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本文は - 化学と生物
生 物 コ ー ナ ー 高病原性鳥インフルエンザに対する粘膜ワクチンの開発 発生の際には,9 県 24 農場の185 万羽の そのため,野外において現行の不活化 鶏が防疫のために殺処分された.しか AI ワクチンを使用した場合,HPAI ウ し,このような防疫対応は家畜衛生に イルスに感染したワクチン接種鶏は症 かかわるさまざまな社会資本を必要と 状を呈すことなく,呼吸器または消化 し,また,防疫措置にかかる経済的な 器から HPAI ウイルスを排泄して感染 pathogenic avian influenza ; HPAI) 負担が甚大であることから,多くの発 を広げる可能性がある.第二に,現行 とは,家畜伝染病予防法において「国 展途上国では実行が難しい.そのため, の不活化 AI ワクチンは一羽ごとに筋 際獣疫事務局(OIE)が作成した診断 H5N1 亜型ウイルスが常在化し HPAI 肉内または皮下に接種するため,多頭 基準により HPAI ウイルスと判定され が継続的に発生している中国,インド 羽への投与が難しい.実際,ワクチン た A 型インフルエンザウイルスの感 ネシア,ベトナム,エジプトでは,ワ の大規模な予防接種を行っている国々 染による家禽(鶏,あひる,うずら, クチンの大規模な予防接種が試みられ では,HPAI の流行を抑えるために必 きじ,だちょう,ほろほろ鳥,七面鳥) ている. 要とされる 60 ∼ 80% の接種率を達成 家禽における高病原性鳥インフルエン ザ 高病原性鳥インフルエンザ(highly の疾病」と規定されている.臨床的に できていない. は,HPAI ウイルスは感染鶏の全身の 臓器で爆発的に増殖し,しばしば症状 を示さずに数日のうちに感染鶏を死に 至らしめることが多い.同時に,HPAI そこで,現在,摘発淘汰と平行して 現行の鳥インフルエンザワクチンの問 題点 用いることができるワクチンとして, 呼吸器粘膜での抗体産生を誘導するこ とで AI ウイルスの感染そのものを阻 ウイルスは感染鶏の鼻汁,痰,糞など 現在,広く用いられている AI ワク 止し,かつ,多頭羽の家禽に省力的に に大量に排泄され,容易に周辺の鶏に チンは,不活化した AI ウイルスにオイ 接種できる粘膜ワクチンの開発が求め 伝播する. ルアジュバントを添加した不活化ワク られている. HPAI は従来まれな疾病であった. しかし 2003 年以降,H5N1 亜型 HPAI チンである.不活化 AI ワクチンを筋 肉内または皮下に接種すると,抗原で ウイルスが中国から東南アジア,ヨー ある AI ウイルス表面の赤血球凝集素 ロッパ,アフリカの家禽に広がり,家 (hemagglutinin ; HA) に 対 す る 抗 体 禽産業に甚大な経済的被害を与えてい が血清中に産生され,AI ウイルスの る.さらに,H5N1 亜型ウイルスが家禽 感染による発症や斃死を防ぐとともに, のためには,AI ウイルスの侵入門戸で からヒトへ伝播して高い死亡率を示す 感染家禽の呼吸器および消化器からの ある呼吸器粘膜における免疫機構を理 事例が多発し,パンデミックの発生に AI ウイルスの排泄量を減らすことが 解することが必要不可欠である.しか つながる可能性があるとして注視され できる.しかし,現行の不活化 AI ワ し,鳥類における粘膜免疫機構の研究 て い る. こ の た め, 家 禽 に お け る クチンには大きな問題がある. は,哺乳類におけるそれに比べてずいぶ HPAI の防疫は,家畜衛生および公衆 衛生にとって重要な課題である. HPAI に対する防疫対応の基本は, 第一に,現行の不活化 AI ワクチン は血中抗体の産生を惹起するものの, 鶏における粘膜免疫機構の特徴 家禽に使用する粘膜ワクチンの開発 ん立ち後れている.そこでわれわれは, 鶏の眼鼻部位の粘膜付随リンパ組織 AI ウイルスの侵入門戸である呼吸器 (mucosa-associated lymphoid tissue ; 発生農場のすべての家禽の迅速な殺処 粘膜での抗体の産生を惹起しないため, MALT)の解剖学的特徴を調べた. 分である.国内での 2010 ∼ 2011 年の ウイルス感染そのものを阻止しない. 化学と生物 Vol. 52, No. 8, 2014 鶏の眼窩には 2 つの腺組織が存在し 549 図 1 ■ ニワトリハーダー腺における IgA 含有細胞.FITC 標識の間接蛍光抗体法 a:IgA 含有細胞(矢印)は導管(D)の上皮下に認められる.Bar:50 μm.b:図 1a の強 拡大写真.染色強度は,比較的弱いもの(矢印)から強いものまで存在する.Bar:20 μm. ており,内眼角寄りに位置するものを めに鼻腔粘膜には鼻粘膜付随リンパ組 副涙腺すなわちハーダー腺と呼ぶ.鶏 織(nasal-associated lymphoid tissue ; のハーダー腺は,眼球表面の保護や眼 NALT)が発達し,鼻腔の大部分を 瞼および瞬膜の潤滑のための分泌を行 覆っている呼吸上皮および眼窩と鼻腔 う外分泌腺であるが,その間質には多 を結ぶ鼻涙管の粘膜上皮の下には胚中 . 数の形質細胞が集積している(図 1) 心を伴うリンパ球の集積がしばしば認 ハーダー腺の IgG 含有細胞は間質の全 められる.これらのリンパ球の集積を 域,とりわけ中心部に分布する傾向に 構成する細胞の多くは,T 細胞マー ある.これに対して IgA(図 1a,矢印) カ ー で あ る CD8 ま た は CD4 に 陽 性 および IgM 含有細胞は,間質の周縁に 反応を示す細胞群であり,とりわけ 散在して分布する傾向にある(1).一方, CD4 +細胞は胚中心の周縁に多く認め 鶏の鼻腔組織は,鼻腔,眼窩下洞(副 られる.免疫グロブリンを含む B 細胞 鼻腔,眼窩下洞,鼻涙管には,それぞ 鼻腔)および鼻涙管ならびに外側鼻腺 群も鼻腔および鼻涙管の粘膜上皮下に れ MALT が発達していることが示さ などの腺組織から構成される(図 2). 認められるが,T 細胞群に比してその れ,鶏ではワクチン抗原を点眼または 眼窩下洞は鼻腔の後位にあって,著し 数は少ない.眼窩下洞の粘膜上皮下に 経鼻投与することで眼鼻部位の MALT く広がる副鼻腔を構成しており,外鼻 は,CD8 +細胞が主に分布しており, を刺激し,呼吸器粘膜における免疫応 孔からの吸気と広範囲で直接に接す 免疫グロブリンを有する B 細胞群はま 答を惹起できる可能性が示唆された. る.そのため鶏の鼻腔組織は,吸気中 れである.外側鼻腺の導管には,CD8+ に含まれる微生物の侵入による感染症 細胞が広く分布して認められるととも を引き起こしやすい.これに抗するた に免疫グロブリン含有細胞も多く分布 550 図 2 ■ ニワトリ鼻部の横断面(左側のみを 示す) 2 週齢白色レグホン種.HE 染色.IOC : 眼 窩 下 洞(副 鼻 腔),NC: 鼻 腔,NL: 鼻 涙 管. している(2). このように,鶏の眼鼻部位の眼窩, 化学と生物 Vol. 52, No. 8, 2014 AI ウイルスを 2 回点眼接種したところ, 鳥インフルエンザに対する粘膜ワクチ ンの開発 およそ 90% の鶏において血清抗体の 産生が見られ,その血清抗体価はおよ おわりに そ 80 倍に上昇した.また,ワクチン 2003 年以降世界的に広がったアジ ヒトにおいては,不活化インフルエ 接種鶏の咽喉頭スワブ中にはウイルス ア型 H5N1 亜型 HPAI ウイルスは,そ ンザウイルス全粒子を経鼻接種するこ 特異的 IgG が検出された.これらの鶏 の後 10 年を経た現在,一部地域では とにより NALT を刺激し,呼吸器粘 を HPAI ウイルスで攻撃したところ, 常在化してしまっている.このような 膜に抗体の産生を惹起し,防御免疫を およそ 90% の鶏が生残した. 状況を打開するためには,これまでに 付与できることがよく知られている. さらに,われわれは哺乳類において ない新しい技術に基づく防疫対策の再 そこで,われわれは不活化 AI ウイルス 有効な粘膜アジュバントである CpG 構築が必要である.このため,われわ 全粒子を鶏に点眼または経鼻接種する オリゴデオキシヌクレオチドまたはコ れは鶏の眼鼻部位の MALT の特徴に ことにより,呼吸器粘膜に抗体の産生 レラトキシンを添加することにより, ついてさらに詳細に調べ,その知見を を惹起し,HPAI に対する防御免疫を 点眼ワクチンの免疫誘導能を高めるこ 基に,より防御効果が高く,かつ,噴 付与できるか否かを検討した(3).その とを試みた.しかし,これらの粘膜ア 霧やスプレーなどにより省力的に接種 結果,10 HA 単位の不活化 AI ウイル ジュバントは鶏において顕著な効果を できる実用的な粘膜ワクチンの開発を スを 2 回点眼接種したところ,およそ 示さなかった. 進めている. 3 70% の鶏において血清抗体の産生が見 これらの結果から,鶏において呼吸 られ,その血清抗体価(赤血球凝集阻 器 粘 膜 で の 抗 体 の 産 生 を 惹 起 し, 止力価)はおよそ 10 倍であった.こ HPAI に対する防御免疫を付与するた れらの鶏を 100 LD50 の HPAI ウイルス めには,哺乳類とは異なり,不活化 で攻撃したところ,およそ 70% の鶏が AI ウイルス全粒子の点眼接種が有効 生残した.一方で,同量の不活化 AI ウ であることが示された.また,哺乳類 イルスを 2 回経鼻接種しても血清抗体 で粘膜ワクチンに用いられるアジュバ の産生は見られず,HPAI ウイルスの ントは,鶏では効果が期待できないこ 攻撃に対してすべての鶏が斃死した. とも明らかにされた.このため,鶏で 次に,われわれは不活化 AI ウイル 使用する粘膜ワクチンの開発には,鶏 スを増量することにより,点眼ワクチ の粘膜免疫機構の構造と機能を理解す ンによる防御効果を高めることを試み ることが重要であることが改めて確認 4 た.その結果,10 HA 単位の不活化 化学と生物 Vol. 52, No. 8, 2014 1) K. Ohshima & K. Hiramatsu : , 34, 129(2002). 2) K. Ohshima & K. Hiramatsu : , 15, 713(2000) . 3) H. Hikono : , 151, 83(2013) . (彦野弘一 *1,平松浩二 *2,白井千亜 希 *2,原田裕太 *2,西藤岳彦 *1,*1 農 業・食品産業技術総合研究機構動物 衛生研究所インフルエンザ・プリオ ン病研究センター,*2 信州大学農学 部食料生産科学科動物生体機構学研 究室) された. 551 プロフィル 彦野 弘一(Hirokazu HIKONO) <略歴> 1992 年東京農工大学農学部獣医 学科卒業/同年農林水産省家畜衛生試験場 (現 農業・食品産業技術総合研究機構動物 衛生研究所)入所/2003 年東京大学より獣 医学博士号取得/同年米国 Trudeau 研究所 訪問研究員/2006 年農研機構動物衛生研究 所次世代製剤開発チーム主任研究員/2014 年同研究所インフルエンザ・プリオン病研 究センター領域長補佐(上席研究員)<研 究テーマと抱負>鳥インフルエンザに対す るワクチンの研究を通して社会に貢献した い<趣味>映画を映画館で観ること 平松 浩二(Kohzy HIRAMATSU) <略歴> 1989 年名古屋大学大学院農学研 究科博士課程後期修了/同年エーザイ株 式会社研究開発本部安全性研究部/1991 年信州大学助手農学部/1995 ∼ 1996 年日 本学術振興会「中核拠点への派遣研究者」 (連 合 王 国 Liverpool 大 学 生 理 学 部 門)/ 1999 年信州大学助教授農学部/2006 年同 大学准教授農学部/2009 年同大学教授農 学部/2014 年同大学学術研究院(農学系) 教授,現在に至る<研究テーマと抱負>研 究テーマ 1.ニワトリにおける GLP-1 分泌 制御機構の解明,研究テーマ 2.ニワトリ の眼鼻部位における局所免疫機構の解明. 研究におけるキーワードは,「食べる」で す.なぜ食べるのか,いかに食べるのか, 何を食べるのか…<趣味>愛犬たち(チワ ワ,M ダックス)と遊ぶこと,映画鑑賞 (ルキノ・ヴィスコンティ監督作品のファ ンです) 552 白井千亜希(Chiaki SHIRAI) <略歴>信州大学農学部食料生産科学科動 物生体機構学研究室所属 原田 裕太(Yuta HARADA) <略歴>現在,信州大学大学院農学研究科 食料生産科学専攻動物生体機構学研究室所 属 西藤 岳彦(Takehiko SAITO) <略歴> 1985 年北海道大学獣医学部獣医 学科卒業/1987 年同大学大学院獣医学研究 科修士課程修了/同年日本ロシュ研究所毒 性病理部/1991 年 7 月同退社/同年 8 月米 国テネシー州 St. Jude Children s Research Hospital 研究員/1994 年 4 月神戸大学農学 部応用動物学科助手/同年 6 月北海道大学 獣医学研究科より獣医学博士号取得/1997 年国立感染症研究所/2005 年動物衛生研 究所主任研究官/2009 年同研究所人獣感 染症研究チーム上席研究員/2010 年同研 究所人獣感染症研究チームチーム長(上席 研究員)/2011 年同研究所ウイルス・疫学 研究領域領域長補佐(上席研究員)/2013 年同研究所インフルエンザ・プリオン病 研究センター領域長補佐(上席研究員)/ 2014 年同研究所インフルエンザ・プリオ ン病研究センターセンター長/2008 年 10 月より岐阜大学大学院連合獣医学研究科客 員教授<研究テーマと抱負>アジアの高病 原性鳥インフルエンザ制御を目指して,ウ イルスの生態,病原性解明,ワクチン開発 に取り組んでいます<趣味> TV 鑑賞 化学と生物 Vol. 52, No. 8, 2014