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大腸癌と人工肛門について(上) - 一般社団法人 日本海員掖済会
大腸癌と人工肛門について(上) 小樽掖済会病院 副院長 札幌医科大学医学部第 1 外科 臨床教授 佐々木一晃 1)はじめに 大腸癌の手術に際して人工肛門を必要とするものもありますが、多くの大腸 癌で人工肛門を造ることはありません。しかし、大腸癌患者さんやそのご家族 に大腸癌の説明をすると、 「人工肛門にならないでしょうか?」と聞かれること が多々あります。実際に人工肛門造設術を必要とする大腸癌は、肛門や肛門近 くに発生したものです。実際にそれほど多くありません。 大腸癌に対しての治療は必要だが人工肛門は造ってほしくないと、多くの 人々は考えているわけです。しかし、人工肛門の良さ?もあります。また、欧 米では死亡原因として第一位の大腸癌ですが、日本においても大腸癌の増加は 著しいものがあります。10 年後には日本人に発生する癌の第 1 位になると、予 想されています。これらについて大腸外科医の立場から述べます。 2)大腸癌は増えています 日本人の平均寿命は、世界でも類をみない急激な延びです。そのため人口の 著しい高齢化がみられています。これにより癌になる人(罹患者)も右肩上が りで増加しています。特に、食生活の欧米化もあり大腸癌、すい臓癌、乳癌な ど、過去には日本人に少ないと言われていた癌が増加しています。一方、日本 人に多いと言われていた胃癌の発生は、少しずつですが減少傾向を示していま す。 10 年後(2015 年)の日本での癌罹患者総数を、がんセンター中央病院で推計 しています。 これによりますと、1年間に 90 万人の癌患者が新たに発生します。 この中で大腸癌が男性においても女性においても第一位となり、男性で 11.6 万 人、女性で 7.7 万人と推測されています。実に 19 万人以上の人が毎年大腸癌に なることになり、全癌患者総数の 20%以上を占めます。 3)大腸癌は外科手術でよく治ります(表1,図1) 大腸癌の治療は、外科手術が基本です。早期癌の場合、内視鏡的切除術など も可能です。残念ながら薬物治療で完治することは困難です。また、大腸癌は、 肉眼的に癌を全て取り除いたと考える根治度 A 手術を 83%と、非常に多くの症 例に対して行うことができます。この根治度 A 症例の5年生存率は 80%以上で す。他の消化器癌と比較しましても非常に良好な結果が得られております。私 たちが治療した根治度 A 大腸癌症例での進行度Ⅰ、Ⅱ、Ⅲの 5 年生存率は各々 95%、95%、75%と良好な結果です。 さらに、肝転移などの遠隔転移があったなら、以前は 1∼2 年ほどで死亡する ことが一般的でした。しかし、これら遠隔転移を持つ症例に対しても、積極的 な合併切除を行います。遠隔転移巣も含めて全ての癌病巣を摘出する根治度 B を目指します。根治度 B 手術を行うことにより 30∼40%の5年生存率が得られ ます。この数字は素晴らしく良い値なのですが、もっと良い効果を得るために 抗癌剤治療などの検討が行われています。 また、多発肝転移や多発肺転移などの切除不可能な病変を有する進行大腸癌 の治療は、抗癌剤が主体です。最近の抗癌剤治療法の進歩が著しく、効果を示 す頻度が増しています。また、外来での抗癌剤治療法の開発など、良好な生活 の質(QOL)を維持した治療が可能となってきました。 大腸癌と人工肛門について(下) 小樽掖済会病院 札幌医科大学医学部第 1 外科 副院長 臨床教授 佐々木一晃 前回は大腸癌についてお話しいたしましたが、今回は人工肛門のことを中心 にお話したいと思います。 4)大腸癌と人工肛門 大腸癌手術の説明を患者さんやご家族の方にしますと、多くの方々は「大腸 癌の手術を受けたなら人工肛門になってしまうのでしょうか?」と思っている ようです。人工肛門を避けられない大腸癌は、肛門の近くにあるものです。癌 を取り除くことにより肛門括約筋(肛門を締めておく筋肉で、これが弱くなる と大便を我慢することが出来ません)も一緒に取らざるを得ない距離にある癌 です。一般的には、肛門より 5∼6cm までの下部直腸に位置する大腸癌です。 このような癌に対して腹会陰式直腸切断術(肛門を切除して人工肛門を造設す る手術)を行います。手術後の安定した人工肛門は、図2のようになります。 過去には、手術手技の問題で肛門より距離のある癌に対しても、人工肛門造 設術を行っておりました。しかし、器具や手術法などの技術的な進歩により人 工肛門造設術となる手術の頻度は減少、以前であったなら本手術を行わざるを 得なかった症例であっても肛門括約筋を温存した手術(超低位前方切除術など) が多くの症例に可能となりました。 特に、多数例の大腸癌治療を行っている病院での腹会陰式直腸切断術の頻度 は、下部直腸癌の 30%以下となっています。私達は、最近の4年間に 100 例以 上の下部直腸癌手術を行いました。これらに対し腹会陰式直腸切断術で永久的 人工肛門造設術を行ったものは約 20%のみです。多くの症例で永久的ストーマ (人工肛門)を回避することが可能となっています。 5)人工肛門について 人工肛門を造らざるを得ない場合、外科医は、その患者さんが人工肛門を容 易に管理できるための努力をします。つまり、人工肛門を持つ患者さん(オス トメイト)に良好な生活の質(QOL)を約束するための第一歩として、術前か らのきめ細かな注意を払います。人工肛門を造設する可能性が予想される場合 には、術前に人工肛門の位置決めを行います。これは、極めて重要な作業です。 体型や仕事などによりその造られる位置は変化します。また、人工肛門には便 をためる装具が必要となります。どのような姿勢であっても装具を貼ることが 出来る状態でなければなりません。 肛門または肛門近傍の大腸癌手術に際して造られる人工肛門の多くは、永久 的人工肛門となります。人工肛門は、腸管を腹壁より引き出し突出型とします(図 2)。人工肛門は正円形に作成し、高さは結腸で皮膚縁より 1~2cm です。これら で人工肛門管理が容易となります。管理しやすい人工肛門造設が大切です。 6)人工肛門管理と装具について 人工肛門用装具の進歩により様々な装具が存在します。装具は、2日程度で 交換するものから 5 日以上のものまで多種類が存在します。一生装具を使うこ とになりますが、皮膚保護剤や装具の進歩で良好な生活を送れるようになって きました。また、大腸癌を多く治療している病院には、人工肛門専門外来(ス トーマ外来)が設置されております。一般外科外来とともにストーマ外来を活 用して人工肛門を持つ患者さんが自信を失うことの無いように指導します。 また、装具の進歩により臭いや外見など全く支障がありません。オナラを自 制することは出来ませんが、便の臭いなどは装具の改良で日常生活になんら支 障ありません。旅行、入浴なども制限はありません。むしろ長時間の旅行では トイレの心配をする必要がありません。 このように人工肛門の管理は容易になってきましたが、大腸外科医の目標は 人口肛門を造らない手術に向かっています。 表1 大腸癌の治療内容 根治度 症例数 (頻度) A 357例 (83%) B 25例 C 43例 (10%) 人工肛門造設のみ 計 6例 (6%) (1%) 431例 (100%) 図1 進行度別生存曲線と5年生存率 Kaplan-Meier 生存 曲線 100% (%) 100 95% 95% 80 stage 0 n=63 stage Ⅰ n=85 stage Ⅱ n=115 75% stage Ⅲ n=106 生 60 存 率 40 32% stage Ⅳ n=66 20 0 0 500 1000 1500 2000 (日) 生存 期間 A群 B群 C群 D群 E群 図2 一般的な人工肛門