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分娩期ケアにおける助産師の経験知の形成過程と

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分娩期ケアにおける助産師の経験知の形成過程と
助産師の経験知の形成過程とその構造
茨城県立医療大学紀要 第 20 巻
A S V P I Volume 20
25
原著論文
分娩期ケアにおける助産師の経験知の形成過程とその構造
落合 めぐ美1),加納 尚美2)
1)
茨城県立医療大学学外共同研究員
茨城県立医療大学保健医療学部看護学科
2)
要旨
【目的】一人前の助産師が臨床現場でどのように経験知を形成するのか,それらの構造はどのようなものなのか
を分娩期のケアに焦点を当てて明らかにする。
【対象と方法】助産師資格取得後臨床経験が 3 年目から 5 年目で現在も分娩介助を行っている助産師の語りを通
して,それらの経験に基づく知識の形成過程と構造を明らかにする質的帰納的研究である。
【結果及び結論】経験知は実践と修正と目標設定を繰り返すことで形成されている。助産師自身がそのプロセス
を絶え間なく続けることが成長することにつながる。経験知の具体的内容には,実践のための技術と判断をする
ための知識に加えて,やりがいや恐怖も蓄積されており,それらは新たな学習の原動力になると考えられる。
キーワード:経験知,助産師,実践,分娩期ケア
Ⅰ.序 論
むにつれ,未熟な実践的知識と未整理の理論的知識
との複合体である臨床知識が高まると述べている。
近年,産科医療や育児を取り巻く問題が複雑化し
必ず始めは新人であった一人の人間が必要な技術を
ている。多様なニーズに応えるため,助産師の自
習得し一人前の助産師になるまでには細かな知識を
律した働き方が求められている。自律した助産師と
積み重ねている。専門職業人として成長するにはプ
1)
しての持つべき基本的な実践能力は示されている 。
ロセスが必要であるが,学習者側の視点で明らかに
しかし,基礎教育を受け資格を取得した段階ではそ
している研究は少ない。そこで,本研究は,助産師
の能力は必ずしも十分とはいえない。医師,歯科医
の臨床実践能力に示される仕事の中で,最も特徴的
師の臨床研修の必修化,新人看護職員の卒後研修が
で基本となる分娩期のケアに焦点を絞り,熟達化の
努力義務化されるなど,これは助産師のみならず他
途中にある一人前の助産師が臨床現場でどのように
の専門職業においても言える。また,企業や工場労
経験を積み学んできたか,その知識・技術の習得プ
働者においても,職場内訓練(On the Job Training)
ロセスを明らかにする。それによって実践の場や教
2)
は必要とされ ,その状況での経験を通じてしか学
育現場において,より効果的な学習環境の設定がで
べない知識があり,現場での学習のプロセスをたど
き,女性や社会のニーズに呼応できる自律した助産
ることは重要である。
師の育成につなげる一助となり得ると考える。
3)
パトリシア・べナー は,看護師が「経験」を積
連 絡 先:落合 めぐ美 茨城県立医療大学学外共同研究員
〒300−0394 茨城県稲敷郡阿見町阿見4669−2
電 話:029−840−2181 E−mail:[email protected]
26
茨城県立医療大学紀要 第 20 巻
Ⅱ.研究目的
いの紹介を通じて研究参加者を増やしていく雪だる
ま式サンプリング方法を用いた。
本研究では,一人前の助産師が臨床現場でどのよ
うに経験知を形成するのかを分娩期のケアに焦点を
3. データ収集方法
当てて明らかにすることを目的とする。
インタビューガイドを用いた半構成的面接を個別
に行う。インタビュー内容をメモに取りながらIC
Ⅲ.用語の操作的定義
レコーダーに録音し,それらを書き起こした逐語録
を作成した。
1. 経験
「経験」とは「何かに関して,
見る,
聞く,
学習する,
4. 分析方法
感じる,考える,行動すること」とする。
データの分析は,木下の修正版グラウンデッド・
セオリー・アプローチ(M−GTA)の手法6) を参考
2. 経験知
に進めた。インタビュー,データ化,オープン化,
本研究における操作的定義として「経験知」とは
収束化を並行して行い,
その都度概念の生成や修正,
「経験」によって得られた,
「知識,感覚,動作」と
削除を繰り返し行う持続比較分析である。オープン
する。
化においては,分析ワークシートを用いて,助産師
が「どのような経験をし」
,
「どのような知識を習得
3. 分娩期のケア
しているのか」に着目し,概念を生成した。
産婦の陣痛が発来した分娩第 1 期から児娩出を経
て,胎盤娩出後 2 時間までの分娩第 4 期の経過の中
5. 本研究における結果の厳密性の確保
で,助産師が対象者(妊産婦とその家族)に対して
分析ワークシートの作成によって,分析結果が客
行うアセスメントと実践行為とする。
観的であるかを常にデータに戻り,振り返られるよ
うにした。データ分析は,インタビュー内容を深く
4. 一人前レベルの助産師
理解できる助産実践と助産師教育の経験のある指導
ベナーの看護論3)における看護師と助産師を置き
教員とともに,適切性を繰り返し検討し,信憑性を
換え,初心者レベル・新人レベルを脱した一人前の
担保した。
レベルで,ある程度の予測と計画を立ててケアを実
践できる技能を習得した助産師とする。
6. 倫理的配慮
研究参加者には,説明書及び口頭で研究の趣旨を
Ⅳ.方 法
説明し,参加は自由意志であること,研究参加を辞
退できること,インタビューの結果は個人を特定で
1. 研究デザイン
きないようすべてIDで管理し,得られたデータは
質的帰納的研究である。
研究以外に使用しないことを伝えた。なお本研究は
茨城県立医療大学の倫理審査委員会により研究計画
2. 研究参加者と依頼方法
の審査を受け,2008年 5 月に承認(受付番号306)
研究参加者の条件として,関東圏内の病院・診療
を得た。
所勤務,または助産院に勤務し,助産師資格取得後
Ⅴ.結 果
臨床経験が 3 年目から 5 年目で,分娩介助例数50例
以上の経験をもち,かつ現在も直接分娩介助をして
いる助産師とした。研究参加の依頼方法は,助産師
1. 研究参加者
職能団体の集まりに参加し,研究の趣旨,参加者の
研究参加者は, 3 県, 8 施設の臨床経験が 3 年目
条件,研究方法,倫理的配慮に関する説明を記載し
から 5 年目の助産師10名である。インタビューは
た資料を配布し,参加を呼び掛けた。また,知り合
2008年 7 月 1 日から11月 1 日に行われた。年齢は24
助産師の経験知の形成過程とその構造
歳∼35歳までの平均27.4歳で,助産師経験年数は 2
27
(1)
【部分的にしか見ることのできない新人期】
年 7 か月∼ 4 年 7 か月で平均 3 年10か月,分娩介助
新人期は,
〈部分的な分娩介助に捉われていた新
経験件数は75件∼550件で平均206.5件であった。
人期〉
〈分娩の進行やリスクの予測ができない新人
期〉
〈周囲からの評価ばかりが気になってしまう新
2. 分析結果
人期〉であり,一人前になった今振り返ると,産婦
分析の結果,経験知の形成過程,経験知の具体的
や分娩の流れに目を向けることができず,ケアの視
内容という 2 つの視点で分析することができた。以
野の狭い新人期特有の状況下にあったことが明らか
下,
それぞれの視点でカテゴリーと概念を説明する。
になった。
文中ではカテゴリーは【 】
,カテゴリーを構成す
「会陰裂傷を起こさないようにとか,その切開入れた部
る概念は〈 〉
,具体例は「 」でフォントを下げ
分の延長上に傷ができないようにとか,分娩損傷がな
字体を変えて表す。なお,わかりにくいところは文
いようにとかっていうほうを考えながらしかやってな
脈が理解できるよう研究者が( )で補う。
かった」
「 1 経産の 5 cmをほっといた。
(省略)なんかまだ生
1 )経験知の形成過程
まれないだろうと思ってお昼を食べに行っちゃって(省
一人前の助産師が,どのようにして知識や技術を
略)だから進むかどうかの予測が全然たってなかったっ
習得してきたのかを表す 8 つのカテゴリーが抽出さ
ていうことがありましたね」
れた。これらを表 1 に示す。
「ほんとの最初の頃って,その人(産婦)のためとかっ
表 1 経験知の形成過程
【カテゴリー】
【一人前とは視点が異なる新人期】
〈概 念〉
〈分娩の進行やリスクの予測ができない新人期〉
〈部分的な分娩介助に捉われていた新人期〉
〈周囲からの評価ばかりが気になってしまう新人期〉
【直接見る・聞く・教えてもらう】
〈先輩の言葉で直接教えてもらう〉
〈実際のケアを見たり聞いたりして取り入れる〉
【技術は実践して初めて習得できる】
〈技術は実践して初めて習得できる〉
【自分と他の助産師の技術を比較して
〈自分と他の助産師の技術を比較してスキルアップする〉
スキルアップする】
【振り返り修正する】
〈分娩結果から原因の探求〉
〈失敗体験からの教訓〉
〈同僚との振り返り〉
〈学校教育で学んだ実践内容と臨床実践内容の違い〉
〈励ましとなるケア対象者からの肯定的な評価〉
〈否定的な評価による実践の修正〉
【実践パターンの蓄積】
〈経験から増えていく選択肢の増加〉
〈できることが増加する〉
〈緊急時の対応とシミュレーション〉
【事例パターンの蓄積】
〈類似する事例の繰り返しからパターンの蓄積〉
〈特異的な記憶に残る症例への遭遇〉
〈他の助産師が経験した事例も学習〉
【新たな目標設定】
〈熟達化を目指す〉
〈新しい知識や技術を習得したい〉
〈将来的な働き方の模索〉
〈周産期だけでなく,育児や女性全般に深く関われるケアを学びたい〉
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茨城県立医療大学紀要 第 20 巻
ていうよりは,こうしなきゃいけないっていうそこ(施
頭を)出す方法もあるんだなとか」
設)でのやり方とか,変にこう違うことをすると(先
「
(勤務帯に助産師は一人なので他の助産師の介助がな
輩から)言われるんじゃないかとか気にしていた部分
かなか見れないが)たまに自分が夜勤明けの時に交代
があったかなと,今になって思います」
したらお産になりそうな人が来たとかなんかいう時は,
残ってでも他の人のちょっと見させてもらう,さりげ
(2)
【実際に行われているケアを直接見る・聞く・
教えてもらう】
分娩期のケアの技術を習得するために〈先輩の言
なく手伝いしながらどういうお産してるのかなとか,
どういうふうにこの人は保護するのかなとか見たりす
る。
葉で直接教えてもらう〉
〈実際のケアを見たり聞い
「
(エコーの当て方が)自分的にはお腹って丸いんでぎ
たりして取り入れる〉など,同じ環境で働く,目の
りぎりのところまでしか診てなかったりするんですけ
前の先輩助産師の実践内容や状況判断などを学び,
ど,ちょっと何か角度とか変えつつ,垂直なんですけ
自分のケアに取り入れている。これらは新人の時か
ど(省略)スムーズにやっているところが,そこも診
ら一人前になった今でも,新しいことを学ぶために
ればよかったんだってところが」
繰り返し行っている。
「こういうふうに指導した方がいいんだよみたいに言わ
れたり,心音が落ちて(児心音が除脈になって)いる
のに待ちすぎるのは良くないとか,そこの判断も早く
しなきゃいけないとか,言ってもらった」
「他の方が介助しているのを見て,あーこういう姿勢で
押さえるんだーとか,そういうのを見てたと思う」
「先輩と二人でいる時に産婦さんが聞いてきたらあえて
だまって先輩の答えを盗むとか」
(5)
【振り返り修正する】
〈分娩結果から原因の探求〉
〈失敗体験からの教訓〉
〈同僚との振り返り〉
〈励ましとなるケア対象者から
の肯定的な評価〉
〈否定的な評価による実践の修正〉
〈学校教育で学んだ助産ケアと臨床実践内容の違い〉
など,自分のケアを様々な材料から振り返り,実践
の修正を行っている。
「背中あげてスクワットの体勢にしたら(省略)そのま
まグーッとお産になった。
(省略)体位は大事だなって」
(3)
【技術は実践して習得できる】
「入院中お母さんたちが話してる声聞こえると,ほっと
分娩介助技術や,講習会で教わった介助技術は,
かれて辛かったとか,あんまりそばにいてもらえなかっ
とにかく実践をしてみること,繰り返すことで体得
たとかっていうことを聞いてしまったことがあって」
できていると考えている。
「二人羽折りで一番最初とって(分娩介助させて)もらっ
「自然な健康的なお産っていうイメージっていうのは
きっと,学生のころから根強くある」
てたんですけど,なんか,数をこなして自分の技術に
なったかな」
(6)
【事例パターンの蓄積】
「
(肩甲難産の)勉強会に参加することがあって,
(省略)
繰り返し経験を積んでいくにつれて〈類似する事
手鉗子法で赤ちゃんの顎にしっかり手掛けて出す,会
例の繰り返しからパターンの蓄積〉に気づく。また
陰保護は一切しないっていう方法で,それをやったら
〈特異的な記憶に残る症例への遭遇〉や〈他の助産
確かに出た(娩出できた)んですよね。
」
師が経験した事例も学習〉することで,それらの事
例がパターン化し,
「このようなときこうなる」と
(4)
【自分と他の助産師の技術を比較してスキル
アップする】
いう自己の知識として蓄積されている。
「お産て皆人それぞれなんですけど,その中でもちょっ
技術は,一度やってみただけでは変化しない。自
とずつ似ているところとか,やっぱこういう時はこう
分が実際にやってみたケアと,周囲の助産師のケア
なんだっていうのがあって」
の違いを比較し,スキルアップを図っている。
「
(普段自分が声かけをするより)早いタイミングで声
「IUFD(子宮内胎児死亡)で亡くなっていた児がいて,
その時のことってすごく覚えていて」
かけする先輩とかがいたりとか,先輩の分娩介助とか
「
(墜落分娩)を見た時に自分のことのように受け止め
を見たりして,
あ,
ここ(のタイミングで)少しずつ(児
て,どうしてこうなってしまったのかって考えて,こ
助産師の経験知の形成過程とその構造
うならないためにはどうした方が良いのかっていうこ
29
(8)
【新たな目標設定】
目標の設定は経験に応じて様々であった。現在の
とを,何かあれば考えるようにしてる」
実践レベルに満足せず「この人のここを真似したいな
(7)
【実践パターンの蓄積】
とか,お産の技術,手さばきとか,切れないような誘導
小さなできることの積み重ねがある。新人期には
の仕方とか」 など〈熟達化を目指す〉
。また,
〈新し
先輩と常に一緒にやっていたことが,何度も実践す
い知識や技術を習得したい〉
や,
〈周産期だけでなく,
ることで一人で〈できることが増加する〉
。
〈経験か
育児や女性全般に深く関われるケアを学びたい〉と
ら増えていく選択肢の増加〉があり,さらに〈緊急
いう,
新たな学習への意欲,
〈将来的な働き方の模索〉
時のシミュレーションができる〉
。
「このようなとき
などがあった。
こうする」が蓄積し,
ケアの選択肢を増やしている。
「この人もしかしたら進むかもしれないっていうので,
2 )経験知の具体的内容
湯たんぽの準備をしたりとか,外のウォーマーのスイッ
経験知の具体的内容として研究参加者(以下,参
チを入れたりとか,そういうのちょっとずつ一人でで
加者)が学んでいる 9 つの要素が明らかになった。
きるようになった」
これらを表 2 に示す。
「搬送の時とか一人で対応できなくて,すごい細かく
チェックをされて,物品の用意から何から何まで。今
(1)
【基礎技術とルーチン業務】
だったらここまでやったらあと一人で大丈夫だよね,
参加者は,産婦のケアを行うためにまず,
〈道具
みたいに,任されることが多くなってきたかな」
や薬の使い方,施設のルールを知る〉
。また,学生
「こうしたらいいのかなっていう,選択肢は頭の中で増
時代の助産実習だけでは不十分だったが,臨床で実
践を重ねることで〈分娩介助技術を体得〉していた。
えたかなと思うんですよね」
「イメージしている。悪かったらあの人だったら初産婦
「ドクター(省略)の処置の介助とか,あとお産が予定
だからもうC/S(帝王切開)だからとか,何cm開いて
日超過で来た人への,こういうときにはこういうふう
るから吸引でいけるよねとかそういうこと考える」
にして(分娩を)誘発していくとか,なんとなく決ま
りきったなんかお産の流れっていうか」
「
(児頭の)屈位の具合とか,頭の娩出のスピードだっ
表 2 経験知の具体的内容
【カテゴリー】
【基礎技術とルーチン業務】
〈概 念〉
〈道具や薬の使い方,施設のルールを知る〉
〈分娩介助技術を体得〉
【五感を駆使した総合的観察法】
〈五感を駆使した総合的観察法〉
【優先順位の選択方法】
〈いまやらなきゃいけないこと,やれることを知る〉
【自然分娩を遂行するための技能】
〈自然分娩を遂行するための技能〉
【状況の程度と必要な医療介入】
〈分娩の経過の正常・異常を知る〉
〈医療介入が必要な状況を知る〉
【コミュニケーションスキル】
〈産婦の個性や状況に応じて声かけや対応を工夫する〉
〈医師と意見交換できる〉
〈必要なヘルプを的確に表現する方法〉
【夫(家族)立会い分娩のプロデュース方法】 〈夫(家族)立会い分娩のプロデュース方法〉
【ケアのやりがい】
〈自律した助産実践で感じられる達成感〉
〈出産場面に立ち会える感動〉
【お産の怖さ】
〈お産は知れば知るほど怖い〉
〈助産院で感じる責任感と重圧〉
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茨城県立医療大学紀要 第 20 巻
たり,あとは骨盤誘導線に沿って出すっていうのとか,
あとお産の時にうまく努責がかかってない時に誘導の
仕方だったり,胎盤の出し方だったり」
要な状況を知る〉
。
「知識はあったと思うんですけど,やっぱりこの人は微
弱だなとかこの人は大丈夫とかっていうのはたぶん件
数を重ねて判断できることだと思う」
「ある程度怖いこ
(2)
【五感を駆使した総合的観察法】
とも経験したので,子癇を起こす前の予兆とかも少し
〈五感を駆使した総合的観察法〉を知る。その感
わかったりしたし,早剥(常位胎盤早期剥離)の時の
覚には,先輩の感覚を自分の感覚に覚えさせる感覚
対応とかなんかそういうのも一つ一つ,怖かったけど
の伝達や,自分自身の繰り返しの実践から体得する
経験できたっていうことで自信にもなって,ある程度
ものがある。
焦らず次の判断ができるようになった」
「身長とかその人が辿ってきた妊娠経過とか,あと体重
とか,内診した時の感覚とか,産道が狭そうとか広そ
(6)
【コミュニケーションスキル】
うとか,この人運動神経よさそう,体力がありそうとか,
参加者は,
〈産婦の個性や状況に応じて声かけや
逆に進まなそうな人は貧弱な人そうだったり,骨盤が
対応を工夫する〉ことができるようになっている。
見た感じ狭そうな人だったり。足が冷たかったとか」
また〈医師と意見交換できる〉ことも技術の一つで
「汗で見分ける,
(省略)常に肛門に手をあててその抵
ある。業務や連携を円滑にするうえでも〈必要なヘ
抗を感じる」
ルプを的確に表現する方法〉は重要な能力であるこ
とに気づき,その具体的な手段や具体的な言葉を習
(3)
【優先順位の選択方法】
得していた。
他の業務と並行してケアをしなければならない
「状況を見ながら声かけできるようにはなりました。そ
状況があり,
〈いまやらなきゃいけないこと,やれ
のお母さんが,ネガティブなイメージをどうやったら
ることを知る〉
。その都度短期的な分娩予測を行い,
抱かないようになるのかなと思って,ポジティブな声
その中で優先順位を考え並行した仕事をこなすこと
かけて」
ができる。
「今の分娩進行状況はこうだから,今だったら褥婦さん
「指示ですよね,私は分娩を見るので,新生児をお願い
しますとか,小児科の先生呼んでくださいとか,そう
を見て回れる,今だったらケアする時間があるとか,
いう指示をメインで出せるのは自分だなって思ったん
そういった業務の組み立てが,新人の頃と比べるとで
ですよね」
きるようになった」
(7)
【夫(家族)立会い分娩のプロデュース方法】
(4)
【自然分娩を遂行するための技能】
参加者は,産婦や家族にとっての分娩経験がより
参加者は女性が本来持つ産む力を尊重し,できる
良いものになるよう,
〈夫(家族)立会い分娩のプ
限り医療介入の必要性を防ぐ意味でも〈自然分娩を
ロデュース方法〉として,特に立ち会い出産をする
遂行するための技術〉を得て実践している。
夫や家族が主体的に関われるように促す方法を知っ
「赤ちゃんが大きかったり,少し体位を変えて進めた方
がいいような時とか,バーススツールを使ってみたり」
ている。
「上の子どもがいれば上のお子さんに接して,一緒に立
「お産て,自然に待たないで何か手を加えたりすると絶
ち会ってもらったり,産むのはママなんですけどでも
対うまくいかないっていうのが何か分かってきて(省
パパも一緒に頑張ったっていうふうに感じられるよう
略)ここを変に焦ると絶対良くない,もうちょっと待っ
な(省略)産婦さんだけじゃなくって家族の人も満足
て良い,何も問題ないだろうって自分に言い聞かせら
いくように(省略)家族の中の絆をより深められるよ
れるようになった」
うな役割があるんじゃないかと」
(5)
【状況の程度と必要な医療介入】
(8)
【ケアのやりがい】
これまでの事例パターンの蓄積により,
〈分娩の
〈出産場面に立ち会える感動〉を参加者は知って
経過の正常・異常を知る〉
。そして〈医療介入が必
おり,助産師の仕事の魅力を実感している。妊娠中
助産師の経験知の形成過程とその構造
31
から継続的にかかわることで〈自律した助産実践で
にあるプロセスで表すことができた。教育課程を終
感じられる達成感〉を知っている。
え「助産師」になった新人は【部分的にしか見る
「感動するの,
(省略)その場所にいれるのがうれしい
ことのできない新人期】だったことが明らかになっ
た。産婦に対するケアの基本は学生時代に学習する
し楽しい」
「10か月仲良くしてお産を取ると全然違う。相手も全然
ため,新人にとって知識が全くないわけではない。
違うのがわかる(省略)みんなにそうやってできると
古賀9)は,初心者と熟達者で問題解決のために用い
いいなと思う」
られた知識や概念の数はほぼ同様だが,それらを結
びつける線は,初心者よりも熟達者の方がはるかに
複雑にあることを明らかにしている。つまり,一人
(9)
【お産の怖さ】
関わった分娩が多くなるほど予測のつかない事態
前の助産師レベルは,熟達者に比べれば線は少ない
があることを知り,
〈お産は知れば知るほど怖い〉
。
が,しかし新人期よりも線を増やしているはずであ
また,助産院で働く参加者からは,働いてみて初め
る。新人期は教科書上の知識があっても知識同士を
てわかった〈助産院で感じる責任感と重圧〉を聞き
つなげることができず,ケアの視点が部分的にしか
取ることができた。
見ることができない。そのため,ケア対象者である
「お産怖いですねやっぱりね。
(省略)これなら大丈夫
産婦の状況を把握することが偏ってしまったり,提
かなと思う反面,見てない所でどうにかなっていたら
供するケアが偏ってしまっていた可能性がある。
どうしようとも思います(省略)昔はそれ(怖さ)に
新人は,
【実際に行われているケアを直接見る・
気がつけなかったっていうのもあると思うんですよ」
聞く・教えてもらう】ことで実践的知識を学習し,
「
(助産院で働く)今はこの後出血が急にあれば,ちゃ
【技能は実践して初めて習得できる】
。さらに実践し
んと対処しなきゃいけないとかそういうのを考えたり
てみた知識は【自分と他の助産師の技術を比較して
すると,病院時代のお産っていうのは気持ちは楽だっ
スキルアップする】
。実践してみたからこそわかる
たなと思います。すべての処置を今は,緊急時にその
ケアの違いを比較し,さらに模倣と実践を繰り返し
時やれることを自分がやらないと誰もって思うから」
て学習していた。このことから,模倣できる技術が
より良質なケアであればあるほど,助産師は成長す
ることができる。
Ⅵ.考 察
一人前の助産師は分娩結果や対象者からの評価か
本研究は,資格取得後臨床経験が 3 年目から 5 年
ら結果を【振り返り修正する】ことで,次のケアに
目の助産師がどのように経験知を形成するのかを分
生かすべき【事例パターンの蓄積】と【実践パター
娩期のケアに焦点を当てて明らかにすることを目的
ンの蓄積】を獲得していた。事例パターンの蓄積
とした。類似の研究として,新人や学生に対する看
は,
「このような時こうなる」という助産師の判断
7)
護師や助産師の実践能力の到達度を評価する研究
1)
能力を養うことであり,実践パターンの蓄積は,
「こ
や,あるべき助産師の実践能力は示されている 。
のような時こうする」というケア対象者に合わせた
日本看護協会では,2012年から助産師のキャリアパ
柔軟な対応をするための実践能力を養うことにつな
スを明確化するために,
「助産師実践能力習熟段階
がる。認知心理学において,熟達者は構造化された
8)
(クリニカルラダー)
」を打ち出している 。本研究
知識をもとに早く情報を処理し適切な形で出力する
結果はこの過程における助産師自身の振り返りを通
マッピング(対応づけ)ができるという4)。一人前
じて帰納的に習熟の具体的内容を明らかにした点が
の助産師は,熟達化の途中にある。経験を積み重ね
特色であり,効果的に学習をすすめるための有用な
ることによって,事例パターンと実践パターンを蓄
データとなると考える。
積し,状況とケアをマッピングできるよう,知識を
ふやしていると考える。
1. 経験知の形成過程について
【新たな目標設定】は,実践してみたからこそわ
本研究で明らかになった助産師の経験知の形成過
かり,振り返ったからこそ焦点が絞られ,自分の引
程は,図 1 に示した通り 8 つのカテゴリーが 7 段階
き出しとして不足している部分が明確になるからこ
32
茨城県立医療大学紀要 第 20 巻
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図 1 経験知の形成過程とその構造
そ出現するようである。これらのプロセスが常に行
ケアの選択肢も多くなっている。マッピングはさら
き来することで,漠然とではなくより明確な身近で
に複雑になるが,それでもスムーズにケアを提供で
新しい目標が設定できるのだと考える。
きるようになることが経験知を形成させ成長してき
た結果と考えられる。
2. 経験知の具体的内容について
上田・亀岡・舟島10)らは卓越した看護師の要素を
本研究における参加者の経験知は, 9 つのカテ
明らかにしている。本研究における【コミュニケー
ゴリーで形成されていた。
【五感を駆使した観察法】
ションスキル】と【優先順位の選択方法】は,
「患
としての掌や指先の感覚や,
【ルーチンとなること】
者・家族の心理的な問題を解決・回避し,看護師―
に含まれる一連の分娩介助の手技は,身体を通して
患者関係を維持・発展できるコミュニケーション技
習得する知識である。
実践を通して体得した知識は,
術」
「医療チームにおける看護職としての複数の役
ケアの技となって助産師たちに蓄積されている。実
割をみいだし,同時進行させる能力」と同様の結果
践パターンの蓄積によって,
【自然分娩を遂行する
であり,助産師もまた「卓越」していくためにさら
ための技術】
【コミュニケーションスキル】
【夫
(家族)
に磨いていくべき技術である。
立会い分娩のプロデュース方法】など,ケアの選択
また,
【状況の程度と必要な医療介入を知る】こ
肢は多様になる。五感を使って細かな情報を得て内
とは,優先順位を選択し,実践すべきケアやその準
在化し,分娩介助技術,分娩期のケア,分娩をプロ
備をするための重要な知識である。経験を積み多く
デュースするという形で出力しているのである。参
の事例パターンを知るからこそ,状況を速やかに把
加者は,
成長するにつれて産婦から得る情報が増え,
握できるようになる。
助産師の経験知の形成過程とその構造
33
【お産の怖さ】と【ケアのやりがい】は,経験し
勤務する施設の特徴を定めたうえでの調査を検討し
たからこそ知るリスクと報酬である。 3 年目の助産
たい。さらには,看護師など他の専門職業の経験知
師よりも 5 年目の助産師が【お産の怖さ】を述べて
の形成を調査することにより,共通性や助産師の特
おり,年数を重ねるごとの責任の重さと,様々な事
徴を明らかにすることを検討したい。
例との出会いが,これらのカテゴリーにあらわれて
新人看護師が「急変時の対応」
「重
いた。山口11)は,
Ⅶ.結 論
症患者への対応」
「リーダー業務」にストレスを強
く感じていたことを明らかにしている。助産師も母
本研究において,一人前の助産師は,
【部分的に
子の生命を常に見守っていること,さらには時とし
しか見ることのできない新人期】から,
【実際に行
て予測をはるかに超えた異常が起こることを知り,
われているケアを直接見る・聞く・教えてもらう】
その責任に付随するストレスを知る。助産師が助産
ことで【技能は実践して初めて習得できる】
。さら
師として続けていくためには,やりがいと恐怖のバ
に【自分と他の助産師の技術を比較してスキルアッ
ランスを保つことが必要になる。
プする】
。それらの実践を常に【振り返り修正する】
経過で,
【事例パターンの蓄積】と【実践パターン
3. 本研究の総合的結果図
の蓄積】をしている。実践を繰り返すことから【新
以上の考察から,
結果の全体を以下の図 1 に表す。
たな目標設定】ができる。助産師は,これらのプロ
円錐の頂点は新人助産師である。円錐の縦軸には経
セスを行き来しながら経験知を形成していた。
験知の形成過程のカテゴリーを置き,このプロセス
その形成過程によって積み上げられた経験知の具
をたどることで円錐が益々大きくなっていくことを
体的内容は,
【ルーチンとなること】
【五感を駆使し
表した。段階の移動は矢印で示すが,一方だけでな
た総合的観察法】
【優先順位の選択方法】
【自然分娩
く複雑であることを表している。円錐の断面には経
を遂行するための技能】
【状況の程度と必要な医療
験知の具体的な内容のカテゴリーを並べている。ど
介入】
【コミュニケーションスキル】
【夫(家族)立
の知識も円錐の頂点から伸びてきており,今後も形
会い分娩のプロデュース方法】
【ケアのやりがい】
【お
成過程のプロセスが繰り返されていく限り,経験知
産の怖さ】であった。
は幅を広げながら大きくなっていくことを表現し
経験知は実践と修正と目標設定を繰り返すことで
た。
形成されていくため,助産師自身がそのプロセスを
経験知は,新人期から新しいことを覚えることだ
絶え間なく続けることが成長することにつながる。
けではなく,経験をし続ける中で流動的に各段階を
経験知には,実践のための技術と判断をするための
行き来することで創造されると考える。その段階の
知識だけでなく,
やりがいや恐怖も蓄積されており,
どこかで止まってしまうと,新たな経験知を生み出
それらは新たな学習の原動力となる。
すことはできない。常に実践し,比較し,修正し,
目標を設定し,さらにまた新しいことを見たり聞い
謝 辞
たり教えてもらうことで,助産師は成長していくの
だと考える。
本研究にご協力いただいた助産師の皆様には,多
忙な勤務の合間に時間をいただき,貴重な経験を聞
4. 本研究の限界と今後の課題
かせていただいたことに心より感謝申し上げます。
本研究の参加者の勤務施設は,リスクに対応する
尚,本研究は茨城県立医療大学大学院に提出した修
高度医療施設から,医療処置のできない助産院まで
士論文に一部加筆・修正したものである。
様々である。施設の状況がいかに異なるかが理解で
きたが,それらの施設に特有の知識や経験の積み方
文 献
がある可能性が考えられる。また,臨床経験が豊富
な熟達者の経験知は,本研究の結果と異なる可能性
がある。今後はより長い臨床経験を持つ助産師や,
1 )平澤美恵子,松岡恵,江角二三子,園生陽子,
堀内成子,村上睦子.日本の助産婦が持つべき
34
茨城県立医療大学紀要 第 20 巻
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(53)
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2 )Dorothy Leonard & Walter Swap(2005)
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2005,227−243.
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3 )パトリシア・ベナー/井部俊子監訳.ベナー看
護論―初心者から達人へ(新訳版)
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.近代科学社.東京,
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照2015−01−29)
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2005,
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小児病院新人看護婦の認知ストレスの変化.小
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助産師の世界.ペリネイタルケア.2008,
(27)
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助産師の経験知の形成過程とその構造
35
The Formation Process and Structure of Practice Based Knowledge in Midwifery Care
during Labor and Delivery
Megumi Ochiai1),Naomi Kano2)
1)
Researcher, Ibaraki Prefectural University of Health Sciences
Department of Nursing, Ibaraki Prefectural University of Health Sciences
2)
Abstract
Purpose
This study aims to understand how midwives develop practice based knowledge at clinical settings particularly in
midwifery care during labor and delivery.
Participants and Method
3DUWLFLSDQWVDUHPLGZLYHVZLWKWKUHHWRÀYH\HDUPLGZLIHU\H[SHULHQFHDIWHUFHUWLÀFDWLRQZKRDUHFXUUHQWO\LQ
practice assisting women during labor and birth The study employs a qualitative inductive approach in which the
participating midwives are interviewed for analysis to understand the formation process and structure of practice
based knowledge that they have built in midwifery care during labor and delivery.
Results and Conclusion
The study found that midwives develop the practice based knowledge by repeating the process of practice,
FRUUHFWLRQ DQG JRDOVHWWLQJ DQG WKDW FRQWLQXLQJ WKLV SURFHVV FHDVHOHVVO\ OHDGV WR WKH SURIHVVLRQDO JURZWK RI
midwives. The practice based knowledge is composed of not only skills to practice and knowledge based on which
to make decisions but also a sense of satisfaction and awareness of risks involved in the profession, which together
become the source of motivation for further learning.
Key Word : practice based knowledge, midwife, practice, midwifery care during labor and dlivery
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