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生命保険契約者保護機構財源に関する一考察
生命保険論集第 177 号 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 迫る「費用に係る負担の在り方等の検討」 河谷 善夫 (第一生命経済研究所) 1. はじめに 生命保険契約者保護機構(以下「生保機構」)は、わが国生命保険業 において現存する唯一のセーフティネットであり、免許を受けた生保 会社は、保険業法(以下「業法」)により一のセーフティネットに加入 することが義務付けられていることから(業法第265条第1項)、 全生保 会社が加入している組織である。 生命保険は一般に、 ア)人々の社会生活上のさまざまな危険に備えた 保障を提供し、国民生活の基礎となっている、イ)他の金融商品のよう に市場で売買されるものでなく、再加入困難性を伴い、解約費用の高 さからも契約を乗り換えることが困難なものである、 ウ)一般の契約者 にとって保険会社の経営状況の理解は容易でないことに加え、契約自 体が長期間に渉ることが多く、そのような長期の契約について契約者 に将来の変化を見通し引受保険会社を選択することを期待することは 困難である、といった特性1)があることなどに鑑み、保険契約者等に 引受保険会社の経営破綻というリスクに対して、一定の保護を設ける ことが適当とされ、平成10年の金融システム改革法において生保機構 設置が定められた。生保機構は平成10年12月1日、大蔵大臣、内閣総 ―213― 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 理大臣からの認可を受けて設立され、 今年で設立から12年を超えたが、 この間7社の破綻があり、資金援助等の業務を通じ、多くの契約者等 の保護を図ることで、わが国生命保険業の信頼性維持に大きく貢献し てきた。 生保機構の現行制度については、平成20年12月16日に施行された業 法附則第2項において下記の通り規定されている。 2 政府は、この法律の施行後三年以内に、生命保険契約者保護機構に 対する政府の補助及び生命保険契約者保護機構による資金援助等の保 険契約者等の保護のための特別の措置等に係る制度等の実施状況、生命 保険契約者保護機構の財務の状況、保険会社の経営の健全性の状況等を 勘案し、生命保険契約者保護機構の資金援助等に要する費用に係る負担 の在り方、政府の補助に係る規定継続の必要性等について検討を行い、 本稿は、この附則により今年中に予定されている生保機構の財源と その費用負担の在り方を中心とする制度見直しに関し、これまでの生 保機構の辿ってきた経緯を整理し、あわせて国際的な議論等を紹介し つつ、今回の検討についての大きなポイントとなると考える生保機構 の財源規模について試論を提示するものである2)。 なお、筆者自身は、本年7月まで生保機構の事務局長職に就いてい たが、本稿は生保機構としての検討、或いはその検討を下敷きにした ものでなく、あくまで個人的な検討であることをお断りしておく。現 在の生保機構定款(以下「定款」)附則第12条には、上記の附則を受け た形で、 「平成23年12月15日までに、資金援助等の実施状況、機構の財 務の状況、会員の経営の健全性の状況等を勘案し、定款第9章、第11 章、及び第89条(政府への要請)等について検討を加え、必要がある と認めるときは、その結果に基づき所要の見直しを行うものとする。 」 との規定が存するが、生保機構としては本稿執筆時点では、まだ当該 規定に基づく検討は行われていないと認識している。 ―214― 生命保険論集第 177 号 注1)これらの特性は、平成16年12月14日金融審議会金融分科会第二部会報告「保 険契約者保護制度の見直し」で触れられている。 2)なお、平成23年8月17日の産経新聞によれば、預金保険機構も今年3月末 での一般勘定の黒字化を受け、来年度からの預金保険料の引下げの検討につ いて政府等関係機関との協議を開始したとのことである。 2. 生保機構の設立以降の経過と現状 (1)設立とその機能 生保機構は、平成10年11月20日に開催された創立総会での決議を経 て、同年12月1日に設立された3)。この時期は、日本の金融システム の最悪期といえ、夏に開会された臨時国会では、いわゆる衆・参の「ね じれ状態」の中で、政府・自民党が野党案を丸呑みする形で金融再生 法が成立し、長銀・日債銀という大型の金融機関の破綻処理が立続け に行われた。 生命保険業も、 多くの会社が異常な低金利による逆ざや、 株式相場の下落に伴う有価証券の評価損、及び不良債権等に苦しんで いた。 生保機構の発足前には、「保険契約者保護基金」という、破綻保険 会社から救済保険会社への契約移転を円滑に実施するための制度があ り、生命保険協会の下、任意参加の制度たる「生命保険契約支援制度」 が平成8年4月に発足していた4)。しかし、平成9年4月の日産生命 の破綻の処理に際し以下のような問題点が露呈してしまい、新たな保 険業における支払保証制度を創設することが喫緊の課題として認識さ れていた。 ①救済保険会社が現れない場合にワークしないこと。 ②当該制度では、支援限度額が2,000億円と決まっていただけで、契 約者保護の内容が決まっておらず、破綻保険会社の規模によって契 約者保護の水準が異なることになってしまうこと。 ③2,000億円の財源のすべてを日産生命の破綻処理で使いきり、新た ―215― 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 な生保会社の破綻が生じた場合に財源が全くないという状態に陥っ たこと。 しかし実際には、この制度を措置する業法の国会審議時点で上記の ような問題点は認識されており5)、平成8年10月30日開催の保険審議 会第62回総会において、保険の支払保証制度についての検討を行うこ とが決定され、大蔵省の下に「支払保証制度に関する研究会」が設置 された。日産生命の破綻はこの研究会での検討のさなかに起こったこ とになるが、平成9年12月5日に研究会の最終報告書が纏められ、同 月19日の保険審議会に報告された後、この報告書に基づく法律案が翌 月の国会(第142回常会)に上程された。これは、 「日本版ビッグバン」 を目指した「金融システム改革法」の一翼を担う業法改正法案の一部 として制度整備が行われたものである。 生保機構の目的は業法第259条に規定されている通り、 「破綻保険会 社に係る保険契約の移転等における資金援助、承継保険会社の経営管 理、保険契約の引受け、補償対象保険金の支払に係る資金援助及び保 険金請求権等の買取りを行う等により、保険契約者等の保護を図り、 もって保険業に対する信頼性を維持すること」であり、図1のような 機能を果たすことになった。 なお、図1のイメージ2の通り、救済保険会社が現れなかった場合 には、承継或いは引受けという形で、生保機構が保険契約の維持・継 続、保険金の支払に関わるという機能が付与され、保険契約者支援制 度の欠点を克服したものとなった。 また、生保機構による生保会社破綻時の契約者保護・補償の内容を 示したものが図2である。生保機構による保護は、生命保険契約の特 性を踏まえ、契約の維持・継続という点に重点がおかれ、破綻時にお いて保険金の支払のために積み立てられた責任準備金等の9割までが 補償されることとなった。 ―216― 生命保険論集第 177 号 図1 生保機構の機能イメージ図 <イメージ2-① <イメージ1 救済保険会社が出る場合> 救済保険会社が出ない場 合> ・承継スキーム 保険契約者 補償対象保険金 保険契約の継続 の支払 保険金の支払 保険契約の全部・一部移転 破綻保険会社 合併・株式取得 保険契約者 補償対象保険金 救済保険会社 (注 1) 保険契約の継続 の支払 保険金の支払 保険金請求権の買取 保険契約の承継 破綻保険会社 生保機構 承継保険会社 資金援助 補償対象保険金の支払 に係る資金援助 負担金拠出 資金貸出 財政措置 (注 2) 生保機構 国 出資 資金援助 補償対象保険金の支払 に係る資金援助 負担金拠出 会員各社 金融機関 会員各社 (注3) (注 1)株式取得による手法は平成 12 年の業法改正で <イメージ2-② 救済保険会社が出ない場 追加されたものである。 合> (注 2)国による財政措置については、平成 12 年の業 ・引受けスキーム 法改正以来措置されているものである。 (注3)イメージ②-1、2 においても金融機関、国に 保険契約者 よる資金の提供は存在するが、紙幅の都合上、 補償対象保険金 保険契約の継続 の支払 保険金の支払 割愛した。 (出所) 生保機構パンフレットを筆者が一部加筆し 保険契約の引受 生保機構 破綻保険会社 て作成。 補償対象保険金の支払に係る資金援助 負担金拠出 会員各社 (注3) これによって必ずしも当 図2 破綻時の機構による補償イメージ図 初の保険金、或いは支払っ 補償対象保険金支払 のための資金援助 た保険料の9割が保証され る訳ではく、銀行のペイオ 約定保険金を支払うため の責任準備金積立水準 約定保険金額 フ制度のような定額の保証 でもないことは、図2から 条件変更後の保険金 を支払うための責任 準備金積立水準 保険金額×90% =補償対象保険金額 (予定利率下げ無し) 責任準備金削減 ・責任準備金削減 ・予定利率下げ後の保険金額 理解できる。救済保険会社 責任準 備金補 填の により予定利率、解約返戻 現存する責任準備金対応資産 ための資金援助 金率等の変更が行われ、保 険種類によっては責任準備 金額の削減上限の10%を大 (出所) 生保機構パンフレットを基に筆者が一部加筆し て作成。 ―217― 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 きく超える保険金額の削減となった契約も過去には生じることとなっ た。 この補償の財源規模としては、 事前積立による4,000億円が基本とさ れた6)。本制度が国会で審議された平成10年5月の参議院財政金融委 員会において、政府委員であった福田保険部長(当時)は概略、財源規 模について以下のような答弁を行っている。 ・ 必要額を推定するのは困難だが、あくまで制度創設の考え方としては、 10年間という期間を置き、複数の破綻が起きた場合にも対応できるよ うにする。具体的には、業界の平均規模の生保会社が複数破綻しても 耐えられるには、10年間で4,000億円程度の資金が必要と考えており、 これを事前積立限度額とする。 ・ 平成13年度までは預金も全額保護されていることもあり、保険契約者 等についても手厚い保護を行う必要があり、その期間中の追加所要額 として、約600億円程度を想定している。つまり、当面としては、合 計4,600億円程度を財源規模と考えている。 ・ 累積限度額という概念では、その限度を超えた時点での保険会社の破 綻の際、契約者等の保護が図れなくなる。制度が発足して早い時期に 破綻した保険会社の契約者等は保護され、その後は保護がなくなって しまうのは適当でなく、生保機構に借入機能等を付与している。しか し、逆に負担7)の限度については、法案の中に見直し条項を入れてお り、この制度の実施状況、そして保険会社の経営の健全性の状況等に かんがみて必要と認めるときには制度の見直しなど保険業の信頼性 の維持を図るために必要と思われる措置を検討し、所要の措置を講ず ることとしている。 国会の政府委員の答弁では、10年間という期間を前提に業界の平均 規模の生保会社の複数破綻を想定し財源規模を設定したと説明されて いるが、より具体的には、日産生命の破綻での資産の毀損率等を参考 に、業界平均規模の会社として総資産4兆円規模の会社を想定し8)、 ―218― 生命保険論集第 177 号 15%程度の資産の毀損が生じるとして、負債の太宗を占める責任準備 金を最大10%削減するとすれば、1社あたりのおおよその資金援助額 は、40,000億円×(0.15-0.1)=2,000億円となり、10年の間に複数、即 ち2社の破綻を想定すると、 4,000億円の財源が必要という考え方に基 づいたものと考えられる。 更に、この答弁の中で「手厚い保護」とされているのは、業法附則 第1条の3の「特例期間資金援助」として制度化されたもので、平成 13年3月31日までの特例期間については、破綻した会社が発生した場 合は、年金・財形保険・財形年金保険9)の責任準備金の全額を保護し、 補償対象保険金の支払10)についても全額を支払うものとし、その財源 として600億円が追加されたのである11)12)。 2)設立後の破綻処理及び財源問題の経過 (ア)設立後の会員保険会社の破綻処理の経過 生保機構は、設立後半年ばかりで、最大規模の破綻処理に直面した。 平成11年6月に起きた東邦生命の破綻である13)。東邦生命の場合、破 綻当初から巨額の債務超過が噂されていたが、7月には早くも機構の 財源不足の懸念に関する報道が見られた14)。結果として、生保機構は、 東邦生命に対して3,813億円15)の資金援助を行うこととなり、平成11 年春に総会で資金援助の決議を行った。 表1は生保機構が破綻処理に関与した会社の処理概要を纏めたもの で、図3は資金援助額が決まる過程をイメージ図にしたものである。 ―219― 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 表1 生保機構設立後の破綻処理状況 ○破綻処理の開始日 ○保険管理人・管財人 ○債務超過額 (b-a) 資産(a)(注 1) 負債(b) 保険契約準備金(c) ((b-c)/b) ○毀損率((b-a)/b) ○資金援助額(注 2) ○営業権(暖簾代)(c) ○営業権比率 C/b ○契約条件の変更等 責任準備金等縮減 予定利率 早期解約控除 契約者配当金 ○救済実施日 東邦生命(相) H11.6.4 業務停止 H11.6.5 管理命令 生保協会、公認会計 士、弁護士 約6,500億円 (H11.9 末時点) 21,900億円 28,400億円 24,851億円 12.5% 22.9% 約3,813億円 約2,400億円 8.45% 第百生命(相) H12.5.31 業務停止 H12.6.1 管理命令 生保協会、公認会計 士、弁護士 約3,177億円 (H12.9 末時点) 13,000億円 16,176億円 15,269億円 5.6% 19.6% 約1,450億円 約1,470億円 9.09% 大正生命(株) H12.8.28 業務停止 H12.8.29 管理命令 生保協会、公認会計 士、弁護士 約365億円 (H12.8 末時点) 1,545億円 1,910億円 1,830億円 4.1% 19.1% 約267億円 約70億円 3.66% 原則 90%に削減 1.5%に引下げ 8 年間(初年度 15% から原則 2%ずつ逓 減) ・ 営業権償却、標 準責任準備金積 立完了後に実施 ・ 各事業年度の既 契約の年間事業 収益の 4 分の 1 を限度に取締役 会が決定 原則 90%に削減 1.0%に引下げ 10 年間(初年度 20% から 2%ずつ逓減) 原則 90%に削減 1.0%に引下げ 9年間(初年度 15% から原則 2%ずつ逓 減) 当分の間、契約者配 当金の割当ては行 わない ・ 移転保険契約価 値の償却、標準 責任準備金積立 完了後に実施 ・ 各事業年度の既 契約の年間事業 収益の 4 分の 1 を限度に取締役 会が決定 H13.4.2 契約移転 H12.3.1契約移転 千代田生命(相) ○破綻処理の開始日 ○保険管理人・管財人 ○債務超過額 (b-a) 資産(a)(注 1) 負債(b) 保険契約準備金(c) ((b-c)/b) ○毀損率((b-a)/b) ○資金援助額(注 2) ○営業権(暖簾代)(c) ○営業権比率 C/b ○契約条件の変更等 責任準備金等縮減 H12.10.9 開始申立 H12.10.13 開始決定 弁護士、スポンサー 約5,950億円 (H12.10.13 時点) 22,330億円 28,280億円 25,145億円 11.1% 21.0% 0円 約3,200億円 11.3% H13.3.31 契約移転 協栄生命(株) H12.10.20 開始申立 H12.10.23 開始決定 弁護 士 、 ス ポ ン サ ー (管財人代理) 約6,895億円 (H12.10.23 時点) 37,250億円 44,145億円 41,708億円 5.5% 15.6% 0円 3,640億円 8.25% 東京生命(相) 大和生命(株) H13.3.23 開始申立 H13.3.31 開始決定 弁護士、スポンサー H20.10.10 開始申立 H20.10.17 開始決定 弁護士、スポンサー 約731億円 (H13.3.31 時点) 6,900億円 7,632億円 6,531億円 14.4% 9.6% 0円 325億円 4.26% 約643億円 (H20.10.17 時点) 1,949億円 2,592億円 2,527億円 2.5% 24.8% 約281億円 32億円 1.23% 原則 90%に削減(注 4) 1.0%に引下げ 10 年間(初年度 20% から 2%ずつ逓減) 原則 90%に削減 原則 92%に削減 ゼロ 予定利率 早期解約控除 1.5%に引下げ 10 年間(初年度 20% から 2%ずつ逓減) 契約者配当金 ・ 営業権償却、標準 責任準備金積立完 了後に実施 ・ 各事業年度の既契 約の年間事業収益 の 25%を限度に取 締役会が決定 1.75%に引下げ 8 年間(初年度 15% から 原 則 2%ず つ 逓 減) 営業権償却、標準責 任準備金積立完了、 当期未処分利益の 1,480 億円の超過、ソ ルベンシーマージン比率の 500%超過、を満たし た場合、競合他社の 状況等を勘案して実 施 H13.4.3 支払再開 2.6%に引下げ 10.5 年間(15 年 3 末まで 20%。次年度 以降 2%ずつ逓減) H18.4~H24.3 にお いて、既契約の年間 事 業収益 の 80%を 既契約に配当。 H24.4 以 降 は 普 通 保険約款に基づく 契約者配当を割り 当て。 ○救済実施日 H13.4.20 組織変更 H13.10.19 営 業 再 開 営業権償却、標準責 任準備金積立完了後 に実施可能 H21.6.1 業務再開 (注1)この資産額には、営業権(暖簾代)は含まれていない。 (注2)資金援助契約に基づく資金援助額。 (注3)別途、高予定利率(3%以上)契約については、10%以上の削減を実施。 ※ 東邦~東京生命の破綻は、年金・財形保険。財形年金の責任準備金及び補償対象保険金が全額保 護されていた(特例期間)。 (出所)公告、保険契約者宛通知、更生計画案、プレスリリース、保護機構公表資料などより抜粋して作 成。 ―220― 生命保険論集第 177 号 図3 資金援助額決定までのイメージ図 <救済保険会社> 資産 負債 責任準備金 ×90% 資産 負債 再評価額 資産 負債 業法手続 ① 資産・負債の 再評価 営業権 (暖簾代) 当初資金 援助額 再評価額 ②会社の将来収益 の現在価値の 算出 一般債権 者分負債 営業権 (暖簾代) ②-①により算出される額 実質債務 超過額 一般債権 者分負債 資産 負債 一般債権 者分負債 当初債務超過額 当初欠損額 <清算法人> 資産 資本 資本 更生手続 責任準備金 ×90% (出所)田口城「生保会社の更生手続と保険契約者保護」 生保経営 第 69 巻第6号 を基に筆者加筆。 営業権 (暖簾代) 資金援助額 一般債権 者分毀損 表1からわかる通り、平成12年に金融機関等の更生手続の特例等に 関する法律(以下「更生特例法」)が保険会社にも適用できるように改 正された後は、生保会社の破綻処理には更生手続が採られるようにな ったが、それに伴い生保機構による資金援助はほとんど要しなくなっ ている16)。これは、行政手続法である業法手続の場合、劣後ローン等 の一般債権を毀損することができず、清算法人にそれに見合う資産を 残すことを前提に資金援助を行わなければならないため、当初の資金 援助額が膨らんでしまうという問題があったが、更生手続を採用する ことで、 この問題が解消されたことが大きな要因と考えられる(図3参 照)。 また、平成12年には、金融商品の時価会計等が導入された他、保険 会社への監督の面でも、 業法第241条第3項に 「事業継続困難の申し出」 ―221― 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 に係る規定がおかれ、その基準が、特別措置命令第1条の2に明示さ れた17)。また、業法施行規則(以下「規則」)第80条第3号に、所謂、 将来収支分析の3号分析が規定され、保険計理人に将来の保険会社の 収支シミュレーションを実施することを課した。このシミュレーショ ンで「将来の時点18)における資産の額として合理的な予測に基づき算 定される額が、当該将来の時点における負債の額として合理的な予測 に基づき算定される額に照らして、保険業の継続の観点から適正な水 準に満たないと見込まれる」場合には、保険計理人は取締役会にその 旨を報告し、取締役会において、その要因の解消を図る措置を講ずる ことができないと判断されれば、事業継続困難の申し出を監督当局に 行うことが定められた。 更生手続の場合、その手続開始の要件としては、①破綻手続開始(即 ち支払不能)の原因となる事実が生じるおそれがある場合、 ②弁済期に ある債務を弁済することとすれば、その事業の継続に著しい支障を来 すおそれがある場合、であり、債務超過のおそれの段階でも手続に入 ることが可能であるが、保険会社の監督の面でもこのような規律を整 備することによって、業法手続においても同様に、債務超過のおそれ の段階でも手続に入ることを可能とした。財務状況が悪化しつつある 保険会社に対して、早い段階で破綻処理手続に入ることを求める監督 制度を整備し、それを推進することにより、保険会社の資産・営業力 の劣化が進行し、会社の超過収益力、即ち営業権(以下「暖簾代」 )が 大きく損なわれる前に、保険会社が破綻処理手続に入ることが一般的 となっていった。これも、日産生命、東邦生命、第百生命等の保険会 社の破綻の反省を踏まえてのことであるが、結果として、これらの措 置も生保機構の資金援助を減少させる大きな要因となった。 なお、ここで留意頂きたいのは、これらの制度整備が単に生保機構 (会員各社)の負担を減少させるために行われたものではなく、破綻保 険会社の契約者等の負担の軽減に直結しているものであったというこ ―222― 生命保険論集第 177 号 とである。このことは、更生手続が採られるようになってから、責任 準備金の削減幅が小さくなっていき、遂には東京生命の破綻処理にお いては、責任準備金の削減は行われず、且つ他の破綻処理と比しても 極めて緩やかな予定利率変更で済み、契約者の負担が極小化されたと いうことに現れている。また、平成12年度の千代田生命から東京生命 の破綻処理手続において、スポンサー候補に対して更生管財人が、資 産評価・条件変更の設定において競争入札方式を採ることが定着して いったことも、 このような破綻処理の洗練化の大きな推進力になった。 このような、破綻処理手続・制度、監督面でのリスク管理手法等の 整備の推移を纏めたのが表2である。生保機構が創設された平成10年 当時から、様々な点での進歩があったことが確認できる。そして生保 機構の資金援助額も極小化していったということになるが、平成20年 に生じた大和生命の破綻においては、更生手続による破綻処理におい 表2 破綻処理手続・制度、監督面のリスク管理手法等の整備状況 効果 項目 監督手法 破 綻 処 理 コ ス ト の 縮 小 これまでの制度等の改正・充実 生保機構創設時(H10) ○現在よりも未整備 ○充実 破 ・標準責任準備金制度導入 ・標準責任準備金制度の対象拡大 綻 ・SM基準導入 ・SM基準見直し(H11・12) 回 ・保険経理人制度導入 等 ・早期是正措置制度導入(H10) 避 ・将来収支分析(3号分析)導入(H12) 可 ・保険検査マニュアルの整備(H12) 能 ・オフサイト・モニタリング開始(H13) 性 ・早期警戒制度導入(H15) 能 ・変額年金最低保証の責任準備金ルールの整備(H17) の ・第三分野の責任準備金ルール整備(H18) 向 ・S・M基準見直し(H23) 上 破綻前健全化制度 ○破綻前の契約条件変更制度 法制化(H15) - 破綻処理法制 ○保険行法に基づく手続きのみ ○更生特例法の整備(H12) ○生命保険契約者に優先権なし ○生命保険契約者への優先権付与(H12) ○債務超過の状態での手続開始○業法手続も含め、債務超過のおそれの段階での手続き開始が可能に(H12) 破綻処理実務 ○個別交渉方式が通例 ○競争入札方式の評価・定着(H12~13) 会計制度 ○簿価が原則 ○金融商品の時価会計導入(H12) (有価証券は簿価若しくは洗替 方式) 契約者負担の増加 ○一律補償 ○高予定利率契約について予定利率に応じた補償率に(H17) ディスクロージャー ○開示項目 ○開示項目拡大 ・公衆縦覧制度導入 ・公衆縦覧制度拡大(連結制度等)(H10) ・SM比率(自主開示) ・SM比率の詳細開示(法定開示)(H13) ・基礎利益の開示(H12) ・責任準備金の内訳開示(H13) ・時価情報の開示(H10) ○開示内容・方法の充実 ・各社間で代表的指標ま記載統一(H13) ・各社間で逆鞘の定義統一(H13) (出所)筆者作成。 ―223― 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 て初めて資金援助が発生することとなった。しかも、破綻会社の規模 を考慮すると、資金援助額が相当大きい事例となってしまった。同社 の破綻原因は、紙幅の事情で詳細に触れられないが、当時の金融担当 大臣が、 「高コストの保険事業を高利回りの有価証券で補填するという 同社の特異な収益構造が主たる要因であり、他の保険会社とは状況が 異なると認識している」とコメントした通り19)、極めて劣悪な事業比 率を挽回するべくハイリスクな運用を続けていた特殊な会社が、グロ ーバル金融危機という極めて厳しい局面で破綻した特殊なケースとみ なせよう20)。そしてこのような背景による大きな毀損率での破綻とい う現象は、まずは監督の強化によって回避されるべきものと考えられ る。金融庁は、大和生命の破綻後に、監督の強化の観点からソルベン シー・マージン比率(以下「SM比率」)の厳格化に取り組み、本年度決 算からこのSM比率の単独開示が行われる。 大和生命のようなケースは、 まずこのSM比率によりいち早く早期是正措置の対象となることになり、 市場の混乱による相場の急落に対しての一定の備えは整備されたとい うことになる。 (ウ)生保機構の財政状況の推移と現状 表3は、創設から現在までの生保機構の財政状況の推移である。生 保機構は、東邦生命、第百生命、大正生命の破綻処理に係る資金援助 を実施するために、平成11~12年度の間に会員各社から毎年460億円21) を徴収する他に、計4,860億円の借入れを行った22)。当然、欠損状況と なり、欠損金・借入残高は、最大4,335億円まで積みあがった23)。その 後、前述の通り、更生特例法の改正等の措置があり、破綻が生じても、 資金援助は要しなかったことで、毎年の負担金及び清算法人からの金 銭贈与返還金等による借入金の返済により平成13年度から借入金・欠 損金は減少に転じ、昨年度末に、創立初年度以来、12年ぶりに欠損状 態を脱し、1,500万円程度の剰余金が生じることとなった24)。 ―224― 生命保険論集第 177 号 <表3> <一般勘定> 保護資金期首残高 収入 各社負担金 内保護資金負担金 H10※1 0 H11 15,303 H12 8,297 H13 146,081 H14 6,174 H15 12,432 15,333 15,303 46,000 45,961 350,000 46,000 45,956 136,000 18,634 3,906 27 46,000 45,958 46,000 45,957 29,835 29,797 2 2 2 1 1 35,000 5,249 145,494 100 24 35,000 4,678 35,000 4,113 171,000 3,549 42,000 2,950 52,160 2,332 26 35,000 5,223 26,157 320 40 24 83 49 40 40 8,297 146,081 6,174 12,432 3,035 3,044 4,015 5,653 40 その他(運用利息等) 支出 借入金元本返済 借入金利息返済 資金援助 資金援助事務費 その他 借入金残高 剰余(欠損)金 継続事業勘定 負担金 期末借入金残高 H17 3,044 H18 4,015 H19 5,653 H20 6,196 H21 8,089 46,000 45,960 46,000 45,961 46,000 45,955 46,000 45,958 10,200 233 3,068 46,000 45,959 24,000 0 9 46 (単位:百万円) H22 H23※2 5,335 16,254 ※3 借入金 返還金等 脱退一時金収入 保護資金期末残高 H16 3,035 17,500 557 384,923 1,530 38,647 38,607 ※4 81,500 54,500 0 332,500 433,500 398,500 363,500 328,500 239,000 197,000 144,840 14 (332,485) (433,486) (398,486) (363,483) (328,485) (238,985) (196,986) (144,826) H11 154,293 H12 3,498 135,248 H13 22,557 115,753 H14 22,060 95,979 H15 22,614 75,371 H16 22,572 54,461 H17 22,572 33,058 H18 22,567 11,149 44,000 1,652 0 0 40 0 6,196 0 100,840 (100,821) 46,000 45,957 40,000 39,968 13 56 20 16 46,000 1,018 34,840 206 135 35 44,000 568 28,083 28 55 8,089 5,335 16,254 54,840 (54,820) 34,840 (34,823) 8 0 15 56,235 0 - H19※5 11,280 0 (出所) 生命保険契約者保護機構公表資料を基に筆者作成。 ※1 H10.12.1~H11.3.31の4ケ月間。 ※2 平成23年度収入支出予算(機構HP公表)から算出。 ※3 平成15-16年度は、当時会員会社の多くが所謂逆ざやの負担に苦しんでいたことに鑑み、一時的な年間負担金の軽減措置が採られた(次節参照)。 ※4 平成16年度の借入れは、第百・大正生命に関する借入金の借り換えに伴うもの。 ※5 継続事業勘定の借入金は、H19年度上期で完済。 定款附則第7条では、 「特定会員25)に係る資金援助等の費用の負担金 の納付が終了する日の属する事業年度」までの会員各社からの負担額 の合計額は年間460億円が上限とされている。 この特定会員に対する資 金援助等のために行った借入金を毎年、会員からの負担金で返済して いたが、これが昨年度に完了したため、今年度からは、生保機構に対 する会員各社の年間負担金の上限は、定款第73条第1項第5号の規定 に戻り400億円となった。 平成23年度からは保護資金は注23で説明したような初動の際に必要 な資金の備蓄的性格ではなく、本来の事前積立による基金的性格とな る。 現状の法令を前提とすれば、 資金援助が発生することがなければ、 注6の通り、4,000億円に達する事業年度まで、毎年約400億円ずつ、 保護資金は積み立てられていくことになる26)。 (エ)生保機構の財源問題の経過と今回の見直しのポイント ―225― 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 (a)生保機構の財源に関する制度の推移 図5は、生保機構設立以降、現在に至る生保機構の財源に関する制 度の変遷を纏めたものである。 図5 生保機構の財源の変遷図 発足時 業界負担枠 追加 負担枠 (4,000億円) (600億円 ※1) H10 東邦生命の 破綻 資金援助額(東邦分) 財源手当 財源手当 H15-17年度 時限措置 ※2 H15.3末までに破綻した会員(特定会員)の処理について、 累計5,600億円まで業界が負担することとし(1,000億円の追加負 担)、それを超えた際には政府補助が行われることとなった。 H11 (4,600億円※1) H12-14年度 時限措置 ※1 H13.3末まで(特例期間)に破綻が生じた場合、個人年金等 の全額保全等に対応する財源として600億円増額することが当初よ り盛り込まれていた。 H12 春 H15 春 業界負担枠 政府補助枠4,000億 資金援助額(東邦分) ※H12-14年度時限措置 国民生活又は金融市場に不測の混乱 が生じるおそれが認められる場合 + (5,600億円 ※2) 業界負担枠 業界負担枠 資金援助額(東邦・第百・大正分) ※過去の資金援助額:合計5,380億円 (東邦:3,663億円、第百:1,450億円、大正:267億円) (1,000億円※3) + 政府補助枠4,000億 ※H15~17年度に限る 上記と同様の場合に発動 ※3 H15年4月~H17年3月末までに破綻した会員(特別会員)の処 理について、累計1,000億円まで業界が負担し、それを超えた際に政 府補助が行われることとなった。 財源手当 H18-20年度 時限措置 H17 春 借入残高 4,600億円 現行 財源手当 H21-23年度 時限措置 業界負担枠 ※4 (4,600億円- その時点での借入残高) + 政府補助枠(金額の定めなし)※5 国民生活又は金融市場に極めて重大な支障が生 じるおそれが認められる場合に、政府補助が可能 ※4 業界負担額は、平成22年度始で4,252億円 となる。(平成23年度始では、借入残高がなくなり、 4,600円+積立額となった。) H20 秋 ※5 H18年4月~H21年3月末までに破綻した会員(特例会 員)の処理について、左記の業界負担枠を超えた際には、 政府補助が行われることとなった。 平成24年3月末まで延長 (出所)各種資料より筆者作成。 発足時は既に説明したように、財源規模としては4,000億円を基本 としてスタートしたものの、平成13年3月31日までの特例期間におけ る破綻の際の手厚い資金援助を行うために600億円がセットされてお り、実質的財源は4,600億円であったということもできよう。この財源 が、前述の平成11年に起こった東邦生命の破綻処理により、その大半 を費やしてしまうことが明らかになり、強く懸念された会員会社の連 鎖的な破綻に対応する生保機構の財源の手当てが大きな課題となった。 生保機構は、平成11年12月に定款第89条第1項に基づき必要な措置 の政府への要請を行った。これを受け同月、金融監督庁及び大蔵省よ り平成15年3月31日までの破綻会社(翌年改正された業法附則第1条 ―226― 生命保険論集第 177 号 の2の13において「特定会員」とされた)に対応する財源として、生 保機構(会員各社)の負担限度額を同期間中について累計5,600億円と する(1,000億円の負担増)とともに、当該限度額を超える部分につい て4,000億円を上限として政府の補助枠を設定するというセーフティ ネットの再構築案が示された27)。 生保機構はこれを受け同月に「生命保険契約者保護機構に係る緊急 措置の基本方針」を総会で決議した28)。この決議においては、生保機 構(会員各社)の負担は、平成15年3月31までの期間について生保機 構の借入限度額を4,600億円から9,600億円29)とし、生保機構(会員各 社)の負担は累計で5,600億円を超えないことを確認するとともに、保 険会社の倒産法制、リスク管理のあり方等とあわせ、今後の生命保険 のセーフティネットのあり方について十分な検討がなされることを政 府に要請した30)。 上記の方針の下に平成12年通常国会にて業法の改正が行われ31)、平 成12年6月、先に触れた更生特例法の改正案とともに施行された。そ して、これらの措置により、その後の第百生命、大正生命の破綻処理 に係る資金援助費用が賄われることになったが、生保機構(会員各社) が負担した資金援助額は、東邦生命から大正生命の破綻までで資金援 助契約に基づく単純合計額で5,530億円もの額に達した32)。 前述の通り、更生手続での処理が行われるようになってから、資金 援助は暫く行われず、結果としては、平成12~15年までの措置で大方 の資金負担の問題に対処できたものの、平成15年3月31日に、この措 置の時限がきた段階では、まだわが国の金融機関に対する不安は強く 残っていた33)。銀行の不良債権問題はまだ解消できておらず、また生 命保険業においても逆ざや問題等により各社の財務状況の悪化が続い ていた。当時の状況では、生保のセーフティネットから政府の補助の 仕組みを取り除くのは、保険契約者等への信頼性維持の観点からも適 当でないと考えられた。 ―227― 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 このような中、生保機構は、平成14年12月に、定款第89条第1項に 基づき、政府に対して、平成15年4月以降の保険契約者等の保護のた めの制度について検討し、生保機構の信頼性確保に必要な措置を講じ るよう要請した。これを受け金融庁は同月、平成15年4月1日から平 成18年3月31日までに発生する破綻会社(平成15年に改正された業法 附則第1条の2の13第2項において「特別会員」とされた)に対応す る財源措置として、当該3年間の累計額として1,000億円を生保機構 (会員各社)が負担し34)、それを超えた場合に、以前と同額の4,000億 円の政府補助を用意するというセーフティネット再構築案の基本方針 を提示した。生保機構は、同月、この再構築案を受け入れる旨の基本 方針を総会で決議するとともに、付帯事項として年間負担額の軽減35)、 事後拠出制への移行を含む平成18年以降のセーフティネットのあり方 の見直しについて速やかに検討することを政府に要請した36)。 このセーフティネットの再構築のほか、当時大きな課題となってい た逆ざや問題への対応策として、破綻前の契約条件変更制度の整備の ために業法改正が行われ、平成平成15年通常国会に改正法案が上程さ れ、同年5月に成立・公布された37)。 その後、平成16年の金融審議会金融分科会第二部会(以下「第二部 会」 )で、このセーフティネットのあり方の見直しが議論され、同年12 月に報告書「保険契約者保護制度の見直し」 (以下「平成16年12月報告 書」 ) が公表され、 更に平成17年2月に開催された第24回第二部会で 「生 命保険の保険契約者保護制度の見直しについて(案) 」 (以下「第24回 資料」 )が公表され、概略以下の内容が固まった38)。 □財源について 当面3年間について、特例的な政府補助の制度を確保することとされた。 平成18年4月1日から平成21年3月31日の間に破綻した保険会社(平成17 年に改正された業法附則第1条の2の14にて「特例会員」とされた)の破 綻に対応する財源として、生保機構(会員各社)の負担限度額を、4,600 ―228― 生命保険論集第 177 号 億円という借入限度額を基準に、当該金額から破綻発生時点での借入残高 を控除した額とし39)、特例会員に対する資金援助がこの負担限度額を超え た場合には政府による援助を可能とするとした40)。 □補償制度の合理化・効率化について 保険会社の破綻防止等のための取組みの強化の方針が打ち出されると ともに、一律の補償から契約の特性に応じた補償に転換する観点から、補 償制度内容が一部変更となった。 なお、前述の平成14年12月に生保機構の基本方針で要請された事後 拠出制への移行について、当該審議会においても議論がされたが、平 成16年12月報告書では「実質的に事後拠出となっているものの、運営 上特段の問題は生じていない。(中略)資金の効率的な利用の観点から 望ましくないとして、制度的にも事後拠出とするべき」との肯定的意 見は盛り込まれたものの、 事前拠出制にも、 一定の長所があるとされ、 結論としては「現状は非効率な資金の積立てがあると言える状態では なく、事前拠出制度の問題が顕在化しているとは考えられない」とし て、なお慎重な検討が必要という形で先送りされた。 このような動きを受け41)、平成17年通常国会に業法改正案が上程・ 審議され、5月に成立・公布された42)。 こうして平成17年の業法改正においても、事後拠出制への移行はな らず、次の3年後の制度見直しに持ち越されることとなったが、平成 20年秋に、グローバル金融危機が発生し、前述の通り大和生命の破綻・ 生保機構による資金援助の発生という事態が発生し、平成20年の秋か ら開催されていた臨時国会において、政府補助規定を平成24年3月31 日まで延長する業法改正案43)が上程され、12月に公布・施行されたの である。そして、この改正案の附則に、冒頭の「1.はじめに」で紹介 した、これまでと同様の施行後3年以内の制度見直し規定がおかれた のであった。 ―229― 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 (b)今年度の制度改正議論のポイント これまで、生保機構の財源にかかる問題について、その設立後から の経過をやや詳しく振り返ってきたが、ここで、今回の制度見直しの ポイントとなると考える事項を整理しておきたい。 まず、 今回の制度改正においては、 従前の附則による運用を停止し、 本則での運用に回帰するのかということが議論されるべきと考える。 本則に回帰する場合には、当然、政府による補助金の枠組の取扱い がポイントとなる。これまでこの補助金が設定されている間は、特例 的期間として、附則での運用とされてきたのであるが、これが平成12 年4月から形を変えながらも3年毎に延長され、既に12年が経過しよ うとしている44)。 本稿執筆時点において、ギリシャ問題に代表される欧米各国のソブ リンリスクの高まりがあり、金融の更なる混乱も予想されるところで はある。しかし、そのような中でも、わが国の生命保険業の健全性は 比較的安定しており、かつてのような異常な連鎖破綻に備えた財源規 模を確保する必要性は相当小さくなっていると考えることができるの ではないか。ただ、だからといって、現に存する政府による補助の枠 組みを確固たる理由もなく解消してしまうことは、 生保機構ひいては、 わが国生命保険業の信頼性に大きな影響を与える懸念があることも事 実であろう。この問題は、政府補助の継続の可否という直接的な問題 であると共に、今後、政府が保険契約者保護制度とどのように係わっ ていくのかという問題と捉えることもできよう。 本則に回帰するということを前提とした際、大きなポイントとなる もうひとつの問題は、制度創設後12年を経過し、その間、わが国での 生保会社の破綻処理の進歩と、表2で確認した監督制度の整備をどの ように評価し、現時点において本則をどう見直すかということであろ う。この12年間、生保機構の制度にかかる問題は、附則の改正で行わ れてきた部分が多く、本則の骨格は変更されていない。しかし、筆者 ―230― 生命保険論集第 177 号 の認識では、そもそも生保機構の財源規模そのものについて、前述の 変化を前提に現時点において見直す必要があるのではないかと考える ところである。この財源規模については、過去からも事後拠出制へ移 行すべき、即ち事前に積み立てておく財源というものは不要であり、 非効率という主張が生保機構(会員各社)からも幾度もなされてきた が、実質的には事後拠出制的な運営をしている中、その是非の議論が 先送りされてきた。しかし、これも既にみたように、平成23年度末に は、生保機構の借入金はなくなり、平成16年12月報告書のいう「現状 は非効率な資金の積立てがあるといえる状態ではなく、事前拠出制度 の問題が顕在化しているとは考えられない」という状態ではなくなっ たのである。これを踏まえ、本則においてどのような財源を措置する のか、改めて検討する意味は非常に大きいといえよう。 この際、当然考慮しなければならないのが、グローバル金融危機の 後、各国及び国際的機関で議論されているセーフティネットの議論で あることは間違いない。但し、このような国際的なセーフティネット の議論をそのまま、わが国生命保険分野のセーフティネットのあり方 に反映させるべきなのかについても、同時に十分に検討がなされなけ ればならないだろう。 そして筆者としては、国際会計基準(以下「IFRS」)上での、セー フティネット制度での積立金の取扱いにも考慮を払うことが必要であ り、これが生保機構の財源規模についてヒントとなるのではないかと 考えているところである45)。 以下、まず筆者が、本則へ回帰することを前提とした場合に大きな ポイントとなると考えるセーフティネットの財源規模に関し、IFRSで の考え方を紹介した上で、あるべき財源規模の検討を行いたい。そし て、現在行われている国際的議論の代表的なものを紹介した上で、負 担の在り方について、生保機構での積立金の現状等を基に、考えうる 選択肢を示す。そして最後に、政府補助等に対する筆者の考え方を述 ―231― 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 べたい。 注3)設立時の会員は45社。なお、創立総会に先立つ発起人会には外資系1社が 生保機構(会員各社)の負担上限額が明確でないとの理由で参加せず、発起人 は44社となった(平成10年11月5日、朝日新聞)。 4)本制度は、参加会社の1破綻について2,000億円を資金援助上限とし、資金 援助の総額も当初は累計2,000億円を上限としていた(平成10年6月に4,000 億円に増額)。負担金は事後拠出制であり、各年度の負担金上限は、250億円(平 成10年6月に500億円に増額)となっていた。参加会社(31社)は、破綻発生時 の資金の借入れの際は担保(登録国債への執権設定)を提供することになって いた(生命保険協会「生命保険協会90年小史」 平成10年)。 5)平成7年の第132回常会における業法の決議に際しては、 「支払保証制度に ついては、契約者保護及び保険制度に対する信頼を確保する見地から、早急 に検討を開始すること。 」という付帯決議が付された。 6)財源規模については、業法第265条の33において「機構の当該事業年度末に おける保険契約者保護資金の残高が機構の資金援助等業務に要する費用の予 想額に照らし十分な額として定款で定めるところにより算定した額に達して いる事業年度の翌事業年度」においては会員からの負担金の納付は必要とし ないとされ、定款第70条第3項においてその額が4,000億円と定められた。 7)一般的にこの負担は、 「業界負担」と呼ばれるが、本稿ではこの用語の代わ りに「生保機構(会員各社)の負担」という言葉を使用する(但し、資料を 引用する場合には、 「業界負担」という言葉をそのまま使用することとする) 。 8)平成9年当時の生保会社44社の平均総資産額は約4.25兆円であった。 9)同条において「特例期間補償対象契約」とされているもので、具体的保険 種類は「保険契約者等の保護のための特別の措置等に関する命令」(以下「特 別措置命令」)附則第6条の4に規定された。 10)破綻手続に入っても破綻保険会社が行うことができる業務の一つとして業 法245条第1号に規定されているもので、破綻手続中に生じた保険事故に対し て、一定の補償率(90%)を乗じた保険金が支払われる。業法第277条の7第3 項により、生保機構と補償対象保険金の支払にかかる資金援助に関する契約 を締結した後に当保険金の支払が行われる。 11)600億円という額は、平成13年3月31日までに1社の破綻が生じると仮定し、 当時の生保会社の1社平均の年金・財形保険・財形年金にかかる責任準備金 の額及び、破綻手続中に生じる保険事故の発生数と一件平均保険金額を考慮 して算出された想定支払保険金額の10%を加味して算出されたものと考えら れる。なお、当該特例期間中の生保機構による資金援助については、業法附 則1条の5において、日本銀行からの借入れ及び政府による保証という制度 が設けられていた。なお、この600億円という追加的負担について、平成10年 ―232― 生命保険論集第 177 号 3月6日第68回保険審議会総会資料で、 「万が一の連鎖破綻への対応等を考慮 したもの」との記載があり、当初から生保機構設立後の連続的破綻を懸念し 設定されたという意味合いも垣間見える。 12)政府答弁で、累計限度と借入れの考え方について言及がされているが、当 時の生保各社は、積立限度額として設定された4,000億円は保険契約者保護基 金の場合と同様、累計限度額として意識していたものと考えられる。 13)東邦生命は、平成9年に米国のGEとの提携に踏み切っており、平成10年4 月には新設されたジーイー・キャピタル・エジソン生命に新規募集を移管し、 東邦生命自体は既契約の維持管理会社となっていた。なお、この提携スキー ムの詳細については、井上武 「東邦生命とGEキャピタルの提携-GEキャピ タル生命の誕生-」野村資本市場研究所『資本市場クォータリー』1998年春 号 を参照されたい。 14)同年7月28日の毎日新聞朝刊には、大蔵省が、保険会社に更生手続を適用 できるよう特例法を設けることと、生保機構に対する公的資金の投入を視野 に入れたとの記事がある。7月31日の日経新聞朝刊には、東邦生命の債務超 過額が5,000~6,000億円に達しているとの記事がある。 15)この額は資金援助契約に基づいたものだが、実際には当初は約3,850億円の 資金援助が行われた。しかし、翌年には、生保機構は清算法人との精算契約 に基づく金銭贈与返還金等を受けている、(生保機構公表資料より)。 16)更生特例法整備とともに、生保機構の機能として、更生手続上の保険契約 者等の代理業務が加わった。これにより生保機構は、保険契約者表の縦覧と 裁判所への提出、契約者等を代理した更生計画案への議決権行使を行うこと となった。 17)具体的には、 「保険会社の財産をもって債務を完済することができないとき、 又はその事態が生じるおそれがあるとき、保険金の支払を停止したとき、又 は保険金の支払を停止するおそれがあるとき、取締役会に提出された保険計 理人の意見書に、将来の収支を保険数理に基づき合理的に予測した結果に照 らし、保険業の継続が困難である旨の意見が記載されている場合であって、 その要因の解消を図るために必要な措置を講ずることができないとき」とさ れた。 18)日本アクチュアリー会の「生命保険会社の保険計理人の実務基準」におい て10年間にわたるシミュレーションを行うこととされ、将来の時点とは5年 後とされている。 19)平成20年10月10日金融担当大臣談話(http://www.fsa.go.jp/common/ conference/danwa/20081010.html)。 20)平成20年10月27日金融審議会金融分科会第二部会保険の基本問題に関する WG(第42回)資料(http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/dai2/ siryou/20081027/01.pdf)からは、大和生命が、ハイリスクである有価証券、 ―233― 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 特に外国証券に特化した運用を行っていたことが明らかであるが、仕組み債 等が当時の市場の混乱によりほとんど価格がつかなかったということが、相 対的に大きな資金援助を要した背景と考えられる。 21)表3の平成10年度の箇所からは、設立当初から会員各社は年間460億円を負 担金として拠出したことがわかる。設立当初は、 「特例期間資金援助」の対象 会員はなかったが、平成13年度末までに生じる可能性がある(高い) 、この手 厚い資金援助の財源として当初から定款附則において460億円を上限として 負担金を徴収することとしていたものである。なお、生保機構の借入限度額 は、当時の業法施行令第37条の4において、年間負担額の10倍とされていた ため、設立当初から生保機構の借入限度額は4,600億円であったと考えること もできよう。 22)表3からは、平成12年度に、第百生命、大正生命の資金援助等業務のため に行った借入れについては、前年度の東邦生命分の借入れと合わせると、460 億円という年間負担額上限では元本返済が不足する状態となっていたため、 利払いだけの形での借入れ(期限時一括返済)とし、清算法人から金銭贈与返 還金を受け取る等、手許資金に余裕ができた段階で借変えを行って元本返済 を開始するという綱渡り的な資金繰り状態となっていたことがわかる。 23)表3からは、生保機構は平成12年度以降欠損状態が続いていたが、毎年、 一定の保護資金を有していたことがわかる。これは破綻処理の初動費用の確 保等の観点から一定額を余裕金として保有していたものである。 24)表3からは、生保機構が創設されて以降、平成22年度末までで、会員各社 が一般勘定及び継続事業勘定(日産生命の破綻処理に対応した「生命保険契 約支援制度」の受皿となったもの)に対して支払った負担額の合計は、6,935 億円に達することがわかる(なお、本制度に対しては平成12年度まで別途450 億円超の負担を行っている) 。 25)平成13年3月31日までに破綻した会員会社をいう。なお、詳細は次節で説 明。 26)この事前積立における運用の方法は、①国債その他内閣総理大臣・財務大 臣が指定する地方債・政府保証債等の債券、②内閣総理大臣・財務大臣が指 定する金融機関への預金、③その他内閣府令・財務省令で定められている金 銭の信託に法令上限られており、他の金融関連セーフティネットも同様であ る。破綻が生じる時期は予めわかるものでなく、流動性を一定以上確保する ことは必須であり、また債券で長期運用をした場合の価格変動リスク等を考 慮すると、事前積立金で運用する際のリターンは、相当低い水準に止まらざ るをえない。これが後にも触れる、資金の非効率性の問題である。 27)本稿2の(1)で紹介した、政府委員の国会答弁でも触れられていたが、生 保機構の設置が定められた、金融システム改革法(業法改正はその一角をな すものであった)附則第191条には、 「政府は、この法律の施行後においても ―234― 生命保険論集第 177 号 新業法の規定による保険契約者等の保護のための特別の措置等に係る制度の 実施状況、保険会社の経営の健全性の状況等にかんがみ必要があると認める ときは、保険業に対する信頼性の維持を図るために必要な措置を講ずるもの とする。」との規定が設けられていた。また、この時改正された業法第311条 の2第2項でも、 「機構の利用可能な資金の状況が著しく悪化し保険業に対す る信頼性の維持に重大な影響を与えると認めるときは、金融再生委員会は、 あらかじめ、保険業に対する信頼性の維持を図るために必要な措置に関し、 大蔵大臣に協議しなければならない」とされた。 28)この政府案に関しては、会員各社から様々な意見が出たようであり、生保 機構は、12月15日の臨時総会での様々な議論を経た上で、12月22日の臨時総 会で決議している(同年同月の朝日新聞) 。 29)この借入限度額の9,600億円への増額は、政府補助が実際に発動するまでの 間に一時的に生保機構が資金を借入れることを想定し措置されたと考えられ る。なお、法令上では、業法施行令附則第13条により、 「当分の間9,600億円」 とされたが、定款では附則第11条第2項に「機構が特定会員に係る資金援助 等業務を行う場合には、第82 条(借入金)の規定にかかわらず、9,600 億円 を基準とし」とされた。 30)この段落の記述は『生命保険協会百年史』 (生命保険協会 平成21年)によ っている。 31)なお、この改正業法附則第31条には「政府は、この法律施行後3年以内に、 保険契約者等の保護のための特別の措置の措置等に係る制度の実施状況、保 険会社の健全性の状況等を勘案し、この法律による改正後の保険契約者等の 保護のための制度について検討を加え、必要があると認めるときは、その結 果に基づいて保険業に対する信頼性の維持を図るために必要な措置を講ずる ものとする」と規定された。基本的にこの、検討」の規定は、その後3年毎 の制度の見直しの度に措置されていくこととなった。 32)図5では、東邦生命分の負担額を、翌年清算法人から返還があった150億円 を控除し、3,663億円としている。この額を基にすると、生保機構(会員各社) の負担額は、5,380億円となり、一般的にはこの額が、生保機構(会員各社) の負担額として説明されていたようである。 33)平成15年5月には、りそな銀行に対して、預金保険法第102条第1項第1号に 基づく資本注入(第1号処置)並びに同行に対する早期是正措置・業務改善命 令が発動されている。 34)同年12月17日の日経新聞では、追加負担1,000億円について、特定会員用の 負担枠の残り、及び清算法人からの返還金の予想額を考えると実質新規負担 額は300~400億円程度と報道されている。なお、この1,000億円の追加負担の 際、生保機構では、借入金限度額に係る定款附則第11条第3項に「機構が特 別会員に係る資金援助等業務を行う場合には、第82条(借入金)の規定にか ―235― 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 かわらず、5,000億円を基準とし」という規定を設けたが、法令上は、注29で 紹介した、業法施行令附則第13条の「当分の間、9,600億円」という規定が存 置された。 35)この要請が受け入れられ、前節表3の注3で触れた平成15~16年の年間負 担金の軽減が実施された。なお、この負担金軽減が実施されたこともあり、 注21で紹介した業法施行令第37条の4の生保機構の借入限度額の規定は、 「年 間負担額の10倍」とされていたのが、この業法改正時に「4,600億円」と実額 直接表示に変更され、これが今日まで維持されている。 36)本段落の記述についても、注30と同様。 37)この改正業法においても、注31と同様の3年後の見直し規定が附則第11条 に設けられた。 38)平成16年12月報告書の詳細はhttp://www.fsa.go.jp/singi/singi kinyu_siryou/dai2/f-20041214_d2sir/b.pdf を、第24回資料については、 http://www.fsa.go_jp/singi/singi_kinyu/siryou/kinyu/dai2/f-20050216_ d2sir/01.pdfを参照されたい。 39)第24回資料では、平成18年度始時点での負担限度見込として2,630億円とい う額が示されている。この制度は、後述の通り現在も維持されているので、 すべての借入金が返済された平成23年3月末においては、4,600億円+保護資 金積立残高(約162億円)が負担限度額ということになる。 40)政府による補助の額は、これまで4,000億円と定まっていたのに対して、こ の改正時において具体的には定めない形となり、今日まで続いている。 41)生保機構は、金融審議会で示された方針を受け、平成17年3月に、定款第 89条第1項に基づき、政府に対して平成18年度以降の保険契約者等保護のた めの制度について必要な措置を講ずるように要請を行っている。 42)この改正業法においても、附則第38条第1項に注31、37と同様の3年後の 見直し規定が設けられた。 43)基本的には、前述した業法附則第1条の2の14で規定した「特例会員」を 定義する期間を平成24年3月31まで延長するもので、負担限度額等の規定は 維持された。 44)実際、筆者が生保機構在籍時に受けた照会でも、この政府による措置が今 後も自動的に、延長されていくものと理解されている方が少なからずいらっ しゃった。 45)保険分野のIFRS関連では、経済価値ベースでの保険負債評価の議論が現在 の保険契約者保護制度での補償内容へ与える影響という観点もありうるが、 本稿では、これについては今回の制度見直しの対象とはならないと考え検討 を行っていない。なお、本問題については、 『週刊金財政事情』特集「保険経 済価値規制の是非を問う」平成23年4月18日号を参照されたい。 ―236― 生命保険論集第 177 号 3. 参考となるIFRSでの取扱い ここでは、生保機構へ会員が支払う負担金の会計上の取扱いにかか る問題について、IFRSでの最近の議論も踏まえながら検討する。 基本的には現在、会員各社は、自らが支払うことになる将来の負担 金の額について、その見積額を各社の貸借対照表(以下「BS」)に注記 することとなっている。 具体的には、 生保機構の借入限度額 (現行4,600 億円)に当該年度の負担金分担割合を乗じた金額が記載されている。 そして、毎年の負担額については、事業費即ち費用として処理をして いることも合わせて当該注記に記載されている46)。この会計上の取扱 い自体に色々議論はあるかもしれないが、毎年支払って積み立てられ る負担金を、 毎年の費用として計上しつつ、 生保機構の借入限度額を、 将来生じる最大の負担額と認識して、その年の負担金分担割合を乗じ て将来の負担金とすることには合理性があると考えられる。 一方、現在わが国でも導入の準備が進められているIFRSでは、この 将来の負担金はどのように扱われるのだろうか47)。IFRSでこのような 将来の負担金の取扱いに関係する基準はIAS第37号である。これは、引 当金、偶発負債及び偶発資産についての会計処理及び開示を定めてい るものであるが、将来の負担金が引当金に該当することになると、負 債としてBSに直接計上することが必要になり、現行のわが国の保険会 社がおこなっている会計取扱い(BS注記)とは抜本的に異なるという ことになる。 IAS第37号は、現在改訂案が出されているが、表4は、現行の負債(引 当金)の認識・測定要件及びその改訂案を簡単にまとめているもので ある。 この表をみてわかる通り、 現行のIAS第37号での引当金の認識要件は、 企業が過去の事象(Past event)として、現在の法的(legal)または推 定的(constructive)な債務(present obligation)を有しており、 ―237― 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 当該債務の決済のために 表4 IFRSでの引当金の認識とその改正 は経済的便益を持つ資源 の流出が必要となる可能 性が高い(probable)状 態にあり、且つ、その債 認識 企業が過去の事象(past event) の結果として、現在の法的(legal) または推定的(constructive)債 務(present obligation)を有して いる。 負債の定義を満たす。 (過去の事象の結果と して、現在の債務を有し ており、その決済のため に将来に経済的便益の 流出が予想される。 ) 債務の金額を信頼性を もって見積もることが できる。 要件 債務の金額を信頼性をもって見 積もることができる(本基準書で 場合としている。 そして 「本基準書では、 改定案(ED) 当該債務の決済のために、経済的 便益を持つ資源の流出が必要と なる可能性が高い(probable) 。 務の金額を信頼性をもっ て見積もることができる 現行規定(IAS37) は、信頼できる見積もりが可能でない のは極めて稀としている) 。 測定 最頻法または期待値法 期待現在価値技法 信頼ができる見積もりが 可能でないのは極めて (出所)別冊企業会計『IFRS』37基準のポイント解説 中央経済社 平成22年 を基に一部筆者加筆 稀」との記載がされてい る。その測定方法は、現行制度では最頻法または、期待値法というこ とになっているが、実務上は、最頻法が採られることが多いようだ。 この測定方式では、債務発生確率が50%未満であれば、発生しないと いうことで、引当金計上もしなくてよいということになる。 この現行制度について、現在改訂の議論が行われているが、一つの ポイントとして、測定の方法を、現状の最頻法または、期待値法から 選択する方式から、期待値現在価値技法(手法)に変更しようという ことが含まれている。これでいくと、さきほどの例で発生確率が40% であったとしても、その確率を前提として、その事象が起こった際に 起こる経済的便益を持つ資源の流出規模を乗じて、引当金を計上する ことが必要となる。そして、それが生じると考えられる時期によって は、適切な割引率で割引いて、引当金額とするということが求められ るということになる。 そうなると、生命保険のセーフティネットの場合に、各社が負担す る負担金の将来の負担額の取扱いはどのように考えられるべきなのだ ろうか。その際、留意しなければならないのは、 「債務の金額を信頼性 ―238― 生命保険論集第 177 号 をもって見積もることができる場合」とされているのにも係わらず、 そのような「信頼ができる見積もりができない場合は極めて稀」とさ れていることであろう。つまり信頼ができる見積もりというものの厳 格性・正確性は、さほど求められていないとも捉えられるのであり、 一定水準の正確性をもって見積ることができるのなら、債務として認 識するべきとしているものと考えられる。 表5は、上記を前提に、 表5 負担金の認識について 推定的債務として負債即ち 引当金計上をするべきかに ついて、事前拠出・事後拠 出という制度別、且つ、実 際に破綻による資金援助が 生じているかどうかという 場合に分けて整理したもの である。 現在の生保機構では、定 款第11条第1項の規定によ <事後拠出制> 破綻会社への資金援助が発生 破綻会社がまだ発生していない時 し、借入金が発生した時 状況 ○当該借入部分については引 当対象となるのは確実 ○当該借入金以上に引当対象 となる部分があるか 認識について ・借入限度額が設定されてい ればその額までは引当対象? ・借入限度額よりも、合理的に 見積もれる額があれば、その額 までは引当か? ○引当対象となる部分があるか ・借入限度額が設定されてい ればその額? ・借入限度額よりも、合理的に 見積もれる額があれば、その額 までは引当か? <事前拠出制> 破綻会社への資金援助が発生 破綻会社がまだ発生していない し、借入金も発生した時 時 状況 (破綻があっても、事前積立額 内で処理額が納まったとき) ○当該借入部分が引当対象と ○積立限度額までの額は引当 なるのは確実 となるか? 認識について ○その上で、積立限度額までの 額は引当となるか? (出所)筆者作成。 り、生保機構に借入残高が 残っている場合には、ある会員会社が生保機構を脱退して、他に設立 された機構に加入しようとしても、会員として負担する債務を完済し なければならないとされており、現に発生した借入金についての会員 各社の負担相当分は、 事後拠出制であろうが、 事前拠出制であろうが、 負債と認識し引当金の対象になると考えられよう。しかし、事後拠出 制において、まだ破綻が生じていない場合はどうであろうか。この場 合、借入限度額が単純に生保機構の負担能力の観点から定められてい るとすると、この借入限度額を表4で示した認識要件を満たしたもの として、その会員各社相当分を負債として認識し、引当金計上するの は適当ではないと考えられる。敢えて負債認識をするとすれば、期待 ―239― 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 値法を用い、将来の全会員の破綻確率を見積もり、その際の要資金援 助等額を想定した上で、期待値として出したものを引当金計上するこ とが考えられるが、現行の規定では、最頻法に則り、資金援助発生確 率が50%を超えてしまうようなことはなく、引当の必要もないという ことになろう。しかし、現在提案されている改訂案が実施される場合 に、破綻が生じ、資金援助が発生する可能性及び、その時の要資金援 助等額を合理的に見積もるのは不可能ということで偶発負債として注 記記載で止めることが適当か、合理的な見積もり可能ということで引 当金の対象とするかどうかについては、会計の専門家でもない筆者に は判断しかねる問題である。ただ、議論の余地は相当あるということ ではないだろうか。 次に事前積立制の場合である。この時、事前積立額の想定各社分額 を負債認識すべきかどうかということは、生保機構に属しているとい うことが、いつの時点で表5の認識要件の一番上の箱に示した、過去 の事象(past event)になるのかということと関係してくることとな ろう。 ただ、 推定債務の見積りにおいてさほど高い厳密な正確性をIFRS が要求していないということで、負債認識は必要という結論にもなる 可能性は否定できないかもしれない。この点についても筆者にはやは り判断を行うことができない。 ただ、積立限度額は、現業法では、注6で紹介した通り、 「機構の当 該事業年度末における保険契約者保護資金の残高が機構の資金援助等 業務に要する費用の予想額に照らし十分な額として定款で定めるとこ ろにより算定した額」とされており、この定義によって定められる額 は、IAS第37号が改定されIFRSが厳格に適用される場合において、先に 触れた事後拠出制で期待値法を用い、各会社の破綻確率を合理的に見 積もって算定し引当対象となる額と、原則的には同じ額となるべきで はないかと考える。なぜなら、もし生保機構のようなセーフティネッ トの制度が存在し、一定の補償内容の下、会員が一定の負担をしてい ―240― 生命保険論集第 177 号 くことが前提となっているとして、将来までの総負担額をなんらかの 形で合理的に見積もり、その額を負債認識するべきということとなれ ば、事前拠出制であれ事後拠出制であれ、その見積額は同額であるこ とが合理的と考えられるからである。 もし、 事前拠出制での積立額が、 合理的に見積もられる額に比して過大に前述の現行の業法の定義の下 で設定されたとすれば、各社はその額を基に、過大な引当を行わざる を得ないという状況になってしまうのではないだろうか。逆に、過小 に設定されてしまっていてもやはり適当ではないであろう。 このように積立限度額は、IFRSの立場から考えても、合理的な将来 の負担の見積額と整合性をもって設定されるべきと考えられるのであ る。 注46)事前積立において会員が拠出する負担金の損金算入が認められるのは租税 特別措置法第66条の11(特定の基金に対する負担金等の損金算入の特例)の 規定に係る同法施行令第39条の22第2項の規定により、生保機構が財務大臣 の指定を受ける(毎年の告示の対象となる)ことによるものである。なお、 事後拠出に移行した場合に、生保機構の借入金の返済に充当するために徴収 される負担金は、この租税特別措置上の指定を受けなくても、法人税法上の 一般の例により、負担金は拠出した事業年度末での損金算入が認められるも のと考えられる。 47)周知の如く、IFRSについては、今年6月21日に、金融担当大臣から「少な くとも2015年3月期についての強制適用は考えておらず、仮に強制適用する 場合であってもその決定から5~7年程度の十分な準備期間の設定を行うこ と、2016年3月期で使用終了とされている米国基準での開示は使用期限を撤 廃し、引き続き使用可能とする」との趣旨の談話が発表されている。 4. 必要となる財源規模についての試算 前章では、生保機構への将来のIFRS上の取扱いの観点から、積立限 度額を設定する際の留意点を確認した。ここでは、このことを踏まえ ―241― 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 つつ、今回の制度の大きなポイントである本則での運用への回帰を図 る上で、重要な論点となると考える生保機構の財源の大きさについて 検討を加えていくこととしたい。 (1)過去の方法(総資産額ベース)による財源規模の算出 まず第2章(1)で紹介した設立時の財源規模設定の考え方を直接 現在の状況に当てはめて財源規模を算出する。 表6は、平成22年度末の全生保会社の負債・純資産の状況である。 表6 全社負債・純資産状況表 47社単純合計 <負債内訳> 保険契約準備金 支払備金 責任準備金 社員(契約者)配当準備金 その他負債 価格変動準備金 その他の負債 負債合計 <純資産内訳> 基金・株主資本合計 評価・換算差額合計 純資産合計 負債・純資産合計 かんぽ生命修正47社計 金額 62,847 517 61,195 1,135 2,402 319 604 66,172 構成比① 構成比② 95.0% 92.1% 0.8% 0.8% 92.5% 89.7% 1.7% 1.7% 3.6% 3.5% 0.5% 0.5% 0.9% 0.9% 100.0% 97.0% 1,734 326 84.2% 15.8% 2,060 68,232 100.0% - 2.5% 0.5% 3.0% 100.0% 保険契約準備金 支払備金 責任準備金 社員(契約者)配当準備金 その他負債 価格変動準備金 その他の負債 負債合計 <純資産内訳> 基金・株主資本合計 評価・換算差額合計 純資産合計 負債・純資産合計 金額 45,586 517 44,001 1,069 2,402 234 604 48,826 (億円) 構成比① 構成比② 93.4% 89.6% 1.1% 1.0% 90.1% 86.5% 2.2% 2.1% 4.9% 4.7% 0.5% 0.5% 1.2% 1.2% 100.0% 96.0% 1,734 326 84.2% 15.8% 2,060 50,887 100.0% - 3.4% 0.6% 4.0% 100.0% ※かんぽ生命修正数値は、かんぽ生命が開示している旧簡易保険の再保険に係る責任準備金、危険準備金、価格変動準備金等の額を考慮し、 修正したもの。 (出所 筆者作成。) 対象となる保険会社は47社であるが、かんぽ生命の資産規模は、政 府保証を受けている旧簡易保険48)の再保険受託分を含んでおり、過度 に大きくなっている。そこで表6の注に記したように旧簡易保険の再 保険分受託関係でかんぽ生命が開示している数値を基に修正した総資 産額の平均額も示した。この2つの負債・純資産合計額即ち、総資産 額について、毀損率を15%と想定し、2社の破綻があった場合に、資 金援助額がどの程度必要となるかを示したのが表7である。即ち、生 保機構創立時に採用された考え方である。 ―242― 生命保険論集第 177 号 表7 総資産をベースにして算出した財源規模(機構創設時の考え方) 総資産額合計 総資産額平均 想定財源規模 47社単純合計 かんぽ生命修正47社計 239兆1,668億円 320兆9,044億円 6兆8,232億円 5兆 887億円 6,823億円 5,088億円 (出所 筆者作成。) この考え方では生保機構創設時と比べ、かんぽ生命分を修正した値 でも一社あたりの総資産額は増加しており、毀損率15%を想定すると 5,000億円程度の財源規模が必要ということになる。しかし、この方法 での試算は、生保機構による実際の資金援助額の算出方法と差異があ ることは、前掲図3を参照すれば容易に理解できる。例えば基金・劣 後ローン等は、破綻時には更生手続によって毀損されるのであって、 総資産額をベースに財源規模を考えるのは、妥当性を欠いている。 また、先に表2でみた、近年までのリスク管理の高度化、破綻の未 然防止策の充実等監督・規制・制度整備を前提とした場合に、破綻発 生の頻度、 生じた場合の毀損率をどうみるのかという問題も存在する。 したがって、この考え方を基に、財源規模を今より大きくすべきと いう議論は、そもそも成り立たないといってよいだろう。 (2)実際の破綻処理ベース(負債額ベース)による財源規模の算出 (1)の方法は、実際の破綻処理における資金援助額の算出方法と 一致していない。 そこでこの問題を克服するため、 負債額をベースに、 各社がディスクロを行っている数値を用いて、仮の負債の評定を行う ことにより、より実際の破綻処理における資金援助額算出の実務に近 い方法で、 必要となる財源規模を算出してみることとする。 ここでは、 以下のような、処理を行った上で、必要な財源規模を算出することと する。数値は、平成22年度決算値でかんぽ生命分を(1)と同じ方法 で修正した47社分の数値を採用する。 ―243― 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 ①実際の負債の評定に合わせ、責任準備金の積立方式を、全期チルメ ル式に変更する(ディスクロされている「全期チルメル式責任準備 金相当額超過額」を保険契約準備金の額から控除) 。 ②危険準備金額を取り崩す(保険契約準備金の額から控除) 。 ③価格変動準備金額を取り崩す(負債額から控除) 。 なお、責任準備金の削減については、上記①、②を実施後の保険契 約準備金の額を基準として10%削減させる。更に、高予定利率契約(現 在は予定利率が3%以上の契約)については、ディスクロされている 契約年度別責任準備金残高を参照し、表示された契約年度毎の予定利 率の中央値を基に上乗削減分を試算した49)。毀損率としては、リスク 管理の高度化・監督の厳格化等も考慮する意味から、 15%だけでなく、 11%~15%という幅を想定した。なお、劣後債、劣後ローンは、全額 毀損することを前提に試算している。 この結果は、 次の通りとなった。 表8 負債額をベースにして算出した財源規模 想定破綻 社数 11% 1社 2社 179 358 (億円) 12% 毀損率 13% 14% 15% 481 961 830 1,661 1,270 2,539 1,727 3,454 (出所 筆者作成) 負債額の仮の再評定後の1社平均の負債額は、4兆6千億円強とな り、2社破綻を想定した場合に必要となる資金援助額は、毀損率15% で、3,500億円程度と(1)での試算と比べかなり小さくなった。しか し、この算出においてもまだ以下のような問題が残されている。 ・ 近年までのリスク管理の高度化、破綻の未然防止策の整備等、監 督・規制・制度の充実を考え方場合に、破綻発生の頻度をどの程 度想定するか。 ・ この試算では、暖簾評価を反映していないが、早期での破綻手続 ―244― 生命保険論集第 177 号 開始、スポンサーとの個別交渉方式から競争入札方式の定着等を 勘案した場合に、暖簾評価額も考慮した毀損率をどの程度見込む べきか。 このうち、後段の毀損率・暖簾代の水準の問題は、破綻会社の規模、 破綻時の状況等個別状況により相当異なってくることもあり、ここで 示したようにある程度の幅をもって捉えざるを得ないことも考えられ るが、前段の破綻発生頻度については、更に合理的に見積もることが 可能と考えられるので、次にその部分について検討を進める。 (3)信用格付を利用した破綻発生頻度の推定に基づく算出 ここでは、保険会社の信用格付を利用し、一定期間内での破綻発生 頻度を見積ることで、 (2)で限界となった大きな要素を克服し、財源 規模を算出する。 ここで利用するのは、 「日本格付研究所」(以下「JCR」 )が公表して いるデフォルト率推移である。この算出方法は、以下の通りである(x 年公表数値の場合)50)。 ① (x-11)年1月末から(x-1)年12月末までの11年間の各月末毎 に、その時点の格付プールを作成。 ② 格付プール毎に、プール内の企業が1年後、3年後、5年後にど の程度デフォルトしたか追跡。 ③ 上記の追跡データを基に、各月毎に、デフォルト実績を算出し、 各期間のデフォルト率を単純平均する。 対象とする格付は居住者長期格付であり、基本的に保証付の格付、 劣後債の格付、依頼に基づかない格付は対象外となっている。デフォ ルトの定義としては、格付対象債務の元利金が当初約定通りに履行さ れない状態となることで、破綻、会社更生、民事再生、特別清算等の 手続に入り元利金が当初約定通りに履行されることが判断される場合 を含むとされる。 ―245― 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 JCRは、毎年、集計単位1年、3年、5年の格付推移マトリックス 及び、累積デフォルト率を公表しているが、この5年の格付推移マト リックスを2乗することにより、擬似的に10年累積デフォルト率を算 定することができる。 これを示したのが表9であるが、 網がけ部分は、 2004年以降の当該格付の中で最悪のデフォルト率であり、保守的に算 出するために、 当該数値をここでの試算で使用する。 ベースとしては、 (2)のデータを使用することとする。 表9 10年累積デフォルト率の推移 格付 AAA AA A BBB BB B CCC以下 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.02% 0.01% 0.43% 0.47% 0.41% 0.30% 0.19% 0.09% 0.06% 2.16% 2.33% 2.21% 1.92% 1.58% 1.14% 0.76% 4.61% 4.47% 4.11% 3.29% 2.40% 1.58% 2.38% 24.74% 29.43% 28.91% 24.98% 26.16% 22.67% 18.14% 100.00% 100.00% 85.72% 76.11% 72.63% 67.73% 70.09% 100.00% 100.00% 100.00% 100.00% 100.00% 100.00% 100.00% (出所 JCR公表数値を基に筆者作成51)。 ) 今年の10月現在、 JCRの長期格付が付されている生保会社は15社であ った。この中には依頼に基づかないものも含まれているが、この格付 もここでは使用する。格付会社としては、他にスタンダード&プアー ズ・レーティング・ジャパン(以下「S&P」)、ムーディーズ・ジャパン、 格付投資情報センター(以下「R&I」)、フィッチ・レーティングス・ジ ャパンがあるが、R&I社の格付状況は、会員でない筆者には同社のホー ムページからは確認できなかった。 このうちS&Pは9月末で最も多い22 社の生保会社に対して該当する格付を付しているため、 JCRの格付が付 されていない会社にはS&Pの格付を利用することとした。 但し一般的傾 向として、S&Pの格付は、JCRのものより1~2ノッチ厳しい格付けが 付されていることから、ここでの試算では、S&Pの格付をJCR版に保守 的に置き換える趣旨から、1ノッチ高い格付への置換えに止めた52)。 ―246― 生命保険論集第 177 号 こうして利用できた格付は都合26社分ということで、(2)における評 定後負債額の78.8%をカバーしていることになった。この26社分につ いては、破綻確率(累積デフォルト率)が利用できるため、それを(2) の毀損率毎の各社想定資金援助額に乗じて算出した各社期待値を合計 し、カバー率を勘案し、この合計値を1.27倍することで全社分の必要 資金援助額の期待値としたものが、表10である。 いうまでもなく、ここでは全社分の格付を用いることができておら ず、且つJCR以外の格付も置き換えて利用し、また依頼に基づかない格 付も利用している等、かなり幅を見なければならない数字であること は事実であり、ご了承いただきたい。 表10 10年累積デフォルト率を利用して算出した財源規模 必要 資金援助額 11% 55.6 12% 226.0 毀損率 13% 459.1 14% 810.7 (億円) 15% 1274.6 (出所 筆者作成) 必要な財源規模は、 毀損率を15%とすると1,300億円弱という水準と いう結果となった53)。 なお、今回の試算で格付を利用できた会社と、できなかった会社を 調べると、資産規模の大きな会社の方が格付を有している割合が高か い一方、SM比率は資産規模が小さな会社は相対的に比率が高く、今回 の試算でも、格付がなく最終的に類推的に算出した会社群の方が平均 SM比率は高かった。これらのことから、今回の試算では最終的には比 例的に類推せざるをえなかった部分はあったが、結果としては、保守 性を崩すものとはなっていないと考えられる。 ここまで財源規模の検討を進めたが、残る課題は、暖簾代を含めた 毀損率をどう考えるべきかという問題となる。最後にこの点について 検討し、一旦、本稿での財源規模についての結論を出したい。 ―247― 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 (4)毀損率、暖簾代を加味した財源規模の算出 暖簾代については、 前述の通り、 個々の会社のケースにより相当変 わってくるものである一方、表1 をみると過去の例でみれば会社規 模との相関が認められる。これを 具体的に示したのが図6である。 縦軸に暖簾代、横軸に会社規模を 示す指標として負債額(財産評定 後)をとったが、R二乗値で0.94 と非常に高い相関を持っているこ 図6 暖簾代と負債額(評価後)の関係 暖簾代(億円) 4,500 4,000 y = 0.0934x - 131.72 R2 = 0.9496 3,500 3,000 2,500 2,000 1,500 1,000 500 負債額(億 0 0 10,000 20,000 30,000 40,000 50,000 (出所)筆者作成。 とがわかる。しかしこれは、これまで破綻の多くの主原因が逆鞘であ り、予定利率の引下げにより利源確保が可能になるという共通の構造 があった一方、相対的に小さな規模の会社の破綻では、固有の事情で 暖簾額が小さくなったという事情が合わさったことが背景と考えられ る。 このような背景はあるが、ここでは今後の破綻会社についても過去 の主な破綻会社と同様の構造であるということを前提とし、この関係 を基に(2)で算出した各社の財産評定後の負債値から、想定される 暖簾代を算出することとする。毀損率はリスク管理の高度化・監督強 化による早期破綻処理が今後も基本となるとは考えられるものの、表 4の通り、15%以下となったのは東京生命だけであることも鑑み、保 守的に破綻会社7社の平均値に近い20%として(3)と同様の手法で 試算すると、想定資金援助額は10年で60億円程度、最悪値である大和 生命並みの毀損率24%を想定しても、1,200億円程度となった。 毀損率は東京生命で10%を割っており、通常の状況を考えると15% 未満に納まると考えられる。そうすると、10年累積デフォルト確率を 使った試算では、想定資金援助額は3億程度ということになった54)。 ―248― 生命保険論集第 177 号 いずれにせよ、算出された額は、現行制度での4,000億円と比べ極 端に小さく、10年という期間を前提とすれば、最大1,000億円程度とい う結果を得た。そして、平成24年度中にはその最大水準に積立額が達 することになる。 また、 必要想定額がこの程度であるということなら、 資金を事前積立しておくこと自体の意味がさほど大きくないというこ とになり、事後拠出制も、この点から十分に合理性を持つということ もできよう。 注48)この再保険で受託している旧簡易保険分は、生保機構の補償対象外である。 49)なお、高予定利率契約における責任準備金の削減は、基準弁済見込率(資 金援助がない場合の弁済率)が下限となることもあり、ここでの上乗せ削減 率は、 「毀損率-10%」を上限として試算した。 50)この部分の記述は、JCRのホームページでの記載を参考にしている。 51)この累積デフォルト率は、公表されている格付推移マトリックスを行列式 の2乗で求めているが、年によってはサンプル数の問題から上位格付の方が デフォルト率が高くなるという異常が生じる。そこでAA+、AA、AA-の10年累 積フォルト率を単純平均してAA格の累積デフォルト率として算出し、このよ うな異常を是正している。 52)フィッチ・レーティングス・ジャパンの該当格付が付されている生保会社 は3社あるが、すべてJCRと重複している。なお、ここで使用した格付は、平 成23年10月初めのものである。 53)ここではIFRSの改訂案で示されている、割引率は考慮していない。割引率 を考慮すると、必要と認識される額は更に小さくなる。 54)因みに、 (2)の11~15%の毀損率で2社破綻が生じるという前提では、想 定資金援助額は11億円未満という結果となった。なお、ここでは過去の主な 破綻会社と同様の収益構造をもつ会社が今後も破綻することを前提としたが、 今後破綻する会社の状況は予測しにくく、暖簾代の水準を予測することは困 難であることには留意が必要である。 ―249― 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 5. 国際的な議論の動向 平成20年秋以降のグローバル金融危機が一応収束した後、世界各国 及び、国際的金融監督規制機関では、今回の事態の発生原因・収束方 法及びその費用負担のあり方について様々な議論・検討が行われてい る。ここでは、そのすべてを紹介することはできないが、事態の収束 に要する財政的負担のあり方、具体的には事前拠出・事後拠出制のど ちらが適当なのかということに触れている代表的な報告である昨年6 月にIMFが公表した「A Fair and Substantial Contribution by the Financial Sector」 (以下「IMF報告書」 ) 、昨年夏に欧州委員会より公 表された「保険支払保証制度に関する白書」 (以下「EU白書」 ) 、及びACCJ が公表しているViewpoint「保険契約者保護機構の適正な見直しを」 (以 下「ACCJ意見書」 ) 、米国金融制度改革の取扱い、IAISの主張等を踏ま え筆者の考えを述べたい。 まず、IMF報告書であるが、冒頭のエグゼクティブサマリーで、こ の報告が、G20のリーダーの要請に基づいているものであることが明 らかにされている。そこでは、現在世界各国では、規制の改革、金融 機関に対する負荷・課税と並行しつつ、将来の金融的失敗にかかる財 政的コストの減少とその評価に関心が移行しているとしている。そし て報告書では、様々な選択肢を分析した結果、金融セクターからの負 担として、以下の2つが提言されている。 ① 信頼できる効果的な破綻処理の仕組みを伴った、金融セクター による負担金(Financial Stability Contribution 以下「FSC」 ) ② 金融セクターから更に負担を求める場合の、金融機関の利益・ 報酬に対し負担をかけ、一般収入として徴収する金融機関の活 動への税(Financial Activity Tax 以下「FAT」 ) このFSCとFATについて、IMF報告書の付表では表11のように整理さ れている55)。 ―250― 生命保険論集第 177 号 表11 FSCとFAT 金融セクターによる負担金(FSC:Financial Stability Contribution) 目的 頻度 受取方 負担金の根拠 システミックリスクの減少を目的 事前 予想される資金ニーズと処理費用の支払 とした他の改革に照らして何度 破綻処理ファンド若 金融セクターの利益、財政 拠出 のため、金融機関の過度なリスクテイク抑 も見直しをしながらも、継続的に しくは、一般歳入 費用・外形のリスクを対象 ※1 制のため 積立 事後 事前積立を超過した資金ニーズ、処理費 危機後一時的(予想外の費用が 一般歳入 拠出 用の支払のため 賄われるまで) 金融機関活動への課税(FAT:Financial Activites Tax)※2 目的 危機コストが拡大する際の収入 金融機関のレントに対する課税 継続的 金融セクターの課税の適正化 継続的 頻度 受取方 実際のロス・費用 負担金の根拠 一般歳入 一般歳入 利益+高い報酬 利益+高い報酬 一定の高いリターンでの 過度のリスクテイクの抑制 継続的 一般歳入 過度な利益+高い報酬 ※1 負担金を通じた蓄積では不十分ということが判明した際には、貸付限度の利用による負担(一般歳入への支払)も考えられる。 ※2 FATの設計は、主たる目的によって変わってくる。付録6(課税の設計の論点と収入予想)参照。 (出所)IMF報告書中 Annex table2「summary of Forward looking contribution proposal」 IMF報告書の中では、事後拠出については、生き残った機関だけが 負担し、潰れた会社は負担を逃れるというモラルリスク56)、及びプロ シクリカルに陥るといった欠点が指摘され、危機発生後に事前拠出を 補完するものとして導入が提案されている。また、表11では、事前拠 出では、金融機関の過度なリスクテイク抑制のためという目的が示 されているが、このためには、負担の根拠でも触れられている外形の リスクを対象とする可変的負担料率の設定が前提となろう。 なお事前拠出については、ファンドを組成する方法と一般収入とし てフローで政府が収受する方法どちらもありうるとされている。これ に対してFATの方は、税であり、当然一般収入としてフローで政府が収 受することとされている。FATの根拠としては、利益と報酬に絞られて おり、FSCが破綻処理にかかる財政負担・実際のコストを根拠としてい るのと比し、かなり性格を異にしているといえよう。 このIMF報告書を理解する際に留意が必要なのは、 本報告書が国際的 金融システムの安定化を主たる課題としているということである。そ して現在の議論では、金融システム上特に重要な金融機関 (Systemically Important Financial Institution 以下「SIFIs」 )に 対する監督の強化が特に強調されており、 IMF報告書もこの線上にある。 ―251― 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 どの金融機関がSIFIsに該当するかについては、 現在も議論が続けられ ているが、例えば注56で紹介した、ドッド=フランク法において厳格 な規制に服することとされているSIFIsに該当する大規模な金融機関 としては、①総資産500億ドル以上の銀行持株会社、②金融安定監視協 議会(Financial Stability Oversight Institution 以下 「FOS」 )が 認定するノンバンク金融機関ということになっており、予定では今年 4~6月にFOSが、 ②に該当する基準を含めた詳細な規制案を提示する ことになっていたが、難航しているとのことである57)。 また、 国際的な保険分野の研究機関である 「The Geneva Association」 は、IAISとFSBとでのSIFIsについての共同プロジェクトに関し、保険 会社の中核的業務はシステミックリスクにつながるものでない等、保 険の特性が十分に考慮されていないことや、システミックリスクがな いとされた機関がリスクのある業務を行い、システミックリスクを抱 えているとされた機関がリスクのある業務を行なっていない、という 結果を招く懸念を主張しているところである58)。 現在のところ、実際の事業内容等からわが国の生保会社の中で世界 の金融システムに大きな影響を与えるSIFIsに該当する会社はないの ではないかと筆者は捉えており、したがってIMF報告書の結論は、スト レートに適用はできないと考える59)。 次にEU白書であるが、まず資金拠出について「保険支払保証制度(以 下「IGS」 )が効果的に機能するように、適切な資金調達のメカニズム は重要」としている。極めて妥当な認識といえる。 資金拠出のタイミングについても触れられているが、ここでも、IMF 報告書と同様、事前拠出制の方が、モラル・ハザードの点で優れてお り、プロシクリカル効果を回避する上でも好ましく、可変料率であれ ば、なお好ましい旨が述べられている。一方、事前拠出の問題点にも 触れており、 IGSがリスクとリターンとの適切なバランスを図る専門家 を有さないとすると、その設立・運営コストは事後拠出より相当高く ―252― 生命保険論集第 177 号 なると考えられること、また、事前拠出で集められた資金だけでは大 規模破綻が生じた場合に資金が不足する状況も考えられるとしている。 そして、このためには、補完的な事後拠出の取り決め、外部の信用枠 若しくは再保険など、その他の資金源が検討されうるとしている。 基本的には、IMF報告書と同様の内容といえるが、事前積立制度のコ スト面の問題を指摘していることは注目される。このコスト面には、 注26で説明し、金融審議会の平成16年12月報告書にも触れられていた 資金の非効率性も包含されると考えるべきであろう。そして、この点 については、ACCJ意見書でも強調されているところである。 事後拠出制の最大の難点といわれるモラル・ハザードであるが、注 56でも説明したように、単純に事後拠出制がモラル・ハザードを有し ているとはいえないのではないかと思われる。モラル・ハザードとい うことを論点とする際には、誰にとってのハザードかという問題が避 けて通れないが、事後拠出制では破綻前の経営者、事前拠出制では破 綻後のスポンサーという関係者にモラル・ハザードという問題が有る のであり、どちらかの制度に一方的にこの問題が集中しているとはい えない。 このような事前・事後拠出制についてのメリット・デメリットにつ いては表12のように整理できる。 表12 事前拠出制と事後拠出制のメリ・デメの整理 事前拠出方式 ○事前の財源確保により有事の迅速な対応 が可能 メリット ○可変料率の導入が可能 ○全ての保険会社(契約者)からの負担拠出 が可能 ●破綻事例が発生しない場合に資金管理が が必要 ●適正規模の資金調達が困難 デメリット ●制度管理コストが大きい ●資金管理コストを要する ●スポンサー側にモラルハザードを誘発する 可能性がある 事後拠出方式 ○制度管理コストが小さい ○資金管理コストが生じない ○適正規模の資金調達が可能 ●有事の迅速な対応が難しい ●資金調達に時間を要する ●破綻会社からの負担金拠出が得られない ●可変料率制の導入は不可能 ●経営のモラルハザードの誘発する可能性 がある ●プロシクリカリティが増大する (出所)堀田一吉「保険システムとセーフティネット」三田商学研究50-4 平成19年 を基に筆者が一部加筆。 ―253― 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 なお、主要国の生命保険セーフティネットの財源、費用負担のあり 方については、表13を参照頂きたいが、完全に事前拠出制となってい る国は見当たらない。各国とも、事後拠出制若しくは事後・事前拠出 制を組み合わせた形としていることがわかる。 注55)一時議論があった金融取引税については、負担の大部分が顧客に転嫁する だけで金融機関のリスクに応じた賦課に適していないと否定されている。 56)米国オバマ政権下での金融改革「ドッド=フランク」法では、当初は金融 セクターの事前徴収によるレゾリューション・ファンドを設けることが検討 されていたが、事前徴収の枠組みはモラル・ハザードを招くという共和党の 主張により採用が見送られたとのことである(小立 敬「米国における金融 制度改革法の成立-ドッド=フランク法の概要-」 野村資本市場クォータ リー 2010年夏号) 。また、事後拠出制でのモラル・ハザードについては、 「救 済保険会社(実質的経営承継会社)が事後的資金負担を行っていくわけであ り、 (破綻会社の経営者個人のモラル・ハザードはさておき)、制度全般とし ては、健全会社の資金負担が、事後拠出制を採ることによって増大すること は基本的にはないとの反論が可能であろう」 (村田敏一「生命保険の安全ネッ トの将来像-「恒久的制度」の構築に向けた試論-」 )との見解もある。また、 ACCJ意見書も、事後拠出は更生計画立案者に対し、資金の必要性、使途内容 について重い説明責任を負わせ、モラル・ハザードを低減させると主張して いる。 57)大原悟司「ドッド・フランク法はリーマン・ショックの再発を防げるか」 財団法人国際金融情報センター トピックスレポート(ワシントン事務所作 成) 平成23年7月 58)The Geneva Association「IAIS and FSB project on systemically important financial institution(SIFIs) 」IAIS financial stability Committee Hearing, Kansas City 5/5/2011(http://www.genevaassociation.org/pdf/News/GA2011 _Presentation_IAIS_mtg_05-05.pdf)。なお、The Geneva Associationは、保 険会社においては2つの非中核的事業がシステミックリスクに繋がる可能性 があるとしている。 59)わが国に進出している外資系生保のグループがSIFIsに該当する可能性はあ るが、だからといって、わが国の生保セーフティネットが事前拠出制である べきという結論にはならないと考える。 ―254― ―255― NY 州生命保険会社保証法人 1985 年 州生命保険会社保証法人法 ○賦課金の種類 ・A種賦課金(事前) 管理費その他一般経費を賄う。 ・B種賦課金(事後) 減損、支払不能の州内保険者に関し保 証法人の権能、任務を遂行するのに必 要な費用を賄う。 ・C種賦課金(事後) 減損、支払不能の他州、外国保険者に関 して保証法人の権能、任務を遂行する のに必要な費用を賄う。 *B,C種賦課金は各勘定別に賦課しなけ ればならない。 ○勘定 (1)健康保険勘定 (2)生命保険、年金、基金積立協定 米・NAIC モデル法 1970 年 生命・健康保険保証公社モデル法 ○賦課金の種類 ・A種賦課金(事前) 管理、法律上の費用およびその 他一般の経費を賄う。 ・B種賦課金(事後) 減損、支払不能保険者に関し保 証公社の権能、任務を遂行する のに必要な費用を賄う。 ○勘定 (1)生命保険・年金勘定 ・生命保険補助勘定 ・年金保険補助勘定 ・被保険者別積立でない年金補助 勘定 (2)健康保険勘定 ※「Assuris」は 2005 年までは、「COMPCORP」と呼ばれていた。 拠 出 金 ・ 勘 定 等 創設 根拠法 カナダ生命・健康保険補償会社(Assuris)※ 1990年 連邦保険会社法・オンタリオ州保険法等の州法 ○賦課金の種類 1.特定賦課金 ①特定の問題会員に係る資金需要に充当(事後)。 ②流動性基金徴収(事前) 。 ・目標レベルとされる 1 億カナダドルまで積立てら れ、利息を付し分離して管理される。目標レベ ルを下回った年には、目標レベルまで再徴収。 2.借入賦課金(事後) ・ 以下の目的の返済を条件とした賦課金。 ①問題会員に係る他の資金源で賄い切れない資金 需要に充当。 ②特定賦課金に先立ち暫定的な方法として使用。 ③問題会社に関連する将来的な資金需要に対応。 3.臨時賦課金 ・以下の状況が発生した場合に課せられる賦課金。 ①特定賦課金および借入賦課金では特定の問題 会員に係る資金需要を賄い切れない場合 (事 後)。 ②取締役会が、他の会社の将来の補償に備えるた めに追加資金が必要であると判断した場合(事 前)。 ・臨時賦課金が徴収される年数は合計で最大 7 年と する。 4.管理賦課金(事前) ・管理運営費用に充当。取締役会は、前年末の流動 性基金の残高が目標額を超える場合、または問 題会社について剰余金が生じた場合には、その 超過額および剰余金を管理賦課金に充当するこ とができる。 表 13-1 主要各国の生命保険セーフティネットの費用負担 生命保険論集第 177 号 拠 出 金 ・ 勘 定 等 創設 根拠法 仏・保険契約者保証基金 1999 年 フランス保険法典 ○事前拠出で積立て、取崩した場合は 必要水準に復元。 ・加入企業は保証基金に対し、その任 務を達成する上で必要な資金を提 供する。保証基金は、加入企業が加 入の際に引受ける記名式かつ譲渡 不可能な出資証書を発行する。 ・保証基金の負担する損失が徴収され た拠出金以上となる場合には、出資 証書は、配当対象とならない。当該 証書の名目額は、損失に引き当てる のに必要な比率で減額される。 ・保証基金は、加入企業の前年 12 月 31 日現在の責任準備金合計の 0.05%を維持する。 ・拠出金については、半額は保証基金 に支払い、残りの半額は、当該加入 企業のソルベンシー・マージンを構 成する特別の準備金として引き当 てる義務(半額は実質事後)。 ・保証基金は、各加入企業に対して当 該企業の負担割合を通知しなけれ ばならない。 ○積立金の復元 ・企業は、基金が支払った金額につい て3年間追加拠出を行い復元する。 ・企業の準備金を拠出した場合には、 企業は、3年間準備金への追加拠出 で復元。 独・保証基金 2004 年 保険監督法 ○賦課金の種類 1.年間賦課金(事前) ・原則として加入会社は、予定拠出額と 実際の拠出額の差額を賦課金として支 払う。加入会社の実際の拠出額は、年 間賦課金支払の度に割り当てられる持 分の数とその価額との積により算定。 ・加入会社は、年金賦課金の支払義務を 負う。年間賦課金合計は、加入保険会 社の技術的準備金合計額の 0.02%以下 とする。 ・加入会社の予定拠出額が、実際拠出額 を上回っている場合、その差額を年間 賦 課 金 と し て 支払 わな け れ ば な らな い。逆に実際の支払額が予定拠出額を 上回っている場合、その差額は加入会 社に支払われる。その場合、補償基金 に対する加入会社の持ち分はそれに応 じて減少する。予定拠出額と実際の拠 出額の差が、予定拠出額の 5%以下であ る場合には、補償基金は賦課金の徴収 又は差額の支払を行わなくてもよい。 2.特別賦課金(事後) ・補償基金の任務の遂行にあたって資金 が不足した場合は、特別賦課金を徴収 する。 ・1 暦年あたり、および 1 つの破綻事例 に対する特別賦課金の合計額は、加入 会社の保険技術的準備金合計額の 0.1% 以下とし、複数回の徴収が可能である。 (出所)生保協会調査部「海外の安全ネット等について」(平成15年 10 月)を基に、生命保険協会調査部「生命 保険事業における各国の監督規制」(2006~2011 年)を参照し、適宜筆者にて加筆・修正して作成。 英・金融サービス補償機構(FSCS) 2001 年 FSMA《第 15 編》 ○負担のグループ(勘定) ・①預金クラス、②生命保険・年金クラス、③ 投資クラス、④住宅金融クラス、⑤損害保険 クラスの5つが設定される。 それぞれのクラス内には、サブクラスが設け られ、各認可業者はそれぞれのグループに割 り振られる。 ・ 生命保険・年金クラスでは、生命保険・年金 サブクラスおよび生命保険・年金仲介サブク ラスに区分。 ○拠出金の種類 ①管理費用拠出金 Ⅰ.基本管理費用拠出金 ・理事給与等の維持管理費用。 Ⅱ.特別費用 ・破綻が発生した際に法律家等に支払う報酬な ど、請求件数または破綻の種類によって変動 する費用(予想費用を含めることができる)。 ②補償費用拠出金 ・補償の支払、長期保険契約の継続および保険 会社が財政的困難に陥った場合の援助によっ て生じる費用(既に発生した費用及び賦課後 12ヶ月間に発生が予想される費用(破綻宣言 がないものを含む)からなる)。 ○ 賦課の時期 ・FSCSは、拠出金を一年度内に一回以上賦課で きる。これにより、FSCSは実際に資金が必要 となる以前での認可業者から拠出金の徴収を 要しない 表 13-2 主要各国の生命保険セーフティネットの費用負担 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 ―256― 生命保険論集第 177 号 6. 費用負担の方法についての考え方及び残る論点について 第4章では今回の生保機構の制度見直しで大きなポイントとなる財 源規模についての試算を示した。また暖簾代について一定の前提を置 いた試算結果からは事後拠出制にも十分な合理性が認められるとした。 そして第5章では代表的な国際的議論等をみたが、わが国の生保機構 についてあえて事前拠出制に拘らなければならない理由はないと考え られる。 しかし現実の状況としては、表3で示した通り、今年度末には保護 資金の積立額は500億円を超え、来年度末には1,000億円に迫る。この 金額は、一定の合理性をもって見積もった10年間の必要資金援助額を 満たすと考えられる。このように考えると、制度改正時点で、注6で 説明した業法第265条の33にいう 「資金援助等業務に要する費用の予想 額に照らし十分な額」に既に達しているとして以後の負担金徴収をス トップするか、もう一事業年度だけ負担金を徴収するというのが現実 的な方法と考えられよう60)。その際には、ACCJ意見書にある。国債等 の担保提供、会員各社の内部への積立といった方法も検討されるべき と考える61)。 (1)政府の補助・政府保証の存続について 最後に、残る論点となる政府の補助・政府保証の存続の問題に関す る筆者の考え方を述べたい。 本稿第2章(2) (エ) (b)において、この問題は今後政府が保険 契約者保護制度とどのようにかかわってくるかという論点であると指 摘した。そこで述べた通り、政府補助がある期間は特別な期間という ことで附則による運用とせざるを得ず、本則において政府補助の枠組 みを整備することは政策的に不可能ということであれば、生命保険業 が今後暫くはリスク管理・監督の充実の下で平常・安定的な状態が続 ―257― 生命保険契約者保護機構財源に関する一考察 くという見通しがたつことを前提に、政府補助の枠組みを外し、本則 の運用に復することは現時点において合理性が認められると考える。 しかし、それには、わが国生命保険業の健全性が高まったという政府 の説明が欠かせないだろう。注44でも触れたが、筆者の照会対応の経 験からも、この政府の補助は今後も続くものと理解している方は非常 に多いと感じている。政府の補助という制度が、わが国の生命保険業 に与えている安心感・信頼性というものは、非常に大きいということ は疑いがない。仮にこれをなくすとしても、単に政府として財源確保 が困難だからという理由だけでは生命保険業に対する信頼性は大きく 揺らぐことになろう。政府は、生命保険業の健全性確保に大きな責任 を有しており、この点につき政府の補助の枠組みをなくすとしても、 当分の間、破綻時の契約者保護については問題がない状態であること を制度改正時に適切に説明する責任があるだろう。 次に政府保証の問題については、まず生保機構の借入枠をどのよう にするのかということが問題となる。生保機構の借入限度としては、 事前積立額というものを設定するのであれば、一旦その額を限度額と することが考えられる。ただ、今回の大震災の経験から、通常の想定 を超えるショックというものに対しても、制度的に備えることも必要 であるという観点から、果たしてそれだけの財源規模で本当に大丈夫 かという懸念もあり得る。この観点から借入限度額は、生保機構(会 員各社)の負担限度を考慮し、最大限に準備しておくという考え方も 成り立つ。そして、そのような通常の想定を超えるショックに対し生 保機構が借入れで対応する際に、政府保証という制度を用意しておく ことは十分に合理的と考える。その額としては、現在の本則を基準に 4,000億円と設定すれば、暖簾代を考慮すれば、大手社を含めほとんど の破綻のケースに対応できるということが、別途行ったシミュレーシ ョンで確認できた62)。 そして、そのような想定外の事態も超えるような事態に対応する仕 ―258― 生命保険論集第 177 号 組みとして、 注27で紹介した現在の業法第312条の2第2項の財務大臣 への協議だけでなく、やはり注27で紹介した金融システム改革法の附 則191条のような規定を業法に明定しておくことが適当であると考え る。このことは、政府が生命保険業の健全性確保に迅速・的確に係わ っていくことを明らかにし、契約者等に対して大きな安心を与える有 効な措置であると考える。 今回の制度見直しは、生保機構が黒字化し、新たなステージに入っ た段階で行われ、且つ比較的平常な状態でなされるものでもある。国 際的な議論に単純に追従するのでなく、わが国生保会社の本質的機能 を踏まえ、今後の会計等の制度の動きも考慮しつつ、慎重かつ大胆な 改正が行われ、今後のわが国の生命保険業の発展に繋がってほしいと 願ってやまない。本稿がその参考になれば望外の喜びである。 注60)勿論、積み立てている保護資金をこれまでの負担額に応じ会員各社に全額 返還するということも考えられるが、その際には完全事後拠出制に見合う形 に業法265条の33を改正する必要があろう。なお、本稿の考え方に基づき積立 をストップした際、改訂IAS第37号が適用されても、合理的に見積もった必要 額は既に積み立てられているとみなすことができ、会員各社のBSには影響を 与えないものと考えられる。 61)費用負担のあり方に関しては、所謂可変料率の導入も論点となりうる。リ スクベースの観点からは合理性も認められるが、会員自治の下で運営されて いる生保機構において、個々の会社の破綻リスクに基づいた負担金を導入す ることは極めて困難と考えられる。 62)この額で対応できないのは、最大手の数社について極めて高い毀損率で破 綻するという想定しづらいケースに限られることが確認できた。 なお、本稿の執筆にあたっては、第一生命保険株式会社、調査部稲 尾行宣氏、同総合審査部清水王人氏に色々とご協力頂いた。この場を 借りて厚く御礼申し上げたい。 ―259―