...

日本文化の論理と人間 - Publications

by user

on
Category: Documents
14

views

Report

Comments

Transcript

日本文化の論理と人間 - Publications
日本文化 の論理 と人 間観
タ キ エ
・ス ギ ヤ マ
・ リ ブ ラ(University・fHawaii)
TakieS.LEBRA
日本文化研究の意味
日本 文 化 論 が批 判 の 的 に な っ て い る現 在 、 日本 文 化研 究 に従 事 す る一 人 と して 、 セ ッシ ョンの
設問
日本 文 化 が特 殊 で あ る か ど うか
に答 え なが ら、私 の反 応 を一 言 す る こ とか ら始 め た
い。 私 の 反 応 は、 次 の 三点 に ま とめ る こ とが で き る。 最初 の二 点 は設 問 に直 接 答 え るの が 目的 で
あ り、 第 三 点 は 日本 が特 殊 か ど うか とい う問 い を超 えて 、 そ の背 後 に横 た わ る認 識 論 を問 題 とす
る。 私 はい なか る文化 にせ よ 、特 殊 性 と普 遍 性 と を対 立視 す る こ とに疑 問 を投 げ か け る。 対 立 視
は極 論 化 を呼 び、 議 論 は は て しな く現 実 か ら遠 ざか るば か りで あ るか らだ。
そ こで 、 第 一 の 点 は研 究 目的 の次 元 に関 す る。研 究 者 の 目的 が文 化 的 相 違 を超 えた 人 間 一 般 に
つ いて の 知 識 追 求 に あ る とす れ ば、 その 材 料 に な る もの は 日本 の な か にふ ん だ ん にあ る し、 そ う
だ とす れ ば これ を殊 更 日本 研 究 と呼 ぶ こ と も ない で あ ろ う。 また別 の研 究 者 に と って 、 日本 を 日
本 で あ るが 故 にそ の特 殊 性 を追 及 す るの が 目的 で あ る場合 もあ る だ ろ う し、 その ため の 材 料 に も
事 欠 か な い 。 こ うい う意 味 で私 の答 え は極 め て プ ラ グマ テ ィ ッ クで あ る。 つ ま り 日本 とい う実 体
そ の もの の なか に普遍 性 とか特 殊 性 とか が 本 質 的 に内 在 して い る わ けで は な く、 研 究 者 、 観 察 者
の 目的 次 第 で あ る と言 い た い。 文 化 とは、 日本 とい う文化 の境 界 とは 、 コ ンス トラ ク ト(人 為 的
組 み立 て)で あ る と言 い換 え る こ とが で き る。研 究 対 象 一般 に つ い て実 体 性 が な い と言 って い る
ので はな く、 あ る対 象 を一 つ に ま とめて 日本 文 化 と呼 び、 これ を特 殊 視 した りそ れ に反 論 した り
す る こ とが 実 体 を超 え る次 元 の議 論 で あ る こ と を指 摘 して い るの で あ る。
第 二 に特 殊 性 とか 普遍 性 とい う概 念 の 意 味 が 決 して 単 純 な二項 対 立 に お さめ切 れ ない と い う事
実 で あ る。 特 殊性 の 一 方 の極 に は 、 日本 文 化 が 他 の い か な る文化 と も何 らの共 通 性 を もた ない と
い う最 大 特 殊 が あ り、他 方 の極 に は何 か 一 つ で も 日本 に しか な け れ ば そ れ を もっ て文 化 の 特 殊 性
とみ なす 最 小 特 殊 が あ る 。 そ の た め論 者 はそ の 広 い振 り幅 の 問 をゆ れ動 くの で あ って 、 同 意 に達
す る よ りは誤 解 と反 論 の拡 大 再 生 産 に寄 与 す る結 果 と な る。 これ と対 応 して普 遍 性 も最 大 か ら最
小 まで 伸 縮 しう る。 最 大特 殊 に対 応 す るの が 最 小 普 遍 で あ り、 最小 特 殊 に最 大 普 遍 が 対 応 す る。
私 自身 は、 二 項対 立 よ りも、 そ の 間 にあ る もの 、 普 遍 で も特 殊 で もな い もの 、或 い は、 普 遍 で
あ り特 殊 で あ る広 い 領域 に注 目 した い。 議 論 の 生 産 性 を高 め るた め に そ れが 必 要 だ と考 え る。 そ
れ は 同時 に、 特 殊性 へ の追 求 が通 文 化 的 な洞 察 を生 み 、 逆 に一 般理 論 が 地域 文 化 理 解 へ の 鍵 を提
供 す る とい う、 相 互依 存 、相 互 刺 激 を暗 示 す る。 対 立 で は な しに、 一 方 を押 し進 め る ほ ど他 方 の
窓 も開か れ る と考 え る 。
翻 って 普 遍 とい う もの が果 た して到 達 可 能 か を考 え る と、 第 三 の 問題 点 に突 き当 た る。 これ は
今 流 行 の 「政 治 的 認 識 論」 と もい うべ き もの と地 域 研 究 との 絡 み合 い に 関係 す る 。 こ こで は 、 日
1-322
本 は特 殊 か と い う問 い か け を括 弧 に く くって 、 研 究 の 背 後 状 況 に 注 目す る 。誰 が 、 どうい う理 由
で 、何 を書 い た り、 話 した りして きたか 、 対 象 の リプ レゼ ンテ ー シ ョン、 テ ク ス ト、 言 説 が 批 判
の 的 に な る。 この 傾 向 は、対 象 そ の ものの 内 在 性 を否 定 す る とか 、 こ れ を客 観 的 に捕 え る リ プ レ
ゼ ンテ ー シ ョン はあ りえな い とす る悲 観 的;懐 疑 的 認 識 論 と結 び付 く一方 、言 説 の背 後 に は これ
を生 み 出す 政 治 経 済 的権 力構 造 が 控 えて い る とい う批 判 と もな る 。
実 体 が あ る とす れ ば そ れ は そ うい う権 力 構 造 、 イデ オ ロギ ー 、 あ る い は もっ と広 い 意 味 で 文化
そ の もの の なか に吸 収 され 、拡 散 さ れ、あ げ くは人 々 の意 識 下 に沈 ん で しま うヘ ゲ モ ニ ー を さす 。
死 ん だ と思 って い た マ ル クスが 新 しい 衣 装 を ま とって 蘇 った観 が あ る。 しか も、 サ イー ドの オ リ
エ ンタ リズ ム に刺 激 され て 、攻 撃 の 矢 は これ まで の 学 問 、研 究 の 中心 に あ っ た西 欧 、 と くに 白 人
に代 表 され る植 民 帝 国 主義 的権 力 構 造 に向 けて 放 た れ る 。 支配 、被 支 配 の権 力 構 造 を 自覚 す る こ
とに よ り、 そ れ と密 接 に絡 まる認 識 論 上 の 自己 と他 者 、 主体 と客 体 の 隔 絶 を過 剰 な まで に 意識 す
る こ と と な った 。 西 欧 の 人類 学 で は研 究 主 体 と は西 欧 の 人類 学 者 で あ り、 客 体 と は第 三 世 界 の現
地 人 で あ る。
西 欧 文化 を体現 す る主 体 が は た して 非 西 欧 文 化 の 客体 を理 解 しう るか が こ こで 改 め て 問 わ れ 、
従 来 の 文化 相対 主義 をは る か に こ えて 先 鋭 化 して い る 。今 まで普 遍 で あ る と ばか り思 い込 ん で い
た概 念 とか 前提 が 実 は西 欧 文 化 に育 った 自分 の 偏 見 に過 ぎず 、 そ れ と は全 く異 な る現 地 人 の 中 に
入 って初 め て そ の こ と を悟 っ た とい う 自責 が あ るだ け で は な い。 他 の 研 究 者 、 と くに 人類 学 の 巨
峯 と 目 され る よ うな過 去 の人 々の エ ス ノ グ ラ フ ィー に西 欧 的偏 見 と権 力 意 識 の痕 跡 を見 出 だ して
攻 撃 す る 、 そ うい う風 潮 が 西 欧 の 学 者 達 の 間 で 蔓 延 じて い る と は皮 肉 とい うほ か な い 。
この よ うに 見 る と、 各 文 化 の 特 殊 性 が 極端 に 浮 き彫 りさ れ る こ と と な り、 他 文化 を理 解 す る た
め に は、現 地 人 に な り きる こ とが 必 要 だ とい う議 論 を越 え て、 他 文 化 理 解 な どそ もそ も不 可 能 で
は ない か とい う主張 に まで 発 展 して しま う場 合 もあ る 。 ま さ に文 化 特 殊 主 義 の極 論 と言 う ほか は
ない 。 しか し、 一方 、 同 じ反 西 欧 的 な 認 識 論 に立 ち な が ら、全 く逆 の 結 論 に至 る 主張 もあ る。 他
文 化 を西 欧 と は全 く異 質 の 文 化 に描 き出 して し ま う西 欧 人 類 学 の 過 ち を批 判 す る声 が そ れ で あ
る。異 質論 に た い す る共 通 主 義 者 、 な い し普 遍 主義 者 か らの 攻 撃 で あ る。 この 立場 か らは 、異 質
論 とは西 欧 人 が彼 等 自身の 文 化 にな い もの 、 又 は失 わ れて しま った もの を、 他 文化 に求 め る 自己
中心 的欲 求 の現 れ に過 ぎない の で あ って 、 こ れ こ そ オ リエ ン タ リズ ム を絵 に描 い た よ う な もの だ
とい うこ とに な る。 こ の よ う に して 、異 質論 対 普 遍 論 は ます ます 混 乱 を深 め て行 くか にみ え る。
この動 向 に た い して 、 日本研 究 は ど うい う意 味 を もつ か 。 日本 研 究 批 判 には 、一 方 で は、 日本
が西 欧主 義 に隷属 して 西 欧 一 辺倒 に 走 って い る、今 こ そ 日本 独 自の 立 場 を明 らか にす べ き だ とい
う声 が あ る 。 しか し、 そ れ よ り、今 、西 欧 で 日本研 究 者 の 目に触 れ 耳 に達 す るの は 、 日本 が 西 欧
を模 倣 して 、 日本 中心 の 文 化 帝 国 主 義 、 また は 日本式 オ リエ ン タ リズ ム を実 践 して い る、 その お
先棒 を 日本 研 究者 が 担 い で い る とい う批 判 で あ る 。文 化 帝 国 主 義 、 オ リエ ン タ リズ ム を攻 撃 す る
人 々 自身が これ まで の 日本 研 究 、特 に 日本 人 に よる成 果 を 「日本 人 論 」 とい う名 で実 体 化 し、 戦
時 中 の皇 国 日本論 で あ れ、 戦 後 の 日本批 判 で あ れ 、 あ る い は客 観 性 を重 ん ず る学 術 研 究 で あ れ 、
すべ て をい っ し ょ くた に して 「日本 人論 」 の 汚 名 を着 せ る の で あ る1)。彼 等 自 ら オ リエ ン タ リズ
ム 、文 化 帝 国主 義 の実 践 者 とな って い る こ とに気 が付 か な いの だ ろ うか 。 この レ ッテ ル を恐 れ る
あ ま り、 日本 研 究 者 は 自分 は 「日本 人 論」 者 で は な い と、 自己 弁 護 して い る のが 実 情 で あ る。
1-323
上 の よ う な政 治 的 論 評 の横 行 す る真 只 中 に あ っ て、 私 は なお 日本研 究 の積 極 的 な意 味 を強 く肯
定 したい 。 日本 研 究 は西 欧 人 に よる 第三 世 界 研 究 とは異 な る とい う点 で 世界 に 向 か っ て新 た な貢
献 を し得 る可 能 性 を秘 め て い る と信 ず る か らで あ る。 日本 研 究 を通 じて 、 しか も 日本 人 自 身が そ
の研 究 グ ル ー プ に加 わ る こ とに よ って 、西 欧 的視 野 と は別 の 見 方 を提 供 す る こ とが で きる はず で
あ る。 そ の 結 果 普 遍 的 な 認 識 に 向 か って 、一 歩 近 づ く可 能 性 さえ あ る と も言 え よ う。 そ れ を実 現
す る ため に は、 さ きの 悲 観 的/懐 疑 的認 識 論 を念 頭 に置 い て 、 主 観 を ま じえ な い純 粋 客 観 的 な唯
一無 二 の 認 識 な どあ りえ な い とい う事 実 を認 め る一 方 で 、 なお か つ 日本 とい う名 の実 体 ら しい も
の を想 定 して 、 そ れ に近 付 くた め の各 方 面 か らの努 力 が 必 要 だ と私 は考 え る 。 そ うで な け れ ば 、
認 識 上 の エ ン トロ ピ ー を肯 定 す る こ と とな り、研 究 そ の もの の 意 味 が な くな って し ま う。 政 治 的
認 識 論 が 果 た して 妥 当 か ど うか を立証 す る た め に も、実 体 と リ プ レゼ ンテ ー シ ョ ン と を関連 付 け
る以 外 に な い の だか ら。 事 実 、懐 疑 的認 識 論 者 達 こ そ 、絶 対 的 、 唯 一 無 二 の 実体 を想 定 して い る
の で あ っ て、 だか らこそ そ れ に は 絶対 に 近づ け な い 、 したが って 、 認 識 そ の もの が不 可 能 だ とい
う結 論 に達 す るの で あ る。 知 識 は すべ て相 対 的 で あ る こ と を認 め れ ば、 全 知 と不 可 知 の 間 に長 い
道程 が あ り、 あ る知 識Aは 知 識Bよ
り信 ぴ ょ う性 が高 い とか 分 か りや す い とか い う価 値 判 断 が で
きる わ け で あ る。 全 智 全 能 の ユ ー トピア を想 定 して 、 そ こ に は絶 対 に到 達 で きな い と主張 す る こ
とに何 の意 味 が あ るの だ ろ うか 。
対立論理 と対応論理
以上 の よ うな判 断 に立 って 、 私 は、 日本 人 の 感性 、判 断 、物 の考 え方 、 そ の 底 辺 にあ る人 間 ら
しさの イ メ ー ジ な どを扱 い たい の で あ る が 、15分 とい う時 間 の制 約 を考 えて 、 一 つ の 序 論 を簡 単
にのべ る に と どめ る。この よ う な文化 現 象 を方 向づ け 、形 付 け る基 本 的 な 論 理 を文化 論 理 と呼 び 、
これ につ い て の私 の考 え を序 論 と した い 。 他 文化 、特 に西 欧 文 化 と の重 な り合 い と離 反 と を視 野
に入 れ な が ら、文 化 論 理 の 比 較 分 析 を試 み る。
一般 に 日本 文 化 が 欧 米 文 化 と違 う と指 摘 され る所 以 は 、 第一 に西 欧 の二 分 化 論 理 は 日本 に はあ
て は ま らな い とす る主 張 で あ る。 そ れ で は果 た して 日本 人 は二 分 化 論 理 に依 拠 しない か 。 はた し
て彼 等 は 自己 と他 者 とを 区別 しない か 。 主 体 と客体 、個 人 と集 団 、単 数 と複 数 、 秩 序 と混 沌 、 自
然 と人工 、生 と死 、夢 と うつ つ 、 そ の 他 、 日本 人 が 日常 生 活 の な か で二 分 化 す る例 は限 りな くあ
る。 そ れ はあ ま りに普 通 の こ とに な って い て 意 識 下 に沈 ん で い る と さえ思 わ れ る。 そ れ な らば西
欧 と変 わ らな い で は な い か 、 日本 文 化 を特 殊 視 す る根 拠 はな い の で は な い か と言 う短 絡 論 が 出 る
か も しれ な い が 、私 の主 題 は こ れか らは じま るの で あ る。 問 題 は 二分 化 論 理 が通 文 化 的 に共 通 だ
と して も、 そ の適 用 とな る と、 日本 と西 欧 とで は明 白 な相 違 が あ る とい うこ とだ2)。
自己 と他 者 、 主体 と客 体 、個 人 と集 団 な ど、 区 別 され た 二 つ の概 念 、言 葉 、主 張 な どをA/B
で 表 わ す とす る。 二分 化 論 理 の最 も単 純 明 快 な適 用 方 法 は、AとBと
を対 立 させ る論 理 で あ る。
Aが あ れ ばBは あ りえ ず 、Bを 立 て れ ばA立 たず 、Aが 多 けれ ば 多 い ほ どBは 少 な くな る 、とい っ
た、 二律 背 反 、 逆相 関 、 も し くはゼ ロサ ム=ゲ ー ムの 関 係 に結 び付 け る 論 理 で あ る 。他 者 に重 き
を置 けば 自己 は無 に近 づ き、集 団 中心 で あれ ば個 人 は犠 牲 とな る。 一般 に 西 欧 の 二分 化 論 理 を 日
本 にあ て はめ るの は無 理 だ とす る主 張 の 裏 に は この 対 立 的 適 用 が 西 欧 の 主 流 で あ る とみ な す西 欧
観 が あ るか らだ 。 そ して これ を無 理 に 当 て は め た場 合 、 面 白い こ と に二 つ の 相 反 す る 日本 人 論 が
1-324
現 出 す る。 一 つ は西 欧 をAと し、 日本 をBと み なす 対 極 説 で あ り、 西 欧 と日本 が 互 い に相 容 れ る
もの が な い とす る異 質 論 を生 み 出 す 。 も う一 つ は 、 こ れ に真 っ 向 か ら挑 戦 す る説 、 つ ま り、 日本
も西 欧 と変 わ らぬAだ
とす る同極 説 で あ る。 後者 は 日本 人 も欧 米 人 に劣 らず 自己利 益 を追 及 し、
義 務 よ りは権 利 を、 集 団 よ り個 人 を、他 者 よ りは 自己 を重 んず る と主 張 す る、 反 日本 人論 的 日本
人 論 に ほ か な らな い。 これ ら二 つ の 主 張 は 、 互 い に相 容 れぬ よ うで あ りなが ら、 実 は と もに対 立
的 二 分化 論 に振 り回 され て い る 点 で 共 通 して い る とは言 わ な くて は な らない 。 そ して どち ら も 日
本 文 化 を理 解 させ 納 得 させ るに 足 る とは 言 い 難 い 。 どち らか ら も重 要 な何 か が ぬ けて い る と私 に
は思 え て な らな い ので あ る。
日本 文化 の 中 で 、対 立 論 理 が 欠 落 して い る とい うの で は な い 。例 え ば個 人 を集 団 と対 立 させ る
考 え方 は 一般 に流 布 してい る。 しか しそ れ が 単 純 明快 な論 理 と価 値 と選 択 につ なが らな い の も事
実 で あ る 。 ここ で私 は、 対 立 理 論 をぼ か し、 屈 折 させ 、妥 協 させ る 、 も う一 つ のAB関
係 に 目を
転 ず る こ とが必 要 だ と主 張 す る。 この 第 二 の 論 理 をか りに対 応 論 理 と名 付 け る。 対応 論 理 とは 、
Aが あ れ ばBが あ り、Aな
しに はBは あ りえ ず 、Aが 多 け れ ば 多 い ほ どBが 多 くな る、 とい っ た
二 律 相 関 関係 、比 例 関係 を意 味 す る。 対 立 論 理 で はA/Bが
応 論 理 で はA/Bは
相 互排 除 的 で あ るの にた い して 、対
相 互 付 随 的 で あ る。
一 言 断 わ って お きた い の は、 対 立 論 理 と言 い 、対 応 論 理 と言 い 、 そ れ は あ くまで 論 理 の次 元 で
あ って 、 実 体 と して の社 会 関係 とか 心 理 状 況 を直接 指 して は い な い 。対 立 論 理 が 必 ず しも人 と人
との 敵 対 関 係 、葛 藤 、 反感 、 憎 悪 な ど と結 び付 くわ け で は な く、対 応 論 理 が 敵 対 関 係 や 葛藤 の な
い、 和 の状 況 と結 び付 くわ けで もな い。
とは言 え、対 立 論 理 と違 って 、対 応 論 理 で はABが
相 互 の対 人 関係 を連 想 させ る。 したが って 、
Aに 対 して 、 何 を も ってBと す るか は、 ど ち らの 論 理 を と るか に よ って違 っ て来 る。 例 えばAを
依 存 と して 見 よ う。 これ を対 立 論 理 の枠 組 み に置 い て 見 る と、 依存Aに 対 してBは 自立 、独 立 で
あ ろ う。 ア メ リカ の 私 の友 人 や学 生 が 、 私 が 依 存 を 口 にす るた び に 、 思 わず ち ょっ と不快 感 とか
拒 否 反 応 を顔 に表 す の を私 は見 逃 さ な い。 ど うや らそ れ は この 対 立 論 理 に よる連 想 の た め 。依 存
に甘 んず れ ばす なわ ち 自立 を失 うの で あ り、 自尊 心 を傷 つ け、 極 端 に い うな ら人 間失 格 に終 わ っ
て しま う と い う連 想 が 一 瞬頭 の な か を か け め ぐるか の よ うで あ る。 人 間 と して生 存 す る以 上 、他
人 に依 存 しな けれ ば生 き られ な い こ とを理 屈 の上 で は百 も承 知 しなが らで あ る 。日本 人 は ど うか 。
い う まで もな く、 彼 等 も対 立論 理 に導 か れ る 限 りにお い て 、 依 存 は 自立 を侵 す望 ま しか らぬ状 態
で あ る と感 ず るの は事 実 で あ り、高 齢 者 が最 も恐 れ る の もそ の よ うな 自立 を失 うこ とで あ る。
だ か ら とい って 、 自立 を重 ん ず る 点 で東 西 の違 い は全 くない と断 定 す る と、対 応 論 理 が 対 立 論
理 の な か に入 り込 む微 妙 な 筋書 を見 逃 して し まい 、誤 解 の もと と な る。 対 応 論理 に よ れ ば、 依 存
Aに 対 す るBは 、 被 依 存 、 つ ま り介 護 とか保 護 で あ ろ う。 日本 人 が そ れ ほ どの拒 否 感 を示 さ ない
の は依 存 そ の もの に好 感 を抱 くとい う よ り、依 存 を介 護 との対 応 関 係 に置 い て 見 る か らだ と、 私
は考 え る。 少 な く と もその よ うな対 応 論 理 が 鋭 い対 立 論 理 の刃 を鈍 らせ る効 果 が あ る とい って よ
い か も知 れ な い。 高 齢 者 の 自立 執 着 は ど うか 。 私 が観 察 して きた限 り、 そ れ は依存 そ の もの を嫌
悪 す る とい う よ り、介 護 者 へ の 迷 惑 を恐 れ る とか 、介 護 者 に 自分 の 肉体 、 生 理 を さ らけ だ さ な く
て はな らな い 恥辱 に耐 え られ ない の が 本 音 の よ うで あ る。 いず れ に して も、 介 護 者 との 関 わ り合
い が 先 ず連 想 され る ので あ る。 した が って 、 依存 感 は安 心 して頼 れ る近 親 者 とか 進 ん で介 護 を引
1-325
受 けて くれ そ うな 他 人 が 周 囲 に い る か ど うか に よ って 、 違 って くる。 依 存 は何 が 何 で も真 っ平 だ
とい った 、 信 条 的 な価 値 観 とは異 な る ので あ る。
これ ら二 つ の 論 理 の 錯 綜 を理解 しな い と、 さ ま ざ ま な文 化 的 謎 が解 け な い ま まで 終 わ っ て しま
う。例 え ば、 日本 人 は ア メ リカ人 に 比べ て 、 は るか に上 下 の 階 統 制 、 ラ ンキ ング に敏 感 で あ る と
い わ れ、 これ を肯 定 す る レポ ー トは中根 千 枝 の 『タ テ社 会 』 を初 め と して 数 多 あ る。 しか し同時
に 日本 社 会 は ア メ リカ社 会 よ りも平 等 が徹 底 して い る とい う報 告 もそ れ に劣 らず 多数 に上 って い
る。 この謎 を ど う解 くか 。 対 立 論 理 に よれ ば 、Aは 上下 即 ち不 平 等 で あ り、Bは そ れ と相 入 れぬ
平 等 で あ って 、一 方 を棄 て 他 方 を と るほ か な い 。二 つ に一 つ の選 択 を迫 られ るの で あ る。 そ して
実 際 に 日本 社 会 の タテ論 対 ヨコ論 をめ ぐって 、 日本 は タ テ社 会 だ 、い や ヨ コ社 会 だ と い う 「対 立 」
的論 争 が く りひろ げ られ て来 た。 しか し対 応 論 理 に 従 え ば 、A/Bは
相 互 関 係 にあ る上位 者 と下
位 者 の 言 動 に帰せ られ 、 そ こに上 下 の 倒 錯 が 入 り込 ん で 上位 者 が下 位 者 に従 う こ と もあ りう る仕
組 に な って い るの で あ って 、平 等 対 不 平 等 に単 純 対 立 化 させ る こ とが で きな い。
最 後 に加 え るべ き相 違 点 は、対 立 論 理 で は、A/Bが
対応 論 理 で はA/Bは
価 値 の 序列 、優 劣 を帯 び るの に対 して、
並 列 関係 にあ る とい うこ とで あ る。前 者 で は 、欧 米 の 価 値 観 を例 に と る と、
平等 が不 平 等 に優 越 し、 個 人 が 集 団 に 、 自立 が 依 存 に、 自己 が 他 者 に 、 弁舌 が寡 黙 に先 んず る。
後 者 は ど うか とい え ば、 これ ら対 立 す る二 項 が 並 列 し、 必 要 に応 じて 一 方 が他 方 に優 先 す る こ と
はあ って も、切 り捨 て るか わ りに ど っち つ かず の共 存 を保 つ 。 論 理 的 な 曖 昧 さ を対 立 主義 者 か ら
指 弾 され る所 以 で あ る。
対 立論 理 を取 る か 、対 応 論 理 を取 るか に よ って 、A/Bの
必 ず しもそ う とは 限 らな い。 対 立 論 理 に よ って 一対 のA/Bを
と し、Bを
項 目が 違 って 来 る と言 った 。 しか し
選 び 出 して み よ う。 再 びAを 依 存
自立 とす る 。果 た して こ の依 存 対 自立 の 中 に対 応 論 理 が 入 り込 む隙 が ない だ ろ うか 。
そ こで 思 い 出 す の は15年 も前 に女 性 研 究 の ため 日本 で フ ィー ル ドワ ー ク して い た と き、 出会 った
一 人 の 女 性 で あ る 。 大 阪 で ボ ラ ンテ ィア労 力 銀 行 とい う女性 ば か りの組 織 を創 始 した水 島照 子 さ
ん だ。 組 織 そ の もの の 斬新 さ合 理 性 に加 え て 、そ れ を思 想 的 に導 く水 島 さん の 人生 哲 学 が 私 の心
を打 っ た。 なか で も次 の 考 え 方 で あ る。
人 間誰 し も人 の 助 力 を借 りな け れ ば な らな い 緊急 の時 が あ り、 人 生段 階 が あ る 。病 気 、 出産 、
乳 児期 の子 育 て、足 腰 の 自由 を失 っ た り寝 た き りに な って し ま った 老齢 期 な どが そ の主 な もの で 、
しか も家 族 をあて にで きる時 代 は終 わ った 。 一方 、 同 じ人生 に時 間や エ ネル ギ ーが余 る時期 が あ
る。 た とえ ば学 生 時 代 、婚 前 期 、 子 育 て を終 わ った 中 年期 な どが そ れで あ る。 この 二 つ の 時期 を
多 数 の 人 間 が 、労 力 と時 間 の不 足 と余 剰 を重 ね 合 わ せ つ な ぎ合 わせ て交 換 を行 え ば、 気 が ね も な
く安 心 して 暮 らせ る とい う趣 旨で あ る。 一 貫 して 「自立 」 が 主題 に な っ て い る。 こ こ に は ま さ に
依 存 と 自立 の 対応 関係 が 明示 され て い るで は ない か 。依存 が 自立 と対 立 す る ので は な くて 、依 存 、
とい うよ り、 「相 互 依 存 」 が 自立 を保 証 す る とい う考 え方 で あ る。 つ ま り余 剰 期 に一 生 懸 命 時 間
と労 力 を提 供 して 労 力銀 行 に預 け入 れ、 不 足 期 に直 面 した と き、 そ の労 力預 金 を 引 き出す とい う
仕 組 で あ り、 い つ で も依 存 で きる状 態 に あ る こ とに よ って 自立 を保 つ わ け で あ る3)。実 際 、 あ た
りを み ま わす と、 ゆ うゆ う と 自立 して い る幸 せ そ うな高 齢 者 と は、 一 人 で何 で もで きる とい う よ
り、 い ざ とい う と き に人 の 助 け をあ て に で きる 、頼 まな くて も進 ん で 手 を さ しの べ て くれ る 人 々
に囲 まれ て い る状 況 を い う こ とが 多 い 。 しか もそ れ は哀 れ な高 齢 者 へ の 同 情 にす が る とい うの で
1-326
は な くて
そ うで あ れ ば 自立 に反 す る
若 く元気 な時 期 に人 々 に精 一 杯 尽 く して きた、 そ れ
に対 す る当 然 の 報 い と考 え るか らこ そ、 自立 につ なが るの で あ る。
こ の よ うに考 え れ ば 、 そ の他 に も、 対 立 論 理 に組 み 込 まれ や す い対 照 語 の 中 に対 応 論 理 を読 み
取 れ る もの が あ る。 た とえ ば個 人 と集 団 とい う対 立 項 目 につ いて も対 応 論 理 で連 結 させ る こ とが
で きる。 個 人 の アイ デ ンテ ィテ ィ、生 きが い 、 自尊 心 、 創 造 性 な どが 、集 団 内 の連 帯 、 集 団 の 規
律 、集 団へ の 献 身 に よ って犠 牲 に な る ので な く、 却 って 、 支 え られ 、促 進 され る と考 え られ る場
合 で あ る。 テ レビ に映 る 日本 の学 校 とか会 社 な どの 集 団 的画 一 性 に私 の周 りの ア メ リカ人 な どは
つ い顔 を しか め るの で あ る が 、 こ れ も対 立 論 理 に影 響 さ れ て 、集 団 的 同調 が個 性 を殺 して しま う
と考 え る か らで 、 対 応 論 理 に従 え ば 、 同調 に促 さ れ て個 性 とか創 造 力 さえ発 揮 で きる とい う考 え
方 もで きる ので あ る。
対 立 と対 応 の 論 理 は恐 ら く通 文化 的 に あ る もの と仮 定 しよ う。 そ して 文化 差 が あ る とす れ ば、
この 二つ の論 理 が どの よ うに 交 錯 す る か 、 ま た衝 突 した と き どち らを優 先 させ るか 、 どち らの論
理 が解 決 の手 段 と して 登 場 す る か 、 どち らの論 理 が 当然 視 され 、最 初 に頭 に閃 くか 、 とい う よ う
な点 が考 え られ る。 日本 と欧 米 を比 較 して そ の相 違 、 コ ン トラス トを指 摘 す るな らば 、 す で に 明
らか な よ うに 、 日本 は、 欧 米 に比 べ れ ば 、選 択 が必 要 に な った と き、 対 応 論 理 を優 先 させ る、 そ
れ に よ って対 立 論 理 をや わ らげ る割 合 が 高 い と仮 定 す る 。 言 い換 え れ ば、 欧 米 に と って は対 立 が
上 位 論 理 、対 応 が下 位 論 理 で あ るの にた い して 、 日本 で は 上位 と下 位 が 逆 転 す る と考 え られ る。
人間の表面と内面
この 違 い を も っ と明 らか にす るた め に、 人 間性 の 重 要 な 一 つ の側 面 に注 目 した い 。 そ れ は外 に
見 え る表層 と内 に 隠 れ て い る深 層 、 表 と裏 の 二 分 化 で あ る。 一 つ の社 会 内で 人 々が あ る程 度 の秩
序 と共 同 を保 ち なが ら生 存 す る以 上 、 表 面 と内 面 の 区 別 は当然 必要 で あ り、 そ うで あ れ ば 、 これ
も通 文 化 的 共 通 の二 分 化 と思 わ れ る。 そ れ と もそ う思 うの は私 が 日本 人 だか らだ ろ うか 。 事 実 日
本 で は、 この 二分 化 が 行 動 の上 で も言 説 上 で も特 に 目立 ち、 外 国 人研 究 者 の注 目 を浴 びて きた 。
言 葉 の上 で も、 内/外 、裏/表
、奥/表
な どの 空 間 的 対 語 を使 って 人 間 の、 個 人 の、 自己 の 二 重
性 を表 わす 。
こ う した二 重性 、表 裏 性 は西 欧 の 人 間観 に おい て も重 要 で あ る。 した が っ て、 西 欧 の人 類 学 者
が他 文 化 の 人 間性 、 自己像 を研 究す る場 合 も、 自ず か ら、 この 二 分 化 に注 目す る。 とこ ろが 、 実
際 に観 察 して み る と、二 分 化 の意 味 、機 能 が 全 く違 う こ と に気 付 くので あ る。例 え ば ギ ア ッ は 「現
地 人 の立 場 か ら」 とい う有 名 な 論 文 の な かで 、 ジ ャワ、 バ リ、 モ ロ ッコの 人 々 の 人 間性 を分 析 し
て い る4)。な か で も特 に興 味 あ るの は ジ ャ ワ人 で 、 そ の 人 間性 は 内 と外 に真 っ二 つ に分 か れ る、
内 半分 は感 情 を秘 め なが ら、 行 動 には現 わ れ ず 、外 半 分 は無 感 情 の 身 振 りだ け で あ って 、 こ の内
外 二層 は対 決 し、永 遠 に交 わ る こ とが な い と言 う。 バ リ島 人 の場 合 は、 生 身 の 人 間 よ り、 い わ ば
表 舞 台 の登 場 人物 と して 華 々 し く繰 り広 げ る演 技 に命 をか け る。 具 体 的 に は身 分 を表示 す る一 連
の 呼 称 とか 肩書 きを通 して、 い わ ば 「身 分 劇 」 の配 役 に 自己 を位 置 付 け るの で あ る。 ここ で は 、
表 層 が 深層 まで充 満 して い るか の よ うで あ る。
モ ロ ッコ は ど うか。 こ れ は ギ ア ツ よ りも、 別 の 著者 、 ロ ー レ ンス ・ロ ーゼ ンの 著 作 の方 が 、私
の 目的 に は ふ さわ しい5)。ロ ー ゼ ンは モ ロ ッコ の イ ス ラ ム教 徒 の 流動 的 で ア トミス テ ィ ック な 自
1-327
己 を描 くの で あ るが 、 彼 が 一 貫 して 強 調 す る の は 、彼 等 は 内心 で は何 を考 え何 を感 じて い る か を
問 題 に しな い 、語 らない 、語 りた くて もそ の語 彙 が ない とい う こ とだ 。それ な ら、人 々 は ど うや っ
て 互 い の心 の 内 を知 る こ とが で きるか 。 彼等 の 答 え は こ うだ。 外 に現 われ た 行動 と結 果 が 内心 を
その ま ま伝 え る の で あ る と。 要 す る に、 表 層 が即 ち深 層 で あ りこ の 間 に ギ ャ ップ はな い 、形 に現
われ た 行 動 こそ 心 を知 る も っ と も確 か な手 が か りで あ る とい う。 ま さに ジ ャ ワ人 は勿 論 、 バ リ人
の人 間像 と も全 くか け離 れ て い る とい わ ね ば な ら ない 。
こ の よ う な第 三 世界 住 民 の特 色 付 けが 彼 等 の 実 態 を映 して い るか ど うか 、 は た して 現 地 人 の 立
場 か ら観 察 した結 果 で あ る か ど うか 、問 題 が あ る し、批 判 もあ る6)。 しか しこ こで はそ れ を問 う
こ とが 主 題 で は ない 。 主 題 は、 この よ うな 目の付 け ど こ ろが 、 観 察 者 側 の 文化 論 理 を反 映 して い
るの で は な い か とい う こ と だ。 西 欧 の 上位 論 理 と して の対 立 論 理 が 働 い て い る の で は な い か とい
う私 の推 測 で あ る。 深 層 と表 層 、 内 心 と外観 、本 音 と うわべ を対 立 的 なA/Bと
ギ ャ ップ は避 け難 く、Bか
見て、その間の
らAを 憶 測 す る こ とは 困難 だ とい う先 入 観 が あ る。 だ か ら、 ロ ー ゼ ン
はモ ロ ッコ人 が そ の ギ ャ ップ に と らわれ ず 、 人 々 の 目に見 え る行 動Bを
とに驚 異 をお ぼ え る。対 立 論 理 はA/Bの
もってAと 同 一 視 す る こ
相 互排 除 を含 む の で あ っ て み れ ば、Aは 隠 れ て い る と
い う よ り無 き に等 しい 。 また ギ ア ツ の描 くバ リ人 に して も、 観 客 を前 に して のパ フ ォーマ ンス と
い う表 層 が 深 層 まで 食 い 入 って い る よ うで 、 そ こ に も、Aの 排 除 、Bの 支 配 を見 て取 る こ とが で
きる。 いず れ の場 合 も、 西 欧 的対 立論 理 が 二 重 に作 用 して い る。 第 一 に 、 これ ら現 地 人 の 人 間観
が 、対 立 論 理 を核 とす る観 察 者 文化 の 人 間観 か ら遠 くか け は なれ て い る とい うこ と。 そ して 第 二
には 、対 立 論 理 が あ るか ら こそ 、 この よ うな か け離 れが 観 察 者 の 注 意 を喚 起 す る とい うこ とで あ
る。 実体 と方 法 の両 面 で 作 用 して い る と思 わ れ る。
そ れ で はジ ャワ は ど うか。 ギ ア ツ に よれ ば ジ ャ ワ人 は 、ABが
真 っ二 つ に割 れ て 、 そ の 間 に交
流 が 無 い 。 とす れ ば 、対 立 論 理 を忠 実 に体 現 す る もの で はな い か 。 ど う して それ が 西 欧 観 察 者 の
目に彼 等 と は違 う とい う印 象 を与 え る ので あ ろ うか 。 明 らか に西 欧 的 な対 立 論 理 とは、 ず れて い
る よ うで あ る。 私 の 定 義 に よれ ば 、対 立 論 理 の 特 徴 の 一 つ はABが
優 劣 、上 下 関係 に あ る とい う
こ とで あ っ た。 ど ち ら を上 と し どち らを下 とす るか は論 理 を は なれ た 文化 的価 値 判 断 で あ る。 自
己 の 内外 につ いて い う と、 西 欧 文化 で は 内が 外 に た い して上 位 に立 ち、 外 を コ ン トロ ー ル すべ き
だ とい う価 値 基 準 が あ る。 現 実 にAB問
の不 一 致 は最 後 まで残 る と して も、 内 が 外 を支配 し、 内
外 を一貫 させ うる人 間が 、 欺 瞞 の 無 い 人 間 と して尊 敬 され る。 こ れ に対 して ジ ャ ワ人 の 内 外 は対
照 的 で あ り並 列 的 で あ る。ABが
相 手 の 領 域 を犯 して は な らな い の で あ る。
西 欧 の対 立 論理 は 内面 の外 面 に対 す る、 奥 の 表 に対 す る優越 を特 色 とす る 、 こ の点 を考 慮 にい
れ る と、バ リ とモ ロ ッコ の特 殊 性 が 一 層 明 らか に な る。彼 等 は と も に表 、ない し外 面 が 優 先 して 、
奥 な い し内面 はそ れ に従 属 して し ま うか 欠 落 さ え して い る よ う に見 え る 。 西 欧文 化 に とっ て 、 人
間 の核 と もい うべ き もの が無 い とい う印象 を与 え るの で あ る。
こ の よ うな西 欧 、非西 欧 の比 較 対 象 を ま さ に西 欧 中 心 の エ ス ノセ ン トリズ ム だ とか、或 い は も っ
と過 激 に オ リエ ンタ リズ ムだ と弾 劾 す るの は勝 手 だが 、著 者 の意 図 か ら は外 れ て い る。 ギ ア ツ が
こ こに あ げ た よ うな現 地 人 た ちの 人 間像 を西 欧 と対 比 させ て い る の は、 自 ら オ リエ ン タ リス トと
な って 、 現 地 人 が少 しお か しい と言 う19世 紀 的 な異 文 化 観 で な い こ とは勿 論 で あ る。 そ れ どこ ろ
か 著 者 の 意 図 は全 く逆 な の だ。 つ ま り、 この よ うな西 欧 と非西 欧 との対 比 を通 して 、彼 は西 欧 自
1-328
体 が少 し異 常 なの で は ない か と、 一種 の 自省 と も とれ る よ うな主 張 を展 開 す るの で あ る。 既 述 の
通 り、ギ ア ッの み な らず 、この よ うな否 定 的 な 自 己像 は現 代 西 欧 の文 化 人 類 学 の主 流 をなす とい っ
て よい か も知 れ ない 。
事 実 、 多 様 な民 族 、 多 数 の文 化 の代 表 者 か ら な る国 際 会 議 で 、 そ れ ぞ れ の文 化 を論 ず る場 に参
加 して、 決 ま って 抱 く感想 は 、文 化 の多 様性 その もの よ り も、 欧 米 だ け が突 出 して、 他 の 文 化 は
そ れ ぞ れの 特 色 が 、非 西 欧 とい う大 きな風 呂 敷 の 中 に包 まれ て 見 え な くな っ て し まう とい う現 象
につ いて で あ る。 文化 の多 様 性 を語 るべ き会 議 が 西 欧 と 「そ の 他 大勢 」 に二 分 して しま う傾 向 で
あ る。 そ れ で は 「そ の他 大 勢 」 に は、 西 欧 に な くて 、 しか も彼 等 の 問 に共 通 す る何 か が あ るの だ
ろ うか 。 国 際 会 議 にせ よ、 人類 学 的 な文 化 比 較 論 にせ よ、 多 くの論 者 が 指 摘 す るの は、 対 人 関係
の重 視 で あ り、 これ は 人 間観 に おい て 殊 に顕 著 で あ る。 文 化 に よ って様 々 な形 を と る と はい う も
の の 、対 人 関係 、社 会 関係 が 人 間性 、 自己像 に大 きな比 重 を占 め る とい う こ とだ 。ジ ャワ に しろ、
バ リに しろ 、 モ ロ ッコ に しろ、 その 多様 性 に は 目 をみ は る もの が あ るが 、 しか し、対 人 関係 が 自
己 の 重 要 な構 成要 素 で あ る こ とで は変 わ りな い 。 これ に対 して西 欧 の人 間像 は、 個 人 と集 団 、 内
面 と表 面 が対 立 し、 しか も前 者 が 後 者 に先 ん ず る た め に、社 会 性 、対 人 性 は周 辺 に 追 い や られ て
い る。
しか しな が ら、複 雑 窮 ま りな い文化 現 象 を この よ うな二 分 化 で片 付 けて しま うの で は実 りが な
い 。そ こで西 欧 で もな く、ま た東 洋 で あ りなが ら、い わ ゆ る 第三 世 界 に も属 さな い 日本 に立 ち返 っ
て 、 そ の 人 間観 、 自己 観 を再 考 す る必 要 が あ る。 と くに今 問題 に して い る表裏 、 内外 につ い て、
日本 が二 分 化 地 図の ど こ に位 置 す るか をみ て み よ う。
さ きの三 現 地 民 族 と比 較 して 、 日本 人 と もっ と もか け は なれ て い る と思 わ れ る のが モ ロ ッコ人
で あ る とす れ ば 、も っ と も近似 して い る のが ジ ャワ島 人 で あ ろ う。後 者 と同様 、表 裏 、内外 を くっ
き りと割 っ た人 間観 を匂 わせ る慣 用 句 や諺 は 日本 人 の 生 活 に しみ つ い て い る。 人 の表 面 は比 喩 的
に 「口」 と か 「顔 」 に代 表 され 、相 手 の立 場 か らはそ れ を見 る 「目」 に 集 中す る の に対 して 、 内
面 は 内臓 を連 想 させ る 「心 」 とか 、 「腹 」 に お さ まっ て い る 。 「人 は見 か け に よ らぬ もの」、 「腹 に
一物」
、 「顔 に似 ぬ 心 」 な ど明 らか に人 格 の 二 分 化 を表 わ し、 二 つ の 層 の 間 に交 流 が な い こ と を暗
示 す る。 ま さに ジ ャ ワに似 て 、 モ ロ ッコ とは全 く異 な る。 時 に は 「口 に蜜 あ り腹 に剣 あ り」 の よ
うに、 表 裏 、 内外 の 別 が鋭 い対 照 をなす こ と もあ る。 この よ う に、 表裏 の別 が 口先 の 甘 言 に騙 さ
れ る な とい う警 告 につ なが る場 合 もあ れ ば 、 「顔 で 笑 って 心 で 泣 い て」 の よ うな 浪花 節 的心 情 に
は 内心 を外 に表 わ さな い 人 間 の 強 さ、 深 み 、 また 悲 しみ を謳 い 上 げ る もの もあ る。 口数 は少 な い
ほ ど よ しとす る 「言 わ ぬ が花 」 とか 「口 は以 て 食 うべ し、 以 て 言 うべ か らず 」 な ど は、 表 裏 、 内
外 の二 分化 を奨励 す る か の観 さえ あ る。 礼 儀 作 法 、 敬 語 の 使 い 方 な どが今 もなお 社 会 化 の 重要 課
題 で あ るの も、 表 に現 わ れ る立 ち居 振 る舞 い が 欠 か せ ない 処 生 術 とみ な さ れ るか らだ 。 今 や学 校
の カ リキ ュ ラ ム には な く と も、一 旦 就 職 と な る と、 求 職 者 や 新 入 社 員 を再 教 育 す る訓 練 所 は この
よ う な表 層 行 動 、た と えば お 辞 儀 の 仕 方 の よ う に動 作 の躾 に重 きを置 くこ とは周 知 の こ とで あ る。
今 で も珍 し いの か 、 そ の よ うな訓 練 の 状 況 が 外 国 の ニ ュー ス 面 を飾 る。
こ う して 見 る限 り、 日本 人 の 人 間観 はギ ア ツの描 くジ ャ ワの 人 間像 に似 る余 り、 西 欧 的 な人 間
像 と明 らか な対 比 をなす と思 わ れ よ う。 と ころ が 諺 集 をみ る と二 分化 とは逆 行 す る もの に も よ く
ぶ つ か る の で あ る 。 「思 い 内 に あ れ ば色 外 に現 わ る」 の よ うに 、 内心 は表 面 化 せ ざ る を え な いの
1-329
で あ り、 「思 え ば思 わ る」 の よ う に、 内 な る心 情(こ
こ で は 愛 情)は
これ を阻 む壁 が あ って もい
つ か は通 じる力 が あ る。 史 上 空前 の 、 ま さに信 じ難 い 自民 党 社 会 党 連 立 内 閣が 成 立 して 、 最 初 か
ら混 乱 だ らけ の短 命 内 閣 と予 想 す る国民 の前 で、 村 山首 相 は 「胸 の ど き ど き」 を抑 え なが ら も、
「
真 心 さ え あ れ ば必 ず わ か って い た だ け る」 と言 明 した。 心 の 内 の 誠 意 が 、外 面 的 な政 党 別 、 党
利 党 略 な ど を乗 り越 え る力 と な る とい う、少 な く と も 日本 人 の 気 持 ち に 訴 え る で あ ろ う慣 用 句 を
用 い 、 内心 の説 得 力 を強 調 した こ と は実 に意 味 深 い。 社 会 主 義 政 党 の 最 高指 導 者 か ら発 した言 葉
で あ って み れ ば 、文 化 は政 治 的 イデ オ ロギ ー を超 え て 、人 々の 思 考 を方 向付 け る もの だ とい う こ
と を暗示 し、興 味 はつ きな い。
考 え て み れ ば 、表 裏 の別 を 口 に し、 そ の必 要 を説 く 日本 人 が 、 同時 に外 観 や 外 的状 況 に対 す る
内 心 の優 位 を信 じて疑 わ な いで あ る。 人 へ の贈 り物 、 もて な しな ど、 第 一 に心 が こ も って い る か
を語 る。 また 、私 自身 の調 査 結 果 を引 用 す る と、 「人 に親 切 をつ くせ ば」 とい う文 章 完 成 課 題 に
対 して 、 日本 の 回答 者 の半 数 近 くが 「心 が 晴 れ る」 とか 「よい 気 分 にな る」 とい った 内心 の反 応 、
心 の 満足 を表 明 した 。 こ れ は 、 同時 に行 った 韓 国 人 、 ホ ンコ ンの 中 国人 の 回 答 と比 較 して 、 実 に
明 白 な文 化 差 を示 す特 徴 で あ っ た。 こ う した 内 心 を顧 み る 内省 、 内 向 は、 別 の 文 章 につ い て も一
貫 して 現 われ た の で あ る。 例 え ば 「さ ん ざ ん悪 い こ と を した結 果」 とい う課 題 に対 して は、 そ の
報 い を受 けて 破 滅 の 人生 を送 っ た とい う よ う な因 果 応 報 の考 え 方 は三 文 化 に共 通 して 半 数 以 上 の
回答 に現 わ れ た けれ ど も、 何 よ り興 味深 い の は、 「心 が休 ま らな い 」 とい う よ うな 心 を中 心 とす
る 自省 的 な反 応 もあ り、 こ の点 日本 人 は23%も あ って 、他 を断 然 凌 い だ。 も し、恥 文 化 と罪 文 化
と を分 け る こ とが で きる とす れ ば 、 そ して恥 と罪 を人 間 の 外 と内 と に分 け る こ とが で きる とす れ
はミ 日本 を 「恥 文 化 」 と簡 単 に片付 け て は し まえ ない こ とを、 私 は つ くづ く感 じた わ けで あ る7)。
さて、 上 記 二 つ の パ ラグ ラ フで は 、表 裏 、 内外 の二 分 化 、 重 層 性 を否 定 す る よ うな 、 内心 の外
に対 す る優 位 、 凌 駕 、 支 配 を指摘 して きた の で あ るが 、 その 内 容 は多 様 で あ る こ とが わ か る。 そ
れ を整 理 して み る と、 第 一 に は、 い か に表 裏 の別 を保 とう と して も、 所 詮 、 思 い は顔 色 に 出 る の
で あ り、 ポ ー カ ー フ ェ ース を続 け る こ とは で きな い とい う 自然 の成 り行 き を指摘 す る もの 。 第 二
は、外 観 、外 部 状 況 よ り も内 心 や 気 持 ち を大切 に し、心 の動 きに敏 感 なれ 、 内 省 こそ 人格 形成 の
中心 で あ る とす る価 値 判 断 と選 択 で あ る 。 学校 や職 場 な どで 「反 省 」 の 時 間 が あ るの も不 思議 で
は ない 。 第 三 は 、 困難 、 危 機 に直 面 した と き、 内心 の 決意 、精 神 力 、 念 力 、 忍 耐 、 必 死 の 頑 張 り
な ど に打 開 の道 をみつ け よ う とす る考 え方 が あ る 。 こ こで は 、気 持 ち とか 内 心 の 動 き、 内 省 の 大
切 さ に と ど ま らず 、戦 時 中 の 軍 国 日本 を思 い 出 させ る 「精 神 統 一 何 事 か な らざ らん」 や 、 「一 心
岩 を も通 す 」 と言 った精 神 万 能 主 義 に まで 至 る。 物 的 そ の他 外 部状 況 のハ ンデ ィキ ャ ップ を乗 り
越 え る力 が 人 々 の心 の な か に あ る とい うわ けで 、 内 の 外 に対 す る支配 、 コ ン トロ ー ル を ス ロ ー ガ
ン と して かか げ る。表 層 が 周 囲 の 状 況 に合 わ せ るた め に 、日和 見 的 に変 わ りや す い の にた い して 、
内心 は一 旦 決 意 す れ ば不 動 の姿 勢 を保 つ 。 ホ ー ム ドラマ な ど に き っ と登 場 す る の は箸 に も棒 に も
ひ っか か らぬ 頑 固 一徹 親父 だが 、 そ うい う親 父 が 家 族 や 近 所 に うる さが られ 、 や っ か い者 扱 い に
さ れ なが ら も、 究 極 的 に は尊 敬 の 目でみ られ る よ う に ドラマ の 筋 書 は発 展 す る 、 そ れ も、頑 固 さ
が 内心 の 強 さの 現 わ れ とみ な され る か らなの で あ ろ う。
1-330
論理の型と人間の表裏/内 外
こ の よ うに見 る と、日本 人 の人 間観 は西 欧 の そ れ と近似 して くる。内 心 の 外 面 にた い す る優 越 、
支 配 、 そ して 後 者 の影 響 を受 け な い前 者 の独 立 、 不 動 、 そ れ ら はす べ て 、人 間 の理 想 像 と して 、
西 欧 に も 日本 に もあ て は まる よ うで あ る。 と こ ろが 、 果 た して 同 じ意 味 で そ う言 い切 れ るだ ろ う
か。 表 面 的 な類 似 な の で は な か ろ うか 。 こ こで 、 私 は、 この エ ッセ ー の主 題 で あ る二 つ の 論 理 型
に返 らな くて は な らな い。 こ こで は西 欧 と 日本 の 文化 的 な 違 い につ い て、2点
を指 摘 した い 。
対 立 論 理 を、 人 間 の表 裏 、内 外 の 別 に適 用 す る と、 内心 とか精 神 は、 外 部 の す べ て に対 立 し、
こ れか らの独 立 を謳 い 、 こ れ を支 配 ない し排 除 しよ う とす る。外 部 のす べ て と は 自己 の 内 部 以外
のす べ て で あ る 。私 が こ こで 問 題 に した い外 部 とは 、第 一 に 自己 に対 す る他 者 で あ り、人 で あ り、
社 会 で あ り、対 人 関係 で あ る。 す で に触 れ た よ う に、対 立 論 理 に従 え ば、 これ ら はす べ て外 部 に
属 す るの で あ り、 そ れ に接 す るの は 自己 の表 層 に過 ぎな い 。従 って 、 対 人 関 係 を重 視 す る 文化 の
人 々 が 西 欧 人 の 目に は表 層 的 にみ え、大 事 な 内心 、精 神 世 界 を欠 い て い る よ う に見 え る の で あ ろ
う。 しか も対 人 関係 次 第 で 自己 も くる くる と変 身 す る よ うに み え、 人 間 と して 信 頼 で きな い とい
う感 想 を もつ か も知 れ な いの で あ る。
この よ うな対 立 論 理 が 日本 人 の 間 に もあ る こ とはす で に のべ た通 りで あ る。世 間体 を気 に して 、
友 人 知 人 な ら と もか く、 そ の 家 族 の結 婚 式 や葬 式 に も祝 儀 や香 典 を もって 顔 を出 す義 理 の付 き合
い に うん ざ り して い る人 々 は数 知 れ な い。 世 間 とは ま さに 人 々の 表 の 行 動 を注 意 深 く見 ま もる 目
で あ り、噂 を たて る 口で あ る。 そ の監 視 を意 識 す る人 々 に とって 、 表 裏 、 内外 の対 立 感 は避 け難
い 。 また一 方 、 付 き合 い な どに無 頓 着 な人 々 もい る。 極 端 な例 で い うな ら、 ま さに仕 事 一 筋 で 生
きる職 人 とか 、 仕 事 の 鬼 と化 した名 工 名 人 な どで 、彼 等 は彼 等 な りの 尊敬 を受 け る。 しか し、 多
数 の 日本 人 に と って は、 自分 と人 とは対 応 す る もの とい う意 識 が 強 く、 そ れ ば か りか、 内 面 領域
に も自 己 と他 者 とが 自由 に 入 り込 ん で交 流 す るの で あ る。 人 間 の 表 裏 内外 の垣 根 を は らい の けて
内心 が 表 に打 ち勝 つ の は、多 くの場 合 自分 の 心 が 人 の 心 に訴 えて動 か す か らだ とい うふ う に考 え
る。 つ ま り人 の 心 を介 して初 め て 自分 の 心 が 強 くな る とい う論 理 の立 て方 で あ る。 だか ら心 は心
に通 じ、最 初 は 片 思 い で もや が て は相 愛 とな る、 「
思 え ば 思 わ る」 の で あ る。村 山 首 相 の 一 国 の
指 導 者 ら しか らぬ真 心 発 言 に して も、 彼 自身 の 真 心 が 人 々 の 真 心 に訴 え通 じる人 間関 係 を想 定 し
た、 日本 人 の対 応 論理 を思 わせ る。 対 立 論 理 の よ う に内 と外 とが対 立 す る ので は な く、 自分 の 内
と人 の 内 とが 通 じ合 い 、補 強 し合 う関 係 で あ る。 そ うい う関係 を理 想 と し、 そ う い う関 係 の な か
で形 作 られ る 自己像 を尊 い と思 う。
「世 間体 」 とか 「義 理 」 とい う内 外 表 裏 が は っ き りと離 反 す る よ うに み え る対 人 関 係 にあ って
も、 本 人 の気 持 ち を探 って見 る と、 必 ず しも対 立 論 理 にの み 動 か され て い る わ けで は ない こ とが
わ か る。20年 近 く も前 の こ とに な るが 、あ る 町 で イ ン タヴ ュ ー に応 じて くれ た 高 年 の男 性T氏 が 、
憤 りで顔 を真 っ赤 に して語 った場 面 を思 い 出 す 。 亡 くな った 本 家 の兄 の ため に、 分 家 の 長 で あ る
彼 が 葬儀 の 主 人役 を務 め た ので あ るが 、 そ れ 以 前 か ら、 婦 人 会 が 中心 に な って 推 し進 め て い た生
活 改 善運 動 に 、賛 同 して 、香 典 返 しを しな か った 。 本 人 は した か っ たの だが 、 か って学 校 の教 員
で あ り、市 役 所 の職 員 で あ っ た とい う指 導 者 的 責 任 感 か ら、率 先 して この 「悪 習 」廃 止 を実 行 し
た の だ った。 とこ ろが そ の後 、 時 をへ ず して 、 近 所 で また 葬式 が あ っ た。 そ の 家 で は婦 人会 の要
1-331
望 を無 視 して 、 堂 々 と香 典 返 しを したの で あ る。 これ を知 って 、T氏 は面 目 ま るつ ぶ れ に な り、
世 間 に合 わす 顔 が 無 い と、屈 辱 と無 念 で 苦 しんだ 。 怒 りを婦 人 会 に ぶつ け、 その 運 動 に賛 同 した
自分 を も許 せ なか った の で あ る。 こ のエ ピソ ー ドは、 世 間体 とか義 理 が決 して人 々の 表 層 だ け に
関 わ る の で は な い こ と を示 唆 す る。 義 理 を欠 き、 顔 に泥 をぬ って し ま った と思 う恥 と 自責 と憤 り
が 、彼 の心 の奥 底 まで ゆ さぶ った の で あ る。 その 背 後 に は香 典 を も って きた近 所 、 親 戚 、 友 人 な
どを は じめ 、 い わ ゆ る 「世 間」 一 般 か ら噂 され 、 陰 口 を叩 か れ る だ ろ う とい う、 「外 面 」 的 な反
応 へ の恐 れ が あ っ た だ ろ う。 が 、 そ れ に も ま して、 この 経 験 に胸 を針 で さす よ うな痛 さ を覚 え る
の は 、T氏 が 人 々 の心 を思 い や って 、彼 等 が 自分 の こ とを どん な風 に心 中 感 じて い る か を察 した
か らで あ る と私 は思 う。 つ ま りは内 心 と内心 の交 流 が 働 い たか ら こそ 彼 の存 在 そ の もの を ゆ り動
か した の で あ る 。
上 の例 は、 表層 が 内心 の奥 まで 貫 く経 験 を物語 って い るが 、 逆 の 場 合 も考 え られ る 。 内心 は ど
こ まで も内 に秘 め て お く とは限 らず 、 また 秘 め て お け な い場 合 が しば しばあ る。 日頃 思 っ て い た
こ と を、 この 際 は っ き り と相 手 に伝 え な くて はな らな い と き、 そ れが 相 手 の 感 情 を傷 つ け る場 合
にせ よ、 あ るい は とて も恥 ず か し くて言 え ない場 合 にせ よ、 そ の た め らい をい か に して 克 服 す る
か 。 そ れ は襟 を正 し座 りな お して、 いつ もの馴 れ馴 れ し さ を捨 て て 、 ま さ に表 面 的 に形 式 張 った
口調 で 話 す とい う方 法 に訴 え る こ とが よ くあ る とい う こ とだ 。口で い う こ とが はば か られ る場 合 、
手 紙 で 伝 え る こ と もあ ろ う。 そ の場 合 も、 日頃 は使 わ な い 丁寧 な 、 よそ行 き的 な表 現 を使 うの で
あ る。 こ の よ う な表 面 的形 式 を通 じて 、つ ま り相 手 との距 離 を作 る こ とに よ って 、 内心 の 思 い を
吐 露:する こ とが で きる と言 って い い 。手 紙 は話 し文 で な く、 書 き文 で あ るた め に丁 寧 な形 式 文 に
な ら ざる を得 な い 、そ こに手 紙 の魅 力 が あ る とい って い い か も しれ な い。要 す る に、逆 説 なが ら、
表 に現 わ れ た形 式 、相 手 との距 離 、結 果 と して の イ ンパ ー ソ ナ ラ イゼ ー シ ョンが コ ミ ュニ ケ ー シ ョ
ン ・チ ャネ ル を 開 くの で あ る。
内外 、表 裏 の境 界 を この よ う に突 き破 る こ とが可 能 で あ る ばか りで な く、 内 は外 に、外 は 内 に
依存 し対 応 す る事 情 を明 らか に した 。 さ ら には この対 応 関係 、相 互 交 流 、 貫 徹 が 望 ま しい 、 そ う
あ るべ きだ とい う思 想 が い わ ゆ る精 神 教 育 、 修 養 、修 行 な どの根 幹 を なす 。 心 と形 、 心 と体 の 一・
致 を 目指 す の で あ るが 、 そ れ につ い て は後 述 す る 。
以 上 を要 約 す る と、 内心 重 視 とは、 実 は、 自分 の 心 か ら発 して 、 人 の心 を察 す る 「思 い や り」
重 視 なの で あ って 、優 れ て対 人 的 な心 理 能 力 をめ ざ して い るの で あ る 。 内心 で あ りなが ら 内 に閉
ざ され て い るの で はな く、 人 に む か って 開か れ た 内 心 で あ る。 こ こで レヴ ィ=ス
トロ ー スが 日文
研 の 国際 会 議 で 行 った 基調 講 演 の一 部 を借 りて、私 の 舌足 らず を補 うこ とに しよ う。彼 に よれ ば 、
西 欧 思 想 で は 自我 は遠心 的 で あ る の に対 し、 日本 思 想 の 自我 は求 心 的 だ とい う。 そ れ を証 拠 立 て
る の が 日本語 の文 法 で あ り、主 語 が 文章 の 最後 に来 る、つ ま り主 体 を最 後 に置 くこ とで 、「主 体 は、
自 らの帰 属 の 最 終 的 な場 所 と して 実 在 す る」。 主体 は西 欧 的 発 想 で は 出発 点 な の だが 、 日本 的発
想 で は 到 達 点 で あ り、 結 果 で あ る とい う8)。求 心 的 とい い 、 主 語 が 末 尾 に位 置 す る とい い 、主 体
が到 達 点 で あ る とい い、 主 体 が他 者 を吸収 し主 体 内 で 内面 化 す る プ ロセ ス を明 示 して い る よ うに
思 わ れ る 。遠 心 的 な主 体 に と って は、 主体 の 自己 主張 が まず あ っ て、 したが って 話 者 と して の 自
分 を確 立 す る必 要 にせ ま ら れ る。 求 心 的 な主体 は話 す 前 に 聞 くこ とが 先 決 で 、 そ の 「結 果 」 自己
を規定 す る とい う筋 道 が あ る。
1-332
子 供 の言 葉 の躾 につ い て 、バ トリ ッシ ャ ・ク ラ ンシ ーが 観 察 した よ うに 、 日本 で は話 し方 よ り
も聞 き上 手 に な る訓 練 に重 きを置 く9)。な る ほ どそ の通 りで 、子 供 は大 人 か ら話 しか け られ て 、
年齢 な どを きか れ た と き、答 え な い と、そ ば にい る親 は き っ と 「お返 事 は?」 と促 す に違 い な い。
挨 拶 さ れ れ ば、 そ の返 事 も しっか りす る よ う に躾 られ る 。 と ころが 自 ら進 んで 自分 の こ と を話 す
訓 練 は家 庭 で も学校 で も余 り受 け ない 。 夫 の 海 外 赴 任 に 同伴 した妻 た ちが 子 供 の教 育 につ い て異
口 同音 にい うの は この点 の 違 い で あ る。 アメ リカ で現 地 の学 校 へ 子 供 を通 わ せ た 母親 は、 言 葉 に
よ る 自己 表現 の教 育 が いか に徹 底 して い る か 、 そ の た め に い か に授 業 時 間 を さい て い るか な ど、
感慨 を こめ て語 る の を聞 い た 。 日本 とア メ リカ の 求心 的主 体 、 遠 心 的 主 体 の 見本 を見 る よ うで 、
興味深い。
対 立論 理 に よれ ば、 内 と外 とは 、外 が多 け れ ば 内 は少 な くな る とい う逆 相 関 関係 にあ るの で あ
るが 、対 応 論 理 に従 えば 、 反対 に 、外 へ の 関心 が強 まれ ばそ れ だ け 内 も深 まる とい う相 関 関 係 に
あ る。 外 を対 人 関 係 に限 定 した場 合 、 内 と外 との対 応 関 係 が 日本 に お い て特 に 目立 つ と言 って よ
い。 西 欧 に比 べ て の こ とで あ る が。
第二 の問 題 点 に入 ろ う。 人 間性 の二 分 化 と論 理 の型 につ い て 、 第一 の 問題 点 は対 人 関係 を内外
境 界 の ど こ に置 くか で 、 日本 の対 応 論 理 と、 西 欧 の 対 立論 理 の 間 に違 いが あ る こ と を指 摘 した 。
第 二 の 問 題 点 は、 心 と体 の二 分 化 で あ る。 一 見 、 心 は内 に あ って外 か らは見 えな い の に対 して 、
体 は一 定 の 空 間 を占有 す る具 象 で あ り、 見 る こ と も さわ る こ と もで きる外 面 的 な存 在 で あ る よ う
に見 え る。しか し実 際 に は この よ うに心 と体 を 内外 に二 分 す る こ とが で きな い こ とは勿 論 で あ る。
とい うの は体 の 一部 は外 に現 わ れ て も、大 部 分 は 「内」 に 隠 さ れて い るか らで あ る。 第 一 に体 の
表 面 は 見 え て も、 内臓 その 他 の 内 部 は超 音 波 の 映像 で も見 な い こ と に は、 本 人 に も見 え ない 。 ま
た 、 表 面 だ け と って も、 丸 裸 の ま ま人前 に立 つ こ とは先 ず ない 。 さ ら に、 人前 に立 て る よ う な衣
服 を しっ か り と ま とって い て も、 人前 で して は な らない こ とが 毎 日の 生 活 に は満 ちて い る。 そ れ
も、心 か らか け離 れた 生 物 的欲 求 と機 能 で あ れ ば あ る ほ ど、 人 には 見せ られ な い ので あ る。 同 じ
体 で も、 公 体 と私 体 が あ り、前 者 は表 、 外 に 、後 者 は裏 、 内 に属 す る 。 そ して最 後 に、 人 間 を心
と体 に二 分 した と き、どち らに も属 さ な い、あ るい は どち らに も属 す る次 元 が あ る こ とに気 付 く。
衝 動 とか 、 欲 求 とか 、 い わ ゆ る本 能 と呼 ばれ る部 分 は どち らに 属す と言 え る だ ろ うか 。 もっ と複
雑 な の は、 精神 分 析 で い う抑 圧 、 それ に よ って 生 ず る無 意 識層 の ダ イ ナ ミ ックな働 きな どは どこ
に置 くべ きか 。
この よ う に考 えた と き、人 間の 内 部 そ の もの の 複 雑 さ を思 わ ざる を え ない 。 内 外 の 二分 化 と交
叉 す る よ う な形 で 、 そ の複 雑 な内 そ の もの を二 分 化 す る傾 向 は西 欧 思 想 に根 強 くあ る 。 デ カ ル ト
に代 表 され る よ うな 、知 性 に基 づ く合 理 的 な 思惟 と理 念 の世 界 が 一 方 にあ り、 他 方 に は衝 動 、 感
情 か らな る非合 理 の世 界 が あ る。 前 者 は 崇 高 な 先験 性 、 そ れ と相 通 ず る不 動性 を帯 び 、後 者 は肉
体 に根 差 し絶 え ず動 揺 す る不 安 定 な 形 而 下領 域 で あ る。 西 欧 的 な対 立 論 理 を以 て す れ ば、 これ も
相 互排 除 的 な 関係 とな る。 した が って 、 人 間 の 内心 を特 徴 づ け る と き、 この い ず れ か一 方 を強調
す る傾 向が あ る。 一 般 に、 他 文 化 との対 照 に お い て西 欧 文 化 、 その 人 間 の 内性 を強 調 す る と き、
前 者 、つ ま り合 理 性 、 先験 的 な不 動 性 が全 面 に 出 て来 る傾 向 が あ る 。 い わ ゆ るマ イ ン ドとは これ
を指 して い う。 自己 を表 わ す"1"と
は ど うい う状 況 で も"1"で
不 動 性 を帯 び る点 で 、 マ イ ン ドと一 致 す る。
1-333
あ る こ とに変 わ らぬ先 験 性 、
人 間 の 内 性 、マ イ ン ドをい か に して掴 む こ とが で きるか 。現 代 の文 化 人 類 学 で は、そ れ は象 徴 、
記 号 な どの 文 化 的 媒体 を通 してで あ る こ と はい う まで もな い。 したが って 、 マ イ ン ドの働 き を人
間性 の 中 核 と して 重 視 す れ ば す る ほ ど、 象 徴 人 類 学 、 記号 人類 学 は精 密 化 す る。 しか し、 一 方 、
記 号 や象 徴 の 恣 意 性 が 自覚 され 、 そ れ らが 、 実 体 と して の 人 間 の 内性 、 マ イ ン ドの 反 映 で は な く
て 、逆 に後 者 を規 定 し構 成 す る と考 え られ る以 上 、マ イ ン ドそ の もの か ら離 れ て 、テ クス トとか 、
デ ィス コ ー ス とか、 リプ レゼ ンテ ー シ ョ ンば か りを問 題 にす る風 潮 が今 や盛 ん で あ る。 しか し、
い ず れ の方 向 に動 くにせ よ、 こ こに は 人 間性 につ い て 、マ イ ン ドの 確 固 た る地位 を うかが わせ る
西 欧 的観 念 論 の伝 統 が 背 後 にあ る こ とに 変 わ りは な い。
そ こで この よ うな観 念 論 的 文 化 主 義 に対 して 、 そ の よ うに定 義 さ れ たマ イ ン ドか ら欠 落 して し
ま う非 合 理 的 な衝動 、無 意 識 、 感 情 に注 目 し、 これ こそ 人 間精 神 の 中核 で あ る とす る主 張 が あ っ
て も不 思 議 で は ない 。 この面 を 巨大 な理 論 に組 み 立 て た の が フ ロ イ トの精 神 分 析 学 で あ る こ と は
い うまで も な い。 か って は隆盛 を きわめ た フ ロ イ ト心 理 学 も、現 代 人類 学 で は不 人気 に な っ て し
まい 、文 化 主 義 に圧 倒 され て 、感 情 そ の ものが 専 ら文 化 的 人 為 の 所 産 で あ って 自然 とは関 係 ない
とす る極 論 まで 出 て い るlo)。この よ うな解 釈 が 歓 迎 され るの は、 知 的 、合 理 的精 神 面 を抽 出 して
そ こに の み 人 間 の尊 厳 をみ よ う とす る西 欧思 想 の伝 統 が 今 なお 脈 々 と生 き続 け て い る か らだ と私
は思 う。 明 らか に対 立 論 理
知性 対 感情 、合 理 性 対 非 合 理 性 、 文 化 対 自然
に 基 づ く考 え方
で あ る と私 は 思 う。
そ う思 う私 は 、対 応 論 理 の影 響 を受 けて い る に相違 な い 。心 と体 、知 性 と感 情 、 文 化 と 自然 を
対 立 させ 、そ の一 方 を選 択 して他 方 を捨 て て し ま う こ とに先 ず 現 実 離 れ を感 じ取 って し ま うの だ。
そ して 考 えて 見 る と、 日本 語 で マ イ ン ドに相 当す る言 葉 が 見 つ か らな い の で あ る。 だか ら翻 訳 を
避 け て、 マ イ ン ドとカ タ カナ で書 か ざる を え な か っ た。 も っ と も近 い と思 わ れ る 「心 」 とか 「精
神 」 に は 「体 」 と連 結 す る感情 が 入 り込 ん で い る。 逆 に 「体 」 の 一 部 を表 わ す よ うな 「腹 」 とか
「腰 」 を初 め 、体 と同義 語 で あ る よ うな 「身」 に は精 神 的 、文 化 的 な意 味 が 込 め られ て い る11)。
西 欧 の対 立 論 理 か らは 当然 視 され て い るマ イ ン ドと体 、精 神 と身体 、 知 性 と感情 、 霊 と肉 、文
化 と 自然 な どの 二分 化 が対 応 論 理 に はそ ぐわ な い こ とが わ か る 。 そ うは い って も、 今 まで 幾 度 も
言 って きた よ う に、日本 で も二 分 化 が 全 くな い わ け で は な い。心 と体 と は決 して 同義 語 で な い し、
「気 持 」で はわ か って も体 が つ いて 来 な か った り、霊 と肉 の葛 藤 を云 々す る言 説 は まれ で は な い。
一 人 の 恋 人 に 貞 節 を誓 う娼 婦 が 数 あ る客 達 に 体 は許 して も、 心 だ け は そ の 恋 人 を思 い続 け る と
い っ た通 俗 的 な物 語 も あ る。 問題 は そ の よ うな分 離 状 態 は克 服 す べ きだ と考 え 、 二つ が 溶 け合 っ
て 一つ に な る不 分 離 状 態 が 人 間 の 自然 で あ る ば か りで な く、 理 想 で あ る と考 え る の で あ る 。 と き
には 、 そ の よ うな融 合 の なか に異常 な力 、先 験 的 な能 力 の源 泉 をみ るの で あ る。
これ まで 、 文化 的 な相 違 に焦 点 を絞 って きた 。 しか し、 同 じ文 化 内 で も、 人 に よ り、 立 場 に よ
り、 直面 す る 問題 の種 類 、厳 しさ な ど に よ り、 どち らの論 理 に重 きを置 くか 変 わ って くる にち が
い ない 。 世 代 とか 年齢 に よっ て も違 う こ と は明 らか で あ る。 そ こで年 齢 差 を考 えて 見 よ う。 人 生
の全 コ ース を念 頭 にお い て考 え る と、対 立 論 理 が 頂 点 に達 す る の は 、子 供 か ら大 人 に移 行 す る 中
間期 、 つ ま り、 青 年 期 で あ る と思 う。 そ れ以 後 一 人前 の 大 人 とな り、 や が て 高齢 化 す る に したが
い 、対 応 論 理 が 強 ま る と考 え られ る 。 とこ ろが どの 人生 段 階 を最 も重 視 す るか に文化 的 な相 違 が
認 め られ るの で あ る。 西 欧 、 とい う よ りは 、 こ こ で は ア メ リカ を取 り出 して 言 うの だ が 、 そ こ で
1-334
は何 とい って も、青 年 期 に文化 価 値 が集 中 し、子 供 は一 日 も早 くそ の時 期 に到 達 し よ う と し、 こ
の 時 期 を過 ぎた成 人 は、 中年 か ら高齢 まで含 め て、 青 年 期 の ア イデ ンテ ィテ ィ を保 持 し、 そ こ に
復 帰 し よ う と努 力 す るか に見 え る。青 年 期 とは子 供 が 大 人 に な るた め に、 そ れ まで の親 依 存 を振
り捨 て て 、独 立 を宣 言 す る時期 で あ り、 そ の た め に は親 子 の 対 立 と確 執 は免 れ な い。 そ う考 えれ
ば 、 ア メ リカ に お け る対 立 論理 は青 年 期 重 視 と離 れ が た く結 びつ くと見 て よい か も知 れ な い。
他 方 、 日本 に と って青 年 期 の意 味 は何 か 。 日本 で も青 年 期 は重 要 で あ り、毎 日のニ ュ ース を初
め 、 フ ァ ッシ ョン、風 俗 文 化 な ど、 青 年 男 女 を中 心 にめ ま ぐる し く展 開 して い る。 日本 全 体 が 青
年 化 して い る よ うな 印象 さえ あ る。 とこ ろが 、 現 時 点 の青 年 が 、10年 、20年 後 も、 青 年 文 化 に浸
り、青 年 ア イデ ンテ ィテ ィを保 ち続 け るか 、 保 ち 続 け る 「元 青年 」 を周 囲が 是 認 す るか とい え ば
大 い に疑 問 で あ る。青 年 期 は声 を大 に して 謳 歌 す べ きだ と多 くの 人 々 が主 張 す る一 方 、 そ れ は あ
くまで 一 時 的 な 人生 段 階 の 特 権 で あ る こ と を言外 に含 め て い る。 一 時 期 で あれ ば こそ 、 時 に は 度
を外 し人 に迷惑 をか け る こ と に な って も、 青 年 ら し く自 由 に振 る舞 うべ き だ と言 う。 一 時性 を主
張 す るの は周 囲 ば か りで は ない 。 青 年 本 人 も心得 て い る ら しい こ とが 、 例 えば 暴 走族 の研 究 か ら
も明 らか にな り12)、一生 をか け るか に見 え る ア メ リカ の暴 走 族 とは対 比 さ れ る。
とい う こ とは何 を意 味 す るか 。 青 年期 とい う重 大 時 期 が 、 ア メ リカで は全 人生 を包 み込 む よ う
な 文化 型 に広 が る の に対 して 、 日本 の場 合 は そ れが 「年 齢 文 化 」 とで も呼 べ る よ うな上 位 概 念 に
括 られ段 階付 け られ る とい う こ とに ほ か な らな い。 別 の 言 い方 をす る と、 青 年期 の解 放 感 と ア イ
デ ンテ ィテ ィが そ の 人 間 の 「本性 」 に ま で高 め られ るの が ア メ リ カ とす れ ば 、年 齢 文 化 の 枠 組 み
に よ って本 性 化 を妨 げ 、 これ を段 階化 、 も し くは役 割 化 す るの が 日本 で あ る と言 え る ので は ない
か13)。そ の 裏 に は 、違 っ た年 齢 層 の 問 に は対 立 な らぬ 対 応 が あ るべ きだ とい う価 値 観 が あ る。 し
たが って そ の 期 待 が 外 れ て対 立 が 表 面 化 した とき、 うろ た え、 怒 り、絶 望 に うち ひ しが れ や す い
の も 日本 人 で あ る。
年 齢 文 化 とい って も、特 に重 視 さ れ る人 生 段 階 はな い の だ ろ うか 。 も しあ る とす れ ば 、 そ れ は
「一 人 前 」 と して 活動 す る長 い成 人 期 で はな い か と思 う。 一 人 前 に な る とは、 青 年期 に依 存 を脱
し自由 と独 立 を満 喫 す る の とは正 反 対 に、 現 存 す る社 会機 構 の 中 に 身 の置 場 を見 つ け 、役 割 を こ
な し、 複雑 な 人 問 関係 を巧 み に泳 ぎ わた る処 世 術 を身 につ け る こ とで あ る。 男 女 に分 け る な ら、
今 まで の都 市 中 間 階級 に関 す る限 り、 男 の 一 人 前 とは就 職 して 一家 を養 え る収 入 を得 る こ とで あ
り、 女 の 一 人前 とは結 婚 して 母 親 に な る こ とで あ る。 どち らに して も、 重 大 な役 割 と責 任 を もた
され るわ け で 、青 年 期 の 解 放 とは 全 く逆 で あ る。解 放 で は な くて 、「身 を固 め る」時 期 な の で あ る 。
そ れ を果 た す の に必 要 なの は、 まず 対 応 の 論 理 で な くて は な らな い14)。
紙 数 に 限 りが あ る ため 、 本 論 で は西 欧 と 日本 との対 照 に重 きを置 くこ と にな った。 しか し、 最
初 に 断 っ た よ うに 、そ れ ぞ れ の 文 化 を互 い に 共通 す る もの が な いか の よ う に特 殊 視 す る こ とが 趣
旨 で は な い 。西 欧 に も、 日本 と同様 、対 立 と対 応 の 両 論 理 が 働 くこ とは言 うまで もな い 。 しか し、
そ こ に は主 従 の違 い、 強 弱 の差 が あ って 、西 欧 で は対 立 論 理 が 主 と な り強 とな り対 応 論 理 に先 ん
ず る の に た い して 、 日本 で は そ れ が逆 に な る とい う、 相 対 的 な違 い を強調 したか った 。 そ して さ
らに、 特 殊 か普 遍 か とい った選 択 を迫 る か に見 え る 日本 人 論 、 反 日本 人論 の不 毛 性 が 、 単 純 な対
立 論 理 に振 り回 され るた め で あ る こ とを指 摘 したか った の で あ る。
1-335
〔注 釈 〕
1)
例 え ば 、PeterN.Dale,TheMythofJapaneseUniquness(NewYork:St.Martin'sPress,1986).
2)
こ こ で 通 文 化 的 に 共 通 だ と い っ て も 、 普 遍 的 だ と は 言 っ て い な い 。 第 一 こ こ に リ ス
ん ど が 、 柳 父 章 が 示 す よ う に 、 近 代
日 本 が 輸 入
し た 、 ヨ ー ロ ッ パ 語 か ら の 漢 字 翻 訳 で あ っ た こ と を 思、
え ば 、 歴 史 的 限 界 が 明 ら か で あ る 。(『 翻 訳 語 成 立 事 情 』 岩 波 新 書 、1982)と
な 近 代 翻 訳 語 も 今 や 日 本 語 と し て 土 着 化
3)
ト し た 対 語 の ほ と
は い う も の の 、 こ の よ う
し て い る の で 、 こ の 小 論 で は 日本 文 化 の 一 部 と 考 え る 。
ボ ラ ン テ ィ ア 労 力 銀 行 に つ い て 、 相 互 依 存
と 自 立
と の 関 係
を 分 析
し た
も の と し て 次 の 拙 文 が あ る 。
TakieSugiyamaLebra,"AutonomythroughInterdependence:TheHousewives'LaborBank,"Japan
Interpreter,13(1980),133-142.
4)
CliffordGeertz.1984.Fromthenative'spointofview:Onthenatureofanthropologicalunderstanding.InCulturetheory:Essaysonmind,self,andemotion.ed.R.A.ShwederandR.A.LeVine.
Cambrindge:CambridgeUniversityPress.
5)
LawrenceRosen.1984.Bargainingforreality:TheconstructionofsocialrelationsinaMuslim
community.Chicago:UniversityofChicagoPress.
6)
例 え ば 、 バ リ に つ い て 、 次 の 批 判 的 論 文 が あ る 。UnniWikan,1987,"Publicgraceandprivatefears=
Gaiety,offense,andsorceryinNorthernBali,"Ethos15:337-365.
7)
文 章 完 成 法
に よ る 調 査 結 果 は 次 の 論 文 に 出 て い る 。TakieSugiyamaLebra,"CompensativeJustice
andMoralInvestmentamongJapanese,Chinese,andKoreans,"inJapaneseCultureandBehazrior:
SelectedReading,ed.T.S.LebraandW.P.Lebra(UniversityofHawaiiPress,1986).ま
た 、 恥 と 罪
の 心 理 的 分 析 は 、 私 の 次 の 論 文 が あ る 。"ShameandGuilt:APsychoculturalViewoftheJapanese
Self."Ethos11(1983),pp.192-209.
8)
ClaudeLevi-Strauss.「
本1:日
9)
世 界 の な か の 日 本 文 化 」 国 際 日 本 文 化 研 究 セ ン タ ー 編 、 発 行
本 研 究 の パ ラ ダ イ ム
日 本 学 と 日 本 研 究 』(国
際 シ ン ポ ジ ー
『世 界 の な か の 日
ム1、1989)。13-29ペ
ー ジ 。
PatriciaClancy,"AcquisitionofCommunicativeStyleinJapan,"inB.SchieffelinandE.Ochs,
eds.,LanguageSocializationacrossCultures(Cambridge:CambridgeUniversityPress,1986).
10)
こ の 風 潮
を 代 弁
し て 有 名 に な っ た も の
と し て 、CatherineA.Lutz,UnnaturalEmotions:Everyday
SentimentsonaMicronesianAtoll&TheirChallengetoWesternTheory(UniversityofChicago
Press,1988)が
11)
あ る 。
こ の よ う な 語 彙 を 通
の 構 造 』(青
し て 、 精 神 と 身 体 の 不 分 離 を 分 析
し た もの と して 、 次 の 著 作 が あ る 。 市 川 浩
『「身 」
土 社 、1984);JeffreyL.Dann,"Kendo"inJapanesemartialculture:Swordsmanshipasself-
cultivation.Ph.D.dissertation(UniversityofWashington,1978);StevenD.Cousins,CultureandsocialphobiainJapanandtheUnitedStates.Ph.D.dissertation(UniversityofMichigan,1990).
12)
IkuyaSato.1991.Kamikazebiker:parodyandanomyinaffluentJapan.Chicago:UniversityofChicagoPress.
13)
こ の 本 性 化 と 年 齢 段 階 化 と 関 連
して 、 性 ア イ デ ン テ ィ テ ィ に 触 れ た 学 生 論 文 が あ る の で 紹 介
し て お く 。
MioSasaki,"CrossDressinginJapan:Ubiquity,ManifestationandAndrogyny,"Unpublished
manuscript,AnthropologyDept.,UniversityofHawaii,1994.演
歌 を 研 究 中 のChrisitineYanoは
、 両
性 を 具 備 す る か に 見 え る 歌 手 に つ い て 、 性 が 本 性 で な く 型 と して 表 現 さ れ る こ と を 次 の 論 文 で 指 摘
し
て い る 。ChrisitineYano,"ButterfliesinDrag:ThoughtsonSomeCross-GenderedPerformancesin
Japan."Unpublishedmanuscript,1994;"ShapingSexualityinJapanesePopularSong,"Deliveredat
the1994AnnualMeetingoftheAssociationforAsianStudies,Boston.
14)
青 年 期 指 向 と 一 人 前 指 向 の 違 い に つ い て は 、 女 性 を 中 心 に 、 つ ぎ の エ ッ セ ー で 触 れ て い る 。 「女 性 と 親
密 関 係
日米 比 較 を 通
し て 」 『日 米 女 性 ジ ャ ー ナ ル 』 出 版 予 定
1-336
Fly UP