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Page 1 京都大学 京都大学学術情報リポジトリ 紅
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寛容と規律化 : 近代的市民権とマルチカルチュラリズム
三谷, 尚澄
京都大学文学部哲学研究室紀要 : Prospectus (2001), 4: 4864
2001-12-01
http://hdl.handle.net/2433/50682
Right
Type
Textversion
Departmental Bulletin Paper
publisher
Kyoto University
寛容 と規律化
近代的市民権 とマルチカルチ ュラ リズム
三谷
尚澄
1. <ウィス コンシン州 V. ヨーダー>のつ きつけるもの
1
970年代初頭 、ア メ リカ合衆国 ウィス コンシン州 、グ リー ンカ ン トリー に居住す るア-
ミッシュ、 ジ ョナ ス ・ヨー ダー、ワアラス ・ミラー 、アデ ィン ・ユー ツイーの 3人 は、同
年生の児童t
を学校 か ら退学 させ 、
派の教義 に従 い、コ ミュニテ ィー の一員 である小学校 8
コ ミュニテ ィー 内での集 団生活 に専念す る道 を選択 させ た。それ に対 し、同地区の公 立学
校行政担 当官 は7歳 か ら16歳 の児童 の学校教育- の出席義務 を命 じるウィス コンシ ン州 法
(1
969年制定)に則 りヨー ダ-以下三人 を告訴。告訴状 を受理 した グ リー ンカ ン トリー地
方裁判所 は、州 法違反 の罪 で被告人 に有罪 を宣告 、罰 と して各人に5ドル の罰金 を命 じた2。
有罪判決 を うけて、ヨーグ ー以下三人は地方裁判決 を ウィス コンシン州最 高裁-上告。
ウィス コンシン州法 に よる学校-の出席命令 は、宗教団体 の設 立に対す る議会の 中立を定
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、お よび第 1条の州 レベル-の適用 を定め る同第
め る修正憲法第 1
条(TheFi
1
4条の精神 に違反す る、とい うのが被 告人の上告理 由で あった。審理 は ウィス コンシン州
最 高裁 か ら合衆 国連 邦最 高裁 - とひ きつ がれ 、最 終的 に、連 邦最 高裁 がア- ミッシュの
人 々の要求 を受 け入れ た ウィス コンシン州最高裁 の判決 を承認す る形で、審理 は決着す る
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一連 の審理 にお いて何 が問題 とされ ていたのか を理解す るた めに も、まず 、ア- ミッシ
ュの人々が どの よ うな理 由に基づ い て子供 達 に退学 の道 を選 ばせ たのか を明確 に してお
くこ とが 必 要 で あ ろ う。 ウ ィス コ ン シ ン州 最 高 裁 に対 す る連 邦 最 高 裁 の裁 量 上 訴 文
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)に よれ ば、ア- ミッシュの人 々の主張 は こ うであるo
1
6世紀 スイ スの再洗礼派 に淵源 し、制度化 され た教会や物質的 な繁 栄の強調 を拒 否
しつつ 、簡 素 な初期 キ リス ト教の姿に立 ち返 る事 を主張す るア- ミッシュの教 えは、
1
5歳)
、バ-バラ ・ミラー
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5歳)
、ヴァ-モン ・ユーツイー (
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以下、<ウィスコンシン州 V・ヨーダーー
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mlに掲載の連邦最高裁判例 406US.
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寛容 と規律化
他人 と競争す る精神 を否定 し、世間か ら離れ た コ ミュニテ ィーの中で農業 を中心 と し
た穏やか な生活 を送 ることを重視す る。 しか し、合衆国 における現行の高校教育では、
世間での成功 につなが るよ うな知性 、個 人の 自立、科学的/技術的知織 、他者 との競
争の精神 の重要性 が強調 され 、それ らの教育は知識 よ りも知恵 、個人の 自立 よ りもコ
ミュニテ ィーの福祉 、そ して近代的世俗社会 との統合 よ りは分離 を強調す るア- ミッ
シュの教義 に反 してい る。 こ ういった、勉強や スポー ツでの競争 を強調す る環境での
教育を継続す るこ とは、子供 達が神 による救済の道か ら外れ た道 を歩みつづ けるこ と
を意味す る し、また、そ うい ったア- ミッシュの信念 に敵対的な環境 で身体的 に も感
情的に も多感 な青年期 をす ごす ことは、ア- ミッシュの子供達の心に近代化 され た都
会的な暮 ら し-の憧れ等余計 な心理的葛藤 を引き起 こ し、最悪の場合、子供達の コ ミ
ュニテ ィ-か らの離脱 を促す危険 さえ考 え られ る。 そ ういった意味 で、公 立であれ 私
立であれ 、高校 - の出席 の強制は、ア- ミッシュの宗教お よびその生活様 式に反す る
ばか りか 、子供達の宗教的生活様式-の統合 を阻害 し、最終的にはア- ミッシュの コ
ミュニテ ィを崩壊 させ る脅威 として しか作用 しない。 それ故、 このまま子供達 を地域
の学校- と通学 させつづけるな らば、ア- ミッシュの人々は信仰 を放棄 して多数派社
会- と同化 され るか、 よ り寛容 な土地を求めて移 民 となる道 を選ぶ しかな くなって し
ま うことにな る。 これ が、ア- ミッシュの子供 た ちを学校- と通学 させ ない ことの理
由なのだ -・
。
以上がア- ミッシュの人々の主張であるが、原告 である ウィスコンシン州や最高裁 の見
解 に反対す るダグラス判事の主張文 にみ られ るよ うに、そ こには、近代の社会 を大 き く特
徴付 ける リベ ラ リズムの精神 と真 っ向か ら対立す る、非常に大きな論点が含 まれ ている。
つ ま り、その よ うな主張を受 け入れ ることは、ア- ミッシュの子供達が 自ら望んでア- ミ
ッシュでない生 き方を選択す る権利 、つ ま り、個人が 自らの生活様式 を自由に選択す る権
利 とい う、リベ ラ リズムの伝統 ない し合衆国憲法の定める最大の 自由な り権利 の侵 害 を意
味 してい るよ うに思われ るのであるO共同社会の中にある成 員が、伝統的社会 を離脱 して
個人になろ うと した ときの悲劇。--ゲル な らば、それ を、ソフォク レスの語 るア ンチ ゴ
ネ-の悲劇 に託 しつつ、「
人間の掠」 と 「
神 々の提」 の対 立 と呼んだであろ う3。
ア- ミッシュの人 々が提示 した問題 は、い うまで もな く、急速に近代化の進行す る社会
の中で、絶滅 の危機 に瀕 したマイ ノ リテ ィ文化 を どの よ うに保護すればよいのか、とい う
マルチカル チ ュラ リズムに関わ る問題であ る。それ も、単に存続の危機 に瀕 したマイ ノ リ
テ ィ文化の存続 とい う問題 ではな く、マイ ノ リテ ィの主張す る文化 の価値観が、多数派の
側の価値観 を真 っ向か ら否定す るよ うな、極端 な形態 の対立を示すマルチカルチュラ リズ
ムの問題 であ る。
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確 かに、マルチカルチ ュラ リズムに関す る規範的議論は近年盛 んになって きてい る。 し
か し、それ らの議論の主たる潮流は、現行の リベ ラル とい う多数者側 の価値観 と整合的 な
仕方でマイ ノ リテ ィの要求を取 り込むには どうすればよいか、に関わる議論 であ り、その
よ うな議論 の枠 内では、ア一
一ミッシュの よ うに 「
非 リベ ラルな」文化の存続要求を受 け入
れ るのは難 しいのでは ないか、 との疑問が予想 され る。
この、リベ ラル でない文化 の存続要求に対 して、リベ ラルな文化は どの よ うに対応すべ
きか、とい う問題の困難 さは、社会 の近代化 に伴 って浮上 してきたマルチカルチ ュラ リズ
ムの要求 を 自 らの議論 の枠 内に取 り込 も うと努 力 してきた リベ ラル陣営の努 力 を考 えて
み るとき、いっそ う明確 なもの となる。 この、 <ウィス コンシン
V.
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ダー>事件 の し
めす厄介 さは どの よ うな性質の ものであるのか。この点 をも う少 し詳 しく分析 し、問題 点
を析 出 した上でその間題 に対す る解 答 を何 らかの形で提示す ることを本稿 の最終的 な 目
標 としてみ たいのだが、まずは先 を急がず、当の問題- と直接進む前に少 し回 り道ではあ
るが 「リベ ラル な」マルチカルチ ュラ リズムの構想が どの よ うな ものであるかを概観 し、
問題の根 の深 さが どの よ うな ものであるか を確認 してお くことに したい。
2.伝統- と帰属す る権利 ;リベ ラル ・マルチカルチュラ リズム
従来、個 人の権利 の最優先 を主張す る リベ ラ リズムの理論 と、個人の権利 に優 先 してで
も文化集 団の権利 を擁護す るマルチ カル チ ュラ リズムの主張 とは相性 が悪 い と考 え られ
てきた。党派的 でない政肘、との建前上、政府 が特定の文化的生のあ り方にコ ミッ トす る
ことは リベ ラ リズムの原則 か らして認 め られ ない、とい うのである。これ に対 して、近年
マイ ノ リテ ィ文化 に対す る保護の政策 を、当該の文化に属す る市民の権利 を補充す る条項
である と して容認 しよ うとす る リベ ラ リズムの議論が注 目を集 めてきてい る。ジ ョセ フ ・
ラズや ウイル ・キム リッカの理論 がそれである4。
ラズが議論 の出発点 として重視す るのは、
個人の 自律 とは各人が外部か ら強制 され るこ
とな しに、自ら最善であると承認す る生のあ り方 を選択す ることなのであるか ら、そのた
めに も各人が 自ら選択す るための様 々な選択肢 が充分に確保 されていなけれ ばな らない、
との前提 である。ラズによれば、この よ うな 自律的生の構想 は、「
価値多元主義」の考 えか
た と分か ちがた く結びついた ものである。とい うの も、自律が価値 あるもの として評価 さ
れ るのは、卑 しい ものや不道徳な ものを 自由に選択す る、といった場合ではな く、人が様 々
な価値 あ る選択肢の中か ら、有意義 な選択肢 と して 自らの生のあ り方を選択す る、とい う
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角 田他訳 日998]『多文化時代 の F
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寛容 と規律化
場合 なのであ るか ら、その背景には画一一
的 な生の構想 を人々が押 し付 け られ てい る状況 で
はな く、
様 々に相対 立 し、両立不可能 で さえあ るよ うな選択肢が存在す る、 との前提 が控
えてい るか らであ る。 各 々独 自の価値 をもつ様 々な選択肢の中か ら、各人が 自分の生 に と
って有意義 だ と判断す る生のあ り方 を選択 して行 くこと、自らの生 を新 しく自己定義 して
ゆ く過程 の 中において こそ、個 の 自律 は見出 され る、とい うわけであ る。 ラズに よれ ば、
この よ うな価値 多元主義 に基づいた 自律の構想 こそが 、l
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画一的な生に対す る、す なわ ち、
理想 的な生の形式につ いての画一的 な構想 を統治権 力や他の手段 に よって人 々に押 し付
ける社会 に対す る リベ ラル な防波堤 をなす5
」
。
この よ うに、ラズの構想 によれば 「自律的人格 の生の特徴 は、それが今 あ るところの も
のにではな く、今 ある ところの ものにいかに してなったか6
」の中に求め られ る。つ ま り、
「自律的 な主体 が 自ら退 けた多 くの選択肢 が存在 した、とい う事実によって、その生は特
徴付 け られ る7」のであ る。 ここにみ られ るのは、各 人の 自律は各人の暮 らす環境 のあ り
方に依存 してい るのだか ら,
各人の 自律 に配慮す る とは、各 人の環境 に配慮 す るこ とで も
ある、とい う 「自律の環境への依存 」テーゼである。 このテーゼに従 うな らば、当然、各 人
の 自律 に配慮す る政府 は、
各人の環境 のあ り方 、各人の人格的 自律の条件の配備 に配慮 し
なけれ ばな らないのであ り、その点に こそ政治的 自由の意味が見出 され るのだ、とい うこ
とにな るであろ う。
(
同 じく、近年 にお ける多文化主義的 リベ ラ リズムの代表的論者 とみな されてい る ウィ
ル ・キム リッカは、ラズ とほぼ同様 の論点 を 「
人々の有す る、有意味な選択 を行 う能力は、
社会構成的文化 soci
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」とい う独 自の表現で説明 し
てい る。)
この よ うに、人間の生の意義は、ある生 き方 を選択す る際にアクセ ス可能 である選択肢
の豊富 さに依存す るのであるが、ラズは この 「
選択肢」の中の重要 な要素 として、 「
各人
の文化-の帰属意識 cul
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9」をあげてい る.各人が どの よ うに して現在 の人
物 となったか、とい う過程に、彼の帰属す る文化的 コンテ クス トが大 きな影響力 を もっ こ
とは疑い得 ないか らである。 ここか ら、各人が帰属す る文化 もまた、各人の有意義 な 自律
的選択 を可能 にす るために も、その繁栄 と尊敬 とが政府 による保護や支援の対象 とされ る
べ き資材 のひ とつであ る、とみな され るよ うになるのである。
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しか し、その よ うな文化的 コンテ クス トの保護 が必要 とされ るのは、あ くまで も個 人の
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ng の促進 を 目的 とす る限 りの ことであって、
それは 「
化石化 しつつあ
自律 と厚生 wel
る文化 を原初 の状態のままに とどめてお くための保守的政策で もなけれ ば、多様性 をそれ
自体のために育成す るべ く実施 され る政策 で もない 10」
。 ラズの リベ ラ リズムは、文化的集
団のアイデ ンテ ィテ ィが時 とともに変容す るものであることを当然 の事実 と して受 け止
める し、ある文化が他の強力 な文化の中へ と同化 され て しま うこ とに反対 を表 明 しも しな
い。多数派 に よって徐 々に吸収 され て しまいそ うなマイ ノ リテ ィ集 団が存在す るに して も、
「
その過程 が強制 に よるものでな く、人々や共同体に対す る尊敬 の欠如か ら生 じているの
」の
で もな く、また充分に段階的 に進行す るのであれ ば、そ こには何 の問題 も存在 しない 1
である。
また、ラズによれ ば、
存続 の危機 に脅か されている文化集 団の内部では、
集 団の構成員た
ちはその文化 の内部に留 ま り、
外部の文化 との接触 を避 け るよ う重圧 をかけ られが ちであ
るが、その よ うな保守的傾 向に支持 を与 えるのは誤 りである。確 かに、ある文化 の伝統的慣
習 を法的に承認 した り、若者たちが 自文化の歴史や伝統についての教育 を受 ける機 会 を保
証 した り、
公共の施設の中に彼 らの文化的要素 を取 り込んだ り、 といった措置は必要な こ
とである ■2。しか し、だか らといって、それ らの多文化的社会の内部 にお いて各文化集 団が
変化 を経験す ることに反対す る理 由はない し、とりわけ 「
個人の 自律」を重視すべ し、との
基本原則 か らして、 「自分た ちの生まれついた文化の中で、 自己の見解 を表明す る手段 を
見出す こ とのできない構成員 のために も、
離脱 の機会 [と権利] とが奨励 され なけれ ばな
らない り」 とい うのが ラズの結論である。
3.文化的伝統 と寛容 の限界
以上は、 「
個人の 自律」に根本的価値 を見出す リベ ラルな主張の中にも、 「
環境 に依存す
る自律」との観 点か ら集 団的権利 の容認 を説 く理論が存在す ることに関す る論点である(
,
しか し、この 「
個人の選択の権利」に決定的な重要性 を認 めるラズーキム リッカ流の リベ
ラル な行 き方には、常にある種の難 問がつ いて回 る。 「
個人の 自律」な り選択 をあ くまで
も重視 し、集 団か らの 「
離脱 の権利 」の確保 を常に要求す る リベ ラ リズムの政策は、 「
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4」に価値 を認 めない、あるいは個人の 自由
人の意義深 い選択 i
よ り集団の存在 自体 に重 きをお くよ うな文化 に相対 した場合 に、どのよ うな政策 を採用す
べ きか、とい う問題 がそれ であるoそ して、先に見たア- ミッシュの事例 が リベ ラ リズム
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寛容 と規律化
に突 きつ けているのは、ま さにこの非 リベ ラル な文化 に直面 した とき、リベ ラ リズムは ど
の よ うな態度 を とれば よいのか、 とい う問題 なのであった。
例 えば、キム リッカは近著 『バナ キュラーの政治』 の中で、 「
寛容の限界」 とい う表額
の下、以下の よ うな発言 を してい る。
「
民族集団が少女た ちに陰核除去を行 うことは許 され るべ きであろ うか。 強制結婚
や タ リクに よる離婚 は合法的 に承認 され るべ きであろ うか。妻 に対す る暴力 を非難 さ
れた場合 に、夫がその弁明 として 「
文化」 を引き合いに出す ことは許 され るべ きなの
だろ うか。 これ らの慣習は、そのいずれ も世界の ある地域 では許容 され ているもので
あ り、現地では伝統 と して敬意 を払われ ている可能性 さえあるのであ る15。」
全ての文化的伝 統 に敬意 を払 うことを建前 とす るマルチカル チ ュラ リズムの論理 を突
き詰めるな ら、最終的に、我 々は この よ うな文化的慣 習 をも容認せ ざるをえな くな るので
はないか、との懸念 に対 して、あ くまで リベ ラル ・デモ クラシーの伝統的 立場 を保持 しよ
うとす るキム リッカはきっぱ りと断言す る。それ らの非 リベ ラ/
レな文化的伝統は、マルチ
カルチ ュラ リズム本来の精神か らして認 め られ ない、 と.
。
キム リッカの論拠 はこ うである。確 かに、 リベ ラル なマルチカルチ ュラ リズムは、 リベ
ラルの伝統 とはそ ぐわない よ うな 「
集合的権利」を容認す る。 しか し、キム リッカによれ
ば、その 「
集合的権利」の容認は、あ くまで も、グループ対 グループ間の関係 にお ける集
団の権利 、つま り、多数派文化の抑圧的侵食 を前に して、存続 の危機 に瀕 したマ イノ リテ
ィが 「
対外的に 自文化 を防御す る ext
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ons」ためにのみ認 め られ る ものであって、
この権利 は、グループ内での 「グループ対成員」の関係 にお ける 「
内部の成員の 自由に対
す る制限の権利 i
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」とは区別 され るべ き事柄である。前者の権利 は、グル
ープ間の平等 を達成す ることによって、グループ内の成員の 自律的生 を促進す る、との観
点か ら容認 され る集合的権利 であるが、内部の成員の 自律的生に対す る抑圧 と して作用す
る後者の権利 は、リベ ラル ・デモ クラシーの価値観 と不整合 をきたす主張 で しかあ りえな
い
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この よ うなキム リッカの戦略は、あ くまで もカナダ国内でのマルチカルチ ュラ リズムの
現状 と可能性 に関心 を寄せ るキム リッカに してみれ ば当然の選択であるか も しれ ない。個
人の 自由を促進す ることがマルチカルチュラ リズムの第 一義的 目的であ る、と明確 に規定
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す るカナ ダ政府 の公式見解 か らして 】7、集団内の成員に対す る 「
対内的制約」の行使は認
8」に対す る 「
寛容の
め られ ない、あるいは、そのライ ンが 「
非 リベ ラル ・マイ ノ リテ ィL
限界」 と して定め られ ざるを得ない、 との結論 を示すはかないか らである。
しか し、キム リッカの この よ うな態度は、最初 に見たア- ミッシュの問題 を考慮の枠内
に取 り入れ るとき、どの よ うな評価 を受 けることになるであろ うかOこの論点に関 して、
「
対内的制約 の禁止」を重視す るキム リッカを批判 したのがチ ャン ドラン ・クカサスであ
るOクカサ スは、ア- ミッシュの人々のケース とよ く似 た、カナ ダにお けるプェプ ロ族 イ
crv.Hof
er
) に基づいて、独 自のキム リッカ批判 を展開 してい る.90
ンデ ィア ンの事例 (Hof
クカサ スの語 る事例 に よれば、あるプェプ ロ族 のイ ンデ ィア ンが、コ ミュニテ ィ内の伝
統的宗教 を離れ 、プ ロテスタン ト- と改宗 したこ とを うけて、プェプ ロ族 の評議会は、そ
の 「
背教者 」たちにコ ミュニテ ィにお ける共有財産 を全面的 に放棄 した上で、集団の外と追放 され るべ きことを命 じた。一方、追放 を命 じられたプェプ ロの メンバー達は、個人
の権利 に基づ く 「
信教の 自由」を定めた 「
イ ンデ ィアンの権利章典」を根拠 に反論 、それ
までの労働 量に見合 った コ ミュニテ ィの共有財産-のア クセ ス権 を主張 した。プェプ ロ評
議会の命 じる通 り、財産の全てを失わないか ぎ り集団か らの離脱 が認 め られ ないのな ら、
リベ ラ リズムの擁護す る信教の 自由な ど実質的に機能 していない も同然なのであ り、その
限 りで、信教の 自由を守 り抜 くために も、自分達の財産-の権利 は承認 され るべ きだ、と
主張 したわけである。 「
個人の 自律」 を重視す るキム リッカの立場か らすれば 、「(
プェプ
ロか らカ トリック-の)アイデ ンテ ィテ ィの合理的修正可能性」 (
あるいは 自由な生活様
式 を選択す る権利)は リベ ラルの重視すべ き最大の原則 であって、そ ういったアイデ ンテ
ィテ ィの書 き換 えを侵害す るよ うなプェプ ロの民族文化 は擁護 され るべ きではない。キム
リッカ日 く、 「
信教の 自由に関す る リベ ラ リズムの通常の観念には、 自らの意思で 自分の
宗教 を変更す る各個人の権利 が含 まれ ている。プ ロテスタン ト信仰 を告 白 したか らといっ
て、プェプ ロ ・コ ミュニテ ィーのなかで暮 らす能 力が損 なわれ るべ きではない2
0
」
O
しか し、プェプ ロ族文化の研究者 であるス ヴェ ッソンの主張 をひ きつつ クカサ スの語 る
ところに よれ ば、宗教的規範 に対す る遵守 の精神 こそが、近代文明の侵食 を前に風化の一
歩手前にまで至 ろ うと してい るコ ミュニテ ィの存続 を基盤 の ところで支 えてい るプェプ
ロ族の文化 に とって、内部の成員による伝統的宗教規範-の異議 申 し立てや集団か らの離
脱の道を容認す ることは、自文化の存続 可能性 を根本の部分 で破壊 して しま うことを意味
してお り、その限 りで 「
背教者」たちの容認は、「
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寛容 と規律化
通 り脅かす 21」
。そ して、その意味で、倍数の 自由 とい うリベ ラル な原則 のプェプ ロ族 に対
す る押 し付 けは、宗教的規範の重要性 を何 よ りも重視す る非 リベ ラル ・コ ミュニテ ィに対
す る抑圧的干渉以外 のなに もので もない、との評価 を下 され ざるを得 ないOつま り、クカ
サスによれ ば、「(
個人の 自律な り自由な)選択の決定的重要性 を と りこんで しまった とき、
キム リッカは干渉の道- と一歩を踏み出 したのだ22」とい うことになるのであるo クカサ
スは こ うい う。
「
当該 の文化 が もともとリベ ラル な性格 を有 してお らず 、個 人であ ることな り個人
の選択 を賞賛 しない ものであるのな ら、その よ うな場合 その文化の リベ ラル化 につ い
て語 るこ とは、不可避的にその文化 の根本 を掘 り崩す ことを意味す る。文化 とは、 単
に色彩 豊かな踊 りや儀式だけの問題 ではない し、またそれは個 人の選択の枠組み な り
文脈 だけで片のつ く間顔 で さえないのであ る2
3
」
.
クカサスの よ うな、ある文化がその伝統的習慣 として集 団内の成員に課す 「
対内的制約 」
を擁護す る論者 の主張の背景には、個人の 自律 な り自己決定が生の全領域 に適用 され る一
般的価値 である、との前提が放棄 され る場合 には、宗教集 団や文化集団が、一定の個人権
を制限す るこ とに よってその成員達の 「
人格構成的 目的」 (
サ ンデル) を保護す ることは
許容 され るべ きだ、 との要求が控 えてい る。個 人の 自律的 自由 と水準を異にす る 「
人格 」
概念 の重要性 を前面に押 し出す ことに よって、非 リベ ラル な文化 を擁護す ることの理論的
根拠 とす るのである。 つま り、
「(
サ ンデルたちは)良心の 自由 とは 自らの宗教 を選択す る自由ではな く、自らの人
格構成的 目的 を追求す る自由 として理解 され るべ きだ と論 じて、ア- ミッシュの人 々
の、子供 を退学 させ る権利 を擁護 してい る。 すなわち、人々に とって 自分が どの宗教
に所属 してい るのか とい うことは 自分が誰 であるのかをきわめて根本的な ところで規
定 してい るので、人々に とっての最優先の利益は、 このアイデ ンテ ィテ ィを保護 し強
化す るこ とにあ り、それ に比べれ ば、 このアイデ ンテ ィテ ィか ら距離 を とってそれ に
ついて評価 を下す ことができるとい うことはたい した利益 ではない。 したがって、ア
- ミッシュの子供達に外の世界について教 えて もそ こには価値 がほ とん どないか、あ
るいは全 くない (
ひ ょっとす るとそ こには積極的害悪 さえ存在す るか も しれ ない)、と
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22
55
サ ンデル は論 じてい るのである」(
以 上はキム リッカによるサ ンデルの主張の要約 24 ;)
a
そ して、この よ うに、個人の 自律 を重視す る リベ ラル と、自律 を犠牲 に してで も人格構
成的 目的の追求 を重視すべ きだ、とす る要求 との間には 「
真の対立が存在す る25
」
。一方で、
信教の 自由、とい うリベ ラルの価値観 を擁護 しよ うとす るな らば、共同体の提示す る人生
の諸 目的は固定 されてお り、変更不能である、とのテーゼ を拒絶 しなけれ ばな らない。 し
か し、他方、 リベ ラルが 自分達 と基本原則 を共有 しない集団に対 して、それ らの集 団が 自
律の理念 を共有 していないか らといって、リベ ラルの集 団がそれ を押 し付 けて もよい、と
い うことにはな らない。 (
これは、その反 リベ ラル集 団が外国の独 立国家であ る場合 には
とりわけ 自明である)O これ が、ア- ミッシュの問題 が我 々に突 きつ けていた問題 、つま
り、カン トや ミル等個人の 自律 (
ない し自己決定)の権利 に普遍的な価値 を付与す ること
を承認 して きた、リベ ラ リズムの伝統 に対 して真 っ向か ら提 出 され た疑念 の内実 を構成す
るものなのである。
では、問題 の所在 が明 らかになった ところで、我 々は この対立を どの よ うに考 えれ ば よ
いのか。解決の糸 口をつかむために も、 ここでい ったん 「
個人の 自律」な り 「自己決定」
の概念が決定的 な重要性 をもつ よ うになった啓蒙 の時代 まで考察の視点を差 し戻 して、そ
こか ら逆照射す る形で 当該の 「自律 」をめ ぐる問題 に対す るアプ ローチ を試みてみ ること
に したい。
4.革命 とものごい :一般意思 と市民であることの強制
「自己決 定す る個人」の普遍的権利 がその重要性 を認知 され、実現 を 目指 され るべ き政
治的 目標 としての地位 を獲得 し始めたのが、近代 的な 「
市民」概念の誕生 と時期 を同 じく
す ると考 えるのは、あながち的外れ な ことではないであろ う。 また、「
各市民の 自由 と平
等」の政治的理想 を強力に推進 した歴 史的運動の代表例 として、フランス革命 を考 えるこ
とに異論 を提 出す る人 もあま りいないであろ うと思われ る。 そ こで、「
人間の普遍的権利
としての 自己決定」とい う考 え方が重大な挑戦に さらされてい る状況に対す る手がか りを
探 るために、権利 の担い手 としての近代的市民、 との契機 の重要性 を確定 させ た、フラン
ス革命 の時期 にまで さかのぼって、市民 とはいか なる存在 であったのかを考 えてみ ること
に したい。問題 史の源流にまで さかのぼって、問題 を考察す るための視点 を確保 してみ る
ことは有効 な戦略であると考え られ るか らであ る
。
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寛容 と規律化
革命 にお ける平等な市民の出現は、各人 に 「
同一・
のフランス国民」としてのアイデ ンテ
ィテ ィを徹底 させ ることで、市民間の連帯唐織 が強力に形成 され始 めるの と並行 して生 じ
た現象 で もあった。革命 の引 き起 こ した激 しい変化 は、様 々な個性 と複数 の声 を媒介 し、
抑圧の構造 を徹底 して排除 しよ うとす るコン ドルセ的 r
共同理性」ではな く、強力 な同一
化作用の もと、各成員 の中に国民 と しての一体感 を生み 出す こ とを期待 され たル ソー的
「
一般意思」をその政治的主導理念 として選択 したのである (
例 えばモ ンタ-ニュ派の政
治運動 な ど26)O
そ して、そ ういった革命 の運動 を通 じて生 じた 「
一般意思」の担い手たる 「
主権者 」と
しての フランス国民には、常 に主権 の担い手た るにふ さわ しい生活様式、つ ま り 「
市民 」
と しての生活 を送 ることがその義務 として要求 され るよ うになる。つま り、主権者 と して
フランスに くら し、革命の成就 した 自由 と平等 とを享受 しつつ毎 日の生 を暮 らすつ も りな
らば、そ ういった人物には 自由 と平等の代償 として市民 と して暮 らす ことの義務 を負 って
もらう、 とい うわけである。 この よ うに、革命 にお ける 「
国民の創 出」運動 は、同時に各
人に市民 と してのアイデ ンテ ィテ ィを強制的な課題 として押 し付け るプ ロセ ス、つ ま り、
市民 として 自由であるべ く強制 され ることを も同時 に意味 していた。万人が平等でなけれ
ばな らぬ、との建前上、万人が市民 とな らねばな らないのであ り、「
市民 とな らない 自由」
は、そ こには認 め られ ない。 ロベス ピエールの言葉 でい えば、各人は市民 と して 「自由で
あ ることを強制」 されたわけである。
この よ うな万人の市民化の運動は、例 えば、革命期以降盛んになった教育 と政治の結び
つ きの運動 な どにその特徴が典型的に現れ てい る。フランス国民である以上、国民がル ソ
ー的一般意思 との一体感 を胸 中に宿すのは 当然 であ る、 との建前 を前提 に、 「
祖国愛」を
説 く教科書の全国的な配布が盛んに行われ 、国家 に よる万人の市民化作業が進行す る。つ
ま り、革命 の国 フランスに暮 らすの ものは総員誇 り高き市民た らねばな らぬ、とのス ロー
ガ ンの もと、 「
大革命 にふ さわ しい人間の再生」、あ るいは 「
祖国愛に満 ちた市民の創 出」
を 目指 して、国家 による個人の私的生活-の規律 的介入 が積極的に導入 され 、一元的国民
の刺 出- と急進的に向か う全国的潮流の もと、いわゆる 「
近代的統治」が フランス国内に
導入 され てい くわけである27。
さらに例 をあげ るな ら、こ うした 「
国民の創 出」運動のあ り方を端的に示す傾 向 と して、
1
790年 6月 1
2日の、 ラ ・ロシュフー コー エ リア ンクールの宣 副 こ端 を発す る 「もの ごい根
絶委員会」の活動 を挙げることがで きるだろ う。 「もの ごい根絶委員会」とは、文字通 り、
当時 フランス国内にたむろ していた貧困層、いわゆ る 「もの ごい」層の人 々に対 して、単
思に反す る存在 である常習的 もの ごいを、革命の精神 に適合 した正 当な市民- と矯正すべ
く、強制的規律化の権力を行使す る、とい う運動 であった。委員会の運動は、貧民層への
2
6
27
フユレ .オズ-フ編 目999]
,『フランス革命事典3』,みすずライブラリー, p.21ト234
坂上孝 【
1
99
9
】
,『近代統治の技法』,岩波書店,p.53-117
57
食事や宿 の供与 といった レベルではな く、その貧 困状態 の根本的改善を 目指 した、定期的
な家庭訪 問等 を手段 とす る生活の徹底的な規律化 にその特徴 をもってい る。 「
貧困の現状
を細部 にわた って持続 的 に観 察す るこ とに よってその原 因 を特定 し、適切 な序 言 を与
え、・・・つ めたい行政官ではな くて、被扶助家庭 にたい して配慮に満 ちた視線 を注 ぐ<
後見人 >としての資格」にお いて、委員会は市民の再生 を 目指すのである。 こ うして、中
央政府 のパ ノブテ イコン的監視の も と、「もの ごいである自由」は、国民の一般意思の権
威 の もとに抹消 され る運命 をた どることにな る ・ ・ ・ 28O
こ ういった、フランス革命 に端 を発す る 「
市民」たるこ とへの強制は、 (
先ほ どのアミッシュやプェプ ロ族 の事例 と同 じよ うに)やは り異質な素質をや どした 「
他者 と しての
市民」との出会いの場 面において顕在化 され る。 ここで、再び考察の視点 を20世紀にまで
差 し戻 し、革命精神 の同一化す る傾 向を端的 に示す ことになった 「
イスラムの ヴェール事
件」 と呼ばれ るある事件 に注 目してみ ることに したい。
5.革命 ・市民 ・個人 :「
イ ス ラムの ヴェール」が問いか ける もの
「
1
9
8
9年 1
0月、革命二百年のお祭 り気分がす っか り遠のいた ころ、パ リ郊外 クレー
ユの町で一つの事件が生 じた。 当初は新聞の片隅に小 さく報 じられ ただけだったが、
マスメデ ィアを とお してあっ とい うまにフランス社会全体をまきこみ、寛容 とは何か、
差異-の権利 とは何か、社会的統合 とは何か、民主主義 とは何か、人権か市民権か、
といった議論 をまきお こす ことにな る
。
この事件は普通、「
イスラムの ヴェール事件 」と呼ばれている。公立の中学校 に通 う
イスラムの女生徒サ ミラ (
十五歳) と彼女に同調す る 二人の女生徒が、頭 にかぶ って
い るヴェール を教室に入 って も脱 ぐことを拒 んだため、校長の指示 で教室の外 に追い
出 され たのである。
学校側 がなぜ彼女 を教室か ら追い出 したか と言 えば、日本の学校 にみ られ るよ うに、
衣服 についての校 則違反 な どとい うくだ らない理 由によるのではない。事 は、 フラン
ス革命以来の共和制の原理、また公教育をめ ぐるこの 白年間の闘争 にかかわっていたO
すなわちフランス共和制は一貫 して、学校教 育か らいかに して宗教 (
特にカ トリック
教会)の持つ影響力 を排除す るかに腐心 して きたO とりわけ第三共和制 (
1
8
71
年成 l
l)
1
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)
の確 立であ
の政治指導者た ちに とっての最大の課題 は公教育にお ける非宗教惟 (
り、無免許の修道会か ら教育権 を奪い、公 立学校 での宗教教育 を禁 じ、女子の中学 ・
高校 を設 立 し、 といった具合 に、彼 らは教会 の外濠 を次 々に埋 めてい った。 そ してつ
いに 1
9
05
年、政教分離 を法制化 し、宗教 を教 育の場か ら排除す るこ とに成功 したので
2
米坂
L 前掲 書,p.2
4
3
1
28
1
58
寛容 と規律化
ある29。
」
以上は、いわゆる 「
イスラムの ヴェール 」事件が生 じた 1
989年 当時 フランスに滞在 して
いた、仏文学者 の海 老坂武 が事件 の一連 の経過 をつぶ さに報告 した文章の冒頭である.現
代 フランス社会 に関す る造詣の深 さを活か して、海老坂 は事件 をめ ぐる-連の論争 を手際
よく裁いて報告 してみせ るのだが、彼 の報告に よれ ば、革命 の遺産 として引き継 がれ てき
た学校教育の非宗教性 と、宗教的寛容のいずれ を重視すべ きなのか、とい う点が論争の大
きな焦点の一つ と して クローー
ズ ・ア ップ された。つま り、生徒 による学校 内-の宗教的 フ
ァクターの持込 を排除 し、革命以来の共和国の規律 を生徒に教 えるべ きなのか、それ とも、
宗教的寛容の原則 の もと、女性徒サ ミラの ヴェール着用 を許 可す るべ きであるのか、が事
件の争点 と して争 われ たわけであ る。
確 かに、ヴェールの着用 を単なる宗教的帰属意志の表明 として捉 えるのな ら、その着用
の禁止は (
革命以 来続 く)政府側 か らの直接的な規律化権力の行使 、す なわちフランス国
民たるサ ミラに も学校教育にお ける非宗教性原則 の遵守 が当然要求 され る、の一言で話に
は決着がついたはず であるO しか し、問題 を複雑 に していたのは 、1
8世紀以来続 くカ トリ
ック教会 との闘争 とい うヨーロ ソバ的文脈 の中で培 われ た非宗教性 の構想 が 、20世紀 に入
り、 (
例 えは悪いが)いわば獅子身 中の虫 と して 自国 の文化内に非 リベ ラル な文化的 ・政
治的伝統 をとり込 も うとしてす る際 に生 じる不可避 の摩擦 を、サ ミラの ヴェール着用がは
か らず も象徴的に示唆 していた、 とい う事情である。
学校 にお ける非宗教性 の原則は、一般意志 の総意の 下達成 された、市民であれば当然そ
の遵守 を要求 され るはずの義務 である。 しか し、その 当の原則 を定めた 「フランス国民 」
は、あ くまで 1
8世紀 か ら1
9世紀にかけてのカ トリック教会 との闘い とい う文脈 を生 きた特
定の フランス市民であって、その フランス市民の伝統 が20世紀以降の多様 な顔 を した全て
の フランス国籍取得者 にまで当ては まる、と結論づ けることには少 しばか りの飛躍 があ る
よ うに思 われ る
。
フランス国民の性格形成 に決定的な影響 を与えた 1
789年の 「
人間 と市民の権利宣言」第
一条は 「
人間は 自由かつ権利 において平等 な もの と して生 まれ、かつ生存す る」と人間の
権利 を規定 してい るが、その ・
方で、「
宣 言」の第6条は 「
法は総意 (
一般意思)の表明で
あるOすべての市民は、個人的 にあ るいは代表者 を通 して法の制定に寄与す る権利 をもつ
」
と して市民の権利 のあ り方を定めている。そ して、この点に関 して問われ るべ きなのは、
節-条 と第六条の狭間に現れ る、「
人間」 と 「
市民」 の間 に存す る乗離 を我 々は ど う捉 え
れば よいのか、 とい う問題 である0第一条 にお ける 「
人間」が、第六条における一般意思
の担い手た る 「
市民」- とその性格規定 を変えるとき、一
一体何が生 じているのだろ うかO
革命期の フランスにおいて、「もの ごい」は人間では あるが、「
市民」ではな く、「
市民 」
29
海 老坂武 r
l
9'
)
2)
, 『
思想の冬の時代に』,岩波書店,p.
4243
59
たるべ く国家 に よる画山的規律化 を施 され るべ き存在であった。 しか し、「
人間」である
もの ごいが 「
市民」- と切 り替わ るこの瞬間に、一体何が生 じてい るとい うのか。あるい
は、「
人間」た るべ きサ ミラには認 め られ るべ き ヴェール着用の権利 が、「
市民」サ ミラに
対 しては否定 され ざるを得 ない ことの裏面では どの よ うな事情が働 いているのか。言い換
えるな ら、トー般意思」とい う具体化 され た権力の正 当化装置は、「
一般」の枠内に取 り込
めない差異 を含 んだ他者た る人間の多様性 に ど う対処すれ ば よいのかが、ヴェール事件 の
裏側で問われ よ うとしてい るのである。佐伯啓之の解釈 に倣 ってい うな ら、西洋近代な り
普遍的 リベ ラ リズムの幻想 に疑いを投げかけ る視 点の登場 を ヴェール事件 は象徴 してい
る、とい うことであろ う3
0
。つま り、「
個人の 自律」とい う、西洋近代に起源 をもちつつ も
普遍的価値 を体現す るとされ た政治的理想 が、生 まれ故郷であるヨー ロッパな りア メ リカ
を離れた文脈 で、あ るいは非 リベ ラル な伝統 との出会いの中で問い直 され るとき、どの よ
うな結論が導かれ るのか とい う問題 が、ヴェール事件の裏側 で問われ ようとしてい るので
ある。
そ ういった 「ヴェール 」が象徴す る問題 を引き継 ぎっっ考えてみ るな ら、ア- ミッシュ
な りプエプ ロ ・イ ンデ ィアン事件の背景に も、<個人の 自律 に基づ く 「
市民の条件 -自己
決定の権利 」であ るか ら、個人の権利 は保 護 され るべ きだ >との構想 に価値 を置 くのは、
-西洋近代の生み出 した ロー カルな文化的価値観 のひ とつに過 ぎない。つま り、そ ういっ
た リベ ラ リズムの原則 に対す る忠誠 は国家 による市民の創 出過程 、つま り、西洋的価値観
に基づ く規律的 同質化 の過程 に他者 をそのまま巻 き込む こと、あるいはその覇権主義的文
化侵略に対す る無条件降伏 の要求 を意味 しかね ない、との理解が潜 んでい る。ロー カル な
「
市民」概念の枠 にはめ込まれて、自分達の生 を拘束 され るのはゴメンだ、とい うわけで
ある。そ して、おそ らくそ こには同時に、自律の構想 は、人間のあ り方に関す る哲学的考
察によって支 え られた普遍的洞察の示す価値観 である、との啓蒙主義的人間観 に対す る正
面か らの挑戦が含 まれ て もい るのだろ う。いずれ にせ よ、近代的 市民の条件 を満たす こと
と、人間 として認 め られ るべ き権利 を付与 されていることとは全 く同値 ではない とい うこ
と。それ どころか、もの ごい根絶委員会の よ うに、自由の精神 を知 らぬ土着的民族 を啓蒙
し、彼 らに 自由市民の権利 を与えてあげ る、との スタンスには西洋近代の うみだ した価値
観のパ ターナ リステ ィ ックな押 し付 け、との含み が常について回 りかねない ことをこれ ら
の事件は指 し示 してい るのである〔
、
これ らの、近代的啓蒙の精神が うみだ した個人の 自律な り自己決定 とい う価値観の普遍
性 に正面か ら疑いが投げかけ られ る現場 を 目の 当た りにす ると、や は り、「自由な市民」
であることを リベ ラルの精神 を共有 しない 「
人間」一般 のあ り方にまで拡張す るこ とには
ある種の倣慢 さがつ きまとうよ うだ 、との結論 は避 け られ ない よ うに思われ る。 しか し、
だか らといって、では啓蒙の精神 が洞察 Lた人間矧 隻の 自律 とい う構想その ものが、西洋
3
0佐 伯 啓 之 【
1
9'
)
5]
、 『イデオロギー/脱イデオロギー』,岩波書店 ,p.
11
31
1
21
60
寛容 と規律化
近代の外 部では全 く妥 当性 をかいた ローカル な特色 にす ぎない、多様 な文化的価値観 の単
なる一部 と して相対的な価値 を認 め られ るにす ぎない、との結論- と一足飛びに跳躍 して
しま うことに も、私はため らいを感 じざるを得 ない。確 かに、西洋近代の生み出 した様 々
な概念の 中に、具体的な文脈 の刻印 を消 しよ うもな く押 し付 け られ た、相対的妥当性 を し
か もちえない観念が存在す るのは事実であろ う。 しか し、その ことが同時に、西洋 の生み
出 した価値観 には、そのいずれ に も普遍的妥 当性 を認 め ることができない、との極端 な結
論 を直接 に導 くわけではないのではなかろ うか。西洋文化の相対化は、決 して同時 にその
全面的否定な りローカルな地方的価値観への封 じ込めを意味 しは しないはずだ、との感想
を私 は抱 か ざるを得 ないのである
。
6.文明 と対話 :マイ ノ リテ ィ文化 は常に抑圧的なのか ?
す る と、いわゆる 「
非 リベ ラル な」マイ ノ リテ ィ文化 に対す る我 々の態度 は、どの よ う
な ものであ るべ きなのだろ うか。リベ ラル な原則 の押 し付 けは避 けざるを得 ないに して も、
そ こか ら即座 にあ らゆる文化的慣習の容認 な り 「
何 で もござれ」的な 「
好意的無視 」の政
策- と飛躍 して しま うのに も抵抗が感 じられ る。 「
人道的見地か ら」容認 しがたい よ うな
文化的慣 習 を、マイ ノ リテ ィの文化 だか らとの理 由だ けで逆差別的に承認す るとい うの も
随分 と問題 を含んだ選択の よ うに思われ るのである。
そ うい ったマイ ノ リテ ィに対す る 「
好意的寛容」の視線 がは らむ問題性 を典型的 に示 し
たテ クス トと して、デ ィ ドロの 『ブ-ガン ヴィル航海 記補遺』な どを挙げ ることがで きる
だろ うO この物語 にお けるデ ィ ドロの視線 は、一見 した ところ、タヒチに居住す る 「
幸福
な野蛮人」の視線 を通 じて、植 民地の文化 を錬欄す る ヨー ロッパ文明を告発す る、差異 に
寛容な精神 を体現 しているよ うであ る。 しか し、その タ ヒチ人による 「
未開文明」の擁護
者 たるデ ィ ドロの視線 は、同時に、文明化 され てはいないが、「
幸福 な野蛮人」 との表象
をタ ヒチ人 に押 し付 け る方向- と固定化 され て しまっている。つま り、デ ィ ドロの視線 に
おいて、タ ヒチ人は野蛮な りに も幸福 なだけなのであ って、タ ヒチ人の文化のなか に例 え
ば西洋 の先端 を も しの ぐよ うな リベ ラル な文化が存在 してい る可能性 を探 る視点 は最初
か ら排 除 され て しまっている 寛容 をよそおいつつ、「
未 開」 との 自らの基準に従 っての
O
み対話の相手 をラベル付 けす るこの よ うな視線 もまた、倣慢 さをは らんだ ものであ るとい
わ ざるを得 ないであろ う。
同様 の問題点はおそ らくはラズのマルチカルチ ュラ リズムに も見出 され るのであって、
キム リッカな どは 「ラズは、大半の先住民族 の文化が反 リベ ラルであ り、それ ゆえそれ ら
を リベ ラル化す ることも不可能だ、と思い込んでいるよ うに思われ る0
- ・重要 なのは、
現存す る リベ ラルな民族が、どれ もかつ ては きわめて反 リベ ラル的であった、とい うこと
61
を忘れ ない ことである)
■
」 と述べた りも してい る。
先の ヴェール事件やア- ミッシュ等の問題 に関 して も事情は同様であろ う.例 えば、ヴ
ェール事件 の背後 に透 けて見 えるの も、イスラムの ヴェール -女性の抑圧 の象徴であるか
ら、女性 の開放 を前進 させ るべ き教 育体制化 にお いて、ヴェールの着用は排除 されねばな
らない、式の、対抗文化に対す る対話の姿勢の欠如 とい う論点であった よ うに思われ る。
(
件 の事件の背後には、増 えつづける難民の同化 問題 を どう処理すべ きか、の政治的関心
が露骨 に見 え隠れ している。) ヴェール -野蛮で抑圧的で危険なイスラム (と りわけ事件
の文脈 では 「
原理主義 」-排除 され るべ き対象の象徴)との図式に捕われて しま うことに
こそ危険 の根 は潜んでい るとい うこ とであろ う。あるいは、見方によっては、成員の改宗
を認 めないプェプ ロの社会 よ りも、現行の リベ ラルな政治体制のほ うが よほ ど抑圧的な形
態に落 ち込んでい るとい う視点 を提 出す ることも十分可能ではないか と思われ る。 (
井上
達夫の指 摘す る現代 日本の非 リベ ラル な性格や最近のテ ロ報復 に反対す る論者 に対す る
アメ リカでの言論統制 じみた動 きは、その よ うな可能性 を十分 に予想 させ るものであ る
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2
。)
いずれ にせ よ、ここまでに考察 してきた どの事例 に関 して も述べ られ うるのは、いかな
る文化 も完全 に リベ ラルではない し、いかなる文化 も完全に反 リベ ラルではない、との前
提 を常に忘れ ない ことの重要性であるよ うに思われ る。一般 に 「リベ ラル 」 とされ る文化
であって も、そ こには市民であることの強制が常 につ きま とってい る以上、その規律的 な
権力の行使 が政治的抑圧 の形態 として機能 してい ない とい う保証は どこに もない。つま り、
市民 と して 自由であることが必ず しも人間 と して 自由であることを意味す るわけではな
い し、極端 な話、 「
都 市の空気は不 自由にす る」 といったケースを想定す ることす ら可能
なはず なのである。 「リベ ラル対反 リベ ラル」との二者択一
山的図式の もと、「
共約不可能な
二者間での対立」、 との図式 に落 ち込む と、異常 な他者 との共存 を 目指 した異文化間での
対話、との戦略が挫折 して しま うこ とにな る。また、 リベ ラルな寛容の精神 を発揮す る、
との前提 だけで も、そ こには相手の文化 を自らの基準に依拠 してのみ格付 けす るデ ィ ドロ
的な抑圧 の視線 を導入 して しま う危険が伴 う。 タ ヒチ人による、「フランス人 よ、おまえ
たちは不 自由だ」 との告発 に耳を傾 ける可能性 な り態度は常に留保 され るべ きである。
リベ ラル陣営に属す るものは、自らの 立場の普遍性 とい う根拠のない幻想 に依拠す るの
ではな く、さりとて対話の可能性 の完全 に閉 ざされ た異質な他者 との 「
暫定協定」な り 「
寛
容 」の名 を借 りた実質的無視 の態度 に留まっていれば よいわけでもないOお互いが、相手
に 自らの価値観 を承認 させ るべ く共通の土俵 に立つ ことを模 索 した上で闘争状態 を保持
し、かつ 、相 手の文化か ら自分達 も何かを学べ るか も しれない、との前提 を忘れず に対話
を進行 させ る地平の確保 、とい う観 点 こそ、常に留保 され るべ き予備条項 であろ う。対話
のための基鮭整備 、 との観点か ら弓 垂の外的条件 を整備 して行 くことが、「自律 」とい う
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235
3
2井上達夫 [
200日, 『現代の貧困』,岩波書店 ;(
特にその第 1章、第 2章を参照)
0
62
寛容 と規律化
特定の価値観 に依 存す ることので きない リベ ラ リズムが採用すべ き次善の策 であ るよ う
に思われ るのである。
1
996年か ら数年 にわた ってオー ス トラ リアを揺 るが した ワン ・
ネー シ ョン党の事件がそ
の脅威 を明確 に示 した よ うに、「リベ ラル な平等」の教条的信仰 は、非 リベ ラル な (
白人
西洋 の)他者 に対す る狂信的排除-の衝動 と常に背 中合 わせ である。アジア系移 民の排斥
運動や アボ リジニー に対す る差別 と偏見に満 ちたポー リン ・ハ ンソンらの政治的活動 を背
後 で支 えていたのは、各市民の権利 の平等 とい うリベ ラルの大原則 に照 らして、アボ リジ
ニーや移 民文化 にたい して政府 が公的な援助 を提供す るのはおか しい、との個人権 に立脚
したきわめて 「リベ ラルな」性格の強い主張であった。彼 (
女) らの主張が、単な るゼ ノ
フォ ビアに由来す る ヒステ リックな政治運動であったわけではな く、ある意味 では きわめ
て正 当な リベ ラルの伝統 に則 った発言 にその推進力の根 を有 していたこ とは、記憶 され て
よい事実であるよ うに思われ るH。
最後 に、再び海 老坂武の言葉 を借 りつつ、結論 じみた ことを付 け加 えてお くな らば 、「<
差異-の権利 >を認 めることが、文化の相 違 を超 えて、共同の (
「
普遍的」 といってはな
らない)規範 を探求す ることを妨げないはずだ。どち らの文化の慣習に従 うべ きかではな
く、どち らの文化の慣習 を もこえた共同の価値観 - ・とい うもの を共同に見つ け出す こ
とができるのではないか3
4
」
。あるいは、少 な くとも、「
それ は不可能 である」、との断定か
らは徹底 して距離 を とることこそ重要なのである。
おそ らく、世間の動 きは文明間の対話 よ りは衝突- 向かって突 き進みつつある、とす る
のが冷静 な現状認識 なのであろ うO確かに、 リベ ラル ・デモ クラシーの勝利 による 「
歴史
の終 蔦 」な どといった一昔前の神話は どこに も姿をみせ な くなって しまった。 しか し、そ
の対極 にあ る 「
文明の衝突」の決定的地平か らも、我 々はまだまだ遠い場所 にいるはずだ、
との現状診断 を試み てみ るこ とも、決 して無益で的外れ な希望であるよ うには思 えない。
例 えば、キム リッカの報告 に よれ ば、カナ ダのケベ ック州で ク レーユのサ ミラの場合 と同
じよ うな 「ヒジャブ」の着用 をめ ぐる事件 が生 じた とき、 「
あ らゆるムス リムは性的平等
に反対す る原理主義者 であ り、ヒジャブを支持す るムス リムは全てが陰核除去や タラク離
婚 を も支持 し、おそ らくはイ ランのテ ロ リズムやサルマ ン ・ラシュデ ィに対す る死刑 宣告
をも受 け入れ る人 々なのだ、との思い込みが多数のケベ ック人の間にほぼ 自動的 に広 まっ
ていった」
。 しか し、 とキム リッカは続 けるO ヒジャブ事件は、人々が以前か ら心の中で
抱いていた これ らのステ レオ タイプを議論の土俵 の上- と引き出 し、それ について真剣 に
議論す るきっかけを提供 したのであ る。議論の結果は、初期の段階では確 かにムス リムた
ちに痛み と傷 とを要求す るものであった。 しか し、議論が進むにつれ 、ケベ ックの人 々は
3
3
ポー リン ・ハンノンとワン ・ネーション党の運動に関しては ;関根政美 [
2000】
, 『
多文化主義社
会の到来』,朝 日選書,p.1
29-1
54
3
4
海老坂,前掲書 ,r
)
.
253
63
全てのムス リムが前述の差別的風習 を支持 してい るわけではない こと、そ して、本 当の敵
はイスラムそれ 自体ではな く、<自分達 自身の文化 を含 めた >、様 々な文化 に共通 してみ
られ る極端 な過激主義 なのだ、との理解 を得 るにいた り、最終的にケベ ック州 にお けるイ
スラムの存在 は議論 の前以上 に認知 され るよ うになった とい う3
5
。
大切 なこ とは、対話の可能性 を途切れ させ ない こと、そ して、対話のための条件の設定
に注意深 く留意 し続 けてお くことであろ う。穏や かな対話 とは程遠い、緊張感 をは らんだ
けんか腰 の 「
闘論」であれ 、優越感 に基づいた倣慢 な好意的無視や対話の拒絶 とい った極
端 な姿勢 よ り幾分かは受 け入れやすい、と考 えるのが穏 当な態度であるよ うに思われ る。
(
博士後期課程 ・日本学術振興会特別研究員)
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