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土木技術者について

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土木技術者について
水坤
寄稿
土木技術者について
大森秀高
株式会社 極東技工コンサルタント/技術顧問 ■はじめに
その法則性を明らかにする学問
技術:①物事をたくみに行うわざ、技巧、技芸
37年間勤めた建設会社を定年退職し、2年前よ
り株式会社極東技工コンサルタントで技術顧問と
②科学を実地に応用して自然の事物を改
変・加工し、人間生活に利用するわざ。
して勤務しています。昨年からは週1回、立命館
となっています。ここで疑問に思うのは辞書は本
大学都市システム工学科で鉄筋コンクリート構造
当に正しくその意味を教えてくれているのだろう
物の「設計演習」の講義を担当し、また、立命館
かということです。この「技術」の定義では、
「科
大学技術士会役員として土木技術者を目指す学生
学を応用する」ことが技術の基になっていますが、
や若手技術者の育成、技術士資格に挑戦する技術
本来、
「人類」が発生したときに他の生物と絶対的
者の指導に努めているところです。
に異なったところは「火」を怖がらず、
「言葉」に
本稿では「土木」や「技術者」という言葉がど
よって意思を通じ合い、
「道具」を使って獲物を得
ういう意味合いで一般の人々にイメージされてい
る、あるいは身を護るところにあります。この「道
るのか、
「土木技術者」はどう見られているのかを
具」とは技術の成果物です。その時代に対象物の
考え、私案として各々の言葉を定義してみたいと
法則性を明らかにできる科学者は存在したでしょ
思います。
うか? まずは、自然の事物を改変 ・ 加工して人
間生活に利用する技をもつ技術者、
『出来ない物を
■1.科学者と技術者
まずは【科学者】と【技術者】の定義について
考えてみます。
出来るようにする技術者』がいたことから文明が
発生・発達したのではないでしょうか? その後、
「どうしてこういうことが起こるのだろうか?」と
いう疑問を抱いて、物の真理を究めて「原理」や
日本技術士会によると『技術者と科学者の間に
「法則」を見つけ出す科学者が生まれたのではない
は明確な区分はないが、技術者は実用的な技術を
でしょうか。技術と科学は別のものではないでし
担い、科学者(研究者)は理論的な研究を担う。
』
ょうか。
「技術先行、科学後追い」の状況から科学
と述べられています。本当に技術者と科学者の間
の発達、産業革命、工業化、原子力、情報化社会
に明確な区分はないのでしょうか? 若干疑問を
と変遷した中で、科学技術と一括りされるように
感じます。
なってきたのだと思います。
また、広辞苑から「科学」と「技術」を調べて
よって、ここでは敢えて、
みますと、
【技術者】:理論的・実験的アプローチにより事
科学:①世界と現象の一部を対象領域とする経
験的に論証できる系統的な合理的認識
②狭 義 で は 自 然 科 学 と 同 義 → 自 然 科
学:自然に属する諸対象を取り扱い、
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前に設定された目標を達成する製品
の設計・製作を目指す者
【科学者】:実験などから得た事象を系統的に整
理し、理論体系の構築を目指す者
卵が先か、鶏が先かの議論ではありますが、こ
めの技術』などと示されています。そこで、「土
のように定義してみました。
木」の定義として下記では如何でしょうか。ある
程度、イメージできるでしょう。
■2.土木について
【土木】:社会資本を構築するための調査、計画、
設計、施工、維持管理、更新などの全
一般の人は「土木」をどのように認識している
過程に適応する学問、技術及びその体
のでしょうか。辞書を引いてみますと、
系
《大辞泉》①土と木 ②土木工事の略 土木工事:
道路・鉄道・河川・橋梁・港湾などの土石
・ 木材 ・ 鉄材などを使ってする建設工事
■3.土木技術者として
《広辞林》家屋 ・ 灯台 ・ 堤防 ・ 道路 ・ 鉄道 ・ 橋 ・ トン
「土木作業員」という言葉があります。良い使い
ネル ・ 運河などすべて木材 ・ 鉄材 ・ 土石
方をされているのを見たことがありません。大抵
などを使用して構成する工事
の場合、
「土木作業員が起こした犯罪」などと報道
これらの説明はどれもみな、使用する材料が木
されています。
「建築作業員」とは言われないので
や鉄や石などであれば土木なのだという単純さ、
す。特殊な技術を持たなくても誰でも何時でも出
辞書の作者は材料で土木を定義しています。しか
来る職業というイメージがあるからでしょう。
「土
し、この内容で「土木」はイメージできるでしょ
木」に従事する人を何故か下に見られる風潮があ
うか。辞書の作者は「土木」の実際の用例をご存
ります。
知なのでしょうか。
また、「土建国家」、「ゼネコン汚職」、「入札談
因みに、
「建築」を大辞泉で引いてみますと
合」、「無駄な公共投資」など、土木に関する報道
『家屋などの建物を、土台からつくり上げること、
また、その建物やその技術・技法』
で悪いイメージしか持たれない言葉がよく使われ
ています。
となってます。これも単純すぎますがある程度の
イメージはできます。
「建築する」という言葉(動詞)はありますが「土
木する」とは絶対に言いません。
土木の例示に挙げられている各事業の共通要素
を示さなければ辞書の意味はないのではないでし
ょうか。この共通要素は何か。
「社会基盤」
(イフ
ラストラクチュァ)です。
よって、
「土木」とは社会基盤を構築する技術・
技法、工事といえます。
公益社団法人土木学会のホームページでは、
『土
木は英語で Civil Engineering といいます。この
Civil とは「市民」「文明」という意味です。つま
り、土木(Civil Engineering)とは、
「市民のため
の工学」あるいは「市民の文明的な暮らしのため
に人間らしい環境を整えていく仕事」を意味する
言葉なのです。
』となっています。これもイメージ
しにくい内容です。
海外の英語辞書で「Civil Engineer」や「Civil
Engineering」を引きますと、
『Public Works のた
土木学会初代会長
日本初の工学博士古市公威
(公益社団法人土木学会 HP より)
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かつては土木技術者が教育や行政を主導したの
者を指揮する人』として国民の信頼を回復してい
です。それはそう遠い昔の話ではありません。今
かなければなりません。
の状況を払拭しなければいけません。
公益社団法人土木学会は今年創立 100 年を迎え
ます。初代会長に就任した古市公威はその就任演
説において、
土木技術者は
『指揮者を指揮する人』
、
■おわりに
「土木」は古来より未来永劫、私たちの生活を支
『将に将たる人』たらねばならぬことを力強く述
えているのに、当たり前すぎて気づかれない存在
べ、『研究の範囲を縦横に拡張せられんこと』
『そ
です。土木をもう一度見直してみようと今年から
の中心に土木があることを忘れられざらんこと』
「土木史」を学ぶことにしました。土木史を学ぶ目
と滔々と述べています。土木技術者は各分野の指
的は①歴史を識ることで土木の全体像を把握する
導者を指揮する人となるように、広い知識と視野
こと②土木倫理を確認し推進していくこと③今後
が必要であると説いたのです。たった 100 年前の
の土木の進む道を考えていくこと、そして④一般
ことです。
市民に対し「土木の何たるか」を説明したいこと
今、土木技術者が成すべきことは、国民に向か
にあります。
って社会資本整備(=「土木」
)の必要性と「技術
「技術者」から今度は「科学者」の視点で土木の
者」として信頼に値することを客観的なデータで
わかりやすく説明・広報していくことです。
『指揮
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何をどこまで識ることができるのか、まだまだ、
「土木」と付き合っていこうと思っています。
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