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ポリエステル系熱可塑性エラストマーの光劣化の解析
永井, 靖隆; Nagai, Yasutaka
Science Journal of Kanagawa University, 20(02):
259-262
Date
2009-10-20
Type
Departmental Bulletin Paper
Rights
publisher
KANAGAWA University Repository
Science Journal of Kanagawa University 20(2): 259-262 (2009)
■総 説(大石不二夫研究室)■ ポリエステル系熱可塑性エラストマーの光劣化の解析
永井靖隆 1,2
Analysis of the Photodegradation of Thermoplastic Polyester Elastomers
Yasutaka Nagai1,2
1
2
Department of Chemistry, Faculty of Science, Kanagawa University, Hiratsuka-City, Kanagawa
259-1293,Japan
To whom correspondence should be addressed. E-mail: [email protected]
Abstract: In order to identify the photodegradation of poly(butyleneterephthalate)co-poly(tetramethyleneglycol); (PBT-PTMG) and poly(2,6-butylenenaphthalate)-copoly(tetramethyleneglycol); (PBN-PTMG), their photolysis with monochromatic irradiation
or with polychromatic irradiation have been investigated. The results of photo-irradiations
indicate that the photodegradation of thermoplastic polyester elastomers occurs mainly in the
ether parts of the soft-segment, where photo-irradiation generates ester bonds, aldehyde, formate and propyl end groups, and cross-linking as well. Moreover, we discuss the initiation reaction on the basis of the analytical results of the PBN-PTMG in the presence or absence of 2, 2’
-dihydroxy-4-methoxybenzophenone; (22’
DH4MBP) or 2-hydroxy-4-methoxybenzophenone;
(2H4MBP) as a UV absorber, respectively. The PBN-PTMG containing 22’
DH4MBP exhibits better resistance to the incident light of ca. 370 nm corresponding to the absorption of the
n, π * transition of the carbonyl group in the PBN block than of the PBN-PTMG containing
2H4MBP. Therefore, we concluded that the photodegradation of the PBT-PTMG and PBN-PTMG is induced through the hydrogen abstraction by carbonyl groups in n, π * excited states.
Keywords: thermoplastic polyester elastomer, photodegradation mechanism, carbonyl group,
n, π * excited state
はじめに
熱可塑性エラストマーは、塑性変形を防止するハー
ドセグメントと、常温でエントロピー弾性を発揮す
るソフトセグメントから成っており、これによって
常温でゴム弾性体の性質を示し、高温では可塑化し
て熱可塑性プラスチックと同様の成形方法が適用で
きる。これらの特徴から、熱可塑性エラストマーは、
ゴムの代替材料やプラスチックの改質剤等として需
要を伸ばしている。熱可塑性エラストマーには、オ
レフィン系熱可塑性エラストマー、ポリアミド系熱
可塑性エラストマー、ポリウレタン系熱可塑性エラ
ストマー、ポリエステル系熱可塑性エラストマー、
ポリスチレン系熱可塑性エラストマーなどがあり、
これらの熱可塑性エラストマーの中でポリエステル
系熱可塑性エラストマーは、使用温度範囲が広い、
機械的強度、耐油性、耐衝撃性および耐摩耗性に優
れるなどの特徴から、自動車部品、電気電子部品、
建築、土木材料および一般工業製品などに広く使用
されている。このようにポリエステル系熱可塑性エ
ラストマーは、幅広い分野で使用されているにもか
かわらず、光劣化の解析に関する論文は少なく 1 - 3)、
光劣化機構は不明な点が多い。この材料を屋外で使
用するとき、ウェザリングや光劣化機構を明らかに
することは、安定剤の選択や材料設計において大変
貴重な情報となる。
筆者らは、これまで各種熱可塑性エラストマーの
光劣化の解析に関する研究 4) を行っており、その中
で、ソフトセグメントにポリテトラメチレングリコー
ルをブロック成分として用いたポリエステル系熱可
塑性エラストマーに光照射したとき生成する光劣化
生成物の構造や光劣化の波長依存性を明らかにして
きた 5 - 8)。また最近、この光劣化が、励起されたカル
ボニルがポリテトラメチレングリコールブロックの
©Research Institute for Integrated Science, Kanagawa University
260 Science Journal of Kanagawa University Vol. 20(2)
エーテル酸素の隣のメチレン炭素から水素を引き抜
くことにより開始することを明らかにした 9)。本報
では、ポリエステル系熱可塑性エラストマーに関す
る筆者らのこれまでの研究成果を紹介する。
1.キセノンアークランプを用いた連続光
照射
一般に高分子材料の光劣化特性を調べるためには、
光源にキセノンアークランプやカーボンアークなど
を用い、フィルターで 290nm 以下の波長をカットし
た光を試料に照射する方法を用いることが多い。290
nm 以下の波長をカットする理由としては、高分子
材料を屋外環境で使用するとき、試料が受ける光は
地表に届く太陽光であり、その波長はおよそ 290 nm
以上であるからである。我々は、ハードセグメント
にポリブチレンテレフタレート、ソフトセグメント
にポリテトラメチレングリコール (PBT-PTMG) およ
びハードセグメントにポリブチレンナフタレート、
ソフトセグメントにポリテトラメチレングリコール
(PBN-PTMG) を用いたマルチブロックコポリマーで
あるポリエステル系熱可塑性エラストマー 2 種
(図 1)
にキセノンアークランプを光源とした耐光性試験機
を使用し、290nm 以上の波長の連続光を照射し、光
劣化機構を解析した。
図 2.PBT-PTMG の連続光照射前 (a) と 50 時間照射後 (b)
の 1H NMR スペクトル.
図 3.PBN-PTMG の連続光照射前 (c) と 50 時間照射後 (d)
の 1H NMR スペクトル.
図 4.PBT-PTMG および PBN-PTMG の光劣化生成物の
化学構造.
これらをまとめると、図 5 および図 6 に示すよう
な光劣化機構が提案できる。
図 1.PBT-PTMG(A) および PBN-PTMG(B) の化学構造.
その結果、図 2 および図 3 に示すように、両試料
とも光照射により末端アルデヒド(図 2, 3, 4 の①に
対応)
、末端蟻酸エステル(図 2, 3, 4 の②、④に対
応)
、末端プロピルエーテル(図 2, 3, 4 の③に対応)
、
脂肪族エステル結合を含む分子鎖およびクロロホル
ム不溶分が生成することが分かった。
これらの解析結果から、PBT-PTMG および PBNPTMG は、光照射により、おもにソフトセグメント
の PTMG ブロックで劣化が起こり、PTMG ブロッ
クのエーテル酸素の隣のメチレン炭素にヒドロペル
オキシドが生成し、分解することにより、図 4 に
示したような劣化生成物が生成することが明らかと
なった。
図 5.PBT-PTMG の光劣化機構.
永井靖隆 : ポリエステル系熱可塑性エラストマーの光劣化の解析 261
図 6.PBN-PTMG の光劣化機構.
反応を起こすことが良く知られている。そこで、計
算化学により PTMG のモデル化合物として低分子
エーテルを用いて、炭素 - 水素間の結合エネルギー
を計算したところ、モデル化合物中のエーテル酸素
の隣のメチレン基の炭素と水素の結合エネルギーが
小さいことが分かり、その他の実験結果とあわせて、
PBT-PTMG および PBN-PTMG 分子中のカルボニル
基が照射された光により n, p* 状態に励起され、こ
の励起カルボニル基が PTMG ブロックのエーテル酸
素の隣のメチレン炭素から水素を引き抜き劣化が開
始することが明らかとなった。
2.岡崎大型スペクトログラフを用いた単
色光照射
キセノンアークランプを使用した光照射実験では、
290nm 以上の波長の連続光を照射したときの光劣
化機構を明らかにしたが、これらの劣化反応がどの
ような波長で起こるかについての知見は得られてい
ない。そこで、自然科学研究機構の基礎生物学研究
所にある岡崎大型スペクトログラフを使用し、単色
光を照射することにより、PBT-PTMG および PBNPTMG の光劣化の波長依存性について検討した。放
射露光量は、それぞれの試料の光劣化特性の違いか
ら、
PBT-PTMG では 0.7 MJ/m2、
PBN-PTMG では 2.0
2
MJ/m とした。岡崎大型スペクトログラフの諸元に
ついては、Watanabe らにより報告 10) されている。
照射した単色光の波長に対する規格化数平均分
子量の変化から(図 7)
、PBT-PTMG では 310 nm、
PBN-PTMG では 370 nm ~ 380 nm の波長の光を照
射した試料で数平均分子量の低下が著しいことが分
かる。また、1H NMR スペクトルの積分強度比(蟻
酸エステルのメチレンプロトンと PBT-PTMG では
ベンゼン環のプロトン、PBN-PTMG ではナフタレ
ン環のプロトンの積分強度比)から求めた光劣化生
成物の生成量(図 8)も、数平均分子量と同様の傾
向を示している。
こ れ ら の 特 異 的 な 波 長 は、PBT-PTMG お よ び
PBN-PTMG 中のカルボニル基の励起波長と一致し
ていることから、これらの試料の光劣化は、励起カ
ルボニル基が関与していることが示唆される。カル
ボニル基の光化学反応は、1. 分子間水素引き抜き反
応、2. 分子内水素引き抜き反応(Norrish Type II 反
応)
、3. a 開裂(Norrish Type I 反応)
、4. アルケン
への [2+2] 付加環化(Paterno-Büchi 反応)などがあ
り、これらの反応の原因となる励起状態としては n,
p* が最も重要である。n, p* 励起状態にあるカルボ
ニル酸素はラジカル的な性質を持ち、水素引き抜き
図 7.照射波長に対する規格化数平均分子量の変化 .
● : PBT-PTMG, ▼ : PBN-PTMG.
図 8.照射波長に対する積分強度比(蟻酸エステル : ④)
の変化 . ● : PBT-PTMG, ▼ : PBN-PTMG.
3.紫外線吸収剤による光劣化の抑制
PBT-PTMG や PBN-PTMG の光劣化が、励起カルボ
ニル基による水素引き抜き反応から開始することが
明らかとなったので、PBN-PTMG のカルボニル基の
励起波長領域である 360 nm に最大吸収波長を持つ紫
外線吸収剤 2,2’
- ジヒドロキシ -4- メトキシベンゾフェ
262 Science Journal of Kanagawa University Vol. 20(2)
ノン (22’DH4MBP) または 280 nm に最大吸収波長
を持つ紫外線吸収剤 2- ヒドロキシ -4- メトキシベン
ゾフェノン (2H4MBP) を PBN-PTMG にそれぞれ 0.3
wt% 添加し、岡崎大型スペクトログラフを用い単色
光照射実験を行った結果、規格化重量平均分子量の
低下は ( 図 9)、2,2’DH4MBP を配合した試料におい
てほとんど起こらず、2H4MBP を配合した試料では、
無配合試料と同程度の減少が起こることが分かる。こ
のことは、PBN-PTMG の光劣化が、励起カルボニル
基により引き起こされるという結果を支持している。
図 9.照射波長に対する規格化重量平均分子量の変化.
▼ : PBN-PTMG, ■ : PBN-PTMG with 2,2’DH4MBP,
▲ : PBN-PTMG with 2H4MBP.
おわりに
筆者らによるポリエステル系熱可塑性エラストマー
の光劣化機構の研究から、これらのブロックコポリ
マーの光劣化が、芳香族ポリエステルブロックのカ
ルボニル基が励起され、この励起カルボニル酸素に
より PTMG ブロックのエーテル酸素の隣のメチレン
基から水素が引き抜かれることにより開始すること
が明らかとなった。このような反応は、紫外線領域
に励起波長を有するカルボニル基と常温で運動性の
高い PTMG ブロックを有する熱可塑性エラストマー
に特有の反応であると考えられる。またこの光劣化
反応は、カルボニル基の励起波長に極大吸収を持つ
紫外線吸収剤を試料に配合することにより効率的に
抑制できることが分かった。
本報では述べなかったが、最近我々は、脂肪族ポ
リエーテルと光励起により水素引き抜き反応を起こ
すことが知られているカルボニル化合物を使って、
脂肪族ポリエーテルの水素引き抜き反応の起こりや
すさについての研究を行っており、このような研究
の結果が、多くの高分子材料の材料設計や配合の効
率化に寄与できれば幸いである。
謝辞
本研究は、理学部化学科大石研究室で行ってきたも
ので、ご指導頂きました大石不二夫教授はじめ歴代
の大石研究室の卒業生の皆様に感謝申し上げます。
また、単色光照射実験でご協力頂きました基礎生物
学研究所の渡辺正勝教授はじめ大型スペクトログラ
フ室の関係者の皆様、各種試料の提供およびご助言
を頂きました東洋紡績株式会社総合研究所の上乃均
所長はじめ関係者の皆様に感謝の意を表します。
文献
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Photo-oxidation of block copoly(ether-ester) thermoplastic elastomers. Polym. Degrad. Stabil. 12: 349362.
2) Tabankia HM and Gardette JL (1987) Photo-oxidation of block copoly(eter-ester) thermoplastic elastomers: part2-origins of the photo-yellowing. Polym.
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3) Pan JQ and Zhang J (1992) A study of the ageing
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4) 永井靖隆 (2002) 熱可塑性エラストマーのウェザリン
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6) Nagai Y, Ogawa T, Nishimoto Y and Ohishi F (1999)
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Kaji A and Ohishi F (2005) Photodegradation
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9) Nagai Y, Miyagishi D, Akagawa T, Ohishi F, Ueno
H, Kobayashi K, Yamashita K and Watanabe J
(2008) Photodegradationmechanisms in poly(2,6butylenenaphthalate-co-tetramethyleneglycol)
(PBN-PTMG), part III: Photodagradation induced
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10) Watanabe M, Furuya M, Miyoshi Y, Inoue Y, Iwahashi I and Matsumoto K (1982) Design and performance of the okazaki large spectrograph for photobiological research. Photochem. Photobiol. 36: 491498.
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