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企業の競争力を高めるIT投資って、どういうこと?-③

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企業の競争力を高めるIT投資って、どういうこと?-③
ネットワークエンジニアが世界を変える⑭
企業の競争力を高める IT 投資って、どういうこと?-③
----------------------------------ERP に代表される「見える化」を支援する IT システムは、形式知である文書やデータを統合したり、作
業の効率化を図ることが主たる目的であり、新たな知識の創造を支援するものではありません。これまで
企業は、創造を支援する目的での IT 投資をほとんど行ってきませんでした。
ここでは、イノベーションを支援する IT の例を紹介します。
テレプレゼンス
テレプレゼンスとは聞きなれない言葉ですが、テレポーテーションは皆さんご存じだと思います。どちら
も造語であり、
’遠く’を意味する「テレ」と’輸送’を意味する「トランスポーテーション」を組み合わ
せてテレポーテーションです。では、テレプレゼンスの「プレゼンス」は何かというと、最も近いニュア
ンスを表す日本語は’存在感’だと思います。
実はテレプレゼンスの起源は日本にあります。1964年の東京オリンピックで家庭にテレビが普及し、
70年代前半には白黒からカラーテレビへの置き換え需要があり、家電メーカーにとってテレビはドル箱
的な存在でした。しかし70年代の中盤になると家庭への普及が一段落つき、次のパラダイムシフトが期
待されるようになりました。そこで、NHK の研究所を中心として検討されたのが、テレポーテーションで
す。もちろん本当のテレポーテーションは現代の技術では実現できませんので、物体を移動させることは
できなくても、あたかもそこにあるかのような「存在感」を伝えることができるのではないかと考えられ
たのです。当初はホロスコープのような立体映像も検討されたようですが、すぐに技術的に時期尚早であ
ることが解り、平面的な映像でリアリティを感じさせるための条件が研究されました。その結果として生
み出されたのがハイビジョンであり、長い年月と紆余曲折を経て、現在のテレプレゼンスと呼ばれる製品
が誕生するに至りました。
テレプレゼンスを「大型のテレビ会議システム」と説明しているケースを見かけますが、前述のとおり本
来の意味は「存在感を伝える」ことであり、画面の大きさや解像度の問題ではありません。逆説的に言う
と、あたかもそこにいるかのような存在感が伝わらなければ、どんなに高価なテレビ会議システムもテレ
プレゼンスと呼ぶことはできません。
では、存在感とは何でしょうか?
私たちが会話をする際に、同じ言葉でも表情やイントネーションによって全く異なる意味になる場面を経
験していると思います。例えば、皮肉をこめて「ありがとう」と言ったりすることもできます。
すなわち、コミュニケーションは言葉の意味だけで成り立つものではなく、相手の容姿や服装などの外観、
視線、しぐさ、振舞いなどが重要な意味を持つこともあるのです。
これらの情報を自然に感じられることが「存在感」であり、存在感を伝えるのがテレプレゼンスの目的で
す。これまで私たちが利用してきた電話、FAX、e メールやグループウェアなどは言葉だけを伝える道具
であり、限られた情報のみでのコミュニケーションを強いるものでした。会って話せば何でもないことが、
メールのやり取りだけではうまく伝わらない、といったことは誰にでも経験があると思います。
従来のテレビ会議システムは相手の映像と音声を伝えるだけであり、存在感を感じることは出来ませんで
した。例えばモニタ画面の上にカメラが設置されている場合、相手の視線が常に伏し目がちになり目を合
わせることはできません。また、相手の話した言葉を聞き取ることは出来ても、微かな相槌やノートのペ
ージを捲る音、椅子の軋み音など、相手の存在を感じられるような情報を伝えることは考慮されていませ
んでした。
テレプレゼンスを用いることで、遠隔地にいる人との密なコミュニケーションが可能になります。特に
SECI モデルの「共同化」
「表出化」の段階では、言葉では伝えることのできない暗黙知を身振り手振りや
比喩を使って共有することが重要ですので、従来のテレビ電話などのコミュニケーション手段を用いるこ
とはできませんでした。
今後は、テレプレゼンス製品と NGN(次世代ネットワーク)による QoS 制御などによって、遠隔でも暗
黙知を共有できるようになることが期待されます。
どこでもオフィス
「どこでもオフィス」とは、場所を選ばすに会社の IT システムへアクセスし、業務に必要な処理やコミュ
ニケーションを可能とする仕組みや製品群を表します。
どこでもオフィスが可能になれば、会社での座席も固定する必要がなくなります。
六本木・東京ミッドタウンのシスコシステムズのオフィスでは従業員の座席を固定せず、その時々の状況
に応じて最も適切な場所を選んで使うことができるようになっています。
各座席には IP 電話が予め設置されており、ID とパスワードでログインすることによって自分用の電話番
号で利用できるようになります。仮に大阪のオフィスへ出張した場合でも、座った席の電話機にログイン
することによって、いつもと同じ電話番号で利用できるので、電話をかけてきた人は相手が出張中である
ことに気が付きません。
世界初の量産ハイブリッド車であるトヨタ自動車のプリウスは、
「21世紀の車」というコンセプトを話し
合うプロジェクトがきっかけとなって誕生しましたが、プロジェクトのメンバーが最初に行ったのは「プ
ロジェクト用の部屋という物理的な場所を確保することだった」そうです。
(野中郁次郎著、ネットワーク
社会の知識経営 第一章より)
これは、新たな創造の初期の段階において暗黙知を積極的に共有するための非常に良い取り組みであった
と思いますが、もしこの時に、IT による「どこでもオフィス」とシスコシステムズの物理オフィスのよう
なインフラが整っていれば、専用の部屋を確保する必要はなく、
「しばらくの間、プロジェクトメンバーは
このあたりに座りましょう」と言うだけで済んだかもしれません。
どこでもオフィスのメリットとして、社外や自宅にいても仕事ができる、いつでも連絡が取れるので商談
のチャンスを逃さない、意思決定のスピードを速くする、といった点が従来から訴求されてきましたが、
イノベーション支援の観点からは「SECI モデルの各段階に合わせた最も適切な場所(もしくは人)を選ん
で仕事ができる」環境を提供します。
4.3 ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)
前回のコラムで、喫煙ルームでの友人との会話の中からアイデアを思いつく例を紹介しましたが、このよ
うに異なる部門や様々な背景を持つ人どうしの、ざっくばらんなコミュニケーションの中から新たなアイ
デアが創出されたという話は事例に事欠きません。
ただし、喫煙ルームはコミュニケーションのためのスペースではありませんので、会社として積極的に社
員どうしの自由な出会いや意見交換の場を用意するべきです。
SNS はミクシィに代表されるような一般消費者向けの新しいコミュニケーション手段として普及しました
が、不特定多数のユーザーの中から同じ趣味を持つ人や特定のテーマに興味を持つ人など、ゆるやかに限
定された集団(コミュニティ)を容易に構成できることに特徴があります。
この SNS を企業内で活用することで、社員どうしのコミュニケーションを活性化させる試みが注目されて
います。SNS は基本的に文字のみでのコミュニケーションですので、暗黙知の共有には役立ちませんが、
自分と同じ問題意識を持っている人を探したり、誰がどんなことに興味を持っているのかを知ることによ
って、異なる背景を持つ社員どうしが知り合うきっかけを作れるため、SECI モデルの「内面化」の段階か
ら新たなスパイラルの「共同化」へと繋げる役割が期待できます。
また SNS を活用することで、社内のインフォーマルな情報の流れを明らかにし、企業内の真のキーパーソ
ンやタレントを発掘できる可能性があります。
(このような試みを Social Networking Analysis/SNA と呼ぶ場合があります)
例えば戸田建設では、社内 SNS の Q&A コーナーを集計し「回答の投稿数」と「投稿した回答が参照され
た回数」を分析した結果、
「北陸にすごいやつがいる」など、従来の人事評価では把握できなかった従業員
の主体的な活動を明らかにした事例が報告されています。
(日経情報ストラテジー2007 年 7 月号より)
企業向けの SNS 製品は多数のメーカーから販売(または SaaS で提供)されており、グループウェアの一
部の機能として利用されるケースが増えています。
5.4 ESP (Enterprise Search Platform)
企業内のデータは爆発的に増加しており、
「誰がどんな情報を持っているか解らない」
「どこに目的の情報
があるか見つからない」といった事がホワイトカラーの生産性低下の原因となっています。
アンケート調査結果によると、
8 割以上の人が社内における情報共有について十分でないと感じています。
同じ調査において具体的な問題点を聞いたところ、
「誰がどんな情報を持っているのかがわからない」こと
が最も多く指摘されました。
特に大企業ほど、この問題が顕著であり、従業員が 500 人以上の会社では 60%以上の人が問題と回答して
います。
(データの出展:goo リサーチ結果 (No.135)
http://research.goo.ne.jp/database/data/000354/
)
ESP は、企業内の IT システムに保存された情報を横断的に検索する仕組みであり、導入を検討する企業
が増加しています。
【製品例】

ジャストシステム Concept Base

Microsoft Fast ESP(2008 年に ESP 専業ベンダーの FAST を買収)
*
*
*
下図は SECI モデルの各段階と利用できる IT システムの関係を示しています。

テレプレゼンスによって、暗黙知を共有したり暗黙知を形式知へ変換するなど、これまで対面でのコ
ミュニケーションが不可欠だった創造のフェーズを遠隔地のメンバーを交えて実現できるようにな
り、様々な部門や拠点の優秀な人材が集まって、多様な経験に基づいたアイデアを統合することがで
きます。

「どこでもオフィス」によって、SECI モデルの各段階にあわせた適切な「働き方」を選択できるよ
うになります。

SNS や ESP によって、組織の壁を越えた出会いや発見が生まれ、社内でのコミュニケーションが活
性化します。
今後の企業は「見える化」やコスト削減だけでなく、このような IT を活用することでイノベーションを創
出し、競争力を高めていくことが期待されています。
まとめ

企業が独創的な製品やサービスを生み出す際の活動には、共通する知識創造のプロセスが存在し、
SECI モデルとして整理されている

創造の過程では、
「見える化」が可能な形式知よりも、言葉では説明できない「暗黙知」を共有する
ステップが重要である

ERP に代表される過去の IT 投資は、形式知を取り扱いの対象として、コスト削減を主たる目的とし
て活用されてきた

今後の企業は、暗黙知の共有を促し企業競争力強化の源泉である知識創造を支援する組織作りに取り
組まなければいけない

そのためには、SECI モデルの各段階を会社の、どこで、どのように実施するのかを意識しながら、
物理的なオフィス環境、IT システム、人事規定、経営ビジョン、社員教育をデザインすることが重要
である

知識創造を支援する IT システムとして、テレプレゼンス、どこでもオフィス、ソーシャル・ネット
ワーキング・サービス(SNS)の活用が期待される

知識創造を支援するオフィス空間は、IT のどこでもオフィス活用とあわせて、その時々の状況によっ
て適切な場所を選んで使えるような設計が有効である

知識創造を支援する人事規定では、上司の指示や職務記述書に記載されたこと以外の自主的な活動を
促すような仕組み作りが重要である

社員が主体的に行動するためには、個人の価値観と会社の価値観が一致していることが前提であり、
それを実現する手段が企業ビジョンである

創造活動を活性化するためには、初期段階での役員クラスや中間管理職の理解を得るための説明と、
社員の創造性を高めるようなスタイルでのトレーニングが必要である
参考文献
ナレッジ・マネージメント
第2章 知識創造企業
野中郁次郎
IBSN4-478-37327-2
ネットワーク社会の知識経営
第1章 知識創造・場・綜合力
野中郁次郎
ISBN4-7571-2110-5
知識革新力
第3章 知識創造のダイナミクス
野中郁次郎
ISBN4-478-37331-0
プロジェクト X 東京タワー・恋人たちの戦い
ISBN4-8113-7411-8
ザ・ビジョン
ケン・ブランチャード
ISBN4-478-73270-1
「超」発想法
野口悠紀雄
ISBN4-06-209991-8
意識とは何か
茂木健一郎
ISBN4-480-06134-7
脳の中の小さな神々
茂木健一郎
ISBN4-7601-2572-8
脳と仮想
茂木健一郎
ISBN4-10-470201-3
シャドーワーク 知識創造を促す組織戦略
一篠和生
ISBN4-492521631
クリティカルチェーン
エリヤフ・ゴールドラット
ISBN4-478420459
民主主義時代の知識革命
アラン・M・ウェバー
ISBN4-478-37331-0
企業のテレワーク導入のポイントと実務
労務行政
ISBN4-8452-5172-8
フラット化する世界
トーマス・フリードマン
ISBN4-532312795
ハイビジョン
NHK の陰謀
高橋健二
ISBN4-334-01263-9
Written by Keiichi Takagi.
as of Aug 5,2010
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