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Propionibacterium acnesとサルコイドーシス

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Propionibacterium acnesとサルコイドーシス
P. acnesとサルコイドーシス
〔総説〕
Propionibacterium acnesとサルコイドーシス
江石義信
【要旨】
サルコイドーシス(サ症)は原因不明の全身性肉芽腫疾患で,疾患感受性のある宿主が環境中の何らかの原因微生物や抗原
物質(起因体)に暴露されて発症するものと想定されている.Propionibacterium acnes(P. acnes)はサ症病変部から培養可能
な唯一の微生物で,
日本人だけでなく欧米諸国のサ症患者病変部から本菌DNAが高率 多量に検出される.また,
P. acnes DNA
は肉芽腫内に集積して存在することも判明しており,本菌がサ症肉芽腫形成の原因微生物である可能性が高い.本菌由来のト
リガーファクター蛋白は,慢性安定期にあるサ症患者の約 2 割で患者特異的な細胞性免疫反応を誘導可能であり,これをア
ジュバントとともにマウスに皮下免疫することで実験的に肺肉芽腫症を誘導することも可能であることから,P. acnes抗原に
対して遅延型アレルギー素因を有する患者が,病変部局所で常在あるいは異常増菌するアクネ菌を起因体として発症してい
る可能性がある.
[日サ会誌 2003;23:11-21]
キーワード: サルコイドーシス,P. acnes,肉芽腫形成
…………………………………………………………………………………………………………………
Propionibacterium acnes and Sarcoidosis
Yoshinobu Eishi
【ABSTRACT】
Sarcoidosis, of unknown etiology, may result from exposure of a genetically susceptible subject to a specific environmental
agent(s), possibly an infectious one, although none has been identified. Propionibacterium acnes is so far the only bacterium to
be isolated from sarcoid lesions. Many genomes of P. acnes have been detected in sarcoid lymph nodes by the quantitative polymerase chain reaction. By in situ hybridization, P. acnes genomes were found in sarcoid lymph nodes in and around sarcoid
granulomas. These results point to an etiological link between P. acnes and some cases of sarcoidosis. A recombinant trigger-factor protein (RP35) from P. acnes causes a cellular immune response in some patients with sarcoidosis, but not in subjects without
sarcoidosis. RP35 causes pulmonary granulomas in some of the mice sensitized with the protein and adjuvant. P. acnes is the
most common bacterium indigenous to the peripheral lung tissues and mediastinal lymph nodes, which may be the reason why
these organs are so frequently involved in sarcoidosis. Sarcoid granulomas may be formed by a Th1 immune response to one or
more antigens of P. acnes indigenous to or proliferating in the affected organs in an individual with a hereditary or acquired
abnormality of the immune system.
[JJSOG 2003;23:11-21]
keywords ;
Sarcoidosis, Propionibacterium acnes, Granuloma formation
…………………………………………………………………………………………………………………
東京医科歯科大学 大学院 人体病理学
著者連絡先 : 江石義信
〒113-8519 文京区湯島1-5-45
東京医科歯科大学 大学院 人体病理学
TEL: 03-5803-5964
FAX: 03-5803-0123
E-mail: [email protected]
Department of Human Pathology, Tokyo Medical and Dental University
11
日サ会誌 2003,23(1)
1. はじめに
本稿では,このときに行われた国際共同研究の内容とそ
サルコイドーシス(以下サ症)が Jonathon Hutchinson に
の結果15)を紹介するとともに,日本主導で展開されてきた
よって初めて記載されてから既に 100 年以上が経過してい
「サ症のプロピオニバクテリア原因説」の現状につき報告し
るが,この全身性肉芽腫疾患の原因はいまだに不明のまま
たい.
である.サ症の病因に関しては,疾患感受性のある宿主が
環境中のなんらかの抗原物質(サ症起因体)に暴露されて
2. サ症起因体候補に関する国際比較
誘導される Th1 タイプの過敏性免疫反応に起因するらしい
欧米でその可能性が提唱されてきたマイコバクテリア
ことはわかっている 1).これまで数々の感染因子に関して
と,日本でその可能性が提唱されてきたプロピオニバクテ
検索がなされてきたが,サ症起因体がいったいどのような
リアが今回の国際比較の検討対象とされた.マイコバクテ
ものであるかは未だ確定されていない.サ症の臨床像や病
リアでは,ヨーロッパを中心に提唱されている結核菌(M.
理組織所見が結核症と類似することから,ヨーロッパ諸国
tuberculosis)とアメリカの研究グループが提唱している非
定型抗酸菌である M. avium subsp. paratuberculosis が検討
された.プロピオニバクテリアでは,サ症病変部から分離
培養が可能なP. acnesと P. granulosumが検討された.また,
常在菌の代表として大腸菌(E. coli)が対照菌として検討
された.
日本においては,地理的に 910km 離れている東京医科
歯科大学附属病院と熊本大学附属病院の 2 施設から検体が
収集された.ヨーロッパにおいては,イタリア国ミラノの
ニグアルダ病院,ドイツ国エッセンのリュークランドクリ
ニック,イギリス国ロンドンのロイヤルブロンプトン病院
の3施設から検体が収集された.ホルマリン固定パラフィン
包埋されたリンパ節生検組織切片がマイクロチューブにい
れて搬送された.これらのチューブは診断名を記載しない
ままで熊本大学に集められたあと,東京医科歯科大学にて
すべての解析が行われた.それぞれの検体の組織学的診断
は,通常の診断基準にもとづき各施設の協同研究者により
なされ,その情報は解析がすべて終了するまで公開されな
かった.
東京 熊本,およびイタリアからの材料はすべて切除生
検による表在リンパ節であった.東京の材料は,サ症24例,
結核13例,反応性リンパ節炎25例からなる.熊本の材料は,
サ症19例,結核15例,反応性リンパ節炎15例からなる.イ
タリアの材料は,サ症17例,結核17例,反応性リンパ節炎
16例からなる.ドイツおよびイギリスからの材料はすべて
縦隔鏡下に生検された縦隔リンパ節であった.ドイツの材
料は,サ症 33 例,結核 5 例,転移のない肺癌所属リンパ節
15 例からなる.イギリスの材料は,サ症 15 例,結核 15 例,
転移のない肺癌所属リンパ節15例からなる.
各 菌 種 に 特 異 的 な プ ラ イ マ ー と プ ロ ー ブ を 作 成 し,
TaqMan PCR 法にて組織から抽出した DNA 総量 500μg あ
たりの菌ゲノム 数を定量し,50以上を検出陽性検体として
解析をおこなった.その結果,4カ国いずれの施設において
も検出率に有意差はなく,P. acnesゲノムはサ症患者検体の
80 ~ 100% から検出され,P. granulosum ゲノムは患者の 35
ではサ症の原因として結核菌(Mycobacterium tuberculosis)
が疑われてきたが,本菌が病変から培養されたとする報告
はない.PCR法を用いた場合,マイコバクテリアDNAが病
変部から検出されたとする報告 3,4,5) もでたが,その後の追
試では検出されなかったとする報告 6,7,8) が多い.また,
Grahamらは,サ症患者の皮膚生検から抗酸菌のスフェロプ
ラスト(細胞壁を欠除した菌体)を分離したと報告9)し,そ
の後 P C R 法 によ り,分離 した 6 株 のう ち 5 株 が
Mycobacterium avium subsp. paratuberculosis であったと報
告10)したが,現在のところ追試は行われていない.
これとは対照的に,Propionibacterium acnes は日本人サ
症患者40症例中31症例(78%)の病変部リンパ節から分離
培養される11).PCR法による解析では,15症例中すべての
病変部リンパ節に高濃度の P. acnes あるいは P. granulosum
DNAを検出することが可能である12).これらの所見からサ
症におけるプロピオニバクテリアの病因的関与が疑われ
た.実際,P. acnes は強いアジュバンド活性を有しており,
前感作したラット 13) やウサギ 14) に本菌を投与することで
サ症類似の類上皮細胞肉芽腫を誘導することが可能であ
る.しかしながら,P. acnesは健常人の皮膚や腸内細菌叢に
検出される常在性細菌であり,サ症以外のリンパ節 180 症
例中 38 例(21%)からも分離培養が可能であり,また PCR
法においても,結核性リンパ節炎15症例中2例(13%)およ
び対照群リンパ節15症例中3例(20%)においても微量のP.
acnes DNAが検出されている.
このような現状の中,1999年11月に熊本で開催された国
際サルコイドーシス学会(第6回WASOG会議)では,学会
長である安藤正幸教授の采配により国際共同研究が企画さ
れ,その解析結果がシンポジウムにて検討された.これま
でそれぞれの国や研究室にて独自に検討されてきたサ症の
原因物質(サ症起因体)に関して,これを国際共同体制に
て総合的に解析し,その結果が国際会議にて検討されたの
はこれがはじめてであり,その意義はきわめて高いと評価
されている.
12
P. acnesとサルコイドーシス
〔総説〕
~ 80% で検出された(Table 1)
.108 名のサ症患者中,2 例
ノム量に比較してごく微量であった(Figure 1).常在菌の
の例外を除いてサ症患者のほとんど(98%)でいずれかの
対照として大腸菌ゲノム数をすべての検体で同時に解析し
種のプロピオニバクテリアが検出された(Table 2).P. acnes
たが,多くの検体で検出されず検出されたものでもごく微
のみが検出されたのは各施設のサ症患者の 20 ~ 60% で,P.
量であった.結核症例の0~33%で,また,反応性リンパ節
granulosum のみが検出されたのは各施設とも患者の 0 ~
20%と低率であった.両者のDNAいずれも検出されたサ症
患者の頻度は,各施設において有意な差は認められなかっ
た.M. tuberculosisゲノムは結核患者では65~80%で検出さ
れたが,サ症患者で検出された症例は日本人では皆無で,
ヨーロッパのサ症患者でも 10% 以下の検出率であり,その
検出量も同一検体で検出されるプロピオニバクテリアのゲ
炎症例の20~60%でプロピオニバクテリアのゲノムが検出
されたが,その検出量はサ症における検出量に比較してご
く微量であった.また,M. avium subsp. paratuberculosisは
いずれの施設のサ症患者においてもまったく検出されな
かった(したがって比較のための図表から本菌は除外され
ている)
.
Table 1. Numbers of patients in whom bacterial DNA was detected in lymph nodes
Table 2. Patterns of detection of different propionibacterial DNA in lymph nodes from patients with sarcoidosis
13
日サ会誌 2003,23(1)
Figure 1. QPCR measurement of bacterial DNA from lymph nodes of patients with sarcoidosis or tuberculosis, or from control lymph
nodes. The y-axis shows the estimated numbers of bacterial genomes in 500 ng of total tissue DNA extracted from samples
collected at different institutes. Some datum points overlap. PA, P. acnes; PG, P. granulosum; TB, M. tuberculosis; EC, E.
coli.
14
〔総説〕
P. acnesとサルコイドーシス
3. 国際比較結果の解釈について
症患者においては,結核菌が病因に関与している可能性を
感染症においてサ症類似の肉芽腫が形成されることは既
必ずしも否定はできないが,同一検体で検出されるプロピ
に知られている.mycobacteria, herpesviruses, Histoplasma
capsulatum, Treponema pallidum, Sporothrix schenckii,
オニバクテリアのゲノム数の方が圧倒的に多量であること
Coccidioides immitis, Schistosoma japonicum, Listeria
monocytogenes, Rhodococcus species, and the agent of
Whipple's diseaseなどがこれまで報告されている.サ症は全
世界で認められる病気であることから,その原因と想定さ
れる起因体は特別な感染病原体というよりも,むしろ広く
世界に流布しているものと推測されている.
サ症を引き起こしうる起因物質に関しては,これまで松
の花粉16), 抗酸菌17), マイコバクテリオファージ18), ボレリ
ア菌(Borreria bufgdorferi )19), 結核菌3,4,5), HHV8(human
herpesvirus 8)20) などが報告されているが,これらのいず
れにおいてもそれが病変部から分離あるいは培養されたと
する報告はない.ボレリア菌原因説は患者での抗体価の上
昇を根拠に 1992 年に中国の研究グループにより提唱され
たが,これは,サ症患者における各種ウイルス抗体価の上
昇と同様に,非特異的な B 細胞活性化に起因する現象であ
ることが判明している.HHV8 原因説は nested PCR を用い
た解析から1997年にイギリスのグループが提唱したが,そ
の後の追試の結果がことごとく陰性であり,現在その可能
性は否定されている.このような理由から,今回の国際比
較においては,これらの感染性微生物に関する検討は行わ
れなかった.
これとは対照的に,プロピオニバクテリアは日本人のサ
症患者から生検されたリンパ節から分離培養しうる唯一の
細菌 であ る 11) .今回 の研 究で は,P. acnes あ るい は P.
granulosum DNA が日本人サ症患者のみならずヨーロッパ
諸国におけるサ症患者においても同様に検出された.108
名のうち 2 例の例外は存在したが,これらの検体では bglobin gene の PCR においてもその増幅効率が低値を示し
ていたことから,検体自体のDNAが組織固定や包埋の過程
で極度に変性していた可能性も疑われる.問題となってい
るプロピオニバクテリアはアメリカ人サ症患者 5 名から採
取されたリンパ節12検体においても,その全例に検出され
ている.日本国内で地理的に離れた東京と熊本でその検出
率に差はなく,また日本と比較してヨーロッパ諸国におい
てもその検出率に有意差は認められていない.日本人症例
を解析した範囲内では,プロピオニバクテリアの検出率お
よび検出量ともに,患者の年齢や性別とは有意な相関は認
められていない.
結核菌DNAは,日本人のサ症患者43名のうちいずれから
も検出されなかったが,ヨーロッパ諸国のサ症患者では65
名中5名(8%)に検出された.結核菌 DNAが検出されたサ
から,本菌の方が局所の炎症に関与している可能性が高い.
結核症以外の検体にて検出される少量の結核菌DNAは,病
変形成に関与しているというよりもむしろ,BCG接種の既
往や潜在感染に起因する可能性のほうが高い.PCR 法によ
る検出限界閾値に近いような微量のDNAは,検体の測定感
度や測定誤差に強く影響されてくる可能性もある.従って,
これまでサ症検体からマイコバクテリア DNA を定性的
PCR法にて検出したとする報告3,4,5,21) おいては,これを定
量的PCR法にて今一度やり直してみる必要がある.
今回の検討では,常在菌としてのプロピオニバクテリア
が非特異的に病変部に存在している可能性を否定するため
に,同様な常在菌として知られている大腸菌に関しても同
様な検索を行った.その結果,108 症例のサ症検体中に大
腸菌 DNA が検出されたのはわずか 2 症例のみであり,その
検出量も微量であった.また,プロピオニバクテリアが多
量に検出されたのはサ症検体のみであることから,リンパ
節生検時に皮膚からコンタミした可能性も低い.少量の菌
DNAが検出されることは偶発的にも起こりうるが,本菌が
リンパ節組織内に病原性なく存在しうることは先の厚生省
研究班の培養結果からも既に指摘されている11).
ドイツおよびイギリスの結核症および対照リンパ節で
は,他国の同様の検体に比べて高頻度かつ多量にプロピオ
ニバクテリアが検出された.この理由としては,これらの
生検材料がすべで縦隔鏡にて採取された縦隔リンパ節であ
ることに起因している可能性がある.そこでドイツ人の検
体を提供して頂いた研究施設において,縦隔リンパ節では
なく,日本の材料と同様な表在リンパ節を収集して頂き追
加解析を行った.すなわち,21名のドイツ人乳癌患者の手
術の際に切除された腋下リンパ節(転移有りと無しをそれ
ぞれ1個ずつ)計42検体を解析したところ,少量のP. acnes
ゲノムが2名(5%)で検出されたのみであり,P. granulosum
ゲノムはまったく検出されなかった.この同一施設におけ
る縦隔リンパ節と表在リンパ節の比較からは,肺からのリ
ンパ液が流れ込む縦隔リンパ節においては,サ症病変の有
無に関係なく高率 高濃度にプロピオニバクテリアが常在
している可能性が想定される.サ症における肉芽腫形成が
肺と肺門部リンパ節に高率に認められる理由は,案外この
ような本菌の常在様式と関係あるのかもしれない.
結核菌 DNAは結核症検体の65%~80%に検出され,その
検出量もサ症におけるプロピオニバクテリア DNA の検出
量と大差は認めなかった.一部の結核症リンパ節において
結核菌DNAが検出できなかった理由として,各施設からの
15
日サ会誌 2003,23(1)
結核症検体において乾酪壊死を伴う肉芽腫病変の量にかな
りのバラツキがあることに関連しているらしい.結核菌
DNA 陰性であった症例の多くが定型的な乾酪壊死病変の
乏しい症例であったことや,我々自らが収集した東京の結
核症検体では,乾酪壊死の明瞭な肉芽腫病変が全体の 50%
以上を占めているものが殆どであり,これらの検体では例
外なく本菌DNAが検出されているからである.
4. ISH法によるP.acnes DNAの局在
山田ら22)は,サ症リンパ節内に検出されるP. acnes DNA
とサ症肉芽腫形成との病因的関連を検証するために,定量
的PCR法にて検出される多量のP. acnes DNAの組織内分布
を In situ hibridization(ISH)法を用いて解析した.本研究
では,catalysed reporter deposition(CARD)という新しい
シグナル増幅法を用いた高感度の ISH 法を応用して組織切
片中のP. acnes DNA の検出に成功している.サ症病変部で
肉芽種性炎症部と非肉芽腫部それぞれの CARD シグナル数
を光学顕微鏡下に測定しその組織内分布を検討するととも
に,結核性肉芽腫病変や反応性リンパ節炎における測定結
果とも比較することにより,P. acnes DNA が肉芽腫内に集
積して存在することを示されている(Figure 2, 3).また,
同一検体における定量系 PCR 法と ISH 法との結果を比較す
ることで,ISH 法による組織学的な局在検索法がこれまで
の PCR 法によるゲノム定量法とよく相関したと報告してい
る(Figure 4)
.
Figure 3. Numbers of signals by CARD for P. acnes in lymph
nodes from patients with sarcoidosis or tuberculosis,
and in control lymph nodes. Signals were counted in
both granulomatous areas ('inside Gr') and
nongranulomatous areas ('outside Gr'). Closed
circles, samples with positive results by QPCR, and
open circles, samples with negative results by QPCR.
The horizontal bars show, from bottom to top, the 25th
percentile, median, and 75th percentile. Mann-Whitney
U test.
16
Figure 2. CARD with streptavidin conjugated with horseradish
peroxidase for P. acnes in sarcoid (A) and control (B)
lymph nodes. Note abundant signals in sarcoid
granuloma and the single signal (arrow) in
hyperplastic sinus of the control lymph node.
Figure 4. Correlation between results of CARD and QPCR.
Closed circles, sarcoid samples. Open circles,
tuberculous and control samples. Spearman's rankorder correlation.
〔総説〕
P. acnesとサルコイドーシス
一般に,肉芽腫反応とは細胞内停滞性抗原に対する宿主
いることは確かである.従って,内在性の細菌として常在
の防衛反応であり,サ症の原因として想定される原因物質
するがゆえに通常では起こり得ないアレルギー反応が,先
(サ症起因体)は,サ症病変部において肉芽腫性炎症局所に
天的あるいは後天的に獲得されたサ症患者特有の免疫学的
集積して存在している必要がある.したがって,P. acnes
内在性素因に起因して,サ症という全身性肉芽腫疾患を引
DNA が肉芽腫内に集積して認められるという病理形態学
き起こしている可能性がある.
的な知見は,サ症病変部において本菌が無意味に存在して
いるのではなく,これが肉芽腫の形成に積極的に関与して
いることを強く示唆しているものと考えられる.
5. 宿主要因
サ症における炎症反応は,活性化されたT細胞とマクロ
ファージにより成り立っており23),病変部肺におけるサイ
トカイン産生の解析からは,これが何らかの未知の抗原物
質に対する Th1 タイプの免疫反応であることが知られてい
る 24).もしプロピオニバクテリアがサ症の起因体となって
いるとすれば,本菌に由来するなんらかの抗原物質に対し
てサ症患者特有の免疫反応が存在していなければならな
い.近年,江部ら25)は,P. acnes由来の蛋白抗原を用いて末
梢血リンパ球の刺激試験を行い,慢性安定期にあるサ症患
者の約2割の症例において,本疾患に特異的な細胞性免疫
反応が検出されたと報告している(Figure 5).彼らが検索
に用いたリコンビナント蛋白抗原(RP35)は,P. acnes の
ゲノム DNA ライブラリーをサ症患者血清にて免疫スク
リーニングして得られた菌体由来のリコンビナント蛋白抗
原であり,遺伝子解析の結果からは,これが P. acnes の
trigger factor 蛋白 に由 来し てい るこ とが 判明 して いる
(Figure 6).これらの知見は,サ症患者の宿主要因として,
本菌に対する細胞性免疫型のアレルギー素因が存在し,こ
の疾病素因を基盤に,本菌の異所性増殖にともなう肉芽腫
形成が生じている可能性を示唆している.
サ症の病因や疾病発生機構においては起因体側の要因よ
りも,このような宿主要因のほうがより重要であり,この
ことは,病変部組織の抽出物を患者の皮下に投与してその
後の肉芽腫形成の有無を判定するクベイムテスト 26) の現
象からも容易に推測できる.花粉症に代表されるように,
環境中に常在する抗原物質でも,患者側の内在性素因に起
因してアレルギー反応が誘導されることはよく知られてい
る.このような内在性素因に起因した過敏性免疫反応にお
いては,花粉抗原のような抗原暴露形式であれば,クーム
スI型のアナフィラキシー反応が主体となるが,結核菌に代
表されるような細胞内寄生性の細菌に対しては,通常クー
ムスIV型の遅延型アレルギー反応が誘導される.サ症病変
部に認められるP. acnes DNAや菌体成分はすべて細胞内に
局在しており,P. acnesが細胞内で生存しうるかどうかは不
明であるが,細胞内に長期停滞しうる抗原物質を保有して
Figure 5. Response by peripheral blood mononuclear cells
(PBMC) to RP35 from P. acnes and purified protein
derivative (PPD) from M. tuberculosis. Fresh
peripheral blood was collected from patients with
sarcoidosis (Sar: n = 50), tuberculosis (TB: n = 21),
and rheumatoid arthritis (RA: n = 32) and from healthy
controls (Cont: n = 32). SI, stimulation index. Some
datum points overlap. Mann-Whitney U test. The
dotted lines show the threshold, set at the mean + 3SD
of the 32 samples from the controls. The horizontal
bars show, from bottom to top, the 25th percentile,
median, and 75th percentile. The response to RP35
was greater in PBMC from patients with sarcoidosis
than from patients with tuberculosis (p = 0.024) or
arthritis (p = 0.008), or from the controls (p < 0.001).
The response to PPD was greater in PBMC from
patients with tuberculosis than those from patients
with sarcoidosis (p < 0.001) or arthritis (p = 0.003), or
from the controls (p < 0.001). Responses to RP35
higher than the threshold (SI = 1.67) were found only
in sarcoidosis. The frequency of such responses was
9 (18%) of the 50 patients. Responses to PPD higher
than the threshold (SI = 8.23) were found only in
tuberculosis, and at a frequency of 8 (38%) of 21
patients.
17
日サ会誌 2003,23(1)
Figure 6. Alignment of the complete amino acid sequence of the
trigger factor of P. acnes (A) obtained from Ref. 25
with the complete sequence of the trigger factor of M.
tuberculosis (B) obtained from the Swiss-Prot
database. Identical amino acids are joined by vertical
lines. + indicates a conservative change. Arrows mark
the 5'- and 3'- terminal regions of RP35.
Figure 7. Pulmonary granulomas caused experimentally in mice
by a recombinant trigger-factor protein, RP35, of P.
acnes. Female C57BL/6 mice were sensitized by weekly
subcutaneous injections of 50μg of RP35 emulsified
with complete Freund's adjuvant for 3 weeks, and
examined 3 days after the last sensitization. Note the
many granulomas scattered throughout the lung (A,
original magnification, × 22) and a granuloma with
many lymphocytes around a core of epithelioid cells
with rich eoshinophilic cytoplasm (B, × 600).
6. 実験モデル
先に紹介した P. acnes の trigger factor 蛋白(RP35)をア
7. 新しい感染症の概念
ジュバントとともにマウスに皮下免疫すると,一部(25~
サ症の原因についてはこれまで,経気道的にせよ血行性
57%)のマウスで肺にサ症類似の肉芽腫性病変が誘導され
る(Figure 7).蛋白抗原のかわりに菌体そのものを用いて
も結果は同様である.また正常マウスの約 1/3 で肺から P.
acnesが培養可能であることから,感作免疫のみにて肺肉芽
腫を形成するマウスでは,肺にP. acnesが常在性に感染して
いる可能性がある.ヒトの末梢肺組織や肺門部リンパ節か
らも約半数の症例で本菌が培養可能であり,他の細菌類は
ほとんど検出されないことから,P. acnesはこれらの組織に
常在感染している可能性が高い.
宿主の本菌に対する過敏性免疫反応が素因となりサ症が
発症しているのであれば本実験系をサ症の実験モデルとみ
なすことができる.細胞内細菌に有効な抗生剤による除菌
処置が,本実験モデルにおける肺肉芽腫の形成を防止でき
る可能性があり,現在その解析が進行中である.
にせよ何らかのルートで原因微生物が外界から侵入し疾患
18
を引き起こすものと推測されていたが,これからは全く
違った考え方をする必要がでてきた.健常人の肺やリンパ
節に既にP. acnesが常在しているとなると,サ症という病気
は菌が外から侵入して発病するのではなく,
「宿主のアレル
ギー反応がある閾値を超えて始動すると,菌がもともと存
在する局所を中心にあたかも花が咲くようにぽつぽつと肉
芽腫ができてくる」と考えたほうが自然なのかもしれない.
このような考え方は,サ症患者で肺や肺門部リンパ節の病
変が高頻度である理由や,びまん性粒状影を呈する肺野病
変の成り立ちなどを説明するうえでは好都合かもしれない.
P. acnes に関しては「共生」という言葉がよく使われる.
常在菌はヒトの身体のなかに共存している必要があり,
種々の手段を用いて波風立てないように静かにしており,
〔総説〕
P. acnesとサルコイドーシス
時には我々にとってメリットのあることをしているのかも
いる.これは古くからの感染症の概念を凌駕するものにな
しれない.P. acnesとの共生がうまくいく宿主環境を有する
りつつある.微生物の感染が生体に与える影響やその機序
健康人が多い中で,一部には共生がうまくいかず,本菌が
は決して一通りではない.感染症専門医であるカサデバル
保有するなんらかの抗原物質に対する遅延型アレルギー体
と,細菌学 免疫学を専門とするピロフスキー 27)は,こう
質を有する人が存在する.このような疾病素因を有する人
いった個体反応の多様性をも考慮した新しい感染症の概念
では,ストレス等の環境要因を契機に P. acnes の異常増殖
を提示している.彼らはウイルスから細菌にいたるまでの
(常在局所での増菌または異所性増菌)が起こりサ症が発症
すべての感染症を宿主の免疫反応性とそれによって引き起
してくるものと考えられる(Figure 8).
こされる病変の程度との関連性から 6 つのクラスに分類す
ることで,コッホの3原則ではもはや包括できなくなった感
染症の概念を整理しようと試みている(Figure 9).彼らの
分類に従えば,サ症はP. acnes菌によるクラス6型の感染症
として定義できるのかもしれない.
Figure 8. Host-pathogen interactions: the role of P. acnes in the
etiology of sarcoidosis. P. acnes is indigenous to the
skin and intestine. Symbols: +, when condition is
present; -, when condition is absent. (-/+, present in
some and absent in others.) This anaerobic bacterium
can persist intracellularly in the lungs and lymph
nodes and proliferate locally (here) or ectopically (in
other organs) in the presence of certain environmental
factors related to hormones, stress, living habits, and
so on. P. acnes may proliferate in healthy people also,
but sarcoidosis patients have Th1 hypersensitivity to
bacterial antigens due to abnormal immunoreactivity
that can be secondary and acquired by unknown
mechanisms or can be determined hereditarily
because of the genetic polymorphism of human
leukocyte antigens (HLA), some immunoregulatory
genes, or other unidentified genes.
昔でいう感染症のコッホ原則からすれば,ひとつの生き
た微生物が体内に侵入して同一の病状を呈する疾患を引き
起こし,かつその微生物が病巣から分離される.それを証
明することが感染症の原点であると考えられてきた.確か
にそこにも量とか時間的因子などを含めた生体の反応性の
問題はあった.しかし分子生物学的あるいは免疫学的にそ
の原因や機序が分かりつつある時代になると,いわゆる「個
の反応性」の重要性が再認識されるようになってきた.ひ
とつのものが入ってあるひとにはこういう反応,あるヒト
には違った反応をするというような新しい概念がうまれて
Figure 9. Host-pathogen interactions: redefining the basic
concepts of virulence and pathogenicity. Six damageresponse curves for six classes of microbial
pathogens. The y-axis denotes the amount of damage
to the host resulting from the host-pathogen
interaction. The x-axis denotes the magnitude of the
host immune response. 'Variable': in these classes,
the amount of damage depends greatly on the
individual host. A microorganism typical of each class
is shown in parentheses. Pathogen class 6, of
microorganisms that cause damage only when the
immune response is strong, is largely a theoretical
category. A microorganism that might meet class 6
criteria is Helicobacter pylori, a human pathogen
discovered to be associated with peptic ulcer disease.
The class is included to describe the growing list of
diseases that may be the result of infectious
microorganisms, such as sarcoidosis and both
Crohn's and Whipple's diseases.
19
日サ会誌 2003,23(1)
8. 治療法開発への期待
引用文献
最後にサ症の治療の展望について述べる.確かに疾患の
1)
原因を明らかにするプロセスも重要かもしれないが,胃潰
瘍におけるピロリ菌のときのように,先に除菌療法が病態
2)
の改善に有効であることを証明するほうが,より実際的な
のかもしれない.抗生剤投与により皮膚表面や腸内の細菌
が消えることはないであろうが,肺やリンパ節で異常増殖
するP. acnesは消える可能性がある.既に形成された肉芽腫
は別としても,その病変が遷延化したり,肉芽腫病変があ
3)
ちこちに広がるような病態に対しては何らかの治療効果が
あるかもしれない.また,trigger factor蛋白などの責任抗原
4)
が明らかとなれば,その抗原エピトープに対する宿主側の
免疫反応を何らかの方法で特異的に抑制することも可能と
なるかもしれない.サ症のP. acnes原因説は日本を中心に発
5)
展してきた学説であり,近い将来,治療に関しても日本主
導でその開発が検討されるよう期待する.
6)
7)
8)
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