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ファブリー病の 理解のために
ファブリー病の患者様とご家族の皆様へ ファブリー病の 理解のために 監修:大橋 十也 先生 東京慈恵会医科大学 DNA 医学研究所 遺伝子治療研究部 小児科学講座 ファブリー病は細胞内にあるライソゾームという小器官での異常が原因で起こ る疾患です。 発症頻度が少ない希少疾患であり、厚生労働省から難病に指定されています。 遺伝的原因によって、ライソゾーム内にある酵素の一つのアルファ (α)-ガラク トシダーゼという酵素の働きがなかったり、低下したりして、本来代謝される べき糖脂質が代謝されずに蓄積し、全身に様々な症状を来す病気です。 以前は対症療法しかありませんでしたが、現在は、酵素補充療法という、より 根本的な治療に近い治療ができるようになりました。 しかし、より高い効果を得るためには、早期に治療を開始することが重要で、 しかも継続的に治療をしていかなければなりません。 また、必要なときには、他の治療も行い、定期的な検査も必要です。 医師と相談し、自分の病状がどのような状況かを把握し、個々の状態に合わせ た治療を進めることが重要です。 また、患者さん本人の精神的な不安や心理状態をケアするためには家族の理解 やサポート、介護者の協力が大切です。 ファブリー病とともに生きることを理解し、酵素補充療法を継続することに よって有意義な時間を持ち続けることができると思います。 よりよい日常生活を送るために医師や医療関係者になんでも相談してください。 本冊子ではそうした視点から解説をまとめました。お役立ていただければ幸い です。 東京慈恵会医科大学 DNA 医学研究所 遺伝子治療研究部 小児科学講座 大橋 十也 2 はじめに……………………………………………………………… 2 ファブリー病とは…………………………………………………… 4 ファブリー病の症状とその進行…………………………………… 6 ファブリー病の分類………………………………………………… 8 ファブリー病の遺伝形式…………………………………………… 10 ファブリー病の診断………………………………………………… 12 ファブリー病の治療………………………………………………… 14 酵素補充療法を進める際の注意事項(副作用)… ……………… 16 ファブリー病治療を上手に続けていく工夫……………………… 18 3 ファブリー病はライソゾーム病の1つです。 ヒトの細胞にはライソゾームという小器官があります。ライソゾームは生体内の 糖脂質などの高分子でいらなくなったものを集めて分解し、細胞の外に排出する 役目を担っています。 分解はライソゾーム内にある代謝酵素が行います。その酵素群のうち、アルファ (α)- ガラクトシダーゼ(α -GAL「アルファギャル」と呼んでいます)が正常より 足りなかったり、全くないと、グロボトリアオシルセラミド(GL-3)などの糖脂 質が分解されず、蓄積します。そして過剰に蓄積されていくと、さまざまな症状 が起きます。それがファブリー病です。ファブリー病などのライソゾームにある 酵素が原因で起きる疾患をライソゾーム病といいます。ライソゾーム病は遺伝性 の疾患で、正常な酵素を作れないことが原因です。 ライソゾーム内にα - ガラク トシダーゼという代謝酵素が ないと… ライソゾーム GL-3 などの糖脂質がライソ ゾームに蓄積し… 細胞核 中心体 リボソーム ミトコンドリア 粗面小胞体 ゴルジ体 ヒトの細胞 ライソゾーム病について 全 身にさまざまな症 状が発 現 します。 ファブリー病のようなライソゾーム病は、 50 種類以上知られています。ライソゾー ム病全体での発生頻度は 7,700 出生に 1 人 1)くらいとされています。現在ライ ソゾーム病のうち 30 疾患が厚生労働省から難病に指定されています。 4 ファブリー病の理解のために 心臓、腎臓、血管、神経、皮膚など全身で さまざまな症状が現れます。 グロボトリアオシルセラミド(GL-3)などの糖脂質は、主に血管の内側にある血 管内皮細胞や心筋細胞、神経節細胞などに蓄積します。 その結果、心臓や腎臓、関連する血管や神経などに臨床症状が現れるようにな ります。 脳 心臓 腎臓 ファブリー病では心臓や腎臓、関 連する血管や神経 , 皮膚などに臨 床症状が現れます。 血管 末梢 神経 皮膚 ファブリー病の疫学 ファブリー病の発生率は以前は欧米では男性で 4 万人に 1 人といわれていました が、最近行われたイタリア、台湾の調査ではそれぞれ 3,100 人に 1 人 2)、1,250 人に 1 人 3)と報告されています。症状が他の疾患と間違われやすく、日本におい ても 600 例以上の患者さんが診断されていますが実際にはもう少し多いと考え られています。 5 ファブリー病の男性では、その約 4 割が 10 歳までに発症します。 ファブリー病の男性では、その約 4 割が 10 歳までに発症します 4)。ただし個人 差があり、その症状は一様ではありません。また、他の疾患と類似する症状が あるため、なかなかファブリー病と診断されないことがあります。 小児・思春期などの早期から見られる症状 手足の疼痛 疲労感 発汗障害 運動不耐性 皮膚の赤い発疹 足先や手先などにヒリヒリする痛みや灼熱 感を感じたりします。 また、手足で急性の疼痛が起こります。他 の部位に移ったりします。 「ファブリー発作」 ともいわれ、数分で消えたり、数日続いた りします。 天候の変化、気温の上昇、ストレス、運動、 強く焼けるような四肢 疲労感などが引き金となることがあります。 疼痛(イメージ図) 疲れやすいといった状態がよくみられます。 神経と汗腺が障害を受け、発汗減少やまったく汗をかかない無汗症 を示すことがあります。頻繁に起きる発熱の原因となります。 身体運動に耐えられず、疲労感や発熱を伴うことがあります。 ファブリー病に特徴的な赤紫色の発疹(被角血管腫) が、臍、陰嚢部、腰部、腹部、おしり、腕、口唇などに、 思春期頃から現れるようになります。 被角血管腫 消化器症状 目の異常 神経系・心理面 その他 6 食後の胃痛、下痢、嘔吐、悪心などを発症することがあります。 渦巻状の角膜変性がみられることがありま す。スリットランプ検査という眼科の検査 で確認できます。一般的に視力には影響は ありません。 角膜混濁 めまい、頭痛、しびれ、うつ状態、疎外感を感じることがあります。 咳、喘鳴、体重が増えにくいことがあります。 ファブリー病の理解のために 心臓、腎臓、脳血管などの障害は成人期以降に 発症します。 ファブリー病の患者さんは成人期になると、心臓、腎臓、脳血管などの疾患を合 併するようになります。 成人期以降に見られる症状・障害 心臓 グロボトリアオシルセラミド(GL-3)が心筋細 胞などに長い間蓄積することによって、心臓 や冠動脈などに障害が生じる場合があります。 ■心肥大 ■弁機能障害 ■不整脈 ■心筋梗塞 ■心不全 50 歳のファブリー病患 症状が心臓に限局している場合、心ファブ 者 に お ける左 室 肥 大。 心筋の顕著な肥厚が認 リー病と呼ぶことがあります。 められる。 腎臓 GL-3 が腎臓に長い間蓄積することによって、腎機能障害が生じます。 透析や腎移植が必要になる場合があります。 ■たんぱく尿 ■腎機能低下 ■腎不全 脳血管障害 GL-3 が脳血管に長い間蓄積し、脳血管障害が発症する場合があり ます。 ■脳卒中 ■ TIA(一過性脳虚血発作) 難聴 難聴や耳鳴りが発症する場合があります。 早期症状は、ファブリー病早期発見のポイ ントとなり、また成人期以降の障害に対し ては、早期治療により、進行を抑えること が大切となります。 7 典型的な症状を示す男性のファブリー病と ヘテロ接合体の女性のファブリー病 男性のファブリー病患者では、典型的なファブリー病の症状を発症する古典型と、 心臓や腎臓などの特定の臓器に症状がみられる亜型(心ファブリー病、腎ファブ リー病)に分類されます。 男性 女性 ヘミ接合体 ヘテロ接合体 男性の性染色体は X 染色体と Y 染色体の組み 合わせであり、 この 1 本の X 染色体にファブリー 病の原因がある男性をヘミ接合体といいます。 女性の場合は X 染色体 2 本の組み合わせであ り、 この 2 本の X 染色体のうち 1 本にファブリー 病の原因がある女性をヘテロ接合体といいます。 古典型 亜 型 典型的なファブリー病の症 状を発現する 心ファブリー、腎ファブリー など特定の臓器に症状がみ られる 何らかの症状を持つ女性の 場合、症候性ヘテロ接 合 体 という ファブリー病は女性でも発症する可能性が あります。 女性のファブリー病は、以前は症状が発症しない保因者(キャリア)と考えられ ていましたが、最近の研究によって、多くの女性で何らかのファブリー病の症状 (P.11 参照) を発症することがわかってきました 5)。 8 ファブリー病の理解のために ファブリー病の症状の発症時期や診断時期とも 男性が早い 4) 欧米を中心としたファブリー病の疫学調査(ファブリーレジストリー)によると、 ファブリー病は男性の方が、症状が早目に現れ、女性が数年遅れて現れます(P.10 「ファブリー病の遺伝形式」の項参照) 。また発症(中央値)は男性 9 歳、女性 13 歳、診断(中央値)は男性 24 歳、女性 31 歳といずれも女性が遅く、しかも 症状発症から診断まで相当の時間がかかっていることがわかります。 男性 女性 症状発症時 の年齢 (中央値) 9歳 13 歳 診断年齢 (中央値) 24 歳 31 歳 最初に脳卒中を 起こした 年齢(中央値) 38.5 歳 43.5 歳 最初に左心室肥大 と診断された 年齢(中央値) 42 歳 51 歳 透析または腎移植 を実施した 年齢(中央値) 38 歳 38 歳 9 ファブリー病はX染色体連鎖劣性遺伝形式です。 ファブリー病の遺伝形式はX染色体連鎖劣性遺伝です。これはヒトのX染色体上 の遺伝子の異常に起因するもので、これをX ’とします。したがって、X ’ Yとなる 男児はすべて患者(ヘミ接合体)となり、 X ’ Xとなる女児は保因者(ヘテロ接合体) となります。またパターン 3 のように突然変異によって発生する場合もあります。 パターン 1 父親がファブリー病の場合、女児はすべてがヘテロ 接合体となります。 パターン 2 母親がファブリー病の場合は、50%の確率でそれぞれ男 児がヘミ接合体(患者)、女児がヘテロ接合体となります。 パターン 3 母親、父親がファブリー病ではない場合でも、突然 変異によって男児がヘミ接合体(患者)になったり、 女児がヘテロ接合体となる場合があります。 パターン1 X Y 父親 女児 XX パターン2 XY 父親 母親 XX 男児 XY 男児 XY 男児 XY 女児 XX 母親 X X 女児 XX 女児 XX 男児 XY パターン3 A B 母親 XX XY 父親 XY 父親 母親 XX :ヘミ接合体 :男性(正常) 女児 XX 10 男児 XY de novo 男児 XY de novo 女児 XX 男児 XY 男児 XY :ヘテロ接合体 :女性(正常) ファブリー病の理解のために 女性でファブリー病が発症するかは個々によって 異なります。 ヘテロ接合体(X ’ X)の女性は、その多くである程度ファブリー病を発症す ることがわかってきました 5)。しかも個々の患者さんによって症状の有無や重 症度が大きく異なることがわかっています。 女性のファブリー病(症候性ヘテロ接合体)の場合は 男性患者より発病が遅れるものの、ファブリー病が発現する場合 が多い。 ファブリー病の重症度は個々によって異なる。軽症の場合はファ ブリー病の診断が見逃されやすい。 高齢の患者さんでは、心臓・腎臓・脳血管などの合併症が高頻度 になる。 遺伝カウンセリングの重要性 ファブリー病と診断された場合、 家系内にファブリー病を疑わせる方が複数いらっ しゃる可能性があります。また自分が親である場合は、子どもへの影響も念頭に 置く必要があります。ファブリー 病の専門医や遺伝カウンセリング の専門家(臨床遺伝専門医または 認定遺伝カウンセラー)に相談し、 正しい情報を得て、家族内でよく 話し合うことが大切です。 11 男性の場合は酵素活性測定が決め手となります。 男性でファブリー病の場合、α - ガラクトシダーゼ活性が正常の 10%以下に低下 しているため、酵素活性を測定することでほとんどの場合診断可能です。血中や 尿中のグロボトリアオシルセラミド(GL-3)の蓄積・増加を確認することによっ て診断をさらに確定することができます。 男性 ファブリー病を疑う臨床症状、 家族歴などがある場合 血漿、白血球、培養皮膚線維芽細胞などでα - ガラク トシダーゼ活性の測定を行います。 α - ガラクトシダーゼ活性の著明な低下(正常の 10% 以下) ファブリー病を確定 血中・尿中グロボトリアオシルセラミド(GL-3) の測定、 遺伝子検査を行う場合もあります。 12 ファブリー病の理解のために 女性の場合は症状、検査、家族歴などから 総合的に診断します。 女性はヘテロ接合体(X ’ X)であるため、酵素活性は正常値と男性患者の場合 のような低値との中間の値、またはほぼ正常値であるため、多くの場合酵素活 性測定で確定診断はできません。遺伝子検査を行いますが、それでも診断がつ かない場合もあり、家族歴や臨床症状などから総合的に診断します。 女性 ファブリー病を疑う臨床症状、 家族歴などがある場合 女性(ヘテロ接合体)の場合、酵素活性は正常値と男 性患者のような低値との中間の値、またはほぼ正常値 であるため、酵素活性測定で確定診断はできません。 遺伝子検査により診断 遺伝子検査により診断できない場合でも、家族歴、 臨床症状などから総合的に診断 突然変異による発症も存在します。 父親や母親がいずれも遺伝子変異を持たない突然変異に よる患者さんも存在すると考えられています。 13 ファブリー病の治療は対症療法と酵素補充療法 が中心となります。 心臓 不整脈、心不全などの治療 腎臓 腎機能障害に対する治療 透析、腎移植 対症療法 酵素補充療法 脳血管障害 脳血管障害の治療 手足の疼痛 カルバマゼピンなどによる 疼痛に対する治療 皮膚の赤い発疹 アルゴンレーザーなどによる 治療 難聴 難聴の治療、補聴器装着 など 目の異常 網膜動脈閉塞などの治療 消化器症状 14 食事療法など ファブリー病の理解のために 酵素補充療法とは 酵素補充療法は、ファブリー病で低下しているα - ガラクトシダーゼ活性を補充 して、全身の細胞にたまっているグロボトリアオシルセラミド(GL-3)を分解・ 代謝し、進行を抑える治療法です。 酵素補充療法 GL-3 が溜まった ライソゾーム GL-3 が減少する。 ヒトの細胞 酵素補充療法により GL-3 の代謝が促進され、 ファブリー病の進行を抑えることができます。 15 酵素補充療法薬の投与方法 酵素補充療法治療薬は、患者さんの体重にあわせた必要量を2週間ごとに点滴 で投与します。酵素補充療法は、グロボトリアオシルセラミド(GL-3)が再び溜 まらないように継続的に続ける必要があります。 継続的に治療することで、その後の合併症などの発症を遅らせることが可能にな ります。どうか辛抱強く治療を続けてください。 成人男性の場合は、診断された時点で酵素補充療法を開始することがよいでしょ う。男児の場合は、診断後症状が悪化した時点で開始すべきでしょう。女性の 場合は、やはり症状があり、合併症などがみられる場合は開始する必要があるで しょう。 16 ファブリー病の理解のために 酵素補充療法の副作用 6) 投与中や投与終了後の副作用に注意してください。ほとんどが投与に関連する過 敏症状で、悪寒、発熱、倦怠、呼吸困難、鼻炎、高血圧などが多く見られます。 このような症状が出た場合は、医師、看護師にすぐに伝えてください。 このような過敏症状がみられた場合は、投与速度をさげたり、適切な薬剤(抗ヒ スタミン薬、解熱鎮痛薬、副腎皮質ホルモン)などを投与し対処されます。 治療を続けていけば、こうした過敏症状は起こりにくくなります。 投与中や投与 後に 次のような 症 状 が 出た場合は、医師、 看 護 師 にすぐに伝 えてください。 □悪寒 □発熱 □倦怠 □呼吸困難 □鼻炎 □高血圧 投与速度をさげたり、適切な薬剤(抗ヒスタミン薬、解熱鎮 痛薬、副腎皮質ホルモン)などを投与し対処されます。 治療を続けていけば、こうした過敏症状は起こ りにくくなります。 17 治療を上手に続けるための工夫を 症状の発現を見逃さないよう定期的検 査をしましょう。 酵素補充療法による治療開始後も定期的に検査を 行い、病気が悪化していないかなどを先生にチェッ クしてもらいましょう。 患者会などでの情報交換は大切です。 ファブリー病で、同じ悩みを持つ方は経験的に、役立つ対処法を持っていま すし、同じ悩みを分かち合える仲間といってもいいかもしれません。情報交 換は心理的ストレス解消にもつながります。 ファブリー病に対する特定疾患治療研究事業などの医療費助 成制度を利用しましょう。 ライソゾーム病に対する医療費助成制度があります。手続きの方法など含め、 医師に相談してください。 厚生労働省難治性疾患克服事業 ライソゾーム病(ファブリー病を含む) に関する調査研究班 http://www.japan-lsd-mhlw.jp 難病情報センター http://www.nanbyou.or.jp 酵素補充療法製剤情報 http://www.genzyme.co.jp 18 ファブリー病の理解のために 医師からのメッセージ ファブリー病では長期間治療を続けて いかなければなりません。どうかそうし た状況を理解して、日常生活を続けて いけるように対処してください。 相談事などがあれば医師・医療スタッフ に、相談してください。 引用文献 1.Peter J.Meikle, et al. JAMA. 281 (3):249-254, 1999 2.Marco Spada, et al. The American Journal of Human Genetics. 79:3140, 2006 3.Wuh-Liang Hwu, et al. Human Mutation. 30 (10):1397–1405, 2009 4.William R.Wilcox, et al. Molecular Genetics and Metabolism. 93:112– 128, 2008 5.M.Kobayashi, et al. Journal of Inherited Metabolic Disease. Online Report #003 (2008) Online, 21 Jan 2008 6.遺伝子組換えファブリー病治療剤 ファブラザイム®点滴静注用5mg、同35mg 添付文書 2012年11月改訂(第7版) 【問い合わせ・資料請求先】 ジェンザイム・ジャパン株式会社 くすり相談室 〒 163-1488 東京都新宿区西新宿三丁目 20 番 2 号 TEL: 0120-255-011 FAX: 03-6301-4045 19 2012年11月作成 T-FZM-283A (02)