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落合の歴史と文化

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落合の歴史と文化
わ が 街一一大学のある風景
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4
〆
.書留冨言語官国躍軍司
和 田 サ ヨ 子・聖母大学特任教授
カトリ ック修道女会﹁マリアの 宣教者フ ラン
科及び聖母大学 が設置されている 。 この地に
パスがあり、上智大学総合人間科学部看護学
下落合の聖 母坂通りに面して目白聖母キ ャン
J R目白駅から酋に一キロメ ートル 余り、
中でも
描いた 。
風景を
落合の
を建て、
トリエ
の親 し
名であ
る。彼
にも有
あまり
景
﹂ は
合の 風
﹁
下落
シスコ修道会﹂が ロl マ法王ピウス一 一世の
、 一九五O年 に日本初の 看護
呼びかけに応え
短期大学と して 聖母女子短期大学を開設して
、 二O O四年から聖母大学へ と
の地に始まり
以来、カトリ ック精神に 基づく看護教育が こ
六十余年受け継が れ ている 。
−落合というところ
キャン パスが位置する新宿区落合地区は、
面積三 ・一三 平方キロメートル、人口は五万
んだア
﹁
佐伯公園﹂ の名称で、新宿区立公園として
ト リ エ は キ ャ ン パ ス に 隣 接 し ていて 、 現 在
三 七O 三 人 ︵
二O 一三年 第 三 七 回 新 宿 区 統
は、明治 以降ものどか な田園風景と閑静な住
一般に開放されている。
落合という地名は、神田 川と妙正寺 川が落
発見されており、古代から人々の営みが行わ
ち合うところから由来して いると 言 われてい
る。神田 川と妙正寺 川からは数多くの遺跡が
ある 。大正から昭和の初めにかけて小説家の
林英美子や舟橋聖 一、古屋信子ら が執筆活動
れていたことがわか っている 。最古級の遺跡
んだことから、歴史と文化を今に伝える街で
環境にあこがれた多くの文化人、 芸術家が住
宅地 の広がる 地域で あり、豊かな緑と静かな
計
︶ 。 か つ て 江 戸近郊の農村であ った同地区
佐伯公園
の大半を落合で行った 。洋画家佐伯祐 三はア
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務
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主
落合の歴史と文化
の 一つからは、約 三万年前の旧石器時代後期の石器が出土し
ている 。 また落合遺跡は、縄文時代から奈 良 時代までの複合
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により、設計された 。 鉄筋コンクリ ート造 り 三階建ての建物
である 。薄 茶色のタイル張りの外壁 とL字 型 の 建物中央の頂
部 に あ る 銅 版 葺 き 屋 根 の 二 つ の 塔 が 特 徴 と な っ て い る 。 縦長
の窓が配置されるが、 三階部分は、上部をアl チ型にして変
化を つけている 。 入隅に曲面を用い軒の小庇や窓台で水平線
を強調するなどの点は、当時、流行したデザインである 。 建
物前面には、新宿 区 保 護樹木のヒマラヤ杉の 大木が立ち、壁
面の茶色と調和した景観を形づく って いる 。 平成十五年︵ 二
O O三
︶ 新病棟の改築に伴い本館の外観を 当初に復元した ﹂
−目白聖母キャンパ スと地域の交流
目白聖母キャンパス と落合地区との 地 域交流の 一つに 、秋
の運動会における救護班としての参加がある。 また、 聖母病
院 と の 連 携 企 画 と し て ﹁ ふ れ あ い 保 健 室 ﹂ ﹁ 子 育 て 支 援﹂ を
実施してい る。 これらは、介護予防に関するテI マでの身体、
口腔、排池機能についての相談サ ービスである 。 地域のニ ー
ズ としては、 ﹁ふれ あ い 保 健 室﹂の企 画 に 七O代の高齢者の
方 が参 加 し て い る。 ﹁子育て支援﹂は、産後退院してからの
これ らの 地 域 と の 交 流 活 動 は 、 カ ト リ ック精 神に 基 づ き
母親のストレス発散を目的にしている 。
﹁人々の ために人 々とともに ﹂を 目 指 す学 習体験である 。
聖母大学は 二O 一四年 三月をも って閉学 とな るが 、看 護 教
育は上智大学総合人 間 科学部看護学科が継承し、同じキ ャン
パ ス で 今 後 も 続 け られる 。
大 学i
時報
・
97
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山
集落遺跡で、神田 川 ・妙正寺 川流域の重要な遺跡の一つであ
る。
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聖母病院
石巻専修大学人間学部
・石巻専修大学人間学部長
間学部︵ 人間文化学科と人間教育学科︶を 開設するとともに、
一
一
一 年四月に人
の要望を実現すべく検討してきた結果、 二O 一
献ができる 学部 ・学科の新設などの 要望 が出されていた 。 こ
化とともに、石巻圏域から女子生徒が進学しやすく、地域貢
ロ ・紛争、コンピュ ーター・ ネ ットワ ーク、人口問題、貧困、
ればならない謀題、すなわちエネルギ ー問題、環境破壊、テ
かつ変動している。 それに伴い不安定さも増し、解決しなけ
現在、社会は産業を含めて、世界的規模で著しく発展し、
﹁社会知性の開発﹂を私自身は、予想もつかないような課題
格差、感染症などが多々発生し、未解決のまま次の新たな問
石巻専修大学 は専修大学と同 一法人であることから、﹁社
に直面した際に、最善の解決策を見いだせるような能力と理
理工学部の基礎理学科と生物生産工学科の 二学科を廃止し、
会に 対す る報思奉仕﹂をとも に建学の精神としているが、﹁建
解し、 学生諸君 にはそれぞれの﹁社会知性﹂を独自に ﹁開発﹂
題を生じる事態となっている 。 このような現代社会にあ って、
取り組んでいける能力﹂としている 。
球的視野から独創的な発想により主体的に社会の諜題解決に
考方法を核としながらも、深い人間理解と倫理慨を持ち、地
﹁
社会 知 性﹂とは、 ﹁
専 門的な知識・技術とそれに 基づく思
たに 一
二 世紀ビジョンとして ﹁社会知性の開発﹂を掲げた 。
ゲ
学の精神﹂を 一
二 世紀の社会に向けて具現化するために、新
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1
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地域と共に生きる人間学部
山 崎省一
大学の理念
石巻専修大学は一九八九年四月に、理工学部︵凹学科︶と
~
食環境学科と生物科学科へと改組した。
経営学部︵一学科︶の二学部で発足した 。 その後、時代の変
¥
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してほしいと考えている 。
などのための講演、研修会、経営・技術相談、 共同研究など
石巻市、東松島市、女川町との包括協定締結や、近隣高校な
的として共創研究セン ターが設置され、東日本大震災を契機
その後、主に研究面から地域の課題解決に向けた支援を目
の取り組みを行っている。
どとの連携事業を実施している 。 今 回 の 人 間 学 部 の 設 置 、 理
に復興共生プロジェクトを立ち上げ、被災者支援、産業支援、
石巻専修大学は﹁地域に根ざした大学﹂として、宮城県の
工学部の改組はその反映であるが、当初より、本学の建学の
また、 大学開放センタ ーと協力して、国内外からの 多様な
防災 ・復興関連研究、復興を担う人材の育成等に関する事業
その中核を担って
要請への対応と して、 大学施設の提供、防災や復興に関連す
精神を実践するため、さまざまな地域貢献活動を展開してき
きた大学開放センタ
る講演会やシンポジウムの開催、視察者や研修生の受け入れ、
を展開している 。
ーは 、 地 域 の 文 化 ・
共同研究などにも積極的に取り組んでいる。
ための科学の祭典、
義 ・講演や青少年の
小中高校向けの講
地域に対するし っかりした理解と 、これらをし っかりと支え
ても、グローバルな人材育成を目標とはしているが、家族や
て、グロ ーバルな人材の育成が挙げられる 。 人間学部におい
現今の日本の大学に求められている大きな流れの 一つとし
人間学部では
教育の振興並びに 地
域の活性化・産業の
振興を目的に、関学
大学開放講座などの
よ う と す る思いをもった人材の育成が特に重要であると考え
と同時に設置された 。
教育支援のほか、産
﹁
地域﹂の成り立ちの最小単位が﹁家族﹂であり、﹁家族﹂
ている 。
企業向けの経営改善、
の集合体が﹁地域﹂であることは 言、つまでもない 。 この﹁家
学官連携支援と して
人材育成、技術開発
大学時 報
99.
ている 。
石巻専修大学人間学部校舎
に応えるべく、 ﹁
復興の社会学﹂﹁地域防災論﹂などの復興な
関わる科目を追加するなどの見直しを行 った。 開設 一年目で
族﹂ こそが人間理解と人間関係の土台であり、 家族 で和を育
ことが、 ﹁
地域 づ く り の 活 動 ﹂ の 基 本 と 考 え て い る 。 紛争 や
開講科目が限られるため、正課外を中心に、小学校などへ の
どに関わる科目や、子どもや被災者 に対する心理的なケアに
貧富の拡大、エネルギ ー問題など、 今 日の社会 で起きている
学習 ボ ラ ン テ ィ ア な ど の 派 遣 も さ さ や か な が ら 始 め て い る 。
み、その和を地域へ、日本へ、さらには世界へと広げていく
世界的な諸問題と、町や地域の問題はその本質において共通
今後
、 学生数が増えるにしたが って、対象や 範囲を拡大させ
る方針である 。
ることが、町づくりの貢献につながり、ひいては現代の諸問
が山積している今日、明快な解答を導き出すのは 容易なこと
人間文化学科は、これまで 生 み出してきた 多種多 様な文化
人間学部は、人間文化学科と人間教育学科の 二学科から な
る。
人間学部での学び
していると 言える 。家族や地域をつくり支え る人材を 育成す
題を解決する力となると考えている 。
文化を通して地域づくりを 支え
、 貢献
人間文化学科では ﹁
する人材育成﹂を、人間教育学科では ﹁人を育てることに 貢
ではないが、大学 における四年間 の学びを 土台に、つねに 学
について、 学際的な視野のもとに、 口語文化
、 芸術文化、 生
言
一
活文化、地域文 化とい った側面か ら学ぶ とともに、地域の発
献する人材育成﹂を目指している 。 目まぐるしく変動し課題
習する姿勢を持ち続けることによって、最善の解決策を見い
災が発生したことにより、石巻近隣地域か ら の石巻専修大学
O 一三 年四月の開設となった 。二O 一
一 年 三月に 東 日本大震
に文部科学省に学部設置のための認可申請書類を提出し、 二
人間学部は、 二O O九年から設置準備を進め、 二O 二 一
年
礎となる人間学と文化学全 般に ついて幅広く学ぶ 。 その後、
基本的な科目、及び 人間文化について 学ぶにあ た ってそ の基
業 人として必要な教養、スキル、人間力を身につけるための
を修得することを教育目標としている 。学生 は、社会 人・職
展と生活支援に必要とされるさまざまな実践的な知識と技能
だそうとするような人材の育成ができればと考えている 。
に期待するところが 大き く変貌 し、特に人間学部に おいては、
文化
、 芸 術文化、 生活環境、地域社会 の各分野についてより
学生 個々の関心に応じて選択した履修モデルに従って、 言語
震災からの復旧 ・復興に 貢献する人材育成が喫緊の諜題とな
った。 このため、提出までの 一年間の中で、地域からの要望
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専門的な 立場から深く 学 ぶ。 そして、それまでの 学習を踏ま
す﹁地域 文化 研究モデル ﹂ であり、ここでは英語圏、フラン
ともに、外国語によるコミュニケ ー ション 能 力 の 修 得 を 目 指
、 それぞれの 言語 と 文化 の特徴や背景を 学 ぶ。 卒
較 ・研究 し
えて自ら設定したテ1 マについて研究を行い 、 その成果を最
業後は、観光業 やホテル業を中心と し たサ ービ ス業の分野、
ス、中固など諸外国の 言 語 と 文 化 を 日 本 語 及 び 日 本 文 化 と 比
人間教育学科は、人間や社会 について基本的な理解を 基 盤
中学 校
、 高 等 学校 、英語教 室 などにおける英語教育の分野で
終的に 卒業研究としてまとめる 。
、 地域 に 密着 した問題解決型の体験学習を通 し て保育
り学び
の活躍が期待される 。
として、保育 ・教育 についての 専 門的な知識 ・技能をし っか
者や教育者 に必要な人間的な 資 質を身につけ、地 域社会 の教
基本的な科目を 学 んだのち、保育 ・教育 ・心 理と 支援とい っ
育、心 理や支援の基礎を総合 的に 学 ぶ。以上のような基礎的 ・
スキル、人間力を身につけるための 基 本的な科目、保育 や教
目標と してい る。 学 生は、社会 人 ・職業 人として必要な教養 、
は文化 関連のNPO法人や 自 治体において 地域 の 文化 振興に
後は、 美 術館、博物館、 資 料館などの各種文化施設、あるい
て
、 芸術を通して文化のあり方に ついて理解を川休める 。卒 業
に つ い て 、 そ の 文化 的 背 景 に 注 目 し て 研 究 を 行 う こ と に よ っ
は 日 本 と 諸 外 国 の 文 学を は じ め 、 さ ま ざ ま な ジ ャ ン ル の 芸 術
担 う 人 材 を 養 成する ﹁
芸 術文化研究モデル﹂であり、ここで
第 二 のモデルは、地域社会 における 芸術文化振興の推進を
た専 門分野に関することが らを学 ぶとともに、これまでの知
育活動や福祉活動に 貢 献できる 資 質を身に つけることを教育
識や技能を現場での 実習を通して雌認し、修得 できようにし
貢献 す る こ と が 期 待 さ れ る 。
生 活 環 境 モ デ ル ﹂ であり、ここでは 生 活 文化
材 を 育成 す る ﹁
第 三 のモデルは、地域における 各 種生活支援に 貢 献 す る 人
ている 。
カリキュラムの特徴
に焦点を 当 て、環境科学 、 生活 科学 、福祉学 、心理 学 などを
学 ぶとともに、それらの知識をもとにさまざまな課題 研究を
業 後は、地域の住民センタ ー、 生活支 援センタ ーなどでの活
行うことで、 地域の 生活 文化 について 多 面的に理解する 。 卒
人間文化学科
人間文化学 科では 、学生自身がその中か ら自 己 の 関心 や進
動を通して、 地域 に お け る 各 種生活 支援に 貢 献することが期
路希望などに応じて選択する 一つの履修モデルを設けている 。
第 一のモデルは、 諸外国の 言語 文 化 の特徴や背 景を学 ぶと
大学時報
・
1
0
1
四
侍される 。
特徴的な授業の例を挙げると 、 ﹁ゼミ ナー ル
﹂ ︵基礎総合演
いく。卒業後は 、自治体の各種社会教育 ・生涯学習関連施設
を行うことで、地域社会の現状と剖問題について理解を深めて
ともに、それらの知識をもとに地域活性化に関する課題研究
焦点を当て 、地域におけ る教育や産業や政策について学ぶと
を養成する﹁地域社会モデル﹂であり、ここでは地域社会に
年生から保育所、幼稚園、小学校、 施設などの保育 ・教育現
保育者や教員に必要な資質の確実な定着を目指している。 一
識や技能を、実際の現場で実践し、 雌認することを通して、
どでの成果発表などを行う。 ﹁実習﹂では 、大学で学んだ知
講師による講演、 学生 ・教員の親睦を兼ねた活動、大学祭な
発表を行う。 その他、地域や現場の見学を過した学習、外部
習︶では、自分で設定し、研究・調査 したテl マについての
などにおける活動を過して、地域の発展に貢献することが期
場を経験さ せることにより、保育とは 何か、教育とは 何かに
人間教育学科では、 三 つのモデルを設けている。
の教育に貢献する人材の 育成であり、﹁地域﹂に焦点を当て
両学科に共通する目標は、地域の社会を支える人材、地域
臼 両学科に共通する目標
ついて現実的な視点から学ばせる。
一つ目は初等教育モデルで、保育や教育の基礎となる人間
人間教育学科
に関わる学問、教育の本質、幼児 ・児・誕の心理や発達、教育
ている点である 。
とをまとめ、それを自分の 言葉で情報発信できる ようになる
地域の文化施設や教育現場に出向いて 、観祭 ・経験したこ
二 つ目 は幼児教育モデルで、初等教育 モデルと同様、乳幼
ことを教育の基本方針としている 。 日本文化について深く学
理解力を高めることで、位界の中での日本人としてのアイデ
児を対象とした学修をする。卒業後は保育所、児童養護施設、
ンティティを雌立し、異集団との関係性︵チlムl ワlクな
ぶとともに、さまざまな文化 の体験を通 して 異文化に対す る
三 つ目は学校心理モデル で、初等教育 モデルと同様の内 容
ど︶を構築できる能力の習得を目指している 。
さらに、現場で経験をすることによって、責任感、使命感、
であるが、認定心理士になるための講義科目 ︵
二 五科目 ︶を
心のケアにあたるNPO法人などへの就職を目指す。
付加している。卒業後は小 学校、児童相談所、幼児や児童の
指導相談所、幼稚園の教諭などへの就職を目指す。
教育関連施設、教育関連企業への就職を目指す。
実習等の専門科目を 学ぶ 。卒業後は幼稚園や 小学校の教諭、
口
待される 。
第四のモデルは 、地域社会の創成や振興に貢献できる 人材
・
102
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. 2014
したい 。
まざまな事象 に対して、自らが考えて行動できる 学生 を育成
てる環境をつくることを通して、新しく直而するであろうさ
圏域の有能な人材を活用し、大学と石巻市民が共に 学生 を育
い議論 ができる能力を獲得できることを期待している。 石巻
っ積極的に検索するとともに 、地域の人 々や同僚などとの深
協調性などを身につけ、必要と思われる各種資料を自発的か
方について探究してほしい 。被災経験のない 学生 は、体験し
を冷静に振り返りながら、これからの自身の復興との関わり
石巻専修大学で過ごす四年間の中で 、被災した 学生 は震災
あると同時に、その体験もまた 貴重 な財産であると考えてい
る。
言 ではない 。 人間学部にと って 、被災した 学生は大事 な宝 で
ーなどでの避難所生活を漏れなく経験 していると 言っ ても過
た学生 との交流や石巻圏域の復旧・復興の過程を身近に感じ
ながら、ボランティア活動なども体験しながら、自身の発展
期待したい 。 人間学部においては、教育課程はもちろん正謀
学生に期待するとと
石巻専修大学 へ入学する 学生の 出身を地域ごとに見ると、
外も含めて、地域との連携も 一層図りながら、実質化がか な
と今後の社会 への 貢献につながるような学修への取り組みを
一九八九年の開学当初は 全国各地から応募があ ったが、ここ
うように支援する計画である 。
本学の﹁地域に根ざした 大学﹂とは 、地域 の人材、自然、
数年は関東以北、新潟と東北六県か らとな っている 。人間学
部では最初の入 学試験の結果、宮城県、 岩手県南部と楠島県
文化財、施設などのさまざまな資源を教育 ・研究に 生 かしな
が過ごしたことを考えれば、宮城県内や地元への就職に固執
の出身学生 が大半を占めた 。 これは、 二O 一
一 年に起きた東
入学生の多く は、東日本大震災 により家屋 の喪失、親戚や
することなく、被災者としての経験あるいは被災地 で学んだ
がら、地域で活躍できる人材を育てることである 。 し か し な
友人を失うなどの直接 ・間接的な影響を受 けている 。被災経
ことを、後世まで語り継がれるように広く日本各地へ、さら
日本大震災 や設置認可の遅れ ︵
十 二月末認可 ︶などが 影響 し
験者 は全国 の大学 に入学 しているが、石巻専修大学 の場合は、
には世界へ向けて諮り部として発信 し続ける人材を育てるこ
がら、東日本大震災で 最も多くの犠牲者を出した石巻で 学生
そ の率が非常に 高 い。 特に東北沿岸地域か ら の入学生は、数
とも石巻専修大学の責務と考え ている 。
ているものと考えられる。
週間から 数 カ月にわたり学校の体育館やコミュニティセンタ
大学時報
・
103
五
創価大学看護学部
創価大学看護学部長
構造的変化、社会保障制度の根幹からの揺らぎなど、わが国
一
二 世紀に入り、世界金融恐慌に続く景 気 の後退、雇用の
工の六学部の再編と 、新学部の設置の検討である 。
掲げられた 。すなわち、既存の法 ・経済 ・経営・文 ・教育 ・
生命力を引き出す慈愛の看護師を育成
中泉明彦・
教育理念
創価大学は 、創立者 ・池田大作先生によって提唱された①
﹁
人間教育の最高学府たれ﹂、 ② ﹁新しき大文化建設の揺能
、 ② 人種や民族や文化の
揮していく﹁創造的人間﹂を育成 し
機として、人類が直面する謀題に真撃に取り組み 、智慧を発
、 ① ﹁人間教育﹂を目指し、豊かな人間性を基
創価大 学 は
するため、緊急に人材を必要としている分野として、医療 ・
と自体が困難な状況が広がりつつある 。 そうした状況を克服
人聞が人間として、その尊厳性を保ち、人間らしく生きるこ
経済格差 と、介護を必要とする高齢者の急速な増大によって、
が直面する多くの課題の根底には、驚くほどのスピ ードで進
行する少子・高齢化の問題が横たわ っている 。広がり続ける
差異を尊重 ・理解し、成長の糧とし、遠いところで苦しんで
間性を培い、 他者への貢献の意欲を育んでいることを踏まえ、
看護・介護・保育という分野がクロ ーズアップされている 。
本学の標携する﹁人間教育﹂の中で、多くの学生が輩かな人
たれ﹂、 ③ ﹁人類の平和を守るフォ lトレス ︵要塞︶ たれ﹂
を建学の精神に掲げて、 一九七 一年に創立された 。
﹁創造的人間﹂の連荷をもとに新たなる地球文化建設の揺箆
まさにこうした分野、特に看護の分野への人材輩出こそ、本
いる人々にも同苦 ・連帯する心をもった地球市民、すなわち
たることを目指し、 ③世界のあらゆる人々と開かれた対話を
の資格を取得して 活躍している者もおり、本学の教育理念に
展開する平和のフォ lト レスを目指す。 この教育理念は、本
二O 二O年 ︶を目指して策定されたグラ
学の創立五O周年 ︵
ンドデザインの中でも再確認された 。 そして、本学が担うべ
照らして、ヒュ ー マンケアを通じて社会に貢献する人材の育
学 が取り組むべき課題であると結論するに 至っ た。
これまでも、本学卒業生の 中に、卒業後あらためて看護師
き人材育成の分野の検討が、五O周年へ向けての課題として
•1 04
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r
.
‘ 2
0
1
4
成は、まさに本学 が取り組まなければならない課題であると
、 二O 一三 年四月に ﹁
看 護学部
言える。 そうした認識に 立ち
看護学科﹂を設立 し、時代 ・社会 の要請 に応える人材の 養成
を目指すこととした 。
充電期間である 。 死とは 生と同じ恵 みである、と 。 こうした
生命観の獲得を、 ﹁
生 命 科学
﹂ の学習を 過 し 、 病者 や老人と
の交流によ って生命の 尊 さとかけがえのなさを経験する 実習
の中で、またキャンパス内外での 学生 同士、教職員との 交流
対話の中で目指す。 医療現場で患者 の死に 直 面した際、 最も
は、確かな哲学 によ って生命を真正面か ら見つめることで初
養成の目的を﹁生命の尊
けるとともに、総合大学としての 多彩な教育リソ ー スを活用
して、幅広い教養と 豊 かな人間性を併せもつ 看護師を育成す
看 護﹂に関わる高度な専門的知識と技能・技術を身につ
﹁
カリキュラムの特徴
近くにいる看護師がいかに患者 や家 族に 寄り添えるか。 それ
めて可能になる 。
では、現在の社会 が求める ﹁ヒューマンケア ﹂を実践でき
る人材とは、どのような看 護師であ ろうか。 それは、 看護師
という専 門的職業人としてのスキル・知識の習得はもちろん
で視野を広げ、適切に対
処できる看護師である 。
厳を基調とし、生命力を
そこで、看護学部の人材
引き出す慈愛の看護を 実
るための 学士課程プログラムである 。
ハ
門 アドミ ッションポリ シー
①心身ともに健康で、生命の 尊厳を探究し生涯学び続けて
創価大学看護学部は次のような学生 を求めている 。
践 で き る 人 材 の 育 成 ﹂と
定めた 。創 立者は米ハ ー
バード大学 での講演 ︵一
④ グロ ーバル化する健康問題 に関心をもち、 自発的に問題
学生
③ 人 間 の 心 と 体 に 関 心 を も ち 、 科学 的 に 理 解 し よ う と す る
成しようとする 学生
②適切なコミュニケーショ ンを通じ、良好な人間関係を形
いこうとする 学生
九九 三年︶ で、大釆仏教
の視座 から永遠の 生命観
を論じた 。 親族や親しい
友人の死は大変悲しい出
来事だが、死とは忌むべ
・
105
きものではなく、人間の
睡眠のように次の 生 への
大学i
待報
のこと、人々の健康問題の根底にある構造的な社会問題にま
看護学部棟
看護学部 1
期生
践
能( 2)
(
二)
ボ
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~力 る探
こ
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ノリ 学 究
キ 生を
ュ
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ム
う
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科力
す人関生力
学を人る間連命を
的 身 問 。生 科 活 養
根にを
命自動う
拠 つ総
のをのた
にけ合
哲配プめ
基る的
学置 ロ
的すセ共
づ 。に
く
型
・るス通
思
W
f
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倫 。と 科
考 し 理 メ 目
方
、 学 カ か
法 科 的 ニ ら
を 学 意 ズ ー
養 的 義 ム 八
根
を
理単
観探編針すマ位後
た
拠
考
解位
・形究 (
1)成 に る ・ 授 記 前
め
に
究
のをの自成し
・基 た ポ 与 に 記
の
基
す
た必深他の、生実づめリ方掲の
科
づ
る
め修いの基確命施きにシ針げ学
目
い
科
、と理人礎固のす教、 l ~ る生
を
た
目
基す解聞 をた 尊る育 以 ) デ五に
配
看
を
礎 る と 存 培 る 厳 。謀 下 を イ つ 対
置 設
配
医 。洞 在 う 生 性 程 の 実 プ の し
す 実 置 学 察 へ 。死 を
を方現ロ学て
る。
.何
〆
科目を配置する 。
川 看 護 ・ 保 健 ・医療 ・福祉の場における協働のための基
本的能力を身に つける 。
・コミュニケ ーション能力を養うための科目を配置する 0
.社会福祉・医療に関わる法制度並びにその運用の実態を
学ぶ科目を配置する 。
・多職種の役割・機能を理解し、チーム 医療について学ぶ
科目を配置する。
同 複 雑 に 変化し続ける環境に対応し、 生涯にわたり自己
を向上させていく学習推進能力を身につける 。
・臨床の場において必要な情報を、適切に収集 ・活用する
ための能力を養うための科目を配置する 。
・自ら課題を発見し、探究する能力を養うための科目を配
置する 。
同 グ ロー バルな視点から人々の健康問題を理解し、国際
社会の中で他者と協同することのできる能力を身につける 。
−グ ローバル・イ ツシュ lに対する関心、語学を基礎とし
たコミュニケ ーション能力、異文化との相互理解からな
るグ ローバルリテラシーを身に つけるための科目を配置
する 。
−グ ロー バル リテラシ lの基礎となる英語科目を習熟度別
で配置する 。
•106
M
a
r
.2
0
7
4
同 多 様 な 自 然 ・社会 ・文化的環境の中で生きる人々の生
活と健康への理解・関心を促すための科目を配置する 。
﹁人間力﹂の 養成
臼 カリキュラムの特徴などの解説
川
総合大学
の
強
み
を
生
か
し
た
豊
富
な
教
義
科
目
を
有
機
的
に
体
系
化した﹁創価コアプ ログラム﹂を通じた教養教育に より、 ﹁
人
創価コアプログラムは、創価大学で 学 ぶことに誇りをもち、
間力﹂をつけていく。
かっ﹁人文科学系﹂﹁社会科学系﹂﹁自然科学系﹂のすべての
所属学部にかかわりなく、 全員が ﹁
大学科目﹂﹁語学﹂を学び、
分野にわたる阿広い教養を身につけることを目指すプログラ
ムである 。 大学科目として﹁人間教育論﹂﹁現代文明論﹂﹁大
学論﹂﹁共通基礎演習﹂が開講されている。 例えば ﹁人間教
基本ル l ルを学び、話し合い 学習法を用いてグル ープワlク
や実習形式を取り入れながら、最終的に 二四O O字程度の書
評 レポートを 書き上げる 。 ﹁コンピュ ーター・リ テラシ l﹂
では、資料を集め、表計算ソフトを用いて目的に応じてデー
タ を 分 析 し 、 ワ ー プ ロ を 使 っ て レ ポ ート を作成し、
242
日25を 用 い て 発 表 す る な ど の 情 報 ス キ ル を 身 に つ け
るとともに、コンピュータ ーやインタ ーネットを安全 に利用
するための情報倫理とマナーについての知識を身につける 。
山 少人数クラスによる学習効果の向上
医学や看護の専門科目の講義科目では、八O人の学生を対
象とするが、標本、模型、映像資料などを効果 的に活用す る
ことで、看護実践の雌固たる基礎を形成する 学 習を促す。演
習は 、 一学年八O人の学生を、内容によって四O人 ・二O人
学とはどういう大学であり、 何を目指しているのかを考え、
大学建設の未来を展望し、創価大学 の歴史と理念を知り、議
ても、授業中にグループワl クなど少人数 ・学生参加型の教
概論﹂ ﹁
看設 理 論 ﹂ の 授 業 で は 、 抽 象 概 念 を 扱 う 内 容 が 多 く
含まれているので、 学生の理解を確認しつつ進めていくため 、
四O人のクラスとした授業運営を行う。 その他の授業におい
のグル ープとし授業を行う。演習では学生六j 八人に 一人の
教員が指導にあたる。基礎看護学の講義科目である﹁看護学
論することを通して、自身が大学で学ぶことの意味と諜題を
育方法を取り入れ、教員との交流の機会を増やし、教員と学
生、学生同士の人格的交流を通し、相互に 研錯し成長を図る 。
育と創価大学﹂の授業では、創立者に よる 草創期の創価 大学
での講演﹁創造的人間たれ﹂や米コロンビア大学での講演
﹁﹃
地球市民﹂ 教育への 一考察﹂ などを 学 ぶことで、創価大
見定め、創価大学 の建学の理念を理解するとともに、自律し
た学習者を目指す。
本学部は、﹁文章表現法﹂と﹁コンピュ ーター −リテラシl﹂
を必修としている 。 ﹁文章表現法﹂では、実際のレポ ート例
を参考に、配付物やワlクシ lトを活用しながらレポ ート の
、 学習状況
臨地実習においても、六名程度のグル ープと し
の把握をきめ細かく行う。
同 看 護 師育成に 特化した ﹁
確 かな看護実践力
﹂ を養成
大学時報
・
1
0
7
習では、 一年次前期から病院実 習を行い、看護の﹁対象者を理
せ、科学的根拠に基づく実践力の養成を重視している 。特に 実
実 習を連動さ
成に特化したカリキュラムとした 。 講 義 ・
演習 ・
確にして、 高 いレベルでの到達度を 実 現するため、 看 護 師 育
看護師教育で修得すべき技術項目と卒業時の到達目標を明
に研修先を拡大していく予定である 。
大 学 での 一期生 二八名の研修が本年 三月に行われるが、さら
提供する 。看 護師教育で定評のあるフィ リピン・キ ャピ トル
ほか、希望者には海外の大学と提携して病院などでの研修も
施 し て い る 。 学 内 で の ネ イ テ ィ ブ の 教 員 、 留学 生 と の 交 流 の
アによる習熟度別 クラス編成を行い、 実 践的な英語教育を 実
の現場で、確かな看護実践力を発揮できる看護師を育成する 。
先端医療を担う病院から在宅看 護までの幅広い医療・ 看 護
ー ス、電子ジャ ーナル を整備することに した。 開設時には、
本学部設置にあた っては、 看 護 学部棟内に 専 用図書館 を 設 置
し
、 医学 ・看 護 学を 中心とした 専 門書 、学術雑誌、デ ー タベ
七四O O種、電子ジャ ーナル約 一万九000種が閲覧でき、
総合大学 の図書 館として十分な機能を提供 し ている 。 さらに
本学 には、 全 学部共用の中央図書 館がキャンパス内に整備
されており、約 一
OO万冊が収納されている。 また、雑誌約
解すること ﹂を学 ぶとともに、後続する 学 習への興味 ・関心 ・
意欲を高める。二 年次後期は患者に看護援助を 実施する 笑 習
を 行 う。
一
二 年次 前 期 後 半 か ら は 各 領 域 別 実 習 を 行 い 、 多 様 な
ライフステージや対象の状況に応じた 看 護援助を 学 ぶ。 最終
実習となる四年次後期の﹁看 護実 践統合実 習﹂では、これまで
医療 ・看護の第 一線の現場を知る教授陣による豊富 な経験を
データベ ー スの購入を 含 め図書 などの整備を継続的に行 って
O冊、 洋書約 一000冊
和書約四O O
、 学術雑誌五 三種 、 視
聴覚資料としてD V D六八点が整備される 。 開設年度以降も、
の学 びの中から 学生がさらに深く学びたい領域で 実習 を 行 う。
もとに展開される講義や 実 習により、 人 体 の構造 ・機能の理
私は医学部を卒 業 して 二八年になるが、この間に 学生 時 代
に学 んだ医学 の常識や検査法・治療法はいくつも変わ ってい
る。 その行為が人の生死に直結するがゆえに、 医療 従事 者は
同 生涯学び続ける看護師の育成
約 二一O O附を整 備していく。
﹁グロ ー バルな視点をも った看護 師 ﹂ の養成を推進するため
いく。 完成 年 次には 、 図書 は和書 及 び 洋書 を計約六OOO冊
整備し 、中 でも洋書 に ついては 、本 学部の特色の 一つである
解を基盤としながら、社会 学的 ・心 理学 的にも﹁人間﹂を見
つめ、的確な 判断ができる確かな看護実践力を養っていくと
ともに、人間生命に 備 わる自然治癒力に働きかける、つまり
。
生命力を引き出していく φ看 護の姿勢を身につけていく。
川 グローバルマインドをも った看護師の育成
本学部は英語六単位が必修である 。 語 学 力 を 基 盤 に 、 異 な
る文化・価値観への興味や、相手の 気 持ちを理解して自分の
思いを伝える 意欲 、すなわち﹁グ ロー バルマインド﹂をも っ
た新時代の 看護仰を要請する。 そのためにTOEIC の ス コ
e
1o
s
Ma.
仁 2
0
1
4
卒業後も生涯学び続けていくことが特に重要である。変化 し
将来への展望
一の大学
﹂ を基本理念として、 学生 の主体性を 重 んじながら、
創価大 学 は、創立者が 示 した建学 の精神のもと、 ﹁学生第
新しき挑戦と創造を続けてきた 。一 昨年、本学 は文部科学省
同 地域連携
続ける環境の中で謀題を発見し、問題を解決する ﹁
適応力﹂や
﹁応用力﹂
を 育 み 、 自 ら 成 長 し続けていける 看 護師を育成する 。
昨年十 二月の 二日間にわたり、 看護基礎科目﹁生活援助技術
一一 一階 ・地 下 三 階の 最 新 鋭 の 設 備 を 備 え た 中 央 教 育 棟
の ﹁グロ ーバル人材育成推進事業﹂ に採択され、昨秋、地 上
E﹂の授業 で、地域住民の方に模擬患者役として来ていただい
た。ボランティアで模擬患 者役にな っていただくと聞いた 学
た。一 OOO人 を 収 容 で き る ユ ア イ ス カ パ リlホl ル ヘ ラ
二 の教育環境と 学習支援を最大の目的として構想設計され
l ニング ・コモンズ主印]﹀
Uの
23、 コ ン ビ ニ エ ン ス ス ト ア や
懇談スペ ー ス 。プラ ット。があり、廊下の両側などに懇談や
自習のできるフリース ペースもあり、 学生 の居心地のよい場
。FO切﹀ド ωcd﹀Ewがオープンした。中央教育機は﹁学生第
い、地域の方にとて
所が ふんだんに用意 されている 。学生 の ﹁
能動的な 学び﹂を
拍や血圧の測定、洗
も喜 んでいただいた 。
サポ ートす る ラ1 ニング ・コモンズは 二000平方メー ト ル
足浴などを行
髪、手 ・
る看護水準向上に 寄
介護施設などにおけ
、 学 習相談ス
あり、共同 学 習
、 語学学習、自習・ P Cルl ム
近隣地域の医療 ・
﹁
看護 学 部地域連携
与するために設けた
﹁心のケア﹂をテ ー
後も教育プログラムと教育環境の充実 に取り組んでいくとと
全学挙げて学生 一人ひとりの可能性を引き出すために、 今
ペースが結集 されている。 さらに本年四月には新たに国際教
マに大学周辺医療関
もに、初めての 医療系学部として、人類と社会 の未来に 貢献
するという高 い志をも って、創価の 看護の良き伝統を築いて
養学部がスタ ートする 。
連施設の 看護 職員を
準備 室﹂ が 、 本 年 二
対象に公開講座 を開
いきたい 。
月に﹁認知症ケア﹂
催する 。
大 学時 報
1
0
9.
、 当 日は、脈
生は、 最高 のケアをしようと夜遅くまで練習し
中央教育棟GLOBALSQUARE
阿久戸
光 晴 ・ 聖学院理事長・院長 ・聖学院大学学長代行
大学の歴史
大学の歴史は 、ヨーロ ッパの中世一一世紀にさかの
ぼる 。すなわち法学のボロ l ニヤ大学を筆頭に 、神学
のパリ大学、医学のサレルノ大学が続いた 。神学 ・法
学 ・医学、それは 神の 意志の探究と神に応答する 人間
のスピリチュアリティ︵霊性︶面、国家や社会に関わ
る人間の生活面、人間個人の体と 心とし ての全存在面
に焦点を絞った分析と病状からの癒しを探求するもの
であり、神と社会と人間個人に仕える知恵の探究、す
なわち言葉の正確な意味で実学 の各大学であった 。
さらに この大 学の基礎教育と して、 予科すなわち
﹁
自 由七科﹂ E印 巾 宮B
−3 と呼ばれる リ
回 σ
R序
q 同2
市
一
一
ベラル ・ア1 ツ︵教養︶教育が発展 していく。 これは
さらに遠く五 世紀 のアルティアヌス Hカベラの提唱に
よる修道院教育に端を発したものである 。 カペラは、
﹁
知恵は家を建て、七本の柱を刻んで立てた﹂との旧
約聖書 ・能言九章 一節にちなみ、また、 ﹁
人を自由に
する学問﹂としての教養科目と して七科を、さ らに、
文法 ・修辞学 ・弁論 学︵弁証 学︶の 三学 J Z
円 EB
−
−
と算術︵ 一次元研究︶ ・幾何 ︵
二 次元研究 ︶・天文︵ 三
次元研究︶ ・音楽︵時間 と運動を視野に入れた四次 元
棚究︶ の四科,
dg骨Z253 の二種にカリキュラム
分類して聖職志願者たちを教育した 。 それが 一般教養
科目群へと発展していく。
ちなみに注意すべきは、 当時の大学関係者が、大学
が追究する学問は﹁人を自由にする学問﹂であり、ま
た﹁人を解放する学問﹂であると考え、ギリシャにお
いて﹁手のわざたる機械的技術﹂ぶユ252EES
べ
の学問︵例えば工学︶と区別していたことである 。ま
た四科はともかく、 三学 はいわゆる﹁読み ・書き ・算
盤﹂に該当する実践的な科目であり、現代的なアクテ
ィブラl ニング教育、インタ ー ンシップ教育、ボラン
ティア教育などの祖となり、さらに弁論学は暴力によ
らず理性的議論によ ってコンセンサスに 至ろ うとする
現代的なデモクラシ ー教育の基礎となる。
しかし、近代前期まではいわゆる下級学部であ った
﹁
自由七科﹂は、やがて拡大発展して ﹁
哲学部﹂とな
•11 0
Mar 2
0
1
4
理念をもとに大学を創る|聖学院大学の例
・わが大学史の一場面−一日本の近代化と大学の歴史
れらの傾向のもとで 一八世紀ごろから大学教育が教授の達成
この傾向は今日さらに細分化されていく。付記すべきは、こ
神学部 ・医学部 ・法学部と肩を並べる大発展を遂げて、 4y・
4
の一誌に象徴さ れるように近代総合大学において﹁哲学は
・
ロ
諸学の女王﹂たる位置を占めていく。一 方、哲学部から理学
部が分離独立し、法学部から経済学部が分離独立してゆく。
っていく。 この哲学部が予科ゃいわゆる下級学部どころか、
く秋田に日本伝道の本拠を定めるほか、日本では特に教育の
帰る運動であった 。 こ の派はいわば首都東京を素通りして遠
徒をもう 一度 一つの聖餐台に集めるため 、初代教会の原点 に
七派の 一つ、ディサイプルス教会は相当遅れて日本伝道に入
った 。 この数派は、分裂の 一途をたどるキ リ スト教諸教派信
でも︶を先頭に 、ロ シア正教︵東方教会各派を含む︶、英国
ル崩壊直前であったが、チェルノブイ リ事 故などの環境汚染
高度経済成長の頂点に到達したかに見えた日本には 、バブ
﹁聖学院大学の理念一 O 力条﹂ をもとに
開学するまで
神学大学に統合されるが 、保育と初等教育と女子教育とキリ
スト教教育に力を入れる各校として特色 化 されていく。
重要性に目をとめ、東京で男女神学校教育、女子教育、幼児
保育に力点を置き、聖学院を創設した。神学校はやがて東京
会、パ プテス ト教会などである 。米国メインラインチャ ーチ
聖公会、 ルl テル教会 、改革派教会、長老主義教会、組合教
した 学開業績のいわば詰め込み、すなわち 二
2 教育の
口
匂5
dEHUE−−教育の
また敵州︵特に西臥︶の大学は多くの場合中世以来国家の
側面が強くなり、中世以来保持されていた
側面が後退したことである 。
文化振興の助成は受けてきたものの、基本的には教会立や修
道院立という現代的概念では超国家的。NG00 立という私
学であった ということである 。 近代日本の民間の社会資本力
がまだ弱く、官僚養成を帝国主導でつくることが急務であっ
たとしても、前述のことは強調されねばならないし 、
当時にお
いても優れた私学が現れ始めていたことも特筆すべきである。
この歴史的経緯を踏まえて聖学院大学の歴史を展望する 。
や教室でのい じめ問題など種 々の深刻な謀題が現れ始めてい
た。初等 ・中等教育に力点を置いていた聖学院としても、人
格 ・人権尊重に立った聖学院独自の高等教育を展開すべき時
を迎えていた 。先に女子聖学院短期大学を創設していた聖学
文明開化期の日本には 、切支丹禁令の高札撤去以前より、
た本格的な四年制大学を創設すべき時であると 判断し、 一九
八五年、大木英夫理事長︵当時︶を長とする大学設置理念検
院であったが︵ 一九六七 年︶、理事会 は 大学院も視 野に入れ
日本のキリスト教ディサイプルス派教会と
聖学院の歴史
多くのキ リ ス ト 教 宗 派 が 伝 道 を 開 始 し て い た。 カト リ ック
︵
イ エズス会、ドメニコ 会、フランシス コ会など修道会単位
.
わが大学史の一場面ill
大学i
時報
111•
れること 。
いかなる組織体やイデオ ロギ ー の介入、暴力に
学校法人聖学院・教育憲章の制定
で、本学 は 一貫して こ の理念に堅く立 ってきたことは、本学
の固有の存在意義を主張するものであったと自己評価したい 。
﹁
人材﹂の促成要請、方針が蛇行する日本の教育政策などの中
本学 は、開設準備段階から今に 至 るまで、教育・研究 ・経
営などすべての営みをこの理念のもとに 一貫 して進めてきた 。
少 子 高 齢 化、 バ ブ ル 崩 壊 後 の 日 本 の 経 済 力 の 低 下 に 対 す る
よる破壊を許さないこと 。
第
一 O条
期待されること 。
討委員会を発足させ、近藤勝彦理事︵当時。 のちの東京神学
。
九 八 八 年 正 式 施 行︶
大学長︶の素案をもとに、 一
O回以上に及ぶ検討ののち﹁聖
一
︵
第九条 学生 は、知的 ・実践的・霊的に成熟 し、明日の社
会を担いうる教養と良識を身につけ、人格形成に励むことが
O カ条﹂を制定した
学院大学 理念 一
その概要は以下のとおりである 。
第一
条 自由と敬皮の学風による真理探究と霊的次元の成
熟を柱とした 全体的な人間形成に努める学術研究・教育文化
共同体と し ての大学の自己規定。
第二条 プロテスタント ・キリスト教の伝統に即して行わ
れる礼拝を大学 の営み の生命的源泉とすること 。
第三条 プロテスタント ・キ リ スト教が近代社会の成立と
展開に固有の 貢献をなしてきたゆえに、その現代社会・文化
に対する 責任を大学形成によ って果たすこと 。
プ ロテスタン ト ・キ リ スト教会および聖 学院神学
第四条
校が 合流している東京神学大学および内外のプロテスタント
諸大学との協力に努めること 。
本学の設立母体である聖学院諸学校との密接な協
現代文化 の諸問題とキリス ト教の謀題等 の問題を
さらに 二000年 から 三年をかけて全学院の教職員参加 に
より教育会議を開催し、 ﹁聖学院教育憲章 三 カ条﹂にまとめ、
O O年 の歴史を振り返り、そのよ って立つ 教育精神を
創立 一
第五条
追究してゆくことをとおして、国際化 した時代と激動する社
表現した。
第六条
第七条
キリスト教精神 による 全教職 員 の相 互協力が期待
力関係を保ち、聖学院 一貫教育 の高等教育段階を担うこと 。
第八条
教授は、福音的自由と倫理への畏敬をもって捌究
されること 。
教育 に尽捧し、 学問の創造的取組みに 貢献することが期待さ
一人ひとりが神からかけが
えのない賜物を与えられている確信 に基づ き、ナンバ ー ワン
教育でなくオンリ ー ワンフォ l アザlズの教育であること 。
第二条 聖学院教育の理念は、
第一条 聖学院教育の 根本目的は、日本国憲法 ︵一九四 六
年制定︶と︵原︶教育基本法︵一九四七年制定︶の精神 に即
して人間を 育成すること 。
会変動による諸課題と積極的に取り組むこと 。
四
• 112
M
a
r
. 2014
第三条
聖学院教職員は 、サlヴ アント リー ダ ーシ ップ の
精神をもって自己革新に努めること 。
﹁人材﹂を養成することであると、 聖学院大学 は確信している。
夏目激石の ﹃夢十夜﹂ の第六夜に不思議な記述がある 。主
結び||理念をもとに創生すること
際、戦前以来 一貫して歩んできた聖 学院教育の粋を文章 にし
人公が夢の中で、 東京護国寺 の山門で運慶が仁王を彫 ってい
聖学院教育態掌 は、教育基本法改訂の動きが顕著 であ った
て憲章として大学を含む 全教職員 があらためて自覚したもの
間の根本規範、すなわち自発性の開花という自由の本質 を体
顔 を つ く っ て い る の で は な い の さ。 木 の 中 に す で に 仁 王 が 埋
まっている のさ﹂と 。 そ こで 主 人公は思う。﹁彫刻 って そん
な簡単なことなのか。 それなら自分にもできるぞ﹂と。 とこ
現できる人間性の育みである 。祖故知新として、あの中世欧
州の 三学 は学 ぶ者の 主体的学 びの育成であ った。 それが教育
ろが帰宅して風呂用の薪を片端から 削 るが 何も出てこ ない 。
聖学院大学が自覚している日本の教育界の使命
うてい仁王は埋ま っていないものだと悟 った。 それで運慶が
日本の教育界の使命は、狭い国民的自負心を意識的に高揚さ
あるとして、本学 は子どもたちの心のケアのための学科を立
ち上げ、ボランティアを率先して派遣してきた 。 これか らの
東北の人々のみを襲ったのではなかった、共に受けた苦雑で
今回の東北の人 々の示された 忍耐心、希望を失わない 心、助
け合う精神は、世界に強い感銘を 与えた 。 この 災 害は決 して
然災害がしば しば 襲う、世界でも有数の地域である。 しかし
会 変動と 学生 の特質の変化を見極めつつ理念を現実に適応さ
な理念が多 様な他者 評価拒否の独善 的原理主義に 陥らず、社
は理念の 明文をもとに形成してきた 。 そのうえで、私は明確
世のあり方を 辛妹に 風刺しているのであろう。高等教育 にも、
のビジョンがあいまいとなり、状況 やニ lズへの即応型の当
この 言葉は存在の 本質を示唆している。 ものごとには現実
今日まで生きている理由もほぼ解った﹂と 。
せることではなく、こうしたわが国のみな らず全 人類的規模
明確な教育目標の明確な提示が絶対必要である 。 聖 学 院 大 学
の有り姿に先行するビジョンが先行すべきである 。 同時にそ
で襲ってくる予期せぬ苦難にいかに 立ち向かい、料を築きつ
その後、あの東日本大震災が起こ った。もともと日本は自
そこでこの小編は印象深い 言葉で終わる 。 ﹁明治の木にはと
目標の明示とともに、人間の多様な可能性を聞くと信じる 。
的基盤を提示 しており、 原教育基本法はその中で活動する人
である 。 日本国憲法は世界的に通用する 普遍的価値観の 客観
,」』−
ると聞き見に行く。行 って みて運慶のよどみない彫りさばき
に思わずうなると、野次馬の 一人が 言、っ。 ﹁あれは撃や槌で
J¥
せていくダイナミ ックな姿勢をさらに明雄にしたいと考えて
いる 。 まり理念の定数部分と変数部分の 見極めである 。
つ
−−
わが大学史の 一場面Il
つ助け合い 、深刻な状況の中で 生きる 知恵と 力を発部 できる
大学i
待報
・
113
五
魚消費低迷の中、企業と大学ができることは何かをテlマ
社と食生活科学科との連携
﹁
お魚セミナー﹂ ︵
平成 二十五年度1︶| |東信水産株式会
による学習意欲の向上と実践力アップを期待している。
以下に最近の代表的な産官学連携の事例を紹介する。
地域社会へ貢献するとともに、学生が実社会体験を積むこと
徒歩数分と近接しており、産官学の連携を積極的に推進し 、
・
1
14
Mar.2014
圃加盟校の幸福度ランキングアップ ︽コラボレ lシヨン 編︾
市役所と企業を対象とした
社会連携事業
践
城島 栄 一 郎・実
実践女子大学 日野キャンパスは東京の西部
に位置し、文学部、生活科学部及び人聞社会
学部の 三学部からなる 。 日野市は、日野宿と
して知 られた昔からの交通の要衡の 地である
の企業、多摩動物公国、新選組のふるさと、
とともに、日野自動車 、コニカミノルタなど
水の郷百選に指定されるなど多彩な顔をもっ
閑静な住宅都市である 。学園創立一二O周年
記念事業の一環として、今年四月に文学部と
人間社会学部及び短期大学が渋谷キャンパス
に回帰移転し、この地には生活科学部だけが
中心に地域社会との関係を深めながら実践的
残ることになる。生活科学部 は日野の 緑多く
落ち着 いた環境の中で、衣・食 ・住の分野を
な教育 ・研究を行っている 。 日野市役所とは
魚のさばき方の講習
にして、食物科学専攻 二年生を中心 に 一五名が参加している 。
セミナ ーで食品業の基礎知識を身につけ、セミナ ー終了後は
実際 に東信水産の店舗 ︵新宿伊勢丹、銀座 三越伊勢丹、渋谷
学科プロダクト
デザイン研究室
との連携
BASCが取り組
んでいる﹁佐渡地域
活用し 、 デlタの視覚化及び共有化を図っている 。
﹁横断幕再生プロジェクト﹂ ︵
平成 二十四年度︶
|l
t中日本高
速道路株式会社八王子支社と生活環境学科プ ロダクトデ
ザイン 究室との連携
研
高速道路で 使用された ﹁
横断幕のリユ l ス﹂を提案した 。
﹁日野駅改修プロ ジ ェクト﹂||J R東日本八 王子支社開発
部と生活環境学科との連携
﹁日野商店街の活性化プ ロジェクト﹂ ︵
平成 二十五1 二十七
年︶|11日野市役所企画部企画調整課と日野商店会の有
開発﹂ ︵
平成 二十五年︶ | | レストラン街のシェフと食生
志及び生活環境学科と美学美術史学科の有志︵七O名︶
との連携
﹁東武百貨店池袋店レストラン街スパイスにおけるメニューの
活科学科との連携
このほかにも、日野市の﹁こどもまつり﹂﹁よさこい祭り﹂
ってボランティアとして参加している 。
このような連携は、 多彩な顔をもちながら コンパクトな日
﹁産業祭り﹂や﹁ひの新選組まつり﹂など に学生 が主体とな
野地域ならではの共同事業と 言える 。学生 にと って大学での
学びが社会に役立つ ことを 実感できる貴重な経験とな ってい
る。 一方、企業や自治体側でも若者の新鮮な感性を採り入れ
る好機ととらえている 。費用分担などの謀題はあるが、大学
環境再生ビジョン﹂
のソフト領域 ︵
運動
の啓蒙やグツズのデ
としても資金而も含めてできる だけの 支援を しながら、推進
加盟校の幸福度ランキングアップIl
−−
ザインなど ︶の 開発
支援に 二五名が参加
した。研究 ・開発の
手法としてはデザイ
していきたい 。
ンフォ lシックスシ
グマ︵DFSS︶を
大学時報
1
1
se
ヒカリエ ︶を見学し、マ ーチャンダイジングの観点からこれ
らの店舗の売り上げを伸ばすための売り場や商品の提案をプ
レゼンテ ションする 。
ー
百本の田んぼを守ろう﹂ ︵
平成二十二1二十四年︶| |N P
O生物多様性農業支援センタ ー ︵
BASC︶と株式会社
弘久社︵印刷会
社︶と生活環境
生き物調査(
佐渡島)
• 116
Mat
て2
0
1
4
−加盟校の幸福度ランキングアップ ︽コラボレ lシヨン
編︾倫 悶 悶 切
・武蔵大学人文学部教綬・江古田ミツバチプロジェクト顧問
江古田の街と大学を
つなぐ屋上養蜂
丸橋珠樹
8 の字ダンスで花資源の位置を伝えるミツバチは、協力的
な 社 会 を 生 き て い る。 多 数 の 個 体 問 で ど の よ う に 情 報 が 共
有 ・処 理され、最適な決定を行えるのか、人聞社会のあり方
を 考 え 直 す 手 が か り を 与 え て く れ る 。 養蜂 は 、 太 陽 の 恵 み を
植物を通じて人が受けるという地球生態系をまるごと理解で
きるすばらしい作業である 。 また、ミツバチが大量 に消える
蜂群崩壊は新型農薬の影響を受けているなど 、 小さな ミツバ
チは人間を映す鏡である 。
武蔵大 学江古田キャンパスには 巨木が多 数茂 って いるが、
九O年前の武蔵学園創設時はほとんどが畑で、 当 時からの木
は数本に過ぎない 。創設以来、 生徒たちが植林し、幾多の建
護る﹂武蔵学閏の伝統とイメージに合致するのが、植物と人
設 で も 伐 採 す る こ と な く 守 っ て き た 木 々 で あ る。 ﹁緑 を 創 り
とをつなぐミツバチだ ったのである 。
見学会で解説する学生と大学院修了生
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の田中さんから﹁峰はかわいいよ﹂とミツバチを手に乗せて
しにシャッタ ーを押し 始め、作業が終わる ころには 、銀パチ
見ているうちに、おそるおそるデジカメを取り出して、袖越
袖に手を引き込んでいた 。 銀パチの人が素手で作業する姿を
境教育を通じて、子どもから大学生、一般市民まで含む交流
どに提供し、 町 おこしにもつなげている。 学生は、新聞やテ
レビやラジオにも出演する機会を得て成長 し ている 。出 前 環
このプロジェク ト では、武蔵産除蜜を江古田のお菓子屋な
源は楽しきであり、したい ・まねたい と いう強い欲求が 、本
学の教育理念である﹁自ら調、へ考える﹂原動力である。
の前にして、怖そうに寄り添い、防護網っき帽子をかぶって 、
もらうとほほ笑み 、 お互いに記念搬影していた 。本学で始め
武蔵大学︶の連携合同学園祭が 実施され、練馬大根
音楽大学 ・
武蔵野
昨年は、練馬区と江古田 三大学︵日本大学芸術学部 ・
の促進とコミュ ニティの回復の場ともなっている 。
す
、 怖 い、危険、死ぬこともあると連鎖 しがちである 。一 度
と武蔵産蜂蜜の江古田ジュ ー スも好評だった 。活動ロゴマ ー
峰蜜はおいしいし、活動にも参加したい 。 し か し 、 蜂 は 刺
ても大丈夫だと納得できた 。
自分の中に入り込んだイメ ージは増幅されてしまう。でも、
環境会議では武蔵
クは日大芸術学部学生の作品だ 。本学で毎年開催される市民
i
演奏し 、養蜂も白
野音楽大学学生が
川田
大へと広が ってい
る。 ミツバチが花
d
降て、ノ
を飛び回 って種子
を実らせるように、
この活動が江古田
の人々と本学を結
びつけ、次々と笑
を結ぶ ように工夫
を重ねていきたい 。
加盟校の幸福度ランキングアップIl
−−
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養蜂を経験すれば 、 その連鎖が全く別の方向へと歩み始める。
新しい体験が新しい自分をつく っていく。 大学連携事業成功
、 自分の世界観や 価 値 観 が パ チ ン と は じ け た り 、 ガ ラ
の鍵 は
学生 に参画を促すプログラムには、少なくとも 二 つの条件
ツと変化し たりする楽し い活動かどうかである 。
が必要である。 一つは、楽しみながらも自分が成長 し変化し
たとの自覚を促す気づきが多いこと、 二 つ目は、学びのモデ
ルとなる異世代の良き人が多数参加し ている ことである。
学びの本質は ま ねることである 。他 の動物と違い、現代人
が文化と技術を変化 させ続ける源泉は 、学習を支えている完
全なる模倣能力である。赤ん坊でさえ、一度見た新規刺激を
大学時報
・
1
17
試行錯誤なしで模倣できる 。大学 は、模倣したいと思える多
様なモデルが満ちあふれた場となるべきである 。学ぶ意欲の
この活動ロゴマークは日大芸術学部学生の作品
これまで凹回のコラボデ ーが開催されている 。例えば、常
−地域の未来を創造するコラボデー
こと もできる。 本学校法人は 、実学を重ん じ真撃 な態度を’身
につけた人間を育てることを教育の目標としており、コラボ
デーは それを具現化する象徴と 言えるかも しれ ない 。
はステl クホルダ ー への教育成果の発表の場としてとらえる
− 加 盟 校 の 幸 福 度 ラ ン キ ン グ ア ッ プ ︽コラボレl シヨン 編 ︾命 悶 闘 恩
地域と大学が一体となる特別な日
常鎗大学国際学部助教
||常磐大学×水戸ホlリlホックコラボデl
村中均・
磐大学幼稚園に よる エス コlトキ ッズ 、知日学館中等教育学校
によるフェアプレイフラッグベアラl、常磐大学高等学校に
−はじめに
学校法人常磐大学は
、 二O 一
O年に株式会社フッ トボ ー ル
ーマ ンス、ボ ー ルパ l ソン、また常磐大学 ・常磐短期大学は
運営ボランティア 、大学吹奏楽団とそのO B −O G会に よる
選手入場演奏など、各校が試合運営上の重要な役割を担って
おり、コラボデlは学校法人常磐大学一色とな る。
よる試合 開始前のエキシビジョ ンマッチやチアダンスパフォ
クラブ水戸 ホ1リ1ホ ックと連携協力協定を締結 し、それよ
り毎年、公式試合の 一試合を﹁常磐大学×水戸ホlリlホ ッ
クコラボデi﹂
︵以下、コラボデl︶と銘打ち、本学校法人
の各校の園児・生徒 ・学生が、試合運営及びイベン トを実施
し、会場を訪れた 地域 の方と共に試合を盛り上げている 。 コ
ラボデlは地域と大学が 一体となる特別な日なのである 。 そ
が、常磐大学国際学部経営学科の専攻科目﹁マ ーケティング実
習﹂である 。 これは 二年次以上の科目であり、一年次のマ ーケ
GEEg︻﹀吉田
の実習科目である ︵
なお、同学科には、 三年 次以上の さらに
高度な実践を 行う﹁ビ ジ ネ ス 専 門実 習﹂も用 意さ れている
。
︶
具体的には、プロジェクトつまりPBLQB﹄町三回
gEFgaE昌
一課 題 解 決 学 習 ︶ の 形 と し て、教員 二名 と 既 履 修 生 の S A
︶がフアシ リテlタl の役割を担い、学生
口
出
門円
ティング関連の講義科目を基礎に実践を行う、科目名どおり
そして、集客イベントの企画 ・実施の中心を担 っているの
の実施は、水戸ホ1リlホックのホlムスタジアムへの観客
を増加させ、そのにぎわいを地域の活性化につなげることを
主目 的としているが、闘児 や生徒、学生らに新たな教育場面
を提供し、地域 の多械な人と 触 れ合い、学習することで、最
かな人間性をもった優れた人材を育成することも目的として
挙げら れ る。
コラボデーには本学校法人関係者が招待されてお り、コラ
ボデ ーを学校法人のステ !クホルダ ーとの交流の場、あるい
• 118
Mar2
0
1
4
、 ④ 採用イベン ト の企画書作成、 ⑤ イベン
提案発表会の 実施
このプロジェク ト で履修生は、 ① 集客向 上のための調査、
案
︶
② アイデア 化、③ クラブと大学関係者参加 のイベン ト ︵
が主体となったグル ープワl クを中心 に授業を展開し ている。
で、プロジェク ト全体の流れを振り返り、 学んだ 内容を 機 認
し
、 学修成 果につい て客観的な評価を行うようにしている 。
プロジェクトによって学生たちは、主体性、コミュニケ ーシ
デl後には、クラブ関係者参加 の最終報告会を実施すること
毎年改良され、定番イベン ト になりつつある 。また、コラボ
内容は異な っていて も、毎年より良い内容のイベントにな っ
ョン力、協調性などが養われる 。 さらに、地域の課題に向き合
ており、キ ックタ ーゲットやフェイスペイン ト のイベントは
ト実施までの 連の作業を経験することに
ト
⑤
一
ベ
ン
準
備
、
イ
なる 。 例えば、これまで ﹁美少女コンテスト ﹂
﹁ コスプ レ﹂
﹁応
援メッセ ージ︵手形 ・ バ ル ー ン ゲ1ト︶﹂ な ど 、 学 生 な ら で
はの発想による手づくりの集客イベン トが 実施されてい る。
、 その解決に向けた実践
うことで 地域に対する 責任を自 覚し
によって自らを成長させ、自信をつけ、地域 に
プロジェク ト経験者であるS Aの存在が 知の移転を 促進させ、
−司
域の﹁未来﹂をつくる特別な 日とも 言えよう。
貢献できる人材となる 。 コラボデ!とは、地
−学校法人全体での取り組みの鍵
最後に、初等教育から高等教育ま でを擁す
る学校法人全体で、 J リlグの公式試合の運
営や イベントを実施するという稀有な取り組
組 織﹂ と い う 視 点 で 簡 潔
ている仕組みを、 ﹁
みである﹁コラボデl﹂が 継続的に 実現でき
に述べてみたい 。本学校法人には地域との連
携を目的とした﹁地域連携 セ ンタ ー﹂が設置
されており、窓口として、 コラ ボデl実施に
聞の調整を担っており、法人全体で取り組む
向 け て 本 学 校 法 人 各 校 閉 そ し て 法人・クラブ
.
鍵となっている 。
加盟校の幸福度ランキングアップIll
119. 大学時報
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