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中国石油企業の対外直接投資戦略 - 横浜国立大学教育人間科学部紀要
中国石油企業の対外直接投資戦略 ── 1990 年代後半以降における国有企業経営の一側面── 周 揚 はじめに た 上 で,国際協調 を 出発点 と し た 石油戦略 を 展開する必要がある」と主張する.上述した 近年,石油価格の高騰を背景に中国の 3 大石 研究史を見ると,そのアプローチは様々だが, 油会社は,国際石油市場の新しいプレーヤーと 中国 は,経済発展 に よ る 石油 の 需給逼迫 に 直 して,益々成長し,注目を浴びている.とりわ 面 し て お り,国家安全保障 を 確保 す る た め, け,石油産業上流分野への直接投資を積極的に 石油企業 の 海外進出 を 始 め た.と い う 共通点 行 い,そ の 対外投資戦略 は 国際石油・エ ネ ル がある.したがって,彼らは,企業というよ ギー市場に大きな影響を与えている.本稿では り 国家 を 主役 と し,中国石油企業 の 海外投資 このような活発な中国石油企業の海外投資行動 を国家石油戦略に位置づけたのである.いわ に焦点を当て,企業論的視点から中国石油企業 ゆる国家制度論の観点である. による海外直接投資の意義を明らかにする. 一方,李樹清(1996)3)は「石油企業 の 海外 中国 の 石油産業,及 び 石油企業 の 海外投資 進出を促進することを通じ,上流と中流(探 には,従来多くの研究がなされてきた.王晶 鉱,開発,輸送,加工)分野をコントロールし, (2006)1)によれば,エネルギーの消費率の高さ 石油貿易における取引コストの削減を実現で は 中国経済・石油産業 に とって の 主要問題 で き る と 同時 に,海外投資 に よって,石油関連 あった.石油供給安全 を 確保 す る た め,石油 設備の輸出を増やし,雇用創出の効果もある」 使用を節約し,代替エネルギーの開発を促進す と,対外直接投資 の 意義 を 強調 し た.横井陽 べきであり,海外資源の獲得も石油安全保障の 一(2005)4)は,中国の石油産業の成長過程と 2) 手段の一つであると論じた.查道炯(2005) は, 要因 を 体系的 に,歴史的 に ま と め,中国 の 石 政治経済学 の 観点 か ら 中国 の 海外石油戦略 を 油産業(企業)が「市場経済化」の過程にあり, 分析 し,「中国 は 石油安全保障 を 実現 す る に 市場経済の主役は企業であるという視点を明 は,第 1 は 国内石油 の 生産 が 経済 と 社会 の 発 確に意識しなければならない,この観点の意 展に 需要 を 満足 できない.第 2 は制裁・封鎖 識 が 希薄 で あ る と,中国石油産業・企業 の ダ を加えられることによって,中国への供給途 イナミックな動向を理解できないと,指摘し 絶があり得るという 2 つの不安要素を認識し 1)王 晶「中国石油安全的经济学分析」中央民 族大学 博士論文,2006 年 . 2)查道炯『中国石油安全的国際政治経済学分析』 北京当代出版社,2005 年 . 3)李樹清「开展国际经济合作分享海外石油资源」 『国際経済合』 ,1996 年 . 4)横井陽一『中国の石油戦略─石油石化集団の 経営改革 と 石油安全保障』化学工業日報社,2005 年. 128 (496) 横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 4 号(2009 年 12 月) た.さ ら に,郭四志(2006)5)は,石油需要 が 活動が制限されてきたのである6). 高まる中,国内主力油田の老朽化により,原油 1978 年 に「改革・開放」の 実施 に 伴 い,国 生産が停滞している,よって,需要を満たすた 有企業改革 は 中国政府 の 重要 な 課題 と なって めに,石油会社は国のセキュリティの主役とし い る.中国国務院 は 1979 年 7 月 に「国営工業 て,国内外で積極的に探鉱・開発及び生産活動 企業の経営管理自主権の拡大に関する若干の規 を展開してきたことを強調した.これらの研究 定」を公布し,一部企業で企業基金制,利潤留 は企業が市場行動主役であるとのことに注目し 保制導入の形で,企業内部に利潤留保を求めて たが,海外直接投資と企業投資意思決定との関 いる.さらに,1980 年代後半から 1990 年代初 係に関する考察を行わなかった. めにかけて,経営自主権の拡大方式である「経 現代社会 の 経済活動 の 大部分 は,企業 を 通 営請負責任制(承包責任制)」が 導入 さ れ,そ じて行われている.投資決意を行う経済主体 の政策的意図は経営者や従業員に生産活動への は,いうまでもなく企業に他ならない.また, インセンティブを与えるとともに,政府の税収 現代 の 企業 は,具体的 に は,株式会社形態 を を安定的に確保することにあった 7). とっていることもよく知られた事実である. このような背景のもとで,中国政府は石油 中国 も「改革開放」以降,積極的 に 市場経済 産業の成長と企業生産活動の効率化を求める 化が図られてきて,国有企業の改革はその 1 た め,石油産業 を 対外開放 す る と 同時 に,行 つの現象である.したがって,本稿では株式 政 と 企業 と の 分離 を 試 み た.1982 年 に 中国 会社化 し た 中国 の 石油企業 の 海外直接投資 を 政府は海上油田の開発に乗り出すことを決定 企業論的アプローチから考察することを試み し,そして外国企業の協力を得るため,「対外 る. 協力海洋石油資源開発条例」 を公布して,対外 第Ⅰ章 中国の石油市場と 3 社寡占体制の成立 契約 の 受皿機関 と し て の 中国海洋石油総公司 (CNOOC:China National Offshore Oil Corp) Ⅰ―1 中国の石油企業の概況 を 設立 し た.ま た,1983 年 7 月 に 中国石油化 中国の石油企業とはいったいどのようなもの 工 総 公 司( SINOPEC:China Petrochemical なのか.ここでは,まず,企業論的アプローチ Corp)が 設立 さ れ た.こ れ は 中国石油産業 の前提としての中国における 3 大石油企業の組 の 下流分野 の 事業 を 統括 す る 国務院直属 の 織的特徴を見ることにしよう. 専業公司 で あった.中国石油天然 ガ ス 総公 1949 年から 1980 年代初頭まで,中国の石油 司( CNPC:China National Petroleum Corp) 産業は,集権的国家体制のもとで高度な管理体 の 設立 は 最 も 遅 く,1988 年 の こ と で あった. 制の下にあった.この時期の石油産業は以下の CNPC は 石油産業 の 上流分野事業 を 統括 す る ような特徴を持っていた.第 1 に,各工業管理 専業公司 で あった.さ ら に,国有企業改革 の 部門に分散していた石油企業が石油工業部に属 一環 と し て,石油企業各社 は 国務院 に 対 し て し,集権的な管理体制が形成された.第 2 に, 経済収益 を 高 め る た め の 請負案 を 提出 し た. 上下流の生産,加工,研究開発などの企業活動 請負 の 主 な 内容 は,①国家財政 へ の 上納利潤 が石油工業部の指令性計画により管理された. そして第 3 に,国家集権的な管理により,企業 5)郭四志『中国石油 メ ジャー エ ネ ル ギーセ キュリ ティの 主役 と 国際石油戦略』文眞堂,2006 年. 6)郭四志,前掲書,ページ 80. 7)これは企業が政府と請負契約を結んで,工 場長や工場指導グループが企業を請負,基準額の 所得税を納付した後の利潤の処分は企業自身に任 せる制度である.その期間は原則として 3 年間以 上とされる. 中国石油企業の対外直接投資戦略(周) (497) 129 表 1 中国 3 大石油企業の上場概要 親企業 CNPC Sinopec CNOOC 上場企業 Petro China Sinopec Corp CNOOC Ltd 上場時期 2000 年 4 月 2000 年 10 月 2001 年 2 月 株式発行数 175.58 億株 180.385 億株 16.4 億株 12.6 億ドル 調達額 28.9 億ドル 37.385 億ドル ADS 価格 16.44 ドル 20.645 ドル 15.4 ドル 上場証券取引所 香港,ニューヨーク 香港,ニューヨーク,ロンドン 香港,ニューヨーク 90% Sinopec 53% 中国系銀行 27% 67.50% 親企業他の持ち株率 他の株主 ExxonMobil - IPO の約 20% の 10 億ドル - BP IPO の約 20% の 6.2 億ドル IPO の 14% の 4.3 億ドル IPO の 13% の 2 億ドル Shell - IPO の 14% の 4.3 億ドル IPO の 20% の 3 億ドル 香港系など IPO の約 11% の 3.5 億ドル IPO の約 5.3% の 2 億ドル - 出所:各社の資料より作成 額,②主要生産品 の 生産量,③新技術開発, ある9).会社化した国有企業は法人財産権を付 新製品開発 の 開発基金,④製品品質 の 保証 な 与されて自律性を高め,政府との関係は会社 どの項目を含む.この請負は,政府に承認さ と大株主という関係になると同時に,独立的 れた範囲内の活動は行政から独立して行える な納税主体となることがはっきりしてくる. 企業経営体としての枠組みである.これはま このように市場経済体制への急速な移行に伴 た 企業刺激策 で も あ り,市場経済下 の 国有企 い,中国政府は,石油企業・産業の一層の効率 8) 業の自由裁量で活動できる第一歩であった . 化を目指し,中国版メジャーの創設を通じて競 1990 年代になると,中国の市場経済化や国 争体制を確立しようとすることになった.1998 有企業改革は新しい段階に入る.まず,1993 年中国政府は国務院直属のシンクタンクである 年 11 月 に,第 14 期 3 中全大会 で 採択 さ れ た 発展研究センターが,①総公司の持株会社化と 「社会主義市場経済体制樹立の若干の問題に関 ②上下流一体化の石油企業グループ構想などに す る 決議」に お い て,国有企業 の,①資産関 関する提案に基づき,それまで陸上油田開発を 係 の 明確化,②経営責任 の 明確,③行政管理 中心 に 操業 し て き た 中国石油天然 ガ ス 総公司 と企業経営の分離,④科学的経営管理など「現 (CNPC)と 石油精製・石油化学 を 事業中心 と 代企業制度確立」の 方針 が 打 ち 出 さ れ,国有 し て き た 中国石油化工総公司(SINOPEC)の 企業の株式化が公認された.会社制度の下で 資産を再配分し,それぞれを探鉱・開発から精 は財産権 が 明確化され,企業は法制的に行政 製・販売を担当する垂直統合型の 2 大グループ 部門と分離された独立的存在となる.これに に再編した.こうして,従来の政府機能を持っ よって,改革の最も重要な問題である企業と 政府間関係が根本的な変化を遂げているので 8)横井陽一,前掲書, ページ 7. 9)曹瑞林「 90 年代 の 企業・政府間関係 に 焦点 を 当 て て」 『政策科学』8 巻 1 号 立命館大学政策 科学会紀要,2000 年 9 月. 130 (498) 横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 4 号(2009 年 12 月) て い た CNPC と SINOPEC は 事業再編・改革 がら,自ら投資意思決定を行える組織へ変身し に よ り 自主経営,自己採算 の 法人実体 へ と 変 つつある. わった.新しい石油産業構造の下では,政府は 指令・行政命令などにより,経営活動に直接に Ⅰ―2 市場構造と企業成長目標 関与はできなくなった.政府による石油産業の 2000 年 に 入って 以来,中国石油産業 の 規制 管理は,国家の石油産業に関連する法律・政策 緩和が加速している.2004 年 7 月に中国国土 の下で,石油産業・企業活動を監督・指導する 資源部は CNPC の操業会社である Petro China ようになった.産業・企業分割による両石油石 に対して,南シナ海での探鉱・開発ライセンス 化集団の成立は,中央政府の財政資金の投入に を与えた.同社は陸域をテリトリーとし,探 よる石油の確保ではなく,企業活動に責任を負 鉱・開発を行っているが,今回が始めての国内 わせる市場経済体制下での石油エネルギー確保 での海洋油田への参入となった.これに対し, 10) のための打開策であった . もともと海洋油田での探鉱・開発を専門として さらに,翌年,中国政府は国有企業改革(企 いた CNOOC(中国海洋石油総公司)は陸上の 業構造改革─民営化・組織 の 国際標準化 に よ 探鉱・開発分野に参入することになっている. り,外国企業 に 対し競争力のある産業を育成 SINOPEC(中国石油化工集団公司)は 国土資 する)のパイロットケースとして,中国石油天 源部に渤海,東シナ海及び南シナ海の探鉱・開 然 ガ ス 総公司(CNPC) ,中国石油化工総公司 発ライセンスを申請しており,承認された.こ (SINOPEC)に「現代的な企業制度を有する中 れによって,陸上と海域のテリトリーを撤廃さ 国版石油メジャー」を目指し民営化,海外株式 れ,石油・天然ガス開発体制に競争原理を導入 上場を行うよう指示した.まず,3 大石油会社 されるようになった.このようにして,3 大石 はそれぞれ各社の中核操業子会社である「中国 油会社は中国の石油市場の主役でそれぞれ競争 海洋石油有限公司(CONIC Ltd) 」 (1999 年 9 優位 の 中核事業 を 形成 し な が ら,中国 の 石油 月) , 「中国石油天然 ガ ス 股份有限公司(Petro 産業の発展を牽引している(表 2,表 3).2007 China) 」 (1999 年 11 月) , 「中国石油化工股份 年現在,石油 の 探鉱・開発 の 上流分野 に お い 有 限 公 司( Sinopec) 」 ( 2000 年 2 月) を 設 立 ては,Petro China が優位性を持ち,シェアの し た.そ し て,Petro China は 2000 年 4 月 に 61% を 占 め て い る.石油精製 の 下流分野 に お 香港,ニューヨーク の 国際株式市場 に 株式 の い て は,Sinopec Corp が トップ に 立 ち,市場 一部を公開した.Sinopec は同年 10 月に香港, シェア の 42% に 達 し た.そ の 一方,CNOOC ニューヨーク,ロンドンの 3 市場に株式の一部 Ltd は沖合での石油・天然ガス生産に優位性を を,CNOOC Ltd は 2001 年 2 月 に 香港,ロ ン 持っている.中国石油市場は石油企業 3 社が大 ドンの株式市場に株式の一部をそれぞれ上場し きなプレゼンスを持ち,寡占構造が形成されて た.国際株式市場への上場実現の背後には,メ いる. ジャーズ と の「戦略的」な 提携関係 の 実現 が し か し,中国 の 石油産業 は WTO に 加盟 し あった.3 社の上場に当たって,戦略的出資家 て 以来,規制緩和 に 伴 い,民間・外資系企業 として,メジャーズは 3 社の株式の一部を引き が 石油下流市場 に 積極的 に 進出 し て い る.中 受けた.このように中国の 3 大石油企業は国有 国では 2002 年 1 月 1 日から原油輸入関税が今 企業改革の進展に伴い,株式会社形態をとりな までの 16 元/トンからゼロになり,ガソリン, 重油,潤滑油 の 輸入関税 は そ れ ぞ れ 加盟前 の 10)横井陽一,前掲書,ページ 19. 9%,12%,9% から 5%,6%,6% にまで下がっ た.また,今まで国家貿易のみであった原油・ 中国石油企業の対外直接投資戦略(周) (499) 131 表 2 中国の石油企業の原油・天然ガス生産量 (2007 年) 会社 原油生産量 (万バレル / 日) シェア (%) 天然ガス (億 cf) シェア (%) 合計 374 100 67 100 Petro China 228.14 61 52.26 78 Sinopec Corp 78.54 21 14.31 12 CNOOC Ltd 33.66 9 3.35 5 その他 33.66 9 3.35 5 出所:石油 3 社の年度報告より作成 表 3 中国の石油企業の精製処理能力(2008 年) 会社 精製処理能力 (万 b/d) シェア (%) 合計 1000 100 Petro China 320 32 Sinopec Corp 420 42 CNOOC Ltd 70 7 その他 190 19 出所:BP 統計,石油企業年報より作成 その他とは,地方政府傘下石油企業の生産量 製品輸入体制は,非国家貿易原油・製品輸入枠 日より外資に開放することになっている.外国 を設けるようになった.原油,製品に関しては, 企業には原油と石油製品の取扱も自由化され, 2002 年にガソリン,軽油,灯油,重油などの また,外資が 50% 以上の合弁事業も可能とな 石油製品 1,658 万トンの輸入が許可され,非国 り,進出・設置企業数などの制限もなくなるこ 家指定貿易公司による石油製品 400 万トン,原 の関税・非関税障壁の変化により,大手 3 社石 油 720 万トンが輸入を許可されている. しかも, 油企業のみによる石油輸入体制が打破されつつ そ の 原油・製品輸入量 は,毎年 15% 増加 し て ある. いる.小売・卸売市場においても規制緩和が実 さらに,国際メジャーなどの外国企業の探 施 さ れ た.2004 年 12 月 11 日 に 中国 は WTO 鉱開発,精製加工などはそれぞれ中国企業側 加盟による確約どおり,小売石油市場を外資に に対しコスト優位を持っている.メジャーに 開放した.外資はサービスステーション(SS) 比 べ,中国 の 探査 コ ス ト が 6.57 ド ル/バ レ ル を 30 ヶ所以内 な ら ば,外資 100% で 設置 す る で 3 ドル高く,開発コストは,4.58 ドル/バレ 11) ことができる .卸売市場は,2006 年 12 月 11 11)SS が 30 ヶ所以上 の 場合,中国側 と 合弁 で なければならず,かつ出資率はマジョリティにな ることができない. ル で,0.65 ド ル 高 く なって い る.ま た,精製 コストは 28.8 ドル/トンで,メジャーより 10 ドル/トン高くなっている.このほかに流通販 売分野の運営技術,製品の品質,ブランド及 び経営管理手法などでは中国企業が優れてい 横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 4 号(2009 年 12 月) 132 (500) る12).こ の よ う な 市場構造特徴 と 内外環境 の そ の『近代株式会社 と 私有財産』に お い て 経 変化を背景に,如何にして企業収益を確保し 営者支配論を展開したことは有名である.支 ながら,競争力を増強させるか,中国石油企 配形態 が「経営者支配」で あ る な ら ば,利潤 業にとっては大きな課題となっている. 動機から中立的な動機で経営されているとい 企業は,何によって,投資意思決定を行うか. 13) う こ と に な る.そ の 一方,宮崎義一 は 会社支 かつて,新古典派経済学のミクロ理論では , 配形態 の 増大 を 背景 に,バーリー= ミーン ズ 企業は利潤を最大化すべく意思決定を行うもの の仮説に対して修正を行い,「会社支配 」 の企 と想定される.また,限界収入(MR)と限界 業 の 活動動機 が 企業内部資金極大化 を 追求 す 費用(MC)が一致する販売量が利潤最大化の る と の 仮説 を 提起 し た.ま た,限界原理(利 条件となる.最適な生産量において,完全競争 潤極大化仮説)に対する批判として登場した 市場では限界費用(MC)と価格が一致してい の は ボーモ ル(1962)の 売上高極大化仮説 で ること,独占や寡占市場では MC が価格を下 あった.売上高極大化仮説とは,全部費用 プ ラ 回っていることなどが分かる14).このような新 ス最低利潤が全部収入に等しくなるところで, 古典派経済学によるミクロ分析は,今日におけ 生産量と価格が決定されるというのである.販 る主流派経済学による企業分析である. しかし, 路の拡大が期待される場合には,市場占拠率 新古典派理論の限界分析は企業の内部組織とか の確保または拡張を意図する売上高極大化仮 構成範囲とか,その意思決定のプロセスとか企 説が有効である17).さらに,A. S. アイクナー18) 業行動の具体的な問題についてはあまり注意を は 巨大企業 の 性格 に よって,従来 の 伝統的 な 15) 払ってはいない .宮崎義一は,企業の発展を ミクロ分析上の用具に特定の修正をした.ア 考えるために,3 つのタイプの分業概念を理解 イクナーによれば,巨大企業の目標として企 する必要があると述べる.すなわち,①企業内 業自身 の 成長率 の 最大化 が 設定 さ れ る.具体 分業,②産業内分業,そして③社会的分業であ 的 に 述 べ れ ば,経上的支出 を 上回って 巨大企 る.また,企業論的アプローチというのは,3 業に流れ込む現金の量.すなわち,企業賦課 つのタイプの分業の中で,特に企業内分業の発 金の長期的成長率を最大化することなのであ 展していくプロセスを追求するということであ る.そ し て 寡占大企業 の 投資決定 は,資本 の ると指摘した16). 限界率 に よ る よ り は,企業売上高 の 期待成長 企業組織 の 内部 に お い て,議論 の 中心課題 率に大きく依存するとされたのである.一方, となったのは企業は誰かが支配するかとのこ ミ ン ス キーは19)企業投資 の 資金的条件,す な と で あった.バーリー= ミーン ズ(1932)が 12)郭四志,前掲書,ページ 413. 13)これを新古典派というのは,ワルラスの一 般均衡理論やマーシャルの部分均衡理論に始まり, ヒックスの『価値と資本』などを経て数学的に精 緻化された経済理論を,スミスやリカードの古典 派理論に対して,新古典派理論と呼ぶからである. 14)小田切宏之著『企業 の 経済学』東洋経済新 報社,2002 年,ページ 75. 15)宮崎義一『現代企業論入門 コーポ レ イ ト・ キャピタリズムを考える』有斐閣,昭和 60 年,ペー ジ 13. 16)宮崎義一,全掲書,ページ 55. 17)宮崎義一,全掲書,ページ 12. 18)巨大企業の性格とは,第1が経営の所有か らの分離であり,それは従来の価格設定におけるミ クロ的な行動基準に変更をもたらしたという.第 2 が固定的諸要素係数,あるいは固定的技術所係数を 持った複数工場での操業であり,これは従来の費用 曲線形状に変更をもたらしたのだという.そして第 3 に,少なくとも 1 つの寡占産業の一員であること, が指摘され,これは従来の収入曲線に独特の特徴を 付与したというのである.A. S. アイクナー著,川 口弘監訳『巨大企業と寡占─マクロ動学のミクロ的 基礎─』日本経済評論社,1983 年. 19)H. P. ミンスキー著,堀内昭義訳『ケインズ 理論とは何か』岩波書店,1999 年. 中国石油企業の対外直接投資戦略(周) (501) 133 表 4 石油企業 3 社の経営指標(2003 年~ 2008 年) CNPC 社 2003 年 2004 年 2005 年 2006 年 2007 年 2008 年 12730 売上高 4752.9 5706.8 6937 8684.8 10006.8 税引き前利益 736.7 1288.5 1769.7 1866.4 1919.8 1348 純利益 448.3 860.3 1225.7 1298.5 1344.6 916.5 資産総額 8082.8 9136.9 11602.2 14090 15990.2 18044.5 SINOPEC 社 2003 年 2004 年 2005 年 2006 年 2007 年 2008 年 売上高 4667 6343 8269 10624 12279 14624 税引き前利益 290 432 507 706 762 263 純利益 87 105 557 457 500 200 資産総額 5592 6203 7299 8755 10069 10448 CNOOC 社 2003 年 2004 年 2005 年 2006 年 2007 年 2008 年 売上高 538 709 889 1327 1620 1948 税引き前利益 150 242 388 490 565 678 純利益 74 118 191 240 420 527 資産総額 1198 1533 1914 2507 3090 4095 出所:3 社各年度の財務諸表より作成 わ ち 企業金融 へ 分析 を 深化 さ せ,「投資 に 当 投資行動については,アメリカ大企業の投資 たって外部金融にたよるということは現在の 行動は事業部門ごとに目標利潤率を基準にし 経済の著しい特徴である.投資計画が外部金 て展開されることを明らかにし,しかもこの 融に依存するようなると,投資計画に着手す 過程 は,企業買収 に よって 行 わ れ,株式市場 ることに価値があるかないかの判断は,予想 における株式の売買によって実現されるので キャッシュ・フ ローと 外部金融 か ら 生 じ る 費 ある,彼は,「現代の多国籍企業においては, 用とが比較されなければならない.したがっ かつての内部留保を充実させ,基本的に内部 て,資本市場 は 現代企業 の 投資行動 に お い て 資金の再投資によって企業規模の拡大が図ら 大きな意義を持っているといえよう」20).萩原 れるのではなく,株式市場を通じ企業再編が 21) 伸次郎(2005) は現代アメリカ多国籍企業の 20)ミンスキーによれば,企業の投資資金とし て理論上は3つの金融源泉が区別できるとしてい る.第1の源泉は,企業の経常的な運営には必要 とされない手持ちの現金及び現金と同様の資産で あ る.第 2 の 金融源泉 が,内部資金 で あ り,投資 財の生産の間に生じる粗利潤から租税と配当を差 し引いたものである.第 3 の金融源泉は,外部資 金である.これらの資金は,銀行あるいは他の金 融仲介業から借り入れるか,また社債を発行した り,株式を売り出したりして確保することができ る. 21)萩原伸次郎『世界経済 と 企業行動─現代 ア メリカ経済分析序説』大月書店,2005 年. 主役になったのであり,企業経営者にとって, 株式投資家 の 動 き を 無視 し て,企業経営 を 行 うことはもはや許されない時代となったとい えよう.」と論じた. 中国の 3 大石油企業は,所有権が国家にある が,株式会社形態をとり,自主経営権を有する 組織である.そのため,利益の獲得と企業の成 長を目的とするのは当然のことである.また, 内外市場環境の変化を背景に,企業の成長目標 は国家戦略目標と一致し,短期目標である利潤 の極大化というより,企業の持続的な成長とい う成長戦略を設定しなければならない.した 134 (502) 横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 4 号(2009 年 12 月) がって,当面,中国 の 石油企業 は 売上高規模, 引価格に基づいて中国国家発展改革委員会が設 総資産規模,内部利益留保額などの財務指標を 定し,これを基準に石油 2 大グループが市場で 拡大させることを通じて国際競争力の増強,市 の実際取引価格を決定するシステムである.す 場シェアの拡大を目指している. なわち,指標価格に対して,CNPC と Sinopec 近年,国際市場における原油価格の高騰も寄 は国家基準価格より上下 5% の範囲内で実際の 与し,中国石油企業は高い収益を確保できた. 市場取引の小売価格を決めることができる.な 表 4 が 示 し た よ う に,2007 年 ま で,売上高, お,CNPC と Sinopec は 政府 か ら 石油製品 の 税引き前利益,純利益,総資産の 4 指標は右上 卸売価格の決定権が与えられる22).その後,中 がりの成長を示している.2008 年における国 国政府は 2001 年 10 月に石油製品の指標価格に 際原油価格が急落したことは 3 社の上流事業の ついて変更を加えた.この変更の特徴は,政府 収益に大きな影響を与え,税引き前利益,純利 が石油製品の指標価格設定に際し,シンガポー 益の 減少 を も た らしたが,中国石油企業 3 社 ル市場だけではなく,ロッテルダム市場,ニュー は,売上高,総資産規模が拡大しつつある. ヨーク市場の月次 FOB 平均価格を適用するこ 第Ⅱ章 中国石油市場の特殊性と企業行動 と,さらに月別の製品価格調整を行わないこと である.具体的に国家発展改革委員会(NDRC) Ⅱ―1 石油価格体系の制約 が設定した指標価格に基づき,決められた範 1990 年代 ま で は,国内外 の 原油価格差 は 人 囲(政府基準価格 の 上下 8%)内 で CNPC と 為的に作られてきた.1970 年代から 1989 年ま SINOPEC が,地域販売市場ごとに小売価格を での約 20 年間,国内価格は同一価格に固定さ 決めて所属系列に通知するというものである. れてきた.1 トン当たり 100 元であった.他方, このような政府指導の価格制度のもとで,中 輸出の中心である原油輸出価格は 1983 年の最 国国内市場価格と国際市場価格とはリンクして 高 628 元になっている.国内価格は国際価格の おらず,大きく乖離している.国内主要都市(北 6 分の 1 の低水準だったことになる.中国石油 京)小売ガソリン価格と世界都市(ニューヨー 企業は政府の指令価格(低い価格)で販売する ク以外に)のガソリン小売価格との差が大きい. とともに,国家の計画による所定の生産・供給 なお,2005 年時点は,国内のガソリン価格は, 量を超えた原油は,国際市場価格を参照し,価 国際市場平均価格よりもトン当たり 1500 元安 格を決めて販売できることとなった.1994 年 5 いと言われている.中国の精製部門は,もと 月,中国政府は原油,石油製品の価格及び,石 もと効率が良いとはいえなかったが,製品価 油流通体制 の 弱点 を 補強 し,新 し い 市場秩序 格の価格差が加わり,精製すればするほど赤 を作る 「石油,石油流通体制改革」 政策を公布 字を抱えることになった.Sinopec Corp,並び した.い く つ か の改革措置で原油価格は調整 に Petro China は,国内より高く売れる製品の され,国際価格に近づけられた.さらに,1998 輸出を優先させ,あるいは製油所の定期点検を 年,国内原油価格が国際価格に完全にリンクさ 前倒しで行うなど,国内への供給を極力遅らせ れた. て対応しようとした.これに小売ブローカーの 一方,下流分野においては,中国政府は公共 投機的な動きや,消費者のパニック買いが加わ 輸送 や 農業 な ど への影響を考慮し,中国国内 の石油製品 の 取引価格を意図的に統制してき た.中国政府は 1998 年下半期から新しい「指 標価格制度」を 導入 し た.こ の 指標価格制度 は,シンガポール市場原油と石油製品の市場取 22)ただし,軍隊などといった特殊なエンドユー ザー向けの石油製品の卸売価格はこのケースに適 用しない.その価格レベルは,製油所出荷価格に 物流コストを加算した程度で,普通ユーザー向け の卸売価格より低くなる. ࿑㧝 ਛ࿖ߩ⍹ᴤ㔛⛎⁁ᴫ(1980㨪1998 中国石油企業の対外直接投資戦略(周) ᐕ) (503) 135 㪉㪌㪇㪇㪇 න䋺ਁ䊃䊮 㪉㪇㪇㪇㪇 㪈㪌㪇㪇㪇 㪈㪇㪇㪇㪇 㪌㪇㪇㪇 㪇 㪈㪐㪏㪇ᐕ 㪈㪐㪏㪌ᐕ 㪈㪐㪐㪇ᐕ 㪈㪐㪐㪊ᐕ ↢↥㊂ 㪈㪐㪐㪋ᐕ ᶖ⾌㊂ 㪈㪐㪐㪌ᐕ 㪈㪐㪐㪍ᐕ ャ 㪈㪐㪐㪎ᐕ 㪈㪐㪐㪏ᐕ ャ 出所:各年度石油年鑑に基づき作成 ᚲ㧦ฦᐕᐲ⍹ᴤᐕ㐓ߦၮߠ߈ᚑ 図 1 中国の石油需給状況(1980~1998 年) ࿑ ਛ࿖ߦ߅ߌࠆਥⷐᴤ↰ߩ↢↥㊂㧔නਁ࠻ࡦ㧕 り,製品供給が逼迫した.もともと,政府の価 㪎㪇㪇㪇 格統制が原因で起きた石油製品供給の逼迫であ 㪍㪇㪇㪇 るが,政府は問題解決に税の見直しによる輸出 は原油価格高騰で石油製品への価格転嫁が容易 抑制という手段を用いた.2005 年 8 月末,政 㪌㪇㪇㪇 府はガソリンやナフサの輸出にかかる増値税の 㪋㪇㪇㪇 還付23)を 2005 年 9 月 か ら 12 月末 ま で 暫定的 㪊㪇㪇㪇 に 廃止 す る 石油製品輸出抑制策 を 出 し た.ま 売などの下流分野における損失を上流分野の高 た,政府は 㪉㪇㪇㪇 2 大精製・販売業者である Sinopec Corp や Petro China に 対 し,製品 の 輸出 を 抑 㪈㪇㪇㪇 制し,国内への供給を増やすよう指示した.そ 㪇 の代わりに,石油精製事業の損失に中国財政部 㪈㪐㪐㪇ᐕ 㪈㪐㪐㪉ᐕ 㪈㪐㪐㪋ᐕ 㪈㪐㪐㪍ᐕ は損失補填 と し て補助金を付与する.統計に るだろう.「国内製品価格と国際市場価格をリ にできないため,高コスト体質での企業経営を 余儀なくせざるを得ない.各社は石油精製・販 価格の原油販売により補っている.したがって, 上流分野における原油の生産量の拡大は中国国 有石油企業にとっては,死活の経営課題といえ ンクさせず,価格乖離をもたらした統制価格政 策・制度を改革・廃止しない限り,根本的に国 内需要への安定的な生産・供給問題が解決され 㪈㪐㪐㪏ᐕ 㪉㪇㪇㪇ᐕ 㪉㪇㪇㪉ᐕ 㪉㪇㪇㪋ᐕ ることはなく,中国は石油セキュリティが不安 よると,2005 年,2006 年に政府の国内石油精 ᄢᘮ ൎ ㆯᴡ に晒されるであろう.そもそも製品価格をコン ㇱᴤ↰ ᶏᴤ↰ 製業に対する財政補助はそれぞれ 100 億元,50 トロール,安く抑えている価格政策はインフレ 億元であった 24). ᚲ㧦ฦᐕᐲߩ⍹ᴤᐕ㐓ࠃࠅᚑ 防止,経済のスムーズな発展を図る狙いである 企業成長最大化の目標を掲げた中国石油企業 が,国際石油価格の高騰の中,国内原油と製品 ਛ࿖ ᄢ⍹ᴤળ␠ߩᶏᄖ↢↥ਥⷐᜰᮡ ᐕ 価格の乖離で,中国政府はジレンマに陥ってい る」25). 䊒䊨䉳䉢䉪䊃㩷 ᮭ⋉ේᴤ㩷 23)こ の 増値税還付 は 2006 年 4 月 に は 完全 に ਥⷐㅴవ㩷 ળ␠㩷 廃止となった. ઙᢙ㩷 㩷 䋨䊱࿖䋩㩷 䋨ਁ䊃䊮䋩㩷 24)国家発展改革委員会の統計によると,2005 年から 2009 年現在までの間に,中国の石油製品の 㪋㪍㩷 ਛᄩ䉝䉳䉝䋬䉝䊐䊥䉦䈭䈬 㪉㪋 䊱࿖㩷 㪊㪇㪌㪇㩷 価格調整は計㪚㪥㪧㪚㩷 14 回行われたが,依然として国際石 油製品価格より低い. 25)郭四志,前掲書,ページ 363. 㪪㪠㪥㪦㪧㪜㪚㩷 㪉㪈㩷 ਛ᧲䈭䈬 㪉㪇 䊱࿖㩷 㪐㪇㪈㩷 㪚㪥㪦㪦㪚㩷 㪉㪇㩷 ᧲ධ䉝䉳䉝䋬⽕Ꮊ䈭䈬 㪈㪈 䊱࿖㩷 㪌㪏㪎㩷 ᚲ㧦 ᄢળ␠ߩᐕᐲႎ๔ࠃࠅᚑ 横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 4 号(2009 年 12 月) 136 (504) ࿑ ਛ࿖ߦ߅ߌࠆਥⷐᴤ↰ߩ↢↥㊂㧔නਁ࠻ࡦ㧕 㪎㪇㪇㪇 㪍㪇㪇㪇 㪌㪇㪇㪇 㪋㪇㪇㪇 㪊㪇㪇㪇 㪉㪇㪇㪇 㪈㪇㪇㪇 㪇 㪈㪐㪐㪇ᐕ 㪈㪐㪐㪉ᐕ 㪈㪐㪐㪋ᐕ ᄢᘮ 㪈㪐㪐㪍ᐕ ൎ ㆯᴡ 㪈㪐㪐㪏ᐕ ㇱᴤ↰ 㪉㪇㪇㪇ᐕ 㪉㪇㪇㪉ᐕ 㪉㪇㪇㪋ᐕ ᶏᴤ↰ 出所:各年度の石油年鑑より作成 ᚲ㧦ฦᐕᐲߩ⍹ᴤᐕ㐓ߦࠃࠅᚑ 図 2 中国における主要油田の生産量(単位 : 万トン) Ⅱ―2 国内原油生産の伸び悩み 国全体の 74.2% を占めたが,2004 年には 49.7% ߎߩࠃ߁ߥ⍹ᴤᏒ႐ࠍᎼࠆ⁁ᴫࠍ⢛᥊ߦ㧘ਛ࿖⍹ᴤડᬺߪߤߩࠃ߁ߥᚢ⇛ࠍዷ㐿ߒߡ 周知のように,1990 年代までは,中国は国 ࠆߩߛࠈ߁߆㧚 内に豊富な石油資源が埋蔵され,産油国として にまで落ち込んでいる. このような石油市場を巡る状況を背景に,中 世界に知られている.上述したように 1980 年 国石油企業はどのような戦略を展開しているの ߹ߕ㧘࿖ౝߢߪ㧘╙㧝ߦ᧲ㇱၞߢߩត㋶ߩᒝൻ㧘ᣢሽᴤ↰ ᄢᘮ㧘ൎ㧘ㆯᴡߥߤߩ 代に中国石油企業は内外原油価格差を利用し, だろうか. ࿁₸ߩะ㧘ᣂߒᴤ↰ߩ㐿⊒⌕ᚻߥߤߦࠃࠆේᴤቯ↢↥ߩታߢࠆ㧚╙ ߦㇱ 過剰原油を輸出することで外貨準備を稼いだ時 まず,国内では,第 1 に東部地域での探鉱の 期があった.しかし,経済の急成長を背景に中 強化,既存油田(大慶,勝利,遼河など)の回 ၞߩේᴤ↢↥Ⴧട㧘ᷳᶏ㧘᧲ࠪ࠽ᶏ㧘ධࠪ࠽ᶏߢߩត㋶㐿⊒ᒝൻߦࠃࠆၒ⬿㊂ߩჇട 国は 1993 年に石油製品の純輸入国に,1996 年 収率の向上,新しい油田の開発着手などによる ߦⓍᭂ⊛ߦขࠅ⚵ࠎߢࠆ㧚ߐࠄߦ㧘╙ ߦᶏᄖᵹಽ㊁ߦ߅ߡᶏᄖ⥄ਥ㐿⊒ࠍផㅴߒ 原油の純輸入国へ転じた. 原油安定生産の実現である.第 2 に西部地域で さ ら に,1990 年代後半 か ら 中国 の 石油需要 の原油生産増加,渤海,東シナ海,南シナ海で は,産業の発展,国民所得増大に伴うモータリ の探鉱開発強化による埋蔵量の増加に積極的に ߡ߅ࠅ㧘ᮭ⋉ࡌࠬේᴤߩ↢↥㊂ࠍᄢߐߖ㧘࿖ౝߦᜬߜㄟߺ㧘Ꮢ႐߳ଏ⛎ߔࠆ㧚 ߃߫㧘⍹ᴤᵹಽ㊁ߦ߅ߌࠆఝࠍᜬߟ %02% ߪ㧘ޟ࿖ౝᬺࠍ⿷႐ߦߒ㧘ᶏᄖᬺࠍ ゼーションの進展やエネルギー消費機器の普及 取り組んでいる.さらに,第 3 に海外上流分野 などにより,急速に増加している.2003 年に に お い て 海外自主開発 を 推進 し て お り,権益 お け る 中国石油 の 消費量 は 日本(2 億 4870 万 ベース原油の生産量を拡大させ,国内に持ち込 ዷ㐿ߒ㧘࿖㓙ൻ⚻༡㨯↢↥ࠍታᣉ↪߁ߣޠ࿖㓙⚻༡ᚢ⇛ࠍᛂߜߒߡࠆ㧚ߟ߹ࠅ㧘ᶏ トン)を抜いて,アメリカ(9 億 1430 万トン) み,市場へ供給する. ᄖㅴࠍⴕ㧘ᶏᄖߦ߅ߌࠆਛ࿖ߩ⍹ᴤ㨯ᄤὼࠟࠬ⾗Ḯࠪࠚࠕࠍᄢߒ㧘ߘߩ㧘ਅᵹㇱ㐷 に次いで, 世界第 2 位の 2 億 7520 万トンとなっ 例 え ば,石油上流分野 に お け る 優位 を 持 つ て い る.そ の 一方,国内 の 石油生産量 は 伸 び CNPC は,「国内事業を足場にし,海外事業を ߦ߅ߡ߽Ⓧᭂ⊛ߦᶏᄖߦ߅ߡวᑯ㨯⚻༡㨯↢↥ߩ࿖㓙ൻࠍ⋡ᜰߔ㧚․ߦᶏᄖត㋶㐿⊒㧘 悩んでいる.1990 年代後半からに入って以来, 展開し,国際化経営・生産を実施使用」という ᮭ⾈㨯⏕ߔࠆߎߣࠍㅢߓ㧘 %02% ߪᵹ⾗↥ࠍᒝൻ㨯ᄢߔࠆߩ߇ߘߩ࿖㓙⚻༡ᚢ⇛ߩ 既存の東部の大慶,勝利,遼河の 3 大油田は老 国際経営戦略を打ち出している.つまり,海外 ਛᔃߢࠆ㧚%0%2 ߪ⾗ᧄ㊄ 㧑ߩሶળ␠ߢࠆ %01&% ਛ࿖⍹ᴤᄤὼࠟࠬࢬ㐿⊒ม 朽化し,生産量はほぼ横ばいないし減産と停滞 進出を行い,海外における中国の石油・天然ガ している.1990 年の 3 大油田の原油生産は中 ス資源シェアを拡大し,その上,下流部門にお ߦኻᄖ⋥ធᛩ⾗ߣᶏᄖᛩ⾗ࡊࡠࠫࠚࠢ࠻ࠍᜂᒰߐߖ㧘 ߘߒߡ࿖ߦ߅ߌࠆ ߩㇱ⟑ߩ߶߆ߦ㧘 㧥ߩᶏᄖᡰ␠ߣ㧝ߩᶏᄖ⎇ⓥࡦ࠲ࠍ⸳┙ߒ %0%2 ߩᶏᄖᬺߩㆇ༡߮⎇ⓥ㐿⊒ࠍⴕ ࠊߖߡࠆ㧚 中国石油企業の対外直接投資戦略(周) (505) 137 いても積極的に海外において合弁・経営・生産 海外プロジェクトの契約に調印し,海外石油資 の国際化を目指す.特に海外探鉱開発,利権買 源の探査・開発を試み,技術や経営管理人材を 収・確保 す る こ と を 通 じ,CNPC は 上流資産 養成し,国際経営資源を蓄積し始めた段階であ を強化・拡大するのがその国際経営戦略の中心 る.展開期(1990 年代後期 か ら 現在)に お い である.CNCP は資本金 100% の子会社である ては,海外石油探鉱・開発について,より多く CNODC(中国石油天然 ガ ス 勘探開発公司)に 速やかに参入し,一定規模の国際生産を形成し, 対外直接投資 と 海外投資 プ ロ ジェク ト を 担当 また投資リスクのより低い良好な回収効果を期 させ,そして国における 11 の部署のほかに,9 待し,石油,天然ガス資源を占有できる比較的 の 海外支社 と 1 の 海外研究 セ ン ターを 設立 し 大型プロジェクトを落札,実施している.1990 CNCP の 海外事業 の 運営及 び 研究・開発 を 行 年代末に入って以後,中国石油企業の海外進出 わせている. は探鉱・開発の投資段階から投資回収段階へと 市場寡占によって超過利潤を確保することが 展開した26). できる中国国有石油企業は国内市場環境の制約 まず,海外上流分野において自主的な探鉱・ の下で,企業の急速な成長,競争力増強,長期 開発事業を重点的に行っている.また,海外で 的市場シェアの維持・拡大を実現するために, 生産した原油・石油製品は,輸送コスト上で不 海外における原油生産能力の増強に積極的に取 採算での部分を除き,ほとんど中国国内に持ち り組んでいるのである.海外で生産したコスト 込まれ,国内精製・販売されている.表 5 は 3 ベース原油を国内市場に持込み・供給し,上流 大国有企業の海外原油生産(権益ベース)の推 事業において超過利潤を確保することができ 移を示している.2000 年に入って以来,中国 る.また,内部留保で,海外会社・資産の買収, 石油企業の対外投資の拡大に伴い,海外石油生 現地生産など投資活動を展開し,生産能力,企 産量も確実に増加しつつある. 業資産増大,競争力の増強に繋がるという成長 2008 年 現 在(表 5,表 6),中 国 石 油 企 業 3 サイクルが成立している.これこそ中国石油企 社は,世界各地で 100 以上のプロジェクトを展 業による海外進出の真の意味だろう. 開し,生産した権益ベース原油が 4000 万トン 第Ⅲ章 中国石油企業の海外進出の論理 を上回っている.CNPC は最初の現地生産を始 めて以来,海外権益ベース原油生産量を着実に この章では中国石油企業はどのように海外進 拡大させつつある.2008 年の時点で,海外原 出を展開してきたのか,その過程・実績・戦略 油生産は 3050 万トンに達し,2003 年の生産量 特徴はどのようなものなのかを分析することを の 2 倍強である.一方,SINOPEC は,石油上 課題とする. 流部門 に お け る 海外進出・展開 は CNPC よ り 大幅に遅れている.これはもともと SINOPEC Ⅲ―1 海外進出の過程と実績 が石油下流部門専業として設立されたためであ 石油業界の最も大手である中国天然ガス総 る.しかしながら,国内需要の増大を背景に, 公司(CNPC)の カ ナ ダ・ア ル バータ North SINOPEC は経営・生産の国際化を企業の重要 Twing 油田 へ の 海外業務展開 が,中国石油企 な 経営戦略 と し て 位置 づ け,積極的 に 海外上 業の海外進出の幕開けとなった.現在に至るま 流分野への投資を進めている.2004 年時点で で,その業務展開は,2 つの段階を経てきた. の海外原油生産量は 20 万トンしかなかったが, 初期(1992─1995 年)においては,主として探 鉱事業のスタートであり,いわゆる海外進出の 初歩段階である.この段階は規模の大きくない 26)郭四志,前掲書,ページ 265. 横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 4 号(2009 年 12 月) 138 (506) 表 5 中国 3 大石油会社の海外生産主要指標(2008 年) 会社 プロジェクト 件数 主要進出先 (ヶ国) 権益原油 (万トン) CNPC 46 中央アジア,アフリカなど 24 ヶ国 3050 SINOPEC 21 中東など 20 ヶ国 901 CNOOC 20 東南アジア,豪州など 11 ヶ国 587 出所:3 大会社の年度報告より作成 表 6 3 社の原油生産実績の推移(単位 : 万トン) CNPC 社 2003 年 2004 年 2005 年 2006 年 2007 年 2008 年 総生産量 11694.6 12097.4 12597.6 13470.9 13762.4 13875 国内生産量 10401.5 10455.1 10594.3 10663.6 10764.6 10825 国外生産量 1293.1 1642.3 2003.3 2807.3 2997.8 3050 SINOPEC 社 2003 年 2004 年 2005 年 2006 年 2007 年 2008 年 総生産量 - 3881 4015 4566 4795 5081 国内生産量 3814 3861 3927 4016 4108 4180 国外生産量 - 20 88 550 687 901 CNOOC 社 2003 年 2004 年 2005 年 2006 年 2007 年 2008 年 総生産量 2811 2970 3197 3154 3055 3244 国内生産量 2224 2472 2781 2776 2688 2920 国外生産量 324 367 378 416 498 587 出所:3 大会社の年度報告より作成 2008 年現在,2004 年の 45 倍の 901 万トンの実 多国籍企業理論の進展に多大な影響を与えた 績を実現した.CNOOC も海上油田探鉱開発の のはいうまでもなくハイマー(S. Hymer 1960) 優位性を活用し,海外自主開発に取り込んでい の先駆研究であった.彼は,直接投資と証券投 る.CNPC,SINOPEC のようには飛躍的なパ 資を峻別することを強調した.企業が直接投 フォーマンスを示さなかったが,海外権益ベー 資 を 行 う の は,単 な る 利子率格差,利潤率格 スの原油生産量は着実に増えている. 差ではなく,個別企業がその個別の産業に投 資することによって本国においてその企業が Ⅲ―2 海外進出の論理 獲得する以上に効率の利潤を確保できるとい 周知のように,石油メジャーズが君臨してい う,個別企業に備わった競争条件の優位性に求 る国際石油産業における市場参加者間の競争が め た か ら で あった.キ ン ド ル バーガー(C. P. 非常に激しいのである.新規参入者としての中 Kindleberger, 1969)はこうしたハイマーの貢 国石油企業がどのようにして参入障壁の高い国 献を,資本移動論の延長ではなく,産業組織論 際石油上流分野に進出できたのか,興味深いこ に属すると明示的に位置づけ高く評価した27). とである.したがって,企業論的なアプローチ のもう第 2 の特徴である企業の多国籍化につい て,理論的に把握してみよう. 27)江夏健一,須藤信彦『多国籍企業論』八千 代出版株式会社,1993 年,ページ 51. 中国石油企業の対外直接投資戦略(周) (507) 139 その後,企業の優位性の源泉を探る寡占間競争 技術,ノウハウ及び国際合弁・合作経験を蓄積 に 基 づ く 多国籍企業研究 が 活発化 し た.バ ク した上で,行い始めたのである.いわゆる,技 レー=カソン(1976)の内部化理論もハイマー 術導入・吸収・改良・キャッチアップ方式であ (1968)の研究にその淵源が見られるといえよ る.中国石油企業は,中国石油産業とともに後 う.バクレー=カソン(1976)によれば,完全 発メリットを活用し,初期条件・植民地技術遺 競争市場においては市場取引を行うことでパ 産を継承した上で,技術導入・改良・開発を行 レート最適な資源配分が達成されるが,現実に い,政府の主導性・社会能力などを内部化し, は,市場は不完全競争の状態にあったり,ある 後発デメリットを克服し,キャッチアップして いは様々な市場の失敗に直面しているため,企 き た の で あ る30).中国 は 1970 年代末以来,建 業内部に市場取引を取り込むことで資源配分の 国初期(1950 ~ 60 年代)におけるソビエトを 効率性が改善されると主張したのである. 始めとした旧ソ連圏石油探査・生産技術を利用 ハイマー=キンドルバーガー理論によれば, した上で,大いに欧米などの先進国の技術を導 直接投資は国際資本移動論よりも産業組織論に 入してきた.これらの技術の代表例は,主に 属するという立場から,対外直接投資を行う企 1980 年代に導入した 3 次元地震探査,地震デー 業は,投資先における既存企業,あるいは潜在 タ処理,非地震物理探査などの探査技術,及び 的な競争企業に対して優位を持っていなければ 地層圧裂新工程 な ど の 坑内調査技術,と 1990 ならない,と主張する.キンドルバーガーによ 年代において導入した石油産業上流部門に関連 れば,直接投資を誘発する独占的優位として, した大型コンピュータ技術・設備及び数多くの 次の 4 つが挙げられる.①製品市場における完 ソフト技術である.これらの先進技術の導入に 全競争からの乖離28).②要素市場における完全 より,中国の油田の探査技術が向上し,よりよ 競争からの乖離.これには特許技術,または非 い探査効率がもたらされた.また,国際石油メ 公開技術 の 存在,資本調達 に お け る 差別化 の ジャー,外国石油企業との合弁事業を通じ,国 存在 な ど.③規模 の 内部経済 と 外部経済 が 存 際経営・生産に関するノウハウ・経験などの国 在し,垂直統合を通じて後者の利益を享受し 際経営資源を蓄積した. ている場合.④生産,あるいは参入に対する 第 2 の特徴は隙間戦略である.中国石油企業 政府の規制29). はメジャーと比べ,国際的に探鉱開発技術・ノ それでは,中国の石油企業はどのような優位 ウハウ特に産油国・地域に参入する経験が不足 性を持って進出を展開したのか,について考察 で,なるべくメジャーのコア探鉱開発地域に進 しよう.中国石油企業の海外進出戦略には次の 出するよりも,メジャーの関心の薄い地域ある ような特徴が見られる. いは影響力の弱い地域に参入する戦略をとった. まず,探鉱・開発技術上の競争力優位である. 例えば,スーダン,イラン,イラクなどの国・ 石油上流事業をメインとした中国石油産業の海 地域がそれである.これらの国・地域は一般的 外進出は,主に先進国からの技術導入・国内に に国際メジャーが入りにくい,国連とアメリカ おける陸上・海洋探査・開発に関する中外合弁 制裁対象となった地域である.CNPC が 1995 年 プロジェクトを経て,探鉱・生産・経営などの 以来保有しているスーダンにおける 6 つの鉱区, イラク鉱区とイランの鉱区,Sinopec の 2004 年 28)これは製品差別化,特別のマーケティング 技術,小売価格維持,管理価格などが含まれる. 29)佐藤定幸『多国籍企業の政治経済学』有斐閣, 1987 年,ページ 37. に調印したイラン Yadavaran 油田のバイバック 契約などはその例である.現在,これらの地域 30)郭四志,前掲書,ページ2. 140 (508) 横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 4 号(2009 年 12 月) において,中国石油企業は国際メジャーに比敵 石油会社を買収すると発表した.買収額は 41 する事業活動・能力を展開している. 億 8000 万 ド ル と なって い る.も ち ろ ん,中 第 3 の特徴は大型取引・購入契約を武器とす 国の買収案件はすべて成功したというわけで ることである.中国石油メジャーは上流事業に はない.例えば,CNOOC の Unocal に対する 参入,権益を確保する手段は相手側と大型取引 買収案 の 場合 は 失敗 に 終 わった.2005 年 6 月 契約 を 締結 し,そ れ に 伴 い,探鉱・開発契約 23 日,米国石油大手 Unocal Corporation に 対 を 締結,現地上流事業 の 権益 を 取得 す る.例 し,総額 185 億ドル(全額キャッシュ)を提示 え ば,CNOOC は 2002 年 に 豪州 NWSLNG コ し た.こ れ は,競争相手 の Chevron が 提出 し ンソーシアムから年間 325 万トン,25 年間の た 買収額 164 億 ド ル(キャッシュと 株式交換) LNG を購入することになったのに伴い,豪州 を 15 億ドル上回る大型買収である.それにも NWSLNG プロジェクトの上流権益の 5.56% を かかわらず,米国議会からの強い反発を招き, 取得 し た の で あ る.ま た,前述 し た 2004 年, CNOOC は買収案の取り下げを決定した.今回 Sinopec が Yadavaran 油田開発権 を 手 に い れ の買収案は,成功に結びつかなかったが,国際 るためにまずイラン国営石油ガス会社と LNG2 社会,特に石油・エネルギー業界に与えたイン 億 5000 万トンを購入することで合意した.そ パクトは極めて大きかった. れに伴い,イラン側との間で,順調にこの油田 企業・資産の買収に当たって,大規模の買収 開発とその原油の輸入の契約を締結した. 資金を調達することが重要である.3 社とも内 第 4 の特徴は他国ないし進出先の石油・天然 部資金に大きく依存している.近年,石油企業 ガス資産を保有する第 3 国石油企業の株式を買 2 社は国内市場における寡占地位を利用し,超 収,あるいはその譲渡を受けて権益を取得す 過利潤 を 確保 す る こ と が で き た.一方,中国 る方式 で あ る.買収の参入方式は,速やかに の 石油企業 は 外部資金 の 活用 に も 積極的 に 取 海外上流権益を確保し,企業の収益性,埋蔵量 り組んでいる.前述したように,中国 3 大石油 及び生産量を増大させる効果がある.2000 年 会社 は 子会社 を 海外上場 の 際 に 資本市場 か ら 以来,CNPC を 始 め と し た 3 大石油会社 の 対 大規模の資金調達をすることができた.3 大石 外進出案件は 70 数件となった.そのうち,現 油会社は株式上場している生産・操業子会社に 地と第 3 国の石油会社から全権益あるいは一 関して,海外権益・資産の買収により,常に企 部利益を買収した案件は 30 件以上に上ってい 業 の 収益性・成長性 を 内外投資家 に ア ピール る.例えば,カザフスタンでは,1990 年代中 し,株主から監督されているキャッシュフロー 期,行われたカザフスタン国営石油会社である を改善・活用し,企業規模の拡大,ポートフォ Aktobemunaigaz の民営化に伴う株式売却の入 リオの改善を図っている31).さらに,銀行など 札で,CNPC がメジャーなど企業を押さえて落 からの借入も 3 社にとって,重要な資金調達の 札した.これで CNPC は,カザフスタン国営 ルートである.中国政府は,海外における資源 石油会社 の 60% の 株式 を 取得 し,Aktyubisk 開発型企業 な ど に 対 し て,資金面 の 優遇策 を 油田もマネジメントすることになっている.同 提供している.例えば,2004 年 11 月 12 日に, 油田 は,カ ザ フ スタン北西部に位置し,原油 NDRC(国家発展改革委員会)と 中国輸出入銀 推定埋蔵量が 5 億トン近くである.2015 年ま 行は共同で通達を行い,国家奨励の海外投資の でに CNPC の投資総額は 43 億ドルに達する見 重点プロジェクトに対し,新たに低金利の優遇 込みである.さらに,2005 年 8 月に CNPC 傘 融資措置を与えている.すなわち,低金利融資 下の Petro China は,カザフスタンに油田の権 益を持つカナダのペトロカザフスタン(PK) 31)郭四志,前掲書,ページ 333. 中国石油企業の対外直接投資戦略(周) 措置は商業銀行の融資利率よりも 2 ポイント低 (509) 141 くする政策である32).このようにして,中国石 結びにかえて 油企業は様々なルートから潤沢な投資資金を調 本稿では,企業論的アプローチから,国際石 達し,それを海外企業・資産の買収に使用し, 油市場の新しいプレーヤーとして,急速な成長 着実に生産能力を拡大させているのである. を遂げた中国の石油企業による海外進出を考察 5 番目の特徴は石油外交である.中国石油メ してきた. ジャーの海外進出は,他の産業とは異なり最初 国内外市場環境の変化を背景に,株式会社化 から政府の有力な政治サポート,いわゆる政府 した中国の石油企業は,国内市場における寡占 と産油国・地域との石油・資源外交により,支 的優位を生かし,超過利潤を享受しながら,企 えられたのである. 中国政府は石油外交により, 業規模,生産能力の増強,市場シェアの拡大を 産油国・地域と良好な協力関係構築へ積極的に 目指している.しかしながら,中国政府の石油 取り組んでいる.産油国の場合は,1990 年代 価格政策の影響で,3 大石油会社は上流分野の に入り,中国はイランとの関係を一層拡大して 業績拡大に依存する経営体質を形成しつつあ おり,両国間政府要人の相互訪問が活発に行わ る.このような国内市場環境の制約のもとで, れた.2000 年 6 月に中国はイランハタミ大統 海外における生産能力の増強が中国石油企業に 領を招き,石油資源輸入・開発などの分野での とって,非常に重要な経営課題となっている. 協力関係を緊密にし,2001 年 1 月にイラン側 従来の研究では,中国石油企業の海外進出に と Zavarech-Kashan ブ ロック の 探鉱 バ イ バッ つ い て,国家体制論,政治経済学 な ど の 視角 ク契約を締結した.さらに 2002 年 4 月,江沢 か ら 論 じ る 場合 が 多 かった.つ ま り,中国経 民国家主席がイランを訪問し,ハタミ大統領と 済の高度成長を背景に,国家の石油安全保障を 経済・貿易交流関係の拡大の確認と原油・ガス 確保するため,中国の石油企業は海外石油資源 田開発協力などの合意文書に調印した. さらに, 獲得に熱中しているとするものであった.しか 対湾岸 6 カ 国 33) 関係 の 場合,中国政府要人 が し,株式会社化になった石油企業は,既に政府 中東歴訪,ペルシャ湾 6 カ国が加盟する湾岸協 の 行政管理 か ら 分離 し,自主経営 を 行って い 力強化会議(GCC)と 石油・エ ネ ル ギー分野 る.中国 3 大石油企業 は,2005 年 の 世界 トッ 協力強化で合意している. プ 100 石油大手企業 の ラ ン キ ン グ で CNPC, 中国政府側が産油国・地域との入念な外交を SINOPEC,CNOOC が そ れ ぞ れ 第 10 位,第 展開し,友好的な関係を保つことによって石油 27 位,第 54 位 と なって い る.さ ら に 純利益 企業が産油国での探査,開発分野へスムーズに は CNPC,SINOPEC,CNOOC それぞれ 4 位, 参入するための道を切り開いたのである.こう 15 位,26 位となっている.中国の石油企業は した政府の石油外交により支えられた産油国へ 国際石油・エネルギー市場において,大きなプ の進出は,中国石油事業の海外展開における重 レゼンスを築いている.したがって,企業論的 要な特徴である34). アプローチで中国石油企業の投資行動を考察す 32)ち な み に 同年 11 月時点 で,中国商業銀行 に お け る 1~ 3 年人民元貸 し 出 し 利息 は 5.67%と なっている. 33)クウェート,サウジアラビア,UAE,オマー ン,カタール,バーレーン. 34)横井陽一 ら 共著『躍動 す る 中国石油石化』 化学工業日報社,2007 年,ページ 78. ることが今後重要性を増すであろう.本稿はそ の嚆矢とならんとする一つの試みであった. 参考文献 王晶著「中国石油安全的经济学分析」中央民族大 学 博士論文,2006 年. 142 (510) 横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 4 号(2009 年 12 月) 李樹清「开展国际经济合作分享海外石油资源」 『国 際経済合作』1996 年. 查道炯『中国石油安全的国際政治経済学分析』北 京当代出版社,2005 年 . 横井陽一『中国 の 石油戦略』化学工業日報社, 2005 年. 郭四志『中国石油 メ ジャー─ エ ネ ル ギーセ キュ リティの主役と国際石油戦略』文眞堂,2006 年. 横井陽一ら共著『躍動する中国石油石化』化学工 業日報社,2007 年. 曹瑞林「 90 年代の企業・政府間関係に焦点を当 てて」『政策科学』8 巻 1 号 立命館大学政 策科学会紀要,2000 年 9 月. 小田切宏之『企業 の 経済学』東洋経済新報社, 2002 年. H. P. ミンスキー著,堀内昭義訳『ケインズ理論 とは何か』岩波書店,1999 年. A. S. ア イ ク ナー著,川口弘監訳『巨大企業 と 寡 占─マクロ動学のミクロ的基礎─』日本経済 評論社,1983 年. 宮崎義一『現代企業論入門コーポレイト・キャピ タリズムを考える』有斐閣,昭和 60 年. 萩原伸次郎『世界経済と企業行動─現代アメリカ 経済分析序説』大月書店,2005 年. 江夏健一,須藤信彦『多国籍企業論』八千代出版 株式会社,1993 年. 佐藤定幸『多国籍企業 の 政治経済学』有斐閣, 1987 年. [シュウ ヨ ウ 横浜国立大学大学院国際社会科 学研究科博士課程後期]