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本文は - 化学と生物
今日の話題 温暖化による開花時期の短縮 温暖化と開花 地球温暖化問題が指摘されて久しいが,日本において 記憶していると考えられている (4, 5). も昨今の猛暑や北日本における豪雪など,身をもって何 近年,この は複雑な温度変化を示す自然環境下 らかの気候の変化を感じることが多くなってきた.気候 において,温度の季節変化を感知する鍵となる遺伝子で 変動に関する政府間パネル(IPCC)によると,高濃度 あることが,シロイヌナズナの近縁種であるハクサンハ の温室効果ガスの排出が続くと 21 世紀末には地球の平 タザオ( 均気温は最高で約 4.8 C 上昇するとの報告がある.気温 になってきた (6).一年草であるシロイヌナズナは,花茎 上昇により海面が上昇したり,異常気象が増加したりす を伸ばして(抽だい)開花後,種子を残してその個体は るだろうとの話はよく聞くが,この温度上昇は植物に 枯死する.一方,多年草であるハクサンハタザオは,開 とってどのような意味をもつのであろうか. 花後に再び葉を形成し(reversion, これを開花の終了と 植物の開花は遺伝子レベルで厳密に制御されており, 温度や日長といった外部環境から大きな影響を受け る (1, 2) )を用いた研究から明らか みなす) ,栄養生長が可能であるという特徴があり,抽 だいしてから開花終了までの期間を開花期間と定義する .開花における温度応答の一つとして春化(Ver- ことが可能である.前述したようにシロイヌナズナでは nalization)が挙げられる.これは植物が冬を経験する が冬の記憶を維持するため,春が来ても開花遺伝 ことによって花芽形成が促進される現象であり,シロイ 子が発現したままであるが,ハクサンハタザオでは冬の ヌナズナ( 記憶期間が短く,温度の上昇に伴い短期間で )を含むアブラナ科の 発現 植物をはじめ,コムギやオオムギなどさまざまな植物に 量が回復し,再び開花遺伝子の発現が抑制される.この おいて見受けられる.特にシロイヌナズナでは遺伝子レ 違いが両者の生活史を決定していると考えられる. ベルでの研究が進み,これまでに開花に関連する遺伝子 では は温度上昇に対してどのように応答し,開 が多数同定され,その機能も徐々に明らかになってきて 花時期にどのような影響を与えるのだろうか? この問 いる. いに答えるために,室内実験,数理モデルおよび野外実 シ ロ イ ヌ ナ ズ ナにおいて,春化による開花誘 導 は ( )を介した開花遺伝子 の抑制の解除であると理解されている (1, 2) 流で機能する ハクサンハタザオの温度操作実験では,低温になると 相同遺伝子( は,下 . ( 験を統合したアプローチを用いた研究を行った (7). ( )の発現が遅れ,開花やその終 了の時期には顕著な遅れが見られた.室内実験で観測さ )や ) などの開花遺伝子に直接結合することでその転写を妨げ れた遺伝子発現変化を説明する数理モデルを開発し,パ ラメータ推定を行ったところ(図 1A), のほう ている.冬のような低温が長く続くと,ヒストン修飾に が かかわるさまざまな因子の働きによって がエピ デルを用いて自然環境下で生じる遺伝子発現変化を予測 ジェネティックな制御を受けることでその転写が抑制さ したところ,自然条件で生育するハクサンハタザオと同 れ, (3) や の発現が可能となる . より温度感受性が高いことが示された.当モ は 様な遺伝子発現を示し,温度上昇に対する遺伝子発現の 開花シグナルの言わば取りまとめ役であり,さまざま 変化や開花時期のずれも正確に予測することが可能で な外部刺激が種々の遺伝子を介して あった(図 1B).ハクサンハタザオでは, や もしくは にたどり着く.そして,花芽分化の決定遺伝子である 1( )や ( )へとシグナル の発現量 は夏から秋にかけて高く,冬の低温により徐々に低下 し,春になるとその発現が回復してくるが,当モデルに が伝えられ,花芽形成が開始される.春の訪れのよう よると,気温の上昇により,冬期の に,低温から常温に戻ると 下時期が後ろにずれこみ,春における発現の回復は早ま の発現抑制に必要な低 温シグナルはもはや存在しないが, されたままであり, 12 の発現は抑制 によって低温(冬)の経験を ることが予測され, の発現低 の発現時期もシフトした. 結果として,温度の上昇に伴って抽だい時期が早まり, 化学と生物 Vol. 53, No. 1, 2015 今日の話題 A B 10 温度 ( T ) FLC 限界日長 ω α FT (T) Producion m FT (T) FT Producion α FLC (T) 観測値 予測値 観測温度 5 0 Sep Oct Nov Dec Jan Feb Mar Apr May Jun Jul Aug 30 25 20 15 10 5 0 -5 Sep β FLC (T) Degradation C β FT (T) Degradation 8 Temperature difference (˚C) VIN3 日長 ( ω) AhgFLC AhgFT Temperature ( C˚ ) Relative expression 15 函館由来 95% CI 6 4 温度上昇 2 0 Feb Mar Apr -2 May Jun Jul 開花期間 抽だい 開花の終了 図 1 ■ 開花時期の予測 (A)モデルのスキーム.(B)兵庫に移植した函館由来ハクサンハタザオの遺伝子発現量の観測値(5 サンプルの平均±S.D. )と予測値. (C)函館由来ハクサンハタザオにおける温度変化と予測開花期間.実線は予測値を示し,点線はそれに対する信頼度 95%のときの信頼区 間(95%CI,許容誤差)を示す. それ以上に開花の終了時期が早まることで,開花期間が 短縮した.具体的には,兵庫由来の個体は 4.5 C の上昇 で,また,函館由来の個体では 5.3 C の上昇で開花すら しなくなることが示唆された(図 1C) . 非常に複雑な開花現象に対し,筆者らはごく僅かな一 部の遺伝子に着目することで,室内実験の結果から自然 環境下の開花予測に成功した.だが,植物には 介した を 発現抑制の解除とは異なったメカニズムでの 開花機構が備わっているため,現在函館および兵庫由来 の個体を沖縄への移植し,温度上昇による開花への影響 をさらに確認中である.現状では,ハクサンハタザオを 対象としたモデルでは,地球温暖化による気温の上昇は その開花を妨げ,最悪の場合には開花すらしなくなる可 能性が示唆された.この予測モデルは,同様に春化や日 長応答するコムギやオオムギなどの穀物においても,適 用可能であると考えられる.生態系維持や食糧生産の場 においてどのような変化がもたらされるのか予測するこ とで,地球温暖化による影響を訴える一方,その対策を 練る一助となることを期待する. 1) R. Amasino: , 61, 1001 (2010). 2) F. Andrés & G. Coupland: 化学と生物 Vol. 53, No. 1, 2015 (2012). 3) 玉田洋介,後藤弘爾: “植物のエピジェネティクス”,島 本 功,飯田 滋,角谷徹二(監修) ,秀潤社,2008, pp. 87‒95. 4) A. Angel, J. Song, C. Dean & H. Howard: , 476, 105 (2011). 5) A. Satake & Y. Iwasa: , 302, 6 (2012). 6) S. Aikawa, M. J. Kobayashi, A. Satake, K. K. Shimizu & H. Kudoh: , 107, 11632 (2010). 7) A. Satake, T. Kawagoe, Y. Saburi, Y. Chiba, G. Sakurai & H. Kudoh: , 4, 2303 (2013). (佐分利由香里,佐竹暁子,北海道大学大学院地球環境 科学研究院) プロフィル 佐分利 由香里(Yukari SABURI) <略歴>2004 年名古屋大学農学部応用生 物科学科卒業/2006 年同大学大学院生命 農学研究科生物機構・機能科学専攻修士課 程修了,日本食品化工株式会社研究所勤 務/2010 年北海道大学大学院地球環境科 学研究院技術補佐員,現在に至る<研究 テーマと抱負>自然環境下の開花に関する 研究<趣味>子育て,ピアノ,スキー,ゴ ルフ , 13, 627 13 今日の話題 佐竹 暁子(Akiko SATAKE) <略歴>1997 年九州大学理学部生物学科 卒業/1999 年日本学術振興会特別研究員 (DC1)九州大学/2002 年九州大学九州大 学大学院理学研究科生物学専攻博士課程修 了,博士(理学)/同年日本学術振興会特別 研究員(PD)Pennsylvania State University(USA)/2003 年日本学術振興会特別 研 究 員(PD) 京 都 大 学 生 態 学 研 究 セ ン ター/2005 年日本学術振興会海外特別研 究員(PD)Princeton University(USA) / 2007 年スイス連邦水圏科学技術研究所グ ループリーダー/2008 年北海道大学創成 研究機構特任(テニュアトラック)助教/ 2011 年同大学大学院地球環境科学研究院 准教授<研究テーマと抱負>植物システム や自然・農業生態系を理解するための数理 モデルや自然資源を利用する人間の行動原 理に興味があります<趣味>スキー,ス ノーボード Copyright © 2015 公益社団法人日本農芸化学会 14 化学と生物 Vol. 53, No. 1, 2015