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会社分割による事業の起ち上げ ITEC Research Paper Series

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会社分割による事業の起ち上げ ITEC Research Paper Series
会社分割による事業の起ち上げ
早川
勝
ITEC Research Paper Series
04-04
September 2004
会社分割による事業の起ち上げ
同志社大学 技術・企業・国際競争力研究センター
リサーチペーパー04-04
早川 勝
同志社大学法科大学院教授
602-8580 京都市上京区今出川通烏丸東入
Tel: 075-251-3518
Fax: 075-251-3069
同志社大学 技術・企業・国際競争力研究センター(ITEC)
ファカルティフェロー
September 2004
ITEC Research Paper 04-04
p.1
キーワード: 起業、会社分割、営業譲渡、会社再編、労働契約承継法
本文内容の専門領域: 会社法、企業結合法、労働法
著者の専門領域: 会社法、企業結合法、経済法
要旨:
会社分割制度は、平成12年の商法改正において大陸法型の制度にならって合併類
似の組織行為として導入された。この改正によって、従来の分社型に加えて分割型の
会社分割が法定された。それ以来、新設された会社分割制度は、会社実務における
不況の克服のために行なわれている会社組織の再編という大海に乗りだし合併、営業
譲渡などの従来の法的手段とともに併存して多用されている。会社実務においては、
現在のところ、労働者の転籍が営業譲渡と会社分割においどのような法的相違をもた
らすのか重要な問題となっているが、他の分野では分割制度自体には緊急に解決が
必要な深刻な問題は裁判上問題となっていない。しかし、解釈論上は、たとえば、営
業の承継をとして構想されている会社分割における営業の概念と(最高裁大法廷判決
を含む)商法上の概念との関係など非縦横に興味のある問題が存在しており、これに
ついての議論が高まっている。
本稿では、企業再編による中核的な営業を中心とした分割ではなく、その周辺の営業を新たに立
ち上げる場合にも会社分割制度が利用可能であるという観点に立ち、このような角度から法律上の
分割制度の利用を考慮したものである。まず、制度の概要と、会社分割における営業概念の独自
性について触れ、つぎに分割会社の権利義務の承継と対抗要件の問題、債権者保護、労働者の
特別法による保護、非按分型の会社分割の法的問題について説明する。通説と異なった説明も試
みているが、批判やご意見を頂ければ幸いである。
謝辞:
本研究は、文部科学省 21 世紀COEプログラム「技術・企業・国際競争力の総合研究」
プロジェクトにおける研究成果である。
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会社分割による事業の起ち上げ
早川 勝
はじめに
会社分割の制度は、平成12年(2000年)の商法改正の際に初めて導入された(1)。
しかし、わが国では、類似の制度としてすでに営業譲渡の制度が存在しているのに、
このような制度をなぜ新設する必要があったのであろうか。その理由は、立法担当者
によれば、会社がその組織の再編成を行うことを容易にするために法整備の一環とし
て、その営業の全部または一部を他の会社に承継させる会社分割制度を創設したも
のである、と指摘されている(2)。本制度が導入されて以来、企業実務で多用されてお
り、たとえば、会社の事業部門を分離独立させるため、大企業とその子会社、もしくは
子会社同士の間で重複する事業の統合、さらに同業他社との間で関連する事業部門
を統合するために利用されている(3)。しかし、日本の会社分割制度は、後述するよう
に、その対象が営業の全部またはその一部であることから、企業再編をする会社から
営業の一部を継承して、その営業を独立の会社として継続することが可能である。多
角事業を営む会社が現在の不況を乗り越えるための方策の一つとして、中核事業に
集中し、それ以外の周辺事業を切り離す例が増加している。切り離される事業につい
ては、会社分割制度を利用する場合には、別の会社を設立して事業を継承したり、既
存の会社が当該事業を引き継ぐ方法が可能となる。会社分割制度を利用した企業再
編によって、ヒト(経営者・労働者)とモノ(営業)それぞれを起点にそれぞれに重点に
置いた事業の起業化に利用することが可能となる。そこで、以下では、そのような起業
を念頭において会社分割制度における若干の法律問題を検討したい。
1.会社分割制度の特質と種類
ある会社が、自己の事業を構成する個々の工場やさらに工場の一部を分離してこ
れを独立させて事業化したり、それを利用して新たに起業する場合、商法上存在して
いる法的手段は多様である。従来は、新会社を設立して、その後に新会社に工場自
体を目的物として現物出資するか、財産引受するか、事後設立するなどの方法が利
用されてきた。しかし、これらの方法による場合には、工場の経済的評価が過大になり
すぎると会社財産だけを引当しかできない債権者を害する恐れがあるので、特別の規
制に服する。つまり、このような金銭以外の物を出資の目的物とする場合には、変態的
設立事項として裁判所が選任する検査役が会社財産が客観的評価されているかを検
査し、さらに営業譲渡の場合と同様に、工場を構成している個々の財産は個別に移転
させることが必要で、債務を移転する場合には債権者の個別の承諾を要し、また準備
金や配当可能利益を引継ぐことは困難である。そのため当初の計画通りに確実に設
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立できるのか明確でなく、また検査役選任の手続も煩雑なうえ費用もかかり、さらにい
つになったら計画が達成されるかその終了時期も正確に見込むことができないという
不都合があった。このような問題を解消できるのが、合併類似の組織行為としていっき
に会社を分けることができる会社分割制度である。会社分割制度を導入すれば、営業
の取得のために資金を特別に調達する必要がなく、新会社の株式を分割する会社
(分割会社)自身または分割会社の株主に直接交付することが可能となるからである。
したがって、新設された会社分割制度は、会社の事業部門の分離独立など企業の再
編に際して伝統的な営業譲渡の方法と並んでよく利用されている。
会社の分割は、会社の営業の全部または一部を、新たに設立する会社(商 373 条・
有 63 条ノ 2・63 条ノ 3)または既存の他の会社(商 374 条ノ 16・有 63 条ノ 7)に承継させ
ることを目的とする会社の行為である。前者は分割会社の営業を分離して新たに会社
を設立するので新設分割、後者は分離された営業を既存の会社が継承するので吸収
分割と呼ばれる。さらに、両方の分割について、会社分割の際に設立会社または承継
会社が発行する株式を分割会社に割り当てることも(分社型または物的分割)またその
株式を分割会社の株主に割り当てることもできる(分割型または人的分割)。したがっ
て、会社分割は、四つの組み合わせが可能となる。物的分割は、従来営業の現物出
資などにより行われていた手続を効率的に行うために利用し、さらに人的分割は持株
会社の下にある子会社の営業を他の子会社に承継させて事業部門別に再編成したり、
複数の事業部門を独立した会社にする目的や、また合弁会社の解消、閉鎖的中小企
業における経営者間の対立や株主間の紛争を解決するために利用することができる。
2.商法上の営業概念と会社分割における営業の意義
会社分割においては、分割の対象は、分割会社の「会社財産の一部」もしくは会社
の「権利義務の一部」(平成11年の要綱中間試案)ではなく、「営業の全部または一部」
であり、その承継が要件となっている(商 373 条・374 条ノ 16)。このように営業が会社分
割の中核概念にされたのは、立法担当者によれば、会社分割は、合併同様、組織法
上の行為であり、それに伴う権利義務の承継は包括承継の性質を有するので、その
対象も組織的財産としての営業とするのが相当であること、個々の権利義務を承継の
対象とすると、検査役の調査が免除されているので現物出資規制の潜脱になりかねな
いこと、営業という概念が商法上すでに存在し、裁判例などによってその意義が明確
にされているので、対象も明確になり、ひいては法律関係の安定に役立つという理由
に基づく。さらに、営業自体は解体されずに他の会社に承継されるのでそこで働く労
働者の雇用を確保できることも立法趣旨として挙げられる(4)。これに対して、営業を
単位にすると分割の範囲が明確になるという説明は十分に根拠があるか疑問であると
の指摘がある(5)。そこで会社分割の対象としての営業の意義を明確にしておく必要
がある。まず、判例の考え方から見ることにする。
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判例においては、営業の意義は、商法総則において営業譲渡について規定する商
法 24 条以下および総会の特別決議が必要な営業譲渡について規定する商法 245
条1項1号の関係について論じられ、これらの規定において定められている営業は同
一の意義を有するものとされる。立法担当者が依拠している最高裁大法廷判決の多
数意見によれば、「商法 245 条1項1号によって特別決議を経ることを必要とする営業
の譲渡とは、同法 24 条以下にいう営業と同一意義であって、営業そのものの全部また
は重要な一部を譲渡すること、詳言すれば、一定の営業目的のために組織化され、有
機的一体として機能する財産(得意先関係などの経済的価値のある事実関係を含
む。)の全部または重要な一部を譲渡し、これによって、譲渡会社がその財産によって
営んでいた営業的活動の全部または重要な一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社
がその譲渡の限度に応じ法律上当然に同法 25 条に定める競業避止義務を負う結果
を伴うものをいう」と定義される(6)。具体的には、株主総会の特別決議を要する営業
譲渡は、①組織化され有機的一体として機能する財産の譲渡、②営業活動の承継お
よび③譲渡人が競業避止義務を負うという三つの要素からなりたつとされる。これに対
して、少数意見(松田判事)は、商法 245 条 1 項 1 号の営業譲渡は組織化された有機
的一体としての価値を有する財産の譲渡を意味し、営業活動の承継を伴わないとし、
取引の安全よりも譲渡会社自体の利益の保護を優先すべきであると主張する。この見
解によれば、営業譲渡の対象が譲渡会社にとって重要な営業財産である場合、営業
財産を構成する個々の営業用財産も重要である場合には、特別決議が必要となる。し
かしながら、本判決以後、最大判昭和 41・2・23(民集 20 巻 2 号 302 頁)、最判昭和 46・
4・9(判例時報 635 号 149 頁)において多数意見と同趣旨の判決が繰り返され、さらに
近時の下級審判例もこれに従っており(旭川地判平成 7・8・31(判例時報 1569 号 115 頁)
など)、判例の立場は多数意見による営業概念で固まっていると評価されている(7)。
これに対して、有機的一体性の判定は容易でないとするのが学説の共通の認識で
あるが、学説の見解は対立しており、大法廷判決の多数意見を支持する見解(8)、お
よび少数意見と同様、前記②と③の要素は不要とし、客観的にみて有機的一体性を
有する機能的・組織的財産であるが、個別の営業財産はいかに重要なものであっても
営業の譲渡とはいえないとする見解(9)がある(10)。大法廷判決の少数意見に対して
は、重要な個別的営業財産に総会の特別決議を要求するのは、営業譲渡の通常の
観念からかけ離れ、法律関係の明確性、取引の安全を損なうという批判がなされ、さら
に重要財産の譲渡の決定権限を取締役会に認めた昭和 56 年改正後は(商 260 条 2
項 1 号)、そのままの形では支持しにくいとされる(11)。有機的一体性だけを要件とす
る後者の見解が現在の多数説で、その理由として、商法 245 条 1 項 1 号の規定は、
譲渡会社・株主を保護するために営業譲渡によって会社の運命に重大な影響を及ぼ
す場合に特別決議を要求するものであるから、譲受人が譲渡会社の営業活動を承継
するかどうかは問題とならず、さらに競業避止義務は特約により排除できるので、営業
譲渡の成否に関連させることは適切でないことをあげる。
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3.会社分割における営業概念
会社分割は、営業の承継という観念が中心として構成されている。それでは、ここで
いう「営業」はどのように解釈することになるのであろうか。会社分割における営業につ
いても、立法担当者の説明のように、大法廷判決の多数意見の基準と同様に、2で挙
げた①②③の要素を基準とするとする見解と(12)、学説の多数説のように、有機的一
体性のみを営業の要件とするような独自の異なる営業概念を考慮できるとし、営業の
承継を目的とする会社分割では営業活動の承継が法定されていることから②は必要
であるが、競業避止義務は営業の不可欠の要件ではないとする見解(13)とが対立し
ている。
後者の立場では、会社分割における営業の概念は、一般的な字義を超えない限り
において、商法上の他の規定における営業よりも柔軟に解釈する必要があることが特
に強調される。総務(人事・経理・庶務)部門を会社分割の対象とすることができるかど
うかという問題について、立法担当者と同様な立場に立ちながら、特約によって当事
者間の競業避止義務を負わない旨を定めていてもそれだけで会社分割を利用できな
くなるのではないとして、会社分割を認めることができるとされる。なぜならば、特約が
なければ新設分割により商法 25 条が適用されることになるが、それは承継した営業的
活動は競業避止義務による保護を受けるべき実質を有するからである(14)。
この説明は、会社分割自体が可能かどうかは競業避止義務の負担の有無によるの
ではなく、競業避止義務を負わない会社分割が可能であることを前提としている。した
がって、負担する競業避止義務は、特約によって排除できるのである。競業避止につ
いてこのように解釈できるとするならば、営業概念に関する最高裁の多数意見と若干
ニュアンスを異にする効果を生じる。多数意見では競業避止義務を負担しなければそ
もそも営業譲渡ではなく、総会決議の無効に導くからである。したがって、会社分割に
おいては、継承会社の営業活動の実質的保護に重点が移ることになり、営業概念自
体についても柔軟に解釈する要請が強く働くことになる。営業譲渡の営業概念と対比
する場合には、株主総会の特別決議を必要とするか否かが問題となるのではなく、分
割の場合には、包括承継の効果を付与するか否かが決定的である(15)。換言すれば、
会社分割の場合には、個々の構成財産が有機的一体性を備えているかどうかの判断
は、もっぱら分割会社の側から考慮するのではなく、営業が包括的に承継されるという
会社分割の特質から、新設会社・承継会社の側でも有機的一体性の有無についての
判断し総合的に考慮することになるのである。したがって、柔軟な解釈とはこのような
判断基準の拡大を意味し、具体的には、分割会社・新設会社・承継会社のいずれか
の会社で有機的一体性を有することになれば営業と認めることができるという点に会
社分割における営業の特質があるものといえよう。このような柔軟な解釈は、総会決議
の要否が明確でなく、会社分割が有効かどうかをめぐって争いがおこれば、それは法
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的安定性の問題に直結することになる。しかし、この問題は、結局、分割計画書・分割
契約書に記載された営業をどのように確定できるかという問題であり、記載文言にとら
われない解釈によってその範囲が確定されることになる。分割会社が事後的に総会社
決議がないことを奇貨としてその無効を主張することは私法上の一般原則によって制
限されることになるので、実際には、法的安定性の問題はクリアーされることになろう。
4.会社分割に伴う権利義務の承継と対抗要件の要否
会社分割は、新設会社または承継会社の本店所在地における登記により効力を生
ずる(商 374 条ノ 9 第 2 項・374 条ノ 25)。分割の効力が発生すると、分割計画書または
分割契約書に記載された分割会社の権利義務や契約上の地位が承継される(商 374
条ノ 10 第 1 項・374 条ノ 26 第 1 項)。この承継は、合併の場合と同様(商 103 条)、分割
の登記によって法律上当然に包括的に承継される。したがって、営業を構成する権利
義務を個別に移転する必要がない。分割会社の債務についても、分割計画書・分割
契約書の記載(商 374 条 2 項 5 号・374 条ノ 17 第 2 項 5 号)に従い、債権者の個別の
同意をえないで免責債務引受となる。詳細については後述参照。この点で、営業譲渡
の場合と著しく異なっている。営業譲渡と会社分割は、営業を単位として権利義務が
承継されること、株主総会の特別決議が必要である点で類似しているが、営業譲渡は
売買などと同様な取引行為であり、基本的に金銭を対価とし、さらに権利義務の承継
は特定承継であるので、債権者の個別の承諾がなければ営業に含まれる債務を免責
的に引き受けることができない。それに対して、会社分割は、合併と同様に、有機的一
体となって機能する組織的財産としての営業を移転し会社の組織の変更をもたらす組
織法上の行為であり、会社分割に基づく権利義務は相手方債権者や契約当事者の
承諾なしに法律上当然に包括的に移転する。このように権利義務の包括的承継とす
る実質的な理由は、まず、権利義務の個別的な移転行為を必要とする場合には会社
組織の変更が個々の移転行為の有無に影響されることになり法律関係が複雑となるこ
と、債権者の個別的同意なしに免責的な債務承継が可能となれば分割手続きを円滑
かつ迅速に行うことができるからである。さらに、営業の単位が一括移転されることによ
って副次的に営業の継続性の維持や労働者の保護になるからであると説明される
(16)。新株予約権については、分割の登記と同時にこれについて登記すれば、新株
予約権にかかる義務も承継される(商 374 条ノ 8 第 2 項)。しかし、承継されるのは、承継
される営業を構成する分割計画書・分割契約書に記載された権利義務である。この場
合、個々の権利義務を特定してその帰属先を明らかにする必要はないが、分割後に
分割会社、新設会社および承継会社のいずれの会社に権利義務が帰属することにな
るか明確になる程度に記載する必要がある(17)。根抵当権については、民法に規定
があり、元本の確定前に根抵当権者を分割会社とする会社の分割があったときは、根
抵当権は分割時に存在する債権のほか、分割会社および設立会社・承継会社が分
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割後に取得する債権を担保し(民 398 条ノ 10 ノ 2 第 1 項)、債務者を分割会社とする会
社の分割があったときは、根抵当権は分割時に存在する債権のほか、分割会社およ
び設立会社・承継会社が分割後に負担する債務を担保する(同条 2 項)。
包括承継の点では合併と同様であるが、分割後も分割会社が存続するので、承継
させた権利を他に移転する可能性があるので関係者の適切な処理と取引の安全のた
めに、分割による権利の承継について権利移転に対抗要件が必要とするものについ
ては登記や登録などの対抗要件を具備しなければ第三者に対抗することができない
(18)。部分的包括承継という会社分割の法的効果と対抗要件具備の必要性との対応
関係について理論的な整合性があるかどうか問題があると指摘されている(19)。しか
し、対抗要件は、営業を構成するそれぞれの財産に対応する要件を具備する必要が
あるとする見解が多数を占めている。対抗要件については、不動産の移転については
民法 177 条、株式については商法 206 条 1 項、船舶については商法 687 条が適用
され、動産や債権については民法 178 条や 476 条 1 項が会社分割による移転につ
いて類推適用される。金銭の支払いを目的とする債権の場合には、「債権譲渡の対抗
に関する民法の特例等に関する法律」による債権譲渡の登記(同法 2 条 1 項)により第
三者に対抗できるが(20)、債務者対抗要件も必要であり、債務者への個別通知ない
し同意が必要であると解されている(21)。
5.会社分割における債権者保護
会社分割における債権者保護は、すでに指摘したように、合併の場合よりもどのよう
に強化されているか、それはなぜか。以下、この点について触れる。
会社分割の場合には、分割会社の営業の全部または一部が新設会社または継承
会社に承継されるので、分割会社の債権者に対する責任財産が減少する可能性があ
る。継承される分割会社の債務については、包括承継のために債権者の個別の承諾
なしに免責的に承継され、債務者が交代する。残存する営業に含まれる債務は、債権
の引当となる会社財産が変動し、人的分割の場合には、分割会社の資産が減少する。
このように会社分割は、合併の場合と比べて、債権者に対して重大な影響を及ぼすの
で、さまざまな仕組みによっていろいろな手続段階で債権者を適切に保護する工夫が
なされており、幾重にもめぐらされた防火扉には、個別催告を受けなかった債権者に
対する弁済責任のように合併の場合よりも厳しい規定も設けられている。
5-1 債権者保護手続
まず、合併の場合と同様に、会社分割に対する債権者の異議申述手続きがある。
分割会社・承継会社は、総会の承認決議の日から2週間以内に債権者に対し、分割
に異議があれば一定の(1カ月を下らない)期間内に述べるべき旨を官報で公告し、か
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つ知れている債権者には各別にこれを催告する(商 374 条ノ 4 第 1 項・374 条ノ 20 第 1
項)。債権者の自己防衛の機会が保障される。合併の場合(商 412 条 2 項)と異なり、知
れたる債権者に対する個別催告を省略することができない。個別催告を受けなかった
債権者に対しては、分割計画書・分割契約書で債務を負担しない会社と記載されて
いても分割時の財産額を限度として、当該会社が承継会社であるときは承継した財産
額を限度として弁済の責任を負う(商 374 条ノ 10 第 2 項・374 条ノ 26 第 2 項)。その限り
で、債務引受は、併存的(重畳的)債務引受とみなされることになる(22)。同様の弁済
に関する法定責任は、無記名社債の社債権者や手形所持人のように会社に知れてい
る債権者にあたらないことになる者にも適用される(23)。
債権者が異議を述べた場合には、会社は債権者を害するおそれがないときを除い
て、弁済または相当の担保の提供もしくは財産の信託をする(商 374 条ノ 4 第 2 項・374
条ノ 20 第 2 項・100 条 3 項)。物的分割の場合には、分割後も分割会社に債権の全額
を請求できる債権者には債権者保護手続きは不要である(商 374 条ノ 4 第 1 項但書)。
物的分割は移転した純資産額に等しい対価を取得するので、分割の前後で分割会社
の純資産に変動が生じないからである。吸収分割においては、承継会社は、吸収合
併と同様に、異議申述の公告を官報とともに会社公告紙に掲載するときは知れている
債権者に対する個別催告は不要である(商 374 条ノ 20 第 1 項但書)。利害状況が合併
の場合と同様であるからである。社債権者が会社分割に異議を述べるためには、社債
権者集会の決議によらなければならない(商 374 条ノ 4 第 2 項・374 条ノ 20 第 2 項・100
条 3 項・376 条 3 項)。その場合には、裁判所に対して異議期間の伸長を請求すること
になろう(24)。
もっとも、完全な物的分割の場合、分割計画書・分割契約書において、新設会社が
分割会社から承継する債務については、分割の日をもって、分割会社が重畳的債務
引受を行うことを記載すれば、債権者に対する公告をおよび催告を省略することがで
きる。この場合には、分割会社が承継にかかる債務の連帯債務者となるので、債権者
は引き続いて分割会社に対して債権全額の請求をすることができ、物的分割の場合
には、分割会社の責任財産が変動しないため、債権者にはなんら分割による不利益
が生じないからである(25)。
5-2 事前および事後開示による保護
取締役は、分割計画書または分割契約書などの一定の書類を、株主総会の承認
決議の2週間前から会社分割の後6カ月を経過する日まで本店で開示し、また分割に
関する事項を記載した書面を会社分割の日から6月を経過する日まで本店に備え置
いて閲覧に供する(商 374 条ノ 2 第 1 項・374 条ノ 11、374 条ノ 18、374 条ノ 31 第 5 項)。
前者の開示は、異議を申述するかどうかの判断資料に、後者の開示は、合併の無効
の訴えを提起するかどうかの判断について重要な資料を提供するためである。
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5-3 会社分割無効の訴え
会社分割に異議を述べた債権者は、債権者保護手続きが履行されない場合には、
分割手続きの瑕疵を理由に会社分割の無効の訴えを提起することができる(商 374 条
ノ 12 第 2 項・374 条ノ 28 第 3 項)。知れたる債権者で個別に催告を受けなかった者も
提訴することができる。労働者は、債権者保護手続の対象ではないので分割無効の
提訴権は認められない(26)。労働者は、後述するように、労働契約承継法によりその
地位が保護される。
5-4 債務超過会社による会社分割の不許可
債務超過会社が会社を分割する場合には、たとえば、新設分割の場合には新設株
式会社に 1000 万円の純資産額を移転しなければならず、吸収分割の場合には、資
本の増加額に見合う純資産の移転が必要となるので、分割会社の債務超過の状態が
さらに悪化することになり、基本的には、「債務ノ履行ノ見込」がない分割として許され
ないと解釈されている(27)。債務超過に至っていない場合にも、たとえば過去の実績
から、大幅な減収、継続的な損失の発生が予測されるような分割対象営業部門の収
益状況であれば将来の履行が危ぶまれることになり、債務の履行が見込まれないとし
て分割は許されない。「債務ノ履行ノ見込」と「其ノ理由」は、合併等と異なり、分割計
画書または分割計画書の必要的記載事項であり(商 374 条ノ 4 第 1 項 3 号・374 条ノ 18
第 1 項 3 号)、弁済期日に弁済可能であるということが理由とともに明らかにされるので、
これによって債権者は間接的ながら保護されることになる。債務の履行の見込みの有
無やその理由として、財産の価額と債務の価額の記載、価額は時価と簿価のいずれ
を基準とし、いかなる算定基準によったのか、両者の比較による履行の見込みを記載
する。実務では公認会計士などの第三者的な機関の見解を理由としている例がある
(28)。債務の履行の見込みや理由について虚偽の内容が記載された場合には、取
締役は過料に処せられ(商 498 条 1 項 19 号)、第三者に生じた損害の賠償責任を負う
(商 266 条ノ 3 または民 709 条)(29)。財産を過大評価した場合にも取締役の責任が問
題となる(30)。さらに、会社分割の無効事由となると解される(31)。
6.会社分割における労働者の保護
既述したように、会社分割においては、有機的一体としての営業が包括的に承継さ
れるので、営業を構成する労働契約上の地位も当該労働者の同意なしに当然承継さ
れることになる。しかし、それでは労働者の地位が不安定となる。そこで、商法上の保
護として、承継される権利義務について雇用契約が分割計画書および分割計画書の
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記載事項として明確に列挙され(商 374 条 2 項 5 号)、会社分割に伴う労働契約の承継
に関して、分割会社は、分割計画書または分割契約書を本店に備え置くべき日まで
に、事前に労働者と協議する義務を負う(商法改正附則 5 条 1 項)。会社が協議義務に
違反した場合、分割手続きに重大な瑕疵があるとして無効になるというのが立法担当
者の説明である(32)。しかし、立法の経緯からすれば、この義務は単なる会社の努力
目標として規定されたものと考えられる。したがって、株主総会における会社分割決議
を無効とするのはいきすぎであることになる(33)。事前に協議しなかった労働者に対
して、労働者の承継または残留の選択権が付与されるなど個別に解決が図られること
になる(34)。
さらに、会社分割においては労働者を保護するために労働契約承継法が特別に制
定され、保護措置として労働者への事前通知と労働者の異議権が定められている。つ
まり、分割会社は、分割によって承継される営業に主として従事する労働者(承継営業
主要従事労働者)および分割計画書・分割契約書に労働契約を承継する旨の記載が
ある者(指定承継労働者)および労働組合に対し、分割に関する情報を総会の会日の
2週間前までに事前に書面で通知しなければならない(同法 2 条 1 項)。承継営業主要
従事労働者に係る労働契約は、分割計画書・分割契約書に承継されることが記載さ
れた場合には、その労働契約は、労働者の同意なしに当然に承継される(同法 3 条)。
他方、労働契約の承継が分割計画書・分割契約書に記載されなかった場合には、承
継営業主要従事労働者は異議を述べることができ(同法 4 条 1 項)、異議を述べたとき
は労働契約は承継される(同法 4 条 4 項)。それに対して、指定承継労働者は、異議を
述べれば、労働契約は承継されない(同法 5 条 3 項)。
なお、営業譲渡の場合には、その法律効果が営業の特定承継であるので、労働者
の同意が必要であるとして、会社分割の場合に認められていた事前の同意、通知およ
び異議権が認められていない。しかし、営業譲渡と会社分割との間のこのような労働
者に対する異なる法的保護が果たして合理的といえるかどうか疑問がある(35)。
7.非按分型会社分割
分割によって設立する会社または継承会社が分割に際して発行する株式または発
行する新株の割当を分割会社の株主に割り当てる人的分割においては、当該割当は、
原則として、これらの株主がすでに有する分割会社の株式の持株割合によって按分
的に定められる。それでは、分割会社の株主の持株数に比例しない割当、いわゆる非
按分型会社分割は認められるのであろうか。同様の問題は、新設会社または承継会
社が発行する株式の一部を分割会社に割り当て、残りを分割会社の株主に割り当て
る分割(一部分割)の場合にも、株主側の割当方法に関して生じる。この方法による会
社分割は、複数のものによる共同経営の解消、世代交代に伴う複数の子らによる会社
事業の承継あるいは暖簾分け、複数の出資会社による合弁事業の解消、複数の事業
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部門を有する本体企業による不振事業の切り離し、合併した会社の解体・復元などの
利用が例示されている。たとえば、共同経営を単独経営に移行して起業化する場合に
は、甲会社の共同経営者 AB が、双方の同意の下で、甲会社の営業の半分を新設会
社乙に承継させ、乙の全株式を AB いずれかに割り当て、同時に、割り当てられた株
主が有する分割会社の株式を消却すれば、それぞれ AB の一人会社ができるのであ
る。この点については、法律上の規定は存在しないが、通説は、個々の処分行為によ
って不利益を受ける者が任意にそれを承認すれば株主平等の原則に反しないとして、
株主全員の同意による分割計画書の承認があれば許されると解している(36)。しかし、
持分比率に応じない分割比率が株主の財産的価値の平等性を実質的に確保されて
いる場合、かつ非按分の内容が恣意的でなく客観的合理的根拠に基づいている場合
には、特別多数決議でできるとものと考える。このことは、開示によって、具体的には非
按分比率の内容とその理由、および算定の基準と経済的補填の方法を分割計画書ま
たは分割契約書に記載することによって株主の保護が図ることができる(37)。
注 / 参考文献:
(1)泉田栄一、『会社分割』、小島康裕教授退官記念『現代企業法の新展開』(信山社
2001年)97頁によれば、わが国の制度は、ドイツの会社分割制度にならったものと指
摘されている。アメリカの Split-off、Spin-off, Split-up の制度が採用されなかった理
由として、そのようなアメリカの制度がわが国の法体系と整合しないこと、もし採用した
場合には、株式ではなく現物の配当を認める規定を整備する必要があることが挙げら
れている、原田晃治、『平成12年改正商法・会社分割法制』、(商事法務研究会・200
0年)24 頁。アメリカ法の特色として債権者保護が若干希薄であると評価されており
(武井一浩=平林素子、『会社分割の実務』、(商事法務研究会・2000 年)222 頁)、
会社分割では、合併の場合よりも債権者を保護する必要性が高く、このことからもわが
国の立法者の方向決定は適切であったといえる。
(2)原田晃治、前掲(注1)6頁
(3)吉田正一、『大規模事業会社の企業間関係と組織再編の動向―大規模事業会社
とグループ経営に関する実態調査の概要』、商事法務 1600 号、37 頁以下、中西敏和
『企業組織の再編の手法とその対応(上)』、商事法務 1626 号(2002 年)、34 頁以下
および資料 3
(4)原田晃治編著、『一問一答・会社分割法制』、55 頁
(5)東京大学ビジネス・プラニング編、『企業再編』、86 頁以下<藤田友敬発言・田中
亘発言>
(6)最大判昭和 40・9・22 民集 19 巻 6 号 1600 頁
判例評釈として、山部俊文、『会社判例百選第 6 版』52 頁以下および同参考文献
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(7)落合誠一、『営業の譲渡と特別決議』、倉沢康一郎教授還暦記念論文集、『商法
の判例と論理』、165 頁以下
(8)田中誠二、『三全訂会社法詳論(上)』、481 頁
(9)大隅健一郎、今井宏、会社法論(中)第 3 版、101 頁以下、竹内昭夫、『判例商法
I』、158 頁など
(10)詳細については、落合誠一、『新版注釈会社法(5)』、265 頁以下
(11)山部俊文前掲(注6)、53 頁
(12)丸山秀平、『会社分割の問題点』、判例タイムズ、1122 号 19 頁
(13)神作裕之、『会社分割における「営業」の意義』、法学教室 243 号 25 頁、武井一
浩、『施行1年半を経過した会社分割制度の実務・解釈上の論点』、金融商事 1160 号
39 頁。同旨、前田庸・会社法第7版 36 頁。前田教授は、③について競業避止義務に
関して明文規定を設けていた中間試案が採用されていないという立法経緯を強調さ
れる。江頭教授は、営業譲渡の場合の「営業」概念と基本的には同様とされるが、吸
収分割と商法総則の栄魚譲渡との間には実質的差異が少なく、新設分割における当
事会社の利害対立事項を分割会社に明確にさせることができるとして、分割計画書・
分割契約書に別段の定めがない場合、商法25条が類推適用されると主張される、江
頭憲治郎、株式会社・有限会社法(第 3 版)、708 頁、716 頁注1.なお原田晃治『会
社分割法制の創設について(上)』商事法務 1563 頁 10 頁参照。
(14)太田洋、実務相談室、『総務部(人事・経理・庶務)部門を会社分割の対象とする
ことの可否』、商事法務 1616 号 38 頁以下、武井一浩、前掲・金融商事 1160 号 41
頁参照
(15)武井一浩、『会社分割と営業譲渡の実務的観点からの比較(上)』、商事法務
1590 号 15 頁
(16)原田晃治、前掲(注1)、122 頁
(17)原田晃治、別冊商事法務、『会社分割法制の創設について』別冊商事法務 233
号 14 頁
(18)原田晃治、前掲(注1)128 頁、江頭・前掲(注13)732 頁
(19)東京大学ビジネス・プランイング研究会編、前掲書 97 頁以下<藤田発言>。座
談会(岩原紳作、原田晃治、中西敏和、武井一浩)『会社分割に関する改正商法への
実務対応』、商事法務、1568 号 30 頁<岩原発言>参照
(20)前田庸、前掲(注13)765 頁、原田・前掲(注1)129 頁以下
(21)武井一浩、前掲(注15)商事法務 1590 号 16 頁
(22)龍田節、会社法(第9版)424 頁
(23)原田晃治、前掲(注1)131 頁、137 頁、龍田・前掲(注 22)424 頁
(24)江頭憲治郎、前掲(注13)734 頁注(8)
(25)中川晃、『会社分割において債権者保護手続を省略できる場合』、商事法務 157
号 49 頁、武井一浩、前掲(注13)金融商事 1160 号 43 頁
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(26)江頭憲治郎、前掲(注13)741 頁注(2)
(27)原田晃治、前掲(注1)35 頁、江頭憲治郎、前掲(注13)726 頁注(4)
(28)中西敏和、『企業組織再編の手法とその対応(下)』、商事法務 1625 号 52 頁
島本茂樹、『会社分割法制の創設と実務対応(I)』、商事法務 1585 号 19 頁
龍田節、前掲(注 22)422 頁参照
(29)前田庸、前掲(注13)755 頁
(30)前田雅弘、『会社分割にかかる商法等の一部改正について』、ジュリ 1182 号 4 頁
(31)原田晃治、前掲(注1)87 頁、江頭憲治郎、前掲(注13)739 頁、武井一浩、前掲
(注15)商事法務、1590 号 18 頁
(32)原田晃治、『会社分割法制の創設について(中)』、商事法務 1565 号 10 頁
(33)早川勝、『企業結合・企業再編に関する法規制の現状と課題』、同志社法学 294
号 27 頁以下
(34)岩出誠、『労働契約承継法の実務的検討(上)』、商事法務 1570 号 7 頁、江頭憲
治郎、前掲(注13)718 頁注(6)
(35)早川勝、前掲(注 33)同志社法学 294 号 29 頁以下
(36)江頭憲治郎、前掲(注13)711 頁注 9,724 頁
(37)早川勝、『非按分型会社分割』、法学教室 243 号(2000 年)30 頁
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