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不法在留外国人の緊急医療を受ける権利と 憲法25条の理念

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不法在留外国人の緊急医療を受ける権利と 憲法25条の理念
089
和光大学現代人間学部紀要 第1号(2008年3月)
不法在留外国人の緊急医療を受ける権利と
憲法25条の理念
下山重幸 SHIMOYAMA Shigeyuki
──はじめに
第1章──議論の素材としての一つの最高裁判所判決例
第2章──現代社会における憲法25条の理念
第3章──不法在留外国人(不法就労外国人)の労働状態と日本の企業の責任
第4章──緊急医療を受ける権利
──おわりに
【要旨】不法在留外国人の緊急医療を受ける権利について、最高裁判所の判決を素材とし
て、検討を加えるのが本稿の目的である。不法在留外国人には不法入国者と滞在期間が超
過してしまった超過滞在外国人の二種類が存在する。この二つを同列に扱うことはできず、
後者は適法に入国した以上、その権利を制限するには正当事由が必要なはずである。そし
て、生存権は、人間である以上、誰にでも認められる権利であり、さらに、緊急医療を受
ける権利は、生存権の中でも中核に位置する権利ということができる。したがって、不法
在留外国人であるからといって、否定する根拠には乏しい。その上、昨今の日本の労働市
場を見ると、不法在留外国人を生み出している一因として、日本の企業の順法精神の乏し
さと、国の労働政策の配慮のなさを挙げることができるならば、不法在留外国人に緊急医
療を受ける権利を認めなかった判決は妥当性に問題が大いにあると思われる。
法学の一分野からの視点のみでは、医事法の
──はじめに
もつ特別な問題の本質に迫ることは容易とは
いえないのであろう。
医事法学は分類としては行政法になると思
今回、検討の素材として一つの医事法をめ
われる。しかし、医事法を研究する学者は必
ぐる判例を取り上げ、そこに含まれる問題を
ずしも行政法学者とは限らない。公法では憲
検討したいと考えるが、その前に、どのよう
法学者、刑法学者が医事法の分野ですぐれた
なアプローチを取るかを明らかにしておく。
論文を近年著し、また、私法では、従来から
このことは議論の展開を示す上で有益と思わ
民法学者が同分野ですぐれた論文を著してい
れるからである。
る。このことは、医事法という分野が人間の
まず、取り上げる医事法は、生活保護法15
生老病死という広範な対象を有し、かつ、そ
条、医療扶助の規定であり、その条文をめぐ
の対象を取り巻く制度、法規も多岐に亘るた
る判例をもとに議論を進めたい。ここで、私
め、様々な法学の分野からのアプローチが可
のとるアプローチとしては、憲法学からのア
能となるからであろう。また、逆を言えば、
プローチと労働法学からのアプローチである。
090
不法在留外国人の緊急医療を受ける権利と憲法25条の理念◎下山重幸
このような一見して奇異に思われるアプロー
第2節 判決理由とその整理
チを取るのはなにも恣意的な判断からではな
以下、2001(平成13)年 9 月25日の最高裁
い。もちろん、これら以外のアプローチの仕
判所第三法廷での判決理由の一部を引用する
方で有効な結論を与えてくれるものが存在す
(下線は筆者)
。
るかもしれない。しかし、本稿で扱う問題を
検討する上で、最も有効な理論を与えてくれ
本件は、本邦に在留する外国人で、在留
るアプローチは、憲法学と労働法学であると
期間の更新又は変更を受けないで在留期
考えるのである。
間を経過して本邦に在留する者(以下
第1章──議論の素材としての一つの
最高裁判所判決例
第1節 事実の概要
原告は、中華人民共和国の国籍保持者であ
り、1988年 8 月26日、就学目的で入国した。
「不法残留者」という)である上告人が、
交通事故に遭遇して傷害を負い、生活保
護法による保護の開始を申請したが、被
上告人より却下処分を受けたので、その
取消しを請求する事案である。
論旨は憲法25条が、不法残留者を含む
在留期間が切れた1990年 8 月26日以後も更新
在留外国人に対しても緊急医療を受ける
請求をしないで在留していたところ、1994年
権利を直接保障しており、生活保護法は
4 月16日、東京都中野区路上で自動軽二輪車
少なくともその限度で在留外国人を保護
にはねられ、頭蓋骨骨折等の重傷を負って、
の対象としているものと解すべきである
杏林大学付属病院に入院し、同年 6 月22日退
のに、原判決がこれを否定したのは、憲
院した。このときの治療費は 610 万 6330 円、
法25条、14条 1 項及び生活保護法の解釈
入院雑費39万5000円、通院交通費 1万2480円
適用を誤ったものである、ということに
であった。
ある。
その治療費の支払い能力の無い原告は同年
しかしながら、生活保護法が不法残留
8 月 1 日、中野区福祉事務所(被告)に生活
者を保護の対象とするものでないことは、
保護の申請をしたが、同所長は原告が不法滞
その規定及び趣旨に照らし明らかという
在外国人であることを理由に、同年12日、こ
べきである。そして、憲法25条について
れを却下した。そこで、本件処分の取消しを
は、同条 1 項は国が個々の国民に対して
求めたのが本件訴訟である。
具体的、現実的に義務を有することを規
裁判の争点としては、①本件処分が憲法25
定したものではなく、同条 2 項によって
条に違反しないか、②本件処分が憲法14条に
国の責務であるとされている社会的立法
違反しないか、③本件処分が国際人権規約の
及び社会的施設の創造拡充により個々の
社会権規約に違反しないか、④生活保護法の
国民の具体的、現実的な生活権が設定充
準用を認めなかったことの違法性、などであ
実されていくものであって、同条の趣旨
る。本稿は、①の点を中心に検討し、緊急医
にこたえて具体的にどのような立法措置
療を受ける権利を不法在留外国人に認めない
を講ずるかが立法府の裁量の範囲に属す
のは妥当な判断かどうかを探るものである。
ることは明らかというべきである。不法
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和光大学現代人間学部紀要 第1号(2008年3月)
残留者が緊急に治療を要する場合につい
体化するに当っては、国の財政事情を無
ても、この理が当てはまるのであって立
視することができず、また、多方面にわ
法府は、医師法19条 1 項の規定があるこ
たる複雑多様な、しかも高度の専門技術
と等を考慮して生活保護法上の保護の対
的な考察とそれに基づいた政策的判断
象とするかどうかの判断をすることがで
を必要とするものである。したがって、
きるというべきである。したがって、同
憲法25条の規定の趣旨にこたえて具体的
法が不法残留者を保護の対象としていな
にどのような立法措置を講ずるかの選択
いことは、憲法25条に違反しないと解す
決定は、立法府の広い裁量にゆだねられ
るのが相当である。また、生活保護法が
ており、それが著しく合理性を欠き明ら
不法残留者を保護の対象としないことは
かに裁量の逸脱・濫用と見ざるをえない
何ら合理的理由のない不当な差別に当ら
ような場合を除き、裁判所が審査判断す
ないから、憲法14条 1 項に違反しないと
るのに適しない事柄であるといわなけれ
いうべきである。
ばならない。
この後、この判決は四つの最高裁判所判決
次に , マクリーン事件であるが、これは、
を、「趣旨に徴して」として引用している。
アメリカ人マクリーンが自己の在留期間更新
それら判決の中で、とりわけ堀木訴訟最高裁
不許可処分の取消しを争ったものである。こ
判決(1982年〈昭和57〉年 7 月 7 日)と、マ
の判決に関しては次の二箇所が重要である。
クリーン事件最高裁判決(1978年〈昭和53年〉
10月 4 日)が重要である。堀木訴訟は、児童
憲法第三章の諸規定による基本的人権の
扶養手当法の併給禁止条項に基づく請求却下
保障は、権利の性質上日本国民のみをそ
処分に対する行政処分取消訴訟である。以下、
の対象としていると解されるものを除き、
堀木訴訟判決の重要箇所を引用する(下線は
わが国に在留する外国人に対しても等し
。
筆者)
く及ぶものと解すべき
憲法 25 条の規定は、国権の作用に対し、
としたいわゆる権利性質説。
一定の目的を設定しその実現のための積
極的な発動を期待するという性質のもの
外国人に対する憲法の基本的人権の保障
である。しかも、右規定にいう『健康で
は、右のような外国人在留制度の枠内で
文化的な最低限度の生活』なるものは、
与えられるにすぎないものと解するのが
きわめて抽象的・相対的な概念であって、
相当
その具体的な内容は、その時々における
文化の発達の程度、経済的・社会的条件、
一般的な国民生活の状況等との相関関係
とし、外国人の基本的人権の保障範囲を限
定的にとらえた点。
において判断決定されるべきものである
先の権利性質説が、外国人の基本的人権の
とともに、右規定を現実の立法として具
保障範囲を広げるような方向性をもつのは確
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不法在留外国人の緊急医療を受ける権利と憲法25条の理念◎下山重幸
かだが、後者の見解のように外国人の基本的
がしてならない。経済が法を導くのか、法が
人権は在留制度の枠内で与えられるにすぎな
経済を導くのか、いずれが正当かはこの問題
いとすることで、その方向性は否定され、実
については明白ではなかろうか。
質的に権利性質説は有名無実化してしまう。
事実、この判決が引用している堀木訴訟が
立法府に広い裁量を求めている点に関しては、
第3節 同判決の見解の特徴
この判決の見解の特徴として次の三点が挙
げられよう。
学説からは批判が強い。例えば、芦部信喜は
堀木訴訟を評して、
「この判決には、生存権
が生きる権利そのものであることを考えるな
らば、むしろ精神的自由の場合に準じて、
①憲法25条の理解を堀木訴訟に依拠させた点
『事実上の合理的関連性』の基準によって差
この判例の25条についての理解は、25条 1
別の合理性を事実に基づいて厳格に審査され
項は、国家に具体的、現実的な義務を課さず、
なければならない、という批判も強い。
」3)と
25条 2 項によって国の責務である社会的立法
する。
により国民の生活権を拡充してゆくというも
のであり、生存権規定をプログラム規定と解
し、さらに立法府の裁量を広く認めるという
ものである。立法府に広い裁量を認める理由
②不法在留外国人の緊急医療を受ける権利を
否定するのに有効なマクリーン事件の引用
マクリーン事件判決は、外国人の基本的人
としては、①最低限度という文言の抽象性、
権の保障は外国人在留制度の枠内で与えられ
②国の財政、③高度の専門技術性などを挙げ
ているにすぎないとするもので、国際化の現
ている。
在において国民国家的発想の強い悪しき判断
たしかに、生存権を含む社会権は、表現の
であり、早急に判例変更が望まれるものであ
自由などの自由権とは異なる性質をもつ。こ
る。かかるマクリーン判決を引用することで、
の点、ロザンヴァロンは、
「社会権には二重
内容を深く検討することなく、本判決は不法
の特性がある。それはまずコストを要し、必
在留外国人の緊急医療を受ける権利を否定し
然的に経済的な限界のなかに組み込まれる。
ている。マクリーン事件によれば、不法在留
次いで、それは具体的な個人に適用されるた
外国人が在留制度を無視した、いわば在留制
め、人間を現実的な諸決定のなかにおいて把
度枠外の存在4)である以上、当然の帰結とな
握する」1)という。また、ルーマンも、福祉国
るからである。
家の「費用の増大は、日常的な財政問題を生
ちなみに、本判決につき、高藤昭は、塩見
み出すだけではなく、他の財源にくらべて国
訴訟以後の「下級審の進歩を帳消しとし、わ
家予算の割合が相対的に大きくなることによ
が国における国際的人権保障の観念と法理の
って、政治システムと経済システムの分化を
進展を阻止した判決であって、最高裁の見識
危うくする」2)という。しかし、社会権が基
が疑われ、ひいては私法への国民の信頼を失
本的人権として不法在留外国人に適用される
わせる判決である」5)と批判している。
か否かという問題に関していえば、経済的な
限界から結論を出すのは本末転倒のような気
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和光大学現代人間学部紀要 第1号(2008年3月)
例えば、芦部信喜は、生存権のような権利
③本判決が、医師法19条 1 項の医師の応召
義務について触れ、患者が不法在留外国人
の場合には診療を拒む正当事由となるとし
た点
であっても、
「権利」と呼ぶことは可能であ
医師が応召を拒む正当事由としては、医師
存権を実現すべき法的義務を課している。さ
が病気で診察が不可能であるとか、担当の医
らに、25条の生存権が生活保護法のような施
師がいないといったことなどがあたると考え
行立法によって具体化されている場合には、
られる 。
憲法と生活保護法とを一体として捉え、生存
6)
では、患者が不法在留外国人である場合が
応召義務拒否の正当事由となりうるのだろう
か。患者の生命に関わる緊急医療の場合は、
正当事由も限定されると解すべきである。単
るとし、25条は、国に立法・予算を通じて生
権の具体的権利性を論ずることも許されると
いう7)。
このように、25条の理解に関しては、判例
と通説との間には齟齬が生じている。
に、患者が不法在留外国人であり、治療費を
受け取れないおそれがあるというだけでは、
応召を拒む正当事由にはならないと考える。
病院が営利を目的としてはならない存在であ
る(医療法 7 条 5 号)ことから、民法でいう
ような不安の抗弁に似たものを、医療の現場、
第2節 生存権と外国人
では、そもそも外国人に生存権は保障され
るのか。
この点については、国民年金裁定却下処分
の取消しを請求した塩見訴訟で、最高裁は、
それも緊急医療の現場で肯定してはいけない。 「社会保障上の施策において外国人をどのよ
うに処遇するかについては、国は、特別の条
第2章──現代社会における憲法25条
の理念
約の存しない限り、当該外国人の属する国と
第1節 25条についての判例の理解と通説の
理解の齟齬
治・経済・社会的事情に照らしながら、その
本判決の憲法25条の理解は、本判決の引用
るのであり、その限られた財源の下で福祉的
する堀木訴訟の憲法25条の理解と同じである
給付を行うに当り、自国民を在留外国人より
といってよい。堀木訴訟は25条の理解につき
優先的に扱うことも、許されるべきことと解
プログラム規定説に立つ。プログラム規定は
される」とするにとどまり、生存権が外国人
朝日訴訟で打ち出された見解であり、堀木訴
に保障されるか否かについては明言していな
訟以後の最高裁の判例でも踏襲されている。
い。しかしながら、塩見訴訟の見解は「社会
それは、25条 1 項の規定は、すべて国民が健
保障上の施策における」外国人の「処遇」と
康で文化的な最低限度の生活を営み得るよう
述べており、
「処遇」という表現は、生存権
に国政を運営すべきことを国の責務として宣
を保障する姿勢とはかけ離れているように思
言したにとどまり、直接個々の国民に対して
われるし、生存権を保障しなくても問題はな
具体的権利を付与したものではないとするも
いと言っているようにも思われる。
のである。このように生存権に権利性を認め
ない見解には学説から批判が強い。
の外交関係、変動する国際情勢、国内の政
政治的判断によりこれを決定することができ
これに対して学説を見ると、かつて宮沢俊
義は、
「否定説」にたったが、外国人にも生
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不法在留外国人の緊急医療を受ける権利と憲法25条の理念◎下山重幸
存権を原理的に認めるべきであるとする説が
存権が保障されないという結論は機械的に導
有力であり、通説となっている。芦部信喜は、
かれよう。もちろん、これらの判例の趣旨か
生存権を含む社会権について「参政権と異な
ら保障されるという結論もあながち不可能で
り、外国人に対して認められないものではな
はないとも思われるが、一般的には困難であ
い」8)としている。さらに続けて、芦部信喜は、
ろう。
「わが国に定住する在日韓国人・朝鮮人およ
たしかに、早晩国外退去を命じられる密入
び中国人については、その歴史的経緯および
国者や犯罪者に生存権を含む社会権を手厚く
わが国での生活実態を考慮すれば、むしろ、
保障することには異論もあると思われる。
できるかぎり、日本国民と同じ扱いをするこ
とが憲法の趣旨に合致する」 としている。
9)
たしかに、日本には相当数にのぼる在日の
人々が日本人とほぼ同じ生活を送り、同じよ
うに納税をしている。彼らに生存権を含む社
会権を保障するのが当然ではなかろうか。
また、1981年に社会保障関連法令の国籍要
ところで、生存権には緊急医療を受ける権
利も当然含まれると解されるが、不法在留外
国人には緊急医療を受ける権利は認められな
いのだろうか。
この点につき、本判決は否定しているが、
かかる結論は妥当であろうか。
次章以降で、現在の不法在留外国人の実態
件が撤廃10)されたことを鑑みれば、彼ら在日
と、緊急医療の内容とを具体的に検討して、
の人々だけでなく、広く外国人に生存権が保
答えを探りたいと考える。
障されていると考えるのが、
この国籍要件撤廃
から窺える憲法の語る25条の意味ではないか。
そもそも、医療・社会保障は人間の生存そ
のものに関する権利であり、保障されるべき
第3章──不法在留外国人(不法就労外国人)
の労働状態と日本の企業の
責任
必要性は高い。また、命や健康という生存そ
本判決では、就学目的で入国した中国人学
のものに関する権利は、人間である以上、何人
生の緊急医療を受ける権利が問題となってい
についても当然に認められるべき必要最低限
る。本来ならば、外国人の教育を受ける権利
の基本的権利であり、国籍による差別は許さ
を扱うのが筋かもしれない。というのも、教
れないものである。外国人にも生存権を含む
育を受ける権利が外国人に保障されるならば、
社会権は保障されると解するのが妥当である。
その前提として、生存権が保障されてしかる
べきといえるからである。生存もままならぬ
第3節 不法在留外国人の生存権
外国人に生存権を含む社会権が保障される
状況下では、教育のゆとりも生じないからで
ある。
と考えるのが妥当であるということを前節で
しかしながら、就学目的で入国し、就労す
見たが、では不法在留外国人に生存権は保障
る外国人や、就学後に就労目的へと目的を変
されるか。
更する外国人は多い。また、実質は就労目的
この点、最高裁判例理論によれば、すなわ
だが、あえて就学目的で入国する者もいる。
ち、塩見訴訟、堀木訴訟、マクリーン事件の
よって、ここでは、就労外国人、とりわけ不
趣旨を併せて考えれば、不法在留外国人に生
法就労外国人につき労働法上の問題点を指摘
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和光大学現代人間学部紀要 第1号(2008年3月)
して、そこから、不法在留外国人の生存権へ
がら、それらの外国人労働者のために別規則
と戻ってみたい。
を作成しない場合には、就業規則作成義務違
反(労働基準法89条)が成立する。また、中
第1節 不法在留外国人とは何か
間搾取の禁止(労働基準法6条)
、募集を行う
不法在留外国人には二種類存在する。不法
、募集を
者の報償受領の禁止(職案法40条)
入国者と超過滞在入国者である。後者の場合
行う者の募集従事者への財物等の給与の禁止
には、正規に入国しながら、更新をせずにそ
(同41条)などもある。
のまま滞在してしまうことが違法となるので
これらの法が有効に遵守されていれば、19
ある。この超過滞在入国者を生み出す原因と
万人もの超過滞在外国人は生まれないであろ
して日本の企業の外国人労働者の処遇の問題
う。もちろん、超過滞在外国人のすべてが不
はないだろうか。つまり、超過滞在入国者を
法就労外国人とはいえなかろう。しかし、超
生み出しているのが日本企業であるとしたら、
過滞在外国人の多くは生活を労働に頼らなく
その超過滞在の違法性の責任を当該外国人だ
てはならないはずである。とすれば、超過滞
けに帰するわけにはいかないのではないか。
在外国人を生み出す原因が雇用側にあるとす
次節で詳しく見てみる。
れば、超過滞在のみをもって外国人の処遇に
差別を設けるべきではないのではなかろうか。
第2節 外国人労働者の実態
日本の外国人労働者は61万人を超え、労働
人口の 1 %を占めている。そして、不法に日
事実、外国人労働者の就労をめぐる実態は
劣悪をきわめている。
第一、外国人を雇う側も、外国人を斡旋、
本に滞在する外国人は推計で 19 万人存在し、
派遣、供給する側も、労働基準法違反につい
そのうち半数が首都東京にとどまっていると
てまったく考慮することなく、順法の精神な
される。
どどこ吹く風なのである。具体的に見ても、
外国人労働者の日本における地位は総じて
時給1200円から1500円を雇い主が支払ったと
低い。日本の労働市場において、日本人の若
しても、仲介者の手を経て外国人本人に手渡
者がいわゆる 3 K(きたない、きつい、きけ
されるのはパート並みの800円前後が手渡さ
ん)職種への就労を敬遠するために、外国人
れるという。仲介者を経ない場合でも、宿舎
労働者がこれに代替するというのが実情であ
の費用や食事代を控除され、結局パートなみ
る。
となる。こうした中間搾取の他、解雇手続
たしかに、外国人労働者も各種労働法規で
労働環境や労働条件が保障されている。例え
(労働基準法20条)違反の即時解雇、賃金不
払いのケースなど問題は山積である。
ば、賃金については、最低賃金法が適用され
企業側が、このように外国人労働者を雇い
るし、労働基準法では、労働時間、時間外手
入れる根底にあるのは、チープレーバー導入
当の支給、安全衛生その他の労働条件につい
論という企業側の倫理である。先の賃金の中
て外国人であることを理由に差別的扱いをす
間搾取の問題にしても、日本ではパート並み
ることはできない(労働基準法 3 条)
。また、
の800円でも、東アジアの諸国に戻れば相当
外国人労働者を就業規則の適用から除外しな
な金額になるのであり、外国人労働者はその
096
不法在留外国人の緊急医療を受ける権利と憲法25条の理念◎下山重幸
金額の労働条件に応じるのである。自己の利
益の追求を企業の行動原理
11 )
とするならば、
しかし、不法就労外国人といえども、基本
的人権の享有主体であり、日本国憲法の保障
チープレーバーを導入するのは有効なのであ
する人権を、性質に応じてだが、保障されて
る。もちろん、チープレーバーを導入するこ
いる12)。
「性質に応じて」というのは、最高
とそのものが悪いわけではない。問題はその
裁判所が「権利の性質上日本国民のみをその
先である。つまり、チープレーバーといえど、
対象としていると解されるもの」は、外国人
滞在許可更新などの手続を取らせ、外国人労
に保障されないとするからである。この点、
働者管理を適切に行うにはコストがかかるの
労働基本権が不法就労外国人といえども保障
である。これらのコストは法律上のものであ
されるのは当然の理であり、説明を要さない
るから、無視するのは違法行為であるが、コ
と思われる。というのも、たとえ不法就労外
ストを支払うことはチープレーバー導入のう
国人といえども、労働法が適用され、労働者
まみを損ねる。そこで、企業の中にはこうし
として労働法の保護下に置かれる13)としてい
た労働者の管理コストを無視するものもでて
る以上、憲法の解釈としても、労働基本権は
くる。そのような企業側の姿勢により、超過
不法就労外国人にも保障されると解するのが
滞在労働者が生み出されているという面は否
妥当であろう。仮に、労働基本権は不法就労
定できないのではなかろうか。
外国人には保障されないというのが憲法の立
さらにいえば、最高裁判所が本判決で、滞
場であるとするなら、これらの労働法規は憲
在期間が超過したという理由のみで、不法在
法違反ということになるが、そのような見解
留外国人に対して、緊急医療を受ける権利を
が的外れなのは明らかだからである。
含む生活保護受給権を否定するとしたならば、
また、失業中といえども労働者であるのだ
これは最高裁判所が企業のチープレーバー導
から、不法就労外国人が失業している場合に、
入の倫理を巧みに支えているといえるのでは
生活保護を受けること、とりわけ医療扶助と
なかろうか。
して緊急医療扶助を受けることは、労働者と
また、外国人労働者は、ただでさえ、危険
しての最低限度の生活の保障といえる。この
な作業に従事することが多いのであるが、日
最低限度の生活の保障を奪うことはできない
本語の壁による安全教育の不徹底、慣れない
のである。
危険作業などから、外国人が原因で労働災害
不法就労外国人の処遇はその国家の啓蒙の
が生じることも少なくはない。これらは、使
度合いを表すメルクマールとなる。現代社会
用者である企業側の安全配慮義務違反となる
が、かつての啓蒙主義的な人権論に基づく理
事例も中には多いことを付言しておく。
論へ難題を様々な角度から提示し、人々がこ
れに対応すべく新たな今まで想像さえされな
第3節 不法就労外国人の労働法上の地位
かった社会的、政治的選択を強いられるよう
不法就労外国人を生み出してしまう原因は、
になったとしても、国家が自国民のみの利益
必ずしも当該外国人のみにあるのではなく、
を優先させればよいということにはならない
雇う側の企業倫理が問われるという面もある
はずである。むしろ、恵まれた自国民よりも
ということは前節で述べた。
恵まれない他国民を救うのが国家の理想的な
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和光大学現代人間学部紀要 第1号(2008年3月)
姿ではあるまいか。
アメリカのニューヨーク州やシカゴ州は、
第4章──緊急医療を受ける権利
Sanctuary Policy(サンクチュアリ政策)とい
う政策を採用している。これはサンクチュア
リ宣言などとも邦訳されるが、端的にいえば、
第1節 生活保護法の沿革
不法滞在外国人の緊急医療を受ける権利を
外国からの移民を保護する政策である。この
論じる上で、緊急医療を受ける権利の内容を
態度は、連邦政府が移民排斥の方針をとって
明らかにしなければならない。本判決で問題
いることに敢えて逆らうことになる。政策の
となった緊急医療を受ける権利は生活保護法
具体的な内容は、州政府の役人や警察官が不
上の医療扶助に該当するものであり、一般的
法移民の存在を連邦政府に通告することを禁
な医療を受ける権利とは異なる。一般的な意
止し、違反して通告した者を処罰するという
味での医療を受ける権利は不法在留外国人に
ものである。この政策には賛否両論激しく対
も当然保障されてしかるべきであるが、生活
立している。この政策を支持する立場をとる
保護法上の権利というと様々な事情を考慮し
のは、One-Worldees14)(世界連邦主義者)とい
なければならなくなる。
った活動家たちや、様々な宗教団体、そして、
ハンガリー生まれの実業家ジョージ・ソロス15)
まず、生活保護法の外国人への適用につい
てその沿革をみてみる。
などに支持されている。一方で、このサンク
この点、旧生活保護法には国籍要件がなか
チュアリ政策のせいで、犯罪が多発し、治安
った。これに対して、新生活保護法には国籍
が悪化すると非難する人々が多いのも現実で
要件がある。
「旧法は、この点に関して内外
ある。
人平等の原則を採り、この法律は日本国民の
このような政策が取れるのがアメリカが連
みならず、日本国に居住又は現在する外国人
邦国家であり、連邦の政策と州の政策とが真
に適用されるものとする建前を堅持していた。
っ向から対立することもありうるからである
恐らくこの態度は最も進歩した型のものであ
が、日本で採用を考えるにはその基盤となる
り、とくに社会福祉の分野においては堅持せ
国家制度が異なりすぎる。しかし、日本の地
らるべき性質のものであったけれども、新法
方自治体で行われている外国人労働者政策に
は、社会保障の面を強化し、保護の請求権を
はサンクチュアリ政策とその趣旨が重なり合
認める建前をとったので法文の規定上は一歩
うものも見られる。これは後に述べる。
後退してその適用を国民に限るとしたのであ
以上、不法在留外国人にも、労働者の権利
る。」16 ) とされるように、旧生活保護法は、
を厚く保護するためにも、緊急医療を受ける
内外人平等ではあるものの、請求権としての
権利をはじめとする生存権を含む社会権を広
権利性を認めていなかった。これに対し、新
く保障することは、現在の労働市場における
生活保護法は請求権として認める反面、国籍
外国人の実態に鑑みれば日本の責務であり、
要件を課したのである。もちろん、請求権と
憲法25条の要求するところと思われる。
しての権利性を認め、かつ内外人平等にする
こともできたはずである。
しかしながら、行政の運用は国籍要件緩和
098
不法在留外国人の緊急医療を受ける権利と憲法25条の理念◎下山重幸
の方向であったようである。1954年厚生省社
われる(生活保護法15条)
。
会局局長通知により外国人にも準用するとさ
この医療扶助は、他の扶助と異なり、現物
れた。もちろん、準用という以上、権利では
給付を原則とする(同法34条)
。というのも、
なく、反射的利益であったが。
生活に困窮する被保護者が、一まず窓口で医
その後、難民条約批准時にも国籍要件は撤
療費を支払うことは、別段の融資を受ける方
廃されなかったが、1990年厚生省の口頭指示
法でなければ困難であり、また、医療機関と
により永住者・定住者など以外には準用がさ
しても、保護の実施期間や社会保険の保険者
れなくなった。これは外国人を二種類に分け
から直接に確実で迅速な医療費を受けるほう
る差別的取り扱いのみならず、国籍要件緩和
が望ましい。手続き上、医療扶助における現
の方向が再び国籍要件の厳格化へと変わった
物給付は、診察、投薬、医学的処置、手術等
ことを意味する。そして、救急医療について
の診察の給付につき、被保護者に医療権を交
は、生活保護ではなく、外国人医療費未集金
付し、被保護者が医療券を指定医療機関や医
補助制度や行旅死亡人取扱法などを準用して
療保護施設に提示して、医療を受けることに
対応することとなった。
なっている。
後者の行旅死亡人取扱法は、現在、法律家
このような生活保護法の医療扶助には緊急
でさえもこの法律の存在を知る者は少なかろ
医療という項目はないが、本判決は、交通事
う。ましてや一般人、それも外国人がこの法
故の治療費をめぐる争いであり、弁護側が、
律の存在を知っていることはまずないだろう。
治療費を緊急医療費と言い換えたに過ぎない
もちろん、この法律を行政当局が知っていれ
ともいえる。あえて緊急医療を定義するなら
ばよいのであり、不法在留外国人が知る必要
ば、交通事故や、その他不慮の事故などで緊
性もない。なぜなら、この法律は行き倒れの
急の治療を即時に行わなければ患者の生命が
者をどのように処遇すべきかを、公益の観点
危ういような状況でなされる医療ということ
から規定したものであり、緊急医療を受ける
になろうか。このような緊急医療が医療扶助
権利を含む生活保護受給権を保障されるかと
の対象になるのは明らかであろう。
いった問題とは次元を異にするからである。
もちろん、生存権が高額医療までのすべて
このような、権利の保障という点から隔絶の
の医療を受ける権利を国民に保障していると
感のある法規により、外国人の緊急医療に対
は考えられない。実際、法律も様々な規定を
応しようとする行政のあり方は問題があろう。
設け、高額医療を特別扱いをしている。これ
は当然のことであろう。しかし、生活保護に
第2節 生活保護法における緊急医療を受け
る権利とは
医療扶助がある趣旨を鑑みるに、国民に健康
な最低限度の生活を保障する内容として医療
生活保護法には、緊急医療という項目はない。
扶助があるといえる。とすると、憲法の保障
生活保護法にあるのは、医療扶助という項
する健康で文化的な最低限度の生活としては、
目であり、診察、薬剤または治療材料、医学
基本的な医療と、生命に関わる緊急医療が挙
的処置・手術ならびに施術、病院または診療
げられよう。そして、緊急医療を受ける権利
所への収容、看護、移送の範囲内において行
は、生命が生活の最重要な基盤とするならば、
099
和光大学現代人間学部紀要 第1号(2008年3月)
生活保護の中心、ひいては生存権の中心をし
める権利といっても良いのではないだろうか。
第3節 本件下級審に見られる不法在留外国
人の緊急医療を受ける権利について
の見解
本件第一審(東京地裁平成8年5月29日)
これら二つの判例は、外国人の生存権に対
する一定の配慮を示すものの、結果として外
国人の緊急医療を受ける権利を否定している。
たしかに、最高裁判所判決のように裁量論
で一刀両断に否定するのではなく、生存の危
機にある者の救護をどうすべきかについて、
は、不法在留外国人の緊急医療を受ける権利
ある程度具体的に論じてはいる。とくに地裁
については、以下のように述べている。
判決は、国籍要件のある生活保護でも、現実
的に緊急医療には運用できない行旅病人取扱
外国人に対する行政措置による生活保護
法の中間領域に立法の余地があることを認め
法の準用の主張は、本件処分の違法を訴
ている。この地裁の態度は、
「人であること
訟物とする本件訴訟においては失当であ
によって認められる基本的人権は国籍、在留
る。もっとも、人であることによって認
資格の有無を問わず尊重されるべきである」
められる基本的人権は国籍、在留資格の
とする前提から導かれているものである。よ
有無を問わず尊重されるべきであるから、
って、この態度を最高裁判所が踏襲すれば、
生存の危機にある者の救済の法律上の配
中間領域に立法がない以上、行政措置による
慮を受けるべきものというべきである。
生活保護法の準用がこの場合に適切な人権に
このため、生活保護と行旅病人救護との
配慮した措置であり、そのような措置を採ら
中間領域に立法検討の余地があるが、本
ない本件処分は違法というしかない、と判決
件処分を違法ということはできない。
できたはずである。最高裁判決は、その意味
で、地裁レベルで積み重ねられてきた、外国
また、本件第二審(東京高等裁判所1997〈平
人の生存権をめぐる理論を全て無に帰すとい
成 9 〉年 4 月24日)は次のように述べている。
う乱暴で残虐な姿勢と評されても仕方ないも
のがある。
人の生存は人権享有の前提となるもので
あり、また、その性質上日本国民を対象
としているものを除き人であることによ
第4節 在留資格がない者には緊急医療を
受ける権利はないのか
って認められる基本的人権は、国籍又は
本件の地裁、高裁いずれも、人であること
在留資格の有無を問わず尊重されるべき
によって認められる基本的人権は在留資格の
もので、生存そのものの危機に瀕してい
有無を問わずに尊重され、法律上の配慮を受
る者の救護は、わが国に在留する資格の
けるとする。緊急医療を受ける権利が人であ
有無にかかわらず、法律上の配慮を受け
ることによって認められる基本的人権である
るべきものというべきである。しかしな
のだから、在留資格の有無を問わず尊重され
がら、生活保護法は外国人に適用されな
ることになる。
いと解すべきで、このことは緊急治療に
ついても同様である。
では、そもそも、この緊急医療を受ける権
利は不法在留外国人にも保障されるのであろ
100
不法在留外国人の緊急医療を受ける権利と憲法25条の理念◎下山重幸
うか。最高裁判所はされないと明言している
否・制限してはいけない、などの規定を設け
が、かかる態度は法律解釈はともかくも、適
ている。
正であろうか、道徳的であろうか。最高裁判
また、国際人権条約社会権規約委員会の一
所判決には法律上の配慮という表現も消失し
般意見17)3 号・第10項は、
「委員会は、最低で
ている。
も、各権利の最低限の不可欠なレベルの充足
あえて、現行法制下での外国人の緊急医療
を確保することは各締約国に課された最低限
に関する法律をみてみると、
「行旅病人及死
の中核的義務であるという見解である。従っ
亡人取扱法」( 1899 〈明治 32 年〉施行)が、
て例えば、相当数の個人が不可欠な食料、不
在留資格のない外国人に適用されてきた。こ
可欠な基本的健康保護、基本的な住居又は最
の法律により、外国人の緊急医療費が不払い
も基本的な形態の教育を剥奪されている締約
になった場合に、一定の公的負担を行うとい
国は、規約上の義務の履行を怠っているとい
う対応が、自治体の一部や国によってなされ
う推定を受ける」とし、初期健康ケアその他
てきた。しかし、一次的には医療機関自体が
「各権利の少なくとも最低限必要な水準を確
費用負担する制度であり、公的負担も全額で
保するための“最低中核義務”がすべての締
はなく一定割合でしかないため、有効性にか
約国に課せられている」との見解を提出して
けていた。また、そもそも、
「行旅病人及死
いる。これは、初期健康ケアは各国において
亡人」という表現からみても、都市で過重労
資源その他の事情にもかかわらず、確保され
働に苦しむ不法滞在外国人が緊急医療を受け
るべきことを各締約国に義務付けているので
る場合にこの法律の対象になると考えること
ある。生活保護の医療扶助、とりわけ緊急医
自体、奇異に思われ、当該外国人の基本的人
療はまさに最低中核義務である。
権の配慮に欠けるように思われる。地裁がこ
この最低中核義務である緊急医療を含む生
の法律と生活保護法の中間領域に立法検討の
活保護は、社会保障体系の中で社会保険その
余地があると述べているのも頷ける。国内法
他の制度では救済されない者の生命、生活を
には、不法滞在外国人の緊急医療を受ける権
保障する最後の砦である。不法滞在外国人も
利に配慮した法律が存在しないのである。
消費税は負担しており、所得税や住民税を支
では、国外はどうであろうか。海外の法律
を検討する前に、国際条約をみてみる。
払っている場合も多く、財源が税金の場合、
全くのフリーライドではない。納税という市
外国人労働者は東アジア全域で500万人い
民としての責務を果たす外国人が在留資格が
ると推定される。国連総会は1990年に「すべ
ないということのみで、必要な医療が受けら
ての移民労働者とその家族の権利保護条約」
れなかったり、健康を害する状況に放置され
(移住労働者権利条約)を採択した。この条
たりしてよいものだろうか。
約は非正規労働者をなくしてゆくのが望まし
生活に困窮した場合でも最低限度の生活の
いとしながらも、非正規労働者が存在する現
保障は、人たる以上、当然に保障されるべき
実を重く見て、①非正規労働者であっても緊
「自立助長」という生活保護法
ものである。
急医療を否定してはいけない(28条)
、②非
の目的を絶対的な要件のように考える必然性
正規労働者の子供が教育を受ける権利を拒
はない。日本人であれば、高齢・病弱などで
101
和光大学現代人間学部紀要 第1号(2008年3月)
「自立助長」の可能性がない場合でなくても、
第5節 地方自治体の試みなど
生活保護を受けるケースなどが見られ、これ
不法在留外国人の医療の問題について、各
はこれで問題となっているが、それは制度の
自治体はそれぞれ工夫を凝らしているようで
運用の問題であるともいえる。また、在留資
ある。例えば、栃木県は、2002(平成14)年
格がない外国人であっても、国内で就労し生
度の予算に、不法滞在している外国人の緊急
活を送っている以上、その生活への配慮をな
医療にかかる費用への補助制度を創設した。
す義務は国に当然ある。最高裁判所は、生活
これは、医療機関が徴収の努力をしても困難
保護法の規定は不法在留外国人には適用され
なケースに限って、医療費の 7 割を助成する
ないと判断したのみで、その費用を誰が負担
制度を設けている。
するのかについて踏み込んだ判断を下してい
また、不法在留外国人に対する緊急医療を
ない。もっとも訴訟技術上、そこまで踏み込
支える構想もあり、例えば、医療ボランティ
む必要はないのだが、踏み込んで判断したと
アや、外国人医師制度の導入などが主張され
しても問題はないと考える。
ている。後者は、現在行われている臨床修練
最高裁判所の判断を離れ、政策論となるが、
在留資格がない外国人であっても一定の期間
制度19)をさらに発展させたものとして期待さ
れている。
日本に在留していれば生活保護を受けさせて
良いと考える。具体的には一年以上在留して
──おわりに
いる外国人には、在留資格の有無を問わず生
活保護受給権を認める。最低限度の生活はそ
ジョン・ロールズは、万民の法の中で、次
の者が居住する国内で行うしかない。一年以
「ある程度の機会の
のように述べている20)。
上在留することを要件とするのは単なる旅行
平等」
「所得と富の良識ある分配」
「社会が最
者ではなく、一年以上国内に住むことにより
後の拠り所として雇用者となること」
「全て
住民税を支払う義務が生まれるからである。
の市民に保障された基本的な医療」
「選挙資
また、緊急医療に関してはこのような一年間
金の公的助成」これらの要件は、市民たちが
という要件も不要と考えるべきであろう。
良心的に遵守すれば、公共的理性の理想によ
ちなみに、ドイツでは連邦社会扶助法で、
り基本的自由が保障され、社会的不平等も度
在留資格がない外国人でも病に倒れかつ無資
を超したものとはならない、そのような社会
力であれば社会扶助も受けられる 18)。また、
の基本的構造を実現するための必須条件をカ
フランスでも、家族社会扶助法の解釈運用に
バーしている。
よって、在留資格がない外国人にも入院によ
る医療扶助は確保されている。
ここでロールズのいう「全ての市民に保障
された基本的な医療」がまさに本判決で問題
このような独仏の政策を日本が真似をすれ
となったのである。緊急医療を受ける権利が
ばよいというのではない。日本の憲法解釈論
基本的な医療であることに疑いはない。残る
として、そのような措置を採ることがまさに
は不法在留外国人を市民と考えるかどうかで
憲法25条の要請なのである。
ある。最高裁はノーと考えているようだ。
102
不法在留外国人の緊急医療を受ける権利と憲法25条の理念◎下山重幸
《注》
1)ピエール・ロザンヴァロン著、北垣徹訳『連帯
の新たなる哲学
福祉国家再考』勁草書房、
2006年、150頁。
12)この点については、マクリーン事件で最高裁は
明言している。最高裁判所は「憲法第三章の諸
規定による基本的人権の保障は、権利の性質上
2)ニコラス・ルーマン著、徳安彰訳『福祉国家に
日本国民のみをその対象としていると解される
おける政治理論』勁草書房、2007年、3頁。
ものを除き、わが国に在留する外国人に対して
3)芦部信喜著『憲法
第四版』岩波書店、2007年、
128-129頁。
4)この点、不法在留外国人も外国人登録は可能で
ある。外国人登録申請を受けた市区町村長は、
すべての登録書類を遅滞なく入国管理局に報告
も等しく及ぶ」と述べ、権利性質説にたつこと
を明言した。昭和53年10月4日民集32巻7号1223
頁。
13)労働基準法3条、職業安定法3条、労働組合法5
条2項4号参照。
し、これに対して登録証明書の調整が入国管理
14)one-worldersとは世界連邦主義者といわれ、世界
局で行われ、不法在留の場合は、「在留資格な
は一つであるという主張のもとに様々な活動を
し等」の報告がなされるが、これに対し登録を
している人々のことである。その活動を支える
認めるのが通例であるとされる。もっとも、ほ
ための世界連邦運動協会という非営利団体もあ
とんど登録はなされず、健康保険や国民保険加
る。世界連邦活動の歴史は古く、フランクリ
入はなされない。手塚和彰著『外国人と法』有
ン・ルーズベルトに負けたウェンデル・ウイル
斐閣、2005年、135頁注1)及び312頁参照。
5)高藤昭著『外国人と社会保障』明石書店、2001
年、参照。
6)この点、地裁レベルの判決がある。名古屋地裁
昭和58年8月19日判決参照。
7)芦部信喜、前掲書、254頁。
キーはone-worlderであった。彼は、選挙に負け
はしたものの、公正さ、私心のなさで今でもア
メリカ国民からは賞賛の声が高い。 Book Re-
views, The Fletcher Forum of World Affairs,
21(1997) p236.
15)ジョージ・ソロス(George Soros)は最大の投機
8)同書、92頁。
家、投資家であるといわれる。カール・ポパー
9)同書、92頁。
の弟子であり、「開かれた社会」の実現のため
10)難民条約批准に伴う法整備により、1981年1月1
には何億ドルという資金をなげうつとされる。
日以降、「日本国内に住所を有する者」として
彼やフォード財団、カーネギー財団などは多額
外国人にも年金加入の権利が平等に認められる
の寄付により移民を支援している。
ようになった。もっとも、法施行以前の外国人
の年金未加入問題に対する救済はなされなかっ
た点は問題として残る。手塚和彰、前掲書,
321頁。
16)小山進次郎『改訂増補版 生活保護法の解釈と
運用』全国社会福祉協議会、1975年、参照。
17)国際人権条約に規定された曖昧になりがちな諸
権利の基準や加盟国の義務について、具体的、
11)企業の行動原理については、自己利益の追求を
普遍的な基準を示すために出されているのが
断念または抑制することを行動の原理とし、公
「一般意見(General Comment)」である。社会権
正や正義といった社会的規範を行動基準とすべ
規約委員会からは、1989年から今まで14の意見
きとする考えと、自己利益の追求を否定せず、
が出されている。これらは法的拘束力うこそな
長期的な自己利益の実現という観点から行動す
いが、世界の人権活動の大きな拠り所として重
べきとし、短期的な利益を犠牲にする考えとが
要視されている。
ある。田島慶吾編著『現代の企業倫理』大学教
18)もっとも連邦社会扶助法が適用される外国人は
育出版、2007年、9頁参照。もっとも、外国人
その地位に応じて三つの類型に分けられている。
労働者に対する労働基準法違反の行為はいずれ
第一は、ドイツとの間に扶助条約を締結してい
の考えによっても認められる余地はないと思わ
るオーストリア、スイス国民で、社会扶助が必
れる。
要な場合には、ドイツ人と同じ社会扶助が保障
103
和光大学現代人間学部紀要 第1号(2008年3月)
される。第二は亡命申請者であり、この場合に
日本において診療を伴う研修を希望する者に対
は、亡命申請者給付法が適用され、社会扶助法
し、厚生労働大臣が、一定の制約の下に診療を
の適用はない。第三は、これらのいずれにも属
伴う研修を行う許可を与える制度である。この
さないグループであり、生計扶助、医療扶助、
場合の制約とは、厚生労働大臣の指定した病院
妊産婦扶助および介助扶助が保障される(120
において、臨床修練指導医などの指揮監督下に
条1項)
。古瀬徹・塩野谷祐一編、
『先進諸国の
おいてのみ診療を伴う研修が行えるというもの
社会保障④ドイツ』東京大学出版会、 1999 年、
171頁。
19)臨床修練制度とは、外国の医師又は歯科医師で、
である。
20)ジョン・ロールズ著、中山竜一訳『万民の法』
岩波書店、2006年、参照。
───────────────────────[しもやま しげゆき・和光大学経済経営学部非常勤講師]
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