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生命保険会社の更生手続と保護機構による契約者保護― 大和生命の

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生命保険会社の更生手続と保護機構による契約者保護― 大和生命の
生命保険論集第 171 号
生命保険会社の更生手続と保護機構による契約者保護
― 大和生命の事例と保護機構による承継等 ―
杉下 智子
(明治安田生命保険相互会社)
1.はじめに
平成20年10月、大和生命が更生手続開始を申立て、裁判所より更生
手続の開始が決定された。生命保険会社としては、戦後、日産生命、
東邦生命、第百生命、大正生命、千代田生命、協栄生命、東京生命の
7社が破綻しており、大和生命は8社目の事例となる。
現在、保険会社が破綻した際に保険契約者を保護する制度としては、
平成10年の金融システム改革法1)により創設された保険契約者保護機
構がある。また、生命保険会社の破綻処理手続としては、大正生命ま
では保険業法による行政手続が行われてきたが、平成12年の更生特例
法2)改正により、千代田生命以降は、更生手続による破綻処理が定着
している。
今回の大和生命の事例においても、更生手続による破綻処理が行わ
れ、スポンサーによる救済が実現した点では、過去の事例と異なると
ころはない。しかし、破綻処理全体を振り返ってみると、いくつか特
徴が挙げられる。第一に、大和生命は平成12年に破綻した大正生命の
保険契約を引き継いでおり、結果として「二次破綻」となったこと、
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生命保険会社の更生手続と保護機構による契約者保護
第二に、債務超過額が当初見込額より大幅に拡大し、生命保険会社の
破綻事例では、資産の毀損率3)がもっとも高かったこと、第三に、生
命保険会社の更生手続による破綻処理では初めて、保護機構による資
金援助が実施されたことである。さらに、破綻処理スキームとは直接
関係ないものの、世界的金融危機の最中でのスポンサー選定には困難
が多く、スポンサー救済以外の可能性が指摘されたこと4)も、特徴の
ひとつとして挙げられるのではないか。
これらの特徴のうち、二次破綻や債務超過額拡大の要因等について
は、個別案件に係る詳細な情報を知り得る立場にないため、一概に論
じることはできないが、スポンサー救済以外の可能性に関しては、今
後の破綻処理においても同様の事態が生じうる。その場合の契約者保
護の仕組みとしては、保護機構による承継等の制度が設けられている
ものの、生命保険会社における実績はなく5)、実際に、保護機構によ
る承継等を行う場合に必要となるプロセス等について、実務面での検
討を行うことには一定の意義がある。
そこで本稿では、生命保険会社の破綻処理に関し、保護機構による
契約者保護と保険会社の更生手続を概観したうえで、今回の大和生命
の事例、ならびに、スポンサーが現れなかった場合の保護機構による
承継等について、実務的な視点から考察したい。
注1)
「金融システム改革のための関係法律の整備等に関する法律」
(平成10年6
月15日法律107号)
。
2)
「金融機関等の更生手続の特例等に関する法律」
(平成8年6月21日法律95
号)
。
3)大和生命を除く破綻事例7社の資産の毀損率は17.4%(平均)であり、大
和生命の24.8%は平成11年に破綻した東邦生命の22.9%を上回る過去最高で
ある。
4)平成20年10月12日付読売新聞「瀬戸弁護士は、
(中略)
『現時点ではスポン
サーが見つかっていない。国内ではすでに大手AIG傘下の国内生保の売却
の意向も出ている』と述べ、厳しい状況にあることも明らかにした」
、平成20
年10月18日付朝日新聞「瀬戸管財人は『最終的なビット(入札)まで来ても
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生命保険論集第 171 号
らえるのかどうか分からない。厳しい状況と認識している』と語った」
、平成
21年1月15日付フジサンケイビジネスアイ「業界団体の保険契約者保護機構が継承会社
をつくって引き受ける初のケースになる可能性もある」
、平成21年2月21日付
読売新聞「仮に協議が不調に終われば、保護機構が受け皿となる可能性があ
る」等。
5)損害保険会社では、損保保護機構が平成12年に破綻した第一火災の引受け
を実施している。生命保険会社では、保護機構の設立前であるが、平成9年
に破綻した日産生命の事例で、救済保険会社が現れなかったため、(社)生命
保険協会が子会社として「あおば生命」を設立し、生命保険契約支援制度か
らの資金援助を受けて日産生命の保険契約を引き継いだ。
2.保護機構による契約者保護
(1)契約者保護制度の必要性と保護機構の設立
保険契約は、保険契約者と保険会社の間の私的な契約であり、債務
者たる保険会社が破綻した場合、保険契約者は債権者として破綻の費
用を負担すべきである6)。しかし、保険は国民生活の基礎であるとと
もに、他の金融商品のように市場で売買されるものでなく、再加入の
困難性があり、また、特に長期の保険契約においては、保険契約者に
将来の変化を見通した選択を期待することは困難といった特性があり、
自己責任を問いにくい面がある7)。そこで、保険会社の破綻時に、保
険契約者等が被る不利益を適切な水準まで補償するため、保険契約者
等を保護する特別の制度が設けられている。
保険契約者を保護する制度としては、平成7年の保険業法改正によ
り、保険契約者保護基金が設けられたが、同基金には、保険会社の参
加が強制されていない、救済保険会社が現れないと発動できない、と
いった問題8)があった。そこで、平成10年の金融システム改革法によ
り創設された保険契約者保護機構では、保険会社に加入を義務付ける
とともに、救済保険会社が現れない場合にも、保護機構が保険契約を
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生命保険会社の更生手続と保護機構による契約者保護
引き継ぐことで、保険契約者の保護を図る仕組みが導入されている。
現在、生命保険会社については「生命保険契約者保護機構」、損害
保険会社については「損害保険契約者保護機構」が設立され、保険会
社は保険業免許の種類に応じて保護機構に加入している
(保険業法262
条、265条の3)
。
(2)保護機構の主な業務・組織
保護機構は、保険会社の破綻時に資金援助等を行うことにより、保
険契約者等保護を図り、保険業に対する信頼性を維持することを目的
とし、その主な業務は、破綻時には救済保険会社等に対する資金援助
等(救済保険会社等が現れない場合は承継等)に係る業務、更生手続
においては保険契約者表作成等の更生特例法の規定に係る業務、平時
においては資金援助等費用に係る負担金の収納・管理等である(保険
業法259条、265条の28)
。
保護機構には、役員として理事長、理事、監事が置かれ、保護機構
の業務に係る意思決定は、理事長及び理事の過半数もしくは総会で行
われる(保険業法265条の13、265条の25)
。また、審議機関として、内
閣総理大臣の認可を受けた学識経験者・専門家で構成される運営委員
会・評価審査会が置かれ、資金援助額の算定・決定に関しては、評価
審査会・運営委員会の議を経ることとし、中立公平な立場で審議する
。役職員・
仕組み9)を確保している(保険業法265条の19、265条の20)
委員は、秘密保持義務を負い、刑法等罰則適用ではみなし公務員とな
る(保険業法265条の21、265条の21の2)
。
また、生保保護機構では、法定の機関ではないが、会員会社が更生
手続開始を申立てた場合、保険契約者表作成や管財人が査定した更生
会社の資産・更生計画案の内容確認等の作業を行うため、更生手続対
策室を設置することとしている。
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生命保険論集第 171 号
(3)補償内容(補償対象契約・補償率)
生保保護機構の補償内容は、次のとおりである。
補償対象契約は、運用実績連動型保険契約の特定特別勘定に係る部
分を除いた国内元受保険契約で、再保険契約は含まれない(保護命令10)
50条の3)
。運用実績連動型保険契約とは、特別勘定を設置しなければ
ならない保険契約のうち、保険料として収受した金銭を運用した結果
のみに基づいて保険金等の全部又は一部を支払うことを約した保険契
約等(保険業法施行規則74条1号)をいい、確定拠出年金保険、新企
業年金保険等がこれにあたる。
補償率は、補償対象契約の責任準備金等11)の90%であるが、高予定
利率契約12)に該当する契約については、90%から補償控除率13)を減じ
。ただし、高予定利率契約の補償率
た率となる14)(保護命令50条の5)
には下限が設けられ、破綻保険会社に対し資金援助がなかった場合の
弁済率(基準弁済見込率15))を下回ることはない(保護命令50条の5
第2項)
。これは、高予定利率契約についても、保険契約者保護制度が
なく債権者平等原則に基づいて配当される場合の弁済率を下回ること
は適当ではないとの考えによるものである16)。
(4)救済保険会社による保険契約の移転等に係る資金援助
①保険契約の移転等
保護機構は、補償対象契約の責任準備金等を一定率まで補償する
ため、救済保険会社等による破綻保険会社の保険契約の移転等に際
し、資金援助を行う(保険業法266条)
。この保険契約の移転等には、
保険契約の移転、合併、救済保険会社等による破綻保険会社の株式
取得(子会社化)が含まれる(保険業法260条1項)
。
②資金援助の方法・金額の算定
資金援助の方法としては、金銭の贈与、資産の買取り、損害担保
(保険業法260条4項)がある。資金援助(金銭贈与)の額は、①
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生命保険会社の更生手続と保護機構による契約者保護
破綻保険会社の責任準備金等に補償率を乗じて得た額から、②保護
機構が確認した破綻保険会社の責任準備金等に見合う資産(営業権
(暖簾)を含む)の額を控除し、③保険契約の移転等に要すると見
込まれる費用のうち保護機構が認めた額を加算して算出される(保
険業法270条の3第2項)
。
【資料1】資金援助額(金銭贈与)のイメージ図
【破綻保険会社の貸借対照表】
【保険契約の移転等の際の貸借対照表】
②
資産
負債
有形資産
負債
①
(カット後)
営業権(暖簾)
(欠損金)
債務超過額
(①-②)
(負債カット部分)
資本
資金援助額=①負債(責任準備金等×原則 90%)-②確認財産評価(有形資産+営業権)
+③保険契約の移転等費用(保護機構が認めた額)
(出所)筆者作成(参考:生命保険契約者保護機構HPhttp://www.seihohogo.jp/)
③資金援助の申込・決定
保護機構に資金援助を要請する場合、破綻保険会社及び救済保険
会社等は、保険契約の移転等について内閣総理大臣の適格性の認定
を受けて、保護機構に連名で申込みを行う(保険業法268条1項、
266条1項)
。資金援助の申込みにあわせて、破綻保険会社は、自ら
行った財産の評価が適切であることの確認を保護機構に求めなけ
ればならない(保険業法270条の2第1項)
。
申込みを受けた保護機構は、必要に応じて破綻保険会社の財産を
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生命保険論集第 171 号
調査したうえで、評価審査会の議を経て、財産自己評価が適切かど
うかを確認する(保険業法270条の2第2項・第3項)
。財産自己評
価の確認後は、遅滞なく運営委員会の議を経て当該申込みに係る資
金援助を行うかどうか決定しなければならない(保険業法270条の
3第1項)
。
なお、生保保護機構では、業務規程17)において資金援助の決定の
要件18)を定めており、運営委員会ではこれらの要件に該当するかを
含め審議を行い、資金援助を行うかどうかを判断している。
【資料2】資金援助の申込~決定のプロセス
破綻保険会社
金融庁
保険契約の移転等の適格性認定申請
(救済保険会社等と連名)
適格性の認定
通知(→財務大臣に報告)
財産の適切性確認(評価審査会)
財産自己評価の適切性の確認
保険契約の移転等に係る資金援助の申込
(救済保険会社等と連名)
保護機構
報告
(含む財務大臣)
通知
適切と判定
資金援助の審議(運営委員会)
報告
(含む財務大臣)
資金援助の決定
資金援助契約の締結
資金援助契約の締結
(5)保護機構による承継・引受け
①承継・引受け、承継保険会社
救済保険会社等が現れる見込みがない等の理由から保険契約の
移転等が困難である場合、破綻保険会社の申込みを受けて、保護機
構自身が保険契約の移転を受け(保険契約の引受け、保険業法260
条9項)、または、保護機構が子会社(承継保険会社)を設立し、
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生命保険会社の更生手続と保護機構による契約者保護
その承継保険会社に保険契約を引き継がせる(保険契約の承継、保
険業法260条7項)ことができる。
承継保険会社とは、保険契約の移転又は合併により保険契約を引
き継ぎ、その管理処分を主たる目的とする保険会社で、保護機構が
議決権の50%以上を保有する子会社である(保険業法260条6項)。
承継保険会社制度は、日産生命破綻の際に生命保険協会が子会社と
して設立した「あおば生命」の事例をふまえて制度化したもの19)と
されるが、定義規定をはじめ、設立、承継方法、経営管理、承継協
定の締結等の規定や基本的仕組みは、預金保険制度の承継銀行制度
と共通する部分が多い。両者とも破綻処理でスポンサー不在時の利
用が想定されているが、承継保険会社が、最終的にスポンサーが現
れる見込みがない場合の救済手段であるのに対し、承継銀行は、ス
ポンサーが直ちに現れない場合に、スポンサーを探す時間的余裕を
確保するためのもの20)とされ、破綻金融機関の受皿となる点は同じ
であるが、破綻処理の過程における位置づけは異なるものと考えら
れる。
②承継等の申込・決定
保護機構による承継等が必要な場合、破綻保険会社は、内閣総理
大臣の適格性の認定を受けて、保護機構に対して保険契約の承継又
は引受(承継等)の申込みを行う(保険業法270条1項、267条1項)
。
その際、破綻保険会社は、救済保険会社等が現れる見込みがないこ
とを示すため、他の保険会社等との交渉内容を示す資料等を保護機
構に提出しなければならない(保険業法267条2項)
。また、承継等
の申込みにあわせて、破綻保険会社は、自ら行った財産の評価が適
切であることの確認を保護機構に求めなければならない(保険業法
270条の2第1項)
。
申込みを受けた保護機構は、必要に応じ、承継等の決定を行う前
に、内閣総理大臣に対し、破綻保険会社と合併等の協議をすべき相
―186―
生命保険論集第 171 号
手方(スポンサー候補)を指定し、それらの協議に応じるように勧
告する措置(勧告措置、保険業法256条1項)を求めることができ
る(保険業法270条の3の2、270条の4)
。保護機構の求めに応じ、
勧告措置がとられ、破綻保険会社と救済保険会社等の間で合併等の
協議が整った場合、承継等の申込みは取り下げられるが、協議が整
わないときや勧告措置が行われなかったときには、速やかに運営委
員会の議を経て、承継等に必要な事項21)を決定しなければならない
(保険業法270条の3の2第4項・6項)
。
なお、救済保険会社が現れた場合の保険契約の移転等に係る資金
......
援助の場合、資金援助を行うかどうかを決定しなければならない
(保険業法270条の3)とされているのに対し、承継等の場合、そ
れぞれ所定の事項を決定しなければならない(保険業法270条の3
の2第6項、270条の4第6項)とされ、保護機構が承継等を拒否
することは認められないものと解される。また、承継・引受けのど
ちらを選択するかについては、いずれの方式によっても、補償対象
契約の補償内容は保険業法で定められており、破綻保険会社サイド
から見れば差異はない一方、保護機構はその申込みを拒否できない
ことが定められていることから、現実には、破綻保険会社は、保護
機構の意向を受けた方式で申込むことが想定されている22)。この点、
生保保護機構では、業務規程において、承継等の申込みを行う場合、
事前に保護機構に相談する旨を定めている。
―187―
生命保険会社の更生手続と保護機構による契約者保護
【資料3】承継等の申込~決定のプロセス
破綻保険会社
金融庁
(事前相談)
(事前相談)
承継(引受け)に係る適格性認定申請
保護機構
適格性の認定
財産自己評価の適切性の確認
通知(→財務大臣に報告)
財産の適切性確認(評価審査会)
承継(引受け)の申込み
(他の保険会社との交渉等を示す資料の提出)
勧告措置の要否を決定
勧告措置の
可否を決定
勧告措置により
他の保険会社等を協議
協議が
整う
措置
相手方を指定
勧告措置要請
通知
措置
無
協議が
不調
(保護機構に申込み取下げ)
不要
通知
報告
(含む財務大臣)
適切と判定
通知
承継等の審議(運営委員会)
報告
(含む財務大臣)
承継(又は引受け)に係る決定
(決定事項)
承継⇒①承継保険会社設立、
②承継保険会社への保険契
約の移転又は合併の実施
引受⇒引受けの契約締結日
③承継保険会社の設立・経営管理等
引受けの場合、保護機構自身へ保険契約を移転することとなるが、
承継の場合、保険契約の移転等を行う前に、承継保険会社の設立が
必要となる。
保護機構は、承継を決定後、運営委員会の議を経て、承継保険会
社となる株式会社の設立の発起人となり、保護機構の子会社として
設立するための出資を行う(保険業法270条の3の3)
。承継保険会
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生命保険論集第 171 号
社は、その定義付けの中で、破綻保険会社の保険契約を引き継ぐ「保
険会社」とされているため(保険業法260条6項)
、文理上、その出
資額は最低資本金である10億円(保険業法6条)以上、かつ、保険
業免許(保険業法3条1項)の取得が必要と解される。
保護機構は、承継保険会社の経営管理を行う責務を負い、その業
務が適確に実施されるよう、内閣総理大臣の認可を得て業務指針を
作成・公表し、承継保険会社と承継協定を締結する(保険業法270
条の3の4、270条の3の6)
。また、必要に応じて、資産の買取り、
資金の貸付・債務保証、損失補てん等の財務的な支援を行う一方、
承継保険会社に対し指導・助言、報告徴求を行う(保険業法270条
の3の7~270条の3の10)
。
④承継等に係る資金援助
破綻保険会社は、承継の申込みにあわせて、保護機構に資金援助
(金銭贈与、資産の買取り)を申込むことができる(保険業法267
条3項)。資金援助の決定に係る手続や額の算定は、救済保険会社
による保険契約の移転等の場合と同様である(保険業法267条4項、
270条の3の2第8項)
。他方、引受けの場合、保護機構は、破綻保
険会社の財産を保護機構に設ける保険特別勘定で受け入れること
となるが、その際、一般勘定から特別勘定に保険契約の移転等に係
る資金援助(金銭贈与)額に相当する額(保険契約の移転等に要す
ると見込まれる費用を除く)を繰り入れる(保険業法270条の5)。
また、承継・引受け後に保険契約の移転等(再承継・再移転。保
険業法260条8項、11項)を行う場合にも、資金援助(損害担保)
を行うことができる(保険業法270条の3の11、270条の6の2)
。
(6)保護機構の財源
保護機構の資金援助等の業務に要する費用は、会員である保険会社
が拠出する負担金により賄われている。保護機構は、資金援助等業務
―189―
生命保険会社の更生手続と保護機構による契約者保護
の費用に充てるため、保険契約者保護資金を設け、会員会社は、事業
年度ごとに、保護資金が定款に定める額に達するまで負担金を拠出し
なければならず、財源の調達方法には、事前拠出制23)が採用されてい
る(保険業法265条の32、265条の33)
。また、保護機構は、資金援助等
業務を行うため必要があるときは、政令で定める金額まで、内閣総理
大臣及び財務大臣の認可を受けて金融機関等から借入れることができ
る(保険業法265条の42)
。
生保保護機構は、定款上、保護資金の積立限度額を4000億円、負担
金の年間負担額を400億円24)と定め、借入限度額は4600億円25)(保険業
法施行令37条の4)となっている。また、平成24年3月末までに破綻
が発生し、資金援助等の費用と保護機構の借入残高が4600億円を超え
る場合には、国会審議を経て、保護機構に対し政府補助が行われる措
置が設けられている26)(保険業法附則1条の2の14、保険業法施行令
附則8条の8)
。
注6)安居孝啓『最新保険業法の解説』627頁(大成出版社、平成18年)参照。
7)金融審議会金融分科会第二部会「保険契約者保護制度の見直しについて」
1頁(平成16年12月14日)
。
8)山下友信「保険会社の経営破綻処理と現行法制度の概要・課題」ジュリス
ト1080号11頁(平成7年)
、保険審議会支払保証制度に関する研究会「報告書」
1頁(平成9年12月5日)
。
9) 安居・前掲注6・634頁。
10)
「保険契約者等の保護のための特別の措置等に関する命令」
(平成10年大蔵
省令124号)
。
11)責任準備金等とは、生命保険の場合、責任準備金(施行規則10条3号に規
定する契約者価額の基礎であるもの)
、支払備金及び社員配当準備金又は契約
者配当準備金(未割当のものを除く)
(保険業法270条の3第2項、保護命令
50条の4)である。
12)高予定利率契約とは、保険料及び責任準備金の算出の基礎となる予定利率
が、過去5年間常に基準利率を超えていた契約をいう(保護命令50条の5第
2項)
。なお、ひとつの保険契約で主契約・特約で予定利率が異なる場合等は
それぞれ独立した保険契約とみなされる(保護命令50条の5第4項)
。
13)補償控除率とは、当該保険契約の予定利率が基準利率を超える部分(過去
―190―
生命保険論集第 171 号
5年の総和)の2分の1に相当する率(平成18年金融庁・財務省告示第2号
第1条)
。なお、現在の基準利率は3%。
14)具体的な計算式は、
「高予定利率契約の補償率=90%-{
(過去5年間にお
ける各年の予定利率-基準利率)の総和÷2}
」であり、例えば、予定利率5%
の保険契約の場合、補償率は85%となる。
15)基準弁済見込率とは、破綻保険会社について、その確認財産評価に基づく
資産の価額のうち、補償対象契約に係る特定責任準備金等に見合うものとし
て計算される額(保険業法270条の3第2項)を特定責任準備金等の額で除し
た率(保護命令50条の5第5項)である。
16)安居・前掲注6・664頁。
17)保護機構は、資金援助等業務の実施に関して業務規程を作成し、内閣総理
大臣の認可を受けなければならない(保険業法265条の30第1項)
。
18)具体的には、①資金援助が保険契約者保護及び生命保険業に対する信頼性
維持に資すること、②資金援助が保険契約の移転等の円滑な実施に不可欠で
あること、③保険契約の移転等にあたり契約条件変更等を含む合理的な計画
が策定されている(見込み)こと、④資金援助額が保護機構による承継・引
受の場合に機構が負担する費用を上回らないこと、⑤役員等関係者の法的責
任の追及・株主等の損失負担が行われること、以上の5要件(生命保険契約
者保護機構HPhttp://www.seihohogo.jp/)である。
19)山名規雄「保険業法及び金融機関等の特例等に関する法律の一部を改正す
る法律の概要」金融法務事情1583号28頁(平成12年)
。
20)金融審議会答申「特例措置終了後の預金保険制度及び金融機関の破綻処理
のあり方について」13頁(平成11年12月21日)
。
21)承継の場合は、①承継保険会社を設立すること(承継保険会社が設立済の
場合は不要)
、②承継保険会社が保険契約を引き継ぐための保険契約の移転又
は合併を行うこと(保険業法270条の3の2第6項)を、引受けの場合は、保
険契約の引受けに関する契約を締結する日(保険業法270条の4第6項)を決
定しなければならない。
22)安居・前掲注6・666頁。
23)しかし、生保保護機構は、平成10年の創設以降、破綻が相次いだため、資
金援助等に要した費用は、金融機関等からの借入により賄われており、実質
的には事後拠出制で運営されている。
24)ただし、定款において平成15年3月末までに破綻した会員会社の費用に係
る資金借入を完済するまで、年間負担額は460億円となっている。
25)借入限度額は、平成10年の保護機構創設時は4600億円であったが、東邦生
命の破綻に伴う資金援助(約3600億円)により財源が枯渇したことから、平
成12年の保険業法改正による1000億円の追加負担にあわせ、9600億円に引き
上げられた(保険業法施行令附則13条)
。その後、平成17年の保険業法改正に
―191―
生命保険会社の更生手続と保護機構による契約者保護
より、平成18年4月から4600億円に引き下げられている。
26)平成12年の保険業法改正では、平成15年3月末までの破綻が発生し、資金
援助等業務に要した費用が5600億円を超えた場合に政府補助を可能とする特
例措置が設けられた(保険業法附則1条の2の13第1項、保険業法施行令附
則7条)
。その後、平成15年の保険業法改正では、この特例措置を延長すると
ともに、平成15年4月から平成18年3月末までに破綻が発生し、資金援助等
に要する費用が1000億円を超えた場合について、同様に政府補助が可能とさ
れた(保険業法附則1条の2の13第2項、保険業法施行令附則8条の3)
。さ
らに、平成17年の保険業法改正により、平成18年4月から平成21年3月末ま
でに破綻が発生した場合の特例措置として、現行と同じ政府補助の規定が設
けられたが、平成20年の保険業法改正により、特例措置が平成24年3月末ま
で延長された。
3.保険会社の更生手続
更生手続の基本的な流れは、保険会社と事業会社で異なるところは
ない。しかし、保険会社の破綻処理においては、保険集団を維持し、
企業価値の低下を最小限に防止するため、
手続の迅速化が求められる。
他方、保険会社の契約者数は膨大であることから、手続の合理化が必
要とされる。そのため、会社更生手続を適用するにあたり、更生特例
法においては、保険会社特有の処理が必要な事項について、以下のよ
うな特則27)を設けている28)。
(1)保護機構の手続関与(保険契約者表の作成・提出等)
保険契約者という膨大な数の更生債権者が、
個々に債権届出を行い、
議決権行使などの更生手続に参加することは事実上困難であり、更生
手続の円滑かつ迅速な進行を図る観点から、
保護機構が手続に関与し、
保険契約者を代理して債権届出や議決権行使を行うこととしている。
保護機構は、裁判所から更生手続開始決定の通知(更生特例法423
条)を受けて、遅滞なく更生会社の保険契約者表を作成し、保険契約
―192―
生命保険論集第 171 号
者等の縦覧に付した後(更生特例法428条)
、債権届出期日の末日に、
裁判所へ保険契約者表を提出しなければならない
(更生特例法429条)
。
保護機構による保険契約者表の提出により、保険契約者表に記載され
た保険契約に係る権利については、債権届出期間内に届出があったも
のとみなされる(更生特例法430条)
。よって、個々の保険契約者等に
よる債権届出、手続参加は必要とされないが、保護機構による代理を
望まない保険契約者等は、裁判所に届け出ることにより、自ら更生手
続に参加することもできる(更生特例法431条)
。
保護機構は、保険契約者表に記載された保険契約者等を代理し29)、
更生計画案の決議に係る議決権を行使する(更生特例法432条)
。ただ
し、保護機構は、同意する更生計画案について、関係人集会の期日あ
るいは書面投票期間の末日の2週間前までに、代理する保険契約者等
に対する通知・公告をしなければならない(更生特例法437条)
。なお、
生保保護機構では、契約者保護の観点から定めた一定の基準30)に基づ
き更生計画案の内容について確認を行い、同意するか否かを判断して
いる。
(2)補償対象保険金の支払い
更生手続開始後は、更生計画の定めによらなければ更生債権を弁済
できない(会社更生法47条1項)
。また、更生手続開始申立て後、保全
管理命令により債務の弁済が禁止されることがある
(会社更生法30条)
。
しかし、更生手続中に保険事故の発生した契約について保険金の支払
いがなされないとすると、遺族等の生活保障に欠ける事態や保険契約
者の保険料支払意欲の喪失を招くおそれがある。そのため、更生会社
が保護機構と補償対象保険金支払に係る資金援助契約(保険業法270
条の6の7)を締結した場合、保険事故が発生した契約については、
補償対象保険金として保険金請求権等の一定限度まで弁済を可能とし
ている(更生特例法440条)
。具体的には、補償対象契約に係る保険金
―193―
生命保険会社の更生手続と保護機構による契約者保護
請求権等の約定額に補償率31)を乗じた額が補償対象保険金として支払
われる(更生特例法440条1項、保険業法245条1号、保険業法施行令
36条の4、保護命令1条の6)
。
なお、保険契約者等の更生債権者は、補償対象保険金による弁済を
受けた場合であっても、弁済を受ける前の債権の全部をもって更生手
続に参加することができるが、弁済を受けた債権の部分については議
決権を行使することができない(更生特例法440条3項・5項)
。また、
補償対象保険金による弁済を受けた保険契約者等は、同じ性質の権利
を有する他の更生債権者が自己の受けた弁済と同一の割合の弁済を受
けるまでは、更生手続による弁済を受けることができない(更生特例
法440条4項)
。
(3)双方未履行の双務契約
会社更生法では、双方未履行の双務契約について、管財人は契約を
解除するか履行するかを選択することができる(会社更生法61条)
。し
かし、保険契約が双方未履行の双務契約であるとすると、管財人は、
会社の維持更生を図るため、高齢者や病弱者など保険事故発生リスク
の高い保険契約を解除する可能性が否定できない。また、保険業は、
保有する契約について保険契約全体で収支が均衡するよう運営されて
おり、その一部のみを管財人が解除または履行することは、保険契約
の集団性の理念に反する。そのため、保険契約(再保険を除く)につ
いては、会社更生法61条を適用しないこととされている(更生特例法
439条)
。なお、再保険契約が除かれているのは、再保険は保険会社間
の契約であり、保険集団の維持や社会政策的な弱者保護といった問題
にならないためとされる32)。
(4)保険契約に係る権利の届出、評価等
会社更生法では、届出可能期間内に届出がない権利は失権するが
―194―
生命保険論集第 171 号
(会社更生法204条)
、保険契約に係る権利については、保険契約者に
よる権利の届出(保護機構による保険契約表の提出を含む)がなされ
れば、その保険契約に係る権利であって届出がなかったものについて
も、届出があったものと同じく更生計画による権利変更の対象とされ
る(更生特例法442条1項)
。これは、保険契約には受取人と契約者が
異なるような契約も存在するが、このような場合にも、保険契約者か
ら届出がなされれば受取人の有する権利の届出があったものとして取
扱い、権利変更ができることを明らかにしたものである。なお、受取
人等の権利者自らが届出を行うことを妨げるものではないが、請求権
が未発生の権利者に対して債権届出を認める必要はないため、当該権
利が生じた後に限定されている(更生特例法442条2項)
。
また、保険契約者の保険契約に係る権利の評価については、生命保
険の場合、更生手続開始時に積み立てた金額と定められた(更生特例
法444条)
。この更生手続開始時に積み立てた金額とは、契約者価額(保
険業法施行規則10条3項)としての責任準備金額33)である。なお、生
命保険契約に係る権利には一般先取特権が付与されており(保険業法
117条の2)
、更生手続においては優先的更生債権となる(会社更生法
168条1項、更生特例法260条1項)
。これは、生活保障機能を有する生
命保険について一般債権者に対する優先権を認め、保険契約に基づく
権利の縮減を可及的に小さくすることで、保険契約者保護を優先する
とともに救済保険会社等を現れやすくする趣旨とされる34)。
(5)更生計画における特則
会社更生法では、更生計画において、同一種類の権利を有する者の
間では、それぞれ平等でなければならないとする債権者平等の原則が
定められているが(会社更生法168条)
、保険契約の特性に応じた更生
計画の条項に関する疑義をあらかじめ防止するため35)、更生特例法で
は、保険会社の更生計画について次のような特則を設けている。
―195―
生命保険会社の更生手続と保護機構による契約者保護
更生計画における保険契約者の権利変更の内容として、責任準備金
の積立方式及び責任準備金の計算の基礎となるべき係数の水準につい
て同一の基準を用いることができる
(更生特例法445条1項)
。
これは、
同種の保険契約でも、その締結時期によって計算基礎が異なるので、
予定利率を一律に同水準まで引下げる場合には、債権者平等の原則に
反するか否か判断が難しい面がある。そこで、更生特例法においてこ
れを認める旨を明らかにしている。また、保険契約者の権利のうち、
更生手続開始の後(基準日以後)に発生する解約返戻金請求権につい
ては、他の保険契約に係る債権に比して不利な条件を定めることを妨
げないとし(更生特例法445条2項)
、保険集団を維持する観点から早
期解約控除36)を認めている。
一方、更生手続開始後に納付された保険料により積み立てられる責
任準備金に対応する保険契約者の権利については、更生計画において
減免その他権利に影響を及ぼす定めをすることができない37)(更生特
例法445条4項)
。このような更生手続開始後の保険料に見合う責任準
備金を削減対象とした場合、保険料支払意欲の喪失を招くおそれがあ
るためである。また、運用実績連動型保険契約(保険業法118条1項)
に係る債権については、更生計画において、他の保険契約に係る債権
に比して有利な条件を定めることを妨げないものとされる(更生特例
法445条3項)
。前述のとおり、運用実績連動型保険契約の特定特別勘
定に係る部分は、保護機構の補償対象外となっているが、この規定に
より、更生計画において100%保全が可能となっている38)。
注27)その他、更生特例法では、監督庁による保険会社の更生手続開始申立て(更
生特例法377条)、裁判所による開始決定等の保護機構への通知(更生特例法
423条)といった特則を設けている。
28)なお、更生特例法では、保険会社の民事再生手続に係る特例は設けられな
かった。これは、生命保険に係る権利には一般先取特権が付与されており、
再生手続では、一般先取特権は一般優先債権として手続外での権利行使が可
―196―
生命保険論集第 171 号
能であり、再生手続内で保険契約者の権利変更をできないためである。山名・
前掲注19・30頁、山下友信『保険法』621頁(有斐閣、平成17年)
。
29)届出債権に対し管財人の異議がある場合等の更生債権額の確定に係る訴訟
については、保護機構の代理の対象から除かれている(更生特例法432条)
。
30)具体的には、①破綻保険会社の財産価額評定が適切に行われていること、
②保険契約者の権利が公正、衡平に取扱われていること、③(衡平を害しな
い場合を除き)同じ性質の権利を有する保険契約者間で平等であること、④
合理的な契約条件変更が行われる等、更生計画が遂行可能であること、⑤役
員等関係者の法的責任追及が行われること、⑥(合理的根拠がある場合を除
き)運用実績連動型保険契約の特定特別勘定に係る部分について、責任準備
金を削減しない取扱いとなっていること、以上の6基準(生命保険契約者保
護機構HPhttp://www.seihohogo.jp/)である。
31)高予定利率契約の場合、補償対象保険金として支払われる保険金・給付金
の補償率は、責任準備金等の補償率と同様に、90%を下回る率が適用される
が、資産査定等の進行中においては、基準弁済見込率の算定が困難と考えら
れることを考慮し、責任準備金等の補償率とは異なり、下限は設けられてい
ない。安居・前掲注6・600頁。
32)山本和彦「保険会社に対する更生特例法適用の諸問題」民商法雑誌125巻3
号311頁以下(平成13年)。なお、受再保険について履行又は解除をした場合
の問題については345頁以下参照。
33)山本・前掲注32・318頁、金融審議会第二部会「保険会社のリスク管理と倒
産法制の整備 中間取りまとめ」14頁(平成11年12月21日)
。
34)山下・前掲注28・625頁。
35)山本・前掲注32・295頁。
36)早期解約控除の水準について、法律上の定めはないが、早期解約控除制度
が、解約を防止し保険集団を維持するために必要不可欠な制度で、保険契約
者が保険契約を継続すれば清算価値を下回ることはなく、清算価値を下回る
のは保険契約者自らが解約を選択した結果であることから、清算価値を下回
る早期解約控除も許容されている。金融審議会二部会・前掲注33・15頁。
37)特定補償対象契約以外の補償対象契約に限る(更生特例法445条4項)
。
38)この点について、
「最低給付保証が付されていない団体年金保険に関しては、
類似の金融商品である年金信託との平仄から、保険金を削減しない取扱いを
可能とする制度整備が望ましく、これが実現すれば、保険契約者保護制度の
対象外とすることが適当である」とされている。金融審第二部会・前掲注7・
7頁。
―197―
生命保険会社の更生手続と保護機構による契約者保護
4.大和生命の事例
(1)沿革・破綻までの経緯
大和生命は、明治44年に設立した日本徴兵保険を前身とし、戦後、
普通保険に転向して相互会社となった。平成13年にソフトバンク・フ
ァイナンス等と異業種連合を結成し、破綻した大正生命保険相互会社
の受け皿会社となるあざみ生命保険株式会社を設立、旧大正生命の保
険契約を同社に移転後、翌14年に両者が合併して大和生命保険株式会
社となった。
平成20年3月末時点における事業規模は、総資産2,831億円、保有
契約件数約18万件、従業員数は約1,000名と、総資産規模では業界32
位であった39)。破綻までの経緯について、更生計画案の概要によると、
同社は、事業規模に比して高コストで費差損が生じており、優良資産
売却や積極的な運用による利差益で穴埋めしてきたが、平成19年夏以
降のサブプライムローン問題による金融市場の悪化により財務基盤が
大きく毀損、新たな資本提携先を模索したが現れず、会社更生手続開
始の申立てに至ったとされている。
(2)更生手続の主な流れ
平成20年10月10日、大和生命は東京地方裁判所に更生手続開始の申
立てを行い、
同日、
裁判所は保全管理命令を発令し保全管理人を選任、
同17日には裁判所より更生手続開始決定がなされ、保全管理人が管財
人として選任された。
生保保護機構では、更生手続開始申立を受けて「更生手続対策室」
を設置、保険契約者代理に係る業務や資産査定等の業務に従事した。
また、保険契約者表を作成し、12月2日に公告、同日より16日まで縦
覧に供したのち、同17日に裁判所へ提出した40)。
更生手続開始以降、管財人によるスポンサー候補の選定、更生計画
―198―
生命保険論集第 171 号
の作成等が進められ、11月17日までの一次入札ではスポンサー候補を
数社に選定、平成21年2月20日の二次入札でスポンサー候補が1社に
絞られた。その後、関係者との協議を経て、3月2日、米国プルデン
シャル・ファイナンシャル・グループに属するジブラルタ生命保険株
式会社との間でスポンサー契約が締結された。一方、管財人による財
産評定の結果、大和生命の債務超過額は約643億円に達し、契約条件変
更、資産評価及びスポンサーによる暖簾評価にもかかわらず、債務超
過の解消は困難となった。
そのため、
大和生命及びジブラルタ生命は、
金融庁より適格性の認定を受け、3月11日、保護機構に対し資金援助
の申込みを行った。生保保護機構は、評価審査会・運営委員会の議を
経て、同19日の総会において、資金援助等の実施を決定した。これを
踏まえて、同23日、管財人は更生計画案を裁判所に提出した。
4月6日、裁判所より決議に付す旨の決定がなされ、議決権行使方
法は、同日から27日までの書面投票41)とされた。保護機構は、同7日、
同意する更生計画案について保険契約者宛ての通知・公告を行ったう
え、期日までに同意する旨の議決権を行使した。その後、同30日に裁
判所が更生計画を認可、6月1日に更生手続が終結した。
(現在、大和
生命は、社名を「プルデンシャル ジブラルタ ファイナンシャル生命
保険株式会社」に変更し、業務を再開している)
。
(3)契約条件変更の内容等
管財人による財産評定の結果、当初約114億円(平成20年9月末見込
値)とされていた債務超過額は、最終的に約643億円(平成20年10月17
日財産評定後)となった。この債務超過を解消するため、更生計画に
よる一般更生債権の全額免除42)、優先的更生債権(保険契約に係る債
、スポンサーによる営業権
権、労働債権43))の権利縮減(約333億円)
(将来見込まれる保険契約の収益)の計上(32億円)に加え、保護機
構の資金援助(約277億円)が行わることとなった。このうち、保険契
―199―
生命保険会社の更生手続と保護機構による契約者保護
約に係る権利の縮減等は、下記のとおりである。また、株主の権利に
関しては、全発行済株式の消却による100%減資後、ジブラルタ生命に
対し新株が発行された(ジブラルタ生命による子会社化)
。なお、ジブ
ラルタ生命の出資額は、約69億円とされる。
①責任準備金等の削減
更生手続開始決定日(平成20年10月17日)を変更基準日として、
積立方式を全期チルメル式に変更のうえ、責任準備金等の原則10%
(ただし高予定利率契約は法定の最大限まで)が削減された44)。
②予定利率の引下げ等
逆ざやを解消し今後の収支の均衡を図るため、変更基準日以降の
予定利率について、1.0%に引下げられた。なお、個人保険・個人
年金等では、予定死亡率・予定事業費率についても、最新の率に変
更された。
③早期解約控除
保険集団を維持する観点から、10年間・初年度20%(毎年2%ず
つ逓減)の早期解約控除が設けられた。
―200―
生命保険論集第 171 号
【資料4】破綻事例の契約条件変更の内容等
→保護機構発足後(H10.12)
日産生命(相)
東邦生命(相)
H9.4.25 業務停止
同日 管理命令
H11.6.4 業務停止
H11.6.5 管理命令
手続
破綻処理の開始日
債務超過額
資産の毀損率
資金援助額
営業権(暖簾代)
契約条件の変更等
責任準備金等
の削減
約3,029億円
(H9.5 末時点)
約6,500億円
(H11.9 末時点)
約365億円
(H12.8 末時点)
22.9%
19.6%
19.1%
約1,450億円
約267億円
約1,232億円
約2,400億円
約1,470億円
約70億円
原則 90%に削減(個
人年金、財形保険等
は 100%)
1.0%に引下げ
原則 90%に削減(個
人年金、財形保険等
は 100%)
1.0%に引下げ
10 年間(初年度 20%
から 2%ずつ逓減)
9 年間(初年度 15%
から原則 2%ずつ逓
減)
2.75%に引下げ
8 年間(初年度 15%
から原則 2%ずつ逓
減)
ゼロ
千代田生命(相)
手続
営業権(暖簾額)
約3,177億円
(H12.9 末時点)
約3,663億円
6.5 年間(H10.3 末
まで 15%。次年度以
降原則 2%ずつ逓減)
資金援助額
H12.8.28 業務停止
H12.8.29 管理命令
14.2%
早期解約控除
資産の毀損率
H12.5.31 業務停止
H12.6.1 管理命令
2,000億円
予定利率
債務超過額
大正生命(株)
保険業法による手続
原則 90%に削減(個
人年金、財形保険等
は 100%)
1.5%に引下げ
破綻処理の開始日
第百生命(相)
H12.10.9 開始申立
H12.10.13 開始決定
約5,950億円
(H12.10.13 時点)
協栄生命(株)
東京生命(相)
更生手続
H12.10.20 開始申立
H12.10.23 開始決定
約6,895億円
(H12.10.23 時点)
H13.3.23 開始申立
H13.3.31 開始決定
約731億円
(H13.3.31 時点)
大和生命(株)
H20.10.10 開始申立
H20.10.17 開始決定
約643億円
(H20.10.17 時点)
21.0%
15.6%
9.6%
24.8%
0円
0円
0円
約277億円
約3,200億円
3,640億円
325億円
32億円
原則 90%に削減(個
人年金、財形保険等
は 100%)
1.5%に引下げ
原則 92%に削減(個
人年金、財形保険等
は 100%)
1.75%に引下げ
ゼロ
10 年間(初年度 20%
から 2%ずつ逓減)
8 年間(初年度 15%
から原則 2%ずつ逓
減)
10.5 年間(15 年 3 末
まで 20%。次年度以
降 2%ずつ逓減)
契約条件の変更等
責任準備金等
の削減
予定利率
早期解約控除
2.6%に引下げ
原則 90%に削減(高
予定利率契約は法
定の最大限)
1.0%に引下げ
10 年間
(初年度 20%
から 2%ずつ逓減)
その他
一般更生債権
原則全額免除
原則全額免除
原則全額免除
原則全額免除
優先的更生債
である労働債
権
25~38%を免除
8%を免除
17.56%を免除
24.8%を免除
(出所)公告、保険契約者宛通知、更生計画案、プレスリリース等より抜粋
―201―
生命保険会社の更生手続と保護機構による契約者保護
(4)過去事例との比較等
①手続期間
更生手続においては、迅速に手続が進行しなければ、企業価値が
急速に劣化し、再建が困難になるおそれがあり45)、特に、生命保険
会社の場合、保険集団を維持する観点からも迅速な手続進行が要請
される。
生命保険会社の更生手続事例では、一般事業会社に比べ、早期の
開始決定がなされており(千代田生命4日、協栄生命3日、東京生
命8日)、大和生命も過去事例と同様、開始申立てから7日で開始
決定がなされた46)。また、開始決定から更生計画認可までの期間は、
過去の3事例と比較し約1ヵ月長期化しているものの、東京地方裁
判所の標準的なスケジュール(開始決定から10ヵ月以内の更生計画
案提出)47)から考えれば、生命保険会社の特性を踏まえた迅速な手
続が図られたものと思われる。
②スポンサー選定のプロセス等
大和生命のスポンサー選定には入札形式が採用され、同時に、ス
ポンサー候補との資産評価をめぐる争いを回避するため、資産売却
が進められた。これは、東京生命で採用された手法と同様であり、
東京生命の事例では、スポンサー候補の評価が分かれる資産を売却
することで、客観的な基準による入札を可能とする環境を整えられ、
入札形式による競争原理が働いた結果、責任準備金等の削減は行わ
ない等、保険契約者の権利縮減の極小化が実現した48)。
一方、大和生命の事例においては、同様の手法が採用されたにも
かかわらず、保険契約者等の権利縮減内容は厳しく、さらに保護機
構の資金援助を受けることとなった。この点、入札形式の限界や世
界的金融危機下において資産売却を進めたことの是非が問われよ
うが、大和生命の更生計画案の概要によると、最終入札では暖簾評
価額を中心とした提案による選定を行ったとされ、入札により企業
―202―
生命保険論集第 171 号
価値の最大化を図るという意味では、一定の効果があったものと思
料する。また、適正な売却プロセスを前提として資産売却を行うこ
とは、資産評価を早期に確定してデューデリジェンス等の入札に係
る手続を円滑に進めるためには、必要かつ止むを得ない措置であっ
たと考える。
今後も、広くスポンサー候補を募り、一定の基準に基づく入札と
いうプロセスを経てスポンサー選定を行うことは、手続の透明性と
アカウンタビリティを確保し保険契約者の納得感を得る49)という観
点から重要と考える。
③スポンサーによる営業権(暖簾)の計上
生命保険会社の破綻処理では、スポンサーによる営業権(暖簾)
の計上が行われており、今回の大和生命の事例でも、32億円の営業
権(暖簾)が計上されることとなった。
この暖簾計上に関し、平成14年の会社更生法改正では、更生会社
の開始決定日における財産評定については、事業全体の価値(継続
企業価値)による評価ではなく、時価によるものとされた(会社更
生法83条2項、更生特例法221条)が、更生計画認可の決定の時に
おける貸借対照表(会社更生法83条4項、更生特例法221条)には、
暖簾を計上できることが明らかにされている(会社更生法施行規則
1条3項)。これは、超過収益力が客観的に評価された場合に限ら
れ、単に更生会社の一方的な自家創設暖簾の計上を認める趣旨では
ないとされる50)が、生命保険会社の場合、死亡率、事業費率、継続
率等を用いて対象とする保険契約から得られる将来の保険料収入、
保険金支払等を予測することで、将来収益を客観的に算出すること
が可能である。よって、今回の大和生命の事例でも、更生計画案に
おいて、ジブラルタ生命による将来収益評価額と同額を、営業権(暖
簾)として資産の部に計上することとされた。
④保護機構の資金援助決定時期
―203―
生命保険会社の更生手続と保護機構による契約者保護
大和生命は、生命保険会社の更生手続で資金援助が実施された初
めての事例であるが、損害保険会社の事例では、大成火災が損保保
護機構の資金援助を受けている。しかし、2社の事例では、更生手
続における保護機構の資金援助の決定時期が異なり、大和生命は更
生計画案の裁判所提出前、大成火災は裁判所による更生計画認可決
定後51)となっている。
資金援助の決定時期について、法律上の定めはないが、更生計画
認可の要件として、更生計画が遂行可能であることが求められ(会
社更生法199条2項3号、更生特例法290条)、生命保険会社は、債
務超過のままでは営業を再開できない。とすれば、更生債権者の権
利縮減(責任準備金削減等)やスポンサー負担(営業権計上等)の
みで債務超過を解消できない場合、すなわち、保護機構の資金援助
が必要な場合、裁判所は、資金援助の実施可否が明らかとならなけ
れば、更生計画を遂行可能と判断することは難しいと思われる。し
たがって、更生手続上、遅くとも更生計画認可決定前には、保護機
構による資金援助の決定が必要となろう52)。また、更生計画案提出
後の更生計画修正・変更には裁判所の許可等が必要なことから(会
社更生法186条、197条、更生特例法279条、288条)、今後の更生手
続において止むを得ず資金援助が必要な場合には、大和生命のプロ
セスと同様に、更生計画案提出期限前に、保護機構へ資金援助の申
込を行い、決定を得ておくことが望ましい。
注39)なお、大和生命が公表していたソルベンシー・マージン比率は、555.4%(平
成20年3月末)と、早期是正措置が発動される200%を大きく上回っていた。
この点、金融庁では、大和生命の破綻や平成20年秋以降の金融危機の教訓等
を踏まえ、ソルベンシー・マージン比率の信頼性にかかる一層の向上の観点
から見直しを進め、平成21年8月28日に改定骨子(案)を公表している(金
融庁HP「ソルベンシー・マージン比率の見直しの改定骨子(案)について」
http://www.fsa.go.jp/news/21/hoken/20090828-1.html)
。
40)保険契約者表への記載項目は、千代田生命等の事例と同様に、①保険契約
―204―
生命保険論集第 171 号
者の氏名・住所、②証券番号、責任準備金等の額(議決権額)と、債権の特
定及び議決権の把握に最小限必要な事項とされた。保険契約者表の記載事項
については、田口城「生保会社の更生手続と保険契約者の保護」生命保険経
営69巻第6号97頁(平成13年)
。
41)平成14年の会社更生法改正により、関係人集会の開催は任意化されており、
大和生命の事例では、財産状況報告集会は開催されず、また、議決権の行使
方法は書面投票のみとされた。この点、東京地裁の原則的運用では、提出者
が更生計画案を説明し議決権者の質疑応答機会を設けること等を理由に、関
係人集会と書面等投票の併用とされる(東京地裁会更生実務研究会(西岡清
一郎・鹿子木康・桝谷雄一・編)『会社更生の実務〔下〕』278頁(きんざい、
平成17年))。しかし、保険会社の場合、保護機構が保険契約者等を代理して
議決権行使を行うこととしており、実務上、保護機構は事前に管財人から説
明を受ける機会を得て同意可否を判断することとしていることから、決議の
ための関係人集会を開催する必要性は小さいと考える。また、保険業法にお
ける保険契約の移転等においても、決議に代えて公告を行い、それに対し一
定の異義申立てがなければ同意したものとみなす方法が採用されている。な
お、保険会社の更生手続における議決権行使方法については、関係人集会の
任意化以前においても、書面投票による決議を行うことが提案されている(保
険会社の倒産手続に関する研究会(代表 高橋宏志)「保険会社倒産手続立法
のあり方」ジュリスト1080号55頁(平成7年)
)
。
42)更生計画案によると、一般更生債権は約3億円(確定債権額)は極めて少
額であった。
43)労働債権(退職一時金および退職年金に係る債権)については、確定債権
額の24.8%が免除された。この免除率は、大和生命の財産評定後の毀損率(債
務超過額643億円/負債総額2592億円)と同率。なお、保険会社の更生手続の
労働債権の処遇に関し、保険契約者の権利は労働債権に次ぐ順位とすべきと
の意見もある。山本・前掲注32・338頁。
44)なお、更生手続開始後に収受した保険料に係る責任準備金(更生特例法445
条4項)に加え、保全管理命令後に収受した保険料に係る責任準備金も削減
されなかった。これは、保全管理人が開始前会社の業務及び財産に関し権限
に基づいてした資金の借入れその他の行為によって生じた請求権は共益債権
されるため(会社更生法128条)
、保全管理期間中に収受した保険料に係る責
任準備金部分については共益債権として取り扱ったものと考える。
45)小林久起「東京地裁における会社更生事件の最近の運用」金融法務事情1610
号8頁(平成13年)
。
46)平成14年会社更生法改正以前は、裁判所は更生会社の「更生の見込み」に
ついて実体的、経済的判断を必要としていたが、改正後は手続的観点から「更
生計画案の作成・可決の見込み」等がないことを開示決定条件としており、
―205―
生命保険会社の更生手続と保護機構による契約者保護
早期決定が可能である。改正以前の生命保険会社の更生手続事例において、
早期に開始決定がなされた理由等については、櫻井忠明「更生特例法の運用
状況」金融法務事情1610号43頁(平成13年)
、田口・前掲注40・94頁参照。
47)東京地方裁判所更生実務研究会(西岡誠一郎・鹿子木康・桝谷雄一・編)
『会
社更生の実務〔上〕
』6頁(きんざい、平成17年)
。
48)大橋正春「東京生命の更生特例法による再建例」債権管理95号5頁(平成
14年)
。
49)田口・前掲注40・96頁参照。
50)事業再生研究機構財産評定委員会編『新しい会社更生法の『時価』マニュ
アル』176頁(商事法務、平成15年)
。
51)大成火災の事例では、平成14年8月30日に関係人集会で更生計画案が可決、
翌31日に認可決定された後、9月13日に内閣総理大臣の適格性の認定を受け、
同17日に資金援助申込み、同30日に保護機構が資金援助を決定している。
52)大成火災の事例は、同社が破綻前から経営統合を予定しており、経営統合
の相手方である安田火災・日産火災が更生手続開始後もスポンサーとなる等
の特殊な事情を有しており、保護機構の資金援助の決定如何にかかわらず、
スポンサー支援による事業の維持更生が可能と判断されたものと思われる。
5.承継等に係る実務的考察
(1)救済保険会社等が現れなかった場合のプロセス等
生命保険会社の更生手続において、入札等が不調に終わった場合、
管財人はスポンサー救済を断念し、保護機構へ承継等の申込みを行う
ことが想定される。しかし、更生特例法と保険業法には、その場合の
手続に関する相互関係は規定されていない。そこで、実務上、どのよ
うなプロセスが必要となるかについて考察したい。
①承継か、引受けか。
承継・引受けのいずれを行うかについては、生保保護機構の場合、
前述のとおり、破綻保険会社から事前相談を受けて、保護機構が選
択する。保護機構としてどちらを選択すべきかは、事案ごとに異な
り、破綻保険会社の事業内容・資産規模、承継・引受けに係るコス
ト(最終的には保険契約者の負担となる)や再承継・再移転のしや
―206―
生命保険論集第 171 号
すさ(保護機構による承継・引受けは臨時的な措置とされ53)、早期
に再承継等の救済保険会社等を選定することが要請される)等を総
合的に勘案して決定されることとなろう。ただし、再承継等を行う
ことを重視した場合、引受けよりも承継の方が受皿となりうる救済
保険会社等の対象や方法が多く、再承継等の実現可能性が高まると
思われる。よって、以下においては、承継のケースについて検討し
たい。
【資料5】承継・引受けの比較
承継の場合
引受けの場合
方法
・保険契約の移転
・合併
・保険契約の移転
主体
・保護機構の子会社として設立された
保険会社(
「承継保険会社」
)
・最低資本金 10 億円以上の出資
・保険業免許の取得
・会社機関の設置が必要(取締役
会・監査役会・会計監査人等)
・保護機構(一般勘定とは別に「保険
特別勘定」して管理)
業務範囲
・基本的に保険会社と同一
・移転を受けた保険契約の管理・処分
の範囲内
・承継保険会社が適確に業務を遂行す
るため、保護機構が経営管理を行う
・保護機構は業務指針を作成・公表
・承継保険会社と承継協定を締結
承継時
資金援助
・保護機構の一勘定として経営
保護機構の関与
経営管理
財務的支援
引受時
一般勘定から資金を繰入れ
承継後
資産の買取り、資金の貸付、 引受後
債務保証、損失補てん
一般勘定から資金を繰入れ
再承継
資金援助(損害担保のみ)
資金援助(損害担保のみ)
再移転
再承継・再移転
方法
受皿会社
その他
・保険契約の移転
・保険契約の移転
・合併
・株式の取得(保護機構から株式譲渡)
・保険会社
・保険会社
・保険持株会社等
・法人税の課税対象
・法人税は非課税
(出所)筆者作成
―207―
生命保険会社の更生手続と保護機構による契約者保護
②承継の方法は、保険契約の移転か合併か。
破綻保険会社による承継の申込みから保護機構による承継の決
定までのプロセスは、前述の2.(5)②の【資料3】のとおりで
ある。
承継の場合、保険契約の移転か合併か、その方法を選択すべきこ
ととなるが、保険契約の移転の場合、合併の場合と比べ、訴訟リス
クや雇用関係を遮断できるメリットがある一方、合併の場合、保険
契約以外(例えば、システムアウトソーシング契約、保険料収納に
係る業務委託契約等)の契約上の地位の移転等に係る手続を簡素化
できるメリットがある。また、現実問題として、承継保険会社が、
保険契約の管理処分業務を適確に遂行するためには、保険会社の業
務に精通した従業員(できれば、破綻保険会社の商品、事務システ
ムに習熟した人材)を一定数確保することが必要となる。この場合、
雇用関係等が遮断されない合併の方が、破綻保険会社の人材、事
務・システム基盤を容易に引き継ぐことができるとも考えられる。
このように、いずれの方法を選択するかは、破綻保険会社が抱える
訴訟リスクや不良資産の状況、営業チャネルや雇用実態等を十分に
精査して判断することが必要となる。
③承継保険会社の設立と更生計画案の作成
承継保険会社への保険契約の移転等の更生会社の組織変更手続
は、更生計画でなすことができるが(会社更生法167条、更生特例
法259条)
、その場合、更生計画案には、保険契約者等の権利縮減等
とあわせて保険契約の移転等の相手方である承継保険会社に係る
事項を記載しなければならない。よって、更生計画案提出までに、
承継保険会社の設立(出資額の決定、会社の設立、保険業免許の取
得)が必要となる。保険業免許の申請には、事業方法書・普通保険
約款・保険料及び責任準備金の算出方法書、収支見込みを含む事業
計画書等の作成等が必要(保険業法4条、保険業法施行規則6条)
―208―
生命保険論集第 171 号
となるが、これらは、保険契約の契約条件変更の内容と連動するた
め、保護機構は、承継保険会社設立に係る業務と並行して、破綻保
険会社の更生計画案作成にも直接的に関与していくことが求めら
れる。また、これらの業務には、相当の期間を要するものと考える。
④問題の所在
このように、保護機構による承継を行うためには、承継決定後に
も、多数の業務や意思決定プロセスを経る必要がある。この点、東
京生命・大和生命の事例では、更生計画案提出期限の約1ヵ月前に
スポンサー選定の最終入札が実施されており、仮に、今後の更生手
続においても、このような段階でスポンサー救済が困難であること
が判明し、保護機構へ承継の申込みがなされた場合、更生計画案提
出期限の伸長は避けられない。一方で、会社更生法は、開始決定か
ら更生計画提出までの期間を1年以内(会社更生法184条)と定め
ている上、手続の長期化は、保険集団の維持、保険契約者の保護の
観点からも望ましいものではない。また、長期化に伴う営業基盤等
を含む資産の劣化や手続費用の増加は、更生債権者のための会社資
産を減少させるとともに、保護機構の破綻処理に係る費用の増加に
もつながる。これらを踏まえると、保護機構の運営上の工夫のみな
らず、制度面で手続期間の短縮を図るための方策、承継保険会社に
係る費用を軽減する方策についても、検討する余地がある。
(2)承継制度に係る検討
①承継の方法(株式取得の可否)
救済保険会社等による保険契約の移転等には、保険契約の移転、
合併、株式取得54)の3つの方法が規定されているのに対し、保護機
構による承継の方法として、株式取得による子会社化は規定されて
いない。
救済保険会社等による株式取得は、破綻保険会社の経営の健全性
―209―
生命保険会社の更生手続と保護機構による契約者保護
を確保し、保険契約者等の保護を図るため、破綻保険会社の経営体
制の整備と再建計画の作成を実施するために行うものとされるが
(保険業法260条1項3号、平成12年大蔵省告示187号)、保護機構
による承継も、保険契約者等の保護を図るための手段であり、保護
機構による経営管理を通じて経営体制の整備、再建がなされる点で、
両者に違いはない。とすれば、保護機構による承継の方法として株
式取得を除外する論拠は見当たらず、手続合理化の観点から、保護
機構による破綻保険会社の子会社化を認めてもよいのではないか。
株式取得による破綻保険会社の「承継保険会社化」が認められれば、
承継保険会社設立のための出資が不要となり、また、保険業免許取
得といった実務的負荷も解消されるため、手続に係る費用の軽減、
手続の迅速な進行に大きく寄与するものと考える。
なお、類似の制度である預金保険機構の承継銀行制度においても、
株式取得による子会社化は規定されていないが、これは、預金保険
機構による資金援助額が、付保対象の預金等の保険金支払に要する
と見込まれる費用(ペイオフコスト55))を上限とし、株式取得では、
破綻金融機関に付保預金者以外の債権者が残ったままとなり、ペイ
オフコストで債務超過を埋めることができず、破綻処理形式として
利用することが困難なためとされる56)。しかし、保護機構による資
金援助の場合、破綻保険会社の資産から共益債権等の弁済に必要な
資産を控除した額を補償対象契約に係る資産の額として、資金援助
、株
額を算定するため57)(保険業法270条の3、保護命令50条の6)
式取得による承継であっても資金援助による債務超過解消が可能
であり、承継銀行の場合のような問題は生じない。
②承継保険会社の定義(保険業免許取得の要否)
承継保険会社は、定義付けの中で、破綻保険会社の保険契約を引
き継ぐ「保険会社」とされ、文理上、保険契約の承継前に保険会社
となること、すなわち、保険業免許の取得が必要と解される(保険
―210―
生命保険論集第 171 号
業法260条6項)
。一方、保険業法上、保険契約の移転先は保険会社
に限定されているが(保険業法135条1項)
、保険株式会社が一般の
株式会社と合併することは禁止されておらず、保険株式会社と一般
の株式会社が内閣総理大臣から合併の認可を得て設立する会社は、
合併により消滅する保険会社が受けていた保険業免許を引き継い
で保険会社となることが可能である(保険業法167条、168条)
。
....
したがって、承継の方法として、承継保険会社と破綻保険会社の
合併のみならず、保護機構の子会社として設立された株式会社(承
継保険会社の準備会社)と破綻保険会社の合併が認められれば、承
継保険会社となるための保険業免許取得が不要となり(あわせて設
立時の出資額も保険会社の最低資本金である10億円未満とするこ
とが可能)、前記①と同様に、手続の迅速化に寄与するものと考え
る。なお、保険会社と一般事業会社の合併手続に関しては、すでに
保険業法の規定があることから、このような取扱いを可能とするた
めに新たな制度規定を設ける必要はなく、現行の規定を準用するこ
とが可能であり、関係する条文において、承継保険会社の準備会社
を承継保険会社とみなす規定を置けば足るものと思われる。
③承継保険会社への早期是正措置の適用(SM比率200%維持は必
要か)
承継後の承継保険会社に係る監督規制として、承継保険会社も保
険会社であるため、ソルベンシー・マージン比率による健全性規制
(保険業法132条2項)の対象となりうるが、同比率が200%を下回
った場合、早期是正措置の発動は必要であろうか。承継保険会社は、
保護機構による財務的支援(追加出資等)が制度上担保されており、
形式的に同比率が低下しても、保険金等の支払いに支障が生じるな
ど、保険契約者の保護に欠けるような事態は想定しがたく、早期是
正措置を発動する必要性は小さいと考える。この点、預金保険機構
の承継銀行制度においても、承継保険会社と同様に、預保機構によ
―211―
生命保険会社の更生手続と保護機構による契約者保護
る財務的支援等の健全性を確保する諸手段の手当てがなされてい
ること等に鑑み、自己資本比率が著しく低下しても、預金者の利益
を害することは考えがたく、早期是正措置は発令しないこととされ
ている58)。
もっとも、保護機構による承継保険会社への財務的支援の実施に
ついては、いったん承継保険会社へ追加出資した金銭を保護機構に
返納する仕組みがなく、財務的支援に係る費用は保護機構の一方的
な負担となることを踏まえ、承継保険会社に係る費用縮減の観点か
らも、その必要性を慎重に判断すべきものと考える。承継保険会社
については、保護機構が法律上の責務としては経営管理を行い、最
終的には再承継時に資金援助が可能なこと等を勘案すれば、中長期
的に財務健全性が維持されていれば足り、例えば、一時的に同比率
が200%を下回る等の事態が発生したからといって、即時に財務的
支援の実施が強く求められるものではないと考える。
(3)スポンサー候補が現れた場合の承継等の可能性
生保保護機構による承継等は、制度上、救済保険会社等が現れなか
った場合の措置であるが、更生手続において救済保険会社等となりう
るスポンサー候補が現れた場合であっても、
次のようなケースの場合、
保護機構による承継等が行われることがありうる。
まずは、合理的で遂行可能な更生計画案が策定されていない、移転
後に保険契約者が著しく不利な取扱いを受けることが明らかである等
の理由で、当該スポンサー候補による救済が保険契約者の保護に資さ
ないと考えられる場合である。保護機構は、保険契約者等を代理して
更生計画案に対する議決権を行使するが、同時に、保険契約者等に対
し公平誠実義務等を負っている(更生特例法433条)
。したがって、保
険契約者の保護に資さない更生計画案に対しては、反対の意思表示を
行い、その内容変更を求めることとなるが、スポンサー候補がこれを
―212―
生命保険論集第 171 号
許容せずに離脱した場合、結果として承継等となる。
次に、スポンサー候補が望む資金援助額が、保護機構による承継等
に係る費用を上回る場合である。生保保護機構は、資金援助決定の要
件として、資金援助額が承継等の場合に保護機構が負担することとな
る費用を上回らないことを定めており、これを満たさなければ資金援
助を実施することができないため、スポンサー候補がこれを許容せず
に離脱すれば、やはり保護機構による承継等を行うこととなる。この
点、保護機構が「資金援助か、承継等か」の実質的な選択権を有する
ことになるが、前述のとおり、資金援助を行うかどうかの決定権は保
護機構が有しており、保護機構の破綻処理に係る費用の極小化59)を図
る観点から、許容されるものと考える。
注53)安居・前掲注6・654頁。
54)株式取得による子会社化には、保険会社以外の保険持株会社等(例えばフ
ァンドによるスポンサー救済)が可能なほか、合併の場合と同様に、訴訟リ
スクや雇用関係を遮断できない反面、人材確保や経営基盤の円滑な引き継ぎ
といった実務的な側面でのメリットがある。
55)預金保険機構による保険金支払に要すると見込まれる費用。具体的には、
「保
険金支払額」
、すなわち付保預金の額から「保険金支払後に取得する債権のう
ち回収できると見込まれる額(清算配当見込額)
」を控除した額に、保険金支
払いに必要な事務費用の見込み額を加えた金額とされる。預金保険研究会
(佐々木宗啓・編)
「逐条解説預金保険法の運用」199頁(きんざい、平成15年)
。
56)預金保険研究会・前掲注55・376頁。
57)保護命令50条の6第1項1号では、破綻保険会社の確認財産評価から一般
債権者の債権額及び保険契約の条件変更の対象とならない保険契約の債権の
額を控除する旨を定めている。ここでいう「一般債権者」とは、
「一般更生債権」
を指すものではなく、保険契約者等以外の債権者を指すと解される。すなわ
ち、共益債権や更生計画による条件変更対象の保険契約以外の優先的更生債
権(更生計画による削減後)の額が資産から控除される。
58)預金保険研究会・前掲注56・379頁。
59)保護機構に係る費用の極小化に関し、保護機構は、保険会社・保険契約者
の負担になることを十分留意し、
「機関は費用を最小限に抑えつつ保険契約者
の保護にあたる必要がある」と指摘されている。保険審議会・前掲注8・9
頁。
―213―
生命保険会社の更生手続と保護機構による契約者保護
6.終わりに
今回の承継等に関する実務的な考察は、手続の迅速化・合理化によ
り、いかに効率的に破綻処理を進め、最終的な保険契約者の負担を軽
減するか、
という視点を軸としている。
保護機構に係る費用の極小化、
契約者負担の軽減を図る方策としては、このような破綻発生時の手続
迅速化・合理化による費用縮減と同時に、破綻の未然防止、早期処理
が重要であることはいうまでもないが、破綻の発生しない平時におけ
る保護機構に係る資金の効率化も必要ではないだろうか。
この点、生保保護機構については、平成20年保険業法改正法附則2
項により、その負担金の拠出方法等について、施行後3年以内の検討・
見直しが規定されている。現行の生保保護機構の負担金方法である事
前拠出制ついては、破綻の発生しない平時にも相当規模の資金を保護
機構に積立てておくことになり、資金の効率的な利用の観点から望ま
しくなく、事後拠出制に移行すべきとの意見がある60)。よって、今後
の検討・見直しの際には、破綻発生時のみならず、平時における契約
者負担を軽減する観点から、事後拠出制への移行について検討するこ
とが必要と考える。
注60)金融審二部会・前掲注7・11頁。
(付記)本稿は平成21年10月16日に開催された生保関係法制研究会に
おいて行った報告に、当日の議論を踏まえて加筆、修正したものであ
る。座長の甘利公人上智大学教授および参加いただいた皆様には厚く
御礼を申し上げたい。また、原稿を修正するにあたって、甘利教授に
は改めて的確な助言を賜った。
この場を借りて厚く御礼申し上げたい。
―214―
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