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医療事件報告 弁護士 玉村 匡 医療過誤訴訟が、原告(患者側)の勝訴的

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医療事件報告 弁護士 玉村 匡 医療過誤訴訟が、原告(患者側)の勝訴的
医療事件報告
弁護士
玉村
匡
医療過誤訴訟が、原告(患者側)の勝訴的和解により終結した事件について
ご報告致します。
閉塞性動脈硬化症から、大腿動脈のバイパス術を受けた患者さんが、MRS
Aに感染し、右下肢切断、失明ののち死亡した事例です。
1 事案の概要
Aさんは、平成○年4月ころ、X病院のY医師から「閉塞性動脈硬化症」
(足
の血管の動脈硬化がすすみ、血管が細くなったり、つまったりして、充分な血
流が保てなくなる病気)と診断され、同月にX病院に入院し、X病院でY医師
により、人工血管を入れて、新たに血液の通り道を作る手術(両大腿膝窩動脈
バイパス術)を受けました。
その後、Aさんは、同年6月初旬に、高熱が4日ほど続き傷口が赤く腫れ上
がったので、同月14日から再びX病院に入院しましたが、その後3ヶ月ほど
は1日1、2回程度の食塩水による消毒ばかりで治療らしい治療はされません
でした。
そのような Y 医師の処置を不安に思ったAさんの妻のBさんは、Y医師に対
し、何度も「治療して欲しい。」と申し出ましたが、Y医師からは「他の血管に
いい血が流れているから、もうちょっと待ってほしい」と言われ、何の治療も
してくれませんでした。
しかし、同年9月10日、Aさんは、Y医師から突然、
「あさって手術します。」
と言われました。Bさんは「血液検査もせず、他の治療もせず、いきなり手術
とはいったいどういうことか。」と不安になり、その旨をY医師に尋ねましたが、
医師の言であることからこれに従い、同年9月17日にAさんは再び手術(右
大腿膝窩動脈バイパス術)を受けました。
数日後、Bさんは、X病院から電話があり、病院に駆けつけてみると、Aさ
んはナースセンターに運び込まれていて、吠えるように「痛い、痛い。」と叫ん
でおり、パジャマはいうに及ばずベッドから布団に至るまで血だらけで、その
傍にY医師と看護師が為すすべもなく呆然と立っている光景を目にしました。
BさんがY医師に対して、「あれだけ消毒だけでいいのかと言ってきたのに、
その結果がこれですか!」と言うと、Y医師は「私もこんなことは初めての経
験で何も分かりません。」とただ、頭を下げるだけでした。
Bさんは、目の前でAさんが苦しんでいるのに何も処置をしようとしないY
医師に対し、
「いつまでこんなことをして放っておくのですか!早く治療して下
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さい!」と言うと、Y医師は暢気なことに「朝の9時にならないとスタッフが
揃わない。」と答えたので、Bさんが「とにかく手術室へ連れていって、そこで
痛み止めの注射をして下さい!」と言うと、やっとY医師らは動き出し、
「わか
りました。では奥さんもベッドを押して下さい。」と言って、BさんはY医師ら
と共に手術室までAさんのベッドを押して行きました。
その日の夕刻、BさんはY医師に呼ばれて面談しましたが、その内容は「手
術箇所の血管が破裂しました。原因は手術の傷口から細菌感染したことにある
と思われます。細菌が全身に廻って、脳にまで達すると大変なことになる。そ
うならないように、近い将来右下肢を切断します。」とのことでした。
Bさんは、Y医師からこれまで、「消毒だけで大丈夫。」と言われ続けてきた
こととのあまりのギャップに、言葉を失うほどのショックを受けました。
同年9月21日に、Aさんは集中治療室から個室に移りましたが、相変わら
ず「痛い、痛い。」と大声で叫んでおり、ベッドの上でのたうち廻るので、看護
師らが押さえつけなければならないことも多くありました。
同年10月5日、病室にY医師が来て、Bさんに「この間お話しした右足切
断の手術を、今からします。」と言いました。またしても、突然の手術でした。
この頃、Aさんの右足は、ひざ下まで濃い紫色に変色していました。
Bさんは、突然の手術が不安で、Y医師に「先生、主人は近頃血圧が200
近くもあるのですが、手術に耐えられますか。」と尋ねました。しかし、Y医師
は何も答えてくれませんでした。
その突然の手術が行われ、終了後にAさんは手術室から出てきましたが、麻
酔から醒めたAさんには異変が生じていました。Aさんは失明していたのです。
その後徐々に左半身が麻痺していきました。
Bさんは、Y医師に事情説明を求め、
「私が主人の血圧が200近くもあるの
に大丈夫かと尋ねたのに、手術をされたからですね。」と言いましたが、Y医師
は「申し訳ありません。」と言うのみで、明確な説明はしてくれませんでした。
その後も、Y医師は相変わらず消毒を日に1度行うばかりで、治療らしい治
療はしていませんでした。ある日、BさんがAさんの傷口を見ると、肉がとれ
て骨が見えていました。相変わらず、Aさんの脚の痛みは治まることがなく、
それから数日後食事を一切口にしなくなってしまいました。
その後もAさんの脚の痛みは取れることはなく、大声を出してうめく毎日で
あり、体はみるみるやせ細っていきました。
翌年のある日、いつものようにBさんがY病院に行ってみると、Aさんはも
うお茶も薬も飲まなくなってしまっていました。その日の午後にAさんは痙攣
しはじめ、すぐに人工呼吸となりましたが、痙攣がはじまって1時間も経たな
いうちに亡くなりました。
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Bさんは、Aさんが死亡に至るまでの治療経過について説明を求めるために、
Aさんの四十九日が過ぎた後、X病院のY医師に面会に行きました。すると、
看護師長が応対して「Y先生は依願退職されました。」と言われ、Y医師には会
えませんでした。しかし、後からわかったことですが、実際は、Y医師は依然
としてX病院に勤務し続けており、Y医師がBさんに面会することすら拒んで
いたことがわかりました。
Bさんは、治療行為が適切に行われていれば、Aさんに右足の切断・失明・
死亡という事態は起こらなかったのではないか、何故、Y医師は B さんと面会
することすら拒んでいるのか等、Y医師やX病院に対する不信感をぬぐいきれ
ず、私の元に相談に来られました。
2 訴訟の経過
証拠保全手続でカルテを入手し、カルテの検討や協力医への相談、文献調査
の結果、遅くともY医師がAさんに最初の手術を行った後の平成○年6月末ま
でには「MRSA」
(ヒトや動物の皮膚、消化管内に常在するグラム陽性球菌。
通常は無害ですが、皮膚の化膿症や膿痂疹、毛嚢炎、蜂巣炎などの皮膚軟部組
織感染症から、肺炎、腹膜炎、敗血症、髄膜炎など様々な重症感染症の原因と
なります。特に、易感染状態の患者、高齢者・新生児では、治療が難渋し重症
化する例が多いとされています。)が手術によって挿入された人工血管にまで感
染が及んでいることについてY医師は医師としての知見があれば、十分そのよ
うな事態を認識することが可能であったことがわかりました。
そして、その時点で速やかにMRSAに効果のあるバンコマイシン等の抗菌
薬の投与や感染源である人工血管を取り除いていれば、AさんのMRSA感染
症は改善された可能性が十分にあったのです。
また、2回目の手術、3回目の手術でも同様の処置をとっていれば、Aさん
の症状を悪化させることはなかった可能性があることもわかりました。
そこで、訴訟においては、上記の点を中心に主張していきました。
しかし、X病院やY医師の被告側は、
「MRSAに効果のある抗菌薬としてバ
ンコマイシンは投与していないが、その理由は、バンコマイシンに耐性を有す
るMRSA(VRSA)の発生を避ける必要があったからだ。」という主張を
繰り返していました。また、「食塩水の消毒だけで症状が改善された事例があ
る。」と主張し、事例報告を多数証拠として提出しました。
原告側の主張は、Aさんが感染していたのは、「MRSA耐性菌」ではなく、
「MRSA」であるから、当然MRSAに薬効のある抗菌剤を投与すべきであ
るというものですので、被告側の反論は全く失当なものでした。
医学文献にも、MRSAを抑制する際にMRSA耐性菌の出現の可能性を懸
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念して抗菌薬の投与を控えよとは一言も書いてありません。
しかも、当時、厚生労働省では、平成15年以降バンコマイシン耐性黄色ブ
ドウ球菌症の統計を取っていましたが、現在までのところ国内において発症は
確認されていないというほど、「MRSA耐性菌」は簡単に発生するものでは
ないことがわかっていました。つまり、被告側の主張は、医学的常識とはかけ
離れたものであることが浮き彫りになったのです。
さらに、被告側が食塩水の消毒だけで症状改善された事例があると主張した
事例は、治療経過を注意深くたどっていくと、純粋に食塩水の消毒だけで症状
が改善された事例は一例もなかったことがわかりました。
訴訟においては、原告側の主張には、一貫して原告の主張に沿う内容の医学
文献が多々存在していしたのに対し、次第に被告側の主張は何ら客観的な裏付
けもないことが明確になっていきました。
そして、被告側の主張が破綻しかけていることが明白になりはじめ、訴訟手
続において、いよいよ Y 医師に対する尋問に進もうかとしていた矢先、ついに、
被告側から和解の提案がありました。
和解において、残念ながら、被告側から Y 医師の医療過誤を明確に認める発
言はありませんでした。しかし、B さんは、被告側からの和解提案という事実
は、正に X 病院と Y 医師の過誤を認めたことを意味すると受けとめ、最終的に
は和解に応じることになりました。
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インフォームド・コンセントの重要性
患者個人の権利と医師の義務という見地からみた法的概念としてインフォー
ムド・コンセント(informed consent)という概念があります。
インフォームド・コンセントとは、医師が患者に対し、検査や治療の意味・
内容・効果・危険性などについて十分説明したうえで、患者から検査や治療の
同意を得ることを意味します。
本件の事例では、手術中の突発的なミスがあったという医療過誤ではありま
せん。そもそも、Y医師の治療行為自体が不適切でAさんを死亡させてしまっ
たというものです。
Bさんは、Y医師に対し、Aさんの治療に対し疑問を何度もぶつけましたが、
Y医師は、明確な根拠や説明もなしに、不適切な処置を継続していきました。
そして、手術の実施もAさんの心の準備をする猶予期間すら与えることもなく、
二度も断行しました。
医師は、医療の専門家である以上、基本的には間違った治療はしないと考え
られます。しかし、本件のように、何度も患者さんやその家族から疑問を投げ
かけられた際、そのような事態を真摯に受けとめ、患者さんやその家族に現在
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実施している処置が正しいことであると理解してもらうために、適切に説明す
る姿勢を示していれば、その時点で自らの間違いに気づいたかもしれません。
インフォームド・コンセントの徹底は、医療過誤自体を防ぐことにつながる
可能性もあるのです。
この訴訟で、病院の行った治療行為が間違ったものであることが実質的に証
明されたことを、B さんはご主人に報告することができました。
このような問題でお困りの際は、当事務所にご相談下さい。
渡辺・玉村法律事務所
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