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科学教育・ESD の観点から捉えたノルウェーの自然

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科学教育・ESD の観点から捉えたノルウェーの自然
日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 7(2016)
科 学 教 育 ・ ESD の 観 点 か ら 捉 え た ノ ル ウ ェ ー の 自 然 環 境 の 魅 力
- 今 日 的 な 日 本 の 課 題 と STS 教 育 の 再 構 築 -
Charm of a Norwegian natural environment from the Viewpoint of Science Education
and ESD (Education for Sustainable Development)
藤岡達也
Fujioka, Tatsuya
滋賀大学
Shiga University
【 要 約 】東 日 本 大 震 災 発 生 後 ,日 本 の 科 学 教 育 の 中 で エ ネ ル ギ ー と 環 境 の 取 扱 い な ど ESD
(Education for Sustainable Development) と 連 動 す る 様 々 な 課 題 が 見 ら れ る 。 特 に 原 子
力発電所の再稼働など専門性を持つ科学技術や経済性を重視した政策は一般市民も無関
係 で な い 。福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 の 廃 炉 ま で 長 時 間 が 予 想 さ れ る 中 ,科 学・技 術・社 会 の
相 互 関 連( Science Technology, Society)を 扱 う STS 教 育 の 再 構 築 が 期 待 さ れ る 。ま た ,
学 力 と は 異 な る 国 際 比 較 調 査 の 中 で HDI( Human Development Index)世 界 1 位 を 継 続
するノルウェーの現状,及び取り巻く自然環境を日本の教育課題と合わせて考察したい。
【 キ ー ワ ー ド 】 ノ ル ウ ェ ー , ESD, STS, HDI, エ ネ ル ギ ー 教 育 , GeoScience Education
隣国であり,フィンランドからの影響も大き
1.はじめに
東日本大震災発生以後,日本では,環境と
いノルウェーの現状はどうか。
エネルギーに関する科学技術とともに教育の
これまでの PISA 調査が日本の教育界に与
在り方が喫緊の課題となっている。持続可能
えた衝撃は大きく,現行の学習指導要領を見
な社会の構築に向けて,日本はどう取り組む
ても国際調査の結果に対して敏感に反応して
べきか,特にエネルギーに関して,東日本大
いると言える。しかし,義務教育段階時にお
震災発生後,脱原発の慌ただしい動きがあっ
ける学力の高さが,将来や国の豊かさにつな
たり,原子力発電所の再稼働が検討されたり,
がるのかという疑問も生じる。国際比較の中
有識者や市民も模索状況にある。一方,ノル
で,国民の幸福感を比較的よく示すものが,
ウェーは原子力発電所どころか,石炭火力発
国連人間開発指数(UN/HDI)と言われ,国の
電所も本土にはない。在ノルウェー日本国大
豊かさの指標となっている。人間開発指数
使 館 (2012)に よ ると ,ノ ル ウェ ーは 世界 第 2
(Human Development Index, HDI)は,人
の天然ガス輸出国であり,世界第7位の石油
間開発の「長寿で健康な生活」,「知識を獲得
輸出国である。石油の生産量がヨーロッパの
する能力」,
「 十分な生活水準を達成する能力」
75%を占 めな がら も,エ ネル ギー 供給 の大 部
の3つの基本的側面に的を合わせた合成指数
分は水力発電で賄っている。
である(国連開発計画駐日代表事務所,2015)。
従来,日本の北欧への教育に対する関心度
近年,注目されるこの UN/HDI において,ノ
は高いとは言えなかったが,第3回 OECD 生
ルウェーは第一位を維持し続けている。逆に,
徒の学習到達度調査(PISA)の高い成績結果
UN/HDI の高さが教育に与える影響を無視す
によって,多くの教育関係者が同国を訪問す
ることはできないことも考え,ノルウェーの
るなど日本はフィンランドの教育に注目した。
教育の現状を探る意味がここにもある。
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日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 7(2016)
また,日本ではノルウェー等スカンジナビ
に関するような生物学の領域の興味が低いの
ア半島の自然環境の現状も含め,それを反映
に比べて,日本の生徒はこれと逆の結果にな
した教育活動等は十分知られていない。そこ
っている。地学領域について見ると,地質学
で,教材開発の観点からもノルウェーの自然
についてはノルウェーの生徒が日本の生徒よ
環境について考察する。それらをもとに,こ
り興味・関心が高く,天文学については,日
れまで十分着目されていなかったノルウェー
本の生徒の方が,高くなっている。ただ,地
に関して,日本で再検討の必要な環境教育,
質 学 分 野 に つ い て は 両 国 と も 50%を 越 え て
エネルギー教育の観点から検討する。以上,
おらず,特に日本は興味のない分野となって
本稿では,日本において今後の持続可能な社
いる。逆に天文学分野は両国とも 50%を超え,
会を構築する教育の在り方をノルウェーの自
これは全領域の中で唯一である。
近 年 , 国 際 的 な 潮 流 , ESD と STEM
然環境及びエネルギー施策,さらには教育と
( Science, Technology, Engineering, and
の関連性から探ることを目的とする。
Mathematics)教育を無視することはできな
2.国際調査の現状から見るノルウェーと日
い。教育については UNESCO が担当し,日
本との科学教育に関する比較
本の学校においてもユネスコスクールの取組
まず,TIMSS や PISA などの教育について
はこれまでも注目され,その数は増加の傾向
の国際比較調査の結果を日本とノルウェーの
にある。しかし,
「持続可能な開発」という概
比較から考える。2000 年度から実施された第
念は,当時のノルウェーの首相であったブル
1 回目からの調査結果を見る限り,OECD 加
ントラント博士が,国連の環境と開発に関す
盟国の中で,義務教育段階修了時点でのノル
る世界委員会の委員長として,有名なブルン
ウェーの児童・生徒の成績結果は,読解力,
トラント・レポートとして,1980 年代にまと
数学的リテラシー,科学的リテラシーとも決
められたこと(開発と環境に関する世界委員
して高くない。数学的リテラシーの成績が
会,1990)は日本でも意外と知られていない。
OECD 加 盟 国 の 平 均 し た 成 績 よ り 上 回 っ た
従来から,ノルウェーは日本と同様に国連
のは 2009 年のみ,科学的リテラシーの成績
に対する意識は高い。日本は伝統的に,国連
が OECD 加盟 国 平均の そ れよ り上 回 った の
への拠出金が高く,その割には,国際社会へ
は一度もない。
の発言力は低く,今後の人材育成と合わせた
しかし,科学に関する全般的価値指標及び
日本の課題として,これまでも述べてきた(藤
興味・関心指標についての比較を国立教育政
岡,2015 など)が,ノ ルウェーの国際貢献か
策研究所(2007)を基に行ってみると,いず
らも学ぶ必要がある。
れの項目もノルウェーの生徒は科学に対する
環境教育や ESD についても,国際的には,
意義や有用性など,日本の生徒の意識より高
1997 年のギリシャ・テサロニキ会議以降,環
いことがわかる。特に日本の生徒は,科学技
境教育と ESD は同じ ものとされているが,
術の進歩が経済の発展に役立つと肯定的に回
日本では,公害時代の教育を基本としてきた
答していたり,社会に利益をもたらすと考え
り,自然保護教育の認識から発展されてきた
たりする割合が低く,科学・技術・社会の相
りした影響が強い。一方でノルウェーには,
互関連の認識が弱いのか,科学に対する価値
日本の公害時代のような科学技術のネガティ
観が高くない。また,科学全般に関する比較
ブな面は見られない。
を行なうと,ノルウェーの生徒は物理・化学
ここで,国際比較調査の中で注目したいの
に関しての興味・関心が高いが,ヒトや植物
は , 国 連 人 間 開 発 指 数 ( UN/HDI : Human
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日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 7(2016)
Development Index)の高さである。人間開
滋賀県も関西電力高浜発電所との距離も近く,
発指数(Human Development Index, HDI)
30km 以内に存在する。滋賀県では,平成 28
は,先述のように,人間開発の「長寿で健康
年に危機管理センターが開設され,ここでは,
な生活」,「知識を獲得する能力」,「十分な生
日本海側の原子力発電所事故に対応する拠点
活水準を達成する能力」の3つの基本的側面
となっている。ただ,平成 28 年度に入っても
に的を合わせた合成指数である。全体的に見
滋賀県と関西電力の間に協定がされたり,原
ると,日本はこの順位が下がっており,2014
子力発電所の差し止めが大津地裁よりなされ
年度では,20 位である。GDP 等の高さに比
たり,動きは慌ただしい。
べると,この順位には疑問が生じる。経済的
一方,ノルウェーのエネルギー事情はどう
な高さにもかかわらず,この数字では,国民
か。一人当たりの電力消費量は,ノルウェー
の満足度,幸せ度には,つながっていないこ
は日本の3倍である。冒頭で述べたように天
とになる。
然ガスや石油の輸出国にもかかわらず,国内
の需要はほとんどが水力発電となっている。
3.エネルギー施策に見るノルウェーの現状
これには,急峻な山々から流れる河川水の豊
と日本の課題
富さとも無関係ではない。これらを反映して,
1997 年 COP3京都議定書に見られるよう
ノルウェーの主要産業は,石油・ガス生産業,
に,地球温暖化,CO 2 削減の取組は国際的な
電力多消費産業(アルミニウム,シリコン,
喫緊の課題であった。化石燃料の消費を抑え
化学肥料等加工産業),水産業である。
るとともに,日本においては「石油ショック」
日本とノルウェーとの貿易関係を見ると,
以来の国家的エネルギー戦略のねらいと相ま
1999 年以降,2006 年を除いて日本側の輸入
って,原子力発電が推進された。原子力発電
超過となっている。日本がノルウェーから輸
所は各地の臨海部に立地し,エネルギー供給
入している主なものは,2014 年度では,魚介
だけでなく,地域に大きな雇用の機会と収入
類(約 36%),石油製品(17.9%),液化天然
をもたらした。しかし,2007 年 7 月中越沖地
ガス(LNG)
(約 11.7%),非鉄金属(6.7%)
震は,柏崎刈羽発電所へ火災と放射線漏れの
な ど で , 2548 億 円 と な っ て い る ( 外 務 省 ,
事故を生じ,地元には,放射線の被害はほと
2015)。日本にとって,その距離にも関わらず,
んどなかったものの,風評被害によって周辺
エネルギー・食料資源とも重要な国の一つに
の産業は大きな損失を受けた。それ以降,同
なっている。
発電所は稼働が停止され現在に至っている。
ただ,この時の原子力災害についてのリスク
4.ノルウェーの自然環境をテーマとした理
管理の教訓は教育界においても十分検討され
科教材開発の意義
たと言うことはできない。2011 年3月の東北
今後の環境教育やエネルギーに関する教育
地方太平洋沖地震では,発生した巨大津波に
の在り方を考えて行く上に,各国の自然環境
よって電源喪失からメルトダウンと言う日本
を無視することはできない。ここで,日本と
の原子力発電所事故史上最悪の悲劇が生じた。
ノルウェーとの自然環境の特色的な比較をし,
福島第一原子力発電所の廃炉や地元の復興へ
さらには日本には見られないノルウェーの自
の道のりは果てしなく遠い状況である。
然環境の特徴を取り上げたい。
まず,日本列島は環太平洋造山帯に位置し,
それにもかかわらず,安定した多量のエネ
ルギー源として,原子力発電は無視できず,
狭い国土の割合に比べ,世界の地震の 10%が
再稼働が検討されている原子力発電所も多い。
集中する。当然ながら,火山活動も活発であ
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る。また,周期的なプレート型の巨大地震に
地形ではほとんど目にすることはない。周知
加え,全国いたるところに存在する活断層に
のようにフィヨルドの形成は氷河時代の U
よる内陸型の地震も無視できない。さらに,
字谷などに海水が侵入してできたものである。
温帯モンスーンに所属し,台風や前線活動が
日本の東北地方の太平洋側に見られるリアス
著しい時は,集中豪雨が頻繁になっている。
式海岸は,土地の相対的沈降(海水面の上昇
一方,ノルウェーの地質は,基本的には先カ
も含む)によって形成されたものである。ま
ンブリア時代~古生代に属するものが多く,
た,トロンハイムはそのトロンハイム・フィ
これを反映して大きな地震が見られない。ノ
ヨルドに注ぐニデルバ川などの景観の美しさ
ルウェーの主な地震は近世を振り返っても,
も有名である。
1759 年 Kattegat Earthquake(M5.6),1819
天文領域では日本人に関心の高いオーロラ
年 Moi Rana Earthquake(M5.8) , 1866 年
の教材開発への取組が期待される。トロンハ
Halten Terrance Earthquake(M5.7),1904
イムは約北緯 63.5 度に位置しており,オーロ
年 Oslofjord Earthquake(M5.4) く ら い で あ
ラが頻繁に見えるとは言い難い。しかし,ノ
り,最近では,1989 年に北東の北海に M5.2,
ルウェー沿岸部は海流の影響で降水量が多く,
1988 年に M5.3 の地震が Voring 盆地に発生
必ずしも,それ以上の高緯度で見えるとは限
している(NORSAR,2015)。地震発生の周期
らない。日本でも教科書では取り扱われてお
は長く,マグ ニチュー ドも M5~6くらいま
り,その理論は高校生にも知られているが,
でである。地震発生のメカニズムも日本とは
実際に観察する機会を持つ日本人は少ない。
異なっている。ただ,北東に大西洋中央海嶺
これらの先カンブリア時代の岩石等を取り
が存在しており,ノルウェーも地震とは全く
扱う地質やフィヨルドの形成,さらにはオー
無関係でもない。また,津波に対しての関心
ロラのような内容は,岩石学・地質学や自然
も高く,トロンハイム市内のサイエンス・セ
地理学及び天文学の領域に属し,学校教育で
ンターでは模型によって津波のメカニズムも
の学習は地学領域に属する。平成 20 年,21
紹介されている。
年版の学習指導要領によって,理科は小学校
ノルウェーの自然環境や自然現象などで,
から高等学校まで,体系化が図られた。つま
日本では全く見られないのは先カンブリア時
り,物理,化学,生物,地学の 4 領域が明確
代の地質とオーロラであろう。ノルウェーは
に系統づけられたと言える。しかし,高等学
フィンランドやスウェーデンとともにバルト
校において,地学の履修率は他の 3 科目に比
楯状地を形成していることは知られている。
べても低く,大学入試のセンター試験の受験
ノルウェーの地質の大部分はスカンジナビア
者数にも影響を与える。
カレドニア帯に属し,700Ma~400Ma の堆積
地学教育を取り扱う難しさは,日本列島は
岩や変成岩からなるが,トロンハイムなど西
その国土の面積の割合に比して,観測される
部 で は よ り 古 い 南 西 片 麻 岩 帯 ( 1700Ma ~
天文,気象,地質・地形と地域の特色が多岐
900Ma)が分布する。先カンブリア時代の露
にわたっており,全国画一的な学習指導要領
頭は,比較的都市からの場所でも見られる。
では,限界があることである。持続可能な社
トロンハイム郊外(BYMARKA)の近辺の露
会の構築には,ローカルな観点とグローバル
頭でもその様子は観察されるが市民にとって
な観点が両方求められている。昨今ではグロ
の関心は高いとは言えない。また,フィヨル
ーバル人材,ローカル人材,両方を合わせた
ドの氷河地形も存在する。確かに,日本にお
グローカル人材の育成も論じられている。理
いても最終氷期の地形が残っているが,海岸
科教育においても滋賀県に限らず,国内の地
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域内での自然環境の理解とともに,地球規模
性,自然環境との関係性を認識し,
『 関わり』,
の自然景観や環境の理解も重要な意味を持つ。
『つながり』を尊重できる個人を育むこと」
国立大学法人の一つ,滋賀大学教育学部の
が示されている。後者についての自然と人間,
学生にとっても,高校時代に地学を履修しな
人間と人間(社会)の関わり,つながりは,
かった割合が高く,これで小学校の理科を担
東日本大震災発生後,改めて重視したい。さ
当することに懸念を覚える。何よりも自分達
らに,ESD で育みたい力として,「持続可能
の身近でない自然現象を知識的にも知らない
な開発に関する価値観(人間の尊重,多様性
こととなる。地質学や天文学のような時間的,
の尊重,非排他性,機会均等,環境の尊重等)」,
空間的概念というスケールの大きさを学ぶ方
「体系的な思考力(問題や現象の背景の理解 ,
法も教員養成の今後の課題であろう。理科教
多面的かつ総合的なものの見方)」,
「 代替案の
員を養成する場合でも,ノルウェーを例に具
思考力(批判力)」,
「 データや情報の分析能力」,
体的な自然現象を取り扱う教材作成の意義は
「コミュニケーション能力」,「リーダーシッ
ここにも認められる。
プの向上」が示されており,これらはいずれ
も今後の教員養成においても重要な内容であ
る。また,ESD で取り組みたい学習内容も「環
5. ESD の具体的取組内容とノルウェー
日本から国連に提案し,採択された「国連
境学習」,
「 エネルギー学習」,
「 国際理解学習」,
持続可能な開発のための教育の 10 年」も平
「世界遺産や地域の文化財等に関する学習」,
成 26(2014)年をもって一区切りがついた。
「防災学習」,「気候変動」,「生物多様性」が
ただ,2013 年 11 月,第 37 回ユネスコ総会
挙げられている。ノルウェーの自然環境を取
において,
「国連 ESD の 10 年」
(2005~2014
り扱うとこれらは全て関連する。つまり,学
年)の後継プログラムとして「 ESD に関する
習項目の具体的内容となるキーワードが多く
グローバル・アクション・プログラム( GAP)」
のつながりで見られる。ノルウェーの状況を
が採択された。今後もポスト ESD をめぐっ
学び,日本の状況と比較することによって,
ての取組が期待される。さらに,2015 年の 9
日本では気付かなかった ESD の観点が明確
月,ニューヨーク国連本部で,
「国連持続可能
になることがある。
な開発サミット」が開催され,150 を超える
ノルウェーは教育改革が 1997 年に実施さ
加盟国首脳の参加のもと,その成果文書とし
れた。ここでは,6 歳から 10 年間を義務教育
て,
「我々の世界を変革する:持続可能な開発
としたことに加え,内容的にも環境との関連
のための 2030 アジェンダ」が採択された。
性を重視し,これが日本との抜本的な違いと
アジェンダは,人間,地球及び繁栄のための
指摘されることもある(石田,2000 など)。
行動計画として,宣言および目標を掲げた。
奇しくも日本は 1998 年,新たな学習指導要
国連に加盟するすべての国は,全会一致で採
領が示された。ここでは「生きる力」の育成
択したアジェンダをもとに, 2030 年までに,
が謳われ,
「総合的な学習の時間」の導入 によ
貧困や飢餓,エネルギー,気候変動,平和的
り,第三の教育改革と見られることもある。
社会など,持続可能な開発のための諸目標を
この時間にこそ,今後のエネルギー・環境に
達成すべく力を尽くすことになっている。
関する内容が教科横断・総合学習として期待
ESD の実施には,次の二つの観点が必要と
される。
されている。まず,「人格の発達や,自律心,
判断力,責任感などの人間性を育むこと」で
6.まとめと今後の課題
あり,次に「他人との関係性,社会との関係
― 33 ―
これからの日本の環境教育やエネルギー教
日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 30 No. 7(2016)
育を考えて行くにあたって,ノルウェーのエ
の施策は重要な課題となる。これには,市民
ネルギー状況や自然環境を教育素材とする意
一人ひとりの環境教育,環境学習が不可欠で
義を探った。まず,理科教育の観点からノル
あることは 1999 年の中央環境審議会以来,
ウェーの自然を捉えた場合,日本では観察す
明確にされてきた。また,その具体的な教育
ることができない自然現象に満ちており,こ
内容,方法さらには制度等のシステムは様々
れらは日本での取り扱いが狭い範囲にとどま
な立場から述べられてきた。その実現に関し
る地学教育に関して,今後の新たな教材開発
ては,本稿でも綴ってきたように,ノルウェ
の可能性を秘めている。
ーから学ぶべきことは多く,教育におけるそ
さらに, ESD を推進 するにあたって,ノ
の実践的な展開は,今後の課題としたい。
ルウェーの取組には様々な意味があることが
理解できる。エネルギー,環境については,
謝辞
日本では多くの問題の発生と解決に向けての
本研究を進めるにあたって,ノルウェー技
取組を繰り返してきた。持続可能な社会の構
術科学大学の Prof.Dr Vojislav Novakovic は
築には,今後一層,科学,技術,社会の相互
じめ,ノルウェー科学技術大学のスタッフに
関連の面から捉えていく必要がある。エネル
はお世話になった。ここに深謝します。
ギーに関しては,東日本大震災で多大な被害
を生じ,廃炉まで膨大な時間,費用が見込ま
文献
れるにもかかわらず,リスクの高い原子力発
外 務 省 (2015): ノル ウェ ー 王国 基礎 デー タ ,
電を維持する日本にとって,多様なエネルギ
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/norway
ー開発を求めるノルウェー等から学ぶ必要も
/data.html
石田由里(2000):ノルウェー学校教育課程に
あるかもしれない。
グローバル化する時代の教育の在り方をめ
見 ら れ る 地 球 市 民 の 観 点 , Education
ぐっては,日本も模索段階である。本稿をま
Studies, 43,国際基督教大学研究所,29-38.
とめるにあたってもノルウェーの教育制度,
環境と開発に関する世界委員会(1990)
:大来
教育改革が日本とも多くの点で類似性や参考
佐武郎(監修)「地球の未来を守るために」
になることをうかがうことができた。ただ,
福武書店。
日本においては,教育についてノルウェーの
国 連 開 発 計 画 ( UNDP ) 駐 日 代 表 事 務 所
(2015):概要
状況が必ずしも知られておらず,情報の収集
人間開発報告書,1-8
国 立 教育 政策 研究 所 (2007): 生き るた めの 知
の必要性も明確になった。
識 と 技 能 OECD 生 徒 の 学 習 到 達 度 調 査
現在,国際化,グローバル化が重視される
(PISA),2006 年調査報告書,34-69.
中,これまで TIMSS,PISA 等の成績結果に
ついて,日本の教育界は敏感に対応してきた。
駐日ノルウェー王国大使館(2016)
:ノルウェ
しかし, HID は GNP や GDP と異なった意
ーと日本 http://www.norway.or.jp/norway
味を持つ。学力の高さが,必ずしも HID の高
andjapan/
さ,即ち国民の幸せ度を示すことにはなって
在ノルウェー日本国大使館(2012):
「ノルウェ
いない。持続可能な社会の構築を目指すため
ーのエネルギー事情」,
には HID の割合も考 えることが今後の日本
http://www.no.emb-japan.go.jp/
NORSAR(2015) : Seismicity of Norway ,
の教育の課題であろう。
以上,日本にとって,持続可能な発展した
社会の構築を考えると,環境及びエネルギー
― 34 ―
http://www.norsar.no/seismology/Earthq
uakes/SeismicityNorway/
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