...

研究所便り26号 [PDFファイル/1.4MB]

by user

on
Category: Documents
6

views

Report

Comments

Transcript

研究所便り26号 [PDFファイル/1.4MB]
Institute of Regional Vitalization Studies
NEWS LETTER No.
26
CONTENTS
お知らせ
長岡市山古志地区の復興の現状と課題
米国低コスト航空企業における企業活動の経営学的含意
ワシントン大でのポスドク生活
ブリティッシュスクール東京校と板倉町小学生の交流会
事業報告 「地域環境システムと参加型地域づくりのモデリング」研究成果発表会
「雷電神社と世界の龍・蛇の世界」シンポジウム及び写真展
板倉野菜とフランス料理を楽しむ会
IMPRINT
「研究所便り」発行日:2007年2月10日
発行者
東洋大学地域活性化研究所
編集代表
長濱 元(国際地域学部国際地域学科 教授)
編集担当
高品 知典(生命科学部生命科学科 講師)
執筆協力
内田 雄造(工学部建築学科 教授)
永井 昇(国際地域学部国際観光学科 教授)
長谷川輝明(生命科学部生命科学科 講師)
小早川裕子
(地域活性化研究所 客員研究員)
池田 誠
(国際地域学部国際地域学科 教授)
松浦 茂樹
(国際地域学部国際地域学科 教授)
小池 鉄夫
(国際地域学部国際観光学科 教授)
1
お知らせ
所長 国際地域学部国際地域学科 教授/長濱 元
第26号は今年度の最終号です。力の入った記事を集めることができました。18年度も早くも年度末を迎え、研究所で
は今年度の活動の締めくくりとして、次の2つの行事を実施します。
地域活性化研究所 所員総会
日 時
会 場
2月21日(水)13時∼14時
東洋大学 板倉キャンパス 3101番教室(非公開)
公開講座「地域の活性化と観光計画の位置づけ
∼美しく豊かな地域を創るために∼」
日 時
主 催
共 催
第1部
第2部
2月24日(土)14時∼17時
東洋大学地域活性化研究所、国際共生社会研究センター
板倉町
講演「板倉町観光計画の意義と展望」
針ヶ谷照夫 板倉町町長
「飯田市の自然環境と観光計画」
井上弘司 飯田市産業経済部担当企画幹
「板倉町の自然環境と共生の方向」
薄木三生 国際地域学部 教授
「板倉町の観光計画の概要」
伊藤良昭 板倉町産業振興課 係長
パネルディスカッション
「板倉町の環境と観光に関する提案と意見交換」 司会 井上博文 国際地域学部 教授
※講座終了後 交流会を開催します。
※公開講座はどなたでも入場できますので、ぜひご参加ください。
平成19年度においても地域活性化を目指す活動を展開していきます。
今後の活動について、ご要望・ご提案をお寄せ下さい。
長岡市山古志地区の
復興の現状と課題
工学部建築学科 教授/内田雄造
〈山古志の現状−復旧は進みつつある〉
東洋大学が中越地震の被災地・長岡市山古志地区の復旧・復興に関わってから、
2年が経過しております。旧山古志村村長で
あった長島忠美氏との縁で始まった復興支援プロジェクトですが、学生・教職員が現地でボランティア活動に参加する一方、
工学部、社会学部の教員は復興に関わる諸計画を担ってまいり
ました。社会学部社会心理学科の田中淳教授は、被災村民の生
活実態調査と意向調査を行い、工学部建築学科と環境建設学
科の教員は、復興住宅モデルの策定、壊滅した集落の再生計画、
そして景観計画のスタディを行ってきました。
地域では、砂防事業、道路事業が優先的に取り組まれ、地域
のインフラ整備は順調に進捗しております。昨年の10月末に
は懸案であった山古志小・中学校の再建工事が完成し、住宅の
改築や再建も進みつつあり、村民の帰村も増加しています。し
かし、壊滅した6集落では、集落整備が本年度予定されており、
この集落に住んでいた住民の帰村は早くても本年末となりま
しょう。また、棚田、棚池の整備、越冬施設の再建は遅れており
ますが、今後確実に進捗していくものと思われます。
再建後の山古志集落のイメージ
2
〈今後の課題−中山間地の活性化にむけて〉
これに対し、地域がどう自立していくか、また豪雪地帯に住む高齢者に対
してどのような自立生活支援を行っていくかといったテーマは、未だ手つか
ずの状況です。
そもそも山古志地区は、3mを超す豪雪に見舞われる中山間地です。1950
年代初頭には7,000人近かった村の人口は、地震前には2,600人、復興事業が
一段落した後は、1,600∼1,700人位が帰村することになると予想されます。
しかも高齢者が人口の過半を占めている状況です。
中山間地型復興住宅検討委員会の提案に基づいて
農林業は産業としては成立しておらず、棚田や庭先での農事は専ら自家
建設された公営住宅
用もしくは都市部在住の子どもたちへのプレゼント用であり、一部酪農
(今
回の震災で牛舎などが全壊した)を除けば、錦鯉の養殖が唯一の産業という状況です。豪雪にもかかわらず、冬期も公道の除
雪が行われており、若い家族では夫や妻が長岡市街地や小千谷市街地に通勤しています。しかし若い人口が減少し、地域のコ
ミュニティが維持できない状況の到来も予想されており、雪処理や共同の農事、そして相互扶助を前提とした山村の住まいは
解体に瀕しています。
一方、山古志にはすばらしい文化、景観が存在します。棚田・棚池、錦鯉の養殖、牛の角突き、棚田とはざ(稲を乾燥させる加構)
と中門造りの民家が織りなす景観はその代表といえましょう。村の方々は、雪解けと共に訪れる
「春を遊び」の楽しさを語りま
す。
私たち復興に関わるメンバーは、山古志の復興を日本の中山間地振興のモデルケースとして位置づけ、ソフトな分野を中心
とする後期復興計画に取り組んでいくつもりです。グリーンツーリズムの導入、農地や集落の復興地区を中心とした
「地域ま
るごと博物館」
の計画、高齢者への自立支援や健康支援のシステム構築がテーマです。
地元でも長岡市と新潟県が中心となり、国の財務援助を生かし、被災地の復興から中山間地の振興を見据えたプラット
フォーム
「財団法人山の暮らし再生機構
〈仮称〉
」の構築準備が進んでいます。この機構は自ら事業を担うものでなく、人と人、
情報と情報の出会いの場をイメージしております。
私たちのメンバーの後期復興計画に関しては、大学院福祉社会デザイン研究科が中心となり研究計画を策定しつつありま
すが、地域活性化研究所の諸先生のご協力をお願いしたいと思います。
米国低コスト航空企業における
企業活動の経営学的含意
国際地域学部国際観光学科 教授/永井 昇
米国航空産業において新たな企業、サウスウエスト航空などの低コスト航空企業(LCC, Low-Cost Carriers)が台頭し「米国航
空旅行に革命」
(米国運輸省)をもたらしている。さらに、その革新的な企業活動を範例として、欧州やアジア、オセアニアでも
低コスト航空企業が急速に事業を拡大中である。低コスト航空企業とはコスト競争力を最大の特徴とする航空企業である。
低コスト航空企業における企業活動の議論は、航空事業を事例としているが、現代のパラダイムにおける経営の重要課題に深
く関わっており、次のような経営学的な含意
(インプリケーション)を持っていると言える。
先ず、企業活動の画期的な発展、すなわちイノベーション(革新)に関する示唆である。企業家
(アントルプルヌア)の意思と
、
の理論』
で提起した
行動が、企業活動発展のために非常に重要な関わりを持っている。ヨーゼフ・シュンペーターが『経済発展
企業家およびイノベーション(革新、新結合)の概念が、低コスト航空企業の企業活動発展の中心要因である。企業家は、新製
品
(低運賃で高クオリティな航空旅行)の導入や新市場
(短距離路線)の発見、新生産手段
(徹底的に単純化した運航プロセス)の
導入などの新たな組み合わせであるイノベーションを駆使し、既存の枠組みを創造的に破壊し、企業活動の画期的な発展をも
たらしている。今後の経営発展のためには、企業家という経済主体の人間的な活動およびその所産であるイノベーションに関
して、より積極的な研究活動が必要であろう。
近年、多くの産業で競争が劇的に激しくなっており、どうすれば企業が競争に打ち勝ち生残れるかについて関心が高まって
いる。伝統航空企業に対して極めて競争優位を築いている低コスト航空企業の企業活動は、競争戦略の面で多くの有効な概
念を含んでいると考えられる。企業家は、航空事業においてマイケル・E・ポーターの戦略理論を実践していると言える。ポー
ター理論によると、競争戦略の本質は差別化で、意図的にライバルとは異なる一連の活動を選び独自の価値を提供すること。
大都市の拠点空港を中心にフル・サービスを提供する伝統航空企業とは対照的に、サウスウエスト航空は、すべての活動を、
拠点空港を避けた近距離路線において、低コストで便利なノー ・フリル(限定的サービス)な航空旅行を提供することに集中さ
せている。うまく絞り込んだ活動により、独自の戦略的なポジションを確保している。低コスト航空企業の諸活動は、戦略的
に結びつき、部分的な寄せ集めでなく活動がお互いにフィット
(関連性と一貫性)し強化し合う状況にある。プロダクト(航空
旅行)の簡素化が、運航プロセスの単純化を生み、コストを引き下げている。単一航空機運航や直行型ネットワークが、ターン
所要時間を短縮化。この運航の徹底的な単純化・標準化が、低コストで高クオリティ
(安全性、定時性、利便性)な運航を可能に
している。生産性の高い社員が、最終的には顧客に低運賃で高クオリティな航空旅行を提供しているのである。
サウスウエスト航空は、30年余の間連続して利益を上げており、これは米国ばかりか世界のあらゆる企業においても、卓越
した業績である。サウスウエウスト航空における企業家とその革新的な企業活動には、業種を超えて、また時代がいかに変化
しても、普遍的なエクセンレント・カンパニーの重要な要素や概念が数多く存在していると考えられる。
(筆者は、平成18年3月に「米国低コスト航空企業̶その事業の創出と発展に関する研究」で、博士
(政策研究)
学位を千葉商科
大学大学院政策研究科より授与されている。本稿は、その博士論文の第7章7の一部を引用修正・加筆したものである。
)
3
ワシントン大でのポスドク生活
生命科学部生命科学科 講師/長谷川輝明
私は2001年8月から2003年2月にかけての約1年半、アメリカ合衆国ワシントン州シアトル市にあるワシントン大学化学科
において、博士研究員として研究活動を行っていた。シアトルといえばかつては
「大魔神」
佐々木、いまやイチローや城島らの
メジャーリーガーが所属するマリナーズが本拠地を置く港町として、多くの日本人観光客が訪れる都市であるが、このシアト
ル市のある州がワシントン州であることを知らない方は意外に多いのではなかろうか。事実、博士課程3年生当時にこのポス
、ワシントン大」
ドクポジションに応募した際、何を隠そうこの私もワシントン州という州の存在を知らず「
という名前からア
メリカ合衆国の首都ワシントンにある大学だと信じ込んでいたものだった
(その間違いに気づくのは数ヶ月後、指導教官との
。
会話の中で「シアトルは海が近いから海産物がおいしい「
」北の方だから夏過ごしやすい」という言葉を聞いたときだった)
さて、シアトル留学中の私の心に残ったのは何をおいてもその周辺の自然の豊かさだった。シアトルは周辺を覆う広大な針
葉樹林帯と西方に広がる美しい内湾から、エメラルドシティーと呼ばれるほどの美しい街である。シアトルの街から南方に目
をやると、標高4000mをゆうに超え、その美しい山容から日系人の間で
「タコマ富士」の愛称で呼ばれてきたレーニエ山がそび
えている。このレーニエ山は日本付近でいえば樺太程度の緯度にあるため山頂付近には幾筋もの氷河が存在し、ワシントン
大で友達になったインド人や日本から訪ねてきてくれた友達らと、この氷河を見るために何度となくレンタカーを借りては
ドライブに出かけたものである。シアトル周辺にはこのレーニエ山のあるマウントレーニエ国立公園のほかにも、オリンピッ
ク国立公園やノースカスケード国立公園などが点在しており、アウトドア好きの私にはたまらない街であった。またシアトル
から水上セスナで40分ほどの隣国カナダのビクトリアでは英国風建築や美しい花々、さらにはホエールウォッチングなどを
楽しむこともできた。特にシアトル周辺の輝くような夏はすばらしく、緯度の高さによる過ごしやすさや天気の良さ、昼間の
長さ(夜10時頃まで明るい)など、今でも夏になると毎年
「あぁシアトルに帰りたい」と思うほどである(そのぶん冬は最悪で、
。またシアトル周辺は海産物も豊富で、留学先のボスが海岸での天然オイスター狩
一週間のうちほぼ6日は雨なのだが・・・)
りや、サーモンフィッシングやイカつりなどによく私を連れ出してくれたこともすば
らしい思い出である。
このままで文章を終わるとどうも留学中に遊んでいただけのような印象を与えか
ねないので、最後に少しはワシントン大での研究環境についても述べておきたい。ワ
シントン大学はアメリカ北西部最大の総合大学であり、特に医学・バイオ系の評価の
高い大学である。ワシントン大のアメフトチーム
(ハスキー犬をマスコットにしたハ
スキーズ)
人気は地元シアトルではさまじく、週末になるとキャンパス内のスタジア
ムに向かう地元の人たちでキャンパス内に長い行列ができるほどだった。このワシン
トン大学化学科の実験室でまず驚いたことはその圧倒的な広さだった。現在の板倉
キャンパスでの実験室
(オフィスでいえば3個分ほどに相当するであろうか)と同じ程
度のスペースを、私が留学していた当時は2∼3人で使用していたのである。有機合成
実験に必須の局所排気装置
(ドラフト)も、一人あたり2台程度設置されており、有機
溶媒を使用する実験は例外なくドラフト内で行う決まりとなっていた。研究者の健
康を最優先に考えた構造になっていたのである。振り返って現在の日本国内の各大学
における有機化学関連研究室の一般状況を見てみると、同等のスペースに学生10人
以上が詰め込まれており、ドラフトに至っては5∼6人で一台を共有している有様であ
る。基礎研究に対する投資や人材育成という点でのアメリカとの差を痛感させられ
2002年10月釣り上げたサーモンとともにア
るとともに、次世代を担う研究者の卵をこんな劣悪な実験環境で実験させておいて、 パート内で。 この頃はまだメタボリックとは
「技術立国・日本」などとよくも言えたものだといろいろ考えさせられた次第である。 無縁でした…。
ブリティッシュスクール東京校と
板倉町小学生の交流会
地域活性化研究所 客員研究員/小早川裕子
板倉町では、町内小・中学校の英語教育の充実化を図る「英語学習検討委員会」が英語教育に積極的なメンバーの声がけで4
、教育委員会代表、
年前に結成されました。委員会のメンバーは町内全小中学校の各代表先生、二人のALT
(外国人英語指導員)
。
そして、海外経験者として小早川がいるわけですが、月1ペースで会議が行われております「英語学習検討委員会」
は単なる英
語学習ではなく、英語を通しての国際文化理解と自己表現能力の体得を目標にしています。慎み深い日本の文化は、むやみや
たらに人前で意見することを美徳としませんが、それ故に発言力に欠け、他人と異論を有する自分に自信を持てない子供たち
、これが私の考えです。
が育ちやすい環境なのかもしれません。一方、英語圏の文化は自分の考えの正負より「
」と、自己発言を
優先させます。積極的に自分の意見を人前で表現することは、自分の考えを整理整頓したり、深めたりする上で非常に大切な
ことです。特に、多国籍間の話合いが増える中、発言力は日本人にとって重要なスキル
(技術)と言えるでしょう。人前で発言
4
、
するには勇気が必要です。ですから、子供たちには周囲の「良
いじゃない、そんな考え方も。
」と、応援する姿勢も必要かもし
れません。そんな環境をより容易にしてくれる一つの道具と
して、英語があります。そのデリケートな部分を委員会はよ
く理解していると言えるでしょう。学校での英語学習はあく
までも生徒達を主体に、担任の先生も一緒に学ぶ姿勢を取っ
ています。夏休みには先生たちの英語ワークショップを設け、
どのように指導したら生徒たちにより分かりやすい内容にな
るのかをグループに分かれ話し合い、最後は各グループが考
えた授業内容の発表会を行います。初めは硬い表情の諸先生
たちも、発表をする頃には笑顔で、本当に楽しんで学習してい
ます。これも英語がなす業なのでしょうか。
「バッタがとまった !」 田んぼの中ではしゃぐ BRT の生徒たち
町内には4つの小学校がありますが、その中の南小学校では
10年ほど前から英語教育を先駆けて実施しています。生徒たちは毎年浅草で外国人にインタビューをし、英語の習熟度や自
分から外国人に話しかける根性試しを行うまでに成長しました。ですが、この小学校は1学年一クラスで構成されています。
いつも同じメンバーでの学習に馴れ過ぎた感があり、もっと刺激剤はないかという話が委員会にでました。その機会に、私か
ら、東京のインターナショナルスクールとの交流の可能性を提案してみました。
東京から1時間ほどで離れただけで、広大な自然に恵まれた板倉町があります。水上スポーツ・サイクリング・ハイキング・
菜園などで存分自然を楽しんだ後、バーベーキューをしても、ゆとりを持って帰宅できます。望めば、熱気球やグライダーで雄
大な平野を上空から楽しむことも可能です。カラフルな熱気球やウィンドサーフィンを楽しめる板倉町の週末は、まるでどこ
かの国の避暑地さながらです。この板倉町の絶好の立地条件を東京
人は知らずにいます。何ともったいない。
さて、インターナショナルスクールの話に戻しますが、私の豪州時
代の友人が東京に住んでおり、渡良瀬遊水地で開催されていたトラ
イアスロンに参加していました。そこで、既に板倉町の素晴しさを
知っている彼に、彼の子供たちが通っているブリティッシュスクール
(BST)と板倉町との交流の可能性を相手校に探ってもらうよう頼ん
でみました。そうすると、どうでしょう。日頃都会生活しか知らな
い子供たちに是非自然があふれる板倉町で体験学習をさせたいとい
うことになりました。大きなキャンパスで絵画活動をさせたい夢を
持った美術の先生、文化交流をさせたい先生など、意欲的なBSTの先
生たちと、板倉の英語学習検討委員会の意見が合致し、去年の10月、
1
泊2日の交流が実現したのです。第1日目は板倉町の東と南小学校の
「よく似合うでしょう!」 多様な日本手ぬぐいの使い方を習って
5年生がBSTの4年生の総計120人で一緒に巨大キャンパスの絵を制
、
作しました。これは現在、板倉東洋大前の駅前に設置されています。デザインはBSTの美術の先生によるものですが「地球人」
を意識したカラフルな作品で、町内でも話題になっております。第2日目は、南小学校の5年生が植えた苗を一緒に刈りました。
南地区の農家のボランティアの方々に、日本手ぬぐいの多様な利用法や散在する自然の神様に感謝する心を教えていただき
ながら、手にした鎌に緊張しながら稲を刈上げ、日干しの仕方も教わりました。板倉の小学生にとっては、田んぼの中の蛙や
虫に驚く都会に住む外国人の友達に、手解きをしながら、教えることができる自信を得ることができた事でしょう。
BSTと板倉町の小学生間の交流は大成功に終わりました。お互いの生徒にとって得る物がたくさんあったと思います。その
背景にはBSTの諸先生たちの熱意と板倉町の諸先生たちは勿論の事、ボランティアを勤めた農家、お母さんたち、そして、なに
より宿泊先を提供してくださった清浄院があって、今回の成功がありました。また、この交流を現実化するに当たっては、子供
主体の英語学習と、田植えを実践してきた南小学校の実績無しには実現できなかったかもしれません。ですが、反省点も多々
あります。特に、子供達は英語を話す機会を十分に活かせていませんでした。前述の日本人特有の発言力の弱さ故でしょうか。
だからこそ、継続に意味があるのだと思います。小学生の内に同年代のお友達に気持ちを伝えられない歯がゆさを感じて、初
めて子供達は英語を学習することの意味を体得できるのだと思います。今回の全く環境の違った子供たちの交流は、今後の彼
らの人生において、大いに考える機会を与えるものになったことでしょう。そして、それは子供たちだけではなく、関わった先
生たちや町の方たちにとっても同様のことが言えるのではないでしょうか。初めは言葉が通じないことに不安を感じて躊躇
しがちでしたが、実際一緒に活動して、言葉以外の部分で通じ合えるものを肌で感じたのではないでしょうか。実際、頭で考
えているだけでは前進できません。違いを恐れず、発言し行動をできる環境を子供たちに提供することは、板倉町にとっても
未知なる財産を育てることになるでしょう。このような足が地に着いた活動を通して、多くの町民に参加協力していただくこ
とも、地域活性化につながる事と考えます。笑顔あふれる子供たちの表情に、この事業の成功を見る思いです。
「どう、すごいでしょう!」 子供達の創造力は無限
5
事業報告
「地域環境システムと参加型地域づくりのモデリング」研究成果発表会
国際地域学部国際地域学科 教授/池田 誠
主 催
共 催
日 時
会 場
開催目的
東洋大学地域活性化研究所
地域課題合同研修
(館林市・明和町・板倉町・大泉町・邑楽町・千代田町)
平成18年11月29日
(水)
13時20分∼16時30分
東洋大学板倉キャンパス
2208教室
地域活性化研究所「地域環境システムのためのモデリング
(CK5)
」及び「参加型計画策定のためのシス
テム・モデリング」
(CK6プロジェクト・メンバー :山下りえ子研究員、稲生信男研究員、池田誠研究
員)の研究成果について地域の方々から発表いただくとともに、幅広く意見交換を行うために開催い
たしました。
館林・邑楽地域の市町村職員と学生が参加し研究成果を発表した
「雷電神社と世界の龍・蛇の世界」シンポジウム及び写真展
国際地域学部国際地域学科 教授/松浦 茂樹
人と水とのつながりを象徴するものとして龍・大蛇がある。干天時には龍・大蛇に降雨を祈願し、洪水に襲われる
と大豪雨が生じないことを祈願する。
ところで板倉地域の歴史ある建造物として宗教建築物・雷電神社がある。この神社は群馬・栃木・埼玉県に多く存
在する雷電神社の総本社であり、広い地域から篤く信仰されている。この神社は、今は埋立てにより消失してしまっ
たが、板倉沼・亥ノ子沼を背景にして水辺に立地しており、水と深い関わりがあって大蛇そして龍の伝説をもってい
る。また龍の掛け軸や彫り物があり、茅の輪など龍に因んだ行事も行われている。
一方、プロのカメラマン・鍔山英次氏が、日本・世界各地を長年、回られる中で龍・蛇に関わる写真を撮り続けて
こられた。鍔山氏のご好意により、この写真の一部をお借りできた。
ここに、地域にとって重要な雷電神社、この神社と関係に深い龍・蛇についてのシンポジウム及び写真展の開催を
行ったものである。
6
1,シンポジウム
日 時
場 所
参加人員
2006年12月12日
(火)
15時∼16時30分
3101教室
市民/約20名、学生/約80名
プログラム
司会/井上博文教授
あいさつ/地域活性化研究所長 長濱 元教授
1.地域と雷電神社 松浦茂樹教授
2.龍と雷電神社 雷電神社宮司 江森 弘氏
3.雷電神社の龍の彫り物と脚折行事 板倉町教育委員会 宮田裕紀枝氏
4.パネルディススカッション 5.会場からの質問
6.世界と日本の龍と蛇 松浦茂樹教授
雷電神社宮司 江森弘氏から雷電神社の歴史、地域にもっている意義など、板倉町教育委員会
宮田裕紀枝氏から埼玉県鶴ヶ島市脚折の雨乞い神事
(雷電神社から御霊水を運ぶ)
、神社の彫り物
などの講演が行われた。
板倉そして人と水とのつながりを理解する上で、興味深いシンポジウムであったと評価している。
雷電神社秘蔵の「龍の掛軸」について説明する江森弘宮司。 掛軸は33年に一度のみ開帳される(写真はレプリカ)
2,写真展
1)板倉町
日 時
2006年11月15日
(水)
∼11月30日
(木)
場 所
わたらせ自然館
板倉町が開催した水の文化史展として、
「雷電神社と世界の龍・蛇の世界」
が開催され、
その協力として
「世界の龍・蛇」
の写真提供及び解説を行った。
2)東洋大学
日 時
2006年12月12日
(火)
14時∼16時30分
場 所
3101教室前
シンポジウムに合わせて行ったものである。
3)渡良瀬遊水地アクリメーション
日 時
2006年12月19日
(火)
∼2007年1月26日
(金)
場 所
渡良瀬遊水地湿地資料館
「世界の龍・蛇展」
として当研究所と財団法人渡良瀬遊水地アクリメーションの共催で行ったのもの
で、マスコミにも取り上げられ、関心のある多くの来訪者があった。
7
板倉野菜とフランス料理を楽しむ会
国際地域学部国際観光学科 教授/小池 鉄夫
昨年に引き続き今年も、板倉町の方々を対象に食事会を
平成18年12月17日
(日)
に行いました。今年度のテーマは
地元の板倉野菜を多く使用したコースメニューを組み昨
年と同様に板倉町の広報誌を通して参加者を募り40名の
方々にご参加いただきました。
準備及び当日は、国際観光学科非常勤講師の西田先生に
メニューと調理を指導して頂き、又ホールは同非常勤講師
の関本先生が指導され、参加された方々へのサービスは小
池ゼミの3年生が行いました。
食事会終了後参加された方々にアンケートを取らせて
頂き感想ご意見などうかがいました。初めて行った昨年度
に比べ、料理内容・サービスなど全般的に好評で来年も是
非参加したいという感想を数多く頂きました。
特に今年は板倉野菜にスポットを当てテーマ性のある
料理にしたことに対して、
「板倉野菜の美味しさを再認識
した」
とか
「料理に調和していてとてもよかった」
などの感
想を頂きました。
メニュー
彩りも美しい板倉の野菜
地元の食材を生かした本格的なフランス料理を楽しむ近隣住民の方々
8
Fly UP