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米国経済における「双子の赤字」の動向

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米国経済における「双子の赤字」の動向
米国経済における「双子の赤字」の動向
∼累積する対外債務に依存する米国経済∼
企画調整室(調査情報室)
小葉松
章子
1980 年 代 に 問 題 視 さ れ た 米 国 に お け る「 双 子 の 赤 字 」1 が 、ブ ッ シ ュ
政権になってから再浮上している。この問題は、かつて米国経済の構
造問題とされたが、その後、為替調整や幾度にわたる財政再建法の制
定などの政策努力、また経済の好況などにも支えられて、問題はいっ
た ん 沈 静 化 し た 。 し か し 、 90 年 代 後 半 以 降 、 経 常 赤 字 が か つ て な い 規
模 で 拡 大 す る 一 方 で 、一 時 期 は 黒 字 に 転 換 し た 財 政 収 支 も 2002 年 以 降
は再び赤字に転落しており、
「 双 子 の 赤 字 」問 題 が 再 び 顕 在 化 し て い る 。
そこで、本稿では、このような「双子の赤字」について、現状を概
観した後、再び顕在化した要因、米国経済に与える影響、米国の取組
を考察し、最後に我が国経済へ与える影響について言及したい。
1.米国の「双子の赤字」の現状
1-1.財 政 赤 字 の 現 状
米 国 の 財 政 収 支 は 、 80 年 代 か ら 90 年 代 後 半 ま で 赤 字 が 続 い た が 、
幾 度 に わ た る 財 政 再 建 法 の 制 定 2 な ど の 政 策 努 力 、ま た 景 気 回 復 に も 支
え ら れ て 、98 年 度 に 黒 字 に 転 換 し た 後 、2001 年 度 ま で の 4 年 間 は 黒 字
が継続した。しかし、その後、大型減税の実施や歳出の増加により、
2002 年 度 に 再 び 赤 字 に 転 じ 、そ の 後 は 、年 々 赤 字 幅 を 拡 大 さ せ て い る 。
2004 年 度 の 財 政 赤 字 は 、4,121 億 ド ル( 名 目 G D P 比 3.6% )と な り 、
2 年 連 続 で 過 去 最 高 の 赤 字 幅 を 更 新 し た ( 図 表 1 )。
1
「双子の赤字」とは、財政赤字と経常赤字の2つの赤字を指す。
「 グ ラ ム ・ ラ ド マ ン ・ ホ リ ン グ ス 法 」( G R H 法 )( 85 年 、 87 年 )、「 90 年 包 括 財
政 調 整 法( O B R A 90)及 び 予 算 執 行 法 」
( 90 年 )、
「 93 年 包 括 財 政 調 整 法( O B R
A 93)( 93 年 )、「 財 政 調 整 法 」( 97 年 ) の 制 定 が 挙 げ ら れ る 。 た だ し 、 G R H 法 は
実 効 性 に 乏 し く 、こ れ に よ っ て 財 政 赤 字 は 削 減 さ れ な か っ た 。財 政 赤 字 削 減 に 効 果
が あ っ た の は 、 O B R A 法 に お け る 「 Cap 制 」( 裁 量 的 経 費 に 対 す る 上 限 設 定 )、
「 Pay-as-you-go 原 則 」( 義 務 的 経 費 に 対 す る 財 政 規 律 ) の 2 つ の 財 政 統 制 ル ー ル
で あ り 、 こ の ル ー ル の 導 入 と 90 年 代 の 景 気 回 復 に 支 え ら れ て 、 財 政 収 支 は 改 善 し
た。
2
24
1-2.経 常 赤 字 の 現 状
米 国 の 経 常 収 支 は 、80 年 代 前 半 に そ の 赤 字 幅 の 拡 大 傾 向 が 続 い た も
の の 、85 年 の プ ラ ザ 合 意 に よ る ド ル 安 へ の 誘 導 を 経 て 、赤 字 幅 が 縮 小
に 向 か い 、91 年 に は い っ た ん 黒 字 に 転 換 し た 3 。し か し 、そ の 後 、再 び
赤字に転落し、比較的好調に推移した景気による輸入増加と、近年で
は 原 油 高 な ど に よ り 、 赤 字 幅 が 拡 大 し て い る 。 2004 年 の 経 常 赤 字 は 、
6,659 億 ド ル と な り 、3 年 連 続 で 過 去 最 高 の 赤 字 幅 を 更 新 し た 。ま た 、
名 目 G D P 比 で み て も 、2004 年 は 5.7% の 赤 字 に 達 し 、80 年 代 の 最 高
値 で あ る 83 年 の 3.4% を 大 き く 上 回 る 赤 字 幅 と な っ た ( 図 表 2 )。
図表1
(10億ドル)
財政収支
400
(%)
財政収支(左軸)
200
4
2
対名目GDP比(右軸)
0
0
-200
-2
-400
-4
-6
-600
1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004
(出所)米国行政管理予算局
図表2
(10億ドル)
(会計年度)
経常収支
(%)
200
2
0
0
-200
-2
-400
-4
-600
-800
-6
経常収支(左軸)
対名目GDP比(右軸)
-8
1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004
(暦年)
(出所)米国商務省
3
た だ し 、 91 年 の 黒 字 へ の 転 換 は 、 湾 岸 戦 争 に よ る 貿 易 外 収 支 ( 戦 費 負 担 の 受 取
による移転収支)の改善が主因であり、貿易収支の改善によるものではなかった。
貿 易 収 支 は 、国 内 産 業 の 国 際 競 争 力 低 下 や 生 産 拠 点 の 海 外 移 転 等 を 背 景 と し た 輸 入
増加により、一貫して赤字が続いている。
25
2 .「 双 子 の 赤 字 」 が 再 び 顕 在 化 し た 要 因
2-1.財 政 赤 字 の 要 因
2002 年 以 降 の 赤 字 拡 大 は 、 ブ ッ シ ュ 政 権 下 で の 大 型 減 税 の 実 施 と 、
国防費、社会保障関係費の歳出増加が主因であると考えられる。
ま ず 、減 税 に 関 し て で あ る が 、2001 年 に 10 年 間 で 減 税 総 額 1 兆 3,500
億ドルにのぼる減税法が制定され、その後も追加減税を実施する減税
法 、 さ ら に は 減 税 延 長 法 が 制 定 さ れ た 4。
I T 不 況 、同 時 多 発 テ ロ 事 件 を 主 因 と し て 2001 年 に 大 き く 落 ち 込 ん
だ 米 国 経 済 は 、そ の 後 、2003 年 、2004 年 に は 堅 調 な 個 人 消 費 を 中 心 に
回復していることから、減税措置の景気浮揚に対する一定の下支え効
果はあったものと考えられる。
し か し 、 景 気 の 回 復 に 対 し て 、2002 年 度 以 降 、財 政 収 支 は 悪 化 の 一
途 を 辿 っ て い る 。歳 入 の 動 向 を み る と 、2002 年 度 、2003 年 度 と 減 税 が
実施された後に、個人所得税収が大きく落ち込んでいる。税収の増減
は景気変動の影響も当然受けるが、景気の動きとほぼ連動して回復し
て い る 法 人 所 得 税 と 対 照 的 に 、個 人 所 得 税 は 、米 国 経 済 が 回 復 し た 2003
年度以降も増収の傾向がほとんどみられない。したがって、個人所得
税 収 の 減 少 は 、減 税 政 策 の 影 響 を 受 け た 結 果 で あ り 、2002 年 以 降 の 財
政 赤 字 拡 大 の 構 造 的 な 要 因 で あ る と 考 え ら れ る ( 図 表 3 )。
(%)
20
15
図表3
歳入(項目別寄与度)
個人所得税
社会保障税
その他
実質GDP成長率(右軸)
(%)
法人所得税
間接税等
歳入計(前年度比)
8
6
10
4
5
2
0
0
-5
-2
-10
-4
1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004
(出所)米国行政管理予算局 (注)実質GDP成長率は暦年 4
(会計年度)
こ の 一 連 の 減 税 措 置 の 基 礎 と な る 2001 年 減 税 法( 10 年 間 で の 減 税 総 額 1 兆 3,500
億 ド ル )は 、個 人 所 得 税 等 の 段 階 的 な 減 税 な ど に よ り 、景 気 浮 揚 を 図 る も の で あ っ
た 。 そ の 後 、 2002 年 減 税 法 ( 同 420 億 ド ル ) に よ り 、 法 人 税 の 減 税 等 に よ る 追 加
的 な 景 気 刺 激 策 が 講 じ ら れ 、 ま た 、 2003 年 の 減 税 法 ( 同 3,500 億 ド ル ) に よ り 、
2001 年 減 税 法 の 前 倒 し な ど が 行 わ れ た 。 さ ら に 、 2004 年 に は 減 税 延 長 法 ( 減 税 総
額 1,460 億 ド ル ) が 制 定 さ れ 、 2004 年 末 で 期 限 切 れ と な る 児 童 扶 養 控 除 枠 拡 大 等
について5年程度の延長が図られた。
26
次 に 、 歳 出 に 関 し て で あ る が 、 財 政 赤 字 が 問 題 化 し た 80 年 代 以 降 、
幾度にわたる財政再建法が制定され、歳出削減を通じた財政均衡が目
指 さ れ て き た 。 し か し 、92 年 度 ま で は 、 制 度 の 実 効 性 の 問 題 や 景 気 の
低迷などにより、歳出削減の明確な効果がみられず、税収減と相まっ
て 、 財 政 赤 字 は 拡 大 す る 一 方 で あ っ た 。 と こ ろ が 、「 93 年 包 括 財 政 調
整 法( O B R A 93)」の 制 定 後 、景 気 回 復 に も 支 え ら れ て 、歳 出 の 伸 び
率 は 、93 年 度 か ら 99 年 度 ま で の 間 、2 、3 % 台 の 低 水 準 に 抑 制 さ れ 、
そ れ に 伴 い 、 93 年 度 以 降 、 財 政 赤 字 は 縮 小 し 、 98 年 度 か ら 2001 年 度
まで黒字を実現した。
し か し 、そ の 後 、2001 年 に お け る I T 不 況 や 同 時 多 発 テ ロ 、ま た 2003
年 の イ ラ ク 戦 争 開 始 な ど を 受 け て 、2002 年 度 以 降 、 国 防 費 、 社 会 保 障
関 係 費 が 増 加 し 、 歳 出 の 伸 び 率 が 高 ま っ て い る 5 ( 図 表 4 )。 こ の 歳 出
増 加 は 、減 税 政 策 に よ る 個 人 所 得 税 収 の 落 ち 込 み と 相 ま っ て 、2002 年
度以降に財政赤字を拡大させる要因となった。
20
(%)
図表4
歳 出( 項 目 別 寄 与 度 )
国防費
運輸、天然資源・環境等
その他
歳出計(前年度比)
15
(%)
社会保障年金・医療保険等
国債等利払費
調整等
実質GDP成長率(右軸)
8
6
10
4
5
2
0
0
-5
-2
-10
-4
1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004
(出所)米国行政管理予算局 (注)実質GDP成長率は暦年 (会計年度)
2-2.経 常 赤 字 の 要 因
経 常 収 支 は 、貿 易 外 収 支 の 改 善 に よ り 91 年 に 黒 字 に 転 換 し た が 、そ
の後は、再び赤字に転じ、赤字幅を拡大させている。経常赤字の主因
は、経常収支の大部分を占める貿易収支の赤字であり、その動向をみ
5
2002 年 度 以 降 、 歳 出 の 伸 び 率 は 6 、 7 % 台 ま で 高 ま っ て い る 。 前 年 度 比 ベ ー ス
で み る と 、 国 防 費 は 、 90 年 代 に は 平 均 0.9% 減 と 抑 制 さ れ て き た が 、 2002 年 度
( 14.3% 増 )、 2003 年 度 ( 16.2% 増 )、 2004 年 度 ( 12.6% 増 ) と 10% 台 の 高 い 伸 び
率 で 推 移 し て い る 。 ま た 、 社 会 保 障 関 係 費 は 、 2002 年 度 の 10.3% 増 を ピ ー ク に 、
2003 年 度( 7.6% 増 )、2004 年 度( 4.8% 増 )と 増 加 幅 を 縮 小 さ せ て い る が 、歳 出 全
体に占める割合が大きいため、歳出全体の伸びに対する寄与度が大きい。
27
ると、米国経済の好景気に伴う国内需要の増加を受けて、輸出を上回
る ペ ー ス で 輸 入 が 増 大 し て い る ( 図 表 5 )。
財 別 に 確 認 す る と 、90 年 代 後 半 以 降 、内 需 の 好 調 と 近 年 の 原 油 高 の
ト レ ン ド が 相 ま っ て 、消 費 財( 除 く 食 料 、自 動 車 )、石 油 、自 動 車 等 の
輸 入 が 拡 大 し て お り 、こ れ ら の 財 の 貿 易 赤 字 が 、90 年 代 後 半 以 降 の 経
常 赤 字 の 拡 大 の 主 因 と な っ て い る( 図 表 6 )。ま た 、国 別 で は 、中 国 か
ら の 輸 入 が 急 増 し て お り 6、 両 国 間 で 貿 易 摩 擦 が 生 じ て い る 。
図表5
貿易収支(輸出・輸入)
(10億ドル)
(10億ドル)
1,000
500
500
0
0
-500
-1,000
1,000
-500
財輸出
財輸入
貿易収支
サービス輸出
サービス輸入
-1,000
-1,500
-1,500
1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004
(暦年)
(出所)米国商務省
図表6
100
50
0
-50
-100
-150
-200
-250
-300
財別貿易収支(財輸出−財輸入)
(10億ドル)
食料
工業用原材料(除く石油等)
資本財(除く自動車)
自動車等
消費財(除く食料・自動車)
石油等
1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002 2004
(暦年)
(出所)米国商務省
また、マクロバランスの観点から考えると、経常収支は、財政収支
と 民 間 貯 蓄 投 資 差 額 の 和 に 等 し く な る こ と か ら 7、 経 常 赤 字 の 拡 大 は 、
6
中 国 か ら の 輸 入 は 、 90 年 代 、 2000 年 代 を 通 じ て 年 平 均 約 20% 増 の 伸 び 率 で 急 増
し て い る 。 2002 年 に は 日 本 か ら の 輸 入 額 を 超 え 、 2004 年 現 在 、 第 1 位 の カ ナ ダ に
次ぎ、中国は第2位となっている。貿易赤字額では、対中国向けは第1位であり、
米 国 の 貿 易 赤 字 全 体 の 約 24% を 占 め て い る 。
7
事 後 的 に 成 立 す る 恒 等 式 の 関 係 で あ る 。 Y ( 総 所 得 = 総 支 出 )、 C ( 民 間 消 費 )、
S ( 貯 蓄 )、 T ( 政 府 税 収 )、 I ( 民 間 投 資 )、 G ( 政 府 支 出 )、 X ( 輸 出 )、 M ( 輸
28
こ れ ら の 変 動 か ら も 説 明 で き る 。80 年 代 の 経 常 赤 字 拡 大 は 、財 政 赤 字
拡大が主因であったが、民間部門の貯蓄超過により財政赤字をある程
度補うことができたため、経常赤字幅は現在のものと比較すると小さ
かった。
し か し 、 90 年 代 半 ば 以 降 、 家 計 貯 蓄 率 の 低 下 に 伴 い 、 民 間 貯 蓄 投 資
差額が黒字幅を縮小させ、赤字化したことにより、財政赤字を補うこ
と が で き な く な っ た 。そ の た め 、90 年 代 半 ば 頃 か ら 財 政 収 支 は 改 善 に
向かったにもかかわらず、それを上回る規模で民間貯蓄投資差額が赤
字 幅 を 拡 大 さ せ た た め 、経 常 赤 字 は さ ら に 拡 大 す る 結 果 と な っ た 。2002
年以降、法人部門の貯蓄の増加によって民間貯蓄投資差額は大きく改
善しているが、財政収支が再び赤字に転じ、赤字幅を拡大させている
た め 、 経 常 赤 字 も 拡 大 し て い る ( 図 表 7 )。
図表7
(10億ドル)
300
200
100
0
-100
-200
-300
-400
-500
-600
部門別貯蓄投資差額
経常収支
民間
政府
不突合
1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002
(暦年)
(出所)米国商務省
3 .「 双 子 の 赤 字 」 に よ る 米 国 経 済 へ の 影 響
まず、財政赤字に関してであるが、財政赤字の拡大はそれ自体、財
政の硬直化、財政の持続可能性の問題を生じさせるほか、米国のよう
に経常赤字の規模が大きい国では、財政赤字が長期金利を上昇させ、
それによって民間の設備投資等を抑制させるクラウディング・アウト
の影響などが問題とされる。
しかし、現在の米国の財政赤字の対名目GDP比は、フローベース
で み た 場 合 、 同 国 に お け る 80 年 代 、 90 年 代 の ピ ー ク 時 の 水 準 と 比 較
すると低く、また、ストックベースでみた場合にも、諸外国の中では
入 )と す る と 、① Y( 総 所 得 )= C + S + T 、② Y( 総 支 出 )= C + I + G + X −
M の 2 式 を 解 い て 、( S − I ) + ( T − G ) = ( X − M )、 す な わ ち 、( 民 間 貯 蓄 投
資差額)+(財政収支)=(経常収支)という関係が導き出される。
29
比 較 的 低 い 水 準 に あ り 8 、直 ち に 財 政 の 硬 直 化 や 持 続 可 能 性 の 問 題 を 生
じさせるものではないとの見方もある。次に、長期金利についても、
80 年 代 に は 高 金 利 が ク ラ ウ デ ィ ン グ・ア ウ ト や ド ル 高 の 要 因 と し て 問
題 と さ れ た が 、80 年 代 半 ば に 高 金 利 が 是 正 さ れ た 後 は 、緩 や か に 低 下
し て お り 、 現 在 は 4 % 台 で 推 移 し て い る 。2004 年 以 降 、若 干 上 昇 の 動
きがみられるものの、現在のところ米国債は安定消化されていること
から、比較的安定している。
「双子の赤字」問題においてむしろ懸念されるのは、経常赤字の過
度な拡大による負の影響である。経常赤字の拡大は、米国の内需拡大
の結果として肯定的に捉えることもできるが、他方で、経常赤字を補
うための外国資本の流入を増大させ、対外債務の累積を招くことにな
る た め 問 題 と さ れ る 。米 国 で は 、経 常 赤 字 の 拡 大 が 問 題 視 さ れ た 80 年
代半ばに債権国から債務国に転落しており、その後、対外純債務残高
が 累 積 し て い る 9 。2003 年 の 対 外 純 債 務 残 高 は 2 兆 4,310 億 ド ル( 対 名
目 G D P 比 22.1% )に 達 し 、4 年 連 続 で 過 去 最 高 を 更 新 し た( 図 表 8 )。
対外債務の累積は、外国資本への依存度を高め、米国の経済運営を
不安定なものにするほか、ドルへの信認の低下により、外国資本の流
出 を 招 き 、そ の 結 果 ド ル を 下 落 さ せ る リ ス ク を 潜 在 的 に 有 す る 。ま た 、
対外債務は、経常赤字の結果であると同時に、債務の利子支払いなど
所得収支への影響を通じて、経常赤字の原因にもなることから、対外
債務の累積が経常赤字をさらに拡大させるという悪循環をもたらし、
問題を深刻化させている。
図表8
(10億ドル)
1500
1000
500
0
-500
-1000
-1500
-2000
-2500
-3000
対外純債務残高
(%)
15
10
5
0
-5
-10
対外純債務残高(左軸)
-15
-20
対名目GDP比(右軸)
-25
1980 1982 1984 1986 1988 1990 1992 1994 1996 1998 2000 2002
(暦年)
(出所)米国商務省
8
O E C D の Economic Outlook76 に よ る と 、 ス ト ッ ク ベ ー ス で 、 2004 年 の 財 政 赤
字( 政 府 債 務 残 高 )の 対 名 目 G D P 比 は 、米 国 が 63.5% 、日 本 が 163.5% 、イ タ リ
ア が 120.0% 、フ ラ ン ス が 74.0% 、ド イ ツ が 67.0% 、英 国 が 43.4% と な っ て い る 。
9
90 年 代 半 ば 以 降 、債 務 残 高 の う ち 、米 国 証 券 、直 接 投 資 の 増 加 が 著 し い 。特 に 、
米 国 証 券 は 、95 年 か ら 99 年 ま で の 間 、前 年 比 平 均 約 25% 増 の 伸 び で 急 増 し て お り 、
2003 年 現 在 で 負 債 残 高 全 体 の 約 35% を 占 め て い る 。
30
4 .「 双 子 の 赤 字 」 の 解 消 に 向 け た 米 国 の 取 組
4-1.財 政 赤 字 へ の 対 応
財政赤字に関して、ブッシュ政権は、歳出の抑制を中心とした方策
に よ り 、 2005 年 度 か ら 2009 年 度 ま で の 5 年 間 に 財 政 赤 字 を 半 減 さ せ
る こ と を 目 標 と し て 掲 げ て い る 1 0 ( 図 表 9 )。
歳 出 抑 制 の 具 体 的 な 方 策 と し て 、2006 年 度 予 算 教 書 で は 、ま ず 、国
防費を含む裁量的経費について、前年度比の伸び率を物価上昇率以下
に 抑 制 す る 方 針 を 示 し て い る 。こ れ に 基 づ き 、2006 年 度 の 裁 量 的 経 費
は 前 年 度 比 2.1% 増 に 抑 制 さ れ 、国 防 費 は 同 4.8% 増 に 抑 制 さ れ て い る 。
裁量的経費の伸び率に対して制限を設けることにより、国防費の増加
にも一定の抑制効果があるものと考えられるが、国防費については、
補正予算による追加的な支出の可能性が残されており、実質的な抑制
をいかに図っていくかが課題となる。
次に、社会保障関係費を含む義務的経費については、高齢化の進展
に伴い増大する支出の抑制が課題とされている。そうした中で、公的
年金制度への確定拠出型の個人勘定の導入や、メディケイド(低所得
者医療給付)の給付の効率化等を内容とする制度改革が提案されてい
る 。た だ し 、公 的 年 金 改 革 に つ い て は 、そ の 実 施 が 2009 年 度 以 降 に な
る た め 、 今 回 の 財 政 見 通 し の 中 に は そ の 影 響 が 示 さ れ て い な い 。 2006
年 度 の 義 務 的 経 費 は 前 年 度 比 5.5% 増 と 依 然 と し て 高 い 伸 び 率 と な っ
ており、今後、歳出に占める割合が高い社会保障関係費をいかに抑制
できるかが財政赤字削減の成否の鍵を握る。
図表9
500
財政収支の見通し
(10億ドル)
300
(%)
財政収支
歳入(前年度比)
歳出(前年度比)
財政収支(対名目GDP比)
20
15
10
5
100
0
-100
-5
-10
-300
-15
-500
( 実績)
2004
-20
2005
2006
2007
2008
2009
2010
(会計年度)
(出所)米国行政管理予算局
10
行 政 管 理 予 算 局 ( O M B ) の 見 通 し に よ れ ば 、 財 政 赤 字 は 、 2005 年 度 に 4,266
億 ド ル( 名 目 G D P 比 3.5% )と な り 、そ の 後 は 徐 々 に 縮 小 し て い き 、2009 年 度 に
は 2,329 億 ド ル( 名 目 G D P 比 1.5% )と な っ て 半 減 目 標 を 達 成 で き る も の と さ れ
ている。
31
一方、歳入に関しては、減税の恒久化や、簡素かつ公平で、経済成
長の促進を目指した税制改革などが盛り込まれている。税収について
は 、堅 調 な 経 済 成 長 の 下 で の 安 定 し た 増 加 を 見 込 ん で い る が 1 1 、そ の 見
込みには、今後の経済成長という不確実な要素が含まれている。景気
が減速し、予想した税収が得られなかった場合、あるいは歳出抑制が
見 込 み 通 り に 進 ま な か っ た 場 合 に は 、財 政 赤 字 削 減 の 目 標 達 成 の た め 、
減税の縮小・見直しを含む増収策を講じていくことが必要とされる可
能性もあろう。
4-2.経 常 赤 字 へ の 対 応
経 常 赤 字 に 関 し て 、 2005 年 版 の 大 統 領 経 済 報 告 で は 、 経 常 赤 字 は 、
貿易相手国よりも米国の高い経済成長を背景とした輸入急増によるも
のであり、国内貯蓄を超過する旺盛な国内投資を補うために、外国資
本の流入に依存しているとした上で、今後、貿易相手国の経済成長を
加速することが経常赤字の削減につながるとしている。また、最近の
ドル安の傾向も、輸出増加、輸入減少を通じて、米国の経常赤字を減
少させる効果があると指摘している。予算教書の中で削減の方針が強
く示された財政赤字に対して、経常赤字については、内需拡大の結果
として比較的肯定的に捉えられている。
こ の よ う な 米 国 の 立 場 に 対 し て 、 国 際 通 貨 基 金 ( I M F ) は 、 2005
年4月に公表された世界金融安定報告の中で、米国が経常赤字の削減
に本腰を入れない場合には、中国や日本などの中央銀行にドル離れの
動きが拡がり、ドル急落や長期金利上昇の可能性が強まると指摘し、
その上で、米国に対しては、貯蓄率の引上げなどの経常赤字削減に向
けた努力を求めるとともに、我が国や欧州に対しては、対米輸出主導
の経済成長から脱却し、国内投資や輸入を通じて成長する経済構造に
変 え て い く 必 要 が あ る こ と を 指 摘 し て い る 12。
現在の米国の経常赤字の拡大は、米国経済の好況を受けた内需の増
加に伴う輸入の拡大によるものであり、輸入の拡大は、米国の国内産
業の国際競争力低下や生産拠点の海外移転等を背景とした構造的な要
因によるものである。海外経済の成長が高まればその分米国の輸出機
会 は 増 え る か も し れ な い が 、 経 常 赤 字 が 拡 大 し た 90 年 代 後 半 以 降 も 、
米国の輸出は決して低調でなく、総じて増加基調にある。それ以上に
輸入が増大しているため、貿易赤字の拡大が生じているのである。し
たがって、こうした輸入拡大をもたらす構造を変えていかない限り、
経常赤字拡大の問題は根本的に解決されないものと考えられる。
11
12
2009 年 度 ま で 3 % 台 の 経 済 成 長 が 継 続 す る こ と が 前 提 と さ れ て い る 。
2005 年 4 月 6 日 産 経 新 聞 等 に よ る 。
32
5 .「 双 子 の 赤 字 」 に よ る 我 が 国 経 済 へ の 影 響
5-1.財 政 赤 字 拡 大 に よ る 長 期 金 利 上 昇 の リ ス ク
経常赤字の規模が大きい米国においては、財政赤字の拡大は、長期
金利の上昇に結びつく可能性が高い。現在の米国の長期金利は、財政
赤 字 の 拡 大 に も か か わ ら ず 、比 較 的 低 水 準 に 抑 制 さ れ て い る 。し か し 、
今後、財政赤字の拡大に加えて、経常赤字の拡大によるドル離れ、外
国資本の流出が進めば、長期金利が上昇していく可能性も高い。
経済のボーダレス化が進展する中で、日米の長期金利の連動性は高
く( 図 表 10)、米 国 の 長 期 金 利 上 昇 を 契 機 と し て 、我 が 国 長 期 金 利 が 影
響 を 受 け る 可 能 性 も あ る 。 我 が 国 の 長 期 金 利 は 、 90年 代 後 半 以 降 、 日
銀の超低金利政策の影響もあり、総じて低位安定傾向にあるが、タイ
ムラグを伴いつつも、米国の長期金利上昇の影響を受けないとも限ら
ない。
我 が 国 の 財 政 赤 字 は 、ス ト ッ ク ベ ー ス で 、対 名 目 G D P 比 163.5% に
達し、G7諸国の中で最高の水準にある。米国を始めとする他の先進
諸 国 が 90年 代 に 財 政 再 建 に 取 組 み 、 財 政 赤 字 幅 を 抑 制 さ せ て き た の に
対 し て 、 90年 代 後 半 以 降 、 我 が 国 の 財 政 赤 字 は 拡 大 し て い る 。 こ の ま
ま 財 政 再 建 が 行 わ れ な い と 最 悪 の 場 合 に は 長 期 金 利 が 10% 近 く ま で 上
昇 し 、大 幅 な 景 気 後 退 を 招 く と い う 試 算 結 果 も あ る 1 3 。デ フ レ 脱 却 の 見
通しが視野に入りつつある今、中長期的な政策課題としての財政再建
に本格的に着手していく必要がある。
図 表 10
(米国、%)
18
16
y = 1.034x + 3.1982
14
R2 = 0.8187
12
10
8
6
4
2
0
0
2
日米の長期金利の相関
4
6
8
10
(日本、%)
(注1)80年1月から05年3月の月次データを使用
(注2)R2 は決定係数 (出所)日銀金融経済統計、IMF国際金融統計
13
例 え ば 、 野 村 證 券 「 中 期 経 済 予 測 2005-2010」( 2005 年 4 月 ) に よ れ ば 、 財 政 再
建 が 行 わ れ ず 、財 政 赤 字 を 現 状 の ま ま 放 置 し た 場 合 に は 、経 常 赤 字 が 生 じ 、我 が 国
に も「 双 子 の 赤 字 」が 現 実 化 す る リ ス ク が あ る 。ま た 、投 資 家 が 財 政 の 持 続 可 能 性
に 不 安 を 持 て ば 、 長 期 金 利 が 10% 近 く ま で 上 昇 し 、 大 幅 な 景 気 後 退 を 招 く リ ス ク
があるとされている。
33
5-2.経 常 赤 字 拡 大 に よ る ド ル 安 ・ 円 高 の リ ス ク
米国の経常赤字の拡大により、ドル下落のリスクが高まっている。
過度のドル安・円高の進行は、我が国にとっても、輸出の減少を通じ
て経済成長の低下をもたらすほか、ドル建ての対外資産価値を低下さ
せる影響などをもたらす。
2002 年 以 降 、ド ル は 他 の 主 要 通 貨 に 対 し て 下 落 に 転 じ 、ド ル 安・ 円
高 が 進 行 し た 。 そ の 後 、 2003 年 か ら 2004 年 初 め に か け て の 我 が 国 に
よ る 大 量 の 為 替 介 入 1 4 や 、 2004 年 6 月 以 降 の 米 国 の 政 策 金 利 の 引 上 げ
の影響もあり、ドルは下げ止まりの動きを見せているが、米国の大幅
な経常赤字が続く中で、依然としてドル安のリスクは高い。我が国で
は 、こ の 為 替 介 入 の 結 果 、外 貨 準 備 高 は 、2004 年 末 で 8,112 億 ド ル に
達しており、そのほとんどが米国債であるため、ドル安の進行による
外 貨 準 備 高 の 含 み 損 15が 問 題 と さ れ て い る 。
米国の経常赤字の拡大は、米国の輸入拡大を通じて、米国や世界経
済の成長に貢献してきた。我が国経済もそうした経済の成長を背景と
した輸出の増加により経済を支えてきた面がある。しかし、経常赤字
拡大に伴い、ドル下落リスクが高まっている中で、米国の経常赤字の
拡大により世界経済を牽引していく現在の構図を今後も際限なく続け
ていくことは、到底不可能であると考えられる。リスクが発現してか
らでは遅く、世界経済に与える影響の重大さを考えれば、我が国にお
いても、外需依存の程度を軽減させ、内需主導の自律的な経済成長を
目指していく必要があるものと考えられる。
【参考文献】
石 崎 昭 彦 他 『 現 代 の ア メ リ カ 経 済 』( 改 訂 版 ) 東 洋 経 済 新 報 社 、 1994 年 1 月
上 川 孝 夫 他 『 現 代 国 際 金 融 論 』( 新 版 ) 有 斐 閣 ブ ッ ク ス 、 2003 年 5 月
河 村 哲 二 『 現 代 ア メ リ カ 経 済 』 有 斐 閣 ア ル マ 、 2003 年 4 月
内 閣 府 『 世 界 経 済 の 潮 流 』、 2004 年 4 月
藤 井 大 輔「 欧 米 主 要 国 に お け る 最 近 の 税 制 改 正 の 動 向 」
『財政金融統計月報』
財 務 省 財 務 総 合 政 策 研 究 所 、 2004 年 4 月
室 山 義 正 『 米 国 の 再 生 − そ の グ ラ ン ド ス ト ラ テ ジ ー 』 有 斐 閣 、 2002 年 7 月
( 内 線 3298)
14
2003 年 1 月 か ら 2004 年 3 月 ま で に 総 額 約 35 兆 円 の 為 替 介 入 が 行 わ れ た 。
外 国 為 替 資 金 特 別 会 計 の 含 み 損 は 、2004 年 度 末 で 約 11 兆 4,289 億 円 と 過 去 最 高
となる見通しである。
15
34
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