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成長と平等、そして民主化(上田 曜子) [PDF 1.1MB]

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成長と平等、そして民主化(上田 曜子) [PDF 1.1MB]
経済学への招待状 15
成長と平等、
そして民主化
経済成長と平等
「貧しい国が経済成長すると、それに伴って貧富の格
差(所得分配の不平等度)は大きくなる。しかし、成長
を続けるとある時点で、貧富の格差は改善に向かう」と
教えてくれるのは、開発経済学の分野でよく知られて
いる「クズネッツの逆 U 字仮説」である。この仮説は、
一国レベルでは検証されていないが、貧しい国が経済成
長すると貧富の格差が拡大するという点に関しては、資
本主義経済に内在する問題としても指摘されている。
貧富の格差を放置したまま、経済全体の成長を追及す
る政策を採り続けるのは望ましくない。それは、成長か
ら取り残された貧しい人たちの不満が募って、暴動など
上田 曜子
Yoko Ueda
[研究テーマ]
タイの経済発展、ASEAN 経済
の社会不安が拡大してしまうと、本来の目的である経済
成長そのものが頓挫してしまうからである。従って、途
上国は「成長と平等の両立」を目指すのが望ましいと考
えられている。
経済成長の結果、軍事独裁政権へ
さて、私はタイ経済を中心にこれまで研究を行って
きた。タイは経済成長を順調に進めてきた国である。
1960 年代から工業化が進展し、現在では「自動車およ
び同部品」が同国の最大の輸出品となっている。1980
年代前半まで、コメ中心の農業国であったことを考慮す
ると、この数十年間でタイ経済が大きく変化したことが
わかる。これに関しては、日本企業の進出による貢献が
大きい。タイは所得水準も向上して、中国などと並んで
「新興国」「中進国」と称される国の仲間入りを果たした
のである。
その一方で、21 世紀に入ってから、タイの政治は不
安定な状態が続き、2014 年の軍事クーデタを経て、現
在は軍部による独裁政権下にある。つまりタイは、経済
成長して国民生活にゆとりが出始めた時期に、民主主義
体制からかつての軍事独裁体制へ逆戻りしてしまったの
である。これは、独裁政権の下で急速な経済成長を実現
し、その後、政治の民主化を果たした韓国や台湾と正反
対の動きである。
タイでは、伝統的に軍人が政治を牛耳ってきたが、
1970 年代から民主化がはじまり、1988 年には政党政
治家が首相に就任した。その後は、軍によるクーデタが
あったものの、政党政治が根付き民主化が進展してきた。
人々の暮らしが豊かになると、国民が自由な政治体制を
志向するというのはわかりやすい説明である。私自身も、
2014 年クーデタで、1958 年に成立したような軍事独
裁体制に戻るということは想像すらしていなかった。
タイではなぜ、所得水準が向上した後に、政治体制が
独裁に戻ったのであろうか。この一見すると、不可解な
動きは、格差問題と分かちがたく結びついているように
思われる。
一つの社会に異なる二つの階層
現在の政治状況を理解するには、2001 年のタックシ
ン政権の誕生にまでさかのぼる必要がある。タックシン
は、人口比率で多数派を占める農村部人口や貧困層から
圧倒的な支持を得て選挙に勝利し首相に就任した。タイ
史上、同政権は、貧しい階層を支持基盤とした最初の政
権であった。タックシンはさまざまな貧困者向けの政策
を打ち出し、支持を確実なものとした。それらの政策は
「ばらまき」と称されたが、同政権の下で「選挙で一票
を投じることで、自分達の生活が変わる」ことを貧困層
は初めて実感することができたのである。
このタックシン政権に対する政権打倒運動が本格化
するのが、2005 年以降である。政権打倒派は黄色シャ
ツ(王党派)と呼ばれ、その支持者は富裕層と中間層
で、主にバンコクの住民であった。タックシン以前の政
成長と平等、そして民主化
権は、彼らの利害を代弁する政権であったといってよい。
これに対抗するタックシン派(農民や貧困層)は赤シャ
ツと呼ばれ、その後、両者の対立が激化していった。こ
の対立に一応の決着をつけたのが、2014 年の軍事クー
デタであった。軍は 2006 年にもクーデタを起こしたが、
問題の解決には至らず、2014 年に再度、挑戦したので
あった。
このようにして、現時点では、富裕層と中間層の価値
観を色濃く反映した軍事政権が成立し、治安を維持して
いる。赤シャツの人々の不満は、タイ社会の深部に押し
込められたままである。
この一連の政治的混乱のそもそもの原因は、従来のタ
イ政府が貧富の格差に真摯に取り組んでこなかったこと
にあるように思われる。概して、途上国では、農業(農民)
の犠牲のもとに、工業化(都市住民 ・ 富裕層)を優先さ
せることが多い。指導者自身が、富裕層の出身であるこ
とも、貧困対策が遅れることのひとつの理由であろう。
資本主義が、不平等を伴って発展するのが不可避の現
象であるならば、格差是正を図りながら、成長路線を追
求しなければならない。これまで何度となく、講義で教
えてきた「クズネッツの逆 U 字仮説」の重みを実感し
つつ、タイ政治の行く末を案じている。
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