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アンジェルマン症候群の児童生徒への教育支援に関する事例
福井大学教育実践研究 2 0 0 7,第3 2号,pp. 1 7 9−1 9 0 教育実践報告 アンジェルマン症候群の児童生徒への教育支援に関する事例 ―北陸・東近畿・東海の在籍調査結果と本校中学部生の事例を通して― 福井大学教育地域科学部附属特別支援学校 政 井 英 昭 低出現率のアンジェルマン症候群(AS)の一生徒(中学部)に関わる教育実践事例報告。特に言葉 の少ない AS 児に合う発達検査についての検討や,本児が関心を高く示し学習効果が比較的高く出た学 習活動や教材について,また,本児に関わる PT や OT,ST から得られたものについてまとめる。 AS 児に関しては,教育実践報告が多く出されているわけではないので,並行して,福井県とその周 辺の8府県にある特別支援学校(知的障害者・肢体不自由者・病弱者対象)に在籍する AS 児の在籍や 実践の状況について調査してみた。結果についても掲載,考察する。 なお,この研究は,平成18年度の「日本学術振興会」から奨励研究費を受けて実施した。 キーワード:アンジェルマン症候群 横断調査 特別支援学校 1,はじめに AS 児の主な特徴として『新先天奇形症候群アトラ ス』には,更に「筋緊張低下,小頭,下顎突出などを特 この事例報告は,第1部を福井県とその周辺の8府県 徴とする」3)(梶井ら1 998)と書かれている。また,全 にある特別支援学校に在籍するアンジェルマン症候群 般的あるいは部分的特徴やその頻度についても Williams (AS)の児童生徒の在籍や実践の状況について横断調 が列挙している,教育的アプローチについては以下の点 査とその結果,第2部を本校中学部に在籍する AS 児に について端的に記載されている。要約すると「理学療法, 関する教育活動とそれにおける発達検査,教材,外部と 作業療法,言語療法(非言語的・絵カード) ,学校環境 の連携などについての報告と検討で構成する。 の設計が必要である。トイレ訓練や食事や着衣なども家 AS 児は教育活動事例の報告が少ないので,AS 児の 教育に関わる者の参考の一つになればありがたい。 庭との連携で可能である。」1)(Williams,2002) AS 児のような,ある意味で個性的な障害に対して, より有効な教育の方法が検討されるべきであろうが,例 2,AS 児について えば,自閉症児やダウン症児に対して検討されているよ うな具体的方法論や事例が出されてないのが実態で,各 アンジェルマン症候群の発見は「1965年,イギリスの 特別支援学校の実践者の実践交流や PT や OT 等の専門 医師ヘリー・アンジェルマン(Harry Angelman)博士が, 職との事例検討が,重要なことと考える。 現在アンジェルマン症候群(AS)として知られるとこ 実際,本校に平成17年度中学部に入学(小学部より連 ろとなった特徴的症状を示す3名の子どもに関する記述 絡入学)した AS 児は,コミュニケーション面で安定し を初めて行った」1)(Williams,2002)と あ り,その特 た言語は持っていないが,繰り返し行う活動の手順や, 徴は「AS は,重度精神遅滞,難治性てんかん,歩行失 簡単なサインなどは身に付き始めている。また,歩行も 調,笑い発作を特徴とする(中略)細胞遺伝学的には, 体のバランスの悪さや筋力のなさの為,一人だけの歩行 第15染 色 体 長 腕q11−q13の 異 常 を 示 す」2)(香 川 は危険であるが,歩くことのできる距離は少しずつ伸び ら,2000)出現率については,『新先天奇形症候群アト ている。 ラス』では「約5∼8万人に1人と予測される」3)(梶井 ら,1 9 9 8)一方「正確な頻度は分かっていないが,1 5, 0 0 0人 3,AS 児に関する情報収集方法 から30, 000人に1人と推定するのが妥当」1)(Williams, 2002)ともされ,低出現率であることは間違いない。 特別支援教育において大切なことは,その子にあった 低出現率という点と特殊な染色体検査が必要で,生後 教材や教具,教育活動内容や環境を準備し,教育するこ すぐに認定されることが多くないということも手伝って とである。しかし,自閉症にはその障害特性として配慮 か,その養育のあり方について,未だ多くの情報が出さ すべきことはすでに多く検討されてきており,実際の実 れていない。実際,インターネットや公立図書館で検索 践で検証されてきていることは多い。ダウン症児の養育 しても,教育に関する文献・情報は皆無であり,親の会 についても多くの情報が得られる。 「エンジェルの会」http : //www5f.biglobe.ne.jp/~angel−no −kai/などの情報がネット上で確認されただけである。 しかし,低出現率の障害児については,教育実践事例 が乏しい場合が多く,認知や行動,発達の道筋などにお ―1 7 9― 政井 英昭 ける特性について,周りにいる者がわかりにくい状況に とは言えないという結果となった。考えられるのは,診 ある。参考事例があれば,比較もできるのに,ただ一人 断されていない状態のままの AS 児がかなりの程度いる の状況に困惑する保護者も教師もいることであろう。 のではということである。本校の AS 児も小学部低学年 今回は,県内と北陸・東近畿・東海地区の特別支援学 で診断されており,調査においても,乳幼児期に診断さ 校に在籍する AS 児の在籍状況や教育的取り組みの内容 れたと特定される例は30%,一方,小学部での診断も25% などについて調査も行った。 で,診断時期はかなり幅がある。乳幼児からの診断が増 える傾向にあるようだが,現実には,アンケートにも, 同じく「第15染色体長腕q11−q13の異常を示す」2)(香 (1)調査方法 今回の調査は,福井県と近隣の府県(福井・石川・富 川ら,2000)プラダーウィリー症候群との混同を疑う報 山・滋賀・京都・岐阜・愛知・三重の8府県)にある知 告があったりすることから,他にも脳性麻痺などと診断 的障害・肢体不自由・病弱の特別支援学校(当時,養護 されたままの AS 児が多くいることが想像される。本県 学校)を対象にした。分校・分教室・別校舎などを含め においても,そのような事例がある可能性は高いと考え て127校に調査票を送付し,在籍状況シートと,個別実 られる。 践シートに分けて,実践者の意識,有効な教材などにつ いても質問した。 個別シートから得られた情報は,表−1に示すが,自 由記述式で得られた内容は以下の通りである(記号と数 アンケート実施期間は,用紙の発送が平成1 9年2月中 字は表中のものと対応している)。 旬,回収は3月9日締め切りで,18年度の教育活動をふ まえて回答してもらうことにした。 【O:個別支援計画策定の問題点】 1,保護者の理解が十分得にくい。主治医が遠方である。 (2)調査内容 2,家庭での食事コントロールができず肥満傾向にある。 校長名でアンケートの趣旨を知らすと共に,以下「① 基本シート」と「②個別シート」を郵送。在籍のない場 合は①のみを,在籍のある場合は②を併せて返送しても らうことにした(文末の資料−1参照)。 3,活動内容が理解できても意欲が高まらず,評価につ ながらない。移動の制限があること。 4,限られた情報の中で,好みや障害の特性を知ること ができない。 ①基本シートには,教務の担当者に,府県名,学校名, 校種,分教室などの別,AS 児の在籍数,過去の在籍数, 【P,Q:個別指導の時間の設定とその内容】 現在の在籍の学部等の内訳を記入してもらった。 1,主に歩行(空き缶運び,買い物) ②個別シートには,AS 児を直接指導している教員に 記入してもらった。学部などの在籍と男女別の区分,診 *1 2,歩行訓練,手指訓練(積み木,箸片はめ,型枠は め) 断された時期,大島分類表 による発達状況,発達を測 3,作業的な内容,日常生活の指導,感覚運動 定する指標とその利用法, 「個別の支援計画」の策定や 4,歩行,食事,手指操作,コミュニケーション獲得 改訂に関わる機関とその問題点,個別指導の時間の有無 5,歩行(足首の硬さの緩和,体感のひねり,散歩) とその内容,効果的教材の紹介,AS 児に関する実践事 6,ストレッチ 例利用の有無と入手法方法,AS 児に関わる情報交換の 7,手指操作(簡単なパズル,型はめ) 必要性の有無とその内容,ネット上の情報への閲覧意志 8,機能訓練,身辺自立指導 ・情報提供意志の有無,について記入してもらった。 9,歩行訓練,上りの階段練習,スイッチ学習,手指操 作(ペットボトルのふたを開ける) 10,身体の学習 4,AS 児に関する情報収集結果 11,手指操作(堅いふたを開けて取り出す,手渡し) , 要求伝達のスキル獲得 (1)調査結果 12,課題への集中(おもちゃ,絵本)手指操作(穴に物 今回の調査では,発送した全ての養護学校から回答を 得られた福井県には学齢児が3名在籍し,約3万人に1 人という出現率であった。京都府・滋賀県は,回答率が 低かったものの,約4万人に1人ということで,福井県 とほぼ同じ率となった。その他の県では出現率が低く, を入れる,ふたを開ける)1対1の遊び(かくれんぼ, ボール遊び) 13,文字,数,ジグソーパズル,ボールペン組み立て, なぞり書き,箸の扱い 14,階段昇降,給食での摂食指導 出現率に地域差があると考えることはできないことから, 15,体の支援(あぐら座位での腰の入力,膝立ち,四つ これまで言われている出現率についてははっきりしたこ *1 這い,立ち上がり,介助歩行)1対1の関わり(呼名 運動能力と知能指数による分類。府中療育センター元院長大島一良が副院長時代(1 9 7 1)に発表。表の1∼4までを重症心身障害児と定義している。 ―1 8 0― アンジェルマン症候群の児童生徒への教育支援に関する事例 を入れる小さな穴を開けたペットボトル にタッチで返事) 16,歩行訓練,タイヤスクラム,スクーターボード,ジ ャンピングボード,ブロック棒刺し,宝探し,体幹の 3,バランスボール,ペットボトルのリサイクル(ビ ニール剥がし) ひねり,トランポリン,平均台,ビニールトンネル, 4,学習のVTR,写真カード,シュレッダー,風船と 回転バランスボード,フックかけ,形態入れ,階段歩 ばし(吹雪おこし)マシーン,カラーアクリル性の縦 行 笛 17,手指操作,目と手の協応(ビーズ通し,ペグ刺し, 5,ペットボトルのビニール剥がし,牛乳パックの紙剥 がし,シュレッダー 写真貼り) 6,イチゴの絵マーク(自分を示す) 7,デザートと歯ブラシの選択用写真カード,バスで落 【R:効果的だった教材について】 ち着けるバックルをたくさん付けたおもちゃ 1,かぶる・身につける,ついたて,ラミネート 2,ビーズやストローを通して端を止めた紐,おはじき 8,折り紙,キラキラ光るシール,写真カード,大玉, ―1 8 1― 政井 英昭 できるといった AS 児もいた。 ビーズ 9,球状のプラスチックケース(好きな物を入れる), 予想として,大島分類表の5,あるいはもう少し歩行 に問題がある2,安定した歩行を獲得した10の報告が多 動くパネル(パネルシアター用) 10,調理,サーキット,ビーチボール,玉を入れるとく いのではと考えていたが,小中学部に17の走ることがで るくる回って音が鳴って出てくるおもちゃ,トンカチ きる児童生徒がいることがわかった。小学部では生活年 で玉を落とすおもちゃ,写真,アルバム 齢が低いということもあって18の報告も複数見られた。 11,縫い物台(刺繍枠),50音表カードの携帯 特に,都市部周辺で能力の高い AS 児が確認できたのは, 12,Picカード,写真カード 小児科における検査環境が由縁と考えることもできる。 13,歩行介助用の棒(両端に銀テープが貼ってある) 「走る」という項目をどの程度にとらえるかは分かれ 14,介護用スプーンと介護用皿 るところではあるが,染色体変異の型の違いにもよるだ 15,写真カード,音が鳴ったり電気がつく教材 ろうが,小走り程度はできると考えることもできる。一 16,写真カードを貼る場所に付けたキラキラのモールや 方で,肢体不自由部に在籍する者が「その他(部で分か ビーズのネックレス,キラキラのビーズによるビーズ れていない総合養護学校と考えられる)」を含めて8名い 通し たことから,歩行は AS 児にとって大きな課題であると 改めて考えられる。また,知的障害部にも12名の内4名 【T:過去の実践事例の入手方法】 が何らかの歩行障害がある5を示している(病弱の学校 1,先輩教員の実践経験を聞く での在籍は0であった)。 12年間を肢体不自由の学校で過ごすのか,知的障害の 2,インターネット上の資料 3,校内研究会,インターネット上の資料(エンジェル 学校なのかでは,かなり学習活動に違いがあると考えら れ,入学前の就学指導や保護者の学校選択は,子どもの の会など) 状況や家庭の住所,通学方法などを考えて,慎重に行わ 4,エンジェルの会 なければならないと考える。また,状態に合わせて,学 【U,V:情報交換の必要性とその内容】 部の変わり目などで学校を変わるなどということも考え 1,過去にいたが症状や様子はそれぞれである。 うることも視野に入れておくべきであろう。 2,身体機能の維持向上と意欲向上の方法を提供。卒業 19年3月に東京で行われた AS 児の親の会「エンジェ ルの会」主催で行われた学習会でも,この点については 後の進路保障について 3,意欲的に移動できる効果的な働きかけの実践交流 親の大きな関心事の一つであった。また,この会には地 4,障害の特性,実践例 域の小学校へ通う AS 児もおり,今回の調査地域内にも, 5,症例,支援例があれば知りたい(その他に○)。 地域の学校にいて,調査の網にかからなかった AS 児が 6,将来のステップアップの見通しが持てるとよい。 いた可能性がある。 7,校内での指導の一貫性 8,どのような発達をしていくか。効果的教材教具の情 (2)発達検査について 「新版K式発達検査」を利用した事例が半分である。 報 9,実践事例,効果的な教材の情報 地域は,京都・滋賀・三重と隣接した3府県に限られて 10,効果的教材,取り組みの様子,実践報告 いた。1950年に「K式発達検査」として,京都市児童院 11,身体へのアプローチの方法,興味が持続する素材・ の生澤雅夫氏によって開発され,その後80年に「新版」 教材の情報 が出され「新版K式発達検査(Kyoto Scale of Psychological 12,成人 AS の事例 Development)と呼ぶ」4)(嶋津ら,1985)ことになった 13,効果的な教育支援 検査である。乳幼児の発達診断で使われていることが伺 えた。 【X:ネットでの情報掲載の意志】 乳幼児を観察記録する型で,簡便な「KIDS」も利用 1,保護者の理解が十分得られた上で,本人や周囲に十 分な配慮がなされていれば。 されていた。 発語の少ないこともあって, 「田中ビネー」は一部で 使われているのみであった。「PEP−R」や「内田ステー 5,AS 児に関する情報収集の考察 ジ」など自閉症関係の検査は使われていなかった。 検査の結果は, 「個別の支援計画」策定の他,学級や (1)在籍について グループの編成に使われるているようである。 計20名の障害の状況は,予想以上にばらつきがあり, 走ることができたり,IQも20∼30を示す比較的能力の 高い AS 児も複数確認できた。逆に,やっと歩くことが (3)「個別の支援計画」について 「個別の支援計画」策定において,同じ学校の他の障 ―1 8 2― アンジェルマン症候群の児童生徒への教育支援に関する事例 害児がどのような連携を持っているのか,今回の調査で 前出の「エンジェルの会」学習会では,診断間もない は明らかにされていないので,比べることはできないが, 乳幼児を持つ保護者が,先輩の保護者の発言を熱心に聞 医師(医療を含む)が6件,さらに,理学療法士・作業 き取り,メモする姿が伺えた。 療法士・言語療法士などを挙げたものが3件(すべて肢 子ども一人一人は違うので障害別の調査や情報交換が 体不自由の学校)その他に,福祉分野を挙げたものが高 必要なのかという疑問もわからないではないが,やはり 等部で1名,その他10件は保護者との連携のみであった。 どのような発達をしていくのか,留意すべきことは他に 肢体不自由の学校では,環境的に医療関係との連携は ないのかなど,知りたいことが多くあるというのが, 持ちやすく,知的障害の学校でも医療との関係を何らか AS 児をはじめとする低出現率の障害児に関わる者の共 の努力で持つようにしていることが伺えた。 通の悩み,関心事であると改めて感じた。 低出現率の障害からくる情報量不足なども策定上の問 題点として挙げられ,多様な連携が求められる。個人的 (7)その他 な連携関係では継続性などの問題も考えられ,学校全体 府県や学校によって規模や組織のあり方が異なってお のシステムとして再考すべき課題ではないかと考える。 り,今回の調査の趣旨が徹底せず,一部の学部からのみ アンケートの回答があった学校も少数ながらあるなど, (4)個別指導について 調査方法の不備が伺えた。回収率の低さもあり,数字的 すべての事例で実施されている。内容は,摂食指導を 含む身辺自立や,体の操作に関すること(手指操作,手 と目の供応,歩行,階段昇降,全身の感覚運動)コミュ ニケーション手段の獲得(要求伝達,呼名応答)等が挙 に正確な情報が得られなかったのは残念である。 しかし,個別の教育内容や教材については,一定の情 報が集まったことは大変有効であったと考える。 これらの情報を,本校の HP 等で内容別に紹介し, AS 児に関わるのの参考にしてもらう予定である。 げられている。 回答が多く寄せられ,1対1の活動の中で効果が得ら 6,本校中学部の AS 児への取り組み れている感があった。 (5)効果的教材について 小学部から平成17年4月に中学部に入学した男児に関 個別指導に関わる教材で,具体的に書かれているもの わる,平成18年度(2年時)の教育活動についてまとめ が多かった。先生方の苦労が現れていると感じさせられ る。本児は,前出の大島分類によると,5と考えられ, た。傾向別にまとめると, 近県アンケートの結果からも AS 児の中で中程度と考え ①キラキラのシール,ビーズ,モールなどの光り物や鳴 られる。 担当は,1年時に引き続き政井英昭が主に行うが,買 り物が対象児の興味関心を引き出す傾向にある。 ②絵よりも,写真や VTR といった実物を使った物が多 い物や調理のグループでの活動(月火の1 0:30まで「ゆ うゆうタイム」の時間)は学級内の別の先生に担当して く使われている。 ③手指の操作性の向上につながるものでは,剥がす行為, もらった。 入れる行為,外す行為などが課題となっている。 ④動きの課題では,歩行の他に,トランポリンなどの全 (1)本児への支援計画と結果 身を使った動きを求める物や大きなボールなどを使っ ①年度はじめの状態(18年4月の本児の様子) ての活動が挙げられている。 【基本的生活習慣】 着替えや靴の着脱は,福井県小児療育センター(当時, ⑤歩行や食事の介護用具の利用も見られる。 これらの結果を見ると,AS 児に共通の教材がある程 現「福井県こども療育センター」 )の作業療法と同じ方 法で支援することで,早くとりくめるようになったり, 度示されていると感じている。 確実にできるようになってきている。 (6)情報について 排泄面では,時間を見て教師からの問いかけると,そ 過去に在籍がある学校では,参考になるものがあるが, れに応じたり,あるいは自分から声を出したり,体をむ そうでない場合は,他校との情報交換の必要性は感じて ずがるように動かしたり,下腹部を触ったりする等の意 いるものの,個人情報保護の観点から,情報を出すこと 思表示が見られることがある。 に躊躇せざるを得ない状況が伺えた。アンケートの回収 食事は,自分のスプーンを使い,食器は通常のものを 率も本県から遠ざかるほどに低くなる傾向にあり,記載 利用している。こぼすことも少なくなり,牛乳瓶のキャ 者だけでなく校名も公開しないでほしいとのメモ書きも ップのビニールを教師の若干の介助で開けることも安定 見られた。一方で,すべての担当者から,インターネッ してできるようになっている。偏食はほとんどないが, ト上に情報が掲載されていれば参考にしたいという回答 飲み物やデザートが好物。1年の3学期からの牛乳瓶の が寄せられた。 配膳は続けているが,教師が横についていないとなかな ―1 8 3― 政井 英昭 か取り組めない状態である。 ④18年度の「重点課題」と支援方針 【運動面】 春休み前や入学式前後の大小の発作による体調の変化 A排泄,着脱,食事等に関する動作で,一人でできるこ を心配したが,4月はじめに行われた足羽山でのハイキ とを増やす。 ングでは,昨年とはうってかわって愛宕坂の階段から足 a)洋式便座による定時排泄と,排泄前の声掛けとサ 羽山山頂まで,教師の手を握りながら嫌がることなく歩 イン確認や,できたときの賞賛,失敗時の指摘など, き通すことができ,周囲を驚かせた(山頂の動物園が近 パターン形成に努める。 づくと歩調も速くなり,一年前の状況も良く記憶してい b)着脱は,小児療育センターの方法と共通の方法で, 片づけまで個別に支援し取り組む。 るようであった)。 朝のウォーキングでは,手を離して,腰を教師が支え c)食事は,自分用のスプーンとふつうの食器を使い, るように少し負荷を掛けて,体育館のフロアを2 0週,少 自分で食べることを中心に,準備(牛乳瓶の配膳) し休みながら歩いている。 や片づけも課題にしていく。 階段昇降は手すりがあれば一段ずつ上れる。3段の階 段では手をつながなくても2段は降りることができるが, B言葉を聞いて行動したり,発語を増やす。 a)周りからの声掛けを大切に考え,ジェスチャーに よる指示の前にまず声掛けを行う。 足下を見ながら降りることが少ない。 b)写真カードやキラキラシールなどを活用する。 【情緒面】 教育実習で教室に来ている学生の前で,歯磨きの様子 C道具を使って,繰り返し継続した活動に取り組める。 をしっかりと見せたり, 「仕事」の時間に,これから使 a)「くらし」の時間で,いろいろな教具を使って楽 う布を持ってくることができたりした。しかし,学生が しく活動する。歩くこと階段昇降なども課題として いないと,歯磨きをすることを強く嫌がったり,仕事の 継続して取り組む。 場面でも,2つ目の作品を作る意欲が極端に減少し机に b)「仕事」の時間では,焼き物班で昨年も取り組ん 伏したりと,自分のしたいこととしたくないことの区別 だ「型板おこし」の製法で,自分で取り組めること がより強く表れるようになってきた。 を増やすように,繰り返し取り組む。また,たたら 板からの型抜きの製法にも新たに取り組む。 昨年度末から「さようなら」に似た発声が,周囲から c)「ゆうゆうタイム」も昨年同様に調理グループで, の声掛けに応じてよく言えている。 簡単な調理に取り組んだり,買い物に出かけたりを ②保護者の願い 繰り返して行う。 【生活面】 ・排泄について,まず「人に伝えられる」から「自分で (2)主な活動の記録 ①排泄 行く」へ進んで欲しい。 【学習面】 ・本を集中して見られるようになって欲しい(テレビ画 面はしっかり見ているので)。 ・書くことに興味を持って欲しい(筆記用具を持ち,描 くことに興味を持って欲しい)。 【身体面】 ・手すりを持ち,足元をしっかり見て,階段の昇降がで きるようになって欲しい。 ・フォークやスプーンを上手に使えるようになって欲し 支援の仕方・活動状況 【1学期】定時排泄の習慣として,食事後に聞いても, い。 【気持ちの面】 サインが見られるときはまだ多くはなく,時折,自分 ・誰とでも穏和に交流できるようになって欲しい。 から下腹部を触ったり,むずがったりして尿意や便意 ・自分の意志をできるだけ人に伝えられるようになって を表したり,また,自らトイレの前に行ったりするこ 欲しい。 【社会参加】他(略) とが見られるようになってはきた。回数としては昨年 度より増え,今学期に6回程度はっきりした意志表示 が見られた。特に便意があるときは,確実に何らかの ③ここ数年の本児固有の教育ニーズ 行動を起こして,排便の失敗はなかった。 【2学期】9月中旬から,連続して5日,自分から下腹 A 基本的な日常生活動作がより確実にできる。 B コミュニケーション能力を高める。 部を手でトントンと触るサインが出て,排尿に成功し C 継続した行動ができる。 ているので,その後は時間排泄をやめ,本人が下腹部 ―1 8 4― アンジェルマン症候群の児童生徒への教育支援に関する事例 を触ったり叩いたりしたときのみトイレに連れて行く 写真カードやデジカメのディスプレイで牛乳瓶を示し ようにした。学期中,失敗したのは一度だけで,ほと たが,一人では取りに行けなかった。また,本物の牛 んど自分からこうしたサインを出すことができた。 乳瓶を見せるとそれを手にするだけになってしまって 10月はじめには,教師が見ていないところでもサイ いた。 ンが出て,クラスの子が知らせに来てくれる場面もあ 今年度は,実際に教師と一緒に行く,次に,教師が った。また,食事中のサインに対して「もうちょっと 1mほどワゴンから離れて指示する(声かけ+指さし), 我慢して」の声かけに対応して我慢もできた。また, さらに距離を少しずつ離していくという段階を踏んだ 更衣中におしりを触るのでトイレに連れて行くと,排 ことで,次第に一人でも取りに行くことができるよう 便ということもあった。この月でほぼ確実にトイレの になった。また,2学期末に「縮小拡大するおもちゃ」 サインが定着した。 (後出)で機嫌良く遊んだ後の給食配膳では,声かけ また,10月中旬,排尿中,個室に一人にしておくと, がなくても自ら牛乳瓶を取りに廊下に出てワゴンまで 用を足した後に自分から便座のふたを閉じ,水を流し, 進むことができた。これをきっかけに,3学期の課題 ズボンをあげて,トイレから出てきた(2回) 。11月 を設定したところ,比較的スムーズに途中の声かけも には7回,12月にも5回同じようにできた。 必要なく取り組めるようになった。 12月には,健康観察ファイルを保健室に出しに行っ た帰り,自分からトイレ前に行き,入ろうとしている ③「窯業」型板おこし製法 ことがあり,排尿も○だった。 【3学期】ほぼ毎日,尿意や便意を感じたときに適宜サ インが出せ,失敗せずに用を足すことができた。用を 足してからは,自分でパンツとズボンを上げてトイレ から出てくることはほぼ確実にできるようになった。 しかし,便座を下げたり,水を流すのを忘れること がまだあり,教師と一緒にトイレに戻ってやり直した。 【考察】小6時に時間排泄が確実にできるようになり, 中学部1年時には新しい環境の下,失敗も何度か見ら 支援の仕方・活動状況 れたものの,中2の2学期には自分からサインを出せ 【1学期】1年時の後半に少しずつできるようになって るようになり,3学期にはズボンをあげて出てくるこ いたレースの布の準備(自分一人でタオル掛けから取 ともできるようになった。しかし,デイサービスや家 ってくる)が,ほぼ確実にできるようになった。その ではまだサインが出ず,環境や人を見て行っているい 次に,型抜き板を机上に持ってくることは,延し棒と るようである。家での環境整備はなかなか難しく,学 間違ってしまうことが時々見られたが,かなり確実に 校での取り組みを重ねる中で,汎化に結びつけること できるようになった。片づけでは,粘土を型から出し ができたらと考える。 て使ったレースの布を手にすると,そのまま立ち上が り,背面の棚からボールを取り出し,水盤に持って行 って水道の蛇口をひねり,ボールに水を入れるまで, ほぼ確実にできるようになった。 粘土の型板はめ自体は,声掛けだけではなかなか進 まず,手を取って教師と一緒にすることが中心となり ②牛乳瓶の配膳 やすいが,延し棒で粘土を伸すときには,教師の手を 支援の仕方・活動状況 取ることが多く見られるようになってきた。粘土の型 【1学期】牛乳瓶の入っている籠がある廊下の給食ワゴ 抜きは,右手の親指と人差し指で型を掴んで粘土を抜 ンのところまで一人で行くことが増えてきた。教師が き出すことができた。 「牛乳だよ」等と声を掛ければ牛乳瓶を手にして教室 【2学期】「取ってきてね」といった簡単な声かけだけ に戻ってくることができた。机上のトレイを指さしす で,レースの布の準備が確実になった。片づけのボー ると,その場所に瓶を倒さずに置くことはできている。 ルは自分から持ってくるだけでなく,片づけることも 【2学期】教師がつかなくても,一人でも牛乳瓶を取り できるようになってきた。 片手で机上の粘土を少しず に行くことができるようになってきた。 【3学期】 「牛乳,取ってきて」の声かけだけでも,廊 つちぎって,型板の中に入れ 下のワゴンまで行って牛乳を手にして戻ってくること て手で叩いて延ばすのは,途 ができるようになった。 中までできても,枠の中の粘 【考察】1年の3学期から始めた課題だが,その時には, 土を別の場所に置き換えて叩 ―1 8 5― 型板で銘々皿作り 政井 英昭 いたりして,全面まで広げることができない。延し棒 ることができた。昨年のスノーシ で伸ばすのに,体重をかけて押したり,何度もコロコ ューの活動が生かされていると感 ロと延し棒を転がすことを繰り返したりすることはで じたが,スキー靴の下に,装具と きるようになってきた。 同じ形のインソールを敷かないと 内股になりやすいことが判明した。 10月中旬,水道の蛇口を閉めることができるように なった。粘土で汚れた机上を磨くスポンジを,車磨き の大きな物に変えたところ,堅いウレタンの部分を両 手でつかんでごしごしと擦ることができるようになっ 歩くスキー てきた。 【3学期】素焼き作品を手にして,スポンジで拭くよう に手を持って一緒にすると,自分だけでもやろうとス ⑤その他の活動 ・着替えなど (重点課題 : A-b,B-a,B-b)「くらし」 ポンジを動かすようになった。釉薬を自分から浸け掛 毎日行う活動について,イレギュラーばかりの日常の けしようと,作品をバケツの釉薬の中に入れて左右に 生活環境ではなかなか汎化できないので,状況を特化し 振ってから取り出す姿も見られるようになった。 て,同じ環境の中,繰り返しのパターンで定着化させる 【考察】2年目の活動である。1年時のはじめは,紐作 ことを行ってきた。着替え等細かい行為,手続きのパタ りによるランプシェイド作成を目指したが,粘土を紐 ーン化を,小児療育センターの OT などでやっている内 状にすることがなかなかできず,別の型板おこし製法 容を取り入れてなるべく同じ様にすることを大事にした。 を進めることにした。しかし,この型板おこしも握力 人間関係は良好なので,正しい行為の強化(少々大げ や指先の力,操作性が足りず,粘土を延ばすことがな さな喜びの共感)は特に大切にしてきた。 かなかできず,課題意識も低いように思われた。しか 健康観察ファイルを保健室内の所定の籠に入れてくる し,延し棒などは操作性の課題にもなると思い,繰り 活動も,繰り返しと少しずつ支援を外すことで一人でも 返し活動してきた。その中で,逆にこの2学期には, 確実にできるようになっていった。 片手で短い紐を自ら作ることができるようになってい ルーティンワーク以外で,本児が特に興味を持つ内容 た。その短い粘土の紐を教師がつないで,ランプシェ で,楽しく取り組めることを他の生徒と一緒に取り組ん イドを作ることができた。 で,集団の中での相互関係を持てるようにすると,より 窯業は,完成するまでの制作期間が長く,工程も多 意欲的になりやすい(共同制作の絵画,カレンダー作り いため,なかなか目的意識を持ちにくい点がある。ま など,分業でできることが多く,他の生徒との関わりも た,粘土自体の可変性が良い面もあるが,かえって取 深まった)。楽しく活動できた後のルーティンワークは, り組みにくい面も見られる。本児にとっては日々の準 より意欲的で,内容もしっかりと取り組める傾向にあっ 備や運搬,片づけなどの活動が定着してきたことと, た。 作品作りでは,延し棒を繰り返し操作する行為を続け ることから,できなかった片手での紐作りができるよ うになるなどの成果が見られた。 ・教室での机上の活動 (重点課題:C-a,B-b) 「くらし/個別学習」 写真カードによる選択遊び(ビー玉転がし落とし,ラ ンプハウスのランプを外す遊び,カップで隠された物は ④ローラースケート どこかを探す遊びの3枚のカードからやりたいカードを 選び遊ぶ),描画(殴り書き,仮止めの型を貼った上か ら筆などで着色し仮止め紙を剥がすなど) ,はさみで切 る(持ち手が半球状になっていて掴みやすいはさみで切 支援の仕方・活動状況 って飾り作り) ,紙型抜き機による飾りや版画作り(花 【3学期】新しいローラースケートが箱に入っているの や葉っぱの形を抜き摘んでタッパーに入れる,紙に貼っ を覚えていて,箱を出してくると声を上げて喜び,開 て飾りに,あるいは紙版画にする) ,押すと音の出る絵 けようとした。スケートを履いて椅子から立ち上がる 本で遊ぶ,などの活動を準備した。ある程度の支援が必 時のバランスもよくなり,走行 要であるが,机上でも楽しく集中して取り組め,こうし 中に両手を左右に揺らしても, た活動では手と目の供応などがよく見られた。 バランスを取ることが少しでき ・調理と買い物 (重点課題:C-c,B-a) 「くらし/ゆうゆうタイム」 るようになってきた。 歩 く ス キ ー は,雪 不 足 の た 調理グループに属し,簡単な調理に取り組んだ。背面 め,1回だけ実施となったが, からの支援も多く取り入れたが,分業と繰り返しの中で 初めての体験にもかかわらず, その支援も少しずつ減らすことができた。買い物への意 駐車場を一周(1 00mほ ど)す 欲も高まり,スーパーまで休まず歩く距離が伸び,速く ローラースケート ―1 8 6― アンジェルマン症候群の児童生徒への教育支援に関する事例 歩くことにもつながった。教室でエプロンが入った布袋 感覚運動期からシンボル象徴段階への移行期」7)(太田 を見せただけで,声を出して喜ぶほど意欲が向上した。 ら,1992)であり,その段階の子どもへの課題が『マニ (調理では,ピザトースト用のとけるチーズに包装して ュアル』内で例示されている。本児の場合,Stage Ⅱの あるビニールを剥がしたり,パンに載せる行為,調理用 課題ではまだ十分に取り組めないものも多いが,Stage 具の元の場所へ返却することなどを繰り返し行った。) Ⅰの課題では,マッチングやサイン,制作などについて 活動のヒントを得ることができた。 ・ウォーキング 「PEP−R」は,ノースカロライナ州 TEACCH 部のエ (重点課題:C-a) 「くらし」 歩行については,PT にも校内で歩く様子も見てもら リック・ショプラー氏らが, 『自閉症・発達障害児教育 い,介助のあり方を相談した。週2回程度,20分間の体 診断検査』 (PEP)を1979年に出版,その後,改訂され 育館ウォーキングにも取り組んだ。ただ歩くだけでなく, た も の で あ る。日 本 版 は, 「ノ ー ス カ ロ ラ イ ナ 州 負荷をかけるのに手を引くと,上肢が反ってしまい,よ TEACCH 部のスタッフと私ども日本の研究グループが けいにバタバタと歩くことになりやすいため,背中を押 『PEP 教育診断検査』日本版の制作を行い1981年に最初 しながら負荷をかける方法を考えたが,教師側の負担が の検査を出版」7)(茨木ら,1995)とあるように,埼玉 大きかった。10月中旬から,長く続けるためにも,フラ 大学の茨木俊夫氏ら日本のグループが関わって制作した フープを利用することにした。体幹を通し腰にフラフー ものである。 プの内側を密着させ,両手でフラフープを握らせて,前 実施方法として,ほとんどの項目が言語なしで実施で から教師が少し引きながら負荷をかけていくようにした。 き,検査器具が具体物であることや実施方法が柔軟であ これによって,より安定した歩行が得られ,三学期には, る点で,本児への実施が適切であると考えた。 体育館のフロアを20分間休まずにウォーキングすること ができるようになった。 模倣,知覚,微細運動,粗大運動,手と目の供応,言 語理解,言語表出という7領域のスキルについてそれぞ れの項目で測定される。「発達尺度」では領域毎の合格 7,本校中学部の AS 児に関わって 数を発達スケールに記載することで発達の状態がつかめ る。また,毎領域の「芽生え反応」数もカウントし記録。 (1)発達検査について そのスコアが新しい学習課題へのレディネスを示してい 本 児 の 発 達 検 査 は,就 学 前 と 小 学 部3年 と6年 に 「MMC 乳幼児精神発達検査」を計3回実施している。 る。さらに,人との関わりと感情,遊び,物との関わり, 感覚,ことばの4領域で「行動尺度」も表される。 中学部では「作業能力検査」を実施しているが,本児の 「発達尺度」の7領域については,本児の課題とかな 場合「タッピング」以外が不可能となり,各課題の認識 り重複することから,早くに実施することが望まれたが, も十分とは言えなかった。乳幼児に関わる発達検査でな 現物が手に入らず年度末の実施となった。(本児は13歳 くて,しかも,言語があまりなくても取り組める検査, だ が,検 査 対 象 児 の 生 活 年 齢 は1∼12歳 と な っ て い 本児の能力の状態を客観的に測定する検査を探す必要が る。)また,特に「行動尺度」関係の項目の診断基準の あり,様々な検査を検討してみた。そこで,言葉が少な 中に,常動行動やこだわりなど自閉症児の特徴を例示す いが,環境の認識が比較的高いので,自閉症児に使う検 る物があるが,一部無視しても実施が可能であった。 査ではどうだろうかというアイデアを持ち, 「内田ステ 本児の結果として,「発達尺度」(図−1)では言語面 と微細運動での相対的遅れが見られ,1歳を下回った。 ージ」と「PEP−R」を実施することにした。 「内田ステージ」は東京大学病院こころの発達診療部 また,1歳を超えている,模倣,知覚,粗大運動,手と の太田昌孝氏と永井洋子氏によってまとめられたもので, 目の供応に関する項目の具体的内容もわかり,特に知覚 言語発達と概念発達を低い順にステージ別にまとめたも の伸びが示された。粗大運動や手と目の供応では,学校 のである。「この Stage 評価は,自閉症の認知障害研究 や訓練での学習効果が見られるものがあった。また,「芽 の知見をふまえて,Piaget 等による発達理論を参考にし 生え反応」がもし「合格」であると仮定すれば,より突 つ つ,認 知 構 造 に よ る 発 達 段 階 を 設 定 し た ものであ 出して知覚面が伸びていることになり,一方で,言語面 る」5,6)(太田,1983,1984)現物やカードを言語によ での伸びが見られにくいことも示された。「行動尺度」 ってやりとりすることで簡単に検査することができ,言 でも,ことばだけが重度を示した。 葉に行き着くまでのシンボル形成について簡易にその子 これらのことから,本児の学習課題として,得意分野 を伸ばすという発想では,知覚面や粗大運動課題をより の状態を見ることができるものである。 本児は,応答にある程度応じることができたが,ボー 進めるということ,反対に,言語面では言語による指示 ルの絵カードなどは,検査室にあった実物のボールの方 に過剰に頼らず,指さしや写真カードなどよりわかりや 向を見るなどの行動をした。絵などのように象徴化され すい指示を言葉と並行して工夫することが求められると た物より,写真がわかってきたという状態で,Stage Ⅱ 考えられた。 と考えられる。「Stage Ⅱは表象機能の水準から見れば, 自閉症児のために開発された「内田ステージ」や「PEP ―1 8 7― 政井 英昭 図−1 PEP-R の発達尺度(波線は芽生え反応を合格とした場合) 入る物であった。それらを手にして遊んだ後は,他の活 動に積極的に向かうことができ,意欲向上が見られた。 −R」だが,具 体 的 このような教材は,特に何かのための教具ではなく,お な Stage 別課題の例 もちゃと考えられるが,それが生活を豊かにさせる効果 示という面で「内田 を持っていると考えられた。 ステージ」の視点は 他に,全身運動を促す物として,バネ式のマット台や 有用であり,また, 電動乗馬機を購入した。トランポリンでは反発が強く, 「PEP−R」では「発 しかもバランスが取りにくいので,板をバネで弾ませる 達尺度」において言 物ならバランスも取りやすく足が埋まったり強く反発し 語面に左右されずに たりすることがないと考えた。また,電動乗馬機は体幹 電動乗馬機 獲得しているスキル のバランス感の形成に役立つとも考 について更に詳しい えられ,継続的利用を考えて準備し 状態をつかむことが た。個別の時間がとれず,記録を取 でき,また「芽生え反応」項目を利用した課題の設定と るほど利用できなかったのが残念で いう点で有用であると考えられる。 あるが,本児は乗るのを喜び,自分 から乗ろうとする姿がよく見られた。 これらの発達検査は,全体の発達レベルの中で言語面 での遅れが比較的目立つ AS 児が,自閉児の特性と一部 他にも,給食中など椅子からずり だが共通する面があるためで,限定的に考えずに利用す 落ちないように椅子に貼る滑り止め るのも有効であると考える。特に生活年齢がある程度進 のマットや,前出の飾り用の紙型抜き機とその補助具, んだ AS 児には,それまでの教育活動を振り返り,確認 装具ごとはめることのできるローラースケートなどたく する意味でも有効であると考える。 さんの本児用の教材・教具を購入した。 検査の実施とその結果判断が年度末になってしまい, 教材を探すことは時間がかかり,自作教材も含めて, 具体的な実践へあまり貢献できなかったが, 「重点課 実態にあった教材を準備することはなかなか大変なこと 題」のBで挙げている,指示を「言語」のみに頼らない である。一つの教材に出会うまで が,2次的指示として言語も大切にしていくという方針 に,いろいろな情報を経由しなく が大きく外れていなかったことや,同じくCにおける活 てはならず,せっかく購入した物 動では,粗大運動を中心に活動を組むことが大切で,目 も実践時期が限られてしまうなど, と手との協応や微細運動も課題にする必要性があり,そ 計画性にも問題があった。 紙型抜き機と補助具 の手がかりとして模倣が考えられる。次年度への引き継 (3)PT や ST から得られたこと ぎとしたい。 学校は連続した集団の中での活動が中心になるので, (2)いろいろな教材を探す 本児のように,刺激に対して過敏に反応しやすい場合, 点灯する柔らかい物体 「小児療育センター」でのST 一定の保護された空間の中での活動が,取り組みやすい の様子を見学すると,音に対する と考えられる。はじめに,OT が行っている場面に同席 興味付けや弁別活動などが,30分 させてもらい,服の着脱なども参観させてもらった,シ の閉ざされた空間の中で行われて ャツを脱ぐとき首の後ろを両手でもって上に引き上げる いた。校内でも取り組める課題が など微妙に学校でやっていることと違うので,学校でも あることを感じ,本児が積極的に 同じ方法を取り入れた。 取り組むことができる教材や教具 また,ST とは,具体的な物のカード(食べ物と乗り を積極的に探すようにしてきた。 物)を弁別して,別々の箱に入れる,大きさや形の違い 握ると点灯したり,銀メラのス をみて型はめするなどの学習を行っていた。また,スト ライム状の流動が見られたりす ローで吸ったり吹いたり,楽器で遊ぶこともしていた。 る柔らかいボール,引っ張ると 具体的に音が出ることに親しんだり,多様な音声の出し 大きく球状になったり,放った 方といった訓練と,言葉に結びつくための学習を両面か り手放すと小さく折りたたまれ ら行っているということが伺えた。本児の状態から,時 たりするプラスティックの棒で 間のかかることという印象があったが,学校ではなかな できた物などを提示した。これ らは,大きさや光り加減が可変 拡大縮小するおもちゃ か限られた状態の繰り返しの活動は望めないので,それ はそれで有効であると感じた。 で,簡単な操作でそれが変わる PT には学校に来て,保護者同意の下,本児の状態を ので本児にとってはとても気に 見てもらい,ウォーキングの支援についてもアドバイス ―1 8 8― アンジェルマン症候群の児童生徒への教育支援に関する事例 をもらった。他に,靴の装具の意図について話してもら けると言うことでなく,様々な社会資源を多様に利用す ったのがよかった。より正常な足の形に近づけるために るという方法をとる方向で進めたい。その際にも今回の 装具をしていると考えていたが,装具をはめることで歩 発達検査結果も有効に利用していきたい。 きやすくするという発想で作られていることがわかった。 ローラースケートは装具ごと履けるが,ノルディックス 9,おわりに キーの靴はそうはいかず,中に装具と同じ傾斜(内側が 高くなっている)のインソールを敷くかどうか検討して 今回の調査と,本校生徒のまとめを通じて得られた情 もらった。装具店に作成を依頼することはできるとのこ 報を,予定ではインターネットなどを使って交流したり, とだが,本年は雪も少なく依頼はしなかった。実際に履 外部の専門家とケース会議を持ったり,他校の AS 児の けたのは1回だけで,体格にあったノルディックスキー 指導を見学に行きケース会議を持ったりという計画もあ は準備できたものの,靴のインソールは準備できず,歩 ったが,実際には個人の力で行うには限界もあり,十分 く際に,内股になりやすく長く続けることができなかっ なことができなかったことを残念に感じている。 た。インソールの準備があればスキーもある程度取り組 今回,中学部の AS 児を2年間担当し,また2年目に は「日本学術振興会」から奨励研究費を受けることがで めると考える。 外部の専門家との連携は,様々な課題を抱える本児に きたことは,非常に幸運なことであった。特に,担当児 とって,さらに教師にとって有効で,進める方がよい。 は小学部時代に培ってきた基本的生活習慣の面や運動面 しかし,それぞれの専門家がいる場所と学校とは環境が など,いろいろな活動において蓄積した物が多くあり, 違うので,学校のシステムの中でどう連携していくのか 現在の中学部での生活につながっていると感じている。 この研究に関し,奨励研究の応募に際して福井大学教 を考えていくことが必要であると考える。 育地域科学部の小児科医である竹内惠子准教授に,アン 8,本児への取り組みの考察 ケートや発達検査については同じく教育地域科学部教授 で本校校長の熊谷孝幸教授にご助言いただいた。また, 排泄のサイン獲得や買い物などでの歩行の安定,仕事 アンケート回答に際し,多くの特別支援学校の先生方の の時間での活動の広がり,様々な活動の定着,人間関係 手を煩わせた。さらに,何より,本校の愛らしい AS の の深まり等々,多くの人との関わりの中で,充実した生 彼とその保護者のご協力がなければ,この記録はまとめ 活を送ることから本児の活動は広がりを持ってきている。 ることはできなかった。多くの皆様に感謝いたします。 それぞれの活動が,別々にできるようになってきたので なく,全体として影響し合って,できるようになってき 引用文献 た。更衣のために服を手にして更衣室に行くことと,健 1)Williams, M.D.(2002)Facts About Angelman Syndrome : Information for Families http : //ASclepius.com/angel/ 2)香川靖雄・笹月健彦( 2000)岩波講座(現代医学の 尿意を感じたらトイレに行くという行為が獲得されてい 基礎9)遺伝と疾患 岩波書店, 42 くと考えられる。(教室前の廊下を挟んでトイレや保健 3)梶井正・黒木良和・新井詔夫・福嶋義光(1998)新 室が配置されており,その周辺に体育館や更衣室が続い 先天奇形症候群アトラス 南光堂, 274 ている構造もわかりやすかったと考える。 )調理でボー 4)嶋津峯眞・生澤雅夫(1985−2006)新版K式発達検 ルを棚に入れることと,仕事の片づけで棚からボールを 査法−発達検査の考え方と使い方−ナカニシヤ出 取り出して水を入れるという行為,あるいは,更衣でロ 版, 47 ッカーに服を入れること,フックに給食袋をかけたり取 5)太田昌孝(1983)自閉症の治療と指導:特に発達観 ったりすることなどを別々に取り組みながら,少しずつ 点からの治療と薬物療法 発達障害研究,5:1− 17 それぞれの操作性や順序性をつかんでいき,それぞれに 6)太田昌孝(1984)自閉症の表象能力の発達段階分け 少しずつできるようになってきたと考える。 に関する研究(1)厚生省「自閉症の本態,原因と 運動面では,学期中に継続して行ってきた歩行だが, 治療法に関する研究」研究班,S5 8年度研究報告 長期休業後に筋力が低下し,歩行に支障が来されること 書,58−60 が気になった。今後,身長の伸びも考えられ,この点で 7)太田昌孝・永井洋子(1992)認知発達治療の実践マ の配慮が気になるところである。 ニュアル∼自閉症の Stage 別発達課題 日本文化科 発達検査の結果を受けて,次年度への引き継ぎが課題 学社,88 となるが,新年度の「個別の支援計画」を策定する際に, 8)E.ショプラー・茨木俊夫(1995)新訂自閉症発達 保護者の中核的な関わりがより望まれる。排泄の家庭で 障害児教育診断検査∼心理プロフィール(PEP−R) の実際 川島書店,i の取り組みや,歩行における積み上げなどは,家庭での 康観察ファイルを保健室に届けに行く,廊下のワゴンに 牛乳瓶を取りに行くといった行為が繰り返される中で, 取り組みなしには進まないからだ。何も家庭に負担をか ―1 8 9― 政井 英昭 A Research Study into Angleman Syndrome − Based on research results from our school and other schools for handicapped children. Hideaki MASAI Key words : Angelman Syndrome, Intellectual Handicapped, Research Study ―1 9 0―