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第80号 - 上田高等学校関東同窓会

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第80号 - 上田高等学校関東同窓会
第 80 号 =発行=
田中 稔(
期)
ともに盛り上げましょう
回総会実行委員長
年東京大学博士(理学)取得。
関東同窓会のホームページ http://www.h5.dion.ne.jp/~uedakant/
ふれあいの場としての総会を
第
関 東 同 窓 会 第 回 総 会 が 月 日( 土 )、 千 代
田区一ツ橋の如水会館で開催されます。今年は海
洋 研 究 開 発 機 構 チ ー ム リ ー ダ ー の 宮 澤 泰 正 氏(
期)と仲間たちによる
期)の講演と、懇親会のアトラクションとして打
楽器奏者の窪田健志氏(
マリンバ演奏を企画しました。
宮澤氏は「研究の最前線についてご紹介し、私
たちの生活と海洋の思わぬつながりについて考え
る機会にしていただければ」と話しています。「く
ぼった打楽器四重奏団」を率いる窪田氏は「アフ
リ カ ン・ ブ ル ー ス 」「 星 に 願 い を 」 な ど の 演 奏 を
予定しています。
若い同窓生の講演と演奏を楽しみながら、年に
一度の同窓生の集まりの場を心豊かな触れ合いの
場として、また新たな出会いの場として皆さまと
一緒に盛り上げていきましょう。
年 京 都 大 学 工 学 部 数 理 工 学 科 卒、 年 同 学
宮澤氏の略歴 部数理工学専攻修士課程修了後、三菱総合研究所入社。 年海洋
研究開発機構入所、
レ演技指導のほか、のだめオーケストラの全公演にティンパニス
窪田氏の略歴 東京芸術大学大学院修了。のだめカンタービ
トとして参加。ソロからオーケストラ、邦楽の打楽器奏者として
も活動中。現在、名古屋フィルハーモニー交響楽団契約団員。
会 場 で は、 会 員 の 作 品 展 示、 頒 布 も 実 施 し ま す。
写真、詩歌、随筆、紀行文、評論文、その他の書籍、
手工芸品などの出品、ボランティア活動などの人材
募集のPR、母校の思い出、班活動、同窓会・同期会・
母校創立 110 周年、それに関東同窓会
105 期以降は 2,000 円
3
同級会活動の記録などの出品をお待ちしています。
【申込み・問い合わせ先】
神保町駅下車 徒歩3分
多数の皆さまのご参加をお待ちしてい
◉地下鉄東西線竹橋駅下車 徒歩4分
ます。
地下鉄竹橋駅
楽しめて 6,000 円。上田高校 OB として
電話 03-3261-1101
は見逃せません。
【会費】6,000 円(特別価格)
報第 80 号を記念して、例年より 2,000 円
安い特別価格としました。
首都高速 【交通】
◉地下鉄三田線・新宿線・半蔵門線の
丸紅
毎日新聞
千代田区一ツ橋 2-1-1
如水会館
的な講演、さらに懐かしい友との会食が
【会場】如水会館
ちょっとおしゃれなマリンバ演奏と知
講演会・総会・演奏会・懇親会 母校創立 110 周年記念特別価格
13:30 〜 17:30
小学館
12:45 受付開始 84
7
63
04 92
参加費は 6,000 円!
【日時】2010 年7月3日(土)
地下鉄 神保町駅
99
E-mail : [email protected]
5 月 28 日
(金曜日)
49
90
05
63
奥の深い海の話
楽しいマリンバ演奏
発行人 / 会 長 白井 透(60 期)
編集人 / 編集長 真山隆夫(62 期)
事務局 / 幹事長 栗山正雄(62 期)
( 平成 22 年 )
49
川村恭司( 期) 電話 0 3 - 3 9 7 5 - 8 880
Eメール [email protected]
学士会館
共立講堂
宮澤泰正氏(84 期)
窪田健志氏(99 期)
題字は故稲垣征夫氏 (14 期 )
上田高等学校関東同窓会報
上田高等学校関東同窓会
2010 年
第49 回総会 (7 月 3 日 )迫る 見逃せない2大イベント!
スタートしたばかりの裁判員制度
に つ い て 講 演。 制 度 導 入 の 経 緯、
裁判員選任の手続き、選ばれたら
何をするのか、どんな場合に辞退
できるのか︱などについて、分か
りやすく説明した。
(
期 が
) 上田千本桜植樹記念で作詞
作曲した「おお上田城」を独唱し
懇親会では櫻井功輝さん
本 格 的 な 新 年 会 は こ れ が 2 回 目。
たほか、現役世代の参加者が次々
関東同窓会の新年会が1月
日、千代田区一ツ橋の一ツ橋ホー
今回は社会人になったばかりの
に壇上に上がってあいさつ。最後
人 が 参 加 し た。
102期の女性3人をはじめ、若
がったところで、
お開きとなった。
に恒例の校歌斉唱で気分が盛り上
青」の会員が交流を深めた。
い人の参加者が目立ち、
「老・壮・
53
102 期の女性3人
ル で 開 か れ、 約
62
懇親会に先立って元東京弁護士
会 会 長 の 岩 井 重 一 氏( 期 ) が、
90
講演する岩井重一氏
21
懇親会の風景
90
出会いは運命も変える
あ る こ と で あ り、 貴 重 な こ と で あ
る と 痛 感 し ま す。 人 と の 出 会 い、
ご縁は良くも悪くも自分の運命す
ら変えてしまう重要なことだと思
います。
人間はつい困った時や切迫した
事態にならないとなかなか行動で
自 慢 で き る 学 生 で は な か っ た 私 が「 さ す が 上
躍 な ど を 知 り、 在 学 中 は 落 ち こ ぼ れ で 決 し て
年に1、2度の同窓会報「うえだ」を読む時
に は、 現 在 の 高 校 の 様 子 や 先 輩、 後 輩 の ご 活
す。
を過ごせる場ではないかと思いま
る 人 ほ ど、 実 は と て も 有 意 義 な 時
き ま せ ん が、
「必要ではないかな」
田 高 校!」 と 都 合 よ く 誇 ら し げ に 思 う 瞬 間 で
流行の言葉で言うならば、節約
(無駄な時間を使わず)とお得(信
「それどころでない」と考えてい
あります。
頼できる方と一度に会える)情報
の参加が少ない同窓会には気後れ
し て き た こ と も あ る 私 で す が、 な ぜ か 同 世 代
仕 事 で は、 目 上 の 経 営 者 の 方 に も 物 お じ せ
ず に 発 言 し、 法 人 顧 客 の 新 規 開 拓 な ど を 実 践
日 常 生 活 を し て い る 人 々 が お り、
考 え ら れ な い、 電 気 や ガ ス の な い
会いに行って来ました。日本では
ル サ ル バ ド ル の 子 供 た ち に 3 月、
私 事 で す が、 3 年 ほ ど 前 か ら さ
さやかながら支援している中米エ
し、ちゅうちょしてしまいました。
と、信頼できるその道のプロの方
自身、起業して仕事を行っている
た人たちの特権だと思います。私
一切関係なく、上田高校を卒業し
は在籍中の成績や年齢、性別など
ける場だと気が付きました。これ
であり、信頼のネットワークが築
に思いました。
は同窓会に参加し続けたいと素直
そんな経験もあり、私も何か役
立つことができたらと、これから
ました。
をあらためて感じ、考えさせられ
を受けることができるありがたさ
衣食住に困ることなく、恵まれ
た日本の環境で当たり前に「教育」
中学の就学率が約3割の現状を目
と直接知り合えることは大変価値
張った方々と直接対話ができる場
の当たりにしました。
細く、勇気が必要でした。
の場であると思います。
(87 期)
関東同窓会に参加したのは何年か前にあり
ま す が、 1 人 で 参 加 す る こ と が 正 直 と て も 心
千代鶴深雪
こんな私で説得力がありません
が、同窓会はさまざまな分野で頑
校歌斉唱の指揮
新年会に 人参加
うえだ 80 号 P2
現役世代からのメッセージ
新年会の参加者3人が寄稿
(102 期)
物 が あ ふ れ る 世 界 で は あ っ て も、
ずっと大事にしていかなければい
けないものもある。
それこそが
「い
ざ百難に試みむ」と一緒に青春を
過ごしてきた仲間だと、私は深く
思う。
先日から関東同窓会に参加させ
ていただいているが、年代は違え
ど、当時同じような目標を持って
いた者として、すごく楽しい時間
輩方からさまざまなお話を聞ける
あ る。
「何事にも挑戦しようとす
で、映画の中に含めたそうだ。
からもぜひ参加させていただこう
を過ごさせていただいている。先
高校を卒業して早6年、離れて
みてこの歌詞の重みがわかる。大
と 思 っ て い る。
「いざ百難に試み
歳 の 春、 上 田 高 校 を 卒 業 し、
大学進学を期に東京都内で暮らし
始め、その後、米国、英国、フラ
ン ス で 留 学 や 駐 在 生 活 を 経 験 し、
今は千葉県市川市に自宅を構えて
おります。いまでは年末年始、夏
季休暇ぐらいしか上田には戻ら
ず、親不孝をしております。
自分の心の中では自分の地元と
言うと、いまだに両親の住む上田
である、と思っております。ただ
し、 私 も い よ い よ「 ア ラ フ ィ ー」
の仲間入りをし、さて自分が老後
までを過ごす場所はどこか?と考
えると、答えがいまだに見つから
ない自分がおります。
「 子 育 て は 親 も 育 つ 」 と は そ の
通りで、子育てに一番長く時間を
費やした今住む町が、少年期を過
ごした上田以上に自分を育ててく
れ ま し た。 移 り 住 ん だ と き に は、
妻も私も何のゆかりもない町だっ
たのに、いつの間にか居心地のよ
い愛着を感じております。まさに
私の地元となりました。
も、 父 親 の 出 身 地 が 上 田
げで東京生まれの娘たち
い た だ き ま し た。 お か
映 画「 サ マ ー ウ ォ ー
ズ」
、家族で楽しませて
」と
フランス語に「 C'est la vie
いう言葉がありますが、そのとお
ない展開となりました。
は。少年時代の私には想像もつか
町に地元意識を持つようになると
上田の山猿と言われていたの
に、海に近い漁師町の歴史を持つ
であることを誇らしげに
渡邉博( 期)
18
りですね。
78
思っているようです。
C'est la vie を実感
のはありがたいことであり、これ
学で東京に出てきては周りとのさ
む」同士として・・・乾杯!
また、いつまでも高校の仲間と
ばか話をして、おいしいお酒が飲
ろうと思ったものである。
にこの歌詞を思い出し、また頑張
ことが大切なのだろう。久しぶり
恐らくこのがむしゃらに向き合う
はなく、
もちろん失敗もあったが、
んできた。すべて成功したわけで
向き合うことでいろんなことを学
かって生きてきた。がむしゃらに
だ、そこでがむしゃらに何かに向
会に出ては自分の甘さを知る。た
学しては文化の違いに戸惑い、社
まざまなギャップに悩まされ、留
る姿勢が気にいった」ということ
触れられた上田高校校歌の一節で
ズ」上映後の監督インタビューで
。先日、関
「いざ百難に試みむ」
東 同 窓 会 主 催 の「 サ マ ー ウ ォ ー
永井加奈子
めるのは、
すごくありがたいこと。
お目にかかれるのを大変楽
た の で、 私 た ち も 皆 さ ん に
いお話をたくさん伺ってい
尾倶楽部についての興味深
か け で す。 倉 島 さ ん か ら 松
かけてくださったのがきっ
私 た ち の 演 奏 を 聴 き、 声 を
チャリティーコンサートで
ら い た だ き ま し た。 と あ る
今回のお話は2年前の秋
に副代表幹事の倉島さんか
も楽しい時を過ごさせてい
に は 会 食 に も 参 加 し、 と て
な っ た 瞬 間 で し た。 演 奏 後
国 」 を 演 奏。 会 場 が 一 体 と
最後は皆さんに合唱して
い た だ き な が ら、
「信濃の
できました。
さ り、 私 た ち も 楽 し く 演 奏
に乗って手拍子をしてくだ
な ど を 演 奏。 皆 さ ん リ ズ ム
メ ド レ ー、 A 列 車 で 行 こ う
ジ」として、グレンミラー・
しみにしていました。
ド レ ー を 演 奏 し ま し た。 日
の メ ド レ ー、 日 本 の 四 季 メ
空ひばりさんや坂本九さん
名 曲 ス テ ー ジ 」 と し て、 美
始 ま り、 今 で は そ の 枠 に と
た。 上 田 高 校 の 同 窓 生 か ら
史の長さに大変驚きまし
の 例 会 と い う 事 で、 そ の 歴
私たちが出演させていた
だいた新年会は136回目
ただきました。
本の四季メドレーは日本の
ら わ れ ず、 松 尾 倶 楽 部 と い
演 奏 は 前 半、 後 半 の 2 回
ス テ ー ジ。 前 半 は「 日 本 の
曲近くも出てくる
い ら っ し ゃ り、 終 わ っ た 後
とりながら聴いている方も
が一体何曲あるのかメモを
メ ド レ ー な の で す が、 曲 数
をあらためて感じました。
と人とのつながりの大切さ
に 素 敵 な こ と だ と 思 い、 人
が集まっていることは本当
う会を通じてさまざまな方
童謡が
に何人もの方が曲数の答え
ラ・メールサクソフォン
カルテット
リーダー 鳥井綾子
うございました。
思 い ま す。 本 当 に あ り が と
会えたことをとても光栄に
た だ き、 た く さ ん の 方 と 出
合わせをしていました。
後半は「世界の名曲ステー
そのような歴史ある松尾
倶楽部の会で演奏させてい
30
﹁試百難﹂の心でがむしゃらに
うえだ 80 号 P3
女性だけのサックスカルテット
うえだ 80 号 P4
トークショー実現
細田守監督が特別出演
島知恵子さん(
期)が筆を執った「細田守監督来たる!
10
賞を総なめ。
上田市からも昨年
月に特別賞を受賞した。
庁メディア芸術祭賞のアニメ部門大賞など各種のアニメ
昨年夏に一般公開された「サマーウォーズ」は、国内
で大ヒットしただけでなく、海外でも好評を博し、文化
東京上田会などの会員と家族ら300人が参加した。
サマーウォーズ上映会」
の立て看板。関東同窓会のほか、
58
映画「サマーウォーズ」上映会が4月 日、千代田区
一ツ橋の一ツ橋ホールで開催された。会場の玄関には寺
「サマーウォーズ」上映会 に300 人参加
細田監督との
1問1答(要旨)
場する。これを使った理由は。
「 劇 中 で は、 陣 内 家 の 大 広 間 に
掲げられた書の1つとして使わせ
てもらった。きっかけはロケハン
呼した映画は史上初だと思う。4
「上田で撮影された歴代の映画
の中でも、これだけ﹃上田﹄を連
︱上田を映画の舞台に選んだ
きっかけは。
家には、武田氏の﹃風林火山﹄の
継がれているように感じた。真田
れ、真田家の精神性が現代に語り
戦するという姿勢にハッとさせら
いたのが﹃いざ百難に試みむ﹄と
で 上 田 高 校 に 行 っ た 時。 校 内 に 大
年前﹃時をかける少女﹄を作って、
よ う な 名 文 句 は 残 さ れ て い な い。
司会は上原昇副会長
次に何を作るかと考えたとき、海
いう一節。困難なことにあえて挑
きな石碑があり、そこに刻まれて
外の映画祭などに招かれて感じた
が多くの人に見てもらえるのでは
より、身近なモチーフを選んだ方
︱ 映 画 の 中 に は、 上 田 高 校 が 甲
子 園 出 場 を 果 た す と い う 場 面 も。
そう思ってこの映画を制作した」
言 う と こ う い う 風 に な る と 思 い、
に あ る ス ピ リ ッ ト が、 今 の 言 葉 で
た ら、 ど う い う こ と に な る の か。 ﹃試百難﹄は歴史的な言葉だと思っ
たが、調べてみると、漢文の先生
ないかということ。で、妻の実家
これを取り上げた経緯は。
のは、初めから世界の市場を狙う
のことを映画にしてみようと思い
的な勢力差にもかかわらず負けな
度も打ち負かしたという話。圧倒
のは、真田軍がかつて徳川軍を2
が入ってきた。一番印象に残った
ら な か っ た が、 妻 を 通 し て 情 報
ル。 実 は 上 田 の こ と は あ ま り 知
に出てくる陣内家は真田家がモデ
景を楽しむ余裕はなかった。映画
でも両親に会う緊張で、周囲の風
湿 度 も 低 く て 気 持 ち が よ か っ た。
「 初 め て 行 っ た の は、 妻 の 両 親
に あ い さ つ す る た め。 空 が 青 く、
い る。 公 立 校 な の に す ご い と 思 っ
は過去に2度も甲子園に出場して
思 い 始 め た。 調 べ た ら、 上 田 高 校
ちょっとリアリティーに欠けると
元 女 子 校 が 甲 子 園 に 行 け る の か、
が 多 い こ と を 知 っ た。 そ の 中 で、
佐 久 長 聖、 松 商 学 園 な ど 強 豪 校
描 き 始 め た。 と こ ろ が 長 野 県 に は
と い う 面 白 さ も 含 め て、 設 計 図 を
共学になって甲子園出場を果たす
子 園 に 行 く と い う 話。 元 女 子 校 が
え た の は、 染 谷 丘 高 校 野 球 部 が 甲
は 女 子 校 で、 今 は 共 学。 最 初 に 考
の 妻 は 上 田 染 谷 丘 高 校 の 出 身。 昔
言。なぜ上田高校なのか。実は僕
身近なものとして受け止められて
田 に 流 れ て い る も の が、 世 界 で も
たま私が映画化したわけだが、上
も の が 上 田 に あ っ て、 そ れ を た ま
に感じてくれた。今の世に大事な
話とは思わず、自分のことのよう
界中の人たちが遠い国の遠い街の
台にした映画にもかかわらず、世
しかった。日本の一地方都市を舞
どこでも気に入ってもらい、うれ
ン ガ ポ ー ル や 韓 国 で も 上 映 し た。
ス ト ン な ど も 訪 問 し た。 昨 年 は シ
「 2 月 に ベ ル リ ン 映 画 祭 に 行 っ
たほか、パリ、ニューヨーク、ボ
品に対する評価は。
︱﹁サマーウォーズ﹂は海外で
も 大 き な 話 題 を 呼 ん だ。 自 分 の 作
引用させてもらった」
が作ったとか。でも、昔から上田
ついた。それが上田を舞台に選ん
「今年は上田高校が躍進するだ
ろ う と い う、 映 画 に 込 め ら れ た 予
に 登 場。 こ の 夏、 上 田
かった。そのことを上田の人は今
いると感じた」
だ理由だ」
高校が3度目の甲子園
でも誇りにしていると聞いて、う
て、急きょ上田高校に変更した」
披露した。
緯 な ど、 制 作 の 裏 話 を
上田を舞台に選んだ経
画 は 史 上 初 」 と 語 り、
上 映 後、 細 田 監 督 が
舞台に上がりトーク
り入れられている。
うれしいシナリオも取
出 場 を 果 た す と い う、
故郷の風景がふんだん
な「陣内家」の門など、
シ ョ ー を 開 催。
「これ
らやましいと思った。そういう歴
︱ 映 画 に は﹁ 試 百 難 ﹂ の 額 が 登
︱上田の印象は。
だけ上田を連呼した映
史を持つ人たちが今活躍するとし
東虎口櫓門にそっくり
映 画 に は、 別 所 線 の
丸 窓 電 車、 上 田 城 の
11
(C) 2009 SUMMERWARS FILM PARTNERS
うえだ 80 号 P5
理 事 長 黒澤 一也
常 務 理 事 黒澤 美那子(60 期)
アクト法律事務所
〒 107-0052
東京都港区赤坂3丁目9番 18 号
ラウンドクロス赤坂見附3階
TEL:03−5570−5671(代表)
FAX:03−5570ー5674
【最寄りの交通機関】
地下鉄銀座線・丸ノ内線 赤坂見附駅下車徒歩1分
弁 護 士 ( 所 長 ) 岩 井 重 一 (62 期)
弁護士
弁護士
弁護士
弁護士
安 田 隆 彦
平 澤 慎 一
寺 島 英 輔
黒 澤 真 志
うえだ 80 号 P6
国公立大に 182 人 東大5人、早慶 45 人
2 0 1 0 年 の 入 試 で、 東 京 大 学 に
5人(うち現役2人)
、国公立大医学
部医学科に5人(1人)
、国公立大学
24
全 体 で は 1 8 2 人( 1 2 8 人 ) が 合
人(5人)
格 し、 私 立 大 学 で は 早 稲 田 大 学 に
人(7人)
、
慶應義塾大学に
が合格しています。
受験生人口の減少に伴って大学全
入 時 代 の 到 来 と い わ れ ま す が、 実 際
のところは難関大とその他の大学と
の 2 極 化 が 進 み、 本 校 生 が 第 1 志 望
とする大学は厳しい競争の中にあり
ま す。 一 昨 年 の リ ー マ ン シ ョ ッ ク 以
後 の 経 済 不 況 の 影 響 も あ り、 本 校 に
お い て は 国 公 立 大 志 向 と、 大 学 卒 業
後の就職を意識した難関大志向が強
まっています。
本 校 生 に は、 将 来、 地 域 や 日 本 そ
して世界で活躍できるための資質が
求 め ら れ て い る と 思 い ま す が、 生 徒
たちは文武両道 自
・ 学自習の伝統を
継 承 し、 日 々 の 授 業 と 班 活 動 や 生 徒
会 活 動 な ど で 培 っ た「 い ざ 百 難 に 試
みむ」という精神を入試においても
発 揮 し、 人 間 的 な 成 長 へ と 結 び つ け
ています。
「卒
同窓会の皆さまには「社会講座」
業生による進路講演会」などの行事
を は じ め、 物 心 両 面 に お い て 多 大 な
ご 支 援 を い た だ い て お り、 感 謝 い た
し て お り ま す。 今 後 と も よ ろ し く お
願い申し上げます。
進路指導主事 落合康隆
大学名
10 年 09 年 08 年
大学名
10 年 09 年 08 年
旭川医科
神戸
2 1
帯広畜産
奈良教育
1
3 3 奈良女子
2 1
北海道
北海道教育
1
和歌山
1
弘前
1
愛媛
岩手
1
高知
秋田
1 島根
6 12 9 広島
1
1
東北
宮城教育
1
九州
山形
4 2 1 福岡教育
1
福島
1
鹿児島
茨城
2 1 1 琉球
筑波
5 7 8 国立 計
146 164 187
宇都宮
1
1 釧路公立
群馬
7 5 3 青森公立
1
10 7 9 岩手県立
埼玉
千葉
9 15 14 宮城
お茶の水
1
1 茨城県立医療 1
電気通信
2 2
群馬県立女子
1
東京
5 4 4 群馬県民健康科学
2
東京医科歯科
2
埼玉県立
2 3 2
東京外国語
1 2 千葉県立保健医療
1 1
東京海洋
1
2 首都大学東京 9 6 3
東京学芸
5 4 3 横浜市立
3 2 2
東京工業
1
2 神奈川県立保健福祉
1
東京芸術
1 富山県立
1
東京農工
1 3 都留文科
1 4 2
一橋
1 3 1 山梨県立
1 1 1
5 8 6 高崎経済
10 4 6
横浜国立
新潟
9 2 14 前橋工科
2
上越教育
3 新潟県立看護
1
富山
7 4 6 長野県看護
1
富山医科薬科
岐阜薬科
1
金沢
12 10 11 静岡県立
2
1
山梨
3 1 4 石川県立
信州
35 53 49 愛知県立
1 3
福井
1
愛知県立芸術 1
静岡
5 3 6 名古屋市立
名古屋
4 4 2 奈良県立
名古屋工業
1 1
京都府立
1 1
愛知教育
大阪府立
2 2
岐阜
神戸市外国語 1
三重
1
1 兵庫県立
京都
3 広島市立
1
京都工芸繊維
国際教養
2
大阪
1
8 公立 計
36 29 29
大阪教育
国公立 計
182 193 216
21
大学名
10 年 09 年 08 年
大学名
10 年 09 年 08 年
大学名
10 年 09 年 08 年
大学名
10 年 09 年 08 年
北海道薬科
昭和
2 2 4 文化女子
京都女子
酪農学園
2
昭和女子
4 2 3 法政
25 16 26 京都橘女子
東北薬科
1
1 昭和薬科
2
3 星薬科
3
1
同志社
3 4
5
東北福祉
上智
1 6 11 武蔵
2
2
同志社女子
1
岩手医科
2
女子栄養
1
3 東京都市(武蔵工業) 1
1
4 佛教
1
宮城学院女子
女子美術
2
2 武蔵野
1
4 立命館
10 15 14
奥羽
1 成蹊
3 6 5 武蔵野音楽
2 龍谷
国際医療福祉 7
5 成城
4 3 4 武蔵野美術
2
7 10 甲南
自治医科
2 聖心女子
明治
31 22 30 関西
1 1
1
群馬パース
1 聖マリアンナ医科
1
明治学院
6
8
9 関西医療
1
群馬医療福祉 1
聖路加看護
1 明治薬科
5
4 関西外国語
1
高崎健康福祉 1 3 3 専修
13 8 15 明星
1
2 関西学院
1 1
1
帝京平成
1 創価
4 7 3 立教
10
6 13 近畿
1
2
埼玉医科
3 1
拓殖
1
2 立正
武庫川女子
東京国際
玉川
3 4 5 早稲田
24 15 22 帝塚山
東京福祉
多摩美術
3 2 7 学習院女子
1 奈良
城西
3
1 大東文化
5
2 麻布
1
1
3 岡山理科
1
獨協
8 4 9 大正
1
1 フェリス女学院
1
2 福岡
1
獨協医科
2
1 中央
31 25 47 横浜薬科
2
1 その他
14 25
4
文教
8 5 12 津田塾
3 2 17 長岡造形
1 私立 計
457 370 627
文京学院
2 帝京
3 2 14 神奈川
7
2
1 神奈川県立外語短
1
明海
1 東海
3 5 7 神奈川工科
4 大月短大
1
目白
1
1 東京医科
1
1 新潟医療福祉 4
1
1 長野県短大
11 3
川村学園女子
東京音楽
新潟薬科
1
3 その他
1
1
神田外国語
1
2 東京家政
2 2 2 金沢工業
4 国公立短大 計
13 4
1
聖徳
1
東京経済
3 6 4 北陸
2
1 防衛医科大学校
3
千葉工業
1 東京工科
4
1 金城
1 防衛大学校
東京医療保険
東京工芸
2
佐久
2
2
3 国立看護大学校
青山学院
11 17 24 東京歯科
1
長野
1
1 長野県工科短期大学校
1
亜細亜
2 1 東京女子
6 6 4 諏訪東京理科
1
大学校 計
0 3
1
大妻女子
2
8 東京女子医
1
健康科学
1
東京家政大短大
1
桜美林
1 3 2 東京造形
1
2 山梨学院
その他
2
学習院
2 7 5 東京電機
2 2 2 聖霊クリスト
私立短大 計
0 1
2
北里
7 8 15 東京農業
3 5 8 岐阜聖徳学園
1
横浜医療センター付属看護
1
共立女子
2 1 1 東京薬科
3 2 4 岐阜医療科学
1 京都看護
1
杏林
2 3 8 東京理科
15 15 25 鈴鹿医療科学
1 その他
5
6
国立音楽
桐朋学園
常葉学園
1 専門学校他 計
2 5
6
慶應義塾
21 13 25 東邦
4 4 8 愛知医科
1
留学など 計
0 0
2
工学院
2 1 1 東洋
7 9 13 愛知学院
上田市役所
1
國學院
4 4 1 二松学舎
1 中京
1
2 就職 計
1 0
1
国際基督教
2
2 日本
26 15 27 中部
1
国士舘
2 2 日本歯科
1
1 名古屋芸術
駒澤
7 5 10 日本社会事業
南山
実践女子
2 5 日本獣医畜産
日本福祉
芝浦工業
14 8 15 日本獣医生命科学
藤田保健衛生
順天堂
3 1 3 日本女子
3 1 5 長浜バイオ
城西国際
日本赤十字看護
1 京都外国語
1
うえだ 80 号 P7
「試百難」誕生の経緯
上田高等学校前校長 藤本光世
全校の生徒の生きる礎と力と誇り
野県高校新人コンテストのビデオ
の録画と併せて編集。SBC杯長
す。
(小生の在勤中の掃除姿など
けました。その要旨を記してみま
はどこにでもある言葉で、上田高
は高校生の過ごし方であり、後者
剛健と言いました。しかし、前者
ある人は文武両道、ある人は質実
赴任して上田高校の心について
知 り た い と 思 い ま し た。 聞 く と、
になるのです。
メ ッ セ ー ジ 部 門 優 秀 賞 を 受 賞 し、
校 の 心 で は あ り ま せ ん。 赴 任 し
てください。
たいことを話し
―試百難の心
と、 生 徒 に 伝 え
います。
た。 そ う 思 っ て
にあらわれてき
難」の言葉で表
な こ と に「 試 百
心が大変不思議
もともとあった
た の で は な く て、
ですから私がし
て く れ た の で す。
田高校の心にし
ださい。そして上田高校の古城の
駄目なのです。このことをぜひと
あります。ただ困難に向かっても
ること、ここに「試百難」の心が
て、義であることは何か、それを
校長室に「義為重」と書いた大
額があります。混迷の現在におい
百難」の力となるでしょう。
義は「試百難」の意義を確信し、「試
が 問 わ れ て い る 時 は あ り ま せ ん。
値があることです。現代ほど、義
ということです。自分を賭する価
も道理にかなって恥ずかしくない
て、誰から見ても、どこから見て
「義」とは何か。義は大義とも言っ
も「試百難」の心の裏に秘めてく
心に秘めて精一杯周到な準備をす
試百難の心を
理 解 す る に は、
旗印」という言葉が出されました。
ると、関西同窓会報に「試百難の
信を同窓生の皆さんに配布してい
通信の表題としたのです。校長通
それを短く「試百難」として校長
し た。「 こ れ だ 」 と 思 い ま し た。
いざ百難に試みむ」がその象徴で
る で し ょ う。 そ の 期 日 は 分 か っ て
で す。 皆 さ ん も 大 会 と か 入 試 が あ
りとあらゆる周到な準備をしたの
し た か。 昌 幸 は 必 死 に な っ て、 あ
る。それまでにどのような準備を
が攻めてくることは分かってい
切 な こ と は 周 到 な 準 備 で す。 徳 川
ら な け れ ば な り ま せ ん。 と て も 大
を過ごしてほしいと思います。
た時に、校歌や応援歌のCDを通
あ あ、「 試 百 難 」 は 旗 印 に な る ん
い ま す。 そ れ に 向 け て 精 一 杯 の 準
す)
だと思いました。その後、上田高
備 を す る こ と。 何 を し た ら よ い か
門 を く ぐ る た び に「 試 百 難 」 の 心
校 新 聞 の コ ラ ム の 題 が「 試 百 難 」
を 自 覚 し て 実 行 す る こ と。 こ こ に
真田昌幸がどのようにして徳川の
になり、先生方がスクール・アイ
「試百難」の最も重要な点があり
がうたわれていました。校歌の最
デンティティーを「試百難」とし
ます。それから「義心」です。こ
勤の車の中で聴いて全部覚えてし
度にわたって破った誇り
てくれました。上田高校に関係す
れを「こころ」と読ませています。
が 宿 る こ と を 誇 り に 思 っ て、 毎 日
大軍を
る皆さんが自然と「試百難」を上
大軍を破ったかということを知
校長室を表敬訪問した 53 期2組のOBと藤本校長(当時)
後の一節の「我に至剛の誇りあり、
前列中央が藤本氏
まいました。どの歌詞にも徳川の
学校には心があります。それは、
2
― ス ク ー ル・ ア イ デ ン テ ィ
ティーを「試百難」にした理由は。
北信越大会に出場するとのことで
と、放送班からインタビューを受
放送コンテストに「試
昨年 月、
百難」の由来について製作したい
11
上田高校 NOW
入学式の風景
うえだ 80 号 P8
新 入 生 364人が入学
そ し て、 何 よ り 感 心 さ せ ら れ た
の は、 そ の 講 演 会 に 対 す る 生 徒 の
影響を与えました。
と こ ろ で、 昨 年 の 新 型 イ ン フ ル
エンザの流行は、学年にも大きな
組み方について、貴重なお話をい
状況と進路を見据えた今後の取り
たる学習や心構え、卒業生の進学
1学年主任 南澤茂徳
を 考 え、 他 へ の 思 い や り の 大 切
向けてしまったその相手のこと
に、 は し の と が っ た 方 を 相 手 に
要 性 を 認 識 す る、 さ ら に そ の 奥
通してコミュニケーションの必
うに支え合って運ぶ共同作業を
1本の指ではしを押しつけるよ
で、 2 人 が 組 に な っ て、 互 い に
い や り 」 の 心 を も っ て、 共 に 高 め
で す。 入 学 早 々 に 再 認 識 し た「 思
皆が頑強な人ばかりではないはず
に遭遇し、「試百難」とはいっても、
生 徒 た ち に は 先 の 長 い 3 年 間、
今 後、 受 験 地 獄 や さ ま ざ ま な 試 練
表明してくれていた点です。
の高校生活の指針にしようと決意
の 教 え を 見 抜 き、 共 鳴 し て、 自 ら
や 肌 寒 い 中 で し た が 桜 は 満 開。 生
恒 例 の 上 田 城 跡 公 園 の 花 見 は、 や
さ て 4 月 を 迎 え、 入 学 時 の 初 心
を 思 い 起 こ し、 新 た な 出 発 で す。
らず影響を与えました。
その後の生徒のやる気にも少なか
あ、学習に取り組むぞ!」と決意
になり、学習合宿を経験して「さ
年の半数以上のクラスが学級閉鎖
長の藤澤令子先生によるゲーム
形 式 で 体 を 動 か す、 生 徒 た ち に
感 想 文 で し た。 大 半 の 生 徒 が、 そ
月 に は、 学
も 予 想 外 の 講 演 で し た。 そ の 中
ただきました。
さをあらためて自覚させられる
合って成長してくれるものと信じ
徒は団子をほお張りながら、笑顔
初めて女子が男子を上回る
その後、HR単位で、各担任か
ら資料をもとに各教科の学習方法
と い っ た、 座 学 で は 気 づ き に く
ています。
上位(円満な学年の兆
子191人と若干女性
誕生しました。男子173人、女
れ、全日制364人の新1年生が
ギーの要るものと担任一同自負し
実 行 と な る と、 な か な か エ ネ ル
たり前のことのようですが、いざ
掃の徹底」
「時間の有効活用」
、当
標 と し て「 笑 顔 で あ い さ つ 」
「清
2学年主任 竹内正典
本に、英国数の課題を中心に学習
とする合宿でした。自学自習を基
らの学習を組み立てることを目標
りました。生活を見直し、後期か
む姿勢に甘さが見られる状況にあ
活に慣れてきたが、学習に取り組
いました。入学して半年、高校生
昨年 月、2泊3日の日程で北
志賀竜王において学習合宿を行な
ドしていく責任があります。様々
2年生は、生徒会活動・班活動
に お い て も、 中 心 的 な 立 場 で リ ー
くれることを期待しています。
好 の 機 会 に し、 や る 気 に つ な げ て
刺激もあります。自分を見直す絶
適度の緊張感と周りの生徒からの
た。しかし、こうした授業形態は、
の教室移動など戸惑いがありまし
も丁寧に答えていました。
は生徒であふれ、対応する先生方
に真剣に取り組み、質問コーナー
送ってほしいと願っています。
と 意 識 し、 充 実 し た 高 校 生 活 を
な場面での自分の課題をしっかり
しました。1日
時間に及ぶ学習
授 業、 毎 時 間 の 重 い 荷 物 を 持 っ て
いクラスから離れ新たな集団での
せた講座選択ですが、居心地のい
2年になると、授業はすべて講
座別になります。進路希望に合わ
のスタートといったところです。
にあふれていました。まずは上々
し 実 行 す る 矢 先 の こ の 出 来 事 は、
の 説 明 を 受 け、 引 き 続 い て 学 力
い価値ある講演内容でした。
し?)を思わせる学年
ています。
時間
( 英・ 数・ 国 ) お よ び 学 習 状 況 実
です。
「 共 に 高 め 合 う 」 に 関 し て 印 象
深い講演会がありましたので、こ
英国数を中心に1日
態調査と慌ただしくも内容の濃い
11
北志賀竜王で学習合宿
生徒会主催の対面式
を終えた後、緊張が続
こに紹介させていただきます。 北志賀竜王での学習合宿
高校生活をスタートさせました。
学 級 増 と な っ た 今 年 度、 9 人
の 担 任 が、 極 力 単 純 明 快 を 旨 と
して核となる学年目標はと考え合
い、掲げたものは「共に高め合う
く中で行われた恒例の
111期」
。そのための具体的目
学年集会では、本郷教
生 徒 が 入 学 し て 3 日 目、 元 バ
スケットボールの五輪選手で、現
10
10
好天に恵まれた4月6日、厳か
な空気に包まれて入学式が挙行さ
頭、落合進路指導主事
長野県経営者協会教育研修部課
10
新入生のコミュニケーション研修
から高校生活全般にわ
上田高校 NOW
うえだ 80 号 P9
か慣れて、だんだんと強くなって
きたようにも思います。行動面に
「 今 年 の 3 年 生 は 上 品 な 感 じ で
すね」
「 静 か で、 ま じ め で す ね 」
が聞こえません。
どこへ行ったのか、そのさえずり
ずっていたウグイスは、あれ以来
式の時、プールわきの木立でさえ
早いもので、もう3度目の春が
めぐってきました。2年前の入学
当 に 恨 め し く 思 え た ほ ど で し た。
ていたんですが」という言葉が本
ガイドの「最近まで水不足で困っ
昨秋の修学旅行は連日の雨と
なってしまいました。沖縄のバス
ます。
援なのか、つくづく考えさせられ
語らいなのか、家庭の絶大なる支
たちを支えているのは、友人との
3学年主任 滝澤文浩
今年のインターハイは沖縄であ
ります。今度こそ、青い空、青い
ます。
た学習室も、朝7時 分といえば、
ごろまで前3年生でいっぱいだっ
てきたように思います。ついこの
なことへの取りかかりは早くなっ
上級生になったせいか、さまざま
の感もありますが、それでも、最
特に浴室が備わった合宿所
は 県 下 初 で あ り、 こ れ も 同 窓
洗濯室・浴室を備えています。
3 部 屋 と 監 督 室 お よ び 洗 面 室・
し た。 内 部 は、 生 徒 用 宿 泊 室
なっております。
る 造 り な ど、 藩 主 門 と 周 囲 の
白 壁 風 で、 武 家 屋 敷 を 思 わ せ
ま た、 写 真 で ご 覧 い た だ け
る こ と と 思 い ま す が、 外 壁 は
合宿所
「明倫舎」が完成
こ ん な 言 葉 が 耳 に 入 っ て き ま す。
を強く持っている生徒がかなりい
会の皆さま方の暖かいご支援
青春の血、存分に燃やせ
いつからか、楽しい学校生活も長
しかし、あのインフルエンザ騒
ぎと悪天候の中、沖縄の平和公園
ます。文化祭の準備も始まりまし
おける受動的な側面は相変わらず
い鍛錬・試練の時となり、じっと
に「平和の鐘」の大合唱を響かせ
た。余すところなく持てる情熱を
▶記念事業の資金募集中
人ほどの生徒が机に向かってい
ので、ご寄付をよろしくお願いいたします。
記念事業は教育環境整備(合宿所付帯設備一式、
普通教室へ空調設備の導入)などです。
募集に関するお問い合わせ、資金募集趣意書、
振込み用紙などの請求は上田高等学校同窓会事務
局まで
TEL:0268-22-3146
〒 386-0024 上田市大手 1- 9- 8
E-mail:[email protected]
やしてくれることを願っていると
1万円、1口以上)を9月 18 日まで実施中です
工 さ れ、 3 月
日に完成しま
12
11
20
海の沖縄に行きたい、という思い
10
同窓会では 110 周年記念事業の資金募集(1口
と思います。
利用されること
点として大いに
ルーム活動の拠
班活動やホーム
と な り ま す が、
度から使用開始
命 名 さ れ、 本 年
な お、 合 宿 所
は「 明 倫 舎 」 と
思います。 ことも多いかと
所で足を止める
観光客がこの場
備 さ れ、 訪 れ る
クとして順次整
今 後、 周 囲 は ポ ケ ッ ト パ ー
堀や土塀に配慮した外観に
に感謝申し上げております。
の お 陰 と、 生 徒・ 職 員 一 同 共
全日制教頭 本郷幸博
耐えなければならないような日々
てきた生徒たちは、なかなか見事
定)です。
傾け、青春の胸の血を思う存分燃
矢島薫、51 期)
。参加会費は 5,000 円(予
長年の懸案であった合宿所
の 建 設 は、 昨 年 月 8 日 に 着
となって続いています。
!
記念講演者は俳人の矢島渚男氏(本名
で立派なものでした。
記念式典が行われます。
せっ さ たく ま
窓会の総会にあわせて、上田東急インで
ころです。
9月 18 日(土)午後、上田高等学校同
いくつかの苦い経験をしながら
も、彼らも耐えることにはいつし
母校創立 110 周年記念式典
切
磋琢磨もいい言葉ですが、実
際には苦しい日々の連続かもしれ
ません。忙しそうにしている生徒
沖縄修学旅行
うえだ 80 号 P10
プロ野球に生きた
年
年後によう
となっている。
位 で、 私 と し て は 唯 一 誇 れ る 記 録
やく球審を務めるようになった
ロは甘くなかった。
が、くしくも初球審も初出場と同
じカードの国鉄―中日戦だった。
現 役 引 退 後、 3 年 間 の 台 湾 プ ロ
野 球 審 判 の 指 導、 年 間 に わ た る
ON全盛時代に球審務める
最初のころは国鉄スワローズの
試合の球審が多く、後に400勝
野 球 規 則 委 員 と、 ま さ に 野 球 に 明
年を送ってきたが、自
年にセン
プロ野球審判に目標を定め、その
時、金田投手をはじめ超一流の投
ジャッジする機会が多かった。当
投手となった金田正一投手の球を
野球大好きから始まった私の審
判人生を半世紀以上過ごすことが
トンタッチすることになった。
分 自 身 の 年 齢 を 考 え、 後 継 者 に バ
け暮れた
トラルリーグの採用試験に合格
手に数多く接する機会に恵まれた
で き た こ と は、 妻 を は じ め 家 族 の
丸山 博( 期)
し、反対する父と長兄を説き伏せ、
のが、球審の技術向上に大変役に
機会を待っていたが、
母校が初めて甲子園に出場した
1957年にセントラルリーグ審
ウエスタンリーグ(2軍)に配属
立った。
2010年 月末をもって私は
プロ野球界にさよならをした。
判としてプロ野球界入りし、以後
されてプロのスタートを切った。
州とは異なっていたが、目標に向
800号の球審も
それ以降、現役引退までの 年
間、巨人軍のV9、王・長島の全
盛時代など、今でも語り継がれて
年夏、私は甲子園球場へ応援
球場のスコアボードに母校の校旗
なってきたが、いつの日か甲子園
高校野球のレベルが上がり、公
立校の甲子園出場は至難の業と
い思い出となっている。
球場で母校の応援をしたことが良
敗退した。しかし炎天下、甲子園
応援した甲斐もなく習志野高校に
に行った。アルプススタンドから
の
在 任 中、 母 校 野 球 部 が 夏 の 甲 子
園に 回出場した。 度目の出場
の果報者だったと思う。
ろ う か。 い ず れ に し て も 私 は 最 大
持ちは伝わっているのではないだ
昔人間の私は面と向かって妻に
感 謝 の 言 葉 は 言 え な い が、 そ の 気
い。
ことができなかったかもしれな
ば、 こ の よ う な 幸 せ な 人 生 を 送 る
協 力 が あ っ た か ら で、 さ も な け れ
文字通り野球、特に審判に明け暮
年春に上田中学に入学、5カ
月後に太平洋戦争が終結した。戦
かっていた私にとっては障害とは
▼王選手の715号
れた半世紀を送ってきた。
後いち早く復活した野球部に入部
ならず、1日でも早く1軍の審判
に な る た め に、 昼 は 2 軍 戦 出 場、
いる数々の試合をグラウンド上で
体験し、まさに審判冥利(みょう
り)に尽きる年月を過ごすことが
できた。 そ の 中 で も、 巨 人 軍 王 選 手 の
715号本塁打(ベーブ・ルース
の 記 録 を 超 え る )、 8 0 0 号 本 塁
打の球審を務めたことは良い思い
出で、今でもその光景が脳裏に焼
きついている。とくに715号本
塁打の写真は大きなパネルにして
いまも居間に飾ってある。
年末に現役を退いたが、生涯
公式試合出場は3521試合に達
がはためくよう願っている。
懇親会終了後、恒例の同期会を開催します。
53
赴任した関西は、言語、生活習
慣など多くの点で生まれ育った信
年に
卒業。以後、家業(紙文具商)に
夜は1軍戦見学と、まさに審判漬
し、マネージャーを務めて
従事しながら高校野球の審判をす
けの日々を過ごした。
た。そのときの喜びは今でも忘れ
その甲斐あって 年春、1軍に
昇格(東京赴任)することができ
るなど、野球とのつながりを続け
てきた。
3度の飯より好きだった野球で
身を立てることを考えていた私は
ない。
初出場の試
合は国鉄―中
日 戦( 右 翼 外
審 ) だ っ た。
し か し、 1 軍
に昇格したか
ら と い っ て、
すぐに球審が
していた。この数はプロ野球第
63 期は総会実行委員会の当番期です。
57
7組 山浦 衛
山浦 善樹
8組 内山 宗芳
林 壮治
渡辺 節男
5組 大塚 和弘
塩沢 清文
6組 小林 諒一
鈴木 弘子
中沢 秀夫
西村 耕三
7組 佐伯 謹吾 保谷野美智子
上田高校創立 110 周年を記
念すべき年に開催される関
東同窓会総会・懇親会を盛
り上げましょう。
1
10
2
51
3組 上條 和祥
川村 恭司
西沢 文昭
保坂 証司
4組 関田 正幸
藤川 昇
5組 飯島 俊文
小田中時幸
63 期
2
87
31
4
89
1組 上原 信亥
勝野 道弘
北沢 昌規
深沢 直行
2組 飯島 正文
滝沢 鉄夫
土屋 整也
浜谷 幸夫
3
49
53
59
王選手が 715 号を打った瞬間
できるほどプ
祝 関東同窓会第 49 回総会・懇親会
実行委員長 8組 田中 稔
特別寄稿
45
うえだ 80 号 P11
上田高校野球部変革のスス メ
女子の優秀な頭脳活用を
れ 野 球 部 O B、 同 窓 生 と し て は、
大学現役合格者数で、県下で連続
現させてしてしまうというストー
わが意を得た。
1 位 今 年 は 位、 1 位 は 屋 代
リーだが、読み終わって「これは
(
)
面白い。試す価値大いにあり」と、
で、しかも野球部、他運動部出身
者にも、東大をはじめ国公立、私
しょせん
大の進学者がいることから明らか
高 校 野 球 と い っ て も、 所 詮 は 人
を中心とした組織体である。とな
の「優秀な頭脳と、きめ細かな心
を野球部という経営体の一員とし
れば人や物を有効利用し目的を達
成することでは、一般企業体の場
当然、野球部への影響が懸念され
だ。 そこで名実ともに、男女共学の
進学校となった以上、野球部とし
合と本質的に同一ではないかと考
驚いたことに、今年度の母校の
新入生は男子173人に対し女子
ても、女子生徒増加現象を単に憂
えた。要するに、部員各自が自分
人を加えると、総
年生
て 客 観 視 で き、 モ チ ベ ー シ ョ ン
人、
遣い」を活用し、野球部を変革し
月現在の状況を加
藤部長にお尋ねしたところ、新入
慮するのではなく、むしろ彼女ら
る。そこで、
人も入部し、これに2年生
が191人となり、ついに女子が
男子を上回り、開校以来の出来事
生が
人、 1 5 9 人、 3 年 は 1 8 1 人、
人になるとのこと。しかも過
効果も期待できるし、フォーメー
去数年来、部員数は
数
戦力向上に努めるべきではないか
子数が上回ってはいる。
145人で、全体では辛うじて男
人前後を推
ション・プレーやデータ野球にも
応用できるのではないか。
と思い至った。
移している由、この心配は杞憂で
あった。
ただし最近、女子プロ野球が復
活したとはいえ、選手への起用は
そこで早速、加藤部長にこの旨
を進言したところ、なんとこの
得ない。この原因は
あり」といわざるを
と、正に「隔世の感
あったことを考える
人前後で
球部員数はといえ
はずだが、当時の野
1000人以上いた
で も あ り、 男 子 は
できるのか疑問であった。内容は、
ト」が果たして、どのように応用
読み始めのうちは、経営学の大
家ドラッカーの名著「マネジメン
た。
記事を思い出し、早速購入してみ
ルの本が評判になっているという
を読んだら」という奇妙なタイト
が ド ラ ッ カ ー の『 マ ネ ジ メ ン ト 』
「もし高校野球の女子マネジャー
ばらく前、新聞の書評欄で読んだ
アはないかと思案していたら、し
候 補 に な っ て い た こ と で も あ り、
抜大会では、長野高が
てほしい旨お願いした。今春の選
加藤部長には、この気運を生か
し、上田高校独自の野球を構築し
ある。
という。誠にほほ笑ましいことで
月に卒業した野球部員の妹さんだ
いか。しかもこの生徒は、今年
徒に読ませているとのことではな
カーの本を既に購入し、選手、生
が入部しているし、上述のドラッ
月からマネジャー志望の女子生徒
いささか早計だ。何か良いアイデ
多 々 あ る だ ろ う が、
ある公立進学高野球部の女子マネ
母校も遅れをとってほしくない。
われわれの時代
(1955年前後
母校が一部私学並み
ジャーがひょんなことからこの本
ば、
世紀枠の
(期
)
3
医療法人社団 ヒルデモア
常務理事 碓田 茂(68 期)
〒 380-0888 長野県長野市上ヶ屋 2471-3376
TEL & FAX : 050-8686-0881
E-mail : [email protected]
と な っ た。 2 年 は 男 女 各 1 6 8
)
に、野球などの体育
上田球友会会長
30
は女生徒の台頭期
部活動に特化したの
を購入、研究、実践することによ
成田邦夫
田 中 一 穂(60 期)
取締役
―
ではないことは、こ
株式会社 ハート・ワン保険サービス
2
り、弱小野球部の甲子園出場を実
野球部員、全員集合! 左端は女子生徒マネジャー
そう遠くない、この先、
50 万人が孤独死をし、
100 万人以上が、
介護難民となる、この国。
地域がしっかり、つながって
支えられる仕組みを
作っています。
三井住友海上きらめき生命保険株式会社
23
3
4
12
こ 2、3 年、 国 公 立
56
21
20
代理店
三井住友海上火災保険株式会社
4
50
20
55
こうなると、 度目の甲子園の
早期実現を期待していた、われわ
3
うえだ 80 号 P12
順調だったが、施行所跡のある沢
弘法の井戸、刎石茶屋跡を過ぎ、
峠の中間地点の山中茶屋跡までは
しい登りをねぎらってくれる。
れた石や馬頭観音などがあり、苦
あり、崖下に河原宿がある。千曲
に本陣、脇本陣、旅籠屋、問屋が
田宿は千曲川を前に、河岸段丘上
園と田んぼの中の道を歩く。塩名
左手に八ヶ岳を見ながら、リンゴ
か ら 塩 名 田 宿 へ。 右 手 に 浅 間 山、
第8回は3月 日、今は商店街
になってにぎわっている岩村田宿
になる。
て、昔にタイムスリップした気分
江戸時代からの建物が現存してい
いうが、本陣、問屋、旅籠屋など
場。酒と旅を愛した牧水が逗留し
らぎが聞こえるような静かな宿
第 9 回 は 4 月 日、 間 の 宿 茂 田
井入口から歩く。宿場用水のせせ
げられているのがいい。
かりの書道家による揮毫看板が掲
残り、宿の至る所に比田井天来ゆ
瓜生坂を越えて鹿曲川を渡ると
望月宿。現在も当時の建物が多く
場である。
本 陣 門 も 残 っ て い る が、 静 か な 宿
建 物 が 今 も 残 り、 和 宮 様 お 泊 り の
して栄えた問屋や脇本陣兼問屋の
れていて楽しめた。
くなったが、旅籠屋、問屋の建物
れ た た め、 か つ て の に ぎ わ い が な
治になって、鉄道の沿線からはず
長 久 保 宿 は 交 通 の 要 衝 に あ り、
旅籠屋、問屋の数も多かった。明
て歩きやすい。
中 山 道 原 道 が 復 元、 整 備 し て あ っ
た枝垂れ桜は満開。峠の上からは、
峠の一里塚に松とともに植えられ
次を歩く
(3)
まで下りた後の登りの長坂は、ク
川に架かる橋の上から見た浅間山
た酒蔵の入口には歌碑が建てられ
中山道
マザサが雪の重みで道を覆い、積
は美しく、急いで通り過ぎてしま
ている。名主で本陣も務めたとい
上田高校 期生が還暦を迎えた
のを期に始まった中山道の旅。楽
しく歩いているうちに秋が深ま
の峠越えは不安だったが、スター
雪
坂本宿から長久保宿まで
り、とにかく年内に碓氷峠を越え
㌢の下は霜柱で、踏みしめる
うのは惜しいほど。
ト 地 点 の 横 川 は 薄 雪 だ っ た の で、
歩くことにした。
れている東門を通関手形なしに通
本陣跡は立て看板のみ。日没にな
軽井沢宿は、今は旧軽銀座と呼
ば れ て 観 光 客 で に ぎ わ っ て い て、
に入る。うっそうと茂る杉林の道
柱があり、ここから杉林の登山道
坂本宿の西の木戸を出てしばら
く歩くと、碓氷峠自然探勝路の標
栄え、今も江戸時代の雰囲気を残
中山道と北国街道の分岐点として
借宿を通って追分宿へ。追分宿は
沓掛宿から、中馬追いで賑わった
う酒蔵では、善光寺秘蔵酒を試飲。
しゃち
芦田宿本陣
の 門 を 入 る と、
鯱の屋根飾り
のある豪壮な
装飾の客殿が
あ り、 間 取 り
図が掲示して
あ る の で、 中
に入れないが、
奥の客殿の様
子を想像した。
芦田宿を出
ると、笠取峠。
清水計枝(
期)
64
〒 169-0075 東京都新宿区高田馬場 1-34-1 サンフジビル 5F
TEL (03)5272-8830 FAX (03)5272-8836
URL http://www.s-giken.com
き ごう
ようということになった。
足がズブズブと沈む。ここが最後
満開の桜を見ながら芦田宿へ。
り過ぎ、薬師坂を登って2㌔ほど
り、クリスマス・イルミネーショ
は、雪もなく快適な初冬の山道、
している。宿場出口の分去れの碑
松並木の木漏
が残り、一福処・資料館も整備さ
第6回は昨年 月 日。前夜か
らの寒波で軽井沢は積雪 ㌢。雪
の難所と声を掛け合って登り、碓
五郎兵衛新田の中の道を歩くこ
と約 ㌔で八幡宿。米の集散地と
歩くと坂本宿。徳川幕府の参勤交
ンで幻想的に輝く街を散策し、懇
水峠の頂上にたどりついた。
代制に伴い、幕命で作られた宿場。
親会で疲れを癒した。
横川駅から旧旅籠屋が残る中山
道を歩き、碓水の関所跡に復元さ
整然と区割りされた街並みが今も
と思う間もなく、刎石坂の急登。
から、左の中山道をたどり、小田
残る。
第7回は2月 日、軽井沢駅か
ら、 春 ま だ 浅 い 信 濃 路 を 歩 い た。
「箱根より甚だ難所也」と古絵図
れ日の中を旅
システム技研株式会社
25
人気分で上る。
清水 通男(66 期)
代表取締役
27
小田井宿は小さな宿場だったと
井宿へ。
ソフトウェアの
10
27
69
19
に書かれているとおりの急坂を
30
中山道長久保宿
12
分、路傍には南無阿弥陀仏と彫ら
3
10
64
生理的老化現象としては、臓器
が衰える、免疫力が弱まる、機能
兵・ 真 田 幸 村 公 」 の N H K 大 河
年記念行事への寄付、「日本一の
第 2 部 の 懇 親 会 は、 本 部 か ら
の 報 告 事 項、 母 校 創 立 1 1 0 周
が寄せられた。
る 内 容 で、 会 場 か ら 万 雷 の 拍 手
とって年齢に即し身につまされ
にまとめられた講演は同期生に
ンの尽力に感謝する。
島彰両世話人と滝沢睦夫カメラマ
えた。あらためて、馬場武彦、倉
5 人 が 参 加 し て く れ、 錦 上 花 を 添
ん の 講 演 会 と い う こ と で、 女 性 軍
し く 盛 大 に 行 わ れ た。 橋 田 ち せ さ
生」が混じる酒宴の中でにぎにぎ
あと、同期生の岡崎酒造の「亀齢・
一直線に通じているとのこと。
は、 わ れ ら が 母 校 の 古 城 の 門 ま で
日輪寺の山門前から西に伸びる道
宮 社 を 経 て、 日 輪 寺・ 宗 吽 寺 へ。
い、 桜 が 満 開 の 毘 沙 門 堂、 科 野 大
か う。 常 田 館 か ら 旧 北 国 街 道 を 伝
発、 ま ず は 笠 原 製 糸 の 常 田 館 に 向
年
「はあといん乃木坂」
2月 日、
ご し き
において関東 五 四期会の新年会を
回復が遅くなる、環境順応力が衰
関東五四期会新年会に 人
人と本部から春日
開催し、会員
期)
さらに海野町へ。通りは既に歩
行者天国が始まり、道路の中央を
沓掛文哉(
ドラマ放映実現署名の要請等の
認 知 症 が そ れ で あ る。 予 防 法 は、
旧北国街道を歩く
の方からブラスバンドのパレード
が や っ て 来 た。 こ の 辺 り は ま だ 人
影も少なく、やや寂しい感じ。そ
して柳町のコラボ食堂で昼食とな
か り と い う「 あ や 姫 膳 」 を い た だ
期が上田で同期会
歩 く。 原 町 通 り に 出 る と、 向 こ う
える等が挙げられ、神経機能では
会長、山口幹事長ら3人の計
が参集した。
第一部の講演会は、同期の横浜
まず健診等で現在の自分の健康状
国大名誉教授の橋田 旧
( 姓 中 島 ) 態 を 把 握 し て お く こ と が 前 提 で、
ちせさんが、演題「老年期の健康
法」を丁寧に分かりやすく話して
人。旧北国街道をたどって「歴史
目指すNPOが、古文書にあった
る。 2 日 前 に 試 食 会 が 行 わ れ た ば
運動 ス
( ポーツでなくても可 を
)
心掛ける。認知症については、誰
の町並みの路で環境・食 身
・ 体・
地域・五感で知恵を学ぶ」という
栄養をまんべんなく 特
( に動物た
んぱくを と
) り、早く歩くなどの
平 均 寿 命 に 達 す る こ と で は な く、
かに早く気付いてもらい、早く手
外れの降雪に見舞われ、イベント
時過ぎには太陽が顔
田」ウォーキングは予定通り挙
回上田真田まつり」が行
行することができた。またこの日
は「第
われ、ブラスバンドのパレードや
真田武者行列もあり、通りや上田
城址公園はたくさんの人出でにぎ
わっていた。
ウ ォ ー キ ン グ 参 加 者 は 人、
そ れ と「 ゲ ー ト ウ ェ イ U E D A
12
北村尚巳(
期)
きつつ、約7㌔を歩いた。
所のポイントで問題を解
に 到 着、 解 散。 途 中 5 カ
をたどって上田城址公園
き、「歴史の散歩道」
(写真)
へ直角に曲がる所まで行
腹を満たして再び旧北
国 街 道 へ。 矢 出 沢 川 が 南
だそうだ。
れるのはこの日が初めて
も の と い い、 一 般 に 出 さ
章姫にちなんで作られた
田 藩 松 平 家 6 代 当 主 忠 優 の 4 女・
く。 地 産 地 消 に よ る 地 域 活 性 化 を
一般的にその6―7年前の状態の
当てすることが大切という内容。
献立を参考にして、江戸時代の上
方でやみ、
今年の 期総会・懇親会は 月
日に開催された。当日は、季節
「健康寿命」をいかに平均寿命に
「北国街道コース」を歩いた。
54
のゴルフ・コンペは積雪のため中
近づけられるかである。
関東五四期会新年会に集まった 41 人
4
を出して「歴史が薫る城下町・上
9
ウォーク信州上田城下町」という
58
28
ボランティア団体のガイドが2
歴史の散歩道
止を余儀なくされたが、降雪は朝
58
41
職業柄とはいえ、時間ぴったり
58
54
ガイドの案内で上田駅前を出
17
41
38
10
くれた。要約すると、大切なのは
人
卒 業 し てから
うえだ 80 号 P13
うえだ 80 号 P14
ゴルフコンペ
秋葉光廣氏が優勝
位の
3
見事優勝の栄冠に輝いたのは秋葉光
関東同窓会ゴルフ同好会主催のゴル フコンペは 月 日、千葉カントリー 廣さん( 期)で、グロス(GR) 、ネッ
。
68
67
。準優勝は佐伯謹吾さん
、NT
89
クラブ川間コースにて開催された。当 ト(NT)
63
期 ) で、 G R
金 額
10,000
33,000
2,000
2,000
3,000
2,000
1,000
3,616
176,616
90
、NT
期
氏 名
61 笠井徳爾
62 岩井重一
62 栗山正雄
65 上原 昇
68 田中秀喜
69 高橋 実
62 期有志
執行部有志
計 24 人+2団体
期)はGR
金 額
1,000
5,000
8,000
1,000
5,000
8,000
1,000
1,000
50,000
65
日はコースのいたるところ桜が満開 (
氏 名
滝澤睦夫
高木佳年
大日方勝利
小林朋晃
大橋邦夫
白井 透
鷹野芳機
出嶋紀一郎
日置勇二
70
。いずれもアンダーパーの好成績で
(2009 年 10 月1日〜 2010 年3月 31 日)
83
で獲得。
4
期)が
63
65
あった。ベスグロは常連の西澤省悟さ
6
ん(
度目の優勝。
2
期別対抗戦は、今回 人以上参加の
チームで争われ、 期チームが平均
73
・0で
63
NT
さらに今回のサプライズは、林壮治
さん( 期)がホールインワンを達成
度
2
したこと。当コンペでのホールインワ
54
期)以来
期
54
57
59
59
60
60
60
60
60
ンは、花房伸吉さん(
金 額
10,000
10,000
3,000
1,000
2,000
1,000
10,000
1,000
2,000
目の快挙である。
氏 名
石井正六
小川太郎
清水哲夫
大平 暁
山岸萬亀男
久保田 滋
吉村洋一
大塚教夫
服部聦一郎
優 勝 し た 秋 葉 さ ん の 弁。「 今 日 は 天
候、パートナーに恵まれました。ハン
期
33
36
43
48
49
50
50
53
53
28
はこれまでの蓄積で、これを最
寄付者 / 寄付グループ
ディ
番
5
期別対抗戦で優勝した 63 期チーム
大限利用することで優勝できました」
番で
8
ほどでした。今朝スタートしたら意外
に 調 子 が 良 く、 西 コ ー ス
ウッドのショットがカップインしまし
11
た」
次回は 月下旬から 月上旬ごろ開
催の予定です。最近は案内直後に満杯
上原昇( 期)
幹事
になりますので、早めのエントリーを
お願いします。
65
10
ホ ー ル イ ン ワ ン 達 成 の 林 さ ん の 弁。
「昨日まで腰痛でキャンセルを考えた
優勝した秋葉光廣氏(左)
人 が 参 加 し、
40
で、絶好のお花見ゴルフ大会となった。 山辺良樹さん(
今回はこれまで最多の
盛会となった。
期別対抗は 63 期制す
4
8
55
95
運営基金拠出者
期
氏 名
43 田玉重陽
55 柳沢郁政
65 笹沢政利
66 西川みち子
計4人
金 額
10,000
10,000
10,000
10,000
40,000
期
氏 名
67 水島良子
69 池田有美子
69 倉沢 裕
72 船渡和男
72 関 博明
72 関 雄二
72 福田礼子
入場者有志
染谷丘高卒業生有志
金 額
3,000
500
500
2,000
500
500
1,000
8,000
5,000
サマーウォーズ上映会支援者
期
52
53
53
53
54
54
54
55
56
56
57
氏 名
森 浩一
浅野井 恭
櫻井功輝
堀内忠久
藤村延魚
前田喜美子
有志
宮島光男
笹澤政道
成田邦夫
田沢雄二郎
金 額
1,000
500
500
1,000
1,000
1,000
50,000
2,000
1,500
1,000
1,000
期
57
58
60
60
61
61
62
62
62
62
62
氏 名
宮坂幸雄
波田野 浩
白井 透
有志
荻原隆治
笠井徳爾
浅井保雄
片山隆行
栗山正雄
小山平六
松井由美
金 額
1,000
5,000
1,000
30,000
500
1,000
1,000
1,000
20,000
500
10,000
期
62
62
63
63
64
64
64
65
65
66
67
氏 名
柳澤敏雄
依田欣五郎
川村恭司
保屋野美智子
小野博見
藤巻禮子
有志
上原 昇
丸山暢久
清水 理
堤 達
金 額
1,000
1,000
1,000
500
500
1,000
9,000
1,000
1,000
500
500
計 37 人+5団体
168,500
うえだ 80 号 P15
5,240,000
5,617,791
377,791
0
0
0
6,185,499
6,563,290
377,791
度と同様に発行。
▶「サマーウォーズ」上映会
4月 10 日に一ツ橋ホールで開催。
細田守監督のトークショーも実施。
▶ゴルフコンペ
例年通り年2回実施。
▶ホームページの活用
同窓会員や同期会、母校の動向、
お知らせなどを HP に積極的に取り
上げ、情報交換を促進。
▶母校・本部などとの交流
母校社会講座への講師派遣、入学
式・卒業式への出席、上田本部、他
支部の総会への出席。
▶他団体との交流
県高校東京同窓連の活動に引き続
き加わり、同様の活動を行っている
各同窓会との交流を継続。
▶財務健全化
会 報発送先の絞り込みを実施。
その前段的措置として、80 号の
送付に合わせ、各会員に会報が確
実に届いているか調査する。
31
2009年度会務報告案
(小 計)
して発行、81 号は年末年始に昨年
10
年3月 日)
-32,000
30,000
218,000
27,000
145,457
-11,000
334
80 号は6月初旬に総会直前号と
09
年4月1日〜
1,408,000
530,000
2,218,000
627,000
645,457
189,000
334
▶会報
(
1,440,000
500,000
2,000,000
600,000
500,000
200,000
0
中心になって企画運営を実施。
48
回総会・懇親会
大会会費収入
会報広告料
年会費収入
会議費収入
寄付金収入
雑収入
受取利息収入
会費に。実行委員最年長の 63 期が
27
▼第
▶第 49 回総会・懇親会
80 号発行を記念し、6000 円の特別
年 6 月 日 に 如 水 会 館 で 開 催 し、 1 8 6 人
が 参 加。 総 会 で は 新 幹 事 長 を 選 出 し 、 相 談 役 、
収 入 の 部
予 算
決 算
945,499
945,499
科 目
前期繰越金
館で開催。母校創立 110 周年、会報
09
2009 年 ( 平成 21 年 ) 度決算報告案 (2009 年 4 月 1 日〜 2010 年 3 月 31 日 ) (10 年4月1日〜 11 年3月 31 日)
2010 年7月3日(土)に如水会
顧 問 に 新 た に 各 2 人 の 委 嘱 を 決 定。 宇 崎 竜 童 さ
90
78
んらのジャズ演奏が懇親 会 を 盛 り 上 げ た 。
79
09
▼会報
62
年5月下旬に総会直前号として 号を発
行。 年 末 に 簡 易 版 発 行 を 計 画 し て い た が 、 収 入
21
の好転を受け、正式版と し て 号 を 発 行 。
期の調査を各期
86
10
▼新年会
期から
47
年 1 月 日 に 日 本 教 育 会 館 で 開 催 し、 人
が参加。講演会は岩井重一氏( 期)による「裁
月に
11
判員制度がスタート」。
月、
10
▼住所不明会員の集中調査
09
年
で実施。1割近い会員の 新 住 所 が 判 明 。
▼年会費納入状況
万 円 の 増 と な っ た。
13
09
年度の年会費収入は222万円と予算を
22
万 円 超 え、 前 年 比 で も
2010 年度会務計画案
15
住所調査による貢献も大 き い 。
65
▼寄付金収入
年 度 は 万 円 と 予 算 を 万 円 超 え 好 調。 総
会受付の際の寄付協力な ど が 大 き く 貢 献 。
11
▼「サマーウォーズ」上映会を企画
年 度 計 画 に は な か っ た が、 月 の 役 員 会 で 急
き ょ 上 映 会 開 催 を 決 定 し、 企 画・ 参 加 者 募 集 を
実施。上映会自体は 年 度 に 開 催 。
▼その他
ルフ
母 校 社 会 講 座 へ の 講 師 派 遣、 年 2 回 の ゴ
コンペ実施、本部や各支部総会などに出席。
10
09
運営基金利息繰入
合 計
差 額
0
科 目
大 会 費
会 報
交 通
通 信
会 議 費
渉 外 費
印 刷 費
事 務 費
雑 費
(小 計)
支 出 の 部
予 算
決 算
1,260,000
1,243,108
1,400,000
1,861,768
200,000
148,180
120,000
62,928
700,000
709,530
200,000
199,249
150,000
138,600
720,000
776,950
60,000
78,202
差 額
-16,892
461,768
-51,820
-57,072
9,530
-751
-11,400
56,950
18,202
4,810,000
5,218,515
408,515
次期繰越金
1,375,499
1,344,775
-30,724
合 計
6,185,499
6,563,290
377,791
2010 年 ( 平成 22 年 ) 度予算案 (2010 年 4 月 1 日〜 2011 年 3 月 31 日 ) 科 目
前期繰越金
収 入 の 部
22 年度予算 21 年度決算
1,344,775
945,499
増 減
398,942
大会会費収入
会報広告料
年会費収入
会議費収入
寄付金収入
雑収入
受取利息収入
1,260,000
500,000
2,100,000
750,000
670,000
200,000
0
1,408,000
530,000
2,218,000
627,000
645,457
189,000
334
-148,000
-30,000
-118,000
123,000
24,543
11,000
-334
(小 計)
5,480,000
5,617,791
-137,791
0
0
0
6,824,775
6,563,290
261,485
運営基金利息繰入
合 計
運営基金特別勘定 (2010.3.31 現在)
科 目
大 会 費
会 報
交 通
通 信
会 議 費
渉 外 費
印 刷 費
事 務 費
雑 費
(小 計)
次期繰越金
合 計
支 出 の 部
22 年度予算 21 年度決算
1,260,000
1,243,108
1,750,000
1,861,768
160,000
148,180
80,000
62,928
1,070,000
709,530
200,000
199,249
150,000
138,600
750,000
776,950
60,000
78,202
増 減
16,892
-111,768
11,820
17,072
360,470
751
11,400
-26,950
-18,202
5,480,000
5,218,515
261,485
1,344,775
1,344,775
0
6,824,775
6,563,290
261,485
一般会計・特別会計総括表(2010.3.31 現在)
科 目
金 額
科 目
金 額
現 金
2,051,905 次期繰越金 1,344,775
510,379
同利息
2,487,418
17,680
2,505,098 普通預金
郵便振替
549,523
利息一般会計繰入
-1,700,000
-1,700,000 特別会計から一時流用 -1,948,632
181,600
合計
10,937,418
57,680
10,995,098 上映会(前払金ー前受金)
< 運営基金用 >
(単位:円)
定額貯金
5,217,680 運営基金
10,995,098
普通預金:三井住友銀行
定期預金
3,823,193
郵便振替:麹町郵便局
普通預金
5,593
定額貯金:麹町郵便局
一般会計へ一時流用
1,948,632
科 目
運営基金
前期繰越
10,150,000
当 期
40,000
定期預金:三井住友銀行
期末残高
10,190,000
合 計
12,339,873 合 計
12,339,873
うえだ 80 号 P16
小島吉男 2010
近藤正輝
13
近藤郁雄
13
坂口武久
10
清水康弘
13
白倉憲二
12
関 行裕
09
高木佳年
12
滝澤紀夫
10
滝澤文雄
10
竹内 昭
12
田沢雄二郎 12
田村義昭
20
戸塚英雄
10
中澤啓司
13
西尾紀一郎 14
野田晃弘
11
箱山 雍
23
畑 勲
12
保科政男
11
堀 英毅
12
堀内 修
12
本田 健
10
前田由美子 09
松木 功
17
松田光一
10
宮坂幸雄
09
宮下廣勝
10
山浦 武
09
山嵜逸雄
12
横沢武久
14
渡辺静雄
11
渡辺浩通
13
鈴木芳枝
15
山崎紀典
09
金澤昭義
10
馬場健一
13
武井和雄
09
58 期
青木 淳
14
赤池三男
09
井沢 敬
19
磯部由紀子 09
伊東啓治
13
伊東紀男
12
伊藤文明
14
大井秀三郎 13
大島仁士
10
大日向寛畝 10
片岡春雄
12
金井 久
09
金子親碩
13
鎌原昭治
10
北澤 彰
09
北村尚巳
09
久保田達夫 13
倉島今朝徳 21
小池 晃
11
神津 進
12
小島佳雄
09
後藤史郎
13
小林慶三
11
小林俊雄
11
小山 泰
11
小山捷二
12
品川勇一
12
清水壽一
11
清水博一
09
城下 尚
14
関 徹
10
高橋福幸
10
滝澤一彦
12
滝沢信夫
13
田中 剛 2009
手塚信康
09
手塚洋兵
12
寺島紘士
13
寺島知惠子 13
中沢則夫
09
中島秀忠
12
中島勇司
12
中村国武
10
中村 敏
11
西澤益男
09
波田野 浩 13
林 嘉市
16
堀内 昭
14
本田祥治
10
宮川克彦
17
宮原清明
10
宮原安春
09
宮本忠昭
16
百瀬和紀
18
森 邦夫
13
矢嶋瑞夫
15
山岸宜公
10
山邉光一
11
吉池千冬
09
吉池正樹
13
依田康徳
10
桜井成樹
12
星野和俊
13
59 期
有賀勝雄
12
石塚洋一
09
指宿淑子
10
岩崎忠夫
10
柿崎靖夫
12
掛川勝司
10
木下嶺夫
12
小林賢一
10
小林朋晃
11
小林宏行
10
小林芳友
11
小林義典
14
坂口茂夫
10
櫻井資悦
10
清水侯博
10
関 和明
09
関根克郎
10
関本桂子
10
武重昭蔵
11
田村 功
09
千野裕明
13
土屋勝典
13
常磐秀夫
11
西沢正浩
09
萩原清人
11
長谷川久二 18
羽田幸昌
09
羽田幸善
12
石﨑吉宏
14
藤倉恵子
09
町田克二
12
水出清仁
14
柳澤喜明
16
山口元彦
09
山嵜勝二
10
大日方勝利 22
60 期
池田 清
10
伊藤正俊
10
井上 茂
10
今井勇雄
11
上原惇子
11
大草 進
13
大橋邦夫 2010
荻原武仁
09
尾上朝子
13
風間文彦
11
北原英孝
12
沓掛行徳
10
久保柳哉
14
黒澤博身
14
小林秀芳
11
小松有也
13
小宮山 毅 09
小山比呂志 09
塩川英世
10
清水敏弘
14
清水幸雄
11
白井 透
13
袖山 脩
09
鷹野芳機
15
滝澤章次
13
竹内善尉
09
竹倉征祠
15
武田直樹
11
田中一穂
12
田中 純
09
田中 節
11
田中武夫
10
塚田 晃
10
出嶋紀一郎 09
戸島忠彦
09
戸塚武雄
12
長崎 誠
11
中島恭一
09
中島 亨
10
中島敏男
14
西沢國隆
14
沼形泰枝
13
橋詰武敏
11
羽毛田 信 10
久田英保
09
平林 久
14
福嶋 宣
19
古川 敦
09
前田尚武
12
松井石根
12
松木 強
09
松林純夫
16
丸山久勝
14
三井武雄
09
武藤義勝
13
村田正男
09
森田英明
10
両角 聡
09
矢島邦彦
11
安間 襄
13
柳沢 厚
13
柳沢直治
09
山本哲之
14
渡辺達三
11
渡辺俊彦
12
下里 剛
11
甲田 奏
09
61 期
新井袈裟光 13
有坂猛三
13
飯野栖子
10
池田 稔
13
市川武伸
13
井出孝光
13
井上 剛
10
内山澄孝
11
大井 剛
10
大草猛生
12
大沢裕吉
13
大澤義隆 2011
荻原隆治
14
奥村喜美子 10
尾和正暉
20
加賀美徳行 11
笠井徳爾
13
岸田 勇
09
沓掛 忠
13
久保田敬雄 12
小林宣光
14
小山 満
11
鮫島秀之
09
関 勝男
13
高橋宗雄
10
滝澤 進
10
田沢 洋
14
玉木純雄
12
西澤正捷
16
羽毛田仗一 17
半田利雄
12
平林秀明
09
星山輝男
10
細萱英久
12
堀内寿美
24
町田 章
09
三井文人
13
宮坂 清
10
宮島英紀
30
麦島和子
10
望月 信
17
山浦直次郎 14
由井 崇
09
吉澤善男
12
関 勝
12
62 期
青柳健次
13
秋田 勇
15
浅井保雄
11
朝沢 智
09
有賀幾夫
11
有光忠夫
09
岩井重一
22
小川朝行
13
片山隆行
13
片山登喜男 11
木内和宣
14
栗山正雄
09
桑田博章
09
小泉邦夫
10
児玉一江
10
小林 眞
09
小山平六
14
斎藤実敏
14
酒井伸二郎 09
坂口典和
11
佐藤澄江
15
清水輝夫
09
正村真治
10
白井宏和
13
関 祥行
11
高梨奉男
13
瀧澤 晃
09
滝澤 淳
09
多胡義孝
09
田島善光
15
田口象二郎 09
土屋和猛
12
中澤裕治
16
中曾根弓夫 09
中村眞一
14
中村房子
16
中山君平
09
西沢邦宣
09
橋詰剛史 2009
羽田啓吾
10
花岡孝雄
13
牧野紀明
13
松井由美
15
松山 武
12
真山隆夫
11
丸山 茂
09
宮坂和夫
09
宮坂信章
14
宮崎信二
19
室賀太郎
13
諸岡健児
11
柳澤敏雄
14
柳沢昌俊
10
依田欣五郎 12
小出勝利
09
塩入功三
09
高松郁夫
13
小林圭一
09
村上国夫
11
63 期
青木郁夫
12
浅野幸司
11
飯島正文
13
飯塚一雄
10
大塚和弘
10
荻原英夫
10
上条和祥
11
川村恭司
09
神林 森
11
木村公平
09
小高崇男
09
小林正則
11
小林悠一
19
小林諒一
14
桜井敬二
09
佐伯謹吾
13
関田正幸
10
滝沢鐵夫
15
武井長久
10
田中 稔
12
角田玲子
11
中沢秀夫
15
中山和彦
10
成澤三雄
29
西澤信幸
09
林 壮治
10
藤川 昇
12
保坂証司
13
保屋野美智子 12
堀内敏文
09
宮入従誠
09
宮崎辰治
09
矢島正晴
09
山浦 衛
11
山浦善樹
09
山浦成子
09
若林春樹
11
渡辺節男
09
64 期
浅井康彦
11
荒井裕二
13
有賀 猛
11
石井則男
09
一瀬清治
11
一場美智子 13
奥村恭子
12
小野沢常裕 13
北原巖男
11
児玉正直
09
小松正佳
09
小宮山 孝 09
島田彰男 2009
清水淳郎
09
清水敬久
11
清水安雄
09
清水計枝
11
春原和民
10
関川 哲
10
高梨芳男
11
竹内中和
11
塚田高明
09
辻 佐知子 12
直井隆徳
11
永井信介
10
中西載慶
13
小野博見
09
藤巻禮子
09
松高賢一
12
宮坂信之
11
宮澤康元
11
村居次雄
12
柳沢信義
13
柳田 稔
12
山崎一郎
09
吉崎芳郎
09
塩川伸明
18
田中耕一
10
野村 一
11
山本淳一
09
65 期
赤尾晴夫
11
池田恵一
11
岩崎和雄
12
岩崎ひとみ 12
上原 昇
09
内堀 信
13
宇野直幸
11
大野正広
09
折井正博
14
柿崎良男
13
菊地暁子
12
塚田道明
10
甲田幹夫
12
小宮山 豊 09
小山雅堂
12
笹沢政利
09
塩川明男
10
柴田正文
関森寿一
高畑悟郎
瀧沢政視
田中 昇
田中由紀子
田村一平
田村栄治
仲澤 正
中村宣夫
西澤省悟
馬場和幸
林 長人
深町美由
丸山隆平
緑川政志
宮川恵三
10
11
09
13
09
09
13
13
09
11
10
12
09
12
09
09
11
清水俊文
山辺良樹
09
11
宮原 豊
柳沢光美
山浦陽士
山浦敬夫
横関洋一
丸山暢久
11
11
09
12
10
11
66 期
荒井秀人 2009
磯川周治
11
今井郷子
09
大石雄司
10
鬼久保潤一 10
北澤英男
12
北島良男
11
小山 茂
09
笹澤和平
14
清水 理
09
清水通男
20
田口 博
11
竹内豊和
11
田中 茂
11
田村和枝
10
緑川正次
10
宮坂栄一
10
柳澤公雄
13
山邉豊文
13
石井茂夫
09
堀内ふき
10
67 期
岩崎 章
10
熊坂文成
10
小林みゆき 13
小松康夫
10
坂口公一
09
清水研一郎 09
田中啓子
12
谷合裕子
10
堤 達
09
手塚 茂
18
丸山博見
17
水島良子
10
山下一雄
14
山本修士
09
佐々木美千代 09
沓掛正樹
09
68 期
稲寺 隆
10
碓田 茂
13
工藤敏夫
09
甲田 廣
09
小山 実
10
塩野入文雄 12
芝間伸剛
18
田中秀喜
09
土屋耕太郎 16
中川彰雄
14
中島みどり 15
西沢 悟
13
松山研治
10
丸山洋一
12
宮川俊晴
12
宮崎直之
09
山本近雄
11
横山佐苗
10
金子元昭
12
69 期
池田有美子 09
小川亮夫
13
尾立孝司
10
蟹江由美子 12
倉沢 裕
09
清水龍夫
10
関 和義
10
高橋 実
10
土屋文男
10
栃原重文
12
藤谷芳子
12
古畑克巳
12
吉村邦彦
13
70 期
安藤 哲 2013
伊藤彰紀
10
大橋志津江 11
小池朋子
11
渋沢 稔
10
花岡千賀子 09
平賀淳子
16
丸山清光
11
緑川正博
13
虫明陽子
12
71 期
赤木千江子 09
國安法夫
09
久保田則夫 11
近藤 徹
09
高木 繁
11
柳沢幸夫
10
青松英男
13
72 期
朝川雄二
09
今井一郎
14
岩崎裕治
10
榎本美智子 09
川崎とみ子 13
氣田夏子
12
小宮山修邦 10
関 博明
09
関 雄二
09
竹内功一
10
田中 誠
13
長坂武見
12
船渡和男
10
福田礼子
09
矢島基美
09
山崎初美
09
依田昌樹
09
73 期
阿部直彦
09
尾台通久
10
河野嘉子
12
須貝 博
09
橋爪宏達
09
橋爪尚子
09
藤木和彦
10
藤澤市郎
13
74 期
荻原久俊
09
坂口洋三
14
林 幸平
10
宮下研也
09
75 期
小林正宏
11
羽田 平
09
宮島省吾
13
山田美紀
14
和氣寿子
09
渡辺聡明
22
76 期
内山憲一
09
佐藤美恵子 09
清水順三
13
土屋久幸
10
広田徳明
13
福井正彦
17
堀籠秀直 10
77 期
佐藤之俊
10
黒澤太平
09
78 期
鵜殿理枝
12
渡邊 博
15
小相沢直美 13
吉田和子 2009
79 期
荻原 貴
10
清水雄至
10
松尾 弘
10
今井 明
11
中村通孝
10
80 期
石黒久仁子 09
小林 章
09
長谷川 剛 09
會田信子
31
81 期
今田明日香 11
小池 徹
09
児玉俊一
09
服部みどり 09
立木富恵
09
82 期
田玉智明
13
中村 薫
09
長谷川 浩 12
堀田きよみ 10
83 期
大野聡子
09
竹内延彦
09
榎本かおる 10
84 期
山岸勝博
09
吉池 仁
14
85 期
小須田武志 13
近藤弘司
11
桜井紀彦
09
加藤 学
09
86 期
住田陽子
09
87 期
北村玲子
13
89 期
野澤郁子
12
92 期
橋本真弓
09
93 期
阪下千恵
09
95 期
橋本清香
10
97 期
露久保智美 12
津島葉子
09
依田恵美子 11
100 期
滝澤成晃
13
小池伸太郎 10
田中悠樹
11
103 期
塩澤陽香
09
山越聖子
09
矢口 寛
09
依田秀男
10
104 期
羽田えみ
09
清水文隆
09
高柳賢治
11
岩田菜里子 11
水野高夫
12
107 期
大木智恵
09
甲田英里子 09
計 1,134 人
うえだ 80 号 P17
年会費納入者一覧 (2010 年3月末現在)
▶年会費納入にご協力いただき、ありがとうございます。一覧は 2009 年度以降の年会費を納入した方(1,134 人)です。
▶名前の後の数字は、その年度まで納入したことを示しています。
(例:10=2010 年度分まで納入済み)
▶会報に同封の年会費の直近納入日、納入期限をご参照ください。80 歳以上の方は年会費免除です。
▶過年度分未納の方は、さかのぼって納入する必要はありません。納めていただいた時点からカウントいたします。
お問い合わせ先:事務局(幹事長)栗山正雄まで TEL/FAX 03-3811-2639
31 期
土屋 学 2010
32 期
水野利男
12
35 期
滝澤 正
16
36 期
滝澤克己
09
37 期
清水志郎
15
39 期
菊地 博
16
40 期
児玉安彦
10
森山博司
13
吉田節生
09
渡辺久雄
09
41 期
古松 彰
10
宮下俊夫
14
42 期
岩下 實
10
栗田裕夫
13
43 期
横澤昭安
10
44-5 期
北澤 守
11
久保田昭寿 12
甲田悌三
13
児玉喜年
11
小林義徳
11
44-4 期
井出正人
09
小林一雄
10
小山令二郎 09
高橋昭平
09
竹内秀彦
23
中村 強
10
柳沢清史
09
45 期
掛川暉夫
10
児玉和己
09
森 茂
16
46 期
相澤忠一
09
有賀 治
14
出浦 仁
09
神林常視
11
工藤忠房
11
久保宗一
10
佐藤 信
10
清水巻郎
10
長谷川 潔 11
水澤 博
11
宮沢 寿
12
47 期
飯田久夫
10
井出周利
12
片山治夫
14
加藤文郎
10
金子 宏
10
柄沢和彦 2011
清宮栄市
09
沓掛元砥
09
窪田富男
09
小山邦朋
10
笹井 博
20
佐藤一郎
13
佐藤 喬
37
島津虔一
09
関本秀治
11
田澤 徹
10
田守正雄
19
土屋 博
10
豊城 乾
10
中村義夫
10
成田光夫
09
西澤祥平
11
西村 勉
10
花村義男
18
馬場善一
09
深井明爾
10
牧内 操
14
丸山栄一
20
三浦嘉治
17
水野 純
11
宮原俊雄
22
宮原信治
09
村瀬潤一
09
山岸五郎
10
山崎繁廣
11
48 期
相田俊一
10
今井正明
10
入山一徳
09
浦田光雄
11
大平 暁
09
柿崎眞吾
13
掛川周男
13
金岡信夫
09
熊川次男
09
小林富士雄 15
小林芳彦
13
小松昭威
11
佐藤 尚
09
篠原泰司
10
清水貞吾
09
清水雄司
10
城下栄三郎 11
春原 寛
16
高柳英治
11
高柳直樹
11
竹内一夫
10
田原 敬
10
塚田正直
09
土屋 亮
09
中澤利雄
09
中村哲治
10
平林直之
10
堀内 惇
10
堀内道夫
10
峯村千徳
11
宮澤英人 2009
山極喜郎
14
山崎延秋
09
山崎光夫
13
吉村 功
09
土屋侃司
12
49 期
青木喜久彌 12
芦田 純
10
飯島弘行
12
石井智憲
09
石塚民雄
12
榎本秀雄
20
大石和夫
09
荻原 賢
14
小澤泰衛
11
久保利夫
12
小林喜六
14
高野郁雄
10
滝澤茂夫
10
田中達夫
10
土屋 正
09
鶴見慎一郎 10
永井俊夫
11
永島啓二
09
西野入利雄 09
樋村晃一
09
堀内寅次
10
前田芳造
10
牧内泰道
18
町田健一
09
松岡秀夫
10
松本初男
20
翠川 輝
12
宮坂 博
19
柳沢敏郎
10
山岸萬亀男 11
依田好雄
09
渡辺侃治
11
銭澤末治
15
小野 実
12
50 期
五十嵐明迪 11
石井一郎
14
石井敬二
11
井出藤壽
10
宮下厚樹
10
尾台 久
13
金井昭夫
11
金井忠雄
27
北川嘉一
09
工藤俊夫
10
久保長行
10
久保田 滋 11
輿水朝治
10
児玉忠雄
11
小山邦介
09
小山洋之介 32
清水正晴
09
滝沢主計
09
竹内啓爾
26
武重秀雄 2010
塚田 満
17
新堀英行
10
西野 明
11
沼田 淳
14
馬場進吉
18
堀内健二
15
間庭秀人
11
水野哲雄
15
宮原 巍
09
宮本嘉興
13
室賀超八郎 09
甕 滋
10
柳沢洋一
10
山田秀昭
10
山辺孔一
14
吉村洋一
19
渡辺一雄
09
渡辺洋一
22
袖山睦啓
10
宮原省三
22
山崎和美
11
51 期
青島昭久
10
浅野井 哲 12
荒井一男
10
有賀秀雄
12
飯塚 壽
11
池田義雄
18
井出英三郎 11
上原 昂
10
上原隆雄
10
臼田 稔
09
内久根孝一 11
太田幸男
14
小胎治雄
10
掛川國雄
12
鎌野秀嗣
10
蒲生卓磨
11
倉沢直哉
14
黒川嘉郎
14
清水 順
12
山田直衛
14
清水英明
14
竹内英晃
13
龍野勇介
10
徳永慈宏
10
中澤良行
12
中島 宏
18
中島通明
09
中曾根 聡 13
中山隆雄
13
成澤誠司
21
長谷川孝一 13
早川正範
13
保坂利勝
09
堀内弘栄
13
堀内照雄
17
丸山瑛一
12
宮川 司
14
宮澤正躬
10
村田 寛 2013
母袋博一
11
両角克己
10
八木浩輔
13
柳澤 暁
14
柳沢 純
19
柳沢五郎
09
横島義之
13
吉沢深二
13
六川二郎
12
六川博輔
16
滝澤英彦
19
丸山 弘
09
小林貫一
12
52 期
青木 功
29
赤池孝之
11
飯島孝一
13
飯塚和男
16
池田松子
09
生駒利行
13
石合正和
12
石巻伸夫
09
稲垣正武
11
上原佳和
09
掛川十次郎 11
掛川正司
14
片山浩之
10
川村 努
09
久保治良
09
古平伸吾
14
小林孝典
24
小林武彦
13
小林俊憲
13
小林盛男
10
佐々木淳二 18
柴田正人
13
新保知右喜 13
須藤尚彦
15
瀬川直佑
09
関 正利
11
高松健治
10
滝澤 格
10
田口修三郎 11
武半正一
09
土屋義子
10
中村茂之
10
橋爪今朝男 13
藤井清彦
藤村 伸
古川 一
眞岩庸元
松崎義一
松沢秀雄
水出康雄
宮島廣人
森 浩一
柳沢 忠
山口直枝
若林英鋭
11
13
26
09
13
10
10
09
10
10
13
09
53 期
阿久津義雄 2012
浅野井 恭 13
安土忠男
09
井上真人
10
岩崎 渉
11
岩田 久
11
大久保慶次郎 10
大久保正寿 11
大塚教夫
09
大塚昌宏
10
尾崎俊朗
12
尾澤正毅
10
加々井悦朗 17
掛川多美雄 12
懸川文夫
12
掛川康夫
11
柏村孝行
21
小出 武
12
小林乾泰
11
小林忠夫
10
小山 哲
09
櫻井功輝
09
塩野入 剛 13
下崎和彦
09
杉浦醇一
11
須田武久
09
芹沢袈裟三 10
高木快雄
09
武井 淳
10
塚田 靖
11
土屋 隆
09
寺西 孝
09
中島 均
10
服部聦一郎 36
馬場正彦
10
半田喜章
10
半田義昭
11
藤井眞澄
10
藤森善也
09
堀内忠久
19
堀内 福
09
堀内正智
09
増田隅雄
12
松井利通
09
宮崎祐輔
村山憲太
柳澤浩二
山崎達夫
山邉一磨
山本一夫
山本農夫彦
横田武夫
若林清和
渡辺百枝
54 期
有賀俊雄
石合正治
石井政雄
石井光春
09
12
10
12
14
09
11
13
12
11
11
09
09
09
石原澄江 2011
市河富弘
14
大矢憲明
13
小川 廣
09
荻原統夫
13
河西秀夫
14
菊島和宣
09
久昌貴代江 10
沓掛文哉
09
倉島 彰
10
黒岩千鶴子 13
黒川次郎
10
神津勝重
13
呉 公一郎 12
小菅健司
10
小林勝利
23
斉藤智巳
09
櫻井 敬
10
篠原亢司
13
関 正勝
14
滝沢英統
10
滝澤睦夫
12
滝沢義信
12
竹内 節
10
竹重節雄
13
田中嘉親
30
玉野敏雄
09
田村 朗
13
千村一平
09
土屋晃一
10
土屋重基
13
寺島重暉
10
中村一彦
12
中村忠勝
13
成田崇宏
12
橋田ちせ
09
花房伸吉
10
馬場武彦
10
馬場雄二
11
前田喜美子 14
深井克彦
11
藤村延魚
10
保屋野 忠 09
堀内木意
12
松井平三
23
丸山俊二
14
宮入裕夫
16
宮崎親作
12
宮島 博
10
望月源治
11
柳澤 明
09
山崎茂幸
14
山田信明
13
山本大吉郎 13
箱田信計
09
小林干城
10
福田斎一
12
宮沢壮介
10
後藤人三
12
柳沢伸勇
12
山本正秀
09
55 期
青木幹男 2011
秋葉光廣
09
荒井恒雄
10
飯島慶三郎 14
伊藤典久
10
上原 尚
09
荻原光夫
11
筧 正博
12
片岡恒夫
10
川上博美
09
木村和幸
11
草間 孝
09
沓掛勝利
10
沓掛正幸
13
倉見英一
10
黒岩 了
11
小宮山忠彦 09
坂口宏明
11
坂口守夫
10
清水好昭
13
杉原積雄
12
関 五郎
12
滝沢 傳
13
滝沢克彦
12
滝沢哲三
11
滝沢 譲
09
田玉尚武
11
塚田征司
09
塚田忠夫
11
土屋 務
11
土屋英明
10
鶴見貞夫
12
長峯道明
14
成澤祐介
09
橋詰孝子
13
長谷川正紘 09
羽田 宏
09
波田野 彰 13
平野 誠
10
間島 巌
13
宮入健二郎 10
宮島光男
17
毛利義範
10
柳沢郁政
13
和田 守
21
臣川晃夫
15
56 期
赤尾信吉
14
飯高盛龍
13
上原清治
11
内海章緒
20
大久保治夫 10
大塚明彦
11
岡田建治
11
河西邦彦
12
笠原征夫
13
風間英信
13
柏木 進
10
勝野裕夫
14
金澤正人
09
甲田洋二 2013
神津 進
15
小平節夫
14
小林英郷
11
小山荘司
10
近藤 勲
10
坂田治三郎 11
笹澤政道
14
佐藤英和
11
佐野勝雄
09
柴田義人
09
関 勝久
12
瀬下正利
13
滝沢 健
12
竹内 仁
11
田代和美
09
立岩 環
11
田辺順一
15
田村 功
11
鳥居次生
12
長坂光登
11
中村甲治
09
中村 勉
10
成田邦夫
12
新沼惇雄
10
西沢興宣
12
西島幹夫
10
羽島昭一
11
平尾充雄
11
平野武明
12
藤沢行雄
12
松井廣通
09
松瀬勝雄
09
宮坂 卓
10
村井 弘
10
村山 剛
13
安田 明
09
柳沢安信
10
横島庄治
10
若林克寿
10
依田幸雄
09
山極卓也
10
濵村邦夫
12
宮島正和
09
57 期
有井 毅
15
池田真司
10
池田盛司
17
池田教範
17
宇賀神一雄 09
臼田茂二
11
榎本金二
10
大谷光弘
10
岡川章夫
11
皆瀬 淳
10
加賀美欣二郎 12
神林英男
13
久保新一
09
倉島俊二
13
桑原恒雄
10
小島士郎
12
うえだ 80 号 P18
期 小川太郎(軽井沢在住)
ました。
期 水澤博
こ の 1 月 に 傘 寿 を 迎 え、 相 応 に 元 気
先 日、 会 長 の 白 井 さ ん に お 会 い し ま
し た。 軽 井 沢 出 身 と の こ と で 大 変 喜 ん
岩井先生には上田法人会で
46 期 三井 周 2010 年 3 月 8 日
52 期 佐々木淳二 2010 年3月7日
33 期 石井正六 2009 年 10 月 11 日
48 期 小木曽誠 2010 年 4 月 11 日
53 期 出野今朝雄 2007 年秋
37 期 原田安雄 2009 年 10 月 4 日
48 期 山崎光夫 2009 年 12 月 13 日
53 期 小出志郎 2009 年 9 月 22 日
37 期 横田地弘 2009 年 6 月 20 日
49 期 清水茂雄 2010 年4月4日
57 期 近藤信明 2008 年
38 期 中村道郎 2007 年 4 月 21 日
49 期 竹重信幸 2010 年 2 月
57 期 中川友喜 2007 年 3 月
39 期 小林良一 2009 年 11 月
49 期 中山典之 2010 年 1 月
60 期 川上知行 2009 年 12 月 14 日
40 期 荻原龍夫 2009 年 11 月
49 期 原田英雄 2009 年 12 月 1 日
63 期 関 恒雄 2006 年9月 20 日
41 期 若林三省 2009 年 7 月 19 日
49 期 村田種雄 2008 年9月
65 期 柳沢晴久 2009 年 11 月 13 日
42 期 安田哲夫 2009 年 9 月 29 日
50 期 平林 浩 2009 年 12 月 9 日
67 期 長谷川榮一 2009 年 12 月 24 日
か ら ア ク セ ス で き ま す。
org
お話をお願いしたり、種々お
校へ通学したOB会=が東京
32 期 宮川善一 2009 年 3 月 21 日
4 4 6 ペ ー ジ の テ キ ス ト で、
ドル。
期 黒川嘉郎
今年も一昨年からの全日本
歳以上のクルー
マスターズボートに出漕予
定。本年は
を編成し、既に週1―2回の
ペースで練習を始めていま
す。諸兄の健勝祈念。
期 上原隆雄
昨 年、 喜 寿 を 迎 え ま し た。 そ れ な り
日に第
回東京
いのですが、外せない先約が
あり残念です。
月
期 柳沢忠
昨年
平旦会=軽井沢・御代田・小
銀座で開催された。軽井沢よ
海線より上田(中・松尾)高
新年会は別件があり参加できません。
柳沢廣氏を迎え計7人が集
い、小人数ではあるが、暮の
一夕を有意義に満喫した。
期 武半正一
いつも、ご案内を賜り、あ
ため、出席かないません。同
窓会事務局所在地のあたり
www.cambridge. が、 小 生 の 出 生 地 の よ う に
51 期 小林敬三 2009 年
期 鶴見愼一郎
期会の
地元での行事が重なり欠席いたしま
す。 ご 盛 会 を 祈 り ま す。 関 東
人前後が参加。
「散策の会」は年3―4回実施し、9年
目となりました。毎回
散策後の一杯がまた楽しみとなってお
ります。
残 念 な が ら、 体 調 不 良 の た め 外 出 不
に 過 ご し て い ま す。 3 月 上 旬 に は 例 年
期 の 達 朗、
期 大石和夫
の 通 り、 関 東 上 中 4 5 6 会 を 開 催、 同
能です。
期 樋村晃一
見えにならなくなったのが残念ですが、
に 元 気 に し て お り ま す が、 皆 さ ま も こ
同窓会、北海道にはないのですか。
期 六川二郎
当日、監査懇話会の新年会と重なり、
残念ながら欠席します。
世話になっており、出席した
先 年 の 悪 病 の 後 遺 症( 歩 行 困 難 ) か
おかげさまで元気な孫どもに囲まれ
て生きています。
期 唐沢俊雄
腰 痛 な ど、 体 調 優 れ ず 欠 席 さ せ て い
期 中澤良行
上映会は所用でヨーロッパ(ドイツ他)
り
期の
に 行 っ て お り、 こ れ も 参 加 で き ず 残 念
浦和大学学長を務めて4年目を迎え
き ま せ ん。 英 国 か ら 出 版 し た テ キ ス
ま す。 木 曜 日 は 大 学 の 会 議 日 で 出 席 で
毎年、高山植物の写真入りカレンダー
月 に 出 版 さ れ ま し た。
(普及版)が2008年
Paperbacks
が 国 内 外 で 好 評 で、 そ の
Press,2005)
to Little Bang (Cambridge University 安定(ペース・メーカー)の
Quark-Gluon Plasma-from Big Bang りがとうございます。体調不
ト
の 高 山 植 物 」 の タ イ ト ル で、 こ れ ら の
ま す。 今 年 は「 後 立 山 連 峰・ 八 方 尾 根
の ウ ォ ー キ ン グ、 ラ ジ オ 体 操、 月 3 回
地に咲く花をまとめました。(月めくり
期の小川太郎氏、
期 会 出 席 の た め、
日は上田の
期 八木浩輔
です。
いつもご連絡ありがとうございます。
ただきます。
期 山田秀昭
ら 抜 け 出 せ な い で い ま す。 今 健 康 な 方
したいと思っております。
期 木内俊一
年 に な り ま す。 同 級 会 も
年
期 上野平八郎
後輩としてできるだけ幹事会には出席
期 窪田富雄
期の諸兄と青春時代に戻る予定です。
期の亮夫
で お り ま す。
の父です。よろしく。
期 宮下俊夫
49
を 作 っ て、 知 人 に 差 し 上 げ 喜 ば れ て い
期 松岡秀夫
て行くつもりです。
祈 り 申 し 上 げ ま す。 今 年 も 元 気 で や っ
欠 席 さ せ て い た だ き ま す。 ご 盛 会 を お
1月
期 堀内寅次
27
50
の1年を頑張ってください。
剣 道 部 の 大 先 輩、 土 屋 学 氏 が 最 近 お
75
15
51 75
51
52
卒業して
歳の年齢でこれだけ集
12
昨 年 で 最 後 と な り ま し た。 現 在 は
勤 め た 会 社 の O B 会、 市 の 地 区 代 表 の
O B 会 に 出 席 す る ぐ ら い で す。 至 極 元
気で過ごしております。
期A組のクラス会を毎年秋に別所
期 池田良一
―
33
44
人
温泉(つるや旅館、同期の山極尚一氏)
に 一 泊 し て 行 っ て い ま す。 い つ も
い ま す。
まるのは珍しいのではないでしょうか。
特攻隊員の生残りも何人かおります。
―4期 滝沢源平
49
の ゴ ル フ で 体 調 管 理。 昨 年 は エ ー ジ ュ
歳 超。 年 齢 に 流 さ れ ぬ よ う、 毎 日
21
のカレンダー)
48
51
47
も年2回の検診を期待します。
49
69
前 後 集 ま り、 関 東 か ら も 数 人 参 加 し て
20
51
51
36
52
84
49
49
35
66
83
シューターで皆さまに祝っていただき
10
心よりお悔やみ申し上げます。
訃報
47
65
49
49
46
36
41
42
43
43
44
81
うえだ 80 号 P19
聞 い て お り、 1 9 4 5 年 に 大 塚 で 戦 災
ズ」上映会には参加します。
期 松瀬勝雄
期 羽田啓吾
出張のため参加できません。
新年会開催時刻は昼食会にしてくだ
い よ い よ 晴 耕 雨 読( + P C ) の 生 活
に 遭 い、 上 田 原( 母 親 の 実 家 ) に 疎 開
し ま し た。 青 柳 国 民 学 校 3 年 の こ ろ に
さ れ ば、 参 加 し や す い と 思 っ て お り ま
が始まります。
期 矢島正晴
は、 空 襲 も 激 し く な り、 防 空 壕 に 避 難
す。
昨 年 5 月 に 還 暦 を 迎 え ま し た が、 ま
期 田口博
だ現役で頑張っています。
期 宮川正
航 空 自 衛 隊 の 沖 縄 勤 務 か ら、 も う そ
ろ そ ろ 関 東 勤 務 と な り そ う で す。 次 回
の総会には出席できるかもしれません。
期 小林幸治
期 )、 半 田 士 昌(
期)も参加させ
ハンドボール班OBの大原章太郎
(
たいと思います。
期 田中悠樹
昨年
月 よ り、 長 野 県 飯 田 建 設 事 務
体 調 を 崩 し て 早 期 退 職 し ま し た。 現
期 手塚茂
マーウォーズ」上映会を当会として4
劇場公開で観賞できなかった映画「サ
期 関行裕
す る こ と が 多 く な り ま し た。 川 辺 国 民
学校4年から疎開生活に入りましたが、
年より埼玉県の小、中学校、
1 年 間 登 校 拒 否 に 陥 り、 辛 い 体 験 を し
ました。
月 に 計 画 い た だ き 感 謝 し て い ま す。 上
田が登場するこの映画を楽しみにして
所に奉職することになりました。
96
在 通 院 治 療 を 受 け、 自 宅 療 養 を 強 い ら
年 で 枯 渇 す る と 聞 き、
同窓会報の編集作業を
始 め た 4 月 中 旬。 欧 州 の
小国アイスランドの火山
から噴出した火山灰が上
空 を 覆 い、 世 界 の 空 の 便
は 大 混 乱 に 陥 っ た。 ▼ 筆
者は海外動画ニュースの字幕付けの
「 内 職 」 も し て い る が、 欧 州 か ら の
ニュースはこの話題ばかり。空港閉
鎖で何日も足止めされた乗客の中に
は、航空会社の係員に怒りをぶちま
け る 人 も。 ▼ こ の 光 景 を 見 な が ら、
ふ と 3 年 前 の 出 来 事 を 思 い 出 し た。
の旅」を終え、ロサンゼルス空
シカゴから米大陸を横断する「ルー
ト
港から帰国する直前。待合室で搭乗
を待っていると、突然「東京行き便
はキャンセルになりました」
。▼こ
の直後、航空会社のカウンターには
振り替え便を求める乗客の長い列が
できた。係員は正規チケットの客を
組の当方は不安になり「公平に扱う
優先しているらしい。格安チケット
現役の皆さんへ
なった。▼「警察を呼ぶわよ」と脅
た。 の出発
真山隆夫
点に逆戻りしてからの帰国となっ
なんのことはない、ルート
が、 そ の 便 は シ カ ゴ 経 由 東 京 行 き。
に入り、1日遅れの便を確保できた
んかを切る筆者。結局、上司が仲裁
べきだ」と訴え、女性係員と口論に
同窓会は大異業種交流会でも
あ り ま す。 営 業 は 会 社 の 商 品 を
す係員に「どうぞ呼んでくれ」とた
ください。
期 堀内忠久
現 役 の 皆 さ ん、 こ れ ら に 積 極
的に参加して自分を売り込んで
フ大会もあります。
同窓会には、総会のほかに「松
尾倶楽部」という勉強会やゴル
売る前に、自分を売ることです。
す。何卒よろしくお願いいたします。
す の で、 今 回 は 欠 席 さ せ て い た だ き ま
た の で す が、 卒 業 論 文 発 表 会 が あ り ま
立 ち ま す。 諸 先 輩 方 に お 会 い し た か っ
い よ い よ 大 学 を 卒 業 し、 社 会 へ と 旅
期 柳田晃一郎
ぞよろしくお願いいたします。
で す が、 楽 し み に し て お り ま す。 ど う
加 さ せ て い た だ き ま す。 初 め て の 参 加
同 級 生 の 石 塚 三 夏、 望 月 由 香 理 と 参
期 永井加奈子
12
年 よ り 神 奈 川 県 の 小 学 校 に 転 勤 し、
特 殊 教 育 内 地 留 学 の 折、 学 芸 大 で 上 田
お り ま す。 会 報 を い つ も 楽 し く 拝 読 し
れています。
期 高橋実
石油資源が
環境のためにも原子力エネルギーがよ
期 も「 古 希 」 を 迎
の 先 輩( 大 井 清 吉 氏 ) に お 世 話 に な り
期 青木淳
えます。 て い ま す。 今 年 は
年間携わり
ま し た。 県 立 養 護 学 校 開 校( 3 校、 1
学級)にかかわる任務に
ましたが、体調を崩し退職しました。
会 報 に 拙 著 に 関 す る 記 事、 広 告 を 掲
いと考えて研究を始めてから
期 服部聦一郎
載 し て い た だ き、 あ り が と う ご ざ い ま
ぎ ま し た。 2 0 0 5 年 ご ろ か ら 地 球 温
せん。新年会は欠席します。
日曜から土曜まで全く休みがありま
期 大塚次大
れるようになりました。
暖化対策と持続的発展のために期待さ
年が過
病 気 に な ら ず、 け が を せ ず、 生 涯 現
した。感謝に耐えません。
お祈りします。
し て い て、 出 席 で き ま せ ん。 ご 盛 会 を
当日はあいにく国際セミナーを主催
期 寺島紘士
役を目指します。畑300坪豆トラで。
無 農 薬 目 指 し て、 患 者 喜 ぶ。 ス ノ ー ト
レ ッ キ ン グ、 リ バ ー ト レ ッ キ ン グ、 山
菜とりを年数回。
期 櫻井功輝
期 城下尚
群 馬 大 学 を 定 年 退 職 し て、 新 し い 職
昨年末でオスカープロモーションを
歳、
そろそろ上田の恩に対して締めくくる
場( 東 邦 病 院 健 康 増 進 予 防 医 学 セ ン
期 今井一郎
べき歳だろうと意気込み、「上田城千本
ングをスタートしました。
退 社 し、 ミ ド ル メ デ ィ ア コ ン サ ル テ ィ
期 沓掛忠
ター)で3年になります。
ご 試 聴 く だ さ い。 よ ろ し け れ ば、 新 年
昨年
オーバー後期高齢者となった両親の
期 小山隆弘
会に参加される御一同様に歌詞カード・
な り、 退 任 し ま し た。 少 し 時 間 が と れ
月
譜を配布しておいてくださいませんか。
年 間 暮 ら し た 関 東 を 離 れ、
たいと、コタツの中で沈思黙考。
故 郷 の 実 家 に 居 を 移 し ま し た。 不 況 風
をしています。
週 の う ち 1 日 は 大 学 で 講 義、 2 日 は
月に
09
の 吹 き す さ ぶ こ の 上 田。 街 起 こ し を し
年
チ グ ハ グ な 生 活 を 見 る に 忍 び な く、
日付で役員の任期満了と
桜 植 樹 」 を 記 念 し て 歌 を 作 り ま し た。
い つ ま で 出 ら れ る 同 窓 会! 35
海 外 動 画 ニ ュ ー ス の 翻 訳( 字 幕 付 け )
期 真山隆夫
33
編集後記
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るようになりました。
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小 生 当 日 C D を 持 参 し ま す の で、 会 場
に カ ラ オ ケ を 流 し て く だ さ れ ば、 歌 っ
てお贈り申し上げます。
期 大塚教夫
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元気でやっています。「サマーウォー
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うえだ 80 号 P20
う
え
だ
中村一夫さん (71 期)
人
ざされた。10 分あまりで回れるほどの
小繋集落を目の前にした時、3人の取材
記録を伝えることこそ、私の役目だと
思った」と語る。
出身は更埴市(現千曲市)
。高校時代
は山岳班と書道班で活躍。暇を見ては、
東映のやくざ映画などを見に行った。
「子
供のころ、よく親父に連れて行っても
らったのが、映画好きになったきっかけ。
コンサートなどにも通い、高校時代は文
いり あい けん
「入 会 権 」という言葉は、最近ほとん
化的に目覚めた時期だった」
ど聞かれなくなった。若い世代には、意
大学は早稲田大学文学部演劇学科へ。
味が分かる人は少ないだろう。地域の住
2年生の時に先輩ら6人と劇団「六無斎」
人が交通事故死するなどトラブルも発
民が慣習的な権利により、特定の山林や
を立ち上げ、オリジナル劇を上演。アル
生。1年間の予定で始まった制作は、完
漁場を共同で管理し利用する権利のこと
バイトで生活費を稼ぎながら、演劇に熱
成するまでに7年もかかってしまった」
だ。その入会権をめぐる農民たちの長い
中した。
全国各地で上映会を開催。3月に東京・
闘争を克明に描いたドキュメンタリー映
卒業後、制作プロダクションに就職。
全電通ホールで開いた上映会は超満員と
画「こつなぎ−山を巡る百年物語」が、
助監督として企業の PR ビデオなどの制
なり、立ち見客から文句が出たほど。
今静かなブームを呼んでいる。
作を担当し、そこで知り合った牧野守監
今の一番の願いは、上田での上映会実
愛らしい響きの「こつなぎ」とは、実
督の紹介でドキュメンタリーの世界に
現。「既に松本、長野での上映が決まっ
は岩手県一戸町の集落「小繋」のこと。
入った。現在は、NHK エデュケーショ
ており、上田の人たちにもぜひ見てもら
ここを舞台に繰り広げられた住民と地主
ナルと契約し、教育テレビの「高校講座」
いたい」と力を込めた。
の対立を3人のジャーナリスト(いずれ
を制作している。
も故人)が取材。彼らが残した膨大な映
映画「こつなぎ」制作の話が舞い込ん
像、写真、音声の記録に最近の映像を加
だのは8年前。映像を残したドキュメン
えて、ドキュメンタリー映画として現代
タリーカメラマンの夫人、菊地文代さん
(プロデューサー)から声がかかった。
「だ
によみがえらせた。
この作品の監督を務めたのが中村一夫
が、資料が膨大な上、住民が話す方言が
さん。
「山に生きる権利が権力により閉
分からない。相談にのってくれた地元の
撮影:川島浩(故人)
上映予定
▷5月 22 日〜6月 14 日、東京・ポレ
ポレ東中野
▷7月 25 日、松本市中央公民館
M ウィング6階ホール
◎お問い合わせ先 「こつなぎ」上映
実行委員会 TEL : 03-3555-3987
松尾倶楽部 第138 回例会
海洋政策専門家
寺島紘士氏(58 期)が講演
テーマ「新たな海洋立国の実現に向けて」
日時:7 月 23 日(金)午後 6 時開会(5 時半受付開始)
場所:ホテルはあといん乃木坂(旧健保会館)
東京メトロ千代田線 乃木坂駅真上 出口4
会費:5,000 円(夕食代込み)
寺島紘士氏の略歴
1941 年生まれ、上田高校 58 期卒。東大法学部卒業後、運輸省(現国土交通省)に入
省。中部運輸局長、大臣官房審議官を歴任して 1994 年退官。1994 年日本財団常務理事、
今回、各会員のご住所を確認し
ます。お手数ながら、添付の返信
用はがきを、総会に欠席する方も
必ずご返送願います。
返送がなく、かつ年会費が長期
に わ た り 未 納 の 方に つ き ま し て
は、次号以降の会報の送付を順次
停止せざるを得ません。忘れずに、
はがき返信と年会費納入でお応え
2002 年シップ ・ アンド ・ オーシャン財団海洋政策研究所長。2005 年から海洋政策研究財
ください。年会費納入は過年度分
団常務理事。2006 年には海洋基本法研究会の事務局長を務めた。
にさかのぼらなくても結構です。
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