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パラーディオが受けた古代建築の影響に関する研究
パラーディオが受けた古代建築の影響に関する研究 ~オーダーの各部寸法について~ 木場由美子(指導教官:林田義伸) 1 研究の目的と方法 ルネサンスは、西ヨーロッパの知識人たちが、中 世の教会と封建制度から、自己を解放し、人間の理 性と感覚を信頼し、国家や社会や個人のあり方に整 然とした秩序を作り出そうとした運動である。この 新しい動きの中で、古代ローマの学問と芸術の復興 が、重要な役割を果たした。 古典建築の設計原理の中心をなすものは、オー ダーである。オーダーは一つの比例体系であり、ま た、組み合わせの体系である。したがって、ルネサ ンスの建築家は、建築の各部分が、それ自体におい て、また相互の関連において、完全に調和し、それ に何を加えても、またそれから何を取り去っても、 またどこを変えても悪くなってしまうような調和を 持つことが建築美であると考えた。建築は、実用的 な要素を満たしたうえ、さらにそのような完全な比 例と調和を持つものに組み立てられなければならな かった。 古代ローマにおいて代表的な建築家の一人とし て、「建築十書」を著したヴィトルヴィウスがいる。 ルネサンス建築は古代ローマ建築を模倣し、それに 個々の建築家の工夫が加えられている。ルネサンス 時代に活躍したパラーディオもヴィトルヴィウスの 「建築十書」の影響を受けた一人である。本研究では、 ヴィトルヴィウスの「建築十書」と、パラーディオ の「建築四書」に示されるオーダーの各部寸法相互 の比例関係について、比較検討することにより、パ ラーディオがオーダーの各部寸法を決定する手法に おいて、ヴィトルヴィウスからどの様な影響を受け たのか、検討する。 尚、各部を示す語句は、パラーディオの「建築四書」 に示されるものに統一した。また、1Mo(モデュール) は�60�min(ミヌート。建築四書内の第一書第 16 章 の 1 の注解より ) であり、1�min は 7.4�mm(第二書 第 3 章 5 の注解より))として計算した。 図に表し、比較検討をする。 基本単位となる Mo(モデュール)を、ヴィトルヴィ ウスは神殿の正面長さを分割した 1 部分をとって定 めている。これに対して、パラーディオは、単に円 柱下部の直径を 1�Mo としている。また、ヴィトル ヴィウスは、神殿の外観の種類(疎柱式は、柱の直 径の 8 倍、隔柱式は 8�1/2 倍、集柱式は 9 倍、密柱 式は 10 倍、正柱式は 9�1/2 倍)によって、柱高を 決めている。パラーディオは、正柱式をイオニア式 に用いているが、柱高は、柱の直径の 9�倍として いる。比例は違うが、柱の直径から柱高を算出する 手順は、ヴィトルヴィウスと同じである。 ヴィトルヴィウスは、柱の高さからアーキトレー ブ高さを算出しており、アーキトレーブ高さから、 フリーズ高さ、コーニス高さを算出している。つま り、下から順に各部の割付をしている。一方、パラー ディオは、柱の高さからエンタブラチュア(アーキ トレーブ、フリーズ、コーニス)の高さを計算して、 エンタブラチュア高さを分割し、アーキトレーブ高 さ、フリーズ高さ、コーニス高さにあてている。 アーキトレーブ細部の割付方は同じで、頂部くり かたやファッシア高さを、アーキトレーブ高さを分 割することにより算出している。 シマ・レクタ シマ・レヴェルサ 2 オーダー各部相互の比例関係の分析 ( 図2) 本研究では、イオニア式、ドリス式、トスカナ式、 コリント式、コンポジット式のオーダーの各部寸法 について比例関係による検討したが、ここでは、イ オニア式について述べる。 2.1 ヴィトルヴィウスとパラーディオの比較 「建築十書」と「建築四書」内の文書より、それぞれ、 イオニア式オーダーについての各部と各部の関係を - 19 - コローナ モディルヨン オヴォロ カヴェット 図1 イオニア式オーダー ��������� �� ��� � ��� ���� ��� ���� ���� ���� ��� � ��� ��� ��� ��� ��� ��� ��� ��� ��� �� ��� ��� �� �� ������� ��� ��� ������� ��� �� � � ��� ��� ��� ��� ��� ��� ��� ��� ��� ���� ��� ��� �� �� �� ���� ���� ������� �������������� ��������������� ���� ������������� ��� ������ ���������� ������ �������� ������� ������ ���� ����� ���������� ��� ��� ��� �� ����� ���� ������� �� � � �� �� ��� ��� ��� ��� ��� ���� ���� �������� ���� ���� ������� ������������� ������ ���������� ������ �������� ���� ���� �������������� ��������������� ������ �������� ������� ��� ������ ���� ������ ����� ����� ����� ����� �� �������� � �� �� ��� ��� ��� � ��� �� ���� ��� ��� ��� ���� ���� ���� �� ��� ��� ������� ��� ������� ��� �� ��� ��� ��� �� ��� ��� ��� ���� ��� ��� ��� �� ������� ������� ��� �� 図2 各部と各部の関係 柱頭については、ヴィトルヴィウスは、柱の直径 から直接計算しているのに対し、パラーディオは、 柱の直径からアバクス幅を出して、アバクス幅から 柱頭の高さを算出するという違いがある。しかし、 柱頭細部の割付方は同じである。 パラーディオが、柱礎の高さを柱の直径から出し ていることも、柱礎の高さからトルスとカヴェット とプリンスを割り付けていることも、ヴィトルヴィ ウスと同じである。 パラーディオは、柱間も柱の直径から算出してお り、ヴィトルヴィウスと同じである。 2.2 パラーディオの文書と図の比較 ��イオニア式について、パラーディオの文書と図の オーダーの各部寸法を比較する。 「建築四書」の第一書第 16 章の図に示された各部 寸法と、1Mo�=�60�min としてパラーディオが述べ る比例関係で算出した各部寸法を表1に示す。表中、 「判定」が「○」のものは、図で示される寸法と計 算値が同一であるものであり、 「判定」の欄がグレー になっているものは、本文中に比例関係の記述が無 いものである。また、「△」は若干の違いがあるも のである。分析は、柱礎、柱頭、アーキトレーブ、コー ニスにおいて行ったが、ここでは、コーニス部分に ついて述べる。 コーニスはエンタブラチュアを 12 部に分けたう ちの 5 部であるとパラーディオは述べている。パ ラーディオが述べていた通りに計算すると 45�min となる。しかし、図に示されるコーニス部分の寸法 は 45�3/4�min である。更に、パラーディオが述べ ていた通りに、コーニスの各部分を計算すると下記 のようになる。 ○コローナとキュマティウム 45�min × ((3�3/4)/(7�3/4))�=�21�24/31�min ○モディルヨン 45�min × (2�/(7�3/4))�=�11�19/31�min ○カヴェットとオヴォロ 45�min × (2�/(7�3/4))��=�11�19/31�min これより細部については、パラーディオの記述は ない。そこで、図中に示される各部寸法がどの様に して割り付けられたか、分析する。 コローナとキュマティウムは 16 部に分け、7 部 をシマ・レクタにあてる。残りの 9 部を 3 部に分け、 1 部をシマ・レヴェルサに、2 部をコローナにあてる。 そして、コローナはバランスを考え、1/6�min 小さ くしたと考える。 ○シマ・レクタ 21�24/31�min × 7/16�=�9�16/31�min � � � � 残り�12�8/31�min - 20 - ○シマ・レヴェルサ る。 12�8/31�min × 1/3�=�4�1/12�min ○カヴェット ○コローナ 11�19/31�min × 1/2�=�5�25/31�min 12�8/31�min × 2/3�=�8�1/6�min � → 6�min 誤差 6/31�min(1.4�mm) � → 8�min 誤差 1/6�min(1.2�mm) ○オヴォロ シマ・レクタは 4 部に分け、1 部をフィレットに、 11�19/31�min × 1/2�=�5�25/31�min 3 部を本体にあてる。この時、フィレットは 2�3/8� � → 6�min 誤差 6/31�min(1.4�mm) min と算出できるが、これがまるめられて 2�1/2� カヴェットもシマ・レクタ同様、6 部に分けられ、 min とされたと考えられる。またシマ・レクタ本体 1 部がフィレット、残りが本体、算出した答えが単 は 7�2/15�min と計算されるが、端数が切り捨てら 純なミヌートにまるめられ、6�min という結果が得 れ、7�min にされたと考えられる。従ってシマ・レ られる。 クタの合計は 9�1/2�min となる。 ○カヴェット細部寸法 ○シマ・レクタ細部寸法 ( フィレット ) ( フィレット ) 5�25/31�min × 1/6�=�30/31�min 9�16/31�min × 1/4�=�2�3/8�min � → 1�min 誤差 1/31�min(0.2�mm) � → 2�1/2�min 誤差 1/8�min(0.9�mm) ( 本体 ) ( 本体 ) 5�25/31�min × 5/6�=�4�26/31�min 9�16/31�min × 3/4�=�7�2/15�min � → 5�min 誤差 5/31�min(1.2�mm) � → 7�min 誤差 2/15�min(1.0�mm) ( 合計 ) ( 合計 ) 1�min�+�5�min�=�6�min 2�1/2�min�+�7�min�=�9�1/2�min 表1 図と文書の比較 シマ・レヴェッサもシマ・レクタ同様、 図 文書 差(図-文書) 判定 全体が 6 部に分けられ、1部がフィレット、 部材名 min min min mm 残りが本体、算出した答えが単純なミヌー 円柱の下部直径 60 60 60 0 0.0 ○ 柱高 540 540 540 0 0.0 ○ トにまるめられ、�4�1/4�min という結果が 柱間 135 135 135 0 0.0 ○ 得られる。 柱礎の高さ 30 1/6 30 1/6 30 1/6 1.2 △ 5 1/3 5 1/3 上部トルス ○シマ・レヴェルサ細部寸法 1 1/4 フィレット カヴェット 4 3/4 7 1/3 本体 ( フィレット ) 柱礎 1 1/3 フィレット 4�1/12�min × 1/6�=�11/16�min 7 1/2 7 1/2 下部トルス プリンス 10 10 � → 3/4�min ヴォリュートを含めたキャピタルの高さ 31 3/4 31 3/4 31 2/3 1/12 0.6 △ アバクスの幅及び長さ 63 1/3 63 1/3 63 1/3 0 0.0 ○ � � 誤差 1/16�min(0.5�mm) ヴォーリュート 26 2/3 26 2/3 26 2/3 0 0.0 ○ ( 本体 ) フィレット 1 3/4 アバクス 5 1/12 5 1/12 0.6 △ 3 1/3 本体 4�1/12�min × 5/6�=�3�2/5min キャピタ 1 1/3 フィレット ル 渦巻きの溝 6 2/3 5 1/3 本体 � → 3�1/2�min 7 1/2 7 1/2 オヴォロ � � 誤差 1/10�min(0.7�mm) 2 2/3 2 2/3 アストラガル 1 1/3 1 1/3 フィレット ( 合計 ) エンタブラチュア 109 1/4 109 1/4 108 1 1/4 9.3 △ アーキトレーブ 36 1/2 36 1/2 36 1/2 3.7 △ 3/4�min�+�3�1/2�min�=�4�1/4�min エンタブ フリーズ 27 27 27 0 0.0 ○ ラチュア モディルヨンは 4 部に分け、1 部をモディ コーニス 45 3/4 45 3/4 45 3/4 5.6 △ フィレット 2 2/3 7 5/12 7 1/5 13/60 1.6 △ ルヨンの頂部くりかたに、3 部をモディル 4 3/4 本体 第一ファッシア 10 1/2 ヨンにあてる。 12 1/2 12 1/2 3.7 △ アーキト アストラガル 2 レーブ 第二ファッシア ○頂部くりかた 8 1/3 10 1/12 9 3/5 29/60 3.6 △ アストラガル 1 3/4 11�19/31�min × 1/4�=�2�10/11�min 第三ファッシア 6 1/2 6 1/2 7 1/5 - 7/10 -5.2 △ フィレット 2 1/2 � → 3�min 誤差 1/11�min(0.7�mm) シマ・レクタ 7 本体 フィレット 3/4 21 3/4 21 24/31 - 2/83 -0.2 △ ○モディルヨン ジマ・レヴェルサ 3 1/2 本体 11�19/31�min × 3/4�=�8�7/10�min コローナ 8 コーニス モディルヨンの頂部くりかた 3 � → 9�min 誤差 3/10�min(2.2�mm) 12 11 19/31 12/31 2.9 △ モディルヨン 9 オヴォロ 6 カヴェットとオヴォロは 2 部に分け、1 フィレット 1 12 11 19/31 12/31 2.9 △ カヴェット 部をカヴェットに、1 部をオヴォロにあて 5 本体 アーキトレーブの頂部くりかた - 21 - コーニス 3 3/4 (コローナとキュマティウム) 7 (シマ・レクタ) 1 (フィレット) 3 (本体) 9 1 1 (フィレット) 5 (本体) (シマ・レヴェルサ) 2 (コローナ) 2 (モディルヨン) 1 (頂部くりかた) 3 (モディルヨン) 2 (カヴェットとオヴォロ) 1 (オヴォロ) 1 (カヴェット) 1 (フィレット) 5 (本体) 図3 コーニス部分の割り付け方法 コーニスの詳細な部分における各部寸法の割り付 けは、以上の様に比例関係で算出され、複雑な寸法 を単純な寸法(整数や 1/2、1/4)に丸めたものと 見ることが出来る。単純な寸法に丸めたときに発生 する誤差が蓄積されて、パラーディオが述べていた コーニスの高さ 45�min より 3/4min 大きくなり、45� 3/4�min という寸法になったと考えられる。 尚、これまで述べてきたコーニス各部の比例関係 による割り付け方法は、図3のようにまとめること ができる。 3 結論 イオニア式以外のオーダーを含め、すべてのオー ダーにおいて、パラーディオは、ヴィトルヴィウス が述べている設計手順を踏襲していることが分かっ た。ただ、イオニア式の柱頭の高さの決め方とアー キトレーブの高さ、フリーズの高さ、コーニスの高 さを決定する順序が、ヴィトルヴィウスの示す設計 手順と異なっていた。また、ヴィトルヴィウスの示 すドリス式に柱礎はないが、パラーディオの示すド リス式には柱礎が取り付けられていた。 一方、ヴィトルヴィウスの「建築十書」には、細 部の割付方に関する記述はほとんど無く、パラディ オが示す各部寸法の基本的な割り付け方は、次の様 な原則に則っている。即ち、aという部材をbとc という単純な比例関係で分け、bをある一つの部材 の寸法とする。cはdとeという単純な比例関係で 分け、dをある一つの部材の寸法とする。eは f と gに分け、それぞれ、ある部材の寸法とするという 割り付け方法である(図4参照)。 ��パラーディオの「建築四書」の図に示される寸法 とパラーディオが述べている比例関係に従って算出 した寸法に誤差が出るのは、パラーディオが、計算 して求めた詳細な部分の複雑な寸法を、1/2、1/3、 1/4 と、単純な分数の寸法、もしくは整数に変更を しているからと考えることが出来る。また、パラー ディオが設計していく上で、彼自身のセンスにより バランスを考え、1/4�min、1/6�min、1/12�min 程度 を足したり、引いたりと微調整していると考えるこ とが出来る部分もある。ただし、最終的に示される 寸法の端数は、1/2�min、1/3�min、1/4�min となっ ている。 全てのオーダーを部分ごとに検討した結果、1:N(N は 1、2、3、4、5、6、7 という整数)という比例関 係が多かった。詳細な部分においては、N等分しそ の 1 部をフィレットに割り当てる場合が多いことが 分かった。 全てのオーダーのコーニス部分のモールディング を検討した結果、フィレットと本体の割合がシマ・ レクタにおいては 1:3、シマ・レヴェルサにおい ては 1:5、カヴェットにおいては 1:5、コローナ においても 1:5、という比で割り付けられている 場合が、コンポジット式以外は全て同じであった。 パラーディオは詳細な部分においても、極めて単 純な比例関係を使用して設計していることが分かっ た。 参考文献 (1)�森田慶一、「ヴィトルヴィウス建築書」、東海大学出版、 1979 年 (2)�桐敷真次郎、「パラーディオ「建築四書」注解」、中央公論 美術出版、1986 年 (3)�Andrea�Palladio,�The�Four�Books�of�Architecture�(Dover� Edition),�New�York,1965 (4)�渡辺真弓、「ルネッサンスの黄昏(パラーディオ紀行)」、丸 - 22 - 善株式会社、1988 年 a b c d e f g 図4 割り付け方法