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甘味タンパク質の構造機能相関

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甘味タンパク質の構造機能相関
【解説】
甘味タンパク質の構造機能相関
ソーマチンから見えてきたこと
桝田哲哉
甘 味 は 基 本 5 味 の な か で, 最 も 親 し み の あ る 魅 力 的 な 味 で あ
る. 甘 味 を 呈 す る 食 品 は 好 ん で 食 べ ら れ,「甘 い も の は 別
腹」という現象も多くの人が経験している.しかしながら糖
質の過剰摂取が生活習慣病や齲歯の一因と考えられているた
め,低カロリー甘味料の開発や,摂取後に血糖値の上昇を伴
わ な い 甘 味 料 の 開 発 が 注 目 さ れ て い る. 新 規 甘 味 料 の 開 発
その立体構造が明らかになっているが,甘味タンパク質
間に共通して存在するアミノ酸配列や構造の特徴などは
見いだされていない(図 1)
.甘味タンパク質の多くは,
卵白リゾチームを除き,熱帯雨林に自生する植物に由来
する.甘味強度についてはショ糖との相対比(モル比,
は,甘味物質の構造活性相関を土台にして,行われてきた背
重量比)や,ヒト官能検査による閾値法により同定され
景がある.本稿では甘味タンパク質ソーマチンの甘味発現部
ており,ソーマチンやモネリンはショ糖に比べモル比で
位,構造活性相関を中心にほかの甘味タンパク質の知見を交
え近年のトピックスについて概説する.
10 万倍,重量比で 3 千倍と非常に強い甘味を呈する.こ
れら甘味タンパク質はいずれも天然甘味料(Natural
Sweeteners)である.天然の甘味料としてはほかに
の葉に含まれるステビオシドやレバウデ
甘味を呈するタンパク質
オシド A,ブドウやメロンに含まれるエリスリトール,
精製されたタンパク質は一般的に無味,無臭である
甘草の根に含まれるグリチルリチンなどがあるがいずれ
が,例外的に甘味を呈するタンパク質が存在する.これ
も低分子物質である(4, 5)(表 1).一方,合成甘味料とし
までに 6 種類のタンパク質(ソーマチン,モネリン,ネ
ては,サッカリン,アスパルテーム,アセスルファム
オクリン(クルクリン)
,マビンリン,ブラゼイン,卵
K,スクラロースが挙げられるが,いずれも強い甘味を
(1∼5)
白リゾチーム)が甘味を呈すると報告されている
(表 1).これら 6 種類のタンパク質については,すでに
呈することから「高甘味度甘味料」とも呼ばれ,食品,
飲料に広く用いられている.
Structure‒Activity Relationships on the Sweet-Tasting Protein :
Studies on the Sweet-Tasting Protein, Thaumatin
Tetsuya MASUDA, 京都大学大学院農学研究科
化学と生物 Vol. 52, No. 1, 2014
23
表 1 ■ 甘味タンパク質,甘味物質の特性
分子量
甘味タンパク質
ソーマチン
モネリン
ブラゼイン
マビンリン II
ネオクリン
リゾチーム
1
22,000
11,100(二量体)
6,500
12,400(二量体)
25,000(二量体)
14,500
等電点
12
9.3
5.0
11.3
7.5‒9.5
11
甘味度 1
1,600‒3,000
3,000
2,000
110
550
20
(100,000)
(100,000)
(40,000)
(4,000)
(20,000)
(700)
天然甘味料
ステビオシド
レバウデオシド A
エリスリトール
グリチルリチン
318.45
967.01
122.12
822.94
210
242
0.7
93‒170
高甘味度甘味料
サッカリン
アスパルテーム
アセスルファム K
スクラロース
ネオテーム
シクラメート
183.19
294.30
201.24
397.64
378.47
201.22
400‒700
200
200
600
6,000‒10,000
30‒50
構造
2
到達分解能(Å)
β-sandwich ; 11 β-strands in 2 sheets
α and β ; α‒β(× 4)
β-hairpin and 2 adjacent disulfides
all α ; 4 helix
β-prism II ; 4-stranded sheets(× 3)
α and β ; α+β motif
0.94(2vhk)
1.15(2o9u ; MNEI)
NMR(2brz)
1.7(2ds2)
2.76(2d04)
0.65(2vb1)
甘味度はショ糖に比べ重量比で示す.括弧内はモル比.2 到達分解能,括弧内は PDB 番号を示す.
Benth の果実から単離される.陽イオン交換
クロマトグラフィーの溶出パターンから少なくとも 5 つ
の バ リ ア ン ト(ソ ー マ チ ン a, b, c, I, II) が 存 在 し,
ソーマチン I,ソーマチン II が構成成分の大半を占める.
ソーマチンはヒスチジン以外の 19 種のアミノ酸を構成
成分とする 207 アミノ酸残基からなる一本鎖タンパク質
であり,分子量 22,000,等電点が 12,分子内に 8 つのジ
スルフィド結合をもつ.ソーマチンの微生物生産が長年
困難であったのは,このジスルフィド結合の多さに一因
があるかもしれない.ソーマチン I および II のアミノ酸
配列を比較すると,4 カ所のアミノ酸残基の相違が見ら
れる.46 番目,63 番目,67 番目,76 番目のアミノ酸残
基が異なるが,ソーマチン I ではこの順でアスパラギ
ン,セリン,リジン,アルギニンであり,ソーマチン II
ではリジン,アルギニン,アルギニン,グルタミンであ
る.このようにソーマチン II のほうが全体として塩基性
度が高い.
図 1 ■ 甘味タンパク質の構造
上段左から,ソーマチン(3al7), モネリン(3mon), ブラゼイン
(2brz), 中段左からネオクリン(2d04), マビンリン II(2ds2), 下段
左から,鶏卵リゾチーム(2vb1), ガチョウリゾチーム(153l). 括
弧内は PDB 番号.α-へリックスを赤色,β-ストランドを黄色で示
す.図は pymol で作成した.
ソーマチンは甘味料のみならず,タンパク質結晶化の
モデルタンパク質としても広く利用されており,現在ま
でプロテインデータバンク(PDB)には 40 種類ほどの構
造が登録されている.それら構造の多くは,ソーマチン
I と II の混合物や,精製ソーマチン I であり,分解能が 1
Åを切る高分解能のソーマチン I の構造解析も行われて
甘味タンパク質ソーマチンの特徴
ソーマチンは西アフリカ原産の植物
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いる.近年,筆者らも大型放射光施設 SPring-8 におい
て分解能が 0.9Å前後の構造解析に成功し,また初めて
ソーマチン II の構造を明らかにした.ソーマチンは 3 つ
化学と生物 Vol. 52, No. 1, 2014
のドメインからなり,コアドメインであるドメイン I は
おける高分解能構造データの比較により,pH 変化に伴
典型的な 11 個の β-ストランドで構成されている(アミ
うタンパク質の揺らぎ,構造変化をも追跡することも可
ノ酸残基 1 ∼ 53, 85 ∼ 127, 178 ∼ 207)
.残りの 2 つのド
能となっている(7).
メインはジスルフィド結合に富むドメイン III(アミノ
酸 残 基 54 ∼ 84) と ド メ イ ン II(ア ミ ノ 酸 残 基 128 ∼
ソーマチン発現系の構築,ソーマチンプレ配列が発
177)を含んでいる(図 2)
.SCOP(Structural Classifi-
現効率に与える影響
成熟型のソーマチンは 207 アミノ酸残基からなるが,
cation of Proteins)においてソーマチン様タンパク質
(thaumatin-like protein)スーパーファミリーに分類さ
前駆体として N 末端に 22 アミノ酸残基からなるプレ配
れている.高分解能構造解析を行うことにより,異方性
列と C 末端に 6 アミノ酸残基からなるプロ配列を有する
温度因子(anisotropic temperature factors)を考慮した
(図 3)
.これらプレ,プロ配列は植物においては成熟過
構造の精密化が可能となり,多くのアミノ酸残基におい
(6)
て,水素原子の存在も確認できた .また異なる pH に
程で除去される.また,酵母
においても
プレ,プロ配列を含む植物由来のソーマチン遺伝子を用
い て 発 現 を 行 う と プ レ 配 列 が 除 去 さ れ る. 近 年,
の発現系において,プレ配列ならびにプロ配列
の影響について検討が行われ,プレ配列を用いると N 末
端が正しくプロセスされ,かつ発現量が大幅に増加する
結果となった.一方,プロ配列は除去されず,植物とは
違う機構で発現されることが示唆された.培養条件の検
討,マルチコピー株が作製され,発現量も 1 L あたり
100 mg と大きく改善されている.麹菌での発現では,
甘味を呈する組換え体ソーマチンの大量取得に成功して
いるが,N 末端が正しくプロセスされず配列の異なる複
数のタンパク質が発現されている.またトランスジェ
ニック植物による発現も試みられており,ジャガイモ,
トマトなどでの発現が行われている.
甘味タンパク質の構造活性相関
図 2 ■ ソーマチンの構造
上段左,ソーマチンの cartoon モデル.ドメイン I, II, III, をそれ
ぞれ赤色,緑色,青色で示す.黄色は変異体の結果から甘味発現
に重要であると指摘された,Lys67, Lys137, Tyr169 を stick model で示している.上段右,ソーマチンとモネリン双方に反応する
抗 体 の エ ピ ト ー プ. 認 識 部 位 を 赤 色 で 示 し,Asp21, Phe80 を
stick model で示す.Arg82 を青色で示す.下段,甘味に影響を与
え た 残 基 2 オ ー ダ ー 以 上 の 甘 味 低 下 が 見 ら れ た 残 基 Lys67,
Arg82 を赤色で,1 オーダー程度の甘味低下が見られた残基を青
色で示す.下段右図は左図(クレフト中心)を垂直軸に対し − 90
度回転させクレフト面を側面から描く.
1.
ソーマチンの甘味発現部位の探索,構造活性相関
ソーマチンの甘味発現部位の同定はアミノ酸残基側鎖
の化学修飾により古くから検討されてきた.初期の知見
では,アルギニン残基ではなくリジン残基の正電荷が甘
味にかかわり,チロシン残基も甘味にかかわっていると
考えられていた(8).しかしこれら化学修飾の解析では修
飾残基の同定,構造変化の有無についての検討は十分な
されず,後年リジン残基をピリドキサール 5 リン酸で化
図 3 ■ ソーマチンの核酸配列
ソーマチン I の核酸配列,プレ配列
(22 アミノ酸残基)を橙色,プロ配列
をピンク色で示す.4 カ所の実線赤色
はソーマチン I と II で配列が異なる箇
所を示し,破線赤色は 113 番目の残
基を示す.植物ではプレ配列,プロ
配列双方除去されるが,酵母におい
てはプレ配列のみ除去される.
化学と生物 Vol. 52, No. 1, 2014
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学修飾した 1 残基修飾体の分離,同定が行われ,5 つの
ノ酸であるアルギニンに注目すると,Lys106 から 10 ∼
リジン残基(Lys78, Lys97, Lys106, Lys137, Lys187)の
11Å離れたところに Arg82 と Arg79 の側鎖が位置して
(9)
重要性が指摘された .またこれら修飾体の負電荷をア
おり,それら変異体について検討がなされた.その結果
ルカリフォスファターゼで除去すると,Lys106 以外は
R79A 変異体では,3.8 倍,R82A 変異体では,24.4 倍甘
未修飾と同様の甘味閾値に戻ったが,クレフト内部に存
味が低下し,これまでアルギニン残基がソーマチンの甘
在する Lys106 については,負電荷を除去しても甘味が
味に寄与しないという化学修飾の報告と大きく結果を異
減少したままであり,その側鎖構造が甘味発現に重要で
とするものとなった.R82A 変異体の結果からそのほか
あるとの結果が得られた.それぞれの修飾体の CD スペ
のアミノ酸置換体について検討がなされ,R82K 変異体
クトルによる解析では,未修飾ソーマチンと顕著な構造
で 5.3 倍,R82Q 変異体で 22.4 倍甘味が低下し,負電荷を
の違いが見受けられず,クレフト構造を含む面に広く存
導入した R82E 変異体ではおよそ 200 倍甘味が低下する
在するリジン残基の正電荷が,受容体と multi-point in-
結果となった(図 2)
.R82E 変異体の甘味低下は後述す
teraction しているとの報告がなされた.化学修飾法で
るほかの甘味タンパク質の変異による甘味の低下に比べ
は,意図したアミノ酸残基のみの修飾や,修飾体を単離
極めて著しい低下であった.R82Q 変異体と R82E 変異
するのに多くの労力がかかるのが欠点である.
体の甘味強度の違いも興味深い点であり,Arg82 の側鎖
部位特異的変異体によるソーマチンの甘味発現部位の
はソーマチンの強い甘味を決定づける要因であると考え
解析は,変異を行う部位としてまずソーマチン I と II と
られる.これまでのソーマチン I, II の高分解能構造解
で配列が異なる箇所に検討がなされた(9).その結果によ
析より,甘味発現に重要な 2 残基である,67 番目と 82
ると Ser63 と Arg76 の変異は甘味に影響を与えなかった
番目のアミノ酸残基の側鎖のフレキシビリティーが高い
が Lys67 の変異により甘味が減少した.K67E の場合,
ことが明らかとなっており,この揺らぎが甘味受容体と
植物ソーマチン I と比べ ∼ 50%, K67A の場合 20% 以下
の相互作用に重要な役割を果たしていると考えられる.
であった.そのほか Lys137, Asp113, Tyr169 の変異に
部位特異的変異体を用いた研究以前にはモノクローナ
より甘味が減少したとの報告がある.これら残基はいず
ル抗体を用いた甘味発現部位の探索もなされていた.
れもドメイン II とドメイン III が寄り合った位置に存在
ソーマチンに対して作成された抗体が,モネリンとも交
している(図 2)
.次に,ピリドキサール 5 リン酸による
差して反応し,その逆の現象(モネリン抗体もソーマチ
化学修飾の結果をもとに,酵母
を発現系と
ンと交差する)も確認されていた(12, 13).つまり抗体が
して検討がなされた(10, 11).まず重要性が指摘されてい
認識する部位が甘味発現部位であるとの発想から,双方
たクレフト構造を含む面に存在する塩基性アミノ酸残基
のエピトープの探索がなされた.その結果,この交差抗
に焦点が絞られ,変異体が作製された.リジン残基変異
体はソーマチンの 19-KGDAALDAGGR-29 と 77-CKRF-
体では特に K67A の甘味が 19.3 倍,K67E では 33.3 倍低
GRPP-84 を認識していた(図 2)
.このエピトープのな
下 し た(図 2)
. そ の ほ か の 変 異 体(K19A, K49A,
かには,アスパルテーム様の構造(Asp21-Phe80)が見
K106A, K163A)では 1.6 倍から 4 倍程度の甘味の低下で
いだされており,興味深いことに,ソーマチンの強い甘
あった.化学修飾の結果から重要性が示唆されていた
味を決定づける残基である Arg82 もこのペプチドのな
Lys106 の変異体 K106A では 3.1 倍の甘味低下に留まり,
かに含まれている.受容体と甘味タンパク質との相互作
先のピリドキサール 5 リン酸の化学修飾の結果(5.8 倍)
用には分子表面に存在する(ソーマチンの場合はクレフ
と少し結果を異とした.ピリドキサール 5 リン酸を用い
トが含まれる面)複数のアミノ酸残基が寄与していると
た化学修飾の場合,かさ高い芳香環がリジンの ε-アミ
考えられるので,抗体が認識する抗原決定基(エピトー
ノ基側鎖に導入されるため,リジンをアラニンに置換し
プ)とオーバーラップしていたのは,ごく自然な結果と
た部位特異的変異体と比べ,ほかのアミノ酸残基側鎖な
も捉えることもできる.
どに局所的な影響を与えることも考えられ,化学修飾と
部位特異的変異との実験結果について注意を払う必要が
2.
モネリンの特徴,甘味構造活性相関
あると考えられる.Lys106 の近傍に存在する塩基性ア
ソーマチンが一本鎖タンパク質であるのに対しモネリ
ミノ酸残基について立体構造上で検討すると,9Å離れ
ンは 44 アミノ酸からなる A 鎖と 50 アミノ酸からなる B
たところに Lys49 の ε-アミノ基が位置している.しかし
鎖が非共有結合したヘテロ二量体タンパク質である(図
ながら K49A 変異体では 3.1 倍程度の甘味低下であった
4).モネリンは非共有結合したヘテロ二量体であるため
ためほかの残基の関与が推測された.そこで塩基性アミ
加熱に対して極めて不安定である.モネリンは比較的小
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化学と生物 Vol. 52, No. 1, 2014
R70E(ArgA20)変異体では 100 倍から 25 倍甘味が低下
す る 結 果 と な り,Asp72(AspA22) を 含 む Arg86,
Arg70 で形成される領域が重要な役割を果たすことが
明らかとなった(17)(図 4).またモネリンの C 末端には
Pro-Val-Pro-Pro-Pro という連続したプロリン残基が分子
表面に存在する.これら Pro 残基を順次欠損させた変異
体を作製しその甘味強度を検討したところ,Pro 残基が
図 4 ■ モネリンの構造
モネリンは 44 アミノ酸からなる A 鎖と 50 アミノ酸からなる B 鎖が
非共有結合したタンパク質である.A 鎖を赤色,B 鎖を青色で示
してある.一本鎖モネリンは B 鎖の C 末端と A 鎖の N 末端を直接
結合させた SCM と B 鎖と A 鎖の間にグリシンとフェニルアラニン
の配列を挿入した MNEI が知られている.右図,モネリンの甘味
発現にかかわる残基 2 オーダー以上の甘味低下が見られた残基
(B 鎖:Ile6, Asp7, Ile8, Arg39, A 鎖:Arg36) を 赤 色 で,1 オ ー
ダー程度の甘味低下が見られた残基を青色で示す.C 末端の Pro‒
Pro-Pro 配列を水色で,変異により甘味が強まった残基 Tyr65(A
鎖 Y13)を黄色で示してある.
減少するにつれ甘味も減少することがわかった.この時
点では preliminary な CD 解析が行われ,わずかな 2 次構
造変化が見られたという報告であったが,近年,MNEI
変異体の X 線構造解析の結果から,この C 末端の Pro 残
基が甘味に与える影響についても議論されている(18).
また,SCM の変異体の解析より,Glu2(GluB2)
, Asp7
(AspB7), Arg39(ArgB39)の 3 残基が甘味にかかわり,
なかでも Asp7 と Arg39 の 2 残基に変異が導入されると
モネリンの 2 次構造および 3 次構造の安定性と甘味に影
さいタンパク質であるので,A 鎖,B 鎖のそれぞれのポ
響を与えると報告されている(19).
リペプチド鎖をペプチド固相化学合成し,両者を混合す
ることで再構成させたモネリンアナログを用いた解析が
3.
ブラゼインの甘味構造活性相関
行われている点がほかの甘味タンパク質と大きく異な
ソーマチン,モネリンなど甘味タンパク質の多くは塩
る(14).アスパラギン酸残基をアスパラギンに置換した
基性タンパク質であるが,ブラゼインは等電点が 5 の酸
アナログが作製され,甘味に与える影響が検討された結
性タンパク質である.甘味強度はショ糖に比べモル比で
果,B 鎖の 7 番目に存在する Asp を Asn に置換したアナ
4 万倍,重量比で 500 から 2,000 倍と報告されている.果
ログが甘味を消失した.このアナログは CD スペクトル
実中にはアミノ酸残基 54 残基と 53 残基の 2 種類のブラ
で天然モネリンと同様の波形を示した.AspB7 近傍の
ゼインが存在している.前者は 80% を占め,N 末端がピ
アミノ酸残基についても検討がなされ,IleB6, IleB8,
ログルタミン酸化されている.後者はピログルタミン酸
GlyB9 の重要性も指摘された(図 4).興味深いことに,
が欠如している.54 アミノ酸残基中,約 50% のアミノ
このモネリン B 鎖の甘味発現部位,Ile-Asp-Ile 配列は,
酸残基が極性アミノ酸残基である(Asp 5 残基,Arg 2
ソーマチンの配列 100 番目から 102 番目(Ile-Asp-Ile)に
残基,Glu 4 残基,His 1 残基,Lys 7 残基,Tyr 6 残基,
も存在している.ソーマチンの場合これら残基は分子内
Ser 2 残基).ブラゼインは甘味タンパク質のなかでは最
部に存在する β-ストランドに位置しており,直接甘味
も小さく(分子量約 6,500)
,分子内に 4 つのジスルフィ
受容体との相互作用には関与しないと思われるが,甘味
ド結合を有し,80 度,4 時間の加熱でも安定である(20).
発現に必須な立体構造保持に重要な役割を果たしている
ブラゼインの構造は NMR で決定され,3 つの逆並行 β-
可能性も挙げられる.この点については今後の検討課題
ストランドと一つの α-へリックスから構成されること
であると言えよう.
がわかった(図 1)
.また近年,分解能 1.8Åの X 線結晶
部位特異的変異体を用いた甘味発現部位の同定では,
構造解析もなされ,NMR で得られた構造との相違点も
2 つのペプチド鎖を遺伝子工学的手法により結合させた
指摘されている(21).ブラゼインの発現は staphylococcal
一本鎖モネリンが用いられている.立体構造上 A 鎖の N
nuclease を N 末端に融合させた大腸菌発現系や酵母発
末端と B 鎖の C 末端が近傍に位置しているため,A 鎖の
現系を用いて行われている.ブラゼインの甘味‒構造活
N 末端(Arg1)と B 鎖の C 末端(Glu50)を直接結合させ
性相関の研究においても多くの変異体が作製され,N 末
(15)
た 94 アミノ酸残基からなる SCM
と A 鎖と B 鎖の間
端と C 末端を含む領域と,Arg43 を含むフレキシブルな
にグリシンとフェニルアラニン 2 残基のスペーサを導入
ループがブラゼインの甘味発現にかかわることが報告さ
した 96 残基からなる MNEI の 2 種類の一本鎖モネリン
れた(22).後年さらに 25 種類の変異体を用いた解析によ
が作製された(16)(図 4).固相ペプチドによる構造活性
り,C 末 端 領 域 と,Asp29-Arg33, Glu36, Tyr39-Arg43
相 関 の 結 果 を 基 に 検 討 が な さ れ,R86E(ArgA36),
が甘味に大きく影響することが示された(23)(図 5).ま
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ことがわかった.また,これらそれぞれの残基の甘味に
対する貢献度について検討がなされ,Lys13 と Arg14 は
いずれかの残基があれば甘味を保持できるが,そのほか
の残基は相加的な役割を果たしているとの知見が得られ
ている(27).
甘味受容体
1999 年 cDNA サブトラクション法により,味覚組織
図 5 ■ ブラゼインの構造
に特異的に高発現している味覚関連遺伝子のスクリーニ
ブラゼインは 54 アミノ酸残基からなる.N 末端がピログルタミン
酸化されたバリアントが 80% を占める.甘味発現にかかわる残
基,Lys6, Lys30, Arg33, Glu36, Arg43, Tyr54 を赤色,Lys5, Tyr8,
Lys15, His31, Asp50 を青色で示す.部位特異的変異により甘味が
強くなった部位については黄色で示す.
ングが行われ,新規の 7 回膜貫通型の G タンパク質共役
型受容体(GPCR)遺伝子(T1R1, T1R2)がクローニン
グされた(28).その後,ヒトゲノムデータベースからヒ
ト第 1 染色体 1p36 領域にあたる BAC クローンの塩基配
列がスクリーニングされ,新規な遺伝子(T1R3)がク
た Lys18 と Ala19 間にジペプチド Arg-Ile を挿入すると,
ローニングされた(29∼32).T1Rs は GPCR ファミリーの
甘味が消失することが示され.ジペプチドの挿入で
サブグループ C に属するが,このグループの特徴として
Cys16-Cys37 のジスルフィド結合が変化し,間接的に
細胞外の N 末端部分が大きなドメインを形成している
Glu36 の構造に影響を与えていることが明らかとなって
ことが挙げられる(図 6)
.T1Rs はおよそ 500 アミノ酸
いる.近年,His31, Glu36, Glu41 をそれぞれ Arg, Asp,
残基からなる細胞外ドメイン(NTD), その下流に 50 ア
Ala に置換した 2 残基変異体(H31R-E36D, H31R-E41A,
ミノ酸残基ほどのシステインリッチ領域(CRD)を有
E36D-E41A)
, 3 残基変異体(H31R-E36D-E41A)が作製
し,さらに 300 アミノ酸残基からなる C 末側膜貫通領域
され,いずれも wild-type に比べ甘くなると報告されて
(TMD)を有する(図 6)
.その後の研究により,T1R1-
いる(24).また高分解能 NMR により,甘味に寄与する
T1R3 のヘテロ二量体はうま味受容体を T1R2-T1R3 のヘ
Tyr11 の温度依存的な構造変化を追跡した興味深い報告
テロ二量体は甘味受容体を形成することがわかっ
(25)
もある
た(33, 34).甘味受容体 T1R2-T1R3 は,糖類,アミノ酸,
.
ペプチド,合成甘味料,甘味タンパク質を認識する.以
ほかの甘味タンパク質の構造活性相関
4.
これまで,ソーマチン,モネリン,ブラゼインについ
下に主な甘味物質について受容体上での結合,応答に係
る部位について概説する.
て甘味構造活性相関について紹介してきたが,そのほか
にマビンリン,ネオクリン,リゾチームが甘味を呈す
る.マビンリンについては 2008 年に立体構造が決定さ
低分子甘味物質の受容体結合部位の探索
れ,ほかの甘味タンパク質とは異なり,β-ストランドを
甘味物質は糖類から合成甘味料,甘味タンパク質にい
含まず α-へリックスのみから構成されることがわかっ
たるまで構造特性は大きく異なる.これまでの実験結果
た(図 1).しかしながら,変異体作製による甘味部位
から甘味物質に対する応答は生物種によって異なること
の同定,構造活性相関の観点からの研究はまだ十分な結
が知られている.代表例としてマウスやラットなどの
果を得られていない.ネオクリンについては,それ自身
げっ歯類は,ヒトが甘味を感じることのできる甘味タン
甘味を呈するが,酸味を呈する物質を味わうと甘味に変
パク質(ソーマチン,モネリン,ネオクリン,ブラゼイ
える「味覚修飾タンパク質」であり,すでにその観点か
ン)や合成甘味料のアスパルテーム,ネオテーム,シク
ら多くの変異体の検討がなされており,これらについて
ラメートなどを認識しない.一方でシュクロースやグル
(26)
は,総説を参照されたい
.リゾチームについても,
コースなどはヒトを含めげっ歯類も感知することができ
多くの化学修飾体,部位特異的変異体が作製され,溶菌
る.そこでこの種間の甘味物質に対する感受性の違いを
活性に重要な残基 Glu35 と Asp52 が存在する面とは反対
利用して,ヒト由来甘味受容体やマウス由来甘味受容体
の面に散在している 5 つの塩基性アミノ酸残基(Lys13,
を HEK293 細胞などの培養細胞で強制発現させ,甘味物
Lys96, Arg14, Arg21, Arg73)が甘味発現に重要である
質にどのような応答性を示すのかを調べることにより,
28
化学と生物 Vol. 52, No. 1, 2014
図 6 ■ 甘味受容体
上図:甘味受容体のサブユニットは
およそ 500 アミノ酸残基からなる細
胞外ドメイン(NTD), その下流に 50
アミノ酸残基ほどのシステインリッ
チ領域(CRD)を有し,さらに 300 ア
ミノ酸残基からなる C 末側膜貫通領
域(TMD) を 有 す る.Cartoon 図 は
グルタミン酸受容体(2e4u)アドレ
ナリン受容体(3p0g)の構造をもと
に,modeller(9.10)を用いて作製し
た.下図:Wedge model.ドメイン
の 配 置 が「Open」 型(左) と
「Closed」型(右)の平衡状態にあり,
リガンド存在下では活性状態を示す
「closed-open/A」 の 構 造(右 側) に
なる.低分子甘味物質の場合,結合
部位に結合し活性型となるが,甘味
タンパク質の場合,低分子甘味物質
の 結 合 部 位 で は な く, 受 容 体 に 楔
(wedge)を打ち込むような様式で活
性状態になる.
受容体のどの領域が甘味物質の結合や応答に関与してい
る の か 検 討 さ れ た. ヒ ト 型 T1R2-T1R3 は, ラ ッ ト 型
T1R2-T1R3 で 応 答 性 が 見 ら れ な い ア ス パ ル テ ー ム や
ソーマチン,モネリンなどの甘味タンパク質に対して応
答が見られた.次にヒト型 T1R2 とマウス型 T1R3 を組
合せた受容体(hT1R2-mT1R3)を作製し,応答性を検
討したところ,マウス型 T1R2-T1R3 に対して応答が見
られなかったアスパルテームに対し応答が見られたこと
から,アスパルテームの応答はヒト型 T1R2 が必要であ
ることが示唆された(35).この結果については T1R2 遺伝
子をノックアウトしたマウスに,ヒト型の T1R2 遺伝子
を導入すると,本来マウスが感じえない甘味物質(モネ
リン,ソーマチン,アスパルテーム,アセスルファム
K,グリチルリチン)に対して反応を示した
図 7 ■ 甘味受容体と甘味物質の相互作用部位
で
ス)との応答に関する受容体のアミノ酸残基が詳細に特
の実験によっても検証されている(36).次に受容体内の
定されており,アミノ酸誘導体,スルファミン酸類,糖
応答に係わる領域をさらに特定するため,ヒトとラット
アナログの 3 種の構造が異なる甘味物質がどのような選
の T1R2,T1R3 遺 伝 子 か ら N 末 端 側 細 胞 外 ド メ イ ン
択性で受容体の応答に寄与しているか精緻に検討が行わ
(NTD)と C 末端膜貫通ドメイン(TMD)を置換したキ
れている(38).一方シクラメートはヒト型 T1R3 の TMD
メラレセプターを作製し,検討したところ,アスパル
が関与していることが同様の実験で示されている.以上
テームとネオテームの応答にはヒト型 T1R2 の NTD が
のことから,甘味受容体 T1R2-T1R3 には多くの甘味物
(37)
必要であることが示された
(図 7)
.さらに,ヒト由
質に対するリガンド結合部位が存在し,さまざまな構造
来 T1Rs の ア ミ ノ 酸 配 列 と マ ウ ス お よ び ラ ッ ト 由 来
をもつ甘味物質に対して幅広く対応していると考えられ
T1Rs のアミノ酸配列とを比較し,ヒトのアミノ酸配列
る.
を基に受容体の点変異体を作製し検討がなされた.その
結果アスパルテーム,ネオテームに対する応答には,ヒ
ト T1R2 の Ser144 および Glu302 が重要であることが示
甘味タンパク質の甘味受容体応答部位の探索
された.さらに近年,T1R2-T1R3 の甘味受容体モデル
先述の種間の甘味物質に対する感受性の違いを利用
を用い,低分子甘味物質(アスパルテーム,D-トリプト
し,モネリンの応答には T1R2 が,一方ブラゼインは
ファン,サッカリン,アセスルファム K,スクラロー
T1R3 が関与していることが見いだされた(39).さらにブ
化学と生物 Vol. 52, No. 1, 2014
29
ラ ゼ イ ン の 認 識 に は ヒ ト T1R3 の CRD に 存 在 す る
Asp68 に着目し変異体を作製した.その結果,グルタミ
Ala537 と Phe540 が関与していることが明らかとなっ
ン酸に置換した変異体(M42E, Y63E, Y65E)や D68R 変
た.また,この部位における変異体が,わずかではある
異体はいずれも甘味が減少した.一方,アルギニンに置
が低分子甘味料(ショ糖,D-トリプトファン,サッカリ
換した変異体(M42R, Y63R)も甘味が減少したが,正
ン,アスパルテーム)やモネリンに対する受容体活性に
電荷を増加させる置換よりも負電荷を増加させる置換の
影響を与えていたことから,T1R3 の CRD が甘味受容体
ほうが甘味に与える影響が強い傾向があった.一方,
として機能するうえで重要な役割を担っていると示唆さ
Y65R 変異体では wild-type より 1.6 倍ほど甘味が強くな
れている.また,ネオクリンの応答にはヒト T1R3 の
る結果となった.このように受容体とのドッキングモデ
NTD が(40),ソーマチンの応答にはヒト T1R3 の CRD が
ルを用いることで,さらに甘いタンパク質をデザインす
かかわっていると示唆され,近年 CRD 中の 5 つのアミ
ることも可能であると期待される.しかしながら相当数
ノ酸残基が応答に重要な役割を担うとの結果が得られて
の変異体タンパク質やアナログの構造活性相関の結果を
(41, 42)
いる
(図 7).
もとに受容体のモデル構造の有用性が導き出されている
のも現況である.
甘味受容体モデルを用いた甘味タンパク質とのドッ
キングシミュレーション
こ の wedge model と は 別 に, ブ ラ ゼ イ ン 変 異 体 の
データを参照にして受容体とのドッキングシミュレー
T1Rs は現時点でそれらの立体構造は決定されていな
ションが行われ,ブラゼインは T1R2 の NTD にも結合
いが,甘味受容体と同じファミリーに属する代謝型グル
しうることが示された(44).さらに「より甘い」ブラゼ
タミン酸受容体(mGluR)については構造が決定されて
イン変異体の作製も試みられている(44).甘味が強く
いる.グルタミン酸受容体はホモ二量体からなり,N 末
なった変異体(E41A, D50K, D29A/E41K, D29N/E41K,
端側にある LB1 と LB2 ドメインの間にグルタミン酸を
D29K/E41K)ではそれらアミノ酸残基の側鎖は受容体
結合する.通常リガンド物質非存在下では,ドメインの
モデル上では酸性アミノ酸と相互作用すると考えられる
配置が「Open」型と「Closed」型の平衡状態にあり,リ
ため,電荷の反発を減少させる変異により甘味が強くな
ガンド存在下では活性状態を示す「closed-open/A」の
る.また Y54W の変異により甘味が強くなるのは,54
構造に,アンタゴニスト存在下では非活性状態である
番目の側鎖が受容体の疎水ポケットと相互作用する環境
「open-open/R」に柔軟に構造を変化させる(図 6).こ
下にあり,より疎水性が増加する変異が甘味増加に適し
の構造を鋳型として T1R2-T1R3 のモデルが構築され,
ていると考えている.しかしながら,D40A や D40K の
甘味物質との応答や活性化モデルが提唱されている(43).
変異体では,結果として甘味が増加したが,この残基は
こ の モ デ ル で は, 甘 味 タ ン パ ク 質 の 正 電 荷 部 位 と,
受容体と直接相互作用しているとは考えられておらず,
T1R3 細胞外ドメイン中央部の負電荷部位とが静電的相
変異を行うことでブラゼイン自身の局所構造を安定化さ
互作用することによって,T1R2-T1R3 の活性化状態を
せることにより甘味が増加したとの見解をしている.近
安定化している.甘味タンパク質間には配列相同性や構
年,ブラゼイン変異体と甘味受容体との相互作用につい
造類似性はないが,その表面上にくさび(wedge)の様
ては,ブラゼイン,受容体双方の部位特異的変異体によ
な構造的特徴をもち,T1R3 中央部に大きくはまり込む
る解析も試みられており,甘味タンパク質のなかでは最
ことができる.この甘味タンパク質‒甘味受容体の結合
も 構 造 活 性 相 関 の 情 報 が 多 い タ ン パ ク 質 で あ る(45).
モデルは“wedge model”と呼ばれている(図 6)
.甘味
ソーマチンの場合も,同様にドッキングシミュレーショ
タンパク質の研究において,甘味発現に関与しているア
ンがなされたが,モネリン,ブラゼインに比べ変異体の
ミノ酸残基は,甘味タンパク質分子表面上の比較的広い
情報がまだ少なく,精度高い相互作用解析は困難な状況
範囲に存在していることが明らかになっており,甘味受
下にある(46).多くの甘味物質は T1R2 の NTD 領域と相
容体との相互作用には分子表面の広い範囲が関与すると
互作用する一方で,ソーマチン,ブラゼインの応答には
いう wedge model を間接的に支持するものとなって
ヒト T1R3 の CRD 領域,ネオクリンは T1R3 の NTD 領
いる.モネリンの甘味発現について受容体とのドッキン
域が重要であると報告されており(図 7),T1R3 は新規
グシミュレーションに基づき検討がなされた(18).受容
甘味料創出のターゲットとなり得る可能性を秘めてい
体と相互作用すると予測される面の縁に存在する
る.
Met42(Met42B)
, Tyr63(TyrA11)と,中央に位置し
受容体モデルから予想される結果と受容体発現細胞を
て い る Tyr65(TyrA13)
, 甘味に寄与する酸性残基
用いた応答実験の結果との間には,検討を要する点が
30
化学と生物 Vol. 52, No. 1, 2014
多々ある.たとえば分子量の大きいタンパク質が,本当
に細胞膜に近い CRD 領域と相互作用しているのか,単
に情報伝達過程に影響を与え応答性を変化させているの
ではないかという点である.また,受容体モデルで用い
られる mGluR がホモ二量体であるのに対して,甘味受
容体がヘテロ二量体であり,かつそれらの配列の相同性
が 26% 程度であることを鑑みると,現行のモデルが実
際の構造を厳密に反映しているかという点である.いず
れにせよ甘味受容体の構造が明らかになり,各甘味物質
に対する受容認識機構が明らかになることが待たれる.
おわりに
本稿では甘味タンパク質ソーマチンを中心に甘味タン
パク質の構造,甘味活性相関を中心に述べてきた.ソー
マチンは単に甘味を呈するだけでなく,苦味や渋味を抑
制する作用や,風味を増強する作用をもつことも知ら
れ,非常に興味深いタンパク質であり,これら多彩な機
能についても筆者らは研究を開始している.甘味受容体
の発見以降,甘味物質がどのように受容体を活性化し,
「甘い」という情報を伝達しているかについて多くの研
究がなされているが,甘味受容体をはじめとする味覚受
容体が舌上だけでなく,消化管などにも発現しており,
消化管ホルモンの分泌制御,トランスポーターの発現に
も深く関与していると報告されている(47∼49).今後甘味
タンパク質の詳細な構造情報をもとに受容体の活性化機
構を精査することで,新規な甘味料のデザインも可能に
なるかもしれない.さらにタンパク質は糖類に比べ低カ
ロリーであり,ショ糖代替甘味料の可能性をも有してい
る.しかしながら,ショ糖特有の味質や物性をもつ甘味
料は,再現されておらず,今後新規な甘味料をデザイン
するうえで重要な検討課題であると言えよう.
謝辞:本総説で紹介したソーマチンの構造解析の一部は大型放射光施設
SPring-8(BL26B1, BL38B1) で 行 わ れ た(課 題 番 号:2009A1096,
2009B1379, 2010B1064, 2011B1073, 2012A1048, 2012B1067).
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プロフィル
桝田 哲哉(Tetsuya MASUDA) <略歴> 1994 年京都大学農学部食品工学
科卒業/1996 年同大学院農学研究科食品
工学専攻修士課程修了/1998 年同大学食
糧科学研究所助手/2001 年同大学大学院
農学研究科食品生物科学専攻助手/2006
∼ 2007 年カリフォルニア大学ロスアンゼ
ルス校医学部客員研究員/2007 年京都大
学大学院地球環境学堂助教(併任)/2012
年同大学大学院農学研究科食品生物科学専
攻助教<研究テーマと抱負>味覚関連タン
パク質の構造生物学的解析,食品(タンパ
ク質,糖類)の受諾性,構造特性を明らか
にしたいと思っていますが“甘く”ないで
す<趣味>迷酒と珍味を楽しむ(健康に気
をつけながら).寺社探訪(健康祈願).熱
帯魚飼育(飼い主に似て小太りです)
化学と生物 Vol. 52, No. 1, 2014
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