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Vol.14 No.1 2010
海外体験記
テキサス大学への留学体験
福岡大学医学部麻酔科学 助教 重松 研二
この度は本誌に寄稿する機会を与えていただきまし
てありがとうございます。2006年 3 月から2008年 4 月
までテキサス州ガルベストンにあるテキサス大学医学
部(The University of Texas Medical Branch:UTMB)
、
内科感染症部門の鈴木富士夫教授のラボに留学させて
いただきました。すでに帰国して 1 年以上経ち、留学
していたことをすっかり忘れるほど充実
(?)
した毎日
を送っていますが、当時のことを思い出して少しお話
しさせていただきます。
ガルベストンはテキサス州ヒューストンから南に車
で1時間余り、メキシコ湾に面した小さな島です。
19世紀半ばまでは南部の商業、金融の中心地として
栄えた町でしたが、1900年のハリケーンで当時米国
史上最悪の壊滅的な被害を受けました。現在の主な産
業は、観光、貿易、そしてUTMBです。気候は年間
を通じて温暖でサーフィンやバードウォッチングが楽
しめます。特に夏は海水浴客で島の人口が倍になるほ
どです。留学中にサーフィンにはまって日本に帰国し
ても続けている研究者もいました。私も挑戦してみま
したが、一度も立ち上がることができず、さらに今ま
で経験したことがない筋肉痛に見舞われて挫折してし
まいました。UTMBの雇用者は約13,000人、ガルベス
トン市の人口が60,000人なので市にとっては一大産業
です。アパートの家賃、ホテル、スーパーや車の修理
までUTMBの職員割引があり、特に家賃の割引は留
学生にはありがたいものでした。
研究のテーマは重度熱傷のマウスの高い細菌感染感
受性を免疫学的アプローチにより抑えることでした。
現在、細菌感染症に対しては抗菌薬を用いた治療が主
流ですが、多剤耐性菌の出現などの問題が課題となっ
ています。そこで、宿主の免疫力を高めることにより
感染を防ぐことができれば新しい治療戦略として期待
できます。と、もっともらしいことを書きましたが、実
際研究当初はひどいものでした。学生時代を含めてほと
んど実験らしいことをしていなかった私はピペットや
遠心機の使い方も分からずあきれられたものでした。
唯一役に立ったのは、臨床研究をしている隣のラボの
ガルベストンのビーチ
UTMBのシンボルOld Red
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海外体験記
人に頼まれる採血だけでした。それでも鈴木教授をは
じめラボのスタッフに本当によく指導していただき、研
究にも徐々に慣れ、半年ほどすると計画を立てて実験
出来るようになりました。実験の合間に文献を調べた
り、次の実験計画を立てたりしているとあっという間に
時間が過ぎ、実験が終了するのが夜中になることもよ
くありました。土日もマウスの状態のチェックや、次の
週に行う実験の準備などでほぼ毎日ラボに行っていま
したが、実験に集中できる機会は日本ではめったにな
いことなので充実していました。しかし結局、同じ程
度の熱傷モデルを作成できるまでに 3ヵ月、純粋な細
胞を分離できるまで半年、結果が出たのは留学後ほぼ
1 年が経ったころでした。その後は、次々にとはいきま
せんが結果も出て、学会で発表することもできました。
UTMBにはShriners Hospitals for Childrenが隣接し
ています。この病院はシュライナー財団が先天性障害
児や熱傷を受けた子供のために全米各地に設立した病
院の 1 つです。ガルベストンにあるこの病院は熱傷専
門で、小児の熱傷患者を無料で治療していました。ま
たこの財団は様々な研究に対して研究費、研究施設を
提供しており、UTMBの研究者は共同で基礎研究、
臨床研究を行っています。ほぼ毎週、研究の進行状況
を発表するカンファレンスが行われており、活発な議
論がなされていました。私も2年目に発表する機会を
与えていただきました。時間は1時間、英語でのプレ
ゼンテーションは初めてでしたのでかなり不安でし
た。鈴木教授の話では、英語に慣れていない人の発表
は、スライドを見れば内容は理解できるが、しゃべっ
ている言葉はなかなか伝わりにくいということでした
ので、ラボのテクニシャンの女性に発表原稿を読んで
録音してもらい、暗記して臨みました。何度も繰り返
し暗記したので、その時期の寝言は発表内容だったよ
うです(妻談)。おかげでプレゼンテーションは無事終
了し、Shriners Hospitals for Childrenの院長には解
り易かったと声をかけていただきました。帰国の際に
は、録音したレコーダーを記念にいただき今でも大切
に持っています。
アメリカでの生活は言葉をはじめたくさんの苦労は
ありましたが、大変楽しく充実したものでした。今思
い返せば大笑いする失敗も数えきれません。夏休み、
感謝祭、クリスマスの長期休暇にはアメリカ各地を旅
行しました。テキサス、ニューメキシコ、コロラド州
を車で回った十日間の旅行。走行距離は2,800km!カ
リブ海のリゾート地カンクーンへは飛行機で2時間で
した。最高だったのはワイオミング州イエローストー
ン国立公園です。世界で最初の国立公園なのですが、
バッファロー、エルク、ムース、オオカミ、グリズリー
ベアなどの野生動物を目の前に見ることができ、大小
様々な間欠泉をいたるところに見ることができまし
た。4 日間ではとても足りず、いつかまた必ず訪れた
い場所です。
国籍や専門が違うたくさんの友人にも恵まれまし
た。同じアパートの韓国人Chan、彼は波の研究でガ
ルベストンに来ていました。私と同い年で、夫婦揃っ
てお酒好きでしたので、よく4人で飲みながら母国語
禁止のボードゲームなどを楽しみました。理学部出身
の吉河さん、彼は別のラボでウイルスの研究をしてお
り、私の実験の師匠です。たいへん気さくな方で初歩
的な疑問にも丁寧に答えてくれました。医療関係者以
外とはなかなか接点のない環境で過ごしてきた私にと
り、これらの方々と出会えたことは大きな財産であり、
これからも大切にしたい友人です。
充実した留学生活を送ることができたガルベストン
ですが、帰国後心配なことが起きました。2008年 9 月
にハリケーンIkeが島を直撃し、100年前のハリケーン
以来の大きな被害を受けたのです。UTMBも存続が
危ぶまれるほどの損害でしたが、幸い鈴木教授や他の
スタッフは無事で、現在も精力的に研究を続けられて
います。しかし、1 年経った今でも再開していない病
院や研究室があるそうです。1 日も早いガルベストン
の復興を祈っています。
2 年間一度も日本に帰らずに留学生活を有意義に過
ごすことができたのは、日本にいる家族がたいした病
気もせず、健康でいてくれたからだと思います。もち
ろん比嘉和夫教授をはじめ職場の皆様のご理解、ご協
力があったことは言うまでもありません。本当にいい
時期に留学させていただきました。ありがとうござい
ました。
Profile
重松 研二 しげまつ けんじ
略歴
1998年 3 月:福岡大学医学部卒業
同 年 5 月:福岡大学医学部麻酔科学 研修医
2000年 6 月:北九州市立医療センター麻酔科
2001年 6 月:福岡大学医学部麻酔科学 助手 2006年 3 月:テキサス大学医学部 リサーチフェロー
2008年 4 月:福岡大学医学部麻酔科学 助教
趣味:ドライブ。週末は日帰りで温泉、道の駅めぐりを楽しんでいます。
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