...

華艶乱舞−KAEN RANBU

by user

on
Category: Documents
902

views

Report

Comments

Transcript

華艶乱舞−KAEN RANBU
華艶乱舞−KAEN RANBU−
秋月瑛(ししゃもにゃん)
!18禁要素を含みます。本作品は18歳未満の方が閲覧してはいけません!
タテ書き小説ネット[R18指定] Byナイトランタン
http://pdfnovels.net/
注意事項
このPDFファイルは﹁ノクターンノベルズ﹂﹁ムーンライトノ
ベルズ﹂﹁ミッドナイトノベルズ﹂で掲載中の小説を﹁タテ書き小
説ネット﹂のシステムが自動的にPDF化させたものです。
この小説の著作権は小説の作者にあります。そのため、作者また
は当社に無断でこのPDFファイル及び小説を、引用の範囲を超え
る形で転載、改変、再配布、販売することを一切禁止致します。小
説の紹介や個人用途での印刷および保存はご自由にどうぞ。
︻小説タイトル︼
華艶乱舞−KAEN RANBU−
︻Nコード︼
N7137E
ししゃもにゃん
︻作者名︼
秋月瑛
︻あらすじ︼
近未来都市を舞台に、︿不死鳥﹀の通り名を持つ女子高生トラブ
ルシューターが、炎を身に宿し怪物どもと戦いを繰り広げ、事件を
解決するエロアクションファンタジー!
1話完結系、1話目は試し読みができるように短めです。
読みづらかったら縦書きでどうぞ。
18話まで完結済み
18話﹁あばらの君﹂︵11︶から︵14︶は華艶乱舞史上最長の
1
エロオンリーパートです。
2
雪鬼
湯煙薫、乳白色の温泉に浸かる女性の後姿。
髪の毛を頭の上で結わき、うなじから伸びる後れ毛が色気を醸し
出している。
湯の中で女性が立ち上がり、腰からヒップに掛けての柔らかな曲
線の上を水玉が滑る。
少女が振り返った。
桜色に火照った肌に乗った豊かな胸が揺れ、股間の茂みから滴が
零れ落ちている。
大きく黒い瞳の奥に炎が宿る。
その視線の先にいたのは白い化け物。全身が白く長い毛で包まれ
た霊長類のような生物。プロレスラーのような大きな体躯を持ち、
手や足は人間の比率よりも大きいようだ。簡単にたとえてしまえば
雪男と言うのが早いだろう。
雪男の股間に付いた赤黒いモノはすでに限界まで張り詰め、太っ
とい血管がありありと浮き出ている。
まだ完全に二足歩行に適応していないのか、雪男はがに股でゴリ
ラのように少女に突進してきた。このまま押し倒されでもしたら、
華奢な少女の身体はひとたまりもない。
かえん
だが、少女はただの少女にあらず。︿不死鳥﹀の通り名を持つト
ラブルシューター華艶なのだ。
猪突猛進してくる雪男の身体を軽やかに躱し、華艶は手のひらに
えんしょうは
意識を集中させる。
﹁炎翔破!﹂
華艶の手のひらから野球ボールほどの炎の玉が投げられた。
︿不死鳥﹀華艶の必殺技だ。
炎を投げつけられ、毛に覆われている雪男の身体は一瞬にして火
3
だるまと化した。
灼熱に身を焦がされ、雪男は耐えかねて温泉の中に飛び込んだ。
水しぶきが火山のように噴出し、焼け落ちた黒い灰が乳白色の湯
に浮かぶ。
スレンダーに伸びた脚の先で、裸体を露にする華艶は湯に逃げ込
んだ雪男を冷ややかに見下していた。
﹁早く出てきてくれない?﹂
﹁グォォォォォン!﹂
牙を剥き出しにして雪男が雄叫びをあげた。
生臭い口臭が辺りに漂い、華艶は顔をしかめて鼻をつまんだ。
﹁くっさー、なに喰ってんの⋮⋮って女か﹂
日本の東北に位置するとある温泉町で、雪男騒ぎが出たのは1ヶ
月ほど前。話を聞くと昔からこの地方では雪男の目撃談や伝説があ
るらしく、若い女が姿を消したり死骸となって発見されたりする事
件が過去にも起きていたらしい。それでも近年ではそういったこと
もなく、平穏と住民たちは毎日を過ごしていたとも華艶に話してく
れた。
今回の事件は、野外露天風呂で若い女が姿を消すところからはじ
まり、次に雪男の目撃者が現れた。
温泉協会は雪男の生け捕りをして、観光に役立てようとも考えた
らしいが、すでに被害者が出てしまっていることから隠蔽に勤める
道を選び、警察も連続誘拐事件として動いているらしい。年寄りの
多い経営者たちに伝説や迷信を畏れる者が多いのも、生け捕りでは
なく抹殺を選んだのかもしれない。
田舎町の温泉協会はプロではなく、アマのトラブルシューターに
腕利き
が他にいなか
依頼をした。それが女子高生の華艶だったのだ。理由は依頼料が格
安な上に、小さな町にわざわざ来てくれる
ったのも理由だろう。
華艶は温泉に浸かる雪男を睨みつけ、石床に胡坐をかいて座った。
﹁寒いんだけど、早くお湯から出てきて、あたしに殺されてくれな
4
い?﹂
﹁グアァァァン!﹂
雪男が咆えた。しかし、温泉から上がろうとは決してしない。身
を焼かれた恐怖が脳に根付いてしまったのだろう。
﹁寒い⋮⋮仕方ない﹂
華艶は脚をM字に開き秘所を露にすると、中指と人差し指で秘裂
を広げた。
飢えている雪男の濁った眼が、オナニーをはじめた華艶の秘所に
釘付けにされる。
鼻から吐息を漏らす華艶は舌舐めずりをして雪男を誘う。
﹁寒いから、あなたのモノで中から温めて⋮⋮﹂
すっかり萎縮していた雪男の男根はすでに猛っていた。
瑞々しく肉付きもいい女を犯したくてうずうずしている。
ついに雪男は堪らなくなり湯船から飛び出し華艶に襲い掛かった。
細い指先で華艶は雪男を抱いた。
前戯もなしに雪男は巨大な男根を狭い入り口から、一気に奥まで
突き入れた。
険しい顔を一瞬見せた華艶だったが、すぐに妖艶とした笑みを浮
かべ、雪男の首元に顔を沈めた。
雪男の男根は華艶がこれまで経験した誰よりも大きく太く、まる
で拳を出し入れされているようだ。
愛の欠片もない性欲を満たすための行為に雪男は耽っている。
乱暴に腰を動かし、華艶の膣が掻き回される。決して上手とはい
えないが、デカイだけあって、どんな下手糞なヤリ方でも刺激的な
部分を突いてくれる。
湯から上がり濡れていた雪男の身体から蒸気を噴出す。
華艶の指の爪が雪男の背中に喰い込んだ。
膣が男根を吸いだすように動き、雪男の白濁した汁が大量に噴出
した。
刹那、絡み合う二人の身体が激しく燃え上がった。
5
比喩ではない、紅蓮の炎が突如として二人を包み込んだのだ。
﹁ギャァァァァァッ!!﹂
雪男の咆哮が木霊する。
炎の中で揺らめく華艶は妖々と微笑を湛え、雪男の背中に喰い込
ませた爪によりいっそう力を込めた。
﹁逃がさないから﹂
﹁ガァァァァッ!!﹂
﹁もっと激しく、もっと!﹂
業火に包まれながら、華艶はよがりオーガニズムに達していた。
熱い炎に包まれながら、華艶は常人では達し得ない快楽に酔いし
れる。
高温で焼かれた雪男の身体はすでに灰と化し、抱きしめていた華
艶の腕の中で崩壊し、熱によって灰は天に舞い上がった。
身体を包み込んでいた炎は徐々に消え、無傷で瑞々しい華艶の肌
が露になる。その顔は快楽に溺れ、目が甘く蕩けた表情をしていた。
﹁あー気持ちよかった﹂
火が消えた華艶は冷めてしまっていた。まるで男のような変わり
身だ。
﹁さてと、もう一度湯船に浸かってから出よっと﹂
乳白色の湯に浸かる華艶の頭上に灰色の雪が降ってきた。
石の床には怨念を描いたように灰が模様を象っていた。
︱︱雪男を退治したその日の夜。
宴会場から部屋に戻った華艶は上機嫌で床に就いた。
報酬は安かったが、趣味でこの仕事をしている華艶には関係ない。
もともと土日の休日を利用して、静養目的でこの依頼を引き受けた
のだ。
雪男を殺し、報酬は明日もらうことになり、ついでこの温泉町で
仕える旅館のタダ券ももらえることになった。タダと言っても二人
一組一週間分のケチ臭いものだが、それでも華艶はウキウキ気分で
6
誰と来ようかと胸を弾ませていた。
布団の中で目をつぶりニヤニヤしていた華艶に表情が、徐々に曇
り不機嫌そうな顔に変化していく。
脳裏に次々と浮かぶ男の顔。
ホストばっかり頭に浮かぶ。
彼氏がいない。
中学生の時代の淡い恋愛以来、華艶には彼氏がいなかった。
遊び相手ならいくらでもいるが、温泉町でしっぽり静養旅行なん
てしてくれる彼がいなかったのだ。
落ち込みを通り越し、怒りも通り越し、笑えて来た華艶は、枕に
顔をうずめて無理やり寝ようとした。
しばらく静かにしていると、部屋のドアが強烈に連続して叩かれ
た。
ふとんから起きた華艶は裸体で、近くに掛けてあった浴衣を羽織
り、帯を締めながらドアに向かっていった。
覗き穴から廊下の様子を伺うと、そこにはこの旅館の仲居が血相
を変えてドアを叩いていた。緊急事態なのはすぐにわかった。問題
はなにが起きたのかだ。
ロックを解除しドアを開けてやると、仲居は華艶の両肩に掴みか
かり、口をパクパクさせた。
﹁あが⋮⋮あの⋮⋮たたた、大変なんです⋮⋮だから呼んで来いっ
て!﹂
﹁落ち着いて話してくれる?﹂
﹁だから、あの、怪物が仕返しに来たんです!﹂
﹁どこにいるの案内して!﹂
﹁正面ロビーから⋮⋮﹂
﹁あっ!?﹂
仲居は極度の緊張のためか、失神して倒れてしまった。
﹁正面ロビーって礼儀正しい客人だこと﹂
気を失った仲居をその場に残し、華艶は廊下を駆けた。
7
怪物が仕返しに来たということは、単純に考えててあの雪男の仲
間がやって来たに違いない。
不測の事態に備えてエレベーターを素通りし、階段を駆け下りる
途中で華艶の耳に女性に悲鳴が届いた。
1階のロビーに着く前に華艶は2階のフロアに飛び出した。
最初に眼に入ってきたのは、浴衣姿で全身氷付けになっていた女
性客の姿。人間が一瞬にして凍らされてしまっていたのだ。
廊下の先を見ると、そこには白い着物を着た女の後姿が見えた。
その女の取り巻く白い吹雪が、人外の気迫を放っている。
謎の女の姿を確認した華艶はすぐに階段に引き返し身を隠した。
﹁⋮⋮なにアレ。てゆか、だから今日は客は入れるなって忠告した
のに﹂
氷付けにされた旅館客を哀れに思ったのも刹那、思考を巡らせあ
の怪女の対策を練る。
仕返しだとしたら、雪男を殺したのが誰か知られていなくても、
華艶も報復を受けるひとりだ。
︱︱殺られる前に殺れ。
華艶は2階廊下を走り怪女のあとを全速力で追うことにした。
T字路に差し掛かったところで、華艶は危険を感知し瞬時に床に
伏せた。
頭上を通り抜ける吹雪。
床に伏せながら顔を上げた先に立つ白装束の女。顔色は蒼白く、
切れ長の目の奥の眼差しは氷のように冷たい。
焦りながらも華艶は爽やかに笑った。
﹁あー、雪女さんで?﹂
﹁そうよ。わたしの子供を殺した人間を探しているの﹂
﹁息子さんって、どんな方ですか?﹂
﹁雪だまのように可愛らしい子よ﹂
この雪の結晶のように端整な顔立ちをした雪女から、あの毛の長
いゴリラのような生物が生まれるだろうか?
8
そんなことを考えている場合じゃない。
腕立て伏せの状態から一気に立ち上がり、華艶は拳に炎を宿して
しょうえんけん
アッパーカットを炸裂させる。
﹁昇焔拳!﹂
炎の拳で顎を抉られた雪女の顔は氷が溶解したように溶け、鼻か
ら下の顔が消失し水を滴らせた。
全身を襲う痛烈な悪寒。
華艶は敵に背を向け全速力で逃げ出した。その背中に襲い掛かる
吹雪は、廊下を凍らせ館内を氷の世界へと変貌させる。
﹁冗談じゃない、あんな理不尽な攻撃されたら近づけやしない!﹂
愚痴をこぼした華艶の前方で客室のドアが開かれた。
すぐさま華艶は客室の中に飛び込み、男を押し飛ばしてドアを閉
めた。
廊下を凍らす吹雪がドアの前を抜けていく。
間一髪で身を凍らせずに済んだ。
華艶に押し飛ばされて尻餅をついた男はきょとんとしてなにも言
わない。
﹁ごめんね、緊急事態なの﹂
﹁あ、ああ﹂
目が点になった男の視線は、華艶の着崩れた浴衣からこぼれた片
方の乳房しか見てなかった。
男の視線に気づき華艶はすぐに衿を直し、男の顔面を蹴り上げた。
最後に男の見たものは裾の奥に垣間見た華艶の秘所だった。華艶
のヌードを見て顔面を蹴られ気を失うのは、相当な対価と言えるだ
ろうか?
その上、新たな悲劇に見舞われたら不幸中の不幸だ。
客室のドアが開けられた。と同時に、猛烈な吹雪が部屋の中に吹
き込んだ。
ドア先で男はそのまま氷付けにされてしまった。
華艶の姿はすでにない。
9
部屋の奥から吹き込む冷たい夜風。
いち早く華艶は窓から逃げ出していたのだ。
2階の窓から飛び降りた華艶は難なく黒土の上に着地し、止まる
ことなく走って逃げた。
旅館の裏手を進み、華艶はいつの間にか照明が照らす露天風呂に
来ていた。
すでに後ろからはすでに顔を再生させた雪女の影が迫ってきてい
る。
逃げることを止め、替わりに華艶は物陰に身を潜めた。
露天風呂までたどり着いた雪女は急に足を止めて辺りを見回しは
じめた。微かに華艶の気配を感じ取ったのかもしれない。
えんしょうは
刹那、華艶は物陰から飛び出し手に炎を宿した。
﹁炎翔破!﹂
炎の玉が雪女に向かって飛ばされた。
︱︱しまった外れた。
炎の玉は雪女に躱され、虚しく遠く闇の中に消えた。
焦る華艶と冷たい雪女の目が合ってしまった。
雪女が手のひらを華艶に向け、そこから渦巻く吹雪が発生する。
えんへき
扇状に広がる吹雪に逃げ場を失った華艶は瞬時に防壁を張る。
﹁炎壁!﹂
地面から巨大な炎壁が天に伸びた。
吹雪は燃え揺る炎壁に相殺され、水と水蒸気になって掻き消され
た。
えんりゅうしょうか
照明効果と相まって大量の水蒸気に映る華艶の影。
﹁焔龍昇華!﹂
華艶の両手から渦巻く龍のような炎が飛び出し、それはまるで龍
の鳴き声のような風の音を立てて、巨大な口を開けて雪女の身体を
丸呑みした。
﹁キャアアアアアアアアッ!﹂
悲痛な叫びをあげ、雪女の身体が炎の中で溶解していく。氷の身
10
体とはいえ、肉体が溶ける光景はおぞましい。
だが、雪女を包んでいた炎は勢いを失い、静かに鎮火していく。
雪女の身体を構成する物質に引火物がなかったのが大きな要因だろ
う。
辺りの冷気を吸収し、身体を再生させていく雪女の顔が恐ろしい
般若の形相に変貌した。
大きく開けた口の奥で鋭い牙が光る。
華艶が突発的にダッシュし、雪女の身体に猛烈なタックルを喰ら
わせ、そのまま雪女の身体を押しながら走った。
雪女の身体に触れた部分が凍傷を起こすが、それでも華艶は雪女
の身体を押し続け、一気に力を込めて再度雪女にタックルをした。
押し飛ばされた雪女の身体は背後にあった温泉に落とされ、上が
った水しぶきはすぐに凍り付いてしまった。
﹁⋮⋮やった﹂
深いため息を吐いた華艶の全身からどっと力が抜ける。
目の前にはスケートリンクのように凍ってしまった温泉。そして、
そこから突き出た雪女の手首がもがくように動いている。
雪女の落ちた温泉は瞬時に凍りつき、雪女の身体を呑み込み封じ
込めてしまったのだ。
氷の上に突き出た手はまだ動いている。だが、雪女自身が冷気を
発し続ける限り、自分の力では出られないらしい。生きたまま氷の
中で一生を過ごすのだ。
華艶が床に座り込んで休んでいると、騒ぎで駆けつけた旅館のマ
ネージャーが姿を現した。
﹁大丈夫ですか!﹂
﹁ぜんぜんへーきでーす﹂
凍傷を受けた華艶の身体はすでに驚異的な復元力で再生をはじめ
ていた。これが︿不死鳥﹀︱︱不死身の華艶の由来だ。
雪女はすでに氷の牢に入れられたが、マネージャーはそんなこと
は知らずに取り乱している。
11
﹁怪物が出たらしく、私は見てないのですが、氷付けにされたお客
様や従業員を目の当たりにして、もうどうしていいのか﹂
﹁あー、その怪物てゆか、雪女はすぐそこに﹂
華艶は凍る付けになった温泉を指差した。
そこから突き出た動く手を見たマネージャーは眼をぎょっとさせ
て腰を抜かした。
﹁あ、あああ、あ、あれは、なんですか!?﹂
﹁雪女はそこで氷付け。たぶん、出て来れないと思うけど。雪女が
あんな目に合わされるなんて、屈辱でしょうね﹂
冷笑を浮かべた華艶の表情は、雪女よりも冷ややかだ。
﹁本当に出て来られないんでしょうね!﹂
﹁だから、観光とかに役立てたらどう? 世界初、氷付けになった
雪女﹂
﹁えっ?﹂
﹁ほら、氷から突き出て動いてる手なんて、臨場感たっぷりだと思
うけど﹂
﹁そ、そうですね、それいい考えですよ!!﹂
商魂に火が点いたのか、怯えていたマネージャーは覇気を出して
立ち上がった。
疲れた華艶は部屋に戻ろうと歩き出したが、ふと足を止めてマネ
ージャーに顔を向けた。
﹁ギャラの上乗せしてね﹂
﹁ぜんぜんオッケーです﹂
﹁あと、旅館のタダ券三人一組にして﹂
﹁わかりました﹂
こうして、温泉町の怪物騒動に終止符が打たれた。
そして、華艶は自分の部屋に戻りながら、女友達二人の顔を思い
浮かべるのだった。
︵完︶
12
不老孵化︵1︶
ギィギィと悲鳴をあげるベッド。その上で裸の男女が戯れていた。
男の腰に跨った女は腰を上下に浮かし、そのたびに豊満な胸が激
しく上下に揺れ動く。
豊満な胸がたわわに揺れるたび、男のモノが奥まで突き立てられ
る。
肉と肉が交じり合いぶつかる卑猥な音。
女のくびれた腰を掴む男の指に力が入った。
﹁ううっ⋮⋮﹂
情けなく弱々しい男の声。
動きを止めた男の顔に苦痛と玉の汗が浮かび、男の股間に激しい
痛みがを襲った。
女のナカに迸る血。
男は果てた。
ぐったりと口から泡と涎を垂らし、全身から溢れ出た汗がシーツ
に大きな染みをつくった。
女は気を失う男の唇を甘噛みし、自分のナカなからオトコを抜い
た。
何度も果て、気を失っているというのに、男のモノは猛々しく天
を向いている。
そして、その先端からは紅い血が滲み出していた。
痛々しいモノに女の繊手が巻きつく。
﹁もうあなたからは十分いただいたわ﹂
唇が鳴り、女はモノを丸呑みにして溜まっていた精液を全て吸い
尽くそうとした。
口の中に広がる鉄の味。
女は男根から口を離すと、妖しく微笑んだ。
13
﹁お礼に永久の夢幻をあげる﹂
長く伸びた爪が男の胸に押し当てられ血が滲む。
女は男の胸に絵を描いた。
皮を切り描かれた絵は、地図記号のような幾何学模様だった。
微かに女の耳が動く。
安ホテルの廊下を走る音。
女のいた部屋のドアが蹴破られ、私服警官がセミオートピストル
を構えた。
﹁動くな、手を頭の後ろに!﹂
銃口は女の胸元に向けられている。
女はベッドから降りて、指示通りに手を頭の後ろに回した。その
口元が妖しく嗤っている。
﹁はじめて現場を押さえられちゃったわね。でも、わたしは捕まら
ない﹂
銃口に背を向けた女は窓ガラスに飛び込んだ。
ガラスが割れ、女は夜の街に姿を消した。
ここは3階だ。
警官はすぐに窓の下を見回したが、薄暗い路地に人影はない。
はじめて現場を押さえられたというのに、まんまと逃げられてし
まった。
苦虫を噛みながら警官は後ろを振り向いた。
ベッドで横たわる男の姿。
男はぐったりと気を失っているというのに、モノは天を突いて痙
攣し、生暖かい鮮血を噴き続けていた。
また犠牲者を出してしまった。
果てない快楽と苦痛の渦に男は囚われてしまったのだ。
14
不老孵化︵2︶
帝都エデンの中でも、1、2を争う大都市ホウジュ区。
リニアモーターカーが停車するギガステーションが都外との距離
を縮め、外からの観光客や仕事で訪れる者も多くいる。
ショッピングビルが辺りを埋め尽くし、車よりも人間の数の方が
遥かに多い。
人が集まれば、その街は発展し、その影では犯罪も多くなるのが
鉄則だ。
観光外として開けている街を奥に進むと、そこにはアンダーグラ
ウンドな文化が根付いており、昼まっから娼婦たちが道路を闊歩し
ている。中には薬の売人や殺し屋まで紛れている。
ホウジュ区には帝都役所や帝都警察本部までもあるが、街の奥ま
では警察の手は及ばない。売人が薬をいくら売ろうと、そこに殺人
などの事件が絡まない限り警察は動かない。おとなしく薬を売って
いる分には、警察も見てみぬふりをするのだ。
仕事熱心な警官はこの街では嫌われる。
ホウジュ区の裏通りには、金をもった連中も訪れる。サラリーマ
ンであったり、公務員であったり、お偉い先生方の姿もちらほらあ
る。
その中に、超ミニスカの女子高生の姿があった。しかも、この辺
かえん
りでも知られる名門校の制服だ。それもこの場所では珍しいことで
はない。
女子高生の華艶は車の滅多に通らない道路を闊歩しながら、そこ
らを歩く男たちを物色していた。
ターゲット
その眼に、眼鏡をかけた生真面目そうな痩せ型の男が映った。
今日の獲物だ。
華艶はさっと男の後ろに近づき、男の肩を軽く2、3度叩いた。
15
﹁お兄さん待って﹂
甘く可愛らしい猫なで声を出すと、男はニヤニヤしながら急いで
振り向いてきた。
﹁なんだい?﹂
﹁パンツ買わない?﹂
さっそく取引がはじまった。いわゆる、使用済みのパンツを販売
するブルセラというやつだ。
華艶の指は5本とも開いている。それを見て男は少し顔をしかめ
た。
﹁ちょっと高くないか?﹂
﹁ぜんぜん高くないってば。今ここで脱いで渡してあげるんだから。
それと︱︱﹂
華艶の濡れた唇が、男の耳元にそっと近づいた。
﹁さっき独りでしてたから、パンツもべっとり濡れてるよ﹂
息を吹きかけるように言われ、男の股間に電気が走り鼻息を荒立
てた。
すぐにポケットから男はサイフを出して、札を数えはじめた。
サイフの中を覗き込んだ華艶はため息をつき、札の束を見てもっ
と吹っ掛ければよかったと唇を噛んだ。
5万円を受け取り、華艶が再度自分で金勘定をしていると、男の
手がいきなり華艶の腕に掴みかかってきた。
﹁もっと出すから一緒にホテルに行かないか?﹂
﹁ちょっとやめてよ﹂
腕を引いて、男の手を振り払おうとするが、なかなかしつこくて
離れない。
﹁なあ、10万でいいだろ?﹂
﹁残念だけど、あたしの身体は売りもんじゃないの﹂
それでも男は華艶の腕を離そうとせず、もう片方の手が華艶の小
ぶりなお尻まで伸びてきた。
これには華艶もキレて、自らの手で男に制裁を喰らわそうと動い
16
たそのときだった。
﹁いてててて⋮⋮﹂
男の手首が持ち上げられ捻られたのだ。
華艶ではない、いったい誰が?
スレンダーな長身の華艶が少し目線を上げると、そこには熊みた
いに大きな男の顔があった。
﹁大丈夫か?﹂
野太い声で聞かれ、華艶は眼を丸くしながら小さく頷いた。
﹁うん、あんがと﹂
まさかのこの街で人に助けられるなど思ってもみなかった。
スーツ姿の熊男に手を離された痩せ男は、手首を押さえながら地
面に膝をついて喚いた。
﹁ぼ、ぼくは都議会議員の息子なんだぞ!﹂
喚く痩せ男を熊男が見下ろしている。熊男の眼は権力にまったく
屈していない。完全に痩せ男を見下している。
﹁だからどうした?﹂
﹁な、なんだとーっ!?﹂
痩せ男はヒステリーを起こし、後先考えず熊男に飛び掛かった
骨の折れる音が鳴り響く。
熊男の拳が痩せ男の前歯を砕いていた。
血を噴出しながら、痩せ男は気絶して背中から地面に倒れた。こ
の瞬間、周りに集まってきていたギャラリーが静かに歓声をあげた。
ギャラリーはいるが、警察に通報するものが誰もいないのは、この
街の特徴だろう。喧嘩が長引けば、それで賭け事をする輩もいるく
らいだ。
汚れた拳を真っ白のハンカチで拭く熊男の姿を見ながら、助けら
れた華艶は呆気に取られていた。
﹁助けてくれたのはありがたいんだけど、あんたヤクザ屋さん?﹂
﹁ははっ、元軍人だ。それよりも、私が助けたのはいい迷惑だった
か?﹂
17
﹁ううん、助けてくれてありがと。こいつしつこくて困ってたとこ
だったし﹂
﹁だが、あなたなら自分の力でどうにかできただろう﹂
華艶の耳が止まった。自分のことを知っている。だとしたら、助
けられたのも偶然ではなかったのかもしれない。
﹁もしかして、あたしのことずーっとつけてた?﹂
﹁5分ほど前からだ﹂
﹁サイテー、ぜんぜん気づかなかった﹂
﹁これでもプロなのでな﹂
﹁あたしもセミプロなんだけど﹂
熊男はにこやかに笑った。
ひとりはプロ、もうひとりはセミプロだが、二人の属する分野は
まったく異なっている。熊男は軍隊上がりの戦闘のプロ。華艶はま
た別のセミプロだった。
熊男がすぐそこに止めてあった白いバンを指差した。
﹁仕事の話がある。車に乗ってくれないか?﹂
﹁助けてくれた恩義はあるけど、いきなり車に乗れだなんてど田舎
でも危なくてやんないよ﹂
﹁今は信用してもらうしかない。ここでは話せないことなのだ﹂
﹁まーね、仕事の話なんてこんな人通りの多い道路のど真ん中でや
るわけにもいかなし﹂
辺りには人が集まっていた。さっき痩せ男をぶっ飛ばしたのがい
い見世物になった。
すぐに人々の関心は薄れ、徐々に散らばって消えていくが、それ
を待ってる時間がもったいない。
熊男の眼前に華艶の人差し指が近づいた。
﹁1万円くれたら、車に乗ってあげる。もちろん前払いね﹂
﹁わかった、いいだろう﹂
熊男はすぐにサイフから1万円を出して華艶に渡した。
﹁毎度あり﹂
18
﹁領収書をもらえるかね?﹂
﹁はぁ?﹂
﹁冗談だ﹂
﹁あぁ﹂
呆れ顔のまま華艶は熊男のあとをついていき、白いバンの中に乗
り込んでいったのだった。
19
不老孵化︵3︶
依頼人の名を告げられぬまま、華艶は車に揺られてホウジュ区か
ら区を跨いでミヤ区まで移動していた。
ミヤ区といえば帝都の中枢。政府機関の建物も多く、中でも堀に
囲まれた大宮殿夢殿が有名だ。
夢殿にはこの都を治める女帝が住んでおり、その周辺の敷地には
政府の会議などが行われるヴァルハラ宮殿などもある。
この夢殿やヴァルハラ宮殿は、それを囲むように隣接するエデン
公園の敷地内にあり、この公園は自然指定区域や立ち入り禁止区域
などが多く、メビウス時計台やイスラーフィールの塔などの都市遺
産もある。
ミヤ区といえば、高級住宅街が一角にあることでも有名だ。
どこぞの財閥の社長などの屋敷もあり、華艶の乗せたバンはその
屋敷のひとつの庭を通っていた。
樹齢を数えるのもめんどくさそうな松や梅、春には桜だろうか。
木々の植えられた純和風の庭を向け、車は大きな日本家屋の玄関前
で止まった。玄関前と言っても、まだまだ玄関までは10メートル
はありそうだ。
母屋に上がり大勢の使用人に頭を下げられ、鏡のように磨かれた
長い廊下を進む。横には小石の敷かれた庭と小池が目に留まり、色
鮮やかな錦鯉が優雅に泳いでいる。
華艶を連れて来た熊男︱︱車上で黒川と名乗った男の足が、固く
閉じられた襖の前で止まった。
黒川は襖の前の廊下に正座し、華艶にも促すと部屋の中にいる人
物に申し上げた。
﹁会長、あの者を連れてまいりました﹂
﹁入れ﹂
20
小さくか細い声であったが、芯のしっかりしている声だった。威
厳が込められている。
襖がゆっくりと開けられ、中を覗き込んだ華艶は思わず絶句して
しまった。
和室には似合わない心拍系や生命維持装置などの医療器具の数々。
点滴から伸ばされた管に繋がれ、枯れ木のような老人がふとんの
中で安らかに目を閉じていた。
老人が状態を起こし、華艶の顔を見つめる。顔は皺だらけで老い
くおんじさきょう
ようとも、その眼は獣のように鋭い。
﹁よく来てくれた。私が九音寺左京だ﹂
﹁まさか!﹂
思わず華艶は上ずった声をあげてしまった。
大きな正面門を潜ったときから、ここがどこなのかは気づいてい
た。超がつく大財閥である九音寺グループの会長宅だ。だが、なぜ
ここに呼ばれたのかはまったく検討がつかなかった。
たとえ仕事の依頼だとしても、住む世界が違いすぎる。そんな依
頼来るはずがないと思っていたのだ。
そして、九音寺左京といえば、若干まだ30代のはずだ。
黒川が華艶のそっと耳打ちをした。
﹁ここで見聞きしたことは他言無用だ。人に話せば、九音寺グルー
プが全力であなたの排除にあたる﹂
なにが他言無用なのかは、すぐにわかった。ここにいる九音寺左
京と名乗る老人のことだ。
しかし、疑問がある。
九音寺会長はつい最近も雑誌などのメディアに顔を見せ、今朝の
ニュース番組でも会見のようすが放送されていた。そこに映ってい
た九音寺会長の姿は若々しく、実年齢よりも若い肌のつやをもった
20代に見える男性であった。
考えられる可能性は、ニュース番組で見たあっちが偽者である可
能性。だとしても疑問は尽きない。
21
九音寺と名乗った老人は、口を半開きにしている華艶を見て、皺
だらけの顔にさらに皺を刻んで微笑んだ。
﹁メディアに露出している男は無論影武者で、私が本物の九音寺左
京だ﹂
急に九音寺は咳き込み、ゆっくりとまくらに頭を乗せてしまった。
身体が弱っているらしいことは見た目からも明らかだ。生命維持
装置で命を繋ぎ止めていることから考えて、重病であることも間違
いないだろう。
九音寺は横になりながら眼をつぶり話を続けた。
﹁私がこの病を発症したのは3年ほど前だ。医師はこの病に小難し
い名前をつけたが、これは先祖代々が戦ってきた病︱︱急激に身体
が老化する病だ﹂
これで謎がひとつ解けた。ここにいる老人は30代の老人なのだ。
だが、新たな謎が現れた。
︱︱先祖代々が戦ってきた病。
まだ依頼を内容も聞いていなければ、受けるとも答えていない華
艶に、九音寺会長は九音寺グループを揺るがすことを打ち明けてい
る。これに華艶がちょっと待ったをかけた。
﹁ちょっと待って、まだあたしは依頼を受けるなんて言ってない﹂
ここまで聞いてしまっては後戻りはできないが、もっと聞いたら
屋敷を生きて出れる保証がない。
黒川が畳の上を滑らせ、小切手を華艶に差し出した。ゼロの数が
多くて金額を把握するのに時間がかかってしまった。
﹁依頼を受けさせてもらいます﹂
華艶は依頼内容を聞く前に即決した。小切手には10億と書かれ
ていたのだ。
しかし、10億で全てではなった。黒川が話を続ける。
﹁それは前金。仕事が終わったときに残り90億をお支払いする﹂
それは今までにない報酬だった。こんな高額で依頼を受けたのは
はじめてだった。もちろん高額な報酬にはリスクが伴う。
22
小切手を差し出されたとき、契約書も一緒に差し出され、華艶は
すぐにそこにサインをした。これでもう前に進むしかない。
九音寺会長が再び状態を起こした。
﹁依頼を受けてくれて感謝する。では、依頼内容を話そう﹂
時は平安時代までさかのぼる。
妖魔の呪いによって、九音寺家の先祖は急激に老衰していくとい
う不治の病をかけられてしまった。
呪いは子へと孫へと受け継がれたが、病は必ず発病するとは限ら
ないらしく、いつ起こるともわからない。左京の祖父は余生を全う
し、父は発病して死んでいったと云い、一族は日々怯えながら過ご
しているのだ。
依頼内容は病を治すために働いて欲しいというものだった。
九音寺会長の置かれている状況は理解できた。だが、具体的にな
にをすればいいのか聞かされていない。
しかも、華艶にはなぜ自分がという思いもあった。
それなりに名の売れている華艶だが、まだまだトップクラスには
程遠く、本業は学生だ。大財閥の会長であれば、もっとトップクラ
スの者を雇うことも可能だったはずだ。それにこれだけの地位にな
れば、雇わずともお抱えがいそうなものだ。
華艶はそっと手を上げて、静かに声を出した。
﹁あの、具体的にあたしはなにをすればいいの? あと、なんであ
たしを雇おうと思ったのか教えて欲しいんだけど﹂
﹁それについては、別の場所で黒川に話させよう﹂
続けて九音寺会長はまくらに頭を乗せて黒川に命じた。
﹁華艶さんを帝都病院にお連れしなさい﹂
ゆっくりと九音寺会長は目を閉じた。心拍系が動いていなければ、
まるで死んでしまったように安らかだ。
﹁会長はお疲れだ、我々は場所を移動しよう﹂
黒川に促され、華艶は疑問を残しながら九音寺邸をあとにしたの
だった。
23
不老孵化︵4︶
帝都の北西に位置するカミハラ区は、特にこれといった産業はな
いが、住宅街が多く都心に勤める者たちが多く住む町だ。
そこにある某大病院の裏病棟。そこは普段人気のない地下にある
特別病棟で、公のものはその存在すら知らない。
コンクリの壁に包まれた無機質な廊下に、三つの足音が響き渡っ
た。
ひとつは裏病棟の患者を担当する医師。
その後ろを歩くのは黒川。
最後尾を付いて歩いていたのは、ルーズソックスを履く女子高生
︱︱華艶だった。
黙々と歩き続け、厚い鉄の扉を開けた先にあった病室。
そこには窓もベッドもない。もちろん花瓶もない。あるのは人が
眠る冷凍装置だけだった。
﹁今回のケースでは発見が早かったために一命を取り留めました﹂
感情を含まない声音で医師が言った。
冷凍装置の中で眠っているのは若い男だった。
心肺などの全ての機能を停止させ、脳すらも働いてない。細胞一
つ一つが眠りに付き、病魔に冒されていても進行を食い止めること
はできる。裏を返せば治療不可能ということだ。
硝子窓から見える男の顔を華艶が覗きこんだ。腰を曲げて尻を突
き上げ、短いスカートから下着が覗くが、そんなことなど気にもし
てないようだ。
﹁冷凍装置なんか入れられちゃって、どんな病なの?﹂
黒川の人間は手に持っていたファイルから書類を取り出し、機械
的な口調で読み上げはじめる。
﹁男の名前は大森達男、年齢26歳独身、職業フリーター。現在の
24
居住地は︱︱﹂
永延と続きそうな黒川の説明に華艶が嫌そうな顔をして口を挟む。
﹁この男の素性なんて興味ない。あたしが聞いたのは病状の話なん
だけど。それとこの患者と依頼とどんな関係があるわけ?﹂
書類をしまい、黒川は咳払いをひとつした。
﹁依頼内容は︿サキュバス﹀を生け捕りにすることだ﹂
﹁サキュバスってどこのサキュバス?﹂
サキュバスといえば、中世ヨーロッパに伝わる女性型の夢魔のこ
とで、眠っている男と行為に耽ることから淫魔とも呼ばれている存
在だ。
だが、最近帝都の街を賑わしているのは別の︿サキュバス﹀だ。
黒川は分厚いファイルを華艶に手渡した。
﹁︿サキュバス﹀事件の︿サキュバス﹀だ。これが警察関係者を通
じて手に入れた捜査資料だ﹂
医師は冷凍装置の調整をしながら、華艶に顔を向けた。
﹁この男の病状についてお聞きになりますか?﹂
﹁聞きなくてもわかってるからいい。仮死状態にしないとイキ続け
ちゃうんでしょ、かわいそうに﹂
軽蔑の眼差しで華艶は眠る男を小ばかにしながら笑った。
公にはまだ伏せられた事件であるが、華艶が裏の情報筋から︿サ
キュバス﹀事件のことを知っていた。
ここ数ヶ月の間に︿サキュバス﹀に襲われたのは、わかっている
だけ6人。被害者は全員若い男性ということが特徴で、中には小学
生まで混ざっていた。
なぜ︿サキュバス﹀は若い男を襲うのか、詳しい事情まではわか
らないが、被害者たちは︿サキュバス﹀とセックスをしたのちに、
射精が止まらなくなり狂気的な快楽の中で絶命したと推測されてい
る。
発見されたばかりの屍体は、萎れた男根が赤く腫れ上がり、精液
と血が交じり合った液体が床に大量に流れていたという。
25
ここで冷凍された男は発見が早かったために、死を免れた︿サキ
ュバス﹀の被害者だ。
黒川は医師を部屋の外に出し、眠り男を含めて3人だけが病室に
残った。
﹁なぜ︿サキュバス﹀を生け捕りにして欲しのいか、話さねばなら
ないな﹂
﹁うんうん、やっと本題って感じ﹂
﹁捜査資料にも書かれているが、︿サキュバス﹀は男の精を吸い若
さを保っているとされている。九音寺会長はそこに目をつけられた
のだ。生憎、あの病を治す術はわかっていないが、︿サキュバス﹀
を生け捕りし、研究すれば病を治すこともできるかもしれない﹂
あの病が治らなければ九音寺会長は長くはないだろう。死を遠ざ
けるために︿サキュバス﹀を捕まえる。だとしたら、100億でも
安かったと華艶は唇を噛んだ。
しかし、なぜ100億もの仕事が舞い込んできたのか、華艶はま
だ疑問に思っていた。
﹁質問していい?﹂
﹁どうぞ﹂
と黒川が促す。
﹁なんであたしなんかに依頼したの? 有名な会長さんなんだから、
モグリのあたしじゃなくて、組合に所属してる真っ当なトラブルシ
ューターに依頼すればいいのに﹂
﹁政府公認のTS組合はストライキを起こして、依頼をまったく受
け付けてない﹂
﹁それでも、あたしよりクラスが上の無所属のトラブルシューター
がいると思うけど?﹂
﹁あなたが選出された理由は第1に女性であり、︿サキュバス﹀の
影響を受けないと考えたからだ﹂
﹁第2は?﹂
﹁会長は病を治すためにあなたの特異体質についても調べていたこ
26
とがあったのだ﹂
﹁いつの間にサイテー。盗撮とか盗聴とかもされてたわけ?﹂
﹁その話は置いておこう。とにかくあなたの特異体質が会長の病に
応用できるものではないと判断された。その件もあって会長はあな
たに興味を持ち、あなたに仕事の依頼をする運びになったのだ﹂
﹁あたしってば会長さんに惚れられちゃった?﹂
笑いながら華艶は言った。
そう言えば九音寺会長はまだ独身だったはずだ。それに華艶は九
音寺会長になにか懐かしさを感じたのだ。もしかしたら、過去にど
こかで会っているのかもしれない。
仕事の内容もはっきりし、あとは︿サキュバス﹀を生け捕りにす
ればいい。
さっそく華艶は仕事に取り掛かることにした。
﹁じゃ、あたしはさっそく︿サキュバス﹀を捕まえにいってくるね﹂
﹁︿サキュバス﹀を追っているのはあなただけではない。警察も︿
サキュバス﹀の能力を奪おうとしている者もだ﹂
﹁ご忠告ありがと、じゃね﹂
ひらひら手を振って、華艶は病院をあとにした。
事件の足取りを辿るには、現場に足を運ぶことからはじまる。
華艶の足は自分のホームグラウンドに向かっていた。
27
不老孵化︵5︶
カミハラ区の大病院をあとにし、華艶はその足で隣のホウジュ区
に向かった。
都外との連絡口であるホウジュ区は人口密度も高く、都内の中で
も三本の指に入る大都市である。
夕暮れと同じ色をした電波塔︱︱帝都タワーの見下ろす中、華艶
は街の奥へと足を進めていた。
昼間よりも夜のほうがこの街は活気付いている。華艶も夜の街を
気に入っている。
華艶の足は街の奥へ奥へと運ばれ、廃ビル寸前の建物で営業をす
る安ホテルの前で止まった。
︿サキュバス﹀のもっとも新しい被害者が出た場所だ。
ホテルに入ると、カウンターの奥でテレビを見ている男が眼に入
った。向こうからこちらに声をかける気はないらしい。
﹁304号室開いてる?﹂
華艶が声をかけてはじめて無精ひげを生やした男が顔を向けた。
﹁1泊3千円だ﹂
﹁おつりは入らないから﹂
﹁御用のときはなんなりと。エレベーターは故障中なんで、階段で
上がってください﹂
華艶が札を一枚渡すと、男は急に笑顔になって、部屋のキーを渡
してくれた。
壊れているというエレベーターを素通りし、3階へ上がり廊下を
進む。
廊下を歩いていると、薄いドアの奥から甲高い女の喘ぎ声が聞こ
えてくる。
4番目の部屋のカギを開け中に入ると、そこはホテルの概観より
28
も酷い場所だった。
部屋に入った瞬間に臭ってくるトイレの悪臭。
置いてある家具は茶色いシーツに穴の開いたベッドがひとつだけ、
たったひとつの窓は、ダンボールが覆いかぶさっている。
こんな場所に頼まれても泊まる気はない。裏の世界に生きている
華艶だが、いちようはお嬢様学園に通っている身だ。
華艶は部屋を一通り見回し、穴の開いた床を避けながら窓に近づ
いた。
ダンボールを引き剥がすと、割れた窓ガラスが姿を見せる。
下を覗くと遥か下に地面が見える。汚れた路地裏を走るネズミの
影。
華艶が窓の外に飛んだ。
ここは3階だ。
脚を曲げながら衝撃を抑え、華艶は地面に降りた。手を付きそう
になったが、あまりにも地面が汚いので、ギリギリで堪えた。
夜の路地裏は奥まで見通すことができない。近隣から漏れる光が
あるものの、それでも身の回りを見るのが精一杯だ。
辺りを見回しながら華艶は先を進む。道は一本で、入れそうなビ
ル隙間も見当たらない。つまり︿サキュバス﹀の闘争ルートと同じ
道を辿っていることになる。︿サキュバス﹀が鳥みたいに空を飛べ
なければの話だが。
大通りの眩い光が裏路地との境を作っている。あと一歩も踏み出
せば賑やかな界隈に出ることができるが、華艶の足は止まってしま
った。
後ろから聞こえてくる足音。
華艶は振り返った。
﹁誰?﹂
﹁君と同業だ︿不死鳥﹀の華艶さん﹂
若い青年の声が返ってきた。声は風のように透き通り、それでい
てカマイタチのように鋭い。
29
﹁あたしのこと知ってるの?﹂
﹁もちろん﹂
闇の中から徐々に青年の姿が浮かび上がってくる。
長く伸びた脚はレザーパンツに包まれ、薄手の黒い長袖はボタン
を大きくはずされ白い肌が覗いている。その胸元に刻まれた十字の
刺青。
華艶はその刺青を持つ男を噂で聞いたことがった。
﹁同業だなんて言わないで。あたしはトラブルシューター、あなた
は殺し屋でしょ?﹂
﹁大差はないだろう﹂
るると
月のように白く輝く顔に、紅い唇が浮かんでいる。
この場に姿を見せたのは殺し屋の瑠流斗という男だった。胸の刺
青が印象的で、腕もいいと噂される。
華艶と同じ道をたどってきたということは、︿サキュバス﹀事件
に関係あると見て、まず間違いないだろう。
先に華艶から質問しようと口を開きかけたが、瑠流斗に先を越さ
れた。
﹁ここで会ったということは君も︿サキュバス﹀事件を追っている
のだろう。目的はなんだ?﹂
﹁生け捕りにすること。あんたは?﹂
﹁もちろん殺すことだ﹂
﹁手を引いてもらえない?﹂
﹁無理だ。クライアントは︿サキュバス﹀の首を持ち帰ることを希
望している﹂
殺すということは︿サキュバス﹀の能力には関心がないというこ
とだ。
怨恨の線が強いか?
華艶は捜査資料に記載されていた被害者を思い出す。だが、瑠流
斗ほど名の通った殺し屋を雇える金額を払える被害者がいただろう
か?
30
﹁ねぇ、ちょっとさ聞いていい?﹂
﹁なんだ?﹂
﹁あんたさ、一人当たりいくらもらってるの?﹂
﹁なぜをそんなことを聞く?﹂
﹁ちょっと興味があるだけ。ちなみにあたしはパンツ一枚5万円で
売ってるよ﹂
﹁殺す相手とクライアントによる﹂
すんなりと後半部分は流された。
﹁クライアントの名前とかは教えてくない?﹂
﹁無理だ﹂
﹁でしょうねー﹂
最悪だ。しょっぱなからライバルに出会ってしまった。しかも、
目の前の男は︿サキュバス﹀を殺す気でいる。なんとしても相手よ
りも先に︿サキュバス﹀を探さなくてはいけない。
捜査状況は自分と相手のどちらが進んでいるのか、華艶は瞬時に
思考を巡らせた。
犯行時刻とほぼ同じ時間にホテルの窓から飛び出し、裏路地を抜
けてこの場所に来た︱︱瑠流斗も同じだったのだろう。向こうも︿
サキュバス﹀の足取りが掴めていないということだ。ここまでは五
分と五分。
決め手はどれほどの情報を持っているかだ。
華艶の手元にあるのは、警察から流された捜査資料のみ。
無言で立ち去っていこうとする瑠流斗の背中に華艶が呼びかける。
﹁あのさ、︿サキュバス﹀の手がかり掴んでるの?﹂
﹁すぐに追いつく﹂
﹁なにか掴んでるの?﹂
﹁微かに匂いがする﹂
﹁あんた犬?﹂
事件からは2日が経過し、この裏通りは歪んだ空気を孕んでいる。
警察犬でも︿サキュバス﹀の足取りを追うのは不可能だ。
31
再び立ち去ろうとする瑠流斗と華艶は追おうとした。今ある重要
な手がかりは目の前の男だ。逃がすわけにはいかない。ならば、そ
っとあとをつければいいものを︱︱。
瑠流斗が振り返る。氷でできた月のように、静かに冷たく瑠流斗
は振り返った。
﹁着いて来るなら︿サキュバス﹀にたどり着く前に、君を殺す﹂
この先も二人が鉢合わせする可能性は十分にある。
華艶は悩んだ。
ここで瑠流斗だけを行かせれば、先を越されてしまう。
ここで瑠流斗を殺せば手がかりが途絶える。
二人の目的は違うので、手を組むのも不可能だ。
こっそり跡を追うとしても、そんなに簡単に追わせてはくれない
だろう。
もっとも華艶が不安を覚えたのは、戦ったとしても勝てるかどう
かだ。
ならば試してみるしかない。
華艶の変化に瑠流斗はすぐに気がついた。殺気だ。漲る殺気が空
気に溶けている。
もう激突は避けられない。
32
不老孵化︵6︶
街灯の光に羽虫たちが集まっている。
露出度の高い服を着た女がタバコを吸いながら二人を見ていた。
街灯を背に立つ瑠流斗。
瑠流斗の伸びる影の先に立つ華艶。
女はさっさとタバコを投げ捨て、店の中に逃げ込んだ。
辺りを歩いていた人々も同様。
なにか危険を察知したのか、店の中に逃げ込んだり、この場を足
早に立ち去っていく。
数秒のときが流れる。
先に仕掛けたのは華艶だった。否、別の存在だった。
﹁なに!?﹂
華艶にはなにが起こったのか理解できなかった。
足首を掴まれた。
瑠流斗は目の前で鋼の表情を崩していない。
すぐに華艶は足元を見た。
なにもない。
華艶は眼を剥いた。
道路に飛び散る血飛沫。
華艶は腕を押さえて一歩退いた。
﹁どうやったの!?﹂
﹁指を一本一本へし折ってもいい。それとも一撃で仕留めて欲しい
か?﹂
なにが起こっているのか理解できない。
どこから攻撃をされているのかもわからない。
瑠流斗は微動だにしていないのだ。
仲間がどこかにいるのか?
33
誰も近くにいない。
気配もない。
では、なにが華艶を攻撃したのか?
瑠流斗はまだ動く気がないらしい。
えんしょうは
ならば、華艶から仕掛けるしかあるまい。
﹁炎翔破!﹂
野球ボールほどの火の玉が華艶の手から投げられた。
炎を宿す鳥︱︱︿不死鳥﹀の通り名を持つ華艶の取って置きの技
だった。
燃え盛る炎は火の粉を撒き散らしながら瑠流斗に一直線に向かい、
そのまま直撃するはずだった。
闇色の壁が瑠流斗の前に突如として現れ、大口を開けて炎を呑み
込んでしまった。
これだ、これが謎の攻撃者だ。
闇色の影は人型をしている。しかし人間ではない。影の身体は長
い毛が生えたように波打っている。2足歩行の獣の影だ。
いったいこの存在はなんのだろうか?
あんじゅう
瑠流斗が冷たい風に乗せて静かに言う。
﹁闇獣だ。前に依頼を遂行させていたときに懐かれてしまって、そ
れ以来僕の影から出ようとしないんだ﹂
﹁闇獣ってなに、聞いたことない﹂
﹁その子が君の相手をしてくれる﹂
瑠流斗が背を向けた。
﹁ちょっと待ちなさいよ!﹂
もう華艶の声は届かない。夜闇の中に瑠流斗は姿を消してしまっ
た。
すぐに華艶があとを追おうとしたが、その前に闇獣が立ちはだか
る。
聞こえない咆哮が聞こえたような気がした。
華艶が横に一歩動くと、闇獣も一歩動いて華艶を正面に捕らえる。
34
先に進ませてくれる気がないようだ。
多くの怪物どもと戦いを繰り広げ、未知の怪物とも戦ってきた華
艶だが、今回の相手はどうしたらいいかわからない。
動物系でも昆虫系でもない。相手は闇色の影なのだ。口から炎で
も吐いてくれたほうが、よっぽどわかりやすくて戦いやすい。
様子見の一発が華艶の手から放たれる。
﹁炎翔波!﹂
闇獣が口を開け、炎の玉は深い穴に落ちたように、その中に吸い
込まれていってしまった。
闇が光を呑み込むか、光が闇を呑み込むか。この場合は光が闇に
呑み込まれた。
接近戦ならどうなる?
華艶はポケットからバタフライナイフを取り出し、闇獣に向かっ
て斬りかかった。
闇中は動かない。
街灯の光を反射しナイフが煌いた。
風を切る音。
だが、ナイフは闇獣の身体に傷をつけることなく、空気を切った
感触しかない。
物理攻撃が効かない!?
戸惑いで華艶に一瞬の隙ができた。その不意を衝いて闇獣が姿を
消した。
﹁どこ!?﹂
戦いの勘が働き、見えないなにかを避ける。
華艶の背中が引っ掻かれ、服に鮮血が滲んでしまった。勘に従わ
なければ、致命傷を負わされていたかもしれない。
攻撃地点を振り返るが、そこには闇獣の姿はない。気配もない。
敵の攻撃に備えながら華艶は辺りを一周見回す。
華艶は聞いたことがあった。本体が傷付けば、影も傷付く。なら
ば影が傷付けば本体も傷付くと。しかし、本体は影に攻撃を食らわ
35
すことができない。
闇獣が本当に影なのであれば、華艶には打つ手がない。
︱︱なにかが違う。
華艶の本能が訴える。
最初に腕に攻撃を喰らわされたときは気づかなかったが、今背中
に攻撃を受けたときには微かに気配がした。
注意深く華艶はあたりに気を配るが、やはり闇獣の気配はない。
影は本体あっても影だ。
気配だ!
咄嗟に華艶は前転跳びをして闇獣の攻撃を躱わす。
長い脚が天に向き、ミニスカートが乱れる。
その最中、逆立ち状態の華艶は自分を後ろから襲うおうとした闇
獣の姿を捉えることに成功した。
鼠色の毛をもった獣。それは瞬時に闇色へと変化して姿を消した。
実体化とでもいうのだろうか。闇獣は相手への攻撃をする、その
一瞬だけ本体を現すのだ。
﹁⋮⋮倒せる﹂
華艶が小さく呟いた。
次はいつ攻撃を仕掛けてくるのか?
︱︱違う。
今どこにいるのか?
闇獣は影に溶け込むことができるらしい。今もなにかの影に忍ん
でいるに違いない。
ビルの陰か、車の影か、自分の影かもしれない。
街灯の細い影が、少し伸びたような気がした。
間違いない、街灯の影が伸びている。それも凄いスピードだ。闇
獣は影の中では形すら変えることができるのだ。
華艶の足元まで伸びてきた影の中から、闇色の獣が這い出してく
る。
そして、それは華艶の目の前で実体化した。
36
鋭い爪が振り下ろされる。
えんとうけん
今がチャンスだ。
﹁宿れ炎よ、焔灯剣!﹂
華艶のバタフライナイフに炎を宿り、燃え盛る長剣と化した。
振り下ろされる爪の方が早い。
だが、華艶を捕らえるはずだった爪は手首から切り落とされ、血
飛沫が華艶の顔を汚した。
辺りに飛び散ったのは紅い血だけではない。紅蓮の炎が闇獣の身
体を覆い火の粉を散らす。
炎を宿す焔灯剣で斬られた闇獣を覆う長い毛に引火したのだ。
火だるまになりながら、闇獣は苦しみもがき道路の上で転げまわ
っている。
次期に闇獣は灰と化して魂は闇の中に堕ちていく。
華艶は焔灯剣を一振りして炎を払い、元に戻ったバタフライナイ
フをポケットの中にしまった。
辺りに人はいない。
店の扉も硬く閉められている。
煌びやかなネオンがとても寂しく見えた。
ペットを倒した華艶は、その主人の行方を追おうとしたが、もう
遅い。
﹁あーっ逃げられた!﹂
木霊する声が虚しさを物語る。
捜査は振り出しに戻ってしまった。
いや、マイナスだ。
このままでは瑠流斗に先を越されてしまう。
華艶は頭を抱えながら、とりあえず瑠流斗の消えた方角へと足を
運ばせたのだった。
37
不老孵化︵7︶
千鳥足の男は街で会った女子高生をアパートの一室に連れ込んだ。
薄汚い部屋だが、キッチンだけは新品のように輝いている。
ベッドまで来ると、男は小柄な少女の身体をひょいと持ち上げ、
ベッドの上に投げ捨てて、いそいそと男はズボンのベルトを外しは
じめた。
ここまで来たらやることは決まっている。そもそも少女のほうか
ら誘ってきたのだ。
少女も男同様自ら脱ぎはじめ、ブラウスのボタンをひとつひとつ
魅せるように外しはじめる。男はそれに釘付けで、トランクスの布
地が内から突き上げられている。
ブラウスのボタンが全て外され、前が開いたところで男は自制を
失い少女に飛び掛かった。
少女はノーブラだった。
ブラウスを剥がすように脱がせ、白い柔肌に男が貪りつく。
紅潮する少女の頬をナメクジのような舌が這い、首へと移動させ
ながら唾液の痕が光る筋を引いた。
女の甘い匂いが男は酔いしれる。
鋭敏な感覚を備えた耳に男の舌先が触れた。
卑猥な音が耳元で鳴り響く。
その間も男の岩のような手は少女の胸の膨らみをまさぐり続けて
いた。
男の欲情は昂進させられ、脳は白泥に溶けていく。
乳房を握りながら淡いピンク色の乳首に男は唇を尖らせ吸い付い
た。
唇を遣い、舌を遣い、男は出るはずもなく乳を吸い、乳児よりも
貪欲に乳首を吸い続けている。
38
少女は堪らず男の頭を抱きかかえた。
﹁お願い、早くあなたの挿れて欲しいの﹂
﹁焦るなよ﹂
男の顔がスカートの中に突っ込まれた。
清楚な白いパンティの割れ目に男は鼻先を突っ込んだ。
厭らしさを誘う汚物の匂いが男の鼻を突く。
肉欲が身体の底から湧き上がり、少女の股間から顔を上げた男は、
黄ばんだ歯を剥き出しにして笑う。
﹁もうぐちょぐちょだな﹂
﹁だから早くあなたのを挿れてって言ってるでしょ﹂
男はパンティの後ろに指を引っ掛けて、少しずつ楽しむように剥
ぎ下ろしていく。
適度な丸みと柔らかさを備えた太ももを触りながら、パンティは
くるくる丸められながら膝まで到達した。
自らの胸を揉みしだく少女を見ながら、男はパンティを一気に足
先から抜いた。
少女の恥丘を見た男の顔に自然と笑みが零れた。
縮れの少ない細くて薄い毛では少女の秘所を隠すことができなか
った。
少女は指で軽く秘裂を開き、唇を舌で濡らす。
﹁実は処女なの﹂
﹁うそだろ!﹂
﹁本当よ、でも男と寝るのははじめてじゃない﹂
﹁再生手術か?﹂
﹁私の処女膜は男と寝ればすぐに再生するの﹂
﹁はぁ?﹂
疑問を覚えつつも男は肉欲を優先させた。
男は少女の綺麗な直線を誇る秘裂を押し開け、真珠の包皮を剥い
た。
肉唇は薄紅く、少女の言うとおり経験が少ないように感じられる。
39
だが、それとは裏腹に少女は積極的だった。
﹁あなたの熱くて太いのを早く食べたいわ﹂
少女は自らの秘所を指先で性感しながら、身体を動かして四つん
ばいになり、肉付きのいい尻を高く上げた。
男は自らのモノを握り、すでに充分過ぎるほど濡れている少女の
秘裂に亀頭を押し当て、縦に割れた秘裂をなぞるようにして感触を
楽しんでいる。
男はついに猛った肉棒を少女の中に突き刺した。
﹁ひっ、ひぃぃぃぃ﹂ のけぞりながら少女は下卑たよがり声が発し、口から唾液が糸を
引いてシーツに染みを作った。
男が入挿れた場所はアナルだった。
すぼまっていた肛門を無理やり押し広げられ、少女の額には玉の
汗がいくつも浮かんでいた。しかし、少女は抵抗することなく淫ら
な美貌を浮かべている。
括約筋は必死に男のモノを締め上げ、外へと排出させようとする
が、男はギュウギュウに閉まった中に根元までモノを突き挿れた。
ローションもなにも使わず、一気に突き入れらた肛門からは血が
滲んでいるが、男は後先のことは考えず、少女もまた快感に酔いし
れていた。
緩やかだったピストン運動が徐々に速さを増していく。
膣よりも遥かに締め付けの強い内側を男は乱暴にかき混ぜ、少女
はそのたびに喚き、全身から力が抜けたように白目を剥き、口から
は唾液が垂れ流されている。
﹁中に出すぞ、いいな!﹂
﹁あぁん、ああっ、ひいっ!﹂
女の脳は蕩け、男は絶頂を迎えようとしていた。
だが、突然アパートの薄いドアが激しい音を立てて開けられたの
だ。
部屋に入ってきた黒い影は、胸に十字を刻み、剃刀のような視線
40
を少女に浴びせる。
﹁それが次の餌か︿サキュバス﹀﹂
︿サキュバス﹀と呼ばれた少女は妖しく笑った。少女には似つか
わしくない悪女のような表情。
ただし、その顔は警察のモンタージュ写真とは違った。
モンタージュ写真の︿サキュバス﹀は20代後半から30代前半
の女だったからだ。
ここにいる少女は肌に艶も瑞々しさもある女子高生そのものだっ
た。
︿サキュバス﹀は男のモノを抜いて、ベッドから飛び降りた。
すぐに瑠流斗も動く。
﹁シャドービハインド﹂
瑠流斗の姿が床に呑まれるように沈んで消えた。それに気づいた
︿サキュバス﹀は思わず足を止めて辺りを見回す。
︿サキュバス﹀は驚愕した。
振り向いた真後ろに、なんと瑠流斗が音もなく立っていたのだ。
﹁いつの間に!?﹂
﹁君の首を頂く。比喩ではない、依頼人が君の生首を望んだ﹂
瑠流斗が手を振り上げた。その手は刃物のように切れ味がある瑠
流斗の武器なのだ。
空気が弾けるような軽い音が小さな部屋に響き渡った。
腹を押さえる瑠流斗の指の間から紫の血が滲む。
鼻を突く硝煙の臭いの先には、リボルバーを震える手で構える男
の姿があった。
瑠流斗の手刀が風よりも早く動いた。
カッと眼を剥き少女の首が宙を舞い、噴水のように血を噴く身体
とともに首は地面に転がった。
一部始終を見ていた男は、声も出せずに震えている。すでに股間
のイチモツは哀れに萎んでいる。
近づいてくる瑠流斗に発砲しようとするが、引き金を引く指に力
41
が入らない。
﹁く、くくく来るな!﹂
﹁危害を加えるものに牙を剥くのは本能だ︱︱苦しみながら地獄に
堕ちろ﹂
銃声が響き渡った。だが、そこにはすでに瑠流斗の姿はない。
﹁ぐぎゃっ!?﹂
男の悲鳴。
闇の閉ざされる世界。
男は光を失った。
瑠流斗の手に乗せられた二つの玉は視神経の糸を引いていた。
両目を抉り取られた男は顔を押さえながら暴れ周り、走り回った
挙げ句に凄い勢いで壁に衝突して床に倒れた
﹁俺の俺の目がぁぁぁっ!﹂
床で転げまわる男の身体を瑠流斗が馬乗りになり抑える。
暴れ馬の上で、瑠流斗は大きく口を開けた。
瑠流斗の口が男の顔に近づく。
男の口が血の塊が噴出す。
その男の喉元に顔をうずめていた瑠流斗は顔をゆっくりと上げた。
白い顔が真っ赤な血で汚れている。とくに口の辺りは紅を差した
ように鮮やかだ。
血のついた口を手の甲で拭い、瑠流斗はそっと立ち上がる。すで
に男は絶命し、死人と化していた。
そして、瑠流斗の腹から滲み出していた紫の血もすでに止まって
いた。
眼を見開き、血の気を失い蒼白くなった少女の首が、カーペット
の上に転がり紅い染みを作っている。
生首の髪の毛を掴み持ち上げた瑠流斗は、少女の顔を自分の顔の
正面に向けた。
﹁何人の精を貪った?﹂
そして、そっと瑠流斗は死人に口付けたのだった。
42
不老孵化︵8︶
ケータイで呼び出された華艶は黒川と合流し、殺人現場へと赴い
た。
朝も早くからアパートの周りに野次馬や報道陣が集まり、警察が
立ち入りを制限していた。
立ち入り禁止の黄色いテープの前で、黒川は警官と示しをあわせ
て中へと入り、華艶も後に続いた。一般人である二人が待遇される
わけは、もちろん陰に九音寺グループがあるからだ。
現場の部屋に着く前にも、点々と血痕がいくつかあり、部屋の中
でなにが起きたのか想像を掻き立てられる。
部屋の中は鉄臭かった。
全裸の男女の屍体が二つ。
男は両眼を抉られ、首を噛み千切られ死んでいる。
女は首を消失させ、腹を破られ死んでいる。
どちらも猟奇的な殺人鬼の仕業だろうか。
華艶は辺りを見回しながら女の首を探していた。
﹁この女の首はどこ?﹂
周りで作業を進める捜査員や鑑識官たちは自分たちの作業に勤し
んでいる。華艶と黒川は蚊帳の外、所詮はよそ者なのだ。
首がない女の屍体を見ながら、華艶は一昨日の夜に出会った殺し
屋のことを思い出していた。
女の屍体の横に華艶がしゃがみ込もうとすると、検視官に鋭く睨
まれたが、華艶がわざと股を広げてしゃがんでいたために、検視官
は眼を伏せてしまった。
﹁ねぇ黒川さん、これ本当に︿サキュバス﹀の屍体なの?﹂
﹁ほぼ間違いない。前に採取した細胞と比較した結果だ﹂
﹁あーあ、依頼失敗ってわけ?﹂
43
﹁気づいていないのか?﹂
﹁気づいてまっすよー﹂
ニヤニヤと華艶は笑いながら、腹の裂かれた屍体を観察していた。
腹の傷は内部から爆発したように裂かれている。外ではなく、内
からの損傷が意味することはなにか?
帝都で起こるこの手の事件で多いのは、寄生虫が体内で育ち巣立
ちするときに腹を食い破るケースだ。
今回もそのケースが適用されるかもしれない。
女の裂かれた腹から伸びる血の痕は、なにかが這ったように見え
る。その血痕の注目すべき点は、血痕の行き先は部屋の出口ではな
く、シャワールームだと言うことだ。
もし、シャワールームに向かったのが意図したことであれば、人
間のような知性を持っていることになる。
女の腹から出た生物が寄生虫であろうが、なんであろうが、母体
を出たばかりの生物が、なぜそんな知性を持っているかが疑問だ。
次に追う獲物は決まった。
︿サキュバス﹀の腹から生まれた生物が新たなカギを握っている。
しかし、華艶は別の手がかりにも手を伸ばしていた。
﹁黒川さん、マドウ区まで車出してくれる?﹂
﹁マドウ区になにがある?﹂
﹁情報屋に頼んでおいたモノがマドウ区で見つかったの。詳しい話
は車の中で話すから﹂
もうここでの情報は得た。
華艶と黒川は事件前場をあとにし、移動用のバンに乗り込んだ。
さっそく座席についた華艶は、横に座る黒川に1枚の写真を手渡
した。
写真を見た黒川は訝しげに首をかしげる。
﹁誰だ?﹂
男とも女ともつかないしわくちゃの老人がそこには写っていた。
﹁桜坂水璃。歳はぁ∼推定150歳以上で、マドウ区でひっそり旦
44
那と隠居生活。えっと、性別女ねぇ﹂
﹁この女がどうした?﹂
﹁実はそれ本人の写真じゃなくて、︿サキュバス﹀の手配写真をC
Gで年取らせてみたの、ざっと100歳くらい﹂
﹁この女が︿サキュバス﹀ということか?﹂
﹁さぁーどーだろぉー。でもね聴いて、この水璃お婆ちゃんはね、
偽名で人を買ってるの。若い男の子ばっかり何人も﹂
人身売買の歴史は古代からあり、江戸時代は奉公と称して若い娘
たちが売られていた。現代では陰を潜める人身売買だが、貧しい国
では今もなお公に行われているのが現状だ。
日本では他人事の人身売買だが、この帝都にはある。主に売られ
てくるのは子供で、海外から密入国で運ばれてくる。
華艶たちを乗せた車は帝都の中枢ミヤ区の上に隣接するマドウ区
に向かっていた。
マドウ区と言えば魔導産業で栄えた区で、帝都の観光産業よりも
多くの地益を帝都に落としている。
ショップなどの立ち並ぶ界隈や駅前は素通りし、住宅街の一角へ
と車は走っていた。
広い庭のある二階建ての家。一軒どこにでもあるような家だが、
周りの家々と比べると塗装も色あせ月日を感じる。ここが桜坂家だ。
車から降りた華艶と黒川は、門を開け敷地内に入り、玄関のイン
ターフォンを押した。
返事はすぐには返ってこなかったが、しばらく待っていると真っ
暗なキャッチディスプレイから老人の低い声が聞こえた。
﹁どちら様で?﹂
顔は映らないが、声から男手あることがわかった。おそらく桜坂
婦人の夫︱︱桜坂京太だろう。
華艶は一瞬考えをまとめ、返事を返した。
﹁桜坂京太さんですね。奥様にお話があります。拒否する場合は強
硬手段も取ります﹂
45
強行手段を取るということは、それなりの理由があるからだ。訪
問販売とは訳が違う。
老人の声はすぐに返って来た。
﹁帰ってくれ、でないと警察を呼ぶぞ﹂
このセリフを言われないために、華艶は確信に迫り先手を打った
のだが、やはり簡単には中には入れてもらえなかった。
﹁黒川さん、ドア開けれる?﹂
﹁この家のシステムは九音寺グループのものだ、すぐに開く﹂
黒川は懐からマスターキーとなるカード錠を取り出し、玄関のカ
ードリーダーに差し込んだ。
この家のロックはカードキーと指紋センサーだけで、マスターキ
ーを持っていることでカードキーはすぐに解除、指紋センサーにつ
いても黒川の指紋で簡単に開いてしまった。これは特権だが、犯罪
に使われたら九音時グループの信用はがた落ちだ。
九音寺グループはカードキーの複製は不可能であると高言してい
るが、マスターキーを紛失でもしたら大変な騒ぎになるだろう。
簡単に玄関を開けた黒川を華艶が羨ましそうに見ていた。
﹁そのカードキーあたしも欲しいなぁ﹂
﹁駄目だ﹂
﹁1日貸してくれるだけでも﹂
﹁私の首が飛ぶだけでは済まされなくなる﹂
﹁残念﹂
玄関を開けると、部屋の奥から杖を突いた桜坂老人が慌てた様子
でやって来た。
﹁警察を呼ぶぞ!﹂
調べでは93歳という年齢らしいが、それよりもだいぶ若く見え
る。見た目だけで判断すなら70代前半というところだろうか?
すでに玄関の段差に腰を掛け、ローファーを脱ぎ始めている華艶
は、首を上げて桜坂老人を見つめた。
﹁警察を呼ぶならご勝手に。ついでにこの家の中も調べてもらいま
46
しょう﹂
華艶の言葉に老人は言葉を詰まらせたが、すぐに喉の奥から言葉
を吐き出す。
﹁帰ってくれ、ここにはなにもない!﹂
﹁その言い方だと、ここになにかあるって言い方だけど?﹂
靴を脱ぎ終えた華艶は、勝手に家の中に上がりこみ、辺りの部屋
を覗き込んだ。
﹁奥さんはどこですか?﹂
﹁家内は寝たきりだ﹂
﹁会わせてもらえると嬉しいなぁ﹂
猫なで声を出してみたが、桜坂老人の顔は険しい。
行く手を阻もうとする老人を押しのけ、華艶は強引に部屋の中を
散策し、暖炉のあるリビングのソファーに勝手に座った。
﹁奥さんが駄目なら、あなたに話があるから、どうぞ座ってくださ
い﹂
席を勧めるのは主人が普通だ。客人が席を進めるのは珍しい。
華艶の強引なやり方に、桜坂老人は観念したのか、疲れ切った表
情をしながら華艶の向かいのソファーに腰掛けた。相手が老人では
なく若い主人だったら、激怒されて無理やり追い出されていたかも
しれない。
二人が席に着き、黒川も華艶の横に腰掛けたところで、桜坂老人
が話しはじめた。
﹁私の妻になんのようだね?﹂
桜坂老人は華艶に目を合わせなかった。
﹁奥さんが人身売買で子供を大量に買っていたことはわかってるの。
それ、なにに使ったの?﹂
駆け引きなどなにもない聞き方だった。
﹁知らん。妻が人身売買などするはずがない﹂
﹁奥さんは魔導師だそうで、美容に関する研究を昔からやっていた
そうね。あたし回りくどいの苦手だからはっきり言うけど、︿サキ
47
ュバス﹀っていう怪物が男とセックスして精を吸い取ってるだけど、
それ奥さんじゃないの?﹂
﹁知らん。妻は寝たきりだ﹂
﹁なら会わせて﹂
﹁だめだ﹂
話し合いが最初からうまくいくとは思っていなかっらが、相手か
らもらえる情報は不信感を煽る態度だけだ。
見切りをつけた華艶が立ち上がった。
﹁勝手に探すから、止めても無駄﹂
華艶は足早に部屋を出て行き、桜坂老人は慌てて杖を突いて追い
かけた。
48
不老孵化︵9︶
ここが寝室だと勘で入った部屋で、華艶はベッドで静かに寝てい
る老人を見つけた。
思わずハッとする華艶。
ポケットから写真を出して、ベッドで横たわる老人と見比べる。
双子レベルで瓜二つだ。
間違いない︱︱桜坂水璃婦人だ。
すぐに華艶を追いかけて桜坂老人と黒川がやって来た。
ベッドにいる桜坂婦人を見て黒川もハッとした。
﹁桜坂婦人だな﹂
間違いなくそこに寝ているのは桜坂婦人だ。だが、華艶は自分の
予想と反した出来事に納得がいかなかった。論理的じゃない、プラ
イドの問題だ。
華艶は死んだように眠る桜坂婦人の手首を握った。温かいし脈も
ある。
﹁納得いかないし﹂
﹁妻は身体が弱っていて寝たきりだ。静か寝かせてやって欲しい﹂
桜坂老人の言葉を信じるべきなのか?
だとしたら、先ほどの慌て様子や動揺はなにを意味している?
皺くちゃな桜坂婦人の顔を覗きこみ、華艶はなにを思ったように
桜坂婦人の首下を触った。起きる気配はまるでない。さらに華艶は
触り続け、何重にも重なった皺を広げて隈なく調べた。
そこに桜坂老人がなにか慌ててように華艶の腕を掴んだ。
﹁やめてくれ、そっと寝かせておいてくれ!﹂
﹁残念でしたー、もう見つけちゃった﹂
ふふーんと華艶は鼻で笑った。その表情は充実感に満ち溢れてい
る。
49
桜坂老人の顔色が曇る。
﹁なにをだね?﹂
﹁手術痕。皺に隠れて見づらいけど、ちゃーんと残ってるよ。たぶ
んこれさ、整形手術の痕なんじゃないの、違う?﹂
桜坂老人の手から杖が離され、ついに老人は床に膝を付いて精神
から崩れた。
﹁妻を止められなかったんだ。責任は全て私にある﹂
替え玉まで用意する周到さだったが、秘密を隠し通す精神が桜坂
老人にはなかったのだろう。防波堤が壊れたように桜坂老人は全て
を話しはじめた。
﹁妻は私と出会う前から不老不死や若返りの研究をしていた。その
研究の成果は素晴らしいもので、私も妻の実験台に何度かなったこ
とがある。細胞を活性化させ、いくらか若さを取り戻すことはでき
る。だが、妻はそれでは納得がいかず、真の意味での若返りを求め、
非人道的な実験を繰り返し、多くの若者たちが実験の犠牲になって
死んだ。その頃から私は妻を恐れるようにあり、研究を止めようと
思ったこと何度もある。だが、私は妻を止めることができず、それ
ばかりか妻に手を貸し、事の隠蔽にも手を貸した﹂
全ては美の探求のために、桜坂水璃に買われた子供たちは犠牲と
なったのだ。
華艶は桜坂老人の横にしゃがみ込み、優しくそっと尋ねる。
﹁それで研究はどこまで進んでたの?﹂
﹁あるときから、妻は研究室にこもり私とも顔を会わせない日が続
いた。私はいつのように食事を届け、いつもならドアの前にそっと
置いて帰るのだが、その日は部屋の中から声がしたのだ﹂
それは喘ぎ声だった。老婆のしゃがれた喘ぎ声。
桜坂老人は脳裏に悪夢を描きながら、それでもドアノブにそっと
手を掛けていた。
ドアのカギは開いていた。
そっとドアを10センチほど開け、中の光景を見た桜坂老人は驚
50
愕した。
おぞましくも裸の男女が燃え上がっていた。
台の上で手足に手錠をはめられ横たわる少年の上に、皺くちゃの
老婆が跨っている。
少年は犯されていた。
自分より十倍以上も歳の離れた老婆に犯せれ、すでに白目を剥い
ている少年。
それでもなお老婆が少年を貪りつくし、汗ばんだ身体を皺ととも
に激しく上下させていた。
少年は薬を打たれており、意識を朦朧とさせながらも男根は猛り
老婆の膣に突き刺さっている。
何度か目の射精が老婆の膣内に放たれた。
桜坂老人は妻の変化を見た。
精を膣内に放たれた老婆の白髪頭に黒い線がいくつか走り、肌に
刻まれた皺がだいぶ減ったように感じられる
この部屋にいた桜坂婦人の姿を見たときからそれは感じていた。
最初に見た時点ですでに桜坂婦人は若くなっていたのだ。
それが桜坂老人が見た婦人の最後の姿だった。怖くなった桜坂老
人はドアを閉め、自室に閉じこもってしまった。
次の日、桜坂婦人は姿を消していた。
話を聞き終えた華艶は、ある疑問が浮上していた。
﹁わかってる範囲で︿サキュバス﹀の被害者は、さっきの男も入れ
て7人。これさ、あたし思うに少ないと思うの。実際はもっといる
と思うし、そうなると別の疑問があるんだよね﹂
老婆が女子高生の身体になるには、どれほどの男の精を奪えばい
いのかはわからない。多いかもしれないし、少なくても済むかもし
れないが、データがないのでそのあたりはわからない。
若返ることを貪欲に望んだ者が、数ヶ月︱︱実際は2ヶ月もあっ
て7人しか襲わないというのは不自然ではないだろうか?
華艶は疑問の眼差しで桜坂老人に顔を向けた。
51
﹁奥さんが若返るの見たんだよね?﹂
﹁そうだ、私の前で妻は若返っていったのだ﹂
﹁つまりそれって見た目でわかるくらい若返ったってことだよね。
そゆことは、何百人も男と寝る必要はないわけじゃん、たぶん。7
人くらいと寝れば、かなり若返っちゃうかもしれないけどさ、なん
か引っかかるんだよね﹂
腹を破られていた屍体が華艶の頭に浮かぶ。
寄生虫は宿主から栄養をもらって育つ。
だとすると、発見されていない被害者から奪ったエネルギーは、
寄生していたもの栄養として回された可能性がある。そして、研修
者である本人がその異変に気づかないわけがない。寄生しているも
のに栄養が行けば、それだけ若返りが妨害されるのだから。
他の考えをすれば、寄生していたもの自体が若返りの秘術の謎を
握る鍵であった可能性。
今ある情報だけでは、いくつもの推測ができてしまう。
華艶は考えることをやめた。
達成するべき目的ははっきりとしている。
﹁研究室はどこにあるんですか?﹂
華艶は桜坂老人に尋ねた。
﹁この家には秘密の地下室がある﹂
そう言って桜坂老人は、部屋にあった大きな本棚から数冊の本を
抜き取り、その奥にあったレバーを引いた。
二つの本棚が音もなく速やかにスライドし、左右に開け地下に下
りる階段が姿を現した。
﹁古典的な仕掛けだこと﹂
華艶はさっそく地下室に向かい、黒川も後に続いた。
Uの字型の階段を降り、扉を潜る
香を焚いたような匂いがした。
フラスコや試験管や分離機に顕微鏡。
棚には本と薬品と臓器と思われる部位のホルマリン漬け。
52
実験台の上には本が山積みになっていた。
一番上に重ねてあった本を華艶は手に取り開いた。
表装のしっかりした本で、中身の紙は黄ばんでいる。
﹁何語かすらわからない﹂
謎の記号の羅列となにかの図解。華艶にはさっぱりだった。
自分の見ていた本を黒川に手渡し、次の本を手に取り開く。
﹁こっちも同じ﹂
この本も黒川に手渡し、3冊目の本を手に取った。この本も表装
はしっかりしているが、他の本に比べて新しいように感じた。
﹁アルファベットっぽいけど、なんか違う。アルファベットに似て
るからヨーロッパのほうの言語だと思うけど、あたしには読めない。
手書きだから研究日誌かなにかかな?﹂
その本に書かれた文字は手書きだった。古い書物や魔導書の類は
手書きであることが多いが、華艶が手にしている本は、途中から白
紙になっている。
手がかりはここにありそうだが、専門家ではない華艶にはわから
ない。あとは人の手に委ねるしかないだろう。
﹁黒川さん、警察呼ぶ? それとも証拠押収する?﹂
﹁あとで警察には連絡する﹂
﹁オッケー﹂
地下室での用事を済ませ上に戻ると、桜坂老人の姿はなかった。
華艶が目を丸くして辺りを見回す。
﹁あれぇー、お爺ちゃんの姿ないけど?﹂
家の中を捜索し、台所の床に横たわる桜坂老人の姿を発見した。
黒川が桜坂老人の脈を取り呼吸を確かめ、華艶は流し台に置いて
あったビンを見ていた。
﹁心停止している﹂
すぐに心臓マッサージをはじめる黒川にたいして、華艶はため息
を吐きながら言う。
﹁たぶん毒物だから中和剤でも飲ませないと無理じゃないの? 飲
53
ませても手遅れって感じだけど﹂
﹁なんの毒物だ?﹂
﹁さぁ、ラベルなしの錠剤。てゆか、警察には連絡する?﹂
﹁仕方あるまい﹂
﹁その辺りの倫理は弁えているんですねー﹂
﹁九音寺グループは犯罪者ではない﹂
﹁あっそ﹂
九音寺グループの強引なやり方は有名な話で、裏では犯罪行為に
も手に染めていると噂されている。だが、他人の犯罪基準より、自
分たちの犯罪基準が問題なのだろう。盗みはするが殺しはしないと
いう文句と似たようなものだ。
54
不老孵化︵10︶
深夜という時間帯もあり、駅の改札口は閉まっていたが、駅前の
ロータリーには短いタクシーの列と人影がちらほらある。
その中にひとつだけ小さな影があった。背格好が小学生くらいの
少女が夜更けに出歩いている。小さな町であれば、気にする者もい
ただろう。しかし、ここは帝都だ。そういうことも多々ある。
少女の連れは中年のサラリーマン風の男だった。酒によって顔は
真っ赤になっていて、とても父親とは思えない。小学生を保護した
だなんて到底思えない。だとすると、答えはおのずと見えてくる。
タクシーに乗り込もうとしていた中年男性と少女の真後ろで、冷
たく鋭い声が静かな街にどこまでも響く。
﹁話がある﹂
最初は中年男性が声を掛けられたのかと思った。けれど、そこに
立っていた青年の眼は少女を見ている。
︱︱瑠流斗だ。
おどけない表情をした少女は瑠流斗を見てニッコリと笑った。そ
の笑みの奥に潜む妖艶さは、とても小学生のものとは思えない。
﹁わたしになんの御用かしら?﹂
口調も大人びていた。
見た目に騙されるな。帝都では特にこれが言えるだろう。少女の
皮は被った悪魔などそこら中にいるのだから。
瑠流斗の手はすでに殺意を秘めていた。
﹁死んでもらう﹂
鋭い爪のついた闇色の手甲を宿し、瑠流斗の攻撃は少女の喉を狙
っていた。
狙うは急所のみ。
近くにいた中年男性はタクシーの中に逃げ込み、瑠流斗の一撃は
55
少女の喉を掻っ切り、吹き出した鮮血が瑠流斗の顔を彩った。
少女は艶やかに微笑んでいた。苦しみなど微塵も感じさせないそ
の表情の理由は、生成していく少女の喉を見れば一目瞭然だった。
掻っ切られたはずの喉が波打ちながら再生していくのだ。
傷が塞がったそこには血の痕だけが残った。
瑠流斗は次の攻撃に移らず、その様を見つめていた。
﹁やはり死なないか。おまえは不死身か?﹂
﹁いいえ、生命力が強いだけよ﹂
﹁それを得るために犠牲となった者の数に興味はない。ただ、獲物
は選ぶべきだった。キミを抱いた男の中に政治家の息子がいた﹂
﹁その政治家がわたしを殺せとあなたに命じたのね?﹂
﹁獲物を選んでいれば、キミはボクに2度も殺されずに済んだ﹂
近くにいたタクシーが逃げるように急発進したのとほぼ同時、瑠
流斗は少女の背後に回っていた。
人を凌駕する瑠流斗のスピードを少女は眼で追うこともできず、
その場に立ち尽くすのみだった。いや、多少は動くこともできたは
ず。微動だにしない少女の行動は可笑しい。
少女の背中に突き刺さった闇爪は奥まで押し込められ、激しく鼓
動を打ち続けていた心臓を鷲掴みにした。
そして、ぐしゃりと音を立てながら、心臓は身体の内部で握りつ
ぶされたのだ。
血で真っ赤に染まった手を抜いた瑠流斗の表情は鋼のように硬い。
しばらくその場に立っていた少女の身体が、支えを失ったように
前に倒れて動かなくなった。 心臓を潰され即死だった違いない。
普通だったらそうだ。しかし、地面に頬をつけていた少女の顔がニ
ヤリと笑ったのだ。
﹁心臓もすぐに生成するの。わたしは誰にも殺せない﹂
銃声が木霊し、瑠流斗の重心が左に少し傾いた。
右太腿に銃弾が貫通したにもかかわらず、瑠流斗は右足に重心を
置いてなおも立ち続けていたのだ。その表情は鋼だ。並みの精神力
56
の持ち主ではない。
銃を握りながら立ち上がった少女の表情は、とても嬉しそうに無
邪気に笑っていた。
﹁すごい、銃弾を足に喰らって立ち続けるなんて人間じゃない。あ
なたのこと食べたくなっちゃった﹂
﹁心臓を潰されても生きているのか。ボクに首を刎ねられたときも
死んでいなかったのか?﹂
﹁あなたに首を刎ねられた感触はまだ覚えてるわ。あのとき、わた
しであり、わたしの母だった人は死んだ﹂
﹁話が見えてこないな﹂
瑠流斗は知らなかった。あの日の翌日、アパートの一室で見つか
った︿サキュバス﹀の死骸を見ていたならば、話は繋がっていたに
違いない。首を刎ねられて死んだ︿サキュバス﹀の腹から生まれ出
た存在。それが今ここにいる︿サキュバス﹀だった。
辺りに残っているのは瑠流斗と︿サキュバス﹀だけだった。列を
作っていたタクシーも、酒の臭いを漂わせていた人影も、いつの間
にか消えてしまっていた。
残された︿サキュバス﹀は残念に目を伏せてため息を吐いた。
﹁獲物に逃げられたわ﹂
﹁幼女の姿になってもまだ喰い足りないのか?﹂
﹁研究︱︱つまりわたしの進化は第2段階に入ったのよ。まだまだ
エネルギーが必要なの﹂
生まれ出ることが第1段階だとしたら、第2段階はいったいなに
が起こるのか?
それを知っているのは︿サキュバス﹀だけだ。
﹁ところで、少女の姿をしていたのに、なぜわたしが︿サキュバス
﹀だとわかったのかしら?﹂
﹁臭いだ。魔性の臭いを追って来た﹂
﹁うふふ、まるで犬みたいな人ね、可愛らしい。そうね、今日は気
分がいいから聞きたいことがあるなら、まだ話してあげるけれど?﹂
57
﹁ひとつだけ。さっき撃った銃弾はなんだ?﹂
﹁うふふふ、なんなのかしら。普通の人間だったらすぐに効果が出
るはずなのに、あなたにはなかなか出ないわ。だからこうやって話
をしながら待ってみたのだかれど﹂
﹁⋮⋮時間稼ぎか﹂
銃弾を受けた太腿には穴が開き、血が滲み出ているが吹き出すこ
とはない。吹き出すはずの血が出ていない。
違う。
それは︿サキュバス﹀の撃った銃弾の効果ではない。
﹁あの銃弾は当たったもの細胞を破壊するはずなのよ。不老の逆の
効果が現れると考えてくれればいいわ﹂
﹁なるほど、それで傷口が塞がないはずだ﹂
﹁やはりそうなのね。あなたは驚異的な治癒能力を持っているから、
それが今はわたしの作った細菌と攻防を繰り広げているのね﹂
﹁細菌か、厄介だな﹂
瑠流斗は全身を痺れと倦怠感に襲われていた。すでに細菌が全身
に回っている証拠だ。それに加え、全身に回るのを食い止められな
かったということは、瑠流斗が細菌に押されているのに他ならない。
残された時間は有限だ。
心臓を潰されても死なない相手をどう倒す?
瑠流斗の手に宿っていた闇爪が炎となって燃え上がった。
﹁ダーククロウ!﹂
三本の闇の炎が爪のように︿サキュバス﹀に襲い掛かる。
髪や衣服に引火し、︿サキュバス﹀を包み込み激しく燃え上がる
闇の炎。
細胞が再生するのならば、全ての細胞を燃やし尽くせ。
瑠流斗の眼の中で揺れ踊る炎。
やがて炎は治まり、その場には人型をした真っ黒な物体が残され
た。灰となったそれは踏み潰せばすぐに砕けてしまいそうだった。
だが、瑠流斗は感じていた。
58
焼けて黒くなった肌に皹が入り、︿サキュバス﹀の腕が動いた。
それはまるで脱皮するように、黒い皮を破って︿サキュバス﹀が
瑞々しい素肌を露にしたのだ。
小さな胸の膨らみも、毛すら生えてない秘所も隠すことなく、少
女の顔をした︿サキュバス﹀は艶然と微笑んでいた。
﹁その程度では死なないわ﹂
﹁ボクの負けだ。死なないと思うと油断をする。キミも気をつけろ﹂
それは自分自身に向けた言葉だった。ただの銃弾だと思って油断
した。
瑠流斗の視界が薄暗くなっていく。
全身も重くすでに感覚はない。
地面に倒れたときも感覚がなかった。
聴覚が︿サキュバス﹀の声を聞き取った。
﹁わたしが可愛がってあげるわ﹂
すぐに笑い声が静かな夜に響き渡ったが、瑠流斗の耳には届かな
かった。
59
不老孵化︵11︶
薄暗い室内。
段ボール箱が山のように積み重ねられたそこは倉庫のようであっ
た。
建物が大きく振動し、頭上を通り抜ける電車の音が激しく響いた。
線路が非常に近い場所にある。真下と考えてまず間違いないだろう。
そこは高架線の下に空いたスペースを利用した倉庫だった。
突然、長い細い蛍光灯が倉庫内を照らし、瑠流斗は目を眩ませた。
薄目を開けて見たそこに小柄な人影がある。
ぼやけていた視界が徐々に戻り、そこに立っているのは一糸纏わ
ぬ姿の少女だということがわかった︱︱︿サキュバス﹀だ。
﹁やっと目覚めたわね﹂
﹁なぜ生かした?﹂
﹁うふふ、あなたとセックスしたかったからに決まっているじゃな
い﹂
瑠流斗の人格には興味はない。興味があるのはその躰。細胞を破
壊する細菌と戦うことのできたその躰に︿サキュバス﹀は興味があ
った。
﹁あなたにはあの細菌を死滅させるワクチンを打ってあげたわ。か
わりに別の注射を打ってあげたの。なにかわかるかしら?﹂
﹁いいや﹂
﹁あら、おかしいわね。薬は充分効いているはずなのに﹂
︿サキュバス﹀は舌なめずりをして瑠流斗に近づいた。
瑠流斗は逃げることはできない。なぜならば、その手首や足首は
手錠によって拘束され、天井から伸びる鎖と手首を繋がれ、宙吊り
にされていたのだ。
足を動かそうにも、床から伸びる鎖が足首の拘束具と連結してい
60
る。動かせても10センチ程度だ。
︿サキュバス﹀の小さく柔らな手が瑠流斗のシャツの下から進入
してきた。
十字の刺青が刻まれた胸板をなぞるように撫で、乳首の周りで指
先が円を描く。
感情を高める︿サキュバス﹀とは対照的に、冷静な瑠流斗の意識
は別にあった。
倉庫の壁にもたれ掛かって座っている全裸の男。その肌は紫色に
変色し、死後時間が経っているように見えた。
まだ発見されていない︿サキュバス﹀の犠牲者はどのくらいいる
のだろうか?
瑠流斗の意識が変死体に向けられている最中も、︿サキュバス﹀
は指での愛撫を続け、瑠流斗のシャツのボタンを飛ばしながらシャ
ツを引き裂いた。
シャツの下はすぐに地肌で、白く陶器のような肌に刻まれた巨大
な十字があった。
瑠流斗のへその周りを紅色の舌が這う。
﹁可笑しいわ。なぜ感じないの、あなた不能者?﹂
﹁少女は女性じゃない。君に魅力がないからだ﹂
﹁少女が好きな男どもどれだけいると思って?﹂
﹁興味がない﹂
﹁あのタクシー乗り場にいた男は、わたしのこと10万で買ってく
れたわ﹂
﹁なら、僕はこれを君にやるよ﹂
瑠流斗が嗤った。
﹁受け取れ﹂
瑠流斗の口が大きく開かれ、か細い︿サキュバス﹀首筋に喰らい
ついた。
突然のことに︿サキュバス﹀は顔を引いたが、その首の肉は大き
く削がれてしまった。すぐに吹き出した血は止まったが、そこに瑠
61
流斗は再び噛み付いた。
柔らかな皮に歯が刺さり、硬い首の筋を首を振りながら引き千切
る。
︿サキュバス﹀は逃げるというより力なく真後ろに倒れ、床に蜥
蜴のように這いつくばり、鋭い視線が瑠流斗を射抜く。
﹁よくも⋮⋮やって⋮⋮くれたわね!﹂
瑠流斗は口の周りについた血を舌で拭い、冷たい視線で︿サキュ
バス﹀を見下した。
﹁甘美な血の味だった、礼をいうよ﹂
﹁許さないわよ、おまえの性器を喰らってやる!﹂
狂気の形相を浮かべ瑠流斗に飛び掛かる。
瑠流斗は両足を激しく振り上げ、床と足を繋いでいた鎖を破壊す
ると、そのまま両足で︿サキュバス﹀の顎を蹴り上げた。
顎骨を砕かれながら︿サキュバス﹀は後ろに飛ばされた。
その間、瑠流斗は天井に足を裏を付け、一気に天井を蹴飛ばして
天井と手首を繋いでいた鎖を破壊していた。
天井から床に向かってジャンプした瑠流斗は蛙のように床に着地
し、そのままの体勢から四つ足の獣ように︿サキュバス﹀に飛び掛
った。
すぐに︿サキュバス﹀は横に飛び退いたが、瑠流斗は獲物を逃さ
ない。
両手に闇色の鉤爪を宿し、瑠流斗は︿サキュバス﹀の背中を抉っ
た。
倉庫の中に血の雨が降った。
部屋の隅に追いやられた︿サキュバス﹀にもう逃げ場はない。
少女の顔に憎悪が浮かんだ。
これが偽りのない少女の顔かもしれない。
般若の形相を浮かべる︿サキュバス﹀に意識は集中されていた。
それ乱したのは金属のシャッターを殴りつけるような激しい音。瑠
流斗はすぐさま音の原因を探ろうと振り向いた。
62
人が潜れるほどの穴がシャッターに開いている。穴の淵は真っ赤
に熱せられ溶解していた。いったいどんな兵器によって開けられた
穴なのか。その答えは穴の先に立っていた。
街灯の明かりを浴びる女子高生の姿。まさしくそれは︿不死鳥﹀
の華艶。シャッターの穴は華艶の操る炎によって開けられたものな
のだ。
すぐに倉庫内に駆け込んだ華艶の視線は、狙いの︿サキュバス﹀
ではなく瑠流斗に向けられた。
﹁なんであんたいんのよ!﹂
﹁君よりも有能だからだ﹂
涼しい顔で瑠流斗は言った。その視線は︿サキュバス﹀に注がれ
たままだ。
華艶はまだそこにいる少女が︿サキュバス﹀だと知らなかった。
︿サキュバス﹀に会うのもはじめてだ。
﹁そこの少女がもしかして︿サキュバス﹀?﹂
誰もその問いには答えなかった。
﹁そいつが︿サキュバス﹀なんでしょ。違うならなに、あんた少女
趣味でもあるの?﹂
少し華艶が揶揄すると、瑠流斗は閉ざされていた唇を開いた。
﹁こいつが︿サキュバス﹀だ。しかし、この場所がどうしてわかっ
た?﹂
﹁︿サキュバス﹀の居所わかんないから、あんたを捜してたの。あ
んたが見つけてくれると思ってね﹂
﹁汚いことをする﹂
﹁合理的なだけ﹂
二人が会話をしている最中も、倉庫の隅で︿サキュバス﹀は動か
ずにいた。
裸の︿サキュバス﹀はまさに丸腰だ。逃げ場もない。敵は二人か
ら一人に増えてしまった。
唯一の出口の前には華艶が立っている。そこに行くまでには瑠流
63
斗という障害もある。逃げるチャンスを待つか、作るかだ。
︿サキュバス﹀が動いた。積み重なっていたダンボールに向かっ
て走る。
合わせて瑠流斗がいち早く動き、すぐに華艶も︿サキュバス﹀を
捕らえるべく動いた。
同じものを追えば、おのずと走るコースも似てしまう。
華艶にタックルされた瑠流斗がバランスを崩してしまった。タッ
クルした華艶も反動で多少のバランスを崩す。それが︿サキュバス
﹀にとってチャンスになったのだ。
一瞬の隙を見逃さなかった︿サキュバス﹀は二人の間を通り後ろ
に抜けた。
身を反転させようとした華艶の腕が瑠流斗によって掴まれ、強く
後ろに引かれてしまった。
﹁なにすんのよ!﹂
﹁邪魔だ退け!﹂
﹁あんたこそ!﹂
互いに一歩も引かず、足を引っ張りあってしまったために、二人
が倉庫の外に駆け出すのに時間がかかってしまった。
目を凝らして道路の先に潜む闇を見る。
︿サキュバス﹀の姿はどこだ?
先に見つけたのは瑠流斗だった。
走り出した瑠流斗を追って華艶も走り出す。しかし、華艶には︿
サキュバス﹀がどこにいるのかわからなかった。感覚で瑠流斗は華
艶を超えているのだ。
繁華街を照らす明かりは心もとない。明かりを灯している風俗店
やカラオケ店は表通りで、道幅の狭い路地は暗闇に近かった。
足音に耳を澄まそうとすると、近くを通る電車の音に阻まれた。
華艶の便りの綱は前を走る瑠流斗のみ。
急に瑠流斗が足を止めた。
細い路地の終点に︿サキュバス﹀の姿はない。
64
代わりにあるのは金網のフェンス。その先には水の流れる音がし
た。街の中を川が通っているのだ。
夜目が利く瑠流斗は水面の動きが眺めている。
﹁︿サキュバス﹀は川に飛び込んだらしい﹂
﹁あんた追わないの?﹂
﹁生憎、水は苦手でね﹂
﹁ダッサー、もしかして泳げないの?﹂
大口を開けて笑い出す華艶に背を向けて瑠流斗は来た道を引き返
していく。
商売敵がリタイヤしたことによって華艶にチャンスがめぐってき
た。
﹁夜の川って寒そ﹂
フェンスを華麗に飛び越え、華艶は川の中に飛び込んだ。
65
不老孵化︵12︶
︿サキュバス﹀との寒中水泳をした翌日、華艶は帝都病院に来て
いた。
診察室で華艶は医師と話していた。
﹁だから川の中に飛び込んでから調子悪くなったんだってば﹂
華艶の話を聞くのは紺色のボブヘアがよく似合う主治医の魔女医
チアナだった。
﹁あんたバカね、帝都の川にどれだけ未知の病原体や妖物がいると
思って?﹂
﹁そのときはすっかり忘れてたんだってば。あるでしょ、なにかに
集中すると度忘れすること?﹂
﹁私はないわ、あなたと違って﹂
﹁あっそ﹂
そっぽを向く華艶の頬を異様なまでに赤く色づいていた。
川の中に飛び込んだ華艶は病原体かなにかに感染してしまったの
だ。しかも、︿サキュバス﹀も見事に取り逃がしてしまった。ダブ
ルパンチだ。
﹁主治医としてあたなに忠告があるわ﹂
﹁なに?﹂
﹁あなたの細胞は驚異的な再生能力を持つわ。だから脳を破壊され
るか、即死に至るほどの重症を負わない限りは死なないわ。でもね、
怪我と病気は違うのよ﹂
﹁わかってるって﹂
﹁わかっていないから川になんて飛び込んだのでしょ?﹂
注射器の針から液体を少し出し空気を抜くと、チアナは素早い手
つきで華艶の首に注射器の針を突き立てた。
﹁抗生物質を打っておくわ。拒否反応が出たらごめんなさいね﹂
66
﹁藪医者﹂
悪態をつく華艶の腕に空の注射器を差し、少し多めにチアナは血
を抜いた。
﹁血液検査で病気の原因を突き止めておくから、病状が悪化したら
また病院に来なさい﹂
﹁いっつも思うけどさ、チアナって患者に対応がテキトーだよね﹂
﹁あなただからよ﹂
︱︱だと思った。と華艶は思いながらも言葉を飲み込んだ。あま
り悪態ばかりをつくと仕返しが怖い。
華艶が目を離すと、チアナは別の注射器の用意をしていた。
﹁対応が適当だと言うのなら、病状が悪化する前に新薬を打ってあ
げましょうか?﹂
﹁ノーサンキュー﹂
過去に何度となく新薬の実験台にされたことか。
華艶はチアナに背を向け、逃げるように診察室を飛び出した。
待合室には多くの人がいた。みな華艶より早くからいた人たちだ。
他の人には悪いが、金でなんでも買える街だ。批判するにも金がい
る。
帝都病院は帝都一の最新鋭の施設を備えている。つまりそれは世
界一ということだ。
魔導や妖物の跋扈する街では、それに伴い医学も飛躍的に進歩し
た。他の国など累も及ばないのだ。
正面ロビーより、緊急搬入口が近いという理由で、華艶はそちら
に向かって歩いていた。もちろん関係者以外立ち入り禁止だ。
出口に人影が見えた。すぐに華艶は廊下の端に寄って様子を伺う。
干からびた全裸の男が台に乗せられ運ばれていく。医師が押さえ
ている患者の患部は股間だった。
どんな事件が起きてもおかしくない街だが、華艶の勘がなにかあ
ると囁いている。
すぐに華艶は近くにいたナースの腕を掴んだ。
67
﹁今運ばれてきた患者のこと教えて﹂
と1万円札を握らせると、簡単にナースは口を開いた。
﹁性器を食べられちゃったんですって人型の妖物に﹂
ひがみ
﹁運ばれてきた場所を教えて﹂
﹁陽上の一丁目⋮⋮じゃなくて二丁目?﹂
﹁うちの近所じゃん。あんがと、そんじゃねー﹂
華艶は病院を駆け出し、大通りに出てタクシーを拾って乗り込ん
だ。
﹁とりあえず陽上一丁目に向かって﹂
﹁了解。ところで陽上と言やあ、さっき事件があったんだってよ﹂
アクセルを踏む運転手に華艶が防弾硝子越しに詰め寄った。
﹁それって性器食われたって男の話?﹂
﹁よく知ってんな﹂
それは華艶のセリフだった。
﹁警察無線傍受してんの?﹂
﹁さぁてな﹂
とぼける運転手に華艶は1万円札をちらつかせた。
﹁チップはずむから事件のこと詳しく教えて﹂
運転手は前を見ながら指を3本立てて華艶に見せた。
﹁とっておきのネタだから3万だな﹂
﹁男が人型の妖物に性器食われて干からびたってとこ以外なら3万
払う﹂
﹁それしか知らないのか、なら俺の話はとって置きだな。前金で払
いな﹂
防弾硝子の隙間から華艶は2万円を滑らせた。
﹁前金で2万。残りは話の内容しだいね﹂
﹁しゃーねえなぁ。そのチンコ喰われたっていう男の部屋に救急隊
が駆けつけたとき、黄金に輝く卵だか繭を見つけたんだと。だいた
いその大きさつーのが、5、6歳の子供より一回り大きいくらいだ
とか﹂
68
﹁それでその繭はどうなったの?﹂
﹁生命科学研究所に運ばれたんだとさ﹂
﹁はぁ? バカじゃないの、なんでそれ早く言わないのよ!﹂
生命科学研究所といえば、帝都病院のすぐ近くにある施設だ。タ
クシーはすでに陽上一丁目に入っていた。
﹁生命科学研究所に引き返して!!﹂
防弾硝子が激しく殴られた。運転手はまさか防弾硝子が壊れるん
じゃないかと思いながら、焦ってハンドルを切って来た道を逆送す
る。
制限速度を無視してアクセルを踏む。目の前の鬼女に殺されるよ
り、スピード違反で掴まったほうがマシだ。あわよくば警察に保護
を求められる。
華艶の足裏が防弾硝子を蹴る。
﹁早くしてよ!﹂
バックミラーに映る後部座席の華艶は何度もスカートの隙間から
パンツを見せながら、防弾硝子に強烈な蹴りを喰らわせていた。
運転手は後ろに気を取られすぎて、目の前に迫るトラックの荷台
側面に気づいていなかった。
華艶が怒鳴る。
﹁前見て!﹂
﹁うわああっ!?﹂
運転手が叫ぶと同時にタクシーのフロントが、トラックの荷台の
下の隙間にめり込んでいた。簡易一発、運転席の前のまで押し寄せ
る荷台は止まっているが、フロント硝子は飛び散り、運転手は顔か
ら血を流して気を失ってしまっている。
華艶は慌てず騒がずタクシーから降りて辺りを見回した。通りの
向こう側に帝都病院の影が見えた。
﹁病院の近くで事故起こすなんてラッキーなおっさん﹂
華艶の事故後の対処法は、さっさと現場を離れること。
気を失っている運転手を見捨てて華艶は生命科学研究所に急いだ。
69
生命科学研究所は都立の施設ではないが、帝都病院や帝都大学と
提携しており、世界最高水準の施設と情報と人材を揃えている。
当然、施設内への進入はアリ一匹、ウィルス一匹たりとも許さな
い。過去に施設内部から実験生物が逃げ出した不祥事があったこと
から、内部からの脱出も容易ではない。
施設は高い塀に囲まれ、高圧線とセンサーの網が張り巡らされて
いる。正面ゲートは厳重な警備の元、詳細な許可書とIDがなけれ
ば部外者はヘタをすれば撃ち殺される。噂では戦車並みの装甲車で
ゲートを突破する輩への対策として、対戦車バズーカが備え付けら
れているらしい。
さすがの華艶もバズーカ砲で撃たれれば木っ端微塵だ。
考え事しながらゲートの前をうろついているだけで要注意人物に
されそうだ。
華艶は近所を歩きながら生命科学研究所から遠ざかっていた。
﹁う∼ん﹂
そもそも生命科学研究所に運ばれた物体が、︿サキュバス﹀に関
係あると決まったわけではない。
しかし、華艶は切り離して考えることができなかった。
先日、桜坂家の地下室で見た表紙の厚い本。そこに描かれていた
図解の中に、今になって気になる点があるのだ。
図解の中にさなぎのような絵があったのだ。それが孵化すると、
輝くなにかが現れる絵も近くに描かれていた。
他の絵もパラパラめくったときに見ていたはず。思い出せないが
重要な絵を見たような気がする。
今ある個々の情報たちを大きな視野で遠くから眺めると、関係な
いと思っていた情報たちが手を結ぶ。
﹁あっ⋮⋮﹂
老人が徐々に若返っていく絵があったはずだ。その時点で、︿サ
キュバス﹀は若い男の精を吸って若返っている、という情報を知っ
てたので絵に対して関心を向けなかった。
70
しかし、今になって起きた出来事を並べると、本に描かれていた
順番どおりになり、老人から若返ることが終わりではなかったこと
に気づく。絵は続いていたのだ。あのときは別の魔導の図解だと思
って、切り離して考えてしまっていたのだ。
続きで描かれていた絵は、胎児が母体にいる絵、さなぎの絵、そ
して孵化する絵。
﹁あたしってばヤバイ、当たってるかも﹂
華艶は仮説をひらめいてしまったのだ。
まず︿サキュバス﹀は老人から若返った。これには単に若返ると
いう理由以外の理由があったのだ。
昨晩、華艶が目にした︿サキュバス﹀は幼児体型であったが、老
人から若返る第一段階のときは、そこまで若返ってはいけなかった
のだ。理由は妊娠するためだ。
若くてエネルギーある状態で妊娠する必要があったに違いない。
その身体から生まれてくるものは、人間ではなかったのだから。
そして、生まれてきたものは成長し、ある一定まで育つとさなぎ
になり、やがて孵化するのだ。
︿サキュバス﹀はただ若返るだけではなく。若さと共に人間を超
越した存在を目指していたに違いない。
﹁⋮⋮そんなような気がするんだけど、はずれてるかなぁ﹂
華艶の目的は︿サキュバス﹀の生け捕りだ。依頼を果たせば全て
の謎が解けるかもしれない。
考え事をいながら歩いていた華艶の目の前には、いつの間にか帝
都病院の正面門があった。
﹁あーっ﹂
華艶は帝都病院と生命科学研究所が、提携関係にあることを思い
出し、急いで病院の中に駆け込んでいった。
71
不老孵化︵13︶
﹁1日に2度も横入りするなんて、他の患者がクレームを出すわ﹂
ため息をつきながらチアナは言った。
順番待ちをしている患者たちをまた後回しして、チアナは華艶の
対応をしていた。
﹁それで病状が悪化したの?﹂
﹁ノンノンノン、病気はすっかり治ったみたい。そんなことよりさ、
生命科学研究所に入りたいんだけど、協力してよ﹂
﹁無理ね﹂
即答された。
チアナは話を続ける。
﹁あの場所に立ち入るには許可証が必要なのよ﹂
﹁だから協力してって言ってんじゃん。チアナってあそこに出入り
してるんでしょ?﹂
﹁指紋認証は闇医者にでも指紋を変えてもらえばいいけれど、静脈
認証や骨格認証を乗り切るのは難しいわね﹂
﹁なにかあるでしょー﹂
﹁ないわ﹂
華艶は舌打ちした。
生命科学研究所の関係者のコネが絶たれた。
だが、別のコネクションがあることに華艶は気づいた。
ケータイを取り出し、華艶が電話をかけようとすると、チアナが
待ったを掛けた。
﹁病院内でケータイ使えないのは常識でしょう。電話ならこれを使
って頂戴﹂
チアナに差し出された有線電話を受け取り、華艶は最大のコネに
電話をかけた。
72
﹁もしもし黒川さーん﹂
華艶のコネは依頼人だった。
︽誰だ?︾
﹁ひっどーい、あたしのこと忘れちゃったの? 華艶よ、華艶﹂
︽どうしたんだ?︾
﹁生命科学研究所に︿サキュバス﹀がいるかもしれないんだけどさ、
あたし許可証がなくて入れないんだよねー﹂
︽なんだと、政府に先を越されたのか!?︾
正確には生命科学研究所は政府の施設ではないが、黒川は︿サキ
ュバス﹀の捕獲を政府に先を越されたと思ったのだ。
﹁たぶん︿サキュバス﹀だって知らないで運ばれたっぽい。だから
さ、早く生命科学研究所に進入してどうしかしたんだよね﹂
︽難しい相談だな︾
﹁研究所にコネクションあるでしょ?﹂
︽あの場所は九音寺グループの保有する研究所と敵対関係にある研
究所だ。人伝いに手を回していけば許可書の発行も可能だが、それ
には数日間の審査を要する︾
﹁そんなに待てない﹂
ガチャっと華艶は受話器を置いた。
横目で華艶はチアナをちらりと見た。チアナは片手で華艶を払う
アクションをしている。
﹁用事が済んだのなら早く診察室を出て行ってくれないかしら?﹂
﹁⋮⋮あたしのコネもたいしたことない﹂
ため息をつきながら華艶は診察室をあとにした。
病因に戻ってきたのはまったくの無駄だった。
こんなことをしている間に︿サキュバス﹀の検査は進んでいくだ
ろう。警察や研究員たちが優秀ならば、︿サキュバス﹀との因果関
係に気づくかも知らない。
生命科学研究所に進入する手立てが思いつかないまま、華艶は病
院内を歩き回っていた。
73
考え事をしながらも、その意識が今すれ違った男に惹かれた。
﹁ちょい待ち、あんたすれ違ったんだからちょっとは反応してよ﹂
男は足を止め、ゆっくりと振り返った。その白い顔に浮かぶ紅い
三日月。
︱︱瑠流斗だった。
病院の廊下で敵役に出会ってしまった。それにも関わらず、瑠流
斗ときたら、何事もないように華艶の横を通り抜けようとしたのだ。
病院の廊下に足音を響かせながら華艶は瑠流斗に詰め寄った。
﹁どうしてあんたが病院にいるわけ?﹂
﹁依頼人が亡くなった﹂
﹁︿サキュバス﹀の?﹂
﹁そうさ﹂
これは華艶にとって朗報だ。
﹁ってことは依頼破棄?﹂
﹁遺言で依頼は続行される﹂
﹁はぁ?﹂
﹁成功報酬も上乗せされた﹂
朗報かと思ったが、違ったらしい。しかし、瑠流斗はこう続けた
のだ。
﹁依頼に失敗した場合、成功報酬は財産分与に回される。上乗せさ
れた報酬と合わせると、とても高額だ﹂
勘のいい華艶はすぐにその言葉の意味を汲み取った。
﹁要するにさ、報酬を払いたくない遺族がいるわけ?﹂
﹁そうさ﹂
払いたくないとは﹁できれば﹂ではなく、﹁積極的﹂にという意
味なのだろう。
腕利きで高額報酬で有名な瑠流斗を雇えるほどの人物だ。一般人
であるわけがない。それに﹁殺し屋﹂を雇う神経の持ち主だ。その
遺族も安月給のサラリーマンに落ち着いているとは考えにくい。
早い話が、これから瑠流斗は遺族の妨害工作に遭う可能性がある
74
ということだ。
遺族が瑠流斗の足を引っ張ってくれれば、華艶の運びがだいぶ楽
になる。
しかし、華艶には当面の問題があった。
﹁ところでさぁ、︿サキュバス﹀がどこにいるか検討ついてるの?﹂
﹁臭いが途絶えた﹂
おそらくさなぎになったときに臭いが変わってしまったのだろう。
瑠流斗の瞳が華艶の瞳を射抜く。
﹁どこにいるか知っているな?﹂
﹁例えばさ、セキュリティが厳重な場所に進入する方法とか思いつ
く?﹂
﹁良い情報をもらった、礼を言うよ﹂
背を向けて立ち去ろうとする瑠流斗を華艶は呼び止めた。
﹁ちょいちょい、居場所がわかればセキュリティはどうにかなるの
?﹂
﹁人が作ったものが人が打ち砕けないはずがない。人を超越した存
在なら、人が作ったものなど造作もないだろうな﹂
﹁意味フ﹂
歩き去る瑠流斗の背中を見ながら、華艶は舌打ちをした。
ヘタなことを言ったために、瑠流斗に情報を与えてしまった。
︱︱居場所はわかるが入れない。と教えてしまったようなものだ。
瑠流斗は居場所さえわかれば、セキュリティを突破する手立てが
あるらしい。瑠流斗が︿サキュバス﹀の居場所を突き止めるのは時
間の問題だろう。
まだ瑠流斗は華艶の視線の中にいた。
﹁瑠流斗、ちょっと待って!﹂
﹁まだ撲になにかあるのかい?﹂
﹁︿サキュバス﹀の居場所教えてあげる﹂
﹁そちらがどんな条件を出しても、最終目的が違うから協力関係は
結べないよ。ボクは︿サキュバス﹀を殺す﹂
75
もう華艶に瑠流斗を引き止める理由はなかった。
焦りだす華艶は気づかない。瑠流斗が出口ではなく、別の場所に
向かっていることを︱︱。
76
不老孵化︵14︶
華艶と分かれた瑠流斗は集中治療室に足を運んでいた。
微かな臭いがこちらからする。
瑠流斗は近くで雑務をこなすナースを呼び止めた。
﹁今日運ばれてきたICUの患者のことを詳しく知りたい﹂
﹁情報は買うものですよ。さっきの人は3万円もくれましたから﹂
本当は1万円だった。
﹁もしかしてそれは女子高生じゃなかったかい?﹂
﹁ええ﹂
女子高生とは華艶のことだった。
瑠流斗の唇がナースの耳元に近づいた。
﹁残念だけど、現金を持ち合わせていないんだ。変わりにこれをあ
げるよ﹂
鋭い犬歯がナースの柔肌に突き刺さる。
微かに滲む紅い鮮血。
ナースの首筋から顔を離した瑠流斗は口を拭い、紅く輝く瞳でナ
ースの瞳を魅了した。
﹁女子高生に君が話したことを僕にも話して欲しい﹂
空ろな瞳をしたナースは、暗示にでもかかってしまったように、
ゆっくりと口を開いた。
﹁陽上一丁目から運ばれてきた患者の性器が、妖物に食いちぎられ
ていたことを話しました﹂
﹁患者に他の症状は出ていなかったのかい?﹂
﹁全身が干からびたように痩せ細っていました﹂
﹁なるほど⋮⋮ありがとう。では、僕の指を見て欲しい﹂
そう言って瑠流斗が指を鳴らすと、ナースの瞳に光が戻った。
自分がなにをしていたのか、数分間の記憶が靄にかかってしまた
77
ように思い出せない。廊下の先を歩く男の姿に見覚えがあるが、そ
れがなに者だったか思い出せない。
瑠流斗はナースと分かれ、事件の起きた陽上一丁目には向かわず、
院内施設のPCルームに足を運んでいた。
入院患者や来院者のために解放されているPCルームで、瑠流斗
はパソコンの前に座りネットワークに接続した。
キーボードが強烈なビートを刻み、仕切り板をはさみ隣でパソコ
ンをする男も、思わず耳と手を止めてしまった。瑠流斗の指先を見
ることはできないが、ありえないスピードでキーボードを打ってい
るのは、音からも間違いないだろうと判断できる。
瑠流斗は帝都警察のシステムにハッキングしているのだ。
最重要情報はネットワークに接続されていないパソコンで管理さ
れているが、捜査情報などの情報は利便性からネットワークに間接
的に接続されている。
過去6時間の間に起きた事件。その中で陽上で起きた事件を検索
する。検索でヒットした中からさらに検索して目的の資料を探す。
﹁なるほど﹂
呟く瑠流斗がなにをしているのか、回りの人々は知るよしもない。
まさか公の場所で大胆にも、ハッキングをしているなど夢にも思っ
ていないだろう。その大胆さが秘密を隠すのだ。
事件現場で生体反応がある物体を発見。それを調べるために生命
科学研究所に移送。
情報を手に入れた瑠流斗はすぐに生命科学研究所へハッキングし
た。
物理的に認証システムを突破できないのであれば、システムその
ものに手を加えればいい。身体を作り変えるより、瑠流斗にとって
は簡単に済む。
5分もせずに全ての作業を終え、瑠流斗は席から立ち上がった。
向かうは生命科学研究所だ。
78
不老孵化︵15︶
1時間後、瑠流斗は生命科学研究所の正面ゲートに来ていた。
ダークスーツに着替え、ネクタイまで締めている瑠流斗。
IDカードを提出し、全身のスキャニングを受ける。
このスキャニングで武器の所持の有無、登録されたIDと同一人
物か認証される。
ゲートを難なく通っていく瑠流斗の後姿を、近くの物陰から見張
っていた華艶は見ていた。
﹁どーして入れるのよぉ∼﹂
華艶は未だに生命科学研究所に進入する手立てを見つけられずに
いた。
女子高生かが昼まっから学校にも行かずに、ほっつき歩くのは問
題ないとして、生命科学研究所の近くをうろちょろするのはマズイ。
実はすでにゲートの監守とは顔見知りの中になってしまった。そ
ろそろ警察に連絡されるかもしれない。
焦る華艶。
このままでは瑠流斗に︿サキュバス﹀を殺される。
大丈夫、まだここに運ばれた物体が︿サキュバス﹀と決まったわ
けではない。と思いたいが、それは華艶自信の勘が外れたことにな
り、その点では華艶は納得がいかない。
正面ゲートを離れ、研究所を囲う塀の周りを歩く。
とてもじゃないが高くて登れない塀だ。せめて網だったら登れた
のだが︱︱。
正面から偽造パスで入ることは無理そうだ。そうなると、あとが
強行突破しかない。
華艶はケータイ電話を取り出し黒川に電話をかけた。
﹁もしもし黒川さん?﹂
79
︽今度はなんの用だ?︾
﹁不法侵入とかして掴まっても、優秀な弁護士をつけて無罪になる
?﹂
︽なにをする気だ?︾
﹁ヘリからパラシュートとかなんか使って降りて、生命科学研究所
に進入しようかなぁって⋮⋮﹂
︽裁判で勝つことはできるかもしれないが、その研究所には力のあ
るバックがついているからな⋮⋮負ける可能性もある︾
﹁じゃー今のあたしの意見はなかったことに。そんじゃ、捨て駒で
生命科学研究所に進入して︿サキュバス﹀奪還しちゃって。あーそ
れから、大変悪いお知らせだけど、︿サキュバス﹀の命を狙ってる、
とーっても優秀な殺し屋が正面ゲートをパスして進入したから、1
分くらい前に﹂
︽なんだと?︾
黒川の声には焦りが含まれていた。
︽わかった、すぐに無登録オートマタを向かわせよう︾
オートマタとは自動人形、つまり人型ロボットのことだ。アンド
ロイドやドールという言い方をされるこもある。
通話を切った華艶は地面にヤンキー座りをした。パンツ丸見えだ
が、近くを通る者もいないのでいいだろう。
しばらく休んでいると、なにかの気配がした。
通りの向こうからパトカーがやってくる。最近の車は清音仕様で
近づいてきてもわからない。そのため接触事故も多くなり、自動車
メイカーではわざとエンジン音のする車の開発をしている。
パトカーの姿を確認した華艶はヤバイと確信した。ここで逃げる
のもヤバイが、逃げないのもヤバイような気がする。
思い過ごしなら華艶を通り越して走り去るだろう。
だが、パトカーは見事に華艶の前で止まったのだ。
降りてきた二人の警官の視線が、チラリと華艶の開かれたスカー
トに向けられた。華艶はわざとからかうように、大きく股を開いて
80
挑発する。
﹁どこ見てるんですかぁー?﹂
その質問は完全にシカトされ、
﹁研究所の周りをうろつく不審人物とはおまえのことだな?﹂
﹁知りませーん。誤解ですよ、ご・か・い。あたしはちょっと疲れ
たから、ここで休んでただけですから﹂
﹁言い訳をしても無駄だ。女子学生がいると通報を受けて来たんだ。
それになんだ、学生が学校も行かずに昼間からなにしてる?﹂
﹁高校生なんで、義務教育じゃないからガッコーに行くのは個人の
自由だし﹂
そんなことを言う華艶は単位が足らず、去年は留年を経験してい
るのだ。
﹁とにかく最寄の派出所まで来てもらうからな。そこで事情聴取を
する﹂
このまま連れていかれるのはマズイ。研究所の周りをうろちょろ
していただけなので、すぐに帰してもらえると思うが、研究所の中
に入った瑠流斗と︿サキュバス﹀が気になって、この場を離れるこ
とができない。
﹁やだー、派出中に連れ込んでえっちなことするんでしょ?﹂
﹁馬鹿なこと言うな!﹂
怒り出す警官を挑発するように、華艶はさらに股を開いてパンツ
を見せ付けた。そして自らの指先を股間に伸ばし、なにかをしよう
としたのだが、その手は急に空を指差された。
﹁あっ、ヘリが飛んでる﹂
華艶が指先には低空飛行をするヘリコプターが飛んでいた。
警官もそのヘリを確認し、ヘリが研究所の真上で停まり、そのヘ
リからロープが下ろされたかと思うと、人影がスルスルとロープを
伝って研究所の敷地に侵入するのが見えた。
警官は慌て、無線機で連絡をしようとし、その視線を華艶に戻し
て再び慌てた。華艶の姿がないのだ。慌ててもうひとりの警官の顔
81
を見るが、その警官も顔を横に振り、華艶が逃げたことに気づかな
かったらしい。
まんまと華艶は逃げたのだ。
82
不老孵化︵16︶
研究所内に進入した瑠流斗は足早に進んだ。
用意していた白衣を羽織ながら、瑠流斗は陽上から運ばれてきた
生命体を探した。調べた情報で、どの施設に運ばれたのかはわかる
が、研究所の見取り図まで探すことができず、あとは自らで確認し
ていくしかない。
B﹀の文字が描かれている。
無機質な廊下を進み、瑠流斗の足が扉の前で止まった。頑丈そう
な金属の扉だ。扉には︿LEVEL
レベルB以上のIDカードがあれば、簡単に開くことのできる扉
だ。もちろん瑠流斗の偽造したカードで簡単に開くレベルだ。
扉は左右に開き、瑠流斗の進入を許した。
そこから廊下を進み、左右の研究室を見渡しながら歩く。
研究室が硝子で仕切られ、部屋の中が見れる構造になっている。
その研究室のひとつが瑠流斗の目に留まった。
硝子の向こうの、そのまた向こうの硝子窓の小さな部屋。その部
屋に黄金に輝く繭か、さなぎのような物体を見つけたのだ。
が、そのときだった。
研究室にけたたましいサイレン音が鳴り響いた。
すぐにアナウンスが続く。
︽研究室内に外部からの侵入者があり!︾
進入がばれたのかと思ったが、周りの研究者達は自分に気づいて
いない。瑠流斗は慌てることなく、目的の研究室に侵入した。
波長計や実験具が置かれた部屋の先にある部屋。そこに黄金の物
体はある。
大きなはめ込みのガラス窓の先で、研究員が白くてロボットみた
いな防護服を着て、黄金の物体の写真を撮っている。
研究室に入ってきた瑠流斗に気づいた研究者が声をかけてきた。
83
﹁なんの用ですか?﹂
﹁写真を撮っている彼にすぐに離れろと伝えろ﹂
瑠流斗の言葉を理解できず、研究者は頭にクエスチョンマークを
浮かべた。
すぐに瑠流斗は操作パネルのボタンを押し、傍らのマイクに向か
って話しかけた。
﹁孵化するぞ﹂
その言葉は当たった。
黄金の色の物体はそれ自体が心臓のように脈打ち、激しい閃光を
放って視界を奪った。
目潰しを喰らった研究者たちは目が眩み、瑠流斗は閃光の前に目
を瞑り顔を腕で隠したが、閃光は凄まじさで眼をやられてしまった。
閃光はすぐに治まったが、視界が白から戻らない。
瑠流斗の前に小部屋は防音で音もこちらに聴こえない。部屋に向
こうでなにが起きているのか視覚と聴覚では判断不能だ。
だが、瑠流斗の超感覚は、そこにいる研究者とは別の存在が蠢い
ていることに気づいていた。
さなぎの背中が割れ、その隙間を裂くように白く生々しい昆虫の
羽が出た。それはまるで蝶の羽のようだった。
白い羽が徐々に色づき、生々しかった羽が乾燥して形を整えてい
く。
その間にもさなぎの中からは本体が這い出そうとしていた。
人間のような背中が姿を見せ、艶かしい肩とうなじのラインが覗
いた。
視界を取り戻してきた瑠流斗は見た。
さなぎの中から美しい女が顔を上げたのを︱︱。
陶器のように白い顔には、黒い唇が微笑を浮かべていた。
さなぎから立ち上がった身体は羽以外が女性そのもので、身長は
180センチ近い。優美な曲線と無駄のない丸みを備えたその身体
は、どんなに高名な彫刻家でも創造することはできまい。それほど
84
までに完璧な身体を持って、この存在は生まれてきたのだ。
まだ瞳の開かれていないこの存在は、そこに瑠流斗いることを知
ってか知らずか、その端整な顔を瑠流斗に向けた。
そして、ゆっくりと開かれた瞳は金色に輝いていた。
瑠流斗は確信した。
﹁やはり︿サキュバス﹀か⋮⋮﹂
︿サキュバス﹀はそれに答えるように艶やかに微笑んだ。
85
不老孵化︵17︶
蝶の羽をゆっくりと動かしながら、︿サキュバス﹀は床に尻餅を
付く研究員を見つめ、艶かしく舌なめずりをした。
﹁少しエネルギーを蓄え過ぎたみたいだわ﹂
︿サキュバス﹀は研修者の傍らに肩膝を付き、強化プラスチック
の奥にある顔を覗きこんだ。
防護服を着た研究者は女性だった。怯えた表情をして、瞬き一つ
していない。
硬く閉じていた扉が開かれ、この個室に瑠流斗が静かに入ってき
た。
﹁欲情して男と女の区別もつかなくなったのかい?﹂
その言葉に︿サキュバス﹀は笑った。
﹁性別を超越した存在になっただけよ﹂
立ち上がった︿サキュバス﹀は自らの性器の入り口を指で開き、
そこが卑猥な音を立てたかと思うと、なんと膣から男性の男根が生
えてきたのだ。
すでに︿サキュバス﹀のモノはそそり立ち、血管を激しく脈打た
せている。
﹁わたしのコレ、素敵でしょう? あなたの身体で試してあげまし
ょうか?﹂
と言われたのは床にいる研究者ではなく、瑠流斗に向けてだった。
﹁僕は男だ﹂
切り捨てた瑠流斗は冷たい瞳で︿サキュバス﹀を見据えた。
すぐにでも殺る気だ。
瑠流斗の指の爪には黒いマニキュアが塗られていた。違う︱︱そ
れはただのマニキュアではなく、闇色が渦巻くように動いている。
﹁ダーククロウ﹂
86
瑠流斗の爪が鉤爪のように伸び、一瞬にして鋭い凶器と化した。
刹那、瑠流斗の放った爪は︿サキュバス﹀の腕に受け止められて
いた。
一瞬の動きだけを計れば、瑠流斗の攻撃速度は風よりも速かった。
その攻撃を︿サキュバス﹀は受けたのだ︱︱腕で。
︿サキュバス﹀は優越な表情で瑠流斗を見下している。
﹁美しいものは傷つけることはできない。物理法則をも変えてしま
うものなのよ﹂
瑞々しく艶のある肌は柔らかく、風が吹いただけで傷付きそうな
のに、瑠流斗の爪は︿サキュバス﹀の肌に傷一つ付けることができ
なかった。
美しさで︿サキュバス﹀は瑠流斗を凌駕したのだ。
瑠流斗は動悸が激しくなったことに気づいた。目を凝らすと︿サ
キュバス﹀の周りに黄色い粉が待っている。
すぐに瑠流斗はシャツの腕で自分の口を押さえた。
︿サキュバス﹀が羽を動かすたびに鱗粉が空気中に舞っていたの
だ。
鱗粉を吸い込んでしまった身体は、手足の先から徐々に痺れ、内
臓器まで萎縮してしまったように苦しい。
すでに瑠流斗は足の感覚がなくなり、無意識のうちに床に倒れて
しまった。
近くにいた研究者たちは異変に気づき、すでに逃げ出してしまっ
ている。残されたのは瑠流斗と防護服を着た女研究者だけだった。
防護服を着ているため鱗粉を吸うことはなかったが、畏怖から身
体が言うことを聞かず、部屋の隅で小さく震えている。
︿サキュバス﹀は瑠流斗と研究者を見比べ、どちらを食べるか品
定めしていた。
﹁前にあなたのことを食べ損なったから、あなたを頂くことにする
わ﹂
長く伸びた︿サキュバス﹀の舌が、瑠流斗の顔をじっとりと舐め、
87
大量の唾液で濡らした。
風を焼く音が聴こえた。
廊下から放たれたレーザーが研究室の大窓を溶かし、その中の個
室の窓をおも貫通し、︿サキュバス﹀の眼前まで迫っていた。
しかし、直線移動するはずのレーザーは︿サキュバス﹀の前に来
て、なんと湾曲移動をして︿サキュバス﹀を避けたのだ。
レーザーは壁を溶かし煙を上げて穴を開けた。
︿サキュバス﹀の視線が瑠流斗からレーザーを放った者へと向け
られる。
そこにいたのはボディスーツを着た男の姿。鋼の表情をしたそれ
は人間のそれではない。魂を持たぬ氷の暗殺者。
黒川の手配した機械人形が研究室内に侵入していたのだ。
︿サキュバス﹀は瑠流斗を残し素早く動き、廊下にいた機械人形
に襲い掛かった。
ヒトよりも反応速度の速い機械人形は完全にレーザー銃を︿サキ
ュバス﹀に向けていた。︿サキュバス﹀に避ける術はない距離だ。
放たれたレーザーを︿サキュバス﹀は避けるまでもなかった。レ
ーザーが︿サキュバス﹀を避けたのだ。
レーザーを免れた︿サキュバス﹀の手が機械人形の顔面に伸びた。
速度はまだ機械人形の方が早く、手を出して相手の攻撃を防ごう
とした。だが、防ぐには防げたが質量の重いハズの機械人形が、そ
の場で持ちこたえることができない。後ろにあった大硝子を砕きな
がら機械人形の身体は研究室の中に飛ばされた。
︿サキュバス﹀は真後ろから鋭い殺気を感じた。
迫る瑠流斗!
瑠流斗の長く伸びた爪が振り向きざまの︿サキュバス﹀の顔面を
抉ろうとする。
だが、それは闘牛士が牛を躱すように、瑠流斗が自ら躱したよう
になってしまった。
攻撃がまったく当たらない。
88
神々しいまでの笑みを浮かべ︿サキュバス﹀は笑う。
﹁おほほほほ、わたしに触れられるものなら触れてみなさい﹂
︿サキュバス﹀は瑠流斗から逃げた。逃走ではなく、追いかけっ
このつもりなのだろう。追うよりも追われる存在。
逃げる︿サキュバス﹀を瑠流斗は追おうとしたが、急な立ちくら
みに襲われ意識が薄れた。
瑠流斗の身体が︿サキュバス﹀の鱗粉を中和し、少しは動けるよ
うになったが急な運動に耐えられず、立ちくらみに襲われてしまっ
たのだ。
床に手を付いてしまった瑠流斗はすぐに意識をはっきりとさせ、
そこから獣がするように手を使って跳躍した。
89
不老孵化︵18︶
生命科学研究所の近くにあるマンションの屋上で、華艶は双眼鏡
を使って様子を伺っていた。
建物の構造はただの白い箱で、窓も一切ない構造から内部の情報
を知ることはできない。空気を排出する通気口があるが、その大き
さでは人は進入できそうにない。できるとしたら、小型生物かロボ
ットだろうか。
今ごろ瑠流斗や機械人形たちはどうしているのか?
もしかして瑠流斗に先を越されてしまったかもしれない。機械人
形が先に︿サキュバス﹀のさなぎを捕獲したとしても、瑠流斗と鉢
合わせして無事かどうかわからない。
双眼鏡から目を離し、疲れた目をぎゅーと瞑っていた華艶の耳に、
激しい爆発音が聴こえた。
慌てて双眼鏡であたりを見回すと、研究所の建物から伸びる長い
道を走り、正面ゲートに向かっている裸の女の姿が見えた。背中に
蝶のような羽が生えているので人間ではなさそうだ。
あの研究所にはいろんな妖物もいそうなので、羽の生えた女が逃
げ出してきても不思議ではない。中できっと瑠流斗か機械人形が暴
れまわっているのだろう。
しばらく羽女の姿を観察してると、その後を追って重装備をした
男たちが研究所を飛び出してきた。きっと逃げ出した妖物を捕らえ
に向かったのだろう。
と、人事と考えていた華艶の目が、研究所から飛び出してくる瑠
流斗の姿を確認して変わった。
あの羽女が︿サキュバス﹀だ。
気づいたと同時に華艶は屋上を飛び出し、フェンスを越えて地面
にスカイダイビングしていた。
90
コンクリに足をついた華艶は苦痛に顔を歪ませながらも、骨と腱
をすぐに再生させ︿サキュバス﹀の行方を追う。
もしかしたらこれは最悪の事態かもしれない。︿サキュバス﹀の
さなぎが孵化してしまった。
華艶は道路を駆けながら黒川に連絡を取った。
﹁︿サキュバス﹀が逃げた!﹂
要約した言葉に黒川は理解を示した。
︽知っている。オートマタにリアルタイムで連絡を受けている。す
でに第2班を向かわせたが、すぐにというわけにはいかん︾
﹁やっぱり生きたまま捕獲しなきゃだめ?﹂
︽殺さなければいい︾
﹁了解⋮⋮やばっ、︿サキュバス﹀と鉢合わせ!﹂
ケータイから耳を離し、華艶は目の前で止まってくれた︿サキュ
バス﹀に挨拶をする。
﹁︿サキュバス﹀ちゃんこんにちは。見違えるように綺麗になちゃ
ってどうしたの?﹂
﹁お褒めの言葉ありがとう﹂
﹁ついでにあたしからプレゼントあげちゃう︱︱炎翔破!﹂
不意打ちで華艶の手から放たれた炎を︿サキュバス﹀の目の前で
消失してしまった。
思わず眼を剥いた華艶はなにが起こったのか理解できなかった。
︿サキュバス﹀はそこに立っていただけでなにもしていない。
レーザーがどこからか連続して飛び、︿サキュバス﹀を避けて華
艶に向かって飛んできた。
﹁うおっ!﹂
驚いた華艶はすぐさまレーザーを躱して、︿サキュバス﹀の後方
にいる男たちに目を向けた。雰囲気が人間っぽくない。それがおろ
らく機械人形であると、すぐに察しがついたが、まさかレーザー撃
ってくるとは思ってもみなかった。
まだ通話の繋がっている黒川に華艶が叫ぶ。
91
﹁もしかしてオートマタに︿サキュバス﹀への攻撃許可出してる?﹂
︽急所は狙うなと命令してある︾
つまり死なない攻撃をしているのだ。しかし、捕獲ネットなどを
使わないところを見ると、無傷で捕らえることはあきらめているら
しい。あくまで最低限生きている状態での捕獲を考えているのだ。
そうとなれば華艶もヤル気満々だ。
住宅街の一本道で︿サキュバス﹀の前には華艶。その後ろには機
械人形と、瑠流斗が追いついてきていた。
もう︿サキュバス﹀に逃げ場はない。
いや、逃げ場ならまだある。
︿サキュバス﹀は羽を大きく動かし空に舞った。
地上に逃げ場を失った︿サキュバス﹀は空へを逃げたのだ。
レーザーが︿サキュバス﹀の羽を打ち抜こうとするが、やはり当
たらずに空の彼方へ消える。
華艶も手から炎を出して投げつけるが、︿サキュバス﹀には当た
らなかった。
﹁⋮⋮遠すぎ﹂
華艶はこっそりごちた。実は投球は苦手なのだ。
前髪を掻き上げながら瑠流斗が言う。
﹁無駄だ。︿サキュバス﹀いわく、美しいものを傷つけることはで
きないそうだ﹂
﹁はぁ?﹂
華艶には理解できなかった。レーザーや自分の炎を当たらなかっ
たのは認めるが、それは美しさのためとは理解できなかった。まさ
か美しさが物理法則を変えるとは思いもよらなかったのだ。
後ろからバズーカの発射音を感じ瑠流斗が地面に伏せた。
飛んで来るバスーカを見ていた華艶も慌てて地面に伏せた。
バズーカはその場に立っていた機械人形に当たり、爆発しながら
硝煙で辺りを包んだ。
硝煙の中にいる機械人形はほぼ無傷だ。
92
機械人形の心配よりも、華艶は自分の身を感じた。町中でバズー
カを突然撃たれる覚えがない。そこまでして命を狙われる悪どいこ
とをした思えもなかった。
﹁なに、なんで?﹂
地面に伏せていた瑠流斗の口が答えを出した。
﹁僕か⋮⋮﹂
︱︱命を狙われたのは。
93
不老孵化︵19︶
ジープの上に乗っていたヒットマンはバズーカ砲からマシンガン
に持ち替え、遊びなしで銃弾を乱射してきた。
マシンガンの銃口は踊りながら瑠流斗を狙っている。
それは華艶の目にも見て取れたが、ここにいたら巻き添えを食う
のも時間の問題だ。いや、すでにバズーカの歓迎を受けた。
﹁喧嘩に他人を巻き込まないでくれる?﹂
その言葉は瑠流斗に届かなかった。
瑠流斗は家の塀を乗り越え、他人の家の庭に姿を消した。
マシンガンを止めたヒットマンはジープを走らせ、瑠流斗の消え
た塀までやってきた。華艶たちのことは眼中にない。攻撃が華艶に
当たっても、たまたまそこにいただけのこと。
しかし、そんな言い訳を許さない者がいた︱︱機械人形だ。
危害を加えられた機械人形たちは防衛モードに切り替え、レーザ
ー銃をヒットマンに向けていた。
それに気づいたヒットマンはマシンガンを機械人形に向けて撃つ。
流れ弾が華艶の近くにまで飛んでくる。
﹁サイテー﹂
瑠流斗が命を狙われれば、自分の仕事が楽になるという考えが甘
かった。
華艶ではない
。
︿サキュバス﹀の近くには、それを追う瑠流斗がいて、華艶も当
然のことながらそこにいるのだ。
幸いなことに命を狙われているのは
華艶は逃げるようにこの場を立ち去った。
後ろから銃撃戦が聞こえるが無視だ。
華艶が通りを曲がったところで、住宅街には似つかわしくない青
いスポーツカーが現れた。
94
スポーツカーは急ブレーキをかけて華艶の前で止まり、助手席の
ドアが上に開き、中から黒川が顔を見せた。
﹁乗れ!﹂
﹁わおっ、スポーツカーなんか乗ってるんだ﹂
﹁いいから早く乗れ﹂
﹁はいはい﹂
華艶が助手席に乗ると、シートベルトを締める暇のなく車はアク
セルが踏まれた。
﹁高そうな車なんだから安全運転すればいいのに﹂
﹁︿サキュバス﹀を逃がしてもいいのか?﹂
﹁いっそ捕獲をあきらめちゃうとか﹂
﹁ずいぶんと弱気だな﹂
華艶は自分の実力を知っている。孵化した︿サキュバス﹀を目の
当たりにして、タイマンは無理だと判断していた。
﹁仕事は最後までするけど、生け捕りは難しいかも。契約の中で︿
サキュバス﹀を殺しちゃったらペナルティとかあったっけ?﹂
﹁ない。依頼に失敗しても前金は君の物だ。君が死んだ場合は保険
金も下りるぞ﹂
﹁あははは、保険金を受け取る人がいないかもぉ﹂
車は住宅街を走り続け、一戸建てが建てられるくらいの敷地の空
き地の前で止まった。
車内から窓越しに空き地を見ると、そこにはプロペラを回すヘリ
が停まっている。
軍用などで見る長細く大きなものではなく、ポピュラーな形をし
たものだが、そのヘリの左右には機関砲とミサイルが備え付けられ
ている。
車を降りた黒川は華艶を連れてヘリの中に乗り込んだ。
ヘリの中にすでに乗っていたのは操縦者と、後部席に乗っていた
武装した男だ。
男は黒川に無言で会釈し、操縦者に合図を送って、ヘリの機体は
95
ゆっくりと宙に浮いた。
開かれたままになっているドアから華艶は外の景色を見下ろした。
﹁ヘリに乗るの初体験。実はヒコーキにも乗ったことないんだよね
ぇ﹂
そんな華艶の発言は軽く流されてしまった。黒川も武装した男も
眉間に皺を寄せている。︿サキュバス﹀の捕獲に精力を傾けている
らしい。
仕事を趣味だと思っている華艶とは仕事に対する考え方に相違が
あるらしい。
ヘリは住宅街の真上を飛び、すぐに区を跨いでホウジュ区の上空
まで来ていた。
このあたりは電波等や超高層ビルがあるために、ヘリでの飛行が
困難だ。しかし、手馴れた操縦者は谷間を飛ぶ感覚で、ビルの間を
縫って︿サキュバス﹀を追う。
︿サキュバス﹀の後ろ姿を確認できた。
ヘリが近づいていることに気づいたのだろう。︿サキュバス﹀は
上空で停まり、その顔をヘリに向けた。
男はドアから身を乗り出してバズーカを構えた。
︿サキュバス﹀の周りにはビル郡が立ち並んでいる。こんなとこ
ろでバズーカを撃つのは大問題だ。
華艶が静かに手を挙げた。
﹁それって捕獲ネットとか?﹂
黒川が答える。
﹁捕獲ネットじゃとてもじゃないが届かん。弾薬の代わりに低級の
スライムが仕込んであるんだ。遺伝子操作で溶解液を吐かないよう
にし、当たった相手の動きを封じることができる﹂
電子ロックで︿サキュバス﹀に照準をセットし、スライム弾が発
射された。
黄緑色をしたゲル状の物体が︿サキュバス﹀に向かって飛んでい
く。
96
しかし、スライムは美しくなかった。
︿サキュバス﹀に迫っていたスライムはその姿を消失させた。
一部始終を見ていた華艶は黒川に尋ねる。
﹁次はどうするの?﹂
﹁ヘリを︿サキュバス﹀に接近させろ!﹂
近づいてくるヘリから鬼ごっこをするように、︿サキュバス﹀は
軽やかに上空を舞って逃げる。
ヘリは迷路のようなビル郡を左折し︿サキュバス﹀を追った。
そこで突然、プロペラ音を凌いで、高音波による奇声が聴こえた
のだ。
叫んだの︿サキュバス﹀だった。
音波攻撃かと思ったが違うらしい。
︿サキュバス﹀は気がふれたように乱れ飛び、叫びながら車の行
き交う地上に落下してしまった。
なにが起きたのか華艶は理解できず、︿サキュバス﹀のいた場所
の先を眺めた。あるのはただのビルだ。普通のビルと違うところは、
ビルの壁一面が鏡のようになっていることぐらいだろう。
﹁太陽が反射して目が眩んだ?﹂
自問する華艶に黒川が指摘をする。
﹁太陽の位置はビルの向こう側だ﹂
﹁じゃあなに?﹂
﹁あのビルに関係がありそうだが、なぜ︿サキュバス﹀が狂ったの
かはわからん﹂
﹁鏡が弱点とか?﹂
﹁なんとも言えんな﹂
ヘリはビルの屋上にあるヘリポートに向かって進路を取った。道
路まで︿サキュバス﹀を追いかけるのは不可能だったのだ。
屋上に停まったヘリから華艶がいち早く降りた。
﹁ヘリポートが近くにあってよかった﹂
次の降りてきた黒川が続ける。
97
﹁九音寺グループの傘下のビルだ﹂
﹁やっぱしね﹂
企業ビルの立ち並ぶホウジュ区に九音寺グループのビルがあって
も不思議ではない。
華艶と黒川は走って屋上を出て、エレベーターを使って地上に降
りた。
ビルの外に出てすぐに黒川が道路を指差す。
﹁こっちだ﹂
耳に取り付けた小型マイク付きスピーカーから、黒川は逐一情報
を得ているのだ。
天から︿サキュバス﹀が落ちてきた現場はすでに騒ぎになってい
た。
落ちたときにちょうど車に激突したらしく、大破した車が衝突事
故を連鎖させて交通渋滞ができていた。
目的の︿サキュバス﹀はどこにいる?
︿サキュバス﹀は逃げも隠れずぞこに立っていた。しかも銃を持
った市民達の標的になっている。
ひと目で妖物と判断された︿サキュバス﹀は、交通事故を引き起
こした張本人として人間に敵とみなされたのだ。
︿サキュバス﹀に向けられた銃弾はやはり当たらない。その点に
ついては懸念することはないが、問題は帝都警察が郡をなしてすぐ
にやって来ることだろう。
すぐにでも︿サキュバス﹀の元に行こうとする華艶を黒川が静止
した。
﹁待て、捕らえる手立てがない﹂
﹁わかってるけど、逃げられちゃうじゃん﹂
停車してある車の影から華艶と黒川は︿サキュバス﹀を観察して
いた。
華艶は黒川にこんな提案をする。
﹁いっそのことさ、帝都警察に︿サキュバス﹀のこと任せちゃえば
98
?﹂
﹁それは無理だ。帝都警察にコネクションはあるが、九音寺グルー
プは政府と敵対関係にある。多少の圧力をかけることは可能だが、
大きな圧力をかけることは無理だ﹂
﹁まっ、帝都警察に︿サキュバス﹀が手に負えるかわかないけど⋮
⋮﹂
問題は別にある。華艶もそれを案じたが、先に口に出したの黒川
だ。
﹁帝都警察の手に負えなくなリ、事件が大事になると政府が直接動
き出すな﹂
﹁女帝直属のワルキューレ部隊か⋮⋮ワルキューレなら︿サキュバ
ス﹀のこと殺せそう﹂
﹁ワルキューレが動いたら、それこそ九音寺グループが圧力をかけ
るのは不可能だ﹂
﹁じゃあ、あたしが責任取るってことで、殺して捕獲って方向で。
捕獲するんだから、多少は報酬頂戴ね﹂
華艶は車の影から飛び出し︿サキュバス﹀の元に向かった。依頼
が失敗してもペナルティがないと聞いていたからだ。
成功報酬10億の仕事なので、捕獲さえすらばけっこうな金額に
なるだろう。と華艶は金勘定しながら︿サキュバス﹀の前に出た。
市民達が銃の乱射をしてくれちゃってるので、あまり︿サキュバ
ス﹀に近づくことはできないが、︿サキュバス﹀の目に華艶の姿は
映し出されている。
﹁こんな荒野にまでわたしを追いかけて来てくれるなんて嬉しいわ﹂
嬉しそうな表情をする︿サキュバス﹀の手は、そそり立った自分
のモノを掴んでした。
﹁公然わいせつ罪でタイーホされちゃうよ﹂
軽く冗談を言いながらも、華艶の頭の中は﹃どうする、どうする、
どうする?﹄だった。
捕獲はあきらめたが、果たして殺すことならできるだろうか?
99
えんしょうは
まずは軽いジャブから。
﹁炎翔破!﹂
飛んでいった炎の玉は、やはり︿サキュバス﹀の前で消失してし
まった。
﹁無駄よ、美しいわたしを傷つけることは誰にもできない﹂
そんなようなことを瑠流斗からも聞いたような気がする。
﹁じゃあ、美しい攻撃だったら喰らうわけ?﹂
半分冗談だが、半分マジだった。
遠くからけたたましいサイレン音が聞こえ、銃を乱射していた市
民達が何食わぬ顔で平凡なサラリーマンに戻っていく。パトカーや
救急車がやって来たのだ。こんなときにばかり早く。
しまった舌打ちする華艶とは対照的に︿サキュバス﹀は余裕に艶
笑している。
﹁楽しくなりそうね﹂
﹁ぜんぜん﹂
きっぱりと華艶は主張した。
﹁妖物狩り︽モンスターハント︾の免許持ってないんだよねぇ。だ
からさ、街中で堂々と妖物相手にしてると捕まっちゃう﹂
﹁それはかわいそうに。けれど私が妖物だというのは侵害だわ﹂
﹁羽生えた人間なんて、どー見ても人間じゃないでしょーが﹂
﹁たとえばそうね、神とでも言ってもらいましょうか﹂
﹁そーゆー驕った考え方はキライじゃないけど⋮⋮﹂
会話を引き伸ばしながら、華艶は神経を集中させ力を溜めていた
のだ。
美しい攻撃なら本当にダメージを喰らわすことができるのか?
かえんほうおうは
華艶が両手を胸の前に突き出し叫ぶ。
﹁華艶鳳凰波!﹂
自らの放った強大な炎に押され華艶が後方に飛ばされる。
甲高い声をあげて、火の鳥が輝く火の粉を散らしながら舞った。
炎の芸術というべきのその業は、威厳と荘厳さ、気高さを兼ね備
100
え、うねる炎が艶やかに美しい。
﹁こんな美しい炎を見たのは初めてだわ﹂
感嘆を漏らした︿サキュバス﹀を火の鳥が呑み込んだ。
101
不老孵化︵20︶
﹁⋮⋮ダメじゃん﹂
華艶は苦笑いを浮かべて無傷の︿サキュバス﹀を見た。
美しい技かどうかは別としても、かなり華艶の中では高度な技だ
った。
技によって酷い倦怠感と動悸に見舞われた華艶はアスファルトに
しゃがみ込もうとした。そんな華艶の身体が宙に浮いた。後ろから
何者かに抱きかかえられたのだ。
﹁なにっ?﹂
と顔を首を後ろに向けると、そこには黒川の顔があった。
﹁一時退避だ。帝都警察が来る﹂
黒川は華艶を抱きかかえながら走った。
抱きかかえられながら華艶は黒川に訊く。
﹁︿サキュバス﹀はどうするの?﹂
﹁あの︿サキュバス﹀が逃げ隠れすると思うか?﹂
﹁ノー﹂
黒川の走る方向には自動運転で運んできた青いスポーツカーが停
まっていた。
二人は車に乗り込みすぐに走り出す。
助手席に座っている華艶がお腹をさすった。
﹁まだあたし昼食べてないんだけど﹂
﹁呑気なことを﹂
﹁さっきあたしに質問したじゃん、︿サキュバス﹀が逃げ隠れする
かって﹂
﹁ワルキューレが動いたら意味がない﹂
孵化前の︿サキュバス﹀は逃げ隠れがうまかったが、今の︿サキ
ュバス﹀は違うらしい。公然の場所でも平然としていた。逃げるこ
102
とにもう意味がないのだろう。自分の絶対の自信を持っている証拠
だ。
美しさを求め、力までも手に入れた︿サキュバス﹀。
﹁次に︿サキュバス﹀が欲しいものってなんだろ﹂
華艶は自分の欲しい物を頭に思い描いた。
﹁お金に宝石に、やっぱり権力かなぁ。でも︿サキュバス﹀はもっ
と人間の欲に忠実で、食欲、性欲、睡眠欲かも﹂
﹁︿サキュバス﹀は性欲と食欲が直結していると思われる。性欲を
満たすことで、食欲が満たされる﹂
﹁さっきも自分のち○こ握ってシコシコしてたし﹂
手動運転をしている黒川の痛い視線が華艶を横目で見た。
﹁女の子がそういうことを口にするものじゃない﹂
﹁ち○こシコシコ?﹂
﹁少なくとも九音寺会長の前はやめてくれ﹂
﹁はーい﹂
黒川の走られる車はホウジュ区を南下していた。
外の景色が高級住宅街に代わり、華艶は嫌な予感がした。
﹁もしかして会長さんのとこに?﹂
﹁そうだ﹂
﹁なんで?﹂
﹁用件は知らないが、会長が君をお呼びだ﹂
ボソッと華艶が呟く。
﹁⋮⋮ち○こシコシコ﹂
車はやがて九音寺邸に到着し、車上したまま庭を抜けていた。
二度目の玄関を上がり、前にも長ったらしいと思った縁側の廊下
を進んだ。
障子に向こうには前と同じように医療機器に囲まれた老人が床に
伏せていた。
九音寺会長を見た華艶はこんなことを言った。
﹁少し若くなった?﹂
103
九音寺会長は柔和な顔をした。
﹁わかるかね? 新しい薬を試したのだよ。多少効果は出たが、そ
れだけのことだ。根本的になにも解決していない﹂
会長の前で正座する黒川も、なぜここに呼ばれたのかまだ知らな
い。
﹁ご用件はなんでしょうか?﹂
は少し上体を起こし、その瞳でしっか
﹁華艶さんに折り入って話がある﹂
若い老人
﹁あたしになにを?﹂
寝たりきりの
りと華艶を見据えた。
﹁君の仕事に不満があるわけではないが、仕事の依頼をキャンセル
する﹂
﹁なんでっ!?﹂
正座していた華艶は身を乗り出して驚いた。
︿サキュバス﹀の捕獲には手こずっているが、解任されるような
ミスをした覚えはない。
﹁あたしがなにかミスった?﹂
﹁君の仕事には満足をしている。大変よくやってくれた。今までの
仕事の分として全報酬の30パーセントを受け取ってくれたまえ﹂
﹁そうじゃなくって、なんでキャンセルなわけ?﹂
﹁君の命は貴い。私ひとりの命のために多くが犠牲になるのは︱︱﹂
途中で話に黒川が割り込む。
﹁会長の命は私達の何倍もの価値がございます!﹂
人の命は平等であるかという問題は大変難しい。会長が死ねば会
社に与える打撃もさることながら、経済界、政界に与える打撃も大
きいだろう。
そんなことは華艶に関係ないことだが、︿サキュバス﹀をあのま
まにするのも、残り70パーセント近い報酬を捨てることもできな
い。
﹁依頼人のいうことは絶対、命を捨ててまで仕事する気はあたしに
104
はない。けど︿サキュバス﹀はどうするの?﹂
九音寺会長は答えの前にゆっくりと床に伏した。
﹁あとは政府がどうにかするだろう。私の病には別の方法も探して
いる。ひとつの方法が失われたといって終わりではない﹂
下を向いて黙り込む華艶は一生懸命に頭を働かせていた。
︿サキュバス﹀を捕らえる妙案をここで言えば九音寺会長の考え
も変わるだろう。そんな案が華艶にあるのか?
﹁あー、そうだ、これが失敗したらあたしは身を引きます﹂
視線が華艶に注目した。
﹁成功するかどうかわかないけど、︿サキュバス﹀を鏡の部屋に閉
じ込めたらどーにか、こーにかうまくいく⋮⋮かも﹂
それは本当にうまくいくかわからない方法だった。
あのときに突然、悲鳴をあげて墜落した︿サキュバス﹀の身にな
にが起こったのか、はっきりしたことはわかっていない。ただ近く
に鏡のような物があったというだけの話だ。
だが、九音寺会長はその話に乗った。
﹁その件については魔導師たちに声を掛けてある。あとは命令さえ
出せばいいところまで準備はしておいた﹂
掛けてある
とは、この事態を予期していたことになる。
その言葉に華艶は驚いた。
九音寺会長は話しを続けた。
﹁君たちの行動やヘリでの会話は私に耳に届いている。私も鏡が︿
サキュバス﹀を狂わせた要因だと思う﹂
﹁どうして?﹂
と華艶が尋ねると、九音寺は軽く笑った。
﹁大きな会社を動かすには頭脳だけではなく、時として勘も必要な
のだよ。私が︿サキュバス﹀の立場でも鏡を嫌うかもしれん⋮⋮げ
ほげほっ﹂
急に咳き込む会長を気遣って黒川が素早く動こうとしたが、それ
を九音寺会長は制止した。
105
﹁案ずるな、いつものことだ。少ししゃべりつかれたので休ませて
くれ。華艶さん、まだ仕事を続ける気があるなら、集めておいた魔
導師を自由に使ってくれたまえ﹂
華艶は眠ったように目を瞑る九音寺会長にそっと近づき、会長の
額にそっと唇を乗せた。
﹁任せておいて﹂
華艶と黒川は会長のもとを後にした。
106
不老孵化︵21︶
九音寺会長に集められた魔導師たちに話を聞くと、ミラーシール
鏡の盾
を出現させる魔導
ドと呼ばれる魔導を使える者が集められたらしい。
ミラーシールドとは、その名の通り
だ。光による攻撃などを跳ね返すのに使用される。
この魔導を使って︿サキュバス﹀を囲うというのが九音寺会長の
作戦だったのだ。
﹁問題は︿サキュバス﹀を囲うために時間稼ぎ﹂
髪の毛を掻き上げながら華艶は言った。
︿サキュバス﹀を囲うには、ここに集まってくれた5人が同時に
魔導を発動して、5枚のミラーシールドを使って五角形を作る必要
がある。少しでもタイミングがずれたりすれば失敗だ。そして、も
う一つ問題があった。
会議室のホワイトボードに電子ペンで図形を描いた黒川がそれを
指摘した。
﹁周りを五角形に囲ったとしても、上はどうする?﹂
下は地面だとして、周りを囲っても上から逃げられてしまう。
華艶が席に座る魔導師たちに質問する。
﹁作り出す鏡の大きさとか位置とかは自由に決められるの?﹂
﹁大きさはある程度自由にできますが、形は四角以外だと不安定に
なります。出す位置に関してはある程度自由にできますが、何メー
トルも離れた場所に出すことは不可能です﹂
華艶は黒川から電子ペンを奪ってホワイトボードに図形を描き始
めた。
四枚の鏡で四角形を作り、その上にもう一枚で屋根を作る。
﹁これでどう? っていうか、会長もこれだから5人集めたんじゃ
ないの?﹂
107
あとはどうやって︿サキュバス﹀をこの中に閉じ込めるかだ。一
度失敗したら、次は警戒されて困難になる。決めるならいっぱつで
決めなくてはいけない。
華艶は黒川に電子ペンを返し再び席についた。
﹁あたしに考えがあるんだけど、とりあえず︿サキュバス﹀の近く
に寄る方法はみんなで考えて。そしたらグッドアイディアであたし
が︿サキュバス﹀の気を引いてみるから﹂
︿サキュバス﹀は今、ホウジュ区の繁華街で帝都警察と攻防を続
けていた。攻防と言っても︿サキュバス﹀はヒマをもてあましなが
ら、積極的な攻撃はしてない。帝都警察も攻撃が全て無効にされる
ことを知り、ロケットランチャーの流れ弾が近くのビルに当たった
ことで、攻撃を取りやめて︿サキュバス﹀の様子を伺って待機して
いる。
会議室に置かれたテレビから︿サキュバス﹀の様子はニュースで
知ることができる。
映像に映る︿サキュバス﹀を観ながら華艶は呟いた。
﹁昼まっから妖物のオナニーショーを流すなんてすっごい﹂
カメラ映像を捕らえた︿サキュバス﹀は女性器をいじり、甘い声
を漏らしながら快感に酔いしれていた。
それをなるべく見ないようする黒川の横で、華艶はゼリー飲料を
ちゅうちゅう吸いながら平然と眺めていた。
﹁昔にね、友達と日本に遊びに行ったとき知ったんだけど、日本じ
ゃこーゆーのにモザイクかけなきゃいけないんでしょ? モザイク
かかってたほうがエロイのに﹂
﹁そんなことを言ってる場合じゃないだろう﹂
なぜか怒り出す黒川に華艶は悪戯に微笑んだ。
それにまた怒ったのか、黒川はテレビを消してしまった。
﹁現在警察と交渉中だ。手立てがない警察になら、こちらの提案に
も乗ってくるかもしれん﹂
﹁⋮⋮テレビいい感じだったのに﹂
108
﹁重要情報が入れば、すぐに連絡が来る!﹂
まだ少し黒川は怒っているようだった。
それを知って華艶は再び悪戯に笑った。
﹁仕事が終わったらあたしとデートでもしましょーか?﹂
華艶の誘いに黒川は眼を剥いて無言になってしまった。
そして、再び華艶は悪戯に笑った。
109
不老孵化︵完︶
帝都警察との交渉の結果、九音寺グループが今回の件に関して介
入することが許可された。
道路封鎖された道を進み、スクランブル交差点の中心を囲むよう
に警察が待機していた。その中心にいるのが︿サキュバス﹀だ。
︿サキュバス﹀の傍らには泡を吐いて死んでいる半裸の女性が倒
れていた。犠牲者が出てしまったのだ。
目立った動きのなかった︿サキュバス﹀だが、つい数分前に急に
動き出し、女をひとり捕まえ警官たちの目の前で犯したのだ。
もちろん警察たちは︿サキュバス﹀を制止しようとしたが、︿サ
キュバス﹀のばら撒いた麟粉を吸い込んだ者達が殺し合いをはじめ
てしまい、騒然と化したあたりの収拾に手を負われてしまったのだ。
今は︿サキュバス﹀の麟粉を警戒して防護マスクを着用している。
華艶も防護マスクを着用し、警察官の輪を掻き分けて︿サキュバ
ス﹀の近くに寄った。まずは華艶ひとりで様子見だ。
﹁こんにちは、また会いに来ちゃった﹂
﹁すっかりわたしのファンね﹂
︿サキュバス﹀はまったく臆していない。周りに多くの警官隊に
囲まれ、空ではヘリが巡回している。逃げる隙間はないが、強行突
破が可能ならば、どこもが逃げ道だ。
この状況に華艶は自分の作戦に自身を抱いていた。
﹁ここで時間を潰すのも飽きてきたんじゃないの?﹂
﹁やることがないのよ。性欲を満たすのも良いけれど、わたしは大
脳新皮質を進化させた高等な生物よ。サルのように交尾ばかりして
れば満たされるものではないわ﹂
﹁あなた自分の力に絶対の自信持ってるでしょ?﹂
﹁さなぎから孵ったばかりで覚醒しきっていないわ。けれど、周り
110
にいる人間どもではわたしを止めることができないでしょうね﹂
これに華艶はニヤリとした。
﹁あなたが絶対の力を持つなら、今からあたしがする攻撃も絶対に
耐えることができるでしょ?﹂
﹁なにをする気?﹂
首をかしげる︿サキュバス﹀に華艶はたたみかけた。
﹁もちろん受けて立たないはずがないでしょ?﹂
これが華艶の作戦だった。
自分の力にうぬぼれる傲慢なものならば、相手の挑発に乗ってく
ると華艶は踏んでいたのだ。
絶対の力を持っていれば、罠だと思っていても恐れる必要はない。
あとは︿サキュバス﹀の気分次第だ。
華艶は念を押すように尋ねる。
﹁早くやってみましょ、ねっ?﹂
﹁いいわ、退屈しのぎになるのなら。そのあとであなたのことを食
べてあげるわ﹂
作戦がことのほか順調すぎるほどに進み、華艶は心の奥でほくそ
えんだが、表情は読み取られぬように平常を装った。
ストレッチ運動をする華艶は屈伸をして、腕を大きく上に伸ばし
た。それを合図に、︿サキュバス﹀を取り囲んでいた警官隊の輪が
縮まった。
全神経を集中させ氣を溜める華艶。それに合わせるように警官隊
えんりゅうしょうか
が輪を縮める。
﹁焔龍昇華!﹂
渦巻く龍の炎が華艶から放たれ、それはまるで龍が鳴くように風
を焼き、巨大な口を開けて︿サキュバス﹀を呑み込もうとした。
それが開始の合図だった。
警官隊に紛れていた魔導士たちが一斉にミラーシールドを発動さ
せる。
空気が氷結するようなキンという高い音が鳴り響き、︿サキュバ
111
ス﹀を4枚の鏡が囲んだ。
おぞましい叫び声が聴こえ、耳を押さえた華艶は見た。
﹁ヤバイ!﹂
鏡の檻の天井がタイミングを外しまだ完成していない。
そこから狂った︿サキュバス﹀が手を伸ばした。
すかさず華艶は蓋の開いた鏡の檻の中に飛び込み、出ようとして
いた︿サキュバス﹀の身体を地面に叩き付けた。
そして、鏡の檻は完全に出口を塞がれたのだった。
この術はマジックミラーに似ており、鏡は外から中を見ることは
できるが、中からは外の様子を伺えず、鏡同士が反射して1つの物
体を際限なく何重にも映し出す。
無限に増幅した自分を見て︿サキュバス﹀は叫び声をあげ、近く
にいた華艶の胸倉を掴み鏡の壁に叩き付けた。
鏡の檻が激しく揺れたが、ミラーシールドは衝撃を耐えた。
︿サキュバス﹀は眼を強く瞑り、掴んでいる華艶の胸倉を大きく
揺さぶった。
﹁早くわたしを出せ!﹂
﹁こっちの作戦に引っかかったあんたが悪い﹂
怒りを露にする︿サキュバス﹀は華艶を投げ飛ばそうとしたが、
代わりに一瞬に大きな負荷のかかった華艶の服が破けてしまった。
白いブラジャーを露にした華艶はすぐさま︿サキュバス﹀の脇を
抜けて後ろに回った。
最悪のピンチだった。
︿サキュバス﹀を鏡の中に閉じ込めたが、華艶も中に閉じ込めら
れてしまった。このままでは華艶の命が危ない。
叫び声をあげた︿サキュバス﹀が鏡の壁に頭からぶつかった。そ
れも何度も何度も狂ったように繰り返す。
﹁わたしは世界にただひとりなのよ!﹂
叫び声が辺りに反響し華艶は頭が割れる思いだった。
﹁静かにして!﹂
112
華艶の叫びが届いたのか、急に︿サキュバス﹀は静かになり、地
面にしゃがみ込んで動かなくなってしまった。
そして、目を瞑っただけでは足らず、︿サキュバス﹀はなんと自
分の両眼を抉り出してしまったのだ。
視神経の糸が伸びる眼球が華艶に向けて投げ飛ばされた。
それと同時に︿サキュバス﹀が襲い掛かってきたのだ。
華艶の反応速度を凌駕した︿サキュバス﹀のスピードに、避ける
ことも叶わずに華艶は身体を押されて鏡の壁に激しく叩きつけられ
た。それと同時に細かい粒子となって鏡が割られてしまったのだ。
舞い散る硝子片を全身に浴びながら、華艶はアスファルトに叩き
つけられた。
狂った︿サキュバス﹀は華艶を残して警官隊に突っ込んだ。
一斉に銃が乱射され、︿サキュバス﹀の身体に無数の穴が開いた。
それを苦ともしない︿サキュバス﹀は警官隊の中を進み、長い爪
で防弾チョッキごと抉って警官隊を次々となぎ倒していく。
警官隊の包囲を抜け、ビル街に逃げ込もうとした︿サキュバス﹀
の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
﹁君はもう美しくない﹂
刹那、︿サキュバス﹀の頭部から股間までが引き裂かれ、真っ二
つに割れた︿サキュバス﹀の身体が左右に倒れた。
二つにされた傷口から触手のようなものが伸びて、一つに戻ろう
とするがそれは叶わなかった。
︿サキュバス﹀の全身は石膏のように固まり、身体に皹が無数に
伸びたかと思うと、突然に爆発を起こして散ったのだ。
砂煙が蔓延し、男の影はその中で消えた。
辺りの砂煙が治まり、警官隊や華艶たちが駆けつけたときには、
そこには︿サキュバス﹀の欠片ひとつ残っていなかった。
地面にしゃがみ込んで華艶はため息を吐いた。
﹁サイテー﹂
これで成功報酬はなしだ。あのときに手を引いて、30パーセン
113
トの報酬をもらっておけばよかった。
破られた学校の制服を見ながら華艶が呟く。
﹁経費で落ちるかな﹂
そんな華艶の姿を誰かがビルの屋上から眺めていた。
真上から気配を感じて華艶が上を見つめるが、ここの位置からで
はよく見えない。
﹁絶対に逃がさない!﹂
そして、華艶は急いでビルの屋上に向かって駆け出した。
ビルの屋上に着くと、フェンスの上に腰を掛ける男がいた。
﹁あんたが︿サキュバス﹀に止めを刺したんでしょ?﹂
詰め寄る華艶にたいして、瑠流斗は軽く手を前に出して制止させ
た。
﹁依頼は果たしたけれど、その証拠がなにも残らなかった﹂
﹁そんじゃあんたも報酬なし?﹂
﹁嬉しいかい?﹂
﹁嬉しいわけないでしょ、あたしの報酬返して!﹂
﹁過ぎたことさ﹂
瑠流斗は細いフェンスの上でバランスをとりながら立ち上がった。
今にも落ちそうに背を向ける瑠流斗の背中を突き飛ばそうと華艶
は思ったが、やめてこんな質問をした。
﹁なんで︿サキュバス﹀が鏡を恐れたわかる?﹂
﹁鏡は簡単に︿サキュバス﹀の姿を映し出してしまうからさ﹂
﹁映し出すって、自分の姿でしょ?﹂
むに
ってどういう意味︱︱あっ﹂
﹁絶対無二の存在なら鏡すら複製することができないはずさ﹂
﹁
瑠流斗がフェンスから飛び降りた。
﹁もうひとつ質問だったのに⋮⋮なんでいきなし︿サキュバス﹀が
攻撃喰らうようになったのか﹂
フェンスを少しよじ登って華艶は下を見た。地上まで50メート
ル以上ありそうだ。
114
﹁さすがにこの距離から落ちたくない﹂
華艶はフェンスから降りて、フェンスにもたれながらコンクリに
座り込んだ。
屋上には風が吹いていた。
空を見上げると夕焼け空に流れる雲が浮かんでいる。
もう学校は終わってしまった頃だろう。
今日も学校を無断欠勤してしまった。
﹁今年も留年かな﹂
︵完︶
115
食人婆
その屍体は肉を喰われていた。
その屍体は性器が消失していた。
妖物の犯行であるかは、未だ調査中だと警察は会見で述べている。
歯型が人間であることや、目撃証言でおそらく人間であろうとは
言われているが、人間の皮を被った怪物が多いご時世だ。人間だと
いう確たる証拠はない。
連続殺人、それも猟奇殺人となれば、犯人に自然と通り名が付け
られる。その名を最初に読んだが新聞社だったか警察だったか、そ
こは定かではない。
その連続殺人犯に付けられた名は︱︱食人婆。
﹁食人ババアってウケル﹂
腹を抱えて華艶は笑った。
﹁ダッサイネーミング。都市伝説でジェットババアとかいたけど、
食人ババアもどっちもどっち。せめて英語でカンニバル・ハッグと
かにすればいいのに﹂
ジェットババアとは都市伝説で語られる妖物のことで、その足の
スピードは車を追い抜くほどだと云われている。
マス
コーヒーの薫るまろやかな店内にテレビの音と華艶の笑い声だけ
が響いている。
ター
喫茶店にいる客は華艶ひとりだけ。カウンター席に座って若い主
人と向かい合っている。
﹁華艶ちゃん、女の子が大きな口を開けて笑うものじゃないよ﹂
﹁だって婆って、あはは﹂
﹁日本には﹃婆﹄の付く妖怪が古来からたくさんいるんだよ﹂
﹁ここ日本じゃないしぃ﹂
116
﹁そういえば、そうだね﹂
場所
を独立国だと認めていない国は多い。少なくとも新
主人︱︱京吾は春風が吹き抜けるように爽やかに微笑んだ。
この
国連は断固として認めようとしていない。帝都エデンは日本国の帰
属だというのが、国際社会の視方のようだ。
第三次世界大戦の引き金となった聖戦の直後、日本の首都は死都
東京から京都へと移された。
コーヒーを飲み終えた華艶は小銭を置いて店を出た。
外はすっかり夜闇に包まれ、街灯が道路を照らしていた。
今日もすっかり喫茶店で時間を潰してしまった。ただ暇を潰して
いたわけではない。あの店は華艶の仕事を斡旋し、情報屋も兼ねて
いるのだ。
今日の収穫はゼロ。
薄暗い道路を歩きながら、華艶は駅に向かうか自宅に向かうか悩
んだ。
まだ夜は訪れたばかりだ。夜の街に遊ぶにはまだまだこれからで
ある。しかし、昨晩も大金を投げ捨てたばかりで、浪費癖を治そう
と思った昨日の今日だった。
なにも考えなしに歩いていた華艶はハッとして足を止めた。大変
だ、駅に向かって歩いていた。
﹁危ない危ない﹂
自分に苦笑する華艶。
道を引き返して自宅に向かう。
駐車場の横を通りかかったとき、女の叫び声を聴こえたような気
がした。
︱︱勘違いだった。叫び声ではなく、喘ぎ声だったようだ。
すぐさま物陰に隠れた華艶はそこから駐車場を監視した。
そこだけ直下型地震に襲われたように車が激しく揺れている。
思わず華艶のにやけてしまう。こういうのは嫌いじゃない。
車のフトントガラス越しに男のケツが見える。男が下半身素っ裸
117
になって、助手席の女に襲い掛かっている。やってることは安易に
想像ができた。
残念なのは暗がりでよく見えないことだ。
残念そうに華艶は舌打ちをする。暗視スコープかあれば、もっと
鮮明に見えるのに残念だ。
華艶の位置からでは女の顔もよく見えない。黒か茶髪か、とにか
く髪が長くてソバージュっぽいことしかわからなかった。
見ることはできないが、若い女の喘ぎ声がここまで聴こえてくる。
特異体質を持っている華艶は男と寝ることができず、いつも欲求
不満だった。寝たとしても、自分がイッてはいけないのだ。それは
相手の死を意味した。
華艶は寝た相手を焼き殺す。
ここ最近で最後までイケたのは人間相手ではなかった。温泉街で
遭遇した雪男だ。
目の前でヤッてるところを見せ付けられ、華艶の手は自然とスカ
ートの中に伸びていた。
すでに愛液が滲み出し、パンツの割れ目はしっとりと濡れていた。
口を閉じて声を出さないように華艶はゆっくりと割れ目を指でな
ぞった。
﹁⋮⋮ん⋮⋮んっ⋮⋮﹂
口を閉じていても鼻から熱い息が漏れてしまう。
中指を立てて、敏感な部分を押すように刺激する。
華艶は目を閉じ、すでに男女の情事など見ていなかった。
なか
パンツの上からでは我慢ができず、腹を滑られて華艶の指はパン
ツの中に進入した。
すぐにでも挿れられる状態だった。
指を割れ目に滑らせば、吸い込まれるように膣に入っていく。
﹁ひゃぁーーー⋮⋮﹂
華艶の声ではない。どこかから人の声とは思えない、苦悶する奇
声が聴こえた。
118
ビックリして華艶は目を開ける。その目は少し怒りを滲ませてい
た。
﹁なんなの!﹂
揺れていた車が静かになっている。
華艶は息を呑んだ。
フロントガラスになにか液体が飛び散っている。それが血である
と判断するのに時間は要さなかった。
車から降りてくる上半身裸のスカートをはいた女性。
ボサボサの白髪頭と干からびて垂れた乳房︱︱乳首は申し訳なさ
そうに地面に頭を下げている。
老婆だった。
﹁⋮⋮そんなばかな﹂
思わず華艶は言ってしまった。
いくら暗がりだったとはいえ、自分の眼には自信があった。車に
乗っていたときは、確かに老婆ではなかった。
それが車から降りてきたのは見間違いようもない老婆だ。マジッ
クショーでも見せられている気分だ。
老婆は血のついた口元を腕から手の甲を使って拭った。そして、
下卑た笑いを浮かべた口元には、鮫のような尖った歯が並んでいた。
ヤバイ、目が合った。
確実に華艶と老婆の目は合致している。しかも、華艶は股間に手
を添えたままだ。
ゆっくりと華艶は股間から手を離し、その手をスカートでこっそ
り拭き取った。
華艶の脳裏に浮かぶTVニュース。
﹁発情ババアか⋮⋮﹂ 正確には食人婆だ。帝都を賑わす連続殺人犯。それも食人鬼だ。
目の前の老婆は食人鬼という表現があっているかもしれない。振
り乱したような白髪頭に鋭くギラつく眼。角がないのが残念だが、
そこにいるのはまるで日本の昔話に出てきそうな鬼婆なのだ。
119
こーゆー変人と戦うのも華艶の仕事だが、金にならない仕事まで
したくない。
運悪く係わり合いになってしまったが、これ以上係わる理由もな
い。
華艶は無言でにこやかに食人婆に手を振った。
そして、背を向けて歩き出す。
だが、その背中に悪寒の走る怨めしい声が浴びせられたのだ。
﹁見∼た∼な∼っ﹂
お約束だった。
肩を落とし、華艶は肺の空気を全部出してため息をついた。
﹁安全はお金で買えるかけど、命はお金じゃ買えないもんね。よし
っ、かかって来い!﹂
勢いよく振り返った華艶の眼前まで食人婆は迫っていた。それも
まさに醜悪な鬼婆の形相を浮かべ、鋭い牙と長く伸びた爪で襲い掛
かってくる。
予想を裏切る老婆の移動速度に華艶は相手を押し抱えるのが精一
杯だった。
﹁ちょっとタイム!﹂
なんてことは聴いてもらえず、華艶は食人婆に押し倒されたしま
った。冷たいアスファルトが背中に伝う。
華艶は食人婆の両手首を押さえ、爪の攻撃は免れているが、涎を
垂らす口が牙を覗かしながら華艶の鼻先でガチガチ音を鳴らしてい
る。
しかも、肉食のために口臭を酷かった。
﹁ババアでも口臭くらい気を付けろつーの!﹂
華艶の膝が食人婆の腹を蹴り上げた。
大量の唾液を顔に喰らいながらも、華艶は怯んだ食人婆を押しの
けて立ち上がった。
生理的にもう戦っていられない。
華艶は逃げた。
120
だが、その後ろをすぐに食人婆が追ってくる。
髪の毛を振り見出し、垂れた乳が大きく揺れる。
後ろを振り向いた華艶が吐き捨てる。
﹁あんなの放送禁止だし⋮⋮てゆか、足速すぎ!﹂
全速力で走る華艶の背中に食人婆の伸ばした指があと数センチと
迫っていた。
﹁肉と皮しかない足でなんでアタシに追いつくわけ!?﹂
﹁逃がすかぁぁぁっ!!﹂
咆哮のような叫びをあげる食人婆。
えんしょうは
こうなったら逃げるのをやめて別の戦法を取るしかない。
﹁炎翔破!﹂
火炎の塊が近距離で食人婆の胸にヒットした。
﹁ぐぎょえぇぇぇぇっ!﹂
奇声を発して地面の転がりまわる食人婆。しかし、食人婆に大火
傷を負わせた炎はすぐに消えてしまった。乾燥しているとはいえ、
やはり生肌では引火せずに、食人婆を焼き殺すには至らなかったの
だ。
人間ならば痛みで立ち上がる気力もなかっただろう。しかし、食
人婆は人外の怪物だったのだ。
鷲爪を向けて食人婆が飛び掛ってくる。
今度こそ華艶はヤバイと思った。
だが、そのとき、乾いた風に乗って銃声が鳴り響いたのだ。
食人婆の身体が仰け反った。
華艶が叫ぶ。
﹁アタシに当たったらどーすんのよ!﹂
その視線の先にはリボルバーを構えた男が立っていた。
銃弾を身体に喰らった食人婆が逃げていく。
残された華艶に警官がすぐに駆け寄ってきた。
﹁お怪我はありませんか?﹂
﹁怪我ってゆか、アタシに当たったらどーすわけ?﹂
121
﹁あなたを助けるために仕方なく⋮⋮﹂
﹁いちようお礼は言ってあげる、ありがと﹂
男に警官手帳を見せられ、華艶は簡単な事情聴取を受けることに
なった。
華艶は自分が独りでしていた行為ははぶいて、それ以外の男女の
情事を目撃したことを、若かった女が老婆に変身して自分に襲い掛
かってきたことを簡単に説明した。
どうやらこの刑事は食人婆などの事件を受けて、この辺りに張り
込んでいたらしい。
華艶の話を聞いて刑事は深く頷いた。
﹁やはり、普段は老婆ではなかったのか﹂
﹁やはりって?﹂
﹁いくつかの容疑者が挙がっていたのですが、目撃情報とは一致し
なかったのです﹂
﹁なるほどね﹂
﹁私はひとり目星をつけていたのですが、これでそいつが犯人だと
確信できました。ありがとうございます、では後日詳しい事情聴取
を取らせてもらいます﹂
一礼して刑事は華艶に背を向けた。この街では珍しい礼儀正しい
刑事だ。しかも、若くて華艶好みの色男だった。
﹁ちょっと待って、今から鬼ババアを追うならアタシも行く!﹂
﹁えっ?﹂
刑事は足を止めて振り返った。
﹁危険ですから絶対に駄目です。付いて来ないでください﹂
﹁アタシ、これでも怪物相手の仕事が多いトラブルシューターなの
⋮⋮モグリですけど﹂
少し困った顔をしながら、刑事は尋ねた。
﹁駄目と言ったら私のことを尾行しますか?﹂
﹁さあ、どーでしょー﹂
とぼける華艶。絶対に尾行するつもりだった。
122
﹁わかりました、尾行されて捜査の邪魔をされるより、一緒にいた
ほうがマシです。ただし、私の眼の届く範囲で法律に触れる行為は
なさらないでください﹂
﹁オッケー、自己防衛程度にとどめまーす﹂
刑事は草野と名乗り、華艶と目星をつけていた容疑者のアパート
に向かうことにした。
道すがら草野は容疑者の経歴について興味深いことを話した。
﹁容疑者は数年前に姉と雪山に登山に出かけ遭難した経験がありま
す。食料が底を尽き、先に亡くなったのは姉だったそうです。そし
て、妹は空腹に耐えかね、姉を喰ったそうです。妹は無事に生還し
てから姉の死亡に関して裁判を受け、無罪になりました﹂
﹁で? そこで話は終わりじゃないでしょ?﹂
﹁それからその妹は引きこもる生活をするようになったのですが、
あるとき若い男性が失踪する事件が起きまして、その妹が容疑者に
挙がったのです。それからというもの、たびたび似たような事件が
食べかけの
起きるたびに、その妹は容疑者に挙がるのですが証拠不十分で不起
訴。ですがあるとき、行方不明になっていた被害者が
状態で見つかったんです﹂
﹁それで今回の事件と関係があるかもって考えたわけね﹂
﹁そうです﹂
なにか
取り付かれた平凡な主婦が、一瞬にして狂気の殺人犯
人が人でなくなることはこの街では十分にありえる。邪気を帯び
て
になることもある。
人の肉を喰っている間に、人が人でなくなる可能性も十分にあり
えるのだ。
﹁着きました﹂
草野がアパートの2階を見上げながら言った。
アパートの階段を上る途中、華艶は地面についている黒い染みに
気づいた。
﹁血痕かな﹂
123
﹁そのようですね﹂
血痕は点々としながらアパートの角部屋まで続いていた。
拳銃を構え、草野が小声で釘を刺す。
﹁お願いですから、邪魔だけはしないでください﹂
﹁オッケー﹂
注意を払いながら草野がインターフォンを押した。
返事がない。
念のため、もう一度押した。
やはり返事がなかった。
﹁応援を待ってから突入します﹂
と草野。だが、華艶は応援なんて待つ気はなかった。
﹁うりゃっ!﹂
気合を込めた華艶の蹴りがドアを過激に揺るがした。
それでもドアがビクともしなかったが、部屋中でなにかが動く音
がした。しまった気づかれた。こうなったら仕方がない。
草野がドアにタックルする。それでもドアが開かない。
拳銃を鍵に向けて何発も放った。
それからもう一度ドアにタックルする。
だが、ドアは開かなかった。
﹁ちょっと離れて!﹂
草野を突き飛ばして、華艶の蹴りがドアに炸裂した。
﹁開いた!﹂
と小さく叫んで華艶が部屋の中に突入した。
真っ暗な部屋の中。
暗い闇が感覚を敏感にし、微かな血の臭いを嗅ぎ取った。
﹁ん?﹂
玄関を入ってすぐの台所で、華艶はなにかを蹴っ飛ばした。
眼を凝らして見ると、そこには?
﹁よくできた模型﹂
苦笑いをする華艶。模型というのはジョークだった。
124
華艶を押しのけて前に出た草野もそれを見た。
それは人間の腕だった。他の部分は消失している。
草野が唾を呑み込んだ音が聴こえた。
ひとつ向こうの部屋から殺気が流れてくる。怪物がどこに潜んで
いるかは見えない。
﹁逆かくれんぼなんてやってないで、鬼なら鬼ごっこしなさいよ!﹂
華艶が声をあげた瞬間、部屋の隅から人影が草野に向かって飛び
掛ってきた。
銃声が鳴り、銃弾は天井を貫いた。
こんな場所では華艶の必殺技も使えない。アパートごと全焼だ。
草野は床に押し倒され、その上には食人婆が牙を剥いて馬乗りに
なっている。
華艶は身の回りに武器になる物が探した。
そこに手錠がたまたま落ちていた。なんでそこにそんな物が落ち
ているかは後回しにして、華艶はそれを拾って食人婆の腕とベッド
の枠を繋いだのだった。
そして、食人婆の顔面に一発喰らわせた。もちろん蹴りだ。
這って草野は食人婆の魔の手を逃れ、華艶の横に立った。
﹁ありがとうございます、助かりました﹂
と、食人婆から目を離した瞬間だった。
奇声をあげながら食人婆が重たいベッドを引きずり襲い掛かって
きたのだ。
思わず華艶と草野は台所まで逃げてしまった。
壁にベッドをぶつけ、食人鬼はこっちの部屋に来られないようだ
った。
安堵のため息が華艶から漏れた。
﹁たぶん部屋から逃げれないと⋮⋮思う﹂
安堵はしたが、自信はなかった。
目の前で食人婆は暴れ、引きずったベッドを壁に叩きつけている
のだ。
125
ケータイを取り出した草野が電話をかける。
﹁もしもし、草野ですが、連続殺人犯食人婆を確保しました。場所
は︱︱!?﹂
草野は絶句した。
食人婆は手錠で繋がれた自らの手首を喰おうとしたのだ。
すぐに華艶がそれを止めようと入ったが、逆に食人婆の牙が襲い
掛かってきた。
銃声が木霊し、食人婆の後頭部が脳漿を噴いた。
力なく食人婆は静かになった。
静かになった部屋にケータイから声が聴こえた。
︽草野返事をしろ!︾
ケータイを耳元に近づけ、草野は冷静に言う。
﹁容疑者は死にました﹂
ぐったりとした食人婆の顔は、若い女性のものに戻っていた。
帝都エデンの魔性はヒトを変える。
草野は沈痛な面持ちでいつまでも屍体を見下ろしていた。
この女性も都市に魅せられた被害者なのかもしれない。
126
ベイビーオブフレイム︵1︶
﹁ぅうン⋮⋮あぁン⋮⋮﹂
水滴の付いた窓。
温かい部屋。
ベッドで華艶はぬくぬく夢心地だった。
ピンポーン。
インターホンが鳴った。
それでも華艶は夢心地のまま、どんな夢を見ているのかニヤけて
いた。
ピンポン、ピンポン、ピンポン⋮⋮。
インターホンが連打された。
眉間にシワを寄せて、しかめっ面をした華艶が目を覚ます。
﹁⋮⋮ウッサイ﹂
時計を見るとまだ朝の5時過ぎ。たしかベッドに潜ったのは3時
ごろだったような気がする。
ピンポーン。
めんどくさいので無視しようとベッドに潜ると、また連打で鳴ら
された。
﹁あったま来た!﹂
裸体の胸を揺らしながら華艶はベッドから跳ね降りた。
ショーツ1枚で華艶はドアホンに出た。こちらからはドアの外が
見えても、向こうは見えないのでショーツ1枚でも問題ないだろう。
﹁朝っぱらからウッサイのよ!﹂
怒鳴る華艶はドアの外を画面で確認した。けれど、人影がない。
悪質な悪戯だと思い、華艶は再びベッドに潜った。
頭に血が昇ったせいか眠気は覚めてしまった。起きるにはまだ早
く、華艶は下腹部に指先を伸ばした。
127
ショーツの上から恥丘をなぞり、残った手で胸を揉んだ。
﹁うン⋮⋮﹂
鼻から漏れる熱い吐息。
細い指がショーツの中に入ろうとした瞬間︱︱ピンポーン!
華艶の手がピタッと止まった。
沸々と蘇る怒り。
ピンポンピンポンピンポン!
ベッドから飛び起きて、そのまま猛ダッシュで玄関を開けた。
﹁誰なの!﹂
静かな廊下に華艶の声が響いた。
︱︱誰もいない。
辺りを見回しながら、気配を感じた華艶は不思議な顔で下を見た。
自分の足に抱き付いている赤子。
華艶と赤子の目があった瞬間、赤子は舌ったらずの言葉を発した。
﹁ママぁ﹂
凍りつく華艶。
﹁な、なんであたしがママなのよ! てゆか玄関出なかったらこの
子どうなってたか⋮⋮﹂
玄関を出なかったら何度もインターホンを鳴らされた。裏返せば、
出るまで鳴らしていたことになる。
つまり︱︱。
﹁近くにいる﹂
改めて辺りを見回すと、階段の影に人影があった。しかもこちら
の様子を窺っている。
華艶に気付かれたと知り逃げ出す人影。
まだ顔を確認していない。逃がすわけにはいかなかった。
華艶はトップレスのまま走り出した。
が、すぐに足が止まった。
﹁寒ッ!﹂
急に思い出したように寒さが華艶の肌を刺した。人に裸を見られ
128
ても恥ずかしくはないが、恥ずかしいのとご近所さんに変質者と思
われるのは違う。さすがにショーツ1枚で追跡はできなかった。
プラス赤子が華艶の足にしがみ付いている。
﹁まったくもぉ!﹂
しかたなく追跡を断念して、華艶は赤子を出して部屋に戻った。
リビングのソファに腰掛けて、抱いた赤子の顔をまじまじと見つ
める華艶。
愛くるしい瞳に華艶の姿が映りこむ。
﹁ママぁ﹂
﹁だからあたしはママじゃないし﹂
赤子は生まれたばかりというわけもなく、だいたい1歳ぐらいだ
ろうか。華艶の足にしがみ付いて立っていた様子から、つかまり歩
きくらいはできそうな気がする。
難しい顔をしながら華艶は天を仰いだ。
﹁ムリしてでも追いかけたほうがよかったかな⋮⋮﹂
華艶の目は赤子の背負っていたミニリュックに引かれた。
﹁その中になにが入ってるのかなぁっと﹂
リュックを開けると、離乳食が少々と、1通の封筒が入っていた。
封筒の中には現金5万円と1枚の手紙。
手紙にはこう書き記されていた。
︱︱しばらく預かってて頂戴。PS.他人に預けようなんて考え
たらコロスから、アンタがちゃんとめんどうみるのよ。
手紙を読み終えた華艶がボソッと呟く。
﹁なんか⋮⋮この文面、てゆか口調⋮⋮覚えがあるような⋮⋮﹂
華艶は時計を見た。
まだ5時過ぎで、8時くらいになったら学校に行かなくてはいけ
ない。
﹁他人に預けるなって言われてもなぁ﹂
学校に子供連れで通うわけにもいかない。
誰かに預かってもらおうと思ったが、その瞬間刺すような寒気が
129
⋮⋮。
︱︱コロスから。
そんな脅迫文に怯えるような華艶ではない。しかし、あの文面、
あの文字だけには、なぜか屈服した。
﹁これは学校を休めって神託ね!﹂
と、学校をサボろうと考えたが、出席日数が、進級が⋮⋮なんか
手遅れな気がしないでもないけど、ヤバイ。
﹁よし!﹂
やっぱり赤子を学校に連れて行くことを決意。
でも、どうやって連れて行くか?
バッグに押し込んで連れて行く?
ここで華艶はひらめいた。
ちょうどいいリュックがあったような気がする。頭がちょこんと
出てちょうどいいような気がする。
﹁そこで大人しく待ってて﹂
赤子をソファに残して走り出す華艶。
そして、リュックを掴んで部屋に戻って来た。
﹁⋮⋮消えた﹂
赤子の姿がない。
﹃では、次のニュースをお伝えします﹄
そして、つけてもいないテレビがついていた。
ソファの後ろから気配がした。
﹁そこか!﹂
そのまま走ってソファの後ろに廻ろうとした華艶の足がピタッと
止まる。
華艶の瞳に映し出される光景。
お札の噴水だ。ついでに小銭も宙を飛んだ。
﹁あーっ、あたしのサイフ!﹂
赤子によって華艶のサイフの中身をぶちまかれていた。
空を舞う札束、床を転がる小銭たち。
130
﹁ダメでしょ、そんなことしちゃ!﹂
華艶は慌ててサイフを取り上げ、赤子を抱き上げた。
赤子は無邪気に笑っている。
﹁ったく、親の顔が見てみたい﹂
﹁ママぁ﹂
﹁あたし、アンタの親じゃないから!﹂
﹁ママぁ﹂
﹁⋮⋮はいはい﹂
ため息をついて華艶は床を眺めた。
小銭が遠くまで転がってしまっている。全て拾うのは一苦労だ。
現金主義の華艶は普段から大量の現金を持ち歩いている。それが
仇となった。
とりあえずお金を拾うのはあとにして、この赤子をどうにかしな
ければいけないだろう。
華艶は持ってきたリュックの中に赤子を押し込めた。顔がちょう
ど出る感じで、大きさ的には問題なさそうだが、少し窮屈そうだ。
そこで華艶はリュックの底に2つの穴を開けて、赤子の足が出るよ
うにした。
﹁完璧﹂
が、背負ってみると結構重い。
しかも、赤子は足をジタバタさせ、踵蹴りが華艶の背中に炸裂。
﹁ちょっと暴れないでよ﹂
﹁ママぁ﹂
﹁⋮⋮はいはい﹂
もう頭を抱えるほかなかった。
無言で床に散らばるお金を拾う華艶。
学校に登校するまでには、まだまだ時間がある。
131
ベイビーオブフレイム︵2︶
マンションを出るまでにも何人かとすれ違い、変な目で見られた。
学校の制服を着て、自転車を漕ぐ華艶の姿。背中にはもちろん赤
子がいる。
やっぱり学校に行く判断は間違えだったのでは⋮⋮と華艶の頭に
過ぎる。
学校に近づけば近づくほど、同じ学校の生徒たちが増えてきた。
なるべく周りの視線を無視して、華艶は自転車を停めてさっさと
教室に向かった。
教室に入った瞬間、生徒たちの視線が華艶︱︱というより赤子に
向けられ、みな口を閉ざして時間が止まった。
無い
ことになっている。
そして、魔法が解けたように時間が動き出した。もちろん華艶の
存在は
いつもと違う教室の雰囲気を肌で感じながら、華艶は無言で席に
ついた。
触れてはイケナイ他人の傷を見るような、そんな視線を華艶は感
じた。
誰かが最初に声をかけてくれれば弁解もできるのに、触れてはイ
ケナイみたいな空気が流れているせいで完全にシカトされている。
こんなにまで誰も華艶に触れないのは、みんなこう思っているか
らだ。
あいる
﹁うわーカワイイ! これ華艶の隠し子?﹂
華艶の友人の碧流だった。
慌てて華艶は弁解する。
﹁違うってば、誰かの子かわかんないんだけど、なんか押し付けら
れたっていうか⋮⋮﹂
﹁誰の子かわかんないって、行きずりの男ってこと?﹂
132
﹁そーゆー意味じゃなくて、朝玄関開けたらいた⋮⋮みたいな﹂
弁解の機会を与えられたのに、しどろもどろの華艶。
教室にいた生徒たちは確信を得た。
︱︱やっぱり華艶の隠し子なんだ、と。
その赤
普通だったらジョーダンに聞こえる内容でも、華艶を知る者たち
にとってはジョーダンに聞こえない内容だった。
そして、止めの一撃。
﹁ママぁ﹂
無邪気な赤子の声が教室に響いた。
に向けられた。
今まで耳だけ傾けていた生徒たちの視線が一気に華艶と
子
華艶は勢いよく席を立った。
﹁違うってば、みんな誤解しないでよ。あたしがいつ妊娠してたっ
ていうの?﹂
﹁ママぁ﹂
﹁だーっ、違うから、違うし、人工妊娠で他人に生ませたとかいう
のも違うし、とにかくあたしの子供じゃないから!﹂
ゼーハーゼーハー息を切らせながら、華艶の額から変な汗が流れ
た。
そんな必死な華艶とは対照的に、にこやかに碧流は赤子とじゃれ
合っていた。
﹁この子名前なんていうの?﹂
﹁知らない﹂
﹁目元とか笑い顔とか、華艶にそっくり。やっぱり華艶の子じゃな
いの?﹂
﹁だから違うって、何度言えばわかんのよ!﹂
もうウンザリだ。
やっぱり学校に登校したのは失敗だった。
しかし今年も留年するわけにもいかず、赤子を預けようにも︱︱
コロス。脅迫を受けている。
133
板ばさみ状態の華艶。
﹁ママぁ﹂
たかいたかーい
して遊んでいた。
と、また呼ばれ、板ばさみというか四面楚歌。
碧流はいつの間にか赤子を
﹁この子女の子だよね? 華艶の子供だからカエンJr.とかでい
いよね、ねっ?﹂
勝手に赤子の名前をつけられ、華艶はため息をつくばかりだった。
﹁ジュニアってあたしの子じゃないって⋮⋮﹂
最後まで言う気力すらなかった。
それでもなんとか1時限目の授業がはじまり、教師が教室に入っ
てきた。
教壇に立った教師に視線が華艶に向けられる。
そのまま教師は華艶の近くまで歩み寄り、カエンJr.にツッコ
ミ入れようとした瞬間、無言で華艶がガンを飛ばした。
教師は背中に汗をかきながら、なにも見なかったことにして教壇
に戻っていった。
そのまま授業はただならぬ雰囲気の中で進んだ。
だが、そのまま授業は終わってはくれなかった。
少しずつ生徒たちがざわめきはじめた。
華艶の周りの先に座る生徒たちが、嫌そうな顔をして鼻をしきり
に触っている。
異臭騒動勃発。
シャーペンを握っていた華艶の手が止まる。
まさかと思いながらも、それしか考えられなかった。
そのとき、ポケットに入れていた華艶のケータイが震えた。
コッソリ確認してメールを開くと、同じ教室にいる碧流からだっ
た。
︱︱華艶ちゃん18歳にもなってお漏らしでちゅか?びゃははは
︵≧ω≦︶b
笑い事じゃない。
134
速攻で華艶はメールを返信した。
︱︱あたしなわけないでしょ!
顔文字を使う心の余裕すらなかった。
ソワソワしてるから、早
華艶が碧流に顔を向けると、意地悪そうにクスクス笑って華艶を
見ていた。
︱︱みんな︵︵︵︰ ︶︵ ︰︶︶︶
くおしめ替えてきなよ。
︱︱わかってるってば!
送信ボタンを押して、華艶はゆっくりと挙手しながら立ち上がっ
た。
﹁先生、ちょっとトイレ⋮⋮﹂
華艶じゃなくてカエンJr.が︱︱。
教師の返答を聞く前に華艶は教室をダッシュで飛び出していた。
芳しい臭いを残して。
135
ベイビーオブフレイム︵3︶
カーテンで仕切られた保健室のベッドで、二人の女が授業中だと
いうのに淫らな行為に耽っていた。
制服を着たままパンティだけを脱がされ、四つん這いでケツを突
き上げた女子生徒。
女子高という隔離された世界では、風紀が乱れ、そのような女子
生徒同士の関係が築かれることもあるだろう。
しかし、女子生徒のケツを叩いて淫らに微笑んだのは、生徒では
なく保険医だった。
白衣を着たまま、スカートとショーツを脱ぎ捨て、股間には男性
のモノを模ったペニバンを装着していた。
ペニバンはすでにねっとり濡れ、すでに女性のナカで仕様した後
だった。
女子生徒とは少しぐったりとした様子で、横顔をベッドに埋めて
いる。
﹁先生⋮⋮もぅ⋮⋮わたし⋮⋮はぁはぁ⋮⋮﹂
﹁まだまだダメよ﹂
倒錯感に浸りながら保健医はベニパンを手でしごいた。
ベニパンに大量の唾液を垂らし、保健医は女子生徒の尻の谷間を
なぞった。
急に女子生徒が眼を向く。
﹁先生、ダメ、そこは!﹂
﹁ふふふ、そろそろココも開発してあげましょうね﹂
ベニパンの先端がすぼまった肛門に押し付けられていた。
そして、ぐりりっと一気に突貫された。
﹁ひぃ∼っ!﹂
甘美な悲鳴を聞きながら、保健医は女子生徒の太腿を掴んでさら
136
に奥へと挿れた。
括約筋に締め付けられる感覚を直接感じることはできないが、倒
錯の中で保健医は恍惚な快楽を感じていた。
﹁いいわ、最高よアナタ﹂
﹁ひっ、抜いてください。裂けちゃう、裂けちゃいますぅ∼!﹂
﹁少しくらい切れても平気よ、いい薬出してあげるわ﹂
保健医は尻を叩きながら笑っていた。
白い桃尻に真っ赤な楓の痕が残る。
そして、保健医は腰をスライドさせはじめた。
﹁あら、奥でなにかが詰まってるみたいね﹂
﹁ダメです! やめて!﹂
女子生徒はシーツをきつく握り締め、必死に悶え苦しんでいる。
﹁うぐぅ、ひぃ⋮⋮あぁっン!﹂
ぎゅるるるぅ。
女子生徒の腹が奇怪な悲鳴をあげた。
﹁先生、漏れます、漏れちゃいます﹂
﹁ちゃんとフタをしてあげてるから平気よ、でもコレを抜いたらど
うなるのかしらね﹂
保健医は意地悪に微笑んだ。
﹁もうダメ!﹂
と、女子生徒が叫んだのと同時だった。
保健室のドアが勢いよく開き、仕切りのカーテンが開かれた。
﹁授業中になにやってんだか⋮⋮﹂
呆れたように言ったのはカエンJr.を背負った華艶だった。
突然の出来事に女子生徒の気が緩み、ペニバンが押し出されそう
になった。
﹁イヤ!﹂
漏れそうになった肛門をきつく締め、女子生徒は蒼い唇をわなわ
なと振るわせた。
平常時の顔つきで、何事もしていないように、保健医はさらりと
137
華艶に尋ねる。ベニパンは挿れたままだ。
﹁なんのようかしら?﹂
﹁この子がお漏らししちゃって、とりあえずここに連れてきたんだ
けど⋮⋮﹂
華艶の眼は女子生徒に向けられていた。
﹁漏れます、先生漏れちゃいます!﹂
こちらも漏らしそうだった。
﹁仕方ないわね﹂
と、保健医がペニバンを抜こうとしたのを女子生徒が必死に止め
る。
﹁抜いたら漏れます!﹂
﹁漏らしたらアナタが掃除するのよ﹂
﹁だから抜かないで!﹂
ぎゅる、ぎゅるるるぅ∼。
再び奏でる奇怪な悲鳴。
保健医が抜かなくとも、ペニバンは今にも押し出されそうだった。
﹁先生、抜かないで! ディルドをディルド部分だけ外してくださ
い!﹂
﹁仕方ないわねぇ﹂
保健医はペニバンの男性を模った部分だけを取り外し、解放され
た女子生徒は肛門にモノを差し込んだまま、無様に尻を押さえて保
健室を小走りで出て行った。
女子生徒のいなくなった部屋で保健医がボソりと呟く。
﹁臭いわね、漏らしたのかしら?﹂
﹁あたしの話聞いてた?﹂
改めて華艶は背中に背負っていたカエンJr.を保健医に見せ付
けた。
﹁なにその赤ちゃん? ここは育児所じゃないのだけれど?﹂
﹁とにかくこの子が漏らしちゃったみたいで﹂
﹁それでどうして保健室に来るの?﹂
138
﹁だからー、それは他に行くところがなかったからでー﹂
﹁ふ∼ん、だったら早くおしめ替えてあげないさいよ﹂
﹁替えなんて持ってないし﹂
﹁ふ∼ん﹂
と、言ったきり、保健医はショーツを穿き、何事もなかったよう
に丸椅子に座って事務をはじめた。
華艶シカト!
﹁ちょ、ちょっとなんか手伝うとかしてよ!﹂
﹁どうしてわたしが?﹂
真面目な顔で保健医は華艶の瞳を見つめた。しかも、いつの間に
か掛けた眼鏡で真面目ドアップだ。
﹁困ってる人を助けてあげようって精神はないわけ? それでも保
健室の先生!?﹂
﹁これ、仕事だもの﹂
﹁⋮⋮はいはい、そーですね﹂
華艶も人をいたわり、困っている人を助ける精神はない︱︱ノー
ギャラでは。
カエンJr.をテーブルに降ろし、頭を悩ませながら華艶は辺り
を見回した。
そんな華艶に保健医は仕事をしながら、棚の上を指差した。
﹁たぶんそっちにトイレットペーパーが積んであるでしょ、とりあ
えずそれ使いなさい﹂
﹁⋮⋮少しはいいとこあるじゃん﹂
﹁ウェットティッシュはそっちね、ゴミは青いゴミ箱よ。赤と黄色
のゴミ箱に捨てたら怒るわよ﹂
﹁はいはい、わかりましたー﹂
﹁そこにある流し台使ってもいいけど、使ったら丹念に洗うのよ。
うんちとか残ってたら殺すから﹂
﹁⋮⋮はいはい﹂
華艶はトイレットペーパーをカエンJr.の横に置いて、さっそ
139
くおしめを脱がしはじめた。
﹁やっぱり臭い﹂
大人に比べればそうでもないが、母乳から離乳食に切り替わった
子供のは臭くなる。
無い
ことを確認して華艶は深く頷いた。
﹁やっぱり女の子だったんだ﹂
股間に
将来、カッコイイ男になる可能性が失われ、華艶は少しつまらな
そうだった。
丸椅子を回転させ、保健医がこっちを向いた。
﹁やっぱりうんちを拭いたトイレットペーパーはトイレに流しなさ
い。ウェットティッシュは青よ、青。それからおしめはビニール袋
に入れて青よ﹂
﹁⋮⋮はいはい﹂
まるで小うるさい小姑のようだ。どうも親切で言っているようで
はない。
140
ベイビーオブフレイム︵4︶
ジャーッとトイレの水を流して、すべての処理を終えた。
﹁さてと、これからどうしたものか⋮⋮﹂
背中にはリュックに入れられたカエンJr.
おしめを捨ててしまったのでノーパンだった。
﹁おしめってどこで売ってるの⋮⋮スーパー、コンビニ⋮⋮じゃ見
たことないかな⋮⋮ああ、薬局?﹂
もう教室に帰る気ゼロだった。
足も下駄箱に向かっている。
廊下の前方から、掃除用具を入れたカートを押しながら、深めに
帽子を被った清掃員が歩いてくる。
﹁ご苦労様∼﹂
と、軽く挨拶をした華艶はそのまますれ違おうとした。
しかし、そのとき強い殺気を感じた。
﹁うわおっ!﹂
海老反りした華艶の鼻先をモップが抜けた。
すぐに体制を立て直して華艶は飛び退いて間合いを取った。
﹁アンタ何者!﹂
﹁まさかこんな仕事を請けるとはね﹂
深めに被っていたいた帽子を投げ捨て、長い黒髪が靡いた。
その者の顔を見た華艶が嫌そうな顔をする。
﹁どうしてアンタがあたしの命を狙うわけ?﹂
としてその道では有名だ。今日
﹁別にあなたの命を狙ってるわけじゃないだけどぉ﹂
同業者だった。
オカマ
トラブルシューター
ゴスロリをしたTSの
かりん
は清掃員の格好をしてゴスロリではない。
其の名は夏凛。
141
﹁その赤ちゃんを譲ってくれな∼い?﹂
﹁どうして?﹂
﹁クライアントがそれを望んでるから、お・ね・が・い♪﹂
﹁ヤダ。てゆか、それって誘拐でしょ、ゆ・う・か・い。正規のT
Sがそんなことしていいのかなぁ。免許停止されちゃうかもよぉ﹂
脅しをかける華艶だが、夏凛はそんなこと鼻にもかけない。
﹁自称親からの依頼だもん。免許停止されそうになったら裁判起こ
してどうにでもするもん﹂
﹁相変わらずやり方が汚い、それでも政府公認のTSか⋮⋮﹂
﹁モグリのあなたに言われたくない﹂
﹁低学歴のオカマに言われたくないしー﹂
﹁カマじゃないって何度も言ってるでしょう。この尻軽女!﹂
いつの間にか口喧嘩に発展しそうだった。
﹁みんななんか勘違いしてるみたいだけど、あたしそんなに尻軽じ
ゃないしー。てゆか、アタシのほうが年上なんだから、もっと敬う
とかないわけ?﹂
﹁だったらぁTSの先輩として、ランクも上のアタシを敬うとかし
てくれないかなぁ?﹂
﹁ランクが上でも、あたしより低学歴じゃムリ、みたいな﹂
﹁低学歴低学歴って、あなただってたがが高校生のクセに。しかも
留年してるとか聞いちゃったけどぉ﹂
﹁留年してようがなんだろうが、お嬢様学校に通ってること変わら
ないでしょ!﹂
夏凛が鼻で笑う。
﹁ふん、お嬢様学校? ただお金持ちが多いだけでしょう。お嬢様
とお金持ちは次元が違うの、ここの生徒は問題児や不良が多いって
有名よねー﹂
﹁うっさい、カマ!﹂
﹁ボキャブラリーが貧困だから、そんな罵声しか口から出ないのね。
哀れ哀れ﹂
142
だんだんと夏凛の口調は毒気を含んでいた。こっちが本性に違い
ない。
﹁カマカマカマ!﹂
﹁言いたいことが済んだら赤ちゃんを渡して頂戴ね﹂
﹁いーやーだ!﹂
﹁なら力ずくでやるもんねーだ!﹂
モップをまるで槍のように扱い夏凛が攻撃を仕掛けた。
その程度の攻撃を避けるなど容易い。だが、いつもと違って動き
に制限があった。
﹁重いし、動けない﹂
背中にカエンJr.を背負った華艶に分が悪い。
しかも、校内で問題を起こすと、いろいろ困る事態が起こる。
逃げるしかない。そう華艶は強く思った。
廊下を逃走する華艶。下駄箱はすぐそこだ。
上履きを履き替えているヒマはなかった。そのまま華艶は下駄箱
を飛び出し、後ろを振り向くことなく自転車置き場に向かった。
追う夏凛は出遅れていた。理由は見た目でわかる。白いレースの
裾を揺らしながら、夏凛はゴスロリ姿で華艶を追っていた。わざわ
ざ着替えたのはポリシーの問題だ。
その間に華艶は自転車に乗り、門を突破していた。
しかし、そこで待ち受けていた更なる刺客。
ガラの悪い男たちがどこからともなく華艶の前に立ち塞がる。
えんへき
校外に出てしまえば、多少の問題は起こせる。
﹁炎壁!﹂
炎の壁を作り刺客の視界と行く手を阻む。さすがの華艶も自分の
通っている学校の前で人を焼くわけにいかない。
更なる逃亡を計る華艶。
﹁ったく、なんであたしが追われてるわけ?﹂
どうやら刺客はカエンJr.を追っているらしいが、その理由は
まだわからない。
143
状況が把握できていない現状では無駄な戦いはしていられない。
たとえ追ってくる相手が悪人面でもだ。
華艶を追ってくる男たちは車に乗り換え追ってくる。入り組んだ
道や細い路に逃げ込めば巻けそうだ。
だが、刺客は男たちだけではない。
物陰から自転車に乗る華艶に夏凛が飛び掛る。
危険を顧みない無茶な行動だが、それは確実に華艶を捉え、自転
車を横転させた。
華艶は抜群の運動神経でカエンJr.を庇い、瞬時に立ち上がり
罵声を吐く。
﹁ちょっとこの子が怪我したらどうすんのよ!﹂
﹁あなたがちゃんと庇うの計算済みぃ﹂
﹁そんな危ない賭けしないでよ!﹂
黒塗りの車が停車し、男たちが降りて来る。もう追いつかれてし
まった。
逃げ場はいくらでもあるが、逃げられるかは別問題。
戦う力はあるが、人間相手の戦いは避けたい。
華艶の技は炎を主体とするために、常に殺傷力を孕んでいるのだ。
人間
を全て殺していくなど、いくら犯罪都
﹁過剰防衛で警察にパクられるのイヤかなぁ﹂
襲い掛かってくる
市と悪名高い帝都でも、そんなバカな真似をする者はいない。
帝都にも法がある。
﹁よし、かかって来い!﹂
ファイティングポーズを華艶がした瞬間、男たちが一斉に銃を抜
いた。
華艶の頬を冷や汗が流れた。
そもそもカエンJr.を背負ったまま戦えるハズがなかった。
﹁わかったから銃を下げて、もう抵抗しないからこの子も渡すから﹂
華艶はリュックを降ろすそぶりをしながら、その視線は遠く前方
を見ていた。
144
トラックが来る。
今だ!
華艶はトラックの荷台に飛び移った。
﹁バイバ∼イ!﹂
悪戯な笑みで手を振る華艶。
男たちと夏凛はすぐさま車に乗り込み華艶を追う。
車はすぐにトラックの横につけ、助手席の窓から銃口がトラック
の運転手を狙った。
﹁すぐに車を停めろ!﹂
急ブレーキを踏まれたトラックは標識にぶつかりながら停まった。
すぐに男たちはトラックの荷台を調べるが、華艶とカエンJr.
の姿はどこにもなかった。
首を傾げる夏凛。
﹁あのときかなぁ。1回曲がってトラックを見失ったとき﹂
華艶を探すべく、夏凛は再び車に乗り込んだのだった。
145
ベイビーオブフレイム︵5︶
コーヒーの匂いが染み付いた店内。
客の少ない喫茶店で、マスターの京吾はいつもの感じで︱︱ただ
し裏口から客を迎えた。
﹁いらっしゃい、華艶ちゃん﹂
﹁すごっ、なんで振り向かないでわかるわけ?﹂
そう、京吾はカウンターの裏から現れた華艶の顔を見ることなく
当てたのだ。
﹁華艶ちゃんはうちの常連さんだからね﹂
と、京吾は爽やかに微笑んだ。春の日差しのような笑顔だ。
華艶はパンツを見せながらカウンターを飛び越えて、丸い回転椅
子にどっしりと腰掛けた。そしてすぐに注文をする。
﹁いつもの﹂
﹁すぐに淹れるね﹂
安物のコーヒーメーカーでゆったりとコーヒーを沸かす京吾。そ
の視線は華艶の背負うカエンJr.に向けられていた。
﹁その子、華艶ちゃんの子かい?﹂
﹁そのジョーダンもういらない﹂
もうさんざん学校で疑惑をかけられた。
﹁なら誰の子なのかい?﹂
﹁知らない﹂
と、言った瞬間、次に返ってきたのは、
﹁ママぁ﹂
だった。もちろんカエンJr.だ。
慌ててカエンは否定する。
﹁違うから断じて違うから、妊娠してるあたし見たことある?﹂
﹁ないね。代理妊娠してもらったのかい?﹂
146
﹁だ∼か∼ら∼、あたしの子供じゃないから﹂
﹁ママぁ﹂
またカエンJr.だ。
もう否定する気力もない。
京吾はおもしろそうに言う。
﹁なかなか興味いね。どうして赤ちゃんの世話をすることになった
のか、教えてくれないかい?﹂
﹁まあ、簡単に話すと︱︱﹂
それから数分間、華艶は簡単に自分が置かれた状況を話した。
すべて話し終えたところで、忘れていたようにコーヒーが出され
た。
コーヒーを飲みながら華艶はカウンターに片肩肘をついた。
﹁もぉやんなっちゃう。子供は押し付けられるし、変な奴等に追わ
れるしー﹂
﹁そういえば、さっき華艶ちゃんを探して変な男たちが尋ねに来た
よ﹂
﹁なんでそんな重要なこと黙ってたの!﹂
勢いをつけて華艶は立ち上がった。
もしかしてのことも考えて、華艶は裏口から店に入ってきたわけ
だが、その時点で教えて欲しかったものだ。正面から入って来ない
時点で、トラブルを抱えているのはわかるだろうに。
﹁まあまあ、コーヒーでも飲んで落ち着いて﹂
なだめられて華艶は顔をプイッとさせながら席についた。
来てないか、来たら教えろ謝
﹁で、その男たちはどんな感じだったの?﹂
ってさ﹂
﹁華艶ちゃんの写真を僕に見せて、
礼は弾む
﹁他には?﹂
﹁いや、他にはなにも﹂
﹁他にもなんか言ってたでしょ? てゆか、情報屋なんだからなん
か情報つかんでたりしないわけ?﹂
147
﹁さっぱり﹂
と、そのまま京吾はボックス席に1人で座る老人に顔を向けた。
﹁トミーさんはなにか気になった点ありました?﹂
呼ばれた名前は洋風だが、顔は生粋の日本人だ。ただ、服装は1
9世紀のロンドン、シャーロック・ホームズの時代の人間のようだ。
﹁葉巻の匂いがしたな。奴等が葉巻をやるとは思えんから、同じ車
に乗っておった親玉が吸ったんじゃろうな﹂
﹁なんで同じ車ってわかるわけ?﹂
華艶はいつの間にかトミーの目の前に座っていた。
﹁この窓から車が見えたからじゃ﹂
トミーの座る席からは、外の道路をよく見ることができた。
﹁ナンバー見た?﹂
﹁いや、じゃが葉巻の銘柄ならわかるぞ﹂
﹁トミーさんの葉巻自慢とか別に興味ないから﹂
トミーはつまらなそうな顔をした。
﹁では、結論から言うぞ。おそらくその赤ん坊を狙っているのは都
議会議員の朽木じゃな﹂
どんなヒントから灰色の脳細胞はその答えを導き出したのか?
この老人のこの才能に、華艶はいつも驚かされるが、いつもさっ
ぱりだ。
﹁どうしてわかるわけ?﹂
﹁車は都の公用車じゃった。そして、決め手は葉巻じゃな﹂
トミーはテーブルの端で折りたたまれていた新聞を広げ、何ペー
ジか捲ると、とある記事の写真を指さした。
﹁この男が朽木じゃ。そして、手に持っているのが葉巻、わしが嗅
いだ香りと同じ銘柄じゃな﹂
﹁珍しい葉巻なの?﹂
﹁そうじゃな﹂
華艶は身を乗り出してトミーの顔をじっと見た。
﹁ほんとぉ∼∼∼に、朽木なの?﹂
148
﹁決め手となるヒントはまだあるぞ、この男じゃ﹂
トミーは先ほどの写真を再び指さした。
この写真は朽木が報道陣から逃げるようにしている写真だった。
その朽木を庇うようにガードしている男をトミーは指していた。
いつの間にか京吾もカウンターから出て、写真をまじまじと見て
いた。
﹁あーっこの男だよ、さっきここに来たの﹂
京吾はガタイの大きかった男のことを思い出した。
そして、トミーはさらに見切れて、腕だけ写っている写真を指さ
した。正確には時計を指さしていた。
﹁ここに来たもう一人の男がしていた腕時計じゃな﹂
ここまで来ると関心するというより呆れてしまう。華艶はポカン
とした。
﹁⋮⋮目ざとすぎ﹂
トミーの記憶違いでない限りは、ここまで証拠が揃えば99パー
セント朽木の線で決まりだろう。ここの常連同士である華艶がトミ
ーを疑う余地はない。
華艶は新聞を奪い取り、その記事を読みはじめた。もちろん朽木
の記事だ。
事件はとある女子大生の死から、世間に公のものとなった。
行為
すらも配信されてしまっている。
被害者の名前は非公開とされているが、ネット上では顔も名前も、
その
レイプ、画像配信、そして自殺。
遺書にレイプ犯の名前は記されていなかった。警察の調べにより
朽木の名が浮上するが不起訴、その後に遺族が訴えを起こした。
﹁で、なんでこの子が狙われるわけ?﹂
華艶はカエンJr.を抱っこして、目と目を合わせた。
被害者の子供であれば、DNAを調べて有力な証拠となるのは間
違いないだろう。
﹁事件っていつ起きたの?﹂
149
聞きながら華艶は改めて記事に目を通す。残念ながら記載はなか
った。
華艶に顔を見合わされた京吾は横に首を振り、トミーは首を傾げ
ながらこう答えた。
﹁たしか被害者の女子大生が自殺したのは1年以上前だったかの?﹂
﹁びみょー﹂
華艶はそう言ってため息をついた。
ここで3年前とでも言ってくれれば、確実にこの子供は被害者の
子供ではない。
カエンJr.と仮称で呼ばれるこの赤子は、およそ1歳ちょっと。
多く見ても2歳だろう。つまり、2年以上前に被害者が自殺をして
いれば、この子供は被害者の子供ではないとなる。
そして、2年に妊娠期間を足した年数、それ以前にレイプ事件が
起きていた場合も、この赤子は被害者の子供ではないと推測される。
再びカウンターに戻る華艶。
﹁ったく、どうしたもんかなー﹂
都議会議員の朽木が関係しているとわかっても、どこまで踏み込
むかが問題だった。
相手が悪の組織だったら、単純にぶっ潰せば済む問題だが、法律
的に白またはグレーの相手を叩けば、叩いたほうが逆に袋叩きにな
る。相手は権力を持っていればなおさらだ。
﹁やっぱり今のところ逃げ回るしかないのかなー﹂
なんていうのは華艶の性格上、難しい。
カエンJr.を背負いなおし、華艶はカウンターに小銭を置くと、
喫茶店をあとにした。
どこに行くかは決めていない。
とりあえず華艶は適当に歩き出した。
150
ベイビーオブフレイム︵6︶
喫茶店を出てすぐに華艶は手を叩いて思い出した。
﹁そうだ、オムツ買わなきゃ﹂
カエンJr.はまだノーパンのままだった。赤子とはいえ、レデ
ィに対する扱いではない。
駅近くにドラッグストアがあったような気がする。そこにだった
らオムツも置いてあるかもしれない。
なんとなく駅に向かって歩き出すと、カエンJr.が足をバタつ
かせて華艶の背中を踵で蹴りはじめた。
﹁ママぁ、ママぁ!﹂
﹁はいはい、なんですか?﹂
﹁ママぁ!﹂
﹁だからなに⋮⋮イタッ!﹂
髪の毛を引っ張られた。
﹁言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ!﹂
怒りながら華艶は背中に首を向けた。向けたと言っても、カエン
Jr.の手が見えるくらいしか首は回らない。
﹁それ以上暴れるとベビーカーに縛り付けるから!﹂
そんなことを言ってみたものの、実際はベビーカーを使うとなる
と動きが制限される。追っ手が来たらベビーカーなど押していられ
ない。
たとえば今のような状況。
黒いジャケットを着た2人組みの男が、華艶の後ろから迫って来
ていた。
すでに華艶はその存在に気付いている。相手の出方を窺っている
のだ。
なに食わぬ顔で華艶は駅前まで歩き続けた。ひと目の多い場所で
151
は、あちらも襲って来られないのかもしれない。
学校で襲われたときも、夏凛は学校内に変装して侵入してきたが、
他のものたちは学校の外で待機していた。
駅近くの通りは学校前に比べて、明らかに人通りが多い。
華艶はドラックストアの前を通り過ぎた。
荷物が増えれば逃げるに邪魔になると判断したからだ。
そのまま華艶は歩き続け、少し狭い路地に入った。後ろからはま
だ男がつけてきている。人通りもなく、そろそろ頃合かもしれない。
ジャケットの内に手を入れた男が前から歩いてくる。後ろからも
同じような雰囲気を纏った男が迫って来る。
挟み撃ちにする気だ。
華艶の足が止まる。
﹁きゃー強姦。とでも叫ぼうかな﹂
ヤル気なさそうに華艶は言った。
ジャケットに手を入れていた男が拳銃を取り出した。
﹁その赤ん坊を渡してもらおう﹂
﹁なんで?﹂
﹁知る必用がないことだ﹂
﹁あっそうですかー﹂
両サイドから詰め寄ってくる男は2人。華艶は2人が見えるよう
に壁に背を向けて、左右に男たちを捕らえた。
1人は素手、1人は拳銃。
口径の小さな銃で、弾丸は肉体を貫通しそうにない。
撃ってくるかもしれないと華艶は思った。
正しく華艶にヒットすれば、赤ん坊は無傷だろう。けれど、狙い
が外れる可能性もある。
大きなリスクを負うはずがないと華艶は動いた。拳銃に背を向け、
素手の男に殴りかかったのだ。
カエンJr.を盾にして、華艶は素手の男の鼻をへし折った。よ
ろめく男から目を離し、華艶は中段の回し蹴りを放った。
152
蹴りは背後から迫って来た男の手にヒットして、拳銃を空に大き
く飛ばした。
鼻血を出した男が襲ってくるが、華艶は空かさず裏拳でもう一度
鼻を粉砕してやった。
今度は鼻だけでなく歯もへし折られ、男はノックダウンして倒れ
た。かわいそうに、アスファルトに後頭部をぶつけた。
残る男は懐から折りたたみ式の電磁ロッドを出した。
﹁ぶっ殺してやる!﹂
﹁アンタばか? 電磁ロッドなんか使ったら、身体の小さい赤ちゃ
んがどうなるかわかるでしょ﹂
強い電流が華艶の身体に奔れば、背負われているカエンJr.に
も被害が及ぶ。
華艶の助言が効いたのか、男はスイッチを入れずに電磁ロッドで
殴りかかってきた。
その瞬間、華艶はワザと背を向けた。
男は慌てて振り下ろすロッドの位置を修正して空振った。
バランスを崩して顔を地面に向ける男の後頭部に、華艶の踵落と
しが叩きつけられた。
そのまま男はアスファルトに顔面を強打した。
﹁痛そ﹂
まるで勝手に転んだみたいな口ぶりだ。
華艶は視線を感じて振り向いた。
見知らぬオバサンが慌てて華艶から姿を隠した。
﹁ヤバ、見られてた?﹂
警察に通報される前にさっさと逃げたほうがいいかもしれない。
﹁さーてと、オムツでも買いに行こう﹂
呑気な口調とは裏腹に、華艶は猛ダッシュで路地から姿を消した。
153
ベイビーオブフレイム︵7︶
飛んで火に入る夏の虫︱︱輝きに引き寄せられた夏の虫が、炎で
焼け死ぬことから、それを例えて自ら進んで災いに飛び込む様。
華艶はそれをしようとしていた。
﹁もしもし仕事の依頼をしたいんですけどー﹂
﹁希望のTSはありますか? ないようでしたら、依頼内容から、
ご予算、適任のTSをご紹介させていただきます。なお、依頼内容
を黙秘される場合は、ご予算からTSのリストをお渡しいたします﹂
﹁夏凛さんを希望したいんですけど、予算は3億円くらいで、依頼
内容は夏凛さんに直接話します﹂
﹃承りました。連絡先電話番号、またはメールアドレス、お名前を
お教えください。折り返しご連絡を差し上げます﹄
﹁佐藤です﹂
﹃サトウ様ですね﹄
﹁電話番号は090−××××−××××です﹂
﹃090−××××−××××でよろしいでしょうか?﹄
﹁はーい。でも、連絡はメールでください。メアドは︱︱﹂
事務手続きを済ませ、華艶は連絡を待った。
華艶が電話をしたのは夏凛が所属しているTS協会だ。政府公認
の中では手続きが甘いと有名である。中には依頼者の身元が証明さ
れ、問題ないと判断されないと依頼を受けないところもある。
ちなみに華艶はモグリである。依頼は彼女の気分次第で受けるか
断るか決まる。
数回の連絡を取り交わし、華艶は駅ビルのコーヒーショップに足
を運んだ。
すぐに華艶は奥の席で何かを飲んでいる人物を発見して、こっそ
りと近づいて突然顔を出した。
154
﹁こんちわ、夏凛
﹁ブッ⋮⋮﹂
ブハーッ!
さん
﹂
驚いた夏凛は思わずカフェオレを口から噴出してしまった。
﹁な、なんであなたがいるのぉ!?﹂
﹁あたしが依頼人だからに決まってるじゃない﹂
カフェを吹いた夏凛に店員が﹁お客さま大丈夫ですか!﹂と駆け
寄ってくる。
夏凛はニッコリ営業スマイルで﹁大丈夫ですからぁ﹂なんて言っ
ているが、眼は華艶を睨んでいる。
華艶はすまし顔で華艶の前に座った。公の場では夏凛が手を出し
てこない︱︱出せないことはわかっている。
﹁さてと、仕事の話でもしよっかな、ねえ夏凛?﹂
﹁別の場所に移動しましょう?﹂
﹁い∼や∼だ﹂
﹁そんなこと言わないでぇ﹂
夏凛の魂胆はわかっている。店の外には絶対に出ないと華艶は決
めている。
テーブルの下にあった夏凛の手を華艶が力強く掴んだ。
﹁そういう姑息な手はあたしには通じないんだけど?﹂
華艶はそのまま夏凛の手をテーブルの上に乗せた。夏凛の手には
ケータイが握られていた。
苦笑いを浮かべる夏凛。
﹁バレちゃったぁ?﹂
﹁バレバレ﹂
﹁っそう﹂
仕方なく夏凛はケータイを手放し、テーブルの上に置いた。
華艶も夏凛も異様なまでにニコニコしている。けれど心の中では
熾烈な戦いが繰り広げられていた。
華艶はテーブルに置かれたケータイを見た。
155
﹁そのケータイ見せてもらってもいい?﹂
﹁ヤダ。なにを調べる気なのぉ?﹂
﹁あなたの依頼人﹂
﹁残念でしたぁ。依頼人の連絡先はケータイに登録しない主義なの
ぉ﹂
﹁で、依頼人は誰なの?﹂
﹁言うわけないでしょう﹂
﹁都議会議員の朽木なんでしょ?﹂
直球の質問に夏凛はなんの不自然な仕草も見せず首を横に振った。
﹁さぁ?﹂
﹁そのオトコ、女子大生をレイプした容疑がかけられてるの知って
る?﹂
﹁さぁ?﹂
﹁女子大生は事件を苦にして自殺したって知ってる?﹂
﹁さぁ?﹂
それで夏凛は押し通すのだろうか?
華艶は少し質問を変えることにした。
﹁じゃさ、なんでこの子を狙ってるの?﹂
もちろんカエンJr.のことだ。
﹁さぁ?﹂
﹁それで通す気?﹂
﹁もちろん♪ わかったらもう諦めて店を出て行くことを推奨する
よん﹂
﹁あたしのあと付ける気でしょ?﹂
﹁さぁ?﹂
堂々巡りだ。
華艶は封筒を取り出し、テーブルを滑らせそれを夏凛に差し出し
た。
﹁これであなたを雇う﹂
封筒を確認すると、中には5万円が入っていた。
156
﹁これでアタシを?﹂
﹁なんか不満でもあるの?﹂
﹁たったこれだけアタシを雇えると思ってるのぉ? これでもちょ
ー一流のTSなんだけどぉ?﹂
5万では協会所属のTSは誰一人雇えない。
が、華艶はこれ以上払う気はない。
﹁まあ、話せば長くなんだけど、あたしもわけもわかんないうちに、
この赤ちゃんを押し付けられたわけ。で、そのときにそのお金もあ
ったってわけなんだけど﹂
﹁はぁ?﹂
﹁ま、そーゆーわけで、巻き込まれたあたしがなんでポケットマネ
ーから、アンタを雇わなきゃいけないわけってこと﹂
﹁はぁ?﹂
﹁だから、とにかくその5万円で雇われてよ、ね?﹂
﹁ヤダ﹂
﹁ケチ﹂
﹁バカ﹂
﹁アホ﹂
﹁シネ﹂
﹁カマ﹂
﹁んだとテメェ!﹂
じ
、軽く咳払いを
な∼んちゃって
グーパンチを握った夏凛は、ふと我に返って店内が静まり返って
いることに気付いた。
﹁⋮⋮な∼んちゃって、あははは﹂
笑いながら夏凛はグーをパーにした。絶対
飲んで
ゃなくて本気だった。きっとアレが本性だ。
夏凛は中身の入ってないカップを一口
した。
﹁コホン、まぁ、依頼内容くらいなら聞いてあげてもいいかなぁ∼
みたいなぁ∼、あはは﹂
157
笑顔を作る夏凛の顔を引きつっている。
﹁顔引きつってるよ﹂
﹁う、うるさいでございますよ、あははは﹂
﹁しゃべり方も変﹂
﹁あはは、アタシをホンキで怒らす前にやめとけよ﹂
ここで華艶はもっとからかってやろうかと思ったが、今は話がや
やこしくなるのでやめておいた。
﹁ああ、依頼内容ね。朽木を有罪にする材料を集めて欲しいんだけ
ど?﹂
もし本当に夏凛が朽木に雇われ、カエンJr.を狙っているとし
たら、こんな依頼を受けるはずがない。
だが、夏凛は︱︱。
﹁いいよん﹂
﹁はっ?﹂
に依頼受
依頼しようとした華艶のほうが驚きだ。軽いジョーダンのつもり
だった。
ただし夏凛はつけ加えた。
﹁5万じゃ安すぎかもぉ﹂
あくまで違う人
﹁そーじゃなくて、朽木ってアンタの雇い主でしょ?﹂
﹁違うよ。黒幕は誰か知らないけど、
けたもん﹂
﹁やっぱりアンタTSの風上にもおけないわ⋮⋮﹂
﹁モグリに言われたくないもーん﹂
急に華艶と夏凛の眼つきが鋭くなった。
店に立ち込める殺伐とした空気。
スーツを着た男を先導に、警察官が店内になだれ込んできた。
﹁帝都警察だ!﹂
意味がわからないという顔をする華艶と夏凛は、意味がわからな
いうちに手錠をかけられていた。
華艶が周りの警察官を振り切り夏凛の胸倉をつかむ。
158
﹁アンタなんかやったの!﹂
﹁知らないもん。連絡を入れたのは認める⋮⋮ケド、警察なんか呼
んでない!﹂
ケータイの操作がバレた夏凛だったが、別の方法でコッソリ連絡
をしていたのだ。おそらく雇い主に︱︱。
夏凛を掴んでいた手を警察に抑えられ、華艶が引きずられていく。
﹁ちょっと誰あたしの胸触ったの! 痴漢で訴えるわよクソッタレ
!﹂
そして強引にカエンJr.が奪われようとしていた。
﹁ちょっとその子になにすんのよ!﹂
止めようとする華艶だったが、カエンJr.は警察の手に!
︱︱その時だった。
今まで泣かず、喚きもしなかったカエンJr.のまん丸な瞳に涙
が漏れた。
﹁うぎゃ∼∼∼っ!﹂
耳を塞ぎたくなるほどの鳴き声。
防波堤が崩れたように、一気に涙が零れ出した。
カエンJr.を抱きかかえていた警察官が、なにを思ったのかカ
エンJr.を投げ捨てた。
すかさず他の警察官が受け止めようとするが、その警察官もカエ
ンJr.に触れた瞬間、叫びながら手放してしまった。
床に落とされたカエンJr.はさらに大泣きをした。
華艶は警官を振り切って駆け寄ろうとするが、思うように振り切
れない。その間に他の警官がカエンJr.を拾おうとしたが︱︱。
﹁熱い!﹂
そう言ってカエンJr.から手を引いたのだ。
華艶は思わず呟く。
﹁まさか⋮⋮﹂
次の瞬間、カエンJr.が猛火に包まれ燃え上がったのだ。
近くにいた警官に火は移り、炎はさらに勢いを増してカエンJr.
159
の姿を隠してしまった。
﹁消火器を持ってこい!﹂
誰かが叫ぶが、すでに炎は木のテーブルや椅子、そして床を燃や
しはじめていた。
華艶はもうどうにでもなれと、自分を拘束している警官を半殺し
にする覚悟で振り払おうとした。
だが、急に華艶の意識がブラックアウトした。
160
ベイビーオブフレイム︵8︶
腹の肉を揺らしながら、真っ裸の男が腰を振る。
四つん這いになった女を後ろからヤっていたのは、都議会議員の
朽木だった。
女のケツに腰が当たるたびに音が鳴り、朽木の弛んだケツも揺れ
てたぷたぷ音を立てる。
﹁ふんっ、ふんっ、ふんっ!﹂
朽木は女のナカを深く突くたびに、鼻息を漏らしている。深くと
言っても、短小なので実際は入り口でくすぶっているだけだ。
激しくなってくると、朽木は無我夢中で腰を動かした。
しかし、水を差すように⋮⋮抜けてしまうのだ。
﹁クソ!﹂
朽木は八つ当たりで女のケツを叩いた。
女は取り繕うように、前を向き朽木のモノを前にした。
﹁怒らないで先生﹂
甘い声で女は朽木のモノを握った。正確には親指と人差し指でつ
まんだ。朽木のモノは小指の先ほどもなかった。もちろん勃った状
態でソレだ。
女は包茎のそれを口に含み、舌で上手に皮を剥いた。
朽木は身体を震わせ、女の髪の毛を鷲掴みにした。
﹁もっと動かせ、もっとだ!﹂
女の頭部を両手で掴み、強引に頭を上下させた。
短小なのでどうってことはない。咽喉の奥にも届かず、苦しくも
ない。
ただ、腹の肉が顔面に当たって痛い。
﹁先生、ちょっと、痛いです!﹂
﹁うるさい! お前は黙って俺のモノをしゃぶってろ!﹂
161
﹁うぐっ⋮⋮ふが⋮⋮﹂
女の顔は引っぱたかれたように赤くなっていた。それでも朽木は
女にしゃぶらせ続けた。
﹁痛い⋮⋮ふぐっ⋮⋮先生⋮⋮やめて⋮⋮﹂
涙目になった女のマスカラが流れだしている。やはりそれでも朽
木はやめず、さらに激しさを増した。
女の首を強引に動かし、自らの腰も激しく動かす。
バチン、バチンという叩く音が鳴り響く。
女は逃げようとするが朽木は許さなかった。
朽木の身体がビクッと震えた。
﹁イク、イクぞ!﹂
﹁ンぐ⋮⋮あがが⋮⋮﹂
ドクドクと止まることなく白濁した液体が女の口に注がれる。
止まったかと思うと、再び朽木はケツをビクッとさせて大量に噴
いた。
信じられない量だ。
まるでザーメンスプリンクラーだ。
女は思わず口を離すが、止まることのないザーメンは女体を穢し、
女の顔にベッタリと塗りたくられた。
死にそうな顔をした女は、口に溜めていたザーメンを両手のおわ
んにして吐き出した。それを見ていた朽木が言う。
﹁全部呑め!﹂
女は小さく頷いてそれに従った。
手のおわんに溜められたザーメンを一気に飲み干す。
﹁⋮⋮うっ⋮⋮ごほっ、ごほっ﹂
咳き込みながら自分のザーメンを呑んだ女に、朽木は満足そうな
笑みを浮かべている。
テクニックもなく、短小では女を満足させることもできない。そ
れなのに大量に噴出すという、ただ自分が満足するだけのタチが悪
い男だ。
162
自分の股間にコンプレックスを持つ朽木は、強引にヤリ、大量の
ザーメンで相手を穢すことでしか、性欲を満たすことができなかっ
た。
そして、終わればすぐに冷める。
﹁さっさと部屋を出て行け!﹂
女は怒鳴られ、泣きながら部屋を出て行った。
ベッドに腰掛けて朽木が葉巻に火をつけようとすると、電話が鳴
ってすぐに受話器を取った。
﹁俺だ、なんの用だ?﹂
﹃高橋です。例の赤ん坊を手に入れました﹄
﹁そりゃよくやった。あとは手はずどおりやれ﹂
﹃わかり︱︱﹄
相手が最後まで言う前に朽木は受話器を置いていた。
﹁これでアイツを炙り出せる。ついでに赤ん坊を人質に犯してやる
か⋮⋮?﹂
下卑た笑いを浮かべながら朽木は葉巻を吹かした。
果たして朽木は赤ん坊を使ってなにをしようとしているのか?
163
ベイビーオブフレイム︵9︶
︱︱ここはいったいどこ?
おでこを押さえながら、朦朧とする意識の中で、華艶はゆっくり
と目を開けた。
冷たいコンクリの天井に、今にも消えそうな電灯がチカチカして
いる。
﹁やっと起きたぁ?﹂
聴きなれた声が華艶の耳に届いた。
横になりながら顔を向けると、夏凛が体育座りをしていた。その
座り方は絶対営業用だ。
﹁ココどこ?﹂
﹁見ればわかるでしょ∼?﹂
言われて華艶は上半身を起こして辺りを見回した。
床に倒れた男たちの山。
鉄格子。
﹁留置所? じゃなくてファイトクラブ?﹂
﹁ファイトクラブのわけないでしょう。ここは留置所で∼す﹂
﹁ファイトクラブじゃないんだ⋮⋮﹂
床でボコボコにのされている男たちが気になる。
ことなのだろう。
華艶が気を失っていて、起きたら夏凛だけが起きていた。答えは
そーゆー
パンツが見えることも気にせず華艶はあぐらをかいて、まだ回復
しない頭を労わるようにおでこを押さえた。
﹁なんかいきなり意識が飛んで、気付いたらここなんだけど?﹂
﹁あなた麻酔針を打たれて気を失ってたの。アタシはなんの抵抗も
しなかったら、なにもされなかったけどぉ﹂
﹁⋮⋮あっそ﹂
164
コーヒーショップで夏凛と話していたら、突然警察が乗り込んで
きて、それから⋮⋮。
﹁ああーっ!!﹂
華艶が突然大声をあげた。
﹁あの子は、あの赤ちゃんはどうなったの!﹂
目を大きく見開いて華艶は夏凛に詰め寄った。
﹁さぁ?﹂
﹁さぁじゃないでしょ! あの子はどこに行ったのよ!﹂
﹁アタシ知らないもん﹂
﹁生きてるの死んだの?!﹂
﹁だ∼か∼ら、アタシ知らないもん。ショップが火に包まれて、そ
のまま警官に引っ張られてパトカーに乗せられたんだもーん﹂
その話を聴いて華艶は頭を大きく抱えた。
﹁⋮⋮絶望だ﹂
絶望で床に顔を埋める華艶の横で、夏凛はひょいっと立ち上がり、
鉄格子を爪先で蹴飛ばした。
﹁誰かいませんかぁ?﹂
留置所内はシーンを静まり返っていた。
振り向いた夏凛はため息をつく。
﹁完全にシカトされてるみたい。弁護士を呼べって叫んだんだケド、
まったく反応なしだったし﹂
﹁なんか出る方法ないの?﹂
﹁誰とも連絡取らせてくれないんだもん。自力で出るしかないケド、
脱獄したら警察に追っかけられちゃうよぉ?﹂
﹁無実の罪なんだから外に出て当たり前でしょ。絶対自力で脱出し
てやる﹂
とは言っても、帝都の留置所はちょっとやそっとでは出られない。
特別な能力を持った犯罪者たちに対応するため、諸外国の留置所が
比べものにならないほど頑丈にできているのだ。
壁には窓もない。外が見えるのは鉄格子の向こうだけ。
165
再び体育座りをする夏凛に華艶は顔を向けた。
﹁出たくないの?﹂
﹁出たいケド、ムリして出なくていいかなぁ﹂
﹁1万出す﹂
﹁安すぎ﹂
﹁じゃ3万﹂
首を横に振る夏凛に華艶は続けて、
﹁5万でどう?﹂
﹁やるだけやってみるケドぉ、ムリだったら諦めてね﹂
金持ちのクセに5万でいいのかと華艶は内心思った。
ゆっくりと立ち上がった夏凛は鉄格子を調べ、次に壁を調べてそ
の前に立った。
﹁こっちのほうがいけそうかなぁ﹂
次の瞬間、ゴスロリドレスのスカートを巻き上げて、夏凛が強烈
キックを放った。
砕かれた壁が粉砕して飛び散る。
﹁やっぱりムリかもぉ﹂
クツについた砕けカスを払ってから、夏凛はお手上げのポーズを
した。
砕かれた壁の先には、超合金の板が埋め込まれていたのだ。
破壊の爪痕を見ながら華艶は感嘆した。
﹁すごっ⋮⋮前から思ってたんだけどさ、なんでそんな強烈な蹴り
できんの?﹂
﹁企業ヒミツ﹂
﹁クツでしょ、そのクツにヒミツがあるんでしょ!﹂
華艶は夏凛の足元に飛び掛った。
クツを触り、叩いてみると、ものすごく硬い感触がした。
﹁なにこのクツ?﹂
上目遣いで華艶が尋ねると、夏凛はやっぱりこう答えた。
﹁企業ヒミツ﹂
166
﹁⋮⋮あっそ﹂
華艶は壁にもたれかかり、天を仰いだ。
こんな場所に入れられる覚えもなければ、長居をするつもりもな
い。
﹁そっちになんかコネクションとかないの?﹂
﹁だからぁ、外と連絡取らせてもらえないんだもん﹂
﹁⋮⋮あっそ﹂
なにか名案でもないかと考えていた華艶に、とある作戦が浮かん
だ。
﹁放火してみようか?﹂
﹁意味不明﹂
﹁火事になったら鍵開けてくれるっぽくない?﹂
﹁ぽくない﹂
夏凛に否定されたところで、華艶のヤル気は変わらない。
燃えそうな物を探して辺りを見回す。
そんな物などなく、建物の素材も燃えない物でできている。
視線を下げた華艶の瞳にあるモノが映った。
﹁それイケそう﹂
華艶が見つけたのは床で気絶している男たち。もちろん人間を燃
やす気ではない。その服を燃やす気なのだ。
華艶が男たちの服を一生懸命脱がしている間、夏凛は顔を真っ赤
にしてそっぽを向いていた。
男たちはパンツまで脱がされすっぽんぽんにされた。
手に入れた服を華艶は持ち上げ、部屋の隅に投げて山済みにした。
﹁よし!﹂
﹁まさか中で燃やすなのぉ?﹂
目を細めて疑惑の眼差し。
﹁もちろん中で燃やすに決まってんじゃん﹂
﹁バカでしょう?﹂
﹁だって外で軽く燃えてるだけじゃ出してくれないっしょ?﹂
167
﹁もぉ好きにすればぁ﹂
﹁言われなくても好きにするし﹂
中で燃やしすぎるのもアレだと思い、華艶は鉄格子の外にいくつ
か放り投げた。
えんしょうは
そして、牢屋の外に散らばる衣服から火をつける。
﹁炎翔破!﹂
炎の玉が華艶の手から放たれ、衣服が一気に燃え上がる。
それを何度か繰り返し、最後に牢屋の中で火をつけた。
煙が巻き起こり、火災報知器が鳴った。ここまでは狙い通りだ。
辺りが騒がしくなり、消火器を持った警官が牢屋の外で火を消し
はじめた。それを見て華艶は叫ぶ。
﹁助けて!﹂
ヤル気のなかったハズの夏凛も鉄格子を掴んで叫ぶ。
﹁助けて死んじゃうよぉ! 助けてくれたらいくらでもお金あげる
から!﹂
本気じゃなくて、もちろん演技だ。
金という言葉が効いたのか、警官がすっ飛んで来た。
﹁今開けてやるが、変な気を起こすなよ!﹂
鉄格子の扉が開けられた瞬間、夏凛が蹴りを放った。
硬い扉に顔面を強打されて警官が気絶した。
すぐに檻の中を抜け出すが、周りには消火活動にあたっていた警
察がいる。もちろん同僚がぶっ倒れたことに気付き、華艶たちに飛
び掛ってきた。
だが、華艶と夏凛の相手ではない。
二人は警官たちをなぎ倒し廊下を駆けた。
警察署の中は騒然としたベルが鳴り響き、華艶たちに気を取られ
る者は少なく、なんなく混乱に乗じて外に出ることができた。
もう外は夜だった。
夏凛は近くで普通乗用車に乗り込もうとしていた男を背後から殴
り、気を失わして車に乗り込もうとした。
168
思わず華艶の口をついて言葉が出る。
﹁そんなことして平気なの?﹂
﹁背後から殴ったから顔見られてないもん。訴えられたらいい弁護
士雇って勝つ﹂
﹁その際はあたしに罪が被んないようにして﹂
華艶は気を失っている男からキーを奪い、二人は車に乗り込んだ。
助手席に座ったのは夏凛。運転席に座ったのは華艶。
﹁運転できるのぉ?﹂
尋ねる夏凛に華艶は正面を向きながらこう言った。
﹁免許は持ってない﹂
﹁アタシも運転できないよぉ﹂
﹁でも、ゲーセンのレースゲームは得意だから平気﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
夏凛はなにもつっこまなかった。なるようになれだ。
エンジンをかけて、アクセルを踏む。
走り出した車は車道に出た途端、他の車にぶつかりそうになった。
﹁ブレーキ踏んで!﹂
叫ぶ夏凛。
﹁ブレーキ使ったことない!﹂
続けて叫んだ華艶はハンドルを大きく切った。
タイヤが悲鳴をあげて焼ける。
強い衝撃と共に華艶を乗せた車は側面に追突された。
だが、それだけで済んだ。
華艶はハンドルを回しながらアクセルを踏んだ。
どうにか正しい進行方向に車は走り出したが、華艶はアクセルを
床が抜けるほど踏みっぱなしだ。
どんどん前を走る車を抜き去り、赤信号も無視して走る。これで
はいつ事故ってもおかしくない。
﹁レースゲームじゃないんだからぁ。別にそんなに車を追い越さな
くても⋮⋮﹂
169
﹁うっさい、追っ手がすぐ来るでしょ。今のうちにいっぱい逃げな
きゃ!﹂
呆れた夏凛はもうなにもつっこまないことにした。それでダッシ
ュボードを開けたりして、そこらを調べはじめた。
﹁あ、いいものみっけ♪﹂
楽しそうにそれを取った夏凛は、窓を開けてそれを車の屋根に乗
せた。
車の上で回転して音を出したのはサイレンだった。
二人が盗んだ車は覆面パトカーだったのだ。
と、ここで夏凛は思う。
﹁やっぱり見られたかも﹂
車を盗んだときに、背後から殴り倒して気を失わせた。だが、警
察は通常2人1組。同僚が近くにいたかもしれない。
それ以前の問題として、警察署内で大暴れしたので、車を盗んだ
罪くらい、どーってことないのだが。
しばらく走っていると、サイドミラーにパトカーの影が見えた。
華艶は後ろのパトカーを巻くように、交差点を急に曲がった。後
ろで何台か衝突したようだが、振り返っているヒマはない。
﹁先に車盗もうとしたのそっちだから、この件に関する裁判費用そ
っち持ちね﹂
華艶は事故を起こした張本人にも関わらず、裁判費用を夏凛に押
し付けた。もちろん夏凛は黙っていない。
﹁じゃあ、警察署でのゴタゴタは火事を起こしたそっち持ちねぇ﹂
﹁アンタだって一緒に逃げたんだから割り勘﹂
﹁だったら車運転してるのアナタなんだから、これも割り勘でしょ
う?﹂
﹁あたしより稼いでるんだからケチくさいこと言わないでよ﹂
﹁そういう問題じゃないと思いま∼す﹂
二人が金銭でもめている間にも、大名行列のように後続のパトカ
ーが増えていた。
170
﹁どこか逃げるあてがあるの?﹂
夏凛が尋ねると華艶はきっぱり。
﹁ない﹂
﹁やっぱりねぇ﹂
アクセルを踏んでるだけで、華艶はただ走っているだけだった。
周りからパトカー以外の車が消え、ヤバイと思ったときには袋の
鼠だった。
華艶たちの車の前に立ちはだかるバリケード。
パトカーが鎖のように道を塞ぎ、警官たちが銃を構えて立ってい
る。
メガホンから聞こえる怒声。
﹁止まれ! 止まらないと撃つぞ!﹂
それを聴いた夏凛はひとこと。
﹁だって?﹂
その返事を華艶はアクセルを踏むことで答えた。
夏凛は目を瞑って座席にもたれかかった。
﹁もぉあなたが運転する車には乗らない﹂
車はバリケードに向かって一直線。
チキンレースでもするつもりなのか?
だが、パトカーには人が乗っていないので逃げることはない。
さらに華艶は車を加速させ、警官隊が逃げ出したところで、急に
ハンドルを切った。
道路にタイヤが焼けた跡を引きながら、警官隊が見ている前で、
華艶たちを乗せた車はショーウィンドウに突っ込んだ。
ガラスを粉砕させ、店の中に姿を消した車。
すぐに警官隊が店の中に突入して車を発見するが、すでに華艶た
ちは姿を消したあとだった。
大破した車の上でサイレンだけが虚しく輝いていた。
171
ベイビーオブフレイム︵10︶
﹁エアバックの偉大さを知ったぁ﹂
夏凛は心の底から感心していた。
どっかの誰かさんの無謀な運転のせいで、店のショーウィンドウ
に突っ込み死ぬかと思ったが、エアバックのおかげで無傷で済んだ。
それから二人は使えなくなった車を捨て、店の裏口からさっさと
逃亡したのだ。
そして、今は入り組んだビルとビルの間を駆け抜けていた。
警官も辺りを捜索しているだろう。早く安全な場所に身を隠さな
ければならなかった。
ビルの間を抜けて、夜の繁華街に出た。
ここからは何気ないふりをして歩く。
どうやら駅前だったらしく、人通りも多かった。紛れるほどの多
さではないが、下手な行動に出ないようにしたほうがよさそうだ。
走っていたら確実に目立つ。
が、華艶にはひとつ気がかりなことがあった。
﹁その服、目立ちすぎ﹂
華艶は夏凛のゴスロリを見ていた。
﹁ポリシーなんだケドぉ?﹂
T
商売用のまん丸な瞳で夏凛は華艶の瞳を覗き込んだ。子犬の眼だ。
オカマ
そんなのに騙される華艶でもないので、きっぱりと。
﹁着替えて﹂
﹁そんなに強く言わなくてもわかってるもん﹂
プイっとすねる仕草は女の子そのものだが、夏凛は
Sと有名だ。
本人いわく本当は自分は女で、悪い魔法使いに魔法をかけられた
なんて公言しているが、世間はそんな話を信用していなかった。ど
172
こまで行っても世間の認識は
オカマ
なのだ。
二人が歩いていると、背後から駆け寄ってくる気配を感じた。
振り向くと、十代半ばくらいの女の子が立っていた。
﹁夏凛さんですよね? ファンなんです握手してください!﹂
﹁いいですよぉ♪﹂
ものスッゴイ営業スマイルで握手に応じる夏凛。
華艶は夏凛が雑誌なんかにちょくちょく顔を出していること知っ
ていた。読者モデルっぽいこととか、なんちゃってアイドルみたい
なことをしているらしい。
しかし、女の子と握手をする夏凛を見ながら華艶は思っていた。
︱︱マジでファンなんかいるんだ。
握手を終えた夏凛は女の子にとある提案をした。
と
キミ
は営業用だ。
﹁ボクの着ている服と、キミの着ている服を交換してくれないかな
ボク
ぁ?﹂
女の子は飛び上がって返事をした。
﹁はい!﹂
舞い上がってその場で服を脱ごうとする女の子を静止して、夏凛
は女の子の手を引いてビルの陰に姿を消した。
しばらくすると夏凛が服装を取り替えて戻って来た。
﹁お待ちどうさまぁ﹂
ミニスカートの夏凛を見て華艶は思わず、
﹁それで動いてパンツ見えない?﹂
自分のパンチラは気にしないが、夏凛のパンチラは気になるらし
い。
﹁いつもスパッツ着用だから平気ぃ﹂
クシュクシュと丸めていたスパッツを伸ばして、夏凛はニコッと
笑った。その横ではゴスロリ姿になった女の子がニコニコで、目は
ハート。
﹁夏凛さんありがとうございました。家宝にします!﹂
173
︱︱オカマの衣装が家宝なんて。と思いながらも、嬉しそうな女
の子に水を差すようだったので華艶は口をつぐんだ。
女の子と別れて二人は再び歩き出した。
そのすぐ後ろで、あのゴスロリの女の子が警官に呼び止められて
いた。
華艶は夏凛のほうを向かずに耳打ちする。
﹁あのあたしたちのこと言わない?﹂
﹁あの子はアタシに忠誠心がありそうだったから平気だと思うよぉ﹂
﹁⋮⋮なにその自信﹂
華艶は見ていなかったが、女の子は夏凛と間違われたらしく声を
かけられ、ぜんぜん違う方向を指差して﹁あっちです﹂と警官に教
えていた。やっぱり女の子は忠誠心は本物だったらしい。
早歩きをしながら、二人はさっさと逃げ、駅とは逆方向に向かっ
ていた。本当は足として乗り物を使いたかったが、警官が張り込ん
でいるのは行かなくてもわかる。駅、バスターミナル、タクシー乗
り場はアウトだろう。
﹁行く当てあるぅ?﹂
と、夏凛が尋ねた。
﹁匿ってくれそうなとこはあるけど、そのうち警察に見つけられそ
う﹂
﹁アタシもあるケド遠い。まずはタクシーでも拾わないと﹂
また車を盗めばすぐに足がつく。法律を犯さない方法で足を見つ
けなければならなかった。
が、華艶に反省の色はなかった。
﹁あのバイク、パクる?﹂
ピザを配達しているバイクだった。配達人はエンジンを掛けたま
まどこかに消えてしまっている。
﹁あれ1人乗りでしょう?﹂
夏凛と華艶が顔を見合わせて止まった。
バイクは1台、人数は2人。
174
顔を見合わせている2人の間に殺気が流れた。
だが、2人はケンカになる前に引いた。
無言で歩き出す2人。バイクのことは忘れることにした。ケンカ
をするのがバカらしいと思ったのではなく、ケンカをするとひと目
を引いて警官に見つかると思ったからだ。
その判断が幸運を呼んだのか、コンビニに停まっているタクシー
を発見。
華艶がタクシーの窓を叩いて、カップ麺を食べている運転手を気
付かせた。
﹁乗せて!﹂
運転手はめんどくさそうに窓を開けた。
﹁食事中なんだからあとしてくれよ﹂
﹁だったらすぐ喰え!﹂
華艶の蹴りがドアをへこました。
ビビッた運転手は窓を閉めようとしたが、華艶の動きのほうが早
かった。
窓の開閉ボタンを押そうとしていた運転手の手首を捻り上げた。
﹁イテテテテ⋮⋮﹂
﹁ハンドルが握れるうちにあたしを乗せたほうがいいっぽくない?﹂
﹁⋮⋮は、はい﹂
怯えた声で運転手は返事をした。
助けを叫ぶ選択肢は最初からなかった。叫んで助けを求めても、
助けられるのは酷い目に合わされた後だと判断したのだ。賢明だ。
2人はタクシーに乗り込み、夏凛が行き先を告げる。
﹁魔導区の成金ロードまでお願いしまーす﹂
成金ロードとは俗称だ。魔導によって財産を築いた者たちの屋敷
が立ち並ぶ高級住宅街をそう呼ぶ。
タクシーは制限速度を少し破って走りだした。
175
ベイビーオブフレイム︵11︶
成金ロードの入り口で2人はタクシーを降りた。
華艶は辺りの住宅を見回している。
﹁どこに行く気?﹂
﹁友達んち﹂
﹁どこの誰?﹂
﹁行けばたぶん知ってると思うよぉ﹂
﹁有名人?﹂
この辺りに住む住人たちは、業界筋では皆有名な部類に入る。
夏凛の足はこの辺りでもひと際大きな屋敷の前で止まった。前と
言っても、ここは正面門で、屋敷は庭の先だ。
夏凛は玄関ベルを鳴らして、防犯カメラに手を振って見せた。
﹁誰でもいいから門あけてぇー﹂
するとしばらくして巨大な鉄の門が、悲鳴のような音を立てなが
ら開いた。
巨大な門を潜り、女神像のある噴水を通り越し、バロック様式の
絢爛な屋敷の玄関に着いた。
夏凛はドアを壊す勢いで強く叩いた。
﹁マナちゃんいるぅ∼?﹂
こうべ
すぐにドアが開けられ、顔を見せたのは金髪蒼眼の少女だった。
名はアリスという。
メイド服を着たアリスは丁重に頭を垂れた。
﹁ようこそおいでくださいました夏凛様﹂
そして、顔を上げて言葉を続ける。
﹁そちらの方がどなたでございますか?﹂
﹁あたしは華艶。で、ここ誰の屋敷なの?﹂
まだここが誰の屋敷なのかわからなかった。
176
マスター
かみぼし
﹁ここはわたくしの主人、神星マナ様のお屋敷でございます﹂
その答えを聞いて華艶は一歩引いた。
﹁マジで?﹂
神星マナは代々魔導士の家系に生まれた娘で、帝都でも有名な魔
導士である。だが、世間の認識は魔導士としてではなく、実業家と
しての認識が強い。彼女は帝都での魔導具販売シェアを、20パー
セント以上を握っているのだ。
夏凛は華艶の顔を見てニッコリ。
﹁マナちゃんとは幼馴染なのぉ﹂
﹁マジで?﹂
﹁マジでございます﹂
マジ
と言われると違和感がある。しかも、口
と、答えたのは、無表情のフランス人形みたいな顔をしたアリス
だった。その顔で
調が淡々としていた。
アリスは屋敷の中へ手を伸ばした。
﹁玄関先ではなく、屋敷の中にお入りください﹂
アリスに促され屋敷に入り、そのままアリスに中を案内された。
広い玄関ホールの先には、シンメトリーの階段が伸び、踊り場に
は有名画家の絵画が飾られていた。
特注の赤絨毯が伸びる廊下を進み、なんか高そうな彫刻や壺の横
を通り過ぎ、応接間に辿り着いた。
夏凛はソファに全体重をかけて座った。
﹁あ∼疲れたぁ。アリスちゃんアタシ紅茶ね﹂
﹁承りました。華艶様は?﹂
﹁あたしコーヒーブラック﹂
﹁少々お待ちください、すぐに持ってまいります﹂
一礼して部屋を出て行こうとするアリスを夏凛が呼び止める。
﹁マナちゃんは?﹂
﹁主人は出かけております﹂
﹁また旅行?﹂
177
﹁はい、海外に行くと書き置きがございました﹂
﹁ふ∼ん﹂
﹁では、失礼いたします﹂
再び一礼して、今度こそアリスは部屋を後にした。
華艶は物珍しそうに部屋を見回している。
高そうな調度品も目を引くが、一番目を引くのは、この屋敷の主
が描かれた絵画だろう。
﹁神星マナってナルシスト?﹂
﹁う∼ん、そこそこかなぁ﹂
絵画を見るだけでも、ナルシストと高飛車なオーラが出ている。
しばらくして、アリスが紅茶とコーヒーをトレイに乗せてやって
きた。
﹁お待たせいたしました﹂
コーヒーを受け取った華艶はまずは香りを楽しむ。
﹁あれ?﹂
ちょっと不思議な顔をしながら華艶はコーヒーを一口飲んだ。
﹁これって⋮⋮神原の喫茶店と同じ味﹂
﹁はい、モモンガのマスターに豆を分けていただいております﹂
アリスに教えられ、華艶はほくそえんだ。まさかこんな場所で、
行きつけの喫茶店の味を堪能できるとは思っても見なかった。
一息ついたところで、アリスが話を切り出した。
アンタが言ってよ
と言わんばかりの目で夏凛を見た。
﹁ところで、本日はどのようなご用件でおいででございますか?﹂
華艶は
﹁簡潔に説明するとぉ⋮⋮無実の罪で警察に追われてるの匿ってぇ
∼﹂
子犬の瞳炸裂。
夏凛は潤んだまん丸の瞳でアリスを見つめた。
﹁わかりました。お好きなだけご滞在ください﹂
﹁さっすがアリスちゃ∼ん、呑み込みが早くて助かるぅ﹂
これで万事安全と喜ぶ夏凛の横で、華艶はまだ心配を拭えなかっ
178
た。
﹁本当にここにいて平気?﹂
﹁アタシたちがここにいるって警察にバレちゃっても、並大抵のこ
とじゃ乗り込んで来られないもんねー、アリスちゃん?﹂
話を振られたアリスはコクリと頷いた。
マスター
﹁帝都警察が使っている魔導具のほとんどは、マナ様の会社の製品
マスター
でございます。加えて主人のコネクションは、多方面の業界に及ん
でございます。帝都警察が主人の許可なく屋敷に侵入した場合、そ
れ相応の制裁があると考えて良いでしょう﹂
マナが帝都で大きな権力を持っているのはよくわかった。
この屋敷にいれば身の安全が保障されることもわかった。
そういう保障が確保されてしまうと、じっとしていられないのが
華艶の性格だった。
﹁朽木んとこに乗り込もうと思うんだけど、どこ行けばいいかわか
る?﹂
﹁アリスちゃん、この人のサポートしてあげて、お願∼い♪﹂
ウインク、ウインク、ウインク、夏凛のウインク。
﹁承りました﹂
無表情だったアリスがニッコリと微笑んだ。
﹁あ、笑えるんだ﹂
ボソッと華艶は呟いた。
﹁必用があればわたくしも笑います﹂
少しムスッとした表情をアリスは浮かべた。最初に見たときは、
まるで人形みたいな子だと思ったが、どうやら思ったより表情豊か
な子だったらしい。と華艶は思った。
179
ベイビーオブフレイム︵12︶
肌の色艶は20代前半。
しかし、その色香は艶やかさに包まれている。
女
はコックを閉めた。
シャワーの粒子を浴びながら、ふくよかな胸を揉み、肉欲を誘う
尻を擦る。
濡れた髪の毛をかき上げ、
深い息が口から漏れる。
﹁⋮⋮疲れた﹂
まだ夜は明けたばかりだった。けれど、彼女の1日は今から終わ
る予定なのだ。
ボロホテルのシャワールームを出て、髪の毛を拭きながらベッド
に腰掛けた。
視線の先にはハンガーに掛けられたスーツ。ボロホテルには似合
女
は少し冷えた腕を擦った。
わない高級品だ。
﹁暖房壊れてるんじゃないの?﹂
部屋に入ってすぐに暖房を入れたはずだ。
女
はベッドから立ち上がって、壁についた操作パネルを見た。
なのにシャワーを浴びて出ても部屋は寒いままだった。
設定温度は23度。
女
のこめかみに青筋が走った。
ボタンを押して温度を上げてみたが、空調の音もなにもしない。
﹁シネ!﹂
女
はテレビのスイッチを入れた。
拳が操作パネルを殴りつけた。
暖房を諦め、
﹃昨日、××駅のコーヒーショップで起きた放火事件の続報です。
逮捕された18歳の少女と17歳の少年が、××警察署の留置所か
180
ら警官を多数負傷させ脱走したのち、警察の車両を盗み逃走、多く
の車両事故を誘発し、その後警察の包囲網を掻い潜り逃走を続けて
ほむらかえん
います。警察はこの事件の重大性を認識し、少年少女の実名を報道
すること決めました。18歳の少女の名前は火斑華艶、神原女学園
は頭を抱えた。
はすぐに着替えをはじめていた。1日を
女
高等学校に通う高校2年生︱︱﹄
このニュースを見た
女
﹁ばっかじゃないの﹂
罵声を吐きながら
終える予定が泡と消えた。
濡れた頭にタオルを巻いて、テキパキとスーツを着こなす。
その後、髪の毛をドライヤーで乾かし、メイクを整えると、部屋
の電話を使ってある場所に電話をかけた。
女
が電話をかけたのは都議会議
が耳にする受話器から喘ぎ声が漏れてくる。
ホテルのフロント係を通し、ある客に取り次いでもらった。
女
﹃連絡してくるのを待っていたぞ﹄
その声は朽木のモノだった。
員の朽木だったのだ。
﹁要点だけ短く言うわ。赤ちゃんはどこに?﹂
﹃メイ区の××にある3番倉庫へ夜の10時に来い。おまえ1人だ
ぞ、変な考えを起こしたときはわかっているな?﹄
﹁そこで赤ちゃんを返してくれるのね?﹂
﹃そうだ﹄
女
は強く受話器を置いた。
﹁わかったわ。ではさようなら﹂
﹁女とヤリながら電話するなんて、いいご身分だこと﹂
受話器の向こうから途絶えることなく、若い女の喘ぎ声が聞こえ
女
はパソコンの入った鞄を手に取り、部屋をあとにした。
ていた。
181
ベイビーオブフレイム︵13︶
学校は二日連続サボリ決定。
華艶は深い帽子を被り、マフラーで口を隠して街を歩いていた。
冬だったので、街に自然と溶け込める変装ができた。
冬の陽は昇るのが早く、沈むのが早い。すでに陽は落ちはじめて
いた。
︱︱寝坊した。
昨晩はマナ邸に身を隠し、部屋を借りて睡眠を取った。慣れない
赤ん坊の世話をして、逃亡劇で追われる側を演じたために、精神的
疲労がたまってぐっすり眠れた。
華艶は信号待ちをしながら、向かいのビルに取り付けられた巨大
スクリーンを見た。
タイミングが悪いことに、華艶の顔写真が映されていた。
﹁⋮⋮なんであの写真なの﹂
ボソッと呟く華艶。
使われていた写真は学生証の写真で、大ッキライな写真だった。
目の下にクマができ、とても悪人面で写っているのだ。撮影の前の
日にホウジュ区のホストで遊んだのが原因だった。
流れるニュース映像はライブ中継に変わり、マナ邸の様子が映し
出されていた。屋敷の門の前に詰め寄せる報道陣と、それを押さえ
る警官隊。
華艶が屋敷を後にしてすぐ、警察と報道に潜伏先がバレ、多くの
人が押しかけたのだ。それでもやはりアリスの言うとおり、屋敷の
中には警察も手を出せないようだった。だが、屋敷に残っていた夏
凛は外に出られない。
華艶は若干俯き加減になって青信号を渡った。
どうやら潜伏先の情報を提供したのは、華艶たちを乗せたタクシ
182
ーの運転手だったらしい。
またタクシーの運転手から行き先がバレることを危惧し、華艶は
電車と徒歩である場所に向かっていた。
朽木が滞在しているホテルだ。
マナ低にいる間に、アリスに調べてもらった。今、華艶が着てい
る服もアリスが用意してくれたものだ。
ホテルの前まで来た華艶は、その建物を見上げた。あの部屋のど
こかに朽木がいる。
華艶は何食わぬ顔でホテルのロビーを抜け、エレベーターで最上
階に向かった。
多くに人間、それも物騒な人間を使ってカエンJr.を探すよう
な相手だ。自分の警護も固めているに違いない。
静かに廊下を歩きながら華艶はある部屋の前を通り過ぎた。
部屋の前には男が2人立っていた。
男たちの視線が華艶の背中を刺している。
華艶は廊下を曲がり、そこで止まった。
外で見張りをする男たちは2人。部屋の中の人数は検討もつかな
い。
見張りの男を倒したところで、部屋のカギが開くわけではない。
部屋に入る方法を華艶は考えなくてはならなかった。
頭を悩ませる華艶にあるモノが目に入った。
カートを押して来るメイドの姿。
華艶はあれしかないと思った。ホテルの部屋に侵入する王道の方
法だ。
近づいてくるメイドを捕まえようと、足を踏み出した華艶が突然
止まる。その顔は驚きで彩られている。
なにかを言いかけた華艶に、メイドは唇の前で人差し指を立てて
から、俯きながらあの部屋に向かって行った。
メイドは男たちとなにかを話し、持ってきたメニューを調べられ
ていた。
183
そして、しばらくして部屋のドアは開けられたのだ。
その瞬間、メイドは見張りの男たちを蹴り倒し、華艶に合図を送
った。
﹁行くよん♪﹂
﹁なんでアンタが?﹂
﹁話はあと!﹂
それはメイドの姿をした夏凛だった。たしか警察と報道に見張ら
れ、マナ低で缶詰になっていたはずだ。
部屋の中に入った夏凛を追って華艶も急ぐ。
外で見張りが倒されたとも知らず、部屋の奥からは女の喘ぎ声を
聞こえていた。
最初に侵入者に気付いたのは、騎乗位で朽木に乗っていた女だっ
た。
すぐに女は朽木に抱きついて怯えた。
﹁きゃあ!﹂
﹁交尾中のところごめんね、そっちの男に用があるのぉ﹂
夏凛は女に顎をしゃくって退けと合図した。
女はすぐに自分の服を持って姿を消した。
朽木は怯えた様子もなく、夏凛を睨んでいる。
﹁おまえがTSの夏凛か﹂
﹁あなたがアタシを雇った本当の依頼主なんでしょう?﹂
﹁なんのことだね?﹂
﹁コーヒーショップでアタシたちが捕まったのも、あなたの差し金
なんでしょう?﹂
﹁なんのことかさっぱりだ。早く出て行かないと警察を呼ぶぞ﹂
朽木はベッドのすぐ脇にあった電話に手を伸ばした、が、その手
は華艶によって押さえられた。
﹁赤ちゃんがどうなったか知らない?﹂
﹁わけのわからん質問をせんでくれ﹂
朽木は全ての質問を軽く躱した。このまま惚けとおす気なのだろ
184
うか?
しかし相手が悪い。
華艶は握っている朽木の手を強く握った。
骨の軋む音。
苦痛を浮かべる朽木。
﹁放せ!﹂
﹁い∼や﹂
﹁人を呼ぶぞ!﹂
これに夏凛は素っ気無く、
﹁呼ぶって言っても、ボディガードの2人は廊下で夢の中だけどぉ
?﹂
﹁⋮⋮クッ﹂
朽木は歯を強く噛み合せた。
強気な態度を取っても、2対1のこの状況では朽木にあとはない。
夏凛は近くにあった椅子を引き寄せ、ゆっくりと腰をかけた。
﹁まず、赤ん坊を捕まえるために、アタシまで罠に掛けたことへの
謝罪﹂
続けて華艶がしゃべる。
﹁そして、赤ん坊の行方﹂
華艶は朽木の股間に指を滑らせ、萎んでいるモノを握りした。
﹁ぎゃぁぁっ!﹂
断末魔のような悲鳴をあげて朽木は悶えた。
﹁早く話した方が身のためよ﹂
華艶は冷笑を浮かべて朽木を見下した。
脂汗を流しながら朽木は壁に背をつけ、ベッドの上でゆっくり立
ち上がり、一瞬だけ窓を見た。
その一瞬を見逃さなかった夏凛は、起こる出来事を短く言葉に出
す。
﹁ベランダから銃弾!﹂
銃弾が窓にいくつも穴を開け、夏凛は瞬時にベッドの後ろに身を
185
伏せ、華艶は射程距離の外に逃げた。
窓が蹴破られ、粉々に散る硝子片を浴びて男がベランダから駆け
出してきた。
男は銃を構えたまま朽木を庇いながら逃がし、銃弾を華艶と夏凛
に放った。
銃弾を避けることに精一杯で華艶と夏凛は全速力で追えない。
その間にも朽木と男の影は遠く離れていく。
エレベーターに乗り込む朽木を追い詰める夏凛。だが、エレベー
ターの扉は、無情に夏凛の目の前で閉まった。
﹁クソったれ!﹂
歯を食いしばり、夏凛は悔しさを滲み出した。
すぐにもう片方にエレベーターはまだだいぶ下の階で止まってい
る。
だからと言って、高層ホテルの階段を下りるよりも、エレベータ
ーを待ったほうが早いかもしれない。
エレベーターのボタンを連打する華艶の横で、夏凛は近くにあっ
た巨大な窓を蹴破った。
割れた窓から強い風が吹き込み、夏凛は飛んだ。
慌てて華艶は窓の外を覗いた。
夏凛は急速に落下し、突然宙で止まったように見えた︱︱違う。
急激に落下スピードが落ちたのだ。それはまるで舞う羽根のように、
夏凛は地面に着地した。
それを見た華艶は信じられないと言った感じで首を振る。
﹁さすがにあたし、この距離は落ちれない﹂
華艶の能力のひとつに驚異的な肉体再生力があるが、限度がある。
やっと来たエレベーターに乗り込み1階を押した。
﹁早く降りろ!﹂
機械に文句を言っても意味がない。
イライラする華艶の目の前でドアが開いた。まだ途中の階だった。
乗り込もうとしてくる客に華艶がガンを飛ばした。
186
﹁1階以外ならコロスから!﹂
こんなことを言われたら、1階に行く予定でも華艶と同じ個室に
は乗りたくない。
客は震えながら首を横に振り、華艶は殴るような勢いで︻閉︼ボ
タンを押した。
その後も何度か同じことを繰り返し、2階でドアが開いた瞬間、
華艶は相手の顔も見ずに開いての顔面に一発喰らわせ、すぐに︻閉︼
ボタンを押した。
そして、ついに1階に辿り着いた華艶を待ち受けていたのは︱︱。
﹁⋮⋮マジ?﹂
ドアが開いた瞬間、武装警官が一斉に華艶へ銃口を向けたのだ。
おそらく朽木か誰かが警察を呼んでいたのだ。
しかし、まだ警官の人数は少ない。
軽く目で数えたが4名、それに銃を持ったホテルの専属警備員が
5名。
華艶はすぐに︻閉︼ボタンを押した。
銃弾がエレベーターの中に問答無用で撃ち込まれた。
﹁ったく﹂
銃声が止み、エレベーターに駆け寄ってくる警察たち。
乗り込んで来ようとした警察に華艶は金的を喰らわせ、エレバー
ターのドアは閉まった。
すぐに華艶は周りを見回した。
またドアが開いた瞬間、待ち構えられていてはシャレにならない。
華艶はすぐに天井のフタを開け、まだ動いているエレベーターの
箱の上に登った。
長方形に伸びる昇降通路で、華艶は向かいのエレベーターのワイ
ヤーに飛び移った。
ワイヤーを握った手が燃えるような痛みが走った。華艶が握った
ワイヤーは高速で動いていたため、握ったときに手が擦り切れたの
だ。だが、その程度の傷ならすぐに完治する。
187
華艶が掴んだワイヤーは高速で華艶は下へ運んだ。
その間、華艶はワイヤーを登り棒のように滑り降り、エレベータ
ーの上に音を立てながら降りた。
すぐに華艶は足元のフタを開け、エレベーターの中に入ると、周
りの客にガンを飛ばして、すぐ近くの階のボタンを押した。
エレベーターが開くと、華艶は飛び出して廊下を駆けた。
広いホテルの中だ。逃げ場はいくらでもある。だが、最終的に逃
げる場所は決まっている。
外に出なくてはいけない。
その最終地点がある限り、待ち伏せは必定。
華艶は部屋から出て来た男を見つけ、すぐに男を押し飛ばして部
屋に入り、すぐにドアのカギを閉めた。
外では自分の部屋を奪われた男がドアを叩きながら喚いている。
そんなこと気にせずに華艶はベランダに走り、フェンスから身を
乗り出して地上を見た。
﹁この距離ならいけそう﹂
ここは6階。地面との距離は数十メートルある。
それでも華艶は躊躇することなく飛んだ。
アスファルトに足の裏が触れた瞬間、関節を曲げなら衝撃を和ら
げ、両手を付いて歯を食いしばった。
両足が折れた。
少しの間、華艶は膝を付いて立ち上がれずにいたが、ゆっくりと
身体を起こして歩きはじめた。
足を引きずり、ゆっくりと歩いていたのが徐々に早足に、そして
走りだした。
街の雑踏に紛れた華艶。その後を追う者はもういなかった。
188
ベイビーオブフレイム︵14︶
夏凛は朽木を追って駐車場まで来ていた。
タイヤの悲鳴が地下に響き、夏凛に向かって来るBMW。相手は
夏凛をひき殺す気だ。
しかし、夏凛は逃げなかった。
まるで向かって来る車を受け止めるように立ち、ぶつかる瞬間に
ボンネットに飛び移った。
振り落とされないようにしがみつく夏凛を落とそうと、運転手が
ハンドルを回して蛇行運転を繰り返す。
車は駐車場を出て車道に出た。
夏凛は蛙のような姿勢から、ゆっくりと部屋の上に移動しようと
していた。
車の中では後部座席の朽木が運転手から銃を受け取ろうとしてい
た。
狭い屋根の上では逃げ場はない。車内から天井に向け撃たれたら、
夏凛は蜂の巣になって車から振り落とされるだろう。
朽木はオートマを構え、一発天井に向けて放った。そして、間を
置いてから連続して銃弾を撃ったのだ。
反応はなかった。叫び声も呻き声も、屋根から落ちた様子もない。
次の瞬間、後部座席後ろの窓が割られ、夏凛の腕が朽木の首を締
め上げた。
呻き声をあげて朽木は銃弾を放つが、すべて夏凛を外れて天井を
貫いた。
﹁くそ⋮⋮放せ⋮⋮﹂
後ろの異変に気付いた運転手はすぐに車を止め、後部座席に飛び
込んで朽木から銃を奪い夏凛に放った。
すぐに躱した夏凛だったが、その肩は血を滲ませていた。
189
夏凛の姿が消え、屋根を叩くような足音が聞こえた。
真下から襲い来る銃弾を避けながら、夏凛は車の屋根から飛び降
りた。
銃弾の音が止み、チャンスと見た夏凛は異空間に閉まってあった
武器を召喚した。
魔導士でない夏凛が唯一使える魔導。
夏凛の手には大鎌が握られていた。
瞬時に夏凛はボンネットに飛び乗り、超硬合金の大鎌で窓ガラス
を斬り割り、運転席に戻っていた運転手の首を刈った。
首を失った胴から吹き出した血の噴水が車内に飛び散る。
割れたフロントから乗り込んで来ようとする血だらけの夏凛を見
て、朽木は怯えきった表情で後部座席にドアを開けて車外に逃げ出
した。
ここまで来て夏凛が朽木を逃がすはずがない。
﹁待ちやがれクソ野郎!﹂
夏凛は持っていた大鎌をブーメランのように、朽木の背中に向か
って投げつけた。
風を切る大鎌。
だが、瞬時に伏せた朽木の上を通り過ぎただけだった。
すぐに夏凛は残りのストックを召喚しようとした。が︱︱。
﹁クソッ、こんなときに!﹂
異空間に保管してある武器は無限ではない。ストックがゼロでな
にも召喚できなかったのだ。
その間にも朽木の背中は遠ざかっていく。
走って夏凛はあとを追う。
その耳に届くサイレンの音。パトカーのサイレンだ。
朽木よりも先の道路からパトカーが列をなして向かって来る。
パトカーに助けを求めて手を振る朽木の姿を見ながら、夏凛は舌
打ちをした。
﹁⋮⋮っ次は殺してやる﹂
190
朽木を殺しても、すぐに警官に取り込まれたら捕まるだけだ。
夏凛は近くを走り抜けようとしていた大型バイクを見つけ、急に
前へ飛び出して止めようとした。
で起こし、座席に飛び
突然な夏凛の出現にバイクは操作を誤り、横転しながら道路を滑
1人の力
り、運転手は道路に投げ出された。
夏凛は横転した大型バイクを
乗るとアクセルを全開にした。
バイクで走り出した夏凛の後ろをパトカーが追ってくる。
TK−009H
。
今年になってバイクでパトカーに追われるのは2度目だった。
しかも、同じ車種のパトカーだ。
帝都が誇る最新鋭魔導式パトカー
このパトカーは1台100億円以上するという代物で、その馬鹿
高い値段から都民のバッシングを受けている。
だが、その性能は値段に見合うものだ。
銀色に輝くそのボディーはイルカを思わせる滑らかな曲線を描き、
さながらそれは車というより戦闘機の機体に似ている。そして、そ
のボディーはあらゆる攻撃でも傷一つ付かず、実験で行った核爆弾
攻撃にもびくともしなかったらしい。
最高時速はマッハまで達すると言うが、地表でそれをやるために
は広大な直線の道が必要となる。帝都の街でやれば、すぐにビルに
突っ込んで大惨事だ。やはり、100億は無駄だったかもしれない。
以前の逃走では、見事TK−009Hを巻いた夏凛だが、あのと
きと同じ手は使えそうにない。
あのときは1台だけだったが、先頭を走るTK−009Hの後ろ
には普通車両のパトカーが何台もいる。
こうなったら自首でもするか?
夏凛は首を横に振った。
放火かなにかの容疑で連行犯逮捕され、留置所を脱獄、車の事故
を誘発。そして、今は返り血を浴びて血だらけだ。
この状態でどんな言い訳をする?
191
警察は今や敵でしかない。
夏凛に残された道はただひとつ、逃げることしかない。
TK−009Hはすでに夏凛の横を並走していた。ハンドルを少
し回し、軽く車体を当てられるだけで、バイクに乗った夏凛はただ
ではすまない。TK−009Hの運転手が良心的なことを願うしか
ない。
しかし、そんな願いも見事に打ち砕かれた。
TK−009Hの側面が軽くバイクに擦った瞬間、夏凛の身体は
座席から放り出され、横転した大型バイクは斜面を転がる雪玉のよ
うに、どこまでも転がっていった。
放り出された夏凛は瞬時に身体の重さは限りなくゼロにした。こ
れが夏凛の持つ特殊能力なのだ。
身体の重さ自由に変化させ、時に身体を軽くしてビルから飛び降
り、時に重くした足で強烈な蹴りを炸裂させる。そのために夏凛の
靴は特別製で、軽く丈夫に作られていた。
軽くなった夏凛は地面に落ちたが、それは羽毛が地に落ちる衝撃
に等しい。夏凛は無傷だった。
立ち上がる夏凛はため息を肩で吐いた。
パトカーが夏凛を取り囲み、下りて来た警官に周りを包囲されて
いた。
数え切れない銃口を向けられ、ついに夏凛は観念して地面に胡坐
を掻いて座った。
﹁もう好きにしやがれ!﹂
男みたいな口調で怒鳴った夏凛は後ろから警官に押さえつけられ、
屈辱的な姿で顔を地面につけられながら、後ろ手に手錠をかけられ
てしまった。
そして、夏凛はパトカーに押し込まれ連れていかれたのだった。
192
ベイビーオブフレイム︵15︶
朽木には逃げられ、カエンJr.の消息もようとしてわからない。
あ
の字も出てこない。やはり手を
華艶たちが主犯とされたコーヒーショップの放火事件。報道を聞
いている限りでは、赤ん坊の
回したと思われる朽木が、行方を知っていると考えるのが自然だろ
う。
しかし、もう手がかりがない。
朽木からカエンJr.を探すほうが早道か、それともカエンJr.
の行方を捜したほうが早いのか?
ホテルでの一件前は簡単に朽木の場所がわかったが、今はどこが
早道なのかわからない。
華艶の重たい頭を悩ませた。
朽木を探すとしたら、クレジットカードなどの使用状況でも辿れ
ばいいだろうか?
カエンJr.を探すとしたら、コーヒーショップの事件担当者か
ら辿ればいいだろうか?
﹁どっちもムリ﹂
ホテルにいた朽木を見つけられたのは、相手が本気で姿を隠そう
警察
だ。
としていなかったからだ。あのホテルに泊まっているのは報道関係
には知れ渡っていた。
コーヒーショップの事件担当者は、当たり前の話だが
追われている身で自ら警察に接触するなど、飛んで火に入る夏の虫
だ。もうそれは懲りた。
情報屋も人探し屋も探偵も、そんなに早く朽木の居所を見つけら
れないだろう。悠長な時間はない。そもそもケータイが警察に押収
されたままで、普段使っている情報網と連絡がつかない。
こうなったら最後の手段しかない。
193
﹁⋮⋮あきらめよ﹂
街を歩きながらボソッと呟いた。
︱︱コロスから。
刺すような寒気が華艶の背筋を走った。
カエンJr.を押し付けられたときに、一緒にあった手紙の一文
だ。それを思い出した瞬間、華艶は身の毛もよだつ思いをした。
あの手紙を書いたのはいったい誰なのか?
心当たりはあるにはあるが、事件とは結びつかない事柄多すぎて、
それはないと華艶は除外していた。
でも、まさか⋮⋮。
真相を確かめようにも、相手との唯一の連絡手段であるケータイ
がない。
そもそもケータイがあったとしても、華艶はその人物と数年連絡
を取っておらず、本当にその電話番号にかければ連絡がつくのかわ
からない。
たった一文で自分をこんなにも怯えさせる人物は、世界でただ1
人しかいないと華艶は確信している。けれど、やっぱりその人物と
事件の接点がゼロなのだ。
考えても考えても、接点が浮かび上がってこない。
とりあえず華艶は近くにあったネカフェに入った。
足がつかないように支払いはもちろん現金。しかも、そのお金は
アリスに借りたものだった。
︱︱あまりわたくしも蓄えはないのですが⋮⋮。というアリスの
ポケットマネーを無理やり3万円だけ借りたのだ。持ち物を全て押
収されていて、コンビニのATMすら使えないし、おそらく警察に
凍結させられている。
個室に入った華艶は普段使っているフリーのメアドから、1番使
えそうな友人に連絡を取ることにした。さすがに警察もフリーのメ
アドにまで手が回るはずもなく、華艶の友人ひとりひとりが誰とメ
ールを交換するかまで手が回らないはずだ。
194
華艶がメールを送ったのは街の小さな喫茶店のマスター。その裏
の顔は情報屋兼、モグリのTSに仕事を紹介する斡旋業。
︱︱事件に巻き込まれちゃった、助けて。からメールのやり取り
ははじまった。
マスターの京吾も事件のことを当然のように知っていて、華艶は
朽木の現在の潜伏先、コーヒーショップから消えたカエンJr.の
消息、そしてお金の工面を頼んだ。
それから華艶はネカフェを後にして、ファミレスで京吾を待つこ
とにした。
これからの戦いを前に腹ごしらえをしていると、数十分ほどして
京吾が姿を見せた。
﹁お待たせ、はいこれお金﹂
お金の入った封筒をテーブルに滑らせた。
華艶は封筒からお金を出して数えはじめた。1万円札が10枚あ
った。華艶の顔は不満そうだ。
﹁ちょっと少なくない?﹂
向かいの席に座った京吾はため息を吐いた。
﹁十分でしょう﹂
﹁だって買収費とか必要になるかもしれないジャン?﹂
﹁華艶ちゃんなら別の方法でいくらでも買収できるでしょう﹂
﹁それにもしかしたら何日間か逃亡しなきゃいけないかもしれない
しー﹂
﹁そうなったらまた届けてあげるよ﹂
京吾はポケットからケータイを出して華艶の前に置いた。
﹁はい、これ僕のサブケータイだから使ってね。あと充電器も﹂
﹁さすがマスター準備がいい! で、朽木と赤ちゃんの行方は?﹂
﹁そんなに早くわかるはずないでしょう。わかったらそのケータイ
に連絡いれるから﹂
さっそく華艶はケータイの操作をはじめた。電話帳に登録してあ
るのは1件だけだった。
195
﹁マスターの連絡先だけしか登録されてないけど?﹂
﹁普段は誰も登録してないのだけど、僕のだけ入れておいたから﹂
﹁そうなんだ﹂
﹁それじゃ、僕は店に戻るから﹂
席を立った京吾を華艶は引きとめようとする。
﹁もう行っちゃうの?﹂
﹁店をトミーさんに任せてきたから早く帰らなきゃいけないんだ﹂
﹁⋮⋮せっかくここの勘定払わせようと思ったのに﹂
﹁今までの分は僕が払っておくよ﹂
﹁さすがマスター、大好き!﹂
﹁おだてても10万円はちゃんと返してね。あとケータイは壊した
ら弁償だから﹂
﹁は∼い﹂
まるで幼稚園児みたいな返事をした。
京吾はテーブルに置かれていたレシートを持って、なにかを思い
出して華艶の顔を見た。
﹁そういえば、TSの夏凛さんが警察に捕まったよ﹂
﹁マジ?﹂
﹁朽木のボディガードを1人殺したそうだよ﹂
﹁惜しいとこまでは追い詰めたんだ﹂
﹁それじゃ、本当に帰るね﹂
﹁バイバーイ﹂
軽く手を振って京吾を見送り、華艶は前髪をかき上げた。
﹁さてと、これからどーしよっかな﹂
とりあえず、華艶はデザートを注文することにした。
196
ベイビーオブフレイム︵16︶
接見に来た弁護士に夏凛は首を傾げた。
﹁誰あなた?﹂
女
女
女
はたしか、ボロホ
だ。そんなやり取り夏凛は知
だった。この
自分が呼んだ弁護士ではなかったのだ。
妖しい色香を纏った
テルで朽木と連絡を取っていた
る由もない。
﹁華艶と連絡が取りたいの教えて﹂
﹁はぃ?﹂
自己紹介もなしにいきなりこれだった。夏凛は朽木の回し者かと
女
は見るからに怒った顔をしている。
思った。
﹁早く教えてくれないかしら?﹂
﹁誰なのぉあなた? 朽木の回し者?﹂
﹁違うわよ。さっさと教えないとアナタ一生檻の中よ﹂
﹁それって脅迫ですかぁ?﹂
は強化プラスチックの仕切りを何度も殴
﹁脅迫っていうのはね⋮⋮おんどりゃ! 早く華艶の連絡先教えん
女
かボケカスがっ!!﹂
鬼のような形相で
り飛ばし、高く足を上げてパンチラも気にせず蹴りまで放った。
は澄ました顔で何事もなかったように微笑んだ。
接見室の異変に気付いた職員が慌てて部屋に飛び込んできたが、
女
女
は職員に金を握らせ、職員の背中を押して追い出した。
﹁早く出て行ってください﹂
女
は夏凛と再び向き合った。
正直、夏凛は引いた。ドン引きだ。
軽く咳払いをして
﹁教えてくれる気になったかしら?﹂
197
﹁ちょっと考えてみてもいいケド、アタシのメリットは?﹂
女
は眉間にシワを寄せて、こめかみに青筋を浮かせた。
﹁ハァ?﹂
夏凛よりもオトナのせいか、キレた夏凛よりも迫力が格段上なの
だ。自分よりも怖い人だと夏凛は確信した。それと夏凛よりもキレ
やすい。
17歳の乙女心を持つ少年は、手の平を返すことにした。
﹁どうすれば華艶と連絡が取れるか考えてみるので、少しだけ少し
だけでいいので待ってください﹂
﹁1分よ﹂
は自分のところに尋ねに来たのか?
カップラーメンより断然短いタイムリミットだ。
女
夏凛は頭をフル回転させた。
︱︱そもそもなんでこの
夏凛と華艶は顔見知りではあるが、ぶっちゃけメアドも知らない
仲だ。やはり、2人が一緒に逃亡劇を繰り広げたニュースを見て、
仲良しさんだと勘違いしたのだろうか?
一生懸命考えたが、なにも思いつかなかった。特別な状況で華艶
と連絡を取る方法なんて、プライベートの付き合いゼロの夏凛に思
いつくはずがない。
しかし、ここで答えなければ絶対殺されると夏凛は思った。
女
は腕時計を見ながらカウントダウンをはじめた。
しかも簡単に殺してくれそういない。
﹁10、9、8、7⋮⋮﹂
処刑のカウントダウンだ。
﹁4、3、3、2、1﹂
﹁わかりました、あれ、たしか華艶は神原の喫茶店でTSの依頼を
受けたり、そこのマスターが華艶の情報屋だとか、そうそう、だか
ら、たぶん、あれでそれで⋮⋮﹂
﹁店の名前は?﹂
﹁モモンガです!﹂
198
女
はお礼の言
が急に振り向いて
はいったい何者だっ
は軽く会釈をして部屋を出て行った。
女
はローヒールを鳴らして姿を消そうとしていた。その後ろ
女
その情報はカエンJr.を強奪するため、夏凛が事前に調べてい
たことだった。
﹁ありがとう、礼を言うわ﹂
﹁どぉいたしまして﹂
夏凛は顔を引きつらせて笑顔を作った。相手の
女
葉とは裏腹に冷笑を浮かべていた。
姿を見て、ほっとしていた夏凛だったが、
女
ぎょっとした。
今度こそ夏凛は胸を撫で下ろし、あの
たのだろうかと頭を悩ませた。
199
ベイビーオブフレイム︵完︶
数時間前のこと、華艶は京吾からの電話を受けた。
話を聴くと、匿名の女から電話があって、華艶に言付けを頼まれ
たらしい。
︱︱PM10時にメイ区の波止場にある3番倉庫に来い。番地は
××。
そんな内容だったらしい。
京吾から罠かもしれないと忠告されたが、情報不足の華艶は敵の
懐に飛び込んででも、どうにか朽木を見つけ、カエンJr.を見つ
けなくてはならなかった。
そして、華艶は電車を乗り継いで帝都の南、海に面したメイ区の
波止場に来ていた。
近くには人工灯もなく、月と星明かりを頼りに華艶は目的の倉庫
を探した。
華艶は誰が待ち受けているのか知らない。それでもこんなひと目
のつかない場所で待ち受けている相手くらい容易に想像がつく。自
分の協力者なら、もっと公共の場でいいものだ。
3番倉庫を見つけた華艶は正面から乗り込んだ。
﹁こんばんは、かわいい女の子の配達デース﹂
華艶の入ってきたドアが閉められ、倉庫の中は真っ暗になった。
そして、誰かが指を鳴らすと一斉にライトがつけられた。
勝ち誇ったような顔をしていた男が、急に驚いた顔に変わった。
﹁⋮⋮なぜ貴様が?﹂
それは朽木だった。周りには大勢の男たちが銃を構えて立ってい
る。
朽木にとっても予期せぬ事態だったらしいが、なにも聞かされず
に来た華艶のほうが首を傾げたい。
200
﹁あたしもね、なんで呼び出されたのかわかんないんだけどー、と
にかく赤ちゃん返して﹂
華艶の目にはカエンJr.の姿が映っていた。
朽木の傍らに立った男がカエンJr.を抱きかかえている。カエ
ンJr.は薬で眠らされているのか、ぐったりして動かない。
やはり、朽木が手を回して、カエンJr.を奪っていたのだと華
艶は確信した。
﹁ねえ、早く返して﹂
殺れ
の合図を送った。
﹁この赤ん坊はあの女を誘き寄せるために必用なのでな、貴様に渡
すわけにはいかん﹂
そう言って、朽木は仲間に
ばくえん
銃弾の雨を躱しながら、華艶は手に炎を宿した。
﹁爆炎!﹂
噴火口から噴出す岩石のように、いくつもの炎の塊が華艶の手か
ら放たれた。
ヒットされた的は刹那のうちに燃え上がり、壮絶な苦痛で床の上
でのたうち回る。
華艶は木箱の後ろに身を隠した。
脳味噌を打ち抜かれない限りは死なない自信はあるが、問題は人
質だった。相手がブチ切れでもして、カエンJr.を殺しでもした
ら元も子もない。
﹁出て来い、赤ん坊を殺すぞ!﹂
怒鳴り声が倉庫に響いた。
こんな脅しをされているうちは、まだカエンJr.をすぐには殺
さない。
華艶は両手を頭の上にあげて、ゆっくりと姿を見せた。
﹁降参するから撃たないで。降参ついでに教えて欲しいことがある
んだけど?﹂
朽木はなにも答えなかったが、華艶は話を続けた。
﹁本当はあたしじゃなくて、別の女がここに来るわけだったんでし
201
ょ。でさ、赤ん坊を人質に捕ってその女とどんな取引する気だった
のよ?﹂
華艶には依然として大量の銃口が向けられている。もう華艶を追
い詰めたと思ったのか、朽木の口は軽くなった。
﹁⋮⋮弁護士の女がくるはずだった。そいつは俺の事件の重要な証
拠を握っている。次の法廷であいつはその証拠を必ず出してくる。
そうしたら俺の人生は破滅だ﹂
﹁それってもしかして女子大生がアンタにレイプされた事件?﹂
﹁そうだ、俺にレイプされたくらいで自殺するなんてバカな女だ。
だがな、いい身体していたからな、死んじまったのは残念だ﹂
下卑た笑いを浮かべた朽木に華艶は嫌悪感を覚えた。
﹁他に何人レイプしたの? 自殺したのは1人でも、アンタに犯さ
れたのは1人じゃないでしょ!﹂
﹁ククッ、覚えてないな。何人とヤッたかなんてイチイチ覚えてな
い。印象に残っているのは自殺した女だけだ。そうだ、お前も今か
らレイプしてやろうか?﹂
﹁外道め⋮⋮﹂
華艶は全速力で朽木に向かって走った。
銃弾が華艶の肩を貫いた。
血などすぐに止まる、華艶は走り続けた。
﹁爆炎!﹂
華艶の放った炎が肉を焼く。次々と朽木の手下たちが灰と化して
逝く。
銃弾が華艶の太腿を貫いた。
刹那、バランスを崩した華艶に銃弾の雨が降り注ぐ。
心臓を押さえて華艶が背中から倒れた。
身動き1つしなくなった華艶を、銃を向けた男たちが輪をつくっ
て囲む。その輪を一歩抜け出して、朽木が華艶を見下した。
﹁惜しいことをした。旨そうな身体をしていたのだがな⋮⋮﹂
ねっとりとした視線で、朽木は華艶の太腿を視姦し、スカートが
202
捲りあがって見えているパンツを覗いた。
朽木はゆっくりと華艶に近づき、心臓の上に置かれていた華艶の
手を足先で退かした。
驚愕する朽木。
豊満な華艶の胸には血の痕などなかったのだ。
朽木の理解と同時に華艶は跳ね上がり、バタフライナイフを抜い
て朽木を人質に取った。
首に刃を軽く押し当てられながらも朽木は余裕だった。
﹁いい胸をしているな﹂
自分の背中に当てられた華艶の胸を褒める余裕の見せようだ。
朽木は言葉を続ける。
﹁俺を人質にしたくらいでこの場から逃げられると思っているのか
?﹂
肉の焼ける異臭が倉庫内に漂い、黒焦げの屍体が床にはいくつも
転がっている。だが、まだ朽木の手下は10人以上いる。それが皆、
華艶に照準を合わせていた。
ここにいる者たちは、おそらく朽木に金で雇われている者だろう。
そんな者たちにとって朽木が死ぬことは望ましくない。ただし、朽
木が死んだ瞬間、華艶は蜂の巣にされるだろう。この距離で撃たれ
れば確実に脳味噌も吹き飛ばされる。
華艶は朽木を殺せない。けれど、男たちも手を出せない。一種の
信頼関係が敵と味方で築かれる特殊な状況だった。
ここで朽木と逃亡したところで、カエンJr.を救えない。
華艶は深く息を吐いた。
もし、朽木とカエンJr.をここで交換した場合どうなるだろう
か?
もっと言うならば、カエンJr.を手に入れれば、撃たれない保
障はあるか?
﹁よし、交換しましょ。このオッサンと赤ちゃん﹂
華艶の出した判断はそれだった。
203
物陰に隠れていた男がカエンJr.を抱いて出てきた。近づいて
こようとするその男を華艶は制止させた。
﹁待った、その子は向こうに置いてくれない?﹂
華艶は指さしたのは、誰もいない倉庫の出口近くだった。
﹁言うとおりにしてやれ﹂
朽木の指示で男はカエンJr.を出口の近くに置いた。だが、ま
だその場を離れない。
ここからが取引の本番だ。
華艶が朽木を放すのが先か、男がカエンJr.の元を離れるのが
先か。
﹁俺のことを放してもらおう?﹂
朽木は自分が先だと言った。
﹁だめ、あの男が赤ちゃんから離れるのが先﹂
華艶も譲らなかった。
信頼関係のない取引は、どちらも譲らない状況になる。
バタフライナイフを握っていた華艶の手が素早く動いた。
﹁ぐぎゃっ!﹂
刃先が朽木の太腿を突き刺し、すぐにまた首に当てられた。
﹁早くあの男に離れるように命じてくれない?﹂
﹁く⋮⋮わかった⋮⋮絶対にそのガキを渡すな!﹂
朽木はブチ切れて叫んだ。
脅しが逆効果になってしまった。
華艶は軽く舌打ちをした。
状況は最悪だ。
もう絶対に朽木は譲歩しない。
女
はビデオカメラを持ったまま、
カエンJr.の傍らに立っていた男が、急に呻いて倒れた。
﹁はい、そこまで!﹂
倒れた男を蹴飛ばし、その
女
を見た華艶は叫ばずにはいられなかった。
カエンJr.の傍らに膝をついた。
その
204
﹁姉貴!?﹂
そう、女の正体は華艶の姉︱︱麗華だったのだ。
麗華の持つビデオカメラは、もう片方の手に持っているバックの
中に入ったPCに繋がれていた。
﹁確実な証拠を掴むにはこれがいいと思って、全部ネットで生中継
させてもらっているわ﹂
今この瞬間も、ビデオカメラの映像はネットを介して世界中に配
信されていた。
もうこれで朽木は破滅だ。
華艶との会話の中で、朽木は自供をしていた。もう弁解の余地も
ない。
力なく朽木は膝から崩れた。
パトカーのサイレンの音がした。
金で雇われている男たちが次々と逃げていく。
朽木の味方は誰もいなくなった。そして、警官隊が突入してきて、
朽木の身を拘束した。
ビデオカメラを止めた麗華が、カエンJr.を抱いて華艶の前に
やって来たと思った瞬間、強烈なビンタが華艶の頬を抉った。
﹁アンタね、ちゃんとめんどう見ないとコロスって書いてあったで
しょ、ばっかじゃないの、シネ!﹂
﹁⋮⋮ご、ごめんなさい﹂
他の者だったら言い返して、殴り返していたところだが、姉にだ
けはぐうの音も出なかった。
﹁謝って済むと思ってんの?﹂
ブチキレている麗華だが、カエンJr.に頬擦りをはじめた瞬間、
急に聖母のような笑みを浮かべた。
﹁だいじょぶだったでちゅか呉葉たん。バカな妹のせいで怖い目に
合わせてごめんなさい。でも、呉葉たんを連れて朽木から逃げるの
は大変だと思ったの、でももうママは絶対呉葉たんのこと離さない
からねー﹂
205
﹁⋮⋮ハ?﹂
華艶は物凄い言葉を聴いて自分の耳を疑った。
﹁今、姉貴⋮⋮ママって言った?﹂
﹁ウッサイ、親子の感動の対面なんだから邪魔しないで!﹂
﹁違くて、その子⋮⋮姉貴の子?﹂
﹁そうよ、だからなに?﹂
﹁はぁーーーっ!!﹂
倉庫にいっぱいに響き渡る声をあげた。
脳裏に浮かぶ質問の数々を華艶は一気に吐き出した。
﹁いつ産んだの? てゆか、結婚してんの? じゃなくて、いつ弁
護士になったのっていうか、子供生んだなら連絡くらいしてくれた
っていいじゃん!﹂
﹁なんでアンタになんか連絡しなきゃいけないのよ﹂
めんどくさそうに麗華は薬指の結婚指輪を見せた。
﹁ありえない⋮⋮姉気が結婚するなんてありえない﹂
自分の結婚イメージも湧かないが、姉の幸せそうな結婚なんて断
固としてありえなかった。
華艶は頭を抱えてしゃがみ込み、麗華はまだ気を失っている呉葉
に頬擦りを続けていた。その横を警官に連行されながら、覚束ない
足取りの朽木が通り過ぎようとしていた。
事件はそのとき起こった!
両手に手錠を嵌められていた朽木が逃亡を計り、警官の制止も聞
かずに気を抜いていた麗華に体当たりをしたのだ。
思わぬことに麗華は朽木に呉葉を奪われてしまった。
しかし、両手に手錠を嵌められていた朽木がどうやって?
手錠はすでに片手にしか嵌められていなかった。もう片方の腕に
は手首がなく、代わりに機関銃の銃口がついていた。朽木は義手だ
ったのだ。
呉葉を脇に抱えながら朽木は機関銃を周りに向けた。
﹁近づくなッ!﹂
206
血走った眼で咆えた朽木の表情は狂気そのもの。そして、その顔
は別人のように老け込んでしまっていた。
﹁皆殺しにしてやる、アアアアアァァァァッ!!﹂
機関銃から銃弾が連射され、警官たちが次々と負傷していく。
そんな中、麗華ただ独りが朽木に向かって走っていた。
﹁呉葉たんを返せクソッタレ!﹂
銃弾は麗華の身体を貫いた。しかし、麗華には華艶と同じ血が流
れていた。血はすぐに止まり、麗華は決死の覚悟で朽木に飛びかか
ろうとしていた。
﹁姉貴!﹂
華艶が叫んだ。
たとえ驚異的な治癒力を持っていようと、痛みを感じ銃弾を多く
受ければ回復もままならない。そして、脳に損傷を受ければ死に至
る。
それでも麗華は我が子を護るために走った。
﹁呉葉たん!﹂
そのときだった。
気を失っていた呉葉が目覚めた。
そして、呉葉が大声で泣いた刹那、朽木の身体は猛火に包まれた
だのだ。
﹁ギャァァァッ!!﹂
悲痛な悲鳴をあげて朽木は呉葉を落とした。
地獄の炎は激しい恐怖で朽木を包み、黒い灰を天に舞い上げた。
麗華が煤を被った我が子を拾い上げたとき、すでに朽木はこの世
にいなかった。
床に残された黒い人型の灰。
麗華は蹲り、抱え込むように呉葉を抱きしめ、ただなにも言わず
じっとしていた。
すべて終わったのだ。
華艶は麗華の傍らに立った。
207
﹁姉貴⋮⋮﹂
すると、麗華は何事もなかったような顔つきで立ち上がってこう
言った。
﹁さっき思ったんだけど、アンタね、イチイチ炎を扱うときに必殺
技の名前を口に出すのやめなさい。カッコ悪いわよ﹂
﹁はい? なに言ってんのカッコいいじゃん。それに叫んだほうが
気合も入るしー﹂
﹁アンタが技の名前叫んでるの全部ネットで流れちゃったんだから、
姉としてカッコ悪いったらありゃしない﹂
﹁はいはい、ごめんなさいねー﹂
華艶は横目でチラリと姉の瞳を見た。その瞳からは涙が滲んでい
た。誰のために流された涙か、華艶にはちゃんとわかっていた。
﹁姉貴みたいな子に育つんじゃないぞ∼﹂
呉葉の頭を撫でて華艶はニッコリと微笑んだ。
事件後、被疑者死亡のまま裁判がはじまり、朽木の罪が全て世間
の公になった。
華艶と夏凛の誤認逮捕も証明されたが、逃亡の際に負傷させた警
官や、引き起こした交通事故当等で、多額の賠償請金を払うことに
なった。
そして、華艶はアリスと京吾に借金返済を待ってくれと頭を下げ
に行ったらしい。
208
ナイフキリング︵1︶
男は追われていた。
梅雨空から降り注ぐ雨が泥と混ざって足の裏に蹴り上げられる。
ズボンが汚れることなど気にしていられない。もとより傘など差
していなかったし、服だってはじめから汚れていた。
今着ている服が男の一張羅だった。持っている服の中で上等とい
う意味ではなく、男は服をこれしか持っていないのだ。
昔は多くの服を持っていた。服を買う金だってあった。
走ることをやめて男は路地裏の壁に寄りかかった。
男の口から吐き出されたのは、乱れた呼吸ではなくため息だった。
︱︱昔はこんなじゃなかった。
一流とまではいかないが、男は医大を出て医者になった。医者と
言っても普通の医者ではない。数十年前から急速に世界を変えた魔
導との融合︱︱魔導医としての勉強を大学では学んだ。一流とは言
えなくても、まだまだ魔導医の少ない御時世では、重宝される存在
で収入も良かった。
それがどうだ?
今は財産をすべて奪われ、今日も借金取りに追われる毎日だ。
いつから人生を踏み誤ったのか?
都立病院に勤めていたころは良かった。
独立して開業するために借金をした。それだけではない、金遣い
は元より荒い方だった。それでも金を返す当てが当時はあった。
すべてはただ1回の医療事故だ。開業医は廃業になった。
それで人生を悔い改めればよかったものを、男はこれまでどおり
の金の使い方をした。借金が膨らんだ理由はすべて男のせいだ。
男は今になって過去を悔やんでいる。それというのも最愛の妻が、
心労の末に自殺したからだ。それでやっと男は自分の犯した過ちに
209
気付いた。
そして、失ってはじめて妻を愛していたことを確認できた。
しかしすべては過去。
男はポケットに突っ込んであった金を手の平に乗せた。
千円札が1枚と、細かい小銭が数えられるくらい。これが男の全
財産だった。
自殺
の二文字が浮かぶ。男は首を振ってそれを掻き消
男の腹の虫が鳴いた。けれど、この金を今使うわけにはいかない。
脳裏に
した。
死にたくない。
男は濡れた地面に尻をつけて座った。
見上げた空から雨が降り注ぐ。
明日からどうやって暮らそうか?
住所不定、銀行の口座も凍結、身よりもない。バイトを探すにし
てもまともなバイトにはつけない。そもそも安定したバイト先を見
つけても、借金取りの奴等が職場まで取り立てに来る。それで職場
に居づらくなって、金も貸せなくなる悪循環だ。
野太い男の声が聴こえる。
﹁あそこにいたぞ!﹂
借金取りの奴等に見つかった。
男はすぐに立ち上がろうとしたが力が入らない。もう立ち上がる
気力すらなかった。
それでも男は身体に鞭を打って立ち上がった。
強面の借金取りたちがすぐそこまで迫っている。男は必死になっ
て走り出した。
しかし、足がもつれて地面に手をついてしまう。
泥水を顔に浴びながら男は涙を流した。
﹁どうして⋮⋮こんな惨めな⋮⋮﹂
男はもう立てなかった。
倒れたままの男を立たせたのは借金取り。男の胸倉をつかんで無
210
理やり立たせた。
﹁おい、俺たちから何度逃げれば気が済むんだ!﹂
恫喝されても男はピクリともしなかった。もう眼が死んでいる。
借金取りの拳が男の頬を抉った。そのままなんの抵抗もなく男は
地面に倒れた。
それから後の記憶はあやふやだった。何発くらい殴られ蹴られた
のか、とにかく袋叩きにあって気を失った。
︱︱しばらくして目を覚ますと身体中が酷く痛んだ。
ポケットに入れていた金はすべて巻き上げられてしまったらしい。
金を返す当てがなくなって、臓器でもすべて売り飛ばされるかと
思ったが、それは免れたらしい。とりあえず放置されたようだ。
男は自分が生きていることが可笑しくなって笑った。
このままではここで野たれ死にそうだ。それも男には可笑しかっ
た。
もう何もかもが可笑しかった。
笑うと肋骨や脇が痛いが、笑うことを止められない。
急に男は真顔になって歯を食いしばった。
﹁くそっ⋮⋮死んでたまるか⋮⋮﹂
男は壁を這いながら立ち上がった。
何かの鳴き声が聴こえる。
異様にうるさい野良猫の声だった。
威嚇するような鳴き声が細い裏路地に響いた。
男はボロボロの身体を引きずりながら、ただの好奇心からそこに
近づいた。
いや、甘い匂いに誘われたのだ。
集まっていた猫たちが一斉に逃げはじめた。
その中心にある血溜まり。
猫たちのむごたらしい惨殺屍体。まるで手で掻き裂かれたような
有様だ。
男は目を細めた。
211
バラバラにされた残骸の中に心臓が落ちていた。猫の物よりも遥
かに大きな心臓。血を浴びて染まる真っ赤な心臓。
生きていた
のだ。動いているではなく、生き
それはまさに人間の心臓そのものだった。
しかも、心臓は
ていると男は感じた。
鼓動を打ちながら伸縮を繰り返す心臓。
それを恐れるどころか、男は目を輝かせながら心臓を拾った。
まるで何かに魅了されたように、男は生暖かい心臓に頬擦りをし
た。その口元は嗤っている。まさに狂気の沙汰。
もう男の眼つきは袋叩きに遭っていたときのものではない。弱々
しい負け犬の眼から、悪魔に魅入られた者のような妖しい眼。
悪魔に魅入られた者の行く末は決まっている︱︱破滅。
212
ナイフキリング︵2︶
梅雨が明けてから酷く暑い日が続いた。
その暑さは8月に入ってからさらに厳しいものになっていた。
ヒートアイランド現象で加熱するホウジュ区の余波を受けて、隣
のカミハラ区もうだるような暑さだった。
今年に入って最高気温を更新した。そのセリフを何度となく耳に
したことか⋮⋮。
マキは午後のワイドショーからチャンネルを変えた。
面白そうなテレビはやっていないし、何よりこの暑さで何もヤル
気がしない。
夏休みだというのにこれといって予定もなく、今日も下着姿のま
ま家の中をうろちょろ。
マキはリモコンをソファに投げてキッチンに向かった。
冷凍食品のいっぱい詰まった冷凍庫を漁りながら、わりと手前に
あった潰れた箱を出した。
箱の中から取り出したのはアイスキャンディーだ。もう残りは2
本しかない。
1本を口に加え、箱をテーブルに投げて、最後の1本を冷凍庫の
隙間に押し込んだ。
再びリビングに戻ろうとすると、家のチャイムが鳴った。
マキはすぐにインターホンに出た。
﹁だれぇ?﹂
アイスキャンディーを加えたまま、あからさまにダルそうな態度
だ。
スピーカーからすぐに男の声が返ってきた。
︽宅配便です︾
﹁ひょっと待っちぇちぇ﹂
213
口に物を入れたまましゃべり、マキは玄関に向かった。下着のま
まだが、そんな羞恥心などマキにはなかった。
ドアスコープすら覗かずに、玄関の鍵を開けてドアを開けた。
よく見る宅配業者の制服を着ている男が立っていた。帽子を目深
に被って顔が見えないが、いつも来る宅配員と違うことはすぐにわ
かった。
そして、男の口元は狂気を浮かべていた。
寒気がするほどの恐怖をそのときはじめてマキは感じた。
追い出そうにも男は既に玄関まで足を踏み入れ、持っていたダン
ボール箱を床に投げて襲い掛かってきた。
﹁来ないで!﹂
アイスキャンディーが床に落ちた。
逃げようと背を向けたマキに男を飛び掛かる。
マキの口元に押さえつけられた布。布にはクロロフォルムが染み
込ませてあった。
すぐに意識を失ったマキを男は廊下に寝かせ、玄関の鍵を閉めて
チェーンロックも掛けた。
作業はあくまで淡々と、男は息すらしてないのではないかと疑う
ほど静かだった。
男はマキの両足首をつかんで廊下を引きずり、リビングの入り口
まで運んで放置した。
次に男はリビングの家具を全部端に寄せ、部屋の中心に大きな空
間を開けた。それが終わると男は玄関に戻って段ボール箱を運んで
きた。
まだダンボールの箱は開けられることはなかった。
何を思ったのか男は突然服を脱ぎはじめたのだ。上着をすべて脱
ぎ捨て部屋の端に投げ、ズボンのファスナーを開けようと手を掛け
た。
男の股間は猛っていた。
真っ裸になった男の剛直は脈打ちながら小刻みに動いている。そ
214
して、男はもう一つ凶器を持っていた。手に握るジャックナイフ。
男はマキを部屋の中心に寝かせ、乱暴に下着をジャックナイフで
切り刻みはじめた。
胸の谷間にジャックナイフを差し込み、ブラを切ると大きな胸が
左右に揺れた。
唾液を垂らす男の口が乳房にしゃぶりついた。
何日間もエサにありつけなかった野良犬のように、男は無我夢中
で乳房を舐め回した。唾液で胸がぬめリ妖しく光る。
ショーツの腰あたりにジャックナイフが入った。すぐにショーツ
も切られてしまい、ついにマキは全裸にされてしまった。
男の鼻が秘所の臭いを間近で嗅いだ。そして、まだ目を覚まさな
いマキの秘所が指で開かれた。
腕のように巨大になった剛直が、まだ濡れてもいない花芯を貫い
た。
次の瞬間、男の握っていたジャックナイフがマキの心臓を一刺し
にした。
目を見開いたマキの死相。
それを見ながら男は腰を動かした。乱暴にただ乱暴に、壊れるほ
どに乱暴に。無理やり広げられた花びらが血を滲ませる。
快感に酔いしれながら男は屍体の腹を開き、小腸から大腸まで延
々と引っ張り出した。
男の顔は狂気を浮かべながら嗤っている。なのに声はひと言も漏
らさなかった。
屍姦という禁忌を犯しながら、男は屍体を解剖していった。
軟骨を切りながら強引に骨を外し、乳首に歯を立てて食いちぎり、
床は血の海に沈んだ。
大量の返り血を浴びながら男は嗤う。
もはやその顔は人間のモノではなかった。
組み立て人形のように残骸が床に散らかされ、男はそれを見なが
ら手淫をした。
215
血で濡れた手は潤滑して、剛直に鮮血が塗りたくられる。
男が身を震わせた。剛直の先端から濃く白濁した雄汁が迸った。
止まることなく噴き続ける汚れた液体は残骸にぶっ掛けられ、す
ぐに血と混ざってしまった。
最後の一滴まで果てた男は余韻に浸ることなく、残骸の中から二
本の腕を拾い上げた。
その腕を舐め、恍惚とした表情を浮かべる。
指先まで舐めようとした男の顔が曇る。
﹁太くて醜い指だ﹂
はじめて男は言葉を発した。それも吐き出すような声だった。
屍体の指を握り、男は力を込めて一気に折った。それも10本続
けて折ってしまった。
そして、止めと言わんばかりに手首を切断した。
無残な手はゴミのように床に投げられた。
男は残った腕に頬擦りをして再び舐め回した。
綺麗に表面の血を舐め取ると、放置してあったダンボール箱を開
けたのだった。
216
ナイフキリング︵3︶
夏休みに入って華艶は毎日のようにここに来ていた︱︱喫茶店モ
モンガ。華艶の行きつけの店だ。
﹁ほかの仕事はないのー?﹂
頬杖をついた華艶の視線の先には、カウンターに入っているマス
ターの京吾がいた。
﹁華艶ちゃんは仕事を選びすぎなんだよ﹂
﹁だって趣味だし、やりたい仕事だけやりたいもん﹂
この店に足しげく通う理由はヒマ潰しと仕事探しである。この店
のマスターは華艶のようなモグリのトラブルシューターに仕事を斡
旋しているのだ。
華艶の本業は女子高生で、TSはただの遊びだ。けれど、彼女は
それで生計を立てているので、本来ならば仕事もちゃんとしなけれ
ばならない。
だが、あるときを境にTSは完全に趣味になった。
京吾はため息をついた。
﹁大金を稼いでからちょっと怠けすぎなんじゃないの?﹂
2ヶ月ほど前に依頼を受けた事件。それで華艶は10億円のギャ
ラを手に入れた。京吾はそれのことを言っているのだ。
﹁怠けてないし、暑くて何もヤル気が出ないだけだし。てゆか、な
んでクーラー壊れてるわけ?﹂
今日になって店の空調設備が壊れたらしい。日当たり良好の店は
まるでサウナ状態だ。夕方になって余計に暑くなってきたように感
じる。
﹁修理屋さんも忙しいらしくてね、明日にならないと来られないそ
うだよ﹂
﹁サイテー﹂
217
華艶はアイスコーヒーを一気に飲み干した。
すぐに京吾はグラスにアイスコーヒーを注ぎながら言う。
﹁暑いなら自分の家に帰りなよ。どうせ宿題だって溜まってるんだ
ろうから、大人しく家でそれをやるとか⋮⋮﹂
﹁まだまだ休みも長いんだから宿題なんてやってらんないし。それ
に宿題はお金出して誰かにやってもらうからいいの﹂
写すではなく、やってもらう。ここが重要だ。
店のドアが開いてベルがカランコロンと音色を鳴らした。
﹁ただいまー!﹂
元気よく笑顔全快で入って来たのは、京吾の妹のさくらだ。京吾
とはだいぶ年が離れているらしく、まださくらは中学生だ。
﹁おかえりなさい﹂
と、笑顔で迎えた京吾は冷蔵庫から冷えたミルクを出して、コッ
プに注ぐとさくらに手渡した。
腰に手を当てて風呂上りのようにさくらはミルクを一気飲みした。
帰宅時の習慣なのだ。
さくらのことなど気にせず華艶はカウンターに突っ伏している。
﹁華艶さん元気ないんですかぁ?﹂
さくらは目をクリクリさせて華艶を覗いた。
ゆっくりと華艶は顔を上げた。
﹁さくらちんはいつも元気でいいわねー、若いって素晴らしい。オ
バサンは暑さに負けてもう死にます、さようなら⋮⋮ばたっ﹂
華艶は再びカウンターに突っ伏した。
﹁華艶さんだってまだ若いですよぉ!﹂
さくらは華艶の肩を揺さぶった。
突っ伏しながら華艶がボソッと呟く。
﹁⋮⋮若い子に若いって言われるとカチンと来る﹂
この発言でケンカを売られたと解釈して、さくらはそのケンカを
買った。
﹁華艶さん夏休みだっていうのに、毎日ここに来て他にやることな
218
いんですか?﹂
淡々とした口調にトゲがあった。
むくっと華艶は上半身を起こした。
﹁仕事を探しに来てるの!﹂
﹁本当ですかぁ? ホントはただの暇人なんじゃないですか?﹂
﹁⋮⋮ギクッ﹂
わかりやすい華艶だった。
夏休み中ということもあって、長期の依頼もこなせるし稼ぎ時で
あることは間違いない。だが、実際は友達が少ないからヒマなのだ。
華艶は社交的ではあるが、友達として付き合うにはトラブルを持
ち込んでくる。それに学校では2年も留年しているし、浮いた存在
で友達が自然と少なくなってしまった。
今ごろ大学に行った友達は大学の付き合いがあるし、就職した子
はぶっちゃけ夏休みではない。同じ学年で中の良い友達は、﹃夏休
みは稼ぎ時﹄なんて言ってバイトを入れまくっているらしい。少な
い友達はいつも華艶を構ってくれるわけでもなかった。
暑さとは別に華艶は気分が滅入ってきた。実は友達関係にデリケ
ートだったりするのだ。
黙ってしまった華艶にさくらが止めの一撃を刺した。
﹁彼氏でも作ったらどうですか?﹂
華艶は言い返さずにただ目を伏せてしまった。けれど、すぐに立
ち直ったらしく、鼻で﹃ふふん♪﹄と笑った。
﹁星の数ほどいるに決まってるじゃな∼い。そーゆーアンタはどう
なのよ?﹂
﹁華艶さんみたいに尻軽じゃありませんから﹂
﹁あのねえ、アタシなんかさ勘違いされ易いんだけど、別に尻軽で
も男なら見境なく股を開いてるわけじゃないの﹂
﹁本当ですかぁ?﹂
疑いの眼差しでさくらは華艶を見据えた。
﹁本当よ。てゆか、アンタ彼氏いんの?﹂
219
﹁えへへ、さっきまでデートだったもん﹂
直後、京吾の磨いていたグラスが床に落ちて割れた。
﹁な、なななななー! お兄ちゃんお前に彼氏いるなんて聞いてな
いぞぉ!!﹂
キャラが変わるくらいの取り乱しようだった。
さくらはため息を吐いた。
﹁別にいちいちお兄ちゃんに報告することでもないでしょ﹂
﹁別にじゃないだろ別にじゃ、僕はお前の保護者なんだぞ。父さん
と母さんが死んでから、僕がお前を育ててきたんだからな。保護者
として彼氏を︱︱﹂
﹁はいはい﹂
さくらは京吾の口を手で塞いだ。
﹁お兄ちゃんは過保護過ぎなのぉ﹂
と、言って、さくらはぷいっとそっぽを向いてそのまま店の奥に
消えてしまった。
﹁さくらちゃんもう中学生なんだから彼氏の1人や2人いて当たり
前じゃない?﹂
呆れたようすで華艶は頬杖をついた。
京吾はホウキとちり取りを持って床に散乱したガラスを掃除しは
じめた。
﹁⋮⋮ごめんね華艶ちゃん﹂
﹁はい?﹂
なんのことを謝られているのかわからなかった。
京吾は華艶と顔を合わせず、せっせと掃除をしながら話を続けた。
﹁さくらに悪気はないんだ﹂
﹁何が?﹂
﹁華艶ちゃんが彼氏を作らない理由⋮⋮﹂
﹁ああ、それね。別に気にしてないからぜんぜん平気⋮⋮って、そ
こ聞き耳立てないの!﹂
華艶は座っていた回転イスをクルッと180度回して、後ろのボ
220
ックス席にいた老人を指さした。19世紀のロンドンからタイムス
リップしてきたような紳士の爺さんだ。あだ名はトミーというが、
生粋の日本人である。
﹁別に聞き耳なんて立てておらんよ。狭くて客の少ない店で話して
おれば、嫌でも耳に入ってくるじゃろう﹂
店内にいるのは3人だけ。マスターと客2人だ。華艶とトミーは
常連なので、いつもの風景と言える。
華艶はボックス席に身体を向けたまま少し考えた様子で数秒ほど
黙り、こう言った。
﹁聞きたい?﹂
﹁いや﹂
と素っ気無く言われてしまって華艶はすぐに身を乗り出した。
﹁そんなこと言わないでよ、アタシがせっかく話してあげるって言
うんだから聞いてよ﹂
﹁どんな話じゃな?﹂
少し真剣な顔をしてトミーは読んでいた新聞を折り畳んだ。
﹁別にね、そんな長い話じゃないんだけど。トミーさんも知ってる
不死鳥の華艶
。死んだと賭けた修
でしょ、アタシの特殊体質みたいなの、炎のほうのね﹂
その道での華艶の通り名は
羅場からも黄泉返り、炎を自在に操ることからその名がついた。
途中で口を挿む者は居らず、華艶は周りのようすを窺いながら話
を続けた。
﹁でね、その炎の力が一族でもずば抜けて高いらしくってさ、若い
頃は特にコントロールができなくて⋮⋮結論から言っちゃうと、え
っちしてイッたときに人体発火を起こして相手を焼き殺しちゃった
んだよねぇー﹂
空っぽの笑い声を発して華艶はいろいろなものを誤魔化した。
﹁あはは、はじめての彼氏で、はじめてのえっち。ついでに初めて
イって、はじめて人殺し。あとは⋮⋮はじめて本当に人を好きにな
った人だったとか﹂
221
笑いながら華艶はすべてを告白した。
明らかに無理して笑っている華艶を見て京吾は何も言えなかった。
時が止まったように静まり返る店内。古い掛け時計と華艶だけの
時間が動いていた。
﹁ちょっと何2人とも、そうだ京吾の初恋の話とか聞かせてよ。そ
れともトミーさんが話す? ってなんで二人とも黙っちゃうのよー。
なんかアタシが悪いみたいじゃん。そうだ、テレビ点けていいよね
?﹂
焦ったような早口で華艶はしゃべり、カウンターの端につり下げ
られているテレビを点けた。
︽ついに5人目の被害者が出てしまいました︾
リポーターらしき男が道路封鎖された黄色いテープの前でマイク
を握っていた。警官たちの姿も見受けられ、カメラには他の局の報
道陣やカメラのフラッシュが写っていた。
ジャックナイフ
は警察を嘲笑うかのように犯行を重ね、最初
華艶はテレビに近づいてその映像を食い入るように観た。
︽
の被害者が発見されてから2ヶ月が経とうとしています︾
ジャ
。犯行に使われた凶器がジャックナイフであるこ
猟奇殺人の宝庫とも言える帝都の街で、世間を賑わす通称
ックナイフ事件
とからその名がついた。
事件の特徴はまずはその凄惨な現場である。警察の発表によると
遺体はすべて解体され、その身体の一部が持ち去られているのだと
いう。消えた身体の一部は発見されておらず、同じパーツが持ち去
られることはない。
被害者は女性ばかりで生前の共通点はとくになく、通り魔的犯行
であることから、人間関係から犯人を割り出すことはできないらし
い。その代わり、犯人は大胆不敵にも証拠などを現場に放置する傾
向にあった。
︽家の前に宅配業者らしきバンが止まっていたことから、警察はそ
の車両の行方を追っている模様です︾
222
華艶は少し興味が薄れたようにテレビから離れた。
﹁つまんないの、帝都の切り裂きジャックとか言われるくらい大物
になるかと思ったけど、なんかもうすぐ捕まりそう感じ﹂
19世紀のロンドンの街を賑わした切り裂きジャック事件。帝都
で起こっているジャックナイフ事件との共通点は多い。
被害者が女性であったことや、解剖して特定の臓器などを持ち去
ジャックナイフ
もその線でも捜査が進め
る点などが挙げられる。切り裂きジャック事件でも医者が犯人であ
るという説があるが、
られているらしい。
ジャック
ただし、向こうが解剖であったのに対して、こちらは完全な解体
だった。
京吾は他の共通点を挙げた。
はジャックナイフの
﹁そう言えば同じジャックナイフが凶器だね﹂
ジャック
すぐにトミーが咳払いをした。
﹁切り裂きジャックの
ではないぞ﹂
﹁そうなんですか?﹂
﹁あちらさんのジャックは名前がわからんものつける仮名じゃな。
日本語でいうところの名無しの権兵衛じゃ﹂
これに京吾と華艶は感心したように頷いた。
ジャックナイフ
に懸賞金が掛ったって聞いたな﹂
京吾は何かを思い出したように手を叩いた。
﹁そうだ、
﹁いくら!﹂
と、華艶はカウンターから身を乗り出して食いついた。
の意味である。
﹁さあ⋮⋮ただレベルAのデッドオアアライブだとは聞いたけど﹂
生死を問わず
﹁よしキタ、その賞金アタシが貰った!﹂
デッドオアアライブとは、
帝都では警察が捌ききれないほどの事件が発生する。そのために
賞金稼ぎ︵バウンティハンター︶制度がある。
そして、レベルAとは専門の免許などを持っていなくても、犯人
223
を殺しても罪に問われないという帝都政府公認の御布令である。そ
れは誰もが賞金を手に入れるチャンスがあるという意味であり、専
業主婦から学生まで、都民全員がハンターと化すのだ。
華艶はこういうことに燃えるのだ。賞金が目当てということより、
ライバルが大勢いるという状況に燃える。
再びテレビに噛り付く華艶。
︽以上、現場からの中継でした︾
﹁うっそ∼ん!﹂
中継はタイミングよく終わってしまった。
ただ、脳裏に残る映像に華艶は引っかかりを覚えた。
﹁今映ってたマンションって⋮⋮ウチのマンションだったような⋮
⋮?﹂
﹁そう言えばカミハラ区って言ってたよう気がするな﹂
京吾の言葉で華艶は確信した。
﹁そうだよね、やっぱウチでしょあの場所!﹂
華艶はイスから勢いよく立ち上がって、カウンターに小銭を叩き
付けた。
﹁ごちそうサマ、この事件の情報集めておいてね、バイバーイ!﹂
突風のように華艶は店を出て行ってしまった。
そして、京吾が呟く。
﹁これゲーセンのコインだよ﹂
224
ナイフキリング︵4︶
住宅街をダッシュで駆け抜け、華艶は現場に直行した。
遠目からでも警官のパトカーや報道陣が集まっているのが見えた。
バラバラ遺体が発見された一軒家付近の道路を封鎖した都合上、
華艶の住むマンションの入り口まで封鎖地帯に入ってしまっていた。
これではマンション住人ですらなかなか家に帰れない状態だ。
まずは野次馬の海を掻き分け、先頭に陣取ってる報道陣も掻き分
ける。そして華艶はバリケードの前に立っている警官に話しかけた。
﹁アタシあのマンションの住人なんですけど?﹂
﹁お名前と身分を証明する物を提示してください﹂
かなり厳重な警戒態勢だ。
華艶はサイフから学生証を出した。
﹁火斑華艶、これ学生証ね﹂
警官はプリンアウトした名簿と照らし合わせて頷いた。
﹁そちらのロープを通って速やかにマンションに入ってください。
なお、一度マンションに入ったら、なるべく外に出ないようにお願
いします﹂
警官が指を差した場所には、ロープで作った幅が1メートルもな
い道があった。寄り道せずにマンションの入り口に続いている。
華艶はその道をゆったり歩きながら、現場となった家を覗いた。
被害者の名前はニュースで聞きそびれたが、たしかのあの家には
華艶と同じ女子高に通う1年生がいたはずだ。
足を止めて華艶がロープから身を乗り出そうとすると、警官が怖
い顔をして立ち塞がった。
﹁早くマンションに入りなさい﹂
﹁⋮⋮チッ﹂
あまり無茶をすると公務執行妨害とかで捕まりそうだ。
225
華艶は渋々マンションの中に入った。
そして、駆け足で自分の部屋に飛び込んで、すぐにベランダに出
て現場を上から覗いた。
﹁上から見てもあんまわかんないし﹂
犯行現場は普通に考えて家の中だ。外から覗いたところで大した
情報も掴めない。周りの雑音などが混ざって現場の会話も聞こえて
こない。
だが、華艶に好機が訪れた。
﹁あれってもしかして⋮⋮﹂
目を細めて華艶はその人物を見た。
私服の刑事がなにやら同僚らしき人と話をしている。
華艶は急いでケータイを出して電話帳を開いた。
﹁たしかメモリーに登録したままだったような⋮⋮名前なんだっけ
?﹂
現場に知り合いを発見したのだ。数少ない警察の知り合いだった。
メモリーの中にその名前を発見してすぐに電話をかけた。
相手はなかなか出ない。同僚と話を続けたままだ。
このチャンスを逃して堪るかと華艶は電話をかけ続けた。
ついにその刑事が同僚と話を終えてケータイをポケットから取り
出した。
︽もしもし、草野です︾
ついに相手が電話に出た。
﹁こないだはどーも華艶でーす﹂
︽何の用ですか突然?︾
ぶっちゃけ、2人の関係は友達以下だ。とある事件でちょっと知
り合いになった程度だった。
﹁向かいのマンションの5階見て、アタシが手を振ってるの見える
でしょ?﹂
マンションを見上げる草野に華艶は大きく手を振った。向こうも
それに軽く手を上げて答えた。
226
︽このマンションに住んでたんですか。それで私に何の用ですか?︾
﹁その事件について大事な話があるから、アタシの部屋まで来てく
れると嬉しいなぁ﹂
︽本当ですか? どんなことを知ってるんですか!︾
華艶の作戦どおり食いついてきた。
﹁それは電話じゃちょっと⋮⋮﹂
︽わかりました、すぐに行きます待っていてください︾
﹁はい、507号室で待ってまーす﹂
︽わかりました︾
電話が切れた同時に草野が小走りでマンションに入ってくるのが
見えた。
華艶は小さくガッツポーズを決めた。
﹁よし、とりあえず家に呼び寄せるのは成功﹂
華艶は玄関の前で今か今かと草野を待った。
しばらくして家のチャイムが鳴り、ドアスコープを覗くとネクタ
イを閉めなおす草野姿があった。
華艶もミニスカートの裾を上げて準備を整え、鍵を開けてドアを
開いた。
﹁とにかく上がって﹂
﹁はい﹂
勧められるままに草野はリビングまで連れて行かれた。
ソファに座った草野に華艶が尋ねる。
﹁コーヒーか紅茶か、それともお酒とかいっちゃう?﹂
﹁飲み物は結構です。それより話を聞きたいのですが?﹂
﹁そっ﹂
華艶はL字なっているソファに草野と距離を開けて座った。華艶
のパンチラが見せそうで見えない位置関係だった。
草野は華艶の太腿を見てしまって、慌てて視線を外した。それに
気付いた華艶は﹃イケる﹄と小さく拳を握った。
草野はまだまだ新米の刑事で歳も若い。そーゆーことに興味がな
227
いはずがない。と、華艶は勝手に思っていた。
色目を使って華艶は草野を見つめる。
﹁草野さんってもしかして猟奇殺人課の刑事さんなの?﹂
﹁はい、あなたと解決した事件のあと転属させられました﹂
﹁ってことは、一介の刑事と違って事件の情報もたくさん入ってく
るわけだ﹂
華艶の態度に草野は疑問を覚えた。
﹁もしかして私から事件の情報を聞き出す気ですか?﹂
﹁もちろん、そのために家に呼んだんだもん﹂
﹁帰ります!﹂
立ち上がった草野の腕に華艶は抱きつき、自分の胸を思いっきり
押し付けた。
﹁そんなこと言わないで、ここはひとつ脱ぎたてのアタシのパンツ
で手を打ってくれない?﹂
﹁なんですかそれ! そんな方法で私を買収する気ですか?﹂
﹁じゃあストリップショーにする?﹂
﹁そういうことを言ってるんじゃなくて!﹂
華艶は強硬手段に出た。
いきなり草野の口を塞いだのだ⋮⋮自分の口で。
喰らい付くような濃厚なキスをして、華艶は舌を相手の口の中に
入れた。
最初は抵抗して唇を閉ざしていた草野だったが、次第にその手は
華艶の腰に周り、応じるように舌を動かしてきた。
唾液を交換するように互いの舌を絡め合い、草野の手が華艶の尻
を擦った。そのまま我慢が利かなくなり、草野はついに華艶はソフ
ァに押し倒した。
華艶のTシャツを脱がせようと草野の手が伸びたが︱︱。
﹁ここから先は情報を貰ってから﹂
そう言って華艶は草野の身体を押して、少し離れたソファに座っ
た。生殺しだ。
228
押さえられない身体は謙虚に草野の股間に現れている。ズボンを
大きく押し上げて、アレが苦しそうにしている。
しかし、ここまで来て草野は冷静に返ろうとしていた。
﹁やっぱりダメだ。こんなことしちゃいけない﹂
﹁あんなキスまでしといて、チャラにする気?﹂
華艶は大股開いて、ショーツの上から自分の割れ目に指を這わせ
た。
思わず草野が生唾を呑む。
﹁わかりました。でもこういう肉体関係を持つのはよくありません。
その、お詫びとして情報はちゃんと渡しますから、それでどうにか
⋮⋮﹂
冷静になろうとしているが少し取り乱している様子が見受けられ
た。
しかも、まだ股間のモノは突き上げたままだ。
華艶としては結果として、情報さえもらえればそれでいい。
﹁じゃあとりえず、ちょっと汗かいちゃったし飲み物でも取ってく
るから。草野さんは股間を静めておいてね﹂
悪戯に笑って華艶はキッチンに向かった。
華艶が戻ってくるまでの間に、草野はジャケットを抜いてネクタ
イを緩めた。
部屋は蒸すように暑く、ワイシャツが背中に張り付く。
華艶はアイスコーヒーを持って現れた。
﹁アイスコーヒーでいいでしょ?﹂
﹁ありがとうございます﹂
ワイシャツ姿になってる草野を見て、家に帰ってきて冷房を入れ
るのを忘れていたことに気付いた。
リモコンでエアコンを入れて、華艶は氷の入ったグラスを鳴らし
ながらソファに座った。
﹁さーってと、まずは今回の被害者と現場の状況から話してもらっ
ちゃおうかなぁ﹂
229
草野は大きなため息を吐いた。今さらながら自分の過ちを悔いて
いた。
﹁⋮⋮はい、被害者の女性は井上マキ。神原女学園高校に通う1年
生です﹂
﹁やっぱりそうなんだ。アタシも神女に通ってるんだけど﹂
﹁⋮⋮本当ですか?﹂
疑いの眼差しで華艶は見られた。
﹁ヤンキー高校に通ってるとでも思ってたの?﹂
﹁⋮⋮はい﹂
正直な答えだった。
﹁なんか部外者は神女に幻想抱いてるみたいだけど、女ばっかで結
構ドロドロしてんだから。不良だって多いし、女子高だから清純み
たいなのバカの考えることだし﹂
﹁そうなんですか﹂
﹁そうなの﹂
共学の女子高生より、校内では本性丸出しで恐ろしい。
アイスコーヒーを一口飲んで、一息ついてから草野は話の続きを
した。
﹁現場は酷い有様でした。今までと同じように身体を解体され、同
時に犯されたようです﹂
﹁で、今回はなにがなくなってたの?﹂
﹁肘から先、手首までが持ち去られたようです。現場には犯人が残
していったと見られる段ボール箱があり、おそらくその中に解体し
た腕を収める入れ物が入っていたのではないかと、警察の見方はそ
ういう感じですね﹂
﹁ええっと、今まで持ち去られたのって身体のどこだっけ?﹂
﹁ちょっと待ってください﹂
草野のジャケットから手帳を出して、それを開いてから話を続け
た。
﹁被害者が見つかった順番で言います。胴から下腹部、太腿から脛
230
までの脚、頭部、足、そして今回の腕です﹂
﹁殺された順番はわかってるの?﹂
﹁胴から下腹部、頭部、脚、足、腕です﹂
﹁ふ∼ん﹂
持ち去られた順番に何か秘密があるのだろうか?
被害者の名前や持ち去られた部位、その程度の情報は少し調べれ
ばわかる。本題はここからだった。
﹁公にしてない警察が握ってる情報教えて﹂
﹁やっぱりダメですよ、教えられません﹂
﹁ええ∼っ、アタシのこと犯そうとしといてズルくな∼い!﹂
﹁お、犯すだなんて!!﹂
﹁裁判したらアタシ勝つよ、地味に小金持ちだから良い弁護士雇う
から。それに、教えてくれたらちゃんとご褒美あげるからぁ﹂
華艶はソファに座る草野の前に跪いて、長くて綺麗な指で草野の
太腿を擦った。
﹁な、何するんですか!?﹂
﹁ご褒美の準備﹂
仔悪魔的な笑みを浮かべて華艶の指はズボンのファスナーを抓ん
だ。
草野は抵抗せずに目を白黒させてしまっている。
ファスナーを開けられ、その中に華艶の手が入った。それだけな
のに、我慢しきれずに草野のモノは大きくなった。
華艶は猛っているモノを優しく手で包み込んだ。熱く脈打ってい
るのが伝わってくる。
﹁いい情報くれたら口でしてあげる﹂
鼓動が高鳴り、固い唾を呑む音がした。
﹁別にそんなことをして欲しいから教えるんじゃないですよ。訴え
られるのが嫌だから教えるんですからね﹂
その言葉が本当かどうかは関係ない。
﹁アタシは情報さえくれればそれでいいの﹂
231
﹁⋮⋮はい。仮説では持ち去られる部位には順番があり、隣接する
部位がぁはっ﹂
華艶の手が動き出し、堪らず草野は変な声を出してしまった。
硬くなったモノを手で擦られ、玉も同時に責められている。
﹁早く話続けてよ﹂
胸
の被害者がいるので
そんな行為をしながらも口調はビジネスだった。
﹁はい、ええっと⋮⋮つまり少なくとも
はないかと﹂
﹁そんな情報、別にたいしたことないし。もっと別なのないの?﹂
上下していた華艶の手が止められ、快感が引いてしまった。
﹁やめないでください﹂
は日本人だという
ついに本音が出てしまった。それを聞いて華艶は微笑んだ。
ジャックナイフ
﹁だったらもっと良いの言いなさいよ﹂
﹁現場に残っていた精液から
ことがわかっています﹂
﹁他に﹂
﹁足跡から推定される身長は175センチ以上。刺し傷から左利き
だと推定され、右手の中指がないはずです﹂
﹁中指がない?﹂
﹁被害者の女性の口の中から犯人の物と思われる指が出てきました﹂
﹁なんか証拠いっぱいあるっぽいのに、なんで捕まえられないわけ
?﹂
その問いに草野は押し黙ってしまった。
犯行は大胆で、証拠も数多く残っている。なのに容疑者すら挙げ
られない。帝都警察の面子は丸つぶれだ。
﹁犯行は派手ですが被害者女性には共通点もありませんし、おそら
く犯人ともないでしょう。指紋や精液は残しても、顔を見られたこ
とは一度もありませんし、DNA情報を握っていても、比較対照が
ないことにはそれも意味を成しません。今ある証拠だけでは、絞り
きれないのが現状なんです﹂
232
﹁それに2ヶ月くらいで5人だもんね。ペースが早くて捜査が追い
ついてないんでしょ﹂
ジャックナイフ
を捕まえ
﹁時間さえあれば今ある証拠だけでもいつかは犯人に行き着くと思
いますが⋮⋮﹂
次の被害者が出るのが先か、警察が
るのが先か。
真剣な話をしていたせいで草野のモノは萎えてしまっていた。
そこへ草野のケータイが鳴った。慌てて草野は電話に出た。
﹁はい、草野です﹂
相手の怒鳴っているような声が漏れてくる。草野は見えない相手
に頭を下げて謝っている。股間のモノはさらに萎縮していた。
﹁いえ⋮⋮近隣で聞き込みをしていて⋮⋮はい、すぐ戻ります﹂
どうやら上司からの電話らしい。
草野は通話を切って、気まずい顔をした。
﹁あの、現場に戻らなくてはいけなくて、失礼します!﹂
草野は大慌てで部屋を飛び出そうとした。
﹁ちゃんと股間のモノしまいなさいよ﹂
華艶に言われて、草野は慌ててファスナーを閉めようとした。
﹁ギャァッ!﹂
草野が死にそうな悲鳴をあげた。そして、股間を押さえながら床
の上でのたうち回った。
それを見て華艶はおでこに手を当ててため息を吐いた。
233
ナイフキリング︵5︶
ジャックナイフ事件、第1に発見された被害者はホウジュ区の娼
婦だった。
遺体が発見され殺害現場とされているのはビルの屋上。
草野は現場を見渡した。
今はもう現場検証も終わり、惨殺現場だった痕跡はなにひとつ残
っていない。
﹁誰だ!﹂
気配を感じて草野は振り返った。
﹁アタシ﹂
と現れたのは華艶だった。
﹁つけて来たんですか?﹂
﹁うん、だって他に手がかりないし﹂
情報集めを京吾に依頼してあるが、まだこれと言った情報は来て
いない。ではどこから手を付けるかと考えたとき、真っ先に尾行が
思いついた。
華艶は辺りを見回しながら草野に近づいた。
﹁ここで売春婦が殺されたんでしょ。野外プレイってわけだ﹂
被害者の女性の顔と名前、殺害場所及び遺体発見場所など、基本
的なデータは昨晩のうちに頭に入れてきた。
この被害者から持ち去られたのは胴から下腹部。
﹁やっぱ名器だから持ってかれたのかな?﹂
華艶が尋ねると草野は黙り込んだ。今日はなにも教えない気だ。
帰ってしまおうとする草野の腕を華艶が掴んだ。
﹁ちょっと待ってよ﹂
﹁待ちません。今日は絶対に事件情報は漏らしませんから、早く私
の前から消えてください﹂
234
﹁そんなこと言わないで、ね?﹂
華艶の胸が草野の腕に当たる。今日も色仕掛けで攻める気だ。
﹁絶対に駄目です。私をクビにしたいんですか!﹂
﹁別にバレなきゃ平気じゃない? いろんなとこに情報をリークし
てる刑事なんていくらでもいるし﹂
﹁私は正義に憧れて刑事になったんです!﹂
﹁青臭いなぁ。そんなことじゃ殉職しちゃうよ?﹂
﹁仕事中に死ねるなら本望です﹂
草野の眼はマジだった。
しかし、華艶も手がかりを逃すわけにはいかない。
﹁じゃあさ、色仕掛けはもうなし。純粋に協力関係を結ぼ、そんで
いいでしょ?﹂
﹁駄目です!﹂
﹁あのさ、外部にコネとか持ってないと手柄も上げられないよ﹂
﹁別に手柄なんて興味ありません。犯人さえ捕まればそれでいいん
です﹂
﹁ならさー、なおさら別にアタシと協力してもよくない?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
草野は考え込んで口を閉ざしてしまった。考えるということは、
可能性があるということだ。
そして、やはり折れた。
﹁わかりました、協力しましょう。ただし邪魔はしないでください
ね﹂
﹁話がわっかるぅ。うん、きっと出世するよ﹂
協力関係を結び、まずはこの現場の検証からはじめることにした。
現場に残っていた血液の量から、この場所で解体されたことは間
違いなく、わざわざ屋上に残骸を持ってくる手間を考えれば、やは
りこの場所で解体されたのが妥当な考えだ。
運んで来るのに手間が掛る。逆に言えば運び出すのも手間が掛る。
それが身体の一部だけだとしても、簡単には運べないだろう。
235
運ぶための入れ物が必要となる。娼婦を連れてくる前に、あらか
じめこの場所に用意していた可能性が高く、現場を下見していたこ
ジャックナイフ
の足取りを追うことに
ととなる。おそらく逃走ルートも確保していたことだろう。
華艶と草野は犯行後の
した。
屋上からの出入り口はひとつ。階段は建物の外にあり、そのまま
地上まで下るか各フロアに出ることができる。
﹁残っていた血痕から犯人は犯行後、階段を下りてそのままビルを
出ていることがわかっています﹂
草野の説明を聞きながら階段を下りてビルを出た。
道は左右に分かれている。一方は繁華街へと繋がる道。もう一方
は裏路地へと続く暗い道。
当然の心理としてひと目につく道には行かないだろう。大きな荷
物を持っていることと、惨殺で大量の返り血を浴びているであろう
こと。たとえ着替えなどしても、髪の毛などについた血までは隠し
切れないだろう。その点から公共の交通機関を使うことも難だろう。
シャワーを浴びるまでの移動手段。徒歩には限界があり、大きな
荷物を持っていることか自然と車という選択肢が浮かぶ。
大きな荷物というキーワードは過程の話で、実は別の可能性があ
ることも考えられる。
華艶はこんなことを言う。
﹁もしかして骨まで食べたって可能性は?﹂
﹁ないと言い切れないのが帝都の怖いところですね﹂
持ち去られたのではなく、食べたという可能性。
帝都で起こる猟奇・怪奇事件は一般常識を逸脱している。可能性
が多岐に渡るために、それが捜査を困難にさせる要因でもある。
現場からもっとも近い車を止められる場所。道幅だけで言うなら
ばビルの手前だが、車がギリギリ通れるほどの幅であり、そんな道
には粗大ゴミやいろいろな物が置かれていた。とても車が道に進入
して来られる環境ではない。
236
そこでもっとも可能性があるのは近くのパーキングエリアだった。
そして、この駐車場が使われた可能性を高める情報を草野は握っ
ていた。
﹁犯行時間ごろ、この駐車場に数台の車の出入りがあり、その中に
白いバンがあったそうです。昨日の犯行で使われた宅配業者の車に
偽造されたのも同じ車種でした。そして何より、その車の持ち主だ
けが不明なんです。ナンバープレートが偽造でした﹂
ナンバーを偽造するくらいだ。車種から持ち主を辿っても、犯人
には行き着かないかもしれない。
ここで犯人の足取りは途絶えた。
捜査の基本は現場百回と言うが、新たな手がかりは何も掴めなか
った。けれど、現場はあと4箇所ある。
草野の運転する車に乗せられ華艶も次の現場に向かうことになっ
た。
車内で華艶は事件を整理していた。
﹁残ってるのは頭部と手だけでしょ?﹂
﹁胸もあります﹂
﹁発見されてないだけだったりしてね﹂
﹁隣接する部位の順番で持ち去られているとしたら、少なくとも手
は確実に残っています﹂
ジャックナイフ
は人間のすべてのパーツを集める気
﹁最低あと1人の被害者は出るってことか⋮⋮﹂
おそらく
だ。
屍体はまず滅多刺しにされていた。滅多刺しは怨恨に見られる傾
向だが、解体もされていた。いらない部分を滅多刺しにして、必要
な部位だけを持ち去る。
解体は基本的に身元を隠すために行なわれる。中には頭部を持ち
去り、指紋を切り取り捨てるという周到さ見せた殺人も過去にある。
ジャックナイフ
の真の目的は被害者の身体の一部を持ち去る
ただし、今回の事件に限っては証拠隠滅のための解体ではない。
237
こと。
解体や屍姦はその余興でしかない。
﹁なんで屍体の一部なんか持ち去ってるんだと思う?﹂
華艶は真横で運転する草野に尋ねた。
﹁イヤリングや指輪、子宮を持ち去るという行為は証や征服欲など
が考えられますが、別々のパーツを集めているとなると⋮⋮﹂
﹁理想の女性を作り出すとか?﹂
﹁継ぎ接ぎだらけの女性ですか?﹂
﹁完璧なパーツを集めても継ぎ接ぎがあったら萎えるよね。そもそ
も違う人間の躰を繋ぎ合わせるなんてちょー大変そう﹂
﹁ただ⋮⋮もしかしたら本当に⋮⋮﹂
そう思う理由があった。草野は言葉を続ける。
﹁好みの女性を狙っているためかもしれませんけど、被害者の背の
高さはほぼ同じなんですよね﹂
それはつまり腕の長さや脚の長さも似ている可能性を示唆してい
る。
﹁好みってさっきの現場で殺された売春婦とOLじゃ天と地の差じ
ゃん﹂
現在発見されている被害者の中で、もっとも早く殺害されたのが
OLである。このOLは大学のミスコンで優勝したことや、自身の
ブログで顔を公開しており、美人と定評のある女性だった。
対して売春婦はどうかというと、顔は悪いがスタイルは良かった
と娼婦仲間は答えた。たしかに生前の写真を見ると、お世辞にも美
人とは言えない。つまりブスだった。
しかし、持ち去さられたパーツを考えると納得がいく。
OLは頭部を持ち去られ、娼婦は下腹部やヒップである。
華艶は自分の発言が間違っていたことに気付き、あることを思い
出した。
﹁そっか、持ってくパーツが良ければいいのか。そー言えばさ、井
上マキってうちの子もスポーツやってて腕キレイだったし﹂
238
﹁3番目の被害者はモデルで脚が現場にありませんでした。4番目
は海水浴客で足がありませんでした﹂
﹁で、次はどの現場に行くの?﹂
﹁ここから近い⋮⋮なんですかあれ?﹂
草野は目を大きく開けた。
前方で車がクラッシュして玉突き事故を起こしていた。
原因は車の屋根を跳ねる黒い魔鳥のような影。
華艶は思わずその影を指さした。
﹁時雨じゃん!﹂
﹁時雨って誰ですか?﹂
帝都の天使
ですか!?﹂
って呼ばれる帝都1の美形で、ア
尋ねてくる草野に華艶はうんざりした顔で応じた。
﹁知らないの? 帝都の天使
タシと同じモグリのTS﹂
﹁あれが
﹁なんだ知ってんじゃん。てゆか、TSとしての活動時期も少ない
し、最近結婚して引退したって聞いたのに⋮⋮ぜんぜん現役じゃん﹂
真夏なのに黒いロングコートを靡かせ、時雨は輝くビームソード
で巨大な妖物と戦っていた。
警察としてこの場をどうにかしたいところだが、草野は一般の警
察官である。妖物や超人を相手するのは機動警察と決まっている。
刑事と言っても草野は人間でしかない。
巨大な妖物はまるでヘドロのようだった。汚い色をしたドロドロ
の身体で、眼も鼻も口もなく、まるで単細胞生物のようである。
ビームソード1本でヘドロモンスターに立ち向かう時雨は苦戦を
強いられていた。斬っても斬っても、細胞単位で活動できるために
すぐに斬られた部分同士が結合してしまうのだ。
辺りには悪臭が立ち込めていた。殺人的な臭いだ。発信源はヘド
ロ怪人だ。
ヘドロモンスターは凶悪な意思を持っていたり、意図的に人を襲
うのではなく、本能的に周りの物を少しずつ呑み込んで行くらしい。
239
強暴でないことが救いだが、この臭いは耐えかねぬ。
華艶は車を飛び出した。
﹁しゃーないなぁ。アタシもちょっと行って来る!﹂
﹁危険ですからちょっと!﹂
走り出してしまった華艶を追って草野も車を飛び出した。
ヘドロモンスターの身体の一部が華艶に向かって飛んでくる。素
早く華艶はヘドロを躱したのだが︱︱真後ろを追ってきていた草野
の顔面にヒットした。まるで糞を喰らったようだ。
ヘドロは草野の口の中に入ってしまい、強烈な臭いが鼻を抜けて
草野を気絶させた。
﹁バカ草野!﹂
華艶の怒声が飛んだ。
草野はアスファルトに仰向けになって、口からヘドロと泡を吐い
て白目を剥いてしまっている。
下水︱︱それも汚水管からやってきたヘドロ。そんな雑菌だらけ
の物を喰らえば、猛毒を喰らったようなものだ。
ため息を付きながら華艶は悩んだ。
ヘドロモンスターを先に倒すべきか、それとも草野を病院に運び
べきか?
240
ナイフキリング︵6︶
男は仕事の帰りに寄り道することなく、まっすぐボロアパートに
帰った。
1DKの小さな部屋だ。
部屋の明かりを点けると部屋の奥まで見渡すことができる。
男は奥の部屋に入り呟く。
﹁ただいま﹂
その言葉はベッドで横たわる人影に向けられたものだった。
赤いシーツのベッド。その上に横たわっていたのは、包帯を全身
に巻かれた女だった。いや、おそらく女というべきか?
包帯は顔すらも隠し、女と判別しえる点は、女性特有の丸みを帯
包帯の女
の口元が包帯の下で動いた。
びた輪郭と、ふくよかな胸の膨らみである。
﹁おかえりなさい﹂
柔らかく優しい声。男に警戒心を解かせ、脱力させてしまうよう
包帯の女
を取ってきて﹂
の腕の先には手がなかった。
手
の太腿
は甘えるようにねだった。聴いた者の身体に快感が
包帯の女
包帯の女
は両手を広げて男を誘った。
な声だ。そして男を手のひらで転がす魔性の声。
ベッドに横たわる
男はそれに応じてベッドにゆっくりと登り、
を跨いで上に乗った。
交わされる接吻。男は包帯の上から女の唇を吸った。
は男の背中に腕を絡める。
包帯の女
手がなかった。
包帯の女
﹁私のために早く
走るような声だ。
男は股間を大きくして優しく微笑む。
241
﹁ごめんよ、美しい
てくれ﹂
手
がまだ見つからないんだ。もう少し待っ
﹁イヤ、早くして。あとは手だけなのよ﹂
包帯の女
が発散する汗だった。
の手首から
﹁僕だって君のために一生懸命やってるんだ。もう少し待っておく
れよ﹂
﹁早くして、指先であなたを感じたい﹂
﹁僕だって君の指先を感じたい﹂
そこに指先があることを妄想して、男は
頬ずりをした。そして、見えない指に舌を這わせる。
包帯の女
甘い香りが部屋に充満した。
それは
男を狂わす魔性の香。それを鼻いっぱいに吸い込んだ男は、胸が
締め付けられるほどの興奮を感じ、耐えきれずにズボンのファスナ
ーを下ろした。
ズボンもトランクスも脱ぎ捨て、男は自らの剛直を握った。
﹁もう我慢できない﹂
包帯の女
は股間をまさぐり、包帯を緩めて隙間を作った。
﹁早くあなたのを頂戴﹂
また別の甘い匂いが男の鼻に流れ込んできた。男を狂わす香だ。
剛直を握りながら、男は四つん這いになって花弁に鼻を押しつけ
た。
甘い蜜が泉のように湧き出てくる。男は一心不乱で蜜を飲んだ。
高鳴る男の鼓動。さらに剛直は硬くそそり勃った。
男の目つきが急に変わった。肉食獣のような恐ろしい眼をして、
女の花園を犯そうとしていた。
なんの合図もなく、男は剛直を一気に花芯に突き刺した。
もぎ取られそうなほど中はきつく、ミミズが蠢くように伸縮して
いた。
男は壊れるほどに腰を振った。
少し動かすだけで男の全身には電撃が快走し、口から垂れた涎が
242
女の躰に墜ちた。
狂おしい快感に精神を蝕まれ、男は1分もせずに絶頂を迎えてし
まった。
濃く熱い雄汁を飲み干そうと、剛直がバキュームのように吸われ
た。
包帯の女
に覆い被さった。その顔は果てる前に比
白目を剥きながら痙攣する男はやがてすべてを吸い尽くされ、ぐ
ったりとして
べて、十歳以上も老け込んでいるように見え、頬は飢え死にするの
包帯の女
が男の耳元で甘く囁く。
ではなかと思うほど削ぎ落ちていた。
﹁もっと頂戴⋮⋮﹂
その言葉はまるで魔法の言葉のように、男のモノを再び弾けんば
かりに奮い立たせた。
そして、再び男は快楽の虜に⋮⋮。
243
ナイフキリング︵7︶
昏睡状態だった草野が目覚めと聞いて、華艶は朝早くから病院に
赴いた。
個室のドアを開けると、朝食を摂りながら草野が出迎えた。
﹁おはようございます﹂
﹁おっはよ﹂
華艶は挨拶を終えると、ベッドの脇に腰を下ろし、朝食のメニュ
最終的には
病院に担ぎ
ーを摘み食いしようとしたが、あまり魅力的でなかったために手を
引っ込めた。
﹁昨日はご迷惑かけました﹂
草野は肩を落として言った。
ヘドロに当たって死にかけた草野は、
込まれ、あと少し病院に来るのが遅ければ障害が残るか助からなか
ったと宣告された。それを聞いた華艶は﹃あはは﹄と乾いた笑いを
発したのだった。
そうとは知らずに草野は心底から華艶に感謝していた。
﹁ありがとうございました。あなたが病院に運んでくれなかったら、
今ごろ私は⋮⋮﹂
﹁あはは、あったり前のことしただけだし﹂
後ろめたいモノが華艶にはあった。できればこの話はおしまいに
したかったのだが︱︱。
﹁ところであのヘドロはどうなったんですか?﹂
﹁さあ? すぐに草野さんを病院に運んだから⋮⋮あはは﹂
ちょっと口元が引きつっていた。そしてそれを隠すように言葉を
立て続けた。
﹁そうだ、退院祝いに何かご馳走してあげる。うん、それがいい﹂
﹁そんな別に気を遣ってもらわなくても結構ですよ﹂
244
﹁ほらだってさ、お見舞いに何も持ってこなかったし、パーッとお
酒でも飲みながら美味しいもの食べよう、うんそれがいい﹂
﹁ですからそんなことしてもらわなくても⋮⋮﹂
﹁いいっていいって、アタシこれでも小金持ちなんだから。それに
臨時収入だってあったし⋮⋮あっ﹂
華艶は口をつぐんで回れ右。病室をさっさと出て行こうとした。
﹁あ、あああ、あーっと、そうだ用事があったの。大事な用事だか
ら早く行かなきゃ﹂
﹁臨時収入?﹂
不思議な顔をして草野は華艶を見ているが、聞こえないふりをし
て華艶は病室を出て行こうとした。
﹁じゃあね、またね。はいサヨナラ∼﹂
逃げるように華艶は早足で病室をあとにした。
病室を出てすぐに華艶は胸をなで下ろした。
一息ついて華艶は廊下を歩き出す。
この病院は帝都一の繁華街があるホウジュ区にあり、規模として
は比較的大きな病院である。スタッフや入院患者も多く、診察に来
ている者や見舞いに来ている者、すべてを合わせると膨大な人数が
いることになる。
華艶も廊下を歩きながら何人かとすれ違った。
第六感が華艶に何かを告げる。そしてすぐにどこからか悲鳴が聞
こえてきた。
女の甲高い悲鳴。
すぐに看護婦が病室から飛び出してきた。
看護婦は華艶を見つけるなり、いきなり飛びついて来て泣きじゃ
くった。
﹁ひ、ひぃぃぃ﹂
何かを訴えようとしているが、口がわなわな震えて、瞳孔を開き
きっている。病室の中で何が起きているのか?
好奇心から華艶は微笑んだ。
245
﹁大丈夫、安心してここで待ってて﹂
看護婦を支えていた華艶の腕が退かされると、脚から崩れるよう
に看護婦は床にへたり込んでしまった。
華艶はすぐに病室の中を覗いた。
ガタイのよい二人の男が床に倒れていた。
俯せになった1人の男の首元は血に浸っていた。もう1人の男は
片目を潰され、首から血を流して仰向けに倒れていた。
﹁蘇生するかな?﹂
華艶は冷静と言うより、呑気に構えている。
すぐに騒ぎを聞きつけて野次馬や病院スタッフが駆けつけてきた。
医者がすぐに応急処置を開始する横で華艶は現場を見ていた。
どうやら空き室だったらしく、ネームプレートもなく、ベッドが
使ってある形跡もない。
では、二人の男はなぜここにいるのか?
他の場所でやられてここに運ばれたとは考えづらい、この場所に
誘い込まれたか、呼び出されたか?
まずは二人の身元を調べる必要がありそうだ。
が、ぶっちゃけ華艶には関係のないことだった。
鋭利な刃物で二人の男性が襲われた。華艶の興味を惹くほどの事
件でもなかった。よくある事件だ。
ただ、現場が特殊ではある。展開次第では華艶が首を突っ込みた
くなる事件に発展するかもしれない。
騒ぎを聞きつけて草野までやって来た。
﹁すみません私刑事です。何があったんですか?﹂
担架に乗せられた二人の男が草野の横を抜けていった。続けて病
室から華艶が出てきた。
﹁傷害事件、助かりそうもないから殺人事件になりそうだけど﹂
華艶は親指で病室を指し示し、草野は親指の先を覗いた。
現場に残された血痕。それは痕と言うには大きく、朱いペンキを
ぶちまけた感じだった。
246
草野は周りの野次馬を見渡した︱︱犯人がまだ院内にいるかもし
れない。
﹁病院の出入り口を封鎖するように早く!﹂
草野が叫んだ。
犯人は確実に返り血を浴びていて、病室の外に出ればすぐに人の
眼を惹く。
窓の鍵はしまっている。
草野は部屋にあったロッカーを開けた。すると中になんと血のつ
いた白衣が入っていたではないか。
犯人は病院関係者に変装していたのか?
本当に病院の出入り口を封鎖できるかわからないが、されたら外
に出られなくなるので、その前に華艶は急いで病院を出ようとして
いた。そーゆーことに無駄な時間を取られたくないのだ。
足早に廊下を歩き、角を曲がろうとしたとき、華艶の前に白か影
が立ちふさがった。
避けきれずに華艶は影とぶつかり、M字開脚で尻餅をついてしま
った。
﹁いったーい﹂
ワザとくさく愚痴る華艶に男の手が伸ばされた。その手を出した
のは白衣を着た医者だった。
﹁すみません、大丈夫ですか?﹂
言葉では相手の身を案じながら、医者は華艶の開かれた股間を卑
猥な眼で見ていた。
華艶は自分に向けられている左手をつかんで立ち上がった。
﹁だいじょぶじゃないし、お尻打ったし、パンツ見られたし﹂
﹁いや、申し訳ない﹂
謝る医者は華艶の顔を見ることなく、握ったままの華艶の手を見
つめていた。
﹁綺麗な手をしていますね﹂
医者は舐めるような目つきで華艶の手を見続けている。
247
﹁3万円で手コキしてあげるけど?﹂
男は口元を歪めながらニヤけていた。本当に金を出しそうな顔だ。
だが、男は顔を横に振った。
﹁いや、結構﹂
そう言って華艶の手を離した。
何か不審さを胸に抱きながらも、その場を後にする華艶。途中で
振り返ると、医者がこちらを見て笑っていた。
そして、医者の口元はなにかを呟くように動いていた。
その言葉を華艶が聞き取ることはなかったが、医者はこう呟いて
いたのだ。
︱︱美しい手が見つかった、と。
248
ナイフキリング︵8︶
その日は結局何も収穫がなかった。
華艶は帰路につきながらため息を漏らす。
そろそろ情報が集まったかとモモンガに行くが、目新しい情報は
何も入っておらず、被害者が発見された現場をすべて回り終えたが、
やはり何も情報を得ないまま日が暮れてしまった。
証拠は山のようにあるが、容疑者がいない。容疑者がいなければ
証拠の比較検証ができない。おそらくこの事件は容疑者が浮かび上
がったとき、一気に解決へ向かうような気がする。
陽が沈もうとしているのに、まだ蒸し暑く素肌がべとつく。早く
家に帰ってシャワーでも浴びようと華艶は考えていた。
おとといこの近くで女子高生が惨殺されというのに、住宅街は静
かなものだった。けれど、まだ被害者の自宅は立ち入り禁止のテー
プが貼られている。この家に住んでいた肉親は、近々遠くに引っ越
すと耳にした。
華艶はその家を横目で見ながら、自分のマンションに入ろうとし
た。その足が不意の止まる。
狂気を孕んだ気配。
華艶は気づいていた。一日中何者かに尾行されていた。それに気
づかないふりをして、今までやり過ごしてきたが、今になって気配
が強くなったのだ。
そろそろ仕掛けて来るかと思ったが、何もアクションは起こらな
かった。
華艶は何食わぬ顔でマンションに入った。
マンションの入り口にはセキュリティがあり、住人または住人の
許可がなければ中に入ることはできない。防犯カメラも24時間駆
動している。
249
謎の追跡者がマンションの中まで入ってくることはなかった。
華艶は自分の部屋に入り、すぐにバスルームに向かう。その途中
で服を脱ぎはじめている。
バスケットにTシャツを投げ込み、スカートを脱いだ。ブラはつ
けていない。
ショーツに手をかけた瞬間、近くに置いてあったケータイが鳴っ
た。
﹁もしもし?﹂
︽草野です︾
﹁なんの用?﹂
︽今朝の病院で起きた事件のことで⋮⋮︾
﹁あっそう、で、犯人はもう捕まったの?﹂
︽いや、それが事件は思わぬ方向に⋮⋮︾
﹁電話じゃ話しづらいなら外にご飯食べに行く?﹂
︽外はまずいので、どこか別の場所はありませんか?︾
﹁じゃ、うち来る?﹂
︽それもそれで⋮⋮︾
また華艶に弄ばれかねない。
﹁別に草野さんを今晩のメインディッシュにとか考えてないし﹂
そーゆー発言をする時点で危ない。
︽わかりました、あなたの家に行きます︾
﹁じゃ30分後ね﹂
︽1時間後でお願いします︾
﹁じゃ45分後ね。はい、またねーバイバイ﹂
ブチッっと一方的に華艶は通話を切った。
ケータイを置いて、再びショーツを脱ぎはじめた。今日も残暑で
お尻まで少し汗で湿っぽい。
華艶は脱いだショーツをクシュクシュと丸めて、バスケットにシ
ュートした。ちゃんと中に入ったのを確認してバスルームに入った。
ユニットバスの広い浴槽、ゆったりお湯に浸かるのが好きだが、
250
夏場はシャワーだけ済ませてしまうことが多い。
コックを捻ってシャワーを出し、お湯になったのを確認して頭か
ら浴びた。
全身からため息が漏れる。至福の瞬間だった。
お風呂に入っているとき、寝ているとき、ご飯を食べているとき、
そんなことが華艶の至福の時間だった。だが、それしかない生活で
は華艶は満たされない。
刺激的なこと。華艶は常にそれを求めている。危険な仕事をする
ことによって、華艶は欲求を満たしているのだ。
華艶の欲求⋮⋮それは?
熱いシャワーを浴びながら、華艶は自らの股間に指を滑らせた。
鼻から熱い吐息が漏れる。
躰が熱く疼くのを華艶は感じた。とても熱い。躰の芯が煮えたぎ
るように熱い。
バスルームが湯気に包まれ、乳白色の世界に沈んでしまった。
胸の高鳴りを感じながらも華艶は股間から指を離した。まだオル
ガニズムに達していない。だが、華艶は肉欲を押さえ込んだ。
シャワーのお湯が華艶の肌に触れてすぐに蒸発する。湯気ではな
く、蒸発なのだ。
お湯で躰を冷やしながら、華艶は鼓動を落ち着かせた。
そして、しばらくして冷水に切り替えてさらに躰を冷やした。
本気のえっちをしてはいけない。感情を入れたり、快感を感じて
はいけない。それを破ると周りのモノをすべて焼き尽くしてしまう。
何かを犠牲にしなくては、オルガニズムに達することができない。
常に付きまとう欲求不満。それを解消するために、華艶は危険の
中に身を投じていた。
冷水を浴びていると急に電気を落ちて停電した。
﹁真夜中じゃなくてよかった⋮⋮﹂
バスルームには窓はなく、ドアの曇りガラスから差し込む微かな
光が頼りだった。
251
シャワーを止めて焦らずにバスルームを出た。
バスタオルを頭に乗せて部屋の様子を伺う。すべての家電が落ち
ている。だが、ブレーカーが落ちる心当たりはない。
念のためブレーカーをいじってみたが、まったく電気がつく気配
はなかった。
マンション全体が停電なのか、それとも地域全体が停電なのか?
ベランダから外を覗いてみたが、まだ夕日が落ちる前なので、住
宅街の明かりを確認することができず、どの程度の停電規模なのか
知ることはできなかった。
躰を拭いて素っ裸のままソファに腰掛けた。
普及までどのくらいの時間がかかるのか、テレビを見て時間を
潰そうにも電源が入らない。
仕方なくベッドに俯せになって寝ることにした。
目をつぶりながら考え事をする。まずは謎の追跡者について。
徹底して気づかないフリをしていたので、相手の顔を確認するこ
とはできなった。男か女かも確認できなかったが、第六感は男だと
感じていた。
華艶に好意を持っているのか?
好意にもいろいろ種類があるが、あまり度が過ぎると殺人につな
がる。
華艶が感じたのは狂気を孕んだ気配。好意だとしても、あまりよ
くないパターンのほうだ。
感じた気配から誰かに頼まれた尾行ではないと感じる。好意でな
いなら敵意ということになるが、その心当たりが華艶になかった。
まっとうな生き方をしている覚えもないし、他人に恨まれる心当
たりもいっぱいあるが、それでも今のタイミングで誰が?
次にまた尾行されたら、今度は人気のないところに誘い込もうと
考えた。
そう言えば、もうすぐ草野が来る予定だ。
大事な話があるようだったが、いったいどんな話なのか?
252
病院での事件が関係あるらしいが、自分との関わりを華艶は見い
だせなかった。被害者の男たちにも見覚えがないし、犯行現場をち
ょっと見たくらいの関わりしかない。
いろいろ考え事をしながら横になっていたら、だんだん眠くなっ
てきた。
﹁このまま寝ちゃおうかなぁ﹂
約束をすっぽかそうか考えていたとき、強烈な狂気を感じて華艶
はソファから跳ね起きた。
ベランダの窓に拳ほどの穴が開き、床に何かが落ちた。
部屋中は一気に煙に包まれる。
﹁煙幕!?﹂
違う、視界を奪われただけでなく、躰が麻痺する感覚を華艶は覚
えた。
SWATみたいな特殊部隊でも突入してきたのかと思った。
ジャックナイフ
を握っていた。
ガスマスクを被った男。背中には大きなリュックを背負い、手に
は
華艶が叫ぶ。
﹁まさか、どうして!﹂
なぜ自分のところにこいつが⋮⋮。
事件を調べている奴などごまんといるハズ。事件の核心に近づい
ている気はしない。ならば、それしか考えられなかった。
﹁次のターゲットはアタシなわけか﹂
今日一日中、誰に尾行されていたのかはっきりした。
不死鳥の華艶
の名は伊達ではない。躰に入った毒
謎のガスで通常の人間であれば完全に躰が動かなくなっていただ
ろう。だが、
や麻薬などを浄化する力も持っていた。
しかし、それでもここの空気を吸い続けていては、浄化するスピ
ードが追いつかなくなる。
ジャックナイフ
が人間とは思えぬ跳躍で襲いかかってくる。
脚の痺れを感じながら華艶は逃げようとした。
253
普段ならば難なく躱せるはずの攻撃が、思うように躰が動かない。
華艶は口に当てていたバスタオルでジャックナイフを受けた。
安物とは思えぬ切れ味を魅せるジャックナイフ。バスタオルが切
り裂かれ、刃は華艶の肉体に向けられた。
華艶は咄嗟に手を出してジャックナイフを受けようとした。だが、
不意に切っ先が止まった。
瞬時に華艶は悟った。敵の狙いは手だ。
手を出すことによって鋭い刃を止めたが、ジャックナイフは華艶
の腹を突き刺そうとしていた。
躰を翻そうとしたが、自分の予想に反して躰が思うように動かな
かった。
歯を食いしばる華艶。ジャックナイフが脇腹を刺していた。
後退しつつジャックナイフを腹から抜き、華艶は敵に背を見せて
逃げた。
部屋の中じゃ不利だ。得意の炎も扱えない。華艶は玄関を飛び出
しマンションの廊下に出た。
素っ裸のままだがこのさい仕方がない。
上か下か、地上か屋上か?
華艶の部屋は5階にある。その階層は華艶が飛び降りられる高さ
だった。
廊下の塀に手をかけて、一気に地面に落下した。
地面に足を付けた瞬間、荒れたアスファルトが足に刺さった。
﹁いったー!﹂
骨もイッたついでに足の裏の肉まで抉られた。
5階を見上げると塀から身を乗り出して下を覗くガスマスクが見
えた。さすがにここまで追ってこないだろう。
来たら来たで、ここでなら相手をぶっ殺す気だった。
まだ折れた骨が回復しないまま、華艶は走り出していた。
ジャックナイフ
を捕まえる立場だったことに気づいたのだ。
逃げたのはいいが、逃げたのは間違えだったことに気づいた。自
分は
254
すぐにマンションの入り口に回り込んで中に入ろうとしたが、自
ジャックナイフ
の姿は見失う。そして、素
動ドアの前には小さな人だかりができていた。停電で自動ドアが開
かないのだ。
中には入れない。
っ裸を見られた。
自動ドアの前に立っている人々が華艶を見て見ないふりをしてい
る。素っ裸ということもあるが、脇腹から血が流れたままだった。
このままだとご近所さんに痴女だと思われる。華艶は焦った。
﹁バカには見えない服なの!﹂
と叫んで華艶はその場から逃げ出した。
255
ナイフキリング︵9︶
華艶は車の助手席に乗っていた。
﹁いやぁ、草野さんに会えてよかった、うんうん﹂
素っ裸のままどこに身を潜めようか考えていたとき、偶然にも華
艶のところにやって来た草野と鉢合わせしたのだ。
上下スーツを着ている華艶。ノーパンで、ジャケットのすぐ下は
何も着ていない。
横で運転する草野はワイシャツ姿で、下はトランクスだった。華
艶にスーツを貸してしまったのだ。
草野は心配そうに横目で時おり華艶を見ている。
﹁本当に大丈夫なんですか、刺された傷は?﹂
﹁まだちょっと出血してるけど、今日一日ぐっすり寝れば明日には
直ってるから平気﹂
二人はどこに行くでもなく、その辺をドライブしながら話を進め
ることにした。
﹁ところでなんかアタシに話があるんでしょ?﹂
﹁はい、病院で殺された二人の身元がわかりました﹂
﹁やっぱ死んだんだ﹂
﹁二人とも悪徳金融の社員で、どうやら病院には借金の取り立てに
来ていたようです﹂
﹁ふ∼ん、患者かそれとも病院関係者?﹂
﹁看護士から話を聞いたところ、新しく病院に赴任してきた外科医
と揉めていたそうです﹂
﹁それで、その外科医が当然容疑者になったわけでしょ?﹂
﹁はい⋮⋮﹂
と、言ったきり、草野は黙り込んでしまった。この先に話の核心
があるの違いない。華艶は問い詰めた。
256
﹁で、その容疑者がなんかあったんでしょ?﹂
﹁屍体が出てきました⋮⋮容疑者の家に行ったところ、既に借金の
抵当で押さえられ誰も住んでいなかったのですが、証拠を探して中
ジャックナイフ
の容疑者ってことか⋮⋮﹂
に入ってみると⋮⋮解体された屍体がありました﹂
﹁つまりその医者が
﹁胸部が持ち去られたらしく、遺体は腐敗が激しく死後だいぶ経っ
ているのではないかと。身元はまだ確定できていないのですが、あ
の病院では遺体がなくなるという事件が発生していて、おそらくそ
の遺体ではないかと検証を進めている最中です﹂
﹁で、容疑者の行方はわかってるの?﹂
﹁いえ⋮⋮それが⋮⋮﹂
にですか!﹂
ここで華艶は草野の度肝を抜くことを言う。
ジャックナイフ
﹁アタシ会ったけど、2度も﹂
﹁はい!? 会ったって
﹁1度目は病院で、2度目はさっき﹂
﹁なんで早く言わないんですか!﹂
﹁病院で会ったときは気づかなかったんだよねー。今思えば様子が
可笑しかったし、犯人と同じ左利きだったし﹂
華艶が病院で尻餅をついたとき、差し出された手は左手だった。
話を続ける華艶。
﹁2度目はさっきなんだけど、部屋で襲われたとき裸だったから、
そのまま逃げてすっぽんぽんで途方に暮れてたみたいなー﹂
﹁なんで裸なのかと思ったら、どうしてそれを最初に言わなかった
んですか!﹂
﹁だってアタシ的にすっぽんぽんのほうが重大だったし﹂
はアタシの前に現
ショックで草野は車を路上に止めて、ハンドルに頭を埋めて黙
ってしまった。
ジャックナイフ
華艶は草野の背中をポンと叩いた。
﹁だいじょぶだって、きっと
れるから﹂
257
その言葉を聞いて草野は顔を起こした。
﹁どういうことですか?﹂
だから。誰の手でもいいってわけじゃ
手
﹁奴の狙いはアタシの
手
が欲しいの。それを手に入れるた
ないの、あいつはアタシの
ジャックナイフ
が狙ってくる隙をつくることだった。
めに、奴は必ずアタシの前に現れる⋮⋮と思うんだけど﹂
問題は
一度目の襲撃に失敗して、警官心を抱いていることは間違いな
い。二度目の襲撃は大きなリスクが伴うことから、慎重に攻めてく
るのか、それともこれまでの犯行通り大胆に来るか?
ジャックナイフ
に狙われてるって内緒ね﹂
華艶としては狙われやすい状況を作ることが重要だった。
﹁アタシが
﹁駄目ですよ!﹂
ジ
を殺すか捕まえるかして賞金を貰うことだし、本庁
﹁だってアタシは警察と手を組む気はないし、アタシの目的は
ャックナイフ
に連絡したりしたら協力関係は破棄するけどいいの?﹂
﹁それも困ります。けど、私の立場だってわかってくださいよ﹂
板挟み状態の草野。
草野はまだまだ新米刑事で、規律を乱すような行為を派手にする
と、交番勤務に左遷されかねない。その反面、事件を解決できれば
出世に繋がるかもしれない。
しかし、そんなこと華艶には関係ない。
﹁アタシはアタシのやり方でやるから邪魔しないでね﹂
言い出したら聞かない性格だ。ここは草野が折れるしかなかった。
﹁わかりました、でも無理はしないでくださいね﹂
﹁わかってるって﹂
口ではそう言うが、絶対に無理をする気だ。
ワザと狙われる時点で無理をしている。華艶はそうは思っていな
いが、それは命がけの行為だ。
車は近所をグルッと回って華艶の住むマンションまで戻ってきた。
入り口に溜まっていた人々の姿が消えていた。どうやら停電は直
258
ったらしい。
華艶は車を降りることにした。
﹁じゃ、そういうことでバイバイ﹂
﹁ちょっと待ってください服を返してくださいよ﹂
﹁返せってここで脱げってこと?﹂
﹁そういうことを言っているのではなくて、着替えてここにまた戻
ってきてくれませんか?﹂
﹁めんどくさいなぁ﹂
本当にかったるそうな言い方だった。けれど草野としてもトラ
ンクスのまま車から出るわけにはいかない。警察官の不祥事になり
かねない。
華艶は仕方なくうなずいた。
﹁わかった。ここで待ってて、すぐ戻ってくるから﹂
﹁必ず戻ってきてくださいよ﹂
﹁念を押さなくてもわかってるから﹂
華艶はうんざりしながら急いで自分の部屋に戻ることにした。
259
ナイフキリング︵10︶
不用心にも部屋の鍵が開けっ放し、これでは泥棒に入ってくれと
言ってるようなものだ。
華艶は部屋に入ったときから静かな気配を感じていた。
﹁ただいまー﹂
ワザと大きな声を出して部屋の中を歩いた。
すっかり日は暮れ、華艶は部屋の電気を付けた。
特に変わったようすはない。窓ガラスが割れたままになっている
くらいだ。
華艶はなんとなく周りを見渡しながらベランダに出た。
ジャックナイフ
の進入路はここだった。屋上から降りてきた
﹁てゆか、どうやってここまで来たんだろ?﹂
ジャック
のか、それとも地上から登ってきたのか、どちらにしても常人ので
きる真似ではないことは確かだ。
﹁それにあの跳躍力﹂
は人間とは思えないほどの跳躍力を見せた。
背を向けて逃げようとした華艶に襲いかかったとき、
ナイフ
人間以上の力を発揮できる可能性はいくつもある。
まず方法として挙げられるのは、人間以上なのだから人間でなく
なってしまえばいい。サイボーグ手術であったり、キメラ合成によ
り多生物のDNAを組み込んでもいい。場合にとっては他の生物な
どに取り込まれる方法もあるだろう。
他に取り込まれるという点では、超自然的な存在などに憑かれる
ことも考えられる。狐憑きやなどが有名な例だ。
もっと安易な方法で人間を超えたいならば、薬が1番よいだろう。
ただし、副作用のあるものが多く、使用後のリスクを考えなくては
ならない。
260
どんな方法にせよ、人間が人間以上の力を得るためには、それ相
応のリスクを背負わなければならない。
華艶はベランダから遠くの景色を眺めた。
すっかり日が暮れてしまったかと思ったが、遠くに微かに朱い空
が見えた。
涼しげなそよ風が華艶の髪を撫でる。今日の少し寝苦しい夜が解
消されそうだ。エアコンを付けっぱなしにしながら寝る華艶には関
係ないことだが。
草野のことなど忘れたように華艶はずっと遠くを眺めていた。ま
るで自分の世界に入ってしまったようだ。
刹那、華艶は振り向いて相手の腕を掴んだ。掴んだ腕にはジャッ
た
ジャックナイフ
ジャックナイフ
のもう一方の手が華艶の頸に伸びる。すぐさ
が立っていた。
クナイフが握られていた。華艶の目の前にはニットのマスクを被っ
ジャックナイフ
ジ
の両腕
ま華艶はそれも受け止めた。すると今度は頭突きを喰らうわせてき
た。
華艶の軽い脳震盪を起こしながらも、
を決して離さなかった。
の股間を押しつぶした。
ジャックナイフ
は怯むことなく
髪の毛の間から血をにじませながら、華艶の蹴り上げた膝が
ャックナイフ
確かに感触はあった。だが、
蹴り返してきた。
強烈な膝蹴りが華艶の腹を抉る。薄い膜が張って血が止まってい
ジャックナイフ
の両腕を握っていた華艶の手から力が
た傷が、再び血を滲ませはじめた。
ついに
抜けた。
ジャックナイフ
を抱え込むように突進した。
華艶の首筋に向かって振り下ろされるジャックナイフ。
瞬時に華艶は
がバランスを崩す。
を押し倒して馬乗りになった。
ジャックナイフ
ジャックナイフ
窓のサッシに踵を躓かせて
そのまま華艶は
261
華艶の右手が炎を宿す。
﹁炎翔破!﹂
の胸に押しつけた。
炎を投げる遠距離ワザを近距離で放ち、炎の玉を
フ
ジャックナイ
は
押しつけられることによって炎は燃え上がらず、猛烈な熱が身を
ジャックナイフ
焦がして人肉の焼ける異臭が部屋に立ちこめた。
大やけどを負わされながら、不適なことに
嗤っていた。
ジ
は興奮している。剛直は華艶の割れ目に押し当てら
馬乗りになっている華艶は股間に当たる硬いモノを感じた。
ャックナイフ
れていた。
﹁変態!﹂
叫びながら華艶は馬乗りをやめて飛び退いた。
の股間に向けられた。立ち上が
は、おもむろにズボンのファスナーを開け
ジャックナイフ
ジャックナイフ
華艶の視線は
った
て、中からパンパンに膨れあがった剛直を取り出した。
華艶はうんざりため息を吐いた。
﹁1度失敗してんのにここで待ち伏せしてんのも大胆だと思ったけ
ど、股間からそんなの取り出すなんてもっと大胆だこと⋮⋮﹂
この場所で待ち伏せをしていたのは大胆不敵だが、選択としては
間違っていないだろう。華艶は裸のまま飛び出し、サイフもケータ
ジャックナイフ
は片手でジャックナイフを握り、もう片手で
イもない状態だった。近いうちに戻ってくるのは明白だった。
自らの剛直を握った。
華艶は部屋中に視線を配った。いっそのことマンションごと燃や
してやろうかと思ったが、それを思いとどまって深呼吸をした。
この場所で華艶が炎を使うには制約が多すぎる。周りに燃え移ら
ジャックナイフ
は痛覚が麻痺してるかどうにか
ないようにするのが前提だった。素手で戦えばその問題は解決され
るが、どうやら
しているらしい。そんな相手に素手で戦っても埒があかない。
262
は何も答えない。それどころか
とりあえず作戦を思いつくまで、華艶は時間を稼ぐことにした。
ジャックナイフ
﹁ひとつ聞いてもいいかな?﹂
華艶の言葉に
手淫をはじめている。
かまわず華艶は話を続ける。
﹁どうして女の躰の一部なんか集めてるの?﹂
返事はなかった。代わりにジャックナイフを向けて襲いかかって
きた。
華艶は奥の手に打って出た。まさにそれは手だった。なんと華艶
は鋭い刃を手で受け止めたのだ。
ジャックナイフを握る手から大量の血が滲む。肉は切り裂かれ骨
ジャックナイフ
が叫ぶ。
で辛うじて刃が止まっている状態だった。
それを見た
﹁貴様、俺の手をォォォッ!﹂
が被っていたマス
の顔面を抉るように横
ジャックナイフ
ジャックナイフ
﹁アンタの手じゃないアタシの!﹂
炎を宿した華艶の拳が
殴りした。
床に大きく転がりながら、
クが燃え上がった。
投げ捨てられるマスク。露わになった顔は赤く腫れ上がり、髪の
毛も焦げて縮れてしまっていた。
しかし、痛がるようすも、怯えたようすもない。
華艶が呟く。
ジャックナイフ
は怪物だ。
﹁やっぱ人間じゃないのか﹂
もはや
ジャックナイフ
が落としたものだ。
華艶の目に床に落ちたジャックナイフが目に入った。殴られたと
きに
ジャックナイフを取ろうと床にダイブする華艶。ジャックナイフ
も飛びかかってきた。だが、華艶は既にジャックナイフを握ってい
る。
263
穢れた血が華艶の顔を彩った。
床に落ちて萎縮する肉棒。
ジャックナイフ
の
の口か
の股間から吹き上げる血のシャワー。
床に横になった体制から華艶が斬ったのは
ジャックナイフ
剛直だった。
﹁グオォォォォォォン﹂
人とは思えぬ叫びが木霊した。
華艶は反撃の隙を与えない。
ジャックナイフ
強くに握ったジャックナイフが再び肉を裂く。
パックリと口を開けた頸が血を噴き、
ら吐き出された血の塊が華艶の顔をべっとりと穢した。
次々と口から吐き出される血の塊と泡。
華艶がジャックナイフを振り上げた。
﹁死ねクソッタレ!﹂
が動くことは
の躰は背中から
ジャックナイフ
ジャックナイフ
とどめの一撃が突き刺されようとした。だが、ジャックナイフが
心臓に突き刺さるよりも前に、
床に倒れていた。
躰を痙攣させたまま、それ以上
なかった。
戦いは終わった。
胸を撫で下ろす華艶だったが、玄関の開く音がして新たな気配が
飛び込んできた。
瞬時に身構えた華艶。だが、その緊張感もすぐに解かれた。
﹁今さらおっそいし﹂
視線の先に立っていたのは銃を構えた草野だった。しかもその格
ジャックナイフ
﹂
好と言ったら、ランニングシャツに、腰にはワイシャツを巻いてい
る。無様な格好だった。
﹁大丈夫ですか!﹂
﹁そこでくたばってるのがたぶん
草野は床に横たわる男を見た。無惨な姿だった。頸を裂かれ、股
264
間から血を垂れ流している。
﹁惨いですね⋮⋮﹂
﹁こいつがしてきたことに比べれば、甘っちょろい死に様でしょ。
てゆか、アタシだって部屋めちゃくちゃにされたし、ほら見てよ手
だって切られちゃったんだから!﹂
血で真っ赤に染まった手を華艶は見せつけた。まだ血は完全に止
まっておらず、大きく肉が裂けていた。
﹁大丈夫ですか!﹂
﹁へーきーへーき、そのうち直るから﹂
駆け寄って来た草野が腰に巻いていたワイシャツを奪い取り、華
ジャックナイフ
は死んだ。
艶はそれを手に巻いて止血した。
﹁あとは持ち去られた身体が見つかれば事件解決か⋮⋮﹂
華艶は呟いた。
265
ナイフキリング︵完︶
被疑者死亡の速報がされて数日、時間の流れが早い帝都では次の
事件が世間を賑わせていた。
しかし、まだあの事件は解決されたわけではない。
事件現場から消えた被害者の身体の一部がまだ見つかっていない
のだ。
DNA鑑定や現場の状況から、犯人が断定される日は近い。それ
で事件は一応の解決を見るだろう。そして、警察が本腰を入れて消
えた身体を探すことはなくなる。
華艶は今日もモモンガに通い詰めていた。
﹁なんかもう夏休みも半分以上過ぎちゃうしさ、学校ないとつまん
ないよねー﹂
﹁出席日数が毎年足りない人のいうセリフ?﹂
京吾は皮肉っぽくながらシェイカーを振っていた。
華艶
の名がついている。
できあがったカクテルが華艶の前に置かれたグラスに注がれた。
紅く透き通ったカクテルには
昼間は喫茶店、夜はバーに姿を変貌させるのだ。
夜になると客の層も変わる。常連のトミー爺は姿を消し、モグリ
のTSや裏社会の住人、昼間は影に潜んでいる者たちの溜まり場と
なる。
既に時計は深夜を回り、客たちは異様な熱を帯びはじめている。
﹁華艶ちゃんもこっち来て飲まないか?﹂
ボックス席で打ち上げをしている男が声を上げた。華艶と同業だ。
きっと報酬が入って上機嫌なのだろう。
﹁今日は遠慮しとく﹂
﹁そう言うなよ、こないだおごって貰った借りだからよ﹂
﹁じゃあちょっとだけね﹂
266
ちょっとだけと言いながら、その後、華艶がグラスから手を離す
ことはなかった。
夜は更け、いつの間にか閉店の時間が迫っていた。
体質のせいか酔えない体質の華艶だが、今日はいっぱい騒げて楽
しかった。酒で酔えなくても、周りの雰囲気で酔った気分になれる。
宴も終わり、華艶は仲間たちに手を振って別れた。
外灯が照らす町を歩き、夜の暑苦しさが嘘みたいな、涼しげな空
気を肺いっぱいに吸い込む。
虫の鳴き声が聞こえる静かな夜だった。
近道をするために華艶は外灯のない暗く細い道に入った。
人の気配を感じた。
月光りの下で嗤う女の顔。
華艶の足が止まった。
﹁誰?﹂
﹁あなたの手を頂戴﹂
女はそう言って両腕を胸の前に出した。包帯が巻かれた腕には手
がなかった。
そして、女は急に襲いかかってきた。
相手の正体がわからない華艶は戸惑いながら、女の両腕をつかん
で押し合いになった。
華艶は見た。薄明かりで今までわからなかった女の顔が、はっき
りと見えたのだ。
の被害者!?﹂
に殺され、頭部を持ち去られた被害
ジャックナイフ
ジャックナイフ
﹁まさか⋮⋮
その顔は
者の顔。
すべてのピースがそろった瞬間だった。
パーツを縫い合わせて一人の人間を作る。そんなことを冗談半分
の口。その中に華艶は蠢く
は華艶の腕をねじ伏せた。
包帯の女
包帯の女
で言ったことがあったが、それが目の前に現実となって現れたのだ。
人間とは思えない力で
華艶の目の前で開かれる
267
何かを見た。
赤黒い触手が
包帯の女
の口から吐き出された。
ねっとりと濡れた触手が華艶の首を締め上げる。
包帯の女
の腹を抉り、すかさず回し蹴りを後
﹁首絞めたくらいで⋮⋮死んでたまるか⋮⋮バーカ﹂
華艶の膝蹴りが
頭部にヒットさせた。
に華艶は止めの一撃を放つ。
の服に引火した。
包帯の女
包帯の女
は嗤っていた。それどころか、ま
。
の倒れる音が響いた。
包帯
を丸呑
包帯の女
よろめきながらも耐えた
﹁炎翔破!﹂
燃え盛る炎の玉が
﹁キャハハハハハ﹂
炎に包まれながら
包帯の女
だ華艶に襲いかかってこようとしていた。
﹁あなたの手を頂戴﹂
炎を巻いた腕を伸ばす
華艶は口の両端を手で引っ張り、Eっと歯を見せた。
﹁いーっだ!﹂
螺旋の炎が華艶の腕を巻く。
﹁焔龍昇華!﹂
包帯の女
螺旋を巻く龍のような炎が華艶の両手から飛翔した。
風がうなり声をあげ、巨大な炎が口を開けて
みした。
﹁キャハハハハ!!﹂
甲高い嗤い声が星夜に木霊した。
の狂気。
炎翔破とは比べものにならない炎に焼かれ、それでも嗤う
の女
包帯の女
しかし、その嗤い声もいつしか聞こえなくなった。
静かな夜に
人の形をした黒い物体。それを見ながら華艶は頭を抱えた。
﹁しまった、この状況で正当防衛の立証難しいかも﹂
とりあえず華艶はケータイを出すことにした。
268
﹁まずは草野さんに電話かな⋮⋮。あ、もしもし草野さん、夜分遅
くごめんね。実は人殺ししちゃった、えへっ﹂
誰にも見られていないのに、華艶はお茶目に笑って見せた。
消えた被害者の身体の一部が見つかり、それを丸焦げにした華艶
が何かの罪で起訴されることはなかった。
の正体はなんだったのか?
が
は潜んでいるのだろうか
包帯の女
これで事件はすべての幕を下ろしたように思える。だが、これで
本当に事件は解決したのだろうか?
包帯の女
すべての謎が明らかになったわけではない。
後日、華艶はテレビでこんなニュースを見た。
警察庁の科学捜査班のラボから、灰だったはずの
消えた。
包帯の女
何者かが持ち去ったのか、それとも⋮⋮?
オトコ
この帝都の街のどこかに、
⋮⋮新たな従者を待ちながら。
帝都の街に再びナイフキリングが現れる日は近いかもしれない。
269
アメ玉︵1︶
﹁7月か⋮⋮もうすぐアタシの誕生日だなぁ﹂
学校帰りの華艶はショーウインドの横を通り過ぎながらそう呟い
た。
ガラス窓の向こうに展示されていたのは、水着姿のマネキンだ。
7月もまだ頭だというのに、学生の多くは夏休みのことを1度は
考えるだろう。華艶も平凡な学生と同じ︱︱それ以上に夏休みのこ
とで頭がいっぱいだった。
先月はこれまでにない大きな依頼をこなし、巨万の富が懐に入っ
た。誕生日の自分に何かプレゼントでも⋮⋮と思って華艶は溜息を
吐いた。
まるで誰も誕生日を祝ってくれないみたいじゃないか。
華艶の誕生日は夏休みに入ったあとだ。学校で顔を合わせること
もないし、長期休暇を謳歌する友達もいる。
別に友達が少ないわけでもないし、みんなにはみんなの予定があ
るんだ。と、華艶は自分に言い聞かせた。
決して留年しているせいで、クラスで浮いてるなんてことはない
⋮⋮たぶん。
華艶はケータイを握りしめた。
﹁今のうちに約束いれておかなきゃ﹂
誕生日に仕事を入れる哀しい女に成り果てるものか、なんとして
も誕生日に友達を誘わなければ。
補習
の2文字。
ここで華艶はハッとした。
脳裏に過ぎる
学校をサボりまくってるせいで今学期も危ない。まだ1学期も終
わっていないというのに、また留年なんてことになったらシャレに
ならない。
270
どうする華艶?
ケータイを握りしめたまま動けない。顔は思い悩んで強張ってし
まっている。
補習授業に出るべきか、嫌なことを忘れて誕生日を祝うか。補習
に出てから誕生日を祝っても遅くはない。でも、できればでたくな
い。
18歳の誕生日︱︱なんだか特別な響きがある。
その日から18禁が解禁になるのだ。これは一大セレモニーでは
ないか。が、別に華艶は18禁を守って生きてきたわけでもない。
﹁教師を買収するしかないか⋮⋮﹂
その方法だけは使いたくない。華艶の通う学園では、噂としてよ
く聞く方法だが、できれば使いたくなかった。
︱︱あんたが高校を卒業できるわけないじゃない。
それは姉の言葉だった。
裏技
を使わずに卒業したい。
長いこと会っていない姉だが、その言葉は鮮明に音声付きで思い
出すことができる。
姉を見返してやるためにも
考えれば考えるほど頭は重くなり、自然と首が曲がりアスファル
トに顔が向く。
縞模様の横断歩道。
点滅する信号。
華艶はまだ気づいていなかった。
怒鳴り声にも似たクラクションが鼓膜を振るわせた。
瞳孔を開いて顔を上げる華艶。
誰かの悲鳴が木霊した。
タクシーに撥ねられ夕焼け空を舞う人影。
まるで人形のように、地面に叩きつけられた華艶。
頭から流れる血が少しずつアスファルトを浸食していく。
騒然とする交差点。
怒鳴り声や金切り声、立ち止まる者に足早に立ち去る者。人だか
271
りに囲まれた華艶は地面に倒れたまま、ケータイを握りしめ続けて
いた。
救急車のサイレンはまだ聞こえない︱︱。
272
アメ玉︵2︶
早朝、その個室の患者は亡くなった。
今は空き室となっているハズだが、ドアに耳を付けて澄ますと、
微かに声が漏れてくる。
病院という場所は、生と死が日常的に混在する。怪談話には事欠
かない場所である。もしかしたら、ドアの向こうで無念を抱く霊魂
が嘆いているのかもしれない。
ターバンのように包帯を巻いた少女が、そーっとドアに近づいて
耳をつけた。︱︱華艶だった。
聞こえてきたのは亡霊の声にしては色っぽい。
華艶は唾を飲んだ。
女
がいた。
噛み殺した女の声がする。それは苦しそうな、それでいて熱っぽ
い。責められている女の喘ぎ声だった。
ドアの向こうには白衣の男と疲れた顔の
の尻の谷間に這わせた。
は壁に両手をつけ、剥き出しのケツを高く突き上げている。
女
脱ぎ捨てられたズボンとトランクス、男はそそり立つ剛直を脂の
女
乗った
という言葉がしっ
の尻を舐め回した。時折、歯を立てる
喰う
ショーツは片方の足首に引っかかって止まっている。
女
は哀しい顔を見せていた。そんな表情など
が苦しそうに息を噛み殺す。
女
決して若々しくはないが、肉欲な躰は
くりくる。
女
男は床に膝を立てて
と
されるがまま、
女
の尻は指が沈むほど柔らかく、叩けば大きく震える。バシ
男は見向きもしない。男が見ているのは大きな尻だけだ。
バシとケツが叩かれ、それに合わせて男の亀頭が自らの腹を叩く。
異常なまでに男は尻に執着した。
273
痛々しいほどに赤く染まる尻。男はそれでも叩き続け、唾を尻に
垂らして練り込むように揉んだ。
女
の目頭から涙が滲んだ。
尻が大きく左右に開かれた。
自分の意志とは関係なく菊が窄み、花咲き、伸縮を繰り返してい
る。鮮やかな桃色をいている。まだ1度も使ったことのない場所だ
った。
男はその中に舌をねじ込ませてきた。
の涙が床に落ちて四散した。
はこれまで
は歯を歯を食いしばりながら必死に抵抗した。
槍のように先をを尖らせ、締めるようとする中へ無理矢理挿って
女
くる。
すると男はこれまでにないほど強くケツを叩いた。
女
﹁力抜けよ、挿いらないだろ!﹂
女
﹁そこは嫌です。どうか別に場所にしてください﹂
﹁うるさいんだよ。お前は俺に躰を売ったんだ﹂
﹁ひぃッ!﹂
男の人差し指が一気にケツの穴に突き刺され、
感じたことのない痛みで躰を振るわせた。
は小さく悲鳴
はその先を考えるとゾッとし
女
力を抜きたくても、括約筋はきつく締まり、男の指を咥えて放さ
ない。その間から血が滲む。
女
男の指はねじ回しのように動き、そのたびに
をあげた。
指ですらこんなに痛いのに、
た。
そして、ついに剛直の先が窄む穴に押し当てられた。
﹁やっぱりダメ!﹂
悲痛な叫びは、さらなる叫びに変わった。
息を呑み込む声にならない叫び。
躊躇いなく一気に剛直は根本まで呑まれた。
274
鋭い刃物で切られたような痛み。
男は構わず腰を振った。
女
は背骨が折れるほどに躰を反らせ、壁に付いていた両手で
痛みの連続が奔る。
壁を抉る勢いで爪を立てた。
瞬きすら忘れてしまう。
残虐な悪夢以外の何物でもない。
女
の尻の肉に食い込む。通常であれば痛みを感じる
裂けてしまった穴を出し挿れ剛直にベットリ血がつく。
男の指が
ほど鷲づかみにされているが、今はもっと強烈な痛みで意識すらも
飛んでしまいそうだった。
﹁出すぞ、たっぷり浣腸してやるからな﹂
女
の耳は何も聞こえない。
男は息を切らせながら腰の動きを早めた。
もはや
女
は醜悪な表情をしていたが、男はケツ
涙が止まらず、鼻水も糸を引いて床に落ちる。
誰も顔を背けるほど
しか見ていない。
﹁出る!﹂
女
は不快な感覚を中に感じた。
急に男の動きが止まり。剛直が腸の中で大きく痙攣したかと思う
と、
挿れるときとは違って、男はゆっくりと抜いた。
女
は全身から力が抜け、壁にもたれながら崩れた。
男の尿道からまだ垂れる白濁した液体。
脂の乗った尻は突き上げられたまま。恥ずかしい部分が全て丸見
えだった。
嗚咽を漏らしたような音と共に、肛門から少し朱の混じった白濁
した液体が噴き出た。
それも2度、3度。
女
は息をしているだけでやっとだった。
ぼとり、と汚らしい音を立てて白濁した液が床に墜ちる。
もう
275
女
に男は容赦なかった。
躰に力も入らず立ち上がることも、その体勢から動くこともでき
ない。
しかし、そんな
どこかに隠し持っていた特大の注射器を男は出した。針はついて
の悲鳴。
女
に、男はためらいもなく浣腸を
いないが、中にはジェル状の何かが入っていた。
迫る危機に気づきもしない
した。
女
﹁ひぃひゃっひぃぃぃ﹂
狂った
は括約筋に力を入れた。だが、少
はそれ以上漏らさないように、きつくきつく穴を窄めて締
女
注射器の中のジェルが一気に流し込まれる。
﹁抜くから漏らすなよ﹂
一気に注射器が抜かれ、
女
し漏らしてしまった。
めた。
が、そんな力を入れているところに、なんと太いバイブが突き刺
された。
声に鳴らない悲鳴。
滲む血。
八つ裂きにされたその場所から、痛みが電撃のように躰を駆けめ
ぐる。
もう一生使い物にならないかもしれない。
全てが音を立てて崩れる。
穴からバイブが勢いよく抜けたと同時に、ジェルが噴き出し、続
けて汚物が飛び散り床にぶちまけられた。
汚物を噴くと同時にズタズタになった穴に耐えられない痛みが⋮
⋮だが、止めることはできない。
男は大笑いしていた。
どこまでも憎たらしく、下卑た嗤いは廊下まで響いた。
その声を聞いていた華艶は嫌な顔をした。躰に虫ずが奔る。
276
すぐにドアを蹴破って中に入ろうと華艶が身構えたとき、廊下を
歩いてきた中年のナースに声をかけられた。
﹁火斑さん探しましたよ。勝手に病室を抜けられては困ります!﹂
ナースは顔を真っ赤にして鼻の穴を膨らませた。どう見ても鬼バ
バアだ。
﹁ごめんなさぁ∼い。すぐに戻りまぁ∼す﹂
華艶は言葉だけの反省をして、軽く舌打ちをした。
それが相手に聞こえてしまったのか、ナースはさらに顔を沸騰さ
せて華艶の腕を掴んだ。痣が残りそうなくらい強い握り方だ。
﹁病室に戻りますよ!﹂
半ば強引に華艶は廊下を引きずられるようにナースに連れて行か
れたのだった。
277
アメ玉︵3︶
ベッドで華艶はふてくされた表情をしている。その前には白衣を
着た女が立っていた。
﹁勝手に歩き回られると大勢のスタッフに迷惑がかかるのわかるか
しら?﹂
ボブヘアがよく似合う華艶の主治医︱︱魔女医チアナだ。
﹁だって⋮⋮﹂
﹁だってもなにもないわ﹂
﹁だってさぁ、起きたら病院だし、ナースコールしても誰も来てく
れないしさー﹂
﹁ウソと言い訳はするだけ無駄よ﹂
﹁だーかーらートイレにぃ﹂
﹁どうして謝罪の一言も言えないわけ?﹂
﹁⋮⋮ごめんなさい﹂
唇を尖らせて言った。明らかに反省していない。
チアナはおでこに手を乗せ溜息を落とした。
二人のやりとりを見ていた向かい側のベッドの少年が、無邪気な
顔をして静かに笑っていた。まだ10歳にも満たない小学校低学年
くらいの男の子だ。
自分が笑われているのだと知って、華艶はさらに唇を尖らせた。
﹁そこのガキ笑わないの!﹂
﹁⋮⋮ご、ごめんなさい﹂
男の子は急に元気をなくして、掛け布団を被って顔を隠してしま
った。
チアナは華艶に顔を向けて怒っていた。
﹁小さな子供に対する態度がなってないわ。年下にはもっと優しく
接しなさいよ﹂
278
さん
ぐらい付けて呼びなさい﹂
﹁ならチアナもアタシに優しくしてよー﹂
﹁そう思うなら
﹁はいはい、チアナさん﹂
めんどくさそうに言ったあと、すぐに華艶は状態を起こして唇を
チアナの耳に近づけた。
﹁で、あの子、なんの病気なの?﹂
小声で尋ねる華艶にチアナは答えを教えなかった。
﹁今日一泊したら、明日の早朝に出て行くのよ﹂
﹁なんで話逸らすわけ?﹂
﹁轢かれたのがタクシーでよかったわね。たとえあんたでも、脳の
ダメージは致命傷になるのよ。わかったら次からは気をつけるのね﹂
チアナは話を切り上げ、足早に病室を出て行こうとした。
﹁ちょっと待ってよ!﹂
呼び止める華艶にチアナは振り返った。
﹁なにか?﹂
﹁アタシのケータイは?﹂
﹁使用禁止よ。どうせ壊れて使えないでしょうけど﹂
白衣の腰ポケットから出したケータイをチアナは華艶に投げつけ
た。
華艶が片手でキャッチすると、チアナはそれを見ることなく病室
から消えていた。
﹁別に壊れてないじゃん﹂
外傷はゼロではないが、それは元から付いていた傷。見た目には
まったく問題ないように思えた。が、電源が入らない。
ケータイが壊れてもメモリーされ生きていれば、別にケータイに
差し替えれば済むこと。ただ、それを確かめる術もなかった。
﹁⋮⋮ついてない﹂
その言葉が華艶の口から零れた。
この場所で目覚める前の記憶はタクシーが正面から突っ込んでく
る映像。
279
重傷を負ったようだが、
不死鳥
の通り名は伊達ではない。も
う元気いっぱいだ。それだけにヒマで仕方がなかった。
すでに陽は落ち、面会時間もそろそろ終わるだろう。
明日の早朝には追い出される身だ。今抜け出しても華艶のほうに
は問題がない。
が入ってきた。少し疲れた表情が年増に見えてしまうが、実
夜の街にでも繰り出そうかと華艶が考えていると、病室に一人の
女
女
は華艶の向かいのベッドに歩み寄った。華艶がビビら
際はもっと若く30代くらいと思われる。
その
せてしまった少年のベッドだ。もしかしたら母親なのかもしれない。
母親
だということがわかった。
少年は人の気配を感じて掛け布団から顔を出した。
﹁ママ﹂
その一言でやはり
母親
は疲れ切った顔で安堵した。
﹁よかった今日も元気そうな顔をしていて⋮⋮﹂
母親
の反応を見れば、少年の
華艶は少し状況を見ていただけだが、なんとなく少年の病状を察
することができた。
チアナが口を噤んだ理由、今の
病気があまりよくないことは察することができた。
一般病棟にはいるのは病状が安定しているためか、他に別の理由
母親
は少年の頭を撫でた。
があるのか。
母親
の顔が柔和になった。
幼い子の髪は柔らかく、艶やかに光っている。
少し
﹁新しいお薬を試してもらえることになったから、きっと良くなる
わ﹂
﹁ホントにぼく元気になれるの?﹂
﹁ええ、大丈夫。とても効くお薬をお医者さんが用意してくれると
母親
の顔が曇ったのを華艶は見逃さなかった。
約束してくれたから﹂
なぜか
280
しかし、少年が無邪気に笑っている。
﹁早く学校行きたいなぁ。友達といっぱい遊ぶんだ!﹂
︱︱アタシは学校なんか行きたくないけど。と華艶は思いつつも、
少年の笑顔を見ていると、サボらず行かなくてはと思えてくる。
明日も学校だ。
どうせいつもサイフとケータイだけ持って学校に行っているので、
病院から学校に通っても問題ない。が、めんどくさい。
車に撥ねられて重傷を負った翌日に学校なんか行きたくない。た
とえ元気でピンピンしていても。
母親
はポケットから紙に包まれたキャンディーを取り出し、
つまり、どんな状況だろうと華艶は学校に行きたくないのだ。
両手を出す少年の手に優しく置いた。
﹁これからママはお仕事に行ってくるけど、体に気をつけるのよ﹂
﹁うん!﹂
母親
は小さく手を振った。
﹁じゃあね、また明日来るから⋮⋮﹂
微笑みを浮かべ、
病室を立ち去る母の背にいつまでも手を振る少年の姿。
﹁さてと、アタシも行こうかな﹂
と、華艶はベッドから跳ね起きた。
病室を出ようとする華艶に少年が声をかけた。
﹁またお医者さんのお姉さんに怒られるよぉ?﹂
﹁これからお姉様は大事な用があるの、子供は口挟まない!﹂
華艶が少し怖い顔をすると、少年はまたベッドに潜ってしまった。
構わず華艶は病室を出てすぐ、
﹁やっぱ子供って苦手だわ﹂
呟いた。
281
アメ玉︵4︶
頭にターバン︱︱もとい、包帯を巻いたまま華艶は病院をコッソ
リ抜け出そうとしていた。
知り合いにさえ会わなければ、特に問題なく脱出できるだろう。
ビクビクするほうが怪しいのだが、華艶は人目を避けながら曲が
り角に身を潜め、顔だけ出して廊下の向こうに目をやった。
病院のスタッフと患者が数名。日中に比べれば遥かに少ない。
華艶は角を曲がろうと足を踏み出した瞬間、何者かに首根っこを
掴まれた。
恐る恐る見ると、そこに立っていたのはチアナ。
﹁あんたねぇ、懲りないのかしら?﹂
すぐに言い訳が口を突いて出た。
﹁ちょっとトイレに⋮⋮﹂
﹁病室から真逆よ﹂
﹁道に迷ちゃって⋮⋮﹂
﹁嘘も大概にしなさいよ。特大の注射器で新薬の実験台にするわよ﹂
﹁そんなことしたら訴えるから﹂
﹁そのころにはすでに廃人よ﹂
怖いことをいう医者だ。こんな医者でも、この街ではまかり通る
のが恐ろしいことだ。
魔導医が世間に広まってまだ間もない。普及というところまでは
いっておらず、魔導医チアナの地位は少しくらいのことでは揺らが
ない。それほどに魔導医とは重宝される存在と化していた。
チアナは呆れた顔をして溜息を吐き、華艶の首根っこを放した。
﹁もういいわ、勝手にしなさい﹂
﹁えっ?﹂
﹁退院でもなんでもすればいいわ。院内で迷惑を掛けられるより、
282
さっさと出てってくれたほうがマシよ﹂
﹁主治医の許しももらったし、心おきなくさようなら∼﹂
華艶は頭の包帯を取り、軽くチアナに投げつけた。
そして、何か思い出したように目を少し大きくした。
﹁そうだ、アタシと同じ部屋にいた男の子。あの子の病気何なの?﹂
﹁本人の前では言えなかったけど、ガンよ﹂
﹁若いのにね﹂
﹁若いから厄介なのよ。ガンは不治の病ではないわ、魔導が広まっ
た今の時代なら尚のこと。ただガンという病気は若いほど進行が早
いのよ。あの子が病院に来たときはすでに末期だったわ、スタッフ
も同じ病室の人も、みんな知っているわ。知らないのはあの子だけ﹂
ガン細胞は分裂して増えていく。それ故に若いほどに細胞は活発
に分裂を繰り返す。
﹁新しい薬を試すんでしょ?﹂
﹁さあ、私はそこまで詳しいことは知らないわ﹂
﹁良くなればいいけどね﹂
﹁そうね﹂
華艶はチアナをその場に残し歩きはじめた。
病院を出てしまえば、もうあの少年に会うことはないだろう。
その少年に華艶は密かに祈りを捧げたのだった。
283
アメ玉︵5︶
病院を脱出した華艶は夜の繁華街に繰り出した。明日も学校があ
るというのに。
帝都一の繁華街、特に夜の繁華街と言えばホウジュ区だろう。そ
の横に隣接しているカミハラ区も負けてはいない。
華艶が運び込まれた病院はカミハラ区にある帝都病院。カミハラ
の中心街にほど近く、華艶の通う学園も近い。
夜の街を歩く華艶。その姿は撥ねられた時を同じ制服のままだ。
病室で目を覚ました直後は病院の服を着ていたが、そんな服なん
か着ていると不便だったのですぐに制服に着替えた。まだクリーニ
ングも済んでおらず、カピカピに乾いた血がついたままだ。髪の毛
にも血がついている。
﹁う∼ん﹂
と華艶は唸った。
まずはどこに行こうか?
壊れたケータイも買い換えなくてはいけないし、お腹も空いてい
る。
﹁ワルドでも行こうかな﹂
極悪な殺人ピエロがマスコットのファーストフード店だ。
華艶が辺りを見回しながら歩いていると、前から走ってきた女と
ぶつかった。
﹁ごめんなさい﹂
小さく謝って女はすぐに立ち去った。
残された華艶は不思議な顔をした。
﹁今のって⋮⋮?﹂
綺麗な女性だった。派手な服を着て、しっかりとメイクをした顔。
夜の街が似合う蝶だ。
284
今の
女
と病室で見た
母親
母親
が同一人物だと気づいて、華艶
が、姿格好を変えただけで10は若く見
は驚きのあまり唖然としてしまった。
あの疲れ切った
えた。
﹁すげぇ⋮⋮﹂
と華艶が感心していると、鬼の形相をした二人組の男が走って来
た。
すぐピンと来た華艶は何気ない顔で足を出した。
男の一人が足を引っかけて大きく転んだ。
横にいたもう一人が華艶を睨みつけた。
﹁てめぇ何しやがるんだ!﹂
起き上がった男も華艶を血走った眼で睨んだ。
﹁クソガキがっ!﹂
このキレようとガラの悪さを見れば、そこらの兄ちゃんたちじゃ
ないのはわかる。
だが、華艶は呑気な顔をいている。
﹁そっちがアタシの足に引っかかって来たんでしょ。謝るのはそっ
ちだし﹂
﹁んだとぉ!﹂
女子供でも容赦しない。男が華艶に殴りかかってきた。
風を切って華艶の脚が回された。パンツが丸見えでも構いはしな
い。
顔面に蹴りを喰らった男は一発KO。
残った男は手に汗を握りながら、面子を潰されて頭に血が昇って
いる。恐怖よりも怒りが先行している様子だった。
夜のネオンライトに反射する鋭いナイフ。
華艶は前髪を掻き上げた。
﹁素人相手に刃物使うの?﹂
﹁うっせぇ!﹂
殴るように突き刺してくるナイフ。
285
それを受けたのはナイフだった。華艶の隠し持っていたバタフラ
イナイフだ。このバタフライナイフは媒体に過ぎない。
華艶はこのバラフライナイフをこう使う。
﹁宿れ炎よ、焔灯剣![エントウケン]﹂
バタフライナイフに炎の力をエンチャントした。
男の眼前で燃えさかる炎の長剣。
明らかに男は動揺して膝を笑わせた。
華艶は艶やかに唇を動かし、
﹁ヤル?﹂
と尋ねた。
男は何も言わず逃げ出した。途中で転んだが、決して振り返るこ
となく姿を消した。
気づくと華艶の周りには人だかりができてきた。
﹁マズ⋮⋮さっさと逃げなきゃ﹂
夜はパトロールが多い。
華艶はエンチャントを解除して、まだ燃えるように熱いバタフラ
イナイフを隠して逃げ出した。
286
女
は裏路地に身を隠し、乱れた呼吸を整えた。
アメ玉︵6︶
その
男たちが追ってくる様子はない。無事に逃げ切れたことに安堵し
た。
しかし、これからすぐに店に戻らなくてはいけない。男たちがそ
女
は水商売の店で働いていた。ホステスであるため、肉体を
こで待ち伏せしている可能性は高い。
女
は怒りをぶ
売っているわけではない。それでも執拗に迫ってくる客はいた。今
回はその男の素性がまずかった。
上手く断るつもりだったが、あまりの強引さに
つけてしまった。
それが過ちのはじまりだった。
取り返しのつかない過ち。
上手く隠したつもりだったが、追っ手の指先はすぐそこまで迫っ
女
にはわかってしまうのだ。
は自分を追ってきた男に会ったことはなかったが、それが
てきた。
の手は恐怖で震えた。
女
あの男の子分だとすぐにわかった。
女
たとえ会ったことがなくても、
眼を瞬きをせずに大きく開かれている。
もしも眼を閉じてしまったら、瞼の裏に︿視﹀えてしまう。
それでも長くは眼を開けていられず、いつに瞬きをしてしまった。
には︿視﹀えてしまった。
の姿︱︱それは己の姿。
女
女
その一瞬、刹那の刻であったが、
顔に血飛沫を浴びて恐怖に歪む
﹁⋮⋮︿視﹀たくないのに、どうして⋮⋮どうしても思い浮かべて
女
は眼を剥き大量の汗をかいていた。
しまう﹂
287
冷たく躰を冷やす汗。
女
には金が必要だった。
やはり店には戻れない。
しかし、
金は必要だが、もしも自分が捕まってしまったら︱︱そう考える
と危険を冒すわけにいかなかった。
追っ手の手はどこまで伸びるだろうか。
仕事先はもう駄目だ。
自宅のアパートの場所も突き止められてしまうだろうか。
もしかしたら⋮⋮病院にまで。
女
の顔はいつしか
母親
の顔に戻っていた。
躰を売ってまで高価な薬を使ってもらえることになったのに⋮⋮。
心身ともに、華やかなメイクをしていた顔も疲れきった顔に変わ
っている。
﹁見つけたぞ﹂
女
女
女
を探して
を追っていた男、華艶の元から逃げ出した男だっ
は恐怖におののきながら顔を上げた。
低く唸るような男の声。
その男は
た。華艶にビビらせれても、自分の仕事を忘れずに
いたのだ。
男はゆっくりと獲物を狙う肉食獣のように、女は走り出すことも
できずに壁に背を付けた。
暗闇で光るナイフ。
舌なめずりをする男が笑った。
﹁お前が俺の兄貴をやったんだろ。感謝してるんだぜ。胸くそ悪い
奴だったしよ、奴がいたら俺はいつまで経っても出世できねぇから
な﹂
を追っているわけでもなかった。
男と兄貴の間に血縁関係があったわけではない。恨みがあって
女
﹁けどよ、お前を見逃すわけにはいかねぇんだ。頭のところに突き
出せば俺の手柄になるんでな﹂
288
逃げなくては、逃げなくては︱︱ここで捕まるわけにはいかない。
全ては何よりも大切な息子のため。
女
は男を見据えたまま動けなかった。
だが、躰が言うことを聞いてくれない。
の胸が揉まれた。
女
の胸を揉
ナイフを持った男の手が伸びる。それは首元に突き付けられた。
女
動けばすぐに肌を切る。
抵抗できない
男はナイフを突き付けたまま、器用に残りの手で
みしだいた。
女
の顔は如実に映して
そして、開いていた胸の谷間に乱暴な手が突っ込まれた。
荒々しく胸を揉まれ、痛みと不快感を
いた。
やがて男の手はショーツをまさぐり、恥丘を指先でなぞった。
﹁パンツ脱げよ﹂
女
は従うほかなかった。
男は乱暴に命じた。
静かにゆっくりとショーツを脱ぎ捨てた。首筋ではナイフが光っ
たまま。
男の手が恥丘に触れたと思った瞬間だった。
女
は悲鳴を上げた。
﹁ぎゃっ!?﹂
男の手からはらりと落ちる縮れた毛。
毛がむしり取られた毛穴が血が滲んだ。
﹁毛なんてどうせまた生えてくるだろうがよ。おい、俺のも脱がし
てくれよ﹂
女
は汚い地面に膝を付け、ズボンのチャック
すでにズボンの下から突き上げている。
命令されるまま
をゆっくりと下ろしはじめた。
開いたチャックの中に手を入れ、窮屈に張っていた男のモノを掴
みだした。
289
を見下している。
は口ですることにした。
女
想像してモノとは違い、子供のモノのように小さく皮を被ってい
た。
女
男は口でしろと言わんばかりに
無言の命令に従い
女
は口に含んだ。
皮を剥くと異臭がした。
汚いカスごと
の髪を鷲
の舌はぎこちなく動き、その拙い感じが男をさら
女
﹁いい感じだ、今まで何本咥えてきたんだこの汚口は!﹂
サディスティックな快楽に酔いしれている男は、
女
づかみにして持ち上げた。
恐怖する
に興奮させた。
﹁ちゃんと手も使ってしろよな﹂
女
は握った手を上下に動かしながら、舌の先で鈴口や裏筋、
手で男のモノを包むと、隠れて見えなくなってしまう。
エラを刺激する。
﹁おい、ちゃんと奥まで咥えろよ!﹂
手で握っていては不可能だ。けれど、そんな正論など男の知ると
ころではない。
とにかく男を満足させなくてはいけない。
一心不乱で男のモノを咥え、艶やかに滑る口から唾液が溢れる。
男の腰が急に動いた。
喉の奥を突かれ吐き気を催す。
﹁ううっ⋮⋮あがっ⋮⋮﹂
女
の口から唾液がだらだら流れる。眼は涙を流しながら、半
決して大きなモノではないが、それでも喉の奥を突くには十分。
ば白目を剥いている。
さらに男の腰が激しく動いた。
﹁一発目行くぞ。ちゃんと全部呑めよ!﹂
舌の上で男のモノは震え、鈴口から大量に噴き出した。
﹁ううぇっ!﹂
290
女
は吐きそうになったのをこらえ、男のモノから口を離すと、
一気に呑み干した。
喉にまだ残っている感じがある。
鼻の奥からイカ臭さが昇ってくる。
の首に突き付けていたナイフ
は地面に落ちていた自分のハンドバッグに手を伸ばした。
女
舌の上にもまだべっとりとしたモノが残っていた。
男は快感のためか、いつしか
を地面に向けていた。
女
今しかチャンスはなかった。
﹁何してんだ!﹂
男に気づかれ怒声が響いた。
しかし、女のほうが早かった。
闇に包まれた裏路地に響き渡る銃声。
さらに銃声。
女
は引き金を引き続けた。
連続した銃声は計10発以上。
弾切れしたあとも
男は何発も銃弾を喰らいながらも、地面に仰向けになってまだ生
きていた。
しかし、長くはないだろう。
の顔を映った。
の手が酷く震えている。何かを躊
は男の腹の上に跨った。
女
女
男はなにかを訴えるように口を動かし、眼を剥きながら汚れた夜
女
空の一点を見つめている。その瞳の中に
﹁⋮⋮ごめんなさい﹂
男の眼前に突き出された
躇うように、その場で震えたまま動かない。
女
が次に取った行動は驚くべきもので
﹁逃げるために⋮⋮必要なの⋮⋮﹂
怯えた声とは裏腹に、
あった。
ルージュのマニキュアをした爪が男の目に差し込まれたのだ。
男は声も出せずにただ震えた。
291
そして、
女
は男の片眼を抉り出し︱︱呑んだ。
嗚呼、︿視﹀える。
女
が望めば男の人生の全てを覗き見ることができる。
男の今まで見てきたモノ全てが見える。
瞼の裏に投影される映像。
男が今まで犯して来た罪の数々も、今まで泣かして来た女の姿さ
女
はある男を誤って殺してしまったとき、同じ方法でその男
え、さらに男の仲間の顔さえも。
の人生を垣間見た。そこには今目の前で死にかけている男の姿もあ
った。
これで自分を追っている者の姿を知ることができる。
に手を伸ばす。だが、途中で力
もまた精根尽きた身のこなしで立ち上がり、地面に落ちて
女
そして、時には重要な秘密さえ握ることができるのだ。
男は最後の力を振り絞って
女
尽きた。
いるバッグとショーツを拾い、ふらつく足取りで闇の奥へと姿を消
した。
残されたのは片眼のない男の屍体。
やがて妖物化した野犬が血の臭いを嗅ぎつけて寄ってくるだろう。
女
に捜査の手が伸びるだろう。
女
は闇の中
野ざらしにされた屍体は妖物に喰い千切られ、警察の捜査を困難
なものとする。
しかし、いつかは
それまで、それまでに、そうなってしまっても、
を逃げ続けなくてはならなかった。
そう、愛しい我が子が元気に回復するまでは︱︱。
292
アメ玉︵7︶
﹁マジありえない﹂
﹁私のセリフを取らないでくれるかしら? それを言いたいのは私
のほうよ﹂
病院のベッドで寝ている華艶と、その傍らに立っているチアナ。
しかも、華艶は両脚にギブスをはめられ、さらに両脚は天井に釣
り上げられていた。
どっと大きな溜息を華艶は吐いた。
﹁ホント、マジありえないし。1日に2度も車に撥ねられるなんて﹂
﹁しかも今度はトラックだったのでしょう?﹂
﹁今度はちゃんと頭守ったんだから﹂
﹁その代わりに両足を複雑骨折⋮⋮というより粉砕ね﹂
﹁正確に言うとね、1日に3回撥ねられたの。さっきのはワゴンに
撥ねられて地面に倒れたところをトラックに両足轢かれたの﹂
華艶は目の前のベッドにいる少年が笑っていることに気づいた。
﹁なに笑ってんのよ、笑い事じゃないんだから!﹂
怒鳴られた少年はベッドに潜ってしまった。そう、あの少年だ。
決してもう会うことがないと思っていた少年。
また同じベッドに華艶は運ばれたのだ。
チアナが怖い顔をして華艶を睨んでいる。
﹁子供に当たるのやめなさい。あんたの不注意でしょう﹂
﹁本日一発目は赤信号に突っ込んだアタシが悪いけどさー、今度の
は絶対にあっちが悪いんだから。しかもワゴンのほうは轢き逃げ。
警察が捕まえなくても、アタシの地の果てまで追ってやる!﹂
追うとしてもこの脚が治ってからだ。
不死鳥の華艶といえど、今回の怪我は重傷だった。
チアナが示唆したとおり、骨折というより粉砕。脛から膝まで見
293
事に砕け、肉が潰れ骨が飛び出しているような状況だった。普通だ
ったら手術で切断を余儀なくされる。
腹を刺されても1日寝れば治ると豪語する華艶でも、数日の入院
を余儀なくされるだろう。
明日の学校は絶望的。土日も病院で過ごすことになりそうだった。
たとえ病院をすぐに退院しても、車椅子生活は免れない。
こんな状況を誰か心配してくれるだろうか?
﹁友達に連絡したいけど、ケータイ壊れて番号わかんないし⋮⋮﹂
﹁あんた友達いるの?﹂
﹁人のプライベートにケチつけないでくれる? アタシにだって友
達くらいいるに決まってるでしょ!﹂
とはチアナに言ったものの、学校の友達は数少なく、かつての同
級生も卒業後は疎遠になりがち。学校外の友達は、よく行くゲーセ
ンのバイトでもなく、よく顔を合わせる飲んだくれのおっちゃんた
ちでもない⋮⋮友達と言える友達は皆無に等しい。副業の仕事柄知
り合いは多いが、友達となるとなにも言いたくなくなる。
﹁チアナ先生ケータイを貸してくださいませんか?﹂
棒読みで華艶は頼んだ。
﹁嫌よ﹂
即答された。
﹁いいじゃん別に。ちょっとケータイ借りてメモリーを差し替えて
使うだけだからさー﹂
全てのデータを差し替え可能なメモリーに保存するケータイが主
流だ。メモリーさえあれば機種や企業の違いに関係なく、アドレス
帳からメールまですべての機能を引き継ぐことができる。
が、チアナは思わぬ発言をした。
﹁残念なことにケータイを持ってないの﹂
﹁マジで!?﹂
﹁あんたに貸すケータイはね﹂
﹁⋮⋮藪医者っ﹂
294
見事に騙されるところだった。
華艶は目の前の藪医者からケータイを借りることを断念した。
﹁ほかの人に借りるし﹂
﹁一部の施設を覗いて院内でのケータイの使用は禁止よ﹂
有線の電話機がロビーにあるが、華艶はそこまで歩くことは不可
能。それにケータイが使えなくてはアドレス帳が見られない。
﹁じゃあさ、今すぐノートパソコン買ってきてよ。この部屋にネッ
ト回線あるでしょ。ノーパソにメモリー差し込んで使うからいいし
!﹂
﹁私はあんたの召使いじゃないわ。そういうことは誰か知り合いに
頼みなさい﹂
﹁知り合いに連絡取れないから言ってんじゃないのよ、バカ!﹂
﹁ええ、知ってるわよ﹂
﹁ぶっ殺す!﹂
﹁少し静かにしなさい。ここは相部屋なのよ﹂
他の患者たちは今まで華艶のことを見ていたが、華艶が周りに眼
を配ったとたん、すぐに視線を逸らして寝たふりをはじめた。
﹁もぉ!﹂
華艶は今にも大暴れしてやりたかったが、脚が動かないのではど
うしようもない。
ケータイもダメ、パソコンもダメ、だったら他にどうすればいい?
﹁じゃあ個室に移して、今すぐ﹂
﹁今すぐは無理ね。それに空き部屋があったかしら、なかったよう
な気がするわね⋮⋮たぶん﹂
その言い方は絶対に空き部屋がある。どこまでもチアナは華艶に
冷たい。
脚が動かなくても手は動く。この場を火の海にしてやるこは可能
だが、さすがにそこまではと考え華艶は頭を冷やした。
﹁もう寝る!﹂
華艶は掛け布団を被ってふて寝した。
295
本当に今日はついてない1日だ。
296
アメ玉︵8︶
翌日、華艶の手元には新しいノートパソコンがあった。ナースに
無理を言って買ってきてもらったのだ。
さっそくネットに繋ぎ友人にメールを送った。
とりあえずまずは絶対にお見舞いに来てくれるであろうたった一
人の大親友。
それから事後報告的にちょっとした友達。
続いてよく行く喫茶店のマスターにも一応メールしといた。
ネットさえあればいくらでも時間を潰せるが、それしかできない
と考えるとつまらない。
昨日から引きずる怒りが華艶の躰から滲み出ている。そのオーラ
のせいで同室の患者たちも話しかけてくれない。
母親
母親
はすぐに理解した。
の顔を確認した少年は喜ぶよりも、不思議な表情をして
午前が終わる頃、病室にお見舞いが来た。華艶にではなく少年に。
首を傾げた。
﹁どうしたの?﹂
言葉の足らない質問だったが、
﹁いつものお仕事はお休みなのよ﹂
母親
は哀しそうな顔をした。
﹁じゃあ今日はずっとここにいられるの?﹂
笑顔の少年に
﹁いいえ、別の仕事で忙しくなってしまって⋮⋮もしかしたら、し
の顔。
は少年に1粒のアメ玉を渡し、逃げるように病室を駆け
母親
ばらくここに来られないかもしれないわ﹂
﹁そんなのヤダよ!﹂
さらに深い哀しみを刻む
母親
﹁⋮⋮ごめんなさい﹂
出してしまった。
297
少年はベッドから跳ね起きて
母親
の追おうとしたが、急な咳
に襲われてその場にうずくまってしまった。
尋常でない咳き込み方に病室の誰かがナースコールを押した。
ほどくなしてナースが駆けつけ、少年は安静を取り戻しベッドで
横になった。その手にはずっとアメ玉が握られていた。
しばらくの間、病室には重い空気が漂っていたが、いつしかそれ
を払拭するかのような明るさが戻ってきた。
会話に華を咲かせる患者たちの輪︱︱にやっぱり華艶はいれても
らえない。夜の街でおっちゃんたちに人気の華艶だが、ここでは周
りに植え付けてしまった印象が悪かった。
昼が過ぎた頃、ついに華艶にも見舞い客が来た。
﹁はい、うちのコーヒーを差し入れ﹂
行き付けの喫茶店モモンガのマスター京吾だった。
﹁店はどうしたの?﹂
当然の質問を華艶はした。
﹁昼はあまり忙しくないからね、トミーさんに店番任して来ちゃっ
たよ﹂
﹁TSの客来たらどうすんの?﹂
﹁だからあまり長居はできないけど。元気そうだし安心したからす
ぐに帰るよ﹂
﹁まあまあまあまあ、ゆっくりしてきなよ﹂
必死だった。
でも、やっぱり京吾は帰ろうとする。
﹁でも情報屋の仕事もあるから﹂
﹁ない!﹂
﹁なにその断言﹂
﹁もしかして⋮⋮帰って欲しくない?﹂
﹁っ!?﹂
言葉に詰まるところがわかりやすい。バレバレだった。
このまま黙っていると認めてしまうことになる。
298
﹁そ、そんなことないんだから!﹂
言葉を発したら余計に認めてしまうことになった。
それでもやはり京吾には京吾の仕事がある。
﹁また時間ができたら来るから、またね﹂
﹁ちょっと⋮⋮って﹂
華艶は愕然と肩を落とした。
また退屈な時間が戻ってきてしまった。
ふと、華艶は自分を見ている視線を感じた。
あの少年だ。
︱︱なに見てんのよ。と言いかけて、華艶は別の言葉を発した。
﹁退屈じゃないの?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
少年は少し驚いた顔をしたあと、無言のまま首を横に振った。
ふ∼んと鼻を鳴らした華艶は会話を続ける。
﹁あなたずっとベッドの上にいるでしょ?﹂
﹁お姉ちゃんだって﹂
﹁アタシは怪我してるんだからしょーがないじゃん﹂
﹁ぼくも体がよくないから﹂
少年に暗い顔をさせてしまって、華艶は少し﹃しまった﹄と感じ
た。
﹁どうしたら退屈しないか教えてよ﹂
尋ねると少年はゆっくりと手のひらを開けた。そこに乗るアメ玉
の包み。
﹁魔法のキャンディーなんだ﹂
﹁魔法?﹂
﹁うん、当たりのキャンディーを食べると、ぼくの知らない世界が
見えるんだよ﹂
﹁へぇ∼おもしろそう。1個ちょうだい﹂
﹁ごめんなさい。ママが人にあげちゃダメって言うから⋮⋮﹂
﹁別にいいじゃん﹂
299
母親
そっくりだ。あまり見ていると胸が痛む。
﹁⋮⋮ごめんなさい﹂
謝る表情が
普段の華艶ならば﹃めんどくさい﹄と思う会話だった。相手に気
を遣うのは得意ではない、人を傷つけることもそれほど呵責を感じ
ない。けれど、この少年に対しては違った。
﹁知らない世界ってどんな世界が見れるの? 楽しそ、ちょっと聞
かせてよ﹂
﹁うん、ヒーローになって怪人と戦ったのが1番おもしろかったよ﹂
﹁鬼面ライダーみたいなの?﹂
﹁ううん、ディオラマンって言ってね、ロボットがいっぱい出てく
るんだよ。入院する前まではテレビで見てたんだけど、入院してか
らは見られなかったから嬉しかったんだ﹂
そのヒーローの名前をどこかで聞いたような。
華艶は記憶を振り絞って考えた。
たしかニュースで聞いたような気がする。主演俳優が心臓麻痺で
死亡し、脚本を書き換えて代打の主人公を登場させたとか。
眼
が盗まれるという事件が発生したのだ。当初は猛
印象の残っているのは、その後日談だ。
遺体から
烈なファンの犯行かと言われたが、他の事件を洗い直してみると同
じような事件が起きていた。被害にあった遺体には生前の共通点も
なかった。
眼のコレクターという奇異なことも考えられたが、眼の色、眼の
美しさ、眼から同じ価値観を推測しようとしても共通点がない。謎
の多い事件だ。
その後も華艶は少年の話を聞き続けた。少年は眼を輝かせ話して
いた。そして、自然と華艶も微笑んでいた。
長い間、話を聞き続けていたような気がする。気づけば4時近く
になっていた。
病室に現れる制服姿の少女。
﹁おうおう、元気にやってますかー華艶ぴょん?﹂
300
テンション高く現れたのはクラスメートの碧流[アイル]だ。
今の今まで少年の話を聞いていた華艶だったが、すぐにスイッチ
は少年から碧流へ。この辺りがやはり華艶の性格だ。
華艶に放置されることになった少年だったが、その表情は柔和で
あったのが救いだろう。
碧流は観察するように華艶のギブスを見つめている。
﹁仮病じゃなかったんだ。サボリ以外で休むなんて第2次︿聖戦﹀
でも起きちゃう?﹂
︿聖戦﹀と言う言葉を聞いて病室にいた中年から高年までの大人
が強張った顔をした。
華艶や碧流は︿聖戦﹀後に生まれた。︿聖戦﹀を体感し、魔導と
いうモノの存在を認め、壮大な発展を遂げた世界を見てきた者たち
と、生まれときから魔導とその副産物、街の狂気があった世代との
間には隔たりがある。
昨今の若者は︿聖戦﹀という言葉を安易に使う。あの︿聖戦﹀か
ら20年、戦後直後に生まれた者は今年で21歳となる。すでに歴
史は過去となりつつある。
言葉そのものは過去になっても、その恩恵と傷跡は世界に広がり
続けるだろう。
華艶のような特異体質を持つ者がこれからも増えていくだろう。
碧流は華艶のギブスを思いっきり叩いた。
﹁いっ!﹂
思わず顔を歪めて華艶は碧流を睨んだ。
﹁いったい、なにすんの!﹂
﹁まだ痛いの? そんな重傷なの?﹂
﹁メールでも書いたじゃん。脚がグチャグチャになったって﹂
﹁じゃあいつ退院するの?﹂
﹁週明けにはできるかな。たぶん2足歩行できるようになりそう﹂
今日は金曜日。このまま土日も病院で過ごすことになる。そう考
えると華艶は憂鬱でならなかった。
301
なによりも週末の夜に外に出られないなんて、なにを楽しみに生
きているかわからない。
このツケはどこで返してもらうべきか?
華艶はポンと両手を叩いた。
﹁そうだ、夏休みに旅行いこ﹂
﹁旅費はもちろん華艶持ちでしょ?﹂
﹁⋮⋮おみやげくらいは自分持ちね﹂
﹁え∼っ、華艶のほうが金持ってるんだから全部出してよ﹂
﹁お金の問題はしっかりしないといけないと思うの。おみやげは自
分持ち、これは譲れないから﹂
﹁しょーがないなぁ﹂
二人が話に華を咲かせる姿、その姿を見ている少年。少年は少し
寂しそうな顔をしていた。
ベッドの上で生活をする少年。
華艶はあと3日ほどで退院しても、その後も少年はこの場所で過
ごすことになるだろう。
アメ玉の魔法。
夜見る夢が現実か?
たとえどんな楽しい夢を見ようと、ベッドの上で目覚めるときが
くる。
少年の瞳に映る女子高生たちは、いつまでも楽しそうに笑ってい
た。
302
アメ玉︵9︶
︱︱じゃあね。
短い別れの言葉であった。
少年の瞳に残る後ろ姿。別れを惜しむでもなく、背中越しに耳の
横で軽く手を振って病室をあとにした。
やはり彼女は少年よりも先にあるべき世界に帰ってしまった。
その日の晩、少年は消えた。
帝都病院を退院した日の翌日、学校帰りの華艶はヘトヘトになり
ながら喫茶店モモンガのドアを開けた。
カランコロンとベルが鳴る。
カウンター席に座る華艶に京吾はコーヒーを差し出した。
﹁お疲れだね﹂
﹁久しぶりに学校行ったらさ、進路指導の先生にボロクソ言われち
ゃって、殴りかかったら⋮⋮止めに入った別の先生に負けちゃった﹂
﹁久しぶりって、そんなに学校休んでいたっけ?﹂
﹁う∼ん、2日? 土日も挟んだからもっと休んだ気がしてた。て
ゆか、ホント強いんだってあの先生⋮⋮女なのに﹂
華艶をやり込めるとはただ者ではない。そんなただ者ではない存
在がざらにいるのがこの街だった。
コーヒーを飲みながら華艶はテレビに目をやった。
母親
の姿であった。
︽謎の目玉泥棒と思われる容疑者が連行され︱︱︾
カップを口元につけたまま、
﹁あっ﹂
と、短く華艶は呟いた。
画面に映る容疑者の姿、それはあの
逮捕容疑は不法進入と遺体損壊。警察は他にも余罪がないか調べ
303
ているらしい。
ニュースを見入る華艶に京吾が尋ねる。
﹁知り合い?﹂
以外にいるのだろうか?
しかおらず、少年がこのニュースを知ってしまっ
母親
﹁知り合いってほどじゃないけど、アタシが入院してたとこにいた
ガキ覚えてる?﹂
﹁あの少年?﹂
﹁そのお母さん﹂
﹁気の毒に﹂
母親
少年の身よりは
もしも
たら?
多少は気に留めながらも、それ以上のことはしない。それがごく
当然の行動だろう。華艶もまた、なんでもかんでも首を突っ込む慈
善家ではなかった。
ニュースではこれまで眼を盗まれた被害者を実名と匿名を交えて
紹介していた。その中でももっとも新しく発見された人の被害者は、
殺害後に眼を盗まれており、殺害と盗難は同一に行われたと推測さ
れている。
新しく発見された被害者2人は同僚であり、同じ病院に勤めるナ
ースと医師だった。特に医師の遺体は無惨なまでに滅多刺しにされ、
顔の判別がつかないほどに潰されていたらしい。
﹁この看護婦アタシの担当だった人だし﹂
なんの感慨もなく華艶は呟いた。
このナースと医師が殺害されたのは華艶が退院した当日だった。
しかも、二人の遺体が発見されたのは病院内。
華艶はコーヒーをスプーンでかき混ぜ、渦の中心を見ながら難し
い顔をした。
何かひっかかる。
ケータイの着信音が鳴った。新しい華艶のケータイだ。ディスプ
レイを確認するとチアナの名前が表示されていた。
304
﹁もしもーし、そっちから電話してくるなんて珍しい﹂
︽依頼があるのよ︾
﹁どんな?﹂
︽何者かに付けられている気がするの︾
﹁ファンじゃないの?﹂
︽もしかしたら命も狙われているかもしれないわ︾
﹁ふ∼ん、じゃあ患者の誰かだ﹂
︽患者に感謝されても、恨まれる覚えなんてないわ︾
﹁ホンキでそーゆーこと言えるとこが藪﹂
藪かどうかは別として、数多く診てきた患者の中に犯人がいる可
能性は高い。
たまたまチアナから電話がかかってきた。そこで華艶はこの話題
を振ってみることにした。
﹁ところでさ、看護婦と医者が殺されたんだって?﹂
︽あの男はあまり相伴の良い医師ではなかったわ。ナースのほうは
その医師と不倫関係にあったのだけれど⋮⋮そうだ、あの医師が担
当していた少年、ほらあんたと同じ部屋にいた少年よ︾
﹁あのガキがどうしたの?﹂
︽医師とナースが殺害された日に、少年が行方不明になってしまっ
たのよ︾
それは華艶にとって初耳だった。
当然の仮説が頭に浮かぶ。
﹁あの子のお母さんが医者と看護婦を殺したらしいから、そのとき
に一緒に息子も連れ去ったって考えるのが当然かな⋮⋮でもなんで
?﹂
殺害がメインの目的か、それとも息子を連れ去ることが目的だっ
たのか、もしくはその両方だったのか?
息子を連れて逃げることが本来の目的だったならば、新たな疑問
が出てくる。
どうして重病の息子を病院から連れ出す危険を冒したのか?
305
容疑者として追われることを見越して、息子から足がつかないよ
うにしたのか。それとも息子と離ればなれにならぬように、親心で
一緒に逃亡することを決意したのか。もしくは息子の病気を治す大
きな手だてを見つけたのか。
いろいろ華艶は考えてみたが、現状ではしっくりくるものがなか
った。
ここで華艶はハッとした。
﹁あれ、お母さんは警察にパクられたんだよね。ガキは一緒じゃな
かったの?﹂
一緒にいたならば保護されているハズだ。
︽少年の行方は未だ不明よ︾
また多くの仮説が立つ。
その中で華艶が絶対にないと思ったものは、少年が殺されている
可能性。足が付かないようにするため、母親が自分の子を手に掛け
た可能性だ。ただし、病状が悪化して少年がすでに死亡している可
能性は大いにあるだろう。そうなってくると、どうしてリスクを冒
して連れ去ったのかと疑問が巡り回ってくる。
母親
が息子に手をかけるハズがないと華艶は考えている。
同じ疑問が何度も巡ってくる。
あの
他の見方をすれば、息子が死ぬようなリスクは冒さない。どうして
重病の息子を連れ去った?
医師と看護婦を殺害したことにより、それが要因でやむを得ず連
れ去ることになった︱︱息子の病状を無視してか?
﹁今さ、いろいろ考えてみたんだけど。根本的に違ったりしてー﹂
︽考えたってなにを?︾
﹁別に⋮⋮ガキはどうなったんだろうって﹂
少年が見つからないことにはなにもわからない。
華艶がボソッと呟く。
﹁ま、アタシには関係ないことだけど﹂
︽私の依頼まで関係ないと言わないで頂戴ね︾
306
﹁わかってるって。病院に行けばいい?﹂
︽ええ、待ってるわ︾
﹁んじゃ⋮⋮というわけだから﹂
通話を切って華艶は京吾に顔を向けた。
﹁仕事?﹂
﹁うん、今から行ってきまーす﹂
﹁はい、いってらっしゃい﹂
﹁ごちそうさま!﹂
華艶はカウンターにコインを置いて店を飛び出していった。
そして、京吾が呟く。
﹁これゲーセンのコインだよ﹂
307
眼
の記憶を辿る。
アメ玉︵10︶
音は聞こえない。
看護婦がスカートをまくり上げ、ケツをこっちに向けていた。
ショーツが割れ目に食い込み筋はすでに愛蜜で濡れている。
看護婦は長い繊手で自らの筋をなぞった。唇のように柔らかく、
眼
は手淫に耽る女の花弁よりも、尻全体を舐め回すように見
指を呑み込むその部分に指を這わせる。
ていた。
看護婦は尻を揺らしながらショーツを脱ぎはじめた。下ろされた
ショーツは足首で止まる。
ゴツくて大きな手が看護婦のケツをぶっ叩いた。紅葉の形がつく
ほどだ。
看護婦は急に振り返る。その表情は怒っているようで、口元をと
がらせ何かを訴えている。
立ち上がろうとした看護婦の首根っこを押さえつけられた。その
まま、看護婦は床に頬を付かされ、口から唾液を垂らした。
喚いているようすの看護婦。
男の手が看護婦の細い首に伸びる。その手が握っているのは注射
器だ。
看護婦の首に注射器がぶち込まれた。抵抗するようにバタついて
いた足から力が抜ける。そして、全身の力も急激に失われた。
ぐったりとする看護婦。意識が朦朧としているのか、それとも失
われてしまったのか。
男の両手が看護婦の太ももを掴み、抵抗一つしないその脚を開い
た。
体毛は濃く、その中に隠されたヒダがぐっしょりと濡れている。
308
穴は指が一本入るくらいだらしなく口を開けていた。
眼
が近づいたのか、菊の蕾が迫ってくる。
さらに体毛は尻の割れ目まで伸び、菊の蕾の周辺まで覆っていた。
長い尖った舌がケツ毛ごと菊の蕾を舐め、さらには蕾を無理矢理
こじ開けようとしていた。
︿視﹀るだけではなく、音も聞こえたならば、嫌らしく下品な舌
の音が聞こえてきただろう。
ヌチャヌチャ︱︱と粘液が糸を引くような音。
そして、臭いも感じることができたなら、汗ばんだ臭いや愛蜜の
独特な臭い、さらに菊の薫りまで嗅ぐことができただろう。
激しく揺れ動く男の視界。無我夢中さが伝わってくる。
眼
を通す視界が大きくなった。それはまさに男が眼を剥
だから気づかなかったのだろう。
急に
いた瞬間だった。
尻から視線が遠ざかり、目の前に男の片手が映った。その手は燃
眼
は自らの胸を見た。白衣の胸に血が広がる。刺されたのだ、
えるように朱く染まっていた。血だ、誰かの血だ。
背後から。
その胸を貫いた凶器は白衣の下となって見ることができない。
眼
は天井に向けられた。
わかることは血の噴き出し方が尋常でないこと。それは心臓を貫
かれたことを意味していた。
霞む視界。
転倒する視界。
激しく視界が揺れたのち、
誰が刺した?
それを見ることもできず、視界は何者かの手によって覆われた。
眼
の記憶はここで途絶えた。
瞼を下げられ、暗闇が訪れる。
男の
309
アメ玉︵11︶
診察室の丸イスに座っている患者。その視線は目の前の女医より、
近くに立つ看護婦の長い脚に見惚れていた。
少しでも背を丸めれば中身が覗けてしまうミニスカート。その姿
は看護婦というよりイメクラのコスプレだ。
患者が診察室を出て行ったあとに、チアナは呆れたように溜息を
吐いた。
﹁あんたねぇ、スカートもっと長くしなさいよ﹂
﹁ミニスカはポリシーなの﹂
華艶だった。
看護婦に変装してチアナの護衛中だった。
特にチアナに迫る危機は感じられない。チアナを狙う何者かが、
診察に現れるとは限らない。病院の中、病院の外、とりあえず華艶
はすぐ側で護衛することにした。
次の患者が診察室に入ってきた。
思わず華艶はクスっと笑ってしまった。
入ってきた男の股間がテントを張っていたのだ。
﹁精力絶倫になるって魔法薬を飲んだら、いつまで経っても治まら
なくなってしまって⋮⋮﹂
男は少し恥ずかしそうに言った。
チアナは表情一つ崩さない。
﹁では脱いでください﹂
機械的で簡潔な言葉だ。
静かな視線を送るチアナに見られながら、男はチャックを開けて
中からギンギンにそそり立つ剛直を取り出そうとした。が、大きく
成りすぎた剛直は出られない。
チアナは華艶に視線を向けた。
310
﹁手伝ってあげて﹂
これは嫌がらせか酔狂に違いない。それは華艶か男のどっちに対
してか?
華艶は淡々とした動作で男の前に跪き、ベルトを外してトランク
スごとズボンを下ろした。
勢いづいた剛直がバネのように飛び跳ねた。すでに鈴口からはカ
ウパー線液がねっとりと垂れている。
チアナはデスクで頬杖を付き、口元を淫らに動かした。
﹁抜いてあげて、治るかもしれないから﹂
﹁はい﹂
優等生のように返事をして、華艶は男の剛直をシゴきはじめた。
男は恍惚とした表情で天井に顔を向けている。
華艶は剛直をハイスピードでシゴき、袋に入った玉を捏ねくり回
した。
数十秒もしないうちに男は果てた。
華艶は飛び出した白濁液を華麗な動体視力で躱した。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
無言で冷徹な顔をするチアナ。その頬には白濁液がベットリ。
チアナは長い脚を伸ばして、その脚で華艶を押しのけた。
﹁まだ治らないわね﹂
ハイヒールのヒールが剛直の先を突く。
﹁ううっ﹂
男は情けなく声をあげた。恍惚の声だ。
これでは病院ではなくイメクラだ。
﹁靴とストッキングを脱がせて﹂
チアナは男に命じた。
舐めるような手つきで男はチアナの靴とストッキングを脱がせた。
チアナの足の指が開き、剛直の首を親指と人差し指で挟んだ。そ
して、そのまま足でシゴき、さらに指で挟みながら剛直の根本まで
移動して︱︱折った。
311
﹁ギャァッ!?﹂
悲鳴を上げる男。
今の今までいきり勃っていた剛直が見事に折れていた。正しくは
肉離れだろう。
チアナは淡々と告げた。
﹁今すぐ外科に行くことをお勧めします。華艶ちゃん、早く外に放
り出してあげて﹂
﹁は∼い﹂
華艶は床で悶絶している男の服を引っ張り、診察室の外に放り出
した。
チアナは顔についた白濁液をティッシュで拭いている。
﹁はい、次の人﹂
床には脱げた男のズボンとトランクスが落ちていた。
華艶は白い眼でチアナを見つめている。
﹁いつもこーなの?﹂
﹁あの患者常連なのよ。今までも勃起したアレに劇物を塗ってやっ
たりしてたんだけど、懲りないみたいだから今日は折ってやったわ﹂
﹁楽しんでるの?﹂
﹁仕事よ。ああいう患者にはうんざりだわ﹂
﹁多いの?﹂
﹁全体の1割くらいかしら﹂
その1割の中に、どれだけチアナのストーカーがいることか。
何者かに付けられている︱︱今さら、華艶に仕事を頼むことだろ
うか?
312
アメ玉︵12︶
院内ではチアナを付け狙う者は見つからず、その正体に繋がる手
がかりもゼロだった。
駐車場に止まっている赤いポルシェに乗り込む二人。もちろん運
転席に座るのはチアナ、華艶は助手席に座った。
夜の街を走り出すポルシェ。
華艶は流れゆく街の明かりを眺めながら尋ねる。
﹁そーいえばさ、どこ住んでんの?﹂
﹁ホウジュ区よ﹂
﹁カミハラじゃないんだ﹂
チアナの勤務している帝都病院はカミハラ区にある。ホウジュ区
はカミハラ区の横、車であれば遠い距離ではない。
世界最大の繁華街と呼ばれるホウジュを見渡せる超高層マンショ
ン。チアナはその最上階に住んでいた。
マンションの駐車場でポルシェを降り、
﹁ここまででいいから﹂
と、チアナは愛想なく言った。
思わず華艶は目を丸くした。
﹁えっ? 部屋に入れてくれないの?﹂
﹁どうして?﹂
﹁どうしてって、護衛﹂
﹁ここのセキュリティは世界でも有数よ﹂
﹁⋮⋮車に乗る前に別れてもよかったんじゃ?﹂
﹁ごきげんよう﹂
有無を言わさずチアナは背を向けて歩き出してしまった。
﹁ちょっ⋮⋮とって、ありえないしー﹂
華艶は溜息を吐いた。
313
男を振り回す自信はあるが、どうもいつも女には振り回される。
なんでなんだろうと華艶は頭を抱えた。
ここでじっとしていても仕方がない、タクシーでも呼んで帰ろう。
駐車場を出ようと歩き出すと、小さな胸騒ぎがした。
⋮⋮気配?
華艶は訝しげながら振り返った。と、ほぼ同時に小さく驚いた。
﹁あっ⋮⋮﹂
その驚きは疑問によるものだった。
どうしてその人物がここにいるのか?
そこに立っていたのは小柄な少年。あの少年だった。
華艶の頭は少し混乱を覚えた。行方不明になったことは聞いてい
たが、どうしてここにいるのか?
﹁どうして病院から消えてここにいるの?﹂
﹁お姉ちゃんの家に連れてって﹂
﹁はっ?﹂
唐突な要求に華艶は戸惑った。
少年の瞳は真剣だ。幼い子供とは終えない表情をする。
華艶は小さく唸って前髪を掻き上げた。
﹁物事には順序があるでしょ。どうして病院を抜け出して、どうし
てアタシんちなわけ?﹂
﹁ぼく⋮⋮見たんだ﹂
﹁見た?﹂
﹁うん。人が殺されるとこ﹂
眉を寄せて華艶の顔つきが変わった。
﹁殺人を目撃したってこと?﹂
﹁だから怖くて逃げた﹂
﹁犯人と顔を合わせて狙われてるってこと?﹂
少年は答えずに目を伏せ、体を震わせていた。
華艶はケータイを取り出した。
﹁とりあえずケーサツと病院に連絡するから﹂
314
すると少年は華艶の腕を掴んで通話を阻止した。少年は恐怖を浮
かべながら何も言わず、ただ華艶の顔を見つめている。
﹁電話しちゃダメなの?﹂
尋ねると少年は小さく頷いた。
﹁でも体のこともあるから病院に連絡しなきゃいけないし、そーゆ
ー事件はケーサツに通報しなきゃ、ね?﹂
少年は大きく首を横に振った。
合理性を理解しないガキにイラッとしながらも、少年の置かれて
いる状況に伴う恐怖感と、重病の体のことを考えると、その怒りを
グッと呑み込むしかなかった。
数秒ほど華艶は黙り込んで、仕方なさそうに少年の小さな手を取
った。
﹁とりあえずウチ来な。でも一時的なとりあえずだからね﹂
﹁うん!﹂
﹁アタシ一人暮らしだから、気兼ねしなくていいから﹂
﹁お姉ちゃん一人暮らしなの?﹂
﹁自由気ままなね﹂
﹁楽しそうだね!﹂
﹁⋮⋮まあね﹂
他人に気兼ねしなくていいが、独りが寂しい夜もある。
男を部屋に泊めるのははじめてだったが、そこにいるのは少年。
それもまだ思春期にもなっていない幼い子。男と呼ぶにはまだ無垢
だった。
手を繋いで歩く二人の後ろ姿。年の離れた姉弟にも見えた。
このとき、華艶はある疑問を忘却してしまっていた︱︱。
315
アメ玉︵13︶
とりあえず少年を連れて自宅まで帰ってきた。
ここからが華艶にとって問題だった。
少年という生き物の扱いがわからない。手元にあったリモコンで
テレビをつけてみた。そして、そのリモコンを少年に渡してみる。
﹁好きな番組見ていいから﹂
﹁うん﹂
華艶はほっと溜息をついた。これで多少は間が持ちそうだ。
テレビに釘付けになっている少年を少し離れた場所から見つめな
がら、華艶は大いに悩み苦しんだ。
寝るまで少年がテレビを見ていてくれればそれでいい。だが、途
中で飽きてしまったらどうすればいい?
ゲーム機で一緒に遊ぼうか?
それとも別の遊びで⋮⋮と考えて華艶は気づいた。
目先の心配よりも、これから少年をどうするか、病院と警察にこ
っそり連絡するのが筋だろう。
何か決断して﹃うん﹄と華艶は頷いた。
﹁ねえ、お腹すいてない? アタシもうぺこぺこなんだけど﹂
﹁ぼくもお腹すいた﹂
﹁何が食べたい?﹂
﹁お姉ちゃん作ってくれるのぉ?﹂
﹁いや⋮⋮デリバリーだけど﹂
﹁お姉ちゃん料理できなんだ、あはは﹂
子供に笑われた。少しショックだった。
﹁できないんじゃなくて、めんどくさいの。ピザでいいしょピザで、
子供ピザ好きそうだし!﹂
投げやりな華艶の提案に少年は笑顔で頷いた。
316
華艶はケータイでピザを頼み終わると、そのケータイとサイフを
テーブルの上に置いて、廊下に向かって歩き出した。
﹁アタシ、シャワー浴びるから。ピザ来ちゃったら代わりにお願い﹂
宅配が来る前にサッとシャワーで体を流すつもりだったが、とり
あえず少年に任せて脱衣所に向かった。
熱いシャワーでも浴びながら、今後の少年のことを考えよう。
脱いだ服をそのまま洗濯機にぶち込み、タイルの冷たいバスルー
ムに入った。
コックを捻り、勢いよくシャワーが飛び出した。
床のタイルを濡らす水から徐々に湯気が立ち上り、華艶はシャワ
ーを頭から浴びた。
目をつぶり視界が閉ざされる。
耳に届く水の跳ねる音。
⋮⋮微かな気配。
次の瞬間、バスルームのドアが開かれた!
驚いた華艶はすぐさま目を指で拭って、侵入者を確認した。そし
て、ほっと胸をなで下ろす。
﹁どうしたの⋮⋮まさかその歳で覗き?﹂
そこに立っていた少年は首を横に振ってから答えた。
﹁一緒に入っていい?﹂
﹁別にいいけど⋮⋮﹂
少年は服を脱いでバスルームに入ってきた。
悲しいかな、華艶は少年の股間を見てしまった。まあ性[サガ]
なので仕方ない。
ふと華艶は過去の情景を思い出した。幼い頃、姉妹でお風呂に入
っていた記憶。あの頃が1番、穏やかな姉妹関係だったような気が
する。それが今や絶対的な主従関係。
そんな姉とも3年近く会っていない。進んで会いたくはないが、
姉の生活が気にならないわけではない。
華艶は少年の体を泡立てたスポンジで洗ってあげた。昔はされる
317
側だった。
男
だったら、裸くらい見られたって恥ずかしくも
だったら気兼ねなく摘んだり伸ばしたりできるアレに近づけな
悲しいかな、やっぱり股間に目がいってしまう。しかも、他の
男
い。
さらに他の
ないのに、なぜか今は恥ずかしい。
独りで勝手に悶々としだす華艶。
限界だった。
ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。
﹁早っ!﹂
慌てる華艶。
バスルームを飛び出して、バスタオルを体に巻いて玄関へ走る。
ドアスコープを覗いて外を確認した。
ピザの宅配が来たのかと思ったが、外に立っているのは私服の人
物。配達員には見えない。
キャスケットを目深に被って顔は見えない。おそらく体型から見
て女性。
疑問に思いながらも華艶はドアのロックを外し、ゆっくりとドア
を開けた。
次の瞬間、女が両手を伸ばして華艶に掴みかかってきた。
﹁返して!﹂
﹁なにをっ!?﹂
締められそうになった首から女の手を振り払い、華艶はバスタオ
ルを脱ぎ捨てて、それを女の顔面に投げつけた。
女の視界を一時的に奪い、その隙に華艶は部屋の奥に逃げた。
他の場所より身動きの取りやすいリビングで足を止める。
相手の正体は?
なぜ狙われた?
﹃返して﹄とはなんのことか?
華艶は構えた。
318
争いは避けられないのか、それとも逃げてしまうか⋮⋮華艶はハ
ッとした。
自分ひとりではなかった。
少年はどこだ?
まだバスルームにいるのだろうか?
女が近づいてくる。
﹁返して、ここにいるんでしょう!﹂
﹁誰がって⋮⋮もしかして⋮⋮あんた誰!﹂
母親
だった。なぜか片眼に眼帯をしている。
女はキャスケットを脱ぎ捨て、その素顔を露わにした。
それはあの
この状況を華艶はできる限り冷静に理論的思考で考えた。
﹁お願いだから落ち着いて。もしかしてアタシがあなたの子供を浚
ったと思ってるわけ?
違うからね、保護したんだから保護﹂
﹁早く返して!﹂
ヒステリックな金切り声が鼓膜を振るわせた。
母親
母親
の後
が冷静になるのを待つのがいいかもしれない。
現状での話し合いは不可能に思われた。まずは取り押さえて拘束
したのち、
華艶が床を蹴った。
無傷で相手を捕らえようとしたとき、華艶の視線は
母親
が振り向いた。
ろに向けられた。少年だ。体を濡らしたままの少年がこっちに走っ
てくる。
気づいた
小さく漏れたうめき声。
の胸。
母親
を華艶が抱きかかえる形に
華艶の位置からは何が行われたのかよくわからなかった。
母親
力なく後ろに倒れようとした
なった。
どす黒く染まる
母親
は、心臓をひと突きにされていたの
そこに立つ少年。手には包丁、その切っ先から床に墜ちる朱い雫。
華艶に抱かれている
319
だ。
﹁どうして⋮⋮﹂
華艶には理解できなかった。
なぜこんなことが起きた?
動機もなにも理解できないことが起きた。
なぜこんなことが起きなければならなかった?
少年が華艶を見ている。あどけなく、それが恐ろしく見えた。
﹁ママはぼくよりもお医者さんのことが1番好き。お医者さんはマ
マよりもナースのお姉ちゃんが1番好き。3人とも悪い子だから死
んじゃった﹂
﹁お母さんはあなたのことを誰よりも愛していたと思う。体を壊す
ほど働いて、あなたが元気になることを願っていたのに⋮⋮﹂
﹁だってママは⋮⋮﹂
少年はなにを︿視﹀たのか?
母親
と医者は愛し合っていたのか?
起きた過去。それを︿視﹀た少年の考えは正しかったのか?
果たして本当に
母親
と少年の関係すら、真実ではなかった
見えるモノだけが真実ではない。
そう、華艶は見た
というのだろうか。
は少年を愛していなかった?
母親
母親
を慕っていなかった?
少年は
華艶にはわからなかった。
なにもかも、すべてウソのように、心を惑わせる。
母親
の亡骸。これは起きてしまった真
どこからこの感情は湧いてくるのだろうか、華艶は悲しかった。
ただ、ただ悲しかった。
すでに動くことのない
実だ。
少年は包丁を握ったまま、いたいけな瞳で華艶を見つめてくる。
﹁お姉ちゃんはぼくのこと好きだよね?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
320
﹁ぼくはお姉ちゃんのこと大好きだよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
どう答えていいのかわからなかった。
嗚呼、すべてが悪い夢であったらいいのに⋮⋮。
そして、さらなる悪夢が華艶の身に降りかかった。
少年が朱い液が滴る包丁を握りながら、小さな歩幅で近づいてく
る。
﹁お姉ちゃんの瞳すごく綺麗だよね。たまに紅く見えるときがある
のも知ってるよ。ねえ、その瞳で今までどんなものを見てきたの?﹂
その言葉が意味するモノ、次に取る少年の行動、なにもかも華艶
は想像も理解もできなかった。
もはや華艶の心は霧の中で戸惑うばかり。
包丁の切っ先が華艶の胸に向けられた。
刺されてしまうのか、それを少年が本当にするのか、なぜ?
なぜ?
このまま動かなければ刺されてしまう。
華艶ならばそれを防ぐ手だてなどいくらでもあるはずだ。
なのに寸前まで動けなかった。
柔らかい肌に鋭い刃が呑み込まれた。
刺される寸前に紙一重で少年の手を掴んだために、包丁の切っ先
は心臓をそれて腹部に刺さった。
少年は包丁を抜こうとした。だが、華艶はそれをさせなかった。
抜けば出血が酷くなるからではない。むしろ刺したまま争えば内
臓がズタズタになる。
華艶はわからなかったのだ。
刺され、傷つき、害を受けているのは華艶。報復を考えてもいい
はずだ。このままでは華艶が傷つくばかり。
しかし、華艶は少年に危害を加えることもできず、逃げるという
思考も働かず、取るべき行動がわからなかった。だから、ただ少年
の手を押さえた。
321
包丁が抜けないとわかった少年は、それを手放して両手を華艶の
顔に伸ばした。
華艶は力なく床に崩れた。尻を付き、朱く染まった小さな指先が
近づいてくるのを見つめた。
少年の瞳に華艶の姿が映り込んでいた。怯えるでもなく、唖然と
するでもなく、無表情に近いその表情。
死ぬのかもしれない︱︱華艶が呆としながら考えたとき、少年の
身に異変が起きた。
自分の体を抱きながら少年は床に転がった。苦しそうに顔を歪め、
歯を食いしばり、目を強く瞑る。
華艶は辺りを見回した。
︱︱ケータイはどこ?
まずは病院に、警察には事が一段落したら連絡すればいい。
テーブルに置いたはずのケータイがない。もしかしたら他の場所
に置いたのかもしれない。それとも誰かが隠したのか。
動くほどに包丁が内臓を傷つける。
ケータイを探す前に包丁を抜いて、それから⋮⋮。
酷く躰が重い。重いのは躰ではなく、心かもしれない。
華艶は床に座ったまま、ソファにもたれ掛かった。
玄関のチャイムが響いた。
しばらくするとまた玄関のチャイムが響いた。
玄関はたしか開けっ放しの筈だ。
不審に思った何者かが静かな足取りで部屋の中に入ってきた。
華艶と目が合って相手はぎょっとした。ピザ屋の制服を着た若い
兄ちゃんだった。
華艶はできる限り笑顔を作った。
﹁救急車呼んでくれる? あと⋮⋮サイフどこにあるかわかんない
から、勝手に探してくれると⋮⋮﹂
華艶は眼を瞑り、まったく動かなくなった。
322
アメ玉︵完︶
視界が広がり、初めに見たのは天井。
﹁またこの場所か⋮⋮﹂
呟いた華艶。
見覚えのあるこの場所は病院の相部屋。
しかも何の因果か、またあの病室だ。
1度目に入院したとき、2度目に入院したとき、少年は向かいの
ベッドにいた。
3度目のこの場所で、向かいのベッドにいたのは見知らぬ老人。
華艶はナースコールのボタンを押した。
なかなか誰も来てくれない。
だいぶ待ったところでやって来たのは、ナースではなく女医だっ
た。顔見知りのチアナだ。
﹁お寝坊さんね、華艶ちゃん﹂
﹁そんなに寝てた?﹂
﹁もう昼過ぎよ﹂
﹁⋮⋮ふ∼ん﹂
まだ疲れは取れない。きっとこの疲れは躰ではなく、心から来て
いるもの。
今は思い出したくなかったが、チアナの口からその話題が出るの
は必然だった。
﹁あの子、死んだわよ﹂
﹁ふ∼ん⋮⋮﹂
他人事のように答えたのは、他人事とは思えなかったから。他人
事と思わなければやりきれなかったから。
チアナはさらに話を続けようとした。
﹁あの母親のことなんだけど、殺人事件の︱︱﹂
323
﹁今は聞きたくない﹂
いつになかったらその話を聞くことのできる心になるのか、それ
はわからなかったが、今は受け入れる準備ができていなかった。も
しかしたら、もう一生聞かずに生きるかもしれない。
すべての真相を聞いて、何が変わるのだろうか?
親子は死んだのだ。
華艶は掛け布団を被ってふて寝した。
遠ざかっていく足音。
多くの謎や疑問、今は忘れることにしよう。
心が重いのに、忘れられる筈がないじゃないか。
別のことを考えれば気が紛れるかもしれない。
﹁⋮⋮あっ、学校﹂
心が重い。なんだか頭痛もしてきた。気づけば動悸までしてくる
始末。
深刻だ。
﹁夏休み返上とかありえないし﹂
本当に寝てしまうことにした。
そして、目が覚めたとき、こっちが夢でありますように︱︱。
324
バーニング少女︵1︶
燃えさかる火炎。
火の手は瞬く間に部屋中を包み込み、サイレンの音が遠くから聞
こえる。
﹁ふぁ∼、よく寝た﹂
華艶は呑気にあくびなんかしながら、すでに原形を留めていない
ベッドの跡地で目を覚ました。
そして⋮⋮。
﹁ぎゃぁぁぁぁぁいったい何が起きたのーーーっ!?﹂
炎に包まれすっぽんぽんの華艶が飛び起きた。
生まれてからもっとも目覚めの良くて悪い朝になってしまった。
目は冴えまくっているが、起きたら業火の中だなんて、最悪の1日
のはじまりだ。
︿不死鳥﹀の華艶の通り名を持つ彼女の特技は炎を躰から放出さ
せること。それに伴い、炎に対する耐久や治癒能力の高さという驚
異の身体能力も備わっている。
そのため、このくらいの炎の中にいてもどうってことはないのだ
が、問題は︱︱。
﹁うわぁ∼っ火事!? どうしよ火事じゃん! 消さなきゃ火事!﹂
本人が平気でも周りがダメだった。
辺りは火の海。オレンジ色の光と濃い煙が視界すらも奪う。もう
華艶一人の力ではどうしようもなかった。
慌てるばかりの華艶。
﹁消化器⋮⋮って今さら遅いか。そうだ、賠償金払わなきゃ⋮⋮イ
ヤ⋮⋮そんなの⋮⋮いやぁン!﹂
突然、華艶は絶頂を迎えた。
股間から立ち昇った湯煙がすぐに消え、華艶の全身から紅蓮の炎
325
が放出された。
﹁ダメ⋮⋮イっちゃう⋮⋮ああっ!﹂
躰が激しく震え、再び華艶は絶頂を迎えた。
脚が震えが治まらない。
下腹部がヒクヒクと痙攣し、立っていられなくなった華艶は床に
崩れてしまった。
膝を抱えるようにしながら華艶は断続的に全身を痙攣させた。
脳が蕩け頭が真っ白になり、快感の波が次から次へと押し寄せる。
﹁ハァハァ⋮⋮ヒィィィィィッ!﹂
目が白黒して、だらしなく舌が出てしまう。
気持ち良さに溺れ、もはや自由の利かなくなった躰を悦楽に委ね
てしまう。
まるで坩堝[ルツボ]で炎が渦巻いているようだ。
華艶は躰を仰け反らせ、すでに芽の出た花芯を指で触れようとす
るが、腕が重くて持ち上がらない。
貪欲に求めてしまう。
もっと欲しい。そう思えば思うほど炎はさらに燃えさかる。まさ
にそれは命の炎。
﹁ひゃあ⋮⋮こんなの⋮⋮はじめてーっ!﹂
華艶は数えきれぬ絶頂に溺れた。
この朝のことを華艶は決して忘れないだろう。
︱︱こうして華艶は18歳の誕生日の朝を迎えたのだった。
真夏の日差し。
店のドアを開けると鳴り響く涼しい鐘の音。
冷房の効いた喫茶店のボックス席でカレーを喰う客を尻目に、華
艶はカウンター席に腰掛けた。
この店のマスター京吾は、ゲッソリとした華艶の顔を心配そうに
見つめた。
﹁どうしたの華艶ちゃん、ダイエットでもしてるの?﹂
326
﹁うう⋮⋮とりあえずビール﹂
﹁昼間はお酒出してないっているも言ってるでしょう﹂
喫茶店モモンガは日中は寂れた店だが、夜になればBARへと早
変わり。夜の住人や闇の住人たちの溜まり場になる。
京吾はアイスコーヒーを差し出した。
﹁まあコーヒーでも飲んで気持ちを落ち着かせて﹂
﹁⋮⋮うん﹂
と小さく頷いた華艶の頬は少し赤らんでいた。
そして、太ももの付け根から垂れる愛液。それも尋常ではない量
が、濡れると言うより漏れていた。
常連の華艶の顔をいつも見てきた京吾は、急に深刻そうな顔をし
た。
﹁顔が赤いけど⋮⋮まさか病気じゃないよね?﹂
華艶はその得意な体質から、病気などになることはまずない。
﹁ううん、ちょっと調子が悪いってゆか、朝からツイてないってゆ
か⋮⋮﹂
﹁何があったの?﹂
﹁事件を隠蔽してくれるような人紹介してくんない?﹂
﹁だから何があったのさ?﹂
正直に言うべきか、華艶は口をもごもごさせている。
﹁いや、その⋮⋮帰る場所がなくなっちゃって、良い物件知らない
?﹂
﹁華艶ちゃん何隠してるの?﹂
﹁⋮⋮朝起きたら部屋が全焼してた、みたいな。でもねでもね、マ
ンション全部が燃えたわけじゃないの。ちょっと焦げちゃったかな
ぁ∼、みたいな﹂
﹁ちょっとじゃなくて最初に全焼って言ったでしょ﹂
実を言うと、燃やしたのは自分の部屋だけじゃなかったりする。
﹁たしかに自分の部屋は全焼しちゃいましたゴメンナサイ。あと部
屋を飛び出すとき爆発しちゃって2次災害なんかになっちゃったり
327
して、ほかの部屋もだいぶ燃えちゃったんだよねー、あはは。でも
ね、死人は出てないからね! 煙吸って病院運ばれた人はいたみた
いだけど﹂
故意に事件を引き起こしたわけではないが、大事故である。刑法
に問われるかは別として、賠償金は多額になりそうだ。
華艶は副業︱︱と言ってもモグリだが、トラブルシューターとし
てそれなりに稼いでいる。浪費癖があるにはあるが、それなりに多
額の蓄えもある。それを使えば賠償金を払えないこともないだろう。
にも拘わらず。
﹁それでさ、現場から逃げて来ちゃったんだけど、どうにかして警
察にしょっ引かれない方法ないかなぁって﹂
﹁この街の火災原因調査員や科学捜査官は優秀だからね。出火場所
をすぐに突き止めて、華艶ちゃんに辿り着くだろうね﹂
﹁そこをどーにか!﹂
﹁ならないね﹂
キッパリと言い切られてしまった。
華艶は京吾に手を合わせて拝み倒した。
﹁お願い! 今日って何の日か知ってる? あたしの誕生日なの、
誕生日プレゼントだと思ってどうにかして、京吾様! 一生のお願
いだからね、ね、ね、ねッ!﹂
必死に華艶はお願いしながら京吾に顔を近づける。その額からは
汗が迸り、顔は先ほどよりも赤くなっていた。さらにチューブトッ
プが汗で滲み、突起した乳首が擦れる。
その異変に華艶よりも京吾が真っ先に気づいた。
﹁華艶ちゃん⋮⋮頭から湯気が⋮⋮﹂
後退る京吾。
﹁え? あたしの?﹂
きょとん華艶がした次の瞬間、その躰は火炎に包まれた。
すぐさま京吾はカウンターの奥に置いてあった消化器を手に取り、
華艶に向けて一気に噴射した。
328
しかし、白い煙は瞬く間に炎に呑み込まれ、消化器など無意味に
等しかった。
京吾が叫ぶ。
﹁華艶ちゃん早く店の外に出て!﹂
もはや消すのは不可能。引火する物がない場所に行くしかない。
それが被害を最小限に抑える方法だった。
言われたとおり、華艶は店を飛びだそうと走ったが、途中でその
躰が大きく跳ね上がった。
﹁あぅン!﹂
足がもつれバランスを崩すが、その勢いに任せてドアをぶち破っ
て外に飛び出した。
歩道路を歩いていた主婦が叫び声をあげる。
﹁きゃーっ!﹂
火だるまになった若い全裸の女性が突然目の前に現れたら驚くの
は当然だ。しかも、藻掻き方が尋常ではない。
﹁ひぃっ、あああっ⋮⋮あああああン!﹂
感じすぎて藻掻き苦しんでいた。
しかし、他人から見れば極度の快楽に覚える者は苦しんでいるよ
うに見える。
というか、実際気持ちよすぎて苦しい。
アスファルトの焼け焦げた臭いが辺りに立ち込める。
自力では炎の力を制御できない華艶。
騒ぎは拡大して人が集まってきた。
﹁人が燃えてる!﹂
﹁早く消防車!﹂
華艶を包み込んでいた炎はやがて鎮火しはじめた。
身動き一つしないで横たわる華艶。その躰は煤で黒こげになり、
生きているのか死んでいるのもかもわからない。
近くに寄ってきた若者が、
﹁こりゃダメだな﹂
329
誰が見ても死んでいる。普通ならそう思うのが当然だろう。
が、にょきっと華艶が立ち上がる。
そして⋮⋮。
﹁あはは、特撮ヒーローの撮影でしたー。みんな見てね−!﹂
すっぽんぽんで猛ダッシュしてモモンガに逃げ込む華艶。特撮ヒ
ーローじゃなくて、特撮AVの間違いじゃないだろうか。
店内に入った華艶がまた燃えだしでもしたら大変だ。けれど、店
の中は平然としていた。客の一人はカレーを食べ続けている。
常連のトミー爺さんが新聞から目を離して華艶を見た。
﹁裸でおると風邪を引くぞ﹂
﹁⋮⋮あ、うん。ってみんなもっとあたしに興味持ってよくない?
裸の美少女がここにいるのに⋮⋮てゆか、風邪じゃなくて人体発
火のほう心配しない普通?﹂
当たり散らすように華艶はまくし立てたが、し∼んっと店内はし
ていた。
店の奥から京吾が戻ってきた。
﹁華艶ちゃん妹の服だけど入るよね、胸もないから﹂
﹁胸なくて悪かったですねー。最近の中学生は発育がいいもんねー、
特にどっかの誰かさんの妹は﹂
﹁燃さないように気をつけてね﹂
﹁⋮⋮なるべく気をつけます﹂
自身はあまりなかった。制御できるくらいなとっくにしているか
らだ。
キャミソールとミニスカートに着替え、華艶は再びカウンター席
に座った。
華艶はチラッとカウンターの上を見ると、これ見よがしに水を溜
めたバケツが置いてある。
﹁あたしに店を出ろって言ってる?﹂
﹁うちの店はちゃんと客を選ぶ店だよ。出て行って欲しいならもっ
と直接的な方法を取るよ﹂
330
﹁ならいいけど⋮⋮﹂
ここの住人たちは理解のある方なので、まだかろうじて出入り禁
止されていないが、別の場所で同じような騒ぎを起こせば完全にア
ウトだろう。早めに対処しなければどこにも居場所がなくなってし
まう。
﹁今日から夏休みで本当によかった﹂
しみじみ華艶は呟いた。
もしも学校で発火なんてしまくったら、完全に友達をなくしてし
まう。ただでさえ留年のせいで浮いているというのに。
京吾は床の焦げ痕をモップで掃除している。
﹁ダメだね完全に焼けちゃってるよ。補修が終わったら請求書渡す
から﹂
﹁は∼い﹂
華艶は気のない返事をした。
床と壊したドアくらいならいいが、マンションのほうがどうなる
ことやら。これからだって被害が拡大しないとは限らない。やはり
早めに対処しなくては。
﹁やっぱ常識的に考えて病院かな﹂
この街の病院は魔導関係の疾患や症状も多い。
さっそく華艶は病院に電話をかけた。
﹁もしもし∼、火斑華艶ですけど緊急の用件でチアナ先生に繋いで
くださぁ∼い﹂
︽少々お待ちください︾
保留音のメロディーが流れてしばらくして、電話の向こうからガ
サガサという激しい音がした。
︽ったく、これから手術で忙しいのよ!︾
魔女医チアナの声だ。
﹁今すぐ診察して欲しいんだけど﹂
︽耳鼻科に行きなさいよ耳鼻科に! 忙しいって言ってるでしょ!
!︾
331
﹁別にいつも忙しそうじゃないじゃん。かなり緊急事態なんだけど﹂
︽どうしたのよ?︾
﹁身体が自然発火しちゃって、そこら中のもの燃やして歩いてるん
だけど?﹂
︽あなた生理前はいつもそうでしょ! そんなことで電話かけない
でちょうだい!!︾
ブチッと一方的に電話を切られた。
﹁⋮⋮ほかの医者探すのめんどくさいなぁ﹂
魔導病気はその原因を突き止めるのが難しく、原因がわかったと
しても対処の仕様は千差万別。患者そのものに原因がないことも多
く、手術や薬でなるというわけではない。場合によっては病院の仲
介でトラブルシューターを雇い、妖物退治や呪物を見つけ出すこと
もある。
華艶のような魔導的体質を持った者は、一般の患者よりも主治医
の必要性があり、ほかの魔導医に看てもらっていては埒の明かない
ことが多い。
掃除をあきらめてカウンターの中に戻ってきた京吾。
﹁華艶ちゃんの力って血筋でしょ。家族に相談したら?﹂
一族で同じ体質を持っている場合、すでに一族の中で多くの対処
法が体系化されていることが多い。
﹁身内は姉貴しかいないし。どっかに親類いるかもしんないけど、
あたしそういうのよくわかんないし﹂
﹁だったらお姉さんに相談したら?﹂
﹁連絡先知らない⋮⋮3年近く顔合わせてないし﹂
﹁仲悪いの?﹂
﹁違うし、姉貴って昔からほんっと自由人でさ。同じ場所に長くい
るってことないし、連絡先もすぐ変わるし、今もどこで何やってん
だか﹂
この数ヶ月後、華艶は衝撃的な出来事を携えた姉の麗華と再会す
ることになる。
332
再び華艶はケータイで電話をかけた。
﹁もしもし、魔導疾患の急患がいるんですけど、救急車1台寄越し
てくれますー?﹂
横でそれを聞いていた京吾は、
﹁救急車をタクシー代わりに使うのやめようよ﹂
電話を終えた華艶は京吾のほうを振り向いた。
﹁だって実際にいつ発火するかわかんない急患だし、救急車呼んだ
方がすぐに診察してもらえるじゃん?﹂
しばらくして救急車の音が近付いてきた。
華艶は床に寝そべりぐったりとして、京吾をチラッと見た。
﹁あとはよろしく﹂
華艶はいかにも病人ですという表情をして、救急隊員が店に駆け
込んでくるのを待つのだった。
333
バーニング少女︵2︶
﹁ここから出しなさいよーッ!﹂
華艶は頑丈なドアを力一杯蹴っ飛ばした。
﹁痛っ!﹂
華艶は足を押さえるが、ドアはビクともしない。
四方を壁で囲まれた灰色の部屋。窓もなければ、外の様子を窺う
ことも出来ない。家具もなく、そこにある物といったら2台の監視
カメラ。
部屋の角天井に設置されている監視カメラを華艶は覗き込むよう
に見上げた。
﹁てゆか、なんで留置場なんか入れられなきゃいけないわけ?﹂
カメラに向かって話しかけるが、出力のスピーカーがないので返
事があるわけがない。
救急車を呼んで病院に行くはずが、なぜか連れてこられたのは警
察署。
しかも凶悪犯用の特別房。
この部屋は対魔導用でもあり、並大抵の攻撃系魔導ではビクとも
しない。
もちろん華艶の炎でもだ。
なぜこんなとこに入れられたのか、それは警官から聞いている。
もちろんマンション放火の容疑者だ。
華艶にしてみれば事故なのだが、完全に犯罪者扱いだった。
ここに放り込まれてからだいぶ時間が経ったような気がする。な
のに警察側は音沙汰無だ。
部屋は空調によって気温が一定に保たれているのだが、華艶は少
し汗ばんでいた。
華艶はベッドに横になり、落ち着かない様子で寝返りを何度もし
334
はじめた。
いつしか手は股間を押さえ、息もだんだんと荒くなってきた。
もう蜜が溢れている。
監視カメラで見られているのに、手が止められない。
﹁はぁ⋮⋮ンふ⋮⋮はぁ⋮⋮はぁ⋮⋮﹂
こんな恥ずかしい姿をカメラで視姦されているなんて、顔も知ら
ない男どもはどんな気持ちで見ているのだろうか。考えれば考える
ほど恥ずかしさが増すのに、手はより激しく動いてしまう。
濡れたショーツの生地が擦れる。もうその上からでも肉芽[ニク
メ]が大きくなっているのがわかる。花弁を剥かれ芽を出したいと
切に願っている。
﹁うぐっ⋮⋮﹂
口から涎れがシーツに染みをつくる。
もう我慢の限界だった。
華艶はショーツの中に手を入れ、激しく恥丘[チキュウ]の谷間
をまさぐった。
何が何だかわからず、ひたすら激しく、全身を使い、ついにはベ
ッドから転げ落ちた。それでも止まらない。ベッドから落ちたこと
すら気づかない。
指が吸い込まれる︱︱燃え上がる坩堝の中へ。
もっともっと熱いものが欲しい。
次の瞬間、華艶の全身から炎が上がった。
﹁ひゃあぁぁぁぁン!﹂
業火が一気に部屋中を包み込んだ。
炎に抱[イダ]かれる華艶。
激情する欲望。
まだ満たされない。
もっと熱く、もっと激しく。
求めても求めても止まない感情。
腰を振り、目を白黒させ、舌を垂らす。
335
もはや見られていることさえも忘却された。
目はかろうじて開かれているが、もうなにも見えてはいない。
そこには自分すらもいない。
あるのは女の奥深くにある︱︱秘奥のみ。
﹁ひぃ、ひぃィィィィィィィッ!﹂
華艶の身体が激しく痙攣する。
陸に上げられた魚のように何度も床で跳ねてしまう。
もう力が入らない。
今は何も逆らうことができない。
部屋を丸呑みしていた炎が徐々に治まっていく。
煤だらけになった華艶から立ち昇る湯気。
余韻に浸りながら、時間だけが過ぎていく。
意識がしっかりしてきて、思考能力も回復してきたが、身体が重
くて起き上がる気にもなれない。
しばらくそのままじっとしていると、ドアの開く音が聞こえた。
中に入ってきた防火服を着た二人の人物。通常の防火服ではなく、
宇宙服のように顔すらも覆っている。
﹁話を聞く余裕はあるかね、華艶君﹂
若い男の声。顔は見えないが、声だけなら色男。
声を発した男が華艶にバスタオルを投げた。
華艶はそれを受け取る余裕もなく、かけ直す余裕すらもなく、た
だ身体の上に乗せられただけ。
どうやら口を利いている男がゲストで、電磁ロッドを携帯してい
るもう一人は護衛らしい。
どのような用件で客人が尋ねてきたのか?
﹁君は火斑麗華の妹らしいな﹂
男が口にした名前を聞いて、疲れ切っていた華艶が微かに反応し
て顔を上げた。
まさかこんな場所で姉の名を聞くとは思ってもみなかった。
男は軽く鼻で笑うと話を続けた。
336
﹁まあ君のお姉さんのことは今は関係のないことだ。まずは自己紹
介をして置こう。私の名は水鏡刃[ミカガミジン]、検事をしてい
る﹂
﹁で⋮⋮検事さんが⋮⋮何の用?﹂
細い声で華艶は尋ねた。
﹁君のことは調べさせてもらった。モグリのTSらしいじゃないか。
事件もだいぶ起こしていて、大きな事件では起訴されたことはない
が、小さな物はいくつかあるようだ。それも氷山の一角︱︱おそら
く上手く我々の目を欺いてきたのだろうが﹂
﹁もしかしてあたしのこと捕まえる気満々なわけ︱︱放火犯で?﹂
強気な口調で言った。
水鏡は鼻で笑った。
﹁そう、君にはマンション放火の疑いが掛けられている。死亡者は
出ていないが、放火の罪は重い﹂
﹁あたしが犯人って証拠あるわけ?﹂
﹁出火場所が君の部屋だという調査結果は出ている。加えて君は炎
術士だ。君にとってはとても不利な状況だと言える﹂
自分に辿り着くことくらい華艶も予想していた。しかし、身体を
治す方が先決で、手を打っているヒマがなかったのだ。
今はまだ容疑の段階だが、起訴されるのは時間の問題だった。
華艶としては、ここまで来てしまっては賠償金は払うつもりだっ
たが、あくまで事故扱いで放火の罪で問われたくはなかった。賠償
金だけで済むか、刑罰が下るかは大きな差だ。
﹁じゃあ、例えばあたしが火災の原因だったとして、実はちょっと
した事故で故意に火を付けたわけじゃないって証言したら?﹂
﹁起訴はする。そこで事故だったかどうかは明らかになることだ﹂
いざ裁判になれば、検察側は放火犯として華艶に争いを挑んでく
る。その時点で華艶は不利だった。
しかし、水鏡は急に態度を変えた。
﹁君一人を有罪にしたところで、誰が得をするだろうか。そこで、
337
我々と取引をしないかね?﹂
﹁司法取引ってやつ?﹂
華艶は好機が訪れたと少し笑みを浮かべた。なるべく良い条件を
吹っかけてやらねば。
深く頷く水鏡。
﹁そういうことだ。君がこちらの条件を呑み、ある仕事を片づけて
くれさえすれば、起訴はしない﹂
﹁起訴はしないだけ? それなら普通に裁判であたしが勝てばいい
話だし﹂
﹁私はこれまで⋮⋮1度だけしか裁判に負けたことはないぞ。それ
でも私に裁判で勝とうと言うのか?﹂
﹁ふ∼ん、1度でも負けちゃうとカッコつかないね﹂
﹁うぐっ⋮⋮﹂
一番突っ込まれたくない場所だったらしい。水鏡は胸を押さえて
怯んだ。
だが、すぐに気を取り直し、
﹁まあいい、報酬も出そう。君が燃やしたマンションの修繕費だ﹂
﹁マジで!? 太っ腹過ぎ⋮⋮ううん、まあ当然かな。あたしほど
のTSを雇いたいなら、そのくらい出してもらわなきゃ。なんせ1
度の仕事で10億稼ぐ若手のホープだもんね!﹂
﹁10億だと?﹂
﹁そうそう、く⋮⋮守秘義務です!﹂
依頼人の名前を出しそうになってすぐにやめた。あの依頼人の秘
密を華艶は握っている。仕事自体は失敗だったが、10億の報酬は
口止め料も入っているのだろう。もしも他言したら、自分の命が危
ないことを華艶はわかっていた。
俄然やる気の出てきた華艶は力強く立ち上がり、バスタオルをキ
ュッと体に巻いた。
﹁で、あたしに片付けて欲しい仕事って?﹂
﹁引き受けるのか受けないのか?﹂
338
﹁内容は?﹂
﹁君が契約書にサインするまで依頼内容は話せない﹂
華艶はここでわざと渋って見せようとも思ったが、変に仕掛けて
話がなかったことにされるのは困ると思った。
﹁じゃあ受けてあげる﹂
﹁では契約書にサインしてもらおう﹂
水鏡が独房の外にいた者に合図を送り、すぐに契約書とペンを持
って来させた。
その2つを受け取った華艶は、眉間にしわを寄せて目を細めた。
﹁何語?﹂
契約書は日本語で書かれていなかった。
嫌な予感がする。字が読めないことをいいことに、よからぬ契約
にサインさせる気かもしれない。
華艶が迷っていると、水鏡が契約書を取り上げようとした。
﹁サインをしないのならば、この話はなかったことにしよう﹂
﹁ちょ、待った!﹂
慌てて華艶は契約書を奪い返し、そのまま勢いでサインをしてし
まった。
次の瞬間、華艶は目を剥いた。
目の前で契約書が生き物のように動き出し、その形を紐のように
長くして、華艶に襲い掛かってきたのだ。
すぐに華艶は躱そうとするが、この至近距離では無理だ。
華艶のバスタオルがはだけ、契約書が躰に蛇のように巻き付き、
胸や尻や秘裂までも締め上げた。
﹁あぅっ!﹂
あの場所を擦られ感じてしまう。
躰が熱い。
また⋮⋮燃えてしまう。
しかし、躰はこんなにも火照って求めているというのに、欲求ば
かりが増幅するだけで、華艶の躰からは炎が上がらなかったのだ。
339
﹁君の炎の力は封じさせてもらった﹂
と、水鏡は鼻で笑った。
まるで包帯のように華艶の躰に巻き付いた契約書。この契約書自
体が呪符であり、華艶の枷となったのだ。
﹁ちょっとこんなの聞いてないし!﹂
声をあげる華艶。
だが、契約書にサインしてしまったが最後。あの契約書が魔導を
帯びていたことは明らか。一筋縄ではその力を打ち破ることはでき
ない。
﹁⋮⋮ハメられた﹂
苦笑する華艶。
こうなってしまっては、仕事を片付けるしか華艶には手がない。
ただ1つ、華艶にはどーしても納得にいかないことがあった。
﹁せめてシャワー浴びてからにして欲しかったし﹂
煤だらけの躰の上から呪符を巻かれて、気持ち悪いったらしょう
がなかったのだ。
華艶の力が封じられ、水鏡は防護服のマスクを取った。
明らかになった顔は秀麗そうだが、どこか嫌みったらしい。
水鏡は刃のように鋭い瞳で自分をまじまじと見ている華艶を睨ん
だ。
﹁私の顔に何か?﹂
﹁イケメンだけど、彼女とかいないでしょ?﹂
﹁恋人は裁判だ﹂
﹁うわっ、マジ引く⋮⋮一生恋人できないよ﹂
思ったことをハッキリ口にしてしまう華艶。
水鏡はこめかみに青筋を立てながらも聞き流した。
﹁仕事の話をしよう﹂
﹁彼女とかいたことあるの? もしかしていい歳してどーてーじゃ
ないよね?﹂
﹁仕事内容は君ならばおそらく簡単なものだろう﹂
340
﹁もしかして童貞を奪って欲しいとか?﹂
﹁私は童貞じゃない!!﹂
ぶち切れた水鏡が指で印を結ぶと、急に呪符の締め付けが激しく
華艶の躰に食い込んだ。
﹁ううっ!﹂
肉を握りつぶされるように呪符が食い込んでくる。それだけでは
ない、締め付けに合わせて乳首や秘裂が擦られる。
膝をガクガク言わせながら華艶は口から垂れそうになった涎れを
手で拭った。だが、秘所からは愛液がたっぷりと垂れ、床の上に雨
のようにポツリポツリと染みをつくってしまう。
ついに華艶は持ちこたえられなくなって、床に手と膝を付いてし
まった。
すぐに水鏡が印を切った。
呪符から力が抜け、締め付けが治まった。
華艶は唇を噛む。
﹁マジ⋮⋮最悪⋮⋮﹂
そして、顔を上げ水鏡を上目遣いで見ると、
﹁炎を封じて、逆らえば体罰ってわけ。ほかには何もないでしょう
ね?﹂
﹁ほかにも君が魔導の力を持っていれば、それも封じられているこ
とになる﹂
華艶がほかに持つ特殊な能力は、驚異的な治癒能力と炎の耐性。
炎の耐性は魔導によるものだと華艶は知っていたが、治癒能力につ
いては身体的なものなのか魔導に関係するものなのか、自分自身で
も知らなかった。
もしもすべての能力が失われていたら⋮⋮。
﹁悲惨過ぎる⋮⋮今のあたしってか弱いただの女子校生じゃん﹂
か弱いかは別として、今まで普通に存在していた能力が失われれ
ば、苦難を強いられることは間違いない。
ここである疑問が浮かび、華艶が尋ねる。
341
﹁力を封じられたら仕事のしようがないじゃん、あんたバカ?﹂
炎
の力が必要ってわけ?﹂
﹁必要なときが来たら炎の力は解放する﹂
すぐに華艶は言葉を拾った。
﹁ふ∼ん、ってことは仕事には
﹁そういうことだ。詳しい話は別の場所でしよう。シャワーを浴び
て着替えを済ませて来たまえ﹂
﹁シャワー浴びても浴びた気しないんだけど﹂
﹁そんなみっともない顔で人前に出るつもりか? 最近の女子校生
ときたら、恥じらいの気持ちもないのだな﹂
言われて華艶は自分の頬を指でなぞり、煤だらけで顔が真っ黒に
なっていることに気づいた。
﹁恥じらいの気持ちくらいありますー! このどーてー!!﹂
華艶は床に落ちていたバスタオルを拾い上げ躰に巻いたが、
﹁あぅン!﹂
急に躰がビクッとなり、またバスタオルがはだけてしまった。
床に膝をついた華艶が水鏡を見ると、彼は鼻で笑いながら印を結
んでいた。
華艶は必死で耐えながら拳を握り、水鏡を睨み付けた。
﹁覚えとけよ、この早漏童貞!﹂
吠えた華艶だったが、すぐにまた躰が︱︱。
﹁ひゃン!﹂
子犬のような鳴き声をあげながら、華艶は床で悶えることしかで
きなかった。
342
バーニング少女︵完︶
和風庭園の一角にある池。
真夏だというのに、その池は水底から凍り付いてしまっていた。
華艶は氷を足で踏んで割ろうとしたが、ヒビすらも入らず振動だ
けが足に伝わった。
﹁別にあたしがやんなくても、重機とか爆弾とかで壊せば?﹂
華艶が振り返った先に立っていたのは水鏡だった。
﹁すでに多くの方法を試したが無駄だった。物理的な衝撃ではひび
すらも入らない。唯一有効だったのは熱で氷を溶かすことだったが、
それでも並の熱源では逆に冷やされ、少しばかり溶かせたところで
またすぐに凍り付いてしまう﹂
そこで華艶の出番というわけなのだろう。
この場所がどこで、なぜ氷を溶かさなくてはならないのか、華艶
はまだ知らされてしない。近くには古い日本の屋敷があり、ここが
良家であるということと、もう1つ華艶は気づいていた。
﹁ここあなたの家でしょ?﹂
﹁なぜそう思う?﹂
水鏡は興味深そうに訊いた。
﹁だってさっき表札見たもん﹂
﹁いかにも、ここは私の実家だ﹂
﹁司法取引とか言って、プライベートな依頼するなんて、職権濫用
じゃない?﹂
﹁私の仕事に関わることなので、決してプライベートなことではな
い﹂
しかし、ここは水鏡の実家なのだという。仕事とどのような関係
があるのか?
華艶は水鏡の言葉を信用していないようすだった。
343
﹁ふ∼ん、だったらどんな風に仕事と関係あるのか教えてよ﹂
﹁しれは仕事に関わることだ。言うことはできない﹂
﹁あ∼やっぱりプライベートなことなんだ。もしかして報酬も税金
から出す気じゃないでしょうね?﹂
﹁違うと言っているだろう﹂
﹁ウソばっか﹂
ふふん、と華艶が笑った次の瞬間、水鏡の指が印を結んだ。
呪符が華艶の首を絞め、声も出せず息すらもできない。
苦しむ華艶の姿を見ながら、水鏡は鼻で笑っていた。
﹁無駄口を叩くな﹂
解放の印が切られる。
﹁ゲホッ、ゲホゲホッ!﹂
地面に両手を突いて咳き込んだ華艶。絶対に仕返ししてやると心
に誓った。
そのためにも早く仕事を片付け、この忌々しい呪符を解かなくて
は。
さっそく華艶は凍り付いた池の真ん中に立った。
﹁封印解いてよ﹂
﹁わかった﹂
頷いた水鏡は印を切った瞬間、華艶が手から炎を放った。
﹁炎翔破![エンショウハ]﹂
炎の玉は水鏡の真横を通り過ぎ、華艶はわざとらしく、
﹁あっ、ごっめ∼ん、間違っちゃった﹂
悪戯っぽく笑った。
一方の水鏡は冷たい視線を華艶に送っていた。
﹁今の一件、殺人未遂で訴えてもいいのだぞ?﹂
﹁ごめんなさい、もうしませ∼ん﹂
と、別に悪びれたふうもなく、気のない返事をしたのがまずかっ
た。
水鏡のこめかみに青筋が浮いた。
344
﹁言葉で言ってもわからないようだな。ならば躰に教えてやる﹂
印が結ばれ、呪符が華艶の躰を締め付ける。
呪符が秘裂に食い込み、肉芽や花弁を擦り刺激してくる。
﹁だめ⋮⋮そんなにされたら⋮⋮この変態どーてー! あぁン!!﹂
華艶は藻掻き苦しみ氷の上に倒れてしまった。
花弁の中から蜜が溢れてくる。もう止まらない。溢れ出した蜜は
氷の上に垂れ、瞬く間に凍り付いてしまう。恥ずかしい蜜が凍り付
き、その場にずっと残ってしまうのだ。
呪符はまるで蛸の足のように動き、華艶の躰をまさぐる。
硬く尖った乳首が擦られ、脇の下や膝の裏を呪符が擦りながら通
り抜ける。
太ももに絡みついた呪符が秘所へと伸びていく。
﹁あふン、だめ⋮⋮そんなの⋮⋮挿入[イレ]ないで﹂
口では嫌がりながらも、華艶は股の力を抜き、呪符の侵入を受け
入れた。
﹁あぁン!﹂
秘奥へと続く道の中で、呪符が蠢いている。何本も何本も入って
くる。幾重ものヒダと呪符が絡み合い、出し入れされるたびに大量
の愛液が掻き出される。
﹁こんなのはじめてぇぇぇぇン!!﹂
まるでお腹の中でたくさんの生き物が蠢いているような。次から
次へと刺激を押し寄せてくる。
氷の上だというのに、こんなにも躰が熱い。
目をとつぶると、躰が舐め回されているいるような気がする。何
本もの長い舌が、躰の隅々まで舐め回してくる。
華艶の意識は朦朧としていた。
近くには水鏡がいて、全部見られてしまっている。こんな恥ずか
しい姿をあんなヤツに見られてるなんて⋮⋮。
しかし、もうそんなことすらも考えられない。
快感の波が何度も押し寄せ、頭が真っ白になって意識が遠のく。
345
﹁はぁ⋮⋮はぁ⋮⋮あァァァァァァンンン!!﹂
こんな気持ちいいのに、なぜか満たされない。
まるで不完全燃焼。
感じるほどに欲求が溜まっていく。
気が狂いそうだ。
躰の芯から込み上げてくるものが爆発しそうだ。外に、外に出さ
なくては可笑しくなってしまう。熱い、躰が熱くて爆発しそうだ。
﹁ヒィィィ∼!﹂
白目を剥いて痙攣する華艶。
もう限界だった。
水鏡が鼻で笑った。
﹁これまでか⋮⋮﹂
印が切られ、呪符が華艶の躰を解放した。
業火が辺りを呑み込んだ。
﹁アアアアアアアアアァァァァァァッ!!﹂
絶叫する華艶。
一気に融解した氷が水蒸気爆発を起こす。
上記が視界を奪い、辺りは乳白色に包まれた。
どこからか聞こえてくる熱く激しい吐息。
しかし、辺りの気温は夏とは思えぬほど、急激に下がりはじめて
いた。
水蒸気が生き物のように集合する。それは雲となり、やがて巨大
な︿氷の結晶﹀となった。
クリスタルのような︿氷の結晶﹀は、宙に浮かびながらその場で
回転して、まるで辺りの様子を窺っているようだ。
爆発に巻き込まれて、ようやくその場から立ち上がった水鏡が、
中に浮かぶ奇妙な結晶を見て、表情を硬くして口を開いた。
﹁あれがどこからから来て、池に棲み着いてしまったというわけか。
おそらく地霊のようなもで、この場の魔力に引き寄せられたのだと
思うが⋮⋮﹂
346
正体をあぶり出すことはできたが、これからどうするかが問題だ。
業火によって︿氷の結晶﹀は消滅せず、まだそこに存在している。
おそらく意思の疎通もできないだろう。向こうの出方もわからない。
回転し続けていた︿氷の結晶﹀が止まった。
仕掛けてくると思った水鏡が身構えたが、︿氷の結晶﹀が向かっ
たのはまだ涸れた池の底で息をあげている華艶だった。
投石と化して襲い来る︿氷の結晶﹀。
華艶は気づいているが、疲れ切った躰が言う事を利かない。
しかし、躰の奥底からは熱い力が漲ってくる。
﹁華艶鳳凰波!![カエンホウオウハ]﹂
甲高い鳴き声をあげて、炎の鳳凰が火の粉を煌めかせながら舞っ
た。
絵画の世界から飛び出してきたような鳳凰は、威厳と華やかさを
纏い艶やかに翼をはためかせる。
炎の鳳凰と︿氷の結晶﹀が激突する!
一瞬にして水蒸気が世界を包み込んだ。そこに︿氷の結晶﹀の姿
は見えない。
しかし、これで終わりとは思えない。
同じだ。
一気に温度が奪われ、水蒸気は雲となり、再び︿氷の結晶﹀にな
ってしまった。
この︿氷の結晶﹀に弱点はないのか!?
大地に宿るエレメンツ︱︱地霊は、世界そのものと言っても良い。
世界を構成する物質の根源に近い存在を滅ぼすことが華艶にできる
のか。
巡り廻る水の旅。
雲となり、雨となり、水が溜まりて、また空へと昇り雲となる。
立ち上がった華艶が身構える。
﹁焔龍昇華![エンリュウショウカ﹂﹂
渦巻く炎の龍が華艶から放たれ、咆吼をあげながら巨大な口を開
347
けて︿氷の結晶﹀を呑み込んだ。
刹那にして水蒸気と化した︿氷の結晶﹀。
いや、しかしまた︿氷の結晶﹀は異様の動きを見せている。切り
がない、炎の力ではやはり太刀打ちできないのか!?
華艶の周りの空気がキンと氷結した。
驚き眼を剥く華艶。
指が動かない、それだけではない足すらも動かない。躰が、躰の
先から徐々に氷を覆っていく。
まさか炎術士︱︱︿不死鳥﹀の華艶が凍りづけにされようとは!
﹁マジ評判落ちて仕事来なくなるし!﹂
死活問題だ!
闘志に火を付け、華艶は炎の力を呼び起こす。
徐々に凍り付いていた氷が、巻き戻されて溶けていく。
全身から立ち昇る湯気。
しかし、凍る力も負けていない。
﹁しまっ⋮⋮ゴボッ!﹂
華艶の口から吐き出された気泡の塊。
なんと水の塊が華艶の躰を呑み込んでいたのだ。
﹁ゴボボボ︵窒息︶⋮⋮ボボッ!︵する!︶﹂
水を掻き出そうとするが、流動しながら纏わり付いて離れない。
﹁ゴボ︵死ぬ︶ゴボ︵マジ︶ゴボッ︵死ぬ︶⋮⋮ゴボボボッ!︵ど
ーてー!︶﹂
水鏡の名︵?︶を叫ぶが、このその姿はなかった。
自力で華艶はどうにかするしかない。
華艶の皮膚から小さな気泡が沸き立つ。やがてそれは大きな泡と
なり、水全体を沸騰させていく。
もっと、もっと熱く!
華艶は秘奥から漲る力を感じた。
それこそが炎の源。
決して男子が産まれぬ女系の一族。
348
女の秘奥に炎は宿る。
炎とは生命。
世界を構成する1つのエレメンツ。
華艶を覆っていた水が徐々に減っていく。
だが、華艶は安堵どころか、逆に驚き眼を剥いた。
水が股間を突き上げ、中に侵入して来たのだ。
秘奥へ続く道に生命の水が流れ込んでくる。
炎と水がぶつかり合う。
激しい衝撃が腹の奥底から込み上げてきた。
﹁あふぅッ!﹂
躰の内で2つの生命が衝突し、爆発して腹を押し上げてくる。
﹁苦しい⋮⋮﹂
地面に倒れた華艶が何度も何度も跳ね上がる。
﹁ヒィッ!﹂
秘奥が揺さぶられる。
熱い、躰が熱い。
苦しさとは裏腹に、快感が全身を包み込む。
火照った体から蒸気が昇る。
強大な生命を華艶は内なる宇宙で感じていた。
力が制御できない。このままでは躰が持たない。相対する力によ
って華艶の躰は引き裂かれる寸前だった。
﹁アァァァァァァァァァァァッ!!﹂
絶叫が木霊した瞬間、華艶の坩堝から渦巻く炎が天に昇った。
炎はその姿を不死鳥へと変え、太陽よりも燦然と激しく灼熱の輝
きを放った。
華艶の秘所が間欠泉のように噴水して飛沫をあげた。
止まることなく噴き上げられる水が陽を浴びて煌めく。
天に昇った不死鳥が急降下して、華艶の秘所に飛び込んだ。
﹁ヒャァァァァァァァァンンン!!﹂
大きく跳ね上がった華艶の躰。
349
力が漲ってくる。
華艶は力強く立ち上がった。
宙を見上げると、そこには雲が様子を窺うように蠢いていた。
﹁今ならイケる!﹂
自信に満ちあふれた笑みを口元に浮かべ、華艶は秘奥から漲る力
を制御しようとしていた。
世界を構成するエレメンツを今、華艶は破壊しようとしていた。
身構える華艶。
﹁喰らえ、究極の必殺︱︱にゃぬーッ!?﹂
あられもない声を上げた華艶。
宙に浮いていた雲が何かに吸い込まれていく。
華艶が振り返った先にいたのは水鏡。
彼の足下に置かれた壺の中に雲が吸い込まれて行くではないか!?
抵抗すら見せずに雲は小さな壺の中に収まってしまった。
華艶は訳がわからなかった。
﹁は? 意味わかんない。もしもしていいとこ取りされた!?﹂
﹁なにがいいとこ取りだ。君がグズグズしているから手を貸したま
でだ﹂
冷たく言い放つ水鏡。
華艶はカチンと来た。
﹁今から華麗に美しく止め刺すとこだったのに!﹂
﹁君にそれができたとは思えんがな﹂
﹁このどーてー野郎!﹂
﹁まだわからんようだな﹂
水鏡が印を結ぶと、どこからか現れた呪符が華艶の躰を拘束した。
驚く華艶。
﹁えっ、もう仕事は終わったんじゃ⋮⋮こんなのアリ!?﹂
﹁君が仕事を片付けたわけではない。私が片付けたのだ。だからま
だ契約は解除されない、私が解放するまでな﹂
﹁ズッルーイ!﹂
350
力さえ封じられていなければ丸焦げにしてやるところだ。
水鏡は壺にふたをして、御札を貼り付け封をした。
﹁しかし、君の功労は認めよう。起訴はしないであげよう﹂
﹁報酬は?﹂
﹁先ほども言ったが、仕事を最終的に片付けたのはこの私だ﹂
﹁この悪徳検事! 訴えてやる絶対に訴えてやる、てかそのツボ割
ってやる!﹂
水鏡に飛び掛かる華艶。
だが、印が結ばれた瞬間、全身をきつく締め上げられ、その場で
芋虫のようにされてしまった。
躰をモジモジさせながら華艶が喚く。
﹁絶対にそのツボ割ってやる!﹂
﹁今さら壺を割っても意味がない。もうあの地霊は別次元だ﹂
﹁じゃあ、家中のツボ割ってやる!﹂
﹁⋮⋮バカか君は?﹂
あきれたようすの水鏡。
華艶は魚のように飛び跳ねながらまだ喚いている。
﹁ウキーッ! なんなのそのツボ! ツボツボツボーッ、ツボのバ
カーッ!﹂
怒りすぎてもう何を言っているか意味がわからなかった。
理解できないといったふうに水鏡は溜息を吐いて首を横に振った。
﹁バカは君のほうだろう。この壺は代々我が家に伝わる魔導具だ。
強大な魔力を秘めた物なので、もしやと思って持ってきたら、ごら
んの通り地霊は魔力に引き寄せられて壺の中へ﹂
この庭にあった池について、水鏡は魔力があり、それによって地
霊が棲み着いたと先ほど推測していた。つまり、その読み通り、地
霊は強い魔力に引き寄せられる特性を持っていたのだ。華艶の秘奥
に向かったのも同じ理由だ。
しかし、華艶にはそんなことどーでもいいことだった。
﹁この変態早漏童貞野郎! 早く封印解きなさいよ!!﹂
351
﹁⋮⋮まったく、君は学習能力がなくて困る﹂
水鏡は印を結び、華艶を残してその場から立ち去ってしまった。
﹁アァァァァァン!!﹂
炎に抱かれながら華艶の喘ぎ声がいつまでも木霊した。
352
夢の館︵1︶
郊外の森奥深く、その場所に悪魔の館はあった。
薄暗い廊下、その奥から漏れる薄明かり。そして。聞こえてくる
のはケモノの叫び。
明かりの先にいたのは、奴隷と主人。
真っ赤なベールに包まれた女主人。その肌は指の先から足の先ま
で、薄布によって隠されている︱︱ただ一カ所を除いては。
艶やかに濡れている唇[ルージュ]。
﹁その甘美な悲鳴、どんなに調教されようと鳴くことを決して忘れ
てはならないわ﹂
ベールに包まれた女主人は、松葉杖に重心を掛けて身を乗り出し、
奴隷にそう囁いたのだった。
妖しげで魅惑的な声音。
ひとはその声とルージュによって女主人を想像する。
果たしてベールの下に包まれた肢体や貌[カオ]は⋮⋮?
この女主人は片脚がなかった。松葉杖をついているのはそのせい
だ。ドレスによって隠されているが、揺れ動く布地の先に脚がない
のは一目瞭然。
そして、この女主人は片脚がないことに共通する性癖があったの
だ。
冷たい金属の台に寝かされているのは全裸の若い男。手足は拘束
具によって鎖で繋がれている。
女主人の繊手が若い男の柔肌をなぞる。同時にルージュが肌に触
れるか触れないかの距離を這う。肌理や黒子のひとつひとつ全身を
隈無く調べているように、ルージュは熱い吐息を漏らしながら移動
していた。
﹁右肘に骨折の痕があるわ。これは残すべきか、それとも夢の世界
353
に葬るべきか⋮⋮﹂
女主人は若者の躰を離れて、背後で身動き一つせず立っていた影
に振り向いた。
﹁薬の用意を⋮⋮そうね、こないだ調合した新しい物を使いましょ
う﹂
﹁かりこまりましたお館様﹂
少女の声で返事をしたそれは、禍々しい姿をしていた。
まるで中世の惨殺刑の執行人を思わせる顔を覆う黒いフェイスマ
スク。くり貫かれた二つの穴から除く眼が強調され、ギョロリとし
た魚のようだ。
その黒いフェイスマスクを除けば、使用人のエプロンドレスとい
う特段変わりない格好なのだが、やはりフェイスマスクの存在は異
彩を放っていて不気味さが拭い去れない。
侍女[ジジョ]から薬の入った注射器を受け取った女主人は、そ
の針先を弄ぶように若者の肌に滑らせた。
瞬きもせずに眼を剥いている若者。唇が乾き、開けたままになっ
た口から涎れが垂れた。
女主人の妖しい声が響く。
﹁さあ、夢の中へ⋮⋮﹂
注射器の針が若者の腕に刺された。
すぐにアルコールを浸したガーゼで消毒しようとした侍女の手を、
軽く女主人が振り払った。
﹁必要ないわ﹂
﹁申しわけ御座いません﹂
怯えた声で侍女は引き下がった。
若者の躰はすでに薬が効き目を現し、全身が小刻みに痙攣してい
た。
女主人の指先が若者のつま先から徐々に、内へと流れていく。臑
から膝へ、膝からさらに内腿へ、その先で起立した雄しべの茎を握
る。
354
起立はしているが、まだ完全に花咲いていない花びらを女主人の
手が剥いた。
﹁ヒィィィ!﹂
それだけで若者は叫んだ。薬の効いている証拠だ。
女でもないのに、雄しべから大量の蜜が溢れ出している。どろり
としていて、すでに少し白みがかっている。若者は触られているだ
けで絶頂を迎えそうだった。
ルージュが艶やかに舌舐めずりをした。
﹁命が零れているわ、もったいない﹂
そう言って女主人は口を丸く開けて雄しべを呑み込んだ。
巧みに動く舌が雄しべの先端をこねくり回す。
柔らかく温かい舌。
吸引と弛緩を繰り返す口元。
雄しべの傘に何度も唇の柔らかい裏側が引っかかる。
若者を繋ぐ鎖が大きく音を立てた。
まるでケモノのように若者を暴れ狂う。
﹁ヒィィィィィッ!!﹂
狂乱の叫び。
背中を弓なりにさせた若者の下半身が震えた。
血管が脈打つ音が聞こえてきそうだった。
女主人は口を固く閉ざしたまま、雄しべから口を離した。
若者は躰を痙攣させながら、雄しべを大きく振り乱している。そ
の表情は苦しそうでありながら、快楽を貪っていた。天国と地獄の
狭間を彷徨っているのだ。
女主人が手を差し出すと、その上に侍女が円形の浅い硝子製の容
器︱︱シャーレを渡した。
口に広がる芳しい白の香りが、ルージュから泡となって零れる。
垂らされた白濁液は、すべてシャーレに受け止められた。
すぐにそれは侍女の手に渡り、部屋の隅に置いてある冷凍装置に
保存された。
355
女主人はルージュについた白濁液を艶やかに舐め取り、妖しく微
笑んだのだった。
高らかな女の笑い声。
振り返れば紅い魔獣が追ってくる。
逃げなくては、早く逃げなくては⋮⋮。
﹁キャーーーッ!﹂
叫びながら少女は目を覚ました。
大量の冷たい汗がブラウスを濡らし、密着した肌が薄く浮かび上
がっている。
﹁うわぁっ、なにこの汗。シャワー浴びよ﹂
少女はベッドから這い上がり、辺りを見回して躰を硬直させた。
﹁え⋮⋮どこ⋮⋮ここ?﹂
見覚えがない。
ここに来た覚えもない。
まるでそこは中世の洋館にでも来てしまった部屋。
優美で繊細な家具の数々。猫脚の椅子やテーブルは18世紀のフ
ランス、ロココ調の装飾様式だ。
壁に掛けられていた絵が目を引く。
そこにあったのは目元だけを隠すマスカレードマスクの絵。その
マスクの奥には目玉が描かれており、まるで本物のようにこちらを
見ている。
﹁こっちが動くとあっちの眼も動いてるように見えるの思い出した、
キモッ!﹂
少女はとりあえず、シャワーを浴びるために歩き出したが、その
背中に視線を感じて振り返る。
そこにあったのは先ほど見た絵。
﹁⋮⋮気のせいか﹂
その場から逃げるように移動し、バスルームらしき場所を見つけ、
近くに掛けてあった鏡をふと見た。
356
﹁うわっ!﹂
驚き声をあげてしまった。
そこに映った自分の顔が先ほど見た絵と同じだったからだ。
顔には目元を隠すマスク。
すぐに少女はマスクに手を掛け、外そうとしたが︱︱外れない!?
﹁えっ、なに、マジで!?﹂
マスクは皮膚に張り付いており、力尽くで取ろう物なら顔の皮が
根こそぎ剥がれそうだった。
仕方がなくマスクを外すことを諦め、再び鏡を見つめた。
数秒の時。
少女は身動き一つしなかった。
そして、躰の奥底から沸き上がってくる恐怖。
﹁⋮⋮ウソ⋮⋮そこに立ってるの誰?﹂
鏡に映る自分。それが自分だとは思えない。見たこともない他人
がそこに立っている。
﹁あれ⋮⋮マジで⋮⋮あたし誰だっけ!?﹂
名前も、住んでいた場所も、自分のことが思い出せず、友人の顔
すらも浮かんでこない。
焦った少女はその場から掛けだし、部屋の外に飛びだそうとドア
に手を掛けたが押しても引いても開かない。すぐに窓へ向かったが、
愕然とした。
﹁なにこの鉄格子!?﹂
窓には金属の格子がはめられ、硝子を割っても腕が通るくらいの
隙間しかできない。
少女は唾を飲んだ。
﹁⋮⋮閉じ込められた!﹂
記憶を失い、どこかもわからない場所に監禁された。
﹁ありえないし⋮⋮あたしにどうしろと?﹂
どうすることもできなかった。
仕方がなく少女はソファに重く腰掛けた。
357
外に出る方法がなにかある筈だ。
少女は視線を配って部屋を見渡した。
﹁窓は無理そうだし、ドアなら壊せるかな﹂
外に通じているのは窓とドアしか今のところなさそうだ。
少女は重い腰を上げてドアに向かった。
ドアの前に立ち、数字を数える。
﹁いち、にの、さん!﹂
で、ドアにタックルした。
ドアはビクともしない。肩が痺れただけだ。
﹁せ∼の、いち、にの︱︱﹂
再びドアにタックルしようと身構えたいたとき、突然ドアが開き
顔面に迫ってきた。
﹁あっ!﹂
叫んだときにはドアで鼻先を強打してしゃがみ込んでしまってい
た。
﹁いったー﹂
すぐに上の方から幼い女の声がした。
﹁申しわけございません﹂
﹁マジ痛かったし﹂
少女は見上げた先にいた者を見て、眼を丸くして口をあんぐり開
けてしまった。
そこにいたのはエプロンドレスを来た少女。顔は黒いフェイスマ
スクで覆われていた。異様な存在ではあったが、そこに少女は恐ろ
しさは感じなかった。
﹁あ、どーも﹂
それどころか軽いノリだ。
少女は鼻を押さえながら立ち上がった。
﹁えっと、ここどこ?﹂
その少女の質問に召し使いは少し口元を振るわせた。
﹁お館様︱︱つまりこの屋敷の主人である⋮⋮マダム⋮⋮ヴィー様
358
のお屋敷です﹂
明らかに主人の名を口にしたとき、恐怖が滲み出ていた。
少女はその名を口にして考える。
﹁マダム・ヴィー⋮⋮聞いたことないなぁ﹂
聞き覚えはなかった。
失われた記憶。
それを辿るヒントがこの屋敷や主人にあるのか?
少女はそういう性格なんか、直球の質問を投げかける。
﹁あのさ、あたし記憶喪失みたいなんだけど、なんで?﹂
﹁それはわかりませんが、森の中で倒れていたあなた様を発見した
屋敷の者が、ここまで運んでまいりました﹂
その説明が正しいのかすら、記憶が失われていては判断できない。
少女はイマイチ納得してないようすだ。
﹁ってことは、助けてもらった感じなのかぁ。じゃさ、このマスク
が外れないんだけど?﹂
﹁この屋敷では顔を晒すことが禁じられています。不意な事故で外
れぬよう、特殊な接着剤で顔に貼り付けております﹂
﹁なにその意味不明なルール。とにかく外したいんだけど?﹂
﹁特殊な中和剤を使えばすぐに取ることは可能ですが、この屋敷を
出る寸前までは付けていてもらいます﹂
﹁⋮⋮そなんだ﹂
屋敷を出ると言ってもどこに行っていいのか?
当てのない状態で知らない世界に放り出されるのも困る。
﹁さっきも言ったんだけど記憶喪失みたいでさ、先の見通しが立つ
まで厄介になっていい?﹂
﹁それはわたくしではなく、お館様に直接お話になってください﹂
﹁あなたメイドさんなの?﹂
﹁はい﹂
﹁ふ∼ん﹂
鼻を鳴らしながら、少女は目の前のフェイスマスクをまじまじと
359
見つめた。この不気味なフェイスマスクも主人の嗜好ということか。
この屋敷の主人がどのような人物か、少女はまだはっきりとは知
らないが、嗜好を見る限りでは、話が通じる相手なのか少し不安に
思う。
ただ、倒れていた少女の面倒を看てくれた点では、安心すること
もできた。
とにかく、その主人に会ってみないことには、話は進まないだろ
う。
﹁んじゃ、マダム・ヴィーのところまで案内して﹂
﹁かしこまりました、こちらへ﹂
歩き出す侍女の後を追って少女も部屋の外に出た。
真っ赤な絨毯が伸びる長い廊下。橙色の照明が照らしている。
長い廊下を抜けると、脇にテラスの入り口が見えた。その先にあ
る空はすでに陽が落ちている。
そこから大階段へと差し掛かった。どうやら今までいた場所は2
階だったらしく、滝のような階段が下まで伸びている。
そして、その階段の頂上の壁に掛けられた1枚の巨大な絵。
真っ赤なベールに包まれた女の肖像。
見えているのは口元のみ。
ほかのカ所は文字通りベールに包まれていた。
大階段を下り、再び長い廊下を歩く。大きな屋敷であることが伺
える。そのせいか、誰かに会うようなことはなかった。
少女は通されたのは食堂だった。
すでにそこには数人の男女がいる。
少女は疑問に思いながら侍女に顔を向けた。
﹁ここでいいの?﹂
﹁はい、もうすぐ夕飯ですから、お館様もここにお出でになります﹂
﹁なるほどね﹂
少女が小さく何度か頷くと、侍女はひとつ会釈をしてこの場から
立ち去ってしまった。
360
残された少女が辺りを見回していると、紳士服を着た若そうな男
が近付いてきた。この男も顔にはマスクをつけている。
﹁ご機嫌いかがかなマドモアゼル﹂
軽妙な口ぶりだ。
﹁機嫌は悪くないけど、あたし記憶喪失で目が覚めたらここなもん
で﹂
﹁なるほど、マダムから君のことは話に聞いていたが、記憶を失っ
ているとは大変だ。僕でよろしければ力になりましょう﹂
﹁あんがと。でさ、あなた誰? あとそこにいる人たちは?﹂
﹁ここでは自分の素性を語ってはいけないルールがあってね、仮の
名前としてSということになっているんだ。ほかの人たちもアルフ
ァベットの名前が付けられているけれど、全員が知り合いというわ
けではないのでね、紹介はできないよ﹂
食卓に付いていたり、談笑をしている人々の数はざっと10を越
えている。知り合いでないとしたら、どのような集まりなのだろう
か?
少女がボソッと呟く。
﹁秘密クラブっぽい﹂
それを聞いてSは微笑みを浮かべた。
﹁良い勘をしている。けれど君は部外者なのだからあまり立ち入ら
ない方がいいよ﹂
﹁別に関わる気もないけど⋮⋮っ!?﹂
少女は急に何を感じて部屋の入り口に顔を向けた。
部屋に入ってきた若い男。彼もまた紳士服に身を包み、顔はマス
クで隠している。少しだけ覗いている肌は異様に蒼白く、唇は鮮や
かな血の色をいていた。
少女はすぐにその男に駆け寄ろうとした。
その背中にSは手を伸ばし、
﹁あっ﹂
と振られた男のように小さく漏らしたが、少女は構わず男の目の
361
前に立った。
﹁あのさ、あたしのこと知ってる?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
マスクの下の紅い瞳が少女を一瞥したが、無視して歩いて行って
しまった。
その場に立ち尽くす少女。
﹁態度わっるー!﹂
わざわざ口に出す少女も態度が悪い。
今の男に少女は何か感じるものがあったが、それがなんであるか
まではわからなかった。
すぐ少女の元へSが近付いてきた。
﹁彼は飛びきり危険な臭いがする。ここに集まる人々は皆、普通と
は違う香りを纏っているけれど、彼はまたそれとは違う存在だ﹂
﹁あたしもそう思う⋮⋮なんか腹立つってゆか、むずがゆい存在み
たいな﹂
急に辺りの空気が変わった。
張り詰めた緊迫感が漂い、ある者はそちら側に釘付けとなり、あ
る者は視線をあえて伏せた。
ルージュに彩られた微笑み。
真っ赤なベールに包まれたマダム・ヴィーの登場だった。
362
夢の館︵2︶
マダム・ヴィーは侍女の押す車椅子で食卓に現れ、すぐに少女を
見つけて目の前までやっ
て来た。
﹁はじめまして、わたくしがこの館の主人︱︱ヴィーよ﹂
﹁あ、どーも﹂
少女の視線はマダム・ヴィーの足下に向けられていた。片脚がな
いのだ。
すぐに少女はそこから視線を外し、真っ赤なルージュを見つめた。
﹁あたしも自己紹介したいんですけど、なんか記憶喪失みたいで﹂
﹁召使いから聞いているわ﹂
﹁それでこれからどうするか決まってないので、しばらくここに厄
介になってもいいですか?﹂
﹁もちろんよ。困っている方を見捨ててはおけませんもの。何日で
もここにいてよろしくてよ﹂
﹁どーも、ありがとうございます﹂
すんなりと話が進んだ。けれど、本当に問題なのは記憶喪失だ。
話によれば、森の中で倒れていたらしい。ならば理由を探ること
が解決の糸口かもしれない。
﹁あのぉ、あたしって森で倒れてたんですよね? その場所とかに
案内してもらってもいいですか?﹂
﹁その話は食事をしながら︱︱わたくしの近くにお座りになって﹂
そう言い残してマダム・ヴィーは侍女に車椅子を押させ移動した。
長方形の長い食卓の端にマダム・ヴィーは着くと、松葉杖を受け
取って立ち上がった。
﹁皆さん席にお着きになって、晩餐をはじめましょう﹂
すでに静まり返っていた食卓に、声はよく響き渡った。
363
そして、全員が速やかに席に着いたところで乾杯の合図をする。
﹁夜はまだまだ長いわ。どうぞ今宵も楽しみにを︱︱乾杯﹂
グラスの中で躍る赤い葡萄酒。
少女は一気にグラスを空にした。
﹁あ∼っうまい﹂
それを聞いてマダム・ヴィーのルージュが微笑む。
﹁どうぞいくらでもお代わりになって﹂
﹁お言葉に甘えて﹂
少女のグラスに侍女が葡萄酒を注ぐ。
すぐにまた飲み干そうとした少女だったが、グラスに口をつけた
ところで、やっぱりやめてグラスを置いた。
﹁そうだ、あたしが倒れていた場所に案内して欲しいんですけど﹂
すぐ斜め横にいるマダム・ヴィーに話しかけた。
﹁明日になったら、貴女を見つけた召使いに案内させましょう。そ
れよりも、ここにしばらくいるのなら、名前が必要でしょう﹂
﹁なんか素性を語っちゃいけないとかで﹂
﹁貴女の名前は⋮⋮余っているアルファベットは、Kにいたしまし
ょう。貴女にぴったりだわ﹂
横から口を挟んでくる者がいた。
﹁僕もお似合いなアルファベットだと思うよ﹂
Sだった。
彼はKの向かい側の席に座っていた。
少女は首を捻る。
ケー
という響きにあまりしっくり来なかったが、ほか
﹁そんなにあたしってKって顔してる? って顔は見えないんだけ
ど﹂
少女は
に変えてもらっても同じだろうと思った。本名を付けられても、今
はどう感じるかわからない。
とりあえず今はKを受け入れた方が良さそうだ。
記憶を取り戻すために、明日になったら倒れていた場所に案内し
364
てもらうことになったが、それ以外はどうしていいのかKにはわか
らなかった。そこで目の前の状況を調べることにした。
﹁これって何の集まりなんですか?﹂
﹁さっきも言ったけど君は立ち入れない方がいいよ﹂
Sは言うが、マダム・ヴィーも同じだった。
﹁貴女は客人ではあるけれど、正式な客人ではないわ。密やかな催
し物があるとだけ言っておきましょう﹂
﹁あたしは参加できないんですか?﹂
﹁官能的なことはお好き?﹂
突然マダム・ヴィーが尋ねてきた。
﹁気持ちいいのは好きですけど﹂
﹁その道を辿れば、いつかはわたくしの催しに辿り着くかもしれな
いわね﹂
今は参加できないということだろう。
Kは自分のことすらわからないというのに、この屋敷にも謎が多
すぎる。
それからも夕食は続き、記憶のないKは適当な会話で周りに合わ
せた。
少しずつ食卓から人が減っていく。
Kは会話に参加することをやめて、次々と注がれる葡萄酒を飲み
干していった。どうやらあまり酔わない体質らしく、いくらでも飲
めてしまう。
気づけば近くにマダム・ヴィーはおらず、それどころか客人たち
の姿も誰一人なかった。
食卓にいるのは片付けをする侍女たちと、グラスから一時も手を
離さないKと、それに付き合わされて葡萄酒を注ぎ続ける侍女。
﹁あれ、みんなどこ?﹂
誰もそれには答えてくれない。
﹁まっ、いっか。もう少し飲もうっと﹂
もう何本空けたかわからない。
365
注がれた葡萄酒を一気に飲み干す。
客人が多い屋敷のようだが、このままでは全ての葡萄酒を、飲み
干してしまうのではないだろうか。
片付けも終わり、食堂に残されたのは二人だけ。時折新たな葡萄
酒を持ってくる侍女を合わせても、この広い食堂に三人だけしかい
なかった。
さすがにこの状況にKはグラスを置いた。
﹁あたし空気読める人だし大丈夫﹂
ここまで飲んだ時点で空気が読めていないが。
Kが席を立つ。
ようやく解放された侍女がグラスを片付けるために食堂の奥に消
えた。
食堂を出て廊下を歩き出すK。とりあえず向かうところもなく、
目を覚ましたはじめの部屋に行くことにした。
記憶はないが、屋敷の道順は覚えている。
食堂には人が集まっていたというのに、廊下では誰とも会わない。
大階段を上り、テラスの横を通り過ぎようとしたとき、やっと人
影を見つけた。
Kはテラスに出てその人影に近付いた。
﹁こんばんわぁ∼﹂
月明かりを浴びて夜風に当たっていたのはSだった。
﹁やあ、わざわざ声をかけてくれるなんて、僕に気があるのかな?﹂
﹁ぜんぜん﹂
Kは言い切った。
特に部屋に戻ってもすることがないだけだ。
テラスから見える景色は広大な夜の庭園だった。屋敷の敷地は広
いらしく、遠く彼方に塀を見える。その先には森が続いているよう
だ。
なぜこんな場所にいるのかKは見当も付かなかった。
﹁ぜんぜん記憶が戻らなくて困ってるんだけど。この辺りって地名
366
でいうとどこなの?﹂
﹁帝都からはだいぶ離れた場所だね。詳しい場所は会員しか教えら
れないけど﹂
﹁ていと、テイト、帝都? あ∼っ帝都エデンね。そうだ、帝都エ
デンなんだけど、あたしに関係あるんだっけそこ?﹂
科学と魔導の巨大都市エデン。聞き覚えがあったが、具体的なこ
とは思い出せなかった。
会員
って言ったけど、やっぱ秘密クラブみないな感じな
思い出せないことは置いといて、Kはある言葉に引っかかった。
﹁今さ
の?﹂
﹁立ち入らない方がいいと言っているのに、物好きだね君は﹂
﹁だって秘密秘密にされると気になるじゃん、やっぱ?﹂
﹁この屋敷で素性を隠すのは、地位や名誉があるからだよ。だから
あまり詮索することは好まれない。あまりしつこくしていると屋敷
を追い出されることになるだろうね﹂
﹁それは困るけど、気になるし。あなた以外の人とも話したいし。
てゆか、食堂からここに来るまで誰とも会わなかったんだけど、み
んな部屋に引きこもっちゃってるわけ?﹂
﹁どうだろうね﹂
マスクの下で口元が笑った。なにかありそうな笑みだ。Kもその
笑みを見過ごさない。
﹁何かあり気な。もしかして催し物とかいうの今やってる?﹂
﹁なかなか察しがいいね﹂
﹁じゃあさ、なんであなたはここにいるの、変じゃない?﹂
﹁その質問はなかなか鋭い。ここに集まる客人たちは、催し物のた
めに集まっている。だったら僕はただの客人ではないということに
なるかな﹂
﹁謎だからけで嫌になるし﹂
うんざりして溜息を吐いた。
そんなKの目の前にSは指を一本立てた。
367
﹁では1つだけ。僕とマダム・ヴィーは仕事仲間のようなものさ。
ただ僕はあまり彼女が好きではないけれどね﹂
﹁じゃあ仕事のことでここに来たってこと?﹂
﹁1つだけと言っただろう﹂
﹁脱ぎたてパンツあげるから、もっとサービスしてよ﹂
﹁刺激的な女性は好きだが、そういうのは苦手だね。では、また﹂
逃げるように足早にSは姿を消してしまった。
すでにパンツを脱ぎかけていたKは、唇を尖らせながら一人残さ
れパンツをはき直した。
屋敷のどこかで今宵も繰り広げられる宴。
丸テーブルに座る仮面の紳士淑女たち。
舞台上では松葉杖をつくマダム・ヴィーの姿。
暗い照明の中、舞台の中心にスポットライトが当てられる。
﹁それは次の商品をご紹介いたしますわ﹂
マダム・ヴィーの声に続いて、舞台裏から首輪で繋がれた全裸の
少女が引きずられてきた。
獣のように四つ足で舞台上を歩く少女。その股間からは蜜が垂れ、
恍惚とした表情をしていた。
侍女が溢れる蜜をグラスに注ぎ、それをマダム・ヴィーに手渡し
た。
マダム・ヴィーは芳醇な香りを楽しみ、蜜で満たされたグラスを
高く掲げた。
﹁わたくしの商品の中でも人気のある蜜奴隷。さらに改良を加え、
味、香り、共に前の作品を遙かに凌ぐ物となりましたわ。さあ、そ
れでは味見をなさりたい方はいらっしゃるかしら?﹂
一斉に客たちが手を挙げた。男だけではない、中には女も手を挙
げている。
マダム・ヴィーは辺りを見回すように首を振り、部屋の一番奥の
席に一人で座る男に手を向けた。
368
﹁貴方⋮⋮そう、一番奥に座る貴方よ﹂
呼ばれた男は無反応だった。この男は手を挙げていなかったのだ。
この男︱︱Kが声をかけた男だ。
マダム・ヴィーはさらに催促をする。
﹁さあ、舞台へお上がりなさい﹂
男の口元が不敵な笑みを浮かべた。
﹁いや、結構。その嗜好は私には合わないようだ﹂
急に客席は静まり返り、そして一気にざわつきはじめた。
これは誰も予期していなかった出来事なのだ。
皆、マダム・ヴィーの顔色を窺いながらも、しっかりとその姿を
見られずにいる。
マダム・ヴィーも不敵に笑った。
﹁どうぞお上がりなさい、Lだったかしら?﹂
﹁いや、結構﹂
再びLはマダム・ヴィーの誘いを突っぱねた。
客席の人々は凍り付くような汗を流しはじめた。もう息をするの
も苦しいくらいだ。
さらにマダム・ヴィーは口角を上げた。
﹁お上がりなさい﹂
﹁結構だ﹂
人々はそのLの言葉が死の宣告のように聞こえた。
果たして死ぬのは誰か?
しかし、そのような事態は起こらなかった。
マダム・ヴィーが急に声を出して笑いはじめた。
﹁ふふふふふっ、きゃははははっ、宜しいでしょう。ではそこの貴
方、舞台へお上がりなさい﹂
別の男が指名された。この男も手を挙げていなかったが、今は些
細な問題でしかなかった。
指名された男はすぐに席を立とうとしたが、緊張のためか足がも
つれ大きく転倒してしまった。
369
マダム・ヴィーがその男を見下す。
﹁さあ、早く舞台へお上がりなさい﹂
穏やかな声音だったが、その奥には何かが潜んでいる。
慌てた男は額の脂汗を拭って立ち上がり、急いで舞台に上った。
男は舞台で仰向けに寝かされ、その顔を蜜奴隷が四つん這いのま
ま跨いだ。
蜜奴隷の秘所はまるで処女のようにしっかりと閉じられていたが、
蜜が溢れボトボトと男の顔に落ちる。
誰に命じられるでもなく、そうするのが当たり前のように、蜜奴
隷は自らの秘所を両手で開いた。
滝のように零れてくる蜜を顔全体で浴びる男。
口を開くと、甘い蜜の香りと味がいっぱいに広がる。
男は夢中で蜜を飲んだ。
砂漠の大地で咽を潤すように、無我夢中で蜜を呑み込んだ。
﹁うぐっ⋮⋮ううっ⋮⋮美味い、なんて美味いんだ⋮⋮ふぐっ⋮⋮
こんな美味い飲み物は飲んだことがない!﹂
男の口に収まりきらない蜜が唇の端から流れ出す。
もう顔どころか、髪も服も蜜でグショグショになっていた。
さらに男の股間は張り裂けんばかりに膨れ上がり、中でビクビク
と震えている。
極上の蜜を男が飲み続けている中、マダム・ヴィーは客席に顔を
向けた。
﹁それではオークションをはじめましょう﹂
その言葉などすでに蜜に夢中な男の耳には入っていない。こんな
にも蜜の虜になりながら、オークションに参加できぬとは、可哀想
なものだ。しかし男は今、絶頂に幸せなのだ。
100万円からはじめて、数秒後には億単位の値段がつけられて
いた。
すでにさきほどの緊迫した空気などなく、熱気狂気が会場に渦巻
いている。
370
その中で二人だけ、冷静に異様な空気を放っていた。
舞台上を見つめるL。その視線の先でこちらを見ていたのはマダ
ム・ヴィー。
仮面に隠されたLの表情。
そして、ベールに包まれたマダム・ヴィーの表情。
ただ1つ、互いのルージュが笑みを浮かべていたのだった。
371
夢の館︵3︶
ベッドで横になっていたKがカッと目を開いた。
﹁寝れないし!﹂
窓の外は星明りのみ。
まだ起きるには早いが、Kはベッドから這い出した。
﹁なんだか落ち着かない⋮⋮変な汗ばっかり掻くし﹂
手が汗で滲んでいる。とても熱くて今にも火を噴きそうだ。
Kは無理して寝ることを諦め、夜の散策に出かけることにした。
部屋を出ると、廊下は薄闇に包まれていた。
空気は生暖かく、肌をじとじとさせる。
﹁学校近くの32[サーティトゥ]でアイス食べたい気分﹂
自分の発言を耳にしてKはハッとした。
﹁学校近く⋮⋮あたしって学生なの?﹂
それ以上は思い出せない。
学校と言っても、昔のことかもしれない。
﹁そもそもあたしって何歳なんだろ﹂
マスクで顔全体は見られなくても若いことはわかる。
﹁お酒もガンガンいけるし二十歳かな⋮⋮でも二十歳って結構歳じ
ゃない?﹂
独り言をぶつぶつ呟きながら、Kは廊下を歩き続けた。
そして、テラスの横を通りかかったとき、また人影をその場所で
見た。
KはSかと思ったが、目を凝らそうとしたときには、その影はな
んとテラスから消えていたのだ。
急いでKはテラスに出て、辺りを見渡したが誰もいない。フェン
スから身を乗り出して、庭園のほうも見たが、暗くてよく見ること
はできなかった。
372
﹁まさかここから飛び降りたってことは⋮⋮でも、なんだかあたし
だったら飛び降りれそう。痛そうだけど﹂
普通だったらそんな行動を取らないだろう。
軽はずみとしか言いようがない。
Kは2階のフェンスを軽く跳び越え、1階の地面に着地した。
﹁ちょ⋮⋮と足痺れたけど、もっと高いとこからでもいけそう﹂
洋館なので、素足のまま外に出るようなことにはならなかったが、
Kは玄関に戻り扉を開けようとすると︱︱。
﹁開かないし﹂
当然と言えば当然だった。夜ともなれば戸締まりをするのは当た
り前だ。
飛び降りることはできても、高くジャンプすることはできそうも
なかった。
仕方がなくKは屋敷の周りを回って見ることにした。どこか入れ
そうな場所があるかもしれない。
屋敷は2階建て、庭も広いが屋敷そのものも広大だ。1周するだ
けでもだいぶ時間がかかりそうだった。
テラスがあったのはちょうど玄関の真上。ここから右に進むか、
左に進むか。
﹁どちらにしようかなかみさまのいうとおり﹂
これをやると最初に指差した方に決定するのだが、第一印象が正
しいことはよくあることだ。
Kは左から回ることにした。
外は風もなく、やはり少しじとじとした暑さがある。
屋敷の外壁に沿いながら歩き、ようやく2つの角を曲がり裏手ま
でやって来た。
表の庭も広大であったが、裏庭も途方もなく広い。
その一角のある場所に差し掛かったとき、Kは異臭を感じて鼻を
摘んだ。
その場所には花が咲いていた。
373
妖しげな花。
一般的な植物事典には載っていないだろう。
Kはその花のことは知らなかったが、どのようなものに属してい
るかは、独特の気配で感じ取っていた。
おそらく魔導に属する花だ。
調合により効能を発揮するような植物ではなく、それそのものに
魔導の力が宿っている。
ここにある植物の種類は1つや2つではなかった。近くにはビニ
ールハウスもあり、さらにあなの中でも植物が育てられているのだ
ろう。
その場を離れ少し歩いたところには焼却炉があった。
﹁⋮⋮火﹂
つぶやくK。
﹁燃やす⋮⋮なにを?﹂
何かが引っかかる。
躰が熱い。躰が何かを訴えている。それがわかってもどうするこ
ともできない。
苛立ちを覚えながらKは頭を掻き毟った。
﹁ったく﹂
歯がゆくて仕方がない。
今はこれ以上の収穫は望めそうもないので、Kは別の場所へ移動
しようとしたとき、夜闇に紛れる気配を感じた。
すぐにKは苗木たちの陰に身を潜めた。
ゴリラのような体型と歩き方をしたこちらに近付いてくる。
近付いてきてわかったが、その男はゴリラよりも遙かに大きく、
背を丸めた状態でもつま先から頭まで3メートルはあった。
その巨漢の男は背中に大きな麻袋を担いでいる。
月明かりのせいなのか、巨漢の男の顔は死人のように蒼白く、目
の下や頬などはくすんだ陰になっていた。
巨漢の男はKに気づかずすぐ近くを通り過ぎる。
374
Kは目を離さず視線で追った。
先に見えたのは池の囲いか、それとも巨大な井戸のようなものだ
った。
巨漢の男はその前で足を止め、麻袋ごとその中に放り投げた。
しばらくして、衝撃音と共に生々しい人の呻き声が聞こえてよう
な気がした。
Kは口角を上げた。そこに何があるのか、知りたくて堪らない。
巨漢の男が姿を消して、しばらくようすを見てからKはその場所
に近付いた。
そこは囲いのある穴だった。巨大な井戸のような場所だが、水が
あるようには思えない。
どれぐらいの深さがあるのかわからない。昼ですら底が見えない
のではないだろうか。地の底︱︱地獄まで繋がっていそうな穴だっ
た。
ただのゴミ捨て場の可能性もあるだろう。焼却炉で燃やせないよ
うな金属や食器、それを捨てる場所かも知れないが、あの呻き声の
よう音はなんだったのか?
﹁生きた人間を捨てる場所だったりして﹂
Kの冒険心がくすぐられる。
もっと近付いたら何かを見えるかもしれないと思い、Kは縁に手
を掛けて身を乗り出した。
やはり何も変わらない。暗闇がどこまでも続いているだけだ。
﹁もしもーし!﹂
穴の中で声が反響する。かなり深そうな穴であることが伺える。
﹁誰かいるのー!﹂
また声が反響する。
Kは耳を澄ませると、微かだが自分の声とは違う音がした。
しかし、それが何の音であるかでは判別できなかった。
﹁さてっと、どうしよか﹂
どれくらいの深さかもわからないが、おおよそでは、
375
﹁ジャンプできそうなんだよね﹂
ただ、問題は登る方法だった。
今も屋敷の中に戻れなくて困っているというのに、もしもこの底
がただの穴だった場合、道具も手段もなく絶望的だ。
その場で考えていたKは、遠くから迫ってくる鬼気を感じて身構
えた。
凄いスピードでこちらに近付いてくる。
黒い四つ足の動物。
犬だ、それもただの狗ではなく全長2メートルを超える巨大な犬。
黒犬は隆々とした筋肉を躍動させながらKに襲い掛かってきた。
素早い身のこなしでKはそれを躱し、黒犬はすぐ後ろの大穴に落
ちていった。
落下音がする間もなく、次の黒犬がKに襲い掛かってきた。
転がるように躱したKだったが、直撃は免れはしたももの、牙で
腕を抉られ大量の血が噴き出した。
だが、その傷は見る見るうちに塞がっている。
﹁あれっ、もしかしてあたしって不死身?﹂
なんてことを言っている間にも、黒犬が続々と群れを成してKの
周りを取り囲む。
﹁1、2、3⋮⋮5?﹂
黒犬の数は4匹であったが、そこにあった頭数は5であった。
4匹のうち1匹は双頭の黒犬だったのだ。
犬とかけっこして勝てる気はしなかった。しかも、相手は4匹。
逃げられないのなら戦うしかない。
Kは素手を握り締めた。
肉弾戦は不利だ。
またうまく穴の中へ落とすことができればいいが、それも何匹も
続けてとなると難しいだろう。さきほどは黒犬自ら落ちてくれたが、
持ち上げて投げ込むのは筋力的に無理そうだ。
Kは地面をすり足でにじり歩く。
376
黒犬が立て続けに襲ってきた。
1匹目を躱すとすぐに反対方向からもう一匹が、そいつに気を取
られていると別方向からも。
﹁くっ!﹂
Kの腹に黒犬の牙が喰い込んだ。
牙の間から滲み出る鮮血。
それで怯んでいる場合ではない。飛び掛かってきた黒犬の目玉を
殴り飛ばし、その隙に腹に噛み付く口をこじ開けようとするが、犬
の顎の力は想像以上に強い。
さらに別の黒犬がKのふくらはぎに噛み付いた。足ごと持って行
かれそうだった。
﹁マジ痛いし!﹂
歯ぎしりするほどの痛みに耐えていると、さらに背中から飛び掛
かられ、Kは不意に地面に倒れてしまった。
Kは立ち上がろうとするが黒犬に押さえつかられて無理だ。さら
に這って動こうにも足が噛み付かれたまま引っ張られ動かない。無
理に動かそうものなら、確実に肉が剥ぎ取られる。
流れ出す血が地面に染みこむ。
Kは地面を引っ掻き、爪の間に土が入る。
双頭の黒犬が背後から近付いてくる。
Kはどうにか顔を向けて双頭の黒犬を見たが、見なければよかっ
たと後悔した。
﹁⋮⋮ウソでしょ﹂
隆々と硬く尖ったその突起。
﹁ちょ⋮⋮それはない⋮⋮犬となんてありえないし!﹂
叫んだK。
だが、双頭の黒犬はKのショーツを牙で剥ぎ取り、覆い被さって
その部分を尻に押し当ててきた。
Kは慌てて躰をもじらせて抵抗する。
それだけはなんとしても死守しなくてはならなかった。
377
こうなったら脚と腹を犠牲にするしかない。
﹁荒手のダイエットだと思えば!﹂
躰を激しく動かそうとしたときだった。
凄まじい気配と共に双頭の黒犬の片首がボトリと地面に落ちた。
血を噴きながら双頭の黒犬は暴れ狂った。
そして、絶命した。
残った3匹の黒犬がKの躰から離れる。Kなどに構っていられな
い事態が起きたのだ。彼らにとって敵が闇の中に潜んでいる。
その人影は月光を背にして輝きを放っていた。
﹁無様だな、︿不死鳥﹀のように⋮⋮とはいかないようだね﹂
黒犬がその男に襲い掛かるが、次の瞬間に聞こえてきたのは骨を
折る音。
男は黒犬の首を抱え込み、その太さに関わらず一瞬にして粉砕し
てしまったのだ。
﹁忠実な番犬は無謀とわかっていても敵に飛び掛かる﹂
同時に残った二匹の黒犬が男に飛び掛かる。
刹那、男の手から夜よりも暗い闇の手刀[シュトウ]が放たれた。
闇の力を纏った手刀は二匹の黒犬を同時に真っ二つに割った。
吠える間もなく、苦しむ間もなく、黒犬は絶命した。
Kに近付こうともせず、男はこの場を立ち去る。
脚や腹を負傷しているKは、どうにか踏ん張りながら立ち上がっ
た。傷は少しずつ塞がりつつあるが、脚は引きずって歩くのがやっ
とだ。
﹁ちょっと待ってよ!﹂
Kは叫ぶが、男の姿はもうない。
テラスで見た人影、もしかしたら今の男と同じ人物かもしれない。
遠くで犬の咆哮[ホウコウ]が聞こえた。
広い屋敷だ、まだ番犬がいても可笑しくはない。
Kは急いでその場から去ることにした。大量の血が獣を引き寄せ
る。
378
男が消えたであろう方向へKは歩みを進める。
屋敷からどんどんと離れていく。
広がり続ける裏庭。
牢屋のようなフェンスで囲まれた敷地。
その先に見えるのは墓地だった。
墓地に侵入したKは辺りを見回す。
ほとんどが崩れかけた墓石で、長らく放置されているように思わ
れた。
荒れ果てた墓の中に、ほかとは違う墓があった。
そこに並んでいる物は、墓石だけが建てられているのだが、その
墓の前だけには石でできた棺のふたらしき物があったのだ。
﹁しかもなんかちょっと斜めってるっていうね﹂
そのわざとらしさに罠とも考えられるが、Kは構わず石のふたを
動かした。
そして、その下から現れたのは地下へと続く階段。
﹁人気のないところにある秘密階段⋮⋮なにこのセオリーどおりの
展開﹂
文句を付けながらKは階段を下りる。
地下に潜るにつれ、明かりが失われていくと思いきや、中のほう
が夜空の下より明るかった。
石造りの廊下に灯された蒼い明かり。備え付けられたランプの中
では、魔導を帯びた蒼い光が灯されていた。
湿気を含んだ冷たい空気。
ゆっくりと歩き出すK。
地下は道が入り組んでおり、まるで迷宮を思わせた。
長い廊下、いくら進んでも部屋らしき場所には行き当たらない。
いくつもの分かれ道を進み、引き返そうにも道がわからない。
どこに着くのかもわからない。
臆することなくどんどん進み続けたKは、ついに今までと違う場
所に行き当たった。
379
階段だ。
上へと階段を伸びている。
階段を上った先には扉があった。この扉はどこに繋がっているの
か?
内鍵を外してKは重い扉を開けた。
そこの先に広がっていたのはどこかの屋敷。
﹁あ、帰ってきたっぽい﹂
ほかに屋敷があるとは考えづらい。
その場所から歩き出すと、すぐに見覚えのある大階段まで来るこ
とができた。
Kは大きなあくびをした。
﹁ふぁ∼、もう疲れたし寝よ﹂
そう言って自分の部屋に向かって大階段を上りはじめた。
380
夢の館︵4︶
︱︱眼に焼き付いた最後の光景は嗤うルージュ。
Kは躰を優しく揺さぶられ、ゆっくりと目を開いた。
﹁ふわぁ∼、あと5分、あと5分だけ寝かせてぇ∼﹂
﹁かしこまりました﹂
と少女の声がして、気配が去っていくのを感じてKはベッドから
飛び起きた。
﹁ちょっと待って行かないで!﹂
寝ぼけていた脳みそが一気に覚醒した。
Kが呼び止めるとフェイスマスクを被った侍女が立ち止まった。
彼女が押していたカートには朝食が乗せられている。
メニューはパンとスープとサラダ。
﹁肉が食べたいなぁ﹂
何気なくKが言うとすぐに、
﹁かしこまりました、すぐにお持ちします﹂
と取りに行こうとする侍女の袖を急いでKはつかんで止めた。
﹁行かなくていいから、例えばの話だから、なくても別にいいから、
ね?﹂
従順すぎるのも少し困る。
侍女が去ったあと、Kは朝食を歩き食いしはじめた。
部屋の中をクルクルと回る。
﹁ん∼﹂
今日の予定は、そうだ、Kが倒れていた森に連れて行ってもらう
はずだった。
朝食をさっさと食べ、用意されていた服に着替える。
﹁なんか⋮⋮中世の片田舎のお嬢さんって感じ﹂
お嬢様ではないところが微妙だ。
381
﹁さーってと﹂
部屋を出て人を屋敷の者を探す。昼間ならばすぐに見つかりそう
だったが、意外に見つからない。
やっと侍女の背中を見つけて追いかける。
その途中で聞こえてきたピアノの旋律。
思わず侍女を追いかけるのを忘れ、その場に立ち尽くしてしまっ
た。
サロンに置かれたピアノを弾く男。
そこで寛ぐ人々はその音色に聞き惚れている。
紳士淑女たちはピアノから一定の距離を置いていたが、Kは構わ
ずピアノ近くで演奏を聴くことにした。
しかも、場の空気に反する行動をした。
﹁うまいじゃん﹂
しゃべりかけたのだ。
人々から冷たい視線を受けるがKは気にしない。
ピアノの奏者はSだった。
Sは気分を害するでもなく、気さくに返事をする。
﹁長いこと弾いていれば誰でも上手に弾けるようになるさ﹂
﹁え∼っ、絶対あなた才能あると思うよ∼。プロ目指しなよプロ!﹂
﹁それは嬉しいね﹂
急にSは旋律を変え、激しい曲を弾きはじめた。
近くで聴いていたKの心が弾む。
﹁それなんて曲?﹂
﹁さぁ、君の贈る即興曲だからね⋮⋮炎の舞いというところかな﹂
Sはなぜこのとき、解せない笑みを浮かべた。
この旋律を聴いていると、Kは何かが思い出せそうだった。
﹁ほのお⋮⋮かえん⋮⋮かえん?﹂
しかし、それ以上は思い出すことができなかった。
Sは急に演奏を止めて、その手でKの腕をつかんだ。
﹁ところで、血がついているけれど平気かな?﹂
382
﹁あっ、シャワー浴びるの忘れた﹂
スカートを捲り上げると脚にも血がべっとりついていた。
その血の痕をSは興味深そうに見ていた。
﹁傷痕はないね。誰の返り血かな?﹂
﹁あたしの血だし、でもなんか傷がすぐ治っちゃうんだよね。昨日
さ、夜に散歩してたら犬に噛まれちゃって、しかも人生初⋮⋮たぶ
ん初なんだけど犬に犯されそうになっちゃって、マジで大変だった
んだから﹂
﹁あの番犬を殺ったのは君⋮⋮と言いたいところだけど、別の者が
いるようだね﹂
﹁それがさぁ、あの⋮⋮なんかよくわかんないけど助けてもらった
みたいで﹂
あの男のことを言いかけて、やはりやめた。
それにしても男はあの場所で何をしていたのか。
あの穴の謎も解決されていない。
謎はいくつも残っているが、もっとも解決しなくてはいけない謎
を忘れてはならない。
﹁そうそう、あたしが倒れてた森に案内して欲しくて、人を探して
るんだけど?﹂
﹁ならマダム・ヴィーの部屋を尋ねてみるといい。よろしければそ
こまで案内するよ?﹂
﹁ホントに、あんがとー﹂
KはSに連れられマダム・ヴィーの部屋に向かった。
紅色に彩られた部屋に鞭の音が響き渡る。
﹁さあ、この脚を舐めるのよ﹂
脚
にしがみついた。
床を這っていた少年が上体を起こして、松葉杖を突いて立ってい
るマダム・ヴィーの
脚
にしがみつ
しがみつくと言っても、実際にはそこに脚はない。失われた片脚
が、あたかもそこに存在しているように、少年は
383
き、丹念に舌を使って舐め回す。
太股からつま先まで舐める少年の口から涎れが垂れる。
全体に奉仕をする。
ときに舌の腹を大きく遣い、ときに舌の先端を突くように遣い、
脚
マダム・ヴィーのルージュは恍惚を浮かべ、存在する太股に蜜が
伝った。
脚
から股間へと舌を這わせ
すでにショーツは身につけておらず、マダム・ヴィーは秘裂を人
差し指と中指で開いて見せた。
なにも命じられなくても、少年は
る。
股間に埋められた少年の頭をマダム・ヴィーが鷲掴みにして、さ
らに強く息も出来ないほど押しつける。
ぺちゃ、ぺちゃ⋮⋮と淫猥な音が響き渡る。
﹁んふっ⋮⋮﹂
マダム・ヴィーの鼻から熱い息が漏れた。
さらに頭を強く押しつける。
少年が頭を振るわせる。息が出来ないの違いない。けれど、少年
はそれ以上激しく抵抗をしようとはしない。
逆らってはいけないことを知っているのだ。
少年の全身が痙攣した。
そして、動きを止めた少年をマダム・ヴィーは床に叩きつけた。
少年は白目を剥いて舌を出している。
すぐに侍女たちが少年を部屋の外へと運び出す。
部屋の奥には裸の少年や少女たちが立たされていた。代わりなら
いくらでもいるのだ。
品定めを終えたマダム・ヴィーが次の玩具を指名する。
﹁その子がいいわ。たしかまだ処女だったわよね?﹂
ルージュが艶やかに笑う。
少女はベッドに寝かされた。その足下からマダム・ヴィーが蛇の
ように迫ってくる。
384
﹁怖がらなくていいのよ。わたくしがあなたの処女を食べてあげる
のだから﹂
マダム・ヴィーの手が少女の足に触れた。
さらにふくらはぎを這い、太股へと這っていく。
マダム・ヴィーは這いながら少女の躰に覆い被さる。
小さな膨らみの上で突起する鴇色の粒に歯が立てられた。
﹁ヒィィッ﹂
小さく悲鳴を漏らした少女。
﹁もっと大きな声をあげていいのよ﹂
さらに歯に力が込められた。
﹁ヒャアァァッッツ!!﹂
絶叫した少女に満足したマダム・ヴィーが口を離すと、その部分
には痕が残り血が滲み出していた。
﹁痛かったでしょう、すぐにお薬を塗ってあげるわね﹂
マダム・ヴィーがそう言うと、手袋をした侍女たちが少女の全身
に手を這わせ、得体の知れない白濁した薬を丹念に塗り込みはじめ
た。
小刻みに震え出す少女の躰。毛が逆立ち鳥肌が立つ。
薬は皮膚だけなく、毛の一本一本にまで塗り込まれる。
少女の息がだんだんと荒くなってきた。震えていた躰はうねるよ
うになり、下半身を何度も浮かせている。
全身から流れ出す汗と薬が混ざり匂い立つ。
マダム・ヴィーは少女と接吻を交わした。
少女は涎れを垂らしながら差し出された舌にむしゃぶりつく。処
女とは思えぬ肉欲。眼は溶けて焦点が合っていない。
涎れが糸を引く。
マダム・ヴィーが顔を離すと、名残惜しそうな甘えた表情をする
少女。
もう完全に落ちている。
少女の髪の毛を撫でるマダム・ヴィー。
385
﹁いい子ね、ご褒美をあげましょうね﹂
マダム・ヴィーは自らの股間に手を宛がい、クチュクチュという
音を立てた。
そして、腰を大きくビクン振るわせたかと思うと、その秘裂から
腕のように巨大なモノが生えてきた。
血管を浮き上がらせながらそそり立つそれは、陰核ではなくまさ
に⋮⋮。
巨大な肉棒が少女の腹に乗せられ、徐々に先端が下へと向かう。
快楽に浸っていた少女だったが、それを見た途端、急に表情を硬
くして全身を恐怖で振るわせた。
恐ろしい笑みを浮かべるルージュ。
次の瞬間!
﹁ギャァァァァァァァァッ!!﹂
この世のものとは思えない地獄の叫びが木霊した。
ギシギシと何かが音を立てていた。
﹁ヒィィィィィ!!﹂
メリッ、メリッと何かが避けていく。
少女の股間から流れ出した鮮血が白いシーツをたちまち真っ赤に
染める。
失神と覚醒を繰り返す少女は白目を剥きながら口から泡を吐いて
いた。
マダム・ヴィーが腰を動かす。
巨大な肉棒が少女の腹の中を抉る。
ベッドのスプリングが何度も弾んで、マダム・ヴィーの躰を浮か
せる。
鉈のように振り下ろされる巨大な肉棒。
﹁ヒィィッ、フギィッ⋮⋮ギャァァァァァッ⋮⋮ウガッンガッ!!﹂
もはや少女の口から発せられる音は悲鳴ですらなかった。
しかし、いつしか少女の鼻からは甘いと息が聞こえてくようにな
った。
386
﹁んっ⋮⋮んんっ⋮⋮うんっ⋮⋮ああっ⋮⋮ああン!﹂
﹁どう、気持ちいいでしょう。もっと薬を塗ってあげなさい﹂
マダム・ヴィーの命令で再び侍女たちが少女の躰に薬を塗りはじ
める。
今度は先ほどよりもたっぷりと、肌の色が見えなくなるほど塗り
たくられた。
脇の下やへその穴の中、口の中にも溢れんばかりの薬が入れられ
た。
侍女の指が少女の尻の窄みに触れ、そのまま吸い込まれるように
這入って行った。
﹁ヒィッ!﹂
前からも後ろからも犯され、少女は狂乱に酔いしれた。
はじめは1本だった指も2本に増え、3本に増えながら菊門を拡
張していく。
﹁嫌っ⋮⋮這入りません⋮⋮そんな⋮⋮﹂
どこを触れられても気持ちがいい。
少女は休まることなく痙攣し続け何度も舌を噛んだ。
﹁ふがっ⋮⋮ひぃっ⋮⋮死ぬ⋮⋮死ぬ⋮⋮っ!﹂
やっとの思いで出た少女の言葉。
冷たいルージュ。
﹁今死ねるなら幸せでしょう?﹂
﹁はい⋮⋮幸せです⋮⋮﹂
﹁まあ、なんて変態なんでしょう、うふふふふっ﹂
﹁変態⋮⋮です⋮⋮ううっ⋮⋮だから⋮⋮﹂
﹁もっとご褒美が欲しいのね﹂
マダム・ヴィーが巨大な肉棒を引く抜くと、少女は俯せにさせら
れ、今度はそれをヒクつく別の穴へと挿入られてしまった。
そこにあるシワというシワが伸び、メリメリと中へ侵入していく。
﹁ヒィィィッ⋮⋮避けてしまいます⋮⋮ううっ!﹂
﹁避けてもわたくしは構わないわ﹂
387
直腸がまっすぐに伸ばされ、今にも腹を貫かれそうだった。
﹁キャハハハハハッ! こんな小さな躰に全部這入ってしまうわ。
もしかしたら口から先端が出てしまうかもしれないわね!﹂
現実にはそんなことはありえないが、まさにそのような感覚が少
女を襲っていた。
意識が朦朧としてきた少女。
少女は自分の血の臭いを肺一杯に吸い込みながら、全身を真っ赤
に染めていく。
眼を開けたまま少女は動かなくなった。
声すらも上げず、ただひたすらに中をズタズタに引き裂かれる。
﹁あら、もう終わり?﹂
マダム・ヴィーは血のべっとりとついた巨大な肉棒を引き抜いた。
﹁この子は気に入った。すぐに手術をして蘇生してあげなさい﹂
ただちに侍女たちが少女の残骸を運んでいく。
﹁まだわたくしは満足していないわ。次はどの子がいいかしら?﹂
マダム・ヴィーに顔を向けられた少年が気絶した。
﹁ふふふっ、可愛いのね。その子には地下に運んでちょうだい。特
別な処置を施して売り物にしましょう﹂
残された少年少女たちは、次は自分の番かと震えが止まらない。
待っているのは地獄のみ。どの地獄に行くか、選ぶ権利すら与えら
れない。
すべてはマダム・ヴィーの為すがままに︱︱。
奇声を上げて少年が逃げ出そうとした。
しかし、足がもつれてすぐに転倒してしまった。
すぐに侍女たちが少年を押さえつけ、口に猿ぐつわを嵌めた。舌
を噛んで自殺させないためだ。このような痴態を晒した者には、今
死なれては困るのだ。
﹁逃げ出そうとするなんて、どれほど怖かったのかしら、可哀想に﹂
ルージュは嗤っていた。
﹁でも大丈夫よ怖くないわ。その子の眼を抉って、耳も塞いであげ
388
なさい。そうすれば怖くないものね、うふふふふふふ、うふふ、キ
ャハハハハハハ!!﹂
マダム・ヴィーが声をあげて笑い続けていると、部屋の奥から侍
女が現れた。
﹁お館様、シュバイツ様がお見えになりました﹂
それを聞いてマダム・ヴィーは舌なめずりをした。
﹁あら、自らわたくしの部屋に来るだなんて、どのような風の吹き
回しかしらね﹂
実に楽しそうに声を弾ませた。
少しして部屋に入ってきたのはSと、彼が連れてきたKだった。
﹁ご機嫌ようマダム・ヴィー。貴女が彼女との約束を忘れているよ
うなので、わざわざ催促に来ました﹂
Sに言われマダム・ヴィーはKに視線を向けた。
﹁そうだったわ、大切な貴女との約束を忘れるところだったわ。た
しか、そう、貴女を発見した森まで行くのだったかしら﹂
﹁まあ、そうなんですけど﹂
Kは適当に返事をしながら、その視線は異様な部屋に向けられて
いた。
大量の血痕。
裸で立ち尽くす少年少女たち。
それを隠そうともしないマダム・ヴィー。
口を硬く閉ざしているKの手をSが引いた。
﹁さあ、僕たちは外で待っていよう。マダムにも支度があるだろう
からね﹂
KはそのままSに引っ張られ部屋の外に出た。
大きく息を吐くK。
﹁うぇぇぇぇっ、ひっどい趣味﹂
﹁まったくその通りだ。しかしどんな性癖を持っていようと、彼女
の才能は必要とされているんだよ﹂
﹁どんな才能?﹂
389
﹁少し口が滑ったね、今のは聞かなかったことにしておくれ﹂
﹁ききた∼い﹂
﹁可愛い子にそう言われると弱いけれど、僕にも立場というものが
あってね﹂
Sは苦笑した。
それからしばらくして、車椅子に乗ったマダム・ヴィーが部屋か
ら出てきた。
﹁さあ行きましょう、森の奥へ﹂
何事もなかったように、まるであの部屋はただの夢だったと言わ
んばかりに、マダム・ヴィー異様なまでに澄ましたルージュをして
いた。
390
夢の館︵5︶
森への同行者にマダム・ヴィーとSも名乗りを上げた。それにマ
ダム・ヴィーに付き添う皆同じに見えるフェイスマスクの侍女が一
人。加えて案内役としてフェイスマスクを被った男の使用人が現れ
た。
この屋敷に来てKは男の使用人をはじめて見た。この屋敷にいる
使用人たちは皆若い女であり、夜に見た巨漢の男は使用人かどうか
わからない。
館を出て、真っ赤な薔薇の咲く庭を抜けると、そこには巨大な門
があった。
門は数多くの装飾が施され、荘厳さを兼ね備えていた。
近くで門を見ると、その装飾は地獄をモチーフにしていることが
わかる。重厚感のある金属製の門に、浮き彫りにされた悪魔や悪鬼
たち。不気味な笑い声が今にも聞こえてきそうだ。
重い扉が開けられると、強風が吹き込んできた。
門から先は森を切り開いた道が続いていたのだが、使用人はすぐ
に道を逸れて森の中へKたちを案内した。
森の中にはいくつもの小道が存在した。踏みならされている道に
は違いないが、車椅子のマダム・ヴィーは大きく揺られ、それを押
す侍女は大変そうだった。
枝を踏み折る音がどこかから聞こえた。近くではない、少し離れ
たところだ。野生動物がいるのだろうか?
草木の揺れる音。
﹁上だ!﹂
Sが声をあげたとほぼ同時、木の上から人影が降ってきて使用人
に飛び掛かった。
よく見るとそれは人ではなかった。シルエットは人に似ているが、
391
皮膚は腐ったような色をしており、全裸の躰には体毛はない。眼は
ぎょろりとして、涎が常に口から垂れている。
怪物は使用人を地面に押し倒し、その首に喰らい付いた。
﹁ギャァァァァァッ!﹂
引き千切られた首から血が噴き出す。
怪物は血を浴びて喜んでいた。両手を大きく上げて意味不明な雄
叫びをあげている。
﹁困ったわね、案内役がいなくなってしまったわ﹂
さして困った風もなくマダム・ヴィーが言った。
目の前で惨劇が起きたというのに、残された者たちは冷静だった。
まるで常にこのような常居と隣り合わせで生きているようだ。
Kは辺りの気配を探った。
﹁なんか一匹だけじゃないみたいなんですけどー﹂
怪物が森の奥から次々と姿を見せる。
すっかり周りを囲まれ、簡単には逃がしてくれそうもない。
一匹の怪物が股間のモノを手で擦りながら前で出た。
次の瞬間、その怪物は視界から消えていた。
﹁キャーーーッ!﹂
悲鳴のした方向をKが振り返ると、車椅子の後ろにいた侍女を怪
物が攫おうとしているところだった。
生け捕りにされた侍女は怪物の輪に放り投げられ、服を引き千切
られ柔肌を露わにさせられ、すぐに怪物どもに輪姦されてしまった。
侍女は四つん這いにさせられ、後ろから二本、前からも一本、穴
の中にケモノ臭い肉棒を突っ込まれた。
KはSとマダム・ヴィーの顔を交互に見合わせた。
﹁あのぉ、この状況どうするんですかぁ?﹂
﹁僕としては、レディを助けるべきだろうね﹂
Sが怪物の輪に向かって駆けだした。
その背中を見ながらマダム・ヴィーは微笑んでいるだけ。車椅子
のせいもあるだろうが、彼女ははじめから何もする気ないように思
392
える。
Kはどうするか決めかねていた。とりあえずSの様子見だ。
武器も持たず怪物の輪に飛び込んだSは、あろうことかなんと素
手で怪物に殴りかかった。
その結果はKを驚かせるものだった。
﹁わおっ﹂
Sの拳を顔面に受けた瞬間、怪物の頭部が西瓜のように弾け飛ん
だ。
至近距離の血飛沫がSの顔にかかることはなかった。彼はジャケ
ットは犠牲にしたが、顔に飛んできた血は全て躱したのだ。常人を
越えた俊敏さであった。
怪物どもが侍女を放置してSに襲い掛かる。
そのスピードは侍女を攫ったときに証明済みだ。
しかし、Sのスピードはそれをさらに越えていた。
網の目を縫うような隙間に入り怪物の攻撃を躱し、次々とその拳
をヒットさせていく。
しかも、戦いの最中におしゃべりをする余裕の見せようだ。
﹁プロのピアニストとして拳を武器にするのはどうかと思われるけ
れど、僕が得意な魔導は自己強化でね﹂
Kがつぶやく。
﹁ピアニストだったんだ﹂
プロを目指せとか言ったような気がする⋮⋮。
壮大な破裂音と共に怪物が次々と倒れて逝った。
仲間が無残な死に方をするのを見て、何匹かの怪物は逃げてしま
った。
片付けが済み、Sは侍女に手を貸して立たせた。
﹁大丈夫かな?﹂
﹁ありがとうございます﹂
﹁汚れていて済まないがこれを着るといいよ﹂
自分の着ていたジャケットを侍女に着せた。そして、にこやかな
393
雰囲気で、マダム・ヴィーのいる方向を振り向いた。
﹁さてマダム・ヴィー、ほかにはどのような珍獣がこの森にはいる
のかな?﹂
﹁ほかにもいろいろと。今のは一番小物の可愛い妖精さんよ﹂
不気味にルージュは微笑みを湛えた。はじめから彼女は知ってい
たのだ。
案内役の使用人は死に、森は怪物で溢れかえっている。
Kがゆっくりと挙手をした。
﹁はぁ∼い。ちょっと考えたんですけどぉ、別にあたしが見つかっ
た場所に行かなくてもいいかなぁって﹂
﹁賢明な判断ね﹂
マダム・ヴィーは言った。
しかし、Kには腑に落ちないことばかりだった。
まずあの使用人が本当にKをこの森の中で発見したのか?
真っ先に怪物にやられたような者が、この森に足を踏み入れKを
見つけることができるのだろうか。それができる可能性を考えるな
らば、彼一人ではなかったかもしれないことだ。
ほかにも怪物はなぜわざわざ車椅子の後ろにいた侍女を襲ったの
か。ほかにも襲いやすい者がいたはずだ。単純に好みの問題かもし
れないが。
さらにマダム・ヴィーの行動や態度だ。
﹁この場所が危険だって知ってたなら、使用人を前に歩かせるべき
じゃなかったんじゃ?﹂
Kがマダム・ヴィーに話を振ると、
﹁あの者しか道を知らないのだから前を歩いて当然でしょう?﹂
本当にそうだろうか?
マダム・ヴィーは自ら車椅子を動かしはじめた。
﹁さあ帰りましょう。屋敷に帰って美味しいワインでも飲みたいわ﹂
慌てて侍女が車椅子を押す。
その場で口を尖らせて立ち尽くすKの手をSが引いた。
394
﹁僕たちも行こう。またなにが出るかわかったもんじゃないよ﹂
﹁そーなんだけどさぁ。てゆか、ちょっと聞いてくれる?﹂
﹁なにを?﹂
﹁あたしって本当にここで見つかったのかな?﹂
すでにマダム・ヴィーたちは遙か遠く、その会話は聞こえていな
いだろう。
Sは何も言わなかった。
﹁だってさ、こんなところに気絶して放置されてたら死ぬでしょ?﹂
﹁死ぬかどうかはわからないけれど、きっとここで怪物に襲われた
ときに記憶を失ったんじゃないかな?﹂
﹁そうかなぁ。犯されて喰われて死んじゃいそうだけどなぁ﹂
﹁記憶を取り戻せばわかることだよ﹂
本当に記憶は取り戻すことはできるのか。
KとSは屋敷に向かって歩き出した。
屋敷に戻ったKはマダム・ヴィーと別れ、Sと共にテラスに来て
いた。
テラスにはテーブルとイスもあり、そこで紅茶を飲みながら時間
を過ごした。
Kはやはりまだ腑に落ちていなかった。
﹁やっぱりさ、森の中じゃないと思うんだよね、どう思う?﹂
﹁僕にはわからないね。神のみぞ知るじゃないかな?﹂
﹁神じゃなくてマダム・ヴィーが知ってる気がするんだよね。だっ
てあたしここで目覚めたんだよ、マダム・ヴィーが知らないわけな
いじゃん?﹂
﹁森で見つかったのでなければ、当然そうなるだろうね。彼女はこ
の屋敷では絶対だ、彼女に嘘の報告する者なんていない﹂
SはKを見ずにずっとテラスからの景色を眺めていた。
身を乗り出してKはSに迫った。
﹁あのさ、あなたとマダムってどーゆー関係なの?﹂
395
﹁前にも教えたけれど、ただの仕事仲間さ、ただのね﹂
﹁ただってとこ強調するの怪しくない?﹂
﹁仕事仲間だけれど、同じような人種だと思われるのが嫌なだけだ
よ﹂
Kもマダム・ヴィーとSは切り離して考えていた。マダム・ヴィ
ーの耳に入れたくない会話もSにはしている。Sからマダム・ヴィ
ーに伝わることをあまり危惧していないからだ。
この屋敷にいる者は誰しも謎に包まれているが、Sとこれだけ話
しても彼のことについてわからないことが多い。
どうしてもKがSに聞きたいことは、
﹁あなたってあたしの敵なの味方なの?﹂
これに対してSは口元に笑みを浮かべた。
﹁さあ、今のところは君と争うつもりはないね﹂
﹁今のところは⋮⋮ね﹂
ということは、何かがあれば敵としてKの行く手を阻むと言うこ
とだ。
どのような状況になればSは敵になるのかと考えたとき、Kはあ
えて今からしようとしていることを打ち明けようとした。
﹁この屋敷の地下を調べてみようと思うんだけど、どう思う?﹂
悪戯に笑うK。Sの反応を窺っている。
﹁この屋敷に地下があるだなんて、初耳だね﹂
﹁そう来る? ホントは知ってたんでしょ、てかさ、こないだ入っ
たときはそれどころじゃなくて調べられなかったけど、あの場所っ
てなにがあるの?﹂
﹁マダム・ヴィーに聞けば済むことだよ﹂
﹁めんどくさ∼い﹂
聞いたところで教えてもらえるとは限らない。
謎の男を追っている課程で地下への入り口を見つけた。その因果
関係から男が地下で何かをしていた可能性はある。地下はただの通
路なのか、それとも何かが存在してるのか。
396
Kは席を立った。
﹁んじゃ、冒険にでも行って来ようかな﹂
﹁あまり危険は冒さないようにね﹂
﹁心配してくれてあんがと、そんじゃね∼﹂
Sに別れを告げてテラスをあとにした。
大階段を下りて地下に続く扉があった場所に向かう。
堂々とした態度でKは扉の前に立った。別に人に見られても構わ
ない気持ちだ。
扉を調べるK。
﹁やっぱカギかかってるし﹂
すぐにここから入ることを諦め、Kは裏庭の先にある墓地へ向か
った。
夜の墓地は物悲しいが、昼は昼とてその荒廃がよく目につく。
こちらの入り口は前と何ら変わりなかった。
石のふたを動かし、地下へと進む。
地下は夜に来ても昼に来ても、同じ空気を纏って存在している。
蒼いランプの光が仄かに照らしていた。
入り組んでいる道のせいで、昨晩通った道はよく覚えていない。
壁や床など道がしっかりと舗装され整備されているが、入り組み
方は機能的とは言えず、まるで迷宮を思わせる。
﹁⋮⋮やっば、もう来た道忘れた﹂
呟いたK。
引き返す道すら見失ってしまった。
それでも躊躇なくKは歩き続け、やがて前方から物音が聞こえて
きた。
ジャラジャラと金属が擦れ合う音。
甲高い奇声。
獣臭い。
そこにはいくつもの牢屋が並んでいた。
牢屋の1つに閉じ込められているのは森で見た怪物だ。
397
ほかの牢屋の中には、はじめて見る獣というべきか、怪物が入れ
られていた。
獣たちはまったく見たことのないようなモノではなく、既存の獣
たちの奇形に思われた。
そう言えば、昨晩も双頭の黒い犬を見た。
﹁⋮⋮キメラ﹂
キメラないしキマイラ。ギリシア神話に登場する獅子の頭部、山
羊の体、蛇の尾を持つ怪物の名前。これに由来する合成怪物の総称
だ。
帝都エデンにもたびたびキメラが出現することがある。その多く
は魔導の副産物であり、人為的に作られた生。近頃は兵器としての
需要も高まりつつ、それに伴う規制が進んでいる。
蟷螂[カマキリ]の手を持つ男が牢屋越しに飛び掛かってきた。
Kはまったく動じない。
﹁カマキリ男⋮⋮ここで作られたとするなら、何の目的だろ。あっ、
昨日見たゴリラ男も本当にゴリラだったのかも﹂
ゴリラ男とは裏庭で見た巨漢の男のことだ。
そこら中から気配がしているが、それとはまた別の気配をKは感
じた。牢屋の中からではなく、廊下の向こう側から徐々に近付いて
くる気配だ。
隠れられそうな場所がここにはなく、Kは急いで廊下の奥へと進
んだ。
今までと雰囲気の違う場所に出た。
並べられた巨大なガラス管の中で液体に浸せれ浮いている謎の生
物たち。
ひとつひとつガラス管を見て回り、もっとも奥にあったガラス管
の中には裸の少女が目を瞑って浮いてた。
その姿を見た途端、急にKは頭痛に襲われその場に蹲ってしまっ
た。
硝子の向こう側で眠り続ける少女。
398
﹁そんな⋮⋮ウソ⋮⋮あるわけない⋮⋮﹂
声を震わせKは呻いた。
脳裏が揺さぶられる。
記憶が蘇る。
﹁だって⋮⋮だって⋮⋮なんでそこに⋮⋮いるの⋮⋮﹂
Kは叫びながらガラス管に飛び掛かった。
その先では今も少女が眠っている。
マスクで隠された自分の顔。
そして、硝子越しに見る少女の顔。
﹁なんでそこにあたしがいるの! だったらあたしは誰なの!?﹂
自我が崩壊しそうだった。
そのとき、硝子の棺で眠っていた少女の眼がカッと開いた。
燃えるような緋色の瞳。
宿りし炎。
今、その少女は目覚めた。
399
夢の館︵6︶
ガラス管が粉々に砕け飛び、流れ出す大量の液体と共に、華艶が
這い出された。
びしょびしょになった躰から雫をしたたらせながら、華艶はゆっ
くりと床から立ち上がる。
そして、すぐに近くに蹲るKを見つけた。
﹁誰?﹂
呼びかけに反応したのかしないのか、Kは虚ろな瞳で華艶を見つ
めた。
マスクで隠された少女の顔。
華艶は息を呑んだ。
たとえマスクで隠されていようと、見覚えのある顔がわからない
筈がない。
﹁ええっ∼∼∼ッ!? あたしじゃん!﹂
ガラス管の中に閉じ込められていた間に何が起こったのか、華艶
はわけがわからず混乱に陥った。
一方、Kは先ほどからぶつぶつと何かを呟いている。
﹁誰なの⋮⋮あたし⋮・⋮あいつ⋮⋮本物は⋮⋮あたし⋮⋮﹂
そして、Kは奇声をあげながら華艶に飛び掛かったのだ。
突然だったことと、それが自分と同じ顔を持つ者だったため、華
艶は避けきれずに首を絞められてしまった。
Kの手に力が入る。
﹁死ね⋮⋮死ね⋮⋮死ねーッ!﹂
首を絞められながらも華艶は抵抗できなかった。
﹁ちょ⋮⋮なんであたしの顔⋮⋮﹂
自分と同じ顔を持つ者に首を絞められている。赤の他人であれば、
すぐにでも反撃しているところだが、自分に攻撃をすることは躊躇
400
[タメラ]われた。
だからと言ってこのままでは絞め殺される。
﹁ごめん!﹂
華艶はKの腹に膝蹴りを喰らわせ、相手が怯んで手を緩めた瞬間
にタックルを喰らわせた。
砕け散った硝子の上で転がったKの躰が傷つき血が流れる。
しかし、血はすぐに止まり、深く切れていた腕の傷もすぐ塞がっ
ていく。
それを見た華艶は、
﹁マジ⋮⋮そこまであたしと同じなの?﹂
自分と顔が瓜二つなだけでなく、その能力までも同じ。もしかし
たら、ほかの能力も有しているかもしれない。
虚ろな目をしたKが再び華艶に飛び掛かった。
難なく華艶が躱すと、Kはそのまま床に飛び込んでしまった。運
動神経を感じられない、まるで魂の抜け殻のような動きだ。
立ち上がり華艶に掛かるや床に倒れ、また立ち上がり華艶に飛び
掛かる。何度もその繰り返しだった。
華艶は自分のそっくりさんの扱いに困り果てていた。
﹁どうしたらいいわけ、あたしにソックリなんだからしっかりして
よね﹂
その言葉も届かず、Kは延々と華艶に飛び掛かる。
ついに華艶はその場から駆けだした。
﹁逃げるしかないか﹂
自分に似た存在の正体も気になるが、一先ず放置してその場から
素早く逃げようとしたのだが、部屋の出口に現れた真っ赤な女の影
に阻まれる。
ルージュが艶やかに笑う。
﹁まさか目を覚ますなんて、期待以上だわ﹂
車椅子に乗って姿を現したのは、
﹁マダム・ヴィー!﹂
401
華艶の叫び声が木霊した。
事件の依頼は数日前に遡る。
失踪した弟を捜して欲しいという姉からの依頼だった。
手がかりは多く、弟は何者かに攫われたことが判明する。
そして、事件の調査を進める華艶の前に現れた男。
﹁︿不死鳥﹀の華艶⋮⋮キミもオークション会場を探しているのか
?﹂
はだけたシャツから覗く胸には、巨大な十字架の刺青。
闇の中にありながら輝き続ける︿宵の明星﹀の通り名を持つ殺し
屋︱︱瑠流斗[ルルト]。
﹁オークション会場って?﹂
華艶は首を傾げて尋ねた。
謎の人攫い集団の存在。何らかの組織による誘拐であり、その被
害者は数え切れないほどいることが判明した。そこで華艶は同一の
組織に攫われたと思われる被害者を割り出し、犯行が行われた現場
を調べていたのだ。
その1つ、友人とのカラオケの最中、トイレに行くと言って帰ら
なかった少年。犯人の逃走ルートはどこか、それを探る内に華艶は
ビルの屋上にやって来た。
そこで月明かりを浴びて立っていたのが瑠流斗だった。
﹁まだそこまで辿りついていないのか⋮⋮﹂
瑠流斗は呟いた。
すぐに華艶は同じ事件を追っていることを察した。けれど、向こ
うは殺し屋。事件は同じでも依頼内容は違うだろう。
﹁なんで殺し屋さんが誘拐事件なんて追ってるの?﹂
﹁ターゲットが攫われたからさ﹂
﹁うわっ、めんどくさい依頼。でさ、オークション会場ってなんな
の?﹂
﹁攫われた被害者は調教され、商品としてオークションにかけられ
402
る。それを取り仕切っているのはマダム・ヴィーと呼ばれる女だ﹂
﹁で、あんたはすでにオークション会場を見つけたの?﹂
答える代わりに瑠流斗はメモを華艶に投げた。
そして、すぐにビルの屋上から飛び降りて姿を暗ましてしまった。
華艶はメモを開く。そこにはオークション会場と思われる場所が
書かれていた。
﹁なにこの気前の良さ。てゆか、メモまで用意してたってどゆこと
?﹂
依頼内容は違うとしても、なぜ瑠流斗は華艶に協力的なのか。
﹁もしかしてあたしを囮に使う気?﹂
オークション会場で華艶が敵の目を引いている内に、自分は闇に
潜んで楽々依頼をこなす気なのだろうか。
なんにせよ、そこに目的があるのなら、華艶は行かざるを得ない。
正直、華艶は調査に行き詰まっていたところだったので、
﹁まっ、ラッキーか﹂
と楽天的だった。
鬱蒼とした森の奥深くに聳え立つ屋敷。
華艶は瑠流斗から受け取ったメモ通りの道を進んでいた。
館のある敷地は高い塀で囲まれ、扉も頑丈な作りになっており、
そこから侵入することは難しかった。そこでメモに書かれていたの
は秘密の入り口の存在である。
蒼いランプの光に照らされた地下。迷路のような道が続き、方向
感覚を狂わされる。さらにメモには地下に潜ってからの記載がまっ
たくなかった。
﹁ちょー不親切だし﹂
仕方がなく華艶は入り組む廊下を適当に進んだ。
しばらく進んだところで、廊下の先に橙色の薄明かりが見えた。
そして、聞こえてきたケモノの叫び。
﹁ヒィィィ!﹂
403
華艶は明かりに近付き、少し開いていたドアの先を覗いた。
そこにいたのは真っ赤なベールに包まれた片脚の女主人。その前
には鉄のベッドに寝かされた全裸の若い男。
艶やかに濡れたルージュが若者の雄しべを呑み込んでいた。
女主人の頭が上下するたびに、若者の全身が大きく震え、背中を
弓なりにさせる。
﹁ヒィィィィィッ!!﹂
絶頂を迎えた若者の下半身が熱く燃え上がり、血流が激しく音を
立てて流れた。
ドピュッ⋮ドビュビュビュ⋮⋮!!
女主人の口内で雄しべが踊り狂う。
収まりきれずにルージュの端から零れる白い粘液。
女主人は雄しべが噴き出した命を溢さぬように、口を固く閉ざし
たまま上体を起こした。
痙攣し続ける若者の躰から離れた女主人は、侍女からシャーレを
受け取り、どろりとした白濁液を口から吐き出してその中に入れた。
シャーレはすぐさま侍女によって保存され、女主人は再び若者に
近付く。
若者は躰を大きく痙攣させながら、狂った焦点で天を向いている。
女主人は若者の上に跨った。
起立したままの雄しべを手で包み込み、秘所の入り口へと誘う。
ぬぷっと厚い肉壁に雄しべが呑み込まれた。
膨れ上がった雄しべが雌しべの奥にぶち当たる。
女主人が激しく腰を上下させた。まるで暴れ馬に乗るように、何
度も何度も跳ねた。その度に若者は悲鳴をあげる。
﹁ヒィ⋮⋮ヒィ⋮⋮ヒィィィィィ!!﹂
﹁好い声よ、もっと鳴くのよ。甘美の声で鳴きなさい、わたくしを
愉しませる音楽を奏でるのよ!﹂
ルージュが嗤う。
女主人が合図を送ると、侍女はすでに震えているバイブを若者の
404
菊門に押し当てた。
メリ⋮⋮メリメリ⋮⋮メリメリメリ⋮⋮。
穴を拡張しながら無理矢理バイブが侵入してくる。
﹁アヒィッ⋮⋮うぐ⋮⋮ぐ⋮⋮﹂
若者の有りと有らゆる穴から液が漏れた。
涙を流し、鼻水を垂らし、口から涎れが零れる。
そして、まるで処女のように流れ出す鮮血。
はじめて直腸に異物を挿入されたにも関わらず、若者はよがり狂
っていた。
痛みなどすぐに忘却され、快楽に全身を蝕まれる。
若者への仕打ちはこれだけでは終わらなかった。
女主人が手に持っていたのは細い針だった。
汗でぬめる若者の腹︱︱その中心にあるくぼみ、へその近くにニ
ードルが打たれた。
﹁ヒィッ!﹂
短い悲鳴。
ニードルはさらに捻られながら深く腹の中に埋まっていく。
さらに2本、3本とニードルが打たれていく。
暴れ狂う若者の躰を侍女たちが拘束具でまったく動けなくする。
全身を拘束され、意思とは関係なく暴れるたびに、拘束具が肉に
食い込み痣になる。
さらに女主人は乳首に狙いを定め、ニードルの先端を近づけた。
片手で平たい乳房を摩りながら、残る手で女主人はニードルを勃
起している乳首に打った。
﹁ヒッ!﹂
鴇色の乳首をさらに濃い赤が呑み込む。
女主人は一度乳首からニードルを抜き、真っ赤なルージュで若者
の乳首から滲む血を舐め取った。
﹁うふふ、奇麗な赤﹂
再び女主人はニードルを構えた。今度は逆の乳首へと打つ。
405
さらに手を休めずに、乳首が見えなくなるほどニードルが打たれ
た。
﹁あら、またわたくしの中で大きくなったわ。そんなに針が好きな
ら、その部分に針を刺してあげましょうか?﹂
﹁ヒィ⋮⋮お許しを⋮⋮ヒィィィィィィ!﹂
﹁許しを請うなんて、まだ思考能力が死んでいないのね。致死量ギ
リギリの薬をこの可愛い豚に差し上げて﹂
女主人に命じられ、侍女が若者の首に注射をした。
謎の薬はすぐに血中から全身を駆け巡り、若者は白目を剥いて口
から泡を吐いた。
女主人は侍女から鞭を受け取り、若者の片腕を血が止まるほどに
強く縛った。
腰を激しく上下させる女主人。その手に持っていたのは鋸だった。
﹁あなたの腕は夢の中にあるのよ⋮⋮だからこの腕は無くしてしま
いましょう﹂
若者の雄しべが再び大量の白い花粉を噴いたと同時に⋮⋮。
﹁ギャァァァァァァァァァァッ!﹂
ケモノの叫び。
思わず華艶は目を背けた。
その瞬間、反動で思わずドアを押してしまっていた。
不意に部屋の中に飛び込んでしまった華艶。その視線の先には赤
と黒に彩られた女主人。
﹁あら、お客様かしら﹂
ルージュが不気味なまでの微笑みを浮かべている。
苦笑いを浮かべる華艶。
﹁あはは、どーも。ちょっと道に迷っちゃって⋮⋮﹂
すでに出口には侍女が立ち塞がり、華艶は逃げ場を失っていた。
ぬぷっという音を立てながら、女主人は跨いでいた若者の上から
立ち上がり、侍女から松葉杖を受け取った凜と華艶の前に立った。
﹁道に迷っただなんて見え透いた嘘。わたくしの屋敷に何の用かし
406
ら、まさかこのわたくしの命が欲しいの?﹂
﹁命なんて別に欲しくないし、だってあなたのこと知らないし﹂
﹁わたくしのことを知らない? この館の主であるわたくしの名も
知らないというの?﹂
声は穏やかだったが、そのルージュは明らかに怒りで歪んでいた。
次の瞬間、侍女たちが華艶に襲い掛かっていた。
速い!
人間とは思えぬ速さの侍女たちの動きに華艶はついて行けなかっ
た。
すぐに華艶は羽交い締めにされ、その腹に注射をされた。
﹁なんの注射!?﹂
すぐに効果は現れた。
全身が痺れ華艶はその場から崩れるように倒れてしまった。
瞼が重い。
華艶は必死で目を開けて、すぐ近くまで寄ってきた女主人を見上
げ睨み付けた。
﹁覚えて⋮⋮この⋮⋮﹂
﹁うふふふふ、まだしゃべれるなんて薬の量が少なかったかしら。
でもすぐに何もできなくなるわ。意識を失う前に覚えておきなさい、
人々からわたくしはこう呼ばれているの、マダム・ヴィーと﹂
しかし、次の瞬間、マダム・ヴィーの予想を裏切る事態が起きた。
華艶は腕を伸ばしてマダム・ヴィーの足首を掴んだのだ。
﹁残念でした!﹂
華艶はそのままマダム・ヴィーを転倒させ、自分はすぐさま立ち
上がった。
侍女たちは何より先にマダム・ヴィーに肩を貸して立ち上がらせ
た。
マダム・ヴィーが叫ぶ。
﹁魔薬[マヤク]を浄化したとでもいうの! すぐに捕らえない、
通常の3倍⋮⋮いえ、10倍の薬を投与するのよ!!﹂
407
華艶に襲い掛かる侍女たち。
さすがにそんな量の薬を打たれては躰が持つかわからない。華艶
は必死で逃げようと試みたが、出口に現れた巨漢の男。
すぐさま華艶が巨漢の男の股間を蹴り上げようとしたが、その脚
は虚しく掴まれてしまった。
そのまま華艶は足首を掴まれ宙づりにされてしまった。
スカートが捲れ、露わになったショーツの上に巨漢の男の涎れが
墜ちる。
﹁お気に入りのパンツに汚ったないヨダレ垂らさないで!﹂
叫びながら華艶は、腹筋を使い躰を起こそうと試みたが、下から
侍女たちに腕を掴まれてしまった。
特大の注射器を持ったマダム・ヴィーが近付いてくる。
﹁実験動物として可愛がってあげるわ﹂
﹁ちょ⋮⋮そんなぶっといの⋮⋮イヤッ!﹂
針は華艶の腹を貫いた。
﹁痛っ!﹂
おそらく針は内臓まで達してしまっただろう。
﹁ぜんぜん可愛がって⋮⋮ないし⋮⋮﹂
消えゆく言葉。
華艶は次の瞬間には気を失っていた。
408
夢の館︵完︶
マダム・ヴィーと自分の偽物を交互に見ながら、華艶は頭を抱え
た。
﹁ちょっとこの状況を詳しく説明してくんない?﹂
侍女に車椅子を押させながら、マダム・ヴィーが華艶に近付いて
くる。
﹁わたくしの研究の成果よ﹂
﹁成果よって⋮⋮そこにいるのあたしのクローンでしょ?﹂
﹁その通り。貴女の驚異的な再生力と、わたくしの技術を持ってし
て、たったの1日で完璧な作品を作り上げたわ﹂
﹁完璧ねぇ、あれが?﹂
Kは床に蹲ったまま動かない。まるで何かに怯えるように、震え
ているのだ。
艶やかなルージュが囁く。
﹁覚醒[メザ]めなさい⋮⋮覚醒めるのよ⋮⋮わたくしの可愛い子﹂
Kの躰が大きく跳ねた。
何が起ころうとしているのか、華艶は息を呑む。
Kの躰に浮き上がる血管がまるで模様のように全身を駆け巡る。
四つ足で立ち上がったKの瞳が紅く燃え上がった。
燃えたのは瞳の色だけではない。
その全身も炎に包まれ、猫のようなしなやかさ動きで、Kは背を
弓なりにして尻を高く上げた。
刹那、Kの長い爪が華艶に振り下ろされる。
﹁速っ!﹂
華艶は躱しきれないと本能的に悟り、すぐさまガードに使った腕
が切り裂かれた。
﹁ッ!!﹂
409
肉が抉れ血が噴き出す。
たとえ同じ顔を持っていても、躊躇してはいられなくなった。こ
のままでは確実に殺られる。華艶の手に炎が宿った。
﹁炎翔破![エンショウハ]﹂
宙を翔た炎の玉がKにぶつかり爆裂した。
が、Kは無傷。
それどころか炎を浴びて力を滾らせ華艶に襲い掛かってきたのだ。
﹁うわっ、マジ!?﹂
華艶は飛び掛かってきたKの両腕を掴み攻撃を制止させるが、そ
のまま押し倒されて床に腰を強打してしまった。
折り重なるように揉み合いになる華艶とK。
それを見ながら真っ赤なルージュが嗤っていた。
﹁実力は決して互角ではありえないわ。わたくしの創り出したEX
キメラウェポンは、あなたの細胞によって進化を遂げたのよ﹂
華艶の目の前にいるのはただのクローンではない。生物兵器なの
だ。
未だ揉み合いになりながら床を転がる華艶とK。炎が二人を包み、
耐久がなければとっくに焼け死んでいるところだ。炎を発し続けて
いるだけで、それが攻撃になる。
Kの腹に華艶の足の裏が入った。
﹁元祖のほうがエライに決まってるでしょ!﹂
力一杯華艶はKの腹を蹴り上げた。
蹴り飛ばされたKはしなやかなに宙でバランスを整え、華麗に四
つ足で床に着地して見せた。
華艶の武器は炎。燃やせない相手には歯が立たない。
すぐさま華艶は床に散らばる硝子片から、大きな物を探そうとし
た。
その間にもKが飛び掛かってくる。
やっと見つけた硝子片に華艶が手を伸ばそうとしたとき、すでに
Kは華艶の目の前に!
410
﹁ダーククロウ﹂
冷たい男の声が響いた。
刹那、Kの躰は脳天から股まで、真っ二つに裂けていたのだ!
床に落ちた肉塊が血の海をつくる。
さすがの華艶も瓜二つの存在が真っ二つになるのを見るに堪えな
かった。
﹁ううっ⋮⋮あ∼ダメ﹂
華艶は口に手を当てながら、急いで血溜まりを避けて移動する。
マダム・ヴィーは深い溜息を吐いた。
﹁失敗作だわ。けれど、また面白い実験動物を見つけたわ⋮⋮うふ
ふふふ﹂
マダム・ヴィーの顔が向けられた先にいたのはLだった。
さらにマダム・ヴィーは続ける。
﹁はじめから貴方はほかの者とは違うと思っていたわ。屋敷をコソ
コソ嗅ぎ回っていたのも貴方ね、いったい何者なのかしら?﹂
﹁ただの殺し屋さ。しかしターゲットはキミじゃない﹂
﹁それは残念。わたくしの命を狙ってくる男が何よりも好物なのに﹂
艶やかにマダム・ヴィーは自らのルージュを舐めた。
華艶は少しの間考え、あっと声を漏らしてLを指差した。
﹁ああーッ! 瑠流斗じゃん!!﹂
Lは仮面を外し、さらにジャケットを脱ぐと、シャツを破るよう
にボタンを飛ばし、その胸に刻まれた十字を晒した。
﹁ターゲットが来たようだ﹂
瑠流斗の視線の先、この部屋に飛び込んできた巨漢の男。
地面を駆けながら瑠流斗が言う。
﹁ボクのターゲットは彼さ。攫われたのちに、ここで怪物に改造さ
れたようだ﹂
そして、
﹁シャドービハインド!﹂
瑠流斗の姿を突如消えたかと思うと、巨漢の男の背後にできた影
411
から這い出てきた。
刹那、巨漢の男は股から脳天まで真っ二つにされていた。
すぐに近くにいたマダム・ヴィーが血しぶきを浴びた。
﹁またしても⋮⋮失敗作ね。けれどそうでなくてはつまらないわ。
わたくしのEXキメラウェポンをさらなる高みへ改良をするために
は、強い力が必要ですものね﹂
瑠流斗が手を伸ばせばマダム・ヴィーに手が届く。だが、マダム・
ヴィーはターゲットではない。
侍女たちが瑠流斗に襲い掛かる。
しかし、降りかかる火の粉は払うのみ。
瑠流斗の闇の爪が次々と侍女の躰を真っ二つにした。
血溜まりの上に立つ瑠流斗。
﹁キミの作品は知っている。組み込まれている細胞の存在も。だか
ら一撃で倒さなければならないんだ﹂
この部屋に新たな男が拍手をしながら現れた。
﹁お見事だね。しかし、EXキメラウェポンをよくご存じとは、も
しかして僕らの属している組織もご存じかな?﹂
この場に現れたのはSだった。
瑠流斗が答える。
﹁EXキメラウェポンを作っているのはM∴R∴[マジカルラジカ
ル]だけど、それは末端の一組織に過ぎない。大本の組織は︿闇の
子﹀を崇拝する魔導結社D∴C∴[ダークネスクライ]﹂
自分たちの存在を知っているだろうと踏んでいたSだったが、思
わぬ名前が出てとても驚いているようすだった。
﹁まさか︿神﹀の存在まで知ってるなんて、君は何者だ?﹂
﹁︿神﹀⋮⋮笑わせる。あんな奴、堕とされたものに過ぎない﹂
﹁堕とされたもの?﹂
﹁キミはただの団員のようだね﹂
瑠流斗はSをあざ笑った。
会話にただひとり付いてけない華艶が手を挙げた。
412
﹁あのさぁ、勝手に話進めないでくれる?﹂
﹁キミには関係のない話だ﹂
瑠流斗にバッサリと切られた。
華艶はうなずいた。
﹁まあね、あたしの仕事は人捜しだし。んじゃ、ここは任せたから
!﹂
さっさとこの場を離れようとする華艶。
瑠流斗もまた。
﹁ボクの仕事も終わっている。ここに用はないよ﹂
この部屋から出て行こうとする二人。
しかし、易々と逃がしてくれるわけがなかった。
襲い掛かってくる侍女たちを振り切り部屋を出る。
広がる地下迷宮。
分かれ道に来て瑠流斗が片方の道を指差した。
﹁キミの目的地はそっちだよ﹂
そう言って別の道に行こうとする瑠流斗を華艶が引き止める。
﹁ちょ、待ってよ。ここまで来たんだから一緒に来てくれてもいい
じゃん?﹂
﹁ボクには関係ないことだよ﹂
﹁そう言わずにさ、だってあたし道わかんないし﹂
﹁出口がないわけじゃない。いつかは必ず出られるさ﹂
そう言って瑠流斗は闇の中へ姿を暗ましてしまった。
残された華艶は仕方がなく、ひとりで別の道に向かう。
やがて辿り着いたのは独房が並ぶ廊下。中のようすは小窓から見
ることができた。
捜し人の顔を思い浮かべながら華艶は一つ一つ独房を調べていく。
そして、ついに華艶は目的の人物を捜し出した。
が、ここで重要なことに気づき落胆する。
﹁カギないじゃんか﹂
とりあえずドアを蹴り飛ばしてみるが、無意味なことは蹴る前か
413
らわかっていた。
ドアに衝撃が伝わり、それに気づいた青年がドアの傍まで駆け寄
ってきた。
小窓はガラスで仕切られているが、声は伝わるだろう。
﹁あなたのこと助けに来たんだけどカギがなくてさ。もうちょっと
待って、必ず助けるから!﹂
青年は驚いたようすだったが、すぐに状況を把握して歓喜した。
カギはいったいどこにあるのか?
もしも誰かが持っていたら最悪だ。
華艶は辺りを見渡した。
﹁ラッキー!﹂
カギは壁に掛けられていた。部外者がカギを開けることを想定し
ておらず、利便性で独房の近くに置いていたのだろう。
すぐに華艶は独房のカギを開け、青年を救出してその手を引いた。
﹁早く!﹂
だが、青年はその場を動こうとしなかった。
﹁待ってください。ほかの人も助けてください!﹂
﹁⋮⋮オッケー﹂
一瞬、なぜか躊躇があった。正直に言ってしまえば、一人を連れ
出すだけでいっぱいいっぱいだった。
華艶は素早くほかの独房も開けはじめた。
﹁自分の身は自分で守ってね。それができなきゃ、ここに残って﹂
冷たいようだが、華艶自身も危険の中に身を投じているのだ。
この場から走り出す華艶の後ろを若者たちが追ってくる。
廊下の先から黒犬が猛烈なスピードを迫ってくる。
﹁炎翔破!﹂
廊下が赤く照らされ、燃えさかる炎の玉が黒犬を焼き殺す。
さらに廊下の奥からは黒いフェイスマスクの不気味な侍女たちが
続々と現れた。
侍女たちは各々に刃物や銃を持っている。それも一人が携帯して
414
いる武器は一つや二つではない。なぜなら彼女たちには手が6本あ
ったからだ。
人間の手が2本と、残り4本の昆虫のような手。
ただの人間でないとわかれば容赦はしない。
﹁炎舞烈火![エンブレッカ]﹂
華艶の手から薙がれた炎の波が踊り狂いながら異形の侍女たちを
丸みにした。
渦巻く炎の海から奇声が聞こえる。
狭い廊下に蔓延する肉の焼けた異臭。
﹁あたし素足なんだけどー﹂
素足どころか素っ裸だ。
華艶の前方に広がる焼けた肉の山。
仕方がなく華艶はなるべく踏まないように先を急いだ。
廊下をさらに進むと、さらなる刺客が華艶の前に立ち塞がった。
﹁先ほどもお会いしたね﹂
仮面の紳士S。その正体は魔導結社D∴C∴の団員。
身構える華艶だったが、Sは戦うそぶりをまったく見せない。
﹁クローンの君とは仲良くさせてもらったよ。だから君とは争う気
はないよ﹂
﹁クローンのあたしと何したの? やっちゃったりした?﹂
﹁そうだね、一番嬉しかったのはピアノ演奏を褒めてもらったこと
かな﹂
﹁そんな理由で逃がしちゃっていいわけ、だってマダム・ヴィーの
仲間なんでしょ?﹂
﹁ただの仕事仲間だよ。それにボクは彼女があまり好きじゃなくて
ね。彼女が失脚しようとボクは構わないのさ﹂
﹁んじゃ、お言葉に甘えて﹂
華艶がSの横を通り過ぎようしたとき、彼は仮面を外した。
﹁ボクの名前はシュバイツ。いつかまた逢えることを願っているよ、
素敵なお嬢さん﹂
415
シュバイツの横顔を見ながら華艶は先を急いだ。
﹁⋮⋮まぁまぁいい男﹂
さらに廊下を進むと上り階段が現れた。おそらくここを上れば地
下から脱出できるだろう。
急いで階段を駆け上る華艶。
しかし、その先で開かれた扉の先には侍女たちが待ち構えていた。
構わず華艶は強行突破を試みる。
﹁特大炎翔破!﹂
巨大な炎の塊が敵を押し飛ばす。
まず華艶が地下を抜け出した。そこに広がっていたのは屋敷。
地下を抜け出しすぐに屋敷の出口を探す。
出口はすぐに見つかった。
大階段が見下ろすホールの先に玄関があった。
華艶は青年の手を引く。ほかの者たちは華艶たちを追い越して玄
関へと群がっていく。
地下から獣の咆吼が聞こえた。
現れたのは獅子の顔を持った人間だった。いや、もはや人間とは
呼べないだろう。
獅子の怪物は四つ足で床を蹴り上げ、華艶に襲い掛かってきた。
すかさず華艶が炎を放つ。
﹁炎翔破!﹂
だが、炎の玉は軽く躱されてしまった。
猛獣のスピードは、所詮人を越えられない運動神経しか持ち合わ
せていない華艶を凌駕している。
大きく口を開けて牙を剥く獅子の怪物。
華艶は腕一本くれてやる覚悟だった。
獅子の鋭い牙が腕に突き刺さり、口の中へと呑み込まれた。
﹁炎翔破!﹂
放たれた炎は怪物の食道を焼き、さらに胃や内臓、躰の中から焼
き尽くした。
416
怪物は華艶の腕から口を離し、床の上で何度も転げ回り焼かれた。
苦痛を浮かべる華艶。その腕は肉が抉られ、骨の一部が見えるほ
どの重傷だった。
﹁マジ痛いし⋮⋮あー痛い痛い痛い!﹂
さすがの華艶もこの重傷では再生に時間が掛かる。
﹁あーやばい、血も止んないし貧血になりそう﹂
事態はさらに深刻だった。
華艶の放った炎は屋敷に引火しており、すでに火の手は天井まで
伸びていたのだ。
騒ぎは大きくなり、屋敷に滞在していた仮面の紳士淑女たちも逃
げ出そうとしていた。
人の波が玄関に群がる。
次々と屋敷の外へと流れ出す人の群れ。
華艶も青年と共に逃げようとしたが、その背中に叫びに近い声が
投げかけられた。
﹁逃がさないわよ!﹂
華艶が振り返ると、そこにいたのは車椅子のマダム・ヴィー。
構わず華艶は逃げようとした。
﹁逃げます、んじゃ!﹂
だが、急に足が何かに取られ転倒してしまった。
﹁わっ、なに!?﹂
足首を見るとそこには鞭が巻き付いていた。その先を握っている
のはマダム・ヴィー。
﹁逃がさないと言っているのよ﹂
﹁いや、逃げるし﹂
華艶は足に巻き付いた鞭を取ろうとするが、なぜか取ろうとすれ
ばするほど鞭が巻き付いてくる。そう、まるで鞭が︱︱
﹁生きてる!﹂
叫ぶ華艶。
その通りだった。鞭は自らの意思を持っていたのだ。まるの蛇の
417
ように華艶の足首を締め上げてくる。
逃げようと華艶は床を這うが、綱引きのように鞭に引っ張られて、
マダム・ヴィーの足下まで引きずられてしまった。
華艶の背中にマダム・ヴィーの足が置かれ、靴のヒールが肉に食
い込んだ。
﹁ちょ、人のこと踏まないでくれる?﹂
﹁わたくしが欲しいのはその細胞。汚い口は必要ないわ﹂
﹁口が悪いって言いたいわけ、オバサン!﹂
暴言が吐かれ、怒りを露わにしたマダム・ヴィーが強く華艶の背
中を踏みつけようと、一瞬足を上げた瞬間、華艶の手が炎を宿した。
﹁炎翔破!﹂
この至近距離で炎を避けられる筈がなかった。
だが、マダム・ヴィーは華麗にもそれを躱したのだ。
松葉杖を突きながら、踊るように動くマダム・ヴィー。片脚がな
いとはとても思えない身の熟しだった。
踊りながらマダム・ヴィーが鞭を振るう。
そして鞭も撓[シナ]り踊り狂う。
蛙のように跳ねながら華艶は必死で鞭を躱した。
﹁なんで、脚ないのに動けんの!?﹂
﹁うふふ⋮⋮わたくしの脚は夢の中にちゃんとあるわ。貴女には見
えないだけ﹂
﹁夢の中って⋮⋮妄想ってこと? もぉ意味不明!﹂
意思を持った鞭の動きは不規則で、通常の鞭なら1度躱せば済む
が、この鞭は躱してもすぐに方向を変えてすぐに襲ってくる。
鞭が華艶の足首を抉った。あと少し躱すのが遅れていたら、脚を
切断されていたところだ。けれど、少し当たっただけだというのに、
肉は抉れ傷は骨まで到達していた。
﹁やばっ⋮⋮アキレス腱切れたっぽい﹂
倒れた華艶は膝を立てて、片脚で立ち上がろうとしたが、顔を上
げるとすぐ目の前には真っ赤なルージュが嗤っていた。
418
﹁逃げられないように両足を切断してしまいましょうね﹂
﹁そんなの痛すぎるし、あたし痛いのマジ嫌いなんだから!﹂
﹁うふふふふ、まずは右脚!﹂
﹁炎翔破!﹂
鞭が振るわれると同時に華艶は炎を放った。
マダム・ヴィーは攻撃を中断して、舞うように炎を躱した。
その隙に華艶は片脚で立ち上がり玄関へと急いだ。
﹁逃がさないと何度言わせれば気が済むの!﹂
振るわれた鞭が華艶の残った足首を抉った。
足をすくわれ華艶は肩から床に転倒した。
﹁いったー絶対肩脱臼したし!﹂
鞭は倒れたままの華艶の太股に巻き付いた。そして、ズルズルと
マダム・ヴィーの足下へと引きずられる。
華艶は攻撃を仕掛けようと手に神経を集中させたのだが、その視
線は不意にマダム・ヴィーからその上へと向けられた。
屋敷に広がる炎の波。煙が立ち込め、天井からは灰が舞い落ちて
くる。
そして、巨大なシャンデリアが落ちた。
気配を感じて天井を見たマダム・ヴィー。
次の瞬間!
﹁ギャァァァァァァァァッ!﹂
悲鳴が木霊してマダム・ヴィーはシャンデリアの下敷きに︱︱。
床に叩きつけられたシャンデリアから炎が上がる。
華艶に手を貸す青年。
﹁早く逃げましょう﹂
両足を負傷した華艶は青年に担がれ屋敷の外に逃げ出した。
屋敷の中から聞こえてくる炎の弾ける音。
炎はいつか屋敷全体を呑み込むだろう。
屋敷の中から逃げ出してくる侍女たちは、もはや戦意を持ってい
なかった。
419
炎の勢いが終息すると共に、事件も終息することだろう。
しかし、華艶は焼け落ちる館の中から、女の甲高い笑い声が聞こ
えたような気がして振り向いた。
﹁⋮⋮気のせいか﹂
もう女の笑い声は聞こえなかった。
気持ちを切り替えた華艶が呟く。
﹁血の滴るステーキが食べたい。やっぱり焼き肉がいいかも﹂
今まで見てきた光景をまるで忘れているかのような発言だった。
けれど、それが華艶なのだ。
ここにいるのはクローンではない本物の華艶。
420
ぼくのメイドさん︵上︶
﹁ギャーーーッ!!﹂
パソコンの前で絶叫した華艶。
帝都にあるツインタワー。地上100階建てのビルが対になって
建てられていることから、その通称で呼ばれているが、正式名称は
あまり知られていない。
ウェストビルが主にショッピング、イーストビルが企業のオフィ
スなどが入っている。
そのウェストビルにあった帝都銀行ミナト区ツインタワービル支
店から、現金や証券などが盗まれるという大事件が起きた。犯人は
金庫の中身を根こそぎ奪い去ったのだ。
その煽りを受けて華艶が持っていた株価が大暴落。
﹁嗚呼、あたしの夢が⋮⋮お金が⋮⋮﹂
ガクっと華艶は机に突っ伏した。
﹁うるさいぞ火斑![ホムラ]﹂
教師が怒鳴った。
そう、今は授業中だったのだ。
前の席に座っていた友人の碧流[アイル]が振り向いた。
﹁もしかして株で失敗したの? ダッサ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
放心状態の華艶は返事すらしなかった。
﹁わざわざ授業中も株やってたみたいだけど、初心者が下手に手出
すからそゆことになるんだよ。で、いくら損したの?﹂
尋ねる碧流に華艶は突っ伏したまま、十本の指を開いて見せた。
首を傾げながら碧流が答える。
﹁10万?﹂
﹁ちがう∼﹂
421
呻き声が返ってきた。
﹁じゃあ100万?﹂
﹁ちがう∼﹂
﹁まさか1000万ってことは⋮⋮﹂
﹁10億﹂
﹁⋮⋮じゅうおくーっ!?﹂
驚きのあまり碧流は声をあげて席まで立ってしまった。
すぐに教師が注意する。
﹁おまえら授業中だぞわかってんのか?﹂
だが、その声も右から入って左へ抜ける。碧流も放心状態になっ
てしまった。
近くの席の生徒たちもみんな唖然としている。
華艶がTSの仕事をしているのは有名だったが、まさか10億円
も稼いでいたとは誰も知らなかったのだ。
この事件は瞬く間に学園中に広がり、株で大損した女として一躍
有名になるのだった。
学校を早退しようとも考えたが、目下進級がいつも危うい身だ。
華艶は魂の抜け殻と化しながらも授業を受け、やっと下校時間にな
った。
席から自分の力で立ち上がることもできない華艶に碧流が肩を貸
す。
﹁ほら立って。ねえカラオケ行こうよ、こーゆーときはカラオケで
ガンガン歌うのがいいって!﹂
﹁パス⋮⋮そんな気分じゃない﹂
﹁カラオケ代あたしがおごるからさー。って、10億損してもあた
しよりまだお金持ってるんでしょ、ならいいじゃん?﹂
﹁そーゆー問題じゃないし。10億損したことには代わりないの﹂
独りでは何もできそうもない華艶は碧流に連れられ、行きつけの
店に向かうことにした。
422
店のドアが開くと共にベルが鳴り響く。
﹁いらっしゃい﹂
店のマスター京吾が二人を出迎えた。
碧流は元気よく手を上げた。
﹁どもどもー久っしぶりでーす!﹂
一方の華艶は半死状態で引きずられるまま歩いている。
二人はカウンター席に座った。華艶は座ったというより、そこに
置かれた感じだ。
カウンターに突っ伏して身動き一つしない華艶を、京吾が心配そ
うに覗き込んでから碧流に顔を向けた。
﹁どうしたの華艶ちゃん?﹂
﹁株で損したんだって、10億﹂
﹁それはご愁傷さま。これは僕からのおごりだよ﹂
華艶の前に置かれたコーヒーカップ。
薫りに誘われて華艶が手を伸ばす。
ずるずる∼。
背中を丸めながら華艶はコーヒーを飲んだ。
そして、ブツブツつぶやくように話しはじめた。
﹁⋮⋮はぁ、マジ最悪。前に稼いだ10億円でパーッと遊んで、高
級マンション買ったのに、そのマンションは燃えるし、賠償金は払
わせられるし。でさ、遊ぶお金もなくなっちゃって、夏休み一生懸
命補習授業とバイトに明け暮れてさ、今後のことも考えて資産運用
しようと思ったのに⋮⋮へへへっ、今住んでるとこの家賃払えない
かも、うへへ﹂
自嘲気味に笑う華艶。
だが急に華艶は覇気を取り戻し、コーヒーを一気飲みするとカッ
プを叩きつけるように置き、目と鼻の距離まで京吾に詰め寄った。
﹁だからさ! 楽して稼げる仕事ない?﹂
﹁楽して稼げる仕事なんて、そんな美味しい話あるわけないでしょ﹂
キッパリと諭そうとする京吾。
423
だが華艶は引かない。
﹁ある、絶対にある! そんな仕事も客に紹介できないようで、よ
く仲介屋なんてやってんのね!!﹂
表向きは寂れた喫茶店のマスターだが、裏の顔はモグリのTSた
ちに仕事を紹介する仲介屋。だからと言ってそんな楽に稼げる仕事
など紹介できるはずが⋮⋮。
﹁ああ、そう言えばウチに回って来た仕事じゃなければ⋮⋮﹂
﹁あるの!?﹂
すぐに華艶は京吾の話に飛び掛かって食い付いた。
﹁ちょっと待ってて﹂
そう言い残して京吾はカウンターの奥へ消えた。
︱︱しばらく経ったが京吾は戻ってこない。
マスターが不在でも客が来ないので問題ないが、待っている華艶
はじれったくて仕方がない。
﹁あぁ∼もぉ∼なにしてんの!﹂
いくら待っても帰ってこない。
﹁まさか仕事紹介したくなくてバックれた!?﹂
けれど華艶の不安も取り越し苦労で、ちゃんと京吾は戻ってきた。
その手にはなにやらチラシが?
﹁こないだ妹がもらって来たんだけど⋮⋮﹂
﹁早く貸して!﹂
京吾の手からチラシを奪い取った華艶。
﹁なになに⋮⋮コスプレ撮影会のモデル募集。日当100万円!?﹂
チラシを握り締める華艶の手に力が入る。
横でチラシを覗き込んでいた碧流は信用してない顔つきだ。
﹁1万円の間違いじゃないのぉ?﹂
﹁あたしは信じる!! だってよく見ると﹃中高生歓迎10万円∼
100万円﹄って書いてあるし、何カ所も間違えないでしょふつー﹂
﹁もし100万円だったとして、怪しくない?﹂
﹁怪しくない! 100万円♪ 100万円♪ 100万円!!﹂
424
もう華艶の頭の中は100万円のことしかなかった。
さっそく連絡先に電話をしようとケータイを取り出す華艶の手を
碧流がつかんだ。
﹁ちょっとマジでやる気?﹂
﹁いっしょにやる?﹂
﹁やらない﹂
﹁だって日当100万だよ、TSのバイトより楽して稼げるし、写
真撮られればいいだけでしょ、ぼろい!﹂
果たして本当にぼろ儲けなバイトなのだろうか?
教えられた住所を頼りにとある場所までやって来た華艶。
その隣には碧流の姿が︱︱。
﹁なんであたしまで⋮⋮﹂
結局、強引に華艶に引きずられて来てしまったのだ。
﹁だって100万だよ、100万!﹂
華艶はずっとそれしか口にしていない。
二人がやって来たのはマンションの一室だった。
碧流は不快感をあらわにした嫌そうな顔をしている。
﹁やっぱやめようよぉ。絶対キモオタとかにエッチな写真とか撮ら
れるんだよ?﹂
﹁大丈夫、あたしがついてるんだし。変なことされたらヌッコロス
もん﹂
たしかに華艶に変なことしたら返り討ち間違いなしだ。
意気揚々と華艶は部屋の前にあるインターフォンを押した。
すると、ドアを開けて顔を出したのは、清潔そうで爽やかな青年
だった。
一目見て碧流は、
﹁はじめましてこんにちは、いくらでもあたしのこと撮ってくださ
い!﹂
見た目に騙されやすいタイプだった。しかもなんだか瞳にハート
425
が映っている。
青年は二人を部屋の中に進めた。
﹁華艶さんと碧流さんだね、どうぞ中へ上がって﹂
なんの躊躇いもなく華艶を差し置いて男の部屋にガツガツ上がる
碧流。
リビングまで通され、ソファの座ると飲み物が出された。
青年はさっそく話を進める。
﹁学生証は持って来てくれたかな、見せて欲しいんだけど?﹂
ここに来る前に学生証を持ってくるように言われていたのだ。学
生だということが証明できれば、バイト代がアップするらしい。
華艶よりも先に碧流が神速で学生証のカードを青年に手渡した。
﹁どうぞ、あたしたち二人とも2年生です!﹂
﹁神原女学園じゃないか。いいね、有名校の可愛い子が二人もモデ
ルになってくれるなんて﹂
青年は爽やかな笑みを浮かべていた。
そして、華艶も学生証を渡そうとするのだが、その手は遠慮しが
ちにゆっく∼りと動いている。
学生証を受け取った青年も、少しだけその表情が疑問に変わった。
﹁もしかして留年してる?﹂
生年月日の記載を見られたのだ。
すぐに華艶は取り繕う。
しか
と言いつつ、まだ2学期もはじまったばかりだというの
﹁でもでも1年しか留年してない18歳ですから!﹂
に、3年生への進級が危ういらしい。
華艶のヤル気満々で、碧流のノリノリだったため、話はとんとん
拍子に進んだ。
バイト代は二人合わせて60万円から、撮影中のオプションで報
酬が増えることになった。
さっそく別室で着替えることになった二人。
渡された衣装は、メイド服だった。
426
服を脱ぎ、下着姿になった華艶の胸をマジマジと見る碧流。
﹁ちっとも大きくならないね﹂
﹁うっさい、別にあんただって巨乳ってわけじゃないじゃん!﹂
﹁巨乳なんて肩凝るし将来垂れるんだよ。それにくらべてあたしの
胸はほどよい大きさの美乳だも∼ん﹂
碧流はブラを取っておっぱいを露わにした。
自分で言うだけのことはあって、形の良いお椀型のバスト。おそ
らくCカップくらいだろう。
カチンと来た華艶は碧流を押し倒し、その胸をこねくり回した。
﹁うえっへへ、こんな胸こーしてやるぅ!﹂
﹁いやっ、ちょっとぉ!﹂
﹁揉んで揉んで大きくなってしまえ∼っ﹂
﹁揉むんだったら自分の揉んで大きくすればいいでしょ∼、ああっ
ン!﹂
乳首に指が当たった途端、碧流は背中をビクンと弓なりにさせた。
どうやら乳首が感じやすい体質らしい。
薄いピンク色をした小さな乳輪の真ん中で、乳首がツンと上を向
いて硬くなる。
指の腹が触れるか触れないかくらいの感度を保ち、優しく乳首を
愛撫する。
﹁んんっ⋮⋮だめだってば⋮⋮﹂
碧流は吐息を漏らしながら、目をとろんとしはじめていた。
華艶は調子にノって碧流の耳元に息を吹きかける。
﹁あうンっ!﹂
﹁感じちゃってるの碧流ぅ?﹂
﹁いじわるぅ∼⋮⋮そんなにされたら⋮⋮わかるでしょ?﹂
﹁そんなにされたらなんのぉ?﹂
イタズラな表情で華艶は笑っている。
碧流は顔を真っ赤にして、華艶から目線を外した。
﹁パンツが⋮⋮﹂
427
﹁パンツがどうしたのぉ?﹂
﹁⋮⋮汚れちゃうから⋮⋮だめだってば⋮⋮﹂
﹁ちょっと乳首触られただけで、あそこがもうグショグショなのぉ
?﹂
イジワルな華艶の問いかけに碧流は小さくコクリとうなずいた。
そんないじらしい表情を目の前で見せられたら、華艶のハートに
火かつかないわけがない!
﹁うえっへへ、オジサンがかわいがってあげるよぉ∼﹂
すっかり華艶は変態オヤジの気分だった。
もう十分感度の上がってきた乳首への刺激を少しずつ強くしてい
く。ソフトタッチするだけではなく、軽く弾くような刺激を連続し
て与える。
﹁んっ⋮⋮んっ⋮⋮あんっ⋮⋮んっ﹂
碧流の息が小さく破裂する。
たった一カ所を責められているだけなのに、こそばゆい痺れが全
身に奔る。
華艶の指先が碧流の太股に伸びる。
太股を撫でられるだけで感じてしまう。
﹁だ⋮⋮めぇ⋮⋮﹂
膝や膝の裏も、普段ならくすぐっただけなのに、今は気持ちよく
て身体が跳ねてしまう。
華艶の指は焦らしながら脚の付け根へと這っていく。
脚の付け根の筋でくぼんだ部分から先に進まない。指はそのあた
りで円を描くように弄んでいる。決してショーツとの境界線を侵し
て進もうとはしないのだ。
それは碧流には耐えられなかった。
﹁ねぇ⋮⋮ちょっとだけ⋮⋮﹂
﹁ちょっとだけなぁに?﹂
わかってるクセに華艶は惚けた。
碧流は口を結んだ。おねだりするのは恥ずかしかった。でも身体
428
が熱くて、あそこも疼いてしまっている。
それがわかっている華艶は、
﹁かわいいなぁ、碧流かわいいよぉ∼!﹂
大はしゃぎで碧流の身体を強く抱きしめた。
ここまで来てヤラねば男が廃る!
華艶は女だが。
ご要望にお応えして、ついに華艶の指がショーツの食い込みへと。
じゅわぁっとした。
﹁碧流のここ濡れてるよぉ∼﹂
﹁んもぉ⋮⋮言わないでよ⋮⋮﹂
温かい湿り気が指先で感じられる。指で少しだけ摩ると、わかる
かわからないくらいのヌメりけが感じられた。きっと中はもっと指
に絡みついてくるヌメり気でいっぱい溢れているのだろう。
指でショーツを押し、秘裂へとグイグイ押し込む。
碧流は華艶の背中に手を回しすがりつく。
﹁気持ちいい⋮⋮気持ちいいよ⋮⋮はぅん!﹂
そしてついに華艶の手は碧流の腹を滑り下り、ショーツのゴムヒ
モの境界線を越えようとした。
寸前だった!
部屋のドアがノックされ、
﹁まだかな?﹂
催促する青年の声が。
慌てて華艶は碧流の身体から離れて立ち上がった。
﹁もうすぐ行きま∼す!﹂
切り替えが早かった。
が、されていたほうの碧流は、きょとんと目を丸くしている。
﹁あたしイケてないけど﹂
男でなくてもこの寸止めはありえない。
なんたる肩すかし!
この盛り上がった気分をどうしてくれるんだと、暴動が起こるか
429
もしれない事態にも関わらず、華艶は何事もなかったようにさっさ
と着替えを再開している。
﹁100万円、100万円、目指せ日当100万円!﹂
華艶はエロより金だった。
430
ぼくのメイドさん︵下︶
部屋の1つがミニスタジオになっていて、ホワイトのバックに照
明も完備されていた。
まず部屋に乗り込んできたのは華艶。
﹁よろしくお願いしま∼す♪﹂
次に身体をモジモジさせながら、少し顔を赤らめ入ってきた碧流。
﹁よろしくお願いします﹂
寸止めを喰らったせいで、身体が疼いて仕方ない。スカートの中
のショーツも濡れたままだ。
メイド服はよくある白と黒を基調にしたもの。オプションで皮の
チョーカーとリストバンドも装備済み。ちょっぴり奴隷チックなメ
イドさんだ。
青年は一眼レフを構えて口元に笑みを浮かべた。
﹁じゃあ、はじめようか﹂
次の瞬間、華艶と碧流の身に思わぬことが起きた。
手足が自分の意思に関係なく動きはじめたのだ。
華艶はまさかと思った。
﹁このバンド!﹂
そうリストバンドが腕の自由を奪っていた。さらに実は脚にも同
様のバンドを装着するように言われていたのだ。
バンドの力に刃向かえず、華艶と碧流はM字開脚にされてしまっ
た。
フラッシュが焚かれ激写される。
嫌がる碧流の表情やその股間がカメラに納めらてしまう。
一眼レフのレンズが、熱気を浴びそうなほど股間に近付く。
﹁もう濡れてるじゃないか﹂
イヤらしい青年の口調。
431
﹁それは⋮⋮﹂
碧流は口ごもった。まさか華艶の悪ふざけで感じてしまったなん
て言えない。言わなければ言わないで、青年は勘違いするのだ。
﹁恥ずかしい姿を写真に撮られて興奮するなんて、君マゾだろ?﹂
﹁そんなこと⋮⋮﹂
ショーツがジュゥっとした。
無理矢理躰の自由を奪われ、こんな目に遭っているのに⋮⋮。
﹁マゾはマゾらしくしないとね﹂
カメラのレンズを通された瞬間、碧流の腕は無理矢理動かされ、
その手は股間に伸びてしまっていた。
﹁いやっ⋮⋮やめて⋮⋮﹂
﹁口では嫌がっていても、本当はご主人様に見てもらいたいんだろ
?﹂
濡れたショーツの上を碧流の指がなぞる。
もう布地の上からでもあそこが大きくなってしまうのがわかる。
恥ずかしい。
さっき会ったばかりの男の前でこんな恥ずかしいことをしてしま
っているなんて⋮⋮。
一方の華艶はM字開脚のまま放置プレイだった。
バンドは単純に腕や脚を引っ張るだけでなく、全身の運動を奪う
力を持っていた。そのため指一本も自分の自由にならない。それで
も炎の力は使えそうだった。
しかし、華艶も自由に炎が出せるわけではない。
細かく狙いを定めるためには手に神経を集中させ、そこから炎を
繰り出す。その手が今は床に押しつけられてしまっている。全身か
ら炎を発することもできるが、今この状況でそれをすれば、青年だ
けでなく碧流まで丸焦げだ。
しかもここは室内。2ヶ月前の事件が華艶の脳裏を過ぎる。賠償
金︱︱耳を塞ぎたくなる呪文だ。
華艶は唯一自由になる口を開いた。
432
﹁絶対ヌッコロス!﹂
それ聞いて青年は明らかに怪訝な表情をした。
﹁主従関係がわかっていないようだね?﹂
﹁ううっ!﹂
急に華艶が呻いた。その首に付けられたチョーカーがのどにギシ
ギシ食い込む。息が止まり声も出せない。
﹁華艶!﹂
碧流が叫んだ。
そして、首を解放される華艶。
﹁ゲホゲホッ⋮⋮まず⋮⋮そのカメラをあんたの目の前で⋮⋮叩き
壊してやる!﹂
﹁あれ、まだわからないの?﹂
感情のこもってない声を青年が吐く。
再び首を絞められると思ったが、そうはならなかった。
﹁君みたいな子は、直接本人に言ってもわからないみたいだから⋮
⋮﹂
レンズが向けられたのは手淫をさせられている碧流だった。
碧流の顔を強ばり、華艶は牙を剥く。
﹁碧流に何する気!﹂
叫ぶ華艶を見て笑った青年は、年は靴下を脱ぎそれを華艶の口の
中に押し込めた。
奥までつめられた靴下は、自力では履き出せない。
吐き出そうと舌を動かすが、こんな男の靴下を舐めなきゃいけな
いなんて、屈辱でしかなかった。なのにいくら舌や口を動かしても
靴下が履き出せないのだ。
青年は素足を碧流の前に差し出した。
﹁舐めろよ。アレを舐めるみたいに丁寧にだぞ。噛んだりしたらお
仕置きだからな!﹂
おそらく華艶で後先考えずにあれば指を噛み千切っていたところ
だろう。
433
けれど碧流はそれに従った。
顔は意思に関係なく素足の目の前まで動かされ、戸惑いながら口
を開くとその中に指が突っ込まれた。
舌が親指に纏わり付く。
大切な恋人のモノをそうするように、舌で優しく包み込みながら
愛撫する。
ここでもし噛み付こうものなら、どうなるか碧流はわかっていた。
それは自分だけとは限らない、華艶まで何かされるかもしれない。
そう考えると、この男の言いなりになるしかなかった。
指全体を舐めるときは舌の全体で柔らかく包み、指の間を舐める
ときは舌を尖らせて刺激する。
足を舐め続ける碧流の口から涎れが垂れる。それは涎れを飲むこ
とを忘れるほど夢中なのか、それともこんな男の足を舐めた涎れを
呑み込みたくないのか。
友達が自分の目の前でこんな仕打ちを受けることが華艶には耐え
られなかった。
靴下を加えながら華艶が叫んだ。
男がニタっと笑い、華艶の涎れがたっぷり染みこんだ靴下を抜い
た。
﹁なにか言いたいことがあるのか?﹂
﹁もうやめて!﹂
﹁だったらおまえも舐めろ﹂
碧流の口から抜かれた足の指が、そのまま華艶の鼻先に突きつけ
られた。
足の指から碧流の涎れが滴り落ちる。
華艶は横目で碧流を見た。
友達をこんな目に遭わせてしまうなんて⋮⋮もとはと言えば全部
自分のせいだ。
華艶はプライドをかなぐり捨てて、乾いた口を開いた。
すぐに指が口の中に突っ込まれる。
434
靴下に吸われ乾いていた口の中に涎れが沸いてくる。
男の指を舌で奉仕しながら、華艶の涎れと碧流の涎れがいやらし
い音を立てながら混ざり合う。
そのようすが激写される。
フラッシュで目が眩む。
溢れ出す涎れが糸を引きながらボトボトと零れ落ちる。
何度も歯を立てようとしてはそれを堪えるので必死だった。
片方の足を十分舐めると、今度はもう片方の足も鼻の先に突きつ
けられた。
1本も2本も同じと言えば同じかもしれない。それでも華艶は躊
躇わずにいられなかった。こんな屈辱を浴びつづけたら気が狂いそ
うだ。
男はなかなか足を舐めない華艶に苛立ちを覚えた。
﹁なんだよ、まだ自分の立場がわかってないのかよ⋮⋮このメス豚
!﹂
足の親指が華艶の鼻の中にねじこまれた。
﹁そんなのに入らない!﹂
叫ぶ華艶を無視して、親指はグリグリと鼻の穴を犯す。
鼻の穴を無理矢理拡張された挙句、まるでSMの鼻フックのよう
に鼻孔を引っ張られて顔を上向きにさせられる。
男が腹を抱えて笑う。
﹁アハハハ! マジでブタみたいな顔だな!﹂
﹁うぐ⋮⋮あううう⋮⋮﹂
無様な醜態を晒す華艶の顔。
そのすべてがカメラに撮られてしまう。
碧流が涙を滲ませた。
﹁やめてもう許してあげてください!﹂
﹁だったらお前が代わりになるか?﹂
男がニタリと笑う。
華艶は碧流を庇おうと必死だった。
435
﹁大丈夫、あたしが!﹂
もう男の思うつぼだった。
﹁だったら⋮⋮こっちにやってもらわないとな﹂
華艶の鼻から抜かれた指が碧流の鼻先へ。それは華艶の胸を締め
付けた。自分が名乗り出たというのに、それを裏切り友達が仕打ち
を受ける。
碧流の小さな鼻の穴に太い足の親指グリグリと押し込められる。
﹁ううっ⋮⋮痛い⋮⋮あああっ!﹂
﹁こっちもブッサイクなメス豚だな。ほらカメラのレンズをしっか
り見ろよ、自分が映ってるの見えるだよ?﹂
湾曲したレンズの先で、歪んだ顔をした自分。
﹁いや⋮⋮こんな⋮⋮ううっ⋮⋮もう許して⋮⋮﹂
大粒の涙が零れる。
なのに鼻の中をさらに犯してくる親指。
﹁泣いたらもっと醜い顔になるぞ。俺はそっちのほうが撮りがいが
あるけどな﹂
連続してシャッターが切られる。もはやのそのシャッター音です
ら恐怖の対象だ。シャッターが切られるたびに胸をつぶされそうに
なる。
華艶は必死で涙を堪えていた。
﹁もう許してあげて、あたしが、あたしが代わりになるから!﹂
﹁いいの華艶、あたしが受けるから⋮⋮﹂
庇い合う2人。
お互いを思いやる友情も男にとってはエサでしかなかった。
﹁いいねぇ、くだらない女の友情。でも言葉だけじゃ絵になんない
んだよな﹂
碧流の鼻から親指が抜かれた。そこについている血の痕。碧流の
鼻からつーっと鼻血が流れていた。
それを見た華艶は我慢の限界だった。理性を吹き飛ばし、すべて
を焼き尽くしてやりたい。でもそれはできない。
436
微かに焦げた臭いがして、床に付けられた華艶の手から少しの煙
が昇っていた。
それにまったく気づかない男はさらなる要求を2人に突きつける。
﹁次はレズプレイでも見せてもらおうか?﹂
カメラのレンズを向けられると、操り人形のように身体が動き、
碧流の開かれた股間に華艶の顔を埋められた。
あの匂いが華艶の鼻の奥まで入ってくる。
碧流の手が無理矢理動き、自らのショーツを脱ぎはじめた。
露わにされた秘所。
閉じられた秘裂から大量の蜜が溢れ出している。
﹁今度は友達のアソコを舐めて綺麗にしてやれよ﹂
男に言われ、華艶は舌を伸ばした。
秘所を顔面に押しつけられ、割れ目の中に舌が入る。
﹁ごめん⋮⋮碧流﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
碧流はなにも言わなかった。
女同士の悪ふざけとはわけが違う。
碧流が囁く。
﹁だいじょうぶ⋮⋮華艶になら⋮⋮﹂
でも、こんな男に見られ、写真を撮られるなんて。
華艶も同じ気持ちだった。碧流とならエッチなことをしても不快
に思わなくても、こんな男に見られながらなんて屈辱だ。
それでも今は男の言いなり。
もしも一人だったら状況も違っただろう。
操られた碧流は割れ目を両手で開いて見せた。顔は背けられ、目
は閉じられている。
華艶は顔を背けるわけにはいなかった。
四つん這いになって溢れてくる友達の蜜を舐め取る。
ビクッと碧流の身体が震えた。
男が華艶のケツを足で押し、さらに碧流の秘所に顔を近づけさせ
437
ようとする。
﹁オラッ! もっとご奉仕してやれよ!!﹂
﹁うぐっ﹂
息ができないほど鼻まで押しつけられる。
鼻が肉芽に当たっているのがお互いわかった。
碧流は恥ずかしさで目をギュッとつぶる。なのに口からは声が漏
れてしまう。
﹁んっ⋮⋮うんっ⋮⋮んんっ⋮⋮﹂
鼻の先で勃起した肉芽が擦られる。
華艶は優しく舌を這わせる。
その姿を激写する男。
﹁いいねぇ∼、いい絵だ﹂
あまりにも急に玄関が激しく開かれた音がした。
次の瞬間、部屋の中に雪崩れ込んできた強面の男たち。
すぐに男の一人が手帳を見せた。それは警察手帳。男たちは刑事
だったのだ。
﹁ちょうどいい、婦女暴行の現行犯で逮捕だ!﹂
男と刑事が揉み合いになった。
そして、宙に投げられた一眼レフのカメラ。
ガン!
カメラは激しく床に叩きつけられた。
﹁オレのカメラーーーッ!!﹂
獣のような叫びをあげた男。きっと男にとってカメラは命と同等
か、その次くらいに大切な物だったに違いない。
暴れ狂う男が床に叩きつけられ抑えられる。
一方、華艶はあることに気づいた。
﹁⋮⋮身体が動く﹂
そう、カメラが床に叩きつけられた瞬間、身体は自由を取り戻し
ていたのだ。
華艶は急いでカメラを盗み、さらに強烈な蹴りを男の顔面に喰ら
438
わせた。
﹁ンガッ!﹂
鼻の骨が粉砕され、ブタっ鼻になった男が鼻血ブーして気絶した。
まだまだ気が済まない華艶だったが、碧流の手を引いて逃亡。
﹁全速力!﹂
こんなところで警察の厄介になっては困る。
なんせ華艶は進級の危うい身だ。
メイド服を着たまま二人はマンションから飛び出した。
刑事たちが追ってくるが、すぐに諦めてくれたようだった。おそ
らく華艶たちの証言が無くても起訴は決まっていたのだろう。だか
らこそ部屋に踏み込んだのだろうから。
ようやく華艶は足を止め、額の変な汗を拭った。
﹁ふぅ∼⋮⋮危なかった﹂
そして、華艶は気づくのだった。
﹁アアーーーッ!﹂
不思議な顔をして碧流が尋ねる。
﹁どうしたの?﹂
﹁バイト代もらってない!!﹂
﹁⋮⋮そ、そうだね﹂
碧流はすっかりあきれ顔だ。
だが、華艶はマジだった。
﹁ちょっと今から戻ってもらってくる!﹂
激走する華艶。
独り残された碧流は溜息を吐いた。
﹁なんであたし⋮⋮華艶の友達やってるんだろ﹂
でもすぐに笑みを浮かべて華艶を追いかけはじめたのだった。
439
ブックエンド︵上︶
図書館の奥の部屋で、司書である神宮司モニカは眼鏡を輝かせ笑
っていた。
﹁ふふふ、ついに手に入れたわ⋮⋮アーティエ断章﹂
手袋をした両手でモニカはその古めかしい本を持ち上げた。
﹁アーティエ断章︱︱名も知れない異世界の歴史書。この世界に現
存する物は英訳のみで、どうのような経由で訳された物なのかは不
明。さらにオリジナルがあるのかも不明。一説には憑かれた子供が
自動筆記で記したともされているけれど、真偽は不明。そもそもこ
れに記された世界が存在しているかも疑わしく、創作物じゃなかと
すら言われている⋮⋮けれど、これに描かれた魔術体系の一部は、
この世界でも通用するものであり、少なくとも魔術の知識を持った
者が記したことには間違いない。そう言った意味では、魔導書と言
っても差し支えない﹂
目の前にある魔導書が何物であるか、それを再確認して喜びを実
感するために、あえて口に出して説明した。
﹁あぁン、ファッキングッド!﹂
モニカは魔導書を抱きしめ、身悶えて打ち震えた。
﹁まさかヤプオクで見つけるなんて。あんまり価値のない魔導書で、
安いと言っても大金で競り落としたことには違いないわ。よかった
学園の経費で落ちて﹂
神原女学園は普通科の女子校である。その図書館には魔導に関す
る蔵書が数多存在している。しかし、それらの本は生徒らたちの目
の届かないところに保管されており、神宮司モニカも普段は普通の
司書としてここに勤めている。
﹁今の時代、魔導なんてそこら中に溢れかえっているもの。普通の
魔導書なんていくらでもあるし、素人でも書けるわ。それに比べて
440
アーティエ断章にはロマンがある。知られざる異世界のことを記し
てあるなんて、なんてファッキングレートなの!﹂
嬉しさのあまりモニカは厚い表紙に何度もキスをした。
このときモニカは有頂天で気づいていなかった。皮の表紙が汗を
掻き、火照るように微かな湯気を立ち昇らせていたことを︱︱。
モニカは魔導書を机に置き、その表紙に手を掛けた。
この瞬間がモニカは堪らなく好きだった。
まるで初物を頂くような感覚。新品に掛けられた包装ラップをビ
リビリに感覚。
本を開くという行為は、何かを暗示するようで、堪らなく嫌らし
い⋮⋮とモニカは個人的に思い抱いている。
古書は優しく扱う。
愛でるようにモニカは表紙を開き、さらにもう1ページ、さらに
もう1ページ。どんどん加速しながらページをめくり、だんだんと
雑にページをめくって叫んだ。
﹁ファック!!﹂
いったい何が起きたのか?
眼も剥いたモニカが見たものは白紙のページ。めくってもめくっ
ても、何も書かれていないのだ。
﹁騙された⋮⋮金返せファック!﹂
その後も呪詛のようにファックファックと連呼して狂乱した。
やがて怒りを治めるためか、モニカは床に尻をつけ、スカートの
中をまさぐりはじめた。
﹁オーファック!!﹂
激しい叫び声は治めるどころか、さらにボルテージが上がってい
るような気がする。
M字開脚で腰を浮かせ、ショーツの割れ目にグイグイ指を押し込
める。
﹁オーイエス!﹂
熱気が部屋に立ち込める。
441
その熱気はモニカから発せられているものではなかった。
机に置かれた白紙の魔導書。開かれたページの中で渦巻く黒い靄。
やがてそれは本の中から具現化して噴出すると、生ゴミのような臭
いが部屋中に広がった。
そこでやっとモニカは気づいた。
﹁なにっ!?﹂
目の前には悪鬼のような顔。
青黒い靄で模られた顔は下卑た笑いを浮かべていた。
﹁我が名はヴォベルキード﹂
威厳たっぷりの低音ボイスだったが、モニカはまったく動じなか
った。
﹁は? ヴォッキード? 聞いたことないわ。どこの低級霊?﹂
﹁ったく低級霊と一緒にするな、俺様は神だ、ちょっとは畏怖しや
がれ!﹂
急にヴォベルキードは態度をコロッと軟化させた。
相手が自称神だろうと、モニカは相手にする気などさらさらなか
った。
﹁はいはい、どこのマイナー神か知らないけど、邪魔だから消えて。
アタシはオナニーの途中なの、空気読んでくれない?﹂
まったくだ。オナニーの途中で妨害が入るなんて許し難い。
邪険にされたヴォベルキードは靄を煮えたぎらせるように渦巻か
せた。
﹁このメス豚がッ、俺様の実力を見せてやるぞーッ!﹂
次の瞬間、巨大な手に足首をつかまれた。
身体が引きずられる。巨大な手はあの魔導書の中から伸びている。
本の中に引きずり込もうとしているのは確実だ。
モニカは巨大な手を蹴り飛ばした。
﹁ファックユー!﹂
だが、抵抗も虚しくモニカは本の中へ呑み込まれた。
次の瞬間、モニカは落ち葉の上に尻から落下していた。
442
﹁アウチッ!﹂
黒土の上に敷かれた落ち葉のベッド。辺りを見回せば生い茂る森。
空を見上げるとどこまでも続く青空。
﹁ファック! なにが実力よ、瞬間移送しただけじゃないのよブタ
野郎!﹂
しかし、ここはいったいどこなのか?
本の中に吸い込まれたわけだから、本の中と考えるべきか、それ
とも地球上のどこかか、別次元ということも考えられる。
どこにせよ、帰ることが目的だ。
森を散策しようと足を一歩動かしたところで、モニカは気配を感
じて身動きが止めた。
落ち葉や小枝を踏みしめる音。
1人⋮⋮2人⋮⋮3人⋮⋮まだいるかもしれない。
木の陰から姿を見せたのは筋肉質の親父たち。それもリトルオヤ
ジ︱︱小人のオッサンと言ったほうがいいだろうか。
親父たちの数は7人。黄ばんだ歯を覗かせながら下卑た笑いを浮
かべている。その表情も最悪だが、もっと最悪なのは小人に似合わ
ないフル勃起状態の巨根だ。
思わずモニカは叫んだ。
﹁ファック!﹂
まだ距離があるというのに、雄の臭いが漂ってくる。
ぎらつく眼をした小人たち。
この空気は明らかにそーゆーことになりそうだ。
円を描くように囲まれたモニカ。一瞬の隙を突き、地面を蹴り上
げ駆けだそうとした。だが、小人は瞬発力は予想以上だった。
モニカは腕を掴まれ、振り払おうにも小人のくせに豪腕で離れな
い。
あっという間にモニカは羽交い締めにされ、四肢の自由を奪われ
枯れ葉のベッドに押し倒されてしまった。
﹁ブタ野郎ども! アタシから主導権を奪おうなんて100万年早
443
いのよ!!﹂
ブチ切れながらジタバタするが、すぐに小人たちに押さえつけら
れ、体中を睨め回された。
臭くて臭くて堪らない。
ねっとりとした唾液がローションのように塗りたくられる。
﹁ファックユー!﹂
叫んだモニカの口の中に分厚い舌が無理矢理押し込まれた。
貪る小人の舌に犯され、臭さのあまり鼻が麻痺してきた。
﹁うぐっ⋮⋮ブタはブタらしく⋮⋮ブタとヤってな!﹂
犯されながらも罵るモニカ。威勢はいいが、身体の動きは封じら
れたままだ。どうしようもない。
遙か天から声が響く。
︽そのブタがおまえだ。メス豚が、思い知ったかこれが神の力だ!︾
それはヴォベルキードの声だった。
モニカは顔すら見せない野郎に怒り心頭だった。
﹁顔ぐらい見せなさいよブタ野郎! 神? 笑わせるんじゃないわ
よ、ただのブックデビルの類でしょう、それもちょー低級の!!﹂
︽うるさい! 俺様は神だ、この世界は俺様の物だ。なんでも俺様
の自由になるんだぞ、7人の坑夫も思うがままだ!︾
モニカのショーツが剥ぎ取られ、雄々しい巨根がブチ込まれた。
﹁ヒィッ!﹂
いきなり突っ込まれたことで、思わず短い悲鳴が漏れてしまった。
だが、モニカはすぐに気を取り直した。
﹁なにが神よ、ただの淫魔じゃないの!﹂
︽⋮⋮うっ︾
図星か?
ヴォベルキードは口ごもってしまった。
そして、ガソゴソっという音が天から聞こえたかと思うと、ディ
スプレイの電源が落とされたような、プシューンっという音を最後
に天から何も聞こえなくなってしまった。
444
完全に逃げたのだ。言葉に詰まって逃げたのだ。
﹁ファックユー!﹂
モニカの怒りの叫びが天まで木霊した。
だが、実際にファックされてしまっているのはモニカだった。
7人の坑夫に体中をまさぐられ、胸をもみくちゃにされ、秘所に
弾丸を撃たれ続ける。
雄臭にまみれながら、もっと濃い雄を口の中に押し込まれる。
ゴツゴツした坑夫の手に触れられるたびに、身体が跳ね上がって
しまう。
乱暴にされてるのに感じてしまう。いや、乱暴にされているから
感じてしまうのかもしれない。
気の強さとは裏腹に、無理矢理されることにモニカは快感を覚え
ていた。
両方の乳首が痛いほど吸われている。
﹁そんなに強く⋮⋮ヒィッ⋮⋮痛い⋮⋮もっと⋮⋮強く吸って!﹂
このまま強く吸われ続けたら、形が変わってしまうのではないか、
それほどまでに強く吸われながら、モニカは歓喜して感じているの
だ。
もう何度ナカに注がれただろうか。
モノが抜かれると、ナカからたっぷりの白汁が溢れ出してくる。
そして、また別のモノが突っ込まれるのだ。
モニカは自ら腰を振っていた。自分の意思でありながら自分の意
思ではない。腰が自然と動いてしまうのだ。
全身の至るところから快感が走る。
小人の数は7人でも、手や口やアレの数を合わせれば、モニカの
身体は快感で埋め尽くされてしまう。
﹁すごひ⋮⋮狂っちゃう⋮⋮アタシ頭がおかしくなっちゃうぅ!﹂
痙攣が止まらない。
やがて頭の中が白濁し、意識が飛ぶ。
だが、すぐに快感で目覚め身体に鞭が打たれる。
445
身体は限界だというのに、感じ続けてしまう。
苦痛と快楽が交差する。
倒錯によって苦痛すらも快楽のように感じてしまう。
﹁んぁぁぁぁっ! ひぐっ⋮⋮ひぐぅぅぅっ!!﹂
肌に触れられただけなのに、それだけでイッてしまう。
叫んで大きく開けたモニカの口腔にどぷどぷと白濁液が注がれる。
ほとんどが入りきらず、だらしなく口から垂れ流される。
白濁液を垂れ流していたのは口だけではなかった。拡張されて元
に戻らずぽっかりと開いたままのケツからもどろりと垂れる。
咥えられる場所は三カ所しかない。なのに小人は7人もいるのだ。
順番待ちに耐えられなくなった小人たちが強行に打って出た。
穴の中に1本だけでなく、2本3本と挿れて来ようとしたのだ。
﹁無理⋮⋮避ける⋮⋮壊れちゃう⋮⋮うぐっ﹂
口の中にも2本挿れられそうになる。1本ですら太くてきついの
に、2本なんてゴッツイ男の拳を口の中に入れられるようなものだ。
顎が砕けてしまいそうだ。
しかし、口の中に2本は無理だった。
ケツも無理だったらしく、残った穴にはかろうじて入りはしたが、
動かすことはできなかったようだ。
苛立つ小人たちはところ構わず突っ込んで来ようとした。
穴ならどこでもいい。
鼻の穴、耳の穴にヌメヌメした海綿体が擦りつけられる。
卑猥なヌチャヌチャという音が大音量で聞こえる。
鼻を犯していた先端が動きを止めた。
目を剥くモニカ。
次の瞬間、鼻の中へ大量の雄汁が注ぎ込まれた。
息ができない。
ただですら口を巨大なモノで塞がれているのに、鼻まで塞がれた
ら窒息死してしまう。
咳き込もうにも口から漏れるのは嗚咽だけ。
446
鼻からは鼻水よりもさらに濃くてどろっとした白濁液が噴き出さ
れる。それでも鼻腔にこびりついた雄汁は取れなかった。
苦しくて頭が真っ白になって、今にも死にそうだというのに、身
体は感じ続けている。
まだ犯され続けている。
﹁ぐがっ⋮⋮ぐぐ⋮⋮ふぐ⋮⋮ううっ﹂
毛穴を含めた穴という穴から汁が噴き出す。
涙が止まらない。
身体のどこにも力が入らない。
どこに注がれているのか、どこにぶっかけられているのかもわか
らない。
音もよく聞こえない。
臭いも感じなくなってしまった。
なのにイクときは勝手に力が入って、深い絶頂に呑まれてしまう。
﹁ウヒィィィィィッ!﹂
もはや人とは思えない絶叫。
世界が黒く落ちた。
ついに意識を完全に失ったモニカ。
しかし、小人たちは貪り犯し続ける。
気絶していようと、そんなこと構わないのだろう。
そこに女の肉があり続ける限り、欲という腹を満たすために貪り
喰うのだ。
天から声が聞こえた。
﹁ヒャハハハハハ、ざまぁ見ろメス豚が。神である俺様に楯突くか
らだ。楯突かなくてもたっぷり犯してやったがな。これかもだ、死
なない程度にずっとこの世界で犯し続けてやるぜ、ヒャーッハハハ
ハッ!﹂
下卑た笑い声が空を覆うようにどこまでも木霊した。
447
ブックエンド︵中︶
かったるい授業も終わり︱︱と言っても、授業中はずっとマンガ
を読んでいた華艶は、放課後になって図書館を訪れた。
﹁マンガ返しに来ましたーっと﹂
何十冊にも及ぶマンガ本をカウンターにドスンと置いた。
このカウンターに図書館のお姉さんこと、司書の神宮司モニカが
いることは稀だ。だいたい奥の部屋で本を読み漁っている。
奥の部屋にいてもすぐ来館者がわかるように、部屋の側面は硝子
張りになっていて、カウンターが見渡せるようになっている。逆に
言えばカウンターからも奥の部屋を見ることができる。
﹁いない?﹂
華艶はカウンターから身を乗り出して奥の部屋を見るが、人影は
ない。
生徒の間でモニカが仕事熱心じゃないのは知れ渡っている。が、
奥の部屋から出てサボっているのではなく、奥の部屋で悠々自適に
時間を過ごしているのだ。そのため、奥の部屋にいないことは稀な
のだが?
カウンターには呼び鈴もある。奥の部屋にいなければ無意味だが、
とりあえず華艶は押してみる。
1度押したくらいじゃ気づかれないことがあるのも、生徒の間で
は知れ渡っている。
2度、3度と華艶は呼び鈴を押してみたが、やはり反応がない。
たとえ部屋の奥にいたとしても、時折こういうことがある。そう
いうときは部屋まで押しかけるしかない。
ドアを開け華艶は奥の部屋に乗り込んだ。
やはりいない。
しかし、華艶は微弱な気配を感じた。
448
嫌な感じ。
肌に纏わり付くような不快さがこの部屋にはある。
それから臭いだ。
生ゴミが腐ったような異臭が微かにしている。
華艶の直感はこれが事件だと訴えていた。
︱︱が、
﹁うん、気づかなかったことにしよう!﹂
巻き込まれるのがごめんだった。
学校とオフと仕事の3つは分けることにしている。
それに基本的にタダ働きはしない主義だ。
そんな主義を持っている華艶だが、それと好奇心は別問題だった。
たしかにタダ働きもしないし、事件に巻き込まれるのも嫌に違い
ないが、目の前で何かが起きているのを放置したら、気になって今
夜も眠れなくなって夜遊びに走ってしまう。
﹁それはイカンイカン﹂
オッサンみたく言って、華艶はとりあえず事件のさわりくらいは
調べようと思った。
﹁題して美人司書失踪事件⋮⋮自分で言ったのもなんだけどセンス
ない。サブタイも考えよう⋮⋮異臭漂う司書室、巨乳も揺れれば学
園も揺れる、生徒たちを震撼させる凶悪犯罪! 密室じゃない部屋
から跡形もなく消えた失踪トリックの謎を解け!﹂
言い終えてからしばらく無言で立ち尽くす華艶。
そして、再び動き出し時にはなかったことにされていた。
﹁アレー、おかしいナー、どーして図書館のお姉さんがいないんダ
ロー﹂
棒読み。しかも展開が巻き戻し。
さっそく部屋を調べはじめる華艶。
この部屋に残されているのは微弱の嫌な感じと異臭。
そして、読みかけの本。
首を傾げる華艶。
449
見開かれた本はその半分のページが白紙で、残りの半分には絵が
描かれていた。
﹁エロ本?﹂
そこに描かれている絵は肉欲的なお姉さんが、7人の男たちに犯
されている絵だった。
﹁⋮⋮あれ﹂
何かが頭に引っかかる。
華艶は本に顔を寄せてそこに描かれたお姉さんをマジマジと観察
した。
﹁どこかで⋮⋮って、もしかしてモニカさん?﹂
見れば見るほど似ている。
そこで恥辱されている女の絵は、神宮司モニカに瓜二つだった。
﹁あー、なんかただの失踪じゃなくて、もっと厄介なことになって
るぽい﹂
この本と神宮司モニカ失踪の因果関係は、結びつけない方が不自
然だ。
﹁1、本の中に閉じ込められた。この絵は本の中でモニカさんが体
験してること﹂
さらに続けて、
﹁2、本の中じゃないにしても、どこかでこの絵と同じ体験をして
いて、それが絵になった投影されている﹂
最後にもう1つ、
﹁3、モニカさんが自分の願望を絵にした。そして別に失踪なんて
してないで、ちょっと出掛けているだけ﹂
できれば3であって欲しいのが華艶の切なる願いだ。
精一杯
のことだもんね!﹂
﹁うん、とりあえずセンセーに連絡だけしよう。それがあたしにで
きる
本当はもっとできることがあると言わんばかりの強調。でもした
くない、みたいな。
﹁本はそのままにして、とりあえず職員室に行こっと﹂
450
クルッと半回転した華艶は背中に迫る気配を感じた。
完全に華艶のミスだった。
それが何であるかわからないうちから警戒を解いてしまったのだ
から。
華艶は巨大な手によって胴体を掴まれ本の中へ引きずられそうに
なった。
﹁ウソっ、マジ!?﹂
華艶の最大の武器は火炎。
見渡せなくてもそこは本だらけ。机の上にも、壁際の本棚にも、
部屋を出れば図書館でもっといっぱいの本がある。
﹁とってもよく燃えそう♪﹂
苦笑する火炎。
﹁って、命と本⋮⋮違う、命と金のどっちが、どっちも大事。ここ
の図書館レア本も多いし、噂によるとお金じゃ買えない本も隠して
あるって言うし。てゆか、本に引火して燃え広がったら学園も火の
海になるし!﹂
どうする華艶!?
ジリジリと華艶は本の中へ引きずり込まれようとしている。足を
踏ん張るが、徐々に床を滑っている。少しでも足を浮かせた瞬間、
その先はあっという間だろう。
自分の胴を掴んでいる巨大な手は、大きさに見合った馬鹿力で、
外そうにも外れない。
華艶は意を決した。
もしここで本の中に引きずり込まれても死ぬことはないだろう。
それは本に描かれた絵を見れば推測できる。ただし、ああならない
ための自己防衛は必要になってくるだろう。
﹁自分で乗っちゃった船だし﹂
ふっと華艶は足を浮かせた。
一瞬にして華艶が本の中へ呑み込まれたのだった。
自分から呑み込まれたこともあって、華艶は見事に地面⋮⋮がな
451
い!
足下にあったのは大海原だった。これでは着地なんかできない、
着水だ。
ジャポーン!
水しぶきを上げながら華艶は海に沈んだ。
﹁うっぷ⋮⋮げふっ!﹂
口の中に塩水が入った。
服がズブ濡れになり、パンツの中まで濡れ濡れだ。
しかし、そんなことなど構ってはいられない。
目の前には高波が迫っていたのだ。
頭から覆い被さってくる波。
必死に藻掻く華艶。
泳ぐことはおろか浮くことさえ困難だった。
さらに服が水を吸ってさらに水泳を困難にしていた。
﹁ごふっ⋮⋮マジ⋮⋮死ぬ⋮⋮﹂
次の波が華艶を呑み込んだ。
足下に見える海面がキラキラと光っていた。
波に揉まれ身体が回転する。
さすがに死を覚悟して安らかに沈もうとしていたのだが、その気
が変わった。
華艶の瞳に映った黒い影。
﹁⋮⋮ザベェ!!︵サメ!?︶﹂
思わず空気を吐き出してしまった。状況悪化。
黒い影は尾びれを動かしながら華艶に迫ってくる。
窒息の上に生きたまま喰われるなんて、サイテー以外の何物でも
ない。
生きる活力が突然漲った華艶は海面に向かって泳ぎ出す。
が、息が持たない。
苦しい⋮⋮苦しくて⋮⋮意識が飛びそうだ。
華艶は足下に迫ってくる影を見た。
452
そして、ぎょっとした。
﹁ドゥンボォォォォ!!︵人魚ォ!!︶
たしかにそれはヒトの形をしているような気がするが、意識が朦
朧としてたしかなことはわからなかった。
次の瞬間には華艶の意識は完全にブラックアウトしてた。
なにやら辺りが騒がしい。
まるで近所でお祭りをやっているような歌え踊れの大騒ぎのよう
な⋮⋮。
でも、なにを言っているのかまったくわからない。
ポタッと落ちた雫がおでこで弾け、華艶はゆっくりと目を開いた。
洞窟の天井。
海草で縛られた自分の足首。ついでに手首も縛られてしまってい
るようだった。
台座の上に載せられ、周りでは円を描いて不気味な影が踊ってい
た。
﹁人魚⋮⋮の逆⋮⋮﹂
最後に見た光景を思い出し、すっかり人魚に助けられたものだと
思ったのだが、どうやらちょっと違ったらしい。
人魚の逆︱︱つまり魚人というわけだ。
縛られている状況を考えるとあまり良いとは言えない。
とりあえず状況を見守っていると、二人?の魚人がこちらに近付
いてくる。
顔はまさに魚そのもの。そこから繋がる身体は爬虫類や両生類を
二足歩行させた感じだ。足や手にはヒレがついており、両足を閉じ
て泳げば魚の尾に早変わりってとこだろう。
魚人たちは口をくぱくぱさせて何を言っている。まるでシャボン
玉が弾けるような声で、何を言っているのかよくわからない。
突然、洞窟の中にスピーカーを通したような大声が響き渡った。
︽我が名はヴォベルキード。魚人の言葉がわからずお困りのようだ
453
な。神である俺様が世界を造り替えてやろう!︾
もちろん華艶はヴォベルキードのことなど知る由もない。
華艶が唖然としていると魚人がいきなり日本語で話しはじめた。
﹁というわけでありまして、魚人王子が溺れかかっていたあなたを
助けたわけでございます﹂
オッサンぽい声の魚人がそう言った。よく見ると隣にいる魚人は、
真珠や珊瑚で着飾っている。きっとこっちが魚人王子だろう。
華艶が魚人王子に顔を向けると、彼?は顔を赤らめ視線を外した。
ま・さ・か、恥じらっているのか?
そう考えると華艶はゾッとした。
さらに次のオッサン魚人の発言で疑惑は確証へと変わる。
﹁魚人王子はあなたに一目惚れをしたそうで、ぜひ結婚したいと申
しております﹂
ぎょっと眼を剥きながら華艶が魚人王子を見ると、彼はギザギザ
の歯を覗かせ笑うと、すぐにまた顔を赤らめ視線を外してしまった。
さらに華艶はあるモノを見て青ざめ現実逃避しかけた。
魚人王子の腹にある筒っぽいナニかが、ぴょんぴょんと跳ねるよ
うに動いている。明らかに人間のソレとは形状が異なっているが、
たぶんナニだ。
急に魚人王子が興奮して暴れ出した。
﹁ウォォォォォン!﹂
﹁王子、王子、おやめください!﹂
慌ててオッサン魚人が止めに入ったが、すでに遅かった。
太いホースのようなナニから、白色のレーザービームが発射され
た。
信じられない量だった。まるで生クリームの放水を全身に浴びて
いるようだ。
全身をドロドロにされた華艶がボソッと。
﹁⋮⋮妊娠しそう﹂
ぶっかけられただけだというのに、妊娠しちゃうかもと思わせる
454
ほどの量だった。
しかし、本当に妊娠したと思うと⋮⋮。
﹁うぇぇっ!﹂
華艶は想像してしまった。魚人と人間を足して2で割ったらどん
なクリーチャーが生まれてくるか。しかも自分似の。
相手に悪意はないようだが、これは逃げなきゃマズイ。
華艶は手足を縛られ芋虫状態で逃げようとした。そんな跳ねる姿
が同族に見えたのか、魚人王子はさらに興奮して、四つ這いの華艶
に覆い被さってきた。
再びホースのナニから白濁液が発射された。
しかも運が悪いことにナニはスカートの中だった。
ドビュビュビュビュビュビュ!!
水圧の連続刺激が華艶の股間に直撃した。
﹁あうっ!﹂
思わず鼻から声が漏れてしまった。
気持ちいい、気持ちいいけど酷い自己嫌悪に陥る。
魚に犯されてるだけでも人には言えない秘密なのに、感じてしま
ったなんて墓場まで持って行くしかない。
﹁ひぃっ、あふあ!﹂
また声が出てしまった。
ホースからの発射も続いている。
ショーツの中に染みてくる。
魚人の子種が突撃してくるのだ。
想像するだけで死にたくなるのに、身体は気持ちよさに嘘がつけ
ない。
振動の強いバイブで刺激されているような快感。
﹁んっ⋮⋮んんん⋮⋮うん⋮⋮あっ!﹂
このままではイかされてしまう︱︱魚人のちんぽで!!
そんなことは絶対にあってはならないと華艶は逃走を図るが、す
でに足は快感でまともに動かない。やっとの思いで動かしても、足
455
下はドロドロで滑って自由を奪われる。
魚人に犯されるという常識を逸脱した状況で、すっかり思考が振
り切れてしまっていた華艶だったが、ふと我に返った。
すぐに華艶は身体を回転されて仰向けになると⋮⋮さらに刺激が
ピンポイントでヒットした。
﹁あン!﹂
なんて快感に浸っているわけにもいかず、華艶はすぐさま全神経
を集中させた。
﹁爆烈火![バクレッカ]﹂
華艶の身体を中心にして炎の小爆発が起き、上に乗っていた魚人
王子が吹っ飛ばされた。
魚の焼ける良い匂いも、今は食欲を掻き立てられるどこか減退さ
せる。
丸焼けかと思われた魚人王子だったが、どうやら生焼けだったら
しくのたうち回って藻掻いている。
突然、洞窟内に怒号が響いた。
︽炎術士だったのか!? そいつは危険だ殺せ、今すぐ殺すんだ!︾
それはヴォベルキードの声だった。
魚人たちが華艶に襲い掛かってくる。
だが、もう華艶の敵ではない。
全身から放出した炎で手足を拘束していた縄も灰と化した。ただ
問題があるとしたら、素っ裸なことだ。
﹁炎翔破![エンショウハ]﹂
華艶の手から繰り出された炎の玉が翔る。
魚人が燃え上がる。
が、一匹始末したところで、洞窟の奥からはワラワラと沸いてく
る。
﹁ダブル炎翔破!﹂
両手から2つの炎玉[エンギョク]が飛ばされた。
さらに続けて、
456
﹁4は⋮⋮ええい、よっつ炎翔破!﹂
両手から2つずつ立て続けに炎玉が飛ばされた。
ちなみにダブル・トリプルの次はクアドラプルだったりする。
まだまだ魚人軍団の数は減らない。
このまま戦い続ければ華艶は勝てる自信があった。でも、勝負に
負けて試合に勝つ気がした。このまま魚人を丸焼きにし続けたら、
これから一生魚が食べられなくなりそうなトラウマを抱えそうだっ
た。
こういうときの戦法はこれに限る。
﹁逃げるが勝ち!﹂
逃走を図った華艶だったが、突然地面から壁がせり上がり、道が
塞がれてしまった。
唖然とする華艶の耳にまたあの声が届く。
︽ヒャハハハ、俺様はこの世界の神だ。いくらでも自由に造り替え
ることができるのだ!︾
顔の見えない相手に華艶はイライラした。
﹁キーキーうっさい。神だかなんか知んないけど、なんでも自由に
なんだったら今すぐあたしの心臓止めたらいいでしょ!﹂
挑発して華艶はハッとした。マジで止められたら最悪どころじゃ
ない。
が、いっこうに華艶の心臓は止まる気配を見せなかった。
なぜか黙ってしまったヴォベルキード。
華艶は再びハッとした。
﹁できないんでしょあんた!!﹂
︽⋮⋮うっ︾
図星か?
この世界の神を自称して、地形を瞬く間に変えて見せても、でき
ないこととできることがあるのだ。一見して全知全能に思えても、
ルールに縛られるのが摂理。相変わらず魚人たちが華艶に襲い掛か
るの見れば、それが華艶を殺せる手段なのだろう。
457
背中はさっき現れた壁。目の前から魚人の軍勢。もう殺るしかな
いだろう。
﹁寿司⋮⋮もう無理かな⋮⋮。爆炎![バクエン]﹂
火山が怒るように、いくつもの炎の塊が華艶の手から放たれ、さ
らにそれは宙で弾け飛んで拡散して爆発した。
炎の特大霰を喰らった魚人たちがのたうち回る。やはり火に弱い
のか、ピチピチと暴れ狂っている。
そして、やっぱり漂ってきた焼き魚の香ばしい匂い。
でも目の前で繰り広げられているのは、生焼け魚人たちがのたう
ち回る地獄絵図。
奇声が洞窟に木霊する。
蒼ざめる華艶。
﹁⋮⋮うっぷ﹂
やっぱりトラウマになりそうだ。
458
ブックエンド︵下︶
図書館の奥の部屋で、司書である神宮司モニカは眼鏡を輝かせ笑
っていた。
﹁ふふふ、ついに手に入れたわ⋮⋮アーティエ断章﹂
手袋をした両手でモニカはその古めかしい本を持ち上げた。
﹁アーティエ断章︱︱名も知れない異世界の歴史書。この世界に現
存する物は英訳のみで、どうのような経由で訳された物なのかは不
明。さらにオリジナルがあるのかも不明。一説には憑かれた子供が
自動筆記で記したともされているけれど、真偽は不明。そもそもこ
れに記された世界が存在しているかも疑わしく、創作物じゃなかと
すら言われている⋮⋮けれど、これに描かれた魔術体系の一部は、
この世界でも通用するものであり、少なくとも魔術の知識を持った
者が記したことには間違いない。そう言った意味では、魔導書と言
っても差し支えない﹂
目の前にある魔導書が何物であるか、それを再確認して喜びを実
感するために、あえて口に出して説明した。
﹁あぁン、ファッキングッド!﹂
モニカは魔導書を抱きしめ、身悶えて打ち震えた。
﹁まさかヤプオクで見つけるなんて。あんまり価値のない魔導書で、
安いと言っても大金で競り落としたことには違いないわ。よかった
学園の経費で落ちて﹂
神原女学園は普通科の女子校である。その図書館には魔導に関す
る蔵書が数多存在している。しかし、それらの本は生徒らたちの目
の届かないところに保管されており、神宮司モニカも普段は普通の
司書としてここに勤めている。
﹁今の時代、魔導なんてそこら中に溢れかえっているもの。普通の
魔導書なんていくらでもあるし、素人でも書けるわ。それに比べて
459
アーティエ断章にはロマンがある。知られざる異世界のことを記し
てあるなんて、なんてファッキングレートなの!﹂
嬉しさのあまりモニカは厚い表紙に何度もキスをした。
このときモニカは有頂天で気づいていなかった。皮の表紙が汗を
掻き、火照るように微かな湯気を立ち昇らせていたことを︱︱。
モニカは魔導書を机に置き、その表紙に手を掛けた。
この瞬間がモニカは堪らなく好きだった。
まるで初物を頂くような感覚。新品に掛けられた包装ラップをビ
リビリに感覚。
本を開くという行為は、何かを暗示するようで、堪らなく嫌らし
い⋮⋮とモニカは個人的に思い抱いている。
古書は優しく扱う。
愛でるようにモニカは表紙を開き、さらにもう1ページ、さらに
もう1ページ。どんどん加速しながらページをめくり、だんだんと
雑にページをめくって叫んだ。
﹁ファック!!﹂
いったい何が起きたのか?
眼も剥いたモニカが見たものは白紙のページ。めくってもめくっ
ても、何も書かれていないのだ。
﹁騙された⋮⋮金返せファック!﹂
その後も呪詛のようにファックファックと連呼して狂乱した。
やがて怒りを治めるためか、モニカは床に尻をつけ、スカートの
中をまさぐりはじめた。
﹁オーファック!!﹂
激しい叫び声は治めるどころか、さらにボルテージが上がってい
るような気がする。
M字開脚で腰を浮かせ、ショーツの割れ目にグイグイ指を押し込
める。
﹁オーイエス!﹂
熱気が部屋に立ち込める。
460
その熱気はモニカから発せられているものではなかった。
机に置かれた白紙の魔導書。開かれたページの中で渦巻く黒い靄。
やがてそれは本の中から具現化して噴出すると、生ゴミのような臭
いが部屋中に広がった。
そこでやっとモニカは気づいた。
﹁なにっ!?﹂
目の前には悪鬼のような顔。
青黒い靄で模られた顔は下卑た笑いを浮かべていた。
﹁我が名はヴォベルキード﹂
威厳たっぷりの低音ボイスだったが、モニカはまったく動じなか
った。
﹁は? ヴォッキード? 聞いたことないわ。どこの低級霊?﹂
﹁ったく低級霊と一緒にするな、俺様は神だ、ちょっとは畏怖しや
がれ!﹂
急にヴォベルキードは態度をコロッと軟化させた。
相手が自称神だろうと、モニカは相手にする気などさらさらなか
った。
﹁はいはい、どこのマイナー神か知らないけど、邪魔だから消えて。
アタシはオナニーの途中なの、空気読んでくれない?﹂
まったくだ。オナニーの途中で妨害が入るなんて許し難い。
邪険にされたヴォベルキードは靄を煮えたぎらせるように渦巻か
せた。
﹁このメス豚がッ、俺様の実力を見せてやるぞーッ!﹂
次の瞬間、巨大な手に足首をつかまれた。
身体が引きずられる。巨大な手はあの魔導書の中から伸びている。
本の中に引きずり込もうとしているのは確実だ。
モニカは巨大な手を蹴り飛ばした。
﹁ファックユー!﹂
だが、抵抗も虚しくモニカは本の中へ呑み込まれた。
次の瞬間、モニカは落ち葉の上に尻から落下していた。
461
﹁アウチッ!﹂
黒土の上に敷かれた落ち葉のベッド。辺りを見回せば生い茂る森。
空を見上げるとどこまでも続く青空。
﹁ファック! なにが実力よ、瞬間移送しただけじゃないのよブタ
野郎!﹂
しかし、ここはいったいどこなのか?
本の中に吸い込まれたわけだから、本の中と考えるべきか、それ
とも地球上のどこかか、別次元ということも考えられる。
どこにせよ、帰ることが目的だ。
森を散策しようと足を一歩動かしたところで、モニカは気配を感
じて身動きが止めた。
落ち葉や小枝を踏みしめる音。
1人⋮⋮2人⋮⋮3人⋮⋮まだいるかもしれない。
木の陰から姿を見せたのは筋肉質の親父たち。それもリトルオヤ
ジ︱︱小人のオッサンと言ったほうがいいだろうか。
親父たちの数は7人。黄ばんだ歯を覗かせながら下卑た笑いを浮
かべている。その表情も最悪だが、もっと最悪なのは小人に似合わ
ないフル勃起状態の巨根だ。
思わずモニカは叫んだ。
﹁ファック!﹂
まだ距離があるというのに、雄の臭いが漂ってくる。
ぎらつく眼をした小人たち。
この空気は明らかにそーゆーことになりそうだ。
円を描くように囲まれたモニカ。一瞬の隙を突き、地面を蹴り上
げ駆けだそうとした。だが、小人は瞬発力は予想以上だった。
モニカは腕を掴まれ、振り払おうにも小人のくせに豪腕で離れな
い。
あっという間にモニカは羽交い締めにされ、四肢の自由を奪われ
枯れ葉のベッドに押し倒されてしまった。
﹁ブタ野郎ども! アタシから主導権を奪おうなんて100万年早
462
いのよ!!﹂
ブチ切れながらジタバタするが、すぐに小人たちに押さえつけら
れ、体中を睨め回された。
臭くて臭くて堪らない。
ねっとりとした唾液がローションのように塗りたくられる。
﹁ファックユー!﹂
叫んだモニカの口の中に分厚い舌が無理矢理押し込まれた。
貪る小人の舌に犯され、臭さのあまり鼻が麻痺してきた。
﹁うぐっ⋮⋮ブタはブタらしく⋮⋮ブタとヤってな!﹂
犯されながらも罵るモニカ。威勢はいいが、身体の動きは封じら
れたままだ。どうしようもない。
遙か天から声が響く。
︽そのブタがおまえだ。メス豚が、思い知ったかこれが神の力だ!︾
それはヴォベルキードの声だった。
モニカは顔すら見せない野郎に怒り心頭だった。
﹁顔ぐらい見せなさいよブタ野郎! 神? 笑わせるんじゃないわ
よ、ただのブックデビルの類でしょう、それもちょー低級の!!﹂
︽うるさい! 俺様は神だ、この世界は俺様の物だ。なんでも俺様
の自由になるんだぞ、7人の坑夫も思うがままだ!︾
モニカのショーツが剥ぎ取られ、雄々しい巨根がブチ込まれた。
﹁ヒィッ!﹂
いきなり突っ込まれたことで、思わず短い悲鳴が漏れてしまった。
だが、モニカはすぐに気を取り直した。
﹁なにが神よ、ただの淫魔じゃないの!﹂
︽⋮⋮うっ︾
図星か?
ヴォベルキードは口ごもってしまった。
そして、ガソゴソっという音が天から聞こえたかと思うと、ディ
スプレイの電源が落とされたような、プシューンっという音を最後
に天から何も聞こえなくなってしまった。
463
完全に逃げたのだ。言葉に詰まって逃げたのだ。
﹁ファックユー!﹂
モニカの怒りの叫びが天まで木霊した。
だが、実際にファックされてしまっているのはモニカだった。
7人の坑夫に体中をまさぐられ、胸をもみくちゃにされ、秘所に
弾丸を撃たれ続ける。
雄臭にまみれながら、もっと濃い雄を口の中に押し込まれる。
ゴツゴツした坑夫の手に触れられるたびに、身体が跳ね上がって
しまう。
乱暴にされてるのに感じてしまう。いや、乱暴にされているから
感じてしまうのかもしれない。
気の強さとは裏腹に、無理矢理されることにモニカは快感を覚え
ていた。
両方の乳首が痛いほど吸われている。
﹁そんなに強く⋮⋮ヒィッ⋮⋮痛い⋮⋮もっと⋮⋮強く吸って!﹂
このまま強く吸われ続けたら、形が変わってしまうのではないか、
それほどまでに強く吸われながら、モニカは歓喜して感じているの
だ。
もう何度ナカに注がれただろうか。
モノが抜かれると、ナカからたっぷりの白汁が溢れ出してくる。
そして、また別のモノが突っ込まれるのだ。
モニカは自ら腰を振っていた。自分の意思でありながら自分の意
思ではない。腰が自然と動いてしまうのだ。
全身の至るところから快感が走る。
小人の数は7人でも、手や口やアレの数を合わせれば、モニカの
身体は快感で埋め尽くされてしまう。
﹁すごひ⋮⋮狂っちゃう⋮⋮アタシ頭がおかしくなっちゃうぅ!﹂
痙攣が止まらない。
やがて頭の中が白濁し、意識が飛ぶ。
だが、すぐに快感で目覚め身体に鞭が打たれる。
464
身体は限界だというのに、感じ続けてしまう。
苦痛と快楽が交差する。
倒錯によって苦痛すらも快楽のように感じてしまう。
﹁んぁぁぁぁっ! ひぐっ⋮⋮ひぐぅぅぅっ!!﹂
肌に触れられただけなのに、それだけでイッてしまう。
叫んで大きく開けたモニカの口腔にどぷどぷと白濁液が注がれる。
ほとんどが入りきらず、だらしなく口から垂れ流される。
白濁液を垂れ流していたのは口だけではなかった。拡張されて元
に戻らずぽっかりと開いたままのケツからもどろりと垂れる。
咥えられる場所は三カ所しかない。なのに小人は7人もいるのだ。
順番待ちに耐えられなくなった小人たちが強行に打って出た。
穴の中に1本だけでなく、2本3本と挿れて来ようとしたのだ。
﹁無理⋮⋮避ける⋮⋮壊れちゃう⋮⋮うぐっ﹂
口の中にも2本挿れられそうになる。1本ですら太くてきついの
に、2本なんてゴッツイ男の拳を口の中に入れられるようなものだ。
顎が砕けてしまいそうだ。
しかし、口の中に2本は無理だった。
ケツも無理だったらしく、残った穴にはかろうじて入りはしたが、
動かすことはできなかったようだ。
苛立つ小人たちはところ構わず突っ込んで来ようとした。
穴ならどこでもいい。
鼻の穴、耳の穴にヌメヌメした海綿体が擦りつけられる。
卑猥なヌチャヌチャという音が大音量で聞こえる。
鼻を犯していた先端が動きを止めた。
目を剥くモニカ。
次の瞬間、鼻の中へ大量の雄汁が注ぎ込まれた。
息ができない。
ただですら口を巨大なモノで塞がれているのに、鼻まで塞がれた
ら窒息死してしまう。
咳き込もうにも口から漏れるのは嗚咽だけ。
465
鼻からは鼻水よりもさらに濃くてどろっとした白濁液が噴き出さ
れる。それでも鼻腔にこびりついた雄汁は取れなかった。
苦しくて頭が真っ白になって、今にも死にそうだというのに、身
体は感じ続けている。
まだ犯され続けている。
﹁ぐがっ⋮⋮ぐぐ⋮⋮ふぐ⋮⋮ううっ﹂
毛穴を含めた穴という穴から汁が噴き出す。
涙が止まらない。
身体のどこにも力が入らない。
どこに注がれているのか、どこにぶっかけられているのかもわか
らない。
音もよく聞こえない。
臭いも感じなくなってしまった。
なのにイクときは勝手に力が入って、深い絶頂に呑まれてしまう。
﹁ウヒィィィィィッ!﹂
もはや人とは思えない絶叫。
世界が黒く落ちた。
ついに意識を完全に失ったモニカ。
しかし、小人たちは貪り犯し続ける。
気絶していようと、そんなこと構わないのだろう。
そこに女の肉があり続ける限り、欲という腹を満たすために貪り
喰うのだ。
天から声が聞こえた。
﹁ヒャハハハハハ、ざまぁ見ろメス豚が。神である俺様に楯突くか
らだ。楯突かなくてもたっぷり犯してやったがな。これかもだ、死
なない程度にずっとこの世界で犯し続けてやるぜ、ヒャーッハハハ
ハッ!﹂
下卑た笑い声が空を覆うようにどこまでも木霊した。
︽2︾
466
天を突く巨塔。
その最上階で7人の坑夫に恥辱され続けるモニカ。
執拗な責めの連続。
﹁ひぃ⋮⋮ひっ⋮⋮ひぃぃぃぃ﹂
白濁液の海に沈む躰。
滲む視界の先には背を向けた小柄な少年のような悪鬼の姿があっ
た。腰布だけを巻いた姿で、体つきは人間に似ているが、肌の色は
紫で骨格はゴツゴツしていた。
﹁くそぉ∼炎術士めぇ∼∼∼!﹂
セミの鳴いているような甲高い声。
﹁俺様は神だ、この世界の神なんだぞ!﹂
この口調は⋮⋮ヴォベルキード?
モニカはさらに屈辱を覚えた。
こんなガキのデビルにいいようにされて、手籠めにされてアンア
ンよがるなんてプライドがズタズタだ。
しかも、どうやらコイツは本に取り憑いたブックデビルらしい。
書を司る司書が書に支配されるなんて、魔導書を扱う司書として
失格だ。
絶対にこの事件は隠蔽しなければならない!
ふとモニカが気づくと、7人の坑夫たちがまるで石像のように動
きを止めていた。
相手の正体を把握しはじめているモニカにはすぐわかった。おそ
らくヴォベルキードはほかのことに集中しているのだ。この世界は
自分の物だなんて大口を叩いていても、世界を常に監視して動かす
ことは不可能なのだろう。
﹁やっぱり低級ってことね!﹂
隙を突いてモニカはヴォベルキードに飛び掛かった。
すぐに気づいたヴォベルキードは振り返るが、身構えることすら
できない。
467
モニカが叫ぶ。
﹁アンタのケツ穴を拳でファックしてやんよ!﹂
﹁メス豚めーッ!﹂
鬼の形相でヴォベルキードは雄叫びをあげた。
︽メス豚めーッ!︾
洞窟に響き渡ったヴォベルキードの怒声。
すぐさま華艶は言い返した。
﹁豚はあんたでしょ!!﹂
︽ゴベバッ!︾
謎の奇声が聞こえた。
何が起こったのかわからず、華艶は呆然としてしまった。
向こうからの反応がなくなった。
今まで戦っていた岩巨人たちも動きを止めてしまっている。
魚人を焼いたあと、この岩巨人たちが現れて華艶は苦戦を強いら
れた。華艶の身体能力は常人よりは良いとしても人間レベル。炎の
効かない相手には歯が立たない。
そんな絶体絶命な展開だったのだが、なんだか知らないが岩巨人
が動きを止めた。
﹁⋮⋮なんだか知らないけど、ラッキー﹂
小さく呟いて華艶は駆けだした。
洞窟を抜けると、そこは真っ白な空間だった。後ろを振り向くと、
そこには洞窟なんて存在しなかったかのように、跡形もなく消えて
いた。
﹁どこまでも白い空間⋮⋮酔ってくるし﹂
もしかしたら状況が悪化したかもしれない。
本当に何もない白い空間に放り出されてしまった。歩き続けて何
かが見つかる可能生はなんとも言えない。むしろ華艶は低いと思っ
ていた。
白い世界︱︱つまり本の白紙を意味しているのではないかと華艶
468
は考えたのだ。
﹁⋮⋮ヤバイじゃん!﹂
そんな声も白い世界に呑み込まれていってしまった。
とりあえず華艶は目をつぶった。こんな白だけの世界を眺めてい
たら気が狂いそうだ。
手詰まりの状況では、相手の出方を待ったほうが良さそうだ。
しばらくじっとしていると、天から声が響いてきた。
︽手こずらせ⋮⋮もう⋮・・ぞ!︾
︽ファックユー!︾
二人の声だ。一つ目はヴォベルキード。二つ目の女性の声に華艶
は聞き覚えがあったし、状況的にモニカしかいない。
﹁あーやっぱ、モニカさんこの世界にいるんだ。しかもベーコンエ
ッグと﹂
ベーコンエッグではなく、本当はヴォベルキードと言いたかった
に違いない。耳慣れない言葉は覚えづらいと言っても、ひと文字も
合っていないのひどい。
また天から声が聞こえてきた。
︽この短小ち⋮ぽ野郎!︾
︽んだと⋮⋮肉⋮所女!︾
︽チ⋮カスがここまで臭ってくるんだよ!︾
︽そっちこそマ⋮カスがプンプンするぜ!︾
目をつぶって二人の会話を聞いていた華艶は自然と溜息が漏れて
いた。
低レベル過ぎる。
禁句ワードを覚えたばかりのガキか⋮⋮。
情けない、仮にも司書と名乗る者が使うボキャブラリーじゃない。
思わず華艶は口を挟んでしまった。
﹁あのぉ∼、お二人さん?﹂
たぶんこの時ふたりはハッとして華艶の声に気づいたに違いない。
だが、今は華艶のことなど二の次だった。
469
再びヴォベルキードの声が聞こえてくる。
︽うるさい取り込み中だメス豚!︾
︽そうよ、誰だか知らないけど邪魔しないでくれるアバズレ!︾
酷い言われようだが、今は呆れが先行して怒る気にもなれない。
冷静な華艶はワザと茶化してみることにした。
﹁え∼っと、2年A組の火斑華艶ですけどー。マンガ返しに来まし
たー﹂
︽⋮⋮⋮⋮ッ!?︾
なんだか言葉に詰まったのが雰囲気で伝わってきた。
そして、慌てた裏返った声が返ってくる。
︽あ、華艶ちゃん!? ファックにしてる? そうそう、マンガ返
しに来たんだっけ、テキトーにカウンターに置いといて︾
﹁いえ、あの⋮⋮あたしも同じ世界にいるんですけど﹂
︽オゥーッファック!!︾
衝撃的だったらしい。
モニカはこの事件を隠蔽する気だった。それが華艶に知られると
ころになってしまったのだ。悠々自適な司書生命が危うい。
ヴォベルキードの声が聞こえる。
︽感じすぎて動けなくなったか全身クリ⋮リス!︾
なんだか電波状況が悪いのか、肝心なところの音声がいつも途切
れる。
︽ファックファックファックファックファックファック!!︾
だが1秒間に6回ものファックはハッキリ聞こえてしまった。も
う身も心もズダズダにファックされた陰鬱な気分になる。
教師じゃないにしても、あんなのが学校関係者で本当にいいのか
と、今さらながら華艶は思った。
いったい向う側で何が行われているのか、華艶は音でしかそれを
知ることができない。本当に音だけに頼るなら、ファックが行われ
ているのだろう。
︽ゴベバッ!︾
470
謎の奇声が聞こえた直後、華艶は重力の変化を感じた。
まるで躰が左右に引っ張られる感覚。
目を開けると、引き延ばされたような景色。まるで早送りのよう
に世界が流れていた。
急に世界の動きが止まり、華艶はバランスを崩して片足を浮かせ
た。
﹁おうっと﹂
短く漏らして大地に両足をつける。
視線の先には巨大な塔。
天を突く塔は茨に包まれ、来る者を拒んでいるかのようだった。
華艶は慎重に塔へと近付いた。
塔にも茨にも動きはない。
ただし、茨は門まで覆い隠し、これをどうにかしなければ中へは
入れそうもなかった。
ここで華艶は立ち止まって考える。
﹁中に入る必用あんの?﹂
それは一理ある。中に何があるかわからない状況で、無意味に足
を踏み入れる必用もあるまい。ただ現状、ほかにやることがないの
も事実。
﹁昔から高いとこ好きだし、登るだけ登ってみーっよおっと!﹂
なんだかかる∼いノリだった。というのも、敵の正体がどうやら
ど∼しょーもないらしいことに気づいたからだ。もっと緊迫した雰
囲気だったら華艶も真面目にやるが、あの罵り合いを聞いた限りは
軽いノリで平気そうだ。
﹁炎翔破![エンショウハ]﹂
一瞬にして燃え尽くされる茨。
﹁はい、炎で燃やして楽勝っと♪﹂
炎はついでに頑丈そうな木製の扉も燃やしていた。
焦げてもろくなった扉を蹴りでぶち壊し、華艶は塔の中へと侵入
した。
471
螺旋階段が遙か天井まで伸びている。登るのに一苦労しそうだ。
ハイキング気分で螺旋階段を登りはじめる華艶。
急ぐ気もなく鼻唄交りに階段を登り続ける。音はよく響くせいで、
それなりの鼻歌に聞こえるが、実はかなりの音痴だった。
階段の中腹まで来て華艶は下を覗き込んだ。吹き抜けになってい
る階段は、足を踏み外せば真っ逆さまだ。ある程度の高さなら華艶
は許容範囲だが、そろそろ危ない高さになってきた。階数にして1
0階くらいか。
しばらく足を止めていた華艶の耳に、淫猥な声が響いてきた。
﹁ひぃぃぃぃあああああン!!﹂
塔の上から聞こえた。
急に表情を硬くして華艶が全速力で階段を登りはじめた。
目が回る螺旋階段。
まるで同じ場所を延々と進んでいる錯覚に陥る。
﹁まだ着かないの!﹂
華艶は叱咤しながら先を急いだ。
天井が急速に迫ってくる。
そして、ついに華艶は最上階へと到達したのだ。
﹁ファックミー!!﹂
性欲に狂った女の叫び。
7人の坑夫に犯されるモニカ。
そして、下卑た笑いを浮かべるヴォベルキード。
﹁俺様がこのメス豚に気を取られてる間にここまで来やがったか﹂
すぐ背後でモニカが白濁液に溺れよがっている。
華艶は目を伏せた。その拳は震えている。
﹁モニカさんのこと放してくんない?﹂
﹁ヒャハハハハ、そう言うなよ。あのメス豚は自分で腰振って楽し
んでんだぜ。おまえも一緒に混ざってブンブン腰を振れよ﹂
﹁混ざりたいならあんたが混ざれば? あ、そっか短小だから恥ず
かしくてロクにセックスもできないんだっけ?﹂
472
﹁なんだとアバズレ!﹂
ヴォベルキードが華艶を指差すと、手の空いていた小人が華艶に
襲い掛かってきた。
華艶は目を伏せたまま。
﹁⋮⋮なんかこういうの目の当たりにすると、ほんっとムカツクよ
ね﹂
飛び掛かってきた小人の顔面を鷲掴みして華艶は、
﹁紅蓮掌![グレンショウ]﹂
手のひらから噴出した地獄の業火が刹那に小人を灰に還した。
ヴォベルキードは怯えていた。後退り、冷たい汗を全身から流す。
脳裏にちらつく地獄の業火にヴォベルキードは心底恐怖した。
﹁ま、待て⋮⋮俺様が悪かった。俺様はしがない低級淫魔だ。ちょ
っと粋がってみただけなんだ。そのメス豚⋮⋮じゃなかった、女は
解放するから、命だけは助けてくれよぉ∼﹂
﹁ふ∼ん、で?﹂
冷たく華艶はあしらった。
しかし、ヴォベルキードは一変して笑っていた。
﹁チッ、血も涙もねぇメス豚だな。オイオイ、わかってんだろうな、
あのメス豚が人質だってこと?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ッ!?﹂
華艶は絶句した。
怒りのあまり失念していた。
モニカはただ恥辱を受けている快楽の捌け口ではない。奴にとっ
ては人質としての重要な意味もあるのだ。
華艶の目の前で犯され続けるモニカ。表情は快楽で彩られ、自ら
腰を振って男を受け入れている。たとえそうだとしても、誘惑に負
けた人の心が本当に望んでいることなのだろうか?
わからない。
華艶にはわからなかったが、目の前で同性が恥辱を受けているの
を、怒りや悲しみを覚えずに見ていることはできなかった。
473
身動きも出来ず歯を食いしばる華艶にヴォベルキードが躙り寄っ
てくる。
﹁わかってるだろうな、こっちには人質がいるんだぞ?﹂
華艶は返事をしなかったが、十分わかっている。
枯れた皮と骨の手でヴォベルキードが華艶の胸をまさぐった。
﹁かわいい胸してんな。ちっこくて揉んでるのにどこ行ったかわか
んねーよ﹂
華艶は顔を背けながら何も言わなかった。
図に乗るヴォベルキードはさらに華艶の秘所へと手を伸ばした。
﹁ぜんぜん濡れてねーじゃねえか。今から俺様のおちんぽ様を咥え
んだ、しっかり濡らしておけよな﹂
肉芽を弄られ、花から蜜が溢れてきた。
華艶の躰が熱気を帯びる。
火照り震える肌。
黄色い歯を見せヴォベルキードが嗤う。
﹁怒った顔して濡らしてんじゃねーよ。感じてるならもっと色っぽ
い顔しろよな!﹂
華艶はなにも言わない。
ヴォベルキードは自らの腰布を剥ぎ捨て、親指ほどのモノを露わ
にした。しっかりとモノは立っている。やはり短小だ。
﹁短小短小ってバカにしてんじゃねーぞ。俺様は淫魔のエリート中
のエリートだ、この世界の神は俺様なんだぞ!!﹂
怒りにまかせてヴォベルキードは華艶を押し倒した。
ヴォベルキードは覆い被さるような正常位で挿れようとしたが、
短いためかうまく狙いが定まらず、荒々しく華艶の両太股を持ち上
げM字開脚にさせ、やっとの思いで先っぽを挿れると、そこからは
一気に突いて突いて突きまくった。
﹁どうだ、俺様のおちんぽ様の味はよォッ!﹂
言葉は返さず華艶はヴォベルキードの背中に両腕を回し強く抱き
しめると、さらに両足も腰に回して雁字搦めにした。
474
ヴォベルキードは歓喜した。
﹁そうかそんなに俺様と一つになりたいのか!﹂
一心不乱でヴォベルキードは腰を振った。
ずっと顔を背けていた華艶が、ヴォベルキードと視線を合わせ微
笑んだ。
﹁あんたバカでしょ?﹂
﹁なにぃ!?﹂
刹那、二人を業火が包み込んだ。
﹁ギャァァァァァァッ!!﹂
絶叫。
華艶は炎のゆりかごの中で冷たい視線をヴォベルキードに送り続
けた。
﹁カミサマが死んだら元も子もないでしょ?﹂
その華艶の言葉の正しさを証明するかのように、小人たちはその
動きを石像のように止めていた。
華艶はゆっくり立ち上がり、哀れな雄が焼け死ぬ様を見下した。
﹁炎術士の女は怒りを子宮で感じんの、覚えといて﹂
灰が舞い上がった。
華艶はモニカの躰を抱きかかえた。
すぐに小人たちや塔までも崩れて灰になる。
自称神の世界はただの真っ白な紙の世界に還った。
そして、灰と化す。
司書室のソファで目を覚ましたモニカ。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
机の上には灰になった魔導書。
﹁ファック!! アタシの魔導書がァァァァァァッ!!﹂
学園の経費で落とした図書館の蔵書だ。
ショックを受けたモニカが肩を落とし、部屋の隅に目を遣ると、
そこには体育座りをした華艶がいた。
475
﹁マンガ返しに来ましたー﹂
﹁か、華艶ちゃん!?﹂
﹁あとマンガ返す代わりに服貸してもらえません?﹂
と言われて、自らも素っ裸なことに気づいたモニカ。しかも、全
身灰だらけだ。
モニカは辺りを見回した。図書館のカウンターを見通せる窓はブ
ラインドが下ろされている。この部屋には自分と華艶しかいない︵
共に素っ裸︶。
﹁華艶ちゃん、今から緊急集会するわよ!﹂
﹁は?﹂
﹁とりあえず今回の事件のことは他言無用だから﹂
﹁はい?﹂
﹁でないとファックするわよファック!﹂
﹁あ、はい⋮⋮﹂
﹁なにその気のない返事、ファックして欲しいわけ?﹂
﹁それはぁ⋮⋮﹂
﹁ファックするわよ、ファックファック!﹂
なんだかよくわからないが、その後小一時間ほど華艶はモニカの
ファックな会話に付き合わされることになった。
モニカの叫び声は廊下まで木霊し、翌日美人司書が誰かとファッ
クしていたとの噂が広がることになった。
さらに廊下を素っ裸で走るモニカと華艶の姿が当日目撃されてお
り、レズファック疑惑がこの先七十五日尾を引くことになるのだっ
た。
476
ブービートラップ︵1︶
︽や∼きいも∼、いしや∼きいも∼♪︾
遠くから聞こえてきたスピーカーの音。
学校帰りに繁華街に繰り出した華艶と碧流の耳にもそれは届いた。
︽今なら100名様に無料で配ってるよ∼♪︾
屋台に人が集まっていくのが見える。
碧流の瞳がキラ∼ンと光った。
﹁もらいに行こうよ、ねっ華艶?﹂
顔を向けられた華艶はあまり乗り気じゃないようだ。
﹁行ってきたら?﹂
﹁マジ? もしかして焼き芋キライなの?﹂
﹁だってオナラでるじゃん?﹂
﹁は?﹂
女子としてオナラをブーブーこいてるのもどうかと思うが、そん
なことを言っていたら美味しい焼き芋にはありつけない。
碧流は強引に華艶の腕を引っ張るが、華艶も強情にその場から動
かない。
﹁行こうよ!﹂
﹁い∼や∼だ!﹂
﹁なんで!﹂
﹁オナラ出るから!﹂
﹁華艶べつに羞恥心とかないでしょ∼!﹂
﹁羞恥心くらいあります∼けど、本当の理由は⋮⋮﹂
華艶は手のひらの上に炎を出して、すぐに消して見せた。
そして真顔で語りはじめた。
﹁オナラって火がつくんだよ、マジで﹂
﹁あはははは!﹂
477
碧流は腹を抱えて笑うが、華艶は至って真面目だ。
﹁ホントなんだから、オナラが原因の火災とか火傷の事故ってけっ
こうあるんだから﹂
﹁うっそだ∼﹂
﹁いや、マジで﹂
﹁はいはい、わかったから﹂
碧流はまったく信じていないようだ。
焼き芋の屋台に集まる人が増えていく。100人分くらいすぐに
なくなりそうだ。
碧流は華艶から手を離し、
﹁んじゃ、あたしは焼き芋もらってくるから﹂
急いで屋台に向かっていった。
屋台に集まって人々が少しずつ散っていく。
そして、しばらくして碧流が湯気の立つ焼き芋を持って帰ってき
た。
﹁おっ待たせー。ホントギリギリ、最後の1個だったよ﹂
ホクホクの焼き芋を頬張る碧流。
その姿を見つめていた華艶がじゅるりと垂れそうになった唾を飲
み込んだ。
黄金色の芋から、蜜が溢れている。糖度が高く、芳潤なことは見
た目でわかる。華艶だって決して食べたくないわけではない。
碧流が目を細め、ふふんと鼻を鳴らしながら華艶に視線を向けた。
﹁あ、本当は食べたいんだぁ?﹂
﹁そんなことないし﹂
﹁あぁ、こんな美味しい焼き芋食べたのはじめてぇ∼﹂
﹁わざとらしくいわないでくれる?﹂
﹁だってマジで美味しいんだもん﹂
そんなこと言われなくてもわかってる。
華艶の口から涎れが溢れてくる。
もう碧流はお見通しだ。
478
﹁ちょっとくらいなら、あげてもいいなぁ﹂
﹁えっ、マジで! ⋮⋮やっぱりいいや﹂
一瞬、誘惑に負けそうになったが、意地を張る華艶。
そういう態度を取られると碧流も意地を張りたくなる。
﹁食べたいんでしょ、ほらほら﹂
華艶の鼻先に焼き芋をグイグイ近づけてきた。
薫りが立っている。
皮の焦げた匂いとほのかな芋の甘い香りが、相まって華艶を悩ま
せる。
ゴクリと華艶はツバを呑んだ。陥落はすぐそこだ。
止めとばかりに碧流は焼き芋を華艶の唇に優しく押し当てた。
﹁ほら、食べていいんだよぉ∼﹂
まるで催眠術をかけるかのごとく囁きかける。
そして、ついに華艶は焼き芋を口の中へ入れようと︱︱ブッ!!
碧流が屁をこいた。
⋮⋮⋮⋮。
まるで時が止まり、数秒の間を開けてから碧流が腹を抱えて笑い
はじめた。
﹁あはははは! ごめんごめん⋮⋮あはは⋮⋮オナラ出ちゃったっ、
あはははは!﹂
しばらくして華艶の鼻まで臭ってきた。すっかり焼き芋の誘惑も
薄れてしまった。
華艶は焼き芋から口を離した。
﹁やっぱいらない。オナラ出たら困るし﹂
﹁そんなこと言わないでいっしょにオナラしようよ!﹂
グイグイと華艶の口に焼き芋が押しつけられる。
﹁いらないって!﹂
﹁美味しいから!﹂
そして、ついに華艶の口の中に焼き芋が入ったところで︱︱ブッ!
碧流が屁をこいた。
479
思わず華艶もブフォッと口から焼き芋を吹き、大笑いする碧流は
腹を抱える拍子に焼き芋を地面に落としてしまった。
二人で大笑いしたあと、地面に落ちた焼き芋を見つめる碧流。
﹁あーあ﹂
まだちょっとしか食べていないのに。
ギシギシ⋮⋮
ベッドの上で濡れる肉体が揺れる。
女は横たわる男にM字開脚で跨り腰を上下させ、同時に厚い胸板
で突起する乳首を舐め回す。
上目遣いの女。
﹁ちゅっ⋮⋮んふっ⋮⋮ひもちいい?﹂
舌を這わせながら尋ねた。
男は乳首と肉棒を同時に刺激され、言葉も出ず女の髪の毛を撫で
回した。
だんだんと腰を振るスピードが速くなる。
女は耐えきれず、男の乳首から舌を放すと、自らの悦楽を貪りは
じめた。
厚い胸板に両手を押し当て、狂ったように腰を上下させる。
﹁んあぁぁぁぁ! あああああいっ⋮⋮んあぁ⋮⋮あぁ!﹂
激しい運動は長くは続けられず、女は少し動きを止めた。だが、
すぐに再び腰を動かそうとする。
2度、3度腰を大きく上下させ、そこから加速を付けようとした
とき、不意に肉棒が抜けて振り子のように跳ね上がった。
もどかしそうに女は肉棒を掴み、秘所へと自ら挿入を試みる。
淫液は太股まで垂れ、ぬぷっという卑猥な音を立てながら、厚い
肉の中へ難なく肉棒が埋められた。
﹁あぁ気持ちいい、ああ気持ちいい﹂
潤んだ瞳で女は口を半開きにして、ヒクつく舌と涎れを垂らした。
釘を打ち付けるように激しく女の腰が動く。
480
秘奥を突き、魔宮の入り口に何度も硬く尖った肉棒が突撃する。
﹁あっあっあっああ!﹂
ひと突きするごとに、短い喘ぎが上がる。
腰の動きが再び激しくなる。
﹁気持ちいい気持ちひい!﹂
狂った腰使い。
﹁ああ、いっ! ああ⋮⋮イク、ヒク、ヒグゥゥゥゥッ!!﹂
ブッ!
女のケツからオナラが出た。
それを聞いて男は冷静に戻るが、女は陶酔しきっている。
﹁んああぁっ⋮⋮ふうぅ⋮⋮んふぅ⋮⋮もう気持ちいい﹂
﹁おまえ今オナラしただろ?﹂
﹁ずっと⋮⋮がまん⋮⋮してたの⋮⋮出ちゃった⋮⋮でも⋮⋮﹂
まだ女の気持ちは治まらない。
男の肉棒もまだ萎えてはいなかった。
大きく脚を開いた女は連結部分を見せつけた。
﹁見える? 繋がってるの見える? すごい濡れてるの⋮⋮あぁっ﹂
さらに女は片手の指で秘所を閉ざす厚い唇を広げて見せた。
そして、円を描き掻き回すように肉芽を弄りはじめる。
﹁あひ⋮⋮だめ⋮⋮はぁはぁ⋮⋮あひぃぃぃ⋮⋮うひ⋮⋮﹂
肉棒をぶっ刺しながら、男に手淫を見せつける。
自らの欲望のまま。
男など道具に過ぎず、欲望のまま、己の快楽のみを求める。
﹁あああああ、あっあっ、ひぃぃぃぃもうだめ、ああっああっ!!﹂
女の全身が痙攣して、肉棒が抜けてしまったと同時に、秘所から
飛沫が天井まで噴き出た。
ドボボボボッ! ビュッビュッ! ドボッ!
何度かに分けて潮を噴き、女は泣きそうな顔をしながら喘いだ。
﹁ああっはぁあぁぁ、はぁはぁ⋮⋮あああ﹂
呼吸が乱れ、息をするだけ淫猥な声が出てしまう。
481
下腹部の辺りから震えが奔り、快感の波が何度も押し寄せる。
しかし、男はちっとも気持ちよくなっていない。
裏返しにされたカエルのような体勢で、まだ快感の醒めぬ女に男
が覆い被さった。
肉棒でひと突きされた。
﹁ひっ!﹂
女は打ち震えた。
﹁ああイっ、あああイっ!﹂
何度でも気持ちいい。
﹁もっと、もっと、もっとしてぇぇぇぇっ!﹂
絶叫する女。
今度は男が腰を動かす番だ。
今までやられっぱなしだった男が、自らの欲望を吐き出すために、
壊れたように腰を振る。
ブッ!
また女のケツからオナラが出た。
しかし、ここまで来て男はやめられなかった。
構わず肉棒をぶっ刺し続ける。
ブッ! ブッ! ブッ!
腰を動かすたびに小刻みに屁が出る。
白目を剥きながら女は涎れを垂らして、主導権を自分に取り戻す
べき男を押し倒した。
そして、再び女は騎乗位で腰を振りはじめる。
男も腰を浮かせて天を突くように肉棒で秘奥をぶっ刺す。
腰の動きは止まらない。
ブッ! ブッ! ブッ!
異臭が漂うが、二人の腰はより激しく、壊れるほどに動いた。
女が絶叫する。
﹁イク、イク、ダメ、イクッ!﹂
﹁ううっ!﹂
482
男も呻いた。
膣圧が急激に高まった。
﹁ウヒィィィィィッ!﹂
女が絶頂を迎えた瞬間!
激しい地響きのような音がした。
ブォォォォォン!!
突如、女の躰が爆発し、肉塊が部屋中に飛び散った。
﹁ギャァァァァァァァァァッ!!﹂
ドロドロの肉と血で全身を染めた男が叫んだ。
下半身で繋がっていた女の姿はもうない。
それどころか、男は自分の下半身を見てさらなる恐怖におののく
のだった。
爆発に巻き込まれた男の下半身もまた、無残に吹き飛んでいたの
だ。
さらには女の骨が無数に男の躰には突き刺さっていた。
自分の置かれた状況に気づいたとき、男は激しい痛みと恐怖で瞬
時に絶命した。
リビングのソファであぐらを掻きながら、華艶は夕食をとってい
た。
片手でスパゲティの乗った皿を持ち、もう片方の手でローテーブ
ルに乗ったリモコンを取ろうとするが、手がブルブルと震えるばか
りで届きそうもない。
ほんのちょっと立ち上がれば届くのに、めんどくさがりで、余計
にめんどくさいことをしている。
仕方がなく華艶は立ち上がるのかと思いきや、足を伸ばしてそれ
でリモコンを引き寄せようと画策しはじめた。
女子としてどうかと思うが、これが人前であったとしても華艶な
ら構わずやるだろう。
ちょいちょいっとリモコンを引き寄せている途中で、かかとでボ
483
タンを押してしまったようだ。テレビの電源が入った。
︽臨時ニュースをお伝えします︾
スピーカーから聞こえてきた女子アナウンサーの声につられ、華
艶は足を止めてテレビ画面に注目した。
︽ホウジュ区からカミハラ区にかけて多発している爆死事故は、さ
らに被害を拡大している模様です。発火装置などは見つかっておら
ず、原因はまだ判明しておりませんが、目撃者の証言によりますと、
異臭がしたかと思うと突然人間が爆発したとのことです。帝都政府
はテロの可能生も視野に入れ臨時の警戒網を発令して、警察・消防
と共に市民の皆様へ注意を呼びかけています︾
カミハラ区と言えば華艶のホームグラウンドだ。済んでいるマン
ションや通っている学校も同じ地区にある。
﹁人体爆発ってグロ﹂
と華艶は呟きながら、ミートソースをフォークでかき混ぜた。
ブッ!
華艶のケツから小爆発。
﹁あ、オナラ出た。なんかずっとお腹の調子悪いんだよねぇ﹂
華艶はお腹をさすった。ちょっといつもより張っているような気
がする。
再びリモコンを引き寄せようと足でちょいちょいっとしていると、
遠くからサイレンらしく音が聞こえてきた。
﹁救急車? あれ、消防? 違うな警察?﹂
サイレンの音はどんどん近付いてくる。しかし、なんのサイレン
なのか特定できない。
リモコンを取るためには立ち上がらなかった華艶は、ついに立ち
上がってしかも窓を開けてベランダに出た。
ベランダの柵から身を乗り出してマンション前の通りを眺めた。
救急車が停まっていた。さらに道路の向こうからパトカーがやっ
てくる。おまけに消防車のサイレンまで聞こえてくる。
﹁⋮⋮ウチのマンション?﹂
484
どうやら事件は華艶の棲むマンションで起きたらしい。
野次馬根性丸出しの華艶は、自分の部屋を出て事件現場を探そう
とした。
マンションの廊下に出ると騒がしい声がすぐ飛び込んできた。下
の階らしい。
階段を下りて廊下を見渡すと、すぐに人だかりで出来ているのが
わかった。
管理人や警官が人だかりを制している。
﹁近付かないで、おまえら不謹慎だぞ、自分の部屋に戻りなさい!﹂
そんなことを言われても野次馬たち散ろうとしない。それどころ
か騒ぎを聞きつけて増える一方だ。華艶もその群れの中に入った。
﹁すみません、何があったんですか?﹂
華艶は誰に尋ねるでもなく、周りの人たちに聞こえるように言っ
た。すると、すぐにオバチャンから返事が飛んできた。
﹁旦那さんが帰宅したら奥さんが死んでたんですって﹂
さらにほかの住人が、
﹁なんか見るも無惨な姿で死んでたんだって﹂
﹁俺は爆死してたって聞いたけど?﹂
﹁マジかよ、さっきニュースでやってたヤツかよ﹂
おそらく華艶がさっき見たばかりのニュースだろう。だが、住人
のうわさ話に過ぎない。あっちの事件と関係あるかはまだわからな
い。
人だかりの中でケータイの着メロが鳴った。
﹁お、あたしだ﹂
華艶のケータイだった。
表示画面を見ると碧流からの通話だった。
﹁メールじゃなくて通話かぁ﹂
なにか急用かもしれない。
華艶は通話に出た。
﹁もしもし碧流ぅ?﹂
485
︽どうしよう⋮⋮︾
何かに怯えるような沈んだ碧流の声。
﹁なにどうしたの?﹂
︽さっきから⋮⋮止まらないの⋮⋮︾
﹁なにが?﹂
と尋ねた瞬間、電話越しにブッという音が聞こえた。
深刻な雰囲気をブチ壊すオナラの音だった。
しかし、碧流の声音はさらに沈んだ。
︽オナラが止まらないの⋮⋮どうしよう⋮⋮︾
﹁はい?﹂
︽だから、オナラが⋮⋮︾
﹁あはは、なにそれぇ∼ウケるし∼﹂
︽笑い事じゃないの!!︾
叫びにも似た怒りの声で華艶は笑うの止めた。
﹁⋮⋮ごめん。止まらないってどういうこと?﹂
︽わからないよ。とにかくオナラが止まらなくて、なんかお腹が張
って痛くて、わかんないけど、どんどんお腹が膨れてる気がして⋮
⋮︾
﹁病院行きなよ、まずは病院﹂
︽だって恥ずかしくて︾
まさか
という悪い予感が過ぎった。
﹁そんなこと言ってないで病院に行⋮⋮﹂
華艶の脳裏に
しかし、そんなバカなと頭を振る。
でも⋮⋮もしもそうだったら?
﹁あのさ碧流。ニュース見た?﹂
︽ニュース?︾
﹁そそ、人体爆発事件のニュース﹂
︽知らないけど⋮⋮ウソ、そんな⋮⋮あたしが?︾
﹁いや⋮⋮まさかとは思うんだけど⋮⋮﹂
たまたまそんなニュースを見て、さらに今マンションでそのよう
486
な事件が起きたから、頭が勝手に結びつけてるだけだと華艶は考え
を拭い去ろうとした。
﹁とにかくさ病院行ったほうがいいよ、なんだったらあたしも付い
ていこうか?﹂
ブッ!
っと音がして、辺りにいや∼な臭いが漂いはじめた。
⋮⋮華艶が気まずい顔をした。
足早に野次馬の中を抜け出す華艶。そう華艶がオナラをしてしま
ったのだ。そして、冷静になってある戦慄が走った。
急に慌て出す華艶。
﹁あたしも病院行く、だから碧流も帝都病院に向かって。ウチから
も碧流んちからも近いし、あそこなら少しは顔が利くし、なんたっ
て普通の病気じゃない病気ならあそこが世界一だし﹂
早口になって急に態度が変わった華艶に碧流も驚いているようだ
った。
︽どうしたの華艶?︾
﹁実はさ、あたしもオナラが出るんだよね⋮⋮そういえば﹂
︽うそ?︾
﹁とにかく病院のほうにはあたしが連絡しとくから、早く帝都病院
に行って!﹂
︽う、うん、わかった。じゃあ、またね︾
﹁あとでね﹂
通話を切り、華艶は再び電話をかけた。
487
ブービートラップ︵2︶
一足先にタクシーで病院に来た華艶。入り口でしばらく待ってい
ると、碧流がひとりで現れた。
﹁お待たせ﹂
﹁あれ、お母さんとかといっしょじゃないの?﹂
﹁だって⋮⋮言い出せなくて﹂
﹁そっか﹂
二人は病院の中に入り、魔導科のあるフロアに向かった。
すで華艶から連絡を受けていたチアナは診察室ではなく待合室に
いた。
﹁遅いわよ。オナラごときで私を呼び出すなんて、患者はあんたひ
とりじゃないのよ﹂
あまり機嫌がよくないらしいチアナをさらに煽ろうとする華艶。
﹁今日は二人ですけどー﹂
﹁それとあんたねぇ、病院って何で魔導科とか内科とか外科とかに
分かれてるか理解してる? なんでもかんでも私のとこに来られて
も困るのだけど、ったく﹂
﹁なにイライラしてるんの?﹂
急な華艶の呼び出しもあるだろうが、主治医のいつもと違うイラ
イラを華艶は察していた。
チアナは髪の毛を掻き上げ、呼吸を一つ置いた。
﹁さっきからあんたらと同じ症状の患者が次から次へと運び込まれ
て来るのよ。原因不明で私のところにも運ばれて来たけど、死ぬな
らほかのところで死になさいよね!﹂
﹁まさか?﹂
華艶は目を丸くして尋ねた。
﹁私の診察室で爆死したのよ。清掃して消毒して、私も急いでシャ
488
ワー浴びたのよ﹂
言われてみればチアナの髪の毛は湿っている。ちゃんと乾かす時
間もなかったのだろう。
話を聞いていた碧流は真っ青な顔をしていた。
﹁⋮⋮もしかして⋮⋮あたしも爆死するの?﹂
沈んだ声を発した碧流が次の瞬間には、
﹁きゃっ!﹂
驚きの悲鳴をあげた。
なんとチアナが碧流の服をめくってお腹を丸出しにしたのだ。
碧流のほんの少し張ったお腹を真剣な顔つきで観察するチアナ。
﹁ほかの患者に比べればぜんぜん時間の余裕がありそうね。華艶、
あなたのお腹も見せて﹂
返事を聞く前にチアナは華艶の服もめくっていた。よく鍛えられ
た腹筋だ、それを差し引いても碧流に比べてまったく変化があると
は思えない。
﹁あなたはぜんぜん平気みたいね﹂
簡単な診察を終えてチアナは顔を上げた。
﹁あなたたち、なにか変な物を口にしなかった?﹂
チアナに尋ねられて華艶と碧流は顔を見合わせた。
二人共が食べた物。
﹁﹁あっ﹂﹂
二人の声が同時に重なった。
碧流も同じことを考えたであろう答えを華艶が話す。
﹁もしかして焼き芋とか。駅前で無料配布してたんだけど⋮⋮焼き
芋のオナラで爆死って、ギャグマンガじゃないんだから、ねえ?﹂
﹁それよ﹂
あっさりチアナに断言された。
さらにチアナは話を続ける。
﹁ほかの患者の証言から、みんな街で配っていた焼き芋を食べてい
ることがわかったわ。ただ証言が一致しているだけで、本当にそれ
489
が原因なのか調査中だけれど。それにしても、あなたたちはあまり
症状が出ていないみたいだけれど、華艶は特異体質だから置いてと
いて、もしかしてあなた少ししか口にしていないとか?﹂
顔を向けられた碧流は、
﹁はい、ちょっと食べたところで地面に落としちゃって﹂
それを聞いて急にチアナが眼を見開いた。
﹁落としたですって、どこに!?﹂
﹁駅前に﹂
﹁駅前ってどこよ詳しく! その焼き芋を回収すれば原因究明に一
役買うのよ!!﹂
﹁神原女学園前駅の繁華街です﹂
場所を聞いてチアナは二人を置いて駆け出そうとした︱︱のを華
艶が腕を掴んで引き止めた。
﹁ちょっ、あたしたち置いてどこ行く気?﹂
﹁そうだったわ、もっと詳しい場所を聞かなくてはいけないものね﹂
﹁んじゃなくて、あたしたちの治療?﹂
﹁⋮⋮よね。気持ち程度も効いてくれた抗生物質で進行を抑えたい
ところだけど、進行のほうが早いから︱︱というのは、ほかの患者
の話で、少量しか摂取してないであろうあなたたちがどうなるか観
察をしてみないとわからないけれど、薬でどうにかならないような
らもっと物理的な手段で対処するわ﹂
外科手術と言うことか?
進行のほうが早いということは、有効な手段が見つからない限り、
その処置を受ける運命に華艶もある。だから訊かずにはいられなか
った。
﹁それってどんな?﹂
﹁うちの病院はほかと違うから、柔軟な発想がときに奇抜な処置を
生むことがあるわ。簡単な話が肛門からチューブをぶち込んでガス
抜きする方法よ﹂
﹁絶対にイヤ!﹂
490
﹁仕方ないでしょう。抗生物質でも食い止められず、ゲップやオナ
ラの放出速度を上回ったら、吸い出すのがてっとり早く効率的だと
思うけれど?﹂
ブッ!
碧流が顔を赤くする。
﹁ごめんなさい﹂
この会話の最中も華艶と碧流は小さいオナラを繰り返しており、
音の大小に関わらず臭いが辺りに立ち込めてしまっていた。
チアナは黙したあと、
﹁場所をかえましょう、いろんな意味で﹂
このあと華艶と碧流は臨時の措置として抗生物質を投薬され、オ
ナラが出るという症状は一時的に治まった。だが、時間が経てば再
びオナラが出はじめるだろう。そして最終的には悪夢の処置が待っ
ている。
それを食い止めるべく華艶は︱︱。
﹁とりあえず駅前に来てみたけど、手がかりゼロ﹂
華艶は焼き芋を配っていた神原女学園前駅に来ていた。
焼き芋を落とした場所にも行ってみたが、焼き芋は跡形もなく消
えていた。捜査班か誰かが回収してしまったのだろうか?
手がかりはあの焼き芋を配っていた屋台の行方だろう。
﹁めんどくさいなぁ﹂
聞き込みがめんどくさい。
人の流れがある場所では、その人の流れに聞き込みをしても意味
がない。時間が変われば行き交う人も変わる。そこで聞き込みをす
るべき相手は限られてくる。この場所で流れない人々だ。
駅前には交番があるが、そこにいる人間が何の許可も持たない一
般人に情報を漏らすとは考えづらい。
何らかのショップで働いている者がバイトだった場合、勤務時間
の問題で屋台がいたときにいなかった可能生も高い。
491
そもそもチマチマ聞き込みという手段が華艶の性格に合っていな
い。
少し悩み華艶はケータイで通話をした。
﹁もしもし、マンちゃん元気?﹂
返ってきたのは中年男の声。
︽おう華艶ちゃん。なんか良いネタあるかい?︾
華艶が電話をしたのは雑誌社の編集長だった。この出版社が扱っ
ている雑誌の中に、帝都で起こる奇異な事件を専門に扱うコーナー
がある。つまり彼は華艶の情報屋のようなもので、さらに華艶も彼
の情報屋であった。
﹁オンタイムで起きてる連続爆死事件のことなんだけど﹂
︽いいねぇ、ウチでも取材進めてるとこだよ︾
﹁あたしも被害者になっちゃってさ、まだ爆死はしてないけど﹂
︽そりゃ傑作だ、あははは︾
﹁いや、笑い事じゃないから﹂
オナラをブーブーして爆死なんて喜劇もいいとこだが、被害者の
華艶としてはまったく笑ってられない。自分の命も、友人の命も掛
かっている。実感が伴う身に迫る危機感だ。
﹁あたしの知ってる情報くらいはとっくに知ってると思うんだよね。
謎の屋台が配った焼き芋を食べて、オナラが止まらなくなり、やが
てキャパを越えて爆死。だからさ、あたしが犯人取っ捕まえたら独
占取材ってことで情報ちょうだい?﹂
︽こっちもあんまり情報ないぞ。今のところ警察も手詰まりみたい
だぞ︾
﹁あんなに目立つ屋台だったのに?﹂
︽その屋台なら出現場所から次の出現場所までの目撃証言がないら
しくてな。もちろん最後の出現場所からの行方もわからず終い︱︱
ん?︾
通話越しの向こう側が少し騒がしい。
すぐに、
492
︽華艶ちゃんテレビ見ろ、何チャンでもいいから早く!︾
﹁えっ?﹂
言われてすぐに通話を保留にしてケータイでテレビを観た。
画面に映し出されたのはドアップの巨大な唇。
巨大な口がシルクハットを被り、その下には人間の首から下が紫
のジャケットにオレンジのインナーを着ていた。
被り物の唇かと思ったが、その口はあまりにリアルな動きで話し
はじめたのだ。しかも奥では舌まで動いてる。
︽ボクのオナラショーは楽しんでいただけたかしらん?︾
若い男の声だったが、口調はまるでステレオタイプのオカマだ。
ステッキを回し唇男は話を続ける。
︽おや、なんのことかわからない? バラエティー番組ばかり観て
ないで、たまにはニュースも観なきゃ、だ・め・よ。それとも政府
唇
をなぞるように手を動かし、一瞬でその
唇
のバカどもが騒ぎを大きくしないために口にチャックしてるのかし
らん?︾
唇男は頭部の
に本物のチャックをして見せた。ファスナーなどはじめからなく、
まるでマジシャンようだった。
今
気づいたようなそぶりで、そ
口にチャックをした唇男がモゴモゴしゃべっている。そして、よ
うやく口が閉まっていることに
のファスナーを一瞬にして消して見せた。
︽ゼーハーゼーハー、息ができなくて死ぬとこだったわ。どこまで
話して、なにを話していないのかしらね。そうそう、ボクの名前は
唇
をくっつけ、ぶちゅ∼っと濃い音を
フェイスレスマウス。特技は熱いキッスよぉん︾
テレビカメラに頭部の
唇
のアップから画面が引かれると、フェイスレスマウスの左
鳴らして本当にキスをして見せた。
右の後ろに、謎の物体が浮遊しているのが見せた。
華艶は絶句した。
まさかそれは本物なのか、それとも作り物なのか?
493
そこに浮いていたのは丸く膨れ上がった全裸の男女。まるで風船
のように浮き、目や口や耳などはテープなどで完全に塞がれ、足首
から垂れる鎖で地面と繋がれていた。
︽焼き芋は美味しかったかしら? ここにいる二人みたいにお腹い
っぱい食べてくれたかしら? それはさておき、近々バンドをはじ
めようと思うのよね。もちろんボクの担当はタンバリン兼ヴォーカ
ルよん︾
フェイスレスマウスはケツを高く上げ、ブッと屁をこいたと同時
に、出たガスに引火させ尻から炎を上げた。
炎が治まった尻から伸びていた小さな横断幕を摘むフェイスレス
マウス。そこに書かれていたのは﹃ブービーサーカス団﹄の文字。
だんだんと与太話に付き合わされている気分になる。
︽そこでバンドのメンバーを大々的に募集しようと思うの。ボクの
理想としては乱暴で狂ってて、セクシぃ∼∼∼な男女問わず犯罪者。
そこで思い付いたのだけれど、帝都で留置場、拘置所、刑務所の犯
罪者を全員ひとり残らず、ゲスどもの一匹まで、釈放して欲しいの
だけれど? もちろんタダとは言わないわ、オラナプーを治すワク
チンをあげちゃうわ。どう? 世紀の大バンドの誕生に一役買って
みない、帝都政府のおバカちゃんたちぃ?︾
どこまで本気なのか?
事件をかく乱するのが目的なのか?
犯罪者を街に放すなど現実的にできるわけがない。だからと言っ
て被害者を見殺しにするわけにもいかないだろう︱︱体面的には。
犠牲者を助けるよりも、犯罪者を街に放つ方が被害は拡大する。
対処をしている振りをして、犠牲者を見捨てることもありえる手段
だろう。政府の信用は失墜するだろうが、この街の政府は特殊だ。
すぐにその権威を取り戻すことになるのはわかっている。
魔導と科学の街︱︱帝都エデン。
世界のどの都市よりも繁栄し、ほかの都市の未来を体現している
特別な街。
494
この街に魔導文化をもたらしたのは今の政府にほかならない。
今や世界の中心となったこの都市に、フェイスレスマウスは喧嘩
を売ったのだ。
︽焼き芋は何個配ったんだったかしら。ヒャッハハ⋮⋮そう、88
8個。でも888人程度の犠牲者だけで済むと思ったら大間違いよ。
このごろお腹の調子が悪くてブーブーしちゃってる子はいないかし
ら? 遅効性のウィルスって怖いわよねぇ∼、何日前から仕込んだ
ったか忘れたけれど、こうなるのも時間の問題よ︾
画面が切り替わり、全裸の女が映し出された。
手錠と足枷をされ身動きの自由はない。その尻からはチューブが
伸び、その先には自転車の空気入れをさらに大きくした物が。空気
を入れようとしているのはピエロの格好をした男。
まさか?
ピエロはポンプを動かし空気を入れはじめた。
ガムテープで口を塞がれた女が泣き叫ぶ。
床の上でのたうち回る女。
どこから聞こえてくる笑い声。
︽ヒャッハハ!︾
ピエロは疲れたのか、わざとらしく空気を入れるのを止めて、手
の甲で額の汗を拭くジェスチャーをした。が、ポンプからは手が離
されているはずなのに、空気の注入が止まらないのだ!
それどころか空気が注入されるスピードが速くなっている。
女の眼が剥き出しになっていく。
腹はありえなくらい膨れ、動きはすでに止まっていた。
次の瞬間!
爆発音と共に肉塊が飛び散った。
そして、すぐに画面が切り替わった。
黒い画面にテロップで書かれた文字には﹃しばらくお持ちくださ
い﹄の文字が。これは放送局が主権を取り戻し取った臨時処置では
ない。画面の隅には﹃ブービーサーカス団﹄と書かれていた。
495
そして、再び聞こえてきた笑い声。
︽ヒャッハハ、ヒャ∼ハハハハッ!!︾
ぶっつりと放送が途絶えた。
華艶は息を呑んだ。
﹁なに⋮⋮今の?﹂
悪い冗談だ。
おそらくフェイスレスマウスにとってはジョークに過ぎないのか
もしれない。
﹁胸糞悪い。ああ∼っ、胃がムカムカする﹂
髪の毛を掻き上げた華艶︱︱ブッ!
が、屁をこいた。
こんな状況でオナラが出るなんて、本当に笑えない。
悪い冗談だ。
496
ブービートラップ︵3︶
ブッ!
﹁あ、ごめん﹂
平謝りをした華艶は、ズズズーっと熱々コーヒーを呑んだ。
コーヒーの薫りに混ざって酒の臭いが漂ってくる。
﹁マスター、酒!﹂
勢いよく華艶は言ってみたが、
﹁ダメ﹂
瞬殺だった。
昼は喫茶店、夜は酒場に早変わりするモモンガ。調査が手詰まり
になって、華艶はふて腐れるためにこの店に来た。
店主の京吾に酒の注文を拒否され華艶はほっぺたを膨らませた。
﹁バーが客に酒出さないってどーゆーことー?﹂
﹁華艶ちゃん未成年でしょ?﹂
﹁もう十八ですぅー!﹂
﹁お酒は二十歳からです﹂
﹁そだっけ?﹂
華艶の表情はマジだった。
﹁あのね華艶ちゃん、帝都は治外法権に思えるけど、いちよう日本
の一部で独立国じゃないん
だよ。だからこの街も日本の法律の下にあるんだ﹂
﹁マジで!? 帝都って日本だったの?﹂
華艶と同じことをいう最近の若者が増えているらしい。
突然、カウンターを滑って来たロックグラスが華艶の前で止まっ
た。
華艶が振り向いた先にいたのは40代くらい女性だった。
﹁無理もないわ。聖後生まれの子で生まれも育ちもこの街なら、そ
497
う思ってしまうのも当然。私のような聖前生まれのオバちゃんから
してみれば、日本の神奈川県なのだけれどね﹂
聖戦の打撃を受けた首都東京の23区全域は死都と化し、生き残
った地域は周りの県に編入された。
当時神奈川だった場所に移民してきた23区の企業や住民。そし
て、エデン政府が神奈川の一部を乗っ取ったことにより、街は大き
く様変わりした。それでも都市部を離れれば昔と変わらぬ神奈川の
風景が広がっている。
しかし、昔を知らぬ者にとっては、そこは帝都の風景でしかない。
京吾は自分の店からは未成年に酒を出さないが、出したあとの酒
が客の自由だ。グラスに口をつけようとする華艶を止めたりはしな
い。
﹁あ、いただきまーす﹂
﹁召し上がれ華艶さん﹂
にこやかに微笑む女性。華艶は驚きを隠せない。
﹁今あたしの名前呼びました?﹂
﹁さあ、どうかしら?﹂
とぼける女性から目を離し、華艶は京吾に視線を合わせた。京吾
は小さくうなずく︱︱呼んだという合図だ。
女性は酒代にはおつりのくる1枚の紙幣をカウンターに起き、早
々に店を出ようとドアに向かって歩いているところだった。
それなりに顔の知られている華艶だが、この店であればさらに顔
は広くなる。そう考えれば見知らぬ女性が華艶の名前を知っていて
も不思議ではないのだが、なにか引っかかる。
華艶は女性を追って店の外に出た。
女性はそこに立っていた︱︱華艶に顔を向け、まるで彼女のこと
を待っていたように。
﹁駄目よ、出された酒はちょっと飲まなきゃ﹂
シニカルな笑みを浮かべる女性。
華艶がなにを言おうか迷っていると、再び女性が口を開く。
498
﹁そう言えば、お腹の調子はどう?﹂
﹁え?﹂
﹁オナラはちゃんと出ているの?﹂
﹁なんでそれを?﹂
華艶の脳が急速に回転する。
この女は誰だ?
敵か味方か?
﹁なんでって、あなたにはあまり効かないみたいだから様子を見に
来たのよ。だって人質は888人じゃなきゃイ∼ヤだもの﹂
﹁⋮⋮マジ!?﹂
今華艶が持っている情報だけを結びつけた結果、導き出される答
えは?
叫ぶ華艶。
﹁フェイスレスマウス!!﹂
パン!
破裂音がした。
華艶は銃で撃たれたかと思ったが、まったく違った。
クラッカーを手に持っている女性。
﹁正解。私の名前はフェイスレスマウス。では問題、あなたは誰?﹂
﹁はぁ? あたしはあたしだけど。名前を訊いてるなら火斑華艶⋮
⋮だけど?﹂
﹁そう、では私は誰?﹂
﹁はぁ? フェイスレスマウスでしょ?﹂
﹁それはどうかしら?﹂
﹁はぁ?﹂
なんとも言えないモヤモヤする感じ。からかわれているとしか思
えない問答だ。
女性は深々とお辞儀をした。
﹁それではさようならフェイスレスマスクさん﹂
﹁はぁ!?﹂
499
自分のことをフェイスレスマスクと言われ、華艶はだんだん頭が
おかしくなりそうだった。
背を向けて立ち去ろうとする女性。こんなところで逃がすわけに
はいかない。
﹁ちょっ、あたしはあなたに用がまだあるんだけど?﹂
女性は聞く耳を持たず歩いて行ってしまう。その背中を華艶は追
いかけるが、なぜか距離が縮まらない。相手は走ってなどなく歩い
ているのに、全速力の華艶が追いつけないのだ。
二人の距離は伸びもしないし縮みもしない。
景色は動いている。女性の周りではゆっくりと、華艶の周りでは
速く。
無我夢中で華艶は女性を追いかけた︱︱それが罠とも知らず。
空き地にやって来た女性がついに足を止め、振り返ったと同時に
華艶の足下が崩れた。地面が沈んだと理解したときには落とし穴に
落ちていた。
着地には失敗した。だが、落ちた場所はフカフカの丸いベッドの
上だった。
ショッキングピンクのベッドの上に居るのは華艶と、その横には
黒いボンデージ姿のあの女性。
﹁あら、こんなところで会うなんて奇遇ね﹂
﹁自分で落としといてなにそれ?﹂
﹁落とし穴は自ら歩いたりしない。だからあなたが勝手に落ちたの
よ﹂
﹁はぁ?﹂
酷い言い訳だ。
相手のペースに乗せられまいと華艶は首を横に振って気を取り直
した。
﹁よし!﹂
そして、とあることを問い詰める。
﹁あたしさ、あなたのこと追いかけながら考えてたんだけど。人質
500
の数は888人じゃなきゃイヤって言ったじゃん?﹂
﹁言ったかしらそんなこと?﹂
﹁とにかく言ったじゃん。あたしは友達がもらった焼き芋をちょっ
と口に入れちゃっただけなんだけど?﹂
﹁だからどうしたの?﹂
﹁だからどうしたじゃなくてさ、配った数って888個なんでしょ
?﹂
﹁それで?﹂
﹁それでじゃなくて、配った人数以上の人が口にした時点で888
以上にならない?﹂
﹁さっきから言ってる888って何の数字かしら?﹂
﹁はぁ∼∼∼ッ!?﹂
会話にならない。
華艶はベッドの上で立ち上がった。
﹁もういい、早くワクチンちょうだい!﹂
﹁じゃあ1000円﹂
お手のポーズを示した女性。ここで本当に1000円を払ったら
ワクチンがもらえるのだろうか?
どうしようか迷って固まっている華艶に、
﹁いらないのね﹂
﹁いります、いりますぅー!﹂
﹁じゃあ1万円﹂
﹁はぁ、なんで値上げしてんの?﹂
﹁じゃあ5万円で﹂
完全に相手のペースに乗せられている。
無言になる華艶。会話をすれば不毛に陥る。
すぐに沈黙は女性によって破られた。
﹁ウィルスは配った888個の焼き芋以外にも出回っているわ。た
だ、一度手に入れた人質を手放すのがイ∼ヤなだけ﹂
それが本当の理由だろうか?
501
何が真実で何が嘘なのかわからなくなる。
もしもそれが本当の理由なら、華艶に人質になれということだ。
いや、もう人質になっているようだ。
華艶も気づかぬうちに、その手足は鎖によって拘束されてしまっ
ていたのだ。
﹁えっ、いつの間に!?﹂
まるでマジックを観ているようだった。
華艶から伸びる鎖は床に頑丈そうな繋がれている。鎖には遊びが
多いので、ある程度の自由な動きはできるが、ベッドから離れられ
るのは3メートルほどか。
シニカルな笑いで女性は華艶を見つめた。
﹁炎の大脱出でも企ててみる?﹂
それが無理なことくらい華艶にだってわかる。華艶の炎では金属
の鎖までは溶かせない。女性を葬ることはできてもワクチンの在り
処が聞き出せない。
部屋が暗くなり、スポットライトがベッドの二人を照らした。
女性が指を鳴らすと、それに合わせて華艶の服が弾け飛んで全裸
にされてしまった。
﹁きゃっ!﹂
﹁案外可愛い声で鳴くのね。それではショータイムのはじまりよ﹂
女性は自らの股間に手を当て、その手を離すと同時に、
﹁ジャーン、今夜はホームランよ﹂
女性の股間に現れた金属バット。まるでアレのようにブンブン上
下に動いている。
バッドを見た華艶が後退る。
﹁ちょっ、それはムリ⋮⋮﹂
﹁このくらいのウンコしたことあるでしょう?﹂
﹁ウソ、そっちに挿れるの? ムリだって、前だってムリなんだか
ら。ここだけの話として白状しちゃうけど、あたしあんまり経験な
いし、そんなの絶対に入らないし﹂
502
﹁絶対なんて言葉こそ絶対ないわ﹂
バットの先が華艶の股間に宛がわれた。余裕のあったハズの鎖が
きつい。気づけばベッドに磔にされてしまっていた。
太くて硬いバットがグッグッと何度も押される。
﹁うっ、うっ、痛いってば⋮⋮ぜんぜん入らないし!﹂
バットの先端は比較的平らであり、先端から根本に掛けては、徐
々に太くなるのでなくその逆である。先端が少しすらも入らない状
態では、その以上入るわけもなかった。
女性はバットを放り投げ、華艶の股間に息が当たるほど顔を近づ
けた。
﹁痛いって言ってたわりには、濡れているのね﹂
﹁防御反応だってば!﹂
﹁マゾの素質があるんじゃないかしら?﹂
﹁痛いのイヤです、キライです!﹂
﹁じゃあ、優しくされたいの?﹂
女性の指先が華艶の肉芽を強く摘んだ。
﹁いっ!﹂
あまりの痛みで歯を食いしばって腰を浮かせた華艶。
続けて女性は、
﹁それとも苦しくされたいの?﹂
指先で秘裂を撫でながら肉芽に軽く触れた。
﹁ふぅっ!﹂
再び華艶は腰を浮かせた。だが、今度は快感からだった。
少し触られただけなのに全身が痺れた。汗が噴き出て、蕩ける愛
液も流れ出してしまった。もっと欲しくなってしまう。
シニカルな笑みを浮かべた女性の取った行動は?
﹁じゃあ苦しくしてあげる﹂
秘所で蠢く女性の繊手は、指の一本一本が独立した生物のように
動き、その巧みな動きは関節を超越した指使いだった。
クチュクチュと卑猥な音が出てしまう。
503
﹁んっ⋮⋮んんっ⋮⋮んふーっ⋮⋮ふはふはふはーふぅ⋮⋮﹂
感じてるなんて思われたくなくて口を閉じるが、どうしても甘い
と息が鼻から漏れてしまう。
﹁やめ⋮⋮もう⋮⋮やめっ、やめて⋮⋮ひぃっ﹂
途切れ途切れで発した精一杯の懇願も叶わず、秘所への責めは過
酷さを増していく。
快感のさざなみ。
そこから徐々に波は高くなるが、高潮には達しない。華艶が達す
ることを阻むのだ。あと僅かで達するというとき、秘所で蠢く指が
止まるのだ。
それは苦しかった。
﹁ヒィヒィヒィッ⋮⋮イカせて⋮⋮お願いだから⋮⋮イカせて!﹂
だが願いは叶わない。
苦しい快感が鬱積していく。
女性は言ったはずだ︱︱苦しくしてあげると。
さらに華艶はほかの苦しみも抱えていた。
火照る躰。芯である部分。女である源が熱く疼く。
燃えてしまう。
熱い炎で何もかも燃えてしまう。
ここで躰を燃え上がらせれば、目の前の女が灰と化す。
性なる力によって華艶が炎を呼び起こすこと女性が知っているの
か、それとも知らないのかはわからない。けれど、おそらくは華艶
は炎を使うことは知っているのだろう。そうでなかれば﹃炎の大脱
出﹄など言わないだろう。
だとするならば、己が燃やされることを承知の上でゲームを愉し
んでいるのだ。華艶が炎を使いたくても使えない状況は、いくつか
想定していることだろう。だが、快楽によって我を失った人間が、
理性を飛ばしてどんな行動をするかはわからない。狂乱した華艶が
突発的に炎を使うこともあるだろう。
普段は感じない部分の皮膚ですら、今は撫でられるだけで躰が震
504
えてしまうのに、どうしてもイクことができない。
女性の手は這って移動しながら、華艶のヒクヒクと動く腹を上り、
さらに小高い胸の膨らみを愉しんだ。
﹁乳首が尖ってるわ。摘んで欲しいからこんなになっているのね﹂
華艶の両乳首が指先で摘まれた。
﹁そんなに⋮⋮だめ⋮⋮うっ⋮⋮あぁン!﹂
捻ったり引っ張られたりして少し痛いのに、それが気持ちよくて
堪らない。
さらに同時に責められている股間から気持ちよさが昇ってくる。
快楽に溺れそうになりながらも、華艶は不思議なことに気づいて
しまった。
女性の両手は華艶の乳首を弄り回している。なのに股間では今ま
でと同じ快感が続いている。秘所を貪り何かが蠢き続けているのだ。
華艶は自分の股間で蠢くそれを見てしまった。
なんとそこには八本足で蠢く蛸がいたのだ。
人間の指の関節を無視した巧みな蛸の足が華艶の秘所を貪る。
ヌメヌメとヌチャヌチャと、肉芽を包み、肉唇を舐め、中へも侵
入してくる。
﹁イ、イヤァァァァァァッ!!﹂
ぶぉっ!
華艶の躰から炎が上がった。
瞬時に飛び退き難を逃れた女性。
﹁美しい色。街を地獄で彩るにはもってこいの色﹂
呟きながら女性はこの部屋をあとにした。
燃え広がる炎の中で、華艶は独り果てたのだった。
505
ブービートラップ︵4︶
夜11時11分、本日に2度目のテレビジャックが行われた。
唇
のアップ。
︽帝都政府および帝都警察の皆々様、お返事はまだかしらん?︾
画面に映し出された
以前、テレビ画面に現れたときと同じ姿で登場したフェイスレス
マウス。
︽オナラブーブーで死ぬ人数が減っているみたいね。進行を食い止
めることでボクとの交渉に応じず、その間に治療法を見つけるつも
りかしらん?︾
フェイスレスマウスの要求は犯罪全員の釈放。そんな要求呑める
わけがない。被害者たちはフェイスレスマウスの手の中にはなく、
病院などで治療中であり、要求を断ることが死に直結しているわけ
ではない。時間さえ経てば治療方法も見つかるかも知れない。
その指摘は、フェイスレスマウスが今したばかり。つまりフェイ
スレスマウス自身も作戦の盲点に気づいていることになる。
気づいていて手を打たないなどありえるだろうか?
︽そうだ、話は変わるのだけれど、ボクも街の浄化に一役買おうと
思って、刑務所に爆弾を仕掛けたのよ︾
要求が矛盾している。
フェイスレスマウスの要求は犯罪者の釈放だ。その犯罪者たちを
標的にするとは、いったい何を考えているのだろうか?
︽受刑者を死なせたくなければ、彼らを釈放したらいいわ︾
さらにフェイスレスマウスは枷を掛けてきたわけだ。
たとえ受刑者であっても、犯した犯罪は人それぞれである。それ
らすべての人間に爆死しろと政府は言えるのか。言えないのなら、
釈放するか、もしくは別の手段を見い出すか。
︽受刑者を別の場所に輸送しても構わないわよ。大人数の犯罪者を
506
輸送するのに、護衛は何人必用なのでしょうね。護送中に受刑者が
暴れたり、受刑者を助けようとどこぞの組織が動かないとも限らな
いわよね︾
わざわざ口に出すと言うことは罠か?
しかし、刑務所から受刑者を別の場所に輸送するのは困難である。
輸送方法や新たな収容場所、人数が人数である。どこの刑務所に爆
弾が仕掛けられているのかすら判明していない。
カメラと向かい合っていたフェイスレスマウスが横を向いた。
次の瞬間、ジャックしていた中継が妨害電波によって打ち切られ
た。
﹁あら、お客さんね﹂
その声音はとても嬉しそうだった。
重装備をした帝都警察の特殊部隊︱︱通称T−4[ティーフォー
]が工事中のビルに突入した。
地上と屋上からの2部隊が敵本隊のいるフロアに乗り込む寸前、
別部隊がビルの窓をぶち破ってヘリからそのフロアにワイヤーで突
入した。
大量の白煙が視界を奪うと共に、それ吸った人間が意識を失う。
唇
が笑って見て
かろうじて意識を失わず応戦しようとする男ども。
けたたましく鳴るアサルトマシンガン。
部下たちが瞬時に射殺されていく様を巨大な
いた。
﹁ヒャハハ、おもしろくなって来たわ!﹂
フェイスレスマスクが銃の標的になることはない。切り札である
ワクチンや爆弾の問題が解決していない。T−4に下された命令は
フェイスレスマウスの捕獲である。
それを知ってか、フェイスレスマウスは優雅な足取りで、ゆっく
りと隊員に近付いていく。
フェイスレスマスクには催眠ガスが効かなかった。
アサルトライフルがフェイスレスマウスに向けられる。
507
﹁止まれ、大人しく地面に膝を付き︱︱ッ!?﹂
隊員の制止よりも早くフェイスレスマウスは仕込み杖から刃を抜
いた。
防弾チョッキを貫いた細い刃。
まるでその技はフェンシングの突きだ。
刃が抜かれる前に、フェイスレスマウスに麻酔弾が撃ち込まれた。
場の動きが一時停止する。
フェイスレスマウスは動かない。倒れもしない。
⋮⋮⋮⋮。
﹁ヒャッハハ!﹂
突然動き出したフェイスレスマウス。
バレエのアラベスクのように、片脚で立ちながら片脚を後ろに上
げたかと思うと、上げた脚がバネのように伸び、隊員のフルフェイ
スにヒットした。
蹴り終えた脚には本当にバネが仕掛けられていた。バネは自動的
に巻き戻り、元の脚に収まった。
﹁ボクを捕らえる気なら、肉弾戦でかかっていらして﹂
誘いには乗らない。
任務はフェイスレスマウスの捕獲。生け捕りであれば問題ないと
隊員は認識していた。銃弾がフェイスレスマウスの足に撃つ込まれ
た。
たしかに銃弾は足を貫いた。
しかし、フェイスレスマウスは呻き声一つ発せずに、微動だにせ
ずそこに立っている。
まさか銃弾が効かないのか?
足は作り物なのか?
だが、次の瞬間!
﹁ヒャ∼ッアアアァァァ、痛いわ、アア痛い、痛い、足がもげてし
まうわ!!﹂
叫びながら床でのたうちはじめたフェイスレスマウス。
508
すぐさま隊員たちに拘束される。
唇
唇
。本物にしか見えなかったが、
に隊員が手を掛けた。
後ろ手に通常の手錠と、呪術式の手錠を嵌められ、自由を失った
フェイスレスマウスの
見るからに生々しい巨大な
唇
を脱がされ、素顔を晒したその女は言った。
持ち上げようとすると動いた。そして、簡単に脱げてしまったのだ。
﹁はじめまして、火斑華艶です﹂
その顔も、その声すらも、たしかに華艶のものだった。
フェイスレスマウス拘束は秘密裏にされ、マスメディアなどには
報道規制が敷かれることとなった。都民の不安を一新するためには、
早く発表したいという思惑もあるだろうが、捕まった犯人が本物の
首謀者である確証が得られなかった。
指紋やDNAなどの照合を信じるならば、それは紛れもなく火斑
華艶だったのだ。
容姿や声帯など、今の時代︱︱そう魔導が蔓延る時代では簡単に
偽装できる。そこで帝都では魔導的偽装に対抗するため、魔導によ
る照合法をいくつか採用している。
簡単なものでは霊波の波長の1つを照合する方法だが、これは魔
導の熟練者とならば容易に偽装が可能だ。ただし、一般人相手であ
ればDNA照合と五分だろう。
守護霊照合は、守護霊は変化することもあるし、守護霊の登録は
アニマ
義務ではないため、一般人にはほとんど意味を成さない。それを言
うなら、前世照合も同じことになる。
そこでもっとも確実なのが、半不変的な魂の型を視ること。
アニマ型は帝都で生まれた者であれば、記録されることになって
いる。火斑華艶のアニマ型も政府のデータバンクに記憶されていた。
すぐにデータ照合が行われたのだが、その結果はやはり拘束され
た容疑者が華艶であることを裏付けた。
現場にいたフェイスレスマスクは華艶だった。としても、本物の
509
フェイスレスマウスである物証はまだない。逆にフェイスレスマウ
スではない物証もなかった。
裏付けを急ぐ警察は華艶が焼き芋を食べた被害者であることなど
調査済みだ。しかし、自作自演の可能生はある。
テレビジャックは生放送だったのか、それとも録画だったのか?
喫茶店で華艶がフェイスレスマウスと思われる女と会ったことな
謎の女
に会っていた程度の証言しか、目撃
ど、それがフェイスレスマウスであると華艶以外の誰が証言しよう
か?
あの場所で華艶は
者からは得られないだろう。
さらに、強固な尋問室の中で拘束され椅子に座らされているフェ
イスレスマウスは言う。
﹁あたしがフェイスレスマウス﹂
自ら認めているのだ。
自白され取れれば、この華艶をフェイスレスマウスと認定するこ
とは簡単だ。たとえ違ったとしてもだ。しかし、被害の少ない事件
であれば誤認逮捕でも、多くを闇に葬って終わりとなるかも知れな
いが、この華艶が偽物で新たな大きな事件が起こる可能生が残って
いる以上は、事を早急に進めることは警察の失態に繋がる。
尋問の中で﹃ワクチンはどこだ?﹄﹃どこの刑務所のどの場所に
爆弾が仕掛けられている?﹄などの質問がされたが、フェイスレス
マウスはすべて黙秘した。それどころか、拘束されてから発してい
る言葉はこれだけだ。
﹁あたしがフェイスレスマウス﹂
さすがに催眠などで操られているのではないかと思えてくる。
多大に怪しいカ所がある限り、やはり一般市民やメディアへの発
表は控えるべきである。
しかし、情報とはいとも簡単に漏洩するものである。
火斑華艶が拘束された情報は報道各社の知れるところになり、す
ぐさま政府はさらなる規制を敷くことになり、報道各社へ事件の報
510
道をしないようにと通達した。が、すべての口を塞ぐことは不可能
だろう。一般人の耳に入るのも時間の問題だろう。
デスクで頭を掻く雑誌社の編集長︱︱伊頭満作[イドウマンサク
]の耳にも、華艶の情報は入ってきていた。
﹁あの華艶ちゃんがなぁ。府に落ちねぇ﹂
タバコを吸いながら独りぼやく。
華艶とは数時間前に話したばかりだ。そのときちょうど、あのテ
レビジャックがあった。あれは華艶のアリバイ工作だったのか?
﹁そんなことあるかよ。華艶ちゃんが唇野郎に扮して、あんなテロ
起こすわけないわな﹂
華艶を知るものであれば、フェイスレスマスク=華艶などと信じ
るはずがない。
ジャーナリストの端くれとして、伊頭は事件の真相を探ろうと動
いた。
もっとも大きな疑惑は、拘束されたらしい人物が本当の華艶なの
か?
伊頭はケータイからある人物へ通話をかけた。
呼び出し音が鳴る。
︱︱繋がった。
伊頭は息を潜め、向こうが先にしゃべるのを待った。
四方と天井を格子で囲われた牢屋の床で目覚めた華艶。
ケータイの着信音が聞こえる。
﹁ううっ⋮⋮﹂
前方にケータイが浮いていた。正確には天井からヒモで釣られて
いた。
全裸でうつぶせの状態の華艶はケータイに手を延ばす。
そして、通話に出た。
﹁もしもしマンちゃん?﹂
言葉に詰まりながらも伊頭は返事をする。
511
︽⋮⋮っか、華艶ちゃんなのか?︾
﹁なにそれあたしに電話かけたんだよね?﹂
︽そうだが、本物だよな?︾
﹁本物なにそれ? てゆかさ、ここどこ?﹂
通話機能が使えるなら、GPSも機能するはずだ。
︽知らないのか?︾
﹁知るわけないじゃん、ここがどこかなんて﹂
︽そうじゃない。華艶ちゃんは帝都警察に拘束されたことになって
るぞ?︾
﹁はいぃ?﹂
︽拘束されたフェイスレスマウスの正体が華艶ちゃんになってるぞ
?︾
﹁はぁ?﹂
︽科学照合も魔導照合も華艶ちゃんと一致しているらしいぞ?︾
﹁はぁ∼∼∼っ!?﹂
自分はここにいる。
おそろしさを感じて華艶は自らの手や体を調べたが、いつも見る
自分の躰の一部だ。顔も手で触って確かめるが、違和感がない。
﹁あたしだよなぁ﹂
呟きながら華艶の脳裏に浮かんだのは、とある郊外の屋敷で見た
自分のクローン。所詮クローンはオリジナルとは違う。多くの差異
があり、特に魔導照合では誤魔化せない。それとも魔導照合すらも
欺く完成度のクローンを完成させたとでもいうのか?
電話の向こうが慌ただしい。
︽ちょっと待ってくれ、新しい情報が入ってきた︾
伊頭が誰かと話しているのが漏れ伝わってくる。
しばらくして、
︽待たせたな華艶ちゃん。拘留中のフェイスレスマスクがまたとん
でもねぇことを言いやがった︾
﹁なになに?﹂
512
︽刑務所に仕掛けた爆弾の在り処を教える代わりに、人質が1人死
ぬ。爆弾の在り処が知りたくなきゃ、人質は助けてやるとさ。ただ
しその場合は爆弾を爆発させる。その人質ってのが、自分だと抜か
しやがったんだ︾
フェイスレスマスクに人質としての価値があるのか?
﹁とにかくわかったありがと、あたしここから脱出しなきゃいけな
いから、またなんかあったら連絡して﹂
︽おう、またな華艶ちゃん︾
通話を切り、華艶はすぐさまGPSで自分の位置を確認しようと
した。だが、GPSに繋がらない。
﹁電話は繋がるのに⋮⋮﹂
華艶はケータイから伸びているヒモを見た。起きたとき、ケータ
イは天井から吊されていて、今もその状態を保っている。目を覚ま
してすぐ目の付くところにあるのは、おそらくなんらかの意図があ
ってのことだ。
牢屋の天井は格子になっている。ヒモはその格子ではなく、天井
に置かれた箱に繋がっていた。
﹁引っ張ったら⋮⋮牢屋が開いたりして﹂
グイッと華艶はケータイごとヒモを引っ張った。
すると、本当に牢屋の扉が開いたのだ。
﹁マジ?﹂
すぐに牢屋の外に出て、華艶は自分が裸だということを再確認し
て、ある事実に気づいた。
なぜ裸なのか、それは炎によって服が燃えてしまったからだろう。
だとすると、今手の中にケータイがあるのはなぜか。ケータイも燃
えてなくては可笑しいのだ。
わざとらしく吊り下げられていたケータイ。服が燃える前に盗ま
れていたのか、それともこのケータイはそっくりな偽物なのか。
そんなことを考えていると、華艶のケータイがメールを着信した。
ディスプレイに表示された送信者の名前を見て、思わず華艶は息を
513
呑んだ。
﹁フェイスレスマウス﹂
そう表示されていたのだ。
そんな名前を登録した覚えなどない。やはりこのケータイには何
らかの細工がしてある。
メールの件名は﹃黒と赤﹄で、本文には﹃選択権はキミにある﹄
と書かれていた。
そして、さらに添付ファイルの動画があった。
動画を再生すると、どこかの廊下が映し出された。冷たいコンク
リの廊下、その脇には鉄格子の部屋が並んでいる。そこは牢屋の前
だった。
﹁なにこれ、刑務所の防犯カメラ?﹂
映像は手持ちカメラではなく、天井に近い位置から撮影されてい
るように思えた。
薄暗く静まり返っている収容所。
次の瞬間、爆音と共に映像が乱れ真っ白になってしまった。
何かが爆発した。
︽ヒャーハハッ、ヒャッハハハハ!︾
大音量の笑い声がケータイから聞こえ、思わず華艶はケータイを
自分から遠ざけた。
そして、動画は終わった。
﹁なにこれ?﹂
華艶は第2のテレビジャックを知らなかった。刑務所に爆弾が仕
掛けられていると知っている者であれば、今の動画との関連性を真
っ先に思い浮かべただろう。
華艶は何も知らないまま、踊らされているのかもしれない。
514
ブービートラップ︵5︶
華艶の姿をしたフェイスレスマウスが座る机を刑事が強く叩いた。
﹁ほかにも爆弾はあるのか!﹂
﹁てゆかさ、あたしは受刑者を別の場所に輸送してもいいって言っ
たじゃん﹂
薄ら笑いを浮かべながらフェイスレスマウスに、刑事の怒りはさ
らに強くなる。
﹁ふざけるな、爆発したのは受刑者だろうが!﹂
つまり受刑者を別の場所に移動させようと、爆弾もいっしょに移
動することになるのだ。
捕まってもなお、主導権はフェイスレスマウスにあった。
﹁さっきも言ったけど、爆弾の在り処が知りたきゃあたしを殺せば
オッケー。あたしを殺さなきゃ、またいつ爆弾が爆発するかあたし
にもわかんなーい﹂
ふふっと鼻を鳴らして笑った。
尋問の一部始終は隣の部屋からマジックミラー越しに見られてい
る。逆に隣の部屋の様子は一切こちらの部屋からはわからない。そ
の騒がしさも漏れ伝わることはない。
隣の薄暗い隣の部屋は、新たな情報によって騒然としていた。
﹁また⋮⋮刑務所内で爆発が起こりました﹂
﹁早く身体検査をしろと命じただろ!﹂
﹁その最中に爆発が。検査対象者の数が多すぎるんです!﹂
新たな爆発事件は取調室にいる刑事にも伝えられ、さらにその刑
事からフェイスレスマウスにも伝えられた。
﹁ヒャッハハ!﹂
﹁このクソ野郎! 誰に爆弾仕掛けて、どんな条件で爆破するのか
言え!!﹂
515
﹁爆弾の在り処はあたしを殺せばわかるし、爆発を止めたきゃあた
しを殺せばいいし∼﹂
﹁てめぇを殺したら爆弾の在り処もわからなくなるだろ!﹂
怒り狂う刑事の肩を同僚の刑事が叩いた。
﹁頭を冷やせ、交代だ﹂
﹁クソッ!﹂
交代を命じられた刑事は痰を吐いて部屋を後にした。
華艶は細い廊下で頭を抱えて蹲っていた。
壁に寄りかかりながら、顔を横に向けるとそこにはドアがあった。
逆方向を見ると、そこには開かれたドアがあった。
ケータイを握り締める手に力が入る。
この数分前、ケータイにメールの着信があった。内容は前に送ら
れて来たものとほぼ同じ、動画も添付されていた。違ったのは映像
に映っていた場所と、先ほどは見えなかった爆発したモノが映って
いたことだ。おそらくあれも刑務所の中、爆発したのは顔も知らな
い受刑者。
メールが送られて来たタイミングは、華艶が後ろのドアを開けた
直後。
1度目のメールは牢屋を開けた直後だった。
関連性を想像しないほうがおかしい。
﹁あたしがドアを開けるたびに人が⋮⋮爆死する?﹂
奪取ルートはほかにはない。この廊下を進むしかなかった。だが、
この先いくつのドアが立ち塞がっているのだろうか。
ドアには鍵が掛かっているわけではない。開けるか開けないかは、
華艶に任される軟禁状態だった。
華艶はフェイスレスマウスの言葉を知らない。
あたし
とはもしかして、ここにいる華艶のことを示して
︱︱爆発を止めたきゃあたしを殺せばいいし∼。
その
いるのではないだろうか?
516
だとしたら、殺せば爆弾の在り処がわかるという
いったい誰か?
華艶は蹲ったまま動かない。
あたし
とは
ケータイで助けを呼ぼうにも、着信はできても発信ができないよ
うに細工されていた。友人が掛けてきてくれるのを待つしかない。
もしも友人と会話ができても、この場所をどうやって伝えたらいい
のか。
﹁あーおなかすいたー﹂
このままじっとしていれば餓死だ。
今はまだドアを開ける気にはなれないが、餓死が現実として身に
迫ったら、人を殺してでも外に出ることを望むのだろうか。
﹁寝ようかな、でもその間に電話来て気づかなかったら⋮⋮﹂
華艶は閉まっているドアを見た。
このドアを開けたら、本当に人が死ぬのだろうか?
もしかしたら、ドアを開けたら人が死ぬという暗示かもしれない。
本当はドアを開けてもなにも起こらないかもしれない。そういう罠
なのかもしれない。
でも、もしもドアを開けて⋮⋮。
なにもできない。なにもすることがない。
華艶は蹲ったままどうすることもできなかった。
﹁⋮⋮寒い﹂
廊下は冷える。しかも素っ裸だ。
寒さは体力を奪う。
華艶は自らの股間に手を忍ばせた。
少し躰が火照る。
熱を発してもやはり体力を奪われる。
この方法はより多くの体力を奪い、この状況では餓死の現実度を
高めてしまうが、
﹁ほかにヤルことないし⋮⋮はぁ⋮⋮はう⋮⋮﹂
中指で皮に包まれた肉芽を擦る。
517
もう片方の手は胸へ。
華艶は指先を唾で濡らし、また肉芽へ這わせる。
柔らかかった乳首も硬く尖ってきた。
﹁んん⋮⋮ふうん⋮⋮ふぅ⋮⋮うん⋮⋮﹂
冷たい廊下に熱い吐息が響き渡る。
溢れてきた蜜を指に付け、さらに掻き回すように肉芽を弄る。
﹁んっ⋮⋮んっ⋮⋮﹂
肉芽をメインで責めつつ、乳首をサブで責める。
メインの責めはどんどん激しくなる。
掻き毟るように手は上下に動かされて、震える腰と腹と連動して
脚がもどかしそうに動く。
気持ちよくてじっとしていられない。動いていても気が紛れるわ
けでもない。気持ち良さから気を紛らわしたいわけでもない。どう
していいかわから躰が無闇に動いてしまう。
﹁あっ⋮⋮あぅン⋮⋮あン!﹂
躰の芯が熱い。
湯気が立つ。
﹁イク⋮⋮イイイ⋮⋮イク⋮⋮イッ⋮⋮ッ!﹂
ケータイが鳴った!
華艶は自分の肉欲の躰から手を離せなかった。
﹁イッ⋮⋮ダメ⋮⋮イイッ!!﹂
躰全体が波打つようにウェーブした。
波は腰から発生して、再び腰まで戻ってくる。
﹁はぁ⋮⋮はぁ⋮⋮﹂
ケータイの着信は切れている。
まだケータイに手を伸ばす気になれない。
﹁⋮⋮はぁ⋮⋮サイテー﹂
タイミングが悪すぎる。
ようやく気も落ち着いて華艶はケータイを手に取った。
着信履歴を調べて嫌な顔をする。
518
﹁⋮⋮ワン切り﹂
見知らぬ番号からの着信だった。
無言でケータイを床に投げつけようとしたとき、再び通話の着信
が鳴った。
慌ててすぐさま通話に出る。
﹁はい、もしもし華艶でーす!!﹂
誰か確認する余裕もなかった。
︽私だけど︾
私と言われても⋮⋮その声の主を華艶は思い浮かべた。
﹁ああ、チアナ! よかったあのさ、ちょっと緊急事態でさ﹂
︽あなたの緊急事態なんてどうでもいいわ。こっちの話を聞きなさ
い︾
﹁こっちだってさマジで急ぎの用なんだけど!﹂
︽あんたの友達が危ないのよ?︾
﹁えっ?﹂
それは碧流以外には考えられない。
チアナはさらに続けた。
︽正確にはまだあなたの友達には猶予があるわ。ただほかの患者は
限界ね。すでに一人助けられずに爆死してしまったわ。もう手段も
選んでられなくて、腹を掻っ捌くだの、脳移植をするだの、案が出
ているわね︾
﹁腹を掻っ捌くとか脳移植って⋮⋮﹂
︽1つの案よ。より現実的な方法として今準備を進めているのが、
治療法が見つかるまで患者を冷凍させるという案。これは当初から
案が出ていたのだけれど、人数が人数だけに準備や施設の用意に手
間取って、ようやく見通しが経ったのよね︾
死は免れる。
しかし、もしも治療法が見つからなければ、永遠の別れとなるこ
ともありえる。
華艶にできることは⋮⋮
519
﹁絶対にフェイスレスマスクを取っ捕まえる! それで絶対にワク
チンを手に入れるから!﹂
と、言ってから華艶ははたと気づいた。
フェイスレスマスクはすでに警察に拘束されているはずなのだ。
﹁あのさ、裏の情報筋から聞いたんだけど、もうフェイスレスマス
クは警察に捕まったらしいけど?﹂
︽そんな情報こっちには入ってきてないわよ。ガセじゃないの?︾
﹁ガセと言われればそれまでだけど、本当に拘束されててワクチン
が手に入ってないって事は﹂
︽ワクチンの在り処を吐いてないってことでしょうね。それともワ
クチンなんて存在しないのかしら︾
細菌兵器はワクチンがセットなのがセオリーだ。ワクチンのない
細菌兵器は、使用者の命を危険に晒す可能生がある。そんなモノを
つくるのは自殺志望者か狂人だ。
フェイスレスマウスが狂人であるということは拭い去れない。
もしかしたら本当にワクチンなど存在しないかもしれない。
華艶は唇を噛んだ。
すでに華艶の症状は治まっているようだった。オナラも出ず、腹
が張っている感じもしない。華艶の特殊体質が未知のウィルスに打
ち勝ったのかもしれない。
自分が助かったのに、碧流は⋮⋮。
﹁碧流のことはあたしが助ける。それには⋮⋮チアナさっきに緊急
事態ってこっちの話だけど、実はフェイスレスマスクの罠に掛かっ
ちゃったみたいで、早い話がどこだかわかんない場所に閉じ込めら
れちゃったんだよね﹂
︽私ではなくてほかの人に頼んだ方が確実でしょう?︾
﹁それがさ、ケータイの着信はできるんだけど、送信ができなくて
さ、やっと掛かってきてくれたのがチアナ先生ってわけ!﹂
︽わかったわ、警察に連絡しましょう︾
﹁警察⋮⋮実さ、警察に拘留されてるフェイスレスマウスがあたし
520
らしんだよね﹂
︽なに言ってるの?︾
﹁照合の結果、あたしだってことになってるらしんだけど。魔導医
さんの意見としてどう思う?﹂
︽魔導照合は今のところもっとも確実な方法よ。それを欺くには⋮
⋮なるほど、その問題に関しては私が別のプロフェッショナルに依
頼しておきましょう、もちろん料金はあなた持ちよ︾
﹁料金って⋮⋮いくらくらい掛かるの?﹂
︽さあ、時価だから︾
現在、いろいろあって多くの借金を抱えている華艶としては、時
価という言葉の響きが怖くて仕方がない。
﹁まあ、疑いが張らすためなら⋮⋮でも時価って⋮⋮﹂
︽とにかくあなたはそこで助けが来るのを待ちなさい︾
﹁ほかにやることないから、待つしかできないけど﹂
︽ケータイはいったん切るわよ︾
﹁ええっ! 困るし!﹂
︽困るのはこっちよ、こっちだってあんただけに構ってはいられな
いのよ︾
ブチッと問答無用で一方的に切られた。
﹁⋮⋮藪医者め﹂
吐き捨てた華艶。
そして、大きく息を吐いた。
それは溜め息ではなく安堵の息だ。さっきまでに比べれば事態は
だいぶ好転した。けれど、待っている間、なにもできないのがもど
かしい。
﹁⋮⋮オナニーでもしてようかな﹂
とは思ったものの、最中に警官が助けに来て現場を見られたら恥
ずかしい。
仕方がなく華艶はその場でじっと座って助けを待つことにした。
そして、やることもなく考え事をしていて、ある重大なことに気
521
づいたのだ。
﹁ドア!﹂
そうだ、助けに来たとき、目の前のドアが開けられてしまったら
⋮⋮。
﹁あああ! あたしとしたことが、もぉチアナが一方的に電話切る
から!!﹂
急に心拍数が上がった。
一刻も早く助けに来て欲しい。けれど、助けが来たとき、また誰
かが死ぬかもしれない。そう思うと居ても立っても居られない。
ケータイを握り締めて新たな着信を待ち望む。
﹁⋮⋮なんで誰からも掛かってこないのー!﹂
焦ってもなにもはじまらない。今できることは待つことだけ。出
口の見えない不安は考えるだけ無駄だ。
﹁やっぱりオナニーして気を紛らわせようかな﹂
そんなにすぐ助けが来るはずがない。
華艶は指を舐めた。
そして欲望に負けて股間をまさぐる。
﹁んっ﹂
まだ先ほどの蜜で濡れたままだ。
華艶は時間も忘れて自慰に没頭した。
﹁あン⋮⋮ひっ⋮⋮ふっう⋮⋮﹂
充血した肉芽が気持ちいい。
はじめから激しく肉芽を擦り、すぐにイキそうだった。
﹁あっ、イ⋮⋮イク⋮もう⋮⋮イイクぅ!﹂
腰を上下させ躰を振るわせる。
小休憩を挟んで今度は指を中に挿れる。はじめから2本。指先で
肉厚な壁をマッサージするように擦る。
﹁んっ⋮⋮ううっ⋮⋮んんっ⋮⋮﹂
さっきイッた余韻ですぐにイキそうだった。
肉壁の一カ所が膨らんでいる。まるでそこに何かが溜まっている
522
ように。そこを押してやると、尿意にも似た感覚が⋮⋮。
﹁イッ⋮⋮イク⋮⋮イヒィィィ!﹂
ガクガクと腰が震え、次の瞬間!
ブシューーーーーーッ!
勢いよく天井近くまで潮が噴かれた。
自分の意思とは関係なく躰の震えが止まらない。小刻みな振動で
はなく、ガクガクと壊れたように躰が震えてしまう。
今は誰にも触られたくない。
気持ち良すぎて、躰に触れるなにもかもが苦しい。
長い余韻を残しながら、ようやく躰を落ち着いてくると華艶は再
び、貪るようにヒクつく洞穴の中に指を挿れた。
それから時間が流れ、その間に何度となく絶頂を迎えた。
頭の中は真っ白になり、何もかも忘れかけていたとき、ドアが音
を立てて開いたのだ。
慌てて華艶は股を閉じて体育座りになった。
銃を構えたおそらく刑事と目が遭った。
にこやかに華艶は、
﹁あ、お待ちしてました﹂
笑顔が引き攣っている。
刑事は警察手帳を提示した。
﹁火斑華艶さんですね?﹂
﹁はい、本物の正真正銘の火斑華艶です﹂
末端の刑事まで情報を共有していない可能性もあるが、知ってい
れば目の前の華艶には不信を抱いているはずだ。向こうの華艶は照
合により本物とされている以上は、こちらは偽物となるわけなのだ
から。
ここで華艶はあることに気づいた。ケータイの着信がないのだ。
﹁あのぉ、ここに来るまでいくつのドアを開けました?﹂
﹁さあ⋮⋮5つくらいですが、それがなにか?﹂
﹁実はドアの開閉と爆破が連動してたらしくって、爆発してないっ
523
てことはもう大丈夫ってことだと思うんですけどぉ⋮⋮﹂
フェイスレスマウスにしてやられた。なにも仕掛けのないドアの
前で、苦しみ悩んでその場を動けなかったのだ。
無線での連絡が通達され、ほかの刑事も続々と華艶の元へやって
来た。
はじめに華艶を発見した刑事が着ていたジャケットを華艶に渡す。
﹁とりあえずこれを。あなたの身柄は、あなたの素性が明らかにな
るまで拘束させてもらいます﹂
そう言って華艶は後ろ手に手錠を嵌められた。
﹁えっ、拘束って⋮⋮﹂
﹁上の命令ですから﹂
こうして華艶は刑事たちに連行されることになったのだった。
524
ブービートラップ︵完︶
フェイスレスマウスへの尋問は一向に進まない。
そこで警察は新たな手段を取ることにした。
取調室に新たな人物が連れて来られる。
それを見たフェイスレスマウスがニヤリと笑う。
﹁こんちわ、偽物さん﹂
﹁はぁ!? あんたのほうが偽物でしょう!!﹂
部屋に連れて来られたのは華艶だった。
これまで華艶は別室で取り調べを受け、さらに本人照合のための
検査も行われた。その結果、華艶は偽物と断定されたのだった。
刑事が言う。
﹁二人の関係を教えてもらおうか?﹂
すぐに華艶が噛み付いた。
﹁どうやったかは知らないけど、こいつがあたしに成りすましてる
の!!﹂
フェイスレスマウスに飛び掛かりそうな勢いの華艶がすぐに取り
押さえられる。
さらに華艶は喚き散らす。
﹁証拠がある! こう見えてもあたし炎術士で、今ここで炎を出し
て見せる!﹂
﹁こんな場所でそんなことしてみろ、現行犯で逮捕するぞ!﹂
刑事の一人に怒鳴られ、華艶は少し冷静さを取り戻した。
﹁だったらあたし一人を独房に監禁して、そこで炎を出して見せる
!﹂
自らを証明しようとする華艶を、フェイスレスマウスは冷笑を浮
かべて見守っていた。
﹁炎術士だったら炎なんて出せて当たり前でしょう?﹂
525
と、言ってフェイスレスマウスは手から出した炎の塊を刑事にぶ
つけたのだ。
﹁ギャアァァァッ!﹂
刑事は慌てて服を脱ぎ捨てようとするが、焦ってうまく脱ぐこと
ができない。やがて強烈な痛みで冷静さを失い、床を転げ回って手
が付けられなくなってしまった。
﹁早く消化器もってこい!﹂
ほかの刑事が叫び、持っていたジャケットを脱いで炎を叩き消そ
うとする。
肉の焼けた異臭が漂う。
﹁キャハハ、キャッハハハハ!﹂
下卑た笑い声が響き渡る。
大勢の刑事が部屋に雪崩れ込んでくる。
危険を顧みずフェイスレスマウスに飛び掛かる女刑事。
燃える同僚に消化器を吹きかける刑事。
フェイスレスマウスは抵抗1つ見せなかった。
﹁ヒャッハハ!﹂
白い煙の中に笑い声が響き渡る。
消化器の煙は予想以上に視界を奪い、その中でフェイスレスマウ
スは捕らえられ、火が消され重傷を負った刑事が運び出されていっ
た。
フェイスレスマウスはうつぶせの状態で床に押さえつけられてい
る。
﹁別に抵抗なんてしないし、炎が使えるってことを証明したかった
だけだしー。そっちの偽物は証明できないの? ああ、やっぱり偽
物なんだぁ﹂
華艶はフェイスレスマウスを睨み付けた。
﹁絶対ヌッコロス﹂
﹁殺れるもんならやってみたら?﹂
挑発するフェイスレスマウス、そして華艶に刑事の銃口が向けら
526
れた。
﹁身体を少しでも動かした時点で撃つ。これから動かしていいのは
口のみだ﹂
華艶もフェイスレスマウスと同じように、床にうつぶせで押さえ
つけられてしまった。
フェイスレスマウスは笑みを浮かべている。
一方の華艶はずっとフェイスレスマウスを睨み付けている。
﹁もしも奴があたしと同じ能力を持ってたとしたら、全身からも炎
を出せるから﹂
これはフェイスレスマウスを拘束している刑事への忠告だ。言わ
れた刑事は無言のまま揺るがない表情をしている。覚悟の上と言う
ことか。
部屋に取り付けられているスピーカーから声がする。
︽防火服を着た刑事がすぐに来る、それまで容疑者たちの拘束を頼
む︾
﹁ヒャッハハ、これだから警察はお馬鹿さんなんだよねー。あたし
が炎術士って調べがついた時点でそういうの用意しとくべきだと思
うけどー﹂
︽マッタクダ、警察ガ無能ナノハ私モ同感ダナ︾
その声は今さっき聞こえた声とは違う声、それもあからさまな合
成音だった。
︽私ノ依頼人ハドチラカナ。君ガ本物ノ火斑華艶トイウ情報ハ、ス
デニ警察ニ送リツケテ置イタ。ココニモスグニ情報ガ伝達サレル事
ニナルダロウ︾
これがチアナの言っていたプロフェッショナルなのか?
部屋の中に刑事が飛び込んできた。
﹁ここのシステムが何者かにハッキングされ制御を奪われました!﹂
︽ソウ慌テルナ、私ハ警察ニ損害ヲ与エルヨウナ真似ハシナイ。依
頼人ガ本物デアル事ヲ証明シタ事ガ私ノ仕事ダ︾
華艶が口を挟む。
527
﹁マジであたしが本物だって証明されたの?﹂
︽ウム、君ノでーたハ改竄ノ痕跡ガアッタ。ツマリ、照合スルでー
たソノ物ガ偽リダッタノダ︾
突然、フェイスレスマウスが笑いはじめた。
﹁ヒャハハッ、完璧な改竄だと思ったんだけどなー。もしかしてあ
なた、︿サイバーフェアリー﹀でしょ?﹂
それは伝説のハッカーの名前。一時、警察に捕まったとの噂もあ
るが、その行方はどうなったか定かではない。今もとある商業ビル
にオフィスを構える情報屋が、︿サイバーフェアリー﹀だという噂
が根強い。
︽伝説ノはっかー以外ニハ見破ラレナイト思ッテイルトハ、大シタ
自信家ダナ。帝都中ノてれびヲじゃっくシタ実力ハ、ソレナリダト
認メラレナクモナイガナ︾
二人の会話に華艶が割って入る。
﹁そんな話どうでもいいからさ、あっちがフェイスレスマウスだっ
て証明されたんだから、あたしをさっさと解放してあいつを即処刑
にしちゃってよ!﹂
︽偽物ダト暴イテモ、ソレガ即ふぇいすれすまうすダト言ウ証明ニ
ハナラナイゾ。火斑華艶以外ノ誰カデアルト言ウ事シカ現時点デハ
判明シテイナイ︾
次に口を挟んだのはフェイスレスマウス。
﹁いいえ、フェイスレスマウスならここにいるわよん﹂
上に乗っていた女刑事を押し飛ばし、フェイスレスマウスが立ち
上がった。
銃口を向けた刑事が叫ぶ。
﹁動くな、撃つぞ!﹂
﹁どうぞご自由に﹂
フェイスレスマウスはそう言いながら銃口を向ける刑事に近付く。
これ以上は危険と判断した刑事が銃を放つ。
弾丸はフェイスレスマウスの脚に当たったが、血も出ず痛みを顔
528
に浮かべることもなく、フェイスレスマウスは銃口を向ける刑事に
ゆっくりと近づき続けた。
﹁狙うなら、ここよ、こーこ﹂
自らの心臓を指差した。
華艶を拘束していた刑事が叫ぶ。
﹁撃て、やられるぞ!﹂
その叫びが現実になるのか、フェイスレスマウスが急に移動速度
を上げた。
銃声が鳴り響いた次の瞬間だった。
爆音と共に肉片が飛び散った。
銃弾を胸に受けたフェイスレスマウスが爆発したのだ。
血や肉を浴びながら唖然とする一同。
確実に死んだ。
肉片になって生きていられるのは、伝説に出てくる吸血鬼くらい
なものだ。
フェイスレスマウスに飛ばされ、壁と床に叩きつけられていた女
刑事が身体を起こした。
﹁くそっ⋮⋮死人に口なしか!﹂
爆弾の在り処も、ワクチンの在り処も、なにもかも聞き出せてい
ない。
だが、床と目線が近かった華艶がそれにいち早く気づいた。
﹁あのぉ、床に箱が落ちてるんですけど?﹂
一瞬にしてこの場に緊迫が奔った。
床には箱が転がっていた。血みどろになった箱があるのは、フェ
イスレスマウスが爆発したその場所だ。
刑事のひとりが呟く。
﹁まさか爆弾じゃないよな?﹂
今爆発を見たばかりだ、その可能性はどうしても脳裏を過ぎる。
誰も箱に近づけない。
﹁爆弾処理班を寄越せ!﹂
529
刑事の一人が隣の部屋に聞こえるように言った。
しかし、爆弾処理班が到着する前に、独りでに箱のふたが開いた
のだ。
思わずここにいた全員が身を強ばらせた。だが、爆発する兆しは
今のところない。
手の空いていた刑事が恐る恐る箱に近付く。
﹁何か入ってる⋮⋮紙か?﹂
刑事はそれを手に取った。
﹁紙じゃない、皮だ⋮⋮まさか人間の皮ってことは⋮⋮文字が書い
てあるぞ、手紙みたいだ﹂
そして、刑事は手紙を読み上げた。
﹁爆弾の在り処は殺せばわかると教えてあげたでしょう? 今のが
最後の爆弾の在り処よ。ボクのヒマ潰しに付き合ってくれてありが
とう。楽しかったわ。でもこれで終わりじゃないわよ。ワクチンは
囚人達を解放するまであげないわ。期限は求めないわ、そちらが要
求に応じなければ、ワクチンは一生手に入らないだけよ。では、ま
た遊びましょう、帝都のおバカちゃんたち﹂
読み終えた刑事は手紙を破りそうになるのを堪え、ほかの刑事た
ちも一様に怒りを覚えているようだった。
そして華艶は⋮⋮。
﹁そんな⋮⋮ワクチンが⋮⋮﹂
ショックが隠せなかった。
このままでは親友が助からない。
﹁絶対に⋮⋮絶対にあきらめない﹂
手紙の内容から察するにフェイスレスマウスはまだ生きている。
爆死したのはおそらく偽物だったのだ。
華艶の拘束は少し緩くなり、刑事は手を貸して華艶を起き上がら
せた。
﹁君の疑いは晴れたわけではない。フェイスレスマウスの仲間だと
いう可能性は捨てきれないからな。だがその前にシャワーを浴びて
530
こい。それから事情聴取をする﹂
すぐにこの刑事は女刑事に顔を向け、
﹁シャワー室まで彼女を頼む﹂
﹁わかりました﹂
華艶の身柄はこの刑事から女刑事に託され、二人はシャワー室へ
向かうことになった。
シャワー室に着き、見張りのために女刑事は中まで着いてきた。
このために女刑事が任されたのだろう。だが、驚いたことに女刑事
も服を脱ぎ華艶に近付いてきたのだ。
﹁いっしょに浴びましょう。私も汚れちゃったし﹂
このとき華艶は疑いは晴れてないとはいえ、﹃そんなに警戒され
ていないんだなぁ﹄程度に考えていたのだが。
女刑事は華艶の背中から抱きつき、豊満な胸を背中に押しつけて
きたのだ。
﹁レズ!?﹂
驚いた華艶。そのときには、女刑事の手は秘所の割れ目を伸びて
いた。
﹁ちょ、あたしそんな趣味ないんですけど﹂
﹁でも気持ちいいのは好きでしょう?﹂
﹁好き⋮⋮てゆか、女の人とするのはちょっとぉ。これでもいちよ
うノーマルなんで﹂
﹁女の人とはじめてではないでしょう?﹂
﹁あンっ!﹂
包皮が剥かれ直接肉芽が撫でられた。
ちょっと触れられただけで、蜜壺は溢れんばかりだった。
感じている躰はシャワーのお湯で打たれただけ気持ちいい。
﹁そんなにされたら⋮⋮やめて⋮⋮﹂
躰が熱い。
芯から燃えてしまう。
ここで炎を出してしまったら、女刑事を巻き込んでしまう。
531
﹁お願いだから⋮⋮あうっ⋮⋮やめて⋮⋮ああっ!﹂
指先で何度も肉芽が弾かれる。まるでそれは竪琴を奏でるように、
巧みな指使いで連続して肉芽が刺激された。
女刑事の舌が華艶の首筋を這った。
腰が砕けそうだった。感じすぎて立っていられない。女刑事に腹
を抱えてもらっていなければ、今にも崩れてしまいそうだ。
舌は耳の中まで侵入してきた。
気持ち悪い音が耳の奥まで鳴り響く。とてもいやらしくて淫猥な
音だ。脳みその奥まで音で犯されてしまう。
﹁あぁン⋮⋮だめなの⋮⋮そんなに⋮⋮あう⋮⋮されたら⋮⋮熱く
て⋮⋮躰が⋮⋮﹂
﹁燃えるように躰が火照ってしまうの?﹂
耳元で囁かれ、そのこそばゆさで感じてしまう。
女刑事の指が秘裂を押し広げ、花弁の中まで入ろうとしていた。
﹁だめ!﹂
﹁なにが駄目なの?﹂
尋ねながら指は侵入した。
花芯が燃えてしまう。
クチュクチュと音が聞こえてしまう。
﹁ひぃ⋮⋮気持ちよくて⋮⋮あひっ⋮⋮あうあう⋮⋮すごひ⋮⋮指
が⋮⋮﹂
華艶の口から垂れた涎れがシャワーで流れていく。
﹁だめ⋮⋮本当にだめ⋮⋮気持ちよくて⋮⋮でも⋮⋮﹂
我慢してどうにか女刑事にやめさせなくては、なにもかも焼き尽
くしてしまう。
それなのに女刑事の指使いから逃れられない。
自分で触る何倍も何十倍も気持ちいい。
﹁そんなされたら⋮⋮炎が⋮⋮炎がでちゃう⋮⋮だから⋮⋮﹂
﹁いいのよ、全身を燃やして。あのときのように、あのとき私にさ
れてイッたときのように、躰の芯から炎を燃え上がらせていいのよ﹂
532
﹁あン⋮⋮ヒィィィ⋮⋮アヒィ⋮⋮﹂
気持ちよすぎる。でも今の言葉⋮⋮そして、この気持ち良さ、こ
の指使いはあのときと同じ。
華艶に戦慄が奔る。
﹁フェイスレスマウス!﹂
気持ちよさの呪縛から抜け出し、華艶は相手の手を振り切り、背
後にいるはずの奴に振り向いた。
﹁!?﹂
いない。
たった今まで自分の躰は触れられていた。振り向くのに1秒すら
立っていないはずだ。それなのに女刑事の姿はどこにもなかった。
シャワーを止めることもせず華艶はすぐさま行方を追った。
裸のまま飛び出すわけにもいかず、濡れたまま服を急いで着替え
ようとしたとき、用意されていた着替えの中に手紙と箱が紛れてい
た。
消えた女刑事を捜さなくてはいけなかったが、それよりもこの手
紙を読むことになぜか気を惹かれた。
︱︱ゲームの参加賞をあなたにあげるわ。ブーブー病を治すワク
チンよ。ギリギリ一人分しかないから大事に使うといいわ。解析に
回しても良いけれど、原材料はボクしか持っていないわよ。ギリギ
リ1人分しかないことをお忘れなく。親愛なるフェイスレスマウス。
箱を開けると中にはワクチンが入っていた。これが本物のワクチ
ンかどうかわからない。本当に解析して量を増やすことはできない
のだろうか。
華艶は唾を呑んだ。
︱︱選択権はキミにある。
前に送られて来たメールの文章が頭を過ぎった。
数日後の朝。
学園の正門を抜けようとする華艶の背中に誰かが声をかけた。
533
﹁おっはよー華艶!﹂
﹁あっ!﹂
振り返った華艶は驚いた表情をして、すぐに満面の笑みを浮かべ
た。
駆け寄ってきたのは元気な姿の碧流。
嬉しさが込み上げ華艶は思わず人目もはばからず碧流をめいいっ
ぱい抱きしめた。
﹁退院したの? いつ? もう大丈夫なの?﹂
﹁今朝早く退院して、もうぜんぜん大丈夫、元気元気!﹂
﹁よかった⋮⋮﹂
視線を落として華艶は心から安堵した。
そして、自然と二人は身体を離し、碧流は真剣な瞳で華艶を見つ
めた。
﹁ホントよかったよぉ。一時はどうなるかと思ったけど、なんか知
らないけど治っちゃった。でも、あたし以外の人はみんな冷凍され
ちゃって⋮⋮どうしてあたしだけ良くなったのかな?﹂
﹁きっと、ほら、ちょっとしか食べてなかったからじゃない?﹂
﹁そうだよね、それしか考えられないもんね!﹂
﹁うん、そうそう﹂
華艶は笑って見せた。
しかし、なぜか心は晴れない。
チャイムの音がここまで聞こえてきた。
華艶を置いて走り出す碧流。
﹁華艶ったら! ほらっ、ぼさっとしてないで早く早く!﹂
その声は華艶の耳には入っていなかった。
﹁責任はあたしが取る⋮⋮いつか必ず﹂
華艶は下を向いたまま呟いた。
534
学園の魔術師︵1︶
桜散る︱︱留年!
神原女学園の新年度。
二度目の高校2年生を迎えた華艶であった。
﹁今日からの学園ライフが憂鬱すぎる⋮⋮﹂
らんか
学校の階段を怠そうに上る華艶の背中を友人の蘭香が叩いた。
﹁まあ元気出だしなさい!﹂
﹁まさかあたしが留年なんて⋮⋮ありえない﹂
﹁まさかじゃなくて必然でしょう?﹂
蘭香の瞳はメガネの奥で呆れきっている。
﹁はいはい、必然なのはわかってますよーだ﹂
﹁あんたねぇ、成績が悪いならともかく、出席日数が足らなくて留
年はないでしょう?﹂
﹁だって⋮⋮仕事が﹂
留年の原因はもちろん副業のTSが忙しかったためだ。完全に自
業自得である。
副業について知っている蘭香からしてみれば、
﹁金儲けは大概にしなさいよ﹂
というのは当然。
﹁はいはい、委員長んちはお金持ちだもんねー﹂
﹁もういい加減その呼び方やめてくれないかしら?﹂
﹁あ、もう会長なんだっけ?﹂
﹁そういうことを言っているのではなくて、役職名で呼ぶのやめて
欲しいのだけれど?﹂
﹁えぇ∼っ、2年くらいそう呼んできたんだし。あだ名なんだから
いいじゃん?﹂
﹁はぁ⋮⋮いつもそうなんだから﹂
535
生徒会長といえど、華艶にはいつも手を焼いているようだ。
﹁ところで華艶、もう今朝学校で起きた事件知ってる?﹂
﹁なにそれ?﹂
﹁切り落とされた犬の首が花壇で発見されたのよ﹂
﹁フィギュア?﹂
﹁いいえ、本物よ。悪戯にしては悪質だわ﹂
この話を聞いて華艶はたびたび学園で起きている事件を思い出し
た。
﹁そーゆえばさ、鳥の死骸とか、謎の血痕とか、あと⋮⋮ハムスタ
ーとかもあったよね?﹂
﹁そう、去年の夏頃からそういう気持ちの悪い事件が起きているの
よね。今年になってからは件数が増えはじめ、みんな不安がってい
るわ﹂
﹁うちのガッコ、セキィリティ厳しいから近所の変質者の線は薄い
ものね﹂
﹁だからと言ってクラスメートや友達を疑いたくはないわ﹂
﹁でも疑心暗鬼な空気が流れてるのも事実でしょ﹂
﹁だから早く解決しなきゃ⋮⋮﹂
重い表情の蘭香は責任を背負っていた。自らが行動を起こさなく
ては思い詰めているようすだ。
﹁蘭香ったら、言ってくれればここにいるじゃ∼ん﹂
﹁えっ?﹂
﹁事件解決だったらプロのあたしに任せてよ!﹂
﹁あなたモグリでしょ。それに本業は学生なのよ、しっかりと勉学
に励まないとまた留年するわよ﹂
﹁うっ﹂
痛いところを突かれた。
しばらく何気なく歩き続けたふたりだったが、突然、蘭香が真顔
で華艶を見つめた。
﹁ところで華艶?﹂
536
﹁なに?﹂
﹁わたしにどこまで付いてくる気?﹂
﹁はい?﹂
﹁今日からわたしは3年生。あなたは2年生。ここは3年生のフロ
アよ﹂
言われて華艶は慌てて周りを見回した。
﹁ちょっ、早く言ってよ! 周りが知った顔ばっかだったから、も
ぉ!﹂
﹁早く教室に行きなさい、新年度初日から遅刻なんて笑いものよ﹂
﹁わかってるって! じゃまたね!﹂
廊下を駆け出す華艶の背中に蘭香が声をかける。
﹁廊下は走らないで歩きなさい﹂
その声も華艶の耳には届かず虚しく廊下に響くだけだった。
体育館に響き渡る女子高生の叫び。
﹁いやっ、どうして⋮⋮今までいっしょにやってきたのに!?﹂
﹁我らが神は贄を要求しているのよ﹂
﹁じょ、冗談⋮⋮だよね?﹂
だが、震える声で尋ねる少女の視線の先で妖しく輝く短剣。
体育館に並べられた蝋燭が独りでに灯りはじめた。
︱︱近くまで来ている。
締め切られているはずの体育館に冷たい風が吹く。
背筋が凍った。
︱︱すぐそこにいる。
鈍く煌めく短剣。
身を守ろうと防御した少女の手首が斬られ、鮮血が噴き出した。
シルエット
黒い血は流れ出すのではなく、瞬く間に霧と化した。
血の霧は人像を描いた。
︱︱悪魔召喚。
少女は血の滴る手首を押さえながら後退った。
537
﹁そんな⋮⋮いやっ⋮⋮来ないで!﹂
どす黒い人像がじわじわと生け贄を追い詰める。
床に点々と墜ちた血の道しるべを悪魔が歩む。
﹁いやっ⋮⋮いやっ⋮⋮いやーっ!!﹂
少女が絶叫して大きく開けられた口に黒い触手が突っ込まれた!
﹁うぐっ!﹂
少女の鼻から噴き出す異臭。
悪魔の人像からうねうねと触手が何本も生えていく。触手の先端
は丸く膨らみ、首元が締まっているその形状はまるで、雄々しく充
血しきった⋮⋮。
少女は口を塞がれながら戦慄した。
人間のそれとは異なるが、それが何であるか一瞬で察し、これか
ら行われることを想像したのだ。
餌食となる少女の腕に触手が巻き付いた。
﹁きゃっ!﹂
そのまま少女は強引に倒されてしまった。
少女は床に背中を押しつけながら、脚をジタバタさせながら触手
を振り払おうとする。
乱れるスカート。
﹁ひっ⋮⋮ひーっ⋮⋮ううっ⋮⋮ひ、ひぃぃぃっ!﹂
言葉にならない。
半狂乱になりながら、恐怖で顔を歪め、触手を振り払おうと必死
になる。
触手は様子を伺うように積極的には手を出していないように見え
る。弄んでいるのだ。いつでも力尽くで犯せると言わんばかりに、
少女の躰を軽く舐めるように、そして突くように触れている。
甘美な恐怖を支配をする。
触手で腕の自由を拘束したにも関わらず、足や胴は野放しにして
いる。
逃げ道を誘導している。
538
しかし、その逃げ道はまやかしに過ぎず、藻掻いても藻掻いても
逃げ切れない。
少女に抱かせてやる淡い期待。
絶望にはまだ早い。
暴れるだけ暴れればいい。
絶望の最後は自らそれを認めること。
そう、今は逃げることに必死になればいい。
そして、自ら気づくのだ、逃げられないということに︱︱。
触手がネットリ舐めるように少女の肌をなぞる。
内腿が執拗に責められる。
触手がどこを狙っているかは明らかだ。
だが、触手はその場所を一気に攻め入ることはせず、弄び続ける
のだ。
いつでも触手は最後の砦を堕とせる。
だが、少女にはそれがいつかわからない。
いつ訪れるかわからないその瞬間に、少女は怯え続けなくてなら
ないのだ。
震える少女は最後の勇気を絞った。
大きく腕を動かして触手を振り解いた。
片腕が外れた!
一瞬、少女の顔を歓喜が彩った。
まだまだ逃げられる。
胸の奥に希望が灯った。
これで拘束されているのは片腕だけ。躰の多くの部分は自由なの
だ。これのどこが劣勢なのだろうか?
触手はじわじわと最後の砦に侵略してきた。
少女は無我夢中で股の間の触手を振り払おうとした。
次から次へと伸びてくる触手。
少女は必死になってそのすべてを振り払った。
緩やかに伸びてくる触手。その進行速度は変わらない。だが、触
539
手の数は少しずつ増えていくのだ。
﹁いやっ、いやっ、いやっ!!﹂
焦る少女。
全身から汗が噴き出す。
もう限界だ、振り払いきれない!
ショーツの割れ目に頭を埋めた触手を少女が握り締めた。
﹁イヤーッ!﹂
少女に握られた触手は力強く押してくる。
眼の前の危機に気を取られ、少女は気づいてなかった。
触手はその1本を残して進行をやめているのだ。
嗚呼、少女は弄ばれていることに気づかない。
さらに残った1本の触手は悪魔の股間から伸びていた。
握られた触手は少女の力と均衡して押し返してくる。
ショーツの割れ目に触れては引き返す。
だんだんと少女の手は痺れ、力が入ってこなくなる。
じわじわと時間を掛けて少女が力負けしていく。
恐怖が浸食してくる。
希望の光が消えかけている。
あれは本当に希望の光だったのだろうか?
まやかし。
少女は戦慄した。
希望が音を立てて砕け散る。
悪魔の手のひらの上で転がされていただけ。
ドクドクッ!
少女の握る触手が脈打ちながら膨れていく。
手の中で恐怖が膨れ上がっていくのだ。
膨れ上がっていく恐怖を少女はじかに手で握らされていたのだ。
少女は触手を握って進行を遮ろうとした⋮⋮つもりだった。
しかし、それもまた悪魔のしたたかな支配だったのだ。
すべては悪魔の甘美な食卓を彩る芸術。
540
脈打ちながら太く硬くなる恐怖の対象だが、少女は恐れながらも
それを握り続けなくてはならない。
膨れ上がっていく恐怖を手放すこともできないのだ。
それを感じ続けなくてはならないのだ。
なぜなら、それを離した瞬間︱︱さらなる恐怖が訪れるからだ。
触手の先端が霧を噴き出した。
ドクドク⋮⋮ドクドク⋮⋮
触手が雄々しく武者振いをしている。
いつの間にか数え切れない触手が再び蠢き、両足首を拘束してい
た。
恐怖はそっと触手を伸ばして忍び寄る。
少女は眼を見開いた。
声も出せない。
極太触手を握る手からも力が抜けていた。
解放された極太触手は最後の砦にあえて攻め入らなかった。少女
の顔の前で恐怖の象徴として蠢いて見せるのだ。
少女の両足が高く持ち上げられた。
﹁キャーッ!?﹂
天井に足の裏を向けたV字開脚。
辱めは頬を赤く染めるものではなく、恐怖でしかなかった。
もう限界だった。
少女の太股が痙攣した。
﹁ひゃっ﹂
息を呑んだ少女。
黄色い染みがショーツを浸食していく。
張り詰めた緊張の糸が切れた少女は失禁してしまったのだ。
穢されたのではなく、自ら穢してしまった。
自分で自分を犯してしまった感覚。
諸悪の根源は悪魔の筈である。だが、失禁という痴態は自らを責
めてしまうものだった。
541
虚ろな目をして呆然とする少女。
まだまだ遠くへはいかせない。
再び恐怖へ引き戻さなくてはならない。
股の付け根からショーツに忍び込んだ触手は、ビリビリと布を破
りはじめた。
﹁やっ、イヤッ、やめてーッ!﹂
まだまだ甘美な声で鳴けるではないか。
うっすらとした毛に覆われた秘所が露わにされた。
V字にされた姿は割れ目が尻まで開かれ、秘所だけではなく菊門
まで露わにされてしまっている。
まったく濡れていない。
濡れているのは本人も自覚しないうちに流した涙で濡れる瞳。
極太触手は少女の首元から服の中に侵入した。
ほかの触手も合わせて袖や裾から服の中へ。
触手の先端で腹を舐められ、ブラの中にまで魔の手を伸ばしてき
た。
乳房が絡め取られ、淡紅色の乳頭が変形した触手に吸われる。
乳頭を吸う触手の先端は、まるでイソギンチャクのようになって、
無数に蠢きながら犯すのだ。
その間に極太触手はゆっくりと股間へと進行していた。
鎖骨の中心を通り抜け、ブラの谷間を滑り落ち、腹を舐めながら
落ちていく。
薄い茂みの中に極太触手が足を踏み入れた。
恥丘を越えれば秘境は近い。
なだらかな丘を登り、秘裂を摩る。
同時に包皮に包まれた肉芽が摩られる。
アンモニア臭がまだ残る秘所だが、まだ濡れてはいなかった。
極太触手はヌチャヌチャと音を立てながら、少女の秘裂に何かを
塗り込みはじめた。
朱く彩られていく秘所。
542
それは少女が手首から流した血だった。
自ら血によって秘所を穢される。
魔術めいたその行為は、淫靡で支配欲を満たすものだった。
秘裂の間を流れ墜ちる血。
少女の足はさらに高く持ち上げられた。
逆さ吊りにされた少女。
脚を大きく広げられY字を描く。
﹁イヤーーーーーッ!!﹂
ブスッ!
天高くから極太触手が少女の秘所を串刺しにした。
﹁アアアアアアアァァァッ!!﹂
極上の絶叫。
今までのネチネチとした責めが嘘のように、激しく雄々しく乱暴
に触手は少女を犯す。
軍隊蟻が餌に群がるように若く肉々しい少女の躰を貪り喰う。
﹁痛いっ⋮⋮ああっ⋮⋮ひぃぃっ⋮⋮あああっ!﹂
全身を触手で揉みくちゃにされ、中をぐちょぐちょに掻き回され
る。
服も細切れに破かれ、もう容赦なかった。
乳首を引き千切られんばかりに引っ張られ、鈴口を何度も何度も
突っつかれる。
肉芽は包皮を捲られ乱暴に扱われ、菊門にまで触手は滑り込んで
きた。
﹁ああっ⋮⋮あう⋮⋮ひっ⋮⋮あひぃぃぃ!﹂
窄まった菊門に触手が突き刺さった。
少女は初めて尻を犯された。
切れた菊門から血が滲む。
絶望。
意識が白濁していく。
深い沼。
543
底なしの絶望という名の沼。
藻掻けば藻掻くほど嘲嗤われるように絶望して、最後は無力とな
る。
少女は堕とされた。
しかし、堕落はまだまだこれから。
少女はビクンビクンと躰を振るわせた。
肉壺は徐々に蜜を溜めはじめていた。
全身はドロドロの血に塗りたくられる。
まるで泥沼に墜ちたような姿。
恐怖による支配が次の段階へと進んでいた。
熱い吐息が鼻から抜ける。
﹁んっ⋮⋮ん⋮⋮ああっ⋮⋮ああああっ!﹂
犯され犯され、犯され続ける少女に逃げ場などない。
このまま少女は肉奴隷として朽ち果てるのか?
いや、終止符は呆気なく打たれた。
少しずつ悶えはじめた少女。
恐怖を通り越し、巧みな触手に快楽を覚えはじめたころ、それは
起きたのだ。
今まで傍観者と化していた人影が嗤った。
過ぎ去った恐怖を残酷にも再び思い起こさせよう。
鈍く煌めいた短剣が少女の腹に突き立てられた!
すかさず短剣はずぶずぶと下ろされ、少女の柔らかい肉を捌いた。
裂かれた腹の中に触手が侵入してくる。
腹の中で蠢く触手の群れ。
﹁ギャァァァァァァァーーーッ!!﹂
恐怖はどこまでも木霊した。
544
学園の魔術師︵2︶
新年度の顔合わせも兼ねて、1人ずつ名前を呼ばれて出席を取ら
ほむらかえん
れた。
﹁火斑華艶!﹂
華艶の名前を呼んだのは、女だてらに鬼教官のあだ名を持つ体育
教師だった。
机にぐた∼としながら華艶は手をあげた。
﹁はぁ∼い﹂
気のない返事をした途端、
﹁シャキッとしろ!﹂
廊下まで響き渡る声で怒鳴られた。
思わず華艶は立ち上がってしまった。
﹁はい!﹂
﹁はじめからそのように返事をしろ。普段から気を抜いているから
留年などするのだ﹂
グサッとくる一言。
すでにクラスでは華艶が留年したことが囁かれていたが、これで
クラスメート全員に知れ渡ることになった。
華艶は気が重くてしかたなかった。
周りの華艶とどうやって接したらいいのかわからない空気。
華艶のほうからもどう接していいのかわからない。
出席確認も終わり、担任の簡単な話や雑多がこなされ、ホームル
ームが終わった。
次は講堂で始業式だ。
クラスメートが移動をはじめる中、華艶はぽつんと人のいない席
を眺めた。
﹁新年度早々欠席なんて、あたし以上にダメ人間に違いない!﹂
545
小さくガッツポーズを決めてニヤニヤと嬉しそうな顔をした。
出席確認の際に担任は欠席の理由がわからないような言葉を発し
ていた。
﹁きっとサボリに違いない。始業式めんどいしあたしもサボろうか
なぁ﹂
と、言った瞬間、華艶は背後から鬼気迫るプレッシャーを感じた。
﹁ほ∼む∼ら∼!﹂
ドスの利いた女の声。
振り返った先にいたのは鬼形相をした担任だった。
﹁貴様、留年したのにまだ懲りないのか!﹂
﹁いえっ、すぐに講堂に行かさせてもらいます!﹂
華艶は逃げるようにダッシュでその場を後にした。
その背中にさらなる叱咤が!
﹁廊下は走るな!!﹂
﹁ご、ごめんなさい!﹂
華艶はブリキの玩具のように、カクカクと歩きながら講堂に急い
だ。
鬼教官は華艶の担任として適切な人選だ。
華艶は決して振り返ることなく講堂まで辿り着いた。
﹁こうやって一カ所に集まると、ウチの学校けっこう生徒いるよね
ぇ。しかも全部女って﹂
この女の多さは入学時にも感じたことだった。
華艶は好きこのんで女学園に入学したわけではない。
数々の理由がある。
中学時代の成績などの問題。
姉の強硬な薦め。
そして、過去に負った男子とのトラウマのため。
先ほど華艶は﹃全部女﹄と言ったが、正確には男性職員がいる。
それでもパッと見は女子ばかりだ。
教師たちの指示で生徒たちが整列させられていく。
546
新年度の混乱でなかなか整列が終わらない。
キーンというマイクのハウリング音が少し流れ、すぐに女子生徒
の声が講堂に響く。
︽早く並んでください。始業式が延びれば下校時間も延びますよ︾
それは蘭香の声だった。
さきほどより整列のスピードが早くなった。
華艶も周りに合わせながら整列する。
だいたい華艶のいる位置は講堂の中央くらいだ。
⋮⋮ぽた。
何かが頭に落ちてきたのを華艶は感じた。
﹁雨漏り⋮⋮のわけないよね?﹂
呟きながら華艶は天井を見上げた。
それとほぼ同時だった。
︽きゃーーーっ!︾
マイク越し蘭香の叫びが講堂中に響き渡った。
そして、華艶も愕然としながら眼を見開いていた。
その場を動かず天井を見上げている華艶。その頬に落ちた朱い雫。
異変に気づきはじめた生徒たちが次々と悲鳴をあげる。
辺りは一瞬にして騒然とした。
華艶は頬を拭いながらつぶやく。
﹁マジ?﹂
その視線の先、吊り下げられた血みどろの全裸屍体。
ボトッと天井から降ってきた小腸が床に落ちた。
パニックになった生徒たちが出口に押し寄せ、揉み合い押し合い
で新たな悲鳴があがる。
女子高生である筈の華艶は独り非日常の空気を纏い︱︱冷静だっ
た。
その場に残っていた生徒たちは華艶を見て、静かに震え上がった。
留年したから浮いているのではない。
華艶はすでにその存在が別次元の住人なのだ。
547
落ちてきた内臓と吊り下げられた屍体を交互に見る華艶。
﹁本物っぽいなぁ。それにしては血の量が少ないような⋮⋮?﹂
ようやく教職員たちが統率をはじめた。
﹁慌てず騒がず教室に戻るように! そこからも早く離れなさい!﹂
華艶もその場を引っ張られて移動させられた。
新年度早々凄惨な事件が起きてしまった。
犬の惨殺屍体などこれに比べれば序の口だったのだ。
華艶は辺りを見回した。
教職員たちが騒ぎの収集をしているとはいえ、このパニックはな
かなか治まるものではない。
泣きわめいているのは生徒だけではない。教師の中にも鳴きなが
らその場にしゃがみ込んで動けない者もいる。
嘔吐してしまった生徒も何人もいた。
マイクを握り締めたままその場でしゃがみ込んでいる蘭香の姿。
華艶はすぐに駆け寄った。
﹁だいじょぶ蘭香?﹂
﹁⋮⋮だい⋮⋮じょうぶ﹂
その言葉は大丈夫そうには聞こえない。だが、返事を返せるのは
精神の強さがまだ折られていない証拠だった。
蘭香は華艶に手を借りて立ち上がった。
﹁ありがとう華艶﹂
﹁どこかで休もう。保健室はいっぱいだろうし⋮⋮?﹂
﹁もう大丈夫よ。ねえ華艶?﹂
﹁なに?﹂
﹁本物だと思う?﹂
﹁残念だけど本物だと思うよ﹂
﹁うっ⋮⋮﹂
蘭香は口元を抑えて涙ぐんだ。
そして言葉を続けた。
﹁うちの生徒かしら?﹂
548
﹁それはわからないケド⋮⋮﹂
もしかしてと華艶は思い当たることがあった。
華艶の脳裏に浮かんでいたのは、欠席したクラスメートのことだ。
可能性としてあるだろう。
万が一クラスメートだっとしても、今この状況で華艶にすること
はない。
﹁行こ蘭香。この場は先生たちに任せて、警察もすぐ来るだろうし﹂
﹁ええ﹂
歩き出した二人だったが、途中で蘭香が足を止めた。
蹲って肩を振るわせている女子生徒。すぐに蘭香は駆け寄って声
をかける。
﹁あなた大丈夫?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
返事はなかった。
放っておけなかった蘭香がその女子の肩に少し触れた瞬間、急に
女子は立ち上がり顔を伏せたまま蘭香を突き飛ばしてから走り出し
てしまった。
声を掛ける暇もなくその女子生徒は消えた。
華艶はそっと蘭香に声をかける。
﹁みんなそれぞれショック受けてるんだよ﹂
﹁そうね⋮⋮﹂
二人は講堂をあとにした。
本来、今日は午前中に下校を予定していた。
それが事件のために生徒たちは各教室に軟禁された。
多くの生徒が忌々しい学園から遠ざかりたい。早く家に帰りたい
と願っていたに違いない。
警察が来て学園の捜索、簡単な事情聴取、結局生徒たちが返され
たのは夕方ごろになってしまった。
クラスの張り詰めた空気に当てられ、華艶もぐったりとしてしま
549
った。
﹁これなら授業のほうがマシなんだけど﹂
さっそく帰り支度をはじめる華艶。
ふとだれもない席に目をやった。
欠席した生徒。
姿を見せることなく、担任からもなんの話もなく、まだ顔も知ら
ない。
まさかという嫌な想像はまだ拭いきれない。
講堂でも死に動じなかった華艶だが、それは屍体に動じないので
あって、人が死ぬということには心が動く。それがクラスメートで
あったなら、気にせずにはいられない。
﹁やだな⋮⋮新年度からずっと引きずることになるかもしれないな
んて﹂
まだそうと決まったわけではない。
この欠席した生徒でなくとも、ほかの生徒の可能性もある。
まったくの部外者だったとして、全校生徒の前であんなことが起
きてしまっては、長く引きずることになるだろう。
今日から1日の休校が伝えられたが、伸びる可能性はあるだろう。
それからまだ新入生たちの入学式も控えており、それも伸びてしま
う可能性があるだろう。
少し華艶は心が躍っていた。
事件は事件、休みは休み。
事件を心配しつつも、休校が伸びればいいと不謹慎にも思ってい
た。
早く学園を飛び出して街へ繰り出そうとしていたところ、華艶の
ケータイに着信があった。
﹁あ、メール﹂
すぐにメールの内容を読む。
﹃今日のPM10時に学園の生徒会室に必ず来て﹄
蘭香からのメールだった。
550
不思議そうな顔をした華艶。
よりによって事件があったばかりの学園への呼び出し、さらに立
ち入りが禁止されている夜の学園。
疑問はあったが、質問メールは送らずにOKを送ることにした。
ただの用事なら別の場所でもいいはずだ。おそらく学園であるこ
とに意味があるのだろう。このタイミングということを考えると、
事件になにか関係ありそうな気もする。
もう一度華艶は蘭香からのメールを見直した。
﹁う∼ん﹂
疑問が顔から消えない。
それでも華艶は質問メールは送らなかった。
﹁ま、行けばわかるか﹂
華艶は街で遊んだあと、行きつけの店にやって来た。
昼は喫茶店、今はBARモモンガだ。
蘭香との待ち合わせまでまだ少し時間がある。
ここから学園まではそれほど時間もかからないので、ギリギリま
でここで時間を潰すつもりだった。
いつもどおりカウンター席に座った華艶。
﹁とりあえずビールちょうだい﹂
﹁未成年にはアルコール出さないっていつも言ってるでしょう?﹂
京吾はいつものやり取りで華艶を迎えた。
そして、薫るコーヒーを華艶の前に出した。
﹁今日は大変だったね、殺人事件があったんだって?﹂
﹁やっぱもう情報入ってるんだ﹂
﹁商売柄ね﹂
喫茶店やバーを営む裏で、この店はTSに仕事も紹介している。
その関係で情報のやり取りも多くされている。
コーヒーを一口飲んで、
﹁ところでさ、やっぱ殺人事件なんだ?﹂
551
﹁僕よりも華艶ちゃんのほうが詳しいと思うけど?﹂
﹁ぜんぜん。屍体は見たけど、それ以外の情報は生徒には伏せられ
ちゃってたから﹂
﹁じゃあ容疑者が捕まったのも知らない?﹂
﹁えっ!?﹂
これは驚きだった。
華艶の知らない情報を京吾は話しはじめる。
﹁事件が起きてすぐに引っ張られたって話だけど﹂
﹁すぐっていつ?﹂
﹁警察が学園に着いてすぐだよ﹂
﹁うっそー、だってなんか何時間もキョーシツに軟禁状態だったけ
ど?﹂
﹁それは捕まったのは容疑者だし、事情聴取やほかにも事件関係者
がいるかもしれないしね。すぐに生徒を解放するわけにはいかなか
ったんじゃないかな?﹂
そして、これが肝心な質問だった。
﹁で、どこのだれ?﹂
きのしたあいる
身を乗り出して華艶は尋ねた。
﹁2年C組、木之下碧流という話だよ﹂
﹁⋮⋮え、ええ∼∼∼っ!?﹂
華艶の叫びで店内の客たちの視線がグイッと引っ張られた。
注目を浴びた華艶は一呼吸置いて、
﹁それあたしと同じクラス⋮⋮あの欠席してた子か﹂
屍体の身元ではなく、まさか容疑者だったとは。
うつむいてつぶやく華艶。
﹁そっちか、そっちのパターンか⋮⋮でも待って、ケーサツがガッ
コに着いてすぐって、校内でパクられたってこと?﹂
﹁体育館で気を失っているところを発見されたらしいよ。捜査官に
発見されるとすぐに目を覚まして、半狂乱になりながら手に持って
いた血の付いたナイフを振り回したとか﹂
552
﹁血液とかそゆのが一致しちゃったわけね﹂
﹁そういうこと﹂
ズズズーっと華艶はコーヒーを啜って大きく息を漏らした。
﹁ふぅ、新年度早々全校生徒は惨殺屍体でトラウマ植え付けられて、
しかも犯人が生徒なんて大ダメージだよね。学校関係者もマスコミ
の対応で大変そうだし、生徒のカウンセリングにも時間かかるんだ
ろうなぁ。あっ、それで被害者はだれ?﹂
﹁同じく2年生、2年E組⋮⋮名前は山崎沙織。一部には如月サオ
リの名前で知られていたみたいだけど﹂
﹁タレントだったの?﹂
﹁ネットでアイドルみたいなことしてたらしいよ﹂
被害者も容疑者も生徒だった。これが残された生徒や学園に与え
る影響は大きい。
コーヒーを飲み終えた華艶は、
﹁なにはともあれ事件が解決してよかったということで、今夜はお
祝いにビールで乾杯!﹂
﹁だから未成年にはアルコールは出さないよ﹂
﹁ケチッ﹂
この京吾とのやり取りは華艶が成人するまで続きそうだ。
華艶は解決と言ったが、まだ容疑者の段階、それも犯行を自供し
たという情報もない。犯人が確定され、事件の背景が見えてきて、
生徒たちが落ち着きを取り戻したとき、やっと事件は解決する。
まだまだ解決というのは気が早い。
それに気がかりなことがある。
蘭香の呼び出しだ。
事件と関係があるかもしれないと思ったのは思い過ごしか?
華艶は店の時計に目をやった。
﹁10時にガッコ行かなきゃいけないから、イイ時間になったら教
えて京吾﹂
﹁わかったよ﹂
553
それからしばらく華艶はたわいない話をしながら店で時間を過ご
したのだった。
554
学園の魔術師︵3︶
静まり返った夜の教室に打撃音が鳴り響く。
バチッ! バシッ! バシン!
﹁オラァッ! もっとケツを高く上げろ!﹂
警備員の男が腕を振り上げる。
剥き出しにされた肉付きのよい尻が左右に振られる。
﹁ご主人様、もっと強く叩いてください!﹂
ハスキーな女の声。
その声の主は生徒たちから鬼教官とあだ名される教師だった。
自ら懇願しながら尻を振る姿は、生徒たちに恐れられている鬼教
官の影もない。
そこにいるのは快楽に溺れるただのメス豚だった。
鬼教官は両足を肩幅よりも大きく開き、机に胸を押しつけながら
尻を上げる。
バシッ!
激しい一発を喰らい尻肉が波打った。
﹁鬼教官が聞いて呆れるぜ。生徒たちにも見せてやりてぇな﹂
﹁いやっ⋮⋮そんな⋮⋮﹂
﹁写メを学校中にバラ巻いてやろうか!﹂
﹁ああっ⋮⋮やめて⋮⋮そんなことされたら⋮⋮﹂
﹁ホントは見て欲しいんだろ、てめぇは根っからのマゾだからな。
こんなに濡らしやがって!﹂
バシンッ!
﹁ひゃっ!﹂
股から唾のように汁が飛び散った。
何度何度も叩かれた尻肉は真っ赤に染まっている。
警備員は鬼教官の割れ目に指を這わせると、愛液をたっぷり掬っ
555
てそれを尻に塗り込んだ。
﹁洪水だな。そんなにケツを叩かれるのが好きか!﹂
バチンッ!
﹁ひゃぁぁっ! お尻を叩かれるの大好きです、もっと叩いてくだ
さいご主人様!﹂
﹁叩いてやるよ!﹂
バシッ! ビシッ! バチン!!
﹁ああっ⋮⋮ひぃっ⋮⋮ああぁン!!﹂
汗と愛液が混じり合い、ぬらぬらと光る尻。
尻肉が弾み、弓なりになりながら喘ぎ続ける。
警備員はズボンとパンツを下ろして自らの肉警棒を取り出した。
すでに反り返って先走り汁が垂れている。
﹁もう我慢できねぇ!﹂
警備員は肉警棒に愛液を塗り込むと、勢いよく鬼教官の菊門にぶ
っ刺した。
﹁ああああっ!﹂
夜の教室に響き渡るメス豚の悲鳴。
警備員は腰を振りながら、さらに鬼教官の尻を叩いた。
バシッ! バシッ!
﹁あっ⋮⋮あっ⋮⋮激しい⋮⋮激し⋮⋮ああっ!?﹂
喘ぎ声には違いなかったが、最後はどこか気の抜けた声だった。
鬼教官は窓の外に顔を向けていた。
﹁叩くのやめて⋮⋮ああぁン!﹂
﹁そんなこと言ってもっと叩いて欲しいんだろ!﹂
﹁あぁン⋮⋮ひっ⋮⋮あっ⋮⋮やめて⋮⋮本当に⋮⋮﹂
﹁オラオラ!﹂
﹁やめて⋮⋮ああっン⋮⋮言ってるだろブタ野郎!﹂
突然、上半身を上げた鬼教官が肘打ちを警備員の脇腹に喰らわせ
た。
﹁うっ!﹂
556
ぬぽっ!
短く呻いた警備員。穴の中から肉警棒が弾むように抜けた。
警備員はこめかみに青筋を浮かせて、鬼教官に掴みかかろうとし
た。
﹁メス豚がッ!﹂
だが、長く伸びた鬼教官の手が警備員の首を鷲掴みにした。
﹁やるかブタ野郎!﹂
﹁ううっ⋮⋮ぐ⋮⋮ぐるじぃ⋮⋮﹂
どうやら立場が逆転したようだ。
鬼教官はボロ布を捨てるかのように警備員を突き飛ばした。
首を解放された警備員は蒼白い顔で咳き込んだ。
﹁げほっ⋮⋮ううぇ⋮⋮殺す気か⋮⋮﹂
﹁ああ、殺して欲しいならいつでも殺してやるよ﹂
妖しく微笑んだ鬼教官の顔を見て警備員は萎縮して震えた。
すっかり鬼教官も熱から覚めている。
その理由は?
窓の外を覗き込んだ鬼教官。
﹁たしかに今さっき人影が⋮⋮?﹂
﹁そんなことで中断するなよ﹂
﹁そんなことじゃないだろ。警備はあんたの仕事だろ、さっさと見
回り行って来な﹂
﹁仕方ねぇな﹂
﹁ぐだぐだ言ってないで、さっさと行け!﹂
鬼教官のつま先蹴りが警備員のケツに刺さった。
﹁ギャッ!﹂
飛び上がった警備員は脱糞寸前の衝撃だった。
その痛みと衝撃は鬼教官がされていたスパンキングを遥かに凌ぐ
ものだった。
警備員は尻を押さえながら、足にからまったズボンを引きずりな
がら慌てて教室を飛び出した。
557
廊下に出た警備員はズボンを穿き直し、歩き出そうとしたが︱︱
懐中電灯がない。教室に置いてきてしまった。
教室に入り直すと⋮⋮?
﹁ん!?﹂
思わず目を剥く光景。
鬼教官の姿がない。それどころかそこは教室でもなかった。
そして、立っている二人の少女。
﹁お前らなにやってる!?﹂
警備員は警棒を構えた。
闇の中で笑う少女。
﹁あはは⋮⋮なんかタイミング良すぎじゃない?﹂
そう言ったのは華艶だった。
警備員は警棒から銃に持ち替えた。
その銃口が抜けられたのは華艶ではない︱︱もうひとりの少女。
黒い飛沫を全身に浴びて立ちすくんでいた眼鏡の少女。その手に
は濡れた短剣、そして足下に動かない第3の少女。
ここは生徒会室だった。
華艶は頭を抱えた。
﹁あ∼っ、なにがなんだかわからない﹂
それは警備員のセリフだった。
﹁おまえら⋮⋮殺したのか?﹂
床に倒れている少女は黒い海に沈んでいた。それは血だった。
すぐに華艶は否定する。
﹁やってないってば、ここに来たらなんかもうすでに⋮⋮ねえ蘭香
?﹂
華艶が振り向いた先で蘭香は力の抜けた手から短剣を落とし、そ
のまま血の海に膝をつけて崩れてしまった。
﹁蘭香!﹂
声を上げながら華艶は蘭香に駆け寄った。
虚ろな目で蘭香はつぶやく。
558
﹁かえ⋮⋮ん⋮⋮わたし⋮⋮なにがなんだか⋮⋮﹂
﹁だいじょうぶ、蘭香のこと信じてるから﹂
﹁⋮⋮あっ⋮⋮﹂
蘭香は気を失ってしまった。
﹁蘭香!?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
返事はない。
警備員は銃を二人に向けたまま、ケータイを取り出そうとしてい
た。
﹁おまえら動くなよ、動いたら撃つからな!﹂
﹁だから誤解だってば!﹂
﹁黙ってろ!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ッ﹂
華艶は周りを見回した。
床に倒れている少女の生死はまだ確かめていない。
華艶はそっと手を伸ばした。
﹁動くな!﹂
警備員の怒号が飛んだ。
﹁まだ生きてるかもしれないじゃん!﹂
﹁死んでるに決まってるだろ!﹂
たしかにこの出血量だ、生きてる可能性は低い。
銃口は華艶を狙い続けている。
華艶は出口に目をやった。
逃げる気か?
しかし、蘭香を抱きかかえ、さらに出口の前にいる警備員を振り
切るか倒して逃げるのは︱︱華艶は溜息を漏らした。
警備員は警察に通報しているようすだった。その間、銃の照準が
不安定になっているようだったが、この状況で逃げることが有利と
言えるか?
ケータイをしまった警備員。
559
﹁警察が来るまで逃げるなよ﹂
﹁わかってるって!﹂
華艶の苛立ちが募る。
銃口を向けられたまま時間が過ぎる。
静まり返っている夜の学園。
むせるほど血が臭う。
やがて現場に駆け込んできた警察官たち。
すぐさま華艶と蘭香は拘束されて連行されてしまった。
向かい合って座る二人。
取調室で華艶は頭を抱えていた。
﹁だ∼か∼ら∼!﹂
昨晩は留置場に入れられ、今日は朝から取り調べだ。
﹁ではもう一度はじめから説明してください﹂
婦人警官が淡々と言った。
﹁またぁ∼っ?﹂
華艶はもううんざりだった。
同じ事を何度も何度も説明させられている。
華艶はありのままを話しているのに、まったく信じてもらえない
のだ。
殺人の容疑。蘭香と共犯ということになっているらしい。
︱︱沈黙。
華艶と目の前に座っている婦人警官はにらめっこを続ける。
⋮⋮ぐぅ。
っと華艶の腹の虫が鳴いた。
﹁出前取っていい?﹂
﹁どうぞ、今メニューを取ってこさせます﹂
︱︱小休憩が挟まれた。
お腹いっぱいデザートまで華艶は平らげ、満足そうに笑みを浮か
べた。
560
﹁ふぅ、食った食った。お腹もいっぱいになったことだし、お昼寝
したいんだけど?﹂
﹁聴取が終わってからにしてください﹂
﹁チッ﹂
うんざりだが話を進めないことには終わりそうもない。
﹁じゃあはじめからまた話しますけどー﹂
書記官がペンを滑らせはじめた。
何度話しても発端は同じところから。
﹁きのうガッコが終わってから友達の蘭香からメールが来たの。夜
の10時にガッコに来てって﹂
﹁生徒会室が抜けていますよ﹂
﹁細かいなぁ。ええっと、夜の10時にガッコの生徒会室に絶対来
てってメールがあって、それでガッコに言ったらあんな感じで﹂
﹁あんなのところを詳しく﹂
﹁だから、もぉっ!﹂
﹁神原女学園に着いたところから詳しくお願いします﹂
﹁はいはい﹂
華艶はできる限り正確に昨晩のことを思い出した。
﹁ガッコに着いて、どこから入ろうかなぁって歩き回ってたら、裏
門が開いてて⋮⋮﹂
﹁その裏門は誰が開けたのですか?﹂
﹁知らないよ、そんなこと!﹂
﹁では続けてください﹂
﹁あーっイライラする!!﹂
頭を掻き毟って立ち上がった華艶を婦人警官は冷ややかな目で、
﹁暴れると公務執行妨害で現行犯逮捕になりますよ?﹂
﹁⋮⋮はい﹂
大人しく華艶は席に戻った。
話の続きをする華艶。
﹁校舎の中に入らなきゃいけなかったんだけど、なんか知らないけ
561
ど下駄箱のとこが開いてて入ったら⋮⋮いきなり生徒会室で﹂
﹁空間のねじれを主張するわけですか?﹂
﹁そーゆーことになりますよね﹂
この現象は警備員と同じだ。意図的なものを感じずにはいられな
い。
婦人警官は質問を続ける。
﹁そして、生徒会室であなたは何を目撃したのですか?﹂
﹁まず目に入ったのが蘭香、次に床に倒れていた屍体﹂
﹁そこを詳しく、重要な点です﹂
﹁蘭香はあたしに気づかないようすでぼーっと立ってて、手には血
の付いたナイフを握ってました。床に倒れてる屍体はうつぶせで、
すでに血の海に沈んでて、こりゃ死んでるなぁと正直思いました。
おしまい﹂
﹁血が付いていたのはナイフだけですか?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
華艶は口を閉ざした。
ほかに血が付いていた場所を華艶は見ている。当然、警備員も見
ていた。
婦人警官は問い質す。
﹁鈴宮蘭香の衣服はすでに鑑定中です。血が付いていたのはナイフ
だけですか?﹂
﹁⋮⋮そーですね、蘭香は返り血を浴びてましたよね、はいはい。
でも蘭香がナイフを使うとこ見てないもん﹂
たとえ華艶が見ていなくても、返り血を浴びる状況は限りなく黒
に近い。
そして、何十回とされた質問がリピートさせる。
﹁本当にあなたは鈴宮蘭香が被害者を刺すところを目撃していない
のですか?﹂
﹁だ∼か∼ら∼!﹂
﹁さらにあなたはあくまで共犯者ではなく目撃者であると主張する
562
わけですね?﹂
﹁だからそうだってば。あと蘭香も絶対に人殺しなんてやってない
から!﹂
﹁根拠は?﹂
﹁あたしの友達だから!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
︱︱沈黙。
そして、二人のにらめっこ。
先に口を開いたのは華艶だった。
﹁今までは蘭香の無実を証明するため聴取に付き合ってあげたけど、
もうこれ以上は黙秘するから、弁護士呼んで弁護士!﹂
﹁すぐに手配させましょう。では弁護士が来るまでの間、もう少し
聴取をしましょう﹂
﹁だから話さないって﹂
︱︱数秒の沈黙。
華艶はすぐに耐えられなくなった。
﹁ところでさ!﹂
﹁何でしょうか?﹂
﹁蘭香と警備員のオッサンはどんなこと話してるの?﹂
﹁それを答えてしまっては、個別に取り調べをしている意味があり
ませんから﹂
口裏を合わせさせないということもあるが、駆け引きで鎌をかけ
ることにも使われる。
華艶は何度も同じ説明をさせられる理由を考えた。
﹁もしかして誰かの証言が食い違ってるとか?﹂
﹁それはお答えできません﹂
相手に与えられる情報は必要最低限に限る。情報がない状態で嘘
をつけば、矛盾が多く生まれてボロが出る。
そして、情報が与えられるのは、差し支えがないときと、ここぞ
という揺さぶりを掛けるとき。
563
婦人警官が無機質に言い放つ。
﹁警備員の大山は鈴宮が刺すところを見たと証言しています﹂
﹁はぁ∼∼∼っ、あのオッサンなに言ってんの!!﹂
そんな馬鹿な。華艶は大声を出して勢いよく席を立った。
さらに婦人警官はまくし立てる。
﹁そして、あなたと鈴宮が殺人を目撃され、逃げる画策をしていた
と証言しています﹂
﹁なにそのデマカセ!﹂
出任せだとしても蘭香には不利な証言だ。返り血を浴びていた物
的証拠、そこに目撃証言まで加わってしまった。
華艶は机を強く叩いた。
﹁だってあたしが見たときはすでに被害者は倒れてたのに、なんで
あとから来たオッサンが刺したとこ見れるわけ!?﹂
﹁あなたが嘘の証言をしているということになりますね﹂
﹁はぁ∼∼∼っ!? ウソ言ってんのはオッサンのほうでしょ!!﹂
﹁仮にあなたの証言が正しくて、大山が嘘をついていたとします。
しかし、鈴宮が殺害していないという証明にはなりません。それを
証明しているのは衣服に付いた返り血です﹂
﹁それでも蘭香はやってないの!!﹂
理論証明はできない。華艶はただ信じることしかできなかった。
無力を感じながら華艶はぐったりと席に座った。
こんなところで聴取を受けていても蘭香は助けられない。早く解
放されて自ら調査に乗出したかった。それには共犯の容疑を晴らさ
なくては︱︱。
考え込む華艶。
沈黙が続き、しばらくして取調室に刑事が険しい顔をして入って
きた。
婦人警官はその刑事に呼ばれ廊下に出てしまった。
そして、しばらくして婦人警官が戻ってきた。
﹁もう帰っていいですよ﹂
564
﹁は?﹂
﹁聞こえませんでしたか?﹂
﹁聞こえてたけど⋮⋮﹂
華艶は疑問を抱かずにはいられなかった。
風向きが突然変わったのは、あの刑事が婦人警官に何か伝えたか
らに違いない。
何が起きたのかはわからないが、ここを出られるのは良いことだ。
さっそく華艶は手続きなどを済ませ、荷物を返してもらい警察署
をあとにした。
565
学園の魔術師︵4︶
町を歩く華艶。
﹁⋮⋮ッ!﹂
突然、来た道を勢いよく振り返った。
︱︱誰もいない。
﹁⋮⋮でも絶対つけられてる﹂
警察署を出てからする微かな気配。
何度も巻こうと試みたが、それでもしつこく付いてくる。
仕方がなく華艶は巻くのをあきらめ喫茶店モモンガに向かった。
昼過ぎの喫茶店はゆったりとした時間が流れていた。
客は常連客のトミー爺さんと見知らぬ営業マン風の中年男性。こ
の二人しかいなかった。
華艶は店に入るといつもカウンター席に座った。
﹁ちょっと聞いてよ京吾!﹂
﹁どうしたの華艶ちゃんいきなり?﹂
﹁なんか尾行されてんだけどー﹂
﹁だれに?﹂
﹁たぶん刑事。警察署を出てからず∼っと気配するんだもん﹂
﹁華艶ちゃんが連行されたのは聞いてるよ﹂
情報が早い。これならほかの情報も持っているかもしれない。
華艶はカウンターを乗り出して京吾の両手を握った。
そして輝く上目遣いで、
﹁お願い、ホントにお願い、親友の人生がかかってるの、どんな情
報でもいいからちょうだい!﹂
﹁さあ⋮⋮華艶ちゃんが連行されたこと意外は知らないなぁ。でも
新聞の記事にはなってるよ﹂
京吾はごそごそとカウンターの奥でなにかをして、新聞を手に取
566
るとカウンターに広げて見せた。
﹁ここに載ってるでしょ?﹂
たしかにそこには始業式で起きた事件と、その横には蘭香の事件
が別々の記事として載っていた。二つの事件は関連性がほのめかさ
れている。
だが、京吾が指差したのは別の場所だった。
広げられた新聞の上にはメモが置かれていた。京吾はそれを指し
示していた。
華艶はそれを黙読した。
︱︱窓際のボックス席に座ってるの刑事。
なんと営業マン風の男が刑事だと言うのだ。そうだとしたら先回
りされていたことになる。
華艶を尾行している者が本当にいて、それが刑事だった場合、華
艶は泳がされていることになる。警察は華艶を泳がされなんらかの
情報をつかもうとしている。タイミングから考えて、取調室にいた
ときに、刑事が婦人警官になにかを伝えたことを関係ありそうだ。
京吾は営業マン風の男の目を盗んで新たなメモを出した。
︱︱蘭香ちゃんが警察署から忽然と姿を消した。
そのメモを読んで華艶は思わず、
﹁ええ∼∼∼っ!﹂
声をあげてしまった。
すかさず京吾は知らない振りをしてフォローを入れる。
﹁どうしたの華艶ちゃん?﹂
﹁⋮⋮えっと、まるで始業式の事件も蘭香がやったみたいなこと書
いてあるから、つい頭にきちゃって、叫びたくもなるでしょ?﹂
たしかに新聞にはそういうように書いてあった。ただし蘭香の実
名は報道されていない。されていなくてもネットで広まるのは時間
の問題だろうが。
新聞の記事は学園名も載っていないが、それも時間の問題だろう。
﹁ウチのガッコまた評判落ちるなぁ﹂
567
華艶はぼやいた。
京吾はカウンターの中から何気ない顔をしてボックス席に目をや
った。
営業マン風の男はケータイを取り出してなにかを確認している。
京吾は何気ない顔をしてメモを取っていた。
﹁華艶ちゃんの学校は評判が落ちても入学者は減らないからね。さ
すがはクローバーグループの経営⋮⋮というか、姫野ユウカのネー
ムバリューはどの業界にも絶大だよね﹂
会話をこなしながら京吾が差し出したメモには、営業マン風の男
のケータイを傍受した内容が書かれていた。これによって刑事とい
うことも知ったのだ。
︱︱数分前カラオケボックで華艶ちゃんの学校の生徒が2人殺さ
れた。
今度は叫びを呑み込んだ華艶。
︱︱容疑者は鈴宮蘭香。
﹁なんでそうなるの!!﹂
今度は思わず叫んでしまった。
京吾は眩しいまでにニッコリとした。
﹁華艶ちゃん?﹂
慌てる華艶。
﹁⋮⋮な、なんで姫野ユウカってそこまで人気なんだろうと思って
!!﹂
動揺しすぎて明らかに不自然だった。
﹁それはね、華艶ちゃんと違って若いのにしっかりしていて、常に
堂々とした態度を貫けるからじゃないかな?﹂
堂々とできずに慌てる華艶への当てつけだった。
京吾は新たなメモを差し出した。
事件が起きたカラオケボックスの住所だ。
華艶は新聞をメモごと折りたたんで席を立った。
﹁ちょっとシャワー貸してくれる?﹂
568
﹁どうぞ、自由に使っていいよ﹂
﹁ありがと。留置場に入れられてたからお風呂入ってなくて気持ち
悪いんだよねー﹂
華艶は新聞を持ったまま店の奥へ入ろうとした。その背中に刑事
の視線を感じる。
状況から考えて、華艶が逃げる気だろうと刑事は判断して外の仲
間にケータイで伝えた。
もちろん京吾も華艶も外で待ち伏せされているのは計算済みだっ
た。
華艶は喫茶店と繋がっている京吾の自宅に行き、カーペットを捲
った下にあるドアに入った。裏の常連客御用達の秘密の地下通路だ。
通路の出口はいくつかあり、周辺の協力者の店や家、下水道など
に繋がっている。
華艶が出たのは中華店の厨房だった。
厨房にいた料理人たちは華艶が出てきたというのに、まるで何事
もないように料理を続けている。
だが華艶はチャーシューをつまみ食いしようとしたら、怖い顔を
して中華包丁で威嚇してきた。
ヤバイ、調理される︱︱と思った華艶はチャーシューを口に入れ
てから全力で逃走した。
厨房の裏口からゴミ置き場のある裏路地に出た。
後ろからは料理人が追っかけてくる。
騒ぎになれば刑事に見つかってしまう。
﹁ごめん、今度食べに来たとき払いますからー!﹂
謝るくらいなら口に入れる前にやめればいいものを。
逃げる華艶。その後ろからは中華包丁を振り回しながら追ってく
る料理人。
あまりに料理人が狂気を振りまいてるせいで、食い逃げには見え
ず、少女が変質者に追われているようだった。
走りながら振り返った華艶。追っかけてくるのは料理人だけでは
569
なかった。スーツの男たちもいる。そのスーツの一人が営業マン風
のあの男だ。
﹁ヤバイもう気づかれた﹂
せっかくの秘密通路が台無しだ。
華艶は急に進行方向を180度変えた。
料理人との距離が急速に縮まる。
中華包丁が華艶に振り下げられた。この料理人⋮⋮マジだ!
華艶が地面を強く蹴り上げた。
空振りして料理人が前のめりになったところを、華艶は料理人の
頭に手を置いて跳び箱のように飛び越えた。
スカートが捲れ上がりパンツが丸見えになる。
だが、料理人は地面に全身を強打して、パンツなどまったく目に
入ってなかった。
立ち上がった料理人は顔を真っ赤にして、再び華艶を追いかけて
きた。
華艶の目の前には刑事たちが迫っていた。
﹁刑事のオジサンたち、あっちの変態オジサンよろしく!﹂
すれすれで華艶は刑事を躱した。
目を丸くする刑事たちに料理人が突っ込んで来る。
衝突した男たちが地面に倒れてしまった。
そんな男たちを尻目に華艶は逃亡を続けたのだった。
追っ手を巻いた華艶は、事件のあったカラオケボックス近くまで
来ていた。
カラオケボックスの入り口は警察によって封鎖されている。
事件現場は今も鑑識や刑事がいるだろう。今はまだ現場に行けそ
うにない。
カラオケボックスの前には小さな人混みができている。
華艶は何気な∼い顔をして門番をしている警官に近付いた。
﹁あのぉ∼、なんかあったんですかー?﹂
570
わざとらしくぬけぬけと華艶は尋ねた。
﹁関係者以外立ち入り禁止です。どうぞお引き取りください﹂
そう言われるだろうと思っていた。
華艶は周りの人混みに目を向けながら尋ねる。
﹁なにがあったかだれか知ってるー?﹂
すぐに若者から返事が返ってきた。
﹁殺人事件だってよ﹂
ほかにも声があった。
﹁女子校生が殺されたんだって。幸い生き残った子もいて病院に運
ばれたよ﹂
事前の情報では殺害されたのは2人。ほかに生き残りがいたのだ。
︱︱病院。
ここから近い病院を華艶は思い浮かべた。
重傷か軽傷、緊急性を要するかそうでないかでも違ってくるだろ
う。
﹁どこの病院かわかる人いますかー? あたしの友達かもしれない
んだけど?﹂
再び華艶は周りに尋ねた。
野次馬からの返事はなかった。だが警官が口を開く。
﹁本当かい?﹂
すぐに華艶は食い付いた。
﹁本当です。事件に遭ったのあたしと同じ神原女学園の生徒なんで
す!﹂
学校名を出せば信憑性が高まるだろう。けれどここで被害者の名
前を尋ねられたらアウトだ。
幸いなことにそれはなかった。
﹁なら教えてあげよう。2人は帝都病院に運ばれたよ﹂
病院はそこだと目星をつけていた。
しかし︱︱。
﹁えっ、2人も?﹂
571
華艶のこの発言に警官は不審そうな顔をした。
ここは早めに逃げるのが吉だ。
﹁ありがとうございましたー!﹂
華艶はお礼を言って早足で逃げた。
さっそく帝都病院で聞き込みをはじめた華艶。ここはそこそこ顔
が利くので仕事がしやすい。
看護師たちに話を聞くと、軽傷だった1人はすでに病院をあとに
したとのこと。残りの1人は重傷を負って入院になったらしい。
病室に入った華艶は大部屋の中にいる患者ひとりひとりを確かめ
ていく。
﹁⋮⋮あっ﹂
華艶は小さく漏らしてしまった。
向こうも華艶に気づいたようだが、睨むような顔をしてすぐに顔
を伏せてしまった。
華艶はその顔に見覚えがあった。
昨日、始業式の事件の時に少し印象に残っていた。
蘭香が声をかけて突き飛ばされたときの、あの蹲っていた彼女だ。
声をかけようとすると嫌な顔をされ、華艶は言葉を一時的に呑み
込んでしまった。
この少女は2箇所に包帯を巻いていた。左手の手首と右の太股だ。
華艶は深呼吸してから尋ねることにした。
﹁ふぅ。あのぉ∼、ちょっと話聞かせてくれる?﹂
﹁あなたきのう生徒会長と一緒にいた人ですよね? あなたなんか
に話すことなんてありません﹂
﹁えぇっ、なんで?﹂
﹁わたし生徒会長に殺されそうになったんですよ!﹂
蘭香の友達も同属というわけだ。
しかし、ここで華艶は引き下がるわけにはいかなかった。
﹁それはわかるんだけどさ、ほんっとに生徒会長だったんだよね?﹂
572
﹁間違いありません﹂
﹁ほんとにほんっとだよね?﹂
﹁うるさいですよ、早く帰ってください!﹂
少女が叫ぶせいで周りの患者たちがざわつきはじめた。
つまみ出されるのも時間の問題だと思った華艶はさらに続けた。
﹁その手首と脚を生徒会長がやったの?﹂
﹁やられたのは腿だけです﹂
﹁は?﹂
﹁あなたに関係ないでしょ、早く帰って!﹂
少女は何度もナースコールを鳴らす。
いったい手首はなんの怪我なのか?
そこも気になるが、もっと重要な質問がきっとあるはずだ。華艶
は頭をフル回転させた。
﹁そうだ、なんであなたたちが生徒会長に狙われなきゃいけないの
?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
少女は黙して語らず。
犯行の動機。
昨晩の事件もそれがわかっていない。
蘭香が犯人だとしても、黒幕がいたとしても、動機があり、狙わ
れた人間には共通点があるはずだった。
本当に黒幕などいるのか?
華艶の心に影が差しそうになる。
しかし、自分が信じなければ誰が信じるのかと華艶は気を持ち直
した。
そして少女を真剣な瞳で見つめた。
﹁蘭香は絶対にやってない﹂
﹁なに言ってるの! 怪我を負わされたわたしが言ってるのにバカ
じゃないの!!﹂
﹁見間違えかもしれないし、本物じゃないかもしれないし、操られ
573
てたのかもしれない。蘭香はあたしの大切な友達だから、高校で最
初に声をかけてくれた友達だから、絶対に無実を信じてる﹂
﹁だったらあんたもあの女と同罪よ。みんな死ねばいい、死んじま
えーーーっ!!﹂
少女は狂ったように暴れ出し、枕を華艶に投げつけてきた。
枕はあさっての方向の飛んで行き、無関係の患者の顔面に当たっ
た。
さらに少女は松葉杖を投げつけようとしていた。
ちょうどそのときナースが病室に入ってきた。
これ以上、騒ぎを大きくしてもめた挙句に警察まで呼ばれたら厄
介だ。
華艶は駆け足で病室を飛び出した。
病室から聞こえてくる物音とナースの叫び声。さらに大きな声で
叫ぶ少女の声が廊下の先まで響いた。
騒ぎを聞きつけてほかのナースや医師が病室に駆け込んでいく。
華艶は混乱に乗じて自分に目が向く前に病院からも急いであとに
した。
574
学園の魔術師︵5︶
華艶はカラオケボックス事件の、もう1人の生き残った被害者を
訪ねようとしたが、警察の事情聴取を受けているらしく会うことが
できなかった。
そこで華艶はネットカフェで情報収集をはじめた。
パソコンの画面を見ていた華艶の表情が見る見るうちに曇る。
ついに蘭香が実名で指名手配を受けたのだ。
日本であれば未成年の壁に阻まれるところだが、公には特別自治
区︱︱帝都は日本から独立しているため、犯罪に対する姿勢は強行
だ。
帝都は世界トップの犯罪件数、それも凶悪事件が多く、低年齢も
犯罪も群を抜いている。そのために必用とあれば速やかに未成年の
実名が公表される。
容疑者なのか、犯罪者なのか、どちらも同じものとして扱われる
風潮がある。
実名報道がされ、指名手配を受けてしまった蘭香は、犯罪者とし
て世の中の人々に認識され、その流れをひっくり返すのは容易では
ない。
華艶は自分がするべきことを考えた。
蘭香が犯人ではないと信じている。ならば真犯人を見つけなくて
はならない。警察は物的証拠などから、蘭香を犯人と決めつけてい
るので当てにはならないだろう。
そして、警察よりも早く蘭香を見つけ出すこと。
一度、警察署から逃げたもしくは消えた以上は、わざわざ戻った
ところでより疑いが強くなるだけだ。ならば出頭せずに身を隠し、
その間に真犯人を見つけるべきだろう。
蘭香にあって話を聞くことも重要になりそうだ。
575
いったい蘭香は今どこでなにをしているのか?
蘭香の安全を考えると、真犯人を見つけるよりも、蘭香捜索を優
先したほうがいいかもしれない。
しかし、蘭香の居場所についてはまったく情報がない。
華艶ははじめから事件を整理することにした。
起きた事件は3つ。
始業式、生徒会室、カラオケボックスで事件は起きた。このうち
始業式の事件は、残りの2つとの関連があるか今のところ不明だ。
始業式の事件では被害者が1人。猟奇的に惨殺され、講堂の天井
から吊り下げられていた。
華艶は京吾とチャットでやり取りしながら、さらに事件を詳しく
調べた。
屍体の発見場所は講堂だが、実際の殺害場所は体育館らしい。さ
らにその体育館で血の付いたナイフを握った容疑者が見つかった。
容疑者は華艶のクラスメートの木之下碧流。
蘭香が関わっていない点や、別の容疑者がすでに逮捕されている
ことから、残り2つとは本当に無関係かもしれない。
しかし華艶は胸騒ぎを感じるのだ。
同じ日に、同じ学校で、殺人事件が発生する偶然。本当に偶然だ
ろうか?
あんな事件があった直後に、わざわざ学校に呼び出すメールが蘭
香から来た。
それがちょうど警察の事情聴取などが終わり下校の時刻。
夜の10時に生徒会室。
その呼び出しに応じて華艶は学校に向かった。
そこで起きた不可解な現象。空間のねじれによって、目的の生徒
会室に導かれるように行き着いた。
空間のねじれで生徒会室に行き着いたのは華艶だけではない。警
備員も同じように、ほぼ同時刻に生徒会室に現れた。導かれたとし
か思えない。
576
そこで起きた事件。正確には起きていたと言った方が正しい。華
艶が着いたときには、被害者は死んでおり、蘭香はナイフを握った
まま返り血を浴びていた。
警察に鎌を掛けられたのか、それとも本当にそう証言しているの
か、警備員は蘭香が殺害したのを見たとしている。もちろん華艶は
これを否定する。華艶が辿り着いたときには、事件は起きたあとだ
った。
3つの事件は学校を離れカラオケボックス。
殺害されたのは2人。致命傷はナイフのような刃物とされている
らしい。
蘭香が犯人だと主張しているのは、生き残ったひとりである︱︱
黒崎カオリという名前らしい。黒崎カオリは腿を刺され重傷。もう
ひとりの生存者の証言はわからない。
3つの事件で被害者が共通している点は、同じ学校の生徒である
ということ。そして、ほかにもあった。
華艶はネットで生徒名簿を見つけ出した。
﹁ウチの女子人気あるし名簿出回ってると思ったんだよね。しかも
どこのマニアがアップしてくれたのか顔写真付きだし﹂
華艶は自分の写真もついでに確認した。それは生徒手帳用に撮っ
た写真だった。流出先が特定できそうだ。
被害者はみな神原女学園の2年生。ただしクラスは異なる。4人
もの被害者が同じ学年というのは気になる。
京吾から情報が入ってきた。彼は名簿をそこからさらに調べ、さ
らなる共通点を見つけていた。
過去の名簿︱︱つまり1年次も調べてみると、殺された被害者は
同じクラスだったのだ。加えて、木之下碧流と黒崎カオリも同じク
ラスだった。ただし、カラオケボックスのもうひとりの生存者は別
のクラスだった。もちろん蘭香も違うクラスで学年すら違う。
名簿には担任も記載してあった。
﹁あ、鬼教官。でも関係ないか﹂
577
事件関係者たちの1年次の担任はあの鬼教官だった。
事件関係者の大半が元クラスメイト。殺害された被害者に限って
は全員そうだ。ここは調べる価値がありそうだ。
同じクラスの事件関係者なら、本人たちがさらなる共通点を知っ
ている可能性がある。
黒崎カオリからはもう話が聞けそうにない。
やはりもうひとりに生存者に話を聞くべきだろう。
それとまだ同列の事件と決まったわけではないが、木之下碧流に
も話を聞いた方がいいかもしれない。別の事件でなければ、そこか
ら道が広がる可能性がある。
容疑者である木之下碧流と面会するのは難しいだろう。
まずはもうひとりの生存者の事情聴取が終わるのを待とう。
待つ間になにかできることはないか?
⋮⋮華艶はハッとした。
自分を事件関係者に入れるのを忘れていた。
1年次のクラスメートが多いという事実は変わらないが、もちろ
ん華艶はそれに含まれていない。共通点と言える共通点がない。そ
れは蘭香も同じことだ。
﹁あたし部活にも入ってないし﹂
それでは共通点から外れた同士の華艶と蘭香の共通点は?
﹁1年と2年同じクラスで友達﹂
2年とは去年の2年生のときである。華艶は留年している。
﹁あ∼っ、わかんない。怨恨? 怨恨なの?﹂
被害者がクラスメートだった共通点を考えれば、無差別ではなく
て選んで殺していることになる。目的意識がはっきりとした犯行な
ら、なおさら蘭香が選ばれた理由があり、華艶にもなにかしらの理
由があるはずだ。
﹁シンプルに考えれば、あたし自身が関係あるんじゃなくて、あた
しが蘭香の関係者だから?﹂
華艶は蘭香との共謀を疑われたが、もっと直接的な被害を被った
578
わけではない。襲われてもいないし、警察に追われるような容疑者
にもなっていない。正確には尾行に追われているが。
そもそもこの事件においての華艶の役割。真犯人が華艶にさせよ
うとしたことは何か?
華艶がこの事件に関わる発端は、生徒会室に居合わせたこと。真
犯人が華艶に何か役割を与えるように仕向けたと考えるなら、その
呼び出しこそが疑うべき点になってくる。
﹁やっぱり﹂
華艶はつぶやいた。
じつはずっと引っかかっていた点があったのだ。
華艶はケータイでもらったメールを確認した。
﹃今日のPM10時に学園の生徒会室に必ず来て﹄
これが送られて来たメールだ。
そして、華艶は過去に蘭香から送られて来たメールと見比べた。
﹃13時に駅で待ち合わせでいい?﹄
﹃明日の23時から﹄
﹃17時頃に行くから﹄
改めて華艶は確信した。
そう、時刻の表記が違うのだ。蘭香は時刻を24時間で書くクセ
があったのだ。
メールは別の者が打った可能性が高い。
華艶は蘭香を無条件で信じているが、このメールに気づいていた
ため、さらに信じる気持ちに確信を持っていたのだ。
蘭香の容疑は限りなく黒に近い。だが、その裏に真犯人の影がち
らついている。
﹁絶対見つけてやる﹂
闘志に火を付けると同時に、手にも火がついてしまっていた。
﹁うわっ、火事!﹂
慌てて華艶は消火活動に追われた。
579
日も暮れはじめていた。
生き残った被害者のもとに華艶はやって来た。
その生徒が住んでいたのは学園の高級寮であった。
神原女学園は学費も高いが、寮の家賃も帝都一の繁華街が存在す
るホウジュ区の超高級マンション並だ。その代わり、部屋が良いの
はもちろんことながら、周辺の設備も1つの小さな町として成立し
ている。
寮の見た目はマンションで、部屋の見取り図もそのようにつくら
れている。相部屋という言葉はなく、原則として1人1部屋だが、
あえて一緒に暮らしている生徒も多い。
目的の生徒も2人暮らしらしいが、インターフォンを押して出た
のは目的の生徒だった。
華艶はカメラに向かって話す。
﹁あのぉ、2年C組の火斑華艶ですけど﹂
︽何のようですか?︾
﹁本当に申しわけないんだけどさ、事件のこと聞きたいんだけど、
いい?﹂
︽帰ってください︾
インターフォンが切られた。
華艶は失敗したと思った。まずは当たり障りのない理由をつけて、
部屋に入れてももらうべきだった。
めげずにもう1度インターフォンを押した。
﹁あのぉ、ちょっとでいいんだけどー﹂
︽帰ってください。だれか呼びますよ?︾
﹁生徒会長の蘭香はあたしの友達なの。蘭香は絶対に犯人じゃない、
だからどうしてもあなたの話が聞きたいの!﹂
︽鈴宮先輩が犯人だなんてわたしも信じられません。でも⋮⋮︾
﹁でも?﹂
︽友達が殺されたんです。幼い頃からずっと一緒で、同じ学校に入
って、この部屋で今日まで暮らしていたのに⋮⋮︾
580
微かに鼻を啜る音が聞こえてきた。
カラオケボックスでの死亡者は、この部屋のもうひとりの住人だ
ったのだ。
﹁本当に蘭香が殺したの? 蘭香が殺すところ見たの?﹂
相手は泣いているようすで返事が返ってこない。
インターフォン越しがもどかしい。
しばらくして、やっと返事があった。
︽⋮⋮ううっ⋮⋮見てません︾
﹁え?﹂
︽わたしトイレから戻ったら⋮⋮いきなりだれかに襲われて⋮⋮気
絶しちゃってなにも見てないんです︾
﹁本当に?﹂
︽⋮⋮本当⋮⋮ああっン!︾
﹁えっ!?﹂
華艶は自分の耳を疑った。
今まで泣いていたのに、それが突然喘ぎ声を発したのだ。
︽いやっ⋮⋮ああっ⋮⋮たすけ⋮⋮あああっ!︾
﹁ちょ、どうしたのっ!?﹂
華艶は慌ててドアを開けようとしたがカギがかかってる。
急いで華艶は部屋の裏に回った。
部屋が1階で助かった。華艶はフェンスを越えて、そのままベラ
ンダから窓を割って部屋の中に侵入した。
﹁いやぁぁぁぁっン!﹂
玄関から少女の叫びが聞こえてくる。
しかし、華艶が玄関に行く前に、それが自らそこにやって来た。
服を破かれた全裸の少女。
シルエット
それを抱きかかえる赤黒い影。
人像の股間から伸びる何本もの触手が蠢いている。
華艶は戦闘態勢を取った。
﹁出たな真犯人!﹂
581
華艶は知らなかったが、この人像は第1の被害者を嬲り犯した悪
魔だった。
悪魔は抱えていた少女をごみのように放り投げた。人質などでは
ない。ただの前戯に過ぎなかったのだ。
目を丸くした華艶は身構えて防御した。
しかし、防げない!
触手が華艶の足首を掴んで掬った。
床に打ち付けられる華艶。
﹁うっ!﹂
臀部を強打した。
綱引きのように華艶の体が床で引きずられる。
じわじわと悪魔の本体が近付いてくる。
掴まれているのは片足だけ。ほかは自由だ。
部屋の中では得意の火炎も制限させる。できないこともないが、
それは最後のほうの手段だ。
華艶は隠し持っていたバタフライナイフで触手を切ろうとした。
﹁えっ!?﹂
切れない。
たしかにナイフの刃は足首に巻き付いている触手を貫通した。
まるで手応えがなかった。空気を切っているような感触だった。
改めて切ろうとするが結果は同じ。刃は触手を切れずに擦り抜け
てしまうのだ。
切るときは感触がない。だが足首にはしっかりと巻き付いている
のだ。
さらに別の触手は舐めるような感触で華艶の腿を擦った。
物理攻撃の効かない相手にはやはり炎の力を使うしかない。
華艶はシミュレーションした。
本体を目掛けて炎を投げた場合、そのまま炎がナイフのように貫
通してしまったら。
﹁⋮⋮火事になる﹂
582
それは最悪の事態だった。
今華艶が置かれている状況は足首を捉えられているだけで、最悪
の事態ではない。火事のほうがよっぽど最悪だと華艶は判断した。
しかし、このまま手をこまねいているわけにはいかない。
華艶は触手を掴んだ。
﹁行ける!﹂
掴めるなら打つ手がある。
﹁喰らえ!﹂
触手を掴んだ手の中は小規模爆発を起こした!
煙が出た触手︱︱効いている!
だが、攻撃を喰らった悪魔は猛烈な反撃をしてきた。
何本もの触手が華艶の四肢を拘束した。
﹁くっ⋮⋮離して!﹂
触手は容赦なかった。
全身を舐め回しながら服の中に侵入してくる。
ショーツの中に触手が入ってきた。
イソギンチャクのような口を開けた触手が肉芽に噛み付く。
﹁あうっ!﹂
肉芽が吸われている。
﹁あっ⋮⋮あン⋮⋮やっ⋮⋮﹂
埋まっていた肉芽が吸い出され、充血して硬く大きくなっていく。
濡れるのは早かった。
愛液の流れ出す蜜壺をひと突きにされた。
﹁うっ!﹂
子宮まで響く衝撃。
乱暴な責め。
触手は菊門まで犯そうとしていた。
窄まったそこへ頭を押しつけてくる触手。華艶はお尻に力を入れ
て堪えた。
﹁そんなの⋮⋮入らない!!﹂
583
こうなったら最後の手段だ。
華艶は覚悟を決めた。
︱︱だが、そのときだった!
突如、秘所から触手が抜け落ちた。
抜け落ちたと言うより溶けたと言う方が見たままだったかもしれ
ない。
悪魔が華艶の目の前で溶けて床に崩れたのだ。
フローリングの床にできた血溜まり。
﹁どうした⋮⋮の?﹂
突然のことに華艶は理解できなかった。
おそらく強姦はまだまだこれからだったはず。
悪魔が意図してなかった出来事だったに違いない。
華艶はしゃがみ込んで床の血溜まりを見つめた。
﹁それにしても⋮⋮血だと思うんだけど、なんで血?﹂
自分の血ではないことは華艶もわかっている。
近くで眼を剥いたまま震えている女子生徒。その血でもない。
﹁今の怪物の血?﹂
とりあえず華艶は考えるのをやめて女子生徒のようすを看ようと
した。
まずは警察に連絡したいところだが⋮⋮。
﹁匿名で連絡して逃げればいっか﹂
ケータイを出そうとしたタイミングで、ちょうどインターフォン
が鳴った。
さらに玄関ドアは乱暴に叩かれた。
華艶が何事かと思っていると、ベランダから警官が部屋に入って
きた。
﹁動くな!﹂
こんなところで無駄な時間を費やし、さらに連行されて時間を費
やしている場合ではなかった。華艶にはやるべきことがまだあるの
だ。
584
﹁ごめん、野暮用があるの!﹂
素早い身の熟しで華艶は警官の横を擦り抜け、ベランダのフェン
スを力強く飛び越えた。
585
学園の魔術師︵6︶
深夜の神原女学園に侵入した華艶。
校舎に侵入することは容易ではないが、敷地内は宿舎などがある
ことから、比較的出入りが用意である。
華艶が向かっているのは校舎に隣接した警備員の詰所だ。
詰所の入り口に立った華艶はドアを思いっきり蹴っ飛ばした。
ゴンッ!
という激しい打撃音が響いた。
すぐに華艶は壁に背をつけて身を潜めた。
ドアが開かれ慌てたようすで警備員の大山が顔を見せた。
その瞬間、華艶が大山に飛び掛かった!
﹁このウソつき野郎!﹂
鈍い音と共に華艶の回し蹴りが大山の腹を決まった。
﹁うげっ!﹂
吐きそうな声をあげた大山は、両手で腹を押さえてその場に蹲っ
てしまった。
華艶は大山を引きずって詰所の中に入った。
詰所の中にはだれもいなかった。華艶はそのことを承知で乗り込
んできた。事前に警備員のシフトを確認済みだったのだ。
見回りの警備員が戻ってくるまでの時間︱︱
﹁たっぷり可愛がってあ・げ・る♪﹂
華艶は妖しく微笑んだ。
腹の痛みが治まってきた大山は華艶に飛び掛かった。
﹁このメス豚がッ!﹂
﹁豚はそっちでしょ!﹂
大山の目に飛び込んできた水色のパンツ!?
刹那、側頭部を蹴られ大山の巨体がぶっ飛んだ!
586
気力を振り絞って立ち上がろうとする大山だが、酔ったにように
足下がふらついてすぐに尻餅をついてしまった。
無邪気な少女の笑い声。
﹁ふふふっ、豚の丸焼きなんてどう?﹂
手に炎を宿らせて笑っている華艶。目が笑っていない。
大山は怯えた表情で、尻餅をついたまま後退したが、すぐに壁に
背中がついて逃げ場を失う。
﹁勘弁してくれ、もう抵抗しない!﹂
﹁じゃあ手短に答えてね﹂
﹁なんでも答える言ってくれ!﹂
﹁それじゃあ、まず∼。あたしの顔見覚えあるよねー?﹂
なぜか大山は押し黙った。
華艶は大山に顔を近づけた。
﹁覚えてないなんて言わせないんだから! あんたのデタラメ証言
のせいであたしと蘭香がどんな目に遭ってるか!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁なに黙っちゃって、黙ってれば済むと思ってんの?﹂
﹁⋮⋮覚えてない﹂
﹁は?﹂
大山の表情は嘘をついているとか、惚けているというふうではな
く、何を質問されているのかすら理解できないというきょとんとし
たものだった。
事件が起きたのは昨晩の話だ。忘れているなんて到底信じられな
い話だった。
まさか警備員違い?
それはない。華艶のほうだって昨日の出来事を簡単に忘れるはず
がないのだ。
﹁まさか生徒会室の事件も覚えてないんじゃないでしょうね?﹂
﹁それは覚えてる。俺の目の前で生徒が刺されたんだ。刺したのは
鈴宮蘭香で、その場には火斑華艶もいた﹂
587
﹁は?﹂
華艶のほうが相手の言葉を理解できなかった。
﹁あたしが火斑華艶なんだけど?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁あたしの顔に見覚えは?﹂
﹁ない﹂
きっぱりと断言された。
意味がわからない。
﹁ならなんであたしと蘭香がその場にいたってわかるわけ?﹂
﹁俺は見たからだ﹂
﹁なにを?﹂
﹁鈴宮蘭香が人を刺すところを見た。その場に火斑華艶もいた﹂
﹁ねえ、頭だいじょぶ?﹂
ちょっと強く蹴りすぎたか?
華艶は頭を抱えた。
﹁じゃあさ、順番に話してみて。事件の少し前から順番に詳しく話
して﹂
﹁俺は2年の教室で⋮⋮言えない⋮⋮俺には言えない﹂
﹁痛い目見たいわけ?﹂
﹁それが嫌だから言えないんだ﹂
﹁は?﹂
出口の見えない会話に華艶はだんだんと腹が立ってきた。
華艶の手の中で炎が轟々と燃えた。
﹁豚の丸焼きにされたいわけ?﹂
﹁勘弁してくれまだ死にたくねぇ﹂
﹁じゃあ話して﹂
﹁⋮⋮女とやってたんだよ﹂
﹁セックス?﹂
﹁そうだ⋮⋮鬼教官って呼ばれてる教師がいるの知ってるか?﹂
﹁ウチの担任なんだけど⋮⋮﹂
588
華艶にしてみればここでその名が出てくるとは思ってもみなかっ
た。
大山はニヤけながら饒舌になる。
﹁あの女、ああ見えて根っからのマゾなんだ。ケツを叩かれると大
喜びして喘ぎやがる。アソコに締め付けも最高で今度は絶対にナカ
出ししてやる﹂
マゾというのは鬼教官のイメージではない。鬼教官を知っている
者なら、みなそう思うに違いない。
事件とは話が逸れている気もするが、華艶は興味津々だった。
﹁前々からそーゆー関係だったわけ?﹂
﹁いや、あの日がはじめてだ。あの女から誘ってきたんだ﹂
﹁それマジであの鬼教官?﹂
﹁あのお高くとまった眼鏡の女、ほかに誰がいるってんだよ?﹂
﹁⋮⋮え? 今メガネって言った?﹂
﹁言ってねぇよ、お高くとまった筋肉女⋮⋮筋肉女? 俺がヤった
のはもっと華奢な⋮⋮あ、頭が痛てぇ⋮⋮頭が⋮⋮あ⋮⋮た⋮⋮ぐ
げぇあぁぁぁっ!﹂
奇妙な呻き声をあげた刹那、大山の穴という穴から黒い血が噴き
出した。
それは血の噴火ともいうべき爆発だった。
部屋中に飛び散る血は、まるで霧のように部屋を覆った。
妙な静けさが辺りを包み込む。
微かに耳鳴りのようなキーンという音が華艶の耳の中に響いた。
血まみれになって横たわる大山。
華艶はただ呆然とした。
しばらく立ちすくんでいると、ドアの開く音がして気配が部屋に
入ってきた。
華艶が振り返るとそこに立っていたのは︱︱
﹁鬼教官!?﹂
次の瞬間、華艶は鬼教官の持っていたバットで頭部を強打された。
589
﹁うっ!﹂
目眩がした。
そのまま気を失いそうになるも、華艶は歯を噛みしめ足を踏ん張
った。
おでこを押さえると生ぬるい感触がした。血が出ている。
鬼教官は尚も華艶に襲い掛かろうとしていた。
華艶は足下が覚束ず、避けようにも避けられない。
風を切り、フルスイングされたバッドが華艶の腹を抉った。
﹁ぐあっ!﹂
もう立っていられない。華艶はよろめいて膝から崩れてしまった。
倒れた華艶に鬼教官が覆い被さってくる。
華艶は抵抗できなかった。
馬乗りにされ、服がビリビリに破られ、ブラジャーが剥ぎ取られ
た。
露わにされた形の良い乳房が鷲掴みにされる。
鬼教官は狂気を孕み嗤っていた。
﹁秘密を知ったからにはただじゃ置かないよ。たっぷりしごいてや
るよ﹂
華艶の意識は混濁しているせいか、その声も酷く遠くから聞こる
ようだった。
乳房が乱暴にこねくり回される。
﹁あ⋮⋮やめ⋮て⋮⋮痛い⋮ってば⋮⋮﹂
﹁張りのある良い胸じゃないか!﹂
そう言いながら鬼教官は乳房の肉を指で握りつぶした。
﹁あああっ!﹂
痛みが走った。
苦痛を浮かべる華艶の表情を楽しそうに鬼教官は眺めている。
﹁ほらほら乳首が勃ってきたぞ﹂
乳首を摘まれ円を描くように引っ張られる。
﹁いや⋮⋮そんなに⋮⋮痛い⋮⋮ああっ!﹂
590
﹁木苺みたいで美味しそうな乳首だ﹂
﹁ぎゃっ!﹂
乳首が噛まれた。甘噛みなんて優しいものではない。噛み千切ら
れるほどの激痛だった。
華艶のショーツの中に指が侵入してきた。
陰毛が握られた。
﹁ぎゃあああっ!﹂
股間に走った激痛。
ショーツから手を抜いた鬼教官は、その手を華艶の目の前で開い
て見せた。
はらりと落ちる何本もの陰毛。その先で鬼教官は嗤っていた。
再びショーツの中に手が突っ込まれた。
﹁こっちのお豆も食べ頃かい?﹂
﹁ぎいっ!﹂
肉芽が強く摘まれた。
華艶は今にも意識が飛びそうだった。
責められる度に電流が全身を駆け巡り、目が白黒して帰って来れ
なくなりそうになる。
抵抗しようにも体が動かない。まるで大岩に全身を潰されている
みたいだ。
ショーツの中で鬼教官の手が暴れ狂った。
肉芽を貪り、肉丘を揉みしだき、肉壺の中に指を挿入された。
﹁ああっ!!﹂
﹁痛みを与えられながら濡れてるじゃないか。とんだマゾ豚だねえ﹂
﹁そんな⋮⋮濡れてなんか⋮⋮いやっ⋮⋮ああン!﹂
﹁汚い汁がグチョグチョ音を立ててるのが聞こえるだろう?﹂
粘液が糸を引く音。たしかに華艶の耳にも聞こえた。
グチョ⋮⋮グチュ⋮⋮ヌチョ⋮⋮。
さらに肉壺が拡張された。
﹁ほら3本挿ったよ、4本目も挿れてやろうか?﹂
591
﹁いやっ⋮⋮挿入らない⋮⋮抜いて⋮⋮抜いてぇぇぇン!﹂
肉壺に指を出し入れされながら、さらに乳房を握りつぶされた。
快感と激痛。
その境界が曖昧になっていく。
華艶は夢なら覚めてれと願った。
﹁あぁン⋮⋮鬼教官がマゾなんて⋮ウソだっ⋮⋮あああっ!﹂
﹁そう、根っからのサディストさ﹂
嗤う鬼教官。
眼を剥いた華艶。
華艶の瞳に映り込んだ極太の物体。
﹁うそ⋮⋮でしょ⋮⋮?﹂
それこそ夢だと思いたかった。
華艶の目の前に現れたのはバットだった。
そのバットでいったいなにをしようというのか?
鬼教官は自らの股を開き、ノーパンだった股間にバットの頭のほ
うを押し当てた。
まさか!?
グギギギギギィィィィ⋮⋮そんな音が聞こえてきそうな光景だっ
た。
バットの先が鬼教官の股間に呑み込まれていく。
﹁あああっ⋮⋮バットが⋮⋮挿入ってくるぅぅぅぅぅ﹂
低い声で鬼教官は喘いだ。
ついにバットは奥まで呑み込まれてしまった。
しかしこれで終わりではない。
バットの持ち手の先が華艶の秘裂に押し当てられる。
華艶の顔に恐怖が浮かぶ。
﹁やめてーーーッ!!﹂
ギチギチと入り口を拡張させながらバットが華艶の肉壺に呑み込
まれる。
持ち手のくびれが肉壁を刺激する。
592
﹁ああっ⋮⋮ひぃ⋮⋮あっ⋮あああン!﹂
ついに肉壺と肉壺が1本のバットで繋げられてしまった。
鬼教官が腰を動かしはじめた。
﹁いいぞ、奥まで当たってる⋮⋮ああっ⋮⋮おまえの中もかき混ぜ
てやる﹂
﹁うっ⋮⋮ううっ⋮⋮ああっ⋮⋮﹂
バットの持ち手がカリ首のように肉襞を擦ってくる。本物よりも
硬くて、引っかかるように動いて、強い刺激で乱暴に責めてくる。
華艶は耐えきれなかった。
﹁いっ⋮⋮イク⋮⋮だめ⋮⋮イッ⋮⋮﹂
寸前で華艶は堪えていた。
堕とされてしまう。
バットなんかで堕とされてしまう。
ピストン運動でバットが出し入れされつ度に、薄紅色の粘膜が捲
れ上がってしまう。中を全部掻き出されてしまいそうだった。
﹁もう⋮⋮やめ⋮て⋮⋮ひぐっ⋮⋮﹂
肉壺に太いものを挿入られると、直腸も押し上げられて、菊肉ま
で広げられてしまう。
そんな恥ずかしい菊肉を鬼教官に見られてしまった。
﹁奇麗な色したケツ穴だねえ。シワを伸ばされヒクヒク言ってるよ﹂
﹁いやっ⋮⋮見ないで⋮⋮そんなとこ⋮⋮いやぁン!﹂
もう恥ずかしさは華艶の快感をさらに高めた。
鬼教官はバットの挿入角度を微妙に変えてきた。
肉壺から膀胱のほうを突き上げ、下腹部を突き破ってきそうだ。
﹁あっ⋮⋮ひぐっ⋮⋮イッ⋮⋮あっ、ああっ⋮⋮﹂
今度こそ我慢の限界だった。
﹁うっ⋮⋮あっ、あっ⋮⋮あ⋮⋮ヒイィィィィッ!!﹂
血管が切れそうなほど全身が強ばり、下腹部に最大の力が掛かっ
た。
膨張していた肉壁が締まり、バットを口を窄ませたように吸い上
593
げてくる。
﹁⋮⋮ッ!﹂
華艶は全身に力を入れたまま不器用に悶えた。
イッてすぐにバットが乱暴なピストンをはじめた。
﹁うっ、うっ、うっ、うっ⋮⋮﹂
絶頂を迎えたばかりで刺激が強すぎる。
すぐにまた華艶はイキそうだった。
﹁だめ⋮⋮あ、あっ⋮⋮う⋮⋮ッ!!﹂
今度は絶頂の快感が強すぎて言葉にもならなかった。
そして、燃え上がった華艶の躰。
キエェェェェェーーーーーーーーーーッ!!
魔鳥ような奇声があがった。
それが本当に声であったのかもわからない。
ただ次の瞬間、キーンという耳鳴りが華艶の頭を揺らした。
仰向けになって天井を見つめる華艶。
股間がぐっしょりと濡れている。
しかし、バットは刺さっていなかった。
それどころか服もちゃんと着ている。
華艶はなにが起きたのかわからなかった。
だるい躰を起こすと、大山が血まみれになって死んでいた。
さらにもうひとり、警備員の男が床に倒れてた。
どうやら死んではおらず、気絶をしているだけらしいが、その姿
がなんとも無様だった。ズボンとパンツを下ろし、白液をまき散ら
してイツモツを萎えさせている。さらになにやら焦げ臭いと思った
ら、警備員の陰毛は焼けていた。
﹁あたしが⋮⋮やっちゃったの?﹂
別の記憶ならあるが、そんな記憶はない。
﹁⋮⋮だれっ!?﹂
気配がした。華艶はすぐさま辺りを見回す。外だ、外からした!
しかし、躰が重くて動かない。
594
﹁快感は本物だったみたい。でも記憶は?﹂
現実か、幻か、今が幻ならあれが現実で、あれが現実なら今が幻
だ。
華艶は重い躰を引きずって詰所の外に出た。
もう気配はどこにもない。
代わりに気配の落とし物が残っていた。
跡だ。
地面に残された杖を突いたような跡。
﹁魔法使い?﹂
跡は点々と残されており、魔法の杖と言うよりは、歩行補助に使
われたようだ。
華艶は言う事を聞かない躰に鞭を打って跡を追った。
だがアスファルトの地面で痕跡が途絶えてしまう。
﹁杖⋮⋮か﹂
華艶はつぶやいた。
595
学園の魔術師︵7︶
翌日、学園の休校は1日で終わってしまい学校がはじまった。
しかし華艶が向かったのは病院だった。
出席日数よりも大切な用事がそこにはある。
ベットに横たわるその患者を前にして、華艶はこう話を切り出し
た。
﹁悪化して入院が伸びちゃったんだってぇ⋮⋮黒崎サオリさん?﹂
黒崎カオリは明らかに怪訝そうな顔をした。
﹁帰ってくれませんか?﹂
まだ言葉遣いは丁寧だが、憎悪がひしひしと伝わってくる。
﹁帰らないよ、あなたを警察に突き出すまで﹂
﹁⋮⋮ッ、なんのことですか?﹂
﹁きのう病院で倒れたんだってぇー、貧血で?﹂
﹁それがどうかしましたか?﹂
﹁ケガしてる腿の縫合自分で取って開いたんだってね﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
完全に沈黙した。その表情は無機質で冷たい。
カオリにしゃべる気がないのなら華艶がしゃべるまで。
﹁その左手首の傷も自傷してるんだよねえ? でもさ、普通の自傷
とは違うよね、それ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁話はちょっと変わるんだけど、あたしのパンツからあなたの血が
検出されたんだけど?﹂
﹁なっ!? なにを言ってるの!?﹂
﹁あのね、きのうなんか変な影みたいな怪物に襲われたとき、なぜ
かあたしのパンツに血痕が付いたんだよね。調べてもらったらあな
たの血液だって、驚きでしょ∼?﹂
596
貧血で倒れた。
黒崎カオリの血液。
華艶は微笑んだ。
﹁あなたが貧血で発見されたのと、あたしが学生寮で怪物に襲われ
たのはほぼ同時刻。あのとき怪物が突然消えたのは、あなたが貧血
で倒れたからなんでしょう?﹂
﹁なにを言われているのかわかりません﹂
﹁あと、ガッコの警備員室の近くからあなたの血痕が見つかったん
だけど?﹂
﹁だからどうしましたか?﹂
﹁幻術かなにかだと思うんだけど、近くにいないと使えないのかな
ぁ? 深夜あなたを乗せたっていうタクシー見つけちゃったんだけ
ど﹂
﹁使ったのはタクシーじゃ⋮⋮くっ!﹂
﹁あ、ほかの手段だった? ごめ∼ん、警備員室からのくだりは全
部ウ・ソ♪﹂
ただならぬ邪気が病室に立ち籠めはじめていた。
いち早く華艶が危険を感知した。
﹁逃げて!﹂
叫ぶ華艶。
患者たちも華艶の言葉を理解したが、逃げるよりも速くそれは起
こってしまった。
サオリの投げた短剣が宙を飛ぶ。
﹁ぐうわぁッ!﹂
患者のひとりの胸に突き刺さった短剣。
生ぬるい風が窓の外から吹き込んできた。
出口に殺到する患者たち。ベットから動けない者が取り残される。
しかし、誰もこの部屋からは逃がさない。
シルエット
刺さった短剣が血を噴きながら抜けると同時に、黒い血が霧と化
して人像を描いた。
597
出口を塞ぐ無数の触手。
松葉杖を使って立ち上がったサオリが、悪魔に魅入られた笑みを
浮かべた。
﹁めんどくさいから、もう皆殺しにしてあげる。みんな死んじゃえ、
死んじゃえばいいのに﹂
目に見えるほど強烈な邪気がカオリを包み込む。
今まではおそらく特定の標的の中で殺人が行われていた。それが
無差別に向けられた今、いつ誰が狂気の犠牲者になるかわからない。
まずはこの部屋にいる者全員。
サバイバルゲームのはじまりだった。
敵はただひとり。
殺らなければ殺られる。
見舞いに来ていた若い男がサオリに突進した。
華艶が制止しようとする。
﹁危ない!﹂
だが間に合わない。
血の気が盛んな若者と太股に重傷を負っている少女。外見だけを
言葉にすれば、若者が優位に思えるだろう。だが内に秘めた狂気が
︱︱少女は優っている。
刹那だった。
槍のように無数の触手が若者の全身を貫いた。
若者の口から血の塊が吐き出される。
その血もまた糧となる。
床に倒れた若者の血をポンプのように吸う触手。
華艶は視線を滑らせた。
サマナー
出口付近で動けなくなっている患者たち。ベットに取り残された
患者たち。召喚士を守るように寄り添う悪魔。その召喚士たる黒崎
カオリ。
倒すべきは黒崎カオリだ。
問題はそれを阻んでくる悪魔の存在だろう。
598
華艶の戦闘能力は炎術によって飛躍的に上がる。問題はその術の
使用制限だ。使用制限と言っても、華艶が異常をきたしていない限
りどこでも炎を生むことはできる。使用制限とはあくまで物理的な
要因や、倫理道徳刑法社会のしがらみによるものだ。
炎が制限されても、しなやかな敏捷性と格闘で、ただの人間相手
なら肉弾戦でもいける。黒崎カオリを倒すだけなら拳一つで十分だ
ろう。問題なのは悪魔のほうだ。前回の戦いから己の肉体だけでは
戦闘は困難で、炎を使わざるを得ないだろう。
被害の心配よりも今は身の危険を焼き尽くす。
それでも最小の被害に留めたい華艶はチャンスを伺った。
﹁ところで動機はなに? 殺されちゃうならその前に聞いておかな
いと成仏できないんだけど?﹂
話に注意を向ける。
サオリはこれに応じるか?
﹁復讐に決まってるでしょう﹂
応じた!
すぐに華艶は話を続ける。
﹁復讐?﹂
﹁わたしは顔の見えない相手に虐められていたの﹂
﹁顔の見えない相手?﹂
﹁そう、ケータイの学校裏サイト﹂
ネットの匿名掲示板だ。
サオリは世界のすべてを睨みつけるような顔をした。
﹁みんなで寄って集ってわたしを虐めて、あることないこと誹謗中
傷を書き込まれて⋮⋮﹂
﹁だからって殺すことはないんじゃないの?﹂
﹁あなたになにがわかるの!!﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁わたしが自殺するか、あいつらが死ぬか、2つに1つしか道はな
いの﹂
599
多くの者は自ら命を絶つことを選ぶ。
︱︱黒崎カオリは違った。
﹁元々魔術に興味があったわたしは、それでクラス全員に復讐して
やることにしたの﹂
﹁クラス全員?﹂
﹁だってだれが書き込んでいるのかわからないから。でもちゃんと
率先して煽ってた首謀者だけは見つけたわ⋮⋮1番の友達だった。
悔しくて悔しくて、だから真っ先に殺して汚い屍体をみんなの前に
ふふふっ、
晒してやったの。だってあの子、自分のことカワイイって思い込ん
でるみたいだから、グチョグチョにしてやったの⋮⋮
あははははっ﹂
それが動機だった。
はじめはたわいのないこと書き込みだったかもしれない。それが
大きな闇を生み出し、魔術を行使した連続惨殺事件にまで発展した。
しかも標的はクラス全員、すでに被害者となった者の中にも無関係
な生徒もいたかもしれない。
事の重大さを考えれば、カオリが責められるかもしれない。闇の
資質をカオリがはじめから持っていたのかも知れない。しかし、そ
の資質が芽を出さずに一生を終えることだってあったはずだ。
これは個人や一部の人間だけの問題ではなく、社会全体の問題な
のだ。
華艶は沸々と怒りを込み上げていた。
﹁クラス全員を巻き込もうとするとか意味わかんないんですけどー。
てゆかさ、なんで蘭香まで巻き込まれないけないわけ、カンケーな
いでしょ?﹂
﹁あの女はわたしの大事な彼を奪ったのよ!﹂
﹁あんたに問題があったからフラれただけじゃないの?﹂
﹁キーーーーーーッ!!﹂
ヤバイ⋮⋮キレた。
サオリが奇声を発すると同時に無数の触手が華艶に襲い掛かって
600
きた。
えんへき
こうなったらやむを得ない。
﹁炎壁!﹂
華艶は自分の前に炎の壁をつくって触手を焼き尽くした。
カオリは血が出るほど髪の毛を掻き毟った。
﹁なんで、なんでわたしの邪魔ばかりして、あなたはなにがしたい
の!﹂
﹁蘭香の容疑を晴らすこと﹂
﹁だったらここにいる全員を皆殺しにして、全部あの女が殺ったこ
とにしてあげる! 死刑よ、あの女は死刑になるのよ!!﹂
﹁どこまで身勝手なのバカ女!!﹂
召喚士を倒せば終わるが、やはりまずは悪魔からだ。
ここで黒崎カオリを殺しても正当防衛が認められるだろう。だが、
えんしょうは
今ある証拠とここにいる人々の証言で、蘭香の容疑を晴らして黒崎
カオリを有罪に持ち込めるか?
﹁警察に突き出されて死刑になるのはあんたのほう︱︱炎翔破!﹂
華艶の手から炎の玉が投げられた。
伸びる触手!
炎翔破のほうが早い!!
業火が悪魔を包み込み轟々と燃やす。
火災報知機が鳴り響いた。
出口を塞いでいた触手も消滅し、患者たちが一斉に外へ逃げ出す。
カオリの顔が狂気に染まる。
﹁死ね死ねシネーーーッ!﹂
なんとカオリは太股の傷を自らこじ開けた!?
太股から血が噴き出す。
血に彩られるサオリの顔。
再び復活した悪魔の人像。
触手が逃げようとしていた患者を串刺しにしようと伸びた!
華艶には患者を守る術はなかった。
601
﹁ッ!﹂
唇を噛みしめた華艶の手に炎が集まる。
﹁炎翔破!﹂
カオリの表情が恐怖に彩られた。
﹁ギャァァァァァァッ!!﹂
業火に包まれた人像。それは悪魔ではなくカオリだった。
襲われそうになっていた患者の目の前で悪魔が溶けた。召喚士の
使役が途切れたのだ。
生きたまま焼かれる恐怖。
暴れ狂ったカオリがベッドやカーテンを引火させていく。
瞬く間に辺りは火の海に包まれる。
華艶は立ち尽くした。
廊下から消化器を持ったナースが部屋に駆け込んできた。
﹁みなさん早く逃げてください!﹂
しかし、華艶は動かなかった。
火だるまになりながらカオリは窓辺に向かった。炎に躍らされる
のではなく、それは自らの意思だった。
華艶は息を呑んだ。
炎に包まれるカオリが窓の外に消えた。
最後の最期に彼女は飛び降り自殺を図ったのだ。
慌てて華艶は窓辺に駆け寄り遥か地上を見下ろした。
おそらく地面との衝突で即死だっただろう。
炎はまだ屍体を包み込んでいた。
警察が来る前に病院から逃げ出した華艶は、ある場所を目指して
急いでいた。
黒崎サオリ殺害はおそらく正当防衛が成立するだろうが、あの場
所で警察に連行されるはの今避けたかった。
おそらく捜査が進めば警察もこの場所を捜索するだろう。華艶が
やって来たのは黒崎サオリの自宅だった。
602
一軒家の表札に黒崎と出ている。
インターフォンを押すと、母親が玄関から出てきた。
すぐさま華艶は開いたドアに足を一歩入れ、閉められないように
工作してから名乗る。
﹁サオリさんの同級生なんですけど、入院してるサオリさん荷物を
取ってきて欲しいって頼まれました﹂
﹁荷物ですか?﹂
﹁部屋に入れてもらえばすぐにわかると思います﹂
﹁⋮⋮部屋には誰も入るなって普段から言われているので﹂
﹁おじゃましますねー﹂
強引に華艶は家の中に侵入した。
母親は慌てて華艶の行く手に立ちはだかる。
﹁勝手に上がらないでください!﹂
﹁娘さんの部屋どこですか?﹂
﹁ちょっと、警察呼びますよ!﹂
﹁いいですよ、呼んでも。遅かれ早かれ来ますから﹂
﹁え?﹂
思わず母親は身を止めた。
その間に華艶は部屋中のドアを開けはじめた。
1階にはなさそうだ。2階に上がってひと部屋目のドアを開けた。
そこでもなかった。
廊下を歩き2つ目の部屋を開けようとした。
﹁⋮⋮ん?﹂
カギが掛かってる。
母親が慌てて階段を駆け上がってきた。
﹁部屋に入れたらサオリに殺される!﹂
﹁残念ですけど娘さんは亡くなりました﹂
﹁⋮⋮ッ!?﹂
絶句。
床にへたり込んだ母親を尻目に、華艶は軽い助走をつけてドアに
603
タックルした。
激しい衝撃音と共にドアが開いた。
﹁あ∼いったーっ、肩外れそうになったし﹂
肩を押さえながら華艶は部屋の中に入った。
締め切られたカーテン。
薄明かりの中でその部屋はとても不気味に見えた。
魔法陣の書かれた布や血まみれの短剣、得体の知れない骨まであ
った。他にも魔術に関係しそうな物で溢れている。この場にいるだ
けで呪われてしまいそうだ。
﹁蘭香!!﹂
華艶が叫んだ。
ベッドの柵に手錠で繋がれていた蘭香の姿。酷くやつれた表情で
目をつぶったまま息をしているのかもわからない。
﹁蘭香! だいじょうぶ蘭香!!﹂
華艶は蘭香の体を抱きかかえた。
脈はある。微かに息もしている。生きている。
﹁蘭香?﹂
﹁⋮⋮うう⋮⋮う⋮⋮﹂
﹁蘭香?﹂
﹁⋮⋮か⋮⋮えん?﹂
蘭香が目を覚ました。
喜びのあまり華艶は泣きそうな顔をした。
﹁よかった⋮⋮蘭香⋮⋮本当に⋮⋮うぐっ⋮⋮﹂
﹁ありがとう華艶。助けに来てくれたのね﹂
﹁当たり前じゃん⋮⋮だって⋮⋮だってぇ⋮⋮うえ∼ん﹂
﹁あははっ、華艶が泣くとこはじめて見た﹂
﹁泣いてなんか⋮⋮ううっ⋮⋮ぐぅ⋮⋮﹂
蘭香はそっと華艶を抱きしめた。
﹁本当にありがとう華艶。もう事件は解決したの?﹂
﹁⋮⋮うん、もう全部﹂
604
﹁碧流も釈放されたの?﹂
﹁あいる?﹂
木之下碧流︱︱始業式の事件で逮捕された生徒だ。
﹁わたし見ていたの。事件の直後、碧流が警察に連行されるところ。
そのあと黒崎さんに話を聞いたわ、自分が碧流をはめてやったって﹂
﹁あ、始業式の事件の容疑者ね。その子とどういう関係なの?﹂
﹁中学時代からの後輩なの。警察に連れて行かれたときも、絶対に
あの子は無実だって信じてた。だから華艶⋮⋮なにかあったらあの
子の力にもなってあげてね﹂
3つの事件。蘭香が関わっていない1つ目の事件は、蘭香が無実
イコール碧流も無実になるとは限らない。
黒崎カオリの捜査が進めば、1つ目の事件も解決するかもしれな
い。警察が捜査を誤れば、またそのとき華艶の力が必用になるだろ
う。
しかし、今は︱︱。
﹁とりあえずケーサツ呼ぼっか。今度は証拠もあるし、ちゃんと蘭
香の容疑も晴らせると思うし⋮⋮それにしても、なんかすっごい疲
れた﹂
華艶は蘭香の胸を借りてほっと溜息を漏らした。
605
学園の魔術師︵完︶
鈴宮蘭香の容疑は無事に晴れた。
警察も実名での指名手配は早まったと陳謝したが、一度報道され
たことは蘭香によって苦難となる。報道各社は蘭香の無実を報道し
たが、そのことを知らない者は蘭香を連続殺人犯と思い込むことも
あるだろう。
混乱を招いたとして蘭香は自ら生徒会長の座を辞任したが、蘭香
を擁護する声も大きく再任運動も起きている。
放課後の教室、華艶と蘭香は二人っきりで残っていた。
﹁急に呼びだしてごめんね、華艶﹂
﹁大事な話ってなに?﹂
﹁事件のこと⋮⋮聞いて欲しくて﹂
蘭香が釈放されたということは、黒崎サオリの犯行が認められた
と言うこと。まだ捜査は続けられているらしいが、事件はいちよう
の解決を見せていた。だが一般にも事件の詳細は発表されておらず、
華艶も事件に関わったとは言え詳細までは知らなかった。
椅子に座りながら碧流は静かに話しはじめる。
﹁始業式の事件のあと、碧流が連行されるところを見たって言った
の覚えてる?﹂
﹁うん、覚えてるよ。まだ拘留されてるみたいだけど近いうちに出
れるってね﹂
﹁そのすぐあとに、知らないアドレスからメールが来て、碧流のこ
とで話があるって理科室に呼び出されたの。今思えば黒崎さんだっ
たんだけど、あのときはいきなり変な臭いを嗅いで気絶してしまっ
て﹂
蘭香から来た呼び出しメールが偽物だと疑っていたときから、華
艶は蘭香と別れてから放課後までの間に、蘭香の身になにかあった
606
のではないかと推測していた。
﹁目が覚めたら⋮⋮﹂
言いかけて蘭香は黙り込んでしまった。
華艶はなにも言わず、じっと蘭香が話しはじめるのを待った。
しかし、蘭香は時間が経つと共に苦痛を顔に浮かべ、ついには泣
き出してしまったのだ。
ここで華艶は声を掛けずには居られなかった。
﹁だいじょぶ蘭香?﹂
﹁⋮⋮大丈夫⋮⋮少し待って⋮⋮落ち着いたら話を続けるから﹂
蘭香は涙を拭いて呼吸を整えはじめた。
今度こそ華艶は待ち続けた。
そして、だいぶ時間が掛かったが、蘭香は静かな面持ちで話を再
開した。
﹁わたし犯されたの⋮⋮警備員に﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
華艶は息を呑んだ。そして、
﹁この野郎ヌッコロス!!﹂
さらにそして、
﹁⋮⋮あ、もう死んでた﹂
警備員の詰所に乗り込んだときのことを華艶は思い出した。
あのときは意味のわからなかった話が、今繋がろうとしていた。
警備員の大山はたわ言のように﹃お高くとまった眼鏡の女﹄﹃俺
がヤッったのはもっと華奢な﹄と、鬼教官らしからぬ容姿を言って
いた。
蘭香は華艶を見つめ続けながら話を続けようとした。
﹁目が覚めたらどこかの教室にして、いきなり警備員に襲われて、
後ろから犯されて何度もお尻を叩かれて⋮⋮あんな形で処女を失う
なんて、こんなことなら早く彼氏を見つけて済ませて置くんだった
わ﹂
蘭香は笑って見せたが、無理をしているのはわかった。
607
華艶は自分のことのように苦しそうな顔をして、唇を強く噛みし
めて沈黙した。
今は沈黙のほうが蘭香には辛かった。
﹁警備員に犯されたわたしは必死になって抵抗して、どうにか相手
を殴って少し逃げられたとき、目の前に床に刺さっているナイフに
気づいたの。そのときわたしは混乱していたし、殺したいほど相手
を憎んでいた。だから躊躇うことなくナイフを抜いたの⋮⋮そして
より残酷な現実に引き戻された。わたしの身体中に血が掛かって、
前の前にはじめて女の子の姿が現れて⋮⋮そのあとは記憶が⋮⋮微
かに華艶の姿があったような⋮⋮﹂
警備員の大山は鬼教官とヤッていたつもりだったが、それは幻術
にかけられたウソの記憶だったのだ。そして、蘭香も幻術にかけら
れていた。
さらに蘭香は休むことなく話を続ける。
﹁それから先も記憶が曖昧で、警察に捕まったことは覚えてるんだ
けど、尋問の記憶も目眩のように回って、記憶がはっきりとしたの
は留置場で恐ろしい何かが現れたとき。それがいったい何かわから
ない、とても恐ろしくて、その影にわたしを連れ去れたの。そのあ
とはずっと黒崎さんの部屋で監禁されて﹂
﹁カラオケボックスには行ってないの?﹂
﹁部屋から一歩も出してもらえなかったわ﹂
カラオケボックスの事件。ただひとり蘭香の犯行だと主張したサ
オリの証言は嘘だったのだ。
華艶はとてもほっとした。このとき、事件から解放された気分な
ったのだ。
ただ1つ、気になっていることがある。それを尋ねるべきか華艶
は迷ったが、思ってしまったことを黙っていられる性格でもなかっ
た。
﹁ごめん、答えたくなかった答えなくてもいんだけどさ﹂
﹁なに?﹂
608
﹁黒崎カオリが蘭香を事件に巻き込んだ動機。蘭香が元彼を奪った
とかなんとか⋮⋮でも、蘭香彼氏いないよね?﹂
﹁彼女の勘違いなのに信じてもらえなかった。あの人とは付き合っ
ていないし友達でもなくて、ただ一方的にわたしが言い寄られてい
ただけなのに⋮⋮﹂
﹁だよねー、蘭香って彼氏いない歴イコール年齢だもんね!﹂
﹁⋮⋮華艶だって彼氏がいたって話を聞いたことないけどぉ?﹂
﹁⋮⋮まあ、それはそれとして。蘭香の無実が証明されたんだから
よかったじゃん。今夜は飲んで飲んで飲みまくるぞー!﹂
﹁お酒は駄目よ﹂
﹁チッ⋮⋮相変わらず硬いんだからー﹂
ぶすっとふくれっ面をした華艶を見て蘭香は笑ってしまった。
それに釣られても華艶も大笑いした。
二人はお互いを見つめながら心から笑い続けた。
今日からまた普通の学園生活がはじまる。
遅刻せずにちゃんと登校してきてしまった華艶は、かったるそー
な顔をして席に着いていた。
なるべくギリギリに学校に登校、もしくは遅刻してるのが日課の
華艶としては、チャイム15分前というのは異例の早さだ。
というのも理由がある。
朝起きてケータイをチェックすると、ずいぶん前にケータイへメ
ール着信があったのだ。
蘭香からの呼び出しメール。まだ生徒も登校してないような朝早
く、学園に来るように書かれていた。
慌てて自宅を飛び出したが今に至る。蘭香には会わせるかもなく、
謝罪メールを送ったが返信はなかった。
再び今朝のメールを見ながら華艶は重い表情をする。
ほかにも気分が重いことがある。
まだクラスに馴染めない。
609
留年のせいもあるが、事件のせいでまだ生徒たちがギクシャクし
ている。
そんな空気をぶち壊す勢いで、とある生徒がスカートを揺らしな
がら華艶の元に駆け寄ってきた。
﹁神様仏様火斑先輩おはようございます!!﹂
きょとんとする華艶の両手をガッシリ握って少女は話を続ける。
﹁マジでありがとうございます。先輩のおかげで無事に釈放されま
した。これから火斑先輩の舎弟として恩を返そうと思います!﹂
﹁⋮⋮あ、木之下碧流か。てゆか、先輩ってやめて欲しいんだけど、
同級生なんだし気軽に接してもらったほうが浮かなくて済むし﹂
﹁じゃあ華艶今度あたしのおごりで遊びに行こ﹂
﹁⋮⋮切り替え早すぎ﹂
これが華艶と碧流のはじめての出逢いだった。
気軽にって言った途端、この後も碧流はどんどん土足で華艶のプ
ライベートに干渉してきた。
朝のホームルーム中も話しかけられ、1時間目の全校集会に向か
う廊下でも付き纏われた。
碧流のおしゃべりは留まることを知らなかった。
﹁昔からツイてないとこあって、やってもないことで怒られたりと
かよくあったんだけど、まさか殺人の容疑で捕まっちゃうなんて人
生最悪の経験。取り調べはきついし、独房じゃケータイも使えない
し﹂
﹁たしかにあたしも何度か留置場に入れられたことあるけど、ケー
タイ使えないのはマジきつい﹂
﹁華艶もブタ箱に入れられたことあるの!?﹂
﹁あそこブタ箱ではないし。それにあんたの場合は学校裏サイトな
んかに悪口書いてたから、罰が当たったんでしょ、自業自得﹂
華艶がよく留置場にお世話になるのも自業自得だ。
潤んだ瞳で碧流は華艶を見つめた。
﹁碧流かなしいぃ∼。友達の華艶に悪い女だと思われるなんて﹂
610
﹁まだ友達になった覚えはないけど﹂
﹁友達だとも思われてないの? さらにショックだなぁ。ちょっと
聞いて、サオリの犯行動機警察でも聞いたんだけど、あたしそんな
変な掲示板に書き込んだことなんし、アクセスもしたことないんだ
よ? あたしのケータイのアクセス記録調べてもらえばはっきりす
るのに!﹂
﹁ほかのケータイでアクセスしてたってこともありえるけどね﹂
﹁そこまで疑う∼っ!?﹂
たぶん碧流はやってないだろうな、と華艶は内心では思っていた。
そうなると碧流は本当にツイてない少女だ。今回の事件では完全
に巻き込まれた形になる。
全校集会は講堂ではなく校庭で行われた。講堂は封鎖こそなって
いないものの、やはり生徒たちは入りたがらない。講堂の建て替え
の話も案として検討されているというウワサも流れてきた。
集会の内容は碧流が晴れて釈放されたことから、まず事件につい
て学園長から説明があった。加えて亡くなった生徒に冥福を︱︱。
黒崎カオリについてはあまり多く語られず、報道の取材などには応
じないようにと念を押された。
講堂の建て替えについても本当にやるらしい。
今回の事件はあまり大きく報道されることはなかった。帝都の凶
悪事件は目まぐるしく日々起きていることもあるが、最大の理由は
帝都の三大グループ企業である、姫野財閥ことクローバーグループ
が圧力を掛けたからだと言われている。
話は変わり、次の話題は生徒会選挙実施についてだった。まずは
理事長から説明があり、続いて蘭香にマイクが交替された。
キーン。
なにやら蘭香がはじめたようだが、ハウリングが酷くて聞き取れ
ない。生徒たちは不快な顔をして耳を塞いだ。
611
蘭香本人は気づいてないのか︱︱いや、そんなはずはないだろう、
なぜか話し続けている。
そして、やっと蘭香の声が聞こえたのだが︱︱。
︽皆殺しにしてあげる︾
全校生徒が凍り付く。
さらに一部の生徒には戦慄が走った。
華艶もまた、自分の耳を疑い、ある少女の悪魔に魅入られた笑み
を思い出した。
たった今蘭香が発した声は蘭香のものではなく、死んだはずの黒
崎サオリの声だったのだ。
その声に気づいた生徒たちは戦慄によって混乱した。
壇上の上に立つ蘭香が隠し持っていた短剣を取り出し、なんと自
らの腹に突き刺した!
恐ろしく、至福の笑みを浮かべながら蘭香が倒れた。
そこら中から悲鳴があがった。当初それは黒崎カオリの声と、蘭
香の取った行動によるものだった。
しかし、徐々に別の悲鳴が沸き上がったのだ。
生ぬるい風が生徒たちの間を駆け抜けた。
何百もの生徒たちの肉体が何千もの触手に弄ばれる。
恥辱の嵐が吹き荒れ、淫獄乱舞の絶景が広がった。
濃厚な少女の香りが熱気と共に立ち籠める。
叫び声。
その叫びはやがて恐怖から狂喜と快楽の喘ぎと変わり、次々と少
女たちは自ら股を開きはじめた。
赤黒かった触手たちはその色をだんだんと白濁色へ変えていた。
触手は少女たちの蜜を吸収しているのだ。
そして、触手の先端が泡だった汁を一斉に拭きだした。
自分たちの愛液に溺れる少女たち。
毒々しさを増していく触手。
誰も逃げられない。
612
触手によって2つの穴を掴まれ、股間に鎖を繋がれているような
状況だった。
形も大きさも違ういくつもの乳房が揺れる。
その中でももっとも過酷に責められていたのは華艶だった。
﹁ああっ⋮⋮だめ⋮⋮黒崎サオリ⋮⋮なんで⋮⋮いやあああっン!
!﹂
乳房をぎゅうぎゅうに搾られ、乳輪ごと乳首が勃起してしまう。
﹁いやっ⋮⋮やめて⋮⋮﹂
華艶の尻を舐めていた触手が菊門をこじ開けてきた。
﹁ヒィィィィッ!!﹂
触手は直腸に出し入れされるだけではなく、もっと深くまで侵入
しようとしていた。
華艶は声も出せず藻掻き苦しんだ。
触手が逆流してくる。
S字結腸を通り抜ける太い触手がうねる。
まだまだ昇り続ける触手は小腸まで犯して腸詰めを作り、便意が
止まらない。
徐々に腹が膨れていく。
まるで妊娠の経過を早送りで見ているようだ。
しかし、中に詰まっているのは胎児ではなく触手。
腹が気持ち悪く蠢き、流動が目にも見えてしまうのだ。
ごぼごぼと腹が音を鳴らす。
胃液が昇ってくる感覚から一気に!
﹁グエェッ!﹂
汚らしい嗚咽と同時に触手が華艶の口から吐き出された。
華艶は口から触手を引き抜こうと掴むが、尻から伸び続けている
触手を通す助けをしているに過ぎなかった。
だんだんと華艶の顔から血の気が失せていく。
呼吸をしていない。
のどいっぱいに詰められた触手で息すらできないのだ。
613
痙攣した華艶が白目を剥く。
刹那、腹から爆発した。
辺りに飛び散る華艶のどす黒い血の雨。
華艶は死んだ。
⋮⋮黒崎カオリの夢の中で。
帝都病院の除霊ルームで蘭香に取り憑いた悪霊︱︱黒崎カオリと
の切り離しに成功し、さらに隔離処理も済んでいた。
魔法陣の上に浮かぶガス状の物体。その中には黒崎カオリの顔ら
しきものがあった。
華艶はその場に立ち会い、警察の事情聴取に協力していた。
﹁自らの能力を反射させられるなんていい気味﹂
幻術でカオリの見ている映像はスクリーンに映し出されていた。
その中では未だに狂喜が繰り広げられている。
警察はもう少し落ち着いたあと、霊魂への事情聴取を行う予定だ。
けれど、霊というのはあまり安定しておらず、言動にも怪しいこと
が多いので証拠としてはまだ認められていない。なおかつ、警察検
察関係による降霊術は、なぜか帝都政府に禁止されている。今回は
あくまで表向き除霊ということになっている。
数時間前、蘭香は全校集会の最中、マイクを握って話しはじめよ
うとした瞬間、気を失って倒れてしまったのだ。
嫌な予感のした華艶は病院に同行し、精密検査をしてとくに霊波
などを調べてくれるように頼み込んだのだ。
その結果、蘭香の中で眠る黒崎カオリの霊体を見つけ出した。
そして、警察への連絡が済まされ今に至る。
なぜ華艶が霊波の検査を頼んだのか?
それは今朝来ていたメールにあった。
見たばっかりのときは慌てて見過ごしていたが、教室で改めてみ
たときに気づいたのだ。
614
蘭香からのメールには待ち合わせの時刻が表記されていた。
﹃今日のAM6時に学園の3年A組に必ず来て﹄
どこかで見たようなメールだった。
文章の形もあのメールに似ていて、さらに蘭香のクセである24
時間表記ではなかった。
気を失っていた蘭香がゆっくりと目を覚ました。
すぐに華艶は蘭香を抱きしめた。
﹁だいじょぶ蘭香?﹂
﹁⋮⋮ううっ⋮⋮あれ⋮⋮わたし?﹂
﹁ちょっと悪い虫に憑かれてただけだよ。でも今度こそ全部終わっ
たから⋮⋮どこか遊びに行こうか?﹂
蘭香は自分の置かれている状況を把握しようと周りを見渡した。
そして、何事にも触れず部屋の外へと歩き出す。
﹁どこに行く華艶?﹂
﹁蘭香の好きなとこでいいよ﹂
﹁そう。ところで華艶?﹂
﹁なに?﹂
﹁今気づいたんだけど、いつの間にかわたしこと名前で呼んでくれ
てるわよね?﹂
﹁そんなことないよ元生徒会長﹂
﹁わざとらしいからやめてよ﹂
蘭香は笑った。
それに釣られても華艶も大笑いした。
二人は笑いながら部屋をあとにしたのだった。
615
真夏の王︵1︶
波打ち際の岩場で微かな声が聞こえる。
必死に押し殺そうとそている喘ぎ声。
﹁あっ⋮⋮あン⋮⋮こんなとこで⋮⋮だめだってば⋮⋮あうン﹂
ビキニを着た少女は後ろから抱きつかれ、水着ごと胸をまさぐら
れている。
男のほうも若い。学生のカップルかもしれない。
静かな波の音。
ほかに人はいないようだが、少女は恥ずかしさで胸が苦しかった。
﹁お願いだから⋮⋮ああっ⋮⋮家に帰ってから⋮⋮だめぇン﹂
悶える少女は腰が退けてしまい、ツンと尻が後ろに突き出してし
まう。その尻の割れ目あたりに、ちょうど硬いモノが当たっている。
遠くから子供の声が聞こえてきた。
少女はビクンと躰を振るわせた。
﹁だれか来ちゃうってば⋮⋮だから⋮⋮あっ、ああっ⋮⋮あう﹂
﹁大丈夫だよ、お前が声出さなきゃバレないって﹂
そう言いながら男は水着の上から少女の乳首を指で弾いた。
﹁あっ!﹂
少し大きな声が響いてしまった。
﹁いじわるぅ﹂
少女は少し顔をムスっとして見せてみせたが、口元は笑みを浮か
べてまんざらでもなさそうだ。
子供たちの声が遠ざかっていく。
ほっとして力を抜いた少女の躰がすぐにビクンと震えた。男が水
着の中に手を入れて乳首を触ってきたのだ。
水着によって寄せて上げられていた胸が揉まれながら変形する。
水が入っているように柔らかな胸だ。
616
﹁ああン⋮⋮あう⋮⋮脱がせちゃだめだってば⋮⋮﹂
﹁水着付けたままじゃ揉みづらいだろ﹂
胸が揉まれながら、だんだんと水着がずれてきた。
尖った乳首を水着の縁が押し上げている状態だ。
少女の乳首が何度も指先で弾かれた。
﹁だめぇ⋮⋮乳首そんなにしちゃいやぁン﹂
﹁おまえ乳首大好きだもんな﹂
﹁そんなこと⋮⋮ない⋮⋮あっ﹂
﹁でもこっちのほうがもっと好きなんだろ﹂
男の指が少女の股へと伸びる。
食い込んでスジになった水着が指でなぞられる。
そして、グイグイと中指がスジに埋められた。
﹁あうっ﹂
さらにそこから指を曲げて、クイクイと指先がアレを刺激する。
﹁あっ、あっ、もっとやさしく⋮⋮してぇン﹂
﹁水着の上からでもコリコリしてんのがわかるぜ﹂
﹁うそ⋮⋮そんな⋮⋮大きくないもん⋮⋮﹂
﹁興奮していつもより大きくなってるんじゃねぇか?﹂
ニタニタと笑う男。少女を責めることに歓喜している。
そして、少女は責められて感じている。
﹁あはう⋮⋮んっ⋮⋮水着そんなくいこませちゃ⋮⋮だめぇン﹂
﹁もう我慢できねぇ﹂
男は腰を振りながら硬くなったブツを少女の尻に擦り合わせてい
る。
少女の硬いモノを感じて至福の笑みを浮かべている。
男は水着を下ろしてブツを取り出した。
ビクンと竿のように弾んだブツ。
﹁挿入れるぞ﹂
﹁こんなとこで⋮⋮最後まではだめ⋮⋮だって⋮⋮だっ⋮⋮あっ⋮
⋮あっ﹂
617
水着のパンツの股間部分だけがズラされる。
少女は自分の股間にある男の手を必死で押さえた。
﹁だめって⋮⋮いっ⋮⋮そんなことしたら伸びちゃう⋮⋮うっ⋮⋮
てば﹂
股間の部分が無理矢理ズラされ、秘裂にブツがあてがわれた。
すでに少女のアソコはグショグショだ。
ブツが狙いを定め︱︱。
一気に突いた!
﹁あああっン!!﹂
波の音よりも高く響き渡った少女の喘ぎ声。
ズブズブと腰が振られる。
﹁あン、あン、あン!﹂
獣のように後ろから疲れ喘ぎ声が止まらない。
さらに肉芽まで弄られている。
﹁気持ちいいよ⋮⋮クリもっと触って⋮⋮あうっ﹂
﹁いつもより締まりがいいな。外でやるのがそんなに好きか?﹂
﹁そんなこと、あっ⋮⋮ない⋮⋮ああっ﹂
﹁こんなに感じてるのにか?﹂
男は口を大きく開けてキスを誘ってきた。
少女は男の唇にしゃぶりついた。
舌と舌が絡まり、唾液が交換される。
﹁ンっ⋮⋮ンふ⋮⋮ンっンっ⋮⋮﹂
口を塞がれた少女の鼻から漏れる熱い息。
少女の躰に力が入り、足はつま先立ちをしてしまっている。
離された口と口の間に唾液の橋が架かった。
とろんとした表情で少女は男を見つめている。
ガラガラ。
小石が崩れ落ちるような音がした。
少女は驚いて眼を丸くした。
﹁だれか⋮⋮来たんじゃないの?﹂
618
﹁知るかよんなこと。だいじょぶだって、陰になってるか見えない
って﹂
﹁こんなとこ見られたら⋮⋮﹂
﹁ホントは見られること期待してんじゃねぇか?﹂
﹁そんなこと⋮⋮きゃあああああっ!﹂
グボッ!
男の頭蓋骨にめり込んだ金属バット。
挿入していたブツがスポンッと抜けて、男は力なく崩れ落ちた。
眼を剥いた少女の先にいた人影。
少女が最期に見た太陽を背に立つその頭は⋮⋮。
グシャッ!
振り下ろされた金属バッド。
血しぶきが岩肌に迸った。
それは海水浴場で起こる凄惨な事件の幕開けだった。
砂浜に飛び出した白いビキニ姿の華艶は、大きく手を広げてジャ
ンプした。
﹁ひゃっほー! ついに今年もやって参りました待望の海!﹂
そのあとを少し遅れてやって来たのは、花のアクアセントをあし
らった水色のビキニの碧流だ。
﹁華艶はしゃぎすぎ﹂
そのあとにもうひとり、Tシャツにロングスカートを穿いた蘭香。
日傘も装備だ。
﹁本当にちょっとはしゃぎすぎよ華艶﹂
ブスっとした顔で華艶は二人を見た。
﹁だって海だよ、海、マジで海なんだもん。でもね⋮⋮悲しいお知
らせがあるの﹂
碧流が首を傾げた。
﹁なに?﹂
﹁白いビキニにこんがり肌にしたいのに⋮⋮あたしまったく焼けな
619
いの!﹂
それは華艶の驚異的な自然治癒力のせいだ。肌がダメージを受け
手もすぐに治ってしまう。そんなこともあって、一部では華艶の美
肌が羨ましがられていたりする。
ガックリ肩を落とした華艶だったが、気分を改めビシッと蘭香を
指差した。
﹁てゆか、そこの日傘!﹂
﹁日傘女とは失礼な言い方ね﹂
眼鏡の奥で蘭香はきつい目をした。
華艶は蘭香に近付くと、そのTシャツをつかんで引っ張った。
﹁海なのにこの格好ってどういうこと、まったく泳ぐ気ないわけ!
?﹂
﹁ないわね﹂
短くバッサリと言われた。
だが華艶も引かない。
﹁去年もいっしょに来たとき海まったく入ってなかったよねぇ、ね
ぇ、ねぇねぇ!﹂
﹁だってこんな汚い海で泳げるわけないでしょう。海水浴場からち
ょっと離れた波打ち際に行ってごらんなさい。本当に汚いんだから﹂
﹁この潔癖女!﹂
﹁はいはい﹂
軽くあしらわれた。
しかし、まだまだ華艶は引かない!
﹁知ってるんだかんね!﹂
﹁なにを?﹂
﹁これ!﹂
バサッと華艶は蘭香のスカートをめくった。
﹁きゃっ、なにするの!?﹂
舞い上がったスカートの下に穿かれていたのは下着ではなく水着。
さらに華艶は指摘する。
620
﹁Tシャツから透けてるし、み・ず・ぎ!﹂
﹁濡れると困るからよ﹂
と、ツンと顔をそっぽに向けた蘭香。
華艶の目がキラーンと光り、さらに口元が笑みを浮かべた。
﹁だったら実力行使するまで⋮⋮碧流手伝って!﹂
なんと華艶は蘭香に飛び掛かり、そのまま砂浜に押し倒した。
﹁きゃっ、なにするの華艶!?﹂
﹁げっへへ、脱がせるに決まってるじゃん!﹂
無理矢理Tシャツを脱がせる。
ノリのいい碧流も手伝って、スカートを脱がそうとする。
ジタバタする蘭香。
海水浴客の視線を集めてしまっている3人。
まるでキャットファイト⋮⋮もしくはレズ3P。
そして、ついに蘭香は水着姿にさせられてしまった。少し頬が紅
いのは怒っているのか、それとも恥ずかしがっているのだろうか?
立ち上がった蘭香の水着は白のワンピースタイプだ。
﹁あとで覚えておきなさい﹂
と蘭香は二人を脅したが、再び服を着る気はないらしい。やっぱ
り本当は水着姿になりたかったのかもしれない。
そこへ華艶から止めの一撃。
﹁蘭香ったら顔紅くしちゃって、かわいい∼♪﹂
﹁ちょっと激しく抵抗したから体が熱くなっただけよ!﹂
﹁どうだかねぇ﹂
華艶と碧流は互いに顔を合わせて笑い合った。
からかわれた蘭香はプイッとそっぽを向いてしまった。
そんな蘭香の腕を碧流が引いた。
﹁早く海に入りましょ蘭香センパイ!﹂
﹁だから海には入らないって⋮⋮言ってるでしょー!﹂
もう片腕を華艶がつかんだ。
﹁そんなこと言わずに、入ったら気持ちいいよ。だってこんなに陽
621
がサンサンと輝いてるのに!﹂
﹁だから海には入らないって⋮⋮わたしはほかにやることがあるの
!!﹂
大声を出した蘭香の腕を華艶と碧流は同時に放した。そして、二
人揃って﹃はっ?﹄みたいな顔をして蘭香を見つめた。
蘭香は眼鏡を直すと同時に気も取り直した。
﹁あなたたちには悪いけれど、わたしにはやることがあるの。絶対
にこれだけは譲れないから﹂
華艶は﹃あーそーですかー﹄みたいな顔をしていた。
﹁絶対に譲れないなんて、ちょっと熱すぎじゃない? もしかして
太陽にのぼせちゃった?﹂
さらに碧流がノっかった。
﹁なら海に入ろう!﹂
さらに華艶は続く。
﹁そして、海に入ったあとはビール!﹂
と、言った瞬間、蘭香に頭を引っぱたかれた。
﹁未成年でしょう!﹂
﹁いったー⋮⋮ホント優等生なんだから。じゃ、かき氷で我慢しと
く﹂
﹁海水浴で冷えた体にかき氷はお腹を壊すパターンよ﹂
﹁そんなにお腹弱くないし。でも碧流はよくお腹壊してるよね?﹂
﹁あたしだって平気だよ、こんなに熱いのにお腹壊すわけないよぉ﹂
碧流は自信満々に言った。
お腹の弱い人は、お腹の弱さを甘く見てはいけない。大丈夫だと
思って冷たい物を食べたらパターンはよくある話だ。
再び華艶は碧流から蘭香に顔を戻した。
﹁で、蘭香の絶対に譲れない熱い使命ってなに?﹂
﹁使命ってわけでもないけれど、浅瀬を散策してみたいのよね﹂
﹁滑って大怪我が多発するっていう岩肌がゴツゴツしているあの浅
瀬?﹂
622
﹁そうやってネガティブイメージで洗脳しようとするのやめないさ
よ。浅瀬って魅力がいっぱいなのよ。小さな海の生き物たちを観察
するにはもってこいの場所なんだから﹂
ちょっと蘭香の目が輝いている。
そして、碧流の瞳もいつの間にかキラキラしていた。
﹁楽しそう!﹂
まさかの謀反に華艶は碧流の真横で驚いた。
﹁えっ、碧流裏切る気!﹂
﹁海水浴なら去年もその前もやったから、たまにはそんなのもいい
と思うよ?﹂
いつの間にか2対1の少数派に追いやられてしまった華艶。
﹁ええ∼っ、泳いだほうが楽しいし。海に来て泳がないなんて、川
辺にやって来たのにバーベキューしないくらいアウトローだし﹂
たとえが微妙だ。
蘭香は碧流の腕に抱きついた。
﹁だったら二人で行くから、華艶は独りで楽しく競泳で世界新を狙
ってみたらいいわ﹂
孤立一歩手前まで追いやられた華艶。
﹁ひどっ、蘭香ひどっ! 行くってば、行けばいいんでしょ!﹂
﹁そんな上から目線なら来なくてもいいのよ﹂
グサッと蘭香はさらなる一撃を華艶に加えた。なかなかの手練れ
だ。
ついに華艶は敗北を認めた。
﹁ごめんってば、お願いだから独りにしないでぇ∼﹂
グスンと泣きそうな顔をする華艶の頭を碧流がなでた。
﹁よちよち華艶ちゃん、泣かないでぇ。きゃはは、ほんっと華艶っ
たらカワイイんだから﹂
﹁泣いてないし﹂
今度は華艶がからかわれてプイっと顔をそっぽに向ける番だった。
結局、こんな感じのやり取りがあって、3人で浅瀬の散策をする
623
ことになった。
ゴツゴツとした岩肌がビーチサンダルに伝わり、少し歩きづらさ
を感じる。
さっそく華艶が愚痴をこぼす。
﹁ねぇ、やっぱりつまんないってー﹂
蘭香の鋭い視線が華艶に向けられる。
﹁来たばっかりでまだなにも探してないでしょう。わたしは絶対に
アレを見つけたいのよ﹂
﹁なにアレって?﹂
華艶は首を傾げて尋ねた。
眼鏡の奥で蘭香の眼が輝いたような気がする。きっと太陽が反射
しただけだろう。
﹁わたしがなにを探しに来たのか⋮⋮嗚呼、二人に聞かせてあげる
わ﹂
ちょっと熱くなりはじめた蘭香を碧流が冷却してみる。
﹁聞きたくないとか言ってみる﹂
語尾に︵笑︶みたいなものが付きそうな感じだ。
だが蘭香はまったく碧流の言葉が耳に入っていないようすだった。
﹁じつは⋮⋮ネットをやっていてある素敵な生物と出逢ってしまっ
たの。あのお姿を見たとき、わたしの心はときめいたわ。その名も
︱︱﹂
そこへ碧流が割って入った。
﹁もしかしてスカシカシパン?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
思わず蘭香は凍った。きっと正解だったのだ。
華艶だけピンと来てないようだ。
﹁なにカシカシパンって?﹂
しかも間違っている。
気を取り直して蘭香が答える。
﹁棘皮動物ウニ綱タコノマクラ目カシパン亜目スカシカシパン科に
624
属するウニの一種よ!﹂
﹁はっ? なにその呪文﹂
ポカーンと華艶はしてしまった。
現在、華艶の頭脳は呪文の解析をしている。
そして導き出した答えとは!
﹁食べれるの?﹂
あきれ顔で蘭香が答える。
﹁食べられないわよ﹂
﹁ウニなのに?﹂
﹁ウニなのに﹂
﹁食べれないの?﹂
﹁そう、食べられないのよ﹂
﹁パンなのに?﹂
﹁名前にパンが入っていてもよ﹂
﹁つまんないのー!﹂
という結論に達した。
二人がそんなトークをしていると、すでに近くに碧流の姿はなく、
ひとりで浅瀬の散策をはじめていた。
器用に碧流は岩から岩へと飛び移る。
飛び越した水溜まりには小さな生物たちがいた。
蘭香はやっと碧流がいないことに気づいたようだ。
﹁あら、碧流は?﹂
﹁ん? ひとりでどっか行っちゃったんじゃない?﹂
二人で辺りを見回した、そのときだった!
﹁きゃぁーっ!﹂
碧流の叫び声。
慌てて華艶が駆け出した。
﹁どうしたの碧流!﹂
碧流は岩陰を指差して眼を見開いている。
駆けつけた華艶が見たもの︱︱。
625
最後に追いついてきた蘭香は息を呑んだ。
撲殺された男女の屍体。
見事に頭が割られていた。
626
真夏の王︵2︶
ひとりだったら見ないフリをするところの華艶だったが、ほかの
二人︱︱とくに蘭香がいるのでそういうわけにもいかなかった。
﹁警察を呼びましょう﹂
と、いち早く言ったのは蘭香だ。
うんざりした顔をしているのは碧流だ。
﹁警察かぁ。あの一件以来苦手なんだけど⋮⋮碧流センパイは大丈
夫なんですかぁ?﹂
あの一件とは今年の4月に起きた事件のことだ。碧流と蘭香は容
疑者として扱われ、華艶の活躍がなければ無実の罪を着せられると
ころだった。
﹁でも呼ばないで逃げたら、誤解を招いて状況を悪くするかもしれ
ないでしょう?﹂
と、蘭香は碧流を諭した。
碧流は渋々うなずいて見せた。
そして、華艶もうなずいて賛成した。
﹁で、ケータイないけどどうする?﹂
間を置かず蘭香が提案する。今思い付いたと言うより、決まって
いたのだろう。
﹁碧流、海の家か、ライフセーバーを探して誰かに知らせて来てく
れないかしら?﹂
﹁うん、任せて﹂
すぐに碧流は浜辺へと向かって行った。
屍体と残された二人。屍体の二人だ。
溜め息をついた華艶。
﹁あ∼あ、夏休みの思い出の1ページが⋮⋮絵日記の宿題なくてよ
かった﹂
627
﹁屍体を前にしてよくそんな冗談言えるわね﹂
﹁まあ、馴れてますから﹂
﹁わたしは馴れたくないわ。屍体なんて⋮⋮しかもこんな凄惨な⋮
⋮﹂
血みどろの男女の屍体が折り重なっている。割られた頭がグロテ
スクで、脳みそまで飛び出して⋮⋮。
﹁うっ﹂
蘭香は口元を押さえた。
﹁だいじょぶ?﹂
﹁ごめんなさい⋮⋮ちょっと風に当たってくるわ﹂
﹁あたし一人で見てるから、無理しないでね﹂
﹁ありがとう華艶﹂
蘭香もこの場から立ち去って、少し離れた場所でしゃがみ込んで
しまった。
友人たちが近くにいた手前、自重していた華艶が動き出す。
じっくりと屍体を観察する。
﹁カップルかな? 水着の乱れは争ったわけじゃなくて、えっちの
最中だったのかな?﹂
そう判断した理由は、少女の水着のブラが外れるならまだしも、
男まで下半身を丸出しにしていたからだ。
﹁頭蓋骨ちょー陥没。重たい鈍器か、怪力で殴られたか⋮⋮それに
してもグッチャグチャに割れちゃって、痛そ﹂
死んでいるので痛いもなにもない。
﹁えっちの最中に何者かに撲殺されたカップル。犯人の目的は⋮⋮
えっちしたくて堪らない童貞のカップル狩り?﹂
それにしてもこの殺し方は︱︱殺し方というより問題は傷だ。見
事に割られている頭を見る限り、常人の力とは思えない仕業だ。
屍体をさらに観察しようと華艶が顔を近づけた。
﹁ん?﹂
なにかに気づいた。
628
傷口の中で何かが蠢いた。
息を呑む華艶。
﹁ちょ⋮⋮﹂
それは1つ⋮⋮いや、1匹ではなかった。
傷口からフナムシのような生物が大量の噴き出してきた。
﹁ちょ、待った!﹂
噴き出しているのは傷口からだけではない。口からも、そして眼
を食い破ってそこからも!
華艶はダッシュで逃げた。
﹁蘭香ーッ!!﹂
呼ばれて蘭香が立ち上がった。
﹁どうしたの華艶?﹂
﹁ムシ、虫、蟲ーーーッ!﹂
﹁え?﹂
蘭香は見てしまった。
さざ波のように大群を成して迫ってくる蟲を︱︱。
﹁きゃーーーっ! わたしこういう虫が大の苦手なのよ!!﹂
﹁あたしだってこんなの嫌いだってば!﹂
二人とも屍体なんてどうでもよかった。
とにかく二人の頭にあることは逃げること。
必死に逃げる二人の前方から、小走りで駆け寄ってくる数人の影。
その先頭は碧流だった。
﹁あれっ、ふたりとも?﹂
きょとんとする碧流の真横を華艶と蘭香は構わず通り越した。
そして、碧流たちご一行も見てしまった。
大波のように押し寄せてくる蟲の大群。
蟲の数は確実に増えている。地面が動いてるように見えるレベル
にまで達していた。
碧流たちも来た道を引き返して逃げる。
このまま逃げ続ければビーチだ。そこでは多くの海水浴客で賑わ
629
っている。もしも蟲の大群が現れたら大パニックになってしまう。
すでに蘭香は個人的に大パニックだった。
﹁もうやだやだ蕁麻疹が出そう! 華艶なんとかして!﹂
﹁なんであたし!?﹂
﹁あなたはやればできる子よ!﹂
﹁ちょっとけなされてる気がするんですけどー﹂
愚痴りながらも華艶は立ち止まり振り返った。その横を碧流たち
が通り過ぎる。
夏の日差しよりも熱い炎が華艶に宿る。
﹁三日月炎舞!﹂
手に炎を宿した華艶が三日月を描くように回転したと同時に、同
じ形をした炎が宙を薙ぐように翔た。
焼かれた蟲は飛び上がりながら、甲高い奇声があげた。
炎の刃は蟲の第一陣を燃やし尽くす。だが、第二、第三の軍勢が
押し寄せてくる。
﹁どうにかなるのかな、コレ﹂
蟲の数はまったく減ったように見えない。
しかし、蟲はすぐそこまで迫っている。
﹁三日月炎舞ダブル⋮⋮やっぱトリプル!﹂
三連続で三日月型の炎の刃が繰り出された。
﹁う⋮⋮目が回った﹂
その甲斐もあって炎は蟲の約半分を焼き尽くした。
突如、蟲たちが散るように動き出した。
同じ進行方向に進んでいたからまとめて対処できたが、バラバラ
に向かって来られたら厄介なことになる。
しかし、蟲たちは華艶の元にやって来なかった。
徐々に姿を消しはじめた蟲たち。
﹁逃げた?﹂
どこかに隠れてようすを伺って奇襲をするつもりかもしれない。
たかが虫と侮ってはいけない。ただの虫だったと思えない以上は、
630
その知能についても未知数だ。
華艶は動かない。
さざ波が聞こえてくる。
蟲は現れない。
﹁⋮⋮もぉし∼らない!﹂
一件落着することにした。
急いで華艶は蘭香と碧流の元へ向かった。
ビーチの少し手前あたりで、二人はライフセーバーたちと華艶を
待っていた。
華艶を確認した碧流がいきなり抱きついてきた。
﹁よくぞ生きて帰った華艶ちゅあ∼ん!﹂
﹁死亡フラグとか勝手に立てないでよ、蟲なんかに殺されたくない
し﹂
そして、抱きつかれている華艶は密かに思った。
︱︱自分より碧流のほうが胸が大きい。
軽いショックを受けた華艶だった。
蘭香は華艶が戻ってきても心配そうな顔をしていた。
﹁それでもう大丈夫なの?﹂
﹁さあ、逃げられちゃったから。近付かなきゃだいじょぶじゃない
?﹂
だがここで問題発生!
ライフセーバーが言い放ったのだ。
﹁それで遺体はどこに? 本当にあったんですか? 道案内してく
れませんか?﹂
三人娘は凍り付いた。
そして、笑顔の碧流と蘭香は無言で華艶に眼差しを贈った。
無言のプレッシャーに華艶は負けた。
﹁行きますよ、行けばいいんでしょ。はいはい、あたしが道案内し
て差し上げますよーだ﹂
こういうわけで華艶は再びあの場所に行くことになってしまった。
631
ライフセーバーは申し訳なさそうな顔をしている。
﹁君たちを疑っているわけではないんだけど、遺体を見ないことに
は警察に連絡するのも⋮⋮﹂
三人娘の幼気なウソの可能性があると言いたいらしい。
ほかの者はこの場に残して、二人で現場に向かうことにした。
道すがらライフセーバーは世間話を振ってきた。
﹁君たちどこから来たの?﹂
﹁カミハラからです﹂
﹁学生さんでしょ、どこの学校に通ってるの?﹂
﹁神女です﹂
﹁へぇ、神女って神原女学園だろ? 俺高校のとき男子校でさ、あ
のとき恋愛とかぜんぜんできなくて、憧れてるんだよなぁ。今でも
女子高生の彼女とかいたらなぁって﹂
華艶はちょっと遠い目をした。
︱︱これってナンパされてるのか?
﹁そーなんですかー﹂
軽く流して置いた。
華艶は完全に防御モードを発動させているが、男はそういうのを
気にしないというか、気づいてもいない場合が多い。
﹁女子校なら女の子いっぱいいるだろ、だれか紹介してくれないか
な。君とかどう、彼氏いるの?﹂
﹁あははー、彼氏はませんけど好きな人がいるんでー。周りは彼氏
持ちばかりでー﹂
思いっきりウソをついてやった。
﹁さっきの二人の子も彼氏いるの? 水色の水着の子とかけっこう
タイプなんだけどなぁ﹂
﹁碧流はイケメンの彼氏がいますよー。細身で身長が高くて、なん
だっけかな、社長の息子でお金持ちって言ってたかなぁ﹂
ウソですが。碧流は常時彼氏募集中だ。
話をしているうちに、あの浅瀬までやって来ていた。
632
打ち寄せる小さな波が弾ける音が聞こえる。
何事もなかったように静まり返っている。
蟲たちの姿も気配もどこにもない。
﹁こっちのほうの岩陰にカップルの屍体があったんですけど﹂
華艶はその岩陰まで案内をしたのだが︱︱なかったのだ。
跡形もなく屍体が消えていた。
﹁あれ、ここじゃなくてこっちかな?﹂
別の場所も調べたがやはりない。
屍体が消えた。それも2体も消えてしまった。まさか蟲に食い尽
くされた?
﹁ウソついちゃいけないなぁ﹂
と、ライフセーバーは笑った。
﹁ウソじゃないんですけど。だって3人とも見てるんですよ?﹂
﹁そうやってライフセーバーの俺たちを逆ナンパするつもりだった
の?﹂
﹁はっ!? なにその斜め解釈!﹂
﹁わかってるって、君もこの鍛えられたボディが好きなんだろ。大
胸筋とか触ってごらん、ピクピク動かしてあげるよ﹂
ひと気のない岩陰で変態と二人っきり。
華艶ピンチ!
相手は変態だが人間だ。炎を使ったり、ボッコボコにしたらマズ
イ。
ここは逃げるしかないと判断した。
だが、駆け出そうとした瞬間に腕が掴まれてしまった。
﹁ちょ!﹂
﹁こんな場所めったにだれも来ないから、いいだろ⋮⋮ここで﹂
﹁ここで?﹂
華艶の眼はライフセーバーの股間に釘付けになった。
ぴっちぴちのビキニパンツを押し上げる大砲。発射準備はすでに
整っていた。
633
﹁あたしはそーゆーつもりでこんな場所に誘ったわけではなくてー﹂
﹂
﹁いいから早く脱がせてくれよ。痛くて仕方ないんだ﹂
﹁小さくすればいいと思います!﹂
﹁なら一発抜いちゃってくれよ。口でいいからさ﹂
正当防衛はどこまで認められるのか華艶は懸命に考えた。
まだ物的証拠がない。ここで男の股間を蹴り上げようものなら、
逆に訴えられる可能性もある。
さらに華艶はもっと最悪なパターンを考えていた。
事故で相手を燃やしてしまう可能性。
どうしようか戸惑っている華艶の顔に男の唇が近付いてきた。
﹁うぐっ!﹂
逃げ損ねた。
華艶の唇が奪われた。しかも、いきなり舌を入れてきた。
唇を犯されながら華艶は思った。
︱︱こいつニンニク喰ってやがる!
どんだけ普段からヤル気まんまんなのだろうか。
ディープキスのあとは、ビキニパンツに手が伸びてきた。
気が早い。いきなり脱がすつもりだ。
男の鼻息が華艶の股間に当たる。
﹁俺は磯の匂いよりも、こっちの匂いのほうが好きなんだ。早く君
の海草を見せてくれ﹂
﹁わかったから、ゴムつけよう。ゴムがないないなら取りに行かな
きゃ。ということは、ここじゃできないってことでしょう、ねっ!﹂
﹁ゴムならちゃ∼んといつも持ってるぜ﹂
なんと男はビキニパンチの中からコンドームを取り出した。
﹁四次元ポケットかっ!﹂
思わず華艶はツッこんでしまった。
相手はかなりの変態だ。予想以上の変態だった。ここまで変態な
らボッコボコにしても平気だろうか?
634
いや、ダメだ。さっき神女に通ってるとウッカリ口を滑らされて
しまった。強引にポジティブ斜め解釈をする男だ、あとが怖い。
男はビキニパンツを脱いだ。
バチン!
と、大砲がバネのように跳ねて、男の割れた腹筋に当たって音を
立てた。
ゴム装着。準備万端だ。
ちょっぴり華艶の気持ちは揺らいでいた。
﹁そんなに太くて大きいの⋮⋮﹂
躰が汗ばみ、疼いてきてしまった。
しかし、このまま流されたら取り返しのつかないことになる。
﹁やっぱ今日はダメ!﹂
拒否した瞬間、パンツが勢いよく下ろされた。
男がニヤっとする。
﹁パイパンか﹂
﹁違うんだって、普段は違うんだけど、今日水着着るじゃん? だ
から昨日お風呂で剃ってたらついついやり過ぎちゃって⋮⋮ってな
に言わせるの!﹂
華艶の膝蹴りが炸裂した。
膝は見事に男の顎に入った。
筋肉質な男が少しよろめいた。手加減したとはいえ、倒れずに耐
えたのだ。
﹁今の蹴りいいよ。君を一目見たときから、その鍛えられた体で痛
めつけて欲しいと思ってたんだ﹂
マゾだったのかっ!
しかも、男の大砲はさっきよりもビンビンだ。
もうここまで来たらヤルしかない。
﹁じゃあお望みどおり、ボッコボコに痛めつけてあげる﹂
相手がやって欲しいと言っているのだから手加減は無用だ。
鍛えにくいのは脇腹や首などだが、マジでヤルなら股間攻めだろ
635
う。
割ってヤルつもりで華艶は蹴り上げようとした。
グシャッ!
しかし、先に割れたのは男の頭だった。
脳漿と血が飛び散る。
華艶は唖然とした。
太陽の光を背に浴びて立つ人影。
手に持っているのは血の付いた金属バット。
﹁ウソ⋮⋮でしょ?﹂
華艶は信じられなかった。
なんと、そこに立っていたのは︱︱スイカ野郎!
636
真夏の王︵3︶
真夏の海。
突如、華艶の前に姿を見せた謎の殺人鬼。
その姿はどう見ても︱︱。
﹁スイカ野郎!﹂
華艶は素っ頓狂な声をあげた。
どう見てもそこに立っていたのはスイカ野郎だった。
首から下は水着姿の男。
首から上はスイカだった。
例えるならハロウィンの目と口をくり貫いたカボチャのランタン。
そのスイカバージョンだ。
﹁人間⋮⋮なの?﹂
華艶の素朴な疑問。
﹁我は腐った︿スイカの王﹀!﹂
逆光を浴びて︿スイカの王﹀は金属バットを構えて決めポーズ。
人間かどうかは重要点だ。
ヤっちゃった場合、人間外だった場合は殺人罪には問われない。
しかし、すでに︿スイカの王﹀は目の前でひとり殺している。
﹁正当防衛⋮⋮認められるかな?﹂
華艶は構えた。
が、その意気込みが一気に抜けてしまった。
華艶の視線は︿スイカの王﹀の股間に注がれていた。
﹁⋮⋮こいつもか﹂
ビンビンだった。
︿スイカの王﹀は太いバットを2本持っていたのだ。
バットの先端からは血が滴り落ちている。
﹁コロしてやる⋮⋮コロしてやる⋮⋮﹂
637
︿スイカの王﹀が迫ってくる。
﹁殺されなきゃいけない理由がわかんないんだけど?﹂
﹁海でセックスしやがるカップルどもは天誅を加えてブッコロして
ヤる!﹂
﹁べつにえっちしようとしたんじゃなくれ、レイプされそうになっ
てただけんだけど⋮⋮﹂
それでもダメなようだ。
︿スイカの王﹀がバットを振り上げて飛び掛かってきた。
﹁天誅!﹂
この一撃の威力は目の前で見ている。一発でも喰らったら骨まで
粉砕されてしまう。
華艶は急いで飛び退いた。
だが、着地した足場が悪い。岩場に足を取られてバランスを崩し
てしまった。
﹁あっ!﹂
小さく声をあげた華艶の頭上には金属バットが迫っている。
﹁炎翔破!﹂
ついに炎が繰り出された。
炎の玉は︿スイカの王﹀の胸を焼いた。
その反動で攻撃の矛先はズレて、金属バットは激しく岩肌を打っ
叩いた。
﹁効いてない?﹂
矛先はズラせたが、あの一撃は衰えを知らない。
さらにスイカのマスク?のせいで表情が読めない。
再び体勢を立て直した︿スイカの王﹀は、金属バットを遠くへ向
けてホームラン予告のポーズを決めた。違う、バットの遥か先には
カップルがいたのだ。
﹁天誅!﹂
しまった、まだカップルたちは︿スイカの王﹀に気づいてない!
﹁逃げて!﹂
638
華艶の叫びはカップルまで届いた。
逃げろと突然言われて即座に反応できる者は少ないだろう。それ
も目の前に現れたのが、スイカ野郎だったら、理解の範疇を超えて
呆然としてしまう。
カップル、︿スイカの王﹀、華艶はちょうど直線で三点に結ぶこ
とができる。ここで華艶が炎を繰り出した場合、下手したら︿スイ
カの王﹀の背中を押してしまう結果になる。
だが、ここで手をこまねいている余裕はない!
﹁炎翔破!﹂
咄嗟に繰り出した炎だったが、いつも投げ方が違う。
炎の玉はカーブを描いて飛ばされたのだ。このまま︿スイカの王
﹀の側面を狙う気だ。
狙いは⋮⋮外れた。
カーブの弱点は狙いを外しやすいことだ。
もう駄目だ、金属バットが振り下ろされてしまう!
華艶は一か八かで叫ぶ。
﹁あっちでカップルがえっちしてる!!﹂
ピタッと︿スイカの王﹀の動きが止まった。
その隙に華艶が駆ける。
﹁火炎蹴り!﹂
足に炎を宿し火炎は回し蹴りを放った。
背中に蹴りを喰らった︿スイカの王﹀が地面に手を付いた。
今のうちにカップルを逃がさなくては!
﹁だいじょぶ? あいつ殺人鬼だから早く逃げて、できれば警察呼
んでくれると助かるんだけど!﹂
焦りながら華艶はカップルに逃げるように促したが、カップルは
唖然としたまま動かない。その視線が注がれていたのは華艶の股間
だった。
パイパン!
華艶もその視線で気づいた。
639
﹁ぎゃーっ、パンツが!﹂
ビキニパンツはかろうじて片方の足首に引っかかっていた。
すぐさまパンツをはき直した華艶だったが、その真後ろでは︿ス
イカの王﹀が︱︱。
﹁危ない!﹂
カップルの女が叫んだ。
振り返った華艶。
躱す余裕などなかった。
咄嗟に出してしまった手。
金属バットと手がぶつかった瞬間、骨が粉砕され、ヒビは肩にま
で達した。
﹁イイイイッターッ!!﹂
腕一本を犠牲にして攻撃を防いだが、その激痛に耐えきれずに華
艶は次の行動を忘れた。目の前では︿スイカの王﹀が金属バットを
振り上げている。
これまで幾度も死線を越えてきた華艶。
生き延びた要因は本能という名のセンスだ。
﹁後ろにえっちしてるカップルがいる!!﹂
格闘センスではなく、嘘でもなんでもついて生き延びるセンス。
︿スイカの王﹀はまんまと騙され後ろを向いた。
華艶は格闘センスも持ち合わせていた。咄嗟に出して負傷したの
は利き腕ではなかったのだ。
﹁火拳![ヒケン]﹂
拳に炎を宿しそのまま殴りかかる技。炎に拳の打撃がプラスされ
る技だ。
華艶の拳がスイカ頭にヒットした瞬間、大爆発が起きた!
飛び散るスイカ。
赤い物体は肉片なのかスイカなのか⋮⋮そこにもう頭はなかった。
首から上が消失したまま立っている︿スイカの王﹀。
もはや、スイカはなくなったので︿王﹀⋮⋮というか、はじめか
640
ら王だったかどうかも怪しいので、︿カオナシ︵仮称︶﹀とでもし
ておこうか?
﹁あたし⋮⋮ヤッちゃった?﹂
まさか一撃で頭部が大爆発するとは思ってもみなかった。いくら
華艶でも人間の頭を一撃で爆発させることはできない。
︱︱となると?
﹁本当にスイカだったのかな?﹂
︿カオナシ﹀は立ったまま微動だにしない。普通だったら頭を失
って生きているはずがない。
華艶は周りを見回した。
いつの間にかカップルも逃げてしまったようだ。
﹁うん、放置しよう!﹂
事件などなかったことにした。
華艶はなにも見てないし、なにもしてない。
﹁ケーサツが尋ねてきたら、そのとき対処するってことで﹂
足早にこの場から逃げ出した華艶。
華艶が去ったのち、しばらくして︿カオナシ﹀が動き出した。
動いたと言っても手足が動いたと言うより、躰の内で何かが這う
ように蠢きだしたのだ。
次の瞬間、失われた首から大量の蟲が噴き出した。
まるで黒い噴水。
瞬く間に地面はあの蟲で覆い尽くされたのだった。
華艶がビーチに向かって歩いていると、蘭香と碧流の姿があった。
蘭香は心配そうな顔をしている。
﹁どうだった?﹂
﹁えっ、なにが?﹂
知らないフリを炸裂させた。
碧流はライフセーバーがいないことに気づいたようだ。
﹁あれっ、ひとり?﹂
641
﹁なに言ってんの、はじめからあたし1人だったし、あはは﹂
強引な誤魔化しだ。
蘭香のじと∼っとした視線が華艶に突き刺さる。
﹁正直に言いなさい華艶﹂
﹁え∼っと、まあなんていうか、変態殺人鬼と出くわしちゃって、
新たな犠牲者が出ちゃったみたいな⋮⋮﹂
﹁まさかっ、そんな⋮⋮﹂
﹁ご想像どおりなんだけど、あたしたちが殺したわけじゃないし、
知らないフリしてたほうが厄介事に巻き込まれなくて済むかなぁっ
て﹂
﹁そういうわけにはいかないでしょう﹂
﹁って言われても、じつはカップルの屍体が消えちゃっててさ。屍
体があったなんて証言したら、逆に不審がられちゃうというかなん
というか﹂
話を聞いて蘭香は納得していないようだ。
けれど、碧流は大きくうなずいていた。
﹁うんうん、警察なんて信用できないもんね。あたしは華艶に賛成
!﹂
﹁碧流までなんてこと言うの!﹂
声をあげた蘭香。
華艶がなだめようとする。
﹁まあまあ、警察の事情聴取なんかに付き合ってたら、せっかく海
に来たのが台無しになっちゃうし。あたしたちまだ海にも入ってな
いんだよ。時には見て見ぬフリも大切だよ、うんうん﹂
﹁そうそう華艶のいうとおりだよ。まだかき氷だって食べてないよ﹂
華艶と碧流が同調して、蘭香が少数派になってしまった。
しばらく無言で考える蘭香。
﹁⋮⋮そうね。海で遊んでから警察に連絡しましょう﹂
﹁連絡するんかい!﹂
碧流が手の甲でビシッ蘭香の腕を叩いた。
642
この決断が蘭香の最大の譲歩だったのだろう。
しかし、蘭香には気がかりなことがある。
﹁それで殺人鬼はどうなったの?﹂
﹁たぶんもうだいじょぶだと思うけどぉ⋮⋮﹂
不安げな言い方をした華艶。
普通なら頭が爆発して生きているはずがない。けれど、そのあと
に起こった出来事。それを華艶は知らない。
蟲だ。
あの蟲はいったい?
しかし、華艶はもうすっかり過去のことにして、海を満喫するた
め波打ち際に向かって駆けていた。
﹁2人とも早く!﹂
華艶は海に入って沖へ沖へと出た。
もう足が地面につかない。
ちょっとひと泳ぎしようとした華艶だったが、腕を振り上げた瞬
間︱︱ボギッ!
﹁ううっ!﹂
︿不死鳥﹀の華艶と言えど、粉砕された腕はまだ完治していなか
った。
本人にとって不意打ちだったため、立ち泳ぎも忘れて溺れる華艶。
﹁う⋮⋮ぷっ⋮⋮助けて!﹂
そのようすを砂浜から見ていた蘭香と碧流。
すぐに蘭香は海に飛び込もうとしたが、碧流は苦笑いを浮かべて
いた。
﹁あはは、じつはあたしカナヅチなんだ﹂
﹁え?﹂
少し驚いた蘭香。
そんなことをしているうちにも華艶は死相を浮かべている。
急いで蘭香は海に飛び込み華艶のもとへ向かった。
﹁ちょっと落ち着きなさい華艶!﹂
643
﹁溺れるぅ!﹂
﹁あんたが暴れるとわたしまで巻き添えになるでしょう!﹂
﹁あっ⋮⋮足つった﹂
﹁えぇ∼∼∼っ!﹂
いっそのこと気絶させちゃったほうが救助は楽だが、華艶はしぶ
といので逆に気絶させるまでが大変だろう。
﹁おっ、治った﹂
足のつりはすぐに治るが、まだ腕は駄目だ。けれど、華艶は足が
治ると同時に、落ち着きも取り戻していた。
どうにか2人は波打ち際に向かって泳ぎはじめた。
その途中で1つの浮き輪を使っているカップルの横を通り過ぎた。
ボソッと華艶がつぶやく。
﹁助けてくれればいいのに﹂
華艶たちの姿が遠くなってから、カップルの女のほうが囁いた。
﹁助けなくてよかったの?﹂
﹁こんな状態じゃ助けにいけないだろ﹂
こんな状態とは?
浮き輪の中に女が入り、男は後ろから抱きつくような形で、浮き
輪の外側から掴まっている。そして、海の中では二人は深く連結し
ていた。
近くで華艶が溺れたせいで中断していたが、男は再び腰を動かし
はじめた。
海に揺られながら、ゆったりと出し入れされる。
﹁やン⋮⋮まだするの⋮⋮?﹂
﹁もう少し、出すまでやらせろよ﹂
﹁あン!﹂
水着がずらされ大振りな胸が晒された。胸は浮き輪の上に乗って
しまい、外から丸見えだ。
﹁いやっ⋮⋮おっぱい見られちゃう⋮⋮ほら、だんだん海岸に流さ
れてるし、ひといっぱいいるよ﹂
644
﹁だったらもっと海の中に潜ればいいだろ﹂
﹁そういう問題じゃ⋮⋮あうっ﹂
男の先端が女の奥に当たった。
だが、男は突然腰を引いてそのまま抜いてしまった。
﹁やりづらいから体勢変えようぜ。浮き輪に座る感じで、ここに足
乗っけてみ﹂
女は男の指示どおりの体勢に変えた。浮き輪を使ったM字開脚だ。
浮き輪を使った楽な体勢だが、今はおっぱい丸出しで卑猥なポー
ズにしか見えない。
しかし、男は難しい顔をして首を傾げた。
﹁どうやって挿入れたらいいんだ?﹂
﹁自分でやらせておいて、もぉ!﹂
﹁そのままオナニーして見せろよ﹂
﹁ええっ!?﹂
﹁いいから早く﹂
﹁⋮⋮うん﹂
女は浮き輪に浮きながら、自らの股間に手を伸ばした。
広い海の真ん中で脚を広げ、アソコまで広げてしまっている。
﹁あっ⋮⋮ああっ⋮⋮ン⋮⋮﹂
奥の奥まで太陽の日差しに照らされる。
だが男はそれでは満足しないようだ。
﹁ダメだな、やっぱ見てるだけじゃ満足できねぇよ﹂
﹁自分でやらせておいて⋮⋮さっきから⋮⋮﹂
﹁やっぱ俺が浮き輪の中に入って、お前が上に乗れよ﹂
﹁ええっ、沈んじゃうって﹂
今度は男が座るようにして浮き輪の中に入った。そして、女は浮
き輪に膝を乗せて騎乗位の体勢になった。
波に揺られてバランスが悪いが、大きな浮き輪だったので沈んだ
り、反動で転覆したりはしなかった。逆にバランスを取ろうと女が
動くために、それが不規則に肉棒を刺激してきて男に快感をもたら
645
した。女の方も直線的ではなく、角度を付けて肉棒がいろんな場所
に当って快感を得ていた。
﹁あン⋮⋮気持ち⋮⋮いいっ﹂
﹁俺も⋮⋮これなら出せそうだ⋮⋮﹂
波と共に女の豊満な胸も揺れていた。
日差しを浴びて輝く女の喘ぎ顔。
男はその表情を見てさらに感情が高まった。
しかし、すべてをぶち壊す出来事が起きたのだ。
女が叫ぶ。
﹁あれ見て!﹂
あれと言われても男は体勢が変えられず、女が指差した真後ろを
見ることができなかった。
﹁なんだよぉ﹂
男はとても不機嫌そうだ。
﹁サメ⋮⋮あれ絶対にサメだよ!﹂
﹁サメなんかいるわけねぇだろ﹂
だが、女の瞳には水面下を移動するサメの背びれらしき物が映っ
ていた。
水飛沫が上がった!
海の中から高くジャンプした巨大な影。
まさしくそれはサメだった。
だが女が驚き声を失った光景は︱︱。
﹁天誅!﹂
サメに跨った︿スイカの王﹀が金属バッドを振り下ろした。
グゴォッ!
男の脳天を割れた。
ジャンプしたサメが再び海に戻るとき、波で浮き輪が大きく揺れ
て転覆してしまった。そのとき女は海に放り出されてしまった。恐
怖とパニックで泳ぎを忘れて溺れる。
再び水面からサメと共に︿スイカの王﹀が飛び出してきた。
646
﹁この淫乱女ガァッ!﹂
溺れている女にも容赦はなかった。
グシャリ!
頭を潰され女が海に沈んだ。
朱く染まる海。
この騒ぎに遠くにいた人々もサメの存在に気づきはじめた。
パニックの波が襲う。
楽しく賑わっていたビーチは一瞬にして、惨劇の舞台となったの
だ。
647
真夏の王︵完︶
﹁天誅じゃ、天誅を受けるがイイ!﹂
︿スイカの王﹀は男女のペアを次々と襲いだした。
サメのスピードに人間では敵わない。
またひとり頭を割られ、海が血に染まる。
この事態に華艶たちも気づいていた。
﹁変態殺人鬼まだ生きてたの!﹂
蘭香も驚いた。
﹁あれが!?﹂
そして碧流は、
﹁怪人スイカ割り男!﹂
勝手にネーミングしていた。
華艶は波打ち際に向かって走り出す。海からは逆に人々が押し寄
せてくる。華艶は人混みを掻き分けて膝まで海に浸かった。
﹁この変態スイカ野郎!﹂
挑発した華艶。
ここは別の者に任せることもできたが、華艶と言えど責任を感じ
ていたのだ。仕留め損なったせいで新たな犠牲者が出てしまった。
︿スイカの王﹀はサメに乗ってグングン華艶に近付いてくる。
﹁いつかの女、血祭りにあげてくれるわ!﹂
水面からサメが高くジャンプした。
大きく振られた金属バットを華艶は紙一重で躱した。
そのまま︿スイカの王﹀を乗せたサメは︱︱砂浜に落ちた。
身動きが取れなくなったサメ。
唖然とする華艶。
﹁バ、バカなのアイツーっ!?﹂
きっとバカだ。
648
やむを得ず︿スイカの王﹀はサメから下りて砂浜に仁王立ちした。
燦々と照らされた︿スイカの王﹀の股間はビンビンだった。
なんといきなりのすっぽんぽん!
いや、スイカを被り物として数えるならば、かろうじて全裸では
ない。
だが華艶が驚いたのはそこではなかった。
﹁おかしい⋮⋮前と雰囲気が違うような⋮⋮どこかで?﹂
前に会ったときよりも、躰が大きくなっているような気がする。
筋肉が多くなっている。大砲もさらに大きくなっている。
ハッと華艶は気づいた。
﹁あの勘違いライフセーバー!﹂
どこかで見覚えのあった躰は、まさしくあの撲殺されたライフセ
ーバーの物だったのだ。
﹁呪いの仮面!﹂
華艶は叫んだ。
仮面というよりスイカだが、どうやらこのスイカは屍体に乗り移
るらしい。
そうなって来ると厄介だ。本体はどこにあるのかということにな
る。あのときスイカは破壊したが、またこうして復活したところ見
ると、スイカも本体ではない。
﹁⋮⋮遠隔操作?﹂
つぶやいた華艶。その可能性はある。
ここで︿スイカの王﹀を倒しても復活する可能性がある。それで
も無意味ではない。ここでの犠牲は食い止めなくてはならない。
﹁炎翔破!﹂
狙ったのは頭部のスイカ。
華艶の投げた炎は見事スイカにヒットした。だが︿スイカの王﹀
はたじろぎせず、水分を含んだ物体は多少の炎ではびくともしない。
﹁やっぱダメか﹂
スイカ頭は衝撃が有効であることは前に戦いで証明済みだ。
649
﹁火拳!﹂
拳に炎を宿して華艶は︿スイカの王﹀に突撃した。
目の前に金属バットが振り下ろされる。
即座に華艶はしゃがんで躱し、そこから回し蹴りで相手の脚を取
ろうとした。
﹁火炎蹴り!﹂
だがジャンプで躱された。
さらに︿スイカの王﹀はジャンプと同時に金属バットを振り下ろ
そうとしていた。
飛び退いて避けようとした華艶だったが、砂を蹴ったときに足が
取られてバランスを崩してしまった。
﹁ヤバッ!﹂
金属バットが華艶のふくらはぎに叩き落とされた。
﹁くあッ!﹂
肉が断絶され、脛の骨まで逝った。
ここで怯んだら次の攻撃でやられる!
﹁灼熱砂塵!﹂
華艶は灼熱に熱した砂を巻き上げ︿スイカの王﹀に投げつけた。
灼熱の砂の霧が︿スイカの王﹀の全身を焦がす。
炎は物体ではないため燃え移らなければすぐに消えるが、熱した
砂ならば肉を焼きながら溶けた皮に張り付く。
華艶は止めを刺す。
﹁火拳!﹂
強烈な拳を喰らったスイカが爆発した。
頭部を失いゆっくりと倒れる︿スイカの王﹀。
これで終わりか?
いや︱︱。
辺りに漂う焼けた肉の臭い。
爛れ落ちた肉の間から、身をうねらせながら何かが這い出してく
る。
650
ぼとり︱︱と、一匹が墜ちた。
華艶の全身を駆け巡る鳥肌。
﹁⋮⋮蟲﹂
焼けた蟲が悶えながら次々と︿スイカの王﹀の躰から墜ちる。
﹁むしむししむーっ!!﹂
絶叫しながら華艶は逃亡した。
︿スイカの王﹀から一気に噴き出す蟲の大群。
遠くで見守っていた蘭香も失神寸前。
碧流も全身がかゆくてたまらない。
この事態に逃げずに遠くから見守っていた海水浴客も逃げ出した。
だが、蟲は広がりを見せることはなかった。
砂浜に打ち上げられていた男の屍体に寄生しはじめたのだ!
群れが屍体の口から体内に侵入していく。
青ざめる華艶。
﹁もうお昼ごはん食べたくない﹂
大量の蟲を体内に収めた屍体がむくっと立ち上がった。
そして、なんと屍体の頭部が大爆発を起こした。
飛び散った血と骨や肉片、脳みそ。
最後はどこからか跳んできたスイカが、爆発した頭の代わりに首
の上に乗る。
またも︿スイカの王﹀は新たな肉体を手に入れ復活したのだ。
やはりスイカ頭を破壊しても蘇る。
華艶は唇を噛みしめた。
﹁く∼っ、ダメか。もしかして蟲が本体? だとしたら全部燃やし
尽くしちゃえば⋮⋮てゆか、なんでスイカ?﹂
大いなる素朴な疑問だ。スイカである必然性がわからない。
︿スイカの王﹀は低く笑い出した。
﹁フフフッ⋮⋮よくゾ訊いてくれた﹂
﹁べつに訊いたわけじゃないけど﹂
﹁そこまで知りたいなら教えてヤろう﹂
651
﹁べつに知りたくないです﹂
冷たくあしらったが、︿スイカの王﹀はシカトして話をはじめる。
﹁そう⋮⋮あれは今日みたいな夏の暑い日だった﹂
﹁思い出話とかする気? 聞きたくないんだけど﹂
なら今のうちに攻撃を仕掛けちゃえばいいが、すっかり︿スイカ
の王﹀のペースだった。
﹁オレは生前スイカ割りが大好きで、食べのも好きだった﹂
﹁ってことは、人間が悪霊になったってこと?﹂
華艶の質問はスルー。
﹁その日も意気揚々と砂浜でスイカ割りを楽しもうとした、独りで﹂
﹁ともだちいなかったんだー。てゆかさ、あれって目隠して、ほか
に人に場所教えてもらってやるんじゃないの?﹂
やっぱり華艶の質問はスルー。
﹁目隠しをしたオレはスイカを探してフラフラと歩き出した。その
とき事件は起きた﹂
﹁まさか間違って人の頭を割っちゃったとか?﹂
﹁柄の悪そうな若者の中にツっこんじまったんダ﹂
ちょっと噛み合ったような気もするが、華艶の質問に答えたわけ
ではなく、自分の話を進めてスルー。
﹁それで?﹂
﹁オレはボッコボコにされた。男ドモがオレのことをムシケラのよ
うに見る目。近くにいた連れの女ドモも笑ってヤがった。そして、
男のひとりがイったんダ﹂
﹁なんて?﹂
興味津々の華艶は身を乗り出して訊いた。
﹁コノ童貞ヤロウ! テメェみたいなヤツが海に独りで来てスイカ
割りなんてしてんじゃネェよ、人様の邪魔なんだよデブ!﹂
﹁えっ、当時はデブだったの!!﹂
そこに華艶は食い付いた。
﹁そして、オレはその五年後に死んだ﹂
652
﹁そのときの怪我が原因で?﹂
﹁交通事故で﹂
﹁⋮⋮へぇ﹂
だんだん華艶は話がどーでもよくなってきた。
しかし、まだ︿スイカの王﹀の話は続いていた。
﹁オレは死んでも死にきれなかった。この世からアベックを根絶や
しにするまで、オレは戦い続ける!﹂
﹁そこまで強い怨念を持って悪霊になるってことは⋮⋮もしかして
本当に童貞だったの!?﹂
﹁童貞っていうナーッ!﹂
図星だったらしい。それはたしかに死んでも死にきれなかったわ
けだ。
童貞というのは禁句だったらしく、闘志を漲らせた︿スイカの王
﹀が華艶に襲い掛かってきた。
片脚を潰されている華艶は動きが鈍い。
生きている足で砂を蹴り上げて無我夢中で飛び退いた。
標的を外した金属バットが地面に叩き落とされ、大量の砂が舞い
上がった。
一瞬、視界が失われた。
その隙に華艶は必死に逃げていた。だが不自由な足がいうことを
利かず、砂に足を取られて転倒してしまった。
追い詰められた華艶。
︿スイカの王﹀は股間をビンビンにさせながら近付いてくる。
﹁よくも童貞って言いヤがったナ﹂
﹁べつに童貞は羞じるべきじゃないと思う! だって、ほら、その
っ、大事にしてるってことだもんね! たしか⋮⋮ええっと、一生
童貞で終わるひとって3割くらいいるって聞いたことがあるから⋮
⋮って3割もいるわけないじゃんね、ぷっ﹂
﹁ウォォォォォォッ! 今笑いヤガったナ、全国の童貞を敵に回し
たゾォォォォッ!!﹂
653
フォローするつもりが逆に怒らせてしまった。
﹁オレは今ココで童貞を捨てるゾォォォォォッ!﹂
﹁⋮⋮えっ﹂
華艶は嫌な予感がした。
今、ここ、で。
︿スイカの王﹀の目の前にいる女子は華艶だけ。
﹁ちょっ、それはないでしょ!﹂
﹁ヤラセローッ!!﹂
﹁今まで大事に取っておいたんだから、スキなひととヤればいいで
しょーーーっ!!﹂
﹁オマエのコトがスキダーーーッ!﹂
﹁だれでもいいんかいっ、炎翔破!!﹂
いつもより特大の炎翔破を放った。
目の前で炎を喰らった︿スイカの王﹀は体を焦がしながら吹っ飛
んだ。
砂浜に仰向けになって倒れた︿スイカの王﹀。
倒れても︱︱その股間の大砲は天を向いていた。
まだまだ︿スイカの王﹀は俄然ヤル気だ!
華艶は片足を引きずりながら砂浜を這う。
その姿を見て蘭香と碧流が助けに来た。
蘭香が華艶を起き上がらせた。
﹁早く逃げましょう!﹂
碧流も手を貸そうとしたが、その動きは止まり視線は︿スイカの
王﹀に向けられた。
﹁ヤバイ、あいつ立ち上がったよ!﹂
ついでにアソコもさっきより勃っている。
﹁3人まとめてヤってヤル!﹂
標的にされてしまった蘭香と碧流は青ざめて息を呑んだ。
﹁﹁えっ?﹂﹂
二人同時につぶやいた。
654
友人まで危険に晒すわけにはいかない。華艶が叫ぶ。
﹁いいからあたしを置いて逃げて!﹂
﹁そんなことできわけないでしょう!﹂
必死に訴える蘭香に碧流も続く。
﹁華艶と友達になっちゃったのが運の尽きってことで、あはは﹂
ここで華艶は真剣な眼差しで。
﹁でも、あんな童貞にヤられるのイヤでしょう?﹂
それは破壊力抜群の言葉だった。
碧流はニコっと笑った。
﹁うん、あたし華艶のこと信じてる!﹂
﹁そうね、わたしも華艶を信じるわ⋮⋮がんばって!﹂
二人は逃げた。華艶を置いて逃げた。
﹁ちょっ、マジで置いてく気∼っ! 置いてけって言ったのあたし
だけど、この薄情者!﹂
華艶の声に二人は途中で立ち止まり振り返り、親指を立てて微笑
んだ。
︱︱グッドラック!
﹁幸運なんて祈らなくていいから戻ってきて∼っ!!﹂
だがもう二人は華艶の声が届かないところまで走って逃げていた。
こんなことをしている間に、︿スイカの王﹀が股間のバットを華
艶に突き立てようしていた。
ビキニパンツに手がかけられた。
﹁いやっ、それ以上やったらヌッコロス!﹂
華艶は無事な足で︿スイカの王﹀を蹴りまくる。だがビクともし
ない。
抵抗も虚しくパンツが脱がされてしまった。
︿スイカの王﹀の瞳が輝いた。
﹁ヌォォォォォ、パイパン!﹂
﹁だから∼、それは今日は水着だから、えっと処理してたら全部⋮
⋮ってもういい加減にしろ!﹂
655
炎を宿した足で︿スイカの王﹀の胸板を蹴飛ばした。必殺技を叫
ぶ余裕もなかった。
その蹴りもビクともしない。
華艶は両手首を押さえられて、覆い被さるように乗られて身動き
が封じられた。
﹁いやっ、この童貞!﹂
﹁オレは童貞を捨てるゾォォォォォッ!﹂
秘裂に股間バットの先端が当たった。
ヌフッ、ヌフッ。
先端は秘裂を何度も擦った。挿入前の前戯を楽しんでいるのでは
ない。
﹁入らないゾォォォォォッ!﹂
﹁童貞が手を添えないで挿入れとうなんて100年早いのよ!﹂
ましてや濡れてもなく、閉じている秘裂だ。そう簡単には華艶も
ヤられはしない。
︿スイカの王﹀は華艶のアドバイスを聞いて、自らの股間バット
を握り締め、もう片手で華艶の秘裂を器用に開いた。
﹁ひと突きにしてやる!!﹂
だが、なかなか挿入して来ない。
︿スイカの王﹀は震えていた。
感動に打ちひしがれていたのだ。
﹁ついにオレは⋮⋮オレは⋮⋮﹂
泣き出した︿スイカの王﹀。目から落ちる涙は︱︱蟲だった。
ぼとぼとっと華艶の躰に墜ちてくる蟲。
﹁ぎゃあああっ、蟲とかありえないし!﹂
︿スイカの王﹀の躰に詰まっているのは蟲。
肉体の中で蠢いている蟲。
そんなヤツに華艶は犯されようとしているのだ。
しかし、このとき華艶の両手は自由になっていた。︿スイカの王
﹀が童貞喪失に集中してくれたおかげだ。
656
﹁火拳!﹂
華艶の拳はスイカ頭を打ち砕く!
ここで華艶はある致命的なミスを犯していた。
爆発したスイカ頭と共に蟲が飛び散った。
そして、失った首から噴き出してきた大量の︱︱蟲。
﹁ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!﹂
叫んだ華艶だったがすぐに口を閉じた。蟲が口の中に入ってきて
しまう。
華艶の躰が蟲まみれになる。逃げようにも屍体が覆い被さってい
て、邪魔で重くて動けない。
蟲は華艶の秘所を目指していた。
それは童貞喪失の執念か!
蟲が屍体を抜け出した今しかチャンスはないと華艶は思った。
﹁灼熱竜巻砂塵!﹂
爆風と共に炎が渦を巻いて、辺りの砂を巻き上げた。
業火と灼熱の砂が蟲を焼き殺しながら舞い上げる。
すべてを灰に︱︱。
一匹たりとも残さない。蟲を根絶やしにするまで炎は灯火を絶や
さない。
それは日差しよりも熱く、夏の日に輝く不死鳥。
炎と砂塵が鎮まり、灰が風に飛ばされた。
ぐったりと燃え尽きた華艶。
﹁もうやだ⋮⋮﹂
これで終わったかに思えたのだが⋮⋮。
どこからともなく不気味な声が響き渡ってきた。
﹁我は腐った︿スイカの王﹀。この世にアベックがいる限り、何度
でも蘇ってヤる!!﹂
どっと華艶は溜め息を落とした。
﹁来シーズンが心配だわ⋮⋮﹂
来年はこのビーチに来るのはやめようと思った華艶だった。
657
真夏の王︵完︶
658
月見合戦︵1︶
時代や地域を問わず、月はひとを魅了する。
とくに満月には魔力があると信じられ、信仰の対象や犯罪率と結
びつけれることもある。
月はこれまで多くの伝説や物語などのモチーフになってきた。
竹取物語のかぐや姫は、一五夜に月の世界に帰っていった。
狼男はいつのころからか、満月を見るとヒトから狼男へと伝えら
れた。
日本には陰暦の8月15日に当たる中秋の名月に、団子やススキ
などを備えて月見をするという風習がある。実際にやっている家庭
は少ないが、その時期になると﹃月見﹄という言葉を多く耳にする。
もちろん帝都エデンにも残っている風習だ。
そう︱︱今宵は満月。
鬱蒼と生い茂る森の中を駆ける少女。まるで小動物のような身の
熟しで、月の木漏れ日を頼りに振り返らず逃げていた。
暗闇の中に光る眼。飢えた獣の眼。ハンターの眼だ。
その男は獰猛な肉食獣のような荒々しさを振りまきながら、森の
中を逃げる少女を追っていた。
﹁きゃっ!﹂
少女が木の根につまずいた。
地面に倒れた少女を照らす月明かり。少女はなぜかバニーガール
の衣装を着ていた。
むちむちした肉を包み込む黒いレオタード。
転んだ拍子に地面に手と膝を付き、突き出された尻を飾る愛らし
い尻尾。
脚を包む網タイツも堪らない。
そして長いウサギの耳は︱︱小刻みに動き、気配を探っていた!
659
もう男はすぐそこに全裸で立っていた。
逞しい体躯。
股間の剛直は月を犯す言わんばかりに天へ向けられていた。
﹁もう逃がしはいないぞ。あまえの団子を喰らってやる!﹂
﹁我ら月兎団[ツキウサギダン]はお前らには屈しない。逃げて逃
げて逃げ延びてやる!
﹁威勢は口だけだな。脚が震えているぞ﹂
少女はまだ立てずにいた。立ち上がりたくとも、男の指摘通りに
脚が増えてしまっている。
荒い網に締め付けられたもも肉が誘っている。今すぐ網の間に指
を入れ、ズタズタにタイツを裂きたい。
涎を拭われた男の手の先で、爪が長く伸びはじめていた。
近寄ってきた男が踏んだ小枝が折れた。
少女は眼を見開く。
すでに剛直だったにも関わらず、それが限界ではなかった。いや、
限界だった︱︱その姿では。
男の筋肉が一回りも二回りも膨らみ、全身を獣の毛が覆いはじめ
た。
少女の瞳に映る魔獣の姿。
ぬらりとした肉の頭が、牡臭を放ちながら伸びてくる。
先端が少女の頬に落ち着けられた。
硬い、そして熱い。まるで鉄のバッドを熱したような硬さと熱さ。
﹁いやっ、やめて⋮⋮そんなモノを挿入られたら⋮⋮死んでしまう
!﹂
少女は濡らした。
瞳から零れ落ちる涙。
股間から垂れ流される尿。
﹁臭ぇしょんべんだ﹂
そう言いながら男は鋭い牙を覗かせた。
もうその姿は人間ではない。
660
野性味溢れる筋肉質な躰を覆う長めの毛。醜く歪んだ顔は狗に似
ている。
兎を襲う狼。
まさに狼男そのものであった。
そして、少女もただの人間ではない。
狼男が少女の頭から伸びた長いウサギのような耳を引っ張った。
﹁やめてっ、痛い、引っ張らないで!﹂
それは飾り物などではなかった。少女の頭から生えているものな
のだ。
﹁耳を引っ張られたくらいでうるせーんだよ。︿守り巫女﹀になっ
たくらいだ、俺たちに捕ま
ったらどうなるかわかってんだろう、あァ?﹂
狼男は舌を長く伸ばして、少女の頬をねっとりと舐めた。
乾いた唾液がすぐに臭くなる。肉だ、肉食獣の臭いだ。
少女は最後の勇気を振り絞って逃げ出した。
四つ足になった狼男が地面を蹴り上げて、少女の背中から襲い掛
かった。
地面に叩きつけられた少女。
上に乗る狼男。
﹁狙った獲物は絶対に逃がさねえ。骨の髄までしゃぶりつくしてや
るよ﹂
少女は四つん這いにされ、胸をもげるほど乱暴に揉まれた。
尖ってしまった少女の乳首に、狼男の鋭い爪が押し当てられる。
﹁きゃっ﹂
まるで針で刺されたような痛み。
それはまだ、女の感度を調べる為の小さな痛みに過ぎなかった。
狼男の手が乳房を鷲掴みにした。
﹁ああああっ!!﹂
少女の悲鳴が森に木霊した。
柔らかな肉に突き立てられた鋭い爪。ゆっくりと爪が抜かれると、
661
五つの穴から血が滲み出
してきた。
滴る血は重力に引っ張られる脂肪の丘を伝わり、尖った鴇色の小
さな実を紅く染め、滲み出
る乳汁のようにポタポタと地面に零れた。
雄々しい肉棒が割れ目を擦る。確実に先ほどよりも大きく太くな
っている。
﹁血の臭いだ、最高にハイになってきたぜ!﹂
狼男は物のように少女をひっくり返した。
地面に尻を付けながら少女は膝と膝を合わせて固く脚を閉じた。
肉の割れ目も閉じられてい
るが、尿の臭いがまだ残っている。
肉の臭い。
血の臭い。
尿の臭い。
獣の臭い。
野生の臭いが混ざり合う。
少女の脚が狼男によって無理矢理こじ開けられる。
閉じよう閉じようと抗う少女。
狼男はその行程すら愉しんでいた。野獣の手に掛かれば、少女な
ど力尽くどうとでもなる。
にも関わらず、徐々に徐々に脚を開いていくのだ。
﹁その恐怖に歪んだ顔が堪んねえな。震えるその唇にしゃぶりつい
てやろうか?﹂
それは質問ではない。予告だ。
狼男は一気に少女の脚を開き覆い被さると、勢いを殺さずに柔い
ふっくらとした唇にしゃぶ
りついた。
少女の口腔に流れ込んでくる唾液。
口の中が牡の分泌液で犯されている。
662
狼男の舌は少女の顔中を舐め回す。
臭い唾液と息でも犯されている。
さらに狼男の舌は顎を通り首へ伸ばされた。
このまま全身を舐められたら、牡の臭いがたっぷり染みこんだ牝
肉になってしまう。
狼男は少女の耳の後ろ辺りを嗅いだ。
﹁淫乱そうな女の臭いだ﹂
﹁うそっ、そんなのうそっ!﹂
﹁こっちはどうかな﹂
舌を這わせながら狼男は少女の腋に鼻を埋めた。
﹁うおっ、強烈な臭いだ。すげえ臭ぇ、臭くて堪んねえな﹂
﹁やめてそんなところに臭い嗅がないで!﹂
﹁ここより臭いとこがあるぜ。ずっとぷんぷん臭っていて鼻が可笑
しくなりそうだ﹂
狼男の手が少女の股間へ。
﹁やめて、触らないで⋮⋮ああっ、痛い!﹂
包皮を向かれた肉芽が乱暴に擦られる。敏感な部分だ。強い快感
をもたらすこともあるが、
無理矢理擦られれば痛みもそれだけ強い。
﹁痛いっ、痛ひぃぃぃぃ!﹂
﹁よかったな、もっと痛がっていいんだぜ!﹂
狼男は少女の股間をまさぐりながら、血で穢された乳房をしゃぶ
った。
口の中に広がる血の味で、狼男はさらなる興奮を覚えた。
﹁まだだ、まだ俺のファロスは限界に達していない!﹂
狼男は自らを高めているのだ。
ファロスとは古代ギリシャ語で勃起した陰茎を意味する言葉。フ
ァロス、あるいはファルス
は芸術的な分野で多く見られ、陰茎形のオブジェを指す言葉にもな
っている。
663
狼男は興奮を高めることによって、最高の太さ、大きさ、硬さに
達したとき、女の道はこじ
開けるつもりなのだ。
そうしなければならない理由。
そうしなければ破れない力がそこにはあるのだ。
しかし、本能がそれを邪魔する。
狼男は限界だった。
女の肉を目の前にして、臭いを散々かがされ、理性では制御仕切
れないところまできてい
た。
﹁もう我慢ならねえ。喰ってやる喰ってやる、内臓を引きずり出し
て喰ってやる!﹂
﹁いやっ、やめて⋮⋮殺さないで、中ならいくらでも犯していいか
ら、それだけは、それだけ
はイヤーッ!﹂
狼男の口から垂れた涎が、少女の腹にどっぷりと落ちた。
獣の咆吼!
ブシャァァァッ!!
鋭い牙に噛み付かれた女の腹が血を噴いた!
﹁ギャアアアアアッ!﹂
肉が引き千切られる。
乳房も持っていかれた。
生きたまま喰われる恐怖。
欲望に負けた狼男だったが、急に我に返った。
﹁糞ッ、しまった⋮⋮死ぬ前に早くブチ込んでやらねえと!﹂
肉棒を秘裂にあてがい、秘奥まで一気に突き刺そうとしたときだ
った。
気配だ!
﹁興奮しててぜんぜん気づかなかった⋮⋮糞野郎どこにいやがる!﹂
木の陰から学生服姿の少女が顔を見せた。
664
月明かりに照らされたその顔は︱︱華艶だ!
﹁その子からすぐ離れないとヌッコロス。離れなくても、女の子に
そんな酷いことする野郎は
人間だと怪物だろうと容赦しないけど﹂
﹁キサマ何者だ、なんでこんな場所にいるんだ答えろ!﹂
﹁⋮⋮それは飲み会の帰りに、近道だと思って森を抜けようとした
ら、ぜんぜん近道じゃなく
て迷ったみたな﹂
﹁そんなウソを通用するか! おまえのことは今すぐ喰らってやる
!﹂
﹁いや、ウソじゃないんだけど⋮⋮﹂
嘘かどうかなど、もう狼男には関係ないだろう。その眼は飢えて
いる、襲う理由などどうでもいい。ただ若い女の柔らかい肉を喰ら
いたいだけだ。
飛び掛かってきた狼男。躍動感の溢れる素早い動きだ。
華艶は少し反応が遅れたが、躱すつもりのないので関係ないこと
だ。
それは狼男に向かう力。
﹁炎翔破!﹂
闇を照ら炎の玉が放たれた!
猪突猛進で華艶に襲い掛かっていた狼男は躱すことができない。
まるで自ら炎に飛び込むような格好だ。
﹁グォォォォォォッ!﹂
炎の直撃を喰らった狼男は地面を転げ回った。早く消さなければ
次々と毛に引火してしまう。
しかし、華艶の放った炎は燃え移りながら毛だけではなく、肉を
も焼いた。
焼け焦げた異臭。
ところどころに火傷を負った狼男は、足下をふらつかせながら立
った。
665
﹁人間風情が⋮⋮覚えてろ、次に合ったときは生きたまま内臓を引
きずり出し、おまえの目の前で喰ってやる!﹂
狼男が四つ足で疾走する。
宿る炎。
﹁炎翔破!﹂
逃がすものかと華艶は炎を放った。
﹁ギャアッ!﹂
火は狼男の尻に火を付けた。
だが、火はどんどんと遠ざかって行ってしまった。
逃げられた。
華艶は深追いせずに、地面で倒れている少女に駆け寄った。
﹁だいじょぶ?﹂
﹁⋮⋮もう⋮⋮わたしは⋮⋮﹂
﹁ちょっと待ってて救急車呼ぶから!﹂
﹁わたしは⋮⋮人間ではありませんから⋮⋮救急車は不要です⋮⋮﹂
少女のまぶたが閉じそうだ。
このとき華艶も少女に訪れるモノを悟っていたが、あきらめるこ
とはできなかった。
﹁あなた人間じゃないの!? そんなことどうでもいいや、とにか
くそれならそれでいいから、診てもらえるとこあるでしょ教えて!﹂
﹁⋮⋮それも不要です⋮⋮もう長くはありません⋮⋮﹂
﹁そんなこと言わないで!﹂
﹁初対面の方に⋮⋮これを託すのは⋮⋮しかし、わたしはもう守り
きれない⋮⋮ならあなたに⋮⋮これを⋮⋮﹂
なんと少女は自らの股間から玉を産み落とすように出した!
大きさはピンポン球程度。白く艶やかな玉だ。
少女はその玉を手のひらに乗せ、華艶に差し出した。
﹁受け取ってください﹂
﹁えっ、な、なにこれ!? あたしどうしたらいいわけ!?﹂
股間から出した謎の玉。華艶は明らかに混乱していた。
666
少女はとても真面目な顔をしていた。その眼はすでに閉じられて
いる。
﹁これを⋮⋮届けて⋮⋮﹂
﹁届けるってどこのだれに!?﹂
少女の手から玉が滑り落ちた。
力が抜けた少女。
華艶は少女の躰を抱きかかえた。服が血まみれになろうが構わな
い。
﹁死んじゃダメ!﹂
しかし、息がない。
少女は息絶えたのだ。
そっと華艶は少女を地面に寝かせ、落ちていた玉を拾い上げた。
土などで汚れてしまった玉を服で拭いた。
﹁不思議な⋮⋮宝石?﹂
宝石のようだが、ただの鉱石ではなさそうだ。
﹁人肌みたいな温かさ﹂
ずっと体内に収められていたからだけではない。それ自体が熱を
発しているのだ。
華艶は玉をポケットに入れて立ち上がった。
そのときだった!
﹁捕らえろ!﹂
夜の森に響き渡った勇ましい女の声!?
物陰から二人のバニーガールが飛び出してきた。どう見ても死ん
だ少女の関係者だ。
華艶は攻撃することもできず慌てた。
﹁ちょっと、待って、なにすんの、あっ!﹂
左右の二人に片方ずつの腕を拘束され、三人目によって首には刀
の切っ先を突き付けられた。
三人目はほかの者とは異なり白い十二単[ジュウニヒトエ]の和
風少女だった。
667
﹁此奴を連行しろ!﹂
和風少女がほかの二人に命令した。
華艶はなにがなんだかわからず混乱した。今さっきあった出来事
ですら、整理がついていないというのに、あっという間に捕まり連
行されそうになっている。
﹁あたしの話を聞いてってば!﹂
﹁月狼団[ツキオオカミダン]の話など聞く耳もたぬ!﹂
和風少女は頑として聞かず、そのまま華艶は連行されてしまった
のだった。
668
月見合戦︵2︶
目隠しと猿ぐつわをされたまま歩かされ、どこに連れて行かれる
のかわからない。
足を止められた場所で、立てた丸太のような物に背の方へ腕を回
され、後ろ手に縄で結ばれた。両足も同じく結ばれる。
華艶の力を使えば、いつでもすべてを燃やし尽くして逃げること
ができた。けれど、事を荒立てれば誤解は深まるばかり。抵抗もせ
ず相手にされるがままここまでやって来た。
そして、ついに目隠しと猿ぐつわが取られた。
華艶は目をまん丸にした。
満月に照らされる野外会場で、酒を酌み交わしながら、団子を食
べているバニーちゃんたち。
宴だ。
月見の宴[エン]。
団子に芋に女郎花[オミナエシ]などを供えられ、詩歌や俳句を
呼んで楽しんでいる。
日本の月見の風景なのだが、バニースーツはちょっと場違いだ。
ただ一人、この中で浮かずにいるのは十二単の少女。先ほど華艶
に刀を突き付けた手練[テダ]れだ。
やっと猿ぐつわも外され、しゃべれるようになった華艶は、リー
ダーっぽい十二単の少女に話かけることにした。
﹁あのぉ、なんであたし捕まってるんでしょうか?﹂
﹁白々しい、妾たちの仲間を殺しておいて!﹂
﹁それをやったのは変な狼男みたいな奴で、あたしはあの子を助け
ようとしただけなんですけど﹂
﹁嘘をつくでない! お主の服についている血がなによりの証拠じ
ゃ!﹂
669
それは血まみれになった彼女を抱きかかえたときのものなのだが、
説明したところで今は聞いてもらえそうにない。端っから疑われて
しまっている。別の方向から無実を証明しなくてはならない。
華艶は良い方法が思い付かず黙り込んでしまった。
バニーの一人が十二単の少女に耳打ちする。
﹁かぐや姫様、こやつの格好もどう見てもおなごなのですが?﹂
﹁それがなんじゃ?﹂
﹁月狼団には男しかないは筈では?﹂
﹁な、なにーっ!?﹂
驚くかぐや。
ここでかぐやは考えを改めるのかと思いきや、考えを改めたのは
バニーのほうだった。主君の間違いを正すのではなく、主君の間違
いを正当化する。
﹁す、すみませんかぐや姫様! きっとこやつは、そう、えっと、
今流行りの女装っ娘というやつなのでは?﹂
﹁女装っ娘じゃと?﹂
﹁そうです、おなごの格好をした男子のことです!﹂
﹁そうじゃったのか!﹂
かぐや納得。
その会話を呆気に取られ聞いていた華艶。
﹁あのぉ、あたし正真正銘の女子なんだけど?﹂
そんな発言認めませんとばかりにバニーが再び猿ぐつわを嵌めた。
﹁騙されてはなりませんかぐや姫様! 今のは罪を逃れようとした
こやつの嘘です!!﹂
﹁う∼ん、じゃがどう見てもおなごじゃ。うむ、脱がしてみよ﹂
その命令に戸惑うバニー。ここで脱がしてしまったら男でないこ
とがわかったしまう。けれど、姫の命令には逆らえなかった。
縛ったままのため、服を短刀で切り裂いて無理矢理脱がす。
﹁ふぐっ⋮⋮むぐぐ⋮むぐーッ!﹂
華艶は謎の奇声を発して抵抗するが、制服が切られ、ブラが切ら
670
れ、ついにはショーツまで切られてしまった。
露わになった華艶の裸体を眺めながら、かぐやは明らかな疑惑を
持った。
﹁う∼む、妾よりは小振りじゃが、それはおなごの胸じゃろう?﹂
﹁いえ、違いますかぐや様! これは鍛えられた筋肉です!﹂
明らかに無理な言い訳だった。
かぐやは華艶の胸をつかんで揉んだ。
﹁筋肉にしては柔らかい﹂
﹁んっ⋮⋮んふっ⋮⋮﹂
華艶の鼻から漏れる熱い吐息。
﹁それについている筈のものがついておらぬではないか?﹂
かぐやの手が華艶の股間に伸びる。
指は秘裂に触れるだけではなく、柔らかい穴の入り口に伸びてき
た。
﹁あうっ﹂
﹁やはりおなごではないか﹂
第二関節まで侵入してきた。
漏れ出す愛液。
無理矢理ではあるが、華艶は少し火照りを感じてしまっていた。
犯されているというよりは、戯れに近い。
バニーは﹃ニューハーフです!﹄と言いかけたが、やっぱりやめ
ることにした。
﹁そのようで、本物のおなごでしたね﹂
﹁だとするならば、一つ疑問がある﹂
と、かぐや。
先ほどの疑問が振り出しに戻ったのだ。
月狼団には男しかいないらしい。団員のひとりはあの狼男のこと
だろう。
﹁ニュ︱︱﹂
と、バニーが言いかけたとき、ほかのバニーがやって来た。
671
﹁大変です、ミナの躰から︿満珠﹀が失われていました!﹂
その発言を受けてこの場の視線が華艶に向けられた。
﹁ふぐっ、ふぐううぅ!﹂
華艶は必死になにかを訴えようとしたが、猿ぐつわで話ができな
い。だが、おおよそ予想はつく。
十二単を着ながら、その身の熟しは素早い。かぐやが抜いた刀の
切っ先が、華艶の喉元に突き付けられた。
﹁︿満珠﹀はどこじゃ!﹂
﹁ふぐぐぐふぐ!﹂
﹁言わぬなら拷問で吐かせてくれる!﹂
﹁ふぐーッ!﹂
口を塞がれてては答えられない。
バニーがそ∼っとかぐやに気づかれないように、華艶の猿ぐつわ
を外した。
一気に華艶が叫ぶ。
﹁︿満珠﹀かどうかわかんないけど、あの子に託された玉なら服の
ポケットに入ってるし、あたし無実だし!!﹂
すぐにバニーが地面に落ちていた華艶の服を調べた。
﹁ありました︿満珠﹀です、無事です!﹂
そこにまた別のバニーがやって来た。
﹁狼を一匹始末してまいりました!﹂
かぐやは驚いた顔をした。
﹁なんと狼を! 褒美を取らそう﹂
﹁ありがたき幸せ。ですが、わたしが仕留めたときには、すでに狼
は手負いで⋮⋮まるで火で焼かれたように⋮⋮﹂
すぐに華艶がその話に割ってはいる。
﹁あたし、あたし、それやったのあたしーっ!﹂
無実の罪を晴らすチャンスがやっと来た。
華艶の肌が熱を発した。
﹁ちょっとみんな下がってくれる、危ないから﹂
672
注意を促した華艶が炎を発した。
全身から昇る炎。
かぐやは微笑んだ。
﹁なんと美しい﹂
宴を盛り上げるに相応しい炎。
縄と丸太を燃やし、華艶は自由の身になった。
﹁この炎で狼男を追い払ったの。あの子は助けられなかったけど⋮
⋮﹂
これでやっと無実が︱︱証明されなかった。
バニーたちは華艶を取り囲んで警戒している。
﹁こんな怖ろしい妖しい術を使うとは、絶対に敵に決まっておりま
す姫様!﹂
あきらかに敵意を向けられている。またちゃんと話を聞いてもら
えずに、振り出しに戻ることもありそうだ。
しかし、かぐやは違った。
﹁そのおなごから離れよ。あんな美しい炎を操れる者が穢れている
はずがなかろう。少なくとも、月狼の手の者ではない﹂
かぐやは華艶の手を握って話を続ける。
﹁そちにはすまぬことをした。仲間があんな惨い仕打ちを受けて、
冷静さに欠いておったのじゃ﹂
﹁誤解が解けたならそれでいいから、服弁償してくれる?﹂
ニッコリ笑顔の華艶ちゃん。
﹁すぐに代わりの服を用意しよう﹂
かぐやはバニーに服を持ってこさせた。
バニーが持って来たのは、もちろんバニースーツ。
とりえず華艶は差し出されたので受け取ってしまったが⋮⋮。
﹁こんなの着て帰れないんだけどぉ。お金で解決でいんだけど、で
も服ないと帰れないか﹂
しぶしぶ華艶はバニースーツを来た。
が、胸布と胸の間に隙間が!
673
﹁あのぉ、パッドあります?﹂
﹁ありません﹂
と、バニーに断言されてしまった。
華艶は周りのバニーたちの胸元を観察した。みんな巨乳だった。
憂鬱な気分になった華艶はうつむきながら歩き出した。
﹁じゃ、あたし帰るんで、さよならお元気で﹂
帰ろうとした華艶の背中にかぐやが手を伸ばした。
﹁待つのじゃ!﹂
﹁まだなにか?﹂
﹁狼を退ける力を持つそちに頼みがある!﹂
﹁断ります!﹂
森で襲われたバニーは成り行きで助けたが、これ以上は関わりた
くない。
﹁礼を弾むぞ?﹂
そのかぐやの言葉で華艶の眼の色が変わった。
﹁報酬をいただけるなら、トラブルシューター華艶になんでもお任
せ!﹂
眼の中は完全に$マークだった。
そして、華艶は宴の席に連れられて、酒を勧められた。
周りは全部女だが、接待は悪い気がしない。
愉しげな宴に見えるが、バニーたちの顔は少し暗い。
落ち着いたところでかぐやが話しはじめる。
﹁今宵は中秋の名月。一年一度、この晩だけ、我ら月兎と月狼が戦
う定めになっておる。我らは︿満珠﹀を守り、狼はそれを奪おうと
襲ってくるのじゃ﹂
ちょうど華艶はその場面に居合わせたのだ。狼男は華艶の活躍に
とって、︿満珠﹀を奪えずに退散したが、あの娘の命は救えなかっ
た。
娘が命をかけてまで守る︿満珠﹀とはいったいなんなのか?
あの娘が持っていた︿満珠﹀はかぐやの手のひらの上にあった。
674
﹁これは︿満珠﹀という。月の力が蓄えてある我らの秘宝じゃ。︿
満珠﹀は我ら月兎だけが育てることができ、100年育てた暁には
我らが女神を召喚できると云われておる﹂
華艶が首を傾げた。
﹁育てるって?﹂
﹁︿満珠﹀は入れ物ようなもので、そこに月の力を挿入してやるた
めには、我らの膣の中で育てる必要があるのじゃ﹂
﹁んじゃ、狼たちがそれを狙う理由は?﹂
﹁女神を召喚させんがため。それともう一つ、奴らはこの力を手に
入れることにより、いつでも本来の姿に戻ることができるのじゃ。
狼どもは普段人間の世界で人間として暮らしておる、それは本来の
力が封じられておるからじゃ。狼どもが本来の姿を取り戻すために
は月の力が必要で、弱い者ほど満月に近くなければ元の姿には戻れ
ん﹂
﹁人間が狼男に変身するんじゃなくて、人間になっちゃてるのは呪
いみたいなもんなの?﹂
﹁そういうことじゃ﹂
話を聞いた華艶は依頼内容を察した。
﹁つまりあなたたちの護衛をしろってこと?﹂
﹁否、︿満珠﹀その物を守って欲しいのじゃ﹂
﹁でも、え∼っと、それって普段⋮⋮ナカに入れてるわけでしょ?﹂
﹁そうじゃ﹂
﹁やっぱあなたたちごと守らなきゃいけないんじゃないの?﹂
﹁ここに一つ︿宝珠﹀がある。これをそちの膣の中で守って欲しい
のじゃ﹂
﹁はぁ∼∼∼っ?﹂
さっきの説明では、月兎の者だけが育てることができると言って
いた。華艶までナカに入れる必要はないのではないか?
華艶は両手を自分の前で広げて突き出した。
﹁ちょっと待った。守るのはいいけど、肌身離さず持ってればいい
675
んじゃないの?﹂
﹁落とされたり、無くされては困る。膣の中がもっとも安全なのじ
ゃ﹂
﹁異物挿入とかダメだって、そんなのただのプレイだし、入ったま
まなんて気持ち悪いじゃん!﹂
﹁まあそう言うな﹂
かぐやが妖しい顔をして華艶を押し倒した。
レオタードの隙間から股間に指が侵入してきた。
﹁あン﹂
﹁妾も入れておるが気持ちよいぞ﹂
﹁入れちゃ⋮⋮だめぇン﹂
口では拒んでいるが、積極的に逃げようとはしなかった。
かぐやの指が肉芽に触れた。
﹁やぁン﹂
﹁少しほぐしてやらんとな。皆の者も手伝うのじゃ﹂
バニーたちの瞳がギラっと輝いた。こちらは小動物なんかじゃな
い、肉食獣だ!
慣れた手つきだった。バニーたちは華艶の肌を優しく摩り、緊張
をほぐしながらマッサージをする。
華艶の指がだれかに咥えられた。
﹁舐めちゃだめっ⋮⋮あ⋮⋮﹂
指が舐められている。柔らかくて熱い舌が絡んでくる。
﹁やめて⋮⋮指の間とか⋮⋮手のひらもだめだって⋮⋮ば⋮⋮あふ
ン﹂
どうしてもいやらしい声が漏れてしまう。
かぐやは華艶の股間から引き抜いた指を愉しげに見せた。
﹁こんなに糸を引いておる。そちも相当な好き者じゃな﹂
﹁そんなこと⋮⋮ない⋮⋮あうっ﹂
浮いた胸の隙間から柔らかい手が侵入してきた。
いくつもの手が華艶の肌を火照らせる。
676
いつの間にか華艶のバニースーツは脱がされていた。
バニーのぷっくりとした唇から、どろり唾液が華艶の躰に垂らさ
れた。
粘り気のある唾液をローション代わりに肌に練り込まれる。
そのネメヌメした感触が華艶の感度を高めてくれる。
﹁あっ⋮⋮あふ⋮⋮ああっ⋮⋮気持ちいい﹂
ついにはっきりと口にしてしまった。
かぐやは艶やかに笑った。
﹁もっと気持ちよくなるがよいぞ﹂
かぐやの指が華艶の中に挿入ってきた。
指は屈伸運動をしながら、淫らな壁を刺激してくる。
﹁あっ⋮⋮あぅ⋮⋮﹂
﹁今宵は年の一度の宴じゃ⋮⋮そちも呑むが酔い﹂
かぐやの言葉を察してバニーたちが華艶の躰に酒を流した。
強い酒なのか、かけられた肌が熱い。
﹁これ以上は⋮⋮あっ⋮⋮炎の力が⋮⋮抑えられなくなっちゃ⋮う
っ﹂
﹁あの力か⋮⋮ならば仕方あるまい﹂
かぐやは少し名残惜しそうな笑みを浮かべた。
そして、︿満珠﹀を口に咥えたのだ。
華艶の秘裂がバニーたちによって広げられた。
﹁ちょ⋮⋮なに⋮⋮だから⋮⋮いれ⋮⋮だっ﹂
華艶は息を呑んだ。
口移しされた︿満珠﹀がぬるりと吸いこまれる。
さらにかぐやの指で奥の奥まで秘奥まで⋮⋮。
満月は艶やかに妖しく輝いている。
︿満珠﹀は女の海に満たされたのだった。
677
月見合戦︵3︶
バニーのひとりが急いで買ってきたウサミミを装着した華艶。
ちなみに購入店はラ・マンチャという深夜まで、もしくは終日営
業のディスカウントストアで買ってきた。マスコットはペンギンだ。
華艶の姿を見たかぐやは感嘆した。
﹁どこからどう見ても月兎団の団員じゃ、素晴らしい﹂
胸には結局パッドを入れましたが。ちなみにこれも買ってきても
らった。
﹁⋮⋮やっぱり恥ずかしいんですけどぉ?﹂
華艶はぜんぜん乗り気じゃない。引き受けた仕事とはいえ、一般
人にこの格好はキツイ。ちょっと勇気にいる格好だ。
周りもかぐやを除いてこの格好をしているとはいえ、必要性がよ
くわからない。
華艶は人指し指を立てた
﹁一つだけ聞きたいんだけど、こんな格好しなきゃいけない理由が
あるわけ?﹂
﹁趣味じゃ﹂
かぐやが放った衝撃の一言。
﹁しゅ、しゅみって!﹂
華艶は口ごもりながら突っ込んだ。
﹁嗚呼、妾の眼にはテレビで見たバニーちゃんの姿が、今も焼き付
いておる。これほどまでに魅惑的な衣装があるか⋮⋮否。まさにこ
れぞ我が月兎団に相応しい衣装じゃ﹂
バニー姿でお月見は一般人のセンスではないだろう。
しかも、本人はなぜか十二単。
そこには突っ込まないことにした華艶。
﹁まっいいや。周りみんな着てるんだし、カムフラージュのために
678
あたしも同じ格好じゃないと⋮⋮あれ、逆に同じ格好じゃないほう
がいいんじゃない? 同じ格好してたら、︿満珠﹀を持ってますっ
て言ってるようなもんだし。あたし耳生えてない普通の人間だから、
普段通りにしてたらわからないんじゃない?﹂
たしかに。
かぐやは首を横に振った。
﹁狼どもは︿満珠﹀を嗅ぎ分けることができるのじゃ。どんな格好
をしていても騙すことはできぬ。ならば同じ仲間として、そちにも
格好をしてもらいたい﹂
﹁ならお姫様も着たら?﹂
﹁妾まで着たら、長としての格好がつかぬ。なによりバニースーツ
は着るより見るに限る⋮⋮うふふっ﹂
﹁⋮⋮もしかしてお姫様ってそっち系?﹂
﹁そっちとはどちらじゃ?﹂
﹁いや、いいです。今のは忘れてください﹂
でも華艶はかぐやをそっち系だと認識した。たぶん周りもそっち
系だ。だってあのテクニックは⋮⋮。華艶は思い出しただけで濡れ
そうだった。
急に場の空気が変わった。空気を変えたのは宴に会場に飛び込ん
できたバニーだった。
﹁姫様っ! 狼どもがすぐそこまで!﹂
﹁ついにここも嗅ぎつけられてしもうたか﹂
かぐやは眉をひそめた。
そしてすぐに、
﹁敵は何匹じゃ?﹂
と尋ねた。
﹁二匹です、あれはおそらく悪名高い金狼と銀狼﹂
﹁よしっ、逃げるぞよ!﹂
かぐやが大声で命令した。
驚いたのは華艶。
679
﹁えっ、戦わないで逃げんの?﹂
すぐにかぐやが答える。
﹁我らは戦いには慣れておらん。ましてや金銀兄弟となればなおの
こと﹂
﹁でもお姫様はあんなすごい剣士なのに?﹂
重く動き辛い十二単を着ていてもあの身の熟し。
華艶の疑問にバニーがビシっと言う。
﹁もっとも守るべきかぐや姫様を戦わせるバカがいるかバカ!﹂
﹁あたしバカじゃなし、バカ! だってあたしを捕まえたときも刀
抜かれたし!﹂
﹁それはかぐや姫様がちょっとお転婆なだけで、ちょっと目を離す
とすぐに刀を抜いて自ら戦おうとして﹂
そう言ったバニーの首筋には刀の刃が突き付けられていた。
﹁だれがお転婆なのじゃ?﹂
かぐやは笑顔だが、その笑顔が怖い。
こんなやり取りをしてもたもたしているうちに、ついに二匹の狼
が宴に飛び込んできた。
月明かりに照らされ、金と銀の毛が輝いた。
金色の毛を持つ金狼。
銀色の毛を持つ銀狼。
兄弟の狼男が姿を見せた!
逃げ惑うバニーの腕を金狼が捕まえた。
﹁旨そうな兎だ。俺様の魔羅で串焼きにしてやるぜ﹂
毛に覆われ全裸の狼男の股間は、猛々しく満月に向いていた。
同じく銀狼もすでに固く尖らせている。
﹁こっちの兎も旨そうだぜ兄じゃ﹂
銀狼に捕まったバニーは網タイツを破かれてしまっている。
仲間が捕まってもほかのバニーは逃げることに必死で、だれも立
ち向こうとはしない。
そんな状況になってしまうからこそ、かぐやは自ら戦いに向かう
680
性分になってしまったのだろう。
長として、守られるよりも、守りたい。
刀を抜こうとしたかぐやの前に華艶が腕を伸ばして制止させた。
﹁ここはあたしが⋮⋮ほかのみんなを守って逃げて。今度は絶対に
助けるから!﹂
思い出される森での出来事。
駆けつけたときには手遅れだった。そうだとしても許せない。敵
も、そして⋮⋮。
そうりゅうえん
今なら救える、今なら間に合うのだ!
﹁双龍炎!﹂
華艶の両手から放たれた炎は、渦巻く二匹の龍と化して、尾を引
きながら金狼と銀狼を呑み込もうとした。
﹁﹁ウォォォォォン!!﹂﹂
二匹の猛獣が吠えた。
金狼と銀狼の咆吼は共鳴し、巨大な振動を巻き起こす。
それは月をも震撼させる強大な氣だった。
華艶は自分の眼を疑った。
﹁炎が⋮⋮掻き消された﹂
振動波によって炎が跡形もなく消されたのだ。
たしかに攻撃は無効化されたが、捕まっていた二人のバニーはど
うにか逃げたようだ。
金狼のギラついた眼が華艶を射貫く。
﹁おうおう、獲物に逃げられちまったじゃねェか﹂
同じく銀狼もギラギラと眼を輝かせて華艶を見て舌なめずりをし
た。
﹁団子を喰い損ねちまった。兄じゃよ、どちらがあのメスの団子を
喰らうか勝負しねェえか?﹂
﹁乗ったぜ弟よ。早い者勝ちだ!﹂
金狼が股間を滾らせ華艶に襲い掛かってきた。
銀狼の股間も負けてはいない。
681
ばくえん
一対二の戦い。華艶は同時に対処しなければ、片方にヤられる!
﹁爆炎!﹂
華艶の手から放たれた︱︱正確には10本の指から放たれた炎は、
火山から噴き出した岩石のように、いくつもの炎の塊となって無差
別攻撃をした。
一つの炎を躱せば済む話ではない。これを防ぐのは至難の業であ
る筈。
金狼の肉棒が風船のように膨れ上がった。
﹁俺様のスペルマシャワーを浴びろ!﹂
消防車の放水のように白濁液が噴射された。
次々と消されていく炎。
それだけではない華艶をも白濁液の塊が襲った。
﹁あっ!﹂
華艶に当たった量は尋常ではなかった。その一撃で華艶の顔は隠
されたのだ。
べっとりと顔についた白濁液を振り払った華艶は見た。
すでに銀狼がすぐそこまで迫っている!
﹁兄じゃのおかげで俺様が団子を頂くぜ!﹂
﹁なにィ、俺様が炎をすべて消してやったんだぞ!﹂
﹁そんなこと頼んでねェよ﹂
﹁そうはさせるか!﹂
華艶の目と鼻の先で、銀狼が金狼に飛び掛かられ視界から消えた。
敵が仲間割れしてくれたおかげで、華艶はピンチを切り抜けるこ
とが出来たのだ。
すでにバニーたちの姿はない。無理をして華艶が戦う理由もなく
なったのだ。仲間割れに乗じて、攻撃を仕掛ける理由もない。なぜ
なら、守ることが目的であって、戦うことは手段に過ぎない。
華艶は全速力で逃げた。まだ狼男どもに気づかれていない。
金狼と銀狼の鋭い視線が華艶に向けられた。
気づかれた!
682
華艶と狼男どもの距離はだいぶあった。華艶が必死に伸ばした距
離だ。その距離が瞬く間に縮められていく。
疾い。
そのスピードは犬すらも凌駕する。
人間は犬にも徒競走で勝てぬというのに、それ以上に疾い狼男が
開いてでは絶望的だ。
金狼は華艶に追いついただけではない。抜かして前に立ちはだか
ったのだ。後ろには銀狼、挟み撃ちをされた。
やはり二対一は不利だ。その不利を跳ね返すほどの力が今の華艶
にあるのか!?
月光を反射した刃の煌めき。
﹁ギャアアァァッ!﹂
叫び声をあげた金狼の背が血しぶきを上げた。
﹁兄じゃ!﹂
銀狼が見せたその一瞬の隙を華艶は見逃さない。
華艶は金狼から眼を離し、銀狼に向かって炎を放った。
﹁炎翔破!﹂
隙を突かれた銀狼は反応が遅れた。
﹁グォッ!﹂
直撃は避けられたが、腕と脇腹だ燃えた。
﹁今のうちじゃ!﹂
そう叫んだのは物陰から現れ、金狼を斬ったかぐやだった。
怯んだ狼どもを尻目に華艶とかぐやは共に逃げた。
すぐに体勢を立て直した狼どもが追ってくる。
駄目だ、すぐにまた追いつかれそうだ。
かぐやが華艶の腕を引いた。
﹁抜けるぞ!﹂
﹁抜ける?﹂
次の瞬間、景色が一変した。
宴の舞台もなにもかも消えたそこは高架下だった。頭上には高速
683
道路が通っている。
﹁どこここ?﹂
華艶のそれは尋ねたと言うより、独り言に近い呟きだった。
﹁おぬしらがマドウ区と呼んでおる区域じゃ﹂
﹁ウソっ、いつの間に?﹂
﹁説明している暇はない、狼どもがすぐに追ってくる﹂
すぐに目の前には深夜だというのに、交通量がそこそこある道路
があった。
華艶はタクシーを見つけて手をあげた。
﹁ツイてる!﹂
すぐに華艶の前でタクシーは停車したが、明らかに運転手の目は
呆気に取られている。
華艶は十二単のかぐやを後部座席に押し込め、自分は助手席に乗
り込んだ。
﹁とりあえずこのまま走らせて﹂
タクシーが走り出す。
﹁お客さん、どこまで行きましょうか?﹂
運転手はバックミラーや横目を使って、チラチラと華艶とかぐや
のことを確認している。バニー姿と十二単の組み合わせはミスマッ
チだし、そんな格好をして時点で怪しく思われるの当然だ。
華艶は少し顔を紅くしながら、﹃衣装には触れるなよ﹄オーラを
出した。
﹁行き先はどこでもいいから、とにかくこの場所から離れて﹂
こんな注文をしたら余計に怪しまれる。
タクシーの運転手はバックミラーを見た。
﹁このまま行くと駅⋮⋮なんだあれ?﹂
かぐやを見ていた運転手は、そのずっと後方にほかのモノを見た。
すぐに華艶もサイドミラーで確認した。
﹁マジで⋮⋮運転手さん速度上げて!﹂
四つ足の魔獣が車の速度に追いついてくる。金狼と銀狼だ。
684
運転手はすぐに察した。華艶の言葉にあった﹃この場所を離れて﹄
と、後ろから追ってくる謎の影を見た途端に﹃速度上げて﹄ときた
ら、明らかに追われているとしか考えられない。
﹁お客さん厄介事に巻き込まれるのはごめんですよ。降りてくれま
せんか?﹂
﹁べつにいいけど、車止めたとたん運転手さんも奴らに喰われるけ
どいい?﹂
ニッコリ笑顔の華艶ちゃん。凄まじいプレッシャーを放っている。
﹁なら警察を呼ぶのは⋮⋮?﹂
﹁それは困る﹂
と、口を挟んだのはかぐやだった。
﹁妾たちの抗争に帝都政府は介入せぬことになっておる。じゃが、
末端の警察組織に事情を説明して、事を口外するのはあまり好まし
くない﹂
それは華艶とっても新情報だった。
﹁帝都政府公認なの?﹂
﹁公認ではない、黙認じゃ。あまり事を騒ぎ立てると、さすがに介
入してくるじゃろうな﹂
と言われましても、すでにタクシーの後方では騒ぎになっている。
金狼が飛び乗った車が急ブレーキを踏み、後続車がそれに激突し
た。
その様子をサイドミラーで確認した華艶は、溜め息を漏らした。
騒ぎが大きくなると、かぐやたちも困るだろうが、華艶も困る。
警察に捕まれば、当然のこととして法的に罰せられるからだ。
﹁騒ぎが大きくなると、困るのは狼男たちも同じはずだよね? な
んであいつら遣りたい放題なの?﹂
﹁本来の姿に戻ると凶暴性が増すのじゃ。さらに今宵は中秋の名月、
もっとも一年で力が増すときなのじゃ﹂
ドスン!
華艶たちの乗るタクシーの屋根が音を立てた。
685
何かが屋根を歩いている。そしてフロントガラスの前に姿を現し
た銀狼!
驚いた運転手がハンドル操作を誤り、タクシーが蛇行した。
﹁ちゃんとハンドル握って!﹂
華艶の叱咤が飛んだ。
反対車線に飛び込んでしまったタクシーの前方から、ヘッドライ
トが急速に近付いてくる。
運転手はブレーキを踏んだ。パニック状態による明らかな判断ミ
スだった。
豪快な音を立てて車が正面衝突した。
車内を襲う激しい揺れ、華艶の顔面に激突したエアバッグ。
完全に沈黙した車。
﹁マジサイテ∼⋮⋮かなり痛かったし﹂
華艶は打ち身や首の捻挫を負ったが、その程度は怪我がすぐに治
る。問題は残る二人だった。
運転手は側頭部から血を流して気絶している。
かぐやは後部座席でぐったりしていた。
﹁うう⋮⋮死ぬかと思ったわ﹂
弱々しい言葉だがまだ生きているらしい。
﹁お姫様、後部座席でもちゃんとシートベルトしましょうね﹂
﹁シートベルトとはなんじゃ?﹂
﹁まさかはじめて車に乗ったとか?﹂
﹁この形の車は初めてじゃ﹂
ではどんな形の車なら?
まさか牛車なんてことは?
突然、後部座席ガラスに衝撃音と共にヒビが入った。
銀狼だ!
砕けずヒビだけで留まっていたガラスが、二度目のパンチによっ
て穴が開いた。銀狼は穴の縁を両手で引っ張りこじ開ける。
﹁まさか姫さんの団子を喰えるとはな!﹂
686
﹁うぬに喰わせる団子などない!﹂
かぐやは刀を抜こうとしたが、狭い車内では素早く抜けない。抜
けたとしても振るえないだろう。
ひけん
すでにシートベルトを外していた華艶が後部座席にダイブした。
﹁火拳!﹂
かぐやの上を飛び越えて華艶の炎を宿した拳が銀狼の顔面にヒッ
トした。
﹁ギィヤァァァァッ!!﹂
顔面を押さえながら銀狼が後方に吹っ飛んだ。
この隙に早く車内から出なければ!
後部座席のドアを開けようとしたが開かない。すぐに明らめ華艶
は銀狼が割ったガラスから外に出た。
﹁お姫様も早く!﹂
華艶は車内のかぐやに手を伸ばした。
その手を掴んで車内から引っ張り出されながら、かぐやは華艶の
後方に目をやった。
﹁狼が立ち上がるぞ!﹂
華艶は敵に背を向けている。
銀狼がアスファルトを蹴り上げようとしたそのとき!
﹁弟よ引け、引け引けーッ!﹂
金狼の声が木霊した。
狂気を浮かべながら銀狼が金狼を睨む。
﹁なぜ止める!﹂
﹁サイレンの音が聞こえないのかバカめッ! これ以上騒ぎを起こ
せば帝都政府に狩られるぞ!﹂
﹁うるさい、目の前の獲物を捨てられるか! 帝都政府だろうとな
んだろうと、狩って喰らってやる!!﹂
﹁餓狼様のお言葉を忘れたのか!﹂
その言葉で銀狼は躰を打ち震えさせながらも、戦闘態勢を解いた。
すぐに銀狼は無言でこの場から姿を消した。
687
そして、金狼が遠吠えをあげる。
二匹の狼男は姿を消した。
ただの獲物ではない。姫を目の前にして引かざるを得ないとは、
餓狼とはいったいどのような存在なのか?
遠くからやってくるパトランプ。
﹁あたしたちも警察の厄介になる前に逃げなきゃ。行こお姫様!﹂
華艶はかぐやの手を取って走り出した。
688
月見合戦︵4︶
バニースーツと十二単で街をうろつくわけにも行かず、目立つ行
為も控えたいことから、華艶はかぐやを連れてビジネスホテルにや
って来た。
部屋に入った華艶はベッドに飛び込んだ。
﹁あ∼っ、疲れた﹂
﹁すまぬな、巻き込んでしまって﹂
かぐやは少し苦しげな表情をしていた。
﹁だいじょぶ巻き込まれたなんて思ってないし。だってこれ仕事だ
し!﹂
キャッシュマークを瞳に浮かべる華艶。すべては金のため!
華艶は起き上がってあぐらをかいた。
﹁でもこれからどうしようかな。着替え調達する暇もなかったし、
やっぱ目立っちゃうから着替えないと⋮⋮﹂
﹁バニースーツを脱ぐのかえ? 本当に脱いでしまうのかえ?﹂
﹁ちょ、ちょっと、そんな哀しそうなウサギみたいな目で見ないで
よ!﹂
非常に着替え辛い。
それに今はまだ着替えがないので、しばらくはこのままだ。
せめて外す機会が今までなかったウサミミを取ろうと、手を掛け
たのだが︱︱やはり同じような瞳をされた。
﹁外すのかえ? 我らは仲間ではなのかえ?﹂
潤んだまん丸な瞳を向けられた華艶は折れた。
仕方が無く華艶は何もせずに、ベッドに仰向けで寝転がった。
華艶は仰向けになった。
﹁疲れたから10分くらい休憩。そのあとでこれからのこと考えよ
う?﹂
689
﹁そんなに疲れたと申すなら、妾がそちの躰を丹念に揉みほぐして
しんぜよう﹂
﹁ちょ⋮⋮﹂
慌てる華艶。
かぐやの眼が妖しく光った。
ただのマッサージとは思えない。
﹁よいよい、遠慮するでない。妾とそちの仲ではないか?﹂
﹁いつからそーゆー仲になったんでしょうか?﹂
﹁今宵は宴じゃ、存分に楽しもうぞ﹂
﹁ダメだって、マジでダメだから、あたし感じ過ぎちゃうと炎の力
が制御できなくなっちゃうの!!﹂
叫んだ華艶を見ながら、かぐやは子供のように唇を尖らせた。
﹁つまらん。妾は退屈じゃ、退屈じゃ退屈じゃ∼﹂
﹁すねないでよ﹂
﹁なら触らせてくれるか?﹂
﹁だからそれはダメだって﹂
﹁危なくなったらやめればよかろう?﹂
﹁途中で⋮⋮あたしのほうがやめれるかどうか⋮⋮﹂
自信がない。
﹁つまらん。妾も寝る!﹂
かぐやがベッドに飛び込んで来た。
﹁えっ、あたしの横に、そんなに接近にしないで⋮⋮﹂
﹁妾に床で寝ろというのかえ?﹂
﹁そーゆーわけじゃないけど﹂
近すぎる。身の危険を感じる近さだ。
華艶はかぐやに背を向けて横になった。
そして、ボソッとつぶやく。
﹁女子相手にドキドキさせられるなんて⋮⋮﹂
﹁なにか言ったかえ?﹂
﹁いえ、なにも!﹂
690
例え手を出して来なくても、かぐやがこんな近くにいたら気が休
まらない。
華艶は仕方なくベッドから起き上がろうとしたとき、股間に手が
伸びてきた。
﹁ちょっ、だから!﹂
﹁よいではないか、よいではないか、うふふ﹂
﹁あんたは悪代官かっ!﹂
﹁ほかにすることもないのじゃから、よいではないか﹂
華艶は一気にベッドから飛び降りた。
﹁やることならほかにあるから! たとえばこれからどうするかと
か!﹂
もう華艶は必死だ。狼から身を守るだけはなく、かぐやからも身
を守らなくてならない。
またかぐやは拗ねた。プイッと華艶に背を向けてしまった。
華艶はおでこを押さえて溜め息をもらした。
﹁だからさぁ、すねないでってば﹂
﹁妾はそちと淫らなことがしたいのじゃ﹂
﹁なっ⋮⋮直球。べつにあたしとじゃなくても⋮⋮﹂
﹁妾は勇敢で強いおなごが好きなのじゃ⋮⋮そちのような﹂
惚れられた!
すぐに華艶は窓まで後退して身構えた。
﹁べつにあなたのこと嫌いなわけじゃないんだけど、ノーマルだか
らダメ!﹂
﹁接吻だけでよい。唇を交わしてくれさえすれば、もうわがままは
言わぬ﹂
華艶は悩む。
﹁ほ、本当にもうわがまま言わない?﹂
﹁嘘は言わぬ﹂
﹁じゃあキスだけだからね。本当にキスだけだからね!﹂
言った瞬間、飛び起きたかぐやが目にも留まらぬ早さで、華艶に
691
抱きつき唇を奪った。
舌が這入ってきた。華艶がオーケーを出したものとはちょっと違
う。こんな濃厚なことをされるなんて。
柔らかい舌が動きながら淫らな音を立てる。
華艶の舌が吸われた。
硬直していた華艶の躰から力が抜けた。
華艶は受け入れてしまったのだ。
舌と舌が絡み合う。
華艶はかぐやの背に手を回した。優しく抱きしめる。
もう華艶はうっとりと目をつぶって、流れに身を任せてしまって
いた。
かぐやの手は華艶の髪を優しく撫でながら、耳やその後ろを巧み
に触ってくる。
﹁んっ⋮⋮﹂
華艶の鼻から熱い息が漏れた。
そして、かぐやは約束を破った。
かぐやの手によって華艶の尻が揉まれた。
驚いた華艶は目を開いて口を離そうとしたが、そのまま強引に後
ろに押されて唇を奪われた。
激しい舌遣い。
華艶は窓際に押しつけられて、股間にまで手を添えられた。
﹁⋮⋮んっ⋮⋮だめ⋮⋮﹂
﹁本当に嫌ならもっと抵抗すればよかろう?﹂
﹁あっ⋮⋮だ⋮⋮﹂
華艶は抵抗しなかった。
レオタードの上から指が股間に食い込んでくる。
﹁あっ⋮⋮そんな⋮⋮んっ⋮⋮﹂
唇で唇を塞がれ、言葉もしゃべられてもらえない。
割れ目をなぞる指。レオタードの上からなので、力を入れてなぞ
られている。そのため、グイグイと割れ目に食い込んでしまう。
692
﹁んっ!﹂
華艶は躰を振るわせた。少し漏らしたような、濡れてしまった感
覚があったのだ。
火照った躰は愛液を漏らしてしまう。
華艶の躰は最後まで受け入れる準備ができてしまった。
布地を挟んで肉芽が強く引っかかれた。
﹁あうっ﹂
躰がビクッと震えた。
続けざまに何度も何度も肉芽が布越し弾かれる。
﹁んっ⋮⋮んっ⋮⋮んんっ⋮⋮﹂
華艶の太股が痙攣した。立っていられいられない。かぐやに抱き
つき身を任せた。
﹁好きなときに昇天してよいのじゃぞ﹂
耳元で囁き、かぐやはそのまま耳を舐め回した。
華艶の躰のゾクゾクが止まらない。
これ以上は駄目だと思った華艶はかぐやを押し離そうとした。
だが、かぐやは力強く離さない。
もっと抵抗できた筈だ。思いっきり押し飛ばすこともできた筈だ。
華艶は快楽に負けた。
﹁あっ⋮⋮はっ!﹂
ビクっと躰を硬直させた華艶は、そのまま力が抜けかぐやにもた
れ掛かった。
イカされてしまった。
呼吸が乱れて言葉も出ない。
かぐやは微笑んでいた。
﹁今の表情、とても好かったぞ﹂
﹁はぁはぁ⋮⋮ばかぁ﹂
﹁気が強く見えるのに、その実はまことに可愛いのぉ﹂
﹁⋮⋮炎が暴走しなかったらいいものを⋮⋮マジでヤバイと思った
んだから﹂
693
﹁おそらく大丈夫だと思うておった。そちの体温があまり上がって
おらぬかったからな﹂
﹁え?﹂
華艶も気づいた。火照りは感じるが、熱いというほどではない。
かぐやは軽く華艶の唇を奪い、顔を離すと話をはじめた。
﹁︿満珠﹀を入れる前の行為では、そちの体温が急激に上昇して危
険を感じたが、今はそのようなことは起こらなかった。おそらく︿
満珠﹀によって、そちの炎の力が幾分か抑えられておるのじゃろう﹂
﹁えっマジ!? だったらえっちし放題じゃん、やった、これで心
置きなくえっちができる!﹂
﹁ならば続きでもするかの?﹂
﹁えっ⋮⋮いや⋮⋮あたしノーマルだし。それとえっちできるのは
嬉しいけど、炎の力が抑えられてるのってマズくない?﹂
今は狼男どもに狙われている身。超人的な奴らに対抗するには、
相応の力が必要だ。
華艶は戦いを思い出した。双龍炎は掻き消され、ほかの炎も致命
傷を与えるまでには至らなかった。それに華艶の予想が正しければ
︱︱。
﹁狼男たちってもしかしてスゴイ再生力持ってる?﹂
﹁その通りじゃ、傷はたちどころに癒える。力ある狼であればある
ほど、その力は絶大じゃ﹂
﹁やっぱり﹂
たとえ炎の力が抑えられていても、顔面に火拳を喰らった銀狼が
すぐに立ち直ったのは、気合いだけの問題ではないと思っていたの
だ。
華艶は悩んだ。
えっちを取るか炎を取るか!
気持ちが高ぶると炎が制御できなくなるのは、華艶にとって最大
の悩みと言ってもいい重大な問題だった。けれど、いつかは返さな
くてはいけない秘宝だ。
694
﹁やっぱ中に入れないで戦ったほうが⋮⋮﹂
﹁なにをじゃ?﹂
﹁︿満珠﹀だっけ? あのタマタマ﹂
﹁そちには言うておらんかったが、実は膣の中がもっとも安全だと
いう理由のほかに、体内に入れる収めることによって、月の加護を
得ることができるのじゃ﹂
﹁月の加護?﹂
﹁狼どもを滅する力じゃ﹂
﹁でも炎の力は抑えられちゃうわけで﹂
﹁月の加護がなければ、どんな致命傷を与えようとも狼は復活する
のじゃ﹂
つまり︿満珠﹀を守ることが第一だが、狼男を倒す助けにもなる
ということだ。
ここで華艶は今まで忘れていたことに気づいた。
﹁あたしはいつまで︿満珠﹀を守り抜けばいいの?﹂
﹁日が昇るまでじゃ。陽光を浴びた狼どもは再び呪いで人間の姿と
なる﹂
﹁でもさ、そのあとも狙ってくるわけでしょ?﹂
人間の姿でも襲ったり、捕まえたりすることはできるだろう。そ
れにまた夜になれば狼男に戻れる。
しかし、かぐやは、
﹁それはない﹂
と断言した。
﹁なんで?﹂
﹁年に一度だけ、狼が我らを襲ってよいのは、この晩だけと協定が
結ばれておるのじゃ﹂
﹁そんなの破られるかもしんないじゃん?﹂
﹁ただの口約束ではない。妖術によって結ばれた協定じゃ、奴らと
て破るのは容易ではない﹂
人間社会の戦争にもルールがある。兵器の使用制限や、捕虜の扱
695
いなど。それを守るのは戦争はあくまで殺し合いではなく、正統な
主張があるということになっているから。けれど、他国の眼を気に
しなければ、そのルールも必ずしも守られるものではない。
あの凶暴な狼男どもが、倫理によって協定を結んでいるとは考え
づらい。抑止となる力があるに違いないだろう。
妖術の力か、帝都政府か、それとも餓狼と呼ばれた者の存在か?
いずれにせよ、協定は有効なのであれば、華艶の仕事は日の出と
共に終わる。
この時期の日の出はおよそ5時半。まだ4時間以上ある。
﹁んじゃ、あたしとお姫様はここでじっと身を潜めてるか、もっと
遠くまで逃げちゃえばいいとして、ほかの仲間と連絡取れないの?﹂
﹁妾はケータイを持っておらぬ﹂
ケータイとは、十二単の純和風の少女の口から出るとミスマッチ
な言葉だ。
華艶は胸の間からケータイを出した。ポケットがないので、仕方
なくここに入れていた。サイフもいっしょだ。
﹁仲間の連絡先は?﹂
﹁知らぬ﹂
﹁ですよねー﹂
あきらめて華艶はケータイを再び胸の間に入れた。
華艶はベッドに腰掛けた。
﹁じゃあ、敵のこととか、お姫様たちのこととか聞かせて﹂
﹁帝都はこのような都じゃ、全世界から狼が集まってくる。じゃが、
我ら月兎団と争っておる月狼団はそのごく一部。ざっと二〇匹ほど
ではないかの?﹂
﹁⋮⋮全世界からって、この街に狼男ってそんなにいたんだ。友達
の友達の友達くらいにならいそう﹂
﹁やつらは昼は人間と変わらぬ姿をしておるからな、知らぬ間にす
れ違っておるかもしれぬぞ?﹂
冗談ではなく、この街ではそんなこともあるだろう。
696
華艶はかぐやのウサミミを指差した。
﹁すっごい気になってたんだけど、その耳って本物?﹂
﹁本物じゃ、触ってみるかえ?﹂
﹁やっぱりお姫様たちも人間じゃないんだ。じゃ、ちょっとだけ﹂
優しく華艶はウサミミに触れた。すると、かぐやが躰をビクッと
させた。
﹁あぁン﹂
﹁変な声出さないでよ﹂
﹁繊細な器官じゃからな、感度もよいのじゃ﹂
﹁てか、本当に耳なの?﹂
﹁いや、耳ではない﹂
かぐやは髪をかき上げ、側頭部についた人間と同じ耳を見せ、そ
のまま言葉を続ける。
﹁ほれ、耳ならここにある。こちらは触覚じゃ、僅かな音や気配を
感知することができる⋮⋮何か来るぞ!﹂
ウサミミが小刻みに動いた。
次の瞬間!
激しく砕け散った窓ガラス!
本能で華艶は瞬時に伏せていた。
野生の気配。
部屋に飛び込んできた二匹の魔獣。
執拗な狩人は金狼と銀狼だった。
銀狼の血はすでに滾っている。
﹁今度は逃がさねぇぜ﹂
ドロリとした唾液を落とした銀狼。
華艶は硝子片から守るために伏せていた顔を上げた。その瞳には
危機が映し出された。
﹁お姫様!﹂
かぐやを捕らえている金狼。その牙が白い首筋に突き付けられて
いる。
697
﹁動くな、姫さんが死ぬぜ?﹂
言われなくても華艶は動けない。
ピンチに追い込まれた華艶は、為す術もなく唇を噛みしめた。
698
月見合戦︵5︶
金狼はかぐやの首に牙を突き付けながら銀狼に目を向けた。
﹁姫の団子は俺がもらうぜ?﹂
すぐに銀狼が噛み付く。
﹁なに言ってやがる、姫の団子は俺が喰う!﹂
﹁てめェこそなに言ってやがる。今姫を捕まえてるんの俺だろ!﹂
﹁そういう作戦だっただけだろうが。俺がガラスを割って、兄じゃ
姫を捕らえるって﹂
﹁ならジャンケンで決めるぞ﹂
﹁おうよ、望むところだ﹂
そして二人は声を合わせて!
﹁﹁最初はグー、ジャンケンポン!﹂﹂
金狼が出したのはチョキ。
銀狼が出したのはパー。
﹁⋮⋮負けた﹂
﹁バカだなてめェいつもパーばっか出しやがって、頭もパーだな!﹂
﹁んだとォ!﹂
﹁やるかコラ!﹂
2匹が揉めはじめたことによって、金狼の牙がかぐやから離れた。
その隙を突いてかぐやの肘鉄が金狼の脇腹に炸裂!
が、金狼は余裕の笑み。
﹁痛くも痒くもねェな﹂
逆に痛みを覚えたのはかぐやのほうだった。まるで鉄板に肘を打
ったような感覚だった。金狼の全身は硬い筋肉によって守られてい
るのだ。
銀狼が華艶の腕を掴んだ。
﹁兄じゃの顔を立てて姫さんは譲ってやるよ。代わりにこっちを貰
699
うぜ﹂
﹁好きにしろ、おまえが終わるまで待っててやるよ﹂
金狼は下卑た笑みを浮かべた。
人質を取られていては、抵抗することもできなかった。華艶は躰
を強ばらせて、唇をきつく結んだ。
銀狼の股間は信じられないほど滾っている。
ドクドクと脈っている肉棒は華艶の腕ほどもある。鈴口からドボ
ドボと先走り汁が漏れ出し、その量は挿入られただけで妊娠しそう
だ。
華艶が一歩後ろに逃げた瞬間、銀狼の巨体が覆い被さってきた。
押し倒されてしまった華艶は、全身を押さえられて躰をよじらす
ことしかできない。
﹁マジ死ね! その汚い粗チンをあたしの中に入れたら、絶対にあ
とで切り刻んでやるから!﹂
﹁威勢のいい兎だ⋮⋮この耳作り物か?﹂
﹁今ごろ気づいたのバーカ!﹂
﹁団子の臭いに気を取られてたが、臭いも人間のメスだな。どうし
て人間が団子を入れてやがる?﹂
﹁ペッ!﹂
華艶は答えずにツバを吐きかけた。
銀狼は口の端についた華艶のツバを舐め取った。
﹁てめェみたいなメスを犯すときが1番興奮するぜ!﹂
鋭い爪で銀狼は網タイツを残しバニースーツをビリビリに破いた。
ジワジワと切り刻み、恐怖心を徐々に煽るような真似をしなかった。
一瞬にして見るも無残に切り裂いたのは、圧倒的な力を誇示するた
めだ。
形の良い胸を揺らしながら華艶が身をよじった。
﹁やめて!﹂
﹁うるせーな!﹂
銀狼は華艶の髪の毛を掴み上げ、顔を上に向かせると、巨大な舌
700
を伸ばしてきた。
口を結んだ華艶だったが、銀狼は舌までも筋肉質で、無理矢理口
をこじ開けられて舌の侵入を許してしまった。
生臭さが口いっぱいに広がり、鼻から抜ける。
舌を絡めるなんて生やさしいものではなかった。まるで軟体動物
が口の中で暴れ回っているみたいだ。
華艶は銀狼の舌を噛み切ってやりたい気分だった。けれど、かぐ
やに目をやると、なにもできなくなってしまう。
かぐやもまた辱めを受けていた。
首筋を舐められ、背中では硬い肉棒が擦られている。なによりも
辛いのは、自分事よりも華艶の辱めを見なくてはいけないことだ。
かぐやは顔を背けようとした。けれど、金狼の手がそれを許さな
いのだ。強引に華艶のほうに顔を向けられてしまう。目をつぶろう
とすると、まぶたを無理矢理こじ開けられる。
拷問だった。
たとえ目をつぶることができても、この部屋にはすでに牡の臭い
と、熱気が充満してしまっている。
﹁やめて、退いてってば!﹂
華艶の悲痛な声も聞こえてくる。
かぐやは逃げられなかった。華艶を通して己を責め続けなくては
ならないのだ。
責められる華艶。
体中を舐められても抵抗することができない。
顔や耳や首を唾液でグショグショに濡らされる。まるで料理の下
ごしらえをされているみたいだ。
初々しい華艶の肌は、普段ならば水を弾くが、このネットリした
唾液は、体中に纏わり付いて悪臭を放つ。
銀狼は脈打ちながら反り返る肉棒をしごきながら、若く柔らかい
肉に舌を這わせ続ける。
堪らず華艶は目を閉じて顔を横に向けた。目の前の銀狼だけでは
701
ない。自分を見つめるかぐやの顔を見たくなかった。
目をつぶると肌が敏感に舌を感じてしまう。
そして、ときおり肌に当たる硬いモノ。見なくてもそれを感じて
しまう。それはドス黒い悪意と欲望の塊だ。
今それは腹のあたりを押している。硬くて熱い。臍のくぼみに当
たった。
華艶は唇を噛みしめた。
恐怖や悲しさはない。ただ華艶の胸の中で渦巻いているのは悔し
さ。
華艶の躰を這うのは舌や肉棒だけではない。獣の全身に生えた長
めの毛が、肌をくすぐるのだ。
執拗な舌の責めで敏感になってしまっている肌は、普段ならこそ
ばいはずなのに、今は毛で触れられるとゾクゾクと感じてしまう。
抵抗も出来ず、最悪なことに感じてしまっていること、それが華
艶は悔しく堪らなかった。
鍛えられているが、柔らかさも残した華艶の二の腕が舐められる。
そこから腋の方へと舌が動く。
﹁そんなとこ舐めないで!﹂
銀狼はニタッと笑った。
相手が恥ずかしがるほど感情が高ぶる。
舐めるなと言われたら、丹念に舐める回す。
腋のくぼみに舌が這入った。
﹁すげェしょっぱいな﹂
感想まで言われては華艶は耐えられない。屈辱と恥辱で顔が真っ
赤になる、
華艶の腋は銀狼の言葉の通り。じっとりと汗をかいてしまってい
た。
目をつぶっていた華艶の頬が突然殴られた。殴ったモノは手など
ではない。硬く太く棒のようなモノだった。
ペシッ! ペシッ!
702
弾みを付けながら銀狼は肉棒で華艶の頬を嬲っていたのだ。
叩かれる度に臭いがそこに残る。イカ臭いあの臭い。
銀狼は腰を振って肉棒で華艶を嬲りながら、腹や臍に舌を這わせ、
一度離したかと思うと、足の指を咥えてきた。
親指がしゃぶられる。指と指の間や爪の間まで、汚れを落とすよ
うに綺麗に舐められた。
そして、足の裏。
﹁あうっ﹂
華艶の躰は跳ねた。くすぐったさとはまた違う感覚。
足の裏からふくらはぎ、太股の裏を舐められ、向かうところは容
易に想像できた。
華艶は脚を閉じようとした。けれど、強い力で無理矢理こじ開け
られてしまう。
股の間に銀狼に顔が埋まった。
恥毛が引っ張られた。
﹁痛いっ﹂
思わず声が出てしまうほど、強く上に引っ張られたのだ。毛根か
ら根こそぎ抜かれそうだ。もう何本かは抜けてしまっただろう。
毛ごと恥丘の皮を引っ張られて、秘裂を伸ばされる。
さらに銀狼は両手を使って恥毛を左右に引っ張ったのだ。
﹁やめて!﹂
悲痛な叫びも虚しく、秘裂が口を開けた。
粘液の糸が引いている。
華艶はそれを見られて狂いそうになった。
開かれて丸見えになった肉の穴から、透明でとろりとした愛液が
漏れてしまっている。
銀狼は歓喜した。
﹁すげェ力だ、今まで喰ったことがないすげェ力を感じるぞ!﹂
愛液を漏らしながらも、まだ入り口は窄まって閉じている。その
奥に銀狼は強大な力を感じたのだ。
703
銀狼は華艶の躰を無理矢理裏返して、腰を引き上げて四つん這い
にさせた。
華艶は固く目を閉じた。
尻の谷間に肉棒を擦りつけられているのがわかる。もう寸前だ。
挿入られる寸前なのだ。
自分の腕を同じ太さのモノが挿入るわけがない。
﹁やめて⋮⋮入れたら⋮⋮入れたら⋮⋮﹂
言葉が出ない。
肉棒の先端が入り口に当てられた。
華艶は必死に力を入れて最後の抵抗をする。
グイグイと肉棒が押される。それでも侵入を許さない。
しかし、その攻防は長く続かなかった。
そんな場所に長く力を込めたことの華艶は、すぐに限界を迎えて
しまったのだ。
一気に吐き出された息と共に入り口が揺るんだ。
﹁ぎゃっ!﹂
華艶は眼を剥いた。
ギチギチと肉棒が体内に押し込まれてくる。
入り口は避けてしまったに違いない。酷い痛みだ。はじめてのと
きですら、こんなには痛くなかった。
銀狼は強引に腰を振りはじめた。
﹁どうだ、俺のファロスの味は格別だろ!﹂
﹁痛いっ⋮⋮痛いっ⋮⋮早く抜いて⋮⋮お願いだから﹂
﹁そうか、抜いて欲しいのか⋮⋮なら﹂
ズブズブと肉棒がゆっくりと抜かれていく。
カリが入り口に引っかかった瞬間︱︱一気に突いた!
﹁ぎゃっ!﹂
激しい裏切り。
抜かれる寸前から、奥の奥の地獄まで突かれたのだ。
突かれる度に中の︿満珠﹀が子宮を突き上げる。
704
華艶はぐったりと頬を床につけ、口から涎を垂らした。
痛くて堪らない。
肉棒が引かれる度に肉壁が引きずりだされて、捲れ上がるんじゃ
ないかと思うほど、きつくて痛い。
﹁もう⋮⋮やめて⋮⋮﹂
﹁まだだ、まだ俺のファロスは限界に達していない!﹂
﹁死んじゃう⋮⋮いや⋮⋮ああ⋮⋮﹂
﹁俺のファロスで団子を喰らってやる!﹂
無理矢理拡張された華艶の穴は、だんだんと緩く滑りがよくなっ
ている。このまま責められたら、穴が元に戻らず開いたままになり
そうだ。
銀狼は自分の両手に涎を垂らし、華艶の胸を鷲掴みにして揉みは
じめた。
唾液を練り込まれる胸は、柔らかそうに動き、そのまま蕩けてし
まいそうだ。
﹁あっ⋮⋮んっ⋮⋮﹂
苦しいのに甘い声が出てしまう。
胸を溶かされながら桃色の乳首がコリコリッと指で弄ばれている。
﹁んっ⋮⋮んっ⋮⋮﹂
口を必死に結ぶが、鼻から漏れる息は止められない。
華艶は手で口と鼻を押さえた。
﹁ん⋮⋮ん⋮⋮﹂
音は小さくなったが、それでも漏れてしまう。
﹁もうやめてくれ!﹂
叫んだのはかぐやだった。
華艶の代わりにかぐやは泣きながら訴えた。
しかし、銀狼はさらに腰を動きを早めたのだ。
﹁うるせーな、兄じゃそっちもヤッちまえよ!﹂
﹁そうだな、俺も限界だ﹂
金狼は肉棒をしごいたいた手で、今度は十二単を脱がそうとして
705
きた。
かぐやは必死に身をくねられて抵抗する。
﹁妾に触れるな穢らわしい!﹂
悲痛なかぐやの叫び。
その声も今の華艶には届かなかった。
﹁あっ⋮⋮あぅ⋮⋮あぁン⋮⋮﹂
だんだんと声が大きくなってしまっている。
肉棒の滑りもよく、愛液が止めどなく溢れてしまう。
華艶の躰から玉の汗が滲み出す。
躰が熱い。
秘奥が熱い。
熱は外に放出されるのではなく、どんどん内にこもっていく。そ
うだ、膣口の辺りに熱が集まっていくのだ。
銀狼の爪が華艶の胸に食い込んだ。
滲み出す血。
その血は驚くべきことに、床に落ちて一瞬にして煙を昇らせ蒸発
したのだ。
華艶の異変にも気づかない銀狼は、狂ったように腰を振った。
﹁イクぞ、イクぞ、イクイクイクイクーッ、この力もらったぞ!﹂
ドボボボボボボッ!!
より硬くなった肉棒が一気に噴き出した!
刹那に砕け散る︿満珠﹀。
邪悪な力を浴びて︿満珠﹀の封印が破られたのだ。
﹁ウォォォォォォォォォッッッン!!﹂
響き渡る魔獣の咆吼。
﹁力が漲って来るぜ、俺は喰らってやったぜ、このメスの団子を喰
らってやった!﹂
ヌポッ!
抜かれた肉棒はまだ白濁液を噴いていた。
ドビュビュビュッ、ドビュビュビュビュビュビュッ!!
706
部屋中にまき散らされる白濁液が牡の臭いを放つ。
﹁すげェ力だ、俺は最高の力を手に入れたんだ。今なら餓狼にも勝
てる、だれにも負ける気がしねェえ!﹂
まだまだ噴きだし続ける白濁液。
弟に白濁液をかけられた金狼は怒りを滾らせた。
﹁糞野郎! 汚ねェもん俺にまでかけてんじゃねェよ!﹂
﹁糞兄じゃ! これでも喰って口閉じてろや!﹂
銀狼はあろうことか金狼の口目掛けて、白濁液を飛ばそうとした。
が、しかし!
急に銀狼が肉棒を握って苦しみはじめた。
﹁ううっおおおぉぉぉっ!﹂
白濁液の放射もピタッと止まった。
1秒ほど間を置いた次の瞬間!
﹁ギャァアアアアアアッ!﹂
絶叫と共に銀狼の肉棒が、白濁液の替わりに炎を噴いたのだ!
肉棒を向けられてた金狼にまでその炎を及んだ。
﹁ギャアアガガアアアッ!﹂
顔が焼かれる。
弟の肉棒が放った炎によって顔が焼かれたのだ。
金狼は急いで顔を叩いて炎を消しながら、痛みと混乱で床を転が
り回った。
その隙にかぐやが逃げた。いや、逃げたのではない。武器を手に
取ったのだ。
壁に立てかけてあった刀を取ると、抜くと当時に床に転がる金狼
の腹に振り下ろした。
﹁ギィヤアアアアァッッ!﹂
刀は脇腹から臍まで食い込んだ。背骨で止まったのだ。
これほどまでの深手を負いながら、金狼は立ち上がったと同時に
走った。
そして、そのまま窓の外へと飛び出したのだ。
707
逃げられた。
かぐやはすぐに華艶を抱き起こした。
﹁無事か!﹂
﹁どう⋮⋮にか。てかさ、さっきも思ったんだけど、ここ3階なん
だけど﹂
入ってくるときも、出て行くときも、その窓からだった。
銀狼は白目を剥きながら床に倒れ、躰をビクビクッと痙攣させて
いる。意識はないのかもしれない。舌は自分で噛み切ったようで、
半ばまで裂けてしまっている。そして、その股間からは肉棒が消失
していた。
かぐやは華艶を一度床に寝かせ、銀狼を見下して立った。
﹁灰となるがよい﹂
振り下ろされた切っ先は床ごと銀狼の心臓をひと突きにした。
それが︿満珠﹀の︱︱月の力なのか。
銀狼の躰が石化していく。
そして、やがて石にはヒビが入り、脆くも崩れて灰と化した。
かぐやは刀を置いて華艶の上に跨るように覆い被さった。
﹁すまぬ、こんな酷い目に遭わせてしまって﹂
﹁お姫様のせいじゃないし⋮⋮でも、なにこの体勢?﹂
﹁詫びの印じゃ﹂
かぐやは華艶と接吻した。
驚きはしたが、華艶はそれを受け入れた。
かぐやの唇はとても優しい。狼とは比べものにならないほど、優
しく温かかった。
708
月見合戦︵6︶
華艶はブルーな気分でベッドの上に体育座りしていた。
﹁あ∼ぁ、変な空気に呑まれてキスだけじゃなくて⋮⋮許しちゃっ
たし。マジで落ち込む、あたしノーマルなのに﹂
かぐやは今、華艶と交代してシャワールームを使っている。こっ
ちまで歌声が聞こえてくる感じだと、かなり上機嫌らしい。
あっちが上機嫌だと、こっちは余計にへこむ。
﹁女子同士でじゃれ合ってジョーダン程度ならアリだけど、キスく
らいなら友達とならぜんぜんオッケーだけど⋮⋮はぁ﹂
さらに問題はほかにもあった。
割れた窓ガラスと、そこでシーツにくるまれて放置されているア
レ。シーツの中身は灰の塊だ。
﹁屍体が残ってないだけマシだけど、血痕とセーシはそこら中に残
ってるし。チェックアウトしないで逃げるべきか⋮⋮でもそれだと
マジで犯罪者だし。プロの掃除屋呼ぶしかないかなぁ、高いんだけ
どなぁ﹂
掃除屋とは裏社会の掃除屋だ。裏社会で掃除屋と聞くと、ヒット
マンを思い浮かべるかも知れないが、こちらは部屋を綺麗にしてく
れる正真正銘の掃除屋である。ただ、今呼ぼうとしているのは、証
拠隠滅を専門にした掃除屋だ。
客が要望する隠滅度合いによって料金は変わり、掃除場所などの
難易度も料金に反映される。帝都には神の掃除師と呼ばれる者もい
るらしく、迷宮入りどころか、発覚すらしてない事件が大事件があ
るらしいと囁かれている。
﹁狼男が失踪したら捜索願い出るのかな? そもそも国籍とか持っ
てるわけ?﹂
あとから事件沙汰にならないのであれば、とりあえず表面的にだ
709
け綺麗にしてしまえば、事件にはならない。
仕方がなく華艶はケータイを取り出した。やはり知り合いの掃除
屋に呼ぶことにしたのだ。
通話とメールでのやり取り、写メなどを送り、最後に前払いの出
張費をケータイから相手の口座に振り込んだ。
これでしばらくしたら掃除屋が来るだろう。
一仕事終えて華艶がぼーっとしていると、やっとかぐやがシャワ
ールームから戻ってきた。身なりは完璧に整っている。
整っていないのは華艶のほうだ。まだすっぽんぽんだった。
パジャマが用意してあったのだが、いざっというときは着たまま
逃げることになるので、窃盗になってしまう。事件沙汰をよく起こ
す華艶だが、なるべく法に引っかかって捕まらないようには気をつ
けているのだ。グレーゾーンを渡っていると、小さな罪でも足下を
掬われてしまう。
とは言っても、ピンチのときは細かいことなど気にしてられない
が。
かぐやは自分の着ていた一枚を華艶に差し出した。
﹁着るがよい、寒かろう﹂
﹁ありがと!﹂
はじめからそうするつもりだったが、華艶は相手から言ってくれ
ると嬉しい。
華艶は十二単の一枚を着ると、長い裾が邪魔だったのでそれを捲
り上げて短く縛った。帯もなかったので、縛ると固定されて丁度良
い。リボン付きのワンピースのようだ。
﹁さてと⋮⋮じゃあ、行こっか?﹂
﹁これは付けぬのかえ?﹂
ちょっと寂しそうな瞳をして、かぐやが差し出したのはウサミミ
だった。
﹁⋮⋮つけます﹂
仕方なくウサミミも装着した華艶。ずっとかぐやのペースだ。
710
これで準備は整った。
﹁さてと、改めて行こう﹂
﹁どこにじゃ?﹂
﹁決めてないけど、ここにずっといるわけにも行かなくなっちゃっ
たし﹂
﹁そうじゃな。では参るとしよう﹂
ドアに向かって歩き出すかぐやの腕を華艶が掴んだ。
﹁ちょっと待って、そっちはダメ﹂
﹁ん?﹂
﹁え∼と、あたしにおんぶされてくれる?﹂
﹁妾は一人で歩けるぞよ?﹂
﹁いいから、すぐ終わるから﹂
﹁よかろう﹂
首を傾げながらかぐやは華艶に背負われた。
華艶はそのまま屈伸運動をして、深く呼吸をして覚悟を決めた。
﹁しっかり掴まっててね。絶対離しちゃダメだからね﹂
﹁そちから離れはせぬ﹂
﹁なんか言い方が⋮⋮まあとにかく行くからね!﹂
華艶は一気に助走をつけて窓枠を飛び越えた。
落ちる落ちる、3階からアスファルトの地面まで落ちた。
地面に足をつけた華艶は、衝撃に耐えきれず膝と手を付いた。
﹁イッターッ! マジ死ぬ、マジ死ぬし、痛いし、死ぬし、マジで
痛いし、マジで絶対何本もイッタてか、粉砕したし﹂
苦痛に耐える華艶。
心配そうにかぐやが顔を覗き込んだ。
﹁大丈夫かえ?﹂
﹁大丈夫です。まだ快感の余韻が残ってて力が⋮⋮じゃなくて、と
にかく治りは早いんでだいじょぶですから﹂
華艶はかぐやを下ろして立ち上がった。
そして、歩き出した。
711
﹁行こっ、お姫様﹂
ニッコリと笑みを浮かべた華艶。額の脂汗が拭えていなかった。
それでも問題なく歩くことはできる。
その様子を見ながらかぐやは心配そうだ。
﹁本当に大丈夫かえ?﹂
﹁治癒能力の高さは狼男の専売特許じゃないんで﹂
﹁そちもそうだと申すのか?﹂
﹁ちまたじゃ︿不死鳥﹀の華艶なんて呼ばれてたり。治癒力の高さ
と炎があたしの売りなの﹂
﹁益々そちが気に入った﹂
﹁あ⋮⋮りがとう﹂
気に入られるのは嬉しいが、ちょっと⋮⋮これ以上は⋮⋮。
二人は駅に向かって歩いていた。電車はもうないが、タクシーな
らいるはずだ。
﹁あのさ﹂
と華艶がかぐやに顔を向けて話しはじめた。
﹁さっきどうやって助かったのか、ちょっと記憶が曖昧だったりす
るんだけど。なんかいつの間にか銀色のほう燃えたし、金色逃げた
し﹂
﹁おそらく︿満珠﹀の力じゃろう﹂
﹁あっ、ごめんねあたしの守れなくて﹂
﹁気にするでない、そちが殺されずに済んでよかった。妾もこのと
おり、︿満珠﹀と共に無事なのはそちのおかげじゃ﹂
﹁おかげって言われても、とくになにもしてないんけど∼⋮⋮﹂
﹁いや、そちのおかげじゃ。︿満珠﹀がそちの炎の力を吸って、あ
のような現象が起こったのじゃろう﹂
銀狼が男根から噴き上げた炎は、華艶の力だったと言うのだ。
ということは、︿満珠﹀とは特定のエネルギーを溜める器ではな
く、様々な力や能力を奪い放出するということになる。
そこで華艶はある心配事に行き着いた。
712
﹁あたしの力が⋮⋮ってことは、︿満珠﹀に不純物が混ざっちゃっ
たってことだよね﹂
﹁そういう言い方もできるな﹂
﹁問題ないわけ? 別の力が混ざっちゃったらダメじゃないの?﹂
﹁わからぬ。そういう例を聞いたことがなかったのでな﹂
﹁だって⋮⋮さっき一回お姫様の︿満珠﹀をあたしに⋮⋮﹂
思い出して華艶はへこんだ。
多くは語らないが、じつはさきほど、一時的にかぐやの︿満珠﹀
を華艶に入れたのだ。
﹁妾はそちの生命を子宮で感じておるぞ。幸せじゃ、幸せじゃ﹂
﹁だからそれがマズイんじゃ? だってやっぱ不純物が混ざっちゃ
ダメでしょ?﹂
﹁気にするな。熟成の期間は100年ある。100年熟成できぬか
ら、今も我らは︿満珠﹀を育てておるのだ﹂
その言葉は彼女たちの生存率の低さを意味していた。
華艶は悲痛な顔をした。
﹁あたしが守ってあげるから﹂
真剣な眼差しを向けられ、かぐやは目を伏せてしまった。
﹁そちはよくしてくれた。もうよい、巻き込んで悪かった﹂
﹁まさかここでお別れとか言わないよね?﹂
華艶はかぐやの顔を覗き込んだが、かぐやはまた別の方向に顔を
向けてしまう。
﹁協定には外部の力を借りてはいかんという事項はなかったが、お
そらく今回のことで向こうもなにか言ってくるかもしれぬな。来年
からは新しい事項は加えられるかもしれん﹂
﹁でも今年はまだ違うんでしょ? 絶対守るから、せめて今年だけ
でもお姫様のこと守らせて、お願い﹂
﹁お願いするのは妾のほうじゃ。しかし、そちのことをもう巻き込
みとおない﹂
﹁あたしの躰奪っといてやり逃げするつもり? 責任取ってよ!﹂
713
﹁なっ!﹂
かぐやは思わず言葉を失った。
そして、かぐやはふっと微笑んだ。
﹁今宵が明けるまで共に過ごそう﹂
﹁そうと決まれば愛の逃避行!﹂
スキップしてどんどん前に進んだ華艶の背に、かぐやが声を投げ
かける。
﹁あまり遠くにはゆけぬぞ﹂
﹁え?﹂
振り返った華艶にかぐやは言う。
﹁協定で帝都政府の監視の目が行き届くところ、つまりこの街から
は出られぬのじゃ﹂
﹁協定協定ってなんなの?﹂
﹁古くからある協定じゃ。時代と共に事項は変化しておるが、根底
にあるのは互いの種の存続。協定は月兎団と月狼団との間で結ばれ
ておるが、時代と共にその間に帝都政府が介入してくるようになっ
た。我らも奴らも、生きるためには介入を許さざるを得ない状況じ
ゃった。我れはそれで助かる面も多いが、狼どもの中には反発して
おる者も多いらしいな﹂
﹁ヤルかヤラれるかって感じなのにルールがあるなんて変な感じ﹂
﹁我らを犯し︿満珠﹀の力を奪おうとする奴らとて、その力を得よ
うとする限り、我らをすべて根絶やしにするわけにはゆかぬのじゃ。
そのために、熟成期間の短い︿満珠﹀は狙われにくく、逆に長いも
のは次から次へと狼どもが嗅ぎ分けてくる。合戦がこの日だけと決
まっておるのもそのためじゃ﹂
話ながら歩いていると駅が見えてきた。すでに改札口はシャッタ
ーが閉まっているが、近くのタクシー乗り場には1台だけ停まって
いた。
すぐに華艶たちはタクシーに乗り込んだ。
華艶は行き先をまだ決めていなかった。
714
﹁できるだけ遠くに行ったほうがいいのかな?﹂
﹁行った先に狼がいるやもしれぬ。どこに逃げても同じじゃ﹂
﹁なら運転手さん、ホウジュ駅までお願い﹂
ホウジュステーションは、帝都に3つあるギガステーションの1
つだ。普通電車のほかに、リニアモーターカーの乗車駅でもある。
走り出した車内で華艶はかぐやに説明する。
﹁あの辺りは24時間眠らない街だから、ひともいっぱいいるとこ
なら奴らも迂闊に襲ってこないでしょ?﹂
﹁たしかにそうじゃが、我らは人間にとって異種族、あまり人間の
目に触れるのは好ましくない﹂
十二単にウサミミ。かなり人間の目を引くだろう。
すでに運転手からは変な目で見られていた。ハッとした華艶はす
かさずフォローした。
﹁ただのコスプレですから! ほら、耳だって取れるんですよ、ね
っ、ねっ!﹂
華艶は自分のウサミミを付けたり外したりしてみた。そしてさら
に畳み掛ける。
﹁キャラになりきってトークしてるだけですから! 別に変な人と
かじゃないですから、ただのコスプレイヤーですから!﹂
あまりに必死過ぎる。その必死な剣幕に恐れて運転手はなにも言
えなくなった。
そして、華艶たちも言葉を控えることにした。
だいぶ夜明けも近くなって来た。
24時間眠らない街と言えど、ショッピングモールなどは閉まっ
ている。服を調達したかった華艶としては、どうするか悩むところ
だ。
﹁この格好だと目立っちゃうしなぁ﹂
﹁なら人の少ないところにゆけばよい﹂
﹁ここに来た意味ないし。あっ、そうだ﹂
715
華艶はビル街脇の歩道を歩き出した。
駅前から少し離れ、やがてやって来たのは、ディスカウントスト
アのラ・マンチャだ。
﹁ここならなんでもあるし﹂
︱︱と、時間をかけて選んだ服を買い、同じ店内で着替えるのは
マズイので、近くのゲーセンのトイレで着替えた。
そして、着替え終わった華艶の姿は?
﹁⋮⋮正真正銘の学生なのに、学生コスって﹂
華艶が選んだのは学生服だった。選んだと言うより、選ばれたと
いうほうが正しい。
まったく同じ制服姿のかぐやはニコニコとして上機嫌だ。
﹁これでそちと妾は学友じゃ、うふふ﹂
かぐやは学生服のほかに、大きめの帽子を被っている。これでウ
サミミを隠した。かぐやのウサミミが隠されると、華艶のウサミミ
も外すことが許された。
夜明けまでの時間は1時間強。服を買うほかに、あの店でだいぶ
時間を費やした。かぐやがアレコレと店を見て回った結果だ。
華艶たちは残りの時間をゲーセンで過ごすことにした。
帝都エデンは〝あくまで〟日本国内ということになっており、そ
の法律は基本的には日本国に準ずる。だが、特別行政自治区という
扱いになっているため、型破りな条例なども多い。
この街は欲望に忠実だ。
そのため、24時間営業のゲームセンターも多い。けれど、18
差未満や学生にたいして、深夜の利用を禁止していることになって
いるが、それもこの街ではあまり意味のないものだ。
華艶は店員とすれ違ったが特になにも言われない。
かぐやは華艶の腕を引いた。
﹁妾はあれがやりたい﹂
﹁プリクラ?﹂
﹁そうじゃ、テレビや噂では聞いておったが、この目で見るのはは
716
じめてじゃ﹂
﹁もしかしてゲーセンもはじめて?﹂
﹁そうじゃ﹂
二人はプリクラを撮ることにした。
はじめてのプリクラにかぐやは、何枚か視線が合わなかったが、
よく撮れた1枚の表情は無邪気な子供のような笑みで写っていた。
そして、かぐやはその1枚を過多なの鞘に貼った。
楽しい時間はあっという間の過ぎていく。
二人はその後もいろいろなゲームを楽しんだ。
かぐやの鞘にはUFOキャッチャーのぬいぐるみが結びつけられ
た。
このまま何事もなく過ぎ去れば、夜が明ける。
敵に狙われていることすら忘れかけていたときだった。
店内のどこかで悲鳴があがった!
すぐに華艶は身構えて辺りを見回した。
﹁こんなとこにまで⋮⋮違うよねきっと?﹂
かぐやは帽子を脱ぎ捨てウサミミを立てた。
﹁感じるぞ、狼の気配だ。じゃが、まさかこんな人間の多い場所に
姿を現すとは信じられん﹂
どこからか悲鳴にも似た女の声が聞こえてくる。
﹁いきなり男の人が怪物に!﹂
人間の姿から、おそらく狼男に変わったのだろう。
華艶がUFOキャッチャーの上を指差した。
﹁あそこ!﹂
まさにそれは狼男の姿。
血塗られた黄金の毛を逆立てている金狼。その腹の傷は痕を残し
て塞がっていた。
﹁探したぞ炎術士と兎姫。弟の仇は伐たせてもらうぞ!﹂
執念深い狼は、人で溢れるこの街にまで追ってきたのだ。
巨大な口からドロリと涎が落ちた。
717
月見合戦︵完︶
金狼の狙いはかぐやよりも華艶だ!
鋭い牙で襲い掛かってきた。
華艶は一先ず逃げた。
炎は高い攻撃力を誇るが、場所を選ぶ。店内で炎を使うことは躊
躇われた。
しかし、かぐやの刀は違う。
金狼が間合いに入った刹那にかぐやは刀を抜いた。
抜刀による一撃は金狼の腹の毛を斬った。だが避けられた。
格ゲーのアーケード機の上に乗った金狼。それを追ってかぐやは
横の機に乗った。
刀を薙ぎ、金狼が躱したと同時に振り下ろす!
また避けられた!
肉を断てなかった刃は、代わりにディスプレイを断った。25セ
ンチは刃は入っている。凄まじい切れ味だ。
それを見ていた華艶は、
﹁やりたい放題だなぁ﹂
法律の下にいちよういる華艶はやりたくでもできない暴れっぷり
だ。
今度は金狼が攻めた。
﹁てめェはあとで可愛がってやるから大人しくしてな!﹂
金狼はかぐやの懐に飛び込んだ。
近すぎて間合いが取れず刀が振るえない!
そのまま金狼はかぐやを押し倒して床に叩きつけた!
馬乗りになった金狼の牙の間から落ちた涎がかぐやの顔を穢した。
かぐやは手首も床に押さえつけられ、刀を持ち手がまったく動か
せない。
718
ついに華艶が動いた!
﹁火拳︱︱﹂
力の強い相手に接近戦は危険だ。だが、店や、なによりかぐやに
当たる可能性を考えると、炎を飛ばすことはできなかった。
華艶は片手に炎を宿して拳を喰らわすのではなく、炎を宿した両
手の指を組んで金狼の背中に落とした!
﹁落とし!!﹂
強い衝撃を喰らった金狼はかぐやに覆い被さり、その背中を燃や
した。
﹁グォォォォ、炎術士め喰らってやる!﹂
金狼は背中で華艶を押し飛ばして立ち上がった。
同時にかぐやの手首も解放されていた。
頭に血の昇った金狼はかぐやの動きに気づいていない。
鞘を両手で握ったかぐやは目の前の肉に突き刺した!
しかし、野生の本能が働いた金狼は身をよじらせて急所をずらし
た。
﹁グググググ⋮⋮よくも刺しやがって、二度も二度も俺の肉を許さ
ねェぞ!﹂
刃は胸から背中を突き抜け、肋骨の間に引っかかっていた。
かぐやは刀を動かそうとするが動かない。
なんと、金狼が刀を素手で握ってへし折った。
折れた刃を抜いた金狼は、そのままかぐやの太股に突き刺した。
﹁大人しくしてろ!﹂
﹁ぎゃぁぁぁっ!﹂
眼を剥いて刃を食いしばったかぐや。激しい激痛と負傷でその場
に倒れたまま動けなくなった。
﹁お姫様!﹂
叫んだ華艶が金狼に飛び掛かった。
靴を気にしている場合でもなく、華艶は足に炎を宿した。
﹁火炎蹴り!﹂
719
カートを巻き上げながら蹴りを放った。
が、その高く上げられた足は金狼によって捕まってしまった!
金狼の下卑た視線はスカートの中を覗いている。華艶はその中に
何も穿いていなかった。
﹁ノーパンとは気が利くな。そんなに俺の棍棒をブチ込んで欲しい
のか?﹂
﹁うっさい、パンツ買い忘れただけ!﹂
華艶は軸となっている片足を浮かせ、躰を捻りながら蹴りを放と
うとした。
﹁火炎蹴り!﹂
しかし、その足までも捕らえられてしまった!
巨体の金狼に両足首を掴まれ、吊された華艶はY字開脚をさせら
れてしまった。
完全に捲れてしまったスカート。脚を広げられ、割れ目までくっ
きりと見られてしまう。
﹁いい眺めだ﹂
開かれた股を視姦された。
すぐさま華艶は片手で股間を押さえ、もう片手に炎を宿した。
﹁炎翔破!﹂
近距離から放たれた炎の球はもろに金狼の顔面を焼いた。
﹁ウォォォォッ、この程度の炎に俺が負けるかッ!!﹂
金狼は炎が消えるまで耐え抜いた。
頭は禿げ上がり、顔に生えていた毛も一本たりとも残っていない。
無惨な醜いケロイドを晒しながら、金狼は狂気の笑みを浮かべたの
だ。
華艶は言葉を失った。逃げることや、動くことさえも忘却させら
れた。
肉棒から垂れた汁が華艶の股間に落ちた。
金狼は掴んでいた脚を引っ張り、華艶の股間に顔を埋めた。
﹁しょんべんの臭いだ。おまえさっきしょんべんしただろ?﹂
720
﹁う、うるさい!﹂
学生服に着替えるとき、ついに用を足していたのだ。そんな臭い
を嗅ぎ分けられてしまった。
恥辱で華艶は顔を赤くした。
華艶は炎を繰り出そうとしたが、股間をひと舐めされて躰が震え
て忘却してしまった。
秘裂の間に舌が割って入ってくる。太くて硬い舌だ。それで嬲ら
れてるのだ。
さらに硬く細くされた舌の先端で肉芽を弾かれる。
﹁あっ⋮⋮あっ⋮⋮﹂
その度に震える華艶の肉体。じっとりとした汗が滲む。
硬く長い舌は淡いピンクの花弁の中にまで侵入してきた。人間の
舌の長さでは到底ありえない、奥の奥まで舌が這入ってくる。そし
て、敏感な部分を舌の先で突かれるのだ。
﹁あぁン!﹂
愛液と唾液が大量に混ざり合い、華艶の腹や尻の谷間を這い落ち
る。
その混合汁はナメクジが通ったあとのように糸を引きながら、華
艶の腹を穢し、胸の谷間を通ってのど仏まで来た。
顎を少しずつ登ってくる汁。華艶は口をキュッと結んだ。混合汁
は下唇に軽く振れ、鼻の頭を擦りながら床にボトボトと落ちた。
一度落ちはじめると、その勢いは止まらない。
華艶の躰を這った混合汁が玉をつくりながらボトボトと落ち、床
に汁溜まりをつくる。
恥ずかしさで華艶は悶えた。
その汁溜まりはすべて自分の愛液ではないとわかっている。その
ほとんどは金狼の淫らな涎に決まっている。しかし混ざってしまえ
ばわからない。まるで自分が漏らしたような錯覚に陥るのだ。
肉壁を舌で執拗に舐め回され、さらには獣の鼻で肉芽を刺激され
ていた。
721
熱い鼻息が肉芽に吹き掛かっているのだ。
どれほどまでにその魔獣が興奮しているか、その吹き掛かる鼻息
で華艶は感じてしまう。嫌でも感じてしまうのだ。
その鼻息は嵐のような鼻息だった。
猛風と共に荒々しく動かされる鼻先。
﹁あっ⋮⋮あン⋮⋮いっ⋮⋮だ⋮だめ⋮⋮鼻で⋮⋮﹂
充血しきった肉芽は実を晒し、臭いを嗅がれながら嬲られている。
華艶は耐えられなかった。
﹁いやっ⋮⋮だめ⋮⋮いっ⋮⋮いっ⋮⋮﹂
絶頂をひたすら我慢している。
苦しくて苦しくて堪らない。
イッてしまえばどんなに楽だろうか?
この苦しみが大きな快楽へと変わるのだ。
﹁あっ⋮⋮いっ⋮⋮うっ⋮⋮あああっ⋮⋮クリで⋮⋮イカされ⋮⋮
だっ⋮⋮めぇン!!﹂
内臓にキューンと衝撃が襲い、華艶は躰を強ばらせた。
イカされてしまった。イカされて、まだ嬲られてる。
﹁やっ⋮⋮あぅ⋮⋮もう⋮⋮ああっ⋮⋮﹂
肉芽でイカされたばかりだというのに、中を荒々しく責められて
いる。
躰の震えが止まらない。快感が止まらない。
﹁うっ⋮⋮おかしく⋮⋮おかしくなっちゃ⋮⋮うぅぅぅ!﹂
華艶は宙づりにされながら、何度も何度も身をよじらせた。
胸が揺れ踊り、汁か汗か、なんだかわからないものを飛び散らせ
る。
﹁いっ⋮⋮く⋮⋮またイッ⋮⋮ちゃう!!﹂
ビシャーッ!
咲き乱れる花を彩る噴水。
またイカされ華艶はぐったりとしたが、これで終わりの筈がない。
金狼は華艶の躰をグルッと持ち上げて、顔と顔が向き合う形に抱
722
いた。
﹁咽まで突き刺してやるよ!﹂
華艶の躰が叩き落とされた。
そう、魔獣の肉棒に叩き落とされたのだ。
グサッ!
﹁ぎゃああああっ!﹂
華艶の絶叫。
ズーンと奥の奥まで轟いた衝撃。
その激しい衝撃と痛みは、金狼の言葉通り咽まで突き刺されたの
かと、錯覚するほどだった。
華艶は腰を掴まれ、まるでオナホールのように扱われる。肉の塊
︱︱生きた人間を相手にしている行為ではない。金狼に肉棒を突き
刺しているのは、ただの肉玩具なのだ。
苦しみ悶えながら華艶は自分を取り戻そうとしていた。
魂の炎を灯せ。
快楽による炎ではなく、魂の炎を燃やすのだ!
熱を帯びる秘奥。
﹁ギャアアッ!﹂
肉棒に強烈な熱さを感じた金狼は、華艶の躰を抜こうとした。
しかし、華艶は力強く金狼の背に腕を回していた。指は毛を掻き
分け、肉に食い込んでいる。決して華艶は放さないつもりだった。
﹁爆烈火![バクレッカ]﹂
華艶の全身が炎を出して小爆発を起こした。
飛び散る炎。
金狼の身を焼いた。
﹁この程度の炎で俺の魂を焼けると思うなーーーッ!!﹂
絶叫しながら金狼は華艶を手放し床に膝をついた。
鳴り響く火災警報。
ぐったりとした華艶は這いながらその場から逃げた。
火はやがて治まり、金狼は黒こげになって膝を付いたまま動かな
723
い。
華艶は金狼に目を呉れることもなく、かぐやの元へ向かおうとし
ていた。
﹁はぁ⋮⋮はぁ⋮⋮だいじょぶ、お姫様?﹂
﹁駄目じゃ⋮⋮歩くこともできず、意識も朦朧としておる﹂
﹁早く病院に⋮⋮ッ!?﹂
凄まじい鬼気で華艶は身を強ばらせた。
カッと見開かれた金狼の眼。
魔獣はまだ死んでいなかったのだ。
﹁喰らってやる⋮⋮骨まで喰らってやる⋮⋮﹂
なんと全身を焼かれながら、金狼は灰を溢しながら立ち上がった
のだ。
華艶はなんとか立ち上がった。
だが、膝が震えてしまっている。
華艶が手に炎を宿そうとしたときだった。二人の警察が銃を構え
て突入してきた!
﹁動くな!﹂
野生の獣が人間の言葉に耳を傾けるのか?
答えはその牙で表した。
華艶をその場に残して瞬時に動いた金狼は警察官の首を噛み千切
った。
横にいた警官は顔に返り血を浴び、銃を撃とうとしたが指が振る
えて引き金が引けなかった。
﹁ギャアアアア!﹂
悲鳴をあげたその警官も銃を撃てずに首を噛み千切られた。
この隙に華艶は我を取り戻し、かぐやを背負って店外へ逃げよう
していた。
すぐに金狼が気づいた。
﹁飯の途中に席を離れやがって!﹂
金狼が四つ足で床を蹴り上げた。
724
ひとっ跳びで華艶の真後ろまで迫ってきた。
華艶は一瞬振り返ったが、足を止めることなく開いた自動ドアの
外に飛び出した。
空がエメラルドに輝いている。蒼い夜が明けようとしているのだ。
道路を横切ろうとした華艶たちに金狼が飛び掛かる。
﹁逃げられると思ってやがるのかッ!﹂
飛び掛かってきた金狼の鋭い爪がかぐやの背を裂いた。
﹁キャアアアアッ!!﹂
苦悶な叫び。
飛び掛かられた反動で華艶もろとも地面に倒れてしまっていた。
肉棒が涎を滴らせた。
華艶はすぐにかぐやを道路に寝かせ、立ち上がると同時に金狼に
飛び掛かった。
﹁昇焔拳![ショウエンケン]﹂
拳に炎を宿してアッパーカットを放った。
華艶は息を呑んだ。
燃える拳を金狼は躊躇なく鷲掴みにしていた。手や腕が燃えるこ
とを厭わない。華艶を逃がさないとする執念だ。
絶望しかけた華艶だったが、天は彼女に味方した。
まさにそれは天の助けだった。
金狼の背に伸びる影。
陽に照らされた金狼の躰が縮んでいく。
筋肉が収縮し、肉棒までも萎え、人間の姿へ変貌していく!
華艶は勝ちを確信した。
﹁喰らえ!﹂
それはただの拳だった。
たかが人間に華艶は炎を使わなかった。
華艶の拳を喰らった金狼は、掴んでいた華艶のもう片方の拳を離
してぶっ飛んだ。
人間の姿に戻っても体躯はよかった。けれど、今までのダメージ
725
はすべて蓄積され、脆弱になった肉体はそれに耐えきれなかった。
拳ひとつで勝ったわけではなかったのだ。
金狼は意識があったも立ち上がることも、腕一本動かすこともで
きなかった。
かぐやはアスファルトに手を付いて上半身を起こした。
﹁終わったのじゃな、長い夜が⋮⋮ッ!?﹂
しかし、その眼が見開かれ、ウサミミが震えた。
黒いコートを羽織った人影。
だが、その顔は人に非ず。
﹁餓狼!﹂
かぐやが叫んだ。
陽の下では狼男の姿ではいられないはず!
華艶はパニックに陥った。
﹁せっかく助かったのに、なんであいつ狼男の姿なの!?﹂
かぐやは重々しい口を開く。
﹁餓狼はこれまで幾度となく︿満珠﹀を喰らった狼。その力はほか
の狼どもとは比べものにならず、日下ですら本来の姿でいられるの
じゃ﹂
やっとの思いで金狼を倒したというのに、それよりも強大な魔獣
が現れるとは⋮⋮。
もう華艶は笑うしかなかった。
﹁あ∼あ、疲れた。もうウチ帰って寝たいんですけど、てかガッコ
ーなんですけどー﹂
戦意は喪失された。
そして、かぐやも覚悟を決めていた。
﹁妾の︿満珠﹀もこれまでか⋮⋮﹂
﹁まだだ﹂
低い声が響き渡った。口を開いたのは餓狼だ。
﹁まだ、貴様の︿満珠﹀は喰らわん、もっと熟してからだ。それに
もう夜は明けた、俺は宴の始末をしに来たに過ぎん﹂
726
王者の風格は鬼気となって辺りに風を吹かせた。
餓狼は虫の息の金狼を見下した。
﹁貴様は我が一族の面汚しだ﹂
刹那!
餓狼の手が金狼の心臓をえぐり出した。
眼と剥いて金狼は死んだ。
握りつぶした心臓が血を飛び散らせたと同時に、金狼の肉体は灰
と化して散った。
無言で立ち去る餓狼。
その背中をかぐやと華艶は見えていることしかできなかった。
朝日が目に染みる。
月見の夜は終わったのだ。
事件から数日後、華艶のマンションに宅配便が届いた。
大きな段ボール箱だ。
﹁通販とかしてないし⋮⋮だれからだろ?﹂
差出人の記入欄には〝卯佐美かぐや〟と書かれていた。
﹁まさかお姫様から!?﹂
夜が明けて事件が解決したあと、警察のお世話になりかけて大変
で、バタバタしているうちにかぐやと別れてしまった。
﹁報酬も貰い損ねたし⋮⋮もしかして宅配便で報酬を? この段ボ
ール箱が金銀財宝の入った宝箱に見えてきた!﹂
ウキウキしながら華艶はさっそく段ボールを開けた。
﹁なっ!﹂
なんと中身は大量のニンジンだった。
﹁い、嫌がらせ⋮⋮?﹂
手紙も添えてあった。
︱︱先日は世話になった。あの恩は一生忘れぬ、これは礼の気持
ちだ受け取ってくれ。生で食しても美味いが、熱を通すとさらに美
味いぞ。かぐや
727
﹁⋮⋮あたしニンジン嫌いなんですけどー﹂
この後、華艶はニンジンを食べることも捨てることもできず、全
部腐らせて掃除屋を呼ぶハメになったのだった。
月見合戦︵完︶
728
逆襲の吹雪︵1︶
バスタオルを投げ捨てて華艶は全裸になった。
﹁さぶっ!﹂
ぶほっと出た鼻水を啜った華艶がいるのは、雪の降る野外露天風
呂だった。
駆け足で華艶は風呂に飛び込んだ。
水飛沫を被った碧流が笑いながら華艶にお湯を掛けた。
﹁飛び込みはプールだけにしてよ﹂
﹁やったなぁ!﹂
華艶も笑ってお湯を掛け返した。
揺れる乳房、湯を弾く肌、うら若き乙女。
二つの巨大な眼のようなものが湯煙の中で妖しく輝いた。
﹁あ∼な∼た∼た∼ち∼﹂
まるで怨念のこもった亡霊の声。
凍り付く華艶と碧流。
湯煙に浮かび上がった顔とは、眼鏡を掛けた蘭香だった。
﹁他人の迷惑を考えなさいよね!﹂
と言った蘭香は明後日の方向を向いていた。見えてないのだ︱︱
眼鏡が曇ってしまって。
不意を狙った蘭香の背後からお湯をかける碧流。
﹁蘭たん、こっちこっち!﹂
﹁きゃっ、なにするのよ!﹂
すぐに蘭香は振り返ってが、曇って見えない。タオルで眼鏡を拭
き終わったころには、碧流の姿はそこにはなかった。そして、また
眼鏡が曇ってしまうのだ。
華艶は呆れたように溜息を漏らした。
﹁蘭香ってば眼鏡置いてくればいいのに﹂
729
﹁眼鏡なきゃなにも見えないのよ、悪い?﹂
﹁あっても見えてないじゃん﹂
﹁華艶に眼鏡人の苦労がわかるもんですか、ふん!﹂
そっぽを向いた蘭香にお湯がバシャ!
﹁きゃはは!﹂
腹を抱えて笑う碧流。お湯を掛けた犯人だ。
曇った眼鏡が湯煙の中で妖しく輝いた気がした。
﹁あ∼い∼る∼、もう容赦しないわよ!﹂
怒りを露わにした蘭香が水飛沫を上げて立ち上がった。
そこにちょうど聞こえてきた男の声。
﹁女の声だったよな?﹂
﹁ラッキー、さすが混浴だな﹂
その声を聞いて蘭香は凍り付いた。
タオルで股間を隠した男2人組と眼が合った全裸の蘭香。
﹁きゃっ、混浴なんて聞いてないわよ!﹂
自分の体を抱きしめて蘭香はうずくまった。
蘭香とは対照的に碧流は混浴大歓迎らしく、持ってるタオルで体
を隠そうともしなかった。
﹁裸なんて見られても減るもんじゃないだからいいじゃん﹂
﹁精神的に減るのよ。あなた彼氏と別れてちょっと飢えすぎなんじ
ゃないの?﹂
毒づく蘭香に碧流は嘘泣きをした。
﹁蘭たんヒド∼イ。彼氏いないの蘭たんだって同じなのにぃ。華艶
もいないけど、きゃはは﹂
﹁なんであたしまで巻き込むの。彼氏なんていつでもつくれるけど、
つくらないだけだし﹂
﹁華艶ちゃんたら強がっちゃってぇ。だったらさ、3人で勝負しよ
うよ。今入って来たの2人みたいだし。余ったひとが負けね﹂
ゲームを持ちかける碧流に蘭香が即答。
﹁イヤよ﹂
730
と短く。
そんなゲームに付き合うのもイヤだったし、露天風呂からも出た
かった。蘭香は華艶の腕を揺すった。
﹁ちょっとさっきあなたが投げたバスタオル取ってきて頂戴﹂
﹁自分で行けば?﹂
﹁行けないから頼んでるんでしょう!﹂
﹁だいじょぶだって、タオルと手で隠せば問題ないし。男たちに見
られるのイヤなら、そのまま出ちゃえばいいじゃん?﹂
﹁この薄情者!﹂
男たちは洗い場で体を洗っているらしい。
蘭香は今がチャンスだと思った。
湯船から上がった蘭香はタオルで股間を、手で胸を持ち上げるよ
うに隠し、早足で男たちの後ろを抜けようと試みたのだ。
素早く忍び足で敷き詰められた石の床を駆け足で抜ける。
体を隠す前に拭いた眼鏡がまた曇ってきた。
前が見えない。
でもここで立ち止まるわけにはいかない。
﹁きゃっ!﹂
露天風呂に響き渡った蘭香の悲鳴。
鼻を押さえて尻餅をついている蘭香。何かに顔から突っ込んで転
んでしまったのだ。
﹁あっ、ごめんなさい。何かに足が取られてしまって⋮⋮﹂
曇っている視界。蘭香の前に立つ大きな影。顔を紅くした蘭香は
顔を背けて後ろを向いた。
そこにつまずいた原因がある。
蘭香は眼鏡を指で拭いた。
﹁きゃーーーっ!﹂
今度の悲鳴はただ事ではない。
すぐに華艶は露天風呂から飛び出して現場に急いだ。
遅れてやって来た碧流が華艶の腕にしがみつく。
731
そこにあった光景とは?
血まみれの床。
蘭香の足下に転がっていた男の生首。
﹁蘭香逃げて!﹂
華艶が叫んだ。
続けざまに碧流も叫ぶ。
﹁後ろ!﹂
蘭香の後ろ。
そこに聳え立つ大きな影。
﹁きゃーーーっ!﹂
再び蘭香の悲鳴が木霊した。
毛むくじゃらの淫獣。
その場を動けずにいる蘭香の開かれた口に、巨大な肉棒が突っ込
まれた。
口や鼻に広がる異臭。
まさにそれは雄の臭い。
蘭香の口を蹂躙するそのものは!
﹁あのときの雪男!﹂
ひけん
叫んだ華艶が雪男に飛び掛かった。
﹁火拳!﹂
華艶の拳に宿る炎。ミスが許されない蘭香救出。遠距離攻撃より
も命中率の高い己の拳。
突然、華艶の目の前に桃尻がっ!
蘭香の尻だ。まんぐり返しをされてしまった蘭香。恥辱なだけで
はない、盾にもされてしまった。
攻撃が鈍った華艶をあざ笑うように、蘭香の股間から顔を上げた
雪男。そいつの視線は華艶だけを見てはいなかった。視線はさらに
後ろ︱︱。
﹁ヤダッ、離せってば!﹂
碧流が捕まった!
732
雪男は一匹だけではなかったのだ。
動けない華艶。
﹁碧流まで⋮⋮﹂
自分を恨み悔やむ。蘭香に気を取られて碧流まで捕まってしまっ
た。
こんな残酷な仕打ちがあるだろう。
友人が目の前で恥辱を受けているのに、歯を噛みしめることしか
できない。
そして⋮⋮。
肉棒が口から抜けた蘭香が、涙や涎れや鼻水でぐしゃぐしゃにな
った顔を晒した。
﹁見ないで⋮⋮見ないで⋮⋮こんな姿⋮⋮﹂
恥辱を受ける姿を友人に見られなければならない。
板挟みの中でなにもできない乙女たち。
碧流は両腕を後ろに引っ張られ、躰をフの字させられながら、立
ちバックで激しく突かれていた。
﹁へ、減るもんじゃないし⋮⋮あたしなら、だ、だいじょぶだから
⋮⋮蘭香先輩を先に助けてあげて華艶!﹂
叫び。
気丈に見せているが、その声は震えている。碧流も恐ろしいのだ、
恥辱に震えているのだ。
華艶が拳と足に込めた。
碧流を襲っている雪男が体勢を変え、碧流を後ろから抱きしめ胸
を揉み、か細い首に岩のような手を掛けた。いつでも碧流の首を絞
められると言わんばかりの脅迫。
人質がひとりながら隙を見てどうにかなったかもしれない。
しかし、華艶は板挟み。
片一方を助けに駆ければ、もう片一方は確実に犠牲になる。
こうしている間にも蘭香と碧流は恥辱を受ける。それも人間では
ない、怪物に犯されるという恐怖を味わいながら。
733
まるで人形のように扱われる蘭香は、やがて心も人形に。
虚ろな目をした蘭香を正面で向かい合うように抱きかかえた雪男。
わなな
その直立した肉欲の先端は、肉壺の入り口に向けられていた。
繋がる?
挿れる?
いや、突き刺すのだ!
﹁ああああっ!﹂
蘭香が叫びをあげながら戦慄いた。
目を背けない。華艶は目を背けない。背けてはならないのだ。
碧流は目を背けた。こんなこと耐えられない。
﹁早く助けてあげて華艶!﹂
魂の悲痛を訴えた碧流の叫びは華艶のたがを外した。
冷静に機会を窺うなんて耐えられい。
それがどんな危険な行動だろうと、友人を危険に晒す行動だろう
そうりゅうえん
と、もはや憤怒した華艶には考えられなかった。
﹁焼き殺せ双龍炎!﹂
華艶の両手から渦巻く炎の龍が尾を引きながら放たれた。
炎が生き物のように動き、蘭香を蹂躙していた雪男の顔を焼いた。
﹁グォォォォォォン!﹂
痛みに耐えかね雪男が蘭香を投げ出した。
同時に、もう一方に伸びていた炎も碧流を捕らえている雪男を焼
こうとしていたが︱︱。
﹁くっ!﹂
苦い顔をした華艶は蘭香に当たりそうになった炎を明後日の方向
に飛ばした。
狙いを外れた炎が掻き消えた。
華艶はしくじったのだ。
人質を傷つけず、狙いの難しい遠距離攻撃を放った。一匹に当て
るだけでも難しかった。それを華艶は見事に炎を操り当てた。しか
し、2匹同時に当てなくては意味がないのだ。
734
碧流が連れ去られようとしている。
顔を焼かれ狂った雪男が蘭香を手に掛けようとしている。
華艶の瞳から涙が零れた。
その涙は凍らない。
華艶は選んだ。
﹁炎翔破!﹂
怒りと悲しみの業火は蘭香の横で燃え上がった。
瞬時に駆けた華艶はすぐさま蘭香を抱きかかえてその場から逃げ
た。
怨々と雪男の死の絶叫が鳴り響く。
もうその場に雪男は跡形もない。碧流を連れ去った雪男の姿も︱
︱。
虚ろな蘭香。その太股にどろりと白濁液が伝わった。
蘭香を強く抱きしめ華艶は嘆く。
﹁あああああああああああッ!!﹂
凍えてしまう。
心から凍えてしまいそうだった。
楽しみにしていた温泉旅行が悪夢になった。
1ヶ月以上も前から計画されていた旅行だった。
はじまりは先月の土日休みを利用して引き受けた華艶の裏家業。
報酬として、金銭の他にこの温泉宿の宿泊券を手に入れた。
解決したあの事件でも、雪男が人々を恐怖に陥れていた。
しかし、雪男の裏にいた真の敵は︱︱。
﹁⋮⋮止めを刺すべきだった﹂
躰を震わせながら華艶は奥歯を噛みしめた。
凍り付いた露天風呂。
表面だけでなく、芯からその温泉は凍っていた。
なぜそれがわかるのか?
巨大な氷に穿たれた穴。そこから覗く温泉だったものは、中まで
735
凍り付いているのだ。
この穴こそ、あの真の敵が封じられていた場所。
﹁ここにいないってことは、今回の事件の主犯があの雪女ってこと
で確定ね﹂
封じられていた雪女の姿が消えた。
あの苦戦を思い出す華艶。
炎と冷気の戦い。
焼けど燃やせど執念深く復活する雪女。
華艶を勝利へと導いたのは、湯煙を発する温泉だった。
温泉とて雪女を倒すことはできない。温泉など雪女の冷気に当て
られれば、すぐに凍り付いてしまう。だが、それこそが勝利の鍵だ
った。
華艶によって温泉に突き落とされた雪女は、自らが凍らせてしま
う温泉内に閉じ込められたのだ。冷気を発し続ける限り、雪女が生
きている限り、温泉は溶けることはない。その牢獄は雪女は捕らえ
続けるのだ。
封印された雪女は、その手だけを氷の中から出していた。声はせ
ずとも、その手がすべてを物語っていた。動き続ける手が訴えてい
たものは?
﹁あたしが戻ってきたこと知ってるのか、それとも偶然? ねえマ
ネージャーさん、いつ気づいたのこれ?﹂
華艶は温泉宿のマネージャーに顔を向けた。
﹁2時間ほど前には⋮⋮﹂
﹁は? あたしたちが露天風呂に入る前じゃん。なんでこんな重要
なこと客に知らせないの、バカなの?﹂
﹁お客様が混乱して事故などが⋮⋮﹂
﹁知らせなかった結果がコレと、あたしの友人と喰われた男客でし
ょ!﹂
コレと華艶が指差したのは、今にも動き出しそうな精巧な氷の銅
像。精巧なのもそのはず、宿に泊まっていた客なのだから。
736
氷付けにされた客たち。その数は十数体。観光名所になっていた、
〝氷付けの雪女〟を見に来た人々の末路だ。
雪女の復活。
これは果たして偶然か?
華艶がこの場所に訪れたその日に復活するとは、あまりにタイミ
ングは良すぎるのではないだろうか?
いや、しかし、このタイミングを狙って復活できるのならば、も
っと早く復活していたはずだ。雪女は氷の中から一刻も早く抜け出
したかったはずなのだから。
華艶は凍り付く温泉を調べた。
雪女が封じられていた氷は砕けて穴が開いている。内からか、そ
れとも外からの衝撃なのかはわからないが、爆発的な力で氷を破壊
したらしい。溶かしたり、削った痕跡はなかった。
﹁目撃者は?﹂
振り返って華艶は尋ねた。
﹁だれもおりません﹂
抵抗もせず何が起こったのかわからないまま凍らせれた者。逃げ
惑う様子で躍動感溢れる姿で凍らされた者。地面で転んだ子供も凍
っている。雪女は容赦なくこの場にいた人間を凍らせたらしい。
急にマネージャーが尻餅をついて、何かを指差した。
﹁あああ、あれ!?﹂
﹁なに?﹂
首を傾げた華艶は、軽い気持ちで振り返った瞬間、身が凍りそう
になった。
切れ長の目の奥で光る冷たい瞳。
その肌は白装束よりも白い。視覚的な白さのことではない。ひし
ひしと体がその白さを感じるのだ。
﹁雪女!?﹂
華艶の叫び。
妖しく嗤う雪女。
737
吹雪の舞い。
えんへき
雪女の起こした吹雪が華艶を呑み込もうとした。
﹁炎壁!﹂
炎の壁で吹雪を防ごうとしたが、気圧の対流によって正面からだ
けでは防ぎきれない。
全身から爆発的な炎を放射すれば吹雪から身を守れる。問題は華
艶の真後ろにいるマネージャーだった。
﹁殺人はマズイよね、殺人は﹂
爆発的な炎を放射すれば、マネージャーは確実に丸焦げだ。
えんしょうは
えんぎょく
吹雪を防げないのなら元を断つしかない。
﹁炎翔破!﹂
炎壁を突き抜け炎玉が雪女の躰を呑み込んだ。
バニラアイスのようにどろりと溶けていく雪女。
︱︱嗤っていた。
その身を溶かされながら雪女は恐怖など微塵も感じていないよう
に、嗤っていたのだ。
石床に溜まった水。
吹雪はすでに消えていた。
華艶の顔を覆っていた氷が床に落ちた。凍傷を負った皮膚は、炎
を扱ったことにより活性化した治癒力によって回復していく。
焼死は免れたマネーシャーだったが、その全身は氷付けにされて
しまっていた。
この場で息をしているのは︱︱華艶のみ。
雪女の姿はもうない。
華艶の炎によって消滅したのか?
何度も何度も炎に焼かれ復活した執念深い雪女が、今の一撃で水
溜まりになったというのか?
﹁復活したばっかで本調子じゃなかったとか?﹂
楽観的な答えを口にしながらも華艶の表情は晴れない。
﹁本物にしろ偽物にしろ、まだ終わりじゃない⋮⋮待ってて碧流﹂
738
胸に誓いを立てて華艶はこの場をあとにした。
739
逆襲の吹雪︵2︶
部屋の片隅で毛布にくるまっている親友の姿。
︱︱まだ震えている。
その姿を見て華艶は胸が締め付けられる思いだった。
﹁だいじょぶ⋮⋮蘭香?﹂
﹁ええ⋮⋮大丈夫よ﹂
座っている蘭香は華艶の顔を下から覗き込んだ。その唇は蒼い。
露天風呂での事件のあと、放心状態のまま宿の一室に運ばれた蘭
香。一時よりはだいぶ会話もできるようになったが、良くなってい
るとは言いがたい。精神面の傷は自然に回復するとは限らないのだ
から。
蘭香は華艶から目を伏せた。
﹁わたしっていざというときは本当に駄目ね。それに比べて碧流は、
普段はおちゃらけているのに、わたしなんかより芯がしっかりして
いるわ﹂
蘭香は自嘲気味につぶやき苦笑した。
腕組みをした華艶は首を傾げた。
﹁う∼ん、碧流は芯があるんじゃなくて単純なだけじゃない? 行
動の動機が単純で、蘭香のことが好きなんだと思うよ﹂
﹁碧流のこと絶対に助けてね。もしも碧流の身になにかあったら、
負い目を感じて生きていけなくなるわ﹂
﹁あったり前じゃん。余裕で碧流のこと助けるから、ぜんぜんへー
き。だからさ、蘭香は帝都に帰って待ってて﹂
﹁嫌よ、そんなの!!﹂
眼を剥いた蘭香が華艶の襟首に掴みかかってきた。
華艶は驚かずにはいられなかった。こんな蘭香、初めてだ。
この場所に蘭香を残していくことは不安だった。雪女の動向がわ
740
からない。もしも華艶を狙っているとしたら、雪男たちが碧流をさ
らったのは性的な目的以外になにかあったとしたら、蘭香は危険に
晒されている。
事件はすでに警察沙汰になっているが、あくまで動いているのは
地元の警察。温泉街の外に事件を出さない、漏らさないという地元
民や旅館関係者からひしひしと伝わってくる。
こんな町の人々に蘭香を預けておけないというのが、華艶の正直
な感想だった。かと言って、蘭香を連れ回すことは好ましくない。
﹁わかった、蘭香はここで待ってて。パッと行って、パッと碧流を
連れて帰ってくるから。んじゃね!﹂
華艶は蘭香になにも言わせないまま、急いで部屋を飛び出した。
急いで事件を解決する。これを置いて最善なことはない︱︱達成
できれば。
旅館の廊下の隅で華艶はケータイを取り出した。
﹁もしもし京吾? あ、さくらちゃん? 華艶だけど京吾に変わっ
てくれる?﹂
華艶が電話を掛けたのは帝都にある喫茶店モモンガだった。もち
ろん喫茶店に用があるのではなく、この店の主人[マスター]京吾
の裏の顔に用がある。
﹁あ、京吾?﹂
︽華艶ちゃんどうしたの、友達と旅行じゃなかった?︾
﹁それがさぁ、こっちで事件に巻き込まれちゃって﹂
︽それはご愁傷さま︾
﹁連れ去られた友達を助けに行かなきゃいけないんだけど、もうひ
とりの友達も狙われる可能性があるんだけど、旅館に残して行かな
きゃいけなくて、あたしがいない間に襲われたら大変でしょ?﹂
︽それで僕にどうして欲しいの?︾
﹁地元の警察とか当てになんないから、護衛寄越して欲しいんだけ
ど大至急﹂
そのときだった!
741
﹁キャーッ!﹂
遠くから聞こえてきた悲鳴。
ケータイ片手に華艶は辺りを見回した。
﹁ちょごめん、あとでかけ直す!﹂
通話を切った華艶が走り出す。
氷付けの仲居。
開かれた部屋のドア。
部屋の奥に華艶が見たものは、蘭香に迫る白い影。
﹁雪ババア、一歩でも動いたらヌッコロス!﹂
叫んだ華艶の手に炎が宿る。
﹁炎翔破!﹂
振り返った雪女の顔に炎玉が当たろうとしていた。
しかし、このとき華艶は気づいた。
雪女の顔が今まで見たものと違う!
そこにあったのは碧流の顔!?
もはや華艶の手を離れた炎翔破は操ることはできない。業火がが
碧流の顔を持つ者を呑み込もうとしていた。
おぞましく溶け逝く碧流の顔を持つ者。雪女と同じく、雪や氷に
似た物質で躰が構成されているらしい。
﹁よかった偽物で﹂
安堵した華艶。
それも束の間だった。
溶け逝くダミー碧流は最期に猛吹雪を巻き起こしたのだ。
業火と吹雪が対流を起こし、水蒸気爆発が巻き起こった!
﹁ヤバッ!﹂
華艶は咄嗟に伏せたが、部屋の中には蘭香がいる!
伏せながら華艶は顔を上げた。
熱を帯びた蒸気の中で蠢く獣たち。
雪男どもが蘭香をさらおうとしていた。
﹁助けて!﹂
742
響き渡った蘭香の叫び。
畳を蹴り上げて華艶が飛翔した。
﹁蘭香を離せケダモノ!﹂
助けを求め伸びる蘭香の手を華艶は掴もうとしたが、その手は虚
しく宙を掻いた。
窓から逃げていく雪男ども。
すぐに華艶も窓枠を飛び越えようとしたが、目の前に吹雪の壁が!
視界ゼロの世界。
殺気!
気づいたときには為す術がなかった。
狂気を帯びた氷の刃が華艶の腹を突いた。
﹁く⋮⋮うっ⋮⋮﹂
負傷した華艶。
しかし、蘭香を助けなくては!
またも殺気!
﹁炎翔破!﹂
ゼロの視界を切り開く炎の道筋。
何本もの氷の刃が飛んでくるのが見えた。
﹁爆炎[ばくえん]!﹂
噴火口から飛び出す熱を帯びた岩石のように、いくつもの炎の塊
が華艶の手から放たれた。
氷の刃を焼き尽くせ!
溶ける刃。
だが、加速した氷の刃は炎の中を抜け、華艶を襲う。
﹁つぅッ!﹂
眼前に迫った氷の刃を華艶は素手で受け止めた。刃といっても、
炎によって先は丸くなっていた。それでも激しい打撃には変わりな
い。
握られた氷が華艶の指の間から蒸気として立ち昇った。
﹁マジ痛いし⋮⋮あ∼死ぬ﹂
743
腹に刺さった氷の刃が溶けない!?
手の中の氷は蒸気になったにも関わらず、腹の氷の刃は溶けずに
刺さったままなのだ。さらに抜こうとしても抜けない。血と肉を凍
らせ、華艶の躰と一体化したように、氷の刃は突き刺さっているの
だ。
﹁呪い⋮⋮それとも怨念?﹂
腹から伝わる冷たさは、背筋に蟲が這うような悪寒のするものだ
った。
とりあえず出血は治まっているが、気を抜けばすぐに全身が凍り
付いてしまいそうだ。おそらく華艶でなければ、氷の彫刻と化して
いただろう。
そして、華艶の驚異的な治癒力が仇となっていた。冷やされた傷
口の感覚が麻痺せず、強烈な痛みが持続したままなのだ。
華艶は辺りを見回した。
部屋は見る影も無い酷い有様だ。修繕費用がかさみそうだ。
強くうなずいた華艶。
﹁早く助けに行かなきゃ!﹂
華艶は逃げ出すように雪男どものあとを追うことにした。
硬く握られた〝拳〟を目の前にして、碧流は目を丸くした。
﹁動画でよく見る黒人のよりデカイ﹂
透明の粘液を垂らす先端は拳のごとく、首から下も腕のように太
く血管も浮き出ている。
碧流に群がる雪男ども。服などはじめから着ていない。臭いから
わかるように風呂にも入っていないだろう。
洞窟の外に見える世界は白銀が支配し、吹雪いている。極寒と死
が隣り合わせの光景だ。だが、碧流がいる洞窟の中は熱気を帯びて
いる。そうだ、雪男どもの欲情が熱を発しているのだ。
全裸の碧流の肌に伸びる岩のような手。その手から逃れることが
できたとしても、洞窟の外にあるのは死だ。全裸であの吹雪の中に
744
飛び出すなど自殺行為。
碧流は目の前の肉棒を自らの意思で握った。
﹁早く助けに来てくれないかなぁ﹂
口調にはあまり緊迫感は感じられなかった。
群がっているのはヒトではない。肉欲にまみれた淫獣だ。そいつ
らを前にして、碧流はまったく怯えていない様子だった。
﹁テキトーに相手してれば殺されないと思うけど、身体が保ちそう
にないなぁ﹂
秘所に迫ってきた肉棒を急いで握り締め、手を使ってしごいてご
機嫌を取る。手は2本しかない。それに比べて欲まみれの肉棒は数
え切れない。
涎れが垂れるのも気にしてられず、碧流は代わる代わる肉棒をし
ごき、しゃぶり、秘所への侵入を防ごうとした。
しかし、それで防ぎきれるものではない。
碧流の足首が掴まれ、股が開かれ足先が頭よりも高く上げられた。
露わにされた肉棒の餌食。
ふくらとした割れ目にナマコのような舌が這う。
酸味のする蜜。
いやらしい舌は尾てい骨から割れ目を沿って、窄まった菊門を舐
め取り、桜色の潤んだ壺の入り口を突くように舐め、さらにそこか
ら肉芽を摘むように啜った。
﹁んっ﹂
鼻から吐息を漏らした碧流。そして、息を吸いこむと、鼻腔に広
がるツンとする雄の臭い。
愛液はすべて絡め取られ、獣の涎れでグショグショにされてしま
う。
舌とは違う硬い感触が太股に当たった。
白い世界の住人でありながら、それがマグマのように熱い。
﹁ああっ!﹂
碧流の中に激しいマグマが流れ込んできた。
745
熱い、熱い、そして焼けるように痛い。
太く長い肉棒は根本まで収まることなく奥を突き、肉壺の入り口
を輪ゴムのように伸ばしながら、何度も何度も出し入れされる。
﹁んっ、んっ!﹂
一匹目でこれだ。
このあとに続く欲情した獣どもを相手にしていたら、確実に躰を
壊されてしまう。
碧流は両手に握った肉棒を激しく擦った。
竿を擦りながら、カリにも適度な刺激を与えて、絶頂を促す。
肉棒をしごかれ身悶える雪男。もっと激しく乱暴にしてやると、
さらに躰を震わせて肉棒を膨張させた。
ズビュビュビュビュドビュシュッ!
散弾する白い塊。
指で弾かれたような痛みが碧流の肌や顔を襲う。
さらにもう片手に握られていた肉棒も破裂しそうだった。
ドブッ、ドジュジュビュジュビュン!
まるで溶けたクリームを全身にかけられたようだ。ただし、この
クリームは味も臭いも最悪だった。
こうやってイカせてやれば、挿れられる前に萎えると踏んでいた
碧流だったが、現実はそう甘くなかった。
出したばかりにもかかわらず、それは青竜刀のように反り返り、
まだまだ斬れると妖しい臭いを放っていた。
白濁ジェルを潤滑剤にして碧流は再び肉棒たちをしごきはじめた。
﹁やらないよりはマシ⋮⋮かな﹂
それが功を奏するか、それとも裏目に出るか。
熱気がむせ返るほど充満する。
淫獣たちが妖しく咆えはじめた。
碧流に覆い被さっていた雪男が首根っこを掴まれ後ろに飛ばされ
た。
︱︱我慢できない、順番を変われ!
746
と、言わんばかりに雪男どもが暴れはじめた。
肉棒が躍る。
獣どもの宴はこれからはじまるのだ。
今までのは、ほんのつまみ食い。
白いソースに彩られたメインディッシュを貪り食う。
全身を喰らい付かれるように舐められ、碧流は自然と悶えて躰を
くねらせた。
﹁やっ⋮⋮﹂
太股がぞくぞくっとした。雪男の長い毛にまで犯されている。毛
が肌を擦る度に、電流が奔ってしまう。
ドプッドプッ!
それは射精音ではない。出し入れするだけで、卑猥な音が洞窟に
響き渡ってしまう。
紅くなるまで胸を揉まれ、紅くなるまでケツを揉まれた。
碧流のケツを這っていた岩のような手が、割れ目へと伸びてきた。
﹁いやっ!﹂
さすがの碧流も恐怖を感じ、すぐに股ぐらへ手を伸ばしたが、放
り投げられるようにその手は払われてしまった。
硬い指が窄まった小さな小さな穴に押しつけられる。
身を固くすればするほど、そこは侵入を拒む。そもそも侵入など
あってはならないのだ。そこは〝出口〟なのだから。
しかし、淫らな野獣には関係のないこと。
穴があれば欲を満たすために使う。
生態系にとっては子孫繁栄の行為であっても、それをする動機は
快楽を得るため。
白濁ジェルを塗り込まれ、ついに菊門の中に指が侵入してきた。
﹁いっ﹂
音はせずとも菊門が悲鳴をあげている。古い扉のようにギジジジ
ジと鳴いているように思えてならない。
痛み。
747
そう、それはたしかにはじめは痛みだった。
しかし、この獣どもは野獣でありながら淫獣。
これまでどれほどの人間の女が犠牲になってきたのか。その性の
実験台になってきたのか。雪男たちは経験によって心得ていたのだ。
﹁あっ、ああっ!﹂
碧流は思わず淫らな声を張り上げてしまった。
菊門を貫通した指は、その中を犯しているのではなかった。指は
中で曲げられ、別のモノを刺激しているのだ。
﹁ひっぅ⋮⋮怪物に開発されちゃうなんて⋮⋮アブノーマル過ぎる
よ⋮⋮あうン﹂
碧流の目の前には、硬く握られた〝拳〟がある。今は指で悲鳴を
あげているが、いつかはその〝拳〟で⋮⋮。
碧流は自分に覆い被さって腰を振っている雪男にしがみつき、耳
元に温かい吐息を吹きかけた。
﹁ねぇ、あたしの言葉わかる? 君以外の雪男にヤられるなんてイ
ヤ、君だけのモノになりたいの。君もそう思わない?﹂
肉棒が碧流の中で膨らんだ。
血が滾る。
順番待ちをしていた雪男が、碧流に覆い被さっていた雪男を押し
のけようとした瞬間!
ガゴッ!
粉砕された骨。
血の粒が碧流の顔にもかかった。
なんと碧流に覆い被さっていた雪男が仲間を殴り飛ばしたのだ。
血の臭いを嗅いだ野獣が咆える。
たった一匹の行動が、感染しはじめた。
暴れ狂う野獣は止められない。
﹁⋮⋮ヤバイ﹂
青ざめた碧流はつぶやいた。
748
逆襲の吹雪︵3︶
﹁寒っ!﹂
自分の体を抱きしめた華艶。
後先を考えずに室内から室外へ、蘭香を連れ去った雪男を追った。
そのために厚着をせずに雪山まで足を踏み入れてしまったのだ。
﹁う∼っ、ぜんぜんあったまらない﹂
炎を扱うことのできる華艶だが、寒さを感じるかは別問題。ただ、
普段ならば躰を自由に発熱させることが可能だった。それが今は凍
え死にそうなほど寒い。
原因はおそらく、腹に刺さったままの氷の刃。
これによって華艶は力をうまく発揮できずにいた。
吐く息が白い。
華艶の呼吸は乱れていた。
炎や熱は無から産まれるものではない。依然として寒さに耐える
華艶だが、躰を発熱させようと力を使い続けている。これをやめて
しまったら、死はすぐそこだ。だからと言って力を使い続ければ体
力を消耗するばかりか、いつか命まで削ることになってしまう。
﹁ここは一度宿に戻って作戦を立て直そうかな﹂
来た道を引き返そうと振り返った華艶だったが、そもそも来た〝
道〟なんてない。そこは白銀の世界。足音は雪によって消されてし
まう。
慌てて華艶はケータイを取り出したが、電波がない。
﹁も、目的につけたら遭難じゃないんだから!﹂
しかし、雪男の姿も完全に見失っていて、進むべき方向の検討す
らつかない。
ここまで華艶の足を運ばせていたモノは︱︱勘だった。それに頼
ったが為に遭難するハメになってしまった。
749
﹁向こうから出てきてくんないかな﹂
華艶は辺りを見回したが、気配はなく、そう都合の良いこともな
さそうだ。
﹁雪ババア出てこい! 華艶サマ相手じゃ怖くて出て来れないわけ
ぇ?﹂
挑発してみるも、まったく反応はなかった。
﹁独り言みたいでバカみたいじゃん﹂
溜息を漏らして華艶はとりあえず歩き出した。
2歩3歩と歩いて雪に埋もる足。
膝まで埋まった足を雪から抜こうとしたが︱︱抜けない!?
﹁火炎蹴り!﹂
とっさの判断だった。
炎と共に舞った粉雪の中で、白い女が華艶の高く上がった足首を
掴んでいた。
﹁蘭香!?﹂
華艶の目の前に現れた顔は蘭香!?
﹁って騙されるかボケッ、炎翔破!﹂
足首を掴まれながら華艶は手から炎を放った。
蘭香の顔を持つ者の冷たい瞳に炎が映る。
刹那、氷の彫刻と化したそれは溶けて消えた。
﹁友達のそっくりさん差し向けて動揺誘ってるつもり? だったら
完全に裏目だかんね。マジあったまきた!﹂
構える華艶。
敵がまだ近くにいて、華艶を見張っている可能性は高い。
﹁うっ⋮⋮﹂
腹を押さえた華艶。急に傷口が痛み出してきた。突き刺さった氷
の刃が持つ魔力が、大きな魔力と共鳴している。それが華艶にはわ
かった。
﹁雪ババア、近くにいんでしょ!﹂
華艶の声に反応して、積もった地面の雪が噴火するように次々と
750
雪煙を上げた。そこに現れる雪女。一人、二人、三人⋮⋮。
﹁雪婆とは誰のことだ、炎術士の女?﹂
冷たい声が何重にも響き渡った。
気づけば華艶は雪女たちに囲まれていた。
幻影か、分身か、偽物か、それともすべて本物か。同じ姿、同じ
顔の雪女が並んでいる。
華艶は炎舞を踊った。
﹁灼輪炎[しゃりんえん]!﹂
華艶から放たれた炎が放射状に円を描いて渦を巻く。真上から見
た光景は、光り輝く真っ赤な華の輪。
炎は華艶を囲んでいた雪女たちを呑み込んだ。
たちどころに溶けていく雪女たち。その中でただひとり、炎をも
のともしない雪女がいた。
﹁この程度の炎、熱くもないわ!﹂
ひとり残った雪女が発した凍てつく波動。炎を呑み込み華艶をも
呑み込まんとしていた。
﹁爆烈⋮⋮うっ﹂
炎で身を守ろうとした華艶だが、激痛が腹を抉った。氷の刃によ
って力が使えない!
空気が凍るのがわかった。
もう目の前まで氷の静寂が迫っている。
ここで炎が出せなければ、一巻の終りだ。
拳に炎が宿った。
しかし間に合わない!
︱︱もう呑み込まれる!!
華艶は強く目を閉じた。
静まり返った世界。
氷の中に閉じ込められてしまったのだと思った。
目を閉じたまま指先を動かした。動く。感覚も麻痺していない。
華艶が目を開けると、目の前に白装束の幼女がいた。
751
﹁うっ﹂
突然、華艶の腹に強烈な痛みが奔った。肉を根こそぎ持って行か
れたような痛みだ。
幼女の手には血塗られた氷の刃。
﹁抜いてやったぞ、これで戦えるだろう。一気に責めるぞ!﹂
﹁は?﹂
急なことで意味がわからなかった。
華艶と幼女がいたのは、氷でできたドームの中。
理解できるに呆然とする華艶を構わず、幼女は氷のドームを一瞬
にして散らして消した。
幼女とは思えぬ鬼気。
しかし、その鬼気もすぐに消えた。
﹁逃げられた﹂
つぶやいた幼女。
腹を押さえた華艶が幼女に近付いてきた。
﹁てゆか、あんただれ?﹂
﹁行くぞ﹂
﹁は?﹂
﹁ついて来い﹂
﹁子供のクセに態度でかくない?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
無視。
幼女は構わず歩き出した。
とりあえず華艶は幼女についていくことにした。
状況から推測するに、氷付けになりそうなった華艶をあの氷のド
ームで救ってくれた。さらに腹に刺さっていた氷の刃を抜き、呪い
を解いてくれたらしい。そして、どうやら幼女にとって雪女は敵ら
しいということ。
﹁で、あんただれ?﹂
﹁小うるさい女だ。だれでもいいだろう﹂
752
﹁よくないし、そっちの目的もわかんないし﹂
﹁あいつを倒す。お前と同じ目的だ、それでいいだろう﹂
本当に目的がそうならば、華艶にとっても好都合だ。けれど、幼
女の正体がわからないのは気がかりだ。
雪女と同じような格好、氷を操って見せた技、おろらく雪女と同
族だろう。問題はなぜ同族で対立しているのかということだ。
﹁名前は?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
無視。
﹁そっちがその気なら勝手に呼ぶから。ユッキーナで決定!﹂
﹁ユキナではない、雪那[せつな]だ﹂
﹁ふ∼ん、せっちゃんね﹂
﹁せっちゃんではない、せ・つ・な、だ。お前も名乗ったらどうだ﹂
﹁あたしは華艶⋮⋮って聞いてないでしょ!﹂
華艶を置いて雪那は早足で先を歩いていた。
雪原に聳え立つ天守閣。
白銀の城は、石垣から城壁まで、なにからなにまで雪と氷でつく
られていた。
﹁これ観光名所とかにしたらいいのに﹂
華艶がつぶやいた。
城に足を踏み入れようとすると、衛兵の雪男どもがわらわらと湧
き出してきた。簡単には中に入れてもらえないらしい。
臆することなく雪男の群れに歩いて行く雪那。華艶は様子見をす
ることにした。
雪男が雪那に飛び掛かった。
﹁わたしが誰かもわからないのか、阿呆め!﹂
雪那の手から噴出した吹雪によって雪男は刹那に凍り付いた。
氷付けにされた仲間を見て、雪男どもはなにを悟ったのか。まる
で凍り付いたように動きを止めてしまった。
753
雪那は何事もなく先を進む。もう雪男どもは襲ってこない。
少し遅れて華艶も雪那のあとを追おうとしたとき、雪男どもが急
に動き出した。
束になって雪男が華艶に飛び掛かる!
﹁えっ、マジ!?﹂
雪那はよくても華艶は駄目らしい。
﹁灼輪炎!﹂
辺りを焼き尽くし雪男どもを滅する。
だが、第二陣の雪男が飛び掛かってきた!
﹁昇焔拳[しょうえんけん]!﹂
炎のアッパーカットを繰り出し、間髪入れず真後ろに蹴りを放つ。
﹁火炎蹴り!﹂
まだだ、遠くから雪男が走ってくる。
﹁炎翔破[えんしょうは]!﹂
火だるまになりながら雪男が華艶に覆い被さってきた。
﹁ったくもぉ! 服に引火しちゃったじゃん、こうなったら︱︱爆
烈火[ばくれっか]!﹂
華艶の全身から放たれた炎が小爆発を起こした。
次々と燃え上がる雪男ども。絶叫が冷たい風に乗る。
もう雪男は沸いてこない。
戦いの代償は華艶の服。
急いで後方から駆けて追ってきた華艶を見て雪那が言う。
﹁なんで全裸なんだ?﹂
﹁べ、べつにいいじゃん!﹂
大技で辺りを火の海に鎮め雪男を一掃したのはいいが、辺りは火
に包まれれば当然だが、華艶の服も燃えてしまうのだ。︿不死鳥﹀
の華艶の大きな弱点だった。
階段を上り、天守閣最上階へと辿り着いた華艶と雪那。
そこで待ち構えていたのは白装束の蘭香!?
﹁騙されるな、あれは偽物だ﹂
754
と雪那がつぶやいた。
﹁んなこと言われなくてもわかってまーす!﹂
すぐに華艶が噛み付いた。
蘭香の顔が見る見るうちに溶け、その下から雪女が現れた。
﹁よくここまで辿り着いたわね。本物の人質はそこよ﹂
雨戸が開き、その先の張り出した縁側のさらに先、全裸の蘭香が
宙にぶら下がっていた。
﹁助けて華艶!﹂
悲痛な叫び声。
屋根から伸びた縄で手首を縛られ、そこだけで自分の体重を支え
ている。食い込んだ縄の間から滲む血が痛々しい。
後先考えずに華艶が飛び出した。
﹁炎翔破特大!﹂
自分より大きな炎を両手から放った。
だがそれよりも巨大な雪玉が炎と混じり合い相殺させた。が、そ
こで終わりではなかった。床にできた水溜まりが瞬時に氷結し、氷
の剣山となって華艶に襲い掛かったのだ!
剣山が華艶を串刺しにする寸前、急にその矛先を雪女に向けた。
雪那の仕業だ。
雪女の躰を貫いた氷柱。太股や足や胴や胸から背中まで貫通した
何本もの氷柱だったが、雪女の表情は涼しげだった。
﹁わたしの技でわたしを倒そうとは愚か。あまりおいたが過ぎると、
娘がどうなっても知らないわよ?﹂
宙にぶら下がっている蘭香が横に大きく揺られた。恐怖、そして
苦痛が蘭香の顔に滲んでいる。縄はさらに手首に食い込んだ。
雪那は華艶を見つめた。
﹁あいつの技を相殺することはできても、わたしにはあいつを倒せ
ない。頼みの綱はお前だけだ、あいつの顔を⋮⋮うぐっ!﹂
背後から忍び寄っていた雪男が雪那の口を押さえた。すぐに雪那
は雪男の手を振り払おうとしたが、雪女の放った吹雪が雪那もろと
755
も雪那を呑み込んでしまった。
雪那は無事だった。雪女の吹雪を喰らっても凍り付くことなく無
事だった。問題は雪那を押さえたまま凍り付いた雪男。
雪女は冷たく笑った。
﹁わたしの妖力を上回らなければ、その氷は溶かすことができない
わ﹂
凍った雪男は楔となったのだ。
口を押さえられている雪那は必死でもがき、なにかを伝えようと
している。
︱︱あいつの顔を。
あのとき雪那はいったい華艶になにを伝えたかったのか?
華艶は蘭香に視線を滑らせた。あまり雪女を刺激しすぎると蘭香
が危険だ。
﹁あたしへの復讐ってわけ? だったらあたしのこと好きにしてい
いから、蘭香を解放して!﹂
﹁見上げた度胸と言いたいけれど、口でならなんとでも言えるわ。
それに人間は信用ならない。人質はまだ解放しないわ、お前を我が
物にするまでは!﹂
﹁なっ!?﹂
華艶の足が氷に覆われた。
氷の城。
それは雪女のテリトリーであり、手足のような物。壁も床も雪女
の思うがままに変化する。華艶を捕らえるなど容易いことだった。
氷の床と融合してしまったように華艶は足が動かない。
白い顔が目の前に迫る。
氷の接吻。
雪女の唇が華艶の舌を吸う。
華艶の躰に冷たい吐息が流れ込んでくる。
ゆっくりと離された雪女の顔。
舌と舌の間を繋ぐ唾液が煌びやかに凍り付いた。
756
﹁︿氷の接吻﹀を受けた炎術士はただの人間に成り果てるのよ、う
ふふ﹂
﹁火拳[ひけん]!﹂
炎が拳に宿らない!?
ただの拳は雪女の手のひらに受け止められ、瞬時のうちに凍り付
いてしまった。
雪女の舌が華艶の首筋を這った。冷たさが錯覚を起こし快楽へと
変わる。ゾクゾクと全身が小刻みに震えてしまう。
口唇愛撫が続く。
﹁耳を舐められるのが好きなの?﹂
﹁あうっ﹂
耳の奥まで響く唾液の卑猥な音。
冷たい繊手が華艶の鎖骨を撫でて、膨らみの実る甘美な野いちご
を摘もうとしていた。
鳥肌が立つように、寒気で乳首が勃ってしまう。かち割り氷で乳
首を舐められているようだ。
﹁んっ﹂
恥辱を耐えようと口を閉じると、鼻から甘いと息が漏れてしまう。
それが逆にいやらしさを醸し出してしまう。
雪女が白装束を脱ぎはじめた。
肩を滑り落ちる布の下から、さらに白い肌が現れる。白く柔らか
い餅の肌。
豊満な胸は水が詰まっているように、激しく波打ちながら揺れた。
全裸になった雪女が、その肢体を華艶の肌に押しつける。
﹁どうやってあなたに復讐しようか、わたしは来る日も来る日も考
え続けたわ。わたしの受けた仕打ち、そしてあの屈辱を忘れないた
めにも、あなたの身も心も氷付けにして、一生わたしの手元に置い
ておくことにしたのよ。素敵な考えでしょう?﹂
﹁心まで凍らすなんてできっこないですーだ!﹂
﹁強がっていられるのも今のうちよ。快楽の海に溺れなさい。その
757
海はあなたを呑み込み凍り付き、心も凍らせるのよ﹂
雪女は華艶の上向いた張りの良い尻を鷲掴みにして、割れ目をさ
らに広げるようにして左右に揉んだ。
﹁いやっ⋮⋮やめてってば⋮⋮お尻の穴が⋮⋮﹂
左右に肉が引っ張られ、穴まで広がってしまう。
ヒクヒクしていまうのはその穴だけではない。
臀部のクレバスは恥丘の底まで伸びている。
愉しそうに雪女はそこに手を忍ばせた。
〝雪渓の深い裂け目[クレバス]〟が溶ける。
溢れ出す泉。
それはまるで極寒の大地に湧き出た、命を潤す温泉。
﹁さすが炎術士だわ。この奥から熱を感じる、感じるわ!﹂
呻くように雪女は叫んだ。
雪女が華艶の耳元に息を吹きかけた。
﹁雪の化身たる雪女でありながら、熱に恋い焦がれてしまう。あな
たに何度もこの身を焼かれながら、感じていたわ。わたしは心から
あなたを愛しているのよ、わかる?﹂
﹁飛んで火にいる夏の蛾ですね、わかります﹂
﹁蛾!?﹂
﹁イヤなら虫けらで﹂
﹁虫けらに虫けら呼ばわりされるいわれはないわ!﹂
﹁うっ!﹂
溢れる穴に雪女の指が突き刺さった。
氷を削るような音。
雪女の手が華艶の股ぐらで激しく動かされ、ジェル状のアイスが
零れ落ちる。
﹁あっ⋮⋮あっ、あっ⋮⋮んぅ⋮⋮﹂
内臓から躰全体を犯す凍え。
震えが止まらない。
﹁ああっ⋮⋮だめ⋮⋮いやン⋮⋮﹂
758
無意識のうちに華艶は雪女にしがみついていた。
凍え死にそうなほど寒く、雪女と触れあえば触れあうほど寒いの
に、その躰から離れられない。
華艶の背筋が張った。
﹁だ⋮⋮め⋮⋮イっ⋮⋮あああっ⋮⋮あ⋮⋮!﹂
呼吸を呑み込んだ華艶。
下腹部から全身が震えた。
ビュシャアアアァァァッ!!
間欠泉が潮を噴き出した。
瞬く間に凍る潮。
床から華艶の股間まで、見事な氷の架け橋が掛った。
肩を上下させながら華艶は忘れていた呼吸を取り戻す。
気づけば消えていた全身の凍え。
氷の架け橋が溶けて崩壊していく。
重たいまぶたを開き、華艶は遠くこちらを見ている蘭香と目が合
った。
恥辱される姿を友人に見られてしまった。
顔を伏せようとした蘭香に向かって、華艶は笑って見せた。その
笑みはまるで小憎たらしい子供のようだ。
次の瞬間!
華艶は雪女の顔面にヘッドバットを喰らわせた。
怯んで見せた雪女にさらなる追い打ちを掛ける!
﹁焼剃[しょうてい]!﹂
炎を宿した手のひらの付け根で雪女の顎に掌底を喰らわした!
封じられていた炎の力が戻ったのか!?
華艶はさらに畳み掛ける。
﹁炎翔破!﹂
後退った雪女を炎で丸呑みにしようした。
が、炎はでなかった。
﹁⋮⋮ヤバイ﹂
759
顔面を押さえて俯く雪女から身の毛のよだつ鬼気が発せられた。
﹁怒らせちゃった?﹂
華艶は未だ足が氷付けにされおり身動きが取れない。
顔面を掻き毟りながら雪女が膝を付いた。
﹁うあぁぁぁぁぁぁっ!﹂
雪女の喉から絞り出された野太い声。
華艶は目を丸くした。
違う。
そこにいるのは雪女ではない。
鴉の面を被った修験者の格好した男が膝を付いていた。
﹁どーゆーこと?﹂
なにが起きたのか華艶はわからなかった。
鴉面の男が覚束ない足で立ち上がった。
﹁すまない、迷惑をかけたようだ﹂
﹁そうだ、全部お前のせいだぞカラステング!﹂
と、言ったのは氷付けの雪男から解放された雪那だった。〝雪女
〟がこの場からいなくなり、妖力が薄まったことで自力で脱出した
のだ。
カラステングと呼ばれた男は雪那に近づくと、いきなりげんこつ
を雪那の脳天に喰らわせた。
﹁元はと言えばお前のせいだ!﹂
﹁痛っ! 阿呆、なんでわたしを殴る!﹂
﹁お前が人間に悪さばかりしているからだぞ﹂
カラステングは華艶に近づき、念を込めると一瞬にして足の氷を
溶かしてしまった。
唖然とする華艶。
カラステングはさらに背中の羽根を大きく羽ばたかせ、吊り下げ
られていた蘭香も解放してくれた。
涙ぐむ蘭香が華艶に抱きついた。
﹁華艶!﹂
760
﹁蘭香⋮⋮﹂
抱き合う二人にカラステングは着ていた衣をそっとかけた。
華艶は疑問の上目遣いでカラステングを見つめた。
﹁で、説明してくんない?﹂
﹁この顔に見覚えがないか?﹂
と言って、カラステングは雪那の首根っこを掴んで華艶の目の前
に差し出した。
華艶は首を横に振った。
﹁さっき会ったばっかだけど?﹂
﹁こいつはお主が温泉の中に突き落とした雪女だ﹂
﹁は?﹂
姿形が違う。さっきまで戦っていた雪女の姿形こそが、以前出会
った雪女だった。
鴉面の中から溜息が聞こえた。
﹁こやつは以前から手の焼ける女でな、いつか仕置きをせねばと思
っていたところ、ちょうどお主によって氷付けにされたのだ。ちょ
うど良い機会だと思い、反省を促すためにしばらくそのままにして
おったのだが、あまり長く人目に晒すのもよくないと思ってな、氷
の中から出しってやる代わりに私の力を使ってこやつの力を奪った
⋮⋮まではよかったのだが﹂
そこに雪那が口を挟んできた。
﹁こいつは他人の力を奪って仮面にする能力を持ってるんだ。修行
中の身のくせに、私の力を奪おうとするから痛い目に遭うんだぞ﹂
﹁お前は黙っとれ!﹂
またカラステングは雪那にげんこつを喰らわせた。
カラステングは話を続ける。
﹁仮面は力を奪うだけでなく、想いも一緒に奪ってしまうのだ。こ
やつの怨念が宿った仮面に私は支配され、あの様だ。面目ない、ま
だまだ修行が足りんようだ﹂
華艶は雪那を見つめた。これがあの雪女?
761
想いも奪うと言うことは、華艶に対する恨み辛みも今はもうない
ということだろうか?
カラステングは雪那を持ち上げて脇に抱えた。
﹁こやつと共に私は山神の仕置きを受けに行く。この度の借りはい
つか必ず返す。さらばだ人間!﹂
翼を広げ縁側から飛び立つカラステング。
その姿が見えなくなってから、華艶はハッとした。
﹁借りなら今返してよ、町まで送ってけバカ!﹂
ほぼすっぽんぽんの二人。
氷の城に残されどうしろというのか?
そして、問題はまだあった。
蘭香が華艶の瞳を覗き込んで囁く。
﹁碧流は?﹂
﹁⋮⋮あっ﹂
どうやら完全に忘れていたようだ。
そのころ碧流は︱︱。
血なまぐさい洞口の中で独りポツンと。
﹁⋮⋮ちょーヒマ﹂
積み上げられた雪男の屍体の山。
たったひとりの女が戦争の種になることもある。
飢えた野獣よりも、女のほうがよっぽど⋮⋮。
逆襲の吹雪︵完︶
762
まどろむ道化師︵1︶
ホテルのベッドに裸の男女が二人。
男は小太りの中年。
もうひとりはまだ幼さが残る少女。
﹁お嬢様学校の生徒が、こんなことしていいと思ってるのか、あァ
?﹂
男は少女の首筋を舐めながら言った。
妖しく笑う少女。
﹁ウチのガッコ、お嬢様学校って言われてるけど、中身は悪ばっか。
あたしみたいな﹂
その顔は華艶だった。
舌をネットリとさせながら、男の顔は乳房の頂へ。
白い柔肌が桃色に火照り、ピンと立った乳首を男に吸われた。
﹁あっ⋮⋮う﹂
顎を上げながら漏れた甘い声。
年の離れた少女、下手をすれば同い年の子供がいてもおかしくな
い、そんな若い躰を男は楽しんだ。
若い娘の躯というのは、顔を見ずともそれとわかる。
瑞々しく、肌理の細かい肌。子供を思わせる体系に、丸みを帯び
た肉が付きはじめるが、狭間の年頃は全身が丸くなり、やがて大人
になるとメリハリが出はじめる。少女の持つ特有の体系は丸みを帯
びながらも、その肌には弾力がある。やがて大人になるにつれ、肉
はさらに軟らかくなっていく。
第二次性徴︱︱思春期の少女。
彼女たちは特有の香りを纏っている。
華艶の体は鍛えられ、引き締まっているが、体を丸みを帯びてい
て、抱きしめれば骨格は華奢だ。
763
男はM字に開脚された股ぐらに顔を近づけた。
この匂い。
少し隠してもわかってしまう特有の匂い。
性的な匂いは、鼻ではなく脳で感じるものだから。
﹁ピンク色の肉がいやらしく濡れてやがる﹂
両手で開かれた秘密の扉。
泉から漏れ出す。
愛液が珠になって伝わり落ち、シーツに小さな染みをつくった。
﹁遊んでるわりには綺麗だ。形もいい、すげえ旨そうだ﹂
﹁もぉ、そんなに見ないでよ、見られるの慣れてないんだから。だ
ってそんなに遊んでるわけじゃないし﹂
﹁うそつけ﹂
﹁あっ﹂
柔らかなその入り口を舌の腹でたっぷりひと舐めされた。
﹁普段から遊んでなきゃ、ホイホイついてくるもんか。何人の男を
咥えてきた、ここで何人食って来たんだ、あァ?﹂
﹁あうっ﹂
中指がズブリと挿入って来た。
たっぷりと濡れているために1本なんてすぐに呑み込んでしまう。
ジュプ、ジュプ⋮⋮。
愛液を鳴らしながら指が出し入れされる。
﹁すごい吸い付きだな。なんか指を入れてるこっちが気持ちよくな
りそうだ。熱くて、こんな中に入れたら俺のモノが溶けそうだな﹂
男は片手で肉棒を擦りながら、濡れた襞肉に指と入れ替わりで先
端を挿入た。
呑み込まれる。
先端だけで止めようとしても、自然と中へ中へと導かれてしまう。
ヌプヌプと滑り落ちてしまう。
奥に当てられた瞬間、
﹁あっ!﹂
764
胸を揺らしながら息を呑んだ。
ゆっくりと男が腰を動かしはじめる。
ベッドが弾む。二人の身体を乗せながら、浮き沈み。
男の額から落ちた汗が、妖しい少女の柔らかな唇の中へ。
熱い。
熱い、躰が熱い。
芯が燃える。
﹁あ、ああっ⋮⋮あっ⋮⋮もうイッちゃう﹂
﹁何度でもイッていいぞ、何度もでもイカせてやる。いい顔だ、そ
の苦しそうな顔が好きなんだ﹂
﹁ダメ、イッちゃう⋮⋮本当にイッていいの?﹂
﹁イケイケ、どんどんイッちまえ﹂
﹁じゃあ、遠慮なく﹂
業火が二人を刹那に包み込んだ。
﹁ギャアアアアアアアアッ!﹂
男の絶叫。
炎を吸いこみ、喉が焼け、すぐに声も消える。
異臭。
肉を焼かれながら男はベッドから転げ落ち、床をのたうち回った。
部屋が燃える。
鳴り響く火災報知機。
この世の終わりを思わせる深刻な華艶の顔。
﹁⋮⋮解けない﹂
華艶の前に立ちはだかる難問!
リビングのテーブルに広げられたプリントと教科書。
火斑華艶18歳、神原女学園2年生︵留年︶は、期末試験に向け
て猛勉強中だった。
出席日数が足らずに2年生を繰り返してしまった華艶。その反省
をして、今年はどうにか出席日数はどうにかなりそうだった。あと
765
は赤点さえ取らなければ、晴れて3年生だ。
﹁うわーっ、わかんないし!﹂
数学の方程式を前にして、華艶は髪の毛を掻き毟らんばかりに頭
を掻いた。
眼に映る数字や記号がだんだんと暗号に見えてくる。
もはや地球の言語とは思えない。
﹁うぅ∼、頭が熱い。やっぱ数学は捨てようかな⋮⋮﹂
しかし、華艶は頭に浮かんだ人物が笑ったことで、その考えを改
めた。
﹁これ以上姉貴にバカにされてたまるか﹂
頭に浮かんだのは姉の麗華の顔だった。
︱︱あんたが高校を卒業できるわけないじゃない。
過去に麗華から言われた言葉だ。
華艶の通う学園には裏取引のウワサがある。金持ちの多い学園で
はあるが、純粋可憐なお嬢様の集まりというわけでもない。そのた
めに、成績は金で解決できるらしいのだ。
だが、華艶は正々堂々と勉学に関しては取り組んでいた。
すべては優等生の姉の鼻を明かすためだ。
姉の麗華はこの街で弁護士をやっている。一筋縄ではいかないこ
の街で弁護士をやるくらいだ、本人も一筋縄ではいかない。この街
で生き残るためには、優等生というだけではやっていけない。
﹁学生だった姉貴っていつも遊んでたクセに、なんであんな勉強で
きたの? あたしだっていっぱい遊んでんのに﹂
遊んでるだけでは、できなくて当然だろう。
麗華は表向きは遊んでいるが、裏ではしっかり勉強しているタイ
プ。周りの友達は麗華に釣られて遊んで、勉強をしないので成績を
下げて、麗華が独り勝ちするシステムだ。華艶は麗華の遊んでると
ころだけ見習ったのだろう。
﹁もうムリ、集中力切れた﹂
プリントの1問目にして華艶はギブアップ。
766
とりあえず近くにあったリモコンでテレビをつけた。
時刻は19時過ぎ。
テレビの画面に映し出されたのはニュース番組だった。
帝都のローカルテレビ局のニュース専用チャンネル。
勉強は苦手だが、ニュース番組はよく見る。とくに帝都のローカ
ルニュースはよくチェックしている。TSをやっているせいもある
が、下手な番組より帝都のニュースのほうが、よっぽどおもしろい
というのもある。事実は小説よりも奇なりという言葉は、帝都では
日常の出来事だ。
テレビ画面に取材陣に囲まれながら歩道を急ぐ麗華の顔を映し出
された。
﹁おっ、姉貴じゃん。最近テレビにも映るようになってきたし、タ
レントにでも転向するんじゃないの﹂
なんて呑気に言っていられたのも束の間。
﹃これが逮捕される前日の火斑麗華容疑者の映像です﹄
﹁は?﹂
次にテレビに映し出されたのは、身の毛を振り乱し刑事に連行さ
れる麗華の姿だった。
﹃だから無実だって言ってるじゃないのよバカ! ざけんじゃない
わよ、陰謀よ、裁判で負けた腹いせに警察が仕掛けた陰謀よーッ!﹄
﹁⋮⋮ちょ、ちょっとどういうこと!?﹂
驚いた華艶はテレビに掴みかかった。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
﹁なんで姉貴が逮捕されてんの!?﹂
ピンポーン。
﹁なんの罪!?﹂
ピンポーン。
﹁うっさいなー、今取り込み中!﹂
ピンポーン。
767
報道も気になるが、うるさいチャイムも気になる。
顔いっぱいに怒りを浮かべて華艶は玄関まで激走した。
﹁さっきからどこのバカなわけッ!?﹂
ドアスコープも確認せず、華艶は勢いよくドアを開けた。
玄関先に秀麗そうで愛想のない顔の男がひとり立っていた。
この男に華艶は見覚えがあった。
﹁どーてーの水鏡ちゃん!﹂
﹁童貞じゃない! それにちゃん付けて呼ばれるほど、親しい間柄
になった覚えはないぞ﹂
﹁で、今あたし忙しいんですけど、なんの用? あっ、もしかして
姉貴のことハメたのあんたでしょ!﹂
いきなり華艶は水鏡に掴みかかろうとした。
カサカサと軽い物が擦れる音がした。
華艶の手が水鏡に触れる寸前で止められていた︱︱腕に巻き付い
た紙によって。
﹁君とは契約をしていないが、この︿紙﹀は私を守る契約をしてい
る﹂
水鏡の言葉によって華艶は苦い出来事を思い出した。
この契約は強力だ。過去に華艶はそれを身をもって知っている。
華艶は炎。
水鏡は紙。
紙であってもひとたび、炎を封じられれば燃やすこともできない。
華艶は腕から力を抜いた。すると拘束していた紙紐が解かれた。
水鏡は咳払いをしてスーツの襟をめんどくさそうに正した。
﹁どうやら君も知っているようだが、火斑麗華が逮捕された︱︱殺
人罪で﹂
﹁殺人!?﹂
﹁知らなかったのか?﹂
﹁今ちょうどニュース見てるとこであんた来るから﹂
まさか殺人罪とは。
768
華艶が呟く。
﹁人殺ししそうな性格だけど﹂
そういう姉妹関係だった。
水鏡は廊下に眼を配ってから、華艶に向き直った。
﹁立ち話はあまりよくない。中に入れてもらいたいのだが?﹂
﹁なにそれ、女の子の一人暮しの部屋に入ってなにする気?﹂
﹁そんなことするわけないだろう﹂
﹁そんなことって、なにかなぁ?﹂
ニヤニヤ顔で華艶がからかった。
﹁君を逮捕する容疑ならいくらでもあるぞ﹂
﹁⋮⋮冗談通じないなみっちゃん﹂
﹁私の立場として、あまり君と接触してることを知られたくないの
だ。早く中に入れてくれないか?﹂
﹁はいはい、どうぞミーくん﹂
耳には入っているだろうが、あえてそこは無視して水鏡は華艶の
部屋に入った。
リビングで水鏡は広げられた勉強の痕跡を一瞥した。
﹁留年しているらしいな﹂
﹁げっ、なんで知ってんの? まかさあたしのファン!?﹂
﹁接するモノのデータは集められるだけ集め頭に入れるようにして
いる﹂
﹁記憶力抜群ってこと? いいなぁ、あたしの代わりに期末テスト
受けてよ﹂
﹁バカか、君は?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
華艶はムッとしたが、ここは抑えて抑えて。
でも、冷蔵庫に行きかけてやめた。
﹁でさあ、姉貴の件で来たってことは身内に捜査ってこと?﹂
華艶はソファに腰掛けた。
水鏡は立ったまま華艶の前で口を開いた。
769
﹁この事件の担当検事はこの私だが、今日は捜査のために来たので
はない﹂
﹁ならなんで?﹂
﹁君に依頼がする﹂
﹁なにを?﹂
﹁真犯人を見つけろ﹂
話の流れからして、火斑麗華の殺人事件の真犯人だろう。担当検
事が、外部の人間、しかも容疑者の妹に依頼してくるとは。華艶と
の接触を知られたくないわけだ。
少し華艶は考えた。
﹁⋮⋮まあ、はじめから姉貴がマジでヤッちゃったとは思ってない
けど、真犯人の目星があるわけでしょ? てゆかさ、だったらなん
で自分たちで捜査しないわけ? あたしなんかに検事様が依頼なん
かしちゃったら、だいぶ問題なんじゃないの?﹂
﹁まず真犯人の目星などはない。火斑麗華が犯人ということで捜査
は一段落ついている。担当検事である私が、このような形で君と接
触していることが知られれば、今の立場が危うくなるだろう﹂
﹁リスクを負ってまで姉貴の無実を信じるなんて、まさかみーちゃ
ん姉貴をホレてる!?﹂
﹁バッ、バカを言うな!﹂
間髪入れず返ってきた。
﹁まっ、姉貴のタイプじゃないからフラれちゃうけど﹂
﹁そういう感情は火斑麗華には持っていない。あの女に持っている
感情と言えば、どうやってあの女を私の前で屈服させようか、奴隷
にして跪かせ泣きながら足を舐める姿を見下したい﹂
﹁⋮⋮歪んでる﹂
﹁私の顔に泥を塗った火斑麗華という女をどう料理してやろうか。
今回の裁判で容赦ないまでの火斑麗華を痛めつけ、有罪にすること
は簡単だ。火斑麗華は裁判になれば、絶対に負けることは確定して
いる。証拠はすべて、あの女が犯人だと物語っている。どんな弁護
770
人をつけようと、あの女自身がたとえどんなに優れた弁護士だろう
と、今回の裁判は負け戦だ﹂
では、なぜ真犯人を見つけろなどと言った?
なぜリスクを犯してまで依頼に来た?
﹁ホントんとこ、どうしてあたしに依頼しに来たわけ?﹂
﹁殺人罪でなければ、たとえ冤罪であっても有罪にしてやるところ
だが、死なれては困る。私が火斑麗華に裁判で完全勝利を収めるま
では。実の妹である君以外に依頼するのは、私のリスクも大きい﹂
﹁う∼ん、姉貴には悪いけど、期末試験が近いから無理!﹂
﹁なにっ!?﹂
水鏡は度肝を抜かれて驚いたようだ。
﹁だってさ姉貴は殺されても死ぬよな女じゃないし。真犯人いるん
でしょ? ならへーきへーき﹂
﹁私の話を聞いていたのか? この捜査は火斑麗華が犯人であると
ほぼ確定している。真犯人など誰も探しはしない。そして、裁判に
なれば私は一切の手を抜かない﹂
﹁死なれて困るとか言っといて有罪にする気満々なわけ?﹂
﹁仕事は仕事だ。検事は被告人を無罪にすることが仕事ではない。
たとえ内心では無罪だと思っても、警察との信頼関係を維持するた
めには絶対に有罪にする﹂
﹁冤罪で人が死んでもいいわけ?﹂
﹁有罪になれば有罪だ、その人間は罪を犯した。火斑麗華は1週間
の間に7件の殺人事件を起こし、7人を殺している。死刑は確実だ﹂
﹁7人も!?﹂
7件で7人という言い方をしたということは、7件はそれそれ別
の場所や時間に殺され、1人ずつ殺されたということだろうか。
水鏡は付け加える。
﹁7件はすべて火斑麗華の犯行とされ、関連した事件であるとされ
ているが、証拠は独立してすべて火斑麗華の犯行を示している。つ
まり、1件の無罪を証明しても、別の事件も無罪というわけにはい
771
かない。真犯人を見つけることが解決の早道だ﹂
﹁ねえねえ、さっきから真犯人って言ってるけどさ、証拠は姉貴が
やってるってなってるのに、なんでミカたんは真犯人がいると思っ
てるんの?﹂
根拠はないが信じる。心証で判断したのだろうか?
﹁事件そのものの証拠では確実に火斑麗華が犯人だ、しかし⋮⋮。
火斑麗華はこれまで裁判で負けたことがない。その火斑麗華がこの
私以外に裁判で負けたのだ。そんなことがあっていいのか、私以外
に負けたのだぞ!﹂
つまり麗華を倒すのは自分であり、自分以外には存在しないと。
﹁で、なんで裁判で負けると真犯人説が生まれるわけ?﹂
﹁火斑麗華は裁判で負けたこと以外は、いつもどおりに1週間を過
ごしていた。目撃証言などからもそれは間違いないだろう。しかし、
火斑麗華は1週間の間監禁されていたと主張している。それに耳を
貸す捜査員は残念ながらいない。殺人の証拠が揃っているからだ﹂
それが事実だとしたら、1週間の間、日常生活をしていたのは誰
か?
というのはあくまで、麗華側に立っての考え方だ。
﹁私は火斑麗華の供述を信じたわけではない。火斑麗華が私以外に
裁判で負けるはずがない。ということは偽物が裁判で弁護をしたこ
とになる。ならば監禁されていたという供述は信憑性が高い﹂
あくまで麗華が裁判で負けないということが前提であり、証拠と
しては証拠にはならないものだろう。
華艶はスカートからパンツが見えることも気にせず、脚を伸ばし
てつま先で教科書を閉じた。
﹁姉貴に1個貸し。で、報酬は?﹂
身内を助けるためでも、依頼となれば報酬はちゃんと受け取る。
水鏡は片手の指を何本か立てた。
﹁1本10万﹂
﹁安くない?﹂
772
﹁必要経費は抜いてだ﹂
﹁それでも安いし、もう片方の手の指も足そうよ﹂
﹁君はモグリで、評価ランクはCだ。依頼内容もあくまで真犯人を
捜せと言ってるだけで、危険が伴うわけではない。これが妥当な報
酬だ﹂
﹁ひとが7人も死んでて危険がないとか、マジで言ってるわけ?﹂
﹁なら仕方がない。裁判で火斑麗華が有罪になるだけだ﹂
﹁有罪にしたくないんでしょ?﹂
﹁しかし君が姉を見殺しにしてまで引き受けないのなら、今日の話
はすべてなかったことにして忘れてくれ﹂
水鏡は帰ろうとした。
﹁ちょちょちょ、待った受けます受けます。そっちが提示した報酬
でオッケー﹂
華艶の方が折れた。
期末試験と進級も大事だが、姉のことも大事だ。どちらにせよ姉
を助けるなら、お金をもらえるほうがいい。
水鏡は無地の封筒をテーブルに差し出した。
﹁まずは当面の経費と前金で20万。この中に入っている﹂
﹁お金以外に渡す物ないの? 事件資料とか﹂
﹁捜査情報を漏らすことは職務規定違反になる。あとは君が調べて
くれ﹂
﹁は?﹂
﹁では失礼する﹂
﹁ちょっと、えっ、マジで帰るの?﹂
華艶は廊下を小走りで水鏡のあとを追った。が、水鏡は一度も振
り返ることなく、玄関を出て行ってしまった。
残された華艶がつぶやく。
﹁期末試験まで1週間。何日ガッコ休んでも平気か計算してみよ﹂
773
まどろむ道化師︵2︶
まずは情報収集からだ。
華艶は行きつけの店に向かった。情報屋と言えば、モモンガの主
人[マスター]京吾だ。
すでに陽は落ち、店はバーへと変貌を遂げている。
昼間は寂れた喫茶だが、夜になるとひとが多くなる。
華艶は開いているカウンター席に座った。
﹁とりあえずビール﹂
﹁はい、オレンジジュース﹂
京吾は注文を無視してオレンジ色が揺れるグラスを出した。
べつに気にせず華艶はグラスを口に運んだ。
﹁やっぱファミレスのよりうまいなぁ﹂
﹁ほかにご注文は?﹂
﹁姉貴がパクられたんだけど、もう知ってる?﹂
﹁華艶ちゃんの関係者だからね﹂
と言って、京吾は少し分厚いA4封筒を華艶に渡した。
﹁なにこれ?﹂
﹁事件資料だよ﹂
﹁なんの?﹂
﹁華艶ちゃんのお姉さんが逮捕された事件の﹂
﹁マジで!? さっすが京吾様様、あたしの欲しいものがわかって
らっしゃる!﹂
こんな早く必要な物が手に入るとは驚きだ。
しかし、実は資料を集めたのは京吾ではなかった。
﹁差出人不明で僕のところに届いたんだよ、その資料﹂
﹁え?﹂
﹁おそらく華艶ちゃんに渡せってことなんだろうね﹂
774
﹁どこのどいつがいったい?﹂
頭に真っ先に浮かんだのは水鏡検事だった。
﹁⋮⋮あいついいとこあんじゃん﹂
直接資料を渡せないため、このような方法を取ったのかもしれな
い。
さっそく資料を出す華艶に京吾が口を出す。
﹁そういう大事なものはもっとひとのいないところで⋮⋮﹂
﹁そんな気にしなくてもへーきへーき﹂
分厚い書類と写真などが入っていた。
隣りに座っていた男が自分のグラスを持って無言で立ち去る。お
そらくカウンターに並べられた写真のせいだろう。
﹁うわぁ、キモチワルぅ∼﹂
華艶がいかにも嫌そうな顔をして漏らした。
被害者の写真だろう。
素っ裸で全身が爛れた男。仰向けで倒れているのはカーペットの
上なので、遺体発見現場だろう。
顔のアップの写真を華艶は手に取った。
﹁躰よりも顔のほうが酷い。これ手形っぽいな、鷲掴みに熱い手を
顔に押しつけられた⋮⋮っ!﹂
華艶はハッとした。
自分もこれと同じことができる。
いや、自分と同じことができる人間︱︱肉親がいる。
チリチリに焼け焦げた髪の毛。白くなった皮膚と赤くなった皮膚。
ミミズの塊が這ったような痕と肉色の溶けたチーズを貼り付けたよ
うな痕。開かれた目玉は真っ白になっている。
﹁これって⋮⋮一気にこんがり焼かずに、生きたままじわじわ焼い
た感じするなぁ。頬のこれって煙草を押しつけた痕に似てる﹂
屍体の周りは焼けていない。焼いてからここに運ばれたのか、そ
れとも低温で肉だけを焼かれたのか。
﹁あたしだったら証拠を残さないように辺り一面火の海に沈めるけ
775
ど﹂
拷問が目的だとしても、終わったら証拠はなるべく灰にする。部
︱︱。
屋に残された証拠、遺体の身元。骨から性別、歯の治療痕から身元
が調べられるというのなら
﹁最大出力で焼けば骨も焼けると思う、ちょっと時間掛かるけど、
姉貴もね。だから姉貴が犯人なら、もっと徹底的に焼いて証拠を残
さないと思うんだよね。肉もちょーウエルダンが好きだし。姉貴の
ことだから、マジで人殺すんなら火使わないかも。こんないかにも
能力者が火使いましたみたいな方法なんて特に﹂
残りの6人も全身火傷によるショック死。被害者の中には女子供
までいた。
﹁姉貴ってちょーフェミニストなの。どんな悪人だろうと、女は殺
さないと思うんだよね。しかもこんな残酷な殺し方は⋮⋮﹂
だが、証拠も揃っている。
現場に残された指紋や毛髪が火斑麗華と一致。
遺体発見現場のマンションの防犯カメラに映った麗華の姿。
被害者のカードで現金が引き出されるATMのカメラにも麗華の
姿。
被害者宅から消えた現金、そのうちの1万円がコンビニで見つか
ったのだが、そこには麗華と被害者の指紋、コンビニの防犯カメラ
にも麗華の姿。
盗まれた現金と連番の札束が麗華のマンションから見つかった。
動機についても麗華と接点がある者が被害者だった。
先ほど華艶が1番目に手に取った写真の男は、金融会社の社長で
麗華に裁判で負けている。その後、男たちを雇って麗華に嫌がらせ
をしたらしく、その件で公判中だったらしい。
ほかにも証拠や動機が数多く揃っていた。
﹁現実の犯罪なんて、そんなひねりもないけどさー。これっていか
にも過ぎない?﹂
﹁刑事事件を手がける弁護士にしては抜けてるね﹂
776
と、京吾も共感した。
衝動的な犯行には思えない。計画的にしては雑すぎる。
華艶が唸った。
﹁考えれば考えるほど姉貴の犯行っぽくない。でも姉貴の性格より
も、物的証拠。それが覆らない限り難しいんだよね。真犯人を見つ
けるのが手っ取り早いけど、真犯人が真犯人って証拠もいるわけだ
し⋮⋮う∼ん、この依頼って難しいかも﹂
﹁⋮⋮華艶ちゃん、今、依頼って言わなかった?﹂
生暖かい視線を向ける京吾。
﹁言ったけど?﹂
﹁お姉さんを助けるのにお金取るの?﹂
﹁それとこれは別。万が一だけど、姉貴が死んじゃってもあたし生
きていけるけど、お金ないと死んじゃうし﹂
﹁⋮⋮華艶ちゃん﹂
京吾の声は沈んでいた。
空気を読んで華艶は慌てた。
﹁お金もらえなくてももちろん助けるよ、当たり前じゃん! 依頼
人が姉貴じゃなかったし、もらえるもんはもらっとくってだけで、
お金より姉貴のほうが大事だよ、マジで、うん!﹂
ちょー必死だった。
京吾苦笑い。
﹁わかったから、わかったから﹂
﹁がんばって姉貴を救ってきます、今すぐ行ってきま∼す!﹂
華艶は千円札をカウンターに置いて店を飛び出した。
変な汗を掻いた華艶。
﹁ふぅ⋮⋮あっ!?﹂
華艶はぶつかるまで気づかなかった。
酒の匂いを纏いながら顔を赤らめた若い女。
﹁ご、ごめんなさい﹂
華艶と頭からぶつかった女は、覚束ない足取りで後ろに下がろう
777
としたが、ふらついて右へ左へ。
心配になった華艶は自然と手を貸していた。
﹁ちょっ、だいじょぶですかー?﹂
﹁ううっ⋮⋮吐きそう﹂
﹁ええっ!?﹂
﹁タクシー⋮⋮家に⋮⋮帰らないと﹂
﹁じゃあ、あっちの通りでタクシー拾いましょうね﹂
肩を貸しながら華艶は女を車の通りが多い大通りまで連れて行っ
た。
﹁ううっ!﹂
急に女性はうずくまって並木の根本に嘔吐した。
﹁だいじょぶ!?﹂
華艶は女性の背中をさすろうとしたが、
﹁大丈夫です⋮⋮それよりもタクシーを⋮⋮明日も仕事で朝早いの
で⋮⋮帰らないと﹂
﹁あ、は、はい﹂
心配だが、とりあえず女にはそこでうずくまっててもらって、華
艶はタクシーを止めることにした。
客を送り追えたタクシーが、駅前のタクシー乗り場に帰っていく。
のを捕まえなくてはいけない。
﹁ケータイで呼んじゃったほうが⋮⋮あっ、止まって!﹂
ちょうどタクシーが来て華艶は手を上げた。
スピードを緩めて道路脇に停車するタクシー。後部座席にドアが
開いた。
華艶は後ろに振り返り、女に声をかけようとしたのだが︱︱。
﹁あれ?﹂
女の姿がない?
辺りを見回すが、気配も何もない。
タクシーは華艶を待っている。
慌てて華艶はタクシーに乗り込んだ。
778
﹁え∼っと、とりあえず⋮⋮まっすぐで﹂
女のことが気になりながらも、タクシーはその場を走り去る。
後ろ髪を引かれた華艶は、女が消えた現場を窓から振り返った。
やはりいない。
﹁やっぱ不味かったかな。でもタクシーが⋮⋮﹂
ずっと待たせているわけにも行かず、せっかく拾ったタクシーに
取りあえず乗り込んでしまった。
勢いで乗ってしまったが、はじめからタクシーを使うつもりだっ
た。
行き先を告げた華艶。
そこは被害者が見つかった犯行現場近くだった。
タクシーを乗った場所から、もっとも近かった現場。
そこは歯科医院だった。
資料によると火斑麗華が通っていたとされる。
﹁接点はあるけど、動機がないらしいんだよね∼、ここだけ﹂
殺害されたのは院長。診察台で発見され、熱傷性ショックが死因
とされている。つまり焼け死んだのではなく、火傷で死んだのだ。
歯科医院は封鎖されていため、入り口になりそうな場所を探す。
外観から察するに、住居兼医院となっており、2階部分が主に住
居となっているらしい。
戸締まりはしっかりとされているが、強引な方法を取れば入れそ
うだ。
﹁器物破損と住居不法侵入は、やっぱマズイかなぁ﹂
下手をすれば華艶が罪に問われるだけではなく、麗華に危害が及
ぶ可能性もある。
この場でこうやって、閉鎖された医院を眺めていると、近所の住
人に不審がられてしまう。
とりあえず、姿を隠すためにも、現場を封鎖するテープをくぐっ
て敷地内に侵入した。
779
医院の入り口と、住居の入り口。華艶は医院の出入り口を調べる
ことにした。
硝子張りのドアは中の様子が軽く見えるようになっている。すぐ
先には待合室。
﹁まさか開いてないよね﹂
と念のため、ドアを開けようと力を入れると︱︱。
﹁開いた﹂
手前に引かれたドア。
華艶は気配を殺して中に足を踏み入れた。
﹁おじゃましまーす﹂
小さな声でつぶやいた。
すると、受付カウンターから声が返ってきたではないか。
﹁ご予約の火斑華艶ちゃんね﹂
笑顔を向けてきた女。
それがあの酔った女だと華艶が気づいたときには、眼前に濡れた
唇が近づいてきていた。
華艶は立ち尽くすことしかできなかった。
なにもできないままに、女に唇を奪われたのだ。
酒の臭いなどまったくしなかった。
代わりにしたのは、頭が眩むほどの甘い匂い。
口の中に入ってきた女の舌が、まるで溶けたチョコレートのよう
に、温かく、柔らかく、そして甘かった。
華艶は自分の指が消失してしまったような感覚を覚えた。けれど
指はあった。指がなくなったのではなく、触覚などの感覚が失われ
てしまったのだ。
それはだんだんと華艶の躰を侵し、唇を離された直後に全身の力
を失って、女に抱き支えられてしまった。
声も出せない。
まぶたは開いたまま、思考には何の障害もなく、映像が脳に流れ
込んでくる。
780
つま先を床につけながら、華艶が女に引きずられていく。
運ばれたのは診察台。
座らされた華艶は筋肉が弛緩してしまっていて、だらしなく股が
開いてしまう。首も赤子のように据わっていない。
動けない華艶の躰を女はさらに動けなくするべく、手際よく縄で
椅子にグルグル巻きで磔にした。
それで終わりでなかった。
﹁アナタの素晴らしいボディなら、もう数分で回復しはじめると思
うわ﹂
この女は華艶のことを知っている。その能力も知っている。
すべては計画のうちということか?
華艶のことを調べ、さらに拘束までして、いったいなにが目的か?
﹁ボクのこと覚えていてくれたかしら?﹂
女は突然、自らの顔の皮膚に爪を立てた。
頬と指の間から滲み出す鮮血。
肉から皮が引き剥がされる。
ぼと⋮⋮ぼと⋮⋮
黒い血が落ちる。
何本もの線を引いたような筋肉組織が晒される。
ぼと⋮⋮ぼと⋮⋮
血と共に引き千切られた皮が落ちる。
人体模型のほうが、明かにこぎれいだ。
肉食獣ですら、こんなに食い散らかしたりはしない。
皮だけでなく、脂肪や筋肉も引き千切られ、床に落とされていく。
女は顔半分だけをそぎ落とした。
残りの半分は血塗られているが、妖しく美しげな女の顔。
女は舌を伸ばした。
摘まれた肉片が舌先に乗る。
まるで掬うように舌で肉片を絡め取り、美味しそうに頬張った。
咀嚼の音がいやらしく響き渡る。
781
もはやそこは口とは呼べない穴から、血肉がだらしなく零れ落ち
た。
ニカッと笑った女は血塗られた両手を伸ばし、愛でるように華艶
の頬を包み込んだ。
頬にされる化粧。
べちゃ⋮⋮べちゃ⋮⋮
優しく頬を叩きながら塗りたくられる。
だんだんと華艶の肉体は感覚を取り戻していた。
頬に塗られる度に、背筋がぞくぞくとする。
﹁んっ﹂
華艶の鼻から思わず声が漏れてしまった。
女はおもむろに服を脱ぎはじめた。
上着を脱ぎ、シャツを脱ぎ、スカートを脱いでから、ブラを肩か
ら抜いた。
豊満な胸だった。大きさ故に少し垂れているが、その垂れ具合は
決してだらしないものではなく、欲情を駆り立てる食いたくなるよ
うな胸だった。
そして、女は驚きの行動を取ったのだ。
女は乳房を華艶の顔に押しつけた。乳房というより、乳首を押し
つけている︱︱華艶の口の中へ。
半開きになっているだらしない華艶の口は、乳首を呑み込み涎れ
を垂らした。
抵抗できない。
少しずつ躰は感覚を取り戻しているが、まだ抵抗までは動けなか
った。
﹁おっぱいいっぱいおっぱい飲むのよ﹂
華艶の瞳孔が開いた。
女は華艶の頭のてっぺんと顎を挟むように持ち、一気に押しつぶ
すように力を入れたのだ。
華艶の舌の上にチェリーが乗った。
782
ブシャアアアアアァァァッ!
暴れ狂う乳房の先からシャワーのように血が噴き出した。
まるで支えを失ったホースのように、乳房が暴れ狂いながら血し
ぶきで華艶の顔や躰を彩る。
噴き出る血は尋常な量ではなかった。
﹁どうかしらん、ボクの血の味は?﹂
︱︱甘かった。
吸血鬼が比喩でそう言っているのではない。
本当に甘かったのだ。これはおそらく果実の甘み。肉のような果
実。果実のような肉。
華艶の指先がピクピクと動く。
脚も動きそうだが、磔にされていて身動きが取れない。
﹁⋮⋮酔狂なクソ変態﹂
華艶は声を絞り出した。
女は笑う。
﹁お褒めの言葉ありがとう﹂
﹁フェイスレスマウスなんのつもり!﹂
響き渡った叫び。
﹁残念だけれど、皮膚や肉はなくとも、顔はちゃんとここにあるわ、
ヒャハハハハハ!﹂
甲高く女は笑った。
フェイスレスマウスと言えば、去年10月に帝都の街で無差別人
体爆発事件を仕掛けた狂人だ。
彼とも彼女ともつかない存在。年齢不詳、経歴不詳、その真実の
顔すらもわからない。フェイスレスマウスの躰はウソばかり固めら
れている。
﹁まさか姉貴の事件の真犯人って⋮⋮﹂
過去にフェイスレスマウスは華艶に化けた。そして、どうやった
のか炎すらも操って見せたのだ。
﹁これはアナタとボクの弄びなのよ。さあたっぷり味わいましょう、
783
お互いを﹂
脳天に両手の指を差し込んだ女は頭を割った。
まるでゆで卵の殻を剥くように、頭の中から血塗られた真っ赤な
顔が新たに現れた。
妖しく笑ったその顔は︱︱〝華艶〟!?
784
まどろむ道化師︵3︶
まるで鏡を見ているよう。
血塗られた少女の顔。
華艶は胸糞が悪くなった。
﹁ひとの顔で遊ぶのやめてくんない?﹂
﹁好きなものに憧れ、好きなモノに近づきたい。最後はなにもかも
好きなモノと同化して、相手の人生も自分が奪って歩みたい⋮⋮な
んて思ったことなぁい?﹂
﹁ない﹂
﹁ボクもないわ。だって自分が一番オモシロイもの、ヒャッハハ!﹂
声すらも華艶と同じ。けれど、華艶はこんな笑い方なんてしない。
〝華艶〟は血塗られた手で華艶の服を脱がしはじめた。優しく、
丁寧に、しかし血で穢しながら。
﹁やめて、脱がさないでよ!﹂
﹁いいじゃん、あたしとどっちが胸大きいか比べよ﹂
そのしゃべり方を聞いて華艶はゾッとした。
同化。
姿形に、声もしゃべり方も、これで思考すらもコピーされたら、
自分が自分で認識できるのは自分だけになってしまう。
生暖かい手が形の良い華艶の胸を持ち上げるように揉んだ。
ローションのように肌を包む。
固く尖った乳首の上を指が順番に通過して、弾くように刺激する。
﹁んっ﹂
声を殺した。
〝華艶〟が華艶の下乳に近づき、濡れた舌を伸ばした。
赤い血が舐め取られ、白い肌が姿を見せる。
﹁自分で知ってた? ここにホクロあんの?﹂
785
〝華艶〟が舐め取った場所に現れた小さなホクロ。乳房の付け根
にあるため、正面から見ただけではわからない。少し持ち上げて見
える場所だ。
答えずに顔を背けた華艶を見て、〝華艶〟は愉しそうに笑った。
﹁自分じゃよく見えないんなら、見せてあげんね﹂
上半身の服を脱いでみせる〝華艶〟。
まったく同じ。
骨格も、肌の色も、肉の付き方も、胸の大きさも、乳輪の大きさ
も、乳首の尖り具合も色も。
〝華艶〟は自らの片胸を持ち上げて華艶の眼前まで寄せた。
﹁ねっ、ここにあるでしょ?﹂
そのまま〝華艶〟は華艶の顔に胸を押しつけ、ゆっくりと躰を下
へ下へと擦りつけながら移動した。
赤い潤滑剤を塗りながら、お互いの胸が触れ合い、押しつぶし合
い、乳首と乳首でキスをする。
上半身が真っ赤に染まり尽すまで躰を重ねる。
〝華艶〟が舌舐りをして魅せた。
﹁もう我慢できない﹂
﹁ウソっ!?﹂
驚いた華艶。
同じ顔、同じ躰を持っているはずなのに、そこだけが違うなんて
⋮⋮。
華艶の股間に当たる硬いモノ。
スカートが捲られ、ショーツの割れ目に、長く太く硬いモノが上
下に擦られている。
﹁んっ、あっ⋮⋮んあ⋮⋮﹂
割れ目にグイグイと押しつけられて、その先で勃起してしまった
突起で感じてしまう。このままでは⋮⋮欲しくなってしまう。
華艶は縛られている太股をくねらすように動かした。せめてもの
抵抗。けれど、それが逆に硬いモノとの摩擦を生んでしまった。
786
﹁あっ﹂
じゅわっ。
ショーツが染みてしまう。
﹁挿入れちゃうよ?﹂
〝華艶〟は悪戯に笑った。
﹁ダメっ、絶対⋮⋮そんな⋮⋮﹂
犯されているから?
自分と同じ顔だから?
それとも、感じてしまっているから?
墜ちてしまう。
急に〝華艶〟が動きを止めた。
そして、後ろに下がった。華艶に全身を見せるためだ。特に股間
を。
〝華艶〟はスカートを穿いたままショーツだけを脱いだ。
ビクン、ビクン!
スカートがナニかに突き上げられるように揺れている。
﹁自分のモノ、見たい?﹂
﹁そんなのあたしに付いてない!﹂
﹁じゃあ、ここに付いてるのはナニかな?﹂
〝華艶〟はスカートを捲り上げた。
赤黒い悪魔が牙を剥いた。
血管を浮き上がらせながら、先端から涎れを垂らしている。
臭ってくる。
離れているのに華艶の鼻まで臭ってくる。
臭い、臭い、臭い。
臭くて頭が眩むのに、華艶は甘く蕩けた表情をしてしまった。
﹁⋮⋮ダメ⋮⋮そんなの挿入られたら⋮⋮﹂
﹁そんなに挿入れて欲しい?﹂
﹁イヤ⋮⋮﹂
﹁いっぱい涎れを垂らしたお口に挿入れてア・ゲ・ル﹂
787
〝華艶〟と華艶の躰が重なった。
﹁いっ!﹂
思わず漏れた華艶の短い悲鳴。
ひと突きにされた。
涎れを垂らした下のお口は太く硬い肉棒を容易く受け入れてしま
ったのだ。
脚を縛られていて腿が閉じられているために、余計に大きく、い
っぱいに感じてしまう。
〝華艶〟はお尻を振った。
ズブ、ズブ、ズブッ!
﹁ひっ⋮⋮ひっ⋮⋮ああっ!﹂
喘いだのは〝華艶〟。
自分の目の前で自分と同じ顔が喘いでいる。堪らなく恥ずかしい。
見ていられず華艶は瞳を強く閉じた。
﹁あン、あひ⋮⋮ああっ⋮⋮気持ちいいよ⋮⋮あたしのナカ気持ち
よすぎるぅぅぅ﹂
目を閉じても声が聞こえてしまう。
﹁ひぃぃっ⋮⋮あうっ⋮⋮グチョグチョしてて⋮⋮熱いの⋮⋮ああ
っ⋮⋮ああああっ!﹂
自分が喘いでいる倒錯をしてしまう。
﹁熱いの⋮⋮熱いの⋮⋮自分でもわかってるんでしょ?﹂
否定はできなかった。
華艶の躰は火照っていた。感じてしまっている証拠。そして、な
によりも芯が熱い。
肉芯と花芯。
熱い肉の渦へ熱い鉄棒が打ち込まれるように。
歯を食いしばっていた華艶の口が緩んだ。
﹁あっ!﹂
自分の中でさらに膨れ上がった〝華艶〟の肉欲を感じた。
もう我慢できなかった。
788
﹁あぁン⋮⋮そんなに激しく⋮⋮ああっ⋮⋮奥まで突いちゃ⋮⋮ダ
メぇぇぇン!﹂
華艶の叫び声が木霊した。
激しくはこれから、今までは遊びだったと言わんばかりに、さら
に〝華艶〟は尻を振った。
ズン! ズン!
激しい振動。
秘奥が突き上げられる。
﹁いっ⋮⋮いいっ!﹂
華艶は歯を食いしばった。
そこへ〝華艶〟が接吻を求めてきた。
舌で唇を舐めながら、歯をこじ開けようとしてくる。今の華艶に
堪えられるだけの余裕はなかった。すぐに半開きになった口の中に
侵入された。
舌によって口の中が犯される。
歯茎も、頬も、舌も、口腔の上壁も。
﹁んぐっ⋮⋮んんっ⋮⋮﹂
﹁んっ⋮⋮ふぐ⋮⋮びゅぷ⋮⋮﹂
唾液が泡立ちながら音を立てる。
少しだけ〝華艶〟が口を離す。
﹁もっとサービスしちゃう﹂
﹁んぐっ﹂
また艶めかしい唾液混じりの接吻をされ、さらに〝華艶〟の片手
が結合している秘所へ。
少し顔を出していた肉芽の包皮が完全に剥かれた。
﹁ひぐっ﹂
華艶は白目を剥きそうになった。
肉芽に血が塗られる。
これが本物の血ではないことはわかっている。甘く赤い液体は、
媚薬の効果も兼ね備えている。
789
皮を被っていない肉の部分には刺激が強い。
﹁ひっ⋮⋮んぐっ⋮⋮ああっ、触っちゃ⋮⋮﹂
感じたまま、唇を奪われたままではろくにしゃべれない。
肉芽は乱暴にこねられた。乱暴なのに、今は強い刺激じゃないと
︱︱満足できない!
﹁んぐ⋮⋮んっ⋮⋮ああああっ⋮⋮気持ひひっ﹂
華艶は縛られて診察台と固定されている躰を激しく揺らした。
全身で感じてしまう。
血を塗られた皮膚に快感が走る。
﹁イッちゃう⋮⋮ダメ⋮⋮イヤなのっ⋮⋮あひっ⋮⋮ひぃぃぃ!﹂
熱い。
躰の芯から燃え上がりそうだった。
妖艶と〝華艶〟が笑った。
﹁ああン⋮⋮自分が燃やせる⋮⋮ああっ⋮⋮自分に自分が燃やせる
⋮⋮〝あたし〟はあたし⋮⋮イキそう⋮⋮あたしもイッちゃ⋮⋮い
っぱい中に出ちゃう!﹂
﹁ひぐ⋮⋮我慢でき⋮⋮ひぐぅぅぅ⋮⋮ああああああっ!﹂
﹁うっ⋮⋮ああああああっ!﹂
ドビュビュビュビュビュ!
〝華艶〟が噴き出した瞬間、炎も噴き出ていた。
二人を包み込む炎の快楽。
﹁イヒぃぃぃぃぃッ!﹂
華艶は白目を剥きながら痙攣する。
イッてる最中に、さらに肉芽と肉壺をグチャグチャにされている。
炎に光りに彩られながら、〝華艶〟は恐ろしい笑みを浮かべてい
た。
外が騒がしい。
雑踏の音がする。
人の行き交う音、車の走る音、音楽も聞こえてくる。
790
華艶は目を開けた。
暗い。
暗くて狭い。
膝を曲げらた状態で暗く狭いところに閉じ込められている。
裸のままだ。
この肌に触れる感触は紙のようだ。臭いも特徴的。それがなんで
あるか華艶は察した。
﹁ダンボール箱﹂
とにかくここを脱出しなければ。
しかし、外はどこだ?
不安を感じた華艶は身動きをせず、気配をできるだけ殺した。
嫌な予感がする。
大勢の人の気配がする。
トンッとダンボール箱になにかが当たった。
ビリビリビリ⋮⋮
線状の光が漏れてくる。
やがて光は一気に大きくなり︱︱。
華艶は薄目でそれを確認した。
﹁あ、どーも﹂
軽くあいさつ。
目と目が合って、相手はだいぶ驚いた顔で硬直している。
ダンボール箱を開けたのは若い男だった。その横から少女が顔を
出してきた。そして、男と少女は顔を見合わせた。二人の距離感か
ら察するに、知り合いか、それとも恋人同士だろう。
謎のダンボール箱を発見。彼女の前で粋がって見せたかった男が、
ガムテープを外してふたを開けると華艶と目が合った。そんなとこ
ろだろう。
ほかの人々もダンボールに近づいてきて、中を覗いてきた。
微妙な表情をする者、すぐに目を逸らして立ち去る者、にやけた
目つきで視姦してくる者。
791
女性が自分の上着を脱いで渡そうとしてくれたとき、華艶はマズ
イと思った。
﹁あはは、失礼しましたー﹂
苦笑を浮かべた華艶はすぐさまダンボールのふたを閉めた。
一気に外が騒がしくなった。
いったん身を隠しても、人だかりがいる限り、どうしようもない。
華艶は躰が熱くなってきた。酷い羞恥プレイだ。恥ずかしくて炎
が顔から吹き出そうだった。比喩ではなくマジで。けれど、そんな
ことになったらさらに大変だ。
ひとだかりがいなくなってくれないなら、こっちがいなくなるし
かない。
華艶は深呼吸をして、一気に外に飛び出し、すぐにダンボールを
頭から被って再び中に入った。
そして、しゃがんだまま走り出した!
が、そんな体勢で長く歩けるわけがない。ふくらはぎが痙りそう
になって、華艶は腰をかがめて立ち上がり、再び走り出した。
ダンボールの大きさが足りず、頭隠して大事なところ隠さず⋮⋮。
いちよう片手で押さえているが、ちょっとムリがありすぎる。
あの日、ネット上で謎のダンボール女が話題になったのは言うま
でもない。ケータイで撮った画像までアップされたが、どうにか顔
は死守できたようだ。
交番の警察官に頭を下げる華艶。
﹁どーもお騒がせしました﹂
ダンボール姿ではどうしようもなく、ケータイもない、お金もな
い状態で、公然猥褻罪で警察に捕まる前に、被害者ということで自
ら警察に駆け込んだ。
もちろん事情聴取をされたが、事件沙汰になると困るので、ケン
カした彼氏にやられたということにして、身内なので事件沙汰にし
ないでくれと頼んだ。完全に不審がっていたが、それ以上の追求も
792
なく、住所氏名連絡先を聞かれただけで済んだ。もちろんデタラメ
を教えた。
そして、華艶は交番の電話で友人に助けを求めた。
﹁どーもお騒がせしましたじゃないわよ。迎えに来たこっちまで恥
ずかしいわ﹂
おでこを押さえて蘭香は溜息を落とした。
はじめは碧流にメールを送ったのだが、授業中だから学校終わっ
たら行くと返信され、次にメールを送った蘭香が来てくれた。蘭香
が卒業式を終えて、もう学校に通っていないことを、華艶はすっか
り忘れていたのだ︱︱蘭香は絶対来てくれないとあきらめていた。
蘭香と服と交通費を借りて、華艶はどうしたものかと考えた。
このまま蘭香を引きずり回すわけにもいかず、とりあえず別れた
ほうがいいだろう。それから自宅に戻って、着替え、お金、予備の
ケータイと準備を整える。
﹁今さらガッコに行くのもなぁ﹂
と、こぼした華艶に蘭香は鋭い視線を向ける。
﹁期末試験近いんだから行きなさいよ。テストのポイントとか、ま
とめプリントとか配られるでしょ?﹂
﹁仕事も早く片づけたいし﹂
﹁あなたの仕事は学業でしょう。大丈夫なの、ちゃんと進級できる
んでしょうね?﹂
﹁出席日数的にはだいじょぶな計算だけど、テストが⋮⋮蘭香助け
てくれるよね?﹂
﹁だったらまずは学校に行きなさい﹂
と詰め寄られ、華艶は苦笑しながらそっぽを向いた。
蘭香は首を横に振りながら溜息を漏らした。
街を歩く二人。平日だが人通りは多い。そういう場所を狙って、
華艶入りのダンボール箱を放置したのだろう。
目的は?
フェイスレスマウスの過去の行動からして、酔狂と考えるのが妥
793
当か。
遊びとも思える行動で、多くの人間を弄びながら殺す。だが、華
艶は生かされている。1度だけではなく、何度も、殺さずに遊びの
コマにされてきた。
﹁気に入られちゃってるのかな⋮⋮ヤダなァ﹂
ここで華艶はハッとした。
その表情に気づいた蘭香が声をかける。
﹁どうかしたの?﹂
﹁うん⋮⋮ううん、なんでもない﹂
﹁また副業のこと考えてたんでしょう。本業に力を入れないと、痛
い目を見るのはあなたなのよ﹂
﹁うん⋮⋮﹂
華艶は気のない返事をした。その表情は重く、真剣だった。
そして、つぶやくように言葉を溢す。
﹁姉貴がさ⋮⋮﹂
一言を聞いて蘭香は暗い表情をした。事件のことをニュースかな
にかで見て、知っていたのだろう。事前に知っていて察しなければ、
一言聞いたたけでこんな表情はしない。
押し黙る蘭香。なにも言えず華艶の言葉を待っている。
﹁捕まったの知ってる?﹂
﹁ええ﹂
﹁今気づいた。あたしのせいかも﹂
フェイスレスマウスが麗華の事件に関わっている、その明確な証
拠やフェイスレスマウス本人からの発言はなかった。が、偶然華艶
に接触したとは思えない。それにフェイスレスマウスならば、麗華
に成りすますこともできるだろう。
これは麗華の事件ではなく、はじめから華艶の事件だった可能性。
麗華を出汁におびき寄せられた可能性を華艶は考えたのだ。
フェイスレスマウスは華艶になにをするつもりなのか?
弄んでいるだけ?
794
目的は?
﹁⋮⋮考えるだけムダか﹂
華艶はつぶやいた。フェイスレスマウスの目的など考えなくても、
捕まえれば済むことだ。
795
まどろむ道化師︵4︶
蘭香と駅で別れたあと、華艶は自宅に一度帰ると身支度を済ませ、
ある人物との待ち合わせ場所に向かった。
相手が指定してきたのは帝都某所のホテルの一室だった。
大きな窓から帝都の街が一望できる洋室。陽が暮れれば魔導で煌
めく魅惑の夜景が一望できるだろう。
外の景色を見ていた華艶が振り返った。
﹁女子校生のあたしをホテルの部屋になんか連れ込んで、まさか!﹂
﹁君はそういう思考しかできないのか﹂
昼間からワインを注ぎながら水鏡は言葉を返した。
﹁あたしにも一杯﹂
﹁君は未成年だろう、お子様はミルクでも飲んでいたまえ﹂
﹁牛乳キライ。てかさ、検事って儲かるの? この部屋高そうなん
ですけど﹂
﹁さあ﹂
﹁さあ?﹂
﹁検事の給与はいくらもらっているのか知らない。給与には一切手
を付けたことがないんでな﹂
﹁前にあんたんちのでっかい屋敷行ったけど、つまり検事は金持ち
の道楽なわけね﹂
華艶もTSは道楽みたいなもんだ。ただし、華艶の場合はTSの
仕事をやらないと、生活が維持できなくなる︱︱浪費癖のせいで。
﹁世間話はここまでにして、大事な用件を話してくれたまえ。忙し
い身なので、話が済んだらすぐに仕事に戻らねばならない﹂
と水鏡は言いながらも、仕事に戻るのにワインとは。ソファに寛
ぐ姿を見る限りでは、忙しい身には見えない。
なんだかムカッと来た華艶だが、ここでケンカをふっかけても仕
796
方ない。
﹁⋮⋮じゃあ話ますけどー﹂
ヤル気なさそうに華艶は話しはじめた。
﹁フェイスレスマウスって知ってるでしょ?﹂
﹁去年の10月に起きたテロの首謀者だな。それ以前の経歴や活動
は不明、あれほどの事件を起こした者が降って湧くとは、実に帝都
らしい。まさか火斑麗華の事件に関係あるのか?﹂
﹁姉貴が容疑掛けられてる歯科医の事件現場で接触した。事件と無
関係とは思えないし、あいつあたしソックリに化けれたし、なら姉
貴にだって可能なはずだから﹂
﹁⋮⋮あの火災はやはり君か。起訴させてもらうぞ﹂
﹁はぁっ!? ちょっと、なにそれ、ズルくない!?﹂
華艶は水鏡に飛び掛かる寸前だった。
それを制止させたのは紙だ。
瞬時に華艶の躰に巻き付いた紙。放ったのももちろん水鏡だ。
﹁命の危険を感じたので、正当防衛させてもらうぞ﹂
薄笑いを浮かべた水鏡。
まるで縄のように紙が華艶の躰を締め付ける。胸が搾られ、さら
に股から尻まで食い込んでくる。
﹁あうっ⋮⋮ちょ、過剰防衛じゃないの!?﹂
﹁君は炎で簡単に人を殺せる。このくらいの防衛をしなければ危険
だ﹂
﹁訴えてやる⋮⋮やン﹂
﹁負けるのは君だぞ。君が起こしたであろう起訴されていない事件
も多くある﹂
ショーツの隙間から呪符縄が侵入してくる。さらさらと秘裂を撫
でるように擦られ、華艶は背筋をビクンとさせた。
﹁やっ、中に入れちゃ⋮⋮マジで死刑にしてやるぅン!﹂
﹁強姦程度では死刑にはならない。それに何度も言うが、負けるの
は君だ﹂
797
﹁ああっ⋮⋮あっ⋮⋮あっ﹂
﹁これから君がすべきことはフェイスレスマウスが犯人だという証
拠を見つけること。もしくはフェイスレスマウスを捕まえ我々に引
き渡せ。別件逮捕したのちに、火斑麗華の事件も調べることができ
る﹂
﹁すごい⋮⋮中で動いて⋮⋮あぅっ⋮⋮﹂
﹁私もフェイスレスマウスが犯人の線で調べてみよう﹂
﹁いっ⋮⋮もう⋮⋮ああああっ⋮⋮いっ﹂
躰が熱い。
しかし、炎は燃えがらない。呪符で拘束されているためだ。
全身を硬直させ、華艶は下腹部をヒクヒクとさせた。
京吾からのメールをもらって華艶は喫茶モモンガに向かった。
殺風景な店内には常連客のトミー爺さんのみ。
華艶はトミーに笑顔で軽く手を振ってから、カウンター席に座っ
た。
﹁で、あたしになんの用?﹂
﹁学校終わってからでいってメール送ったのに、またサボり?﹂
﹁⋮⋮き、期末テスト前だから午前授業なのっ! うん、間違いな
い!﹂
﹁そういうことにしといてあげるよ﹂
信じてない。
さっそく京吾はA4封筒を華艶に差し出した。
﹁はい、また差出人不明で華艶ちゃん宛て﹂
﹁⋮⋮ということは、またミッチーからかな﹂
封筒を受け取った華艶はさっそく中身を出した。
飛び込んできた文字は、製薬会社らしき名前、弁護士火斑麗華の
名前。
﹁裁判資料? ん、最後の裁判記録は姉貴が拉致されてたとき⋮⋮
ってことは、姉貴が負けたって裁判?﹂
798
水鏡いわく、この裁判こそが火斑麗華が火斑麗華ではなかった証
拠。その根拠は自分以外で火斑麗華を負かすこと者などいないとい
う、根拠とでもなんでもない理由だった。
﹁この裁判の線はあたしも考えてたんだよね。姉貴が負け︱︱とい
うより、向こうが勝って得するやつらが姉貴をハメたのかなって。
でもあたしが本当の標的だったっぽし。この封筒いつ届いたの?﹂
﹁今朝早く、朝刊といっしょに見つけたんだ﹂
﹁ならさっき会うよりぜんぜん前か。今となってはムダ資料﹂
フェイスレスマウスなどの件を伝える前だ。
資料を封筒にしまおうとして、華艶はチラッと京吾と視線を合わ
せた。
﹁見る?﹂
﹁見ていい資料なの?﹂
﹁さあ。でも極秘資料とかそーゆーの、仕事柄気になるんじゃない
?﹂
﹁まあね﹂
京吾は笑顔で資料を受け取った。
資料を流し見していた京吾の手と目が止まった。
﹁のちに研究所から盗まれたウイルス⋮⋮まさかこの事件って⋮⋮﹂
﹁どしたの?﹂
﹁人体爆破ウイルステロ事件で使われたっていう﹂
﹁ちょ、今なんて!?﹂
フェイスレスマウス!
京吾にはその名前は伝えていなかった。
﹁去年の10月に起きたテロ事件で使われたウイルスは、公式発表
では未知のウイルスということになっていたけれど、実際は違った
という噂があったんだ。秘密裏に研究されていたウイルス、帝都に
はそういう機関が数多く存在している。事件で使われたウイルスも
そうだったんじゃないかって。この資料にはそのウイルスが盗まれ
た経由なども記載されていて、噂がただの噂ではなかったことを裏
799
付けてる﹂
﹁なにそれ、ワクチンも存在してたってこと!? だったらなんで
あんな騒ぎに!﹂
衝撃を与えたテレビ中継。人体爆破をフェイスレスマウスはテレ
ビで流した。多くの犠牲者がいる中、華艶の友人である碧流だけが
助かった。フェイスレスマウスが華艶に与えたワクチンによって。
﹁ウイルスと共にワクチンも盗まれたと書いてるよ。別の研究所に
少量のワクチンが残っていたみたいだけど、ワクチンには優先順位
があるからね、ワクチンの存在と量を公表すると政府としてまずか
ったんじゃないかな。それに事件で使われたウイルスは亜種だった
らしい。華艶ちゃんのお姉さんは、帝都政府を訴えて損害賠償裁判
をしてたみたいだね﹂
話を聞きながら華艶の頭はこんがらがっていた。
まさかフェイスレスマウスに関係する裁判の弁護士を麗華がして
いたとは。
フェイスレスマウスの狙いは華艶ではなかった?
真の目的は裁判にあったのか?
だとするならば、麗華が裁判で負けなくてはいけなかった理由は?
原告が負けたことにより、フェイスレスマウスにどんなメリット
があるのだろうか?
帝都政府をフェイスレスマウスが庇う必要がどこにあるのか?
﹁逆ならわかりやすいんだけど、世間を掻き回してやろうって感じ
で、政府の隠蔽を表沙汰にしちゃう、みたいな﹂
フェイスレスマウスの思考を読むよりも、直接会ったほうが早い
かも知れない。問題はフェイスレスマウスが真実を語るかどうか。
さらに資料を読み進めていた京吾が、指で一文を指し示して華艶
に見せた。
﹁ウイルスを盗んだのはこの女性職員ということになってるけど、
フェイスレスマウスに渡った経由は書かれてないね。この職員が死
んでしまっていて、詳しい事情が聞けなかったのかな﹂
800
﹁ひき逃げで死んでるんだ。なんかきな臭くない?﹂
﹁勘?﹂
﹁もち勘。別件だから資料ないんだ。ちょっと調べてみようかな、
フェイスレスマウスがらみだし﹂
﹁僕の方で調べようか?﹂
﹁うん、あとで払います。お願いねっ﹂
フェイスレスマウスに繋がる手がかりならなんでも欲しい。向こ
うから接触して来ることは簡単らしいが、こちらから接触する術は
今のところない。できることはフェイスレスマウスがらみの情報を
調べること。
﹁ところで華艶ちゃん﹂
と、京吾は別の話を切り出す。
﹁ある事件の容疑者になってるよ?﹂
﹁は?﹂
本人が初耳だった。
表沙汰にならない事件は多く起こしている自覚があるので、心当
たりがありすぎて困る。
﹁殺人放火事件の容疑者﹂
﹁はぁ∼∼∼っ!?﹂
閑散な店内に華艶の叫びが響き渡った。
表沙汰にならない事件は起こしているが、殺人事件の身に覚えは
なかった。
﹁今のところ正当防衛で全部クリアしてるし、殺人の容疑者になっ
た覚えは⋮⋮﹂
﹁でもあくまで容疑者。華艶ちゃんにはアリバイがあったみたいだ
から、警察も別の犯人を捜しているみたいだよ。ちゃんと学校に行
っていてよかったね﹂
最後の一言は強調して言われた。
犯行時刻は華艶が学校にいた時間ということだろう。
都民で特殊能力を持っている者は、その能力を登録する義務があ
801
る。多くの者が登録していないのが現状だが、華艶は表社会を生き
ている一般女子校生の面もあるので、ちゃんと登録している。自主
的に登録した者以外も、政府が独自に調べて秘密裏に登録はされて
いる。
能力者の犯行であるとされたとき、まずは登録データベースが調
べられる。炎での事件が起きれば、華艶は必ずリストアップされる
ので、本人も知らないうちに容疑者になることは少なくない。問題
はどの程度の容疑者かということ。
京吾がわざわざ話題に出したということは︱︱華艶も気になった。
﹁あたしが容疑者にされた1番の理由は?﹂
﹁華艶ちゃんと同じ背格好、同じ学校の制服を着た少女が、犯行現
場近くで目撃されたそうだよ﹂
﹁疑われて当然ってわけね。てか、それってあたしに恨みであるヤ
ツの犯行?﹂
﹁まだ犯人の情報はさっぱりで、どうだろうね。そのうち華艶ちゃ
んのところに警察来るかもよ﹂
﹁来るだろうね、そりゃ⋮⋮って、まさかそれもフェイスレスマウ
ス!?﹂
可能性はある。華艶の化けたフェイスレスマウスの犯行。しかし、
なぜ?
華艶は頭を抱えた。
﹁調べる事件がまた増えた。なんかフェイスレスマウスに踊らされ
てる気がする。いろんな事件が絡んでて、ちゃんと1つんとこ辿り
着くのかな。ただのかく乱だったら最悪﹂
﹁その事件は華艶ちゃんに関係あると思って、ちょっと調べてある
けど売ろうか、3000円だけど﹂
﹁それは今払う﹂
華艶はサイフから3000円を出してカウンターに滑らせた。
金額は情報の量と重要性、3000円なら大した情報ではないだ
ろう。
802
そして、京吾は事件について語りはじめた。
事件が起きたのは3月××日、午前10時45分ごろ。華艶が学
校で授業を受けていた時刻あり、火斑麗華が逮捕された日でもあっ
た。
死亡したのは中村歩[なかじまあゆむ]33歳、IT関係の会社
に勤めるプログラマー。と、当初はされたが、のちに別人であるこ
とが発覚。中村歩は実在する人物であるが、本人は行方不明。免許
証などが偽造されており、死亡したのは中村歩に成りすました別人
であることがわかった。
ここまで聞き終えて華艶が口を挟む。
﹁で、何者だったわけ?﹂
﹁肩書きはいっぱいあったみたいだね。出会ったひとによって変え
ていたみたい﹂
﹁詐欺師?﹂
﹁工作員﹂
つまりスパイだ。
華艶にはアリバイがあったが、それ以外にも死亡した人物が工作
員だっということで、捜査はそちらの線で進められることになった
らしい。
国籍は不明だが、身体的には日本人種ではなかったため、おそら
くは極東アジアのどこかの国の工作員だろうとされている。捜査は
まだはじまったばかり、これから多くの情報が出てくるだろう。た
だし、工作員がらみとなると、表沙汰にはされない。
京吾はメモ帳を1枚取り、ペンを走らせてから華艶に渡した。
﹁上が事件現場の住所。下が有力な目撃者の住所氏名連絡先。この
事件の情報がまだ欲しいなら、追加で調べるけど?﹂
﹁うん、じゃあお願い﹂
1つ1つの事件はおそらくフェイスレスマウスに繋がっている。
火斑麗華が犯したとされる7件の殺人。
華艶の前に現れたフェイスレスマスクと思われる人物。
803
火斑麗華が担当していたウイルステロがらみの損害賠償請求裁判。
ウイルスを持ち出したとされる女性職員のひき逃げ死亡事故。
華艶が容疑者にあげられた工作員殺害放火。
このうちの2件は、まだ事件と繋がりがある
席を立った華艶はボックス席のウインドウから街の様子を眺めた。
﹁陽が暮れる前に片づけちゃおかな﹂
遠い空が朱色に染まりつつある。
華艶が振り返って京吾を見た。
﹁工作員のはあたしが現場行くとマズイと思うし、ウイルス持ち出
した女性職員調べてみる﹂
﹁わかったことがあったら、すぐに連絡するよ﹂
﹁お願い♪﹂
華艶は手を肩越しにひらひらと振って喫茶モモンガをあとにした。
804
まどろむ道化師︵5︶
交差点の角。
夕焼けを浴びながら、スーツを着た若い女性が花束を持ってぽつ
んと佇んでいた。どこか物悲しく近寄りがたい雰囲気だ。
屈んで花を手向[たむ]ける女性。一粒の涙が地面に落ちて弾け
飛んだ。
﹁だれか亡くなったんですか?﹂
と、少女に声をかけられて女性はハッとした。世界を閉ざし、少
女が自分の傍まで近づいてきたことに、まったく気づいていなかっ
たようすだ。声をかけたのは華艶。
研究所からウイルスを盗んだとされる女性職員が、ひき逃げにあ
った現場。そこにちょうど女性がいたのだ。
女性は指で涙を拭った。
﹁うそ!?﹂
﹁ウソ?﹂
少し驚いたようすの女性と、首を傾げた華艶。すぐに女性は重い
表情になった。
﹁あ、なんでもないんです。ええと⋮⋮友達が⋮⋮友達がちょうど
1年前の今日、ひき逃げに遭って⋮⋮死んじゃって﹂
﹁そうなんだ﹂
つぶやいた華艶は、しゃがみこんで花束に向かって手を合わせた。
黙祷をしばらく捧げ、華艶は立ち上がって女性を見つめた。
﹁犯人は見つかったんですか?﹂
﹁それがまだなんです。轢いたのは大型トラックなんです、目撃者
もちゃんといるんです。なのに犯人が見つからなくて﹂
﹁トラックならどこかの業者ですもねんね、すぐに見つかりそうな
のに﹂
805
﹁私、絶対に、絶対に犯人を見つけて⋮⋮殺して⋮⋮あっ﹂
女性は息を呑んで口を噤んだ。
深く頷く華艶。
﹁大事なひとを失ったら、殺してやりたいと思うのは仕方ないと思
いますよ。この街ならいくらでも方法あるし﹂
﹁幼いころからずっといっしょで、上京もいっしょにしたんです。
犯人は絶対に許しません、だから今でも個人的に調べているんです。
と言っても、なにも手がかりつかめてないんですけど﹂
女性は名刺を出して華艶に渡して言葉を続ける。高本由紀という
らしい。
﹁なにか些細な情報でもいいですからありましたら、このメールア
ドレスに連絡ください﹂
﹁TSとか探偵とか、そういうのには頼んだんですか?﹂
﹁まだこの街に慣れなくて、そういうの利用するの怖くて﹂
﹁中には悪いのいますからねー、正規ライセンス持ってても。お金
もかかるし。よかったらいいTS紹介しましょうか?﹂
﹁え?﹂
一見してただの少女からTSを紹介するという言葉が出る。それ
がこの街だ。驚くのは生粋の帝都民ではない。
﹁あーっと、紹介するって言っても、目の前にいるあたしなんです
けど﹂
﹁あなたが? 私より若いのに⋮⋮高校生?﹂
﹁ええ、まあ本業は。ライセンスはありませんけど、ライセンスっ
て高校生以下は取得できないんですよねー。でも自分でいうのもな
んですけど、腕は確かですよ。料金も良心的ですし。それからこの
事件はついでに調べているので、なにかわかったら教えるって形で
成功報酬でいいですよ﹂
﹁⋮⋮あ⋮⋮ええと﹂
突然のことで由紀は戸惑っているらしい。
華艶はサイフから名刺を出して渡した。名刺と言っても、いろい
806
ろな配慮からメアドだけしか書かれていない。
﹁これ連絡先です。名前は華艶です、︿不死鳥﹀の華艶で通ってま
す﹂
﹁なぜこの事件を調べているんですか?﹂
﹁別件に少しでも関係ありそうな事件はしらみつぶしにしてるって
いうか。だからこの事件も、無関係ってわかったら深く調べないん
で、期待しないでくださいね﹂
﹁やっぱり⋮⋮ただのひき逃げ事故じゃなくて⋮⋮やっぱり殺され
たんですね、そうなんですね!﹂
急に由紀は声を荒げて華艶に詰め寄ってきた。
少し驚いて華艶は足を一歩引いた。
﹁え∼っと、殺された?﹂
﹁違うんですか? だから調べてるんじゃないんですか!﹂
﹁ええっと、どうして殺されたと思うんですか?﹂
﹁だって事故の数日前から連絡が取れなかったし、付き合ってるっ
て言ってた彼氏のことも⋮⋮恋人が死んだって言うのに、お葬式に
も顔を出さないなんて、ずっとおかしいとは思ってたんです、彼女
から相談されてて、あの、ええと⋮⋮﹂
﹁落ち着いて話してくれます? 場所変えましょうか、落ちついて
話せる⋮⋮あっ﹂
華艶はケータイのバイブに気づいた。
ケータイを確認すると京吾からのメールだった。
﹁あ、ちょっと話途中なんですけど、仕事の連絡なんで失礼すます
ねー﹂
すぐに華艶は京吾に通話して、すぐに繋がった。
︽もしもし京吾です︾
﹁もしもし華艶でーす、メール見ましたー﹂
︽まだウイルスを持ち出した女性職員のこと調べてる?︾
﹁その途中﹂
︽工作員の件だけど、その女性職員と接触していたらしいよ︾
807
﹁えっ?﹂
︽恋人だったっぽい。工作員は工作活動の一環だったみたいだけど︾
﹁ええーっ!﹂
華艶は自分に向けられた由紀の視線を感じて、口元に手を当てて
しゃがみ込んだ。
そして、声をひそめる。
﹁偶然じゃないよね、姉貴の裁判、工作員殺し、両方がフェイスレ
スマスク絡みなら﹂
同じパズルのピースならば、偶然と思えることも必然となる。
﹁ほかに情報は?﹂
︽まだ接触した相手の割り出しをしているみたいで、詳しい情報は
まだ。また情報が入ったら連絡するよ︾
﹁お願いしまーす、んじゃね﹂
︽ではまた︾
通話を終えて華艶は立ち上がった。
由紀はまだその場にいる。2つの事件が繋がったことで、詳しく
話を聞く必要がありそうだ。
﹁ごめんね、話の途中で。で、さっきの話の続きなんだけど、もし
かして付き合ってた彼氏ってこいつ?﹂
華艶はケータイに表示させた男の写真を見せた。
﹁わかりません、写真とか見せてもらったことなかったので。でも
ずいぶん年上で少し小太りとは⋮⋮聞いたような﹂
たしかに写真の男︱︱工作員は小太りだった。
﹁そっか、顔は知らないんだ。なにか聞いてない?﹂
﹁あまり詳しくは。ただ彼のことで悩んでいたみたいで、素行が怪
しいとか、はじめは浮気と思ったらしんですけど、違ったみたいで。
ずっと悩んでいたみたいなんですけど、だんだん彼の話をすること
りりむ
を避けていたような。彼氏のことで悩んでいたのはたしかなんです、
恋愛とかじゃなくて、べつになにかで、私わかるんです莉々夢のこ
となら!﹂
808
︱︱藤川莉々夢。
それが亡くなった女性職員の名前。
華艶はうなずいた。
﹁つまり、怪しげな彼氏と付き合ってて悩んでたと。ほかに殺人を
疑う理由は?﹂
﹁死んだ莉々夢が消えたんです﹂
﹁はい?﹂
﹁ちゃんと戻ってきたんですよ、火葬されたあとだったんですけど﹂
﹁詳しく﹂
﹁聞いた話によると、病院に運ばれたときはまだ生きていたそうで
す。そこで死亡が確認されてから、遺体がどこかに消えちゃって。
病院の話だと手違いだとかどうとか、だから莉々夢がいないままお
葬式とかしたんです。それから何日かして、突然病院から連絡があ
って、身元不明の遺体に混ざって、火葬されてしまったとかで、遺
骨は戻ってきて、莉々夢のご家族は病院から多額のお金をもらった
らしんですけど⋮⋮なんだか﹂
﹁交通事故が計画殺人なら怪しく思える出来事だし、ただの事故だ
とそっちも事故とも言えるし﹂
遺体消失が事件だとして、一度盗んだ遺体を戻したのはなぜか?
由紀は重たい表情でうつむいた。
﹁それからしばらくして、莉々夢のご両親は自殺しました﹂
﹁え?﹂
﹁一酸化中毒自殺らしくて、遺書とかは残っていなかったんですけ
ど、現場の状況から自殺だって。一人娘を亡くしたショックから自
殺したんだろうって。でも本当に自殺かどうか⋮⋮﹂
﹁不可解なことが多いと、全部疑いたくなるよね﹂
︱︱工作員と付き合ってたんだし。と、華艶は心の中でつぶやい
た。
藤川莉々夢を巡る一連の事件を調べるのは大変だ。藤川莉々夢と
工作員が繋がったことにより、調べるべきはなぜ工作員が藤川莉々
809
夢に接触したのか?
﹁高本さんは藤川さんと同じ職場に?﹂
﹁いえ、私は印刷会社に﹂
彼氏のことも詳しく聞いていない。同じ職場でもない。藤川莉々
夢は悩んでいるようすだったが、高本由紀に詳しくは話していない。
となると、聞き出せそうな情報はほかにあるだろうか?
﹁ありがとうございました。またなにかあったら連絡します﹂
華艶は頭を下げた。
﹁私もなにか思い出したら連絡を差し上げます。莉々夢のことよろ
しくお願いします。犯人を見つけてくれたら、ちゃんと報酬を︱︱﹂
﹁報酬いらいないです。情報もらったんで、交換ってことで﹂
﹁ありがとうございます﹂
﹁こちらこそ、ではまたね﹂
﹁さようなら﹂
二人は別れた。
由紀はまだあの場所に佇んでいる。
空が暗い。
雨が降りそうだ。
﹁サイテー、服びっちょびちょ﹂
華艶は濡れたスカートを手で押さえた。
急な雨。
駅ビルにすぐに駆け込んだが、湿った布地が肌に不快感をもたら
すくらい濡れてしまった。
空を轟く雷鳴。
﹁通り雨ならいいケド﹂
つぶやいた華艶は小腹が空いたので、ファーストフード店に入る
ことにした。
チーズたっぷり、ボリューム満点のハンバーガーセット、ポテト
と飲み物はLサイズを頼み、窓側のカウンター席に座った。
810
ポテトを摘みながら、ケータイからパソコンのメールを確認。い
くつかアドレスを使い分けていて、今見ているのは緊急性のない仕
事用のアドレスだ。
モグリで正規ライセンスを持っていない華艶は、基本的に京吾を
通して仕事を受けている。今見ているメールボックスは、京吾から
提供されているもので、華艶が観覧できる時点で選別されているた
め、迷惑メールなどは一切ないはずなのだが︱︱。
﹁なにこのタイトル﹂
上から表示されている順に、
︱︱スキにして。
︱︱ウリしてます。
︱︱マニアックなプレイも好きです。
︱︱ステキな恋がしたいな。
︱︱レイプ願望ありです。
︱︱スゴイんです、あたし。
︱︱イッちゃいそう。
︱︱フェラ大好き。
すべて﹃あなたのことが忘れられないの﹄という相手からのメー
ルだ。
明らかに迷惑メール臭がするので、開かずにまとめて削除しよう
としていたとき、華艶は気づいた。
﹁これって届いた順に並べ替えると﹂
表示順とは逆の並びになる。
﹁まさか!﹂
たて読みにして華艶は驚いた。
︱︱フェイスレスマウス
すぐに華艶はメールを開いた。
︱︱神原女学園で待ってます。
華艶の通う女子校の名前だ。差出人がだれにせよ、華艶の情報を
相手が持っている可能性が高い。
811
別のメールも確認する。
︱︱神原女学園前駅西口で待ってます。
また別のメール。
︱︱××商店街で待ってます。
神原女学園からも近い商店街の名前が書いてあった。喫茶モモン
ガもそこにある。
︱︱神原女学園近くのセブンマートで待ってます。
大手コンビニの名前だ。
今まで開いたのは、すべて﹃どこどこで待ってます﹄というもの
だった。場所のみが指定してあって、時間などは書いていないので、
待ち合わせとしては機能しないように思える。
﹁行けばわかるかな﹂
残り4件を残してケータイを置き、華艶はハンバーガーを頬張っ
た。
集中して食べはじめると、あっという間に胃の中に収まっていく。
ポテトの塩がついて指を紙ナプキンでクシュクシュと拭き、コー
ラを飲みながら再びケータイを手に取った。
﹁残りはっと﹂
未開封のメールを開こうとしたとき、ちょうど通話を着信した。
京吾からだ。
﹁もしもし華艶でーす﹂
︽近所で爆破事件が起きたらしい。それも近所だけじゃなく、連続
爆破事件の疑いがあって、僕のところに入ってきた情報だけで、華
艶のちゃんお通ってる﹃神原女学園﹄﹃神原女学園前駅﹄うちから
ちょっと先に行ったところに﹃コンビニ﹄。近所の爆発もついさっ
きで情報が錯綜していて、とりあえず華艶ちゃんの通ってる学校で
も爆破があったみたいだから、すぐに連絡してみたんだけど﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
華艶はゾッとして声も出なかった。
︽もしもし、華艶ちゃん?︾
812
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
︽大丈夫?︾
﹁あ⋮⋮あたしのせいかも、ごめんなさい、ごめんなさい。うわぁ
∼ん、どうしよ!﹂
︽落ち着いて華艶ちゃん、なにがあったの?︾
怪しげなメールを開いただけ。
悪気があったわけでも、こうなることを予想していたわけでもな
い。
しかし、あまりにも偶然とは言えず、罪悪感でハンバーガーセッ
トも喉を通らなかった。もうすでに食べ終えているが。
﹁フェイスレスマウスっぽいヤツからメールが届いてて、開いてし
ばらくしてから、本文に書いてあった場所が爆発⋮⋮みたいな。あ
の、怪我人とかは?﹂
︽まだ怪我人の情報や規模もわからない。近所の爆発はあのラーメ
ン屋だったんだけど、消防も救急車もまだで、道路に破片が飛び散
っていて、隣の店まで火の手が回りそうだね︾
京吾のケータイから、人々のざわめきなどが漏れ聞こえてくる。
おそらく現場の前から通話をかけてきたのだろう。
﹁実はさ、未開封のメールあと4件あるんだけど﹂
︽絶対に開いたらダメだよ︾
﹁あとさ、このメールボックス、京吾のとこのやつなんだけど﹂
︽うちのTS専用メールボックスに⋮⋮調べてみるよ︾
﹁ケーサツ届けたほうがいい?﹂
︽それは華艶ちゃんに任せるよ。ただし、うちのシステムもメール
も情報も、なにひとつ警察に提供できないからね︾
警察とTSが協力するのは、警察からの依頼か依頼人の要望があ
ったとき。それ以外は基本的に敵だ。敵と言うより、仲が悪いとい
う言い方がしっくりするかもしれない。モグリならなおさら。
﹁とりあえずケーサツには届けないことにする﹂
︽新しい情報が入ったらまた連絡するよ︾
813
﹁よろしくー、んじゃね﹂
︽ではまた︾
華艶はケータイを置いて、氷だけになった紙カップをストローで
吸った。
ストローに歯形を付けながら、華艶は窓から見える景色を見た。
ひどい土砂降りだ。
通り雨かと思ったが、まだ止みそうにない。
雷が落ちる音がして華艶は躰を震わせた。雷程度でビビる華艶で
はないが、今は違った。
残り4件のメール。おそらく残り4つの爆発装置があると思われ
る。その場所は京吾に任せておけばいいだろう。
﹁いったんミッチーに経過報告したほうがいいかな﹂
はじまりは水鏡検事からの依頼だった。
しかし、今や事件は依頼を大きく逸脱している。
﹁全部報告するのもなぁ。でもやっぱしたほうがいいのかな﹂
ストローを噛みながら華艶は前髪をかき上げた。
814
まどろむ道化師︵6︶
夢。
その妖しい輝きは人々にどんな夢を魅せるのか?
科学と魔導が溶け合うまどろみの都市︱︱帝都エデン。
窓についた雨粒が夜景を乱反射させる。
星は夜空にではなく、地上にあった。
ただしそれは⋮⋮。
﹁前の部屋よりよく見えるー。てか、コロコロとホテル替えて、金
持ちのイヤミ?﹂
じと∼とナミクジが這うような視線で華艶は水鏡を見た。
﹁君との密会が公にならないように、場所はその都度に替えた方が
いい﹂
﹁ならカラオケボックスでもいいじゃん﹂
﹁秘密保持にはホテルがいい。それもそれなりのホテルだ﹂
﹁高そうな部屋を取るなんて逆に目立ちそうだけど﹂
﹁よく利用しているので問題ない﹂
﹁へぇ∼、そーですかー﹂
華艶が水鏡を足下で見る金持ちになって、同じ部屋に毎日のよう
に泊まろうと、華艶が水鏡を見る目は変わらないだろう。お金の問
題ではなく、育ちの問題だ。
さっそく華艶は本題を話しはじめた。これまで得た情報と経由の
すべてだ。
話を聞きながら水鏡は、ときおり驚いた表情を見せた。中でも反
応が大きかったのが、連続爆発事件についてだ。
﹁警察には届けたのだろうな?﹂
﹁⋮⋮保留中﹂
﹁国民は警察に協力する義務がある。私から警察に伝えておこう。
815
すぐに事情聴取で呼び出されるだろう﹂
﹁でもさ、それってマズくない? 事件調べられたらミッチーと会
ってるのもわかっちゃうかもよ?﹂
﹁しかし隠しているわけにもいかんだろう﹂
﹁そーゆーとこだけ正義ぶっちゃって﹂
﹁なにか言ったか?﹂
水鏡がソファから腰を浮かせた︱︱が、すぐに席に戻ってケータ
イを取り出した。
﹁もしもし帝都検事局の水鏡だが⋮⋮フェイスレスマウスだと?﹂
水鏡は通話をしながらリモコンを取ってテレビを点けた。
唇ッ!
大画面に映し出されたヌラヌラした巨大な唇。
目を丸くした華艶。
﹁テレビジャック!﹂
まさにフェイスレスマウス。頭の代わりに首の上に乗った巨大な
唇。不気味な色をした趣味の悪い派手なスーツ。
︽ヒャッハハ! ビックでバンなプレゼントは気に入ってくれたか
しらぁん?︾
笑い声も間違いない。
﹁ありがとう、では﹂
通話を切って水鏡が華艶に顔を向けた。
﹁今回は地方ローカルのこの局だけがジャックされたらしい。放送
は今ジャックされたばかりだ﹂
﹁ついに表舞台に登場ってわけね。これですべての事件が大きく動
くかも﹂
二人はテレビを注視した。
フェイスレスマウスは巨大ディプレイの前に立った。そこに映し
出されているのは、天気予報でよく見る日本列島の衛星画像。
︽今回打ち上げられた花火は、ココと、ココと、ココと、それから
ココ!︾
816
フェイスレスマウスは持っていたステッキで画像の帝都を4回叩
いた。
︽そして、残る花火は、ココと、ココと、ココと、それからココ!︾
また同じ場所を4回叩いた。ヒントでもなんでもない。おちょく
ってるとしか思えない無駄な演出だ。
花火とはおそらく爆弾のことだろう。華艶に届いたあのメールだ。
︽そうそう、忘れるところだったわ。じつは、なんと、驚きビック
リのハッピーバースデー! ヒャハハハハハ、そんなわけでボクか
らカワイイ子豚さんたちにプレゼントをあげるわ。アレのワクチン
開発がすこぶるノット順調らしいじゃな∼い? ワクチンはコチラ
で80人分用意したわ。けど40人分は夜空のお星様になってしま
ったの。わかる? わかるわよね?︾
まさか爆弾と同じ場所にワクチンが!
ワクチンとはおそらく前の事件でばらまかれたウイルスの物だろ
う。
華艶は息を呑んで、すぐに唇を噛みしめた。
﹁⋮⋮くっ。あたしのせいで﹂
40人分のワクチンが消し飛んだ。
華艶は誓っていた。フェイスレスマウスを捕まえ、ワクチンを手
に入れ、あの事件の犠牲者全員を助けることを。あの事件で、ただ
1つの手に入れたワクチンを、華艶はほかの犠牲者を差し置いて友
人のために使った。その責任を取る覚悟をずっとしていたのだ。
それが自分のせいで多くのワクチンを失ったことは、感情渦巻く
痛感の極みだろう。
︽おならプー事件の犠牲者って100万人くらいになったの? 細
かい数は気にしないタチだから、最終的に犠牲者がどれほどになっ
たのか、ちょっぴりわからないのよね、1億人くらい?︾
数を当てる気なんてないのだろう。
︽とにかく大事なことは、ボクの用意したワクチンじゃ足らないっ
てことよ。アナタなら、手に入れたワクチンを誰に使う?︾
817
政府が順番を決めるとしたら、要人から順番にということになる
だろう。けれど、それはだれもが納得する順番ではない。インフル
エンザの予防ワクチンなら、あきらめや納得もするだろうが、死に
至るウイルスであり、犠牲者も大勢、今もコールドスリープなどの
処置でかろうじて生きながらえている。自分の愛する家族や友人を
一刻も早く助けて欲しいと、犠牲者の数以上の人々が願っているは
ずだ。
︽ワクチンで病から立ち直ってくれたら、その人たちとバンドを組
もうと思うの。もちろんヴォーカルはボクね。そんなわけだから、
今回ワクチンを投与された人たちは、ボクがネットなどを通じて実
名でバンドのお誘いを呼びかけるから、楽しみにまってて頂戴、ヒ
ャ∼ハハハハ!︾
政府として、ワクチンをだれから使うか、その指針は示すだろう
が、個人への誹謗中傷などを避けるために、だれに投与するかまで
は公表するはずがない。フェイスレスマウスは帝都に混乱をもたら
そうとしている。
テレビが突然消えた。いや、消されたのだ。
﹁ここで取引なのだけれど﹂
部屋の中に響き渡った声。華艶のものでも、水鏡のものでもない。
驚愕に彩られた華艶の表情。驚きから怒りへと瞬時に変わった。
﹁フェイスレスマウス!﹂
部屋の中に突然と姿を現したフェイスレスマウス。
そして、忽然と姿を消した水鏡検事。
まさか︱︱という感情が華艶の中で渦巻く。
﹁はじめから偽物、あたしの前に現れた水鏡は全部あんただったわ
け!?﹂
﹁さてさてそれはどうかしらん。少なくとも今回はそのようね﹂
はっきりと答えない。華艶を惑わそうとしているのか、それとも
はじめからこういう奴なのか。
﹁本物の水鏡検事はどうしたの?﹂
818
﹁生きてると思うわよ、ボクは無駄な殺しはしない主義だからん﹂
﹁無差別テロを起こしたヤツの言うセリフ?﹂
華艶の眼は鋭い。今にも相手を殺しそうだ。
フェイスレスマウスには表情がない︱︱唇だから。あえて言うな
ら、この唇は嘲笑を浮かべている。
﹁演出に必要な殺しはムダじゃないもの﹂
﹁罪のないひとまで巻き込んでおいてマジムカツク﹂
﹁ひとは生まれた瞬間から罪を重ねていくのよ。罪のない人間なん
て存在しない。あなただって肉くらい食べるでしょ、野菜でもいい
わ﹂
﹁そんなの極論じゃない!﹂
﹁ボクは肉がスキよ、血の滴るようなジューシーな少女の肉。少女
は肉と言うより果実かしら、ヒャッハハ!﹂
フェイスレスマウスは席を立ち、襟を正して華艶に背を向けて歩
き出した。
﹁バイバーイ、華艶ちゃん﹂
﹁バイバイじゃないでしょ、待ちなさい! 取引って言ってたでし
ょさっき!!﹂
華艶はフェイスレスマウスに殴りかかっていた。
白い手袋をはめた手で拳を受けたフェイスレスマウスは、その拳
を巨大な舌で舐めた。
背筋にゴキブリが走ったような顔をして華艶は飛び退いた。
﹁絶対殺す﹂
﹁取引相手に殴りかかるなんて頭パーね。ところで取引ってなにか
しら?﹂
﹁自分から誘っといて、マジ殺す、殺す、絶対殺す﹂
﹁悪気はないのよ、物忘れがヒドくて。今も頭の中にハエが飛んで
て、羽音がうるさくて仕方ないのよね。そうそう取引だったわね、
ワクチンの件だったかしら、ちゃんと記憶してるから安心して﹂
﹁ワクチン?﹂
819
﹁そう、10人分のワクチン。インフルエンザなんてオチじゃない
わ。おならプーを治すワクチン﹂
それを聞いて華艶は殺気を解いて真剣な眼差しをした。
﹁条件は?﹂
﹁ボクとデート﹂
﹁は?﹂
フェイスレスマウスの口からは、どんなことも飛び出してくると
わかっていても、呆気にとられるしかなかった。
﹁デートのあとはもちろんアッハ∼ンなこともしてもらうわ﹂
﹁アッハ∼ンってなに?﹂
﹁そんなエッチなこと、この大口に言わせる気? 華艶ちゃんって
ドSなのね﹂
﹁デートして寝ろってことね。お・こ・と・わ・り!﹂
﹁いいの、ワクチン10人分よ。もう友達が助かっちゃってるから、
他人のことを知らんぷり? いいわね、いい悪女っぷりを発揮して
くれるじゃなぁ∼い﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
一度断ってしまったのは、華艶の性格のせいだ。冷静に考えはじ
めると、答えをすぐに口にできない。
華艶が迷っているようすを見て、フェイスレスマウスは新たな条
件を出す。
﹁デートはなしにしてあげる。今ここでアッハ∼ンしてくれたら、
15人分のワクチンをこの場で渡すわ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
華艶はすぐに辺りを見回した。
それを察したフェイスレスマウス。
﹁探してもムダよ。ワクチンだけ持ち逃げなんて、ボクがさせると
思って?﹂
﹁⋮⋮ッ﹂
読まれていた。
820
フェイスレスマウスは腰を突き出すように振った。その股間はあ
りえないくらいテントを張っている。
﹁デートは好意のある人としたいけど、こっちはただの生殖。相手
がスキじゃなくても生殖ならできるでしょ?﹂
いやらしく腰を振る道化を見ていると、条件を呑みたくなくなっ
てくる。
しかし、15人分の命がかかっている。
﹁⋮⋮エッチするって条件飲んであげる。けど、保証が欲しい。ヤ
リ逃げされたら堪らないし﹂
﹁念書でも作成しましょうか?﹂
﹁残り40人分のワクチンと爆弾の在り処。それが回収されたらエ
ッチしてあげる﹂
﹁ヒャッハハ! 大きくデタわね。自分の躰にそんな価値があるっ
てわけ? ビックな自信。ヒャハハハハハハハハ!﹂
フェイスレスマウスは腹を抱えて床を転げ回った。
大きく出たのは躰に自信があるわけではない。吹っかけて様子見
するためだ。
﹁飲むの、飲まないの?﹂
﹁ヒャハハハハハ、飲むか飲まないか、そんなの決まってるじゃな
い﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁ゴックンしてあげる﹂
﹁えっ?﹂
﹁呑んであげるわ、1滴残さずね﹂
まさかの返答に華艶は驚いたが、すぐに表情を隠した。
フェイスレスマウスは立ち上がった。
﹁ただし、ヤルまでこの部屋から一歩も外に出さないわよ。ボクの
ケータイを使って華艶ちゃんが好きな相手に1人だけ連絡を取る。
会話の内容はもちろん聞かせてもらうし、必要最低限のことだけを
伝えること。助けを求めたり、この場所やボクの存在を知らせたら
821
取引はおじゃん。回収の報告もボクのケータイに折り返させること。
だれに連絡するか決めたら声をかけてね﹂
巨大な口からケータイを取り出したフェイスレスマウスは、テー
ブルの上にそれを置いた。少しヌメっている。
速やかにワクチンと爆弾を回収してもらわないと、ずっとこの部
屋でフェイスレスマウスと二人っきりでいることになる。回収が速
ければ、それだけ早くフェイスレスマウスと性交渉をすることにな
る。華艶は複雑だった。
連絡する相手は選ぶまでもない。事の経由を知っていて、信頼で
きる人物。
﹁相手の番号わかんないから、自分のケータイで調べていい?﹂
﹁ボクに前で操作するのよ。隙を見てメールなんて送っちゃイヤよ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
華艶はフェイスレスマウスから視線を逸らした。隙を見るつもり
だったのだ。
ケータイを操作しはじめた華艶の傍に来て、巨大な唇でディスプ
レイを覗く仕草をする。これでは隠してメールを打つことはできな
い。
﹁はい、これが相手の番号。あたしがかけるの?﹂
﹁ボクがかけるわ﹂
フェイスレスマウスは華艶のケータイに表示された番号を確認し、
テーブルに置いていた自分のケータイを操作した。
ハンズフリーで相手の声が聞こえるようにして、ケータイをテー
ブルに置き直す。
しばらくして男が通話に出た。
︽もしもし、BARモモンガですが?︾
京吾の声だ。
フェイスレスマウスは華艶にうなずいて見せた。話していいの合
図だ。
﹁華艶ですけどー。爆破と連動してたメールの件なんだけど﹂
822
︽ああ、それがさ⋮⋮メールを調べる前に削除されてしまったみた
いで、サーバーになにも残ってなかったんだ。華艶ちゃんもテレビ
でフェイスレスマウス見た?︾
﹁うん﹂
︽爆弾とワクチンが同じ場所にあるみたいだね。せっかくの手がか
りを失ってしまうなんて︾
華艶の視線に入るように、フェイスレスマウスはメモをテーブル
に滑らせた。
ワクチンと爆弾はココ♪
・神原女学園前駅のトイレ
・神原病院精神科のベッドの下
・神原スポーツセンター更衣室
・神原生命科学研究所の薬品倉庫
華艶はそれらを読み上げた。
﹁︱︱今のが、爆弾とワクチンのありか。詳しい場所まではわから
ないんだけど、とにかく急いで探して﹂
次のメモを見せられ、華艶が読み上げる。
﹁警察に強力を要請して、報道にもリークするようにお願い﹂
読み終えるとフェイスレスマウスはメモを口の中に入れて咀嚼し
た。
︽大がかりになるから警察に連絡しるのはわかるけど、報道にまで
なぜ?︾
フェイスレスマウスからのメモはない。
﹁とにかく言うとおりにして。回収はとにかくできるだけ早く、全
部回収が終わった時点でこのケータイに連絡頂戴。本当に早くね﹂
︽急ぎたいのはわかるけど、慌てすぎじゃない? なにかあった?︾
﹁ぜんぜんなにもない、だいじょぶ。とにかく回収が終わったら連
絡頂戴、んじゃね、バイバイ!﹂
823
華艶は自らフェイスレスマウスのケータイを切った。
﹁悪女のクセしてウソは苦手なのね﹂
と、フェイスレスマウスはからかうような口ぶり。
﹁余計なことは口にしてないからいいでしょ﹂
﹁たしかに約束は守ったわね、相手には不審がられたけど。華艶ち
ゃんのケータイも電源を切って預からせてもらおうかしら。ボクの
ケータイは特別だからいいけれど、華艶ちゃんのケータイからこの
場所を特定されたら困るもの﹂
華艶からケータイを受け取り電源を切ると、フェイスレスマウス
は口の中に放り込んだ。あからさまに華艶はイヤな顔をしたが、口
は挟まなかった。
回収までにはどれくらいの時間がかかるだろうか?
二人っきりの時間が続く。
824
まどろむ道化師︵7︶
﹁キャハハハハハ!﹂
テレビの経済ドキュメンタリーを見ながら、腹を抱えて笑うフェ
イスレスマウス。もちろん笑うところではない。
リラックスしているフェイスレスマウスは、華艶に気を配ってい
るようすはない。
﹁あたしの存在忘れてないよね?﹂
﹁あ、いたのね﹂
あっさりと言われた。
﹁いるに決まってるし!﹂
﹁カマって欲しいのかしら? ムラムラしちゃった? もう我慢で
きない?﹂
﹁カマわないで。ムラムラしないから。我慢もできるし﹂
﹁こう見えても紳士だから、無闇矢鱈とレディに手を出したりしな
いわよ﹂
﹁一生出さないで﹂
﹁出さなくていいの、本当に?﹂
いやらしい質問だ。取引的には出してもらわなくては困る。けれ
ど、それを華艶の口から言わせようとする意図を感じる。
﹁本当じゃないです﹂
﹁本当じゃないというのは、手を出して欲しいのor出して欲しく
ないの?﹂
﹁出して欲しいです﹂
﹁出すってつまり、これを挿入て欲しいのor挿入て欲しくないの
?﹂
華艶の視線の先で、ビンビンに勃っている。ズボンを押し上げて
いる様は、拳を入れているようだ。
825
息を止めてモノを見つめてしまっていた華艶が、我に返って口を
開く。
﹁そんなモノ入れて欲しいわけないでしょ!﹂
﹁いいの?﹂
﹁ハァ? 調子ノッてんじゃないしマジ死ね!﹂
﹁キャッハハ、なら取引は破談よ﹂
取引という言葉が出て、華艶はハッと我に返った。
﹁ちょっ、今のなし! 挿入てくださいお願いします!﹂
恥ずかしげもなく叫んだ。力一杯訴えて考えを改めてもらうしか
なかった。
﹁そこまで言うなら可愛がってあ・げ・る﹂
﹁⋮⋮そこまでは言ってないし﹂
﹁聞こえてるわよ?﹂
﹁なんでもないです﹂
華艶は言葉が多い。
テーブルに放置してあったケータイが鳴った。
﹁出ていいわよ﹂
顎︱︱下唇をしゃくってケータイに向けたフェイスレスマウス。
華艶が通話に出た。
﹁もしもし華艶でーす﹂
︽京吾です。爆弾とワクチンは無事回収されたよ。それ︱︱︾
ブチッ。
通話の途中でフェイスレスマウスはケータイの電源ごと切った。
﹁長話は足が付くからここまで。さあ次は華艶ちゃんがボクに美味
しく食べられる番よ﹂
巨大な舌で巻き込むようにケータイを食らったフェイスレスマウ
ス。
華艶はフェイスレスマウスから逃げるように、一歩だけ後退った。
爆弾と40人分のワクチンは手に入った。それは言わば前金。ま
だ華艶はなにも提供していない。
826
フェイスレスマウスが股間を突き上げながら近づいてくる。
﹁逃げる? それともボクを殺す? もしくは捕まる?﹂
牽制してきたということは、それをさせない自信があるというこ
と。少なくとも華艶はこれまで、フェイスレスマウスを出し抜けた
ことがない。
華艶は腹をくくった。
﹁勝手にやれば? あたしマグロになるけど﹂
事務的に華艶は服を脱ぎ捨てて全裸になった。恥ずかしがるそぶ
りも、躰の一切を隠すこともしない。機械的な無表情を顔に浮かべ、
ただそこに立っているだけだった。
巨大な唇が華艶の躰を触れるか触れないかの位置から視姦する。
つま先から頭の天辺まで、口からイヤらしい息を立てながら、舐め
るようにじっくりと見回す。
﹁マグロはスキよ、美味しいもの。でも活きのいいほうがスキ﹂
巨大な舌が華艶のなだらかな腹とへそを持ち上げるように舐めた。
ビクッと躰を振るわせた華艶。一瞬、膝が震えた。
華艶は唇をきつく結ぶ。その肌はすでに淡紅色に染まりつつある。
﹁キャッハハ、相変わらず感度の高いえっちぃな躰ね。女炎術士っ
て、淫乱が多いって本当かしら? 炎を繰り出すとき子宮で感じち
ゃうんでしょう?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁少なくとも華艶ちゃんは辺りを火の海にしながら感じちゃうもの
ね﹂
﹁知らない!﹂
堪えが足りない華艶。
強く否定するのは認めているも同じ。
嘘がつけない。心も躰も。
フェイスレスマウスの手が華艶の腹を滑りながら下半身へ。薄い
毛を撫でながら、肉厚な恥丘のクレバスが2本の指で割られた。
﹁んっ﹂
827
華艶の鼻から漏れた吐息。
じゅわぁ。
クレバスから溶け出してくる熱い滴り。
ぽとり、ぽとり⋮⋮と落ちては床に染みをつくる。
フェイスレスマウスは滴りを掬い取って、その手を華艶の目の前
で弄った。
﹁ほらいやらしく糸を引いてる﹂
親指と人指し指の間で糸を引く蜜。
さらにフェイスレスマウスは滴りを掬い、それを華艶の乳首に塗
りつけた。
乳輪を引っ張るように乳首が勃った。
指の腹で円を描きながら擦るように乳首が刺激される。
華艶は顔を背けた。
﹁んっ⋮⋮んっ⋮⋮﹂
口を結んでいても声が漏れてしまう。
乳首が摘まれた。
﹁あっ!﹂
思わず口が開いてしまった。
乳首が引っ張られる。ぐいぐいと乳房ごと引っ張られながら回さ
れる。
﹁ん⋮⋮いっ⋮⋮﹂
乳首が痛い。痛いのに、ぼとぼと秘所から涎れが垂れてしまう。
限界まで硬く尖った乳首のせいで、乳輪の皮を引っ張られしわが
寄ってしまう。
﹁あっ⋮⋮んっ⋮⋮あぅ⋮⋮﹂
華艶が漏らす声にも変化が現われはじめた。
乳房の手がさわさわと触れられると、躰がゾクゾクしてしまう。
肌が敏感になっている。
躰も熱い。
芯から燃え上がりそうな熱さ。
828
華艶は唇を結び直して、天井の一点を見つめることにした。
呼吸を整えながら熱さを沈める。
フェイスレスマウスには屈しない。
﹁意地を張っちゃイヤよ﹂
華艶の耳元で囁いたフェイスレスマウスは、忍ばせた手で華艶の
肉芽に触れた。
﹁やぁっン﹂
華艶の膝が落ちそうになった。
もうすでに肉芽は包皮から顔を出していた。
愛液の潤滑剤で潤った肉芽が指の腹で擦られる。
﹁あっ⋮⋮やっ⋮⋮あっ⋮⋮んっ⋮⋮だ⋮⋮め⋮⋮﹂
膝を振るわせた華艶は立っていられず、思わずフェイスレスマウ
スの躰に抱きついてしまった。
そして、華艶は気づくのだ。
抱きついた相手は水鏡検事だったのだ。いや、正確には水鏡検事
に化けたフェイスレスマウスだ。一瞬の間に姿形を変えていたのだ。
すでに〝水鏡〟は全裸だった。
ビクンビクンの首を振る肉棒が華艶の脇腹の辺りに当たっている。
〝水鏡〟が華艶の首筋に唇を這わせ、耳元で熱く囁く。
﹁抱かれるなら男に抱かれたいだろう。加えて私の呪符は君を抱く
にはちょうどいい﹂
声もしゃべり方もすでに水鏡検事だった。
呪符が踊る。
〝水鏡〟の手から放たれた呪符が、歓喜するように乱舞して華艶
に巻き付く。
﹁ああっン!﹂
巻き付いた呪符によって乳房が搾られロケットのように突き出す。
瞳を閉じた〝水鏡〟が愛でるように華艶の乳首を唇で挟む。
チロチロといやらしく唾液が音を鳴らす。
乳首を舐められている。舌の先で優しく舐められている。
829
﹁んっ⋮⋮あっ⋮⋮いや⋮⋮乳首だめ⋮⋮﹂
﹁乳首が駄目ならば、どこを舐めて欲しい?﹂
﹁どこも舐めちゃ⋮⋮きゃっ!﹂
急に華艶の片足が上がった。呪符縄によって足首が天井に吊り下
げられたのだ。
柔軟な躰はまるでバレリーナのように高く足を上げられ、部屋の
明かりにパックリと口を開いた肉厚な割れ目が晒された。
愛液がツーッと太股を伝わる。
﹁やっ⋮⋮こんな格好⋮⋮﹂
恥ずかしい。
お尻まで広がってしまっている。
ヒクヒクしてしまう。
いつもよりもお尻の穴が外気を感じている。
﹁ダメっ⋮⋮見ないで⋮⋮やっ⋮⋮近いってば!﹂
〝水鏡〟の熱い鼻息が薄く色づいている綺麗な菊門に当たる。
ヒクヒク⋮⋮ヒクヒク⋮⋮。
菊門が泣いている。
通常の性行為ではしないポーズで、ノーマルなプレイでは使わな
い性器ですらない穴を、じっくりと観察されている。
恥ずかしさで華艶は肌を紅潮させる。
そして、恥ずかしさは興奮へと変わる。
錯覚に溺れ、愛液が大量に流れてしまう。
﹁はふっ!﹂
華艶が瞳を丸くした。
股の間に〝水鏡〟の顔が埋まっている。
呑まれてる、愛液を呑まれてる、喉を鳴らす音が聞こえてくる。
秘裂を這う舌。
肉芽が舌先で弾かれる。
﹁あっ!﹂
また愛液が漏れてしまう。
830
﹁だめ⋮⋮もう⋮⋮﹂
瞳を蕩けさせながら華艶は口から涎れを垂らした。
︱︱我慢できない。
しかし、それを口にしたら負けだ。
華艶は最後に理性でなんとか打ち勝とうとした。
だが、膝はガクガクと震え、2つの穴もヒクヒクとしてしまう。
まるで口が寂しいように、肉壺の入り口がねだっている。舌では
満足でない。もっと違うモノが欲しいと、口を蠢かせている。
﹁あっ⋮⋮あぁン⋮⋮ん⋮⋮ああっ⋮⋮だめっ⋮⋮あああっ!﹂
ズブッ!
肉壺に指が2本埋まった。
グチュグチュッ⋮⋮
愛液がいやらしく音を立てながら、肉壺が掻き回される。
秘奥へと続く肉の道。
疼く。
熱く疼く。
﹁もっと⋮⋮んっ⋮⋮お願い⋮⋮﹂
﹁もう我慢できないのなら、はっきりと自分の口でおねだりするん
だな。そうしたら、くれてやらないこともないぞ﹂
﹁⋮⋮やっ⋮⋮そんな⋮⋮﹂
﹁欲しくないのか?﹂
﹁あっ⋮⋮言えない⋮⋮ああっ⋮⋮んんっ﹂
華艶は口を結んだ。
口に出してしまったら、無理矢理ではない。自分で求めたことに
なってしまう。
﹁きゃっ!﹂
呪符縄によって華艶の体勢が変えられた。
両手首を腰の後ろで縛られ、アンダーバストの辺りから吊り下げ
られた。くの字の体勢だ。胴で支えられているとはいえ、脚には負
担が掛かる。普段なら鍛えている華艶にとって、堪えられない体勢
831
ではないが、今は快感で脚が震えてしっかり立っていられい。
支えが欲しい。上半身を支えてくれるようなモノが欲しい。
〝水鏡〟が足を肩幅に広げて華艶の前に立った。
ビクン、ビクン!
華艶の目の前で揺れる肉棒。
青竜刀のように先端にいくに連れて太くなり反っている。太くて
大きい。にも関わらず、薄ピンク色の先端はちょこっと顔を出して
いるだけで、大部分は皮を被っていたのだ。
臭いがする。
鈴口から汁が垂れているのも見える。
いつの間にか華艶の口は半開きになっていて、ぽとりと涎れが垂
れた。
雄臭い。
そんな臭いをこんな近くで嗅がされたら、頭がぼぅっとなってし
まう。
華艶は催眠術にかかったように、舌を短く伸ばしてしまっていた。
鈴口に舌先が触れた。
しょっぱい。
口の中に雄の味が広がってしまった。
華艶は勢いよく先端にしゃぶりついた。
じゅぱじゅぱ⋮⋮
涎れを垂らしながら華艶は喰らった。
皮と肉の間に舌を差し込む。
﹁んっ⋮⋮んぐ⋮⋮﹂
唇は使わない。舌だけで器用に皮を剥く。
﹁あはぅ⋮⋮すごく⋮⋮臭い⋮⋮きつすぎる⋮⋮でも⋮⋮﹂
恥垢もたっぷり溜まっていた。
全部綺麗に舐め取る。
﹁ちゅぱ⋮⋮んっ⋮⋮﹂
先端にキスをして、竿は連続したキスをしながら唇を下げていく。
832
下がるにつれて毛が濃くなっていく。
大きく口を開けて玉を口に含んだ。
毛も口の中に入ってくる。
玉から口を離すと、口の端に抜けた縮れ毛が残った。
構わず華艶は肉棒への愛撫を続けた。
舌や唇だけでなく、頬にも先端を擦りつける。まるで猫が甘える
ように、肉棒に頭や顔を擦りつけ吐息を漏らす。
﹁ああっ⋮⋮んっ⋮⋮熱い⋮⋮すごく熱いの⋮⋮﹂
また華艶は大きくしゃぶりついた。
頭を上下に揺らして喉の奥まで入れる。
﹁ううっ⋮⋮んっ⋮⋮﹂
苦しくて涙が出てくる。
喉の奥からは涎れよりもどっぷりとした液体が溢れてくる。
﹁んぐ⋮⋮ん⋮⋮んぐぐ⋮⋮﹂
喉の奥に当たる。
硬くて太くて熱いモノが当たってる。
苦しい。
苦しいのに︱︱止まらない。
﹁んぐ⋮⋮﹂
喉を鳴らしながら華艶は口から肉棒を抜いた。
潤んだ瞳が訴えている。
〝水鏡〟は薄ら笑いを浮かべた。
﹁どうした、言ってみろ﹂
﹁⋮⋮ください﹂
﹁なにをだ?﹂
﹁おちんちん⋮⋮ください﹂
﹁もう十分口で味わっているだろう?﹂
﹁おま○こに⋮⋮おちんちんください⋮⋮もう我慢できないの﹂
涙と鼻水を出しながら華艶は訴えた。
〝水鏡〟は華艶の頭を撫でた。
833
﹁いい子だ﹂
次の瞬間、華艶は押し倒された。いつの間にか拘束していた呪符
は、躰に巻き付き炎を封じているものだけになり、自由を奪う楔は
なくなっていた。
︱︱華艶は自らの意思で受け入れたのだ。縛る必要など、どこに
あろうか?
唇が近づいてきて、華艶は優しく唇を奪われた。
﹁ん⋮⋮﹂
長い接吻。
ちゅ⋮⋮ぱ⋮⋮
音を立てて唇が離れた。
﹁挿入るぞ?﹂
正常位で〝水鏡〟は肉棒の先端を秘所に押しつけながら囁いた。
小さく頷いた華艶。
﹁んっ!﹂
挿入ってきた。
十分に濡れている中は、優しく男を包み込む。
ゆっくりと〝水鏡〟が腰を動かしはじめた。
ぢゅぷ⋮⋮どぷっ⋮⋮
愛液が掻き回される。
﹁ん⋮⋮ああン⋮⋮いい⋮⋮気持ちいいっ⋮⋮ああっ﹂
華艶は〝水鏡〟の背中に両手を回した。
﹁もっと⋮⋮激しくして⋮⋮気持ちいいの⋮⋮ああっ⋮⋮もっとも
っと⋮⋮﹂
秘奥が突き上げられて、奥まで響いてくる。
﹁やっ⋮⋮もう⋮⋮イっちゃいそう⋮⋮早すぎるよ⋮⋮いやっ⋮⋮
ああン!﹂
﹁好きなだけイクといい。君を縛るものはない。今の君は炎ですべ
てを灰にしてしまうこともない。恐れなくていい、燃やせるのは心
だけだ﹂
834
﹁ああっ⋮⋮だめ⋮⋮あっ⋮⋮イッ⋮⋮くぅぅぅぅぅぅぅン!﹂
瞳孔を開いた華艶が苦しそうな顔でビクンと一度震えて、一瞬だ
け死んだように動かなくなると、突然息を吹き返して喘ぎはじめた。
﹁やっ⋮⋮ああああっ⋮⋮またっ⋮⋮またイッちゃ⋮⋮連続でイッ
ちゃうよぉぉぉぉっ!﹂
ビシャァァァァァァッ!
今度は潮を噴いた。
華艶は〝水鏡〟の唇にしゃぶりついた。
舌を絡め、涎れでぐしょぐしょに口の周りをしながら、一心不乱
に水鏡に食らい付いた。
体内でも喰らっている。
バキュームのように吸い上げながら、肉棒から精を搾り取ろうと
喰らっている。
だが、まだ〝水鏡〟は絶頂を迎えない。
華艶がイッている最中も腰を動かし続け、さらなる終わらぬ快楽
を華艶に与え続ける。
﹁ヒィィィ⋮⋮おかしくなっちゃう⋮⋮気持ちよすぎて⋮⋮壊れち
ゃうよ⋮⋮だめなの⋮⋮もうやめ⋮⋮ああああっ!﹂
また達した。
﹁ああっ⋮⋮ひぃぃぃぃ⋮⋮ヒィィ⋮⋮うぐぐ⋮⋮﹂
達し続けている。
華艶の眼が白黒する。
躰に入った力が抜けない。
下腹部が震え、つま先がピンと伸びたまま、体中の血管が張り詰
める。
ぎゅぅぅっと肉棒を締め付ける肉口は、カリに引っかかりめくれ
あがる。
肉壁がそぎ落とされそうなくらい、激しく出し入れされている。
﹁あああっ⋮⋮お願ひぃぃ⋮⋮出ひて⋮⋮かららが⋮⋮もららひぃ
ぃぃ﹂
835
もう舌がもつれてまともにしゃべることができない。
痙攣は止まらない。
躰の震えだけではない。
肉壁が疼いて痙攣して収縮運動を繰り返している。
﹁⋮⋮⋮⋮ひっ⋮⋮⋮⋮うぐ⋮⋮⋮﹂
意識が飛びはじめた。
何度も意識が飛ぶ。
頭がクラクラしてわけがわからない。
もう限界なのに、体内では肉棒がさらに大きくなってきている。
まだまだ肉壁が押し広げられる。
﹁ひっふっ、ひっひっひんじゃう⋮⋮あ⋮⋮⋮⋮⋮ひいっ﹂
呼吸ができない。
息が吸えない。
〝水鏡〟が囁いた。
﹁そろそろ出すぞ﹂
﹁ひっぱい⋮⋮だひへ⋮⋮ふひゃ⋮⋮あたひもひっちゃうよぉぉぉ
ぉぉっ!﹂
﹁うっ⋮⋮﹂
肉棒が大きく膨れ上がった。
ドボボボッボボボボッドボッドボッ!
華艶は舌を出しながら首を仰け反らせた。
﹁ひゃあああああああああっ!﹂
ブジュッ! ブシュゥゥゥゥゥゥゥッ!
反動で肉棒が抜けたと同時に、大量の潮が天井近くまで噴き上げ
られた。
肉棒からもまだ白濁液が吹き出ていた。
ドバッ! べちゃ、べちょ!
紅潮した華艶の肌を穢す白濁液。
ぐったりとする華艶の肉口からドプッと白濁液が垂れた。
眼を見開いたままの華艶は痙攣を続けている。
836
意識はあるが、真っ白な頭はなにも記憶できず、なにも考えるこ
ともできず、まるで廃人。
華艶は心の炎によって灰と化したのだ。
837
まどろむ道化師︵8︶
﹁宅配便です!﹂
ゴリマッチョな配達員から大きな荷物を受け取ったのは、京吾の
妹のさくらだった。
かなり大きなダンボール箱だ。玄関先に置いてもらったが、ここ
からはひとりでは運べそうにない。
﹁お兄ちゃん、荷物届いたんだけど重くて運べな∼い﹂
さくらは自宅と隣接する喫茶店に移動して兄を呼んだ。
カウンターでコーヒーを湧かしていた京吾が振り向いた。
﹁荷物?﹂
﹁宅配便で届いたの。お兄ちゃん宛ての大っき∼い荷物﹂
﹁ちょっと店番してて見てくる﹂
京吾はさくらを残して自宅の玄関に向かった。
巨大なダンボール箱を前にして京吾は観察する。
配達伝票に書かれた業者は実在する業者だ。ただし偽装は簡単だ
ろう。
金属探知機をダンボール箱にかざしてみた。仕事柄こういう物も
すぐ使える場所に置いてあるのだ。反応はなかった。
﹁とりあえず開けてみるか﹂
テープを外して、ダンボールのふたを開けた。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
京吾は眉間にしわを寄せた。
﹁⋮⋮華艶ちゃんおはよう﹂
声をかけたが反応はなかった。
そう、中にいたのは全裸の華艶だったのだ。
﹁か∼え∼ん∼ちゃ∼ん!﹂
京吾は華艶の肩を掴んで激しく揺さぶった。
838
ピクリと華艶のまぶたが震えた。
﹁ん∼っ⋮⋮うっさいなぁ⋮⋮まだ眠⋮⋮い⋮⋮だから⋮⋮﹂
﹁華艶ちゃん起きて、全裸でいると風邪引くよ﹂
﹁寝るときは⋮⋮いつも裸だから⋮⋮んん⋮⋮んふ⋮⋮﹂
ダメだ、寝ぼけている。
﹁華艶ちゃん起きて、起きないと華艶ちゃんの貯金がなくなるよ?﹂
﹁⋮⋮っ!? えっ、なに⋮⋮なんて言った!?﹂
ガバッと華艶は髪の毛を振り乱しながら起き上がった。
溜息をついた京吾が、
﹁おはよう華艶ちゃん﹂
﹁⋮⋮あれ、京吾?﹂
﹁そうだよ、ここ僕の家だから居て当然﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
華艶はダンボールに入った全裸の自分という状況に気づいた。
ハッとして躰を隠してしゃがんだ。
﹁あ∼っと、とりあえず服貸してくれる?﹂
﹁妹のでいい?﹂
﹁お願いします﹂
カウンター席に座って目覚めのコーヒーを飲む華艶。横の席には
さくらが座っていた。
﹁華艶さん自分をプレゼントとかちょっと積極的を通り越してドン
引きですよ﹂
﹁は?﹂
﹁まさか華艶さんがお兄ちゃんに気があったなんて驚きです。でも
アプローチの仕方は、もっとノーマルなほうがいいですよ﹂
華艶はあからさまに﹃こいつバカなの?﹄みたいな表情でさくら
を見た。
﹁なに勘違いしてんの? ちょっと京吾、コレどっかやってくんな
い?﹂
839
﹁コレって言われたひど∼い。未来の妹にはもっと優しくするべき
だと思いますよ﹂
﹁てか、中学生の分際で学校はどうしたの学校は?﹂
﹁もう卒業したから行かなくていんです∼。華艶さんこと学校行か
なくていいんですか?﹂
﹁あたしは特別だからいいの﹂
﹁そんなこと言ってるから留年するんじゃないですか﹂
ピキッとなにかが音を立てた。
満面の笑みを浮かべた華艶。眼が笑ってない笑ってない。
﹁さ∼く∼ら∼ちゃ∼ん﹂
ビクッと震えたさくら。
﹁⋮⋮あ、そう言えば用事があったんだ!﹂
絶対にない。いかにもな言い訳でさくらはその場から走って消え
た。
さくらが消えてドッと溜息を漏らした華艶。
﹁子供相手にマジギレしそうになった﹂
﹁子供って、そんなに年齢変わらないでしょ﹂
と、京吾。
15歳と18歳だ。18禁が解禁になるかならないかは、大きな
違いと言えば違いとも言えなくもない。
京吾はコーヒーのお代わりを注ぎながら尋ねる。
﹁こっちの報告からしようか? それとも華艶ちゃんになにがあっ
たか聞いたほうがいい?﹂
﹁話したくな∼い﹂
﹁なら、爆弾とワクチン回収のその後について。残念だけど、ワク
チンは偽物だったよ﹂
﹁はっ!?﹂
思わず華艶は先を立ち上がった。
躰を張ってありかを聞き出したワクチンが偽物!?
﹁ちょっと、どーゆーことか説明して!﹂
840
﹁正確にはインフルエンザのワクチンだったんだよね。まんまとフ
ェイスレスマウスにハメられたってことだね。嘘の情報を僕が教え
たと疑われかけたけど、爆弾は本物だったからよかったよ。たしか
にフェイスレスマウスは、なんのワクチンとは言ってなかったわけ
だし﹂
﹁⋮⋮だったら、あたしといっしょにダンボールに入ってたやつも﹂
京吾に届けられた荷物は華艶だけではなかった。ワクチンもいっ
しょに梱包されていたのだ。華艶との約束どおり15人分。ただし、
本物とは限らない可能性が出てきた。
﹁それは検査の結果待ちだね﹂
すでにワクチンは警察に届けた。
ぐったりとした華艶はカウンターに突っ伏した。
﹁もうあたしにできることは全部やりました。よくがんばったあた
し。明日からは普通の女子校生に戻ろうと思います﹂
精根尽きたという感じだ。
だが︱︱。
﹁華艶ちゃん、大事なこと忘れてない?﹂
﹁にゃに?﹂
﹁お姉さんまだ釈放されていないよ﹂
﹁⋮⋮ぎゃ∼っ、忘れてた! すっかり忘れてたし! そうじゃん、
ワクチンとか爆弾とかじゃないし、姉貴を助けなきゃいけないんだ
った!﹂
ワクチン40人分と爆弾のありかを引き出しておいて、姉のあの
字も出てこなかった。振り出しに戻るどころか、問題はどんどん増
えている。姉のことはどんどん置いてけぼりだ。ただし、やるべき
ことは変わっていない。
﹁フェイスレスマウスが真犯人って証拠もしくは⋮⋮って、証拠な
んてどーでもいいし、とにかくフェイスレスマウスを取っ捕まえて
ケーサツに突き出してやる!﹂
華艶は燃えていた。
841
捕まえるとなると、接触する必要がある。こちらから探すか、向
こうから来るか、来させるか。
近いうちにまた向こうから接触してくると華艶は踏んでいた。な
ぜなら、華艶は事件を調べ続けるからだ。事件を調べる課程で、フ
ェイスレスマウスは他人を装って接触してくる。それがこれまでの
パターンだ。
﹁ん? ってことは、これまで会った人物の中にも⋮⋮﹂
と、考え込んで華艶は京吾を見つめた。
﹁どうしたの? 僕がどうかした?﹂
不思議そうな顔を京吾はしている。
突然、華艶は髪の毛を掻き毟って叫ぶ。
﹁ぎゃ∼っ、疑心暗鬼! フェイスレスマウスの思うつぼ。落ち着
けあたし、落ち着けば答えは見えてくる。うん、だいじょぶ、ほら
よく考えてみて、もしも相手が偽物だったとしても、べつに困るこ
とある? ある∼っ! 偽物の情報とかつかまされるかもしれない
し、でも偽物の情報だとしても、最終的にフェイスレスマウスがあ
たしの前に現れればいい話なんだから、いいの? よくないの? どっちなの?﹂
﹁⋮⋮華艶ちゃん大丈夫?﹂
﹁だいじょぶ!﹂
華艶は満面の笑顔で親指を立てて見せた。
それから10秒ほど無言になり、華艶は冷静さを取り戻した。
﹁京吾に調べて欲しいことがあるんだけど﹂
﹁なに?﹂
﹁帝都検事局の水鏡検事ってひとがどうしてるか調べて欲しいんだ
よね。行方不明とか、事件に巻き込まれてるかとか、なんかあるか
もしれないから﹂
依頼人の水鏡検事。そもそも依頼は本物の水鏡検事からの依頼だ
ったのか。はじめからフェイスレスマウスだった可能性もある。が、
もしもはじめからフェイスレスマウスだとしても、姉の無実を証明
842
するという華艶の目的には変わりない。
﹁あたしの報酬がかかってるから!﹂
と、華艶は付け加えた。
偽物だったら報酬がもらえない。華艶にとって重大な問題だった。
﹁調べておくよ。ところで、ほかにも頼まれてた件だけど︱︱﹂
京吾はそう言いながら1枚の写真をカウンターに滑らせた。
﹁研究所からウイルスを盗んだとされる、藤川莉々夢の写真を入手
したんだけど⋮⋮これ見てなにか思わない?﹂
白衣姿の若い女性。
﹁くやしいけどカワイイ﹂
﹁いや、そうじゃなくて、そっくりじゃない?﹂
﹁だれに?﹂
﹁華艶ちゃんに﹂
﹁え?﹂
本人的には首を傾げてしまっている。
﹁似てる似てる∼!﹂
と、さくらがどこからか湧いて出た。
写真を手にしてさくらは、華艶の真横に並べて見比べる。
﹁目元がそっくりでしょ、眉毛もメイク同じにしたらイケるし、ま
ず輪郭が似てるよね∼。でもこの写真の人のほうが頭良さそうだけ
ど﹂
﹁あたしだって勉強はやればできるんだから、バカ呼ばわりしない
でくれる?﹂
﹁それじゃお兄ちゃん出掛けてくるから、あっ夕飯はいらないから
!﹂
華艶をスルーしてさくらが逃げた。喫茶店の出入り口から出て行
ってしまった。
逃げられたことで、華艶の怒りの矛先は兄へ。
﹁妹のこと甘やかしすぎじゃない?﹂
﹁そんなことないよ。僕よりもしっかりしているもの。それよりも﹂
843
﹁それよりもって話逸らすつもり?﹂
﹁妹も言ってたけど、やっぱり華艶ちゃんに似てるよ﹂
﹁そうかなぁ﹂
と、まだ納得してないようすの華艶だが、思い出したことがある。
それは藤川莉々夢が事故に遭った現場であった高本由紀の反応だ。
華艶をはじめて見たとき、彼女は﹃うそ!?﹄とつぶやいて驚いた
ようすだった。おそらく藤川莉々夢にそっくりだと思ったのだろう。
華艶は写真を手に持ってじ∼っと眺め、首を傾げてカウンターに
置いた。
﹁べつに似てても事件と関係ないし。ほかに情報は?﹂
﹁工作員が藤川莉々夢に接触した理由は、危険なウイルスを手に入
れるためだったみたいだね﹂
﹁やっぱり﹂
﹁でも手に入らなかったみたいだよ﹂
﹁それおかしいじゃん。だって研究所からは持ち出してるわけだし﹂
﹁それに関連しているのかわからないけど、藤川莉々夢は工作員が
らみで殺された可能性が濃厚だね、今になって証拠が出てきている
みたいだよ﹂
﹁やっぱり﹂
おおよそは予想どおり。
問題はウイルスの行方だろう。正確には経由と言った方がいいだ
ろうか。
﹁工作員がウイルス入手に失敗したとして、それがどうしてフェイ
スレスマウスに渡ったわけ?﹂
もしも、工作員がウイルス入手に成功していたとしても、フェイ
スレスマウスに渡ることは不自然だ。不自然でないとしたら、フェ
イスレスマウスも海外の工作員という可能性が生まれてしまう。
﹁藤川莉々夢がウイルスをどこにやったのか、なぜ工作員の手に渡
らなかったのか、それを調べればフェイスレスマウスに行き着くか
もね﹂
844
と、京吾は答えた。
フェイスレスマウスに行き着く。ウイルスがどうやって行き着い
たのか、それよりも華艶が現実でフェイスレスマウスに行き着かな
くてはいけない。
藤川莉々夢とウイルスはあくまで本題ではない。華艶が考えるべ
きは姉を助けること、それに必要なフェイスレスマウスとの接触。
﹁ん∼、フェイスレスマウスにウイルスを渡した人物がいたとして、
その人物がわかったら、今のフェイスレスマウスの居場所とかもわ
かったりしないかな?﹂
第三者が今のところ情報に上がってきていない以上、藤川莉々夢
の次がフェイスレスマウスになる。
華艶は頭を悩ませた。
﹁藤川莉々夢は元々工作員にウイルスを渡そうとしてたわけじゃん
? だとすると、途中でフェイスレスマウスに奪われちゃったって
のがわかりやすいよね。⋮⋮あ、フェイスレスマウスと共犯とかじ
ゃないんなら、フェイスレスマウスの居場所とかわかんないし、そ
もそも藤川莉々夢死んでんじゃん﹂
自分で自分の考えを否定。振り出しに戻る。
﹁や∼めた。これ考えるのもうや∼めた。姉貴の事件調べよ、あと
6件の現場も行ってないし、フェイスレスマウスが真犯人って証拠
出てくるかもしれないし﹂
証拠を探すのではなく、捕まえて警察に突き出すのではなかった
のか。考えが廻ったり、考えが変化するのは、手詰まりだからだ。
最終的な目的は決まっている。ただ、そこに行き着くまでの課程
が明確ではない。フェイスレスマウスは神出鬼没、その行方を追う
のは容易ではない。
﹁よしっ!﹂
席を立った華艶。それを京吾が呼び止める。
﹁待って、お姉さんの事件の現場に行く気?﹂
﹁そーだけど?﹂
845
﹁今はやめておいたほうがいいと思うな﹂
﹁どして?﹂
﹁実は華艶ちゃん警察にマークされてるよ﹂
﹁工作員の件?﹂
﹁それもあるけど、お姉さんの事件現場が放火されたんだ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
心当たりがあった。そう言えば京吾に話していなかった。
慌てて弁解するため口を開こうとすると、京吾が先にしゃべった。
﹁7件中6件で﹂
﹁え?﹂
身に覚えがない。歯科医の1件はやってしまったが、残る5件は
知らない。
﹁1件目はおととい。残りの5件はきのうの深夜から今日の未明に
かけて﹂
その1件目は華艶がやってしまったものだ。
残る5件は?
いや、この場合、気になるのは放火されなかった残る1件だろう。
﹁残った1件ってどこ?﹂
ニヤリと微笑む華艶。
尋ねた時点で華艶の次の目的地は決まっていた。
放火がフェイスレスマウスのメッセージなら、残る1件になにか
あると華艶は確信した。
誘いを断るわけにはいかない。
罠だろうとなんだろうと、受けて立つ。
846
まどろむ道化師︵9︶
放火されなかった残る1件は、元児童養護施設だった。
元がつく理由は、殺人事件が起こる前にすでに閉鎖されており、
建物だけが解体されずに放置されてままだったからだ。閉鎖の理由
は職員による児童虐待および性的暴行。火斑麗華はその裁判を担当
したことがあったのだ。
この現場で殺害されたのは、裁判で麗華に負けた被告の男性職員。
施設の入り口は一応は封鎖されていたが、窓硝子などが割られて
おり、若者たちの溜まり場として使われていたようだ。室内にはゴ
ミを散らかした跡がある。
廊下を歩きながら華艶は1つ1つの部屋を見て回る。
食堂だったと思われるホールに辿り着いたとき、ついに人影を発
見した。
長いテーブルの上で縛られている水鏡検事の姿。華艶に気づいた
ようで、ガムテープを貼られた口でなにかを訴えているようだ。
すぐに華艶はテーブルに飛び乗った。
そして、水鏡を見下ろす。
﹁縛られる感想は?﹂
﹁んっ⋮⋮んんっ!﹂
なにを言っているのかわからないが、水鏡の目は怒っている。
仕方がなく華艶はガムテープを剥がした。勢いよく。
﹁ッ! もっと優しくできないのか!﹂
﹁助けてあげようとしてんのに、なにその態度?﹂
﹁早くこの縄を解かないか!﹂
﹁どーしよーかなー﹂
じらす華艶。
偽物にもいいようにヤラれたが、本物にもヤラれているので仕返
847
だ。
だが、水鏡は怒りが爆発している。
﹁早くしろ! 何時間このままだと思っているんだ!﹂
﹁何時間?﹂
﹁40時間くらいだ﹂
﹁おなかすいたでしょ?﹂
﹁水が飲みたい﹂
﹁持ってない﹂
﹁⋮⋮⋮⋮。いいから早く縄を解け!﹂
じん
みかがみ
﹁はいはい⋮⋮って言いたいとこだけど、本物の帝都検事局の水鏡
刃検事だよね?﹂
疑うのは当然。
﹁偽物が現れたのか?﹂
﹁そーゆーこと﹂
﹁私はまったく状況が掴めていない。とりあえず縄を解いて欲しい﹂
この水鏡の話を信じるならば、少なくとも昨日の昼間に会った水
鏡も偽物ということになる。
﹁あたしに依頼はしたよね?﹂
﹁した。火斑麗華の件だ﹂
1度目だけが本物ということになる。
華艶はほっとした。報酬はちゃんと出る。
目の前の水鏡が本物か否か、それを見極める決め手はない。それ
を踏まえた上で華艶は縄を解くことにした。
﹁変なマネしたらタダじゃ置かないから﹂
﹁無駄な体力を使う気はない﹂
縄を解かれた水鏡は上半身をゆっくりと起き上がらせ、躰を確か
めるようにして、テーブルから降りた。
華艶は水鏡が磔にされていたテーブルの上に、なにかがあること
に気づいた。
﹁ん?﹂
848
それは写真だった。華艶はそれを手に取り水鏡に見せる。
﹁コレなに? ミッチーの下にあったけど﹂
﹁ミッチーとは誰のことだ、誰の! その写真に心当たりはない﹂
少なくとも水鏡の所有物ではない。水鏡をここに磔にした者が残
したメッセージだろうか?
写真に写っているのは3人。
少女が2人と、中年の男が1人。にこやかな中年の表情に比べて、
2人の少女は陰鬱そうだ。
華艶は写真をポケットにしまった。
ほかにこの場所になにかあるだろうか?
とりあえず華艶は辺りを見回したがなにもない。まだ見ていない
部屋などもあるが、ポイントらしき写真は見つけた。わかりにくい
場所や、複数個のヒントがあるだろうか?
﹁めんどいし、いっか﹂
捜索終了。
水鏡がゆっくりと歩き出す。
﹁早く休みたい。タクシーを呼んでくれないか、ホテルに向かおう。
そこで今までの経過を聞こう﹂
﹁⋮⋮またホテルか﹂
と、言っても豪華なホテルで会った水鏡は偽物だった。
﹁ホテルがどうかしたか?﹂
﹁べつに。すぐにタクシー呼ぶけど、救急車じゃなくていいの?﹂
﹁そこまでする必要はない﹂
﹁あっそ﹂
︱︱しばらくして、二人は迎えに来たタクシーに乗って、水鏡が
指示したホテルに向かった。
﹁うわー、すごいながめー﹂
棒読みで華艶は大きな窓から帝都の街を展望した。
偽物だろうが、本物だろうが、ここんところは変わらなかった。
849
やっぱり高級ホテルだ。
﹁だいぶ体力も回復してきた。それでは話を聞こうか?﹂
ワインを飲みながらリラックスしている水鏡。ここも同じだ。
じと∼っとした視線を水鏡に向ける華艶。
﹁本物だよね?﹂
﹁私は私でしかない。この世に水鏡刃はただひとり﹂
﹁べつに偽物でも構わないけど、なんかめんどし﹂
︱︱こうして、華艶はこれまでの経由を水鏡に聞かせた。
水鏡は驚いたようすだった。はじめは火斑麗華の事件だったが、
やがて事件は広がりを見せながら、フェイスレスマウスの絡む連続
爆破事件にまで発展した。自分の知らないうちに目まぐるしく動い
た街に、驚くの当然だろう。
話し終えた華艶は、
﹁ひとつ聞きたいんだけど、喫茶モモンガを通じてあたしに資料と
かくれてないよね?﹂
﹁君と会ったのは依頼をしたときだけ。資料もなにも渡していない﹂
﹁だよね﹂
事件資料なども、おそらくはフェイスレスマウスが用意したもの。
なぜフェイスレスマウスはそこまでするのか?
華艶にいったいなにをさせようとしているのか?
フェイスレスマウスの目的はいったい?
次に華艶がすることは決まっている。
漠然としたものではない。調べる物が決められている︱︱相手に
よって。元児童養護施設廃墟で手に入れた写真だ。
華艶のケータイが鳴った。
﹁もしもし華艶でーす﹂
︽写真の人物がわかったよ︾
京吾の声。そして、写真とは手に入れた写真のこと。華艶は写真
を手に入れてすぐに、写メを撮って京吾に転送していたのだ。
﹁だれだったわけ?﹂
850
︽ひとりは藤川莉々夢、向かって右の子︾
みややまのぶひろ
﹁ここでまた登場なわけね﹂
︽左の子は高本由紀︾
﹁藤川莉々夢の親友﹂
︽真ん中に写ってる男は宮山伸裕︾
﹁宮山伸裕ってどっかで聞いたことある﹂
ここで水鏡が口を挟む。
﹁その名前なら、火斑麗華が殺害したとされる男だろう。先ほどま
で私が監禁されていた場所で殺された男で、わいせつ罪で有罪にな
ったが執行猶予がついた。まだ傷害罪や強姦罪での疑いがあり立件
したが、裁判の途中で殺された。おとなしくはじめから刑務所に入
っていれば、殺されずに済んだだろうに﹂
華艶は今の話にケータイを向けて声を拾っていた。そして、自分
の耳元にケータイを戻した。
﹁で、あってる?﹂
︽僕からの説明は不要そうだね︾
﹁ほかに情報は?﹂
︽今のところはそれだけ。高本由紀の連絡先もあるけど必要?︾
﹁それだいじょぶ、知ってるから。んじゃ、またね﹂
︽ではまた︾
通話を切って華艶は水鏡に顔を向けた。
﹁そーゆーわけだから、大人になったこの子に会ってくる﹂
写真を持った華艶はもう片手で左の少女を指差した。
仕事が終わってからということで待ち合わせをした。
駅は帰宅途中の人々で溢れていた。
待ち合わせの場所は駅内のコーヒーショップ。吹き抜けのテーブ
ル席。
約束より20分ほど遅れて高本由紀が姿を見せた。
﹁すみません、仕事が少し長引いてしまって﹂
851
﹁ぜんぜんだいじょぶですよ﹂
﹁あのそれで大事な話って?﹂
さっそく由紀が本題を切り出した。
﹁あなたが予想したとおり、藤川莉々夢さんは殺害の意図をもって
殺されたみたいです﹂
﹁やはり⋮⋮そうだったんですか﹂
﹁ここからはオフレコで﹂
﹁はい﹂
由紀は息を呑んだ。
そして、華艶は間を置いてから話しはじめる。
﹁藤川さんが付き合っていた彼氏は某国の工作員で、とある物が欲
しくて藤川さんい近づいたみたい﹂
﹁とある物?﹂
﹁まあそれはちょっと⋮⋮﹂
﹁莉々夢が研究していたなにかですか?﹂
﹁それは言えないけど、そういうゴタゴタの中で殺されてしまった
みたいです。ちなみにその工作員は何者かによって先日殺害されま
した﹂
﹁その犯人って? ぜひ教えていただけませんか!﹂
﹁なんでもかんでも話すわけには∼﹂
話すには事件が大きすぎる。
由紀はうつむいた。
﹁そうですか⋮⋮でも莉々夢の敵[かたき]を伐[う]ってくれた
なんて、会ってお礼を言いたいくらいです﹂
うつむきながら由紀はちらっと華艶を見た。そして、すぐうつむ
いた。
華艶はあの写真取り出してテーブルに滑らせた。
﹁この写真に写ってるのあなたですよね?﹂
﹁⋮⋮っ﹂
一瞬言葉に詰まって、すぐに由紀は声を絞り出す。
852
﹁はい、横に写っているのは莉々夢です﹂
﹁真ん中は?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁最近になって逮捕されたみたいです。でも、ず∼っと昔からそー
ゆーことしてたんじゃないかなって思ってるんですけど、どうです
か?﹂
﹁なぜそんなこと聞くんですか?﹂
﹁この男も殺されました。たぶん工作員を殺したのと同じ犯人だと
思います。心当たりは?﹂
﹁⋮⋮ありません﹂
由紀はうつむいたままだ。目だけは忙しなく泳いでいるのがわか
る。
次に華艶が出した写真は大人になった藤川莉々夢。京吾を用意し
た物とは少し違う。
﹁これ藤川莉々夢さんですよね?﹂
﹁そうです﹂
﹁あたしとはじめて会ったとき、なぜか驚かれましたよね?﹂
﹁そうでしたか?﹂
﹁あたしのこと藤川さんだと思ったんですか?﹂
﹁少し⋮⋮似てると思っただけです。だって本人のわけないじゃな
いですか、莉々夢は死んでいるんです。もうこの世にいないんです
から﹂
華艶は由紀の言い方に引っかかって眉を寄せた。死んだと言うこ
とに、なぜそこまで念を押す必要があるのか?
﹁ヒャッハハ、そうなの、藤川莉々夢は死んでいるの? 嗚呼、な
んだかスッキリしちゃったわ﹂
華艶の顔。
しかし、その声は違う。
突如、華艶の頭部が爆発して肉片を飛び散らせたかと思うと、中
から巨大な唇が現れた。
853
フェイスレスマウス!
今まで由紀の前の前にしたのは、華艶ではなくフェイスレスマウ
スだったのだ。
怯えて逃げようとする由紀の腕をフェイスレスマウスは掴んだ。
﹁逃がさないわよ牝狐ちゃん﹂
フェイスレスマウスの股間はズンッと盛り上がっていた。
﹁いやっ、離して!﹂
逃げようとする由紀。どうにかフェイスレスマウスの躰から離れ
られた。だが、腕は掴まれたまま。なんとフェイスレスマウスの腕
は何メートルも伸びていた。
まるでバネが戻るようにフェイスレスマウスの腕が元に戻り、由
紀が抱き寄せられてしまった。
﹁いやっ!﹂
抵抗など無駄だ。
後ろから羽交い締めにされて胸を揉まれる。尻の割れ目には硬い
肉棒を擦りつけられている。そして、極めつけは巨大な舌での愛撫。
べちょり。
顔面を食うように舐められ、由紀の顔は唾液でぐしょぐしょにな
った。
﹁いやっ、いやっ⋮⋮やめてちょうだい! なんなのあなた!﹂
﹁なにかと聞かれれば、それはボクも知りたいわ。自分がどこから
来て、どこへイクのか。頭の中のハエはいつ死んでくれるのか、あ
したの朝食はなにしようか、やっぱり血の滴るジューシーな少女の
肉がいいわね﹂
ぐちょり。
また舌で由紀の顔を舐めた。
﹁う∼ん、少女とは言えないけれど、悪くないわね。好みのタイプ
よ、アナタ﹂
スカートが捲られ、ショーツが破り捨てられた。
いきなりの挿入。
854
﹁あああっ!﹂
由紀の叫び声が木霊した。
逃げ惑う人々、硬直する人々、多くの人々の前で犯されている。
﹁いやっ、いやーっ!﹂
﹁ゆーちゃんのおま○こガバガバだわね。男を食って食って食いま
くってきた汚い穴。ボクが全部掻きだしてキレイキレイにしてあげ
るわ﹂
バックから肉棒を撃ち込む。掻き出すどころか、突き刺さってし
まう。
目の前で繰り広げられる狂乱を前に、ひとりの女性がその場にへ
たり込んでしまった。そして、フェイスレスマウスと顔を合ってし
まった。
﹁お嬢さんもご一緒にどう?﹂
言葉を投げかけられた女性は失禁して気絶してしまった。
﹁ヒャッハハ! ボクの誘いを断るなんて、ンン∼ン、感じちゃう
!﹂
﹁あんたの誘いなんてだれが乗るかっつーの!﹂
響き渡った少女の声︱︱華艶!
﹁ヒャハハハハハハハ、ボクとアッハ∼ンした売女のいうセリフぅ
?﹂
﹁うっさい! 公然わいせつ、婦女暴行さっさとやめなさい!﹂
﹁イ∼ヤ∼よ。華艶ちゃんヤレるならヤレばいいわ。ただし、おか
しなマネしたら、この牝狐のおま○こが大爆発を起こすわよ﹂
由紀の体内には凶器が突きつけられているのだ。
涙ぐむ由紀。
﹁どうして⋮⋮どうしてこんな⋮⋮いや⋮⋮いや⋮⋮﹂
﹁ヒャッハハ、どうしてですって? どうしてかしらね、ボクも理
由を知りたいわ。だってボクはなにも知らないんですもの。なにも、
なにも、な∼にも知らないの。でもなぜかアナタが男を寝取った牝
狐だってことは知ってるの、なぜだかね、なぜかしら?﹂
855
﹁⋮⋮やっぱり、薄々思ってた。人体爆破テロであのウイルスが使
われたときから⋮⋮でもそんなはずが、そんなはずが⋮⋮あああっ
!﹂
激しく腹が内側から突き上げられた。
フェイスレスマウスは由紀の胸をもぎ取らんばかりに握り潰した。
﹁ヒィィィィギギギ!﹂
﹁イタイの? これってイタイんでしょ? ボクね、生まれたとき
から痛覚がないから、イタイってわからないの。だからなにをして
も心がイタまないのよ。ねェ、アナタはイタイの感じるの?﹂
﹁やめて⋮⋮もう⋮⋮あああっ、ああああああっ!﹂
絶叫。
思わず華艶は動こうとした。
しかし、フェイスレスマウスは許さない。
﹁動くとゆ∼ちゃんが死んじゃうわよ。お腹から生まれちゃうのボ
クの子が。腹の肉を食い破って生まれてくる、嗚呼、ステキ﹂
由紀の目から涙の塊が崩れる溶けるように落ちる。
﹁ごめんなさい⋮⋮もう許して⋮⋮あああっ⋮⋮ゆるひぃぃぃ⋮⋮
私が悪かったああああっ!﹂
﹁ヒャッハハ! 謝ることなんてないのよ、人は生まれながらに罪
だらけ。謝っていたら切りがないもの。けれど懺悔がしたいのなら
どうぞご自由に、この世に神なんていやしないけれど、それでもい
いなら﹂
﹁ああああっ⋮⋮ひいいいいっ⋮⋮わたしがああああっ⋮⋮莉々夢
を殺したの!﹂
856
まどろむ道化師︵完︶
肉棒で突かれながら由紀は告白した。
﹁うぐ⋮⋮ひぃひぃ⋮⋮私が莉々夢をトラックに突き飛ばしたのぉ
ぉぉ!﹂
工作員とのもめごとに巻き込まれたのではなかったのか?
﹁ああっ⋮⋮彼の予定では拉致するはずだったんだけど⋮⋮トラッ
クが私たちの目の前で止まる寸前⋮⋮突き飛ばしたの⋮⋮スピード
を緩めてたけど⋮⋮トラックだったから⋮⋮ひひひっ⋮⋮ぐちゃぐ
ちゃになっちゃった⋮⋮ヒヒヒヒッ﹂
壊れはじめる由紀。
身も心も壊される。
いや、すでに心は壊れていたのかもしれない。
﹁キャハハハハハハ!﹂
犯されながら由紀は狂ったように嗤った。
結合部から淫らな汁が飛び散る。
﹁ヒャッハハ! つまらない話。リリムってどこのだれだか知らな
いし。けれどグチャグチャってとこは大爆笑だわね、ヒャハハハハ
ハハハ!﹂
笑い声が木霊する。
二人の笑い声が反響して、さらに狂宴を高める。
華艶はフェイスレスマウスを見つめた。
﹁藤川莉々夢、本当に知らないわけ?﹂
﹁知ってるかも知れないし、知らないかも知れないし、物忘れが激
しいのよね。けれどボクが生まれる前に死んでいた女なんて、知っ
ているわけがないわ。そうボクは藤川莉々夢なんて知らないの。父
殺しの藤川莉々夢。母殺しの藤川莉々夢。違うわ、殺したのはあの
子じゃなかったわね。間違え間違え遠い間違い。波に揺られて沈ん
857
でイク。はじめてのオトコは孤児院の職員だった⋮⋮そこにはゆー
ちゃんもいたわね。ふたりはなかよしだったから、いつもいっしょ、
でも死ぬときは違った、ヒャハハハハハハ!﹂
ドビュビュビュッドボドボドボ!
悪臭が辺りを漂った。
まず気を失ったのは由紀だった。
肉棒が抜け、床に倒れて肉壺からドロリと黄色い汁を垂らした。
強烈な臭いが立ちこめる。
腐った魚の臭いに似ている。
﹁ヒャッハハ! ボクの新作よ、空気感染するわ﹂
﹁ウイルス!﹂
華艶が叫んだ。
周りにいた人々が次々と倒れていく。
すぐに華艶は服の袖で口と鼻を覆ったが、この程度で効果がある
とは思えない。華艶が倒れずにいるのは、驚異の治癒力のお陰だろ
う。
フェイスレスマウスは力強い肉棒を手で擦りながら、ケツを振っ
て踊っている。
﹁死にはしないわ。そうね∼、まずは全身の毛という毛が抜けるの、
それからそれから、毛穴から異臭がするようになるのよ。そりゃも
う臭いったらありゃしない。臭くて臭くて普通の生活なんてしてら
れないわ。もちろん恋人もできないでしょうね、カワイソウに。童
貞ってどのうち魔法使いになれるんですって、知ってたかしらん?﹂
二人組の警官がやっとこの場に駆けつけた。
警官はいきなり銃を抜いた。相手はフェイスレスマウス、すぐに
撃つつもりだ。
フェイスレスマウスの脚が伸びた!
﹁ボクのほうが立派ね!﹂
蹴りが警官の腹を抉って一発で気絶させた。
だが警官はひとりではない。
858
銃声が響く。
ほぼ同時にフェイスレスマウスが胸を押さえた。
そして、手を離すとそこには真っ赤なバラが咲いていた。
﹁ボクと勝負したきゃ大砲でも持って来なさい!﹂
フェイスレスマウスが親指で指差したのは自らの大砲。
発射した!
肉棒の先端から黄色いゼリー状の物質が吐き出され、銃を撃った
警官の顔面に直撃した。
﹁うぐっ!﹂
呻いた次の瞬間には、警官は気絶して倒れていた。
これで警官は片付けた。応援はすぐに来るだろうが、今この場に
立っているのはフェイスレスマウスと華艶。
﹁ワクチンは?﹂
尋ねる華艶。
﹁ココよ﹂
答えたフェイスレスマウス。
ココと指差したのは肉棒の付け根だった。そこには肉襞が口を開
けて涎れを垂らしていた。
﹁ボクの胎内でちゃ∼んと温度管理しているわ。ここでおねんねし
てる子たちの分くらいは、あるんじゃないかしらん?﹂
﹁本物でしょうね?﹂
﹁本物よ﹂
﹁本当に本当に?﹂
﹁疑っても本物は偽物にならないわよ﹂
そうとわかれば!
﹁炎翔破!﹂
多少の炎なら焦げるだけで火災にはならないはず。それに命中さ
せれば問題ない。
フェイスレスマウスは炎玉を巨大唇にもろ受けてよろめいた。そ
のままブリッジしながら倒れ、バネのように起き上がった。
859
﹁イヤね、唇が乾燥しちゃったわ﹂
巨大唇が剥がれ落ちる。
中からなにか出てくる!
そんなのを待っている華艶ではない。
﹁火炎蹴り!﹂
接近からの回し蹴り。
炎を纏った足は肉を焦がすため受けることは通常できない。
だが!
﹁ハァ、アンタだれにケンカ売ってんの?﹂
相手は素手で華艶の炎を足ごと受け止めた。
その顔は︱︱。
﹁姉貴!?﹂
顔を青くした華艶はすぐさま飛び退いて距離を取った。
相手はフェイスレスマウスだ。それはわかっているが威圧感が姉
と同じ。もっとも戦いたくない相手だった。
足を肩幅くらいに開いた〝麗華〟は、片手を腰に当て、もう片手
で華艶を指差した。
﹁アタシにケンカ売るなんてバカなの? ドジなの? マヌケなの
? たかが妹分際で天下のお姉様にケンカを売ろうなんざ一億光年
早いんだよ、ヴォケカス!﹂
﹁うう⋮⋮ごめんなさい、もう絶対に⋮⋮って、姉貴のマネなんて
そっちこそ一億光年早いっつーの!﹂
偽物などに惑わされない。
炎術士相手では炎は無力だ。華艶は通常の殴りを繰り出した。
〝麗華〟は微動だにしない。冷たい眼。すべてを見下す冷たい眼。
殴れなかった。
華艶の拳は〝麗華〟の鼻先数ミリのところで止まってしまってい
た。
嘲笑する〝麗華〟。
﹁仏じゃないから3度もないわよ。少しでも触れてみなさい、腕ご
860
とねじって千切るから。アンタは今、この世の神を目の前にしてい
るの、わかるわよね女神様﹂
﹁あ∼∼∼∼ッ、殴れない!﹂
悶絶しながら華艶はうずくまってしまった。
例え偽物でも殴れない。偶像崇拝のようなものだ。
〝麗華〟が華艶の横にしゃがんだ。
﹁いい子、いい子、しっかり調教されてるわね﹂
華艶は頭をなでなでされながら、ぶつけようのないモヤモヤに苛
まれた。
姉には勝てない。
力や勉強、数値的な問題ではない。DNAに組み込まれたがごと
く、いや、万物の絶対の法則なのだ。
〝麗華〟の繊手が華艶の首に巻き付いてきた。
﹁もっと調教してあげるわ﹂
いきなり下腹部が擦られた。
﹁ひゃっ⋮⋮姉貴⋮⋮やっン﹂
姉に淫らなことをされてしまう。
柔らかい肉まんじゅうを包み込むショーツを、ぎゅっぎゅっと指
で押される。
﹁そんなことされたら⋮⋮割れ目に食い込んじゃう﹂
ショーツが割れ目に食い込んでしまう。そしたら、すぐに気づか
れてしまう。もう濡れてるって。
吐息のようなぬくもり。
ショーツの割れ目にじゅわぁっと愛液が染みが浮かんだ。
〝麗華〟が薄ら笑いを浮かべた。
﹁あらあら、もう濡れちゃったワケ? そっちが準備万端ならヤッ
ちゃうわよ﹂
ショートの中に繊手が乱暴に侵入してきた。
割れ目をこじ開けて、中指と薬指が突き刺さった。
﹁あぅっ!﹂
861
2本の指を少しの前戯で呑み込んでしまい、その恥ずかしさで華
艶は目を伏せた。
〝麗華〟は華艶の胸を揉んだ。服の上からこねるように、グリグ
リと揉んだ。
﹁ヤルわよ、すぐにナカでイカせてあげる﹂
激しいシェイクがはじまった。
愛液が泡立つ。
﹁あっあっあっあっ⋮⋮んぐ⋮⋮いきなり激しすぎだよ⋮⋮あぅン
!﹂
受け入れる準備が出来ていなければ、痛くて苦しくて快感なんて
ない。
﹁くうう⋮⋮だめっ⋮⋮そこ、押しちゃ⋮⋮だめぇぇんン!﹂
感じてしまっている。
乱暴にされながら感じてしまっている。
ナカで指を曲げられ、お腹のほうを押されている。押し上げてる
指の形がわかってしまう。激しい、激しく突かれてる。
﹁うっ⋮⋮壊れちゃう⋮⋮あんまり激しく⋮⋮いいいっ﹂
﹁だいじょぶよ、アンタ躰丈夫なんだから。ホントはもっと激しい
の欲しいんでしょ? 熱く熱した鉄の棒みたいなのが﹂
﹁欲しくなんか⋮⋮だめだから⋮⋮もうこれ⋮⋮イッ⋮⋮じょうは
⋮⋮﹂
﹁あげるわ、熱い鉄の棒みたいなの。きっとこんなの味わったこと
ないと思うわ。お姉ちゃんが特別なのあげる﹂
﹁⋮⋮ッ!?﹂
華艶の瞳孔がいっきに開いた。
﹁なに⋮⋮熱い⋮⋮すご⋮⋮いいっ⋮⋮熱いのなに!?﹂
感じたときに躰が熱くなるのとは違う。
絶頂を迎えたとき、秘奥から湧き出す炎の力とも違う。
燃えているのだ。本当に燃えているのだ。胎内で炎を焚かれてい
るのだ。
862
炎を宿した〝麗華〟の指が肉壁を熱く溶かす。
﹁ほらほら、熱くて気持ちいいでしょう? 普通の人間なら悶え死
んでしまうけれど、アタシなら平気。炎の快楽をもっとも味わえる
場所が女のここなのよ﹂
﹁ひぃぃぃぃっ⋮⋮これすごいいいっ⋮⋮すごいのがナカにいるよ
⋮⋮暴れて、膨らんでる⋮⋮あふぅぅぅうン⋮⋮ひぐっ、ひぐっ⋮
⋮しゅごひひひっ!﹂
それがなんだかわからない。得体の知れないモノ。未知の刺激。
指なのか、熱風なのか、それとも別の生き物か?
貪欲に、あさましいまでのアヘ顔を晒す華艶。
舌を垂らし、目を白黒させて、腰を自ら動かした。
涙が出る。なんの涙だかわからない。目頭からじゅっと涙が溢れ
た。
﹁熱いのが⋮⋮ナカが熱いのでいっぱい⋮⋮大量の熱いセーシぶち
込まれてるみたい⋮⋮ひゃあああン⋮⋮熱ひぃぃぃっ!﹂
胎内からの熱は全身を包み込み、まるで温かい海に沈んでいるよ
うな錯覚に陥る。熱い精液の海に揺られているような、溺れている
ような、海底に沈んでイク。
﹁あふぅ⋮⋮イキそう⋮⋮イッっていい? お願いイカせてくださ
い⋮⋮もう苦しいの⋮⋮﹂
﹁いいわよ、イクことを許してあげる。お姉ちゃんの目の前で、イ
ッちゃいなさい。変態でいやらしい華艶を全部見てあげるから﹂
﹁イク⋮⋮イキます⋮⋮だ⋮⋮はあぁぁぁぁぁんぐッ!﹂
華艶の躰が跳ね上がった。
﹁また⋮⋮連続でイッ⋮⋮くぅぅぅぅぅぅン!﹂
腹から飛び上がる。
﹁ひぐっ⋮⋮ひぐっ⋮⋮﹂
断続した痙攣。
ナカから指がいったん抜かれた。
すると、秘所が爆発したような飛沫が湯煙と共に噴き上げた。
863
愛液の間歇泉[かんけつせん]だ。
﹁ひぐぐぐぐぅぅぅぅっすごひひほぉぉぉぉぉっ!﹂
無様な醜態一色の顔で華艶は叫んだ。
全身から力が抜けていく。
躰は痙攣しているが、自分の自由にはならない。手を持ち上げる
力も入らない。精力をすべて放出してしまった感じだ。
床に寝転がる華艶を見下ろす〝麗華〟の冷笑。
﹁さあ、次はどうしようかしら。お姉ちゃんの股間におちんちんを
生やすなんてどう? 妹のアソコにお姉ちゃんのが入るのよ?﹂
﹁⋮⋮はぁはぁ、はぁはぁ﹂
華艶は返事もできない、視線は上を向いているが、どこを見てい
るかは定かではない。目は漠然とものを映しているだけ。
〝麗華〟が嗤った。それは〝麗華〟の表情ではない。
次の瞬間、〝麗華〟は顔面を抉られよろめいた。
﹁アタシの妹になにしてくれとんじゃボケカスッ!﹂
拳に炎を宿したスーツを着込んだ凜とした女。
ぼやけた視界の中で華艶は見た。
﹁あね⋮⋮き?﹂
対峙する〝麗華〟と麗華。
そして、呪符縄が飛翔した!
﹁報酬は半分だな。公然猥褻罪で起訴するかはあとで考える﹂
呪符縄を握り締めているのは水鏡だった。
華艶は自分の目を疑った。
水鏡の今まの口ぶりからして、このタッグはありえないはずだっ
た。
口から流れた真っ赤な血を手の甲で拭った〝麗華〟。
﹁自分の顔を殴るなんていい度胸してんじゃない﹂
﹁ハァ? 唯一絶対のアタシが二人もいると思ってんの、バカなの
? ぜんぜん似てないから、死ねよカス!﹂
麗華の連打。
864
パンチの猛襲からの回し蹴り。すかさず指を組んだ拳を〝麗華〟
の脳天に叩き落とした。その戦闘スピード、その攻撃力は華艶を凌
駕する。
踊る呪符縄が〝麗華〟の両手首を拘束した。
麗華の下段回し蹴りが決まり、〝麗華〟が足を掬われ転倒。浮い
た足にはすぐさま呪符縄が巻き付いた。
全身拘束。
水鏡刃の呪符拘束が完成した。
﹁この契約の楔は断ち切れないぞ。検事として逮捕権を行使させて
貰おう。君をここで逮捕すするフェイスレスマウス!﹂
かっこつけている水鏡の横で麗華が舌打ちした。
﹁チッ⋮⋮いいとこ持っていくわね。まあ、たまにはアンタに花を
持たせてやってもいいけど﹂
﹁超法規的措置で、この場に連れてきてやったのは誰だと思ってい
る?﹂
﹁はいはい、今度裁判が一緒だったらラーメンおごってあげるから﹂
﹁買収はされる気はない﹂
辺りの空気は二人のものだ。もう事件は解決した。
しかし︱︱。
﹁ヒャッハハハハハ! 捕まっちゃったわん、まだまだ夜は長いの
に残念。ゲームに勝利したアナタたちに商品をあげるわ。そうね、
MVPの華艶ちゃんこっちへいらっしゃい﹂
華艶は覚束ない足取りでフェイスレスマウスに近づく。
水鏡が注意を促す。
﹁肉体は拘束してある。魔導の類も使えないはずだ。しかし、気を
つけろ﹂
﹁はいはい﹂
姉と同じような言い方。水鏡はムッと来たが、髪の毛をかき上げ
て鼻で笑って抑えた。
フェイスレスマウスは躰を完全に拘束されている。呪符を巻き付
865
けられた姿はミノムシのようだ。
﹁こっちに来たら、この包帯みたいなのの隙間から股間に手を突っ
込んでくれるかしら? ワクチンをあげるわ。あと親切で言ってあ
げるけど、もうだいぶ拡散しているみたいだから、早く駅を封鎖し
た方がいいわよ。みっちゃんもいつ感染するか﹂
それを聞いて水鏡ははじめて知った。
﹁まさかウイルスが空気中に拡散しているのか!?﹂
華艶は意地悪そうな顔をして答える。
﹁ハゲになって体臭きつくなるウイルスだって。あと童貞も治んな
いって﹂
﹁最後のは嘘だろ絶対に嘘だろ。ハゲと体臭も怪しいぞ!﹂
そこにフェイスレスマウスが口を挟む。
﹁本当よ。ハゲて体臭がきつくなって、一生童貞になるウイルスよ、
ヒャッハハハハハハ!﹂ すぐに水鏡はハンカチで口と鼻を押さえ
た。そんなに童貞が怖いのだろうか。
華艶はフェイスレスマウスの股間に手を伸ばした。ワクチンのた
めとはいえ、ためらわれる行為だ。
恐る恐る股間に手を伸ばし︱︱ブフォッ!
黄色い煙が突然華艶を包み込んだ。
﹁げほっ、げほっ⋮⋮なにこれ⋮⋮くっさ∼っ﹂
﹁ヒャッハハ、お腹壊してるのよね、オナラ出ちゃったみたい。ち
ょっと実も出ちゃったかしら、ほら、口から﹂
フェイスレスマウスは舌を出した。その上に乗っている謎の小瓶。
華艶は素早く小瓶を取った。
﹁これがワクチン? 股間にあるんじゃなかったわけ?﹂
﹁勘違いだったみたい、それが本物のワクチンよ。さっ、これで舞
台の幕を閉じましょう。エンドロールは見ない派なの、だから早く
連行してくれるかしら?﹂
呪符縄の妖力によってフェイスレスマウスの躰が宙に浮く。
先を歩く水鏡。
866
フェイスレスマウスが連行されていく。
華艶の横を通り過ぎ、だいぶ先に行ったところで、フェイスレス
マウスの巨大唇が180度回転した。
﹁まあ遊びましょうね華艶ちゃん。アナタのこと遊んでると、なん
だか⋮⋮そう、懐かしい気がするのよね。ずっと昔から見知った顔
のひと遊んでいるみたいな﹂
﹁やっぱりあなた⋮⋮﹂
つぶやいた華艶。
もうフェイスレスマウスの姿は消えていた。
そして、麗華が真剣な顔をして、
﹁あのバカ検事。ウイルス拡散してるって聞いたのにもう忘れたワ
ケ? バカなの? アホなの? 死んでも治らないんじゃない? どこまで連行する気なのかしらね、アホめ﹂
そして、この日街は︱︱バイオハザードに見舞われかけたのだっ
た。
後日、ハゲ頭の検事が謝罪会見を開いたとか開かないとか⋮⋮。
完
867
レインコートの殺人鬼︵1︶
華艶の表情は晴れない。
喫茶モモンガの店内から外の景色を眺める。
景色を切り取る大窓の額縁に描かれた街は︱︱雨。
﹁梅雨なのはわかるんだけど、多すぎだし﹂
怠そうに華艶はカウンター席に腕を置いて、そこに頭を乗せた。
﹁仕事は多いんじゃないかな? 梅雨の時期はどういうわけか妖物
が増えるからね﹂
京吾の言うとおり、梅雨のどんよりとした空気と帝都の魔気が相
乗効果を生むためか、雨の時期は人間外の事件が多くなる統計があ
る。
﹁仕事ダルイ∼。仕事は趣味だし、雨降ってる日までやりたくない
し∼﹂
﹁そうだね、華艶ちゃんの本業は学生だからね。こういうときこそ
︱︱﹂
﹁勉強もダルイ∼﹂
京吾が言い終わる前に華艶が制した。
まだ6月のため、進学の時期はまだまだ先だ。今年度ははじまっ
たばかりと言ってもいい。
﹁華艶ちゃん、そんなこと言ってるとまだ留年するよ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
はじまったばかりと油断していると痛い目を見る。留年という前
科があるのだ。
華艶は急に席を立った。
﹁うん、たまには勉強しようかな!﹂
今年度がはじまったばかりということは、留年のショックも遠く
ない過去だ。このままショックが薄れず、勉強に励んでくれればい
868
いが⋮⋮。
テレビに生放送のニュースが映った。もう華艶はそちらに気を取
られている。
帝都ローカルニュース専門チャンネル。起きた事件をすぐに取材
するフットワークの軽さで、臨場感が残る現場での生中継が多い事
もウリとなっている。そして、もうひとつのウリは、ありのままを
映すことだ。
雨で濡れた道路を朱墨が流れるような光景。
屍体はまだそこにあった。
取材クルーはパトカーや救急車よりも早く現場に駆けつけていた
のだ。
死んでいるのは若い女性。取材クルーが勝手に被害者のサイフか
ら免許を探し出し、大画面でそれを映してすぐに身元が判明した。
このように現場を荒らすような真似をするため、帝都ニュース専門
チャンネルと警察は犬猿の仲と云われている。
周りは住宅街だった。その場所に華艶は見覚えがあった。
﹁近所だ﹂
屍体が発見されたのは、喫茶モモンガの近所だったのだ。
﹁なら犯人もまだこの近くにいる可能性があるね﹂
と、京吾。
﹁ばったり鉢合わせなんて、ね﹂
と、華艶は冗談ぽく笑った。
ニュースは続いている。
︽目撃者の証言によりますと、犯人はフロッグマンの可能性が高い
と思われます。フロッグマンはみなさんもご存じのとおり、先月に
入って雨の日に現れるようになった殺人鬼です。梅雨になり犯行回
数も多くなり、女性を中心にこれまでのべ27人の死傷者、うち1
3人の方がお亡くなりになっています。フロッグマンの特徴は︱︱︾
カランコロンと店のドアが開いてベルが鳴った。
雨の音が強くなった。
869
そして、緑色の人影が店内に入ってきた。
︽緑のレインコート︾
人影は一気に店の入り口からカウンター席の上に跳躍した。
︽人間とは思えないジャンプ力︾
目深に被ったフードの奥で、男は不気味な笑顔を見せた。
︽イボだらけの顔︾
まさにこの男!
すぐに華艶が間合いを取って構えた。
﹁フロッグマン!﹂
華艶の叫び声が響いたとほぼ同時だった。
銃声が店内に響いた。
コーヒーと硝煙の香り。
剃刀の眼をした京吾が44口径のコルト・パイソンを構えていた。
まず華艶は京吾に驚いた。
﹁えっ、銃とか使えんの!?﹂
﹁護身用程度に﹂
謙遜しているが、その瞳は一流の狩人を示している。
このとき、京吾と華艶はフロッグマンから目を離していなかった。
真に驚くべきはフロッグマン。
﹁撃たれたのに無事ってどういう仕様?﹂
と、華艶は眉をひそめた。
銃弾はたしかにフロッグマンに当たった。レインコートには穴が
空いているのが見て取れる。ただし、空いた穴は2つだった。
穴そのものは3つ。
跳弾した弾丸は店の壁に穴を開けていたのだ。
フロッグマンが入ってきた扉から店外へ飛び出した。
そう、逃げたのだ。
呆然としてから華艶が叫ぶ。
﹁賞金に逃げられたーっ! 今のヤツランクいくつで賞金いくら!﹂
﹁ランクはBだけど、被害者が多いせいで1450万まで跳ね上が
870
ってるね﹂
﹁Bランクで1000万越え!?﹂
これは通常の10倍以上の相場だ。
目の色を変えて華艶が店を飛び出した。
ベルが虚しく響く。
﹁華艶ちゃん⋮⋮またお金﹂
ぼやく京吾。
華艶は無銭飲食の常習犯だった。
ビニール傘を店に置いてきてしまった。
雨は強い。
制服のワイシャツが躰に張り付き、下着まで水が染みこんでくる。
しかし、今の華艶はそんなことお構いなしだ。
水溜まりを蹴り上げて、フロッグマンの行方を追う。
完全にフロッグマンを見失い、華艶は足を止めた。そこではじめ
て自分がびしょ濡れだということに気づく。
﹁靴下の中までグチョグチョ。パンツもヌレヌレ﹂
梅雨というより、夏の豪雨だ。
雨によって視界と聴覚が奪われる。
逃亡者が痕跡を消すにはもってこいの雨だ。
フロッグマンはこれまでなんども目撃されている。けれど今まで
捕まらずに逃げ延びている。彼は縦横無尽に逃げ回る。
喫茶モモンガの店内で見せた跳躍はお遊び程度。目撃者によると、
道路から2階建ての屋根に軽々と飛び上がったと云われている。
跳躍だけではない。ビル街でフロッグマンが逃走したとき、まる
でカエルのようにビルの壁に張り付き、そのまま屋上までよじ登っ
ていったという。
ゆえにフロッグマンと呼ばれるようになった。
道路を走り回るだけではフロッグマンは見つけられない。空にも
眼を向けなくては。
871
駅周辺から離れ、店の影が少なくなってきたあたりで、悲鳴があ
がった。
血の雨。
華艶の足下で鈍い音がした。
﹁雨ときどき人間かぁ﹂
死んでいるのか気絶しているだけなのか、華艶の足下に降ってき
たのは若い男だった。彼は手に火の消えた煙草を握ったままだった。
この男はどこから飛んできた?
華艶の視線の先にはアパートのベランダが並んでいた。フロッグ
マンの姿はない。
﹁ここまで来て逃がすか!﹂
近くで慌てている主婦に華艶は顔を向けた。
﹁救急車、このひと任せたから!﹂
警察とはあえて言わなかった。
そして、華艶はアパートに乗り込んだ。
2階建てのアパートだ。部屋数は少なく、華艶は上の階に目星を
つけた。
﹁キャァァァッ!﹂
ドアの向こうから悲鳴。
華艶は歯を噛みしめてドアにタックルした。
ゴン! ゴン! ガズゥン!
ビクともしない。
ドアノブを回してもカギがしまっている。
﹁助すけて!﹂
突然、ドアが開いて華艶が突き飛ばされた。悲鳴をあげながら飛
び出してきた全裸の若い女。彼女の皮膚はまだ火照りを残し、大量
の汗で髪が肌に張りついていた。
残された華艶はお尻を摩りながら立ち上がった。
﹁いた∼い、お尻打ったぁ∼っ﹂
部屋の中からプレッシャーを感じた。と、華艶が身構えたときに
872
は遅かった。舌が伸びてきた。それはまるで巨大な蛙の舌。
﹁きゃっ!﹂
短く悲鳴をあげたのは女。腹に舌が巻きつき、そのまま部屋の中
引きずり込まれてしまった。
急いで華艶は部屋の中へ飛び込んだ。
女は恐怖に怯えている。目の前にはイボだらけの顔面。フロッグ
マンだ!
その舌は蛙を人間大にしたとして、異様に長いものだった。エサ
を捕らえる一瞬だけ伸びるのではなく、まるで大蛇のように女の身
体を締めつけ、這いながら舐め回してくる。
﹁いやぁっ!﹂
異臭のする唾液を塗りたくられる。
太股を舐めながら、舌先が秘所へと伸びてきた。
﹁ひゃぁン﹂
このままでは女がヤラれる!
室内で狭い。的と人質の距離も近い。制限の多い場所で火炎は危
険だ。
肉弾戦で華艶は挑んだ。フロッグマンに飛びかかった!
どうにかフロッグマンを取り押さえて、首を絞めてやるつもりだ
ったが、急に女を盾にされてしまった。
一瞬怯んだ華艶の顔面が岩のような拳で殴られた。
モロに顔面に喰らった華艶は吹っ飛ばされ、そのままタンスに後
頭部を打ちつけ、脳震盪を起こして気絶してしまった。
女のあそこはすでに濡れていた。ごみ箱には使用済みのコンドー
ム。ベッドには温もりが残っている。さきほど降ってきた男と情事
を終えたばかりだったのだ。
股の秘裂で綱引きをされるように、太く逞しい舌が行ったり来た
り。ビラビラが引っ張られる。
﹁ン⋮⋮ンぐ﹂
女は眉尻を下げながら、必死に声を漏らさないように堪えている。
873
感じてはイケナイ、犯されて感じるなんて⋮⋮。なのに身体は反応
してしまう。
混乱ゆえに頭が早く回転する。現実を直視しないために、彼の身
を案じる。ベランダで煙草を吸っていた彼はどうなったのだろうか。
彼の代わりにベランダから入ってきたのは、レインコートの怪人。
なんの落ち度もないのに。なにも悪いことしていないのに。
﹁イヤァァァッ!﹂
現実を目の当たりにして女は叫んだ。
﹁そんなの入らない!﹂
舌が熟した肉の門に這入ろうとしている。腕ほどもある。彼氏の
モノなど比べものにならない大きさだ。
﹁避けるぅぅぅっ!﹂
ぬめる舌がズブズブを這入ってくる。苦悶に顔を歪ませ、涙を流
す女。今までに感じたことのない、恐ろしい生き物が身体の中に侵
入してくる。
肉の丘を割られ、肉口を広げられ、紅い道を踏み荒らされ、奥へ
奥へと恐怖が近づいてくる。
﹁ああっ!﹂
コリッ、コリッと最奥の膨らみを舐められた。
股間から脳天を突き抜ける衝撃。
﹁ひゃああっ、ひっ、うううあぁぁっ!﹂
脳が融解される。
女はすでに多くの性交渉を重ね、奥まで開発されていた。まだ経
験の浅い少女では、奥を突かれても痛いだけだが、経験が多くなっ
てくると逆に快感を覚えるようなる。
押されたり、突かれたりするのではなく、舐められるというはじ
めての快感。肉棒の先端でコリコリとされるよりも、巧みで的確に
刺激してくる。意思を持った生き物が中にいるようだ。
女の震える唇から涎れが流れる。上からも下からも。涎れは糸を
引いていた。
874
岩のような手が女の乳房を鷲掴みにした。一枚岩のような大きな
手だったが、それでも余りある柔肉の塊。指が肉の中に沈み、その
まま呑み込まれそうなほど柔らかい。
﹁ああっ、やめて、触らないで!﹂
水が入った革袋のように、胸が流動する。ピンと尖った乳頭を摘
まれると、心臓がキュゥッと締められ、呼吸が苦しくて目の前が真
っ白になった。
胸をまさぐっていないもう片手は、柔らかい腹を這いながらへそ
の上を通り、さらに下へと伸ばされていた。
緑の茂み。毛が掻き分けられるたびに、女はゾクゾクとこそばゆ
さを感じた。毛根が感じている。敏感な皮膚がのだ。
ゴツゴツして不器用そうな手だったが、以外に細かく繊細な動き
をする。秘裂を上手に片手で開きながら、さらに肉芽の包皮を剥く。
愛液をつけた指先で、外気に晒された肉芽がグイグリと押された。
﹁ひぃっ、いいっ⋮⋮あぅあぅあっ!﹂
痙攣するほど女は股と太股に力を入れた。なのにひざが笑う。ガ
クガクとした震えが止まらない。
女は目尻に皺ができるほど固く目を閉じた。
﹁イッ﹂
イッてはイケナイ。イカされて堪るものかと堪える。けれど意識
すればするほど、感度が研ぎ澄まされてしまう。
女の全身が硬直した。
限界だった。歯を食いしばり、呼吸を止め、全身に力を入れると
いうか、入ってしまう。
びくぅん、びくぅん、下腹部が震え、紅い道がうねる。
充血しきった肉芽がさらに固くなった。
﹁ああああっ!﹂
ビクゥン!
大きく女の身体が弓なりになった。
焦点の合わない眼で女が小刻みに震える。
875
ビクッ、ビクッ⋮⋮
下腹部から広がった痺れ。
目頭から滲む涙。
﹁ヒイイイッ、やめて⋮⋮やめて!﹂
巨大な舌がまだ中で蠢いている。
肉芽でイカされ、敏感になった中の快感は凄まじい。どんな動か
し方をされても、ただ出し入れされるだけで電撃が奔る。
﹁壊れちゃう⋮⋮あひっ、ひぐっひぐっ!﹂
奥を乱暴にされればされるほど、悶え死にそうな快感に身体と頭
が壊される。
膀胱側の肉壁が大きく膨らみ、そこを押されるたびに頭が真っ白
になる。
﹁ふぅっ、ひぐひぐひぐっ、ああああっ⋮⋮イイイ、イーッ!﹂
中がキュッと締まり、その瞬間に舌が肉を抉るように抜かれた。
ブシューッ! ジョボジョボボボボッ!
尿道から勢いよく噴き上げた透明な液体。女は絶頂を向かえ、中
が圧迫されたと同時に、堪っていた潮を噴き出してしまったのだ。
快感の余韻で身体を痙攣させながら女の頭は白濁に堕ちた。
そして、フロッグマンは、おもむろにズボンを脱ぎはじめたのだ
った。
876
レインコートの殺人鬼︵2︶
フロッグマンのモノは萎れていた。
皮が剥けた先端は皺だらけで、くびれの冠だけでなく先全体がイ
ボに覆われていた。
﹁舐めろ﹂
タンが絡んだような声を発したフロッグマンは、跪かせた女の眼
前にモノを突き出した。
﹁いやっ!﹂
女は苦しそうな顔で激しく首を横に振った。
﹁舐めろ!﹂
強くフロッグマンは言った。
逆らう先にある恐怖心が女を突き動かした。
震える紫色の唇を開き、女は少しだけ舌を伸ばした。
ツンと舌先が鈴口に当たった。
フロッグマンの身体は無反応だった。
女は恐る恐る上目で怪人の表情を見た。
イボだらけの顔。眼がギョッと睨みつけている。なのに口元は酷
く無表情。
背筋を寒くしながら女はモノを握り、舌にたっぷりと唾液をつけ
て這わせた。激しく、激しく、恐怖に駆り立てられ焦りながら。
︱︱勃たせないと殺される!
死の恐怖が女を駆り立てていた。
舌の腹で竿を舐め、躊躇いなど捨てて、先も口に含んだ。気持ち
の悪いイボが舌に当たる。女ののどから嗚咽が漏れた。
﹁うっ⋮⋮﹂
ぼとぼと堕ちる涙。
︱︱勃たたない。
877
無反応と言っていい。萎れたままピクリともしない。
﹁おまえも死ね﹂
死の宣告。
女が見開いた眼に映るギラつくナイフ。
ブシャァァァッ!
白い首から血が噴き出した。
シューシューと首から空気を漏らしながら、女は床の上でのた廻
った。
﹁うっ⋮⋮あががが⋮⋮﹂
血のついた手で床に爪を立てる。
ギギギ⋮⋮。
真っ赤な鉤爪の痕。
女の鷲のような手に力が入った。
グスッ! ブスッ! グサッグサッ!
何度も何度も振り下ろされるナイフ。女の背中にいくつもの穴を
開ける。サンドバッグに恨みを込めるように、叩くようにナイフで
滅多刺しにされた。
部屋中に飛び散る血痕。
床は血で染まり、女は絶命した。
﹁ぐぞぉっ⋮⋮ぐぞぉっ!﹂
苦しげにフロッグマンは涙を流しながら呻いた。
ギロョッとした眼でフロッグマンは気絶している華艶を見た。
気絶したままでは抵抗もできない。
このままでは華艶が危ない!
ピチャ。
微かに床で血が跳ねた。
殺気。
身構えたフロッグマン︱︱急に腹を押さえた。
﹁ぐええっ!﹂
まるで蛙のように呻き、足下が揺れたフロッグマン。その腹には
878
投げナイフが刺さり、血が大量に垂れていた。
﹁ダレだッ!﹂
フロッグマンは辺りを見回した。
だれもいない。
また殺気がした。
突然、空中に現れた投げナイフ。
寸前で躱したフロッグマンのレインコートの腕を切った。
攻撃位置から相手を補足。
﹁逃がズがッ!﹂
フロッグマンは舌を伸ばした。
舌先が温かいなにかに触れたが、すぐに逃げられたようだ。相手
の姿は以前として見えない。
﹁ニンゲンダ﹂
すぐさまフロッグマンは玄関に向かって駆け出した。
なにも知らない華艶は、そのあとすぐに目を覚ました。
﹁いっ⋮⋮首痛い﹂
捻挫だろうか、華艶は首を押さえながら立ち上がった。
そして、すぐに苦々しい顔をする。
﹁マジで⋮⋮﹂
女の屍体を目の当たりにしたのだ。
﹁てか、なんであたし襲われてないわけ? そんなに魅力ないわけ
? 貧乳だからとか言ったらブッコロス!﹂
華艶は女の屍体に触れ、その体温を確かめた。
﹁まだずいぶん温かい⋮⋮近くにいるかもしれない﹂
急いで華艶は部屋を飛び出す。追うことに気を取られ、部屋に落
ちていた投げナイフは完全に見落としていた。
アパートを飛び出し道路に出た。雨はまだ強い。
パトカーがちょうどくるところだった。救急車はまだ来ていない。
﹁⋮⋮あの主婦め﹂
人だかりができていて騒ぎになっているが、逃げ惑うような騒ぎ
879
にはなっていなかった。こちら側にフロッグマンは来ていないのだ。
﹁逆方向? 逆方向なんてないから屋根の上から逃走?﹂
華艶はすぐさま空を見上げた。
見つけたのは野次馬のほうが早かった。
﹁あそこに人がいるぞ!﹂
男が指差した先に、フロッグマンがアパートの壁をよじ登ってい
るのが見えた。
パトカーが止まった。
焦る華艶。
﹁獲物が横取りされる!﹂
華艶に壁をよじ登る芸当はできない。先回りするにも、フロッグ
マンの身体能力を考えれば、今の進路を変えることなど容易。無駄
足を踏まされる確率が高い。
ならば!
﹁炎翔破!﹂
華艶から撃ち出された炎は、豪雨で勢いを失いながらフロッグマ
ンに︱︱フロッグマンが壁から飛んだ!
﹁やば、避けられた﹂
しかも、フロッグマンは華艶に向かって飛んできていた。
急いで華艶は後方に飛び退く。
蛙のように四つ足を付いて地面に着地したフロッグマンは、間を
置かず続けて地面を蹴り上げ再び華艶に飛びかかった。
相手の身体能力についていけず、華艶は避けることができなかっ
た。避けることができないなら︱︱
﹁炎翔破!﹂
イボだらけの顔を目と鼻の先に迫っていたところで、華艶の炎翔
破がフロッグマンの胸部に直撃した。
同時に掌底を喰らっていたフロッグマンは、後ろへよろめいた。
その胸部のレインコートは円を描いて穴が空き焼け焦げていた。そ
れだけだった。
880
華艶は苦笑を浮かべている。
﹁なんで炎が効いてないわけ?﹂
そうなのだ、フロッグマンの皮膚はまったく焼けていないのだ。
華艶は自分の手のひらを見た。フロッグマンの皮膚に触れたとき
についたのだろう。まるでローションのようなジェルがベットリと
ついていた。
銃も炎も効かない。
華艶は背を向けて走り出した。この敵とは相性が悪い。
﹁うわっ!?﹂
何かに足を取られて華艶は水溜まりに手をついて倒れた。泥が跳
ねる。
フロッグマンの舌が伸びている。
銃声が響いた。
華艶を捕らえていた舌が引く。
拳銃を構えた警官に追われフロッグマンが逃げていく。壁をよじ
登り、屋根から屋根へと飛び回る。
すぐに華艶も立ち上がって追おうとしたのだが、その腕がガシッ
と掴まれた。
﹁離してよ!﹂
と、華艶は振り向いてから苦笑いを浮かべた。
﹁君、ちょっと職務質問していいかな?﹂
華艶の腕を掴んでいたのは制服の警官だった。警官はふたりひと
組、ひとりはフロッグマンを追跡、もうひとりが現場に残っていた。
そして、華艶は気づくのだった︱︱自分の制服が血を浴びていた
ことに。
﹁ち、違うから! あのフロッグマンが女の人を殺して、あのアパ
ートの2階の⋮⋮何号室だっけ? とにかくあたしはその⋮⋮バウ
ンティーハンターで、だから!﹂
﹁はいはい、わかったら。大人しくしないと職務執行妨害で逮捕す
るよ?﹂
881
ここで正規のTSだと言えれば多少は扱いも違ったが、華艶はモ
グリだ。しかもモグリだと口にするのもマズイので、賞金稼ぎ[バ
ウンティーハンター]と口から出た。
めんどうを起こして本当に逮捕されたらと考えると、華艶は大人
しくするしかなかった。
﹁⋮⋮母が急病で急いで帰らないと﹂
﹁白々しいウソをつくのはやめようね﹂
﹁じゃあ弁護士。金ならうなるほど持ってるんだからね、絶対に後
悔させてやる!﹂
﹁はいはい﹂
ガチャ。
虚しい金属音が響き、華艶の手首に手錠がかけられた。
﹁⋮⋮え、ええーっ!﹂
まだ片方の手錠はどこにも掛かってない。
もう片方の手を華艶は上げた。
﹁あっちにフロッグマンが!﹂
﹁なにっ!﹂
さすがに見ないわけにもいかず警官が眼を離した隙に、華艶は相
手を振り切って全速力で逃げ出した。
﹁とりあえずここはひとまず逃げて、一流の弁護士を立てよう﹂
ニヤッと華艶は笑った。
﹁だってあたしうなるほどお金あるもんねー!﹂
先日、某会長からの依頼でたんまりと報酬をもらっていた華艶だ
った。
フロッグマンは逃げたのではなかった。
追っているのだ。
途中、華艶の邪魔が入ってそちらを優先させたが、先の目的は謎
の狙撃者を捕まえること。
﹁あでは女ダった⋮⋮﹂
882
舌先で相手に触れたとき、味を感じ取っていた。
食欲をそそる女の味。相手の肌に直接舌は触れていたのだ。
フロッグマンはビルの側壁に張りつきながら、眼下の裏路地に目
を凝らした。
雨が地面を叩いている。
その中に不自然な場所があった。
雨が地面に落ちる前に、なにかに当たっているような違和感。
フロッグマンはそれに向かって飛びかかった。
その者は気配を感じてすぐに飛び退いた。水溜まりが跳ねた。前
に逃げては敵を背にしてしまう。後ろに飛ぶのは次に備えるためだ。
だが、それは華艶も同じ行動をしていた。
﹁くっ﹂
必死の中で漏れてしまった声。それは女の声だった。
フロッグマンの身体能力に負けた。
投げナイフが空に向かって飛んでいった。
バシャン!
フロッグマンに押し倒され、その者は道路に背を打ちつけたのだ。
たしかにそこに感触があった。馬乗りになったフロッグマンは相
手の手首を押さえ、舌で乳房を感じた。
﹁何者ダ?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
相手は答えなかった。
自らは決して名乗らないが、裏社会では通った名だ。
レディ・カメレオン。いわゆる透明人間になる能力を持っている。
トラブルシューターやバウンティーハンターではなく、殺し屋だっ
た。依頼のある殺しもするが、生死を問わず[デッドオアアライブ
]の賞金首も狙う。
﹁ぎゃっ﹂
フロッグマンは急に舌を引いた。
鼻で笑う音が聞こえた。
883
舌の先から滲んでいる血。刃物で切られたのだ。レディ・カメレ
オンはなにもしていない。フロッグマンが見えない投げナイフに触
れてしまったのだ。
この投げナイフはレディ・カメレオンの細胞でコーティングされ
ている。レディ・カメレオンの身体に触れている間は、彼女の能力
の管轄下にあるのだ。
フロッグマンは慎重に投げナイフを探す。柄は上にあるはずだ。
胸を舐め回しながら、じわじわと腹に下りていく。
投げナイフは腹に巻き付けられたフォルダーに差してあった。腹
の周りをグルッと一周、何本ものナイフが装備されている。フロッ
グマンはそれを外して投げ捨てた。
﹁これでもう安心ダ﹂
フロッグマンはレディ・カメレオンのつま先を舐めた。ゴム製の
靴を履いていた。衝撃を吸収して音を消す。
舌は脚を這う。すねやふくらはぎを丹念に舐め、太股に伸びる。
﹁ぐえっ!﹂
またフロッグマンが呻いた。
今度はサックリと舌の先が切られた。
太股にも投げナイフを装備していたのだ。
怒りを抑えながらフロッグマンは慎重に太股の投げナイフを投げ
捨てた。
再び這わせる舌は焦っていた。自分の血を太股に塗りたくりなが
ら、一直線で股間へ向かう。
そして、割れ目を確認すると、一気に舌を突き刺した!
﹁グギャアアアアァァァッ!﹂
絶叫したフロッグマンが床に倒れてのたうち回った。
女の声がする。
﹁おばかさん、懲りないのね﹂
最後の砦にも刃が仕込まれていたのだ。
フロッグマンの舌は切られたのではなく、刺されていた。中にあ
884
ったのは投げナイフのようなものではなく、先だけ尖った釘のよう
なものだった。もしも舌ではなく男根だったら、尿道を貫かれてい
たところだ。
雨の風景の中にいる透明な影。レディ・カメレオンは雨の中では
分が悪い。雨のせいで完全に姿を消すのがむずかしいのだ。
透明になれる能力は、慎重に行動しなければすべてが台無しにな
るが、優位な立場から慎重さを欠きやすい能力でもある。雨の中で
活動しているレディ・カメレオンがどちらなのか、言わずともわか
るだろう。
最後の隠し武器だったかんざしでレディ・カメレオンは止めを刺
そうとした。
完全な判断ミスだった。
のたうち回っていたフロッグマンが動きを止めた。動きだけでは
なく、舌からの血も止まっていた。人間以上の治癒能力。
演技だった。
軽々とフロッグマンは飛びはね、レディ・カメレオンの身体に、
脚ごと抱きついた。相手の腕を押さえながら、全身を拘束する。
思わず倒れたレディ・カメレオン。下になったのはフロッグマン
だった。フロッグマンは手と脚をレディ・カメレオンの背中に絡め
たまま、決して離れようとしない。
﹁くっ⋮⋮くうっ!﹂
女の呻き声がする。
レディ・カメレオンに逃げ場はなかった。
雨に濡れて微かに見える尻。大きく肉づきがいい。その割れ目に
舌が這った。
﹁ひ⋮⋮﹂
尾てい骨から舌は菊門へ。
震える窄みが舌先で押される。
﹁あっ⋮⋮ン﹂
﹁アソコがダメならこっちデしてヤル﹂
885
﹁ヒィッ、避けちゃう!﹂
絶叫が木霊した。
886
レインコートの殺人鬼︵完︶
ズブ⋮ズブブブ⋮⋮
皺を伸ばしながら舌が菊門の中に這入ってくる。
﹁ヒィィッ、痛い痛い痛い!﹂
﹁オデの痛みに比べたら、たいしたことない﹂
地面に落ちている投げナイフが、雨によってフロッグマンの血を
洗い流している。
新たな鮮血が地面に零れるが、すぐに消されてしまう。
﹁ヒャアアアアッ!﹂
なにもかも、この雨に呑み込まれてしまう。
窮屈な入り口を拡張しながら、何度も何度も挿入と排泄を隔離返
す。
﹁やめて、恥ずかしい! ああっ、お願いだから、前でならいいか
ら!﹂
前を許そうとしてしまうほど、今の状態は羞恥にかられる行為だ
った。
﹁前は危険ダ。まだ怪我さすギだな﹂
﹁武器は抜くから、だから⋮⋮だから後ろはやめて⋮⋮前でぇぇぇ
!﹂
﹁うドゥザい!﹂
直腸が掻き混ざられる。
﹁ああああっ!﹂
透明だったレディ・カメレオンの肌が、じょじょにだか色を取り
戻している。ほのかに紅いような気がする。
﹁恥ずかしい⋮⋮ああっ、こんなの⋮⋮あああっ!﹂
水の雫が飛び散る。
フロッグマンは乳房に顔を埋めて、鼻先で乳首を刺激した。荒々
887
しい鼻息を乳首に吹きかかる。乳首が熱くなる。
﹁ああっ﹂
尖った乳首を鼻先で擦られるたびに、身体がざわざわと震えてし
まう。
お尻が締まった。
﹁いやぁン、お尻でイッちゃうう!﹂
ケツでイクなど相当だ。すでにずいぶんと開発されている証拠だ
った。
﹁ああああああっ!﹂
ビクッと身体をさせてレディ・カメレオンが絶頂を迎えた。
﹁お尻気持ちいい⋮⋮今度は前でして⋮⋮お願いします、あなたの
好きにしていいから、今すぐ武器を抜きますから⋮⋮はぁはぁ﹂
熱い息が聞こえる。
レディ・カメレオンの身体はぐったりとしている。体力をだいぶ
削られているようだ。フロッグマンは彼女の身体を放り投げた。
水溜まりが跳ねる。続けて小さく水が跳ねた。五寸釘のような金
属棒が地面に落ちた。
幻影のような透明な女の影が、M字に脚を広げている。
﹁早く来て⋮⋮お願いします﹂
誘われるままにフロッグマンは舌を挿し入れた。今度はなにも仕
込まれていない。潤んだ穴は難なく巨大な舌を受け入れ、ヌプヌプ
と埋まっていく。
﹁ああっン、最高! こんなのはじめてぇぇっ!﹂
恍惚な表情が伺える歓喜の声。
﹁おっぱいもんで、めちゃくちゃにこねくり回して欲しいの!﹂
欲望のままに、フロッグマンはレディ・カメレオンの胸をもんだ。
たぷたぷと手の中で歌う。重厚感のある乳房だった。
﹁ごの淫乱め﹂
﹁私は淫乱です、だからもっといじめてください⋮⋮あぁン!﹂
この女は自分に酔っている。実際は相手の行為などどうでもいい
888
のだ。雰囲気させぶち壊されなければ、あとは自分で酔っていく燃
えていく。
レディ・カメレオンは自らの秘所に手を這わせ、包皮の上から肉
芽をグリグリと押して手淫をはじめた。
﹁ああっ、すごい⋮⋮おマメがこんなに大きく⋮⋮いやぁンいやン
!﹂
白い双乳が鷲掴みにされる。円を描いたり、上下に揺らされ、ゆ
っさゆさとうねり狂う。指先で触れられた乳首はサワッサワッと軽
く擦られ、ときおりコリッと引っかけられる。
﹁あン、あぅン!﹂
身悶えながら切なく身体を揺らすレディ・カメレオン。
﹁あなたすごく上手⋮⋮その指使いも好き⋮⋮ああっ、舌づかいも
すごすぎるぅ!﹂
舌はもはや人間のモノではない。
肉道の細胞をひとつひとつ愛でるように、舌が中を這っている。
雨に打たれながらもレディ・カメレオンは体温を失うどころか、
どんどん燃え上がらせていた。
﹁熱い⋮⋮火傷しちゃう!﹂
形の良い唇が浮かび上がってきた。女の口はからは涎れが大量に
垂れていた。漏れ出す息は白かった。
今にも溶けてしまいそうな呼吸。
﹁ああっ⋮⋮ン⋮⋮すご⋮⋮く⋮⋮﹂
ドロドロに溶けてしまう。
﹁だめ⋮⋮イク⋮⋮イッちゃう⋮⋮ああああっ!﹂
レディ・カメレオンは腰を浮かせた。手は肉芽を洗うようにゴシ
ゴシと指先で擦られている。
﹁あっ、あっ⋮⋮あぅっ﹂
何度も痙攣しながらレディ・カメレオンはイッている。
﹁だめだめだめ、中でもイッ⋮⋮イク⋮⋮もっともっと激しくして
⋮⋮﹂
889
喜んでフロッグマンは舌を動かした。
秘奥をズンズンと突きまくる。
﹁どうダ、ぎもぢいいが?﹂
﹁あぁン気持ち⋮⋮イイッ⋮⋮イッ⋮⋮あうあぁぁン!﹂
﹁ほでほで、もっとしでやるゾ﹂
﹁もっともっと!﹂
愛液がビチャビチャと飛び散る。
下腹部の奥がキュンキュンしてレディ・カメレオンは仰け反った。
﹁イッ⋮⋮イクぅぅぅっ﹂
声が消えていき、息が止まったかと思うと、大きく身体が跳ねた。
ビグゥゥゥン!
舌が締めつけられる。
ブッシャァァァァァァァァァァッ!
豪雨に逆らって、噴水のように潮が上がった。
紅潮した裸体を晒す女。少しずつまま透明になっていく。
ヌポン!
舌が肉口から抜かれた。
﹁今度はオデを気持ちよくしデもらおう﹂
フロッグマンは萎れたモノを取り出した。
悦んで淫女は喰らいつく。
﹁ンぐ⋮⋮ン⋮ンンっ﹂
鼻から熱い喘ぎを漏らしながら、イボだらけのモノをどっぷりと
舐める。
だが、やはり勃たない。
ピクリともしないモノを見て、レディ・カメレオンは言ってしま
った。
﹁まさかインポ?﹂
﹁⋮⋮ガガガ⋮⋮今⋮な⋮⋮な⋮⋮﹂
﹁舌は最高でもインポじゃ話にならないわ﹂
﹁ギギギ⋮⋮ゴロぢデ⋮⋮殺ぢでヤル!﹂
890
ズキューン!
急に萎れていたモノが膨張して、レディ・カメレオンののど奥を
突いた。
﹁げほっ⋮⋮うぐっ﹂
仰け反りながらレディ・カメレオンは倒れた。
自らの剛直と化した肉棒を見て、フロッグマンは狂喜した。
﹁おおっ! おおおおっ! うぉぉぉぉぉぉっ!!﹂
だが、すぐにまた萎んでしまった。
﹁なぢで⋮⋮なぢでダーッ!﹂
﹁そんなの知るかーっ!﹂
拳に火炎をまとった華艶のパンチがフロッグマンの口腔に突っ込
まれた。
﹁グエエエッ!﹂
狼狽えるフロッグマンを畳み掛ける。
﹁爆炎!﹂
炎が放たれる寸前にフロッグマンは口から拳を抜いて飛び退いた。
そして、そのまま壁に飛びついて逃走を図る。
﹁ぎゃー、また逃げられる!﹂
叫ぶ華艶。
必殺技を叫ばずにいられない華艶。だが、やはり必殺技をいちい
ち叫ぶと、技を繰り出すまでのわずかな誤差があり、今回のように
逃げられてしまう。
﹁炎翔破!﹂
それでも叫ばずにはいられなかった。
レインコートを燃やした炎。だが、やはり素肌は燃やせない。フ
ロッグマンの身体は華艶の技を受けつけないのだ。だから華艶は中
から燃やしてやろうと、口の中にパンチを喰らわしたのだ。
透明の影が立ち上がった。
﹁︿不死鳥﹀の華艶﹂
﹁あたしのこと知ってんの?﹂
891
﹁よくも⋮⋮私のこと助けてくれたわね!﹂
ちょっと嬉しそうな声だった。
透明な影がクネクネと腰をくねらせている。
﹁ああン、私ったら自分に快楽に溺れてしまうクセがあって、いつ
もターゲットといい仲になっちゃって、ああンもぉ恥ずかしい!﹂
﹁⋮⋮恥ずかしいとか以前の問題としてさ、こっそり物陰から見て
たんだけど、なんで全裸なの?﹂
﹁そんなの決まってるじゃない。そっちのほうが恥ずかしいからよ
!﹂
根っからの露出狂だった。そもそも、投げナイフも見えなくでき
るなら、服だってどうにかなるはずだ。好きで全裸でいるのだ、こ
の痴女は。
二人がそういうしているうちに、フロッグマンはビルをよじ登り
続けていた。
レディ・カメレオンは投げナイフを投げた。空に向かって投げる
のは相当な腕力がいる。レディ・カメレオンにはなかった。あまり
上がらないうちに、あっさりと戻って落ちてきた。
風切り音が聞こえた。
輝く矢が地上から放たれていた。
撃ったのは︱︱レディ・カメレオンがその名を呼ぶ。
﹁横取りが得意な〝アポロンの狙撃手〟!﹂
﹁うるさい、横取りのどこが悪い。そういう戦法なんだ﹂
遠くでピースサインを作っている男。その左手はフロッグマンに
向けられていた。これが彼にとっての弓なのだ。手で作った弓にあ
る見えない弦を弾くことによって、矢を撃ち出す。
すでに矢はフロッグマンに命中していた。
ほぼ屋上近くからフロッグマンが落下してくる。
だが、持ちこたえた!
側面に手を貼り付けてズルズルと滑ったものの、途中で止まって
再び屋上へ向かって逃走をはじめた。
892
華艶は二人のハンターを交互に見た。
﹁⋮⋮ちっ、簡単に稼げると思ったのに﹂
その考えは甘かった。
フロッグマンはランクBの賞金首だ。ランクBは、これを生業に
している者からすれば、普段の仕事程度だ。つまりどちらかと言え
ば低い。
その上、ランクは低くても賞金額が高いため、ハンターの数が増
えるのは必然だった。
〝アポロンの狙撃手〟が豪雨のような矢を放った。
すぐに気づいたフロッグマンは向かいのビルに跳んだ。道路幅を
軽々と越えるジャンプ力だ。
﹁俺の矢を軽々と避けるなんて傷つくな﹂
フロッグマンは近くにあった小窓からビルの中に入ろうとしてい
る。
華艶はすぐさまビルの中に入ることにしたのだが、
﹁あれ、カメ子さんがいない!?﹂
すでにレディ・カメレオンは先回りをしようとビルの中に入って
いたのだ。
︱︱しかし。
﹁⋮⋮来ない!﹂
ビルの屋上からレディ・カメレオンは地上を確かめた。地上にも
ビルの側面にも、どこにもだれもいなかった。隣のビルにフロッグ
マンが飛び移る前に行動していたのだ。
そのころ華艶はエレベーターでフロッグマンが逃げ込んだ階に向
かっていた。階段で上ることも考えたが早さを優先した。
追う者より追われる者のほうが、エレベーターという個室のリス
クは高い。ドアが開いた途端、待ち伏せされていたら絶体絶命だ
このビルのエレベーターは一つだった、華艶が今使っているとい
うことは、〝アポロンの狙撃手〟は階段を使うしかない。さらにフ
ロッグマンが使おうとすれば華艶と鉢合わせしてしまう。
893
華艶は最上階までエレベーターでやって来た。フロッグマンが逃
げ込んだフロアよりも上だ。この上は屋上。
一か八かの賭だった。
階段を使ってフロッグマンが下りることは考えづらい。下から追
っ手がくるかもしれないからだ。かと言ってもう一度ビルの側面に
出れば、3人のうちのだれかが待ち伏せしている可能性がある。ア
ポロンの狙撃手〟だったら、狙い撃ちにされてしまう。
エレベーターを下りて華艶はすぐ横の階段を見上げた。フロッグ
マンの後ろ姿だ!
﹁あたし最高!﹂
華艶の読みは的中した。
しかし、ここからが問題だ。
屋上は通常なら追い詰められた者が最後に辿り着き、行き場を失
う場所だが、フロッグマンなら隣のビルに軽々飛び移るだろう。そ
うやって街の空を自由に飛び回って逃げる。
急いで華艶は階段を駆け上った。
﹁逃がすかーっ!﹂
屋上に辿り着くと、すでにフロッグマンはフェンスの上にバラン
ス良く立っていた。
もう逃げられる!
﹁このインポ野郎!﹂
華艶が叫んだ。
ジャンプ体勢に入っていたフロッグマンの動きが止まった。
﹁殺ぢでヤル!﹂
狙い通りフロッグマンは引き返して華艶に襲い掛かってきた。
華艶は隠し持っていたバタフライナイフを抜いた。普段ならこの
剣にエンチャントして、炎の剣をつくり出すのだが、今日はそのま
ま使うしかない。
バタフライナイフが風を切る。
・・・思いっきり風を切っただけだった。
894
攻撃を躱され懐に入られた華艶の目の前に岩のような拳が現れた。
﹁ぐっ!﹂
歯を噛みしめた華艶の顔面にフロッグマンのパンチが決まった。
大きくバウンドしながら華艶が転倒する。
﹁あー痛い⋮⋮剣術はやっぱ向いてないかも、剣道すらやったこと
ないし。でもカッコイイと思うんだよなぁ﹂
炎の剣に憧れるとか子供か。いや、厨二病か。
しかも、華艶は片眼を押さえていた。
﹁⋮⋮眼が疼く﹂
殴られたからだが、セリフだけ抜き出すとギリギリだ。邪気眼と
言わなくてよかった。
フロッグマンはかなり怒っていた。イボだらけの全裸を煮えたぎ
らせるように熱気を発し、股間の剛直を膨れ上がらせている。
﹁ヌヌヌ⋮⋮ゴロヂデ⋮⋮殺ぢで⋮⋮ヤル!﹂
﹁ちょ待った、インポ疑惑かけたのはごめん! でもちゃんと勃っ
てるじゃん!﹂
﹁ヌ?﹂
自分の股間を見るフロッグマン。
﹁ヌワーッ! うぉぉぉん、また大きくなっでドゥ!﹂
と、歓喜に震えた瞬間、ふるふるとまた萎んでしまった。
﹁なぢで⋮⋮なぢで⋮ヌオッ!﹂
矢に気づいたフロッグマンが紙一重で躱した。屋上まで〝アポロ
ンの狙撃手〟が追いついてきたのだ。
華艶は舌打ちする。
﹁以外に早かった、てか早すぎ﹂
だが、〝アポロンの狙撃手〟は体力を使い切ったようで、ひざに
両手をついてしまって肩で息を切っている。連続攻撃には入れない
ようだ。
フロッグマンが逃げる!
フェンスを乗り越えて隣のビルまで跳躍した。
895
すぐに華艶はフェンスから隣のビルを見た。このビルより下に屋
上があるが、だからといって道路幅は越えることはできない。
このとき、隣のビルの屋上にはふて腐れたレディ・カメレオンが
いた。ちょうどそこへフロッグマンが降ってきたのだ。
﹁やった、私ツイてる!﹂
投げナイフを抜こうとしたときだった。
寒気が世界を支配した。
フロッグマンの首が血を噴き上げた。
ゴロンと転がった頭部。
血のついていない手刀を振り下ろした、男の胸には十字の刺青が
刻まれていた。
隣のビルから華艶は目を凝らした。
﹁ぎゃーっ、なんでアイツがここにいるわけ!﹂
そして、その男はフロッグマンの胴を背負い、頭部を脇に抱える
と、そのままビルの屋上から飛び降りた。
こんな高い場所から華艶は飛び降りことはできない。
﹁ムカツクーっ、またあいつにいいとこ取りされたし最悪最低!﹂
雨はまだ強い。
華艶は冷えた自分の身体を抱きしめた。
﹁泣かないもーん! 今日はさっさと家帰ってシャワー浴びて寝る
!﹂
バウンティーハンターなんてもうこりごりだと思う華艶だった。
しかし、きっとまた賞金首を目の前にしたら⋮⋮。
レインコートの殺人鬼︵完︶
896
あばらの君︵1︶
その屍体はカミハラ区の森林で見つかった。
通報者で発見者はサバイバルゲームのサークル員だ。
現場に駆けつけたのは帝都警察の捜査一課の刑事[デカ]︱︱河
喜多[カワキタ]ケイ。新米の女刑事だが、その優秀さを買われ、
女性が少なかったこの部署に配属された。
彼女の配属されている部署から考えるに、この事件は殺人であり、
被害者は猟奇的な殺され方をした可能性があるということだ。そう、
彼の部署は猟奇殺人や能力者などの特殊な犯人を捜査する部署だっ
た。
しかし、この屍体には主立った外傷がなく、まだ完全に殺人と決
まったわけではない。それでもケイが呼ばれたのは、この屍体が異
様であったからだ。
黒土の投げ捨てられたように横たわっている屍体。ケイはその亡
骸に視線を向けながら、近くにいた検死官に尋ねることにした。
﹁死因は?﹂
﹁詳しい検査をしてみないとはっきりとしたことは言えんが、おそ
らく直接的な死因が餓死だろう﹂
﹁見たままね﹂
屍体は異様なまでに痩せていた。まさに骨と皮。全裸の屍体は女
であったが、胸もなく顔も痩せこけ、男性器がないことを見なけれ
ば、瞬時に性別が判断できないほど痩せていた。
浮き立つ骨。
まるでボディペイントでシャドウを入れたように、骨骨骨、あば
ら骨など、全身の骨が強調されている。
﹁おーい!﹂
少し離れた場所で捜査員の声がした。
897
すぐに現場に駆けつけるケイ。
土から人間の腐った手らしきものが出ていた。掘り返してみると、
やはりそこにあったのは腐乱屍体︱︱痩せていた。
腐敗が進んでいるが、そこの屍体は明らかに異常な痩せ方をいた
のだ。けれど、前の屍体との因果関係はわからない。腐敗と時間の
経過で目立った外傷がなければ、死因の特定も難しいかもしれない。
﹁同一犯?﹂
とケイが周りの者に尋ねた。
﹁似てはいるが、捨て方が違う﹂
捜査員のひとりが答えた。
﹁おい、まだほかにも埋まってるぞ!﹂
その言葉にケイは息の飲んでゾッと背筋をさせた。
屍体はその後、また一体見つかり、この森で合計四体の屍体が発
見されたのだった。
窓は段ボールで覆われ、その部屋には昼も夜もなかった。
部屋のドアは開かれ光りが差し込むと、ベッドで微かに何かが動
いた。
大きな足音を立てて何者かが部屋に入ってくる。
ベッドに横たわる小さな影は震えた。
﹁家に⋮⋮かえ⋮⋮して⋮⋮﹂
女はか細い声で訴えた。
しかし、ここに来て何度その言葉で訴えたのか、叶うことのない
願いであった。
大きな手のひらが伸びてくる。
女は震える。全裸の身体でうずくまりながら、心の底から震えた。
これからなにをされるのか、考えたくなくても、身体に刻まれてい
る。
この枯れ枝のように痩せた身体を︱︱嗚呼、また陵辱されるのだ。
芋虫のような指が女の脇腹に触れた。
898
豚のような荒い息づかいが聞こえ、それがだんだんと耳元に近づ
いてくる。生温かい風が耳をざわめかせ、それは身体の芯を凍えさ
せる。
全裸だから寒いのではない。脂肪や筋肉がないから寒いのではな
い。心が凍てつく。
﹁ハァハァ⋮⋮﹂
男は荒く息をしながら、ズボンの中に手を突っ込み自らのモノを
まさぐっていた。
ぽつり。
女の渇いた肌に汗が落ちる。
脂ぎった豚の汗。
それは浮き出たあばらの上に落ちた。
脇腹を触れていた男の指先が、その大きさからは想像できないほ
ど繊細に、枯れた肌の滑る。
こつ、こつ、こつ⋮⋮。
浮き出たあばら骨を一本一本楽しむように、指先が段差を超えて
いく。
そして、自ら落とした汗を拭った。
やがて指はなだらかな胸に辿り着く。その膨らみは異様に思える。
身体は痩せ細っているのに、胸はボコリと突き出るように膨らんで
いるのだ。それはあまりに急激な痩せ方をしたからだ。
残された胸の膨らみは見た目からも硬そうに見え、薄桃色の突起
も硬く尖っている。
男の指が動き出す。
下へ、下へ、こつ、こつ、こつ⋮⋮。
再び来た道を引き返してあばらの段差を超える。
そして、くびれた腹まで来ると、またのぼり、またくだる。
まるであばらをハープの弦に見立てたように、そこにある幻想を
奏でているのだ。
じゅるりと舌と唾液の音がした。
899
ぼと、ぼと、ぼと⋮⋮。
今度は汗ではない。涎れの塊が女の乾いた肌を穢す。
そして、男は食肉するようにあばらにしゃぶりついた。
じゅぶぶ、じゅぶぶぶぶぶっ!
たっぷりの涎れを口から垂らしながら、舌と唇で女の浮き出たあ
ばらを愛撫するのだ。
牛タンのような弾力、そしてナメクジのような粘り気で、舌が暴
れ狂いながらあばら一本一本を堪能している。
女は小刻みに震えていた。
得体の知れない怪物に襲われているような感覚が恐ろしい。
今すぐここから逃げ出したい。
ここに連れて来られた当初は、手錠でベットに繋がれ逃げ出すこ
とは叶わなかった。やがて手錠が外され、今もその状態が続いてい
る。だからといえ身体の自由が得られているわけではない。
逃げる体力が失われているのだ。
ここに来て何日が経ったのか?
はじめは日にちの感覚を忘れないようにしていたが、この真っ暗
で日の差し込むことのない部屋には昼も夜もない。寝たのがいつの
か、起きたのがいつか、食事もろくに与えられないため、生活の時
間全てが不規則だ。男が犯しにくるのだって、ヤツの欲望の赴く時
間のままだ。
肉体が弱りはじめると、次は精神が蝕まれていく。
抵抗する気力もない。
抵抗したところで力でねじ伏せられてしまう。
舌はあばらを舐め続けている。片手ではもう一方のあばらを、残
る手はへこんだ腹を愛撫していた。
しかし、女は無反応だ。
死人のような反応しかしない。男はこの痩せ細った躰を愛でてい
るが、決して動かぬ屍体を愛好しているわけではない。
下腹部を愛撫していた手は、突き出た腰骨を摩り、腿と股の付け
900
根へと滑り落ちていく。
肌は乾燥していたが、そこは濡れていた。
乾いた大地に沸き出すオアシス。
生い茂る隙間を指で掻き分けながら、指が割れ目の中に捻じ込ま
れている。
﹁んっ﹂
躰を強ばらせて女は小さく呻いた。
神聖なオアシスが犯される。
﹁んあっ!﹂
大きな声が出た。
陵辱に遭いながら、必死に耐えよとしているのに、どうしても声
が出てしまうのだ。
﹁あああっ!﹂
太い指が溢れて止まらない蜜壺の栓をした。
太い、太くてまるでアレを挿入られているような感覚。
くちゅ⋮⋮くちゅ⋮⋮⋮
肉が肉をこねくり回す。決して硬くはないが、太くブヨブヨとす
る指は、生き物が蜜壺の中で躍っているように、不規則に内壁を刺
激してくる。
躰は衰弱し、されたくもない陵辱を受けているのに、どうして感
じてしまうのか?
女は勘づいていた。食事をはじめて出されたとき、異質な味を感
じて吐き出した。それからも出される食事には手をつけまいと考え
たが、やはり空腹には耐えられず出される食事や水を摂取した。食
わなくては餓死してしまう。
食事を摂るたびに躰が可笑しくなっていくのを感じていた。この
太った手に触れられるだけでスイッチが入り、やがては脂ぎった汗
の臭いを嗅ぐだけで、全身が火照り下腹部が疼いてしまう。
﹁ああーーーっ!﹂
躰の中を刺激されて押し出されるように腹の底から声が出た。衰
901
弱した躰を震わせ、命を削る魂の叫び。
生きた肉壺は蠢き、蜜を溢れさせながら、中に入っている指を絞
るように絡みつく。指はザラザラ、つぶつぶとする膣壁を指の腹で
愉しみながら、グッと腹を突き上げるように内側から押した。
﹁ン⋮⋮ぐっ!﹂
女は溜めた息を快感とともに吐き出した。
下腹部からジンジンと躰を走る快感に女は口を半開きにして、背
中を軽く仰け反らせて息を熱らせている。その瞳はうつろに鈍く澱
み、それでいて妖しく輝く様は、まだまだ欲していることを訴えて
いた。
柔らかい指だけでは満足できない。もっと硬く長い肉で突いて欲
しい。この高ぶりを抑えることができない!
女の思ったとおり媚薬の効果なのか、抗えない心と躰の疼きに苦
しみ悶える様を、男は口角をあげて微笑み確認した。
そして、その望みを叶えるために、ズボンを脱ぎはじめて下半身
を露出した。
女は男の下半身から顔を背けた。恥ずかしさや嫌悪感などからで
はなかった。すでに男のモノは硬く尖っていたのだが、求めていた
モノとは違うのだ。
男は短小だった。
これでは親指と変わらない。
女は四つん這いにさせられた。細い腕と脚で自らを支える姿は、
まるで生まれたての子鹿のように弱々しい。
その背後に男は膝を立ててバックから挿入しようとしている。
男のモノはじゃばらのような皮を被っており、亀頭から剥いてや
ると乳製品が発酵したような臭いがツンと女の鼻まで届いた。
ツルリと向けた亀頭は蜜が溢れ出す肉の割れ目にこすり合わされ
る。
ぬるり、ぬるり、ぬちゃぬちゃ⋮⋮卑猥な音が響き、床は背中の
肉を波打つように震わせて感じている。
902
豚が息をするような喘ぎ声。その声は耳障りで不快なモノであっ
たが、女はその息づかいを聞くたびに、肉壺を収縮させながら蜜を
噴き出してしまう。
︱︱もっと欲しい。
女は激しく求める感情を押し殺すように、シーツを強く握り締め
た。
︱︱こんな豚に犯されるなんて。
はじめて犯されたときは、そう思って激しく抵抗した。あのとき
はまだ体力もあり、気力もあった。
しかし、今はもうだめだ。
心の片隅には抵抗や憎しみなどの感情が溜まっているが、それ以
上に快感が噴き出してしまうのだ。
皮の上から肉芽を亀頭で叩くように刺激されただけで、全身に激
しい電流が駆け抜けた。
﹁あああああっ!﹂
声を張り上げるだけで息が切れる。頭が真っ白になって、記憶が
途切れてしまう。
シーツに雫が落ちた。
それは女の涙だった。
もう枯れてしまったと思っていた涙。
︱︱悔しい、けど⋮⋮。
﹁いれて⋮⋮ください⋮⋮﹂
陵辱を受け、屈辱の先に吐き出された言葉。
パシン!
女のケツが平手で叩かれ、大きなカエデ模様がついた。尻の肉は
まったく震えない。というより、肉はなく骨に当たり、内臓に響い
てくる振動は子宮まで犯した。
振動だけではなく直接欲しい。奥の奥まで貫いて欲しい。
ぬ、ぬぷっ。
﹁あぅっ﹂
903
先っぽが滑るように挿入られ、女は甘い吐息を漏らした。
男はさらに腰を沈める。
ぬぷ、ぬぷ、ぬぷ⋮⋮。
少しずつゆっくりと膣[ナカ]を犯されていく。
そして、道半ばで止まった。
女は身悶えた。
これでは生殺しだ!
深いところまで届かない。あと少し、このもどかしさが、堪らな
く感情を高ぶらせ、気狂いを起こしそうになる。もっと奥まで、も
っと激しく、なのにこれ以上、男のモノは伸びてはくれない。
男はゆっくりと腰を動かしはじめた。ゆるり、ゆるりと、巨体を
揺らし、小さなストロークで出し入れをするのだ。
さらなるもどかしさ。
この男にはこの動きが限界なのだ。巨大な肉の塊である男に、激
しい動きは望めなかった。しかし、女がこれで満足できるはずがな
かった。
溢れ出す肉欲が密となって、さらに噴き出してくる。もう溶けき
ってしまったあそこは、男のモノを咥えることもできない。短小の
モノは形のないぬるま湯を、ゆるゆると泳いでいるようになってし
まっている。
男のほうはそれでもよかった。一生懸命に腰を動かし、息を切ら
せ脂汗をたらし、女を満足させようとがんばっている。
﹁気持ちいいだろ? なあ、よくなってきただろ?﹂
野太い声で男が口を聞いた。自らの行為を相手に確かめる。その
声は少し自身が無さげにも聞こえる。
女は答えない。
﹁ン⋮⋮ン、ン⋮⋮ンン⋮⋮﹂
声を殺して、吐息を鼻先から漏らしている 男は口元を微笑ませた。それが女の答えだと解釈したのだ。
しかし、女は男の見えないところで、シーツに顔を埋めて苦しげ
904
で切なげな表情をしていた。それは感じている表情ではなく、生殺
しの物足りなさで身悶える顔だった。
ズぅぅぅン、ズぅぅぅン⋮⋮。
長くゆっくりしたストロークで男は動き続けていた、その躰が静
かに止まった。
豚のような荒い息づかいが聞こえる。男の体力が尽きたのだ。
短小なばかりだけではなく体力もない。
そればかりか、この男にはテクニックもなかった。
彼が愛しているのは、この痩せ細った躰だ。女に気を遣い、それ
なりに女を満足させようと努めはするが、彼の性癖は特殊なところ
にあるのだ。
男は再び動き出す。腰をゆっくりと動かしながら、手を女の突き
出た腰骨から、あばらへと這わせていく。
男の背中や腹の肉が歓喜するように震えた。
部屋中に脂臭い汗が霧となって拡散する。高ぶる男は急激に体温
を上昇させ、両手でじゃばらのようなあばらを愛撫する。
それと同時に女は腰をくねらせ、尻を振るように動かした。
肌に張り付く男の手。体温が痩せた肉体の奥まで伝わってくる。
短小とはいえ、ナカで動かされるたびに刺激が走り、あばらを触ら
れているざわつく肌が連動して、さらなる快感の波が広がる。
しかし、求めるものは違うのだ。
乳房そのものを突き上げるように、ツンと尖った薄紅色の乳首。
今、その先端に触れられたら、媚薬の効果も相まって軽く達してし
まうかもしてない。けれど、男が愛でるのはあばら。
せめて、せめて、乳房に触れて欲しい。
﹁ああっ⋮⋮もっと⋮⋮﹂
もっとどうして欲しいのか、その先までは口にできなかった。
﹁ああっ、あああっ⋮⋮﹂
切なげな声で悶え続ける。
発散できない欲望が、胸の奥でつっかえ苦しい。今にも爆発しそ
905
うで、あと少しで淫靡な火に引火するところまできている。
﹁もっと激しく⋮⋮して⋮⋮ください﹂
涙声での懇願。
男はその願いを叶えるべく、腰を激しく動かしはじめた。
ドスン、ドスン、ドスン!
砲撃を思わせる振動。
骨と皮の躰が揺さぶられ、今にも折れるのではないかと心配にな
る。
﹁はぁぁン、もっと⋮⋮もっと⋮⋮﹂
四つん這いの女の手足が関節から小刻みに震える。躰を支えてい
られない。けれど、尻を近く突き上げなければ、男のモノはごくご
く浅い部分にしか届いてくれない。
﹁ンっ⋮⋮くアぁン!﹂
女は溜めた息を一気に吐き出しながらひじから崩れた。全身を支
えきれず、両肘をベッドにつけてかろうじて崩れ落ちるのを押さえ
た。
男の挿入が浅くなった。
もっと深く、もっと激しく欲しいのに、男のモノは入り口あたり
でくすぶっている。
︱︱我慢できない。
疼く下半身。出し入れされる短小のすぐ近くで、包皮に包まれな
がら充血して硬く尖っている肉芽。キュンキュンと肉芽が欲しがっ
ている。
指先で少し触られるだけでいい。皮を剥いて、撫でるように擦ら
れた、脳天まで快感が突き抜け脳を溶かしてしまうだろう。女は想
像するだけで身震いした。
女のひじには大きな負荷かがかかっており、片腕を下腹部に伸そ
うものなら、完全に崩れ落ちてしまうだろう。そうなれば、男の短
小など簡単に抜けてしまう。
男はあばらを愛でることに陶酔している。撫でるだけではなく、
906
一本一本を軽く摘むように、味わい愉しんでいる。その邪魔をする
ことはできなかった。
ひじの角度をゆっくりと動かしながら、女は震える腕を下腹部に
向けようとした。届かない、折り曲げたままではソコまで届かない。
もどかしい、もどかしい、胸が張り裂けそうな激情。
女の前身の骨が悲鳴をあげる。自らの躰を支える力も尽きそうだ。
どうしても触りたい。
震える指先を女は懸命に伸す。
そのときだった。
ぴゅっ。
膣内になにかが噴かれた。
とぴゅぴゅぴゅ⋮⋮。
控えめな射精。
恍惚の表情で男は全身の肉を身震いさせた。
ほんの数秒の放心。男の熱は急激に冷めてしまった。
そして、抜かれた。
モノが縮まったせいか、大泣きするように蜜が溢れているせいか、
抜かれた感触すらなかった。
女は絶望しながら身悶えた。
男が巨体を揺らして去って行く。
ドアが開けられ、まばゆい光りが差し込む部屋。背中を汗で光ら
せる男のシルエット。そして、部屋は再び闇に閉ざされた。
女は激しく息を切らせ、ぐったりとベッドに横たわっている。骨
が軋み全身が痺れたように痛い。とくに腕の過労は激しく、持ち上
げることもできない。
しかし、下腹部は物欲しそうにキュンキュンと苦しい。蜜もまだ
漏れ続けている。
女は蕩けた瞳で口を半開きにしながら、懸命に下腹部に手を伸そ
うとしている。
急に部屋に光りが差し込んだ。
907
女は瞳だけを動かしドアの先に立つ影を見た。そして、総毛立つ
ほど躰を震わせたのだった。
908
あばらの君︵2︶
カミハラ女学園の昼休み風景。
教室では女子たちがグループつくって昼食をとっていた。
華艶は碧流とふたりだ。華艶は留年に加えて、噂では﹃マジちょ
ーヤバイ仕事してるらしいよ﹄ってことになっている。碧流は無実
は証明されたが四月の始業式の事件が尾を引いていた。
コンビニの総菜パンを頬張る華艶の目の前で、碧流が涎れを垂ら
しながら、じーっと見つめている。華艶が一口食べるたびに、碧流
がゴクンとのどを鳴らす。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
お互い見つめ合って無言。
碧流の視線が熱く眼光鋭い。この視線に耐えきれず華艶が尋ねる。
﹁おべんとは?﹂
﹁ない﹂
﹁半分あげようか?﹂
こう言ってくれるのを待っているような目だ。
しかし、意外な言葉が返ってくる。
﹁いらない﹂
少し華艶はショックだったのかもしれない。すねるように唇を尖
らせた。
﹁だったらそんな目で見ないでよ﹂
﹁だっておなか空いてるんだもん﹂
﹁だからあげようか?﹂
﹁いらない⋮⋮﹂
少しその声音は弱々しかった。
すぐに呆れたような声を華艶は出す。
909
﹁はぁ?﹂
ハッキリして欲しいという感じだ。口ではいらないと言ってるが、
物欲しそうに目が訴えている。
どうしてなのか?
﹁ダイエット中﹂
と碧流がつぶやき、華艶は納得して頷いた。
﹁あぁーなるぅ。でもべつに太ってなくない?﹂
﹁そんなことないよぉ。こんなんじゃ水着きれない!﹂
昼食抜きの理由はダイエット。ダイエットの理由は水着。
﹁来月からもうプールの授業はじまるんだよ!﹂
声高らかに碧流が叫んだ。
クスクスと周りから笑い声がした。だが中にはハッとした者や重
い表情をする者もいた。
学園内には屋内プールがあり、大きな大会も開かれるための設備
も完備している。水泳部はもちろんそれに見合う好成績を都大会で
修めている。
施設もしっかりとしているため、一般生徒の授業の講師も一流で
あるが、生徒たちにとっては授業内容うんぬんよりも、年頃の女子
たちが人前で水着姿を披露しなければならないイベントだったりす
る。
碧流は華艶の躰を一瞥して愚痴を吐く。
﹁いいよねぇ、華艶は﹂
﹁だからパンあげるって﹂
﹁違うよぉ。華艶はさぁ、なんでそんなにスタイルバツグンなの?﹂
﹁べつになにもしてないけど﹂
﹁うわぁ、すっごいイヤミぃ∼。だってスゴイよく食べてるじゃん
?﹂
﹁そお?﹂
﹁授業中いっつもオカシ食べてるし、放課後だってよく食べてるし、
その体型はありえないよぉ﹂
910
机に置かれている華艶のランチメニュー。今は総菜パンを食べて
いる最中だが、空のコンビニ弁当の容器が3つ、サンドウィッチの
包装が2つ、おにぎりの包装が3つ、まだ手を付けていないシュー
クリームがとミルフィーユがデザートとしてある。それから食事に
用意された飲み物は、2リットルのお茶のペットボトルだ。
すべてを平らげ、まだ500ミリリットルほど残っていたお茶を
一気に飲み干すと、華艶は制服の裾をまくり上げてお腹を見せた。
﹁ほら、ちゃんと太ってる﹂
﹁食べたばっかりなんだから当たり前じゃん﹂
あれだけ食べれば、おなかが出るのは当たり前。けれど、華艶の
全身の体型を見るに、脂肪にはならずにすぐに燃焼されてしまうら
しい。
碧流は雑誌を机の上に広げた。
﹁もう水着特集やってんの。今年はボーダーが流行るって。いいな
ぁ、あたしもこのモデルの体型みたいになりたぁい!﹂
﹁ちょっと痩せすぎじゃない? てかフォトショップ?﹂
フォトショップとはデジタル写真加工ソフトの代名詞である。華
艶は揶揄する言い草で加工されすぎている写真だと言いたかったの
だ。
水着モデルを見る華艶の目が細められる。
﹁ん?﹂
﹁どーしたの?﹂
﹁ん∼⋮⋮どっかで見たことある顔だなって﹂
雑誌を手に取り、水着モデルを目と鼻の先でガン見した。
碧流は頬杖を付いた。
﹁最近グラビアとかでよく見るじゃん。もしかして芸能とかうとい
?﹂
﹁あー、思い出した今朝のニュースで見たんだ﹂
﹁写真集発売するんでしょ。きのうからバラエティ番組とか出まく
ってるよ﹂
911
﹁違くて、じつは一週間前から行方不明なんだって。写真集発売直
前だから、事件のこと事務所が伏せてたみたい﹂
報道によると、事件に巻き込まれた可能性については、まだわか
らないとのことだ。なぜなら失踪以前から、仕事の悩みや愚痴をマ
ネージャーや友人たちに漏らしており、﹃どこか遠くへ行きたい﹄
と口癖のように言っていたそうだ。失踪前の最後に目撃されたのは、
マネージャーが自宅マンションに送り届けた深夜。翌日は何ヶ月か
ぶりのオフだったらしく、マネージャーや事務所が彼女の失踪に気
づいたのは、さらに翌日のことだった。
同じマンションの住人が失踪直前と思われる彼女を見たと証言し
ている。そのときの格好というのが、まるで長期の旅行に出掛ける
ような大きなキャリーケースを運んでいたらしい。警察もその証言
から、自らの意思で失踪したとして、捜索は行われていなかった。
だが、長く隠し通せるものではない。売れっ子のグラビアアイド
ルとなれば、取材記者から嗅ぎつけられるのも時間の問題だっただ
ろう。今朝のニュースを皮切りに、大々的に報道され、ネットなど
でも騒ぎになっている。
碧流はさっそくネット掲示板で情報を仕入れた。
﹁えっ、マジ⋮⋮屍体で発見されたって﹂
﹁なにそれ知らない﹂
﹁⋮⋮あ、釣りだったゴメン。でもさぁ、こないだもアイドルが屍
体で発見されたってニュースなかったっけ?﹂
釣りとはデマということである。
﹁激ヤセ変死体事件ね。まだ未解決だったハズ﹂
その事件のニュースを華艶は見た記憶があった。屍体はたしかこ
の学園もあるカミハラ区の森林で見つかった。
地元の事件ということもあって、学園でもウワサが飛び交い、い
ろいろな憶測を呼んでいた。
﹁死んでもいいから、あたしも痩せたいなぁ﹂
と漏らす碧流にすかさず華艶が口を挟む。
912
﹁死んだらダメでしょ﹂
﹁そのくらい痩せるのが大変って意味だよ。楽して痩せる方法ない
かなぁ、薬とか﹂
﹁痩せるサプリとってヤクと売りさばいてるヤツいるから、気をつ
けてね。すっごい引っかかりそうな性格してるし﹂
﹁そんなの引っかかるわけないじゃん﹂
と、碧流は笑って答えた。
カミハラ区に隣接するホウジュ区は、遊び場としては最適で、近
隣校の学生たちが放課後になるとやってくる。放課後でなくともサ
ボリの学生も多く見かける。
とくに用事もなかったが、碧流は乗換駅ということもあり、途中
で駅の改札を出て、日暮れの街に繰り出した。
目に飛び込んでくる飲食店の看板。
碧流の腹が鳴る。
ぶらっと繁華街の道を歩いていると、ワルドナルドの横を通ると
あの特有の匂いが漂ってきた。ポテトを揚げる匂いが換気扇から外
に排出されている。
その場は足早に通り過ぎる。
逃げるように歩いていると、細い道に入ってきてしまい、辺りを
見回していると、裏路地にいたイケメンと目があった。
﹁ちょっとキミ、キミ﹂
小声で話しかけてきた。
﹁ん、あたし?﹂
良識ある女子学生なら、ここはシカトしたところだろう。男は背
が高く、ほどよく筋肉質で、白い歯を見せながら愛想よく笑ってい
る。これで何割かはとりあえず足くらいは止めていいかもしれない
と思うかも知れない。
﹁キミって神女[カミジョ]の学生さんだろ?﹂
碧流は躰ごと顔を向けた。もう相手の話を聞く体勢だ。
913
﹁そうだけど?﹂
﹁だと思った、キミかわいいから﹂
﹁えへへ、お世辞うまいなお兄さん﹂
満更でもない。
神原女学園は、女子校ということもあり、幻想を抱かれているこ
とも多い。カワイイ子や美人が多いともっぱらのウワサだ。まあ、
男が碧流を神女の学生だと一目でわかったのは、その制服からだろ
う。
﹁彼氏とかいるの?﹂
﹁なにそれナンパ?﹂
﹁そっか、いないんだ﹂
にこやかに男は笑った。
﹁いないですけどー、夏くらいまでにはつくるつもり﹂
﹁ならさ、キミが可愛くなるために良いアイテムがあるんだけど?﹂
﹁マジで? なにそれ教えて﹂
好奇心が旺盛なのか、警戒心がないのか、碧流がどんどん相手に
詰め寄っている。
﹁美容とダイエットのクスリなんだけどさ。今ならキミだけに特別
に譲ってあげようと思って。本当はタダじゃないんだけど、キミか
わいいから特別に少しわけてあげるよ﹂
﹁ダイエット? ラッキー、タダでくれるの?﹂
ダイエットと聞いて碧流の関心はさらに強まった。
男はラベルのないサプリメントの小さな容器を碧流に手渡す。
﹁あんまり飲みすぎないようにね。また欲しくなったらここにテル
して。次からはタダってわけにはいかないけど、安く譲ってあける
から﹂
名刺には電話番号だけが記されていた。少し怪しいが碧流は疑い
もせず受け取った。
﹁それじゃあ、またね﹂
男は路地裏に消えていった。
914
さっそく碧流はふたを開けて中を確認すると、錠剤が数粒ほど入
っていた。
︱︱数日後。
昼休みの教室。
﹁またお昼抜き? ちょっと顔色もよくないし、ヤバいんじゃなの
?﹂
と、一つの机で向い合わせに座る碧流の顔を華艶はまじまじと見
つめた。
﹁だいじょぶ、だいじょぶ、なんか調子イイんだよ﹂
﹁⋮⋮う∼ん﹂
相手の言葉を信用できない。
碧流は目の下にクマをつくり、頬は痩せこけてしまっている。ど
こか目もうつろだ。授業中も間違え連発、体育の授業中にはついに
倒れた。
﹁ヤバイ薬なんてやっていよね?﹂
まさか本当にやっているとは思っていない。先日だって冗談で言
ったつもりなのだ。
﹁えっ、そ、そんな、やってるわけないじゃ∼ん!﹂
大きく両手を顔の前で振って碧流は否定した。だが、その慌てぶ
りが疑惑を強めてしまった。
無言で華艶は碧流を見つめる。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
じーっと微動だにせず。
しばらく見つめられていた碧流は、我慢できずに視線を逸らせな
がら、慌てたように口を開く。
﹁疑ってんの? 碧流ちょー心外。やってないったら、やってない
ってば。そんなのに手出すわけないよ。薬物よくない、うん!﹂
と、言い切った碧流の視線が一瞬、自分の通学バッグに向けられ
た。それを華艶は見逃さない。
915
﹁そこか!﹂
と声をあげて華艶は碧流のバッグを取り上げた。慌てて碧流はバ
ッグを奪い返そうとするが、華艶は押して引いての攻防を繰り返し
ながら、バッグの中身を隅々まで探して、怪しげなラベルのない容
器を見つけ出した。
﹁これでしょ、白状しろ!﹂
﹁違うよ、ただのサプリ。ビタミンとかのだよ!﹂
﹁没収します﹂
﹁やだよ、高かったんだから! それなしじゃ生きていけない! せっかくここまで痩せられたのに!﹂
思わず碧流は口を滑らせた。
思い溜息を吐きながら華艶は気むずかしい顔をする。
﹁やっぱりヤバイ薬じゃんよ。売人のアドレスあたしに教えて、そ
れからすぐ削除、今後一切連絡接触なし﹂
﹁えーっ!﹂
﹁ケータイ割られたいの?﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
無言で不満そうな顔だ。
﹁あと放課後、病院行くから﹂
﹁⋮⋮は∼い﹂
気のない返事をして碧流は項垂れた。
これで安心というわけにはいかないだろう。碧流の態度を見てい
ればわかる。どんな薬物かわからないが、依存性が高ければそこか
ら抜け出すのは容易ではないだろう。麻薬は再犯率が格段に高い。
916
あばらの君︵3︶
︱︱放課後。
華艶は焦った表情で辺りを見渡した。
﹁碧流? 碧流!﹂
いないのだ。
﹁やばい、逃げられた﹂
いつからいない?
昼休みが終わり、午後の授業がはじまるまではいた。授業中、碧
流とケータイでメールのやりとりをしたが、教室に本人がいたとは
限らない。
不覚だ。
﹁ねぇ、木之下見なかった?﹂
華艶は周りの生徒に尋ねる。木之下とは碧流の名字だ。
﹁今、ダッシュで教室出てったけど?﹂
よかった、まだ追いつけるかもしれない。
急いで教室を駆け出し、下駄箱に向かった。
各下駄箱には番号のみ記されている。華艶は記憶を辿って適当に
下駄箱を開けた。上履きが入っていて、外履きの靴がない。しかも、
律儀に上履きには名前が記入されていた。
﹁もう外か!﹂
声を荒げながら急いで靴を履き替え、校門まで全速力で駆けた。
︱︱いない。
すぐに碧流のケータイに通話をかける。
2コールで切れた。相手が意図的に切ったとしか思えない。すぐ
にかけ直したが、お決まりの文句が聞こえてくる。
︽おかけになった電話番号は︱︱︾
碧流の行き先はどこだ?
917
目的は?
まず、華艶から逃げるためだろう。その逃げるという理由の根本
にあるのは、まだ薬を断ち切れていないということだ。となると、
再び薬を入手しようとするだろう。
碧流が所持していた薬は華艶が没収して、売人のアドレスも目の
前で消させた。ただし、隠し持っていた可能性や偽のアドレスを消
して見せた可能性がある。
碧流はいつかは売人と接触するはずだ。そうなると、そこで待ち
伏せするしかないかもしれない。
華艶はまず控えていた売人のアドレスを調べることにした。
ケータイで通話する。いきなり売人に掛けたりはしない。
﹁もしもし京吾?﹂
︽はーい、こちら喫茶モモンガでございまーす︾
華艶は一瞬、言葉を失った。想定していた相手ではなかったから
だ。電話に出たのは京吾の妹だった。
﹁あ、華艶ですけど。お兄さんは?﹂
︽こんにちは華艶さん。お兄ちゃんは今ちょっと外出中です︾
﹁どのくらいで帰りそう?﹂
︽う∼ん、夜の開店までには︾
喫茶モモンガは夜10時からバーに早変わりする。
そんなに待っていられなかった。
﹁お兄さんに伝言。﹃ケータイ持てよ﹄って伝えといて﹂
︽は∼い、ほかになにかありますか?︾
﹁ううん、またね。今度お店行くね﹂
︽はい、それじゃあまた︾
﹁バイバーイ﹂
と、ケータイを切ったあと、華艶はボソッとごちた。
﹁てか、職業柄ケータイくらい持て﹂
表の顔は喫茶とバーのマスター。裏の顔はTSの仕事斡旋と情報
屋をやっている。そんな人間がケータイを持っていないなんて、本
918
当にありえない話だ。
ケータイを握り締めながらしばし考える。
﹁電話番号から売人の情報をできるだけ引きだそうと思ったのに﹂
おそらく契約者からは売人は辿れないだろう。名義貸しなどいく
らでも本当の使用者を隠す手立てはある。GPSが機能していれば、
現在位置が特定できた可能性もある。
﹁めんどくさい、イチかバチか﹂
華艶は売人のケータイに直接掛けることにした。
1コール、2コール、3コール、4コール、5コール目で相手は
出た。
通話は繋がったが相手はしゃべらない。周囲の音が微かに聞こえ
る。雑踏の音に混ざって聞こえるのは、家電量販店のテーマソング
だろうか。
﹁もしもし、友達からこの番号教えてもらったんだけど、あってま
すか?﹂
︽友達?︾
若い男の声だ。
﹁友達の木之下碧流って子から紹介してもらったんです。いいサプ
リみたいなのがあるって﹂
︽ああ、碧流ちゃんの友達ね。君も神女の子?︾
﹁はい、そうですぅ﹂
ちょっといつもより高めの声で可愛い子ぶってみた。
︽碧流ちゃんはお得意様で、友達も何人か紹介してもらってこっち
も助かってるよ︾
﹁⋮⋮あいつ、別の子まで﹂
思わずボロッと出てしまった。
︽ん、なんか言った?︾
﹁い、いえ、なんでもないですぅ。あのどこに行ったらサプリを分
けてもらえるんですか?﹂
︽あぁ⋮⋮ンぐ!︾
919
男の声じゃない。女の押し殺すような喘ぎ声が突然聞こえてきて
華艶は眉をひそめた。
よくよく耳を澄ませると、家電量販店のテーマソングも微かに聞
こえるのだが、水を流す音も聞こえる。その中に混ざって手を叩く
ようなパンパンという肉がぶつかるような音。
︽はぁぁぁン!!︾
甲高い女の喘ぎ声だ。
華艶は確信した。
︱︱この男、女とヤッてやがる。
と、思いながらも気づかないフリ。
﹁あのぉ、どこに行ったらぁ∼﹂
︽ああ、ごめんごめん︾
︽ンぐっ! はうっ!!︾
必死に声を殺そうとしているのは伺えるが、もう丸聞こえだ。
それに比べて男の声はまったく動じていない。
︽ホウジュ駅の東口を出たところの広場、1時間後でいいかな? 君の特徴教えてくれる?︾
﹁神女の制服で、髪は結わいててちょっと赤毛入ってる感じで、ペ
ットボトルのコーラ持っときます﹂
︽オーケーオーケー、じゃあ1時間後。初回は代金入らないから︾
碧流の目的地が売人であるなら、もっと早く会いたい。
﹁あのぉ、もっと早く会えませんか?﹂
︽いいよ、先約もないから。いつがいいの?︾
﹁じゃあ、30分後で﹂
︽オーケー30分後︾
先約がいないということは、碧流よりも先に辿り着けそうだ。
﹁はい、すぐに行きまぁす。それじゃあ﹂
︽待ってるから、じゃあね︾
︽あぁぁぁぁン!!︾
通話を終えた。
920
怪しまれただろうか?
イチかバチかで電話をかけて、約束までは取り付けたが、これか
らどうなるかわからない。幸いだったのは、碧流が別の子を紹介し
ていたらしく、多少は相手の警戒心を弛められたことかもしれない。
が、学園にクスリを広めたのはいただけない。
華艶は駅に向かって駆け出した。
駅前の改札口を駆け抜け、電車に乗り込む。ホウジュ駅までは数
駅だ。
電車に揺られながら華艶は再度、碧流のケータイに通話をかけた。
けれど、やはり電源が入っていないらしい。仕方なくメールを送る
ことにした。
︱︱連絡しろ、バカ!
とメールを送信して、すぐにメールをもう一通送った。
︱︱怒ってないから、とりあえず連絡ください。
電車は目的駅に着き、華艶は足早に改札を抜け、地下通路を通り
外に出た。駅からすぐの広場は、よく待ち合わせ場所に使われ、今
日も多くのひとが集まっている。煙草を吸いながら辺りを見回して
いるのは彼女待ちだろうか。そこに集まっている私服の若者集団は、
学生らしいのでサークルかなにかだろうか。
華艶も辺りを見回した。
待ち合わせ時刻まではまだ少しある。
そう言えば華艶は売人の容姿を知らない。相手はこちらの容姿を
聞いただけだ。つまり、それは相手からこちらに声をかけるられる
ことになる。
華艶は視線だけを動かして辺りの人々を観察した。あの声の感じ
に該当しそうな男はいない。ぶらっとヒマを潰すように歩き、近く
のカフェ店内のようすを大きなガラス窓ごしに観察したが、とくに
それらしき男はいなかった。
時間は過ぎ、待ち合わせの時刻を15分ほど過ぎた。まあ、この
程度なら遅れることもあうだろう。まだヤッてるのかもしれない。
921
だが、それからさらに時間が過ぎ去り、予定の時間より30分過
ぎた。
﹁⋮⋮来ない﹂
ただ遅れているだけか、まだヤッてるのか、それとも警戒された
か?
売人のケータイにかけることにした。
そして、聞こえてくるお決まりのフレーズ。
︽お掛けになった電話番号は︱︱︾
電波が届かない。電源が入っていない。どちらなのか?
﹁ヤバイなぁ、やっぱ警戒されちゃったかも﹂
意図的に電源が切られているならその可能性はある。
さらに時間が過ぎて1時間の超過。
その間、何人かに声をかけられたが、キャッチセールスとナンパ
だった。
﹁もう知らん﹂
華艶は待つことをあきらめ、場所を移動することにした。
︱︱1時間ほど前に遡る。
家電量販店のテーマソングが微かに聞こえてくる車椅子のまま入
れる店内のトイレ。
10代の若い少女が男に胸をすり寄せる距離で、上目遣いの潤ん
だ瞳を向けて訴えていた。
﹁お願い﹂
蕩けるような声音。その声を発した唇も、しゃぶりついたらソフ
トクリームのように溶けてしまいそうだ。
男はニヤつきながら、ビルの屋上を見るように視線を宙に向けて
首を横に振った。
﹁ダメだ、金がないなら渡せないな﹂
その声はたしか、そう華艶と話をしたヤクの売人だ。
少女はイヤイヤと首を横に振った。
922
﹁お願い、お金はないけど、なんでもするから⋮⋮﹂
﹁こっちも商売でやってるんだ。金にならなきゃ、俺が食いっぱぐ
れちまう﹂
﹁だったら、わたしを食べて⋮⋮その代わりに﹂
少女は自らシャツをめくり上げ、薄いイエローのブラを見せつけ
た。そのカップに包まれた胸は揉みくちゃにしたいほど豊満だ。お
そらくGカップくらいだろうか。
﹁男は仕方ないな、今回だけだぞ﹂
と、売人は口では言いながらも満更でもない。舌で唇を拭う動作
をしている。
少女も唇を濡らした。その蕩けそうな唇に売人はしゃぶりついた。
煙草の臭いが男の口からした。
柔らかく弾力性のある唇。唾液で妖しく光り、ぬるぬると唇と唇
が擦れ合わされる。少女は自然と売人の背中に両手を回し、その指
先を唇と唇が触れるたびに、電撃が走ったように小刻みに痙攣させ
ている。
大きく口を開けた売人は、舌を少女の閉じられた唇に割って差し
込んだ。
ぬちゃぬちゃ⋮⋮。
唇よりも弾力性の飛んだ舌と舌が、蛇がうねるように絡みつく。
半開きになった少女の唇から涎れが垂れる。大好物を前にした犬
のように︱︱
混じり合う涎れはどちらのものか?
糸を引きながら妖しく輝く涎れの雫が、少女の顎を伝ってぽとり
と落ちた。その先はブラジャーで寄せてあげられた胸の谷間。涎れ
は深い谷間に呑み込まれるようにして消えてしまった。
売人が口を離した。互いの唇に涎れの架け橋がかけられ、売人の
視線の先で少女は物乞いの瞳をしていた。
﹁クスリが欲しいのか? それともこっちか?﹂
売人はそう言いながら、少女の髪をつむじのあたりから鷲掴みに
923
すると、そのまま頭を押し込むようにして少女を跪かせた。
﹁舐めろ。そうだな、俺をイカせることができればクスリをやろう﹂
少女は取り乱したように売人のベルトに手をかけ外すと、破かん
ばかりの勢いで下着ごとズボンを降ろした。
脱がされたと同時にズル剥けの亀頭がバネのように跳ねた。
艶光りする亀頭はまるで剥き立てのタマゴのようで、大きさはタ
マゴよりも大きく握り拳くらいある巨根だ。少女が竿を握ると人差
し指と親指の先がまったく付かない。口を半開きにした少女が、ツ
ンと臭う先端に近づくが、その口で咥えきれるだろうか?
骨付きに肉に野人が喰い付くような光景だった。
涎れを迸らせながら、少女が肉棒にがっつく。
じゅぼ、じゅるるる、じゅぼぼぼ⋮⋮。
下品な涎れの音がトイレの個室を超えて響き渡る。すぐドアを隔
てた先には買い物客の男がいて、ぎょっとした眼をしたが、すぐに
慌てたようすでトイレを出て行った。
少女はここが公衆のトイレ、しかも男子トイレであるいつバレて
るかという恐怖と恥ずかしさに駆られながらも、欲望を抑えられな
かった。
亀頭の先っぽを口を窄めながら吸いつく。頬がくぼむほどの吸引
と、涎れの潤滑剤、舌による激しい舐めで亀頭を責め立てる。
売人は少女の髪を引っ張り頭を強引に動かした。
﹁舐めるだけじゃなくて咥えろよ﹂
﹁ンぐぅっ!﹂
無理矢理口をこじ開けられ、握り拳ほどの亀頭を押し込まれる。
﹁ンンぐッ!﹂
少女の小さな口には挿入らない。このままだと歯を立てられそう
だ。
仕方がなく男は断念して、ニヤつきながら少女の頭を押すように
離した。
呼吸を取り戻す少女。
924
﹁ハァハァ⋮⋮﹂
激しい息と共に涎れが垂れる。
糸を引きながら垂れた涎れは胸を濡らし、ベトベトになっていく。
男はそれを見て思い付いた。
﹁口がダメならパイズリだ。ほら、早くブラ取れ﹂
﹁は⋮⋮はい⋮⋮﹂
息を切らせながら少女はブラを外した。
水が詰まった袋のように揺れる胸。肌が紅潮して色づいている。
乳首はツンと尖り、乳輪は薄く少し多きめだ。
口腔に涎れを溜めた少女は、それをたらりと亀頭に垂らし、胸の
潤滑剤と練り合わせるように両手で自らの胸をつかんで肉棒を挟み
込んだ。
足踏みをするように、左右の胸が順番に上下する。
少女の柔らかい肉が詰まった肌が亀頭を擦り、さらに小さく出し
た舌先でチロチロとフェラチオをさせる。
売人は少し躰を震わせた。
﹁その調子だ、俺がイッたら約束通りクスリをやるぞ﹂
ぴちゃ、ぴちゃ⋮⋮くちゅ、くちゅ⋮⋮。
舌と胸が奏でる卑猥な淫音が響く。
売人の胸ポケットが震えた。ケータイの着信だ。
﹁いいとこなのにめんどくさい﹂
ぼやきながら売人は胸ポケットからケータイをクレーンゲームで
摘むように出した。
知らない番号からだ。
ケータイのディプレイを見ながら、売人は考え事をする手持ちぶ
さたで少女の髪を撫でた。髪がざわめき頭皮を刺激されるだけで少
女は身悶えた。
﹁ンンっ﹂
舐め続けている肉棒は硬いままだが、売人は上の空である。
そして、5コール目でケータイに出た。けれど、声は発さず相手
925
の出方を見た。
︽もしもし、友達からこの番号教えてもらったんだけど、あってま
すか?︾
いつも相手にしているような若い少女の声だ。声色はいつもより
も猫をかぶっているが華艶である。
﹁友達?﹂
︽友達の木之下碧流って子から紹介してもらったんです。いいサプ
リみたいなのがあるって︾
﹁ああ、碧流ちゃんの友達ね。君も神女の子?﹂
新しいカモだ。
︽はい、そうですぅ︾
﹁碧流ちゃんはお得意様で、友達も何人か紹介してもらってこっち
も助かってるよ﹂
︽⋮⋮あいつ、別の子まで︾
﹁ん、なんか言った?﹂
男は何食わぬ顔で応対しながら、少女のケツをこっちに向かせ、
スカートに手を突っ込んでブラと同じ色のショーツを剥ぎ取った。
︽い、いえ、なんでもないですぅ。あのどこに行ったらサプリを分
けてもらえるんですか?︾
そして、華艶の質問を適当に聞き流しながら、肉棒を一気に蜜が
溢れ出す穴にぶち込んだ!
︽あぁ⋮⋮ンぐ!︾
少女は慌てて口に手を当てて声を押し込めようとしたが、外で用
を足していた男はしょんべんを床にぶちまけてしまった。
売人は少女をさらに辱めるために、腰を激しく動かして奥を抉る
ように突く。
パンパンパン!
売人の鍛えられた下腹部と少女の柔らかい尻がぶつかり音を立て
る。
︽はぁぁぁン!!︾
926
甲高く少女は喘いだ。
子宮を押し上げられ躰が上下し、豊満な胸が激しく揺れ動く。
︽あのぉ、どこに行ったらぁ∼﹂︾
﹁ああ、ごめんごめん﹂
その言葉は半ば目の前のケツに向けられたような嘲笑の言葉だ。
﹁ンぐっ! はうっ!!﹂
壁に両手をついていた少女の口腔に売人の指が突っ込まれ、その
まま顎から状態が持ち上げられた。ケツを引いたくの字の体勢にさ
せられた少女は、内蔵からヘソを突き破るように激しく突かれ、売
人のもう片手はこねるように胸を潰し、ときおり乳首を摘んで捻ら
れる。
そんな行為をしながら、売人は息も切らせず何事もないようにし
ている。
﹁ホウジュ駅の東口を出たところの広場、1時間後でいいかな? 君の特徴教えてくれる?﹂
︽神女の制服で、髪は結わいててちょっと赤毛入ってる感じで、ペ
ットボトルのコーラ持っと
きます︾
﹁オーケーオーケー、じゃあ1時間後。初回は代金入らないから﹂
︽あのぉ、もっと早く会えませんか?︾
﹁いいよ、先約もないから。いつがいいの?﹂
目の前の少女は客ではなく、もはや玩具だ。
︽じゃあ、30分後で︾
﹁オーケー30分後﹂
︽はい、すぐに行きまぁす。それじゃあ︾
﹁待ってるから、じゃあね﹂
別れの言葉と同時に膣道を抉りながら、のどから出る勢いで灼熱
の剛直を突き刺した。
﹁あぁぁぁぁン!!﹂
電話が切れると同時に少女の強ばりながら痙攣した。
927
ビシャアアアアアアアッ!
膣の収縮で圧迫された膀胱から、勢いよく潮を噴き出した。
売人の顔は涼しげだ。
﹁タイムリミットを決めてなかったな。そうだな、あと15分にす
るか﹂
イッた直後でぐったりする少女のナカを滅茶苦茶に突きまくる。
﹁ああっ、あああっ、あひひひぃぃぃっ!﹂
クスリによって狂わされた少女は肉棒によっても狂うのだった。
﹁ああああああうっン!﹂
男子トイレにいつまでも少女の甲高い悲鳴が木霊した。
928
あばらの君︵4︶
河喜多ケイは家電量販店で男を尾行していた。その男とは、あの
売人だ。
店を出て売人の周りから人影がなくなり、ある程度のスペースが
できた瞬間、ケイは一気に地面を蹴り上げ飛びかかった。
﹁うっ﹂
腕を背中に回され押さえつけられた売人は呻いた。
﹁なんだよ、いてぇな!﹂
相手は女だ、臆することはないと声を荒げて威嚇したが、
﹁警察よ﹂
と名乗られ貝になったように口を閉ざした。
﹁大人しくしなさい、バッグの中を調べさせてもらうわね﹂
この警官は明らかに目星をつけて自分を拘束したのだと売人と悟
った。鞄の中には非合法な薬物が入っている。
ケイは片腕で売人の腕をひねりつつ、もう片手で男からバッグを
取り上げようとした瞬間、急に売人が暴れ出して腕を振り払ったの
だ。
鞄はケイの手に残る。が、売人はすでに1.5メートル先、手を
伸したが届かなかった。すかさず駆け出したが男の足は早かった。
人混みを縫うように走り抜け、ケイとの距離を離していく。
ケイは銃を抜いた。
﹁止まりなさい、撃つわよ!﹂
お隣の日本では警官が銃を抜くことなど滅多にないが、この街で
は日常茶飯事。はっきり言ってアメリカよりも銃をよく目にする。
抜いたからと言って、この人混みでは撃つことができない。売人
は脅しだとわかっているので、振り返りもせず逃げていく。
舌打ちをするケイ。
929
﹁ちっ、逃げられると思うな﹂
追跡をやめない。
男はエレベーターに乗る人々を押し飛ばし落としながら、乱暴に
駆け上がっていく。
追おうとするケイは落ちてくる人で愛止めを喰らって前に進めな
い。すぐにエレベーターの手すりを飛び越えて隣の階段に移る。上
を見上げると売人の姿は見えない。
このままでは見失ってしまう!
階段を昇りきると、遠くに売人の姿を見えた。
駅の改札口を無賃で通り抜けようとしている最中だ。焦った売人
は警告音を鳴らして閉まった改札に腹を打ちつけ、一瞬だけ立ち止
まった。すぐに持ち直して閉まった改札を飛び越えようとしたが、
片足をひっかけて転倒した。
立ち上がろうと腕立て伏せの体勢になっていたところへ、ケイが
のしかかる。
ぎょっとする売人の後頭部には銃口が押しつけられていた。
﹁今度、変な真似したら撃つ!﹂
オートマの安全装置は外されている。あとは引き金[トリガー]
を引くだけだ。もちろんトリガーには指がかかっている。
売人は唇をわなわなと震わせた。
﹁べ、弁護士を呼べ、その権利があるだろ!﹂
﹁公務執行妨害で現行犯よ。弁護士は呼んであげるけど、拘束は解
かないから覚悟しなさい﹂
周りは何事かと人だかりだ。騒ぎを聞きつけ駅員もやってきた。
ケイは事情を説明しつつ、署に連絡を入れたのち、駅員室に売人
を連行した。
押収したバッグからは謎の錠剤が発見されたが、今のところそれ
がなんの薬物であるかはわからない。
錠剤の入った容器はいくつもあった。そのひとつを摘むように取
り上げて、ケイは売人の鼻先に突き付けた。
930
﹁これは?﹂
﹁知らねぇよ﹂
﹁あんたの持ち物よね?﹂
﹁違う、俺のじゃない。変な男に押しつけられたんだ﹂
﹁ふ∼ん﹂
ここまで来てまだシラを切るつもりか。
ケイは続ける。
﹁だったらなぜ逃げたの?﹂
﹁そっちがいきなり襲い掛かってきたんだろ﹂
﹁警察だって名乗ったでしょう﹂
﹁そんなの信用できるか。警察手帳だって見せてないだろ!﹂
ケイは警察手帳を見せて顔写真と名前を提示した。
﹁河喜多ケイ、帝都警察捜査一課の刑事﹂
﹁今ごろ見せたって遅いだろ。不当逮捕だ、今すぐ自由にしろ。で
ないと訴えるぞ!﹂
﹁やれるもんならやってみなさい。そっちのほうが不利に決まって
るじゃない﹂
﹁ぐぬ⋮⋮﹂
売人は呻いて押し黙った。
この不利な状況に陥っている売人にケイは囁きかける。
﹁じつは目的のホシはあなたじゃないのよ﹂
売人はそっぽを向いて口を結んだ。
その行動をケイは察したようだ。
﹁ヤクのルートを究明しようっていうのではないの。さっきも名乗
ったけど、私は捜査一課、麻薬などは二課の仕事﹂
クスリを売買している身として、売人は自分を取り締まるのが二
課であると知っており、それとは別の一課がなにを扱っているかも
把握していた。
﹁俺からなにが聞きたいんだ?﹂
﹁連続屍体遺棄事件の被害者の共通点があなたの顧客だったの﹂
931
﹁俺の商売相手は生きてる人間だよ﹂
と言い切って、ハッとしたように売人は口を抑えた。
ケイは被害者の写真を一枚一枚、発見された順に机へ並べていく。
生前の元気だったころの写真だ。そして、一枚だけ、最後に並べた
写真のみ異質で不気味だった。
思わず売人は嗚咽を漏らす。
﹁うぇっ﹂
﹁ボクちゃんには刺激が強すぎたかな?﹂
その写真のみが前場写真だった。
身体は黒土で汚れ、全裸の肌は青黒く変色している。皮が捲れ肉
を抉られた痕跡は、ひとによる損壊ではなく自然の摂理によるもの。
腐っていた。まだ白骨には遠く、痩せ細った肉体には蛆が群がり、
今が崩れ落ちそうな死骸からは、写真だというのに臭ってきそうだ。
﹁ひとりだけ身元不明。心当たりは?﹂
﹁ないね。会ったこともない﹂
﹁ほかの被害者はもちろん知っているでしょ?﹂
﹁さぁ。なぁ、煙草吸っていいかな?﹂
﹁今のうちに吸っておきなさい。塀の中に入る前にね﹂
﹁へっ、ムショなら前にも入ってるから大したことない。居心地よ
かったぜ﹂
﹁残念だけど、次はすぐには出て来られない。4件の殺人に関わっ
てるのだから﹂
﹁俺は殺しちゃいねぇッ!﹂
﹁直接はね。この被害者の直接的な死因は餓死だけど、薬物の反応
があった。痩せるクスリを売ってるんだっけ?﹂
﹁死んだのは俺のせいじゃねぇだろ﹂
﹁顧客リストを渡したら、無罪にしてあげる。ただし、監視はつく
けど﹂
﹁おいおい、ルート究明しないって言っただろ。そんなことしたら、
俺が殺されちまう﹂
932
﹁だから監視を付けて証人保護してあげるって言ってるの﹂
﹁そんなんだったら、ムショでおつとめしたほうがマシだ﹂
﹁まあ、あなたから聞けなくてもケータイを調べさせてもらうけど﹂
﹁⋮⋮ちょっと待て、リストも渡すし、捜査にも協力してやるよ。
ちゃんと保護してくれるんだろうな?﹂
﹁ええ、約束する﹂
﹁ほら、俺のケータイ貸せよ。ロック解除してリストを見せてやる
から﹂
手錠のかかっていない片手を差し出した売人に、ケイがケータイ
を渡した瞬間︱︱迂闊だった。片手で受け取った折りたたみ式ケー
タイを開き、机に叩きつけて割ったのだ。
ざまぁ見ろ、という表情で売人はケイを見下している。
ケイは動じなかった。
﹁少し壊したくらいなら簡単復元できる、残念でした﹂
﹁けっ﹂
水没させたなら、データの復旧は難しくなるだろうが、この程度
なら簡単にデータ抽出ができる。売人だってそのくらのことはわか
っていた。
﹁俺は誰も売らねぇよ﹂
あくまで捜査協力するつもりはない。そのアピールだった。
︱︱時間はさらに遡る。
校門を飛び出した碧流は駅に向かって急いでいた。
ケータイが鳴る。着メロは今週のオリコン1位の女性アーティス
トの曲。発信者が華艶と知ってすぐに切った。
﹁ヤバイ、捕まる﹂
相手は探偵で人捜しを生業にはしていないが、TSというなんで
もやるプロだ。まあ華艶はモグリではあるが。
とりあえずケータイの電源を切った。電波を垂れ流すケータイは
手頃な発信器だ。電波を辿られたらすぐに居場所が特定されてしま
933
う。
不便ではあるが今は華艶から逃げるのが最優先だ。
目的地はホウジュ駅。移動には電車を使うしかないので、電車待
ちをしている間に追いつかれたらアウトである。
小走りで駆けるが、すぐに疲れて歩き出す。
﹁このままだと絶対追いつかれる﹂
華艶の運動神経の良さは体育の授業で目の当たりにすることがで
きる。後ろから走って追いかけられたら、追いつかれる気満々だっ
た。
﹁だれか車とか乗せてくれないかな。ヒッチハイクでホウジュ駅ま
で行けたら華艶のこと巻けるのに﹂
なんてつぶやきながら歩いていると、急に十字路から車が飛び出
してきた。
急ブレーキをかけて止まった車は碧流の目と鼻の先。間一髪だっ
た。
車が止まってから、凍っていた碧流が今さら倒れ込むように尻餅
をついて車を躱した。
﹁死ぬかと思った﹂
肺の奥から溜息が漏れた。
車はミニバンで窓にはカーフィルムが貼られている。
運転席から太った男が血相を変えて降りてきた。
﹁ご、ごめんなさい、怪我はありませんで、でしたか?﹂
慌てているのかどもっている。
﹁へーきでーっす﹂
にへらと笑いながら答え、ふと思った。
︱︱この車に乗せてもらえないかな?
相手は碧流を轢きそうになった負い目があるから、オッケーして
くれるかもしれない。
などと考えていたときだった。
その体格からは想像もできなかった俊敏な動きで。太った男が襲
934
い掛かってきたのだ。
なにが起こっているのか理解できない。
碧流は目を丸くしたまま動けない。まず腕を掴まれ、そのまま胴
体を引き寄せられ強く抱き締められたられ、口にハンカチを押しつ
けられた。
エーテル臭がして、ふっと意識が遠のき、太った男に支えられた。
もう碧流の意識はない。ハンカチにはクロロフォルムが染みこま
せてあったのだ。
通りの向こうに自転車の影が見える。
太った男は碧流の両脇に腕を差し入れて、急いでミニバンの後部
座席に押し込めようとした。
ローファーが地面に転がる。
車に押し込めようとした際、碧流を持ち上げきれずに、かかとを
引きずったために靴の片一方が脱げてしまったのだ。
だが、太った男は気づかない。こちらに向かってくる自転車に気
を取られていたからだ。
雨のような汗を振らせながら太った男は必死だ。
碧流を押し込めたあとも、次の行動になかなか移れずにキョロキ
ョロとあたりを見回す。
自転車はすぐそこだ。若い男が乗っている。
顔を伏せながら太った男は運転席に残り込んだ。そして、やっと
アクセルを踏んで車を走らせた。
住宅街にも関わらず、猛スピードでミニバンは駆け抜けていった。
自転車の若者はちらりと地面を見る。軽くハンドル切って地面に
落ちていた靴を避けた。ただ、それだけだった。
地面に落ちていた靴を見たにもかかわらず、若者は何事もなくそ
の場を過ぎ去っていく。イヤホンで音楽を聴きながら、流行りのJ
ポップを口ずさみながら︱︱。
935
あばらの君︵5︶
モグリのTSは正規とは違ったルートを持っていることが多い。
帝都におけるTS制度には資格免許があり、いくつかの免責をされ
る特権がある。その分、ルールに則った活動をしなくてはならず、
規定や守るべき法に背けば免許の剥奪もありえる。
そして、モグリのTSにはその縛りがない。もちろん、モグリに
はモグリなりのルールもあるが、彼らは非合法なことだってやる。
ただし、バレないように。そのことからも、正規のTSよりも裏社
会に顔の利く者も多い。
華艶にとってこの辺りは庭だ。ホウジュ区にいくつかのルートを
持っている。とは言っても、まだまだ若い女子校生TSの彼女には、
裏といえるルートはそれほどない。
自分が直接的なルートを持っていない場合は、情報屋を介するこ
とになる。情報屋はプロから個人商店のおばちゃんまで。華艶の場
合は主に京吾を介することが多いのだが、彼とは現在連絡が取れな
い。
﹁もしもし、華艶ですけどー﹂
︽あ、お兄ちゃんならまだですけど?︾
念のため掛けてみたが、また電話に出たのは妹だ。
﹁京吾に役立たずって伝えといて﹂
ブチッと通話を切る。すぐ次の相手にかける。
﹁もしもし、マンちゃん? 華艶ですけどー﹂
︽おう、こないだはおごってもらって悪かったな。財布は前に寄っ
た店に置き忘れてたみたいで、ちゃ∼んと見つかったぞ。今度埋め
合わせに一杯おごるから飲みに行こう︾
相手は三流雑誌の編集長で華艶の飲み友達である伊頭満作[いと
うまんさく]だった。
936
﹁その借りを今返して欲しいんだけど﹂
︽ん、なんだ?︾
﹁ホウジュ区でヤクを売りさばいてるヤツを探してるんだけど﹂
︽大雑把すぎるな、星の数ほどいるぞ。詳しい情報はないのか?︾
﹁ケータイのアドレスならあるけど。あと相手はたぶん若い男、声
の感じから20代くらいかな、ちょっとチャラい感じ。美容とかダ
イエットとかって言って、ヤクのサンプルをタダで配ってるかも﹂
︽調べてとく、アドレス教えてくれ︾
華艶が電話番号を伝えると、伊頭は無言になった。空気音のノイ
ズが聞こえるので通話は切れていない。
﹁どしたの?﹂
︽おう、すまんすまん。この番号見覚えがあるぞ。つい最近の取材
で⋮⋮謎の不審死を遂げたグラビアアイドルの⋮⋮これだ。う∼ん、
これはリークできないなぁ、次号のネタだ︾
﹁そこぉなんとか、売人さえ見つかればいいから。むしろ取材協力
ってことで、この件で情報仕入れたらあげるから﹂
ここで華艶は自分の目的が仕事ではなく私用で、友人の行方を探
してるだけだと、掻い摘んで説明した。すると伊頭はこれから華艶
が手に入れる情報を買うということにした。買値は今持っている情
報を話すということだ。
﹁売人の名前は二宮健児[にのみやけんじ]、警察が張ってるって
たしかな情報があって、こっちも張ってたんだが、1時間か前に捕
まったらしい﹂
﹁はぁ!? 捕まったの? どーりでいきなりケータイ通じなくな
った⋮⋮やば、あたしの着信あったら調べられる⋮⋮マズったなぁ。
ん、捕まったってことは、もうそいつに用ないじゃん、そっちの欲
しい情報とかあげれないよ?﹂
﹁なにいってんだ華艶ちゃん。契約は契約、華艶ちゃんはこの事件
をちゃ∼んと調べてもらわないと困る﹂
﹁なーっ! タダ働きしろってこと?﹂
937
﹁タダじゃないだろ、今報酬払ってるじゃないか﹂
﹁このタヌキオヤジッ! もともとそっちの借りを擦ってことで情
報くれって話だったじゃん。なんでこっちが借りを返すみたいな話
になってるわけ?﹂
﹁まぁまぁ、そんなこというなよ﹂
﹁知るか、やっぱマンちゃんとは取り引きしない!﹂
ブチッと通話を切った。
収穫は売人の名前とその所在。欲しかった情報ではあるが、その
所在が警察となれば話は別だ。無用の情報となってしまった。
振り出しに戻る。
碧流の居場所はどこか?
﹁こうなったら家か、碧流の自宅で張り込むしかないか﹂
華艶を避けていても、自宅にはいつか戻るだろう。
﹁碧流の家⋮⋮知らないや﹂
まずは碧流の自宅住所を調べなくては。学生の名簿データを調べ
ればすぐにわかりそうだ。
個人情報の取り扱いの観点から、学生の名簿はしっかり管理され
ている。とは言っても、学英名簿くらいすぐに手に入る。とくに神
原女学園の名簿は女子校ということもあり、男どもに人気もあるた
め、ネットで調べればすぐに出てくる。
ケータイでインターネットをして、検索サイトで簡単なキーワー
ドを入力するだけで、いきなりトップで見つかった。
﹁情報管理甘過ぎ﹂
全学生の住所録のリストを見ることができた。2年生の中から、
[組番号]を見て木之下碧流の名前を探す。すぐにケータイにメモ
った。
ちなみに華艶の住所も書かれていたが、じつはダミーである。
駅はすぐ目の前だったので、移動はスムーズだった。
ホウジュ駅から電車で30分ほど。
車内のドア前に立ちながら外の景色を眺め、華艶はつぶやく。
938
﹁遠いなぁ﹂
神原女学園には学生寮もあり、通学に時間をかけて来る者は少な
い。
たしか碧流は蘭香の中学時代の後輩だったはず。
﹁ん、蘭香のウチってこのあたりじゃないのに?﹂
ふとちょっとした疑問を覚えていると、真後ろのドアが開いた。
下車駅だ。
駅から出るとケータイで地図を見た。目的地の住所を入力すると、
そこまでのルートが表示された。
﹁えっ、バスにも乗るの?﹂
駅前のバスターミナルで時刻表を調べていると、ちょうどそこに
バスがやってきた。
ちょうど会社帰りのサラリーマンたちが多くいる。
バスに揺られ停留所をいくつか過ぎ、下車してから再び地図を確
認する。大通りから住宅街
に入り、少し入り組んだ道を進む。
﹁一軒家か﹂
つぶやきながら見上げた家は2階建て、庭付きで敷地面積は斜め
向いにあるアパートと同じくらいだ。
道路に面した門の脇にあったインターフォンを押す。マイクがな
い。
しばらくすると、白髪の婦人が顔を見せた。腰が曲がっておらず、
清閑だが眼光が鋭い。
︱︱このバアさんタダ者じゃない。
と、華艶は密かに思った。
﹁どなたかね?﹂
鋼のような声音だった。
﹁碧流のクラスメートです。碧流いますか?﹂
﹁まだ帰っておらんよ﹂
﹁そうですか﹂
939
﹁あの子、なにかしでかしたかい?﹂
﹁!?﹂
なんでわかったのか華艶は驚いた。その表情を見て、老婦人は確
信したようだ。
﹁この子はいつも悪さばかりして、今度はなにをやったんだい?﹂
﹁え、えーと⋮⋮﹂
正直に言えるような内容ではない。
鋭い眼光は威圧感こそ放っていないが、その瞳で見つめられると、
なんだか心に焦りが湧いてくる。
﹁あ、碧流さんが帰ってきたら、華艶が探してるとお伝えください。
失礼しました!﹂
背を向けて逃げるように走り出そうとすると、その背を射貫く声
がした。
﹁お待ち!﹂
心臓を矢で貫かれた気分だった。
﹁は、はい!﹂
慌てて振り返ると、老婦人はある物を差し出した。
﹁碧流の居場所だったらわかるよ﹂
﹁は、は?﹂
﹁発信器をこっそり持たせててね﹂
老婦人は自分のケータイのアプリを起動させた。
すっと華艶はその操作のようすを覗き込む。
今やケータイは小さなパソコンである。一昔前のノートパソコン
くらいの機能は備えている。
このアプリはどうやらグーグル社のグーグルマップを地図データ
として使っているらしい。
﹁あのぉ、あいつケータイの電源切ってるんですけど?﹂
と華艶は口を挟む。
ケータイのGPS機能は電源を切られた状態では使えない。それ
で探せないことは、すでに試している。
940
﹁発信器は別のところにあるから心配ないよ﹂
﹁ホントだ、ちゃんと表示された。居場所さえわかれば、あとは自
分で探しますんで、ありがとうございました﹂
﹁私もいっしょに行くよ﹂
立ち去ろうとして背を向けた華艶だったが、その言葉にぎょっと
して振り返った。
﹁いや、それは⋮⋮﹂
﹁居場所が移動したらどうするんだい?﹂
さきほど覗き込んだとき、どうやら建物内で動かずにいた。が、
そこから移動する可能性は十分ある。
﹁そのアプリってこっちのケータイで落とせないんですか?﹂
﹁できるけど、他人に使わせるのはねぇ﹂
と、渋る。
連れて行きたくないという答えが前提にある。
同じく華艶が渋っていると、老婦人は目を丸くして慌ただしくな
った。
﹁ほら、居場所が動いてる! ああ、この赤い点を追わないと!﹂
﹁マジ? ちょ、見せて!﹂
覗き込もうとした華艶の顔からケータイの画面を背けてから、抱
え込むようにして自分だけが見えるように老婦人はした。
﹁まあ大変!﹂
﹁えっ、なになに?﹂
右から左から、華艶は画面を覗き込もうとするが、老婦人は決し
て見せない。だんだんとおちょくられてる気がしてきた。
﹁⋮⋮わかったから、わかったからお婆さん、連れてけばいいんで
しょう?﹂
﹁そうと決まれば善は急げ、さっきの場所に向かうよ﹂
﹁えっ⋮⋮居場所動いたんじゃ?﹂
その問いに老婦人は答えなかった。
﹁ちょいと身支度を済ませてくるから待ってなさい﹂
941
ピンとした背筋で家の中に戻っていく老婦人。
﹁待ってたほうがいいわけ?﹂
溜息を吐いた華艶は疲れたようすで背中を丸め、一気に歳を取っ
たように老け込んでしまっていた。
先が思いやられる。
碧流は顔を手で覆いたくても、その手はベッドのパイプに繋がれ、
両脚も手錠で拘束されていた。
﹁いやぁぁぁっ、あああぁぁぁっ!﹂
すぐ近くで聞こえる女の悲鳴。
いったいここがどこなのか、考える前に目の前で女がデブに犯さ
れた。
普段は明るく、物事にあまり動じない碧流だが、その女の痛々し
い姿には目を背けたかった。ただ犯されている光景を見せつけられ
るだけでも、胸の痛みを覚えるが、犯されている女性が今にも折れ
そうな痩せ細った躰で、悲鳴のような喘ぎ声をあげている光景は悲
痛さがある。
目の前の女性は自分なのだと碧流は思った。このままでは、自分
が目の前の立場になる。考えただけでゾッとした。
碧流をさらった男は、その興奮が治らないのか、スプリンクラー
で放水するような汗を散らし、全身の肉を波打たせ腰を動かしてい
た。
バックから犯されている女は、自らを支える力もなく、上半身を
シーツにべったりとつけ、かろうじてケツを少し上げているよう状
態だ。
﹁あああっ、ゆるしてぇぇぇ⋮⋮しぬぅぅぅぅ⋮⋮﹂
声をあげるだけで息が切れて死にそうになる。そんな必死の懇願
も男には届かず、肉を揺らし続けている。
だが、男には体力がない。
﹁んごぉ、んごぉ﹂
942
鼻が詰まったような息をしながら、男は短小を抜いて、女を投げ
るように仰向けにした。
巨体が骨と皮の躰にのしかかる。
﹁ンンンンッグ!﹂
女はその体重に耐えかね歯を食いしばった。こんな巨体に乗り続
けられたら圧死する。
男はがむしゃらに舐めた︱︱あばらを。
興味はあばらにしかない。
浮き出て波打つあばら骨。舐めればその段差が舌を刺激する。多
量に出た涎れが、あばらの段差に溜まる。そして、指先で涎れを伸
してあばらに練り込む。
女は弱った身体で悶える。強力な媚薬によって、脊髄反射的に悶
えてしまう。電流を流され、躰が痺れたように痙攣してしまう。
肺が圧迫され、息が絶えていく。
﹁クソブタ野郎ッ!﹂
怒号が部屋に響き渡った。
男が動きを止め振り向く。その目つきは狂ったようにギラついて
いる。見つめられた碧流はまったく動じていなかった。
﹁ブタなのに言葉通じるんだ。ならそのひとからさっさと離れろブ
タ﹂
﹁ぶふぉぉぉぉっ!﹂
激しい鼻息を吐きながら男が襲いかかってきた。
波打つ津波のような男を目の前にして、罵声を吐いて自分から煽
っておきながら、碧流は為す術もなく眼を見開いて動けなかった。
家全体を揺らすような激しい振動。
巨体によって碧流は押し倒され潰された。
全身の骨が折れ、内蔵が口から飛び出すかと思った。肺が圧迫さ
れ息もままならない。
﹁降り⋮⋮ろ﹂
息絶え絶えでやっと吐き出した言葉。
943
狂気に駆られた男は碧流の制服に手をかけた。
ビリビリビリッ!
毟り取るように白いブラウスが破かれ、次々とボタンが弾け飛ぶ。
﹁やめてっ!﹂
叫び声は暗い部屋の闇に呑まれてしまう。
碧流は脊髄反射的にブラジャーと胸を押さえたが、腕は乱暴に退
かされ手の甲をカーペットに激しく打ちつけてしまった。
胸の谷間に巨大な手が入り、ブラジャーが激しく引っ張られ、背
中にあるホックが壊された。
跳ねるように揺れて露わになった乳房。形のよいお椀型で、プリ
ンのように震えている。
薄いピンクの小さな乳頭に涎れが落とされた。
今にもかぶりつきたくなる肉欲の塊。少女の胸はほどよい弾力性
もあり、揉みごたえも、食べごたえもありそうだ。
しかし、この大食漢そうなデブは、肉よりも骨に食指が働くらし
い。
グローブのような手が碧流の脇腹に乗せられ、肉を押し上げ寄せ
ながらあばらに向かっていく。
本来スベスベで柔らかい少女の肌は、汗でべたつき手に張り付き
吸引してくる。それによって、より肉があばらへと寄せてあげられ
る。だが、男の目的はあばらに肉を集めることではない。そこから
さらに肉を遠くに葬り去ろうと胸が寄せてあげられる。
﹁イタイっ﹂
奥歯を噛むようにして碧流は苦痛を訴えた。揉まれるというより
潰されている。気持ちよさなんて欠片もない。
胸を押し上げられながら、乳首もいっしょに引っ張られ、感じて
もないのに硬くなってしまう。
何度も何度も脇腹から肉を持ち上げるように寄せてあげられ、胸
を揉みくちゃにされながら乳首が転がされる。
男の手のひらは大量の汗をかいており、それが潤滑剤となって、
944
乳首が舐めるように刺激される。
﹁ン⋮⋮っ﹂
生温かい息が鼻から漏れてしまい、碧流は慌てて息を止めた。
こんなデブにヤラれて感じてしまうなんてプライドが許さない。
しかし、イヤだと思っても、それが逆に意識を強めてしまって乳
首に意識が集中してしまう。
神経の集中する乳首は血液が溜まることによって勃起し、快感を
より強いものにして張り巡らされた乳腺から全身へ電流を流す。
﹁ンっ⋮⋮ン﹂
堪えた。
躰を強ばらせて我慢をすることで、下半身にも力が入ってしまう。
圧迫された下腹部は子宮をジンジンとさせ、太ももを擦り合わせる
ように内股になり、全身から汗滲み出す。
男の手は胸から這うようにして脇へ。
ゾクゾクッ。
寒気か痺れかわからない曖昧な快感で、碧流の腕に鳥肌が立った。
さらに男の手はそこから肩を撫でるようにして、二の腕の肉を削
ぎ落とすように撫でる。
二の腕の鳥肌を撫でられると、背中のほうがゾクゾクして、電流
が背筋を降りて股間を突き刺す。
﹁ンあっ﹂
仰け反って半開きにした口から吐息を漏らした。
苦しい。
巨大なブヨブヨした熱い肉塊に押しつぶされ、息もままならず頭
が真っ白になっているとことへ、快感がさらに頭をマヒさせる。
意識が浮遊して開いているはずの視界が真っ黒になる。
ねっとりと熱いものが胸に乳首を舐められている。
胸を揉みくちゃにされながら、あばらを愛でられている。
柔らかい肉の上を男の手が這う。年頃の女の子のおなかを摩りな
がら、下腹部へと降りていく。
945
秘所に侵入しようとしている太い指。
おなかやヒップを締めつけるピチピチのショーツに、無理矢理太
い指が捻じ込まれていく。
碧流は視界を覆う肉塊をぼうっと見ていた。
思考が働かない。
男の指はすでに肉の割れ目まで到達していた。
太い指はきつく閉じた割れ目に入ろうと、ネジを回すように捻じ
込んでくる。
﹁ンっ、あぅ⋮⋮﹂
捻じ込まれる指が包皮を剥いて、小さく顔を出した肉芽を刺激し
た。
﹁ン⋮⋮﹂
口を噤むと吐息が無理にでも鼻から向けようとする。
男の指はさらに奥へと捻じ込まれ、割れ目が完全に開かれた瞬間、
そこに溜まっていた粘液がじゅわりと溢れ出した。
粘液が男の指についたことにより、ぬるりと呑み込まれるように
埋もれていく。
﹁あふぅっン!﹂
太い、指にしては太い。
ヒダの道が吸いつくように蠢き指を呑み込む。
指先が収まりのよいくぼみにはまり、内臓から膀胱を押し上げて
くる。
﹁ひゃっ﹂
今までとは違う声を碧流はあげた。
碧流の膀胱はパンパンだった。
ダイエットの空腹を誤魔化すために、ミネラルウォーターで腹を
膨らませていたのだ。トイレに行きたくてたまらない。ナカから膀
胱を刺激されたら⋮⋮。
﹁ンッ!﹂
唇を結んで尿道を押さえる。
946
だが、男の指に肉芽を刺激すると同時に、尿道口まで刺激され、
尿意を促すように摩られてしまっている。
ふっと力を抜けば漏れ出してしまう。かといって下腹部に力を入
れすぎれば、ダムが決壊したように津波のように噴き出してしまい
そうだ。
﹁ンッ⋮⋮ングッ⋮⋮﹂
じょぼ。
堪えられない。
女性の尿道は男のように長くなく、ナカから押されたら堪えらる
わけがない。
﹁漏れ⋮⋮﹂
言いかけて言葉を切った。訴えたらトイレに行かせてくれるだろ
うか?
いや、男は口元を不気味に微笑ませ、指をより強く突き上げて膀
胱を押し上げてきた。
﹁ふあっ⋮⋮やめ⋮⋮やめないと⋮⋮殺して⋮⋮や、ンッ!﹂
ぐちゅぐちゅぐちゅ⋮⋮ぐちゅ⋮⋮
愛液が掻き混ざられ、口を窄める膣口で淫音を立てる。
快感を与えられ膣道がうねるように身悶える。
﹁出ちゃ⋮⋮ン!﹂
堪えた。
ここで屈してはいけない。
︱︱こんなデブ男に屈するなんて。
しかし、膀胱よりもさきに肉芽がパンパンに充血して、今にも昇
天しそうだった。
きゅぅっと下腹部に淡い痺れが走る。
﹁だめぇぇぇぇっ!﹂
きゅぅぅぅっ!
叫びとともに子宮が力が自然と入り、快感の波が脳天を抜けた。
﹁ああっ、ンあっ⋮⋮あっ⋮⋮あああっ!﹂
947
強い快感の波には堪えたが、男の指はナカで動き続け、さらなる
波が押し寄せてくる。
﹁だめ、だめ、だめっン!﹂
波は押し寄せるたびに大きくなり、全身がガクガクと震えてまぶ
たが痙攣する。
碧流は上向いた顔で口を半開きにさせた。
その瞬間。
じょぼぼぼぼぼぼぼっ!
男の指が抜かれ、薄い黄色の液体が粒を連ならせるような放物線
を描いた。
じょぼ、じょぼぼぼ、じょぼ⋮⋮
とまらない、とまらない、もう流れ出してしまったら止めること
はできなかった。
カーペットに染みていく。床などなら拭けばいいが、恥ずかしい
排泄物が、たっぷりとカーペットにこびりつくのだ。ぐしょりと不
快な肌触りがする尿を吸った布地を碧流は尻で感じた。
しかし、このときすでに碧流は口から涎れを垂らして気を失って
いた。
948
あばらの君︵6︶
取引にも応じなかった売人を2課に引き渡し、ケイは新たなルー
トから捜査を続けていた。
被害者はそれぞれ、推定死亡日の古いほうから順に、バレリーナ、
女子校生、ファッションモデル、グラビアアイドル。この中で目を
引くのは女子校生だ。彼女だけが一般人であり、ネットの痕跡を辿
っても、ネットアイドル的なこともしておらず、ブログには平凡な
日常の愚痴が綴られていた。
この4人の被害者の共通点はなにか?
同じ売人から、同じクスリを買っていた。それ以外にこれと言っ
て共通点は浮かび上がってこなかった。だが、被害者には犯人のタ
ーゲットとなりうる共通点があるはずなのだ。
クスリは直接的な要因ではないのか?
薬物反応はあったが、直接の死因は餓死。外傷はなかった。
発見された死体は土や落ち葉で汚れ、時間の経過で腐乱していた
が、生前は丁寧に扱われていたことがわかっている。捜査の結果か
ら、被害者の髪は同じシャンプーで洗われ、コンディショナーもボ
ディソープも同じ商品であり、それはおそらく犯人が用意したのだ
ろうと推測されている。その商品は販売数も多いため、購入記録を
辿るのは無理だった。
外傷がないというのは、暴行もなかったということであり、食事
が与えられなかったということ以外は、虐待といえる証拠が挙がら
なかった。
犯人の目的は?
餓死させることが目的であった場合、性的サディストと言える。
が、被害者を丁重に扱っていたようすから、それは矛盾する。
無秩序型の犯人は生活圏内で犯行をするが、秩序型の犯人は生活
949
圏外での犯行をする。慎重な下調べと計画を練られたであろうこの
犯人は、秩序的な犯人といえる。
被害者はホウジュ区の売人からクスリを購入していた。けれど、
彼女たちの住んでいる場所、連れ去られたであろうおおよその場所
は、それぞれ異なった場所だ。
最初の被害者とされているのはバレリーナであり、死亡推定日時
は4ヶ月ほど前とされている。ひとり暮らしで、レッスンの帰りか
ら翌日の舞台稽古に来なかった間に連れ去れたと思われる。連れ去
りの現場の目撃者は見つかっていない。
2人目は女子校生で、家出の常習犯であったことから、家族など
からも失踪人届けが出されず、長らく事件化されていなかったが、
屍体の発見により連れ浚われていたことが発覚。点々と放浪してい
たため、連れ去られた場所の特定はまだできていない。
3人目はファッションモデルであったが、痩せすぎが原因で解雇
され仕事を失っていた。焼けになって遊び歩いていたらしい。ひと
り暮らしで、いなくなって数日ほど気づかれなかったが、友人が連
絡を取れないことを心配して警察に相談。だが、現金やケータイ、
服やキャリーバッグがなくなっていたので、本人の意思による失踪
だと思われていた。
4人目は人気絶頂のグラビアアイドル。オフの日に忽然と姿を消
す。やはり、自宅からは荷造りをした痕跡があった。
自らの意思で失踪したと思わせる工作をするなど、この犯人は少
しずつ学習して犯行を熟れ巧妙になっている。
大抵の犯人は犯行の間隔が縮まる。が、この犯人にいたってはそ
れがない。被害者が連れ去られた日時と死亡推定日には間隔があり、
すぐには殺されていない。あくまで死因は餓死だからだ。この犯人
は被害者が餓死するまでは、次の犯行をしない。
﹁ひったくり!﹂
老女の金切り声でケイは考え事を遮られ現実に引き戻された。
ハンドバッグをかっぱらい、バイクで逃走するフルフェイスの男。
950
ケイは激走してくるバイクに向かって腕を伸ばした。
ガグッ!
腕が男の首にはまりラリアットが決まった。男はそこから折れる
ように後方に倒れ、バイクから転げ落ちた。
﹁いった∼﹂
腕を摩りながらケイは痛そうにしているが、もっと痛そうなのは
男のほうだ。首を両手で押さえながら、アスファルトを転げ回って
いる。
﹁窃盗の現行犯で逮捕﹂
地面を転げ回る男を踏みつけて静止させながら、ケイは片手でハ
ンドバッグを拾い上げた。中から飛び出してしまっていたケータイ
も同時に拾った。
自然と目に飛び込んでくる。
ケータイの画面にはこの周辺地図と目的地の印。疑問には思った
が、些細な疑問だ。
近づいてきた老婆にケータイをバッグに入れて返す。
﹁はい、おばあさん。盗られた物はそれだけ?﹂
﹁ありがとう、婦警さん﹂
バッグを受け取った老婦人は、中に入っていたケータイの安否を
確かめた。
その背後から華艶が小走りで追いついてきた。
﹁目の前で信号変わっちゃって、危うく見失うとこだった﹂
華艶とケイの目が合う。一瞬だけだ。面識はない。
まだ呻いている男を無理矢理立たせて、ケイは片手でケータイを
出した。
﹁別の刑事に引き渡すから、おとなしくしてなさい。おばあさんに
は簡単な聴取がありますので﹂
︱︱こいつ警官か。と華艶は思ってイヤそうな顔をした。
職業柄、普段から関わり合いたくない相手だが、今はとくにそう
だ。
951
華艶は老婦人の腕に自分の腕を絡ませた。
﹁おばあちゃん、早く行こう。急がないと時間に遅れちゃう!﹂
声のトーンをいつもより上げて、カワイイ孫を演出してみた。
﹁あのひとは時間に厳しいひとだからね﹂
と老婦人も合わせた。
いそいそと行こうとする二人をケイが引き止める。
﹁あの、お名前と電話番号を﹂
にっこりと微笑んだ老婦人はケータイでアドレス交換をして、軽
く会釈をしてこの馬を華艶と去る。
その後ろ姿を見ながら、ケイは首を傾げた。
なにか引っかかる二人だ。
ケイは歩き出す。
目的地は第1の被害者とされるバレリーナがひとり暮らしをして
いたマンションだ。第1の被害者には多くの情報があるハズだった。
犯人が事件を起こす切っ掛けがそこにあったかもしれない。
住宅街を歩き回り、目的地に辿り着いた。
華艶はその一軒家を眺める。周りの家と変わらない。この風景に
溶け込んだ家だ。
駐車場があり、ミニバンが停まっていた。窓にはカーフィルムが
貼られている。ヘッドライト近くに擦った損傷があった。そういえ
ば、さきほどここへ来る途中、華艶はなにかとぶつかって擦れた電
柱を目にしていた。
華艶は横を見る。
﹁ここで間違いないの?﹂
﹁ほら、この中で間違いない﹂
木之下柏[きのしたかえ]はケータイの画面を見せた。名前はこ
こに来る途中の雑談で聞いた。木之下の性ということは、碧流と同
じなので父方である可能性高いだろう。
点滅する目的地を示すマークは、この家の敷地内にある。
952
﹁てか、なんでここにいるの?﹂
華艶たちは碧流が事件に巻き込まれていることをまだ知らない。
だから、とりあえずインターフォンを押した。
住宅街が閑散としている。
いつまで経っても返事がない。
もう一度インターフョンを押した。壊れているわけではないだろ
う。少なくともこちら側はちゃんと鳴っている。が、返事はいっこ
うになかった。
﹁留守? でも発信器はこの中でしょ。発信器ってどこにつけてあ
るわけ?﹂
﹁それは企業秘密さ﹂
﹁う∼ん、でも発信器だけここにあって、本人はいないって可能性
もあるわけだよね。てか、なんでこの中から反応があるわけ? 碧
流の知り合い?﹂
本人がいなくても、発信器がここにあるということは、行方を探
る手がかりが家の中にあるかもしれない。
しかし、問題はアレだ。
家の外観を華艶は隅々まで調べる。目に止まったのはSECOM
のマーク。セイコホームセキュリティである。つまり、この家は防
犯対策が成されており、無断侵入を困難にしていた。
﹁あー、まずいなぁ。踏み込んだらすぐバレる﹂
バレなきゃ踏み込む気であるところが、犯罪意識の低さを伺わせ
る。
事件沙汰だとわかっていれば踏み込んだだろう。けれど、逃げた
碧流を捜しているにすぎない。華艶と柏はそのつもりなのだ。
まさか誘拐されているなど思ってもみない。
困ったように二人が顔を見合わせていると、そのとき突然!
﹁助けてーっ!﹂
屋内から女の悲鳴が聞こえた。
首を傾げる華艶。
953
﹁孫娘だよ!﹂
と、柏はすでに家の裏手に走っていた。
叫び声はいつもの声とトーンが違うため、華艶はとっさに気づか
なかったようだ。
﹁えっ、マジ!?﹂
柏に釣られて走り出し、追いついたときにはガラスの割れる音が
した。
唖然とする華艶。
﹁おー、マジ?﹂
感嘆が漏れた。
老人なのにアクティブ過ぎる。割って開けた穴に、腕などが傷つ
かないように袖口に手を引っ込め挿し入れ、内鍵を解錠して窓を開
けると、柏は振り返りもせず土足で室内に上がり込んでいった。
ドドドドドドッ!
家中に響き渡る物音。足音ではない。もっと大きな、まるで落石
があったような音がした。
その現場にすぐ辿り着いた。
階段の下で全裸の碧流がブタに押しつぶされていた。もとい、ブ
タではなく全裸の巨漢だ。
﹁た∼す∼け∼てぇぇぇ﹂
消え入りそうな声で碧流が呻いた。
ブタ男は気を失っている。おそらく落石音はこいつが階段を落ち
た音だろう。
碧流はパッと目を丸くした。
﹁げ⋮⋮ばあちゃん﹂
こんな情けない格好で祖母とご対面なんて合わせる顔がない。全
裸の男女。年頃の娘なので、色事の一つや二つあるだろう。だが、
相手がこんなブタなんて。
華艶も呆れている。
﹁なにしてんの? 新しい彼氏?﹂
954
﹁ち、違うしッ! 誘拐だよ、誘拐。このデブに誘拐されたんだっ
て、マジ事件だし!﹂
碧流は苦しそうな顔をして言葉を続ける。
﹁あばら折れそう。このブタ早く退かして、マジヤバイ﹂
ブタ男は想像どおりの重量で、華艶ひとりの力では退かせなかっ
た。そこで老婦人も手を貸したが、二人でも本当にやっとで、どう
にか転がして退かすことができた。
落石事故から生還した碧流は思い出したように、ハッとして口を
開く。
﹁上に、上の部屋にもうひとり!﹂
﹁ん?﹂
と、華艶は首を傾げ、慌てて碧流は言葉を付け加える。
﹁もうひとり拉致られてるの!﹂
今までは﹃どーしょーもない碧流﹄という気持ちだったが、華艶
はここでやっと事件性に気づいた。事は思っていたより重大だった
らしい。
ブタ男を飛び越して華艶は階段を駆け上る。
上と言われたが、どこのだ!?
目に飛び込んできた最初の扉を開けた。
真っ暗な部屋に微かな気配がする。
思わず華艶は息を呑んだ。
ベッドで死んだように女が横たわっている。痩せ細っているその
姿は、まるでミイラのようだ。たしかめると息も脈もあった。だが、
弱々しく今にも事切れてしまいそうだ。
すぐさまケータイで救急車を呼ぶ。
﹁消防いらない救急早く! 監禁されてた女性を助けたんだけど衰
弱が酷くて死にそうなんだってば! 住所? ちょい待ち!﹂
通話を保留にして、ケータイのGPSで自分の位置を確かめる。
﹁カミハラ区××××丁目××−××、表札は内山田だったハズ!﹂
通話の最中だった。
955
1階から叫び声だ!
﹁逃げられた!﹂
この声は碧流だ。
女性をこの場に残しておけないが、今は下が気になる。
﹁とにかく救急車至急寄越して!﹂
通話を切りながら華艶は階段を駆け下りると、柏が壁に寄りかか
って座り込んでいた。
﹁男が急に暴れ出して﹂
柏はゆっくりと腕を上げて玄関を指差す。
その方向へ華艶は走った。すると玄関で立ち往生している碧流を
発見した。
﹁あのブタ野郎ばあちゃんを突き飛ばして!﹂
苛立つ碧流だが、開いた玄関から身を隠すようにドアの裏に隠れ、
顔を出して外を見ていた。全裸だったので追いかけられなかったの
だ。
﹁どっちいった?﹂
華艶が尋ねると、碧流は右を指差した。
﹁あっち﹂
﹁オッケー、お婆ちゃんと女にひとよろしく、救急車は呼んだから
!﹂
言い終わる前に走り出していた。
残された碧流が叫ぶ。
﹁よろしくって、あたし全裸なんだけど! 救急車来る前に服、服
ーッ!!﹂
叫び声を背中で聞きながら華艶は通りに出た。
相手はブタ男だ。そう遠くヘは行けまい。
右手を見ると、脂肪の塊を波打たせながら、ブタ男がケツを振っ
て走っていた。走ると言うより、見た目は歩いているようにしか見
えない。スライムが移動しているようだ。本物のブタのほうが断然
マシな走り方をする。
956
このペースなら華艶はすぐに追いつける。
﹁このデブ野郎!﹂
華艶が叫ぶと、ブタ男はギョッとして振り返った。
なぜか華艶も眼を剥いた。
視界に飛び込んできた光景。
急ブレーキの悲鳴があがった。
焼けるタイヤ。
閑散としていた住宅街が、その一瞬、よりいっそう音を消してし
まったように、凍りついた。
重い音が響き渡り、ブタ男が乗用車に跳ねられた。
車のヘッドライトの一方が破損して、フロントガラスには蜘蛛の
巣が走っていた。ブタ男はヘッドライトに当たり、そのまま勢いよ
くフロントに乗り上げフロントガラスに激突したのだ。そして、ア
スファルトの上で気絶していた。
運転手の女は顔面蒼白で身動き一つできずに固まっている。
華艶も唖然と固まっていたが、職業柄再始動は早く、ブタ男に駆
け寄った。
﹁あー、やば⋮⋮事故だよね。あたし悪くないし、過失ゼロだし﹂
足下に血溜まりが広がってくる。血の流れ出す位置から、おそら
く頭部のどこかを強打していたらしい。
﹁とりあえず、救急車をもう一台呼んでおくか﹂
しばらくしてサイレンの音が聞こえた。
先に運ばれたのはブタ男だった。車に撥ねられ頭から血を流し意
識不明。犯人から事情聴取することは不可能だった。
だが、この男があの事件に関わっていたことは、すぐに明らかに
なり、2人の誘拐及び拉致監禁の被告人、4人の屍体遺棄の被疑者
として扱われた。これから罪状はもっと増えるだろう。
被害者の碧流ともうひとり監禁されていた女性か聴取したが、碧
流は浚われて間もなく自分を浚った犯人がブタ男だということ以外、
めぼしい情報は得られなかった。もうひとりの被害者は入院を余儀
957
なくされ、まだショックから立ち直っておらず事情聴取は先送りさ
れた。
犯人が意識不明であり、事件の全容はまだ解決されたとは言い難
いが、拉致されていた2人の被害者は助かり、事件は一応の解決を
見せたかに思われたが⋮⋮。
958
あばらの君︵7︶
夜に星が輝いている。
警察署から出てきた華艶にちょうど通話がかかってきた。
﹁もっしー﹂
︽あの事件を解決したそうじゃないか︾
相手は伊頭だった。
﹁らしいね。今警察で聴取受けて事件のこと聞いたとこ﹂
屍体遺棄及び餓死による不審死。犯人はブタ男であることが明ら
かになり、人気絶頂のグラビアモデルが絡んだ事件として、今後紙
面を飾ることになるだろう。
︽華艶ちゃんにぜひとも取材の申し込みをしたいんだ。犯人を追い
詰めて美少女女子校生って触れ込みで︾
﹁女子校生ってワードで釣ろうとするあたりが三流雑誌だよね﹂
︽人気グラビアアイドル、奇怪な殺人事件、犯人を追い詰めた女子
校生。これで売れないわけない。華艶ちゃんの取材はウチの独占っ
てことにしてくれよ。事件が事件だから、大手も大々的に報じるか
ら、なかなか厳しいんだ︾
電話越しに華艶は嫌そうな顔をする。
﹁そーゆーの無理。匿名で受けてもすぐ身バレするし﹂
一般人ですら、なにか事件を起こせばすぐにネットで身元がバレ
る。
︽だったら美少女女子校生TSで実名取材報道させてくれ。そうす
りゃ華艶ちゃんの仕事も増えるだろ︾
﹁べつにガツガツ仕事ヤル気ないしー。本業学生ですから﹂
いつもTS業を優先してるせいで、留年までしてるのはどこのだ
れだろうか。こういうときだけ学生を盾にする。
華艶はTSということを秘密にしているわけではないが、だから
959
と言っておおっぴらにしているわけでもない。けれど、そういう特
殊なことをしていると、自然と周りに知られることになる。とくに
学園内では大きなウワサになり、さらにはマンションの部屋も借り
にくくなる。
︽ちょっと待ってくれ︾
と、突然伊頭が言って、向こうから聞こえてくる背景音が遠くな
った気がする。マイクに手を添えたのかもしれない。
微かに聞こえる。
︽なんだと!?︾
すごく驚いた伊頭の声だった。
再び声が大きくなった。
︽事件はまだ終わってないかもしれないぞ︾
﹁なんの?﹂
︽救われた被害者が病院から消えたらしい︾
﹁自発的にじゃなくて?﹂
︽その可能性もある。忽然と消えちまって、なんにもわからんそう
だ。だが、関係者の話によると、保護されたあともひどく怯えたよ
うすで、病院から出たがってたようだ︾
﹁それってやっぱ自発的に逃走したんじゃないの? ほら監禁され
てた後遺症で、病院に入れられるのイヤだったとか﹂
しかし、華艶が被害者を見たとき、虫の息と言ってもいいほどだ
った。あの状態で自発的に病院から逃走できるだろうか。
﹁でもべつに最初から事件とは無関係だし。友達探してただけだか
ら、いっか﹂
疑問は残るが、必要以上に首は突っ込まない。職業柄、もちろん
TSのほうだが︱︱依頼以外の事件は極力避けたかった。と普段か
ら思ってはいるのだが、どういうわけ華艶は事件やその周りは事件
を引き込む。だからこそ、事件には首を突っ込みたくないという気
持ちも強くなるのだが。
︽今週の紙面に間に合わせたいから、明日にでも取材受けてくれよ︾
960
﹁えー、だからヤダって﹂
︽頼む、一生の頼みだ︾
﹁一生の頼みって絶対一生じゃないし。てかさ、マンちゃんに借り
つくってもちゃんと返してくれないし﹂
︽雑誌はいつもより売れたら金一封も出す!︾
歩きながら通話をしていると、後ろから女性が颯爽と華艶を抜き
去っていった。
すれ違ったときにチラッと見た顔に見覚えがあった。あの女デカ
だ。とても険しい表情で足早に歩いて行ったようすから、なにか事
件でも起きたのだろうか。タイミングから考えるに被害者失踪事件
がらみかもしれない。
その後ろ姿を見ていると、ケイがケータイを出してしゃべりはじ
めた。
﹁新たに発見された屍体が?﹂
少し語尾は驚いたようすのニュアンスだった。言葉の順序が気に
なる。新たな屍体の発見に驚いているのではなく、屍体になにか気
になることがあったのかもしれない。
こっそりなにげなく華艶は何食わぬ顔で後ろを付けて歩いていた。
首を突っ込まないと決めていても、実際に取る行動がそうとは限ら
ない。
ケイは華艶の尾行には気づいていなかった。一課の刑事にしては
迂闊であるが、彼女は今、唇を噛みしめながら、先ほどまで見てい
た録画映像を思い出していた。
犯人の家から応酬した証拠品の中に、画質の悪い録画映像があっ
た。最近はケータイの動画撮影機能でも、高画質な映像を撮ること
ができる。ただし、適切な明るさの場所ならば。
その映像は全体的に暗かった。暗い部屋だった。そう、犯人の部
屋だ。
記録が残されて映像は、陵辱と日々痩せ細っていく女の記録だっ
961
た。
レイプ監禁犯の傾向として、ファンタジー[妄想]に何度も耽る
ために、記録を残しておくことが多い。この犯人もそうだった。
山のような肉塊がゴゾゴゾと暗闇で動いている。
ベッドには極限まで痩せ細った女が横たわっており、生きている
のか死んでいるのかわからない。
男は女の足先を眼前まで持ち上げた。
鶏ガラのようになってしまった足。指の付け根から、骨が足首ま
で連なっているのがよく確認でき、筋や血管が浮いているのもよく
見える。血管は蒼白い肌よりも蒼かった。
男は骨を愛した。肉ではなく、皮に覆われた骨。骨、骨、骨。
骨とは本来は肉に覆われ、躰の中に隠されている。その隠された
モノが、こうして目に見えるまで隆起することが男の悦びであった。
足の中でとくに男が好きなのが、人差し指、中指、薬指、この3
本から手首へ伸びている、鳥の足のような骨が浮き出たラインだ。
好物を前にして男の口から自然とヨダレが垂れた。そのたらこの
ような唇から、ねっとりとしたを出し、足を舐めはじめる。
まずは親指だ。舌先を親指の先に乗せ、上唇と下唇で挟むように
吸引して丸っと親指の付け根まで呑み込む。チュッパチュッパと、
棒付きキャンディーをしゃぶるように、頭を上下させながらしゃぶ
り回す。
死んでいたかに見えた女が身悶えはじめた。弱々しく衰弱した躰
で、穴の開いた袋から空気が漏れ出すように声を出す。
﹁ン⋮⋮は⋮⋮はぁ⋮⋮﹂
この被害者女性は何日監禁されているのだろうか。もとの姿が想
像できないほどやせてしまっている。まるで即身仏としてミイラ化
してしまったように見える。
しかし、彼女は生きている。そして、こんな躰にもなっても、身
悶えずにいられないのだ。
﹁あぁ⋮⋮あ⋮⋮﹂
962
舐められているつま先に力が入り、ふるふると震えている。
男は指と指の間を舐める。牛タンのような舌を伸し、指と指の間
に捻じ込ませ、干からびた肌を濡らし、痩せてできたシワを伸して
いく。
足の裏を垂れるヨダレ。それを追うように男の唇が肌を這う。
ぞくぞくっ⋮⋮。
足の裏から背筋に駆け抜けてくる痺れに女は軽く背中を仰け反ら
せる。さらに浮き出るあばら。男はそれをちらりと見て、口元を嬉
しそうに歪めた。
牛タンはかさついた踵[かかと]から、撫でるようにして上に向
かって足の裏を舐める。
﹁ああぁ⋮⋮⋮﹂
すると、再び女は背中を反らせ、あばらが隆々と浮き出た。
嬉しそうに口元を歪めた男は顔をこちら︱︱カメラのレンズに向
けた。
﹁うまく撮れたかな?﹂
こどもがはしゃぐような弾んだ声だった。
再び足の裏を舐め回すと、あばらが浮き出る。遊ぶように、それ
は何度も繰り返された。
やがて疲れ果てた女の感度が悪くなり、男の舌は足からふくらは
ぎへと移動していく。
ふくらはぎには、そのふくらとした丸みはなく、骨と筋。脚を持
ち上げると、肉が下に垂れのではなく。肉を失い伸びてしまったよ
うになっている皮が垂れた。
脛の骨の脇にできたくぼみに舌が這う。同時にふくらはぎを、何
本かの指先でくすぐられ、女は新鮮な反応で悶えた。
﹁ン⋮⋮あぁ⋮⋮﹂
細くなった太ももには、太い血管が噴き出てしまっている。そこ
から付け根へ向かっていくと、股間と股を繋ぐ内股にある太い筋が、
くぼみになって浮き出ており、舌を這わせてやるとヨダレがたっぷ
963
りと乗っかった。
男の舌が這う。男の髪が肌に触れる。付け根に徐々に近づくにつ
れ、こそばゆい感覚がゾクゾクになり、手や足の先から痺れが抜け
ていく。
そして、脳まで痺れてしまう。
﹁ン⋮⋮あぁはぁぁン⋮⋮﹂
短調で静かな喘ぎ。ふっと吹いたら消えてしまいそうな蝋燭の火
のような声。命の灯火。
芋虫のような動きで男に顔を埋めた。
こんなにも干からびた躰でも蜜が溢れていた。
美味しそうな蜜を男は指で割れ目に沿ってすくった。
痩せていてもまだ柔らかな陰唇。じゅるりと蜜がたっぷりと指先
にこびりつき、弾くようにして肉芽を刺激した。
﹁ンはぁ﹂
躰を強ばらせて女の全身の皮膚が引っ張られ、筋肉と骨が盛り上
がる。微かに膨らむ乳房の頂点で乳首が勃つ。
指につけられた蜜は太ももに塗りたくられる。浮き出た太い腿の
筋を軽く掴むようにして、股間からひざ裏へ、ひざ裏から股間へと、
太い筋を撫で回しながら蜜を塗る。
そして、男は太ももに頬ずりをした。
女特有の柔らかさなんて微塵もなかった。まるで岩に頬ずりをし
ている感覚。
少し離れたカメラのマイクまで、男の荒々しい鼻息が聞こえてき
た。
堪らなく興奮した男は自ら股間に手を伸し、短小を握ってしこり
はじめた。
肉が揺れる。巨体を揺らしながら男は自慰をする。それを見た女
は身悶えた。
﹁挿入て⋮⋮くださ⋮⋮い﹂
自慰などせずに挿入て欲しい。
964
男は両膝をつきながら、股間を前へ突き出した。
腹の肉に埋もれ、皮にまで埋もれている短小。
弱った躰を起こして女は短小を握った。
﹁舐めて⋮⋮気持ちよくしたら⋮⋮挿入れて⋮⋮くれますか?﹂
男は頷いて答えた。
大きく口を開ける女。痩せて角張った顔。鼻の横から頬に沿う筋
が浮き上がる。
短小は簡単に呑み込まれた。
ゆっくりと頭を動かして短小をしゃぶる。女の口の中は唾液が少
なく、ねっとりと舌が蛇腹のような皮に張り付く。さらに舌は皮の
中に這入っていき亀頭に触れた。
波打つ男の躰。
尿道口に捻じ込まれる舌先。
チロチロと尿道口の割れ目を何度も突くように舐める。
ブタが鼻水を噴き出すような音がした。それが男の呻きだった。
とぴゅ。
ちっちゃな水鉄砲のように噴き出し、女の咽頭に当たった白濁液。
短小から顔を離した女の開けられたままの口の中で、舌の上に乗
って蠢いているように見える白濁液。女は舌を巻きながら白濁液を
呑み込んだ。
ごくりと音を鳴らしながら、痩せた首でのど仏が動くのがよく見
えた。
自らはただ舐められていただけなのに、男は全身に汗をぐっしょ
りとかき、息を切らせてながらそのまま倒れるようにベッドに仰向
けになった。
全身の肉が重量で流れるようにベッドの上に広がり、腹の肉で隠
れていた短小が微かだが顔を見せた。
女は躰を引きずるようにして男の短小を跨いだ。
骨と皮だけの手によって短小の皮が剥かれる。薄桃色をした亀頭
が顔を出し、尿道に残っていた白濁液を滲ませた。
965
女の手によって亀頭が膣口に導かれる。
﹁ンはぁぁぁぁ﹂
息を呑みながら女は上向いて喘いだ。
這入ってくる。
小さくとも男のモノが体内に這入ってくる。
すぐに短小は埋もれてしまった。
太った男にも、痩せた女にも、どちらにも動く体力がなかった。
女は男の腹に両手をついて、自らの躰を支えるのに精一杯だった。
それでも微かにナカで短小が動いている。男の肉は水袋のようで、
乗っているだけで躰が揺れ、ナカに振動が伝わってくる。小さな快
感がジワジワと下腹部から広がっていく。
それだけに、もっと欲しくて堪らなかった。
女のケツには肉がない。尾てい骨が浮きだし、本来は尻の肉を支
えるハズの腸骨が羽のように突き出している。恥骨のあたりにもほ
とんど肉がなく、騎乗位になっているこの体勢で、より深く肉棒を
くわえ込むことができる。
それでも長さが足りない。
女は命を削りながら動きはじめた。
﹁あひぃぃぃあぁぁぁふぅぅぅ﹂
腹肉の上でバウンドするように、腰を上下に揺らして奥に届かせ
ようとする。
﹁はぁぁぁぁうぅぅぅ﹂
激しく揺れる。
死に物狂いで女は男の腹の上で躍った。
白眼を剥きながら、舌を唇から垂らして、うつろな表情で女は快
感を貪る。
男もそれに応えようと、女の細い腰を両手で掴み、懸命に女の躰
を持って上下させた。
激しく交じり合うふたりに合わせ、部屋がまるで揺れているよう
だった。
966
揺れていた。震えるようにカメラまで揺れていた。
充満する汗の臭い。
苦しそうな顔をして汗で目を開けられない男。
歯ぎしりの音。
男は両手でベッドを叩いた。
どびゅっ!
短小から放たれた汁。
女は全身を痙攣させた。
﹁ひゃあああああぁぁぁぁっ!﹂
ビグゥン! ビグゥン!
下腹部が強ばり、膣道が短小を握り締める。
﹁ひぃぃぃぃぃぃぃっ!﹂
絶叫しながら女は目を白黒させた。
ビシャァァァァァァァッ!
躰に残っていた水分をすべて噴き出す。
そして、女は頭の重みで後頭部から倒れ、ぬぷりと膣から抜けた
短小。
男は息を切らせて動けない。
女も息もせず動かない。
だが、この中でカメラが動いていた。
映像が上下に激しく揺れながら、ベッドへと近づいていく。
そして、真っ暗になった。
︱︱映像が途絶えたのだ。
967
あばらの君︵8︶
もう夜も更けているが、ケイは病院に来ていた。
被害者の女性が失踪した病院ではない。
個室のベッドで眠っていたのはブタ男だった。
﹁起きなさい﹂
声をかけた。手は触れていない。
被疑者とはいえ病人。ケイの行動は非常識である。が、今は一刻
を争う状況だったのだ。
﹁起きなさい﹂
襟首に手がかかった。もう始末書では済まず、懲戒処分だけでな
く、訴えられる可能性もある。
﹁血は多く流れたけれど、軽傷だったと聞いた。もしかして、寝た
ふりじゃないでしょうね?﹂
ブタ男のまぶたが痙攣し、額から珠の汗が流れた。
ケイは掴んでいた胸ぐらを乱暴にグイッと持ち上げた。
﹁起きなさい!﹂
﹁ひぃぃっ!﹂
声帯を震わせながらブタ男は眼をギョッとさせた。起きていたの
だ。
冷たい視線に射貫かれたブタ男は怯えきっている。
﹁な、なんなんだよぉおまえぇぇ﹂
﹁帝都警察捜査一課河喜多ケイ﹂
警察手帳を見せつける。
﹁警官がこんなマネしていいのか!﹂
唾の雨を降らせながら訴える。たしかに状況はケイのほうが不利
である。が、処分覚悟であれば、臆することなどなにもなかった。
﹁変態殺人者に人権なんてない﹂
968
﹁ぼかぁ人殺しなんてしてない!﹂
﹁ふ∼ん、じゃあなにをしたの?﹂
﹁理想のあばらを求めてただけだ、なにが悪いんだぁ!﹂
犯人のフェティズムがあばらにあることは、あのビデオを見れば
明白だった。けれど、犯人の口から直接聞くと、そのために何人も
の女性が犠牲になった︱︱4人は死に至っていると思うとやり切れ
ない。
﹁あなたがどんな変態嗜好を持っていようと構わない。しかし、そ
れによってひとを傷つけ、死に至らしめたことは許さない﹂
﹁だれも傷つけてない、大事にしてたのに、勝手に動かなくなった
んだ﹂
胸ぐらを掴んでいたケイの手に力が入る。
﹁あなたの言い分はどうでもいい。量刑は裁判が決めてくれる﹂
帝都エデンは日本国同様に、法治国家である。犯罪者は法が裁く。
日本では2004年に裁判員制度の法律が制定され、2009年
から施行された。だが、帝都ではそれより早い2002年の時点で
施行されていた。
帝都における法律や条令は帝都があるもともとの領を保有してい
た日本に倣っているが、いくつかの箇所で違いが見られたり、ほか
の国々にすら存在していない法がある。
公職選挙法や普通選挙制度などもあり、議員が存在し、大臣がお
り、内閣もある。ただ、総理大臣の仕組みと、帝都の首都であるミ
ヤ区の区長の選ばれ方がほかの区と違う。ミヤ区の区長は総理大臣
を兼任しているためだ。
帝都の総理は都民による投票で決まる。そこが日本とは違う。ア
メリカの大統領選挙に近いといえば想像しやすいだろう。
そして、日本は天皇という存在が例外的でほかの国と異なるが、
総理を置いている国は総理の上に最高権力者が存在する。王国に総
理職があれば、総理の上にいるのは国王。イギリスであればエリザ
ベス女王。帝都の場合には、総理の上に9人のワルキューレがおり、
969
これが帝都の最高機関でもある。そして、頂点にいるのが女帝だ。
日本の警察は内閣府、つまり内閣総理大臣の所轄下に置かれる国
家公安委員会が管理する警察庁だが、帝都における帝都警察が属す
る警察庁は内閣ではなくワルキューレの所轄下にあり、ワルキュー
レのひとりであるアインが長官だ。帝都の防衛省も同じくワルキュ
ーレの所轄下でアインが長官である。民主主義国家はシビリアン・
コントロールの下にあるべきだが、このような点から上辺だけの民
主主義だという批判が国外から特にある。
しかし、帝都エデンはこの地球のどの国とも違う異質な都市なの
だ。
軍のあり方も、警察のあり方も、この街に合わせなくてはならな
い。
ケイは投げ捨てるように胸ぐらを突き放した。
﹁内山田丸夫23歳。16歳のときに父親の転勤に合わせこの街に
移住。18歳のとき、父親は脳卒中で死亡、母親は10ヶ月前に死
亡﹂
﹁うわぁぁぁぁぁ!﹂
突然叫んで暴れようとした内山田に銃口が突き付けられた。
﹁話はまだ終わってない。あなたが関わっていると思われる新たな
被害者が発見された。これまでの被害者が遺棄されていたのとは違
う場所。まだ身元は特定できていないけれど、私はこのひとが最初
の被害者だと思ってる。死亡したのは7ヶ月ほど前、餓死させられ
るまでの期間があるから、誘拐されたのはもっと前のはず。おそら
く母親の死をきっかけに、それがストレス要因となり、一連の事件
を起こす切っ掛けになったと思われる﹂
﹁うるさぁぁぁい、だまれえええっ!﹂
﹁母親は熱中症で死んだそうね。生前の写真を確認したら、両親共
にあなたと同じ体型。どうして被害者を餓死させたの?﹂
﹁痩せてないとダメなんだ、痩せてないと、痩せてないと死んじゃ
うんだぁぁあ!﹂
970
結果として餓死させていたとしても、彼には被害者を殺す意図は
なかったのだ。理解しがたいが、むしろ救っているつもりでいた。
内山田丸夫は幼いころから太っていた。それは両親が2人とも太
っているゆえの、遺伝と生活環境のせいである。彼はそれがコンプ
レックスだった。
しかし、彼は痩せられなかった。
だから好きになる女性はみんな痩せていた。自分にないものを求
めたのだ。
直接的ではないものの両親2人は肥満が原因で死んだ。その母親
が死んだとき、もとより痩せている女性が好みであったが、よりい
っそう女性は痩せていなくてはならないという強迫観念に駆られる
ようになった。そして、事件は起こった。
一人目の被害者は近所に住む女性だった。
ずっと気になっていた女性であった。けれど、声を掛けることも
なく、ただ遠くから眺めていただけ。彼女は痩せていたが、より痩
せたがっていた。と、内山田は思っている。
なぜなら、彼女の捨てたゴミを漁ったときに、ダイエット食品を
見つけたからだ。
はじめの犯行は計画的とは言えなかったが、彼女を愛でる妄想は
四六時中していた。そして、ついに彼女を衝動に駆られ拉致したの
だ。
一連の犯行の中で、彼女だけがクスリをやっていなかった。被害
者たちの共通点があの売人だったのは、次のターゲットを見つける
のに適していたからだ。
内山田は思っている。
︱︱彼女たちは痩せたがっていた。
そして、痩せさせなくてはないないという強迫観念。
この二つが合致したとき、事件は起きたのだ。
一人目の犯行の屍体遺棄場所は内山田の家の近くだった。ほかの
被害者とは違う場所で、計画性がなくずさんだ。ほかにも違う点が
971
あり、残る被害者は衣服や所持品がまったくなかったが、この被害
者は持ち物や衣服、スタンガンがいっしょに埋められていた。ただ
し、免許証などの身元を証明する物はなかったゆえに、被害者の特
定ができなかったのだ。
しかし、2件目以降は急に慎重になり、手口も鮮やかになってい
く。
その理由は犯行になれたからなのか?
いや、違う。
﹁病院に入院していた被害者が連れ去られた。あなたの指示?﹂
ケイは核心を突いた。
犯人は1人ではない。内山田には協力者がいたとケイは疑ってい
た。
﹁ぼかぁ指示なんかしてない。ぼかぁなにもしてない。ぼかぁあば
らを愛してただけなんだぁぁぁぁっ!﹂
取り乱しているが、嘘をついているとは思えなかった。けれど、
嘘ではないとしても、妄想に駆られていないとは限らない。
﹁協力者はいったいだれ? 被害者をどこに連れ去ったの?﹂
﹁知らない知らない知らないぃぃぃ!﹂
白眼を向いた内山田はドッと汗を掻いて気絶した。
ケイは冷静に脈を測る。そして、ナースコールを押して病室をあ
とにした。
外で見張りをしていた男性警官は、ケイが出てくるとそっぽを向
いて、あからさまに見ない振りをしていた。が、ケイが背中を見せ
ると、その尻を見ながら鼻の下を伸すのだった。
内山田が逮捕された明後日︱︱。
早朝に変死体が発見された。
死因は餓死。
まだ内山田は入院中であり、屍体はひと目のつかない場所ではな
く、病院の前に捨てられていた。そう、内山田の入院している病院
972
だ。
犯行はこれまでと異なる点が多い。だが、餓死の屍体がわざわざ
内山田の入院する病院の前に捨てられていたことから、事件を関連
づけないほうが不自然である。そして、その疑惑を決定的にしてい
るのは、この被害者が内山田に拉致されていた女性で、のちに病院
から失踪した、あの被害者だったからだ。
被害者の身元は公表されておらず、入院していた病院も伏せられ
ていた。内山田の事件とは無関係を装っていたのにもかかわらず事
件は起きた。
酒と煙草の香る店内。バーモモンガでニュースを見ていた華艶の
もとへ電話がかかってきた。カウンターにひじをつきながら、めん
どくさそうにケータイの表示を見ると伊頭だった。
﹁取材なら受けないから﹂
出るなりそう言い切った。
︽新たな被害者が出たってニュース知ってるか?︾
﹁もち。犯人捕まったのにね﹂
︽なにか情報つかんでないか?︾
﹁共犯者がいるっぽいよ。河喜多って女デカが捜査してる。いや、
過去形か。強引な捜査してたから、ハズされたっぽい﹂
じつは内山田の病院まで後を付けた。
︽詳しいな。この借りはそのうち返す︾
﹁代金は取材拒否で﹂
と、華艶は一方的に通話を切った。
すぐにまたケータイが鳴った。
またか︱︱と思いながらケータイを確認すると、見知らぬ番号か
らの着信だった。
この手の電話は不用意に出ないほうがよい。この街では命取りに
なる。出た瞬間、いきなり呪詛をかけられる可能性もある。とくに
TSなんて商売をやっているとそうだ。
だが、TSをやっていると、重要な電話も多々あるため、出ない
973
わけにもいかなかった。そこで、ケータイにはあらゆる呪術や魔法
に対するコーティングが施されている。と、言ってもすべてを防げ
るわけではないが。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
通話に出た華艶は一言もしゃべらない。しゃべった瞬間に発動す
る呪術やキーワードによって発動するものもあるからだ。
︽華艶ちゃんかね?︾
老いているがしっかりした女性の声だ。聞き覚えがある。
﹁あー、碧流のお婆ちゃん﹂
電話番号を教えてないのに、碧流にでも聞いたのだろうか。けれ
ど、わざわざ掛けてくる用はなんだろうか?
︽孫娘を知らんか?︾
﹁昨日の今日でまたいなくなったの? 放課後まではいたよ?﹂
︽発信器が途絶えて、あの子になにかあったんじゃないかって︾
﹁トラブルメーカーだから、なにもないって言い切れない。まあ、
でもへーきへーき﹂
華艶は溜息を吐いた。
︽それが⋮⋮街の防犯カメラを調べたら、あの子らしき女子校生が
何者かに浚われる映像が残っていて︾
﹁ちょい待ち、防犯カメラ調べたって﹂
︽もう警察には匿名でファイルを送りつけて、警察庁のホームペー
ジのトップには動画をあげて置いたから︾
﹁ちょっ、待っ!﹂
大きな疑問があり話を遮ろうとするが、柏は構わず話し続けてい
る。
老人はこういうところがあって嫌いだ︱︱と、華艶は密かに思い
ながら相手の話が一段落するのを待つことにした。
︽警察は動いてくれてるようだけど、こっちには警察からも犯人か
らも連絡がなくて、碧流が浚われたという確証が得られなくてねえ。
もしも本当に浚われていたとしても、犯人から身代金の要求もない。
974
その手の誘拐事件は被害者に大きな危害が及ぶ可能性が大きいんじ
ゃないかって私は思うんだよ︾
内山田の事件も身代金目当てではなかった。そして、結果的に被
害者は死に至っている。
誘拐の被害者は36時間以内に殺されるという統計がある。
子供だと統計が変わり、99パーセントが24時間以内、75パ
ーセントが3時間以内、44パーセントが1時間以内に殺される。
﹁二日連続で誘拐されるなんてふつーないし⋮⋮﹂
普通はない。が、似た事件は最近起きている。内山田の事件の被
害者が病院から失踪し、今朝変死体となって発見された事件。さき
ほどのニュースだ。保護から朝までの短い時間に殺されている。
だんだんと華艶は不安になってきた。
﹁碧流っぽい子が浚われた現場は?﹂
︽カミハラ駅に向かう途中の大通りだよ。ミニバンがやってきて、
車の中に引きずり込まれたようだね。街の防犯カメラが設置してあ
った反対車線だったものだから、犯行の瞬間は映ってなかったんだ
が、車が再び走り出したら女子校生が消えていてね︾
ミニバン?
その車はもしかして見ているかもしれない。
﹁それって犯人の家にあったやつ? 警官が封鎖とか押収してんじ
ゃないの?﹂
︽それがどうやら持ち去られたようだね︾
﹁わかったとりあえずこれからカミハラ駅向かうから、現場教えて﹂
︽私はもう駅ビルのカフェで待ってるから早く来なさい︾
﹁⋮⋮は? はい。カミハラ駅でしょうか?﹂
なぜか敬語になってしまった。
︽そこからならそんなに時間もかからないだろう?︾
﹁あのぉ、あたしがどこにいるのか知っているのでしょうか?﹂
ふふふ、と笑い声がして、
︽早く来なさい︾
975
通話が向こうから切られた。
︱︱あの婆さん何者なんだ?
と、華艶は疑問を抱かずにいられなかった。
976
あばらの君︵9︶
あっという間に後部座席に押し込まれ、大きな人影に馬乗りにさ
れたかと思うと、手首を縛られ、目隠しをされ、両脚も縛られた。
﹁縄食い込んで痛い!﹂
叫んだ口に布を噛まされる。
﹁ふぐんぐんぐふー!﹂
なにを叫んでいるかわからないが、かなり怒っていることは伺え
る。
身体の自由と視界を奪われ、自分の置かれている状況がわからず、
碧流は耳を覚ませてみた。
荒っぽい息づかいが聞こえる。碧流の拉致で息を切らせたのだろ
うか。
身体がガタッと揺れた。車が走り出したのだ。
﹁ふぐふふふふふふぐー!﹂
また叫ぶが相手はなんの反応も示さない。
いったいどこに連れて行かれるのか?
なぜ浚われたのかも碧流にはわからない。
きのうだってそうだ。わけもわからないうちにデブ夫に浚われた。
︱︱やっぱあたしが美少女だから?
と、考えて、ちょっとニヤッとしたが、冷静になって鼻から溜息
をもらした。
内山田が入院していた病院の前に屍体が捨てられていた事件は、
朝のニュースでは情報が間に合わず少し取り上げられ、その後の時
間からは大きく取り上げられたため、学校にいる碧流は事件のこと
など知る由もなかった。朝から大々的に取り上げられていたとして
も、碧流はニュースなんか興味ないので知らなかっただろうが。
デブ夫は捕まったので、この犯人は別人のハズ。けれど、碧流は
977
もしかしてと思った。まさか逃亡したのではないかと。
自分を車に押し込んで浚った相手の顔は見ていない。いきなり背
後から襲われ、焼けるような痛みが腰のあたりを襲って怯んでうず
くまった。そうしているうちに、車に押し込まれ身体を高速されて
目隠しをされた。
﹁ううっ﹂
まだ腰のあたりが焼けるように痛い。やれれた瞬間に、電気がバ
チバチと鳴るような音がしたので、おそらくスタンガンだろう。ス
タンガンでは気絶に至ることまではまずないが、相手の動きは一瞬
以上止められる。
車は走り続け、信号で何度か停止しているようだが、目的地には
まだ着かないらしい。
縄で縛られながら、碧流は下半身をモゾモゾと動かしはじめた。
どうにかして逃げようとしている行動にも見えるが、そうではなか
った。
モゾモゾと動きながらも、股はかなりキュッと閉まっている。
漏れそうなのだ。
変な汗が体中から滲んできた。
口に噛まされた布には唾液が染みこまれ、口の中の水分が奪われ
ていくが、股間はそういうわけにはいかなかった。
揺れる車内。そのたびにジュワッとしそうになる。
ガタッ!
車が持ち上げられて落とされたような悪い道を通った瞬間、車内
では躰まで持ち上がった。
座席に腹から叩きつけられた碧流は血の気が引いた。
ちょっとチビった。
腹ばいの姿勢からどうにかグルッと回転して、仰向けになって必
死に叫ぶ。
﹁ふぐぐーッ!﹂
通訳すると﹃漏れるーッ!﹄である。というか、すでに漏らした。
978
しかし、まだまだ膀胱はパンパンで決壊したら大洪水になる。
﹁ふぐっ! ふぬっ! んぐふぐっ!﹂
通訳はしないが、暴言を吐いている。
﹁ふぐぐぐぐっ! ふぐーっ! ふぐーっ! ふぐーっ!﹂
車内にくぐもった叫びが響き渡る。
ガタッ!
急ブレーキが踏まれたようだ。
またちょっとチビってしまった。
ドアの開く音がして、すぐに閉まった音がした。さらにまた開く
音がしたかと思うと、後部座席に何者かが乗り込んできた気配がし
た。
﹁んぐっ!?﹂
驚いた碧流。両頬を潰すように鷲掴みにされたのだ。
バチバチバチバチッ!
このスパーク音は聞き覚えがある。碧流は寒気がしてブルッと身
体を震わせた。
バチバチバチバチッ!
痛いだけではない。今それを喰らったら︱︱。
制服が捲られて腹が出された。そこへスタンガンが押しつけられ
た。
バチバチバチバチッ!
﹁んぐぅぅぅぅぅっ!﹂
ジョボボボボボボボボボボボ⋮⋮。
叫びながら失禁してしまった。
止まらない。
純白のショーツが黄ばみ、布をコポコポと内側から膨らませなが
ら、小水を漏らし続ける。
失禁の最中はスタンガンの痛みで頭は真っ白だったが、電流が止
められると恥ずかしさが込み上げてきた。
股間に濡れた布が張り付き温もりが残っている。
979
先日の記憶が蘇ってきた︱︱また漏らしてしまうなんて。
やはり目隠しの先にいるのはデブ夫ではないのか?
しかし、デブ夫はこんなことはしない。
﹁ぐっ﹂
髪の毛が引っ張られ碧流はくぐもった声を漏らした。
﹁んんんんぐっ!﹂
乱暴に髪を鷲掴みにされたまま頭が引きずられる。
﹁んぐっ﹂
そして、顔面を濡れたシートに押しつけられた。
頬が冷たい。体温と同じくらいの温かかったものが、今はシート
に染み込み冷えてしまっている。
嗚呼、自分で漏らした小水を顔になすりつけられるなんて⋮⋮。
まるで雑巾のように、何度も何度もシートに顔面を擦りつけられ
る。碧流を人間とは思っていない扱いだ。
髪を引っ張られる痛み、腹の火傷も強烈に痛み、漏らしてしまっ
た恥ずかしさ、それを顔に擦りつけられる不快感、そして顔の見え
ない相手への恐怖。
感情は渦巻き混乱をもたらす。
自分の中で処理しきれなくなった感情は自然と溢れ、涙が零れた。
バリバリバリバリッ!
またあの音だ。
﹁ふぐんんんんんんっ!﹂
すべての感情が恐怖に変わった。
また腹にスタンガンが押しつけられる。だが、まだスイッチは入
っていなかった。
ゆっくりとスタンガンは肌に押しつけられながら、下腹部から股
間へと下がっていく。
恐ろしいことが起きようとしている。
﹁んぐぐぐうううううっ!﹂
碧流は泣き叫んだ。
980
しかし、この犯人は容赦なかった。
黄ばんで透けた割れ目にスタンガンが捻じ込まれ、布越しに肉芽
を刺激される。
気持ちよくなんかない。それでも肉芽は少し硬くなってしまった。
そこへ︱︱。
バリバリバリバリッ!
﹁ふぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!﹂
股間を起点にして碧流は何度も激しく背中を反らせて全身で跳ね
た。
あまりの痛さに気が狂う。
そして、まだ残っていた尿を膀胱から吐き出してしまった。
シャァァァァァァァッ!
放心しながら碧流は電流が止まっても躰をガクガクと揺らしてい
た。口に布を噛まされていなかったら、舌を噛んでいたかもしれな
い。
目隠しに滲む涙。
バシッ!
いきなり碧流は頬を叩かれ意識が現実に戻された。
恐ろしい、ただ恐ろしい。
なぜこんな仕打ちを自分が受けなくてはならないのか?
バリバリバリバリッ!
またあの音だ。
そして、碧流は考えることをやめた。
今はただ堪えるしかなかった。
たばこ臭い駅ビルのカフェに着き、奥の席まで首を伸して見回す
と、木之下柏老婦人が優雅にコーヒーを嗜んでいた。
﹁ダッシュで来ました﹂
﹁早かったねえ。それでは行こうかね﹂
﹁ちょっと休ませて⋮⋮いえ、いいです。行きましょう﹂
981
肩で息を切りながら、華艶は柏と店を出た。
柏はケータイの地図を頼りに駅前の大通りを進んでいく。華艶は
ケータイを覗き込んで尋ねる。
﹁あのぉ、どうしてあたしの居場所がわかったのでしょうか?﹂
﹁ケータイの位置を調べただけさ﹂
﹁いちようデータとか電波とかスクランブルかけてあるんですけど、
あたしのケータイ。解析してハックしたってことですよね? だれ
が?﹂
﹁私が﹂
﹁⋮⋮あー、そうですか﹂
なんだか溜息が出た。この婆さんハッカーだ。しかも腕がいい。
持っているケータイは見た目こそ、市販モデルと同じただのスマ
ートフォンだが、おそらく中身は改造されている。
柏が立ち止まった。
まだ現場からは距離があるということと、その先が現場であるこ
とはおのずとわかった。なぜなら、白バイとパトカーが見え、警察
が現場の取り調べをしていたからだ。
﹁あれじゃ近づけない﹂
華艶はつぶやいて横の柏に顔を向けた。
﹁あなたがS級以上のTSならねえ。モグリは嫌な顔されるだけだ
ね﹂
﹁トリプルSだろうと警察はTS嫌ってますから嫌な顔されます﹂
ちょっと華艶はツンとした。
実際にはトリプルSなんて階級など存在していない。モグリでは
なく正規のTSだったとして、おそらく華艶はFまであるランクの
中でCといったところだろう。階級の壁は厚い。
現場を調べることができないとなると︱︱。華艶は自分で考えず
に柏に丸投げすることにした。
﹁で、どうすんのお婆ちゃん?﹂
﹁今、照合中だからちょっとお待ち﹂
982
ケータイを見ながら答えた。
数秒後、老婦人の瞳が輝いた。
﹁オービスで引っかかったよ﹂
自動速度違反取締り機。自動的に制限速度以上で走行する自動車
のナンバーなどを撮影する。写された車は内山田のミニバンだ。
近年、撮影の精度はどんどん高くなり、稀にいる時速300キロ
の改造車だろうと、運転手の顔もしっかりと撮影できる。はずなの
だが︱︱。
﹁こすったみたいにぼやけて、う∼ん、性別もわからないねぇ﹂
﹁どれどれ? こういう嘘心霊写真あるあるぅー﹂
覗き込んだ華艶は何度も頷いた。大柄な影が運転席にいるのはわ
かるが、黒く影になったようにぼやけて人物の特定は視認では難し
そうだ。
犯人の顔はわからないが、通った場所は特定できた。
さらに柏はそこから街の防犯カメラなどのデータサーバーにハッ
キングして、車の通った道を辿った。なかなか骨の折れる作業だ。
﹁こっちには来てない⋮⋮少し戻ってこっちの交差点の録画データ
を⋮⋮﹂
タッチパネルの液晶を撫でるように動かしていく。走行距離が長
いと、さらに痕跡を辿るのは困難だ。
ミニバンが停車している録画映像。早送りにしてみたが、いっこ
うに動かない。もう少し戻してみると、この場所に車がやって来て
停車すると、反対側のドアから人が降りるような影が見えた。
﹁ラブホか﹂
と、華艶はつぶやいた。
ビルにそれっぽい装飾の看板が掲げられていた。街の中心街から
外れた国道沿いにあるラブホテルだ。
華艶は手を上げてタクシーを止めようとしたが、反対車線だった
ので停まってくれなかった。
﹁融通が利かないなぁ。とりあず駅まで戻ってタクシー拾おっか﹂
983
誘拐現場の検証は警察に任せ、華艶たちは犯人の追跡をすること
にした。
984
あばらの君︵10︶
謹慎処分を喰らって銃と警察手帳を取り上げられてもなお、ケイ
はこの事件を単独で捜査していた。
警察機関で働く知り合いのIT技術分析官から情報をもらい、華
艶たちと同様にオービスから犯人の追跡をしていた。
この犯人は内山田の事件を関係がある。ケイは前日と今日の誘拐
事件以前から、犯人は複数であると考えていた。誘拐した女性たち
に淫らな行為を迫っていたのは、内山田であると録画映像が証明し
ている。加えて一度目に碧流を浚ったのは内山田。
しかし、ほかの件はだれがやったのか?
1人目の被害者と2人目の被害者は、犯行の仕方が変わっていた。
1件目は無秩序的であり、2件目は秩序的である。2件目以降、犯
人が学習したとも考えられるが、犯人が2人いたのなら、違う者が
実行犯であった可能性が出てくる。
2人目がいたと確信したのは、あのホームビデオの映像だ。あの
映像は第三者による撮影だった。録画が停止される寸前、カメラ自
身が動いたのがその証拠だ。
ケイはこう考えていた。1件目は内山田による発作的な犯行。2
件目以降の誘拐犯は協力者による犯行。そして、内山田が捕まって
以降の犯行も協力者による犯行だ。
しかし、ここで1つ問題がある。
2件目から4件目までの犯行は、目撃者もおらず、失踪の工作な
ど、犯行を隠匿するようであったにもかかわらず、内山田が捕まっ
て以降の2件は明るみになることを辞さない覚悟が見える。犯行の
質が変わったのは、内山田が捕まったことに発起すると考えるのが
自然であり、それはこの犯人にとって大きな出来事であったのだろ
う。
985
内山田が捕まったことは第二の犯人にとって大きなストレス要因
だ。追い詰められた犯人は自暴自棄になり、なにをするか予測もつ
かなくなるということはある。この犯人もそうであれば危険だ。
現に昨日病院から消えた女性は、次の日には屍体となり病院の前
に捨てられていた。いや、内山田に捧げられていた。
内山田の目的はあくまで餓死させることではなく、痩せさせてあ
ばらを愛でることにあった。死んでしまったのは彼にしてみれば事
故だ。
しかし、こちらの犯人も同じ性癖を共有しているとは限らず、死
んでいても構わないと考えているかもしれない。
最近、碧流が痩せてしまったとはいえ、餓死するにはまだ余裕が
ある。単に餓死させればいいというのではなく、あくまで骨と皮に
なるように痩せさせなくてならない。餓死であれば3日もあれば可
能だが、痩せさせるのであれば猶予があるかもしれない。が、帝都
に置いて絶対がないのはこの街の必定。
そして、犯人はまだ特定できていない。
オービスの写真は華艶たちが見たとおりだったが、ケイはほかの
映像なども分析官に解析してもらったが、映りが悪く犯人は特定で
きなかった。
内山田の自宅は家宅捜索され、死んだ両親たちの痕跡しか見つか
らず、もうひとりの犯人は浮かび上がっていない。犯行に使われた
と思われる車両は押収前に持ち去られてしまった。
運転していた車を止め、ケイはラブホテルの前で降りた。このホ
テルには駐車場がある。が、犯人の車は道路に止められていた。
ケイは犯人のミニバンを確認した。その運転席のドアの手前にな
にか起きている。車のキーだ。
鍵を拾い上げてから、ドアに手をかけてみると、ロックされてい
なかった。
﹁乗り捨てた?﹂
外装も古そうだったが、内部もかなり古く壁が傷んで剥がれてい
986
るところがある。部屋に直接車で乗り付けることもできず、料金も
自動精算ではないようだ。フロントにはオバチャンがいた。
ケイは警察手帳を提示する。
﹁話を聞かせて﹂
﹁ウチの店は違法なことはしてませんよ﹂
﹁その捜査じゃないから安心して。誘拐犯を追っているの﹂
ケータイの画面に碧流の写メを表示して見せつけた。
﹁この子、見たことない?﹂
﹁ああ、この子なら女の人と⋮⋮う∼ん、そんなような気もするん
だけどねぇ﹂
﹁どこの部屋か教えて!﹂
オバチャンに聞いてから、すぐさま走ってその部屋に向かった。
相手が情事の最中だろうか構わない。
勢いよくドアを開けた!
静まり返る室内。
薄暗い照明の中にひとの気配はなかった。バスルームやベッドの
下なども捜索したが、なにも出て来なかった。それどころかシーツ
にはシワひとつなく、使われた痕跡もない。
急いで来た道を引き返してオバチャンに詰め寄る。
﹁もういなかった!﹂
﹁そんなハズないけど。う∼ん、裏口は鍵がかかってるから出られ
ないハズだけど﹂
﹁もうひとりの女の特徴は?﹂
﹁う∼ん、なんか影の薄い⋮⋮声も小さい感じで⋮⋮いや、よく考
えるとなにも覚えてないねえ﹂
オバチャンの声が少しずつ小さくなっていった。
ケイは見逃さなかった。オバチャンののど元が大きく動いてツバ
を呑み込んだのを︱︱。なにかを隠している。注意深く見ると視線
も泳いでいる。
ケイの位置からは仕切りで阻まれ、受け付けの中まで様子が伺え
987
ない。ましてや中に乗り込むことも難しい。
﹁ありがとう、捜査協力に感謝します﹂
軽く頭を下げて、その場を後にしてオバチャンの視線から外れた。
足音を立てて遠ざかる。そして、足を止め、息を潜め歩いた。
受け付けの部屋があるドアの前に立った。
聞き耳を立てて中の様子を探る。
﹁も、もうあの刑事さんは行ったんだから、あんたも消えてくれ﹂
オバチャンの震える声が聞こえた。
ケイはドアノブを回した。カギがかかっている。
隠し持っていた私用の銃を抜いて構えた。一発撃った瞬間、中の
相手には気づかれる。迅速な行動が求められる。
息を深く吐いて整えるとトリガーを引いた。
パン!
パン!
ドアノブを乱暴に回す。まだ壊れてない。
パンパンパン!
連続で銃を撃ち、ドアノブを掻き回すよう引っ張りながら、ドア
に躰ごとタックルした。
ドアが開いて勢いよくケイは部屋に飛び込んだ。その一瞬、バラ
ンスを崩して足がもつれてしまった。
体勢を整えて顔を上げた瞬間!
悪鬼の形相が眼前にあった。
牙を剥いた太った女がガラス製の灰皿で殴りかかってきたのだ。
躱し切れない!
ドゴッ!
側頭部を殴打されてケイがよろめく。
すぐに髪の間から血が滲む。
思考が眩む。
銃を構えようと上げた腕がグローブのような手で掴まれた。
抵抗したがデブ女は怪力の持ち主だった。
988
掴まれた腕の骨が折れそうになり、思わず銃を持つ手から力が抜
けてしまった。
なんてことだ、銃が奪われた。
デブ女は芋虫のような指を無理矢理引き金に掛け、銃口をケイの
側頭部の傷に押しつけた。
グリグリ⋮⋮。
﹁イッ⋮⋮クううッ!﹂
歯を噛みしめケイは堪えた。
デブ女の低い笑い声が響き渡る。
﹁ヒヒヒヒヒッ、このクソ警官がッ!﹂
ケイを羽交い締めにするような体勢のまま、銃口はオバチャンに
向けられた。
﹁ババアは死ね!﹂
パン!
乾いた銃声。
後頭部から脳漿を吹いてオバチャンは倒れた。
完全に暴走している。内山田が捕まったことにより、この犯人は
見境なく犯行は大胆に乱暴になっている。一度暴走してしまったら、
速度を上げながらどこまで走り続ける。この犯人はそこまでキテい
るように思える。
ケイは当たりを見回した。
床で碧流が横たわっている。目隠しをされ、口に布を噛まされ、
両手首は後ろでに、足は足首から膝まで何重にも縄で結ばれていた。
尺取り虫のように藻掻いている。
ケイは無理矢理に逃げることもできなかった。今の犯人は刺激す
ると、なにをされるかわからない。被害が自分だけならいいが、最
悪の場合、碧流まで殺されてしまう。
まだだ、今はチャンスを伺いながら耐えるしかない。
これからデブ子はどうするつもりなのか?
﹁お前も丸ちゃんの捧げ物にしてやる、ありがたく思え﹂
989
ケイの鍛えられた肉体はスレンダーであるが、病的に痩せている
にはほど遠い。餓死するには猶予がありそうだ。すぐに殺されない
のなら、やはり耐えてチャンスを伺うしかない。
それにまだこの犯人が本当の犯人であり、内山田とはどのような
関係なのか、そしてほかに犯人はいないのか。ほかにも犯人がいる
としたら、碧流は視線の中に捕らえて今のところ無事だとしても、
ここで時間を食っている場合ではない。
﹁丸ちゃんってだれのこと?﹂
物静かな口調で相手を刺激しないように尋ねた。
﹁丸ちゃんは丸ちゃんに決まってんだろ、このアホ警官!﹂
罵られながらも、ケイは冷静に対処する。
﹁内山田丸夫のこと?﹂
﹁ほかにだれがいるんだよ。丸ちゃんのためならなんでもしてあげ
るんだ﹂
﹁恋人なの?﹂
﹁キィエエエエエエエッ!﹂
突然、猛鳥のように叫んだ。
どうやら地雷を踏んでしまったらしい。
﹁キィィィキィィィィィッ!﹂
叫びながら銃口をケイの頭部の傷に捻り込む。
苦虫を噛み潰したような表情で、ケイは痛みを殺しながら耐えた。
内山田とデブ子は恋人同士ではないのか?
付き合う相手がタイプとは限らないが、たしかにデブ子では真逆
である。
いきなり襲われたために、デブ子を大柄な女性としか認識できな
かったが、よくよく観察すると、もしかしたらだいぶ若いかもれな
い。
太っていると貫禄があり老けて見え、声も野太くなり若々しくな
くなる。それを差し引いて見ると内山田よりも若い。若いとわかる
くらい歳が離れているような気がするのだ。内山田の年齢は2×歳、
990
この女性は中学生くらいな気もしてくる。
ケイは捜査資料を懸命に思い出すが、この娘がなにものなのかわ
からない。
恋人でないとしたら、体型だけで判断するなら妹などの親族かと
思うが、家族親戚に当てはまる者はいない。
﹁でも内山田のことが好きなんでしょう?﹂
﹁そうだよ悪いかよ、ずっとずっと好きなんだよ。でもでも⋮⋮﹂
﹁彼は振り向いてくれない。だから彼の犯行を手助けして気を惹こ
うとした﹂
﹁丸ちゃんが好きなひとはみんなわかる。とくに一人目は特別だっ
た。なんどもなんども痩せようとしたのに、あああああああぁぁぁ﹂
取り乱すデブ子の銃口はあさっての方向を向いたが、ここで仕掛
けるのはまだリスクが高すぎた。会話を続けながら、状況が好転す
ることに務めることにした。
﹁二人目以降はあなたの犯行ということ?﹂
﹁丸ちゃんは危なっかしいから目が離せない。ウチがついてないと
心配で心配で、でもでもあいつらばっかり愛されて、ううううっ﹂
もしやとケイは思った。
﹁彼女たちの死は事故だったの? もしかしてあなたが⋮⋮﹂
内山田が意図的に彼女たちを殺すことはないだろう。彼にとって
は痩せさせすぎた結果として、相手が死んでしまった事故だ。
しかし、デブ子にとってはどうなのだろうか?
共犯者であったことは間違いなさそうだが、想いや性癖を共有し
ていたとは限らない。
﹁そうだよ、うちが殺したんだ! 一人目はスタンガンを押しつけ
てたら死んだ。殺すつもりはなかった、痛い目に遭わせてやろうと
思っただけ。ほかのやつらもはじめは殺すつもりなんてなかった、
丸ちゃんがまた悲しむから⋮⋮でも許せなかった、だから食事の量
を減らしたりして死ぬのを早めた。でもあいつらが死ぬたびに丸ち
ゃんは悲しんで、どんどん求めるようになって、ひとりだけじゃ満
991
足できなくなって、うちがいない間に⋮⋮そのせいで、そのせいで、
うちがついてなかったら、丸ちゃんは捕まって⋮⋮うああああああ
ああああっ!﹂
碧流を浚った犯行だ。それが歯車を狂わせた。おそらくこのデブ
子に黙っての犯行だったのだろう。
﹁ごめんね、ごめんね、丸ちゃん!﹂
叫びながら謝るデブ子はなにを思ったのか、ケイの口腔に太い指
を突っ込んできた。
﹁うっ﹂
のどの奥を触られ、思わず吐きそうになる。
芋虫のような指が舌の付け根やのどちんこを撫で回す。
﹁ううっ﹂
胃の内容物が上がってきた。
デブ子はやめない。指を突っ込み続ける。
限界点を超えた。
﹁うううっ⋮⋮ぷ⋮⋮うぐっ!﹂
どろどろどろ⋮⋮
吐きながらまだ指が突っ込まれ続ける。
﹁うぶっ⋮⋮うううっ﹂
止まらない。
苦しくて苦しくて堪らない。息もできず、鼻水と涙が漏れてくる。
デブ子は胃が空になるまで吐かせる気だ。
﹁丸ちゃん、丸ちゃん、丸ちゃーん!﹂
まるで絶頂を迎えるかのようなデブ子の叫び。
サディスティックな行為をしているが、それで快感を得ているの
ではなく、内山田への陶酔が快感になっている。
吐かされたケイはぐったりとした。だが、集中は切らせるわけに
はいかない。隙さえあれば事態を好転させなくては。
デブ子は再びケイの頭の傷へ銃口を突き付けた。
﹁変なマネしたら撃つからな。あいつを運べ、ほかの警官が来る前
992
に。おまえ車で来たのか?﹂
﹁タクシーで﹂
﹁クソッ﹂
嘘をついた。デブ子はその嘘をすんなり信じたようだ。
銃を背中に向けられながら、ケイは命じられたとおりに碧流を運
ぶことにした。
碧流は手足を縛られているため、背中に背負うことはできなかっ
た。仕方が無くケイは碧流の両脇に腕を入れて、引きずって運ぶこ
とにした。
﹁早くしろ!﹂
苛立つデブ子が叫んだ。
ケイはそっと碧流の耳元で囁く。
﹁絶対に助ける﹂
今は我慢してもらうしかない。
銃を向けられたままケイは碧流を引きずって部屋を出た。
廊下に出ると、カップルと出くわしてしまった。銃を持ったデブ
子を見た瞬間に女のほうが叫ぶ。
﹁キャーッ!﹂
デブ子は振り返って、女の隣にいた男に銃口を向けた。
﹁お前の車まで案内しろ!﹂
車を乗り換えて逃走するつもりだ。
この瞬間、デブ子はケイから目を離していた。
デブ子はカップルに気を取られて銃口を向けたまま。カップルと
の距離はおよそ6メートル。拳銃の殺傷距離は理論上およそ50メ
ートル。
片手で銃を構えるデブ子の姿はまったく様になっていない。素人
ならこの距離は当たらないとケイは賭けた。人質が増えたり、これ
から多くのひとと接触して、被害者を増やすリスクを避けたかった。
﹁このデブ!﹂
ケイはわざわざ叫んだ。
993
急に振り返ったデブ子の銃は狙いが定まらない。さらにケイは碧
流から離れており、外れた弾が当たらない配慮をした。
そして、全身でデブ子の巨体に飛びかかったのだ。
パン!
銃が火を噴いた。
明後日の方向に弾は飛んでいった。
さらに続けて撃つ。
パン! パン!
一発目を撃った反動で構えが不安定になり、二発目はさらに狙い
が定まらない。だが、オートマは連続で撃つことができるために、
何度も撃ちながら狙いを定めることができる。
パン!
4発目はケイの腕を掠めた。
そして、2人の距離はゼロになった。
抱きつくようにしてデブ子から銃を取り上げようと揉み合いにな
る。
どうにか銃を持つデブ子の手首を両手で掴んだが、まったく歯が
立たない。その身体は脂肪だけではなく、怪力を秘めているのだ。
手首を掴んだままのケイの足が浮いた。
﹁うそ!?﹂
驚きながらケイは遊園地の回転ブランコのように振り回された。
壁が迫る!
ドゴッ!
鈍い音を立てながらケイは固い壁に激突させられた。
﹁くうっ!﹂
まったく受け身が取れず、変な体勢で壁に当たってしまい、肋骨
に酷い痛みが走り、その痛みで手首から手を離してしまって床に落
ち、その際にも足首をひねって着地してしまった。
床に這うように倒れながらケイは顔を上げた。
カップルたちが逃げていく。デブ子はそれを見ようともしてない。
994
ケイを睨んで今にも殺しそうな形相をしていた。
﹁クソ警官!﹂
叫びながらケイの髪を鷲掴みにして引っ張る。
頭皮を剥がれそうなほど痛かった。
ケイは髪を引っ張られるデブ子の手を外そうと、両手で掴んでど
うにかしようとしたが、ブヨブヨした肉塊のクセにビクともしない
のだ。
グローブのような手を掴んでいると、そのまま廊下を引きずられ
た。
負傷してない片足をバタつかせ抵抗するが、まったく意味がない。
ケイを引きずりながらデブ子は呪詛のようになにかをブツブツと
呟いている。
﹁待ってて丸ちゃん、こいつをガリガリにさせてプレゼントするか
ら﹂
デブ子は部屋のドアを勢いよく開けた。
真っ最中だった女の喘ぎ声が悲鳴に変わった。
﹁キャーッ!﹂
全裸のまま男女が逃げていく。デブ子はそいつらが眼中にない。
もはやほかの警察が来る前に逃げようという気もなかった。
計算もなく、冷静さもない︱︱完全にプッツンして暴走している
のだ。
軽々とケイはベッドの上に投げ捨てられた。
よく弾むスプリングでケイは何度かバウンドした。
部屋で二人っきりだ。民間人に被害は及ばないと考えて、ケイは
仕掛けようと顔を上げた。
肉に埋もれた顔が醜悪な笑みを浮かべた。
いい知れない恐怖でケイは全身が凍りついたような動かなくなっ
てしまった。
995
あばらの君︵11︶
腕を掴まれたケイが砲丸のように投げられ、肩が脱臼しそうなり
ながらベッドに落ちた。
つい今し方まで男女が激しく絡み合っていた温もりがシーツに残
っていた。ちょうどケイが手をついた場所は、ぬるりとする粘液が
付着していて、嫌悪感を顔で表しながらなにもついていない部分の
シーツで手を拭った。
顔を上げるとデブ子が地鳴りを起こしながらこっちにやって来る
のが見え、ケイは片肩を庇いながら身構えた。
山が飛んだ。
デブ子が両手両脚を広げ、ケイに向かって飛んできた。
避ける?
その巨大な肉塊をどう避ける?
逃げ場などなかった。
激しい振動を起こしながらケイがデブ子とベッドの狭間で押しつ
ぶされた。
鍛えているケイでもこのデブは支えきれない。
ベッドのスプリングでデブ子が弾み、ケイは何度も押しつぶされ
た。
骨が軋む。圧死させられそうだった。
さらに偶然にデブ子のひじがケイの腹にめり込んだ。
﹁う⋮⋮ぷっ﹂
ケイの目頭に涙が滲む。
げろ⋮⋮
寸前でケイは呑み込んだ。口腔に広がる酸味。鼻からは発酵した
ような臭いが抜ける。口の端に少し吐瀉物がついていた。
デブ子が邪悪な笑みを浮かべる。
996
﹁呑み込んでじゃねーよ!﹂
低く叫びながらデブ子はケイの両足首を掴んで持ち上げた。
﹁なにをっ!?﹂
目を丸くして宙吊りにされたケイが振り子のように振られる。右
へ左へ、頭に血が昇り、景色も目まぐるしく回る。
﹁うぷっ⋮⋮うっ﹂
もう限界だった。
どろどろどろ⋮⋮
振られながら吐瀉物を撒き散らす。
胃の中が空になっても振られ続けて、込み上げてくる吐き気を治
らずに嗚咽を漏らし、頭は苦しいほどに混濁した。
そして、宙に投げ出され床に激突して意識がはっきり戻った。
ケイは立ち上がろうとした。だが、床が回って坂道のように見え
る。どうにか両手をついてが、そこから躰が動いてくれない。
床についた両手から振動が伝わる。デブ子が地響きを轟かせなが
ら近づいてくる。
やっと思いでケイは立ち上がったが、足下が憶突かずにふらふら
と足踏みをしてしまう。
ケイの視界を覆い尽くす巨大な肉塊。
グローブのような張り手が飛んできた。
バシィィィッン!
雷が耳に直撃したのかと思った。
激痛が走りケイが顔面から吹っ飛ばされた。
再び床に倒れたケイの上に巨体が馬乗りになった。
﹁丸ちゃん! 丸ちゃん! 丸ちゃーん!﹂
愛する者の名を叫びながらデブ子はケイの服を剥ぐように脱がせ
る。
必死にケイは素肌を守ろうとするが、ボタンは弾け飛び、布は音
を立てながら破かれた。
白いブラジャーが見えた。ケイは両手で胸元を隠す。だが、その
997
手は怪力で簡単に撥ね除けられ、引っ張られたブラジャーのホック
が壊され剥ぎ取られてしまった。
﹁くっ!﹂
噛み殺すような声を漏らしたケイ。露わになった乳房が弾むよう
に揺れた。
服の上からは隠されていたが、ブラジャーを外されるとその大き
さがわかる。活動的な仕事には不向きな大きさ。デブ子のグローブ
のような手でも持て余してしまうほどだ。
デブ子は目を血走らせながら目の前にある豊満な胸を鷲掴みにし
た。
柔らかい。手の中で溶けてしまいそうなほど柔からかかった。
揉んでやると指先が柔肉に吸いこまれ、まるで布肌の心地良いビ
ーズクッションを触っているようだ。
﹁や、やめろ!﹂
ケイは叫びながら胸を守ろうとデブ子の手を振り払おうとする。
そのたびに胸が激しくタテにヨコに揺れ、乳房の上で鴇色の乳首が
躍った。
グローブのような手が振り上げられるのが、見開かれたケイの瞳
に映った。
パシンッ!
乳房に激しい平手打ちが喰らわされた。
﹁くあっ!﹂
苦悶を吐いたケイの胸にはモミジのような痕がくっきりと残され、
その痕は次第に紅葉していった。
相手を殺すような眼で睨むケイ。無言だった。言葉を発さず、視
線を逸らさず真正面から睨む。
デブ子にとってそれは堪らなく頭にキタようだ。
﹁なんだよその眼、ムカツクんだよーッ!﹂
再びグローブが振り上げられた。
﹁このッ、このッ!﹂
998
怒鳴りながらデブ子は何度もケイの胸を叩く。
バシッ! バシッ!
そのたびに胸が激しく揺れ、肌全体が燃えるように染まり広がっ
ていく。
ケイは暴力を受け、痛みが躰を走っていたが、それでも声殺し相
手を睨み続けている。これは戦いだ。ケイは決して屈しないと心に
決めていた。
デブ子の濁った瞳。その奥はギラギラと鈍く輝き狂気を湛えてい
る。ケイはこの眼を何度か目にしてきた。傲慢な支配欲の強いヤツ
の眼だ。
相手を甚振り恐怖を与えることで支配しようとしている。だから
ケイは屈しないと決めた。
こめかみに血管を浮かせ、汗を飛び散らせるデブ子。
﹁なんなんだよその眼はッ!﹂
バシッバシッバシッ!
胸がはたかれ続ける。
支配することが目的なので、殺すことが目的ではない。精神的に
殺すということはありえるが。だが、相手が屈しなければ屈しない
ほど、その暴力は激しさを増すだろう。
巨大芋虫のような指先が乳頭に迫る。
ギュゥイイイイッ!
乳首がひねるように握りつぶされ、ケイの顔が苦痛を浮かべた。
神経の多く集まる敏感な乳首は痛みも激しく、躰をよじらせ悶え
たかったが、ケイは額に汗を滲ませながら必死に堪えた。
乳首は潰されることに反発するように硬くなり、最初はただ抓[
つね]られていただけだったが、指と指の間で転がされるようにな
り擦られる感触も加わった。
汗ばむ指の皮膚は乳首に擦り合わされると、微妙に引っかかりを
覚え、その細かな引っかかりが微振動となって乳首に刺激を与える。
痛みだったものが、ほかのモノへと変わりつつあるのだ。
999
ケイは唇を噛んだ。
こんな状況にありながら思考が外れてしまう。
︱︱他人に触られたのはいつぶりだっただろう?
胸を、乳首を触られるのは久しい。
この仕事に就いてから、言い寄ってくる男はいたが、真剣に交際
を申し込んでくる男はおらず、付き合った数はゼロ。男性との交わ
りもそれと同じ数だった。
彼氏が出来ない、作らないからといっても、寂しい夜はある。発
散ができていないせいか、このごろは月を追うごとに、心と躰に溜
まっていくモノがあった。
ケイは自分の行為をふと思い浮かべてしまった。
﹁ンっ﹂
そして、声が漏れてしまったのだ。
ケイは眉をひそめて、過ちを犯したという深刻そうな目でデブ子
の顔を覗き込んだ。
笑っていた。
恐ろしく下卑た笑みをデブ子は浮かべていた。
﹁感じてんじゃないだろうな? こうやられて感じてんのか?﹂
笑いながら操る手つきは急に一変した。抓る力がなくなり、さわ
わさわわ⋮⋮と柔らかに乳頭を擦ってくるのだ。それは性的な触り
方だった。
微動が乳首に伝わり、胸は水のようになだらかに流れ動き揺れ、
ケイの心も揺らしつつあった。
はじめはただの暴力だったが、今は性を意識して触ってきている。
ケイもより意識せずにはいられなかった。
他人から受ける性的快感。自分でしていたのとは違う。過去の彼
との行為もフラッシュバックしてしまう。
だめだ、だめだ、だめだ︱︱ケイは頭を左右に振って邪な心を拭
い去ろうとした。
しかし、現実で他人から性的刺激を受けている事実は消えてくれ
1000
ない。
変に意識してしまったせいで、刺激をより感じてしまい、股の間
が落ち着かないケイは太ももを無意識に擦り合わせてしまった。
その合わされた股の間を割って入ってくる不気味な肉感。
太い芋虫のような指が肌を張って股の間に這入ってくる。
ケイはついに我慢競べに負けて叫ぶ。
﹁やめて!﹂
無言で相手を睨み続けていたのに、相手にやめてくれと頼むのは、
相手に少なからず屈してしまったということ。強固な壁ほど、一度
崩れてしまえば、その先の防御など脆いものだ。
レーツ付きのシンプルな純白のショーツだった。秘所を守る薄い
一枚の布。デブ子は掴んでヘソのほうへグググィッと引っ張った。
﹁あっ﹂
ケイの口から熱い声が漏れた。
ショーツがヒモのようになって、肉の割れ目に食い込んでくる。
グッ、グッ⋮⋮
リズムをつけて引っ張られると、割れ目の境いあたりにある突出
した部分が擦られる。
グッ、グッ⋮⋮
さらに引っ張られると、布地が尻の割れ目のほうか擦られ、ひと
に触られたことのない後ろの穴までムズりとする感触に襲われた。
カーッと熱いモノが顔まで上がってきて、ケイは恥ずかしさで唇
を噛みしめ上半身を身悶えさせた。
溜まらなく恥かしい。
今までだれにも触られたことがなく、触らせたいとも絶対に思え
ない穴を、今こうして性的に刺激を与えられているのだ。
グィィッ、グィィッ⋮⋮
ショーツを引っ張る力が強くなり、より押しつけられながら割れ
目が擦られる。
﹁ンっ﹂
1001
後ろの穴を襲う気持ち悪くも不思議な快感。皮を被った肉芽を刺
激される快感。そして、薄い唇の先にある肉道から、じゅわりとな
にかが溢れてしまっていた。
強く押し当てられた布地に染みてしまう。痴態を視姦されてしま
う。感じているなんて思われてしまう。
﹁ああ⋮⋮ぅ﹂
ケイは顔ごとデブ子から視線を反らせた。
リスクを顧みない行動派のケイはこれまで危険な目に何度も遭っ
てきた。それに屈さず、数多くの暴力とも戦ってきた。だが、この
ような陵辱に遭うのは初めてだった。
太い指がショーツごと割れ目に押し込まれ、グリグリと蜜の溢れ
る入り口を押してきた。
﹁や、やめろ⋮⋮﹂
身をくねらせるケイにデブ子は執拗に指を押し込んでくる。
﹁濡らしてなに感じてんだよ、この変態!﹂
︱︱変態?
その言葉がケイの胸を深く抉った。
変態だなんてことがあるはずがない。自分で思ったこともなけれ
ば、ひとから言われたことすらない。その言葉を今ここで浴びせさ
れた。
意にも介さない言葉であれば、これほど胸を抉ることもないだろ
う。では、胸を抉られたのはなぜか?
ケイは下腹部がむせび泣くような感覚に襲われた。蜜口からじゅ
わりと漏れてくる感覚。無理矢理、好きでもない相手、ましてや同
性であるデブ子に陵辱され、感じてしまっているとでもいうのか?
ケイは心のうちで否定する。
しかし、デブ子の罵声が脳裏にリフレインしてくるのだ。
︱︱この変態!
﹁ちがう!﹂
必死に叫びながらケイはデブ子の脇腹にフックパンチを喰らわせ
1002
た。だが、まるでゴムのようなその躰はびくともせず、デブ子の顔
にもまったく苦痛が浮かんでいない。
グィィッ、グググィィィン!
ショーツを引っ張られ、肉芽を覆い守る包皮が捲られる。敏感な
神経の集合体である肉芽の先っぽが、絹に擦られ電流が子宮まで突
き抜ける。
﹁はうァッン﹂
声を殺そうとしても抗えない。
﹁うっ⋮⋮ンぐ﹂
ケイは自らの腕を甘噛みして声を抑えようとした。
﹁ン⋮⋮ンッ⋮⋮﹂
それでも鼻先か抜ける熱い吐息は抑えようがなかった。
﹁ぐっしょり濡らしてこの変態女が! おまえも丸ちゃんのこと誘
惑するつもりなんだろ、ヤリマン女ァァァッ!﹂
グィィィィィッ!
絶叫しながらデブ子は怪力でショーツを引っ張り、投げ飛ばされ
そうになるほどケイの腰が浮いたかと思うと、
﹁アアアアッー!﹂
ケイの叫びと同時にビリビリビリッと音を立てながらショーツが
破かれた。
そのまま投げ捨てられたショーツが、壁にぶつかりべちゃりと音
を立てて床に落ちた。壁にできた小さな染み。ショーツは愛液によ
ってたっぷりと濡れていた。
ケイは眉尻を下げて恥ずかしげな表情で股間を手で覆い隠そうと
したが、腕ごと跳ね飛ばされるようにデブ子の怪力で退かされてし
まった。
露わにされた秘所。刈り揃えられた芝生のような恥毛は薄めで、
こんもりと盛り上がった恥丘と肉の割れ目が見えてしまっている。
肉厚でぴっちりと閉じられた割れ目からは、とぷとぷと愛液が溢れ
てしまっていた。
1003
上半身の服はビリビリに破られ、下半身は丸出しにされ、淫らな
格好で痴態を晒してしまっている。恥ずかしさが胸の奥からのど元
まで込み上げ、熱せられた躰から汗が噴き出し、頬は紅潮してしま
っている。
ケイは心で強く思った。
︱︱自分は刑事!
帝都警察の凶悪な事件とも立ち向かう一課の刑事。世界に類を見
ないこの危険な街で、刑事として生き抜いてきた。こんなところで
負けられない。
﹁ああっン!﹂
しかし、刑事である前に女だった。
デブ子の指で割れ目を下から上へと舐めるように撫でられ、すで
に皮が剥けてしまっている肉芽を弾かれただけで、女として喘ぎ声
をあげてしまった。
ぬちゃ⋮⋮ぬちゃ⋮⋮
卑猥な音が微かに聞こえてくる。
ケイはそれを目の前で見た。
デブ子の人差し指と親指が叩き相合わされ、その間で糸を引きな
がら淫音を立てている粘液。
﹁やっ⋮⋮﹂
小さく悲鳴をあげ、息を呑んだケイは瞳を固く閉じて、首をイヤ
イヤと横に振った。
瞳を閉じても聞こえてくる淫音。
ぬちゃ⋮⋮ぬちゃ⋮⋮
それが自分が漏らした愛液が立てる音であることは間違いない。
そうと知ってケイは居た堪れず身をくねらせた。堪えられない、自
分の痴態で耳を犯されているのだ。
﹁ひどいっ﹂
こんな仕打ちを受けるなんて。
しかし、まだまだお遊びに過ぎない。
1004
﹁ひどい? うちのどこがひどいっていうんだよ? この見てくれ
がひどいのか? このクソ女、痩せてるからって調子ノッてんじゃ
ねーよ!﹂
怒りで会話になっていない罵声を浴びせ、デブ子は中指を立てて
ファックポーズを決めたかと思うと、その指をケイの股に突き刺そ
うとした。
﹁やめてーっ!﹂
叫んだケイは次の瞬間、時間が止まったように眼を剥いて凍りつ
いてしまった。
ズブブブブブッ!!
窄まり閉じられていたピンク色の肉穴をこじ開けながらぶっ刺し
たデブ子の中指!
愛液と肉襞が中指に絡みつき、さらに奥へと貫く勢いでファック
された。
﹁アアアアアアッ!﹂
背中を仰け反らせ、腹を突き上げたケイのその下腹部から、ぼこ
りとファックポーズを決めた指のシルエットが浮かび出た。
下卑た笑みを浮かべるデブ子。
﹁こっからが本番だ、覚悟しろよクソ女!﹂
デブ子の肉が躍るように動き出す。
その躰が2倍3倍へと膨れ上がったかと思うと、骨を失ったよう
に崩れとけ、まるでスライムのような姿へと変貌した。
溶けた肉塊に眼と口を備えたモンスター。
もはやデブ子は人間ではなかった。
スライムとなったデブ子の躰から数珠のような肉触手が何本も飛
び出し、ケイの肉体に襲いかかる!
自らを躰を両手で抱き締め眼を見開いたケイ。
﹁きゃぁぁぁぁぁっ!﹂
その叫び声は部屋その外まで響き割るほどだった。
しかし、彼女を助ける者はだれもいない。
1005
あばらの君︵12︶
肉団子が数珠のように連なった肉触手は、イカの足が蠢くがごと
く不気味にケイに襲いかかった。
多量の脂汗を噴き出す肉触手がケイの手首足首に絡みついた。べ
とべとと肌に張り付く不快な脂汗。ぬめりながら、とぐろを巻いて
ケイの脹ら脛から太腿へ這ってくる。
﹁やめ、このっ⋮⋮やめなさい!﹂
気丈な声を張り上げてケイは藻掻こうと暴れるが、ゴムが腕に巻
き付いてしまっているように、引いても引いても肉触手に引っ張り
戻されてしまう。
巨大な舌で内腿を舐められているような感触。じわじわと這い上
がってくる。溢れ出る蜜の臭いを嗅ぎつけて、太腿に巻き付いた2
本の肉触手が秘所を目指している。
﹁こんなことしてっ⋮⋮ンぐっ!?﹂
言いかけたケイの口に肉触手が突っ込まれた。
息が苦しい。じゅぼじゅぼと音を立てて口腔を肉触手が出し入れ
されて犯される。脂汗と涎れが混ざったものが、口の端から漏れ出
す。
﹁ンンーッ!﹂
ぐぐもった声を鼻先から出して叫んだ。
太腿を這っていた肉触手がついに秘所に辿り着き、大陰唇を食い
付くように吸引して、肉の割れ目を左右に広げた。
肉厚な大陰唇の奥には薄い唇があり、その先では肉のすぼみがぐ
ちゅぐちゅに涙を流しながら淫らに蠢いていた。
漏れ続ける愛液。
肉穴はなにかを求めるように蠢き続け、包皮から顔を出した肉芽
は激しく勃起して硬くなっている。
1006
この穴はすでにデブ子の侵入を1度許してしまっている。もう二
度と犯されたくない。ケイは上半身を左右に悶えさせながら、股間
に力を入れて肉穴を締めようとした。
そんなケイを目の前に猛々しくそそり立ったモノ。まるで鍾乳洞
の石灰岩が小山を形成する様を早送りで見ているように、どろどろ
の肉塊がぐずぐずとそそり立ち、やがてそれはグロテスクな肉棒と
なった。瘤のような亀頭、カリの傘は大きく、棒にはパールを埋め
込んだような膨らみがいくつもある。
尿道こそないもの、それは男根に酷似しており、なにに使うモノ
なのか目にした瞬間にわかってしまった。
ゲルのように溶けたデブ子の顔が下卑た笑みを浮かべた。
﹁挿入れて欲しいんだろ?﹂
﹁バカ言わないで!﹂
﹁ウソつくんじゃねーよ、おまんまんにぶっ刺して欲しいんだろ?﹂
決してウソではない。
しかし、秘裂は肉触手によって左右に引っ張り広げられて、晒さ
れた肉穴は蜜を漏らし
続け、入り口をパクパクと蠢かせてしまっている。
﹁死んでもイヤ!﹂
﹁じゃあシネ﹂
氷のように冷たいデブ子の声が不気味に響き、槍のような肉棒が
股間に迫ってくるのをケイは見た。
﹁いっアアアアアアアッ!﹂
ぐじゅじゅずずずずっ⋮⋮ッ!
力を入れて締めていた肉穴をこじ開けられ、愛液が卑猥な音を立
てながら、肉棒が膣道を抉るように犯し突き進んでいく。
この二区棒は硬いだけではない。膣内で形を変えながら蠢き犯す
のだ。
ケイは自分のナカで膨らむモノを感じた。
﹁ああっ、だめぇっ⋮⋮そこっ⋮⋮ン﹂
1007
ナカで膨れ上がったモノからいくつもの突起が生え、柔肉を内蔵
から刺激される。
﹁いっ、やぁぁぁっン!﹂
膣内の指を埋め、ちょうど折り曲げたところあたりにあるくぼみ
が、肉棒から生えた突起によって強く押され刺激された。
﹁あうっ﹂
下腹部にジンジンと軽い痺れのようなものが快感の波になってケ
イを襲う。
﹁そこ、だめ⋮⋮いや、あっ、あっン⋮⋮﹂
自分でそこがなにかわかっている。寂しい夜に自分をを慰めると
きに、指を入れてそこを刺激してしまう。
﹁あっ、あっ⋮⋮ああン!﹂
声が抑えられずに漏れてしまう。
肉棒はさらに激しくそのスポットを責め立てる。
﹁よがってんじゃねーよ。オナニーばっかやってんだろ、開発され
てんじゃねーか!﹂
﹁違うっ⋮⋮﹂
否定するも罪悪感が残る。ウソをついたつもりはないが、否定も
仕切れない心のしこりがある。夜な夜な自分のしていた行為が恥ず
かしく、今になって罪悪感に苛まれる。
﹁違う⋮⋮違う⋮⋮﹂
言葉にして懸命に否定しようとするが、躰は事実を知っている。
﹁違うの⋮⋮ああっ!﹂
﹁なにが違うんだよブタめっ、このメスブタめっ、おまえは淫乱な
メスブタなんだよっ!﹂
ブタのようなぶよぶよの肉塊のデブ子から、ブタ扱いされるケイ。
なんて惨めなんだろうと思いはじめてしまった。
陵辱を受けていることがイヤなのではなく、否定しても感じてし
まっている自分がイヤなのだ。そして、否定すればするほど、惨め
になっていく。それでも否定しなければ、認めてさらに落ちてしま
1008
うのではないかという恐怖感に苛まれる。
﹁もうやめてっ!﹂
﹁なんだ? もっとしてだって? ナカの締め付けが強くなったぞ﹂
からかいながらデブ子はゲラゲラと笑った。
逃げなくては、逃げなくては⋮⋮。
ケイは這うようにして逃げようとしたが、脹ら脛から太腿にかけ
て巻き付いている肉触手に引っ張られ、さらに両腕も背中のほうへ
強く引っ張られることによって、うつ伏せの状態から上体を反らす
キツイ体勢を取らされてしまった。
グイグイと腕を後ろに引っ張られ、胸が突き出されて強調されて
しまう。豊満な胸は横から見ると、美しい曲線を描く釣り鐘型で、
腕を引っ張られ躰が揺らされるたびに、胸も柔らかに弾む。
弾む胸の上では乳頭が躍る。
腕は規則的に後ろへ引っ張られているが、胸の弾みは上下だけで
はなく、振り子のようにも半円を絵が飽き、乳頭はさらに大きく揺
れ動く。
二本の肉触手が左右の乳頭に迫りつつあった。触手は肉を蠢かせ、
ブクブクと泡立つように細胞分裂を繰り返しながら変形していく。
まるでその先端は亀頭。尿道口まで備えている。
ぐばぁっ。
尿道口が開いた。まるで口を開けたように穴が広がり、乳頭にし
ゃぶりついてきたのだ。
﹁ひゃあっン!﹂
声をあげたケイ。
生ぬるくヌルヌルした感触が乳首を丸呑みした。
肉触手は乳首を咥えたままポンプで水を汲み上げるホースのよう
に、波打ちながら蠢いている。
﹁ああつ、吸わないで⋮⋮ひゃあああっ、乳首吸われてる⋮⋮取れ
ちゃう、そんなに引っ張らないでぇ!﹂
両乳首をバキュームされ、釣り鐘型の胸が持ち上げられ、引っ張
1009
られた柔肉が蕩けるように伸びる。
肉触手に吸われ続けている乳頭は、さらに硬く尖り、感度が高く
なってしまう。単純に吸われているだけではなく、肉の蠢きが舐め
回すような感触を伝えてくるのだ。
﹁乳首だめ⋮⋮感じやすいの⋮⋮あっ、あう﹂
﹁彼氏に開発されたのか、それとも自分で触りまくってんのか、こ
こといっしょに!﹂
ナカで膨れ上がっていた肉触手が、ズンズンと餅をつくように動
きはじめた。
﹁ひゃあっ、ンっ、ンぐ⋮⋮激しいっ⋮⋮もっとやさしく⋮⋮﹂
﹁やさしくだぁ? もっと激しくして欲しいんだろメスブタめが!﹂
﹁あああああっ!﹂
激しい段差を備えたカリが膣肉を抉り、ピストン運動を繰り返し
ながら、肉口を出し入れされる。
じゅぼ、じゅぼ⋮⋮
カリと膣肉に絡められた愛液が淫らで下品な音を立て、泡立ちな
がら掻き出され肉口から溢れ出してくる。垂れた愛液は肉の割れ目
から糸を引きながらシーツに落ち、大きな染みつくっていた。
ケイは眉尻を下げ、唇を噛みしめた。
﹁ンンっ!﹂
下腹部がビクリと痙攣する。
このままではイカされてしまう。必死に堪えて額から大量の汗を
滴らせた。
乳首とナカを責め立てられ、限界近くまで堪えて堪えているとい
うのに、魔の手は新たな秘所に触手を伸していた。
肉触手の先端からさらに細い触手が何本も生えた。まるでそれは
イソギンチャクのようだ。うねうねと何本もの触手を踊らせ、包皮
から顔を出したピンクパールの性感帯の集合体へ。
﹁ひゃぁぁン、だめっ⋮⋮あっ、ああああああっ!!﹂
イソギンチャク状の肉触手にソコを触れられた瞬間、電流が全身
1010
を駆け巡った。叫びながらケイは下半身と唇をわなわなと震わせ、
じゅるりとした涎れを垂らした。
綿棒で突かれるようでいて、筆で撫でられるような刺激の連打で、
躰の中でも有数の神経の
密集体を嬲られる。
﹁クリ苛めないでっ、強い、刺激が強すぎるぅっ!﹂
自分でするときはもっと加減をする。それは自分でするときは、
もっと快感を得ることができるとしても、その強い刺激を前にして
リミッターがかかってしまうからだ。だが、ケイを責め立てている
相手にはリミットはない。
ケイがいくら快感で狂い藻掻こうと執拗に責める。
苦しむケイの姿こそが、デブ子にとって達成感を得る悦びなのだ。
﹁イキたいんだろ、こんなでっかいクリしやがって、ほらイケよ、
さっさとイケっつんだよッ!!﹂
肉触手が踊り、狂気の形相でデブ子が嗤う。
︱︱限界だった。
ケイの意識が一瞬途切れ、頭が白いモヤで覆われた。
ビクゥンッ!
下半身が震え上がり、充血して勃起していた肉芽が、キュゥゥゥ
ゥッとさらに硬直した。
﹁あああああぁぁぁっ!﹂
ケイは顎を突き出しながら乳を震わせ絶頂を迎えた。
内に広がる快感の波紋。小刻みに連続した快感に全身を侵され、
電流が流れるロープで躰を縛られたように身動きを封じられつつ、
自分の意に反して痺れで躍らされてしまう。
﹁ああっ、こんなの⋮⋮﹂
自分ですら、男にですら、こんなに激しくイカされたことはなか
った。躰はぐったりと動かず、自慰であればここでおしまいだ。
しかし、相手に容赦という言葉はなかった。
イッたばかりの充血してほのかに赤く染まった肉芽を執拗に嬲っ
1011
てくる。
﹁やめてっ、もう無理⋮⋮イッたばかりで苦しいの、もうイケない
!﹂
﹁イクかイカないか、おまえの決めることじゃねーんだよ。おまえ
は家畜なんだよ!﹂
イソギンチャクの肉触手で肉芽を舐められ、太い触手はピストン
運動を繰り返しながらナカを蹂躙する。イッたばかりで感度がよく
なったナカは、Gスポットや奥をひと突きされるだけで、悶える快
感が下腹部を突き抜ける。
﹁ああっ、イカされちゃう、だめ⋮⋮こんなの⋮⋮違うのイキたく
なんか﹂
﹁イケェェェェェェッ!﹂
絶叫しながらデブ子は全身の肉触手を滾らせ、ケイの秘奥を力強
く突き上げた。
下っ腹に鈍痛が響き、嗚咽と喘ぎをケイは同時に漏らす。
﹁うっ⋮⋮イグぅ⋮⋮やめて、イキたく⋮⋮あああン、我慢できな
いィィィッ!﹂
目を白黒させたケイは歯を食いしばり、口の端から小さな泡を吐
いた。
びぐぅんっ、びく、びくぅぅぅン!
昇天は一度では治らない。何度も下半身を跳ね上がらせながらイ
カされてしまう。
﹁オラオラ、イケイケイケイケーッ、グハハハハッ!﹂
魔獣のような下卑た笑いを響かせながら、デブ子はケイを責め続
けた。
ケイの意識が飛ぶ、そして、戻る。さらにイカされ意識が飛ぶ。
その繰り返しで天国と地獄をイキきする。
﹁ンあああっ、はぁっ、はぁっ、うっ、ンンンンッ、ああああああ
っ!﹂
自分の意思とは関係なくイカされ喘ぎ声で息が詰まる。
1012
連続で責め続けていたデブ子は疲労感を表情に浮かべている。ス
ライム状のその躰から、肉が溶けたような汗を垂れ流し、激しく息
を切らすと、やっとその熾烈な責めをやめ、伸していた触手をズル
ズルと肉体に収納させた。
その瞬間、自分の体重を支えられずにケイは上半身からベッドに
ドスッと崩れ落ち、豊満な胸を押しつぶして変形させながら、うつ
伏せになり喘ぎか呼吸かわからぬ声を漏らした。
﹁ひっ⋮⋮ふぅ⋮⋮はぁはぁ⋮⋮ひっ、うぅぅぅっ﹂
瞼が重く開かず、頭が真っ白だ。
イカされすぎて躰が重い。
鈍痛がまだ下腹部のナカで響いている。
そして、火照る躰、子宮はまだ疼き続けていた。
︱︱躰は求め続けている。
イッたことで発散されるどころか、快感が蓄積されて躰の中で燃
えたぎっている。
︱︱欲しい。
と、思ってしまった。
しかし、それを激しく否定する。
ケイは理性と欲望の間で揺れていた。
まだ警官としてのプライド、女としてのプライドが残っている。
だが、それに勝って女の悦びに躰が味を占めてしまった。
今まで感じたことのなかったほどの強烈な快感。気が狂うほどの
快感に身を任せてしまいそうになる。こんなに気持ちよくなれるな
んて、今まで知らなかったし、だれも教えてくれなかった。
この躰の震えは歓喜に打ち震えているのではないかと思えるほど
⋮⋮。
うっすらと瞳を開けると、脱ぎ捨てられた男女の下着が放置され
ていた。この部屋でヤッていた男女が残して行ったものだ。そして、
ケイはハッとしてここがどこなのか思い出す。
︱︱ラブホだ。
1013
男女が情事に溺れる場所。
今この場所で溺れてしまっているのは自分だ。
考えただけで顔がカーッと熱くなり、火を吹いてしまいそうにな
る。
こんな場所で、警官の自分が犯人に拘束され、陵辱の挙句に感じ
ているなんて、あってはならないことだ。同僚にも知り合いにも知
られてはいけない。
すべてを闇に葬ってしまいたい。
現状を打破しなければ、このまま玩具としてイクところまでイカ
されてしまう。
嗚呼、しかし極度の快感は躰に倦怠感として重くのし掛かり、抵
抗することを困難にしていた。
それでもケイは少しずつ冷静さを取り戻し、逃げなくてはと決意
したのだった。
1014
あばらの君︵13︶
ケイは両肘をベッドに立て起き上がろうとした。
その瞬間、肉触手が躰に巻き付け、投げ飛ばすようにして、仰向
けにひっくり返されてしまった。
﹁きゃっ﹂
豊満な胸が潰れて伸びて揺れて弾む。
肉触手が太腿と足首に巻き付き、脚が左右に広げられていく。ケ
イは必死に股を閉じようとしたが、筋肉が震え力負けしてしまう。
そして、まるで分娩台に座らされた妊婦のように、股を大開きにさ
れて秘所を丸見えにされてしまった。
自分の視界の先で繰り広げれる光景。この体勢をさせられ、その
光景がよく見えてしまう。顔を背けたい。だが、その反面で目を離
せずにもいた。
薄毛を掻き分け、さらに肉厚な大陰唇を広げられ、太く長い肉触
手は挿入られたままだ。目の先でそれが股の間で出し入れされてい
る。くちゅくちゅという淫音を立てながら、肉体と視界と耳を犯さ
れている。
︱︱あんなおぞましいモノが自分の躰のナカに。
恐怖と嫌悪を感じつつも、肉体は悦楽の味を覚えてしまっている。
﹁あうっ⋮⋮ン﹂
さらに数を増やした肉触手が、脚と脚の間から蠢き迫ってくる。
股間を襲う気か?
違う!
肉触手は脂汗を垂らしながらケイの腹を這い上がり、螺旋を描く
ように胸に巻き付き締め上げ、尿道口に似た穴を開いて再び乳頭に
喰らいついた。
ドクン! ドクン!
1015
まるで血管が脈打つように、乳頭と繋がれた肉触手が脈打ちはじ
めた。
なにが起ころうとしているのか?
﹁なにっ、いやっ、やめて⋮⋮こんなこと!?﹂
眼を見開き叫ぶケイ。
その瞳に映し出された光景は、自分の胸が見る見るうちに肥えて
いく異変。
もともと豊満であったが、さらに肥大して顔よりも大きくなった
のは手始めに過ぎず、風船にように膨らみながら片胸だけでケイの
胴体を隠すほどになり、まだまだ膨らみ続けている。
いったい胸になにを注入されているのか、考えるだけでもおぞま
しい。
目の前のデブ子がひと回り、ふた回りと縮んでいくのだ。
超乳化させられた胸は張りを失い、ゲルを垂らしたように柔肉が
皮を引っ張りながら、重力に負けてベッドに広がってしまっている。
1本の肉触手が鞭のように振るわれる。
ビシィィィッ!
肉触手は激しくケイの胸を打ち、紅黒い線状の痕を白い肌に残し
た。
一度目は声も漏らさず歯を櫛張って堪えたが、肉触手の鞭は連続
して打たれた。
ビシッ! バシッ! ビシッ! バシィィィッ!
﹁あっ。ああっ、やっ。やああああァッ!﹂
調乳を波打たせながら悲鳴をあげ、ケイは全身を震わせ身悶えた。
さらに鞭で打たれ続け、白い肌は何本もの赤黒い線で染まり、二
度三度と重ねて打たれた箇所からは、鮮血が滲み出してきた。
﹁気持ちいいか? 甚振られて感じてるんだろ? 正直になれよメ
ス豚ッ!﹂
﹁気持ちわけなんか⋮⋮ああっ、あああっ!﹂
デブ子はなにを言っているのだろうか、気持ちいいなんてことが
1016
あるわけが︱︱。
じゅぷ、じゅぶぶぶっ⋮⋮
ケイの股から響いてくる下品で卑猥な音。
ぶっとい肉触手が激しいピストン運動を繰り返している。大きく
開かれた脚の間からよく見えてしまう。ケイは両手で顔を覆った。
ダメだ、もう見ていることができない。
しかし、音が聞こえてくる。
自分が股間から垂れ流した卑猥な涎れのせいで音が鳴り響いてい
るのだ。
﹁ああっ!﹂
ケイは目を固く閉じ、両耳を手で覆った。
しかし、躰が感じてしまう。
秘所だけでなく、脂汗にまみれた肉触手は全身を舐め、ゾクゾク
とした微電流のような快感が全身に広がるのだ。
ベッドのシーツを這う肉触手。尻の割れ目へと侵入しようとして
いた。
﹁ひゃっ!﹂
可愛らしく悲鳴をあげたケイ。
肛門に感じた不快感。
肉触手に肛門を舐め回されている。
﹁そんなところ、汚いから⋮⋮ひゃっ、這入ってくるの!?﹂
肛門を押し広げられて、直腸を逆流してくる。押し寄せてくる排
泄欲。鈍い鈍痛が下腹部に響く。
﹁漏れちゃうぅ!﹂
しかし、出口は肉触手によってギチギチにフタをされている。
異物を出したい。けれど、出したくても出せない。そして、こん
な場所でひとに見られながら排泄行為など、恥ずかしく屈辱的なこ
と、できるわけがない。
ケイにとってさらに悲惨なことが起きた。
肉触手のほうが排泄をはじめたのだ。
1017
得体の知れないナニかが直腸からS字結腸に流され、さらに腸を
昇って内臓を込み上げてくる。
ただ腸が満たされていくだけではない。超乳化が起きたときと同
じように肉がぶぐぶぐと膨れはじめた。腸に流されているナニカは、
すぐに吸収︱︱いや、肉体を侵蝕してケイの躰を超えさせていくの
だ。
ケイは片手で顔を覆い、指の間から薄めを開けてそれを見た。
なんと腹が妊婦のように膨らみ、胎内に5人くらい胎児がいるに
ではないかと思えるほど。
換わりにデブ子は痩せ細り、スライム状の肉体に浮かぶ顔は、げ
っそりと頬がくぼんだようになっていた。
堪えかねてケイは涙ぐんだ。
﹁こんな姿⋮⋮もういや⋮⋮許してください⋮⋮うううっ﹂
﹁メス豚がなに言ってんだ! この、ブタブタブタブタ、ブタのク
セして、ブタのクセして⋮⋮どうして⋮⋮﹂
狂気の形相を浮かべたデブ子は、何故か涙を流しながらケイを責
め立てた。
撓り狂う肉触手の鞭で肥大化したケイの超乳を打ち、太くて硬い
肉触手で二つの肉穴をピストン責めする。
前の穴を出入りする感覚とは違う異質な快感をケイは直腸に感じ
て悶えた。
痛みというほどではない角の丸い鈍痛とでもいうのか、直腸から
膀胱まで痺れ渡る快感のさざ波。薄い直腸と膣道の肉壁を隔てて二
本の肉触手が擦り合わされる。
﹁ひぃぃぃ、お尻なんかで⋮⋮やだ⋮⋮こんなの⋮⋮私感じてる﹂
﹁ケツ穴で感じるなんてメス豚だなッ!﹂
罵声を吐かれケイは背筋をびくぅんとさせた。
︱︱気持ちいい。
自分でも信じられないことだったが、嬲られながら罵声を浴びせ
られて感じてしまっている。胸の高鳴りが抑えられない。
1018
﹁このメス豚ッ!﹂
﹁あああっン!﹂
豚と罵られるたびに胸が張り裂けそうになる。それがなぜなのか
わからない。感情が混沌として、苦しいはずのことが快感に換わっ
てしまっている。
﹁気が狂いそう! もうるりゅじで⋮⋮﹂
ろれつも回らず、緩んだ口から涎れが垂れる。緩んだのは口だけ
でなく、涙も溢れ、鼻水も垂れてくるため必死に啜る。
﹁ひっ、うっ⋮⋮/あああン、ンぐ、ンずずっ﹂
喘ぎは鼻や口から抜けようとして、涎れや鼻水は必死に食い止め
ようとする。けれど、全身の性感帯を責められ、喘ぎが抑えられな
い。
﹁ああン、めちゃくちゃになっちゅあああぅぅ、もう戻れない⋮⋮
いやぁぁン、私は帝都警察の⋮⋮刑事なのにぃぃぃ﹂
肩書きなど汚れ切ってしまった。
世界でも群を抜いて凶悪犯罪の多いこの街で、帝都警察の中でも
有数の危険度を誇る︱︱そう、それを誇りとして日夜戦う一課の刑
事、それも彼女は女だ。男女平等など言葉の上、彼女は男の社会の
中で、女として戦ってきた。
プライドとそれを裏付ける自身と実績。それらが見事に打ち砕か
れたのだ。
メス豚としてよがり狂い快楽を求めてしまう。女としての躰が与
えられる快感に抗えない。
いくら抑えても抑え切れぬ渇き。躰は満たされるどころか、まだ
まだ求めてしまっている。帝都の女刑[デカ]は深い泥沼に沈み行
く運命にあるのだ。
﹁もう堪えられない、もっとおぉぉぉっ、お願い気持ちよくしてぇ
ぇぇぇン!﹂
意識が飛んでしまうほど狂ってしまいたい。この快楽を味わいた
い反面、思考も働かぬところまで飛び抜けて、渦巻く負の感情もす
1019
べて忘却してしまいたい。
ケイは快感の海に身を任せ抗うことをやめた。
﹁後ろだけじゃなくて前も、クリも苛めてぇっ!﹂
﹁ついに本性を現したなメス豚。おまえはやっぱりメス豚なんだよ、
今のおまえが本当のおまえなんだ、この醜いメス豚めッ!﹂
これが本性?
﹁こんなのが私の本性だなんて⋮⋮ああっ、でももっと欲しい、お
っぱいも、もっと全身を舐め回してくださィィィ!﹂
﹁まだ家畜の心得がわかってねーな。家畜は奴隷以下なんだよ、お
願いする立場なんかじゃねーんだよ。おまえはウチに好き勝手にヤ
ラれてればいんだよ、わかったかッ!﹂
﹁ひギィィィィィッ!﹂
白眼を剥いて歯を食いしばったケイ。
充血しきった肉芽を指で強く弾くように、肉触手の先端で叩かれ
たのだ。
脳天まで電流が突き抜け、蕩けきった脳はそれが痛みなのか快感
なのかわからない。躰がガクガクと震え、上からも下の口からもヨ
ダレれが垂れてしまう。
超乳はさらに肥大を続けており、もうそれが胸なのかなんなのか
わからない。元の体重の3倍以上にはなっているだろうか、腹も大
きく膨らんでおり、横たわった状態からひとりで起き上がることも
ままならない。
全身を這う肉触手はとくに性感帯や皮膚の薄い部分を責めてくる。
股間の肉厚な割れ目から尾てい骨まで舐め、背筋や脇腹から腋の下
を睨め回す。
感覚のマヒしたケイはくすぐったさがすべて快感になってしまい、
脇を舐められると昇天しそうになる。そこに加えて臍の穴やうなじ
から耳の後ろに至るまで、脂ぎった肉触手に舐めて舐めて舐められ
るのだ。
﹁ひゃああああン、全身が⋮⋮私の躰おかしくなってる⋮⋮これが
1020
セックスなの!? すごすぎるぅぅぅ!﹂
外からの刺激は肌を駆け巡るとともに内へと蓄積していく。
ちゅぱちゅぱっン!
口を開けた肉触手がまるで赤子が母乳を飲むように、先端を窄め
ながら乳首を吸い続ける。
神経を集中した乳首から、乳房全体に張り巡らされた神経の網を
快感が駆け巡る。
﹁ひゃあああぁっ、自分で触ってもあんまりなのに⋮⋮乳首がいつ
もと違うの、乳首でこんなに感じたのはじめて!﹂
肉穴を出し入れされる肉触手には、突起がいくつもついており、
そのひとつひとつが中を押すようにして刺激してくる。
﹁すごい、私の中にたくさんいるの⋮⋮自分の指とは違う⋮⋮元彼
のとも違う⋮⋮ああっ、わからない、押し寄せてくるのすごすぎて
⋮⋮死んじゃうぅぅぅっ!﹂
そして、はじめて入れられた後ろの穴も、いまではすっかり性感
帯となっている。はじめは肉触手に無理矢理こじ開けられた菊門も、
今ではシワひとつなく伸びきってしまい締りがない。それでも太い
肉触手のせいで、入り口は輪ゴムを巻いたように肉触手にへばりつ
き、ピストン運動の中で、出されるときに直腸ごと持ち上がるよう
に菊門を引っ張りあげる。
﹁おしりってこんなに気持ちよかったなんて、クセになりそうで恐
い⋮⋮あああっ、私ってこんなに変態だったのぉぉぉっ!?﹂
人間にはもともと排泄行為を促すために、それを快感として認識
する機能がある。今はそれがほかの快感との相乗効果で完全に可笑
しくなっている。この快感は排泄時に起こるものだが、排泄前に排
泄を促す鈍痛もこのピストン運動では同時に襲い来る。
しかし、普段は不快感を伴う鈍痛が、今は下腹部からジンジンと
子宮まで刺激して、感覚の誤作動によって快感になってしまってい
る。
ケイの躰を包み込むぬるま湯のような快感は徐々に蓄積され、直
1021
接的に肉芽などを刺激される快感は与えら都度に軽い昇天を繰り返
してしまう。体力は削られていく一方で、ここまでに何度か軽く記
憶が飛んでしまった。この責め苦はデブ子が飽きるか、それとも完
全に気を失うまで続くかもしれない。
肉触手に注がれるナニかはケイの肉体を肥えさせるだけではなく、
媚薬のように感度を高め精神までイカれさせる効能があるようだ。
そうでなければケイがここまで、快感に狂い酔いしれることもなか
っただろう。
焦点の定まらない眼を白黒させ、飢えた犬のように舌をだらりと
伸す唇は涎れでぐしゃぐしゃにヌメリ光り、堕落した女刑事は恥ず
かしげもなくアヘ顔を晒していた。
﹁きもひぃぃぃのののぉぉぉン⋮⋮ひぃぃぃぃっ、ちくびとくりを
⋮⋮もっとコリコリしてくだしゃあああひ!﹂
﹁家畜のメス豚がお願いなんてすんじゃねーよ!﹂
そう叫びながらも、デブ子は下卑た笑みを浮かべながら、お望み
通り充血したみっつの突起を、連打するようにコリコリとした。
ケイの尻が深くベッドに沈み込んだ。
﹁ひぐっ⋮⋮ちくびで⋮⋮イッ⋮⋮ひっ、ひっ。ひぐぅぅぅぅッ!﹂
スポンとコルクを抜くような音を立てながら。乳頭を呑み込んで
いた肉触手が抜かれた。
その瞬間!
﹁ひぃぃぃぃぃぃっ、すごひぃぃぃぃぃぃっ!﹂
乳腺を駆け抜けたナニか一気に噴火した。
ビッ⋮⋮シャァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!
乳濁色の液体が垂れた超乳の先端から噴水のように飛び出し続け
る。乳頭の先っぽは乳が垂れており、噴出の勢いが強いために乳濁
色の液体はスプリンクラーのように飛び散った。
ビシャシャシャシャシャシャシャシャシャ!
﹁とまらなひぃぃぃ、いやぁぁぁぁン、とめてぇぇぇぇぇぇっ!﹂
噴き出し続けている間、快感がふたつの乳首を責め立て、あまり
1022
の刺激は乳首をもぎたくなるっほどで、ケイは両方の乳首を摘んだ。
﹁ひぐっ、ひぐぅぅぅ!﹂
摘んだ刺激で昇天した。
指がとまらない。この刺激を抑えたかったハズが、さらなる刺激
を発刊してしまったがために、自分で乳首をコリコリする行為が止
められなかった。
﹁まだ出てる! とまらなひよぉぉぉぉ、おっぱいからミルクでる
の⋮⋮とまらなひのぉぉぉぉン!﹂
床や壁や天井まで、部屋中に乳濁色の雨がこびりつき、ケイの顔
もぐしゃぐしゃに汚された。
超乳を揺らしながら悶え苦しく。
﹁ちくびがビンビンして⋮⋮ととと、まだとまらない⋮⋮ミルクい
っぱい。ちくび感じちゃう、イッちゃうイッちゃうちくびでイクぅ
ぅぅっ、ちくびでイクのぉぉぉぉぉ!﹂
ビシャヤヤヤヤシャアアアアアアッ!
レーザービームのように高圧力で一気に乳腺から乳濁色の液体が
噴き出した。
自分の出したおっぱいミルクで自らの躰を穢し、心まで穢れてい
く。
知らなかった世界に足を踏み入れたケイ。
快感を貪り食う家畜のメス豚。
﹁ひぃぃぃぃっ、おっぱいすごひぃぃぃぃっ!﹂
貪欲にまだまだ快感を貪り食う。
1023
あばらの君︵14︶
乳濁色の液体を噴き出し続ける超乳は、徐々にその大きさを元に
戻しつつあった。
縮んだ胸は大きさこそもとほどだが、皮膚が伸びてしまい、左右
のあばら骨の上を流れるように肉が垂れ下がってしまった。
胸が小さくなったことによって、五つ子を身籠もっているような
腹の大きさが目立ってくる。
皮膚がパンパンに張って膨らんだボテ腹。
デブ子の躰からニュルニュルと無数に生える触手。その姿はまる
でミミズの集合体。クトゥルフ神話にでも出てきそうな不気味な姿
だ。
その数えきれぬ肉触手は、放たれた矢のようにただ一箇所を目指
した!
﹁うぐっ!﹂
ケイは泡といっしょに涎れの塊を吐いた。
肉触手の矢は涎れをたっぷり垂らす肉穴に次々と這入っていく。
上ではなく下の口だ。
﹁這入らなひぃぃぃぃっ、もうやめて⋮⋮でもでも⋮⋮やだ、気持
よくて⋮⋮あああっ、あああああっ、何度もイカされちゃ⋮⋮うぅ
ぅぅぅっ!﹂
ガバガバに緩みきった肉穴は何本もの肉触手を咥え込み、さらに
その穴をどんどん拡張されてしまう。腕なんて簡単に這入ってしま
いそうだ。さらに脚もいけそうだ。そのうちスイカでも這入るので
はないだろうかと思えるほどだ。
超乳とボテ腹、肉穴の拡張と、苛烈な肉体改造は続く。
摘んでいた乳首は長年こねくり回し使い込んでいたように、奇形
といえるほど長く伸びてしまい、まるで幼児のペニスのようになり、
1024
そこに肉触手が螺旋を描きながら巻き付き締めつけてきた。
ビンビンに尖ってしまった乳首。乳房も螺旋状に締めつけられ、
ロケットのように乳房が飛び出す。
ぎゅぅぅぅっ、ぎゅぅぅぅぅ!
肉触手によって胸が締めつけられる。
﹁ひゃああああっ、おっぱい締めつけないで⋮⋮あひっ、引っ張っ
ちゃだめぇン!﹂
﹁オラオラ、まだまだ出るだろ、おっぱい全部出しやがれよ!﹂
﹁乳首がジンジンして、痛がゆいの⋮⋮もうとめてくださいィィィ
ッ!﹂
﹁だったら全部さっさと出せよ!﹂
ビシャァァァァァァ!
まだこんなにも残っているのかと思うほど乳頭から汁が噴き出し
た。
乳房はさらに縮まったが、ボテ腹はまだまだ大きく、べつの場所
もパンパンになっていることにケイは気づいて顔面が蒼くなった。
下腹部をきゅぅぅぅっとさせ、内股を擦り合わせ悶えるケイ。
快感と昇天によって全身に凄まじい力が入ったかと思うと、弛緩
して一切の力が入らない放心状態になる。その瞬間がとてもアブナ
イ、膀胱に溜まっていたモノを一気に放水してしまいそうだったの
だ。
︱︱漏らしてしまう!
膀胱からの圧迫感。
肉触手がナカを突いてくる。そのたびに少しずつ漏れているよう
な気がする。痴態を晒しに晒し、ここで排泄まで︱︱いや、まだケ
イに残る羞恥心が踏ん張って堪えていた。
しかし、この責め苦でいつまで堪えられるだろうか。
細長い肉触手がシュルルルと伸びてきて、ペロリと舌で舐めるよ
うに、あろうことか尿道口が撫でられた。
じゅぶっ⋮⋮
1025
尿道口が漏らした音。
薄黄色の液体が一瞬噴き出た。
﹁ああっ、おしっこ漏れちゃうからだめ⋮⋮もうおしまいに⋮⋮漏
らすなんて絶対⋮⋮大人なのにィィィッ!﹂
ケイは白眼を剥いて歯を食いしばった。
今言葉に出すことがなにを意味しているのか、考える力が残って
いればわかったことだろう。
﹁家畜なんだから好きなとこでしょんべんすればいいだろ、何度言
ったらわかるんだよ、おまえはメス豚なんだよ!﹂
太い肉触手がナカで鉤爪のようにカーブして、Gスポットと膀胱
を膣道から激しく押し上げ突いてきた。体内から膀胱を押されては、
その圧迫感は強すぎる。
﹁ひぃぃっぃぃぃっ、漏れちゃう⋮⋮イッ⋮⋮イイイッ⋮⋮ヒギィ
ィィィィィッ!﹂
ダムが決壊した。
ビャァァァァァァァァァァァッ!
鯨が潮を噴いたように天高く放水された液体。それはほとんど無
色で黄金水というよりは、女の潮吹きかもしれない。だが、そんな
境などどうでもいい話だ。
ケイは自分が漏らしてしまったという痴態に苛まれ苦しみ悶える
のだ。
﹁いやぁぁぁン、とまらないよぉぉぉぉぉっ!﹂
止めたくても止まらない。
﹁とめて、おねがい、フタしてぇぇぇぇぇ、恥ずかしくて死んじゃ
うぅぅぅっ!﹂
﹁フタならしてやってんだろ﹂
前から後ろから、肉穴を抉るように掘り続ける肉触手。
直腸と膣道からのジンジンと響く振動で、さらに膀胱が刺激され
ておかしくなりそうだ。
いったん放水がとまった。
1026
﹁ングッ⋮⋮また漏れちゃうぅぅぅ!﹂
ビシャァァァァ、ビシャァァァ、ビシャヤヤヤヤヤァッ!
透明な液体が何度も何度も尿道から発射された。
﹁ングッ、ングッ⋮⋮ひっぐっン﹂
頭を仰け反らせながらケイはガクッガクッと震えている。殴るよ
うな快感で頭が眩み意識が朦朧とする。
それなのに終わらない。
ゆるゆるになったケツ穴を掘られ続け、前の肉穴は何本もの触手
を咥えて無残に拡張されてしまっている。
膣道のナカで何本もの肉触手が一斉に暴れ出す。一本一本が生き
物のように、ミミズがのたうち回るように、脂汗と愛液がぐちゃぐ
ちゃに溶け合いながら、ケイをただひたすらに犯した。
﹁おいメス豚っ、おまえ人間だったころは女デカだったんだろ。こ
んな変態が街の治安を守ってたなんて笑えるな。汚ねえ汁垂れ流す
ガバガバマ○コの女デカか。銃は撃つよりぶっ込まれるほうが好き
なんだろ、この汚ねぇ穴によぉッ!﹂
﹁ひひひひひぃぃぃぃっ、そうです! ぶっといマグナムで犯して
欲しいの!﹂
﹁職場の男どものチンポばっかり見てたんだろ﹂
﹁そうです、同僚のチンポばっかり見てました。あああっ、だって
だって欲しくて欲しくてぇぇぇぇン!﹂
﹁今まで何本咥えてきたんだ? この肉触手が1番だろ、変態メス
豚はただのチンポじゃ満足できないもんな!﹂
﹁はい、肉触手サイコーです、もっともっと私のオマ○コめちゃく
ちゃに犯してぇぇぇぇっ、ひぐぅぅぅぅぅぅッン!﹂
陸に上げられた鮮魚のように背中を仰け反らせ何度も跳ね上がる。
﹁イキすぐてもうわかんないよぉぉぉぉぉっ! 肉触手なしじゃも
う生きられないィィィツ!﹂
大小合わせるともう何度絶頂を迎えたかわからない。時間も場所
も感覚があやふやになり、肉体を嬲られ貪られ、ヒトではなく玩具
1027
として扱われ、もうすでに多くのモノを失ってしまった。
絶望的な状況だからこそ。それを忘却するために、なおさら快楽
に身を委ね精神を蝕ませるのだ。
﹁もっと、もっと、もっと⋮⋮メス豚の私を苛めてくださいィィィ
ッ!﹂
﹁ブタが人間サマの言葉をしゃべってんじゃねえよ!﹂
﹁ぶひぃぃぃ、ひぃぃぃっ!﹂
豚の声までをしてまで自分を貶めるケイ。底なしの汚泥に身を沈
め堕ちていく。息もできないほど苦しく死んでしまいそうだ。
﹁ああああっ、このまま殺してくださぁぁぁい、気持ちよくて気持
ちよくて絶頂を迎えたまま死んでしまいたいッ!﹂
喘ぎ、叫び続けた声は嗄れている。
デブ子が冷たい眼で嗤った。
﹁そうだな、そろそろ飽きたしおまえもコロシテヤル﹂
森で見つかったこれまでの被害者。直接的な死因は餓死だった。
だが、彼女たちを殺した本当のモノはなんだったのか?
憎悪と嫉妬。
止めと言わんばかりの大量の肉触手がデブ子の躰から蠢き伸びる。
むちむちしたケイの太腿に絡みつき、乳房を逼め上げ、股間の割れ
目を這う。
﹁ンああぁっ、全身が性感帯になってる! ンもぉっ、だめぇぇぇ
っン!﹂
ドピュ、ドピュッ!
乳腺に残っていた残り汁が噴かれた。
いろんな液体が混ざり合ったもので全身をグチョグチョにされ、
妖しく光る肌が一気に総毛立った。
﹁ああああっ、また、イクイクイクーーーッ1﹂
ビシャァァァァァアアッ
股間から噴き上がった潮。
肉触手の束の一本一本がうめり狂いながらピストン運動を責め立
1028
てる。
止めどなく流した愛液は枯れることを知らず、シーツにできた大
きな染みがケイの尻や背中を冷やす。
触手はその長さや太さを変え、さらなる穴を求めた。
﹁ンぐッ﹂
半開きになっていたケイの口にふっとい肉触手が突っ込まれ、の
どの奥でピストン運動をはじめた。
﹁ウェェェェェッ!﹂
嗚咽が漏れ胃が込み上げ、のどの奥からは粘っこい唾液があふれ、
肉触手と唇の隙間からどぶどぶとこぼれた。
さらに触手は穴を求め、すでに多くの肉触手が集結する股間に迫
った。
肉触手の束から頭一つ飛び出た細い触手。爪楊枝くらいの太さの
それは、女の股間に開いている最後の穴に突き刺さった。
﹁ヒィィィィッ1﹂
涙を目頭に滲ませケイは顎を突き上げ悲鳴をあげた。
肉触手が侵入したのは尿道だ。
性行為の中でもかなり難易度が高い。病院のカテーテルでも、下
手な医師や看護師に管を挿入されると、血などが出ることもある。
しかし、この肉触手は十分な潤滑剤となるヌメリ気と、肉である
という柔らかさを備え。するすると麺をすするように尿道の奥に吸
いこまれていく。
﹁ンヒヒヒヒィィィ、ンぐ、ングググググ!﹂
口を塞がれているケイがなにかを必死に訴えている。
排泄のためにある器官は、本来であればそれ以上でもそれ以下で
もない。排泄器か生殖器かという問いはペニスだけに与えられたテ
ーマだ。アナルにはケツマ○コという言葉があり、古代から性交に
用いられてきた歴史こそあり。人間以外の動物も雄同士でアナルセ
ックスをするということが自然界にも存在するが、尿道は尿を排泄
する器官でしかない。
1029
﹁ングググググ、ふんぐーっ、ングンゥゥゥゥゥ!﹂
顔をイヤイヤとヨコに不利ながらケイは泣き叫んだ。
漏れ出す声、瞳から流れる涙、尻の下がった眉。
しかし、ケイは至福の笑み浮かべていた。
陶酔。
嫌がっているのに無理やり責められているというシチュエーショ
ン。悲劇のヒロインに身を落とした自分に堪まらなく興奮するのだ。
﹁ンぐぐぐぐンンぅン!﹂
心の底から嫌がり許しを請うように叫ぶ。それは嘘偽りのないこ
とだが、両立してこの状況に陶酔するもうひとりの自分がいる。決
して演技で喘ぎ叫んでいるのではなく、いわば演出なのだ。
尿道をナニかが逆流してくる感覚。差し込まれた肉触手から、ま
た体内に不気味なナニカが流し込まれているのだ。
膀胱がジンジンとしてきた。
張り詰めた膀胱を肉壁越しにナカから刺激してくる。膣道で暴れ
回る肉触手の突きや振動が、パンパンの膀胱を殴るように攻撃して
くるのだ。
膀胱から鈍痛がする。痛みと痺れの混ざったような刺激が波紋の
ように躰の内に広がる。
ぬぷっ、ぬぷっ。
ミミズのような肉触手が尿道口を這入ったり出たりして躍ってい
る。肉触手と尿道口の隙間からじゅぷっじゅぷっと黄ばんだ液体が
漏れ出す。もうとっくに限界だった。膀胱は爆発しそうで、肉触手
のフタがなければ噴火している。
﹁ンンンっ、ヌグググ、ヌグググングングーッ!﹂
ケイは脂汗を垂らしながら、両手でシーツを鷲掴みにした。
膀胱の鈍痛は差すような痛みに変わっていた。
今は苦しく痛い。
が、ケイの心はその先に思いを馳せてしまう。
︱︱嗚呼、ここで出したらどんなに気持ちいいだろうか。
1030
もうすでに放尿はさせられている。だが、それはもともと溜まっ
ていたものを膣圧で勢いよく噴き出したにすぎない。今は強制的に
肉触手カテーテルで、膀胱が爆発しそうなほどの得体の知れないナ
ニかを注入されている。
デブ子の躰は今やケイよりも小さくなっていた。
﹁グゲゲゲゲッ、コロス、コロス、コロス!﹂
肉触手がさらにケイの躰に這入ってくる。口だけでなく鼻の中も
犯され、もう本当に息もできない。
酸欠で頭が真っ白になってきた。
霞む視界の中でケイはさらに自分の腹が膨れているのが見えた。
手足の先が痺れて動かない。
それなのに下半身は電流を流されたように跳ねてしまう。
デブ子の躰は一本の肉触手となり、ほかの触手を掻き分け膣口に
ぶち込まれ、デブ子がすべてがケイの体内に這入った。
﹁ンぐぐぐぐンンぅン!﹂
ケイの意識が一瞬鮮明になった。
腕ほどもある肉触手が膣道を通り奥に突き進んでくる。
﹁ンッ!﹂
子宮が激しく持ち上げられ、下腹部がぼこりと膨らんだ。
その瞬間、膀胱がついに噴火した。
ビッ、ジャァァァァァァァ、ビシャシャ、ビシャシャ、ビジャジ
ャジャジャジャァァァァ!
仰け反ったケイ。
﹁ングーーーーーーーッ!﹂
激しく昇天しながら、口と鼻から薄ピンクのゲルを吐く。
﹁グェェェェッ!﹂
口を解放されたケイは必死に息をしようとする。
﹁ヒィイイィ、ふひぃっ、ひふーっ!﹂
だが、快感で声と息が吐き出されてしまい息がままならない。
﹁ヒィィィィィイッ、キモチヒヒヒヒヒィィィ!﹂
1031
白眼を剥きながらケイは笑っていた。
ドブドブドブ⋮⋮
全身を震わせるケイの股から汚泥のように漏れてくるゲル。ケツ
穴に溜まっていた肉触手の溶けたモノが吐き出されていた。
さらに乳首からもビュッビュッと噴き出ている。
穴という穴から肉汁を噴き出し快感に狂いアヘ顔を晒すケイ。
﹁ひぐぅ⋮⋮イイイイイッ、グーーーーッ!﹂
ケイの首ががくんと後ろに折れ、舌が犬のようにだらんと垂れた。
そして、最後の穴から噴き出す。
﹁し、きゅううううううがぁぁぁぁぁぁ!﹂
意識を失っていたケイが再び覚醒して叫んだ。
拡張され見るも無惨だった膣口からバケツをひっくり返したよう
に肉汁がぶちまけれる。
ドジャブブブブブブブ、ジャジャジャジャッァァァァァァツ!!
快感の荒波の中でケイは意識を失う瞬間に目の当たりにした。
股間から噴き出す肉汁と共に生まれてくるナニかを⋮⋮。
﹁ヒィィィィィィィィィッィッ!﹂
快感と恐怖でケイの意識は完全に途切れた。
それでもなお躰は快感で震え、ガグガグと全身を跳ね上がらせる。
そして、生まれ出でようとしていた。
ケイの股間から腕が飛び出した。
肉汁をたっぷりと肌にこびりつかせた腕が、這うようにシーツを
鷲掴みにして、さらにもう片方の腕も膣口から飛び出した。
ゴボッ!
さらに頭が生えた!
顔だ。デブ子の顔が嗤っている。ケイの胎内からデブ子が出産さ
れているのだ。
ケイの躰から排出されたデブ子はまだスライムのような形状だっ
たが、ベッドが沈むにつれてその形を元の太った女の姿に変えてい
った。
1032
ガンッ!
ドアから物音が聞こえデブ子は振り返った。
1033
あばらの君︵完︶
タクシーを飛ばしてラブホテルに辿り着くと、見覚えのあるミニ
バンがまだ停まっていた。
カーフィルムが窓には貼られているので、華艶はフロントガラス
から車内を覗き込んだ。
﹁やっぱいないみたい﹂
と、柏に顔を向けた。するとすでに柏はホテル内に入ろうとして
る最中だった。
﹁ちょっ、危ないからひとりで行かないで!﹂
慌てて華艶はあとを追った。
辺りをキョロキョロと物珍しそうに華艶は首を動かしながら見た。
個々の部屋の写真が一覧になって壁に飾られている。
﹁ラブホとかはじめて入った﹂
﹁常連そうなのにねえ﹂
﹁ひとを見た目で判断しないでください。じつはガード固いですか
ら﹂
﹁彼氏ができないだけじゃないかい?﹂
﹁うっ⋮⋮﹂
碧流が浚われたかもしれないというのに、2人は緊迫感のない会
話をしながら廊下を進み、フロントまでやってきた。
﹁自動精算とかじゃないの? ひとと会いたくないじゃん﹂
﹁古そうなホテルだからねえ﹂
受付けにはひとがいなかった。呼び鈴を鳴らしても出てくるよう
すはない。2人はこの壁を隔てた向こうの部屋でなにが起きている
のか知らない。
廊下を歩きフロントの裏の部屋に続くドアを見つけた。ドアは開
いたままだった。
1034
華艶はこちらに来ようとした柏を手を出して静止させた。
﹁オバチャンが死んでるっぽいから来ない方がいい﹂
部屋の中に入って簡単に辺りを見回す。
碧流はいない。脳漿を噴いて血を流して死んでいるオバチャン。
その位置関係からは不自然な血痕があった。
﹁碧流がいたよ!﹂
廊下から声がした。
走って駆けつけると、地下駐車場へ続く階段の下に柏に抱きかか
えられる碧流の姿があった。
﹁浚われるし、電気ショックで死にそうになるし、縛られたまま階
段から落ちるし、おしっこ漏らすしサイテー!﹂
叫んだ碧流を華艶は白い眼で見た。
﹁おしっこ漏らしたの?﹂
カァッと碧流は顔を赤くして頬を膨らませた。
﹁そこ気ぃ使うとこじゃん、漏らしたくて漏らしたわけじゃないし、
恥ずかしく死にそうだし、パンツぐしょぐしょでキモチ悪いし、も
っと優しく接してよ!﹂
﹁はいはい、それだけ元気ならだいじょぶでしょ。で、犯人は?﹂
﹁目隠しされててよくわかんないけど、犯人はデブ女で、女デカが
連れ去られたっぽい。犯人女デカから銃奪ったから気をつけて﹂
﹁どこ行ったかわかる?﹂
﹁とりあえずここには来てないよ﹂
﹁お婆ちゃん、碧流は任せたから!﹂
華艶は階段を駆け上って来た道を引き返す。
地下駐車場に来てないとしたら、別の道から外に向かったのが普
通だろう。
しかし、華艶はすでに気になるものを見つけていた。
フロントのドアの前に血痕があった。そこから辿っていくと、廊
下にも点々と血痕が残っていた。その続く道は入り口ではなくホテ
ルの奥だ。
1035
血痕を辿ってドアに前まで来た。
呼吸を整えて、心で1、2、3、数えて部屋に乗り込んだ。
﹁ああああああぁぁぁン!﹂
甲高い女の絶叫。
︱︱部屋を間違えた。
オッサンと学生服の女がヤッている最中だった。とりあえずコス
プレだということ祈ろう。
夢中になっている2人は華艶には気づいていない。そっとドアを
閉めて、何事もなかったことにした。
気を取り直して向いの部屋のドアの前に立つ。よくよく床を見る
と、小さな血痕がこちら側にあった。
﹁今度は正解でありますよーに﹂
さきほどの反省から控えめにドアを開けた。
中のようすを覗き見て確信を得た。
﹁おまえかデブ女って!﹂
叫びながら華艶は部屋に乗り込む。
このデブで間違いないだろう。ベッドにはこのデブ子と、ぐった
りとするケイの姿。それを確認して、華艶はデブ子に飛びかかった。
が、目の前に立ちはだかるグローブのような手。
﹁うっ!﹂
なんと片手で軽々と首を鷲掴みにされてしまった。しかも、飛び
かかった勢いのまま首を掴まれたため、張り手をのどに喰らったよ
うな衝撃で、息が止まって死にかけた。
太い指が華艶の細い首にめり込む。首を絞められるというより、
のどを潰されそうだ。
﹁ん⋮⋮ううっ⋮⋮﹂
息ができない。
華艶は片足を振り上げた。
回し蹴りだ!
思いっきりデブ子の首に入った。が、手応えがない。肉の装甲は
1036
鋼より厄介かもしれない。
ただの人間相手には使いたくないが仕方あるまい。
華艶は首を絞めるデブ子の手を両手で包み込み炎を生み出した。
﹁ぎゃああああああっ!﹂
叫び声をあげながらデブ子は手を離した。
肉の焼ける香ばしい匂い。
焼けただれた手を見つめながらデブ子は絶叫する。
﹁殺すううううううううっ!!﹂
デブ子の肉が波打った。揺れたなんて生やさしい動き方ではない。
肉が生きているようだ。
華艶は目を丸くした。
﹁もしかして⋮⋮﹂
嫌な予感がする。
デブ子の姿が醜く変形していく。ブクブクと膨れ上がって、服が
弾け飛ぶように破れ、まさに肉塊と化した。人間とは言えない姿。
﹁コロスゥゥゥゥ!﹂
地獄の底か響いてくるような声。
華艶はふっと笑った。
﹁憑かれてんの? それともはじめから人間じゃなかったとか? まあどっちでもいいけど。このほうがヤリやすいし﹂
もはや手加減の必要なし。
炎を宿す華艶の力。
﹁喰らえ、炎翔破!﹂
燃えさかる業火の玉が巨大な肉塊に直撃した。
﹁ギゲェェェェェェェ!﹂
不気味な叫び声。
炎を受けた肉は水風船のように膨れ上がって、一気に割れて弾け
飛んだ。
脂肪が部屋中に散乱する。
﹁グロイ﹂
1037
呟いた華艶は選択を迫られていた。
﹁やっぱり逃げちゃおうかなぁ﹂
チラッとケイを見る。
そして、肉モンスターを見る。
一発目の炎翔破はノリで撃ってしまったが、よくよく考えるとこ
こは室内なのだ。よく燃えそうなフカフカのマットやシーツがある。
﹁目的の碧流は助けたわけだし⋮⋮﹂
が、肉モンスターは華艶を逃がす気などない。
変形する肉塊から触手のような肉の鞭が伸びてきた。
﹁炎翔破[えんしょうは]!﹂
炎を打ち込みながら華艶は床に飛び込むようにして肉の鞭を躱し
た。
つもりだったのだが、着地した床のようすが可笑しい。ブヨブヨ
としているのだ。
﹁ヤバッ!﹂
肉の絨毯。
部屋中に広がり続けていた肉塊は、壁や床や天井に成り代わって
いたのだ。
気がつけばここは肉の部屋。
蠢く肉色の部屋に華艶とケイは取り込まれていた。出口はすでに
肉で塞がれている。
華艶の足下からエノキのような肉触手が次々と生えてきた。
﹁キモイ!﹂
足をばたつかせて避けようとするが、避ける場所なんてここには
ない。足場はすべて肉モンスターの身体の上だ。いや、中だ。
華艶の両脚は肉に包まれ、さらに全身を包み込もうと這い上がっ
てくる。
ちゅるちゅるといやらしく伸びてくる肉触手が、華艶の太ももを
這いながら股間にまで魔の手を伸す。
ショーツの上から割れ目がなぞられた。
1038
舐めるように肉が華艶の身体を包んでいく。服の中に侵入して、
ブラジャーの中やショーツの中にまで侵入して来ようとする。まる
で濡れた舌で肌を舐められているような感触。
しかし、華艶はまったく動じていなかった。
﹁なんか触手陵辱パターンになりそうだけど⋮⋮残念でした!﹂
炎が渦巻く。
全身を燃え上がらせる華艶。
香ばしい匂い。
肉が華艶から這うように逃げていく。
﹁今夜は焼き肉パーティに決めた! 喰らえ爆烈火!﹂
全身から炎の塊をいくつも放出させる。
焼けただれる肉床や肉天井や肉壁。部屋を覆っていた肉が這いな
がら逃げていく。
﹁炎翔破! 炎翔破! 炎翔破!﹂
右へ左へ天井へ、華艶は炎を撃ちまくった。
けたたましい警報と共に天井のスプリンクラーが水を噴きだした。
それでも構わず華艶は炎を撃ちまくる。
﹁炎翔破!﹂
いつの間にか部屋を覆っていた肉が一ヶ所に集まっていた。部屋
の隅で震えている。
﹁そこが核かっ!﹂
華艶は床を蹴って駆け、肉塊に殴りかかった。
﹁紅蓮掌[ぐれんしょう]!﹂
肉の中に華艶の手が腕ごとめり込んだ。
そして、地獄の業火が肉を内部から焼き尽くす。
﹁キェェェェェェッ!!﹂
スプリンクラーの雨が降る。
全裸の肉体を濡らしながら華艶がつぶやく。
﹁⋮⋮服﹂
うっかり燃やしてしまった。
1039
退屈な授業が終わり、帰ろうと碧流と校門を出ると、見覚えのあ
る女が待っていた。
華艶はとりあえず見てないフリをして、通り過ぎようしたのだが、
近づいてきながら声をかけてきた。
﹁待って話があるから﹂
華艶はシカトした。
﹁ねぇ碧流ぅ、今日はどこ遊びにいこうか!﹂
声のトーンがいつもと違う。ギャルっぽい。
﹁待ちなさいって﹂
呼び止められながら服を掴まれてしまった。もう立ち止まるしか
ない。
﹁刑事さんがただの女子高生になんのようですかぁ?﹂
﹁ただのねぇ∼﹂
訝しげな顔をしたケイ。もういろいろと調べはついている。
﹁とある薬の売人のケータイから、あなた、それからあなたも、あ
なたたち2人のケータイアドレスおよび着信記録が出てきたのだけ
れど?﹂
華艶と碧流を順番に見つめた。
ドキッとした顔でたじろぐ碧流とは対照的に、華艶は素知らぬ顔
をしている。
﹁なんのことはよくわかりませ∼ん。てゆか、刑事さん一課のデカ
ですよねぇ、麻薬の調査なんて二課の仕事じゃないんですかぁ∼?﹂
よくわかっている発言だ。
﹁犯罪には変わりないのだから、刑事が取り締まるのは当然でしょ
う? それともうひとつ、ラブホテルの火災の容疑者が捕まってい
なくて、損害賠償も発生していてホテルのオーナーは民事で訴える
気満々みたいだけれど﹂
﹁はぁ? あんなのあたしのせいじゃないじゃん。てゆかさ、刑事
さん気絶してたみたいだけど、助けたのあたしなんだからね!﹂
1040
﹁やはりそうなのね﹂
﹁⋮⋮あ﹂
認めてしまった。
口をあんぐり開けたまま固まる華艶を見てケイは無邪気に笑った。
﹁ウソウソ、立件する気なんてないから。ラブホもこっちで賠償す
るから大丈夫﹂
﹁⋮⋮泥棒のはじまり﹂
︱︱嘘つきは。
完全に信用できない奴って目つきで華艶はケイを細い眼で見た。
﹁で、だったらなんのよーですか?﹂
﹁助けてくれたお礼を言っておこうと思って。ありがとう、モグリ
のトラブルシューターさん﹂
﹁イヤミな言い方に聞こえるんですケド﹂
﹁だってTS嫌いだから。いつもあいつら現場を荒らして、捜査も
混乱させられるし﹂
笑いながら言った。
そのままケイは言葉を続ける。
﹁でも、あなたのことは好きかな。だからお礼ついでに捜査状況を
教えてあげようと思って﹂
ケイはケータイで写真を見せた。
小学生高学年くらいの少女が写っていた。夏に撮った写真だろう
か、川辺でTシャツにホットパンツ姿。そこから覗く腕や足は折れ
てしまいそうなほどか細かった。
﹁だれこれ?﹂
首を傾げながら華艶は尋ねた。
﹁名前は明かせないけれど、内山田が子供だったころの知り合い﹂
次の写真を見せた。
今度はセーラー服を着た少女だ。控えめに見ても、病的なほど太
っている。そして、この顔はまさに彼女だった。
﹁あのデブ女じゃん﹂
1041
﹁同一人物﹂
﹁えっ?﹂
﹁過食症で太ってしまったのですって﹂
﹁マジで、さっきのと?﹂
ここ数秒、華艶は考え込んだ。
なにかが可笑しい。
﹁年齢合わなくない?﹂
内山田が子供のころの知り合いなら、もっと年が上のハズだ。セ
ーラー服の姿と、実際に見たデブ子は年齢が変わっていないように
見える。
﹁十年以上前に事故死した⋮⋮事故死ということになっているけれ
ど⋮⋮﹂
﹁あぁ、事故死で処理されちゃうパターンね。自殺だったんでしょ
?﹂
﹁ええ、おそらくは﹂
﹁原因は?﹂
﹁そこまではまだわかっていないけれど、事故で片付いた事件だか
ら再調査はされないと思う﹂
﹁亡霊か怪物か、なんになったのかわからないけど、死んでもデブ
夫が好きだったわけね。でもさ、なんか聞いた話だとデブ夫はデブ
子のこと好きじゃなかったんでしょう?﹂
ケイは写真を1枚目に戻し、
﹁ここ﹂
と、背景を指差す。
小さいが丸々と写っている。少女を遠くから見つめるデブの少年
の姿。
﹁ふ∼ん﹂
簡単に呟いてから華艶は背を向けた。
何事もなかったように碧流と歩き出す。
﹁改装中だったカフェが今日新装開店だって、行く?﹂
1042
﹁あそこのケーキマジうまいよね!﹂
﹁ケータイクーポンで10パーセント引きだって﹂
﹁行く行く早くレッツゴー!﹂
2人の女子高生の背中を見つめながらケイはつぶやく。
﹁火斑[ほむら]華艶か⋮⋮﹂
あばらの君 完
1043
PDF小説ネット発足にあたって
http://novel18.syosetu.com/n7137e/
華艶乱舞−KAEN RANBU−
2016年7月9日22時16分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
1044
Fly UP