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39 - 素形材センター
技術TREND 産総研のハイテクものづくり(第20回) 未利用工場排熱から電気を作り出して、 今年の夏も乗り切ろう! ̶ 熱電モジュール・素子化技術̶ 経済産業省 産業技術総合研究所室長 渡 1.はじめに 邉政嘉 気エネルギーの相互直接変換技術のことで、これによ り温度差を利用した発電システムや、代替フロンガス 産総研はものづくり技術の宝庫だ。そこでは素形材 等の冷媒を使用しない冷却システムの実現が可能であ 技術の更なる発展に寄与する様々な先進技術の研究開 る。また、未利用廃熱を電気として回収する熱電変換 発が進められている。今号では、産業技術総合研究 技術が進められており、大規模な省エネルギー効果が 所 エネルギー技術研究部門 熱電変換グループ長 山本 期待されている。 淳らによって取り組まれている熱電モジュール・素子 素形材関連の現場は熱処理プロセス、熱間鍛造プロ 化技術を紹介させて頂きたい。 セス、粉末の焼結プロセス、鋳造プロセス等、常に高 高温の熱を大量に使った発電技術の代表例は、火力 温にさらされている。これらエネルギーは温度領域に 発電所だ。重油、天然ガス、石炭等の燃料をボイラー よっては、様々な省エネ技術によって排熱回収、再利 で燃焼させ、大量の水蒸気でタービンを回し、その回 用され、加熱エネルギーの削減等に生かされている。 転エネルギーを発電機によって電気に転換する仕組み しかしながら、中低温領域(300 ∼ 400℃程度)の排 だ。今回紹介させていただく、熱発電技術は、火力発 熱は、投資コストの割に回収されるエネルギーが小さ 電所のような高温領域からのエネルギーの取り出しと く、再利用されることなくそのまま捨てられているこ 変換の技術ではなく、もっと熱密度が小さい工場廃熱 とが多いのも事実である(図 1 参照)。今回紹介させ のような未利用エネルギー領域からでも電力を取り出 ていただく技術はこの領域の救世主たる技術なのであ す熱電変換技術だ。熱電変換とは、熱エネルギーと電 る。図 2 に熱電発電モジュールの例を示す。 図 1 各種未利用排熱の規模と熱源温度 (出典:独立行政法人産業技術総合研究所資料) Vol.53(2012)No.1 技術TREND 渡邉⑳.indd 1 SOKEIZAI 39 2011/12/27 16:54:35 技術TREND サイズ 300mm x 160mm 2mm 角程度 構造 セグメント型 カスケード型(2段重ね) 内部は真空 パッケージ SUS316(厚さ0.1mm) 耐熱性気密電極 ガス封入 スケルトン型 電子ビーム溶接 真空封入 図 2 熱発電モジュールの例 (出典:独立行政法人産業技術総合研究所資料) 2.熱を電気に変換する原理と特徴 ゼーベックによって発見された現象で、解りやすく一 (1)変換メカニズム 言でいうと金属の棒の内部に温度勾配があると、棒の 両端の間に電圧が発生する効果のことである。ペル 今回紹介させていただく技術は、熱を直接電気に チエ効果とは、ゼーベック効果の逆現象を指し、異な 変換する熱電変換技術である。熱電変換は、個体の る金属を接合し電圧をかけると、接合点で熱の吸収・ ゼーベック効果やペルチエ効果等の熱電効果(図 3 参 放出が起こる効果のことである。ちなみにこちらはフ 照)を利用した熱と電気の直接エネルギー変換である。 ランスのジャン=シャルル・ペルティエによる発見で ゼーベック効果とは、エストニアの物理学者トーマス・ ある。 温度差 電位差 ゼーベック効果 (Seebeck Effect) Effect) 温度差に比例した電圧が発生する。 比例係数 S : ゼーベック係数 通電 吸熱/発熱 ペルチェ効果 (Peltier Effect) Effect) 電流に比例した吸発熱が発生する。 比例係数π : ペルチェ係数 図 3 ベーゼック効果とペルチェ効果 (出典:独立行政法人産業技術総合研究所資料) 40 SOKEIZAI 技術TREND 渡邉⑳.indd 2 Vol.53(2012)No.1 2011/12/27 16:54:39 技術TREND さて、一体何でこのような現象が起こるのであろう (2)特徴 か、以下に原理を簡単に説明しよう。金属中の電子等 熱電変換技術は、特徴ある冷却機能、発電機能を提 のキャリアが存在するが、導体の一端が異なる温度の 供できる技術である。具体的には以下の 3 点の特徴が ときそちらへ拡散しようとする。この拡散現象がゼー あげられる。 ベック効果を生み出すおおもとなのである。例えば、 ① 固体素子を用いた直接発電であり、可動部を持た 熱い端にいる熱いキャリアは冷たい端のほうへ拡散す ないので、システム構成が単純となり、メンテナ る。同様に、冷たいキャリアは熱い端のほうへと拡散 ンスを必要としない点である。 するといった具合である。導体を平衡状態に達するま で放っておくと、熱は導体全体に一様に分配される。 熱を蓄えたキャリアによる熱の輸送は熱流と呼ばれ ② 原理から見て発電効率は規模によらない点であ る。熱機関とは異なり大型化しても効率は上がら ない一方で、小型化しても効率は下がらないのだ。 る。帯電したキャリアが動く場合、これは電流そのも ③ 材料種の選択で幅広い温度範囲に適用できる点で のである。ただ、熱い帯電キャリアと冷たい帯電キャ ある。超高温から極低温までエクセルギーが利用 リアが同じ速度で動けばプラスマイナスゼロになるか 可能となる。基本的には、変換効率は熱電材料の ら電位差は生じないことになる。ところが、拡散する 性能によるので、材料開発が大きな意味をもつ。 キャリアは、物質中の不純物、欠陥、そして格子振動 他にもボイラー、タービンを利用しない、太陽電池 (フォノン)によって散乱を受ける。散乱がエネルギー や燃料電池等の全個体の直流発電デバイスが存在す に依存するならば、温度の異なるキャリアは異なる割 る。これらとの比較を図 4 に示す。出力密度において 合で拡散することになる。このため一方の端でキャリ は、熱電発電は太陽電池や燃料電池より優位性がある アの密度が高くなり、プラスとマイナスに帯電した両 ことがわかる。 端の間には電位差が生じるのだ。 太陽電池 Solar Cell 燃料電池 Fuel Cell 熱電変換(熱電池) Thermo(electric) Cell 入力 光 燃料(水素、都市ガス等) および酸化剤(酸素) 熱 開放電圧 ~1V (1セルあたり) ~1V (1セルあたり) 数~数十mV (1対あたり) 出力密度 数~十mW/cm2 0.5~1W/cm2 0.5~数 W/cm 2 出力調整 DC‑ DC変換、DC‑ AC変換 が必要 DC‑ DC変換、DC‑ AC変換 が必要 DC‑ DC変換、DC‑ AC変換 が必要 現象 表面現象 界面現象 バルク現象 寿命 長寿命(>30年) 長寿命? 長寿命(>30年) 図 4 全固体の直流発電デバイスとの比較 (出典:独立行政法人産業技術総合研究所資料) 3.熱電モジュール・素子化技術の概要 のみならず、中国、米国、欧州各国で再び活性化し、 2000 年以降に高性能な熱電材料の発見、提案が相次い 熱電発電技術は、未利用熱エネルギーの有効利用技 でいる。省エネ技術あるいは新エネ技術として世の中 術として期待されている。一方で、熱電発電技術自体 に展開するためには、現段階では、さらなる経済性の は、その原理が発見されてから現在に至るまでその歴 改善が必要であり、このためにはシステムとしての発 史は長い。それら原理がもとになった熱電対による温 電能力の向上と長期信頼性確保が重要である。一般的 度測定等のセンサー技術としての展開は進んでいるが に熱電発電システムは熱電モジュールと熱交換器、電 発電デバイスとしての実用化は宇宙環境等それでしか 力調整器等から構成されるが、この中で熱電モジュー できないような限界的な事例を除き、必ずしも成功し ル高性能化のための研究開発の役割は大きい。 ているとは言い難い。その最大の理由は変換効率の低 産総研では経済性の改善に重要な中温度域を有効に さと材料コスト等からみた経済性の欠如であった。近 利用できる新材料を開発し、変換効率 10%超を実現 年になって、熱電発電技術関連の研究・開発は日本 する高性能発電モジュールの開発を進めている。熱電 Vol.53(2012)No.1 技術TREND 渡邉⑳.indd 3 SOKEIZAI 41 2011/12/27 16:54:42 技術TREND モジュール開発 実装・システム化 接合 応力緩和 機械的強度 熱的安定性 化学的安定性 モジュール構造 熱交換 実装 電力変換 補器技術 材料研究 熱電性能 図 5 熱電発電モジュールの検討課題 (出典:独立行政法人産業技術総合研究所資料) 材料開発と素子化技術、これらを側面からサポートす 錯誤的な取り組みが必要となる。効率的な研究開発を る設計・評価ツールの開発を行い、新材料を取り込ん 行うためには、シミュレーション技術を十分に取り入 だモジュールの開発を行っているのである(図 5 参 れて無駄を省きながら、効率的な実験計画を組まなけ 照)。また今後、廃熱発電市場の創成に向けて、発電 ればならない。熱電材料の熱電特性、抵抗率ρ(T)、 モジュールの正確な性能把握や、性能のばらつき、劣 熱電能 S(T)、熱伝導率κ(T)を測定により求める 化、寿命、等がクローズアップされるため、評価技術 と、Z(T)を求めることができる。しかしながら、 についても重点的に研究を実施している。 実際のモジュール設計では、拡散バリア層や界面にお ける電気抵抗、熱抵抗の考慮や、複数の熱電材料の重 3.1 熱電材料 ね合わせ(セグメント化)にも対応しなければならな (1)中温度域材料 いため、正確な発電特性予測のためには数値計算が必 中温度領域でかつ最も効率よく熱電変換を行うため 要となる。また熱電モジュールの信頼性向上のために には、適切な材料の選択が必要となる。産総研では、 は応力緩和設計も重要であり、複合部材の応力計算ソ 室温付近の冷熱源と 300 ∼ 400℃程度の高温熱源を利 フトも素子開発で重要なツールとなる。ペルチエ効果 用 し て 10 % の 発 電 効 率 を 実 現 す る た め に、Bi2Te3- やゼーベック効果を取り入れた 2 次元熱電解析は、単 Sb2Te3 等 の 実 用 材 料 以 外 に、 ε-Zn4Sb(Zn-Sb 系) 3 に素子・モジュール開発のみならず、材料評価の妥当 や CoSb3:Te(Skutterudite 系)の実用化研究を進め 性検証や、材料不均一性がマクロ材料性能におよぼす ている。これらの熱電材料は比較的廉価であり、実用 影響の検証にも威力を発揮するため、様々な活用が期 化にあたり有利だからだ。 待される。 (2)新規熱電材料 (2)電極形成技術 既存材料とともに新しい新材料の開発も大切である。 各種熱電材料と電極の接合はモジュール試作の中で 産 総 研 で は、NdGdS3 等 の 希 土 類 硫 化 物 や CuxMo6S8 最も最適化に時間を要する工程となる。一般には拡散 等のシェブレル相硫化物、FeAs 系化合物、SrTiO3、 防止層を形成した後、①ロウ付け、②溶射、③一体焼 FeGa3、TiO2、(Ga)InN、InSb 等の新材料について 結又は加熱圧接という手法が取られるが、最適条件を は性能向上のための基礎研究が実施されている。硫 求めるためには材料組成や処理温度をパラメータとし 化物は酸化物より導電性に富み、多くの半導体組成 た実験によるデータ蓄積が必要となる。 が存在する事から、歴史的にも多く検討されてきた。 硫黄は自然界に多量に存在し、資源面でも大変期待 が持てる。 (3)単一素子評価技術 複数対からなる発電モジュールの試作を行う前に 1 つの P 型素子、N 型素子に温度差を与えて発電出力を 3.2 素子化・モジュール化技術 (1)素子シミュレーション技術 評価する事も可能である。この場合事前に不良素子を スクリーニングする意義もある。 材料開発とデバイス開発は様々な組み合わせの試行 42 SOKEIZAI 技術TREND 渡邉⑳.indd 4 Vol.53(2012)No.1 2011/12/27 16:54:43 技術TREND (4)モジュール評価 480℃− 30℃の熱交換で 2.9W、0.8W/cm2 であり、高 モジュールの発電性能評価は現状では様々な考え方 効率モジュールとしては比較的高出力タイプも実現し が存在する。モジュールの大きさ、形状が千差万別で ている。現状の課題としては、セグメント型素子の歩 あること、使用雰囲気が多様であること、実際の発電 留まり向上、熱的安定性の向上があげられ、より根本 システムを構成する場合には発電モジュール熱交換器 的には、これらの高効率モジュールの設計をより容易 が一体化する場合があることなど、統一的評価がしに にする高性能材料の開発が求められている。安定性向 くい要素がある。しかしながら熱電発電システムが実 上のためには、封止型モジュールが一つの解であり、 用化する際には発電モジュールが最小構成要素になる 現在数種類の異なる封止パッケージを開発している。 ため、モジュール製品の正確な発電能力の評価が今後 重要になると考えられる。FY2002 ∼ 2006 に実施した 国のプロジェクトでは参画企業、エンジニアリング振 4.素形材技術への適応可能性 興協会と協力し、標準的なモジュール評価装置を開発 ものづくりプロセスにおける省エネの取り組みは、 した。このシステムを図 6 に示す。熱流測定には NIST 乾ききった雑巾を絞るがごとき取り組みだとたとえら の電解鉄標準試料で構成した無酸素銅のブロックを利 れることが多い。たしかに普通の発想でできることは 用し、± 2.5%程度の精度を確保している。産総研で開 すべて対応済みかもしれない。しかしながら、今まで 発したモジュールの評価以外に、国プロ時代から現在 回収率が低く、費用対効果の観点からあきらめていた までに 10 機関以上のモジュール評価を実施しており、 中低温領域の未利用エネルギーもこの熱電変換素子を 様々な比較評価のためのノウハウが蓄積されている。 使えば、ばっちりと回収できる可能性が広がっている。 あらゆる工場排熱が電気に変換されれば、まだまだエ ネルギー使用率の高度化は進むのである。 熱電発電を利用した新しい動きもある。それは、省 電力で作動するセンサー群をこの熱電発電ユニットと 組み合わせることでバッテリーフリーのセンサーネッ トワークを構築することである。素形材の工場でも外 部電源を利用した様々なセンターネットワークで機器 群を制御していると思うが、これらをバッテリーフ リーで構築する可能性もある。 我が国を巡るエネルギー環境は大きく転換してい る。来年の夏にはまた厳しい状況が訪れることは必至 である。イノベーションによる新たな省エネ技術が新 しい道を開いてくれる。 5.おわりに 今般紹介したのは熱電モジュール・素子化技術であ る。当該技術にご興味があれば筆者までご連絡いただ きたい。適切なコンタクトポイントを紹介させていた 図 6 標準的なモジュール評価装置 (出典:独立行政法人産業技術総合研究所資料) だく。 最近は、「環境発電」という新しいコンセプトが注 目されている。電気を生み出すためのエネルギー源を 人工的に作り出すのではなく、環境の中に既に存在し 3.3 熱電発電モジュール ている自然エネルギーを利用して電気に変換する発 産総研では、これまでにセグメント型 400℃級の熱 電、すなわち環境発電というわけである。 電モジュール、カスケード型 400℃級モジュールを試 自動車エンジンの廃熱を利用した車載用の発電ユ 作し、変換効率 8%程度の性能を実証している。 ニットの開発が進んでいる。近いうちに具体的な製品 材料性能から推定した発電性能は 11%程度である として登場することが期待されている。ここにもビジ が、素子化とモジュール化で少なからぬロスが発生し ネスチャンスがある。これからの注目領域に、読者の ており、更なる改良を進めている。発電出力密度は 皆様も是非チャレンジいただきたい。 Vol.53(2012)No.1 技術TREND 渡邉⑳.indd 5 SOKEIZAI 43 2011/12/27 16:54:46