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腫 瘍 内 科 学 教 室
〔千葉医学 81:169 ∼ 172,2005〕 〔 研究紹介 〕 腫 瘍 内 科 学 教 室 江 原 正 明 税 所 宏 光 本教室は旧第一内科学教室時代から血液内科 と腎臓内科の研究分野も担含して先端的な医学 研究に挑み続けていますが,今回は,現在のメイ ンテーマである消化器がんの診断・治療・予防に 2 .肝癌(肝細胞癌)に対する経皮的局所療法 −経皮的エタノール注入療法と経皮的ラジオ波 焼灼療法との併用療法の開発− 関する臨床研究についてご紹介させていただきま 1983年,当科において開発されました経皮的エ す。 タノール注入療法(PEI)は腫瘍径 3 ㎝以下の肝 細胞癌(小肝細胞癌)に対して第一選択の治療法 1 .超音波・CT の 3D 画像による肝・胆・膵の 腫瘍診断 −癌の精密診断と局所療法施行後の 治療効果判定への応用− として確立され,現在,国内はもとより,海外で も広く施行されております。当科では過去20年に わたり300を超える症例に PEI を施行し,重篤な 合併症を認めず,約90%に局所治癒(完全壊死) 従来の超音波,CT では連続した断面像(2D 画 が得られれております。また,治療後の 5 年生存 像)で診断しておりましたが,近年,超音波診断 率は肝障害度(Child 分類)A では65%,B では (B モード,カラードプラ)装置や MDCT(multi- 43%であり,外科的切除術に劣らない成績を示し detector row computed tomography)装置から ております。その上,肝障害に与える影響が非常 得られた三次元(3D)データを用いた 3D 診断が に小さいことより適応が広く,小肝細胞癌に対し 可能となっております。3D 画像診断では画像処 ては切除術を凌駕した評価が得られております。 理技術により任意の断面像(MPR: multi-planar 1990年初頭,少ない回数でより大きな抗腫瘍効果 reconstruction)が得られ,腫瘍および周囲臓器, が期待される局所治療法として経皮的ラジオ波焼 脈管浸潤などの立体的な把握が正確かつ容易にな 灼療法(RFA: Radiofrequency thermal ablation) りました。肝・胆・膵をはじめとした腹部実質臓 が米国にて開発され,この数年来,急速に我が 器における悪性腫瘍の早期発見,鑑別診断,進展 国でも普及しております。小肝細胞癌に対して 度診断に有用であり,特に小病巣の診断では,従 はほぼ 1 回の治療で局所治癒が得られ,重篤な合 来の 2D 診断法に比し診断能の向上が得られてお 併症もほとんどないことより標準的な治療法とし ります。また,血管造影下 MDCT による肝内微 て評価されております。しかし,一方で治療後局 小病変の 3D 診断では,従来,肝細胞癌と鑑別が 所再発は10%前後の症例にみられております。そ 困難でありました動・門脈シャントなどの診断が こで,当科では RFA に先立ち PEI を 1 回施行し, 確実に行えるようになりました。また,癌局所療 腫瘍血流を減少させることによりさらに RFA の 法後の治療効果判定にも応用され,より正確な判 熱凝固作用を高める工夫をし,より広範な壊死 定が可能となっております。 効果を得ております。今後,小肝細胞癌に対する PEI・RFA 併用療法の臨床応用を重ね,抗腫瘍効 千葉大学大学院医学研究院腫瘍内科学 Masaaki Ebara and Hiromitsu Saisho: Introduction of the Department of Medicine and Clinical Oncology. Department of Medicine and Clinical Oncology, Graduate School of Medicine, Chiba University, Chiba 260-8670. Tel. 043-226-5241. Fax. 043-226-2088. e-mail: [email protected] 170 江 原 正 明・他 果,長期予後についての治療成績を明らかにして 例に対して応用し,有害事象,抗腫瘍効果,長期 いく予定です。 予後等について検討しました。重篤な有害事象お よび患者さんの苦痛は全くなく,QOL(quality 3 .進行肝細胞癌に対する IVR 治療 of life)に優れ,また,初回治療群における治療 後の局所制御率は 3 年で約90%,3 年生存率は 切除術,PEI,RFA などの局所療法の適応にな 61%と切除術に匹敵する成績で,従来の高エネル り得ない進行した肝細胞癌に対しては経血管的 ギー X 線治療より高い治療効果が得られており な IVR(interventional radiology)治療を行って ます。今後,他療法との比較研究により肝細胞癌 おります。特に,経皮的にリザーバーを埋め込 に対する集学的治療における本法の適応を明らか み,従来,治療困難であった高度進行癌に対し, にしていく予定であります。膵癌に対しては2000 動注化学療法を行っております。現在,肝細胞 年より膵腫瘍研究班(班長 : 税所宏光教授)に参 癌例に対して確実に著効する抗癌剤はありません 加し,切除予定症例に術前照射を行い,有害事 が,BRM(biological response modifier)併用し 象,抗腫瘍効果等について検討しました。重篤な た動注化学療法を外来で施行し,約40% の高い奏 有害事象はなく,また,切除後の病理標本検査に 効率を得ております。また,個々の癌腫に対する おいて全例に 1/3 以下の癌縮小が得られ,安全性 抗癌剤の感受性を治療前に予め把握し,治療効果 と優れた抗腫瘍効果が示されております。現在, の高い薬剤を選択できるような個別化されたテイ 切除不能な局所進行例に臨床治験を行っておりま ラーメイド治療の開発研究を行っております。In す。 vitro 制癌剤感受性試験として,針生検で得られ た試料を用いて,癌細胞核の形態学的変化から感 受性を予測する nuclear damage assay を行って おります。本法により感受性が陽性の制癌剤を投 与した場合,高い奏効率と生存率が得られており 5 .切除不能胆管癌に対する経内視鏡的マイク ロ波温熱療法の開発(千葉大学フロンティアメ ディカル工学研究開発センターとの共同研究) ます。現在,分子病態解析学講座と共同で針生検 診断治療技術の進歩した今日においても肝門 試料から mRNA を抽出し,薬剤耐性因子(細胞 部胆管癌の多くは根治的外科切除が不可能な進 膜トランスポーターや代謝酵素などの細胞内タン 行例です。また,高齢者や合併症を有する例が パク)などの発現を定量的 PCR 法により判定し, 多く,侵襲の大きい切除術の適応には限界が見ら 各種抗癌剤の耐性機序の解明や分子生物学的手法 れ,QOL 向上を目的としたステント治療をはじ を用いた新しい抗癌剤感受性試験の開発を行って めとした非観血的治療が広く行われています。し おります。 かし,ステント治療単独では一時的な減黄は得 られれても癌進展をコントロールすることは不可 4 .肝癌,膵癌に対する重粒子線照射癌治療(放 射線医学総合研究所との共同研究) 能で生命予後の著明な延長は期待できません。局 所治療法であるマイクロ波凝固療法は胆管内腔に 増殖する乳頭型胆管癌に有効で集学的治療の一環 従来より,放射線科との共同研究にて肝細胞癌 として行われていますが,胆管周囲への温熱効果 に対する高エネルギー X 線治療を応用し,放射 については明らかではありません。また,胆管内 線治療が肝細胞癌に有効であることを報告してき 腔へ誘導可能な電極はなく,体外からの温熱治療 ました。1995年,放射線医学総合研究所重粒子線 が胆嚢癌に対して行われているにすぎません。そ センターにおいて炭素イオンによる重粒子線照射 こで,我々は温熱効果を主眼とした改良型電極を 療法の臨床治験が開始されました。当初より,肝 千葉大学フロンティアメディカル工学研究開発セ 腫瘍研究班(班長 : 大藤正雄名誉教授)に参加し, ンターと共同開発に着手しました。経内視鏡的に 外科的切除術あるいは PEI,RFA などの局所療 十二指腸乳頭から胆管癌による狭窄部へ電極を誘 法の適応とならない肝硬変を並存した肝細胞癌症 導し,狭窄胆管周囲に温熱治療が行えるように設 腫 瘍 内 科 学 教 室 計されております。現在,臨床応用に向けて,電 極の素材や温熱効果のファントム実験など内視鏡 171 7 .局所進行膵癌に対する放射線化学療法 挿入による耐久試験などを行っております。本法 切除不能局所進行膵癌に対する標準治療は従 により乳頭型胆管癌および胆管周囲の癌浸潤に対 来,5FU+ 放射線療法とされていますが,奏功率 する温熱効果が期待されます。今後,ファントム 10-20%,生存期間中央値は10 ヶ月と,必ずしも 実験の後,放射線,化学療法などと併用した臨床 良好な成績とはいえません。近年,治療効果向 応用などを目指しております。 上を目的として GEM+ 放射線療法が試みられて いますが,時に重篤な副作用が出現し,生存期間 6 .進行膵癌に対する化学療法 も 5FU+ 放射線療法と比べて明らかな優位性は 示されていません。一方,S-1+ 放射線療法は頭 1997年,塩酸ゲムシタビン(GEM)が登場し, 頚部を中心に高い抗腫瘍効果が報告されています GEM は 5-FU との phase 3 randomized study に が,膵癌での検討は未だみられていません。そこ てその優位性が明らかにされ,現在膵癌化学療 で,切除不能進行膵癌に対する phase 1 study を 法の主流になっております。しかし,進行膵癌 施行しました。S-1 は 1-14日目および22-35日目ま における GEM 単独での有効性には限界があり, での間連続投与しました。放射線治療は総線量 他の抗がん剤との併用治療が検討されています。 50.4Gy,28回で計5.5週間行いました。照射範囲 当科では S-1 と GEM との併用療法を現在までに は腫瘍辺縁から15∼20㎜のマージンとし,予防的 Phase 1/2 study で 行 い ま し た。S-1 は tegaful, リンパ節照射は行いませんでした。現在までに11 5-chloro-2,4-dihydroxypridine(CDHP)および 例がエントリーされ,至適投与量と安全性につい potasium oxonate(Oxo)の三成分を含有する経 て解析を行っております。 口 5-FU 系抗がん剤で,抗腫瘍効果は体内で tegaful から徐々に変換される 5-FU に基づいており ます。CDHP は主として肝に多く分布する5-FU 異化代謝酵素の DPD を選択的に拮抗阻害するこ 8 .塩酸トリエチレンによる肝細胞癌の局所治療 後の再発予防(臨床治験継続中) とによって,Futraful より派生する 5-FU 濃度を 肝細胞癌では,切除術,RFA,PEI などの局所 上昇させます。また,Oxo は経口投与により主 治療により病巣がたとえ完全に治癒されても肝 として消化管組織に分布し orotate phosphoribo- 硬変並存例では治療後 3 年以内に半数以上は他 syltransferase を選択的に拮抗阻害することによ 部位に再発し,予後に大きな影響を与えておりま り,5-FU から 5- フルオロヌクレオチドへの生成 す。我々は C 型肝炎ウイルス陽性の慢性肝炎では を選択的に抑制します。その結果,5-FU の高い 病変の進行に従い肝組織中に銅含有量が増大し, 血中濃度を高く保ち,強い抗腫瘍効果を損なう 特に肝細胞癌発現例では高値を示すことを明ら ことなく消化器毒性も軽減できるとされておりま かにしました。また,この銅はメタロチオネイン す。病理組織学的に確定診断が得られた肝転移を として存在し,過酸化水素の存在下でフェントン 有する進行膵癌21症例がエントリーされ,Phase 反応によりヒドロキシラジカル(・OH)を産生 1 study で至適投与量を決定し,Phase 2 study を し,DNA 損傷をきたしていることを明らかにし 行ったところ,著効(CR)が 1 例,有効(PR) ました。近年,ATP7B 遺伝子の異常による肝内 が 9 例,不変(SD)が 6 例,および進行(PD) 銅蓄積が原因で肝細胞癌の自然発生を来す Long- は 5 例のみでした。最終的に奏功率は48%(21例 Evans Cinnamon(LEC)rat が知られ,この LEC 中10例)と,きわめて良好でありました。また, rat において銅キレート剤投与により発癌が予防 生存期間中央値も9.3 ヶ月,1 年生存率33%と従 されることが報告されています。そこで,我々 来のいかなる報告よりも優れた結果が得られてお は銅キレート剤である塩酸トリエチレンを用いて ります。 PEI あるいは RFA により完全な局所治療がなさ れた肝細胞癌における治療後の肝内再発予防を目 172 江 原 正 明・他 的とした Randomized control study(治療群およ など門脈血行異常,消化管運動機能異常など病態 び無治療群)を千葉大学倫理委員会の承認を得て 緩和に寄与する周辺知識と技術に関する研究も並 2003年より開始しております。治療群では局所療 行し,血液学や腎臓病学の一端も集約して全人的 法後 2 年間に塩酸トリエンチン250㎎ / 日を 3 ヵ ながん治療に向けて今後とも努力いたします。新 月間,その後 6 ヵ月毎に同量を 1 ヵ月間投与する たな研究領域名を冠して大学病院の研究に主力を プロトコールで現在18名がエントリーされていま 注ぐことになりましたが,腫瘍に関する研究を通 す。 して種々の専門医,一般医を問わず内科医の育成 言うまでもなく,消化器がんの診断・治療に は旧第一内科学教室より引き継ぐ教室の使命と任 は,集学的なアプローチが不可欠です。消化管 じております。今後とも皆様のご理解とご支援の および胆・膵内視鏡の技術開発,食道・胃静脈瘤 程,何卒,よろしくお願い申し上げます。