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ローズオイルの源を訪ねる - その2
「香りの迷宮を訪ねて」 (口ーズオイルの源を訪ねる - その2) 山本芳邦 ローズオイルと言ば、香水好きならブルガリアの名前をあげるだろう。 確かに、 ブルガリアンローズオイルほど魅惑的な香りは他に無い。数多くの名香にブレ ンドされてきたこの自然の恵みは、今も調香師達の溜め息混じりの賞賛に、恥じることな くあでやかに香り立つ。栽培の歴史と言う点ではトルコのほうが先輩ではあるが、 この地 に根をおろし、民族の伝統や文化と混じりあって発展してきた由来には不動の威厳を感 じる。 首都ソフィアから東へ約200キロ行ったところに、バラの産地、 カザンラク、モノロヴォ地 域がある。バルカン山脈とスレドナ・ゴラ山脈にはさまれた地域は「バラの谷」 と呼ばれ るが、実際にはかなり広大な平原が広がっている。 カザンラク周辺には紀元前300年のト ラキア人の遺跡が未だに眠っている。世界文化遺産にも登録されているのだが、世界で 初めて黄金文明を築いたと言われる民族の遺産は素晴らしい。それらの黄金の工芸品 が展示してある国立歴史博物館は必見の場所。そして黄金を崇めた人々の末裔たちがこ のバラを育み、黄金に匹敵する価値のローズオイルを生み出しているのだ。 香りのバラを育てる手間ひまは想像を絶するほど複雑で、気が遠くなるほど面倒である。 彼らはそれをコツコツと一年を通して行っているのだ。厳しい冬の間もその苗を土の下 で維持しなければならない。雪が降り積もる大地には春に芽吹くバラのエネルギーが蓄 えられている。雪は根にしっかりと水分を保ち、急激な気温の低下からも守ってくれる。バ ラにとって雪は恵みなのである。 バラの苗を選別して植え替えて行くには先ず品種の改良からやらなければいけない。 こ の地のバラはカザンリクと言う品種だが、専門家たちによってそれは毎年進化している らしい。少しでも収量が多いものへと改良されて5、6年ごとに植え替えられているのだが 、天候がそれを後押ししてくれるとは限らない。昨年の夏は暑すぎた。6月に入ってから急 に気温が上昇し、バラの花がいっせいに開花したためにバラ摘み作業が追いつかなか ったのだ。バラの生育自体は良かったものの収量は悪かった。香りを含んだ精油が蒸発 してしまったからだ。華やかな香りとは裏腹に、 自然との闘いは残酷で、時には虚しい結 果を容赦なくもたらしてくれる。 花の盛りには祭りが行われる。世界中から人が集まり町中がバラの香りに包まれる。民 族衣装で着飾った舞踊団が舞い踊る。女性コーラスの歌声はこの世のものとは思えわ れるないほど美しく、世界的にも有名である。稀有な自然の恵みに感謝を捧げるような 崇高な響きは、 ブルガリアンローズが神に選ばれた香りであると語いあげているかのよ うだ。私がいつも訪れる蒸留所にはもう一つ自慢のものがある。 カラカッチャン犬である 。大切なローズオイルを守ってくれているこの犬はブルガリア固有の種類だそうで、優し いがとても勇猛な犬である。時としてクマやオオカミを倒すこともあるそうだが、ローズ オイルの番犬とは何と優雅で平和な役回りだろうか。 山本香料株式会社 代表取締役社長(薬学博士)