Comments
Description
Transcript
優れた光安定性 - 物質・材料研究機構
同時発表: 筑波研究学園都市記者会(資料配布) 文部科学記者会(資料配布) 科学記者会(資料配布) 優れた光安定性、フルカラー発光するアントラセン液体を開発 ~折りたたみ可能な発光デバイスへ搭載期待~ 解禁日時:平成25年6月5日18時 平成25年6月5日 独立行政法人物質・材料研究機構 概要 1.独立行政法人物質・材料研究機構(理事長:潮田 資勝)高分子材料ユニット(ユニット長:一 ノ瀬 泉)有機材料グループ(グループリーダー:竹内 正之)の中西 尚志主幹研究員らの研究 チームは、汎用の有機蛍光色素であるアントラセン1)を基とした、優れた光安定性をもつ、フル カラー発光する液体材料を開発した。 2.フルカラー表示のモニタや携帯デバイスなどエレクトロニクス素子2)の開発において、軽量、 フレキシブル、印刷加工が可能(プリンタブル)などの利点から、有機分子や高分子系材料の重 要性が増している。しかし、これまで開発されてきた発光性の有機分子材料は、ほとんどの場合 光安定性(光照射に対して、変色や脱色しない耐久性)が低く、塗布操作の過程において分子同 士が凝集してしまうなどの理由で、本来の発光性能を十分に発揮できない問題点があった。また、 フレキシブルデバイス加工の観点からは、過度な折り曲げ時にも連続する発光活性層の劣化が生 じない材料であることが望ましい。一方、様々な発光色を示す有機分子材料を個別に合成する場 合と比較して、簡便且つ安価にフルカラー発光を調製可能な有機分子材料の開発が望まれる。 3.中西らは、蛍光を示す汎用色素分子であるアントラセンの周りに枝分かれした柔軟性の高いア ルキル鎖3)を結合することで、アントラセン部位間の凝集がなく、融点が約-60 ˚C、約 300 ˚C までの熱安定性、および青色蛍光を示す液状物質を開発した。この物質は、室温で粘度が約 0.3 Pa·s の低粘性の液体であり、絶対蛍光量子収率4)が約 55%、市販のアントラセン色素に比べ 5 倍以上 の光安定性をもつ青色発光液体である。さらにこの液体内に他の粉末状発光色素を均一に混和す ることができ、単色(365 nm)の光励起から 96%に達する色素間の蛍光共鳴エネルギー転移(FRET 5) )を経て、発光色をフルカラー制御できることを見出した。 4.本研究では、優れた光安定性のアントラセン青色発光液体を合成した。この液体内に他の色素 を混和する簡便な操作のみで、高精度に発光色を調整でき、良質なフルカラー発光を示す液体材 料の開発に至った。ここで開発した不揮発性液体材料は、様々な形状の基材表面に塗布でき、単 色光励起の安定な有機マルチカラーデバイスの創製が期待できる。また、液体材料は折り曲げて も断裂、破断せず連続活性層を保持できるため、折りたたみ可能(フォールダブル)なフレキシ ブル素子の開発に好都合である。 5.本研究成果は、英国科学雑誌「Nature Communications」 オンライン版で日本時間平成 25 年 6 月 5 日 18:00(現地時間 5 日 10:00)に公開されます。 1 研究の背景 カラー表示のモニタや薄膜素子用の発光材料の開発において、有機系色素材料に求められる重要 課題の一つに光安定性の向上が挙げられる。したがって、光照射による隣接分子同士での二量化や 酸素分子との結合による酸化劣化を軽減できる分子構造の適切なデザインが重要となる。また、色 素分子同士の凝集が起こると、分子固有の発光機能が十分に発揮されないことがあるために、分子 凝集の起こらない適切な分子デザインも求められる。一方、様々な発光色を示す有機分子材料を個 別に合成する場合と比較して、簡便且つ安価にフルカラー発光を調製可能な有機分子材料の開発が 望まれる。 今回の研究成果 中西らは、非常に優れた光安定性を示し、溶媒中に希釈することなく、バルクな状態においても 分子固有の発光機能を発揮する液状の有機材料を開発した。分子素材には、汎用の蛍光色素である アントラセンを用い、アントラセン部位が隣接分子間で凝集を起こさず、孤立的に配置されるよう 分子設計された。具体的には、枝分かれした柔軟性が高く、嵩高いアルキル鎖をアントラセン部位 周りに複数連結することで、アントラセン部位を隔離した(図 1a および 1b) 。結果的に、融点が約 -60 ˚C、約 300 ˚C までの熱安定性、粘度が約 0.3 Pa·s、不揮発性透明の液状物質(図 1c)となっ た。このアントラセン液体(1)は、絶対蛍光量子収率が約 55%の青色発光(図 1d)を示し、市販 のアントラセン色素に比べ 5 倍以上の光安定性が確認できた。 液状のアントラセン分子(1)の紫外-可視吸収スペクトルおよび蛍光スペクトルは、同一分子 が有機溶媒中に均一に分散された希薄溶液のスペクトルと良く一致した(図 1e および 1f) 。この結 果は、室温液体のバルク状態における光および電子機能が、希薄溶液中で見られる分子固有の機能 とほぼ同じであることを意味している。 青色発光を示すアントラセン液体(1)に、極微量の固体粉末の発光色素を加え(例えば図 2a に 示すように、緑色発光する 9,10-ビス(フェニルエチニル)アントラセン[ドーパント-D1]6)を 0.5 mol%と赤色発光するユウロピウム錯体[ドーパント-D2]7)を 5 mol%を 1 に混和) 、混ぜ棒を用い 約 1 分間かき混ぜることにより、365 nm の単色光照射下において橙黄色に発光する液体として調整 できる(図 2a および 2b のマーカーxi, CIE 色度座標8):0.51, 0.40) 。ここで、青色発光するアントラ セン液体(1)の光励起状態から、D1 への蛍光共鳴エネルギー転移(FRET)は 96%の効率で達成さ れる。したがって、アントラセン液体(1)と発光色の異なるドーパント-D1 および D2 を微量混ぜ 込む簡便な操作によって、図 2b の CIE 色度座標に示す様々な発光色を調整できた。マーカーi(青 色)-v(黄緑色)は、アントラセン液体(1)に D1 を、vi(紫色)-x(赤色)は D2 を加えたとき、 さらに xi(橙黄色)-vx(緑色)は D1 と D2 を同時に加えた時の異なる発光色に対応している。 今後の展開と波及効果 本研究では、優れた光安定性をもち、他の色素を混和できる液状のアントラセン分子とすること で、単色光励起のマルチカラー発光有機材料の開発に成功した(図 3) 。本液体材料は、様々な形状、 基材の表面に塗布でき、良質な面状発光を示すことから、塗布できるフルカラー発光デバイスの創 製が期待できる。 2 昨今、フレキシブル素子の中でも折りたたみ可能なフォールダブルエレクトロニクス素子9)が注 目を集めている。液体材料の利点としては、折り曲げても断裂、破断せず連続活性層を保持できる ため、フォールダブル素子の開発に好都合である。今後は、折りたたみ可能な電極材料と組み合わ せることで、フォールダブルエレクトロニクス素子の開発が一段と加速するものと期待される。 掲載論文:Nonvolatile liquid anthracenes for facile full-colour luminescence tuning at single blue-light excitation 著者:Sukumaran Santhosh Babu, Martin J. Hollamby, Junko Aimi, Hiroaki Ozawa, Akinori Saeki, Shu Seki, Kenji Kobayashi, Keita Hagiwara, Michito Yoshizawa, Helmuth Möhwald, and Takashi Nakanishi* 掲載誌:英国科学雑誌「Nature Communications」 オンライン版で日本時間平成 25 年 6 月 5 日 18:00 (現地時間 5 日 10:00)に公開されます。 3 図 1 (a)本研究に用いたアントラセン分子(1)の化学構造式。赤色部分がアントラセン骨格。 (b)1 の分子構造模型。アントラセン部分がアルキル鎖により覆われ、隔離されている。 (c, d)1 の可視光下(c)および 365 nm の紫外光下(d)の写真。 (e, f)1 の溶液中ならびに無溶媒液体の紫外-可視吸収スペクトル(e)および蛍光スペクトル(f) 。 4 図 2 (a)アントラセン液体(1)に、緑色(ドーパント-D1)および赤色(ドーパント-D2)発光 の色素を混和することにより調整されたフルカラー発光。 (b)CIE 色度図に今回調整したフルカラー発光アントラセン液体材料の発光色を配置。 5 図 3 青色発光するアントラセン液体(1) (左:写真)を素材に調整された 365 nm の紫外光照射下 におけるフルカラー発光パネル。 6 <用語解説> 1) アントラセン アントラセン (anthracene) とは、 ベンゼン環が 3 個縮合したアセン系多環芳香族炭化水素であり、 無色の固体物質。紫外線の照射により青色の蛍光を示すが、光反応性があるため、光二量化反応や 酸化反応を引き起こす。 2) エレクトロニクス素子 太陽電池や電界効果トランジスタなどのエレクトロニクスに関連する電子素子の総称。 3) アルキル鎖 炭素と水素から構成される鎖状の有機分子の総称。分子構造式上で「R」として表示される。 4) 絶対蛍光量子収率 吸収(励起)によって蛍光分子に吸収された光子数と、蛍光によって放出された光子数の比を現 すのが蛍光量子収率である。なかでも、量子収率既知の参照試料を用いないで量子収率が求められ たものが絶対蛍光量子収率となる。 5) 蛍光共鳴エネルギー転移(FRET) 近接した 2 個の色素分子間で励起エネルギーが、電磁波にならず電子の共鳴により直接移動する 現象。フェルスター共鳴エネルギー移動とも表される。一方のドナー性分子で吸収された光のエネ ルギーによって他方のアクセプター分子にエネルギーが移動し、アクセプター分子から蛍光が放射 される現象。 6) 9,10-ビス(フェニルエチニル)アントラセン アントラセンの 9,10-位にエチニル(アセチレン)基を介してフェニル基が導入されたアントラセ ン誘導体であり、緑色の発光色を示す。アントラセン分子そのものより長波長側で発光する。 9,10-ビス(フェニルエチニル)アントラセン(ドーパント-D1)の化学構造式 7 7) ユウロピウム錯体 一つの 1,10-フェンアントロリンと三つの 1,3-ジフェニル-1,3-プロパンジオナト配位子で希土類元 素の一つであるユウロピウム(Eu)と錯体化された分子であり、赤色の発光色を示す。 ユウロピウム錯体(ドーパント-D2)の化学構造式 8) CIE 色度座標 CIE:Commission Internationale de l’Éclairage(国際照明委員会)の略で、CIE 標準色度座標を定め ている。 CIE 色度座標(CIE 1931 standard colorimetric observer より) 9) フォールダブルエレクトロニクス素子 一般的に認識されているフレキシブル素子における柔らかさとは、基板を撓ませる程度やロール 状に巻き込む程度を意味している。さらに一歩進んだフレキシブル素子に向けた最先端研究では、 過度な折り曲げに対して性能劣化のない、フォールダブルな有機系太陽電池、有機 EL、電子ペーパ ーなどが思考されている。このフォールダブル素子の開発には、折りたたみなどの機械的変形に対 して耐性、自己修復性のある電極、ならびに電極間に配置される光または電子活性層の材料開発が 求められる。 8 本件に関するお問い合わせ先 (研究内容に関すること) 独立行政法人物質・材料研究機構 先端的共通技術部門 高分子材料ユニット 有機材料グループ 主幹研究員 中西 尚志(なかにし たかし) 〒305-0047 茨城県つくば市千現 1-2-1 E-mail:[email protected] Tel:029-860-4740 Fax:029-859-2101 (報道担当) 独立行政法人物質・材料研究機構 企画部門広報室 〒305-0047 茨城県つくば市千現 1-2-1 Tel:029-859-2026 Fax:029-859-2017 9