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簡易ゲル電気泳動装置の開発と

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簡易ゲル電気泳動装置の開発と
簡易ゲル電気泳動装置の開発とカゼイン蛋白を用いた実験の教材化
萬木
貢
北海道旭川東高等学校
〔要約〕 電気泳動はタンパク質の分子量測定やDNAの塩基配列の分析等によく用いられている手法で
ある。装置は簡単な構造であり、分析原理も比較的わかりやすく、生徒実験への導入が可能と考えられる。
これまでの泳動装置は一般にタンパク質用とDNA用、それぞれ別々の装置であった。ここでは両方の泳
動が可能なゲル簡易電気泳動装置の開発と、この装置を用いたカゼイン蛋白の分子量測定をはじめ、生物
物理化学に関する幾つかの実験例を報告する。
〔キーワード〕SDSポリアクリルアミド電気泳動、アガロース電気泳動、タンパク質、DNA
1
はじめに
化学Ⅱの高等学校学習指導要領には「生活と物質」
合理的な配置の仕方は、おそらく垂直型の平板ゲル
システム 4) であろう。アガロースの場合には、ゲル
の内容を取り扱うことになっている。身の回りの物
がガラスにくっつかずに滑り落ちやすいために、水
質を通して科学的な見方ができるように指導するこ
平型の平板ゲルシステムとなる。核酸のアガロース
とは重要である。よって日常生活に関連の深い食品
ゲル電気泳動装置は水平型電気泳動装置に緩衝溶液
として牛乳
1)2)
・脱脂乳を選んでみた。牛乳中のカ
ルシウム含量を求めるなど食品分析化学面からの教
3)
を満たし、その中にアガロースゲルを沈めて電気泳
動を行う方法が一般的になっている。
があるが、生物物理化学面
今回、開発したゲル電気泳動装置は、垂直型の平
からのそれは殆どない。そこで幾つかの実験項目(1)
板ゲルシステム(タンパク質泳動)と水平型の平板
牛乳の顕微鏡観察とカゼインミセルの直径測定、2)
ゲルシステム(DNA 泳動)の両方が可能である。開
脱脂乳の電気伝導率測定からカゼインミセル形成の
発したゲル電気泳動装置を図1に示す。
材化は既に幾つか報告
確認、3)脱脂乳の等電点測定と脱脂乳の両性電解
質(分子内に正電荷の基と負電荷の基の両方をもつ)
の確認実験)を設定し高校向けの教材化を試みた。
次いで脱脂乳の主成分であるカゼイン蛋白を抽出し、
SDS-ゲル電気泳動(PAGE)によりその分子量
測定実験の教材化を行った。
2
簡易ゲル電気泳動装置の開発
電気泳動とは、溶液中で電位差により高分子やコ
ロイド粒子が移動する現象をいい、移動度は分子の
表面電荷、形、大きさ(分子量)に依存する。ゲル
図 1. 開発した簡易ゲル電気泳動装置
電気泳動法は、ゲル(アガロースまたはポリアクリ
ルアミド)中を自由に移動できる溶質分子と、ゲル
の制約をうけながら拡散し、だんだんと遅れる分子
間の移動度の差を利用している。高分子量の領域で
3 実
1) 牛乳の顕微鏡観察
験
はアガロースが有効であり、分離しうる分子量の上
牛乳を水で 2 倍に薄め、その1滴をスライドガラ
限はポリアクリルアミドゲルよりも高い。ゲル電気
スにとり、顕微鏡で 600 倍に拡大して観察した。対
泳動法はある混合物中の分子種を同定したり、特徴
物ミクロメーターの目盛りから接眼ミクロメーター
を調べたり、それらの分子量の相対濃度比を決めた
1目盛りの値を決め、カゼインミセルの大きさを求
りするなどいろいろに用いられている。試料をゲル
めた。
の溝(スロット)に添加しやすい平板ゲルがよく好
2)カゼインの物性測定
まれており、ポリアクリルアミド電気泳動法の最も
a) 脱脂乳の電気伝導率測定
表1 SDS-PAGE でのゲル溶液の調製
下層ゲル
上層ゲル
アクリル
アミド
濃度
10.0%
3.0
蒸留水
1.98ml
2.0
0.5MTris−
1.5M グリシン
(pH8.9)
1.25ml
−
0.5MTris
−HCl
(pH6.8)
−
0.6ml
10%
SDS
30% ア ク リ
ルアミド
50μl
24
1.67ml
0.32
10%
APS
TEMED
55μl
17
10μl
4
a) カゼインの調製
脱脂乳のミセル形成を確認するため、電気伝導率
脱脂乳 2.5gを蒸留水に分散させ全容を 50mlと
測定を以下のように行った。4∼50mgの脱脂乳を秤
し、3,000rpm 程度で 20 分間遠心分離し、脱脂乳を
量しビーカーにとり、蒸留水 100ml に分散させた。
浮上固化させた。乳脂肪の混入を避けつつ脱脂乳を
ホットスターラを用いて 60℃で 15 分間加熱攪拌後,
す く い と っ た 。 続 い て 20 ℃ の 水 浴 内 で 脱 脂 乳 に
室温(23℃)に放冷し、電気伝導率を測定した。測
1mol/l HCl を滴下して pH を 4.6 まで下げカゼイン
定には東亜電波社製の CM-30S 型電気伝導度計を使
を沈降させた。遠心分離後、カゼインに対し pH=7
用した。
になるまで 1mol/l の NaOH 溶液を徐々に加えて溶
b) 溶解度の測定
解させた。溶解して得られたタンパク試料 0.5ml に
5W/V%脱脂乳液(100ml)から 50ml ビーカーに
とり、1mol/l 程度の塩酸を滴下することにより pH
を種々変化させた。沈殿を観察した後、濾別乾燥さ
せた沈殿物を秤量し pH と溶解度との関係を求めた。
c) 脱脂乳の両性電解質確認実験
水 0.5ml、ビウレット試薬 4.0ml を加え室温で 30 分
放置後、波長 540nm での吸光度を測定した。
b) SDS-PAGE3,5)
平板ゲル用のガラス板 2 枚の間にシリコン製パッ
キンを挟み込み、両脇をクリップで止め4つ折りに
脱脂乳が両性電解質であることを確認するため以
した新聞紙上に垂直に立てた。表1に示す割合で調
下のような実験を行った。図2のように、ガラス板
製したゲル溶液をガラス板の間に流し込み、4 本(試
(10cm×10cm)上に硝酸ナトリウム水溶液を浸し
料の数)の穴をもったサンプルコームを挿入した。
た濾紙をのせ、平行に向き合わせた二つのクリップ
アクリルアミドは重合するのに室温下で 10∼20 分
で濾紙の両端をガラス板とともに固定した。ビーカ
を要した。その合間に泳動用緩衝液と電気泳動用試
ー内で 0.5g の脱脂乳を 10ml の蒸留水 に溶かし
料溶液を調製した(表2、3)。電極槽の下部に約
(pH6.4)、たこ糸を浸した後、ピンセットでたこ糸
100ml の泳動用緩衝液を注ぎ、ゲルを保存したガラ
を取り出し濾紙の中央を横切り両端のクリップに平
ス板を本体に固定した。この際、ゲルの下部に気泡
行な直径上にのせた。
が入らないよう注意した。
表2 泳動用緩衝液
ガラス板
たこ糸
濾紙
クリップ
1.5Mグリシン-0.5MTris 緩衝液(pH 8.9) 20ml
10% SDS
2ml
蒸留水
178ml
全
容
200ml
表3 電気泳動用試料溶液
図2
簡易電気泳動装置
クリップに 100V 直流電圧をかけ泳動開始 5 分後
にニンヒドリン溶液をろ紙上に滴下しホットプレー
試料濃度/(mg/ml)
試料体積/ml
2-メルカプトエタノ
ール/ml
10% SDS/ml
蒸留水/ml
全容量/ml
脱脂乳
10.83
0.09
0.01
0.1
0.8
1.0
カゼイン
17.0
0.06
0.01
0.1
0.83
1.0
上清
2.0
0.5
0.01
0.1
0.39
1.0
トで過熱した。次に、pH1に下げ同様に泳動実験を
行った。
3)カゼインの分子量測定
電極槽上部にも泳動緩衝液を十分加え、マイクロ
シリンジでタンパク質試料を 10μl、サンプルコーム
分間流し、マーカーのブロモフェノールブルー
(BPB)の色が下部まで泳動されたら電流を切った。
電極槽からガラス板をはずし、ガラス板からゲルを
取出してバットの中に入れ、染色液(0.125%クーマシ
ーブリルアントブルー(CBB)溶液)を加えて8の字シ
ェーカーなどで 15∼30 分間インキュベートした。次
電気伝導率κ/μScm−1
で作った穴に静かに注入した。20mA の電流を約 70
35
30
25
20
15
10
5
0
0
0.1
0.2
に脱染色液に浸し再び8の字シェーカーにのせた。
0.3
0.4
0.5
-1
カゼイン量/g l
1∼2時間ごと脱染色液を変えることを3∼4回行
うと蛋白バンドのみが染色されて残る。これを適当
図4
脱脂乳水溶液の電気伝導率
に切り濾紙上にのせ乾燥させた(筆者は 70℃にて1
時間減圧するゲル乾燥器を使用した)。アクリルアミ
50.0
するはずのゲルの取り扱いにも充分注意した。
40.0
図3に示すように、顕微鏡で牛乳を見ると、視野
溶解度/mgml
4 結果と考察
1) 牛乳の顕微鏡観察
-1
ド単量体は神経毒であるから、未重合単量体が残存
30.0
2
20.0
y = 2.38 x - 21.21 x + 77.61
2
R = 0.95
10.0
0.0
いっぱいに粒状の小球が観察された。この小球はカ
2.0 2.5
ルシウムイオンと結合したカゼインがさらに会合し
3.0 3.5 4.0 4.5
pH
5.0 5.5 6.0
たカゼインミセル 1,2)と呼ばれる一種のコロイドで
ある。小球の平均直径は約 0.2μm であり文献値 2)
図5 脱脂乳の溶解度に及ぼすpH の影響
(0.15μm)と良く一致した。
(−)陰極側
(+)陽極側
pH6.4 での脱脂
乳の泳動後の位置
図3
牛乳の顕微鏡観察(600 倍)
濾紙の中央(原点)
pH1 での脱脂乳の
2) 脱脂乳の物性測定
電気泳動後の位置
a) 脱脂乳の電気伝導率測定
図6
脱脂乳の簡易電気泳動図
タンパク質は電解質であるから、濃度増加に伴い
電気伝導率が上昇する。脱脂乳(カゼインが主成分)
c) 簡易電気泳動による両性電解質を示す実験
の電気伝導率をその濃度に対してプロットすると図
結果を図6に示す。pH6.4 での脱脂乳は陽極側へ
4が得られた。これはカゼイン混合物が、0.18g/l 付
15mm、また pH1 では陰極側へ 35mm それぞれ移動
近の濃度で脱脂乳の溶存状態に大きな変化、即ちカ
した。この結果は脱脂乳のカゼインが pH6.4 で負に、
ゼイン蛋白のミセルが形成されたことを示している。
pH1 では正に荷電する両性電解質であることを示し
b) 溶解度の測定
ている。
測定結果を図5に示す。脱脂乳の溶解度は pH に
依存しており、弱酸性領域にその最小値がみられた。
3) カゼインの分子量測定
陰イオン界面活性剤である SDS はタンパク質と
測定結果から最小値を与える pH は 4.6 と求められ
結合して不溶性タンパク質を可溶化したりすること
た。
が知られている。SDS が結合したタンパク質はほぼ
6 )。このよう
均一の負電荷を帯びた複合体をつくる
測定値とは良好な一致を示している。
なタンパク質‐SDS 複合体はタンパク質固有の電荷
が、多量に結合した SDS の負電荷でマスクされて一
定の電荷密度をもつ
7)。
ミオシン重鎖
表4
牛乳カゼインの種類とその分子量
タンパク質名
α−カゼイン
β−カゼイン
κ−カゼイン
γ−カゼイン
測定値
3.3 万
2.9 万
1.8 万
1.4 万
5
アクチン
α
トロポミオシン
文献値
3.3 万 8)
2.4 万 1)、 2)、8)
1.9 万 1)、 2)、8)
1.2 万 2)
おわりに
カゼインは牛乳や動物細胞などに含まれている身
近なタンパク質である。本研究は、脱脂乳の主成分
であるカゼインの化学的性質、即ち弱酸で沈殿しヨ
β
ーグルトの固化状態を説明できること、電気泳動に
κ
ミオシン軽鎖1
よるカゼインの分画でヒトの母乳に含まれないα S1-
ミオシン軽鎖2
カゼインが牛乳アレルギーの原因物質の可能性とな
る等、生徒の興味・関心を引く内容であった。この
γ
1
図7
2
3
脱脂乳は日常生活の中にある食品を化学的に理解す
4
脱脂乳とカゼインの SDS-PAGE(10%ポリア
る上で、科学的な思考力や判断力の育成に寄与する
教材と考えられる。
クリルアミドゲル)
謝辞
脱脂乳とカゼインを SDS-PAGE にかけた結果を
今回、開発したゲル電気泳動装置は、科学技術振
図 7 に示す。図 7 の列1は脱脂乳、列2はカゼイン
興機構(JST)の助成のもと、田中直子氏(日本宇宙
で列3は脱脂乳の上清(pH4.7)、列4は分子量測定
少年団)の仲介で、福田秀行氏(日本エイドー(株))
のために用いた標準試料、即ちホタテ貝柱の横紋筋
と共同開発したものである。また、SDS-PAGE は北海
から調製した天然アクトミオシン(分子量 22 万のミ
道教育大学旭川校の矢沢洋一教授の指導を頂いた。
オシン重鎖、分子量 4.2 万のアクチン、分子量 3.4
この場を借りて関係諸氏・団体に感謝いたします。
万のトロポミオシン、分子量 1.8 万のミオシン軽鎖
参考文献
1そして分子量 1.6 万のミオシン軽鎖2から構成さ
1) 足立達、伊藤敞敏,乳とその加工,建帛社(1987).
れる)の泳動像である。
2) 上野川修一編集,乳の科学,朝倉書店(1996).
分子量の対数
3) 矢沢洋一他編著,基礎生化学実験,三共出版(1992).
4) Gluld・Matthews 著,竹村、西川訳,核酸の分離分析
5.5
法,東京化学同人.
5
5) 日本生化学会編:新生化学実験講座Ⅰ,東京化学同人,
4.5
(1990).
4
100
300
500
相対移動度(セル番号)
6)R.Pitt-Rivers, F.S.Ambesi Impiombato,Biochem.J.
, 109,825(1968).
7) 渡辺格他編,生物物理化学実験入門Ⅰ,75,培風館(昭
図8 相対移動距離(セル番号)と分子量の関係
和 54 年).
8) 大木道則他編,化学大事典,東京化学同人(1989).
ゲル上端からのバンドの相対位置(セル番号)と
既知分子量(対数)との関係を図8に示す。図中の
点線は最小二乗直線を示す。脱脂乳の SDS-PAGE か
ら図8を用いて分子量を求めた。表4は求めた分子
量とこれに対応するタンパク質名を示す。文献値と
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