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欧州通貨統合 と EMS

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欧州通貨統合 と EMS
26
欧州通貨統合とEMS
r
有 馬
敏 則
1 は じ め に
ドルに対する不信感がいっそう強まった中で開かれた1978年4月6,7日の
コペンハーゲンにおける欧州理事会(EC首脳会議)で西ドイツのシュミット
首相は,欧州「通貨安定圏(azone of monetary stability)」構想を主唱した。
この構想は同年7月6,7日のブレーメンにおける欧州理事会で「欧州通貨制
度(European Monetary System, EMS)」の名称が与えられ,同年12月4,5
日ブラッセルで開催された同理事会において,1979年1月1日よりEMSが
発足することで合意に達した。 (ブラッセル合意)
しかし発足直前になり,EMSの提唱者である西ドイツ・フランズ両国間に,
EC共通農業政策の「国境調整金制度(Monetary Compensatory Amounts,
MCA)」の改廃をめぐって対立が生じ,1月1日発足が不可能となった。その
後両国の対立がようやく調整され,1979年3月12日からパリで開催中の欧州理
事会の同意をえた上でEMSは3月13日正式に発足した。(イギリスは不参加)
このように難産の末発足したEMSは,1979年9月24日と11月30日の2回通
貨調整を行ったもののすでに!年が経過しようとしている。EMSに対するこ
れまでの評価は,欧州統合への一歩前進と理念的には賛意を表する人が多いも
のの,その実効性については懐疑的・批判的な見方がかなり多いようである。現
時点でEMSに対する評価を下すのは,欧州統合に向けた壮大な実験の端緒に
ついたばかりであり,時期尚早の感を免れないが,EMSが今後も変動する国際
経済情勢の中で十分機能するか否かは,国際通貨制度改革においても,さらに
は国際通貨発行特権の観点からも看過することの出来ない重要な問題である。
欧州通貨統合とEMS 27
そこで,本稿ではEMSが発足するまでの欧州通貨統合の歴史,とくに共同
フロート以降の経緯とスネーク・システム挫折の要因を検討し,共同フn・一一ト
制とEMSの対比をしつつ, EMSの機能の検討とその意義,内包する諸問題
について考察することにしたい。
皿 EMS発足までの過程
1.通貨統合のあゆみ
EECが1958年1月1日に発足してから12年間は,通常,過渡期間と呼ばれ
1)
ており,関税同盟と農業共同市場の完成を目標とした。 (通貨統合のあゆみに
ついては〔付属資料1〕を参照のこと)すなわち,1968年7月1日に関税同盟
を,1970年2月に農業共同市場を完成し,種々の経済政策緊密化を図る経済通
貨統合を目指す段階へと移行しようとした。しかし,金融的統合を目標として
いなかったこの期間からすでに,農業共同市場における統一価格制度に通貨上
の即題が生じた。つまり,域内は従来通り各国の通貨主権で分断されているた
め,農作物の建て値だけに共通通貨単位を採用しても円滑な運営が困難であっ
わ
たからである。
1) この問題を詳しく分析しているものは島崎久弥「ヨー一・Pッパにおける通貨協力の歴
史的考察(上)(下)」『東京銀行月報』1979年2月号,同3月号,片山謙二編『ECの発
展と欧州統合』!977年,日本評論社,清水貞俊「欧州経済通貨同盟の発展」 『立命館
経済学』1979年2月,P. Coffey&J. R Presley, European Monetary Integration,
Macmillan, 197!. M. B. Krauss ed., The Economics of Jntegration, George Allen &
Unwin,1973.等がある。
2)現在ECでは農産物価格が固定的な欧州通貨単位(ECU)建てで設定されている。
この共通農産物価格をEC各国通貨建てに換算するのに使われる固定的換算レートが
緑の通貨(正式には代表相場)と呼ばれるものであるが,この緑の通貨と市場相場の
間には開きがあり,マルクの場合には緑のマルクがマルクの市場相場を下回り(過小
評価),フランス・フランや英ポンドは緑のフランや英ポンドがその市場相場を上回
っている。(過大評価)このように実勢為替相場が緑の相場よりも割安なフランスや英
国の場合,その農産物輸出価格(相手国通貨建て)が,緑の相場で相手国通貨建てに
換算して共通農産物価格を下回るので,その差額相場分を通貨調整金(国境調整金,
MCA)として徴収される。逆に西ドイツのように実勢の為替相場が緑の相場より割
高な国はその差額を補助金として支給される。詳しくは『為替市場』1979年1月,
1980年1月,『東銀週報』1979年2月!日号『金融財政事情』1979年4月9日号参照。
28
経済通貨同盟の結成が決められたのは1969年12月のことであり,そのための
特別委員会が設けられ,1970年10月に,域内通貨の完全・不可逆的な交換性の
確立,域内通貨の変動幅の段階的廃止,資本移動の完全な自由化を10年閲で達
成しようとする「ウェルナー報告」が発表された。この報告をもとに1980年ま
でに単一中央銀行,単一通貨などの完全な通貨統合達成を目標として,1971年
から3段階に分割されて推進されることとなった。しかし,第1段階の域内通
貨変動幅をドルに対して上下各0.6%に縮小させる計画は,1971年8月のドル
の金交換性停止のため挫折した。
その後ドルの切り下げを含む多角的通貨調整を経て1972年4月24日から域内
通貨相互間の変動幅上下2.25%,ドルに対しては上下4.5%の中で域内通貨の
みの変動幅で動く「トンネルの中のスネーク(蛇)」を発足させた。しかし,ス
T
第1図ECの ス ネ 一 ク
域内各国通貨の対ドル相場の立つ範囲
十2.25
2.25%o
→スネーク章﹁ヲネルを抜け出たスネーク﹂
ゲ中心相場
2.25%
A2 .25
一一
@ 「トンネルの中のスネーク」トンネル
欧州通貨統合とEMS 29
ネーク内部の変動幅の厳しい回持義務のため1972年6月英国が,1973年2月イ
タリアがスネークから離脱した。さらに1973年3月,ドル危機により国際通貨
不安が生じ,西ドイツ,フランス,ベルギー,ルクセンブルグ,オランダ,デ
ンマークの6力国による共同フロート(joint floating)に移行せざるをえなく
なった。EC各国通貨もドルに対して一斉にフP一ト制に移行したため,ドル
のトンネルはなくなり, 「トンネルを抜け出たスネーク」となった。
その後1973年末のオイル・ショヅクにより共同フロートは試練を受け,1974
年1月フランスがスネークから離脱(1975年7月に復帰)し,準参加国ノルウ
ェーのほか,5力国による「ミニ・スネーク」へと縮小した。さらに1976年3
月,フランスが再離脱したため,共同フロ・一一トには西ドイツ,ベネルックス,
デンマークのほか,準参加国ノルウェー,スウェーデンのみとなり, 「スネー
クは死んだ」と言われるようになった。
このような状況のなかで1977年6月から再び始まったドル不安を契機とし
て,欧州通貨安定の必要性が再認識され,1977年10月のジェンキンズEC委員
長の統一通貨構想演説,1977年11月蔵相理事会で検討され,1978年2,月に発
表,採択された「経済通貨統合の促進に関するEC委員会提案」,1978年2月
8日号と4月8日号の金融専門誌“Tendences”に発表された「バン・イペル
セルEC通貨評議会議長提案」が次々と行われた。イペルセル提案は,これま
での通貨構想の2大主柱である当面の対策(1976年1月に公表されたティソデ
マンス報告におけるスネークの拡大)と長期的目標(ジェンキンズ構想におけ
る単一通貨,単一中央銀行創立計画)を合成したEMSの青写真ともいえるも
のであった。この提案はEC各国の官民両界から評価され,前述したシュミッ
ト提案へ発展していくことになったものである。
2.スネーク・システム挫折の要因
〔付属資料1〕や前述のスネークの推移から,ECのスネーク・システムの
推移は挫折の歴史であったといえるであろう。つまり,英国やアイルランドが
「トンネルの中のスネーク」発足1ヵ月余,イタリヤは10ヵ月で離脱しフラン
30
スは「トンネルの中のスネーク」 「共同フP一ト」両方で離脱,復帰を繰りか
えし,究極的にはドイツ・マルクを中心としたミニ・フP一トに縮小したこと
からも,そういうことができるであろう。さらに,スネーク・システムから
EMSへ移らざるをえなかったこと自体もその現われといえるであろう。
EMSはスネーク・システムの後に発足したものであり,それ以前のシステ
ム挫折の要因を考察することは,1年あまりの経験しかないEMSの今後を展
望する上でも有益であろう。ではスネーク・システム挫折の要因はどのような
ものであろうか。
第1表 EC加盟諸国の経済指標
国
国内総生産(%前年比)
一〇.5
一〇.1
6.0
1.9
O.5
−2.6
5.6
2.6
フ ラ ン ス
2.8
0a3
4.6
3.0
アイルランド
1.4
0.4
3.2
5.6
イ タ リ ア
オ ラ ン ダ
4,2
−3.5
5.7
!.7
4,2
−1.2
4.6
2.7
48
−2.2
5.3
2.0
ルクセソブルグ
3.7
−8,3
2.8
1.1
英 国
一1.2
−1.9
3.0
0.6
L7 −L7
4.9
2.3
欧州共同体
国
別
消費者物価(%前年比)
!974 1 1975 1 !976 1 1977 1 1978
1974 1 197s 1 lg76 1 lg77 1 lg78
3.1
5.0
2.2
4.1
2.8
4.2
5.7
7.9
5.2
5,7
2.8
4.O
3.!
or.2
2.4
3.9
2.9
4.4
1
64
38
2!
260
70
46
59
87
58
94
05
19
47
24
27
50
55
75
5
5
14
14
49
46
04
36
70
35
25
0
5
デンマーク
西 ド イ ツ
ベ ル ギ ー
失 業 率(%)
lg74 1 lg7s 1 1976 [ 1977 1 lg7s
0
22
02
6!
82
726
17
29
20
62
別
経常収支(10億ドル)
lg74 1 1975 1 1676 1 lg77 L lg78
デンマーク
15.3
8.4
9.3
10,9
9,0
一1.O
一〇.6
一2,0
一1.7
西 ド イ ツ
7.0
6.3
4.4
3,9
3.3
IO.〇
4.3
3.7
3,5
3.7
フ ラ ン ス
13.4
11.7
9.9
9.!
9.0
二1:1
一〇.1
−6,1
−3,2
−2.1
アイルランド
15.2
21.8
17.0
13.6
7.0
o
−O. 2
−O.2
−O.4
イ タ リ ア
オ ラ ン ダ
21,0
17.6
17.9
18.0
!3.0
’:1?
一〇.5
−2 8
2.3
3.7
9,7
10.3
9,2
6.7
4.7
1.7
2.8
0.4
LO
ベ ル ギ ー
12,3
12.1
7.7
6.6
5.0 ] O.8
−O,3
O.1
ルクセソブルグ
9,5
10.7
9.8
6.7
3.5
03
0
英 国
16.4
23.3
15.5
14.3
8.2
欧州共同体
12.8
i2.8
10.0
9.1
一1.3
一8.2
一3,6
−2.0
0.3
LO
7.2 −11.0
1.5
−7.0
1.4
5,6
<出所>Thc Economic Situation in the Community 1978.
欧州通貨統合とEMS 31
まず第1に考えられるのはEC加盟各国間に経済格差が存在していることで
あろう。第1表はEC加盟各国のGNP,失業率,インフレ率,経常収支の前
年比の推移をみたものである。これから,スネーク・シ」k’テム継続国としての
西ドイツ,オランダ,ベルギー,デンマーク,スネーク・システム中途離脱国
フランス,共同フロート不参加国の英国,イタリアの3グループに分類するこ
とができる。
スネーク・システム継続国は第1表から,相対的にインフレ率も低水準,経
常収支も黒字ないし小幅の赤字にとどまっていることが読みとれる。ただデン
マークの場合は離脱したフランスに近い状態であるが, 〔付属資料!〕からも
わかるように,デンマーク・クP一ネのたび重なる切り下げとドィッ・マルク
の切り上げによって,どうにかスネーク・システムに参加可能であったといえ
るだろう。
中途離脱のフランスの場合は,デンマークの例からも類推できるように,ス
ネークの下限に張りつくとしても,スネーク・システムに残ることは十分可能
であっただろう。しかし,そのためにはフランス・フランの切り下げとドイツ
・マルクの切り上げを繰りかえさなければならず,国情からしてもフランスに
は耐えがたいものがあったのだろうと考えられる。
また共同フロートに参加しなかった英国,イタリアの場合は,インフレ率,
経常収支の点からだけ考えてみても,共同フP一ト継続が困難であったことは
明らかであろう。
通貨統合を行う場合,加盟国にインフレ率や生産性上昇率に著しい格差が生
じていると,弱い通貨国はデフレ政策,強い通貨国はインフレ政策を強いられ
ることになり,加盟国に大きな負担を課すことになる。また通貨投機の温床に
さえなりかねないといえるだろう。周知のようにEC内では,通貨統合のあり
方をめぐってマネタリスト,エコノミスト,構造論者の激しい対立がある。す
なわちマネタリストとは通貨統合のメリットを評価し,まず為替相場固定丁丁
の通貨的措置を先行させる立場であり,フランス,ベルギー,ルクセンブルグ
等があげられる。またエコノミストとは各国経済政策調整など経済的措置を先
32
行させ,その後に通貨的措置を考えようとする立場であり,西ドイツ,オラン
ダ,英国等があげられる。そして構造論者とは通貨統合の推進にあたって,共
同体水準で遂行される構造政策,地域政策を優先させるべきであるという立場
であり,イタリヤ,ベルギー等があげられる。マネタリストとエコノミストの
対立についていえぼ,純理論的には後者の考え方が正当であろう。しかし実現
おう
可能性など実践的には前者の方が近道であるといえるだろう。ただスネーク・
システムの動きをみる限りでは,エコノミストの立場が正しかったようであ
る。
第2のスネーク・システム挫折の要因としては,EC加盟国間の貿易構造の
相違によって,為替相場固定化につき合意がえられなかったことであろう。第
2表はEC加盟国の域内・域外輸出状況を示したものであるが, GNPや全輸
出に占める域内輸出割合が高いベルギー,ルクセンブルグ,アイルランド,オ
ランダと,相対的に低いデンマーク,西ドイツ,フランス,イタリア,英国と
は為替相場政策にも相違が出てくる。とくに全輸出に占める域内輸出の大きい
諸国は総じて,為替相場変動による為替リスクを回避するためスネーク・シス
テムに参加したが,全輸出に占める域内輸出の小さい英国は単独フロートの
道を選び,域外諸国への輸出拡大を図ったといえるだろう。
第3のスネーク・システム挫折の要因としては,投機資金の増加に対抗でき
る十分な介入資金がなかったことである。例えば1973年3月の共同フロート直
後の欧州通貨協力基金(FECOM)保有資金は30億ドルにすぎず,同年3月の
マルク投機における投機資金が60億ドルであったことを思えば,介入資金不足
の
が明らかであろう。1978年で154億UC(約200億ドル)まで拡大しているが,
1978年の西ドイツの買い支え資金240億マルク,共同フロ 一一ト維持の介入資金
80億マルクという点からも十分であるとはいえないであろう。
第4のスネーク・システム挫折の要因としては,スネーク・システムを実施
3)拙著『国際通貨発行特権と国際通貨制度』滋賀大学経済学部研究叢書第5号,1979
年,pp.!65−166。
4)三菱銀行『調査』1977年3・4月,1979年3月,大和銀行『調査月報』1979年6月。
欧州通貨統合と
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Nou的の頃
EMS
3幽
した時期が悪かったということがあげられる。すなわち国際通貨発行特権を保
持したアメリカが金融節度を顧慮しないで国際収支赤字を出し続けたため,
1960年代後半からドル不安を主因とする通貨投機が続発し,EC加盟国通貨も
しばしば投機の対象にされたこと,IMF(国際通貨基金)の改革が議論され,そ
の方向が決まらないうちにEC独自の考えでスネークを発足させたこと,1973
年2月から3月にかけて主要諸国がフロート制に移行したにもかかわらず,固
定相場制維持に固執したこと,1973年末のオイル・ショックにより加盟諸国の
経済格差が拡大したこと等々の悪材料が指摘できる。このような悪材料を背景
に為替相場の不安定性が増大したといえるだろう。
第5の要因としては第1の要因とも深くかかわりがあるのだが,加盟諸国間
ら の政治的統合意思や欧州精神の欠如であろう。国家主権や国内問題にプライオ
リティがある問は経済政策の協調も順調に行われず,スネーク・システムの挫
折はある程度予想されていたともいえるであろう。
3.EMS設立の誘因
1978年4月の欧州理事会から西ドイツのイニシアティブのもとに議論が展開
された「欧州通貨安定圏構想」すなわち「EMS構想」は,西ドイツが従来主
張してきたエコノミスト的見解からマネタリスト的見解に転換したように思わ
せる。すなわち,EMS導入による通貨安定の制度的枠組みを先行させて通貨
統合への一歩を踏み出すことにより,これまでは合意だけで実効のあがらなか
った経済政策の調整を促進し,逆に経済政策収率による経済同盟をつくりあげ
ようというものであり,フランスも同調したのはいうまでもない。
では,なぜ西ドイツが永年のエコノミスト的立場から,フランスの伝統的な
主張に歩みよる形でEMS構想を提案したのであろうか。まず第1にEMSの
発足に踏み切った経済的背景としては,国際通貨発行特権を乱用し金融節度を
守らなかったドルの弱体化によるEC通貨の乱高下があげられる。そして,こ
5) 『チンデマソス報告』ではこの点が強調されている。
欧州通貨統合とEMS 35
れがEC内の貿易や経済に悪影響を及ぼすのを防ごうとしたことが考えられ
る。前述したようにEC諸国は貿易依存度が高く,しかもEC域内の貿易が大
きな比重を占めている。為替相場が大きく変動すると貿易取引が阻害され,こ
れが不況を長びかせる要因とも考えられてきた。そこでECとしてはドル不安
から欧州通貨を守り,欧州通貨の安定を独自に進めていく必要に迫られていた
ロ
ということができる。
第2に考えられるのがマルクの基軸通貨化を回避しようとした西ドイツの政
治的意図であろう。すなわち今後の国際通貨体制はドルの基軸通貨としての役
割がドル不安等によって後退した分を他の通貨によって補完していかなければ
ならないと一般的に考えられている。その役割を果たすものとして当時,マル
ク,円がとりあげられ,いわゆるドル,マルク,円の三国通貨圏構想が議論さ
れていた。しかし西ドイツでは,マルクが基軸通貨となることによって経済政
策の節度が失なわれ,国際通貨発行特権による利益よりも費用の方が大きいと
考える人が多かった。そこで西ドイツとしては,マルクの負担の一部をEC加
盟国通貨に分担してもらい,それと引き換えに西ドイツはEMSの安定強化の
ために最大限の努力をしょうと考えていたものと思われる。
第3には通貨統合によるメリットの再認識である。つまり通貨統合は工業お
よび商業の合理化の効率を高め,これを発展させるうえで関税同盟だけの体制
よりも勝っている。強力な統一欧州通貨創出により,ECは数多くの短期的国
際収支問題から解放され,また為替リスクの減少により国際資本はより安定化
し,ECは新国際通貨の発行者として利益をえる地位に立つことができる。 EC
全体としての観点から経済政策を協調的に行うことにより,インフレの抑制,
アラ
雇用の促進,資源の地域的配分等を目指すことができるが,そのためには通貨
統合が大きな権進力を持つであろうという期待があったからである。
6) R. Hellmann, Gold, lhe Dollar and the EuroPean Czaf−reney Systenzs, Praeger
Pub,, !979.
7) European Documentation, 20 Nov., /977.
36
皿EMSの概要
1979年3月13日正式に発足したEMS(欧州通貨制度)の概要は〔付属資料
皿〕の「欧州通貨制度創設に関する文書」により概観できるが,EMSを従来
の共同フロートとの比較で作成したのが第3表と第4表である。
共同フロートとEMSの大きな相違点は
① 「欧州通貨単位(European Currency Unit, ECU)」の創設と「ヨーP
ッパ通貨基金(European MQnetary Fund, EMF)」の設立(予定)。
② 為替相場介入システムを多様化し,2国通貨間の変動幅のほか,ECUに
対する「乖離の限度(threshold of divergence)」である早期警戒指標が設けら
れたこと。
③ 信用供与制度の拡充により介入資金が拡大したこと。
④資源移転措置をとったこと。
であろう。以下各面について考察していくことにしよう。(EMFの創設につい
てはIV−1一(2)で述べる。)
1.ECUの創設とその機能
EMSではIMFのSDR(Special Drawing Rights)をまねて,その中心に
ECUを置いている。 ECUは為替相場の表示単位,介入等の操作の基礎,介
入,信用供与制度の表示単位,通貨当局間の決済手段等としてフルに利用され
ることになっている。ECUはEC加盟9力国通貨のバスケットで, ECUの
価値および構成は発足当初,EC予算や欧州投資銀行で使用されている「欧州
計算単位(European Unit of Account, EUA)」の価値と同一であるとされた。
EUAは1975年に導入された通貨バスケットによる計算単位で,構成通:貨のウ
ェイトは各構成国GNPの1969∼73年の5年平均額と域内貿易シェアおよび短
8) P. Grauwe & T. Peeters, “The EMS, Europe and the dollar”, The Banker,
April, 1979. “lntervention arrangements in the European Monetary System”, Banfe
げEngtand Qorarterl∠ソBulletin, June,1979.
欧州通貨統合とEMS 37
第3表 EMSと共同フロートとの比較
主藪削
参加国
共同フロー ト
西ドイツ.オランダ,ベ
ルギー,ルクセンブルグ
E M
s
相レ
場一
替心
為中ト
年12月12日脱退)
は準参加していたが1978
西ドイツ,オランダ,ベルギー,ルクセンブル
グ,デンマーク,フランス,イタリア,アイル
ランドのEC 8か国(英国は当面不参加),域外
国の参加も可能
相互平価方式(いわゆる
パリティ・グリヅド方式
相互平価方式,基準相場はEMS発足時のECU
デソマーク(ノル.ウェー
各通貨はEMUAに対し
基準相場を設定し,これ
をもとに通貨相互間の中
心ルートを計算。なお,
EMUAは一定量の金と
等価とされる。また,基
によ.り設定,ECUの価値は英国を含むEC通貨
バスケットにより計算,各通貨のECUに占め
るウェイトは発足時のEUAと同一(IECU=
IEUA),で発足後6ヵ月で見直し,その後5年
毎または,
ある通貨のウェイトが25%変化した
場合,要請に応じて再検討。
準相場は変更可能)
通貨相互間の変動幅は中
変動幅
心レートの上下2.5%。
原則は共同フP一トと同じ,ただし,これまで
単独にフロートしていた国は暫定的に上下6%
の変動幅を選択できる。 (しかし経済状況が許
す限り徐々に縮小される予定)イタリアは上下
変動幅の限界に達したと
き無制限の介入義務があ
る。
介入義務
6%を採用。
原則は共同フPt 一トと同じ。ただし,各国通貨
のECU相場が最大変動幅の75%に達した時点
を早期警戒指標とする。この指標に達した場合
①介入の多様化,②国内金融政策調整,③中心
レートの変更,④その他の経済政策の活用の措
置をとる。この措置が特殊事情でとれない場合
は,その理由が他国に示されなければならな
い。早期警戒指標は各国通貨ごとに定められ
る。
原則としてスネーク参加
国通貨により介入,ドル
介入通貨
共同フμ 一一トと同じ。
等による介入も可能。(実
際にはドルによる介入が
かなり行われている)
SDR. IMFポジション,
ドル等による決済。
決済原則
債務国が債権国通貨を保有している場合は,こ
れで決済。債権国通貨で決済できない額はECU
で決済,
(決済される額の50%を超えたECUは
受けとる義務はない。残りは従来の方法で決済
されるが,場合によっては金による決済も可能)
ECUが不足している国は配分以上に保有して
いる国やFECOMから,金,ドルを対価として
ECUを取得する。
欧州通貨協力基金(FEC
基 金
OM)が介入によって生
ずる多角的決済と超短
期,短期信用供与制度の
EMS発足後2年以内に欧州通貨基金(EMF)
か設立され,それまでの暫定期間はFECOMが
代行する。
管理を行う。
ECUの
創 出
なし
当初ECUは各国中央銀行がEMS発足時に保
有する外貨準備のうち,金およびドルの20%を
FECOMに預託することを見合いとして創出さ
れる。
〈出所〉 「欧州通貨制度(EMS)創設に関する丈書」,三菱銀行『調査』1979年3月,
『金融財政事清』1979年4月9日号,より作成。
38
第4表 信用供与制度の比較
短期通貨支援
超短期金融
期・・一・1・M・
EMS
共同フロート
中期金融援助
蝉フロEMS
EMS参加中 EC加盟国中 EC加盟国中 EC加盟 EC加盟
利用可能者 共同フP一ト
国政府 国政府
参加中央銀行 央銀行
央銀行
央銀行
EMUA
介入月の月末 期間3ヵ月,
期間3ヵ月,
から45日後 ただし,6カ ただし,6カ
後
入決3延利行の
月だ自Σ二歩均
翌たの能中定平
の︵正副各公術
月済日長はの算
表示単位
三三し動金銀合
返済期限
2一一5年 2一一5年
後
(ただし,3 月への延長可 月から9ヵ月
ヵ月の自動延 能
への延長も可
能
長可能)金利
は全EC中央
銀行の公定歩
合の加重平均
ECU
EUA
ECU
ECU
債務枠 績権枠 債務枠 債権枠 信用供与限度額
卯げ
ルセ
ギン
ベク
齪響
EMUA
580
1, !60
400
1, 035
90
180
260
520
180
465
600
1, 200
1, 740
3, 480
1, 200
3, 105
200
400
580
1, 160
400
1, 035
フ ラ ソ ス
600
1, 200
1, 740
3, 480
1, 200
3, 105
アイルランド
35
70
100
200
70
180
イ タ リ ア
400
8001 1, 160
2, 320
800
2, 070
イ ギ リ ス
600
3, 480
1, 200
3, 105
5, 450
デ ン マ 【
ク
400
[カ
200
無制限
西 ド イ ツ
無制限
オ ラ ソ ダ
そ の 他
1, 2001 1, 740
(ノルウェー
無制限)
計
2, 725
5, 4501 7, 900 15, 800
補 足 枠
3, OOO
3, OOOI 8, 800
8, 800
総 合 計
5, 725
16, 700
8, 450
24, 600
合
(14,000)
14, 100
(11, OOO)
〈出所>Compendium of Community Monetary Texts,『東銀週報』1979年1月25日,
『金融財政事情』1979年4月9日,より作成。
(注) 1 ()の数値はEMS設立決議にある「実際に利用可能な信用額」。
2 短期通:貨支援のEMS国別割合額は,共同フロートの国別割当額の比率で按
分し,端数をまるめた試算。
欧州通貨統合とEMS 39
;期通貨支援取決めの拠出比率を加味して,ドイツ・マルク(DM)27.3%,フ
ランス・フラン(F.Fr)19.5%,英ポンド(Stg,68)17.5%,リラ(Lit)14.0
%,ギルダー(Dfl)9. 0%,ベルギー・フラン(B. Fr)7.9%,ルクセンブル
グ・フラン(LFr)0,3%,アイルランド・ポンド(lr. S)1.5%,デンマーク・
クローネ(DKr)3.0%と決定されている。これに基づき
1EUA=DM O.828十Stg・f O.0885十F. Fr 1,15
十Lit 109十Dfl O.286十B. Fr 3,66十LFr O.14
十・DKr O.217十Ir.SO。00759
と表される。各構成通貨は毎日のブラッセル市場での各通貨の対ベルギー・フ
ラン相場から算出されたベルギー・フラン建のEUAの価値を自国市場の対ベ
ルギー・フラン相場で換算することにより,すべて対EUA換算比率を設定し
の
ている。(1978年12月末で1EUA=1.3768ドルであった。)
なおECUのウェイトはEMS発足後6ヵ月で見直し,その後5年毎か,あ
る国の通貨のウェイトが25%変化した場合,要請に応じて再検討することと
し,ECUの対外的価値が変化することのないように配慮している。
ところでECUの最初の発給は発足当初各国中央銀行が保有する外貨準備の
うち,金とドルのそれぞれ20%をFECOM(欧州通貨協力基金)に預託するこ
とにより行われることになり,規模は約250億ECUとみられていた。また創
出は参加国中央銀行とFECOMとの問の3ヵ月ごとのスワップ協定という形
式をとっている。そして各四半期当初にこのスワップ協定は更新されるが,そ
の間に生じた金,ドルの保有額と価値の変化を考慮して,各中央銀行の預託額
が少なくとも20%に維持されるようにしている。また問題になった金の評価は
最近6ヵ月間の市場価格の平均または最後の2営業日の市場価格の平均のいず
れか低い方とすることで合意された。ところでECUはドル, EC通貨, SDR,
金取得のため中央銀行相互間で使用できるようになっており,ドル準備減少に
対処するため,FECOMからドルを取得するときにも使用できることになっ
ている。
9) 『東銀週報』1979年1月25日号,European Documentation,20 March,1978.
40
2.為替相場と介入メカニズムおよび決済
(1)中心レート,基準相場
EMSに参加する各通貨はECUに対して中心レ・…トを設定し,これは参加
国通貨相互間の基準固定相場(パリティ・グリヅド,parity grid)を設定する
ために使われる。変動幅は基準相場をもとに通貨相互聞の最大乖離幅が2.25%
となるよう計算される。また変動幅はスネーク・システムのときと同一であ
る。ただスネーク・システムに参加していなかった国は最大乖離幅6%を選ぶ
ことができ,イタリアがこれを選択した。(なお上下2.25%あるいは6%とい
うのは公称であり,実際には上限の幅はこれより大きく,下限の幅は小幅にな
ユの
っている。)第5表に示される上限と下限は参加国通貨の為替市場相場がこの
水準に達したとき義務的介入が行われる限界点である。第5表は各国通貨間の
平価関係を相手国通貨単位で表示して網の目(グリッド)にしたもので,ここ
からパリティ・グリッドの名称がつけられるようになった。
パリティ・グリッド方式の利点は,上下限介入通貨が自動的にしかも明白に
確定することや,第5表の中に2度の基準相場変更にもかかわらず依然として
変更されていないものがあることからも理解できるように,ある通貨の基準相
場の変更が他通貨の基準相場を自動的に変更させないこと,EMSを離脱する
通貨があっても残りの諸通貨の上限・下限点は自動的には変動しないことなど
をあげることができる。(この逆がバスケット方式の欠点といえる)しかし,
EMS参加国通貨の強弱を平均的なもので判断しようとするとき,パリティ・
グリヅド方式は上下限にある2通貨が平均的価値から同程度乖離しているとは
限らず,この点パスット方式は優れているといえるだろう。
パリティ・グリッド方式は従来の共同フロートと同じ方式である。西ドイツ
は,前述したように変動幅の上下限に張りついた諸通貨が自動的に介入を実施
することになり,介入通貨の選択が自明であり,介入負担の分散化,基準相場
調整や参加国の変更があっても技術的に円滑に対応できること等々の理由によ
10) 『為替市場』1979年4月,25ページ。
欧州通貨統合とEMS
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マ.㊦
㊤.2
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ムームO、晋⇒9国
9PQ国
σっ
41
42
り強くこの方式を主張した。これに対し,英国などの弱体通貨国は通貨バスケ
ット方式を主張したが,これはEMSの中心にECUを定着させようとする精
神とも合致し,投機対策としても有効であり,弱体通貨国の調整負担軽減にも
な:るからである。なぜなら通貨バスケット方式は,介入の負担が基準相場から
上下いずれかの方向に乖離した通貨にしわよせされるからである。また弱体通
貨国の意思に反して為替相場がマルク等に追随して上昇することを防ぐことも
可能である。しかし,この方式によると,介入通貨選択が困難になるだけでな
く,強弱通貨国の利害が相反することになり,西ドイツと英国の問で激しい論
争が行われたことは周知のとおりである。そして1978年9月に開催されたEC
蔵相理事会にベルギーは,ECUを基準としてパリティ・グリッドを設定する
とともに,通貨バスケット方式を早期警戒指標として使用し,何らかの政策措
ユ 置の引き金とする妥協案を提出し,これで合意に達したのである。
(2)早期警戒指標による予防的措置
新しく導入された早期警戒指標は,前述のパリティ・グリッド方式の最大許
容変動幅に達する前に乖離の限度を示し,予防的措置をとるよう注意を促すと
ユの
いうものである。早期警戒指標は次の公式により設定されている。
乖離の限度(%)=最大許容限度幅×0.75×(1一当該通貨のウェイト)
(この場合の最大許容限度幅は,イタリヤ・リラ6%を除いては2.25%)
この公式は乖離指標としての各通貨の対ECU中心レート変動幅を基本的に
は,二国間の最大乖離幅の75%とするが,さらに各通貨のウェイトによって調
整しようとするものである。ECUバスケヅト内で重いウェイトを持つ通貨(例
11) J. Saloz, “Dollar lntervention Within the Snake”, IMF, Staff PaPer, March,
1977.武貞岩夫「新局面に入った国際通貨情勢」『世界経済評論』1979年1月。『東
京銀行月報』1979年3月。
12) Commission of the European Communities, European Economツ, July,1979.滝沢
健三「ECUはどこまで使用されるか」『国際金融』ユ979年4月15日号。『東銀週報』
1979年5月3日号。
欧州通貨統合とEMS 43
えばマルク)は,バスケット内の軽いウェイトを持つ通貨(例えばデンマー
ク・クローネ)に比べて,その変動によって,より大きな程度にバスケヅトを
動かすことになる。その結果,軽いウェイトの通貨は重いウェイトの通貨に比
べて,より早くその限度に達してしまうため,乖離の限度に対してウェイトに
よる調整が必要となるのである。
早期警戒指標においては,乖離の限度に達した一参加国のみが適切な措置
(多様化した介入,国内金融政策措置,中心レート変更,その他の経済政策)
をとることになっているが義務はない。しかし,特殊事情により上記の措置が
とられない場合には,その理由をその他の参加国に示さなければならない。ま
た弱体通貨国にとっては,この早期警戒指標により,強い通貨国が先に乖離の
限度に達し,強い通貨国の措置だけとなり,介入の負担がそれだけ軽減される
ことにもなるQ
(3)超短期金融
EMS参加国通貨の市場介入資金を賄う「超短期金融」のもとで,参加国中
央銀行は,額に限度がない相互クレジット・ラインを供与する。EMS通貨介
入から生ずる債権と債務は毎日のバスケット価値によってECUに換算され,
ヱの
FECOMの帳簿に記載される。このとき付される利子率はECUバスケットの
それぞれのウェイトで加重されたすべてのEC加盟中央銀行の公定歩合の平均
である。
ところで介入は原則としてEC通貨で行うことになっているが従来から,こ
の原則はあまり守られていないようである。したがってドル介入が禁止されて
13)ECUウェイト70%のA通貨と30%のB通貨を想定すると,他の条件が一定ならば,
A通貨が基準時のECUに対し10%変化すれば,この変化自体がECU価値を変化さ
せることにより,A通貨は結局ECUに対して3%しか変化しない。他方B通貨が基
準時のECUに対し10%変化すると, B通貨のウェイトは小さいのでECUに及ぼす
影響も小さく結局ECUに対し7%変化する。詳くくは,内藤純一一一一一『EMS(欧州通貨
制度)」教育社,1980年,第2章参照のこと。
14) 『為替市場』1979年5月号。
44
の
いるわけではなく,第2図に示されているように,介入の段階においてドルが
用いられると,ECUをはじめとするEC通貨の使用は不要なものになる。
第2図 介入と決済
鴫∵_閣灘議一一
礪鞭備1醗ご
EC通貨が介入用にいられる場合,それに必要なEC通貨当局間の超短;期の
信用供与の決済は,共同フロートの時は介入が行われた月の翌月末であった
が,EMSでは介入が行われた月の月末から45日後とさらに半月延長された。
そして決済当日,債務国が希望する場合は決済必要額のうち短期通貨支援の債
務者割当額まではこの枠を使って最長9ヵ月まで,さらに中期金融援助を使っ
て最長5年まで延長することが可能である。しかしながらこれらを超過するも
のは,それを決済する必要がある。
決済にあたって債務国中央銀行は第2図のようにまずその保有する債権国通
貨を用いて決済しなければならない。しかし,EC加盟国中央銀行はEC諸国
通貨を,ごく少額のワーキング・バランスとして保有しているにすぎない。し
たがって,債権国通貨で決済されるのは少額であろう。次に残る大部分の債務
のうち,債務国はその残余の50%まではECUで決済する権利を持っている。
この点が従来のスネーク・システムとは根本的に異なっているところでもあ
る。しかし,ECUによる決済とはEC加盟国間の信用供与に他ならず,利子
を支払う必要があり,それは超短期金融の利子と同率である。なぜなら,ECU
保有額が金,ドルの預託によってえたECUを上回っている国にはその超過分
に対して超短期金融と同率の利子が支払われ,下回っている国にはその不足分
15)滝沢建三「東京サミットと国際通貨問題」『世界経済評論』1979年6月号と,滝沢
建三,前掲論文より作成。
欧州通貨統合とEMS 45
に対する利子が徴収されるからである。
そして最後に残った部分は債権国の同意がある場合に限りECUで決済する
ことが可能であるが,同意がなければ債務国の準備資産の組合せによって決済
しなければならない。 (場合によっては金決済も可能)しかし,残余の部分の
決済は事実上ドル決済に近いものであろう。したがってECUによる決済が信
用供与の性格しかもたない段階では,最終的に何らかの通貨(主としてドル)
で決済せねばならず,ECのドルに対する依存度はECUの導入によってもあ
まり軽減されるとはいえないであろう。
3.信用供与制度の拡充
信用供与制度としては,前述した超短期金融と,短期通貨支援および中期金
融援助があげられる。超短期金融によってスネーク・システム開始以来,介入資
金のほとんどは調達されてきている。スネーク・システムと同様借入限度は無
制限であるが,債権・債務の表示単位は従来の等価値保:証があるEMUA(欧州
通貨計算単位,European Monetary Unit of Account,金1オンス=35 EMUA)
からECUへ変更されたQ
次に短期および中期の信用供与制度は,EMS発足後2年以内に新設される
予定のEMFに統合されることになっているが,それまでは現在のFECOMが
超短期金融と短;期通貨支援を,EC委員会が中期金融援助を管理するスネーク・
システムと同じ体制が継続される。
EMS発足により第4表にみられるように短期・中期の信用供与規模は57億
EMUAが167億ECUに,54.5億EUA(=ECU)が141億ECUに拡充さ
れ,「1ECU=1.3ドル」で換算すると約400億ドルの借り入れ枠が用意された
ことになる。また短期通貨支援の期間は従来の最長6ヵ月から最長9ヵ月へと
延長された。
スネーク・システム下では短期および中期の信用供与制度は1974年3月から
1975年12月にかけて,イタリヤがそれぞれ1回利用しただけだったが,今後は
条件も改善されたので活用されることが;期待されている。
46
4.EMSの資源移転措置
これは〔付属資料]1〕の「EMSに参加する経済不振加盟国の経済」の表題
のもとに5項目に分けて述べられている。これはEMSの枠内において相対的
に発展の遅れた参加国の経済構造を強化する措置,つまり資源移転による援助
の必要性を考慮しており,EMSが域内における通貨安定を目指した総合的計
画といわれるゆえんでもある。
IV EMSの評価と問題点
1.EMS発足後の推移
(1)EMSの通貨調整
発足後EMSが崩壊することなく存続できた理由として①ドルが,相対的に
安定していた,②イタリアが6%の変動幅を選択してEMSに参加した,③経
常収支赤字が続いたフランスやイタリヤが,経済政策改善を行い,現在黒字に
なっていること,④ベルギー,デンマークなどEMS発足以来通貨にある程度
の緊張があった国で,金融引締めならびに財政上の措置がとられたこと,⑤スネ
第6表 ドイツ・マルクの切り上げ幅
第7表 対ECU中心レー一一一ト変更率
(1979年9月24日)
(1ECU当り各通貨)
(新)
(旧)
(1979年9月24日)
変更率
(新)
(%)
(旧)饗野
D. M,
2. 48557
2. 51064
F. Fr.
2. 35568
2,30950
十2
F. Fr.
5.79831
Lit.
466, 460
457.314
一ト 2
Lit.
5.85522
1159.42
D. fl.
1. 10537
!,08370
D. fl.
16. 0307
15.7164
L£
0. 26921
0 263932
D. Kr.
2, 96348
2,82237
十2
十2
十2
十5
B.Fr.(L.Fr.)
B Fr. (L, Fr,)
1148,lor
2,747478 2.72077
39. 4582
39.8456
1, £
0. 66914) 0. 662638
D. Kr.
7. 36594
7.08592
il
新旧基準相場
(1DM当り各通貨)
:1
二1
−4
Stg.£* (0.649821)(0.663247)(十 2)
*英ポンドはEMS参加通貨ではないが,
ECU構成通貨であるため,形式的な対
ECU中心レートが設定されている。
〈出所〉『東銀週報』!979年10月11日号。
欧州通貨統合とEMS 4ア
ーク・システム不参加国が実勢に基づく平価でEMSに参加し,参加国も1978
年10月に平価調整を行ってEMS発足に備えたこと等々が考えられる。
しかしながら,1978年11月のドル防衛政策以来,英ポンド,カナダ・ドルを
除く主要国通貨に対して安定的に推移してきたドルは,1979年6月目軟化し,
7,月中旬以降やや回復したものの8月末にはまた下落しはじめ,9月17日に始
まる週では,アメリカ経済に対する不信感と,9月にはいり毎週20ドルずつ上
昇した金価格暴騰による国際通貨情勢への不安,ドルの対マルク1.80割れによ
る先行きへの懸念,EMS通貨調整を見込したマルク買い等からドルは下落し
続けた。その結果第6表に示されているように9月24日ドイツ・マルクは対デ
ンマーク・クローネ5%,その他通貨に対して2%それぞれ切り上げられ,対
16)
ECU中心レートも第7表のように新しく設定された。さらに1!月30日目はデ
ンマーク・クローネがEMS参加国通貨に対して5%切り下げを実施し第5表
第8表デンマーク・クローネの切り
第9表対ECU中心レート変更子
下げ幅(1979年11月30日)
新旧基準相場
(1979年11月30日)
(1ECU当り各通:貨)
1(ID.Kr.に当り各通貨)1割引率:
(0/0)
(新) (旧)
(新)
変更率
(旧)
(0/0)
iJI.一NIJM. IMIiJ. llgl1694s20s
2. 48557
十〇. 1
5,85522
十〇.1
Lit. (!ユ57.79)*
1159.42
十〇.1
D. fl. 1 2. 74362
2,74748
十〇.1
B. Fr,(L.Fr,)1 39, 7897
39.8456
十〇.1
D. M.
O.321373
O. 337441 F 一 5
F, Fr,
0.757054
0,794906 1一 or
Lit.
149.907
D. fl.
0,355237
O. 372998 1 一 5
B. Fr. (L. Fr.)
5. 15186
5. 40942 1 一 5
1. £ IO. 668201
0. 669141
十〇.1
0 0908426] 一 5
D. Kt E 7. 72336
7.36594
−4.9
1. £
i O−0865169
ls7.4Q3 1一 sl
(注)各国中銀発表ベース。
F. Er. 15. 847
*()内はリラの対デンマーク・クロー
ネ基準相場(中銀発表ペース)とデンマ
ーク・クローネの対ECU中心レートか
らの推定値。
〈出所〉『東銀週報』1979年12月13日号。
16)EMS参加閣僚・中品総裁会議のコミュニケでは,ドイツ・マルクのみが切り上げら
れたように表現されているが,実態はドイツ・マルクの2%切り上げとデンマーク・
クP一ネの3%切り下げといえるであろう。なお,対ECU切り上げ率の詳しい計算
は「東銀週報』1979年10月11日号,乖離指標の推移は『東銀週報』!979年12月13日
号。ECUの標準的な計算法は『為替市場』1979年4月号を参照。
48
と第8表のように新レートが設定された。
(2)EMFの創設案
EC加盟国首脳は1978年7月のブレーメンおよび同年12月のブリュッセルで
の欧州理事会でrEMS発足後2年以内にEMF(欧州通貨基金)を創設する」
ことで合意し,1979年ダブリンの欧州理事会でも再確認され,「1981年3月ま
でにEMFを創設する」ことで合意に達している。最:近(1980年2月15日付日
経新聞夕刊)明らかにされた三EMF創設の寒寒案のxxたたき台。xとなる「暫定
期間終了後のEMSの展開」の部内討議資料によれば, EMS安定のため準備
資産および決済通貨手段としてECUを全面的に活用すべきであると強調し,
EMF資本金として金を活用するとともに,「欧州中央銀行」ともいうべき欧
州通貨政策に関する新たな意思決定機構(関係国通貨当局者で構成)の設立を
示唆している。
この文書では将来のEMFとして, EMFの権限を極力抑えたミニマリスト
のケースから最大限の権限を与えたマキシマリストのケースまで4段階に分類
している。ミニマリストは既存のFECOMを基本的に踏襲し,超短期と短期
の信用供与の運営は各中央銀行の権限に,中;期信用供与は各国大蔵省の権限に
ゆだねようというものである。他方マキシマリストは超短期,短期,中期の信
用供与に関する一切の権限をEMFに集中させ,欧州中央銀行ともいえる新通
貨当局を設立し,通貨問題だけでなく広く経済政策全般に影響を及ぼすことが
できるようにするといった欧州通貨統合に直結する立場である。ブレーメンお
よびブラッセル欧州理事会での合意をそのまま実施するためには,マキシマリ
ストの考え方がもっとも妥当であるが,現実問題として各国の利害が絡み,
EMF創設にあたっては国方曲折が生ずるであろう。
2.EMSの問題点と影響
EMSに対する問題点や影響としては次のような分類ができるてあろう。
(!)EMSと第3国との関係
(a)EMSと参加国通貨その他の通貨の為替相場に対しては,短期的には安
欧州通貨統合とEMS 49
定的効果があるとしても長期的にはドル減価圧力を強め基軸通貨ドルの地位の
低下をもたらす可能性があり,国際通貨発行特権からの利益も減少するだろう。
(強力なEMFが創設されるとその傾向はいっそう強くなるであろう)
(b)EMSの通貨相互間に不均衡が生じたとき対ECU中心レートの変更が
行われるが,参加国の平価の調整が頻繁に起こるようになれば大規模な通貨投
機を招き,参加国以外の通貨にも投機が波及し,かえって国際通貨体制の混乱
を引き起こす可能性がある。
(c)EMSの安定は前述したようにドルの安定を抜きにしては考えられない。
(2)EMSとIMFの関係
(a)EMSはIMF規定に全面的に合致する(〔付属資料巫〕のV−3)とさ
れるが,為替相場操作回避とそれに対する厳しい監視を定めたIMF第4条と
基本的に矛盾する可能性がある。
(b)EMSにおける金の取扱いは,金の役割を漸減しようとするIMF合意
と相反する事態をつくりだす可能性がある。すなわち金の預託に対してECU
を発行することは,外貨準備の中に凍結されている公的保有金の活用へとつな
がるであろう。
(C)EMSにおける信用供与制度の大幅な拡充は,国際流動性,国際的準備
資産,外国為替持高にも大きな影響を及ぼし,IMF融資を受けないでもEMS
の融資で満たされる場合が多くなる。したがって,IMF資金はEMS非参加
国だけの資金源となってしまう恐れがある。
(d)EMSにおけるECUの発給は, IMFのSDRに少なからぬ打撃を与
える可能性がある。 (とくにEC加盟国以外にもECUが使われる場合)
(3)EMSとECの関係
(a)為替相場を維持するため過剰介入となりやすく,伸縮的為替相場変更を
怠ると過度の引締めなどによりデフレ効果を持ち,黒字国の成長を必要以上に
抑制する場合も生ずる。また赤字国にとっては,為替相場が介入により維持さ
れることによって,インフレ的政策をとりやすくなり節度がなくなる可能性も
ある。
50
(b>第2次石油ショックの影響からEMS参加国間の経済格差は更に広まり,
EMS内の二極分化は暫時高まって行く傾向が強く,経済の基礎的条件(ファ
ンダメンタルズ)の整合性がEMSを永続させるためには不可欠である。
(c)ECUの価値は通貨バスケットによるもので,インフレによる減価は免
がれない。金価値保証などにより,信認の強い通貨としてのECUの創出が望
まれる。
(d)スネーク・システムの挫折の要因はEMS発足後も解消されたとはいえ
ない。これまでのEMSに対する各国の議論は,介入点を決めるための価値基
準の選定といった技術的な問題やECUの使用法,信用供与の拡大といった問
題に集中され,もっとも重要な経済政策の協調については回避されてきた感が
ユの
強い。この点の議論をもっと行うべきである。
3.EMSの評価
EMFが創設されるまでの過渡的期間にある現在のEMSは,為替安定協定
の裏づけとして双務的な信用供与機能が量的に拡大されて,参加国中央銀行間
の資産決済がECU建てで実施されているにすぎない。 EMSが質量ともに充
実するためには強力な権限を持ったEMFの創出が必要である。
そしてEMSが成功するか否かはインフレ抑制重視の西ドイツ,オランダと,
経済成長重視のイギリス,フランス,イタリアなどとの間で経済政策協調がど
のように図られるか,共通農業政策の調整がどのように行われるかにかかって
いるといえるであろう。さらに欧州通貨統合が最適通貨地域となるか否かも経
済政策の協調にかかっているのである。
またECUがEC内において単一通貨としての地位を確立するためには,
ECUが民間でも使用可能になる(並行通貨)こと, EC加盟国間の平価を完
17)朝比奈秀夫「EMS一欧州のフェニックス(1×2)(3)(4)」『ファイナンス』19794月号,
5月号,8月号,9月号。島島久弥「欧州通貨安定圏構想の展開」『国際金融』1978
年7月1日号。『東銀週報』1979年12月13日号。“IMF Survey”19 March,1979. R.
Hellmann, ibid.,を参照。
欧州通貨統合とEMS 51
全固定化すること,EC加盟国から共同体への大幅な権限の移譲が必要であろ
う。単一通貨発行は通貨発行特権が共同体に移行することを意味するが,主要
な経済政策の決定権が共同体に移行しない限り,単一通貨発行の実効は期待で
きないし,欧州通貨統合が達成されたとはいえないであろう。
〔本稿は昭和54年度文部省科学研究費補助による研究の一部である〕
〔付属資料 工〕
EC通貨旭台をめぐる動き
1
EPU(欧州決済同盟)調印 l
1950.
9. Icj
1957,
3, 2Jr
Pt 一マ条約調印(EEC, EURATOMの設立条約調印)
1958.
L l
EEC発足
leJ67.
7. !
EEC, ECSC, EURATOMが統合されECとなる(西ドイツ,フラ
ンス,イタリア,ベルギー,オランダ,ルクセンブルグ参加)
1968.
7. !
EEC関税同盟完成,共通農業政策実施
1 9. 6 9.
2. 12
経済通貨政策調整に関する第1次バールプラン提出
!2. 1−2
ハーグ首脳会議でEECの「完成,強化,拡大」をうたった最終コ
ミュニケを採択
1970 2. 9
短期信用供与制度発足(20億ドル)
3 5
3段階からなる経済・通貨同盟8君臨計画(第2次バール・プラン)
を提出
10. 29
経済通貨同盟に関するウェルナー報告提出 3
1
経済通貨同盟第1段階決定(1月!日に遡ってスタート) 1
中期信用供与側度発足決定 …
1971, 2. 9
3. 22
1972. 4. 24
バーゼル協定発効,「為替相場変動幅縮小計画(トンネルの中のスi
ネーク)」発足(参力眠西ドイ。,・ランス,イタリア,べ,レ判
一,ルクセンブルグ,オランダ),超短期信用供与制度創設 1
5. 2
ro. 23
6. 23
英国,アイルランド,デンマーク, 「スネーク」に参加
レルゥ_・・ネー・」に鯵加
英国,アイルランド「スネーク」離脱
6. 27
デンマーク「スネーク」離脱
10. 10
1
デンマーク「スネーク」復帰
い973・!−1
拡大EC発足(英国,アイルランド,デンマークが加盟)
1 2. 13
イタリア「スネーク」離脱
3. 19
EC「スネーク」共同フロート発足(英,イタリア不参加,スウェー
デン準参加)ドイツ・マルク3%切り上げ
52
4. 3
欧州通貨協力基金設立決定
6. 29
ドイツ・マルク5.5%切り上げ
9. 17
オランダ・ギルダー5%切り上げ
11. 16
ノルウェー・クローネ5%切り上げ
1974. 1. 19
フランス「共同フロート」離脱
9. 16
経済通貨統合の再建に関する第1次フルカード提案
1975.. 4. 22
マルジョラン報告発表,マーケット・バスケット方式による新欧州
O
2O
1
通貨単位(EUA)発足
5。
V。
「スネーク」改革に対する第2次フルカード提案
バーゼル協定改正(金決済原則の撤廃)フランス「共同フロート」
復帰
1976. 1. 7
欧州同盟に関するティンデマンス報告発表(スネークの拡大)
3. 15
フランス「共同フロート」再離脱,オランダ,ベルギー,ルクセン
グルブ三国のミニ共同フロート停止,EMSの原型が認められる第
3次フルカード提案
7. 6
経済通貨統合促進に関するデューゼンベルグ提案
10. 18
共同フロートの多角的調整(ドイツ・マルク2%切り上げ,デンマ
ーク・クローネ4%切り下げ,スウェーデン・クローネ,ノルウェ
1977. 4. 4
デンマーク・クローネ,ノルウェー・クローネ3%切り下げ,スウ
ー・
Nローネ!0%切り下げ)
ェーデン・クF・・一ネ6%切り下げ
8. 29
スウェーデン「共同フロート」離脱,デンマーク・クローネ,ノル
ウェー・クローネ8%切り下げ
10. 27
ジェンキンズの統一通貨構想(フローレンス演説)
1978. 2
経済通貨統合促進に関するEC委員会5力凸計画発表(その後採択)
2. 8
実質的EMS構想のイペルセル提案
2. 13
ノルウェー・クローネ8%切り下げ
4. 6−7
EC首脳会議で共通経済戦略,新通貨制度についての討議
7. 6−7
EC首脳会議で共通経済戦略(新通貨制度を含む)に合意(ブレー
メン合意)
10. 16
ドイツ・マルクのデンマーク・クローネ,ノルウェー・クローネに
対する4%切り上げ,オランダ・ギルダー,ベルギー・フランに対
する2%切り上げ
12. 5
EC理事会, EMS創設に関する決議採択(ブラッセル合意)
1979. 3. 13
EMS発足
9. 24
EMS内での通貨調整(ドイツ・マルクはデンマーク・クローネに
対して5%切り上げ,その他の諸国に対して2%切り上げ)
欧州通貨統合とEMS 53
11. 30
EMSの通貨再調整(デンマーク・クローネ, EMS参加各通貨に対
して5%切り下げ)
〈出所〉 日本銀行調査局『調査月報』,『東京銀行月報』,三菱銀行調査部『調査』,片山
謙二編『ECの発展と欧州統合』内藤純一『EMS(欧州通貨制度)』吉野・藤田
編『国際金融論』有斐閣,1979年他より作成。
〔付属資料 丑〕
欧州通貨制度(EMS)創設に関する文書(全文)
欧州共同体(EC)各国首脳は12月4,5の両日,ブラッセルで欧州理事会を開き,欧州
通貨制度の創設と付帯問題について次のように決議した。
欧州通貨制度(EMS)
1.序 論
1.ブレーメンの欧州理事会で.「欧州安定圏につながるより緊密な通貨協力の確立を
目指す制度」に関して,討議が行われた。われわれは,このような安定園の確立が「高度
に望ましい目標」を成すと考え, 「永続的で有効な制度」を構想した。
2,今回の欧州理事会で,閣僚理事会やIECのその他機関が行った準備作業を綿密に検討
した結果,われわれは次の点で意見が一致した一EMSは!979年1月1日から創設される。
3.われわれは,赤字国,黒字国の双方に対して,内外ともに安定強化の実現を可能に
する政策をとることにより,EMSの永続的成功を確実にしょうと,堅く決意している。
4.以下の各章は主にEMSの初期段階を取り扱う。遅くともEMS発足の2年後,こ
のように確立された規則と手続きを統合して,最終的な制度に作り上げようという,われ
われの堅い決意は不変である。この制度は,7月6,7の両日,ブレーメンで開かれた欧州
理事会の結論のなかで予期されたように,欧州通貨基金(EMF)の創設に通じようし,欧
州通貨単位(ECU)を準備資産と決済手段として全面的に使用することも含むだろう。同
制度は,EC,加盟国双方のレベルでとられる適切な立法行為に基礎を置くものとなろう。
E.ECUとその各種機能
1.欧州通貨単位(ECU)がEMSの中心要素となる。 EMSの初期段階では, ECUの
価値と構成は現行の欧州計算単位(EUA)と同一である。
2.ECUは㈱為替相場メカニズムの表示単位(B)平均動向からの逸脱を計る指標を確立
するための基礎(c)介入メカニズム,信用メカニズム双方の運用上の表示単位(C)EC通貨当
54
局間の決済手段一として使用される。
3.ECUを構成する通貨の比重は, EMS発効から6ヵ月後,その後は5年ごとに,ま
たはいずれかの通貨の比重が25%変化した場合には要請に基づき,再検討され,必要があ
れば改定される。改定は相:互に受け入れられなければならず,改定自体がECUの対外価
値を修正する効果は持たない。改定は基礎的な経済基準を考慮して実施される。
皿.為替相場と介入メカニズム
1,各通貨はECUに結び付いた中心レートを持つ。これらの中心レートは,各通貨相
互間の為替相場の網の目(いわゆるパリティ・グリットを指す)を設定するのに用いられ
る。これら中心レートの2.25%に変動幅が設定される。EC加盟国のなかで現在,通貨を
単独フロートさせている国は,EMSの初期段階では,これより大きい,上下各6%まで
の変動幅を選ぶこともできるが,経済的条件が許し次第,これらの変動幅は段階的に縮小
されなければならない。初期段階で為替相場メカニズムに参加しないEC加盟国はあとの
段階で参加することができる。
2。中心レートの調整は,為替相場メカニズムに参加するすべての国とEC委員会が当
事者となる共通手続きのわく内における相互合意を条件として.実施される。為替相場政
策に関する重要決定は,ECのわく内で, EMS参加国とすべての非参加国間の相互的協議
の対象となる。
3。原則として,介入は参加国通貨で行われる。
4.変動幅によって定められた介入点に達した場合,参加国通貨による介入が義務付け
られる。
5。ECUバスケヅト方式が, EC通貨間の逸脱を探知する指標として使用される。各通
貨に対し,逸脱の引き金が,最大逸脱偏差値の75%の点に設定される。この引き金は,ウ
ェイトが引き金に達する可能性に及ぼす影響を除去するように計算される。
6,ある通貨が「逸脱の引き金」を越えたとぎは,その結果として,関係当局が適切な
措置,すなわち,(A)多様な介入,(B)国内金融政策上の措置,(C)中心レートの変更,(D)経済
政策上のその他の措置一をとることにより,状況を改めるとの推定が生じる。
特別の事情から,このような措置がとられない場合には,その理由が他国の当局に,と
くに「中央銀行間の協調」の際に,示されなければならない。必要な場合,閣僚理事会を
含め,ECの適当な場で,協議が行われる。これらの規則は6ヵ月後に,それまでに得た
欧州通貨統合とEMS 55
経験に照らして再検討する必要がある。その時点において逸脱した債権国,債務国によっ
て累積した不均衡に関する問題も,このときに検討の対象となる。
7.無制限の超短期信用資金が承認される。その決済は介入した月の末日から45日後に
行われるが,短期金融支援におけ’る借入割当額までの範囲内で,さらに3ヵ月間,融資を
更新することもできる。
8.決済手段を手元に置くため,各国中央銀行の現有金・ドル準備資産の2Q%を預託す
るのに対し,当初のECU資産が欧州通貨協力基金(FECOM)から提供される。この活
動は,一定額の更新可能なスワップ取り決めの形をとる。定期的な点検と適切な手続きの
履行によって,各国中央銀行がFECOMへのこれら預託準備の少なくとも20%を維持する
ことが保証される。為替相場メカニズムに参加しないEC加盟国は,上に示された,条件
により,この当初活動に参加することができる。
W 信用メカニズム
!.信用メカニズムは,EMS機能の初期段階では,現行の各種適用規則に分かれたま
ま,維持される。同メカニズムは,E瓢Sの最終段階では,単一の基金に統合される。
2.信用ファシリティの額は,実効的に準備可能な250億ECUにのぼる。その内訳は次
の通り。
短期金融支援一140億ECU
中期金融協力 110億ECU
3 短期金融支援の期間は,最初の延長の場合と同じ条件で,さらに3ヵ月,延長でき
る。
4.中期金融協力の拡大は,今から1979年6月30日までの間に行われる。その間,適切
な国内法をまだ準備できない国は,関係中央銀行間で暫定的な融資協定を結び,中;期割当
額の増加を可能にする。
V.第3国と国際機関
1,EMSが存続し,国際的に影響を持つためには,第3国に対する為替相場政策を調
整し,第3国の通貨当局とできるだけ協調を図ることが必要である。
2.ECと特別に緊密な経済,金融関係を持っている欧州諸国は,為替相場制度と介入
メカニズムに参加することができる。このような参加は中央銀行の協定に基づくものと
56
し,これらの協定は閣僚理事会とEC委員会に通知される。
3.EMSは現在および将来とも,国際通貨基金(IMF)の関係条項と完全に両立する。
VI.今後の手続き
1.EMSに関してとられた諸決定を実行に移すため,欧州理事会は,閣僚理事会が12
月18日,次のEC提案を検討し,決定を下すよう勧告する。
(A)FECOMが使用する計算単位(UA)を修正し, FECOMの活動にECUを導入し
て,その構成を定める理事会規則。
(B)FECOMが.通貨準備を引き受け’,決済手段として使用できるECUを加盟国通貨
当局に発行する権限を与える理事会規則。
(C)EMSが共通農業政策に及ぼす影響に関する理事会規則。
欧州理事会は,EMSの創設自体が,農産物価格や国境調整税,その他共通農業政策の
目的で設定されたすべての額の各国通貨表示に関し,1979年1月1日以前に現状の変更を
もたらすべきではないと考える。
欧州理事会は,永続的な国境調i整税を段階的に縮小させることの重要性を強調する。
2.欧州理事会は,EC委員会に対して,蔵相理事会が12月!8日の会議で決定を下すの
を可能にするため,有効期間内に,中期金融協力メカニズムの発足に関する1971年3月22
日理事会決定の修正を図る提案をするよう,要請する。
3.欧州理事会は,加盟国中央銀行に対して,次の点を要請する。
一上に述べた諸規則に従い,加盟国通貨間の変動幅縮小に関する1972年4月10日の協
定を修正すること(為替相場と介入メカニズムの項参照)。
4.欧州理事会は,加盟国中央銀行に対して,遅くとも1979年1月1日までに,短期金
融支援規則を以下のように修正するよう,要請する。
㈲ 加盟国中央銀行が引き出しうる借入割当額の総額は,79億ECUに達する。
(B)借入割当額の資金繰りのため,加盟国中央銀行が準備する貸付割当額は,!58億ECU
に増額する。
(C)補足的貸付額の総額は.補足的借入額の総額と同じく,88億ECUを超えることは
でぎない。
(D)拡大短期金融支援として与えられる信用の期間は,1期間3ケ月で,2回延長しうる。
欧州通貨統合とEMS 57
EMSに参加する経済不振加盟国の経済
○ 経済発展の見通し改善を図る幅広い戦略のわく内で,また参加国全員による権利,義
務の対称に基づき,主要関心事が,より大きな安定を達成するため,経済政策の一致を強
化することになければならぬとの事実を,われわれは強調する。この分野でのよりよい一
致を確保するため,蔵相理事会が調整の手続きを強化するよう,勧告する。
○ われわれは,政策および,経済運営の一致を確実にするのが容易ではない,という事
実を自覚している。従って.経済不振のEC加盟国の潜在的経済力を強めるため,各種の
措置をとることが重要である。これは第一に,当該加盟国に帰する課題であり,ECレベル
でとられる措置はこの点に関し,支援の役割を果たすことができるし,果たすはずである。
O EMSのわく内で,為替および介入メカニズムに実効的かつ全面的に参加する経済不振
の加盟国のために,ECレベルで以下の諸措置をとることで,欧州理事会は一致している。
1.EC諸機関と欧州投資銀行(EIB)が,5年の期間,特園条件付きの10億EUA(欧
州計算単位)にのぼる借款を毎年,これらの国のために用立てること,EC諸機関の場合
には,新規の融資手段を活用することを,欧州理事会は勧告する。
2.欧州理事会は,EC委員会に対して,この借款に3%の利子補給を与えるため,提
案を出すよう勧告し,これは次の方式によるものとする一この措置の費用総額は毎年2
億EUAずつのトランシュに分け,5年間で10億EUAを超えてはならない。
3.為替・介入メカニズムにその後実効的かつ全面的に参加する経済不振の加盟国はす
べて,上に示された融資限度のわく内で,このファシリティを享受する権利を持つ,同メ
カニズムに実効的かつ全面的に参加しない加盟国は,同制度に出資しないものとする。
4.このように準備された資金は,選定された産業基盤整備計画への融資に割り当てら
れるはずだが,加盟国内の特定産業の競争的地位を直接,間接にゆがめることは一切,避
けるのが適当だと了解される。
5.欧州理事会は,蔵相理事会に対して,関係措置が遅くとも1979年4月1日には発効
しうるような期限内に,前述の:諸提案について決定するよう,勧告する。EMS機能の初
期段階の終わりに,状況の再検討が行われる。
○ 加盟国の経済運営の一致増大とEC融資手段,とくに構造的不均衡の縮小のための資
金活用との関係について,EC委員会が研究するように,欧州理事会は勧告する。この研
究成果は,次回の欧州理事会で検討される。
〔本文書は駐日欧州共同体委員会代表部の許可をえて転載した〕
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