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批評理論の制度化についての覚書
大田, 信良
言語社会, 4: 181-212
2010-03-31
Departmental Bulletin Paper
Text Version publisher
URL
http://doi.org/10.15057/18863
Right
Hitotsubashi University Repository
特集
一==一一一=一= =
トランスアトランティック・モダニズム
﹁批評理論の制度化についての覚書﹂ のための覚書
三浦玲一
そのなかでも述べられているが、﹁批評理論の制度化についての覚書﹂は、二〇〇九年九月二七日に行われた、言語社会研
究科、研究プロジェクトの第三回トランスアトランティック・モダニズム研究会における、大田氏の発表﹁冷戦期米国批評理
論とエドワード・W・サイードードライサーかジェイムズかの文学史を、トランスアトランティックに、見直すために﹂を
ジウム﹃今一度冷戦を振り返って﹄のなかでの大田氏の発表﹁誰もエドワード・W・サイードを読まない?1終わらない冷
もとにしたものである。より正確には、九月二七日の発表は、そのあと、第48回日本アメリカ文学会全国大会におけるシンポ
戦とレーガン期米国批評理論のさまざまなはじまり﹂に発展し、この発表をうかがった後に、﹁2回の発表を踏まえながら、
大田さんにとって、現在、トランスアトランティックな研究をすることの意義は、理論的に、どのように整理されるのかを説
明していただけないか?﹂という要望を三浦が行い、それに応えていただくかたちで、今回の論考となった。
結果として、私の生半可な想像以上に、刺激的で、詳細で、説得力のある議論を提供いただき、原稿を依頼した者としては、
喜んでいるというより興奮している。大田氏はーそもそもはイギリス文学の研究者、専門はヴァージニア・ウルフと認知さ
れているのだと思うがーここのところ︵おそらく十年弱くらいの期間︶この論考に展開されるようなトランスアトランティ
ックな批評の視座の意味と必要性について思考を重ねてきていらしており、︵紙幅の制限があるとは言え︶その思考の本質的
な部分を、おそらくほぼ初めて、全面的に展開していただく場がこの紀要となったことは、われわれにとって望外の喜びと言
うほかはない。
以下で述べられているのは、エドワード・サイードやフレドリック・ジェイムソンに代表されるような批評家たちが、帝国
鰭
鋤
吐
の
劃
覚
咋
の
九
比
劇
制
論
理
評
﹁批
1
81
一≡一一一=≡一一一=
= ==﹁
一一 黶=
義批判という切り口から文学作品を読もうとするとき、その根底でおきていることは、帝国主義という主題の単なる導入で
なくて、むしろ、個々の作品を分析することが同時に批評というものがどのように行われるべきかという定義を再検証し作
直すこととなるような、文学批評という制度の外に立とうとする営為になるほかはないという必然性の解説である。
外部へ開かれを目指すそのような批評に、大田氏は、トランスアトランティックという語を当てているが、この論考が米国
戦期に焦点をあてる理由は、ヨーロッパに端を発したモダニズムの一連の流れが、第二次大戦後の米国において制度化され
つまり、モダニズムのイデオロギーは遅れて形成されたものであり、戦前のヨーロッパのハイ・モダニズムにおいては制度
ことを通じて、美学的な完成の重視と芸術作品の自律性という、いわゆるモダニズムのイデオロギーの成立に至ったのだ
には存在しない︶という、﹄切ざ餐忘、さ⇔ミミせにおけるジェイムソンの指摘を確認しておけば十分だろう。
最初のトランスアトランティック・モダニズム研究会の質疑応答においてもすこし述べたのだが、現在の私には、この大田
のプロジェクトは、むしろより単純に、ジェイムソンやサイードの帝国主義批判の批評を、われわれの現在において、きち
と継承するにはどうすればよいのかということを考えるためのステップのひとつと捉えたほうがより分かりやすいように思
れる。実際のところ、この論考の基底にある認識はーあるいは、言い方をかえれば、この論考が、現在とモダニズム期を
還しながら、モダニズムについての論考であることの意味は ジェイムソンが、8§ミミミ切さで整理したように、モダ
ズム小説とは、植民地支配によって、世界のグローバルな全体性が間接的にしか表象不可能になったことの反映であり、ポ
トモダン小説とは、その全体性がより一層失われて、テキストがフラットな反復でしかありえないようになった事態である
いう把握であるように思われるからである。この論考の行く先が最終的にあぶり出そうとしているのは、世界経済のグロー
ルな相互依存であり、その関係が抑圧されることで不可視化されている欲望と搾取であるという意味において、これは︵大
氏はこう言われるのをいやがるかもしれないが︶マルクス主義批評のための覚書である。
2
︸==一一一一一一一=﹁
特集 トランスアトランティック・モダ一一ズム
批評理論の制度化についての覚書
文学の制度化のグローバルな歴史化
大田信良
1
トランスアトランティックな文学・文化研究のために
とは言明しないもののそうした政治的・イデオロギー的なコン
テクストとは切り離して文学テクストを読みたい、と素朴なや
り方で英文学研究について語ったりすることには、少なくとも、
躊躇は感じるようになったりしたのかもしれない。こうして、
︿批評理論の制度化﹀
現在は、批評理論は制度化されてしまった時代らしい。一九
たとえば、フェミニズムーそしてポストコロニアリズムも?
1が、文学研究上の技法あるいは視点として英文学コースに
六〇年代以降の構造主義の到来や理論ブームが一九九〇年代に
なって下火になる、その間、文学関連の高等教育機関に文学理
いは選択の科目として、少なからざる学生がその概要を学んだ。
は、ジェンダーや人種による文学の読解や研究が、その社会批
そして、この理論の教育機関への回収において問題となるの
パッケージ化されたのかもしれない︵、︶。
せっかく日本の大学に進学してあるいは英米の大学に留学して
いという危惧だけではないかもしれない。前の世代とは異なる
判性と解放性のほうは骨抜きにされてしまっているかもしれな
論の科目や批評理論のコースが設置された。そして、必修ある
英文学のコースを学ぼうとしているのだから、性差別や人種差
本を読み古い本に新しい価値を見出そうとした理論家は、最初
別といった社会的差異の問題に関連付けて作家・作品を論じよ
うとするように表面上はなった、あるいは、好き嫌いを基本に
一一一一一一一一一一一一一一一
書
の
覚
て
パ
㎏
劇
剛
嬬
婚
8
3
1
==一一===一一=
理論の制度化に伴い、理論のエリート主義者と反理論への転
前の世代への異議申し立てをした存在だったはずなのに、批
/アイロニー等々1が立ち上がってくる。それに対して、
する言語の修辞性たとえばシンボル/アレゴリー、リアリズ
・ヒューマニズムを根底において支える主体概念、それを構
一=一 =﹁一一一一一一一一
者とのうんざりするような対立図式をその帰結として招いた
学を社会学その他の研究分野と接続し、文学・文化をあらた
ける理論は、ほかの分野からも着目されており、たとえば、
点からラディカルに問い直し、また、政治的に歴史化したは
究/制度化されたモダニズムを、モダニティという時間性の
レドリック・ジェイムソンの理論的考察は、このような文学
九六〇年代以降の批評理論、とりわけ、ポール・ド・マンや
かたちで再起動する可能性があり、だとしたらそのためにも、
だったのだが、九〇年代における批評理論の制度化がなされ
しい︵,︶。﹁ポストセオリー時代﹂の現在、文学・文化研究に
評理論を文学研究のひとつの技巧あるいは視点として制度化
としたらどういうことになるのか。これにより、少なくとも、
になるかもしれない。現在の立場より、冷戦期の文学や批評
評理論から批評精神と批評実践が消えてしまった、というこ
パッケージ化してはならない、のかもしれない。
文学の制度化﹀
えないだろう。それは現実に進行する政治・社会・科学のモ
の﹁ポストセオリー時代﹂という状況もそれなりに考慮する
するだけでは十分とは言えないことになり、九〇年代から現
再評価・再解釈をいくらかなりと適切に試みるためには、ポ
ナイゼーションに対抗しつつ文学研究を言語の自律性といっ
要がある、ということになる。
このような批評理論の制度化をめぐる問題は、冷戦期米国に
ある種のモダニズム概念1たとえば、エドマンド・ウィル
周知のように、ニューヨーク知識人の批評言説に対する批判
ト冷戦期という視点から五〇年代の文学の制度化を批判的検
ン﹃アクセルの城﹄1を前提に制度化したものであると同
ける文学の制度化について論じる本論においても無関係とは
に、文学としてのモダニズムが制度化される過程でもあった。
スト冷戦期を迎えた現在の批評的立場より、ライオネル・ト
リングらリベラリストを批判するニュー・アメリカニストの
、すでに日本の研究制度においてなされている。すなわち、
した文学研究の枠組みや解釈図式ー意識と自然を統合する
点。ニュー・アメリカニズムの代表的批評家ドナルド・ピー
こから、五〇年代冷戦期の新批評やニューヨーク知識人が編
像力という新カント主義に基づく非政治的歴史概念、リベラ
4
=一二===
一一 鼈鼈
巽孝之﹃ニュー・アメリカニズムー米文学思想
た立場に立った文学の検証は、やさしいことではないが、避け
る多元性Lを希求することが必要であると強調される。こうし
ズの思想が、
史 の 物 語 学 ﹄ 二九九五︶により次のように要約されているら
て通れない課題ではあるのだろう。だが、はたして、このよう
︿理論のエリート主義者と反理論への転向者との対立図式﹀と
しい。
二〇世紀後半の冷戦にしても六〇年代ヴェトナム戦争を経過
どのようなかたちで関連し、現代日本の英米文学・文化研究の
なポスト冷戦期の批評的言説は︹3︶、制度化された批評理論や
してのち、人種・性差・階級もろもろにわたって矛盾が生じ、
状況を形成・編制しているのだろうか。
えなくなった⋮⋮。もはや四〇年代のように冷戦が闘争の構
︿グローバルな歴史化に向けて﹀
当初の素木な反共的コンセンサスや封じ込め政策をも維持し
図を内包する時代は終わり、六〇年代以降には冷戦そのもの
このような主としてアメリカ文学研究における問題を直接取
ローバルな歴史化に向けて開く可能性を探ってみたい。具体的
が闘争の対象と化す時代が到来した。アメリカ的主体形成に
ニズムではなく、 逆にリベラルな反共コンセンサスそのもの
には、英国作家ジョウゼフ・コンラッドのテクストの英米両国
り上げる代わりに、本論は、文学の制度化という問題をそのグ
である。︵巽二六六頁 山下﹁序﹂一三頁に引用、下線筆
における文学研究、および、その個別的な読解と連動する批評
とって脅威なのは、すでに冷戦の片方の極としてのスターリ
者︶
そのニューヨーク知識人批判は、ニュー・アメリカニズムの選
して特権的に、たとえば、カリブ海地域の文学・文化を取り上
い換えれば、トランスアーランティックといっても、直載にそ
ク・モダニズム﹂の研究が孕む意義と可能性を探りたい︵4︶。言
理論という二つの脈絡を取り上げ、﹁トランスアトランティッ
択すべき脱リベラリズム的盟約として提示されている。すなわ
モノ・言語などの移動や政治文化の血縁・絆に着目することは
ち、もっと積極的に政治的に加担すべく自らの文学作品を社会
ロマン主義作家たちのスタンスが再評価され、そして、それが
しない^.。︶。また、結局のところその解釈の終着点が各国別の文
げたり、ヨーロッパまたはアメリカとアフリカ大陸とのヒト・
﹁自由主義社会的自由を超える自由、多元文化的多元性を超え
とのあいだの﹁幻影の盟約﹂に仕立て上げていったアメリカ・
=一一一一==一== [
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8
5
1
゚=一一≡=
一一鼈黶
が本論が問題にしたいことである。
アトランティックな関係性によって編制されたのか、これこそ
を孕みながら、グローバルにあるいは英米を横断するトランス
化が、そもそもどのように、政治的・経済的覇権の移行と矛盾
ろ、二〇世紀半ば冷戦期以降の米国批評理論による文学の制度
類似性・差異性について議論する、ということもしない。むし
米文学に表象されたジェンダーや人種を比較・対比しそれらの
しまうことになるのであれば、大西洋をはさんで英文学および
学研究や近代国民国家という枠組についてはそのまま温存して
タリズムという権力と知をめぐるトランスアトランティックな
めまでの英仏の帝国主義と二〇世紀半ば以降の米国のオリエン
イードとの微妙な緊張関係を測定するだけでなく、二〇世紀初
い。つまり、米国の政治文化におけるニューヨーク知識人とサ
ないエドワード・W・サイード﹀という問題にも︹6︶、つなげた
して最後に、そのような手続きを踏むことにより、︿誰も読ま
どった上で、最終セクションで、また理論的に説明したい。そ
メタコメンタリーについては、コンラッド解釈の実践をまずた
しながら、これらのテクストとその解釈を、再度、たどり直す。
タコメンタリー︵b]①吟①OOゴロコρΦ昌吟①﹁く︶とよぶ︵再︶解釈を確認
==一一===一一=
国の支配的な文学はなに? という制度化された文学研究につ
そのために、本論の以下のセクションでは、まず、冷戦期米
理論の歴史性を再読・再解釈する目印をつけたい。
系譜をも探ることにより、ド・マンやジェイムソン以降の批評
2 冷戦期米国の支配的な文学はなんだったのか?
いての問いからはじめる。文学批評とりわけニューヨーク知識
人の果たした役割とそれに基づくモダニズムの概念やアメリカ
文学史の図式について確認することになろう。次に、単純にセ
オドア・ドライサーでもなくヘンリー・ジェイムズでもない作
クハイマーらフランクフルト学派により批判された︶ポピュラ
ムズベリー・グループのハイ・ヵルチャーと︵アドルノ/ホル
のような機能を担っていたのか。山下昇によれば、冷戦が本格
戦期とはいかなる時期であり、その時期のアメリカ文学とはど
冷戦期米国の支配的な文学はなんだったのか。その前に、冷
黹?[ヨーク知識人の文学批評﹀
ー・カルチャー、﹁文化産業﹂との両者に跨る文化空間を占め
化する五〇年代は、アメリカが覇権を確立していく時期であり、
︿一
るテクストとして、コンラッドの﹃ロード・ジム﹄と﹃ノスト
それと並行して、アメリカ文学が世界に認知されていく過程で
家として、そしてまた、英国リベラリズムの系譜にあるブルー
ローモ﹄を取り上げようと思うが、その際、ジェイムソンがメ
≡=一一=≡==・
8
6
1
号
第
会
社
語
言
あった。
!を再検証するという際にまず問題となるのが、
−によるドイツの再軍備があり、ソ連外交の転換がなされる。
それに伴い、一九三五年コミンテルン第七大会で、反ファシズ
ムの新たな路線として、それまでの社会民主主義政党とも闘う
そ 以上に重要で問題となるニ ーヨーク知識人の果たした
役割に関しては自明のことなのでここでは割愛するとして、
ーヨーク知識人であった。新批評家たちの果たした保守的な
物を次々と出版している。その本流を成すのが新拙3﹁﹃
代であり、鐸々たる批評家たちが、批評の名著と呼ばれる書
﹃ニューヨーク知識人の源流﹄の詳細な研究をきわめて図式的
﹁プロレタリアート﹂から変化する契機でもあった。秋元秀紀
かう。それは、革命運動の﹁象徴﹂が、従来の﹁労働者﹂11
結成による左翼およびリベラルの広範な共同戦線の組織化へ向
プロレタリア文芸運動を事実上放棄し、﹁アメリカ作家連盟﹂
寄o葺︶の方針が決議された。アメリカ共産党も、それまでの
社会ファシズム論の立場を変更し人民戦線︵日①勺8巳曽
役割について見ておく必要があるだろう。︵山下﹁序﹂ 一〇
に示せば、以下のようになろうか︵一〇〇°一NcOlω01Nω↑1ωN︶︵7︶。
藷の状況である。五〇年代は文学批評の百花線乱の時
頁、下線筆者︶
映画スター・脚本家・探偵小説家などの同調者
﹁人民﹂︵あるいは﹁人びと﹂︶1ーロウブラウの反知性主義、
その重要な役割が問題となっているニューヨーク知識人とは、
念のために、ここで少しばかり基本的な確認をしておくならば、
リトルマガジン﹃パーティザン・レヴュー﹄を媒体に形成され
ゴ
の
書
覚
制
﹁知識人﹂1ーマルクス主義とモダニズム文学、﹁アメリカ版
S
V
論
た文化人・知識人グループのことである。この雑誌は、一九三
いはアソシエイション︶
ブルームズベリー﹂とも称される知識人コミュニティ︵ある
理
評
批
の
パ
㎏
劇
ンド・ウィルソンを筆頭とするオールド・リベラリズムが三六
共産党下部組織のさまざまな小雑誌の廃刊につながり、人民戦
====
一一鼈鼈一一
8
7
1
四年創刊、共産党の機関誌として出発するが、三〇年代エドマ
事を経験することにより、大きな変容を遂げることになる。
線の組織化に吸収されるか別の道を探すか、対応を迫られた
ー三八年のモスクワ裁判、三九年の独ソ不可侵条約などの出来
三〇年代半ばまでには、世界恐慌、ナチス政権成立とヒトラ
=一=一一一一=一= =
一=一一一=一一一一一一=
﹃パーティザン・レヴュー﹄であるが、 一度発行停止という事
態ののちに、結局、ウィリアム・フィリップスとフィリップ・
史・文化史の展望﹄︵東京、松柏社、
の社会主義的・急進主義的イデオロギーのいずれにも対抗する
過去の保守主義的イデオロギーや無謀な平等化を目指す同時代
リズム﹂は、﹁左翼の原則﹂ではなく、不公正な特権に基づく
れる︵秋元﹁冷戦初期のニューヨーク知識人﹂︶。その﹁リベラ
な作家・知識人のグループ化﹂により、一九三七年、再発行さ
ある。戦後アメリカにおける研究動向への一貫した理解もさ
ラック、バーコヴィッチたちの戦略について述べる文個則で
アメリカ文学史を一新しようとした批評家、トリリング、ア
評ー捌判を強く打ち出している。マシーセン以後、
学観と社会実践との乖離という観点から社会主義者で 美
氏の 米文学史の戦後抗争からバーコヴィッチまでLは、文
それに対して六〇年代にアメリカ文学研究を始める村山淳彦
二〇〇五年︶についての
﹁中道主義の原則﹂だった︵ウォーラーステイン﹃アフター・
ることながら、村山氏の創綱に対する見方は、アメリカ
以下の書評を一瞥しておこう。
リベラリズム﹄八頁 山下﹁序﹂一︸頁に引用︶。このように、
文学ほどナショナリズムから遠い文学はないと考えていた筆
ラーヴ等による﹁スターリニスト/リベラル人民戦線に批判的
ニズム・反全体主義のニュー・リベラリズムの雑誌として再出
復刊されたときには、政治的には、反ソ連すなわち反スターリ
者には新鮮で興味深かった。氏の通史から﹁アメリカ・イデ
に触知されるであろうか。
メリカ文学史・文化史をめぐる研究制度や言説実践にどのよう
文学の制度化とその現在にまで残存する痕跡は、たとえば、ア
それでは、文学的には、どうか。ニューヨーク知識人による
︿セオドア・ドライサーか、ヘンリー・ジェイムズかの文学史﹀
よって復権させる、見事に仕組まれた論文である。舌津氏は
鏑﹃は文化研究によって攻撃されたマシーセンを文芸 三。に
村山氏の評もききたい。舌津智之氏の マシーセンの万華
納得された。最近完結したバーコヴィッチの文学史に対する
彼がマシーセンに回帰するかにみえるという氏の疑問はよく
と、イデオロギーで文学史を構想するバーコヴィッチの困難、
発した。
現代日本のアメリカ文学研究の一例、あるいは、﹁代表的﹂
クイア批評が﹁﹃アメリカン・ルネッサンス﹄の細部に注意﹂
オロギー﹂は文学史でなく文学をめぐる文化史の領域なのだ
な例として、亀井俊介監修・平石貴樹編﹃アメリカi文学
≡====一≡=
8
8
1
号
第
会
社
言
語
シーセン称賛をとおして、﹃アメリカン・ルネッサンス﹄の
マシーセンの学生であった詩人のアドリエンヌ・リッチのマ
ーのしなやかな読みを明らかにしたことを評価する。さらに
して、マシーセンによるホイットマン、ジュエット、キャザ
た、︵都市の対立でいえば︶シカゴWニューヨーク、また、︵政
ながりを重視するという意味での国際派の伝統﹀。あるいはま
ば国粋的な伝統>W︿モダニズムを軸とし、ヨーロッパとのつ
あるいはアメリカ文学の創設の﹁起源﹂があった、といえるか
ン的連邦主義。こうした二項対立の図式に、﹁アメリカらしさ﹂
ける氏の擁護という革新性にあると論じ、ニュークリティシ
もしれない。
治的には︶ジェファソン的地方分権主義・農本主義Wハミルト
ズムへの回帰ではない文学研究の未来への道筋を提示する。
ジョナサン・アラックもまた、﹃アメリカー文学史・文化
真価が、詩と散文というジャンルの撹乱を試みた、散文にお
亀井氏のマシーセン評価が舌津氏に共有されているのは頼も
史の展望﹄の諸研究とはまた別のやり方で、マシーセンの反フ
ここで言及されている論文あるいは研究言説が、明示的に言及
ヴァルター・ベンヤミンの﹁国民﹂の否定的伝統や過去の蛮行
新批評的なシンボルに基づく文学理論を吟味したことがある、
ァシズム・﹁国民的統一﹂を掲げる人民戦線という政治理論と
しい。︵小田一七三頁、下線筆者︶
はしていないものの暗黙のうちに先行する存在として前提とし
にある︶、、60う留o匿菖op、.の文学理論を対比しながら。もちろん、
の記憶を掘り起こす反人民戦線の政治理論と︵シンボルと対極
の﹃リベラル派の想像力﹄、とりわけ、その巻頭論文﹁アメリ
アラックの眼目は、二人の批評家の単純な評価などではない。
ているのは、ニューヨーク知識人の代表的批評家、トリリング
カの現実﹂であるとみなして、間違いないであろう。そして、
な契機を掘り起こし甦らせることにある。つまり、アレゴリー
マシーセンの実践に、その理論で主張される命題を裏切るよう
メリカン・ルネサンス﹄ではなく、より御しやすい︶ヴァーノ
による歴史。
︵実際には当時より影響力のあったF・0・マシーセンの﹃ア
ン・ルイス・パリントン﹃アメリカ思想主潮史﹄を主要な敵と
てアラックが批判のターゲットとしているのは、実は、トリリ
そして、マシーセンとベンヤミンの対比する解釈作業によっ
ンリー・ジェイムズかの文学史であったことも、いまさら多言
ングの批評的言説にほかならない。
してトリリングが提示した図式が、セオドア・ドライサーかヘ
を要しないだろう。︿エマソン、ホイットマンを軸とするいわ
=一一一一≡一=一≡
書
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:みケO 吟﹁①①[日O口叶 O︷7︼①[[庁一①ωωOP一P
O切一匡O白 ①①5..知O巴詳 芦﹀日Oユロ①、−︵一q⊃切O︶“[ωぺO日①﹁オ①O一〇°
肯定するあの文学史の図式。いうまでもないことだが、反スタ
ーリニズムのリベラリズム・ニューヨーク知識人という文化的
記号を担うトリリングのさまざまなエッセイ、特に、﹁アメリ
↓﹃Omωω①<①ωω①詳Oユ⇔巨①[勺①叶ユロ讐O口口O日一P①け①△.、[﹃OOO=①σqO カの現実﹂︵一九五〇︶の評価・解釈図式の力は、冷戦期米国
ニューヨーク知識人が文学の制度化において果たしたイデオ
批評理論を決定づけたものであった︵8︶。
OO⊆叶◎DO 一目 ﹀日mユO陪口 目叶Oパ国↑已ぺO、.白①亘○口≦[OO ≦古O口O<O﹁ 洋
巴白一〇庫叶OひO.ぐ[σqO﹁○已ω、.尺①けプ①﹁け庁芦..ひ⊇O口吟OOピ.、§O<O巨ω叶叶○白−
どのようなポイントだったか。言い換えれば、戦後五〇年代に
ロギー的な機能あるいは役割という観点から見て重要なのは、
<①叶o‘[O口、.勺①﹁﹁ぎ鳴O口]≦5cり日﹂庄、①bO知O巴詳鴫..︵一Φ︽O︶°くOけ
ルで愛国主義的ですらある傾向をその内部に孕むニューヨーク
はじまるトルーマン・ドクトリンに対応するような、ナショナ
ぬO﹁O一巴日[ヶ芦↓ユ已芦ひqず①臼くOコ[⊆﹁①匹ぎけプΦOひひ①<ω団﹁°り[
①OOOぺO一口 けO出①コ﹁ Z①O古ω日詳古 巴ψ力O≦﹁詳一ロ 一ロ一ΦOO 勺①叶‘
知識人のりベラリズムの権威において、どのようにモダニズム
o Oコ、o◎臼OゴP一白騨口nm一旨吟古O[﹃[﹁吟一〇〇力古①ユ 一〇一工OO吟O\一さO、\へ☆ぺ
﹁一
㌔㌻心⇔詠㊤⇔ミへ恥一白臣O︷O詳⋮mω゜]⊃匡≡目ぬ吟古①白OOO[已mq庁͡O●..けげO
O①︹六芦臼ぴδOエペ○叶OψりΦ﹁O①臼乙力忌すO﹁O=[O叶四叶已﹁O①ロ匹OO=己Oω
というものが概念化され、制度化されたのか。
b]OO戸、.一プ①叶尻−⇔古mO古O一nO亘O吟≦㎡O巨 ①日Ooり芦OU叶O口m穴出①<−
一ロ⑰qOOO①ユけずm一目Oく詳①ぴ巨吟くO﹃Oプ90◎弓ユ巨昌ぴqけ巨①ロO已O⇔O口↓巨ΦΦ×Φ日声﹁ 6四ω①O͡↑δロ匹↓巳巨5 0力β伽qぴq①むD吟c力[ゲ①吟け巨①マ
①庄O目一旨吟○け巨OnO己乞①5①ψり[﹃O﹃一づ△OOOコO①巨け已けO﹁①﹁ぺ
1
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90
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]<[①ロプ冨Q力oりOコ.o力O吋巴o自OO︹O叶庄oり①﹁乞巨庁﹁Oゴロ曽オ一白小q]≦①詳巨Oψ 一口OΦOロム6白︹O中O巳口乙o[巴[ロロ目n①日OOロ一く①叶[﹃①05nOOひ[巨Oマ
n
白、oワ①O日㌣①口Oロ甘﹁]四目[①gり①P匹ひユ庄9ωゴPO︹勺①﹁﹁日鳴O戸σ已叶
むD
二つのM、すなわち、政治におけるマルクス主義と芸術におけ
線筆者︶
叶8白巴口①[δ白怠日○△雪コ﹂の目゜︵﹀叶曽..勺oω[日o匹雲巳ω日、、ωさ下
庁①︹巴庁ユ[050臣口而[巨①合O叶已b亘<O①bO日巴ぺけ90り一白口OO⊆口O江 <[O≦ωO﹁ΦOP﹃Φユけ匡OゴP︷σ叶①已͡口O叶=<一白叶古O
日吟O露ωcDOプ①日①菖N①己O白︵↑き○、☆∼きRS⇔註oボ一、oo“一N︶°︵﹀﹁但n
..ブ゜○°ζ讐[巨oω゜。oロ.、一ΦΦ−Φや 下線筆者︶
すなわち、ドライサーを強硬に否定してジェイムズを手放しで
問題に関わるー︵社会主義︶リアリズムがモダニズムかとい
価あるいは文学史における時代区分に関わる二項対立のどちら
るモダニズムが、第二期﹃パーティザン・レヴュー﹄のテクス
る。スターリニズムのソ連とその共産主義は自由への恐るべき
かいずれかを単純に賞揚する、といった思考方法をジェイムソ
トのガイドラインだった。アラックに従いその実質的な内容を
脅威であり、そうした悪と対時するのが善の帝国アメリカ、と
ンはとらない。たとえば、ジェイムズの代わりに、英国リベラ
と思われる。当然予想されることではあるが、狭義の文学の評
いう単純な対立図式。この図式が、同時代の政治文化を構成す
リズムの代表としてのブルームズベリー・グループ、たとえば、
う理論的にして実践的でもある問いによって、再考されている
る歴史的サブテクストだった。そして、このような政治的な対
り上げ、それについて直接解釈したり評価を試みることはな
盛期モダニズムとしてのヴァージニア・ウルフ﹃灯台へ﹄を取
もう少し詳しく検討してみるならば、以下のようにまとめられ
かジェイムズかの文学史の構想だった、とみなされる。つまり、
立図式と相互規定的に編制されたのがトリリングのドライサー
い︵9︶。来るべき活力ある政治文化はどうあるべきかという問題
機制が﹁はじめに﹂に予告され﹁結語﹂のとりあえずの結論で
モダニズムというものが制度化されると同時に文学が制度化さ
れる契機をなしていたのは、このような冷戦の契機でもあった、
概略が示されているのだが、そこには、われわれ自身が生活す
ニズムの彼方にある、未だ実現されざる集団的で脱中心化され
新しい形式のための空席がしつらえてある、リアリズムとモダ
ところにいずれ存在するであろう集団的な思考と集団的文化の
る現在の世界の分断化された領域・断片化された境界を越えた
ということになる。
3 トランスアトランティックな文学・文化研究
︿リアリズムとモダ一一ズムの 彼 方 ﹀
書
覚
の
て
に
パ
化
渡
た未来の文化生産︵.、°・o日Φ器ぺ2⊆言①昌No98一﹂oo口くPきロ
1
=一一一≡一=一一≡
91
輪
嫡
醜
冷戦期米国批評理論におけるドライサーかジェイムズかの文
ユ08葺2江o巳言﹃巴買○●已o口○ロo︹夢o后ε興Oひoくo=匹﹁o芦oり日
脈絡を越えて、英文学研究あるいは二〇世紀英国のイギリス小
ここでは、文学の制度化の問題が、アメリカのナショナルな
馨ユ日OO巽巨ωヨ巴完o、.︶として︵冨日o°力o問巳︶。
学史の問題は、フレドリック・ジェイムソンの﹃政治的無意
ゼフ・コンラッドにおけるプロット構成とイデオロギー的閉
識﹄ではーとりわけ、第五章﹁ロマンスと物象化ージョウ
域﹂におけるロマンスというジャンルの再解釈と再発明がその
≡一一=一一一一≡=
゚一一一一一一=一 =
一一
べきだし、ひょっとしたら、そこで提示・提案されているのは、
モダニズムを批判する作業をジェイムソンは行っている、と私
きわめて米国的な、その後八〇年代半ば以降どんどんとリベラ
いるのは、ポストモダンなメタフィクション、あるいはさらに、
集合的な形式としての新リアリズムであり、その標的となって
は考えたいのだ。当初のインパクトを失ったモダニズムに代わ
ルなやり方で脱政治化された、ポスト構造主義の批評理論だっ
ダニズムをこのように吟味しなおすことにより、制度化された
説史・文学史に議論が移動している、そして、リアリズム/モ
る文学的代案として、一九世紀的なリアリズム小説の再評価を
たりするのかもしれない。
文化形式になりつつあったポストモダニズムや米国のSFテク
︿トランスパシフィックな文化空間と文学研究制度﹀
試みるとか、﹃政治的無意識﹄出版当時すでに支配的な文学・
ストの生産を寿ぐとか、いったようなことが目的とされている
部先取りするような大衆文化・﹁文化産業﹂との有意義な曖昧
それはともかく、ジェイムソンは、ヘンリー・ジェイムズの
性を問題化した。次にその上で、次のメタコメンタリーの対象
わけではないことは明らかだろう。また、もっとも偉大にして
こうした視野の広い文学の歴史についての研究は重要なものと
として﹃ノストローモ﹄の諸解釈コードとそのイデオロギー性
文学制度内の意味を十分に考慮しながらコンラッドをわざわざ
考えられているのだろうが、だからといって、未来のあるべき
が解釈される。われわれとしては、ここで取り上げられるコン
現代的な、あるいは、現代化をもたらした、文学史としてエー
政治文化の形式としてアウエルバッハの構想したフィグラによ
ラッドの二つのテクストが表象するロケーションや地政学にま
ド・ジム﹄が提示する盛期モダニズムとポストモダニズムを一
るリアリズム︵団唱﹁巴叶o巴田日︶をそのまま受け取り、ダンテ
ずは注目して、グローバルなあるいは少なくともトランスアト
取り上げ、しかも、最初は、そのコンラッドのテクスト﹃ロー
の﹃神曲﹄といった過去の世界へ単純に回帰することを推奨し
リッヒ・アゥエルバッハの﹃ミメーシス﹄が言及されており、
ているわけでもない。ジェイムソンが継承し転回させたのは、
ランティックな文学・文化研究の可能性を読み取ることができ
ジェイムソン自身が属する米国の比較文学という分野において
﹃ミメーシス﹄の理論ではなくその批評実践において試みられ
るかもしれない。
﹃ロード・ジム﹄のアクションが展開11転回する舞台をまず見
たことである︵冒Boω8旨︶。コンラッドのテクストにおける
ロマンスというジャンルの再解釈は、このような観点から読む
℃O一一一≡三
一一
9
2
1
号
会
第
社
言
語
区別される、その後のバトゥサンでのジムの経歴を語る物語は、
てみよう。主人公ジムが乗組員として関わるバトナ号の物語と
言及しながらジェイムソンが述べているように、バトナ号に巡
ラッド論の注でエドワード・サイード﹃オリエンタリズム﹄に
ンタリーを要約すれば、バトゥサンで語られるのは、資本主義
を贈うことで﹁ロード﹂・ジムとなる話。ジェイムソンのコメ
する主人公が、最後は、自ら死を選ぶことによりその罪と苦悩
とは区別されるべきではあろう。ここで主題化されているのが
在外中国人一家の一団・南アメリカに向かうインド人移民など
ないマレー人の水先案内人にみられるようなアジア人あるいは
るユートピア的かつイデオロギー的機能という点で、巡礼では
ちは、その宗教や有機的統一性による全体性・集団性を喚起す
の表象として登場する。たしかに、メッカに向かうこの巡礼た
礼たちがヨーロッパ的な個人主義の欠如したオリエンタリズム
あるいは帝国主義の時代にはアナクロニスティックな封建社会
か。沈みかけた巡礼船を置き去りにしその裏切りの行為に苦悩
どのようなもので、さらに、どのような空間に配置されていた
の騎士道文化が甦ったような、勇気と臆病をめぐる物語であり、
ンタリズムの例であることを、ジェイムソンは一応忘れずに指
イスラム教すなわちオリエントの他者イメージであり、さらに
ローはかつて前近代のように共同体の集団性から切り離されて
摘している︵心日oωoコN︽①︶。そして言われてみればたしかに、
その解釈コードは、善と悪という道徳的あるいは倫理的二項対
近代社会に孤独に生きる個人の問題として場合によっては実存
サイードのオリエンタリズム論が対象としていた中近東だけで
皮肉なことに歴史的・文化的なこの他者に全体性や充溢の幻想
主義的な風味で味付けされて描かれることになる。
なく、当時のシンガポールやマレーシアにあたる地域であり、
立ということになる。また、ジャンルの観点からいえば、それ
さていよいよ空間設定について最低限のことだけ言えば、以
さらに、インドネシアは、イスラム文明圏に深く関わる空間を
を帰しながら同時にその他者を周縁化するという典型的オリエ
下のようになるらしい。﹁一八八〇年、シンガポールからメッ
構成していたことは間違いない。しかしながら、これらのマラ
はロマンスの堕落した形態であるメロドラマなのであり、ヒー
カに向かっていた巡礼船ジェダー号から乗組員が脱走した事件
を具現する英国人ブラウンの一味が出没するオーストラリアの
ッカ海峡近辺の地域、さらに、ジムの宿敵にしてルサンチマン
バイ︶、バトゥサンの位置はスマトラ島北西部と推定されてい
海岸線などを含むアジア・太平洋のトランスパシフィックな文
がモデルとされている。裁判が行われたのはボンベイ︵現ムン
る﹂︵﹃英語文学事典﹄﹁コンラッド,ジョゥゼフ﹂NNO︶。コン
一=一一≡一一一=一≡
書
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化
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醜
職
獅
9
3
1
=一一≡≡一≡
一一
黶∴鼈鼈鼈鼈黶 = @ = =
化空間の存在も忘れてはいけないのではないか。
とはいえ、われわれ読者あるいは解釈者がこうしたグローバ
ルな文化空間のことをまるでなかったかのように意識からその
クストをイギリス文学としてこれまで占有してきた文学研究制
存在を放榔し忘却してしまうのは、﹃ロード・ジム﹄というテ
度とその解釈コードに起因するのだろう。ちなみに、テクスト
後半部のメロドラマの箇所は、F・R・リーヴィスの﹁偉大な
伝統﹂においては否定され切り捨てられたところに該当する。
前半部のテクストに関して言えば、二流ヘンリー・ジェイムズ
という烙印で片付けたくないということで、ジェイムズ的な視
点︵09葺o︷≦m乞︶を突き崩し物語の現前を否定し、差延によ
って繰り延べていくポストモダンなエクリチュールによって解
釈してすます、といった状況がかつてはあったらしい。これも
ちなみに、サイードも﹃オリエンタリズム﹄の中でフローべー
ルのオリエンタリズムを取り上げながら﹃ブヴァールとペキュ
シェ﹄のテクスト形式について肯定的に言及していた。
われわれにとって重要なのは、ジェイムソンのコンラッド論
=一一≡一一≡一一=
9
4
1
号
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日芦ΦqO͡芦合く匡⊂巴o。8吟ずO、.中O①ユO日.、N5ユOρ已巴洋くO[ω古①Φ︹
日βオΦ[①ρ已く巴Oロ⇔O⋮]①日①ω尉500日けO︷<完ξ“宅古[∩﹃60目Oω
日8ぴO日oq①c力①O﹁090力[ふ5合①OO木Oロo。O①ぬ巴目ω[叶m巳O①畝O戸
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四NOO忌O工臼−①≦OユO司すOωOω06冨一≦ω日白︷ΦO巨OO︷①古古O叶−
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㌻さ8尻マ○ロ司m5匹白OO−勾叶o已合①白b﹁O]OO庄oロ日OO叶くm5α①O①O−
その視点の美学が以下のように歴史化され、それによって冷戦
の構築、個人存在を市場等価性を持つ﹁自由﹂かつ平等な単位
ここに一筆書きで要約されるのは、その文学における美的言説
8己O白−9占o巴︷日庄2①Oピ︵]①日Oω05N巴INN︶
期アメリカの制度化された文学研究についての批判的コメント
へと再編するブルジョワ的個人主義とその後代に形を変えて存
あるいはメタコメンタリーにおいて、ヘンリー・ジェイムズと
が触知される点にある。
日①[二゜。ぎ8目日O昌ω已﹁①ひ﹂ΦO[臣2≦#古書o<①ユo已乙り..o。8互OマO‘
⋮日ぺOo日二〇り、﹃o≦o<g−夢陪け巨゜り..マo昌S.−監乞㊦日已゜力[s==
そしてさらに、英米両国に跨りトランスアトランティックに文
巳o°力..ohω巴マΦ芦庫8日o牛So﹁≦[庄日oc力oO昏巽日o﹁o合ω−
続・温存される変種・新種、等々にかかわるジェイムズの作業、
化移動するアメリカ文学者を決定づける批評概念すなわちアイ
后巳日ひq辱..⊆白゜・吟①σ庁、、oロoωo[冨日Φ゜力﹂芦o﹁田きびg江芦09巨
oh<苗≦⋮[巨。力8ρ≦巨合[°。☆芦切日合く己已巴碧匹日o器O﹁8−
ロニー。ジェイムソンが言うように、 一九世紀の群小文人のひ
とりにすぎなかったジェイムズが一九五〇年代のもっとも偉大
氏蔓巨ω8民8=o合曽民∩9お亘⊆[σく゜りo日o置8δ四〇巴日田后5−
匠目巳oひヰo白く冨筈讐oぺけ巨Φ..庁ωoo50S宮゜。9巨、∵°°
︵廿日oω88ω︶
美学イデオロギーである視点と対比されるのが、﹃ロード・ジ
清的な要素を巧みな排除によって平準化し制度化したものとは
ズムテクストのジェイムズ的視点にはおさまり切らない異種混
の
て
に
パ
一≡一一一≡≡一≡
9
5
1
輪
擬
錦
渡
化
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覚
Oo窃8芦合pσqO﹁oぎ口[o匹ひ①oズo口8日合く己已巴o×Oo吟苫づoo°弓巨゜力
なアメリカ作家に変貌を遂げたという現象にもっとも納得のい
く説明は、最初は物象化に対する抵抗・防衛として生み出され
たジェイムズの視点は、結果的に、徐々に主観化・心理化され
ていく世界−共存する単体の完全な相対性という社会ーの
モ ナド
ここでは、﹃ロード・ジム﹄の﹁アイロニー﹂が、旧来のアイ
イデオロギーとそれを表象するレトリックによってあたえられ
る︵]曽Boω8NNN︶。われわれの観点から言い直せば、そのレ
ロニーとは異なるものとして、すなわち、新批評の長編小説へ
の適用版教科書であったウェイン・ブースの修辞的小説論が
トリックであるアイロニーこそ、冷戦期のリベラル・ヒューマ
ニズムと共振・共犯関係を結んだものだ、ということになろう。
ム﹄についてのさまざまな解釈コードのいわば行間からジェイ
異なるものとして、捉えられている。
..°。8窪o、、とか.、巨ψ・冨⊆o..とか分類・整理することによりモダニ
ムソンが掘り起こし再発明したーその大きなスプリング・ボ
そして、この﹁アイロニー﹂が﹁その本来の性格からいえば、
このような制度化されたジェイムズのテクストとその文学・
ードはポール・ド・マンの仕事であることは間違いないがー、
超個人的そして正しい意味において歴史的なもの﹂であるのに
学の制度化に伴う脱政治的美学イデオロギーの作用から、﹁個
もかかわらず、あるイデオロギー的な誤解から、すなわち、文
集団的な思考と形式に企図されたアイロニーの新たな概念化で
ある︵01︶。
黶∴黶゚一一一=二
一一
=一一一一一==一一一=
人的経験のレヴェルに投げ返されてしまっているだけLなのだ
@日①oりo口NOω︶。ここで言い添えておくならば、﹃ロード・ジ
︵﹄
ム﹄の思考は、終始かたくななまでに個人的行為の問題機制へ
と逸脱してゆき、回答不可能な問いを繰り返しみずからに問い
つづける、ということになるのだが、同様な事態は、すなわち、
倫理的に﹁批評精神﹂を突き詰め不毛な心理的葛藤においての
に移動することになる。そこでは、文学の制度化のグローバル
な歴史化にとってどのような示唆を見出すことができるだろう
か︵21︶。
︿文学テクストの︵そしてさらに、批評理論の︶トランスアトラン
ティックな系譜へ﹀
﹃ノストローモ﹄は、ジェイムソンにとって、﹃ロード・ジム﹄
の物語装置を弁証法的に強化し変容させたテクスト、類似する
み研究者の責任を自問自答しつづけ政治的・理論的対応を永遠
に繰り延べるという事態は、現在、﹁批評理論の制度化﹂とい
運命のカテゴリーというあらたなパースペクティヴの中におか
素材が、個人主体の領域ないし範疇から引き離されて、集団的
れたときに如何に構造的な変化を遂げたかということを提示す
ということは、万が一にもないだろうか︵n︶。
少なくとも確かななことは、トランスパシフィックな文化空
るものとみなされている。やりがちなことではあるが、ラテン
う状況において解釈行為をするわれわれにも、あてはまるなど
間がコンラッドの﹃ロード・ジム﹄によって表象されているに
﹁人種﹂に対する古典的な﹁英国的﹂イメージ、つまり、怠け
研究の境界に差し戻してしまっている、ということだ。だとす
ラル・ヒューマニズムと倫理批評のうちにとどまる狭義の文学
ルな閉域を横断する文化空間を、再度、せいぜいのところリベ
てしまう米国版ポスト構造主義の批評理論の言説が、ナショナ
組んだものである。そして、こうした点に注目して読むことに
おり、その土地の政治的変化・歴史的移行の表象可能性に取り
ば、この小説は、南米の架空の国コスタグアナが舞台となって
はやめておいた方がいい。ロケーションという点で考えるなら
トの集合的な歴史表象を解釈しそこねてしまう、といったこと
植民地主義のステレオタイプによって、せっかくのこのテクス
﹁もたらす﹂ことではじめて可能になるのだ、といったような
者で無気力であり、その政治的秩序や経済的発展は外部から
もかかわらず、一九五〇年代に編制されたジェイムズと視点の
文学的・美学的イデオロギーおよび八〇年代以降になってそれ
るならば、本論におけるわれわれの次なる関心は、﹃政治的無
を一見突き崩すかに見えて結局は文学研究制度のうちに温存し
意識﹄に取り上げられているコンラッドのもう一つのテクスト
一===一一一==一=
9
6
1
号
第
会
社
語
言
においてヒロイン、レイチェル・ヴィンレイスが身体的・精神
比較のために、再びウルフを持ち出せば、たとえば、﹃船出﹄
るテクストとして捉えることができるかもしれないのだ。
移動や帝国アメリカと大英帝国との関係性にあらたな光を与え
より、﹃ノストローモ﹄をトランスァトランティックな文化の
らば、﹃ノストローモ﹄も、﹃ロード・ジム﹄におけるメロドラ
ころ、モンテロ派の革命のようにみえる。もしそうだとするな
る。たしかに、このテクストの中心的な出来事は、一見すると
究制度の枠組みに立ち戻ってしまわないようにすることでもあ
本人の問題に還元し、やっぱり、英文学と言うナショナルな研
姿勢を、英国あるいはヨーロッパの、そしてまた、コンラッド
マの物語の部分と同じことになり、なんの構造的な転換があっ
的な成長︵あるいは反成長と死︶を経験する舞台となるのは、
サンタ・マリーナという南米のある島への船旅とその移動の過
入れられるブランコ派とは対照された、メスティーソとして否
たとはいえないことになる。邪悪なモンテロ派は、貴族的な寡
や出産および革命やアナーキズムの言説に転位されているとは
定的に描かれ、その政治に関しても、皇帝政治主義や民衆の直
頭政党政治と結びつき少なくとも地元の人間には肯定的に受け
いえ、ヒロインの死後彼女の恋人・友人たちが取り交わす会話
接投票にもとつく帝国主義的支配として片付けられている。
ける可能性を探ることが可能かもしれない。たとえそれが母性
にかろうじてそうした集団的歴史性の痕跡をかろうじてでも読
という倫理的ないしメロドラマ的価値判断によって構成される
だが、このテクストは、ブランコ派は善くモンテロ派は悪い
程における経験であったが、それでも個人主義的範疇を突き抜
み取ることができるかもしれない。もっとも、そもそも﹃ノス
良なる兵士﹄を経てD・H・ロレンス﹃羽毛の蛇﹄にいたる英
ずフォード・マドックス・フォードのいくつかの小説特に﹃善
ンスアトランティックな系譜を辿ろうとするならば、とりあえ
ずいぶんとたった後で、ようやく、ある別の出来事を語るため
次的な細部として語られるのであって直接示されることはなく、
上に現前することはない。不運な独裁者は、最初は、単なる二
政治小説などではない。モンテロ派による革命自体はテクスト
シ ザ リ ズ ム
トローモ﹄のような文学テクストは、より適切なやり方でトラ
国・米国両国のさまざまな関係を表象している英国モダニズム
そして、ポストモダンなエクリチュールとでもいってみたいよ
もまたジェイムズの美学的言説とは異なるずいぶんと実験的な、
の暗黙の原因としてしか現実化されないのであるから。ここで
いのだが。
文化の諸テクストと、併置され再読されるべきものかもしれな
それはとりもなおさず、このテクストにおける政治的思想や
==一==一一=一=
の
書
覚
に
て
パ
化
岐
酬
繍
擬
9
7
1
=一一一一一一一一一一一一一=
∴鼈齠
一一
うな﹁語りの戦略﹂や美学が提示されているといってもいいか
済的な支配すなわちポストコロニアリズム状況からも脱する契
政治的には独立したアメリカが、二〇世紀にはいって、文化経
ベル島への遠征と財宝の救出というロマンス的出来事の単なる
政変はより根本的な出来事つまりノストローモとデクーのイザ
国における文学の制度化という問題機制は、さまざまな差異や
提示されているのではないか。別の言い方をすれば、冷戦期米
実は、アメリカ文学の創設のアレゴリーとしても読めるように
===
もしれないが、ジェイムソンはこうしたテクストの形式や提示
機として、自国の文化をあらたに立ち上げる企てのことを、こ
のテクストに重ねAロわせてみたくなる。﹃ノストローモ﹄の諸
の仕方を取り込んだ上で、文学・文化研究における政治的解釈
の実践をどのように提示するだろうか。
ロ実にすぎない。この一見非政治的なだけの解釈についての
矛盾を孕んだ、イギリスの旧い帝国主義とアメリカの新しい帝
解釈に対する解釈であるジェイムソンのメタコメンタリーは、
コメンタリーにもかかわらず、ジェイムソンはその政治的ユー
﹃ノストローモ﹄は政治的動乱についての小説ではない。この
トピアの欲望がまさに挫折した瞬間においてテクストに刻印さ
きものではないのだろうか。
国とのトランスアトランティックな関係によって再考されるべ
から文化への移行によって主題化されているとはいえ︶前近代
が、まさしく分離派スラコ西共和国の創設、すなわち、︵自然
自体ではなく、テクストについて文学研究制度においてなされ
ればならないが、われわれが解釈の対象とするのは、テクスト
さて、﹃ノストローモ﹄のロケーションに立ち戻ってみなけ
プレテクスト
れる次のような契機に着目する。重要なのは、この二人の冒険
的生産様式から近代資本主義的生産様式への移行あるいは宗主
による﹃ノストローモ﹄解釈を取り上げ、そこではこのテクス
た解釈のほうである。すなわち、いわゆるポスト構造主義批評
トが可能性として示唆する南米というロケーションにおける集
ことなのだ。また、こうした移行の表象が、一個人の行為では
なく、二人の主人公の合同の行動による、あるいは、より適切
合的な歴史的移行がどのように取り上げられているのか吟味し
国による植民地支配からの独立と解放への契機を表象している
な表現を用いるなら、彼らがあらたな集合的﹁行為体﹂へと総
てみなければならない。いわゆるポストモダンなメタフィクシ
﹁いつもーすでに1始まっている︵..巴≦①ぺω−巴冨①牛ぺ−σo噌5、、︶﹂
ョンの﹁自己言及性︵..讐98︷震o旦巨﹂目、、︶﹂、言い換えれば、
合されることではじめて可能になるような単一行動であること
だ︵B︶。
ここでわれわれとしては、一八世紀末に宗主国大英帝国から、
∴鼈鼈鼈鼈黶=゚≡
一一
9
8
1
号
第
会
社
語
言
の論理によって物事と意味、意図とアクションには差異や齪酷
があり、コスタグアナの政治的変化・歴史的移行は、表象不可
能性によって表象される、というように一筋縄ではいかない。
︵絃日o㊦o目Nお−°。O下線筆者︶
ここでジェイムソンがメタコメンタリーの対象にしているのは、
米国版ポスト構造主義批評の例として取り上げられたサイード
くことに、﹁起源﹂の権威を﹁さまざまな始まり﹂によって突
弓巨◎◎冨゜︻[巨昌オ゜吟ヶOOOコ0﹁O吟O巨o力[○ぽ6巴OO白叶①口[O︹[古O合巴ΦO− の﹃ノストローモ﹄論︵ω巴臼㎏侭Sミ民頗︶であり、なんと驚
庄∩ぴO吟≦Omロ図0口O白包P江叶OOO﹁口箋ロ8匡国ユ≦胃口oり巴匹、ω﹃①①合目
評1ほとんどサイード自身が批判していた括弧つきのディコ
き崩すことを解釈の目的とした非政治的なテクスト論・形式批
O︹>S句﹃、OミベO△O日O白oり[﹁①吟Oω ①OO①﹁O﹃︷O叶O<Oづ[ω芭口庫[﹃①マ
n尺一①う\OO﹁ぺ﹂色O①5 目O①=N①ごO白 Oh ⇔プO﹂﹁ ω仲①吟βω ①o力ンストラクション批評1の例として挙げられている。そのテ
屡、≦巨oS8日芦ぬ已Oω﹃o耳①ぽq巴昌Qり吟①≦o﹂+巨Φq﹃﹀斥古⊆ω−
o力
孕むトランスアトランティックな関係性や系譜の可能性を、集
..巴≦①ぺ゜り−巴﹁⑦餌ムペーσO碧戸、、ω⊆ユ臼O巳くゆロ画cり詳ωOロ匹Oゆ090ユ日8 クスト解釈を、そして同時により重要なのは、その批評理論が
−m5αひ①駐目㊦9♂叶①噌o已o匹[巨ロ[①蓉⊆巴⋮50
的
叶OO﹁O防O口訂江OO巴o自O①﹁○古①oD①℃︹OOO°。□、.Hロω9①ユOS日一日合
①己
−な歴史が再演され再発明されるべく歴史化することがジェ
①50乞≦O巳臼>S切﹃OさO叶⊆﹁巨gり●①O匠8詳ω イムソンにとってのポイントとなる、なぜなら、次にすぐ確認
す︷るように、サイードの﹃オリエンタリズム﹄と﹃文化と帝国
ぴ〇四[5日Φq①ω①⇒Oく①一“[o書O団0口05①ピ巨已ωO﹁<①ωω已日O己OロO
に
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い
つ
の
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化
義﹄にはそのような脱政治化された文学研究制度や批評理論
8巴詳S日日ロo力O<氏ε﹁巳ロ⑭q筈OOO白団画02①△巳8日陪ロO<主
O后
グO
ローバルに政治化し歴史化しようとする企てを読むことが
50﹁日巴専OO⇒ω時已9>ざ象、OミO﹃O<⑳巴切詳゜りOロ8●OロO日を
O﹁
制
==一一一===一一=
9
9
1
論
理
評
批
の
度
可能だと思われるからである。
⇔=①ロ図、㌻へO、へO︷口O<O=ω庄OoりOは−﹁①ぬm∩江O白゜。。口⊆[⊆5巨犀⑦巳P已O古
O木訂9﹁日O臼O﹃巳ω日⇒[巨ω彗○<Φ日Oロ件Oひ但已吟O﹁①甘ぺO巨己巴片
ぎOOロ﹁①臼⇒O詳巨⑦﹁田豊巨9⊆切白O叶60日b冨n①コ[°⋮[げO①日O﹁−
①ロOOO︹O①詳巴口日①c◎.已ω⇔QカロOす§巴≦①oり−巴﹁O①ユーOO ロ
§⋮
=====一一==
====一一一一==
4
エドワード・W・サイードを読み直す
に一度遡及しそこから辿りなおしたことにある︵邑。大西洋を時
間的・空間的にまたがるヨーロッパとアメリカとの差異と同一
化されたオリエンタリズムにほとんど消去された、、庄oず已日芦−
性の複雑な関係性を、まずは、確認し、そこに現代の社会科学
現代米国の知識をめぐる批判的対象の設定を踏まえて、その
匠閂6<巴已o°・..の存在するのが、サイードの目的のひとつだった
︿﹃文化と帝国主義﹄のプロジェクト﹀
上で、英仏あるいは米の各国民国家における文学・文化と政
b△○ざ§ミ跨§一〇⑩己O︶。ここでサイードが念頭に置いてい
るのが自国のナショナルなものだけではない文学・文化を研究
︵Q力
治・社会を単純化せずに結びつける試みを提示すること、これ
が︿政治的無意識﹀の理論によってジェイムソンのコンラッド
するヨーロッパの人文諸科学やその伝統に連なる米国の比較文
に想像できることだが、もちろんその.、臼①巨日巴[ω吟[o<巴βo°・。
論が実践したことであった。そして、そのやり方はずいぶんと
は、単純なヨーロッパや過去への回帰によるヒューマニズム再
学の最良の部分でありそれらを継承しようとしているのは十分
の批評理論は受容されてきたことは確かかもしれないが、同様
建ではないし、エーリッヒ・アウエルバッハやE・R・クルテ
違うし、そのようにこれまでサイードのオリエンタリズム以降
は企てられている、このことを少なくともわれわれは確認する
なプロジェクトがサイードの﹃文化と帝国主義﹄においても実
タリズム﹄においてサイードは、他者としての中東アラブ世界
言うまでもなく、﹃文化と帝国主義﹄に先行する﹃オリエン
式としては、米国帝国主義のイデオロギーとしてのオリエンタ
念のために確認しておくと、歴史的あるいは通時的な物語図
なるやり方の探究になるはずのものだ。
ィウスにみられる人文学の伝統︵巨日芦﹂°・け﹂o茸注巨o白︶とも異
に対する表象を取り上げ、そこに機能する帝国主義と植民地主
ことで、本論の議論を、とりあえず、閉じることにしたい。
義を︿知と権力﹀というフーコー的と言われる問題機制によっ
に遡及的に関係づけられている。
リズムの系譜は、おおよそ第一次大戦までの英仏の旧帝国主義
①ρ⊂巴9巳く而巳庄雲88亘oけ≦og穿①ブ﹁芦8ーロロ庄゜。巨日くo﹂<o−
田゜力9ユ8=ペ一5●n⊆已叶巴巨穿隅oロ①ρ巨5苔巴一くΦ①。。乞o巨①Φ
て旧来のマルクス主義とは違った形で問題化しようとした。そ
して、その批評理論の最も重要なポイントは、二〇世紀米国の
社会諸科学やエリア・スタディーズの歴史的系譜を、トランス
アトランティックに、一九世紀英仏の帝国主義のイデオロギー
2
=一一一一=一一一≡=.
oo
号
第
会
社
語
言
日g[日日oOユo日き臼ーロ白庄90冨ユoユo木﹀日巽[o実
§践1あるいは、理論的思弁とテクスト分析、モデルと歴史、
忠9﹁≦oぺ江≦自出−日①日<9<m日o巨o︹o<o︹ぺ 理論と文学史ーという対立を弁証法的な思考によって乗り越
[o。日穿o﹁oば話ロ9°・罵畏日①日気巴庄o⊆ひq古8吟o×oごω一くΦ気 るために後者を単なる実例にしようと努め、後者は理論などま
えようとしたものであった。前者はその抽象的な命題を立証す
o夢2国旨8①芦芦匹﹀巳芦庄obO乞隅゜弓oωO①畏○͡○註o巨巴
っとうな実践批評が始まってしまえばすぐにでも取り壊される
方法論的な足場にすぎないと主張して譲らない。歴史自体の表
イナミックで豊かな文化的交渉や交流の可能性を探ることがで
もポピュラー・カルチャーに目を向ければ西洋と東洋のよりダ
れてはいないとか、一八世紀以前にはあるいは二〇世紀初頭で
の議論には、英仏は入っているがドイツのそれはほとんど扱わ
このような読解をするなら、サイードの﹃オリエンタリズム﹄
研究対象となるのは、そのテクストそのものではなく、そのテ
も保持し、自らのうちに包み込むものとして、提示されている。
分的有効性を割り振ることにより、それらの批評を廃棄しつつ
まな批評やその具体的な分析・解釈の操作にその分に応じた部
意識﹀という理論は、敵対し共約不可能に見える現代のさまざ
を交錯させる新たな物語論から再構築・再発明する︿政治的無
︵乙力巴巳○さ§Sへ昂§ωム下線筆者︶
きるのではないかとか、話は展開していくことは、ない。この
クストと対決しおのがものとして取り込み占有しようとする
象という問題機制をイデオロギー、欲望、時間性のレーリック
ようなサイードの︵反︶アメリカ的というよりはむしろトラン
︵①Ob﹁Obユ①けO︶解釈のほうでる。この批評実践こそ、︵占有の
異なる道筋があった。すなわち、①オブジェクトー−対象を考察
う手続きには、いずれひとつのところで交わるにしろ、二つの
頭のスローガン﹁常に歴史化せよ︵古一切けO﹁一〇一N①︶﹂を実際に行
伝統的弁証法が教えるところによれば、﹃政治的無意識﹄冒
60日日oo冨﹁<︶とよばれるものであった︵冨日oむ・oづΦ︶。
媒介・媒体としての︶解釈を解釈するメタコメンタリー︵日oけ①−
スアトランティックと呼びたいような仕事は、本論が問題にし
てきた冷戦期米国批評理論の問題と、いかに議論がクロスする
だろうか︵脂︶。
︿ジェイムソンのメタコメンタリー﹀
弁証法の伝統を現在の資本主義とその文化の状況に対応すべ
くヴァージ・ンアップしたジェイムソンの批評理論は、理論と
一一 一一一一一 一一一一一一
書
の
覚
て
に
パ
化
渡
醜
輪
嬬
㎝
2
=====一一一一=
言語が勃興する契機の歴史的可能性の条件、その美学の当時の
トの﹁客観的な﹂構造︵テクストの形式・内容の歴史性、その
に依拠する解釈のカテゴリーやコードが1特定の文化テクス
のほうだ。つまり、われわれ読者がテクストを読み受容する際
ジェイムソンが文化の領域で理論を企図して選択するのは、②
際に用いられる概念なりカテゴリーの無形の歴史性を探る方法。
ジェクトー−主体を考察する道1その事物を理解しようとする
する道−事物それ自体の歴史的起源を探る方法1と②サブ
けられる。﹂︵廿日oψo白⑩︶。われわれは、それ以前になされた
は﹃いつもすでに﹄読まれたものとしてわれわれの前に送り届
媒介にテクストに触れることは有り得ない、むしろ、テクスト
を前提とする、私たちは、物それ自体の新鮮さを失なわず、無
ことになる。そしてその際、その構成上の仮説として次のこと
﹁本書﹃政治的無意識﹄は解釈行為の力学にもっぱら的を絞る
どのように解釈すべきか、という課題があると思うからである。
や美学的機能によって解釈を閉じるとか、といったような例を
で結論としてはそうした差異や差別の問題を文学的語りの戦略
一一一﹁=一=一一一一一一 状況における機能︶ではなくー、前景化されることになる
れないのは、たとえば、リベラルな身振りでジェンダーと人種
追加しておくべきかもしれない。このような追加が必要かもし
を変えながらゾンビのように復活した変種・新種を、これらに
力論︶が、制度化されたポスト構造主義批評を一応踏まえて形
した美学イデオロギー︵新カント派の詩的言語論と意識・想像
構造主義批評、などであった。現在なら、新批評によって流通
語りの構造分析や物語論、メタフィクション論や米国版ポスト
テゴリーやコードの例は、たとえば、倫理批評、精神分析批評、
ジェイムソンのメタコメンタリーに取り上げられた解釈のカ
らなるテクストの全体性における決定不可能性という議論1
脱構築批評1、.穿。目呂oω☆仁o已﹁o、、\..各08ユo巴ψ・☆9言8.−か
前の形而上学﹂批判や﹁差延﹂そしてまたポール・ド・マンの
ら、ジェイムソンの解釈のやり方が、ジャック・デリダの﹁現
ソンの主張だ。﹁いつもすでに﹂というフレーズに注目するな
の﹁理想﹂を追求することが可能になる、というのがジェイム
によってのみ、弁証法的全体化による理解と言うマルクス主義
把握するしかないのであり、この遡及的な組織・構成化の方法
統に育まれた読みの習慣やカテゴリーをとおして、テクストを
解釈のぶ厚い沈殿層をとおして、あるいは、それ以前の解釈伝
を取り上げ文学作品・作家を論じるとか、あるいは、そうした
ケージ化された教科書を読んだ者ならだれでも知っていること
を踏まえて提示されているのがわかるだろう。批評理論のパッ
︵宣日6°・8㊤辿O︶︵些。
社会的差異をとりあえず先行研究に触れながら話題にしたうえ
2
==∴鼈鼈鼈黶=∴
一一
02
号
会
第
社
語
言
﹁政治的無意識﹂の理論が、こうしたデリダ/ド・マンの批評
一度は注意しておいてよい。そしてせっかくの機会だから、
きなのか、こうした論点は、存外見逃されてきたことをここで
判に結びつけたときに、われわれはどんな読みの実践をするべ
だが、さて、それを具体的なテクスト解釈や文学研究制度の批
グループには特権的に資本主義の矛盾を認識することができた、
ト自体ではない。︵それとも、かつて特定の階級意識あるいは
きる複数の研究者・先生の編纂した版や注釈であって、テクス
クトの︵諸︶解釈や権威があり絶大な影響力をふるうことので
にL読まれており、われわれが対面するのは先行するサブジェ
研究主体には、テクスト自体が現前したりすることを確証して
た新種のやり方でi、現在、ジェンダーや人種を取り上げる
されたさまざまな解釈コードのイデオロギー性を暴く方法に読
くれるような新たな理論的な仕掛けがあったりするのであろう
あるいは、できると考えられたのと同じようにーまたは違っ
み替えたことも言っておこう︵E。
か。または、あらかじめ特権化された地域のテクストを研究対
理論をルイ・アルチュセールの構造因果性によるマルクス主義
ここで少しばかり、言わずもがなの説明を補足的に加えてお
象として立ち上げるプロジェクトには、歴史自体に直接的にア
解釈に結び付けることにより、﹁文学の制度化﹂によって媒介
いた方がよいだろうか。現前の形而上学というイデオロギーの
クセスすることを保証してくれるような制度的ポジションが用
そもそもそういう文学テクストの解釈が意味を持ち実際にその
どとうかうか今もって夢想してしまうかもしれない。しかし、
リジナルな解釈を歴史的な脈絡を考慮しながら打ち出そう、な
作家の意識と虚心坦懐に対面しあるいはテクストに密着してオ
とは、これまでの注釈や解釈や批評理論はなかったことにして、
らの意識の前に現前することが可能だし現に現前している、あ
どんなやり方で個々のテクストを解釈するかによって、その研
は十分に問題になるかもしれないがー、どんなテーマを選び
ヴォイスあるいは文化資本に基づいた趣味趣向・文学的センス
くときに、その個人の好き嫌いの問題に関わらず1権威ある
ではないかもしれないのだ。また、研究者として身を立ててい
かという時に、場合が場合なら、ドライサーを選んでいる場合
たとえば、学生として卒業論文や修士論文にどんな作家を選ぶ
意されているのであろうか。︶もう一言だけ付け加えるなら、
手続きを踏むことが可能なのは、これらの作家やテクストが文
究の価値評価が、決定されうる、ということでもある。たとえ
ッドとかといった作家のテクスト自体がオブジェクトとして自
内側にいるわれわれ読者は、たとえば、ジェイムズとかコンラ
学研究の中で制度化されているからだ、つまり、﹁いつもすで
=一=一=一一一一一一=
書
の
覚
パ
て
比
劇
剛
輪
蹄
03
2
≡=≡一一=一一≡
一=一一一一一一==﹁=
ば、批評理論が制度化される前と後で、研究テーマをポストコ
ロニアリズムにするとか批評理論を取り上げるとかといった場
︿サイードの﹁対位法的読解﹂とトリリングーレーガン期以
降米国における批評理論のグローバルな歴史化に向けて﹀
﹃文化と帝国主義﹄においてサイードが提起する﹁対位法的読
解﹂は、テクストから排除されているものを再度包含しながら
合の帰結も、もちろんいろいろなケースが考えられて一様な答
もしれない。
えがあるわけではないが、ずいぶんと変わったものになるのか
︵冒Boωop一〇︶。とはいえ、﹁意味の豊かさ﹂ということで性急
豊かさ︵OりO白P曽Pけ一n ﹁一n=口00自Oり︶の観点によって主張したい﹂
枠組みに沿った概ね理論的・イデオロギー分析ー<“○°民庁﹁−
るいは≦巨①日>O旦①B馨≦巨四日゜力1とも、マルクス主義の
実証主義的な研究1ζ曽亘白○器o白や勺巴巳oπロ﹁き畠目ひq隅あ
上げる。そして、そのような読みの行為は、主として記述的で
帝国主義とそれに対する抵抗の両方からなる歴史的過程を取り
にその超越的な立場表明や単純なアレゴリーの復権をここに読
5コや切o己8勺曽日1とも異なる、︿理論と実践Vをめざす
﹁本書で私はマルクス主義的解釈の枠組みの優先権を意味の
んではならない。念のために何度でも繰り返してもよい、ド・
マンの批評理論と読みの実践が問題化したように、表象しえぬ
れがジェイムソンの理論的立場でもあるのだ。これとは反対に、
をたとえば帝国主義に探るといった方法はとらない。本論が主
考察する、すなわち、対象となるテクストの歴史的起源や契機
﹃政治的無意識﹄のジェイムソン同様、①文学テクスト自体を
ものとして設定されている。サイードの﹁対位法的読解﹂は、
研究対象を局所的に定めながらおのが解釈だけを完壁で自己充
張したいのは、ジェイムソンの﹃政治的無意識﹄が行ったメタ
全体性としての歴史を、形式的効果としてのみ、認識する、こ
足的と見る幻想を可能にする﹁封じ込めの戦略﹂︵°・斥巴oΦq8ω9
コメンタリーは、サイードがトリリングを念頭に置きながら目
指した批評理論の実践を、よりはっきりした形で、そして、よ
00葺巴う日o巳︶の構造的限界こそ、批判的に解釈されなければ
ならない。すなわちポストモダニズム以降の制度化された現代
り論争的に文学研究制度に介入するやり方で、具体化し現実化
﹃文化と帝国主義﹄の︿理論と実践﹀はジェイムソン的な意味
したものではなかったのか、ということなのだ。
の文学・文化研究をメタコメンタリーによって批判することを
狙ったジェイムソンの批評理論は、解釈を解釈するく理論と実
践Vである。
で弁証法的なものと呼べるものかどうかかなり疑問ではあるし、
2
==≡一==≡=
04
号
第
会
社
語
言
ムズの﹃文化と社会﹄、そして限定的留保を一応つけながらも
トリリングのE・M・フォースター論とレイモンド・ウィリア
無視してきた英米二人の批評家に言及しているのだ。すなわち、
文化のキャノン編制に影響力を持つ一方で、帝国主義のことは
逃すことができない。サイードは、一九・二〇世紀ヨーロッパ
であると思われる。この点で、次のような言及があるのは、見
は、そうした二人の批評理論家の差異にも関わらず、同じ存在
り方にあてはめるとも思えないが、批判の標的にしているもの
また、サイード本人がそうした近代西洋的な修飾語を自らのや
の、とは言えないまでも、その批判の対象になる標的。より適
リングの存在は、サイードが試みるく理論と実践Vと同等のも
でもないものとしてみなされているのは言うまでもない。トリ
テクストに主題批評やイメージ・ハンティングを実践するもの
究と呼ばれるものすなわち素朴な歴史反映論に基づいて個々の
て文学・文化を図式的に割り切る思弁でもなければ、記述的研
論的分析すなわち植民地主義のイデオロギーや権力関係によっ
ここでトリリングの批評理論や具体的なテクスト読解が、理
ではないだろうか。
な批評理論を、たとえば、現在の﹁新しいヒューマニズム﹂の
﹃田舎と都会﹄︵乙り巴△○ミ ミ さ § へ き ﹀ ミ ざ ∼ 腸 さ Φ 心 よ m ︶ 。 ︵ ち な
>⊆o甘目§臼国日Oマo.︶が収録されているのがこの言及がなさ
立場から発せられる﹁文学言説賛美﹂を予示するかのような美
してかつまた実践でもあるような文学・文化についての政治的
れる同じ第二章であり、具体的なテクスト分析の冒頭に置かれ
学イデオロギーや﹁文学的センス﹂によって偏向させ転向させ
切な言い方をするなら、トリリングの批評テクストは、理論に
ている。︶サイードがなぜ①の方法を取らなかったかという理
る。さらには、そうすることにより﹁批評精神﹂・﹁批評実践﹂
みに今や古典的となったサイードのオースティン論︵..﹄芦o
由について想像することはそれほど困難ではない。米国文学研
サイードが相手にしているのは、ほとんど、文学の制度化で
なき文学研究の制度にパッケージ化し包摂・占有しようとして
リングのように文学史の編制や価値評価の点で影響力をどれだ
あると同時に批評理論の制度化でもあるようなパフォーマンス
究あるいは批評理論の制度において、帝国主義という歴史性に
け持ちえたか、また既存の政治的・美学的イデオロギーにどれ
である、と同時に、ジェイムソンの観点からすれば、研究対象
いる可能性大である。
だけ対抗できたか、きわめて疑問なのだ。せいぜい、﹁文学が
を局所的に定めながらおのが解釈を完壁で自己充足的と見る幻
よって個々の文学テクストを解釈したとしても、それではトリ
わからない﹂研究として周縁化されてしまうのがおちだったの
一≡=一≡一一一≡
書
の
覚
て
パ
比
劇
剛
職
蹄
2
05
=一一一≡≡一一一≡
イムソンのコンラッド論におけるサイードの読みの継承と
判することこそ、サイードを読み直すことにほかならず、
脱政治化されたりベラルな政治イデオロギーをあぶりだし
、物象化され断片的に商品化された﹁文学﹂という幻想と
したら、その﹁封じ込めの戦略﹂の構造的限界を明るみに
可能にする﹁封じ込めの戦略﹂の最新版にほかならない。
化の移動や転回に注目することによって。レーガン期以降
てだけでなく、より広域的・﹁超域的﹂に大西洋を横断す
、人種・ジェンダーやポストコロニアリズムの問題機制に
の可能性も、あらたに問い直すことができるだろう。すな
ズの﹃文化と社会﹄︵一九五八︶との緊張関係や生産的な
て、サイードの﹃文化と帝国主義﹄︵一九九三︶とウィリ
ドを読み直すこと、ひょっとしたら、そのような手続きに
=一=
一一 鼈鼈一一鼈黶
さらなる転回は、文学の制度化を、現在の批評理論の制度
における批評理論に先行する、一九五〇
ィではなかったかと思われるが、そのロ
で、包摂・回収したのはリチャード・ロ
における批評理論のグローバルな歴史化の作業へ開いてい
米国を中心としてなされた文学の制度化
いう状況を踏まえながら、批判的に検討しようとするわれ
︶批評理論の制度化と﹁ポストセオリー時代﹂
ィ等による﹁文学言説賛美﹂と﹁新しい
と、これが﹁トランスアトランティック・モダニズム﹂が
の批評理論の可能性についての短い論評につ
本的な概念・言説であったリベラル・ヒ
マニズムについても、﹁あるリベラル・
にとってもきわめて示唆的であることになる。
いては、大橋を参照のこと。大橋自身が例と
照。
収の﹁倫理批評﹂項目︵秦邦生﹂逡−ωぺ︶
されつつある現在、要請されているのではないだろうか。
して挙げているのは、同性愛とフェミニズム
ーマニスト教授の肖像﹂︵大橋Nωo。︶と
のようにジェイムソンの﹃政治的無意識﹄から遡及してサ
であり、人種については言及さ れ て い な い 。
コラムにおいて触れられている。
た、ポール・ド・マンあるいはイエール
拙稿﹁﹃テンペスト﹄とポストコロニア
理批評と新歴史主義を批判したものとし
ーマニズム﹂についての紹介として、同
さらに、この論評の場合と同様にいちいち個
別的な固有名詞が指し示されているわけでも
のいわゆる脱構築批評を、スティーブ
グリーンブラット等の新歴史主義とは別
評−倫理批評の彼岸﹂がある。冷戦の
なければその研究制度の脈絡が具体的に歴史
化されているわけでもないのだが、一九九〇
一一=一一一一≡=
=≡一=一==≡
以降の批評理論の歴史的展 開 を 、 本 論 が 提 示
はじまりからその後の六〇 年 代 ニ ュ ー レ フ ト
ー研究については、C力合≦曽冒が以下のよう
な役割を担った作家ウィリアム・フォークナ
また、文学の制度化において代理口代表的
体としてはー観
た。しかし、この論文は﹃八月の光﹄論その
体・パフォーマンス・魔術 的 な も の に 依 存 す
︹もっと直載に言えぱ、あらたな文学的コン
に紹介されている。
しようとしたものと考えられる。⋮⋮[騨乞−
ものを目指して書かれてはおらず、むしろ全
している区別なく語り直した例として、身
る反知性主義あるいは反集 団 主 義 的 リ バ ー ア
苫08乙Do巨≦知詳Nの先行研究に大きく依拠し
た︶と、反理論への過激な 転 向 者 ︵ 保 守 派 へ
フォークナーを利用し押し出したのだ︵五︶。
して文化的計画を策定し、その目的のために
ことである。この三者が一九四〇年代に協力
ず、再度ひねりを加えて、フォーマリズム批
言にみら る倒 に対して正当な 判を加え、
しかしそれをクリシェ化した批判に終わらせ
に紹介しながら、 期のフ ーマリズム
る≧一①ロ↓馨oと民巴乙力冨豆8の論争を的確
ているとはいえ、国N目勺8aの評価をめぐ
センサスと支 的な美的基準が、‖
訂ぺがある。
タリアニズムに注目したζOO③目芦巳む力N①−
︵2︶﹁かくして理論の鼻もちならないエリート主
の転向者は、通常の保守派 以 上 に 保 守 的 に な
義者︵彼らの存在は時に反理論派を生みー
出し
によって形成されたという
る︶とが角突き合わせる対立図式﹂︵大橋
評のイデオロギー的可能性に、ポストコロニ
アリズムにおける人種的アイデンティティの
︵山下︹あとがき︺四〇四頁に引用、下線筆
七︶が生じる。批評理論は 関 連 分 野 の 豊 富 な
Nω﹃ωωに取り上げられた︽口匹Oo目畏ρ
﹁アメリカ文学﹂﹃英文学研究﹄o。ω︵N8⑦∵
ものである。︵二三三、下線筆者︶︺
していく著者の思考は非常にダイナミックな
固定化という問題を乗り越える可能性を見出
になったのだが、最初の段 階 に お け る 守 旧 派
、.カ①OOふ日工﹀ΦO書①庄6°ー日司一≡巴B勾①巨ズ白O﹁、の
者︶︺
の批評家や研究者たちとの 緊 張 関 係 だ け で な
↑嘗こ嵩﹄ぶ§ふ司白日勾g巨勺o=己oω日臼o
また、日本英文学会第二九回新人賞選評
く、次の段階として、この よ う な 対 立 を も 招
Ω<巳≦胃8司O尺日巴尻砕>Oco書O陣0ヨ臼O
知識を必要としたため、優 秀 な 頭 脳 の 持 ち 主
来したということか。たし か に 、 こ れ は う ん
への決定的な言及も参照されるべきであろう
である専門家やエリートが そ の よ う な 理 論 家
ざりするような光景である だ け で な く 、 ひ ょ
Oo江≦曽゜.、﹃英文学研究﹄°。ω︵N8Φ▽一直ωよO
︵Oo5墨オ①一9︶。
閲匹≦①江≦°Oり巴Oードライサーかジェイム
本論の一部は、﹁冷戦期米国批評理論と
︵4︶
書
覚
の
て
い
つ
に
7
20
論
理
評
批
の
化
度
制
ミ9ぼ8這’勺叶巨oo[8 ㊥ユ908コq勺“N8︽°
﹃汀切●§恥込き○切蒔ぺ心ミ㍉﹂℃軌べoさ6両ペヘ
コ畏①論文における≦巴[o﹁切o目ζ8訂o言
選評では取り上げられていないが、Oo亭
っとしたら、さらに若い世 代 の 研 究 者 に と っ
︹この論文は第一次、第二次鐙衡ともに委員
についての次のような言説も参照のこと。
の評価が大きく分かれた。タイトルの付け方
ては、このような図式を取り上げること自体、
が誤解を招く一因になっているが、この論文
不毛 な こ と か も し れ な い 。
︵3︶冷戦期アメリカ文学・ 文 化 研 究 の 概 略 は 、
は作品論として読まれると非常に損をするそ
ズかの文学史を、トランスアトランティック
とその文化としてのアメリ カ 文 学 の 創 設 に お
カo巨Rを参照。戦後アメリカの覇権の確立
に、見直すために﹂︵一橋大学言語社会研究
日︶における発表とそこに参加下さった方々
モダニズム﹂研究会、二〇〇九年九月二七
科主催第二回﹁トランスアトランティック・
れがある。実際複数の委員から、劃
文構成上バランスが悪いという意見が出され
の 析に ってケかない点がもどかしく、論
ける小説ジャンルの機能と そ の 歴 史 化 に つ い
あるいは↓﹃ω..日o巳①日①豆∩.、を引き合いに出
ては○冨巨が、ヨーロッパ の モ ダ ニ ズ ム 文 学
しな が ら 、 試 み て い る 。
=≡一=一=≡=
≡≡≡≡==
評と文学および批評理論の制度化との関係に
発表では言及した同性愛あるいはクィア批
との質疑応答に基づいている。
その文学的な感受性は、ごく保守的なものに
受性を即政治化することに成功した。しかし
ように、﹁クィア批評は明らかに文学的な感
ホモセクシュアル連続体Lで述べられている
いては、たとえば、O⑦目芦oqも参照。また、
︵7︶人民戦線︵書Φ勺8巨閂印O耳︶の文化につ
として刊行予定である。
については、ほかの発表等と一緒に、論文集
ついては、別の機会に本格的に取り上げる予
田代、宮本の論考なども、人民n大衆あるい
て、みなすことができるかもしれない。
はマルティテユードによる再解釈の試みとし
いつでもなりうるし、だからこそ制度として
著書の最大の主題の一つは、この感受性その
︵8︶日本におけるニューヨーク知識人研究につい
強さを発揮している﹂のであり︵︽べ︶、その
ものの起源がどのように性的であるか、とい
定であり、本論では、論じない。とはいえ、
英文学研究におけるニューヨーク知識人とク
ィア批評の関わりという問題を考える上でき
うことだった。
イデオロギーへの対抗言説を生産するために、
米国リベラリズムによる﹁文学言説賛美﹂の
︵5︶それとも、現在の脱政治化された文学研究や
識人の源流﹄を挙げるべきだろう。研究史と
法によってとらえた、秋元﹃ニューヨーク知
た深いトラウマを成す意識変化をめぐる弁証
中心とした論争の文化史を、三〇年代に起き
ては、まず、﹃パーティザン’レヴュー﹄を
ることを確認しておいてもよいだろう。
わめて示唆に富む例として、以下のものがあ
であるとすると、表面上ストレートな小説に
われわれは今すぐにでも英米文学研究からア
︹園劃政治的に正当な小説読書の快楽
ホモセクシュアリティを嗅ぎまわるクィアな
は、堀がある。
しては、前川の﹁序論﹂が簡便。概説として
翼は、 治的に正しくりベラルなものとい
でも、英米の文学作品にあらわれたアジア・
いった問題機制については、そうした批判的
る、ノースロップ・フライの原型批評が見出
わすような宝探しといった要素をはじめとす
精神的に何か貴重な資源あるいは資本をあら
文化/自然、個人や共同体にとって物質的・
︵9︶ ウルフのテクストも、コンラッドの場△口同様、
ジア・日本研究へ転向する、とは言わないま
イメージや日系作家の研究だけを特権化すべ
ラバー渓谷を自然と文化のもつれあいの場所
として読むわたし自身の は、どちらかを
きだろうか。また、﹁帝国日本の英文学﹂と
うことになるのだろうか。先ほど示した、マ
取ることが不可能であることを強調する、目
言説が現在の研究制度・言説とどのように関
ーに属している。⋮⋮クィアで
あることは、それだけで文学という制度に深
のか、別のかたちで、考察すべきかもしれな
わってきており今後どのように転回していく
したロマンス様式によって、そのジャンル論
るわけではない。わ わ の美学− 治学は、
い。また、九〇年代に入って、ジェンダーと
をやってみることは可能であったかもしれな
︵6︶ サイードについての議論は、﹁誰も国巳乞①註
い。
く浸透しているリベラリズムの 判を す
その意味で耐えがたく正道である。この章は、
自をいくばくかでもクィアにしつづ
人男性の他者として取り上げられ最終的には
人種−といっても母性と原始性がともに白
文学的想像力についての欲望と不安というお
≦層じ力①己を読まない?ー終わらない冷戦と
に注目し、キャノンとそれ以外の作家・作品
なじみの議論に落ち着いてしまうのだがー
け、 当 を逆手にとってりベラルを正しく
秋田大学般ト。−ωO一教室 二〇〇九年一〇月
をペアで博士論文を作成する、というような
カo①゜q呂期米国批評理論のさまざまなはじま
=日︵日︶午後1時30分∼4時30分 シン
研究言説も少なからずみられたのではあるが、
り﹂︵第48回日本アメリカ文学会全国大会
E・M・フォースターのクローゼット﹂=二
ポジアムー︵東北支部発題︶﹁今一度冷戦を
る。︵村山﹁登場人物に は 秘 密 が な い
八ー三九、下線筆者︶︺
振り返って﹂︶として口頭発表をした。これ
/クィアに 大しようとする営みの一例であ
た別の章﹁セジウィックとホモソーシャル/
村山によれば、同書の理論的な問題を導入し
2
===一一≡=≡
08
号
第
会
社
語
言
黶∴鼈鼈鼈鼈鼈 黶 = ゚
一一
ジェイムソンがその後向かうことになるのは、
エクリチュールというような、ヒューマニス
のように解釈すべきか、問題となろう。具体
範晴に依然としてとどまっていることを、ど
︹§尻日。﹁①︷o﹁o庄oo目o﹁8g。o͡ ティックであるかもしれないが個人主義的な
密かに名指されている。
208°厚゜力=S①目匹詳尻け巨ω巴oコo乏古旨巨o碧
狭義の文学の問題ではないようだ。モダニズ
∂﹁Oψ[③=詳白力[庁而目①己N③↓日OO﹁﹁056①己O目①o力①
吋X×さ∨e︵一“⊃NΦ︶第一章のロレンス自身の要
日巽oo豆①n[o͡80﹁oo①ロ[①己o⇒宮器oロ⑦ 的には、﹃意切ミ§㌔<合δ叉§足oさ㌧﹄
ムをあらためて論じる前に九〇年代のジェイ
日①゜力[氏80⑱昌o目♂q日ふ5ぺo夢gp208ω乙力﹂蔓
旨を取り上げながら、帝国主義期のオリエン
ムソンの課題となったのは、後期資本主義の
またその後、英国労働党の復活に伴い流通し
文化一般であり︵冨日oc・8㌔o江さ足ミミ切ミ︶、
叶巴巨O尺臣O日O×O︻①巨6︷O叶日O︹⑱<Oロ[望詳冨
冨白o[日穿巴cー巾p°ーo③蔓U而o͡8葺o已、げ⊆⇔
タリストであるロレンスが、..①面讐叶⑦O︷○﹁7
た﹀暮古Oロペ○庄合05P﹃意Ooぺ句窓ミ§亀切ミ
における目O<O日而ロで①O己Opとズ巨O≦庁●ぴQP
0舜巴巨ω9目.、となっていること、テクスト
[口[①≦﹁O白nO亘O[乞OO白日O≦宮[Oζ§昌△
<巴已①の弁証法が、、、昌ピ5苫ω巳く①巳㊦08呂o[
①β日○﹁切①ヨO<①日O⇒⇔一⇒[古OOユO口[乞庁O−nO
︹↓9、.πロo≦庁△両o、.o︹..ω○日o国目ぴ。房ざo白.、
る。
を表象していること、をサイードは論じてい
巨20ユn巴OOロぬ8けσ⑲け≦㊦O巨b弓③留昌C≦Oω一.、
ら○霧白o叶O叶oOoロカ①庄o一巴吟2毘ooヨo口o≦ 夢①O巨⑦耳巴、.そしてそれを媒介にして、.仔o
古O﹁ρ 吟O信×丙已巴⋮N知江OコO︷寓尻[O叶 宅巨∩古
o已匡o巴巨口60口ψ巳oqの≦巨o庁ゴ器ひo①づ胃兜①江
[庁Φ﹁①︷O尺O
ミミミミせに対する批判的解釈︵廿日mωoロ﹄
句S丙×ミ、さヘミミせ︶であった。モダニティ
をめぐる議論は、現代日本の英米文学にかか
わる研究制度あるいは出版社においては、馴
ではあるが、少なくても米国の批評理論の言
染みがないとして受け入れられていない気配
ニューヨーク知識人による文学の制度化とマ
△①仁゜・o.、、︵]昌oω8﹂ON 下線筆者︶︺
﹀斥ゴ⊆oI力o□♂已o≦日oqωO一白o趨’o巴后m5..①ぴω①旦
一〇コで σ⊆吟①oq ͡庁① ︷σ﹁B巴 O民06雷 O͡≦庁①͡
ー°りoヨo器≦08−
説においては、oo古巨巴日o匹①﹁巨偏あるいは
oq
テO巴∋o臼o﹁巨qなどの問題としてすでに活
発に議論されているのは、たとえばO巨戸
をみればわかるように、周知のことだ。
、、日ロく..の根本的な見直しについては、合
︵10︶
..良巴尺切..自o讐o①ヨ筥o△O﹁o♂司o口く゜°°①目o≦
トリック、リーディングの問題機制において
ルクス主義的な、冨田8[δロ..をテクスト、レ
践﹀において、取り交わしている実際の理論
るいは同じことだがそれぞれの︿理論と実
れの理論というよりは批評実践において、あ
めぐって、ド・マンとジェイムソンがそれぞ
σo言但鴇oユゴoOoー乞巨巨日①司宮[①○巳o耳巴冨
ロ曽目己くPσ⊆器巴一60日U庁巴蔓↓U﹁o窪①∋①己P
合﹁日o︷○ユ⑦2巴尻[合切△o已誘①9①[O﹁霧o耳切①
読み替えた..庁古oヨ①口N凶巨oコ..については、△O
ルクス主義やその形式的イデオロギー批評を
忌曽﹄ぺ轟ミ芯切叉知§ミ隷丙を、それぞれ、
的連携や主題の提示の仕方の違いについては、
99..↓けO刃古O[O民OO︷↓①日OO轟ピペ..を、 マ
参照のこと。ウェイン・ブースの場合と同じ
も視野に入れながら、探っていく必要がある
今後さらに、現在の﹁批評理論の制度化﹂を
かれるロレンスの知/権力の経験については、
あるいは、アイロニーと読者と歴史の間に開
口碧﹁①亘く①のく巨8による敗北︵Oり巴らNωq︶︶、
︵oD巴匹Nωo。−ω⇔ 下線筆者︶︺
①已叶庁o﹁①ー力詳ーD 叶o古o己P図詳↑〇三陪m庫o団巳江o口
<巨o目o︵書089①日Oo冨﹁匂○ユo巳゜口o[器
いて一度も言及されることはないが、..臼oぐ
く、ド・マンの名前は﹃政治的無意識﹄にお
サイード﹁オリエンタリズム﹄における可能
c力
b全Nωふ≠Nωo。“Nふ﹂°N︽ωを参照のこと。
太平洋の表象あるいはトランスパシフィック
︵12︶
だろう。
︵11︶
が、やはり、主体あるいは自己とその自己の
性の中心ともいうべきT・E・ロレンス解釈
もなく並列されて、﹃政治的無意識﹄の理論
日呂鵠己oロ、、が.、﹁⑱高n①吟80..とこれも何の説明
徴行為としての文学﹂の最終パラグラフに、
編である第一章﹁解釈について1社会的象
書
覚
の
て
い
つ
に
の
化
度
制
論
理
評
批
2
09
==一≡≡=≡
≡≡≡≡一≡
ルイス、太平洋﹂を参照のこと。同様な問題
な文化空間を論じたものとして、拙稿﹁﹃波﹄、
とも結びつけられている。ノストローモがそ
設することに成功した革命指導者のイメージ
ーニンやチェ・ゲバラのような独立国家を建
の論文全体としては、政治的左翼ではなく、
﹀ヨo﹁ド巴.[o津.二8日蔓9三9ω日.戸㊤︶。こ
批評理論の﹁左翼﹂であると椰楡されるディ
は、⋮○已叶OOヨヨ=bρo葺ω80巨目知、一ζ縞﹁旬
ミざe窃..および、、国日U口o°庄①㊥①巳ぬP①bO
ズ・グールドを後援する存在、すなわち、サ
比されるのが、デクーや鉱山経営者チャール
奉するガリバルディであるが、他方それと対
代表として名指され批判されているド・マン
の主題だが、ディコンストラクション批評の
︾σ﹁①目ωと﹂層工巨゜。ζ≡雲の論争がサイード
コンストラクション批評、特に、ζ’甲
[①ヂ﹁①ロo⑦、ω[o①住o吋ω巨OZo<巴⑩、.においても
亘o白巴匹日oOo名9己8一ご白8房巳oロoo︷﹃汀 の系譜をひくのはイタリア人移民の老女が信
さらに論じている。また、これとは別のやり
についてのより微妙な留保︵16︶についても
人であることは、注意しておいてよい。これ
テクストが一回限りの特殊な歴史性において
︵16︶
別の面から言い換えれば、そもそも、個々の
参照のこと。
ンフランシスコのホルロイドという資本引受
いは英米関係に、不在の表象としてのアジア
それらの組み合わせについては、この小説に
らの国際政治経済や金融資本に関わる記号や
方で、トランスアトランティックな空間ある
て、拙稿﹁﹃日はまた昇る﹄と地政学的無意
ム﹂がある。
めて検討する必要があろう。
グ・ハウのコンラッド解釈とともに、あらた
メリカの批評理論、たとえば、アーヴィン
式・論理的および意味論的な可能性の条件に
ばならないはずであり、こうした所与の形
スタイル等が、前もって与えられていなけれ
生産されるためには、ジャンル、物語範型、
ノストローモとデクーの提携によって形成さ
ついての数少ない政治的解釈とみなされるア
とりわけ中国’日本の機能を探ったものとし
識ー文化表象としてのアングロサクソニズ
れるこの新しい二重の﹁行為体﹂は、たとえ
︵13︶
にもかかわらず、トリリングをはじめとする
の内に取り込むことが可能なのだ。
と思われるものも、最終的には、読みの過程
経済的プロセスといった一見して外在的内容
ができる。政治的姿勢、イデオロギーの素材、
よって、対象となるテクストを解釈すること
︵14︶
それにしても、戦後におけるアメリカの社会
ば神話批評によってなら、肉体と精神の結合
ニューヨーク知識人や同時期の文学の制度化
科学についてはこれだけ前景化されているの
について、サイードはほとんど何も論じてお
つまり物質的な野心や虚栄心をもった行動人
れたものとして理解することができるかもし
と理想を愛する知識人が一体となって生産さ
れない。だが、その歴史性について適切な解
コメンタリーの主要な標的が、]°日巨ω
私の考えでは、ジェイムソンが提示したメタ
︵17︶
評・ニューヨーク知識人に連なる︶呂゜出.
≦=雲の︵ポスト︶構造主義批評︵と新批
ことか。この不在の意味に関して、注Φに挙
らず、不在のままになっているのはどうした
ない?﹂で取り上げた。
げた口頭発表﹁誰も同臼妻胃O≦.oり巴臼を読ま
ことなく、以下のような政治経済的言説主題
釈をするためには、単純な反映論に還元する
インターテクスチュアリティを再構成する必
あるいは金融資本の表象とこのテクストとの
サイードも、︿冷戦期赤狩りまでのりベラリ
を纏った非政治的あるいは脱政治化された倫
ような、形式主義あるいはテクスト主義の衣
﹀汀昌ωとの皮相的で不毛な論争にみられた
ズム・マルクス主義﹀と︿六〇年代若者文
よって完成されたような新たな﹁批評理論の
理批評ーさらにはその後﹁新歴史主義﹂に
ジェイムソンとは別の提示の仕方ではあるが、
れと関連するヨーロッパの政治思想や革命の
主題は、ジェイムソンも示唆するように、そ
化・反戦運動、フランス経由の左翼的批評理
︵15︶
伝統ーたとえば、帝国主義段階に拡張した
摘している︵OD巴O、、刃oぬ①○巳o白乙・o白力ooo耳
論﹀との断絶を、重要な歴史的契機として指
要がある。﹃ノストローモ﹄における政治的
産業資本主義や一八四八年の古典的な﹁民衆
制度化﹂・﹁教育機関への吸収﹂ーへの根本
的革命﹂ーだけを反映するわけでなく、レ
=≡==一一一一一一一.
10
2
号
第
言
会
社
語
∴
一一鼈鼈一一鼈鼈=︸
的な批判にあったことは間違いない。
引用文献
﹀枠Φ匡一<Oーー 弓Oヂ①叶臼 ① 国一Ir汁OQ O︹ 吟巨O .ロ一団q°
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民⇔∼ ○㌻X、“∼R軌、吻、 包ぱSO、ヘへ“ぺ 句☆裳“☆Oぺ匂 さ、
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﹀﹁①P]O目①庁古①口゜.、司゜○.ζ①[け古一〇〇DO⑳口習O>日Oユー
㌔O句SさOへ㌻、隷 ↑へ膏ミミ ⑦へ×ヘへ㌻㊤ 之①乞 ㎡O﹁オ ﹁㌔O玲ミOへO、パ詠ミ Oべ S恥○ミ∼貢さ∼卜R民
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ミト爲芯§軌ミ∼膓還゜bミ、心Qさ ]︺已×Φ己勺゜一QΦ﹂°
︼]OOオω“一Φべ口゜一〇〇1ωべ
.﹄ 句へ嵩丙×合、さ⇔6、鳶へせ㌔ 向句物曼 O試 き㌻
゜○×∼Sミ、︹ 亀ぺ⇔き∨︹さ“÷切さ層乞O≦ <O﹁ズ ㌔、O恕句や之O乏出知くO⇒一く巴①己㊦“﹂㊤心Φ゜
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﹀一ひO△﹀二︵ロOOひ一“⊃⑩ω層
↑⇔試丙×鶯∼嵩㌔O×拐、貸X>“、↑N句O“ふ㌔匙●魯⇔ぺ⇔
’..弓古O穿O一〇ユOOひ↓O巳POO﹁巴=匂゜、.㎏轟ぺ⇔−
層○さ亀ボミ∼冴ミN﹁頃①叶日O白Cω≦O﹁↓古一勺O白西巳口
﹂㊤べo。°
ζnO①目戸 乙りO辞口 PP巳 ζ一〇古①O一 切N巴①く゜、、]︶O ㎡O口
°..カΦ口①O己O口切 Oコ カ⑦δ⑦口⇔ ﹀ヨO﹁一〇芦口 .[O︷け、
OO誌Sぶミ∀O、⇔ミ ○、へ註O詠ミ゜ N白臼 OO層 ↑O昌△OO﹁ 切O=m<m 一コ ζ凶四∩ゴ [=O吟①﹁ぺ ↓巨一口犀一白σq芦O叶
一〇〇°︾⊃︵NO60︶一︽ω切ーΦOo’
○[靭H40ひ已ぺOOゴ一’.、国ヨOマP[庁O勺①O↑◎PP口巳[知≦− [[[而尺①目O巳己○一m日、、、§、○ミ“亀ξぺ込﹃“XS×自Sー
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﹄ミRさへ☆ボ ○さぱ○膓ミ゜ ロ一〇〇日一目管Oロ HP合芭P①
へせ゜.切ぐ亀眉芯⑭ 黒㌔鳴⇔⇔へ蒔へ誌 OO嵩Rミ心博Oミぷ
n口⇒[Ooo≠ ζ一〇庁①O一. ﹃隷︹ ○×心×ミ∼ 申Oぺひ 、隷O
↑災▽O、へ這ミ\F遥、さぺ画隷○索∼﹃ミ、︹ヘペS心︹﹃ミへ心、[
卜苦吟、Q、×、♪ 辻口、O逗、 ○ミ∼﹃×、○° 白ウα゜ ζ一〇古①O一
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一︶
[Z吟巨× ﹀﹁[[ ^.↓犀O bウ目︽ O͡ OO一〇ロ一巴↑切門口︰O” バ[庁O
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弓①[O一ω巨一.吋O村司O一困Oオロψワ犀O−]︵①P×O ×①一ラNOOび、 切n庁≦知﹁叶N [③≦﹁O口∩O 民’ ○、㌻◎註R さぺ∼÷ぺ6、、句
]WO戸 民m[け犀 ○⊆ω巨日①白マ↓①ズOO H一●靭 PP匹 =﹃O
、S÷○、ぺ﹃×這.[○白臼O巨 <O﹁0−O﹂QΦS
OO一〇づ一巴 ζO●O﹁ロ 一白 一巨O ζ匿白ぴo O͡ ○一〇σ巴
[﹁㊥“一q∋OoN
ζO△而︹白詳く層、、㎏O×ざ合ミ∼ωN°一︵N80︶ 一−ω戸’
鼈鼈黶==@=
=一
一====一一一一≡
堀邦雄﹃ニューヨーク知識人 ユダヤ的知性
第
========
12
2
とアメリカ文化﹄、彩流社、二〇〇〇年。
会
五六頁。
ム﹂、﹃ヘミングウェイを横断する﹄、日本ヘ
前川玲子﹃アメリカ知識人とラディカル・ビジ
変貌﹄、本の友社、一九九九年、二四〇ー二
﹁﹃日はまた昇る﹄と地政学的無意識
秋元秀紀﹃ニューヨーク知識人の源流−一九
ミングウェイ協会編、本の友社、一九九九年、
ョンの崩壊﹄、京都大学学術出版会、二〇〇
O、ミ9切ミ゜民oo×<≡① 己oh↓o口口oω切⑦①㊥゜50。o。 ー文化表象としてのアングロサクソニズ
三〇年代の政治と文学﹄、彩流社、二〇〇︼
大橋洋一﹁はじめに ポストセオリー時代の
二一ニー二二七頁。
㌔δミR、へ§︰﹃ぎ㌔ミミロミミミ、さト誉ミQ
年。
社
語
言
号
﹁冷戦初期のニューヨーク知識人 一
二年、一九七−二三四頁。
ポストモダニズムの生成﹄、研究社、二〇〇
三年。
﹃アメリカー文学史・文化史の展望﹄、松柏
批評と理論﹂、大橋洋一編﹃現代批評理論の
社、二〇〇五年、﹃英文学研究﹄八六︵二〇
九五〇年代に至る政治的対立と共同の模索﹂、
大田信良﹁﹃テンペスト﹄と ポ ス ト コ ロ ニ ア ル
M・フォースターのクローゼット﹂、﹃︵見え
村山敏勝﹁登場人物には秘密がないーE・
改体﹂、﹃モダンの黄昏−帝国主義の改体と
批評ー倫理批評の彼岸﹂、﹃差異と同一化
〇六年︶ 一七二ー一七六頁。
ない︶欲望へ向けてークィア批評との対
宮本陽一郎﹁民衆の顔ーポピュラスの表象と
ポストコロニアル文学 論 ﹄ 、 山 形 和 美 編
房、二〇〇七年。
木下卓ほか編﹃英語文学事典﹄、ミネルヴァ書
山下昇編﹃冷戦とアメリカ文学﹄、世界思想社、
話﹄、人文書院、二〇〇五年、二三ー六六頁。
小田敦子﹁書評亀井俊介監修・平石貴樹編
研究社出版、一九九七年、三六八ー八四頁。
田代真﹁﹃スペインの大地﹄の詩学 人民11
すべて﹄、新書館、二〇〇六年、六ー九頁。
﹁﹃波﹄、ルイス、太 平 洋 1 , H 昌 プ 巴 ︷
大衆の誘惑﹂、日本ヘミングウェイ協会編
社、二〇〇一年、 一八−四五頁。
日庁く⑦≦告古合Φマ罵ヂユ[雲昌匹臼o[匹o・
﹃ヘミングウェイを横断する!テクストの
山下昇編﹃冷戦とアメリカ 文 学 ﹄ 、 世 界 思 想
菩o口Φ..﹂、﹃試論﹄四〇︵二〇〇二年︶三五ー
二〇〇一年。
五六頁。
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