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ゲ ー テ ーの ソ ネ ッ ト
- テ の ソ 四 ネ ッ 1が見出し難い。又このソネットに歌われている女性が果して、、、ソ Minchen) Herzlieb.通称,,,ソヒェソ ト 1 Ⅱ 確に現在私達が知りうる資料に.よると、ごKor#.の推測通りであろう。 ・"ソナ(1七八九-1八六五)はイェ-ナの書籍粟フロマンの養女で 在したところのものであるという(Cq)o がってこのソネッ・L・に歌われr.yいるロマツはゲ-テの心の中にのみ存 熱が燃えているとは想像もしなかったであろうとい㌢のである。した た。十八歳の少女は五十八歳の有名な詩人の心の中に彼女に対する情 の出来事であり、ゲ-テはこの愛を彼女にも覚られぬよう隠しておい Korffによると、ゲ-テのミソナに対する愛は専らゲ-テの心の中 ながら'このソネットに対してはさまざまな臭った解釈がなされてい 人であるかどうかについても議論が分かれている。僅か一七篇であり ナ・ヘルツリ-プ(Minna いソネットを含んでいるが(エ'しかしこの連作には全体としての統 のソネットはKorffも認めているようにドイツ語で書かれた最も美し ゲ-テが一八〇七年からl八〇八年にかかる冬の間に作った一七篇 ソネット連作(一八〇七-一八〇八) ゲ ゲ-テのソネット 中 島 明 彦 ている。 「彼(プッソト) 十六歳(実は十八歳) の時には正当以上に愛しました」 ゲ-テがミソナへの愛を述べたのは^.)の二回だけであり'この告白 の花嫁(、、、ンナ)を八歳の子供の時から愛し娩.め、 又ゲ-テは1八一三年1月十五日にツエルク-に次のように告白し 私はかって彼女を正普以上に愛したことを悪く思いません」 かったですよ。彼女は数年としをとりました。しかしその姿も振舞 もその他の点でも今もなおきれいであったし、感じが良かったのでI かせましたが、それがとても具合よくいきました。そしてとても良 「昨晩私は、f,ソヒェンに会いました。彼女との出会いは成行にま 彼ほ1八一二年十一月六日妻のクリスティア-ネに書いている。 れている。 思われる。ゲ-テが彼女を愛したことは'彼自身の手紙の中で告白さ ている頃には彼女に対する気持が情熱にまで高まったのではないかと 心を持ち始めたのは1八〇六年のことであり、手紙や日記に,I,ソヒェ ンの名がでて-ち.そして1八〇七年の暮、ちょうどソネットを書い なったから、,、ソナと会う機会もあったが'ゲ-テが、,、ソナについて関 あった。ゲーテほイェ-ナにやってくる時しばしばフロマン家の客と Ⅱ だけでほ彼の愛が果してどの程度の,3のであったのか、ソネットに歌 三七 る。 という前捜の下に、このソ哀サト連作十七篇の中から〔 この空想のロ ゲ-テのソネット われているような激しい情熱であったのかどうか判断する事はできな マンの経緯があらわれるように何篇か選んで並べてみた。彼は、 I.少女と詩人 、(十五)。 (七)、・.恋ずる少女 占刀全なぞ傑作のみ、.という三つの条件 を作って、その条件の下に次の六篇を選んだ(d)0 がほっきりあらわれるもの、 い.そしてこの愛についてさまざまな推測.・iなされたが、ここで確に それに対して、,、ソナの方はどうかというと、彼女がゲ-テの愛に応 えたという証拠は1切ない。.ノ彼女はゲ-テを寅敬していたが愛してい の手続(八)、恋する少女ほまたも書く た時、私はとめどなく涙を流しました。そして人尚はみんな同じ段 かになった時、私は考えました。今晩も又何と素晴らしい言葉を彼 の口から聞いた事かと。そして人はどんな人になれるかしらと考え クリスティアネ'私はいく晩も私の部屋に入って、私のまわりが静 気持がよかった。しかし又彼の前にいると苦しくなりました。ねえ、 は残るが、それほともか-空想のロマンの経過を示すという彼の目的 マとしてとるに足らないとして顧慮しなかった。>.)の点について不満 らせたソネットはまたなかなか興味深いものであるが、Korffほテ- よって美学的な問題を扱ったソネットが殆ど脱落してしまった。ソネ この三つの基準に合ったものだけを選んだのである。彼のこの選定に いのもあるし、テ-マとしてとるに足らないものもあるから 階に生れる訳ではない・と考えて'やっと落着くことができました」 がそれによって遂げられているかどうか調べてみる。 ットという詩形式と愛の問題とをからめて、その問題点を浮かび上が この手続にあらわれている・"ソナの感情はオリーエソパスの神のよう 選んで、山八〇八年六月二十二日にツェルタトに送った。ゲ-テが選 とこみでゲ-テ自身がKorffと似たよケな目的で六篇のソネットを 自分との問の人間としての差を彼女は感じていて、そのへだたりを彼 (手っ取り早く。三)、別離Trenn亡ng(別れ (題同じ。一)、親しい出会い た時の題と番号を示す。 激しい不意打 (成長、五)、馴れ (旅の糧、六) ても配列からしても後の詩集のものよりより直接的に、不意に情熱に こうしてみるとツェルタ-の為に選ばれたソネットは、題からいっ Abscbied七)、諦め (題同じ。二)、つのる んだのは次の六篇であった。かっこ内ほ?八7.五年の詩集で公表され な偉大な詩人に対する畏敬の念であって、恋の気持ではない。詩人と (?)' 女はたいへん大きいものと思っている。彼女の気持はそれ以上のもの ではなかった。 このようにゲ-テと,,、ソナとの関係をみてみると、ソネットに歌わ れている詩人と少女との恋の経緯ほ詩人の頭の中にのみ存在したとこ ろの空想のロマン(Phantasieroman)であるというKorffの指摘は 正しいであろう。ところでKorffはこのソネットにあらわれている情 熱のロマンは実際にほ存在しなかったところの空想のロマンであった、 愛情 純 Korffはこの十七編のソネットほ秀れたものもあるが習作に過ぎな (ソネット五)'新しい時代.(十不)、:別れ るのではなかった'と思われる。.彼女ほ1<〇八年二月十日に友達に 次のように書いている(3)0 成長 「彼はいつも朗らかで愛想がいいので彼のそばにいるとたいへん (九)-.I という事である。 粋なミソナの体験の精神をあibわしてい.るもの、∵この空想のロマン 三八 言えk?事は'少-ともゲ-テの側には或程度の愛が存在したであろう Ⅱ umw8)ktem von Grund Maleト Tale. veTbinden; mag fort nit eihem dort zufinden, Lauf.begrenzt.di-e Scha)e. Die Und spriiht schwi))t Gehemmt:ist und staunt zuriick und se)bst das neues das 水面に姿を映す星たちは 波は揺れて静まり、せきとめられて瑚となる。 今や父なる・海に向う意欲ほ阻止された. 山へと水嵩を増しながらふ-れあがる。 波は水けむりをたて、畏れしりぞいて 流れは行くてをはばまれ、広い湖となる。 trinken; weichet Streben. Leben. 流れの中になだれ落ちてくる、そこに喜びを見つけようと。 山も森もつむじ風の如-後を追い、 だが不意に、すさまじ-山の精オレアスが B)inken zurackgedeicchet; him immer Vater See Fe)s.ein sich.beschaun bergan.sich nun schwanktundruht.Bum Wellenschlags Gestirne.spiegelnd Des 一、激しい不意打 水底に次から次へとさまざまな姿を映しながらも 大海へ出ようと急ぎながら。 一つの流れが雲たなび-巌間からほとばしり出る。 Sie Welle 流れはとどまることな-谷へと-だる。 zu とらえられて、それがしだいにつのっていき'・そしで別離を経て諦忠 に至るまでの経過が示されている。ところが後の詩集の場合は配列も わざとあべこべにきれていたり'題もぼかしたものになっている。こ れほゲ-テが関係者に迷惑をかけないようにと配慮したためであった。 den Oreas.Behagen he.mmt Bum am 実際ソネット十六と十七は直接ミソナを示している為に一八一五年に ほはぶかれ、後になっ・てようや-追加されたのである。. 作曲家ツェルタ-に送る際に'ゲ-テは作曲用にまとま㌢のある一 連のソネットを選ぷ必要を感じたのであろう。そして実際ゲ-テが選 ことに成功していると思われる。 んだものは或程度情熱の発生、高まり、別離、諦念という経過を示す Sich und Grdnden, さてこのゲ-テの選定とKorffのそれを比べてみると著しい差に気 entrauscht sich eilig JMACHTIGES缶BERRASCHEN Strom Ozean spiege)n unaufhaltsam sturzt Fe)sensaale. づく。Korffは冒頭のソネット、「激しい不意打」をほぷいたが、そ れは致命的な失敗であろう。 Ein Dem wasauch wandelt ab6r zu Ihrlo)genBerg・uhd一Waldin・・Witbelwinden- zu ー ()抑moni.sch zu we・ite 0 si°h ゲ-テのソネット Ⅱ Er ゲ-テのソネット 岩に打ちかかる波のきらめきの中に新しい生命を見る。 このソネットでは'人生の終局へと向おうとしていた詩人が思いが けなく新しい生の経験(それは突然燃え卦がった少女への愛でもある) をして、一瞬ためらうさまが描かれている。この新しい局面は詩人の 行事をも変更させてしまう危険性を伴ったものであるが'彼は結局こ の新事態をも克服し、ここに新しい生の誕生を喜ぶ。 ゲ-テがこのソネットを連作の冒頭に置いたのほ、連作に歌われて いる愛はこのような性質のものであることを示すためであった。連作 に歌われている愛とは、ただ単に'昔から知っている少女に対する気 manchen mach a)s deine anfingst Freude eineSchwester! die hausliches und holden Feld schauen. Besorgen. zu Auen ich蜘war.i.geborgen: Sorgen Friihlingsmorgen. und Nun Ieh den konnt.ich kann nun f鈴h1.ih ach! Umfa.ss.ich Doch stehst beuge ihr.ach! sch8nen Herzen sic,die als sic mir nichts vertrauen!" beschranken; beschwicht.gen? denken‥ Blick,demfl腎ht、gen. emporgehoben; F辞rstin Liebetoben. mir dich Schmerzen heiBes muL3ich schroffvor vcr 四〇 この苦しみを和らげるために、彼女を抱き締めようか? 私は心に熱い愛の激情を感じている。 しかし今やその立派な成長ほ何ものも停められない、 私達はどんなに信頼し合う事ができるだろう-」 「このひとが妹だったら、私はどんなに落着くだろう- 君の喜びほ家事の世話であった。 そして君が世の中に目を向け始めた暗 お祝いとして家屋敷をつくってやりたい」 可愛い少女の君は春の朝たびたび私と Ich wie 如として詩人をとらえたd鮮monischなものであった。Korffほそれ Und War "Solch Welt zu Wachstum deinem 野や牧場へと、とび跳ねながら行った。 五、成長ノ so を捨てて、ただ時間的に詩人と少女との関係の最も初期の頃を述べて 持がだんだん愛に変っていったというような愛のことでほなくて、突 mich Wie Du Ⅱ 「こんな優しい心の娘に私は T8chterchenmit so いる「成長」を一番最初に置いたのであったo Kind in Mt)cht.icha)sVatersegnendH軒userbauen!" ein WACHSづUM k)eines.art.ges dumir "F守solch Sprangst AIs V du しかし、ああ、私は今や君を主人と考えなければならない。 君は近寄軒難く私の前に立ち、 (ツエルク-にあてた 「成長」では'娘が幼い少女からだんだんと美しい乙女へと成 君のかりそめの7嘗にも私は鼠をたれるO この 長するにつれ、詩人の愛情がつのっていくさま た詩人はかつていませんでした」(5) ところでKorffはこの「少女の手紙」の後に「少女と詩人」のソネ ットを続けさせたが、ここにおいて私達は突然違った気分の中に扱げ 出されてしまう。手紙を書く少女の言葉には恋人を慕う気持が切々と あふれているが「少女と詩人」では少女が同1人物とは思われないく らいに違っていて、少女は軽-ふざけながら、ソネットのような技巧 的な詩には本当の愛情が入っているのかしら、と疑うのである。それ が描かれている。つまり詩 時には、つのる愛情、という題であった) か、本物であるのかと問答している。このソネットの気分は軽やかで ぅ形式の問題と、感情の問題とがからめられて、それが遊びであるの るカをとめる事ほできないと答える。つまりここでほ'ソネットとい に対して詩人ほ、ソネットのような形式の難しい詩でも感情のあふれ にあらわFUれているような強烈な背景 人と少女との関係を初期の段階からたどってきたものである'しかし ここだけでは「激しい不意打」 でもってソネット連作を始めるのは不十分 であり'「激しい不意打」こそ冒頭の地位を占めるのにふさわしい。 ほうかがえない。「成長」 ナ体験との関係をたどるのも困難でほないが、Korffほ別離で終らせ から愛をうたったものであり、それほ諦念で終っていて、現実の,,、ソ しない。別離の悲しさを訴える少女と、ふざけて詩人の愛情を疑う少 いたのだが、これが前のソネットとどのようにつながるのかはっきり ほみられない。Korffはこれを彼のいう「空想のロマン」の最後に置 ユーモアを含み、あの手紙を苔-少女におけるような張りつめた気分 ず、別れた後、少女が詩人に手紙を書-ど,)ろの、「恋する少女の手 女との関係がはっきりしない。しかしこの疑問も当然であって、ゲ- ゲ-テがツェルタ-の為に選んだソネットは、ことごと-詩人の側 紙」と'「恋する少女はまたも書-」をそれにつけ加えたので、彼の テのこのソネット連作には「愛をうたったもの」と「実学的論争」と の二つの要素があって、手紙を書-少女は前者であり'少女と詩人は 「空想のロマン」は別離から更に後へと継続された。この二つのソ ネットのモティ-フをゲユアは、彼あての.I(ッティ-ナ∵フレンタ- 後者であるからである。 以上みてきたようにKorffの選んだ六篇のソネットは、詩人の空想 ノの手紙から借用した。そこにあらわれてい各少女ほもちろんべッテ ィ-ナではな-'典型にまで高められた少女であり、カロリ-ネトザ みんな素晴らしかった。しかし彼女が語 四一 れ各が'しかし彼はゲ-テと・-ソナの関係をソネットに歌われている PaulHankamer(6)の秀れた論文はいろいろ有益な示唆を与えてく いのである。 ルト㌢ウスがT八〇八年十月十六日の手紙で次のよう望1日っているの ロマンの進行を示すという当初の目的を十分に果しているとほ思えな (ソネット) も適切な評である。 「それらは っているものが1番素晴らしかった。彼女の優しさ・J)比べることの できるものを私は知りません。実際女性の心をそんなに深く洞察し ゲーテのソネット Ⅱ ようにあったと解釈心ているところに主観点過ぎて賛成できない。な 態にいた。しかし1八〇七年の秋頃からゲ-テの気分には転換がみら な訳で1八〇五年から一入〇七年の秋頃までゲ-テは沈んだ気分の状 ゲーテのソネットⅡ るほどHankam:er由身もゲ-テのミソナに対する資料についてほ私 れ、ゲ-テは少しずつ元気を取戻した。ちょうどそのような時に突然 だあるのを知ってみずから驚いた。そしてロ-マ哀歌以来殆ど二十年 ・、、ソナに対する情熱にとらえられ'このような愛の力が自分の中にま ぶりに自分の情熱を詩にうたう事ができた。これは奇蹟であった。 と言っている。そして彼は作品から現 実の関係を求めたのであった。彼ほゲ-テの,-、ソナに対する気持ほ、 行の深いソネットであり、ソネット連作の中でも特別の位地を占めて 打」はミソナへの愛であるという。ところでこ・の冒頭のソネットは輿 Hankamerはこのような背景を考えてこの詩に接し、「激しい不意 る。これは「成長」の中にのべられている詩人の感情の推移を現実に いて、さまざまな解釈の可能性を開いている。大海への流れを突然と めてしまう山の神オレアスほ果して、、、ソナだけのことであるかどうか 断定するのほ難しいし、そもそもこのソネット連作の中に出てくる少 女がミソナの面影を明確に伝えている部分が乏しいので、Hankamer, のようにこのソネット連作を・,、ソナ体験とあまりに強く結びつける のは彼の主観的儀込み過ぎといって非難できるであろう。しかし sch)dtterも認めているように(S)、彼が更に解釈を広げた時は正し かった。 「その詩の中に長い間胸の中に抱いていて、今新に経験した事が 簡潔にまとめられている事は、そのソネットのスケ-ルの大きいま とまりを見ても判る。ここには今まで流れて失われていた人生の経 験が結晶化してその形式の中に入ってきた。一つのイデ-がシンボ を見つける事ができなかった。そのよう ミソナはゲ-テのソネ.ット連作にうたわれている女性である。一八 となっている。 ルを見つけている」(ほ)0 自己の使命は終ったという気持を持つにいたった。更に1八〇六年十 つまりこのソネットの中にはゲ-テの人生の経験が象徴化されて像 入〇五年のシラ-の死はゲ-テに自分の終末を考えさせた。ゲ-テは をひきおこしたものはミソナであると言っている(ll)。彼によると一 Hankamerほ、冒頭のソネットで述べられている「激しい不意打」 ものと言わざるをえない。 できないから、Hankamerの解釈は現実の裏づけを欠いた主観的な いし、先に引用した-ソナの手紙にも詩人に対する恋ほうかがう事は でもそれに応えたと言っているが(10)、それを裏づける資料は一切な ないめであるす)。更にHankamerはゲ-テの愛に対して・・,ソナの方 歳を過ぎた詩人が少女.にきょうだいのような愛情をもつとは考えられ Korffも言っているようにフィクションに過ぎないのであって、五十 れ少女に対して妹に対する兄のような感情をもったというところは もそのようであったと解釈した結果にほかならないが、と-に詩人 持」(c.)・であり'それからついには激しい情熱に変った'と述べてい 初めは父親のような気持であり、次にほTきょうだいのような気 る事ができるのみである」(7) 達も殆どないと認め七いる。そしてその情熱については「作品から知 四二 月十九日にク-ステイア-ネと正式に結嬉したが、この結婚生活はゲ -テに満足を与えるものではなかった。ゲ-テほ妻にはいたわりの気 (永遠に女性なるもの) 持を持って接したが、彼女には彼をより高いものへと導いて-れるあ の力 〇七年一一月イェ-ナのフロマン家で、ゲ-テとロマン沢の詩人ヴュ ルナ-とゲ-テの秘書の--マ-とが相競ってソネッ-を作った時、 この家の養女の-ソナが彼等のソ革ットの女主人公であった。彼等は ミソナにささげるソネットを作った。それほ社交的な気分の中で行わ wir haben, holder Freude nennen. 「なぞなぞ」を- ゲ-テの 「なぞなぞ」もヘルツとリ-プの二つの言葉を対象にして いる。この例でもみられるように、、、ソナは詩人達の敬愛の対象であり、 彼等のソネットは、,、ソナに捧げられたものであった事に疑いの余地が ない。ただゲ-テのソネッ-連作の中の少女はミソナの面影が乏し-、 いう結論に達した(e)。Wo)lfほゲ-テとジルヴィ土との関係を詳細 の父A・F・Kツィ-ゲザル に調べているが'彼の・調査の要点は次の通りである。 ジルヴィエ(1七八五-1八五五) (Niegesar)ほGotFarに仕えていたが、邸をイェ-ナ近くのDrak・ endorfにもっていて、常にGotbarとDrakendorfの間を往復して いた。ゲーテほ一七八八年十一月にDrakendorfにあるツィ-ゲザル 家を初めて訪問している。この時ジルヴィユは三歳であった。その次 にゲ-テがツィ-ゲザル家の人と会うのほ一八〇二年三月のことであ った。場所はイェ-ナのLoder家であって、ジルヴィユは十六歳で あった。 Wolffによるとこのあたりからゲ-アとジルヴィエとの仲は急速に 進行する。しかしゲ-アは諦念という形でこの情熱をおさえる。翌年 の八月のジルダイエの手紙とゲ-テの返事をみると二人の仲は継続さ (フロマン家) であった。 れていたようだが、一八〇四年にはそれは下降線をたどり、ゲ-テは ジルゲィエとは会わな-なる。長い中断の後二人が再会したのは1八 nit た。HansM・Wo)ffはそのような疑問から出発して、とうとうソネ ットにうたわれている女性はミソナでほなくて、ジルゲィエであると その少女と現実の,、、ソナとの関係が今ひとつはっきりしないので、そ lieb れたものであった。例えば十二月十六日にヴュルナ-ほ「なぞなぞ」 Liebes.was のソネットの少女は果して、、、ソナであろうかという疑問が絶えず生じ was というソネットを作っている。 Cbarade ist なぞなぞ sind oft es,kurz.bequem ある。するとゲーテも負けじと、もう翌日にほ彼の ーマに渡している。 XV(I Worte SCHARADE Zwei wir zu.sagen, これは、,、ン.ナの名前のヘルツリ-プ(Herz)ieb)をもじ一ったもので 心は私達がとても好きなもので.ある(S)。・ so それほ二つの言葉、声に出して言うと、短くて心地よい' Ⅱ 〇七年五月十六日イェ-ナにあるミソナの家 なぞなぞ so 私達はよく優しい喜びを込めてそれを呼ぶ。 十七 Die ゲ-テのソネット 四≡ Herz ゲ-テのソネット ジルヴィエに会っていない、この間に彼のソネットはできあがったの がその優しさと愛敬をともなって 「第一節は一七八八年のゲ-テのDrakendorf滞在に関係してお だと言う。 ると言う。又ソネット五、「成長」もまったくジルゲィエにぴったり そしてソネット三、四、六'七はジルゲィエ体験にのみ関係づけられ って、その関係についての1切の疑問ほ消滅してしまう、と言う(望。 しWo)ffは'ソネッJ・とジルヴィエ体験との一致は全く明らかであ 全にはジルヴィエにもミソナにもあてはまることはないのだが、しか scE誉terの言を待つまでもな-(17)、ゲ-テのソネット連作は完 ソネットはできあがっていた。 フロマン家はゲ-テともツィ-ゲザル家とも交際していたのである。 (ジルヴ.ィユのこと) s(.その時ジルヴィエは三蔵の優しい子供であった。第二節は1八 〇二年-一入〇四年に関係しており'その時ゲ-アの愛情は一八〇 (五十 七年の激しい情熱に比べればむしろきょうだいの愛に争えた 三・四歳の詩人が十六・七歳の少女にきょうだいの愛をいだ-であ ろうか?)、それに対して最後の二つの節はカ-ルスバ-トの牧歌 の前のゲ-テの感情を療徴づけている」垂。 い中断の後ジルゲィエと再会した時彼はどんな気持であったか私達は ばにいないのである。1八〇七年五月十六日フロマン家でゲ-テは最 がソネットを作っていた1八〇七年の暮にはジルダイエはゲ-テのそ 対して愛を抱いたという証拠が必要なのだがそれがない。特にゲ-チ 彼女は、「ゲ-テはフロマン家で、あるソネットが示しているように ソナを訪問した時、彼女は特に「成長」を自分のものだと言った。又 Drakendorfに訪問した時は十一月であった。又Loeperが晩年の- 行った」とうたわれているが'ゲ-テがジルダイエが三歳の子供の時 いる事をSch)utterは適切に指摘している(空。ゲ-テのソネットで は「可愛い少女の君は春の朝たびたび私と、野や牧場へととびほねて Wo)ffは「成長」をジルヴィエに帰しているが、彼の根拠が違って 知る由もない。叫八〇七年の五月から一八〇八年の五月の間ゲ-テは ら一八〇七年-1八〇八年の冬にかけての間にゲ-テがジルヴィエに 主張する時、一つの事実を証明しなければならない。一入〇四年頃か Wolffはソネットに歌われている女性ほ実はジルヴィエであったと いく。 のるである'しかしその年の終り頃からゲ-テの気持は次第に冷えて ゲエアとジルヴィhとの関係は一入〇八年の夏にはその頂点に達す 現れてあの円顔(-6)についてはその跡もありませんでした」 る細面の顔 んでした。そしてとうとううつらうつらと眠りました。そして愛す 私は心の中ではあなたのそばにいて、離れていく事に気がつきませ 夜は素晴らしかった。道ほ良く、馬は元気で、駁老も立派でした。 「私がここにどのようにしてやってきたのか自分でも判りません0 紙を書いている。 は一入〇八年七月二十二日カ-ルスバ-トからジルヴィエ蜂に次の手 の手紙をみると二人の仲は親密であったと推測できる。例えばゲ-チ い情熱が燃えたぎったとWolffは言っている。確にこの時のゲ-チ である。一八〇八年の夏ゲ-テとジルヴィエの仲が進行した時ほ既に 四四 それからゲ-テが.ジルヴィエに会ったのは翌年の夏湯治場カ-ルスバ -トとフランツェソバ-ドにおいてであって、この時二人の間に激し Ⅱ 子供の私と知り合った。私はしばしば彼と散歩に行った」と告げてい る(聖。 wolffほゲ-テがミソナの母親にあてた手紙の中のl句を間違って 解釈した為に、ゲ-テの-ソナに対する愛は非官能的であり、したが って官能的なソネットの中の女性は本当はミソナに非ずして'、ジル ゲィエであるという奇妙な結論を出した。-ソナの母はゲ-テに書類 のように感謝している。 「たいへん有難うございます。あなたはバイライスが彼のダイヤ モンドを、ヴュルナIが彼のソネットをあつかうように -はソネットを書いた紙片をぞんざいにあつかった)、私が私の紙 (ヴュルナ 入れを贈ったのだが'ゲユアは一入〇七年十二月二十六日の手紙で次 紙を仔細にみると、ゲ-テはヴェルナ-の 「清らかなソネット」と自 「世俗的なソネット」を対照させていることは明らかである。 Bildwande)seiner Lyrik.2Bd.S.92. い。したがってジルゲィエとの体験がどこかに忍び込んでいるかも知 かわり合いがソネットの中に全-織り込めていない、というのではな 情からもほっきりしている。しかしその事はゲ-テと他の女性とのか テは初め他の人達と競争して、,、ソナに捧げるソネットを書き出した事 り合いを示す時、それはなんといっても-ソナである。そもそもゲ- ゲ-テのソネット連作の中に出て-る女性が現実と何らかのかかわ 紘,,、ソナではなくてジルヴィエであると主張したのである。 Wolffは間違った前提に立って、ソネットにうたわれている女性は実 分の れない。 Ebd.S.4B. Korff.S.94. Ebd.S.50. I(ankamer,S.50. Hansl守gen Ebd.S.67. S.114. der Sch)titter,Goethes Pau)Hankamer.Spiel )964,S.5)6. Sonette.Bad Homburg)969, Machte.T¢bingen.Stuttgart1947. GedenkauSgabederWerke.BriefeundGespr抑che.22Bd,Zurich, Korff.S.92. HanS M.Wol声GoetheindenPeriodenderWah)verwandtschaf・ ten()802-1809).Bern)952.S.)541 Eゎd.S.00¢f. ((.A.Korff.Goethe 注 の宝を奇妙なやり方で保存し、生産するという誘惑から永久に救っ (1) (2) (3) (4) (5) im てくれました。まさにこの火のような清らかな愛(bimm-ische Liebe)のソネッ-(ヴュルナ-ほ超俗的な宗教的なソネットを書 いた)を書類入れの片側に押し込みました。--今私達に残された 事は、なるほど俗的で現世的ではありますが、あたたかくて、誠実 な好意と愛によって別の側に均衡を作り出す事であります。(ゲテがこれからソネットを創って、それを書輯入れの他の側に保存す ること)」 wolffほこの「火のような清らかな愛のソネット」をゲ-テのソネ ットと間違えたために、この清らかな愛(himmlischeLiebe)ほ非官 ヽー 、ヽ_■・・′ 、ヽ_■′ ヽ_′′ ヽ_■・′ ヽ_■・′ ヽヽ_′ ( ′■ヽ 6 7 8 1211109 ノー■■ヽ ′-■lヽ ノーヽ ′一■ヽ ′ ヽ 能的な愛のことであり、それはゲ-テのソネットに合わないから、む しろミソナとの愛がこのような清らかな愛であることを母親に言おう としたのではないかと推測した(SS)。Wolffはこの「清らかなソネッ 四五 ト」を「ゲ-テ」のソネットであると解したのであるが、ゲ-テの手 ゲ-テのソネット Ⅱ ゲ-テのソネット Hankamer.S.57. M.Wo)ir.Goethe Sch)titter,S.94. IIans in Ⅱ der Periode in Ebd.S,)35. Schldtter,S.133ff. Sch)titt.er.S.)331 der Wah)verwandt- だれのことか不明。Wo)ffは・"ソナであるという。Wo)fF,S.165. schaften. Wo)fF.S.153. Wo)fF.S.156. Wo)fF.S.)55. ′ 、 ′-ヽ ′-ヽ ヽ_■′ ヽ■一■′ ー ヽ-■′ ′一ヽ ′一.ヽ 151413 ヽ■一′ ヽ■_■・′ ′■ヽ ( ′{. ヽ-・′ 181716 ヽ_′′ ヽ_一′ ヽ_.■′ ′ ヽ ′■ヽ 2019 2221 四 六 Goetbes Sonette Akihiko ゲーテのソネット Ⅱ II NAKAJIMA Zu8ammenfa8BuAg Goethe im 8Chrieb Herzlieb. Minna Winter zusammengesetzt Diese und man sic sehr unterBChiedlich H.A. Eorぽwahlt Minchen一式rlebnisse8 Goethes, laBt in den Eorぽdas vermiBt beurteilt atmen," und Liebe seine Anfangssnoett Fehler, denn dieses Liebe. Auch nach einen aus βind oft darin so, ordnet phantasiemaBig Zyklus aus, Prinzip, die 8ichtbar "M鼓chtiges den Leser Vermittelt Ordnung bleibt der Verlauf weg. den weshalb r'einen Geist deb Phantasieroman "den der ideale "daL3 au8lebt, Uberra8Chen" um Bestandteilen verschiedlichen Anfang8SOnett seiner Kor鮎Auswahl 17 Sonetten von ein einheitliches werden. diejenigen 6 Sonette nur er unbefriedigend. P. Hankamer 1807-1808 Sonette I)abei wird." Da8 i8t ein (コharakter dieser Phantasieromans" "des bezeichnet gelungen nichtals werdep. Dichter die Liebe, zwischen und M鼓dchen kann an, daB nimmt besungen hatte, und er ver8uCht wie sie wird, gegeben auf diesem vermeint1ichen Hintergrund diese Sonette tiefsinnig interpretieren. Aber zu wir besitzen kein Beweisematerial, da8 das M鼓dchen die Liebe des Dichters erwiderte, gehalten Von Silvie und muB seine einf払1ende lnterpretation fむ zu 8ubjektiv werden. H.M. Wolぽwird von Ziegesar aufzufassen. falschen Weg Zumrichtigen und so die Aber der Versuch Herzliebs unternommen, anstelle Minna die bestimmende M或dchengestalt der Sonettdichtung als H.J. Schlutter beweist daL3 Wol丘auf den uberzeugend, i8t. Verstandnis Unterlagen schriftlichen dieser Sonette sorgfaltig ist zu es einzig erw鼓gen. richtig, die Stoife