アミノ酸、ポリアクリル酸、ポリアクリルアミド等を使用したが、ポリアクリ
ル酸を除いては単分散性の高い結晶を得ることは出来なかった。またポリアク
リル酸を使用した場合でも、製品結晶の凝集や許容される操作条件範囲の狭さ
の問題から、単分散微粒子生成プロセスへの適用には不適と判断された。これ
103
第五章
らの結果に対し、塩基性高分子電解質であるポリエチレンイミンを使用した場
合、他の成長抑制剤を添加した場合と比較して平均粒径が 1 [µm]以下と小さく、
かつ比較的単分散性の高い結晶を得ることが可能であった。また、合成高分子
であるためゼラチン使用時に問題となった実験結果の再現性も良好であり、し
たがって本系においてはポリエチレンイミンを添加剤として使用するのが適切
であると結論された。
第三章では、より単分散性の高い結晶を生成するために、ポリエチレンイミ
ン使用時において操作条件、および操作法が製品結晶の性状に与える影響につ
いての検討を行った。原料供給モル速度を変化させた場合、単分散性の高い結
晶を得るための最適な値の範囲が存在し、本研究では初期ポリエチレンイミン
濃度 10 [g/L]の場合で 5 - 7.5 [mmol/L]であった。これより低い条件では結晶成長
の不良および結晶の肥大化が起こり、またこれより高い条件では微結晶の発生
を完全に抑制できないためである。また初期ポリエチレンイミン濃度、および
使用するポリエチレンイミンの性状についても同様に適正な値が存在し、10 - 15
[g/L]の濃度で、平均数分子量 2000 - 3000 以上のポリエチレンイミンを用いるこ
とが単分散微粒子を得るために適していると結論された。濃度や分子量が低い
高分子では凝集抑制作用が十分でなく、濃度が高すぎる場合は凝集が促進され
るためである。さらに第三章では操作法に関する検討も行ったが、原料供給を
装置内白濁現象が観察される直前または直後に停止し、そのまま撹拌のみを継
続することで、Ostwald ripening 効果により製品結晶の単分散性が大幅に向上す
ることが確認された。またポリエチレンイミン水溶液内にあらかじめ添加する
過剰イオンの添加量を少なくするなどで生成核個数を抑えることで、粒径 1
[µm]以上の非常に高い単分散性を持つ結晶を生成することが可能であった。
第四章では、よりポリエチレンイミンを用いた晶析操作の最適化を図るため、
ポリエチレンイミンが硫酸鉛結晶の核生成および成長を抑制する機構に対する
検討を行った。本研究の目的である単分散微粒子の生成理論の提出にとって重
要であるだけでなく、上で述べた装置内白濁前の原料供給停止操作に関する理
論的な根拠を与え、より効率よい操作が可能となると考えた。操作中の鉛イオ
ン濃度変化には興味深い挙動が見られ、前述の装置内白濁現象が、ポリエチレ
ンイミンの成長抑制効果が操作途中で失われることによる連続的な核発生の開
始によるものであることが示唆された。装置内白濁が起こるのとほぼ同時に鉛
イオンの濃度が急激に低下し始める現象が観察されたが、この現象はポリエチ
レンイミン水溶液内にある一定量の鉛イオンを供給することがトリガーとなっ
て起こることが示され、閾値となる鉛イオン量はポリエチレンイミンの重量の
みで相関することが可能であった。すなわち、操作条件から濃度低下および装
置内白濁の起こる時間を計算することで、先に述べた原料供給停止操作をより
104
第五章
効率よく行うことが可能であることが示された。
さらに操作中の pH 変化の測定、および NMR を用いたポリエチレンイミンと
鉛イオンとの相互作用の検討を行った。その結果、ポリエチレンイミンの成長
抑制効果が失われる原因は、前述の供給原料の量だけでなくポリエチレンイミ
ンのプロトン化現象とも関連があることが示唆された。本研究におけるポリエ
チレンイミンの効果は、既往研究で多く見られるような結晶表面への吸着によ
るものではなく、鉛イオンとの錯体形成によるものである。かつ、この錯体形
成は溶液中の鉛イオン濃度に大きく左右され、鉛イオン濃度が高い装置内領域
では錯体形成に平衡が移動し、低い領域ではポリエチレンイミンのプロトン化
に平衡が傾く。この現象と本研究で用いたダブルジェット反応晶析法の組み合
わせにより、高い過飽和度が生じる領域では錯体形成により急速な反応を抑制
し、バルク領域では鉛イオンがリリースされて反応が起こるという、二段階の
反応制御を非常に簡単に行えることが示された。
本研究において明らかにされたポリエチレンイミンの成長抑制作用は他の研
究例には見られないものであり、単分散微粒子生成プロセスに非常に適してい
ると言える。特に、従来あまり研究されてこなかった酸性系での反応晶析にお
いても粒径制御を行えることで、他の難溶性塩への適用が期待されるものと考
えられる。また前述のようにポリエチレンイミンは結晶表面に吸着して反応を
抑制する機構をとらないと考えられることから、晶析させる結晶の性質による
影響を受けにくいと思われ、その点でも他の難溶性塩晶析操作においての使用
に適していると考えられる。
ただし本論文内において何度か述べたように、ポリエチレンイミンの結晶成
長抑制機構には操作中の鉛イオンおよび硫酸イオンの詳細な分布、ポリエチレ
ンイミンによる凝集抑制作用の定量的評価など未解明な点があり、これらに関
してはさらに検討が必要である。また、さらなる粒径の微細化および単分散性
の向上を図るためには、本研究で行ったような単純な操作方法では困難である
と考えられ、そのため操作が煩雑になるきらいはあるものの、操作中の鉛イオ
ン濃度または pH に応じた原料供給速度の調整などを行う必要があると考えら
れる。さらにポリエチレンイミン自体の性状の改良、すなわち分子量分布の単
分散化や、現在用いている多数の枝を持つ分子構造から直鎖型の分子構造を持
つポリエチレンイミンへの変更などにより、より高度な成長速度制御を行える
可能性が残されている。そしてそれらの技術を硫酸鉛よりも工業的利用価値の
高い難溶性塩系に対して適用していくことが、最も重要な研究課題であろうと
思われる。
105
早稲田大学大学院理工学研究科
博 士 論 文 概 要
論
文
題
目
成長抑制剤を使用した反応晶析法による硫酸鉛結晶の
単分散微粒子生成手法の研究
Precipitation of monodispersed lead sulfate crystal
with a growth modifier
申
氏
名
専攻・研究指導
(課程内のみ)
請
者
片山
晃男
Akio
Katayama
応用化学専攻
化学工学研究
2003 年 11 月
1つのサンプル中での粒径および形状の均一性が高い粒子群を指して単分散粒
子と呼ぶ。粒子群の性質が個々の粒子の性質を直接反映し、したがって挙動の予
測や解析が比較的容易に行えるため、理論解析のモデル物質として理想的な材料
形態である。また工業材料としても非常に有用性が高く、顔料、触媒や磁気材料
などの用途においては、高い性能を発揮するために粒子群の単分散性が高いこと
が第一に求められる。加えて近年、サブミクロンサイズ以下の、いわゆる超微粒
子と呼ばれる粒径範囲を持つ材料の工業的な応用がめざましく、粒子群の単分散
性を保ちつつ粒径を微細化する手法の研究が盛んに行われている。
超 微 粒 子 と 呼 ば れ る レ ベ ル の 微 粒 子 で あ る 場 合 、 破 砕 法 な ど の Break down 型
プ ロ セ ス で の 生 成 は 困 難 で あ り 、凝 縮 法 な ど の B u i l d u p 型 プ ロ セ ス に よ る 必 要 が
ある。しかしながら、この手法は微粒子生成の対象となる物質の組成、性質によ
り全く異なる生成法、操作法を必要とするため、対象系ごとに反応理論やプロセ
ス設計法の検討を行う必要がある。このため、工業ベースに乗っている例はまだ
非常に少ないと言える。本論文に記載の研究では、硫酸鉛を難溶性無機塩のモデ
ル物質として、核化・成長抑制剤として高分子電解質を添加した系内で反応晶析
法にて単分散微粒子の生成を試みた。さらに使用する高分子や操作条件などの検
討を行い、晶析現象との関連から反応機構を議論することで、他の物質にも応用
することが可能な操作法を提案することを目的とした。
第一章では、炭酸塩やアパタイト化合物などの難溶性無機塩の単分散微粒子生
成プロセスについて、その基礎となる理論と既往研究の概括を行い、本研究の立
場を明確にすることを試みた。難溶性無機塩を対象とする場合液相にて微粒子の
生成を行うが、これらの物質の非常に低い溶解度が原因で、連続的な核生成によ
る粒径分布の多分散化が起こりやすい。加えて、生成した結晶が溶質を消費して
容易に不可逆凝集を起こし、粗大な粒子を形成することによっても単分散性が低
下する。これに対し、水溶性高分子電解質やアミノ酸などの添加により反応を抑
制する既往研究が多くなされている。しかしながら、これらの研究の多くがアル
カリ性条件下でアニオンとして機能する添加剤を用いた晶析操作を扱っており、
酸性条件下での使用例、実験データはほとんどない。また、前述の条件下でアニ
オンを添加剤として使用した場合、ほとんどの物質がごく低濃度でも結晶の核
化・成長をほぼ完全に抑止してしまい、微粒子生成という観点からは問題がある
が、この事に言及している研究例はほとんどないとしている。本研究では酸性系
でこれら成長抑制剤を使用しての晶析操作を行うこと、またスケーリング防止な
どの目的ではなく、成長速度を制御して単分散微粒子を生成するために抑制剤を
使用するという点で、上記の既往研究に対してオリジナリティを持つと考えられ
る。
第二章では、高分子電解質、アミノ酸、ゼラチン等を使用し、それらの酸性水
溶液中で硫酸鉛結晶を生成させ、結晶の単分散性を比較することで酸性系での使
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用に適した成長抑制剤を選定した。ゼラチンは、写真フイルム用感光剤として用
いられているハロゲン化銀微粒子の生成プロセスにおいて、高い単分散性を持っ
た微粒子を生成する働きをしており、本系においても有用であることが期待され
た。使用した結果、数ミクロン∼数十ミクロンの粒径を持つ単分散の非常に高い
微粒子を生成することが可能であり、本系における成長抑制剤としても有用であ
ると思われた。しかしながら、ゼラチンのロット差による実験結果の再現性の低
さを改善できなかったため、使用を断念した。また、ゼラチンの構成成分である
アミノ酸モノマーをロット差回避のためにゼラチンに代えて使用した場合、成長
抑制作用がほとんど見られず、成長抑制剤として不適であった。
合成高分子電解質を成長抑制剤として使用した場合、酸性高分子であるポリア
クリル酸使用時に、数ミクロンの粒径を持つ比較的単分散性の高い結晶を得るこ
とが可能であった。しかしながら、良好な結晶を得られる最適操作範囲が狭く、
結晶成長に伴い不可避的に凝集が起こることなどから、単分散微粒子生成プロセ
スに応用するには不十分であった。また、同じく酸性高分子であるポリビニルア
ルコール、中性(ノニオン性)高分子であるポリアクリルアミドを用いた場合で
は、成長抑制効果が不十分でデントライト状の粗大な結晶が生成するため、やは
り成長抑制剤として用いるには不適であった。
こ れ ら の 高 分 子 に 対 し 、塩 基 性 高 分 子 で あ る ポ リ エ チ レ ン イ ミ ン を 用 い た 場 合 、
比較的単分散性の高い粒子を安定して得ることが可能であった。それに加え、他
の高分子の場合と比較して粒径が平均して1ミクロン以下と小さく、単分散微粒
子生成プロセスに用いるには適していると判断された。
第三章では、ポリエチレンイミンを使用した反応晶析操作においてより単分散
性の高い結晶を得るために、操作条件が製品結晶の性状に及ぼす影響についての
検討を行った。原料供給モル速度を変化させた場合、低すぎる領域では個々の結
晶の成長に偏りが見られるために、また高すぎる領域では微結晶の発生を完全に
抑制できないために製品結晶の単分散性が低下した。またポリエチレンイミン濃
度については、低濃度では凝集抑制効果が不十分であり、高濃度では結晶の凝集
が逆に促進されるために好ましくなかった。よって、原料供給モル速度と初期ポ
リ エ チ レ ン イ ミ ン 濃 度 に 関 し て は 操 作 上 で の 最 適 値 が 存 在 し 、本 研 究 に お い て は 、
そ れ ぞ れ 5∼ 7.5 [mmol/L]お よ び 10∼ 15 [g/L]で あ っ た 。 ま た 、 使 用 す る ポ リ エ
チ レ ン イ ミ ン に つ い て は 数 平 均 分 子 量 2000∼ 3000 以 上 の も の が 望 ま し く 、 そ れ
以下の高分子では凝集抑制作用が不十分であること、操作時間については原料供
給を続けすぎると、微結晶の発生により単分散性が低下するため、結晶発生確認
後早い段階で供給を止めることが望ましいことも示唆された。上記の最適操作条
件 に お い て 、最 小 で 平 均 粒 径 1 9 0 [ n m ] 、変 動 係 数 0 . 11 と い う 比 較 的 高 い 単 分 散 性
をもったサンプルを得ることが可能であった。
さらに、微結晶の発生を避けるために結晶発生確認の直前または直後に原料供
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給を停止し、そのまま撹拌のみを継続したところ、熟成効果により結晶の単分散
性 が 大 き く 向 上 し 、 変 動 係 数 0.1 未 満 の 微 粒 子 を 得 る こ と が で き た 。 ま た 、 原 料
供給を早く停止するなどで結晶個数を抑えることで、比較的大粒径の結晶の生成
も 可 能 で あ り 、本 研 究 で 論 じ る 手 法 の 操 作 適 用 範 囲 が 十 分 に 広 い こ と が 示 さ れ た 。
第 四 章 で は 、 晶 析 操 作 中 の 鉛 イ オ ン 濃 度 変 化 お よ び pH 変 化 を 直 接 測 定 す る こ
とにより、ポリエチレンイミンによる硫酸鉛結晶の核化・成長抑制作用をより詳
細に検討した。濃度変化の挙動から、晶析操作中に鉛イオン濃度はいったん上昇
し、その後ある時点で急速な減少を示すことが確認された。硫酸鉛の非常に低い
溶解度を考慮すると、濃度の上昇は明らかにポリエチレンイミンが結晶の核化を
抑制し、そのために溶質濃度が硫酸鉛の溶解度以上の状態でも保持され得ること
によると考えられる。またある時点で濃度が急に減少を示すこと、および減少を
開始する時間が目視での結晶発生が見られる時間とほぼ一致することから、ポリ
エチレンイミンが結晶の核化・成長を抑制する効果にはある限界が存在し、それ
以上では微結晶が発生するものと考えられた。検討の結果、この減少を開始する
時間はポリエチレンイミン水溶液に供給された鉛イオンのモル量、および使用し
た ポ リ エ チ レ ン イ ミ ン の 重 量 に 依 存 し て お り 、両 者 の 間 に 良 好 な 相 関 が 見 ら れ た 。
これにより、上述の原料供給を途中で停止するという操作において、どの時点で
停止すべきかを操作条件から予測することが可能となり、実操作および他物質へ
の適用が容易になるものと考えられた。
さ ら に 、 晶 析 操 作 中 の pH 変 化 の 挙 動 か ら 、 ポ リ エ チ レ ン イ ミ ン の 核 化 ・ 成 長
抑制作用の限界には、高分子中のアミン基と鉛イオンとの錯体形成反応、および
アミン基のプロトン化の2つの反応が競合しており、これらの反応の終点が関与
していることが示唆された。本研究において採られたダブルジェット反応晶析法
の 装 置 操 作 的 な 特 性 に よ り 、一 時 的 に 鉛 イ オ ン 濃 度 の 極 め て 高 い 領 域 が 形 成 さ れ 、
その部分においてはポリエチレンイミンと鉛イオンとの錯体形成が行われる。さ
らにこの金属錯体が装置内バルクの鉛イオン濃度が低い領域において鉛イオンを
放出し、プロトンとの交換が起こることによって結晶核が生成される。以上の機
構により、通常では単分散微粒子生成の不可能な高過飽和条件下においても、結
果として過飽和度が緩和されることで、成長速度を制御することが可能になるも
のと考えられた。また、この機構の過程でアミン基のプロトン化または錯化が進
むため、それ以上の反応が進まなくなる時点においてポリエチレンイミンの核
化・成長抑制効果が失われると考えられた。上記の反応抑制機構は従来に例を見
ない特異的なものであるだけでなく、反応を完全に停止させる他の成長抑制剤と
異なり、単分散微粒子生成プロセスにとって非常に有用である。したがって、本
研究でモデルとした硫酸鉛だけでなく、幅広い難溶性塩系に対しての適用が期待
できると提言された。
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謝辞
本論文は筆者の大学院理工学研究科在学中、博士後期課程三年間の研究内容
を基に作成されました。この三年間の研究活動の間、本当に多くの方の援助を
受けてここに一つの論文を提出することが出来ました。当然の事ながら私一人
の力では論文執筆はおろか、乏しい研究結果の半分も達成できていなかったこ
とは疑いありません。ここにその方達への感謝の意を表したいと思います。
所属研究室の指導教授でいらっしゃる平沢泉教授には、学部生の時代から通
して研究指導をしていただくばかりでなく、常に暖かい励ましとご支援を頂き
感謝の念に堪えません。また、博士論文の審査をしていただいたことを始め、
様々な形で研究活動および本博士論文の完成にご助力を頂いた平田彰教授、酒
井清孝教授、常田聡助教授、小堀深講師の四先生方に深く感謝いたします。名
誉教授となられた豊倉賢先生には、直接ご指導いただいたのは学部生時の一年
間のみでしたが、その後も折にふれてご助力を頂きました。
また、研究の遂行にあたっても多くの方に助けていただきました。写真用ゼ
ラチンおよびそのスペックデータを供与いただき、様々な助言をして下さいま
した新田ゼラチン株式会社の石川哲也様、またポリエチレンイミンのサンプル
およびスペックデータを供与いただき、分析法や関連文献を教えていただきま
した株式会社日本触媒の谷森滋様、鈴木清一様に深く感謝いたします。イオン
電極および pH 電極を用いた測定に関しては、お忙しい中トラブルシューティン
グにあたって下さった多比良株式会社の伊部幸雄様にも感謝の意を表したいと
思います。その他にも数え切れないほどの方にご助言、ご助力を頂きました。
そして私の研究を支え、有形無形のご助力をして下さった先輩、同輩、後輩
の皆様に深く感謝いたします。私の卒業後、皆さんの研究がますます発展する
ことを願ってやみません。
最後に、私を育ててくれた両親と、私が今までに出会った全ての人に心から
感謝します。
なお、本研究は財団法人みずほ学術振興財団の助成を受けて行われました。
早稲田大学大学院
理工学研究科
2004 年 2 月
応用化学専攻 化学工学専門分野
平沢研究室所属 博士課程三年
片山晃男
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