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中国石油企業の対外直接投資戦略 - 横浜国立大学教育人間科学部紀要

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中国石油企業の対外直接投資戦略 - 横浜国立大学教育人間科学部紀要
中国石油企業の対外直接投資戦略
── 1990 年代後半以降における国有企業経営の一側面──
周 揚
はじめに
た 上 で,国際協調 を 出発点 と し た 石油戦略 を
展開する必要がある」と主張する.上述した
近年,石油価格の高騰を背景に中国の 3 大石
研究史を見ると,そのアプローチは様々だが,
油会社は,国際石油市場の新しいプレーヤーと
中国 は,経済発展 に よ る 石油 の 需給逼迫 に 直
して,益々成長し,注目を浴びている.とりわ
面 し て お り,国家安全保障 を 確保 す る た め,
け,石油産業上流分野への直接投資を積極的に
石油企業 の 海外進出 を 始 め た.と い う 共通点
行 い,そ の 対外投資戦略 は 国際石油・エ ネ ル
がある.したがって,彼らは,企業というよ
ギー市場に大きな影響を与えている.本稿では
り 国家 を 主役 と し,中国石油企業 の 海外投資
このような活発な中国石油企業の海外投資行動
を国家石油戦略に位置づけたのである.いわ
に焦点を当て,企業論的視点から中国石油企業
ゆる国家制度論の観点である.
による海外直接投資の意義を明らかにする.
一方,李樹清(1996)3)は「石油企業 の 海外
中国 の 石油産業,及 び 石油企業 の 海外投資
進出を促進することを通じ,上流と中流(探
には,従来多くの研究がなされてきた.王晶
鉱,開発,輸送,加工)分野をコントロールし,
(2006)1)によれば,エネルギーの消費率の高さ
石油貿易における取引コストの削減を実現で
は 中国経済・石油産業 に とって の 主要問題 で
き る と 同時 に,海外投資 に よって,石油関連
あった.石油供給安全 を 確保 す る た め,石油
設備の輸出を増やし,雇用創出の効果もある」
使用を節約し,代替エネルギーの開発を促進す
と,対外直接投資 の 意義 を 強調 し た.横井陽
べきであり,海外資源の獲得も石油安全保障の
一(2005)4)は,中国の石油産業の成長過程と
2)
手段の一つであると論じた.查道炯(2005)
は,
要因 を 体系的 に,歴史的 に ま と め,中国 の 石
政治経済学 の 観点 か ら 中国 の 海外石油戦略 を
油産業(企業)が「市場経済化」の過程にあり,
分析 し,「中国 は 石油安全保障 を 実現 す る に
市場経済の主役は企業であるという視点を明
は,第 1 は 国内石油 の 生産 が 経済 と 社会 の 発
確に意識しなければならない,この観点の意
展に 需要 を 満足 できない.第 2 は制裁・封鎖
識 が 希薄 で あ る と,中国石油産業・企業 の ダ
を加えられることによって,中国への供給途
イナミックな動向を理解できないと,指摘し
絶があり得るという 2 つの不安要素を認識し
1)王 晶「中国石油安全的经济学分析」中央民
族大学 博士論文,2006 年 .
2)查道炯『中国石油安全的国際政治経済学分析』
北京当代出版社,2005 年 .
3)李樹清「开展国际经济合作分享海外石油资源」
『国際経済合』
,1996 年 .
4)横井陽一『中国の石油戦略─石油石化集団の
経営改革 と 石油安全保障』化学工業日報社,2005
年.
128 (496)
横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 4 号(2009 年 12 月)
た.さ ら に,郭四志(2006)5)は,石油需要 が
活動が制限されてきたのである6).
高まる中,国内主力油田の老朽化により,原油
1978 年 に「改革・開放」の 実施 に 伴 い,国
生産が停滞している,よって,需要を満たすた
有企業改革 は 中国政府 の 重要 な 課題 と なって
めに,石油会社は国のセキュリティの主役とし
い る.中国国務院 は 1979 年 7 月 に「国営工業
て,国内外で積極的に探鉱・開発及び生産活動
企業の経営管理自主権の拡大に関する若干の規
を展開してきたことを強調した.これらの研究
定」を公布し,一部企業で企業基金制,利潤留
は企業が市場行動主役であるとのことに注目し
保制導入の形で,企業内部に利潤留保を求めて
たが,海外直接投資と企業投資意思決定との関
いる.さらに,1980 年代後半から 1990 年代初
係に関する考察を行わなかった.
めにかけて,経営自主権の拡大方式である「経
現代社会 の 経済活動 の 大部分 は,企業 を 通
営請負責任制(承包責任制)」が 導入 さ れ,そ
じて行われている.投資決意を行う経済主体
の政策的意図は経営者や従業員に生産活動への
は,いうまでもなく企業に他ならない.また,
インセンティブを与えるとともに,政府の税収
現代 の 企業 は,具体的 に は,株式会社形態 を
を安定的に確保することにあった 7).
とっていることもよく知られた事実である.
このような背景のもとで,中国政府は石油
中国 も「改革開放」以降,積極的 に 市場経済
産業の成長と企業生産活動の効率化を求める
化が図られてきて,国有企業の改革はその 1
た め,石油産業 を 対外開放 す る と 同時 に,行
つの現象である.したがって,本稿では株式
政 と 企業 と の 分離 を 試 み た.1982 年 に 中国
会社化 し た 中国 の 石油企業 の 海外直接投資 を
政府は海上油田の開発に乗り出すことを決定
企業論的アプローチから考察することを試み
し,そして外国企業の協力を得るため,「対外
る.
協力海洋石油資源開発条例」 を公布して,対外
第Ⅰ章 中国の石油市場と 3 社寡占体制の成立
契約 の 受皿機関 と し て の 中国海洋石油総公司
(CNOOC:China National Offshore Oil Corp)
Ⅰ―1 中国の石油企業の概況
を 設立 し た.ま た,1983 年 7 月 に 中国石油化
中国の石油企業とはいったいどのようなもの
工 総 公 司( SINOPEC:China Petrochemical
なのか.ここでは,まず,企業論的アプローチ
Corp)が 設立 さ れ た.こ れ は 中国石油産業
の前提としての中国における 3 大石油企業の組
の 下流分野 の 事業 を 統括 す る 国務院直属 の
織的特徴を見ることにしよう.
専業公司 で あった.中国石油天然 ガ ス 総公
1949 年から 1980 年代初頭まで,中国の石油
司( CNPC:China National Petroleum Corp)
産業は,集権的国家体制のもとで高度な管理体
の 設立 は 最 も 遅 く,1988 年 の こ と で あった.
制の下にあった.この時期の石油産業は以下の
CNPC は 石油産業 の 上流分野事業 を 統括 す る
ような特徴を持っていた.第 1 に,各工業管理
専業公司 で あった.さ ら に,国有企業改革 の
部門に分散していた石油企業が石油工業部に属
一環 と し て,石油企業各社 は 国務院 に 対 し て
し,集権的な管理体制が形成された.第 2 に,
経済収益 を 高 め る た め の 請負案 を 提出 し た.
上下流の生産,加工,研究開発などの企業活動
請負 の 主 な 内容 は,①国家財政 へ の 上納利潤
が石油工業部の指令性計画により管理された.
そして第 3 に,国家集権的な管理により,企業
5)郭四志『中国石油 メ ジャー エ ネ ル ギーセ
キュリ ティの 主役 と 国際石油戦略』文眞堂,2006
年.
6)郭四志,前掲書,ページ 80.
7)これは企業が政府と請負契約を結んで,工
場長や工場指導グループが企業を請負,基準額の
所得税を納付した後の利潤の処分は企業自身に任
せる制度である.その期間は原則として 3 年間以
上とされる.
中国石油企業の対外直接投資戦略(周)
(497) 129
表 1 中国 3 大石油企業の上場概要
親企業
CNPC
Sinopec
CNOOC
上場企業
Petro China
Sinopec Corp
CNOOC Ltd
上場時期
2000 年 4 月
2000 年 10 月
2001 年 2 月
株式発行数
175.58 億株
180.385 億株
16.4 億株
12.6 億ドル
調達額
28.9 億ドル
37.385 億ドル
ADS 価格
16.44 ドル
20.645 ドル
15.4 ドル
上場証券取引所
香港,ニューヨーク
香港,ニューヨーク,ロンドン
香港,ニューヨーク
90%
Sinopec 53% 中国系銀行 27%
67.50%
親企業他の持ち株率
他の株主
ExxonMobil
-
IPO の約 20% の 10 億ドル
-
BP
IPO の約 20% の 6.2 億ドル
IPO の 14% の 4.3 億ドル
IPO の 13% の 2 億ドル
Shell
-
IPO の 14% の 4.3 億ドル
IPO の 20% の 3 億ドル
香港系など
IPO の約 11% の 3.5 億ドル
IPO の約 5.3% の 2 億ドル
-
出所:各社の資料より作成
額,②主要生産品 の 生産量,③新技術開発,
ある9).会社化した国有企業は法人財産権を付
新製品開発 の 開発基金,④製品品質 の 保証 な
与されて自律性を高め,政府との関係は会社
どの項目を含む.この請負は,政府に承認さ
と大株主という関係になると同時に,独立的
れた範囲内の活動は行政から独立して行える
な納税主体となることがはっきりしてくる.
企業経営体としての枠組みである.これはま
このように市場経済体制への急速な移行に伴
た 企業刺激策 で も あ り,市場経済下 の 国有企
い,中国政府は,石油企業・産業の一層の効率
8)
業の自由裁量で活動できる第一歩であった .
化を目指し,中国版メジャーの創設を通じて競
1990 年代になると,中国の市場経済化や国
争体制を確立しようとすることになった.1998
有企業改革は新しい段階に入る.まず,1993
年中国政府は国務院直属のシンクタンクである
年 11 月 に,第 14 期 3 中全大会 で 採択 さ れ た
発展研究センターが,①総公司の持株会社化と
「社会主義市場経済体制樹立の若干の問題に関
②上下流一体化の石油企業グループ構想などに
す る 決議」に お い て,国有企業 の,①資産関
関する提案に基づき,それまで陸上油田開発を
係 の 明確化,②経営責任 の 明確,③行政管理
中心 に 操業 し て き た 中国石油天然 ガ ス 総公司
と企業経営の分離,④科学的経営管理など「現
(CNPC)と 石油精製・石油化学 を 事業中心 と
代企業制度確立」の 方針 が 打 ち 出 さ れ,国有
し て き た 中国石油化工総公司(SINOPEC)の
企業の株式化が公認された.会社制度の下で
資産を再配分し,それぞれを探鉱・開発から精
は財産権 が 明確化され,企業は法制的に行政
製・販売を担当する垂直統合型の 2 大グループ
部門と分離された独立的存在となる.これに
に再編した.こうして,従来の政府機能を持っ
よって,改革の最も重要な問題である企業と
政府間関係が根本的な変化を遂げているので
8)横井陽一,前掲書, ページ 7.
9)曹瑞林「 90 年代 の 企業・政府間関係 に 焦点
を 当 て て」
『政策科学』8 巻 1 号 立命館大学政策
科学会紀要,2000 年 9 月. 130 (498)
横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 4 号(2009 年 12 月)
て い た CNPC と SINOPEC は 事業再編・改革
がら,自ら投資意思決定を行える組織へ変身し
に よ り 自主経営,自己採算 の 法人実体 へ と 変
つつある.
わった.新しい石油産業構造の下では,政府は
指令・行政命令などにより,経営活動に直接に
Ⅰ―2 市場構造と企業成長目標
関与はできなくなった.政府による石油産業の
2000 年 に 入って 以来,中国石油産業 の 規制
管理は,国家の石油産業に関連する法律・政策
緩和が加速している.2004 年 7 月に中国国土
の下で,石油産業・企業活動を監督・指導する
資源部は CNPC の操業会社である Petro China
ようになった.産業・企業分割による両石油石
に対して,南シナ海での探鉱・開発ライセンス
化集団の成立は,中央政府の財政資金の投入に
を与えた.同社は陸域をテリトリーとし,探
よる石油の確保ではなく,企業活動に責任を負
鉱・開発を行っているが,今回が始めての国内
わせる市場経済体制下での石油エネルギー確保
での海洋油田への参入となった.これに対し,
10)
のための打開策であった .
もともと海洋油田での探鉱・開発を専門として
さらに,翌年,中国政府は国有企業改革(企
いた CNOOC(中国海洋石油総公司)は陸上の
業構造改革─民営化・組織 の 国際標準化 に よ
探鉱・開発分野に参入することになっている.
り,外国企業 に 対し競争力のある産業を育成
SINOPEC(中国石油化工集団公司)は 国土資
する)のパイロットケースとして,中国石油天
源部に渤海,東シナ海及び南シナ海の探鉱・開
然 ガ ス 総公司(CNPC)
,中国石油化工総公司
発ライセンスを申請しており,承認された.こ
(SINOPEC)に「現代的な企業制度を有する中
れによって,陸上と海域のテリトリーを撤廃さ
国版石油メジャー」を目指し民営化,海外株式
れ,石油・天然ガス開発体制に競争原理を導入
上場を行うよう指示した.まず,3 大石油会社
されるようになった.このようにして,3 大石
はそれぞれ各社の中核操業子会社である「中国
油会社は中国の石油市場の主役でそれぞれ競争
海洋石油有限公司(CONIC Ltd)
」
(1999 年 9
優位 の 中核事業 を 形成 し な が ら,中国 の 石油
月)
,
「中国石油天然 ガ ス 股份有限公司(Petro
産業の発展を牽引している(表 2,表 3).2007
China)
」
(1999 年 11 月)
,
「中国石油化工股份
年現在,石油 の 探鉱・開発 の 上流分野 に お い
有 限 公 司( Sinopec)
」
( 2000 年 2 月) を 設 立
ては,Petro China が優位性を持ち,シェアの
し た.そ し て,Petro China は 2000 年 4 月 に
61% を 占 め て い る.石油精製 の 下流分野 に お
香港,ニューヨーク の 国際株式市場 に 株式 の
い て は,Sinopec Corp が トップ に 立 ち,市場
一部を公開した.Sinopec は同年 10 月に香港,
シェア の 42% に 達 し た.そ の 一方,CNOOC
ニューヨーク,ロンドンの 3 市場に株式の一部
Ltd は沖合での石油・天然ガス生産に優位性を
を,CNOOC Ltd は 2001 年 2 月 に 香港,ロ ン
持っている.中国石油市場は石油企業 3 社が大
ドンの株式市場に株式の一部をそれぞれ上場し
きなプレゼンスを持ち,寡占構造が形成されて
た.国際株式市場への上場実現の背後には,メ
いる.
ジャーズ と の「戦略的」な 提携関係 の 実現 が
し か し,中国 の 石油産業 は WTO に 加盟 し
あった.3 社の上場に当たって,戦略的出資家
て 以来,規制緩和 に 伴 い,民間・外資系企業
として,メジャーズは 3 社の株式の一部を引き
が 石油下流市場 に 積極的 に 進出 し て い る.中
受けた.このように中国の 3 大石油企業は国有
国では 2002 年 1 月 1 日から原油輸入関税が今
企業改革の進展に伴い,株式会社形態をとりな
までの 16 元/トンからゼロになり,ガソリン,
重油,潤滑油 の 輸入関税 は そ れ ぞ れ 加盟前 の
10)横井陽一,前掲書,ページ 19.
9%,12%,9% から 5%,6%,6% にまで下がっ
た.また,今まで国家貿易のみであった原油・
中国石油企業の対外直接投資戦略(周)
(499) 131
表 2 中国の石油企業の原油・天然ガス生産量 (2007 年)
会社
原油生産量
(万バレル / 日)
シェア
(%)
天然ガス
(億 cf)
シェア
(%)
合計
374
100
67
100
Petro China
228.14
61
52.26
78
Sinopec Corp
78.54
21
14.31
12
CNOOC Ltd
33.66
9
3.35
5
その他
33.66
9
3.35
5
出所:石油 3 社の年度報告より作成
表 3 中国の石油企業の精製処理能力(2008 年)
会社 精製処理能力
(万 b/d)
シェア
(%)
合計
1000
100
Petro China
320
32
Sinopec Corp
420
42
CNOOC Ltd
70
7
その他
190
19
出所:BP 統計,石油企業年報より作成
その他とは,地方政府傘下石油企業の生産量
製品輸入体制は,非国家貿易原油・製品輸入枠
日より外資に開放することになっている.外国
を設けるようになった.原油,製品に関しては,
企業には原油と石油製品の取扱も自由化され,
2002 年にガソリン,軽油,灯油,重油などの
また,外資が 50% 以上の合弁事業も可能とな
石油製品 1,658 万トンの輸入が許可され,非国
り,進出・設置企業数などの制限もなくなるこ
家指定貿易公司による石油製品 400 万トン,原
の関税・非関税障壁の変化により,大手 3 社石
油 720 万トンが輸入を許可されている.
しかも,
油企業のみによる石油輸入体制が打破されつつ
そ の 原油・製品輸入量 は,毎年 15% 増加 し て
ある.
いる.小売・卸売市場においても規制緩和が実
さらに,国際メジャーなどの外国企業の探
施 さ れ た.2004 年 12 月 11 日 に 中国 は WTO
鉱開発,精製加工などはそれぞれ中国企業側
加盟による確約どおり,小売石油市場を外資に
に対しコスト優位を持っている.メジャーに
開放した.外資はサービスステーション(SS)
比 べ,中国 の 探査 コ ス ト が 6.57 ド ル/バ レ ル
を 30 ヶ所以内 な ら ば,外資 100% で 設置 す る
で 3 ドル高く,開発コストは,4.58 ドル/バレ
11)
ことができる .卸売市場は,2006 年 12 月 11
11)SS が 30 ヶ所以上 の 場合,中国側 と 合弁 で
なければならず,かつ出資率はマジョリティにな
ることができない.
ル で,0.65 ド ル 高 く なって い る.ま た,精製
コストは 28.8 ドル/トンで,メジャーより 10
ドル/トン高くなっている.このほかに流通販
売分野の運営技術,製品の品質,ブランド及
び経営管理手法などでは中国企業が優れてい
横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 4 号(2009 年 12 月)
132 (500)
る12).こ の よ う な 市場構造特徴 と 内外環境 の
そ の『近代株式会社 と 私有財産』に お い て 経
変化を背景に,如何にして企業収益を確保し
営者支配論を展開したことは有名である.支
ながら,競争力を増強させるか,中国石油企
配形態 が「経営者支配」で あ る な ら ば,利潤
業にとっては大きな課題となっている.
動機から中立的な動機で経営されているとい
企業は,何によって,投資意思決定を行うか.
13)
う こ と に な る.そ の 一方,宮崎義一 は 会社支
かつて,新古典派経済学のミクロ理論では ,
配形態 の 増大 を 背景 に,バーリー= ミーン ズ
企業は利潤を最大化すべく意思決定を行うもの
の仮説に対して修正を行い,「会社支配 」 の企
と想定される.また,限界収入(MR)と限界
業 の 活動動機 が 企業内部資金極大化 を 追求 す
費用(MC)が一致する販売量が利潤最大化の
る と の 仮説 を 提起 し た.ま た,限界原理(利
条件となる.最適な生産量において,完全競争
潤極大化仮説)に対する批判として登場した
市場では限界費用(MC)と価格が一致してい
の は ボーモ ル(1962)の 売上高極大化仮説 で
ること,独占や寡占市場では MC が価格を下
あった.売上高極大化仮説とは,全部費用 プ ラ
回っていることなどが分かる14).このような新
ス最低利潤が全部収入に等しくなるところで,
古典派経済学によるミクロ分析は,今日におけ
生産量と価格が決定されるというのである.販
る主流派経済学による企業分析である.
しかし,
路の拡大が期待される場合には,市場占拠率
新古典派理論の限界分析は企業の内部組織とか
の確保または拡張を意図する売上高極大化仮
構成範囲とか,その意思決定のプロセスとか企
説が有効である17).さらに,A.
S.
アイクナー18)
業行動の具体的な問題についてはあまり注意を
は 巨大企業 の 性格 に よって,従来 の 伝統的 な
15)
払ってはいない .宮崎義一は,企業の発展を
ミクロ分析上の用具に特定の修正をした.ア
考えるために,3 つのタイプの分業概念を理解
イクナーによれば,巨大企業の目標として企
する必要があると述べる.すなわち,①企業内
業自身 の 成長率 の 最大化 が 設定 さ れ る.具体
分業,②産業内分業,そして③社会的分業であ
的 に 述 べ れ ば,経上的支出 を 上回って 巨大企
る.また,企業論的アプローチというのは,3
業に流れ込む現金の量.すなわち,企業賦課
つのタイプの分業の中で,特に企業内分業の発
金の長期的成長率を最大化することなのであ
展していくプロセスを追求するということであ
る.そ し て 寡占大企業 の 投資決定 は,資本 の
ると指摘した16).
限界率 に よ る よ り は,企業売上高 の 期待成長
企業組織 の 内部 に お い て,議論 の 中心課題
率に大きく依存するとされたのである.一方,
となったのは企業は誰かが支配するかとのこ
ミ ン ス キーは19)企業投資 の 資金的条件,す な
と で あった.バーリー= ミーン ズ(1932)が
12)郭四志,前掲書,ページ 413.
13)これを新古典派というのは,ワルラスの一
般均衡理論やマーシャルの部分均衡理論に始まり,
ヒックスの『価値と資本』などを経て数学的に精
緻化された経済理論を,スミスやリカードの古典
派理論に対して,新古典派理論と呼ぶからである.
14)小田切宏之著『企業 の 経済学』東洋経済新
報社,2002 年,ページ 75.
15)宮崎義一『現代企業論入門 コーポ レ イ ト・
キャピタリズムを考える』有斐閣,昭和 60 年,ペー
ジ 13.
16)宮崎義一,全掲書,ページ 55.
17)宮崎義一,全掲書,ページ 12.
18)巨大企業の性格とは,第1が経営の所有か
らの分離であり,それは従来の価格設定におけるミ
クロ的な行動基準に変更をもたらしたという.第 2
が固定的諸要素係数,あるいは固定的技術所係数を
持った複数工場での操業であり,これは従来の費用
曲線形状に変更をもたらしたのだという.そして第
3 に,少なくとも 1 つの寡占産業の一員であること,
が指摘され,これは従来の収入曲線に独特の特徴を
付与したというのである.A. S. アイクナー著,川
口弘監訳『巨大企業と寡占─マクロ動学のミクロ的
基礎─』日本経済評論社,1983 年.
19)H. P. ミンスキー著,堀内昭義訳『ケインズ
理論とは何か』岩波書店,1999 年.
中国石油企業の対外直接投資戦略(周)
(501) 133
表 4 石油企業 3 社の経営指標(2003 年~ 2008 年)
CNPC 社
2003 年
2004 年
2005 年
2006 年
2007 年
2008 年
12730
売上高
4752.9
5706.8
6937
8684.8
10006.8
税引き前利益
736.7
1288.5
1769.7
1866.4
1919.8
1348
純利益
448.3
860.3
1225.7
1298.5
1344.6
916.5
資産総額
8082.8
9136.9
11602.2
14090
15990.2
18044.5
SINOPEC 社
2003 年
2004 年
2005 年
2006 年
2007 年
2008 年
売上高
4667
6343
8269
10624
12279
14624
税引き前利益
290
432
507
706
762
263
純利益
87
105
557
457
500
200
資産総額
5592
6203
7299
8755
10069
10448
CNOOC 社
2003 年
2004 年
2005 年
2006 年
2007 年
2008 年
売上高
538
709
889
1327
1620
1948
税引き前利益
150
242
388
490
565
678
純利益
74
118
191
240
420
527
資産総額
1198
1533
1914
2507
3090
4095
出所:3 社各年度の財務諸表より作成
わ ち 企業金融 へ 分析 を 深化 さ せ,「投資 に 当
投資行動については,アメリカ大企業の投資
たって外部金融にたよるということは現在の
行動は事業部門ごとに目標利潤率を基準にし
経済の著しい特徴である.投資計画が外部金
て展開されることを明らかにし,しかもこの
融に依存するようなると,投資計画に着手す
過程 は,企業買収 に よって 行 わ れ,株式市場
ることに価値があるかないかの判断は,予想
における株式の売買によって実現されるので
キャッシュ・フ ローと 外部金融 か ら 生 じ る 費
ある,彼は,「現代の多国籍企業においては,
用とが比較されなければならない.したがっ
かつての内部留保を充実させ,基本的に内部
て,資本市場 は 現代企業 の 投資行動 に お い て
資金の再投資によって企業規模の拡大が図ら
大きな意義を持っているといえよう」20).萩原
れるのではなく,株式市場を通じ企業再編が
21)
伸次郎(2005) は現代アメリカ多国籍企業の
20)ミンスキーによれば,企業の投資資金とし
て理論上は3つの金融源泉が区別できるとしてい
る.第1の源泉は,企業の経常的な運営には必要
とされない手持ちの現金及び現金と同様の資産で
あ る.第 2 の 金融源泉 が,内部資金 で あ り,投資
財の生産の間に生じる粗利潤から租税と配当を差
し引いたものである.第 3 の金融源泉は,外部資
金である.これらの資金は,銀行あるいは他の金
融仲介業から借り入れるか,また社債を発行した
り,株式を売り出したりして確保することができ
る.
21)萩原伸次郎『世界経済 と 企業行動─現代 ア
メリカ経済分析序説』大月書店,2005 年.
主役になったのであり,企業経営者にとって,
株式投資家 の 動 き を 無視 し て,企業経営 を 行
うことはもはや許されない時代となったとい
えよう.」と論じた.
中国の 3 大石油企業は,所有権が国家にある
が,株式会社形態をとり,自主経営権を有する
組織である.そのため,利益の獲得と企業の成
長を目的とするのは当然のことである.また,
内外市場環境の変化を背景に,企業の成長目標
は国家戦略目標と一致し,短期目標である利潤
の極大化というより,企業の持続的な成長とい
う成長戦略を設定しなければならない.した
134 (502)
横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 4 号(2009 年 12 月)
がって,当面,中国 の 石油企業 は 売上高規模,
引価格に基づいて中国国家発展改革委員会が設
総資産規模,内部利益留保額などの財務指標を
定し,これを基準に石油 2 大グループが市場で
拡大させることを通じて国際競争力の増強,市
の実際取引価格を決定するシステムである.す
場シェアの拡大を目指している.
なわち,指標価格に対して,CNPC と Sinopec
近年,国際市場における原油価格の高騰も寄
は国家基準価格より上下 5% の範囲内で実際の
与し,中国石油企業は高い収益を確保できた.
市場取引の小売価格を決めることができる.な
表 4 が 示 し た よ う に,2007 年 ま で,売上高,
お,CNPC と Sinopec は 政府 か ら 石油製品 の
税引き前利益,純利益,総資産の 4 指標は右上
卸売価格の決定権が与えられる22).その後,中
がりの成長を示している.2008 年における国
国政府は 2001 年 10 月に石油製品の指標価格に
際原油価格が急落したことは 3 社の上流事業の
ついて変更を加えた.この変更の特徴は,政府
収益に大きな影響を与え,税引き前利益,純利
が石油製品の指標価格設定に際し,シンガポー
益の 減少 を も た らしたが,中国石油企業 3 社
ル市場だけではなく,ロッテルダム市場,ニュー
は,売上高,総資産規模が拡大しつつある.
ヨーク市場の月次 FOB 平均価格を適用するこ
第Ⅱ章 中国石油市場の特殊性と企業行動
と,さらに月別の製品価格調整を行わないこと
である.具体的に国家発展改革委員会(NDRC)
Ⅱ―1 石油価格体系の制約
が設定した指標価格に基づき,決められた範
1990 年代 ま で は,国内外 の 原油価格差 は 人
囲(政府基準価格 の 上下 8%)内 で CNPC と
為的に作られてきた.1970 年代から 1989 年ま
SINOPEC が,地域販売市場ごとに小売価格を
での約 20 年間,国内価格は同一価格に固定さ
決めて所属系列に通知するというものである.
れてきた.1 トン当たり 100 元であった.他方,
このような政府指導の価格制度のもとで,中
輸出の中心である原油輸出価格は 1983 年の最
国国内市場価格と国際市場価格とはリンクして
高 628 元になっている.国内価格は国際価格の
おらず,大きく乖離している.国内主要都市(北
6 分の 1 の低水準だったことになる.中国石油
京)小売ガソリン価格と世界都市(ニューヨー
企業は政府の指令価格(低い価格)で販売する
ク以外に)のガソリン小売価格との差が大きい.
とともに,国家の計画による所定の生産・供給
なお,2005 年時点は,国内のガソリン価格は,
量を超えた原油は,国際市場価格を参照し,価
国際市場平均価格よりもトン当たり 1500 元安
格を決めて販売できることとなった.1994 年 5
いと言われている.中国の精製部門は,もと
月,中国政府は原油,石油製品の価格及び,石
もと効率が良いとはいえなかったが,製品価
油流通体制 の 弱点 を 補強 し,新 し い 市場秩序
格の価格差が加わり,精製すればするほど赤
を作る 「石油,石油流通体制改革」 政策を公布
字を抱えることになった.Sinopec Corp,並び
した.い く つ か の改革措置で原油価格は調整
に Petro China は,国内より高く売れる製品の
され,国際価格に近づけられた.さらに,1998
輸出を優先させ,あるいは製油所の定期点検を
年,国内原油価格が国際価格に完全にリンクさ
前倒しで行うなど,国内への供給を極力遅らせ
れた.
て対応しようとした.これに小売ブローカーの
一方,下流分野においては,中国政府は公共
投機的な動きや,消費者のパニック買いが加わ
輸送 や 農業 な ど への影響を考慮し,中国国内
の石油製品 の 取引価格を意図的に統制してき
た.中国政府は 1998 年下半期から新しい「指
標価格制度」を 導入 し た.こ の 指標価格制度
は,シンガポール市場原油と石油製品の市場取
22)ただし,軍隊などといった特殊なエンドユー
ザー向けの石油製品の卸売価格はこのケースに適
用しない.その価格レベルは,製油所出荷価格に
物流コストを加算した程度で,普通ユーザー向け
の卸売価格より低くなる.
࿑㧝 ਛ࿖ߩ⍹ᴤ㔛⛎⁁ᴫ(1980㨪1998
中国石油企業の対外直接投資戦略(周) ᐕ)
(503) 135
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出所:各年度石油年鑑に基づき作成
಴ᚲ㧦ฦᐕᐲ⍹ᴤᐕ㐓ߦၮߠ߈૞ᚑ
図 1 中国の石油需給状況(1980~1998 年)
࿑ ਛ࿖ߦ߅ߌࠆਥⷐᴤ↰ߩ↢↥㊂㧔න૏ਁ࠻ࡦ㧕 り,製品供給が逼迫した.もともと,政府の価
㪎㪇㪇㪇
格統制が原因で起きた石油製品供給の逼迫であ
㪍㪇㪇㪇
るが,政府は問題解決に税の見直しによる輸出
は原油価格高騰で石油製品への価格転嫁が容易
抑制という手段を用いた.2005
年 8 月末,政
㪌㪇㪇㪇
府はガソリンやナフサの輸出にかかる増値税の
㪋㪇㪇㪇
還付23)を 2005 年 9 月 か ら 12 月末 ま で 暫定的
㪊㪇㪇㪇
に 廃止
す る 石油製品輸出抑制策 を 出 し た.ま
売などの下流分野における損失を上流分野の高
た,政府は
㪉㪇㪇㪇 2 大精製・販売業者である Sinopec
Corp や Petro China に 対 し,製品 の 輸出 を 抑
㪈㪇㪇㪇
制し,国内への供給を増やすよう指示した.そ
㪇
の代わりに,石油精製事業の損失に中国財政部
㪈㪐㪐㪇ᐕ
㪈㪐㪐㪉ᐕ
㪈㪐㪐㪋ᐕ
㪈㪐㪐㪍ᐕ
は損失補填 と し て補助金を付与する.統計に
るだろう.「国内製品価格と国際市場価格をリ
にできないため,高コスト体質での企業経営を
余儀なくせざるを得ない.各社は石油精製・販
価格の原油販売により補っている.したがって,
上流分野における原油の生産量の拡大は中国国
有石油企業にとっては,死活の経営課題といえ
ンクさせず,価格乖離をもたらした統制価格政
策・制度を改革・廃止しない限り,根本的に国
内需要への安定的な生産・供給問題が解決され
㪈㪐㪐㪏ᐕ
㪉㪇㪇㪇ᐕ
㪉㪇㪇㪉ᐕ
㪉㪇㪇㪋ᐕ
ることはなく,中国は石油セキュリティが不安
よると,2005 年,2006 年に政府の国内石油精
ᄢᘮ ൎ೑ ㆯᴡ に晒されるであろう.そもそも製品価格をコン
⷏ㇱᴤ↰ ᶏ਄ᴤ↰
製業に対する財政補助はそれぞれ 100 億元,50
トロール,安く抑えている価格政策はインフレ
億元であった
24).
಴ᚲ㧦ฦᐕᐲߩ⍹ᴤᐕ㐓ࠃࠅ૞ᚑ
防止,経済のスムーズな発展を図る狙いである
企業成長最大化の目標を掲げた中国石油企業
が,国際石油価格の高騰の中,国内原油と製品
⴫ ਛ࿖ ᄢ⍹ᴤળ␠ߩᶏᄖ↢↥ਥⷐᜰᮡ
ᐕ
価格の乖離で,中国政府はジレンマに陥ってい
る」25).
䊒䊨䉳䉢䉪䊃㩷
ᮭ⋉ේᴤ㩷
23)こ の 増値税還付 は
2006 年 4 月 に は 完全 に ਥⷐㅴ಴వ㩷
ળ␠㩷
廃止となった.
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䋨ਁ䊃䊮䋩㩷
24)国家発展改革委員会の統計によると,2005
年から 2009 年現在までの間に,中国の石油製品の
㪋㪍㩷
ਛᄩ䉝䉳䉝䋬䉝䊐䊥䉦䈭䈬
㪉㪋 䊱࿖㩷
㪊㪇㪌㪇㩷
価格調整は計㪚㪥㪧㪚㩷
14 回行われたが,依然として国際石
油製品価格より低い.
25)郭四志,前掲書,ページ 363.
㪪㪠㪥㪦㪧㪜㪚㩷
㪉㪈㩷
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㪚㪥㪦㪦㪚㩷
㪉㪇㩷
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㪌㪏㪎㩷
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横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 4 号(2009 年 12 月)
136 (504)
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㪉㪇㪇㪉ᐕ
㪉㪇㪇㪋ᐕ
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出所:各年度の石油年鑑より作成
಴ᚲ㧦ฦᐕᐲߩ⍹ᴤᐕ㐓ߦࠃࠅ૞ᚑ
図 2 中国における主要油田の生産量(単位 : 万トン)
Ⅱ―2 国内原油生産の伸び悩み
国全体の 74.2% を占めたが,2004 年には 49.7%
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周知のように,1990 年代までは,中国は国
ࠆߩߛࠈ߁߆㧚
内に豊富な石油資源が埋蔵され,産油国として
にまで落ち込んでいる.
このような石油市場を巡る状況を背景に,中
世界に知られている.上述したように
1980 年
国石油企業はどのような戦略を展開しているの
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代に中国石油企業は内外原油価格差を利用し,
だろうか.
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ߦ⷏ㇱ
過剰原油を輸出することで外貨準備を稼いだ時
まず,国内では,第 1 に東部地域での探鉱の
期があった.しかし,経済の急成長を背景に中
強化,既存油田(大慶,勝利,遼河など)の回
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国は 1993 年に石油製品の純輸入国に,1996 年
収率の向上,新しい油田の開発着手などによる
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原油の純輸入国へ転じた.
原油安定生産の実現である.第 2 に西部地域で
さ ら に,1990 年代後半 か ら 中国 の 石油需要
の原油生産増加,渤海,東シナ海,南シナ海で
は,産業の発展,国民所得増大に伴うモータリ
の探鉱開発強化による埋蔵量の増加に積極的に
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ߪ㧘‫ޟ‬࿖ౝ੐ᬺࠍ⿷႐ߦߒ㧘ᶏᄖ੐ᬺࠍ
ゼーションの進展やエネルギー消費機器の普及
取り組んでいる.さらに,第
3 に海外上流分野
などにより,急速に増加している.2003 年に
に お い て 海外自主開発 を 推進 し て お り,権益
お け る 中国石油 の 消費量 は 日本(2 億 4870 万
ベース原油の生産量を拡大させ,国内に持ち込
ዷ㐿ߒ㧘࿖㓙ൻ⚻༡㨯↢↥ࠍታᣉ૶↪‫߁޿ߣޠ‬࿖㓙⚻༡ᚢ⇛ࠍᛂߜ಴ߒߡ޿ࠆ㧚ߟ߹ࠅ㧘ᶏ
トン)を抜いて,アメリカ(9 億 1430 万トン)
み,市場へ供給する.
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に次いで,
世界第 2 位の 2 億 7520 万トンとなっ
例 え ば,石油上流分野 に お け る 優位 を 持 つ
て い る.そ の 一方,国内 の 石油生産量 は 伸 び
CNPC は,「国内事業を足場にし,海外事業を
ߦ߅޿ߡ߽Ⓧᭂ⊛ߦᶏᄖߦ߅޿ߡวᑯ㨯⚻༡㨯↢↥ߩ࿖㓙ൻࠍ⋡ᜰߔ㧚․ߦᶏᄖត㋶㐿⊒㧘
悩んでいる.1990 年代後半からに入って以来,
展開し,国際化経営・生産を実施使用」という
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既存の東部の大慶,勝利,遼河の 3 大油田は老
国際経営戦略を打ち出している.つまり,海外
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ߪ⾗ᧄ㊄ 㧑ߩሶળ␠ߢ޽ࠆ
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朽化し,生産量はほぼ横ばいないし減産と停滞
進出を行い,海外における中国の石油・天然ガ
している.1990 年の 3 大油田の原油生産は中
ス資源シェアを拡大し,その上,下流部門にお
ߦኻᄖ⋥ធᛩ⾗ߣᶏᄖᛩ⾗ࡊࡠࠫࠚࠢ࠻ࠍᜂᒰߐߖ㧘
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㧥ߩᶏᄖᡰ␠ߣ㧝ߩᶏᄖ⎇ⓥ࠮ࡦ࠲࡯ࠍ⸳┙ߒ %0%2 ߩᶏᄖ੐ᬺߩㆇ༡෸߮⎇ⓥ࡮㐿⊒ࠍⴕ
ࠊߖߡ޿ࠆ㧚
中国石油企業の対外直接投資戦略(周)
(505) 137
いても積極的に海外において合弁・経営・生産
海外プロジェクトの契約に調印し,海外石油資
の国際化を目指す.特に海外探鉱開発,利権買
源の探査・開発を試み,技術や経営管理人材を
収・確保 す る こ と を 通 じ,CNPC は 上流資産
養成し,国際経営資源を蓄積し始めた段階であ
を強化・拡大するのがその国際経営戦略の中心
る.展開期(1990 年代後期 か ら 現在)に お い
である.CNCP は資本金 100% の子会社である
ては,海外石油探鉱・開発について,より多く
CNODC(中国石油天然 ガ ス 勘探開発公司)に
速やかに参入し,一定規模の国際生産を形成し,
対外直接投資 と 海外投資 プ ロ ジェク ト を 担当
また投資リスクのより低い良好な回収効果を期
させ,そして国における 11 の部署のほかに,9
待し,石油,天然ガス資源を占有できる比較的
の 海外支社 と 1 の 海外研究 セ ン ターを 設立 し
大型プロジェクトを落札,実施している.1990
CNCP の 海外事業 の 運営及 び 研究・開発 を 行
年代末に入って以後,中国石油企業の海外進出
わせている.
は探鉱・開発の投資段階から投資回収段階へと
市場寡占によって超過利潤を確保することが
展開した26).
できる中国国有石油企業は国内市場環境の制約
まず,海外上流分野において自主的な探鉱・
の下で,企業の急速な成長,競争力増強,長期
開発事業を重点的に行っている.また,海外で
的市場シェアの維持・拡大を実現するために,
生産した原油・石油製品は,輸送コスト上で不
海外における原油生産能力の増強に積極的に取
採算での部分を除き,ほとんど中国国内に持ち
り組んでいるのである.海外で生産したコスト
込まれ,国内精製・販売されている.表 5 は 3
ベース原油を国内市場に持込み・供給し,上流
大国有企業の海外原油生産(権益ベース)の推
事業において超過利潤を確保することができ
移を示している.2000 年に入って以来,中国
る.また,内部留保で,海外会社・資産の買収,
石油企業の対外投資の拡大に伴い,海外石油生
現地生産など投資活動を展開し,生産能力,企
産量も確実に増加しつつある.
業資産増大,競争力の増強に繋がるという成長
2008 年 現 在(表 5,表 6),中 国 石 油 企 業 3
サイクルが成立している.これこそ中国石油企
社は,世界各地で 100 以上のプロジェクトを展
業による海外進出の真の意味だろう.
開し,生産した権益ベース原油が 4000 万トン
第Ⅲ章 中国石油企業の海外進出の論理
を上回っている.CNPC は最初の現地生産を始
めて以来,海外権益ベース原油生産量を着実に
この章では中国石油企業はどのように海外進
拡大させつつある.2008 年の時点で,海外原
出を展開してきたのか,その過程・実績・戦略
油生産は 3050 万トンに達し,2003 年の生産量
特徴はどのようなものなのかを分析することを
の 2 倍強である.一方,SINOPEC は,石油上
課題とする.
流部門 に お け る 海外進出・展開 は CNPC よ り
大幅に遅れている.これはもともと SINOPEC
Ⅲ―1 海外進出の過程と実績
が石油下流部門専業として設立されたためであ
石油業界の最も大手である中国天然ガス総
る.しかしながら,国内需要の増大を背景に,
公司(CNPC)の カ ナ ダ・ア ル バータ North
SINOPEC は経営・生産の国際化を企業の重要
Twing 油田 へ の 海外業務展開 が,中国石油企
な 経営戦略 と し て 位置 づ け,積極的 に 海外上
業の海外進出の幕開けとなった.現在に至るま
流分野への投資を進めている.2004 年時点で
で,その業務展開は,2 つの段階を経てきた.
の海外原油生産量は 20 万トンしかなかったが,
初期(1992─1995 年)においては,主として探
鉱事業のスタートであり,いわゆる海外進出の
初歩段階である.この段階は規模の大きくない
26)郭四志,前掲書,ページ 265.
横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 4 号(2009 年 12 月)
138 (506)
表 5 中国 3 大石油会社の海外生産主要指標(2008 年)
会社
プロジェクト
件数
主要進出先
(ヶ国)
権益原油
(万トン)
CNPC
46
中央アジア,アフリカなど 24 ヶ国
3050
SINOPEC
21
中東など 20 ヶ国
901
CNOOC
20
東南アジア,豪州など 11 ヶ国
587
出所:3 大会社の年度報告より作成
表 6 3 社の原油生産実績の推移(単位 : 万トン) CNPC 社
2003 年
2004 年
2005 年
2006 年
2007 年
2008 年
総生産量
11694.6
12097.4
12597.6
13470.9
13762.4
13875
国内生産量
10401.5
10455.1
10594.3
10663.6
10764.6
10825
国外生産量
1293.1
1642.3
2003.3
2807.3
2997.8
3050
SINOPEC 社
2003 年
2004 年
2005 年
2006 年
2007 年
2008 年
総生産量
-
3881
4015
4566
4795
5081
国内生産量
3814
3861
3927
4016
4108
4180
国外生産量
-
20
88
550
687
901
CNOOC 社
2003 年
2004 年
2005 年
2006 年
2007 年
2008 年
総生産量
2811
2970
3197
3154
3055
3244
国内生産量
2224
2472
2781
2776
2688
2920
国外生産量
324
367
378
416
498
587
出所:3 大会社の年度報告より作成
2008 年現在,2004 年の 45 倍の 901 万トンの実
多国籍企業理論の進展に多大な影響を与えた
績を実現した.CNOOC も海上油田探鉱開発の
のはいうまでもなくハイマー(S. Hymer 1960)
優位性を活用し,海外自主開発に取り込んでい
の先駆研究であった.彼は,直接投資と証券投
る.CNPC,SINOPEC のようには飛躍的なパ
資を峻別することを強調した.企業が直接投
フォーマンスを示さなかったが,海外権益ベー
資 を 行 う の は,単 な る 利子率格差,利潤率格
スの原油生産量は着実に増えている.
差ではなく,個別企業がその個別の産業に投
資することによって本国においてその企業が
Ⅲ―2 海外進出の論理
獲得する以上に効率の利潤を確保できるとい
周知のように,石油メジャーズが君臨してい
う,個別企業に備わった競争条件の優位性に求
る国際石油産業における市場参加者間の競争が
め た か ら で あった.キ ン ド ル バーガー(C. P.
非常に激しいのである.新規参入者としての中
Kindleberger, 1969)はこうしたハイマーの貢
国石油企業がどのようにして参入障壁の高い国
献を,資本移動論の延長ではなく,産業組織論
際石油上流分野に進出できたのか,興味深いこ
に属すると明示的に位置づけ高く評価した27).
とである.したがって,企業論的なアプローチ
のもう第 2 の特徴である企業の多国籍化につい
て,理論的に把握してみよう.
27)江夏健一,須藤信彦『多国籍企業論』八千
代出版株式会社,1993 年,ページ 51.
中国石油企業の対外直接投資戦略(周)
(507) 139
その後,企業の優位性の源泉を探る寡占間競争
技術,ノウハウ及び国際合弁・合作経験を蓄積
に 基 づ く 多国籍企業研究 が 活発化 し た.バ ク
した上で,行い始めたのである.いわゆる,技
レー=カソン(1976)の内部化理論もハイマー
術導入・吸収・改良・キャッチアップ方式であ
(1968)の研究にその淵源が見られるといえよ
る.中国石油企業は,中国石油産業とともに後
う.バクレー=カソン(1976)によれば,完全
発メリットを活用し,初期条件・植民地技術遺
競争市場においては市場取引を行うことでパ
産を継承した上で,技術導入・改良・開発を行
レート最適な資源配分が達成されるが,現実に
い,政府の主導性・社会能力などを内部化し,
は,市場は不完全競争の状態にあったり,ある
後発デメリットを克服し,キャッチアップして
いは様々な市場の失敗に直面しているため,企
き た の で あ る30).中国 は 1970 年代末以来,建
業内部に市場取引を取り込むことで資源配分の
国初期(1950 ~ 60 年代)におけるソビエトを
効率性が改善されると主張したのである.
始めとした旧ソ連圏石油探査・生産技術を利用
ハイマー=キンドルバーガー理論によれば,
した上で,大いに欧米などの先進国の技術を導
直接投資は国際資本移動論よりも産業組織論に
入してきた.これらの技術の代表例は,主に
属するという立場から,対外直接投資を行う企
1980 年代に導入した 3 次元地震探査,地震デー
業は,投資先における既存企業,あるいは潜在
タ処理,非地震物理探査などの探査技術,及び
的な競争企業に対して優位を持っていなければ
地層圧裂新工程 な ど の 坑内調査技術,と 1990
ならない,と主張する.キンドルバーガーによ
年代において導入した石油産業上流部門に関連
れば,直接投資を誘発する独占的優位として,
した大型コンピュータ技術・設備及び数多くの
次の 4 つが挙げられる.①製品市場における完
ソフト技術である.これらの先進技術の導入に
全競争からの乖離28).②要素市場における完全
より,中国の油田の探査技術が向上し,よりよ
競争からの乖離.これには特許技術,または非
い探査効率がもたらされた.また,国際石油メ
公開技術 の 存在,資本調達 に お け る 差別化 の
ジャー,外国石油企業との合弁事業を通じ,国
存在 な ど.③規模 の 内部経済 と 外部経済 が 存
際経営・生産に関するノウハウ・経験などの国
在し,垂直統合を通じて後者の利益を享受し
際経営資源を蓄積した.
ている場合.④生産,あるいは参入に対する
第 2 の特徴は隙間戦略である.中国石油企業
政府の規制29).
はメジャーと比べ,国際的に探鉱開発技術・ノ
それでは,中国の石油企業はどのような優位
ウハウ特に産油国・地域に参入する経験が不足
性を持って進出を展開したのか,について考察
で,なるべくメジャーのコア探鉱開発地域に進
しよう.中国石油企業の海外進出戦略には次の
出するよりも,メジャーの関心の薄い地域ある
ような特徴が見られる.
いは影響力の弱い地域に参入する戦略をとった.
まず,探鉱・開発技術上の競争力優位である.
例えば,スーダン,イラン,イラクなどの国・
石油上流事業をメインとした中国石油産業の海
地域がそれである.これらの国・地域は一般的
外進出は,主に先進国からの技術導入・国内に
に国際メジャーが入りにくい,国連とアメリカ
おける陸上・海洋探査・開発に関する中外合弁
制裁対象となった地域である.CNPC が 1995 年
プロジェクトを経て,探鉱・生産・経営などの
以来保有しているスーダンにおける 6 つの鉱区,
イラク鉱区とイランの鉱区,Sinopec の 2004 年
28)これは製品差別化,特別のマーケティング
技術,小売価格維持,管理価格などが含まれる.
29)佐藤定幸『多国籍企業の政治経済学』有斐閣,
1987 年,ページ 37.
に調印したイラン Yadavaran 油田のバイバック
契約などはその例である.現在,これらの地域
30)郭四志,前掲書,ページ2.
140 (508)
横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 4 号(2009 年 12 月)
において,中国石油企業は国際メジャーに比敵
石油会社を買収すると発表した.買収額は 41
する事業活動・能力を展開している.
億 8000 万 ド ル と なって い る.も ち ろ ん,中
第 3 の特徴は大型取引・購入契約を武器とす
国の買収案件はすべて成功したというわけで
ることである.中国石油メジャーは上流事業に
はない.例えば,CNOOC の Unocal に対する
参入,権益を確保する手段は相手側と大型取引
買収案 の 場合 は 失敗 に 終 わった.2005 年 6 月
契約 を 締結 し,そ れ に 伴 い,探鉱・開発契約
23 日,米国石油大手 Unocal Corporation に 対
を 締結,現地上流事業 の 権益 を 取得 す る.例
し,総額 185 億ドル(全額キャッシュ)を提示
え ば,CNOOC は 2002 年 に 豪州 NWSLNG コ
し た.こ れ は,競争相手 の Chevron が 提出 し
ンソーシアムから年間 325 万トン,25 年間の
た 買収額 164 億 ド ル(キャッシュと 株式交換)
LNG を購入することになったのに伴い,豪州
を 15 億ドル上回る大型買収である.それにも
NWSLNG プロジェクトの上流権益の 5.56% を
かかわらず,米国議会からの強い反発を招き,
取得 し た の で あ る.ま た,前述 し た 2004 年,
CNOOC は買収案の取り下げを決定した.今回
Sinopec が Yadavaran 油田開発権 を 手 に い れ
の買収案は,成功に結びつかなかったが,国際
るためにまずイラン国営石油ガス会社と LNG2
社会,特に石油・エネルギー業界に与えたイン
億 5000 万トンを購入することで合意した.そ
パクトは極めて大きかった.
れに伴い,イラン側との間で,順調にこの油田
企業・資産の買収に当たって,大規模の買収
開発とその原油の輸入の契約を締結した.
資金を調達することが重要である.3 社とも内
第 4 の特徴は他国ないし進出先の石油・天然
部資金に大きく依存している.近年,石油企業
ガス資産を保有する第 3 国石油企業の株式を買
2 社は国内市場における寡占地位を利用し,超
収,あるいはその譲渡を受けて権益を取得す
過利潤 を 確保 す る こ と が で き た.一方,中国
る方式 で あ る.買収の参入方式は,速やかに
の 石油企業 は 外部資金 の 活用 に も 積極的 に 取
海外上流権益を確保し,企業の収益性,埋蔵量
り組んでいる.前述したように,中国 3 大石油
及び生産量を増大させる効果がある.2000 年
会社 は 子会社 を 海外上場 の 際 に 資本市場 か ら
以来,CNPC を 始 め と し た 3 大石油会社 の 対
大規模の資金調達をすることができた.3 大石
外進出案件は 70 数件となった.そのうち,現
油会社は株式上場している生産・操業子会社に
地と第 3 国の石油会社から全権益あるいは一
関して,海外権益・資産の買収により,常に企
部利益を買収した案件は 30 件以上に上ってい
業 の 収益性・成長性 を 内外投資家 に ア ピール
る.例えば,カザフスタンでは,1990 年代中
し,株主から監督されているキャッシュフロー
期,行われたカザフスタン国営石油会社である
を改善・活用し,企業規模の拡大,ポートフォ
Aktobemunaigaz の民営化に伴う株式売却の入
リオの改善を図っている31).さらに,銀行など
札で,CNPC がメジャーなど企業を押さえて落
からの借入も 3 社にとって,重要な資金調達の
札した.これで CNPC は,カザフスタン国営
ルートである.中国政府は,海外における資源
石油会社 の 60% の 株式 を 取得 し,Aktyubisk
開発型企業 な ど に 対 し て,資金面 の 優遇策 を
油田もマネジメントすることになっている.同
提供している.例えば,2004 年 11 月 12 日に,
油田 は,カ ザ フ スタン北西部に位置し,原油
NDRC(国家発展改革委員会)と 中国輸出入銀
推定埋蔵量が 5 億トン近くである.2015 年ま
行は共同で通達を行い,国家奨励の海外投資の
でに CNPC の投資総額は 43 億ドルに達する見
重点プロジェクトに対し,新たに低金利の優遇
込みである.さらに,2005 年 8 月に CNPC 傘
融資措置を与えている.すなわち,低金利融資
下の Petro China は,カザフスタンに油田の権
益を持つカナダのペトロカザフスタン(PK)
31)郭四志,前掲書,ページ 333.
中国石油企業の対外直接投資戦略(周)
措置は商業銀行の融資利率よりも 2 ポイント低
(509) 141
くする政策である32).このようにして,中国石
結びにかえて
油企業は様々なルートから潤沢な投資資金を調
本稿では,企業論的アプローチから,国際石
達し,それを海外企業・資産の買収に使用し,
油市場の新しいプレーヤーとして,急速な成長
着実に生産能力を拡大させているのである.
を遂げた中国の石油企業による海外進出を考察
5 番目の特徴は石油外交である.中国石油メ
してきた.
ジャーの海外進出は,他の産業とは異なり最初
国内外市場環境の変化を背景に,株式会社化
から政府の有力な政治サポート,いわゆる政府
した中国の石油企業は,国内市場における寡占
と産油国・地域との石油・資源外交により,支
的優位を生かし,超過利潤を享受しながら,企
えられたのである.
中国政府は石油外交により,
業規模,生産能力の増強,市場シェアの拡大を
産油国・地域と良好な協力関係構築へ積極的に
目指している.しかしながら,中国政府の石油
取り組んでいる.産油国の場合は,1990 年代
価格政策の影響で,3 大石油会社は上流分野の
に入り,中国はイランとの関係を一層拡大して
業績拡大に依存する経営体質を形成しつつあ
おり,両国間政府要人の相互訪問が活発に行わ
る.このような国内市場環境の制約のもとで,
れた.2000 年 6 月に中国はイランハタミ大統
海外における生産能力の増強が中国石油企業に
領を招き,石油資源輸入・開発などの分野での
とって,非常に重要な経営課題となっている.
協力関係を緊密にし,2001 年 1 月にイラン側
従来の研究では,中国石油企業の海外進出に
と Zavarech-Kashan ブ ロック の 探鉱 バ イ バッ
つ い て,国家体制論,政治経済学 な ど の 視角
ク契約を締結した.さらに 2002 年 4 月,江沢
か ら 論 じ る 場合 が 多 かった.つ ま り,中国経
民国家主席がイランを訪問し,ハタミ大統領と
済の高度成長を背景に,国家の石油安全保障を
経済・貿易交流関係の拡大の確認と原油・ガス
確保するため,中国の石油企業は海外石油資源
田開発協力などの合意文書に調印した.
さらに,
獲得に熱中しているとするものであった.しか
対湾岸 6 カ 国
33)
関係 の 場合,中国政府要人 が
し,株式会社化になった石油企業は,既に政府
中東歴訪,ペルシャ湾 6 カ国が加盟する湾岸協
の 行政管理 か ら 分離 し,自主経営 を 行って い
力強化会議(GCC)と 石油・エ ネ ル ギー分野
る.中国 3 大石油企業 は,2005 年 の 世界 トッ
協力強化で合意している.
プ 100 石油大手企業 の ラ ン キ ン グ で CNPC,
中国政府側が産油国・地域との入念な外交を
SINOPEC,CNOOC が そ れ ぞ れ 第 10 位,第
展開し,友好的な関係を保つことによって石油
27 位,第 54 位 と なって い る.さ ら に 純利益
企業が産油国での探査,開発分野へスムーズに
は CNPC,SINOPEC,CNOOC それぞれ 4 位,
参入するための道を切り開いたのである.こう
15 位,26 位となっている.中国の石油企業は
した政府の石油外交により支えられた産油国へ
国際石油・エネルギー市場において,大きなプ
の進出は,中国石油事業の海外展開における重
レゼンスを築いている.したがって,企業論的
要な特徴である34).
アプローチで中国石油企業の投資行動を考察す
32)ち な み に 同年 11 月時点 で,中国商業銀行
に お け る 1~ 3 年人民元貸 し 出 し 利息 は 5.67%と
なっている.
33)クウェート,サウジアラビア,UAE,オマー
ン,カタール,バーレーン.
34)横井陽一 ら 共著『躍動 す る 中国石油石化』
化学工業日報社,2007 年,ページ 78.
ることが今後重要性を増すであろう.本稿はそ
の嚆矢とならんとする一つの試みであった. 参考文献
王晶著「中国石油安全的经济学分析」中央民族大
学 博士論文,2006 年.
142 (510)
横浜国際社会科学研究 第 14 巻第 4 号(2009 年 12 月)
李樹清「开展国际经济合作分享海外石油资源」
『国
際経済合作』1996 年.
查道炯『中国石油安全的国際政治経済学分析』北
京当代出版社,2005 年 .
横井陽一『中国 の 石油戦略』化学工業日報社,
2005 年.
郭四志『中国石油 メ ジャー─ エ ネ ル ギーセ キュ
リティの主役と国際石油戦略』文眞堂,2006
年.
横井陽一ら共著『躍動する中国石油石化』化学工
業日報社,2007 年.
曹瑞林「 90 年代の企業・政府間関係に焦点を当
てて」『政策科学』8 巻 1 号 立命館大学政
策科学会紀要,2000 年 9 月.
小田切宏之『企業 の 経済学』東洋経済新報社,
2002 年. H. P. ミンスキー著,堀内昭義訳『ケインズ理論
とは何か』岩波書店,1999 年.
A. S. ア イ ク ナー著,川口弘監訳『巨大企業 と 寡
占─マクロ動学のミクロ的基礎─』日本経済
評論社,1983 年.
宮崎義一『現代企業論入門コーポレイト・キャピ
タリズムを考える』有斐閣,昭和 60 年.
萩原伸次郎『世界経済と企業行動─現代アメリカ
経済分析序説』大月書店,2005 年.
江夏健一,須藤信彦『多国籍企業論』八千代出版
株式会社,1993 年.
佐藤定幸『多国籍企業 の 政治経済学』有斐閣,
1987 年.
[シュウ ヨ ウ 横浜国立大学大学院国際社会科
学研究科博士課程後期]
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