...

ボート競技入門 Ⅲ

by user

on
Category: Documents
13

views

Report

Comments

Transcript

ボート競技入門 Ⅲ
ボート競技入門 Ⅲ
2010 年 9 月
小崎久光
1. まえがき
すでに「ボート競技入門Ⅰ」と「ボート競技入門Ⅱ」を書いたが、書き残したことや、もう少
し上級者向けに追加してこれを書いた。
ボートをいかに速く進めるか、その基本となる漕ぎ方を見直してほしいという思いもある。
また、OB の方々には、以前漕いでいた頃と異なり、最近の用具の進歩とそれに合った漕
法やリギングを知ってほしいためにこれを書いた。
2. 用具の進歩
用具の進歩は著しく、特にブレード形状とスリーブとロウロックの進歩は漕法まで変える
出来事である。
昔はリギングにたいしてそんなに気を使わなかったが、最近はしっかりと計測して調整す
る。
リギングを理解していない人はボートのことを知らない人となる。
2-1.艇
昔の日本の艇は木製で、長さが 16m くらいで、軽量化するためフレーム(肋骨)もリガーの
付かない側は細くなっていた。
木製のため、長年の使用により艇の捩じり剛性も劣化しやすかった。
最近の高級な艇は、ハニカム構造の内部をカーボン繊維布またはケブラー繊維布で挟
み、サンドイッチ構造にしたものになっており、艇の剛性は格段に良くなっており、長さは
17m を超えるものが多い。
バランスの改善のために、センターフィンは長くなっている。
これは、艇の上げ下ろしの時に船台にひっかけないようにしないように注意しなければな
らない。
OB の人は、筋力も衰えて、艇を水に下ろす時にセンターフィンを引っかけやすいが、練習
が終わって疲れると、ますます引っかけやすくなるので、コックスは手を添えてやる必要
がある。
一方、ラダーは直線コース用ということで、すごく小さくなっている。
日本の最近の艇は、輸送のため 2 分割できること、また、安全のため、漕手の下には空
気室または浮力材を入れ、水が入ってもリガーは水面から出ることが求められている。
例え水船になっても、リガーが水面から上にあれば、ゆっくりと漕いで戻ることができる。
艇の形状だが、横断面の面積をできるだけ小さくするには、半円形にすることが原則とな
る。
ただ、半円形のものだけでなく、半円形の底辺をすこしコの字型に膨らませた形、すこし
横を広げた楕円形等の断面のものがある。
半円形が水の抵抗が少なくてよいのだけど、艇のバランスの復元性に劣るため、他の形
状が作られているのだろう。
クルーは、やや楕円形のものがバランスは崩れにくく、漕ぎやすいようだ。
また、艇の縦断面を見ると、艇底がほとんど直線的な形状のものや、艇の両端で切れあ
がった形状のものがある。
前者は長い喫水線があり、艇の直進性はよい。
後者は喫水線が短くなった感じとなり、曲り易く感じる。
特に、クルーの体重が設計時の体重より軽いと、浮き上がり、バランスや直進性を崩しや
すい。
しかし、後者はピッチングしやすく見えるが、滑走性を重視した形状のようで、艇速が出や
すく感じる。
2-2.リガー回り
(1)リガー
昔は鉄パイプ(後にステンレスパイプ)のものであった。
最近は、アルミニウムパイプまたは CFRP(カーボン繊維強化プラスチック)製となっている。
(2)ロウロック(クラッチ)
昔は砲金製の鋳物で、オールをカラー(ピボット)まで差し込めば、ロウロック・ピンのネジ
を締めなくても蹴りだせた。
最近は強化ブラスチック製になっているため、剛性は少なく、ロウロック・ピンを締めないと
口が開いてオールは抜ける。
OB が久しぶりに漕ごうと、ロウロックのピンのネジを締めずに、船台から蹴り出したとた
んに「沈」して恥ずかしい思いをすることがある。
最近のロウロックは偏芯スリーブを差し替えることで、角度が容易に精度よく調整できる
構造になっている。
ロウロックの高さは、ロウロックの上または下にスペーサーを挿入して調整する。
ナットを緩めずに、脱着しやすいように C 型ワッシャーも使う。
(3)シート
昔はシート下のコロだったが、一体型のローラー・タイプに代わり、滑り易くなった。
また、シート脱落防止の爪はローラーとの一体構造となった。
(4)レール
昔は真鍮のハーフパイプだったが、現在はアルミニウムの押し出し材で、脱落防止の鍔
がある。
また、レールの下に傾斜したスペーサーを挟んだものもある。
これは、フォワードしやすくしたことと、ストローク後半にハンドルが下がってブレードが浅
くなるのを防ぐ作用も期待できる。
(5)ストレッチャー
最近、自転車メーカーのシマノから「フットストレッチャー」が発売された。
フットストレッチャーをエルゴメーターに取り付けた状態と靴裏
これは、靴に硬いプラスチックのソールが入り、足裏先に金具が付いており、ストレッチャ
ーにカチリと嵌め込むもので、ストレッチャー側はブランコ式になっている。
これらを付けると、普通はキャッチの時には爪先側に力が入るが、これでは足裏全体で
押すことができ、フィニッシュの時は、踵でストレッチャーを押せるようになる。
実際に使って見たことはないが、足押しには適しているように思う。
また、ある限度以上に踵が持ち上がると、金具が外れ、「沈」した時も安全上の問題はな
いようだが、「沈」した時は靴を履いたまま泳ぐことになる。
これだと、靴の踵の紐もいらなくなる。
まだ、発売されたばかりで、価格は高い。
ただし、国際大会では FISA の認可が必要となろう。
余談だが、これを T 大元コーチの U 家さんがシングルスカルに取り付けておられ、ブログ
に感想を述べられている。
2-3.オール
(1)ブレード
昔は木製で、ブレードは柳葉タイプやマコン・タイプであった。
現在のブレードの形状は、チョッパー・タイプ(chopper;手斧、ビッグ・ブレードとも言う)であ
る。
チョッパー・タイプのブレードは、1992 年のスペイン・バルセロナ・オリンピック頃から急速
に普及した。
昔の柳葉タイプだと、キャッチ(エントリー)したら足を強く蹴ることを教えていた。
それは水中でスリップしやすかったからで、ビックブレートではあまり蹴れとは言わない。
チョッパー・タイプのブレードは、ビッグ・ブレードと言うように、ブレードの面積は大きくなり、
キャッチした時にそんなに強く蹴らなくても水を掴むことが出来る。
OB が艇庫の壁にオールを立てかけるのを時々見るが、昔は木製のブレードで倒れたら、
割れやすく、叱られたものだ。
また、風で倒れたり、思わず触れて倒したりして人にぶっつける危険もあり、止めて貰い
たい。
(2)スリーブ
昔は皮を巻きつけたもので、オールの被り角度は手で調整するものだと教えられた。
また、乗艇前にはスリーブにグリースを塗り、終われば新聞紙で拭い取った。
現在のスリーブはプラスチック製で、その側面とロウロック面は直角になっており、ロウロ
ックの角度を調整しておけば、水中を一定角度に保ったまま引くことが出来る。
当然、スリーブにグリースは塗らない。
また、ブレードを水面に平らに置いた時は、進行方向がやや持ち上がり、水中に潜らない
ようになる。
(3)シャフト
オールのシャフトは中空の CFRP(カーボン繊維強化プラスチック)製で、軽く、注文によっ
て剛性も変えられる。
シャフトは繊維が斜めに交差するように巻いてあり、経年変化によりシャフトが捩じれ変
化が生じる。
1 年に 1 度でよいから、シーズン前には捩じれの測定と修正をしてほしい。
計測方法は、日本ボート協会発行「Rowing For All 指導者のためのロウイング入門」に詳しく
記載
されている。
シャフトの強度は強くなったが、小さな擦り傷にも弱くなる。
数本をまとめて肩に担いで、シャフト部を擦れ合うような持ち方をしないようにしてほしい。
カラーも CFRP 製の断面が L 字形のものや、ダブルリングのプラスチックのものがあり、前者
は割り面のネジを強く締めたり、腹切りした時に割れることがある。
レース前には勿論だが、日常点検をしてほしい。
(4)ハンドル
ハンドルは木の丸棒をシャフトに挿しこんで接着剤と止めたものや、CFRP 製でゴムを巻
いたものがある。
後者が次第に多くなりつつある。
木製の場合は、個人の掌に馴染むように削って使うこともあった。
昔はハンドルを強く握って漕ぐため指の付け根にマメが出来た。
現在のものは、余計な力を入れず、緩めに握って指先を引っかけるようにして漕げばよ
いように出来ている。
最近のスカルのオールでは、オールがスリーブ型になっていて、ハンドルを押しこんだり、引き
出したりして、イン・ボードの長さを調整するものが多くなっている。
また、このタイプのものは、ハンドルのグリップの直径の違うものと差し替えもできる。
3. リギング
(1)ロウロック(クラッチ)の角度
一般には、ロウロックはオールを艇に直角に広げたな状態で、ブレードの圧力面が水面
に 4~5 度被さるように調整する。
こうすることにより、漕いでいる途中での「腹切り」を避けられる。
ロウロックの上下にある偏芯量の異なるスリーブ(偏芯スリーブ)を入れ替えてクラッチの
角度を調整する。
(2)ロウロックの高さ
ロウロックの高さは、本来は漕手の座高、漕ぐ時のハンドルの高さ、ボートの喫水線から
のシートの高さ等によって決るものである。
これらのデータは日常練習している時に収集しておかなければならない。
シェルフォア(新規格艇)のロウロックの高さ(オールを受ける面)は水面から29~30cm
で、シート面から17~18cmになっている。
最近のボートは軽くなっており、喫水線は下がり、クラッチの位置は水面から高くなってい
る。
これはフォワード(かえしオール)で、オールで水面を引っ掛けることは少なくなるが、バラ
ンスの良くないクルーにはボートが大きく傾くことになるので注意しなければならない。
ロウロックの高さはその上下にある樹脂製の座金を増減することで調整する。
平座金状のものの厚さは約 2mm、脱着しやすくした C 型座金の厚さは約 6mm である。
ロウロックのセンターピンとボートとの角度は、ボートを水平に置いて、ロウロックが1~2
度ほど外へ倒れるように調整する。
センターピンを外傾させると、キャッチ位置でのブレードはやや被さり気味になり、フィニッ
シュ位置でのブレードは被さりが減り気味になる。
それは、キャッチで腹切りを減らし、フィニッシュでオールの浮き上がりを減らす効果があ
る。
勿論、垂直でもよい。
(3)ストレッチャーとレールの位置
一般的には、漕手のストロークの中央にロウロックがあるように、ストレッチャーの位置を調整
し、そのストレッチャーに足を固定してスライディング・シートを前後に動かして、シートのコロ
がレールの車止めに当らない個所でレールを固定する。
ストレッチャーの位置が決れば、シートを足の屈伸の長さを前後させて、レールの位置を確認
する。
ロウロックのセンターピン位置を正にして、これらの位置関係の記録を取っておくことが望まし
い。
ストレッチャーの靴の踵の紐がなんのためつけてあるのか知らない漕手がいる。
日本ボート協会の安全マニュアルにも書いてあるが、「沈」した時に、足が靴から脱ぎやすい
ように、踵が 30~40mm 持ちあがったら、靴が脱げるようにしておかなければならないのだ。
女子クオドルプルなどで、身長は低く、軽量のクルーを見ることがあるが、ストレッチャー(靴)
の高さや角度を大型クルー並みのままにしていることがある。
クルーの足首の柔軟性があれば、ストレッチャーをやや高めにし、角度も立ててやると、軽量
のハンディーはやや緩和されるのにと思うのだが、そこまで考慮したクルーはほとんど見ない。
(4)カラー(ピボット)
オールのカラーは支点となるロウロックからのアウト・ボードとイン・ボードとの比率を決めるも
のとなる。
カラーをずらしてイン・ボードを短くすると、ハンドルの動く距離は短くなり、ストロークは長くな
るが、漕ぐ力は重くなる。
反対に、イン・ボードを長くすると、漕ぐ力は軽くなるが、ハンドルの動く距離は長くなり、ストロ
ークは短くなる。
この時、ハンドルが大きく振れ回って漕ぎ難ければ、リガースプレッドを大きくして調整する。
以上のことから、リギングを理解し、しっかり調整していれば、ロウロックとオールのスリーブと
の角度に任せて漕げばよいことになる。
4. 漕ぎ方
これまでに素晴らしい漕ぎを見たのは、2009 年の全日本選手権の日本大学のエイト決勝
だった。
2008 年は力強いが粗っぽい漕ぎだったが、2009 年の日本大学は、力強さに、上手さが加
わり、素晴らしい漕ぎをした。
キャッチでブレードを鋭く入れて水を掴み、一気にフィニッシュまで引き、水を押し放すと、
スパッとブレードが水から抜けてきて、フォワードは余裕をもって出ていく様子が、他のチ
ームがあたふたしていたのと大きく際立って違った。
これらの録画があったら、素晴らしい漕ぎを見て、参考にしてもらいたい。
漕ぎ方には、それぞれのコーチの考えなり、イメージに基づいてコーチングしている。
以下に、漕ぎ方についての、筆者個人の考え方と漕ぎ方について記述する。
4-1.キャッチ
フォワードで手を一杯に伸ばし、ブレードを丸く放り込むように後ろに向かって入れる。
ブレードが水に隠れると同時に素早く足でストレッチャーを押し始める。
この動きが出来ていないクルーが多い。
キャッチで、水を足で掴んで押すという感覚をもっていない人が多いのだ。
これを一人、ペア、またはフォアで、キャッチ前~キャッチ~足で押すことを、「キャッチ・ク
ルクル」とか「30cm 漕ぎ」とかいって練習をする。
これは、キャッチ前からブレードを後ろに向かって放り込み、ブレードが水面から隠れたら
素早く足で押す動きを何度も繰り返して練習する。
足で水を掴んで、素早く押し出すと、オールが撓む(曲がる)ことを感じることができる。
この感覚が大切なのだ。
OB は昔のことで忘れているが、新人はキャッチがなにかを知らないことが多い。
これをペア、またはフォアで行なった時、足の押し出しが揃っていれば、ガツンまたはグン
といった艇の動きが他の漕手やコックスに感じられる。
足の押し出しが揃っていなければ、グニョと弱々しく伝わる。
これを全員が揃って素早い足の押し出せるまで何度も練習しなければならない。
これが漕ぎの基本なのだ。
日頃の練習で、ノーワーク(ライトワーク)であっても、この素早い動きは同じであり、足の
押し出す力を加減する。
この練習は陸上の練習では得にくく、乗艇練習によってのみ会得でき、コーチが同乗して
しっかり教えなければならない。
また、コックスもその感覚を会得しなければならない。
ここで、少し理論的なことを説明する。
ブレードは一定の面積を持ち、上限は規定されている。
ある一定の面積のブレードにかかる力は、水流の速度の 2 剰に比例して大きくなる。
つまり、ハンドルを速く引くほど、ブレードにかかる抵抗は大きくなり、ブレードが固定され
たようになる。
だから、強いクルーの場合、ブレードがグサッと水に刺さり、艇だけが前に出るように見え
る。
ボートを漕ぐ時、ブレードを支点となり、ハンドルは力点となり、ロウロックは作用点となる
と言われている。
ブレードが固定されている時、ハンドルを引けば、ロウロックを押し、艇は前に進むのだ。
ハンドルの引きが遅いと、ブレードの速度は遅くなり、ブレードにかかる抵抗力が弱くなり、
ブレードは後方へズルズルと移動する。これがスリップだ。
ブレードが後方にスリップしていくと、支点が後方に移動しているわけだから、いくらハンド
ルを大きく引いても、艇を推進させられない。
前述の、キャッチで素早く足押しをしなければならないことを述べたが、それはブレードを
エントリーした所で支点を固定化することを言っている。
以上のようなことで、水中を如何に速く漕ぐかが重要なのだ。
そのためには、体の中で一番強い脚力を使って、強く速く長く漕ぐことが重要になる。
ストロークの後半に上体を煽って力一杯に漕いでも、艇を推進させる距離は半減している
のだ。
キャッチ前の注意事項としては、
頭を下げない。前の人の首筋あたりを見る。
頭を下げると、ブレードのスカイ・アップにつながり、キャッチが遅れる。
頭を下げると、背中が丸まり、足で押す力がブレードに伝わらなくなる。
背骨を真っすぐに伸ばし、骨盤の少し上の筋肉を緊迫させる。
ハンドルを出し過ぎず、最も強くストレッチャーを押せる姿勢にする。
上体をハンドルと一緒に回転させたり、肩を入れ込まない。
これは艇のバランスを壊す元凶となる。
肩に力を入れない。
鎖骨の、首の横の関節から柔らかく、手を一杯に伸ばす。
フォワードの時、ハンドルの動きは一定速度で前に出す。
上手そうにフォワードの途中まで肘を曲げ、キャッチ直前に腕を伸ばすような動きは、後
ろの人のタイミングを狂わすことになる。
ブレードのフェザーリングは、ブレードが体の横を通過する頃に開始し、キャッチは余裕を
持ってエントリーできるようにする。
キャッチの注意事項として、
キャッチは、ケーキや豆腐を壊さずに切るように、柔らかく、鋭くスパッと入れること。
これはノーワーク~パドルまで同じであり、足で押す力を変えるようにする。
奇麗なキャッチはスプラッシュがあまり立たないか、ブレードの両面で少し上る。
ブレードを素早く入れようとして、叩き込まない。
水に入れるブレードの深さはブレードが水に隠れる程度にする。
ブレードを後ろに向かって丸く入れるには、手首を軟らかくして、ブレードを放り投げるよう
な動きで入れる。
これは、ブレードが前方斜め下に入るような感じになるが、艇は走っているため、実際に
水に入るブレードの動きは垂直に水に入る動きとなる。
逆に真っすぐ入れようとブレードを垂直に入れると、艇が走っている分、ブレードは後ろ斜
め下に向かって入り、いわゆる、遅れキャッチとなる。
また、ブレードが水に入る前に足の押し出しを行なえば、ブレードで水を斜め後方に向か
って叩きこむことなり、ブレードの圧力面側でスプラッシュがあがる。
これも遅れキャッチと見られる。
ブレードを水に入れたら、素早く足を伸ばし、足で水を掴まなければならない。
全員のブレードが同時に水に入り、素早い足押しが一致した時、キャッチが揃ったという。
素早い足の押し出しばかりを意識して、ガーンとストレッチャーを蹴飛ばしてはならない。
また、力むあまり、上体を起こしたり、腕を曲げてはならない。
あくまでも、ノーワーク~パドルまで素早いキャッチと、素早い足の押し出しは、負荷や艇
速 に応じて加減しなければならない。
4-2.ストローク
艇速の大半は、このストロークの強さと速さで決まり、ストロークの長さで決まる。
そうは言っても、ここだけ力を入れるような漕ぎは駄目になる。
あくまでも、キャッチから一定の力と一定のブレード深さを保って、足を長く使ってストレッ
チャーを押し続けることが大切である。
しっかりと、力の強い足で長く押すことが大切である。
良い漕ぎをしている人は、背中に力が入っていることが横から見ていてもはっきり分かる。
足からの力をそのままハンドルに伝えなければならないのだ。
また、一定の力でオールを引くと、艇はスピードが上がるので、ストロークではフィニッシュ
に向かってバック・スピードは速くなる。
ブレードを一定の深さに保ったまま引くには、腕で引く時に脇を少し広げながら引けばよ
い。
肘が体側に沿ったまま引くと、ハンドルは次第に下がり、ヘソ引きになり易い。
フィニッシュを強く引きたいために、上体をあおって漕ぐクルーをよく見ることがある。
これはピッチングが大きくなったり、ブレードが深くなったりして、艇速 は出なくなる。
ストロークを長く取ろうと、体を倒して前に出たり、後ろに寝るようにしても、自分が一番力
を出し続けられる範囲でないと意味はない。
また、ストローク中にハンドルと一緒、または反対方向に上体を回す人を見ることがある
が、足で押す力のベクトルは艇の進行方向と同じにならず弱まることと、艇のバランスを
壊すことにもつながり、クルー全体に迷惑をかけていることが分からない人である。
新人戦などで、水車漕ぎをしている姿を見るのは悲しいものだ。
試合を目標にするのではなく、漕ぎの基本を会得させることに注力し、その結果が新人戦
へのチャレンジではないかと思う。
4-3.フィニッシュ
フィニッシュは、それまで押し続けてきた水を、素早く水平に押し放すことである。
それはボールを投げる時、スナップを効かせて投げるのと同じように思う。
オールのベンドを利用して、素早く押し放すような感覚が大切である。
大半の人は、オールが水に引っかかってブレードを上げにくくなるのを避けるために、フィ
ニッシュ側に向かってハンドルを下げ、ヘソ(臍)の方に引いている。
ある深さにあったブレードがフィニッシュへ向かって、浅くなっていく動きとなり、フィニッシ
ュでの力強い水の押し放しはできない。
フィニッシュでブレードが水から上げにくくなるのは、自分のブレードが艇速 より遅くなっ
て、ブレードの裏側(負圧側)を水に押されているためである。
このような人は、エルゴメーターを引いて練習している時、一見上手そうに引いているが、
最後に腕で胸元(鳩尾)まで力を入れて引いていない。
しっかり、一定の力で胸元まで引きつける練習をしてほしい。
これをやるのに腕力がいるが、普通の懸垂ではなく、斜め懸垂をして、鉄棒を胸元に引き
つける練習をしてほしい。
懸垂では、腕は体側に沿って肘を下げるが、斜め懸垂では、肘を横に張って引きつける。
懸垂と斜め懸垂とでは、使う筋肉も違い、ボートに必要なのは後者である。
結局、ストロークの後半からフィニッシュにかけての腕引きは脇を広げながらハンドルを
胸元へ引きつける。
この時、ストレッチャーは足の踵で強く押す。
スカルの場合、例えて言えば、ダンボールの底を抜くため、箱の中に入って、ダンボール
の耳を両手で掴んで、踵で底を押しながら、両手を引き上げるような感じといえば分かっ
てもらえるだろうか。
強い腕引きを意識して、上体や頭で迎えに行ってはならない。
上体は、やや斜めに倒れたところで、やや腹を凹ますようにしながら、腹筋を使って止め
る。
腹を出したまま大きく上体を倒すと、ハンザウェイが遅れ、ピッチは上げられなくなる。
フィニッシュで水を水平に後方に押し放した後、どうやってブレードを素早く水から上げる
かが、次の問題となる。
それには、ハンドルをフィニッシュで胸元まで引きつけ、素早く手首を廻し、同時に息を一
気に吐き出すようにする。
そうすると、手首が回ってハンドルが下がるのと、一気に息を吐き出すことで肩が下るの
とで、
ハンドルは回りながら素早く下げられる。
こうすることで、フィニッシュで押し出した水の後の空洞部分でブレードは回りながら低く水
面に出てくる。
ツバメ返しとも見える動きで、水の抵抗も受けずに、ブレードの素早い抜き上げができる。
また、ブレードが低く抜き上げられることは、バランスを壊さない効果もある。
一見、水中ターンに見えるが、決して水に背面を押されてブレードが上ってくるのではな
い。
この時、鳩尾にぶつかるまで引くのではなく、ハンドルを持つ手の親指を立てて、それが
胸を擦ってゆく程度に離して、素早く、小さく回すのだ。
ブレードで水を押し切り、そのまま水から上げようとすると、ブレードは弧を描くように、水
を撫で上げるような動きとなる。
撫で上げる動きを小さくしようとすれば、ブレードが浅くなるように引くようになってしまう。
素早くハンドルを押し下げようとすると、よほど全員の動きが揃っていないと、バランスを
壊す原因となる。
フィニッシュすると素早くハンザウェイを行ない、フォワードに移行する。
フィニッシュのとき、ブレード面を水平にした時、ガタンと大きな音を立てる人がいるが、こ
れはハンドルが掌中にあっても無制御の状態になっている気がする。
いつもこのような漕ぎをしていると、波があればブレードが波頭に当たった時思わず裏返
しになり、トラブルになりかねない。
上述した漕ぎ全体のイメージは下記のようになる。
上の図はオールの軌跡を示すもので、漕ぎの全体的なイメージを示す。
キャッチはブレードを前方に入れ、キャッチ(C)からフィニッシュ(F)へ水平に引き、フィニッ
シュで水を押し放すと同時に素早くオールをヘェザーリングするように上げてくる。
ブレードの軌跡は、幅の広い蒲鉾の横断面のような形となる。
下の図は、ある OB クルーの乗艇時の、漕力(縦軸、kg、オールにかかる荷重)とオール角
度(横軸、ストロークの長さに相当する)を調べた貴重なデータである。
漕手 A
漕手 B
漕手 A の漕ぎは、ストロークの角度では、キャッチ~フィニッシュまで -40°~+40°とな
り、ほぼ同じ角度になっている。
漕力は理想に近い台形に近いものもあるが、いろんな形の曲線を描いている。
漕力のピークにバラツキがあり、一定の漕力で漕いでいないことが分かる。
台形に漕ぐ、高い漕力の漕手 A タイプの人が揃っていれば、水中の漕ぎに少々のずれが
あっても、漕力は加算され、ピークは大きくなり、艇速 は大きくなる。
一方、漕手 B は、ストローク(オール角度)が短く、漕力のピークも低い。
キャッチでの水の押し始めも遅れ、漕力は山形を描いて艇速 への寄与は短いことが分
かる。
漕手 B のタイプの人が多いと、ストロークは短くなり、漕力は小さくなる。
山形の場合、ピークが一致するタイミングは 1 点しかなく、それが一致しない(水中の漕ぎ
が合っていない)と、艇速 は出なくなる。
漕ぐエネルギーは、上の図のクローズした箇所の面積の多少として見て貰いたい。
クルーとしての漕力は、同じ時点での曲線部の加算となる。
山形でピークがずれると、加算値は小さくなり、艇速 は出にくい。
また、図右下のマイナス側の小さなループは、フィニッシュでブレードが空中に出た時の
オールの振れ回りを示すもので、これが大きいとハンドルを引き切ってしまう前に空中に
出たものと思われる。
これらのように、個人差が大きいと、艇速 は出にくくなる。
高齢の OB では、B タイプの人が多い傾向になるが、漕力のピークは低くても、リズムを合
わせて、足を長く使って台形状に漕げば漕力は加算され、もっと艇速 は伸びるようにな
る。
いかなる漕ぎ方が良いか、しっかりしたイメージを持ち、それに合う漕ぎを努力してほしい。
スカルで注意したいこと。
一般にキャッチが深く入り、フィニッシュに向けてブレードが浅くなる傾向がある。
また、良く見られるのが、漕ぎの後半で上体をあおって、後半引きをやる人が多い。
これらの漕ぎ方では、高い艇速 は得られない。
後半の上体引きをすると、艇はピッチングを起こし、水の抵抗が大きくなる。
ピッチングをすれば、艇の見かけの断面積が増大し、抵抗が増えるのだ。
前方の確認は、バランスを崩しにくいストロークの間に頭を回して横目で行なう。
キャッチから素早く足で押し、一定の力で真っすぐにハンドルを引き、フィニッシュでやや
強く水を突き放すことである。
この基本的な漕ぎ方はクオドルプルやダブルスカルで練習するのがよい。
それはバランスを気にせず、速い艇速 での確実な動きを会得できるからである。
フィニッシュの引きつけは、肘を開きながら胸元に引きつけるのが良い。
スカルを漕ぐには、スイープより上体の筋肉が必要と思う。
それには斜め懸垂での練習がよい。
単に懸垂する時は、体を持ち上げるように、上から下へ腕を引き、この時肘は体にくっつ
けて引く。
一方、ボートでは体の前方から胸元に水平に引きつけるので、肘を広げるように引くのだ。
これらの場合、使う筋肉も違うのだ。
斜め懸垂すれば肘は自然に開くように引きつけることが確認できる。
スカルのリギングはスイープより繊細さを要する。
ハンドルを手にして両手を重ねれば、両側のロウロックの高さは少なくとも 30mm 程度は
必要と分かる。
まずは、乗艇して、左右のブレードを浅く均等な深さで水に入れた時、どれだけの差が漕
ぎよいかを測定する必要がある。
また、選手の体重と艇の浮き方、と選手の座高も考慮した高さを決めるべきである。
余談だが、スカルの第一人者の T 田選手のユニフォームは黄緑色で、胸元にピンクの横
縞がある。
彼が漕ぐ時、ハンドルはフィニッシュの時でも、ピンクの横縞から下には下がらない。
また、フィニッシュでは上体がトップ側に移動して、少し上体が倒れるのでピッチングは出
るはずであるが、彼の艇は少し柔らかめになっていて、トップが下がらず、艇の中央部が
少し撓むように上下運動をして逃がしている。
艇は剛性が高いのだけがよいのではないということだ。
4-4.フォワード
ハンザウェイしたら、全員が同時にシートを動かし、フォワードに入る。
フォワードでのシートを滑らせる速さは、横を流れる水と同じ程度の速さにする。
これは、水とクルーの体が相対的に留まり、艇だけが前に出ていくような感じとなる。
フォワードでシートの動きが揃わないと、艇速 は急速に減速するので注意する。
5. バランス
ボートは、常にバランスを保った状態でなければならない。
上体が常にレールの上を前後するのみの動きでなければならない。
バランスが悪いと、全員が疲れ、イライラする。
コックスは、自分の体が揺れないように、両手で舷側を掴んで固定する。
ボートのバランスを壊すのは、全員が自分ではなかろうかと注意することである。
ボートのバランスはどんな時に壊れるだろうか。
ボートのバランスが壊れる原因は、その時期によって、下記のことが推定される。
①フィニッシュ後であれば、
オールが水から抜けるタイミングが揃っていないか、水を引っかける人がいる。
ブレードを水から抜くのに、ハンドルをグイッと押し下げている人がいる。
ハンドルを上体で迎えに行く人がいる。
コックスが体を移動させた。
②フォワード時であれば、
体がレールの真ん中を移動せず、上体が左右にずれている人がいる
ブレードの高さが揃っていない。
キャッチ直前に頭を下げている人がいる。
ハンドルと一緒に上体を横に移動している人がいる。
コックスがラダーを大きく切っている。
③ストローク時であれば、
両サイドの漕ぐ力が異なっている。
力んで深く漕ぐ人がいる。
山漕ぎ(水車漕ぎ)をする人がいる。
上体をハンドルと一緒回転移動させている人がいる。
6. 呼吸
ボートを漕ぐ時の息継ぎは、フォワードで息を吸い、ストロークでは息を止め、フィニッシュ
で一気に息を吐くことである。
息継ぎは腹式呼吸でしなければならない。
胸だけで息をしたり、呼吸の仕方が乱れると、ローイングの途中で酸欠になる。
また、クルー全員の呼吸を合わせると、漕ぐリズムもよくなる。
7. 練習
7-1.乗艇練習
ボートに乗ったら力を入れて漕がないと練習ではないと思っている人がいる。
力いっぱい漕ぐ事だけが、ボートの練習ではない。
通常の乗艇練習は、ノーワークやライトパドルを多用する。
ボートの漕ぎの基本はノーワークの練習であり、大事にしてもらいたい。
ノーワークは休憩ではないだ。
先に述べたように、如何にキャッチからフィニッシュに向かって一定の力で漕ぐか、その力
をどれだけ強くできるかが大切である。
クルー全員が同時に、ストレッチャーを強く、長く押し続けられるかということである。
コックスや、ペア漕ぎやフォア漕ぎで、漕いでいない人はお尻で艇の加速の様子を感じる
はずであり、注意していてほしい。
インターバル練習もよい。
ライトパドルでピッチを変えた練習もする。
目指すレースの数ヵ月前になったら、ハドルの練習に入り、距離も伸ばしていく。
また、タイムトライアルを行ない、データをとる。
いい漕ぎが出来るようになると、ライトパドルであっても、艇のハル(底板)に当たる波がサ
ラサラと気持ちよい音として聞こえるほどになる。
OB の方に気を付けて貰いたいことは、何年ぶりとか何十年ぶりで漕ぐとか言われる方は、
最初は力まず、漕ぎの基本を思い出しながら徐々に漕ぎ始めてほしい。
昔のイメージで漕ぐと、体力はなくなっているので、特に腰痛を起こしやすくなる。
長く練習してきた人に追い付くには、無理せずに半年計画くらいで体力をつけるのがよい。
7-2.陸上練習
乗艇練習だけが練習ではないと思う。
気を付けていれば、毎日の生活で正しい姿勢を保つだけでも背筋力の養成になる。
特に、最近はパソコンに向かうことが多くなると、前かがみの姿勢が多くなるので、気を付
ける。
家で腹筋、背筋、スクワット、腕立て伏せ等の練習は出来る。
自分の弱い箇所を知れば、その強化方法を考えて、強化する必要がある。
OB の方は、毎日 1km くらいを、胸を張って、額が少し汗ばむくらいの速足で歩くことでも背
筋や太股の筋トレになる。
筋力やスタミナの育成のためにはエルゴメーターを使う。
これも一度にやらずに、毎日継続することが大切である。
まずは、正しい姿勢と動作で、ハンドルを水平に胸元まで引くことである。
また、エルゴメーターを並べて、全員が長い棒を持って一緒に練習することで、ストローク
の長さやリズムを確認できる。
ボートの艇速 を上げるには、体力とスタミナが 8~9 割と言われている。
「継続は力なり」と言う。
毎日継続するには、軽くても、気軽にできる方法を行なうことが望ましい。
8. コーチ、コックス
強くなるには、しっかりした理論と実践に通じたコーチが必要だと思う。
ただ、昔強いチームで漕いでいただけではなく、その後の自己研鑚をいかに積んできた
かが問題である。
難しいことでも、わかりやすく解説し、伝えることができるコーチでなければならない。
コックスも、同様である。
コーチの言うことを理解し、感度を持ってボート全体の状態を見られるようでなければなら
ない。
また、時々はビデオ撮影して、クルーが自分たちの漕ぎを横から見ることも大切である。
9. あとがき
先に出した「ボート競技入門」Ⅰ、Ⅱで書き残したことや、おこがましくも自分の浅学を顧
みず、如何に艇速 を伸ばすかも含め、少し余計なことまで書いたかもしれないが、ご参
考になればと思います。
レースの観戦で、勝敗の結果にも興味がありましょうが、ここに書いたようなことが分かれ
ば、戸田で本部席の前をスタートに向かうボートを見ていて、レース結果を予想したり、レ
ースを見て、その勝因や敗因を自分なりに分析することで、レース観戦が一層楽しいもの
となるでしょう。
ボートを愛する皆様の健康で楽しいボート・ライフを願っています。
Fly UP