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月刊 金融ジャーナル 2003年7月 総特集 雇用が変わる

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月刊 金融ジャーナル 2003年7月 総特集 雇用が変わる
月刊
金融ジャーナル
2003年7月
総特集 雇用が変わる、銀行員が変わる
part I 変革期の人事制度
金融界、人材流動化の現状と課題
流動化のうねり、大幅に収縮
意義深い地銀、信金での機会拡大
エスペランサ・ビジネス・コンサルティング 代表取締役 梅田 岳志
それまで各種待遇面での優位性、企業としての安定度、社会的ステイタスの高さから人材タ
ーンオーバーのレシオの最も低いとされた銀行を中心としたわが国の金融機関から、1997 年、
山一證券及び北海道拓殖銀行の破綻を端緒とし、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行
等の破綻、公的管理へのプロセスの中で、各種人材の強制的ともいえる外部オポチュニティ
を求めての流れが生じたことは記憶に新しい。その現象はその後も途絶えることなく脈脈と続
き、信託銀行の一部、中下位都市銀行の信用不安、その後のメガバンク誕生に伴う重複人
材の発生、リストラクチュアリングへの不安から多数の人材が外資系および他の日系金融機
関、金融以外の各産業に転職している。このように過去において考えられなかったような流動
化の流れが半ば常識になっているのにもかかわらず、意外なことに昨今、人材の流動化のう
ねりが大幅に収縮している。
▉ 流れを止めた主な要因
このことはある意味で優秀な人材の外部流出に悩まされてきた日系金融機関において歓迎
されうる事象であるともとらえることができうる反面、今後更なる事業効率化を計らねばならな
い各社にとって、いわゆる余剰人員への対処の困難さを生じさせ、ひいてはグローバルに展
開する厳しい競争に打ち勝つ為の人材の競争原理に基づく活力の醸成を阻害することを予
感させる。
なぜこのような流れを止めるような現象が起こっているのであろうか。
表面的要因として、以下のようなものがあげられよう。
1. ITバブルの崩壊、米国を中心とした企業会計不信、9.11 同時多発テロ以降の地政学的政
治情勢激変への不安等による外資系金融機関の事業の大幅な見直しによる採用抑制。
2. 日系各金融機関においての戦略的人材の外部採用の動きが収益環境の更なる悪化、資
産劣化の状況から焦眉の課題に対しての施策を最優先にするため急速に収縮したこと。
3. 景気状況の停滞、悪化により同様の動きが他産業においても起こっていること。
4. これまで転職した人々の成功例が限られ、必ずしも外部オポチュニティに活路を求めるこ
とが短視眼的に見て得策ではなさそうだとの判断が働いていること。
5. デフレの進行もあり、目先の給与水準が低下すれども生活
感が著しく低下はしておらず、保守的な考えの蔓延とあい
まって目先の既得権を守ろうとする傾向にあること。
▉ 人材の転職先の分類
それではこのような状況にいたるまでの金融機関からの人材流
動化の注目すべき事例について述べてみたい。
まずもっとも大量、かつ多岐にわたる優秀な人材が外部流出し
た旧日本長期信用銀行の事例は参考になろう。
破綻後現在まで 1000 人以上の行員が転職をしたと予想される
中、ざっくりと、その人材と転職先を分類してみよう。
<人材別分類>
梅田 岳志(うめだ たかし)
1962.1.31 生 神奈川県出身
86.3 慶應義塾大学卒 同.4
日本債券信用銀行入行 キ
ダー・ピーボディ証券を経て、
ラッセル・レイノルズ・アソシエ
イツ、エグゼクティブ・ディレク
ター 99.11 エスペランサ・ビ
ジネス・コンサルティング設
立、同代表
1. 企画、人事等の金融機関の経営の根幹に存在した、いわゆるエリート達。ただし実務面
でやや専門的分野に欠ける傾向性もある。
2. いわゆるテクノクラートと判断される各種分野についての専門家。
3. 専門分野を持たずいわゆる銀行総合職としてのゼネラリスト的キャリアを持つ人々。
4. 部長以上、役員等の経営陣。
<転職先・旧興銀>
実は4.のカテゴリーを除く各人材の最大の企業別転職先は旧日本興業銀行(現みずほファ
イナンシャルグループ)である。
当時金融界における存在感を急速に失いつつあった旧興銀より、大量の主にテクノクラート
人材が外資系金融機関等に流出しており、その影響で多岐にわたる分野で人材の不足が起
こった。その穴を埋めるため同じ長信銀でもある旧長銀人材を求めたのである。
とくに1.、3.のカテゴリーに属する人材は、主に営業部店もしくはそれを統括する部署に多く
配属された。旧興銀のテクノクラート的人材が抜ける中、営業部店等の人材をその補完として
充当したのに伴い、さらにその穴埋めが必要だったことがその要因である。
2.のカテゴリーについては多くがその専門分野をそのまま生かせる部門にテクノクラートとし
て配属された。デリバティブ、セキュリタイゼーション業務を含むマーケット部門にクオンツ、ス
トラクチュアラー、トレーダー、リスクマネージャーとして、コーポレートファイナンス部門にて、
M&Aのマーケッター、エクゼキューター、プロジェクトファイナンス業務担当者として、IT部門
ではSEをまとめベンダーをハンドリングする専門家として、リーガルコンプライアンス部門に
ては法務専門家として、それぞれに各種業務専門家としての能力を生かしていった。
また、1.のカテゴリーの人の多くが海外留学等を経験しており、その語学力を期待されて海
外部店、もしくはそれをサポートする部門に配属された例も多い。
<転職先・旧興銀以外>
旧興銀以外に転職をした人々の行き先についても類似したパターンが存在する。
1.のカテゴリーの人々については、戦略系を含む各コンサルティングファーム、外資系イン
ベストメントバンクにおける金融機関担当のカバレッジオフィサー、ベンチャー企業を含む他
産業の経営企画部門。
2.のカテゴリーの人々は、外資系、日系金融機関を問わず、その専門性がフィットするオポ
チュニティに。(上記旧興銀と同様)
3.のカテゴリーの人々は、人物の総合的能力が高く、かつ 30 歳代前半までの比較的若い年
代の場合、日系を含む他の金融機関が営業等を中心とした、中堅基幹人材としての採用が
行われたり、ベンチャー系企業を含む他産業のコアメンバーとして活躍する例も散見される。
ただしこのカテゴリーの人々は転職にあたり自身のキャリア構築に創造的発想が求められ、
一流銀行員としてのプライドがその選択にいろいろな影響を与え、多岐にわたるオポチュニテ
ィにアプライがなされた。
4.のカテゴリーの人々は、第二地銀、公的な意味合いの強い金融機関にマネジメントの一
角として、外資系を含む信販会社、ノンバンク、消費者金融の経営陣としてのポジションに就
かれた例も多い。また、個人的資質のレプテーションが高かったり、本人の人脈の力により、
コンサルティングファーム、及び他産業の経営陣の地位に就かれたりしているなど個別に能
力、人物本位で、それぞれのオポチュニティで活躍されている。
このような大量の優秀な人材が銀行を飛び出し活路を求めた中、現在 2 次 3 次の転職も行わ
れ、外資系金融機関等に移った人々は特に、経済、金融環境の激変から、端緒の金融機関
からその能力ゆえに次の外資系金融機関にて活躍していることは、自然な動きであろう。
またジェネラリストとして日系金融機関に転職をした人々については比較的その組織の中で
自ら定着することを努力しており、更なる転職の動きを見ることは少ない。
しかしながら、特にその専門的能力を評価され日系金融機関でのオポチュニティを得た人々
がその組織に定着せず、さらに外部オポチュニティにアプライしている状況は日系金融機関
における人材の流動化が縮小する中、極めて、注目すべき事象と判断される。またこのこと
は日系金融機関にとって人的資本において大いなる損失であると同時に今後のビジネス展
開上必要な人材の確保に不安を投げかけるものではなかろうか。
▉ なぜ、2 次的転職が起こるのか
ここで日系金融機関において斬新な人事制度を構築し、戦略的に秀逸な外部人材の受け入
れを行ってきた金融機関の事例を示すことで、なぜ、日系金融機関からの他より受け入れた、
戦略的人材の 2 次的転職が起こっているかのヒントとしたい。
⑴ 大手総合証券ホールセール部門
某メガバンクよりの資本出資及び提携関係強化により、両社のノウハウ及び顧客基盤の融合
を図ると同時に、他社に対する競争力構築の為の専門性のアップを目的として、デリバティブ
部門において、それまでの総合職制度とは一線を画した、能力もしくは収益に応じた柔軟な
処遇を可能とした、人事制度を導入し、社内よりその制度に移行する人材を募るとともに外部
人材を積極的に導入した。
社内外の多数の人材がその制度に応じて処遇されその結果として、いくつかの戦略的新金
融商品が組成され、ヒット商品となり、同社の比較的カバレッジが弱かった顧客の開拓に大い
なる貢献をするとともに、十分な収益を計上した。
しかしながら、新人事制度の適用を受けたグループは当然ながら、社内ではあくまでも、圧倒
的少数派であり、他の部門にてこの制度が活用されることもなく、提携強化後のお互いの危
機意識が薄れるとともに、同制度適用のグループに対しての風当たりも強くなり、次第に淘汰
される力が働いている。
当然、新人事制度の適用を受けた人材も再び社外のオポチュニティにアプライする状況とな
っている。
⑵ 生保系アセットマネジメント会社
極めて、立ち遅れているわが国のアセットマネジメントビジネスに対しての問題意識から、プ
ロフェッショナリズム、及び専門性を一挙に醸成するため、生命保険会社本体の企業風土よ
り切り離し、独立性を保つため、コーポレートガバナンスの概念を導入、社長以下各部門の中
核的役割を担う人物をマーケットに準じた給与水準にて招聘し、斬新な運営を図ってきたも
の。
しかしながらビジネス的に短時間に結果を出していくことの困難さ、及び運用業界のおかれた
環境の急激な悪化(株式アクティブ運用のニーズの大幅な低下)及び親会社グループの提携
戦略によるアセットマネジメント子会社同士の合併の波に飲み込まれ、当初の組織運営の概
念の変更を余儀なくされ現在にいたっている。
⑶ みずほ証券
旧興銀証券を中心として、旧第一勧業証券、旧富士証券が合併、グローバルな競争力を持ち
える、フルラインナップインベストメントバンキングを目指すため、特に株式、証券化を含むス
トラクチャードファイナンス、M&A等の部門に外部人材を積極的に採用。その受け入れに際
して外資系金融機関と遜色ない各種処遇を行えるように斬新な人事制度を構築活用している。
現在まで極めて多数の人材が入社、試行錯誤のもあり、同じく多数の人材が外部に流出を繰
り返しているが(定着率は低く人材の入れ替わりは激しい)、例えば、株式部門等はマネジメ
ント層も含めほとんどが外部人材によって運営される状況となっている。
いまだにビジネス並びに収益確保において、中核銀行のフランチャイジーに頼るものも多く、
成功事例とは言いがたい部分もあるが、一貫して外部人材の登用を続け人材マーケットにお
いては会社として、一定の評価が存在している。よって、昨今は秀逸な人材が自身の自己実
現の場所として入社する例も飛躍的に高まってきており、各種人材に対する前向き及び後ろ
向きの対応のノウハウの蓄積とあいまって、組織としての勢いをも感じさせるものとなってい
る。
それではなぜ専門分野について確かな能力を持つ人材が日系金融機関より 2 次的な転職を
選択せざるを得ない状況なのであろうか。
やはりその最大の要因と判断せざるを得ないのは総合職制度とその制度を基盤とする企業
ガバナンス及びヒエラルキーの存在である。
金融機関の経営上、いわゆる資本財と評価できうる貴重な人材を生かすためには、そのよう
な知的労働者に対し、その責任範囲において人事、予算、その他ビジネス上必要な権限を与
え信賞必罰の精神を持って処遇することが極めて重要である。
せっかく試験的な意味合いも含めて斬新な人事制度を並行して導入しても、総合職制度に基
づいた組織の論理にてそのハンドリングを図ろうとするならば、瞬く間にその息吹は失われ、
形骸化するばかりか組織全体に虚無的なムードを蔓延することになるのである。
そのことはかえって、重要な人材の外部流出の原因を作り、組織の中での資本財とはなりえ
ないただ総合職制度にて守られることを前提としたいわゆる事なかれ主義的人物を水面下で
跋扈させるだけであろう。上記事例に示すようにみずほ証券においては失敗を繰り返しなが
らその継続により一定の効果を生んでいるばかりか、組織としての活力さえも感じさせる。(も
ちろん各種問題をはらんではいるが)
▉ 優秀な人材を活用せよ
戦後わが国において極めて、優秀な人材が集まってきた金融界の将来の人材の中心として
期待されてきた各種専門性を持った金融エキスパート達が、根源的な気持ちではわが国の
金融機関においてその競争力の復活の為、そのプライドを取り戻す為、力を発揮したいと希
望しているにもかかわらず、結局、組織の論理に押し切られるようにして、活躍することがか
なわず、そのような人材の活用に長けた、外資系金融機関などの、刹那的なオポチュニティ
に流出していくことに心が痛んでならない。
ここ数年企画、人事部等の心有る人々が斬新な人事制度の導入を試みてきたが、生き残りを
かけた合併等の動きの中で、再び、極めて保守的な動向を示す金融機関において、その制
度の活用も風前の灯となっている。
真に能力が高く志の高い金融スペシャリストは、外資系金融機関、日系メガバンクより経営の
方向性が一貫している地銀、信金等の有力金融機関にて、彼らを生かすオポチュニティがあ
れば、多様な人材の真のアービトラージとして意義深いことであるのではなかろうか。
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