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http://repository.osakafu-u.ac.jp/dspace/ Title Author(s) Editor(s
 Title
Author(s)
学報. 号外 平成7年第2号
大阪府立大学
Editor(s)
Citation
Issue Date
URL
1995-03-10
http://hdl.handle.net/10466/9608
Rights
http://repository.osakafu-u.ac.jp/dspace/
平成7年3月10日
号外 第2号 1
大 阪 府 立 大 学
号外第 2 号
平成7年3月10日
〆9遭、
響ノ
編集発行
大阪府立大学事務局
次
目
告
示
学位論文内容の要旨及び論文審査結果の要旨公表・………………・…・……………・・………・ 1
告
示
1 論文内容の要旨
緒
言
食品や化粧品を変質させる微生物を防除するた
学位論文内容の要旨及び
論文審査結果の要旨公表
めに、多くの抗菌物質が使われている。それらは
主として植物が自己防衛のために生産している二
次代謝産物である。一般に、食品や化粧品の保存
大阪府立大学告示第18号
の目的に使用する抗菌物質は幅広い抗菌スペクト
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学
ルを持つことが望ましいが、化粧品の場合、特定
規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条
の微生物、たとえば皮膚、髪、亭亭の傷害を引き
第1項の規定に基づき、平成7年1月30日博士の
起こす微生物の防除も重要で、この場合は、抗菌
学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規
スペクトルが狭く抗菌両性が強いことが望ましい。
定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の
また、食品や化粧品は、医薬品とは異なり、継続
要旨を次のとおり公表する。
して長年にわたって使用するもので、安全性は特
に重視しなければならない。現在、食品や化粧品
平成7年3月10日
に用いられる抗菌物質は、活性が弱いので高濃度
大阪府立大学長平紗多賀男
ひめ
じま
まさ
き
称号及び氏名 博士(農学) 姫 島 年 樹
で使用されており、安全性を考慮すると、新たな
抗菌物質や使用方法の開発が必要である。
本研究は、主として食用植物に新しい抗菌物質
(学位規程第3条第2項該当者)
を探索し、皮膚、髪、歯等の恒常性を害する微生
(大阪府 昭和37年2月21日生)
物の防除への応用と、2種の抗菌物質を組み合わ
せて活性を強め、より低濃度で使用する方法を考
論 文 名
植物由来の抗菌物質に関する研究
一食用植物を中心に一
慮したもので、その概略は次の通りである。
第1章植物種子由来の抗菌物質
1.カシュー一・ナッツ・シェル・オイル
(CNSO)由来の抗菌物質
(63)
2 号外 第2号
CNSOは食用として利用される安全性の高い
平成7年3月10日
合わせで強い活性を示すものと考えた。
ものである。CNSOから16種のフェノール化合
3.カルダモンの種子由来の抗菌物質
物を単離し、種々の微生物に対する抗菌活性を調
カルダモンの種子は古来から香辛料として用い
べた。それらの化合物のほとんどが、グラム陽性
られているが、ブラジルではマウスウォッシュ、
菌に対してのみ活性を示し、特に虫歯の原因菌の
石鹸、胃痛の治療薬として、インドでは媚薬とし
1っであるstrePt(moecnts nmbansとアクネの原因
て用いられている。また、サウジアラビアなど中
菌の1つであるProPtonibαzctenum(xcrnesに対し
近東の国々では、カルダモンの種子を噛みタバコ
強い活性を示した。それら16種の化合物は全て0
のように噛む習慣がある。著者は、カルダモンの
∼3個の二重結合を有するCiSのアルキル鎖をも
種子が伝承的な医薬品であることから、抗菌物質
つ構造類似の化合物で、構造と濤性の相関を検討
を含むものと考え検討した。その結果、10種の揮
した結果、ωアルキル鎖中の二重結合の数が増加
発性質を同定したが、いずれも主としてグラム陽
すると活性が強く、(2)ベンゼン砂中に水酸基やカ
性細菌と真菌に対して弱い抗菌活性しか示さなか
ルボキシル基を付加すれば活性が強まり、(3)ベン
った。
ゼン血中に水酸基とメチル基を付加すれば水酸基
第2章カリフォルニアバッカイ由来の
単独より活性が少し弱まることを明らかにした。
St・nnzt(ms es集物質
また、種々の長さのアルキル鎖を持つサリチル酸
植物由来の抗菌物質の検索中に、カリフォルニ
誘導体を合成し、構造と活性の相関を調べたとこ
アバッカイ(AeseuZtcs eα/tformtcα)から単離した
ろ、(1)C,。のアルキル鎖ではグラム陽性菌に対し
ヒドロキノンがSt. mutansの凝集活性を持つこと
てのみ活性を示し、(2)C2。では溶性が消失する、
を見出し検討を加えた。その結果、ヒドロキノン
(3>活性の強さは対象とする微生物により異なるが、
は抗菌活性を持たないが、増殖時のSt. mutctns細
C,。∼C12で最強である、ことが明らかになった。
胞を凝集させる活性を持つことを認めた。ヒドロ
CNSOから得た化合物は、グラム陽1生菌にのみ
キノンと水酸基の位置が異なるレゾルシノールや
抗菌活性を示すので、St. mutansやP・nenesの防
カテコールは、この活性を持たないことからヒド
除に利用出来ると考えた。
ロキノンの水酸基が凝集活性に重要であることが
2.プシュリの種子由来の抗菌物質
明らかになった。St・mutansは、口腔内で、グル
ブラジルで民間医療に使われているプシュリの
コシルトランスフェラーゼを生産し、その作用で
種子は、自然界では難分解性として知られている。
スクロースから生成するグルカンに他の微生物な
著者は、これが種子に含まれる抗菌物質に起因す
どを吸着させて虫歯を形成することが知られてい
るのではないかと考え検索した。その結果、ヘサ
る。St. mutCtnsをガラス容器中で、スクロースを
キン抽出画分にスペクトルの広い抗菌物質を見出
含む培地で培養すると凝集塊を形成して容器壁に
した。それらは、その水蒸気蒸留画面に移行した
付着する。しかし、ヒドロキノンを加えた場合に
が、GC−MS分析の結果、主成分はサフロール
は、St. mutctnsの細胞は強く凝集するが、容器壁
とメチルオイゲノールで、それらを含め、フェ
には付着しない。
ノール化合物4種、モノテルペン7種、セスキテ
以上のことから、ヒドロキノンはSt. nnttansの
ルペン1種を同定した。それらの抗菌活性を調べ
グルカン形成において、糖鎖間の「架け橋」とな
たところ、殆どの化合物が、グラム陽性細菌と真
って凝集作用を増強し、凝集塊の容器壁への付着
菌に対して活性を示した。なかでもカリオフィレ
を妨げるものと推測した。このように、ヒドロキ
ンと同定した物質はP・(tenesに強い活性を示し、
ノンは、St. rnutansの歯への付着を阻害するので、
スキンケア化粧品への利用が可能であると考えら
殺菌作用を持たないが新しい虫歯予防剤としての
れた。しかし、ほとんどの化合物の抗菌活性は弱
利用が可能であると考えた。
く、プシュリの種子では2個以上の化合物の組み
(64)
平成7年3月10日
第3章松の樹脂に含まれる抗菌物質
キクイムシは松(Pinns ponderosα♪の樹皮を傷
号外 第2号 3
果、いずれの場合もポリゴジアールによるSyner−
gism効果は認められなかった。しかし、アネトー
つけて微生物を感染させ大きなダメージを与える
ルはポリゴジアールの抗真菌活1生を高め、カンジ
松の大敵であるが、松の樹木は傷つけられたり、
ダ症の病原菌であるCαndim aZbtcαnsに対し殺菌
キクイムシの攻撃を受けると、傷口から樹脂(松
的に作用することが明らかとなった。また、プシ
ヤニ)を分泌してダメージの拡大を防ぐ防禦機構
ュリ種子に含まれる幾つかの化合物がポリゴジア
を持っている。
ールの活性を高めることを認めた。一方、ポリゴ
このような知見を基にして、著者は松ヤニが抗
ジアールと同様の作用機作を持つアンフォリシン
菌物質を含むのではないかと考え検討した。松ヤ
Bとアネトールでは、アネトールがσ.αtbteans
ニを水蒸気蒸留して得られた蒸留画分は、グラム
など酵母に対するアンフォテリシンBの抗菌活性
陽性細菌および真菌に対して抗菌活性を示し、残
を弱める負の効果を、また、真菌性皮膚病の病原
渣はグラム陽性細菌に対してのみ抗菌活性を示す
菌であるpttyrospomm OVαleに対しては正の効果
ことが明らかになった。さらに、蒸留画分に含ま
を示し、菌種によって異なった効果を示すことが
れる抗菌物質をGC−MS分析を行った。その結
明らかになった。このように、抗菌物質の組み合
果、蒸留画分には主としてモノテルペンとセスキ
わせと対象微生物によって、Synergism効果は異
テルペン類が含まれており、モノテルペン類は真
なるが、食品原料中の物質の組み合わせ使用で抗
菌に対して、セスキテルペン類はグラム陽性細菌
菌効果を高め得ることが明らかになった。
に対して抗菌活性を示すことが明らかとなった。
第5章ナギラクトン類とポリゴジアール、
一方、残渣には構造が類似した4種のジテルペン
アンフォテリシンBおよびフェニール
カルボン酸が含まれており、その1つであるアビ
プロパノイドのSynergism
エチン酸がグラム陽性細菌に対して抗菌活性を示
ナギからは、多くのうクトン類が単離され、実
用への利用が期待されているが、一般に抗菌活性
した。
第4章植物由来の抗菌物質のSynergism
による微生物防除
一般に、植物由来の抗菌物質の活性は弱いが、
植物の抽出液が比較的強い抗菌活性が示すことか
は弱い、そこで、ナギラクトン類とポリゴジアー
ル、アンフォテリシンBおよびアネトールなどの
フェニールプロパノイドとの組み合わせによって
抗菌活性を高めることを検討した。
ら、植物では2種以上の物質の協奏作用(Syner−
ナギラクトンEはポリゴジアールとの組み合わ
gism)によって抗菌作用を高めていることが推測
せでは、ポリゴジアールのσ.αZbicαnsに対する
された。そこで、2種類の抗菌物質を組み合わせ
活性を弱める負のSynergismを、アンフォテリシ
て活性を強めれば、より低濃度で抗菌物質が使用
ンBやイソサフロールとの組み合わせでは、C.
できるので、安全性が高まり、実用的に有利であ
αlbicαnsに対する活性を互いに強ある正の効果を、
ると考え検討した。抗菌物質のSynergismに関し
またP.ovαteに対する漕1生には全く効果を示さず
て適用できる理論も実例も少なく、個別の物質に
真菌類でも対象とする微生物種によって
ついての試行錯誤で有利な組み合わせを探る以外
Synergismの効果が異なることが明らかになった。
に手段はない。ここでは、数少ない実例である、
一方、ナギラクトン類とアネトールの組み合わせ
植物由来の抗真菌性物質ポリゴジアールがアクチ
では、アネトールがナギラクトン類の真菌に対す
ノマイシンDやりファンピシンのような抗菌物質
る抗菌活性を顕著に高めることが明らかとなった。
の抗真菌活性を高める実例を参考にして、ポリゴ
また、単独では真菌に対して全く抗菌活性を示さ
ジアールと、香辛料の原料であるアニスに含まれ
ないナギラクトンCがアネトール存在下では活性
るアネトールあるいはプシュリの種子の抗菌物質
を示すことを認あた。従来、抗菌活性を持たない
との抗真菌Synergismについて検討した。その結
とされている物質が、他の物質との共存で活性を
(65)
平成7年3月10日
4 号外 第2号
持つことを示す例は知られておらず、この成果は
た。それらの活性は、(1)アルキル畑中の二重結合
重要な知見といえる。
の数が増加すると活性が強く、②ベンゼン環中に
以上に述べたように、主として食用植物を材料
水酸基やカルボキシル基を付加すれば活性が強ま
にして抗菌物質を探索した結果、カシュー・ナッ
り、㈲ベンゼン畑中に水酸基とメチル基を付加す
ツ・シェル・オイルに含まれるフェノール化合物
れば水酸基単独より活性が少し弱まることを明ら
が特定の微生物に対して抗菌活性を示し、化粧品
かにした。また、種々の長さのアルキル鎖を持つ
などに応用出来ると思われた。また、食用植物由
サリチル酸誘導体を合成し、それらは、(1)C ,。の
来の抗菌物質を組み合わせることにより、抗菌活
アルキル鎖ではグラム陽性細菌に対してのみ活性
性を強め、特定の微生物に対し、より安全な濃度
を示し、(2)C2。では活性が消失する、(3)活性の強
で使用出来ることを明らかにした。さらに、ヒド
さは対象とする微生物により異なるが、CtO∼
ロキノンがSt. mutαnsの細胞を凝縮させ、 St.
C12で最強であることを明らかにして抗菌物質の
nnttcmsのグルカン形成に伴う歯への付着を妨げる
化学合成への道を拓いた。
ことを明らかにし、新しい虫歯防除剤としての利
2.次に、プシュリの種子から単離し、カリオ
用の可能性を示唆した。
フィレンと同定した物質がP.camesに強い活性を
これらの成果は、新しい抗菌剤の開発に貢献出
示し、スキンケア化粧品への利用が可能であるこ
来るものと考える。
とを明らかにした。
3.また、カリフォルニアバッカイから.単離し
2 学位論文審査結果の要旨
たヒドロキノンがSt. mutansの凝集活性を持つこ
微生物の防除を目的として食品や化粧品に添加
とを見出し検討を加え、ヒドロキノンは増殖時の
される抗菌物質は、一般に活性が弱いので高濃度
St. mutans細胞を凝集させる活性を持ち、その水
で使用されており、より安全な抗菌物質や使用方
酸基が活性発現に重要であることを明らかにした。
法の開発が求あられている。
さらに、ヒドロキノンはSt・nrutansの固体表面へ
本論文は、皮膚、髪、歯等の恒常性を害する微
の付着力を失わせることを見出し、虫歯形成の原
生物の防除に応用できる新しい抗菌物質を食用植
因となるSt・mtttansの歯への付着を阻害する新し
物を中心に探索し、さらに、より低濃度で使用す
い虫歯予防剤の開発に途を拓いた。
る方法について研究した成果をまとめたものであ
4.松ヤニが含む抗菌物質を検索し、水蒸気蒸
る。
留画分にグラム陽性細菌および真菌に、残渣には
1.まず、カシュー・ナッツ・シェル・オイル
グラム陽1生細菌に抗菌作用を示す物質が存在する
(CNSO)、プシュリとカルダモンの種子の抗
ことを明らかにした。ついで、蒸留画分のモノテ
菌物質を検索し、CNSOからフェノール化合物
ルペン類は真菌に対して、セスキテルペン類はグ
16種、プシュリの種子からフェノール化合物4種、
ラム陽1生細菌に対して、残渣に存在する4種のジ
モノテルペン7種およびセスキテルペン1種、カ
テルペンカルボン酸の中の1っアビエチン酸はグ
ルダモンの種子から揮発性物質10種を単離・同定
ラム陽性細菌に対して、それぞれ抗菌滑性を示す
した。また、それらの化合物のほとんどは、グラ
ことを見出した。
ム陽性細菌に対してのみ活性を示し、特に虫歯の
5.従来、知見の乏しかった抗菌物質の協奏作
原因菌であるStreptoeOecrus mutansとアクネの原
用(Synergism)による微生物防除についても検討
因菌であるProPtontbacrtertianαenesに対し強い
し、より低濃度で抗菌物質を使用する方法につい
活性を示すことを見出した。CNSOからSt.
て考察した。まず、食用植物タデが含む抗真菌性
mutansとP. canesの防除を目的として単離した16種
物質ポリゴジアールと、香辛料の原料アニスが含
の化合物は、いずれも0∼3個の二重結合を有し
むアネトールあるいはプシュリの種子の抗菌物質
C正5のアルキル鎖をもつ構造類似の化合物であっ
とのSynergismについて検討し、アネトールがポ
(66)
平成7年3月10日
リゴジアールのカンジダ症の病原菌Cαndtdα
αLbtecmsに対する殺菌活性を高めること、また、
号外 第2号 5
大阪府立大学告示第19号
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学
プシュリ種子に含まれる幾つかの化合物がポリゴ
規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条
ゴジアールの活性を高めることを認あた。一方、
第1項の規定に基づき、平成7年1月30日博士の
アネトールがポリゴジアールと同様の作用機作を
学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規
持つアンフォテリシンBのC.αZbteαnsなど酵母
定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の
に対する抗菌活性を弱ある負の、真菌性皮膚病の
要旨を次のとおり公表する。
病原菌であるpityrosporm OVαLeに対しては正の
平成7年3月10日
効果を示し、菌種によって異なった作用をするこ
とを明らかにした。さらに、ナギから単離したナ
大阪府立大学長 平 紗 多賀男
ギラクトン類とポリゴジアール、アンフォテリシ
ンBおよびアネトールなどのフェニールプロパノ
すみ
たに
ひで
のふ
称号及び氏名 博士(農学) 隅 谷 栄 伸
イドとのSynergismについて検討した。その結果、
(学位規程第3条第2項該当者)
ナギラクトンEはポリゴジアールのC.αLbteαnsに
(大阪府 昭和39年9月26日生)
対する活性を弱める負の効果を、アンフォテリシ
ンBやイソサフロールとの組み合わせでは、C.
αZbteαnsに対して正の効果を示し、真菌類でも対
象とする微生物種によってSynergismの効果が異
なることを明らかにした。一方、アネトールはナ
論 文 名
果実加工品の揮発性成分に及ぼす高圧及び
加熱処理の影響
一温州ミカン及び白桃を例に一
ギラクトン類の真菌に対する抗菌活性を顕著に高
あ、単独では全く抗菌活性を示さないナギラクト
1 論文内容の要旨
ンCに抗真菌活性を発現させる機能を持つことを
第1章緒
初あて見出した。
論
温州ミカン、白桃などは缶詰加工用としての利
以上、抗菌物質について、新しい見地から検討
用度が高い果実として知られている。これらは、
を加え、新規な抗菌物質を見出すとともに、それ
通常スズメッキ層が露出した内面無塗装缶に詰め
らの新規な使用法の開発への端緒を与えた本研究
られ、加熱殺菌される。缶内はスズの存在で封入
の成果は、微生物学、食品科学、天然物化学の分
酸素が急激に減少し、還元的雰囲気に保たれ、褐
野の発展に寄与するところが大である。
変を抑制するだけではなく、香気劣化も抑制する
よって、学力確認の結果と併せて、博士(農学)
と言われている。しかし、加熱処理では品質劣化
の学位を授与することを適当と認める。
が避けられないことから、内容物の品質を損なう
審査委員
主査 教 授 坂 井 拓 夫
副査教授中山充
副査教授中野長久
ことなく保存性を付与できる高圧処理が注目され
るようになった。
本研究は、加熱殺菌した温州ミカン果汁の揮発
性成分に及ぼす金属スズの影響を調べるとともに、
高圧処理により保存性を付与した温州ミカン果汁
及び白桃の揮発性成分の保存中における変化を調
べ、その香りの特徴を評価し、高品質な製品開発
につながる基礎的データの取得を目的として行っ
たものである。
(67)
平成7年3月10日
6 号外 第2号
第2章 温州ミカン果汁の揮発性成分と金属スズ
量法を確立した。
第1節加熱処理した温州ミカン果汁保存中の
有機物の分解は、硝酸及び塩酸による湿式法に
ジメチルスルフィド(DMS)及び揮発性
よった。定量は検量線法及び内標準法について検
成分に及ぼす金属スズの影響
討したが、良好な結果が得られないため、標準添
温州ミカン果汁において、加熱及び保存域の揮
加法により測定した。温州ミカンを含めた13種類
発性成分の変化とDMSの生成が、異臭原因となる
の缶詰食品について、それらの定量値と5試料測
ことが知られている。そこでこの異臭発生に対す
定の変動係数を求めた。その結果、変動係数は
る金属スズの影響を検討するため、搾汁直後の新
0.91∼10.3%の範囲内にあり、回収率は平均99.2
鮮果汁をスズ板を入れたガラスビンと入れないガ
%であった。
ラスビンとに満注状態にして加熱充填し、0℃、
第3章温州ミカン果汁及び白桃の揮発性成分に
及ぼす高圧処理の影響
25℃及び40℃に保存し、DMS及び揮発性成分の経
時変化を追跡した。
第1節 温州ミカン果汁の揮発性成分に及ぼす
高圧処理の影響
保存温度が低いほどDMSの生成量は少ない上、
スズ板を入れた試料の方がスズ板を入れない試料
加熱殺菌により、温州ミカンから異臭DMSが生
に比べてDMSの生成量は少なく、金属スズの効果
成することは避けられない。そこで、加熱せずに
は低温保存ほど顕著であることがわかった。しか
保存性を付与するたあ、高圧処理により温州ミカ
し、ヘッドスペース成分及び連続蒸留抽出した揮
ン果汁を製造し、高圧処理の揮発性成分に及ぼす
発性成分の変化に及ぼす金属スズの影響は見られ
影響を調べた。
なかった。
第2節温州ミカン果汁中のS一触チルメチオニ
ンスルフォニウム(漁{S)の定量
搾汁直後の果汁をフッ素樹脂製ボトルに充填後
高圧処理(400MPa,20℃,10分)したものと、比
較試料として加熱充填したものを0℃、25℃及び
温州ミカンではDMSの生成で異臭が発生するた
40℃にそれぞれ保存後、それらの揮発性成分量の
め、その前駆物質であるMMSの定量を行う必要が
経時変化を次の二つの方法で検討した。その一つ
ある。これまで果汁中の剛Sの定量は加熱分解に
は、連続蒸留抽出法により揮発性成分を補派し、
より生成したDMSをGCで分離定量する間接分析法
シリカゲルカラムクロマトグラフにより炭化水素
とアミノ酸分析計を用いた直接分析法があるが、
成分と含酸素成分に分画、濃縮後GC/MSで測定す
近年、高感度かつ簡便な方法として利用されてい
る方法であり、他はダイナミックヘッドスペース
る0フタルアルデヒドを反応試薬とするプレカラ
法によって揮発性成分を補集後、熱脱着してGC/MS
ム蛍光誘導体化HPLCによるWSの直接定:量法につ
測定を行う方法である。
いて検討した。その結果、変動係数2.8%(n=5)、
加熱処理試料と比較した結果、高圧処理試料で
回収率105%の分析データが得られ、極めて精度
はP一シメン及びヘキサテールが増加した。特にヘ
の高い剛S定量法を確立することができた。なお、
キサナールは高圧処理した温州ミカン果汁に新鮮
本方法によって得たミカン果汁中のMMS量は28.2
な香りを与えていると思われる。高圧処理は加熱
μMであった。
を伴わないため、加熱異臭の原因物質であるDMS
第3節 ICP発光分析法による温州ミカン缶
の発生を抑制できることに意義があると考えられ
詰及びその他缶詰食品中のスズの定量
食品衛生の観点から、缶から缶詰食品中へ侵出
したスズの定量を行う必要がある。従来、スズの
る。
第2節 白桃の揮発性成分に及ぼす高圧処理の
影響
定量には原子吸光分析法が用いられてきたが、今
高圧処理により保存性が付与された白桃の揮発
回、前処理が比較的簡単な【CP(高周波誘導結合
性成分の経時変化を、他の加工処理のもののそれ
プラズマ)発光分析法による缶詰食品中のスズ定
と比較検討した。
(68)
号外 第2号 7
平成7年3月10日
高圧処理試料と、その比較試料として、無傷の
添加した試料(÷NaCl試料)及びApAとNaClの両方
完熟試料、破砕した試料、及び加熱処理試料をそ
を添加した試料(+AsA+NaCl試料)の4種類の試
れぞれ調製した。高圧及び加熱処理試料は酸素無
料を調製し、高圧処理後0℃と25℃に保存した。
透過性ケーシングに真空包装後、400MPa、20℃、
(E)一2一ヘキセナール及び(E♪一2一ヘキセノー
10分の高圧処理、及び100℃、30分の加熱処理を
ルが全ての試料から多量に検出された。各試料中
それぞれ行い、25℃及び40℃に保存し、経時的に
のベンズアルデヒドの生成量から判断して、褐変
ダイナミックヘッドスペース法によって揮発性成
防止剤として添加したAsAは見かけ上、ベンズア
分補集後、同士着してGC/MSに導入し、揮発性成
ルデヒドの生成を促進している考えられる。エス
分の同定と定量を行った。
テル類は25℃保存では減少したが、0℃保存した
ベンズアルデヒドの生成量は、高圧処理試料で
場合、経時的な減少は殆ど見られなかった。AsA
最も多く、保意中のその生成量は、25℃保存では
の添加によって褐変が防止でき、C6アルデヒド
1週目で、40℃保存では2週目で最高値となり、
類及びC6アルコール類は新鮮な香りに、γ一デ
処理直後の約10倍∼20倍に増加して、その後は漸
カラクトンは桃の特徴的な香りに、ベンズアルデ
次減少している。そこでベンズアルデヒド生成に
ヒドは甘い香りに、さらにエステル臭がフローラ
関与するβ一グルコシダーゼの酵素活性が高圧処
ルあるいはフルーティーな香りに寄与し、品質の
理試料と同条件の高圧処理で影響を受けるかどう
良好なネクターを製造できることが明らかとなっ
かを調べたところ、酵素活性は低下するが、完全
た。
に失活していないことが判明した。これらの結果
第4章総
括
から、高圧処理試料では失活しなかったβ一グル
温州ミカン果汁において、スズが異臭原因とな
コシダーゼにより保存中にベンズアルデヒドが増
るDMSの生成を抑制し、品質劣化を防止している
加したと考えられる。その他の成分として、桃の
ことを実証した。DMSの前駆体であるMMSの定量
香りに究めて重要な香気物質であるγ一デカラク
法及びICP発光分析法による缶詰中の溶出スズの
トンは、破砕処理試料に次いで高圧処理試料に多
定量法を確立した。
く、保存中に顕著な変動が見られなかった。また
高圧処理した温州ミカン果汁では、P一シメン及
エステル類は加熱処理で激減するが、高圧処理で
びヘキサナールが増加した、特にヘキサナールは
は残存し、その後25℃及び40℃保存中に減少した。
高圧処理した温州ミカン果汁に新鮮な香りを与え
ベンズアルデヒド及びγ一デカラクトンは高圧処
ていると考えられる。
理した桃の香りに重要な役割を果たしていると考
高圧処理した白桃においては酵素作用で生成す
えられる。
るベンズアルデヒドが大きく香りに寄与し、二品
第3章高圧処理したショ糖添加白桃ホモジネ
防止剤として添加したAsAが見かけ上ベンズアル
ートの揮発性成分
デヒドの生成を促進することを見いだした。加熱
高圧処理した白桃果実は組織破壊がひどく商品
処理では消失するエステル類、C6アルデヒド類
価値がない。そこで高圧処理により保存性のある
及びC6アルコール類は高圧処理後では残存し、
新鮮な桃の風味を保持したネクターの製造を目的
極あて品質のよいネクターを製造できることが明
として、保存性と揮発性成分の経時変化について
らかとなった。
調べた。
試料として、除核、剥皮した白桃にショ糖を添
2 学位論文審査結果の要旨
加して均質化した試料(コントロール)と、ショ
温州ミカンおよび白桃は缶詰加工用として利用
糖を添加し、さらに凶変防止作用があるL一アスコ
度が高く、通常スズメッキ層が露出じた内面無塗
.ルビン酸(AsA)を添加した試料(+ApA試料)、酵
装缶に詰められ加熱殺菌される。面内におけるス
素活性抑制作用がある塩化ナトリウム(NaC 1)を
ズの効果は封入酸素を減少して還元的雰囲気を保
(69)
平成7年3月10日
8 号外 第2号
ち、褐変および香気劣化を抑制するといわれてい
分析計(GC−MS)で解析した。加熱処理試料
るが詳細な研究はなされていない。また、加熱処
と比較した結果、高圧処理試料ではP一シメンお
理では品質劣化が避けられないたあ、内容物の品
よびヘキサナールが増加し、特にヘキサナールは
質を損なうことなく保存性を付与できる高圧処理
新鮮な香りを与え、また高圧処理は加熱を伴わな
が注目されている。本研究は加熱殺菌した温州ミ
いため、異臭の原因物質DMSの発生を抑制でき
カン果汁の揮発性成分に及ぼす金属スズの影響を
ることが判った。
調べるとともに、加熱せずに高圧処理により保存
つぎに、高圧処理した白桃の揮発性成分の保存
性を付与した温州ミカンおよび白桃の揮発性成分
中の経時変化を他の加工処理試料(無傷の完熟試
の保存中における変化を調べ、その香りの特徴を
料、破砕処理試料、加熱処理試料)と比較検討し
評価し、高品質な製品開発につながる基礎的デー
た。すなわち、ヘッドスペース法で揮発成分を補
タの取得を目的として行ったものである。本研究
集し、GC−MSで解析した結果、ベンズアルデ
で得られた知見を要約すると、以下のようになる。
ヒドの生成量は高圧処理試料で最も多く、経時的
1.温州ミカン果汁の揮発性成分と金属スズ
にもその増加が確認された。また、高圧処理によ
スズメッキ缶に詰めた温州ミカン果汁から溶出
りベンズアルデヒド生成に関与するβ一グルコシ
したスズが、その揮発性成分と加熱および保存中
ダーゼの酵素活性は低下するが、完全に失活しな
の異臭原因となるジメチルスルフィド(DMS)
いことが判明した。高圧処理試料では残存したβ
の生成に及ぼす影響を調べた。保存温度が低いほ
一グルコシダ一口により保存中にベンズアルデヒ
ど、またスズを入れた試料の方がス琴を入れない
ドが増加したと考える。その他の成分として、桃
試料に比べて、DMSの生成量は少なく、スズの
の香りに極めて重要な香気物質であるγ一デカラ
効果は低温保存ほど顕著であることが明らかとな
クトンが高圧処理試料に多く、保存中に顕著な変
った。しかし、揮発性成分には影響のないことが
動は見られなかった。従って、ベンズアルデヒド
判った。また、DMSの前駆物質であるS一一メチ
およびγ一デカラクトンは高圧処理した桃の香り
ルメチオニンスルフォニウムの定量法として、
に重要な役割を果していることが明らかとなった。
o一フタルアルデヒドを反応試薬とするプレカラ
高圧処理した白桃果実は組織破壊がひどく商品
ム蛍光誘導体化液体クロマトグラフ法を用いた極
価値がないたあ、新鮮な桃の風味を保持したネク
めて有効な定量法を確立した。さらに、食品衛生
ターの製品を目的として、揮発性成分の経時変化、
の観点から、缶から缶詰食品へ侵出したスズの定
および酵素的褐変を防止する手段として用いるア
量を行うことが必要であるが、前処理が従来の方
スコルビン酸(AsA)および塩化ナトリウムの
法に比べて簡単な高周波誘導結合プラズマ発光分
影響について検討した。試料中のベンズアルデヒ
析法を用いるスズ定量法を確立した。
ドの生成量から判断して、AsAは見かけ上、そ
H.温州ミカン果汁および白桃の揮発性成分に
の生成を促進していることと、低温(0℃)で保
及ぼす高圧処理の影響
存した場合、エステル類の経時的な減少は殆ど見
果汁および果実の加熱加工処理では内容物の品
られなかった。また、AsAの添加により褐変が
質劣化は避けられないことから、高圧加工処理に
防止でき、低温貯蔵することによって、C6アル
着目し、温州ミカンおよび自桃の高圧処理による、
デヒド類とC6アルコール類は新鮮な香りに、
それらの揮発性成分に及ぼす影響を調べた。まず、
γ一デカラクトンは桃の特徴的な香りに、ベンズ
温州ミカン果汁を高圧処理したものと、比較試料
アルデヒドは甘い香りに、そしてエステル類はフ
として加熱処理したものをそれぞれ0℃、25℃お
ローラルあるいはフルーティーな香りに寄与する
よび40℃で保存後、それらの揮発性成分の経時変
品質の良好なネクターが製造できることを明らか
化を連続蒸留抽出法およびヘッドスペース法の二
にした。
方法で成分を補高し、ガスクロマトグラフー質量
以上、本研究で得られた知見はその生物有機化
(70)
平成7年3月10日
号外 第2号 9
学的価値に加え、食品化学および食品製造学分野
の発展に資するところ大である。
よって、学力認定の結果と併せて博士(農学)
の学位を授与することを適当と認ある。
審査委員
近年、耐性菌の中でも抗生物質がほとんど無効
な黄色ブドウ球菌であるMRSA(メチシリン耐
性黄色ブドウ球菌、methicillifi−resistant stα一
PtylOeαeeztsαureUS)が病院内感染菌として全世
界に蔓延し、化学療法の緊急課題の一つになって
主査 教 授 櫟 本 五 男
副査教授中山充
副査 教 授 松 本 幸 雄
いる。我が国でも高齢患者の生体防御低下による
易感染性宿主の増加及び1980年代よりブドウ球菌
に対して抗菌力の弱い第3世代セフェム薬が多用
された結果、急速にMRSAを増加させ問題をよ
り深刻なものにしている。
大阪府立大学告示第20号
MRSA感染症の治療薬の1つであるバンコマ
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学
イシンは、1991年に我が国でもMRSA感染治療
規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条
剤として静脈内投与で承認され、その有効性が高
第1項の規定に基づき、平成7年1月30日博士の
く、小児あるいは新生児にも使用が認められてい
学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規
る数少ない薬剤である。しかし、このバンコマイ
定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の
シンについても腎毒性があることや腸球菌、乳酸
要旨を次のとおり公表する。
菌などでは既に耐1生菌が報告されていることから、
殺菌的に作用しかつ毒性の低い抗MRSA剤の開
平成7年3月10日
発が望まれている。
大阪府立大学長平紗多賀男
しま
なか
かず
お
称号及び氏名 博士(農学) 嶋 中 一 夫
そこで、高度に耐性化したMRSAに有効な抗
生物質を開発することを目的として微生物の代謝
産物を探索した結果、ZtnzyeoZatopsts s p. M I 481−
(学位規程第3条第2項該当者)
42F4株の生産物中に新規な構造を有する4種の抗
(大阪府 昭和34年4月10日生)
生物質を発見し、これらをアミチアマイシン
(amythiamicin)と命名した。本論文は、アミチア
論 文 名
新規抗MRSA抗生物質
アミチアマイシンに関する研究
マイシン生産菌の菌学的性質、生産、単離、物理
化学的性質と化学構造、生物活性、さらにその作
用機作などについて論述する。
第1章アミチアマイシンの生産と単離
1 論文内容の要旨
土壌中より単離した放線菌の培養液について多
抗生物質の発見とその実用化は、現代医療及び
忍耐1生菌であるMRSAを指標にスクリーニング
健康向上に大きな進展をもたらした。特に1941年
を行なった結果、最も協力な活性を示す菌株とし
のペニシリンの実用化にはじまり、多くの抗生物
て、MI481−42F4株を得た。 MI481−42F4株は、その
質が発見・実用化され、化学療法が飛躍的に進歩
菌学的分類試験の結果、蜘ooτα加p蕊s sp. M【481
した。その後ストレプトマイシン、クロラムフェ
−42F4と同定した。 AmyeoZαtopsts sp. MI481
ニコール、オーレオマイシンなどが1950年までに
−42F4の培養液30 Lより遠心分離した図体のメタ
発見され、細菌病の化学療法はほとんど完成した
ノール抽出画論から活性物質を得た。得られた活
かに見えた。しかし、1958年頃には既に耐性菌が
性油分は溶媒抽出、順層及び逆心シリカゲルカラ
出現し、抗生物質研究の進展にもかかわらず、現
ム、高速液体クロマトグラフィーによる分取など
在でも薬剤に対する耐性菌の出現とその克服の繰
の方法を組み合わせて精製し、アミチアマイシン
り返しが続いている。
A550㎎、 B 9㎎、 C 20㎎及びD38mgを純粋な白
(71)
平成7年3月10日
10号外 第2号
色粉末として単離することに成功した。
及びDの構造と一致した。側鎖部分を形成するセ
第2章アミチアマイシンDの構造決定
リルーブロリンアミドは通常のアミド結合を介し
アミチアマイシンDは分子量1030、分子式
C,,H42N,207S,であり、種々の呈色反応、
て主骨格部分に結合していた(Fig.1)。
アミチアマイシンCは分子量1182、分子式
IRスペクトルよりペプチド様物質であると推定
C5。H5。N,40gS6であり、そのアミノ酸分析の
された。そこでアミチアマイシンDを6N塩酸に
結果はアミチアマイシンA及びBのそれと一致し
て酸加水分解しアミノ酸分析を行なった。その結
た。NMRスペクトルの検討の結果、主骨格部分
果、アミチアマイシンDは1モルのグリシン及び
(C−1∼C−41)は、アミチアマイシンA,B及び
3種の未知アミノ酸それぞれ1モルを構成アミノ
Dの構造と一致した。側鎖部分に関しては、セリ
酸として含有することが明らかになった。3種の
ンとプロリンとがジケトピペラジン環を形成し、
未知アミノ酸の構造決定のため、カルボキシル基
残るセリンの水酸基がエステル結合を介して主骨
及びアミノ基を保護した誘導体を合成し、種々の
格部分に結合していることが明らかとなった
核磁気共鳴(NMR)スペクトル (iH−NMR、
13
b−NMR、1H−IH COSY及びHetere−
(Fig. 1) .
チアゾール含有ペプチド抗生物質群の中にはア
nuclear Multiple−bond Connectivity(HMBC)
ミチアマイシンAのようなオキサゾリン環を含有
等)及びUVスペクトルの解析によりチアゾール
している化合物は珍しくないが、アミチアマイシ
環を含有した新規アミノ酸であることを明らかに
ンCのようににジケトピペラジン環を有する抗生
した。これらのアミノ酸配列はHMBCスペクト
物質の発見は初めてである。
ルの解析により決定し、環状構造であることが判
第4章アミチアマイシンA、B、 C及びDの絶
対構造
明した。Fig.1にアミチアマイシンDの平面構造
を示す。
第3章アミチアマイシンA、B及びCの構造決
定
アミチアマイシンDの無色針状結晶を用い相対
立体配置及びその絶対立体配置を明らかにするた
めX線結晶構造解析を行なった。その結果、アミ
アミチアマイシンAは分子量1181、分子式
チアマイシンDの相対立体配置から、すべてのア
C5。H5,N,50sS6であり、そのアミノ酸分析の
ミド結合はトランスの立体配座をとり、また強い
結果、アミチアマイシンDに含まれる4種のアミ
分子内水素結合が1箇所あることが明らかとなっ
ノ酸の他に新たにセリン1モル、プロリン1モル
た。さらに、Sの異常分散効果を利用してアミチ
を構成アミノ酸として含有することが明らかとな
アマイシンDの絶対立体配置を検討した。バイフ
った。アミチアマイシンAの種々のNMRスペク
ット(Bijvoet)の不等関係の方法から限られた数
トルの詳細な検討により環状構造を含む主骨格部
のバイフット対の大小関係を比較し、その絶対立
分(C−1∼C−41)については、アミチアマイシン
体配置を決定し、C−10、 C−19及びC−29位の立
Dと一致し、41位の炭素からの側鎖部分が異なっ
体配置は、すべてS配置であることを明らかにし
ていることが判明した。すなわち、アミチアマイ
た。
シンAの側鎖部分を形成するセリルーブロリンア
アミチアマイシンA、B及びCの主骨格部分の
ミドはオキザゾリン環を介して主骨格部分に結合
絶対立体配置は、アミチアマイシンAからD及び
していた(Fig.1)。
AからB及びCへの化学変換と得られた物質の施
アミチアマイシンBは分子量1199、分子式
光度を天然物のそれと比較することによりアミチ
C5。H5,N,50gS6であり、そのアミノ酸分析の
アマイシンDと同一であることが判明した。また
結果はアミチアマイシンAのそれと一致した。詳
アミチアマイシンA、B及びCに含まれる側鎖の
細なNMRスペクトルの検討の結果、主骨格部分
セリン及びプロリンの立体配置は、光学活性カラ
(C−1∼C−41)については、アミチアマイシンA
ムを用いてすべてL型であると決定した。
(72)
号外第2号11
平成7年3月10日
第5章アミチアマイシンの生物活性
子EF−Tuの遺伝子解析を行なった。その結果、
アミチアマイシンはグラム陽性菌に対し強い抗
228番目のコドンにGTT(Val)→GCT(Ala)
菌活性を示し、特に、アミチアマイシンA、B及
の変異が認められた。この耐性の変異株は、リボ
びDは臨床分離株である60株のMRSAすべてに
ソームの50Sサブユニットに作用することが知ら
対し、同様に強い抗菌活性を示した。アミチアマ
れているチオストレプトンに対して感受1生を有す
イシンA、B及びDの細胞毒性はいずれも100μ
るままであったことからアミチアマイシンAの標
g/meで認められず、またマウスに対する急性毒性
的が、タンパク生合成の鎖の延長因子EF−Tuで
(LD50)は、腹腔内投与で100㎎/kg以上であ
あることが示唆された。
った。さらにマウスを用いた感染治療実験におい
総
括
ても0.6㎎/㎏の腹腔内投与で治療効果が認めら
高度に耐性化したMRSAに有効な抗生物質の
れ、MRSA感染症の治療薬として期待される。
開発を目的として、微生物の代謝産物を探索し、
アミチアマイシンの作用機構を知るため、アミ
AnlyeolatopSts s p. M I 481−42 F 4株が産生する
チアマイシンAについてStαphyZocroeeus nveus
アミチアマイシンを発見した。アミチアマイシン
FDA209 Pの高分子合成阻害について調べたと
の構造は、主として2次元NMRの手法を用いて
ころ、ロイシンの取り込みを特異的に阻害した。
決定し、その絶対構造についても明らかにした。
さらにEsehe?tehtα eoLt K 12Q 1 3尊体破砕液の遠
これらの物質は毒性が低く、高度に耐性化した
心上澄みを調製し、pely(U)をmRNAとする
MRSAに対して優れた抗菌活性を示したことか
無細胞タンパク合成系に対するアミチアマイシン
らMRSA感染症の治療薬として有望である。
の影響を調べ、タンパク生合成の重合の過程を阻
さらに、アミチアマイシンの抗菌作用機構の主
作用点は、タンパク生合成の鎖の延長因子EF−
害していることが判明した。
次に、タンパク生合成におけるアミチアマイシ
Tuであることが示唆されたが、その標的部位の
ンAの作用点を知るため、BCtctZLus SlthttZts
詳細な解明は、今後MRSA感染症に有効な治療
NRRLB−558よりアミチアマイシンAに耐1生
薬を開発する上で重要であると考えられる。
の変異株を選択し、タンパク生合成の鎖の延長因
Fig. 1.
Structures of amythiamicins A, B, C and D.
R
4片
S 1多N
39
1
2ク’
N
3KX
5
t
4
34 . 3?
“熱燗
3,V・一S NH
Nク S
0
NH
0
ヨ
H3C\
葺12
11
10
14
o
N. 17
ク
18
みデ・
94/
15 X16
CH3
24
(73)
12号外 第2号
平成7年3月10日
5’
Amythiamicin A
べ商N
6,
〈’ ,,.NH2
o
o
5,
OH
O
Amythiamicin B
2電 41
〈’ ,・.NH2
H
o
Amythiamicin C
6,
R一 .,ll...i;i.,2N
o
o
o
R= /i44×2 o/1;xyi;J”[×.一一:〈
晶 ・’
7’
6,
8,
o
Amythiamicin D
R=
2 学位論文審査結果の要旨
抗生物質の発見により化学療法が大きく進歩し、
その恩恵を多大に受けてきたが、最近では耐性菌
I遠郷
o
を要約すると次の通りである。
1)新規抗MRSA抗生物質を生産する菌とし
てAmycolatopsis sp. M I 481−42F4株を得た。
の出現によりその克服に非常に苦慮しているきび
2)菌体のメタノール抽出三分から各種クロマ
しい現実がある。特に抗生物質のほとんどが無効
トグラフィーを駆使して、アミチアマイシンA、
なメチシリン耐【生黄色ブドウ球菌(MRSA)に
B、CおよびDと命名した4種の活性物質を単離
対する対策は緊急課題の一つとなっている。第3
した。
世代セフェム剤を多用した結果としてMRSAが
3)アミチアマイシンDの構造は環状ペプチド
増加し、さらに生体防御機構の低下した高齢患者
様物質であることが予想された。加水分解後アミ
の増加がより事態を深刻化させており、新規抗
ノ酸分析を行って、グリシンと3種の未知アミノ
MRSA抗生物質の発見が今こそ急がれている。
酸それぞれ1モルを構成アミノ酸とすることを見
本論文では、この点に着目し、抗MRSA抗生
いだした。新規アミノ酸は各種スペクトルの解析
物質をStaphylococcus aureus No.5およびNo.17
結果から3種類もチアゾール環を含む特異なアミ
株を指標として微生物代謝産物から探索を行った。
ノ酸であった。4種のアミノ酸の配列は2次元核
その結果、土壌より分離した約1500の被検菌株の
磁気共鳴スペクトルを駆使して、それらが環状構
中の1株が、その培養液中に、新規抗MRSA抗生
造をなしていることを明らかにした。
物質を生産していることを見いだした。引き続き、
4)アミチアマイシンA、BおよびCは主骨格
生産菌の分類、同定、培養条件の設定、活性物質
部分はアミチアマイシンDのそれと同一で側鎖部
の単離、精製、構造決定、生物活性および作用機
分に差異のある一連の類縁化合物と決定した。
作についての詳細な研究を行った。得られた成果
(74)
5)アミチアマイシン類はグラム陽性菌に対し
平成7年3月10日
号外 第2号 13
て強い抗菌活性を示し、特にA、BおよびDは臨
大阪府立大学告示第21号
床分離株である60株のMRSAすべてに対して強
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学
い抗菌活性を示した。細胞毒性および急性毒性は
規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条
100μg/認および100㎎/kgで、さらに腹腔内
第1項の規定に基づき、平成7年i月30日博士の
投与でも治療効果が見られるので、将来治療薬と
学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規
しての展開が期待できる。
定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の
6)アミチアマイシン類の作用機構を検討した
要旨を次のとおり公表する。
ところ、ロイシンの取り込みを特異的に阻害する。
平成7年3月10日
また、タンパク生合成の重合の過程に対して阻害
活性を示した。特に遺伝子解析から、鎖の延長因
大阪府立大学長 平 紗 多賀男
子EF−Tuが標的であることを示唆する結果を得
た く しま
あきら
称号及び氏名 博士(工学) 多久島
た。
朗
本論文は微生物の生産する二次代謝物の多様性
(学位規程第3条第2項該当者)
に着目し、放線菌の培養液について多剤耐乏菌で
(佐賀県昭和31年2月15日生)
あるMRSAを指標としてスクリーニングを行い、
4種の新規抗生物質アミチアマイシン類を単離し
たものである。構造決定には多種多様な最近の機
論 文 名
家電機器における送風騒音低減に関する研究
器分析法を駆使して行っている。強い抗菌活性を
示したことから、アミチアマイシンAの作用機構
1 論文内容の要旨
についても検討し、主作用点は、タンパク生合成
家庭内において利用されることの多い家電機器
の鎖の延長因子EF−Tuであることを示唆してい
は,家庭でのライフスタイルの変化に深い関わり
る。これらの結果は、広く化学療法剤の開発の手
を持ち,その変化にともなって商品スタイルも大
がかりを与えるものであり、将来の発展が期待で
きく変わる。経済的に豊かになったことによる大
きる。
衆の旺盛な消費拡大意欲を背景に,ユーザの「生
上記の成果は、微生物学、天然物有機化学、医
活の高度化」への要望に一層拍車がかかっている。
学の各分野に大きく貢献するものである。
このような生活の高度化にともなって,近年家庭
以上により、学力確認の結果と併せて、博士
生活では快適性が重視されるようになり,家電機
(農学)の学位を授与することを適当と認める。
器は単に物理的な機能や価格だけではなく,それ
審査委員
主査教 授 中 山
による人間の心理的,生理的な面まで踏み込んだ
充
副査教授櫟本五男
副査教授荒井基夫
副査助教授林 英雄
アメニティの提供がユーザによって要求され,そ
のなかで特に家電機器の騒音低減が重要視される
ようになっている。我々は日常生活において多く
の騒音源に囲まれており,家庭では家電機器が大
きな騒音源である。家電機器の騒音低減について,
20年前と比べると非常に大きな進歩が見られるが,
生活の質的向上と24時間化により早朝,深夜の家
電機器の使用機会が増加したため,さらなる家電
機器の騒音低減が現在重要な課題となっており,
エアコン室内機では30dB(A),冷蔵庫では20dB
(A)を長期目標として開発が進あられている。
家電機器に発生する騒音源としては,振動騒音,
(75)
14号外 第2号
平成7年3月10日
流体騒音,電磁騒音,機械的騒音が代表的である
材をファンの排気側流路に貼り付けることが多い
が,その中でも流体騒音は多くの家電機器で共通
が,吸音材の効果が機種によって異なるため,そ
する課題である。例えば,電子機器では冷却用に
の位置と吸音材の材質の決定には多くの労力と時
小型ファンを用いるが,送風機で生じる離散周波
間が費やされている。ファンモータ,吸い込み具
数音や広帯域周波数音は電気回路やモータで生じ
に対して,音響インテンシティ装置を用いた音源
る電磁音に比べ,極めて大きいレベルになってい
探査を行い,この結果にもとづいて掃除機の流れ
る。エアコンでは送風機による送風が機能実現の
を阻害しない一般的な低騒音構造の開発をおこな
主要な技術であり,その騒音低減は望まれつつも
い,騒音発生原因に即した対策が効果的であるこ
性能との両立において騒音低減の達成が困難な状
とを示した。
況にある。
投射型液晶ディスプレイは,光源ランプからの
家電機器の設計は,体系的な分析の不足から設
入射光により入射側偏光板と液晶パネルの温度が
計者の経験に頼った試行錯誤的なものが主流であ
上昇する。そのたあ,商品設計では光学的な設計
り,実験の積み重ねによって行われてきた。最近,
と平行として冷却系の設計にも多くの時間を割い
コンピュータを利用した機械設計製図や熱,流体,
ている。低騒音な液冷方式を開発するには,主要
音響に対する数値解析の利用も行われるようにな
部分である冷却セルの発熱の大きい中央部を冷却
ってきたが,十分に系統だった利用が行える段階
液が重点的に流れるような水溶液の流入口,流出
まで至っていない。送風騒音の低減方法として,
口位置の設定を行う必要がある。このため,熱流
ファンの羽根形状の改善や,吸い込み形状,吹き
体数値解析を利用して,冷却セル内部の冷却水の
出し形状,送風ダクト形状の改善,吸音材や消音
流れ状態,温度分布を求めた。数値解析を行うこ
構造の利用なと,さまざまな手段が提案されてい
とにより,試作や実験件数の削減を図ることがで
るにもかかわらず,騒音発生原因に対する分析不
きることを示した。
足などから,送風騒音の低減設計では設計者のカ
能動消音を曲がりリダクトの送風騒音に適用し
ンに頼っている部分がほとんどである。そのため,
た事例を取り上げた。曲がりダクトでは,ダクト
試作と実験に多くの費用と時間が費やされている。
内部の空気流れの影響をマイクが受けるため,正
そこで,本研究は,家電機器に適用できるピト
確な騒音測定ができず消音効果が減少する。ダク
一管流速計やレーザ流速計による内部流れの測定
トでの圧力損失の低減対策とマイク位置の最適化
技術,音響インテンシティ装置による音源探査技
による消音効果の向上対策の両立を達成するたあ
術,コンピュータを利用した数値解析技術を開発
に,多くの実験が行われている。そこで,曲がり
し,送風騒音の小さな家電機器の新しい設計手法
ダクト内の流れに対して一般座標系k一ε乱流モ
を確立することを目的とする。
デルを用いた数値流体解析を行い,モニターマイ
本論文は5章より構成されている。
クやセンサーマイクの位置決定に代表される能動
第1章では,家電機器の現状,家電機器に発生
消音技術とダクトの効率改善などの能動消音シス
する騒音の形態と一’・一般的な送風騒音の低減方法に
テム設計において,数値流体解析による内部流れ
ついて述べ,本研究の背景と目的を明確にした。
の予測が有効なツールであることを示した。
さらに,本論文の内容の概要を述べた。
第3章では,第2章の結果を踏まえ,実験およ
第2章では,掃除機直射型液晶ディスプレイ,
び数値解析の両面からエアコン室内機に用いられ
能動消音用ダクトを事例にとりあげ,音源深査や
るクロスフローファンの騒音低減設計について検
内部流れの数値解析から新しい騒音低減方法を考
討した。
察して,これらが騒音低減設計に有効であること
エアコン室内機の内部流れを妨げずに測定でき
を明らかにした。
る。直径1㎜の単孔ピトー管を自動的に移動,回
掃除機の騒音低減手段としては,吸音材や遮音
転させ,多孔ピトー管と同じように流れ場の全圧
(76)
平成7年3月10日
号外 第2号 15
と静圧を測定する装置を新たに開発し,上部吸い
ことを実験的に確認し,レーザ流速計による流れ
込みで奥行き100mmの薄型エアコン室内画の平均
測定と音響インテンシティ装置による音源探査が,
的な流れ分布とインペラ内周端での全圧分布を測
騒音発生原因に即した対策の考案に有効であるこ
定した。これらの結果から,クロスフローファン
とを示した。
の性能が平均的な流れ分布とインペラ内周端での
さらに,本質的な解決方法として,偏流があっ
全圧分布によって評価できることを明らかにした。
ても騒音発生を小さく抑えることのできるファン
次に,レーザ流速計をクロスフローファンの内
について考察した。偏流状態ではファンで発生す
部流れの測定に初めて適用し,速度ベクトルによ
る騒音は流れの転向角に著しく依存する。ファン
る平均的なフローパターンのみならず,乱れの大
の送風仕事,圧力仕事の理論分析を行い,圧力仕
きさを示す乱流エネルギーを測定し,これらが性
事は転向角がなくてもファン入口と出口の周速の
能評価の指針として利用できることを示した。
比で得られることが分かった。この考えにもとづ
試作件数を減らし,効率的な開発を行うため,
き,偏流状態で騒音抑制と送風性能を両立させる
一般的な形状のケーシングを持つクロスフローフ
ことのできるファン設計手法を新たに構築した。
ァンの設計に用いることができる汎用的数値流体
そして,それにもとづいて設計した斜流ファンに
解析法を提案した。これは,クロスフローファン
よって従来のプロペラファンより14dB(A)の低
のインペラを羽根角に沿って流れを転向させるア
騒音化が達成され,偏流時においても騒音発生を
クチュエータと考え,その機能によってアクチュ
抑制できる設計手法の妥当性を確認した。さらに,
エータの内側と外側の領域の流れ場を結合し,イ
冷蔵庫に組み込んだ状態でも斜流ファンの優位性
ンペラのオイラーの式から導出した玄海生成の式
を確認した。
にもとづいてアクチュエータで渦度を生成するモ
最後に第5章で検討結果をまとめて記述した。
デルを新しく提案した。また,強度の分布を有限
本研究では,小型コンパクト化,軽量化が要求
個の渦点によって近似し,流れ関数を通してその
され,したがって空間的に強い制限のある家電機
移動を計算するCIC(Clouds−in−Cells)法によ
器の騒音低i減の具体的事例を新しく提案した。さ
って渦度の輸送方程式を表し,有限要素法で数値
らに,流体騒音の低減にはこれまでの経験とカン
解析した。本研究で提案した数値解析方法が実験
による方法ではなく,音源探査や内部流れの測定
で測定した速度場と良好な一致を示すことを確認
と数値解析の援用の有効性を示し,騒音低減に対
した。
する新しい方向を示した。
第4章では,ファン入口で強い偏流を持った家
庭用冷蔵庫のファンユニットを取り扱った。冷蔵
2 学位論文審査結果の要旨
庫では構造上,平均値に対して約±30%の偏流が
本論文は、設計者の経験に頼った試行錯誤的な
生じている。冷蔵庫に用いられているプロペラフ
ものが主流であった家電機器の設計を取り上げ、
ァンが偏流を受けて作動すると,一般に偏流がな
新たに送風騒音の小さな家電機器の設計手法の確
いときに比べ揚力変動が増加し,騒音が増加する。
立を試みた結果についてまとめたものである。主
まず,レーザ流速計を用いたファンユニットの
にピト一管流速計やレーザ流速計による内部流れ
内部流れの測定と音響インテンシティ装置を用い
の測定技術、音響インテンシティ装置による音源
た音源探査を併用し,ファンの騒音発生原因がフ
探査技術、コンピュータを利用した数値解析技術
ァンの吸い込みが下方のみに限定された偏流によ
を開発し、家電機器の設計、送風騒音の低減に有
ることを初めて明らかにし,その解決法の一つと
効であることを示したものであり、以下の結果を
して,ファンユニット内のオリフィス上部にエア
得ている。
ガイダを設けることを新しく提案した。発生した
(1)掃除機、投射型液晶ディスプレイ、能動消音用
騒音が前方に放射せず冷蔵庫の騒音を低減できる
ダクトを事例にとりあげ、音源探査や内部流れの
(77)
平成7年3月10日
16号外 第2号
数値解析から新しい騒音低減方法を考察して、こ
審査委員
れらが騒音低減設計に有効であることを明らかに
主査 教授 藤 井 昭 一
した。
副査教授西岡通男
副査 教授 木 田 輝 彦
②実験および数値解析の両面からエアコン室内機
に用いられるクロスフローファンの騒音低減設計
方法について示した。
(3)直径lmmの単孔ピトー管を用いた流速測定装置
大阪府立大学告示第22号
を新たに開発し、クロスフローファンの性能が平
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学
均的な流れ分布とインペラ内周端での全面分布に
規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条
よって評価できることを明らかにした。
第1項の規定に基づき、平成7年1月30日博士の
(4ルTザ流速計をクロスフローファンに初あて適
学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規
用し、速度ベクトルによる平均的なフローパター
定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の
ンのみならず、乱れの大きさを示す乱流エネルギ
要旨を次のとおり公表する。
ーが性能評価の指針として利用できることを示し
平成7年3月10日
た。
大阪府立大学長平紗多賀男
(5)一般的な形状のケーシングを持つクロスフロー
ファンの設計に用いることができる汎用的数値流
体解析法を提案し、実験で測定した速度場と良好
か
とう
よし
と
称号及び氏名博士(工学)加藤義人
な一致を示すことを明らかにし、設計に活用でき
(学位規程第3条第2項該当者)
ることを示した。
(鳥取県 昭和19年2月24日生)
(6)冷蔵庫のファンユニットを取り上げ、レーザ流
速計による流れ測定と音響インテンシティ装置に
論 文 名
よる音源探査が、騒音発生原因に即した対策の考
蛍光灯点灯回路の改良とその具体化に関する研究
案に有効であることを示した。
(7)偏流状態で騒音抑制と送風性能を両立させるこ
1 論文内容の要旨
とのできるファン設計手法を新たに構築し、それ
人間社会は産業革命以後豊富な資源とエネルギ
にもとづいて設計した斜流ファンが従来のプロペ
ーを利用して繁栄してきた。しかしながら、社会、
ラファンより冷蔵庫において14dB(A)の低騒音
経済の急激な発展によって資源の消費が飛躍的に
化が達成できることを明らかにした。
増大し、資源の枯渇が懸念されている。特に、
以上のように、本研究は小型コンパクト化、軽
1970年忌二度にわたって襲った石油危機は、我国
量化が要求される家電機器の騒音低減に関する基
における産業の成長を著しく低下させるに至った。
礎的知見を得るとともに、新たに送風騒音の小さ
これらの不安要素を持つ社会的経済的情勢のなか
な家電機器の新しい設計手法を開発したものであ
で、エネルギーと資源を有効に活用すべく省資源、
り、学問的意義はもとより、家電機器の送風騒音
省エネルギーの期待が高まっている。
低減に対する新しい方向を示すものとして貢献す
我国では、人工光源として、戦後白熱電球に代
るところ大であり、また申請者が自立して研究活
わって(1)低消費電力、 (2)低輝度、 (3)
動を行うに必要な能力と学識を有することを証し
高発光光束、 (4)高色温度、 (5)長寿命とい
たものである。
った特徴をもち、点灯回路(安定器)を必要とす
本委員会は、本論文の審査ならびに学力試験の
る短所はあるものの、蛍光ランプによる照明が普
結果に基づき、博士(工学)の学位を授与するこ
及してきた。
とを適当と認める。
(78)
今日、照明用に利用されている電力は全電力消
号外 第2号 17
平成7年3月10日
費量の15%を占あるに至っている。電力を有効に
て部分平滑方式を提案している。また、部分平滑
利用する観点から、蛍光灯点灯回路においても、
方式の直流電圧とリップル電圧の最大値との電圧
その機能を低下させることなく、エネルギー消費
比を平滑率rで表現し、高力率とランプ光束の向
の節減、チラツキ防止、瞬時点灯、調光性、小型
上を共に実現できる平滑率rには、最適な範囲の
軽量化をあざして努力がなされてきた。一方、蛍
あることを明らかにしている。
光ランプを高周波の電源で点灯すれば、商用交流
第3章では、従来の高力率回路の問題点を指摘
電源による点灯方法に比較して15∼20%のランプ
するとともに、第2章において述べた最適なラン
発光光束の向上が達成される。また、点灯回路を
プ電流の波形を高力率で得られる新しい部分平滑
全電子化することにより一層の効率向上も望ある。
回路の具体的な構成方法について述べている。こ
本論文は、こうした背景のもとになされたもの
こで提案する回路は、インバータの基本回路を変
であり、電力エネルギーを有効に利用し、蛍光ラ
更することなしに高力率でランプ光束の向上が実
ンプの光束を向上させる点灯回路の改良、すなわ
現できる。また、この回路の理論解析を行なって
ち電子安定器の高効率化と商用交流電源側での力
いる。さらに、実際の電子安定器に応用し、理論
率とランプ光束の両面の向上を目指した点灯回路
通り動作することを実験により確かめている。こ
の設計方法を示している。また、電子安定器を普
の結果から、提案する回路は、回路構成が簡単で
及させるための高周波点灯回路の設計方針、なら
あり、小型、低損失に寄与し、電源力率の高力率
びに電源の高調波対策を考慮した高周波点灯回路
化とランプ光束の向上に効果のあることを明らか
の具体的な回路も提案し、電子安定器の改良を行
にしている。
っている。
第4章では、照明における省電力、省エネルギ
第1章は序論として、蛍光ランプ点灯回路に関
ーの立場より、高周波電子安定器の設計方針につ
する従来の方式と問題点、本研究の目的と意義お
いて検討を行ない、電子安定器の小型化には、オ
よび研究内容の概要について述べている。
ートトランス方式が優れていることを示している。
第2章では、本研究の基本となる蛍光ランプの
また、省電力、省エネルギーを達成するには単に
高周波電源での振る舞いについて、商用交流点灯
面一鉄形安定器を既存の電子安定器に取り替える
と比較検討を行ない15∼20%のランプ光束の向上
だけでなく、設備費、点灯時間まで考慮にいれた
を達成できる高周波ランプ電波の波形について提
総合コストについて考察する必要があることを指
案している。そのため最初に、ランプ光束はラン
摘している。具体的には、蛍光ランプを多数点灯
プ電流の関数として定量できることを直流点灯に
する施設、事務所の照明に用いる経済的な電子安
より示している。この結果をもとに、ランプを商
定器は、どのような設計方針に沿った点灯方式を
用交流点灯あるいは高周波点灯する場合について
採用するべきかを論じている。さらに、より普及
も、直流点灯時における近似式を用いてそれぞれ
度の高い電子安定器が持つべき条件について明ら
のランプ電流を測定することにより、ランプ光束
かにしている。
が計算できることを明らかにした。この結果から、
第5章では、現在問題となりつつある商用交流
高周波電子安定器において、ランプ光束を向上さ
電源の品質について考察し、照明分野での取り組
せるたあにはリップルの少ないランプ電流を用い
みと、最近研究されている方式を比較検討を行な
てランプを点灯させる必要のあることを指摘して
い、電源の品質低下の原因の一つである入力電流
いる。すなわち、キャパシタ入力形平滑回路を用
に占める高調波の電流歪みを減少させる必要性を
いた電子安定器を用いて蛍光ランプを点灯すれば、
述べている。提案する中性点クランプ形電子安定
ランプ光束の向上が図れる。しかし、商用交流電
器は、ランプ点灯用インバータのみで、商用交流
源側での力率が低下する欠点もある。そこで、力
電源側での入力電流の高調波歪みを低減できるこ
率、ランプ光束の両面を満足させる平滑回路とし
とを明らかにしている。また、本回路の解析を従
(79)
18号外 第2号
平成7年3月10日
来の等価回路による理論解析と解析ツールの一つ
プ光束、点灯時間を含めた総合評価が重要である
であるアナログ回路シミュレータによる方法で行
ことを検証し、今後開発する電子安定器の設計方
なっている。さらに解析結果に基づいて、中性点
針を明らかにした。これによるとランプ電力を連
クランプ形インバータの実験を試み、本方式が小
続に流す高力率化回路であれば、ランプ電流を定
型蛍光ランプ用電子安定器の商用交流電源側での
格値とした設計が経済的に優れていることを明ら
入力電流に含まれる高調波歪みの低減に有効であ
かにした。
ることを確かめている。
第6章では、本研究で得られた成果を総括し、
(5)商用交流電源の品質低下の原因となるラン
プの商用電源側での入力電流の高調波歪みを軽減
今後の電力有効利用についての研究課題を述べて
するため、ランプ点灯用インバータと低域通過フ
いる。
ィルタを用いた中性点クランプ型電子安定器を提
案し、本回路の有効性を理論および実験により明
2 学位論文審査結果の要旨
らかにした。
本論文は、照明用電力の有効利用を目的として、
以上の諸成果は、高周波点灯形蛍光灯の電子安
高周波電源による蛍光灯点灯回路を改良し、高力
定器に関して新たな知見を与えるものであり、照
率、高効率、小型・軽量な電子安定器の開発とそ
明分野の電力有効利用に貢献するところ大である。
の具体的回路について理論的および実験的に研究
また申請者が自立して研究活動を行うに必要な能
を行った結果をまとめたものであり、次の成果を
力と学識を有することを証したものである。
得ている。
(1)ランプ光束はランプ電流波形によって定量
できることを示し、ランプ電流に電流休止区間が
存在すれば、高周波点灯方式でも光束の増大が見
本委員会は、本論文の審査ならびに学力確認試
験の結果から、博士(工学)の学位を授与するこ
とを適当と認める。
審査委員
られないことを理論および実験により明らかにし
主査 教 授 谷 口 経 雄
た。更に、商用電源力率を高効率に保ちつつラン
副査 教 授 武 田 洋 次
プ光束を増大させるたあ、ランプ電流の電流休止
副査 教 授 日 下 浩 次
区間をなくす部分平滑方式による高力率化回路の
提案を行った。これによると力率、光束ともに満
足できるランプ電流の最適な平滑率は60∼70%で
あることを明らかにした。
(2)従来の定電流プッシュプル電子安定器の基
本構成を変更することなく、最適なランプ電流を
実現し、高力率化に有効な新しい部分平滑回路の
開発を行った。回路構成は簡単であり、使用部品
点数も少なく、小型低損失化がはかれることを検
証した。
(3)更に、高周波点灯形電子安定器の小型化の
ためには単巻線オートトランス形電子安定器が有
利なことを理論および実験により明らかにした。
これに開発した部分平滑回路を用いて3∼5%の
効率向上を達成した。
(4)高周波電子安定器を設計、開発するには単
に点灯装置の消費電力だけに重点を置かず、ラン
(80)
平成7年3月10H
号外第2号19
大阪府立大学告示第23号
存意計測、に展開されると考えられる。
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学
本論文は、この中で(1)のスペクトル依存式計測
規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条
とその医療応用に関する一連の研究をまとあたも
第1項の規定に基づき、平成7年1月30日博士の
のであり、特に生体内での光散乱の影響を如何に
学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規
低減または除去して精度のよい計測ができるかに
定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の
焦点をあてている。光を用いて生体を計測する際、
要旨を次のとおり公表する。
生体組織が光学的に均一な構造ではないたあに、
平成7年3月10日
複雑な光散乱を生じることが問題となる。スペク
トル依存式計測の場合、生体色素の定量を行うに
大阪府立大学長 平 紗 多賀男
おお
さわ
まさ
ひご
は、生体を通過してくる光の吸収成分が必要であ
る。しかし、生体を通過してくる光は分光散乱スペ
称号及び氏名 博士(工学) 大 澤 昌 彦
クトルと分光吸収スペクトルの両方の情報を持っ
(学位規程第3条第2項該当者)
ているため、光散乱を除去して光吸収成分を抽出
(大阪府昭和31年9月29日生)
する方法の確立が必須となる。この生体散乱光の
解析について、これまでに行われてきた理論的・実
論 文 名
光散乱情報を除去したスペクトル依存式
光生体計測法に関する挑心
験的研究では、生体組織を反射または透過した光
から、光散乱の影響を除いて吸収成分のみを抽出
する決定的な方法は提示されていないのが実状で
ある。そこで、本研究では、生体組織からの反射
1 論文内容の要旨
光または透過光から散乱光成分を低減・除去して
近年の医学・医療のめざましい質的向上を実現
吸収成分を取り出し、生体内色素を定量化する方
させた大きな要因の一つに医用工学技術の進歩が
法を提案しその検証を行うことを目的としている。
挙げられる。今後、医療が高度化するに伴い生体
本論文でのスペクトル依存七光生体計測は、第
諸量の計測の重要性が増してくると考えられる。
2、3、4章では光ファイバ型反射スペクトルに
生体計測の分野における近年の展開は、放射線や
よる血液色素計測法について、第5、6章では生
超音波等の工学技術の生体計測応用が中心となっ
体較正を用いた2波長透過分光による血液内色素
てきた。一方、近年光ファイバや半導体受発光素
計測法について論じている。前者は{組織の吸光
子を中心としたいわゆるオプトエレクトロニクス
+散乱}+{血液の吸光+散乱}を含む光ファイ
の目ざましい発展は、通信工学、情報工学の分野
バ型生体反射スペクトルの情報から{血液の吸
に大きく寄与し、光計測の基礎技術が確立されて
光}をピックアップして血液色素の定量を行うこ
きた。これにより光による生体計測は、大情報量
とを目的としている。一方、後者は{組織の吸収
を取り扱うことの容易さ、計測対象に与える影響
+散乱}+{血液の吸収+散乱}+{血液内人工
の小ささ、電磁干渉の問題の少なさ等、多くの生
色素の吸収}を含む組織透過光の情報から{血液
体計測に有利な特長を有しているため、近年、そ
内人工色素の吸収}をピックアップし人工色素の
の研究は急激に増加するとともに脚光を浴びてき
濃度を定量することを目的とするものである。
ている。
この光による生体計測は大別して、(1)計測対象
本論文は、以上の研究成果をまとあたものであ
り、以下の章だてにて構成されている。
の吸光特性を利用して生体内の特定物質の情報を
第1章では序論としてまず光の生体応用につい
得るスペクトル依存式計測、②光量変化により生
て概説し、本研究の対象であるスペグトル依存型
体の変位を検出するスペクトル非依存式計測、及
光生体計測の位置付けを明らかにしている。この
び(3)生体の内部情報を画像として取り出す画像依
光生体計測においては、生体組織が光学的に均一
(81)
平成7年3月10日
20号外 第2号
な構造ではないために複雑な光散乱を生じること
射スペクトルによる生体色素計測法のさらに高濃
が問題となり、この問題に対するこれまでに行わ
度領域への応用を検討している。まず、第3章で
れてきた理論的・実験的研究と問題点を概説して
試作した装置を筋肉色素であるミオグロビンに適
いる。このなかで、本研究では、生体組織からの
用したデータを示した後、さらに生体内での光散
反射光または透過光から散乱光成分を低減・除去
乱による影響を除去する新しい理論とその実現方
して吸収成分を取り出し、生体内色素を定量化す
法を示している。ミオグロビンはヘモグロビンと
る方法を提案しその検証を行うことを目的として
ほぼ同等の組成でありそのスペクトルも近似して
いる。
いるが、ミオグロビンの方がより取り扱いが容易
第2章では、光ファイバ型反射スペクトル法を
であるたあ、人工的なサンプルを作製しそれらの
用いた生体組織の吸収スペクトルから、組織の吸
吸収スペクトルを測定した結果を示している。こ
収や散乱および血球の散乱の影響を極力除去し、
の結果と輸送理論を用いた数値解析の結果から、
血液色素であるヘモグロビンの吸収を計測する方
測定した吸収スペクトルは濃度の高いところで光
法を提案している。まず光ファイバ型反射スペク
散乱の影響を受けることが判り、この影響を除く
トルから吸収スペクトルを測定する方法を示し、
たあkubelka−Munkの式を改良した方法を開発し、
次にこの吸収スペクトルからヘモグロビンパラメ
光ファイバ型反射スペクトルに適用した研究につ
ータを測定する際に、光散乱の影響を極力なくす
いて述べている。
ことができる原理を示している。さらにこの原理
第5章では、肝機能計測のたあ血液中に注入し
を用いて、臨床応用の実用性を向上することを考
た人工色素を血液の影響、特にヘモグロビン色素
慮に入れたファイバプローブ、分光器、及びソフ
の光吸収や光散乱の影響を受けずに定量化する新
トウェアの試作結果について述べている。
しい計測理論の樹立とその実現システムについて
第3章では、第2章で試作した装置:の基本性能
述べている。人工色素はICG(Indocyanine Green
評価と臨床研究について述べている。まず、光フ
の略)色素で、この色素が肝臓でのみ排泄される
ァイバ型反射スペクトルによる血液色素計測法の
と言う特徴を生かし、臨床では色素排泄に関する
生体組織適用に対する有効性を検証するたあに、
敏感な肝機能試験色素として広く用いられている。
試作した装置を用いて、ヘモグロビンパラメータ
提案した新しい計測法は従来の2波長の吸光度差
であるHb、とS、02のリニアリテKの評価を生体外
を用いるのではなく、ICG色素を生体に注射する
(in−vitro)や生体内(in−vivo)の系で実施する
前に生体の血液量を変化させた時の2波長の透過
とともに、反射スペクトルの測定深度の基礎評
光量の直線関係をキャリブレーションとして記憶
価・検討を実施している。次に臨床的な評価・研
しておき、ICG色素が注射された後の2波長の透
究とて、肝疾患診断の可能1生を検討し、ヘモグロ
過光:量の関係との差異から血中のICG濃度を測定
ビンパラメータの測定結果と他の生体計測手段と
する方法である。この生体による較正は生体組織
のデータの相関を調べ、病態との関係を考察して
やヘモグロビンの吸収や散乱の影響を前もって計
いる。また肝組織の疾病に伴う肝臓硬度の変化に
測しておくことになり、これらの影響を除去でき
注目し、これを反射スペクトルパターンの変化か
ることを数式に基づいて提案しており、さらにこ
ら観測する試みを行い、さらに、消化管である胃
の原理を臨床での操作性を考慮して実現する装置
や腸、皮膚、歯肉のヘモグロビンパラメータ測定
について述べている。
による血行動態と病態との関係を検討し、臨床的
第6章では、第5章のシステムを用いて、in−
意義あるいは基礎医学研究の意義について述べ、
vitroの系にて評価を行いその基本性能を検討し、
本研究で開発した光ファイバ型反射スペクトル分
さらにその臨床評価について述べている。まず、
析装置の有効性を明らかにしている。
基礎的な評価はin−vitroの系で、血漿中のICG濃
第4章では、第3章で提案した光ファイバ高高
度測定のリニアリティの評価を行い、続いて散乱
(82)
号外第2号21
平成7年3月10日
物質である全血にICGを注入した血液循環系を用
という新しい2波長分光分析法を提案し、その実
いて全血中でのICG濃度測定の信頼性について検
現システムを用いてin−vitroおよびin−vivoの2
討を行っている。次にin−vivoで基線変動の評価
つの系について、その測定原理の検証を行い、臨
を従来の2波長法と前章で提案した新しい2波長
床での検討を行っている。
法と比較して行っている。臨床評価は試作した装
以上の諸成果は、医用検査・診断(計測)の新
置で測定した肝機能検査値と従来の採血法で測定
しい無侵襲な手法を開発し、それに関連する基礎
した肝機能検査値の比較対照を行っており、まず
的知見を提供したものであり、今後の医用光エレ
一施設での基礎的な臨床評価の検討を実施してい
クトロニクス診断(計測)工学の分野に貢献する
る。さらに、試作したシステムはICG消失曲線が
ところ大であり、また、申請者が自立して研究活
経時的に測定可能であり、その消失曲線の臨床的
動を行うに必要な能力と学識を有することを証し
意義についても検討を実施している。次に従来の
たものである。
採血法のプロトコールや精度が施設により若干の
本委員会は、本論文の審査ならびに学力確認試
違いがあるため、多施設で臨床評価を行い、試作
験の結果から、博士(工学)の学位を授与するこ
したシステムによる肝機能検査値の測定精度や疾
とを適当と認める。
病との対比を検討するとともに、試作したシステ
審査委員
ムの安全性についても考察している。
主査 教 授 張
吉 夫
第7章では、以上の各章に述べた成果を統括し
副査 教 授 澤
新之輔
て結論としている。
副査教授岩田耕一
2 学位論文審査結果の要旨
本論文は、生体組織からの反射光または透過光
から散乱光成分を低減・除去して吸収成分を取り
出し、生体内色素を定量する方法を提案し、その
検証を行うことを研究の目的としており、次のよ
うな成果を得ている。
(1)光ファイバー型反射スペクトル測定の原理
を応用し、得られた反射スペクトルから光散乱の
影響を極力抑えて血液色素であるヘモグロビンの
パラメータを抽出する方法を提案し、その実現シ
ステムでin−vitroおよびin−vivoの検討の結果、
血色素の諸量ともに従来の化学的測定法とよい相
関の得られることを示している。
(2)光ファイバー型反射スペクトルにKubelka−
Munk変換を施すことにより、高濃度生体色素によ
る光散乱の影響を除去して、生体色素の定量的評
価が可能であることを提案し、それを検証してい
る。
(3)生体色素やヘモグロビンの吸収や散乱の影
響を除去するたあに、人工色素注入前に、その情
報を2波長の透過光量で計測する生体化較正を用
いて、人工色素注入後にそれらの影響を除去する
(83)
22号外 第2号
平成7年3月10日
大阪府立大学告示第24号
となり、さらに256Mbitでは0.3∼0.25μmが要
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学
規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条
求されている。
リソグラフィの解像度を向上させるためには、
第1項の規定に基づき、平成7年1月30日博士の
露光装置、レジスト材料、プロセス技術などに関
学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規
する総合的な研究が必要で、さまざまな分野にわ
定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の
たる科学技術の支えが不可欠である。たとえば、
要旨を次のとおり公表する。
レジストの露光から現像に至る一連の複雑な過程
平成7年3月10日
について、計算機シミュレーションを利用したプ
ロセスの解析・設計に関する研究や、周辺技術に計
大阪府立大学長 平 紗 多賀男
ひら
い
よし
ひこ
称号及び氏名博士(工学)平井義彦
算機を活用したCAD(Computer Aided Design)
化による開発支援に関する研究は、より微細なレ
ジスト・パタンを効率よく実現するうえで工学的
(学位規程第3条第2項該当者)
に極めて有益であると考える。一方で、産業的側
(大阪府 昭和31年11月12日生)
面のみならず、0.1μm以下の寸法領域で発現す
る量子力学的現象などの基礎研究に資するため、
論 文 名
半導体リソグラフィにおける計算機利用技術
並びに微細構造形成に関する研究
極微細構造を提供する手段として、半導体リソグ
ラフィの応用が期待されている。
本論文では、半導体リソグラフィに必要なシミ
ュレーション技術とCAD技術に関する新しいモ
1 論文内容の要旨
デルの提唱とその応用結果、および現状の加工技
今世紀最大の発明といわれるトランジスタが生
術の限界を越える新しい極微細加工への取り組み
まれてほぼ半世紀を経た現在、半導体素子に代表
に関する基礎的研究の成果をまとめている。
される電子素子は、IC,LSI,VLSIさら
第1章の緒論では、半導体素子の発展における
にULSIへと発展し続けている。この間に、電
リソグラフィの役割を概観し、本研究の背景と位
子素子の価格と容積は、真空管素子と比べると十
置づけを述べている。
万∼百万分の一となり、この経済的および技術的
第2章では、フォト・レジストおよびエキシ
な革新が、エレクトロニクスを基盤とする現代の
マ・レーザー用レジストに関しての、露光・現像
情報化社会を支えている。
モデルについて述べている。リソグラフィの解像
このような半導体素子の発展は、素子構造のコ
度を向上させるためには、レジスト・パタンが形
ンパクト化と微細加工技術の進展によって成し遂
成されるに至る基本的メカニズムを理解すること
げられたと言っても過言ではない。なかでも半導
が先決である。その中で、レジストと現像液との
体リソグラフィは、素子の微細化に中心的な役割
反応機構のモデル化は、計算機シミュレーション
を果たしている。通常半導体リソグラフィとは、
により現像後のレジスト形状を解析・予測するた
半導体基板に塗布したレジストと呼ばれる感光性
めに不可欠である。そこで、フォト・レジストに
樹脂を、紫外線や電子線などで露光し、これを現
関して、露光によりレジスト中に生じたカルボキ
像して所望の素子パタンを半導体表面に形成する
シル基と、現像液の水酸基との化学反応過程に注
技術で、その解像度が素子の基本的な加工寸法を
目し、溶解速度が’Power Law’に従ってそれぞれ
左右する。典型的な例として、DRAM(Dynamic
の濃度の累乗の積に比例するとしたモデルを提唱
Randem Access Memory)の素子加工寸法は、1世
している。現像液濃度を変化させた時の溶解特性
代でほぼ7◎%の割合で小さくなり、16Mb i t−DRAM
の実験結果より、パラメータの定量化を行うとと
では0.6∼0.5μm、64Mbitでは0.4∼0.35μm
もに、その妥当性を明らかにしている。さらに、
(84)
号外 第2号 23
平成7年3月10日
エキシマ・レーザー用レジストに関して、レジス
かにしている。
トが吸収する光エネルギーと溶解速度の関係を実
第4章では、電子線リソグラフィの解像度に関
験的に求め、両者の関係をモデル化するとともに、
するシミュレーションについて述べている。電子
レジスト溶解のシミュレーションと実験結果との
線による加工では、レジストおよび基板中での電
比較においてその妥当性を明らかにしている。
子の散乱により、パタンの高集積化に支障をきた
第3章では、シミュレーション技術を応用した
す問題がある。この問題を定量的に扱う有効な手
解像度向上のためのレジスト・プロセスの解析・
段として、電子の散乱過程をモンテ・カルロ法で
設計について述べている。まず、第2章で述べた
シミュレーションする方法がある。従来、Born近
フォト・レジストの溶解モデルを用いて、二重露
似により電子の散乱断面積を求めていたが、重金
光法によるレジスト・プロセスの設計について検
属基板に対しては誤差を生じる恐れがあった。そ
討している。高アスペクト比のパタンを形成する
こで、電子の散乱を精度良く扱うために、Mottの
手段として、下層のレジストを露光した後、上層
散乱断面積を導入し、露光強度分布などを求めて
のレジストを塗布し再度露光する二重露光法があ
いる。また、これを用いてタングステン基板上で
る。従来の二重蓋光法では、濃度の異なる現像液
の単層ならびに多層レジスト工程の解像度を評価
による2段階現像が必要であった。そこで、レジ
した結果、条件によっては単層レジスト工程が有
スト中の感応基(カルボキシル基)濃度をシミュ
利であることを占い出し、実験的にもこれを検証
レーションで求め、現像液の最適濃度を選定する
し、シミュレーション解析の有効性を明らかにし
ことによりプロセス条件を設計している。これに
ている。
基づき実験を行った結果、単一濃度の現像液によ
第5章では、フォトおよび電子線リソグラフィ
るレジスト・パタン形成に成功した。次に、解像
におけるレジスト形状の3次元形状シミュレータ
度を向上させる手法であるCEL(Contrast
の開発について述べている。パタン寸法の微細化
Enhanced Lithography)法について検討している。
が進むにつれ、現像液のレジスト・パタンの3次
コントラスト増強効果においては、CEM(Cont−
元的な形状を予測することは、より複雑なLSI
rast Enhancing Material)膜の光学特性と露光量
パタンの形成には不可欠である。レジストに照射
の最適化が鍵となる。そこで、照射光とCEM膜
される光強度や電子線による損失エネルギーの3
との反応をシミュレーション解析し、コントラス
次元的な分布を求める方法は、既に提案されてい
ト増強効果に関する理論的検討を行った上で、求
る。ところが、現像後のレジスト形状を知るには、
められるCEM膜の材料特性と露光条件を明らか
レジストの3次元的な現像過程をシミュレーショ
にしている。続いて、同じく解像度を向上させる
ンすることが必要である。このたδ6には安定でか
手法である位相シフト法について検討している。
つ精度よく解ける現像シミュレーション手法が求
位相シフト法では、光の位相差を生じさせる位相
められる。そこで、2次元の現像アルゴリズムと
シフターと呼ばれる補助パタンを設置する必要が
して使われているセル・リムーバル・モデルを、
ある。繰り返し性のあるパタンに対しては適用が
計算精度を劣化させることなく3次元に拡張する
容易で、解像度向上の効果も大きい。しかし、分
手法を開発している。これにより、球面状のエッ
岐を含むようなLSI配線パタンには、適用が不
チングを評価した結果、平均誤差は数%以内であ
可能となる場合がある。そこで、シミュレーショ
った。また、実際の実験結果との比較を含めて、
ン解析により、分岐部での位相差を段階的にシフ
3次元レジスト形状シミュレータの有効性につい
トさせる多段型位相シフト法が有効であることを
て明らかにしている。
払い出し、分岐パタンにも適用できることを実験
ワ
第6章では、フォト・リソグラフィ’における高
的にも検証している。これらの事例により、シミ
反射段差基板用リソグラフィDRC(Design Rule
ュレーションによるプロセス設計の可能性を明ら
Checker)と、位相シフター自動配置CADシステ
(85)
平成7年3月10日
24号外 第2号
ムの基本概念、およびその応用について述べてい
シミュレーションを利用したプロセスの解析・設
る。実際のLSIパタンの形成には、解像度向上
計やパタン設計の支援のためのCAD化技術及び
による微細化のみならず、パタン相互の関係にも
現状の加工技術の限界を越える新しい極微細加工
注意する必要がある。その一例として、素子形成
への取組みに関する研究をまとめたもので次のよ
過程で生じた基板の段差部分の影響がある。基板
うな成果を得ている。
に段差がある場合、配線用アルミニウム膜のよう
(1)光を吸収して化学変化を起こしたフォトレジ
に光反射率の高い材料を蒸着して、その上にパタ
スト及びエキシマレーザー用レジストの溶解特性
ンを形成する時、段差に囲まれた部分では、段差
を数式化し、その妥当性を実験結果との比較によ
側壁からの反射光によりレジストが不必要に露光
って示した。
され、パタン欠陥を生じることがある。そこで、
② シミュレーション技術をレジストプロセス設
基板の段差に挟まれたパタンを自動検出するDR
計に応用した。二重露光法では、シミュレーショ
Cシステムを発案し、これを実際のLSIの配線
ンによって現像液の最適濃度を求あ、1回の現像
パタンの形状に応用して、不良箇所が予知できる
によるレジストパタンの形成を可能にした。コン
ことを実証している。一方、第3章でも述べた位
トラスト・エンハンスト法では、照射光とコント
相シフト法では、位相シフターを設置する必要が
ラスト増強言忌の反応をシミュレーション解析し、
あり、LS1全体にこれを施すには膨大な作業が
最適露光条件などを明らかにした。位相シフト法
必要となる。そこで位相シフターを自動発生する
では、分岐を含むLSI配線パタンについてシミュ
CADシステムが求められる。ここでは、基礎的
レーション解析し、多段型位相シフト法が有効で
手法の検討とLSIパタンへの応用事例によって、
あることを見いだした。
その有効性を示している。これらの事例により、
㈲ 電子線リソグラフィにおける入射電子線のモ
リングラフKの周辺技術への計算機支援の有効性
ンテカルロ・シミュレーションにモット微分断面
を明らかにしている。
積を採用し、精度の向上を図った。これによって
第7章では、従来のリソグラフィの限界を越え
単層及び多層のレジスト工程の解像度を評価し、
た極微細加工のための新しい取り組みについて述
条件によっては単層レジスト工程が有利であるこ
べている。量子効果素子などの新しい半導体素子
とを見いだし、実験的にも検証した。
の基礎的研究のたあには、半導体を0.1μm以下
(4)セル・リムーバル・モデルに基いた形状シミ
に加工する極微構造形成技術が不可欠となる。そ
ュレータを3次元に拡張した。また、このシミュ
こで、従来のリソグラフィにより加工したシリコ
レータを球面状レジストパタンのエッチングに応
ン基板を、さらに異方性エッチングして酸化する
用し、実験結果との比較から、その有効性を示し
ことにより、極微細でかつ界面の平滑性に優れた
た。
加工方法を考案し、線幅が0.1μm以下のシリコ
⑤フォトリソグラフィにおける段差側壁からの反
ン量子細線の形成に成功した。さらに、この細線
射光によるパタン劣化を防ぐたあ、段差に挟まれ
の電気特性を評価し、1次元サブバンドによると.
たパタンを自動検出するシステムを発案した。ま
思われる電流の振動についても明らかにしている。
た、位相シフト法で必要な箇所に位相シフターを
これにより、現状のリソグラフィの応用として、
自動発生するシステムの手法を構築した。これら
極微細加工技術の可能性を示している。
のシステムを実際例へ適用し、プロセスへの計算
第8章では、結論として本研究で得られた主な
機支援の有効性を実証した。
成果をまとめている。
(6)従来の微細加工手法に加えて、異方性エッチ
ングと酸化を効果的に利用し、商調0.1μm以下
2 学位論文審査結果の要旨
本論文は、半導体リソグラフィにおいて重要な、
(86)
のシリコン量子細線の形成に成功した。さらに電
気特性を評価し、1次元サブバンドによると思わ
号外第2号25
平成7年3月10日
れる電流の振動について明らかにした。
ら大口径化を可能にしたウエハ製造技術により着
以上の諸成果は、LSIの高集積化・高信頼性
実に推進され、現在までほぼ3年で4倍のペース
を達成する為に必要な基礎的知見及び次世代デバ
で進んできた。単純にトレンドを延長すると、
イス製造のための加工技術に関して有用な知見を
2000年には1ギガビットDRAMが出現すると想
提供したものであって、集積回路工学の分野に貢
定されているが、そのためには、多岐にわたる技
献するところ大であり、また、申請者が自立して
術分野における膨大な技術開発課題を解決しなけ
研究活動を行うに必要な能力と学識を有すること
ればならない。これらの課題の内、著者は、半導
を証したものである。
体製造プロセスで用いられる材料の欠陥検出・評
本委員会は、本論文の審査ならびに学力確認試
価に焦点を当て、リソグラフィなどの微細加工で
験の結果から、博士(工学)の学位を授与するこ
問題となるほこりやきずなどの形状欠陥の検出と
とを適当と認める。
識別、およびリーク電流などの原因となるシリコ
ンウエハの結晶欠陥の検出を対象として研究を進
審査委員
主査 教 授 村 田 顯 二
副査教授奥田昌宏
副査教授奥田喜一
めてきた。本論文は、この様な欠陥検出を目的と
して、指向性・集束性・干渉性・単色性に富んだ
光源であり、優れたエネルギー源でもあるレーザ
を用いた光学的な手法を適用して行った研究をま
とめたものである。長春の概要は以下のとおりで
大阪府立大学告示第25号
ある。
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学
第1章の序論では、本研究の背景と位置付けを
規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条
述べた。まず最初にVLSI(Very Large Scale
第1項の規定に基づき、平成7年1月30日博士の
Integrated Circuits)の代表であるDRAMの高
学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規
集積化の変遷について概括し、集積度向上を推進
定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の
したキーテクノロジーとそれらのギガビット時代
要旨を次のとおり公表する。
に向けての課題を整理した。微細加工技術につい
ては、0.1∼0。15μmの線幅を達成するためには、
平成7年3月10日
新しい露光技術の開発とともにマスクやウエハ上
大阪府立大学長 平 紗 多賀男
すみ
え
しん
こ
に発生するほこりやきずなどの形状欠陥の低減が
重要であり、その高感度な検出技術の開発が不可
称号及び氏名 博士(工学) 住 江 伸 吾
欠であることを述べた。また、工業的に重要であ
(学位規程第3条第2項該当者)
るにもかかわらず、技術的な困難さから開発が遅
(兵庫県 昭和30年11月14日生)
れているガラス基板(マスクの母材)の欠陥検
出・識別を本研究の対象とすることを示すととも
論文 名
光学的手法による半導体材料表面層の欠陥検出
に関する研究
に、検出手段として用いた光散乱技術の特長・優
位1生について述べた。シリコン(DRAMの母材)
の結晶性に関しては、4Mビット素子と比較する
と、結晶欠陥のサイズで1桁、密度で2桁の低減
1 論文内容の要旨
が必要であり、その実現のたあには結晶欠陥の検
DRAM(Dynamic Random Access Memory)の
出技術の確立が急務であることを示した。さらに、
高集積化は、微細加工に代表されるプロセス技術
光照射による試料の熱的な変化の情報から結晶欠
と、多層配線・素子構造の3次元化を実現した回
陥を評価する光熱分析法のうち、熱膨張を直接測
路設計技術と、高い結晶性と平坦度を維持しなが
定する光熱変位計測法は、イオンビーム・X線・
(87)
26号外 第2号
平成7年3月10日
電子線の散乱や回折を検出する従来の欠陥評価法
角度特性と偏光特性を組合わせた特徴平面を導入
に比べて、極めて高い感度でシリコンの結晶欠陥
し、これによってほこりときずの識別能力の改善
を検出できる手法であることを述べた。
をはかるとともに、本平面からほこりの形状につ
第2章では、ガラス基板表面に存在するほこり
いての情報が得られることを明らかにした。
やきずによる光の散乱メカニズムについて検討し
第4章では、光熱変位法による結晶欠陥の検出
た。ガラスの反射率を考慮した散乱電場加算法に
メカニズムについて検討した。最初に励起光の照
より解析し、散乱光強度を増加させるためには、
射により生じる試料の熱的・光学的変化を調べ、
基板に対し平行に近い角度で光を照射することと、
ヘテロダイン干渉系の検出信号であるプローブ光
入射光が基板により正反射される方向近くで検出
の位相変化との関係を解析した。位相変化を引き
することが有効であることを示した。また、θ、
起こす要因として、(a)光熱変位(熱膨張)、
とθ、をそれぞれ入射光と散乱光のグレージング
(b)温度上昇による屈折率変化、(c)プラズマ形
角(光線が基板となす角度)とすると、ほこりの
成による屈折率変化を挙げ、試料がシリコンの場
散乱光強度は、θ、+θ、とθ、一θ,の2方向に散
合についてそれぞれの寄与を理論的に比較し、
乱された散乱光の和で近似的に与えられることを
(a)による寄与が圧倒的に大きく、励起光照射に
明らかにした。次に、ミー理論とペックマン理論
よるプローブ光の位相変化のほぼ100%が、温度
により、散乱光の角度特性を定量的に解析した。
上昇による熱膨張により引き起こされていること
ほこりのモデルである球形粒子では、θ、が600
を明らかにした。次に光熱変位を支配する熱物性
の時の散乱光強度は、30。の時の約5分の1にな
定数について検討した。1次元熱拡散方程式の解
るが、浅い凹み形状のきずについては10分の1以
を用いた疑似3次元モデルを構築し、光学的・熱
上減衰することから、散乱光の角度特性の違いに
的に均一な試料について解析した。光熱変位は熱
よりほこりときずを識別できる可能性があること
膨張率と熱伝導率の比で簡単に表現されることを
を見い出した。
見い出すとともに、熱伝導率は試料の結晶性に極
第3章では、第2章での検討結果をもとに、ほ
めて敏感であるため、光熱変位により試料の結晶
こりやきずによる散乱光を効率良く検出できる光
性を評価できることを明らかにした。また、光学
散乱測定装置:を製作し、マスク用ガラス基板の製
的・熱的に不均一な系についても、均一な多くの
造工程で発生したほこりときずを識別して検出す
層により構成されたモデルで取り扱うことによっ
る実験を行った。散乱光の角度特性の実験より、
て、光熱変位の理論計算を可能にした。
きずの散乱光強度は検出角度の増加とともに速や
第5章では、光熱変位計測装置の構成と性能に
かに減衰するが、ほこりやラテックスの減衰度合
ついて述べた。この装置では、ヘテロダイン型の
いは小さいという結果が得られ、θ、=60。と30。
レーザ干渉系を基本とし、振動による外乱や電
の強度比を求めることにより、ほこりときずを識
子・正孔の生成が誘起する反射率変動による雑音
別して検出できることが明らかになった。また、
を除去する機能を付加したことにより、0.1μm
散乱光の角度特性はきずと不規則な形状のほこり
という極あて高い検出感度が得られることを確認
の識別に有効であることがわかった。次に、散乱
した。同装置により、バルクの金属試料と半導体
光のP偏光成分とS偏光成分の強度比(偏光比)
試料の光熱変位を測定し、第4章で導いた光学
よりほこりときずを識別する実験を行った。偏光
的・熱的に均一な系での理論値と比較した。シリ
比はきずでは小さくラテックスやほこりでは大き
コン以外の試料では両者は良く一致し、測定装置
いという結果が得られ、偏光を利用してもほこり
の性能および理論式の妥当性が確認できたが、シ
ときずを識別して検出できることがわかった。ま
リコンの測定値は理論値よりもかなり低くなった。
た、偏光特性はきずと球状のほこりの識別に有効
これは、シリコンでは結晶欠陥が極めて少ないた
であることが明らかになった。さらに、散乱光の
あ、励起光によって生成された電子・正孔のライ
(88)
平成7年3月10日
号外 第2号 27
フタイムが長く、電子熱伝導率の増加が著しいた
度の上昇につれて単調に減少すること、注入条件
めと考えられる。また、アルミニウム薄膜を基板
によっては2次欠陥が発生することがわかった。
表面に形成した試料およびイオン注入試料につい
また試料を加熱しながら同時に光熱変位を測定す
ても光熱変位を測定し、測定値を多層構造の理論
ることにより、点欠陥とアモルファスは結晶回復
式により計算した値と比較した結果、両者は良く
しやすいことが明らかになった。光熱変位計測の
一致することを確認した。
結果、低損傷が特徴であるECRプラズマエッチ
第6章では、まず、試料に接する気体(空気)
ングでも、ダメージが導入されることが明らかに
の圧力が光熱変位の計測値に与える影響について
なり、この手法がエッチングおよびアニール条件
検討した。真空チャンバを用いた実験により、気
の最適化の検討に有用であることを見い出した。
体圧の上昇とともに計測値は増加することを確認
また、DRAM用に製造された種々の研磨ウエハ
した。この理由を検討した結果、励起光照射によ
の光熱変位を測定した結果、10tiions/c㎡のイオ
る試料表面の加熱のために試料に接した気体の温
ン注入で生じたダメージに匹敵するような強い加
度が上昇し、それが気体の屈折率を減少させるこ
工歪が、表層部から内部にわたって残留している
とにより、プローブ光の位相変化が増大するため
ウエハがあることがわかった。
であることが判明した。次に、試料の温度変化に
第8章では、本研究の成果をまとめて示すとと
よる熱物性定数の変化が光熱変位に及ぼす影響に
もに、今後の課題についても言及した。
ついても検討し、光熱変位の温度変化は、試料の
熱膨張率と熱伝導率の温度変化の比により表わさ
れることを見い出した。
2 学位論文審査結果の要旨
本論文は、半導体素子製造プロセスで用いられ
第7章では、光熱変位計測法の半導体プロセス
る欠陥検出・評価を目的として、レーザー光の特
への適用について述べた。計測装置により、ホウ
徴を活かした光学的な手法を適用して行った研究
素、燐、ヒ素のそれぞれをイオン注入したシリコ
をまとめたものであり、次のような成果を得てい
ンウエハを調べた。どのイオンにおいても、アモ
る。
ルファス層が形成されるまでは、ドーズ量および
(1)マスク用ガラス基板表面に存在するほこりや
注入エネルギーが増加すると光熱変位は増加する
傷の形状欠陥に照射した光の散乱機構を理論的に
ことが確認された。光熱変位計測によるドーズ量
検討し、高い散乱光強度を得るための光の照射角
の検出限界は、燐、ヒ素で2×108ions/c㎡、ホウ
や検出角を明らかにした。また、散乱光強度の角
素で1×109ions/c㎡であった。これらの検出限界
度特性の違いから、ほこりと傷を識別できる可能
ドーズ量における変位原子の密度は約10L6/c㎡で
性があることなどを見いだした。
あり、シリコン原子密度より6桁低いレベルであ
(2)前項(1)の検討結果に基いて、測定装置を試作
ることが明らかになった。また、光熱変位は試料
し、散乱光強度の角度特性からほこりや傷を識別
表面下に存在する変位原子の総量を反映するため、
して検出できることを実験的に示した。また、偏
変位原子の面積密度と光熱変位計測値は良い相関
光を利用してもこれらの検出・識別が可能である
関係を示すことがわかった。さらに、その関係は
ことを示した。さらに、角度特性と偏光特性を組
4つの領域に分類することができ、変位原子密度
み合わせた特徴平面を導入し、識別能力の改善を
がIG14/c㎡以下の領域1と1は点欠陥、1G14∼
図った。
1016/c㎡の領域皿はクラスタ、10i6/c㎡以上の領
(3)ヘテロダイン干渉計を用いた光熱変位法にお
域Wはアモルファスによりダメージ層が構成され
けるプU一ブ光の位相変化は主として熱膨張によ
ていることが判明した。ホウ素あるいはヒ素を注
るものであることを理論的に示した。また、熱拡
入した試料について、アニーリングによる欠陥の
散の疑似3次元モデルを構築し、光学的・熱的に
回復過程を観察した結果、光熱変位はアニール温
均一な試料では光熱変位は熱膨張率と熱伝導率の
(89)
平成7年3月10日
28号外 第2号
比で表現されることなどを示した。
大阪府立大学告示第26号
(4)ヘテロダイン干渉計を用いた光熱変位計測装
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学
置を開発賦外乱や雑音を除去する機能を付加す
規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条
ることによって0.lpmの高い検出感度を得た。金
第1項の規定に基づき、平成7年1月30日博士の
属及び半導体試料などについて光熱変位を測定し、
学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規
前項(3)で得た理論式の妥当性を確認した。
定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の
(5)光熱変位計測における測定誤差要因として試
要旨を次のとおり公表する。
料に接する気体の圧力の影響及び試料の温度変化
平成7年3月10日
による熱物性定数の変化の影響を明らかにした。
大阪府立大学長 平 紗 多賀男
(6)光熱変位計測法によって棚素などをイオン注
入したシリコンウエハを調べ、ドーズ量や注入エ
あき
やま
こう
じ
ネルギーの増加によって光熱変位が増加すること
称号及び氏名 博士(工学) 秋 山 浩 二
や、ドーズ量或いは変位原子密度の検出限界を明
(学位規程第3条第2項該当者)
らかにした。また、変位原子の面積密度と光熱変
(大阪府 昭和35年2月27日生)
位計測値との相関関係を見いだし、その関係は、
異なった種類のダメージ層によって構成される4
つの領域に分類されることを示した。
以上の大成果は、LSIの高集積化及び製造歩
留りの向上を達成する為に有用な、半導体材料等
論 文 名
高光導電性非晶質シリコン系薄膜の
プラズマ化学気相成長法による
作製と光機能デバイスへの応用に関する研究
の評価手法を開発し、それに関連した基礎的知見
を提供したものであって、電子材料学や集積回路
1 論文内容の要旨
工学の分野に貢献するところ大であり、また、申
近年の結晶シリコンをベースとする集積回路技
請者が自立して研究活動を行うに必要な能力と学
術の発展は、LSIの高性能化および高機能化を
識を有することを証したものである。
進展させ、情報処理,通信,映像,OA, FAな
本委員会は、本論文の審査ならびに学力確認試
ど様々な技術分野に飛躍的な進歩をもたらした。
験の結果から、博士(工学)の学位を授与するこ
このような現代社会の根幹を成す技術の発展に伴
とを適当と認める。
い、扱われる情報量もますます膨大になってきた。
そのため、大容量の情報を高速に処理できる並列
審査委員
主査 教 授 村 田 顯 二
副査教授奥田昌宏
副査教授奥田喜一
副査 教 授 張
吉 夫
演算装置、高精細な画像情報を明るく大画面に表
示できるディスプレイなど新しいシステムの開発
が強く求められている。これらのシステムを構成
するためのキーデバイスとして期待されているの
が、新しい光機能デバイスー空間光変調素子であ
る。従来、空間光変調素子は主に、大面積形成を
特長とする薄膜技術により、非晶質シリコン系薄
膜を用いて構成されてきた。しかし、要望に答え
る高性能なデバイスを作製するたδ6には、高い光
導電1生を有する高品質の非晶質シリコン系薄膜が
必要不可欠であり、実用性の高い優れた膜形成技
術の確立が急務とされていた。
このような背景から、本論文は、プラズマ化学
(90)
号外回2号29
平成7年3月10日
気相成長(CVD)法に基づいた高い光導電性を
していることを明確にした。
有する非晶質シリコン系薄膜作製技術の確立、お
第4章では、RFプラズマCVD法において高
よびこれらの薄膜の液晶空間光変調素子を中心と
光導電性のa−Si,..Cx:H薄膜の形成を実現す
する光機能デバイスへの応用に関する、一連の実
るため、前章のECRプラズマCVDにおいて得
験的研究とその成果をまとめたものである。
られた知見をヒントに“He希釈法”を独自に考
第1章では、先ず本研究の背景として、非晶質
案した。これは、寿命が長く、∼20eVの高い励
シリコン系薄膜技術の現状と動向、および光機能
起エネルギを有する準安定状態のHe原子を膜成
デバイスへの応用に向けての課題について述べ、
長表面に衝突させ、膜に損傷を与えることなく膜
本研究の位置付けを明確にした。さらに本研究の
表面にエネルギ供給することを図った手法である。
目的および本論文の構成について述べた。
この手法の特長は、反応室内に導入する原料ガス
第2章では、非晶質シリコン系薄膜の作製に使
(SiH4とC2H2)をHeで高希釈するだけで
用される種々のプラズマCVD技術、および膜特
容易に実行できることである。原料ガスのHe希
性を制御するたあに重要な各種プラズマ診断技術
釈により、膜の結合水素量が減少し、膜のネット
について、その特長と問題点を検討した。その結
ワーク構造が緻密になり、光導電性が向上するこ
果、本研究では光導電性向上のための主眼点を膜
とを実証した。さらに、He希釈条件の最適化に
形成時の表面反応に置いた。さらに、具体的方針
より、x=0.27においてAM−1,100mW/c㎡の白
として、先ず電子サイクロトロン共鳴(ECR)
色光照射時の光導電率(δ、、):3×10−6S/cm、
を用いたプラズマCVD法を使って、光導電性向
フォトゲイン(δPh/δ,):3×losが得られ、
上のためのキーポイントを明かにし、得られた知
従来の手法に比べて4桁以上光導電性が向上する
見を実用性の高い高周波(RF)プラズマCVD
ことを明らかにした。また、He希釈法では原料
法に適用することを決定した。
ガスの分解効率が急増し、従来の水素希釈法に比
第3章では、ECRプラズマCVD法を用いて
水素化非晶質シリコン(a−Si:H)膜の低温
べてより実用的な成膜速度が得られることを示し
た。
成長を行った。加熱を行わない基板上にH2, He
第5章では、前章で提案したHe希釈法をa−
およびArなど種々のプラズマ生成用ガスを用い
Si:H膜の低温成長に適用し、この手法が非晶
て膜形成を行い、膜成長速度および光導電性特性
質シリコン系薄膜の光導電性向上に有用であるこ
について検討した。その結果、H2,Heを使用
とをより明確にした。先ず、100℃の基板温度に
した場合、成膜速度は従来のプラズマCVDに比
おいて、原料ガス(Si H4)濃度を2%から250
べて3倍以上速く、かつ20G℃で作成した膜と同
ppm迄変化させて膜を作製し、電気特性および水
等の高い光導電性が得られることを明らかにした。
素結合状態について検討した。その結果、SiH4
一方、Arの場合、成膜速度はH2,Heに比べ
濃度の滅少により光導電性が向上し、105以上のフ
て半減し、かつ光導電性の向上も見られなかった。
ォトゲインが得られることを示した。さらにHe
これより、ECRプラズマではイオンが膜特性に
希釈によって、膜中にSiH、結合およびn=2
大きな影響を与えていることを見出した。さらに、
の短い(SiH2).結合が増加し、バンドギャッ
マイクロ波電力、ガス圧力および基板バイアス電
プが1.8∼2.2eVに広がることを明らかにした。
圧などの作製パラメータを変化させて膜形成を行
また、2。OeV以上の広バンドギャップ膜が室温
い、イオンが膜の水素結合状態および光導電性に
において高効率の赤色フォトルミネセンスを呈す
与える効果について詳しく検討した。これより、
ることを見出し、He希釈法により作製したa−
質量が軽く、かつ適度のエネルギをもつイオンの
Si:H膜は、受光素子だけでなく発光素子とし
膜成長表面への入射が、膜のネットワーク構造を
ても応用可能であることを明らかにした。透過電
緻密にし、光導電性を向上させる大きな役割を二
子顕微鏡およびラマン分光法により、a−Si:
(91)
30号外第2号
平成7年3月10日
H膜の可視発光から、ポーラスシリコンのような
:30:1、応答速度:∼50μsを示した。また、
微結晶形成による量子サイズ効果によるものでは
網版の画像を使ったテストにより、素子のもつ高
なく、均一な非晶質構造から成るバルクからのも
解像度特性によって良質の画像を出力できること
のであることを実証した。
を確認した。
第6章では、非晶質シリコン系薄膜を液晶空間
光変調素子に応用し、その有用性を検討した。先
第7章では以上の研究成果を総括し、本研究の
結論を述べた。
ず、直線性および光導電性の優れたa−Si:H
フォトダイオード,ニューロン電極および強誘電
2 学位論文審査結果の要旨
性液晶(FLC)をITO透明電極を形成した2
本論分は、プラズマ化学気相成長(CVD)法
枚のガラス基板でサンドイッチした構造から成る
に基づいた、高い光導電性を有する非晶質シリコ
“光ニューロン素子”を試作した。これは、従来
ン系薄膜の作製技術の確立、および、これらの薄
電気的にしか行うことのできなかった神経細胞
膜の空間光変調素子への応用に関する研究をまと
(ニューロン)モデルの基本機能(和演算と閾値
めたものであり、次のような成果を得ている。
処理)を光演算で並列同時に実行できる光入カー
(1)電子サイクロトロン共鳴(ECR)プラズ
光出力素子である。光ニューロン素子の応答速度
マCVDを用いて水素化非晶質シリコン(a−Si
は立ち上がり:30μs,立ち下がり:20μs、コ
:H)膜の低温成長を行い、H2、 Heを使用した
ントラスト比は300:1、スイッチング光量は3
場合、従来の高周波(RF)プラズマCVDにお
μWであった。
いて200℃の基板温度で作製した膜に相当する高
6×6=36個のニューロンを集積した光ニュ
い光導電性が得られることを明らかにした。
ーロン素子とレンズアレイおよびメモリマスクを
(2)RFプラズマCVD法において、原料ガス
組み合わせた全光演算方式のニューラルネットワ
をHeで希釈することにより、a−Sic:H薄
ークを世界で初あて構築した。メモリマスクに
膜のネットワーク構造が緻密になり、光導電性が
“0,P, T”の3文字を直交学習法により記憶
向上することを明確にした。
させ、このシステムを文字認識に応用した。認識
(3)He希釈法をa−Si:H薄膜の低温成長
率は計算機シミュレーション結果と一致し、光ニ
に適用し、He希釈によって百中にSiH2および
ューロン素子が正確な光演算を実行していること
(SiH,)2結合が増加して、禁止帯幅が1.8∼
を確認した。
2.2eVに広がることを示した。禁制帯幅が2.O
PIN構i造を有するa−Sil..C.:H(x=0.27)
eV以上の膜は、高効率の赤色フォトルミネッセ
フォトダイオードをHe希釈法により作製し、そ
ンスを呈し、この膜は受光素子だけでなく発光素
の動作特性を評価した。このダイオードは、400−
子としても応用可能であることを明らかにした。
500㎜の短波長光に対しa−Si:Hと同等の高
(4)非晶質Si系薄膜を光書き込み型空間変調
い光導電性を示すとともに、1桁高い暗抵抗を示
素子に応用し、その有用性を実証した。ITO透
した。さらに光応答が5−7μsと速く、波長二
明電極を形成した2枚のガラス基板でa−Si:
450−650㎜の光に対して優れた直線性を示すこと
Hフォトダイオード、ニューロン電極および強誘
を明らかにした。次に、このフォトダイオードと
電性液晶をサンドイッチした構造の光ニューロン
FLCを用いた液晶空間光変調素子を試作した。
素子を開発し、従来、電気的にしか行うことので
この素子は、青色または緑色光で画像を書き込み、
きなかった神経細胞モデルの基本機能(和演算と
この画像を赤色光を使って透過型で読み出せる特
しきい値処理)を、光演算で並列同時に実行でき
長を持つ。特性評価により、この素子は、画像書
る光入カー光出力素子を完成した。このシステム
き込みに必要な光量(波長:565nm):lmW/c㎡、
を文字認識に応用したところ、良好な認識率を得
解像度:901p(=liRe pair)/an、コントラスト比
て、全光演算方式ニューラルネットワークの優秀
(92)
号外 第2号 31
平成7年3月10日
性を明らかにした。
大阪府立大学告示第27号
(5)He希釈法により作製したa−Sic:H:
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学
フォトダイオードと強誘電性液晶を組み合せた透
規則第2号。以下「学位規程1という。)第15条
過型空間光変調素子を開発した。この素子は青色
第1項の規定に基づき、平成7年1月30日博士の
または緑色光で画像を書き込み、この画像を赤色
学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規
光を使って透過形で読み出せる機能を有し、901i
定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の
ne/㎜の高解像度を持っていることを確認した。
要旨を次のとおり公表する。
以上の諸成果は、高光導電性非晶質シリコン系
平成7年3月10日
薄膜の作製とその空間光変調素子への応用で新た
大阪府立大学長平紗多賀男
な知見を与えるものであり、非晶質半導体工学に
寄与するところ大である。
また、申請者が自立して研究活動を行うに十分
もり
た
みつ
ゆき
称号及び氏名 博士(工学) 森 田 実 幸
な能力と学識を有することを証したものである。
(学位規程第3条第2項該当者)
本委員会は、本論文の審査ならびに学力確認試
(滋賀県 昭和32年8月28日生)
験の結果から、申請者に対して博士(工学)の学
位を授与することを適当と認める。
審査委員
主査教授,奥田昌宏
副査教授村田顕二
副査教授奥田喜一
論 文 名
Studies on Preparation and Electrochromic
Behavior of Electroconduct i ng Polymer$
(導電性高分子の合成とエレクトロクロミック
挙動に関する研究)
副査 助教授 中 山 喜 萬
1 論文内容の要旨
有機高分子は、電子・電気産業の分野では、一
般に絶縁材料として用いられてきた。しかしなが
ら、近年、半導性や金属的電気伝導性を有する高
分子(導電1生高分子)が数多く現れ、新しい工業
材料として注目されている。導電性高分子はπ共
役系が高度に発達した構造を有するため、従来の
一般的な高分子の合成法を用いて合成したもので
は、成形加工やキャラクタリ三一ションが極めて
困難になることが多い。そのため、導電性高分子
の合成には、重合と同時に実用的な形状、すなわ
ち、フィルム状や繊維状に生成させる方法が一般
的にとられている。このような方法としては、電
解酸化重合を適用することが多いが、電気化学的
合成法は、生成物のスケールが電極面積に依存す
るため、工業的な規模での製造には余り適してお
らず、化学的合成法による導電性高分子フィルム
の簡便な合成法の開発が要望されている。また、
金属に匹敵する導電性を示し、かつ、長期間安定
な導電性高分子は現在のところ得られていないの
(93)
平成7年3月10日
32号外 第2号
で、単なる導電性材料として用いるのは適当では
の高い導電性フィルムを得ることができるので、
ない。そのたあ、導電性高分子の用途開発には、
オプトエレクトロニクス材料へ応用できることを
他の導電1生材料には見られない導電性高分子独自
明らかにした。
の機能を利用することが必要である。導電性高分
第2編は、6章(第4章∼第9章)から構成さ
子の場合には、ドーパントと呼ばれる電子供与体
れ、第3章の方法で合成したポリアニリン複合膜
や電子受容体の結合(ドーピング)と脱離(脱ド
のエレクトロクロミック挙動、ポリアニリンの酸
ーピング)によって、導電性の他に電気的特1生、
化・還元機構と安定性、およびプルシアンブルー、
磁気的特1生、光学的特性などの各種物性が変化す
酸化タングステン、あるいはポリチオフェンのよ
るが、これが不安定性の原因にもなっている。し
うなエレクトロクロミック材料との複合化につい
かし、逆に、この不安定性を積極的に利用して、
て検討した結果をまとめた。
新しい機能材料として応用することが考えられて
第4章では、ポリアニリン膜が、非水系でも水
いる。例えば、その可視吸収スペクトルが電気化
系と同様、見掛け上2段階の酸化過程を経由する
学的ドーピング・脱ドーピングによって可逆的に
エレクトロクロミック挙動を示すが、その電気化
変化するような導電性高分子は、エレクトロクロ
学的酸化機構は水系とは異なることを明らかにし
ミック材料として利用することができる。
た。すなわち、ポリアニリンは、水系では第2段
以上のような観点から、本研究では、導電性高
目の酸化過程でプロトンと電解質アニオンの脱離
分子をフィルム状に製造できる簡単な化学的合成
によって、キノンジイミン構造へ直接変化するが、
法の開発と、これらの方法によって合成した導電
非水系では第1段目の酸化過程で電解質アニオン
性高分子フィルムのエレクトロクロミック材料へ
の結合を伴って還元状態のフェニレンアミン構造
の応用を検討した。得られた結果を以下に総括す
(淡黄色)からセミキノンラジカル構造(緑色)
る。
へ変化したのち、第2段目の酸化過程でキノンジ
本論文は、2編9章からなり、第1編ては導電
イミンカチオン構造(濃青色)へ変化することを
性高分子フィルムの化学的合成法、第2編ではそ
明らかにした。さらに、非水系におけるポリアニ
のエレクトロクロミック材料への応用についてま
リンの電気化学的な劣化は、高酸化状態のキノン
とめた。
ジイミンカチオン構造からプロトンとアニオンが
第1編は、3章(第1章∼第3章)から構成さ
共に脱離し、非水系溶液中では電気化学的に不活
れている。第1章では、共役系化合物の合成法と
性なキノンジイミン構造(青紫色)が徐々に生成
して一般的なクネーフェナーゲル縮合によってポ
していくためであることを明らかにした。
リビニルスチリルピラジンのフィルムを合成する
本法で合成したポリアニリン複合膜は単独膜と
方法、第二章では、液/液界面での化学酸化重合
同様なエレクトロクロミック挙動を示し、複合膜
によってポリピロールを導電1生複合膜として合成
化によって、導電性フィルムの機械的強度が向上
する方法、そして、第3章では、気/液界面での
するだけでなく、マトリックスポリマーを選択す
化学酸化重合によってポリアニリンを導電性複合
れば、ポリアニリンの電気化学的安定性が向上す
膜として合成する方法についてまとめた。
ることを見いだした。
クネーフェナーゲル縮合による方法では、生成
第5章と第6章では、ポリアニリン複合忌中の
する高分子の重合度が低く、安定で導電性の高い
ポリアニリンのエレクトロクロミック挙動とその
フィルムを得ることはできなかったが、ポリピロ
劣化に及ぼす電解液系(溶媒、電解質)およびマ
ールやポリアニリンを適当なマトリックスポリマ
トリックスポリマーの効果を詳細に検討し、非水
ーと複合化する方法は、機械的強度の高い導電性
溶液中での電気化学的酸化・還元反応におけるポ
薄膜を化学的に合成する方法として有効であるこ
リアニリンの安定性について、次のことを明らか
とを見いだした。また、本法を用いると、透明度
にした。すなわち、(1)極端に大きなドナー性
(94)
平成7年3月10日
号外 第2号 33
あるいはアクセプター性を持つ溶媒系では、ポリ
た。
アニリンの安定性は著しく低下する。(2)大き
② 化学酸化重合によって合成したポリアニリン
なアクセプター性を持つ電解質カチオンを用いる
複合膜は単独膜と同様のエレクトロクロミック挙
ほど、ポリアニリンの安定性は向上する。(3)
動を示し、複合膜化によって導電性フィルムの機
大きな心慮性と体積を持つ電解質アニオンを用い
械的強度が向上するだけでなく、マトリックスポ
るほど、ポリアニリンの安定性は向上する。
リマーを選択することにより、ポリアニリンの電
(4)電解質アニオンとプロトンを共に保持でき
気化学的安定性が向上することを見いだした。
るような電荷バランスを持ったマトリックスポリ
(3)ポリアニリン複合膜のエレクトロクロミック
マーを用いると、ポリアニリンの安定性は著しく
挙動は水系でも非水系でも同様であったが、その
向上するなどである。
電気化学的酸化機構は水系と非水系で異なること
第7章から第9章では、ポリアニリン複合膜に
を明らかにした。
プルシアンブルー、酸化タングステン、ポリチオ
(4)大きなアクセプター性をもつ電解質カチオン、
フェンおよびポリ(3一メチルチオフェン)のそ
大きな求核性と体積をもつ電解質アニオン、およ
れぞれをさらに複合化した材料のエレクトロクロ
び電解質アニオンとプロトンとを共に保持できる
ミック挙動と電気化学的安定性について検討した。
ようなマトリックスポリマーを用いると、複合膜
第3章の化学的合成法を用いると、任意の物質
中のポリアニリンの安定性が向上することを見い
上にポリアニリン膜を積層して複合化することが
だした。
でき、他のエレクトロクロミック材料と組み合わ
(5)ポリアニリン複合膜に、さらにプルシアンブ
せると、多様なエレクトロクロミック材料を構成
ルーのようなエレクトロクロミック材料を組み合
できることを明らかにした。すなわち、プルシア
わせることにより、低い動作電位でポリアニリン
ンブルーや酸化タングステンは、低い電位で濃青
の緑色と、複合化した材料の青色を呈するエレク
色を呈するので、ポリアニリン膜と複合化するこ
トロクロミック材料になること、また、ポリチオ
とにより、低い動作電圧でポリアニリンの緑色と
フェン系ポリマーを息合化することにより、ポリ
複合化した材料の青色を呈するエレクトロクロミ
アニリン単独の発色よりも多様な色相変化を示す
ック材料になること、他方、ポリチオフェン系ポ
エレクトロクロミック材料になることを明らかに
リマーは、ポリアニリンとは全く異なる色相の変
した。
化を示すたあに、これらのポリマーをポリアニリ
以上の諸成果は、導電性高分子の化学的合成法
ン膜と複合化することにより、ポリアニリン単独
およびそのエレクトロクロミック材料について新
の発色よりも多様な色相変化を示すエレクトロク
しい知見を与えるものであり、高分子化学の分野
ロミック材料になることを明らかにした。
に寄与するところ大である。また、申請者が自立
して研究活動を行うに必要な能力と学識を有する
2 学位論文審査結果の要旨
ことを証したものである。
本論文は、導電性高分子フィルムの簡便な化学
本委員会は、本論文の審査ならびに学力確認の
的合成法の開発と、その方法によって合成した導
試験結果に基づき、博士(工学)の学位を授与す
電性高分子フィルムのエレクトロクロミック材料
ることを適当と認める。
への応用を目的として行った研究の結果をまとめ
たものであり、次のような成果を得ている。
(1)化学酸化重合によってポリピロールやポリア
ニリンを適当なマトリックスポリマーと複合化す
審査委員
主査教授角岡正弘
副査 教 授 井 上 博 夫
副査教授高岸徹
る方法は、機械的強度の高い導電性薄膜を化学的
に合成する方法として有効であることを見いだし
(95)
平成7年3月10日
34号外 第2号
不利な帰着となることが明らかにされる。
大阪府立大学告示第28号
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学
第2章では、法人間の租税負担の公平や国家
規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条
間・国庫間の公平を実現する条件を明らかにする。
第1項の規定に基づき、平成7年1月30日博士の
法人税負担の公平のたtoには、内国法人から受け
学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規
取る配当と外国法人から受け取る配当はともに、
定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の
それぞれに係わる法人税を加算して株主法人の益
要旨を次のとおり公表する。
金に算入され、その算出法人税額からこの加算し
た法人税額を税額控除される必要があることを示
平成7年3月10日
す。次に、各国が源泉地盛として課税する根拠を、
大阪府立大学長平紗多賀男
いま
にし
よし
はる
称号及び氏名 博士(経済学) 今 西 芳 治
所得の源泉地国が外国企業の事業活動、投資活動
に対して種々な公共サービスの「現物出資」を行
っている点に求めるべきこと、その場合、国家間
(学位規程第3条第2項該当者)
の公平のたあには「実効税率の互恵主義」の原則
(大阪府 昭和17年5月28日生)
に従って各国は源泉小国としての課税権を行使し、
国家間の所得再分配を行うべきこと、および対外
論 文 名
投資を行う法人の居住地国として、また所得の源
法人所得課税の公平、中立性に関する一考察
泉縞馬として各国が正当に課税権を行使するたあ
一企業活動のグローバル化との関係に於いて一
には、次の諸制度の整備、改善が必要であること
を示す。
1 論文内容の要旨
一つは、多国籍企業グループ内の企業間での資
本稿は、企業活動のグローバル化が進展する中
金供給において、租税節約を目的とした「過少資
で、国外所得を法人所得課税の中でいかに取り扱
本」政策がとられることに対し、その資本が「隠
うべきかという点について、法人所得に対する税
れ資本金」なのか確定した利子契約を行った貸付
負担の公平、国家間と国庫間の公平、投資資金の
なのか、その貸付が短期貸付なのか長期貸付なの
効率的配分という国際課税における諸基準に照ら
かを考慮した過少資本税制の確立である。二つ目
して考察するものである。
は、多国籍企業グループ内での「移転価格」操作
法人税の短期的転嫁は、この租税に法人部門の
による所得移転が行われる場合の移転価格税制の
生産物に対する売上税としての性格をもたしめ、
確立である。三つ目は、タックス・ヘイブンのベ
法人税と所得税の二重課税の調整のみでなく、法
ースカンパニーを利用した自国法人の租税回避行
人税の国際的二重課税の調整の必要性やその在り
為に対する適正なタックス・ヘイブン対策税制の
方にも影響してくる。
確立である。
そこで、第1章では、法人税の短期的転嫁がな
第3章では、まず法人税制が、内国法人の国際
され得ないことをまず論証する。その上で、国境
的投資資金の配分や外国子会社に対する資金供給
を越えた資本移動が自由な開放経済において、長
方法の選択に与える効果を明らかにする。この場
期的には法人所得に対する租税負担率の高い国か
合、法人の居住地国政府が、世界的基準による効
ら低い国へと資本移動が生じ、資本家よりも地主
率性を追求する場合と国家的基準による効率性を
や労働者など国境を越えた移動の困難な生産要素
追求する場合とに分けて分析する。
の所有者に、その困難な程度に応じて、より大き
我々は、ホーストのモデルを用いて、親会社が
く法人税が帰着することを明らかにする。閉鎖経
外国子会社との連結税引後所得の最大化行動をと
済を前提にハーバーガーが導いた結論と異なって、
る場合を想定し、それぞれの居住地国の法人税率
開放経済においては資本家よりも地主や労働者に
が投資資金の配分に与える効果を分析した後、投
(96)
平成7年3月10日
号外第2号35
資資金が効率的に配分されるたあの条件を明らか
投資の限界収益率曲線が利子率に関して非弾力的
にする。さらにこのモデルを援用して、親会社か
となるため、我が国のみなし外国税額控除制度は、
ら外国子会社に資金供給される場合に法人税が資
発展途上国の開発促進に有効でない反面、我が国
金供給方法の選択に与える効果を明らかにする。
の法人税負担の不公平というコストを生ぜしある。
これは、二国の法人税率の相対的関係によって
この場合には、発展途上国の生産基盤整備の財源
「過少資本」の誘因が生じることを示すものであ
としての公債の利子に対する源泉所得税以外には
る。次に、ホーストのモデルに依拠して、タック
みなし外国税額控除を認あるべきではない。投資
ス・ヘイブンの被支配外国子会社の事業所得を親
の限界収益率曲線が利子率に関して弾力的であれ
会社の所得に導入して全額発生時課税することが、
は開発促進効果をもつが、そのことは我が国にと
当該子会社の現地での競争力に与える効果を分析
って資本流出による国庫の税収犠牲や投資資金の
する。つまり、親会社の投資資金の効率的配分を
非効率な利用、さらには資本家よりも地主や労働
犠牲にしても、タックス・ヘイブンで事業を行う
者といった国境を越えた移動が困難な生産要素の
企業の競争力を保持することが、優先されなけれ
所有者に不利な所得分配を生ぜしめるといったコ
ばならないことを示す。
ストを伴う。しかも、みなし外国税額控除制度は、
さらに、我々はホーストのモデルを拡張して、
開発促進というメリットと上記の種々なコストを
みなし外国税額控除制度(あるいはみなし外国税
比較衡量する自動的メカニズムを持たないことを
額所得控除制度)が自国法人の投資資金の配分に
考えれば、年々議会の審議議決の対象になる予算
与える効果のメカニズムとその有効性を検討する。
制度を通した発展途上国への開発援助手段の採用
ここで、投資受入国における資本の限界収益率曲
が望ましいことを主張する。次に、タックス・ヘ
線が利子率に関して非弾力的である限り、その開
イブン対策税制は、ショッピング・アプローチを
発促進効果は期待できないことを示す。
とるアメリカのサブパートF条項の方が我が国の
次に我々は、外国子会社が親会社に配当を分配
制度よりも、法人税負担の公平とタックス・ヘイ
することによって、グループ内の資金配分を行う
ブンの被支配外国子会社の事業活動の競争力保持
場合、親会社の法人税率と、外国子会社の居住地
の観点から望ましいこと、またキャプティプ保険
国の法人税率の相対関係のみが後者の配当政策に
会社の所得が親会社の益金に経常的に算入される
影響するのであって、親会社の居住地国の外国税
条件もアメリカのサブパートF条項の方が厳しく、
額控除制度やみなし外国税額控除制度はそれに影
我が国の制度よりも税負担回避の機会が小さくな
響しないことを明らかにする。
っていることを明らかにする。
第4章では、第1章から第3章までの議論を踏
外国税額控除制度における内外所得区分の恣意
まえて、我が国法人税制度における国外所得の取
性から、我が国法人の国外所得に対する居住地国
り扱い方とその問題点および今後の改革の方向を
の国庫としての正当な課税権行使がなされ得ない
明らかにする。
現状を考慮して、外国税額控除限度額の算定の基
我々は、全世界の厚生水準の最大化のためには、
礎になる(国外所得/全世界所得)の分子に現行
国際的基準における法人税負担の公平と結びつい
の国外所得額の90%のみを算入するように改める
た世界的基準における効率性を追求する必要があ
べきであると主張する。また外国税額控除限度額
ると考えている。そこで、国外所得(源泉地瓦で
の算定には、パッシブ所得や金融サービス所得、
課税される法人税と支払配当や支払利子等に対す
高率な源泉所得税の課される利子所得等を別枠管
る源泉所得税を控除する前の所得)の全額を内国
理するアメリカの制度の方が彼比流用対策として
法人の益金に算入し、外国税額控除によって国際
有効であり、我が国の国庫の正当な課税権行使と
的二重課税を調整すべきことをまず示す。生産基
投資資金の効率的配分のために優れていることを
盤整備が十分になされていない発展途上国の場合、
示す。
(97)
平成7年3月10日
36号外 第2号
第5章では、法人税と所得税の統合の中で、国
際的二重課税の調整がなされた国外所得をどのよ
2 学位論文審査結果の要旨
(1)論文内容の要旨
うに取り扱うべきかを検討する。 「カーター報
近年、わが国では企業活動の国際化が急速に進
告」、 「ブループリント」、レーガン政府の議会
行しており、閉鎖経済を前提として構成されてき
への提案、近年の「法人税と所得税の統合に関す
た従来の租税制度を国際的視点から見直すことが
る財務省報告」において、国際的二重課税の調整
求あられている。多国籍企業の所得に対する課税
がなされた所得をどのように扱っているのか、お
をめぐって、さまざまな問題が国際的に生じてい
よび、それぞれの提案における問題点を明らかに
るのである。その主なものとして、国際間の二重
する。その中で、国際的二重課税の調整がなされ
課税、価格操作による利益の圧縮、国際投資の効
た国外所得も租税特別措置の恩恵を受けない国内
率性に対する阻害効果があげられる。
源泉所得と同じく、法人税と所得税の二重課税の
財政学の立場からの国際課税に関する研究は、
調整の対象にすべきであると主張する。国外所得
わが国では緒についたばかりであるが、本論文は、
にも法人間、個人間の税負担の公平を保持し、投
上記の諸問題を中心にして、法人所得に対する国
資資金の効率的配分を実現しようとすれば、所得
際課税の在り方についての体系的研究を試みたも
税の限界税率が国外所得の源泉地課税率よりも低
のである。在り方の基準としては、租税負担の公
い株主に関しては、その居住地国の国庫の税収損
平、国家間および国庫間の公平、投資資金配分の
失が生じる。この公平、効率性の確保という目的
効率性の3つを設定している。分析の内容は多岐
と国庫の税収確保という目的との間に在るトレー
にわたっているが、基本的な論点は、企業活動に
ド・オフの関係を調和させるために、当面は次の
係わる国際課税の在り方をそれらの基準に照らし
制度に改めるべきである。
て総合的に検討し、今後のあるべき方向について
法人源泉所得に対する我が国の所得税の平均負
提言することにある。
担税率よりも低い率で源泉地課税された国外所得
第1章、法人税の転嫁と帰着では、法人税の転
には、完全な国際的二重課税の調整を行う。そし
嫁の有無とその方向について、理論的な分析を
て、所得税の平均負担率よりも高い率で源泉地課
行っている。法人税制の在り方を考察するにあた
税された国外所得には、この平均負担率と等しい
っては、まずはじあにそれの負担の転嫁について
税率で源泉地課税がなされているものとして国際
の考え方を明らかにしておくことが必要なのであ
的二重課税の調整をし、その上で法人税と所得税
る。この問題については理論と実証の両面にわた
の二重課税の調整では、租税特別措置によって法
って数多くの研究が行われてきているが、ここで
人税負担を逃れた所得を除いて、内外源泉の所得
は代表的な諸転嫁論に基づいて理論的な分析を展
を等しく取り扱う。
開し、次のような結論を導いている。短期的には、
長期的には、各国は法人税制を共通化する中で、
法人税は転嫁されない。長期においては、国境を
租税条約によって相手国居住者に自国法人税を払
越える移動が困難な生産要素(土地、労働)の所
い戻す形で源泉所得税のみを互恵主義の原則に基
有者に、その困難の度合いに応じて相対的に大き
づいて課税する。しかも、この源泉所得税率も徐
く帰着する。
々に引き下げて、完全な居住地原則に基づく課税
第2章、法人活動の国際化と法人間、国家間の
の方向に進む。このようにして、国外所得に対す
公平では、法人税課税における公平の問題を、法
る国際的二重課税を回避して、源泉の内外による
人間の公平、国家間の公平、国庫間の公平に区別
区別なくインピュテーション方式か支払配当控除
して分析し、それぞれの公平が確保されるための
方式による法人税と所得税の二重課税調整を行う
条件を明らかにしている。法人間の公平について
べきことを主張する。
は、国際的基準と国家的基準とを区別している。
国際的公平の条件としては、内国法人と外国法人
(98)
号外第2号37
平成7年3月10日
からゐ配当に課される法人税をともに内国法人の
のほか、外国子会社から親会社への配当政策に対
益金に算入し、その算出法人税額から両配当に係
する法人税の影響についても分析している。
わる法人税額を税額控除する必要があることを示
第4章、我が国法人税における国外所得課税で
している。また、国家的公平については、内国法
は、第2章および第3章の分析を踏まえて、我が
人からの配当は国際的基準と同じ取扱いをし、外
国の法人税制度における国外所得の取扱い方、そ
国法人からの配当は源泉地課税分を控除した残余
の問題点、および今後の改革の方向について論じ
のみを内国法人の益金に算入すべきであるという
ている。基本的な政策基準としては、国際的基準
条件を導出している。
での法人間の公平と世界的基準での効率性を設定
国家間の公平については、源泉回国としての課
し、まず、国外所得に対する国際的二重課税の調
税権行使の根拠を公共サービスの提供という形態
整手段としての外国税額控除制度の仕組について、
での現物出資に求めたうえで、二国が同一の実効
国内源泉所得と国外源泉所得の公平な取扱い方を
税率で課税権を行使する「実効税率の互恵主義」
検討している。次に、国外所得の取扱いにおいて
の原則に従うべきであると論じている。また、課
重要な役割を果たすみなし外国税額控除制度の仕
税主体としての国庫の間の公平については、上記
組とその在り方を考察している。また、国外源泉
の国家間の公平の条件のほかに、自国法人の自国
所得の取扱い方に係わる問題としてタックス・ヘ
に帰属する所得に対して正当な課税権を行使でき
イブン対策税制を取り上げ、アメリカのこの税制
るという要件が満たされることが必要であるとし
と比較しながら、我が国税制の今後のあるべき方
て、移転価格による所得移転や「過小資本」のケ
向についての指針を提示している。最後に、国外
ースにおける課税権行使の在り方を考察している。
所得に対する二重課税の調整手段としての外国税
第3章、法人税と投資資金の配分では、資本が
額控除制度について、外国税額控除の制限規定の
国際間で自由に移動するという前提の下で、投資
仕組の問題点を検討している。
資金の配分および親会社の資金供給方法の選択に
第5章、法人税と所得税の統合と法人税におけ
対して法人税が及ぼす効果を、経済的効率性の視
る国際二重課税の調整では、法人税と個人所得税
点から分析している。効率性については、世界的
の統合における外国税額控除の取扱い方について
基準(世界的レベルでの効率性)と国家的基準
論じている。このテーマに関する従来のパブリッ
(一国のレベルでの効率性)とを区別している。
クな報告、提言の主要なものとしては、「カータ
どちらを追求するかによって、自国居住法人の国
ー報告」、 「アメリカ財務省のブループリント」、
外所得に対する課税の在り方は異なったものにな
「レーガン政府の議会への提案」、 「法人税と所
るのである。
得税の統合に関する財務省報告」などがあるが、
まず、多国籍企業が親会社と外国子会社の連結
ここではそれらの報告等における国際二重課税調
所得を税引後において最大にするモデル(トーマ
整の仕組を個別的に検討し、それぞれの問題点を
ス・ホーストのモデル)を用いて、法人税率が内
明らかにしている。この検討においては、法人税
国法人の国際投資資金の配分に与える効果を分析
と個人所得税の二重課税を個人株主の段階で調整
し、このモデルに基づいて、投資資金が効率的に
することが、法人源泉所得に対する課税において
配分されるための条件を世界的基準と国家的基準
個人間の公平および世界的基準での投資資金配分
のそれぞれについて明らかにするとともに、法人
の効率性を確保するための要件である、という考
税が親会社から外国子会社への資金供給方式に及
え方を前提にしている。そうした検討に基づいて、
ぼす影響を分析している。次に、トーマス・ホー
国際的基準での個人間の公平および世界的基準で
ストのモデルを拡張し、みなし外国税額控除制度
の投資資金配分の効率性が達成されるための改革
が自国法人の投資資金の配分に与える効果につい
案を提示している。
て、そのメカニズムと有効性を検討している。そ
第5章の三論、法人税制と法人の配当政策では、
(99)
38号外第2号
平成7年3月10日
昭和63年の税制改正前に採用されていた旧法人税
別枠管理を行うアメリカ方式のほうが彼此流用対
制の配当促進効果を分析している。その主な論点
策としてより有効であること、④外国税額控除限
は、配当を促進する性格を有する税制であったに
度額の算定基盤となる、国外所得の全世界所得に
もかかわらず、実際には配当抑制および社内留保
対する比率の上限算定方式を改める必要があるこ
重視の配当政策がとられたことを明らかにするこ
とにある。
(2>学位論文審査結果の要旨
と。
5)国際的二重課税の調整法式について、 「カ
ーター報告」、 「ブループリント」等の提案の問
本論文は、法人所得課税における国外所得に対
題点を明らかにするとともに、国際的二重課税の
する課税の在り方に関する諸問題についての研究
調整がなされた国外所得も、租税特別措置の恩恵
をまとあたものであり、次のような成果を得てい
を受けない国内源泉所得と同様に、法人税と所得
る。
税の二重課税の調整の対象にする必要があること
1)法人税は短期的には転嫁されないことを論
を明らかにした。
証したうえで、それの長期的な帰着について、土
以上の諸成果は、法人税制における国際課税の
地や労働など国際的な移動が困難な生産要素の所
在り方に関し、新しい知見を提供したものであっ
有者に相対的に大きく帰着することを明らかにし
て、国際税制の分野に貢献するところ大であり、
た。
また、申請者が自立して研究活動を行うに必要な
2)国際課税において法人税負担の公平を確保
能力と学識を有することを証したものである。
するための条件として、次の4っを提示した。①
本委員会は、本論文の審査ならびに学力確認試
内外源泉の受取配当の全額を益金に算入し、法人
験の結果から、博士(経済学)の学位を授与する
間の二重課税調整を行うこと、②各国の源泉地課
ことを適当と認める。
税の根拠を公共サービスによる企業活動への「現
審査委員
物給付」に求あるべきこと、③「実効税率の互恵
主義」の原則に従うこと、④多国籍企業の移転価
格操作等による租税負担回避を防止する必要があ
ること。
3)親会社の投資資金が効率的に配分されるた
めの条件、親会社から外国子会社への資金供給方
法の選択に及ぼす法人税の効果、およびみなし外
国税額控除の投資資金配分に対する効果を明らか
にするとともに、外国税額控除制度やみなし外国
税額控除制度が外国子会社の配当政策に対して中
立的であることを示した。
4)我が国の法人税制度における国外所得の取
扱い方の改革の方向について、法人間・国家間の
公平と効率性を重視する立場から、次の4っのこ
とを提言した。①みなし外国税額控除制度の適用
対象を発展途上国の生産基盤整備の財源としての
公債の利子に対する源泉所得税に限定すること、
②タックス・ヘイブン対策税制はショッピング・
アプローチをとっているアメリカの方式に改める
こと、③外国税額控除制度は特定の所得について
(100)
主査教授大野吉輝
謝査教授唄野 隆
副査教授山下和久
号外第2号39
平成7年3月10日
大阪府立大学告示第29号
および果実の成育阻害が起こることが確認された。
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学
規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条
しかし,吸汁加害が原因となる奇形果の発生は認
められなかった。
第1項の規定に基づき、平成7年2月10日博士の
1∼8週間間隔の殺虫剤散布区を設定して本直
学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規
に対する防除効果を比較したところ,1週間間隔
定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の
の殺虫剤散布でも成虫密度を十分に低減させるこ
要旨を次のとおり公表する。
とはできず,殺虫剤散布によって本種を防除する
平成7年3月10日
ことは困難であることが判明した。
2.生息場所間の移動と繁殖
大阪府立大学長 平 紗 多賀男
やす
だ
こう
じ
称号及び氏名 博士(農学) 安 田 耕 司
愚痴の痛感植物の季節的変遷とそれぞれの生息
場所における発生密度の推移を調査した。
5月中旬から6月中旬に増加する野性のオキナ
(学位規程第3条第2項該当者)
ワスズメウリの成熟果実が春夏期にアシビロヘリ
(大阪府 昭和30年11月15日生)
カメムシの食物として利用されているが,オキナ
ワスズメウリ果実の成熟期は地域や群落毎に多少
論 文 名
アシビロヘリカメムシの生活史に関する研究
異なり,それに連動して各地点の本種の羽化成虫
の増加時期も異なった。このことから,アシビロ
ヘリカメムシは好適な食物が存在するオキナワス
1 論文内容の要旨
ズメウリ群落を順次移動しながら利用していると
アシビロヘリカメムシLeptaglOssusαustrctLts
推測された。
(FABRIClus)は太平洋諸島,ニューギニア,北部
ウリ科野菜圃場では6月末から7月上旬ころに
オーストラリア,フィリピン,東南アジア,イン
多くの成虫が飛来した。石垣島の各地で飛来虫数
ド,アフリカなど,新熱帯区を除く世界の熱帯地
調査を実施したところ,広い範囲でほぼ同じ時期
域に広く分布し,わが国では奄美大島以南の南西
に飛来が起きたことが判明した。このような同時
諸島に生息する。海外ではウリ類柑橘類,パッ
的飛来には気象条件が関与していると推察された。
ションフルーツ,マメ類,アブラヤシ,コーヒー,
また,直接的な飛来源としては,結実期の遅いオ
サツマイモ,イネなど多岐にわたる植物に寄生す
キナワスズメウリ群落,オオカラスウリなど野性
るとされる。沖縄ではニガウリ,ヘチマなどウリ
植物と一部のウリ科野菜圃場の可能性が考えられ
科野菜の害虫として知られていたが,詳しい被害
た。
実態や生態についての報告はこれまでほとんどな
かった。
そこで本研究では,将来における防除法開発に
7,8月においては,圃場における生息虫数は
殺虫剤散布後に比較的速やかに回復したが,本種
の門主植物はウリ科野菜圃場以外にほとんど存在
資するため,本直の生活史の解析を行った。なお,
しないことから,成虫は圃場間を活発に移動して
本研究は1985年∼1994年に実施したもので,野外
いるものと推測された。
調査は沖縄県石垣島内各地で,室内実験は農林水
秋期には前主植物は次第に減少し,残された寄
産省国際農林水産業研究センター沖縄支所で行っ
主植物上の漉過の密度も小さくなることから,地
た。
域一帯の個体群が極めて縮小すると推察された。
1.被害と防除
秋期の生息密度が低レベルで経過した後,一部の
ニガウリ果実に語種の成虫を接種して被害の様
圃場で11月に再び密度の上昇が認められたが,こ
態を調べたところ,出汁強度やニガウリ果実の成
の現象の原因究明は本種の発生動態を解明する上
育段階によって程度は異なるものの,二色の黄変
で重要であると考えられた。
(101)
40号外 第2号
3.越冬期の生態
平成7年3月10日
ると推測された。
本種の冬期における生息数の推移と発育過程を
圃場内に雄成虫ケージを設置した場合,飛来虫
調査すると老もに,発育に及ぼす温度および日長
はまずケージに集中し,その後に周囲の作物上に
の影響について調べた。
分散した。このことから,飛来虫は寄島植物その
本心の発育零点(卵,13.7℃:幼虫,15.1℃)
ものよりも雄成虫の誘引性によって圃場に降下・
は石垣島における最寒月(1月)の日最低気温月
定着していると推察された。しばしば観察される
平均値(15.4℃)より低かった。実際に,野外ケ
圃場への飛来の集中傾向は,先に雄成虫が生息し
ージに置いた産下直後の卵は冬期でもふ化し,幼
ている圃場に飛翔虫が選択的に降下・定着するこ
虫は発育することができたことから,石垣島の冬
とによって生じると推測された。
期の温度条件は本種の発育の制限要因とはならな
以上のような成虫飛来における雄成虫の誘引性
いことが明らかとなった。しかし,野外で確認さ
は,雄が新しい生息場所を探索する開拓者の役割
れる個体数は比較的少なく,この時期の活動がか
を果たし,移動飛翔中の雌成虫を誘引するという
なり低下していることがうかがわれた。また,越
従来の仮説と現象的によく一致した。
冬虫は成虫もしくはさまざまな齢の幼虫であり,
特定の越冬態の存在は認められなかった。
5.卵寄生蜂の行動に及ぼす雌成虫の誘引性の
影響
卵・幼虫の発育および成虫の性成熟に対する日
本種の卵寄生蜂Gryon pennsytvαnieum
長の明瞭な影響は認められず,品種には日長によ
(A、。M,AD)の発育特性および産卵特性を調べると
り誘起される休眠は存在しない可能性が高かった。
ともに,本種雄成虫の誘引性がこの卵寄生蜂の藩
しかし,幼虫期または成虫期を低温条件にすると,
主探索に及ぼす影響について検討した。
一部の個体の卵巣発育または産卵行動が休止した。
この卵寄生蜂は日読の進んだ本心の卵でも寄生
このことは,冬期に産卵する成虫と産卵しない成
して発育することができた。本種の雄成虫を誘引
虫が越冬集団中に混在することを示唆していた。
源とした場合に限り,水盤トラップでこの卵寄生
越冬期の非産卵はふ化幼虫を冬期の食物不足から
蜂が多数捕獲されたことから,このハチは本種雄
回避させることに役立っものであり,このような
成虫が分泌する揮発性物質に誘引されると判断さ
2つのタイプの雌成虫の混在は,局地的・年次的
れた。また,人為的に野外に設置した本論の卵で
に変動する冬期の不安定な食物条件と関連してい
は,近くに本種の雄成虫ケージを設置することに
ると考えられた。
よりこのハチによる寄生率が上昇した。このこと
4.雄成虫の誘引性とその役割
から,この卵寄生蜂は本字の雄成虫が分泌する物
本種雄成虫の他個体に対する誘引性が成虫飛来
質をカイロモンとして利用し,寄主計探索におけ
に及ぼす影響およびその生態的役割について検討
る手がかりとしていることが示唆された。本座の
した。
雄成虫の近くには,誘引された本証の雌成虫や温
雄成虫を入れたケージに雌雄の飛来虫が集中し
湯植物とともに卵が存在する可能性が高い。この
たことから,本種の雄成虫は雌雄成虫に対する誘
ような状況では,卵寄生蜂が本種の雄成虫の存在
引性を持つことが確認されたが,誘引源となる雄
を手がかりとしてその卵を探索することは十分に
成虫数と誘引力には明らかな関係は認められなか
合理的であると考えられた。
った。
6、寄生密度の変化と卵寄生率の関係
圃場外の設置した雄成虫ケージに誘引される成
本瓦の移動に伴う卵寄生蜂G.pennsyLvαntm
虫数は,周辺のウリ科野菜圃場への成虫飛来とほ
の寄主探索実態を解明するため,各生息場所にお
ぼ同じ時期に増加した。さらに,雄成虫に誘引さ
ける血痂成虫数の変化と卵寄生率の推移について
れた成虫と圃場への飛来虫における卵巣成熟雌率
調査した。
が類似していたことから,両者は同質の集団であ
三種の雄成虫を誘引源とした水盤トラップによ
(102)
平成7年3月10日
号外 第2号 41
る誘殺数の推移から,この卵寄生蜂の地域全体の
2 学位論文審査結果の要旨
生息密度は7月から9月まで高く,その後翌年の
沖縄県においてニガウリは生産量は少ないもの
5,6月ころまで低い状態が続くと推察された。
の、地域における伝統的で重要なウリ科野菜のひ
5,6月のオキナワスズメウリ群落における本種
とつである。同地域ではウリ科植物の果実の重要
卵の寄生率調査からも,この時期の卵寄生蜂密度
な害虫としてウリミバエがあり、植物防疫上その
が比較的低いことが示唆された。このような卵寄
防除が重要課題であった。そのため、古くからニ
生蜂の低密度がオキナワスズメウリ群落における
ガウリの害虫として知られてきたアシビロヘリカ
本種の旺盛な繁殖を可能にしている要因と考えら
メムシは、長い間、完全にウリミバエの蔭に隠れ
れた。
た存在であった。ところが、1987年11月、宮古群
ウリ科野菜圃場に人為的に接種した本種卵の寄
島において不妊虫放飼によるウリミバエの根絶が
生率が,本種成虫の飛来後に大きく上昇したこと
成功するや、ニガウリ圃場でアシビロヘリカメム
から,この卵寄生蜂は圃場への本種の飛来を契機
シの被害が顕在化した。しかし、その時点では、
として圃場に移入して来たものと推測された。ま
防除の基礎となる本宮の被害実態や生態について
た,この卵寄生蜂の生息密度が低い晩夏から秋期
の情報はきわめて少なかった。本論文は、このよ
においても,本谷の成虫が生息する圃場では総じ
うな背景の中で1985年から1994年にかけて石垣島
て高い寄生率が維持された。さらに,ウリ科野菜
で行われた本種の生活史に関する研究の成果をと
圃場における本種の幼虫発生数が少なかったこと
りまとめたもので、その概要は以下のとおりであ
は,天敵一特にG・pennsyLvanrmが本種の繁殖
る。
の抑制要因として重要であることを示唆している。
1)ニガウリ果実に成虫を接種することにより、
以上のように,本種雄成虫の存在を手がかりとし
乙種の特に未熟果に対する吸汁が果色の黄変およ
た寄主探索方法によって,G. pennsytvantmが
び果実の生育阻害とともに種子の子葉の萎凋を起
本論の顕著な移動性に対応している実態が明らか
こすという特異的な被害の様態を明らかにした。
となった。
また、圃場での薬剤散布試験を実施し、1週間間
7.総合論議
隔の殺虫剤散布でも、心血の防除が困難であるこ
アシビロヘリカメムシは食物となるさまざまな
とを示した。
植物を順次移動しながら利用していることが明ら
2)圃場内外における本論の個体群動態を見取
かとなった。ウリ科野菜圃場への成虫飛来は,こ
り法と標識再語法により調査し、本種は5月中旬
のような植物間の移動の一端として理解すること
から6月中旬にかけては、果実の成熟期が異なる
ができた。飛来成虫の集中化をもたらす雄成虫の
野生のオキナワスズメウリ群落間を順次移動しな
誘引性は,時間的・空間的に局在する食物資源を
がら個体群を増大させ、6月下旬から7月上旬に
有効に探索・利用する機能のほか,配偶行動とも
かけて果実が生産されはじめるウリ科野菜圃場に
関連した機能を有していると考えられた。また,
飛来することを明らかにした。この圃場への成虫
卵寄生蜂の一種が本論の顕著な移動性に対応した
の飛来は広域で一斉に起こり、三種は7∼8月に
強力な寄主探索能力を獲得しており,本直の繁殖
は圃場間を活発に移動しながら生活し、秋になる
の重要な制御要因となっていることが明らかとな
と寄主植物の減少とともに個体群密度が低下する
った。
ことを示した。
本研究によって得られた本種の生活史に関する
3)本種の温度・日長反応を室内飼育によって
知見は,本種の防除法の開発にさまざまな面で役
調べ、卵、幼虫の発育零点が、それぞれ、13.7℃、
立つものと期待される。特に,卵寄生蜂や雄成虫
15.1℃と石垣島の最寒月(1月目のB最低気温月
の誘引性は,本種の生態毒血除法を確立するうえ
平均値(15.4℃)よりも低いこと、成虫期に日長
で利用できる可能性が高いであろう。
により誘起される卵巣休眠が存在しないことを明
(103)
42号外 第2号
平成7年3月10日
らかにした。野外調査でも、特定の越冬態の存在
害虫管理技術の分野における基礎的研究の展開に
は認あられず、本論は成虫およびさまざまな齢の
寄与するところ大である。
幼虫で越冬することを確認した。また、低温条件
下で一部産卵しない成虫が出現したことから、野
外の越冬集団中に冬期に産卵する成虫と産卵しな
い成虫が混在する可能性が示唆した。
4)雄成虫を用いたトラップによる試験の結果、
よって、学力確認の結果と併せ、博士(農学)
の学位を授与することを適当と認める。
審査委員
主査 教 授 保 田 淑 郎
副査 教 授 一 谷 多喜郎
副査教授池田英男
副査講師石井 実
雄成虫は本匠の雌雄他個体を誘引することを明ら
かにした。このことから、本種の圃場への定着は、
まず雄が新しい生息場所を探索する開拓者の役割
を果たし、これに誘引された移動飛翔中の雌雄成
虫が降下し、集団を形成した後で、圃場内に分散
してゆく経過をたどるものと推察した。
5)本種の卵寄生蜂 Gryon pennsyLvαntevan
大阪府立大学告示第30号
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学
規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条
(ASHMEAD)の生態を室内と圃場で調査した。その
第1項の規定に基づき、平成7年2月10日博士の
結果、この卵寄生蜂は本葉の日齢の進んだ卵にも
学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規
寄生が可能なこと、および本宅の雄成虫が分泌す
定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の
る物質を寄主探索の際にカイロモンとして利用す
要旨を次のとおり公表する。
ることを明らかにした。
平成7年3月10日
6)圃場内外の本種の生息場所における調査に
大阪府立大学長 平 紗 多賀男
より、卵寄生蜂G・pennsyLvαnrtcrmの個体群密度は
7∼9月に高いが、その後翌年5∼6月まで低
にし
かわ
よし
あき
いために、この時期の本病のオキナワスズメウリ
称号及び氏名 博士(農学) 西 川 喜 朗
群落における増殖が保障されていることを明らか
(学位規程第3条第2項該当者)
にした。また、ウリ科野菜圃場に接種した品種の
(大阪府 昭和15年6月3日生)
卵のこの卵寄生蜂による寄生率が、良種成虫の飛
来後に増加し、本葺成虫が生息する圃場ではその
論 文 名
状態が秋期まで継続したことから、このハチが本
A Revisiona l Study of the Ground一一Iiving
種の雄成虫の存在を手がかりとした前主探索方法
Sp i ders of the Coelotes Comp l ex f rom Japan
によって、本論の顕著な移動性に対応しているこ
(Araneae, Agelenidae)
とを示した。
(日本における地上性クモ類ヤチグモ群
以上、本論分ではアシビロヘリカメムシについ
(クモ目、タナグモ科)の分類学的再検討)
て、季節的に量や質、存在する場所が変化する食
物資源の有効な探索・利用の機構、発育零点を少
1 論文内容の要旨
し超える程度に温暖な冬期への対応、個体群の制
ヤチグモ群は、タナグモ科に属し、250種あま
御要因とし重要な卵寄生蜂との寄主一寄生者関係
りが北半球の温帯に広く分布する。主として地上
など、移動・分散能力に富んだ丙種の複雑な生活
性で、石や落ち葉の下をおもな生活場所にしてい
様式を明らかにした。しかし、これらの成果は単
るが、特殊化のすすんだ種では、洞窟や地中の間
に本種の生活史の解明にとどまることなく、亜熱
隙などの地下浅層にすんでいるものもある。
帯地域に分布する農業害虫の生活様式の解明や防
約半数の科のクモで、ballooningいわゆる空中
除技術の開発に多くの示唆を与えるものであり、
飛行をして個体が分散していくのが知られている
(104)
号外第2号43
平成7年3月10日
が,地上性のヤチグモ群では,そのような分散方
るうえで,従来より用いられていた。①眼の配列,
式は行わないと思われる。そのため,川をはさん
②後牙堤歯の数のほかに,従来あまり用いられな
で地理的隔離が生じたり,山地性の種では山地ご
かった,③頭胸部背甲上の毛の配列に加え,新た
とに隔離されて,地域的な種分化をおこしている
に,④背甲下方の側膜表面の毛の有無と,⑤雄iの
場合が多い。クモ類でこのような移動力の少ない
触肢のradix(根部)とembolus(栓子)の基部
種について生物地理学的考察は,まだ試みられた
との境界線の有無,などの形質を用いて,従来ふ
ことがない。
たつの属として扱われてきたものを6属に分けた。
一方,大部分のヤチグモ群では,外部形態が,
その結果,今回,新種として記載した47種を含
非常によく似ているので,雌雄の生殖器の構造に
め,ヤチグモ群は別表のように,6属82種に整理
よらないと,種の同定や系統関係の解析が困難で
された。
ある。
皿)生物地理学的考察
本研究では,現在までに日本各地から得られた
多数の標本と,近隣諸国から得られたいくらかの
おもな種群または種の分布様式を分析し,それ
らの種分化とその形成に関する考察を試みた。
標本をもとにして,雌雄の生殖器の構造を中心に,
(1)北海道・本州・四国・九州に分布する種
日本産のヤチグモ群を分類学的に再検討し,種分
このような広い分布を示す種には,イエタナグ
化と生物地理学に関する考察を試みた。また本研
モ,メガネヤチグモおよびシモプリヤチグモの3
究の結果,35種の既知種のほかに47種の新種が認
種があり,いずれも大陸との共通種である。
められた。
イエタナグモは屋内性で,汎世界的に分布する
1)日本産ヤチグモ群の研究史
種である。メガネヤチグモは石垣や塀などの人工
日本産ヤチグモ群の研究は,1878年にドイツの
建造物に住居を作る種である。シモプリヤチグモ
L.Kochが3種を記載したのにはじまる。その後,
は低地性の種で,日本各地によく見られる。この
ドイツのBosenbergとStrand(1906)が,大著
種は北海道から記録があるが,北海道産の標本を
「Japanische Spinnen」のなかで,3種を記載し
検したところ,これらはすべてヒメシモプリヤチ
た。翌年Strand(1907)がさらに1種を追加した
グモであった。
が,その後,1950年代までは,新しい記録がなか
これらの3種は,氷河時代に大陸から陸橋を通
った。しかし,1950年代後半から1990年にかけて,
って分布を拡大したと考えられるが,人為的に導
日本の研究者により,次の28種が記載された。す
入された可能性もある。
なわち,小松敏宏(1957,1961)による2種八木
(2)北海道・本州に分布する種
沼健夫(1967,1969,1972,1977)による4種,八木
ヒメシモプリヤチグモ1種のみで,前項の低地
沼健夫・山口鉄男(1971)による1種西川喜朗
性のシモプリヤチグモから分化した山地性の種で
(1972,1973,1977,1980,1983,1987,1989)による
あると考えられた。ヤチグモ群の同一種群のなか
12種有田立身(1974,1976)による4種下高名
の2種が,ともに本州に広く分布している唯一の
松栄(1982, 1989)による5種である。
例である。
以上の既知35種のすべてが,これまでヤチグ
(3)糸魚川一静岡線を境としてすみわけている
モ属Coelotesのものとして扱われている(西川,
種群
1974;八木沼,1986)が,BrignoIi(1982)はこ
ひとつは,ホラズミヤチグモ種俵で,糸魚川一
れらを,いくつかの属に分けられるべきもので
静岡線を境として,その東側の本州にはアズマヤ
あるとの指摘をするとともに,メガネヤチグモC.
チグモが,その西側の九州にかけてはホラズミヤ
Luetuosusに対して, PαnmoeZDtes属を新設した。
チグモが,異所的に分布している。このアズマヤ
皿)属および種の検討
チグモの分布域の西側の北陸から関東にかけて,
本研究では,タナグモ科の属および種を分類す
この種から派生したと考えられるムサシヤチグモ
(105)
44号外第2号
平成7年3月10日
が分布している。またホラズミヤチグモの分布域
られているが,韓国には極めて近似の別種が見ら
の南側の太平洋岸にはオガタヤチグモ,四国の中
れる。朝鮮半島と対馬とが陸つづきの氷河期に,
央北部の山岳地帯にはアカボシヤチグモ,そして
対馬まで拡散したものと思われる。
分布域の西の九州中北部ではミカドヤチグモ,の
デベソヤチグモは,体色が淡くて,生殖器の構
3種の姉妹種が派生したと考えられた。
造も極めて特異である。地下客層にすみ,前中眼
もうひとつは,フタバヤチグモ種群で,糸魚川
が非常に小さい。近畿北部から北陸地方にかけて
一静岡線を境として,その東側にはフタバヤチグ
分布する。ウスイロヤチグモ種群から派生し,極
モが,その西側にはカメンヤチグモが,異所的に
端な特殊化をとげたものと思われた。
分布している。このフタバヤチグモは低地性で,
(6)その他の興味ある分布を示す種
この種から派生したと考えられるマサカリヤチグ
ミナトシモプリヤチグモは不連続分布をしてい
モが東北地方の山地に見られた。またカメンヤチ
る。現在のところ,東京都区内,大阪市南区・港
グモからは四国西部にイヨヤチグモなどの3種の
区・西区と山口県嘉島の波止場で,発見されてい
姉妹種が派生したと考えられた。
る。人為的に運ばれた可能性が強い。原産地がど
これらのふたつの種群にとっては,糸魚川一静
こかは不明である。
岡線は種の分布を決める大きな要因となっている。
ヨドヤチグモ血止は,東北から近畿にかけて4
(4)本州または本州以南に分布する種群
種知られ,それぞれ異所的にすみわけている。こ
ヤマヤチグモ血止のなかで,本州・四国・九州
れらの分布の空白地域には,未知種がすんでいる
に広く分布するのは,ヤマヤチグモ1種のみで,
可能性が強く,このような可能性は他の種群でも
この種が母体となって各地の山地で異所的に,8
みられる。
種が種分化をおこしたと考えられた。
サイゴクヤチグモ山群は,四国西部・九州北
クロヤチグモ種群のなかで,本州の低地に広く
部・本州西端部に分布するが,譜面の祖先から派
分布するのは,クロヤチグモ1種のみで,この種
生したと考えられる2種が高知県南部にみられる。
が母体となって,本州各地の山地で雌雄の生殖器
さらに,九州中部山岳地帯では,本曲の姉妹種と
の形態に多様な分化をおこし,多くの同胞種を生
考えられる4未記載種が,連続的な変異を示して
じ,今回,15種の新種を認めた。
いる。
このような種分化と分布模様から,これらの種
以上のような分布様式からヤチグモ群は空中飛
群は短期間の地理的隔離により多様な種分化を起
行を行わないクモであり,これらの種分化と分布
こしたと考えられ,おそらく第四紀の最終の氷河
を決定する要因として,地理的隔離すなわち地史
期がこの種群の種分化に関与したと思われる。
的要素が大きく影響していることが示唆された。
カミガタヤチグモ種群は,富山県から静岡県西
部を東限とし,その西側に分布する種姓で,西日
本各地から10種の新種が,異所的にすみわけてい
る。近畿地方にすむカミガタヤチグモと中国地方
別表
Genus Tegrm Latreille,1804タナグモ属
丁・domeSticα(Clerck,1757)イエタナグモ
。「eoeoras gen. nov.ヤマヤチグモ属
にすむアリタヤチグモとは,兵庫県の円山川・市
o.enmtteα(N i shikawa,1983)アキタヤマ
川を境にしてすみわけている。
ヤチグモ
(5)特定の地域に分布し形態的にも特異な種
O. eoiaas”tdes (Bosenberg e t S t rand, 1906)
ヤエヤマヤチグモは,八重山諸島と台湾の高地
ヤマヤチグモ
に分布する。八重山諸島と台湾とが陸つづきであ
0・echtgonts sp. nov.エチゴヤマヤチグモ
った氷河期に山地で種分化をおこし,その一部が
0・yagoensis sp. nov.ヨゴヤマヤチグモ
八重山諸島に残存したと考えられた。
0・retigtosus s p. nov.イナムラヤマヤチグモ
二二アナヤチグモは,長崎県の対馬だけから知
(106)
o・otomo sp. nov.ウエノヤマヤチグモ
号外第2号45
平成7年3月10日
0.nrtehik(me(N i shikawa,1977)ヒメヤマヤ
c.notoensis s p. nov.ノトヤチグモ
チグモ
c・gtftiensis s p. nov.ギフヤチグモ
o.ignotα(Bosenberg et Strand,1906)力
c・hatSUT℃ti S P. nov. エジマヤチグモ
タチガイヤマヤチグモ
c・k(:ngoensis s p. nov. コンゴウヤチグモ
o.tateym融s sp. nov.タテヤマヤマヤ
c.加ゴσ乙sp. nov。ミサトヤチグモ
チグモ
C・tmas sp. nOV.タカナワヤチグ
Genus Parαeoetotes Brignoli,1982メガネヤチ
モ
グモ属
σ.imaensts sp. nov.ハタヤチグモ
P.tuetuosus(L. Koch,1878)メガネヤチグモ
Genus coe/Otes B lackwall,1841ヤチグモ属
σ.α彫画Group.ホラズミヤチグモ種群
c.航雄繊諺Yaginuma,1972アズマヤチグ
モ
c.αrntrt(Komatsu,1961)ホラズミヤチグモ
c.nntsαshtensts N i shikawa,1989ムサシヤ
チグモ
C.(:gatai sp. nov. ミカワヤチグモ
C.tontinαgat sp. nOV.アカボシヤチグモ
σ.漉。αdo Strand,1907 ミカドヤチグモ
c.eStttαL’ts Group.クロヤチグモ種群
c.ikiensis s p. nov. イキヤチグモ
。.insidtosus Group. シモプリヤチグモ種群
σ.tn3ndiosus L. Koch,1878 シモプリヤチ
グモ
c.interunus N i shikawa,1977 ヒメシモブ
リヤチグモ
c.αoeo Nishikawa,1987アッコヒメシモブ
リヤチグモ
c.yneyanenSts Shimo j ana,1982ヤエヤマ
ヤチグモ
C.por’tus sp. nov.ミナトシモプリヤチグモ
c.ンα磁sGroup.ヨドヤチグモ種群
c.earttiαLts L。 Koch,1878クロヤチグモ
c・obako Nishikawa,1983 オバコヤチグモ
C・shigamsts s p. nov. シガクロヤチグモ
σ・y(tαagtensts s p. nov.ヤハギヤチグモ
c.zao sp. nov,ザオウクロヤチグモ
c.nCt9αmensis s p. nov.ナガラヤチグモ
c.kαgαsp. nov. カガヤチグモ
c.yOdoensis Nishikawa,1977ヨドヤチグモ
c.toehigtensts s p. nov. トチギヤチグモ
c.htratsukαi Arita,1976コヤチグモ
c・αLblmontanus s p. nov.ノウゴウヤチグモ
(Affinity unknown)
σ.nOlnugtensts sp. nov.ノムギヤチグモ
C・αsO sp. fiOV.アソヤチグモ
σ.enCt sp. nov.エナクロヤチグモ
C.tbuktensts s p. nov. イブキヤチグモ
c.ntnobusanus sp. nov.ミノブクロヤチグ
C.tokatensts sp. nOV. トウカイヤチグモ
モ
c・tm剛i Arita,1976 ヒメヤチグモ
C・sumgαsp. nov. スルガクロヤチグモ
c・tncthCtensts Ar i ta,1974イナバヤチグモ
C.ntno sp. nov. ミノクロヤチグモ
c.eharat Arita,1976ダイセンヤチグモ
C・robustior sp. nov.イブキクロヤチグモ
C・ZαneZcttus s p. nOV.ウスマクヤチグモ
C.hikonensts s p. nov.ピコネクロヤチグモ
σ.uan Yamaguchi et Yaginuma,1971ウ
σ.厄㎜細ssp. nov. ヒルゼンクロヤ
エノヤチグモ
チグモ
c・oktnαiuensts Shimo j ana,1989 オキナワ
C.dormns sp. nov.ガギュウクロヤチグモ
ヤチグモ
c.yaginrmi Group.カミガタヤチグモ種群
c.た勾甑sShimojana,1989クメヤチグモ
c.yagtnumai N i shikawa,1972 カミガタヤ
c・α㎜れ鰯sShimojana,1989アマミヤチ
チグモ
グモ
C.αrttat sp. nov. アリタヤチグモ
σ・mmenSts Shimo jana,1989 ウルマヤチ
(107)
平成7年3月10日
46号外 第2号
グモ
この中で、環境の状態を評価する指標となる生物
c.cntrtus(Bosenberg et Strand,1906)ク
群の1つとして、また作物圃場内の生態系の中で
ルマヤチグモ
捕食者として重要な地位を占あるものとして、ク
(]enus Urobta Koma t su 1957ウロヤチグモ属
U.h(rmnrmzt Group フタバヤチグモ種群
モ類が注目されている。ところが、日本において
は研究者が少ないこともあって、分類学的研究は
u.hanmmt(Yaginuma,1967)フタバヤチ
遅れているのが現状である。本論文はクモ類の中
グモ
でも特に分類や同定に混乱のあった地上生活のヤ
u.pers(matα(Nishikawa,1973) カメンヤ
チグモ群について形態学的、生態学的および生物
チグモ
地理学的検討を行った結果をまとあたもので、新
u.ktntctrσf(N i shikawa,1983)マサカリヤ
たに得られた知見は次の通りである。
チグモ
1.形態学的形質の評価と分類
U.tyα…msts sp. nOV. イヨヤチグモ
過去に用いられてきた多くの形態学的形質のそ
u・mohri)t sp. nov. モウリヤチグモ
れぞれについて再検討を行い、眼の配列状態、後
U.eornutαsp. nov.オウドウヤチグモ
牙提歯の数及び胸部背甲上の刺毛の配列状態など
u.zmicatus Groupサイゴクヤチグモ主群
は本群の分類形質として重要であることを示した。
u.Ttnicαta(Yag i numa,1977)サイゴクヤチ
また、背甲下方の側膜表面に生ずる刺毛、雄宮守
グモ
の根部と栓子基部との間に存在する境界線の2つ
U.sαησ6 sp. nov.トサノヤチグモ
の形質の状態は上位の分類単位を決めるに有用で
U.tozmens“ts s p. nov.トウワヤチグモ
あることを新たに提示した。
u.SCtzrmi Group ミクサヤチグモ心志
これらに基づいて、ヤチグモ群をヤマヤチグモ
u.sm曲t sp. nov.ミクサヤチグモ
属(新属)、メガネヤチグモ属、ヤチグモ属、フ
u.tala’us sp. nov. ミツイシヤチグモ
タバヤチグモ属、デベソヤチグモ属(新属)の5
u.ea7itis Groupホソテヤチグモ送主
属とし47の新種を含む83種をそこに再配列した。
u・oscanui s p. nov. ヤクシマヤチグモ
ヤチグモ群は雄触肢膝節の突起と短い脚と共に
u.ecctLts s p. nov. ホソテヤチグモ
一般刺毛に加えて羽毛状の刺毛を有することによ
u.grandtvuLvα Groupオオアナヤチグモ種群
って特徴づけられており、今回提示された側膜状
u.grrtndionZvα(Yag i numa,1969)オオアナ
に刺毛を有するという形質によってヤマヤチグモ
ヤチグモ
属、メガネヤチグモ属と他の3属とを分離した。
u.hexomata Groupウロヤチグモ種群
また、従来、広義のヤチグモ属として扱われてき
u.deeo/Or(Nishikawa,1973) ウスイロヤ
た種のうち、後牙提歯数が2で胸部背甲上に刺毛
チグモ
の少ないものを小松(1957)が創設したフタバヤ
u.hexoma;ta Komatsu,1957ウロヤチグモ
チグモ属に移してまとあた。さらに、ヤチグモ属
u.mazuna s p. nov. ナズナヤチグモ
は雌雄生殖器の形態的特徴をもとに5つの種油と
Hypoeoel’otes gen. nov.デベソヤチグモ属
してまとめたが、その中で根部と栓子との境界線
H.tvanidtvttZvα(N i shikawa,1980)デベソ
の有無を重視した。これは精子輸送に係わる器官
ヤチグモ
として血涙で特殊化しており、分類学的に重要な
形質と考えられる。
2 学位論文審査結果の要旨
2,生物地理学的考察
近年、人間の生活環境を広域的に、また多面的
本直に属する種の分布様式は特異であり次のよ
に評価解析し、人間が生活することにより快適で
うに大別された。
安全な環境の作出についての努力が払われている。
(1)メガネヤチグモとシモプリヤチグモは日本
(108)
平成7年3月10日
のみならず中国、朝鮮半島の平地に広く分布する。
号外 第2号 47
大阪府立大学告示第31号
② ヒメシモプリヤチグモは北海道と本州に分
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学
布しているが、平地性で広域分布種のシモプリヤ
規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条
チグモとは異所的に山地に分布している。
第1項の規定に基づき、平成7年2月28日博士の
㈲ ホラズミヤチグモ種群の2種、アズマヤチ
学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規
グモとホラズミヤチグモ、また、フタバヤチグモ
定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の
種群の2種、フタバヤチグモとカメンヤチグモは
要旨を次のとおり公表する。
それぞれ糸魚川一静岡線を境にして東と西に棲み
平成7年3月10日
分けている。
大阪府立大学長 平 紗 多賀男
(4)ヤマヤチグモ、クロヤチグモはそれぞれ本
州の平地に広く分布しているが、これらの種はそ
れぞれに異所的に山地で種分化を起こしたと考え
わ
だ
けん
じ
称号及び氏名 博士(工学) 和 田 健 司
られる姉妹語を持っている。
(学位規程第3条第2項該当者)
⑤ 四国の高地、紀伊半島の山地、離島などに
(徳島県 昭和40年9月14日生)
は、その地域に限って分布している種がある。
以上のように本群は現在、地球上で非常に繁栄
しているグループの1つであるにもかかわらず、
ほとんどの種が異所的にもしかも特異的な分布を
論 文 名
半導体レーザーの準定常時と大振幅変調時
における位相の問題に関する研究
しており、同所的な分布をする種はきわあて少な
い。この分布様式は第三紀の終わりに近い1500∼
1 論文内容の要旨
1600万年前の地史的変動、第四紀最終の氷河期に
近年の光エレクトロニクス分野の発展はあざま
おける地理的隔離などがこの群に属する種の分化
しく、特に光通信用光源である半導体レーザーの
に関与した結果できたものと考え、本群に属する
周辺の開発において、その傾向は著しい。小型、
種が空中飛行による移動・分散を行わないという
軽量、電流注入駆動など多くの利点を持つ半導体
行動と深く関わっていると結論づけた。
レーザーは、最近の微細加工技術の発達に伴って、
以上、本論文は形態的形質、中でも前中眼の大
集積化、多機能化が急速に進んでおり、発生する
きさ、後言提歯の数、胸部背甲毛の状態はそれぞ
光の内部位相を考慮した素子開発が行える段階に
れ明瞭に属の特性を示すことを明らかにし、これ
まで至っている。このように発展している半導体
に体色をあわせ用いることによって属の概念を明
レーザーを含むシステムは、さらに、多くの分野
確にすると共に従来不可能とされていた未成熟個
への幅広い応用が期待されており、複雑化したそ
体の同定をも可能にした。この内容は分類学の基
れらのシステムにおいて発振光の位相まで考慮し
礎の充実のみならなず、応用面での利用の価値も
た詳細な動作解析を行うことが、今後、一層重要
高いものである。また、600を超える地域での調
となることは容易に予想できる。半導体レーザー
査結果に基づく生物地理学的考察は、生物の種分
では、典型的な応用例であるコンパクトディスク、
化の過程をひもとくに有用なものである。
レーザーディスクの再生用光源や、将来の光通信
よって、学力確認の結果と併せて博士(農学)
システムとして有望視される光ソリトン通信の送
の学位を授与することを適当と認める。
信用パルス光源に対して、すでに位相に関連した
審査委員
問題が指摘されている。前者は戻り光による光出
主査教授保田淑郎
力の不安定問題であり、後者は利得変調パルス内
副査教授一谷多喜郎
に含まれる周波数チャープの問題である。これら
副査教授中村明夫
の影響によって、音声、画像や伝送性能の質を低
(109)
48号外 第2号
平成7年3月10日
下させることが知られている。以上の問題を取り
のことによって、不安定性が出現するたあに必要
除く実用上の工夫はすでになされているが、物理
な最小の戻り光量が、α値に対してほぼ比例して
的な機構や現象の定量的な解明にはいまだ曖昧な
低下することを見積もり、αパラメータに起因し
部分が多く、レーザー素子開発等を行う応用側の
た不安定領域の顕著な拡大に対する機構を明らか
立場からは、これらに対する詳細な解析を行うこ
にしている。さらに、解析枠であるレート方程式
とが望まれている。また,上記の問題は,いずれの
に必然的に含まれる断熱近似の妥当性についても
現象も半導体レーザーに特有の特性パラメータで
調べている。断熱近似は、光電界と分極間の位相
ある線引増大係数(αパラメータ)によって、特徴
差をα値に応じて一意に固定してしまう作用を持
づけられることが知られ、半導体レーザーを取り
っため、不安定性の解析結果に影響をおよぼす可
扱ううえで物理的にも非常に興味ある問題である。
能性がある。断熱近似の影響を調べるために、断
本論文では、半導体レーザーを対象とした典型
熱近似を含まないマックスウェル・ブロッホ方程
的な位相の問題を含む上記の現象を取り扱い、物
式を用いて、レート方程式の場合と同様の解析を
理的な機構の解明を試みるとともに、現象の定量
行い、両者の解析結果を比較している。比較は、
的な見積もりに対していくつかの提案を行い、実
断熱近似が安定領域と不安定領域の間の境界に与
験的な実証を行っている。本論文は4章から構戒
える影響を見積もることによって行われている。
されており、以下に各章の内容について要点を述
この結果、断熱近似を含む解析では、不安定性が
べる。
出現するために必要な最小の戻り光量に対して、
第1章では、本研究の目的と意義ならびに研究
過大あるいは、過小見積もりを生じることが示さ
内容:の概要について述べている。
れている。断熱近似に起因するこの誤差は、励起
第2章では、準定常状態にある半導体レーザー
の増加にともなって拡大し、特に、戻り光の遅延
の位相に関する問題として、戻り光による不安定
時間が短い場合には、境界の持つ特徴的な周期構
現象を取り扱っている。位相の問題として、1.戻
造の発生によって、誤差が顕著に拡大されること
り光の共振器への結合位相、2.共振器内の光電界
も示されている。しかし、実際の半導体レーザー
と誘起分極間の位相差、3.レート方程式に含まれ
に対して適当と思われる低励起条件のもとでは、
る断熱近似を取りあげ、これらの不安定性への寄
解析によって得られた誤差の程度は小さく、逆に
与を調べている。特に2.の位相差は半導体レーザ
レート方程式を用いた解析枠の適用が妥当である
ーに特有のαパラメータに強く依存する。不安定
ことを確認している。以上の得られた結果から、
解析には、戻り光の寄与を考慮した単一モード発
戻り光に起因したレーザーの不安定性を、レーザ
振を記述するレート方程式を用いており、不安定
ーの不安定問題の原点であるハーケンカオスと比
性の決定には、根軌跡法を適用することを提案し
較し、不安定条件の点から両者の類似点、相違点
ている。根軌跡法は数値積分法によって得られる
をまとめることにより、それぞれの特徴を明らか
大振幅応答との比較から、妥当性および有用性が
にするとともに、一般的な視点からレーザーの不
確認されている。提案した根軌跡法を用いて解析
安定性における両者の関係を明確にしている。
を行った結果、戻り光に起因した不安定性の発生
第3章では、大振幅変調された半導体レーザー
機構は、被擾乱レーザー系で生じる誘導放出の抑
における位相の問題として、利得変調パルス内の
制効果によって説明できることを示している。こ
周波数チャープの推定に対する問題を取り扱い、
のことは、光電界と誘起分極間の位相関係を表現
主に2章で問題となった線幅増大係数αと利得変
するフェイザ心高高上で明確に確認され、抑制効
調パルス内で生じる周波数チャープの関係を調べ
果の大きさは、戻り光の結合位相と光電界、分極
ている。レート方程式を用いた数値シミュレーシ
間の位相差の両方に依存し、両者に特定の関係が
ョンによって、間接的なチャープの推定には対象
成立するとき最大になることが示されている。こ
となる半導体レーザーのαパラメータ値を決定す
(110)
号外第2号49
平成7年3月10日
ることが重要であることを示したうえで、大振幅
いるチャープ部分に注目してα値との関係を調べ
変調条件のもとでのα値の測定法として確立され
ている。レート方程式を用いた数値計算より、両
ているCHP法の説明を行っている。 CHP法は、
者間に成立する関係式を導出し、その利用によっ
ガウス形の波形と線形チャープを仮定することに
て、α値とパルス幅を測定するだけで、任意の励
より導出される利得変調パルスの時間帯域幅積の
起条件のもとにおける利得変調パルス内の周波数
理論式を利用しているが、これらの仮定が実際の
チャープ量が推定できることを示している。この
実験には適合しないことを数値的に見積もってい
関係式は、直接的なチャープの測定法である干渉
る。さらに、レート方程式を直接に数値積分する
相関繰り返し計算法を用いた結果との比較によっ
ことによって、CHP法の核となっているパルス
て、妥当性が定量的に確認されている。また、
の時間帯域幅積の表現に対して、実験結果に適合
IPC法の実験の中て示唆された励起に依存した
する表現を改善式として新たに提案している。提
α値の変動は、利得変調パルスの発生する励起範
案した改善式によって、利得変調パルスの波形関
囲内では、ほとんど無視できることを時間分解分
数は、一般にseeh2形で与えられることを示すと
光法による実験で確認している。この結果、周波
ともに、従来のCHP法によって測定されたα値
数チャープの推定を目的として提案した関係式は、
には、約15%程度の過大見積もりが生じることを
半導体レーザーの利得変調パルスに対して一般的
明らかにしている。また、従来には議論されるこ
に適用できることが示されている。
とのなかった自然放出光や非線形利得飽和の効果
第4章では、本研究より得られた結果をまとめ、
が、パルスの時間帯域幅積に影響を与えることも
今後の課題について述べている。
示している。特に、長波長帯半導体レーザーでは
利得飽和の影響が大きく、公言起された場合、パ
2 学位論文審査結果の要旨
ルス波形がseoh2形から変形することに起因して、
本論文は、半導体レーザーの準定常時と大振幅
提案した改善式が成り立たなくなり、その適用は
変調時における位相の問題として、それぞれ、戻
低励起の場合だけに制限されることを数値的に見
り光による不安定性と利得変調パルス内で生じる
積もっている。一方、大振幅変調条件のもとでα
周波数チャープの推定に関する問題を取り扱い、
値を決定することのできる新しい手法として、強
それらの現象に対する解析を行い、物理的な機構
度・位相相関法(IPC法)を提案している。
の解明を試みるとともに、現象の定量的な見積も
IPC法は、利得変調パルスの強度相関幅と位相
相関幅の比によってα値を決定する手法であり、
りを行うことを目的としており、次のような成果
を得ている。
大振幅変調時のα値の測定法として唯一存在する
(1)戻り光による不安定性
CHP法に付け加えられる。提案したIPC法を、
・根軌跡法による解析、およびシステムに含まれ
多モード発振するO. 8μm波長帯半導体レーザー
る変数の位相関係を表わすフェイザー表示を用い
からの利得変調パルスに適用し、その有効性を実
ることにより、戻り光が被擾乱系であるレーザー
験的に実証している。またIPC法によって実測
に与える誘導放出の抑制が、不安定性の発生機構
されたα値を、同じ型の半導体レーザーに対して
であることを見出している。同時に、戻り光によ
小信号的に測定された過去の実験結果と比較する
って最も不安定性が強調されるときの共振器に対
ことにより、同一の半導体レーザーにおいても励
する結合位相を、線幅増大係数αの関数として導
起条件によってα値が変動する可能性を持つこと
出している。
を示唆している。以上の測定法の提案によって、
・断熱近似を含むレート方程式による解析枠の妥
α値が正確に測定できるようになったことから、
当性を調べるために、レート方程式と断熱近似を
目的であるパルス内チャープを見積もるために、
含まないマックスウェル・ブロッホ方程式を用い
利得変調パルスの時間三内でほぼ線形に変化して
て不安定解析を行い、高励起条件下では両者に顕
(111)
平成7年3月10日
50号外 第2号
著な差異が生じることを見出している。しかし、
通常の半導体レーザーに適当な低励起条件下で、
大阪府立大学告示第32号
大阪府立大学学位規程(昭和50年大阪府立大学
その誤差は小さく、レート方程式による解析枠の
規則第2号。以下「学位規程」という。)第15条
妥当性を確認している。
第1項の規定に基づき、平成7年2月28日博士の
・レーザの不安定問題の典型的な例であるハーケ
学位を授与したので、学位規程第16条第1項の規
ンカオスと戻り光カオスの特徴を不安定条件の点
定により、論文内容の要旨及び論文審査の結果の
から一般的に比較することによって、レーザーの
要旨を次のとおり公表する。
不安定問題における両者の位置:づけを明確にして
平成7年3月10日
いる。
(2)利得変調パルス内の周波数チャープの推定
大阪府立大学長 平 紗 多賀男
・間接的な周波数チャープの推定に必要な線幅増
まつ
い
とし ゆき
大係数αの決定法として、従来から利用されてい
称号及び氏名 博士(工学) 松 井 利 之
るCHP法の問題点を指摘し、これを克服した改
(学位規程第3条第2項該当者)
善法を提案している。このことから、CHP法に
(兵庫県 昭和39年8月13日生)
よって測定されたα値に含まれる誤差を定量的に
論文 名
見積もっている。
・大振幅変調条件のもとで線幅増大係数を測定す
Studies on Process of Soiid State Phase
る新しい方法として、強度・位相相関法を提案し、
Formation in Thin Multilayered Films
実験的にその有用性を示している。
・α値が既知である半導体レーザーにおいて、発
(積層膜における固体反応による相形成過程に
関する研究)
生する利得変調パルスのパルス幅だけを測定する
ことによって周波数チャープ量が見積もれる関係
1 論文内容の要旨
式を導出している。また、その関係式の妥当性は、
近年,薄膜作成技術が格段の進歩を遂げたこと
利得変調パルス内の周波数チャープを時間分解分
により金属系積層膜材料の合成手法もより高度に
光法により直接観測することによって確認してい
制御され,原子寸法オーダーの高精度の超構造を
る。
有する積層膜の合成が可能となっている.これに
以上の諸成果は、半導体レーザーにおける発振
ともない磁気抵抗,垂直磁気異方性等の材料物性
光の位相まで考慮した解析の重要性を示したもの
に,膜構造の特異1生が直接反映した物性異常を示
であり、光エレクトロニクスの分野において、基
す材料が多数発見され,実用化に向けた多くの精
礎的にも応用的にも有用な情報を提供している。
力的な研究がなされている.一方で従来より構造
これらは、今後の光エレクトロニクスの分野に貢
安定性等の視点から研究対象となっていた積層膜
献するところ大であり、また、申請者が自立して
における固体反応に関しても,その熱処理過程中
研究活動を行うに必要な能力と学識を有すること
に平衡結晶相がアモルファス相等の準安定相へ
を証したものである。
遷移することが見いだされ,そのメカニズムの解
本委員会は、本論文の審査ならびに学力確認試
明を試みた多数の研究が行われている.この様に
験の結果から、博士(工学)の学位を授与するこ
積層膜材料に対しては,その構造の特異性やエネ
とを適当と認める。
ルギー的非平衡状態を種々の応用に結びつける多
審査委員
主査教授 張
(112)
種多様な研究が行われているのが現状である.
吉 夫
本研究では積層膜における固体反応による化合
副査 教授 日 下 浩 次
物合成に注目し,これを薄膜材料の構造と物性の
副査 教授 山 本 信 行
制御に応用することを試みた.積層膜における固
号外第2号51
平成7年3月10日
体反応による相形成は積層膜の作製(構造の設計
薄膜の磁気特性は膜の構造に依存して変化し,第
を含む)とその後の熱処理との完全に独立した二
2相の存在は保磁力値に大きな影響を与えた.
つの過程により構成される.従って両過程の種々
積層膜における固体反応過程は反応界面付近の
の因子を独立に制御することが可能であり,それ
局所的な組成に著しく影響を受ける.またその組
らの因子と熱処理前後の膜構造および膜特牲との
成は必ずしも膜の平均組成とは一致せず,熱処理
系統的解釈が進めば,本手法が効果的な薄膜の構
条件や基板温度など相互拡散状態に影響を及ぼす
造と物性の制御手段となりうる可能性がある.
因子に強く依存して変化することが明らかとなっ
着目した材料系は次世代の光磁気記録材料とし
た.
て注目を集あているPtMnSb,MnSb,
第3章では2種類の異なる化合物相からなるい
Mn2 Sb等のMn系化合物で,いずれも実用材
わゆる2相薄膜の合成と構造の制御に関して検討
料としての使用には現時点では何らかの課題が存
を加えた.このような構造を持つ薄膜の組織制御
在し,特性改善が待たれている.しかしそれらの
に関しては,従来からの代表的構造制御の手法,
中には薄膜微細組織等の材料学的因子の制御によ
例えばエピタキシャル成長を利用した手段等によ
り解決が可能であると考えられる課題も存在し,
っても困難なものであると予想される.積層膜に
薄膜の合成に際しその構造と物性の制御が期待さ
おける相形成は反応界面の局所的な領域で初期の
れる材料系であるといえる.
化合物核形成過程が起こるため,積層形態が熱処
本論文は,積層膜における固体反応を利用した
相形成過程を薄膜材料の構造制御に応用するにあ
理後の膜構造に及ぼす影響を明らかにすることに
より構造制御への期待がもたれる.
たってその基礎的知見を得るための研究成果をま
3−1節ではPtMnSb薄膜に垂直磁化特性
とめたもので,以下に概論を述べる5っの章より
を付与させるためMn2 Sbとの多相化を試みた.
構成される。
特性の制御を行うに際しては両蓋の構成相比と優
第1章では積層膜材料ならびに固体反応に関す
先配向の制御が重要な課題となる.Pt/Mn/
る研究,さらに対象となったMn系光磁気記録化
SbとMn/Sbの2種の単位構造を多様に積層
合物材料に関する従来の研究を概観するとともに,
させて作製した多層膜に複数の条件で熱処理を加
本研究の着想に至った経緯ならびに目的と指針を
え構造の制御を図った結果,熱処理後の膜の構造,
明確にした.
特に優先配向と構成相比は積層形態と焼鈍条件に
第2章ではPt/Mn/Sb系積層膜の固体反
依存し多様に変化した.またPtMnSb相と
応によるPtMnSb相の合成条件を検討した.
(001)配向したMn2 Sb相からなる2相薄
基板温度を室温で製溶した積層膜はアモルファス
膜の合成と,光磁気記録媒体には不可欠の特性で
もしくは微結晶相の層構造を持ち,これを573K
ある垂直磁化特性の付与に成功した.
以上の温度で熱処理することによりPtMnSb
3−2節では前節と同様の手法で,Mn/Sb
相が生成した.また423K以上の基板加熱によっ
単位構造の平均組成を変化させることによりPt
てもPtMnSb相が生成することが明らかとな
MnSb相とMnSb相との2相膜の合成を試み
った.573K程度の熱処理温度や比較的低温の基
た.熱処理後の膜の構造解析の結果,相形成過程
板温度で作製した試料に関しては,PtMnSb
は単位構造内の限られた領域内だけの反応により
相がかなりの広い組成範囲で優先的に成長したの
進行するのではなく,多層膜の平均組成によって
に対し,高温の熱処理を加えた試料では膜の平均
は比較的長範囲の拡散をともない反応が進むこと
組成に順じてPtMnやPtSb2等の第2相が
が明らかとなった.また積層形態と熱処理条件が
生成した.773Kの熱処理後では,PtMnSb単
前節と同様に構成相比と優先配向に影響を及ぼし
相膜はその化学量論組成に比べMnリッチな組成
ていることを示した.
を持つ積層膜でのみ得られた.またPtMnSb
本章で得られた実験結果により,2相構造を有
(113)
平成7年3月10日
52号外 第2号
する薄膜を組織制御下で合成するにあたって,本
ピタキシャル成長するのに対し,臨界値以上の場
手法が有力な合成手段になりうることが明らかと
合は相互拡散領域がアモルファス化し熱処理によ
なった.また熱処理条件の相違による構成相比の
りランダムな方位を持つMnSbへと結晶化する
変化は適用された熱処理温度における相対的な化
ことがわかった。積層膜における固体反応による
合物核形成の容易さと多層膜構成元素間での拡散
化合物合成法においても,合成条件を適当に選択
能の相違とにより解釈された.また積層形態と熱
することによりエピタキシャル成長を利用した優
処理過程により決定される成長初期段階での化合
先配向制御が可能であることが示された.また積
物相の組成の変化が,優先配向に影響を及ぼして
層膜の相互拡散領域で形成される相は有効生成熱
いる可能性が示唆され,構成相比,優先配向等の
モデルより,界面濃度を有効濃度に置き換えるこ
膜構造の制御にあたってはそれらの因子を考慮す
とで予測,制御することが可能であることが明ら
ることが必要であることを明らかにした.
かとなった。
第4章では膜の磁気特性に重大な影響を及ぼす
4−3節では前節で検討されたMnSbの。面
優先配向性に顕著な変化が見られた化合物薄膜の
配向膜の合成条件を考慮した上で,磁気異方性を
合成条件を取り上げその形成メカニズムを考察し
変化させることを目的としてBiの添加を試みた.
た.また第3元素添加による磁気異方性の制御に
Biを層状に添加した場合すなわちMn/Sb/
関しても検討を加えた.
Bi積層膜に熱処理を加えた場合,BiのSbに
4−1節ではPtMnSbとMn2 Sb相から
対する置換率が3%以下の範囲においてのみ。面
なる2相生における優先配向形成に及ぼす基板温
面直したMn(SbBi)膜が合成された.これ
度の影響を検討した.基板温度423Kで作製した
は低融点をもつSb−Bi相が優先的に生成する
積層膜は製膜評すでに(111)配向したPt
ため配向が乱れたことによる.またBiをSbと
MnSbと(011)配向したMn2 Sbの微細
同時に製面する手法すなわちMn/(Sb−Bi)
結晶粒構造となっていた.配向したPtMnSb
積層膜とすることにより置換率が6%まで。面配
の(111)面とMn2Sbの(Oll)面は構
向膜の合成が可能であった.また磁気特性に関し
成原子が交互に配列した層状構造を有しており,
てはBiの添加により垂直磁化成分が増大した。
スパッタ時に表面エネルギーの効果により配向核
本章で得られた結果により,積層膜における固
が生成したものと考えられた.基板温度の適切な
体反応を利用した化合物合成手法はその優先配向
選択により表面エネルギーの影響を優先配向の制
も制御し得る可能性があり,さらには磁気異方性
御に利用することが可能であることが明らかとな
の制御に関してもその可能性が強いものであるこ
った.また構成相の相比はすでに化合物核が心膜
とが示された.
中に生成している場合は,熱処理温度での化合物
第5章では各章の結果を総括するとともに,積
の成長速度の差によってのみ決定されることが示
層膜における固体反応による化合物薄膜の合成過
された.
程を薄膜の構造制御手段として利用する際に考慮
4−2節ではMn/Sb積層膜の固体反応にお
すべき因子を提案し結論とした.
いて形成されたMnSbの。面配向についてその
形成機構を考察した.MnSbの。面配向膜は
2 学位論文審査結果の要旨
Mn層がある臨界厚さ以下の時に得られた. Mn
本論文は,積層膜材料における固体反応を利用
層の厚さは積層膜内の異層界面付近に存在する相
した相形成過程を薄膜材料の構造と物牲の制御手
互拡散領域が,アモルファスとなるかMnSbへ
段として位置付けを行うに際し重要となる因子を
結晶化した状態になるかを支配する重要な因子と
明らかにするため,Mn系光磁気記録材料の本手
考えられた.すなわちMn層の厚さがある臨界値
法による合成を試みた研究結果をまとめたもので,
以下の場合,c面配向したSb層にMnSbがエ
以下に述べるような成果を得ている.
(114)
平成7年3月10日
(1)積層膜における相形成はその平均組成と平
号外 第2号 53
審査委員
衡状態図から予想される反応過程と必ずしも一致
主査 教 授 中 山
しない.これは積層膜における固体反応過程が反
副査 教 授 奥 田 昌 宏
応界面付近の局所的な組成に著しく影響されるた
副査 教 授 岡 村 清 人
豊
めで,結果として相形成過程は熱処理条件や基板
温度等の相互拡散状態に影響を及ぼす因子に依存
して著しく変化することを明らかにした.
(2)様々な積層形態を有する積層膜を熱処理す
ることにより,各相の構成相比と優先配向が多様
に変化した2相薄膜の合成に成功し,本手法が複
数の相構造を有する薄膜の合成に有益なものであ
ることを示した.その際,適用された熱処理温度
での化合物核形成の相対的容易さ,構成元素の拡
散能,生成した化合物相の組成等の差異が構成相
比および優先配向を決定することを見いだした.
また本手法を適用しPtMnSbと(001)配
向したMn2 Sbからなる2相薄膜を合成し,光
磁気記録媒体への応用には必要不可欠な特性であ
る垂直磁化特性の付与に成功した,
(3)有効生成熱モデルにおける有効濃度を相互
拡散領域の局所的組成とすることにより,積層寺
中の相互拡散領域に生成する相を予測し,制御し
得ることを提案した。
(4)優先配向を変化させるには表面エネルギー
やエピタキシャル成長等を利用した配向核形成メ
カニズムを本手法にも適応することが可能であり,
結果的に磁気異方1生等の制御に応用可能なことを
示した.
以上のように,本研究は積層膜材料における固
体反応を利用した相形成過程を薄膜材料の構造と
物性の制御手段として利用する際に考慮すべき因
子を明確にするとともに,本手法の有用性を示し
たものである.従って本論文はその学問的意義は
もとより積層膜材料の応用に新たな可能1生を提案
するものであり,また申請者が自立して研究活動
を行うに必要な能力と学識を有することを証した
ものである.
本委員会は,本論文の審査ならびに学力確認試
験の結果に基づき,博士(工学)の学位を授与す
ることを適当と認ある.
(115)
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