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聖地エヴォロン湖で

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聖地エヴォロン湖で
聖地工ヴオロン湖で
夏場は、フナは湖に島状に浮かぶ水草の下に隠れて
いることが多い。漁師はフナが隠れていそうな水草の
群落の周囲に半円状に網を張り、網を張ってない側か
ら水面をたたいて魚を脅かして網に追い込む。ただし、
この湖は広いわりには浅い。真ん中まで来ると、周囲の
岸辺の山々が遥かにかすんで見えるほどなのだが、水
深は人の腰ぐらいまでしかない。したがって、漁師たち
てるのである。網は刺し網なので小さな魚はかからな
は網を張った後、ボートから降りて、歩いて魚を追い立
い。フナでも体長三〇センチメートル程度の大物を中
この地方は真冬にはマイナス四〇度を下回る厳寒
心に捕るのである。
となる。水深が浅い工ヴオロン湖はほとんど全面が
底まで凍る。さすがに寒さに強いこの地方のフナで
も、凍ってしまっては生きてはいられない。そのため
ナ﹂といえばモスクワの高級レストランにも名のとお
を開け、その下に網を張って、底の方で越冬している
る川の方に移動する。冬にはそのような川で氷に穴
に、水深が深く、真冬でも底の方に凍らない部分が残
った良質の食材であった。
のでないことはいうまでもない。フナ属とよばれるコ
魚のひとつであった。しかし、この魚が日本だけのも
路や近くの湖沼、河川で簡単に捕れたもっとも身近な
の一切れを岩場に捧げて大漁と人びとの幸福を祈願して、
た魚をその岩場で調理し、一杯のウオツカと料理した魚
精霊をまつるといっても、湖を訪れるたびにそこで捕れ
ンとよばれる岩場があり、湖の精霊をまつる場所がある。
ては聖地でもある。この湖の西側の岸辺にはカタハチャ
たのはこの﹁寒ブナ﹂なのである。
モスクワの高級レストランで人びとの舌を楽しませ
で肉に臭みがなく、もっともよい状態になるという。
フナを捕るのである。冬のフナはえさをとらないの
イ科の魚は広く西はヨーロッパから乗は日本まで、ユ
あとは人間が料理を平らげ、ウオツカを飲み干すだけで
工ヴオロン湖はコンドン村のナーナイの人びとにとっ
ーラシア大陸の中部、北部を横断するように分布する。
水田が広がる日本では、フナはコイと並んで、用水
わたしが調査をしているロシア極東地域のアムール川
ある。ただし、このとき人びとが精霊に捧げ、そして食べ
ろがある。まずフナを湖の水で洗い、ナイフで鱗を取り
コンドンのナーナイたちのフナ料理には奇妙なとこ
あばら骨に沿って切る
流域にもフナの名産地がある。アムールの支流のひと
るのはもっぱらこの湖で捕れたフナなのである。
除いて、腹を割き、内臓を取り出す。続いてあばら骨に
沿って身にナイフで丹念に切れ目を入れていくのであ
工ヴオロン湖のフナ漁には夏漁と冬漁がある。
いに食べていた。骨は硬くて丈夫なのと、かたちがお
が、ナーナイの人びとは手を使って骨だけ残してきれ
ため、細かい骨を切るため︵骨断ち︶等と説明されたが、
浅瀬ならではの漁
つであるコリン川の流域にコンドンというナーナイ︵極
東ロシアの先住民族のひとつ︶の村がある。その前を
流れる川を四〇分ほどさかのぼると、工ヴオロン湖と
味でもなく、どちらかといえば淡泊である。夏場は若
もしろいので、子どもの玩具になるという。
る。切れ目は魚の両側に入れる。火をとおりやすくする
地なのである。かつてソ連時代には﹁工ヴオロンのフ
干泥臭さがあるが気になるほどではなく、寒ブナはそ
よばれる広大な湖があらわれる。そこがフナの一大産
本当の理由はわからない。そのように処理された魚を
れがまったくないという。わたしは箸を使って食べた
月刊噛5開200820
2120朋刊因5開
鍋に入れ、水を入れてゆでるだけである。味付けは塩
アジアからヨーロッパまで広く分布するコイ科の魚。フナ属(Ca侶55山)の分
類は諸説あるようだが、ヨーロッパから中央シベリアまで分布するヨーロ
ッパフナ、乗アジアを中心としたユーラシア東部に分布するギンフナ、日本
各地や朝鮮半島にいるキンフナ、琵琶湖や淀川水系にいる二コロフナやゲ
ンコロウブナなどがいる。観賞用に飼育される金魚はフナの突然変異種で
ある。工ヴオロンのフナは地域的にはギンブナの系統と思われるが、現在は、
ヨーロッパフナの系統が入っているかもしれない。
と胡椒と若干の香草である。味は繊細ではないが、大
フナ(学名=Cヲ侶5血)
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