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閉じたき裂評価のための
サブハーモニック超音波フェーズドアレイSPACEの開発
Development of subharmonic phased array for crack evaluation (SPACE)
小原良和 1、山本摂 1、三原毅 2、山中一司 1
Yoshikazu Ohara, Setsu Yamamoto, Tsuyoshi Mihara, Kazushi Yamanaka
1
2
東北大学
富山大学
Tohoku University Toyama University
概 要
閉じたき裂の評価は超音波計測における大きな課題である。非線形超音波法は、その
解決法として注目を集めているが、高調波とサブハーモニック波ではその発生機構が異
なることが分かってきた。本研究では、高い時間分解能と優れた閉じたき裂選択性を持
つサブハーモニック波に着目し、閉じたき裂深さを計測できる映像装置(Subharmonic
phased array for crack evaluation: SPACE)を開発し、実験室で作製した閉じた疲労き裂(ア
ルミニウム合金 A7075、ステンレス鋼 SUS316L)および鉄鋼製造プロセスで発生した閉
じたき裂(Ni-Cr-Mo 鋼)でその有効性を示した。さらに、柔軟なアレイ素子配置と広帯
域化を実現するため laser SPACE を開発し、閉じた疲労き裂(A7075)でその有効性を
示した。
キーワード:SPACE、非線形超音波、サブハーモニック波、閉じたき裂
1. はじめに
原子炉など重要構造物におけるき裂の計測誤差は、社会の安全と安心を確保する上で大き
な問題である。き裂が空隙を伴う場合(開いたき裂)は、超音波を反射・散乱するので、計
測、映像化ができるが、実際は計測誤差が大きい場合がある。この原因の 1 つに、閉じたき
裂が挙げられる。閉じたき裂の定義は分野によって異なるが、超音波探傷の分野では、閉口
応力でき裂面の凹凸同士が接触したり、酸化物によりき裂面間が塞がれたりすることで、超
音波をほとんど透過させてしまうき裂を指す。通常の超音波探傷で使用される小振幅超音波
では、き裂閉口部をそのまま透過してしまうため、反射や散乱が起こらない。非線形超音波
では、大振幅超音波(周波数 f)の引張応力でき裂閉口部を開かせ、開閉口振動を誘起するこ
とで、その部位に非線形成分(高調波(2f、3f、…)やサブハーモニック波(f/2、3f/2、…)
など)の散乱源を発生させる。高調波を用いる非線形超音波法は、Buck らにより提案されて
既に 30 年になろうとする[1]。これは、接触型音響非線形性(Contact acoustic nonlinearity: CAN)
[2-5]と呼ばれて注目されているが、まだ実用化は進んでいない。その原因の 1 つに、閉じた
き裂を開口させるために大振幅の入射波が必要なことがあると考えられる。すなわち、周波
数が数 MHz で振幅が 10nm 以上の超音波を発生すると、探触子やカップラント(特に水)で
高調波が発生してしまう。医療分野では、伝搬中に発生する高調波を積極的に利用して、分
解能とコントラストを高める Tissue harmonic imaging(THI)[6-8]も行われているが、き裂閉
口部特定のためには、開口部における線形散乱(2f)と閉口部での非線形散乱(2f)が混在し
てしまうことは好ましくない。つまり、高調波を受信しても、それが閉じたき裂で発生した
ものか、その他で発生したものか識別は容易ではなく、2f の線形散乱の影響を取り除くキャ
リブレーションをしなければ、閉口部位は特定できない。
これに対し、周波数が入射波の整数分の 1 になるサブハーモニック波(分調波)[3,5]や、
振幅変調された超音波振動の変調信号が出力される DC 応答[9]など、閉口き裂で起こる別の
種類の非線形応答では状況が異なる。これらは高調波とは異なり、振動子やカップラントで
1
は発生しない。高調波とサブハーモニック波の違いは次章で述べる。しかし、サブハーモニ
ック波を用いた従来の研究では、波形観測[3]や C モード像[5]のみで、強度評価に必要な深さ
の評価は行われていない。この原因は、周波数分解能を重視して長いバースト波を用いたた
め、高い時間分解能の必要なパルスエコー法や B モード像は困難になったことによると推定
される。
本グループは、良く制御して作製した疲労き裂において、数個の波でも容易に識別できる
明瞭なサブハーモニック波を観察することに成功し[10-14]、高い時間分解能と優れた閉じた
き裂選択性を持つことを見出した。この知見に基づいて、波数が数個でも大振幅超音波の発
生が可能である耐圧性に優れた LiNbO3 単結晶振動子を送信側探触子に用い、受波フォーカシ
ングを行う圧電素子を用いたアレイセンサを受信に用いることで、閉じたき裂深さを評価で
きるサブハーモニック超音波フェーズドアレイ(Subharmonic phased array for crack evaluation:
SPACE)を開発した[15]。これは、サブハーモニック波に限らず、き裂の非線形超音波計測
における世界で初めてのフェーズドアレイ映像法で、今後の普及が期待される。本研究では、
アルミニウム合金 A7075、オーステナイト系ステンレス鋼 SUS316L に導入した閉じた疲労き
裂および鉄鋼製造プロセスで発生した閉じたき裂で、SPACE の有効性を示す。更に、柔軟な
アレイ構成と広帯域化を実現するために開発した laser SPACE について述べる。
2. 高調波とサブハーモニック波
2.1 過去の研究
ここ数年、日本でも非線形超音波を用いた閉じた欠陥の検出・評価に関する研究報告が増
えているが、それらで使用されている非線形成分は主に高調波とサブハーモニック波の 2 種
類である。歴史的には、高調波を用いた実験は、1978 年の Buck らが接触界面と疲労き裂で
高調波の発生が最大となる圧縮応力が存在することを示したことに始まる[1]。サブハーモニ
ック波は 1993 年の Solodov らが接触界面に数百 kHz の縦波を入射することで初めて実験的に
観察された[3]。これらは、ともに界面の接触振動により発生する点は共通であるが、近年の
研究進展により、それらの発生機構の違いが少しずつ明らかになってきた。
接触界面における高調波の発生機構は以下のように概念的に説明することができる[16,17]。
Fig.2-1 に示すように界面に対し垂直に振動する大振幅超音波を垂直入射すると、縦波の場合、
圧縮相では透過するが、引張相では閉じたき裂が引張応力により開かれ反射する(clapping)。
その結果、透過波は半波整流波形となる。この時間領域における波形ひずみは、周波数領域
における偶数次高調波の発生に相当する。また、Fig.2-2 に示すように界面に平行に振動する
横波を入射した場合、あるせん断応力までは静摩擦により伝達されるが、あるしきい値を超
えると、動摩擦で滑り伝達されない(rubbing)。その結果、透過波は矩形波となる。この波
形ひずみは、奇数次高調波の発生に相当する。実際には、き裂などの界面は微視的な凹凸を
持つため、ほとんどの実験では両効果が重畳して観察されると推定される。
clapping:引張相では反射、圧縮相では透過(縦波)
透過波
入射波
(半波整流波形)
f
f 2f
Fig.2-1.
4f
Clapping による偶数次高調波の発生原理.
2
6f
rubbing:せん断応力がある値を超えると滑る(せん断波)
透過波
(矩形波)
入射波
f
f
Fig.2-2.
3f
5f
Rubbing による奇数次高調波の発生原理.
サブハーモニック波の発生機構は、接触振動に加えて共振現象を考えることで初めて理解
できる。これは、金属やセラミックスのような硬い材料のナノスケール接触弾性評価法とし
て開発された超音波力顕微鏡(Ultrasonic Force Microscopy: UFM)のカンチレバー探針と試料
表面の接触振動や、医療分野でのコントラスト改善のために造影剤として使用されるバブル
の振動では、既に明らかになっている。UFM では、カンチレバーの形状・特性が既知である
ため共振周波数の見積もりは可能であり、試料をカンチレバーの共振周波数より充分高い周
波数で振動させると、カンチレバーは慣性の影響で振動に追随できない現象が観察された
[18-20]。また、バブルでは、形状・特性をパラメータとした共振周波数が定式化されており
[21]、入射周波数がバブルの共振周波数の 2 倍に近いときサブハーモニック波の発生が最大と
なることが示された[22-24]。さらに、バブルで発生した 3f/2 成分を利用する機能が組み込ま
れた映像装置は既に商品化されている[25]。
一方で、き裂探傷の分野では、閉じたき裂における共振周波数の概念が明確ではなく、実
験による観察が容易ではなかったため、その研究は進んでいなかった。しかし、き裂の共振
周波数の概念もいくつか報告されている。Acoustic Emission(AE)の分野では、き裂進展に
伴う AE 信号の周波数低下が観察された[26]。これは、AE 信号の周波数が主にき裂面を伝搬
するレイリー波の共振現象(定在波形成)により決まり、き裂進展に伴い、その共振周波数
が低下したためと説明された。さらに、同論文では、外部負荷により誘起されたき裂面の初
期変位があるしきい値をこえると、高調波成分に加えサブハーモニック波成分が発生するこ
とも報告されている。また、線形超音波の分野でも Achenbach らにより、き裂面をレイリー
波が伝搬して、き裂長さがレイリー波の波長の 4 分の 1 の奇数倍のときに定在波を形成し、
応答が最大となることが報告されている[27]。
しかし、従来の非線形超音波によるき裂探傷の分野では、一般に周波数分解能を重視して
多数の波を含む定常応答が用いられた。その結果、時間分解能が低く、時間領域で複数のき
裂を識別することができなかった。このため、原子炉部材などの強度評価に必要な、閉じた
き裂深さを映像により測定する技術は、世界的に見ても開発されていなかった。
2.2 本グループの研究
このような状況のもとで、本グループは非線形超音波の研究を開始した。そして、疲労条
件を制御した閉じた疲労き裂を作製し、大振幅超音波を入射することで、明瞭なサブハーモ
ニック波を観察することに成功した[10,11]。サブハーモニック波の発生源は、閉じたき裂に
限定されることから、閉じたき裂の選択的検出に優れていることが分かった。さらに、この
サブハーモニック波は、十分大きい振幅の入射波を用いれば、3-5波程度の初期の過渡応答で
もスペクトル的に基本波から区別できるサブハーモニック波が得られることを見出した。そ
の結果、従来より飛躍的に高い時間分解能を得る可能性があることが分かった。ただし、こ
のためには従来の超音波探傷で用いられている探触子では耐久性に問題があり、新たに探触
子を開発する必要があった。
一方で、その発生機構解明のため、き裂パラメータ(閉口応力、き裂長さなど)と発生量
3
の関係を調べる必要があることに着目した。そこで、2.1 で述べた過去の研究を踏まえ、これ
までに蓄積してきた UFM の接触振動の知見を生かして、き裂面に共振周波数を持たせた振動
子モデルおよび弾性体・振動子モデルを構築した。このモデルでは、超音波入射側き裂面を
剛体もしくは弾性体、出力側き裂面を振動子で表し、き裂開口量に応じて Lennard-Jones 型分
子間力を連続体に拡張した力関数が作用すると仮定した。このモデルを数値的に解くことで、
過渡応答解析を行った結果、閉じたき裂におけるサブハーモニック発生挙動を再現すること
に成功し、サブハーモニック波発生の閉口応力および入射波振幅依存性を明らかにした
[10-13,28]。さらに、共振周波数とき裂パラメータの関係を明らかにするため、共振周波数が
き裂面を伝搬するレイリー波の共振現象が関係するコンセプトを提案した(Fig.2-3)[14]。な
お、接触振動と閉口応力の関係は、別報に示した模式図により体系的に理解することができ
る[29]。
上述のように、サブハーモニック波の発生機構は高調波に比べても複雑であり、装置開発
も容易ではないが、高い時間分解能と閉じたき裂選択性から、高精度な閉じたき裂映像化を
可能にする唯一の手法と考え、次章で述べる映像化装置を開発した。
共振周波数 R
サブハーモニック周波数
き裂
Intensity
I
I
a
R
/4
/2
入射波の
周波数 I
m
VR
3VR
4a
4a
Fig.2-3. サブハーモニック共振の概念図.
Frequency
3. サブハーモニック超音波フェーズドアレイ SPACE[15]
2-2 節で述べた考え方に基づいて、材料強度の評価に必要な閉じたき裂深さを映像により測
定する技術を開発した。要素技術として、波数が数個でも大振幅超音波の発生が可能である
耐圧性に優れた LiNbO3 単結晶振動子を用いた送信側探触子、映像化を行うための受信側アレ
イセンサおよびディジタルフィルタを用いた映像化法を開発して、Subharmonic phased array
for crack evaluation(SPACE)を試作した(Fig.3-1)。
f(基本波像)
f/2(サブハーモニック像)
デジタル
フィルタ
信号発生器
荷重
ゲーテッド増幅器
LiNbO3
単結晶振動子
0
–20
ω
ω/2
–40
–60
アレイセンサ(32素子)–800
5
10
15
中心周波数5MHz
Frequency [MHz]
A
D
B
f
フェーズドアレイ
Attenuation [dB]
閉じた
き裂
開いた
き裂
C
Fig.3-1.
…
f, f/2
SPACE の原理と構造.
4
SPACE では、大振幅超音波入射により、き裂開口部では基本波の散乱が起こり、閉口部で
はサブハーモニック波の散乱波が発生する。これをアレイセンサで受信し、ディジタルフィ
ルタで各成分を分離することで、基本波像およびサブハーモニック波像が観察できる。き裂
先端が閉じている場合、基本波像では過小評価してしまうき裂深さを、サブハーモニック波
像により正確に計測できる。
なお、Fig.3-1 では閉口応力を変化させて基本特性を測定する目的で荷重負荷を行うため、
送信と受信が TOFD(Time of Flight Diffraction)と類似した前方散乱配置となっている。しかし
SPACE の概念はこれに限るものではなく、後述するように、後方散乱配置や両者を最適に複
合化した配置も含む。
4. 実験結果
4.1 アルミニウム合金 A7075 の疲労き裂
原子力発電所の応力腐食割れ(Stress corrosion crack: SCC)が閉じている原因は、長時間か
けて成長したためと考えられるが、実験室での再現は難しい。しかし本グループは最大応力
拡大係数 Kmax が破壊靱性値 KIC の 0.1 倍程度以下となる疲労試験で、閉じたき裂ができるこ
とを見出した[11]。実験条件は、入射周波数 7MHz、変位振幅 7nmp-p、サイクル数 3 を選択し
た。受波フォーカシングのスキャン領域は、角度方向は 14∼60°(2°刻み)、深さ方向は 10
∼50mm(2mm 刻み)とした。アルミニウム合金 A7075(KIC∼40MPa m )の疲労き裂(長
さ 20mm)A は、開口条件(Kmax=5.3、Kmin=0.6MPa m )で導入されたが、基本波像(Fig.4-1(a))
で端部が観察でき、サブハーモニック波像(Fig.4-1 (b))で観察されなかったことから、開い
たき裂と確認でき、開いたき裂には基本波像が適することが分かった。き裂長さは(Fig.4-1
(c))の表面観察結果と一致した。一方、閉口条件(Kmax=4.3、Kmin=0.6MPa m )で導入され
たき裂 B では、基本波像(Fig.4-1 (a))で観察できなかった端部がサブハーモニック波像(Fig.4-1
(b))で初めて明瞭に観察できた。このことから、閉じたき裂には、サブハーモニック波像が
有効であることが分かった。
A開いたき裂(Kmax=5.3, Kmin=0.6 MPa m )
f
(a)
き裂端部
(b)
f/2
(c)
き裂端部
底面
5mm
5mm
B閉じたき裂 (Kmax=4.3, Kmin=0.6 MPa m )
f (d)
(e)
f/2
き裂端部
(f)
き裂端部
底面
Fig.4-1.
開いたき裂と閉じたき裂の画像化:(a,d)開いたき裂および閉じたき裂の基本波像
(b,e)分調波像 (c,f)表面写真.
5
4.2 ステンレス鋼 SUS316L の疲労き裂
原子力発電所のシュラウドや再循環系配管に使用されているオーステナイト系ステンレス
鋼 SUS316L(KIC ∼230MPa m )の実機に近い厚さ(38mm)の板を用い、Kmax=18.6、
Kmin=0.6MPa m の 3 点曲げ疲労試験により、長さ 8mm の閉じたき裂を作製した。
このき裂に、K が Kmax を越えない静的荷重を負荷することにより、き裂の閉口状態を変化
させながら映像化した。実験条件は、入射周波数 7MHz、変位振幅 7nmp-p、サイクル数 3 を選
択した。また、基本波像とサブハーモニック波像でノイズレベルが同程度となるようゲイン
を調整した。
静的荷重を 2、9、12kN と負荷した場合の基本波像とサブハーモニック波像を Fig.4-2 に示
す。ここで、静的荷重負荷によりき裂のない単純支持の梁の条件で計算した表面曲げ応力を、
閉口応力から解放された応力の指標として示した。上記の負荷は 19、84、112MPa の曲げ応
力に相当する。
(a)
(b)
(c)
A
B
C
5mm
(d)
(e)
19 MPa
(f)
A
B
84 MPa
(g)
(h)
(i)
A
112 MPa
Fig.4-2. オーステナイト系ステンレス鋼 SUS316L における荷重依存性:(a,d,g) 曲げ応力
19、84、112MPa のときの基本波像、(b,e,h)分調波像、(c,f,i)き裂模式図.
曲げ応力 19MPa のとき、基本波像(a)ではノッチ部 C のみが観察された。これは、解放応力
が小さく、き裂全体がまだ強く閉じていたことから、き裂部から線形エコーは発生せず、C
において閉じたき裂とノッチの境界が明瞭となり線形エコーが発生したためと考えられる。
一方、サブハーモニック波像(b)では、C だけではなく、先端部 A およびその近傍の点 B も確
認できた。これは、き裂面の接触振動に適した閉口応力が A、B に作用したためと推定され
る。
曲げ応力を 84MPa に増大させると、基本波像(d)では B が観察された。これは解放応力増大
に伴い、C は開口したため超音波は透過できず、B で開口部と閉口部の境界が明瞭となり線
形散乱源となったためと考えられる。一方、サブハーモニック波像(e)では A および B が観察
された。これは、サブハーモニック波の発生に適した閉口応力が A∼B に作用したためと推
定される。
曲げ応力 112MPa のとき、基本波像(g)では、き裂部は確認できなかった。これは解放応力
6
増大に伴い、閉口領域と開口領域の境界が不明瞭となり、線形散乱源が消失したためと考え
られる。一方、サブハーモニック波像(h)では A が観察できた。これは、100MPa 以上の曲げ
応力を負荷しても、A が閉口していたためと考えられる。このように、SPACE を用いること
により、荷重の変化に応じたき裂各部位の映像化が可能になった。さらに、全ての荷重条件
に置いて、基本波像ではき裂長さを過小評価してしまうが、サブハーモニック波像により強
く閉じたき裂に対しても、正確なき裂長さが得られることを実証した。この結果、原子炉の
安全と安心のための評価装置の基盤が確立できた。
4.3 鉄鋼製造プロセスで発生したき裂
閉じたき裂の問題は、原子炉構造部材だけではなく、鉄鋼製造プロセスなどでも顕在化し
つつある。本節では、ニッケルクロムモリブデン鋼の丸棒素材の製造プロセスで発生したき
裂を取り扱った。き裂は表面から内部に向けて進展しており、傾斜していた。この傾斜は、
鋳造もしくは圧延初期に発生したき裂が、圧延時に流れたことを示す。これは、き裂が圧縮
応力を受けた証拠でもあり、これによりき裂が閉じたため、通常の小振幅超音波探傷では検
出困難であった。本研究では、SPACE の有効性を示す基礎実験として、き裂が試験片底面中
央に位置するよう丸棒鋼を切り出した 3 つの試験片(C1、C2、C3)を使用した。傾斜したき
裂を感度良く映像化するため、後方散乱配置で測定した。
C1 で得られた基本波像とサブハーモニック波像を Fig.4-3 に示す。
両像で傾斜したき裂①、
②が観察された。①は基本波像では根元の部分のみ、サブハーモニック波像では基本波像よ
り進展した先端部が観察された。これは、①の先端が閉じており、根元の部分は開いている
ことを示唆している。一方、②の先端は基本波像でのみ観察され、サブハーモニック波像で
は観察されなかった。これは、②が開いていることを示している。
C2 で得られた基本波像とサブハーモニック波像を Fig.4-4 に示す。両像で傾斜したき裂が
観察されたが、基本波像よりサブハーモニック波像の方が明瞭にき裂を示した。この結果は、
このき裂が閉じていることを示唆している。
C3 で得られた基本波像とサブハーモニック波像を Fig.4-5 に示す。基本波像では、1 つの傾
斜したき裂①が観察された。サブハーモニック波像では、2 つの傾斜したき裂①、②が並ん
で観察された。①は基本波像およびサブハーモニック波像で観察されたことから、開口領域
と閉口領域が共存したき裂であると考えられる。一方で、②はサブハーモニック波像でのみ
観察されたことから、閉口領域が支配的であると推測される。次に、C3 でき裂が 2 本に分か
れて観察された解釈を以下で述べる。表面から見たき裂の拡大写真(Fig.4-5 右下)で確認す
ると、き裂が途中から①と②に枝分かれしていることが分かる。以上より、SPACE が枝分か
れき裂にも有効であることを示した。
f
f/2
表面観察による
①
き裂深さ
①
5mm
②
②
Fig.4-3. 試験片 C1 における基本波像、サブハーモニック像および側面の写真.
7
f
f/2
表面観察による
き裂深さ
5mm
Fig.4-4. 試験片 C2 における基本波像、サブハーモニック像および側面の写真.
f
f/2
表面観察による
①
き裂深さ
①
5mm
拡大
②
2mm
①
②
Fig.4-5. 試験片 C3 における基本波像、サブハーモニック像および側面の写真.
次に、受信側アレイセンサの素子数増大に関する検討を行う。開口増大に伴い方位分解能
は向上する。また、複雑な散乱源をもつき裂では、その形状に応じて、散乱波のメインの伝
搬方向が変化する。完全に散乱源の再構成を行うためには全散乱波を受信する必要があるが、
探傷面がある一面に限定される場合、四方八方に伝搬する散乱波を可能な限り受信するには
開口を大きくするしかない。しかし、本試験片で開口を広げすぎると、底面エコーも受信・
映像化されてしまうため、き裂像のみの映像に比べ複雑になる。そこで、底面エコーを受信
しない素子数の限界を 128 素子アレイセンサで調べたところ、現在の配置では 96 素子程度で
あった。そこで、32 素子と 96 素子で得られたサブハーモニック波像を比較した(Fig.4-6)。
ここでは、縦、横 1mm 刻みで映像化を行った。96 素子(b)では、32 素子(a)よりき裂が進展し
て詳細な映像が観察された。また、き裂以外からのバックグラウンドノイズの影響も低減さ
れた。これは素子数増加に伴い、上述の方位分解能の向上および 32 素子では受信できなかっ
た伝搬方向の散乱波も受信可能になったためと考えられる。
8
(a) 32素子
(b) 96素子
Fig.4-6. 試験片 C2 におけるサブハーモニック像の 32 素子と 96 素子の比較.
4.4 laser SPACE の開発
以上では、SPACE の受信側センサとして、1 次元圧電型アレイセンサを使用していたため
汎用的である一方で、下記の課題があった。
(1)受信範囲が固定され、奥行き方向の情報が平均化される。
(2)受信可能な周波数帯域が圧電素子の周波数特性の影響を受ける。
そこで、柔軟なアレイ構成と広帯域化を実現するため、(i)微小なスポット径を持ち、(ii)受
信点数やピッチを任意に設定でき、(iii)広帯域でフラットな周波数特性を持つレーザー干渉計
に着目し、レーザーを用いた開口合成法(Synthetic aperture focusing technique: SAFT)[30]と
同様な仮想的アレイセンサ(レーザーアレイ)を受信に用いることで、き裂の奥行き方向形
状を詳細に映像化し、サブハーモニック波から 2 次高調波までの周波数帯域を同感度で映像
化できる laser SACE を開発した(Fig.4-7)。本研究では、閉じた疲労き裂でその有効性を実
証する。
f
f/2, 2f
Closed
crack
Open
crack
Digital Filter
Signal Generator
Phased Array
Laser
Interferometer
Gated Amplifier
Stage
LiNbO3 Single Crystal
Mirror
x
y
85
z
f
f, f/2, 2f
Fig.4-7.
laser SPACE の原理と構造.
9
実験条件は、入射周波数 7.0MHz、サイクル数 3、入射波超音波変位振幅 5.33nm p-p、受信
点ピッチを 0.5mm、受信点数は 64(開口幅 31.5mm)でスキャンし、基本波像とサブハーモ
ニック像を得た(Fig.4-8)。基本波像とサブハーモニック波像を比較すると、基本波像で応
答がなかった部分でもサブハーモニック波像では明瞭な応答が得られた。特にき裂端部とき
裂の中間部分でその傾向が顕著であった。これは、き裂の端部や中間部分でき裂が接触して
おり、その接触部分でサブハーモニック波成分が発生したためと考えられる。
[x10-6]
78
f
f/2
[x10-6]
10.2
52
6.8
26
3.4
0
0
5mm
Fig.4-8.
Displacement [nm]
Crack Tip
laser SPACE による閉じた疲労き裂の基本波像とサブハーモニック波像.
今後は受信点ごとの伝搬距離の差による減衰の違いを考慮し、より定量的な映像化を行う。
また、疲労き裂のみではなく SCC を導入した試験片などに対しても適用し、その有効性を検
討する。さらに、点集束が可能な 2 次元アレイとしてき裂の奥行き方向の詳細な映像化や、
広い受信周波数帯域を利用したサブハーモニック波から 2 次高調波を用いた映像化、映像化
結果からの閉口応力の評価法を開発する。また、圧電素子を用いた 2 次元アレイを作製する
上で、重要となる素子配置を設計するためのツールとしても利用できる。
5. まとめ
本研究では、高調波とサブハーモニック波の発生機構の違いについて述べ、サブハーモニ
ック波の高い時間分解能と優れた閉じたき裂選択性に着目し、閉じたき裂深さを映像により
計測できる映像装置 SPACE を開発した。実験室で作製した閉じた疲労き裂(アルミニウム合
金 A7075、オーステナイト系ステンレス鋼 SUS316L)および鉄鋼製造プロセスで発生した閉
じたき裂(Ni-Cr-Mo 鋼)に SPACE を適用することでその有効性を示した。さらに、柔軟な
アレイ素子配置と広帯域化を実現するため laser SPACE を開発し、閉じた疲労き裂(A7075)
でその有効性を示した。
謝辞
本研究の一部は、学術振興会科学研究費補助金および原子力安全基盤調査研究の補助によ
り行われた。
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