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「A男の『自分が好きになる』ことへの歩み」

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「A男の『自分が好きになる』ことへの歩み」
実践レポート
「A男の『自分が好きになる』ことへの歩み」
宇多津町立宇多津小学校
教諭 猪 原
眞 治
1 実践の内容・方法
(1)課題設定の理由
職員室での担任の話を聞いていると,5年生のA男は,喧嘩,暴
言,散漫な授業態度と,日々悪くなっていっているように思えた。そんな
A男 が,卒 業 式 の練 習 中 にとった言 動 は,目 に余 るものだった。その様 子 を
見て,A男の中では『認められたいという気持ち』と『自暴自棄的な気持
ち』が日々葛藤を繰り返しているように私には思えた。今,A男に必要な
ことは,『A男自身が自分を大切に思うこと,自分を好きになること』だ
と思い,担任にそのことを話すと,担任も私と同じ考えだった。
そんな中,人事異動で担任が転任になった。そこで,私は迷わず,A男のクラ
スの担任を希望した。
(2)A男の歩み
A男が,学習面と生活面でどのような過程を通して,『自分が好
き』になっていったかその歩みを述べる。
ステップ1… 学級としての基盤作り
教室に行ってまず直感的に感じたことは,周りの子どもたちがA男に
対して少なからず遠慮をしているということだった。そこで,始業式の後
の学級開きで,クラスの子どもたちが信頼し合い,安心して学校生活が送
れるように,私が絶対許さないこととして次の2つのことを話した。
1点目 命にかかわることをしたら絶対に許さない
2点目 いじめをしたら絶対に許さない
これは,A男へ向けてのものでもあり,子どもたち全員へ向けて
のものでもあった。それは,A男の他にも,身体的な理由からついつい休
みがちになってしまうB男,いろいろと嫌なことを言われているC子,そ
して,自分勝手な言動の多い子どもたちの存在が気になっていたからであ
る。
ただし,この2つのこと以外については,あまりガミガミ言わないよ
うにしたいということも付け加えておいた。
数日後,子どもたちにタンポポの花の成長過程にみる人生訓的な話を
した。子どもたちと話し合った結果,学級の名前を『われら たんぽぽな
かま 2004』とすることにした。また,蒔田 晋治氏の詩『教室はま
ちがうところだ』を読んで聞かせ,詩の題をクラスの合言葉にすることを
子どもたちに伝えた。そして,詩を全員で数行ずつ視写して教室の背面に
掲示した。 (保護者にも紹介したが大変好評だった) そして,余白の部分に各
月の大きな出来事の写真と感想文を貼っていき,1年間のクラスの足跡が
残るようにした。
ステップ2… よさを見つけ,広める
A男の直感的なひらめきには素晴らしいものがあった。そこで,
それを授業の中で生かそうと少人数担当(算数科)と相談して,『A男さ
んからのはてな』,『A男さんの考え方のおかげで』というように,A男
の発言を生かすようにした。また,ノートの使い方については,下敷きを
使うこと,1マス1文字,枠は定規を使ってかくの3点だけを指導した。
その結果,授業に集中して取り組み始め,ノートの使い方も日増しによく
なり,少人数担当の教諭に褒められることも多くなった。そして,何より
算数専科の先生に認められたということが,本人には大きな自信となった
ようである。
【
【
【5年2年3学期のノート】
【6年2学期のノート】
A男は,家庭の事情で父親との二人暮らしだったので,父親とは早い時期
に話がしたいと考えていた。そこで,ノートの使い方がよくなったことを
伝えるために5月の連休前に家庭訪問をした。父親は,担任が来るという
ことで,また何か悪いことをしたのではないかと思い,私のことを構えて
待っていたらしい。ところが,私がノートを見せながらいいことについて
話をしたので,
「先生。今まで先生が来ると言ったら,いつも悪いことばかりだった
から。本当にびっくりしました。」
と,帰る時には玄関先で私を見た目とは違い,温かい目になっていた。こ
のことがきっかけとなり,父親の私への見方が変わったようである。その
後も,月に1回程度よさを伝えるための家庭訪問を行った。
学級の様子を保護者に伝える(子どもたちにも読ませたい)とい
う目的で,3日に1枚のペースで学級通信を発行した。学級通信を通して,
保護者と子どもたちのA男へのマイナスイメージを払拭したいと考え,4
月と5月は特にA男のことだと分かるものを載せた。また,節目ごとに私
の考えや願いも書くようにした。
ステップ3…自分の存在を認識→「だから自分が好き 」
生活面では,努力すること,苦しいことから逃げようとする傾向
があったので,郡の水泳記録会に出場することを奨めた。最初は練習に参
加していたのだが,練習がきつくなると休もうとするので,私も放課後の
指導に参加し,賞賛したり,叱ったりしながら『やり抜くこと』を体感さ
せた。大会後,「出場してよかった。」と,私に言いに来た。
このことが達成感を味わうきっかけとなったのか,運動会で踊る『宇
小ソーラン』用の法被を作るメンバーを募集したところ,自分から立候補
して放課後遅くまで残ってミシンで縫っていた。そんな中,家庭科専科の
教諭がA男の器用さを認め,褒めることで,いつの間にか法被作りメンバ
ーのリーダーとなっていた。
そして,認められた経験の少ないA男は,家庭科の先生に認められた
ということで『やればできる。自分も捨てたもんじゃない。』と感じたよ
うであった。
学習面では,今までの学習態度が原因で十分な理解と定着が図れてい
なかった。そして,自分はどうせできないんだという気持ちが少なからず
あり,それが態度やことばに出ていた。
そんな6月のある日。
A男「こんな点初めてや。見てん。今までの点の2倍や。けど,漢字
がいかんなぁ。」
私 「漢字の復習してたら,18点はあがってたな。残念。惜しいな
ぁ。自主学習 (カードとノート) をやらなきゃ。」
そして,次のテストの時には,こんなはずんだ声が聞けた。
A男「先生。やってた漢字が出とった。テスト勉強しててよかった。
父さんに見せよ。」
A男は,4月から始めていた自主学習カード(1週間の家庭学習の予
定と自己評価,担任の評価) と自学ノートをあまりしていなかった。しか
し,テスト前に復習をして納得のいく点数が取れたことがきっかけとなっ
て自主学習に取り組み始めた。
そして,テスト勉強をした時としなかった時の差を実感することで,
自主学習への意欲が高まっていった。3学期には,算数で90点を取るま
でになった。他の教科も,7割から8割の点数が取れるまで力を付けてき
た。
また,自己評価がきちんとできるようにしたいと考え,学校で
作成している『学びのたより』とは別に,自己評価,友達からの評価,保
護者の評価,個人課題で構成した『自作の学びのたより』を作成した。1
学期の自己評価の欄にA男は,伸びた教科,算数。身に付いた力,がまん
すること,と書いていた。自己評価の項目は,下記のものである。
1
学校でよく遊んだり,話をしたりする友達は何人いますか。(男女別に)
2
昼休みにはどんなことをして過ごしていますか。
3
学校で一番楽しかったことは何ですか。
4
自分で伸びたと思う教科は何ですか。(理由も)
5
自分で身についたと思う力やできるようになったことは何ですか。(理由も)
6
宇多津っ子学習(英語もふくむ)で身についたと思う力,じまんしたいこと,
がんばったことを聞かせてください。
7
○学期,特に力を入れたいことを聞かせてください。
ステップ4…自分が好き→「だから友達も大切」
昼休みに2年生とドッジボールをしている時,逃げる途中滑って転ん
だ子がいた。その時A男は,その子を狙わないで他の子どもを狙って投げ
た場面を見かけた。すかさずその場に行き,A男のとった行動を褒めた。
それ以来,学年を超えて朝からドッジボールをする姿を多く見かけるよう
になった。
1月になって,B男が,A男の近くに引っ越すことになった。A男に
登校班のこと等について頼むと,自分から進んで登校班の班長を調べ,集
合時刻や場所を確認してくるなど友達のために自分から動く姿が見られ
た。
このように,自分の存在価値を認識することで,周りの人も自分
と同じように大切な存在であることが分かったようである。
2 実践の成果
(1)『目が優しくなった』
5年生の時のA男を知っている教職員は,最も変容したこととして目
の優しさをあげた。斜に構えた厳しい目ではなくなり,職員との言い争い
や同学年の子どもや異学年の子どもとのトラブルを起こさなくなった。
(2)『威圧感がなくなった』
3学期には,B男(5年生の時はいろいろと無理なことを言われていた)
の手助けをするようになり,一緒に楽しそうに話をしながら帰るようにな
った。また,C子(以前はいろいろと嫌なことも言われていた)ともよく話すよ
うになり,C子も,B男の態度が変わることで,以前よりA男とは話がし
やすくなったと言うようになった。
(3)『学力が向上した』
学習中の態度もよくなり,全ての教科のノートの使い方 (3つの約束)
がよくなった。また,宿題や提出物の忘れ物も少なくなり,自主学習も必
要に応じて考えてしてくるようになった。
3
課題及び今後の取組の方向
A男の歩みにかかわることを通して学んだことが3点ある。
1点目は,本心から一人一人の子どもを好きになることが大切だとい
うことである。同情からでもなく,権威からでもなく,ましてや教師とし
ての見栄からでもなく,余計な考えを捨てた『熱い思い』でかかわること
である。
2点目は,子どもたちの背景に配慮してかかわりを深めなければなら
ないということである。子どもたちは十人十色。温かさと厳しさを併せも
つまなざしを磨きつつ,子どもの目線までおりたかかわりを続けたい。
3点目は,子どもと向かい合うのは,担任一人ではなく,より多く
の教職員が組織として多面的にかかわり,それぞれの立場からその子のよ
さを価値付けることが求められるということである。
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