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スイスの国民投票から見えてくるもの

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スイスの国民投票から見えてくるもの
Kobe University Repository : Kernel
Title
スイスの国民投票から見えてくるもの
Author(s)
増本, 浩子
Citation
DA,7:31-39
Issue date
2010
Resource Type
Departmental Bulletin Paper / 紀要論文
Resource Version
publisher
DOI
URL
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81002035
Create Date: 2017-03-30
増本浩子
スイスの国民投票か ら見 えて くるもの *
増 本
浩 子
ミナレットの建投棄止
スイス発 のニ ュー スが メデ ィア を賑 わす こ とはめった にないのだが、
2
00
9年 1
1月 2
9日に行 われ た国民投票 の結果 は、珍 しく 日本 を始 め、
世界各 国の メデ ィアで大 き く報 じられた。 ミナ レッ ト (
イ ス ラム教寺
院の塔)の建設 を禁止す るイ ニ シアテ イ ヴが承認 され たので ある。全
7
.
7%が賛成票 を投 じ、賛成 が過 半数 に達 した カ ン トン
国の投票者 の 5
2と圧倒 的 な多 さだ った。
(
州)の数 も 2
1 投票率 は
5
0%を超 え、ス
イスの国民投票 と しては、高い投票率 となった。発議 したのは、スイ
スの主要 4政党 のひ とつ であ り、連 立与党 の座 を 占め る右派 の スイ ス
SVP)
であ る。 国民党 は外 国人排斥政策 を掲 げ 、2
007年 1
0月
匡l
民党(
の総選挙の際には、外 国人 を表す黒い羊が 白い羊の国スイ スか ら追 い
出され るデザイ ンのポス ター を使 用 したた めに、人種差別 的だ として
外国か らも鋭 い批判 を浴 びた。 しか し、選 挙は国民党 に とって有利 な
結果 に終わ り、議席数 を増や して連 邦議会 内の最 大政党 となったO
アメ リカの 同時多発テ ロ以来、欧米 でのイ スラム教徒へ の反感 は増
す ばか りで、特 にイス ラム系移 民 が急増 す る ヨー ロ ッパ では排 斥 を求
める声が高まって、極右政党 の台頭 も 目立つD しか しなが ら、信教 の
自由や表現 の 自由を制 限す るよ うに見 えるスイスの この決 定に対 して
は さすがに各 国で非難 の声が上が り、た とえばス ウェーデ ンは EU 理
事会議長 国 としての声明 を発表 して、「これ は都 市計 画官 の仕 事 であっ
て、国民投票 で決 めるよ うな ことではない 」 2と厳 しく批判 したO
この小論は、科学研 究費補助金 ・基盤研 究 (
C)「スイ スの多文化主義 とナ シ ョナル ・ア
課題 番 号 ・1
9520281、研 究代表者 :増本浩子)の助成 を受 けて執 筆 さ
イデ ンテ ィテ ィ」 (
れたC
スイ スは 23のカン トンか らな る連 邦国家 であ るが,実際 にはその うちの 3つが 半 カン ト
ンに分かれ てい るので.実質 上は 26のカ ン トンが存在す る とみ な され てい る。 しか し、
5票 しか付与 され ていない ため、
総数 は 23票にな るC
国民投票の際 には半カ ン トンには 0.
2009年 1
1月 3
0 日の De
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eの報道 に よるQ
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0日
49
47076,
00.
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m] (
201
0年 1月 1
5日現在) を参照っ
31
スイ スの国民投票 か ら見えて くるもの
イニシアテイヴとは
中立国 スイ ス とい え どもや は り反 イ ス ラムの動 きがあ るのだ、ある
いは スイ スで外 国人排 斥 ムー ドが高 まってい る、 とい うこと以上に こ
のニ ュー スを理解す るためには、 まず 、そ もそ もスイスにお けるイニ
シアテ イ ヴとは何 か、 とい うこ とを知 る必要があ るO
日本 にお け るスイス学 の第一 人者 であ る森 田安- は、その包括的な
スイ ス論 の 中で、スイ ス とい う国の もつ特徴 として、連邦制 、直接民
主政 、永世武装 中立 を挙 げてい る。
3
スイ ス ・イデオ ロギー とで も名
付 け るべ
l きこの 3つ の原則 を念頭 に置 くと、スイスの さま ざまな現象
が理解 しやす くな るのだが、今 回問題 になったイ ニシアテ イヴは直接
民 主政 の原則 にかかわってい る。す なわち、 この原則 に基づいて、ス
イスの有権者 は憲法や法律 の改正 に関 して、イニ シアテ イヴとレフェ
レンダムのふたっ の権利 を有 してい るのであ る。 イニ シアテ イヴは国
民 に よる発議 、 レフェ レンダムは国民投票 を意味す るが、スイ ス連邦
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d では、次の よ う
外 務省 が管理 ・運営 してい る情報サイ ト S
に説 明 され てい る。
イニ シアテ イ ヴ (
国民発議権): 国民は、連邦 レベル のイニ シア
テ イ ヴに よって、連邦憲法の改正 を提案す ることがで きる。憲法改
8ケ月以 内に集 め られ た 10万人 の有効な署名 によってイニ シ
正は 1
989年 には
アテ イヴが可能 とな り、国民投票 に よって審議 され る。1
「
軍 隊の廃止」 を要求す るイニ シアテ イヴが、国民投票 に よ り否決
され たD過去 、ほ とん どのイニ シアテ イ ヴが否決 され てい るO
レフェ レンダム (
国民投票権): 連邦議会 が議決 した法案 の採決
に関 しては 、1
00 日以 内に集 め られた 5万人の有効署名 に よって任
意 の レフェ レンダム (
任意的国民投票 に よる法案 の審議)が成 立 し、
この法案 について国民投票 が行 われ る。
連 邦議会 が決議 したすべての憲法改正 と国際機 関-の加盟 は、強
制 の レフェ レンダム (
義務 的 に国民投票 で法案 の審議 をす る)に よ
り、国民 に承認 され なけれ ばな らないO
3
森 田安 - 『スイ スー歴 史 か ら現 代-』 (
三補版 )刀 水 書房 、 1
99
4年 を参照0
32
増本浩子
イニシアテ イ ヴお よび強制の レフェ レンダムの際、議案が信任 さ
れ るためには、投票者 の過半数お よび州 の過半数 の賛成 を必要 とす
る。
4
つま り今回の国民投票 は、 ミナ レッ ト建設禁止の条項 を連邦憲法に
盛 り込む ことの是非 を問 うものだったのであ る。(
連邦憲法の、とわ ざ
わ ざ断 るのは、徹底 した地方主義 を とるスイスでは州 の 自立性 が きわ
めて高 く、州がそれぞれ独 自の憲法 を持 ってい るか らである。 この徹
底 した地方 主義 が 、3 つのスイス ・イデオ ロギーの うちの連邦制の原
則である。意法改正 には投票者 の過 半数 のみな らず州の過 半数 も必要
とす る、いわゆるダブル ・マ ジ ョリテ ィー も地方主義 の表れ である。)
日本人の常識 か ら考 える と、「ミナ レッ トの建設 を禁止す る」とい う条
項 を付 け加 えるのが一国の憲法だ とい う点 に違和感 を覚 えるのではな
いだろ うか。 この よ うな条項 は各地方 自治体の条例 な らい ざ知 らず、
憲法 とい うレベル にはふ さわ しくない よ うに感 じられ るのである。 し
か し、スイスの連邦憲法 に細い規定が多い ことは、スイ ス ・ウオ ッチ
ャーには よく知 られた事実で、憲法 には付加価値税 の税率 まで書いて
ある。
5
スイス人に とっては、 自分たちが国民投票によってひ とつひ
とつ決 めていった細かい規定の記載 されてい るもの こそが、憲法 なの
だ。つま り、ミナ レッ ト建設禁止のイニシアテ イヴ可決 のニュースは、
過半数のスイス人が現在 イス ラム教徒 に どの よ うな感情 を抱いてい る
か とい うことの他 に、スイスにお ける憲法改正の方法 と、スイ ス人 に
とって憲法 とは どの よ うなものか とい うことまで も、ある程度伝 えて
くれ るものなのである。
国連とEUへの加盟を問う国民投票
スイスでは国民投票は年 に数回 と、かな りの頻度で行 われ るため、
その争点や結果がいつ も国際的な注 目を集 めるわ けではないが、世界
のメデ ィアが これ まで注 目してきた、あ るいは今 で も注 目している案
件が 3つ ある。ひ とつ は国連加盟の是非 を問 うもので、 これ は長年の
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201
0年 1月 1
5日現在)
を参照。現行憲法が発布 され た 1
8
7
4年 以来、今 回の承認 は 1
7番 目で ある。
5第 1
30条。現在 の税率 は 2004年 11月 の国民投票 で決 まった0
4
33
スイスの国民投票か ら見えて くるもの
議論の未 、2002年 3月の国民投票で加盟す るこ とが決 まって、 よ う
や く決着 を見た。
6
これ はスイ ス ・イデオ ロギー の うちの永世武装 中
立の原則 に関係 す る案件 で (
重点は もちろん永世 中立の方 にある)、ス
イスは国連 の加盟国 として も中立であ り続 ける政策 を とってい る。 国
是である中立は単 にスイスを戦争 か ら守 るだけでな く、スイ スの各言
語圏 (
周知 の通 り、スイスには 4つの国語が存在す る)が他 国 と自由
に同盟 関係 を結ぶ ことを禁 じるこ とによって、国家が各言語圏 ごとに
分裂 して しま うのを防 ぐことに も役 立 ってい るか らである。
2つ 目は、国連加盟 の延長線上にある EU 加盟の問題 である。連邦
政府 は基本的に加盟 を 目指 してい るのであるが、世論はまった く別の
立場 を取 ってお り、2001年 3月の国民投票 では大多数 (
76.
7%)の国
民が反対票 を投 じ、賛成票が過 半数 に達 した州はひ とつ もなかったO
その理 由 として 、EU -の加盟がスイ スに必ず しも経済的な利益 をも
た らさない ことと、EU の とる民主制度 がスイス人の 目か ら見れ ば不
十分であることが挙げ られ るだろ う。EU の規定に従 えば、国民発議
や国民投票 のシステム も大幅 な見直 しが必要 とな る。1
291年の建 国以
来、長い伝統 を持つ直接民主政 をスイス人はおいそれ と捨 てるわけに
はいかないのだ。EU 加盟 を求 めるイニシアテ イヴは これか らも何度
も提 出 され るだろ うが、可決 され るまでにはまだ長い時間がかか りそ
うである。
雷陳の廃止を伺うE
g民投票
3 つ 目は先 に引用 した連邦外務省 の文章 にも出てきた、軍隊の廃止
に関わるものであるOこれ も永世武装 中立の原則 に関係 した案件 だが、
こち らの重点は武装 の方にある。現行 の連邦憲法では 「
すべてのスイ
ス人男性 は兵役 につ くことを義務付 け られ る」(
第5
9条)と定め られ、
男性 は 20歳 になった ら初年兵学校-行 かなけれ ばな らない。その後
も兵役義務年限 を迎 えるまで、定期 的に再訓練 を受 けることになって
い る。職業軍人の数 はきわめて少な く、一般市民が軍人 を兼ね る とい
6
1
986年 の国民投票では、投票者 の 75% とすべ ての州 が国連加 盟に反 対 した。それ に対 し、
2
0
02年の国民投票 の結果は、投票者 の賛成 5
4.
6
%、反対 45.
4%で、賛成 した州 は 1
2、反
対 した州 は 1
1と僅差 だったoスイ スは国連 の加盟国 と して も中立 であ り続 ける政策 を と
ってい る。
34
増本浩子
う民兵制 を取ってい るので、銃や軍服その他 の装備 は各家庭 で保管 さ
れてい る。女性 の兵役 は志願制だが、非常時に備 えて食料 ・日用 品の
備蓄や地下避難所 の建設 な ど、民間防衛 (
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に関す る
義務がある。
スイスの国防-の力 の入れ方は相 当な もので、米 ソの冷戦 中は国家
予算の 3分の 1が国防費 として使 われ 、スイスの人 口のお よそ 1割 に
0万人が軍 に従事 していた。 当時の兵役義務年限は兵卒 ・
相 当す る 7
下士官の場合 は 5
0歳 、将校 は 55歳 だった。1
989年 1
1月 2
6日、ベ
ル リンの壁崩壊 直後 に行 われた国民投票 で、軍隊廃止 を求めるイニシ
アテ イヴの可否が問われ た。発議 したのは平和運動 を展開す る市民団
体 「
軍隊なきスイ スのための グループ(
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」で、このイニシアテ イヴは否決 されは した ものの、賛成票が
Ar
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)
3
5.
6%もあった ことにスイスの政治家 たちは大 きなシ ョックを受 け、7
以 後 、 軍 の 改 革 が 進 め られ る こ とに な っ た 。 ま ず 「軍 隊 '
95
(
Ar
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95
)
」 と呼ばれ る改革 では、兵役義務年 限は 4
2歳 に引 き下げ
られ、兵士の数 も 4
0万人まで削減 され た。2004年か ら始 まった 「
軍
Ar
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m XXI
)」(
21世紀 の国防軍指針)では、兵役
改革 ⅩⅩⅠ(
0歳 とな り、軍の規模 も 2
4万人に
義務年限は さらに引き下げ られ て 3
縮小 され ることになったO さらにこれ らの改革の一環 として、 ドイツ
Zi
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)も、1
99
6年 か らよ う
では もうす でにおな じみの代替役務 (
や く認 め られ るよ うになった。
「
軍隊なきスイスのためのグループ」 は 2
001年 に再び軍の廃止 を
2 月 2 日に国民投 票 が行 われ たが、 この ときの投票 率 は
発議 し、1
37.
93% しかな く、国民の賛成 は 26%、賛成 した州 はゼ ロとい う結果
2年前 よ りも下が った理 由 としては、
に終わった。軍廃止の支持率が 1
連邦政府 の軍改革が評価 され てい るこ とと、国民の保守回帰があ ると
言われてい る。 しか し、再び世界戦争 が起 きる可能性 が低 くなった冷
戦終結後 においてす ら、イニシアテ イヴが 2 度 も否決 され た ことは、
スイス人 に とって軍隊がいかに重要な存在 であるかをよ く示 してい る0
この ときの投 票率 は 6
8.
6% とい う例外的 な高 さだ ったO先 に触れ た 2
00
2年 の国連加 盟 の
8
.
8
8%の投票率だ った こ とを考 え る と、この ときのイ
是非 を問 う国民投票の ときで さえ 5
ニシアテ イヴに対 してスイ ス国民が どれ だ け高い関心を寄せ たかが よくわか るD
3
5
スイスの国民投票か ら見 えて くるもの
スイス軍 とナショナル ・
アイデンティティ
徹底 した地方分権 によって各州 がほぼ独 立国家 として機能 してい る
ため、スイ ス人は、スイス国内で普通 に生活 してい る場合 、 自分 のア
イデ ンテ ィテ ィをスイス (
す なわち連 邦 レベル) に求 めるこ とは稀で
あ る。彼 らのアイデ ンテ ィテ ィはスイ ス人 ではな く、チ ュー リヒ人や
ベル ン人 、あ るいは ジュネ- ヴ人 なのであ る。連邦大統領 が誰 なのか
さえ、 よく知 らない スイス人 は多 い。
8
そ の よ うなスイ ス人 に、スイ
ス人 としてのアイデ ンテ ィテ ィを持 たせ るの に大 きな役割 を果た して
い るのが軍隊なのである。 国防は州 ではな く、連邦の管轄 だか らであ
る。 スイ スの作家ベー ター ・ピクセ ル(
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,1
935年生 まれ)
は、スイ ス人のアイデ ンテ ィテ ィ と軍隊 との関係 について、次 の よ う
に述べ てい る。
スイス人 は全体 として見 る と、 ヨー ロッパ人が全体 として持 って
い るほ どに しか共通点 を持 たない。
私 がスイ ス とい うものを考 える とき、まず思い浮かべ るのはジュ
ラ山脈 の南側 の麓 にある ドイ ツ語 圏の ゾ ロ トウル ン州 であるOベル
ン州 の一部 とアール ガ ウ州 の一部 も地理 的 に近いた め、私 にはな じ
み深 い。
バーゼルや チ ュー リヒやル ツェル ンに行 くと、人 々が しゃべ って
い ることはまだ理解 で きる し、言葉以外 に もまだた くさんの共通点
を確認す る ことがで きる。 同 じ通貨が使 え るか ら外 国 にい る とは感
じないが、 自分が本来属 してい る土地か ら離れ て しまった とい うこ
とは実感 す る。
フランス語圏や テ ィチ- ノ州 まで行 くと、私は も うず っ と遠 くま
で来て しまった と感 じる。私 はイ タ リア語が話せ ない し、 フランス
語 も得意 ではないか らだ。 とは言 え、 ここで も同 じ通貨 が使 われ、
物価 も似通 ってお り、規則 も似 てい る。 そ して、兵 隊の制服 もまっ
これ には、大統領 が輪番制であ る とい う政治システ ムに も原 因があ る。 つま り、主要 4
政 党か ら議席数 に応 じて選 ばれた 7人 の閣僚 の うちの 1名 が 1年 交代で大統領 に任命 さ
れ るので ある。大統領 は国家 元首 とは考 え られず 、権 限は閣議の議 長役 に留 まってい るo
スイ スではそ もそ も議員 を務 め るこ とはボ ランテ ィア活 動 の よ うな もので、民兵 にな る
の と同 じく、公共の役務 に服 してい るだ けの ことなので あ る。連 邦議員 としての手 当て
は年間 3万 フラン程度 (
約2
6
0万円)なので、み な別 の職 業 を持 って生計 を立ててい る0
36
増本浩子
た く同 じだ。
9
軍隊がナシ ョナル ・アイデ ンテ ィテ ィに関わ るものである以上、「
軍隊
なきスイス」は一種 の形容矛盾 で しかな く、多 くのスイス人 に とって
は、軍隊のないスイスはスイスではないのである。
建国の英捷ヴィルヘルム・
テル
徹底 した地方主義や直接民主政、民兵制 な ど、スイスをスイ スた ら
しめているものの大部分 は、その起源 を建 国の精神 に求めることがで
きる。スイスの建国は 1
291年 8月 1日、それぞれ主権 を持 った 3つ
の原初カン トンの住民が、 この地方で支配力 を強めて きたハブスブル
ク家に対抗 し、 自分たちの 自由 と自治を守 るため、 リュ トリの丘に集
まって相互扶助の同盟 を結び、盟約者団 (
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)を結成 し
た こ とに さか の ぼ る。 現 在 の スイ ス の 正 式 名 称 は ドイ ツ語 で は
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tであ り、中世以来の歴史がそのま
ま生か されてい ることが よくわか る。 スイス建国の英雄 として有名 な
のが、シラーの戯 曲にもなってい るヴィル-ル ム ・テル である。今 日
ではテルは単なる伝説上の人物だ とい うのが定説 になってい るが、テ
ルが実在 しなかったか らと言 って、 リュ トリの誓いの価値 が下が るわ
けでもな く、大方のスイス人 に とってテルは建国の精神 を象徴す る存
在であ り続 けてい る。
注 目したいのは、テル が農民で弓の名人だった とされてい る点であ
る。スイス らしく、騎士ではな く農民の英雄テル が、弓 とい う武器 を
携 えて、息子の頭 にのせ た りんごを射抜 き、 さらにハブスブル クの悪
代官 を射殺 して、スイスを独立- と導 く。テルはいわば民兵 なのであ
る。 その民兵が 日常的に武器 を携 帯 してい る。現代のスイスで も銃そ
の他の装備 を家庭で保管 していることはすでに述べたが、近年 これ ら
の武器 を使用 した 自殺や殺人事件 が増加 し、社会問題 となってい る。
武器 を家庭 に置 くべ きではない とい う議論 に対 して、猛反対 してい る
のが 「
プ ロ ・テル協会(
pr
oTELL)
」である。武器保有 を支持す る団体
にテルの名称が使 われてい る理 由は、 もはや説明す るまで もないだろ
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997,S.
2
4・
37
スイスの国民投票か ら見えて くるもの
う。
中立政策 と並んで、多言語 ・多文化 の国 スイ スを分裂 か ら守 り、ナ
シ ョナル ・アイデ ンテ ィテ ィを形成す る制度 として機 能 してい る軍隊
が、建 国の伝 説 と結びついたのが ヴィル-ル ム ・テル であ る と理解す
るな ら、 ヴィル- ル ム ・テル の脱神 話化 を図 った 『学校 のための ヴィ
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1
971
)を書 き、1989
ル- ル ム ・テル 』 WL
年 の軍廃 止 の是非 を問 う国民投票 の ときに、廃止 に賛成す る立場か ら
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e?とい う作品 を発表 した
『軍隊のないスイ ス ?』Sc
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h,19111991
)
が、外 国では高い評価
マ ックス ・フ リッシ ュ(
を得 なが ら、スイ ス本 国では非国民扱 い され ていたの も うなず ける。
スイスの雷需産業
さて 、2009年 1
1月 29 日の国民投票 に話 を戻 そ う。 ミナ レッ トの
建設禁止 とい うニュー スのイ ンパ ク トが あま りに も強す ぎて、その影
に隠れ て しまってい るが、 この ときの国民投票 には も うひ とつ案件が
あって、それ は兵器輸 出の全 面的 な禁止 を求 め るものであった。兵器
約 637億 円) と、過去
の輸 出額 は 2008年 で約 7億 2200万 フラン (
最高額 に達 してい るO スイ スでは戦地お よび紛争地 に武器 を輸出す る
こ とは禁 じられ てい るが、それ に もかかわ らず様 々な紛争地域 でスイ
スの武器 が使 われ てい ることが発覚 してお り、それ は永世 中立 と人権
尊重 の国 スイス にはふ さわ しくない、 とい うのが発議 した 「
軍隊なき
スイ スのた めの グル ープ」 の言い分 であ る。兵器輸 出の禁止 を求 める
997年 に続いて 2
イニ シアテ イヴの可否 が国民投票 で問われ るのは 1
回 目だ ったが、前回 と同様 、今 回 も否決 され た。68.
2% とい う圧倒的
多数 の投票者 が否 定的 に反応 したのは、何 よ りもまず スイ スの経済お
よび雇用 市場- の影響 を考 えての ことだった。 しか し、それだけでは
な く、兵器 の製造 は国家 の安全 のた めに必 要であ り、軍需産業 の縮小
を招 く今 回の よ うな発議 が可決 されれ ば、それ が将来的 には軍隊廃止
につ なが る とい う主張 も聞かれ た。 10スイス軍 と軍需産業、どち らも
1
0兵器 の輸 出禁止の是非 を問 う国民投票 に関 しては 、2
009年 11月 23日と 2009年 11月
29日の s
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nf
o の以 下の記事 を参照。
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d-77
9811
6(
201
0年 1月 1
5日現在)
38
増本浩子
ど うして も手放せ ない スイ スは、や は りつ くづ くヴィルヘル ム ・テル
の国なのであ る。
39
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